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会話クラスにおける学習動機付け強化の可能性
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 会話クラスにおける学習動機付け強化の可能性 渡辺祐子(スウェーデン国立ルンド大学) 1. はじめに 本稿は、2010 年 5 月 28 日に INSA Lyon で行なわれたフランス日本語教育シンポジウム での筆者の実践報告をまとめたものである。 海外の大学教育機関で実施されている日本語授業は通常、 「文法・読解・表記・会話」 に分けられ、まんべんなく 4 技能の伸長が目指されている。筆者が講師を勤めているスウ ェーデンのルンド大学では、文法の授業はスウェーデン語で、表記と会話の授業はスウ ェーデン語を使用しない直接法で行われている。つまり、メタ言語でインプットされた 知識を日本語を使って表出させるという、いわば流れ作業的な仕組みになっている。会 話授業を担当する教師にとって、インプットされた文法知識を学習者が運用面で生かせ るようにすることが責務であるものの、定期試験では ‛performance’(パフォーマンス)よ りも‛competence’(能力)の方に重きが置かれ評価されるため、必然的に文型や語彙の定着 が重要視されることにジレンマを抱えることも多々あるだろう。文法や語彙を丸暗記し た学習者が試験に合格する一方で、コミュニケーション能力が抜群でも文法が不正確で あるために、不合格となり進級を諦めざるを得なくなってしまう学習者もいる。しかし ながら学習者の動機付けに鑑みると、海外(特に欧米社会)での日本語教育は、その大 半が日本文化(主にサブカルチャー)への好奇心に触発された、いわゆる統語的動機付 けによって支えられているため、4 技能の完璧なバランスを学習者に要求することは、 「一体何のために日本語を学習しているのか」という基本的な動機付けさえ失わせてし まう恐れがあると考えられる。 本論ではまず、学習の動機付けについて先行研究を外観しながら述べ、次に授業中の会 話データの分析に基づいて、学習者の学びの可能性についての考察を行う。最後にまとめ と今後の課題について述べる。 2. 学習の動機付け 2.1 動機付けに関するアンケート 学習者の日本語学習を支える動機付けについてアンケートを行ってみたところ、18 名 の回答を得ることができた。質問と回答は以下の通りである。 Q1:日本語を選択した理由は? ・日本文化(漫画、アニメ、ゲーム)への興味:9 名 ・言葉そのものに対する興味:6 名 ・日本語を使った仕事がしたい:3 名 Q2: 学習のモチベーションが下がってしまうことがあるか。 ・時々ある:9 名 ・ほとんどない:5 名 ・まったくない:4 名 176 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 Q3:モチベーションを下げる要因は何か。 ・宿題や勉強する時間がないこと ・授業のテンポが速くてついていけないことの精神的プレッシャー ・やりたいことができないというストレス ・テスト勉強などで疲れてしまう ・漢字 ・自分は語学に向いていないんじゃないかと思った時 Q4:モチベーションを上げる要素は何か。 ・日本や日本語への興味 ・向上心(もっと上手になりたいという気持ち) ・日本のアニメや音楽が分かるようになったという実感 ・新しい事を学んでいるという実感 ・楽しいクラスメートと先生 ・自分やクラスメートが上達したなと実感した時 このアンケートから、学習の動機付けは主に日本文化(主にサブカルチャー)への興味 によって支えられていると言って良いだろう。さらに動機付けを促すのは、 「達成感」や 「満足感」 「充実感」などの情意的要因であることが分かる。 2.2 動機付けとは何か 動機付けが学習者の日本語学習にどのように作用するかを解明することで、動機付けを 促す教室運営のヒントを得ることができる。 マレーMurray(1964)は動機付けを「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の 2 つに 分類し、定義している。 「外発的動機付け」とは、報酬を得るために活動が遂行されるこ とである。つまり、定期テスト、進級テスト、留学選抜テストなどのために学習欲が促進 されることである。一方、「内発的動機付け」とは、その活動自体から得られる快感や満 足のために活動が遂行されることであり、強力で持続的に高い人格的な目標まで行動を導 いていくことができる。 より効果的な学習のためには、外発的動機付けと内発的動機付けのバランスが取れるこ とが理想である。脇田・越智(2003)では、「アンダーマイニング効果」(undermining effect)と「エンハンシング効果」(enhancing effect) について述べられている。 「アンダーマ イニング効果」とは、外発的要因によって内発的動機付けが失われることであり、テスト などの結果により学習意欲を失い、ネガティブな感情を持つようになる。 「エンハンシン グ効果」とは、外発的要因がプラスに働いて、内発的動機付けが促進されることである。 このような動機付けのメカニズムを生かし、エンハンシング効果を得るための教室運営を 目指せばよい。