...

診断に苦慮した肺放線菌症の 1 例

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

診断に苦慮した肺放線菌症の 1 例
934
日呼吸会誌
●症
37(11),1999.
例
診断に苦慮した肺放線菌症の 1 例
鶴谷 純司1)
富永 正樹1)
古川 次男2)
宏4)
岡 三喜男4)
河野
早田
福田
実3)
茂4)
要旨:59 歳,男性.平成 10 年 1 月頃より湿性咳嗽,左背部痛,微熱を認めた.次第に食欲不振と体重減少
を認め,同年 5 月に近医を受診した.胸部レントゲン写真にて左下肺野に腫瘤影を認め,精査加療のため
当科に入院した.胸部 CT で左 S 9 に辺縁不整で中心部に低吸収域を伴う腫瘤影と胸膜の肥厚を認めた.喀
痰検査では口腔内常在菌のグラム陽性球菌のみ検出された.画像から肺膿瘍を疑い,抗生剤の投与を開始し
た.確定診断のため行った経皮的針生検より得られた肺組織の PAS 染色で菌糸が放射状に並ぶ硫黄顆粒を
認め,肺放線菌症と診断した.その後も PCG などの投与を行ったが,画像上陰影の改善に乏しく,悪性腫
瘍の合併も否定できなかったため開胸による腫瘤摘出術を施行し,組織学的検査で放線菌症と確定した.診
断に難渋する胸部レントゲン写真の腫瘤影では,放線菌症も鑑別疾患の一つに加えるべきと考えられた.
キーワード:肺放線菌症,腫瘤影,経皮的針生検,硫黄顆粒
Pulmonary actinomycosis,Tumor shadow,Percutaneous needle biopsy,Sulfur granule
緒
影を指摘され,精査・加療目的にて当科へ紹介入院と
言
なった.
抗生剤の普及と歯科的処置の技術向上により,肺放線
1)
入院時 現 症:身 長 172 cm,体 重 56 kg.血 圧 135 80
菌症は近年まれな疾患となった .しかし,肺癌,肺結
mmHg,脈拍 85 分,体温 37.5℃.貧血・黄疸は認めず,
核,肺真菌症などと臨床的に類似し,画像上も鑑別診断
表在リンパ節を触知せず.口腔内は齲歯と慢性の歯肉炎
が困難な場合があり,また肺生検による確診率が低いた
を認める.胸部聴診にて,左側胸部に吸気時湿性ラ音と
2)
3)
め,大部分の症例において早期診断が困難である .今
胸膜摩擦音を聴取した.心音に異常なく,腹部および神
回,我々は診断に苦慮した肺放線菌症の 1 例を経験した
経学的に異常を認めなかった.
ので,文献的考察を加えて報告する.
症
例
入院時検査成績(Table 1)
:白血球数 11,400 mm3 と
増加し,CRP 11.3 mg dl,血沈 92.4 mm hr と亢進して
いた.肝機能,腎機能,耐糖能および検尿所見に異常を
症例:59 歳,男性.
認めなかった.喀痰培養では,口腔内常在菌であるグラ
主訴:湿性咳嗽,左側背部痛,食欲不振,全身倦怠感.
ム陽性球菌以外は検出されなかった.血液ガスおよび呼
既往歴:平成 9 年 8 月に慢性歯肉炎を伴う齲歯の治療
吸機能検査に異常を認めなかった.
のため左下顎の大臼歯を抜歯している.喫煙 20 本 日×
40 年.飲酒 1 合 日×25 年.職業はガス会社勤務.
家族歴:特記すべき事項なし.
現病歴:平成 10 年 1 月より湿性咳嗽,左側背部痛,
胸部レントゲン写真(Fig. 1)
:左下肺野に,境界が不
明瞭で辺縁が不整,内部に透亮像を伴った腫瘤陰影を認
めた.
