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パルスレーザー照射による液相金ナノ粒子の構造変化 Laser
パルスレーザー照射による液相金ナノ粒子の構造変化 Laser-induced Structural Change of Gold Nanoparticles in Aqueous Solution B10 応用化学専攻 山田邦寛 YAMADA kunihiro 液相の金ナノ粒子に対して、その表面プラズモン吸収やバンド間遷移に共鳴する 波長のパルスレーザーを照射し、ナノ秒過渡吸収スペクトルを測定した。得られ た過渡吸収スペクトルは溶媒和電子に由来し、パルスレーザー照射により金ナノ 粒子から電子が放出されるということが分かった。また、金ナノ粒子イオン化に 対する光吸収帯依存性から、金ナノ粒子はバンド間遷移励起を通して熱電子を放 出すると考えられ、電子放出により多価にイオン化した金ナノ粒子がクーロン爆 発を起こして微小化するということが分かった。 緒言 の強度を制御することにより、粒子のサイズ、 液相金ナノ粒子は、可視領域に粒子のサイ 及び構造の制御を可能にした 1。 ズに依存し、6sp バンド内遷移に起因する表面 現在、レーザー照射による金属ナノ粒子の プラズモン吸収帯(図1挿入図)、紫外から可 サイズ、構造変化のメカニズムには諸説が提 視領域には表面プラズモン吸収帯に重なる 5d- 唱されている。Kamat らは光イオン化による 6sp バンド間遷移に起因する光吸収帯を有する。 電子放出後、金属ナノ粒子がクーロン爆発を これらの光吸収帯に共鳴する波長のパルスレ 起こし、微小化すると述べている。また、い ーザーを照射すると、金ナノ粒子はそのサイ くつかのグループは、金属ナノ粒子がレーザ ズや構造を変えることが知られている。これ ーの光子を吸収して、熱的に励起されること までの研究で、金ナノ粒子の安定化剤として で、粒子から原子やクラスターが蒸発し微小 用いる界面活性剤の濃度と照射するレーザー 化すると考えている。しかし、どちらのメカ ニズムで微小化しているのかはよく分かって 1.5 10 nm 532 nm 7.2 nm 4.5 nm 355 nm 3.0 nm いない。そこで、本研究では、レーザー照射 による微小化のメカニズムを調べるために、 レーザー照射直後の状態をナノ秒過渡吸収ス 吸光度 1 ペクトル測定によって調べた。さらに、微小 500 600 0.5 化の光吸収帯依存性を明らかにするために Nd:YAG レーザーの2倍高調波(532 nm)、ま たは 3 倍高調波(355 nm)を用いて測定した。 0 200 400 600 800 1000 波長 (nm) 図1 液相金ナノ粒子の 紫外可視吸収スペクトル 1.実験 3×10-4 M SDS(硫酸ドデシルナトリウム)水溶 液 10 mL の入った容器中に金板を置き、焦点 変えていくと、過渡吸収スペクトルの形状は 距離 250 mm のレンズを用いて、Nd:YAG レー ほぼ変化せず、全体の吸光度が減少した。ス ザー基本波(波長 1064 nm、繰り返し周波数 10 ペクトルの特徴及びその時間変化から、この Hz、パルス幅 10 ns)を 100 mJ/pulse で 36000 スペクトルは溶媒和電子によるものと帰属し ショット照射し、金ナノ粒子分散液を生成し た。遅延時間 0 秒のときの波長 720 nm の吸 た。この金ナノ粒子は平均 10.4 nm(Au≈39000)で、 光度:At=0 はレーザー照射後に生成した溶媒和 濃度は 2.1 mM であった。生成した金ナノ粒子 電子の生成量に比例するので、その値を求め 分散液に SDS を加えて濃度を調製し、光学セ るために波長 720 nm の吸光度の時間変化を ルに入れた。この光学セルに入れた試料に対 測定した。図3に 355 nm レーザーと 532 nm して Nd:YAG レーザー3倍高調波、あるいは レーザーを 70 mJ/pulse で照射した後の波長 2倍高調波を上方から検出光とは垂直になる 720 nm の吸光度の時間変化を示す。波長 720 ように照射し、ナノ秒過渡吸収スペクトルを nm の吸光度は遅延時間と共に減衰していき、 測定した。得られた過渡吸収スペクトルは 720 これは溶媒和電子の再結合による減衰を示し 2 nm に吸収のピークが現れた 。そこで、分光 ている。