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東日本大震災の発生直後から、日本は米国による「トモダチ作戦」を

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東日本大震災の発生直後から、日本は米国による「トモダチ作戦」を
序―援助オペレーションの現場から
東日本大震災の発生直後から、日本は米国による「トモダチ作戦」をはじめとして、
多くの国・地域・機関からの支援を受けた。あわせて 163 の国・地域および計 43 の機
関が支援意図を表明し、これまでに 126 の国・地域・機関から、物資・寄付金による支
援が行なわれた。未曾有の災害に対して未曾有の支援が実施されたと言えよう。
一方、これまで、海外で自然災害が発生するたびに、日本は国際緊急援助隊を派遣
し、人命救助、医療支援に尽力してきた。わが国は、かねてより地震、津波、台風、
火山噴火といった各種の自然災害に見舞われ、それらを乗り越えてきた。そうした経
験に基づく優れた知識、そして人材の蓄積があり、それらを生かして世界各地に対し
て積極的に支援を行なってきたのである。こういった支援は、被災国の人々から深く
感謝され、それによって培われた絆はわが国にとって、こんにち貴重な外交資産とな
った。実際、今回、これほど多くの国・地域・機関から日本への支援が寄せられたの
は、これまで日本から受けてきたそういった援助に対する温かい返礼の気持ちが込め
られていたからではないだろうか。
今回の東日本大震災においては、日本は従来とは逆の状況、すなわち海外から支援
を受ける立場になった。災害発生直後の混乱のなかでも、海外からの支援が円滑に被
災者に届くよう、関係者は文字どおり不眠不休の努力を重ねた。一方で、今回の支援
受け入れを通じて、制度面、態勢面を含め貴重な教訓が数多く得られたことも事実で
ある。
本稿は、大規模災害に際し、その援助のオペレーションに関与してきた政府関係者
により、今次大震災の経験を踏まえつつ、災害緊急援助活動の受け入れ側・派遣側の 2
つの立場から、わが国における震災時の国際協力の実際と課題を明らかにしようとす
るものである。はじめに、援助活動の受入国側として、各国から提供された各種支援
(救助チーム、医療チーム)の受け入れにあたって行なった調整や措置、さらにはその際
に得られた教訓等について振り返っていただいた。次に、わが国の国際緊急援助活動
の沿革を振り返り、さらにハイチの事例を取り上げて、派遣国側としての日本の取り
組みを紹介するとともに、今後いっそうグローバルな課題となるであろう国際的な災
害援助体制の構築のために、わが国がなすべき貢献について取り上げていただいた。
(編集委員会)
国際問題 No. 608(2012 年 1・2 月)● 45
震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
● 震災における国際協力 ―
[Ⅰ]
前外務省大臣官房危機管理調整室長
Asazuma Shinichi
はじめに
東日本大震災においては、震災発生直後から多くの国々からの支援を受けた。実に 163 ヵ
国・地域から支援のオファーが表明された。実際の人的・物的支援としては「トモダチ作
戦」をはじめとする米国からの支援がそのなかでも最大規模のものであるが、これを含め
て 29 ヵ国・地域・機関から救助チーム(医療チームを含む)の派遣が行なわれた。また、
126 の国・地域・機関からは、物資・寄付金による支援も行なわれている。
海外で自然災害が発生した際には、日本は国際緊急援助隊を派遣し、人命救出、医療支
援に当たっているが、今回見舞われた地震および津波という自然災害において、海外から
緊急援助を受ける立場になった。従来と逆の状況に置かれたわけであるが、災害発生直後
の混乱した被災地に負担とならない形で、いかに海外からの援助を受け入れるかについて
は、受入窓口となった外務省、官邸の緊急対策本部、現場で救助活動に当たる警察・消防、
さらには海外支援チーム受け入れに際してのCIQ(税関、出入国管理、検疫)担当省庁、地方
自治体などの間でさまざまな調整が行なわれた。
本稿においては、震災発生に際して各国から派遣された各種支援(救助チーム、医療チー
ム)の受け入れに当たり、受け入れ側として行なった調整や措置、さらにはその際に得られ
た教訓等について取り上げることとする。
