...

使えない祝福とぼっちな俺

by user

on
Category: Documents
11

views

Report

Comments

Transcript

使えない祝福とぼっちな俺
使えない祝福とぼっちな俺
woki
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
使えない祝福とぼっちな俺
︻Nコード︼
N2835CP
︻作者名︼
woki
︻あらすじ︼
会社でデスクワークをしていたら突然森の中に。
身体も違う人間にすり替わってる様子。この身体の主が書いていた
日記を見るとよく分からない祝福と捨てられた過去が。
捨てられてもぼっちでも生きていかなくてはいけないファンタジー
風味なサバイバル生活はじまりはじまり。
1
※ぼっちな為ほとんど会話しません︵できません︶
※尾籠な話やグロイ話も含まれます
※ご都合主義を多分に含みます
※禿をネタにしているところも含まれます。
15/4/13 章管理始めました。
2
とばされる俺
いきなり森の中に立っていた。
手には斧をもち腰には鉈が吊ってある。
﹁⋮⋮えっ! なにこれ!﹂
思わず声に出してしまったが、森の中で誰もいない。
耳を澄ませても風の音と、鳥のさえずりが聞こえるのみ。
さっきまで事務所でデスクワークをしていたのに⋮
朝から調子悪くて頭痛がしてたが⋮そういえば頭を殴られたよう
な感覚のあといきなりこの場面に変わったな。
そういうことか。そうか。
俺死んだ?
ココは死後の世界?
でも斧と鉈をもって森の中にいるってちょっとシュール。
でもってこの体が空腹を訴えてる。
身体検査してみる。死ぬ?前は37歳働き盛りだったころに比べ
手や肌の感じが若いきがする。ほくろや古傷なんかが違うってこと
3
は今までとは違う身体なのかね。
そして、粗末な貫頭衣を纏いと頭陀袋をもっているようだ。中を
見てみると少量の木の実とロープが入っている。
︵もしかしてこの一口で終わる木の実が食糧とか⋮︶
死後の世界でこれは無理ゲーじゃね?
しようがなく木の実を口の中に放り込むと急激に口の中の水分を
取られてしまい、水を探すが何も手持ちが無かった。無理やり飲み
こみ周辺を改めて見渡す。
︵何もね∼な。︶
足元はけもの道らしき道があるのでそれを伝って向いていた方向
と逆に歩き出す。
︵この身体が自分と違うってことはこの身体が生きていた家があ
るはずだよな︶
ーーーー
歩いて30分。ずっとけもの道にそって歩いて行くと粗末な小屋
掛けがぽつんとあった。
︵この身体の主はボッチらしいな︶
4
周りを見渡しても他の家作はない。小さな荒れた畑とメダカらし
きものが泳いでる小川があるのみ。
このままモジモジしていてもしようがないので、意を決して中に
入ってみる。
︵こりゃひでぇ︶
無残な家である。屋根はボロボロで日の光もさんさんと降り注い
でいる。雨の日は屋外よりマシって程度だろう。申し訳程度にある
竈。ベッドらしきものも足が朽ちそうだ掛っている布団?もないよ
りマシな程度の筵ぽいなにかだ。あとは勉強机のようなものと、意
外なのは本棚があるところだろう。
本棚に入っているのはぼろぼろになった日記だけだけど。
ペラペラめくってみるとアルファベットに似た文字が書きなぐら
れているが、不思議なところはなぜだか読めてしまうところだ。
︵それより喉乾いたな︶
この家の主。おそらくこの身体の主は小川の水を飲んでたのだろ
う。
竈においてある唯一のなべと片手に外に水を汲みに行く。
︵そのまま飲むと寄生虫が怖いからな︶
エキノコックスなんかがいると相当ヤバいので煮沸して飲むのが
常道だろう。
少し残っている薪をくべるが火種は無い。摩擦板や火打石の道具
なんかも無い。
5
︵こいつはどうやって火をおこしてたんだ?︶
喉の渇きも耐えがたくなってきたので、背に腹は代えられんとい
うことで、ちびちび飲みながら、手に取った日記を読み始めた。
6
日記をよむ俺
4月1日
成人すると日記をつけるのが貴族としての嗜みのひとつだと父上が
仰っていたのでこれを記す。
4月2日
明日は成人の儀を行うので楽しみだ。
良い祝福が得られると嬉しい。
父上の助けになれば認められるだろう。
4月3日
ちくしょう。なんでなんだ。
4月15日
明日からはここで暮せないと父上に告げられた。
教会に知れるとこの身が危険だという。
死んだことになるらしい。
4月23日
どこか遠く離れた場所の様だ。
周辺には町もなにもないらしい。
残念だがここで一人で暮らしていくしかないようだ。
4月24日
7
パペットマスター
俺の祝福はずいぶんと特殊らしい。
マイクロバイオロジスト
まず、傀儡師。
そして、微生物学者と言うらしい。
そもそも二つの祝福を得るのが非常に稀であり、しかも今まで発現
したことのない祝福らしい。
細菌とは何だかわからないので神父に聞いても難しい顔をして、
﹁これはもしかすると悪魔の業かもしれぬのぅ﹂
とか抜かしやがる。
分からないなら分からないで言えばいいのにどんどん詰めて聞いて
いくと逆切れを起こしやがる。
あげくに、
﹁悪魔じゃ!悪魔の子じゃ!今から10日以内に身罷らなければこ
の世に厄災が起こるであろう﹂
だと。
父上は顔お真っ青にして
﹁承った﹂
と仰るし。承るな!!
4月26日
まあ、なんやかんやあって、俺は死んだことにしてここに暮らすと
こにした。
最初に持ってきてもらった食料ものこり2週間もあれば尽きてしま
うだろう。
何とか食べ物を得られるようにならなくては。
4月29日
火種の魔術はスムーズにできるようになった。
祝福の傀儡師はどうやって発動するのか分からない。人をあやつれ
8
るのかな。
細菌学者もさっぱりわからん。細菌ってなに?
4月30日
突然何かの記憶が僕の頭を駆け抜けた。
見たことがピカピカな塊が凄い速さで駆け抜けていったり、石でで
きた大きな塔のような建物にたくさんの人が入って行っている。俺
もそこで何かの作業をしているようだ。
5月3日
具合が悪い。
頭が割れそうだ。
だが、食べ物を得るには外に出ないと。
薪も残り少ないし。
ここで日記は途切れていた。
9
魔法を使う俺
﹁何だよ火種の魔法って⋮﹂
日記を読みながら思わず声が出てしまう。
火種の魔法のことを思うと突然思い出す。
﹁へっ!?﹂
火種の真言が頭に思い浮かび、何気なく竈にくべてある薪につぶ
やくと火が起こされた。
﹁うぉ!すげっ!魔法ってマジかよ!なんか記憶もある程度、頭
に残っているみたいだな⋮
俺魔法使いかよ∼!﹂
火種ぐらいで喜べるかどうかは分からないが可能性があるって素
晴らしい!!
︵他に魔法を覚えて無いのかな⋮︶
思い出せない⋮
何かきっかけが無いと駄目なのかもしれない。
パペットマスター マイクロバイオロジスト
︵あとは、傀儡師と微生物学者ってやつか︶
何が起きたか未だによくわからないが活きる為に何かしないと生
きられないってことだなと思いなおし当面の食糧を探す。
10
家探しすると、二重床になった収納庫にはじゃが芋やニンジン、
麦等の穀物が少量。道具類が斧、鉈、ナイフ、ロープ、なべ、皿、
籠、裁縫道具とわびしい限り。
︵ほとんど直接子殺ししたくないための実質見殺し状態だな︶
近くには町が無い様だし独力で何とかするしかないな。
ーーーー
数日間は、食糧調達に必死に駆けずり回った。
山に入れば、山菜や木の実、薪の調達。
そして、少し家から離れた場所に罠を仕掛ける。
罠と言っても麦を少量まいて籠につっかえ棒をして、棒が倒され
ると籠がかぶさる程度の罠。
落とし穴を掘ろうと思ったけど、スコップが無いのであきらめた。
猟をしようにも弓も槍もなにもない。道具が決定的に足りない。
家の横にある、畑というなの荒れ地を何とかする。少し耕し、じ
ゃが芋を植えてみる。収穫できるのは2∼3ヶ月後だとしても将来
に向かって対策しないと暗い未来しか見えないからね。
11
正直自分一人だと時間がかかりすぎてしょうがない。
どうすれば楽になれるのか⋮
思い返すと社畜人生の方が楽だったんでは。仕事はつらくとも食
All
OK
う分には問題なかったし、数日サボっていても上司にチクチク言わ
れる程度。何も考えなくても指示通り動いていれば
の世界だったしな⋮
12
鍬を作る俺
鍬を作ろうと思う。
当然鉄器なんてものはない。
役に立ちそうな道具は斧と鉈とナイフ。
畑を広げたいと思っても耕す道具が無い。
自称じゃが芋畑は猫の額位しかないがこれでも大変だった。
手と木の棒と石で掘り返してみたが、爪の間に土が入りこみ指先
がボロボロに。
道具は偉大だと思った。
まず、15cm位の木を切り倒す
2m位の枝で柄の部分を作る。
しかし鍬の歯を作りたいが鋸がないので製材出来ない。
丸太を斧で30cm位の長さに割り、さらに厚み3cmで縦に割
り、鉈で形を整える。
これで歯の部分は出来たが柄との接合をどうするか。
柄の末端を四角に鉈で加工。そして歯の板に鉈を当てて石で打ち
ながら柄に合うようにくり抜いていく。
歯の穴に柄を入れて楔を打ち込む。
振ってみる。
生木なのでふにゃふにゃ感が否めない。
乾燥するまで放置だなこりゃ。
こんな物でも2日掛かりとは泣けてくるねこりゃ。
13
ーーーー
そうそう。
この前水浴びしている時に色々観察してやったのよ。
髪は肩より長く色は黒。地肌は小麦色。
水面に映った俺の顔は彫が深かった。
⋮彫が深くてもイケメンってことは無いのね。
中東の顔の様だった。まあ、中東の国々に知り合いはいなかった
けどさ。欧州人ではない様子。中東の人の歳なんてわからないけど
中高生位かな?
二十歳が成人式ってことではないと思う。まあ、37歳のおっさ
んが若返ったとすれば良いことなのかもしれない。
それにしても山菜やイモばっかり食ってたらタンパク質が圧倒的
に足りなくなちゃうね。
肉を仕入れに行かなくては肉を。
狩りの道具は無いので仕掛けた罠を見に行く。
まあ、案の定空振り。
一つだけだとそりゃそうってもんです。
場所を移して仕掛け直し。
籠があればもっとしかけられるのに。
竹でも無いかな。ヨーロッパには竹が自生していないようだけど。
ここには無いのかね。
14
魚が欲しい俺
家のそばを流れている小川に添って歩いて行くと渓流があった。
魚影もあったので貴重なタンパク質が補給できるかも。
⋮思ったと通り、手づかみでは取れませんでした。
︵どうするかね。そういえば昔釣りキチ三瓶で読んだな∼。魚が
隠れそうな手頃な岩に思いっきり岩を叩きつけるショックで仮死状
態にする漁が。︶
手頃な岩を持ち上げて⋮
持ち上げて⋮
持ち⋮
持ち上がらない。
持ち上がるぐらいの岩を叩きつけても何も変化が無い。
当然魚も浮いてこない。
︵さみしいわ∼︶
︵そうか!網を作って追い込み漁をすればいいのか。でも網が無
い。︶
周囲を見渡して使えそうなものとなると⋮
ツタは生えているけど余り強度が無さそう。手ですぐにちぎれて
しまう。
15
周囲の様々な木の皮をナイフで剥いでみるとよさそうな繊維質の
樹木を発見した。
︵これは良い。ロープの木と命名してやろう︶
たまにちぎれてしまうが同じような樹皮を剥きまくって三つ編み
のように編む。
ある程度の長さに編んだものを長籠状に編みこんでゆく。
︵多少不格好だけどこんなもんか︶
石を隙間なく組んでいき流末に網を仕掛ける。
そして、上流から手に枝を持ち、振り回しながら魚を追い込んで
いく。
︵よし!どうだ!︶
網を取り上げると小さな小魚が入っていた。
︵やった!!⋮のか?しょぼいけどタンパク質だ!︶
今日の献立は煮魚のシチュー︵ほぼお湯︶だったとさ。
16
りかちゃんを愛でる俺
さて、俺の祝福とやらのことを考えてみる。
火種の魔術が使えるってことはこの世は魔法が使えるってことな
パペットマスター マイクロバイオロジスト
んだろうと思う。
その中で傀儡師と微生物学者ってなにかってこと。
傀儡師は人間を操るのか他の生物を操作できるのかそれとも人形
を動かせるのか。
ここは人里離れているようだし、他の人間と邂逅したこともない。
動物も影は見えるのだが、基本野生動物は怖がりっぽいので近づい
てこない。来られても困るけど⋮
一番簡単に試せるのは人形かな。では今日の夜から小さい人形の
ようなものを作って試してみるか⋮
それと微生物学者ってのは?
この世では微生物って理解できない様である。それが元で追われ
たようなもんだし。
でも細菌って地味じゃね?
せっかく魔法がある世の中なのに火の玉とかだして遊びたい。っ
ていうか生存競争に打ち勝つために使いたい。
でも、発動条件が分からない。覚えているのであれば火種の魔術
といっしょで真言が頭に現れるはずだしな⋮
ーーー
17
夜の帳が下りて焚火の明かりで小さな木材をナイフで削りだす。
そう、小さな人形らしきものを作成中だ。
いきなり複雑なものなんて作れないし、祝福︻傀儡師︼が人形を
操るものではない場合、無駄な労力になるからね。
簡単に手足と頭に模したものを削りだし、命名︻りかちゃん︼と
した。
﹁さあ、りかちゃん動け!歩け!ほら進め!!﹂
はたからみたら相当怖い光景だと思う。
念じてみるが当然動かない。
︵やっぱり駄目か⋮そりゃそうだよね︶
根を詰めてずっと木を削っていたためかなり喉が渇いていること
に気付いた。
︵もう夜中だしな。眠いし。湯ざましがなべに入っていたけど面
倒くせ∼。ほらりかちゃん取ってこい。な∼んて。︶
いきなり脳裏に真言が下りてきた。
それを思わず呟いてみると、りかちゃんががたがた震えてきた。
ガタガタガタガタガタガタ⋮ガタガタガタ⋮
﹁こわっ⋮いきなり人形が動くってホラーじゃね?﹂
ポルターガイスト現象のように左右に震えだし、バランス悪く倒
18
れてしまってからもガタガタ震える。
︵手足が駆動しない為に動けないんだな。でもどうしようどうやっ
て止めればいいんだ?怖くて触りたくねぇよ∼︶
こうやって夜も更けていくことになった。
19
名乗る俺
おっすおら信吾!!
えっ?第6話の今まで名前を名乗ってなかったって?
それは失礼。
おらの名前は︻村上信吾︼。
元?の世界は37歳でどうやら幕を閉じたようだ。
今?の世界の歳はわからねえ。成人はしたようだ。毛も生えてる。
そして名前もしらねぇ。元貴族っぽい。
改めてよろしくな。
えっ?りかちゃん?
う∼ん。止め方が良く分からなかったから棒でつまんで焚火にフ
ァイヤーしちまったよ。
名誉の殉職ってやつだな。
うんうん。
おかげで寝不足だかなんだか体が重いようだ。
頭もガンガンするし。
まさか元の世界に戻るんじゃねえだろうな。
ともあれ、俺の祝福︻傀儡師︼の使い方が何となく分かった。
四肢が動く様に作らないといけないようだね。
食料調達の時間が許す限り、人形作りにいそしんでみようか。
とはいっても食料も残りわずかだし、木も乾燥させないといけな
いから当分先だね。
20
木を必要分切り倒し、川に向いもう一度追い込み漁にチャレンジ
してみる。
今度は3匹の良い型のニジマスのような魚が獲れた。
塩が無いので味気ないが久しぶりの肉の味は栄養失調気味の身体
には沁み渡った感じがした。
ーーー
久しぶりのまともな食事を取って動く気になったので周囲の状況
を把握してみる。
アケビっぽい果実︵鳥に食べられて殆ど実がない︶やマンゴーら
しき実︵非常に小さく甘みはほぼない︶が自生しているのを発見し
てかなり気分が良かった。
嬉しい発見のもう一つが竹が自生していたことだろう。
春なんであろう。タケノコがニョキニョキ生えていて思わず両手
で地面を掘り返してしまった。御蔭で筍の皮に生えている産毛?が
肌にささってちくちくして痛かった。
1本持ち帰って皮付きのまま焼いてみたらちょっとえぐみがあっ
たがホコホコして美味しかった。
21
バンブーな俺
竹林が見つかり、かなり助かった。
あれから往復して数本の竹を切り倒して持ち帰ってきた。
一つは水筒作り。
節を使うんだけど問題がたくさん。
まず鋸を持っていないので鉈で切るしかない。よってでこぼこ。
失敗多数。
そして、錐なんて道具も持っていない。ので飲み口にちょうどい
い穴なんて空けられない。
ナイフでぐりぐりやるんだけど角度によっては手を切りそうにな
る。
で、竹の内面が外気に触れると途端にカビてくるので良く炙って
やらないといけないが、中が見えないのでどれだけ炙ればいいのか
分からない。
そして、籠作り。
鉈で裂きながら加工しやすい幅、厚みにしていく。基本の縦枠を
十字に組んでそこに編みこむように巻いていく。
形が出来たらこれまた炙ってやる。
文章にするのは簡単だけど丁度良い厚みにしていくだけでも1日
仕事だからね。
ファンタジー作品のように魔法バンザイなんてもんは幻想だよ。
幻想。
また、食器なんかも作った。
この家にあった一枚きりの皿でどないせいっちゅうねん。という
22
似非大阪弁がでてしまうほどどうしようもない充実ぶり。
箸はもとより、フォークやスプーンも無し。ナイフはこんな山刀
みたいな刃渡り20cmもあるナイフしかありませんよ旦那!!包
丁もナイフ兼用みたいな考えだし。
で、箸、スプーン、お玉、お皿、コップなんかをしこしこ寝る前
に作ってみました。
だいぶ指先の器用さが増してると思いますよ。おそらくレベル3
0は突破してるかと。そんなもんはございませんが。
備蓄食糧の減少も歯止めが掛ってきたので、そろそろ人形作りに
励んでみたいと思います。
23
楽をしたい俺
最近の日課です。
朝は夜明けとともに目を覚まし、罠を張ったところを一巡。
掛っていたら捌いてお食事。なければ川に行って魚獲り。
戻ってきたら畑に水を撒いて、畑の拡張。
暇を見て、身の回りの物の制作。
日没前にもう一度罠を一巡。なければ筍や木の実などを採取。
食事後、人形制作に取り掛かる。
人形を作るものの何を目指すかが問題だ。
優先順位としては。
1、作りやすい。
2、俺が楽になる。
3、俺の生活が楽になる。
4、俺の食生活が楽になる。
5、俺の重労働が減り楽になる。
6、俺の生活が向上し楽になる。
7、俺の性生活がk
そう、作りやすくて楽になれば良いのだ。
いま、作業系で何が辛いかというと、畑を耕すこと。
腰が痛くなる。鍬がすぐにぶっ壊れる。出てくる石が重い。木の
根っこが手ごわい。
当面、鍬の代わりになる人形を作りたい。
よって手が直接穴が掘れるようにする。そして、前後動ける。左
24
右についてはそれほど重視しない。程度のものを作る予定だ。
本当はベアリングなんかを使いつつ関節全て動くものが好ましい
とは思うがそんな道具も技術力もないし。
そして打ち込むこと10日間。
とうとう出来ました。畑仕事専用鍬代替人形その名も︻リカちゃ
ん2号︼。
先代は残念な子だったがこいつは凄い。
足は前後に動く。左右は何度も方向転換しながらなら動ける。
手はぐるぐる回る。指先は土の中に突っ込んで起こすことが可能。
と唱える。
木と竹でできているので当然摩耗するが取り換えができる。
土を耕せ
我ながら自分の才能が恐ろしいぜ⋮
早速、試運転。
頭に浮かんだ真言と命令
ガガガと木と木がこすりあわされる音がする。
これはしようがない。そもそも精度を高くできる道具がないし。
やすりもないし。
ガガガ⋮ガガガ⋮ガリガリガリ⋮ガリガリガリ⋮
音が変わってきたな⋮
ガリガリガリ⋮バリバリバリ⋮バリバリバリ⋮ガコッ⋮ガガガッ
⋮バキッ⋮
不穏な音がする。これ以上はヤバい音が。
25
止まれ!停まれ!手直しじゃ済まないレベルになる!!
ちょっ!ちょっと停まれ!!
バコーン!!!
