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なぜ人は自殺するのか~自殺原因帰属における

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なぜ人は自殺するのか~自殺原因帰属における
なぜ人 は 自殺 す るの か
∼ 自殺 原 因帰属 にお け る原 子価 の影響 につい て ∼
小
原
優
Whydopeoplecommitsuicide?
Theeffectofvalencyontheattributionofcausetosuicide.
YuuOHARA
奈良大 学大学 院研 究年 報
第16号 別刷
ReprintedfromAmualReports
ofTheGraduateSchoolofNaraUniversity
No.16,March2011
平成23年3月
小原
なぜ人は 自殺 するのか
なぜ人 は 自殺 す るの か
∼ 自殺 原 因 帰 属 にお け る原 子 価 の影 響 に つ い て ∼
小
原
優*
Whydopeoplecommitsuicide?
Theeffectofvalencyontheattributionofcausetosuicide.
YuuOHARA
要
自殺 思 考(自 殺 願 望)に
つい て、 パ ー ソ ナ リ テ ィ の一 側 面 で あ る原 子 価 との 関 連 を調 べ た。 自殺 者 の
研 究 に お い て は 、 本 人 の認 知 の 狭 窄(心 理 的 視 野 狭 窄)が 認 め られ る こ とや 、 デ ー タ収 集 が 難 しい こ と
な どか ら、 心 理 的 な面 か らの ア プ ロ ー チが 難 しか っ た。 そ こ で帰 属 理 論 に お け る 原 因 帰 属(自
己知 覚 理
論)を 用 い て 、 誰 もが 経 験 し得 る 自殺 思 考 の み に焦 点 を当 て て、 パ ー ソ ナ リテ ィ との 関 連 を調 べ た。 予
備 調 査 に お い て 自殺 の原 因帰 属 を調 査 した と こ ろ、 対 象 関 係 的 な 「つ な が りの 喪 失 」 が 太 き く関 わ っ て
お り、 そ れ を 軸 と し て4つ
(SCA)を
の 類 型 に 分 け る こ と が で きた 。 そ の 結 果 を も と に 、 自殺 原 因帰 属 尺 度 を
作 成 し調 査 した 。SCAの
結 果 と、 個 人 の原 子 価 構 造 を測 定 す るVATに
よ る結 果 と の 関連 を調
べ た と ころ 、 関 連 が あ る こ とが 確 認 され た。 そ の 結 果 か ら、 誰 もが 自殺 思 考 を持 ち得 る こ と、 パ ー ソ ナ
リテ ィ に お け る個 人差 の あ る こ とが 示 され た。 また 、 自殺 研 究 に お け る新 しい研 究 法 が示 され た 。
自殺 、原 因帰 属 、 原 子 価
誰 も まだ 、 自殺 者 自身 の 心 理 をあ りの ま ま に書 い た もの は ない 。 それ は 自殺 者 の 自尊 心 や
或 い は彼 自 身 に対 す る心 理 的 興 味 の不 足 に よる もの で あ ろ う。
君 は新 聞 の 三 面 記 事 な ど に生 活 難 と か、 病 苦 とか 、 或 い は 精 神 的 苦 痛 とか い ろ い ろの 自殺
の動 機 を発 見 す る で あ ろ う。 しか し僕 の経 験 に よれ ば 、 そ れ は動 機 の全 部 で は な い 。 の み な
らず 大 抵 は 動 機 に 至 る道 程 を示 して い る だ け で あ る 。 自殺 者 は大 抵 レ ニ エ の描 い た よ う に何
の た め に 自殺 す る の か を知 ら ない で あ ろ う。 そ れ は 我 々 の 行 為 の す る よ うに複 雑 な 動 機 を含
んでいる。
芥川龍之介 『
或 旧友 へ 送 る手 記 』
平成22年9月17日
受 理*奈
良 大 学 附属 高等 学 校 ス ク ー ル カ ウ ンセ ラ ー
一85一
奈良大学大学 院研究年報
第16号(2011年)
問 題 と 目的
1.自
殺の現状
警 察 庁 の発 表 に よる と、1998年 に 日本 の年 間 自殺 者数 が32,863人 に な っ て以 来 、年 間 自殺 者 は
3万 人 台 を 下 る こ とが な い 。 ま た、 現 実 に は 自殺 で あ る の に事 故 死 や 不 審 死 と判 定 され て い る例
もあ る と さ れ て い るの で 、 自殺 の実 数 は さ らに多 い もの と考 え られ て い る 。未 遂 者 につ い て も少
な く と も既 遂 者 の7.7倍 は存 在 す る と推 定 され て お り(高 橋,1992)、
自殺 は多 くの 人 に とっ て 身
近 な存 在 と な って い る。 自殺 に対 して の対 策 は様 々 な分 野 で行 わ れ て お り様 々 な機 関 の連 携 に よ
って 体 制作 りが行 わ れ て い る。1996年 に は 国連 か ら国の レベ ル にお け る ガ イ ドラ イ ン も発 表 され 、
日本 で は2006年 に 自殺 対 策基 本 法 が 成 立 した。 しか しなが ら未 だ に 自殺 者 数 は高 い水 準 を維 持 し
て い る現 状 が あ り、新 た な立 場 か らの協 力 が求 め られ て い る。
本 研 究 で は 、 自殺 の 原 因帰 属 と 自殺 思 考 、 パ ー ソナ リ テ ィ に焦 点 を当 て る こ とで 、 自殺 に関 す
る新 しい視 点 か らの実 証 的研 究 を試 み る。
2.自
殺研究の歴史
自殺 は 、古 くは哲 学 や宗 教 な どか ら幾 度 と な く論 じられ て きた 。 日本 に限 らず 自殺 は古 くか ら
タ ブ ー と され て きた が 、 同時 に 自殺 を是 とす る道 徳 観 や倫 理 観 は、 様 々 な変 遷 を経 て はい るが そ
れ ぞ れの 社 会 に見 る こ とが で きる。 井 口孝 親(1934)はr自
殺 の社 会 学 的研 究 」 の な か で道 徳 を 、
一 切 の 自殺 を否 定 す る単 純 道 徳 とあ る種 の 自殺 を肯 定 す る緩和 道 徳 に分 け ヨー ロ ッパ の 自殺 の 肯
定 と否 定 につ い て述 べ て い る。 自殺 は どの よ うな 文 化 に も見 られ て い るが 、 社 会 学 的 に見 れ ば そ
の 扱 われ 方 に は大 きな違 いが あ り、 同 じ 自殺 とい う表現 で も、 自殺 した人 の行 為 の 意 味 や 、 そ れ
を 目撃 した 人 の捉 え方 は 、 時 代 に よ っ て 大 き く変 化 して い る 。 遺 書 の研 究 で 自殺 学 を築 い た
EdwinShneidman(2005)も
自殺 の定 義 づ け にお い て は時 代 と文 化 の設 定 にお け る重 要 さ を強 調
して い る。 自殺 の 歴 史 は古 く、原 始 社 会 に も存 在 して い た と され る が(井 口,1934)、 自殺 とい う
文 化 が 時 代 、 社 会 を問 わず 見 られ 、現 代 社 会 に お い て も大 き な課題 と して 生 々 し く扱 わ れ る こ と
自体 が 自殺 の 特 性 を特 徴 付 ける もの で もあ る 。心 理学 にお い て も 自殺 は 、 学 派 を問 わ ず に研 究 さ
れ 続 けて い るテ ー マ で あ る。
1)精
神分析的観点
心 理 学 にお け る代 表 的 な 自殺 研 究 につ い て 、 まず 精 神 分 析 的 視 点 につ い て 述 べ る 。
Freudが 発 表 した症 例 論 文 で は、 ハ ンス少 年 の 事 例 を除 い た す べ て の 論 文 に 自殺 の症 候 学 が論
じられ て い る 。Freud(1895)は
(1)他 者(特
そ れ らの 症 例 か ら7つ の動 機 を示 して い る。
に親)に 対 す る死 の願 望 の 自 己処 罰
(2)自 殺 を よ く考 え る親 との 同 一視
(3)他 者(ラ
イバ ル)へ の激 しい憤 怒 の反 動
(4)リ ビ ドーの 満 足 の 欠如
(5)辱 め か らの 逃 避
一86一
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す るの か
(6)救 助 の叫 び
(7)願 望 充 足
Freud(1895)は
、 自殺 は これ らの 結 果 か ら発 生 す る と考 え、 実 際 に 自殺 が 遂 行 され る た め に
は 数 々 の 強 烈 な動 機 が 一度 に働 か ね ば な らな い こ と を強 調 した 。Freudは 当 初 、 リ ビ ドー論 の枠
内 で 自殺 につ い て 述べ て い た が 、r快 原 則 の彼 岸 」 発 表 以 後 は 、 死 の 本 能 に基 づ い て 自殺 を論 述
して い る(Freud,1920)。
死 の 本 能 とは、 有 機 体 が 本 来 の 無 機 的状 態 へ と戻 ろ う とす る基 本 的 傾
向 の こ とで あ り 「
生 命 あ る有 機 体 に内 在 す る衝 迫 で あ っ て、 以 前 の あ る状 態 を快 復 し よ う とす る
もの」 で あ る。Freudは 死 の本 能 の 臨床 的根 拠 と して 、 陰性 治 療 反 応 、 反復 脅 迫 、 戦 争 神 経 症 の
不 安 夢 、マ ゾ ヒズ ム な どを挙 げ 、こ れ らの 現 象 に見 られ る苦 痛 な体 験 の 反 復 は 快 感 原 則 を凌 い で 、
よ り根 源 的、 一 時 的 、 かつ 衝 動 的 で あ る と し、 これ らの 反 復 脅 迫 を もた らす もの と して死 の本 能
とい う概 念 を仮 定 した。 「有 機 体 は 、 そ れ ぞ れ の 流 儀 に従 っ て死 ぬ こ と を望 み 、 これ ら生 命 を守
る番 兵 も、 も と を た だせ ば死 に仕 え る衛 兵 で あ っ た の だ」 とFreudは 述 べ て い る が 、 そ の 中で 重
要 と な るの は、生 と は受 動 的 に始 ま る もの で あ るが 、人 間 は 自分 の 死 の あ り方 につ い て の 「
望 み」
を持 つ こ とが で き る とい う点 で あ る。
Freud(1920)は
