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水産加工業の復興に向けた課題と展望に関する調査研究(水産練製品

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水産加工業の復興に向けた課題と展望に関する調査研究(水産練製品
中小機構調査レポート
水産加工業の復興に向けた課題と展望に関する調査研究
~水産練製品製造業の先進経営事例調査結果からみる成功のポイント~
2012 年 3 月
独立行政法人 中小企業基盤整備機構
経営支援情報センター
-1-
-2-
目次
【要約】 ............................................................................................................................... 1
1.はじめに ........................................................................................................................ 2
2.水産練製品製造業における経営課題 ............................................................................. 5
(1)原材料調達 ........................................................................................................... 5
(2)商品戦略 ............................................................................................................... 6
(3)販路戦略 ............................................................................................................... 7
3.水産練製品メーカーの経営事例 .................................................................................... 8
3-1
神奈川県小田原市「鈴廣かまぼこ」 ........................................................................ 9
3-2
鹿児島県鹿児島市「有村屋」 ................................................................................. 14
3-3
長崎県長崎市「長崎一番蒲鉾」 ............................................................................. 19
3-4
北海道小樽市「かま栄」 ........................................................................................ 24
3-5
北海道札幌市「かね彦」 ........................................................................................ 29
3-6
石川県七尾市「スギヨ」 ........................................................................................ 34
4.共同ブランド化の事例 ................................................................................................. 40
4-1
長崎県 平成「長崎俵物」 ...................................................................................... 41
5.まとめ .......................................................................................................................... 46
【参考文献 1】 ................................................................................................................... 47
【参考文献 2】有村屋......................................................................................................... 47
【参考文献 3】平成「長崎俵物」 ....................................................................................... 47
表
表 1 水産練製品の生産量推移 .................................................................................... 3
表 2 1世帯当たり年間の水産物支出金額(単位:円) ............................................. 3
写真
写真 1 キャラクター蒲鉾 ......................................................................................... 10
写真 2「サカナのちから」 ......................................................................................... 11
写真 3 蒲鉾制作体験ができる工房 ........................................................................... 12
写真 4 有村屋のお土産商品(みやげ横町内にあるショップ) ................................ 15
写真 5 熟練職人によるしそ巻き揚げ製造 ................................................................ 16
写真 6 長崎ハトシロール詰合せ(3,200 円・税込) .................................................. 20
写真 7 平成「長崎俵物」商品 .................................................................................. 22
写真 8 「味工房かま栄」の店内と蒲鉾そば ............................................................. 26
写真 9 本社内の直売店(左側は工場見学入り口) .................................................. 27
写真 10 ソフトな食感のオードブル「テリーヌ風かまぼこ」 .................................. 30
-3-
写真 11 かね彦グルメセット E................................................................................. 31
写真 12 北海道産ワラズカ 100%使用の業務用調味すり身 ...................................... 31
写真 13 かに風味蒲鉾の進化 .................................................................................... 36
写真 14 かに風味蒲鉾「香り箱」 ............................................................................. 37
写真 15 品質検査 ...................................................................................................... 38
写真 16 平成「長崎俵物」アンテナショップ長崎空港 2 階搭乗口前店 ................... 44
-4-
【要
約】
世界的な水産物消費の増加の影響、輸入原魚の確保困難、国際的な資源争奪競争などの
海外市場の環境変化と、ライフスタイル変化による国内消費の低迷など水産加工業を取り
巻く経営環境は厳しさを増している。とりわけ、水産練製品製造業の市場規模は 1970 年代
をピークに衰退一度を辿り、半分以下になっている。練製品といえば、日本人の日常生活
に馴染み深い蒲鉾は、その製造過程で非常に複雑な生化学的変化が生じて弾力のある独特
な食感を醸し出す特徴がある。しかし、柔らかいものを好む嗜好の変化や、冷凍食品や HMR
など簡単で廉価な食品の登場など食の選択肢が豊富な今の時代では、その存在価値が薄れ
ただけでなく消費者離れをもたらしたといっても過言でもない。
上述したように水産練製品製造業界は人材確保や高齢化、原材料確保、商品化、販路先
確保などの問題を抱えている。特に大手水産加工メーカーに比べて価格と品質の両面にお
いて競争力のない中小メーカーは苦境に立たされている。とはいえ、自社がとるべきポジ
ションとは何かを見極め、問題を発見して新たなビジネスモデルに変えることができれば
新たなチャンスが見えるはずである。というのも、厳しい経営環境の中でも、経営課題を
克服しながら自社の独自経営方針をもとに際立つ企業も存在するからである。
そこで、本調査では水産練製品製造業の経営支援調査の一環として、水産練製品製造業
界の中小企業が経営戦略を策定する際の参考にしてもらうことを目的として、同業界にお
いて先進経営を行っているメーカーの商品力や販路・販売力を中心に聞き取り調査を行い、
その成功ポイントを明らかにした。本調査の構成は、まず日本の水産練製品製造業の現状
について概観した後、同業界のメーカーが抱えている経営課題(原材料調達、商品戦略、
販路戦略)を検討した。次いで水産練製品メーカーを対象としたヒアリング調査を実施し、
各社においての、商品・販路への取り組みポイントとその他の特徴をまとめた。最後には、
地域ブランドの必要性・重要性とともに、水産加工品の共同ブランド化の事例(平成「長
崎俵物」)を紹介した。なお、本調査で取り上げている先進企業は、神奈川県小田原市の「鈴
廣かまぼこ」
、鹿児島県鹿児島市「有村屋」、長崎県長崎市「長崎一番蒲鉾」、北海道小樽市
「かま栄」、北海道札幌市「かね彦」
、石川県七尾市「スギヨ」の 6 社であり、オリジナル
商品や独自の技術力を持ちつつ、経営ノウハウを蓄積してきた企業である。
先進水産練製品メーカーの成功ポイントをまとめると以下の通りである。まず、①創業
者の経営ポリシーを引き継いでいることをセールスポイント化していた。そして、②海外
調達システムを構築することにより、コストや品質面で最適な原料調達が可能になるだけ
でなく、安定かつ最適生産体制を整えていた。③地魚や地域の自然環境を活用して付加価
値を高めたユニークな商品作りは、価格だけでは競争できない差別化につながっていた。
④直営店舗やデパートといったチャネルを確保することでブランドステータスを構築して
いた。最後に、⑤老若男女を問わず蒲鉾の製造過程を見学・体験できるように「見える化」
を図っていた。
1
1.はじめに
2009 年(平成 21 年)の水産加工品生産量の割合を見ると、ねり製品が 27.3%と最も高
く、次いで冷凍食品が 16.8%、塩干品が 12.5%、塩蔵品が 11.3%となっており、この 4 種
類で生産量全体の約 7 割を占めている。そのうち、ねり製品の生産量は 49 万 7,940 ㌧で、
かまぼこ(蒲鉾)類が 43 万 1,067 ㌧、魚肉ハム・ソーセージ類が 6 万 6,873 ㌧を占める1。
とりわけ、かまぼこ2の種類には、蒸しかまぼこ、ちくわ、揚げかまぼこ、ゆでかまぼこ(は
んぺん)、卵黄(らんおう)入りかまぼこ、その他の製品(カニ風味かまぼこ)、焼き抜き
かまぼこ(あぶり焼きだけ)、などがある。
蒲鉾は海に囲まれた日本が誇る伝統魚食文化であり、江戸時代中期までは高級料理の一
品であった。以降、漁業の発展とスケトウダラの冷凍変性をほぼ完全に抑えるという画期
的な技術が開発され、練製品の低価格大量生産ができるようになった。さらに魚肉ソーセ
ージをはじめとする練製品の需要が急増し、流通の発達も伴い、練製品は身近な食品とし
て飛躍的な普及を遂げてきた。しかし、その市場規模は成長期に比べて半減している。そ
の背景には、米国ベーリング海のスケトウダラの漁獲量削減や世界的な水産物需要の増加
により原魚確保が不安定3になったこと、燃料調達コストの上昇4、就業者の高齢化、人手不
足、食の多様化による国内消費の低迷、消費者のライフスタイル変化5に伴うニーズの多様
化や食生活の変化に供給側が対応しきれなかったことによる練製品の消費者離れや、業界
全般において過当競争による価格下落と収益悪化などがもたらされたことが考えられる。
表 1 は、水産練製品の生産量推移を表したものである。1975 年(昭和 50 年)115 万ト
ン(練り製品 103 万トン、魚肉ハム・ソーセージ 12 万トン)をピークに年間水産練製品の
生産量は年々、減少しており、2010 年(平成 22 年)には、前年に比べて若干上昇したも
のの、最盛期に比べると生産量は半分以下の 57 万トン(練り製品 50 万トン、魚肉ハム・
ソーセージ 7 万トン)にまで縮小した。
1
農林水産省大臣官房統計部『農林水産統計・平成 21 年水産加工品生産量』(2010 年(平成 22 年)8 月
30 日公表)による。
2
かまぼこの用語に関しては、企業ごとに表現が異なり、漢字の「蒲鉾」とひらがなの「かまぼこ」いず
れを併用する。
3
日本に輸入される主要原料品目の需給状況に関するアンケート調査によると、水産食料品に対する需給
状況は、安定 5.1%、やや安定 12.7%に対して、やや不安定 27.8%、不安定 22.8%で、不安定の割合が安
定の割合を上回っており、原料調達の問題が浮き彫りになった。出所:農林水産省大臣官房食料安全保障
課「食品産業動態調査:食品製造業における原料調達の課題と対応策-食品製造業アンケート結果-」2010
年度(平成 22 年度)
4
現在、かまぼこ、ちくわ、魚肉ソーセージなどの練り製品は、ほとんどが冷凍すり身からつくられてい
る。
5
家計の食料費の消費動向を見ると、お米、牛肉、生鮮魚介の消費減少が見られる。生鮮魚介の減少要因
としては、単価の下落とそれ以上に魚離れが進んだことによる購入数量の減少が原因として伺える。また、
女性の社会進出による家庭内の調理時間の短縮は、水産加工品に対するニーズの変化をもたらしたといっ
ても過言でもない。実際、総務省「国勢調査」によれば、1960 年(昭和 35 年)4.14 名、1970 年(昭和