1 救助チーム
日本の国際緊急援助隊派遣でも知られているとおり、救助チームは災害発生後、崩壊し
た建物のなかに閉じ込められた被災者の救出などを任務とする。今回の東日本大震災発生
後、29 ヵ国・地域・機関から実際に救助チームが来日し、被災 3 県に派遣された。海外から
の救助チーム受け入れに当たっては、その任務が緊急を要する性格上、わが国における通
常の通関、入国管理、検疫の手続きで対応することは適切ではなく、迅速な対応が要求さ
れた。一方、今回の震災のように被災地現場まで距離があり、かつ交通手段が分断された
状況においては、来日する救助チームに対してもあらかじめ準備しておくことを要請する
事項も少なくなかった。こうした点は、通常は救助チームを派遣する立場にあるわが方と
しては、当然の前提として捉えているが、一方で、受け入れる側の立場になった今回は、
被災地の現場ですでに関係者による救出活動が行なわれている状況において、いかに海外
の救助チームに現地の負担とならない形で救助活動に従事してもらうかについては、相当
国際問題 No. 608(2012 年 1・2 月)● 46
震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
の調整作業を要することになった。
(1) 救助チームの「自己完結性」
自然災害の被災地においては、通信や交通手段も分断されており、かつ救助チームが移
動するための燃料や、水・食料などの調達もままならない状態にある。これは、これまで
派遣された日本の国際緊急援助隊が活動した地域でも経験していることである。このよう
な状況で救助チームが被災地において活動するためには、当然のことながら援助チーム自
らが燃料や水・食料などを携行することが求められる。
震災発生直後より、多くの国から救助チーム派遣の申し出があったが、当方からは、前
述の観点から各国に対して「自己完結」態勢での来日を強く要請し、必要な装備・携行品
に関するチェックリストを送付して、その徹底を図った。多くの国はこれに従い、可能な
限りの「自己完結」態勢を備えて現地に赴いてくれたが、一方で、ある被災地自治体から
は、ガソリン、水、食料の調達を海外救助チームから要請されたとの苦情が寄せられたケ
ースなどもあった。
なお、実際には「自己完結」態勢を要請する一方で、海外の救助チームが来日する際に
は一部例外を除いて空路であることが通常想定されるため、本国からすべての面で「自己
完結」態勢を備えて来ることは実質的には困難な場合が多い(1)。日本の緊急援助隊が派遣さ
れる場合には、通常派遣先国に駐在する大使館や国際協力機構(JICA)事務所が必要な燃料、
食料などの調達、準備などのロジスティックス支援を行なうが、今次震災において、発生
直後の流通網の寸断から首都圏においてもガソリンや水の不足がみられたこともあり、す
べての在京大使館にこうした支援に万全を期すよう求めることもやや無理があると思われ
た。実際、自らの装備で被災地まで移動した救助チームもあったが、自衛隊や在日米軍の
支援を得て現地に向かったチームもあった。このように各救助チームは、一定の「自己完
結」の基準はクリアしたものの、個々の経験や装備などについては差異があったことも事
実である。
(2) 救助チームとの連絡体制
派遣される救助チームの隊員は必ずしも英語を理解するとは限らず、むしろ通常は理解
しない者のほうが多い。一方で、救助チームが現地に入った場合には、同地区の救出活動
を統括する日本側の消防・警察との連携をとる必要があり、さらには地方自治体や在京大
使館、外務本省との連絡も必要となる。このため、救助チームと各方面との連絡・調整業
務に携わるためのリエゾン要員を各救助チームに同行させる必要がある。このためのリエ
ゾンは、当然のことながら、各救助チームの母国語・公用語に通じた者が望ましく、結果
として外務省職員がリエゾンを務めることとなった。
リエゾンは、救助チームの空港到着から現地、さらには帰国までのすべてに同行し、救
助チームと現地との調整を行なったが、被災地が広範囲にわたったことから、こうした多
くのリエゾン要員を派遣することが当初の想定になく、効果的に活動するための装備(救助
チームに同伴するため、テント生活や現地作業に耐えられる装備、通信手段としての携帯電話、
衛星電話など)についてはすべてのリエゾンに行き渡らなかったこともあった。こうした準