自殺 につ い て 「自我 が 対 象 充 当 の 逆 転 に よ っ て 自分 自身 を対 象 と して扱 い 、
対 象 に向 か っ てい た敵 意 を 自分 に 向 け 、 そ れ が外 界 の 対 象 に対 す る もの と入 れ 替 わ っ た とき、 自
我 は 自 ら を殺 す 」 と述 べ 、 自殺 で は 自我 が対 象 に 圧倒 され て い る と考 えた 。 自我 に と っ て生 き る
こ と とは 、 エ ス の 代 表 者 で あ る超 自我 に よ っ て愛 され る こ と と され るが 、 と き に超 自我 が 自我 に
憤 怒 し迫 害 す る と感 じた と きに は 、 自分 自 身 を放 棄 す る こ と さえ あ る。 そ して この 際 に超 自我 を
支 配 して い る もの は死 の 本 能 で あ る と した 。 しか し、 死 の本 能 が どの よ う な形 で 自殺 へ と繋 が る
の か につ い て は 系 統 的 な論 述 は果 た され なか った 。
またHafsi(2009)は
自殺 に つ い て 、Bion(1961)が
提 唱 した 原 子 価 理 論 を用 い て 精神 分 析 的
に言 及 して い る。 原 子価 理論 につ い て の 詳 細 は後 述 す る。
2)認
知心理学的視点
Shneidman(2005)は
、 自殺 の定 義 につ い て 「自殺 とは 自 らが もた ら した 生 命 を止 め る意 識 的
行 為 で あ り、 あ る問 題 に対 して 自殺 が最 善 の選 択 で あ る と認識 す る 必 要 に迫 られ た 人 の 多 面 的 な
病 態 と考 え る と もっ と もよ く理解 で きる」 と述べ た 。Shneidmanは
「あ る個 人 が 何 らか の 意 識 的
な意 図 に 基 づ い て 自 らの 命 を絶 と う と した と きに だ け 自殺 は 起 きる 」 と し、 自殺 が 起 き る と き に
は常 に あ る種 の 認 識 と意 識 的 な意 図 が認 め られ る と して い る 。 た だ し同 時 に、 自殺 が 最 善 の 解 決
策 で あ る と誤 っ て 認 識 さ れ た結 果 自殺 は生 じ る と して い て 、 自殺 を考 え るの は本 質 的 に誤 っ た
(あ る い は 異 常 な)こ
とで は な い が 、 自殺 が 唯 一 の解 決 方 法 で あ る と考 え る こ とが異 常 な の で あ
る と述べ た 。
Shneidman(2005)は
そ の よ う な、 自殺 を最 善 の選 択 肢 で あ る と認 知 す る原 因 と して 焦 燥 感 を
挙 げ て い る 。 焦 燥 感 が 高 まる こ と自体 が 直 ち に 自殺 の危 険 を 及 ぼ す もの で は ない が 、 重 要 な こ と
は通 常 の状 態 、 あ るい は 世界 に と どま っ て い る とい う一般 的 な状 態 にあ る人 は 自殺 しない とい う
こ とで あ る 。 また 加 藤(1954)は
「真 の 自殺 とは 、 あ る程 度 成 熟 した 人 格 を持 つ 人 間 が 、 自 らの
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奈良大学大学 院研究年報
第16号(2011年)
意 志 に基 づ い て 死 を求 め 、 自己 の 生命 を絶 つ 目的 を持 った 行 動 を取 る こ と に限 ら な け れ ば な らな
い 」 と した 。 自殺 の意 思 につ い て 大 原(1965)も
自殺 を 「自 ら を殺 す 行 為 で あ っ て 、 しか も、死
にた い とい う意 図 が認 め られ 、 また そ の結 果 を予 測 しえた 死 で あ る」 と定 義 した。 こ れ らの 自殺
の 定 義 にお い て 重 要 に な るの は 、何 れ の定 義 も本 人 の 認 知 の 上 で 意 図 的 に 自殺 が 行 わ れ る こ とを
重 要視 して い る点 であ る。
3)社
会学的観点
社 会 学 者 のDur㎞eim(1897)は
自殺 とい う現 象 を正 し く、 また 十分 に説 明 す る に は 、 個 人 的
要 因 の研 究 だ けで は不 十 分 で あ り、 社 会 的 要 因 に よ る社 会 学 的 説 明 が 必 要 で あ る と述 べ て い る 。
Dur㎞eimは
「自殺 論 一
社会学的研究一
」 の な か で 、r社 会 学 的 方 法 の 基 準 」 で 確 立 され た 社 会 学 的
方 法 を用 い て、 自殺 を引 き起 こす 社 会 的要 因 に よる 自殺 の 分類 を試 み た 。心 理 学 と は異 な る観 点
で あ るが 、 重 要 な概 念 で あ る と思 わ れ るの で 、 こ こ に述 べ る。
i.自
己本 位 的 自殺
自 己本 位 的 自殺 は、 自殺 者 が 属 して い る社 会 集 団 の凝 集性 が弱 く、 そ の 内 面 的 な結 束 力 が 弛
緩 して い る場 合 に生 じ る 自殺 の形 態 で あ る。 従 っ て 、 あ る個 人 が属 して い る社 会 集 団 の 凝 集 性
の 度 合 いが 弱 い ほ ど 自殺 率 は高 くな り、 逆 に そ れ が強 い ほ ど 自殺 率 は低 くな る とい う関 係 が 見
られ る。 例 え ば信 仰 集 団 の場 合 、 プ ロ テ ス タ ン トの 人 々 とカ トリ ッ ク教 徒 と を比 較 す る と、 プ
ロ テス タ ン トの 人 々 の 方 が 自殺 率 は顕 著 に高 くな る 。 プ ロ テ ス タ ン トは カ トリ ッ ク よ りも信 仰
の 動 機 や 形 態 が よ り多 く個 人 の 意 識 に任 され て い て 、信 者 自身 に よる聖 書 の検 討 な ど、 信 仰 を
打 ち立 て る 自由 が よ り多 く与 え られ て い る 。
ii.集 団 本 位 的 自殺
集 団 本 位 的 自殺 は 、 自殺 者 の 属 す る集 団 の凝 集 性 や統 制 力 が あ ま りに強 く、 また彼 が そ の 集
団 に対 して 有 す る 一体 感 や 帰 属 性 の 度 合 い もあ ま り に強 い が故 に起 こ る もの で あ る。 従 っ て
人 々 の 属 して い る集 団 の結 束 力 が 強 く、 彼 らが こ の集 団 に対 して 自己 没却 的 で あ る度 合 い が 強
い ほ ど 、 こ の 種 の 自殺 は 多 く な る と い う 関 係 が 見 ら れ る 。 こ の 傾 向 を 説 明 す る た め に
Dur㎞eim(1897)は
ヨv・
…ロ ッパ 諸 国 にお け る 軍 人 の 自殺 傾 向 が一 般 市 民 よ り も大 きい こ と を
示 す 多 くの 事例 を挙 げ てい る。
iil.ア ノ ミー 的 自殺
ア ノ ミ ー的 自殺 は 、社 会 が 突 然 の 危 機 に見 舞 わ れ 、無 規 制状 態(ア ノ ミー)に 陥 っ た場 合 に
起 こ る タ イ プの 自殺 で あ る。 ア ノ ミー とは 、 人 々 の行 動 を規 制 す る共通 の道 徳 的 規 範 の 失 わ れ
た 混 乱状 態 を意 味 す る述 語 と して 、社 会 学 の 分 野 で は広 く使 わ れ て い る。ア ノ ミー 的 自殺 で は 、
社 会 的 無 規 制 の 故 に過 度 に肥 大 した人 々 の欲 求 が 、危 機 的状 態 に直 面 して不 意 に満 た され 得 な
く な っ たた め に起 こる狂 気 じみ た焦 燥 や 激 しい憤 怒 が動 機 と なる 。例 え ば 、経 済 的 好 況 が しば
ら く続 い た あ と、 突如 と して大 恐 慌 が 訪 れ た よ うな場 合 に成 金 た ち が 陥 る 焦燥 が そ の 一 例 で あ
一88一
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る の か
る 。
iv.宿 命 的 自殺
宿 命 的 自殺(Durkheimはr自
殺 論 」 発 表 当 時 、 宿 命 的 自殺 は今 日で は重 要性 を持 た な い と
言 っ て 自殺 論 の 中 で は 第四 の 自殺 タ イ プ と して 記 述 して い ない)は 過 度 の 規 制 か ら生 じる 自殺
で あ り、 無 情 に も未 来 を 閉 ざ され た人 々 の 図 る 自殺 で あ る 。 こ う した 人 々 の 情 念 は 、抑 圧 的 な
規 制 に よ って 圧 迫 さ れ てい る。 そ れ には あ ま りに も年 若 い夫 や 、子 ど もの ない 妻 の 自殺 が該 当
す る。 歴 史 的 に見 れ ば、 あ る条 件 の 下 で 頻発 した と言 わ れ る奴 隷 の 自殺 、 す な わ ち極 端 な物 質
的 ・精神 的仲 裁 の横 暴 を原 因 とす る よ うな 自殺 が この タイ プ に 当 て は まる と され る。
Durkheimのr自
殺 論 」 は 、発 表 され た 当時 か ら多 くの 賛 同 者 を得 な が ら、 他 面 で は様 々 な批
判 を受 け た 。特 に、 自殺 の 原 因 と して社 会 的 要 因 を強 調 す る あ ま り、個 人 的 ・心 理 的 要 因 を閑 却
した こ とが しば しば指 摘 され る。個 人 が 属 す る社 会 の制 約 や 結 束 力 が 自殺 の 要 因 で あ る と して も、
この よ う な社 会 の 制 約 に対 す る 反応 には 多 くの個 人 差 が あ り、 同 じ社 会 条 件 の 基 にあ るす べ て の
人 々 が 自殺 す る わ け で は な い。
Dur㎞eimの
研 究 はそ もそ も個 人 の 心 理研 究 だ け で は不 十分 とい う立 場 か ら始 ま っ て い る の で、
そ の よ うな批 判 は不 適 当 で は あ る か も しれ な い。 しか しなが らr自 殺 論 」 で 示 され た研 究 に、 個
人 の 内 面 的 な視 点 や 、 統 計 に は表 れ な い数 多 くの 自殺 未 遂 者 が 無 視 され て い る の は 事 実 で あ る。
自殺 の歴 史 や社 会 学 的検 証 は 、 自殺 の現 状 と合 わせ て多 くの 視 点 を提 供 す る もの で あ るが 、 そ の
