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理学・作業療法学科の学生に対する効率的人体解剖見学実習 -その
24 木村智子、松田和郎、相見良成、瀧公介、本間智、宇田川潤、工藤基 形態・機能 第 11 巻第 1 号 <原著論文> 理学・作業療法学科の学生に対する効率的人体解剖見学実習 -その有効性と意義- 木村智子1, 2)、松田和郎1)、相見良成1)、瀧公介1)、本間智1)、宇田川潤1)、工藤基1) 1) 滋賀医科大学医学部解剖学講座、2)滋賀医療技術専門学校理学療法学科 (投稿:2012 年 2 月 10 日、採択:2012 年 6 月 5 日) 要 旨 滋賀医科大学では、これまでコ ・ メディカル学生に対する解剖学教育の一環として、人体解剖見学実習を受け入れてき たが、見学実習を希望するコ ・ メディカル養成校も増え、人的負担、時間的制約などの問題が生じてきた。そこで、これ らの問題を解決すべく、滋賀医科大学では 2010 年度よりコ ・ メディカル学生への人体解剖見学実習の提供方法を工夫し て実施してきた。今回、我々は 2010 年度に人体解剖見学実習へ参加した PT・OT 学生ならびに引率教員を対象に、実施 方法の有効性についてアンケート調査を行った。実習の提供方法に関する結果は、セミナー方式や見学ポイントの提示に ついて多くの肯定的意見が得られ、すべての学生で学習意欲が高まり、献体制度や守秘義務の理解度も非常に高いことが 見出された。総じて、PT・OT 学生に対してセミナー方式や見学ポイントを提示した上で見学実習の機会を与えることは 極めて有効な教育方法であることがアンケート結果から明らかになった。一方、運動器系の内容充実を求める意見や、よ り多くの見学時間を求める意見もあったことから、我々は PT・OT のニーズに合わせた見学カリキュラムの作成や実施時 期・時間などについて改善する必要性があることも明らかになった。 キーワード PT・OT 学生、人体解剖見学実習、セミナー方式、実習へのニーズ、教育効果 序 文 近年、医学の進歩や疾病構造の変化に伴いリハビリ テーションの対象疾患は増加の一途を辿っている。また、 予防医学や健康管理などの側面からも、リハビリテー ションに対しては幅広いニーズが要請されるようになっ ている。このように、現代医療においてリハビリテーショ ンの果たす役割は重要視されるようになってきた。 理学療法士(Physical Therapist:PT)や作業療法士 (Occupational Therapist:OT)は、このリハビリテーショ ン医療において中心的役割を担う医療専門職である。リ ハビリテーションの対象疾患が多岐にわたり、その障害 構造は複雑かつ高度化していることからも、PT や OT が解剖学の正確な知識を習得する必要性は高い。つま 著者連絡先:木村智子 滋賀医科大学医学部解剖学講座 〒 520-2192 滋賀県大津市瀬田月輪町 TEL: 077-548-2136 FAX: 077-548-2139 [email protected] り、正常な人体の構造を三次元的に正しく理解し、生命 の尊厳を理解して医療人としての倫理観を確立させるこ とのできる人体解剖実習は、医療の質的向上を図る上で PT・OT 学生にとっては基礎となる最重要科目とされて いる1, 2)。 PT・OT 養成施設は、4 年制大学をはじめ 3 年制短期大 学、4 ないし 3 年制専門学校とさまざまな形態の養成施 設が存在している3)。これら養成施設は、それぞれ特色 をもったカリキュラムを有しているが、大綱化前の指定 規則は、解剖学に関する必要最低時間数は講義 75 時間、 実習 90 時間で、カリキュラム総時間数の約 5%を占め るほどであった4)。現在も、科目名としては「人体構造学」 や「人体構造機能学」など解剖学という名称とは限らな いものの、PT・OT 教育の中で解剖学が重要であること に変わりなく、解剖学実習も必修科目となっている。し かし、解剖学実習を通して、各器官を三次元的視点から 理解することや、医療従事者としての責任ならびに生命 倫理などを認識することは、まだまだ十分な状況にある 2012 年8月 PT・OT学生への短時間人体解剖見学実習 とは言い難い。 これまで、日本解剖学会ならびに篤志解剖全国連合会 は、コ ・ メディカルの解剖実習について 1997 年の医療 技術者養成施設を対象にした調査5) に始まり、 過去数回 に渡る全国調査6, 7) やシンポジウム1, 2) を行ってきた。