四肢が四散した。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ⋮
またりかちゃんと同じに震えだした。
﹁停まれ!命令取り消し!辞め!﹂
脳裏に真言が現れ唱えるとりかちゃん2号の残骸の動きは停まっ
た。
26
3号な俺
りかちゃん2号を手直しすること2週間。
やっと終わって試運転。
﹁こんどは頼むぞ!りかちゃん3号﹂
畑に出して真言と命令を下し、様子を見る。
﹁順調じゃねえか!﹂
りかちゃん2号の腕が突き出て土の中に刺さり耕していく。
順調に動く様子を飽きずに見ていたが、特に問題もない様子なの
と、
食糧が乏しいのでいつもの木の実が茂っているポイントに採取す
る事にした。
﹁筍の時期は過ぎたしな∼。木の実も取りつくしたり、季節が終
わると早晩詰むな。
しかし、今日は頭が重いな。﹂
今晩の食事分を採取し畑に戻ってみると、結構耕せている様子で
ある。
﹁お!りかちゃん精が出ますな∼﹂
軽口をたたき近くに寄ってみると、小さいじゃが芋が散乱してい
る。
27
﹁なんだこの小さいじゃが芋は⋮﹂
耕した場所をみると自分が耕しじゃが芋を埋めた場所だった。
﹁うぉ∼∼∼∼﹂
︵俺の労力とじゃが芋を返してくれ⋮︶
ーーー
失意の中でベッドにもぐりこんで考えてみた。
りかちゃんは昼夜関係ないので畑仕事に精を出している。
︵まず、頭痛。動く様命令すると頭痛がするけど、魔力的な何か
を使っているのかね。︶
寝れば治るので特に気にはしていない。火種の魔術をいくら使っ
ても頭痛にはならないので魔力量が違うのかもしれない。
︵それと、細かい命令を出来ないものか。人工知能とまではいか
ないがプログラミングできれば遂行する命令の幅が決められるのに。
︶
りかちゃん3号の細かい命令を日記の紙を切り離し整理してみた。
・畑と定めた4つの杭の内側を耕し畝を作る。
28
・作物を植えた場所と収穫した場所を記憶する。
・植えた場所は耕さない。
︵これを命令できれば楽になるのに⋮︶
書いた紙をりかちゃん3号に貼り付けつつ真言を唱えてみた。
スッと吸い込まれるような感覚があり、うまくいったように感じ
た。
︵なんか、大丈夫そうだな。︶
家に戻り月明かりが零れる屋根を見上げつつ目を閉じた。
29
あーちゃーな俺
そう、俺は気付いてしまったのだ。
俺の畑はそう大きくない。
大きくないどころではなく小さい。
昼夜なく耕せば3日で終わる。
深く掘り起こしても終わる。
広げようにも木々が生い茂り思うように広げられない。
そこで次なる目標、樵人形の制作だ。
人間が木を切ることは簡単だが作ることは難しい。
まず斧で中心部まで届く様にくの字に切り掻き、反対側をくの字
の頂点に向けて斧の刃を入れていく。そうするとくの字に切り掻い
た方向に向けて倒れるのだが、倒す方向が家の方向だと困るわけだ。
切っただけでなく枝打ちして、適度な長さにし、所定の場所に運ば
なければいけない。
もっと言うと、畑にするには木の根っこを掘り出さなくてはいけ
ないのだがこれは後回しに。
樵人形は三体にすることにした。
一つは水平方向に斧を振るう人形。二体目は枝を鉈で払う人形。
三体目は4m程度の丸太に長さに切り分ける人形。
運搬は難しいだろう。重量物を動かすには同等以上の重量物の人
形が必要だろう。また、それに耐えられるだけの細工は持っている
道具だけではどうにもならない。伐採して放置しておけば含有して
いる水分も抜けて軽くなるかもしれないし。
あと、樵人形は夜の稼働をさせないことにした。これは寝ている
時はうるさいだろうし、万が一、倒れこんできたら永遠の眠りにつ
30
いてしまうかもしれないからだ。
制作は気長にやることにした。
食糧事情があまり良くないし、材料も必要だし、斧ももう一つ必
要だ。
石斧でも良いと思うが、それにしても見合うだけの石を見つけて
こないといけない。
︱︱︱
ここ最近の進歩は、漆の発見と、弓を作ったことだ。
弓は乾燥した木を軸にして、竹を張り合わせ、和弓もどきのよう
なものを作った。
張り合わせるものはナイフで削って作った木釘と木の皮を漆で貼
り付けた。
問題となったのは弦。弦の材料に適したものが周囲になかった。
麻っぽい植物はあったがどうやれば、繊維だけ取り出せるかよく
わからなかったのだ。追々研究してみるつもりだが⋮
そんなこんなで一番手近なもので代用してみた。髪の毛である。
もともと肩より長い髪の毛が散髪などと文化的なもの等ないので、
かなりの長さになってしまった。それを利用し、髪を縒ってみた。
それを漆でコーティングするとかなり頑丈な弦が出来た。
いま、頭髪のことを触れるのはよしてくれ。
水面に映る自分を見たくはない。
矢は鏃なんてもんはないし、黒曜石もないので石鏃もできない。
他に利用してできるのかもしれないが⋮
なのでなるべくまっすぐな枝や木を縦に割り裂いて、火であぶり
31
真直ぐに矯正して、先を削ったものでしかない。
矢羽は落ちている羽を利用しつつ、二枚羽にしている。刺突、貫
通性能や直進性などは200∼300mぐらいかね。正直、矢にば
らつきがあって何とも言えない。
初期に植えたじゃが芋も収穫できるようになったのでお弁当にし
てちょっと遠出してみますか。
32
木に登る俺
人間あれだね。
芸が身を助けるって本当だね。
昔はさ。木登りしたよ。ええ。
結構な高さの木に登りましたよ。そして自慢しましたよ。
中学生ぐらいになるとなんで木に登るのが自慢になるのか分から
なく自問自答しましたよ。
そして、人生木登りに意味はないと気付きましたよ。
でもね、それは間違いでした。
なぜなら⋮
︱︱︱
﹁やばいやばいやばい⋮っ!﹂
弓矢を持って気が大きくなってしまっていたんでしょうな。
やっぱり男の子なのでそういったものを持つと打ちたくなるじゃ
ないですか。
それで打つ。
徐々にうまくなって狙った木に命中しだすとね、さらに楽しくな
って今度は動いているものに当てたくなるわけですよ。
ただ、鳥なんて小さいしめったに当たらないんですよ。
でね。
鹿とかは群生しているのかまあまあな頻度で見かけるわけですよ。
33
残念ながら素人な狩人なもんで、音や臭いで構える前に逃げちゃ
うんですけどね。
いたんですよ。
大物が。
丁度風下で、打ち下ろす感じの場所にいらっしゃるわけなんです。
構えて打っちゃうんだまた。
馬鹿だよね∼。
冷静に考えりゃ危険だってわかるのに。
平和ボケ日本に産まれて、ジャングルってコンクリートのジャン
グルで揉まれてても、怖い上司に睨まれても平気の平左でしたよ。
別に殺されるわけでもあるめいにってな。
矢が丁度当たるわけなんですね。
下手クソなのにこんなときだけ当たるんですよ。
イノシシに。
﹁木っ!木に登れば!!﹂
モーレツな勢いで突進してくるイノシシに逃げるように手近な木
に飛びつくと、どこにこんな力がって具合に登っちゃうんだね。
世界木登り選手権大会で準優勝できるぐらいのスピードで登っち
ゃうよね。
背を延ばしても届かないような場所にある枝もひょいっと飛び乗
って危機を脱しちゃうよね。
でも、手負いのイノシシは怖い。
34
ガツンガツン木にぶち当たって揺さぶりおとそうとするし、ウロ
ウロ待ち構えてるし。
本当に怖いのはいなくなったな∼と思って木から下りたとき。
アイツ近くの藪に隠れてこっち見てるの。
目が合っちゃったよ。
で、手近にある石をつかんでまた、必死に木に登ったさ。
また木に激突してくんだよ。
石を落してみたんだけど、まあ、あれだよね。効かないわな。
残ってる矢を打ち込んでみたけど、蚊が刺したぐらいのもんじゃ
ないかな。
フーフー唸りながら。
カチカチ口を鳴らしながら。
前足で地面をかき鳴らしながら。
落ち着きを取り戻してどっかいっても当分降りられなかったよ。
35
黒光りする俺
見つけましたよ黒曜石。
こんなご都合主義があるもんですね。
イノシシの悪夢が遠い記憶に包まれてなんとか恐怖の呪縛から解
き放たれたときに新たなるフロンティアに旅立つ決心をしましたよ。
とカッコよく言ってみました。
家の近所の一番高い木に登ると結構近いところに山頂が見えたん
ですね。
あるいはそこに行けば周辺事情が分かるかもって。
この身体に住み着いてはや半年。
そろそろ人恋しくなってきましたね。
樵人形の制作もあまり進んでませんし。
鋸が欲しい。
で、ちょっと登山としゃれこんでみました。
3時間も登っていくと視界が開けてきましたね。
左手に広がる原野。右手には崩落した崖がありそれ以上はこのル
ートでは登れなさそう。
原野にはずんぐりむっくりとした牛みたいな動物が30頭ぐらい
の群れで草を食っている。
変に手を出して反撃されると様子見です。角がしっかりしている
36
雄っぽい個体がこっちをみて警戒をしているっぽいのでそっと離れ
ます。
崩落した崖に近寄ってみるとキラキラした黒い石の斜面が確認出
来ました。
︵これってもしかして⋮︶
そう黒曜石。うっかり手で触ってみたら切れてしまい血が出てき
た。
︵どうやって取り出すか︶
大きな岩の塊か小さな破片しか見当たらない。石を叩きつけて砕
きながら採取していくと適度な大きさに割り砕く事が出来たが、破
片をうっかり持ってしまうと切れてしまうことがあり袋に入れると
きには慎重を要した。
︱︱︱
︵牛みたいな動物を一頭でも倒せると食糧事情が改善するんだけ
どな⋮︶
また、後悔しそうなことを思っていると牛が移動し始めた。
先頭を行く雄牛が群れのリーダー何だろうなと思いつつ小走りに
追ってみると、子牛が牝牛に寄り添いながら走っている。
︵あの、子牛を狙えないかな︶
37
スピードを上げて子牛に近づいていこうとすると此方に気付いた
牝牛がこちらに振り向き雄牛より短い角で威嚇してくる。
︵今日のところは準備もしてないし難しいかな︶ 牝牛を刺激しないようにゆっくりと後ずさりして距離を取ってい
く。
︵まあ、収穫もあったしこんなところだろう︶
黒曜石を採取出来たしもう少し探索できる範囲が広がればもっと
ましな生活が出来そうな気持ちがわいてきた。
38
天才な俺
色々できましたよ。
やはり俺。
俺ゆえに天才。
つまり天才。
何が出来たかって?
聞きたい?
特別に教えて存ぜよう。
てれれれってれ∼
黒曜石鏃の矢。
奥さんこれ見てこれ。
これをヒュンと飛ばすとズサッと刺さってグサッと貫通するんで
すよ。
でもお高いんでしょう?
いえいえ。それが拾いもんなんですよ。
山登るでしょ。黒い石拾うでしょ。鏃風に叩いて形作るでしょ。
矢に付けるでしょ。
出来たっショ。
従来品より飛翔力が3割増、貫通力が5割増。刺殺力も5割増。
て奥さん買うっきゃナイト!
39
そして次の秘密道具。
てれれれってれ∼
黒曜石の斧、黒曜石のナイフ。
そして黒曜石の鋸?が出来ました。
この鋸。二つに割った竹の間に複数の黒曜石の歯が等間隔且つ少
しづつ出るように挟み込んで、木の皮で締め込み漆で固めたもの。
鉄の鋸に比べればそれほどでもないが、斧と鉈とナイフより多少
精度が高い工作が出来るようになりました。
許す。
褒めていいぜ。
褒めたたいて良いぜ!!
と黙々と作業を進めるりかちゃん3号に話しかけるぼっちな俺だ
った。
40
増産する俺
季節は春から夏にそして秋から冬に。
この世界の季節変動はあまり無いようだ。
気温も少し変動はあるみたい。
春は花が多く咲きまさに春って感じ。気温は28度ぐらい。
夏は雨季。滝の様な雨が一日に2回ぐらい降り注ぎ、35度ぐら
いで蒸し暑い。
秋は果物が多く結実し、陽気で過ごしやすい。
冬は乾季。雨がほとんど降らない。気温は25度程度。半袖で十
分過ごせる。
沖縄よりもう少し赤道よりな気候なのだろうか。
家の周りは山間部で森林地帯のようで乾季に入ると多少落葉する
程度。
動物も冬眠することはない様子だけど乾季になると食べ物が不足
しがちで痩せている。そして攻撃的になってくる。
ほぼこの世界で一年を過ごしたわけだが、俺の家の周りもかなり
変わった。
畑の広さが倍になり、家の周りをぐるっと獣よけの柵が回ってい
る。腕の太さぐらいの丸太杭を2m間隔で打ち込んで横に三本の丸
太を渡している。結束は樹皮で作ったロープ。
荒れ放題だった家の屋根も製材できないため板では葺けなかった
41
がバナナっぽい大きな葉っぱを何枚も重ねて葺いている。
そして人形類。
相変わらず人形類の制作精度が良くなくて単一の行動しかできな
いが工程の種類が増えるたびに人形を増やしている。
まず、リカちゃんシリーズの畑仕事人形。
リカちゃん4号は耕す専用。耕す鍬の部分に黒曜石を使い鍬入
れの強化を図ってます。
5号は穴掘り専用とし、地中障害になりそうな石や木の根を掘
り出す。
6号は採取専用。芋を優しく掘り出し収穫する。
7号は麦刈り専用。そうそう麦の栽培に成功したので作ってみ
たもののほとんど出番がない。
8号は豆収穫専用。豆も栽培に成功したので作ってみたがこれ
もイマイチ。
3号はどうしたって?あれから間もなく壊れました。ある日、地
中にある岩と格闘して、岩に引っかかり前転宙返りを披露し、その
まま動かなくなりました。
次にバービーちゃんシリーズ
バービー1号は黒曜石斧を装備し、横回転しながら斧を振り回
し木を切り倒す。
2号は黒曜石鉈で枝をうち
3号は斧で4mぐらいで木を寸断する。
4号は打ち払われた枝を回収し屋根がついた薪保管所に運搬す
る。
残念ながらまだ太いマルタの運搬に耐えられるだけの人形が製作
出来てはいない。
42
次にほっぺちゃんシリーズ。
ほっぺ1号は黒曜石を砕く。岩を持ちひたすら砕く。砕いて人
の頭大に砕く。作業故に損耗率は高い。
2号3号は頭大の黒曜石を家の集積所まで運搬する。
4号は集積所で鏃の制作。
5号は鏃を精度を高める細かい作業を行う。
6号はロープにできる木の樹皮を剥ぎ、7号はその樹皮を集積
所まで運搬。
8号はロープを撚る作業。
こんなところか。
人形は全部で15体。
まだまだ作業は多くあるが相変わらず工具がショボイのでこれく
らいしか作れない。
尚、人との遭遇は未だ成らず。
どんだけ山奥にいるのか。 43
狩る俺
食糧事情は未だ良くならない。
しかし、弓矢を試行錯誤しながら改良を続けた結果、鹿は稀に狩
れるようになった。
上手く風下で射線に入れた時だけ。
初めて鹿を狩れたときは興奮して鹿に触った時にはびっくりした。
死後硬直が始まり筋肉が固くなってくるのと同時に、触ったところ
から黒い塊がワサワサと這い上がって来た。黒い塊はマダニだった
けど。後から考えたら鹿の体温が下がったからマダニが伝染って来
たんだと思う。不用意に触ると噛まれるし、ヘタするとマダニを媒
介とする病原菌に伝染るかもしれないからね。
狩った鹿は見よう見真似で持っていたロープで後ろ足から木に吊
るして解体してみた。
心臓が首の根元をナイフで切り裂いて血を抜いてみる。ある程度
抜けたと思ったら、腹から割いてみる。内蔵がドベッとでてきて当
たりに血の匂いが充満する。
︵肝臓はどれかな︶
腸を引っ張りだして肝臓を探してみる。
︵これっぽいけど生肉って危なそうだな︶
一口齧ってみる。
44
︵甘い︶
元の世界にいた時にはレバーは生臭くて、焼くとボソボソしてあ
まり好きになれなかったが、これは別物と感じた。
もう一口齧ってみる。
︵おえっ!苦い!︶
肝臓の中からにじみ出てくる汁が舌に触れた途端、猛烈で痺れる
ぐらいの苦味が口に広がる。
︵肝臓は周りしか食べれんな。この中心部の体液が漏れでたらも
う食えない。︶
肝臓はあきらめ、消化器系や睾丸などを取り除いていく。
心臓はまだピクピク動いている。
︵心臓は最後まで諦めない臓器だな︶
心臓もナイフで薄く切り取って口に放り込んでみる。
︵これもコリコリしていてうまいな。まだ口が痺れてる感じがす
るけど︶
肉は前足だけ切り分け持ち帰れる分をバナナの葉っぱぽい大きな
葉で包む。
︵これだけしか持って帰れないのは勿体無いな︶
45
この地域の気温だと保って1日だろうな。でも⋮
何かの本で見た事を思い出し部位ごとに切り分け川に沈めてみた。
︵これでダメならしようがないな︶
後日川から引上げ少量持ち帰り、焼いたり、煙で燻したり、肉に
含まれる水分量を減らす努力をしてみたが、塩が無いために長期間
の保存はできなかった。
﹁塩が欲しいな∼﹂
46
登る俺
家近くの木に登っると近くに小高い山が見える。
中腹で黒曜石が取れる山だ。
今日は山頂を目指してみた。
ウロウロしながら足場を探しながら。
やっと登れそうなルートを発見した。
ルートを探しているうちにこの山自体に様々な鉱物があるような
気がしてきた。ある部分は茶褐色の石が露出していたり、黒や白い
石も転がっているのを見つけたりもした。
岩の種類なんてわからないし、すぐに掘れそうな場所には無いた
めに物欲しそうに見るだけではあったが。
まあ、人が入らないので当然登山道なんてものはないので、一步
踏み外すと転落しそうなところばっかり。
途中からはかさばる弓や斧なんかは置いて両手でしがみつきなが
ら登るしかない。
山頂は木々に囲まれていた。
森林限界ではないってことではあるが、折角登ってきたのに少し
寂しい。
所々崩落して見晴らしが良い所もあるのでそこから眺めるとこう
なる。
47
北側は遠くに海が見える。
西は森が続いている。
東は更に高い山が続いており視界が悪い。
そして、南側は家がある方向。其の向こうには平野っぽい場所が
あり、街がありそうな雰囲気がある。
塩も欲しいが次の目指す方向は南だな。
なにぶんぼっち生活も1年余。
ぼっち耐性が強い俺でもさすがに寂しい。
話し相手が猟奇的な顔をした人形とか夜の恋人ミギーさんとかで
自分を慰めるのもそろそろなんとかしたい。
なんとかしたい⋮
48
温泉に浸かりたい俺
山頂からの眺めで分かったのよ。
ここって休火山ぽいのよね。
だからって早々噴火することは考えにくいけど⋮
結論から言うと温泉があるかも。
白煙立ち上る場所を見つけたんだぜ。
恐らく家から東に10km程度だと思われる。
直線距離で10kmだとして、山中を徒歩で進むとなると往復で
一日仕事だなこりゃ。
煙が立ち上っている場所は木が生えていないから近づけば分かる
だろうけど、温泉の有無は分からんね。
人里に下りたい気持ちもあるがかなり距離があるので準備はしっ
かりとやらんとね。
︱︱︱︱
ずんずん探索しながら歩いていく。
︵もう夕方だなこりゃ︶
夜間の行動はできない。
碌な照明具を持ってないし。
未だに焚火のみだしね。
49
完全に日が落ちる前にビバークポイントを探す。
雨季なので突然のスコールに見舞われるし、崖伝えなので落石等
にも注意しなければならない。
獣に襲われないように焚火をするので一晩こせるぐらいの薪も集
めなければならない。
俺が遭遇した限りのこの世の危険性物と言えば、毒蛇、毒蜘蛛、
蠍、熊、猪、狼とこんなところだろうか。
岩場には蛇や蠍などがいるので要注意。座っている間にも頭陀袋
に入っていたりする。
夜間は狼だろうか。森が途切れた場所なので猪や熊はあまり近寄
ってこないと思うが、狼はとんでもなくテリトリーが広いからね。
︵こりゃ丁度いい︶
岩が張り出しその下に2∼3人座れる空間が空いている。
棒を片手に転がっている岩をどかして蛇等が生息していないか確
かめる。
︵今日はここで一晩明かすか︶
鹿の皮を敷き、薪を積み上げ簡単な食事をして座りながら仮眠を
する。
50
︵なんだ?︶
夜空には満点の星空がみえ、満月に近いので月明かりもあり視界
は開けてる。
遠くの方で岩がぶつかり合う音、そうなにかが岩場を歩いている
音が聞こえてくる。
それも一方向からではなくあちこちから聞こえてくる。
焚火に追加の木を投げ入れ、腰に巻いた鉈の位置を確認し、弓を
構える。
複数の光を反射した網膜がこちらを向いている。
︵この数と、頭の位置から行くと狼か︶
今まで狼とは何度か遭遇したことはあるが、遠方だったり、単体
であったりでこちらに気づくとすぐに逃げ出してしまった。
種類はよく分からないが、体高は俺の腰の位置ぐらい、胴体は1
mチョイで全体的に灰色っぽい毛色をしている。
基本的に野生動物は弱いものを狩りにいく習性があるので、こち
らが油断しなければ大丈夫なはずだ。
こんなところにぼっちでいるだけで弱そうだけど⋮
大声をだしながら威嚇をする。
﹁ほら!向こういけ!寝れね∼だろ!﹂
火のついた棒を投げつけねぐらにもどりいつでも弓を構えられる
ように座る。
51
狼達はそれほど執着せずにいつの間にかどこかに消えていった。
俺はまんじりと日が昇るのを待った。
翌日探索を開始すると、間欠泉のような場所はあったが、残念な
がら入浴できるような温泉は無かった。
そうそう上手くいくことはないのであるが⋮
収穫もあった。
まず、湯の花。恐らくここの温泉は明礬泉だと思われる。
雨の当たらない場所で針山に結晶が伸びているものを発見した。
その昔、親と家族旅行に別府温泉の明礬作りをしているところでこ
んなような結晶をみたことがある。
で、温泉の帰り道で、粘土層や、灰白色の鉱床があった。
それぞれ場所を確認して今後の採掘と調査に期待しよう。
52
耕す俺
畑について考えてみよう。
1年半で2haまで広がった。
まずはじゃが芋。俺の主食。これがなかったら今頃俺が土の肥や
しになっていたはず。
畑の大部分をじゃが芋を育てている。育成も容易で短期間で収穫
できるためだ。
次は麦。畑の4分の1面を育てている。しかし麦は麦でも燕麦で、
まあ一言で表すと不味い。
収穫したものを蒸かして押し麦にするとオートミールになるのだ
が、砂糖も牛乳もないのでそのまま口に入れる。ボソボソし口の中
の水分を急激に吸い取られる。水で押し流す。
栄養満点のようなので文句は言えないがどうせならパンが食いた
い。
文系出身の俺が理系農系の頭脳を持っていないので全て試行錯誤
しながらだ。
春に燕麦をまいてみても収穫量が少ない。秋にまいて春に収穫す
るもののようだ。
そして大豆。ここの土にあっているのか、わんさか成る。青い時
期に収穫し茹でる。そう枝豆。ただ塩はなし。厳密に言うと枝豆と
は種類が違うのかもしれないが。
ただ、害虫が多い。これに引き寄せられるようにゾウムシがあち
こち顔を突っ込んで収穫物をダメにしていく。
53
ゾウムシの最大の被害者がアブラナ。
探索に出ている時にアブラナに似た花が自生していたのを採取し
植えてみた。もちろん種をだよ。
野生種なので強いのかどんどん繁殖していく。花が咲く前に摘ん
でゆがいて食べるのもまた良し。但し、不味い。青臭い。調理の腕
はもちろん道具や調味料などは一切ないからな。
ゾウムシはこの花や実をアブラナを食べてしまう。
アブラナは大豆、麦、じゃが芋などの花と雑交配してしまうのか、
近くに植えると奇形種ができやすい。
なぜアブラナかって?そりゃ名前の通り油菜ってなもんで、油目
的ですよ。唐揚げですよ。澱粉はじゃが芋からできるからね。
そういえば前に山登りした時に牛っぽい動物がいたんだけどあそ
この高原を木柵で囲っちゃったんだよね。大量に木材が必要だった
けど。そこはほら。俺には人形がいるからね。
で、かなり広い範囲をしっかりとした柵で囲ってそこに牛を追い
込んだんだよ。結構、ポコポコ子供を産むんだよね。で、生えてい
る草だけだと餌が足りなそうなので、油の絞り粕や大豆、燕麦なん
かの飼料として与え育てているつもりになっている。
この前初めてその牛を絞めて食べてみたんだ。
54
ビフテキを食う俺
元の世界にいたときに見た牛とはかなり違う造形。
角は前に突き出ていて攻撃的。
肩が怒り肩でお尻に向けて細くなっていく。
毛は短い。
この中で若い雄牛を一匹だけ追い込んで早速絞めてみる。
あまり上手く捌けないないけど、皮、脂身、肉、骨、その他臓器
に粗方分けてみる。
脂身は煮込んで油だけ抽出して、照明の燃料や調理用の油にする。
骨は骨角器としての材料。
臓器は食えないことはないだろうが大変なのでパス。
皮は当然皮革材料として。
鞣す作業が殊の外大変。
末端部分の処理は大変なので大きな面だけ残しチョキン。
四隅を引っ張り吊るす。
残った肉や油をナイフでこそぎ落としていく。ナイフは油が回っ
たら切れなくなるので、お湯を沸かしながらナイフについた油を溶
かす。切れなくなったら研ぐ。これ以上取れないってところまでこ
そぎ落としたら、皮の内面を洗剤代わりの燕麦のふすまをこすりつ
つ水洗い。腕がバキバキに筋肉痛になるし、握力はなくなる。ナイ
フを握った格好から指が離れない。
ここから相当気持ち悪い。牛から取り出した脳みそをグチャグチ
ャにすり潰しペースト状にして皮の内面に塗りつける。
55
半分に折りたたみ乾かないように一日放置。まあ、臭いね。
で川で洗い流して、竈の上に吊るして、燻してやる。
本当は何度もスクレイピング︵こそぎ落とす作業︶と脳みそアタ
ックをするといいみたいだけど、自分だけしか使わないし、これで
良しとする。
肉。
肉はね、筋張って固かった。
でも、これぞ肉って主張してくる感じで悪くなかった。調味料が
あればね。
一頭を一人で食い切んない。燻製状にして置いておくけど4日過
ぎた当たりからやばそうな匂いがしたんだよ。
日本人の勿体無い魂に火がついてね。表面を切り落として中心部
分をよく焼けば行けんだろうってね。
当然こうなるわな。
56
ビフテキを食う俺︵後書き︶
牛はオーロックスをイメージしてます。
57
くだす俺
ごめん。最初に謝っておきます。
聞かないで飛ばして頂いても結構ざますよ。
寝込んでます。
食中りです。
原因は恐らくヤツであります。
そう5日目に差し掛かった肉であります。
尾籠な話で恐縮だが、俺は文明の爛熟期の現代に生まれたニッポ
ン人としてはやはりトイレには拘りたい。だがこの環境では当然無
理。
その辺にホイホイすると川の汚染につながるし、臭いし、自分で
自分の落し物を踏んでしまう危険性が高い。
よって肥溜め。土で盛り上げた小さい衝立を建てたところから竹
で配管を組んで肥溜めに繋げる。これだけでもだいぶ違う。俺はこ
れをトイレと称しているがね。
でもね。今回の食中りはやばいね。トイレまで辿りつけないね。
人間腹が痛いと力はでない。そこでベッドで寝てるんだけど。ち
ょっと力むと実と言わず水分状のものが俺の菊門を通過していくん
だよね。
58
やばい!
と思ってトイレに走るんだけど家をでる前に力尽る。
家の中は糞便臭いよ。
まあこういったこともあるよね。
今までラッキーだったんだよ。
あの肉に付着した腐敗菌が俺の体を蝕んでいるんだろう。
早く腐敗菌が体から出て行かないかな。
腐敗菌が乳酸菌に変わったらスゲー健康体になれんのにな。
その時。
俺の脳裏に真言が現れた。
59
学者な俺
腹を下しているときに真言が現れるってね。
これって何?