出発 点 に お い て個 人 が 自殺 を ど う捉 え て い る の か、 個 人 の 中で 何 が 生 じた場 合 に 自殺 が 起 き るの
か に つ い て は無 視 され て し ま う。 しか しな が ら、 そ の よ う な課 題 は心 理 学 的観 点 に関 して も言 え
る こ とで あ る。 次 に、 そ れ らの 自殺 研 究 の 問題 につ い て述 べ る。
3.自
殺研究の問題
自殺 は心 理 学 だ け を とっ て も様 々 な分 野 か らア プ ロ ーチ され てい るが 、 種 々 の研 究 に見 られ る
自殺 定 義 の複 雑 さか ら もわ か る よ う に、 自殺 の研 究 とは非 常 に 困難 な もの で あ る 。
Dur㎞eimは
自殺 を社 会 学 的 観 点 か ら 自殺 を4つ に分 類 した が 、 そ の結 果 と して どの よ う な個
人 が 自殺 す る の か に つ い て は言 及 す る こ とが で きな くな った 。 この よ うな 自殺 研 究 にお け る課題
はDur㎞eimに
限 らず 、様 々 な研 究 にお い て も共 通 な課 題 と して残 っ て い る。
そ れ らの課 題 は 、 自殺 の傾 向 や原 因 な どを直 接 研 究 した と して も、 あ る個 人 が 自殺 す るか につ
い て は分 か らな い 、 とい う こ とに ま とめ る こ とが で きる。 そ れ は、 そ れ らの傾 向 や 原 因 を持 ち な
が ら も 自殺 しない 人 が必 ず 存在 す るか らで あ る。 どの よ うな傾 向 や 原 因 も、Shneidman(2005)
が直 接 言 及 した よ うに 十分 条 件 に は な り得 るが 、 そ の 条 件 の 下 に生 きて い る(自 殺 し ない)人 の
存 在 が あ る限 り必 要条 件 に は な り得 な い。 例 え ば高橋(1992)に
よれ ば、 重 傷 の うつ 病 に罹患 す
る と自殺 の危 険 が 高 まる こ とは 明 らか で あ る の だが 、 だか ら とい っ て うつ 病 に な っ た 人 全 て が 自
殺 す る わ けで は な い 。 うつ 病 よ りも絶 望 感 の方 が 自殺 に深 く関連 す る とい う研 究 もあ る(高 橋,
1992)。 また 、 自殺 す る 人 しな い 人 を区 別 す る こ とは 、種 々 の 理論 的 検 証 か ら も臨 床 的 に も可 能
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奈 良大学大学 院研究年報
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に な って い る と は言 い 難 い 。 そ れ は 、様 々 な ア プ ロ ー チ を受 け なが ら も高 い 自殺 率 が 維 持 され て
い る こ とか ら も分 か る 。
次 に課 題 と して挙 げ られ る の は 自殺 者 が 自分 の 自殺 の 原 因 を は っ き りと分 か っ て い な い 、 とい
う問題 で あ る。 精 神 力 動 的観 点 か らFreud(1895)が
示 した7つ の 動 機 に 関 して も、 無 意 識 下 に
お け る動 機 を見 て取 る こ とが で き る。 ま た、 古 来 か ら タ ブー と され て きた 自死 、 自殺 は攻 撃 性 と
同 じ く、 無 意 識 下 で処 理 され 意 識 に は上 りに くい 。 高橋(1992)も
「
例 えば意識が清 明で、自 ら
死 ぬ 意 志 が 確 固 と して存 在 し、 判 断 能 力 も保 た れ て い て 、行 為 の もた らす 結 果 を十 分 に理 解 して
い る場 合 な ら ば、 自殺 の 定 義 は そ れ ほ ど難 しい もの で は な い だ ろ う」 と述 べ て い る。 ま た、 自殺
既 遂 者 の 研 究 に お い て 遺 書 の 研 究 は 、 自殺 者 の 心 理 を 知 る 上 で 重 要 な 手 が か り と な る が 、
Shneidman(2005)は
遺 書研 究 に つ い て次 の よ うに述 べ てい る。
遺 書 に は価 値 が あ り、 魅 力 的 な文 書 で あ る こ と に は疑 い が ない 。 自殺 を研 究 す る 上 で きわ
め て重 要 な デ ー タを提 供 して くれ る。 しか し、 そ れ は 自殺 行 動 を容 易 に理 解 す る た め の王 道
で は ない 。 遺 書 を熟 読 して もお そ ら くは失 望 す る結 果 と な る。
なぜ こ の よ うな こ とが 起 こ るの か に対 してShneidman(2005)は
「目 的 が 固 定 さ れ て し まい 、
認 知 が狭 窄 し、精神 力 動 的 な否 認 の状 態 とい う、特 殊 な心 理 状 態 で 、遺 書 が書 か れ て い るた め に 、
自殺 を研 究 す る者 が 期 待 して い る ほ ど には 遺書 か らは深 い洞 察 を得 られ な い とい う仮 説 が 立 て ら
れ る」 と述べ 、 自殺 が ま さ に決 行 され よ う と して い る と きに認 め られ る心 理 状 態 を 「心 理 的 視 野
狭 窄」 と呼 ん だ。Alvarez(1972)は
この 状 態 を 「閉 ざ され た 自殺 の 世 界 」 と呼 び 「ひ とた び 自
殺 の決 断 が下 され て し ま う と、 閉 ざ され て 、難 攻 不 落 で、 完 全 に確 信 に満 ち た 世界 に入 って し ま
い、 す べ て の事 柄 、 そ して あ らゆ る 出来 事 が その 決 断 を さ ら に確 固 た る もの に して し ま う」 と記
した。 自殺 者 の 心 理 を研 究 す る為 には 、 そ れ らの 問題 を対 処 してい く必 要 が あ る。
そ れ らの 問 題 に伴 っ て現 れ て くるの が 尺 度 作 成 の 困 難 さで あ る。 自殺 の 危 険 の あ る状 態 に お い
て 心 理 的 な狭 窄 が 認 め られ る な ら ば、 自殺 の 危 険 性 を直 接 測 る こ と は 出来 な くな る 。Shneidman
(2005)は
致 死 性(そ
の 人 が どれ ほ ど死 へ の 傾 向 が 強 ま っ てい る か)と 焦 燥 感 の評 定 を用 い て い
るが 、 致 死性 の 測 定 は容 易 で は ない 。Shneidmanは
自殺 を 「
意 識 的 な行 為 」 で あ る と位 置 づ け て
い る た め に 自殺 の 危 険 性 を致死 性 と して 直接 扱 っ て い る が 、 同 時 に 意 識 的 な行 為 と して現 れ る も
の しか 測 定 す る こ とは で き な くな る。 ま た、Freud(1895)の
言 う 自殺 に至 る プ ロ セ ス も精 神 力
動 的 で あ る が故 に直接 測 定 す る尺 度 は 存在 しな い 。死 の本 能 に お い て も同様 で あ る。 自殺 研 究 に
有 用 と され て い る尺 度 は 、Beckの 抑 うつ評 価 尺 度(Beck,1993)な
ど を始 め 、 数 多 く開発 され て
い るが 同 様 の 課 題 を残 して い る。
ま た 自殺 の 理 論 的研 究 、 臨床 的 研 究 、尺 度 開発 、 そ れ ぞ れ に言 え る こ とで あ る が 、研 究 にあ た
って 自殺 既 遂 者 に 関す る直 接 的 な研 究 が不 可 能 で あ る とこ ろ に も大 きな問 題 が あ る 。 自殺 の既 遂
者 か らは 、 取 り出せ る情 報 が と て も少 な い。 ま た成 功 率 の 高 い 自殺 方 法 を用 い な が ら も 自殺 に失
敗 した未 遂 者 に対 して の イ ンタ ビ ュ ー も試 み られ てい るが 、 遺 書 と同 じ くそ こ に は心 理 的 な狭 窄
が色 濃 く見 られ る(Shneidman,2005)。
自殺 と は 自殺 企 図 が あ る な しに関 わ らず 誰 もが経 験 した
一go一
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る のか
こ との な い もの で あ る か ら、 自殺 に 関 す る 直 接 的 な ア プ ロ ー チ が 難 しい の は 当 然 の こ と と言 え
る。
4.自
殺 へ の 原 因 帰 属 と 自殺 思 考
そ こ で本 研 究 で は、 自殺 思 考(自 殺 願 望)、 帰 属 理 論 、 及 びパ ー ソナ リ テ ィ理 論 を用 い て 新 し
い視 点 か ら実 証 的研 究 を試 み る 。実 証 的研 究 に お い て 自殺 は、 自殺 行 動 と 自殺 思 考 に分 類 され る。
自殺 行 動 と は、 実 際 に行 われ る 自殺 の こ とで 、 自殺 思 考 は死 にた い 願 望 の こ とを指 して い る。 こ
れ まで の 自殺研 究 にお い て は 自殺 行 動 を基 に研 究 が行 わ れ る こ とが 多 く、 自殺 思 考 は そ れ に不 随
す る形 で しか 扱 わ れ て来 なか った 。 そ こで本 研 究 で は 自殺 に関 して 、 直 接 的 に 自殺 行 動 を扱 う こ
と はせ ず 、 誰 しもが 経 験 し得 る 自殺 思 考 の み に焦 点 を当 て て研 究 を行 う。
しか し 自殺 思 考 にお い て も簡 単 に扱 う こ とは で き ない 。 自殺 思 考 を持 つ 、 ま た は 自殺 思 考 を持
ち得 る こ と を検 証 し、 個 人 の 自殺 思 考 を正 し く取 り出 す た め に は、 そ の 他 の 理 論 を併 せ て用 い な
けれ ば な ら ない 。 本 研 究 で は、 自殺 思 考 を個 人 か ら取 り出 し、 明 確 に扱 う ため に帰 属 理 論 を用 い
る。
帰 属 理 論 と は、 出来 事 や 自己 ・他 者 の行 動 に関 して 、 そ の 原 因 を推 論 す る過 程 、 お よ び その よ
う な原 因 推 論 を通 して、 自己 や他 者 の 内 的 な特 性 ・属 性 に関 す る推 論 を行 う過 程 に 関す る諸 理 論