こ れらによると、コ ・ メディカルのための人体解剖見学 実習は全国の解剖学教室で 90%以上が受け入れており、 すでに広範に行われていることが明らかになっている。 しかし近年、規制緩和に伴いコ ・ メディカル分野は量 的にも質的にも拡大してきている。中でも PT 養成数に ついては 1994 年を境に急増しており、日本 PT 協会公 表資料によると 1994 年には 64 校(入学定員数 2,000 人)であったのが、2010 年には 249 校(入学定員数 13,339 人)に推移している8)。このように、わずか十数 年の間に養成施設数は約 3.9 倍(入学定員数は約 6.7 倍) と急増した。一方、全国の医・歯学部は 20 年以上にわ たり学校数が増加することはなく、医学部が 80 校、歯 学部が 29 校存在しているのみである9)。上述のごとく、 全国の解剖学教室ではコ ・ メディカル養成校の人体解剖 学実習を求める声に積極的に応える姿勢を打ち出してい るにも関わらず、近年では受け入れ体制として限られた 環境下におかれているため、その実施状況について養成 施設間で著しい格差が広がりつつある1, 10)。このことか ら、短時間であっても効率のよい効果的な実習が遂行で きる方法を確立させる必要性がますます高まっている。 このような状況の中、滋賀医科大学でもコ ・ メディカ ル養成校からの解剖見学実習についての要請は増加傾向 にあり、解剖スタッフの不足などによる大学側の受け入 れ体制には限界が生じてきた。そこで、本学では 2010 年度コ ・ メディカル学生への人体解剖見学実習の提供方 法を工夫して実施した。本稿では、コ ・ メディカル学生 の中でも特に PT・OT 養成課程に在籍する学生を対象に、 実施方法の有効性について調査した結果を報告する。さ らに、この結果を踏まえ今後の課題についても言及する。 対 象 と 方 法 1.人体解剖見学実習の実施方法(図 1) コ ・ メディカル学生を対象とした人体解剖見学実習で は、実習に先立ち講義室にて滋賀医科大学解剖学講座の 教員より、「生命・医の倫理」 、「篤志献体」 、「解剖実習 ができる条件」、「守秘義務」などについて、ビデオなど の視聴覚教材を用いたオリエンテーション(約 20 分) を行った。続いて、見学実習にて提供を予定している剖 出部位に関するセミナー(約 40 分)を行った。その後、 実習室に移動して人体解剖見学実習(約 90 分)を行った。 実習室では、見学ポイント提示による見学実習を行った 後、自由見学実習の時間を設けた。なお、この人体解剖 見学実習は、医学生の実習が行われていない時間にコ ・ メディカル学生のみで見学を進める形式(教員指導型)、 あるいは医学生の実習中にコ ・ メディカル学生が見学に 入る形式(医学生指導型)で行った。教員指導型では解 剖学講座の教員と引率教員が指導にあたり、医学生指導 型では解剖学講座の教員と引率教員に加え、一部医学生 が直接指導にあたった。人体解剖見学実習終了後、講義 室へ移動し質疑応答の機会を設けた。 2010 年度は、滋賀県下のコ ・ メディカル養成校 14 校から人体解剖見学実習の受け入れ要請があり、すべて の養成校に対して上記方法で各校1回ずつ受け入れた。 人体解剖見学実習を遂行するにあたり、オリエンテー ションや直前セミナー、見学ポイントの提示など、異な る複数名の教員が担当しても同様の方法で実施できるシ ステムをつくっているが、2010 年度に関してはすべて 1名の教員が担当して実施した。なお、今回調査対象と した PT・OT 学生に対する人体解剖見学実習は、医学生 指導型で実施した。 2.アンケート調査の実施方法 2010 年度、滋賀医科大学で行われた人体解剖見学実 習に参加した PT・OT 学生 68 名と引率教員 2 名を対象 とし、記名式質問紙法によるアンケート調査を実施した。 なお、アンケートの提出ならびに内容は、在籍する教育 機関の成績評価には一切影響しないことを伝え協力を依 頼した。 学生に対するアンケートの調査内容は、①学習意欲に 表 1 学生へのアンケート内容 図 1 人体解剖見学実習の実施方法 25 26 木村智子、松田和郎、相見良成、瀧公介、本間智、宇田川潤、工藤基 与えた影響、②献体制度や守秘義務の理解度、③実施方 法の評価について四肢択一による回答を求めた。また、 選択理由などについての自由記載欄も設け、任意の記載 を求めた(表 1)。