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祝 谷大 地ケ田遺跡3次調査・祝谷6号墳 現地説明会資料

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祝 谷大 地ケ田遺跡3次調査・祝谷6号墳 現地説明会資料
いわいだに お お ち が た い せ き
6 4 . 9
4
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1 8 0
1
1 3 0
1 5 0
1
祝谷大地ケ田遺跡3次調査・祝谷6号墳 現地説明会資料
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5 7 . 0
6 7 . 3
本調査は、民間の開発に伴う発掘調査です。愛媛大学城北キャンパスを中心とした松山
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5 3 . 5
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5 6 . 5
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6 4 . 3
9 0
1 1 9 . 8
8 6 . 6
城よりも北のエリアにひろがる弥生時代を中心とした遺跡の集まりを「道後城北遺跡群」
9 4 . 5
1
4 7 . 4
1 0 6 . 5
4 8 . 0
8 9 . 7
と名づけていますが、祝谷周辺の遺跡もこの遺跡群の一角に含まれています。祝谷周辺で
7 3 . 5
5 1 . 3
9 2 . 7
1 6 0 . 6
6 8 . 5
3
6 0
1 0 9 . 7
6 5 . 1
5 6 . 0
は、これまで病院やマンションの建設の際に調査が行われたほか、近年では都市計画道路
9 7 . 7
1 4 8 . 3
1 1 9 . 8
1 1 3 . 7
1 4 1 . 3
1 0
0
8 8 . 1
道後祝谷線整備に伴う調査が行われ、主に弥生時代、古墳時代を中心とする遺構が数多く
9 0
8 3 .
7 1 . 2
5 0 . 5
1 3
0
みつかっています。弥生時代では中期から後期(今から 1,800 ~ 2,100 年くらい前)にか
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9 2 . 0
1 3 4 . 5
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0
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7 4 . 5
4 9 . 2
4 5 . 2
4 4 . 0
5 5 . 6
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3
はたけなか
8 0
2
1 4 2 . 2
ろくちょうば
4
1 5 1 . 3
8 0
7 6 . 9
9 6 . 1
1
1.はじめに
1 8 0
0
1 2
埋蔵文化財センター
8 5 . 8
6 0 . 5
5 8 . 7
公益財団法人松山市文化・スポーツ振興財団
8 2 . 2
1 0 4 . 0
1 2 0
17
1 1 0 . 2
0
1 0
6 0 . 8
1 3
平成 25 年3月 16 日(土)
0
9
7 1 . 2
9
けての遺跡が多く、中期で有名な遺跡は祝谷六丁場遺跡や祝谷 畑 中 遺跡で、たくさんの
1
2
10
0
1 2 0 . 1
1
どこう
1
土器や石器を伴う土坑(人為的に掘られた穴のこと)や溝が発見されています。また、六
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1 1
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1 0 7 . 7
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6 9 . 2
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7
丁場遺跡は後期の平形銅剣が出土したことでも有名な遺跡です。
11
5 8 . 0
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ひらがたどうけん
7 1 . 9
7 1 . 8
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4 5 . 2
4 2 . 8
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9 8 . 2
6 6 . 8
4 0 . 5
6 0 . 2
4 9 . 8
4 2 . 9
古墳時代では、丘陵上で祝谷1~5号墳といった古墳の調査が過去に行われており、そ
5 1 . 3
8 9 . 1
13
4 0 . 2
3 8 . 8
のほかにも周辺の丘陵上には古墳が多数分布することが知られています。
7 7 . 5
5 1 . 8
8 1 . 7
7 0
12
4 2 . 2
4 4 . 2
3 4 . 8
6 0
7 9 . 2
4 2 . 5