の こ と を言 う。 そ の 中 で も本研 究 で は 自己 にお け る原 因 の 帰 属 、 ま た はそ れ に伴 う自 己知 覚 理 論
のモ デ ル につ い て取 り扱 う。 自己 に関 す る帰属 とは 、 自分 が した行 動 の 原 因 を推 論 す る 、 ま た は
自分 の 感 情 や 態 度 の よ う な内 的 状 態 を推論 す る過 程 で あ る。 自己 知 覚 理 論 で は 、他 者 知 覚 と自 己
知 覚 の プ ロセ ス の 類 似 性 が 強 調 され て お り、 自己 の 内 的 状 態 の 知 覚 にお い て も他 者 の場 合 と同様
に 、 行 動 と そ れ が 起 こ っ た状 況 の性 質 を 考 慮 した 上 で推 論 が 行 わ れ る の だ と主 張 され て い る
(Bem,1972)。
つ ま り本 研 究 の お お ま か な 目的 は、 自殺 思 考 を 自殺 にお け る個 人 の原 因帰 属 か ら捉 え 、パ ー ソ
ナ リテ ィ との 関係 を 明 らか にす る こ とで あ る。 自己 知 覚 理 論 を借 りれ ば 、他 者 に お け る 自殺 の原
因帰 属 の 推 論 は即 ち 、 自分 の内 面 にお け る原 因 帰 属 の 推 論 と対 応 す る もの とな る 。以 上 の こ とか
ら、 本 研 究 の仮 説 は 「自殺 の原 因帰 属 はパ ー ソナ リ テ ィ との 関連 が あ る だ ろ う」 と ま とめ る こ と
が 出来 る。
そ れ を検 証 す る た め、 本 研 究 で は 第1研 究 と第2研 究 の 、2つ の研 究 を行 っ た。
第1研 究
1.目
的
第1研 究 の 目的 は、 自殺 の 原 因 帰属 には どの よ うな もの が あ る の か を明 らか に し、 そ れ を基 に
第2研 究 で 用 い る尺 度 を作 成 す る た め の予 備 調 査 を行 う こ とで あ る。
一91一
奈良大学大学院研究年報
2.方
法
1)対
象 と手 続 き
第16号(2011年)
第1研 究 の対 象 は奈 良 大学 学 生33名 で あ る。授 業 中 に質 問 紙 を配 布 し、教 示 を読 み 上 げ 被験 者
が 回答 してか ら実 験 者 が 回収 した。 時 間 の 制 限 は 設 け なか った 。
2)尺
度
予備調査尺度
自殺 思 考 につ い てAさ ん の 自殺 の 原 因 につ い て推 論 させ る(原 因 帰 属)ス
トー リー と質 問項 目
か ら な る 自由 記 述 の 質 問紙 を作 成 した 。
図1.予
備調査尺度の結果
支持の喪失
大 事 な人 を亡 く した こ とで大 きな シ ョ ック を うけ た 。
自分 自身 を全 否 定 され た 。
一 人 で は ど う しよ う もな くな っ た。
自分 を必 要 とす る人 が い な くな っ た と感 じる よ うに な っ た。
頼 りに して い た 人 か ら裏 切 られ た と感 じた。
問 題 解 決 能 力 の喪 失
仕 事 が無 く なっ た
借 金 を背 負 った 。
大 病 を患 っ た。
悩 み を解 決 す る こ とが で き なか っ た。
努 力 の 成 果 が あ げ られ なか っ た。
悩 み を解 決 出来 ず 日常 か ら逃 げ出 したか っ た。
親 密 関係 の 喪失
婚 約 者 を失 って生 きる意 味 を無 く した。
自分 の 周 りに は だれ もい ない とい う不 安 が強 ま っ た。
近 しい 人 が死 ん で しま っ た。
恋 人 を失 った 。
耐性の喪失
人 間 関 係 の ス トレス に耐 え られ な く な っ た。
人 を誤 って殺 して しまい 思 い 詰 め た 。
ス トレス に 耐 え て い た が それ が 限 界 に達 した。
逃 げ場 所 が な い と感 じたか ら。
教 示 と 自殺 したAさ ん の ス トー リ ー を 示 し、 質 問 項 目 に 自 由 記 述 で 回 答 させ た 。 教 示 と して
「次 の お 話 は 自殺 し て しま ったAさ ん の お 話 で す 。話 を よ く読 ん で 、① ∼ ③ の 質 問 に お答 え くだ
さい 。 正 解 は あ りませ ん 。 自由 に 発 想 して あ な た の 考 え を書 く こ とが 大 事 で す 。答 え る際 に 、 な
るべ く詳 し く お書 き くだ さい 」 と示 し、 次 に ス トー リ ー を提 示 した 。 「Aさん は 自殺 を す る よ う
な人 には 見 え な い 人 で した 。 しか しあ る と き か らAさ ん の 雰 囲 気 が ガ ラ リ と変 わ って し まい 、 近
しい 人 た ち は そ の異 変 に 気 が つ き ます 。 心 配 を してAさ ん に 話 しか け て も 、様 子 が お か し く別 人
一92一
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る のか
の よ う で 、 誘 い が あ って も 断 る よ う にな っ て しま い ま し た 。 そ して 、Aさ ん の 周 り が 、Aさ ん が
自殺 す る の で は な い か と思 い 始 め た 頃 、Aさ ん は死 を 決 意 し、 自殺 を選 ん で し ま い ます 」。 ス ト
ー リー に対 して 「Q1.Aさ
ん は、 何 を理 由 に 自殺 を選 ん だの だ と思 い ます か 」 と質 問 し回答 を求
め た 。 質 問 項 目は 全 部 で3つ 用 意 した が本 研 究 で使 用 した の は、Q1だ け だ っ た。
3.結
果
自由 記 述 の 結 果 を 自殺 、 及 びパ ー ソ ナ リテ ィに 関 す る先 行 研 究 を参考 に し、 大 学 院 指 導 教 員 と
4名 の心 理学 専 攻 の 大学 院生 と共 に内 容 分析 を行 っ た 。
分 析 の 結 果 、 全 て の 回 答 に対 人(対 象)関 係 に お け る な ん らか の 「つ な が りの 喪 失 」 が 含 まれ
る こ とが 分 か っ た 。 そ こで 、全 て の結 果 を 「つ なが りの喪 失 」 を軸 と して再 検 討 した と こ ろ、 図
1に 示 され る とお り、 支 持 の 喪 失 、 問題 解 決 能 力 の 喪 失 、 親 密 関係 の喪 失 、 耐 性 の 喪 失 の4つ の
喪 失 と して分 類 す る こ とが で き た。
4.考
察
内容 分 析 か ら、 自由記 述 の 回答 を喪 失 を軸 に再 検 討 し、 原 因 帰 属 に見 られ る喪 失 を4つ
す る こ とが で きた 。 こ れ らの喪 失 の 分類(喪
失 類 型)を 基 に尺 度 を作 成 し第2研
に分 類
究 で は パ ー ソナ
リテ ィ との 関連 を調 べ て い く。
前 述 の通 り、 自殺 の動 機 と して考 え られ てい る もの は い くつ か あ る が 、 自殺 した 人 と同 じよ う
な境 遇 に お け る個 人 が必 ず し も 自殺 す る と は限 らな い 。 第1研 究 で 得 られ た喪 失 類 型 は そ の 意 味
で重 要 な意 味 を持 っ て い る。
個 人 に お け る 自殺 の原 因帰 属 が 喪 失 を基 に少 な くと も4つ の分 類 が成 り立 つ とい う こ とは 、 必
ず し も一 つ の動 機 が誰 し もに とっ て 自殺 を導 くと は限 ら な い とい うこ とを意 味 す る 。 現代 の 自殺
に お い て 動 機 の 明 らか に な っ て い る もの につ い て は 、(基 準 が 定 ま っ て い な い 現 状 は あ る が)病
苦 に よ る 自殺 が一 番 多 い と され てい る。 しか し、 病 苦 に よ る 自殺 は確 か に多 い と して も、 病 に苦
しむ人 全 て が 自殺 を考 え る わ けで は ない 。 も し喪 失 類 型 とパ ー ソ ナ リテ ィの 間 に 関連 が あ る こ と
が示 さ れ れ ば 、 そ の理 由 を 、個 人 個 人 の 自殺 の 原 因 帰 属 にお け る喪 失 の類 型 が異 な っ て い るか ら
で あ る と説 明 す る こ とが で き る。 そ こで 第2研 究 に お い て は 、 人 間 関係 の 一側 面 で あ る パ ー ソナ
リテ ィ に言 及 し、以 下 の実 証 的 な検 証 を行 っ た。
第2研 究
第2研
究 で 扱 うパ ー ソナ リテ ィ理 論 につ い て は、 自殺 の原 因帰 属 を対 象 関係 的 な つ な が りの 喪
失 と して捉 え た の で 、 「対 象 との つ なが り」 につ い て言 及 され て い るBion、Hafsiら
の 原 子価 論 を
用 い る こ と と した。
1.目
的 と仮 説
第2研 究 の 目的 は 自殺 の 原 因帰 属 と以 下 に述 べ る 「原 子 価 」 とい うパ ー ソ ナ リテ ィの 側 面 との
一93一
奈良大学大学院研究年報
第16号(2011年)
図2.SuicideCauseAttribution
こ れ か ら、 以 下 の ス トー リ ー に つ い て の 意 見 を 伺 い ま す 。
ス トー リー を よ く 読 ん で 、 後 の 質 問 項 目 に お 答 え く だ さ い 。
〈ス トー リー>
Aさ ん は 人 当 た りが 良 く、温 厚 な性 格 の 持 ち主 で した 。 し か し あ る と き か らA
さん の 雰 囲 気 が ガ ラ リ と変 わ って しまい ま した。 近 しい人 た ち が心 配 を してAさ
ん に話 しか け て も 、様 子 が お か し く別 人 の よ うに な って し まい ま した 。 そ して あ
る 日 、Aさ ん は 突 然 自殺 して し まい ま す 。
12345
2.自
分 の 能 力 に対 す る 自信 を失 っ た か ら。
12345
3.健
康 な身 体 を失 っ た か ら。
12345
4.自
分 に生 きて い る価 値 が な い と感 じる よ う に な っ たか ら。
12345
5.逃
げ場 所 が な い と感 じる よ うに な っ た か ら。
12345
6.人
間 関 係 の ス トレス に耐 え られ な くな っ たか ら。
12345
7.自
