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英国の幹細胞研究の現状 - 新エネルギー・産業技術総合開発機構

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英国の幹細胞研究の現状 - 新エネルギー・産業技術総合開発機構
NEDO海外レポート
NO.1014,
2008.1.9
【ライフサイエンス・バイオテクノロジー特集】
英国の幹細胞研究の現状
―英国幹細胞イニシアティブの提言を受けての政策の進展―
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
目
次
はじめに
毒性試験の官民コンソーシアム
英国幹細胞バンク
幹細胞研究に係る学際分野交流ネットワークの正式スタート
一般市民の理解の促進
産学等連携共同研究プロジェクトへの支援
ヒト・動物ハイブリッド胚原則承認の方針明確化
ヒト受精・胚研究法改正の動向
1.はじめに
「幹細胞」とは組織や臓器に成長する元となる細胞のことで、臓器の再生などへの利用
を目指して世界的に活発に研究開発が行われている。本稿では、政府が積極的に幹細胞研
究に取り組んでいる英国の状況を報告する。
2005 年 3 月、ゴードン・ブラウン財務相(当時。現首相)の提唱で、英国での幹細胞
研究を強力に進めるため、官学界の有識者により構成される英国幹細胞イニシアティブ
(UK Stem Cell Initiative:UKSCI)1 が設立された。UKSCI は 2005 年 11 月、
「英国は
幹細胞研究における強みをさらに強化し、向こう 10 年間に、幹細胞治療およびその技術
における世界のリーダーの一つになる」との目標を掲げ、政府に対する 11 の提言をまと
めた報告書を発表した 2。
同報告の提言を概括すると、①官民コンソーシアムの設立、②幹細胞バンクの機能強化、
③基礎研究資金の増額と中核研究拠点の育成、④臨床研究の推進、⑤関係組織間の調整機
能の強化、が政策の柱といえ、既に高いレベルにある基礎研究の成果をいかに治療や産業
応用に繋げていくかに力点が置かれている。
幹細胞関係の予算については、今後 10 年間に毎年 1,100 万∼7,400 万ポンド(約 25 億∼
約 170 億円)が必要と額に幅を持たせているが、2006 年と 2007 年の足元 2 年間をみると
合わせて約 1 億ポンド(約 230 億円)の規模だったとみられる。また、英国政府は、2007
年 3 月に先行発表した科学技術イノベーション関係予算に係る 2007 年包括的歳出見通し
(2007CSR)3 において、幹細胞研究向け予算を年 2,500 万ポンドから 5,000 万ポンド(約
1
事務局は保健省(Department of Health)
http://www.advisorybodies.doh.gov.uk/uksci/uksci-reportnov05.pdf
3 2008∼2010 年度までの政府予算規模の見通しを示すもの。約 3 年毎に示される。科学技術関係分のみ 3 月
に先行発表したが、これも含め 10 月に全体版 2007CSR が発表されている。
2
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58 億円∼115 億円)へと倍増すると発表した 4。
UKSCI の提言を受け、政府では順次各種の政策が実施されている。ここでは、2007 年
に目に見える形で進展のあった、毒性試験の官民コンソーシアム、幹細胞バンクの機能強
化、幹細胞研究に係る学際分野交流ネットワーク、一般市民の理解の促進、さらに、産業
応用に繋げていく観点から支援している産学連携等共同研究開発プロジェクトに関して
述べることとする。
また、優れた最先端研究の推進のためには、そうした研究を取り巻く適切かつ柔軟な規
制・制度が不可欠である。なお、英国はこれまでも、幹細胞研究を取り巻く規制・制度に
関し、1990 年の法整備を始め一定の評価を受けている。
2007 年は、ハイブリッド胚研究の取り扱いに関する議論の進展や、環境変化に対応した
法改正に向けた議論に関しても目立った動きが見られたことから、これらについても述べ
ることとする。
2. 毒性試験の官民コンソーシアム
幹細胞を使った新薬候補物質の毒性試験技術の開発を行う官民コンソーシアム SC4SM
