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第4回 著作物性(3)[PDF形式]
誌 座 学 上法 講 第 4 著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座 著作物性(3) 回 野田 幸裕 Noda Yukihiro 弁護士、弁理士 N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。 前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。 すが、法 12 条1項で別途規定されている訳で 編集著作物の著作物性 す。なお編集著作物からデータベース (論文、数 今回はまず、編集著作物の著作物性から検討 値、図形その他の情報の集合物であって、それ します。編集著作物とは、データベースを除く らの情報を電子計算機を用いて検索することが 編集物でその素材の選択又は配列により創作性 できるように体系的に構成したもの (法2条1 を有する著作物を言います (著作権法 (以下、 法) 項 10 の3) ) は除外されています (法 12 条1項) 。 12 条1項)。 しかし、データベースが保護されていないわけ 具体例としては、①随筆や小説のアンソロジー ではなく、その情報の選択又は体系的な構成に (例えば「海」をテーマとする随筆を選んで編集 創作性があるときはデータベースの著作物とし された選集)や記念論文集、②職業別電話帳 (職 て別途、法 12 条の2により保護されています。 業分類別に氏名・電話番号等を整理した電話帳) さて、編集著作物を著作権者側から見ると、 や判例集などがこれに該当します。 具体例①の場合は素材の著作物とは別の著作権 具体例①の場合、編集著作物を構成する個々 が発生することになりますし、具体例②の場合 の材料である素材は随筆や論文という言語の著 はもともと個々の素材が著作物でなかったり、 作物ですが、具体例②の電話帳の素材は氏名・ 保護の対象とはならないので、編集著作物とし 電話番号などの個人情報ですから著作物ではあ ての著作権が発生する点で実益があります。 りませんし、判決は著作権の客体にはなりませ 具体例①のように、個々の素材の著作権と編集 ん(法 13 条3号)。つまり編集著作物の素材は、 著作権とが生じる場合、両者の関係については 著作物でもよいし、一定の事実や情報など著作 「前項 (法 12 条1項)の規定は、同項の編集物の 物でないものであっても構いません。また素材 部分を構成する著作物の著作権者の権利に影響 が著作物の場合、アンソロジーのように言語の を及ぼさない」 (法 12 条2項)と規定されていま 編集著作物もあれば、クリスマスソング集など す。例えば 「海」 をテーマとして選者が多くの随 音楽を素材とした編集著作物もあれば、例えば 筆から選別し配列し表現した編集著作物自体の テレビ映画である歴代の 「仮面ライダー」 を素材 著作権は通常、その選者に帰属しますが、素材と として、その変身部分だけを集めて編集した映 なった各随筆の著作権は個々の随筆の著作者に 画の編集著作物などさまざまなものが考えられ 帰属しているので、アンソロジーに編集著作物 ます。このような多様性から、編集著作物は著 として著作権が発生してもこれを構成する個々 作物の例示 (法 10 条1項) からは除外されていま の著作物の著作者の権利は何ら影響されません。 2016.7 40 誌上法学講座 側が担当したとして、智惠子抄の編集著作権の 編集著作物の著作物性に 関する裁判例 帰属を光太郎の遺族と争った裁判例がありま す。裁判所は、出版社側から光太郎側に収録候 ◦素材の選択又は配列についての創作性 補作品とその配列案が提示されていたものの、 編集著作物として著作権が発生するための要 これは企画案ないし構想にすぎず、光太郎自身 件に戻りますが、前述のとおり、素材の選択又 が収録する詩を綿密に検討して確定し、配列も は配列により創作性ある表現がされていること 光太郎が修正・増減する意向によっていたとし が必要です。創作性は素材の選択又は配列のい て編集著作権を出版社側に認めなかった例があ ずれかに、何らかのかたちで人の精神的活動が ります (最高裁平成5年3月 30 日判決、裁判所 顕れていることで足りますが (名古屋地裁昭和 ウェブサイト) 。 62 年3月 18 日判決、 『判例時報』 1256 号 90 ペー ◦素材選択の幅と創作性 あらわ ジ)、いかに素材自体の価値がありもしくは素 著作物性に関し表現の幅が狭い場合、誰が表 材の収集に労力と時間を要したとしても、素材 現しても同じようになりがちなので、創作性の の選択又は配列に創作性がないならば、編集著 ハードルが高くなることについては既に説明済 作物性は認められません。