...

第36回 教皇レオ10世∼贅を尽くしたルネサンス文化の庇護者 ∼絵画

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

第36回 教皇レオ10世∼贅を尽くしたルネサンス文化の庇護者 ∼絵画
∼絵画とともに聴く古楽
須田 純一(銀座本店)
第36回 教皇レオ10世∼贅を尽くしたルネサンス文化の庇護者
アンドレアス・デ・シルヴァ:
「喜べ、幸いなるフィレンツェよ」
ジョシュア・リフキン指揮 カペラ・プラテンシス
「万歳レオ!~メディチ教皇のための音楽」所収
■CD:CC 72366 輸入盤オープンプライス
〈CHALLENGE CLASSICS〉
町を上げての連日連夜のお祭り騒ぎ、数百
人にも及ぶ大規模な狩、果ては象まで登場す
る大パレード…。そんななんともお金のかか
る贅を尽くしたイベントばかり行っていた教
皇がいました。
それが今回の主人公レオ10世
(教皇在位1513∼1521年)
です。
レオ10世の本名ジョヴァンニ・デ・メディ
チ。そうあの有名なメディチ家の出身です。彼
は、イル・マニーフィコ
(偉大なる)の異名を
持つロレンツォ・デ・メディチの次男として、
1475年に生まれました。16歳の若さで枢機
卿となり、当時歴代最年少の37歳で教皇と
なった人物です。冒頭のように派手好きで、大
掛かりなイベントだけでなく、大規模な建築
工事、装飾などにも莫大な費用をかけ、教皇
庁の財政を悪化させていきました。確かに、
ミ
ケランジェロやラファエッロら当時の大芸術
家たちの重要なパトロンであり、ルネサンス
文化を最盛期に持っていったという功績もあ
るのですが、何分、そのお金の使い方が尋常
ではなく、そうした費用を捻出するため、教会
が罪の償いを軽減する贖宥状(しょくゆうじょ
う)を発行し、
これがドイツの一修道士だった
ルターを奮い立たせ、宗教改革へと導いた原
因となったのでした
(※ちなみにこの贖宥状、
日本では以前は「免罪符」
と呼ばれていまし
た。
これは正確には誤訳だとか。私も学校で
は「免罪符」
と習ったのですが…)。
さて、そんなレオ10世ですが、ルネサンス
の巨匠ラファエッロを寵愛し、重要な建築や
装飾を依頼し、自らの肖像画も描かせていま
す。
このラファエッロによる肖像画は、
レオ10
世が教皇の姿でいすに座り、その横と後ろに
枢機卿であった自らの甥二人が描かれてい
ます。自らの肖像画に親族を描かせる事に
よって、彼らを自らの後継者としてアピール
し、次代の教皇候補として称揚するという、あ
る意味でのプロパガンダ的側面を強く持つ作
品となっているのです。次世代以降も一族の
繁栄を、
というレオ10世の大いなる野望を感
じさせます。そういう観点から見ると、極めて
自然で優美な作風のラファエッロにしては、
生硬な感じを受けはしないでしょうか。
もしか
すると、
これは人物の内面まで描くと言うより
もモニュメント的な存在感を重視した作品な
のかもしれません。
そんなレオ10世のための音楽を集めたア
ルバムが最近、発売されました。革新的な
バッハ研究、演奏で知られる学者、指揮者で
ありながら、
スコット・ジョップリンの「ジ・エン
ターティナー」を世に知らしめたピアニストと
しても知られる多才なジョシュア・リフキンが、
オランダのルネサンス・ポリフォニー専門グ
ループ、
カペラ・プラテンシスと組んでの録音
です。楽譜はリフキン自身で校訂を行ったも
のを使用しています。ルネサンス・ポリフォ
ニーで最も一般的と言えるイギリスのグルー
プの音律とは異なる音律を用いているよう
で、和声感覚が随分と異なります。歴史的には
どちらが正しいかなどは難しい問題ですが、