引率教員に対するアンケート調査内 容は、①解剖(見学を含む)の経験、②実施方法の評価、 ③大学側への要望について自由記載による回答を求めた (表 2)。アンケートは、人体解剖見学実習終了後 1 カ月 以内の期限を設け結果の回収を行った。結果の回収に あたり、回答者自身がアンケートの回答を直接エクセル ファイルへ入力し、そのデータを引率教員が集約した上 で返信する形式をとった。結果の集計において、学生ア ンケートで四肢択一への回答に不備が認められた学生の データは無効とした。また、自由記載による回答につい ては、記載内容をアフターコーディング11) した。なお、 1 人の文章内で同一コードに属すると判断される内容が 複数件記載されていた場合、それは 1 件としてカウント した。教員アンケートについては、自由記載されている コメントをまとめた。 結 果 1.学生へのアンケート結果 アンケートの有効回答率は 100%(PT44 名、OT24 名)であった。なお、今回の人体解剖見学実習に参加し た PT・OT 学生はすべて1年生で、180 時間 5 単位の解 剖学に関する講義を履修し終えた時期であった。 1-1.学習意欲に与えた影響 人体解剖見学実習が学習意欲に与えた影響について は、「かなり高まった」72.1%、 「高まった」27.9% と、 すべての学生が今回の人体解剖見学実習を経験すること で学習意欲を高めていた(図 2A)。特に、PT 学生では「か なり高まった」とする意見が 81.4% と高率を占めてい た(図 2B)。一方、OT 学生では「かなり高まった」と「高 まった」がそれぞれ 50.0%であった(図 2C)。 この学習意欲が高まった理由に関する自由記載の内 容をアフターコーディングした結果、『倫理面の影響』、 『三次元の理解』、『個体差の理解』、『実感による体得』、 『刺激になった』、 『復習になった』の6項目にコード化 形態・機能 第 11 巻第 1 号 することができた。なお、ここで得られた意見の総数は PT30 件、OT20 件であった(表 3)。 学習意欲が高まった理由について、PT 学生は「人体 の立体的な構造を手に取って触り、さまざまな角度から 確認でき理解できた」、「筋の走行・大きさ・厚さなどを 確認してイメージ化を図るという目標が大部分達成でき た」など『三次元の理解』が 12 件(40.0%)と最も多 かった。次いで「実際の大きさや重さなどを感じること ができ、もっと知りたいという意欲が増した」、「実際に 筋を引っ張ることで関節への作用などがよく分かった」 など『実感による体得』が 9 件(30.0%)であった。そ の他にも「分からないことがたくさんあったため、さら に勉強する意欲が湧いた」など『刺激になった』が 4 件 (13.3%)、「ご献体を提供してくださった方やご遺族の 方のためにも、今後の学習に力を入れたいと思った」な ど『倫理面の影響』が 2 件(6.7%)、「医学生の説明が 分かりやすく、分からなかった部分が解決できた」など 『復習になった』が 2 件(6.7%)、「教科書と実際の観察 では異なる点が多く、男女差や個体差も確認でき、とて も興味をひかれた」という『個体差の理解』が 1 件(3.3%) であった(図 3)。 一方、OT 学生においては「複雑な構造を目の当たり にして、しっかり勉強しなければならないと感じた」、 「医学生が懸命に学習されている姿を傍で見て、負けず に学んでいこうと思った」など『刺激になった』が 7 件(35.0%)で最も多かった。次いで「今まで学習した ことが繋がって見えた」など『復習になった』が 5 件 (25.0%)であった。その他、『実感による体得』ならび に『倫理面の影響』が 3 件(15.0%)、『三次元の理解』 が 2 件(10.0%)であった(図 3)。 1-2.献体制度や守秘義務の理解度 献体制度や守秘義務については、「よく理解できた」 82.4%、「理解できた」17.6% と、すべての PT・OT 学生 が理解を深めていた(図 4A)。理解が深められた理由と 表 2 引率教員へのアンケート内容 図 2 学習意欲に与えた影響 2012 年8月 PT・OT学生への短時間人体解剖見学実習 しては、「オリジナルのビデオやスライドなどの視聴覚 材料が分かりやすかった」とする意見や「実習に先立ち 詳しい説明を受けることができ、気持が引き締まるとと もに、実習へどう臨むべきか再認識できた」などとする 意見が多く述べられていた。 1-3.