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背部痛で発症し浸潤影を呈した原発性肺
112 日呼吸会誌 43(2) ,2005. ●症 例 背部痛で発症し浸潤影を呈した原発性肺クリプトコッカス症の 1 例 岩崎由紀子 富永 正樹 黒木 茂高 加藤 收 要旨:症例は 43 歳男性.特に基礎疾患もなく突然の背部痛にて発症した.発熱や呼吸器症状を認めず,肺 副雑音も聴取しなかった.胸部 X 線写真で左中下肺野に air-bronchogram を伴う浸潤影を認め,経気管支 肺生検で多数のクリプトコッカス菌体を認め,血清クリプトコッカス抗原も陽性であり,原発性肺クリプト コッカス症と診断した.治療として,fluconazole(以下 FLCZ)の静脈内投与とそれに続いて FLCZ の経 口投与を行い,肺の陰影は著明に改善し,クリプトコッカス抗原価も低下した.また,背部痛は治療を開始 したところ速やかに消失した.現在外来にて経過観察中であるが,再燃は認めていない.肺の浸潤影パター ンを見た場合に,基礎疾患がなくとも肺クリプトコッカス症を鑑別に挙げておく必要があり,また,時に胸 膜刺激症状による背部痛で発症することがあり,注意が必要であると考えられた. キーワード:原発性肺クリプトコッカス症,胸背部激痛,浸潤影 Primary pulmonary cryptococcosis,Severe back pain,Infiltrative shadow はじめに 肺クリプトコッカス症は,悪性腫瘍,AIDS,糖尿病 痛及び圧痛を認めた.腹部は平坦・軟で圧痛なく,神経 学的にも特に異常は認めなかった. 入院時検査成績(Table 1) :WBC 8,900! µl,CRP 2.7 などの日和見感染症の 1 つとして発症する続発性と,基 mg! dl と軽度の炎症反応高値を認めた.生化学検査では, 礎疾患の認められない健常者に発症する原発性とに分類 軽度の高脂血症を認めたが,肝・腎機能障害などはなく, される.一般に,原発性では孤立性あるいは多発結節影 耐糖能異常も認めなかった.尿所見で軽度の蛋白尿を認 を呈する場合が多く,続発性では浸潤影を呈する場合が めたが,凝固系,血液ガス,感染症とも特に異常所見は 1) 2) 多いと考えられている . 認めなかった.胸部 X 線(Fig. 1)と胸部 CT 検査(Fig. 今回我々は,特にはっきりとした基礎疾患のない健常 2)では,左下葉を中心に,air-bronchogram を伴う辺 人に比較的頻度の少ない背部痛で発症し浸潤影を呈した 縁不整な浸潤影とスリガラス陰影を認めた.明らかなリ 肺クリプトコッカス症を経験したので報告する. ンパ節腫大や胸水貯留は認めなかった. 症 例 入院後経過(Table 2) :胸部 X 線写真上,左肺に広 範囲の浸潤影を認めるものの,湿性咳嗽などの呼吸器症 患者:43 歳,男性,道路設計事務所勤務. 状に乏しく,また,炎症反応も軽微で肺副雑音も聴取し 主訴:突然の背部痛. ないことから,肉芽腫性疾患や肺胞上皮癌などを疑い, 喫煙歴:なし,飲酒歴:なし. 診断確定のために 12 月 12 日に経気管支肺生検を施行し 既往歴,家族歴:特記事項なし. た.気管支肺胞洗浄液の培養では,抗酸菌は陰性で一般 現病歴:平成 15 年 12 月 11 日,朝 4 時頃トイレに歩 細菌でも常在菌しか検出されなかった.採取した病変の いていたところ,突然左背部痛が出現.痛みは徐々に増 組織では,胞隔炎の所見と肺胞腔内に多数の マ ク ロ 強し,体動困難となる程の激痛となった為,救急車にて ファージの集簇を認めるのみであったが,その中に,貪 当院に搬送され,精査・加療目的にて入院となった. 食された多数のクリプトコッカス菌体を認めた(Fig. 3) . 入院時現症:意識清明, 体温 36.8 度, 脈拍 82 回! 分, また,血中のクリプトコッカス抗原も陽性であり,肺ク 整.血圧 124! 80 mmHg,呼吸数 16 回! 分.チアノーゼ リプトコッカス症と診断した.さらに,髄液検査を施行 は認めず,表在リンパ節は触知しない.胸部聴診上,心 したが,中枢神経系へのクリプトコッカス感染は否定的 雑音,肺副雑音聴取せず.左肩甲骨下部に一致して自発 であった. 〒849―8522 佐賀市兵庫南 3―8―1 佐賀社会保険病院内科 (受付日平成 16 年 8 月 2 日) 診断確定後,12 月 16 日より FLCZ 200 mg! 日の静脈 内投与を開始したところ,直ちに背部痛は消失し,徐々 に左肺の浸潤影は改善していった.