胸部 CT
(Fig. 2)
:左 S9 に胸壁と接し,径 70×60 mm,
微熱を自覚していた.4 月下旬より食欲不振と全身倦怠
辺縁不整で境界不明瞭な,中心に低吸収域を伴う腫瘤影
感を,また 4 カ月間に 11 kg の体重減少を認め,5 月に
を認めた.腫瘤に接して胸膜の肥厚があり,腫瘤の下縁
近医を受診した.胸部レントゲン写真で左下肺野に腫瘤
は横隔膜を介し一部脾臓へ達していた.肺門および縦隔
リンパ節の腫大は認めなかった.
〒843―0024 佐賀県武雄市武雄町大字富岡 11083
1)
国立療養所武雄病院内科
2)
佐賀県立病院好生館外科
3)
長崎市立成人病センター
4)
長崎大学医学部附属病院第 2 内科
(受付日平成 11 年 8 月 12 日)
入院後経過:症状,入院時検査所見および画像より肺
膿瘍を疑い,同年 5 月 7 日より imipenem cirastatin(以
下 IPM CS)1.0 g 日,clindamycine(以 下 CLDM)1.2
g 日の静注による治療を開始した.投与後 2 日目で解
熱傾向を認め,1 週間後の血液検査では白血球数と CRP
肺放線菌症の 1 例
935
Table 1 Laboratory data on admission
WBC
St
Seg
Ly
Mo
Eo
Ba
RBC
MCV
MCH
MCHC
Hb
Ht
Plt
11,400 /mm3
5%
70 %
14 %
5%
6%
0%
442 × 104 /mm3
87.4 μm3
28.7 pg
32.8 %
12.7 g/dl
38.6 %
33.2 × 104
TTT
ZTT
T. Chol
TGL
T. Bil
ALP
GOT
GPT
LDH
γ-GTP
HbA1c
CHE
CPK
1.3 KU
9.7 KU
112.8 mg/dl
76.1 mg/dl
0.5 mg/dl
226.7 IU/L
28.8 IU/L
30.3 IU/L
197.3 IU/L
20.4 IU/L
5.2
96.9 IU/L
18.2 IU/L
T.P
ALB
BUN
CRE
S-AMY
CRP
FBS
HbA1c
ESR
7.8 g/dl
3.7 g/dl
8.4 mg/dl
0.6 mg/dl
62.3 IU/L
11.3 mg/dl
98 mg/dl
5.2
92.4 mm/1hr
Fig. 3 Photomicrograph of a sulfur granule surrounded
by inflammatory cells(haematoxylin and eosin×100).
Specimens were obtained by needle aspiration biopsy.
Fig. 1 Chest X-ray on admission showing a tumor
shadow in the left lower lobe.
の改善がみられ,胸部レントゲンでも陰影の縮小を認め
た.約 2 週後に CRP は陰性化し,一旦は抗生剤の投与
を中止した.抗生剤開始後 4 週目の胸部レントゲンおよ
び CT では,腫瘤周辺の浸潤影は縮小傾向にあったが,
胸膜の肥厚と腫瘤影は依然残存していた.確定診断のた
め 3 回の経気管支肺生検を行い,次いで 2 回の経皮的針
生検を施行した.3 回の経気管支肺生検と最初の経皮肺
生検の組織学的所見はいずれも間質の線維化を伴う肺胞
隔壁の肥厚と間質へのリンパ球,好中球などの炎症細胞
の浸潤,ならびに一部に血管増生を認めたが,明らかな
悪性所見は指摘できなかった.しかし,肺癌の合併を完
全には否定できず,2 回目に行った経皮的針生検により
得られた肺組織の PAS 染色で,非特異的慢性炎症像を
Fig. 2 A computed tomogram of the chest on admission. Note the mass shadow with central low attenuation area in the left lower lobe and thickening of the
left pleura.