そのためには、負の外発的要因の影響があってもゆるがない強固の内発的 動機付けを構築することが重要であると考えられる。つまり、成績を取るために学習して いるのではなく、学習すること自体が目的であると意識させるような教室運営を行うこと で、学習の動機付けが強化される可能性があると言える。 177 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 以上のことをまとめると内発的動機付けを強化させるキーファクターは、 「満足感、達 成感」と「学習プロセスの意識化」の 2 点に絞られる。 3. 表現教育の理論と実践 「言いたいことが言えて、それが相手に伝わった」という「満足感、達成感」を得るこ とで、学習者は教室で起こっていることにさらに積極的に関わろうとする。学習者が言い たいことが言えるように、教師は様々な仕掛けを作らなくてはならない。ここで、筆者が 担当する会話クラスで毎回行っている「個人化質問」について述べる。 3.1 「個人化」とは 「個人化」とは、「他の誰のことでもなく、表現主体本人が自分について表現すること」 (川口 2004)であり、自分の思想を他者に発信することで相互理解を深め、ひいては教 室風土を醸成させる効果がある。コミュニケーション能力の向上を単なる実用性から図ろ うとするコミュニカティブアプローチとは異なり、 「相互理解」から成り立つインターア クションあってのコミュニケーションの実現をはかるものである。川口(2005)は、 「個人 化」の理論的サポートを以下の 2 つに依拠している。 ・ 「こころ」と「ことば」を切りはなして考えるのではなく、感覚・感情から思考へ、思 考から内言へ、内言から外言へ、外言から行動へ、という循環プロセスをコミュニケ ーション活動の総体として捉え、どのような素材に対しても的確に対応していける 「私」を育てることが言語教育の目標であると考えることができる。(細川 2003:104) ・ 「自己の成長について話すこと、自分にとって重要なことを分かち合い、自己を確立し 合うインターアクションに参加すること・・・これが外国語学習の本質である」(縫部 2001:51) これらの理論に立脚した「個人化」は、学習者がコミュニケーションの過程において自 分という人間を再発見、再認識し、自己成長を促す実践法の一つである。 3.2 「個人化」の実践例 筆者が会話クラスで実践した個人化の例を以下に紹介する。 ・文法項目:~たことがあります(げんきⅠ第 11 課) ・トピック: 「私はしたことがあるけど、他の人はしたことがないと思うこと」 ・目的: 「~たことがあります」を自然なコンテクストで理解し使えるようになるには、 学習者自身が「特別な忘れられない経験」を語ることが重要である。本当の経験を語 ることで学習者は感情移入できるため、語る表情や表現そのものが生き生きとし、全 体として活発なやりとりが教室内で広がる。 178 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 <学習者の発言例> 1 南アフリカで象にのったことがあります。 2 マウンテンバイクから落ちて怪我をしたことがあります。 3 イルカと泳いだことがあります。 4 イタリアでミケランジェロの絵を見たことがあります。 5 アイスランドの温泉に入ったことがあります。 6 自転車泥棒をつかまえたことがあります。 7 コスプレの大会で優勝したことがあります。 8 3 日間徹夜したことがあります。 9 酔っ払って東京のトイレで寝たことがあります。 10 駐車場で 3 日間寝たことがあります。 11 パンケーキを 20 枚食べたことがあります。 12 スウェーデンのゲーム大会で優勝したことがあります。 13 子供のとき、スキー大会で優勝したことがあります。 14 羊に追いかけられたことがあります。 15 歯医者で歯を 7 本抜かれたことがあります。 旅行やゲーム大会などの楽しい思い出ばかりではなく、自転車から落ちて怪我をして しまったり、歯を抜かれたりなど、痛くて辛い経験も語られた。太字の部分は、文化的な 背景に基づく発言である。6 番は、環境や経済的理由から自転車を主な交通手段とするス ウェーデンで横行している自転車泥棒についての発言である。盗まれた自転車はほとんど の場合見つからず、泣き寝入りするしかない。したがって、 「自転車泥棒をつかまえた」 というのは一種の武勇伝となる。10 番の発言をした学習者は、キャンプに出かけた金曜 日の夜に車が故障したそうである。週末になると、サービスが一切機能しなくなるという 日本では考えられないことが、スウェーデンでは当たり前のこととして、受容されている 点が文化の違いの表れとして非常に面白い。15 番の発言は、スウェーデンの医療制度に 関するものである。スウェーデンでは 20 歳までは歯の治療が無料で受けられ、それをす ぎると非常に高額な治療費を払わなければならない。この学習者は、20 歳になるまで何 とか悪い歯を治療しなくてはならなかったのである。 4. 「個人化」による学習者の学び 個人化質問から派生するやりとりを通して、学習者は具体的にどのようなことを 学ぶのだろうか。学習者の学びのプロセスを探るために、会話授業(3 回分)を録音し、 表現者の発信に対する聞き手の反応に着目しながら、教室参加者のやりとりの特徴を 分析してみた。 