(Stem Cells for Safer Medicines)が 2007 年 10 月に発足した 5。民間からは英 GSK 社、
英 AstraZeneca 社、スイス Roche 社の欧州大手製薬 3 社 6 が、政府関係機関からは保健省
(DH)
、イノベーション・大学・技能省(DIUS。日本の文部科学省に相当)
、スコットラ
ンド政府、医学研究評議会(MRC)
、バイオテクノロジー・生物科学研究評議会(BBSRC)
が参加している。
新薬開発過程では、ヒトを対象とした臨床試験段階で初めて副作用が発生し、開発中止
となることがしばしばある。こうしたヒトに対する毒性について、実際に臨床試験に入る
前の実験室段階でチェックすることができれば、被験者の安全向上、開発後期段階での中
止による製薬企業の経済的損失の抑止といった多大な効果が期待される。
SC4SM では、そうした実験室段階でヒトに対する毒性チェックが行えるようにするた
め、ヒト胚性幹細胞 7 を様々な種類の体細胞に分化させ、試験管内での新薬安全性試験に
使えるレベルの均質で安定した体細胞バンクを作ることを目的としている。ただし、幹細
4
しかしながら、UKSCI レポートで示されたより高いレベルの目標を達成するためには更に同 3 年間で計 1
億ポンド(約 230 億円)の資金が必要との声もあったが、2007CSR では、これに関連する明示的な言及は
見られない。
5 http://www.sc4sm.org/
6 2007 年 11 月現在。参加企業は今後増える可能性がある。
7 胚性幹細胞(Embryonic Stem cells: ES 細胞): 動物の発生初期段階である胚盤胞の一部に属する内部細
胞塊より作られる幹細胞細胞株のこと。受精卵を壊すことになるので、ヒト胚性幹細胞を用いる場合は、倫
理上の問題が世界的に大きな論争になっている。
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胞を使った治療そのものの開発は手がけない。
ヒトにおける副作用の最大原因の一つが肝臓に対する毒性であることに鑑み、まず、5
年計画で肝細胞を作成することを目標としている。その次は心筋細胞に取り組む予定とな
っている。初年度は約 100 万ポンド(約 2.3 億円)の予算で、大学や研究機関から募った
研究提案に対し研究資金を供給する。SC4SM に参加する製薬企業はこれらの研究成果に
いち早くアクセスする権利をもつ。
できるだけ早い段階で安全性に問題のある新薬候補を振るい落とすことができれば、製
薬企業は新薬開発の過程を大幅に効率化しコストを削減できる可能性がある。製薬企業は
新薬候補の探索や開発では競合他社と協力しにくいが、このような安全性試験の技術開発
は製品そのものの競争力とは直接関係しないためコンソーシアムに参加して協力するメリ
ットが高いと考えられる。
3. 英国幹細胞バンク
(1) 幹細胞バンクの目的
英国幹細胞バンク(UK Stem Cell Bank)は 2002 年に、国立生物標準・管理研究所
(National Institute for Biological Standards)内に設置された。その目的は、①ヒトの
体細胞、胎児、胚から、倫理的に問題ない形で幹細胞株を作り貯蔵すること、②それらを
英国内外に供給することで幹細胞研究を促進すること、
③EU の cGMP 基準 8 に適合した、
臨床試験向けの幹細胞バンクを作ること、などである。発足当初から研究用だけでなく臨
床試験用の幹細胞の提供を視野に入れていたことは、研究から臨床応用へスムーズに橋渡
しするという意味で注目に値する。
当初同研究所内の仮施設で発足、第 1 期が終了した 2005 年に活動を評価した結果、所
期の目的を予算内で達成したとされた 9。このため第 2 期(2006∼2010 年)に向け組織を
存続しかつ新施設を建設することが決まった。UKSCI の 2005 年 11 月の報告書でも、
「英
国幹細胞バンクを現在の仮施設から新施設に移して機能強化し、向こう 10 年間にわたり
その運営費と研究開発費を確保する」ことを提言している。
現在、総額約 940 万ポンド(約 22 億円)を投じて新施設の建設が進んでいる。第 2 期
は以下のような目標で進められている 10。概して言えば、第 1 期と比べ、提供する幹細胞
の種類や量を増やすと同時に、国際的な役割を高めようとの狙いがある。
・ 求められる幹細胞株の種類の増加に対応し十分な生産能力を確立する。
