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<書評> 舩木繁著『支那派遣軍総司令官 岡村寧次大将』
(河出書房新社)
吉田, 裕
中国研究月報, 39(6): 30-31
1985-06-25
Article
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/16419
Right
Hitotsubashi University Repository
価)
帳簿上約九千 円の残金 あ るに前任者 ら喰い尽 し今
舵木
や実際の残金 は四百円のみ」 と記 してい るo酒葦
兼著
『
支那派遣軍総司令官
岡村 寧次大将』
(
河 出書房新社)
大尉 とは1
93
5
年 の梅津 ・何応欽協定締結の際の強
圧的交 渉で 「勇名」を はせ ,戦 後 ,戦 犯 と して南
京で処刑 された酒井隆の若 き 日の姿であ る。
(
一橋大学専任講師) 吉 田
裕
岡村寧次。上海駐在武官 ,孫伝芳軍事顧 問な ど
第二 には,一夕会な ど陸軍 内の 「
革新」的中堅
幕僚層の動 きを 日記の記述を通 じてかな り具体的
をへて満州事変 期 には関東軍参謀副長 として塘枯
に追跡で きることであ る。掛 こ関心を引いたの峠,
停戦協定の締結 にあた る。 日中全面戟争開始後 は
1
9
2
8年 の張作宗爆殺事件で待命処分 とな った河本
第1
1軍司令官 と して武漢作戦 を指導 し,その後 も
大作 に対 して岡村を は じめ二宮治重参謀本部嘩務
北支那方面 軍司令官 ,第 6方面軍司令官な どの要
部長 ,畑俊六 同第一部長 ,建川美次同第二部長,
職を歴任 し敗戦 時には支那派遣軍総司令官 と して
小磯国昭陸軍省軍務局長 ,永 田鉄 山同軍事課長な
敗戦処理にあた る。陸軍 内の 「支那通」 と して知
ど,軍 中枢の主要メ ンバ ーが慰労妾を設 けてい.
る
られ ,中国問題 とのかかわ りが特 に深か った軍人
事実であ る。爆殻 が河本の独断でなか った ことを
であ る。同時に岡村 は.大正末期か ら満州事変期
うかがわせ るとともに,違法行為を行 なった者に
にか けて ,参謀本部や陸軍省の中堅幕僚層 の横断
対す る処罰がいかに有名無実な ものであ ったかを
的結集 に努 め ,一夕会な どを中心 に して 「満蒙問
端的に示 してい る。
題」の武力解 決 と 「国家改造」 の路線を推進 した
軍人 と しても著名であ る。
日記の記述を通 じて浮びあが る岡村像 は,三月
事件や二 ・二六事件 のよ うな暴発 には反対 しなが
本書 はその岡村 の最初の本格的評伝 であ る。著
らも上か らの 「国家改造」を漸進 的に実現 しよう
者 の船木 は陸士4
7期 ・陸大5
9期 のエ リー ト将校 で
と企図 し,他方で中国 との無謀 な全面戦争の危険
あ り,岡村の下 で支那派遣軍参謀を勤めた人物で
性を 自覚 しつつ 日本帝国主義の中国侵略をより現
あ るが ,従来その ご く一部 が断片的 に公表 されて
実的な軌道の上 に定置 しよ うとす る軍部 内の能吏
いたにすぎない岡村 日記を系統的に紹介 しなが ら
の姿 ,それ な りの近代的思考を身につけた軍人の
岡村 の歩 んだ道を跡づけてい るため ,この種の著
姿で あ る。そ こには,長勇に象徴 され るよ うな直
作 にあ りが ちな 「軍人によ る軍人のための軍人の
情径行型 の粗暴 な軍人類型 とは明確 に区別 される
顕彰録」 とい った性格をかな りの程度 まで まぬが
とはいえ ,侵略戦争 とファッシ ョ化の道 を政策決
れてい る。
定過程 の中枢 において現実 に担 った軍部官僚の姿
▼
岡村 日記の記述で興味深いのは,第一 に,それ
が示 されてい る。
を通 じて陸軍の対 中国政策の現地におけ る実態や
しか しなが ら,こうした タイプの軍人であ る岡
駐在 武官の活動の実態一情報収集や中国側 要人 と
村 に対す る著者の評価 は限 りな く甘 い。 「満蒙問
の接触 ・操縦 など-がか な り明 らか にな ることで
題」の武力解 決路線 の国策化を推進 した岡村の行
あ る。同時に中国在 勤者 の腐敗ぶ りも目につ く。
動 は不 問に付 されて ,岡村 は 「
軍人 と して両国の
9
2
4年
例えば上海駐在武官 として赴任 した直後の 1
提携を希 って果せ」 なか った悲 劇の人物 としての
1月 ,岡村 は公金の不正使用 問題で上海駐在員酒
みえがかれ ,大川周明 との親交や 「国家改造」の
,「陸軍を清新な姿 に戻 そ う」 とす る努力
0日の 日記に 「予の神経を
井大尉を叱責 し,1月1
推進 は
