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装飾の文法』 について: 植物学の視点から: 修士論文

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装飾の文法』 について: 植物学の視点から: 修士論文
Kobe University Repository : Kernel
Title
『装飾の文法』について : 植物学の視点から : 修士論文
要旨
Author(s)
小野, 恵理子
Citation
美学芸術学論集,8:117-118
Issue date
2012-03
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003955
Create Date: 2017-03-30
修士論文要旨
『装飾の文法』について — 植物学の視点から —
小野恵理子
本修士論文は、装飾における理想の美の在り方について、考察することを目的としたもので
ある。そのために 1856 年にイギリスで刊行されたオーウェン・ジョーンズの『装飾の文法』の
分析を行い、彼の装飾の理論の独自性と植物学が果たした役割について検討する。
『装飾の文法』が刊行された当時の装飾は、同時代の知識人から過剰で無秩序であるという批
判を被っていた。デザイナーであり、建築家でもあったジョーンズはこうした状況への危機感を
もって、
『装飾の文法』をデザインを学ぶ学生たちのために刊行したのである。
本論文をとおして、私はこの著作の特色は以下の二点に集約することができると考える。ひ
とつは、過去の様式に対するジョーンズの姿勢であり、もう一つは『装飾の文法』に収録された
様式の多様性である。これらの二つの特色を強調するため、彼のデザイン理論における植物学の
影響を軸において議論を展開する。
まず、ジョーンズは装飾の混乱について、同時代に特有の装飾様式が存在しないことが原因
であると『装飾の文法』の序文において指摘する。そして、それまでの装飾図案集のあり方と大
きく異なる目的を持って、この著作を刊行した。それまでの装飾図案集は、古典的な様式の模倣
することを目的としていたが、ジョーンズは、過去の様式を直接模倣することを否定し、それら
を観察した上で新たな様式を構成する努力が不可欠であると述べている。
もうひとつの『装飾の文法』の特色は、取り上げられた様式の多様性である。この当時の装
飾図案集は、
ギリシアやローマといった古典と、西洋の各時代の様式を取り扱ったものが主であっ
た。しかし、
『装飾の文法』は原住民族や古代エジプト様式、ムーア様式を含む 19 の様式と、植
物形態の装飾への応用についての章の合計 20 章で構成されている。ジョーンズのオリエンタル
趣味は、他の著作にも多く見られるものであり、従来の『装飾の文法』の研究においても、イン
ド文様やムーア様式が取り上げられることが多かった。これらの特色と、デザイン理論における
植物学の関係について、本論文では具体的に以下のような構成をもって取り上げていく。
第一章では、
『装飾の文法』の詳細な読解を行う。まず、この著作を形作る 37 もの命題につ
いての考察を試みる。これらの命題は、
『装飾の文法』における事例すべてに共通する、理論的
土台である。命題は大きく三つに分類できる。一つは、装飾全体を取りまとめる一般原則である。
これは、装飾全体にわたって適用される前提となるような命題だと言える。特にジョーンズは建
築との関係に着目することで、装飾のあるべき位置について提示している。二つ目は、形態につ
いての命題である。ここで彼は理想の形態について、古典的美学に基づいた美的形態だけでなく、
植物の形態とオリエンタル様式を具体例に挙げている。最後に色彩についての命題が取り上げら
れている。37 の命題において色彩に関する命題の数は半分以上を占めること、当時希少であっ
た色刷りの図版を多用したことから、色彩についての問題意識の高さが伺える。そして、こうし
た命題の考察を踏まえて、様式の例と命題のあいだの独自の関係について検討する。これらの様
『装飾の文法』について/小野恵理子 |
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式の例は、先述のとおり前例がないほどに幅広い地域と時代を取り扱っており、刊行当時その多
様性それ自体が注目を浴びたという。この著作で意図された様式を並置し、観察するための基準
として、命題は大きな役割を果たしていたと結論付ける事ができよう。
第二章においては、
植物学とデザインの関係性について取り上げている。最初に『装飾の文法』
の最終章である 20 章
「自然の植物と花」
について検討する。この章の解説においてジョーンズは、
植物の形態を見えるままに模倣し再現するのではなく、植物の観察によって学ぶことのできる形
態の発展の法則を学ぶべきであると主張する。こうした考え方は、18 世紀のロマン主義的形態
学の衣鉢を継いだものであるという見方もできる。しかし、ジョーンズはあくまで彼の装飾理論
へと植物の形態の理論を応用することに重点を置いていたことを忘れてはならない。植物学は彼
のオリエンタルな様式への傾倒と、それらを理想の一つに据えた装飾理論の確立のために大きく
寄与していたと考えられる。
第三章においては、
『装飾の文法』が刊行された時代の植物学の位置について取り上げる。こ
の当時の植物学は 18 世紀に発展した博物学を引き継いだものであり、出版技術の向上に伴い、
前世紀からの古典が復刊されることも多かった。また、キュー植物園における各国の植物の採集
及び記録など、植物学の影響は科学の分野に留まらず、様々な領野に影響を与えたことが明らか
となっている。また、趣味としての動植物収集やボタニカル・アートの流行は、工業化社会にお
ける自然への回帰のひとつと捉えることもできよう。ヴィクトリア朝期に顕著であった過剰なま
でに描写的な植物の装飾と、植物学に基づく形態理論を持ったデザイン改革は、こうした背景の
なかに同居することとなったのである。
本論文において、
『装飾の文法』における植物学の意義は以下のように結論付ける事ができよ
う。植物学は、装飾全体を俯瞰しそれらを比較するために必要な物差しとして機能していたので
ある。そのため植物学の成果は、彼が著作のなかで提示したあらゆる装飾の表面に現れているも
のではなく、装飾の調和や構成を辿るうちに見出されるべきものである。そして新たな様式の創
出という彼の主張は、植物が伸びゆくさまと重ね合わせるかのように、後代の作家へと引き継が
れて発展していったと言えよう。
(神戸大学人文学研究科:おのえりこ)
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