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震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
備不足も一部にはあったが、各救助チームに同行したリエゾンは皆献身的な努力を行ない、
救助チーム、さらには現地の消防や警察からも頼りにされ、一定の評価を得たことは事実
である。
(3) CIQ の手続き
救助チームは被災者救命のために多くの機器を携行し、また一部のチームは救助犬も帯
同した。こうした携行品、救助犬について、関係機関に極力迅速・簡素な対応を要請する
とともに、派遣国に対しても、必要な CIQ に関する情報の迅速な提出を要求した。阪神・淡
路大震災の際に、スイスの救助チームが救助犬を帯同した際に、検疫措置がハードルとな
り迅速に入国できなかった等の反省を踏まえて、内閣府を中心に関係機関においては、すで
に災害発生時の海外からの支援受け入れの際のCIQ 手続きを簡素化し、迅速に行なうための
ガイドラインが整備されていたため、今回、CIQ 手続きに関しては大きな支障はなかったと
思われる(2)。
2 医療チーム
災害発生後、人命救出のために緊急の対応が求められる救助チームとは別に、緊急援助
の活動形態として緊急医療が大きな位置を占めており、日本の国際緊急援助隊の医療チー
ムの活動も広く知られているところである。
今回の東日本大震災に関しては、最終的に 30 を超える国から医療チーム派遣の申し出が
あった。今次大震災発生を受け、厚生労働省から発生後 3 日目の 3 月 14 日に、現行医師法と
の調整のため、
「緊急時において『外国医師免許保持者(日本の医師免許は不保持)』が『必
要最小限の医療行為』を行なうことは違法性が阻却される」との見解を示した事務連絡が
発出されたことを受け、官邸・厚生労働省を通じて各自治体に、さらには外務省より直接
市町村レベルの地方自治体や個々の病院にまで幅広く照会を行なって、ニーズの把握を行
ない、最終的に 4 ヵ国から医療チームを受け入れることとなった。
(1) ニーズマッチング
当初、外務省より厚生労働省や官邸の緊急対策本部を通じて自治体に照会したが、具体
的な医療ニーズの報告はなかった。これは、被災地自治体が当初混乱していたことに加え
て、被災地の行政が一部は機能し、国内の医療チームも一定程度活動している状況(3)にあ
ったことから、災害発生直後の海外からの医療チームは医療レベルの違い、言葉の違い等
から、かえって調整機能を担う職員等の負担となり、現場を混乱させる恐れがあるとの判
断が背景にあったと考えられる。
また今次震災では犠牲者の多くが津波で亡くなっており、避難した人への緊急医療のニ
ーズは必ずしも高くなかったのではないかと考えられる(4)。
結果として、今回受け入れた医療チームはいずれも緊急医療分野ではなく、慢性疾患対
策(検査)、感染症予防、さらには「心のケア」といった特定分野に関するチーム(5)であっ
た。特に各チームが持参した検査資機材を用いた医療は効果的であり、被災地においても
現場の医師からも高い評価を得た。
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震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
(2) 受け入れ側の支援体制 医療チームについては、派遣される時期によって被災地で求められる「自己完結」の程
度は異なってくる。緊急医療の場合は救助チームと同程度の「自己完結」性が求められる
が、一定期間経過後はある程度被災地の受入機関と調整して、同受入機関からの支援の提
供を受けることが可能であった。
一方で、医療行為は被災者との直接のインターフェースが不可欠であることから、自治
体や消防・警察との連携が中心となる救助チーム以上に、受け入れ側によるきめ細かい支
援が必要となった。今回の受け入れに際しては、被災地の受入機関の態勢が整備されてい
たことに加えて、外務省からも国際協力の経験のある医師、看護師、医療用語を理解でき
る通訳、そして派遣国の母国語を理解できる外務省リエゾンを一体となって派遣し、医療
チームの現地活動支援を行なった。
3 海外からの支援受け入れの課題
関係者の努力もあり、海外からの救助チーム受け入れについては、現地でもその献身的
な協力姿勢に対して感謝の意が表された。大震災の発生という不幸な事態のなかではある