45 年)3.41 名、1975 年(昭和 50 年)3.28 名と年々減少し続けて 2010 年(平成 22 年)の 1 世帯当たり
人員は 2.5 人となった。近年の単身世帯の増加や世帯員数の減少は、消費者の購買行動において、1 回当
たりの購買額の減少、量目の減少・少量パックへのシフトなどをもたらした。
2
表 1
水産練製品の生産量推移
ちくわ・かまぼこ類(A)
年度
ちくわ
板蒲鉾
包装蒲鉾
なると・
はんぺん
魚肉ハム・
揚蒲鉾
他蒲鉾
ソーセージ
(A+B)
計
(B)
昭.50 258,882 271,683
90,786
84,519 327,068
1,324
120,708
1,154,970
55 174,377 230,578
58,342
73,184 269,211
18,037
89,457
913,186
60 199,861 184,340
57,329
85,621 290,979
73,356
92,279
983,765
平.2 181,693 165,177
57,844
54,148 279,607
90,652
85,653
914,774
7 169,559 135,633
42,693
44,837 258,698
83,300
66,196
800,916
12 153,285 119,950
34,701
40,394 232,121
65,855
60,286
706,592
17 131,732 100,781
26,805
34,153 217,862
75,632
68,282
655,247
22 101,156
19,137
34,142 200,412
69,567
72,487
574,014
77,113
出所:農林水産省「平成 23 年度食品産業動態調査(年報)」、1.食品製造業統計(速報値)より筆者作成。
注)
「平成 22 年水産加工品生産量」の加工種類及び品目の定義によると、
「かまぼこ」とは、蒸煮又は焙焼
したかまぼこ類のことで、板かまぼこ、焼板かまぼこ、などが該当する。包装蒲鉾とは、ケーシング詰、
リテーナ(金型)形成の特殊包装かまぼこ、などが該当する。
「あげかまぼこ」とは、油で揚げたかまぼこ
のことで、さつま揚げ、てんぷらなど。
「その他のかまぼこ類」とは、上記のいずれにも該当しないもので、
けずりかまぼこ、くん製かまぼこ、細工かまぼこ、などが該当する。
表 2 は、1 世帯当たり年間水産練製品の購入金額を表している。表から読み取れるように
水産練製品の消費が低下し、その市場規模は縮小傾向である。2008 年(平成 20 年)の魚
肉練製品の支出金額は、2004 年(平成 16 年)の 9,098 円に比べてやや増加した 9,399 円
となった。その内訳を見ると、揚げかまぼこは 2,676 円、ちくわは 1,805 円、かまぼこは
3,313 円である。
表 2
1世帯当たり年間の水産物支出金額(単位:円)
平成 16 年
17 年
18 年
19 年
20 年
魚肉練製品
9,098
8,942
8,850
9,048
9,399
揚げかまぼこ
2,581
2,668
2,623
2,580
2,676
ちくわ
1,857
1,707
1,692
1,708
1,805
かまぼこ
3,321
3,195
3,195
3,318
3,313
出所:農林水産省「水産物流通調査-水産物流通統計年報」2008 年(平成 20 年)。
注)全国・二人以上の世帯。
このように、長引く経済不況の中、消費者のライフスタイル変化とニーズの多様化、原
料調達コストの上昇、など水産練製品製造業を取り巻く経営環境は厳しさを増している。
蒲鉾は日本人の日常生活に馴染みの深い伝統食品である。その製造過程で非常に複雑な
生化学的変化が生じることで弾力のある独特な食感を醸し出す特徴がある。しかし柔らか
3
いものを好む嗜好の変化や、冷凍食品や HMR6など簡単で廉価な食品の普及など食の選択
肢が豊富な今の時代ではその存在価値が薄れていることは否めない。とはいえ、日本が誇
る魚食文化である練製品が消えていくわけではない。成熟・衰退産業と言われている中、
独自の商品力、販路、ブランド力を持つ老舗水産練製品メーカーは存在している。
ところが、水産練製品製造業の企業に限らず、すべての企業活動にはリスクが付随する。
一般的にリスクは自然震災などのリターンを伴わないリスクと、技術進歩、社会的な生活
嗜好の変化、これまでなかった代替財の登場、環境変化などの投機的なリスクがある。こ
こで、後者はリスク要因であり同時に利潤を得るチャンスといえよう。2011 年(平成 23
年)3 月 11 日に起きた東日本大震災は前者に該当するが、危機をチャンスとして捉えてこ
れまでルーティン化されていた経営活動を刷新させて、復興に向けての肯定的なリスクに
変えることができる。といっても、零細中小企業にとっては模範になるロールモデルが必
要であり、その方法論が分からない。
そこで本調査では、水産練製品製造業の中小企業が経営戦略を策定する際の参考にして
もらうために、先進経営を行っている同業界のメーカーを対象に聞き取り調査を行って、
その成功ポイントを明らかにした。
6 HMR:home meal replacement 家庭料理の代行業。調理済み食品を家庭に提供するフードサービスの
形態。素材をその場で加工・調理して売る。また、その調理済み食品をもいう(出所:YAHOO 辞書。)。
4
2.水産練製品製造業における経営課題
前述したように、日本における水産練製品市場は、食の洋食化による嗜好の変化をはじ
め、人口の高齢化・減少化傾向などにより衰退の歯止めはかからない状況である。特に大
手メーカーに比べて資金力の弱い零細中小メーカーは、価格競争と品質維持という課題に
悩まされているものの、海外の原料調達先を構築することや、巨額資金が必要な国際標準
化された HACCP などの認証を導入することは大変厳しい。
需要減少という成熟・衰退傾向の水産練製品製造業界における有効な経営戦略とは一体
何なのか。それは、イノベーションやコスト削減、新しいモノを作るなどの企業努力だけ
ではどうにもならないかも知らない。しかし、自社がとるべきポジションとは何かを見極
め、問題を発見して新たなビジネスモデルに変えることができれば新たなチャンスが見え
るかも知れない。たとえば、2011 年(平成 23 年)3 月 11 日に起きた東日本大震災により
すべてを失ったとすれば、災害という問題を発見し、これまでのノウハウや技術といった
無形資産を新たなビジネスに援用することができれば自社にとって新たな事業チャンスに
つながるはずである。
ここで注目していただきたいのは、消費者に向けて自社の製品に関する情報または自社
に関する情報を発信する活動は重要なポイントであるということである。いくら優れた製
品を作り出しても何らかのマーケティング活動を行わなければ売れるわけがない。にもか
かわらず、練製品メーカーは積極的に情報発信を行っているとは言い難い。もちろん、零
細練製品メーカーの最終消費者が量販スーパーの小売業者や卸売業者など個人ではないこ
ともあり、これまではその必要性が無かったのかも知れない。本調査で登場する先進企業
は、消費者と情報のやりとりを行っていた。たとえば、有村屋とスギヨは自社で資金を出
さなくても新聞や雑誌などの媒体に自社の記事や製品の紹介を掲載してもらっていた。こ
のマスコミによる広報は、資金の節約になるだけでなく、第三者のマスコミが自社のこと
について消費者に伝えてくれるということは信憑性が高まり効果が高い。また、鈴廣は、
地域振興とともに蒲鉾の普及活動を行うことで、自社(製品)に関する情報を顧客に伝え
る活動を積極的に行っていた。他にも工場見学や蒲鉾作りの体験などを設けるなどの情報
発信に効果が高いといえよう。
(1)原材料調達
日本で生産・消費されている蒲鉾をはじめ、ちくわ、魚肉ソーセージなどの練製品ほと
んどは冷凍すり身から作られており、その多くは米国及び東南アジアなどからの輸入に依
存している。しかし、200 海里実施以降、米国ベーリング海のスケトウダラの漁獲量削減や
ヨーロッパを中心に白身魚需要の増加などを背景とした価格高騰など、今後とも原魚確保
は不安定であり、近年の原油高は、さらに調達コストを押し上げる原因になっている。原
料調達の不安定化は、生産者にも消費者にも厳しい方向へと事態が推移していることを示
すが、企業側にとっては最大の経営課題ともいえよう。
5
(2)商品戦略
長引く景気低迷や販売不振といった状況下で、水産練製品の消費者ニーズの変化に対応
した商品戦略構築は重要な課題である。
新商品開発及び品質向上のためには設備投資をはじめ、品質面、ブランディング面、マ
ーケティング面の強化が必要である。とりわけ、「原材料調達」、「生産」、「加工」、「流通」
「販売」の最適化を実現するためのサプライチェーンの強化が欠かせない。ただし、その
前提条件として考慮しておかねばならない点がある。それは、今の消費者にとって蒲鉾は
食品としての魅力が低下していることである。たとえば、蒲鉾の製造過程では非常に複雑
な生化学的変化が生じる。特に徹底的に晒す工程を経て良いタンパク質を含有して弾力の
ある食感を醸し出す。しかし、それゆえに脂肪が少なく、美味しくないイメージが強い。
つまり、その独特な歯ごたえのある食感こそが、消費者離れの原因になったかもしれない。
今後、日本人が完全に練製品を食べなくなることはあり得ないが、その消費量はますます
減少するだろう。同業界の各社では付加価値を高めた今の消費者が好む商品作りのために、
お総菜として蒲鉾、未利用(低利用7)魚を活用して、規格外の魚を集めたセット商品を販
売するなどのユニークな取り組みを行っている8。
【新技術の応用】
以下では小規模のメーカーでもオリジナル新商品開発ができる「アクアガス」という技
術を紹介する9。アクアガス技術普及協議会代表幹事の名達義剛氏と女子栄養大学名誉教授
の殿塚婦美子氏によると、水産練製品の品質・生産性向上のために、既存の加熱水蒸気よ
り技術を向上させたアクアガス技術(以下、AQG )10の活用ができるという。この技術の
特徴としては、油の処理などメンテナンスが容易で、掃除にかかるコストが節約でき、生
産工程で生じるロスが少ない。商品の殺菌力が優れている点など既存の技術に比べて革新
的であることにある。そもそも加熱水蒸気は、100℃以上の水蒸気による素材への迅速な熱
伝達と酸素をほとんど含まない加熱媒体として、乾燥などに用いられてきたもので、現在
では一般家庭用の電気調理器にも搭載されるなど消費者への認知度も高まっている。
蒲鉾の日持ちは大体1~2 日程度で短く、衛生面でも中心の具材まで殺菌ができない課題
を持っている。また、製造工程は自動化されつつあるが、熟練の職人の手わざによって品
質が左右されやすい。「アクアガス」技術を使えば、既存の練製品製造の課題が解消される
日刊工業「農商工連携の今 83」2011 年(平成 23 年)7 月 18 日 13 面。
新兵衛屋(有限会社浜地屋(三重県熊野市))が低利用魚を加工した「スライス蒲鉾」は、シート状にな
っており、この蒲鉾でアスパラを包んで揚げたり、サラダを巻いたりして食べる。
9
現在は 1 台あたり高価格のために、普及されていないが、今後はリース制度を導入することを検討して
いるという。
10
AQG の技術開発の背景には、集団食中毒がある。1996 年(平成 8 年)大阪府堺市の小学校などで集
団食中毒事故が発生以来、学校給食では安全性の面から生もの(野菜・果物)は出さないようになった(女
子栄養大学名誉教授殿塚婦美子氏による)。たとえば、果物の表面を殺菌するために、さっと熱湯を通して、
冷たいお水で冷ましてカットして出したり、野菜の場合もお湯で茹でて出すように変わったという。ある
地域の学校によっては衛生面を大優先して、絶対に生野菜類を出さないようになった。ここから、学校給
食が不味くなったという声も出ている。このような背景で農産物の高品質でかつ安全で日持ちの高い一次
加工食材が作れないかという観点からアクアガス研究会が立ち上がり、現在に至る。
7
8
6
という。たとえば、さつま揚げのような魚肉の揚げ物類はアクアクッカーを利用して生産
する場合、商品品質の向上のみならずメンテナンスが簡単で、なおかつコスト低減も期待
できるという。
(3)販路戦略
メーカーから最終ユーザーに製品が渡るまでのことを流通経路あるいはチャネルという
11
。特に販路戦略とは、自社の商品・サービスを考慮して消費者にどのような経路で提供す
るかという流通経路に関する戦略であり、販路開拓、育成、強化等を含む。
水産練製品の場合、直売店、百貨店、高級スーパー、ネット通販などの多様なチャネル
を選択することができる。特に百貨店チャネルを選択的に利用することは、高級「ブラン
ド」としてある一定のステータスが保証される。たとえば、小田原の蒲鉾「鈴廣」、鹿児島
のさつま揚げ「有村屋」など老舗メーカーが主に確保しているチャネルである。一方、産
地型の場合、販路開拓力や販売力が脆弱であるがゆえに荷受業者への委託販売が主流にな
っている。たとえば、地元メーカー→荷受業者→仲買人→小売店(スーパーマーケット)
といった多段階になっている。中でも、大手量販店スーパーにはナショナルブランドの大
手食料品メーカーの参入が殆どで中小企業の参入は非常に少ない。このスーパーチャネル
は、小売店側の低価格要請が高く利益の幅が少ないため、大手メーカーでさえ、その要望
に耐えないケースも少なく競争力の低い小規模の水産練製品メーカーは減少傾向にある。
もちろん、地元内においての販路を固めることは重要ではあるが、消費者ニーズに応じら
れる新商品の開発によって、お総菜などの消費が伸びると期待できる分野(外食チェーン、
中食企業のような異業種との連携)への販路開拓が有効であろう。また、世界的に水産物
に対する需要が高まっており、成長が見込まれる水産物消費国へのチャネル開拓は有効で
あろう。
11
沼上幹『マーケティング戦略』有斐閣アルマ、2010 年(平成 22 年)(5 刷)21 頁。
7
3.水産練製品メーカーの経営事例
ここでは、独自の経営ノウハウを蓄積してきた水産練製品メーカー(神奈川県小田原市
の「鈴廣かまぼこ」、鹿児島県鹿児島市「有村屋」、長崎県長崎市「長崎一番蒲鉾」
、北海道
小樽市「かま栄」、北海道札幌市「かね彦」、石川県七尾市「スギヨ」)を対象として、各社
の商品戦略と販路戦略への取り組みを把握することを目的に聞き取り調査を行い、そのポ
イントを取りまとめた。なお、本調査で検討した事例企業の共通点を参照しながら、自社
の経営資源を考慮した上、消費者のニーズに合致するように製品と価格、流通経路、プロ
モーションなどを効率かつ効果的に組み合わせていただければ幸いである。まず、製品ラ
インの幅は広く奥行きは浅い、という特徴を指摘することができるであろう。マーケティ
ング戦略的な観点からみると、市場ニーズに対して如何に対応するかによって製品ライン
の幅と奥行きは決まる。水産練製品メーカーのほとんどは、単一の製品だけでなく蒲鉾、
ちくわ、さつま揚げなどの様々な種類の練製品をカテゴリー別にそろえていた。ただし、
幅広いラインで単純な商品作りは価格競争に陥りやすいことが懸念される。特定のライン
に絞り、奥行きを深くする「集中差別化戦略」で市場を攻略するのがより有効であろう。
次いで、流通チャネル戦略は、中間の流通業者を特定化しない「開放型チャネル政策」と
特定の中間流通業者だけに製品を流す「閉鎖型チャネル政策」の 2 つに大別される。開放
型は大量販売には効果がある反面、価格やブランドイメージなどをメーカーが管理するの
はきわめて難しい。一方、閉鎖型は価格の維持やブランドイメージ管理などに適している。
水産練製品の場合は、大手メーカーを除けば自社の直営店やデパートなどの特定のチャネ
ルだけに限定して商品を流す閉鎖型が多く見られた。そして、国内に比べると限られた企
業しか採用していないが、商社を経由して海外チャネルを持つことは、ブランドを持たな
い零細メーカーにとって新たなチャンスにつながることが期待される。
8
3-1
神奈川県小田原市「鈴廣かまぼこ」
(1)会社概要及び成長背景12