分 ら し さを認 め られ て い な い と感 じる よ う に な った か ら。
12345
8.自
分 の 理 想 とす る成 果 が あ げ られ な か っ たか ら。
12345
9.自
分 の 将 来 を望 め な くな っ た か ら。
12345
10.仕
事 上 の 地 位 を失 っ たか ら。
12345
11.自
分 の 弱 み が 露 呈 して し ま っ た か ら 。
12345
12.自 分 は人 の 役 に立 て ない と感 じ始 め たか ら。
12345
13.生
き るた め の 目標 が 無 い と感 じる よ うに な った か ら。
12345
14.責
任 か ら逃 れ られ なか っ た か ら。
12345
15.世
の 中が 嫌 に な っ たか ら。
12345
16.財
産 を 騙 し取 ら れ た か ら 。
12345
17.自
分 を必 要 とす る人 が い な くな っ た と感 じ る よ うに な った か ら。 … … …
12345
18.頼
り に して い た 人 か ら 裏 切 られ た と 感 じ た か ら 。
12345
19.心
の 休 ま る 場 所 が な い と感 じ る よ う に な っ た か ら 。
12345
20.人
間 関 係 に 入 り込 み す ぎ た か ら。
12345
21.自
分 をア ピ ール で きな くな っ た か ら。
12345
22.頼
りに して い た 人 を亡 く した か ら。
12345
23.生
活 習慣 が 崩 れ て しまっ た と感 じる よ うに な った か ら。
12345
24.親
密 に つ き あ え る人 が い な くな っ た と感 じた か ら。
12345
25.人
に理 解 され な くな った と感 じたか ら。
12345
一94一
非 常 にあ ては ま る
頼 出来 る人 が周 りにい な くな っ た と感 じた か ら。
少 し あ て は ま る
1.信
ど ち ら で も な い
「
非 常 に あ て は ま る∼全 くあて は ま らな い」 の うちで 数 字 に○ 印 を付 け て
くだ さい 。
あま り あ てはま ら ない
下 の そ れ ぞ れ の 項 目が 、 どれ く らい 自殺 の理 由 と して あて は ま る と思 うか
全 く あ てはま ら ない
① あ な た か ら見 てAさ ん は 、何 を理 由 に 自殺 を選 ん だの だ と思 い ます か 。以
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る の か
関 連 を調 べ る こ と で あ る。 自殺 の原 因(喪 失 類 型)帰 属 は、 原 子 価 の 類 型 と関 係 が あ る だ ろ う と
い う仮 説 を元 に検 証 を進 め る。
2.原
子価
前 述 の 通 り第2研 究 で は、 原 子 価 理 論 を用 い てパ ー ソナ リテ ィ に言 及 す る。
原 子 価 理論 は 、Bion(1961)が
対 人 関 係 、 ま た個 人 の つ なが りを記 述 す る た め に用 い た概 念 で
あ る 。Bionは 、 原 子価 とは 自発 的 、 衝 動 的 な要 素 で あ り、 努 力 や 訓 練 を必 要 と し ない 人 間 の行 動
に お け る本 質 的 な 部分 で あ る と した うえ で 「確 立 した行 動 パ ター ン を通 じて 、他 者 と瞬 間 的 に結
合 す る能 力 」 と定 義 して い る 。 さ ら にHafsi(1992)は
原 子 価 につ い て 「一 定 の 安 定 した形 で対
象 と繋 が る た め の個 人 的 な素 質 や特 性 で あ る」 と再 定義 した 。Bionは 原子 価 の類 型 につ い て は 述
べ て い な い が 、Hafsi(2003)はBionの
基 底 的 想 定 理 論 に 基 づ い て 原 子 価 つ い て4つ の タイ プ を
定 め た。 す な わ ち依 存 原 子価 、 闘争 原 子 価 、 つ が い原 子 価 、逃 避 原 子 価 で あ る。
依 存 原 子 価(Dependency):他
者 と依 存 に よっ て 繋 が ろ う とす る原 子 価 を指 す 。 縦 的対 人 関係
や 相 互 作 用 的依 存 に よ る繋 が りを主 と し、 低 い 自 己評 価 や 他 者 の 過 剰 評 価 が 特 徴 で あ る。 他 者 を
理 想 化 し、 そ の人 に頼 っ てい くしか ない よ う に振 る舞 う傾 向が あ る。 ま た、 依 存 を必 要 とす る 人
に対 して は 同一 化 に よ る共 感 を示 し、他 者 の 役 に立 ち た い とい う思 い か ら、 他 者 か らの依 存 を受
け 入 れ よ う とす る。
闘争 原 子 価(Fight):他
者 と闘 争 に よっ て 繋 が ろ う とす る原 子 価 を 指 す 。他 者 に対 して 強 い 競
争 心 や 攻 撃 性 を持 っ てい る。 主 な特 性 は 自己 主 張 、 攻 撃 性 、 敵 意 、 競 争 心 、 批 判 で あ る。 自 己評
価 が 高 く、 人 の 上 に立 ち たい とい う願 望 を持 つ こ とが 特 徴 で あ る。 対 人 関 係 にお い て積 極 性 や 活
発 性 を発 揮 し、 自分 を表 現 して か ら相 手 の 意 見 を求 め る こ とで 他 者 と繋 が ろ う とす る。 ま た、 感
情 に左 右 され に くい た め現 実 的 な考 え を持 つ 傾 向が あ る。
つ が い原 子価(Paring):他
者 とつ が い 的 な関 係 に よ って 繋 が ろ う とす る原 子 価 を指 す 。 親 しい
対 人 関係 を好 み 、 他 者 と個 人 的 な レベ ル で 付 き合 お う とす る。 他 者 に対 して外 向 的 で 陽 気 に振 る
舞 うが 実 際 は常 に孤独 感 が あ る。 異 性 に対 して 積 極 的 に振 る舞 うが 、 自分 の 友 人 や 恋 人 に対 して
は嫉 妬 深 い傾 向 が あ る 。平 等 主 義 で あ り横 的 な繋 が りを重 視 す る。
逃 避 原 子 価(Flight):他
者 と逃 避 的 な 関 係 に よ っ て繋 が ろ う とす る原 子 価 を指 す 。 葛 藤 の な い
対 人 関係 を好 み 、 関 係 を維持 す る た め に他 者 との 間 に一 定 の 距 離 を置 く傾 向 が あ る。 ま た、 他 者
との 関係 や グル ー プ活 動 にお い て は消 極 的 で 内 向 的 で あ る。 他 者 か らの 規則 や 時 間 、 責 任 の伴 う
地 位 な どに縛 られ る こ とを嫌 い 、人 へ の 依 存 も嫌 う傾 向 が あ る。主 な特 性 は、葛 藤 回避 、逆 依 存 、
過 剰 な遠 慮 、 プ ライ バ シ ー の重 視 で あ る。
原 子 価 に は こ れ らの4つ
で あ る 。Hafsi(2005)は
の タ イ プ が 存 在 す る が 、個 人 が 最 も同 一 化 しやす い原 子 価 は1つ だ け
、 この 最 も頻 繁 に用 い られ る 原 子 価 の こ とを 「活 動 的 原 子 価 」 と名 付
け た。 しか しこの概 念 は 単 な る類 型 論 で は な く、 人 は どの 原 子価 も示 す こ とが で き る点 か ら特 性
論 と捉 え る こ と もで き る。 そ こでHafsiは 活 動 的 原 子 価 以 外 の 副 次 的 に用 い られ る原 子 価 を 「補
助 的 原 子 価 」 と名 付 け た 。補 助 的 原 子 価 は活 動 的原 子価 で は 対 象 との 関係 が結 べ な い と き に用 い
られ る。 従 っ て補 助 的原 子 価 は 円 滑 な対 象 関 係 を結 ぶ ため の 適 応 機 能 が あ る と考 え られ て い る 。
一95一
奈良大学大学 院研究年報
第2研
第16号(2011年)
究 で は 、 個 人 の 原 子 価 構 造 を 測 定 す るValencyAssessmentTest(VAT)と
、 第1研
究
を元 に作 成 した尺 度 を用 い て仮 説 を検 証 す る。
3.方
法
1)対
象
研 究 に協 力 して くれ た の は奈 良 大 学 学 生152名 で あ る 。 う ち男 性 は85名(56%)、
(44%)だ
2)尺
女 性 は67名
った。
度
本 研 究 で用 い た尺 度 は 第1研 究 を元 に作 成 した 自殺 原 因帰 属 尺 度 と、 原 子 価 の 類 型 を測 定 す る
ため にHafsiが 作 成 したValencyAssessmentTestの2種
類 で あ る。
自殺 原 因帰 属 尺 度(図2:SuisideCauseAttribution=SCA)は
第1研 究 で得 られ た結 果 を基 に
作 成 され た尺 度 で あ る。
教 示 と 自殺 したAさ ん の ス トー リー を示 し、 設 問 に1.全
くあ て は ま らな い ∼5.非
常 にあて
は ま る の5件 法 で 回答 させ る。 予 備 調 査 尺 度 と同 じ く、 ス トー リー でAさ ん の 自殺 の 原 因 を推 論
させ て 回答 を 求 め る 。設 問 は第1研 究 で定 め た喪 失 類 型 を用 い て 、個 々 の喪 失 類 型 に 当 て は まる
項 目 を作 成 した 。 一度 質 問紙 を作 成 した後 に心 理 学 部 学 生 とデ ィス カ ッシ ョ ンを行 い 、項 目の 削
除 と追 加 を行 っ た。 またAさ んの ス トー リー に関 して もデ ィス カ ッ シ ョン を行 い 、修 正 を加 え た。
質 問 項 目の 数 は全 部 で25項 目で あ る。 項 目作 成 にあ た っ て は 第1研 究 で求 め た そ れ ぞ れ の喪 失 類
型 を用 い た 。
個 人 の原 子 価 類 型 を測 定 す るた め にHafsi(2010)に
を用 い た。VATはBion(1961)の
よるVelencyAssessmentTest(以
下VAT)
理 論 に基 づ き開発 され た 文 章 完 成 式 の テ ス トで あ る 。 質 問 項
目は グ ル ー プの 状 況 を示 唆 す る途 中 まで の文 章 を 示 し、被 験 者 に完 成 させ る もの で 、 被 験 者 の 対
