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高バイオマス量サトウキビを用いる 食料・エタノール複合
高バイオマス量サトウキビを用いる 食料・エタノール複合生産の意義 安原 貴臣(アサヒビール㈱ 研究開発戦略部) であることから、世界中で輸送用燃料としての普及が急拡大 1.序章 18 世紀の産業革命以降、先進国を中心とする工業化とそれ している。現在では、広大な土地を保有する米国とブラジル に伴う輸送システムの高度化に伴い、人類の生活利便性の向 が、スケールメリットによるコスト優位性を活かし、世界の 上が図られてきた。一方で、この経済の高度化は化石燃料の 全エタノール製造量の約 80%を占めている。気候の違いから、 使用を加速させた。その結果、化石燃料資源の枯渇とともに、 米国では主にトウモロコシを原料としているのに対し、ブラ その燃焼から発生する GHG(温室効果ガス)による地球温暖化 ジルではサトウキビを原料としている。しかし、これらの原 の誘発など皮肉な問題を引き起こしている。さらに世界は、 料は重要な食料作物であり、食料競合の観点で慎重な導入検 人口増加に加え新興国を中心とする経済の同時成長局面に入 討が必要である。また、生産拡大に向けた連鎖的課題として、 り、世界のエネルギー消費量が加速度的に増加している。現 森林破壊、生物多様性保存の問題があり、食料とエタノール 在の日本のエネルギー自給率は約4%(原子力を除く)であ の生産・供給の設計を最適化する必要性が指摘されている。 り、主に中東からの輸入に依存している。特に石油は全エネ サトウキビは、古くから熱帯・亜熱帯地域を中心に広く栽 ルギーの 45%を占め、石炭、天然ガスを加えた化石燃料依存 培されてきた重要な糖質作物である。現在でも、サトウキビ 度は 80%を超える(1)。脱化石燃料とエネルギー自給率向上を は世界の砂糖生産量の約 6 割を占める原料であり、一方で、 両立するクリーンエネルギーとして原子力の導入も検討され バイオエタノール原料の約 5 割を占めている。バイオエタノ るが、この燃料資源も海外依存かつ有限である上、安全性へ ール原料としてのサトウキビの利点は、単位面積当たりのバ の危惧やコスト高の問題もあり、この構造的課題を解決する イオマス生産量の高さと即時発酵可能な糖分を豊富に蓄積す 持続可能な手段とは言い難い。このため、太陽光や風力に代 る点にある。これに加え、サトウキビを圧搾した後に得られ 表される自然エネルギーやバイオ燃料に代表される再生可能 るバガス(搾り粕)は、水分含量が低い状態で得られるため、 エネルギーへの早期普及の試みが世界規模で進んでいる。 製造エネルギー源として直接利用できる。国土が広大なブラ ジルでは、エネルギー生産を目的に農地を拡大し、そこから 2.バイオ燃料とは? 収穫したサトウキビの搾汁を直接発酵してエタノールを生産 バイオ燃料とは、一般にバイオマス(植物などの有機物資 する方策も取られているが、この方式は多くの国では当ては 源)を生物学的または化学的な加工プロセスを経て精製され まらない。タイなどの主要なサトウキビ生産国では、サトウ るアルコールやバイオディーゼルなどの液体燃料およびメタ キビ搾汁から砂糖を徹底的に回収した後の三番糖蜜(3 回の砂 ンなどのバイオガスを意味する。これらの燃料を構成する炭 糖結晶化工程を繰り返した後に残った糖蜜)を原料とし、食 素は、植物の光合成によって大気中の CO2 が植物体として固定 料との競合問題を回避している(2)。三番糖蜜は、発生量が少 された有機物に由来する。すなわち、この炭素は短い周期で ない上、酵母のアルコール発酵を阻害するミネラル分が過剰 「植物体→バイオ燃料→燃焼/放出 CO2→植物吸収」の経路で に含まれるため、十分量のバイオエタノールを供給できる原 循環するため、理論上、バイオ燃料消費に伴う CO2 の増減はな 料とは言い難い。その上、3 回の砂糖結晶化工程でバガスを使 い。この考えがカーボンニュートラルであり、バイオ燃料が い果たしてしまうため、エタノールを生産するためのエネル 再生可能エネルギーといわれる所以である。本稿では、我々 ギーとして石油を必要とする問題があった(3)。これまでのサ が取り組んでいるバイオエタノールに焦点を当てて、持続可 トウキビ産業では砂糖原料の最大化を目的としたサトウキビ 能なエネルギーのあり方を論じてみたい。 品種が開発・普及されてきたため、エタノール生産工程の追 加に伴い新たな問題が生じるのは不思議ではない。更に日本 3.バイオエタノール原料としてのサトウキビ のように国土が限られる国においては、いかに環境負荷を低 バイオエタノールは液体燃料であり、ガソリンと代替可能 減させながら農地からの食料・エネルギー生産を両立した上 1 で最大化するかとの視点で原料開発~栽培方法~製造プロセ から、本プロセスが食料・エネルギー安全保障とともに GHG スを再構築し、普及拡大を図ることが重要となる。 排出削減にも大きく寄与することが証明された。今後は、サ トウキビ生産農家~製糖会社の現行インフラをそのまま適用 できるかなど、製造コストと事業性の側面から解析を行い、 4.