社名:鈴廣かまぼこ株式会社

代表者:代表取締役

所在地:(本社)〒250-8506 神奈川県小田原市風祭 245

電話:0465-24-3141

設立:1951 年(昭和 26 年)3 月(創業 1865 年(慶応元年 ))

資本金:9,000 万円

売上高:1,086 千万円(グループ連結、2009 年(平成 21 年)7 月)

事業内容:水産練製品造業(蒲鉾を中心に水産練製品の製造・販売)

社員:750 人

ホームページ:http://www.kamaboko.com/
鈴木
博晶 (すずき
ひろあき)
株式会社鈴廣蒲鉾本店は、1865 年(慶応元年)の創業以来、蒲鉾を中心に水産練製品を
製造、販売する老舗である。1951 年(昭和 26 年)3 月 1 日には、個人経営を改めて株式会
社鈴廣蒲鉾店と改称して会社組織となる。以降、1962 年(昭和 37 年)3 月 10 日には、商
号を鈴廣蒲鉾工業株式会社と改称、1997 年(平成 9 年)3 月 8 日に現在の社名である「鈴
廣かまぼこ株式会社」へ変更した。1996 年(平成 8 年)「かまぼこ博物館」をオープン以
来、1997 年(平成 9 年)
「箱根ビール蔵」、2007 年(平成 19 年)には「鈴廣かまぼこの里」
の運営なども行っている。鈴廣グループを形成しており、
「株式会社鈴廣蒲鉾本店」がその
持株会社であり管理部門を担当している。
(2)商品戦略
商品構成を見ると、通販を含む直売部門では、天然素材にこだわった伝統の高級板かま
ぼこをはじめ、伊達巻、しんじょ、焼きぼこ、オードブルかまぼこ、キャラクター蒲鉾に
加え、いか塩から、干物、わさび漬、魚肉ペプチドの健康食品、新感覚シーフード、手づ
くりジャム、地ビールなど多様である。また一般のストアや生協チャネル向けには、かま
ぼこをはじめ、伊達巻、揚げかま、焼きかま、季節商品、わさび漬を販売している。商品
価格は高めに設定している。おせち用の蒲鉾需要は大きく、毎年 12 月の売上高は年間売上
高の約 4 分の 1 程度にも上る。
かまぼこのブランドである「鈴廣」に加えて、干物屋の「こゆるぎ屋」では、「手塩作
り」、「一汐づくり」、「時季のさかな」、「手づくり漬魚」、「おすすめセット」などを販売し
ており、商品によってはオンラインショッピングでの取り扱いもある。次いで、
「かまぼこ
キッズ」は、子供に人気の「トミカ」(写真の一番左)をお弁当サイズに小さくかまぼこを
12
インタビュー対応者及び日時:代表取締役副社長
23 年)6 月 17 日(金)14 時~16 時 30 分。
9
鈴木悌介(すずき
ていすけ)氏。2011 年(平成
全 4 種類(トラック・ブルドーザーセットとパトカー・バスセット)
、「リカちゃん・ハー
トかまぼこ」
(写真の真ん中)、鈴廣オリジナルキャラクターの「グッちゃん・キューブ」
(写
真の一番右)のかまぼこがある。
写真 1
キャラクター蒲鉾
出所:同社のホームページより抜粋。
そして、「汐風の果樹園」は、かまぼこ製造の副産物である魚肥で育てた果実で作る手
づくりジャム、ソース、ドリンクなどを販売するブランドで、果物の収穫から煮詰めまで
手作業にこだわった製法で製造している。鈴廣の姉妹ブランド 「SEAtoYOU suzuhiro」
では、和風に限定しないかまぼこの提案として、新しいイメージの新感覚シーフードを販
売している。既存の魚肉ソーセージとは全く異なる魚のソーセージである「シーセージ」
は魚の旨みを活かした「プレーン」、ピリッと香るペッパー風味の「チリ」、バジルとパセ
リ入りの「ハーブ」がある。「シーフランク」は、エビ、ホタテ、イカが入り、より食感と
味に工夫が凝らされている。鈴廣では地ビール「箱根ビール」の醸造も手がけ、
「箱根ピル
ス」13、
「小田原エール」に加え、四季ごとに季節限定のビールを販売している。
「あげかま
屋
すず天」は、かまぼこ手づくり惣菜ブランドで揚げ物や串物などもある。野菜をまる
ごとすり身の衣で包んで天ぷら風の「まるごと野菜天」、みじん切りやペースト状にした野
菜をすり身に混ぜて揚げた「えれんな揚げ」、軽食の「おっととライス」がある。
【品質管理と商品開発】
厳格な工場内の工程管理、衛生管理はもとより、製品については、品質管理センターで
の機器と官能による検査を経て、さらに、社長と副社長による官能検査が毎日実施され、
おいしさの追求には企業のトップ自らが関わっている。
商品のパッケージ、包装資材、商品パンフレットやポスター等のデザインと制作は外注
せず、全て社内の「クリエイティブデザイン課」に所属する社員が行っている。
今後の海外での社会貢献の一環として、長年培ってきた魚肉たんぱくの加工技術である
かまぼこ製造のノウハウを生かして、東南アジア地域等において、未活用の現地の魚を使
い、低栄養対策等の現地向けの商品開発を模索している。また、姉妹ブランド「SEAtoYOU
suzuhiro」では、既存の魚肉ソーセージをアレンジしたオリジナル・シーフードを販売し
ているが、海外向けの展開も検討中である。
日本地ビール協会が主催する三大コンペの一つである「国際ビール大賞」で 2006 年(平成 18 年)か
ら毎年受賞した。
13
10
【蒲鉾つくりの技術を生かした新しい消費シーンの提案商品】
魚離れが言われて久しい日本の食生活の中で現代人がもっと手軽に魚のよさを享受でき
るようにと全く新しい魚肉たんぱく食品を開発した。長年のかまぼこ作りから得た技術を
活かした魚肉ペプチド食品である。魚たんぱくを、その栄養機能をそのままに、さらに消
化吸収されやすいように加工した常温流通可能な健康食品である。
この「サカナのちから」シリーズは、ビジネスパーソン向け、アスリート向け、アクテ
ィブシニア向け、ニーズごとに分かれる。
写真 2「サカナのちから」
出所:同社のホームページより抜粋(http://sakanano.com)
【原料調達】
すり身原料は、国内の冷蔵原料に加えて、海外の 3 箇所に自社専用のすり身製造の協力
工場を設けて、現地で捕れた魚の内蔵や骨を除去し、水さらしを施した状態でブロック状
で急速凍結したものを調達している。特に同社では、持続可能な資源活用を念頭に、現地
での資源管理と漁業者との共生に力を入れているという。これは自社にとっても安定的な
原料調達につながっている。資源管理、工程管理や品質管理のために常時日本から社員を
現地派遣している。
(3)販路戦略
同社のターニングポイントは、1962 年(昭和 37 年)の本社・工場をそれまでの小田原
市の小田原魚市場近くの旧市街地から現在地(小田原市風祭)へ移転させたことだという。
戦後の高度成長下でのモータリゼーションの発展に合わせ、ドライブイン形式の直売店と
ガラスごしにかまぼこ製造工程が見える「見る工場」を展開した。
同時に首都圏の百貨店に積極的に出店することでブランド認知を高めることに成功した。
鈴廣のブランド戦略として、独自の文字デザインを採用した CI がブランドイメージの統
一に大いに貢献していると言えよう。
現在では前述のドライブイン形式の店舗が進化した「鈴廣
かまぼこの里」には、年間
180 万人ほどの集客があり、小田原・箱根・伊豆観光の名所となっている。
主な販路は上記の「かまぼこの里」をはじめとする直売店をはじめ、百貨店、スーパー
マーケットであり、今後もチャネルごとにバランスよく維持していくという。
11
小田原かまぼこは、比較的高価格の物が多く(安い物でも1本 900 円前後)、おせち需要
が前年間売上の約 6 割から 7 割を占める季節商品である。また、同社を含めてほとんどが
近隣の観光地(箱根)の土産物としての需要で成り立っているという特徴がある。
鈴廣オンラインショップでは、蒲鉾をはじめ、干物など同社で扱っている商品のほとん
どがラインアップされている。なお、「商品リストから選ぶ」、季節やお祝い用の「用途で
選ぶ」、「特注品を選ぶ」など商品購入ニーズごとにアクセスできる。
【かまぼこの里】
2007 年(平成 19 年)6 月 15 日、「買う・食べる・遊ぶ」をテーマにお土産や食事、蒲
鉾体験教室など和の食文化の深みを体験できる複合施設「かまぼこの里」をオープンさせ
た。施設内には、「かまぼこ博物館」をはじめ、特選品や贈答品など高級蒲鉾を販売してい
る鈴廣かまぼこの顔とも言うべき「鈴廣蒲鉾本店」、会席・割烹・そば・茶房の 4 種類のお
食事処がある「千世倭樓」、蒲鉾からジャム・ソース・雑貨などのお土産が買える「鈴なり
市場」、400 席の団体向けの食堂と多目的ホールがある「鈴の音ホール」、かまぼこ手づくり
体験もできる「かまぼこ博物館」、地元の食材を使ったバイキングレストラン「えれんなご
っそ」で構成されている。鈴木副社長は、
「ワクワクするようなお買い物、おいしいお食事、
かまぼこの手づくり体験等を通じて、日本の伝統文化の美しさの中で、楽しみながらかま
ぼこのよさを感じていただき、かまぼこのファンになっていただく、そんな家族 3 世代で
楽しめる施設を目指しています。」と語る。
写真 3
蒲鉾制作体験ができる工房
出所:筆者撮影。
12
【海外販路】
水産練り製品は、日本人以外が世界の生産量の半分を消費しているが、特にカニ風味か
まぼこはヨーロッパを中心に消費量が近年増加傾向である。同社は早い段階から海外への
販路を設けていた。1981 年(昭和 56 年)から 1991 年(平成 3 年)まで米国の現地法人を
設置し、カニ風味かまぼこの製造販売に携わった経験がある。その当時の現地の責任者で
あった鈴木副社長は、
「ボリュームを追いかけてむやみにマーケットシェアを求めていくの
ではなく、創業以来 140 年間蓄えてきたノウハウを活かしつつ、魚及び加工食品の普及に
力を注ぐ姿勢をとりつつ、常に蒲鉾づくりでどのようなことをすれば顧客に喜ばれるか、
役立つかということを考えること、そしてかまぼこの需要そのものをどう創造するかに腐
心している。他社の動向を知りつつ、自社がベストであると思われる方法で拡販をはかり
つつ業界全体にも働きかけ、かまぼこの商品価値を上げていくことが重要である。」と、そ
して、「特に海外での展開については、闇雲に販路を拡大するのではなく、いかに天然資源
である魚を持続可能な形で使わせてもらいつつ、世界の食生活に貢献するかという視点で
慎重に考えたい。」と語る。
(4)まとめとその他の特徴
以上のインタビュー調査結果を踏まえ、そのポイントをまとめる。
第 1 に、業界のリーディングカンパニーとして、低迷する練製品市場の消費を引き上げ
るための地道な活動と併せ、まちづくりや地域での資源循環など地域密着の活動にも積極
的に役割を果たしてきた地域発展貢献度の高い企業である。ちなみに、同社の経営方式を
視察に来る企業も全国的に多い。
第 2 に、長年蓄積されたノウハウを生かしての健康食品という異業種への参入は、同業
界の企業へ新たな可能性を示唆する。
第 3 に、同業界では珍しく顧客関係管理(CRM)を行っている点である。例えば、リピ
ータ顧客を確保するために、「如倶楽部」という会員制度を設けて、商品券に引き換えられ
るポイントサービス、宅配便送料の 5%割引サービス。さらに、店舗でのウェルカムドリン
クサービスやかまぼこ博物館での「かまぼこ手づくり体験教室」参加料を割引するなど様々
な特典を提供している。
価格競争に走ることなく、「いかに一回のお客様に一生のお客様になってもらうか」を徹
底追及している。
第 4 に、飽きやすく多様化するニーズに応じられる商品開発力の源泉は、経営陣の前向
きな発想にある。鈴木副社長は、「かまぼこはまだまだ将来性のある食品であり、開拓する
余地は無尽蔵にある。また、強い組織とはいかに変化に対応できるのかというだけではな
く、どうすれば変化を起こせるのかということを考えられる組織である」と語る。このよ
うなポジティブな発想を持ちつつ、自社ができることを堅実に行動に移すことこそが経営
ポイントである。
13
3-2
鹿児島県鹿児島市「有村屋」
(1)会社概要及び成長背景14

社名:株式会社有村屋

代表者:代表取締役社長

所在地:〒891-0122 鹿児島県鹿児島市南栄 3-24-5(本社工場)

電話:099-269-5711

設立:1951 年(昭和 26 年)8 月

資本金:資本金 1,000 万円

売上高:2011 年度(平成 23 年度)売上高 10 億 9,000 万円

事業内容:水産練製品造業(さつま揚げの製造販売)

