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暖化についての最新の科学的な知見を評価・報告するために、世界気象

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暖化についての最新の科学的な知見を評価・報告するために、世界気象
Murase Shinya
1 IPCC ―科学と国際法の対話
気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)は、地球温
暖化についての最新の科学的な知見を評価・報告するために、世界気象機関(WMO)と国
際連合環境計画(UNEP)が中心となって 1988 年に設立された国連機関である(1)。これまで
公表された累次の IPCC 報告書は、国際立法過程に大きな影響を与えてきており、こうした
流れのなかに「科学と国際法の対話」という現代の国際関係におけるユニークな一側面を
みてとることもできよう。1990 年の IPCC「第 1 次報告書」は、1992 年にリオ会議(国連環境
(UNFCCC)の起草に、
開発会議:地球サミット)で採択された「国連気候変動枠組み条約」
そして 1995 年の「第 2 次報告書」は 1997 年の「京都議定書」の起草に、それぞれ決定的と
も言える方向性を与え、さらに 2001 年の「第 3 次報告書」は京都議定書の批准を渋っていた
各国の背中を押すことになった。
今回の IPCC「第 4 次報告書」が、京都議定書以降の将来枠組み形成に大きな影響力をも
(Physical Science Basis)に
つことは、十分に予想される。2007 年に採択された「科学的根拠」
関する第 1 作業部会報告書(2)では、とくに、20 世紀後半以降の温暖化が、人為的な温室効果
(unequivocal)とほぼ断定するとともに、過
ガスの排出に起因することは「疑う余地がない」
去 100 年間(1906 年から 2005 年)で気温は 0.74 °
C 上昇、その影響が、たとえば、極地氷床の
崩壊、異常気象など、すでにさまざまな形で現われていることが「きわめて確実」(very
(3)
だと指摘している。さらに、21世紀末における気温上昇や海面水位上昇についても、
likely)
「温暖化
科学的根拠に基づく予測を行なっている(4)。これを受けて第 3 作業部会報告書では、
の緩和」(mitigation)のための方策、コスト、政策手段等に関する検討が行なわれており、
将来枠組みについても言及されている(5)。
将来枠組みの策定において、最も核心的な問題は、どのような形で科学的判断と政策的
な価値判断との棲み分け、関連付けを行なうかという点である。気候変動は優れて科学の
問題である。科学的根拠が明確な部分についてはその科学的判断に従うことが求められる。
しかるに、科学的不確実性が存在する部分については、価値判断が求められるのである。
価値判断とはいえ、人を納得させうる(convincing)客観的な基準に基づくものでなければな
らない。また、科学の発達は日進月歩であるから、科学的知見の増大に伴って絶えずその
基準を再評価することが必要である。したがって、気候変動に関する国際枠組みは、そう
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 46
気候変動に関する科学的知見と国際立法
した科学的知見の発展を継続的に受け止められるような制度・手続をそなえたものでなけ
ればならないのである。国連気候変動枠組み条約前文 16 項は次のように規定している。
「気候変動を理解し及びこれに対処するために必要な措置は、関連する科学、技術及び経
済の分野における考察に基礎を置き、かつ、これらの分野において新たに得られた知見に
照らして絶えず再評価される場合には、環境上、社会上及び経済上最も効果的なものとな
る……」
およそ国際環境法の基本的問題が、環境保護と経済的発展のバランスをはかりつつ、
「持
続可能性」
(sustainability)をいかに確保するかという点にあることは言うまでもない。しか
し、具体的に、この持続可能性をどのような基準で決定するかは必ずしも容易ではない。
従来、たとえば海洋法の文脈では「持続可能な最大漁獲量」
(MSY: maximum sustainable yield)
を決定するために、問題となっている魚種について科学的調査を行ない、当該魚種が枯渇
しないレベルで総漁獲量が決められて、これを各国間で実績等を勘案して配分するという
方法がとられてきた。MSY 基準は、こうして科学的根拠に基づき採用された国際法の基準
とされてきた。
・ ・ ・
また、国連海洋法条約 119 条 1 項
(a)
は、
「公海における生物資源の保存」につき、
「最良の
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
科学的証拠に基づく措置であって、……最大持続生産量(maximum sustainable yield)を実現す
ることのできる水準に漁獲される種の資源量を維持し又は回復することのできるようなも
のをとること」と規定する(傍点筆者)。もっとも、同条はこの水準の決定に際して「環境
上及び経済上の関連要因(開発途上国の特別の要請を含む)を勘案し」などと規定しているの
で、科学的根拠を基礎としながらも、一定の範囲で政策的価値判断が導入されうることに
なる(6)。
しかるに、1970 年代以降、公海漁業の分野では MSY 基準から最適持続生産量基準 OSY
(optimal sustainable yield)
、最適生産量 OY(optimal yield)など、次第に科学的根拠から乖離し
て、社会的ないし倫理的基準がいっそう強調されるに至っている。海洋生物資源の枯渇を
恐れる沿岸国は、万一起こるかもしれない回復しがたい事態にそなえて、
「予防的」
(precau(no-regrets policy)として具体的な規制措置を及ぼすよう
tionary)な「後悔しないための政策」
になるのである。こうして国際法上の規制の根拠が科学的な判断から離れて、政策的な価
値判断に移行してきていることが認められる(7)。