高バイオマス量サトウキビを用いる実証試験 実用化に繋げていきたいと考えている。 我々は、従来の砂糖生産量を維持しながら多くのエタノー ルを同時生産できる高バイオマス量サトウキビ原料(4)を用い た生産プロセスを提案し、2006 年より沖縄県伊江島にて実証 g er En [Conventional process] 試験を開始した(5)。本実証試験では、内閣府、農林水産省、 経済産業省、環境省の協力を得て、高バイオマス量サトウキ ビ選抜~栽培~砂糖・エタノール製造~製品分析~E3 走行実 Sugarcane Raw sugar 5.8 t (Conventional) 3rd Molasses 1.1 t 16.3 t-dry/ha Bagasse 8.1 t Petroleum 0.25 kL kL Ethanol 0.44 1.4kL Energy to make sugar (58.5 t-wet/ha) 験までの一連の検証が 2010 年 3 月までの計画で順調に進めら y 7.4 t Livestock 0.7 t [Novel process] れている。高バイオマス量サトウキビは、共同研究先の九州 Raw sugar High yielding sugarcane 沖縄農業研究センターが種子島試験地において開発中である 系統(従来種との比較で糖含量約 1.5 倍、繊維含量約 2 倍) を本実証試験に用いた。この系統は、バイオマス量が高いこ 41.6 t-dry/ha とに加え、根が従来種より深いことが特徴である。このため、 (121.1 t-wet/ha) 5.8 t Ethanol 3.30 kL En er g 1st Molasses 7.4 t Bagasse Energy to make sugar Energy to make ethanol 27.9 t Livestock y 9.8 t 6.1 t 0.7+11.2 t 栄養分を地中深くから得ることができ、台風や干ばつなどの Fig.2 高バイオマスキビでの物質収支 不良環境への適応性が高い上に連作障害がなく、安定した収 量が得られることが期待される。 5. 終章 バイオマスは有限な土地(最近は一部海洋も対象とされて いる)から得られる有機物資源であり、世界の全てのエネル ギー問題を解決できるものではない。この限られた農地を食 料とエネルギーを生み出す資源として考え、それぞれの土地 に適した利用価値の高い原料を選択し経済性を確保すること が第一である。今回、我々の取り組みではバイオマス生産量 を最大化することによって、食料・エネルギー増産と環境負 荷低減を同時にポジティブに働かせるプロセスが可能である ことが示された。この取り組みを実用化するためには、世界 従来種(製糖用) 的な枠組みの中で上述した考えに適合する農業政策が必要と 高バイオマス系統 なる。我々の取り組みが、化石資源依存から新エネルギー生 Fig.1 従来種と高バイオマス量サトウキビ 産への統合的転換に貢献し、食料、エネルギー安全保障と地 球温暖化問題対策への一助になれば大きな喜びである。 この系統を用いれば、1 回の結晶化工程で従来と同等の砂糖 量を確保でき、相当量の残糖分をエタノール製造用に利用で 参 考 文 献 きる。また、製糖だけでなくエタノール製造工程で必要とさ (1)エネルギー白書 2009,第 2 部,第 1 章,p.102-131 (2009) れる全てのエネルギーをバガスで賄うことができ、石油の投 (2)奥島憲二:自動車用バイオ燃料技術の最前,山根浩二,シ 入が必要無い。当社の試算では、この系統を用いると、三番 ーエムシー出版,p135-147(2007) 糖蜜を原料とした場合に比べて、従来の砂糖生産量を維持し (3) Nguyen T., Gheewala S.:International Journal of Life た上で、単位面積当たり 7 倍量のエタノールが得られること Cycle Assessment, Vol.13, p301-311(2008) (6) がわかっている 。また、本プロセスの GHG 排出削減効果に (4)Sugimoto A:Farming Jpan, Vol.34, p16-26(2000) ついて従来法と比較した結果、約 57 倍の GHG 排出削減効果が (5)寺島義文,小原聡:バイオリファイナリー技術の工業最前 あることが分かった(7)。本プロセスでは、高バイオマス量サ 線,湯川英明,シーエムシー出版,p113-124(2008) トウキビの生産量増加に伴い栽培・輸送等に要する GHG 排出 (6)小原聡:ソフト・ドリンク技術資料,p221-230(2008) 量は増加するが、それ以上に植物が吸収する CO2 量とバイオエ (7)Ohara S., Fukushima Y., Sugimoto A., Terajima Y., タノールがガソリンを代替することによる CO2 排出削減量が Ishida 増加することが要因である。上述した一連の実証試験の結果 Assessment,Japan, Vol.5, No.4, p.1-7 (2009) 2 T., Sakoda A.: Journal of Life Cycle