嫌がらせ?
自暴自棄ぎみに真言を唱えてみる。
が何も起こらない。
体力を使い果たし、下半身が汚いままウトウトしてしまう。
小一時間も経っただろうか。
気づくとお腹の調子が戻っている。
食欲も戻っているが、取り敢えずこの臭い中で食べる気がしない
ので体を洗い、部屋を掃除することにした。
腐敗臭を発している肉は怖いので燕麦のオートミールを食べなが
ら考えた。
さっき浮かんだ真言。あれが回復のきっかけになったんだろう。
治癒の魔法?
いや、胃腸の調子が完全に戻ってるわけでもないし、俺の菊門も
火傷したように痛い。
ってことは肉体が回復したわけではなさそうだ。
60
真言を唱える前に思い浮かべたことは⋮
そうだ、腐敗菌がどうとか、こうとか。
マイクロバイオロジスト
そうか、俺の祝福︻微生物学者︼が発動したのか。
この世では微生物って概念を誰も持っていないようだったけど。
細菌と微生物って厳密には違うんじゃないかな。文系の俺にはち
ょっと荷が重いけど。
まあ、細菌もウィルスも真菌も全て微生物ってことだな。知らん
けど。
思い立ったら吉日。
実験。実験。
︵あの憎っくき腐敗肉の腐敗菌を殺菌せよ︶
途端に脳裏に真言が現れ、それを唱えた。
肉に近寄り匂いを嗅いでみた。
﹁くさっ!﹂
どうやら即効性は無いようだ。
30分後
臭いは薄れてきたがまだ臭う。
60分後
61
だいぶ臭くなくなってきた。
90分後
﹁これ。食えそうだな。﹂
二度と食中りは御免とは思いつつ焼いて食べてみた。
﹁うん。旨い。問題なさそうだな﹂
微生物学者の魔法は時間はかかるが生活するには便利そうな魔法
だった。
62
学者な俺︵後書き︶
誤字脱字のご連絡頂戴できると嬉しいです。
63
ソウルフードな俺
我が故国ニッポンには世界に冠たる醗酵食品の文化があることを
お忘れかな。
そう大豆と醗酵これを掛け算すると夢にまで見た醤油が出来るの
だ!
︵でも、醤油なんぞ作ったことないぞ︶
材料は⋮
大豆、小麦、麹、塩。
﹁NO!塩はない⋮﹂
初っ端から計画は崩れ去った。
︵折角授かったこの能力が活かせない。塩がなければ味噌も作れ
んし︶
﹁そうか。納豆という手もあるな!﹂
大豆と納豆菌か⋮
米の藁がないな。燕麦の藁でもいけるかな。
藁を煮込む。大豆も柔らかく煮て藁に包み、納豆菌発生と増殖を
64
祈念し真言を唱える。
穴を掘っておき大きな葉っぱにくるんで埋める。その上で焚き火
をして地中の温度を醗酵に適した温度にする。
魔法を使っても醗酵を促進できる環境にしておいたほうが良さそ
うだしね。
2日後取り出してみる。
︵おっ!糸引いてるじゃないの︶
醤油がないので少し物足りないが故国の味が再現出来て少し嬉し
い俺だった。
ちなみにその後採取した菜種油を少し入れても風味が出て美味し
くいただけました。
65
ソウルフードな俺︵後書き︶
評価やコメント下さると励みになります!!
66
採掘な俺
採掘について考えてみよう。
現在、採掘可能な箇所は、
・黒曜石
・湯の花︵明礬︶
・粘土
・謎の灰白色の石
黒曜石は鏃やナイフ、斧なんかに使っている。
鹿の大腿骨を細工し大ぶりに割った黒曜石の片側を尖らし組むと
斧になる。
ナイフも皮を鞣すときに重宝する。
鉄のナイフの方が作業性は高いのだが、直ぐに鈍ってくる。黒曜
石ナイフの大きさを変え何種類か作り、持ち替えて使う。
湯の花は防虫剤や当然風呂に入れたりする。
気候のせいか一年中蚊がいる。雨季なんて真っ黒になるぐらいい
る。
ある日、こするとレモンみたいな匂いがする草が生えていたので
料理に使えるかもと持ち帰って置いておいたら蚊が近寄って来なか
ったので、防虫効果があると思ったのね。
でも、単体で体に塗るとヒリヒリしたいたいのよ。
湯の花とレモン草?の絞り汁を混ぜあわせ周りに撒いたり体に擦
り込むと蚊が寄ってこない。
67
それと風呂。
小川の5mぐらい離して人がすっぽり入る浅い穴を掘る。あまり
近いと地下水位が高過ぎるからね。
底と側面に粘土を塗りつけ、岩と砂利を貼っていく。十分に乾い
たら出来上り。
給水は竹で作った水道管。小川から引いている。ちなみに、飲料
用の水道管も引いてある。小川の源流がそれほど遠くない場所にあ
ったのでそこから竹管を伸ばして家の横に引いてある。
入浴するときには焚火で温めた石を放り込む。明礬をちょっと入
れるとさっぱりして気持ちいい。防臭効果も高い。
粘土は風呂にも使うが日干し煉瓦にも使う。
木で枠を作って藁を混ぜ込んだ粘土を打ち込み待つこと一週間。
これを使って窯らしきものを鋭意製作中。
そして、謎の灰白色の鉱物。
珪石と思ったけど違うみたい。薄く削げないので白雲母石でもな
い。
で、その辺に生っている柑橘系の果実を食べてたのよ。メッチャ
酸っぱいんだけど。その果汁がかかった時にシュワシュワ∼と泡が
出たのね。
それで分かっちゃったのよ。文系侮るなよ。化学式なんて分から
なくても30数年間一人暮らししていれば掃除も手慣れたもんよ。
これはね。重曹とクエン酸を混ぜて掃除をするときによく見た光景
68
だね。
つまり、柑橘系の果実はクエン酸。反応したってことは重曹って
ことじゃね。
重曹はアルカリ性ってことだよね。
これはあれだよあれ。あれを試してみましょうか。
69
入浴に力を入れる俺
取りい出したるこの材料。
まず、麦のふすま。
麦糠といえば良いのか。まあ同じ物を指す。
次に菜種油。
アブラナもどきの種のさやが茶色く変色してきたら採取し、天日
に干す。十分に干したら丸太で作った臼もどきにいれ、杵で搗く。
搗く。ひたすら搗く。
それをお湯の中に入れてかき混ぜ、沈殿させると、上澄みに油が
溜まっている。
本当は効率のいいやり方があるのかもしれないが知識ゼロでの文
系出身者としてはこれしか考えつかなかった。
そして重曹。
重曹の鉱物を砕き、粉状にしてからお湯に溶く。そこにふすまと
菜種油を少しづつ流し込み混ぜあわせていく。2∼3倍に膨れ上が
ってきてボソボソし始めたら木の枠に入れておく。
翌日には石鹸の出来上がり。
米があれば米ぬかで作りたかったが、ないものねだりしてもしよ
うがない。
麦アレルギーの人は一発でアナフィラキシーショックでコロリだ
70
な。
石灰岩でもあればちゃんとした石鹸ができると思うが⋮
重曹鉱床があるってことはここはもともと海底だったのかも。
それが火山の噴火や隆起で盛り上がってあの山ができたとの仮説
はたてられるな。
71
使えない俺
南に町らしきものを見かけてもなかなか足を運べない。
雨季は突然のスコールで困るし、川が増水し、道選びにも困難だ
からだ。
そして暑い。人間の体温と同じぐらいの気温且つ蒸している。遠
出する気にもならないね。
俺の祝福︻微生物学者︼の活用方法を考える。
食材の腐敗菌の増殖を抑えたり、逆に菌の種類を変えて酵母にし
たり醗酵を促したりできるのは分かった。
で?なんなんだと。
生活に便利だろう。冷えない冷蔵庫代わりで食物を保存できるか
もしれない。一日置きに真言を唱えなければならないが。
発酵食品もできるだろう。今のところ納豆以外出来るものはない
が。塩がないので大豆発酵食品はそれ以外できないし、牛も野生種
なので怖くて近づけないので牛乳でヨーグルトなんてできない。
それと、肥溜めの発酵も促しているのであまり寝かせずに畑に使
えるのも嬉しい。臭くないし。
72
俺の腸内細菌を活発にしているので快便が続く
でも、それだけ。
意外と使えない。
やっぱり俺は使えない子だったか⋮
73
やはり天才な俺
ヨーグルトで思いついた。
別に牛乳で作らなくても良くね?って。
大豆で出来るのよ。大豆で。
大豆を1日水にさらしてふやかす。それをすり潰す。それを煮立
てて濾すと豆乳になる。
絞りカスはおからになるが、あまり美味しくはないので牛の飼料
へ。おからハンバーグか!とも考えたが塩がないので断念。つなぎ
がない。
で、豆乳に乳酸菌を入れて41℃に維持すると、8時間程度で豆
乳ヨーグルトになる。
祝福
当然乳酸菌の菌床なんてないので、俺の魔法で乳酸菌を生みだす。
なにもない状態から菌を生みだすのが殊の外キツイ。
俺の身体の中にある何かが吸われる感じ、持ってかれる感じがす
ごい。
1つを生みだせば、1つを2つに、2つを4つに、4つを8つに・
・・と鼠算式に増やせていくのだが。
乳酸菌培養に必要と思われるだけ魔法で増殖させるとフラフラに
なる。
これは人形を2体同時に起動させたときと感じが似ている。
増殖させた乳酸菌入りの豆乳の鍋に蓋をして風呂の残り湯に突っ
74
込んでおいた。
放っておくと温度が低くなりすぎるので、たまに熱した石を風呂
に放り込んでやる。
出来上がった豆乳ヨーグルトを食べてみる。
が、あまり美味しくはない。
そもそも常温。ヨーグルトは冷たいと美味しいが、常温だとイマ
イチ。しかも、砂糖もないので。ちょっと酸っぱい豆腐を食べてい
る感じだ。
鍋を川の水でさらしておくと少し冷えるが、なにぶん鍋が一つだ
けしかないので不便極まりない。
ヨーグルトを思いついたは良いが、二度目はないかな⋮
でも、俺様は天才なのだ。
失敗をそのままにしておいたら凡人、愚民だが、俺様は天才なの
だ。
肉をヨーグルトに漬け込むのだ。漬け込んでおくと筋張った野生
ハーブ
の牛や鹿もかなり柔らかくなるのだ!
ヨーグルトとその辺に生えている草を一緒に入れてる一晩。
乳酸が肉の繊維が解れてジューシーになる。しかも腐敗等の雑菌
の繁殖も抑えてくれるので多少の保存にもなる。
やはり俺様は天才なのだ。
75
引きつける俺
色々探索の範囲が広がるにつれ方向が一時的に方向を見失ってし
まうことが増えてきた。
これまでは日の方向や探索時に着いた跡、野生のカンで家に辿り
ついてきたけど、これってかなり大きな問題。
なにせ家の周りは野生の王国で夜間にであるいていると夜行性の
動物につけ狙われる。
前に見たことがある山猫と豹のあいのこみたいな動物が目を光ら
せて木の上から狙ってやがった。
それこそ野生のカンで逃げてきたけど、むやみに動き回れない。
もともと持っていた数少ない道具のうちの一つ。裁縫道具の針。
針って言っても粗末な針らしきもの。
太さが5mmぐらいある分厚い針。
針穴なんてものはなく、鉤があるだけのしろもの。
これでよく服なんて縫えるよなって感じのもの。
これを磁石にしてみることに。
まずは叩いて磁化させる方法を映画で見た記憶があるのでやって
みたけど全然うまくいかなかった。
他のやり方を試してみる。
76
針を焚火に突っ込み空気を送り込む。
針が赤くなってきたら取り出して、南北を向けて置いて冷ます。
昔の中国で指南魚という磁石の作り方を覚えていたので実践して
みた。
磁化したであろう針を水の上に浮いた木にのせる。
ゆっくりとだが北と南に向くのでまあ成功と言ってもいいだろう。
磁力は弱いのでそれほど当てにも長持ちもしないだろうが御守り
の意味でも持っておくのは悪くない。
77
人恋しい俺
俺は会話をしない。
そうぼっちだからだ。
唯一、俺が操っている人形達に話しかける程度だ。
﹁おっ。リカちゃん5号。今日も精がでるね∼﹂
﹁バービーちゃん達。道具は壊れてないかい?﹂
﹁ほっぺ3号。戻ってこないと思ったら足がないじゃないか。狼
にでも食われたか?﹂
など。
当然声をかけても返事もしないし、リアクションもしない。
可愛らしい名前をつけているが猟奇的な顔しかつけていないし、
形も不格好だ。
偶に言葉を忘れていることに愕然とするが、何も問題ないことに
気付き更に落ち込む。
肉体的には10代後半なのであろうが、精神的には老人に成って
いる気がしてくる。
喋れるバディが欲しい。
78
若くてピチピチしたギャルが欲しい。
いや、ギャルじゃなくても16歳以上30歳未満で構わない。
でも東洋人じゃないからもう少し範囲を抑えめにした方がいいか
な。
持論だが女は18歳で肉体的なピークを迎え、28歳で色気のピ
ークを迎える。そして性的なピークは35歳だろう。異論は認める。
それで美人で愛想が良くて細やかで俺を慕ってくれる女がいい。
いや贅沢は言わない、多少美人じゃなくても可愛くておっぱいが
デカければいい。いや最低Cカップあれば十分だ。
この傀儡師の魔術が間違った方向を向かないように自制しなけれ
ば⋮
79
失敗続きの俺
さて、窯らしきものができた。
不格好ながら粘土で皿やカップを形作ってみた。日陰干しをして
乾燥させた。
良く分からないなりに、中に皿を中に並べ、釜の入口からガンガ
ン薪を燃やす。
釜が温まったら、入口を塞ぎ自然に冷ます。
﹁よし、できたかな﹂
数日後、釜の入口を開けて中を覗き込む。
﹁・・・・・﹂
言葉なくバリバリに砕けている陶器のようなものを取り出してい
く。
﹁⋮全滅だな﹂
端から期待を期待をしていなかったが、それでも少しは期待して
しまうのが人ってもんですよ。
ゴミと化した粘土を釜から引っ張り出し何が悪かったかを検証し
80
てみる。
泡だったような割れ口をしていたりものがあったり、隅において
あったものは割れが少なかったりしていた。
﹁粘土はもっとこねて空気を追い出してやらんといかんな。それ
と温度調整か。これは何度もやってみないとわからないな﹂
試行錯誤すること余度。
季節は夏から冬に差し掛かかり。乾季が訪れた頃。
﹁⋮やった⋮﹂
小さい素焼きの皿が男の手に残っていた。
81
マタギな俺
狩りについて考える。
主に狩っているのは鹿。
まれに牛。
猪等の攻撃的な奴らは狙わない。
自分の身が一番大事。怪我=死に直結しかねないからね。
弓は和弓みたいな長い弓。
ジャングルっぽいこの山の中では取り回しづらいけど短いと射程
や威力が弱いのでかなり近づかないといけない。だけど近づくと気
付かれちゃうので使えない。
本当は色々作ってみたいけど。
ほら、弦が俺の髪の毛じゃん?
禿になると嫌じゃん?
⋮誰にも会わないけどさ。
鳥もたまに取れる。
雉みたいな結構大型の鳥。
この前唐揚げにして食ってみたら最高。
地鶏の唐揚げより肉が締まっている感じだけど肉汁じゅわ∼って
な感じよ。
醤油はもちろん塩もないけどさ。
82
この前木の上に猿だかリスだかの動物がいたのよ。
動きがのんびりしているから弓で狙っておとしたんだけど、デカ
イ山猫と豹のあいのこみたいな奴が音もなく忍び寄ってきてその獲
物をさらっていったのよ。
チクショ∼と思ってそっと後をついてってみたら、その山猫死ん
でやんの。
目がクリクリとした猿を食ったら中毒起こして死んだみたい。
食いかけの猿と苦しんだような顔の山猫。
同時にゲットだぜ∼。こんな故事成語無かったっけ?
でもこの猿は毒を持ってるかもしれないのでパス。
山猫だけ皮をはいで使ってる。
この皮は尻皮に使ってる。
尻皮って知ってるか?
マタギが腰に巻いているヤツ。座布団代わりでクッションになる
し、水も通さない。待ち伏せや休憩のときに大変役に立つ。
ついでに狩りする時には前腕と下腿に牛の皮革のプロテクター。
これは野生動物や蛇等が噛みつく可能性が高いところを保護してい
る。
あとは、身体前面の大事なところをところどころ鹿の皮革で保護
している。レザーアーマーみたいな感じ。
背中はほとんど保護していない。なにせ暑い。蒸れ蒸れする。
でも、肌の露出はなるべく抑えている。そこから毒虫などが入っ
てくるし。そで口はギュッと紐で縛ってる。この紐は蛇皮で出来て
いる。
蛇皮って案外しなやかで粘りが合って使いやすい。肉もうまい。
83
小骨が多いけどね。
問題になってくるのは服。
3着は持ってたんだけど、酷使してるし、この暑さ。すでのボロ
ボロで臭い。
新調したいけれど、布が作れない。
持っている服は麻でできているけど、麻を殆どみたことがない。
どの草が麻なんだろう⋮
84
マタギな俺︵後書き︶
猿だかリスだかの動物はスロウロリス。
山猫と豹のあいのこな奴はウンピョウをイメージしてます。
85
襲われる俺
襲われましたよ。
ええ。
襲われたことも恐ろしかったんですがもっと恐ろしいことを発見
してしまったんですよ⋮
ある日狩りしていましてね。
サクサクっと小鹿を倒したんですよ。
おっこりゃラッキーと思ってその場で解体を始めたんですよ。
夢中になりすぎたんでしょうか。
背中に気配を感じましてね。
振り返ったんですよ。
そしたら何かが圧し掛かってきて俺の首筋に噛みつこうとするじ
ゃありませんか。
よくみたら狼なんですわ。
人間危機に陥っていると周りがスローモーな感じになって余計な
ことも考えてしまうんですね。
解体しているときの血のにおいに誘われたのかしら∼なんて悠長
に考えてましたよ。
狼の首を引き離そうとしながらね。
そしたら、もう一匹いるじゃありませんの。
86
圧し掛かっている方は腰に挿してあるナイフで土手腹を刺してや
ったんですがね。
もうヤバい死ぬ!
って思ってこんな時に魔法が使えたらと思って、ファイヤーボー
ルでろ、狼燃えろ燃え尽きろ!!
念じましたよ。精一杯。
そしたら燃えました。
なんで燃えたと思います?
ファイヤーボールなんて当然出ませんよ。
真言は降りてきましたよ?
それがね。
ミトコンドリア異常なんですよ。
ミトコンドリアを暴走させるんですよ。
人体自然発火現象ってご存知ですか?
何にもないのにいきなり人が燃えだすってやつ。
小さい子みて萌えるんじゃないよ?
勝手に発火するんだよ?
ミトコンドリアって殆どすべての細胞に含まれていて生物の熱エ
87
ネルギーを生み出す源泉のようなもので、細胞内に含まれる生物み
たいなやつ。
それを俺の祝福︻微生物学者︼で操作しちゃったみたいね。
状態異常を引き起こすなんて洒落にならないよ。
その火だるまになった狼が逃げて行くんだけど、ここからが本当
の修羅場ってやつ。
山火事になるかと思ったよ。
あまり遠くに逃げないでのたうち回って死んじゃったけど。
消火作業にあたった俺も火傷するし、身体は狼の牙や爪で傷だら
けだし。
焼けちゃった狼はただの燃え滓だけど、刺した方の狼の毛皮だと
かを収穫できたのは嬉しかったんだけどね。
そうそう使えないから封印だねこの魔法は。
やっぱり俺の祝福使えね∼。
88
爆音を聞く俺
ある日狩りに行ってた時にそれは起こった。
南の方角に探索ついでに獲物を探していた時のこと。
運良く鹿の群れを見つけて息を殺して待ち伏せしていた。
突然ドゥンと爆発音が遠くから聞こえ、散り散りに逃げてしまっ
た。
原因を確かめるべく音のした方へ2時間ほど歩いて行ってみると
道にでた。
舗装はしていないが道幅2m程度で東西に走っている。
草はあまり生えておらず轍のような痕もありそこそこの人通りは
ありそうだった。
﹁意外と近くに道があったんだな⋮﹂
家から片道6時間。距離はどれぐらいだろう。直線距離で10k
mちょっと程度。
そろそろ戻らないと日があるうちに家に帰れないが、久しぶりに
触れた文明の香りに嬉しくなり、道沿いを歩いてみると凄惨な現場
があった。
死体が21体。焼け死んでいるか又は刺殺されている。
まだ、死んでそれほど経っていないので血が川のように低いとこ
ろに集まって溜まっている。
89
道の中心部が黒く焼け焦げて、そこを中心に放射状に焼けた人間
が倒れている。
タンパク質が焼けた臭くそしてどこか食欲を湧かせる臭いが充満
している。
全ての死体を確認したが生きている人間はいなかった。
頸か胸を刃物で刺してトドメをさしたようだ。
全員男で成年のようで、インド人っぽい顔した人たちだった。
呆然としてなにをすれば良いのかよくわからないまま時間が過ぎ
ていった。
1時間も過ぎたところだろうか。
ふっと我に戻り、使えそうなものを死体から剥ぎ取り家の戻った。
家に着いたのは日が落ちてすっかり暗くなったところだった。
あと1時間もあの場所にいたら迷子になって野獣にやられてたか
もしれない。
︵どうするか⋮︶
持ち帰った道具を整理しながら考えた。
ナイフが9本。鉈が3本。これらは幾らあっても困らない。元か
ら持っていたナイフは砥ぎ過ぎでかなり短くなってきていたし。
90
剣が2本。使わないし、使う技量もないが鉄器は貴重なので持ち
帰ってきた。
弓が1張。残骸は結構落ちていたけど焼けたり折れていたりして
無事なのがこれだけ。軽く引いてみたけど俺の自作より出来がいい。
当然だろうけど。
そして嬉しいのが麦が一山。地面にバラ撒かれていたのを集めて
頭陀袋に入れて持って帰ってきた。
武器の数も少なかったし、食料もちゃんとした形で残っていなか
ったのは略奪された痕だと思う。
硬貨類の影も形もなかった。この世界で貨幣経済が存在しなけれ
ばそれもそうなのであろうが、轍もあったし、ナイフや剣の規格が
揃っているってことはそれを生産する集団がいるってことだ。物々
交換も考えられるが来ているものもまあまあ洗練されているし、俺
の日記によると貴族だったらしいからある程度の貨幣経済はあるの
だろう。つまりお金から先にチェック、奪取していったってことだ
ろうな。
賊に襲われたか。20名を殺害できるってことは少なくとも20
名対20名の戦闘だろうな。
そして火器が使われたと。一発を集団の中心部に山なりに打ち出
したのかな?
小銃ではああはならないので、砲のようなものがあると。
でも破片もなかったしな⋮
まさか魔法?
馬鹿な俺ってばファンタジーの読み過ぎ!
