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日本呼吸器学会雑誌第38巻第7号

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日本呼吸器学会雑誌第38巻第7号
526
日呼吸会誌
●症
38(7)
,2000.
例
先天性乳糜胸治癒 17 年後に再発した特発性乳糜胸の 1 例
長井
桂
竹川 宏典
信濃 秀希
要旨:症例は 17 歳の男性.出生時に乳糜胸を発症し,中鎖脂肪酸ミルクで治癒した既往がある.咳嗽後呼
吸困難が生じ,胸部写真上右胸水を多量に認めた.胸水は乳褐色,クリーム層分離を認め,中性脂肪が 3,085
mg dl と高値で,乳糜胸と診断した.リンパ管造影で胸管の破綻を認めた.保存的治療で改善せず,胸腔
鏡補助下に胸管クリッピングを行い,術後の経過は良好.先天的な胸管形成不全があり,咳嗽が誘因となり,
発症したと考えられた.
キーワード:乳糜,特発性乳糜胸,先天性乳糜胸,胸腔胸下胸管クリッピング
Chyle,Idiopathic chylothorax,Congenital chylothorax
緒
Table 1 Laboratory Findings
言
乳糜胸は胸管より乳糜が漏出して,胸腔内に貯留する
疾患である.原因はリンパ腫を中心とする腫瘍,外傷,
手術によるものがほとんどであり,原因不明の特発性乳
糜胸は,比較的稀である.今回我々は,先天性乳糜胸治
癒の 17 年後に乳糜胸を再発した成人型特発性乳糜胸を
経験した.特発性乳糜胸の原因究明に示唆を与える症例
と考えられ,若干の文献的考察を加え報告する.
症
例
患者:17 歳,男性.
主訴:咳嗽,胸部苦悶感.
Hematology
WBC
13,000 /μl
neu
86.0 %
lym
8.0 %
mono
6.0 %
RBC
546×104 /μl
Hb
16.7 g/dl
Ht
48.3 %
Plt
22.5×104 /μl
ESR
4/10
Biochemistry
T-bil
1.1 mg/dl
GOT
13 IU/l
GPT
12 IU/l
TP
5.7 g/dl
既往歴:生後すぐに右乳糜胸を発症.中鎖脂肪酸ミル
LDH
ALP
CK
BUN
Cre
Na
K
Cl
Ca
T-Chol
TG
HDL
Serology
CRP
IgG
FBS
358 IU/l
120 IU/l
80 IU/l
16.9 mg/dl
1.0 mg/dl
140 mEq/dl
4.0 mEq/dl
100 mEq/dl
8.7 mEq/dl
153 mg/dl
64 mg/dl
32 mg/dl
2.31 mg/dl
1,025 mg/dl
113 mg/dl
クにて治療し,21 日で治癒.
家族歴:特記すべき事なし.
現病歴:平成 10 年 10 月 31 日,咳嗽後急に胸部苦悶
感が出現したが自然に消失した.11 月 13 日,頭痛,嘔
白は 5.7 g dl と低蛋白血症を認めたが,脂質系その他は
異常を認めなかった(Table 1)
.
吐,胸部不快感があり近医を受診し,胸部 X 線写真上
胸 部 単 純 X 線 写 真:右 胸 腔 ド レ ー ン を 挿 入 し,約
右胸水を大量に認め,当院呼吸器科に紹介され,精査入
1,000 ml を排液,胸部不快は軽減した.その際の X 線
院した.
写真像を示す.右胸腔にまだ大量の胸水と,圧排された
入院時現症:身長 166 cm,体重 55 kg,体温 36.1℃,
肺を認める(Fig. 1)
.胸腹部 CT では胸水による縦隔の
血 圧 100 62 mmHg(坐 位)
,仰 臥 位 に て 血 圧 80 55
左方へのシフトと,肝臓の下方への圧排所見が見られた
mmHg と低下あり.脈拍 133 分.意識清明.口唇のみ
が,リンパ節腫脹や腫瘤性病変を認めなかった.
チアノーゼあり.聴診にて右肺呼吸音減弱,打診にて右
側胸部に濁音あり.
入院時検査所見:血液検査では白血球数は 13,000
胸水検査:胸水の性状は乳褐色で混濁しており,一晩
放置するとクリーム層分離を認めた.胸水中のトリグリ
セリドは 3,085 mg dl と血中より著明高値を示し,リポ
mm3 と増多,CRP は 2.3 mg dl と軽度高値,血清総蛋
蛋白定量ではカイロミクロンが 3,076 mg dl と高値で,
〒051―8501 室蘭市新富町 1 丁目 5 番 13 号
日鋼記念病院呼吸器科
(受付日平成 11 年 4 月 1 日)
乳糜胸と診断した.胸水中の細菌培養,抗酸菌培養は陰
性,細胞診は class II でリンパ球を多数認めた(Table 2)
.