実施方法の評価 人体解剖見学実習の実施方法については、8.8% が「難 しかった」、76.5% が「分かりやすかった」、8.8% が「自 由に見学したい」と回答していた(図 5A)。 この実施方法の評価に関する自由記載の内容をアフ ターコーディングした結果、肯定的意見は『セミナー方 式』 、『説明内容』、『医学生指導型』、『時間配分』 、『その 他』の5項目に、要望的意見は『時間延長』、『運動器の 学習』、『教員指導型』、『その他』の4項目にコード化す ることができた。なお、肯定的・要望的意見を合わせた 意見の総数は 63 件であった(表 4)。 実施方法に対する肯定的意見は 48 件(76.2%)得ら れていた。その内訳としては、 「セミナーのおかげで観 察点が明確だった」、「ポイントが絞られていた」、「観察 順序が明快だった」など『セミナー方式』が 20 件(31.7%) と最も多かった。次いで、「パワーポイントや動画が分 かりやすかった」 、「見学中の説明で新しい発見がたくさ んあった」など『説明内容』が 12 件(19.0%)であっ た。また、「医学生に直ぐ聞け、疑問がその場で解決で きた」など『医学生指導型』が 11 件(17.5%)、『時間 配分』が 4 件(6.3%)であった(表 4,図 6A)。 一方、要望的意見も 15 件(23.8%)述べられていた。 その内訳としては、「ポイント学習時間が短く、中途半 端に時間が過ぎてしまった」など『時間延長』の要望が 8 件(12.7%)、「PT・OT 学生用に筋・骨・神経にウエイ トを置いて欲しい」など『運動器の学習』への要望が 4 件(6.3%)、「医学生へ遠慮したので単独で見学したい」 など『教員指導型』への要望が 2 件(3.2%)であった(表 4,図 6B)。 27 2.引率教員へのアンケート結果 今回の人体解剖見学実習に参加した引率教員の内訳 は、PT 専任教員 1 名ならびに OT 専任教員 1 名であった。 これらの引率教員は、どちらも剖出を伴う人体解剖実習 の経験は有していなかった。しかし、学生時代には解剖 見学実習を経験するとともに、教員として複数回人体解 剖見学実習への引率を経験していた。 人体解剖見学実習の実施方法に対しては、「細部にわ たる段取りの徹底により、学生への指示・指導が行いや すかった」、「学校では教授しない知識を、セミナーで分 かりやすく説明してもらえて良かった」、「はじめに医学 生からの説明があったので、学生が観察や質問をしやす くなっていた」、「とても分かりやすく編集された資料が 実習室に準備されていたので、学生は観察や組織・臓器 の同定がスムーズに進められていた」など、今回のよう な実施方法が学生にとっては「十分有意義な学習の機会 となっている」とする肯定的な評価が得られた。一方で 「自由見学できる時間が少なかった」、「さらなる効果を 期待し、もう少し見学時間の延長を希望する」 、「リハビ リテーション領域で特に知識が求められる骨・関節、筋、 神経系に対する見学時間と内容の充実を希望する」など、 実施方法への改善を求める意見も述べられた。 大学側への要望としては、「今後も人体解剖見学実習 の機会を継続的に与えて欲しい」、「今後もセミナーと観 察ポイントの提示を行って欲しい」など、人体解剖見学 実習を遂行するにあたり、主体的に観察ポイントなどを 設定したいという意見は述べられておらず、大学側へ説 明や解説を求める傾向が認められた。 考 察 今回、滋賀医科大学で行ったコ ・ メディカル学生への 人体解剖見学実習が、PT・OT 学生にとって有効な教育 方法であったのかをアンケート結果の分析により判断し た。分析にあたり、本調査が記名式のアンケートであっ たことと、回答の回収先が対象学生の在籍する教育機関 表3 学習意欲が高まった理由 図3 学習意欲が高まった理由 28 木村智子、松田和郎、相見良成、瀧公介、本間智、宇田川潤、工藤基 の引率教員であったことから、学生がアンケートの回答 は義務付けられたものであると捉えている可能性は否定 できない。しかし、有効回答率が高いことから、今回の 調査結果を分析することで目的を果たすことは可能であ ると思われた。 1.学習意欲に与えた影響 今回の調査から、すべての PT・OT 学生が人体解剖見 学実習後に学習意欲が高まっていることが判明した。こ のことから、コ ・ メディカル学生に提供した人体解剖見 学実習の実施方法は効果的であったことが推察される。 