越境大気汚染の分野においても、伝統的な国際環境法では、
「防止原則」
(preventive principle)の下に、科学的根拠に基づく防止基準の維持が国際法上の義務として設定されていた
のである。その古典的なリーディング・ケースとされる「トレイル溶鉱所事件判決」
(米カ
「その損
ナダ間、1941 年最終判決)では、工場からの煤煙により隣接国に与えた損害につき、
害が明白かつ納得させうる証拠(clear and convincing evidences)により証明される場合には」
として、領域国カナダに損害防止義務を認めた。この場合の「明白かつ納得させうる」と
いう語は、善良な産業慣行を前提とした経験則と科学的根拠に基づく予見可能性を表現し
ている。また同判決では、将来発生する損害を防止するための操業規制を設定しているが、
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 47
気候変動に関する科学的知見と国際立法
そこでは過去 3 年間の調査結果を踏まえて裁判所が決定する操業条件(ガス濃度の決定方法、
煙突の高さ、風力・風向など)および硫黄の最大許容放出量等を実施すべきものとした。こ
の恒久的な制度は、その後の科学的知見の増大に伴い、いずれか一方の政府の要請で、再
検討・修正・停止されうるとした(8)。
しかるに、環境損害が隣接国間の関係で発生する形態から次第に広域化し、やがて地球
全体に及ぶものと考えられてくるにしたがい、従来の環境損害の蓋然性・予見可能性に基
づく「防止原則」ではなく、将来起こるかもしれない不可逆的な損害に対してあらかじめ
方策を立てるべきと考える「予防原則」
(precautionary principle)が主張されるようになってく
る。もっとも、予防原則が国際法上の原則として確立したものとなっているか否かについ
ては議論のあるところである。仮に予防原則が裁判で援用可能な法原則として認められる
ことになれば、それは「打ち出の小槌」のように、いかなる科学的証明も排除できるよう
になる。すなわち、損害の証明についての挙証責任は、予防原則の下で、損害の存在を主
張する側ではなく、相手方に転換されるため、その相手方は損害の発生が絶対にありえな
いことを証明しなければならず、敗訴はほぼ確実となる。現在のところ、予防原則が、個
別の条約を離れて、一般国際法上の原則として確立しているという見解は少数である。む
しろそれは立法上・行政上の指導原則にとどまり、少なくとも現段階では、
「予防的方策」
ないし「予防的アプローチ」と呼ぶことが望ましいと言えよう(9)。
地球環境の問題については、環境損害における原因行為の多様化・拡散、因果関係の複
雑さや結果の不確実さが、その解明を困難にしている。科学的不確実性は地球環境問題に
刻印されている。もとより、
「完全な科学的確実性の欠如を、環境悪化を防止する上で費用
対効果の大きい措置を延期する理由として用いてはならない」
(リオ 15 原則)
。しかしだから
と言って、
「将来起こるかもしれない」危険のみを前提に国際的な対応策を講ずるというこ
とは、実際問題として正当化されない。科学的確実性は条約遵守のための何より強力なイ
ンセンティヴだからである。したがって重要なことは、実施すべき国際的規制をできる限
り科学的根拠に基づいて行なうこと、そして、科学的知見の絶えざる増大をいかにして国
際制度のなかに組み込んでいくかということである。
実際、地球環境保護に関する諸条約は、科学的不確実性と知見の増大に対応する制度を
採用してきたのである。それが、枠組み条約と議定書・附属書との組み合わせ方式である。
枠組み条約では締約国の地球環境保護に関する一般的義務その他の一般原則を定め、具体
的な実施方法・期限・規制物質などは議定書・附属書で規定する。一般に、条約の形成に
は、交渉・署名・批准等の手続のため、長期の期間が必要であり、多数国間条約となれば
なおさらである。他方、議定書や附属書は簡易迅速な手続で改訂できるようにすることが
可能である(一定期間内に原案に反対の意思表示をしない限り受諾したものとみなされるという
contract-out 方式の採用)
。そこで、規制物質の指定や実施時期等に関する具体的な規制内容に
ついては、科学的知見の増大に伴って、短期間に改訂できるようにしておくのである。こ
うした枠組み条約と議定書の組み合わせとして最も成功した例は、オゾン層保護に関する
ウィーン条約(1985 年)とモントリオール議定書および附属書(1987 年)であろう(10)。
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 48
気候変動に関する科学的知見と国際立法
気候変動についても、結局、この枠組み条約と議定書の組み合わせという形で国際立法
が進むことになり、1992 年に国連気候変動枠組み条約が、そして 1997 年に京都議定書が採
択された。科学的知見を国際法に取り入れようという考慮に基づく結果であった。もっと
も、オゾン層レジームの場合と比べると、気候変動の場合は両者の間に「ねじれ」現象が
みられる。すなわち、まず、京都議定書は簡易手続によるものではなく、枠組み条約と同
様、
「条約」として採択されている(その理由は主として同議定書が枠組み条約にはない新たな
権利義務を規定しているためである)ので、それが効力をもつまでには、通常の条約と同じく
長い期間を要することとなった。さらに、内容的にみても、気候変動枠組み条約では国家
の一般的義務等を規定するだけでなく、西暦 2000 年までの具体的な措置についても規定を
置いた。一方、京都議定書では、本来なら枠組み条約に規定すべき一般原則も含まれたも
のとなっている。その結果、
「科学の国際法化」という観点は大幅に後退し、社会的・政治
的な価値判断が容易に入り込む形になったのである。その点を具体的にみておきたい。
2 気候変動枠組み条約の目的と京都議定書の問題点
気候変動に関する国際立法における最も基本的な事項は、温室効果ガスの濃度を安定化
させる水準を、第一に国際社会全体の目標(グローバル目標)として、どのように定めるか、
そのうえで、第二に、各国にそれをいかに配分するかという点である。まず、グローバル