背景に,線維状の菌糸が周辺部に放射状に並ぶ硫黄顆粒
(sulfur granule)を認めたことより,肺放線菌症と診断
した(Fig. 3)
.新たに penicilin G 1200 万単位 日の静注
による治療を同年 6 月 24 日より開始したが,間もなく
嘔気や嘔吐の副作用が出現したため,同年 7 月 15 日に
投与を中止し,minomycin 200 mg 日の経口投与に変更
936
日呼吸会誌
37(11),1999.
える進展様式や胸壁,骨および軟部組織への直接浸潤を
あげているが,これだけでは肺癌との鑑別は困難であ
る8).
放線菌は常在菌であるため,喀痰検査で検出されても
起炎菌と特定できず,また病変部より菌を採取できても,
培養には嫌気的手技を要するため菌陽性率は 50% 以下
と低い9).本症例でも肺胞洗浄液を培養したが胞線菌は
検出されていない.従って,確定診断は組織診断による
場合が多いが,非侵襲的手技により得られた検体では,
病理学的に特徴的と言われる硫黄顆粒(sulfur granule)
Fig. 4 The resected lung. The tumor is composed of
extensive fibrous tissue and necrotic tissue with central cavities. The cavities contain bacterial clots(sulfur granules)
.
を見つける事は容易ではない.Brown らは,放線菌症
の 26% が検体中に硫黄顆粒を 1 個認めたのみと報告し
ている5).このため,確定診断は開胸によるものが半数
以上である8).本症例が 5 回目の肺生検で初めて診断さ
れたのも,このような理由によると思われた.
した.抗生剤による治療にもかかわらず腫瘤影は縮小傾
肺放線菌症の治療は,penicillin G の静注
を 4∼6 週
向を示さず,また残存する陰影は辺縁が不整で内部が不
間行い,その後 6∼12 カ月間の経口的 penicillin 投与が
均一に造影され,腫瘤の長径も 70 mm と大きく,圧排
一般的である4).penicillin の静注と経口投与の併用を合
性増殖を示す肺癌の合併も否定できなかったため,同年
計 4 カ月行い,90% の治癒率であったとの報告や10),
7 月 17 日に開胸手術を施行した.切除肺の肉眼標本(Fig.
erythromycin や minomycin が有効との報告もある1).
4)では病変は壁側胸膜と強固に癒着しており,肺内部
本症例では,2 週間の IPM CS と CLDM の静注にて炎
に弾性硬の腫瘤を触知した.腫瘤は 70×50×45 mm で,
症所見の著明な改善と,胸部陰影の軽度縮小を認めてお
周囲を線維組織に被われ,内部には一部空洞化した壊死
り,IPM CS と CLDM のいずれかあるいは両者に感受
部分と黄白色の菌塊部を認めた.術中迅速診断にて,肺
性があったものと思われる.しかし,その後も残存する
放線菌症と診断されたため,区域切除術を試みたが,術
陰影は圧排性増殖の肺癌との鑑別が困難で,文献的にも
中に腫瘤の中枢側の健常肺が断裂し,やむなく左下葉切
放線菌症と肺癌の合併が報告されていることから悪性腫
除術へ変更した.切除肺の組織でも経皮針生検と同様に,
瘍の存在を完全には否定できず,開胸による腫瘤摘出術
炎症所見を背景に硫黄顆粒を認めた.患者は術後の経過
に踏み切った1).
も順調で,同年 7 月 31 日退院となった.手術後は抗生
近年,肺放線菌症は抗生剤の普及により,以前のよう
剤の投与を行っていないが,再発することなく現在も外
な極めて進展した症例をみる頻度は減少した.しかし,
来にて経過観察中である.
それと引き換えに,診断に苦慮する症例が増えているの
考
察
も事実である.今後孤立する胸部異常影をみる際には,
放線菌症の存在を念頭に置く必要があると思われた.
