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full-Text - 吉原博幸
第 16 回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2011 年 9 月)
VR 剥離シミュレーションにおける破断進展方向の決定手法
A Method to Solve the Direction of Rupture Progression on a VR-based Dissection Simulation
江口佳那 1),粂直人 1,2),黒田知宏 1,2),吉村耕治 3),岡本和也 1,2),竹村匡正 1,2),吉原博幸 1,2)
Kana EGUCHI, Naoto KUME, Tomohiro KURODA, Koji YOSHIMURA, Kazuya OKAMOTO,
Tadamasa TAKEMURA and Hiroyuki YOSHIHARA
1) 京都大学
大学院情報学研究科
(〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 54, [email protected])
2) 京都大学
医学部附属病院
医療情報部
(〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 54)
3) 京都大学
医学部附属病院
泌尿器科
(〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 54)
Abstract: This research aims to provide a VR-based simulation for dissection training, which is one of the
most difficult procedures in surgery. This paper focuses on the dissection which is caused by at least two
endoscopic forceps. One forceps, approaching to the target, slides into the end of the existing dissection while
another keeps one side of the tissue tensed. The proposed model is based on the maximum shear stress theory,
and employs FEM based soft tissue model extended with destruction threshold. Hence, the proposed model
determines the direction of rupture propagation along the stress distribution due to the user's multiple
manipulation. This paper evaluated the behavior of the proposed model, and confirmed that rupture progressed
depending on the direction of the operating points.
Key Words: Dissection, Ablation, FEM, Maximum Shear Stress Theory.
1. はじめに
の多くには二本の鉗子が用いられる.一本目の鉗子によっ
近年の医療現場では高度な技術を要求する低侵襲手術
て既に剥離された生体膜が支持された状態のまま,二本目
が増加している.現在は,人体との類似点が多い解剖学的
の鉗子を用いて境界部分を圧迫することで剥離する.剥離
構造をもつ豚や犬の臓器を用いてトレーニングが行われ
する領域は術者が想定した切離を生じるとは限らず,力の
ているが,愛護意識の高まりによる将来的な確保の難化が
加減や方向を誤ると隣接層への食い込みや,周辺臓器への
指摘されている.このため,コンピュータの高性能化に伴
破壊進展など重大な結果を引き起こす.実際の外科手術に
い飛躍的に進歩した医用 VR シミュレーションが新たな手
おける剥離の様子を図 1 に示す.
術手技学習環境として期待されている[1].
既存の VR シミュレーションに用いられる軟組織モデル
では,触診,圧排,縫合,開創,切開などの手技訓練が可
能である[2,3].しかし剥離手技に関しては,外科医が臨
床で長い年月をかけて経験的に剥離手技を習得している
のが現状である.軟組織モデル上で実際の挙動を物理的に
正しく再現することで手技訓練が可能になると期待され
るが,剥離については市販のシミュレータでも物理的な挙
図 1 外科手術における剥離手技の一例
動を十分に表現できているとは言えない.
剥離は外科手術において最も多用されると同時に,習得
が非常に困難な手技の一つである.臓器は生体膜によって
本研究は外科手術で多く用いられる二本の鉗子を用い
幾重にも覆われた層構造を有する組織であり,適切な層を
た剥離手技のシミュレートを目指す.具体的には,動的に
剥離することが求められる.生体軟組織を対象とした剥離
剥離面を決定することで,術者の操作に応じた剥離を表出
できる生体軟組織モデルの構築を目的とする.本稿では,
の先端を明示的に管理し,破断の連続を制御できるモデル
複数箇所の操作に応じて動的に破断箇所を決定し,破断進
を構築する必要があると考えた.以上より,剥離手技を表
展方向を制御できる生体軟組織モデルについて述べる.
現できる軟組織剥離モデルの要件を以下に示す.

二つ以上の操作点から生じる応力分布に基づく破断
2. 先行研究
箇所の決定ができること
剛体の破断現象に関する研究は多く行われているが,定

亀裂先端を自動的に判定できること
式化の方法論には諸説存在する[4].一方,軟物体の破断
以上の要件を満たすことで,操作によって異なる破断を表
現象に関しては教科書的な知識が集積されているとは言
出することが可能となり,剥離操作の習得に適用できる動
い難い現状がある.更に,人体軟組織についての破壊強度
的な剥離シミュレーションが可能になると考える.また,
を測定した研究例が少なく,各人体部位の破壊荷重を詳細
対話的なシミュレーションによる剥離手技の習得を可能
に測定したものはない[5,6].また,人体組織の破断を決
とするため,最終的には実時間で剥離面の算出を行うこと
定する絶対的な値を既存の計測装置を用いて取得するこ
が求められる.