穴原ら12) は、肉眼解剖見学実習を複数回経験することで、 学習意欲向上や人間の尊厳に対する意識変化が与えられ るとし、PT 学生に対しては時間と回数をかけて学習の 機会を与える必要性があることを示唆している。しかし、 人体解剖見学実習の直前にセミナーを実施したことや見 学ポイントを提示しながら実習を進めたことで、短時間 かつ 1 度の人体解剖見学実習の機会であっても十分教育 効果を上げることができたと考える。また、松野ら13) は、 人体解剖見学実習の事前学習について、見学者の約 9 割 が「必要」と回答したが、「講義内容を理解した」者は 約 7 割に留まったことから、講義内容の工夫や教材の改 善を考慮する必要があると述べている。引率教員が述べ ているように、今回の実施方法においては、①剖出部位 に関するセミナーを実習直前に行ったこと、②ハンドア ウト資料を工夫したこと、③各実習台にはピンセットや ルーペなどの観察器具を用意しておいたこと、④解剖図 譜など必要だと思われる資料も準備しておいたこと、⑤ 観察ポイントと観察順序の明示ならびに的確な指示など のさまざまな工夫が、学生の見学実習をスムーズかつ効 果的な学習に繋げてくれたものと思われた。 また、学習意欲が高まった理由として、PT 学生では 知的好奇心が刺激されている傾向が認められたのに対 し、OT 学生では心理的側面が刺激されている傾向が認 図 4 献体制度や守秘義務の理解度 形態・機能 第 11 巻第 1 号 められた。このように、同様のセミナーと見学の機会が 与えられたにも関わらず、学習意欲を高めた要因に違い が認められた原因の 1 つは、PT 学科が運動器を中心と した科目に重きが置かれているのに対し、OT 学科が心 理・精神科領域の科目に重きが置かれているためではな いかと推察された。このように、これまでの教育環境や 学習内容の違いによって、学生が受け取る印象や心境に 変化が生じることから、今後は同様のセミナー内容を提 供する際にも、対象者の状況に合わせながら、より強調 すべきポイントを変化させて指導していく必要性も見出 された。 2.献体制度や守秘義務の理解度 今回、滋賀医科大学で取り組んだ人体解剖見学実習に より、すべての PT・OT 学生は献体制度や守秘義務につ いて理解を深めていたことから、今回の人体解剖見学実 習は倫理面にも良い影響を与える実習内容であったこと が裏付けられた。これまでにも、人体解剖見学実習の 経験自体が倫理教育になることが報告10, 12~15) されてい る。しかし、8 割を超える学生が「よく理解できた」と 回答したことから、実習の経験のみならずセミナー方 式を取り入れた実習内容が、より良い効果を与えたと推 察された。献体制度や守秘義務を含む医の倫理について は、スライドやビデオなどを用いて視覚的にも捉えやす い形で提供したことが、20 分という短い時間であって も効果的な教育の機会に成り得たと考えた。また、人体 解剖見学実習を行う施設内で直前にセミナーを実施した ことが、献体制度や守秘義務を理解する上で、より強く 印象付けられるとともに実感として捉えやすかったと思 われた。山田ら16) は、人体解剖実習自体が医の倫理につ いて考えさせることのできる貴重な機会であるとする一 方で、これを受講するために必要な礼意は事前に身につ 図5 実施方法の評価 2012 年8月 PT・OT学生への短時間人体解剖見学実習 けることが重要であると述べている。今回のようなセミ ナー方式を実習に組み込む実習内容は、このような要件 も満たすことができ、しっかりとした心構えを持って実 習に取り組ませることが可能になると思われた。 3.実施方法の評価 セミナー方式を含む今回の人体解剖見学実習は、おお むね好評であったものの実施時間不足や実施内容とニー ズの相違が認められたことから、まだまだ改善の余地が あることも明らかとなった。実施時間について、川端ら17) はコ ・ メディカルの人体解剖見学実習は 90 分の見学時 間が妥当であり、これ以上多くの時間を掛けなければ解 剖学の習熟に支障を来すとは言い難いとしている。今回、 滋賀医科大学で取り組んだ実習においても、実習室での 見学に充てられる時間は 90 分であった。しかし、この 90 分が PT・OT 学生にとっては時間不足感を与えていた。 この理由の 1 つとして、PT・OT は触察の知識と技術を もとに医療行為を遂行するという職業特性であることか ら、身体の構造についてより深い知識を求めているので はないかと思われた。