Comments
Description
Transcript
プロヴァンス大学に於ける
第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 プロヴァンス大学に於ける「日本語入門」テキストの作成とその活用 萩原幸司 ( HAGIHARA Kouji ) Université de Provence Aix-Marseille I 始めに 本稿では、プロヴァンス大学(エクス—マルセイユ第Ⅰ大学)に於ける日本語入門講 座の概要を紹介した上で、その講座のために作成し活用しているテキスト、更に試験を 提示し、参考に供することを目的とする。同時に、そうした講座の問題点も提起する。 日本語入門講座の概要 筆者は萩原(2006a,b)で、プロヴァンス大学に於ける日本語教育について報告し たが、その際、日本語入門講座についても担当者として所見を述べている。本論の出発 点として、以下にその部分を引用する。 発見を楽しむ日本語入門 筆 者は もう 一人 の準教 授 と組 んで 、毎 年後期 だ けに 開講 され る Initiation au japonais 即ち日本語入門も担当している。この講座は、準教授が担当する週 1 時間の 文法解説と、筆者が担当する、2 グループに分かれて 2 時間ずつの演習とから成り、受 講者は週 3 時間の授業に 12 週間参加した後、翻訳と作文だけの筆記試験で評価される。 内容的には、1 年生の前期の半分まで、毎回復習しつつゆっくり進む形を取っている。 仮名を習得して名詞、動詞、形容詞の基本的な文型に触れるまでで精一杯というところ であるが、受講者には、ヨーロッパの言語とは掛け離れた日本語を発見して楽しんでも らうよう努めている。テキストとして使っているのは 40 ページ程の冊子であり、これ は、筆者の前にこの講座を担当していた非常勤講師の世古由里子先生が作成なさった冊 子を、2 年に亘って全面的に改訂したものである。 筆者の授業は 2 グループとも、80 人から 30 人程の幅で変動する。受講者の中には、 日本人との交友があり、日本語を本気で必要としている社会人から、観光見物のような 好奇心で来ている学生まで多様である。また、そもそも単位が要らないので登録してい ない者や、外国語としてのフランス語教育を専攻し、外国語を学ぶ体験をレポートする ために参加している学生もいる。どんな立場や目的であれ、意欲的な受講者は授業にも 良い雰囲気を与えてくれるので、筆者は拒まずに受け入れている。試験の時だけは 120 人程の学生が集まるが、その 3 分の 1 近くは殆ど点が無く、合格者も 3 分の 1 程であ る。「入門」と題した講座であるから、簡単に単位が取れると思っていた受講者も少な くないのだろう。だが一方で、真剣に勉強して高得点を取る者も数名いる。 この講座で学んでも、日本語学習の成果としては余りに小さく、無意味に思われるか も知れない。しかし、Goujot(グジョ)(2005:10)が志向するような、「より豊かな 日本語教育実施のため、そして、幅広い日本語教育が可能になるための、世界のあちこ ちで、底辺というか、基盤を構成しているところの、一般人を対象とした日本語教育」 も、日本語教育の拡大のためには必要な領域であろう。実際、この講座を受講後、プロ ヴァンス大学に登録する者や、個人で勉強を続ける者も出て来ており、その名の通り、 日本語入門の役割は果たしていると自負している。 萩原(2006b:11-12) 上で述べた以外に、日本語入門講座の問題点として、この講座を受講後、プロヴァン 250 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 ス大学に登録する学生が不満を抱き得ることが挙げられる。即ち、入門講座を受講した 学生は、優れた者でも 2 年生のクラスに入るには足りず、1 年生の最初から始めなけれ ばならないのである。前期の半分までは既習事項のやり直しのため、そこで意欲を削が れてしまうこともある。筆者はそのような学生に対する良心的な対応として、もう直ぐ 急に難しくなるから油断せず、既習事項までは完璧にしておくようにと説いている。 ところで、筆者は本年、ヨーロッパ日本語教師会が各国の日本語教育の実態を調査す るべく集めたアンケートで、プロヴァンス大学に於ける日本語教育について回答した。 筆者は所謂専門科目と入門講座の両方について記述したが、それらは 2 つの教育プロ グラムの違いを端的に示す資料となっているので、以下に双方を抜粋しよう。 先ずは、専門科目または選択科目の日本語について、概要、プログラム、特筆事項、 問題点の記述を順に示す。 専門科目または選択科目の日本語 概要 取得 資格 学生 ・LEA anglais-japonais Licence 期間 応用外国語(英語—日本語専攻)「学 士」 ・Diplôme Universitaire (DU) 大学独自学位 ・他の Licence 及び Master の課程に於け る選択科目の 1 つとしての日本語 ・約 150 名(1 年生約 100 名、2 年生約 教員 35 名、3 年生 15 名弱、4 年生 10 名 弱) ・フランス国籍の他、世界各国から。 ・17 歳から 60 歳代まで プログラム コース名、時間数 1 年目 日本語 1 年生 週 7 時間×24 週 2 年目 日本語 2 年生 週 7 時間×24 週 日本語 3 年生 週 4.5 時間×12 週+ 週 6 時間×7 週 日本語 4 年生 週 4.5 時間×12 週+ 週 6 時間×7 週 3 年目 4 年目 Licence 及び DU:3 年間 Master:Licence 後 2 年間 準教授:2 名(フランス人) (日本学・日本語教育担当) 講師:1 名(日本人) (日本語教育担当) 非常勤講師:1 名(日本人) (日本語教育担当) 到達目標、 基準 基礎の習得 教材 発展した基 礎の習得 日本の新聞 が理解でき る 日本の新聞 がよく理解 できる 市販教材抜粋 同上 市販教材抜粋 同上 251 評価 自主作成教科書『1 5 月最終試験 100% 年生のための日本 語』+自主作成漢 字リスト+市販聴 解教材等 生教材:新聞、イ 同上 ンターネット等 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 特筆事項、問題点 ・ 日本学の専攻課程無し ・ 既習者、能力差問題⇒意欲的な学生にパリ等への転入を勧める/学年が上がるに連れ 能力差が拡大 ・ 教室不足 ・ 日本の協定大学:上智、駒沢、南山、大阪外語 次に、選択科目としての日本語入門講座について、同様に記述した部分を示す。 選択科目としての日本語入門講座 概要 対象 学生 日本語を専門としない学生 単一コースで約 100 人 日本語入門講座 コース名、時間数 単一レベ 日本語入門 ル 週 3 時間×12 週 コースの期間 担当教員 到達目標、 基準 仮名の後、 名 詞 、 動 詞、形容詞 の基本構文 まで 教材 1 学期(2 月~5 月) 準教授:1 名(フランス人) 講師:1 名(日本人) 評価 自主作成教材 5 月最終試験 100% + 『みんな の日本 語初級Ⅰ本冊』 特筆事項、問題点 ・ 受講者間の意欲差大きい このように、所謂専門科目と入門講座は、2 つの異なる趣旨に基づき、別個の教育プ ログラムとして確立されている。専門科目に比べて入門講座の方には意欲的な学生が少 なく、成果も全体として乏しく見えてしまうが、筆者は萩原(2006b:11-12)で述べ たように、日本語教育の底辺拡大のためにこそ、こうした講座は意義あるものと考えて いる。 日本語入門講座のテキスト 次に入門講座でのテキストについて述べる。その内容を端的に示すものとして、以下 に目次を掲げる。 Table des matières p.1………… pp.2-3…... pp.4-5…….. p.6………… p.7………… p.8………… Gojûonzu (ごじゅうおんず) : les deux syllabaires japonais Expressions courantes Caractéristiques générales Pronoms personnels Généralités Morphologie du mot verbal (MV) 252 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 pp.9-10…. p.11……….. p.12……….. pp.13-15….. pp.16-17….. p.18……….. pp.19-20….. p.20……….. pp.21-22….. pp.23-24….. p.25……….. p.26……….. p.27……….. pp.28-30….. p.31……….. pp.32-34….. p.35.........… pp.36-37..… pp.37-38..… p.39.........… pp.40-41...... Copule desu (です) Pronoms Pronoms (lieu, direction, côté) Particules Mots de qualité (MQ) : les «adjectifs» qui se terminent en “i” Mots de qualité (MQ) et qualificatifs invariables (QI) Qualificatifs invariables (QI) : les «adjectifs» qui se terminent en “na” Famille (かぞく) Mots verbaux (MV) iru (いる) et aru (ある) Mots verbaux (MV) Forme en te du mot verbal (MV) Autres emplois de la foreme en te du mot verbal (MV) Expressions subjectives Exercices de hiragana Yôon (ようおん) en hiragana Exercices de katakana Yôon (ようおん) en katakana よみましょう : Exercice de lecture : hiragana よみましょう : Exercice de lecture : katakana よみましょう : Exercice de lecture : kanji Appendices 2004-2005 年度の授業では、テキストの始めから 22 ページまでを題材とし、後の部 分は、更に勉強したい人のための自習課題とした。 