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生徒の素朴な発想を生かした理科指導 -全盲生の

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生徒の素朴な発想を生かした理科指導 -全盲生の
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
生徒の素朴な発想を生かした理科指導
-全盲生の光に対する親しみの変化からの見えること-
Science instruction that was made use of the simple idea of the student:
Examination from change of the sense of intimacy to light of totally blind student
佐藤尚生
SATO,Takao
山形県立山形盲学校
Yamagata Prefectural School for the blind
[要約]視覚障害児への教科教育では、教科の専門性と視覚障害の特性への配慮という2つの専門性が
必要である1)。また光の学習に関しては全盲生は未知の部分が多いため、より素朴な発想から学習を
組み立てる必要がある。
本研究は生徒の素朴な発想を生かしつつ、前述の専門性を満たしながら指導することで、生徒の光
に対する親しみ(親近感を含んだプラスの感情)がどう変化していくかを確かめために行ったもので
ある。結果として親しみが高まるほど、学習内容が生徒の素朴な発想の再構成によりよくかかわるこ
とになり、またその結果、生徒の素朴な発想が科学的概念に変化してきたと思われる。
[キーワード]素朴概念,親しみ,電磁波,光,
1.はじめに
価・検討した。この評価・検討の過程は、視覚
一般に理科学習は、生徒が日常的に経験する
障害者が「光に満ちたこの世界を理解すること」
自然現象について、科学的に分析、整理し、一
に役立つ可能性があるとともに、見えることを
定の知識を再構成して記憶し、それを日常に生
前提とした光の性質の学習を再考するきっか
かすことを目的とする。言い換えれば、理科学
けになると予想された。
習は日常生活で身につけた素朴概念を科学的
概念に書き換えることによって、「筋道が容易
2.研究の方法
にわかるように自然現象を整理して説明でき、
(2(3
その知識を日常生活に生かせること」
を目
的とするということである。
(1) 素朴概念への対応
生徒の素朴概念は、場面や領域に固有にな
る、直観に依存する、自己中心的である、ア
しかし光について、全盲生は日常的に光を視
ニミズム的である、因果関係を直線的に考え
覚的に感知することができない。そのため晴眼
る等の特徴がある(5。また全盲生にとって光
者であれば日常生活で構成されていくような
は日常的に得られる情報が少ないため、授業
素朴な概念を十分に有していない場合もある。
という場面に偏った思考に陥ると予想され
筆者の経験上、そのことが全盲生が光について
る。そこで授業において生徒に素朴で偏った
学習する際の障壁となっている部分があった。
考えが生じた場合は、その考えを反証する事
そこで本研究では、人間中心的かつ情動主義
例を等などの手立てを講じ、考えを補正する
(4
的とされる生徒の思考の特徴
を「学習内容に
ようにしていく。
対する親しみ(親近感を含んだよい感情)」と
(2) 児童生徒の実態に応じた教材・教具の工夫
してとらえ、全盲生が光の性質を学ぶ中で光に
晴眼者は鏡の反射等の実験を見ることで
対 す る 親 し み が ど の よう に 変 化 し た か を 評
光の性質を把握できるが、全盲生にはイメー
― 73 ―
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
ジしにくい内容である。そこで今回の研究で
③
電球の光は広がるが、光源装置の光は広
は、石崎(6の研究を援用しながら感光器(光
がらない。
センサーの一種)を活用しつつ、生徒が光の
上記の感想等のうち、③については「光が
性質を様々な角度から検討できるようにす
広がることと光が曲がることを混同した理
る。
解」ということで、筆者が一般中学で指導し
(3) 光に対する親しみの変化と生徒への対応
ていた際もありがちな考えであった。この考
光に対する親しみを、指導の前後に本人の
えを修正するために、電球を手元に置き、光
主観によって4段階に評価させ、親しみがプ
の進路を手で表現させながら、光の直進につ
ラスに変化した部分と変化のない部分を分
いて考えさせた。その際、光の進路を手で表
析し、指導方法にフィードバックしていく。
現させながら考えさせた(電球を中心に光が
広がっていくイメージの手の動き)。その結
3.指導の過程
果、光は電球を中心に広がってはいくが、光