そのため例えば、あ みですが、編集著作物の素材の選択にも同様の る地区の人名を 50 音順に配列した電話帳や、松 問題があります。 本清張の小説の中から、映画化・テレビ化され 素材の選択の幅が狭い場合は、誰が選択して たすべての小説について、題名・監督名・脚本 も同じような結果になりますが、選択の幅が広 家名などの項目について公開された時系列順に い場合には、選択者が変われば結果も変わるの 一覧表化した作品リストには著作物性は認めら が普通です。この結果、選択の幅が広い方が編 れません(東京地裁平成11年2月25日判決、 『判 集著作物としての創作性が認められやすくなる 例時報』1677 号 130 ページ) 。なぜなら前者の例 傾向にあります。 (ある地区の人名を 50 音順に配列した電話帳) この点、英単語を使用頻度により素材として は、誰もが考える選択と配列であり、何ら創作 選択し、これを見出し語として単語・熟語・慣 性はありませんし、後者の例では、上記のよう 用句・文例を選択し、配列した英和辞典の一種 な項目は「映画年鑑」 や 「テレビドラマ全史」 など である要語集を編集著作物と認め、後から出版 従来の事実情報資料としての書籍にも多数見ら された他の類似の辞典による著作権侵害を肯定 れる上、映像化された作品全部が対象とされて した事案があります (東京高裁昭和 60 年 11 月14 いるので創作的な選択がなく、時系列は誰でも 日判決、 裁判所ウェブサイト) 。この裁判例では、 考える配列だからです。 まず単語・熟語・慣用句は言語自体を表記した また、アイデアそれ自体は著作物ではありま に過ぎず、また文例は原告が創作したものでは せんが、それと同様に編集著作物においても保 ないから、個々の素材の著作物性は否定しまし 護されるのは素材の選択又は配列による創作活 た。その上で編集著作物性に関し、文例が多数 動により具体的に表現されたものであって、素 あり選択の幅が広く、文例の選択により編集物 材の選択又は配列に関する抽象的なアイデア自 に創作性が認められる場合、先行する辞典の素 体は保護されません。 材をそのまままたは一部修正して採用した結 この点については、 詩人高村光太郎の詩集 「智 果、その数量、範囲ないし頻度が社会観念上許 惠子抄」に登載された詩の選択と配列は出版社 容することができない程度に達するときは、そ 2016.7 41 誌上法学講座 の素材の選択に払われた先行する辞典の創造的 デッドコピーしていたため、要保護性が高かっ な精神活動を単純に模倣することになるので編 たことが幸いして編集著作物性を肯定しやすく 集著作権を侵害するとしております。この原審 したようにも推察されます。 (東京地裁昭和 59 年5月 14 日判決、裁判所ウェ データベースの著作物性 ブサイト)も、個々の素材の著作物性は否定し た上で、編集著作物性に関して、概ね 「学術的 次に、編集著作物と似て非なるものにデータ 著作物は先人の著作物を参考として後行の著作 ベースの著作物があります。データベースの著 がされることが多く、 このことは学問の性質上、 作物とは 「論文、数値、図形その他の情報の集合 社会相当行為として許されるが、素材の選択の 物であつて、それらの情報を電子計算機を用い 幅が広く先人の著作物を参考としても、なお独 て検索することができるように体系的に構成し 自の選択が幾らでも可能であり、かつ学術的価 たもの」 です (法2条1項 10 号の3) 。その要件 値も損なわれないときまで先人の選択行為を模 は、当該情報の選択又は体系的な構成に創作性 倣することは許すべきでない。また、このこと があることです (法12 条の2) 。編集著作物の著 は辞典の編集の場合も同様であり、文例の選択 作物性の要件が 「素材の選択又は配列」 により創 につき慣用的文章は選択の幅が狭く、非慣用的 作性を有する表現であるに対して (法12 条1項)、 文章は選択の幅が広いところ、本件では相当数 データベースの著作物性は 「情報の選択又は体 の文例が相手方の辞書に収録されており編集著 系的構成によって創作性を有するもの」 とされ 作権を侵害する」 旨、判示しています。 ているのは、データベースの場合、検索により また、素材選択の幅が狭いながらも編集著作 適宜、情報を取り出せる仕組みのため、情報の 物性を肯定した事案としては、ある中学入試用 並び順という配列は重要ではなく、情報の体系 学習塾で編集した試験対策用問題の一部を他の と整理という体系的構成こそが重要だからです。 業者が無断複製して販売した事案につき、編集 情報化とコンピュータ技術が加速度的に進行 著作権の侵害を認めた事例があります。本件は する現代社会にあっては、膨大な情報の中から 各テストの出題数が3問ないし6問程度とわず 検索ワードで絞り込み、即時に必要な情報を取 かである上、個々の問題が難易度および入試に り出すことができるデータベースを著作権法に おける出題の有無を基準として素材を配列した より権利保護する必要性がとみに高まっていま ものであったことから、この程度で編集著作物 す。