が、多くの関係者に海外との「絆」を強く感じさせる活動となったことは明らかである。
一方で、今回の救助チームの受け入れに関する一連のオペレーションに課題・反省点がな
かったわけではない。今後、このような震災が二度と起きないと言い切れないなかで、今
回の海外支援チームを受け入れていく作業のなかで浮かび上がってきた、今後検討してい
くべき課題について、ここでいくつか提起してみたい。これら課題への対応にあたっては、
国内の法整備も含めた制度改正の作業が必要となる場合も多く、政府全体で中長期的観点
から検討していくべきと考える。現在、内閣府(防災担当)において、今次大震災への政府
全体の対応措置に関する有識者を交えた検証作業が開始されているが、このプロセスにお
いても、海外からの支援受け入れについての検証とその改善についても議論が進められ、
必要な制度整備につながることを期待したい。
(1)「救助活動」フェーズから復旧フェーズへの移行
通常、自然災害、特に地震発生後の被災者救出活動については、発生後 72 時間を超過す
ると生存率が低くなるとされる。
「救助活動」フェーズから、遺体の収容、瓦礫の除去、復
旧活動へ向けたフェーズへの移行については、これまでも各国で起きた自然災害において
発生から 72 時間が経過した後、いずれかの時点で当該国政府による移行の「宣言」が行な
われており、救助チームの活動撤収の目安となっている。こうした宣言を行なうことは家
族・知人の生存を祈る被災者の心情にも配慮する必要があり、困難な判断を必要とするが、
今回、被災地における救助チームの撤収については、各チームの判断に委ねられていたた
め、各チームより日本側から何の指示もないことについては戸惑いの声があったことも事
実である。今後、例えば救助チームごとに「当該区域における救助活動は、今後日本側の
みにて行なう」旨を伝達する等の工夫ができないか検討の余地はあろう。
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震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
(2) 救助チーム受け入れにあたっての優先順位
今回の東日本大震災のように、被害が広範囲にわたる災害においては、被災地も多く、
救助チームによる支援は現地においても大きなサポートとなったとの評価が寄せられてい
る。一方で、災害の規模によって受け入れる救助チーム等の数は当然変わりうる。局地型
の災害であれば、高い能力をもち、
「自己完結」の態勢で活動できることが確実な救助チー
ムに限って受け入れることが現実的な場合も生じえよう。この観点では、現在各国の救助
チームの装備、能力の評価に関して、国際捜索救助諮問グループ(INSARAG)による評価基
準(IEC: INSARAG External Classification)が定められており、その能力評価順に「重」
、
「中」
、
「軽」のランクが定められており、こうした評価も参考となる。
なお、今回救助チーム受け入れに当たり、米国など一部の国を除いては、救助チームを
受け入れる地区が確定できるまで相手国空港で待機するよう要請したが、災害発生当初の
混乱と時間的な切迫感のなかで、受け入れ先が確定しないまま来日した救助チームもあっ
た。一般に、受け入れ先が確定しないなかで救助チーム等が到着することは、被災国のさ
らなる混乱を招くこととなるため、日本としてはこうした経験を実務レベルでの国際会議
(INSARAG)において紹介した。
(3) 派遣国への外交的配慮との調整
救助チームを派遣する国は当然のことながら、被災国支援、人命救出を最大の目的とし
ているが、同時に「二国間関係の強化」
、
「国際・国内的なアピール」といった外交的な目的
も念頭に置いている。こうした観点を認識したうえで外務省・リエゾンとして、現地の負
担となることを避けつつ、派遣国・救助チームと現地受け入れ側との調整を行なう必要が
あった。
特に、救助チームの活動については邦人プレスだけではなく、派遣国のプレスも取材に
入るケースが多いが、こうしたプレスへの対応についても、被災者の心情にも配慮すべく
一定のガイドラインをあらかじめ設け、その遵守を要請する必要があったと考えられる。
(4) 国際緊急援助受け入れに当たる国内制度基盤の整備
今次東日本大震災を契機に、アジア太平洋地域においても国際的な防災協力の促進の必