とは困難である.人体軟組織は変形に際し非線形の特性を
持つうえ,そもそも剛体・軟物体いずれの対象についても,
リアルタイムの破断計算や三次元の剥離シミュレーショ
固定面
亀裂先端
押込方向
ンは困難である.
このような背景の中で,既存の生体軟組織の変形・破壊
を対象とした VR シミュレーションでは,応力分布や亀裂
進展といった物理現象の再現に着目している.粂らは有限
要素モデルを採用し,全ての要素が破断可能であることを
前提に,一箇所の操作点に力を加えた場合の応力分布に基
剥離面
引張方向
z
y
づいて破断箇所を決定している[7].荒井らのモデルは,
亀裂先端
押込方向
x
図 2 異なる操作による剥離進展の違い
一箇所の操作点に力を加える方向に応じて生じる応力分
布に基づいて亀裂先端の進展方向を決定している[8].一
3.1 応力分布に基づく破断箇所の決定
方,林らは二次元の平板モデルを重ね合わせ,最上位の表
本研究では軟組織のモデル化にあたり,破断には剪断応
層の膜のみを剥離する様子をシミュレートしている[9].
力が最も寄与するという考え方に基づき,最大剪断応力仮
しかし,このモデルでは剥離面が予め定義されており,剥
説[4]を採用する.操作点からの力による変形,および変
離面以下の組織との接続点を切断することによる簡略な
形が限界に達した時点で発生する破断を連続的にシミュ
モデリングが行われている.このため,術中で発生する層
レーションする.更に,高速な力学計算を実現するため,
をまたいだ破断の食い込み現象を表現できない.
既存の四面体有限要素法[7]を採用し,各要素四面体の応
いずれの関連研究についても操作点は一箇所ないし一
辺に限られており,本研究が対象とする二点の操作点に与
えられる力を考慮した剥離の表現はできない.また,操作
者が明示的に亀裂先端を制御する操作も行えない.
力解析結果に基づいた軟組織の破壊表現を行う.
3.1.1
最大剪断応力仮説による破断決定
軟組織を四面体集合に分割して表現する.分割された各
要素が弾性体であるとし,各四面体には弾性率としてヤン
グ率とポアソン比を定義する.弾性体の変形に粘性による
3. 二点操作を可能とする生体軟組織の剥離モデル
時間遅れが無いものと仮定すると,各有限要素の変位 u に
既存の触診などを対象とした VR シミュレーションでは,
生体軟組織の変形挙動を物理現象に則って正確に表現す
伴い物体全体に生じる力 f は,
f = Ku
(1)
ることで,触診の訓練を可能としている[3].VR シミュレ
で求められる.ここで f,u はそれぞれ要素四面体の各頂
ーションによる剥離操作習得についても同様に,生体軟組
点ノードにおける反力ベクトルおよび変位を示す.K は剛
織の変形・破壊を力学的に正しく表現することが重要であ
性マトリクスであり,物体の弾性に応じて静的に決定され
ると考えられる.これに加え,剥離操作では軟組織の引張
ているものとする.変形入力を行うと接触点が変位し,式
と押込の両方の操作を考慮する必要がある.また,剥離の
(1)に基づいて反力 fc が返る.このとき,fc 以外の頂点に
伝搬方向については,押込操作における力の方向と大きさ
かかる力は釣り合っており 0 である.予め剛性マトリクス
を反映することが望ましいと考えられる.図 2 に操作に応
K の逆行列 L を算出しておく.剛性マトリクス K の逆行列
じて異なる剥離が進展する様子を示す.ある剥離面が表出
L に対して fc を乗じることでモデル全体の変位 uall を求め
している状態で軟組織モデルに与える操作の違いにより,
ることができる.