人 関 係 の 態 度 を分 析 す る こ とが で き る。 依 存5項
共 同 指 標5項
目、 闘争5項
目、 つ が い5項
目 、逃 避5項
目の 計25項 目か ら構 成 され てお り、 ラ ン ダ ム に並 べ られ て い る。 な お 、VATお
目、
よ
び原 子 価 につ い て は2010年 に出版 され た 「目 に見 え ない 人 と人 の 繋 が りを はか る∼ 原 子 価 査 定 テ
ス ト(VAT)の
3)手
手 引 き ∼」 で詳 細 に説 明 され て い る 。
続き
SCAは
心 理 学 関 連 の 授 業 の 時 間 を用 い て 、 質 問 紙 を配 布 し回 答 させ て か ら回収 した 。 実施 に お
い て は教 示 とス トー リー を 口頭 で 読 み 上 げ、 時 間制 限 は設 けず 全 て の 回答 者 が 回答 を終 え て か ら
実 験 者 が 回収 した。
VATは
心 理 学 の 授 業 の 一環 と して授 業 内 で 実 施 され た もの を使 用 した 。 実 施 の 際 は、 実 験 者
よ り10秒 間隔 で読 み上 げ られ た刺 激 状 況(質
問項 目)に 対 して 、 あ ま り考 えず に 出 来 る だ け 早 く
空 欄 を埋 め る よ う指 示 した。
一96一
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る の か
5.結
果
1)原
子 価 の分 布
VATに
よ っ て 得 ら れ た 回答 をHafsi(2010)に
(否定 的 明 白 な行 動)∼8(肯
い ・逃 避 ・共 同 指標)ご
よ る採 点 マ ニ ュ ア ル を使 用 し全 て の 項 目 を1
定 的 明 白な行 動)に 得 点 化 した 後 、5つ の 分類(依
存 ・闘 争 ・つ が
とに平 均 点 を算 出す る。 その 結 果 の うち、 共 同指 標 を除 い た4つ の 原 子
価 の 中で 最 も平均 点 の高 い もの を対 象 者個 人 の もつ 活 動 的 原 子価 と定 め る 。
結 果 は、 図3に 示 され て い る通 り、 依 存87名(男
性=11)、
つ が い27名(男
性=19,女
性=8)、
性=41,女
逃 避6名(男
図3.記
性=46)、
性=4,女
闘 争32名(男
性=2)で
あ っ た。
述統計
原子価
性別
男
女
合計
2)SCAの
性=21,女
合計
依存
闘争
つ がい
逃避
度数
41
21
19
4
度数
46
11
8
2
67
度数
87
32
27
6
152
85
結果
5件 法 にお け る1(全
くあ て は ま らな い)∼5(非
常 に あ て は ま る)の 回 答 を そ の ま ま ス コ ア
と して用 い た。
尺 度 の 信 頼 性 を調 べ るた め に信 頼 性 分 析 を行 っ た とこ ろ分 析 の結 果CronbachAlpha=.883と
う値 が 算 出 され 、 本 尺 度 の信 頼 性 が 証 明 され た 。 次 に各 項 目 に お け る平 均 値(M)と
(SD)を
い
標 準偏差
算 出 した と こ ろ図4に 示 され る通 りに な った 。
最 も高 い平 均 値 を示 した の はQ4の
「自分 に生 きて い る価 値 が ない と感 じる よ うに な った か ら」
で あ っ た 。 最 も低 い平 均 値 を示 した の はQ23の
「生 活 習 慣 が崩 れ て し ま った と感 じる よ うに な っ
たか ら」 で あ っ た。
次 にSCAの
因 子 構 造 を見 る た め に、 因 子 分 析(主
示 され て い る とお り4つ
因子 法,バ リマ ックス 回 転)を 行 い 、 図5に
の 因子 を抽 出 した 。 第1因
Q17、Q25、Q24、Q1、Q5)は
子 を構 成 して い る 項 目(Q6、Q18、Q19、
人 間 関 係 の 支 持 的 な繋 が りの 喪 失 に関 す る もの だ っ た の で 「支 持
の 喪 失 」 と名 付 け た 。 第2因 子 を構 成 して い る 項 目(Q16、Q3、Qlo、Q22、Q23、Q14、Q11)
は、 自分 の 能 力 や 地 位 の 喪 失 に 関 す る もの だ っ た の で 「能 力 の喪 失 」 と名 付 け た 。 第3因 子 を構
成 す る項 目(Q8、Q7、Q21、Q2、Q12、Q20)は
っ たの で 「自信 の 喪 失 」 と名 付 け た 。 第4因
、 自身 の 内 面 的 な 自信 の 喪 失 に 関 す る もの だ
子 を構 成 す る項 目(Q4、Q13、Q15、Qg)は
、自
分 の 将 来 へ の 期 待 の 喪失 に関す る もの だ っ たの で 「目標 の喪 失 」 と名 付 け た。
3)各
因子 と原 子 価 の 関 係
SCAに
お い て 、 因 子 分 析 で 抽 出 され た4つ
の 因 子 につ い て そ れ ぞ れ の 因 子 得 点 を 求 め た。 次
に個 人 の 活 動 的 原 子 価 と各 因子 得 点 につ い て の 関 連 を調 べ る ため に一 元 配 置 分 散 分 析 を行 っ た と
こ ろ、 図6に 示 され てい る通 り、 すべ て の 因子 に 関 して有 意差 が見 られ た。
一97一
奈良大学大学院研究年報
図4.項
第16号(2011年)
目別 の平 均 値 と標 準 偏 差
39
a
2.自
分 の能 力 に対 す る自信 を失 っ たか ら。
3.健
康 な 身 体 を 失 っ た か ら。
4.自
分 に 生 き て い る価 値 が な い と感 じ る よ う に な っ た か ら 。
5.逃
げ 場 所 が な い と感 じ る よ う に な っ た か ら 。
6.人
間 関 係 の ス トレ ス に 耐 え ら れ な く な っ た か ら 。
7.自
分 ら し さ を認 め られ て い な い と感 じ る よ う に な っ た か ら 。
8.自
分 の 理 想 と す る成 果 が あ げ ら れ な か っ た か ら 。
12
4
36
a
07
a
12
3
分 は 人 の 役 に 立 て な い と感 じ始 め た か ら。
48
2
分 の 弱 み が 露 呈 して し ま っ た か ら。
12.自
54
2
磁
a
の 中 が嫌 に な っ たか ら。
産 を騙 しと られ た か ら。
17.自
分 を必 要 とす る人 が い な くな った と感 じる よ うに な った か ら。
18.頼
り に して い た 人 か ら裏 切 ら れ た と 感 じ た か ら 。
37
2
15.世
16.財
劔
a
46
a
分 を ア ピ ール で きな くな った か ら。
22.頼
り に して い た 人 を亡 く し た か ら 。
23.生
活 習慣 が 崩 れ て しま っ た と感 じ る よ うに な った か ら。
24.親
密 に つ きあ え る人 が い な くな った と感 じた か ら。
25.人
に理 解 され な くな っ た と感 じた か ら。
37
2
96
2
04
2
39
a
54
a
準 で 有 意 差 が 見 ら れ た(F[151,3]=3.563;p<.05)。
示 さ れ て い る よ う に 依 存 原 子 価 が 一 番 高 い 平 均 値 を 示 し た(M=3.462;SD=.636)。
い 値 を 示 し た の が つ が い 原 子 価 だ っ た(M=3.313;SD=.863)。
で あ っ た(M=3.073;SD=1.004)。
m
21.自
㎜薩
間 関 係 に入 り込 み過 ぎたか ら。
81
2
の 休 ま る場 所 が な い と感 じる よ うに な った か ら。
図6に
68
a
19.心
20.人
子 で あ る 支 持 の 喪 失 に お い て は 、5%水
㎜㎜㎜灘
任 か ら逃 れ られ な か っ た か ら。
95
2
き る た め の 目標 が 無 い と感 じ る よ う に な っ た か ら
14.責
09 63
3。 3
13.生
㎜㈱鹸
33
a
11.自
騒
76
a
分 の 将 来 を望 め な く な っ た か ら 。
事 上 の 地 位 を失 っ た か ら 。
耀
41
2
9.自
10.仕
第1因
標準偏差
27
3
頼 出来 る人 が周 りに い な くな っ た と感 じたか ら。
護
平均値
項目
1.信
次 に高
そ の 次 に高 か っ たの が 闘争 原 子 価
一 番 低 い 平 均 値 を 示 し た の は 逃 避 原 子 価 で あ っ た(M=2.674;
SD=.371)o
第2因
子 で あ る 能 力 の 喪 失 に お い て は 、0.1%水
pく.001)。 図6に
準 で 有 意 差 が 見 ら れ た(F[151,3]=15.008;
示 さ れ て い る よ う に 闘 争 原 子 価 が 一 番 高 い 平 均 値 を 示 した(M=3.238;SD=.574)。
次 に 高 い 値 を 示 し た の が 逃 避 原 子 価 だ っ た(M=2.889;SD=.574)。
原 子 価 で あ っ た(M=2.759;SD=.523)。
そ の 次 に高 か っ た のが つが い
一番 低 い平 均 値 を示 したの は依 存 原子 価 で あ った
(M=2.429;SD=.621)。
第3因
図6に
子 で あ る 自 信 の 喪 失 に お い て は 、1%水
準 で 有 意 差 が 見 ら れ た(F[151,3]=4.549;p<.01)。
示 さ れ て い る よ う に 逃 避 原 子 価 が 一 番 高 い 平 均 値 を 示 し た(M=3.900;SD=1.033)。
一98一
次 に
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る の か
図5.SCAの
因子分析結果
因子負荷量
項 目内容
1
2
3
4
第1因
子:支
QO6.人
間 関 係 の ス トレス に耐 え られ な くな っ た か ら。
.712.158.010
Q18.頼
り に して い た 人 か ら 裏 切 ら れ た と感 じ た か ら 。
.703.255.036
Q19.心
の 休 ま る 場 所 が な い と感 じ る よ う に な っ た か ら 。
.689.084.327
.014
Q17.自
分 を必 要 とす る人 が い な くな った と感 じるよ うに な った か ら。