要性についての声が高まっている。特に救助チームや医療チームの活動に起因する損害等
が発生した場合、いかに法的整理を行なうかなどについては、国際防災協力を進めるため
に政府全体として検討していく必要もあろう。
*本論文は筆者個人の見解であることをお断わりしておく。
( 1 ) なお、当然かつ例外的ではあるが、米国からは自衛隊との緊密な協力の下できわめて「自己完結」
した支援が行なわれ、かつ国内の米軍基地を、一部の他国支援チームの移動の際の拠点として提
供する等の支援も行なわれた。
( 2 ) 阪神・淡路大震災の経験等を踏まえて、例えば救助犬に関する検疫については必要な予防接種を
行なっている等の条件が確認されれば、通常入国までに必要とされる 14 日間の検疫所拘留を短縮
し、即日入国させるなどの措置がとられた。
( 3 ) 阪神・淡路大震災の経験をもとに、DMAT(Disaster Medical Asistance Team :災害派遣医療チー
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震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
ム)という緊急医療対応の枠組みが存在し、今次災害でも当初から数百のチームが被災地で活動
した。
( 4 ) 一方で、阪神・淡路大震災のような直下型地震の場合には相当の負傷者が予想され、緊急医療対
応のチームに関するニーズは存在すると考えられよう。
( 5 ) 今回政府として受け入れた医療チームはイスラエル、ヨルダン、タイおよびフィリピンの 4 ヵ国
であった。イスラエルは地元自治体との協力の下、幅広い診療に対応可能な医療チームを派遣し、
特に持参した各種検査機材による検診が高い評価を得た。また、ヨルダン、タイからそれぞれ受
け入れ先の大学病院より、エコノミークラス症候群予防、小児感染症予防についての要請を受け、
それぞれの専門医が派遣された。フィリピンからは震災発生後 3 ヵ月経過した後、被災地のフィリ
ピン人配偶者等を主な対象とした「心のケア」を行なうチームが派遣された。
あさづま・しんいち 前外務省大臣官房危機管理調整室長/
外務省アフリカ審議官組織アフリカ第 2 課長
● 震災における国際協力 ―
[Ⅱ]
前外務省国際協力局緊急・人道支援課長
Kawahara Setsuko
はじめに
東日本大震災では、途上国も含め 126 ヵ国・地域・機関からさまざまな形での支援を受け
た。先進国での災害に対してこれほど多くの支援が実施された例はおそらくないであろう。
これらの国々の多くが、これまで日本から受けてきた援助に対するお返しの気持ちを込め
ていたと伝えられている。このことは、
「助け合い」の精神が国際社会においても根付いて
いることをあらためて示した。
地震、津波、台風、火山噴火といった各種の自然災害に見舞われてきたわが国は、いに
しえより防災および災害対応に努力してきており、優れた知識・経験、そして人材を有し
ている。これを生かし、わが国は世界各地における災害に際して、積極的に緊急援助を行
なってきた。災害緊急援助活動には、国民各層より幅広い理解と支持をいただいており、
このことは、国や文化が違っても、災害で苦しむ人々を「他人事とは思えない」という一
人一人の日本人の心が反映されているものと考える。
1 わが国の国際緊急援助の進展
災害時の緊急援助というと、どんな活動が思い浮かぶであろうか。一言で言うと、緊急
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震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
援助の形態は、ヒト・モノ・カネに大別される。わが国政府が初めて国際災害援助のため
に特別の制度を設置したのは、1973 年のことである。その制度は、緊急無償資金協力であ
り、政府開発援助(ODA)を活用して、大規模自然災害や紛争の勃発といった緊急事態にあ
る諸外国を迅速に支援するための、特別の制度である。具体的には、人道支援機関や被災
国に迅速に必要な資金を供与し、食糧、テント、医薬品等の物資の購入・輸送、さらに現
地での活動を支援するものである。この制度は、緊急事態に迅速に対応するという目的か
ら、決定手続きがきわめて簡易かつ迅速に行なえるという特徴があり、現在に至るまで毎
年何件も実施されている(第1 表参照)。