At=0 とランバート・ベールの式から、 器で 720 nm の波長の光だけを選別し、オシロ 放出された電子密度の総量(c0)を求めることが スコープによって光の強度の減衰を測定した。 し、電子顕微鏡を用いて金ナノ粒子の形状を 明らかにした。 2.結果 液相金ナノ粒子に 355 nm、または 532 nm のパルスレーザーを照射して得られたナノ秒 波長720 nmの吸光度 また、溶液の紫外可視吸収スペクトルを測定 過渡吸収スペクトルは 720 nm 付近に吸収の 355 nm 532 nm -1 10 -2 10 ピークを持つ。図2で示すように、レーザー 0 50 100 150 t:遅延時間 (ns) 照射後からスペクトル測定までの遅延時間を 200 図3 波長720 nmの吸光度の遅延時間依存性 0.15 15 355 nm 532 nm c0/1015 (cm-3) 25 ns 吸光度 0.1 100 ns 0.05 0 300 10 5 0 400 500 600 700 波長 (nm) 図2 ナノ秒過渡吸収スペクトル 800 0 0.1 0.2 金ナノ粒子濃度 (mM) 図4 c0の金ナノ粒子濃度依存性 0.3 できる。図2において、355 nm と 532 nm レー 液相金ナノ粒子が可視領域に有する表面プ ザーを照射したときの At=0 は、それぞれ 0.278、 ラズモン吸収は粒子のサイズに依存し、特に 0.054 でありそのときの c0 は 1.3×1016 cm-3、 サイズが 3 nm 以下になると表面プラズモン吸 15 -3 2.6×10 cm になった。平均粒子径は 355 nm 収は無くなり、バンド間遷移に起因する吸収 レーザー照射後は 1.7±0.3 nm、532 nm レー 帯のみを示す(図 5、挿入図)。図1で示すよ ザー照射後は 3.0±0.8 nm になり、金ナノ粒子 うに、レーザー照射前の液相中の平均 10.4 nm は微小化した。 の金ナノ粒子の波長 532 nm と 355 nm におけ 次に、c0 の金ナノ粒子濃度依存性を図4に示 る吸光度はほぼ同じである。しかし、ナノ秒 す。c0 は金ナノ粒子濃度に対して直線的に増加 過渡吸収スペクトル測定から、532 nm レーザ したことから、レーザー照射により光イオン ー照射による c0 を求めると、355 nm レーザー 化されるのは金ナノ粒子であるということが 励起のときの約 1/5 となった。また、図 5 か 分かった。 ら c0 は表面プラズモン吸収に起因する 532 nm 1.2 の吸光度によらず一定であった。よって、表 3 面プラズモン吸収は電子放出には関与しない と考えられる。 0.8 c0/10 (cm ) 2 10 nm 0.6 7.2 nm 4.5 nm 3.0 nm 1 る光イオン化と温度上昇に伴う格子振動によ る熱電子放出がある。しかし、金ナノ粒子中 の電子の励起状態の寿命は数ピコ秒であるの で、、一度励起した電子がさらに光を吸収して 0.2 0 金属からの電子放出過程は多光子吸収によ -3 0.4 15 波長532 nmの吸光度 1 2 4 6 8 平均粒子径 (nm) 10 0 図5 波長532 nmの吸光度とc 0 の平均粒子径依存性 金ナノ粒子の仕事関数(5.3 eV)を超えることは ほとんど起こらない。しかし、その一方で 10 ナノ秒パルス中では電子の励起と緩和は繰り 返される。その結果、金ナノ粒子の温度は上 液相金ナノ粒子が可視領域に有する表面プ 昇し、熱電子が放出されると考えられる。こ ラズモン吸収は粒子のサイズに依存し、平均 れはバンド間遷移及び表面プラズモン励起に 粒径が小さくなると吸収帯のピーク幅は広く 共通した現象である。Ahmadi らはピコ秒過渡 なり高さは減少する。そこで表面プラスモン 吸収スペクトル測定により表面プラズモン吸 吸収の強度とイオン化効率の関係を明らかに 収帯については、寿命数ピコ秒のブリーチン するために、532 nm の吸光度と 532 nm レー グを観測している 3。つまり、この現象は表面 ザー照射直後に放出された電子密度の平均粒 プラズモン励起(10 ナノ秒の 532 nm レーザ 子径依存性を測定した(図 5)。532 nm にお ーパルス)中では励起と緩和が効率良く繰り ける吸光度は粒子サイズが減少するにつれて 返されないことを示唆している。したがって、 減少していったが、532 nm レーザー照射後の c0 表面プラズモン励起による粒子の温度上昇へ は粒子サイズに関係なくほぼ一定となった。 