その響きの違いには興味深いものがありま
す。
さて、
このアルバムには、
レオ10世に関連
する音楽が収録されていますが、
レオ10世自
身の宮廷で流れていた音楽の資料は散逸し
てしまったということで、残念ながら正確には
わからないそうです。
そこでリフキンは、
メディ
チ家に伝わる数十のモテットから成る写本、
通称「メディチ・コデックス」から、
レオ10世関
連の音楽を選び出し、
このアルバムに収録し
ています。
よって収録曲すべてがレオ10世の
ために作られた訳ではないのですが、冒頭の
アンドレアス・デ・シルヴァの「喜べ、幸いなる
フィレンツェよ」だけは、歌詞にレオ10世の名
が出てくるため、
レオ10世自身のための書か
れたことが確実な作品です。
レオ10世付きの歌手兼作曲家として仕え
たデ・シルヴァの代表作とも言える「喜べ!幸
いなるフィレンツェよ」は、1515年、
レオ10世
が故郷フィレンツェへ凱旋した際に作曲され
ました。
「喜べ、幸いなるフィレンツェよ」で始
まるこの音楽は、
「レオ10世が長生きしますよ
うに、そうすればフィレンツェは長く幸せなの
だから」
という意味の歌詞で締めくくられま
す。加えて、
カントゥス・フィルムス(定旋律)
と
してメディチ家を賛美するような旋律が盛り
込まれているという、
まさにメディチ家出身の
教皇レオ10世に対する賛美歌となっている
▲ラファエッロ:
「レオ10世とジュリオ・デ・メディチ枢機卿、
ルイージ・ディ・ロッシ枢機卿」
(1518~1519年 ヴァチカン美術館)
のです。
リズムや構成も非常に凝った作りのこ
の作品は、詳しい現存資料の少ないこの作曲
家の優れた才能を推測するには恰好の作品
かもしれません。おそらくこの曲は、
レオ10世
がフィレンツェへ入る時にでも、楽器付きで
壮麗に演奏されたのでしょう。
もしレオ10世がいなければ、私たちはラ
ファエッロらの重要な作品を見る事が出来な
かったかもしれません。
そうした意味ではレオ
10世は文化史的には非常に重要な役割を果
たしたと言えるのですが、
どうしても、派手好
きで金遣いが荒く、聖なる都ローマを享楽の
都市に変えてしまい、ルターの宗教改革を導
いた裏の立役者だったというあまり良くない
側面が目立ってしまうため、なかなか親近感
を持ち難い人物なのですが、
これを読んでみ
るとその印象は変わるかも知れません。
チェーザレ・ボルジアの生涯を追った惣領
冬美の話題の歴史漫画「チェーザレ 破壊の
創造者」
(モーニングKC2011年1月現在8巻
まで)。
これはイタリア・ルネサンスの歴史の
専門家との共同作業となる、非常に内容の濃
い漫画です。時代設定へのこだわりが凄まじ
く、建築物なども物語当時の姿を検討し描か
れており、その内容もフィクションとはいえ、実
に読み応えがあります。
さて、漫画において、レオ10世は、主人公
チェーザレ・ボルジアの同級生的存在として
描かれています。
ここでは、若き日のレオ10世
=ジョヴァンニ・デ・メディチは、小太りで、優
柔不断で、優しく、穏やかな性格の持ち主とし
て描かれています。
もちろん漫画であり、史実
とは異なるフィクションではありますが、私は、
意外に実像に近いのではないかと思ってい
ます。少なくともここに出てくるジョヴァンニ
は、史実のレオ10世よりも生き生きとしてお
り、親近感やシンパシーを持ち得る人物です。
ルネサンス文化を花咲かせた偉大なパトロン
として、またルターから断罪された教皇とし
て、良い面でも悪い面でも歴史に名を残した
レオ10世の人物像としての魅力を再発見さ
せてくれる漫画です。イタリア・ルネサンスの
読み物としても実に優れていますので、
ご興
味のある方は、ぜひご一読ください。
Fly UP