(1) 光の直進(曲がりと広がりの混同)
自体は途中で曲がるような手の動きにはな
光源のスリットから光が発せられている
っていないことに、生徒自身が気付いた。こ
ことのみを知らせ、自由に感光器で光の所在
れにより、生徒は光が広がることと光が曲が
を調べさせ、シールで記録させた。当初は感
ることは意味が違うということを理解する
光器を台紙全体の上で滑らせるように光の
ことができた。
所在を調べていたが、徐々にスリットから直
また、このような光の直進にかかわる考え
線上に感光器を動かすようになった。その理
は、石崎の「生徒は、レーザーの光と電球の
由を尋ねると、「スリットからまっすぐ出て
光は、全く違ったものと思い込むことが多い。
いるように思う。
」という回答が得られた。
光の直進性をレーザーを使って実験すると、
立体シールを複数貼った段階で、実験装置
光が直進するのはレーザー光線だからとい
上にレーズライター(表面作図器)を重ね、
(7
という指摘に似て
う勘違いをしてしまう。
」
光の進むイメージをフリーハンドで描かせ
いると考えられる。
たところ、光の直進を正しく表す線を描くこ
とができた(写真1)。実験後の主な感想等
(2) 反射(分度器のイメージによる学習の阻害)
実験装置を触察して構造の意味と実験内
は以下の通りである。
容の意図を生徒自身に考えさせながら指導
①
し、その結果をレーズライター(表面作図器)
初めは感光器を適当に動かしたが、徐々
に記録させた。その結果、比較的短時間で入
にパターンがはっきりした。
②
射角と反射角が同じ大きさになることを理
光はまっすぐ進むと思う。
解した(写真2)
。
写真1
光の直進を表す記録
写真2
― 74 ―
平面鏡での反射の記録
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
写真3
屈折の記録
写真4
凸レンズの実験の記録
ただし理解する途中の段階で、生徒は入射
ギターっぽい。」という主旨の発言をした。
角90°を0度として考えていた。これは分
その結果、3本の光が平行であることを理解
度器のイメージが強く影響している結果で
した。
あった。その考え方を補正するため、観察者
次に平行な3本の光の光源付近に凸レン
の位置から出た光は自分に戻ってくるとい
ズを置き、同じように感光器を操作して光の
うイメージから、「この場合は角度がない」、
進路を調べた。その結果、
「光源から遠いと、
つまり入射角0度となることを理解させ、そ
同じ速さで感光器を動かした時、音の高低の
の後に分度器の0°が入射角90度になる
リズムが短くなる。」という主旨の発言をし
ことを説明した。
た(写真4)
。
こういった分度器のイメージが光の入射
その後、生徒から「なぜ、凸レンズは光を
角や反射角の概念を阻害することは、筆者の
集められるのか。」という質問があった。前
経験上、晴眼の生徒にも見られる傾向である。
述のように生徒は凸レンズの学習の前に屈
今回の考えを補正した方法は晴眼の生徒に
折を学んでいるため、筆者は凸レンズでも屈
対する指導と基本的に同じであり、これは全
折が生じ、光が曲げられて焦点を結ぶという
盲生の考えも、晴眼の生徒と同じ論理で生じ
説明をした。ところが生徒は屈折に対する唐
てくる可能性を示していると考えられる。
突感が強く、「特殊な実験道具を使ったとき
(3) 屈折(屈折する位置に対する思い込み)
のみ、屈折は起こる。」と考えていたため、
厚い台形ガラスを使った屈折の実験では、
筆者の説明に驚いていた。つまり、学習内容
ガラスの中央付近で屈折が起きたように考
と日常で起きる屈折にかかわる現象を、別の
えていた(写真3)。しかし指導者からの問
ものとして理解をしていたのである。これは
いかけ(同じ物質中で突然光が曲がることは
屈折が日常的には視覚によってとらえられ
あるか等)により、曲がるのであれば異なる
ることが多いため、全盲生にはとらえにくい
物質の境目であろうと考えを修正し、空気と
からだと考えられた。
ガラスの境目で光が曲がるような記録に変
わっていった。
ところが生徒は凸レンズの学習を通し、
「なぜ光が凸レンズで集まるのか。」という
(4) 凸レンズ(焦点を結ぶ理由の難しさ)
疑問をもったことで、屈折に親しみを感じる
実験方法としては、まず凸レンズを入れな
い状態でスリットから出る3本の平行光線
を感光器で確認させた。その際、「光源から
遠くても近くても、同じ速さで感光器を動か
すと、音の高低のタイミングが同じになる。
― 75 ―
ようになった。そこで屈折の再指導を行った。
(5) 屈折の再指導(凸レンズにおける屈折の
意味)
改めて半円ガラスを使った一般的な屈折
の実験を行ったところ、生徒の意識の中心
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
また生徒が光に対してどの程度親しみを感