目標について、気候変動枠組み条約 2条は、次のように規定している。
この条約及び締約国会議が採択する関連する法的文書は、この条約の関連規定に従い、
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果
ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的とする。そのような水準は、生態系が気候
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
変動に自然に適応し、食糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行
することができるような期間内に達成されるべきである。
(傍点筆者)
京都議定書前文は「条約第 2 条に定められた条約の究極の目的を達成するため」に、この
議定書を協定したと記されている。したがって、問題の出発点は、この「究極の目的」を
達成するための「水準」
(グローバル究極目標)をいかに決定するかという点にある。しかる
に議定書ではこの目標を、
「附属書Ⅰに掲げる締約国により排出される附属書 A に掲げる温
室効果ガスの全体の量を 2008 年から 2012 年までの約束期間中に 1990 年の水準より少なくと
も5 パーセント削減することを目的として」
(3条1項)と規定したのである。
この一文に京都議定書の問題点が集約されていると言ってもよい。第一に、議定書は排
出削減の義務を附属書Ⅰ国すなわち先進工業国のみに課し、途上国にはその義務を課さな
かったことである。このため、5% の総目標も先進諸国からの排出量の総和にすぎず、途上
国からの排出量は除外されていて、真の意味でのグローバル総目標ではないこと、しかも
5% という数字は何らかの科学的根拠から導き出されたものではなかったこと、さらに各先
進国間にいわば「どんぶり勘定」で、6%、7%、8% などという国別 cap(排出量の上限)が
適当に割り当てられ、これを絶対的・固定的義務としたことである。第二に、ここでは
2008 年から 12 年までの短期的な約束を設定し、その履行状況を次期約束期間に反映させて
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 49
気候変動に関する科学的知見と国際立法
いこうという枠組みが想定されているが、温暖化問題の克服には技術革新が不可欠であり、
それを織り込むためには 50 年、100 年といった長期的な取組が必要であるにもかかわらず、
議定書にはこうした長期的視点が欠如していることである。さらに第三に、削減の基準年
が 1990 年に置かれたことも義務の不公平性がもたらされる原因となっている。1990 年とい
う年は冷戦の終結、ソ連・東側諸国の崩壊と前後しており、それらの国の経済活動は、1990
年を前後して完全に中断、排出量も激減し、その結果、ロシアの「ホットエアー」を生み
出すことにもなった。また、1970 年代の 2 度のオイルショック以来、エネルギー効率の向上
と排出量の極小化に粉骨砕身の努力を行なってきた日本にとっては、1990 年当時、すでに
既存の技術に関する限り、それ以上の効率向上の余地があまり残されていなかったという
事情があり、基準年が 1990 年に設定されたことは、明らかに、欧州連合(EU)にはきわめ
て有利に、日本には圧倒的に不利に、働くということになったのである。
国別総目標を京都議定書のようにトップダウンで決めても、結局ワークしないというこ
とはほとんど自明である。経済成長率などの経済活動を国別に正確な予測をすることはき
わめて難しいから、そもそも国別総量を公平・適切な形で決めることは無理であり、その
ことはロシアのホットエアーの状況をみれば一目瞭然である。この国別目標を義務化した
ところで、それが現実に履行されることが保証されるわけではない(11)。
これらの問題点については、すでにいくつかの論稿で詳論してきたので、ここではこれ
以上繰り返さないが、京都議定書の中心的規定である 3 条が、気候変動枠組み条約 2 条で明
示された「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準」の決定とその
配分に関して、そこで示唆されているような合理的根拠によらず、トップダウンの政治的
な取引で行なわれたことが最も深刻な問題であったと言えよう。
さて、2013 年以降の「ポスト京都」の新たな議定書策定においては、こうした京都議定
書の轍を踏まないようにしなければならない。すなわち、気候変動枠組み条約 2 条の趣旨に
立ち返って、科学的根拠により、グローバル目標としての「水準」を決定することが重要
・ ・
である。もとより同条は、科学だけでこの水準を決定すべしと規定しているわけではない。
「持続可能性」ないし経済発展と環境保護との両立性を同時に達成するよう条件を付けてい
るのであるから、グローバル目標水準の決定に価値判断を伴うことは言うまでもない。し
かし、この価値判断(政治的決定)は、あくまでも科学的な不確実性を補完する範囲内で行
なわれるべきものと考えられる。
そうした観点から、EU では 1996 年以降、地球全体平均気温の上昇は産業革命以前から
2°
C を超えるべきではないとされ、二酸化炭素(CO2)濃度で 350ppm 程度に抑えるべきもの
と唱えられている。しかし、2 °
C という数字にとくに科学的根拠があるわけではなく、将来
枠組みに関する国際交渉においてリーダーシップをとるためにトップダウンで決められた
ものであり、多分にハッタリ的要素がみられるとも言われる。わが国の専門家による価値
判断としては、実現可能性を考慮して、目標安定濃度は 550ppm 程度が妥当な数値とされて
いる。
いずれにせよ、この世界全体の究極目標をどの水準に決めるかは、科学的判断と政策的
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 50
気候変動に関する科学的知見と国際立法
価値判断との最も中心的な接触点ということになる。気候変動に関する国際枠組みの策定
において、このグローバルな究極目標の合意が、避けて通ることのできない問題であるこ