社員:75 人

ホームページ: http://www.arimuraya.co.jp
有村興一(ありむら
こういち)
有村屋は、有村屋蒲鉾店として 1926 年(昭和元年)に有村末吉が創業し、その後、1930
年(昭和 5 年)に有村盛吉が 2 代目として経営を拡大した。盛吉は、1951 年(昭和 26 年)
7 月、有限会社有村屋を設立、創業以来のさつま揚げに止まらず、1953 年(昭和 28 年)に
は蒲鉾ソーセージの製造・販売に進出、全国蒲鉾品評会において水産庁長官賞を受賞して
いる。さらに 1971 年(昭和 46 年)、伝統のさつま揚げ15についても同品評会において農林大
臣賞を受賞し、同年、株式会社有村屋に社名変更するとともに、現社長の有村興一氏が社
長に就任し、今日の名声の征矢を築いた。同年、南栄本社工場を開設し、最新鋭の工場設
備に対して衛生優良施設として厚生大臣賞を受賞している。
現在の有村興一社長の経営理念と戦略は今日の業況形成に大きいといえよう。1974 年(昭
和 49 年)、東南アジアおよび米国に輸出を始め、翌 1975 年(昭和 50 年)、ドイツのケルン
にて開催されたアヌーガ国際食品見本市に出品したのが同社の国際化の始まりである。
1975~1984(昭和 50 年代)年には、次々と商品開発を進め、伝統的なさつま揚げにとど
まらず、うずまき蒲鉾、蒸し蒲鉾、さつま蒲鉾桜島燻煙などを開発し、それぞれ全国蒲鉾
品評会栄誉大賞を受賞している。
その後、1985 年(昭和 60 年)にインドネシアにて技術指導を行い、有村屋ブランドで
製造・販売を開始し、国際化の方向を拡大してきている。平成時代に入り、国際化の志向
はさらに拡大し、1993 年(平成 5 年)にフランス・パリ市での国際食品見本市に出品した
ことに自信を深め、毎年、各国での物産展、博覧会、国際食品展などに出品している。翌
2007 年(平成 19 年)には第 29 回食品産業優良企業等表彰を受賞し、2007 年(平成 19 年)
において技術功労部門での農林水産大臣賞として「フードマスター食の匠」賞を受賞した。
また 2009 年(平成 21 年)には組合関係功労者として農林水産大臣賞を受賞している。
14
インタビュー対応者及び日時:代表取締役社長 有村 興一(ありむら
23 年)7 月 11 日(月)10 時~12 時。
15
地元の鹿児島ではさつま揚げは「つけあげ」と呼ばれる。
14
こういち)氏。2011 年(平成
(2)商品戦略
有村屋の商品構成はさつま揚げ 7 割、蒲鉾 3 割となっており、贈答用、日常用、土産用
の 3 つに分けられる。贈答用の木箱入り風呂敷包みの「特選さつまあげ」3 種、
「特上さつ
ま揚げ」10 種、「特上袋入りさつま揚げ」9 種、「真空花かご入りさつま揚げ」2 種、「特上
さつま揚げ真空」6 種、
「さつま蒲鉾燻煙」8 種、
「高級折詰かまぼこ」10 種などがある(同
社商品カタログ『美味浪漫』より)
。
写真 4
有村屋のお土産商品(みやげ横町内にあるショップ)
出所:筆者撮影。
さつま揚げの原料すり身は、海外から 5 割以上(スケトウダラ上級もの、それに東シナ
海産エソ、グチ)を調達しており、地元ではアジ、イワシなどの青物をブレンドして魚身
味を出している。原料関連のポリシーとして上級原料を使用することで販売価格競争力を
維持することに努めている。また具材として、ごぼう、にんじん、さつまいも、菜の花、
筍、山菜などの野菜類、のり、ごま、しそ、などを使用している。有村興一社長は、「従来
は一番よい原料は、かまぼこに使用し、その下のクラスをさつま揚げに使用してきたが、
それを逆にしてよいものをさつま揚げに使って売るようにした。品質に差が出てくるにと
もない、客が認めてくれるようになった」と言う。
【HACCP システム】
同社は鹿児島県の水産加工業(さつまあげ)の先駆けとして HACCP16を導入している。
いち早く海外に輸出を果たした同社は、1995 年(平成 7 年)に上海出店、1998 年(平成
HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point):危害分析重要管理点。食品を製造する際に工
程上の危害を起こす要因(ハザード;Hazard)を分析しそれを最も効率よく管理できる部分(CCP;必須
管理点)を連続的に管理して安全を確保する管理手法。
16
15
10 年)に SGS ジャパン社を通じて HACCP システム認証を受け、対米輸出認証を獲得し
た。その後 2006 年(平成 18 年)には HACCP システム管理法に基づき、鹿児島市南栄工
業団地に新本社工場を竣工した。
すべての製品は自動化・機械化された工程で生産されるが、個別に取引先や顧客の要望
に応じて小まめな商品づくりが可能になる生産体制をとっている。もちろん成形工程は機
械生産も可能であるが、手作業で季節性のある具材を乗せたり、のりやシソを巻いたりし
ている。この工程は、熟練を要し、職人仕事であることが、商品づくりに特色を出せる要
素になっている。
写真 5
熟練職人によるしそ巻き揚げ製造
出所:筆者撮影。
【商品開発】
商品開発では、顧客の要望に小まめに対応する考え方を重視している。しかし、伝統性
を維持するためには、鹿児島独特の地酒を入れ、ゴマなどの具材の入れ方、調味料の入れ
方など味付けの手法を保持しており、形状や種類、色合いなどに工夫して「パッと思いつ
いたものを創る」というパターンが多いという。そして、冷めても美味しいさつま揚げを
作るために品質差別化を図り、地元固有の食べ方をもたらしたという(同社の社長)。たと
えば、「鹿児島の人たちは、さつま揚げを食べるのに温めて食べるのはもったいない」「作
りたてがおいしいのではなく、冷えてもおいしくないといけない」という考え方をすると
いう食感を好み、甘口の味覚が好まれるという。
(3)販路戦略
本店は鹿児島市郡元 2 丁目にあり、売店として、山形屋百貨店鹿児島店地階さつまあげ
16
コーナー、山形屋宮崎店新館地階、松坂屋銀座店地階、松坂屋上野店地階、仙厳園内売店、
JR鹿児島中央駅キヨスク売店、鹿児島空港ロイヤル売店、鹿児島空港 JALLUX 売店、東
京さつまいも館内さつまあげコーナーと 8 店舗を展開している。有村社長は、鹿児島県内
では組合の店舗とバッティングするために出店を控えている。
チャネルは、当初から百貨店での贈答用が中心であったことから、今日でも販売チャネ
ルの中で百貨店が売上高に占める割合が高い。ただ、百貨店のテナントでは、地元百貨店
(山形屋)に限定しており、鹿児島県外では東京の松坂屋銀座店および上野店に出店して
いる。贈答品のチャネルとしては、歳末需要が最も多く、年間売上の 2 割を占める。
そもそもさつま揚げの日持ちが短く地元消費が大半であったが、真空パックや冷凍技術
の発展が、販路拡大に貢献したといえる。たとえば、真空パックの商品は賞味期限が 1 カ
月と長いが、通常品は賞味期限が 6 日間と短いので日常用である。さらにマイナス 30 度以
下の冷凍技術の導入で冷凍保存が可能となった「冷凍さつまあげ」の場合、賞味期限が 4
カ月と長い。この技術は「揚げたてのさつま揚げの美味しさそのままマイナス 30 度以下の
『トンネルフリーザー』
」での急速冷凍によるパック包装商品の開発を可能にしたものであ
り、電子レンジによるパック包装のままでの解凍による食味の保持と長期保存を可能にし
たことにより、「個包装」品が開発された。これにより「長期保存さつまあげ」というチャ
ネルの形成を可能にした17。
また、通信販売チャネルとしてオンラインショップを設けている。同社のホームページ
上で、オンラインショッピングを開設しており、
「商品一覧」
「ご注文の流れ」
「ご購入方法」
が明示されている。ヤマト運輸による全国配送が可能になっており、賞味期限が 5~6 日と
短い商品についても配送可能とされている。
(4)まとめとその他の特徴
以上のインタビュー調査を踏まえ、そのポイントをまとめる。
第 1 は、有村興一社長の地域産業リーダーとしての指導性である。有村社長は、大学卒
業後、丁稚奉公を経て家業を継ぐ、現場育ちの遍歴の持ち主である。また、28 社で構成さ
れる鹿児島県蒲鉾協同組合の理事長を務められており、島津斉彬の時代に沖縄から伝承し
た製法による伝統のさつま揚げの産地ブランド化に貢献されている。この技術力の裏付け
のある中小企業経営者の指導性が、成長要因として働いているといえる。
第 2 に、同社が先進的に HACCP システム認証の導入に努力したことが、製品信頼性の
向上に寄与している。
第 3 に、同社の課題も、上記第 2 の特徴から派生しているといえる。それは財務面での収
益性の課題であり、比較的に高価格帯ポリシーを維持しているが、近年の原料高に加えて、
工場新設による償却費増に耐えていくことを要求され、最近 5 年の収益率は低下傾向にあ
る。
第 4 に、後継者問題が中小企業に共通の課題であることが、有村社長からも指摘されて
いる。
17
出所:有村屋パンフレット『冬の特選ギフト』および『春の旬だより』より。
17
第 5 に、海外事業展開の課題である。従来、同社では鹿児島県主催のヨーロッパや米国、
東南アジアでの物産展などへの参加を通じて日系人需要に対応してきた。たとえば、1974
年(昭和 49 年)に米国等への進出をしていることは、同社の取り組みの先見性を示してい
るといえる。しかし、ヤオハンを通じての中国上海のフードコート内に小工場による出店
を果たしたものの、母体ヤオハンの経営危機などの問題があって撤退してしまった。その
原因は、価格的な壁、ヒトの問題などで海外進出が簡単ではなかったからであるという。
問題点の核心は、生産拠点のヒトの確保、さつま揚げの味覚を生み出せる人材確保が容易
ではないことであるという。しかし、今後も市場として魅力の大きい中国には、鹿児島県
上海事務所の支援を得て、再度の挑戦を試みたいという。
18
3-3
長崎県長崎市「長崎一番蒲鉾」
(1)会社概要及び成長背景18

社名:長崎蒲鉾有限会社

代表者:代表取締役社長
髙﨑一正(たかさき
かず
まさ)

所在地:〒851-0314 長崎県長崎市田中町 279 番地 55

電話:095-832-0731

設立:1946 年(昭和 21 年)3 月 9 日

資本金:700 万円

売上高:9 億円

事業内容:水産練製品造業(蒲鉾を中心に水産練製品の製造・販売)

社員:140 人(うち正社員 40 人、2011 年(平成 23 年)7 月現在)

ホームページ: http://www.n-ichiban.com/
長崎一番蒲鉾は 1914 年(大正 3 年)に先代の祖父が創業し、2 代目の社長の叔父を経て
現在の社長に至る。当時は、蒲鉾が大変売れた時代で、唐人屋敷入口にて主にお祝いの蒲
鉾「紅白の蒲鉾」を主力商品として、2 代目の 4 人兄弟による家族経営体制で運営していた。
商品の半分以上は、長崎産の原料を約 70%以上使用しており、100%長崎産の原料の物
も多く、無添加にもこだわっている。長年の取引先である生協からの注文が多く、合成保
存料は使わない、調味料もあまり使わないこだわりがある。これは、先代の社長(祖父)
から受け継がれている経営方針によるものである。平成「長崎俵物」の初期企画段階で、
厳しい基準にすぐにでも対応できる体制であったという。
(2)商品戦略
商品構成を見ると、長崎俵物の御蒲鉾 280 ㌘、2,100 円(税込み)、長崎伊達巻 260 ㌘ 1,575
円(税込み)
、お祝い用の上板詰め合わせ 2 本入り木箱 3,570 円(税込み)など、揚げ物が
6 割、練り物 4 割を占めており、お中元、年末のお歳暮、お正月に売上が集中している。昔
に比べると全体の売上高は落ちているが、ギフト、進物、結婚式の引出物として多くの顧
客に支持されているという。また、業務用の商品はいかやゴボウ、枝豆など具入りの揚げ
蒲鉾類が多く、賞味期限はチルド商品約 6 日、真空パックの場合は約 30 日、冷凍は約 60
日持つ。
商品開発に関しては、主に社長自ら市場などの現場でヒントにしたものをアレンジする
アイデアと社長の奥さんによるという。
同社の社長は、ますます練り製品の原料状況が厳しくなっている中、今の蒲鉾作りに対
18
インタビュー対応者及び日時:代表取締役社長
23 年)7 月 12 日(火)11 時~12 時。
髙﨑一正(たかさき
19
かずまさ)氏。2011 年(平成
して 100%の魚肉で作っているのがどれだけあるのかというのがわからない状況で、すり身
以外の大豆たんぱくを使用したかまぼこが増え、本来のかまぼこがなかなか少なくなって
いると指摘する。幸いに長崎蒲鉾水産加工業協同組合19の組合員として地場で揚がる魚を買
ってすり身として加工しており、原料調達に関しては恵まれている。本社工場においては、
仕入れ→製造→低温管理→商品の発送までライン別にスムーズでスピーディな一本のライ
ンを作り上げて生産管理している。
【地元のB級グルメを生かした商品化】
2010 年(平成 22 年)、長崎出身の歌手の福山雅治氏が主演した NHK 大河ドラマ『龍馬
伝』が盛り上がったことで長崎県観光の大きな追い風となった。当時、県内では「歴史と
食のワンダーランド」と評される豊富な観光資源を発掘して情報発信を積極的に行った。
県内にはちゃんぽんをはじめ、皿うどん、カステラなど名物がたくさんあるが、そのコア
にあったのが「食」である20。同社でも長崎県や市からのキャンペーンなどに乗り、龍馬お
でんや他にもインパクトのある地域商品を作り出している。特にご当地 B 級グルメからヒ
ントを得て作った「長崎ハトシロール」は大ヒット商品となった。これは中華料理や卓袱
料理21の一品が由来である。この商品は発売後、間もなくヒット商品となり、2010 年(平
成 22 年)第 48 回 長崎県水産加工振興祭 農林水産大臣賞を受賞、2011 年(平成 23 年)
第 50 回 農林水産祭 内閣総理大臣賞を受賞した。さらに全国蒲鉾品評会や全国水産加工業
共同組合連合会などで 24 回以上の受賞歴を持つ。現在長崎県内では「長崎ハトシロール」
と類似する商品を 6 社ほど販売しているが、同社では白身の代わりに長崎県産の青魚(ア
ジ)をベースにして、たまねぎ、お肉、を配合してちょっとかまぼこ風味に仕上げること
で差別化を図っている。
写真 6
長崎ハトシロール詰合せ(3,200 円・税込)
出所:同社のホームページより抜粋。
19
長崎市を中心とした蒲鉾製造業者は、蒲鉾製造時に生じる排水への規制が強化されたことに伴い、規制
へのより効率的な対応として共同ですり身加工を行うことを決定。水産業協同組合法により、1972 年(昭
和 47 年)に組合が設立された(出所:http://www.surimi.or.jp/)
20 「日経流通新聞」2011 年(平成 23 年)9 月 5 日付、4 頁。
21
卓袱料理(しっぽくりょうり)とは、中国料理や西欧料理が日本化した宴会料理の一種。長崎市を発祥
の地とし、大皿に盛られたコース料理を、円卓を囲んで味わう形式をもつ。和食、中華、洋食(主に出島
に商館を構えた阿蘭陀、すなわちオランダ)の要素が互いに交じり合っていることから、和華蘭料理(わ
からんりょうり)とも評される。(出所:ウィキペディア)
20
【未利用魚の付加価値を高めた商品化】
当地ではあまり商品価値がなく餌用に利用されていたサンマが、たくさん採れていたと
いう。当時取引先のお客さんからそのサンマを資源として有効活用できないかと言われた
ことがきっかけとなり、すり身に加工してアジ、コノシロなどの魚も混ぜ合わせて天ぷら
にしたところ、大変評判が良かったという。以降、それまで未利用魚として扱われてきた
サンマは商品として(サンマのすり身は 30 トン、原料としては 100 トン)売れ始めただけ
でなく、商品差別化にもつながった22。
【平成「長崎俵物」の認定企業】
平成「長崎俵物」は地域ブランドの一環として長崎県によって企画された。同社は認定
企業として、10 年前から、数々の商品を出品している23。この企画に参加した初期は多少
不安もあったが、神奈川県小田原の成功事例からその可能性を信じることができたという。
同社では認定企業となる条件をすでにクリアしていたという。それは合成保存料や着色料
は一切使用しないこと、原料も輸入スケトウだけではなくて 5~6 割以上を長崎県産にこだ
わっていたので問題なくすぐにも対応できたという。初期の商品は蒲鉾を中心にスタート
したが、揚げかまぼこも少しずつ増やすなど現在は多様な商品を生産している。
同社の社長は、平成「長崎俵物」の認定企業となった成果は一定以上あると語る。まず、
メリットとしては、平成「長崎俵物」ブランドの認知度もあり、品質に関して関連企業に
アピールし易くなったことである。デメリットとはいえないが、初期は注文量が少なくて
板付けの1本でも注文が来ると作らなければならず、生産単位が小さかったことで苦労し
たという。また、専用の袋に入れシールを張って、穴を開けてタグをつけて紐できれいに
結ぶといった一連の手作業が大変手間暇が掛かるという。
本社の 1F「東長崎直売店」には、平成「長崎俵物」をはじめ、揚げたて蒲鉾や贈答品な
どが直売されている(写真 7)。
脂がのっているサンマは北海道から南下して 11 月頃から 2 月間に長崎で水揚げされるが、長崎県五島
で揚がるのは痩せて脂も何もなく、魚の餌にもならないほど商品価値がないという。漁師の中では、お金
にならない魚として扱われていた。
23 この平成長崎俵物に関する詳しい内容は、4 章の共同ブランド化実例を参考されたい。
22
21
写真 7
平成「長崎俵物」商品
出所:筆者撮影。
(3)販路戦略
直営店舗は、籠町店、チトセピア店、東長崎直売店があり、平成「長崎俵物」のショッ
プ「夢彩都店」、「長崎空港店」を含めると 5 箇所になる。なお、贈答用の商品は主に百貨
店チャネルに出している。
通信販売チャネルとしてオンラインショップ設けている。ホームページ上では、バラエ
ティの「詰合せ」、お好みの商品を選んで詰め合わせることができる「板付・竹輪」、平成
「長崎俵物」に登録されている商品が購入できる「平成長崎俵物」、仏事やお祝い向けの「特
別な日の蒲鉾」、そのほかの長崎一番のオリジナル商品が購入できる「その他」のコーナー
が設けられている。
同社では海外などへの販路拡大は検討していないが、今後、現在の俵物を活用した販路
が見つかればそれに対応していくという。
(4)まとめとその他の特徴
以上のインタビュー調査を踏まえ、そのポイントをまとめる。
第 1 に、同社では、今の消費者のニーズに対応するために伝統ある老舗としてのプライ
ドを守りつつ、地場の原料を使うこだわりと、新しい練製品の食べ方を提案する商品開発
を行っている。それは、結果的にかまぼこの消費を引き上げることに繋がるだろう。
22
第 2 に、平成「長崎俵物」の認定企業であることで、対外にアピールしやすくなったこ
とである。
第 3 に「長崎蒲鉾水産加工業協同組合」の会員として、安定的な原料調達ができ、収益
も安定しているが、多くの商品の原料は長崎県産比率が高く、練物製品に対する消費の低
下がますます進むと経営利益確保を圧迫する恐れがある。
23
3-4
北海道小樽市「かま栄」
(1)会社概要24