授業では、仮名の習得と平行して、授業中でもよく使う口頭表現を纏めて練習するこ とから始める。テキストの 2 ページから 3 ページにそれらを一覧にして列挙しており、 以下にその冒頭 15 行程を示す。 Expressions courantes 1. ohayô gozaimasu Bonjour (le matin) おはようございます 2. konnichiwa Bonjour (l’après midi) こんにちは 3. konbanwa Bonsoir こんばんは 4. ogenki desu ka ? Comment allez-vous ? おげんきですか 5. hai, genki desu Oui, ça va はい、げんきです 6. sensei wa ? Et vous (Madame ou Monsieur le Professeur) せんせいは 7. sayônara Au revoir/Adieu さようなら (以下略) 253 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 このテキストは元来、文法解説の便宜を図ることを主眼として作成しているため、特 に練習が不足しており、筆者の授業では、スリーエーネットワーク(1998)の練習 B を適宜導入して補っている。例えば代名詞の使い分けと用例を示した 12 ページは、以 下に示す冒頭 15 行余りを見て分かるように、図と例文だけの簡素な記述に留めている。 Pronoms (lieu, direction, côté) N.B. De point de vue de la syntaxe, ces mots fonctionnent comme des nominaux. koko soko asoko doko ここ ici そこ là あそこ là-bas どこ Où ? achira dochira kochira sochira そちら こちら あちら どちら là, par là, de ce côtéici, par ici, de ce côté, là-bas, par Où ? de quel là, dans cette dans cette direction là-bas, etc côté ? etc direction moi vous ここ は わたし の だいがく です。 C’est ici mon université. ここ は ほんださん の かいしゃ です。 C’est ici la société de (Mme, Melle, M.) Honda. (以下略) また、テキストの目次を一瞥すると、本文以外にも仮名の練習に多くのページを割い ており、テキストにワークブックとしての機能も持たせているのが分かるだろう。例え ば、テキスト 36 ページから 39 ページまでは、平仮名、片仮名、簡単な漢字から成る 語彙を読んで、それぞれの読み方を確認する練習をする部分である。以下にその冒頭 15 行程を示す。 よみましょう : Lisons hiragana 1. かいしゃ 2. きゅうしゅう 3. きゅうけい 4. きゅうか 5. くるま 6. けいざい 7. けいたい 8. こうそくどうろ 9. さかな 10. しごと 11. しゅっちょう 12. すうじ 13. せいこう (以下略) 254 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 以上見たように、このテキストは時間数の少ない入門講座のために内容を切り詰めた ものであり、一般向けではないが、他の教育機関でも流用出来る部分が多くあると思わ れる。このテキストのデータを御希望の方は、筆者に御連絡くだされば、直ちに入手可 能である。どうぞ御自由に活用していただきたい。 最後に、試験については、授業で学んだ範囲までで、日本語からフランス語への翻訳、 フランス語から日本語への翻訳をそれぞれ半分ずつの配点で出題する形式とした。筆者 は個人的にそのような試験方式を良いものとは思っていないが、試験の採点を筆者と準 教授で折半するという制度のために、止むを得ない方法であった。以下に、5 月に実施 した 2004-2005 年度試験の全容を示す。 