放線菌は,口腔および消化管に常在する嫌気性のグラ
文
ム陽性桿菌である.人の放線菌症の起因菌は,主に Actinomyces israelii で頭頸部,胸部,腹部,骨盤内に慢性の
化膿性病変を形成し,このうち胸部原発の放線菌症は全
体の 3%∼15% を占める4)5).肺放線菌症の発症機序は,
誤嚥による経気道的感染が大部分で1)2),まれに肝原発の
ものが血行性に肺に散布された症例も報告されてい
6)
る .肺放線菌症の自覚症状は湿性咳嗽,胸痛,体重減
少,血痰などで,他の呼吸器疾患と類似し,臨床的特徴
に乏しく鑑別診断が困難な場合が多い2).又,肺放線菌
症は画像的特徴にも乏しい.空洞を伴った腫瘤影や浸潤
影のことが多く,胸水貯留,胸膜肥厚を認める場合もあ
る7).Flynn と Felson は,胸部 CT の有用性を訴え,肺
放線菌症を最も疑う所見として肺内病変の葉間胸膜を超
献
1)Slade PR, Slesser BV, Southgate J : Thoracic actinomycosis. Thorax 1973 ; 28 : 73―85.
2)Bates M, Cruickshank G : Thoracic actinomycosis.
Thorax 1957 ; 12 : 99―124.
3)Prather JR, Eastridge FA, MacCaugan JJ, et al :
Actinomycosis of the thorax. Ann Thorac Surg
1970 ; 9 : 307―312.
4)Hsieh MJ, Liu HP, Chang CH, et al : Thoracic actinomycosis. Chest 1993 ; 104 : 366―370.
5)Brown JR : Human Actinomycosis : a study of 181
subjects. Human Pathol 1973 ; 4 : 319―330.
6)Parker JS, Debois BP : Case Report : Actinomyco-
肺放線菌症の 1 例
sis : Multinodular Pulmonary Involvement. Am J
937
110 : 707―716.
Med Sci 1994 ; 307 : 418―419.
9)Bennhoff DF : Actinomycosis : Diagnostic and thera-
7)佐藤哲也,高田信和,土橋ゆかり:前縦隔腫瘍との
putic considerations and a review of 32 cases. La-
鑑別を要した肺放線菌症の 1 例.日胸疾会誌 1997 ;
ryngoscope 1984 ; 94 : 1198―1217.
35 : 888―893.
10)Skoutelis A, Petrochilos J, Bassaris H : Successful
8)Flynn MW, Felson B : The roentogen man-ifesta-
treatment of thoracic actinomycosis with ceftriax-
tions of thoracic actinomycosis. Am J Radiol 1970 ;
one. Clin Infect Dis 1994 ; 19 : 161―162.
Abstract
A Case of Pulmonary Actinomycosis Marked by Diagnostic Difficulty
Junji Tsurutani1), Masaki Tominaga1), Tsuguo Furukawa2), Minoru Fukuda3),
Hiroshi Soda4), Mikio Oka4)and Shigeru Kohno4)
1)
Department of Internal Medicine, National Sanatorium Takeo Hospital, Saga 843―0024, Japan
2)
Department of Thoracic Surgery, Kouseikan Hospital, Saga 840―0054, Japan
3)
Department of Internal Medicine, Nagasaki Municipal Medical Center, Nagasaki 852―8012, Japan
4)
Second Department of Internal Medicine, Nagasaki University School of Medicine,
1―7―1 Sakamoto, Nagasaki 852―8501, Japan
A 59-year-old man was admitted to our hospital for evaluation of an abnormal lung shadow. Chest X-ray and
computed tomographic(CT)films showed a mass shadow in the left lower lobe. The shadow decreased in size after the administration of imipenem cirastatin and clindamycine. Although a transbronchial lung biopsy failed to
confirm the diagnosis, histologic examination of percutaneous aspiration biopsy specimens revealed sulfur granules. Actinomycosis was diagnosed but we did not rule out the possibility of coexistent carcinoma. A left lower
lobectomy was performed, and the patient has been well without any complaints or recurrence of actinomycosis
for 6 months after surgery. We concluded that pulmonary actinomycosis should be considered another candidate
for the differential diagnosis of mass shadows from lung cancer.
Fly UP