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新たな市場開拓に取り組む静岡県内の水産缶詰業界

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新たな市場開拓に取り組む静岡県内の水産缶詰業界
研究員
勝見政律
Masanori Katsumi
◆
静岡県は、全国の缶詰生産量の3割以上を生産する缶詰産地である。
新たな市場開拓に取り組む静岡県内の水産缶詰業界
しかし、東南アジアを中心とした海外からの廉価品や、調理が容易なチルド品、冷凍
食品などの台頭から、需要の伸び悩みが深刻化しており、生産量、製造業者ともに全
国同様に漸減傾向にある。
◆こうした中、静岡県内の缶詰業者は、高級な原料やこだわりの製法を用いて他社との
差別化を図った缶詰、健康志向の高まりに合わせたオイル無添加のツナ缶詰など、新
商品開発に注力している。
◆東日本大震災による特需はあったものの、長期的に需要減少が見込まれる中、缶詰と
いう商品がもつ魅力を極める方向での開発、あるいは多様化する消費者ニーズに応え
た商品バラエティの充実などにより、市場拡大に向けた継続的な取組みが求められて
いる。
漸減傾向が続く缶詰生産量
図表1 都道府県別にみた
水産缶詰生産量の推移
(トン)
140,000
静岡県は、「シーチキン」で有名なツナ缶最
大手のはごろもフーズ㈱が立地するなど、全
127,540
国一の缶詰生産量を誇る缶詰産地である。平
120,000
105,797
100,000
80,000
その他
成2 2年の全国の水産缶詰生産量は1 0万5 , 7 9 7
北海道
トンであるが、そのうち静岡県は3万 2 , 5 8 1
宮城
トンで全体の 3 0 . 8 %を占めている(図表1)。
岩手
缶詰には、水産缶や果実缶、野菜缶など多数
青森
の種類が存在するが、なかでも、まぐろ類缶
静岡
詰は全国シェア 8 8 . 3 %、かつお缶詰におい
60,000
40,000
50,133
20,000
0
32,581
ても同 6 6 . 5 %と高いシェアを誇る。こうし
H15 16 17 18 19 20 21 22(年)
資料:㈳日本缶詰協会「缶詰時報」
図表2 全国・静岡県の缶詰製造業者数の推移
全国の水産缶詰・瓶詰製造業者数(左目盛)
全国の野菜缶詰・果実缶詰・
農産保存食料品製造業者数(野菜漬物を除く)
(左目盛)
静岡県の水産缶詰・瓶詰製造業者数(右目盛)
静岡県の野菜缶詰・果実缶詰・
農産保存食料品製造業者数(野菜漬物を除く)
(右目盛)
(社)
800
(社)
30
684
700
600
500
22
669
22
669
24
665
22
640
20
400
300
200
13
134
100
0
H17
SERI Monthly February 2012. No.568
により生産を支えるパッカー(缶詰製造業者)
も多数存在している。
一方、缶飲料を除いた缶・びん詰の生産量
は平成 1 3 年には 4 7 万 1 , 5 3 4 トンであったも
減傾向にある。また、水産缶詰・びん詰製造
15
業数についても、平成 1 7 年に 1 3 4 社(静岡県
2 2社)であったものが平成2 1年には1 1 1社(同
2 0社)となっているなど減少が続いている
(図
10
11
11
120
116
111
5
0
21 (年)
資料:㈳日本缶詰協会「缶詰時報」、経済産業省「工業統計表」
24
とともに、ブランドオーナーからのOEM※1
のが、平成 2 2 年には 3 5 万 3 , 0 4 0 トンと、漸
121
20
ンドオーナー(商標の登録者)が4社立地する
20
10
19
缶については、静岡県内に本社を構えるブラ
25
10
18
たことから、まぐろやかつおを使用したツナ
表2)
。
競争が激化する中、特徴が見直される缶詰
このように水産缶詰の生産量、業者数ともに減
少している背景には、主に3つの理由がある。
図表3 缶びん詰輸入数量の推移
(千トン)
1,000
800
600
まずは、輸入品の増加である。国内の缶詰業者
400
は以前は輸出も手がけてきたが、人件費の上昇な
200
どから廉価な輸入品に押され、現在では、国内生
0
725
717 733
H13 14
15
810 838
16
17
822 790
18
701
19
20
626
21
667
22(年)
資料:図表1に同じ
産量の約2倍が輸入品となっている(図表3)。最
近では、タイやインドネシアなど海外の生産技術
より多く含まれていると言われていることや、加
も向上しており、品質面でも国内と比較して遜色
圧加熱殺菌により骨まで食することができ、カル
ない製品も増えているという。 シウムを吸収しやすいことなどがある。
次に、レトルトパウチをはじめとした代替包装
また、東日本大震災により、常温で3年(品目
容器の発達である。缶詰と比較して、開封作業や
により異なる)という長期保存が可能な点や、調
廃棄が簡便であるとともに、料理の際にも、電子
理済みのためそのまま食べることができることな