この点について、より多くの時間 をかけることのみが解決策への糸口であるとは言えず、 今回の実施方法によるアンケート結果では時間不足のみ ならず、実施内容とニーズの相違も認められている。こ のことから、ニーズに合った実施内容を提供することに より、時間の問題は解決へと導くことが可能であると考 えられた。 29 4.人体解剖見学実習への取り組み成果 PT・OT は体表からの働きかけにより、皮下にある筋・ 骨格などの組織・器官を触擦しながら治療行為を遂行す る。このため、解剖学の三次元的理解は必要かつ不可欠 となる。小林1) は、PT・OT の解剖教育において一般的 な臓器、器官の静的な三次元的な構造を理解することに 加え、関節の動き、骨格筋の作用のような動的な理解が 必要であると述べている。そして、これらの理解を助け る教科書・図譜・教材の開発・作成も課題ではあるが、直 接見て触れることには及ばないと述べている。しかし、解 剖学実習を行うことができる医・歯学部数に対して医療技 術系の養成校数は急増傾向にあるため、人体解剖実習を十 分な形で遂行できる環境にあるとは言い難い8~10, 18)。特に、 専門学校などでは医学部や歯学部に協力を依頼し、かろ うじて数時間の人体解剖見学実習を実現させていたり、 標本解剖の観察のみで終わらせていたり、海外に赴いて 解剖実習を遂行していたりするのが現状である1, 10)。ま た、見学実習の機会についても、1 年次に短時間のみと なっている養成施設が多い5)。このように限られた機会 に限られた時間で遂行せざるを得ない人体解剖見学実習 は、有効かつ有意義なものでなければ本来の目的を果た すことはできない。 今回、滋賀医科大学で取り組んだコ ・ メディカル学生 への人体解剖見学実習は、セミナーを含む実習時間は3 時間程度であり、見学実習の実時間は 90 分と短時間で あった。しかし、学習意欲や倫理面への影響、セミナー やポイント提示を含む実習の実施方法への評価結果によ 表 4 実施方法への意見(肯定・要望) 30 木村智子、松田和郎、相見良成、瀧公介、本間智、宇田川潤、工藤基 れば、短い時間内で実施された人体解剖見学実習が効果 的な学習の機会を提供することは可能であると考えられ た。 5.人体解剖見学実習の発展に向けて 今回、コ ・ メディカル学生への人体解剖見学実習で は、看護師 ・PT・OT・ 柔道整復師など養成職種の違いに よらず、どのコ ・ メディカル養成校に対しても画一的な 内容を提供した。今回の調査で、提供した内容とニーズ との間には相違が認められたことから、大学側では各コ ・ メディカル養成校が求める内容を十分には把握できて いなかったことが明らかとなった。また、引率教員の解 剖経験は不十分なことも判明した。このような状況下に おいては、学生に対してより効果的な教育の機会を提供 することは困難である。高橋5) は、短時間しか解剖見学 実習が行えない場合、より密度の高いものとするために も、十分な事前指導が重要になるとしている。解剖学講 座のスタッフは、事前指導として解剖学全般に渡る知識 を教授することは可能であるが、各種コ ・ メディカル学 生に必要なポイントを的確に伝えることは難しい。この ような観点から、各コ ・ メディカル職に必要な解剖学的 知識を教授するためには、各養成機関の専任教員がもっ と積極的に指導を行っておく必要があると考える。しか し、現状としては、どのコ ・ メディカル養成機関も大学 側の解剖学講座スタッフにより立案された人体解剖見学 実習のプログラムに則り実習を遂行させるに留まってい る。僅かな時間を有効に活用させるためには、各養成機 関側が自立的に主体性をもって人体解剖見学実習のプロ グラムを立案していく姿勢が求められる。主体性を持っ た形でプログラムを立案することにより、学生に対して は効果的な事前学習のポイントも提示することが可能と なる。そしてこれが短時間の人体解剖見学実習内容をよ り濃密なものとさせ、より効果の高い実習が遂行できる ものと考える。このような流れを実現するためには、コ ・ メディカル養成機関の専任教員が一定の解剖経験なら びに知識を有しておく必要がある。従って、今後は人体 解剖見学実習の教育効果をさらに向上させるために、解 剖経験の浅いコ ・ メディカル教員に対しても解剖学セミ 形態・機能 第 11 巻第 1 号 ナーなどを実施する必要性があると考える。解剖学講座 のスタッフとコ ・ メディカル教員が共通の知識と理解を 得ることができれば、相互に協力的な体制をとることも 可能となり、効果的な教育の機会を提供することが可能 になると推察する。 