日本政府が、人道目的の緊急援助として人的貢献を行なうためのチームを初めて派遣し
たのは、1979 年のことである。このとき、内戦でタイに脱出したカンボジア難民を救援す
るため、医療チームが派遣された(1)。このような援助をより迅速・円滑に実施できるよう、
1982 年には民間医療関係者の協力も得て、JICA によって「国際救急医療チーム」が設置さ
れた。さらに、こういった人的支援を医療分野のみならず、救助活動等にも広げ、かつ関
係省庁が一体となって迅速な活動を展開できる体制を確立するため、1987 年には「国際緊
急援助隊の派遣に関する法律」が施行された。同法は、1992 年に改正され、外務大臣と防
衛大臣との協議により、自衛隊部隊が国際緊急援助活動および、右活動に必要な機材・人
員の輸送を実施できるようになった。
また、モノの支援については、JICA が 1987 年に、緊急援助物資の海外備蓄体制を整え、
どの地域にも、ニーズに応じた物資をスピーディーに供与できる体制となっている(2)。
2 国際緊急援助の実例
このように、ヒト・モノ・カネのいずれについても、制度は整備されてきたが、自然災
害では、被害の規模、被災地の状況や必要とされる援助の内容も大きく異なる。したがっ
て、海外で災害が起こるたびごとに、①災害の内容と被害規模はどの程度か、②被災国が
自力で対応できるか、③どのような支援が最も効果的かを短時間で判断し、支援の規模・
内容を決定する必要がある。これは、まったく当然のことと思われるであろうが、実際は
そう簡単でない。その理由は、東日本大震災の例をみれば誰の目にも明らかであろう。
日本のような先進国であっても、大規模な災害直後には、通信・道路等インフラの断絶
が生じるため、被害の規模や現地の状況、具体的にどのような支援が必要かについて正確
な情報をまとめるには、大きな困難が伴う。さらに、現地の道路や空港・港湾が被害を受
けていると、援助の実施自体に大きな支障が伴うケースも多い。このような障害は、途上
国においては、なおさらである。そのため、災害時特有の困難を克服して、意味のある支
援を行なうため、個々のケースでさまざまな工夫や改善を行なっている。一例として、ハ
イチ地震を取り上げたい。
2010 年 1 月 13 日朝(日本時間)に発生したハイチ地震は、首都直下の大地震であり、現地
の通信機能が崩壊し、わが国の大使館事務所および館長公邸も大きな被害を受けたため、
現地の詳しい状況を把握するのがきわめて困難なケースとなった。ただし、国際連合等か
国際問題 No. 608(2012 年 1・2 月)● 52
震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
らの情報やハイチ政府の対応能力を考えれば、大規模な支援が必要なことは明らかであっ
たので、翌 14 日には、政府として 500 万ドルの緊急無償資金協力および 1500 万円相当の緊
急援助物資(マイアミの備蓄物資)の供与を決定するとともに、外務省、防衛省および JICA
の職員を調査チームとして出発させた(これら職員はハイチ隣国の在ドミニカ共和国大使館職
。あらゆるルートでの情報収集を行なった結果を踏まえ、
員と合流して現地の調査を行なった)
国際緊急援助隊医療チームの派遣を 15日に決定した。
派遣を決定したものの、効果的に活動するための課題は多かった。具体的には、①首都
ポルトー・プランス空港は、災害後人道航空機のみに着陸が許可され、商用定期便が運航
していないなかで、いかに迅速に医療チームを現地に輸送するか、②災害前から国連平和
維持活動(PKO)が展開され、治安が必ずしも安定しない国でいかに安全を確保するか、③
通常医療チームの活動は 1 チーム当たり 2 週間の態勢となっているが(同チームに参加する医
療関係者は、いずれも日本国内の医療機関において重要な職務を有しており、2 週間との条件で休
、長期化が予想される支援ニーズにどう応えるか、というものであった。
暇を得ている)
これらの課題に対して、①については、防衛省と緊密に連絡をとるなかで、日米共同訓
練中のため米国内にあった自衛隊 C130 輸送機をマイアミ・ハイチ間の輸送に活用する可能
性が検討され、国際緊急援助隊の民間人員を自衛隊機で輸送する初のケースとなった(なお、
2011 年 2 月のニュージーランド地震の際には、自衛隊のきわめて迅速な協力により、初めて成田か
。