社名:株式会社かま栄

代表者:佐藤公亮(代表取締役社長 6 代目)

所在地:〒047-0027 北海道小樽市堺町 3-7

電話:0134-25-6181

設立:1974 年(昭和 49 年)6 月

資本金:資本金 2,000 万円、

売上高:18 億 4,348 万円(2008 年(平成 20 年)5 月期決算25)

事業内容:水産練製品造業(魚肉練り製品製造販売・飲食店)

従業員:140 人(うち、パート・アルバイトが 36 人)

ホームページ: http://www.kamaei.co.jp/
株式会社かま栄の前身は、1905 年(明治 38 年)、初代の小林清六が開業した「かま栄商
店」である。以降、現在の代表取締役社長、佐藤公亮は初代から数えて 6 代目であるが、
佐藤家による支配が確立する原点は、1933 年(昭和 8 年)4 月に、公亮の父、佐藤仁一が
宮崎嘉逸に請われて、当時の丸井今井函館店の副支配人であった仁一が、合資会社かま栄
の代表取締役社長に就任したことを源点としている。5 代目佐藤仁一は、丸井今井で培った
手腕を発揮し、1933 年(昭和 8 年)、株式会社かま栄商店に改組し、代表取締役社長とな
り、1974 年(昭和 49 年)に三男公亮に職を譲るまで商才を発揮した。
「かま栄」の歴史を
簡潔に見てきたが、1905 年(明治 38 年)の「かま栄蒲鉾店」の創業を原点とすれば、
「か
ま栄」は文字通り「百年企業」と言えようが、今日の「株式会社かま栄」が、生産の近代
化・効率化をベースに多店舗展開によるチャネルの拡張、絶えざるアイデアのひねり出し
による製品開発、原材料の厳選による品質差別化、従業員の経営参加によるアイデア湧出、
といった経営の基本的な働きを、今日的な競争要因として重視するならば、5 代目の佐藤仁
一社長から以後の「かま栄」の発展は、明らかに経営者の手腕という点でターニング・ポ
イントとなっている。
主たる業態は魚肉練り製品製造販売であるが、加えて土産品販売、レストラン・喫茶店
経営を展開している。
(2)商品戦略
商品構成は、総合すると通常 60 品目、お正月商品を含めると 120 品目にも及び、一品ご
とに職人の手作りで成形されるものづくりの粋によって維持されており、1g当たりの単価
インタビュー対応者及び日時:取締役・管理部長石黒敏男(いしぐろ・としお)氏。2012 年(平成 24
年)1 月 20 日(金)午前 10~12 時。
25
出所:東京商工リサーチ調べ、2009 年 1 月 30 日、『北海道新聞』23 頁。
24
24
が安いもので 4~5 円程度から、高級品では 7~9 円程度であり、伝統的な商品構成に加えて、
オードブル品まで、商品構成が幅広く、また価格構成も真空パックもので、一品 210 円か
ら、高級品で一本 1,890 円まで、贈答品では一万円程度まで、付加価値の低いものから高
いものまで、広く垂直分布している。
それでは、以上のような商品開発戦略は、トップダウン方式とボトムアップ方式とが併
存している。蒲鉾メーカーとしての定番商品は、板かまであるが、それら高級品は、伝統
的な職人技術を基盤としており、様々な具材のトッピングによる高級品の案出は、大半が
現場からのアイデアである。
【商品開発】
かま栄では、正規従業員だけでなく、パートの知恵やアイデアも活かしながら商品開発
を行っている。毎月 1 回の販売会議を開いて各売店からの発案に集めて、工場内で試作し、
試食によって具体像を形成するという方式をとっている。取締役は、
「揚げかまぼこを製作
する場合にはそれほどの苦労はないが、「それ以外」の部分である消費者のニーズを試作品
にし、それを商品に仕上げていくには、旬の具材の活用、衛生面での配慮、コスト面の計
算、原材料の確保面での確実性など、原材料確保、製造方法の確立、コスト管理の成立、
季節性などのデザイン性の展開、さらに顧客の味覚の把握などニーズの内実の把握が重要
である。実際、毎月の「今月のかまぼこ」の提案については、毎月の定例の販売会議で、
日々変わりゆく消費者ニーズの把握と商品構成への反映が重要であり、
「同じ商品が並んで
いても魅力がない、やはり商品も活性化していかなければいけない、新しい商品をどんど
ん開発していこう、そのためには毎月の提案をしていこう、各売店の店長だけでなく、各
社員・売り場の従業員の意見を吸収して、それを会議で発表していく」という形をとって
いるという。
また「今月のかまぼこ」は、1 年をとおして毎月の「揚げかまぼこ」が本店等、店舗売り
の生製品として人気がある。2011 年(平成 23 年)の流れを見ると、月替わりの揚げもの
が季節性を演出している。1 月から順に、「えびブロッコリー揚」「かき揚げ」「菜の花揚」、
「たこ丸」「アスパラベーコン揚」」「ふわとろねぎ天」「えだ豆揚」「キャベツ揚」「舞茸ゴ
ボー揚」「さつまいも天」
「かき揚天」
「しょうが揚」が、月替わり品として店舗販売だけを
行っている。
【味工房かま栄】
本社工場の 2 階レストラン「味工房かま栄」で供される近海魚ワラズカ入りのすり身を
つみれと天ぷらに仕上げた揚げかま入りのそば、セイロ、すりみセイロ、ちくわ天そば、
揚げかまおでん定食など、揚げ立てのワラズカすり身味を賞味できる仕掛けがある。今で
は、本社工場の見学と「味工房かま栄」とは、表裏一体の見学コースメニューとなってお
り、すり身製造の現場視察から、土産品の購入、実際の賞味へと連動するプロセス型商品
を形成している。
25
写真 8
「味工房かま栄」の店内と蒲鉾そば
出所:筆者撮影。
【原料調達】
原料魚のスケトウダラの調達は、アメリカ・アラスカからの冷凍すり身が 8 割を占め、
東南アジア地域からのイトヨリ(タイの一種)もこれに含まれる一方、近海物のワラズカ
は原料としては 2 割に限られる。
調達チャネル戦略は、必然的に原材料の調達限界を示し、生産量の限定要因をなすので、
製品の供給チャネルは、おのずから限定供給戦略を取らざるを得ない。
(3)販路戦略
商品の概念を原材料調達の川上から消費者に購入されコメント・評価に至る川下までの
プロセス理論の視点から見ると、株式会社かま栄のチャネル戦略は、原材料の調達先の厳
選、製造プロセスの集中化と「見える化」、本社所在地の小樽を中心とする地場の強みの確
保、北海道内の百貨店・空港など購買チャンスの限定、小中学生から大人までの見学・研
修先の引き受けによる世代間の味覚の継承、伝統的なかまぼこ概念から現代的なかまぼこ
のスナック化、近年の国内外からの北海道観光のブランド化、といった諸要素を上手に取
り入れたコンセプト転換型チャネル戦略が奏功しているといえよう。
26
写真 9
本社内の直売店(左側は工場見学入り口)
出所:筆者撮影。
かま栄の販売拠点の高級店化、地域限定化の戦略は、理に適った戦略である。いわゆる
デパ地下のお惣菜売り場は、厳しい衛生基準で管理されているので、その地域限定販路は
代替品のない供給戦略となる。したがって、インタビューで強調されたように、大手スー
パーなどの量販店からの出店依頼は多いが、スーパーの売り場で普及品の一袋 100 円のち
くわ等との併存はかま栄製品のブランド性の低下をもたらしかねず、むしろ信頼性の高い
百貨店テナント出店と自前店舗に限定する戦略は、投資効率から見ても合理的である。し
かし、同時にかまぼこという庶民的食材であるという製品性質を維持しつつ、高級ブラン
ド性と庶民性との使い分けが重要な分岐点である。その意味では、販路の限定と顧客の囲
い込みの効果という視点から見て、ネット通販が有利のように見えるが、メーカーにとっ
ては需要の安定度に問題がある。贈答品として、お正月需要はあるが、ネット通販は必ず
しも安定的ではない。
(4)まとめとその他の特徴
以上のインタビュー調査を踏まえ、そのポイントをまとめる。
第 1 に、商品戦略の中心課題として、原料の冷凍すり身の海外調達の安定性、安全性な
どの問題が、今後とも確保されるのか否かである。北海道内では、近年、オホーツク海沿
岸の漁業拠点、および漁業基地として日本有数の釧路地域での国内産すり身の安定製造が
27
志向されている。こうした原材料確保の要求から見て、同社が自律性を保持しつつ、原料
の調達チャネルの確保のためには、水産業界との連携による原料の国内供給体制の充実が
必要となろう。世界的な「魚食ブーム」の傾向も、その方向を強める方向に作用するであ
ろう。
第 2 に、かまぼこ関連の商品開発において、どのように顧客ニーズの掌握を実行してい
けるかが問題であろう。インタビューで示されたように、実際の需要は、シンプルな「ひ
ら天」が最も大きい、という状況は、あの手この手での絶えざる商品開発に精力を注ぐエ
ネルギーよりも、揺るがぬ高品質の定番商品を如何にして増やしていけるか、が課題とな
ろう。
第 3 に、従業員の経営への参画意識の高揚が、今後のブランド強化にとっても重要であ
ろうことを強調しておきたい。現状では、「かま栄」で働きたい、という従業員意識が強い
と思われるが、中小企業といえども、その経営志向そのものが地域からエクセレントな存
在と見なされることが重要となろう。少子高齢化がさらに進行すれば、北海道が海外需要
の志向地域であり続けられるか、また小樽が四季を通じて訪れたい本当の意味でのリゾー
ト地になりうるか、が重要な要素となろう。「かま栄」のような文化をもった企業を増やし
ていけるような、経営者のビジョンとリーダーシップが期待されよう。
28
3-5
北海道札幌市「かね彦」
(1)会社概要及び成長背景26

社名:株式会社かね彦

代表者:代表取締役社長

所在地:〒003-0006 札幌市白石区東札幌六条 1 丁目
中島君子
2-26(本社工場直売店)

電話:011-823-1181

設立: 1900 年(明治 33 年)

資本金:4,950 万円

売上高:5 億円

事業内容:水産練製品造業(蒲鉾を中心に、すり身など練製品、惣菜の製造販売)

社員:34 人(正社員 29 人、2011 年(平成 23 年)12 月現在)