8
医薬品の製造管理および品質管理の規則。
http://www.ukstemcellbank.org.uk/documents/Progress_Report_2003-2005%20.pdf
10 http://www.ukstemcellbank.org.uk/documents/UKSCB%20Development%20Plan%202006-2010.pdf
9
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・ 高品質でかつ信頼できる供給元からの幹細胞であることを保証する英国幹細胞バンク
の証明書を発行する。
・ 幹細胞製品の規制問題に関しては、各国および国際的な規制機関、幹細胞製品を開発
する企業の間に入る「仲裁人」としての役割を確保する。
・ 幹細胞分野での様々な訓練プログラムを提供する。
・ 幹細胞を必要とする当事者に細胞株やサービスを提供することで収入を確保できるよ
うな制度を導入する。
(2) 幹細胞バンクの仕組みと特徴
英国幹細胞バンクは英国のみならず海外の研究機関で作成されたヒト幹細胞のうち一定
の条件 11 を満たすものを収集・培養した上で、厳しい品質管理下で貯蔵し、それらを必要
とする世界の研究機関あるいは企業に配布する。英国内で作成された胚性幹細胞はバンク
に登録されなければならない。英国外で作成された胚性幹細胞および他の種類の幹細胞の
登録は任意だが、同バンクはできるだけ多くの種類の幹細胞を集めるため英国内外の研究
機関に登録を推奨している。利用に関する費用は大学や公的研究機関向けには最低限に留
め、民間企業向けは提供にかかる費用すべてを利用者が負担する。
2007 年 11 月時点で 8 種類の胚性幹細胞株(研究用)が配布可能な状態となっている。
さらに最終段階の品質管理検査中の胚性幹細胞株が 12 種類あり、これらも近く配布可能
になる。これ以外に、英国のみならず米国、オーストラリア、スウェーデンから寄せられ、
登録手続き中の細胞株が約 40 種類あり、順次、バンクに登録され配布可能になっていく
という。
幹細胞バンクは既に世界にいくつか存在するが、英国のバンクの特徴は総合性を目指し
ている点にある。種類の点では胚性幹細胞を含めあらゆる種類の幹細胞を対象とし、また
研究用途のみならず臨床試験で使えるグレードの細胞も扱う。これらを一定の基準を設け
ながら世界中の研究機関および企業から集め、さらに世界中の利用機関に配布するという
ハブとしての役割を目指している。特に臨床で使えるグレードの細胞を揃えることは、将
来の幹細胞治療の実用化を考えると産業競争力の点から重要であるといえる。
4. 幹細胞研究に係る学際分野交流ネットワークの正式スタート
UKSCI の提言「政府は、幹細胞研究にかかわる様々な学問分野間の交流を促進するた
め、新機関として UK Stem Cell Cooperative を設立する資金を割り当てる」を受けて、
英国国家幹細胞ネットワーク(UKNSCN:UK National Stem Cell Network)が 2007 年
11
http://www.ukstemcellbank.org.uk/documents/Code%20of%20Practice%20for%20the%20Use%20of%20
Human%20Stem%20Cell%20Lines.pdf
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4 月に正式スタートをした 12。
UKNSCN の具体的な目的は次の通りであるが、総括して言えば、幹細胞に係る個別研
究分野間の交流を促進しつつ基礎研究を強化し、その成果をできるだけ早く医療現場で利
用できるようその移行プロセスを加速することが大きな目標である。
・ 専門的知見や技術の共有を通じた既存の活動のコーディネート。
・ メディアや一般市民とのコミュニケーションに関する英国の中心的機能を果たすネッ
トワークの構築。
・ 連携を求める海外の研究者との対話に関する英国の中心的機能を果たすネットワーク
の構築。
・ 政策担当者や規制当局に対する「国民の声」としての機能を果たすネットワークの構
築。
・ 科学コミュニティ、産業界、医療コミュニティによる幹細胞の、特に、組織工学や再
生医療における採用・利用を推進するための相互対話の円滑化。
・ 英国幹細胞出資者フォーラム(UK Stem Cell Funders’ Forum)及び研究評議会横断