4.1 分析内容 表現者の発信に対する聞き手の反応を「診断的理解」と「共感的理解」 (縫部 2001)の 観点から分析し、その後の教室参加者間のやりとりがどのように展開するかについて検証 した。縫部(2001:102)によれば、「診断的理解」とは、自分の立場から他者を理解しよ 179 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 うとすることであり、「共感的理解」とは、相手の立場に立って相手の気持ちを理解しよ うとすることである。 <診断的理解の例 1> D:あの時、もっと早く寝ればよかったと思います。だから、今度試験がある時はもっ と早く寝ようと思います。 T:どうして寝坊してしまうんですか。 D:夜によく寝ることができません。でも理由が分かりません。 J:あなたは、B タイプの人です。B タイプは遅くまで寝たい。遅くまで起きる。 (診断的 理解) T:A タイプはどんな人? J:早く起きたい。 D:そのタイプはことはどこから来ましたか。 J:メトロの新聞で読みました。デンマークで、A と B の仕事をできます。そして B の仕 事で遅く来られる。んと、10 時からと 11 時から。A タイプの仕事は 7 時から。 V:どうして、A と B のタイプがある? S1:目覚まし時計がない? D:いいえ、2つがある。携帯電話にひとつ、そしてそのあと、もう一つがあります。で もまだ・・・。 S2:もっと買ったほうがいいよ。 (診断的理解) D:でもいくら? S2:5 こ。E さんは 4 つあると思います。 この時の個人化質問のトピックは、 「私の失敗」である。なお、学習者の名前はイニシ ャルで示してあり、T は教師つまり筆者の発言であることを示す。 学習者 D さんは、 「夜寝られない」という問題をクラスメートに告白し、その理由がど うしてなのか分からないと発言した。すると、J さんが最近読んだメトロの記事を思い出 し、人間には2つのタイプがあって、早寝早起きの人は A タイプ、夜寝られない D さん は遅寝遅起きの B タイプである、と答えた。なぜタイプに分ける必要があるのかと D さ んは少し納得できない様子だったが、他の学習者が E さんのように目覚ましをたくさん 買ったほうがいいと、助言している。このように、クラスメートたちが D さんの抱えて いる問題の原因を何とか突き止め、解決しようと話し合いが展開しているのが分かる。 <診断的理解の例 2> E:子供によく遊ばせてあげたい。 S:どんな遊びですか。 E:子供の遊び。 S:おもちゃ。 E:全部。 D:でも学校に行かせませんか。 (診断的理解) E:学校も。でもよく遊ぶはも大切、と思います。だから、よく学校の遊ぶがありますね。 180 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 遊ぶをしたら、何を教える、習う。 T:遊びで習うことたくさんありますね。皆さん、子供の時よく遊びましたか。 全員:はい。 T:どんなことを習いましたか。 M:英語のゲームとか。 E:外で遊ぶ。木に登る?森に遊びます。 J1:小屋を作ります。小屋を作って、その、習うことは何ですか。 J2:家の作り方?チームワークも? J1:そうですね。 E:Creativity! T:あ~そうですね。物を作るには大切ですね。 ここでのトピックは、「私が親になったら、子供にさせてあげたいこと」である。子供 の好きなことを何でもさせてあげたいという E さんの発言を受けて、D さんが少し心配し て「学校に行かせないんですか」と尋ねると、E さんは遊びによって学ぶこともあると答 えた。ここから、遊びによってどんなことが学べるかの話し合いに発展した。木登りや英 語のゲームで英語を勉強ができるという学習者もいたし、J さんは小屋を作ったりするこ とは何のためになるかと尋ねた。スウェーデンでは家を自分の手で作る人が多いので、家 作りの練習にもなるし、創造性も養われるという話に発展した。 <共感的理解の例 1> M:私は、今回の試験で悪い点をとってしまいました。あのとき、もっと勉強すれば良か ったと思います。 T:悪い点とって M さんはどんな気持ちになりましたか? M:悪い気持ち・・・。今度の試験の時は、もっと準備しておこうと思います。 S:どうして岐阜に行きたいですか。 (共感的理解) M:子供の時から、日本に行きたいです。 J:どうして。 (共感的理解) M:子供の時、日本のアニメを見ました。この時から、日本に興味(?)があります。 M さんはこの日、中間試験の結果が思わしくなく非常にがっかりしていた。中間試験 の成績によって、岐阜のサマースクールに行けるかどうか決まるので、M さんにとって は大切な試験であった。いつも元気な M さんがあまりに落胆しているのを見かねたクラ スメートに、岐阜に行きたい理由を尋ねられると、M さんは日本へ行くことが子どもの 頃からの夢だったと告白するわけである。 成績が良くなかったことをクラスで打ち明けることは、とても勇気のいることである。 しかしながら、いつものようにどうしても元気に振舞えない自分を隠すことができずに、 M さんは自分の悩みを正直に打ち明けたのである。それはきっと皆は自分を受け止めて、 理解してくれるという安心感があったからだと言える。このクラスには、自己開示を可能 にする教室風土が出来上がっているのが分かる。 