91
ってここは魔法のある世界だしな。
そうするとファイヤーボールを一発打って蹂躙したと。
なんかすげぇな。
問題は俺に敵対してくるか否かだ。
賊とすれば9割襲われるか身ぐるみ剥がされるだろう。
街道?まで10kmある我が家までは来ないと思うが用心するに
越したことはなさそうだな。
明日現場にもう一度行って調査してみっか。
⋮でも危険かな∼。
92
剥ぎ取る俺
翌朝、よく寝つけないまま早くに目が覚めた。
眠い目をこすりながら朝食の準備に取り掛かる。
最近増産に成功し、供給過剰気味になってきたじゃが芋をせっせ
と消費しないといけなくなってきた。
牛脂
芋を薄く切って、菜種油とヘットを混ぜて熱した油の中に落とし
ていく。
牛脂
そうポテトチップスである。
豚脂
ヘットを使っていると時間がたってもパリパリした食感が長続き
牛脂
する。本当はラードも混ぜたいところだけど。
そして、ヘットの旨味を芋が吸うので旨くもなる。但し、塩はな
いので物足りないのは否めない。
︵あんな大量にあるじゃが芋をどうするか⋮牛もどき達の飼料に
するか。⋮じゃが芋で酒って出来るんだっけか?︶
大量にポテトチップスを揚げながらつらつらと考える。
︵今日もあの現場に行ってみるか。もっと良いものも落ちてるか
もしれないし⋮︶
揚げものをしつつ、自分の服を見回す。
︵俺の服もそろそろボロボロでどうしようもないな。この身体は
まだ成長期なのか少し背も伸びたようだし。あの死体が着ていた服
を剥ぎとれば良かったのかも⋮︶
93
血がべっとりと付いた服を着るのを想像して嫌な気分になったが
背に腹は代えられないので、ポテトチップスを弁当代わりに頭陀袋
に詰め込み、装備を整え現場に向かった。
現場に着いたのは太陽が頂点に差しかかったところだった。
ここに辿りつく道のりで気付いたことがあった。
︵この世は魔法が使える。魔法があるってことは魔物が出るのが
普通かな。ってことは俺も魔物に襲われる危険性があるってことか
?︶
なにが普通なんだかよく解らないが、そうなんだろう。
今まで魔物らしき影も形も見たことはないが。
︵死んだ奴らも魔物に襲われた?でも刺殺された痕だったし人間
同士の争いだよな。︶
現場に着くと昨日より死体の状況が酷かった。
はらわたを食い散らかされた痕があり、大人の手のひらより大き
い足跡が沢山ついていた。
︵⋮犬の肉球っぽい足跡だから狼かな︶
恐らく昨日から人も通りかかってないのだろう。新しそうな人の
足跡も見つけられなかった。
94
さすがに、血糊べったり、臓物ぎっとりの服を剥ぎとる気になれ
ず、比較的マシな服や履物を数点、頭陀袋に放り込む。
道端にも何かないかと探していると、50cm角の木箱が茂った
草むらの中に埋もれていた。
のみ
やすり
蓋を開けると大工道具らしきものが入っていた。
やっとこ
ハンマー、錐、鋸、矢床、鑿、万力、鑢、指し金、バール、金床
あとは針金や釘、小さい鉄球
︵大工道具?、いや恐らく馬車とか荷車とかの修理道具だろう。
襲撃があったときに横倒しになって放り出されたか?︶
これを持って帰るとなると重い。特に金床なんてただの鉄の塊だ
し。
でも持って帰りたい。
いま身につけている装備や背負っているものだけでも10kgぐ
らいはあるだろう。
そこに大工道具一式30kgは過重量でまともに動けない。
︵金床は諦めて次回に機会があれば持って帰るか⋮︶
帰り道。収穫は大きく気分は軽かったが、荷物は重かった。
95
剥ぎ取る俺︵後書き︶
書き溜めなくなりましたorz
96
備える俺
帰り道に面白そうな植物があったが荷物が重すぎて寄り道はしな
かった。
昨日からの収穫物を並べて悦に入る。
大工道具や武具や衣類や小麦︵籾付き︶。
特に小麦は燕麦とは違う種類のようなので期待している。
大工道具は人形作りに大いに助かるに違いない。金床を置いてき
たのは心残りだが。
︵むぅ。また取りに行くか⋮︶
取りに行きたいと思うが、生活に掛かる時間を削らなければなら
ないので、週に1度の遠征が適当だ。特に人形は直ぐにぶっ壊れる。
2週間にに1体は壊れるので新調しなければならない。
それに、争いがあった事実が心配だ。どういった争いだか解らな
いが、殲滅するぐらいなので、俺に向かって来られたら一溜まりも
ない。対抗するだけの人数も武器も無い。
行き来している時には気付かなかったが、俺が街道に出入りする
ときに道端の藪を鉈で切り拓いているので、痕を辿られるとこの家
に来てしまう。
好意的であれば良いのだが、皆殺ししているのであればそれも怪
しい。
最悪を想定してこちらも準備しなければならない。
取り敢えずこの家と自分の身を守れるぐらいにして置かなければ
97
ならないな。
ーーー
次の日からかつて忍者もののアニメを見た時のように家を中心に
半径200mにロープを巡らし鳴子を配置。侵入者があった時に直
ぐに解るようにした。
俺自身の装備を対人装備にする。皮で防具を作り、腰にはいつも
の鉈、ナイフに剣を下げられるようにし、手頃な竹を切り取り槍を
作る。竹槍は先端に焼きを入れ丈夫にする。
そして、手に入れた鋸をフル活用して人形を増産する。
樵人形を5体新調して木を倒す、枝打ち、定尺切り、杭作り、運
搬を担当させる。
次に煉瓦造り人形に取り掛かる。採掘、運搬、整形。日干し煉瓦
なのでどんどん出来る。
黒曜石採掘人形は斧造りを止めさせて、矢を作らせる。
1週間たっても2週間たっても誰か来る様子はなかった。
狩りなどの食料調達で探索ついでに家周辺を確認しても、俺が動
いた時についた足跡しかなかったので、気の回しすぎかと思ったが
油断はできない。実際に争った現場があったのだ。俺の行動跡が見
つからなかったとか追跡できなかったとかで、今は来なくても将来
来ない保証はないのだ。
98
こうして若干肩透かしを食らったような気がしたが、俺の要塞?
が完成した。
99
要塞主な俺
俺の要塞?ができたことで一安心したが、見晴しが悪くなったの
で一長一短だ。
身の安心には変えられないが。
見晴しが悪くなったのは家の周りをグルリと塀で囲った。
大人がジャンプしても手がかからない程度の高さで3mにした。
木杭を打ち込み芯材にして日干し煉瓦を挟みこむように積み上げ
た。
木材だけだと火攻めにあった時に一発で終わるからね。
塀の上は人が一人ギリギリ建てるぐらいの幅があり、そこには弓
打ち人形を3m間隔で配備した。
弓打ち人形には苦労した。
まず弓をひく力に腕が耐えられない。これは人形って括りに拘り
を捨て腕自体を弓にした。
照準も付けられない。どういった原理だか解らないが動くものを
認識はつくみたいなので、左右の調整は効く。上下については弓な
りって言葉がある通り、対象物より上方に狙いを定めなければなら
ないが、弓士はこれを経験で角度をつけているので法則を記述する
のが難しい。物理での計算があるのだろうが、俺は知らん。なので、
あまり距離を取らないで打つことにより、斜度の誤差が出にくくす
る。そこで、家の周り50m以内に近づく動くものに対して打つよ
うに設定する。
さらに敵味方の識別をつけることが難しい。まあ、ぼっちの強み
?で俺一人だけなので俺以外は撃ちまくることとなる。
100
家の塀の50m以内には落とし穴を作り、嵌ると竹串が刺さるよ
うにしてある。竹串には糞便を塗り、バクテリアの生成を促進させ
てある。ベトナム戦争時にベトナムゲリラがやってた戦法だね。た
だ、こちらに危害を加えるつもりがないような、遭難者とかが迷い
込んできたら大変なので一応50mのラインには柵をしてある。あ
と家に至る道にもね。
塀の出入口ははば50cmにして、人一人が通れる幅にして木の
板で塞いである。扉を作るには丁番が必要だけど作れなかったんだ
よね。
それと家本体。
これも燃えたりすると大変のなので、外壁を煉瓦で囲う。
屋根もいつまでも葉っぱで葺いているのも如何なものかと思うの
で板を打ち付ける。簡単な製材が出来るように成ったのが大きい。
その上からちょっと趣向を凝らし瓦っぽいものを作ることにした。
粘土を平板に整形する。釉薬はないのでそのまま素焼きにする。大
量に作ってみるが、焼きを入れる段階で大量に割れるので歩留まり
は悪い。割れなかった瓦の上に漆を薄っすら塗って出来上がり。
長手方向に桟木を渡し引っ掛けるように下から上に葺いていく。
不格好な仕上がりだが、雨漏りはともかく火には強くなるだろう。
これで安心とは言えないが、少人数の襲撃には対応できるように
なると思われる。
そして人形作りや人形に対する命令の書き方のコツが解ってきた
のが大きい財産かな。
101
食の充実を図る俺
身の安全に一段落ついたところで最近疎かになっていた食の充実
を図ることにした。
まず、手に入れた小麦を栽培条件を少しずつ変えて撒いてみた。
収穫できるようになるには3ヶ月∼半年後か。
パンとか麺とかにできるような種類だと嬉しいな。
畑も広がって嬉しいのだが害虫害獣が多い。
特に鹿。鹿威しでも作るか、逆茂木でも作らないと。
それと街道から帰ってくるときに発見した植物。団扇のような葉
をつけている背の高いヤシ科の木なんだけど、元の世界でタイに旅
行に行った時に見たことがあるものとそっくりだったんだよね。お
土産屋さんでこの実から作られた砂糖、パームシュガーやパームワ
インなんかが売ってたのを思い出した。
ダメ元だけど採取して果汁を絞り煮詰めてみたら砂糖結晶が僅か
に出来ていた。
久しぶりの甘味に体の細胞が震えだした感覚だったね。
ただ、相当な量の実を取ってこないと満足行く量が得られない。
20mぐらいの立木に登るってかなり危険だよ?
木の皮で作った帯を輪っかにしてヤシの木と腰に巻きつけて登っ
て行くけど、下を見たら怖くなって動けなかった。足が震えるって
よく聞くけど本当に震えてくるんだよね。
︵よしよし、落ち着け俺。大丈夫だ。慎重に動けば怖くない。︶
102
って自分に言い聞かせながら鎮めると治まってくるんだけど、や
っぱり怖いって思っちゃうとまたブルブル震えてくる。震えると危
ないから震えるなって考えても自分の身体がコントロール出来ない
のって面白い。
まあ、このような場面こそ人形の出番か。
それと狩り。
狩りではないかもしれないが蛙がマイブーム。いっぱいいるし簡
単に捕まえられる。ただ、毒を持っている奴もいるので無害なやつ
だけ狙う。両生類や爬虫類は唐揚げにすると大概旨い。
あとのタンパク質としては牛や鹿。
困ったことに牛を囲っている牛がみるみる少なくなっていく。俺
が食っているのもあるが、どうやら逃げ場が少なくなったことによ
り、狼の餌食になっているようだ。近いうちに、狼避けをしなくて
は。
鹿狩りも上手くなってきた。
気配を消しながらそっと歩くんだけど、最初はつま先から着地し
てたのよ。
さしあし
そうすると枝とか葉っぱとかで音が成るのよ。
なので、差足は踵から着地。つま先で枝を避けながら体重を乗せ
る。抜くときもあまりつま先に体重をのせない。踵から抜く。抜き
足差し足忍び足ってね。
鹿の群れが好む場所やパターンを見つけて風下に回りこむ。射線
を確保する。
103
ここまで上手くできれば半分は上手くいく。
弓矢の出番になる。
牛や鹿の皮を鞣す作業に多くの時間が割かれていたのだが、ミョ
ウバンが手に入ってからちょっとは楽になった。
ミョウバンの水溶水に漬け込むことで脳みそを使わなくても良く
なった。脳みそをペースト状にするのは臭いもさることながら精神
的にくるものがあったからね。
そうそう、大量に余っていたじゃが芋。
そもそもじゃが芋ってアメリカ大陸が原生植物じゃないのかな。
ここは別世界だから違うのか?
マイクロバイオロジスト
それはともかく、じゃが芋を発酵させて見ることに。じゃが芋を
煮て、冷めたところに俺の祝福︻微生物学者︼で麹菌を生み出す。
ゼロから生み出すとかなり時間が掛かるのと同時に頭が重くなって
くる。ある程度、麹菌を繁殖させると放っておいて、糖分がアルコ
ールに変わるまで醸造させる。酒が出来るまでが楽しみだ。
104
食の発見する俺
重曹鉱石を取りに行く時に通い慣れている道を歩いていたが、ふ
と気づいた。
よく鹿に遭遇するポイントがあり、俺が姿を見せるとすぐに逃げ
って行ってしまうがその鹿が崖から滲み出ている水をペロペロなめ
ているらしい。
この辺は小川が沢山流れており水に不自由することはない。
しかも、そこに至るには急勾配を登っていかなければいけない。
つまりこの滲み出ている程度の水を舐める必要はないはず。
気になったので滑りながら近寄ってみると川になるレベルには生
らない程度の水が滲み出ている。
鹿がなめているので害はないと思われるので手に浸して舐めてみ
た。
︵ショッパイ!︶
塩だ!塩の味がする。
ちなみに犬は塩の味が分からないらしい。ってそれは置いておい
て。
野生動物も塩分が不足すると岩塩とかを食べるらしいからな。
ここに集っていた鹿も塩を補給するためにここに舐め取りに来て
たんだ。
これは塩泉ってやつだと思う。重曹には塩分が含まれてるって聞
くし、それが雨水に溶け出してあーなってこーなると塩になるのか
105
な。反対かもしれないし、全然関係ないかもしれないけど。
よく見ると滲みだし流れている外側は塩の結晶らしきものが薄っ
すらと貼り付いている。
思わず指でこそげ取り舐めてしまう。
︵久しぶりの塩。旨い。塩ってこんなに旨いもんなんだ⋮︶
塩の旨味にやられて少し動けなかった。
その後、持ち帰り方を検討するも上手く集められない。
滲みだしているだけなので竹の水筒には汲めない。
塩結晶も僅かにあるだけ。
後日要件等とは思っても、なかなか諦めきれない。
これであんなことやこんなことが出来ると考えると汲めない水筒
を押し付けたり、手で集めようとしてみたり、無駄な努力をしてし
まうのであった。
結局、一度家に戻り、3着しかない服の1着を切り裂き、布にし
て綺麗に洗い、竹の水筒と一緒に持っていく。
布に塩水を染み込ませて水筒の上で絞る。
染み込ませて絞る。
染み込ませて絞る。
と、地味な作業を繰り返し、水筒いっぱいにする。
水が濁っているのは気にしてはいけない。
106
塩水が500ccぐらいか。
これを鍋で煮詰めていく。
とろ火でじっくり時間をかけて煮詰めていくと大さじ一杯分の塩
が採れた。
これで料理の幅も広がるだろう。
107
食の発見する俺︵後書き︶
次話から新章に入ります。
引き続き読んでくださると幸甚です。
108
完成させる俺
遂に完成した。
長かった。
家の要塞化や食料調達の合間を縫って、製作すること約3ヶ月。
俺の最高傑作が完成した。
汎用ヒト型人形ZERO號機。通称︻エバ︼。
大工道具が手に入ったことにより細かい細工が出来るように成っ
たので、少しずつ精巧な人形を作りだすことに。
腕は当然のこと指の関節までスムースに動く仕様に。顔も木を削
りだし、可愛らしいお顔に仕上げることに成功した。
髪の毛まである。
どうしたかって?
聞くなよ。当分水面に映る俺の顔は見たくない。見たくはないが
顔を洗うときにいっぺんに頭まで洗えるのは地味に便利ではある。
誰かに会う予定もないからどうでもいいけどね。
服や靴も着せている。身長は140cm程度なのであの死体から
剥いだものを詰めて着せてある。
身体本体を削りだす時に悩んだ。
胸を出っ張らすか。
109
つまりおっぱいをつけるかどうかで悩んだ。
悩んだ結果、出っ張らせた。推定Dカップぐらいに。思わず精巧
ビーチク
に。念入りに。
B地区を削っている時に、
︵何やってんだ俺は︶
と、我に帰る時があったがそれはそれ。
ぼっちなりの孤独さを埋める作業と言いますか。
下?
下はツルツルです。割れたり、窪んだり、穿ったりはしてません。
断じてしてません。
それをやったら俺が終わりそうなのでやってません。
⋮チラッとは考えたけどね。
服も本当はメイド服とか。とか。とか。
考えた。でも服は当然生地もないし裁縫技術もないので諦めた。
そもそも俺はコスチュームに萌える質ではない。
パンツとかの下着もそれほど興味ない。
重要なのは具だよキミ。具。
⋮いや。そんな話題はどうでもいい。
あとは行動パターンのプログラミング。
書いては消し、消しては書いて、追加して。
紙にビッチリ両面書いて50ページに渡る命令を記入したがまだ
110
終わらない感じ。
同じ様な命令をループしてしまったりしていることもあるが、紙
も残り少なくなってきているのである程度のところで妥協をする。
口頭で命令を発すれば行動に移せるようになっているのでこれで
良しとする。
残念なのは声が出せないことだ。
声を出せる仕様にするには、声帯を作らなければならない。要は
空気の振動をさせるってこと。
まず、空気を送り出す装置が作れない。
革袋で試してみたけどピッチリ縫えないし、息が鹿皮臭いのもゲ
ンナリする。
どうせ受け答えできるところまでプログラミングは出来ないので
必要ないと割りきった。
疑問なのは耳がないのにこちらが喋っていることが聞けるってこ
とだろうな。
魔法だからか。ファンタジーだからか。
試運転中にやばいと思ったのは、家の周りの立入禁止区域に入っ
た時。
弓打ち人形達に蜂の巣にされていた。俺以外の動くものに対して
打つように設定しているからだ。
近くにいた俺にも流れ矢が飛んでくるし、避けようとして落とし
穴に落ちかかりブービートラップに引っかかるかと思った。
⋮その内に弓打ち人形達にも敵味方の識別を出来るようにしなけ
れば。
111
ともあれ、エバができたできたことにより、俺が寝ている時や周
囲警戒、反撃時の戦力などを得れたのは大きいと思う。
多少行動範囲が広がることを期待しつつ遠出の準備をした。
112
出る俺
遠出ができるようになったとはいえ、食料の問題もあるし、見知
らぬ土地では安全確保をするのも容易ではない。
俺の装備としては弓と剣が武器になろう。鉈やナイフは武器では
ないかな。
プログラム
エバの装備も弓と剣。ただ格闘の命令はそれほど細かく設定でき
なかった。
そもそも俺が経験がないのにそれ以上を目指しても出来るはずが
ない。自身を守る必要がないので自爆覚悟の戦いは出来るだろうが。
竹槍の有効性も考えたが、この密林内では取り回しが悪いので却
下した。よってメインウェポンは弓だろう。
弓は経験を積むことにより自動修正が出来るように設定をした。
100m以内であればかなり当たるのでまあ良しとしよう。
ともあれ3日分の食料をもち、街道に向かって出発した。
あれから4ヶ月は経ったのだろうか。
あの時の惨状は綺麗に片付いているが、地面が焦げた跡が一部残
っていたり、骨が街道の外に投げ捨てられていたりした。
定期的な清掃のようなものがあるのだろうか。
隠しておいた木箱に入れた金床は多少さびてはいるものの置いて
あった。
113
改めて街道に目をやる。
街道は東西に向かって走っている。
どちらを向いても視界があまり良くなくどちらかに何があるかは
分からない。
悩んでも仕方がないので西側に進むことにした。
暫くあるくと森が拓けた場所にでた。
どうやら畑のようだ。
久しぶりの人里だ。
空気の匂いまで違って感じる。
ようだが、様子はおかしい。
畑が掘り返されていて荒れている。
そのまま、歩みを緩めずに道沿いに歩いていく。
道の先にはポツンポツンと木造の家が散見されるが焼けたり倒壊
していたりする。
︵火事か?それとも山賊が襲ってきたのか?畑のモノまで掘り起こ
すとは念の入った山賊だな︶
エバに周囲を警戒させると、焼け落ちた家の中に入る。
焼け落ちてからだいぶ日が経つようで、朽ちている様子が窺える。
色々、周辺を見回った結果、ここは30戸程度も村で、街道の宿
場でもあったようだ。
114
略奪って感じ。 それぞれ酷い状態の家ばかりで形を成していないものも多数あっ
た。
The
家の中には死体が多数のこされていたものもあるし、村の中心部
の広場らしき所には大きな焚火跡があり、焼けた骨も大量にあった。
ただ死体の数と家の数が合わないような気がする。
30所帯あれば3∼4人家族で90∼120人ぐらいいてもおか
しくはないはず。1体1体調べたわけではないのでおおよそだが6
0体位しか死体が無かったはず。
しかも子供っぽい死体もあまり見てないし。
子供が居ないってことはないだろ。
その日は倒壊した家でもマシな家を選び、エバに周囲を警戒させ
ながら寝た。
115
人を発見する俺
目が覚めるとまた崩壊した家々を物色していく。
この村の家は全て木造だった。
できれば釘なども拾って行きたかったが、釘もあまり使っていな
いようで単純な木組みで家を組んであるだけだった。あまり地震な
ども起こらない地域なのだろうか。
目ぼしい物を拾って一つの家に集めてみる。
鍋類が一番多かったがあまり沢山持っていけないし、しようがな
いので大中小の一組を確保。
焼けていない家から俺に合うサイズの服を数着。ロープを一巻き。
鉄線が少し。
食料はなかったし、農具もなかった。
ガラス類も破片すらなかったのでガラス製品もないのだろう。
中天となり家の中で品定めしていると遠くから馬の嘶きが聞こえ、
周りを警戒しているエバが俺のいる屋内に飛び込んできた。
エバが指を指している方向に崩落している家の壁の影から覗きこ
んでみると、俺が歩いてきた方角から馬に乗った人が2組早駆けで
街道を走り周囲を見回している。
︵人だ⋮この世界にも人は居たんだ⋮︶
妙な感動が胸に広がったが、ここを飛び出していって掻き抱くほ
ど警戒心がないわけではない。
116
お揃いの鎖帷子のような防具を装備し、ヘルメットを被っている。
腰にはサーベルと馬具に短い弓をぶら下げている。
2頭はこの村跡をぐるっとひと回りし、いま来た道を戻って行っ
た。
︵ここにいるのは危ないかもな︶
お尻がムズムズしだし何か嫌な予感がするので、荷物を頭陀袋に
詰め、根城にしていた家を飛び出し村の端に茂っている森にまで走
りぬけ、木の上に隠れるように村を全体を視野にいれる。 小半時、馬が去っていった方向を見ていると隊列を組んだ人の群
れが歩いてきた。。
︵あいつら⋮軍隊か︶
先頭の人物は騎乗し、槍状のものを担いだ人々がその後を追うよ
うに歩いている。
先程この村に先行してきていた2人組は、村の外周部をグルグル
を走り回っている。
やがて、人々は村の中心部の広場に辿り着くと、槍を担いだ人々
が二人一組になって、村の家々を見まわり始めた。
︵あそこにいたらもしかしたら捕まっていたかもな︶
捕まらないかもしれないが行動中の軍隊に接触していいことはあ
まり想像できない。
全ての家を見回り終わると広場で食事をし始めた。
117
︵街道で虐殺をしていたのはこいつらなのかな︶
街道で死んでいた奴らは鎧などの防具はしていなかったのでその
可能性もあるかもしれない。それどころかこの村に斥候を飛ばして
警戒をしているようなので、この村を襲ったのも彼らもしくは彼ら
が所属している軍かも知れないってことだ。
民間人を襲ったり徴税できる可能性のある村を殲滅しているって
ことは、到底接触できる奴らではない。
︵ここは大人しくしてやり過ごすのがいいだろう︶
こうなると家を要塞化したのは正解だろうし、更なる武装強化を
しなければならないかもしれない。ただ、あの家にずっといるかど
うかは悩ましい問題だが。
奴らは食事が終わると隊列を整え、街道沿いに行軍を開始し、こ
の村から出て行った。
118
人を発見する俺︵後書き︶
明日から1日1話更新になりそうです。
では明日の20時に。
119
虚脱な俺
その夜は村外れのブッシュに隠れて様子を見守ることに。
あれから人一人通る気配は無かった。
この村は宿場っぽい建物もあったので、この街道の宿泊する間隔
の村だったのだろう。
そこへ昼前に軍隊がここに来て食事休憩を取ったってことは、前
の宿場までは20kmぐらいかな。まあ、勝手な憶測なので間違っ
ているかもしれないが。
村外れの森の中とは言え、火も焚けないと危険だし食い物にも不
自由する。食料も心許ないので明日は村をもう一度グルっと回って
帰るとするか。
エバに周囲を警戒させて、俺は木に寄りかかりながら仮眠を取る
ことにした。
ーーー
気付くと俺はベッドの横においてある椅子の上に座っていた。
目の前には俺の高校生の姿の幼馴染の女が寝ていた。
そう、俺はこの光景を知っている。
俺が高校生のときに病気で入院している幼馴染を見舞った時の光
景だ。
俺の幼馴染。優子が酸素マスクを付けられ体中からスパゲッティ
120
が伸びているかのように色々なチューブを付けられてベッドに括り
つけられている。
優子の両親と一緒に聞いた医者の一言が俺を打ちのめしていた。
︵余命一ヶ月でしょう︶
ついこの前まで元気にしていたのに、少し体調を崩した時に病気
で検査したら緊急入院。
あれよあれよと言う間に衰弱していった。
一度手術したが手の施しようがなくてそのまま閉じてしまったと
言っていた。
優子は手術する前に死期を悟ったのかもしれない。
お互いにモジモジしていた感情をさらけ出し、俺と恋人同士にな
った。
その頃にはもうまともに歩けなくて車椅子でしか動けなかったが、
1日だけ帰宅を許された時、優子と体を重ねた。
優子の体を見た時はガリガリでする前に泣けてきてしようがなか
った。
医者の言う通り1ヶ月後。優子は旅立っていった。
それから俺は20年間近く彼女はできず。
母親も﹁昔のことは諦めて彼女の一つでも作ったら?﹂繰り返し
言っていたが、25歳を超えてからは何も言わなくなった。父親は
物心ついた時にはいなかった。そして母親も10年前には事故で両
親とも亡くなってしまった。
そうか俺はこの世界に来る前からぼっちだったんだ。
会社の人達とも深く付き合うことはしなかったし、特別な縁を紡
121
ぐこともしなかった。
そうか、この世界でぼっちでもそれほど苦痛を感じなかったのは
そういうことだったんだな⋮
世界が揺れている。
肩が揺すぶられている。
目を開けるとエバが俺の肩を揺すって指をさしている。
︵夢か。優子の夢なんてここ数年見なかったのに。夢うつつの状態
だと潜在意識が顕在化して⋮︶
エバの指している方向を見ると肉食獣っぽい目が光ってこちらの
様子を伺っていた。
手近にある石や枝を投げてやると、一声唸って何処かへ消えてい
った。
夢を見たからだろうか。虚脱感に見舞われてあまり動く気にはな
れなかった。
122
帰る俺
翌朝、日の出とともに行動を開始する。
廃村を一回りしたが、使えそうなものを探すがあれから新たな収
穫はない。
畑も全て掘り起こされていて目に見える範囲では持って帰れそう
なものはない。
村の外周部を歩いている時に気付いた。
複数人が森の奥に歩いて行った形跡を発見した。それほど新しい
跡ではない。村を貫通する街道から垂直に北にのびている。
野生化した俺じゃないとなかなか気付かないレベルだが、人の背
丈ぐらいまで枝が折れていたり、鉈で切られたり、そしてなにか引
きずったような跡がある。それが、森の奥まで続いている。
この奥に何かがあるのか?