の寄与は低くなるので、粒子径に依存しない バンド間遷移励起のみが熱電子放出に関与し 3.考察 ・ 金ナノ粒子の 光 イオン化 ていると考えられる。 ・ クーロン爆発 に よる微小化 において、Au100 +7 の fissility は 0.44 になり、静 平均 10.4 nm の金ナノ粒子は 355 nm レーザ 電的な斥力に対して安定である。532 nm レー ー照射後は 1.7±0.3 nm、532 nm レーザー照 ザー照射の後も、3.0 nm の粒子は約 840 の金 射後は 3.0±0.8 nm になり、微小化したクーロ 原子で構成されており、そのときの fissility ン爆発に対する液滴モデルを基にして考える は 0.13 となる。この推論は波長の違いによる と、多価に帯電した粒子中で静電的な引力よ 微小化した金ナノ粒子の平均粒子径の違いを りも静電的な斥力が大きくなったときに粒子 説明することができる。 は不安定になる 4-6 。このときの安定の尺度と なるものが fissility: X であり、金ナノ粒子で 4.結論 は以下の式で定義される。(n を原子数、q を ナノ秒過渡吸収スペクトル測定から、パルス 価数とする) レーザー照射により、液相中の金ナノ粒子は 2 X = 0.9 × q / n バンド間遷移を通して、熱電子を放出するこ X≧1 のときに粒子はクーロン爆発を起こす。 とが明らかになった。また、バンド間遷移の 図2から金ナノ粒子は 355 nm レーザーと 532 吸光度の違いから 355 nm レーザーは 532 nm nm レーザー照射直後の遅延時間 0 秒のときに レーザーよりも効率良く金ナノ粒子をイオン +2550 +520 となり、 fissility 化できることが分かった。その結果として、 はそれぞれ X = 167、X = 7 である。どちらの 液滴モデルから 355 nm レーザー照射の方が 532 場合も X≧1 であるからクーロン爆発により微 nm レーザー照射と比べて、金ナノ粒子をより 小化すると考えられる。しかし、355 nm レー 微小化できるということが分かった。 は、Au39000 、Au39000 ザー照射時と、532 nm レーザー照射時では平 均粒子径に違いが見られた。さらに、1.7±0.3 (引用文献) nm と 3.0±0.8 nm まで微小化した金ナノ粒子 1.Mafuné, F.; Kohno, J.; Takeda, Y.; Kondow. T. J. Phys. Chem. B 2003, 107, 12589 に対してさらにレーザーを照射しても、それ 以上に微小化はしなかった。よって、それら 微小化した粒子は多価に帯電してはいるもの 2.Yamada, K.; Tokumoto, Y.; Nagata, T.; Mafuné, の fissility が1以下であるので、静電的に安 F. J. Phys. Chem. B 2006, 110, 11751. 定であると考えられる。一般にクーロン爆発 中では、粒子中の原子数と価数は微小化した 粒子に等しく分割される。さらに、価数に対 する原子数の比(q/n 比)はクーロン爆発前後で 変わらない。この理論に基づくと、レーザー 照射前の粒子(Au39000)は X <1 になるため には 355-nm と 532-nm レーザー照射後それぞ れ、195 個の粒子(Au≈200)と 6 個の粒子(Au≈6500) 3.Ahmadi, T, S.; Logunov, S, L.; El-Sayed, M, A. J. Phys. Chem. 1996, 100, 8053 4. Naher, U.; Bjornholm, S.; Frauendorf, S.;Garcias, F.; Guet, C. Physics Reports 1997, 285, 245. 5. Saunders, W.A. Physical Review A 1992, 11, 46 以上に分割されると計算される。1.7 nm の金 6.Mail, B.; Ntamack, G.E.; Lebius, H.; Huber, ナノ粒子は約 100 の金原子で構成されており、 B.A.; Duft, D.; Leisner, T.; Chandezon, F.; q/n 比がレーザー照射前と変化がないのならば、 Guet, C Nuc. Inst. Meth. Phys. Res. B 2003, Au100 +7 に帯電すると見積もられる。この場合 205, 684