ら被災地まで、自衛隊機〔政府専用機〕によって国際緊急援助隊救助チームの輸送が行なわれた)
②については、調査チームが現地で直ちに適切な活動場所としてレオガン(3)郊外の看護学
校(建物および塀が存在)を選定するとともに、スリランカ軍およびカナダ軍より派遣され
ていた PKO 部隊に 24 時間態勢の警備を依頼することで対応した。③については、調査チー
ムとして派遣された外務・防衛両省職員からの情報等を踏まえて検討し、医療チームの国
際緊急援助活動を自衛隊の医療部隊に引き継いでもらうこととした(4)。
文字どおり「走りながら考えた」オペレーションではあったが、現地調査チームや大使
館関係者、そして防衛省や JICA と 24 時間態勢で情報共有し、
「被災者を助ける」というこ
とを共通目標にした結果、一つ一つの課題を乗り越えることができたと考える。
3 グローバルな課題―災害現場での国際援助受け入れの調整
では、 グローバル・レベルでの課題は何か。数多くの課題があるが、最も本質的な課題
のひとつは援助調整であろう。通常、大規模災害現場では、各国からの援助チーム、複数
の国連人道機関、赤十字、非政府組織(NGO)等多様なアクターが活動している。当然、す
べてのアクターの目的は被災者の救援であるが、それぞれのアクターの能力、態勢、プラ
イオリティー分野、意思決定プロセスは大きく異なり、いずれかの機関・人の指示で統一
的に動くわけではない。理論・制度上は、海外からの支援のとりまとめおよび調整(いずれ
の国・機関の支援を受け入れるか否か、個々の国・機関に依頼する支援内容、活動場所の割り当
て等)は、被災国政府自らが行なうか、または、被災国政府との協議のうえで国連による調
整(国連の緊急援助調整官)に委ねられることになる。
国際問題 No. 608(2012 年 1・2 月)● 53
震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
第 1 表 国際緊急援助隊派遣および緊急援助物資供与の実績(2011年8月15日現在)
年度
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
派遣先
災害
ベネズエラ
バヌアツ
エチオピア
スーダン
ジャマイカ
ソ連(アルメニア)
中国
コートジボワール
イラン
フィリピン
サウジアラビア
イラン
トルコ
サウジアラビア
バングラデシュ
フィリピン
ニカラグア
エジプト
インドネシア
ネパール
マレーシア
インドネシア
インドネシア
バングラデシュ
エジプト
マレーシア
インドネシア
シンガポール
パプア・ニューギニア
バングラデシュ
ドミニカ共和国
ホンジュラス
ニカラグア
コロンビア
トルコ
台湾
トルコ
モザンビーク
インドネシア
エルサルバドル
インド
洪水
サイクロン
旱魃
洪水
ハリケーン
地震
洪水
難民
地震
地震
油流出事故
難民
難民
油流出事故
サイクロン
台風
地震
地震
地震
洪水
ビル倒壊事故
火山噴火
地震
竜巻
ビル倒壊事故
大気汚染
森林火災
油流出事故
津波
洪水
ハリケーン
ハリケーン
ハリケーン
地震
地震
地震
地震
洪水
地震
地震
地震
パプア・ニューギニア
ベトナム
中国
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パキスタン
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火山噴火
SARS
SARS
地震
地震
地震
津波
津波
津波
津波
地震
地震
潜水艇事故
地震
地震
油流出事故
油流出事故
地震
サイクロン
台風
地震
地震
地震
洪水
火山噴火
地震
工場火災
派遣チーム(態様・派遣数)
救助
医療
専門家 自衛隊
1
1
1
1
1
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
5
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
緊急援助物資の
供与(件数)
3
12
7
14
19
18
18
14
16
24
18
29
22
11
9
合計(チーム数)
1
1
1
1
1
1
1
22
1
15
1
1
1
3
1
2
1
1
1
2
1
1
1
1
29
1
1
1
2
1
1
1
1
19
15
22
1
1
23
1
1
1
1
1
2