とは確かである。この究極目標を前提に、その達成を各国でどのように分担していくか、
そしてそのための手続をどうするかが定められるからである。
具体的な達成目標として、2050 年の温室効果ガス排出を 50% 削減するという目標が EU 閣
僚理事会や日本の安倍晋三首相(当時)から提唱された。EU の場合は基準年が 1990 年であ
り、その内容はきわめて厳しく、実際、実現可能性への見通しはまったくないと言ってよ
い。日本の場合は、基準年が明示されていないので、それがたとえば 2000 年ないし 2010 年
ということになれば、やや緩やかな目標となるが、それでもその達成は「相当に困難」だ
と言われている(12)。しかし、いかなる形にせよ、国際社会全体としての目標が設定されない
限り、将来枠組みのための意味ある交渉を始めることは難しいから、この点についてのコ
ンセンサスは不可欠である。
3 将来枠組みの提案― WTO/GATT 方式
将来枠組みの構想において、決定的に重要な要素は、少なくとも次の 3点である。第一に、
米国・ EU ・日本はもとより、中国・インドなどの途上国を含む主要排出国が参加すること
である。IPCC 報告書も、
「少なくとも、世界の温室効果ガスの 80% を占める 15 ヵ国の主要
排出国を含むこと」の重要性を指摘している(13)。第二に、それが長期的・継続的かつ柔軟な
形で(各国固有の個別事情に配慮しつつ)対応できるような国際枠組みであること、他方第三
に、一定の法的拘束性をそなえた枠組みであること(単に各国の自主的・自発的なコミットメ
、である。ただし、拘束
ントにとどまる方式では国際社会において受け容れがたいと思われる)
性と言っても、京都議定書のような固定的・絶対的な拘束性だけが唯一の方式であるわけ
ではなく、柔軟性を兼ねそなえた形で拘束的な枠組みを設定することは不可能ではない。
さて、先に述べたように、地球環境保護に関する国際法では、そこに刻印されている科
学的不確実性を受けとめるため、枠組み条約と議定書・附属書の組み合わせという方式を
採用してきた。しかし、議定書・附属書では簡易手続により迅速な対応が可能であるとい
っても、自動的に対応できるわけではないし、京都議定書のように枠組み条約にはない新
たな権利義務を規定している場合には、議定書と言っても「条約」形式の文書にせざるを
えないこととなる。そこで本稿では、地球環境条約に本来的な枠組み条約と議定書・附属
書の組み合わせ方式の煩瑣を避け、これを発展させた形で、将来的な気候変動国際レジー
ムの構想を提示したいと考えるのである。それが、WTO/GATT(世界貿易機関/関税貿易一
般協定)モデルによるラウンド交渉方式である。
この WTO/GATT 方式は、拘束的なシステムではあるが、将来枠組みに求められる柔軟性
を兼ねそなえ、ボトムアップの合意形成により、50 年、100 年という長期にわたって存続し
うる継続的交渉メカニズムとして、大きなメリットが認められるものと考えられるのであ
る。気候変動については、目標値の達成(結果の達成)ということよりも、その目標に向か
って交渉を継続するための「手続」を整備することのほうが重要であるという判断が、こ
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 51
気候変動に関する科学的知見と国際立法
の構想の基底にある。
GATT/WTO は戦後 60 年間、国際経済組織のなかでは最も成功した例と考えられているが、
そこでは、関税引き下げおよび非関税障壁の撤廃のため、ラウンド交渉が継続的に行なわ
れてきた。これと同様の方式で、温室効果ガスの削減に関する継続的交渉の枠組みを構築
することが望ましいと考えるのである(14)。関税も非関税障壁も放置しておけば国内圧力のた
め漸次高くなっていく傾向があるため、GATT は関税を恣意的に引き下げ、数量制限を維
持・導入することを禁止しているが、定期的な多数国間のラウンド交渉により、そのいっ
そうの引き下げを図っていかなければならない。
とくに関税の場合、GATT では、二国間主義(bilateralism)と多数国間主義(multilateralism)
との組み合わせにより、引き下げを実現してきた。すなわち、GATT の初期においては、産
品別に「リクエスト・オファー方式」
(a product-by-product request and offer approach)に基づき、
各国の間で関心品目の関税率引き下げについて二国間交渉を行なう。しかるに、この二国
間の交渉成果は、他のすべての条約当事国に対し最恵国原則(GATT 第 1 条)の下に「均霑」
されるのである(15)。
その後 1963 年から 67 年にかけてのケネディ・ラウンドでは、
「一律引き下げ方式」
(a linear reduction approach)の下に、工業製品の関税を原則一律 50% 削減するという全体目標(こ
こでの 50% という数値は「作業上の仮説」として理解された)に合意した(もっとも一部産品に
。結局、例外品目もあ
ついては、依然として産品別のリクエスト・オファー方式が採用された)
り、その成果は実際上 36% 程度にとどまったが、それでもかなりの成功で、それによって
大きな貿易拡大が図られたのである。さらに 1973 年から 79 年にかけての東京ラウンドでは、
高関税の国はより大きい引き下げを行ない、引き下げ後の関税率の平準化を目指す「ハー
(16)
モナイゼーション方式」
(a harmonization formula approach)
を作業仮設とし、加重平均引き下
げ率 40% を目標として交渉が行なわれた。その結果、平均して 33% 前後の関税率引き下げ
が実現した(17)。さらに 1986 年から 93 年まで行なわれたウルグアイ・ラウンドにおいては、
上記のさまざまな方法に加えて、
「セクター別アプローチ」
(sector approach)が採用された(18)。
自国産業保護という個別利益の観点から、従来は、関税率は高いほど望ましいと考えら
れていたが、しかし、自由貿易の実現という国際公益の観点からは、関税障壁の低減化が