6.今後の展望 今回の調査から、PT・OT 学生に対してセミナー方式 や見学ポイントを提示した上で見学実習の機会を与える ことは極めて有効な教育方法であることが明らかとなっ た。しかし、まだ解決すべき問題が残されていることか ら、今後は限られた時間でより充実した人体解剖見学実 習が遂行できるようなプログラムを構築していきたい。 そのためにも、今後さらにきめ細かくニーズを把握する とともに、実習を行う時期や学生の学習レベルも含めた 詳細な調査を行う必要性がある。また、コ ・ メディカル 教員との協力体制を強化した実習システム作りについて も模索していくべきである。この協力体制強化のために は、コ ・ メディカル教員自体の解剖学的知識と実習経験 の充実が必要不可欠であることを念頭に置きながら検討 を進めていきたいと考えている。 謝 辞 滋賀医科大学医学部の人体解剖実習に御献体していた だいた「しゃくなげ会」成願者の皆様ならびに調査にご 協力いただいたコ ・ メディカル養成校の皆様に厚く御礼 申し上げます。 文 献 1) 小林邦彦(1998)医療技術者養成における人体解 剖実習の重要性とその条件整備への提言-医療技 術者教育にルネッサンスを-、解剖誌 73:275280 2) 小林邦彦(2006)人体解剖実習と医学教育・医療 人育成-医学生物学の裾野を広げるために-、健 康文化 41:1-6 3) 日本理学療法士協会(編集) (2007)理学療法白 書 2007、(社)日本理学療法士協会、東京 図6 実施方法への意見 2012 年8月 PT・OT学生への短時間人体解剖見学実習 4) 厚生省健康政策局(1995)理学療法士作業療法士 学校養成施設指定規則、健康政策六法、中央法規 出版、東京 5) 高橋利幸(1996)理学療法士養成校における解 剖学教育に関する調査、川崎医療福祉学会誌 6: 395-398 6) 外崎昭、 小林邦彦、 塩田俊朗、 高木宏、 渡辺皓(1997) 医療技術者養成機関における人体関連教育に関す る実勢調査、解剖誌 72:475-480 7) 外崎昭、 渡辺皓(1999)アンケート調査「コメディ カル教育への参加・協力の現状」の集計結果につ いて、解剖誌 74:379-392 8) 協会について(資料・統計) 、日本理学療法士協会 (オンライン) 、 〈http://www.japanpt.or.jp/index. html〉 、 (参照 2012-01-10) 9) 厚生省(1995)厚生白書平成 7 年版、ぎょうせい (東京) 、pp88-110 10) 工藤慎太郎、田原美智子、柘植英明、佐藤嘉晃、 村瀬正信、浅本憲、中野隆(2006)人体解剖実 習による卒後教育の取り組み-人体解剖が何をも たらすのか-、リハビリテーション教育研究 12: 228-230 11) 高橋和子(2001)自由回答データの分析、行動計 量学 28:29-30 12) 穴原玲子、川城由紀子、松野義晴、森千里、河野 俊彦(2008)理学療法士養成課程学生の解剖学に 対する意識変化について、解剖誌 83:81-86 13) 松野義晴、小宮山政敏、門田朋子、川端由香、小 野祐新、佐藤浩二、足達哲也、森千里(2002)千 葉大学におけるコメディカル学生の解剖実習見学 に対する意識調査、解剖誌 77:77-80 14) 古屋敷明美、田村典子、石野レイ子、土谷美恵、 塩川華子、大谷五十鈴、沖田一彦、宮口英樹、堂 本時夫(2000)看護学科における解剖遺体見学実 習の意義-実習後の感想文の分析から-、広島県 立保健福祉短期大学紀要 5:25-33 15) 野井真吾、下里彩香、鹿野晶子、佐竹隆、上野純 子(2011)養護教諭養成課程における人体解剖見 学実習の意義:テキストマイニング手法による感 想文の分析、埼玉大学紀要 60:73-79 16) 山田貴代、信崎良子、藤原雅弘、澤田昌宏、松田正司、 小林直人(2008)理学療法学科・作業療法学科学 生の人体解剖実習と医の倫理に関するセミナー授 業、形態・機能 6:99-109 17) 川端由香、松野義晴、門田朋子、小宮山政敏、豊 田直二、森千里(2002)コメディカル教育機関に 対して実施する解剖実習見学方法改定の1例、千 葉医学 78:147-150 18) 金田嘉清(2002)効果的リハビリテーション医療 のための理学療法士・作業療法士養成に関する考 察、藤田学園医学会誌臨時増刊:243-267 31 