異なる剥離が進展すると考えられる.更に,剥離は剥離面
uall = Lfc
(2)
の軌跡に沿って進行しやすくなると考えられる.したがっ
次に,各要素四面体に形状および弾性率から計算される
て本研究では,動的な破断箇所を算出すると同時に,剥離
変位-歪みマトリクス B および応力-歪みマトリクス D から
応力-変位マトリクス DB を計算し,応力-変位マトリクス
に対してモデル全体の変位 uall を与えることにより,モデ
ル全体の応力分布が求められる.
fstress = DBuall
(3)
既存モデルは幾何形状,弾性率に加え,各要素四面体に
変形限界の閾値として破断応力値を設定している.各要素
四面体にかかる剪断応力値 τが予め設定された破断応力
値を超えた要素四面体が破断したと判定される.
3.1.2
(A)
応力分布の重ね合せの導入
提案モデルでは,既存の破断モデルを拡張し,引張点と
図3
(B)
(A)面接触要素,(B)点接触要素への破断伝播
押込点の二つの操作点を設定する.剥離進展方向は二つの
操作点での引張・押込方向により定まると考えられるため, 3.3 計算アルゴリズム
破断要素を二つの操作点から生じる応力分布に基づいて
図 4 に剥離操作の力学計算アルゴリズムを示す.破断を
剪断応力値を求め,破断箇所を決定する手法を提案する.
シミュレートする過程を,要素剛性マトリクス・応力-変
なお,三次元的な亀裂の制御は困難であるため,図 2 にお
位マトリクス構築,変形操作,反力計算,変形計算,応力
ける y 軸方向(奥行方向)への回転は生じないとする簡略
計算,破断処理の六つのプロセスで構成する.提案モデル
化を行う.これにより図 2 に示すように,亀裂先端近傍に
では変形計算によりモデル内部に生じる応力を算出し,応
加える力の向きが亀裂に沿った方向である場合には既に
力分布に基づく破断をシミュレートする.また,応力-変
ある亀裂進展方向に破断が進行し,上方を向いている場合
位マトリクスを予め準備しておくことで,変形計算で物体
には上方に破断が進展しやすくなると考えられる.
全体の変位が算出された後,応力を算出できる.
3.2 亀裂先端の自動判定
応力計算では二つの操作点への操作により生じる応力
本研究では,ある時点での亀裂先端情報と,それまでの
に基づき,剪断応力を算出する.破断されない場合には変
亀裂軌跡情報を管理することにより,破断要素の分布に応
形操作・変形計算・反力計算・応力計算を繰り返し行うこ
じた破断領域の決定を行えるようにする.
とでモデルの変形を継続する.破断要素が生じた場合には,
3.2.1
破断要素のヤング率を 0 に近似して*1 更新し,要素剛性マ
破断の先端情報の判定
剥離がある程度進行するとまだ剥離していない生体膜
トリクスの再構築を行う.また,亀裂先端情報を更新する.
において,既に剥離した面の軌跡に応じて剥がれやすい方
向が定まるものと考えられる.提案手法では,まず破断要
1. 変形操作
素の軌跡を表現するため,ワンステップ前の破断要素と現
ユーザからの変形入力
在の亀裂先端にあたる要素四面体の情報を管理する.亀裂
2. 反力計算
先端要素の判別方法と,判別後の計算処理手順は次の通り
である.
3. 変形計算
亀裂先端付近には応力が集中すると考えられるため,現
在応力が集中している要素に最も近い破断した要素を亀
4. 応力計算
裂先端とする.亀裂先端要素が更新される毎に,ワンステ
各操作点からの応力分布算出
ップ前の破断要素を剥離開始要素とする.亀裂先端要素と
剥離開始要素の重心同士を結んだ直線を含む剥離平面を
No
Yes
破断判定
変形ループ
破断ループ
5. 破断処理
亀裂先端情報の更新
図 4 剥離操作の力学計算アルゴリズム
作成し,破断軌跡を平面で管理する.
3.2.2
0. 要素剛性マトリクス,
応力-変位マトリクス構築
ユーザへの反力出力
破断領域の決定
亀裂は,その先端近傍における押込方向と力の大きさに
従って進展する.幾何的に連続的な破断を表現するには,
4. シミュレーション検証
4.1 実験条件
図 3 に示すように,隣接面,あるいは共通な頂点を持つ要
二つの操作点に与えられた操作から破断進展を動的に
素四面体に破断が伝播する必要がある.提案手法では各四
決定できることを確認するため,3.1.2 節に示した提案手
面体要素について,互いに点接触する要素を事前に管理し, 法を三次元薄板モデル(要素数 586)に適用してシミュレ
破断に応じて破断軌跡の方向に点接触する要素への破断
ーションを行った.本稿で採用した軟組織モデルは均質な
伝播を定義する.なお,図 3(B)に示すように互いに点接触
完全弾性体を仮定し,ヤング率は 5MPa,ポアソン比は
する要素四面体に破断が伝搬する場合には,破断判定され
0.4MPa,破断応力値は 3 とした.なお,三次元薄板モデル
た要素四面体のみで連続な面を決定できないため,破断面
の上部は固定した状態で実験を行なっている.