幹細胞調整委員会(Cross-Council Stem Cells Coordination Committee)に対する財
政面での責任を果たすこと。
UKNSCN の活動資金は、まず 3 年間に亘って、BBSRC、MRC、工学・自然科学研究
評議会(EPSRC)、経済・社会研究評議会(ESRC)の 4 つの研究評議会がそれぞれ 5 万
ポンド、5 万ポンド、2 万 5,000 ポンド、2 万 5,000 ポンド、合計で 15 万ポンド(約 3,500
万円)を毎年充てることとなっている。最初の 2 年間の活動が終了した時点でレビューが行
われ、それ以降の運営活動のあり方や資金提供のあり方について検討される予定である。
5. 一般市民の理解の促進
英国政府は、新しい科学技術に関し一般市民が科学者と共に議論することにより相互に
理解を深めることを通じて、新科学技術の導入に係る適切な政策判断に資することを目的
に、サイエンスワイズという国民対話プログラムを行ってきている。
UKSCI の「研究評議会、慈善の資金提供団体および政府は協力して、幹細胞研究に関
する一般社会の議論を促す仕組みを作り維持する」との提言を受け、幹細胞研究に関して
も、2007 年 11 月末、1 年間に亘るサイエンスプログラムを開始した。政府の 30 万ポンド
の資金支援を受け、MRC と BBSRC が共同で、ワークショップをシリーズで開催する 13。
12
http://www.uknscn.org/。 http://www.dti.gov.uk/about/ministerial-team/page39316.html。実際には
2006 年 7 月から活動が開始され、2006 年 12 月にステアリングコミッティが任命されている。
13 http://www.bbsrc.ac.uk/media/releases/2007/071126_stem_cell_research.html、
http://ukpress.google.com/article/ALeqM5jPykEDRDxAE6ZvIG_atIhg0c_qQw
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ワークショップでは毎回、科学者を交えつつ一般の人々約 40 人が幹細胞研究を取り巻
く現実的課題や倫理的課題について議論をすることとなる。他方、科学者や宗教団体等の
利害関係者 50 人の専門家に対してインタビューも行われる。最終的に政策担当者と幹細
胞研究コミュニティにフィードバックされる。
こうした取組は、難しい科学的事象について一般の人々と専門家たる科学者とが対話し、
その結果一般の人々の理解が進むものであるが、同時に、科学者にとっても、いかに研究
の効果や背景を分かりやすく説明できるか、一般の人々がどういったことを考えているの
か、ということも理解できる貴重な機会であると捉えられている。
6. 産学等連携共同研究プロジェクトへの支援
英国政府による産学連携や企業間連携を促進する中心的施策として、技術プログラム
(Technology Programmes)14 があり、その主要な支援スキームとして「共同開発研究
(Collaborative Research and Development)
」がある。具体的には、年 2 回程、科学技
術全般の中から複数の募集テーマを設定し、産学等連携共同研究プロジェクトを公募、採
択したプロジェクトに一定割合で助成を行うものである。2007 年 11 月までで、政府と企
業による資金総計 10 億ポンド(約 2,300 億円)以上が 700 以上のプロジェクトに費やさ
れている。
本スキームにおいても、幹細胞やその関連となる再生医療に関する産学等共同研究開発
を支援している。本スキームが開始された 2004 年春以来、約 1,000 万ポンド(約 23 億円)
が幹細胞技術共同研究プロジェクトに投じられている
15。特に
2004 年春のテーマ「バイ
オプロセシング(Bioprocessing)
」には幹細胞技術を含むことが明示されていた 16。2007
年春の公募では「高性能・生物活性・ナノ構造の保健医療材料(Smart, Bioactive and
Nanostructured Materials for Health)」をテーマの一つに設定している。2007 年秋の公
募では、
「細胞療法分野(Cell Therapy)」をテーマの一つに設定しており、細胞組織や臓