ホームページ: http://www.kanehiko.jp
(株)かね彦は、1900 年(明治 33 年)に魚商として鮮魚屋からはじめ、かまぼこ・すり身製
造の技術を守り続けながら練り製品の製造・販売を手がける老舗メーカーである。北海道
の札幌市内に本社を構えており、伝統の技と新たな発想から生まれた洋風テリーヌ蒲鉾の
「シーフーズランド」をはじめ、スモーク蒲鉾など、北海道の素材を生かしたユニークな
商品作りにこだわっている。特に高級蒲鉾の製造には、白ぐちや北海道産のわらずか27を鮮
魚から使用するなど、北海道の魚を使った蒲鉾作りに一貫してこだわっている。道内では、
主に業務用すり身などを学校やホテルなどに納品している。
同社のターニングポイントは、昭和 40 年代に冷凍すり身が普及した頃だという。戦後、
蒲鉾は魚肉タンパクを摂取できる食品として、政府の奨励もあってその消費量は急増した。
さらに冷凍すり身技術が開発され、同社も商社を通して原料を調達することができて、業
務用の商品を生産する大量生産体制を整えるようになった。
(2)商品戦略
現在の商品構成をみると、調味すり身をはじめ、練り製品、オリジナル惣菜類などがあ
る。昭和 30 年代に惣菜事業に手がけたことがきっかけとなり、北海道近海で獲れる白身魚
のすり身に北洋産紅鮭、タラバガニ、帆立、ウニ、海老など魚介類を混ぜて茹で上げた「シ
ーフーズランド」やオリジナル蒲鉾を創り出して入る。現在の商品は、昭和 50 年代の終わ
26 インタビュー対応者及び日時:専務取締役
12 月 12 日(月)14 時~16 時。
27
中島代博(なかじま
としひろ)氏。2011 年(平成 23 年)
「わらずか」は、漁獲された殆どが鮮魚としては一般の店頭に流通することはほとんどなく、高級すり
身に加工して蒲鉾などの原料になる。
29
りから 60 年代にわたって開発したものがほとんどで、「こだわりの逸品」をセットにした
「焼かまぼこ」・「揚かまぼこセット」、さらに「ちぎり揚げ」・「包み揚げ」などがあ
る。
同社では全国どこに行ってもありふれたかまぼこではなく、北海道のイメージを最大に
生かした商品化を目指してオリジナル商品にこだわっている。特に、現在は定番商品とし
て高い支持を得ているテリーヌ風のかまぼこ「シーフーズランド(うに)」は、2 年前に大
阪の『全国水産加工たべもの展』に出展したところ、それまではあまり注目されることが
なかった北海道発の蒲鉾が水産庁長官賞を受賞した。現在は子供が好きそうな肉団子にし
たボール型の商品を企画しているという。
次の写真は、業務用の PB としてオーダーメイドの特注蒲鉾シリーズである。独自の製法
によった上質のすり身に様々な具材を練り合わせた洋風蒲鉾で、業務用の特注品として人
気がある。
写真 10
ソフトな食感のオードブル「テリーヌ風かまぼこ」
出所:パンフレットより抜粋。
そして、水産加工品を組み合わせた『かね彦グルメセット』シリーズは、A から J まで
セットの構成によって 3,675 円(D セット)から 11,550 円(E セット)まで幅広い価格台
を設定している。次の写真は、かね彦グルメセット E で、その構成を見ると、グルメ帆立 4
個、スモークかに甲羅 2 個、シーアーチランド 1 個、スカロップランド 1 個、紅鮭クリー
ム焼 4 個、スモークいかぽん(数の子)1 個、になっている。
30
写真 11
かね彦グルメセット E
出所:パンフレットより抜粋。
さらに、魚の味を生かすために魚を手作業で 3 枚におろしてからすり身にする、全国で
も珍しい自社で一貫生産する昔ながらの製法にこだわっている(1 割)。一方、量産の調味す
り身は、道内で獲れるワラズカに冷凍すり身の中でもランクの高いイトヨリなどの原料を
商品のグレードによって混ぜ合わせて加工している(9 割)。また、生産された調味すり身は
冷凍パックされて築地・大阪の卸売市場に卸している。業務用のすり身シリーズで 500g の
少量パックとされ、海外からの注文も多く、個人飲食店から高い支持を得ている(写真 12)。
写真 12
北海道産ワラズカ 100%使用の業務用調味すり身
出所:パンフレットより抜粋。
今後の商品開発について中島専務は、全国的にもだんだんかまぼこ需要が減りつつある
ので、開発力を生かした地元の食材を利用しながら、いかに量販の安価な練り製品との違
いを出していくのかが最大の課題だという。すなわち、蒲鉾を食べてくれるようにするた
31
めには積極的な働きかけが必要で、従来の蒲鉾から脱皮した新しい消費シーンを提案する
工夫が必要であろう。
(3)販路戦略
日常用の商品よりも主に業務用製品を生産しており、ホテルや学校、病院、飲食店、道
外ではデパート、北海道の物産展など多チャネルを展開している。学校給食が売上高の 20%
を占めており、直売店は 15%、ホテル用は約 10%、インターネット通信販売は 3 社に卸し
ており、飲食店などにも卸している。
販売店は、本社工場に併設の直売店、かね彦本店、苫小牧大町店の 3 店舗がある。他に
も東京の百貨店に商品を 1 個、東京有楽町の東京交通会館1階にある「北海道どさんこプ
ラザ」28、東京八重洲にある「北海道フーディスト」と、新宿の「北海道もぐもぐパーク」
にも商品を出している。
同社について中島専務は、「当社は多くの販売チャネルを持っており、それは一般のお
客さんから大口需要先までということですが、蒲鉾全般を製造・販売しておりますので、
今の商品の傾向がわかります。」と語る。
しかし、これまで百貨店チャネルは新商品の開発の種につながった点で有効ではあった
が、最近は長引く不景気で売上は低迷しているが、高品質の限定品の販売展開という点で
今後もこのチャネルは伸ばしたい。
【学校給食チャネル維持】
現在、札幌市内で学校給食をやっている業者は、同社を含めて白石に「丸金佐藤水産」
と、西区にある「高坂かまぼこ」の 3 社がある。同社は 1940 年(昭和 15 年)から、札幌
かまぼこ組合に入っていたことで札幌市の指定競争入札の業者として学校給食用のかまぼ
こを生産している。また、他の札幌市以外の隣接する市町村に関しては、行政に競争入札
というかたちで営業をかけている。学校給食チャネルのメリットとして、同社の中島専務
は、①毎月変動はあるが、安定的な売上が見込めることと、②決済入金が間違いないとい
うことだという。しかし、衛生的に厳しく、HACCP、に準拠した北海道の基準に習った『札
幌市食品衛生管理認定制度』の認定を 2004 年(平成 16 年)9 月から毎年更新している。
【海外販路拡大】
海外輸出では、シンガポールのマーケット29に商品を出したところ好評を得たという。ま
た、北海道内の輸出企業とタイアップして商品を 2011 年(平成 23 年)12 月半ばぐらいか
ら香港に出品する相談があって、とりあえず、海外の富裕層向けに「テリーヌかまぼこ」
のようなユニークな商品と昔から日本で食べてきた練り製品など 13 品を持って、「地産外
北海道どさんこプラザに最初テスト販売という形で 3 カ月間テスト販売を行って、現在も棚割りの制
限はあるが販売している。
29
中島専務は、北海道大学大学院経済学研究科修士課程を修了しており、北海道蒲鉾水産加工業協同組合
及び札幌蒲鉾工業協同組合の理事、札幌東間税会の常任理事もしている。また、
(社)日本シンガポール協
会の会員でもあり、日本とシンガポールにおける歴史的な経済関連の論文を公開しているほど、シンガポ
ールについて詳しい。
28
32
消」としてチャレンジする予定である。実際、同社では 10 年以上前から業務用向けの調味
すり身を米国ロサンゼルスの日本料理店などに輸出委託をしている。しかし、海外に商品
を卸す際のリスクは大きく、国内商社を通して輸出している。今後も、国内だけでなく、
海外のほうも調理すり身などを中心に販路を開拓していく予定であるという。
(4)まとめとその他の特徴
以上のインタビュー調査を踏まえ、そのポイントをまとめる。
第1に、スモーク風やテリーヌ風かまぼこといった個性あふれる商品開発力は商品差別
化につながっているといえよう。しかし、生産コストが高いために高価格政策となったこ
とは課題となる。
第 2 に、学校給食や業務用すり身を中心に多チャネルを利用することで安定的な収入源
を確保している。
第 3 に、同社では一般消費者向けの日常のものはあまり生産しておらず、殆どはギフト
関係のお土産商品が多い。しかし、ギフト用商品のチャネルとして重要な新千歳空港内に
は販売店を設けていない。現在は新千歳空港内にあるお土産ショップに一部の商品を卸し
ている。また、今後のインターネット普及につれ、オンラインによるギフト用の商品の購
入シーンが増加すると予想されるが、同社ではインターネットチャネルの売上高が極めて
少ないという。
第 4 に、2011 年(平成 23 年)の 5 月から旅行会社とタイアップして工場見学を始めてい
る。原料魚のすり身加工工程を石臼にこだわって見学コースの前面に出すという配慮が見
学者に訴求力となっているといえよう。受け入れ可能人数は 10~50 名程度で、午前 9 時か
ら 10 時 30 分(水・土・日・祝祭日は不可)で、現在のところ、月 1 回、30 人ほど、主に札
幌市よりも札幌市外から工場見学に訪れているという。
33
3-6
石川県七尾市「スギヨ」
(1)会社概要及び成長背景30

社名:株式会社スギヨ

代表者:代表取締役社長

所在地:〒926-8603

電話:0767-53-0180

設立:1962 年(昭和 37 年)

資本金:3 億円

売上高:162 億円(2010 年(平成 22 年)6 月期)

事業内容:水産練製品造業(カニ風味蒲鉾を中心に水産練製品の製造・販売)

