Comments
Description
Transcript
ショッピングセンターでの買物客の転倒事故と運営
暮らしの 判例 消費者問題にかかわる判例を 分かりやすく解説します 国民生活センター 相談情報部 ショッピングセンターでの買物客の 転倒事故と運営会社の不法行為責任 本件は、ショッピングセンターの買物客が、店舗内に落ちていたアイスクリームに足 を滑らせて転倒し後遺症が残る障害を負ったとして、ショッピングセンターの運営会社 に対し、不法行為に基づく損害賠償等を請求した事案である。 裁判所は、運営会社の安全管理上の義務違反を認め、 損害賠償請求を一部認容した。 (岡山地裁平成 25 年3月 14 日判決、『判例時報』2196 号 99 ページ) 原告:X (消費者) 被告:Y (ショッピングセンター) Xが事故当時履いていた靴は、特に滑りやす 事案の概要 い状態にあったわけではなかった。また、本件 2009 年 10 月31日午後8時 10 分頃、Yの運 売場は、本件店舗の1階中央付近に位置し、中 営するショッピングセンター(以下、本件店舗 央出入口と生鮮食料品売場とを結ぶ主要な通路 という)の1階アイスクリーム売場 (以下、本件 沿いにあった。 みぎだいたいこつ か じょう Xは、本件転倒事故により右大腿骨顆 上骨折 売場という)前通路において、X(当時 71 歳、 女性)が、買い物袋を載せた大型のショッピン および第二腰椎圧迫骨折の傷害を負い、複数の グカートを押して歩行中、アイスクリームが床 病院等で 92 日の入院治療、85 日の通院治療を に落ちてそのまま放置されていたため、これに 受けた。Xの症状は、一下肢の3大関節中の1 左足を滑らせ転倒した。 関節の機能に著しい障害を残して固定した。 事故当日は、本件売場において一部のアイス Xは、Yに対し、店舗の安全管理を怠ったこ クリームが値引販売されていた。また、同日は とについて民法709条の不法行為責任を、また、 ハロウィーンでもあったことから、多数の客が 床が滑りやすい状態にあるのに、これを放置し 集まり、事故当時も約20名の客が行列をつくっ たことにつき土地工作物責任 (民法717条1項) ていた。 に基づいて損害賠償を請求した。 2014.6 国民生活 33 暮らしの判例 これに対しYは、自らに責任がないと主張、 として、その安全を図る義務がある。 仮に責任があるとしてもXには少なくとも9割 本件売場でアイスクリームを購入した顧客が の過失相殺がされるべきである等と主張した。 売場付近の通路上でこれを食べ歩くなどし、床 面にアイスクリームの一部を落とし、これによ り上記通路の床面が滑りやすくなることは容易 理 由 に予想される。さらに、当日は一部のアイスク 1Yの責任について リームが値引販売されており、Yとしては少なく ⒜安全管理体制 とも多数の顧客が本件売場を訪れることが予想 本件店舗では、午後6時までは外部の清掃業 されるので、本件売場付近に十分な飲食スペー 者に清掃を委託し、その後は、Yの従業員が、 スを設けて誘導したり、外部の清掃業者に対す 担当する売場だけでなく、不定期に3~4名で る清掃委託を閉店時間まで延長したり、Yの従 店舗内を巡回することとなっていた。これによ 業員による本件売場周辺の巡回を強化したりす り汚れ等を発見した場合または館内放送で呼び るなどして、本件売場付近の通路の床面にアイ 出された場合に清掃をすることとされており、 スクリームが落下した状況が生じないようにす 本件事故当時も、少なくとも3名の従業員が店 べき義務を負っていた。Yがこれらの義務を尽 舗内を巡回していた。 くしていないことは明らかである。 ⒝本件事故の原因 2過失相殺について 事故は、アイスクリームを販売する本件売場 Xとしても、本件売場付近の通路上にアイス 前の通路上で発生した。また、Xが転倒したす クリームの一部が落下して滑りやすくなってい ぐ後ろ辺りの床面に紫色の汚れが残っており、 ることを予測でき、本件売場前の通路を歩行す 本件売場で販売するアイスクリームには紫色の るに当たり、足元への注意を払うべき義務を怠っ ものがあった。さらに、事故当日以外にも、本 た過失があるが、Xは買い物袋を載せたショッ 件売場付近の床面にアイスクリーム等が落下し ピングカートを押して歩行しており、前方の床 ていることがあったこと、Xが事故当時履いて 面が見にくい状況であったため、Xの過失割合 いた靴は、特に滑りやすい状態にあったわけで は 20%にとどめるのが相当である。 