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現在の研究テーマ ―認識論を中心として
連載 今の研究を語る 現在の研究テーマ ―認識論を中心として 私の専攻は哲学であり、英米圏の現代認識論を現在の主な研究分野 としている。特に現在、私が取り組んでいる課題は、近年、タイラー・ バージ、フレッド・ドレツキ、クリストファー・ピーコックといった 西村 正秀 (経済学部准教授) 哲 学 者 達 に よ っ て 提 唱 さ れ て い る「 認 識 的 権 限(epistemic entitlement)」の理論の批判的検討である。 認識的権限とは、ある人が、ある事柄を「信じてもよい」という保証を表す規範的概念の一種である。 伝統的認識論においては、信念の受け容れに関する認識規範は、内在主義的な「正当化」の概念で表され ることが常であった。内在主義とは、信念の受け容れ条件を、我々の「心の中」の認知状態に求める立場 である。この立場によれば、ある信念を受け容れてもよいのは、信念の持ち主がその理由を自分で説明で きる場合に限られ、この理由を与えることが「正当化」と呼ばれる。それに対し、信念の受け容れ条件を、 我々の心の中にではなく「心の外」 、 すなわち、信念と外界との適切な関係に求める立場を外在主義と呼ぶ。 認識的権限の理論は、このような外在主義の一種である。権限とは、たとえ信念の持ち主がなぜそれを受 け容れてもよいのかに関する理由を自分で説明できなくとも、特に疑う理由がなければ、その信念を当面 は受け容れても構わないとする、可謬主義的な認識規範である。この場合、信念を受け容れる権限が発生 するための必要条件は、信念が産出される因果的プロセスの信頼性などの外在主義的要素に求められる。 認識的権限の理論が本格的な進展を見せ始めたのは1990年代からであり、その分析や検討はまだ十分に はなされているとは言えない。私は外在主義に共感を抱いており、認識的権限の理論を発展させて、擁護 することを試みている。現在は特に、知覚によって獲得される信念について、バージ、ドレツキ、ピーコッ クが提出している権限の理論を批判的に検討し、それぞれがどのようなタイプの外在主義にコミットして いるのかを明らかにする作業を行っている。今後は、この作業の結果を踏まえて、どの理論が信念の受け 容れ条件を十全に説明することができるのか、また、それは内在主義、懐疑論、自然化された認識論といっ た諸々の立場が外在主義に対して提出する批判をうまく退けることができるのか、といった問題を検討す る予定である。これらの作業を通じて、認識論において長年の課題であった、我々はいかなる場合に信念 を受け容れることが許されるのかという認識規範の問題に、一定の見通しを与えたいと考えている。 最後に、 現代認識論研究以外に行っている研究を幾つか紹介しておこう。一つは近世哲学史研究であり、 近年は、ライプニッツの認識論を検討している。一般に、十七、十八世紀の認識論は、我々の心の中の「観 念(ideas)」を知性の対象とする「観念説」である。しかし、観念とは何かという問題に関しては、各哲学 者の間で意見が分かれている。その中で、 ライプニッツは観念を適切な機会において行使される思考能力、 あるいは、心の傾向性(disposition)として特徴づけた。私は現在、ライプニッツの観念説がどのようなタ イプの知覚論として再構成されうるのかという問題に、彼と影響関係にあったアルノー、マルブランシュ、 ロックらの観念説との比較検討を交えながら取り組んでいる。また、近世哲学史研究以外にも、生命倫理 に関する研究、さらには、生物学の哲学に関する研究も平行して行っている。 しがだい 15