必要となる。このことは今日では常識のように受け取られていることであるが、国際社会
がこのことを理解するには、実際、長い年月を要したのである。温室効果ガスについても、
排出削減の国際公益性は徐々に認識されてきており、個別の国家利益を超えた取り組みが
可能となってきている。しかも、気候変動に関する条約・議定書は、すぐれて経済条約、
エネルギー条約としての性格をもつものであるから、貿易交渉と温暖化交渉には、本質的
に共通の基盤のあることが認められるのである。
また、WTO/GATT では、産品別ないしセクター別に交渉が行なわれてきたが、この点も
温暖化交渉に資する点である。気候変動に関する将来枠組みにおいて、
「セクター別アプロ
ーチ」
(sector-based approach)は最も有効な方法の一つとして注目されている。この方法では、
エネルギー効率やCO2 排出強度が地域別・セクター別にどのような状況にあるかを客観的に
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 52
気候変動に関する科学的知見と国際立法
把握することによって、適切かつ実行性の高い目標を設定することができ、全体として排
出削減の実効性が上がることが期待される(19)。
GATT モデルの下での温暖化交渉では、前述のとおり、まず国際社会全体の削減目標につ
いて合意することが不可欠である。この全体目標に到達するまで、各国は粘り強く交渉を
続けることになる。その交渉の過程では、各国政府のみならず、各国の産業セクターや消
費者グループ、あるいは関係非政府組織(NGO)などが、国別の削減目標の確定において重
要な役割を果たすことは言うまでもない。ラウンドの最終段階では、国別の削減数量が決
まることになるが、それは、以上のような過程を通じて、各セクターからセクター別にエ
ネルギー効率を基準とした数値がボトムアップで積み上げられて集計表示されることにな
るのである。こうした数値が決定される過程は、きわめて柔軟で、各国の個別事情が勘案
されることになり、そのようにして到達された数値目標が、それぞれの国に対して拘束的
なものとなることは、関税の場合と同様である。
もとより、温室効果ガスの排出削減交渉が関税交渉のように円滑に進むと考えるのは楽
天的にすぎよう。温暖化交渉の場合は、国内政策・措置(policies and measures)に関する問題
が中心であるから、その交渉の性格はむしろ非関税障壁撤廃の交渉やサービス貿易交渉に
類似した、やや複雑なものとなるかと思われる。しかし、ともかくも、そうした交渉を通
じて、ボトムアップで削減義務の中身を作っていくという柔軟かつ継続的な交渉の枠組み
を用意することが何よりも重要であると思われる。そしてまた、その際には、省エネ技術
の効率性を考慮して、技術に関するトップランナー方式などの採用を重点的に盛り込んだ
ものとしていく必要があるように思われる。
また、途上国については、GATT の場合(18 条、第 4 部など)と同様に、それぞれの国の特
殊事情に即して、個別審査のうえ、
「特恵待遇」や「特別配慮」を認めることは考慮してよ
いであろう。途上国のなかでも、最貧国については、義務の免除を認める反面、先進途上
国に対しては、特恵関税の場合と同じく、
「卒業条項」を適用していくべきであろう。
いずれにせよ、こうした GATT モデルの考え方は、先に示した「科学的知見の導入」
「セ
クター別アプローチ」をはじめ、
「長期的対応」
「継続性」
「柔軟性」
「拘束性」といった考慮
を充たす方法でもあり、温室効果ガス削減のための新たな枠組みの構築につき多くの点で
示唆を与えるものと考えられる。これを図示すれば、次ページの第 1図のようになる。
この図では次のような方法で排出削減の国別目標をボトムアップで積み上げていくこと
を示している。すなわち、まず、各国内でセクター別に、エネルギー原単位を基準とした
削減目標を決定し、政府に報告する。政府は、各セクターとその目標数値について交渉し、
場合によっては、その数値のさらなる引き上げを要請する(図①)。国内的なセクター別目
標が確定した段階で、政府は主要外国と官庁間で交渉を行ない、セクター別目標をさらに
修正する(図②)(なお、B 国ではセメント産業が小規模にとどまるという想定であるため、セメ
。こうして積み
ント・セクターの削減については、
「その他」に含めて交渉を進めることになる)
上げられたセクター別目標の総和が、暫定的な国別目標となる(図③)。各国は、この暫定
国別目標を基礎に、お互いにリクエスト・オファー方式により、その国別目標の修正を図
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 53
気候変動に関する科学的知見と国際立法
第 1 図 GATT方式による温暖化交渉のイメージ図
グローバル目標(事前合意)⑦
(pre-determinal global target)
国別目標の総和 ⑥
(aggregate national targets)
A国・国別目標 ⑤
(A’s national target)
B国・国別目標 ⑤
(B’s national target)
リクエスト・オファー ④
リクエスト・オファー ④
A国・暫定国別目標 ③
セクター別目標
C国・国別目標 ⑤
(C’s national target)
セクター別目標
②
政
府
政
府
①
民
間
鉄
鋼
セ
ク
タ
ー
①
セ
メ
ン
ト
セ
ク
タ
ー
化
学
工
業
セ
ク
タ
ー
自
動
車
セ
ク
タ
ー
A国
電
力
セ
ク
タ
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間
B国
C国
る(図④)。その結果、確定的な国別目標が決まることになる(図⑤)。各国の国別目標の総
和(図⑥)が、事前に合意されたグローバル目標(図⑦)に到達するまで、①から⑥までの
政府間ラウンド交渉を継続的に粘り強く繰り返すことになる。
こうして例えば、仮にグローバル目標が「2000 年(=基準年)から 2050 年に 50% 削減」と
して国際的に事前合意された場合、2050 年までに少なくとも 4 回のラウンド交渉を、それぞ