3 6 . 8
1 2 6 . 3
5 0
5 0 . 2
1 6 4 . 8
1 6 4 . 6
2.調査の概要
3 7 . 4
1
5
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5 2 . 3
0
1 3
4 2 . 0
1
3 9 . 4
1 0
1 0
3 8 . 1
3 6 . 8
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調査は、1区と2区の2ケ所に分けて行いました。1区では、弥生時代中期中頃の
3 9 . 3
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1 2
4 9 . 7
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7 4 . 6
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3 5 . 0
0
16
7 0
ちょぞうけつ
6 0
貯蔵穴が密集してみつかっています。貯蔵穴とは、穀物などの食料を保管しておくため
5 0
3 4 . 5
の地下倉庫のことをいいます。広さ 350㎡程度の調査区に、直径 0.8 ~ 2.5 m、深さ 10 ~
3 4 . 3
100㎝程度の円形のものが 38 基設けられています。これらの遺構は、北東からのびる丘陵
4 2 . 2
3 0 . 6
14
3 0 . 7
3 0 . 3
1石室を中心に、東西 24 m程度の墳丘規模です。第2石室は同じ墳丘を利用して、第1
石室の東およそ 4 mの位置に後に設けられたものです。
3 4 . 7
3 3 . 0
3 7 . 2
3 2 . 5
3 0 . 3
3 2 . 8
2 9 . 5
2 8 . 6
2区で発見された遺構のうち注目されるのは、祝谷6号墳と名づけた2基の横穴式石室
を持つ古墳です。東西に細長い調査区のため墳丘のかたちははっきりわかりませんが、第
4 0 . 8
3 5 . 5
3 3 . 2
3 2 . 5
3 9 . 9
の先端部、谷を見おろす部分に配置されています。
5 0 . 0
15
3 4 . 0
3 2 . 0
4 0
2 9 . 5
祝谷大地ケ田遺跡(3 次)
1 祝谷 6 号墳
2 祝谷大地ケ田遺跡(1 次)
3 5 . 0
0
300m
(S=1:7,000)
6 祝谷六丁場遺跡(2 次)
12 祝谷畑中遺跡(1 次)
7 祝谷丸山遺跡(1 次)
13 祝谷畑中遺跡(2 次)
14 土居窪遺跡(1 次)
8 祝谷丸山遺跡(2 次)
4 祝谷アイリ遺跡
10 祝谷本村遺跡(1 次)
15 土居窪遺跡(2 次)
16 土居窪Ⅲ遺跡
5 祝谷六丁場遺跡(1 次)
11 祝谷本村遺跡(2 次)
17 祝谷 1 号墳∼ 5 号墳
3 祝谷大地ケ田遺跡(2 次)
9 祝谷西山遺跡
第 1 図 周辺遺跡分布図
祝谷大地ヶ田遺跡 3 次調査 1 区
3.わかったこと
調査地周辺の祝谷地区には、永谷川(大川)や丸山川、市の谷川などの川が走り、これ
【検出遺構】
らの川によって分断された丘陵がヤツデの葉状にひろがる地形となっています。弥生時代
溝 (SD)
: 3 条〔弥生時代以降〕
の集落は、これらの丘陵単位で形成されていたものと思われます。そういった集落のひと
土坑(SK)
:39 基〔弥生時代:38 基・室町時代:1 基(SK120)
〕
つが調査地周辺の丘陵上にひろがっているものと考えられます。居住していた住まいなど
柱穴
は、貯蔵穴群が発見された1区よりも北東から東方向に分布しているものと考えられ、そ
の居住区の西から南西方向、谷を見おろす集落の端近くに貯蔵穴群を計画的に配置し、共
同管理していたものでしょう。
2区で発見された祝谷6号墳は、その墳丘規模と豊かな副葬品から有力な地方豪族一族
は に わ
の墓と考えられます。第1石室は、埴輪が立て並べられた差し渡し 24 m規模の墳丘とと
ついそう
もに6世紀中ごろに築造され最初の埋葬を行い、続く6世紀後半に追葬が行われたもので
しゅもんきょう
す。この石室には古くからのステータスシンボルである青銅鏡(珠文鏡)が副葬されまし
:44 基〔弥生時代~室町時代〕
【出土遺物】
弥生土器〔前期~中期〕
土 師 器〔古墳時代~室町時代〕
陶 磁 器〔室町時代〕
石
器〔石鏃・石庖丁・石斧・スクレイパー〕
【調査の概要】
た。第2石室では6世紀の後半から7世紀初頭の間に2体の埋葬が前後して行われたと考
1 区では、弥生時代中期中頃、今から約 2,000 年前に使われた貯蔵穴群が見つかりました。
えられます。先につくられた第1石室に伴う墳丘を利用して新しく石室を追加して、結果
貯蔵穴とは縄文時代から弥生時代にかけて作られた穀物などの食料を保管するために地中
的に一墳丘二石室になったものです。第2石室出土の圭頭太刀は、畿内政権との強い関わ
に掘られた穴のことで、上方には小さな屋根が付けられ雨を防いだものと考えられていま
りを示す儀仗刀(権威を示すための飾り刀)です。地方豪族一族が畿内政権を中心とした
す。断面の形態は入り口が狭く、底部が広いフラスコ形を呈しています。
政治体制に組み込まれていく様子が、両石室のありかたからうかがえます。
今回見つかった貯蔵穴にも、このような形態の穴が数多く見られましたが、中には袋状
けいとう た
ち
ぎじょうとう