レンジで手早く調理できる特徴がある。1 人暮ら
どが再認識され、一般家庭での防災備蓄用食料と
しや共働きの家庭が増加していることも、需要拡
して一時的に需要は拡大した。
大に拍車をかけている。
る。原料が生鮮品で価格変動が大きいが、魚価が
付加価値を高めた商品開発により
販路開拓に取り組む静岡県内の缶詰業者
高騰しても、ツナ缶は好き嫌いが少なく万人向け
こうした環境の中、県内缶詰業者はどのように
であり、生鮮品に比べ単価が安いことなどから小
需要開拓や競争力強化を図っているのであろう
売店で特売品となりやすく、販売価格への転嫁が
か。以下では、さまざまな工夫で差別化に取り組
難しい。近年、資源保護の観点からの漁獲制限や
む事例をみてみる。
最後に、構造的に収益を上げにくい状況があ
新興国における需要増大などから原料価格上昇圧
力が高まる傾向にあり、厳しい環境となっている。
一方、缶詰の持つさまざまな特徴が見直され、
高級原料や製法、熟成期間の追求
ツナ缶詰を主力に生産する㈱由比缶詰所(静岡
市清水区)では、創立以来、安心できる製品の提
需要拡大に向けた追い風もある。
第一に、食の安心・安全が叫ばれる中、製法や
原料に基づき安全性や健康面に優れた製品とし
供を目指し、品質向上に取り組んでいる。
まず、原料ではハイクラスの材料にこだわり、
て、改めて評価を上げていることである。安全性
きはだまぐろやかつおを使用したツナ缶詰が多い
では、完全密封し加熱殺菌することで腐敗を防い
中、同社製品は脂ののりが良く、淡いピンクとソ
でいることや、殺菌剤や保存料などの食品添加物
フトな肉質で、「夏びん長」とも言われる、春から
を使用していないことなどが挙げられる。健康面
夏にかけて漁獲されたびん長まぐろを使用すると
や
ともに、質の高い綿実油とオリーブ油を使用して
などの栄養成分が家庭で調理したもの
いる。また、製法では、製造後も最低半年から1
では、まぐろなどの青魚の缶詰にはEPA
DHA
※3
※2
※ 1 OEM:Original Equipment Manufacturer の略で、発注元企業のブランドで販売される製品を製造すること。
※ 2 EPA(エイコサペンタエン酸):水産物に特有な脂質を構成する高度不飽和脂肪酸の1つで、血液をさらさらにし、血中の脂肪
やコレステロールを下げるなどの効果があると言われている。
※ 3 DHA(ドコサヘキサエン酸):水産物に特有な脂質を構成する高度不飽和脂肪酸の1つで、脳や神経の発達にとって必須成分で
あり、中性脂肪の低下や脳の活性化などを助けると言われている。
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新たな市場開拓に取り組む静岡県内の水産缶詰業界
のみでOEMを行うことができるようになったも
のもあるという。今後は、既存製品のブラッシュ
アップはもとより、より品質が良く美味しさを追
求した新製品を開発することや、小ロットでの対
応も可能にして、ニッチな市場での顧客を確保す
由比缶詰所のまぐろオリーブ油漬け
ることで、収益性の向上を狙う。
また、製造過程においては、単なるコスト削減
年は出荷せず、上質な油がびんながまぐろにしみ
だけでなく、環境への取組みを進め、コスト削減
渡るまで熟成させている。
につなげている。環境問題の一環として行った二
こうした材料や製造方法にこだわっていること
酸化炭素( CO 2 )排出削減事業が、政府の「国内ク
から、価格はまぐろオリーブ油漬け(ファンシー、
レジット制度」の第1号案件となり、年間で二酸
9 0 グラム)では一般製品より3割ほど高いが、品
化炭素 4 3 4 トン分のクレジットを得ることが可能
質と味の良さが評価されているという。
となっている。また、排水処理費用を年間 5 4 0 万
また、大量生産が難しいことから、一部のスー
円削減することができるという、シロップの廃液
パーなどを除き店頭販売は行わないため、工場直
を使用したバイオマス発電プラントの販売に向け
売所またはインターネットでの購入となる。現在
た取組みも進めている。
では、地元での口コミに加え、多数の雑誌や新聞
の紹介による広がりなどから、リピーター数も多
く、インターネットによる全国からの注文も後を
絶たないという。
安心・安全で、健康面に配慮した商品を開発
静岡県内でも有数のブランドオーナーである㈱
ホテイフーズコーポレーション(静岡市清水区)
は、安全で質の高い味わいの製品作りを目指し、
積極的な提案型営業と経費削減への取組み
ハード、ソフトの両面から取り組んでいる。新商
OEM中心の生産を行っている山梨罐詰㈱(静
品の研究開発においては、特別プロジェクトチー
岡市清水区)では、ブランドオーナーへの製品提
ムを結成し、消費者ニーズの把握をはじめ、健康
案や、製造過程での経費削減に取り組んでいる。
や味のバリエーションということをポイントにお
まず、製品提案では、大手ブランドオーナーの
き、さまざまな角度から商品開発を行うことで、
営業担当者と積極的にコミュニケーションを図る
シェアの拡大を図っている。ほかにも、消費者に
ことで消費者のニーズの把握に努めている。そこ
対しさらなる安心・安全な製品を提供するため、