れの時期の目標値(例えば、2020 年までに 8%、2030 年までに 12%、2040 年までに 14%、2050 年
までに 16%、など)を目指して行なうこととなる。必ずしも実際に 50% 削減の目標が達成さ
れないかもしれないが、各国には、グローバル目標に到達するまで、引き続き、国際法上、
「誠実交渉義務」が課せられるものとする。結果の達成よりも、各国による努力の継続を重
視するというのが、この構想のポイントである。
このようなラウンド交渉方式は一見複雑にみえるが、これは前記のように WTO/GATT に
おける関税・非関税交渉で国際社会が過去 60 年間にわたって経験してきたところであり、
その交渉上のノウハウは十分に蓄積されてきているところである。決してわかりにくい制
度ではない。
もとより、この方式に主要排出国が果たして「乗って」くるか、とくに中国やインドが
参加せず「ただ乗り」を決め込むのではないか、といった危惧が付きまとうことは否めな
い(20)。それについては、高エネルギー効率を達成した先進工業国ないしセクターに対し、
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 54
気候変動に関する科学的知見と国際立法
何らかのインセンティヴないしクレジットの供与(国際環境税・緩和基金提供義務からの免
除・軽減など)を認めること、削減に努力している途上国・セクターには、省エネ技術の特
恵的供与や資金援助などの制度を導入すること、逆に、こうしたレジームに参加しない排
(disincentive)を課すことが考慮されなければなら
出国に対しては、各国が何らかの「制裁」
ないであろう(21)。
4 結びに代えて
先にも触れたように、2007 年のハイリゲンダム・サミットやシドニーでの APEC 等で、安
倍首相提案の Cool Earth 50(22)が、国際的にも国内的にも高く評価された。この提案では、長
期的な目標として「世界全体の排出量を 2050 年までに半減する」とし、2013 年以降の枠組
みとして次の 3 原則を提唱した。すなわち、第一に、
「主要排出国が全て参加し、京都議定
書を超え、世界全体での排出削減につながること」
、第二に「各国の事情に配慮した柔軟か
つ多様性のある枠組みとすること」
、第三には、
「省エネなどの技術を活かし、環境保全と経
済発展とを両立すること」である。この「安倍 3 原則」こそ、日本が世界に対して示した的
確な指針として誇りうるものであり、本年 7 月の洞爺湖サミットとそれに続く国際交渉では
日本のいっそうの指導力が期待される。
2008 年1 月26 日、福田首相はダボス会議での特別講演(23)で、
「ポスト京都フレームワーク」
について具体的な提案を行なったが、その骨子は、次の 5 点にまとめられる。
(1) すべての主要排出国の参加(participation by all major emitters)
(2) 公正・衡平な排出削減目標の設定(fair and equitable emissions target)
(3) 国別数量目標の設定(quantified national target)
(4) セクター別エネルギー効率の集積によるボトムアップ・アプローチ(bottom-up approach
by compiling on sectoral basis energy efficiency)
(5) 衡平な基準年の設定(equitable base-year)
これら 5 点は、将来枠組みに必要な要素として本稿で述べてきたこととおおむね符号する
ものである。
(3)
の「国別数量目標」は、もとより京都議定書のようなトップダウンで決め
られた固定的・絶対的な国別数値目標ではなく、
(4)
のセクター別でかつボトムアップ・ア
プローチによって「集積(compiling)された」数値として捉えるべきであろう(24)。
この骨子を前提として、いかなる国際枠組みを提示するかが、日本政府に課せられた責
務である。各国が自主的に排出削減の「誓約」を行ない、締約国会議で「再検討」すると
いう pledge and review 方式が日本政府にとっては最も受け容れやすいものであることは確か
であるが、そうした法的拘束力のない方式が国際社会全体に支持されると期待することは
恐らく困難であろう。そうであるとするならば、緩やかな拘束力をもった WTO/GATT のセ
クター別ラウンド交渉方式は、気候変動に関する将来枠組みの選択肢として検討に値しよ
うと考えるものである。
科学的根拠が明確な部分についてはそれに従い、科学的に不確実性が残されている部分
については価値判断によることとし、科学的判断と価値判断を真っ向から対立させるので
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 55
気候変動に関する科学的知見と国際立法
はなく、両者を突き合わせ対話させるための継続的な手続を整備することこそ、今日の国
際法に求められていることのように思われる。
自然科学の知見がそのまま国際法のルールになるべきであるとするならば、それは文字
どおり現代の「自然法」である。しかし、現実の実定国際法が、科学的な合理性をそのま
ま受け入れることはない。国家は本質的に irrational な存在であり、したがって、それが創り
出す国際法も、irrational なものであることを免れないからである。ただ、国家も国際法も、
科学から rational なものを吸収して自らを少しずつ rationalize していくことはできる。気候変
動に関する国際立法は、そのような過程における一つの道標のように思われる。
( 1 ) 詳しくは IPCC ホームページ(http://www.ipcc.ch/index.htm)
。なお、村瀬信也「IPCC のノーべル平
和賞受賞」
『外交フォーラム』235号(2008年2 月)
、10 ページ参照。
( 2 ) IPCC, Climate Change 2007, The Physical Science Basis, Cambridge University Press, 2007; See, Ibid.,
Synthesis Report, Summary for Policy Makers.