32 木村智子、松田和郎、相見良成、瀧公介、本間智、宇田川潤、工藤基 形態・機能 第 11 巻第 1 号 Visit to the human anatomical dissection course is effective for PT/OT students: Efficacy and evaluation Tomoko Kimura1, 2), Wakoto Matsuda1), Yoshinari Aimi1), Kousuke Taki1), Satoru Honma1), Jun Udagawa1), Motoi Kudo1) 1) 2) Department of Anatomy, Shiga University of Medical Science, Department of Physical Therapy, Shiga School of Medical Technology Key words Physical therapist, Occupational therapist, Educational visit, Human dissection class, Interactive teaching Abstract At Shiga University of Medical Science, we have recently started practice visits to human dissection classes for co-medical students. As the number of co-medical schools that including an increase in human dissection classes, various problems are therefore expected to occur. We therefore established an educational method to optimize the effectiveness of such classes. For PT / OT students and the attending teachers who participated in dissection classes in 2010, we conducted an investigation regarding the efficacy of our teaching method. According to the survey results, many favorable opinions were obtained about our presentation and seminar methods, in which we showed the learning points in advance of the dissection classes. Such learning was found to not only increase student motivation, but it also enabled students to better understand the cadaver donation system. These classes are taught to students the importance of maintaining privacy and secrecy at the highest levels. Therefore, it became clear that our teaching methods, for PT / OT students, to be extremely effective. According to this survey, many PT/OT students preferred locomotor system oriented training, and requested an increase in the length of time for such dissection classes. We therefore plan to continually improve on the our program so that PT / OT students may obtain the most benefits from such human dissection classes.