約 2 カ月間投与した 原発性肺クリプトコッカス症の 1 例 113 Table 1 Laboratory Findings < Urine Analysis > Prot (1 +) Glu (−) Occ. b (−) < Hematology > WBC 8,900 /μl Stab 0% Seg 68 % Ly 22 % Mo 5% Eo 3% Ba 1% RBC 495 × 104 /μl Hb 15.1 g/dl Plt 35.7 × 104 /μl < Biochemistry > T.P ALB T-Bil GOT GPT LDH ALP ChE TC BUN CRE Na K Cl FBS Fig. 1 Chest X-ray on admission reveals dense infiltrative shadows in the left middle and lower lung fields. 7.3 4.1 0.4 15 14 156 297 190 226 8.9 0.8 142 4.1 105 91 g/dl g/dl mg/dl IU/l IU/l IU/l IU/l IU/l mg/dl mg/dl mg/dl mEq/l mEq/l mEq/l mg/dl < Serology > CRP IgG Cryptococcus. Ag RPR TPHA HBs-Ag HCV-Ab HIV-Ab 2.7 mg/dl 1,210 mg/dl Positive Negative Negative Negative Negative Negative < PPD Skin Test > 0 × 0/0 × 0 < Sputum Culture > Bacteria Negative Mycobacteria Negative Fig. 2 Massive infiltrative shadows containing airbronchograms are seen in the left lower lobe on a CT scan finding. Table 2 Clinical Course 114 日呼吸会誌 43(2) ,2005. 後の平成 16 年 2 月 4 日より FLCZ 200 mg! 日の内服投 の細胞性免疫能によってその増殖様式を異にする2)3).そ 与に変更し,その後 2 カ月間投与した時点で,左肺の浸 の結果として,画像上の差異が出現すると推測されてい 潤影はほぼ消失した.また,血中のクリプトコッカス抗 る. 原も 16 倍と低下したため 4 月 7 日で治療を終了とし, 現在までに報告されている胸部 X 線写真所見として 現在外来にて経過観察中であるが,再発は認めていない. 考 は(Table 3) ,原発性および続発性ともに単発及び多発 結節影として認められることが圧倒的に多いが,本症例 察 のような浸潤影を呈する症例も少なからず存在す クリプトコッカスは,鳩の糞や土壌の中で増殖し,空 る4)∼11).一般に,AIDS や血液悪性腫瘍患者,抗癌剤, 気中に飛散して経気道的に吸入され,まず肺に病変を形 免疫抑制剤やステロイド剤投与中の患者に起こる続発性 成する.宿主の免疫異常がある場合には,病原真菌は肺 の場合には,結節影や浸潤影は境界不明瞭となる場合が から血行性に播種し,特に中枢神経系に親和性がある為, 多い5)∼7)12).その理由として,T リンパ球の減少や機能 脳髄膜炎を高率に引き起こすことが知られている3).本 低下に伴い肉芽腫性反応が起きにくくなるために辺縁が 症例の感染経路であるが,自宅での鳩との接触はなかっ 不鮮明となったり,浸潤影を呈したりすると考えられて たが,会社の車庫に多数の鳩が棲息しており,ここが接 いる1).本症例の場合,本人の承諾の下に施行した抗 触現場である可能性が高いと思われた. HIV 抗体は陰性であったが,ツベルクリン反応も陰性 一般に Cryptococcus neoformans による感染症は,通常 であり何らかの細胞性免疫能の低下が疑われるが,詳細 の深在性真菌感染症とは異なり,必ずしも宿主の免疫不 は不明である.その他,特に続発性の症例の場合には, 全を伴わない場合にも発症する特徴がある.その理由と 小粒状影,間質性陰影,胸水,肺門・縦隔リンパ節腫脹 して,菌体の周囲には多糖からなる厚い莢膜が存在する などの多彩な像を呈する症例が報告されている7). ため,マクロファージによる貪食に抵抗性であると考え 3) 通常,浸潤影を呈する場合には,細菌性肺炎,肺結核, ら れ て い る .経 気 道 的 に 吸 入 さ れ 肺 胞 に 到 達 し た 肺胞上皮癌や Wegener 肉芽腫症などが鑑別疾患として C. neoformans は,肺胞マクロファージによる貪食殺菌 挙げられ,肺クリプトコッカス症は頻度としては少ない に抵抗しながら肺胞を充満するように増殖するが,宿主 が念頭に置いておく必要があると考えられる. 