Version (10 points) Traduisez en français : 1. 2. 3. げん き げん き せんせい お元気ですか。はい、元気です。先生は。 ま こんにちは。お待たせしました。 たなか がくせい きむら がくせい 田中さんは学生です。木村さんも学生です。 せんせい 鈴木さんは先生です。 けいたいでんわ 4. これは携帯電話ですか。いいえ、ちがいます。 ほん まんがの本です。 なん ちゅうごくご せんせい くるま 5. あれは何ですか。中国語の先生の 車 です。 ま り がくせい 6. 麻里ちゃんは学生ですか。いいえ、エンジニアです。 でんわ 7. 電話はどこですか。あそこです。 はぎはらせんせい だいがく とうきょうだいがく 8. 萩原先生の大学はどちらですか。東 京 大 学 です。 み み 9. きのうテレビを見ましたか。いいえ、見ませんでした。 なに に ほ ん ご べんきょう 10. あした何をしますか。日本語を 勉 強 します。 Thème (10 points) Traduisez en japonais : 11. 12. 13. 14. Y-a-t-il de jolies fleurs dans cette montagne là-bas ? Les étudiants sérieux lisent des livres épais et intéressants. Kyoto est une jolie ville tranquille. La langue japonaise est difficile. La langue française aussi. La langue anglaise est facile. (2 points) 15. Avez-vous compris cela ? Non, je n’ai pas compris. 16. Ce professeur américain écrit une longue lette à un ami japonais. (2 points) 17. Dans le jardin de mon père, il y a un mignon petit chat. (2 points) 問題文は、どれも授業中に扱った例文の改作であり、決して難しいものではないと言 える。しかし、半分以上の得点者は受験者の半分に満たない程であった。授業にも殆ど 出席せず、試験でも殆ど得点出来ない学生が、受験者の 4 分の 1 近くはいたのも遺憾 である。 終わりに 以上、プロヴァンス大学に於ける日本語入門講座の概要を紹介し、そのテキスト、更 255 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 に試験を提示すると同時に、問題点についても提起した。 筆者は萩原(2004,2005)以来、自らの実践を報告する際、独自に作成した副教材 も提供し、筆者と同様な授業で副教材を必要としている教師達が、授業の準備を効率良 く進めることが出来ることを志向してきた。引き続き、今後も一層、各教師が作成した 教材を相互に参照し、活用出来るようにすることを提唱するものである。フランス日本 語教師会がそのような場として機能するならば、その存在意義は更に大きなものとなる であろう。 引用文献 スリーエーネットワーク. 1998.『みんなの日本語 初級 I 本冊』東京 : スリーエーネ ットワーク. 萩原幸司. 2004.「授業の目的に合わせた独自副教材作成とその活用」「ヨーロッパ日本 語教育」8 : 200-205. 萩原幸司. 2005.「大学に於ける「選択科目」または「一般向け講座」を考える —高 等教育に於ける中等教育的授業の課題—」「フランス日本語教育」2 : 162-168. 萩原幸司. 2006a.「学校紹介 Université de Provence Aix-Marseille I 前篇」『フラン ス日本語教師会便り』37 : 13-16. 萩原幸司. 2006b.「学校紹介 Université de Provence Aix-Marseille I 後篇」『フラン ス日本語教師会便り』38 : 8-12. DELTEIL, André, SEKO Yuriko et TAKEI Yuki. 2006. Japonais : Manuel de première année. 『 一 年 生 の た め の 日 本 語 』 Aix-en-Provence : Publications de l’Université de Provence. GOUJOT(グジョ)ひで子. 2005.「学校紹介 シャンベリー日仏友好協会の紹介」『フ ランス日本語教師会便り』33 : 8-10. 256 第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ 8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006 257