生徒が光に対してどの程度親しみを感
じているかを、生徒の主観により1~4点
生徒の主観により1~4点の間
で評価させた。なお、数値は指導の前、中、後
の順に示し、前は学習していない時期、中は直
進から凸レンズまで一連の学習を終了した直
後の時期、後は屈折の再指導を行った直後の時
期を意味し、結果はいずれの分野でも親しみが
増加している。
図1
屈折に対する意識の変化
直進(まっすぐ進む)
1 4 4
は図1のように変化した。
(点線は教師の説
反射(はね返される)
3 4 4
明、実線は生徒の意識)
屈折(境目で曲がる)
0 3 4
凸レンズ(虫めがね)
4 4 4
最終的に図1の⑤の理解となったため
最終的に図1の⑤の理解となったため、
小型水槽に水を入れた屈折の実験について
の予想は写真5のようになった。
のようになった。その後、
5.考察
実際に実験した結果が写真6
6である。この
(1) 初めから親しみのあった内容について
親しみのあった内容について
結果を知った生徒の言葉をそのまま引用す
生徒の言葉をそのまま引用す
反射や凸レンズについては、学習前から親
れば、
「こっちに行って、あっちに行く。向
しみを感じていた。その理由は小学部や光遊
きが違う。
」というものであり、それは空気
びの経験、また教師から借りたカメラで写真
から水、水から空気という進路によって屈
を撮影した経験によるものだった。但し、い
折の方向が異なるということを表現したも
ずれの概念も生徒自身が触れたものの範囲
のだと考えられた。
にとどまっていた。
しかし自由度が高い実験装置を準備し、時
4.結果
間をかけて実験し、その記録を元にイメージ
生徒の感想の感想は以下の通りである。
をレーズライターに再現する等の指導を繰
明かりや太陽の光が、まっすぐ進んでいる
り返したところ、次のように考え方が広まっ
次のように考え方が広まっ
ことがわかったし、凸レンズが何本かの光を
た。
集めて、焦点より後ろはまた広がることもわ
①
かった。屈折はカメラのレンズを触り、親し
みが感じられた。反射は祖母と三面鏡を使っ
祖母と三面鏡を使っ
反射に関して法則も含めて、いろいろな
場面で反射が起きていること
②
凸レンズについては身近な製品に使わ
て遊んだことを思い出し、光に対する意識が
れていること、特に凸レンズについては、
増えた。全体的に、光について考えるように
一眼レフカメラの望遠レンズがなぜ長い
なった。
かに言及するなど、日常に生かせる概念に
写真5
水槽で起きる屈折の予想
写真5
― 76 ―
水槽で起きる屈折の結果
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
変化してきた。
(2) 初めは親しみのなかった内容について
① 光の直進
光の直進はあらゆる光の学習の基礎と
なる内容である。また小学部でも学習した
内容だったが、生徒はあまり親しみを感じ
ていなかった。その理由は、一般的に日常
生活で光の直進が話題として上がること
はあまりないためであると思われる。
ところで、学習内容に対する親しみに関
屈折の学習における概念変容
して、学校での学習経験と同様に
して、学校での学習経験と同様に遊びや趣
以上の過程を、理科教育における代表的認
味が大きくかかわると予想された。この意
知葛藤モデルである Hashweh の概念形成
味で、今回の学習後に光の直進に対する親
モデルを援用して概念変容の様子
モデルを援用して概念変容の様子を表せば、
しみが向上した理由は、可能な限り自由度
図2のようになると考えられる。一般的に
のようになると考えられる。一般的に
を高めた実験系において、生徒がのびのび
C1 は日常で形成された強固な概念である
と実験し、そこから法則を発見するような
ことが多く、容易にC1から C2 に変容し
プロセスがあったからと考えられる。
ないとされている。しかし
ないとされている。しかし全盲生は光を感
但し、その自由度は生徒の有する知識や
覚として経験することが少ないため、
覚として経験することが少ないため、C1
技能の状態に依存すると考えられる。香川
が弱いものだったと考えられる。そのため
が指摘する、視覚障がいのある生徒に指導
C1 から C2 への概念
概念変容は比較的スムーズ
(7
②
図2
する際の核になる体験の重視 という原則
であった。これは日常経験が少ないことが、
は、大切にすべきことである。
学習者にとって有利に働く場面もある可能
屈折
性を示していると思われる。
性を示していると思われる。つまり全盲生
屈折に対して生徒は、1から4までの4
には光に関する素朴概念がほとんどないた
段階評価と指示されながら、あえて0とい
め、プロトタイプとしての光の実験が
め、プロトタイプとしての光の実験が光の
う評価を指導前に下していた。生徒の言葉
概念の全てとなるということである。
ということである。