( 3 ) IPCC の報告書では、科学的にできるだけ正確な叙述を確保するため、確実性の程度を表示する
ための用語法を統一している。
「事実上確実」
(virtually certain)は99% 以上の確率、
「きわめて確実」
(very likely)は90% 以上、
「確実」
(likely)は 66%以上、
「確実性はより大きい」
(more likely than not)
は 50% 以上、「確実性はより少ない」(less likely than not)は 50% 以下、「確実とは言えない」
(unlikely)は33% 以下、
「確実性はきわめて低い」
(very unlikely)は 10%以下、
「確実性は決定的に低
い」
(exceptionally unlikely)は 1%以下、など。IPCCの共同執筆者には、最初にこれらの用語法を習
熟することが求められる。
( 4 ) IPCC, Climate Change 2007, The Physical Science Basis, op. cit.; See, Ibid., Synthesis Report, Summary for
Policy Makers, para. 1.1.
( 5 ) IPCC, Climate Change 2007: Mitigation of Climate Change, Cambridge University Press, 2007. 筆者は、第
3 作業部会第 13 章(最終章)「温暖化の緩和(mitigation)のための政策、手段および協力措置
(Policies, Instruments and Co-operative Arrangements)
」に関する国内措置および国際制度について、共
同執筆者(lead author)として執筆に携わり、主として国際制度に関する部分を担当した。村瀬信
『上智法学論
也「
『ポスト京都』の国際枠組―気候変動政府間パネル第4 次報告書のメッセージ」
集』51巻 3・ 4号(2008年)
、73―98ページ参照。
( 6 ) Satya N. Nandan & Shabtai Rosenne(eds.)
, United Nations Convention on the Law of the Sea 1982: A
Commentary, Vol. III, 1995, pp. 304–313.
( 7 ) 水上千之「国際漁業管理における予防的アプローチ」
、同編『現代の海洋法』
、有信堂、2003 年、
68―100ページ。
( 8 ) 山本草二『国際法における危険責任主義』
、東京大学出版会、1982年、115―124ページ。
( 9 ) 岩間徹「国際環境法における予防原則とリスク評価・管理」
、岩間徹・柳憲一郎編『環境リスク
管理と法』
(浅野直人教授還暦記念論文集)
、慈学社、2007年、286―322ページ。
、同『国際立法―国際法の
(10) 村瀬信也「国際環境レジームの法的側面―条約義務の履行確保」
法源論』
、東信堂、 2002年、343―364ページ参照。
(11) すでにカナダは率直に京都議定書の目標達成は不可能と表明している。周知のように、日本も同
様の状況にある。日本はロシア等から「ホットエアー」を買うことで形式的に履行したことにす
ることを考えているようであるが、これが温暖化防止という究極目的に照らして望ましいことか
否かは議論すべき点である。
(12)「相当に困難」とはいえ、日本としては、安倍首相が、2007 年のドイツ・ハイリゲンダム・サミ
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 56
気候変動に関する科学的知見と国際立法
ットやシドニーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)等で、Cool Earth 50 を提案し、福田康夫
首相もこれを継承・発展させる形で 2008年 1 月のダボス会議での講演等を行なってきたことを考え
ると、
「2050 年半減」は政治的公約として重要な意味をもつ。対外的にはすでにわが国の立場を一
定程度法的に拘束する効果(禁反言の法理)をもっていると見なされる可能性も否定しえないが、
そこまでの評価は疑問である。1974 年の核実験事件で国際司法裁判所は、将来の大気圏内核実験
の停止に関するフランス大統領・国防大臣等が行なった一方的声明について、その有効性と法的
結果を認めた(Nuclear Tests case, Australia v. France, ICJ Reports 1974, p. 253.)が、この判決の立場に
は批判も多い。
(13) IPCC, op.cit., supra note 5, para. 13.3.3.2., p. 774.