この廃村の元住人が奥地に歩いていったのか?
非常に気になるが食料もあまり無いし、鍋類などの荷物も増えて
いて行動に適さない。
残念だが、今回はあきらめるとするか。
̶̶−
123
家への帰り道。注意しながら街道を歩いたが、特段何かとすれ違
うようなことは無かった。
途中で前回見つけた金床を拾って日も落ちた頃に家へ戻った。
3日ぶりとはいえ、家につくと緊張の糸が切れて途端に眠くなる。
碌に食べてもいないし、風呂に入ってゆっくりしたいとも思った
が睡眠欲求には勝てずにその日は寝た。
一人での行動はキツイ。エバがいることにより監視等では楽にな
ったが、荷物の持ち運びが辛い。
3日以上だと麦を挽いた状態だとカビてきてしまうので、表皮付
祝福
きで持ち運ばなければならない。故に嵩張る。
俺のカビは魔法でコントロールすべきだろうか。調理器具も必要
になるし。
荷物を持って行動できる重量は20kg程度じゃないだろうか。
道具類が殆ど自作で洗練されていないので重く嵩張る。
エバにも持たせることができるが汎用人型人形とは言え、それ用
に作っていないので運搬用の人形を作る必要があるだろう。
暫くは人形制作と携帯食作成に時間を割くべきか。
124
吠える俺
調味料の充実を図る。
塩泉を見つけたが滲みだしている程度の場所があった。
採取方法が問題で、布に染み込ませて絞る方法は手間が掛かり過
ぎる。
これを改善する。
掘ってみるか。
でも、掘ってみて万一枯れてしまっては元も子もない。 なので、溝を掘り溝の流末を絞り竹の水筒に落とし込めるように
する。
問題なのは、この場所がかなりの斜度のある坂であるということ。
ここまで登れる人形が作れない。作るにはエバレベルの製作日数
が必要になる。
そこで、長い竹を半分に割り節を抜き、また合わせる。竹管の出
来上がり。
この竹管で取水し易いところまで伸ばし、人形に採取させる。
本来はここで蒸留させ製塩させたほうが効率はいいのだろうが、
火を焚く作業を管理しないと危なくてしようがない。
火で思い出したけど、エバに火を起こさせてみたんだわ。錐を手
に入れたんで鹿の角でファイヤーピストンを作ってやったので。
俺は火種魔法が使えるからっていっても緊急で点けなきゃいけな
い場合もあるかなと考えたからね、
ファイヤーピストンで圧力を高めて火口を点火させて火を大きく
125
しようとしたらエバが焼け始めてやんの。慌てて消したけど。
俺がくれてやった髪の毛がチリチリになってた。
ともあれ、大きな鍋を廃村から持ってこれたのは大きい。これで
製塩が捗る。寸胴鍋のような形で高さが50cmあるので70Lは
入るだろう。前に蒸発させて作った時に分かったのだが塩分濃度は
3%ぐらいのようだ。なので2kgはできる計算だ。
まあ、薪を集めたり焦げないように見はる手間が掛かるが。
これで手始めに味噌を作る。
作ったことがないのでぶつけ本番になってしまうが⋮
大豆1kgを水に1日さらして柔らかくする。そしてすり潰す。
燕麦の押し麦もふやかして入れる。その上に500gの塩を投入。
ここで俺の祝福|︽︻微生物学者︼︾を発動。麹菌を生みだす。
︵あ、頭が重い。割れる。︶
めちゃくちゃ吸われている感じに。
途中で気を失って気づいたら翌朝。これを繰り返すこと2日。命
をかけている感が半端ない。
祝福
これを殺菌した大きな葉っぱで包み自作の樽に入れ貯蔵する。
本来は半年∼1年掛かるのだが、一握りだけを俺の魔法で発酵を
促進させる。
これを鹿の肉に漬け焼いて食してみると、
﹁うまいぞ∼∼﹂
126
と吠える俺だった。
味噌は1年ほど置いておくと底にたまり醤油ができるのでそれも
楽しみだ。
127
吠える俺︵後書き︶
明日からの土日は2話ずつ投稿いたします。
128
酸っぱい俺
もう一つの調味料。
砂糖である。
パームシュガーの基である団扇の葉っぱのヤシの実を採取する。
木の高さが20mもある大きな木なので木登り専用人形に任せる
ことにする。
木登り専用人形は10kg程度で足は尖って木に刺さる、手は両
手を繋げると木を抱えるように輪っかになる。足を突き刺し、手で
支えエッチラオッチラ登っていく。
これを2体作り、木を見つけては登らせ実を落とさせる。
それほど採取できないし、実を潰しても絞ってもあまり果汁は出
ない。
果汁を煮詰めると気休め程度の量は出来る。
がっかりするので他の手段を模索することに。
昔、じゃが芋に含まれているデンプンは胃の中でブドウ糖に変化
しエネルギーになるとスポーツ系雑誌で読んだことを思い出した。
その記事の中で﹁このスポーツ飲料は天然の食材であるじゃが芋か
らブドウ糖を作っているからとってもロハス!﹂みたいな記述があ
った。
このロハスって言葉に反吐が出そうだと思って眺めていた記憶が
ある。
129
なるほど。デンプンから糖質ができると。
試しにじゃが芋から酒が出来るか実験をしていたけど、あれも微
生物がデンプンからアルコールにしているわけだ。
つまりは、じゃが芋からブドウ糖がきるるのだろう。
鍋いっぱいに茹で上がったじゃが芋に真言を唱える。
︵酵素?酵素か?デンプンを分解できる酵素を持つ微生物よ。生ま
れろ︶
とやってみた。
かなりの何かが体から持ってかれた感じがするので成功したのだ
ろう。
このまま発酵を促す。
あまり放っておくとそれこそ酒が出来てしまうかもしれないので
チョイチョイ様子を見るべきだろうな。
そうそう。酒を作った話な。
出来た。出来たった言うか⋮⋮
ぷちぷちと泡だった酸っぱい何かだった。
蒸留させて焼酎みたいにしないと飲めたもんじゃない。
蒸留器があるわけでもないし、そこまで酒に情熱を傾ける気もし
ないのでこれ以上何かすることは当面無いだろう。
130
準備をする俺
街道に至る道を作ってみることにした。
正確には街道近くまでの道だが。
街街道近くまで獣道のようなものを作り、街道まで出る時間を短
縮したい。街道に出るところはカモフラージュして道が発見されな
い、又は発見されても人が通った気配を消しておく。
街道に出るまで10km6時間。
なるべく直線で歩けるようにし俺が道を示し、樵人形を出動させ、
藪を拓き、枝を打つ。
出来た道にはドクダミの種を撒いておく。ドクダミが生えてくれ
ば道を見失う危険性も少なくなるし、虫除け、蛇除けになる。雑草
で繁殖力も旺盛なので短期間で増えていくだろう。
道から少し入ったところに緊急時のシェルターと薪、保存食を置
いておく。
シェルターと言っても、立木に倒木を寄りかからせて、倒木の下
側になった枝を打ち大きな葉っぱで簡単に葺いただけの代物。立木
の枝が肋骨のようになっているので葺くのが簡単。
保存食は茹でて干した燕麦を木からぶら下げておく。いつまで持
つか分からないがないよりマシな程度。
長期探索用に荷運び用の人形?も作ることにした。
?がついているのは人型ではないためだ。
パペットマスター
4つ足で牛だか馬だかトラックだかの形をしている。人形ではな
いので俺の祝福︻傀儡師︼が発動しないかとも考えたが難なく動く。
131
名づけて汎用牛型人形︻ドナドナ︼。
⋮⋮俺にネーミングセンスを期待されても困るな。
スピードはそれほど速くはない。速度より走破性を重視している
ためだ。最高時速で俺が軽く走るぐらいか。
荷台は箱状になっているので多少の雨が降っても問題ない。収容
量は1㎥程度あまり多くしても動きが悪くなる。
ドナドナに食料、矢、調理器具、着替え等々必需品。あと人とコ
ミュニケーションがとれた時用に交易品として革と塩、砂糖を少量。
お金を持ってないし、見たこともないからね。
エバには修繕や不具合の調整。そして弓矢と剣の装備と今回は盾
を用意した。文字通り俺の盾。接近戦で戦力になるとはあまり思え
ないし。
こうして前回の探索から2ヶ月間準備を施し、改めて探索の旅に
旅立つ。
132
歩く俺
その日は日が昇る前から行動を開始した。
エバとドナドナを連れて街道を目指して歩いていく。
今回目指すは廃村から飛び出していた道っぽいところの探索だ。
道が出来たためにかなり歩きやすい。
道なき道を歩くのは相当時間が掛る。
俺の家の周辺はそうでもないが、山から離れるにつれ密林と言っ
ていいほど鬱蒼たる草木が茂っている。
その中を歩くと丸一日掛っても2km進めないこともある。
なので、普段狩りを行うときには獣道や小川を歩いている。小川
には草木が生えていないからね。
そのため道は重要なのである。
街道まではなんの障害もなく3時間程度で着いた。道が無い時の
半分の時間である。
途中、緊急用のシェルターも異常がないか確認してきた。
街道沿いは特に変わり映えはない。この数時間内で誰かが通った
ことは無いように感じられる。
廃村を目指し歩いていく。
どんよりと厚い雲に覆われていて蒸し暑くなってくる。
︵天気の読みが外れたなこりゃ︶
133
廃村に踏み入れた頃にポツポツと雨が降ってきた。
様子からすると今日一日は降りそうな雲行きである。
雨の中の行動は碌な事がない。
暑い中でも濡れっぱなしだと体温が低くなる。
一度雨に降られて濡れっぱなしでいたことがあるが、寒気がして
手足がしびれてだるくなって大変だった。
恐らく低体温症のような感じになってたのだと思う。
また、危険性物の気配もかき消されてしまう。
今回の危険性物と言えば人のことも指す。視認される前に姿を消
さなければならないが、それも難しい。
こんな時には焦らず、倒木でシェルターを作り雨がやむまで体力
を温存しないとね。
あまり廃村の近くで休んできるのも良くないだろうと思い、廃村
を展望できるちょっとした高台を超えた所にキャンプすることにし
た。
ドナドナを連れてきたので大きな牛皮と倒木でテントを張る。
テントの周りには溝を掘りテントの中に水が入らないようにする。
床には大きな葉っぱを敷きこみその上に柔らかい鹿皮を敷く。枕
は狼の皮。結構快適である。
テントの中には一部穴を掘り、その中で焚火をする。
あまり外に光を漏らさないためだ。
干し肉を炙り、雨水を沸かし、ドクダミ茶で喉を潤す。
体が暖まってくるとウトウトとしてくる。
134
エバに周囲と廃村を警戒させているから、少し気を抜いても大丈
夫だろうと思う。
エバがテントの中を覗き込むように俺にゼスチャーしてくる。
テントの外にでると当たりは暗くなってきていた。
高台に出るとエバが廃村の中心部の広場を指さしていた。
そこには200人ぐらいの人が白い天幕の様なものを組み立てて
いた。
先だって見た軍隊のような人々ではなくもう少し平服っぽい感じ
のものを着ている人達だ。
それと荷駄が数等と4頭立ての豪奢な4輪馬車が2台あった。
天幕が組み上がると赤い絨毯が馬車との間に敷かれ高そうな服と
杖を持った人物と他数名がその天幕に入っていった。
他は周囲を警戒したり、食事の用意をしているようだ。
︵あれはなんだろう⋮⋮ 権威を持った人物御一行様って感じだが︶
俺が近寄っていっても相手にされなそうだ。
なんといっても服はボロボロ。ヒゲはぼうぼう。頭は⋮⋮
それはさておき、近寄ってもどこかのホームレスと間違われて追
い払われそうだな。
前の体の主の日記によると俺を追ったのが神父なら、大きな組織
に近づくとあまり良くないことが起きるかもしれない。
他人の祝福をどうやれば確認できるのか知らないが安易に近づい
て俺の祝福の能力が漏れれば断頭台にのせられる恐れもあるしな。
135
日も落ちてきたので気温が下がってきて雨に濡れたのでまた寒く
なってきたのでテントの中に戻る。
念の為にテント内の焚火を消し、俺の存在を気取られないように
しておく。
焚火の中に石を放り込み温めておいたので土を被せ、その上に寝
床を持ってくるとじわっと暖かくなってくる。
雨の日はあまり動物も活発に動かないのでエバに見張りをさせて
おけば大丈夫だろう。
ドナドナも一応、周囲警戒し多少の自衛が出来るよう命令してあ
るし。
その日はあまり動かずに寝た。
雨は夜半から小振りになり、日が明けると完全に上がって良い天
気になっていた。
あの天幕を張った偉そうな奴らの様子をじっと見ていたが朝飯を
取ったら街道を西に消えていった。
軍隊の奴らも偉そうな奴らも東から来て西に消えていった。
さて、西には何があるのだろう。
ただ俺の今回の目的は廃村から伸びていた微かな分かる程度の道
の探索である。
手仕舞いすると一度廃村に戻り、道を探し、それに沿って歩き始
めた。
136
歩き始めて30分。やはり人の手が入っている道だ。獣道ではな
い。
枝が人の背丈で折れているし、鉈で刈り取られた様な切り口も散
見される。
足跡もある。大小幾つもあり子供から大人まで何人も通ったあと
がある。
どういった属性の人々だろうか。
子供がいるってことは家族がいるのだろうか。あの廃村の生き残
りがここを歩いたのだろうか。
それとも村を襲い子供を連れ去った山賊がいたのだろうか。
警戒をしながら歩いているとどこからか声が聞こえた。
137
威嚇される俺︵前書き︶
本日2話目
138
威嚇される俺
﹁止まれ!﹂
野太い男の声が森のなかに響き渡る。
久しぶりに聞いた人の声が警告って人生つまらない。
歩みを止めて声がした方向に顔を向ける。
﹁武器を置け!跪いて手を地につけろ!﹂
俺は構わず声が聞こえた方に無かって叫ぶ。
﹁⋮⋮誰だ!姿を見せろ!﹂
それには声の主は答えず矢が2本、俺の立っている近くの木に突
き刺さる。
相手は二人?
争うのは嫌なので武器だけは置いて話しかける。
﹁良くわからないが、俺は争うつもりはない。
ご覧のとおり武器は手にしていない。
少し話を聞かせてくれ。良ければ交易させてくれ。
無益であれば立ち去る﹂
少し間をおいて茂みの中から男が出てきた。
貫頭衣に身を纏い老境に差し掛かったような男だ。
髪の毛に少し白髪が交じっている。
139
﹁後ろの弓を持った奴も武器を降ろさせろ﹂
男に言われ後ろを見るとエバが臨戦態勢をしいている。
エバに合図して武器を降ろさせると、手を広げ男の方に歩み寄る。
﹁俺はシンゴという名前だ。少し話を聞かせてもらえないだろうか。
﹂
男は無言で竹槍を構えて無言でこちらの様子を窺っている。
﹁俺は旅の者だ。何か交換できるようなものはないだろうか。﹂
﹁⋮⋮ここまでどうやって来た。お前一人か?
後ろの動く人形のようなものはなんだ?﹂
﹁廃村から道を見つけてここに辿り着いた。
後ろのものは勝手に動くようになっている人形だ。
それ以外には誰も居ない﹂
﹁人形だと?
そんな人形は聞いたことがない。
貴様何者だ?ラタールの奴らか?﹂
﹁ラタールってのは知らない。いい加減槍を下げてもらえないか?
迷惑だったら立ち去るつもりだよ﹂
﹁弓と剣を預からせてもらうが良いか?﹂
﹁ナイフは渡せないが、それで良ければ了解しよう。﹂
140
男は後ろに隠れていた人間に顎でしゃくるように合図をだすと得物
を取り上げ名乗った。
﹁俺の名前はガル。村には入れられないがその手前の番屋までは案
内しよう﹂
ガルは俺に背を向け歩き出した。
141
商談する俺︵前書き︶
本日3話目
142
商談する俺
ガルに連れられ番屋まで来る。
﹁お前はここで少し待っていろ﹂
ガルはそう言うと連れの見張りを残し立ち去った。
ガルの歩いて行く方向には竹や細い丸太で組んだような塀が立っ
ており、恐らくその向こう側が村なのであろう。小さな子が遊んで
いるような声が微かに聞こえてきた。
暫く待っていると、無数の視線を感じた。
塀の向こう側に人の気配が感じられる。
俺は見張りの男に声を掛けた。
﹁いったい何やってるんだ?﹂
男は無言でこちらを警戒している。
やがてガルとかなりの歳をとった男がやってきた。
背中が少し丸くなり身長が俺の胸あたりまでしかない。
その歳をとった男が俺を足から頭まで舐め回すように見ると問う
てきた。
﹁旅人よ。そちは何しにこられた﹂
﹁⋮⋮俺はシンゴ。この辺の様子は良くわからないが、何か道具や
143
食料を交換なら嬉しい。﹂
﹁私はこの村の長でハサンと申す。そなたはどちらの町から来られ
た?﹂
﹁東から。
一人、森で生活していたので町から来たのではない。
あの廃村はなんなんだ?
ハサンさん達とも交流があったのではないのか?﹂
﹁⋮⋮我らはあまり余所者と交わることはようせん。
食料だったら少量なら交換できるやもしれん。
それが終わったならこの村を見なかったことにして帰られよ﹂
ハサンがそう言うとガルに二三声を掛け、村に戻っていった。
︵⋮⋮なんか愛想悪い奴らだな︶
ガルがこちらを向き直って問いかけてきた。
﹁お前は何を持ってきた?﹂
まあ、多少の物々交換できれば御の字と考えるべきか。
﹁皮革とじゃが芋や少量の塩、砂糖だな﹂
﹁⋮⋮塩だと?
やはり貴様、ラタールの手の者か!﹂
144
﹁だからラタールってなんだよ。
一人で暮らしてたから世情を良く知らないんだよ!﹂
﹁ハッ!馬鹿なことを。
この国に住んでてよくヌケヌケと言えたもんだな!﹂
﹁で、なんで塩を持ってるとラタールになるんだ?﹂
﹁お前本当に知らんのか?
塩は教会の専売品じゃろうが!﹂
﹁⋮本当によく分からないんだよ!
さてはお前腹減ってるな?
人間腹減ってるとイライラするからな。
取り敢えず飯でも食うか?
そこの見張りの人も一緒にどうだ?﹂
俺はそう言うとドナドナに摘んである食料と調理道具一式を出し
料理を始めた。
俺はガルと見張りの男に飯をご馳走してやった。
ポテトチップスと鹿肉のポトフ。
最初は警戒して食わなかったが俺が口をつけるのを見ると欠食児
童のような勢いでガツガツ食い始めた。
食後のドクダミ茶を飲み、一息ついたところでガルが喋りはじめ
た。
145
﹁旨かった。初めて食べたがこのパリパリした食べ物は何なんじゃ
?﹂
﹁これはポテトチップスといってじゃが芋を油で揚げて塩を振った
ものだ﹂
﹁⋮⋮油で⋮⋮あげる?
良くわからんが⋮⋮
そのポテトチップスといい鹿肉といいそんなに塩を贅沢に使って
勿体無いの﹂
﹁先ほど言っていた塩は教会の専売品って何なんだ?﹂
﹁本当に知らないのか?
ラタール教は国教じゃぞ?
この国に産まれし者は全てラタール教の神父に祝福を授かるのじ
ゃぞ。
お前のあの変な人形もお前の祝福なんじゃろう?﹂
﹁⋮⋮俺はある日突然目が覚めてそれより前のことは覚えていない
んだ。
目が覚めてからずっと一人で生きてきたんで周りのことはよく知
らない。
知っているのは生活の知恵ぐらいだな﹂
ガルは考え始めたが、やがて口を開き、
﹁まあ、難しいことを考えていても始まらん。
お前の持っているものを見せてもらおうか﹂
146
結局、今回俺が持ってきたものが全てはけた。
ガルがブツブツ言いながら目利きをしていった
﹁こんな分量の塩を持ってるなんて今迄よく奴らに目を付けられな
かったの﹂
﹁この塩漬けの鹿肉旨いの﹂
﹁砂糖か。これほどの量を町で買ったら如何程になるのかの﹂
﹁鹿の皮も良い鞣し具合だ。臭いもあまりしないし非常に柔らかい
な﹂
このガルのジジイは商売が上手くないことは理解できた。
それと平場で会ったら仲良くなれそうな感じもした。
一通り見た後、ガルは全てを指し、
﹁これは全て売ってもらえるだろうか﹂
﹁構わんが対価は?﹂
﹁長と相談してくるが何が欲しいのだ?﹂
﹁食料の種や鉄器。畑を耕したりするものが欲しいな。﹂
﹁待ってろ。相談してくる﹂
ガルは一度村に戻り、若い女と共に色々抱えて戻ってきた。
147
女は10代後半だろうか肩まで伸ばした髪。そして麻っぽい服を
着て腰は布を巻きつけたようなスカートをはいている。
首飾りをしている以外は飾りっけのない格好だが、久しぶりに見
る女体の肉感に思わず視線が釘づけになる。
俺が若い女に見惚れているとガルが隙かさず、
﹁俺の孫に手を出そうもんなら、
明日からお日様を拝めなくしてやるからな!﹂
と、脅してくる。
持ってきたものを見てみると、
柄の長い木製のシャベルで先端のみが鉄製のもの。
鉄の鍬が一本。
﹁鉄器はうちの村も数が少ないんじゃ﹂ ガルが並べながら話す。
頭陀袋に入っているものを見ると種が数種入っている。
﹁南瓜と蕪、麻の実、瓜、小麦じゃな
あとはランブータンをやろう﹂
ガルはそう言うと俺の頭をちらっと見てニヤッと口角を上げる。
ランブータンは長い毛に覆われた赤い実で、つまりこれを俺の頭
に見立てて嘲笑ってるってことだな。
﹁村が出せるのはこんなもんじゃ。この村も貧しいからの﹂
148
価値観が分からないのだが、渡したものと貰ったものとの分量が
今ひとつ納得出来ない。
﹁ちょっと少ないんじゃないか?
