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B14 イオン性結晶表面のマクロ/ナノトライボロジー Macro and nano

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B14 イオン性結晶表面のマクロ/ナノトライボロジー Macro and nano
B14
イオン性結晶表面のマクロ/ナノトライボロジー
Macro and nano-tribology of ionic crystal surfaces
応用化学専攻 河村勇佑
KAWAMURA Yusuke
ナノスケールの摩擦測定で原子配列に基づく異方性を示す岩塩型結晶および分子
の傾斜に基づく非対称性を示すカルサイト結晶についてマクロスケールの摩擦測定
を行った。岩塩型結晶では,吸着水が多いと考えられる条件で[110]方向の摩擦が
小さいという理解しやすい結果となった。低湿度条件では異方性が明瞭ではなく,摩
耗の起こる条件で逆の結果となることもあった。カルサイトについてはナノスケール測
定と同様[42-1]方向で顕著な摩擦の非対称性を検出できたが,符号は逆であった。
大きな荷重を加えてできた摩耗痕を観察すると,結晶のすべり系が働いたことが分か
った。マクロ測定については表面の原子分子の配列で単純に摩擦を解釈することは
できない。
緒言
1.
掻き針法によるマクロ測定を行い,ナノ測定と結
摩擦現象を原子レベルで理解しようとする目的
果を比較することにした。ナノとマクロの違い,あ
で岩塩型結晶表面をモデルとして,引掻き針を用
るいは類似性が明らかになれば摩擦現象を統一
いて摩擦の異方性の測定が行われてきた 1)~3) 。し
的に説明できるようになることが期待される。
かし,同種の結晶でも測定結果が物質により異なり,
2.
統一的な解釈ができなかった。
2.1.
一方,生井,新藤は,摩擦力顕微鏡(FFM:
実験方法
結晶試料の作成
岩塩型結晶としては NaCl,LiF,KCl,NaF およ
Frictional Force Microscopy)を用いて同様の測定
び MgO を用いた。へき開により(100)面を作成
を行い,使用した 5 種類の岩塩型結晶全てについ
した後,大きな段差を減らすために,ガラス平
4)
て統一的で直感的に解釈できる結果を得た 。こ
面上に張ったガーゼの上に少量のエタノール
れまでマクロスケールの測定では,試料面の平坦
を滴下し,溶解しながら琢磨した。同種のイオ
性や湿度の影響について十分な注意が払われて
ンの並ぶ<110>方向と,異種イオンが交互に
いなかった可能性があるので,それらの条件を押え
並ぶ<100>方向の摩擦係数を測定する。
た上で再びマクロ測定に戻ってみることは意義があ
薄片とした後,二分割 して一方を反対向きに
る。
また,ナノスケール測定においては新藤らが分
子の傾斜に基づく摩擦の非対称性の検出に成功
している
方解石結晶は(10-14)面に沿ってへき開し,
5),6)
置く(図1,図2)。こうすると試料表面上のCO 3 2イオンの傾斜の向きが結晶境界の所で反転す
。その中でカルサイトについては,図1
および図 2 に示すように反対向きの二つの結晶表
[42-1]
結晶の境界
[42-1]
面を一度に走査して非対称性のマクロ測定を行う
(10-14)
ことも可能である。
本研究では,ナノスケールの測定結果の確定
している岩塩結晶および方解石結晶について引
図1.カルサイト(10-14)へき開面の側面図.
A
B
D
C
0.5mm
図2.反転配置した二個のカルサイ
ト結晶と走査領域.
ることになる。
変化させて摩擦測定を行った結果を図 3 に示
図2でA→B,
す。用いた針で,摩耗痕が光学顕微鏡で確認
引き続きC
できるのは荷重が 3g 以上の場合であり,右端
→Dの領域
のデータ以外は摩耗のない条件である。
の摩擦信号
摩耗の有無に関わらず常に A<B,C<D と
を 記 録 す
なっており,直観と一致する結果を再現性よく
る。
与えている。結晶境界を横切るところで摩擦係
Bowden-Leben 型 摩 擦 試 験 機 ( 新 東 科 学
HEIDON 18LFW)を用 い,ダイヤモンドおよ
びサファイア製の引掻 き針を用いた。応力は
針にかける荷重により調節する。針は測定前
Coefficient of friction
2.2. 摩擦の測定
0.18
0.16
0.14
0.12
0.1
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0.5
に超音波洗浄する。測定中に摩耗粉が発生
することがあるので,引掻き走査が一回終わる
ごとにブロワーにより除去する。
A
B
C
D
1
1.5
2
Normal load(gf)
2.5
20
図 3.CaCO3(10-14)面の摩擦の非対称性.