確定診断には,無菌検体による培養でクリプトコッカ ス菌体を証明するか,組織学的に肺内へのクリプトコッ カス菌体の確認が必要であり,血清クリプトコッカス抗 原の測定が補助診断として有用であることは既知の事実 である1)∼3). 症状としては,原発性の場合ほぼ半数が無症状で,偶 然検診で見つかる場合が殆どである5)6).中でも,胸痛で 発症する症例は 10∼30% と比較的少ない5)6).結節影症 例では,胸膜直下に病巣が認められる場合が多いため, 胸膜への炎症の波及の結果痛みが生じると推測されてい る9).しかし,浸潤影を呈する症例で本症例のように全 くの前駆症状なしに突然の背部痛で発症した報告例はな Fig. 3 Grocott staining of the transbronchial lung biopsy specimen. Numerous cryptococcal organisms are present. く,その機序は不明であるが,浸潤影を呈する症例の中 にも無症状例が報告されており,ある時期を境に胸膜痛 を惹起した可能性はある. Table 3 Chest radiogram findings in primary pulmonary cryptococcosis a) . Solitary Nodule b) . Multiple Nodules c) . Infiltration d) . Linear e) . a) . + c) . Doutsu(1987) Uchida(1987) Ogata(1997) Kishi(2000) 4(36.3%) 2(18.2%) 3(27.3%) 0( 0.0%) 2(18.2%) 71(72.5%) 2( 2.0%) 24(24.5%) 1( 1.0%) 0( 0.0%) 56(68.0%) 4( 4.9%) 17(21.0%) 0( 0.0%) 5( 6.1%) 9(75.0%) 2(16.7%) 1( 8.3%) 0( 0.0%) 0( 0.0%) 原発性肺クリプトコッカス症の 1 例 治 療 で あ る が,米 国 IDSA の ガ イ ド ラ イ ン に よ れ 13) ば ,HIV 感染症を伴わない肺クリプトコッカス症で, 115 と微生物 1993 ; 20 : 169―174. 4)道津安正,真崎美矢子,増山泰治,他:原発性肺ク 軽症∼中等症の症状または病巣からの培養陽性例では, リプトコッカス症 11 例の臨床像と内科的治療成績. FLCZ 200∼400 mg! 日 を 6 な い し 12 カ 月 間 投 与 し, 日胸疾会誌 1987 ; 25 : 229―239. FLCZ を使用できない時には,itraconazole(以下 ITCZ) 200 mg∼400 mg! 日を 6 ないし 12 カ月間投与する方法 が推奨されている.FLCZ や ITCZ などのアゾール系の 薬剤が投与できず,肺病変が進行性の場合には amphotericin B を 0.5∼1 mg! kg を 計 1,000∼2,000 mg の 投 与 5)内田達男,今泉宗久,浅岡峰雄:原発性肺クリプト コッカス症―症例報告と本邦報告 116 例の検討―. 日臨外会誌 1987 ; 48 : 639―644. 6)緒方賢一,綿屋 洋,諸岡三之,他:肺クリプトコッ カス症の 2 例―本邦報告 116 例からみた原発性と続 発性の比較―.気管支学 1997 ; 19 : 122―126. が推奨されている.一方,2003 年に発表された本邦に 7)岸 一馬,本間 栄,黒崎敦子,他:肺クリプトコッ おける深在性真菌症の診断・治療のガイドラインによれ カス症の臨床病理学的検討.日呼吸会誌 2000 ; 38 : ば14),肺クリプトコッカス症の確定診断例には FLCZ 670―675. 200∼400 mg! 日 ま た は ITCZ 200 mg! 日+flucytosine 8)西井研治,小谷剛士,宇治秀樹,他:原発性肺クリ 100 mg! kg! 日の投与が推奨されている.本症例におい プトコックス症.日胸疾会誌 1992 ; 30 : 1662―1666. ては,診断後 FLCZ 200 mg! 日を開始し,4 カ月投与後 9)松永和人,南方良章,湯川 進:胸水貯留を伴う原 に血中クリプトコッカス抗原は 16 倍と低下し,胸部 CT 発性肺クリプトコッカス症の 1 例.日呼吸会誌 上も浸潤影は著明に改善していたため治療終了とした. 1998 ; 36 : 708―711. その後,胸部レントゲン上の増悪はなく,5 月には血中 クリプトコッカス抗原も 4 倍と低下し,8 月には陰性化 した.我が国のガイドラインでは現在までのところ治療 終了をどのように決めるかについては見解がなく,今後 更なる研究の成果が期待される. 謝辞:稿を終えるに当たり,英語訳にご尽力頂いた Huang George 先生に深謝致します. 