1
1
1
1
3
1
36
3
17
14
51
117
15
1
3
13
411
(注)
本実績は、国際緊急援助隊の派遣に関する法律施行後(1987年以降)の実績。
(参考1)
救助チームは、地震災害等の被災者の捜索・救助を行なう。医療チームは、被災者の診療
を行なう。専門家チームは、災害応急対策等の助言・指導を行なう。自衛隊部隊は、特に必
要があると認められるとき派遣。
(参考2)
国際緊急援助隊の派遣に関する法律は、1987年9月に制定。
(参考3)
同法は1992年6月に改定を行なった。これ以降、自衛隊部隊の派遣が可能となり、対象は
自然災害および事故等の人為的災害に限定された。
(出所)
外務省国際協力局緊急・人道支援課。
国際問題 No. 608(2012 年 1・2 月)● 54
震災における国際協力― 災害緊急援助活動の実際と課題
現実には、被災国自らが調整を行なう場合は、被災国政府および自治体が自らの対応で
手一杯のなかで、多くの国・機関と個別に緊密な調整や受け入れ準備(どのチームの人員や
機材がいつどこに到着するか、その際の通関・入管手続き、被災地までの輸送のアレンジ等)が
円滑に行なえるかという課題がある。これらが適切に機能するためには、中央政府・地方
自治体が一体となった適切かつ明確な受け入れ態勢の整備・役割分担・訓練が不可欠であ
ろう。
国連による調整の場合、国連ができるのは、あくまでも被災国と国際社会との間の「調
整」である(5)。したがって、被災国政府の意向や客観的な情報に基づき、援助を行なう国・
機関に助言するものの、指示する権限はない。ハイチ地震の際は前例のないほど多くの多
様なアクターが活動したため、十分効果的な調整が行なわれなかったというのが、国連を
含め人道関係者多くの評価であり、緊急援助の調整者としての国連のリーダーシップをい
かに改善するかという点が、人道分野で現在大きなイシューになっている(6)。
国際社会はこれまでも、大規模災害後の反省・教訓を踏まえ、国際的な災害援助体制に
ついて多くの改善を重ねてきた(7)。東日本大震災は、防災大国として世界に知られていたわ
が国でさえ甚大な被害を受けたことで、防災や災害援助のあり方を世界的に見直す新たな
契機となった。さまざまな国際的セミナー、フォーラムの場で、日本の経験を共有してほ
しいとの要請がなされている。わが国は、今回の震災に際して海外から多くの支援を受け
た恩に報いるためにも、また、今後世界各地での災害による被害を軽減するためにも、積
極的に日本の経験・教訓を世界と共有し、グローバルな災害援助体制の改善に貢献すべき
である。
*本論文は筆者個人の見解であることをお断わりしておく。
( 1 )『わが国外交の近況』昭和55年〔1980年〕版、93 ページ。
( 2 ) 現在、8 品目の緊急援助物資を、シンガポール、マイアミ、フランクフルト、ヨハネスブルクの
4 ヵ所の備蓄倉庫に保有している。
( 3 ) 首都ポルトー・プランスより約40キロ西に位置する市。最も被害が甚大だった地域の一つ。
( 4 ) 自衛隊医療部隊は約 3 週間活動を行なった。医療部隊の活動終了後、日本赤十字社の医療チーム
が同じ看護学校でさらに 4 ヵ月以上医療支援を継続したことから、まさにオールジャパンの連携・
協力が実現した。
( 5 ) 第 46 回国連総会決議、“Strengthening of the coordination of humanitarian emergency assistance of the
United Nations.”
( 6 ) “Response to the Humanitarian Crisis in Haiti—following the 12 January 2010 Earthquake,” IASC(InterAgency Standing Committee)
.
( 7 ) 1988年のアルメニア地震の際の混乱を反省し、各国の国際救助チームの調整の枠組み(INSARAG)
が設置された。これにより国際救助チームの活動基準が確立され、能力検定(IEC)が行なわれる
ようになったのもその一例。
かわはら・せつこ 前外務省国際協力局緊急・人道支援課長/
世界平和研究所主任研究員(外務省より出向)
国際問題 No. 608(2012 年 1・2 月)● 55
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