数は,平均して 1.3 倍程度に増大している。
ナノスケールの測定とは逆の結果であるから,
岩塩型結晶は,スライドガラス上に両面粘着
摩擦の非対称性はCO 3 2- イオンの傾斜によるも
テープを用いて固定した。方解石については,
のとは考えにくい。過去のマクロ測定に関して
二分割試料面が同一平面上に載ることを保証
言われているように,針との接触点付近で結晶
するため,測定面をスライドガラス上に置いた
の塑性変形などが起こっていると思われる。
後に試料裏面をシリコーンシール材で固める
方法を用いた。
2.3.
摩 耗 が激 しく起 こるように荷 重 を(15gf)まで
増大させ,さらに,掃引針を曲率半径 1.0mm→
摩耗痕の観察
0.05mm に変えて,結晶面に生じた摩耗痕を
荷重および針の選択によっては摩耗痕が
SEM 観察することにした。図 4(a)が摩擦の小
できることがある。その有無を調べるため,また,
さい領域 A,(b)が摩擦の大きい領域 B である。
摩耗の状況を調べるため,試料表面を光学顕
領域 B の方が明らかに激しい変化が生じてい
微 鏡 (OLYMPUS BH-2),電 子 顕 微 鏡 (JEOL
る。(b)の中央の暗い線が摩耗の痕である。ま
JSM -5600LVB) , お よ び 原 子 間 力 顕 微 鏡
た,摩耗痕の周辺まで二等辺三角形の線が見
(Digital Instruments NanoScopeⅢ)により観察
える。等辺はカルサイト結晶の外形(図 2 参照)
した。
(a)
3.
3.1.
(b)
結果及び考察
カルサイト(10-14)面の摩擦の非対称性お
よび非対称性の方位依存性
C=O 結合を傾斜した質点-バネ系だと考え,
直観的に摩擦の強弱を予測すると,図1の左
→右,すなわち図 2 の A→B に領域が移るとき
に摩擦が増大し,C→D でも同様の変化が起こ
ると考えられる。
シリコーンで固定した試料について,荷重を
5μm
10μm
図 4.カルサイトの摩耗痕 SEM 像
(a:領域 A,b:領域 B).
と平行であるが,底辺は結晶のb軸方向である。
図4では,よく見えないが,これと平行な線が多
数生じている。これは結晶がすべり変形を生じ
ているためと思われる。
応力
マクロ測定の場合,方位依存性は,すべり面の
回転によるので,サインカーブ状のゆるやかな
変化である。
|A-B|
図 5.(0001)すべり面が働くときの構造変化.
すべり面を持つ結晶に図 5(a)のように応力を
加えると(b)のような階段面となることが考えられ
る。このような変化が起こっているかどうかを確
0.06
0.05
0.04
0.03
0.02
0.01
0
認するため,図 4(b)の三角形の端部を AFM 観
0
90
180
270
察した。
図 7.非対称性の方位依存性
360
450
角度
3.2.
岩塩型結晶における摩擦の異方性
5 つの結晶の(001)面について,<100>方
向および<110>方向の摩擦係数を測定した。
試料により硬さが異なるが,サファイア針を用
い,摩耗の起こらない条件および摩耗の起こ
2.145μm
図 6.カルサイト(B 領域)摩耗痕の AFM 高さ像(平
面および立体Y表示).