引用文献 1)澤井豊光,杉山幸比古:クリプトコッカス症.Medical Practice 2002 ; 19 : 2115―2119. 2)宮崎義継,河野 茂:真菌感染症 クリプトコッカ ス症.日本臨床 2003 ; 61 : 829―834. 3)河野 茂,田中研一:肺クリプトコックス症.臨床 10)渋谷康寛,北村 諭:一側肺に広範な浸潤影を呈し た原発性肺クリプトコックス症の 1 例.日胸疾会誌 1994 ; 32 : 819―823. 11)中島秀行,島 智子,臼杵則朗,他:原発性肺クリ プトコッカス症の CT 所見の検討.日本医放会誌 1995 ; 55 : 1032―1037. 12)松山 航,溝口 亮,岩見文行,他:肺クリプトコッ カス症 15 例の検討―血中抗 HTLV-I 抗体陽性者と 陰性者の比較―.日呼吸会誌 1999 ; 37 : 108―114. 13)Saag MS, Graybill RJ, Larsen RA, et al : Practice guidelines for the management of cryptococcal disease. Clin Infect Dis 2000 ; 30 : 710―718. 14)深在性真菌症のガイドライン作成委員会.深在性真 菌症の診断・治療ガイドライン.医歯薬出版株式会 社 2003 ; 1(1): 24―25. 116 日呼吸会誌 43(2) ,2005. Abstract A case of primary pulmonary cryptococcosis accompanied with severe back pain Yukiko Iwasaki, Masaki Tominaga, Shigetaka Kuroki and Osamu Kato Department of Internal Medicine, Saga Social Insurance Hospital We report a case of primary pulmonary cryptococcosis. A 43-year-old male, without any significant underlying disease or immunological abnormalities, was admitted to our hospital with a complaint of sudden onset of severe back pain. His chest-X-ray and computed tomography revealed infiltrative shadows in the left lower lung without any signs of pleural effusion. Through transbronchial biopsy, cryptococcosis was obtained. Cryptococcal antigen also tested positive, we diagnosed this case as primary pulmonary cryptococcosis. And started anti-fungal therapy(fluconazole)consisting of parenteral and oral fluconazole. As soon as anti-fungal therapy was started, both the chest X-ray findings and cryptococcal antigen showed general improvement. Furthermore, subjective symptoms subsided immediately after treatment. During follow up through the outpatient clinic, his symptomatic complaint and chest roentgenogram shows improvements. This case was noteworthy for two reasons : 1)In cases with chest X-rays showing infiltrative shadows but lacking any underlying diseases, pulmonary cryptococcosis should be considered. 2)Sudden onset of back pain is a rare but a possible primary symptom of pulmonary cryptococcosis.