はなかったことなどの事情が認められる。 これらの事情を総合すると、Xが転倒したの 解 説 は、本件売場前の通路上に落ちていたアイスク 1 コンビニでの転倒 リームに足を滑らせたことによるものと推認す ることができる。 コンビニにおいて、床が水拭きにより濡れて ⒞不法行為責任について いたため客が滑って負傷した事例において、第 ショッピングセンターは、年齢、性別等が異 一審である参考判例③は自招事故であるとして なる不特定多数の顧客に店舗側の用意した場所 コンビニの責任を否定したが、控訴審判決であ を提供し、その場所で顧客に商品を選択、購入 る参考判例④は、 「不特定多数の者を呼び寄せ させて利益を上げることを目的としているので、 て社会的接触に入った当事者間の信義則上の義 不特定多数の人を呼び寄せて社会的接触に入っ 務として、不特定多数の者の日常ありうべき服 た当事者間の信義則上の義務として、不特定多 装、履物、行動等、例えば靴底が減っていたり、 数の人の通常考えられ得る履物、行動等を前提 急いで足早に買い物をするなどは当然の前提と 2014.6 国民生活 34 暮らしの判例 して、その安全を図る義務がある」 との一般論を 述べつつも、 「利益を上げることを目的としてい 述べ、水拭き後に乾拭きをするのを怠ったとし る」ことを付け足している。参考判例⑤および てコンビニの責任を肯定した (過失相殺5割) 。 参考判例①の事例も、他の客に原因があり、参 2寒冷地のスーパーの凍った外階段での転倒 考判例⑤は事業者側にかなり厳しい義務を認め 参考判例②は、スーパーの屋外階段の凍結が つつ、過失相殺により調整しているが、参考判 原因となった客の転倒事故で、 「野外の階段で 例①の事例は、セルフサービスという運営形態 あって、雪が積もったり、氷が付着したりする も考慮されているが、共済組合が経営する職員 から、被告らは、歩行者が足を滑らせないよう 食堂という点が大きく影響している。 に安全性を確保して管理すべき注意義務があっ これまでの先例と比較して本判決がYの責任 たにもかかわらず、設置したロードヒーティン を認めたのは不当ではなく、また、Xにも2割 グの温度管理を十分行わないまま、氷を付着さ の過失相殺をしたことも不合理ではない。転倒 せて原告に利用させた過失により、本件事故を 事故で残される重大な事例は、店舗外での転倒 発生させた」として民法 717 条の土地工作物責 事例である。屋外であるため雨で濡れていて滑 任および同 709 条の不法行為責任の両責任と るのはタイルに滑りやすい素材を用いる等の事 もに認めている(過失相殺5割) 。 情がない限り客の自己責任であるが、滑りやす 3雨の日の衣料品量販チェーン店入口での い物が落ちていたり、除雪されずに雪が放置さ 転倒 れている事例が問題になる。転倒による事故の 参考判例⑤は、衣料品量販チェーン店を訪れ 重大性・頻度とその 「予見可能性」 、転倒防止の た客 ( 当時 64 歳、女性 ) が、雨の日に入口の自 「結果回避義務」 が成立し、その内容としてどの 程度の安全管理を要求するかにかかる。 動ドア付近に置いてあった傘袋のスタンド近く で転倒し、右太ももを骨折した事例で、 「客が 滑って転倒する危険があったことは明らかで、 滑りやすい状態が放置されていた」と店の過失 を認めた(過失相殺6割5分) 。 4共済組合運営の社員食堂にて他の客が 参考判例 こぼした汁で転倒 唯一責任が否定されたのは、参考判例①の事 例である。セルフサービスの職員食堂で、他の ①東京高裁昭和 63 年9月 28 日判決 客が床にこぼした汁による客の転倒事故につき、 ( 『判例時報』 1294 号 37 ページ) 「本件食堂ないし本件人造石の床が常に滑りやす ②札幌地裁平成 11年 11月17 日判決 くなっているわけではない。そして、本件食堂 ( 『判例時報』 1707 号 150 ページ) が職員食堂であること、従前転倒事故がなかっ ③大阪地裁平成 12 年 10 月 31日判決 (未登載) たこと、転倒したからといって格別の重大な結 ④大阪高裁平成 13 年7月 31日判決 果が生ずることは予想し得なかったこと等々」 ( 『判例時報』 1764 号 64 ページ) から、職員食堂の管理者である共済組合の過失 ⑤福岡地裁小倉支部平成23年11月28日 (未登載) を否定した。 5本判決の評価 本判決は、参考判例③とほぼ同様の一般論を 2014.6 国民生活 35