小桜は海に散る: 沖縄の学童疎開船対馬丸の撃沈

Kobe University Repository : Kernel
Title
小桜は海に散る : 沖縄の学童疎開船対馬丸の撃沈
Author(s)
ゆたか, はじめ
Citation
海事博物館研究年報,37:9-10
Issue date
2009-03
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005815
Create Date: 2017-03-31
小桜は海に散る
沖縄の学童疎開船対馬丸の撃沈
はじめ
エッセイストゆたか
定年後、東京から沖縄に移住してもう
1
7年にな
開船となった。当日急な用事で乗れなかった子、
るO そんな私でさえ、最初のころは沖縄の歴史や
母親が頼み込んで、乗せてもらった子、都合で乗る
沖縄戦について、知らないことばかりであった。
船が変更になった子……。運命の別れはさまざま
沖縄はかつて琉球王国という独立国であった。
であった。ハシケに揺られ停泊中の疎開船に乗り
数百年にわたり中国に礼を尽くし、武器に頼らず、
込んでいく。大勢の子供たちを換気の不十分な船
東南アジアとの交易によって国を富ましていたの
倉に詰め込んだ船は、護衛艦 2隻に守られて那覇
である O 那覇の港は、諸国の貿易船の出入りで賑
を出航、長崎へと向かった。
あくせき
わっていた。首里城は王国の宮殿で、迎賓館でも
2晩目の 8月2
2日深夜、鹿児島県悪石島の沖合
あり、貿易センターでもあった。琉球は、レキオ
にさしかかったとき、船団の中の対馬丸だけが、
の名前でヨーロッパにまで知られていた。
「真珠湾の復讐者」と呼ばれたアメリカの潜水艦
そんな輝かしい歴史をもっ琉球王国も、薩摩の
ボーフイン号の発射した 3発の魚雷を受けて撃沈
s
o
sも発信で
武力侵攻以来苦難の道を歩み、明治 1
2年、時の明
した。戦時下のことで、救助信号
治政府によって滅ぼされてしまったのである O 沖
きず、僚船も護衛艦もいつしか見えなくなったと
縄県になっても、本土とは何かと差別されること
いう。船と共に水中に沈んだ子、海に投げ出され
が多かった。本土から遠く離れた島なので、旅立
島に漂い着いた子、台風の近づく海を七日間も泳
ちも物運びも船に頼るしかない。那覇とヤマトと
いで助けられた子……。氏名の判明した犠牲者
の通い船が、戦前の沖縄の暮らしと文化を支えて
1
，
41
8名のうち学童が7
7
5名、ほかに先生や引率世
きた。新天地を求めハワイや南米へ移住する者も
話人などが含まれていたというが、正確な人数は
多く、船が大事な役割を果たしてきたのである。
今もって明らかでない。
太平洋戦争の末期、戦況が厳しくなると、沖縄
生き残った子供たちを襲った新たな苦しみは、
かんこうれい
を本土防衛の拠点として、次々に軍隊が送り込ま
厳しい錯口令であった。対馬丸撃沈のことは極秘、
れ、常駐するようになる
一切口にしてはならないのである
O
沖縄にとって初めての
O
話そうものな
事態であった。すでに太平洋や東シナ海には敵の
ら非国民どころかスパイ扱いをされる。九州、￨の疎
潜水艦がウヨウヨしている。船による貨物輸送も
開先に辿り着き、あるいは沖縄に連れ戻された子
ままならぬ中で、乏しい食糧の確保と一般住民の
供たちは、どんなつらい思いをして毎日を過した
避難が、真剣に考えられるようになってきた。
ことであろう
昭和 1
9年の夏、国の指示で、まず当時国民学校
と言っていた小学校の学童を本土に疎開させるこ
O
やがて沖縄は、一般住民を巻き込
んだ地獄のような地上戦に突入するが、その最初
の悲劇が対馬丸だったのである。
とが決まった。この措置には、せめて子供だけは
沖縄戦が終わっても、対馬丸のことを話す人は
安全な本土にと喜ぶ父母もあれば、危険な海に送
なく、時がたつにつれ関係者が少しずつ重い口を
り出せば命を失うのは必至と悲しむ父母もいた O
聞き、真相が明らかになってきた。著者、アニメ、
先生も、さまざまな板挟みの中で決断を迫られる
絵本、報道などでも取上げられ、那覇の港に近い
のであった。しかし危険を知らされていない子供
若狭には慰霊の「小桜の塔j も建立された。私が
たちは、本土に行けば雪も見られる、汽車にも乗
初めて対馬丸のことを知ったのは、教えてくれた
れる、と修学旅行気分で嬉しがっていたという。
知人に案内され、この塔の前に立ったときである
上海から那覇に軍隊を運んで、きた、日本郵船の
かずうら
ぎょうくろ
貨物船対馬丸、和浦丸、暁空丸の 3隻が、学童疎
O
平成 4年には、塔の近くに「対馬丸記念館j も
0
米は対馬丸の喫水と同じ、
作られた。屋上までの 1
9
入口が階段を登った二階にあるのは、ハシケから
対馬丸を、家族や学校の先生の立場から描いた
のタラップを偲ばせるものだ。遺品はほとんどな
映画「銀の鈴J(斎藤勝監督)も上映され、「ああ
いが、集められた学童の遺影が穏やかに、戦争の
対馬丸 J3部作(石坂真砂作詞)ほか幾つかの歌
悲しさを訴えている O でも「ひめゆりの塔」など
もある。神戸市役所合唱団の歌う「海のトランベッ
と違い、小桜の塔や記念館を訪ねる人はとても少
トJは、壮大な混声合唱組曲で、昨年は、沈没の
ない。一方アメリカ潜水艦ボーフイン号は、ハワ
日の恒例行事
イ真珠湾に記念艦船として保存されている。
た蝶の舞う中でも歌われた。対馬丸生存者の一人
沈没した対馬丸を探す努力も続けられ、平成 9
I
小桜の塔」での慰霊祭に、放たれ
で、アメリカ在住の宮城マリアさんが、鎮魂の心
年には、海洋開発研究機構の海底探索船なつしま
を込めて作詞し自ら歌う「対馬丸哀歌j は、神戸
の無人探索機が船体を発見、船首に「封馬丸jの
大海事博物館主催の講演会で私が話をしたとき、
文字を見事に撮し出した。これを今の天皇は、歌
皆さんに CDを聴いていただいた。
に詠まれている。
沖縄の摩文仁には「平和の礎」がある
O
沖縄戦
で亡くなった 2
4万人すべての個人名が刻まれた慰
疎開児の命いだきて沈みたる
船深海に見出されけり
霊碑だ。兵士だけでなく、一般住民も老若男女、
国籍も問わずに刻んで、ある O どんな理屈をつけよ
うと、戦争はいけない。小桜の子供たちも、海の
底からきっとそう叫んでいるに違いない。
-10一