この量だったら砂糖と塩は渡せない﹂
﹁馬鹿者。鉄器はすごく高いんじゃ。
シャベルと鍬だけでも金貨2枚はするのじゃぞ!﹂
﹁分かった。では砂糖は無しな﹂
そこへ、今迄黙っていた若い女が口を出してきた。
﹁砂糖は置いていけ。
代わりにこれをやろう﹂
女が首飾りを取り俺に渡してくる。
渡されるときにふんわり女の香り鼓動が速くなる。
ガルが﹁おい。それは⋮﹂と小声で制してくるが
若い女が﹁いいの﹂と取り合わない。
俺は手渡された首飾りを弄び眺めながる。
﹁わかった。それでいい。
後は俺にもう少しこの辺のことを教えてくれ﹂
商談は成立した。
149
L.︶
Nephelium
la
は東南アジア原産のムクロジ科の中型か
︵Rambutan,
商談する俺︵後書き︶
ランブータン
ppaceum
ら大型の熱帯の果樹である。マレー語でrambutは﹁毛﹂﹁髪﹂
を意味し、それに接尾辞−an︵∼もの︶が付いて﹁毛の︵生えた︶
もの﹂という語義を持つ。
Wikipediaより引用
150
喋る俺
それからガルと少し話をした。
若い女はガルの孫でアルマというらしい。
ただ、用事を果たすと、砂糖を持ってさっさと帰って行ってしま
った。
アルマのことはさておき。
この国は都市国家ウルクと言い、国王はギルガメシュ。
そして話題に出てきたラタール教。ウルクの国教だが5∼6年前
に教皇の代替わりが起こりそれから国との関係性が急速に悪くなっ
ていったそうだ。
塩や砂糖の専売化。成人前後の男子の徴用。辺境地での徴税の開
始など。
これは働き盛りの年代の労働人口の減少、二重課税、物品の値上
がりで地方の経済基盤が壊滅的な打撃を受けているようだ。
ラタール教自体が武装組織を持ち、反抗勢力を抑えに掛かってい
るし、国教に逆らうことは国に逆らうと同意義と取られ、民衆から
の支持も得られなくなるようだ。
憂いた国王も打開をしようとあれこれしてみたけど上手く対処で
きないようで、益々国教の力を増す結果になったと。
廃村の話やこの村のことはあまり喋ってくれなかったが、ここに
隠れるように住んでいるってことは色々理由があるんだろう。初対
面でデリケートな部分まで手を突っ込んで聞くのは憚られた。
﹁そういえばお前さんは祝福の徴用には行かなかったのか?﹂ガル
151
が問いかけてきた。
﹁よく分からんね。どうやら親に捨てられたっぽい。捨てられる前
のことは良く知らないんだよ﹂
﹁そうか。悪いこと聞いてしまったな﹂
﹁いや。今の話を聞くと捨てられて良かった気がするな
これからもここに立ち寄ってもいいか?﹂
﹁あまり歓迎できん。長も外部の者と交流するのを良とせん﹂
﹁わかった。俺も無理強いするつもりはないよ﹂
﹁砂糖を﹂ボソッとガルが呟く。
﹁ん?﹂
﹁砂糖をたまに持ってきてもらえんかの?
孫があれで村の子供達になにか作ってやるみたいじゃ。
親なし子がいるからの﹂
俺が手慰みに持っている首飾りを眺めながら言う。
﹁この首飾りは貰っちゃっていいのか?大事そうだったけど﹂
﹁いいんじゃ。あの子がそう考えるなら。
次回は交換できるものを用意しておく﹂
そろそろ話題も一区切りしたのであまり暗くならない内にここを
引き払ってビバークポイントを探さなくてはいけない。
俺の後を追ってきて襲う奴らもいるかもしれないし。
152
﹁ところでこの辺の森で少人数で暮らしている人の話を聞いたこと
があるか?﹂
別れ際、ガルに聞いてみた。
﹁⋮⋮昔はこの森の山奥で芥子畑を栽培していることがあったらし
い。もうずっとまえのことじゃ。あとはラタール教に追われて隠れ
住んでいるやつらかの﹂
﹁ふ∼ん。それじゃまた﹂
俺は足早に村を立ち去った。
俺が住んでいる家はかつての芥子畑を作ってる奴らだったのかも。
芥子って阿片戦争の原因になった麻薬だよな。麻酔薬として作っ
てたのかもしれんが、交通の便が悪いあんな所に家を作っているっ
てことは、密栽培ってことなのかな。
つらつらとこの世界で初めて人と話をした興奮を噛み締めながら
家路につくのであった。
153
エンカウントな俺
帰りは行きと一緒で廃村が見渡せる高台にキャンプした。
何も起こらず一泊し、そのまま街道へ至る。
異変は帰り道で起きた。
道端で一休みをしていた時、前方から馬の足音が複数聞こえてき
た。慌ててエバとドナドナを茂みへと隠し、俺も隠れようとした所
に見つかってしまった。
人とエンカウントしすぎ。これまでの約3年間は何だったんだ。
﹁そこのお前。止まれ!﹂
馬に乗った人物が俺に問いかける。
視線を合わせないようにその男を見る。
皮革で作ったような鎧と尖った兜を被り、手槍を携えた完全装備
の騎兵さん達4名様御一行がいらっしゃっる。
﹁⋮⋮何か御用でしょうか﹂
この場合の立ち振舞が分からないので、如才ない感じで受け答え
る。
﹁ここで何しておる﹂
154
兜のおっさんが悪い目つきで俺を睨みつける。
﹁旅の者でございます。ここで一休みをしておりました﹂俺は当た
り障りのない返答に終始する。
﹁お前の様な年の頃の奴がなぜこんなところでウロウロしている。
教会に従事してなければならんはずだぞ?﹂
﹁⋮⋮お宅様はどちら様で御座いましょうか﹂
﹁我らはラタール教第二教区第2軽騎隊隊長のマフムードだ。
返答次第では教会に連行しなければならん﹂
う∼ん。厄介なことになりましたね。
もともとこの世界でのぼっちの境遇は神父に死ねって言われたか
らだしな。
連行されたら最後、俺はこの世からいなくなってしまうかも。あ
の世から来たのに。
嘘八百言って誤魔化すしかないな。
﹁私は両親とともに旅をしているものです。両親とはぐれてしまっ
たのです。
マフムード様が来られた方にはそういったものは居りましたでし
ょうか?﹂
﹁いや、街からこのかた人影は見ておらん﹂
﹁左様ですか。目的地はこの先の街ですから先についているのかも
しれません。
では急ぎますので失礼して﹂
155
では、ちょっくら小走りにいなくなりましょうかね。
﹁待て!話は終わっておらん﹂
まあ、そうですよね。
﹁次の街で必ず教会に訪うように。貴様の両親に伝えておけ。
次に彷徨いているのを見たら強制連行するぞ﹂
﹁畏まりました﹂
ふう。なんとか誤魔化したな。
エバ達は後でピックアップするとして早く立ち去らないと。
﹁ちょっと待て﹂マムフードが呼び止める。
歩み出すと同時に声を掛けられ思わずドキッとする。
もしかしたらドナドナを見られたかな?
﹁小僧。名前は?﹂
﹁⋮⋮シンゴと申します﹂
﹁その頭はどうした?﹂
俺の禿頭を見てマムフードが聞いてくる。
﹁はい。幼少のときに熱を発して髪の毛が伸びないようです﹂
156
﹁ふん。若禿げはみっともないな﹂
そう言うとマムフードが馬を両足で締め付け走りださせた。
⋮⋮俺は若禿げじゃねえつうの。ただ単純に髪の毛を有効利用し
ているだけ。毛が生える過渡期にあるだけだつうの。
居なくなったのを見計らってエバたちを引っ張りだして家路に急
いだ。
◆◆◆ ◆◆◆
シンゴとかいう禿げた若造から少し離れたところで馬を止めた。
﹁マムフード卿如何致した?﹂
もう一人の騎士が声をかけてきた。
﹁彼奴は怪しいな。
お前彼奴を密かに追い身元を洗え。
場合に寄っては大司教に報告する﹂
一人の騎士が返事をし、元きた道を引き返していった。
157
隠れる俺
いや∼危ないとこでしたわ。
あれからエバとドナドナを茂みから連れ出し、家に続く道に急ぎ
足で歩いた。
そしたら、何か嫌な予感がしたので少し街道から外れ隠れている
と、先ほどの騎士が2騎街道沿いをウロウロしていた。
まあ、当然だよね。俺もあれで誤魔化せたなんて思わないもの。
少し時間が掛かるが街道を歩かず森の奥から家を目指すことにし
た。幸いなことに家に至る道からそれほど遠くは無かったからね。
日が落ちる前に街道近くのビバークポイントに辿り着き、ここに
一泊することにした。
これからは街道を極力使わないほうがいいな。
ただ、今は見つからないかもしれないが近い将来、家がバレるこ
とは覚悟しないといけない。
彼奴等の目的は良くわからないが⋮⋮
友好的に話ができるのか。
逃げる場所を確保するか。
抵抗するための武装化か。
何れにしてももう少し情報が欲しい。
当面はあの村の人々の心を開いてもらって情報を引き出し、いざ
となったら匿ってもらう関係性にしておきたい。
158
しかし、街道を使えないのは痛いな。
家から街道へは南に10㎞。そこから西に向かい少し南にカーブ
している街道を15㎞歩くと廃村へ。廃村から村へは8㎞。大まか
にはこんなところだろう。
家から西南西に向かって切り拓いていけば村に辿り着くかもしれ
ない。
⋮⋮あの村の女の子なんだっけ。アルマって名前だっけな。
元の世界では高校生の時に死に別れた恋人の優子以外の女にはあ
まり目をくれなかった。まあ、可愛い子や露出の高い女を目にした
ら目で追うことは当然したけど、心が動くことは無かった。
ただ、アルマは俺の琴線に触れるようなものがあった気がした。
⋮⋮ぼっち生活が長すぎたことによる反動でそう感じただけのよ
うな気もするが。
ビバークポイントのシェルターで寝転がりながら、夢の中でアル
マの女の香りを感じた時の心の高鳴りを聞いた。
159
カミに悩まされる俺
家に戻ると色々忙しくなった。
ぼっち生活をしていると忙しいのは当然だが、目標が出来たのだ。
まず、食料の増産。
あの村もかなり貧しい感じがした。裕福ではけっしてないだろう。
人を懐柔するなら胃袋からだな。
街道で死んでた奴らから貰った︵パクった?︶小麦を撒いていた
ので成長を見る。まだ少し収穫には時間がかかるようだ。村でも小
麦は貰ってきたし、種は余っているのでもっと畑を拡張するべきで
あろう。
村で交換してきた南瓜、蕪、麻の実、瓜。これ等も植えてみる。
しかし、麻って栽培していいのかね。まあ、問題無いとしておこう。
麻の実自体食べられるし、上手くいけば繊維も取れるだろう。収
穫も早そうだし。
放置気味だった、大豆、燕麦、じゃが芋、アブラナもかなりの収
穫があり、一人では食べきれないほどだ。
塩や砂糖も順調だ。留守の時には火を使わないので最終段階は経
れないが、段取りだけはしてある。
塩泉は布を吊るした下に鍋に汲み溜め、毛細管現象で布に吸わせ
て蒸発を促す。最後は布に付着した塩分も一度塩泉に洗い戻し煮立
てる。少しは薪の節約になる。
砂糖は団扇ヤシの実を集めておく。一定量になったら果汁を絞り
出し、塩と同じく煮立てる。
160
鹿もこれまで以上に狩っておきたい。
塩が手に入ったので鹿ジャーキーやベーコンを多く作っておきた
い。
それと、人形。色々考えるとかなり大量に必要になってくる。
今迄働かせていた人形もガタがきていて大幅な更新が必要になっ
てくる。 ⋮⋮初期型で愛着はあるがしようがないだろう。
パペットマスター
手始めに人形を作るための人形を作ることにした。
俺の祝福の傀儡師の定義として頭がないと動かないらしい。ドナ
ドナを作るときに実験してみたが、そういうことのようだ。よく分
からないが。
なので、頭を削りだし、手足の材料となる棒を作り、胴体にする
ための丸太を整形させる。
これ等の人形を1体1体作っていく。
人形を作るための人形を作っているのだが、その前の便利な人形
も作った。 ⋮⋮人形人形言いすぎてゲシュタルト崩壊しそうなの
は気のせいだ。
プログラミング
その便利な人形とは鋸人形。腕をクランク状にして高速で回転す
るように命令する。クランクの先には鋸を挟むようにして、腕が回
転すると鋸が前後に動くようになっている。電鋸のようなものであ
る。
同じように穴を開ける人形も作った。錐を持って高速回転させる
人形だ。
各パーツを作っても組み立てるのは俺一人だけである。それを組
み立てて目的付をするのも俺一人。作業工程のボトルネックはいつ
161
でも俺になるんだけどな。
食料をあまり気にせずに作れるようになったのでかなりハイペー
スに作れるようになった。
プログラミング
畑仕事関係に15体。樵関係に20体。採掘関係に20体。採取
関係で6体。
旧型と違って高性能でしかも高度な命令もできるようになった。
こうなると紙もなくなってくるのでそれ用の人形も作らなければ
ならない。
紙も自作である。 ⋮⋮紙にも髪にも神にも悩まされる俺。
安逸に暮らせるようになるには一体どうすれば⋮⋮ 162
カミ創造の俺︵前書き︶
本日投稿1/4話目
163
カミ創造の俺
さて、紙をつくるか。
紙といっても俺が知っているのは洋紙と和紙が大きく分かれてい
るのを知っている程度。
紙は木や草の繊維質をドロドロになるまで煮たりして目の細かい
網で漉し乾かす。 ⋮⋮これは和紙の作り方?
それと日本の紙幣にはコウゾやミツマタが。米ドル紙幣には綿や
麻が混じっているってのが紙の俺の知っているすべての知識。
⋮⋮これで作れるのかね。
ちなみに日本の金もアメリカの金も民間企業が発行してるって知
ってた? まあ、完全な民間企業かって言われたらちょっと違うし
公務員ぽいけど。
日本は日本銀行が勿論発行しているのだが日本銀行はJASDA
Qに上場していて40%は個人が所有している。その株主構成は公
にされていないのだが、そこには色々陰謀論が⋮⋮ ロスチャイル
ドなんかが⋮⋮ GHQ、プラザ合意、バブル、ゼロ金利政策⋮⋮
やめよう。俺の身が危ない。ここで言う俺とは俺だが俺のことだ。
閑話休題。
パルプつまり木材から作るのはハードルが高そうなのでやめる。
そうすると和紙っぽく作るしかない。繊維質が多そうな植物を切り
出してくる。みじん切りにしてグラグラ煮る。徹底的に煮てクタク
164
ス
タになったら水にさらし、黒くなっている部分などを手でより分け
ていく。
これを水に溶かして漉いてみる。簀は平たい竹ひごを繋ぎあわせ
たものを使う。
漉いたものができたら家の壁に貼り付けて乾かす。
⋮⋮失敗。
繊維質が荒くて均一な厚さにならないし、目が荒すぎて書くどこ
ろの話ではない。そして、全体的に黒い。安い韓国海苔みたいな感
じ。贅沢は言わないがこれを使う気にはなれないな。
それと漉くときや出来上がりに粘り気がない。牛乳パックでハガ
キを作った時には糊を入れていたので試してみる。
ただ糊は無い。米もないのでご飯粒でも作れない。燕麦をつぶし
ても粘り気がほとんど出ない。
そうそう、腐るほどあるじゃが芋な。じゃが芋をすりおろし、水
にさらすとそこにデンプンができる。つまり片栗粉。この片栗粉を
水に溶いて、熱を加えるとネバネバができる。これを投入する。
漉きやすくなり、腰が出てきた。ただ、まだ紙には程遠い。
植物の種類を変えてみたり、煮るのではなく蒸した後に皮を剥い
だり内皮を薄くしたり、川にさらしたり、簀を改良したり、ミョウ
バンなどで脱色できないか挑戦してみたりと、試行錯誤した結果や
っとそれらしきものが出来上がった。
大きさはハガキ大のもの。それで十分な大きさだ。だがほかの用
途もあるので1m四方の紙も作る。
ここまで来てふと思った。
165
俺が今迄使っていたのは元の身体の持ち主が日記を書くために使
っていた羽ペンのようなもの。この自作和紙にはペン先が引っかか
って書けないんじゃね? と。
基本的な道具がないと、道具を作るための道具を作る連鎖が生ま
れ、止まらない、終わらない。
和紙には筆ということで、筆作り。
筆の軸は細い竹を使うとして、筆先はどうするか。
筆は糸で出来てる? いや違うな。毛だな。毛筆っていうぐらい
だからな。動物で試してみる。牛の毛は硬いし馬の毛は柔らかすぎ
るので上手くいかない。そうか、赤ちゃんが生まれて初めて切る髪
を胎毛筆にするって聞くしな。髪の毛があるじゃないか。
えっ?髪の毛?
またか。またなのか。
これは何かの陰謀なのか。
⋮⋮俺の髪は何時になったら生えそろうのか。
その話題は避けたい。
166
次は墨。墨も意外と大変。
墨といったら黒い。黒いと言ったら炭。
でも木炭作りはしたことがない。作ってみたいけれども⋮⋮
他に黒いもの。煤や木の燃えカス。これを細かくして水に溶いて
みる。滲んでしまって使い物にならない。
ニカワ
そうそう。小学生の時に通った書道教室の先生に聞いたことがあ
る。墨には膠が使われているとな。
こんどは膠作り。
膠は動物のゼラチン質だと思った。ならば、皮や骨、角に含まれ
ているゼラチン質を煮だしてやればいいんだな。
牛皮や鹿皮、爪や角を水から沸騰しない程度に温める。
まあ臭い。鼻がひん曲がりそうになる。ラーメン屋が豚骨を煮だ
している様な臭い。
数時間沸騰させないように煮込み、水の量が減り、色がアメ色に
なって、材料がクタァとしたら濾して乾かす。この時に少しミョウ
バンを入れておく。乾燥してカチカチになったら出来上がり。
墨作りに戻る。
出来上がった膠をお湯で戻し、煤や燃えカスで黒くなった水に少
しづつ溶かし入れる。
試し書きしてみると少し滲むような感じはあるが概ね成功と言っ
ていいだろう。
167
こうして俺の紙作りを終える。
168
カミ創造の俺︵後書き︶
日本銀行の云々について興味ある人は
﹃赤い盾﹄広瀬隆著を読んでみてください。
169
猛毒な俺︵前書き︶
本日投稿2/4話目
170
猛毒な俺
人形作りを再開しよう。
プログラミング
この人形には面倒な命令が必要となってくるために紙作りを優先
した。
その人形とは地図作成人形である。
この人形は4体作ることになる。
この内の3体は測量人形。歩幅と歩数で距離を。3体の位置で三
角点を作り三角測量をする。その三角点には平面の角度も当然なが
ら垂直の角度も算出する。
算出方法はsin・cos・tan。そう三角関数。高校生の時
には三角関数なんて俺の一生で使うことはないと思ってた。なので
あまり身を入れず苦手意識が克服できずに文系に進んだ。それが必
要になるなんて⋮⋮
A地点とB地点、C地点の3体を測量点を作り距離から角度を算
出する。高度はA地点とB地点の見上げる︵見下げる︶角度と距離
から算出する。それを残りの1体の人形が記述していく。
測量ポイントは目印になるような、岩、大木、川などを目標物に
していくのだが、この目標物の定義がまず難しい。人の目には目標
物になりそうだなと、すぐに考えられるが、人形にはその区別がつ
きづらい。また、崖のポイント取りも難しい。登れなくなる手前で
止まればいいのに、登ろうとする。ずり下がってっているのに止ま
プログラミング
らない。その分も距離にカウントされるので測量結果がとんでもな
いことになる。様々なことを想定して命令していくと書いても書い
171
ても止まらない。
そんなこんなで完成した。破損や損失した場合にも対応できるよ
うにスペアも2体置いておく。これを始動させ村がある方向に向け
て測量を開始させる。
直線的に村に辿り着けるように期待したい。
次に自衛手段を増やす。
現在家は要塞化しているが、入口に続く道には、弓矢人形が2体
あるだけだ。これは自動防御ではなく俺の命令で動くようになって
いる。友好的な人間や俺の作った人形が勝手に射られると困るから
だ。それに俺が追ってきたやつが悪い奴で一方的に殺して良いって
ことはないだろう。
そこでゲリラ部隊を作ることにした。
まず、弓矢では威力が強すぎるし、移動も不便なので吹き矢にす
ることにした。
ここでエバを作った時の経験が生きる。
一度エバに声帯を作り声を出そうとした。声帯を上手く作ること
が出来ずに断念したが、呼吸を出来るようにはした。牛皮で袋を作
り、それを圧迫して空気を放出するのだ。それを応用し、吹き矢を
飛ばせるようにする。
次に吹き矢。
筒は大きめに作った和紙を重ねて1mの筒にする。そして内外に
漆を塗ってコーテングする。
矢は竹を尖らせて作る。先端には毒を塗る。
172
毒はね⋮⋮
川にね。カラフルなカエルさんが居たんですよ。触ったらモーレ
ツな痛みがあったカエルが。すぐに洗ったから問題なかったんだけ
ど。試しにカラフルなカエルさんを集めてすり潰して矢に塗って狩
りをしてみたら掠っただけでコロコロ鹿さん達が倒れるんだよね。
呼吸困難だか心不全みたいな感じで。すぐには死なないよ? 5∼
6分経ってからパタッと逝くようだね。
ケシ
それと、家から山に登って行くと牛を飼っている牧場? がある
けど、どうやらそこで昔、芥子を密栽培をしていたようなのね。だ
からあの平原が拓かれているんだと納得できたんだけど、そこに芥
子が残って自生しているのを発見したんだ。芥子を傷つけると白い
液体が出てくるのでそれを採取して乾燥してと⋮⋮
それらを混ぜて矢に塗ると、あらビックリ毒矢ができちゃう。
実際にはちょっと矢に塗っただけでは死ぬわけでは無い。鹿で実
験してみたが、即効性があるわけでもなく10分ぐらいかけてジワ
ジワと行動不能に陥る。一日経てば復活するしまあ問題ないよね。
人間に使っても。
その吹き矢をもたせたゲリラ人形を家近くの木の上や、道の近く
に穴を掘ってそこに潜ませている。
他に家周囲のブービートラップを仕掛けている警戒地域を囲うよ
うに生垣を植え始めた。
生垣は直径2∼3cm程度の小さい南瓜のような赤い実が生る低
173
木。実は熟すと甘く食べれる。樵人形を引き連れ群生しているとこ
ろから株を引っこ抜き植えた。食べれる事こそ重要。どんどん種が
なり、どんどん増えていくので生垣には適してるんじゃないかな。
それと葡萄の様な実がなっている低木。ツル性ではないので葡萄
ではないことは確かだが、何かは知らない。知っているのは食べれ
ること。熟すと黒紫色になる。このまま食べると渋くすっぱいので
食いづらい。この実を見つけた当初、﹁ブドウだ!﹂と思って家に
持って帰ったんだが、まあ旨くない。渋で口が痺れるほど。鳥が食
っていたので毒じゃないだろうとは思ったが、気落ちして袋ごと放
り投げたらちょうど風呂にハマってしまった。明くる日取り出して
みたら、渋が抜けていて美味しくいただけた。偶然が成功を呼びこ
むってことだね。
あとはウコギは低木で刺がある。そして重要なのが新芽を食べら
れる。それほど美味しいものではないが非常用にはちょうどいい。
探索中に見知った葉っぱを見て思い出した。母親の実家の知合いが
米沢の人間で﹁この生垣は食べられるんだぜ﹂と自慢していたのだ。
熱帯地方っぽいこの場所に生えているかは知らない。
これらを塀の門に至る道の両側や警戒地域、畑の周囲に植え巡ら
せる予定である。そこの中にゲリラ人形を配備し隠れ潜ませる。
⋮⋮この隠れ潜ませるって言葉がすでにぼっち体質を如実に表して
いるような気がする。
このゲリラ人形は俺の合図があり次第、一斉攻撃する。まあ、俺
の近くにいる奴ら全員に攻撃しちゃうけど。
イマイチ敵味方認識方法が思いつかない。
⋮⋮まあぼっちだから関係ないけどね。
174
猛毒な俺︵後書き︶
カラフルなカエルさんはそのまんまの名前ですがヤドクガエルの一
種です。
神経毒ですが経口摂取すると無害です。
小さい南瓜の様な赤い実がなる植物はピタンガ。
葡萄の様な実をつける木はシマヤマヒハツです。
175
洞窟な俺
探索や地図を作らせ始め、家周辺のことは徐々に分かり始めた。
家を起点として、南から西にかけては平地で北側は山になってい
る。その山は北東に向かって山脈が連なっている。山の頂上からみ
た光景では山脈を越えた向こう側に海が微かに見えていた。
南側は街道がありそれを西に向かうと廃村がある。その辺りはず
っと平地になっているので、俺が交渉した村まで恐らく平地であろ
う。地図製作もまだまだ時間は掛かり村までのルートを開拓できる
のは先の話だ。
家から東に進むと塩泉や粘土層、重曹鉱石取れる崖があり、その
先を進むと明礬泉に辿り着く。
今回はその先がどうなっているかもう少し突き詰めたい。
いつもの明礬泉のところまで辿り着くとあちこちから湯気が立ち
込めており、あまりいい匂いではない。そこから東には崖が切り立
っており直線的には進めない。よって山を下りながら南東に向かう
感じで進むことにした。
明礬泉は噴出量が少ないのかその立ち込める湯気に比較して湯量
は非常に少ない。その少ない湯量がちょろちょろと坂下に流れ込み
多少のまとまった水量になると温泉は冷めて、雨水と交じり温泉に
浸かる温度ではなくなってくる。
ある程度進むとその温泉の混じった小川も結構な水量となり渓流
と言った風情になってくる。
その川沿いを歩くがあまり植生は豊かではない。露出している地
176
面、岩肌も白っぽく、崖の地層も白っぽくなっている。川底にも崖
や岩から削り取られたであろう砂が白く沈殿している。
目立ったものも収穫もなく2時間程度、崖沿いを歩いた頃だろう
かザァザァと激しい水の流れる音が聞こえてきた。
音を目指して歩くと崖にぽっかりと空いた穴。つまり洞窟が大量
の水を吐き出していた。
︵洞窟だ。そろそろビバークポイントも探さなければいけない時間
だから今日はここに野営するか︶
洞窟の入口から奥を眺めて危険がないか確かめる。
清潔な環境ではないと思われるが仕方がない。後で奥を調査する
ことにして、野営の準備を始める。
崖や岩肌を注意深く見て、鉄砲水などで侵食された跡を見つける。
大丈夫そうな場所に乾いた流木を集め火を起こせるようにする。荷
物を降ろし、乾いた流木の先に動物の脂肪を巻き付ける。その上に
植物の繊維で編んだもので包んで即席の松明を作る。
火をつけると動物の脂肪が溶け出し、植物の繊維に染み込みそれ
が燃える。脂肪の大きさにもよるが結構長持ちする。
それを予備も含め2本作る。作りながら思う。
︵ここは魔法のある世界。そして洞窟。あの手の常識に合わせると、
今迄出くわさなかったがもしかしたら魔物みたいな奴らもいるのか
?︶
必要最低限のものを持ち、念の為に剣も携えて、松明片手に洞窟
内部に入っていった。
177
トラウマな俺︵前書き︶
※グロ注意
ゴキブリが嫌いな方は◆以降をお読み下さい。
178
トラウマな俺
洞窟内部に踏み込む。
第一印象は臭い。すごい臭気を発している。
そして、五月蝿い。洞窟内を流れている川の流れが反響して五月
蝿いのもあるがもっと五月蝿い動物がいる。コウモリだ。
ギィィィ バサッバサッ ギィィィ ギィィィ
上を見上げると天井を埋め尽くす物凄い数のコウモリ。
下を見ると水分を含んだ滑りやすいヌルヌルした床の上にコウモ
リの糞が積もっている。強烈な臭いだ。吐き気が止まらない。
床が何やら蠢いている感じがして、松明を近づけると、ゴキブリ
が蠢いている。それも尋常な数ではない。コウモリが落とす糞にゴ
キブリがビッシリと集っている。
俺の足元を見ると俺が踏みしめた地面にゴキブリが大量に踏み潰
されている。ヌルヌルしたのはゴキブリの体液のようだ。
ここで俺の精神は崩壊し、鳥肌が治まらずさっさと逃げ出した。
酷い目にあった。正直トラウマものだ。
コウモリは美味しいらしい。特に果物を食べている種は美味しい
らしい。ここのコウモリは知らない。死んで落下したコウモリを蛇
らしきものが咥えているところをチラッと見てしまったが。
それとゴキブリも食べれることは知っている。貴重なタンパク源
だろうとは思う。昔の人は漢方薬として胃薬とかにも使っていたら
179
しい。ちなみに揚げるとサクサクっとして旨いらしい。
⋮⋮ゴキブリの話題はもう良いだろう。
◆◆◆ ◆◆◆
一つ発見があった。
この洞窟は鍾乳洞ということ。
ツララのような鍾乳石が伸びていた。鍾乳石の成分は石灰質から
出来ている。つまり此処らにあった白い岩。これは石灰岩ってこと
じゃないだろうか。
近代史を見ると石灰岩と共に歩んできていると言っても過言では
ない!