リンパ管造影:11 月 18 日右足背よりリンパ管を露出
特発性乳糜胸の 1 例
527
Fig. 1 Chest radiograph on admission, showing right
pleural effusion with pulmonary collapse.
Table 2 Laboratory findings of pleural effusion
Color
S. G.
TP
LDH
milky brown
1.045
6.5 g/dl
235 IU/L
Effusion culture
Bacteria
negative
Cytology
class ¿
lymph++
T-cho
65 mg/dl
TG
3,085 mg/dl
HDL
0 mg/dl
LDL
191 mg/dl
VLDL
910 mg/dl
Chylomicrons
3,076 mg/dl
a
し,リピオドール 5 ml を使用し,リンパ管造影を施行
した.胸部 X 線写真上,胸管は右第 12 胸椎付近で出現
し,第 8∼6 胸椎の高さでは左に出現,その後一時とぎ
れて第 5 胸椎の高さからははっきりと同定されている
b
(Fig. 2 a)
.リンパ管造影後の胸部 CT 写真では,胸管
から右胸腔へのリンパ液の流出が認められた(Fig. 2 b)
.
第 8∼12 胸椎レベルでの胸管損傷が疑われるが,はっき
りとした損傷箇所は同定し得なかった.
入院後経過:入院時より低脂肪食としたが,胸水は
Fig. 2 a. The thoracic duct is invisible to lymphangiography between the tenth and eighth thoracic vertebrae, so the point of leakage cannot be determined.
b. Chest CT scan after lymphangiography shows a
single thoracic duct and leakage of lipiodol.
700∼2,000 ml 日と減少しなかったため,絶食,脂肪酸
製剤を含む中心静脈栄養とした.胸水は透明になったが,
600∼900 ml 日と依然流出は続き,血清総蛋白が 3.6 g
上方には胸管を認めず予想した結果が得られた(Fig. 4)
.
dl と著明な低蛋白血症,およびリンパ球数が 600 µl と
また胸部 CT でも同様の結果であった.
リンパ球減少を認め,体重も 1 カ月で 6 kg 減少し低栄
術後経過:術後徐々に胸腔ドレーンからの排液は減少
養状態が進行したため,保存的治療が無効と判断して手
し,約 1 週間で 15 ml 日以下となったため普通食を開
術を施行した.
始としたが,胸水の増量や乳糜胸水を認めず退院とした.
術中所見:手術は 12 月 25 日胸腔鏡補助下に右横隔膜
の高さで胸管を 5 箇所クリッピングした(Fig. 3)
.なお,
術前にクリーム食負荷で牛乳を飲用したが嘔吐してしま
い,胸管の破綻部位は不明であった.
術後リンパ管造影:胸部写真上クリッピング箇所より
術後 3 カ月を経過した現在も胸水の再貯留を認めず経過
良好である.
考
察
乳糜胸は外観上乳白色で無臭,リンパ球優位,空腹時
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日呼吸会誌
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,2000.
胸部胸管の走行は横隔膜を越えると胸椎のやや右側前
方,食道の背側,胸部大動脈と奇静脈の間を上行し,第
6∼4 胸椎付近で食道の裏側を通り,胸椎を越えて左後
縦隔にはいる.これより上方では大動脈弓の後方で食道
の左側になり最終的に鎖骨下静脈と内頸静脈の合流部に
流入する2).本例のリンパ管造影では,第 8 胸椎レベル
より胸管が胸椎左方を走行しているが,大量の胸水によ
る縦隔の偏位が原因と考えられ,胸部 CT 上は第 5 胸椎
の高さで胸管は食道の左方へ移動しており,走行異常は
無いものと考えた.本症例の乳糜胸の発症原因としては
Fig. 3 Thoracoscopic view of thoracic duct clipped
with five staples.
先天的な胸管形成不全,先天性乳糜胸治癒後に胸管の癒
着が起こり,咳嗽が誘因となって剥離した等が考えられ
た.
治療は保存的療法と手術療法がある.保存的療法とし
ては胸管内のリンパ液流量の減少を目的とした低脂肪食
や絶食,中心静脈栄養があり,C8 および C10 の中鎖脂
肪酸か ら 成 る MCT(medium-chain-triglyceride)は 直
接門脈系より取り込まれるため,経口での脂肪酸補給が
可能である.本例も生後すぐの先天性乳糜胸は MCT ミ
ルクにて治癒している.
手術療法の選択は保存的療法が無効の時とされてお
り,Selle らは3)一日の平均排液量が 1,500 ml 以上が 5 日
以上続くか保存的療法の無効期間が 2 週間以上となった
場合は手術適応であるとしている.一方 Fairfax らは4)
手術の時期はできる限り早期が良いと報告している.一
般に乳糜胸症例では胸膜を刺激しないので疼痛はなく,
無菌的であるので感染性胸膜炎には発展しないとされ,
今回のように胸水の大量貯溜による症状以外は比較的無
症状である.乳糜の流出による蛋白,脂肪の低下,脂溶
Fig. 4 Postoperative lymphangiography. The main thoracic duct is obstructed by staples.