(14) この点で、澤昭裕「ポスト京都議定書に向けた新たな枠組の提案」
、21 世紀政策研究所、2007 年
10 月 15 日(http://www.21ppi.org/)は、本稿が提唱する GATT 方式と同様の発想に基づくものと思わ
れる。そこでは、
「途上国を含む主要排出国間で、国際的に法的拘束力のある『措置』を規定(内
容はリクエスト・オファー方式で、a series of policy templates を交渉することによって Policy Matrix
を確定する、その交渉原則としては、①エネルギー効率レベルの向上、②技術開発促進性、③政
策 coherenceの確保、とされる。
こうした構想を具体化していくうえでさらに検討されなければならないのは、第一に、2 国間で
のリクエスト・オファー方式で合意された削減レベルをどのような方法で他の当事国(多数国間)
に「均霑」していくか(多辺的「均霑」のメカニズムがないと、結局一方的な誓約と大差ないと
いうことになろう)
、また第二に、エネルギー効率を基準とした合意形成を行なうとして、高い水
準の効率性を達成した産品ないし技術に対していかなる特典(credit)を与えるかといった問題で
あろう。
(15) 村瀬信也「特恵制度の展開と多辺的最恵国原則」
、同『国際法の経済的基礎』
、有斐閣、2001 年、
109―179ページ参照。
(16) 引き下げ後の関税率は、ax/
(a + x)
(a =国別の係数、x =現行税率)で導出される。現在のドー
ハ・ラウンドの文脈では「スイス・フォーミュラ」と呼ばれる。
(17) ケネディ・ラウンドの際、欧州共同体(EC)は、米国のように高い税率の品目が多い国と EC の
ように税率分布が比較的低い国とが、全品目について一律の引き下げ率を適用すれば、前者は引
き下げ後も依然高い税率の貿易障壁を残すのに対して、後者は全般的にいっそう低くなり不公平
であると批判した。これに対して米国は、①一律引き下げの目的は貿易の拡大であって関税水準
の平準化ではない、②各国の経済構造・貿易構造が異なるので関税率に差があるのは当然で、こ
の格差をなくすべしというなら賃金その他の経済的・社会的条件も平準化しなければならない、
と反論した(この辺りの議論は温暖化交渉でも参考になる点が多い)
。ともかく、EC は、現行税率
が高ければ高いほど引き下げ率を大きくすることにより、引き下げ後の関税率構造を平準化する
「ハーモナイゼーション」方式を主張した。この結果、東京ラウンドでは、ハーモナイゼーション
方式が採用されることになったのである(東京ラウンド研究会『東京ラウンドの全貌』
、日本関税
。
協会、1980年、66―88ページ)
(18) GATT における関税交渉の歴史については、Anwarul Hoda, World Trade Organization: Tariff
Negotiations and Renegotiations under the GATT and the WTO: Procedures and Practices, Cambridge university Press, 2001, pp. 26–56; Peter Van den Bossche, The Law of the World Trade Organization, Cambridge
University Press 2005, pp. 395–399.
(19) 秋元圭吾「キャップ・アンド・トレードとセクター別原単位目標の議論の整理」
、地球環境産業
技術研究機構(RITE)ディスカッション・ペーパー(2007 年)
、秋元圭吾「温暖化対策の長期目標
とその実現に向けた道筋」
、および松橋隆治「ポスト京都の枠組としてのセクトラルアプローチと
数値目標の比較分析」
、地球産業文化研究所『地球温暖化防止対策国際合意形成調査研究報告書』
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 57
気候変動に関する科学的知見と国際立法
2008年3 月、参照。
(20) もとより、そうした危惧は、ここで提案している制度に特有のものではなく、どのような枠組み
であろうと、それらの国々が義務を引き受けようとしない限り、払拭できるものではない。
(21) 主要排出国のなかで温室効果ガスの排出削減に努力しない国がある場合には、それらの諸国から
の輸入に対してのみ内国税・課徴金の賦課などの措置を検討する先進国も出てこよう。そうした
措置はもとより GATT 1 条、3 条に違反することになるが、新たな議定書でそのような措置が規定
され、かつ WTO/GATT で、環境目的のための上記の措置について国境における税調整が何らかの
例外(例えば GATT20 条)として許容されれば可能となる。国家の一方的措置として行なった場合
にこれに対抗力が認められるか否かは議論のあるところではある。Jonathan Zasloff, “Massachusetts v.
Environmental Protection Agency. 127 S.Ct.1438, United States Supreme Court, April 2, 2007,” American
Journal of International Law, Vol. 102, No. 1, 2008, p. 140.
(22) http://www.kantei.go.jp/jp/abeaspeech/2007/05/24speech.html。この提案は戦後の日本外交においても
対外的に大きなインパクトを与えた事例として特筆されよう。
「Cool Earth 50」というネーミングも
スマートである。なお、本提案策定の過程で、従来まったく異なる見解を表明してきた中央環境
審議会(環境省)と産業構造審議会(経産省)のそれぞれの意見が、当時の塩崎恭久官房長官の
リーダーシップで、外務省を含めた「4 大臣会合」を通して調整・統合され、日本としてのワン・
ボイスが確保されたことの意義はきわめて大きい。
(23) http://www.kantei.go.jp/jp/hukudaspeech/2008/01/26speech.html
(24) 2008 年 5 月 7 日、胡錦濤中国国家主席訪日の際に日中間で署名された「気候変動に関する共同声
明」で、とくに中国側が「セクター別アプローチが排出削減指標又は行動を実施する重要な手段
であると表明した」
(第7 項)ことの意義はきわめて大きい。
[付記]本稿の執筆にあたり、WTO / GATT 法関連部分について、川瀬剛志教授(上智大学法学部)か
ら貴重なご教示を得た。また54 ページの「GATT方式による温暖化交渉のイメージ図」作成につい
ては、岡本淳氏(上智大学大学院法学研究科)を煩わせた。記して感謝申し上げる。
むらせ・しんや 上智大学教授
[email protected]
国際問題 No. 572(2008 年 6 月)● 58
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