器の移植、再生療法における生体適合性等、細胞ベースの治療技術の実用化に当たっての
課題解決を目指すとしている。
これまでに本スキームで支援を受けている幹細研究プロジェクトの具体例は次のとお
りである。
・ 幹細胞技術の具体的アプリケーション開発:
世界的に再生医療に使用できる量の幹細
胞生産を目指したプロジェクト。インペリアル・カレッジ・ロンドンのスピンアウト
14
2007 年 7 月に設立された非省庁公共執行機関の技術戦略委員会(TSB)が運営実施。それ以前は、旧貿易
産業省(DTI)が直接運営実施していた。
15 DTI(2007 年 6 月当時)政策担当者のプレゼンテーションによる。
16 http://www.dti.gov.uk/files/file18884.pdf
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17 企業
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NovaThera 社が主導、他にインペリアル・カレッジ・ロンドン、ロズリン研究
所(Roslin Institute)、ケンブリッジ大学医療素材センター(University of Cambridge,
Centre for Medical Materials ) 及 び 医 学 部 外 科 ( University of Cambridge,
Department for Surgery)、マンチェスター大学組織工学センター(University of
Manchester、UK Centre for Tissue Engineering)、EpiStem 社、サウザンプトン大
学、カーディフ大学が参加。2005 年 9 月 1 日から 3 年間のプロジェクト 18。
・ ヒト幹細胞を用いた治療薬:
脳神経学用途の幹細胞技術を商業化可能な段階にまで
発展させることを目指し、幹細胞製品の製造から送達システム、臨床試験、商業化に
係るトランスレーショナルリサーチ。ReNeuron 社が主導、キングス・カレッジ・ロ
ンドン精神医学研究所(Institute of Psychiatry)、Angel Biotechnology 社、ノッティン
ガム大学のスピンアウト企業 RegenTec 社が参加。2005 年 1 月 1 日から 3 年間のプロ
ジェクト 19。
・ 幹細胞を用いた生物化学的処理によるハイスループット・スクリーニング:
小分子
再生医療の発見を加速するハイスループット・スクリーニングの資材開発。Stem Cell
Sciences 社が主導、インサイト・ファラデー・パートナーシップ(Insight Faraday
Partnership)、UCL 生化学工学部(UCL Biochemical Engineering)が参加。2005
年 9 月 1 日から 3 年間のプロジェクト 20。
・ 皮膚幹細胞を用いた創傷治療のプロセス開発及びスケールアップ:
新規の皮膚間葉
幹細胞の経済的量産を持続する頑強で測量可能なバイオプロセスの規定・開発。Avecia
社が主導、大手医療機器企業 Smith&Nephew 社、ダラム大学幹細胞発見・再生医療
センター(Centre for Stem Cell Discovery & Regenerative Medicine)
、創傷治療研究
機関 Blond McIndoe Centre、バイオサイエンスビジネス開発を推進する公社 CELS
(Centre for Excellence for Life Sciences)が参加。2006 年 5 月 1 日から 3 年間のプ
ロジェクト 21。
・ 幹細胞分子活性化の理解:
ゼブラフィッシュとショウジョウバエの小分子のスクリ
ーニングによる、幹細胞の分化、増殖、行動の識別。オックスフォード大学 ISIS 発ス
ピンアウト企業 VASTox 社が主導、ウェザーオール分子医学研究所(Weatherall
Institute of Molecular Medicine )及び医学研究評議会機能遺伝学研究所(MRC
Functional Genetics Institute)が参加。2006 年 10 月 1 日から 18 ヵ月のプロジェク
ト。
・ 皮膚幹細胞を用いた外傷治療薬のプロセス開発及び機能向上:
冠動脈疾患に用いる
薬剤溶出性ステントに替わる再生性ステント技術の開発。シェフィールド大学のスピ