181 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 <共感的理解の例 2> E:宿題をするのをやめてしまったことがあります。あの時、もっと勉強すれば良かった と思います。あの時?not a specific time, it’s more like… T:あ~、じゃ、これいらない。 ( 「あのとき」を消す) C:でも、E さんが宿題するのをやめてしまったは、E さんが決めましたね。 (共感的理 解)宿題をしなかった時の後で悪いことがありましたか。 E:たくさんありません。 T:じゃあ、これもいらないですね。 (板書の「~ばよかったと思います」 )を消す。 全員:笑 E:あ~、でも guilty? T:あ、はい。悪いと思ったんですね。 A:どうして悪いと思いましたか。 (共感的理解) E:皆さんは宿題をしていました。でも私はサボりましたから、悪いと思いました。 T:なるほど。 「宿題をしないことがあったのでそのことを後悔している」という E さんに対し、宿 題をしなかったことは E さんが自分で決めたことでは、と C さんが尋ねると E さんは 「特に何もないけど、宿題をしなかったことで後ろめたさを感じた」と答えた。それを聞 いた A さんは、どうして後ろめたくなったのか尋ねると、他の学生はちゃんと宿題をし ていたのに、自分だけサボったのが悪いと思ったと告白した。本当に心から悪いと思って いるかどうか不明ではあるが、他の学生が一生懸命勉強している姿を見て、E さんが何か しら刺激を受けたことは確かである。クラスメートの努力を認め、賞賛しているのがうか がえる。 5. 考察 「個人化」によるやりとりを分析した結果、次のようなことが明らかになった。まず、 「診断的理解」に基づいて新たなディスカッションに展開する傾向があることが分かった。 「診断的理解」には、個人の見解やその人が持っている情報に基づいて他者を理解しょう とする特徴があるためである。このような知識や情報の交換は、学習者の知的好奇心を喚 起する。また「共感的理解」には、表現主体の感情の深化を促す傾向があることが分かっ た。聞き手が表現主体の心情を理解しようと相手の気持ちや感情に直接問いかけることで、 表現主体は自分の心をある程度さらけ出すことになる。感情を言語化することによって、 「自分がどういう人間なのか」を他者に向けて発信するだけでなく、自分自身も客観的に 再認識することができる。 「共感的理解」は、情意的学習を促進する。 次に、個人化質問は「真実」(realness)を語り、あるがままの姿を受け止め、「尊重する」 (prizing)ことで「共感」(empathy) を喚起し、ひいては、 「自然の会話を生み出しコミュニ ケーション能力を高める」(Puhl1975)可能性があることが再認識できた。先述したよう に、ここで言う「コミュニケーション」とは、利益実現のための手段としてのコミュニケ ーションではなく、個人の価値観や考えを他者に向けて発信する相互理解のためのもので ある。 「自分はこういう人間である」と他者に発信することで「確固たる自分」を確立し、 182 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 その達成感と自信によって内発的動機付けが強化されることが期待できる。 6.まとめと今後の課題 まず、発表後にあった「自然なコンテクスト」についての指摘に対して十分な説明がで きなかったため、ここで改めて明らかにしておきたい。筆者の意味する「自然なコンテク スト」とは、川口(1998・2007)が述べているように、 「ネイティブ・スピーカーの話すそ のままの言語のありかたを指す」ことではない。表現教育における「自然なコンテクスト」 とは、学習者が言いたいことがあって、ある文型や語彙を使えばそれを自然に実現できる というものである。日本語教育の目的は、学習者が母語話者と同じように話せるようにす ることではない。従って、母語話者の使用頻度が高い場面を「自然なコンテクスト」とし て設定することは、日本人と同じように話し、振舞うことを要求することであり、学習者 の言いたいことや個性は掻き消されしてしまう。 最後に、表現教育の理念と実践を踏まえて検討課題について述べる。第一の課題は、 「共感を喚起する教室運営方法の検討」である。たとえば、ある文法項目を使って、どの ようにして「自分を表現させる」ことができるか、 「言いたい気持ちにさせる」ためには どのような活動を行えばいいのかなどを、過去の授業記録を細かく分析して、今後の授業 作りの手掛かりを探す必要がある。学習者が言いたい気持ちになるには、そのトピックが 学習者にとって意味のあることでなくてはならない。 「言いたくない」 「わざわざ言う必要 がない」あるいは「何を言っていいかわからない」という学習者に対して、教師はどのよ うな支援ができるのか細かく検討していかなくてはならない。次に、 「学習者の創造力の 養成」を挙げたい。個人化質問は、言いたいことがある人には十分に機能するが、 「言い たいことがない人」には機能しない。言いたいことが思いつかない学習者の大半は、筆者 が見るところ、創造力が乏しいと思われる。彼らは自分の思想や価値観そのものに気がつ いていない場合が多い。語学教師は、語学を教えるだけでなく、学習者の表現力や創造力 を育成することも必要だと考える。そのために、彼らの思考をどのように鍛練するか、そ の具体的な方法についても今後検討していきたい。 <参考文献> 川口義一(2004) 「表現教育と文法指導の融合 -「働きかける表現」と「語る表現」から見 た初級文法-」 『CAJLE』No.6 カナダ日本語教育振興会 川口義一(2005a) 「文法はいかにして会話に近づくか -「働きかける表現」と「語る表現」 のための指導 -」 『フランス日本語教育』第 2 号 フランス日本語教師会 川口義一(2005b) 「表現教育への道程 -「語る表現」はいかにして生まれたか-」 『講座日本語教育』第 41 分冊 早稲田大学日本語研究教育センター 細川英雄(2003) 『日本語教育は何をめざすか 言語文化活動の理論と実践』明石書店 縫部義憲(2001) 『日本語教育学入門』瀝々社 脇田・越智(2003) 「内発的動機づけを高める自己評価の試み」メディア教育開発センター 報告書 Murray,E.J.(1964). Motivation and emotion. Englewood Clifts, New Jersey: Prentice-Hall. Puhl,C.(1975) . A Practical Humanism for Developing Communicative Competence in the ESL Learner. Teaching and Bilingual Education, TESOL. 183 第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン 11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010 Techniques for strengthening motivation in a conversation class Yuko Watanabe (Lund University) JSL/JFL students at the University level are required to obtain a broad knowledge and proficiency in Japanese which includes academic linguistics and practical skills. Given that Japanese language education especially in Western countries is stimulated mainly by Japanese subculture, some teachers might find it quite hard to keep students motivated all the time. This study focuses on how students could be motivated through interaction with others in a conversation class by utilizing a technique called “personalized question” (Kawaguchi 2004). Personalized question inevitably realizes self-disclosure that attracts the others interest in both cognitive and affective ways. In this research, a practice of personalization question was recorded and analyzed by utilizing Nuibe’s settings (2001) which are “diagnostic understanding” and “empathetic understanding” to figure out what students could learn through interaction. An interesting consequence shows that “diagnostic understanding” tends to lead to further discussion whereas “empathetic understanding” tends to provoke the speaker’s profound emotion. This encouraging finding indicates that self-disclosure activates communication by stimulating the others curiosity and emotion. It could be concluded that “motivation” means what students want to know and learn instead of what they are learning Japanese for, in other words, the learning process could become a motivation. Therefore, teachers must help students to be more conscious about what they are learning in a class. 243