によれば、屈折に関しての意識は「全くな
(3) 光の根本的性質に基づく
に基づく理由付け
い。」という状態だったそうである。この状
池谷らの提言(8では、時間をかけた触察に
態で教科書にあるような屈折の学習を行え
基づくイメージを言語化することが大切で
ば、実験器具による理解の偏りが生じても
あると指摘されている。この指摘は触察によ
無理はないと思われる。実際、1度目の屈
って得られた情報をもとに形作られた概念
折の学習では、使用した実験器具でのみ屈
を、適切な言葉と合致させることの重要性を
言葉と合致させることの重要性を
折が生じると考えたのである。
説明しているものと考えられる。
その偏りが補正されるきっかけが、凸レ
ところで近年、言語が概念に与える影
ところで近年、言語が概念に与える影響は
ンズの実験を通し「なぜ、凸レンズで光が
わずかなものであるとされている(9。つまり
集まるのか。
」という疑問が生じたことであ
言語とは別に、概念は概念として独立して形
った。ということは、より親
った。ということは、より親しみのある凸
作られるということである。また佐島によれ
レンズで十分に実験し、その原理としての
ば「概念とは、様々な異なる対象や事象から、
屈折を学ぶ順番は、動機づけという点では、
共通した性質を取り出して得られた、まとま
より有効といえるのではないだろうか。
(10
りのある知識」
とされている。この意味か
― 77 ―
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
らすれば、ある程度の量をもつ学習内容から
成は、次のようになると予想される。
吸い上げられるものが概念であり、それに適
<単元名 生活の中の電磁波>
正な言語を組み合わせていくことが学習と
1 生活の中の電磁波(電子レンジ、テレビリ
いうことになる。
モコン等で使われる電磁波の紹介)
しかし全盲生の場合、量的な学習には不利
2 電磁波の性質(電磁波発見の歴史的経緯を
な部分が多い。そのため質の高い経験、(核
踏まえた波動性、粒子性の紹介)
になる体験)し、そこから得られたプロトタ
3 電磁波としての可視光
イプとも言える概念を中心に記憶を再構成
・電磁波の性質と可視光の位置づけ
及び分類整理できるような方策が必要とな
・反射(鏡での反射、見えることの意味、色
ると考えられる。
の原理)
では、全盲生が光を学ぶ際の核になる体験
・凸レンズの性質と像(焦点と焦点距離、実
とは何であろうか。筆者としては、演繹的学
像と虚像、
)
習になる可能性もあるが、光の根本的な性質
・屈折(屈折の意味、凸レンズでの屈折、身
である粒子性と波動性を中心に据えた学習
のまわりの屈折)
だと考える。光の粒子性と波動性は高等学校
○電磁波のエネルギー(太陽電池、X 線、スペ
の物理で学ぶ内容だが、これらの性質がなけ
クトルの基礎)
れば光にかかわる現象は生じない。つまり始
めに知識として光は波と粒両方の性質をも
引用及び参考文献
つことを知らせた後に典型的な実験を行い、
1) 鳥山由子他 13 名:視覚障害指導法の理論と実
その結果を光の粒や波としての振る舞いと
して解釈することを学ばせるのである。この
方法であれば、少なくとも最終的に「光は粒
で波だから」という理由付けをすることによ
り、学習を成立させられる可能性が増すと思
際,p.81,ジアース出版,2007
2) 文部科学省:中学校学習指導要領-理科編-,
pp16-17,文部科学省,2008
3) 日本理科教育学会:理科教育学講座5,pp7-9,
1992
われる。例を以下に示す。
4) 同上,p.175
①
5) 同上,pp.166-177
反射とは光の粒が鏡ではね返されて起
きること。
②
屈折とは空気とガラスの境界に斜めに
6) 石崎喜治,日本視覚障害理科教育研究会会報№
17,18(合併号)
,pp53-58,1999
光が入る際、光の伝わり方に差が生じ曲が
7) 同上,p.53
ること。
8) 池谷他 38 名:すべての視覚障害児の学びを支
③
凸レンズの焦点は光の粒が集まるとこ
ろ。
こういった説明は、論理的に飛躍し過ぎる可
能性もあるが、理由付けが明確になる点にお
いて学習上有効であると考えられる。
またこういった根本的な性質は、理由付け
える視覚障害教育の在り方に関する提言,p.2,
2010
9) Steven Pinker,思考する言語[上]
,pp.297-288,
日本放送出版協会,2009
10)大河原潔他 22 名,視力の弱い子どもの理解と
支援,p.103,教育出版,1999
がより明確になる分、晴眼生が光の性質を学
ぶ際にも有効な可能性がある。また電磁波を
核として、より親しみのある内容から学習す
るとすれば、光の性質の学習に関する単元構
― 78 ―
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