社員:650 人

ホームページ:http://www.sugiyo.co.jp/
杉野哲也(すぎの
てつや)
石川県七尾市府中町員外 27-1
㈱スギヨは、1868 年(明治元年)、鮮魚問屋・定置網漁業を業として発足した以来、創意
工夫の積み重ねと独自の技術力を構築しながら数々の業界初商品を世に送り出してきた。
特に「100 年に一度の大ヒット商品」といわれる本物を超えた「かに風味かまぼこ」を日本
初で製造・販売している水産加工品などのメーカーである。
同社のヒット商品は、大正~昭和初期「焼ちくわ」製造から始まる。当時、栄養事情が
厳しかった戦後復興期にアブラツノザメの肝油に含まれるビタミン A と E を配合したこと
で飛ぶように売れて 60 年近く経った現在も当時のままの商品名で売れている31。以降、世
界に当社の名を知らしめた大ヒット商品「かにあし」と「ロイヤルカリブ」や本物のカニ
を超えたと評され、第 45 回農林水産祭りで水産部門の最高賞である天皇杯を受賞した「香
り箱」。さらに、魚肉練り製品以外にも惣菜類や菓子類の分野にも進出するなど開発型総合
食品メーカーとして事業を展開している。
(2)商品戦略
商品構成を見ると、かに風味蒲鉾をはじめ、ちくわ、かまぼこ、揚げ物、卵とうふ、茶
わんむし、おでん、その他、である。現在、生産・販売しているかに風味蒲鉾類は、カニ
に酷似していると評される「香り箱」(第 45 回農林水産祭最高賞
天皇杯受賞)
、「かにち
30 インタビュー対応者及び日時:管理本部本部長、農業事業執行役員
室屋雅啓(むろや まさのぶ)氏。
2011 年(平成 23 年)12 月 9 日(金)8 時 45 分~10 時 45 分。
31能登半島沖というのは、潮目があって暖流、寒流の魚種が豊富であり、アブラツノザメはよく採れたもの
の、商品価値が全くなく肥料にしかならないものだったという。同社の先々代がアブラツノザメの栄養価
値に目をつけ、そのサメの肉や肝臓、肝油(現在も肝油ドロップとして販売されている)を中に入れたち
くわを作らせた。当時、杉野作太郎は、宮城県の塩釜地域でヨシキリザメのすり身をちくわの原材料にし
ているという話を聞き、塩釜地域のちくわを焼く職人を呼んできてちくわを造らせたという。肝油には、
ビタミン A と E が非常に豊富に含まれており、第二次世界大戦後の栄養事情改善に役立ったという。
34
「コラーゲン入り・ロイヤルカリブ」、
「ファイバーカ
ゃいまっせ 」、
「大人のカニカマ」32、
リブ」、
「北の味サラダ」
、
「北の味サラダサラダ Ca 入」、
「オーシャンレッグ」 、
「ツインパ
ックスティック」の 9 種類がある。ちくわ類は、
「ビタミンちくわ」、
「お徳用ビタミンちく
わ 」、
「徳用煮炊きちくわ」 、
「生ちくわ」の 4 種類がある。かまぼこ類は、
「蒲鉾(赤・白) 」、
「蒲鉾(焼) 」がある。揚げ物類は、
「加賀揚」、
「加賀揚こりこりきんぴら」、
「加賀揚しゃき
しゃきれんこん」、
「キャベツ天」、
「紅しょうが揚」、
「野菜にぎり揚」
、
「きんぴらにぎり揚」、
「ふわっとひら天」、
「シャキッとごぼう天」の 9 種類がある。卵とうふ・茶わんむし類は、
「小鉢卵とうふ」、「卵とうふ」、「まつたけ茶わんむし」、「かに茶わんむし」、「えび茶わん
むし」の 5 種類がある。おでん類は、「おでん汁の素」、「つゆ自慢おでん」、「食祭おでん」
の 3 種類がある。その他には、鱈の卵に鮫の卵を混合ブレンドしたからすみの風味を再現
したユニークな「からすみ風味唐千寿」がある。
【新商品開発】
商品開発は、本部制で 20 人のスタッフが担当している。新商品開発案として提出される
のは年間 50 種類程度で、その中で約 10 種類ぐらいは製品化され市場で販売されている。
しかし、ほとんどの商品は1年程度で販売されなくなるという。
当社では、
「おいしさ」
「楽しさ」
「健康」という 3 つのテーマを掲げ、食品工学やバイオ、
発酵技術をや微細化技術を駆使し、カニカマに限定せず、様々な「食」の可能性にアプロ
ーチしている。例えば、新技術で物理的な「らいかい」(原料などのすりつぶし)に加え、
発酵技術を用いて従来の練り製品に新しい価値を加える。あるいは食品素材を凍らせ解凍
しても組織が変化しない画期的な冷凍技術を開発することで、これまでの常識を覆すよう
な食品デリバリー・保管システムを構築するなどのプロジェクトが始まっている(当社パ
ンフレットより)。地元の能登の風土にも新たな光を当てていこうとしている。海藻などの
水産物、能登特産の農産物、「いしる」や「へしこ」といった伝統の発酵食物などから全く
新たな「食」を創造しようとしている。
これまでも「カニカマ」以外に、からすみや燻製などの海産物を原料とした珍味や能登
の養鶏場産の鶏卵を使った卵豆腐のようなチルド食品の開発を行った。また最近では、カ
ルシウムや食物繊維などを強化したり乳酸菌を加えるなどした機能性食品の開発にも着手
している。また、「香り箱」以上にカニに似た商品を開発することを考えているという。
【かに風味蒲鉾の誕生秘話】
カニカマは、サラダやサンドイッチ、寿司ネタなど、本物の蟹よりも世界中で食べられ
ている魚肉練り製品の一種である。その誕生には、戦後「ビタミンちくわ」や「オードブ
蒲鉾」のヒットから始まった一手間かける商品開発へのこだわりが、スギヨといえば珍味
を作る会社という評判につながり、商品開発にある。
1970 年(昭和 45 年)に中華クラゲの中国から日本への輸入が、ある事件をきっかけに
して 100%ストップしたことがあり、珍味業界の問屋から中華クラゲの代替品の商品開発依
322009
年(平成 21 年)7 月 4 日に公開された映画「蟹工船」に「大人のカニカマ」が出演したことがある。
この映画は船上で缶詰に加工する蟹工船を背景に人間ドラマを描いたもので、同社の商品のリアリティー
さが高く評価され、数あるカニカマの中から選ばれたという。同社では、70 ㌔の商品を提供したという。
35
頼があった。試行錯誤の末、海藻油出物を塩化カルシウム溶液につけてクラゲのコリコリ
した食感をなんとか出すことに成功したようにみえたが、試食会で醤油に漬けたところ、
クラゲのこりこり感がなくなり、「ところてん」のような食感になってしまったという。そ
の失敗をバネに奮起し、先代が開発担当者と一緒に足繁く開発現場に行って細かく刻んだ
りしていた時に、カニ足の身をほぐした物に似ているところからヒントを得て、細かく刻
んでかに風味をつけてフレークタイプのカニカマが誕生したという(写真の一番左)。当初
のカニカマはすり身ではなく、アルギン酸という海藻抽出物で作られたという。
以降、1972 年(昭和 47 年)にフレークタイプカニカマ「淡雪」が商品化された。当時、
東京・築地の魚市場に持ち込んでも、市場の荷受業者達は全然相手にしてくれなかったと
いう。唯一築地場外にある問屋1社が興味を持ってくれて卸したところ、次から次へと注
文が入るようになったという。1973 年(昭和 48 年)からは「かにあし(かに風味かまぼ
こ)」の販売を開始されるようになり、商品の品薄状態が長く続いたという。次の写真は、
かに風味蒲鉾の変遷を一目で見せる一枚である33。
写真 13
かに風味蒲鉾の進化
出所:筆者撮影。
【本物の蟹を超えた「香り箱」】34
大都市から離れたところに本社機能をおく同社は、立地的なハンディを技術力と商品力
で克服してきたといっても過言でもない。カニに酷似していると評されている「香り箱」
は、食品工学、培養工学、化学、微生物、栄養生理学などを専門とする技術者、板前とシ
ェフ出身の技能者が総がかりになった開発した。そもそも石川県能登地域ではメスのズワ
イガニを「香箱蟹」と呼んでいるが、そのメスズワイカニの脚肉(第一関節)をイメージ
し、その味、形状、色合い、香りを出すための原料を選び、プリプリした食感・物理的強
度を計算して再現したのが「香り箱」である。この「香り箱」は、2005 年(平成 17 年)
発売以来、本物のカニと勘違いされるほど「本物のカニを超えた」といわれており、お刺
33
最初の製造方法だけは製法特許もとったが、カニカマの製造法はいろいろあり、その後は特許を取得せ
ず様々な会社が製造できるようにしたという。
34
2011 年(平成 23 年)10 月にフジテレビ「ほこ X たて矛盾」と言う番組にスギヨ「香り箱」が登場し
たことがある。
「本物のカニと見分けがつくかどうか?」カニを見る目は日本一と豪語する達人で、本物と
区別がつかないと豪語するスギヨとの「矛盾」対決が行われた。勝利したのは達人だったが、
「香り箱」を
褒め称えたという。
36
身や、ちらし寿司の具、などのカニの代用品として全国量販店の鮮魚売り場の刺身の横で
販売されていて完全にカニ風味カマボコとは別格の扱いをされている高級品なのである。
「香り箱」は、インターネットのショップなどでは冷凍商品が通信販売されている。一
般スーパーでは、鮮魚売り場でチルド状態の商品が販売されており賞味期間が 4 日しかな
い。価格は 100g 当たり 300 円程度である。ちなみに、本物のカニは大体 100gあたり 500
円であるという。
2006 年(平成 18 年)には「香り箱」などの当社の商品開発の技術力、練り製品業界活
性化に寄与したことが評価され、第 45 回農林水産祭において最高の「天皇杯」を受賞した。
業界では「香り箱」以上の製品を作ることは不可能であるという見方もあるが、当社の開
発スタッフはさらに付加価値の高い製品を開発しようと張り切っているという。
写真 14
かに風味蒲鉾「香り箱」
出所:同社のホームページより抜粋
【原料調達】
原材料はスケトウダラが主力で、年間約1万トンのすり身を輸入している。主に北太平
洋のベーリング海域、アリューシャン列島の近海やアラスカ沖でとれるものを米国のアラ
スカですり身に加工して調達している。他には東南アジアの魚や中国産の魚も一部使われ
ているが乱獲により、価格もアラスカ沖に見合った形で高騰している。東南アジア産の魚
は少し赤みが入っていたりして、同社のカニカマの原料としては魚の白身のすり身しか使
用できないが、ちくわや天ぷら用なら若干の色合いがあっても全く関係ないので使ってい
る。
【品質管理】
食の安全と安心のために生産設備の充実にも力を入れ、製品の品質管理向上に努めてい
る。1978 年(昭和 53 年)には食品業界初となる「クラス 1000」の無菌化工場を完成させ
た。また、1995 年(平成 7 年)に竣工した北陸工場(石川県七尾市)は、業界に先駆けて
「HACCP」工場としての認定を受けるとともに、厚生労働省の「総合衛生管理製造過程承
認工場」にも認定された。
次の写真は、品質管理を行っている様子である。北陸工場では、品質検査を 150 アイテ
ムに渡って行っており、女性社員 18 名で「品質管理チーム」をつくり、工場で生産された
製品の検食(味見)を行っている。
37
写真 15
品質検査
出所:筆者撮影
(3)販路戦略
1982 年(昭和 57 年)頃から米国に輸出が始まり、米国人のカニカマに対する消費量が急増
したことで、1986 年(昭和 61 年)にワシントン州のアナコルテスに現地工場を建設して
生産を開始した。一時期、40 フィーターコンテナで1カ月に 60 本、1,080 トンもの輸出量
で食品関係ナンバーワンの輸出量を誇った時期があった。ところが、1985 年(昭和 60 年)
のプラザ合意を契機に米国現地生産体制へと切り替えた。現在は 4 種類のカニカマを現地
生産しており、日本では「ロイヤルカリブ」という商品を現地では「アラスカンスノーレ
ッグ(ASL)」という商品名で、主に米国の食品量販店「セーフウェイ」の鮮魚売り場で販
売している。
米国の工場には現地の人を 40 名ほど雇用している。日本からは製造関係の副社長、営業
担当社員、技術者、製造担当者の計 4 名を派遣している。売上高は 1986 年(昭和 61 年)
進出時の約 3 分の 1 で、月約 1 億円(月)である。その原因は、現地の米国系企業、韓国
や中国、東南アジアから参入してきて競争が激しくなってきたからである。今後、現地の
主力製品を高付加価値商品に切り替えて対応していく計画ではあるが、現在の技術では「香
り箱」のような商品は非常に繊細で歩留まりが採算ラインを確保出来ないために現地生産
することは難しいという。
38
(4)まとめとその他の特徴
以上のインタビュー調査結果を踏まえ、そのポイントをまとめる。
第 1 に、同社は、業界ではパイオニア的な存在で先端技術を研磨してきた強みを持って
いる。遠隔地で全国展開を行っていることで物流コストも他社よりかかるハンディを持っ
ていたが、オードブルなどの新製品の開発及び主力の「カニカマ」製造に集中して差別化
を図り、高付加価値の商品戦略をとることで人気を博している。すなわち、都市から離れ
た石川県能登地域に本社機能を置く立地的なリスクから技術力を活かした高付加価値のあ
る商品開発につながったのである。
第 2 に、2007 年(平成 19 年)からは、農業経営基盤強化促進法改正による農地貸し出
し解禁を受け、石川県内の企業第 1 号として農業事業に参入した。石川県七尾市能登島の
農地 4.8 ㌶を借り受け、キャベツ、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、サツマイモ、カボチ
ャを栽培し、2007 年度(平成 19 年度)は合わせて約 50 ㌧(タマネギは除く)を収穫した
という。この農業参入は「高品質な農作物の安定的な調達」以上の価値をもたらしつつあ
る。
39
4.共同ブランド化の事例
ブランドとは何か、これまでブランドの概念は、これまで主に民間企業の事業活動の中
で展開されてきた。ところが、地域ブランドは、地元の慣習の中でも見つけることができ
る。
その地域だけの慣習や地方の独自性を際立たせて地域内外への発信を通じて地域ブラン
ド化を図る事例は多く見られる。農林水産省知的財産戦略チームによれば、日本全国には
「関サバ」、
「横手焼きそば」
「夕張メロン」など 65 の地域ブランドが確認できる35。前章で
取り上げた企業のうち、
「鈴廣」や「長崎一番蒲鉾」は、地域ブランドを通しての自社経営
や地域のリーダー企業として地域振興活動にも積極的に参加していた。ただし、築地市場
における加工品の地域ブランド化に詳しい関係者によると、数多くの地域ブランド品があ
るが、価格面や流通面に関してそれほど差はなく、小売り段階での店舗のマーチャンダイ
ジングノウハウの有無などによりブランド力に差がつく事も多いという。さらに、地道な
販促活動を展開していかに知名度をアップさせて消費者にアピールしていくのかが地域ブ
ランド化へのポイントといえよう。
以下では、共同ブランド化の事例として長崎県の平成「長崎俵物」を紹介する。平成「長
崎俵物」は、これまで知られていなかった地元の優秀な企業の発掘による零細中小企業の
スキルアップが図られている事例である。長崎県の物産流通推進本部では、優れた素材で
ある長崎県の農水産物の中から全国に通じる商品を選定し、民間企業の知識とノウハウを
活用してブランド化することにより、高い付加価値をもったリーディング商品を生み出す
「ブランドながさき総合プロデュース事業」を実施している。この事業の中で、特に地域
ブランド形成のための特別な施策を行っているが、平成「長崎俵物」がそれである。
35
農林水産省「地域ブランドの先行事例一覧」2007 年(平成 19 年)7 月
40
4-1
長崎県
平成「長崎俵物」
17 世紀頃、国内外の物流拠点として栄えた長崎港から“俵”に詰めて出荷された海産物は
「長崎俵物」と称された。平成「長崎俵物」は、これにちなんで平成の現代に復活された
長崎県の水産加工品に命名されたブランド名のことである。
その特徴を見ると、①取れたての原材料を使用した塩干品、練り製品、など厳格な品質
基準を充たした長崎こだわりの水産加工品ブランドとして知られている。②練り製品の原
料の 7 割以上はエソやアジなどスケトウダラのすり身ではなく、長崎で水揚げされた地魚