しかし、同時に著作権法はあくまで 「情報の 性としての創作性が認められるかが問題となり 選択又は体系的構成」 の創作性を要件としている ました。この点、裁判所は、編集著作物の創作 ので、社会一般でデータベースと認識されるも 性は高度の創作性を要せず、指導目的および問 のと、著作権法上、著作物とされるデータベー 題作成の指針は抽象的には同業者間で共通する スとは必ずしも一致しません。 ところがあるとしても、限られた学習範囲の中 における具体化の過程では、 問題作成者の学識、 経験、個性等が重要な役割を果たし、創作性の データベースの著作物性に 関する裁判例 幅に制約がある本件にあっても編集著作物性を そこでデータベースの著作物性が肯定された 認めて、その侵害を肯定しました (東京高裁平 例と否定された例を、裁判例から具体的に検討 成 10 年2月 12 日判決、 『判例時報』1645 号 129 してみましょう。 ページ) 。この判断には相手方が問題の一部を まず肯定例としては、タウンページのデータ 2016.7 42 誌上法学講座 ベースが挙げられます。 裁判例では 「タウンペー 査証の作成を支援するデータベースにおい ジデータベースの職業分類体系は、検索の利便 て、通常選択されるべき項目であり、他業者 性の観点から、個々の職業を分類し、これらを階 のデータベースにおいても同様のデータ項目 層的に積み重ねることによって全職業を網羅す が選択されているので、データ項目の選択に るように構成されたものであり、原告独自の工 ついても創作性はない。 もう ら 夫が施されたものであって、これに類するもの ウそのデータ項目を型式指定の古い自動車から が存するとは認められないから、そのような職 順にデータ項目の分類および属性等の順序で 業分類体系によって電話番号情報を職業別に分 並べられた構成については、それ以上に何ら 類したタウンページデータベースは、全体とし の分類もなく、他業者の車両データベースに て、体系的な構成によって創作性を有するデー も同様の構成が認められており、体系的構成 タベースの著作物であるということができる。 」 にも創作性は認められない。 としてデータベースの著作物性を肯定しました この裁判例がデータベースの著作物性を否定 (東京地裁平成 12 年3月 17 日判決、 『判例時報』 した決め手は類似のものがあるなかで情報の対 1714 号 128 ページ。ルビは筆者)。決め手は他 象とデータ項目の選択ならびにデータ項目の構 に類するものがない領域で職業分類別に電話番 成も型式指定の時系列という点でありふれてい 号を階層的に類型化したという情報の体系的構 ることによります。 成に創作性が認められたことにあります。 「額に汗」の理論による保護 次に否定例として、自動車整備事業者向けに しかし、 著作物性が否定されたからといって、 国内に実在する約 12 万件分の自動車を対象とし て、メーカー・型式・種別・車体形状・寸法な 額に汗して個々の情報を収集し整理したデータ ど自動車検査証に記載する項目と同様の項目お の集積物を、他者が無断で自由に流用すること よび車種を自動車情報のデータ項目として、型 が当然に許されるものではありません ( 「額に汗」 式指定の古い自動車から順にそのデータ項目の の理論) 。仮にデータベースとしての著作物性が 分類およびその属性等の順序で並べた構成をと 否定されても、民法の不法行為 (民法 709 条)を るデータベースの著作物性を否定した例があり 根拠に相手方に損害賠償請求できる可能性があ ます(東京地裁平成13年5月25日中間判決、 『判 ります。現に上記訴訟でも、原告が制作・販売 例時報』1774 号 132 ページ) 。この裁判例では、 したデータベースのデータを無断で複製し、こ 以下のア ~ ウの点から、情報の選択及び体系的 れと類似するデータベースを制作販売した被告 構成のいずれにも創作性は認められないとして、 の行為は不法行為が成立するとしてその責任を データベースの著作物性を否定しました。 認めています。著作権法による保護がないから アデータの対象として実在する自動車を選択し といって他の法律による保護がないとは限らな いので、この点は要注意です。 たことについては、国内の自動車整備業者向 けに製造販売される自動車のデータベースに おいて通常にされるべき選択であるから、情 報の選択に創作性はない。 著作物については以上のほか ①二次的著作物 (法 28 条)②職務著作物 (法 15 条)③共同著作物 イデータ項目の選択についても、実在する自動 (法 65 条) などがありますが、①は翻案権や同一 車検査証の記載項目と車種の情報は、自動車 性保持権とセットにして、また②③は次回にま 整備業者用のシステムに用いられる自動車検 とめて検討することとしましょう。 2016.7 43