ンアウト企業 Axordia 社が主導、Lombard Medical 社、シェフィールド大幹細胞生物
17
企業や大学内の事業シーズ(事業化されない研究成果など)や部門を一企業として分離独立し、事業化す
ること。
18 http://www.technologyprogramme.org.uk//site/publicRpts/default.cfm?subcat=publicRpt3&ProjID=4647
19 http://www.technologyprogramme.org.uk//site/publicRpts/default.cfm?subcat=publicRpt3&ProjID=4340
20 http://www.technologyprogramme.org.uk//site/publicRpts/default.cfm?subcat=publicRpt3&ProjID=464543
21 http://www.technologyprogramme.org.uk//site/publicRpts/default.cfm?subcat=publicRpt3&ProjID=424247
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学 セ ン タ ー ( Centre for Stem Cell Biology ) 及 び 循 環 器 系 研 究 ユ ニ ッ ト
(Cardiovascular Research Unit)が参加。2006 年 10 月 1 日から 2 年半のプロジェ
クト 22。
・ 再生医学のための細胞機能最適化技術:
幹細胞の分化や臓器組織細胞への進化にお
ける諸要因の影響分析に用いるロボット機器の開発。Plasticell 社が主導、UCL 先端
生化学研究センター(Advanced Centre for Biochemical Engineering)、国立生物学
基準管理研究所(NIBSC:National Institute of Biological Standards and Control)
が参加。2007 年 1 月 1 日から 3 年間のプロジェクト 23。
・ 薬剤スクリーニングのための 3D 幹細胞システム 24: ヒト幹細胞及び前駆細胞を用い
た新薬テストのための画期的方法開発(細胞をプラスチック皿の上に平らに敷くかわ
りに、細胞膜の上に立体的に培養させることにより、その細胞が元の器官の心臓、脳、
肝臓の性質を持つようになる)。サウザンプトン大学のスピンアウト企業 Capsant
Neurotechnologies 社が主導、キングス・カレッジ・ロンドンが参加。EPSRC 及び
BBSRC も資金支援。2007 年 1 月 1 日から 3 年間のプロジェクト 25。
7. ヒト・動物ハイブリッド胚原則承認の方針明確化
英国ではヒト胚に関する研究は政府の独立規制機関であるヒト受精・胚機構(HFEA:
Human Fertilisation and Embryology Authority)26 によって規制されている。具体的に
は、ヒト胚を扱う研究を実施したい研究者は事前に HFEA に申請し、許可を取得する必要
がある。HFEA はあくまで、申請されたヒト胚に関する研究が英国民にとって有益なもの
であり、社会的、倫理的に問題がないかどうかを審査、監督する機関であり、研究そのも
のを推進する機能はない。
2006 年 11 月、英ニューカッスル大学とキングス・カレッジ・ロンドンの 2 つの研究チ
ームがそれぞれ HFEA に対し、ヒト動物細胞質ハイブリッド胚
27
作成の申請を行ったこ
とがきっかけとなって、その取り扱いに関しての議論が引き起こされた。この申請の背景
22
http://www.technologyprogramme.org.uk//site/publicRpts/default.cfm?subcat=publicRpt3&ProjID=414
441&CFID=2193993&CFTOKEN=5c03bb3ce509ac40-408398CB-EC9E-CD64-ADD098629DF37550&js
essionid=c43098a30385$B0$A4$3
23 http://www.technologyprogramme.org.uk//site/publicRpts/default.cfm?subcat=publicRpt3&ProjID=424