で、
「サラダ作りに手間のかからない商品が欲し
国内外の工場においてHACCP※4 やISO※5
い」というニーズがあった時には、ツナにコーン
の認証を取得し、信頼確保にも尽力している。
やポテトなどを加え、開けてすぐサラダとして使
また、コスト削減には、積極的に海外拠点の活
用できる製品開発を迅速に行い、ブランドオー
用を図っている。同社は県内の同業者に先駆け
ナーに提案している。こうした取組みの中から
て、1 9 8 8 年に海外へ進出、タイに現地法人を設
は、新商品として、お客様からの声や、原料費削
立した。人件費をはじめとしたコスト削減を行う
減などの提案をもとに商品開発から携わり、当社
ことで、増加する廉価な輸入品へ対抗し、収益力
※ 4 HACCP:Hazard Analysis and Critical Control Point の略で、原料の入荷から製造・出荷までのすべての工程において、あら
かじめ危害を予測し、その危害を防止するための重要管理点を特定して、そのポイントを継続的に監視・記録することで、不良
製品の出荷を未然に防ぐことができるシステムのこと。
※ 5 ISO:International Organization for Stan d a r d i z a t i o n の略で、国際標準化機構のこと。1 4 0 カ国以上が加盟し、国際
標準規格を制定している。
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SERI Monthly February 2012. No.568
の強化を図ることが目的であった。タイの国民性
は、新規ペット数が頭打ちとなるとともに、参入
として、手先が器用であることや、企業理念を十
業者も増加、競争が激化している。
分理解していただけることなども進出の決め手に
こうした中、県内缶詰業者は、さまざまな工夫
なったという。現在では、タイとシンガポールに
で需要を確保している。まず、価格面では、海外
合計3社の現地法人を構え、海外の自社工場で
での自社生産や委託生産を行うことでコストの削
は、国産の製品では採算がとりにくいフルーツ缶
減に努め、競争力を確保している。また、ペット
詰を中心に、低価格でありながら国産缶詰と変わ
の小型化や高齢化に対しては、缶詰の容器や容量
らない味と品質を提供している。
を変化させたり、ペーストタイプの製品を開発す
国産品では、近年の健康志向の高まりもあり、
ることで歯の弱くなってきたペットへの対応を
カロリーを気にする消費者向けに、ツナ缶詰では
行っている。さらに、ペットの食に対しても安
味は変わらないものの、カロリーが半分となるオ
心・安全を求め、国産ブランドを志向する消費者
イルハーフタイプや、オイル無添加でありながら
に対しては、水産缶詰で培ってきた技術を応用
まぐろの旨みと脂肪分を逃さずにしっとりと仕上
し、国産天然まぐろのコラーゲンを使用した、高
げた液切り不要の「美味しく仕上げたツナ」を開発
級感溢れる商品や、まぐろにささみ肉やしらすな
している。機能性に優れ、付加価値の高い製品を
どを加えることで、味と品質を高めている。
生産することが、新たな顧客開拓につながってい
るという。今後においても、安心・安全で健康面
に配慮した製品作りを行い、時代背景や消費者
ニーズを迅速に把握していく方針である。
市場ニーズに応える
バラエティに富んだ製品開発を
海外からの廉価品との競争や代替製品の登場な
同社では、外食産業向けなど業務用缶詰におい
どによる需要の伸び悩みや、少子高齢化の進展に
ても、取引先のニーズにきめ細かく対応してい
よる国内需要の縮小が見込まれる中、缶詰業者に
る。従来、業務用缶詰は大きなサイズが主流で
は、これまで以上に多様化する市場ニーズを的確
あったが、最近では、キッチンスペースも縮小化
に捉えた商品開発が不可欠となろう。事例企業の
しており、空き缶の処理スペースがネックになっ
ように、最高級の素材を使用することで高級化志
ていた。そこで、常温保管で缶切りが不要な上、
向に対応したり、健康志向が強まる中、カロリー
ごみ処理も簡単なツナの業務用レトルトパウチを製
を抑えた製品開発に取り組むことが欠かせない。
品化した。缶に比べ容器にかかるコストは増加す
最近は、不況による影響などから、内食化や節
るものの、取引先からの評判は高いという。
とら
約志向が高まっており、家庭内で晩酌を楽しむ
「家飲み派」が増加し、おつまみ缶詰の需要が拡大
缶詰技術をペットフードに応用
水産缶詰の需要が伸び悩む中、水産缶詰の技術
しているという。こうしたちょっとした需要の変
化に合わせて、バラエティに富んだ製品開発を進
めていくことも欠かせない。
やノウハウを活用し、ペット関連分野に進出する
このように、常に進化を続けることで、缶詰が
動きもみられる。ペット関連市場は、社会的スト
消費者のより身近なものになることができれば、
レスの増大などを背景に拡大していたが、近年で
消費拡大への可能性は広がっていくだろう。
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