や筒状、逆台形状を呈するものもありました。規模も様々で、掘り方の直径は 1m 前後の
ものから最大で 2.5m のものがあり、深さも 10㎝程度の比較的浅いものから、1m を超え
る深い穴も見られました。残念ながら、貯蔵に直接関連するような穀物等は出土しません
でしたが、割れた土器片や石器が数多く出土しました。このような状況から、貯蔵穴とし
て機能を終えたあとにゴミ捨て場として再利用されたものと考えられます。
なお、弥生時代中期中頃以降、貯蔵施設は掘立柱建物へ移り変わり、貯蔵穴は弥生時代
1 区
後期以降、西日本ではほとんど利用されなくなります。
2
区
6 号墳
第 1 石室
第 2 石室
0
第 2 図 調査地測量図
50 m
( S=1: 1,000)
写真1
遺構完掘状況(北より)
祝谷大地ヶ田遺跡 3 次調査 1 区
【時代区分】
B.C.3
B.C.1
縄文時代
A.D.1
A.D.3
弥生時代
(前期)
(中期)
古墳時代
(後期)
※弥生時代は紀元前 3 世紀から紀元後 3 世紀までの
約 600 年間あり、200 年毎に前期・中期・後期と
時期区分されています。
SK104
写真5 SK109 遺物出土状況(東より)
SK105
SD101
SK101
SD102
SK132
SK137
SK122
SK124
SK102
SK127
SK123
SK106
SK108
SK115
SK107
SK109
SK120
SK136
SK103
SK125
SK121
SK114
写真2 SK101 遺物出土状況(南より)
SK101 は直径 1.5m、深さ 70㎝の土坑で、
土坑中位付近から割れた土器や石器が出土し
ました。この中には復元すると完形品になる
土器が含まれていました(写真 3)。
SK133
SK128
写真6 SK120 遺物出土状況(西より)
SK134
SK120 は長径 1.7m、短径 1.1m、深さ
20㎝の土坑で、室町時代に使われた土釜
の破片が出土しました。
SK129
SK113
SK110
SK131
SK116
SK112
SK118
SD103
SK135
SK126
【用語解説】
遺 構(いこう):竪穴式住居や掘立柱建物
SK119
SK111
など、過去の人類が残した不動産的なもの
SK117
W
E
遺 物(いぶつ):土器や石器など、過去
H=51.40m
SK138 SK130
A
1
B
2
3
C
5
4
6
の人類が残した道具一般
A
土 坑(どこう):地中に掘られた穴で、竪
B
穴住居などの性格が明確なもの以外の遺構
0
C
黒色土
E
SK101 の断面形態は部分的にフラスコ
状を呈しており、底面には厚さ 1 ∼ 2㎝程
度の硬く締まった黒色土が敷き詰められて
いました。おそらく、底面の保護の為に施
されていたものと思われます。
5
(S=1:150)
D
F
:柱穴
10m
土師器(はじき):古墳時代から使用され
た弥生土器の系譜を引く素焼き土器
石鏃(せきぞく):矢の先端に付けられた
小型の石器
扁平片刃石斧(へんぺいかたはせきふ):
木材を削ったりえぐったりするための石器
写真 3 SK101 出土遺物①
(左 :甕、右:高坏)
写真 4 SK101 出土遺物②
(左:石鏃、中:石斧、右:スクレイパー)
ス ク レ イ パ ー: 削ったり掻きとりなど
に使用された刃状の石器
祝谷 6 号墳
・墳丘規模:東西 24 m
は に わ
す
え
第2石室
き
・周溝出土遺物:埴輪片、須恵器片
・時
期:6 世紀後半~ 7 世紀初頭
・石室形態:右片袖形横穴式石室
全
長 5.4 m
玄室長 3.94 m
玄室幅 1.54 ~ 2.24 m
残存高 1.18 m
第 1 石室
第 2 石室
第1石室
・時
期:6 世紀中~後半
・石室形態:両袖形横穴式石室
全
長 5.15 m
げんしつ
玄室長 3.62 m
玄室幅 2.4 m
残存高 1.85 m
0
第 3 図 祝谷 6 号墳の石室配置
1
(S=1: 50)
2m
刀子
第1石室出土遺物
須恵器:器台、広口壺、短頸壺、坏身、坏蓋、脚付直口壺、蓋、
よこべ
鎌
玉類
壺・短頸壺
提瓶
ていへい
横瓶、提瓶
武 具:太刀、銀環、鉄鏃
馬
くつわ
か
こ
具:轡、革金具、絞具、辻金具
とうす
のみ
農工具:鍬・鋤先、刀子、鑿、鉄斧、鎌
鏡
玉類
:珠文鏡
へきぎょく
くだたま
珠文鏡
玉類
めのうまがたま
装身具:耳環、ガラス玉、碧 玉製管 玉、水晶製丸玉、瑪 瑙勾玉、
なつめだま
棗玉
鉄鏃
計 約 150 点
太刀
第2石室出土遺物
須恵器:短頸壺、長頸壺、蓋、提瓶
武
具:太刀(1 振は圭頭太刀)、銀環、鉄鏃
馬
具:轡
太刀
ノミ
短頸壺
斧
環類
馬具
農工具:鍬・鋤先、刀子、鉄斧、鎌
どうくしろ
装身具:銅 釧、耳環、ガラス子玉、ガラストンボ玉、碧玉製管玉、
水晶製管玉、水晶製切子玉
馬具・鉄鏃
鋤先
計 約 80 点
副葬遺物出土状況 2
0
1m
(S=1:25)
副葬遺物出土状況 1
第 4 図 祝谷 6 号墳第 1 石室遺物出土状況
参考資料
天井石
前壁
奥壁
玄室
玄室側壁
玄門(袖石)
仕切石
羨道
羨道側壁
横穴式石室の模式図
かわかなぐ
革金具
う
ず
雲珠
つじかなぐ
辻金具
ぎょうよう
杏葉
くつわ
鏡板付轡
あぶみ
鐙
馬具各部の名称
かざ
おびかなぐ
飾り帯金具
圭頭太刀(福角町「塚本 1 号墳」出土)
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