.682.070.184
.344
Q25.人
に 理 解 され な く な っ た と感 じ た か ら。
.636.107.190
.341
密 に つ き あ え る人 が い な くな っ た と感 じたか ら。
.575.002.255
Q24.親
持 の 喪 失(α=.831)
頼 出 来 る 人 が 周 りに い な く な っ た と 感 じ た か ら 。
.553.018.147
QO5.逃
げ場 所 が な い と感 じる よ うに な っ たか ら。
.468.129.250
第2因
子=能
Q16.財
産 を騙 しと られ た か ら。
.106.766-.025.108
QO3.健
康 な 身 体 を失 った か ら。
.045.737-.006.038
Q10.仕
事 上 の地 位 を失 った か ら。
.097.594.162.260
Q22.頼
り に し て い た 人 を亡 く し た か ら 。
.093.571.195-.029
Q23.生
活 習 慣 が 崩 れ て し ま っ た と感 じ る よ う に な っ た か ら 。
.011.566.400.085
Q14.責
任 か ら逃 れ ら れ な か っ た か ら。
.403.527-.010.144
Q11.自
分 の弱 み が露 呈 して しま っ たか ら。
.310.395.260.051
第3因
子:自 信 の喪 失(α=.736)
QO1.信
.071
-
.051
.207
一
.182
.087
力 の 喪 失(α=.766)
.150
.124
.731
.185
QO7.自 分 ら し さ を認 め られ て い な い と感 じるよ うになったか ら。 .372
- .028
.649
.028
Q21.自 分 をア ピー ル で きな くな っ たか ら。
.078
.320
。631
.006
QO2.自 分 の能 力 に対 す る自信 を失 っ たか ら。
.173
.058
.536
.141
Q12.自 分 は 人 の役 に立 て な い と感 じ始 め た か ら。
.223
.076
.470
Q20.人 間 関係 に入 り込 み過 ぎ た か ら。
.371
.341
.433
.107
.002.168
.714
QO8.自 分 の理 想 とす る成 果 が あ げ られ な か った か ら。
.198
一
.231
第4因
子=目
標 の 喪 失(α=.651)
QO4.自
分 に 生 き て い る価 値 が な い と 感 じ る よ うに な っ た か ら。
Q13.生
き る た め の 目標 が 無 い と 感 じ る よ う に な っ た か ら
.263
.139.252
.683
Q15.世
の 中 が嫌 に な っ た か ら。
.312
.215-.319
.605
QO9.自
分 の将 来 を望 め な くな っ たか ら。
.059
.251.355
.528
因子 抽 出法:主 成 分 分 析
一
回 転 法:Kaiserの 正 規 化 を伴 うバ リマ ッ クス法
a.5回 の 反 復 で 回 転 が収 束 しま した 。
高 い 値 を 示 し た の が 闘 争 原 子 価 だ っ た(M=3.550;SD=.668)。
価 で あ っ た(M=3.237;SD=.736)。
そ の 次 に高 か っ た の が つ が い 原 子
一・
番 低 い 平 均 値 を 示 した の は 依 存 原 子 価 で あ っ た(M=3.185;
SD=.546)。
第4因
図6に
子 で あ る 目 標 の 喪 失 に お い て は 、1%水
準 で 有 意 差 が 見 ら れ た(F[151,3]=4391;P<.01)。
示 さ れ て い る よ う に つ が い 原 子 価 が 一 番 高 い 平 均 値 を 示 した(M=3.474;SD=.397)。
高 い 値 を 示 し た の が 依 存 原 子 価 だ っ た(M=3.002;SD=.759)。
一99一
次 に
そ の 次 に高 か っ た の が 逃 避 原 子 価
奈良大学大 学院研究年報
で あ っ た(M=2.833;SD=.924)。
第16号(2011年)
一 番 低 い 平 均 値 を 示 し た の は 闘 争 原 子 価 で あ っ た(M=2.775;
SI)==.962)。
以 上 の 通 り一・
元 配 置 分 散 分析 で は全 て の 因子 にお い て有 意差 が 見 られ た 。
図6.原
子価 の タ イプ 別 によ る各 因 子 の 得 点
原子価
因子
支持の喪失
能力の喪失
自信の喪 失
目標の喪 失
依存
闘争
つがい
逃避
3.462
3.073
3.313
2.674
(.636)
2.429
(1.004)
3.238
(.863)
2.759
(.371)
2.889
(.621)
3.185
(.574)
3.550
(.523)
3.237
(.574)
3.900
(.546)
3.002
(.668)
2.775
(.736)
3.474
(1.033)
2.833
(.759)
(.962)
(.397)
(.924)
F値
有意確率
3.563
★
15.008
★★★
4.549
★★
4.391
★★
NOTE;数
値 は 平 均 値 、()内
は標 準 偏 差 を表 す 。
★は .05以 下 、 ★★は.01以 下 、 ★★★は.001以 下 を 表 す 。
6.考
察
本 研 究 で は 自殺 につ い て 、誰 もが持 ち得 る 自殺 思 考 の 視 点 か ら原 因帰 属 を用 い て パ ー ソナ リテ
ィ との 関連 を 実証 的 に検 証 した 。パ ー ソ ナ リテ ィ に関 して は対 人 関係 に つ い て 明確 に扱 うた め原
子 価 理 論 を用 い た 。 第1研 究 にお い て 自殺 思 考 は な ん らか の 「つ な が りの喪 失 」 が 関 わ っ て い る
こ とが わ か り、 分 類 に成 功 した た め 本 研 究 の仮 説 は 、 「自殺 の 原 因 帰 属(喪 失 類 型)は パ ー ソ ナ
リテ ィ の側 面 で あ る原 子 価 と関係 が あ る だ ろ う」 とい う もの に な っ た。 第1研
原 因帰 属 尺 度(SCA)を
作 成 、 実 施 し因子 分 析 を行 っ た と こ ろ4つ
究 を も とに 自殺 の
の 因 子 を抽 出 す る こ とが で
きた。 そ れ ぞ れ 、 支持 の 喪 失 、能 力 の喪 失 、 自信 の喪 失 、 目標 の喪 失 と名 付 け た 。次 に そ れ ぞ れ
の 因子 につ い て 因子 得 点 を求 め 、個 人 の活 動 的 原 子 価 との 間 にお い て一 元 配置 分 散 分 析 を行 っ た
とこ ろ、 全 て の 因子 に お い て有 意 差 が 見 られ た 。
本 研 究 で は 第1研 究 で 、 自殺 思 考 に お け る 原 因 帰 属 を喪 失 を元 に分 類 した。 第2研 究 で は そ の
分 類 を元 に尺 度 を作 成 し実 施 した後 因子 分 析 を行 い、 喪 失 類 型 を定 め た。 この 喪失 を元 に した 自
殺 思 考 の 分 類 は本 研 究 に 限 らず 、 様 々 な研 究 にお い て重 要 な概 念 とな る 。
自殺 につ い て の研 究 は 盛 ん に扱 わ れ て い るが 、 様 々 な 自殺 の動 機 が 同 じ水 準 と して扱 わ れ る こ
とが 多 い。 自殺 の動 機 に 関 して類 型 化 す る 明確 な基 準 が な い た め に 、 すべ て の 動機 を同 じ水 準 で
扱 う しか な か っ た。 第1研 究 にお い て 、 自殺 の動 機 を原 因帰 属 の観 点 か ら 「つ な が りの喪 失 」 を
用 い て類 型 化 した こ とで 、 自殺 研 究 にお い て動 機 に つ い て焦 点 を 当 て る こ とが容 易 とな る。
第2研
究 で はSCAの
因 子 分 析 を行 っ た 後 、 一 元 配 置 分 散 分 析 を行 い 、 原 子 価 と 自殺 の原 因帰
属 の 間 にお け る 関連 が 示 され る結 果 とな っ た。 こ の結 果 か ら仮 説 で あ る 自殺 の 原 因 帰属 とパ ー ソ
ナ リテ ィ との 関連 は立 証 され た と言 え る。 即 ち、 個 人 の活 動 的原 子 価 が 自殺 思 考 に 関 す る 喪失 類
一100一
小 原:な ぜ 人 は 自殺 す る の か
型 に影 響 を与 え て い る とい う こ とが証 明 され た こ とに な る 。
自殺 の 原 因帰 属 に お け る喪 失 類 型 と個 人 の 活 動 的 原 子 価 の 間 に関 連 が あ る こ とが 示 され た な ら
ば、 自殺 に見 られ る個 人 差 、 例 えば 自殺 率 の 高 ま る状 況 に あ っ て も自殺 を考 え ない 人 につ い て説
明 が つ くこ とに な る。 自殺 の 主 な動 機 と され る病 苦 や 借 金 な どの 問 題 に対 して、 同 じよ うな状 況
にあ って も自殺 を考 え ない 人 につ い て は 、 個 人 の パ ー ソナ リ テ ィ に対 応 した 喪 失 が 体 験 され て い
ない と説 明 す る こ とが で きる。そ れ は つ ま り、今 現 在 で は 自殺 思 考 を持 って い なか っ た と して も、
そ れ ぞ れ の パ ー ソ ナ リテ ィ に対 応 す る喪 失 を経験 す れ ば 自殺 思 考 を持 ち得 る こ と を意 味 す る。 自
殺 の 原 因 帰 属 、 自己 知 覚 理 論 の モ デ ル に拠 れ ば 自 己 の 内 的状 態 にお い て も他 者 の場 合 と同様 に 、
行 動 と そ れ が 起 こ っ た 状 況 の 性 質 を 考 慮 した 上 で 推 論 が 行 わ れ る 。 第1研
SCA共
究 で用 いた尺 度 、
にAさ ん の 自殺 の 理 由 につ い て 訊 ね て い る の は 、Aさ ん の原 因帰 属 に つ い て推 論 させ る形
で 自己 に お け る原 因 帰 属 を答 え させ る た め で あ る 。 つ ま り今 現 在 自殺 思 考 を意 識 して い る、 して
い な い に 関 わ らず 、 そ の 人 が持 っ て い る 、 あ る い は 持 つ 可 能 性 の あ る 自殺 思 考 が 現 れ た と言 って