恐らく。多分。知らんけど。
持ち帰れれば色々役に立つであろう。
その日は洞窟には入らないところで仮眠をとり、石灰岩であろう
白い岩肌の分布を見ながら帰宅した。
家に辿り着くと何よりもまず風呂に。
ただ、風呂を沸かすにも時間がかかる。
川から水を引く。焚火をする。焚火の中に石を入れる。熱した石
を風呂に投入する。
平気で2∼3時間掛かる。火の番を人形には任せられないので自
身でやらないといけない。
180
⋮⋮待てよ。
人形って木で作らなくても良くね?
石灰岩は他の石より柔らかい。でも、柔らかいと言っても人形を
掘るレベルで細工しようと思ったら、鉄のノミが必要となる。ハン
マーはあるがノミはない。
⋮⋮鉄か。
鉄が手に入るなら石で作らなくても良くね?
でも大量の鉄が必要になるし錆びるから石のほうが作りやすいか
も。
となると石だな。
石灰岩で作らなくてもそれに適した形の石を組み合わせるか。他
に加工しやすい石は⋮⋮
黒曜石があったな。ただ鋭利になりやすいので使い所が問題だ。
それと接合部分。この細工は俺の手持ちの道具では太刀打ち出来
るレベルじゃないな。石と木のハイブリッドでも無理だ。鉄が手に
入るまではお預けだな。
閑話休題。
風呂に入れる石を待っているときに、石灰岩と一緒に拾ってきた
重曹鉱石を頭陀袋に一緒に入れて焚火の側に置いておいたら、重曹
が変質してしまった。持ち上げると、皮膚が猛烈にヒリヒリしだし
た。
もしかしたらと思って、廃油の中に入れてみたら廃油が乳化した。
熱して重曹が苛性ソーダになったってこと? 化学には疎いので良
くわからないが、昔彼女が手作り石鹸を作っている現象と似ていた。
181
いままでは重曹と糠でなんちゃって石鹸を作ってたが、これも実
験だな。
182
鉄な俺
鉄が欲しい。
鉄器が欲しい
この世界ではあまり鉄が流通していないようだ。村で交換しても
らったものも道具についている鉄が必要最低限しかついていなかっ
た。
⋮⋮あの村が貧しいだけかもしれないが。
俺が拾った道具達はかなりお高いものだったのかもしれないな。
よしんば鉄の流通があっても、金が無いし、街にいくと危なそう
だ。俺の風貌に目を付けられる要素があるのかもしれないし。
少なくとも村でもう少し情報を聞き出してからじゃないと危ない。
街の在処もわからないし、街道沿いに歩いて行けばいいのかもしれ
んが、またあの連中と遭遇するかもしれない。
それで鉄の材料。前に山に登った時に赤茶けた石がゴロゴロして
いたところがあった。上手くいけばそれに鉄が混じっているかもし
れない。それに家の側を流れている小川を辿って行くと大きな川に
出る。そこの川砂に砂鉄が混じっている可能性もある。
採取の容易さを考えると川だが。大きな川に行くと街道の側を歩
くことになるので、発見される恐れもある。
となると山だな。
183
山に登って目的の場所につく。
断層があり地面から4mぐらいの所に赤茶けた断層があり、足元
にそこから崩れてきたと思われる石が落っこている。それらを拾い、
草の皮で編んだ籠に入れていく。それを家に集めてとっておく。
これに鉄が含まれているようであれば足場を組んで本格的な採取
に取り組む。
ただ、本格的な採取にはツルハシが必要になる。ツルハシは鉄で
くさび
出来ている。しかし、鉄はない。なんとかするしかないだろうが⋮⋮
次に石灰岩。
採掘場に赴き、石で穴を等間隔に穿ち木で作った楔をハンマーで
打ち込んでいく。ヒビが入り、上手に割れる。それをドナドナに積
み込み家へ持ち帰る。
次は木炭を作る。
木炭の作り方はTVで見たことがあるのでなんとなく解る。少な
くとも鉄鉱石から銑鉄を取り出すよりかは知っている。
陶器を作っている釜に木を詰め込み、釜の入口で火を炊く。
⋮⋮とまあこれで上手くいく訳はない。
一度試したが、中にある木が全て焼けてただの焚火に。それも山
火事になる勢いで火事に。雨に濡れないように小屋掛けしておいた
のだがそれも当然燃えた。
意外に難しい。職人さん達が簡単そうにやっていることって大概
難しかったりするんだよね。
184
炭化するには、空気を遮断して加熱をする必要があると。
前回は釜の口を開けっ放しにしたので豪快な焚火になってしまっ
た訳だね。
なので、前回同様、釜に木を詰め込む。釜の入口で火を炊く。釜
が十分に熱くなったら日干し煉瓦で入口を塞いで空気が入らないよ
うに目張りをする。
1昼夜おいて釜が冷えたら入口の日干し煉瓦を壊して釜の中を窺
う。
ピン⋮ピン⋮ピン⋮⋮
炭化した木が鳴いている音がする。
残念ながらムラがあり全てが木炭にならなかった。これも研究が
必要だ。
木炭を作っていて気づいたことがある。大量の薪が必要になる。
これを続けると木材資源がどんどん無くなってしまうのではないだ
ろうか。
家の周りの森も段々と削られてきている。
畑を拡張することもそうだし、木を使って柵などや道具を作って
いることもそう。人形の製作にも当然使う。
森は天然の要害になっている。これ以上俺の家の周りの森を削っ
ていってしまうのは問題なんではなかろうか。
これも今後の課題だ。
185
試作
さて、鉄作りの材料が揃ったところで高炉の作成だ。
ただ赤茶色の石も鉄鉱石かどうか分からないのでパイロット版だ。
斜面の一部を削り、その中に煙突状に直径30㎝の円柱の空間を
あけ、長方形に切り揃えた石灰岩を積み上げていく。下に開口部を
作り、下から上に空気が抜けるようにしておく。開口部には漏斗状
に削った石灰岩を切り揃え中央部は溶け出た鉄を受けられるような
器状に削った岩を置き、取り出せるようにしておく。
高炉の出来上がり。
そしてその中に材料を入れていく。一番下にはドーム状に硬い岩
を組む。その上に木炭、割揃えた赤茶色の石を交互に入れていく。
全ての準備が出来た朝、火を入れる。
最初は下の開口部から全体に火が回るまで焚火をする。火が回っ
ふいご
たら焚火を取り除き、石で出来た受けの器を置く。
そうしたら、鞴の出番。この鞴は板を合わせて間に皮革を張り、
上下の運動で一方方向から空気が出るようにしてある。
そしてひたすら吹く。高炉の熱で汗だくになろうが吹く。一度力
尽きてエバに変わってもらった。そしたら高炉の熱でエバの身体が
炭化してきた。
最初は木炭が焼けてる臭いかと思ったらエバが焼けてた。
この作業は人形には危険だと判断した。しかも、俺も皮膚が焼け
て痛くなってきた。
高炉を本式に作る場合は掩蔽しないとダメだな。
そうして鞴と格闘すること2時間。木炭が燃え尽きた。
⋮⋮残念ながらすぐには結果は分からない。器を引っ張り出す予
定の鉄線が溶け落ちていた。これも改善が必要だ。
186
炉が冷めて、触れるようになってから器を取り出してみる。
少量の鉄が採取できた。
純度が低いのか柔らかくボソボソした感じだ。
問題は山積みだ。高炉もいちいち解体、積み上げしないといけな
い。木炭ももっと大量に必要になる。一応、鉄鉱石のようだがあれ
だけ持ってきたのにこれだけにしかならない。しかも足場も組み立
てなければならない。不純物を取り除いて純度を高める工夫が必要
になる。
ともあれ、鉄鉱石から銑鉄を採取するプロセスが上手くいったこ
とは間違いない。
今度は銑鉄から鋳鉄製品や錬鉄、鋼鉄へと昇華させていくことだ。
187
架ける俺
鉄の研究をしているうちに西南西方向、つまりあの村方面のの地
図が着々と出来上がってきた。
ただ、問題が出てきた、そこそこ大きな渓流を渡らなければいけ
ないようだ。そういえば廃村に向かうための街道を歩いている時に、
橋を越えたような気がしたな。
測量人形が測ってきた地図を見ても、高低差や距離が書かれてい
るものなので、実際の状況は把握しがたい。なので、俺の目で見な
がら地図に情報を書き込み補強していく。その作業の中で、渓流沿
いまで足を運んでみた。
渓流は見た目ではば4mぐらいであろうか。流れは早そうで、し
かも崖になっていて水面まで5m近くある。これでは橋がないと渡
るに覚束ない。しかし、当然橋なんて作ったことはない。これもや
ってみるしかないな。
どういった方法が考えられるだろうか。ドナドナが渡れるように
しなければならないので、ある程度の強度が必要だ。
向こう岸とこちらでロープをかけて吊り橋にしていくか。
⋮⋮向こう側に渡るには一度街道まででてぐるっと渡ってこなけ
ればならないな。ロープも信頼性がおけるロープの作成が出来ない。
却下。
ロープでは無く木材を渡すか。
188
⋮⋮下準備もなくいきなり木材を引っ張るのは難しいな。人手も
ないし。
先に簡易な橋をかけて補強していくか。
橋脚が建てられないので橋桁を一本物にしないといけない。まず
は簡易な足場を作って行き来が容易にすることが重要だろう。
最初は対岸までの正確な距離が欲しい。こちら岸で簡易な橋桁を
組んでしまって一気に架けたい。それが短かったり長すぎたりする
と無駄になってしまう。
向こう岸とこちら側で大体同じ高さの場所を選ぶ。測量人形を木
に登らせる。地面と木に登った人形の頭の距離を測る。そして向こ
う側の崖肩から1m入ったところのポイントを確認させる。そのポ
イントを見据えた角度を測らせる。その数値を計算させると観測ポ
イントからの距離、つまりは橋桁の長さが算出できる。
結果は4.68mと出た。
それを基にその長さの竹を2本、切り出す。その2本を平行に並
べ、梯子状に板を植物紐で緊縛していく。これを仮の橋桁にする。
こちら側の橋桁起点に杭を打つ。橋桁を川とは逆に垂直方向に置
き、杭に軽く結びつける。
橋桁の先端部に10m程度のロープを括りつけ、橋桁を立たせる
ように引っ張る。引っ張った反動で向こう岸に着地させる。
仮橋の完成だ。
しかし、渡るのは怖い。4m以上の補強もない竹なので乗ると、
ぐわんぐわん揺れる。手摺もない。
ロープを腰に括りつけ向こう側へと渡る。ロープをこちら側と向
こう岸を腰の位置に張り、手摺代わりにする。
189
ここまで出来ると作業は捗る。
竹は乾燥すると割れてきてしまうので、耐久性が必要な箇所には
使うのは宜しくない。
橋に使うなら硬い木が欲しい。ただ俺はもともとコンクリートジ
ャングルに住んでいたシチーボーイなので木の種類なんて分からな
い。
だがしかし、俺には3年ちょいの否応もない実務経験上、木の特
性が少し分かるようになってきた。
硬い木。ドングリの生る木だ。ドングリでも少し細長い実で葉っ
ぱがギザギザになった木が硬い。切り倒すときに非常に苦労する木
だ。また、大きくなる種類のようで大木になっているものも珍しく
ない。ただ、一本物で5m近くの真っ直ぐな木を見つけるのは難し
い。
その昔、戦国時代に日本に来ていたガレオン船などの帆柱は30
mの高さのものがあったらしい。帆柱は船底から伸びているので5
0m近くはあったのではなかろうか。勿論一本ものでは無く、数本
の木を鉄の環で締め付けて作っていたらしいけれども。
鉄の環でね⋮⋮
未だに製鉄技術は進歩はない。何をするにもボトルネックになる。
ないものねだりをしてもしようがない。
遠方まで見合う大木を探しながらあちこち探し回り、ついでに仮
橋を架けた場所まで道を切り拓くことにした。
190
道路整備員な俺
道の整備に忙しい。
一つ目は橋までの道。これは測量結果があるのでそれほど大変で
はない。道を作るポイントを樵人形に指示をして、障害になる木や
藪を切り拓いていけば良い。
橋の材料が見つかるまでは当分あの仮橋のままとする。
あれより先については測量人形を先行させ状況を把握してから動
くつもりだ。ただ、村を見つけたら、直ぐに引き返してくるように
は命令してある。
二つ目は鉄鉱石の採取場所。
山盛りの一杯の鉄鉱石から取れる鉄は僅かだ。精錬方法が悪いの
だろうが取れないものは取れない。つまり鉄鉱石が大量に必要とな
る。
鉱物が露出している場所は地上4mある。露天掘りとはいえ足場
を組まなければならない。竹を切り出し、櫓を組む。竹だけだと滑
るので足場には木板を貼る。
そして採取しているところから家までの足場も悪い。山道などな
いのでよじ登っていたが、人形達に重量物を持って行き来をさせる
ことが出来ない。
道を作るために山肌を削ったり、櫓を組んでスロープを作ったり
と重労働も甚だしい。
三つ目は石灰石の採取場所。
鉄鉱石から鉄を精錬している時に気付いた。
石灰石で作った高炉で精錬しているが、炉にこびりついた残滓を
191
見ると、石灰石に付着している面の鉄の純度が高そうなのだ。発見
した次の精錬の作業の時、鉄鉱石と木炭に石灰石を混ぜてみた。そ
うしたところ、ボソボソだった鉄がしっかり締まった鉄が採取出来
たのだ。
また、鉄を精錬するための高炉は石灰石を積み上げて作っている
ため大きなサイズの石灰石が必要となる。
ただ、採取場所までは岩場を越えていかなければ行けない。岩場
といっても2mサイズの岩がゴロゴロしていて俺も歩くのが困難な
場所だ。ドナドナタイプのような牛型、トラック型は諦め、蜘蛛の
様に長い、6本足の人形で運搬することにした。
製鉄の材料の採取も整い始め、精錬を繰り返し、鉄のインゴット
がある程度溜まり始めると、鉄器の製作に取り掛かった。
まずはツルハシ。
石器では上手く採取できないので、優先していきたい。
よくTVで見ていたようなトンテンカンテン叩きだすのは難しい。
金床があるが俺には出来なかった。あんなものは職人が一生かけて
完成させていくような技だ。俺のようなにわかに出来るはずがない。
俺は別の方法で作っていくつもりだ。
それは鋳鉄。鋳型を作ってそれに溶けた鉄を注ぎ込んで作る簡単
仕様だ。
鋳型は、まず基本となる木を削りだし元となる木型を作る。それ
を砂に埋めて形をとる。砂だけだと直ぐに崩れるのでこの時に石灰
石を焼いて砕いたものを混ぜる。その石灰石は高炉に使った石灰石
を再利用している。その高温に熱された石灰石を砕いて水でこねる
といい硬さの粘り気が出てくる。これに砂に混ぜて鋳型を作る。 192
注ぎ口から溶けた鉄を注ぎ込んで、ゆっくりと冷ませて取り出す
と出来上がり。
ただし鋳鉄は脆い。衝撃にあまり耐性がない。硬くするために焼
きを入れると割れてきてしまう。
色々な問題はあるが壊れたらまた作ればいいと割り切ろう。
鋳鉄でツルハシ、ノミ、ハンマー、農作業具などを作り、俺の生
活がぐんと豊かになってきた。
そんなこんなで前回村に訪れた日から半年が一気に過ぎ、4年目
の春の季節がやってきた。
193
道路整備員な俺︵後書き︶
GW中及び月末月初で少し更新が滞ります。
なるべく投稿するべく精進しますのでご容赦ください。
194
拡大する俺
畑が相当広くなってきた。だいたい5ha。つまり50,000
㎡。これ以上広げると人の目に触れる可能性があるかもしれない。
植えている作物は、小麦、燕麦、じゃが芋、南瓜、蕪、瓜、麻、
アブラナ。他にランブータンや他の果物を植えている。アブラナや
ランブータンに蜂が大量に集っているので、養蜂にもチャレンジし
てみたい。
この前は小麦でパンを作った。細かい分量なんて分からないので、
適当に全粒粉と酵母、塩をぶち込んで手にくっつかない程度の水分
量に調整する。それを窯で焼く。
発酵が足りないのか、分量がいい加減なのか、材料が悪いのか分
からないが少し固く、ちょっと酸っぱい感じのパンだったが、久し
ぶりの文明の香りを感じて嬉しかった。
醤油ラーメンも作ってみた。
小麦粉から麺を捏ねたが、小麦の糠が綺麗に取れなく、不純物が
多かったのと水分量が上手く行かずにボソボソに。
スープは鹿や牛の骨から取ってみたが臭くてイマイチ。
味噌に混ぜてみたが、記憶にあるラーメンには似ても似つかなか
った。
村から貰った麻も撒いてみた。雑草かと見間違うぐらいどんどん
増えていく。畑が良いのかもしれないが、3∼4ヶ月で俺の背丈の
倍ぐらいまで成長する。麻の実だけをより分けてるが、そこからの
繊維の採取方法が分からない。
195
繊維はセルロース。セルロースを分解できないような微生物がい
ればいいんじゃね? と、安易な気持ちで真言を唱えると、あれよ
あれよと腐っていく。
もともと、菌が麻にはついているようでそれほど大変ではない。
ただし、ある程度のところで止めないと、セルロースまで腐ってい
く。
繊維は茎の周りの皮に多いようで、芯は必要ないっぽい。これを
剥ぐのが大変だ。更に剥いだ後、一本一本繊維を撚りながら長い糸
にしていく。竹で作った糸車で更に撚りながら纏めると麻糸ができ
る。
細かい作業をするとイライラしてくるので人形を作ってこれを全
面的に任せた。ただし、俺にはこの糸を使って服を作ったりなどと
いう高尚なことは一切できない。小学校の時の家庭科はずっと2だ
った。料理は得意だったが、裁縫の課題は幼馴染にやってもらって
た。当然バレて点数をつけてもらえなかった。
何を隠そう、針の先端がちょっと怖い。軽い先端恐怖症なのだ。
チクチクやってると、発狂したくなってくる。箸や楊枝、ナイフな
んかは平気なのに、針だけがダメだ。何故だか俺にもよくわからん。
麻糸は全て撚って丈夫なロープを作るためのものだ。ロープは幾
らあってもいい。
そして、麻の実。栄養豊富でしかも絞ると油が取れる。使い勝手
ハーブ
がいい。アブラナから取った菜種油より品質がよく、石鹸の材料に
しても匂いに癖がないのでその辺に生えている雑草を混ぜて作ると
いい匂いの石鹸になる。ランブータンの実からも油が取れるがまだ
植えたばかりなので量が取れない。
全体的には生活水準が急激に向上してきた。
196
そして、製鉄がそこそこ上手く行ってできた、石ノミ。
これで石を削り、細工が必要なところは鋳鉄で作ったハイブリッ
ドゴーレムが完成した。
名づけて鉄人21号。⋮⋮21体も作っていないがいいだろう。
本当は28にしてみたかったが、色々なところから文句が出てきそ
うなのでやめた。鼻もとんがらせてみたんだが。
耐久性は抜群なのでエバの代わりになるかと思い、ジャングルの
中を連れ回してみた。
⋮⋮結果は残念に終わった。
ドロにハマった。
ただの泥にハマったのではない。泥沼にはまった。
21号が一步踏み入れたと思ったら前転し頭から突っ込み、その
ままズブズブと沈み込んでいった⋮⋮
ロープを引っ掛けて引っ張りだそうと健闘したが、重すぎて俺ま
で沈みそうになった。
俺が沈む! と思った時に21号を踏み台にして生還したが、2
1号はそのままお亡くなりになった⋮⋮
鉄人シリーズには出歩かせてはいけない!! という教訓を得た
ので、現在は門番として活躍中だ。門の脇に二体配置し、侵入者を
排除する役割を負わせることにした。
俺の家周辺には怪しい人影は未だに現れないが用心はすべきだ。
村へ行く時に使う予定の仮橋もだいぶ出来てきた。
197
長いドングリの木は発見できなかったが、信頼できるに値する鉄
の輪も出来た。木の束を鉄の輪にギチギチに詰め込み長い橋桁にす
る。それを麻で作ったロープで引っ張り橋を架けた。
手摺も麻のロープだけで作ってある。
架橋ポイントからその先は道は作らないことにした。
村が敵対した時には危ないからね。
先行していた測量人形も村を発見して行き方の目処もついた。
これからは村を調べ俺の生活圏の拡大を目指していこう。
198
囲まれる俺
森を抜けると畑と粗末な小屋がある集落があった。
ドナドナに交易するための食料や道具を詰め込み、俺が切り拓い
たルートで村に辿り着いたのだ。
家から出て10時間。太陽は傾き、そろそろ日が陰り始めてくる
頃だ。
夜の食事の準備をしているものやあぜ道を歩いている人々がちら
ほらと見受けられた。余所者が珍しいのだろうか。俺を見つけた住
人が叫び声を上げると、集落の中心地に走っていった。
﹁貴様の目的は何だ!﹂ガルが叫んだ。
俺の周りには男衆が手に得物を持ち取り囲んでいる。ただ、男衆
と言っても青年壮年の年代は居ず、老人ばかりで迫力はない。前回
交渉の窓口となってくれたガルはその中でも比較的若いようだ。
﹁目的はこの村との交流だ﹂俺は相手をこれ以上興奮させるつもり
はないので、静かに受け答えするように心がける。
﹁俺達はここで静かに暮らしている。交流する気はない。帰れ!﹂
ガルはそう叫んでいるが他の老人たちはそうは思っていないよう
だ。﹁ここを知られた以上、ただで返すわけにはいかん﹂﹁彼奴等
の手先か﹂﹁他に人影はないか﹂﹁殺すしかないようじゃな﹂と物
199
騒な囁き声が聞こえる。
﹁俺の望んできるのは交流、交易だ。塩や砂糖、鉄器を持ってきた﹂
﹁塩じゃと﹂﹁やはりラタールの手先か﹂﹁領主の手者もかもしれ
んぞ﹂﹁殺すしかないようじゃな﹂﹁腹減ったの∼﹂老人たちはゴ
チャゴチャ騒ぐだけで態度を決めかねているようだ。