を表出できるよう破断した要素四面体間を補間する要素
本稿では亀裂先端近傍に与えられる力に応じて動的に
四面体を設定する必要がある.
*1: 実際には計算処理の破綻を防ぐため,0.00001 としている.
剥離面を表現できることを確認するため,亀裂先端近傍に
ると考えられる.一方,図 5(D)においてはモデルの右端か
与えられる押込方向を y 軸方向に平行な平面で近似する.
ら破断が進行しており,二つの操作点における操作によっ
近似平面上に存在する要素四面体に対し,剪断応力値を一
て剥離が成功した例であると言える.以上のように,提案
定量加算することとした.また,比較のために,3.1.1 項
モデルでは剥離の成功と失敗という解釈が成り立つよう
に示した既存手法を同一三次元薄板モデルに適用してシ
な破断の違いを表出できていると考えられる.
ミュレーションを行った.本実験では各手法を適用したモ
デルの挙動確認が目的であるため,予め操作点に加える力
の大きさや角度を設定して実験を行なっている.ただし,
5. まとめ
本研究では二つ以上の操作点によって動的に剥離面を
図 4 に示す変形操作・反力計算におけるユーザへの入出力
決定できる生体組織モデルの構築を行なった.本稿では二
フィードバックは行われない.
つの操作点からの応力分布に基づいた破断領域を決定で
実験は汎用な PC(CPU: Intel Xeon 3.20GHz,Memory: 4GB,
きる軟組織モデルの提案を行った.押込方向を平面で近似
Graphic Card: RADEON X850 Series , OS: Microsoft XP
した場合の破断進展について評価した.評価実験では,提
Professional x64 Edition)を用いて行った.
案モデルに二つの操作点からの力を印加した後,亀裂先端
4.2 結果と考察
近傍からの押込方向に応じて破断が進展している事が確
既存モデルにおいて,モデル左下部分への引張操作を行
認できた.今後はある時点での亀裂先端情報と,それまで
った場合の破断進展の様子を図 5(A)に示す.次に,提案モ
の亀裂軌跡情報を管理することにより,破断要素の分布に
デルにおいてモデル左下部分への引張操作,亀裂先端近傍
応じた破断領域の決定を行えるようにする.
への押し込み操作を行った場合の破断進展の様子を図
5(B)~(D)に示す.ただし,図 5 では,引張操作点・押込
参考文献
操作点を,それぞれ薄板モデルの右下・中央付近としてお
[1]藤原 道隆,岩田 直樹,田中 千恵,渡邉 卓哉,小寺 康
弘,中尾 昭公:内視鏡下手術訓練システムの現状と今
り,力の方向を矢印で示している.
後の展望,日本バーチャルリアリティ学会誌 Vol.15,
t
初期状態
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f1
性値データベース,
http://cfd-duo.riken.jp/cbms-mp/index.htm,
最終アクセス日:2011/07/15.
f2
(D)
[7]粂 直人,中尾 恵,黒田 知宏,吉原 博幸,小森 優:
f1
VR シミュレータを目指した生体軟組織の剥離シミュレ
ーション,生体医工学,Vol.43,No.1,pp.76-84,2005.
図 5 破断進展の様子
[8]荒井 良祐,黒田 嘉宏,鍵山 善之,黒田 知宏,大城
理:応力状態による破壊進行を考慮した有限要素モデ
図 5(B)~(D)では,モデルに二つの操作点からの力を印
加した後,亀裂先端近傍からの押込方向に応じて破断が進
ルの構築,日本バーチャルリアリティ学会大会論文集,
2008.
展している事が確認できた.図 5(B),(C)についてはモデ
[9]林 哲洋:手術シミュレーションにおける剥離表現を目
ル中央から破断が順に進行しているが,これは二つの操作
的とした弾性変形モデル,奈良先端科学技術大学院大
点からの力の与え方が適切でなく,剥離が失敗した例であ
学情報科学研究科修士論文,2009.
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