を使用していること。③無添加物、トレーサビリティや独自の認定基準で使用禁止の食品
添加物をウェブで公開するなど、健康によいというイメージ、消費者との信頼関係を築い
ている。④認定制度を設けており、認定をクリアした商品と企業を徹底的に管理している。
⑤話題性・影響力のある著名人とコラボによる平成「長崎俵物」を使ったレシピを公開し
ている。⑥アンテナショップとアンテナキッチンを設けており、平成「長崎俵物」を食材
として利用して料理として提供している。「アンテナキッチン」では、既存のアンテナシ
ョップだけでは実現不可能であった的確なお客さんのニーズに応えられることがある。
(1)誕生背景と概要
長崎県において水産業は基幹産業の一つである。「魚の百科事典」(長崎県)と呼ばれる
ほど豊富な魚種が水揚げされ、主要魚種の多くは関東、関西などの大消費地へ生鮮出荷さ
れている。しかしながら、卸売価格は現状維持からむしろ低下傾向にある中で、大消費地
と離れているため、重油価格や輸送コスト上昇に伴う流通コストの増大が問題化し、漁業
関係者の経営環境は厳しさを増していた。また、1997 年(平成 9 年)には、水産加工品で
は養殖の餌などに用いられる冷凍水産物の生産量は全国シェア 6.5%(第 5 位)を占めてい
るのに対し、付加価値の高いかまぼこなどのねり製品、冷凍食品、塩干・塩蔵品など食品
の生産量はシェア 1.7%(全国 21 位)に過ぎなかった。
このような背景から、長崎県水産部水産流通課(当時)が、長崎県の魚介類の需要拡大
と長崎で水揚げされた優良水産加工品の高付加価値化、ブランド化を目指して着手したの
が 1999 年(平成 11 年)に公表された平成「長崎俵物」育成強化事業であった。
「長崎俵物」
とは、17 世紀末(元禄時代)、米俵に詰めて長崎から清国へ向けて輸出した海産物を指し、
平成「長崎俵物」(以下「俵物」)は、これにちなんで命名された。
まず、長崎県は、1998 年(平成 10 年)に県単独事業として、平成「長崎俵物」育成強
化事業を創設し、水産加工品として代表的な、ねり製品、うに加工品、煮干、塩干品、み
りん干、冷凍食品、漬物、塩辛、セット商品、乾製品、佃煮、節製品、珍味(くん製品)
の 14 品目を選択した。次いで、1999 年(平成 11 年)に平成長崎俵物制定委員会を設置し、
技術的な高さを要求するとともに、一般消費者との信頼関係を作り「おいしくて、安全で
安心な商品づくり」を目指すために「品質基準」「表示基準」「製造管理基準」の認定基準
を制定した。社団法人長崎県水産加工振興協会が事務局となり、平成「長崎俵物」認定委
41
員会を設置し水産加工業者や漁協などから申請される製品を審査・認定している。認定基
準は、食品衛生法および JAS 規格に比べると格段に厳しい。
認定審査は、事前審査、表示審査、本審査の 3 段階で行われる。事前審査では、社団法
人長崎県水産加工振興協会が書類審査と工場検査を行う。表示審査では、表示審査委員と
して 3 名の専門家が JAS 法、食品衛生法、景品表示法等の観点から審査を行う。本審査で
は、公募で選定された消費者代表 3 名を含む 16 名から構成される審査委員が「長崎産原料
にこだわる等、高品質を維持しつつも、消費者が購入しやすい価格で大量に販売できる商
品に取り組む等、販売面に重点を置いた方向性」を審査の基準として、認定基準をクリア
した商品について、使用原料、加工技術、安全・安心、味覚、商品力の 5 項目について審
査を行う。審査項目ごとに 3 段階で評価を行い、商品ごとに総合討議のうえ、認定の可否
を決定する。この結果を受けて社団法人長崎県加工振興協会の会長が「俵物」として認定
を行う。
初年度は 47 品目が認定された。認定を受けた商品は、認定マークを表示することができ
るが、申請を行った商品の 2 割近くが認定されなかった年もある。認定期間は 3 年であり、
認定を継続するには再審査を受ける必要がある。2011 年(平成 23 年)3 月現在、102 品目
が認定されている。
(2)長崎県の支援体制
当初、「俵物」は水産流通課が着手したが、改組により、現在は水産流通・加工室が担当
している。水産県である長崎県では、2001 年(平成 13 年)3 月に「長崎県水産業振興基本
計画 2001-2010」を策定、2006 年(平成 18 年)3 月に「長崎県水産業振興基本計画後期 5
ヶ年計画」として改訂し、現在は「長崎県水産業振興基本計画 2011-2015」が進行中である。
そのいずれにも「俵物」は「競争力のある優良な商品づくり」「付加価値の高いブランド産
品」「高品質な水産物」などと位置づけられ、「水産加工ながさきブランド強化事業」「平成
長崎俵物育成強化事業」「もうかるブランド体制支援事業」「もうかる水産加工業育成推進
事業」などにおいて支援されている。
これらの事業においては県が 1/2 の補助を行うほか、トレーサビリティシステムの開発、
商品改良、パッケージ改良、販売促進支援、後述のアンテナショップの開設と支援、広告
戦略に関する総合的なプロデュース戦略の立案・PR などの直接的な支援を行っている。ま
た、間接的には、県の水産業普及指導センターなどの施設・機器の開放、研修、指導、助
言により製品の改良・開発、新技術の導入試験などの支援を受けている。
(3)流通・プロモーション戦略
2003 年(平成 15 年)、
「俵物」を販売するアンテナショップは、長崎県内 4 店舗、県外 1
店舗、東京都内にアンテナキッチン 1 箇所であったが、現在、アンテナショップは長崎県
内 12 店舗、県外 2 店舗、東京都内にアンテナキッチン 1 箇所に拡大している。長崎空港で
は、アンテナショップを設置するとともに、試食コーナーを設けるほか、パソコンを設置
42
してトレーサビリティシステムを公開している。「俵物」認定企業が直営店舗で販売するほ
か、独自にインターネットショッピングサイトを開設し、自社商品を中心に販売している
事例もある。他の販路には、社団法人長崎県物産振興協会が運営する長崎県産品・特産品
の総合情報・販売サイトの「e-ながさきどっとこむ」、百貨店などでの催事出店などがある。
2003 年(平成 15 年)には、長崎県出身であるさだまさし氏を起用したテレビコマーシ
ャル 1,679 本が放映された。角川マガジンズが発行する雑誌「毎日が発見」や空港リムジ
ンバスの座席に広告を掲載、翌年には路面電車のラッピング広告を行っている。2011 年(平
成 23 年)夏には長崎市内の百貨店「長崎浜屋」のテレビコマーシャルで贈答用としての
PR を行った。
(4)地域ブランドへの成果
長崎県の魚介類の需要拡大と優良水産加工品の高付加価値化、ブランド化を目指して着
手したのが「俵物」であった。
水産加工品(食品)の生産量を 1997 年(平成 9 年)と 2008 年(平成 20 年)で比較す
ると、全国ではマイナス 22.8%、長崎県においてはマイナス 26.2%と消費者の水産加工品
離れが続いている。しかしながら、長崎県では、かまぼこなどの練り製品は 7.2%の減少に
とどまっており、あじ・かます・連子鯛などの開きやきびなご・ふぐ・イカなどの一夜干
し、からすみなどの塩干品では 2.5%の増加に転じている。全国的には、練り製品はマイナ
ス 33.2%、塩干品はマイナス 17.9%である。
また、長崎県の水産食料品の出荷額は、2004 年(平成 16 年)の 424 億円から 2008 年(平
成 20 年)には 552 億円に増加し、その額が長崎県の全ての食料品製造業に占める割合も
20.1%から 23.9%へ上昇している。
2011 年(平成 23 年)3 月、「俵物」の認定商品は 102 品目、製造業者は 35 社にのぼっ
ている。認定商品が 60 品目であった 1999 年(平成 11 年)の販売実績額は 4,800 万円であ
ったが、2009 年(平成 21 年)では 5 億円を超えるまでに成長した(社団法人長崎県水産
加工振興協会の調査に基づく県推定値)。加えて、水産加工業者全体の技術力や衛生設備の
整備に大きく貢献していることが水産白書などに示されている。長崎で採れた新鮮な旬の
原料を用いて付加価値の高い商品を製造し、流通させるという取り組み、水産加工品のリ
ーディング商品としての「俵物」は一定の成果を得たと言えよう。
43
写真 16
平成「長崎俵物」アンテナショップ長崎空港 2 階搭乗口前店
出所:筆者撮影。
(5)取り組み課題と今後の展望
「俵物」の成功要因は、2 つの地域優位性にあるといえよう。すなわち、長崎県で魚種、
量ともに豊富で新鮮な魚が水揚げされているという原材料調達における優位性と水産加工
品を伝統的に製造している歴史的背景から高い技術力を保持した工場が現在もなお存在し
ているという優位性である。加えて、新鮮な原材料を高い技術力の工場で加工・製造する
ことによって、本来的には食品加工物をあまり必要としない製法の、あるいは、その添加
物を嫌う加工業者が多数、存在していることも大きな要因として考えられる。「俵物」の厳
しい基準は、これら加工業者の原材料調達と技術力をさらに向上させる結果に関連してい
る。
しかしながら、いくつかの課題も散見される。消費者のニーズに合った製品を開発して
バリエーションを増やすこと、高品質の原料であっても量産化を図ることや技術改良によ
り現状よりも消費者が納得のいく価格にすることは当然のことであるが、流通に関する課
題を指摘して本稿を閉じたい。
長崎県における「俵物」の認知度は 90%を超えているとのことであったが、長崎県内に
おいても販路は限られている。2011 年(平成 23 年)7 月にアンテナショップの一つである
長崎市内の百貨店を訪れたが、食料品売場ではなく御中元の特設コーナーに、その売場が
44
あった。長崎県内で販売されている一般の製品に比べると高価であるため、ギフトやおみ
やげとしての需要を狙っていることは理解できるが、地元の人の支持を得られずに地域ブ
ランドとして成功することは困難であろう。
2011 年(平成 23 年)11 月には日本航空の機内誌に「俵物」が掲載されるなど、全国的
な認知度を高める取り組みも見られているが、これはまだ緒に就いたばかりである。保存
方法に制約のある食品流通では、全国的な認知度を高めリアル店舗、ネット上の店舗に関
わらずに顧客が「買いに来る」仕組みを構築することが重要である。そのうえで、「安心・
安全」に敏感な現代だからこそ、首都圏、関西圏、福岡などの百貨店への常設コーナーの
設置を検討する必要もあろう。今後に期待したい。
45
5.まとめ
本調査では、水産練製品メーカーの経営戦略策定に資するために、独自の商品力や販路、
ブランド力を持つ老舗水産練製品メーカーを対象として聞き取り調査を行い、その成功ポ
イントを明らかにすることを試みた。
水産練製品業界の市場規模は成長する見込みはおろか、むしろ縮小傾向にある。さらに
加工技術の普及は定番商品や類似商品の氾濫を来した。したがって、何処にもありがちな
製品作りではなく、新たな魅力を盛り込んだ高付加価値商品作りを目指さなければ消費者
からは選ばれない。そして、第 2 章では水産練製品メーカーの情報発信力の欠如について
指摘したが、モノが溢れる今の時代では懸命に優れた製品を作り出しても何らかのマーケ
ティング活動を行わなければ売れるわけがない。つまり、企業側による消費者側への製品
情報を伝えるためのプロモーション活動が不可欠である。
ヒアリング調査の結果からポイントをまとめると、①創業者の経営ポリシーを引き続き、
セールスポイント化していた。②海外調達システムを構築することにより、コストや品質
面で最適な原料調達が可能になるだけでなく、安定かつ最適生産体制を整えていた。③地
魚や地域の自然環境を活用して付加価値を高めたユニークな商品作りは、価格だけでは競
争できない差別化につながっていた。④直営店舗やデパートといったチャネルを確保する
ことでブランドステータスを構築していた。最後に、⑤老若男女を問わず蒲鉾の製造過程
を見学・体験できるように「見える化」を図っていた。これは自社(製品)に関する情報
を消費者に発信する方法として有効であろう。
※本報告書の作成に当たり、事例企業の方々をはじめ、関係機関の方々に大変貴重なお
話を伺うことができた。この場を借りて謝辞を申し上げたい。
46
【参考文献 1】
・農林水産省「平成 22 年度食料自給率について」
・農林水産省「平成 22 年度食料需給表」
・農林水産省「食料需給表(平成 21 年度)、活版本
・水産白書「平成 20 年度 水産白書」、我が国の水産物需給、
・農林水産省大臣官房食料安全保障課「食品産業動態調査:食品製造業における原料調達の課
題と対応策-食品製造業アンケート結果-」(平成 22 年度)
・農林水産省「平成 23 年度食品産業動態調査(年報)」
、1.食品製造業統計(速報値)
・農林水産省「水産物流通調査-水産物流通統計年報」2008 年。
・日刊工業「農商工連携の今 83」2011 年 7 月 18 日 13 面。
・東京商工リサーチ調べ、2009 年 1 月 30 日、『北海道新聞』23 頁。
・沼上幹『マーケティング戦略』有斐閣アルマ、2010 年(5 刷)。
【参考文献 2】有村屋
・株式会社有村屋「有村屋の歴史」内部資料、2011 年 2 月。
・株式会社有村屋『私とつけ揚げ』斯文堂、2007(平成 19)年 10 月 25 日。
・株式会社有村屋『美味浪漫』有村屋商品カタログ、2011 年版。
・株式会社有村屋『冬の特選ギフト』有村屋商品カタログ、2011 年冬、36 号。
・株式会社有村屋『春の旬だより』有村屋商品カタログ、2012 年春、Vol.28。
・全国かまぼこ連合会、鈴木たね子総監修『かまぼこなんでもバイブル』2011 年版。
・株式会社有村屋ホームページ URL, http://www.arimuraya.co.jp 2012 年 2 月 29 日。
・株式会社ラウラ編集・構成『蒲鉾・練りもの名品事典』日之出出版株式会社、2008 年 4 月
【参考文献 3】平成「長崎俵物」
・柴崎賀広(2005)「こだわりの水産加工品―平成「長崎俵物」の取り組み―」
『地域漁業研
究』第 45 巻, 第 3 号, 149-159.
・平成「長崎俵物」ホームページ(http://www.pref.nagasaki.jp/tisan/tawara/)
・平成「長崎俵物」パンフレット(平成 23 年)
・平成 16 年度長崎県水産白書
・平成 17 年度長崎県水産白書
・平成 18 年度長崎県水産白書
・平成 19 年度長崎県水産白書
・平成 20 年度長崎県水産白書
・平成 21 年度長崎県水産白書
・長崎県水産部「2010 年版の長崎県水産要覧」
・農林水産省 水産物流通統計年報
47
【調査体制】
(調査研究担当者:経営支援情報センター
リサーチャー
李
美花)
リサーチャーが,ナレッジアソシエイト 2 名と調査研究を行った。
(ナレッジアソシエイト(敬称略)
)
小山
修
(札幌大学経営学部教授)
浅岡
柚美(中村学園大学流通科学部教授)
(事務局)
川端
伸清(経営支援情報センター
主任)
【報告書執筆体制】
1.はじめに
李
美花
2.水産練製品製造業における経営課題
李
美花
3.水産練製品メーカーの経営事例
李
美花
李
美花
李
美花
事例 1 李
事例 2 小山
美花
事例 3 李
修、
美花
李
美花
李
美花
美花
事例 4 小山
事例 5 李
李
修、
美花
事例 6 李 美花
4.共同ブランド化の事例
事例 1 浅岡 柚美
5.まとめ
48
49
独立行政法人
中小企業基盤整備機構
経営支援情報センター
〒105‐8453 東京都港区虎ノ門3-5-1(虎ノ門 37 森ビル)
電話
URL
03-5470-1521(直通)
http://www.smrj.go.jp/keiei/chosa/
本書の全体または一部を、無断で複写・複製することはできません。
転載等をされる場合は、上記までお問い合わせ下さい。
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