その結果を図6に示す。予測した通り,すべ
りにより階段面ができていることが分かる。
る条件の両方で測定した。
NaClについては曲率半径 1.0mmの針を用
いて,相対湿度 20-30%の条件で測定した。
摩耗の起こらない 9.81×10 -3 N(1gf)の垂直抗
力では異方 性が検 出 できなかった。荷重を
4.9×10 -2 N(5gf)とし,摩耗の起こる条件を用
力である 7) 。この面は,図 5 のように(10-14)面か
いると図 8 のように,異方性が認められた。こ
ら 44.5°傾斜しており,ここですべりが起きると
こでは,[100]方向を 0°として試料を 45°ず
図 4(b),図 6 で観察されたようなb軸方向のす
べりステップを生ずる。単に上下方向に圧力を
加えた場合は,A,B領域共にすべりを生ずるが,
引掻き針で走査中は,針が試料面に対して傾
斜するので,領域により応力の方向が変わり,
すべりの程度に差が生ずるのである。マクロス
ケールの非対称摩擦は,このような機構による
と考えるのが妥当である。
ナノスケールの測定において,非対称性の
程度は,CO 3 2- イオンの傾斜方向と関連した方
位依存性が見られた。
図 2 の走査方向([42-1]方向)を基準(0°)と
して,試料を水平方向に 10°ずつ回転させ,
非対称性の信号|A-B|の変化を調べた。その結
果を図7に示す。予測された通り,90°および
270 ° で 非 対 称 性 が な く な り , 180 ° お よ び
360°(0°)で非対称性が最大になっている。
coefficient of friction
カルサイトのすべり面としては,(0001)面が有
0.35
0.3
0.25
0.2
0.15
0
90
180
270
360
Scan angle(°)
図 8.NaCl 異方性の実験
つ回転し,<100>方向,<110>方向の摩擦係
数を交互に測定している。<110>方向の摩擦
は<110>方向の 1.05 倍であった。この直観に
反する異 方 性はナノスケールの測 定とは逆
の結果であり 4) ,Steijnのマクロ測定の結果と
一致した 1) 。
次に摩耗の 起こらない条件で湿度依存性
の測定を行った。図 9 にマクロ測定の結果を
プ ロ ッ ト し た 。 測 定 は , 40 % か ら 出 発 し て
Coefficient of friction
擦が強くなるのはMgOの 場合を例外として,
0.3
吸 着 水 が表 面 を覆 っているときである。水 の
[1 0 0 ]
[1 1 0 ]
0.2
0.1
作用は今後明らかにする必要があるが,摩擦
係数の測定時に湿度をコントロールし,表面
0
20
30
40
50
60
の水の状態を監視する必要については疑い
70
を容れない。
Re lative Hu m idity(% )
図9.NaCl(001)面の摩擦係数の湿度依存性.
徐々に低湿度側へ,そして再び 40%から高
湿度側に向かって二方向の摩擦測定を行っ
た。
4.
結論
カルサイト(10-14)面[42-1]方向で摩擦の非
対称性を 検出した。ナノスケールの結果(FFM
<110>方 向については,摩擦 係 数の値
の 結果)とは逆の結果になった。ナノスケール
は,安 定して高湿度に向かって緩やかに増
では,表面の C=O 結合の傾きによる非対称性
大した。 ナノ測定においては,湿度が高く
だったが,マクロスケールでは{0001}<-12-10>
な るに つ れ て 吸 着 水 に よる 潤 滑 が 起 こ り,
のすべり系に起因するものだった。非対称性
[100],[110]方向とも摩擦が低下したが,マ
の角度依存性は,ナノスケールに比べて緩や
クロ測定では結果が逆であった。
かであった。
一方,<100>方向の摩擦については図 9
岩塩型結晶について,ナノスケールでは,
に見るとおり,35~50%の中湿度領 域でデー
[100]方向の摩擦係数が 大きいが,マクロスケ
タが激しくばらついた。摩耗のない条件で異
ー ルでは表面吸着水の多い条件でのみ同じ
方性が再現性よく現れなかったことと符合す
結果となった。
る。しかし,高湿度領域では,安定して<
100>方向の摩擦の方が<110>方向に比
参 考文献
べて大きくなっており,この点については直
1)R.P.Steijn:Wear,7 (1964) 48-66 .
観と一致する結果である。吸着水の関与が
2)S.Kobayashi,T.Okui: Wear,162/164 (1993)
決定的な影響を与えていることが分かる。
NaCl同様,水に対する親和性の高いKCl
について,湿度 37%で異方性の測定を行った。
摩 耗の起こらない 0.5gfでも摩耗の起こる 1gf
でも,常に<100>方向の摩擦が大きく,直観と
一致する結果であり,小林らのマクロ測定の結
果とは逆であった 2) 。
水に対する親和性のやや劣るNaFについて
も湿度 40%で測定したが,異方性は確認でき
なかった。吸着水の量が少ないと異方性が検
出されにくいようである。
MgOも水に不溶性であるが,この場合には
湿度 40%,摩耗の起こらない荷重 1gf-3gfの
範囲で異方性が確認され,<100>方向の摩擦
の方が 1.1 倍高かった。
岩塩型結晶のマクロ測定で<100>方向の摩
92-101 .
3)F.P.Bowden and C.A.Brookes Proc.Roy.
Soc.LondonA, 295 (1966) 244-258 .
4)Y.Namai and H.Shindo Jpn.J.Appl.Phys., 39b
(2000) 4497-4500 .
5)H.Shindo,et al.,: Phys.Chem.Chem.Phys.1
(1999) 1597-1600 .
6)M.Kwak and H.Shindo: Phys.Chem.Chem.Phys
6 (2004) 129-133 .
7)J.H.P de Bresser,C.J.Spiers :
Tectonophysics,272 (1997) 1-23 .
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