144&CFID=2194138&CFTOKEN=b1eb904b1dba111a-40885060-05D5-88CD-67DAD3040BC33C4B&js
essionid=c43098a30385$B0$A4$3
24 http://chameleon-project.com/
25 プロジェクトリーダーである Capsant Neurotechnologies 社の Lars Sundstrom 教授からの e メールによ
る情報提供による。
26 ヒト受精・胚研究法(1990)に基づき、1991 年に設立された。ヒト胚に関する研究だけでなく、体外受精
など一部の不妊治療行為も規制の対象である。意思決定機関である評議会は臨床医学、基礎医学、公共政策、
生命倫理、法学、患者団体、メディア、宗教など各分野を代表する専門家から成り、決定の客観性を確保す
るため、議長および副議長、さらに評議会メンバーの少なくとも半数は胚研究や不妊治療に携わる医師、研
究者以外で構成されなければならないと定めている。http://www.hfea.gov.uk/
27 ヒト細胞の核を、あらかじめ核を取り除いた動物の卵細胞(細胞質)に移植して作成した胚。
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には、胚性幹細胞を作る際に必要となるヒト卵細胞が不足しているという状況がある
28。
胚性幹細胞の作成には、不妊治療(体外受精)の過程で使われずに余った卵が提供者の同
意の下で使われるが、もともと絶対数が少ない上に、治療で使われなかった卵は相対的に
質が低く、胚性幹細胞の作成に適さないという課題がある。
HFEA が同申請を受理したものの、現行法(ヒト受精・胚研究法)では、ヒト動物ハイ
ブリッド胚の扱いが明確に定められていない、という問題が生じた。HFEA は協議の結果、
2007 年 1 月、法律に明確な規定がなくても、HFEA はこの種の問題に現行法下で対応す
る義務があると判断し、審査することを決定した 29。但し、HFEA は「このような複雑で
かつ賛否の分かれる問題について、十分な証拠なしに性急な決定をするのは間違いであり、
関連する課題と科学の内容を徹底的に調べ、この研究が有益であるとする主張を検証する
ことが必要である」と述べ 30、この問題の性質を考慮し、公開の場で一般国民の意見を集
めた上で判断を下すこととした。
HFEA は一般からの意見や科学的根拠などを総合的に考慮した結果、2007 年 9 月、研
究目的でヒトと動物のハイブリッド胚を作成することを原則として認める
31
という決定
を下した。ただ、研究が厳しく規制されないのであれば反対するという一般意見が多いこ
とから、研究は厳重な監視の下で実施されなければならないとした。
個々の研究申請は、HFEA 内の既存の委員会によって現行ルールに則り審査され、承
認・非承認が決められる。承認された場合でも、作られたハイブリッド胚は 14 日以内に
廃棄されなければならない 32 など、現行ルールを遵守する必要があるとした。対象となる
のは、ヒト細胞の核を、あらかじめ核を取り除いた動物の卵細胞(細胞質)に移植して作
成する細胞質ハイブリッド胚 33 と呼ばれる胚であり、他の種類のハイブリッド胚やキメラ
胚 34 にはこの決定は適用されない。
HFEA は上記の方針を示し、2006 年 11 月に申請された 2 件のハイブリッド胚研究に関
しても 2007 年中に許可すると見込まれていたが、年明けまでずれ込む見込みである。そ
の背景として、HFEA が当該申請を許可した場合には法的訴えを起こすと反対活動家が表
28
HFEA consultation document http://www.hfea.gov.uk/docs/HFEA_Final.pdf
2007 年 1 月のこの決定時点で、HFEA の活動を規定するヒト受精・胚研究法の改正が既に議論されていた
が、現行法下での HFEA の対応には直接の影響を及ぼさなかった。同法の改正については(7)で記述。
30 http://www.hfea.gov.uk/en/1478.html
31 ヒト動物ハイブリッド胚の研究を一律に禁止する理由はない、というもの。個々の申請が承認されるかどう
かは、あくまでそれぞれのケースの審査による。http://www.hfea.gov.uk/en/1581.html
32 細胞分裂を続けて胚が成長していくのを防ぐため。