刺激せ Lは従来の上海駐在武官の ダ ラシな さな り。
にす りかえ られ る。さらに不満なのは,岡村 自身
(
3
1
)
が中国戦線 におけ る苛烈 な治安戦 の最高責任者の
確か に,上級幹部の全 てが中島のよ うな人格破
一人で あ ったにもかか わ らず, 日本 の戦争犯罪の
綻者 的人物で 占め られていたわけで はあ るまい。
問題が完全 に著者の視野の中か ら欠落 してい ると
む しろ岡村 な どは,中国戦線 におけ る日本軍の道
い う点であ る。岡村 は中国戦線の従 軍 体 験 記 -
義的退廃を憂 えつづけた軍人の一人であ ったO し
『
岡村寧次大将資料上巻
戦場 回想篇-』 (
1
9
7
0
か し問題 なの は,そ うした中島のよ うな人間が要
年)を残 してし丁るが ,そ こには掠奪 ・強姦 ・虐殺
職を 占め うる軍の体質であ り,彼 らの 「
独断専行」
など日本軍の犯 した戦争犯罪 についての詳 しい見
を容認 して しま うよ うな軍の体質であ る。そ して,
聞が語 られてい る。当然 ,岡村 日記にもその種の
この 「独断専行 」の問題 についていえば,岡村 は
問題が記 されてい ると思 われ るが本書 の中で は全
明 らかにそのよ うな風潮を軍内部 につ くり上 げた
く言及 がみ られない。
点で大 きな責任を負 ってい る。すなわち,一夕会
,『支那事変戦争指導史』の
な どを中心 に した岡村 ら中堅幕僚層 の運動 は,陸
序文 (
1
9
4
8年執筆)の中で次のよ うに書 いた。「本
軍の全体 と しての統制力を 弛緩 させ ることによっ
書は高次 な る日本 自らの 内省 を主 とし,他 国の是
て,偏狭 な タイプの軍人 が活動 しうる環境を 自ら
非及国際慣行 の比較 は姑 く措 いて之 を論ぜず。是
つ くり出 したので あ る。あの無道 な侵略戦争 は一
自らを卑下 す るに非ず ,又他国の非を是認 す るも
部の無頼漢の活動 によ ってのみひき起 されたので
のにも非 ず ,専 ら民族の生命 を等 しとなす所 以な
はない。岡村 のよ うなあ る程度 の近代的思考を身
り」。そこには,旧軍人の思考の枠 内であ るとは
につけた能吏型 の軍部官僚の活動の結果 と して,
いえ ,あの戦 争を民族 的な反省の糧に しよ うとす
またその同意 と協力 の上 には じめて十五年戦争 は
る真聾な姿勢がみ られ る。 しか し,敗戦直 後の時
可能 だ ったのであ る。その意味で ,そ うした問題
期にはそれな りに存在 した, そ う した あ る種 の
を不 問に付 した形の岡村論 には大 きな疑 問を感 じ
かつて掘場一雄 は
「
健全 さ」を,高度成 長で飽食 しきったかつての
ざるをえない。
エ リー ト将校 たちは,すでに喪失 して しま ったか
実 はこの問題 は南京事件 の評価 の問題 にも深 く
に見え る。この点で船木の この著作 もあか らさま
かかわ ってい るO 「まぼろ し派」の代表 的人物で
な十五年戟争肯定論 とは明確 に一線を画す とはい
あ る鈴木明は 「
拝啓 『人民 日報』編集長殿」 とい
え,完全 な例外で はあ りえない。
う短文 (『文芸春秋 』1
9
8
2年1
0月号)の中で ,南
ところで ,昨年 ,十五年戦争期の 日本軍の将官
京事件 を一部 の 「
手 のつ け られない暴れ者」の引
のいわば生態を示す貴重な史料 が公表 された。
「南
き起 こした偶発事 であ るとす る視点を強 く打 ち出
京攻略戟 『中島第十六師団長 日記 』」 (『
増 刊歴
してい る。戦争責任の問題を正面か ら受 けとめ る
史と人物
秘史 ・太平 洋戦争』)であ る。そ こに
ことを回避 しよ うとす るこの種 の見解を克服す る
は,南京 におけ る大量の捕虜虐殺の実態が リアル
ため にも,岡村 のよ うなタイプの能吏型の軍部官
にえがかれてい るとともに,虐殺や掠奪を当然視
僚 が ,軍部官僚機構 と十五年戦 争の全過程 の中で
し,はては中島今朝吾師団長 自ら捕 虜の 「試斬 ヲ
果 した役割を明 らかにす ることが,今 ,研究者 に
為サシム」 とい う上級指揮官 のす さま じい退廃が
求め られてい るのではないだろ うか。
示 されてい る。 この中島 は
,「のち満州 の第四軍
司令官 当時 ,蒋介石 の私財を持 ち出 し師団修行社
に送 っていた ことがばれて予備役 に編入 され」 た
といわれ る (
大谷敬二郎 『皇軍の崩壊』,1
97
5
年 )。
(
1
9
8
4年 1
2月 刊,A5判 ,3
4
0頁 ,3
8
0
0円)
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