性ビタミンの欠乏,リンパ球喪失による血中の T リン
パ球の減少などの代謝,免疫機能の低下が大きな問題と
なる5).小児の乳糜胸では約 82% が保存的療法で治癒し
の胸水中トリグリセリドが 110 mg dl 以上で,リポ蛋白
ているのに対し,成人では 40% とされていることを考
測定でカイロミクロンが証明されることで診断される.
えると6),本例の手術時期はもっと早期であることが望
原因は様々で大きく外傷性と非外傷性に分けられる.山
ましかったとも考えられたが,以前に保存的療法で 21
口らの集計によると本邦では外傷性特に手術後の乳糜胸
日で治癒していることと,手術後の再発例が 25% と高
が 66% と大半を占め,非外傷性のうちリンパ腫や静脈
率で両親が早期の手術を望まなかったため入院病日 43
血栓症などの原因が分かっているものを除くと約 22%
日目に手術を行っている.
1)
が特発性乳糜胸である .本例は咳嗽がきっかけとなっ
手術は胸管損傷部位の縫合(結紮)が原則であるが,
て発症した可能性があり,胸腹部 CT や血液検査等で原
損傷箇所が不明な場合が多く,胸部胸管が 1 本であると
因となる病変を認めなかったこと,手術時肉眼的に胸管
判明した場合には横隔膜上での胸管本幹の結紮が妥当と
に異常を認めなかったことから,特発性と考えた.特発
されている7).本症例は胸腔鏡補助下にクリップによる
性乳糜胸はほとんどが新生児に起こる先天性乳糜胸であ
胸管結紮術を施行した.OK―432 やミノサイクリン,タ
る.成人の特発性乳糜胸は稀であり現在まで 23 例が報
ルク末による胸膜癒着術が有効であったと言う報告もあ
告されるのみである.しかも本例のように先天性乳糜胸
るが8),再手術の際に弊害になること,まだ成長期であ
治癒後に発症した特発性乳糜胸の症例は今回検索した限
り肺や胸膜の変化をきたしうる方法をとりたくなかった
りでは認めなかった.
ため今回は施行していない.術後の経過は良好であるが,
特発性乳糜胸の 1 例
今後再発の可能性もあり経過観察する予定である.
529
3)Selle JG, Snyder WH, Schreiber JT : Chylothorax :
謝辞:リンパ管造影を担当された篠原 正裕先生,手術を
担当された当院外科の浜田 弘巳先生,辻 寧重先生に深謝
indications for surgery. Ann Surg 1973 ; 177 : 245―
249.
4)Fairfax AJ, McNabb WR, Spiro SG : Chylothorax : a
致します.
本症例は第 71 回日本呼吸器学会北海道地方会において発
review of 18 cases. Thorax 1986 ; 41 : 880―885.
5)長尾 啓一:乳糜胸.呼吸 1993 ; 12 : 572―577.
表した.
6)高田信和,宮本又吉,中原克彦,他:特発性乳糜胸
文
献
の一例.日胸 1990 ; 49 : 64―69.
7)山口秀樹,河野謙治,迎
1)山口時雄,宮川周二,黒田 修,他:成人の特発性
寛,他:OK-432 によ
る胸膜癒着療法が奏功した特発性乳糜胸の一例.日
乳 糜 胸 の 一 例 と 本 邦 報 告 例 の 検 討.日 胸 外 会 誌
胸疾会誌 1994 ; 32 : 199―198.
1989 ; 37―7 : 128―133.
8)浅岡峰雄:胸腔鏡下に胸管クリッピングを行った乳
2)Vincent GV, Thomas AR : The Management of Chy-
糜胸の一例.日呼外会誌 1995 ; 9 : 51―55.
lothorax. Chest 1992 ; 102 : 586―591.
Abstract
Relapse of Idiopathic Chylothorax 17 Years after Remission of Congenital Chylothorax
Katsura Nagai, Hironori Takekawa and Hideki Shinano
Department of Respiratory Medicine, Nikko Memorial Hospital, Shintomi-cho 1―5―13, Muroran 051―8501
We report a case of chylothorax in a 17-year-old male. As a neonate, had had congenital chylothorax, and was
successfully treated with medium-chain triglycerides ; but recently presented with dyspnea after an episode of severe coughing. Radiographic examination disclosed abundant effusion in the right chest. The effusion was milky
brown, had a creamy supernatant and a high triglyceride level(3085 mg dl)
. This condition was diagnosed as idiopathic chylothorax. Lymphangiography showed a rupture of the right thoracic duct. Since the effusion was resistant to conservative therapy, we performed thoracoscopic clipping of the thoracic duct, which reduced the
amount of pleural effusion. We speculated that coughing may have caused the rupture of a congenitally weakened
thoracic duct.
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