ただ科学的には異なった種同士のハイブリッド胚はほと
んどの場合個体に成長できないとされる。
33 cytoplasmic hybrid embryo。細胞質とは細胞の核以外の部分。細胞質にはミトコンドリアと呼ばれる小器
官があり、この中には極わずかながら DNA が含まれる(1%以下、99%以上は核に含まれる)。従ってこ
の様な方式で作られた胚には、極わずかながら動物の DNA が残ることになる。
34 ハイブリッドを含め通常の胚の中にある細胞はどれも全く同じゲノム(遺伝情報)を持つのに対し、キメラ
胚は複数の異なった種類の細胞(ゲノム)から成る。
29
42
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明していることが挙げられている。HFEA 内の審査委員会は許可する方針ではあるが、法
的に訴えられたとしても負けることがないことを法的にも確信をしたいという意図がある
と報道されている 35。
8. ヒト受精・胚研究法改正の動向
HFEA におけるハイブリッド・キメラ胚に係る動きとは別途並行して、保健省は、ヒト
の胚を使った研究を規制するヒト受精・胚研究法(Human Fertilisation and Embryology
Act 1990)について、既に法施行後 15 年以上が経過し、同法を取り巻く環境も急速に変
化していること等を受け、2006 年 12 月に、同法の見直しに関する報告書を発表した
36。
同報告書は、複数の改正に係る論点の一つとしてハイブリッド・キメラ胚に係る明確な規
定の不在を指摘していたが、原則禁止の方針を出していた。
しかしながら、2007 年 3 月末に下院の科学技術委員会が「ハイブリッド・キメラ胚、
特に細胞質ハイブリッド胚の作成は研究に必要である」との強い見解
37
をまとめたため、
保健省は、2007 年 5 月、3 種類のハイブリッド・キメラ胚 38 については研究目的の作成
を認める内容に法案草稿を変更した。
同法案草稿については、上下院合同委員会が設置され、本会議審議前に事前精査が行わ
れた。合同委員会が医学、生命倫理研究機関など関係者から意見を聴取した上で 2007 年 8
月に報告書 39 を公表した。ここで、ハイブリッド・キメラ胚に関しては、将来出現するか
もしれないヒト動物ハイブリッド胚の種類を法の中で厳密に定義するのではなく、議会が
定める原理に沿って規制機関が解釈、適用できるような一般的な定義とすることを推奨す
るとして、政府案の再考を求めた。
結局、政府は更に方針を変更し、上下院合同委員会の要請に即し、ハイブリッド・キメ
ラ胚も含めどのような過程を経てヒト胚を作成することも、一定の規制の下で可能とする
との内容の法案を 2007 年 11 月に開始した国会に提出した 40。
なお、
同法改正の過程では、
保健省は当初、
行政効率化の観点から HFEA と HTA
(Human
Tissue Authority)の統合も掲げていたが、この点についても、上下院合同委員会が HFEA
と HTA を現在のまま保持すべきとの見解を示したことを受け、方針を撤回している。
35
Times 紙 2007 年 12 月 5 日付け記事より。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/science/article3006703.ece
36 同上
37 http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200607/cmselect/cmsctech/272/27202.htm
38 核を取り除いた動物の卵細胞にヒト細胞の核を移植して作る細胞質ハイブリッド胚、ヒト胚に動物の DNA
の一部を導入するヒトトランスジェニック胚、ヒト胚に動物細胞を導入するヒト動物キメラ胚の 3 種類。
39 http://www.publications.parliament.uk/pa/jt200607/jtselect/jtembryos/169/169.pdf
40 http://www.number-10.gov.uk/files/pdf/7.Human%20Fertilisation%20and%20Embryology%20Bill.pdf。
2007 年 12 月初旬現在、まだ審議は終了していない。
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