良 い こ とに な る 。
だ とす れ ば 、 第1研 究 で被 験 者全 員 か ら 自殺 思 考 を取 り出 す こ とが で きた こ と、 ま た 第2研 究
で用 い たSCAに
お い て 因子 分 析 を行 い 因 子 が 抽 出 で き た こ と、 尺 度 の 信 頼 性 が 示 され た こ と、 各
項 目 に お け る 回 答 の 平均 値 と標 準 偏 差 の変 化 、 一元 配 置分 散 分析 にお い て全 て の 因子 に関 して有
意差 が見 られ た こ とな どか ら、本 研 究 の被 験 者 に お い て は 誰 もが 自殺 思 考 を持 つ 、 あ る い は持 ち
得 る可 能性 が あ る とい う こ と を示 す こ とが で きた と言 え る 。 つ ま り被 験 者 全 員 が 何 らか の形 でA
さん の 自殺 の理 由 に つ い て推 論 す る こ とが で きて い た 可 能 性 は非 常 に高 い 。
も し自殺 思 考 が 誰 もが持 ち得 る もの で あ る とす れ ば 、 自殺 研 究 にお け る 自殺 の扱 い が 大 き く変
わ る こ と とな る 。例 え ばShneidman(2005)は
、 自殺 既 遂 者 が書 い た 遺 書 と、 自殺 の 危 険 が な い
と思 わ れ る被 験 者 に書 か せ た遺 書 につ い て の比 較 研 究 を行 っ て い る が 、 誰 もが 自殺 思 考 を持 ち 得
る の だ とす れ ば 、 全 く新 しい視 点 か ら遺 書 研 究 に つ い て 可 能 性 を見 出 す こ とが で きる 。 そ して そ
の可 能 性 は本 研 究 に お い て とて も重 要 な視 点 と な る。
原 子 価 理 論 で は 「活動 的原 子 価 が 、 安 定 した対 象 の不 在 と 自我 の忍 耐 力 の不 十分 さで取 得 出 来
な か っ た場 合 、安 定 した対 人 関係 は 困難 に な る(Hafsi,2010)」
と述 べ られ て い る。 だ とす れ ば、
活 動 的原 子 価 に よっ て絆 を形 成 して い た 対 象 を喪 失 す る こ とに よ って 不 安 定 な心 理 状 態 と な り、
心 理 的視 野 狭 窄 が引 き起 こ され 、 自殺 思 考 が 生 まれ る と説 明 す る こ と も可 能 で あ る。
本 研 究 で は帰 属 理論 に よっ て、 狭 窄 の 起 こ っ て い な い と思 わ れ る 自殺 思 考 を取 り出 し扱 う こ と
に した。 自殺 者 が 自分 の 自殺 の理 由 を正 し く考 察 す る こ とが で きな い の な らば 、 自殺 に よっ て 心
理 的視 野 狭 窄 の起 こっ て い な い個 人 か ら自殺 思 考 を取 り出 す こ とが 、 最 も効 果 的 で あ る と考 え た
た め で あ る 。 自殺 行 動 は 、 自殺 率 の高 ま りか ら確 か に 身 近 な 存 在 と な って い る が 、 万 人 が 簡単 に
扱 え る 問 題 で は な い 。 しか しそ こ に はDur㎞eimが
自殺 を研 究 す る 際 に社 会 的 要 因 に注 目 し、個
人 の 内面 的 な心 理 に つ い て は 閑却 した の と同 じ よ うに 、本 研 究 にお け る問題 点 が存 在 す る 。 そ れ
は即 ち 、 自殺 行 動 を扱 わ な い こ とに よ っ て 自殺 思 考 を 実 証 的 に扱 うた め に、 自殺 思 考 と 自殺 行 動
の繋 が りに 関 して は検 証 しな か っ た点 で あ る。 自殺 に 関 して 個 人 に 焦 点 を当 て 、 自殺 思 考 の個 人
差 につ い て見 る こ とが で きる よ う に な っ た が 、 そ の前 提 の段 階 で何 が 自殺 行 動 へ 向 か わせ る きっ
一101一
奈良大学大学 院研究年報
第16号(2011年)
か け とな るの か 、 また は 自殺 行 動 を支 え る心 理 は何 か とい う問 題 につ い て は無 視 す る結 果 とな っ
た。
そ の 意 味 でShneidmanの
行 った 遺 書 に関 す る比 較研 究 は 、 自殺 思 考 と 自殺 行 動 の 繋 が りを検 証
す る効 果 的 な研 究 で もあ る と言 う こ とが で き る。 自殺 既 遂 者 の 遺 書 と、 自殺 を経 験 してい ない 人
の書 い た遺 書 の比 較 研 究 を行 えば 、 自殺 思 考 を持 つ 又 は 持 ち得 る とい う条 件 は全 員 同 じなの だか
ら 自殺 行 動 に至 っ た プ ロ セス につ い て 明確 に捉 え る こ とが で きる か も しれ ない 。
またShneidman(2005)が
「い くつ か の 明 らか な例 外 はあ る もの の 、 私 は他 者 が 自殺 す る こ と
に反 対 す る が 、 この選 択 肢 を私 自身 は 取 って お きた い と考 え てい る」 と述 べ て い る よ うに、 自殺
を研 究 す る側 に も 自殺 思 考 が存 在 し得 る こ と を十 分 に認 識 してい な くて はい け ない 。 なお か つ そ
れ らの 自殺 思 考 にパ ー ソ ナ リテ ィ に よる 個 人 差 が 存 在 す るの で あ れ ば、 あ る個 人 が 全 て の 自殺 に
つ い て 同様 に扱 うこ とは非 常 に困 難 と な るは ず で あ る。 も し様 々 な 自殺 を同 時 に扱 うの な ら、 自
分 自 身 に存 在 す る 自殺 思 考 と向 き合 う必 要 が あ る。 そ の 過 程 に よ っ て 自分 が 共 感 で き る 自殺 、 共
感 で きな い 自殺 に 関 す る洞 察 も深 ま るで あ ろ う。 前 述 にお け る 自殺 の 是 非 に関 す る議 論 で も、 個
人個 人 が 自殺 思 考 を持 ち得 る とい う視 点 が 抜 け 落 ちて しま っ てい る こ とが 多 い 。 自分 の 自殺 思 考
が意 識 で き ない か ら とい って 、 自分 と自殺 を切 り離 して考 え る こ とは非 常 に危 険 で あ る。
こ れ らの結 果 と考 察 か ら、本研 究 にお い て の 課 題 と同 時 に これ か らの 自殺 研 究 に関 す る大 きな
可 能 性 を見 出す こ とが で きる。 今 後 の 課題 と して まず 挙 げ られ るの が 原 子 価 を用 い る際 に、 各 原
子 価 に お け る人 数 が 大 き くば らけ て い る 点 で あ る。 今 回 の被 験 者 は152人 で あ っ た が 、 一 番 多 か
っ た依 存 原 子 価 は87名 で あ るの に対 し、 逃 避 原 子価 に関 して は6人 分 の デ ー タ しか集 ま らな か っ
た。 これ らの 開 き、 ま た逃 避 原 子 価 の デ ー タの 少 な さ に関 して は、 統 計 処 理 を行 う上 で 信 頼 性 を
欠 く結 果 に な っ た。
ま た 因子 分 析 を行 い 、抽 出 した 因子 につ い て 「支 持 の 喪 失 」 「能 力 の 喪 失 」 「自信 の 喪 失 」 「目
標 の喪 失 」 と名 前 を付 け た が、 そ れ ぞ れ の 項 目 に対 して各 原 子 価 群 にお け る個 人 が どの よ うな意
味 づ け を行 っ て い たの か につ い て の検 証 は 十 分 で あ る と は言 え ない 。 第1研 究 に お け る結 果 やパ
ー ソ ナ リテ ィ理 論 に基 づ き推 論 を行 った が 、 作 成 した項 目 に 関 して も、 あ る一 つ の 喪 失 につ い て
だ け焦 点 が 当 て られ て い る のか の 検 証 は不 十 分 で あ る可 能 性 が高 い。 ま た 、提 示 した ス トー リー
に 関 して も課 題 を残 して い る。 即 ち、 本 研 究 にお い て は こ れ らの 因子 で考 察 を試 み た が、 こ れ か
らの 自殺 研 究 に お い て 、 よ り有 用 な尺 度 と そ れ に伴 う因子 が生 まれ る こ とは十 分 に有 り得 る 。 そ
うい っ た観 点 か ら本 研 究 で は各 原 子 価 にお け る一 元 配 置 分 散 分 析 後 の多 重 比 較 につ い て言 及 して
い な い。 原 子 価 間 の 間 に平 均 値 の 差 は見 られ て い る が 、尺 度 の妥 当性 、 また 因子 の妥 当性 に つ い
て未 だ多 くの余 地 を残 す た め に、 パ ー ソ ナ リテ ィ との 関連 が あ る とい う結 論 に留 め て い る 。 自殺
思 考 は誰 もが持 ち うる もの で あ り、 か つ パ ー ソ ナ リテ ィに よっ て違 い が あ る とい う こ とが示 され
るだ け で も、 自殺 研 究 は 飛躍 的 に進 歩 す る と考 え られ る 。本 研 究 にお い て も、 そ うい っ た 観 点 か
ら本 研 究 を捉 え直 し、新 しい尺 度 の 作 成 、 基 本 概 念 の再 検 討 を繰 り返 し行 う こ とで妥 当性 を強化
して い くこ とは可 能 で あ る と考 え られ る。
自殺 研 究 に お い て長 い 間 問題 とな っ て い た様 々 な点 に つ い て 、本 研 究 の 立場 か ら飛躍 的 に解 決
へ 向 か う もの もあ る で あ ろ う。 哲 学 や 宗 教 が長 い 間 戦 っ て きた 自殺 とい う問題 に関 して心 理 学 の
一102一
小原
なぜ 人は 自殺するのか
立 場 か ら新 しい視 点 を投 げか け る こ と に よ っ て、 こ れ か らの 自殺 研 究 に新 た な 局面 が 訪 れ る こ と
を期 待 す る。
付
記
本 論 文 を作 成 す る にあ た り、 一 方 な らぬ ご指 導 を賜 りま した 奈 良 大 学MedHafsi教
授 に心 よ り感 謝 致 しま
す 。 ま た 、 本研 究 に ご協 力 い た だ い た 奈 良 大 学 の研 究 生 、 大 学 院 生 、 学 部 生 の皆 様 に心 よ り御 礼 申 し上 げ ま
す。
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