そこに前回現れた長老と言われているハサンが現れた。
﹁者共。静まれ。 ⋮⋮お主。前も来られたな。名はなんと申され
たかな?﹂
﹁俺はシンゴ。前回同様に物の交換をしてもらえると嬉しい﹂
﹁ふむ。ではなぜ森の中から現れた? この森は視界が利かず迷い
易いはずじゃ。なぜここに通ずる道から来なんだ?﹂
﹁ここへ至る道は巧妙に偽装してあった。あんたらがあまり人の目
に付くことを厭うてると感じた。だから人目に触れぬように別のル
ートを探してここまで来た。突然に来たのは悪いと思ってるが、な
にせ俺一人で旅をしているし、礼儀なんて知らんからな﹂
ハサンは少しの間沈黙するように目を閉じた。
﹁⋮⋮分かった。今日はもう遅い。お主はどうされる?﹂
辺りを見渡すと影が長くなって空が茜色に染まっている。
﹁俺は邪魔にならないところで野宿するつもりだ。許可を貰えるだ
200
ろうか﹂
﹁⋮⋮ガル。お前さんの家に客人を泊められるか?﹂ハサンはガル
に振る。
﹁俺の家には若い女がいるからダメだ﹂慌てたようにガルが首を振
るがハサンの強い視線に仕方なく頷いた。
つまりは俺の監視が必要だってことだな。夜に村をうろつかれて
も困るんだろう。
﹁ガル。迷惑をかけるが宜しく頼む﹂
﹁⋮⋮孫に何かしたら明日の朝日が拝めないからな﹂
俺は安心させるべくにっこり笑ったのだが、ガルの視線は厳しい。
ハサンが解散するように伝え、俺はガルに連れられてガルの家に
向かった。
201
泊めてもらう俺
﹁お爺ちゃんどうしたの?﹂
家の扉を開けると食事の準備をしていた様子の若い女性がこちら
を振り返った。ガルの孫のアルマだ。
ガルが無言で俺を指さし、﹁今晩こいつを泊めることになった﹂
とアルマに伝えると、アルマは困ったように鍋をかき回しながら﹁
どうしましょう﹂と呟いた。
﹁食事の心配はしないで構わない俺の分は俺が用意する﹂と俺の背
負っている頭陀袋を下に降ろし食料を出し、﹁竈だけ貸してもらえ
ないだろうか﹂とアルマを見ると頷いてくれた。
﹁この前、村に来られた人ですね。砂糖をありがとうございました。
﹂
﹁いや、対価を貰っているのでお礼を言われる筋合いはない﹂と少
し突き放したように言うと、
﹁そうじゃ。礼を言うことないぞ。お陰でこいつの面倒を見ること
になったのじゃ﹂とガルが怒り口調で家の奥に入っていった。
ガルの家は2間しかない。元の世界で1DKといったところか。
竈があるキッチン兼ダイニング兼リビングと奥に寝室の2部屋の粗
末な木造の小屋だ。
ガル達が食べているものも粗末な薄いスープと硬そうなパンが一
欠しかない。
俺は泊まらせてもらうお礼も兼ねて鹿ベーコン一塊と家で焼いて
きたフワフワの白パンを分けた。
アルマが白パンを口にした。
202
﹁⋮⋮美味しい。こんなパンを食べたのは初めてです﹂
俺が硬そうなパンをみると酵母を入れて寝かしていないようなも
のだった。
﹁酵母を入れてないからじゃないかな﹂
﹁酵母ってなんですか?﹂
﹁パンをふわふわにする菌種だな。それを入れて捏ね寝かしてから
焼くとそのパンに焼きあがる﹂
アルマは小首を傾げて白パンを見つめる。
﹁また今度来るときに教えるよ﹂俺が言うと
﹁来るな莫迦モン﹂
ガルが被せ気味に怒鳴ってきた。
﹁よいか?お主はこの村に取って邪魔なのだ。本来であれば殺され
ても仕方のないことなのじゃ﹂
﹁俺がそんなに悪事したか?﹂
﹁⋮⋮この村の者達は余所者は入れるつもりはない﹂
﹁なんでだ? この村を見れば土地は痩せているようだし、村人も
痩せている。そもそも若い男が何故居ない?﹂
﹁⋮⋮その前になぜお主のような者が旅をしている。禿げてはいる
が若いのじゃろう? まだあどけなさが顔から抜けていない。本来
成人したら教会にいかねばならぬ。﹂
﹁俺もそのその辺はよく分からん。一人で生きていくようにと捨て
られたらしい。だから色々教えてもらえないだろうか。対価が必要
なら払う。その塩気のないスープを見ると塩も不足気味なんだろう
?﹂
ガルもアルマも口を閉じた。
外から虫の鳴き声がやかましく聞こえる。
ガルが重い口を開く。
203
﹁⋮⋮ここに来る前に廃村をみたじゃろう。あれはもともとこの村
の住人が住んでいたところじゃ。街道の宿場町として栄えていたの
じゃが、ラタール教やこの領主との間の諍いに巻き込また。激化し
ていく諍いに隠れるようにこの村を作ったのが5年前じゃ。少しず
つ開拓を進めていたのじゃが、1年前にラタール教があの村を襲っ
た。この地の領主への見せしめのようじゃ。住人の殆どがあの村で
火炙りにされた。生き残ったものとここの開拓していた人達だけが
ここにおる﹂
﹁ガルはあそこの住人だったのか?﹂
﹁⋮⋮そうじゃ。儂らはそこに住んでおった。アルマの両親もな﹂
﹁それでご両親は⋮⋮﹂
俺はアルマに視線を送った。
﹁わかりません。ラタール教徒が襲ってきた時にお爺ちゃんと一緒
に逃げたのでその後の様子は知りません。ただ、村に残っていた両
親とはその後⋮⋮﹂
﹁恐らく奴らに殺られたんじゃろ。⋮⋮ここは幸いな事に奴らに見
つからなんだ。今はそれだけでよい﹂
それっきりガルは口を噤んだ。アルマも物思いに耽っているのか
じっと手元を見たまま身動きをしなかった。
その夜。俺は寝室には入れてもらえず、その手前の食事をとった
部屋に寝た。エバとドナドナは家の外に待機させておいた。
204
アルマと話す俺
目が覚めるとアルマが朝食の支度をしていた。
﹁おはようございます。起こしてしまったようでごめんなさい。良
く寝ていたようですね﹂
﹁ああ。おはよう。久しぶりに他に人がいるところで寝たな﹂
ガルはまだ寝ているようだ。窓から外を覗うと日は登っていない
ようだ。
﹁いつもこんな時間に起きているのか?﹂
﹁ええ。朝食の支度をしなくてはいけませんから﹂
アルマの手元を見ると少量の食材があるだけだった。
﹁この村は貧しいのかな﹂
﹁⋮⋮さあ。わかりません。うちは1年前にこの村に来たばかりな
ので畑がまだ小さく痩せているので。村から助けては貰っているの
で贅沢はできません﹂
﹁これを使ってくれ﹂
俺は小麦と野菜を一袋ずつ渡す。
﹁こんなにもらえません﹂
﹁いや。一晩泊めてもらったお礼だ﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます。実はもう少しで食料が尽きてしまう
かもしれませんでした﹂
﹁そんなに厳しいのか﹂
﹁もともとこの村は5年前に入植したときから少しずつ開拓を進め
205
ていました。1年前の出来事から入植者と同じ人数が村から逃げて
きたのです。それも小さな子どもと老人が多く、働き手も少なく、
畑も狭く食べ物の出来もよくありません﹂
﹁では、前に俺が来た時に食料の交換した物は貴重だったのか⋮⋮﹂
﹁いえ。畑道具は使える人間が居ませんでしたし、ここには商人が
来ないので塩が特に不足していたので助かりました。それとお砂糖
も﹂
﹁そういえばあの首飾りは大事なものだったんだろう?﹂
﹁⋮⋮いえ。あの時のお砂糖で小さな子供達も久しぶりの甘みで喜
んでましたし。孤児が多いんです。あの時の出来事で親世代が殆ど
居なくなってしまったので﹂
﹁若い人が居ないのもそのせいなのか?﹂
﹁はい。成人の男は教会に徴用されてしまいますし⋮⋮﹂
﹁では俺が街をウロウロしていると捕まるかもしれないのかな?﹂
アルマの視線が俺の顔と頭頂部をさまよっている。
視線を感じつつ俺は更に質問する。 ﹁成人っていくつの事を指すの?﹂
﹁15才ですけど⋮⋮﹂
アルマの顔が﹁なぜ知らないの?﹂と傾ける。
﹁俺は19才か⋮⋮﹂
つまり15才に祝福を受けるために教会に行き、そこからこの体
の両親があの家に連れて行き、俺が乗り移り、今に至るかの。
﹁では教会にいかないと。徴用から逃げると重罪人として一生重労
働を課せられると聞きます。それにこのことが教会に知られるとこ
の村の住人の連帯責任として罰せられます!﹂
﹁⋮⋮どうしよう﹂
今更ながら俺の立場の脆さを実感してそわそわしてきた。
﹁⋮⋮この村は教会や領主に知られないようにひっそりと生きてき
ました。貴方のこともたぶん隠すと思います。ただ、これからはあ
まりここに来ないほうがいいと思います。﹂
206
奥の部屋からガルが起き出してきた気配がしたのでこの話を打ち
きった。
207
囚われる俺
貧しい朝食を終えるとガルが﹁長老の家に行ってくる﹂と出て行
った。
話によっては俺の身が危なくなるがいかがしたものか。この場に
は俺とアルマしかいない。アルマを人質にして逃げるか。いや、こ
の村の身の処し方としては身包み剥いで追放か。そうすると俺が逃
げてこの村のことを周囲にバラす危険性を無視できないだろうな。
身包み剥いでSATSUGAIか。俺としては身の潔白を表明して
物々交換をして家に帰ることだが⋮⋮
まずはアルマに取り行ってこちら側に歩み寄ってもらうか。
﹁アルマ。これを返す﹂
頭陀袋からアルマから砂糖の対価として貰った首飾りを手に取る。
﹁⋮⋮何故でしょうか﹂
﹁大事なものみたいだし。あとは俺の安全を買いたい﹂
﹁安全を買う?﹂
﹁味方になってもらいたい。俺は単純にこの村と良い関係になりた
いだけなんだ。俺はずっと一人で生きてきた。教会に行って重罪人
になりたいわけじゃない。つまりこの村のことをどこなに吹聴する
わけじゃないってことを理解してもらいたい﹂
アルマが俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。
﹁⋮⋮分かりました﹂
アルマは首飾りを手に取りそれを首に巻いた。
ドンドンドン
ドアがノックされる。
208
アルマがドアを開けると長老のハサンが居た。
﹁出てきてもらおうか﹂
俺は身支度をしてガルの家から出ると村人の男たちに囲まれる。
男に囲まれても全く嬉しくない。しかも老人ばっかりだし。
﹁目的はなんじゃ﹂
ハサンは昨日の続きから始めた。
﹁駆け引きをするつもりはない。俺はここから森のなかを東にずっ
と進んだところに一人で住んでいる。一人で住んでいるので色々と
不足しているものがある。それをこの村で解消したいと考えている。
つまり交易したいだけだ﹂
ハサンは目を細めて俺を顔を窺ってくる。
﹁俺は成人だ。この意味は分かるだろう? 教会には知られたくな
い。この村と一緒だ﹂
囲ってる男たちがざわめいている。
﹁お前さんの言うことが真実かどうか知るすべは儂らにはない﹂ハ
サンが口を開く。
﹁儂らはお前さんを教会に突き出し儂らの立場を守っても良いのだ
ぞ﹂
俺を試すようにハサンの目が吊り上がる。
もともと純朴な人々なのだろう駆け引きが下手だ。
俺も初期の目的の情報もおおよそ手に入れたので身の安全を図る。
﹁それだとお互いに利益が少ないだろう。俺の交易用の荷物の半分
を手土産として譲る。それで判断してくれ。残りの半分はおたくら
で決めてくれればいい。そのまま帰ってもよし。おたくらのレート
で交換してもよし。さてどうする?﹂
俺はドナドナから荷物を取り出した。
塩や砂糖、野菜や穀物、鉄器などを並べ始める。
﹁これはどうしたんじゃ﹂やり取りを見守っていたガルが口を開く。
209
﹁そうしたって⋮⋮俺が作った以外なにがある?﹂
﹁この前お前さん、農道具がないと言っていたではないか。しかも
儂が渡した野菜の種類もある﹂
﹁貰った種を植えて増やしたに決まってるだろ。鉄器は作った。貰
った鉄器より品質は落ちるかもしれないが﹂
ハサンとその取り巻きが少し離れた場所で打合せを始めた。
打合せが終わったようだ。少し顔が険しくなっている。ハサンが
見渡して頷くと俺を押し倒し後ろ手に縄を打たれた。
エバとドナドナも俺の命令もない無抵抗なところを縄で縛り上げ
られてしまった。
﹁お前の言うことは信用出来ない。調べるのでそれまで牢に入って
もらう﹂
縛り上げられてうつ伏せにさせられた俺の目の前でハサンが宣告
した。
⋮⋮少し頭にきちゃうよね。ちょっと荷物を見せすぎて眼の色変
わったのが分かってヤバイかなと思ったけど。すぐに殺すつもりじ
ゃなさそうだけどイラッときちゃうよね。
目の前にいるハサンに向かって真言を唱える。
お前はお腹ピーピーの刑だ!
210
余計な事を考える俺
その夜。座敷牢の様な所に捕らえられた俺にアルマが食べ物を運
んできた。
﹁ありがとう﹂
﹁⋮⋮いえ。何もできずにごめんなさい﹂
﹁まあ、突然だったしな。で、村の様子は?﹂
﹁貴方が持ってきた荷物は村で均等に配られました。 ⋮⋮村の男
衆は貴方の家を探しに村へ﹂
まあ、見つからないと思うけどね。こんな事もあろうかと森をジ
グザグに歩いて跡を追いにくいようにしてあるし。森のなかは視界
が効かないので地図がないと迷うし。見つかりやすいのは川に架か
った橋だけ。でも、橋の両端には鉄人を配して俺以外の人が近づい
たらロープで出来ている手摺だけ残して橋桁は落とすようにしてあ
る。
﹁そうか。また変わったことがあったら教えてくれ﹂
はたち
アルマは俺が返した首飾りをカチャカチャと鳴らしながら去って
いった。
⋮⋮そういえばアルマの年齢を聞いていないな。20歳未満だと
思うがこの世界に来てずっとぼっちなので比較対象がなく分からな
い。それに元日本人としては外人の年齢なんてなかなか判別しにく
いもんだ。
アルマの姿を思い返してみる。背は160㎝ぐらいか。スラっと
していてスタイルは良いが胸は控えめな感じだな。もうちょいあっ
211
ブラジャー
ても問題ないと思うが⋮⋮ もっと重大な事実に気付いてしまった。
あのおなご乳バンドをしていない。俺のスカウターがピピピと反応
している! 動くと控えめな胸が上下に動いている! これは重大
な事実だ。萌えるポイントとしては服にに浮き出るポッチが⋮⋮
いや、止めよう。囚われて暇だと碌なことを考えないな。
俺は常に行動していないと落ち着かない。普段の生活でも寝て覚
めて直後から動き出さないとダメなタイプだ。布団の上でボーとし
ていると今日は会社に行きたくねえなとか考えてしまう。そんな余
裕を与えず行動に移さないとマイナス思考のスパイラルに陥ってし
まいがちだ。
朝に捕らえられて夜まで動けないと、思ったより弱る。食事を運
んでくるアルマだけが今の潤いだ。アルマが屈むと胸ぐらから胸の
谷間が覗き込めるのがちょっぴし嬉しい。座っている俺の姿勢がピ
ンと伸びて、思わず上から見下ろす感じで目を細めてしまう。もう
少し大きいともっと嬉しい。胸には男の夢とロマンが詰まっている
との至言を吐いた偉人は誰だったか。ブラジャーをしてないとわか
った時のテンションを悟られなかったかどうかちょっと心配だが。
⋮⋮また禄でもないことを考えているな。今日はもう寝るか。
次の日の朝。朝食を持ってきたのは見たことのないオバちゃんだ
った。
﹁えっと。アルマが運んでこないのか?﹂
﹁あの子は長老の看病してるよ﹂
﹁俺の面倒を見てくれるんじゃないのかよ﹂
﹁アルマの家は畑が小さいから色々しないと食べられないんだよ。
212
あんたの面倒なんて見るより長老の看病したほうがよっぽど稼げる
しね﹂
オバちゃんは粗末な薄いスープをおいて座敷牢から離れていった。
なんだよ。あんなくたびれたオバちゃんのノーブラ姿なんて見た
くないんだよ。
⋮⋮長老の看病だとさ。俺のお腹ピーピーの刑が効いてるみたい
だな。まあ2∼3日患ってくれたまえ。
それから一昼夜したが俺のもとに食料が運ばれることがなかった。
俺忘れられた?
捕らえられた日から3日目の夜。アルマが食事を運んできてくれ
た。さすがに殆ど食べられていないのできつくなってきた。ただ、
キツイ俺よりアルマの顔がゲッソリとしていた。
﹁どうした? 調子が悪いみたいだけど﹂
﹁長老が寝たきりで起き上がれません。看病していた私も伝染った
みたいで⋮⋮﹂
﹁え? もしかして吐いたり下痢したりしてる?﹂
アルマが目を開いて頷いてくる。
﹁そう⋮⋮恥ずかしいんですが止まらなくて。お爺ちゃんにも伝染
ったみたいだし他の村人にも⋮⋮少しでも食べなくちゃいけないと
思ってスープを作ってたら、貴方にも届けないとって思いだして﹂
﹁そ、そうか﹂
俺はじっとスープを見た。俺が長老のハサンにお腹ピーピーの刑
を処したときに、思い浮かべたのはノロウイルスだ。だって他にお
腹が痛くなる病原菌が思いつかなかったんだもん。このスープの中
213
にはノロウイルスがたっぷり混入されているってことで⋮⋮
取り敢えずアルマに恨みがあるわけではないのでアルマからウイ
ルス除去をしてみる。
﹁アルマ。もう少し近寄ってくれるか﹂
頬がゲッソリしているアルマが小首を傾げながら座敷牢に近づく。
真言を唱え、ノロウイルスを除去する。
﹁アルマ。胃腸に炎症があるんじゃないかな。俺の荷物に入ってい
た砂糖と塩を水に溶いて飲んでみて。カップに沸騰させた水、塩一
摘みと砂糖一握りを入れて飲んでみて﹂
﹁そんな勿体無いこと出来ないよ﹂
﹁いや他の人はともかくアルマはやってくれ。使った分は俺がここ
から出られたら持ってきてやるから﹂
﹁⋮⋮わかりました﹂
アルマは覚束ない足取りで家に戻っていった。
ノロウイルスはやり過ぎだったか。確か伝染性が強かったような
⋮⋮ まあ、彼奴等は自業自得ってことで。ちょっと流行するぐら
いで死にゃせんだろうしな。
⋮⋮いや、確か日本でも老人ホームでバタバタ死んでいたような
記憶がある。ここは老人が多いし文明的には遅れてそうなこの地域
だとやばいかも。
⋮⋮大丈夫、大丈夫。未開の地で不潔な環境だと逆に耐性ありそ
うだし。あのジジイ達も何でもバリバリ食ってそうだから大丈夫だ
ろう。恐らく。知らんけど。
アルマが届けてくれたスープを滅菌してから飲み干しいい加減見
慣れた天井を見ながら寝た。
214
苛立つ俺
人間の雄叫びが聞こえた。それも複数。
飛び起きると座敷牢の隙間から外の様子を覗おうとする。朝日が
眩しい。払暁のようだ。
金属が打ち合うような音や木を打ち付ける様な音が聞こえ始めた。
この場所から動けなく、隙間からしか様子が覗えないのでもどか
しい。
走る足音が近づいてきた。
座敷牢の小屋にアルマが走りこんできた。
汗をかいて息が荒いが、今朝よりはだいぶ血色がよく見えた。
アルマの息が落ち着くのを見計らいながら聞いた。
﹁何の騒ぎだ?﹂
﹁ラタール教兵が襲ってきました。村人は病人ばかりで抵抗できま
せん。ここにもすぐにやってくるでしょう。鍵を開けますから早く
逃げて下さい﹂
﹁⋮⋮良く分からんが、逃してくれるのは分かった﹂
座敷牢の小屋から出ると、点在している家が燃え煙が天高く昇っ
ている。逃げ惑っている人達も散見される。
﹁俺の人形達は?﹂
﹁人形? ⋮⋮貴方が連れてきた物はこの建物の裏手の倉庫に入れ
られてます。早く逃げて下さい﹂
﹁アルマは? この村の人達はどうなる?﹂
﹁家にお爺ちゃんがいます。戻って一緒に逃げます﹂
215
﹁わかった。先に行け﹂
その場は別れ、俺はエバとドナドナを救出に。倉庫の扉を空ける
とロープでグルグル巻にされていた。ドナドナの荷室をみたら空っ
ぽになっていたが倉庫の片隅に鉈があったのでそれでロープを叩き
切る。
エバ達を連れて倉庫の外に出てアルマの家に急行する。見捨てる
と夢見が悪そうなのでアルマだけは助けたい。
アルマはガルを引きずりながら家から出てきた。ノロウイルスか
らの病み上がりに成人男性を背負うのは厳しかったみたいだ。
﹁アルマ! ガルはドナドナの荷室に放り込め。逃げるぞ!﹂
﹁ドナドナ?﹂
アルマは戸惑っていたが、俺がガルを担ぎドナドナに放り込む。
ガルは意外なほど軽かった。
俺達に残されてた武器は鉈だけだがないよりましだろう。探す暇
はない。
アルマの足取りがよたよたしていて速くは走れなさそうだ。アル
マの手を引き、森に駆け込む。後ろを振り向くと一人だけ見覚えの
あるジジイがついて来ていた。俺を囲んで捕らえた村人の内の一人
だ。
﹁何しに来た!﹂俺が立ち止まりジジイの前に立つ。
﹁い、一緒に連れてってくれ。このままじゃ儂も捕まっちまう﹂
﹁俺に助ける義理は無い﹂
鉈を構えて威嚇する。
﹁後生じゃ。頼む﹂
男は膝をつけ、俺を拝むように見上げてくる。アルマはこちらを
216
見つめている。
森影から村を見るとこちら側に教兵とやらが向かってきそうだ。
グズグズと言い合って暇はない。男を無視して先に進む。
俺が架けた橋に向かって大回りで辿り着く。村から脱出して9時
間。
この先、あの村に行くことは無いだろう。
ロープのみ残し、橋は落とすことにする。
飲まず食わずでここまで来て、体力の限界が近い。アルマも病み
ドナドナ
上がりで途中で歩けなくなりドナドナの中でダウンしている。ガル
はノロウイルスにやられているのか、車酔いしているのか分からな
いが吐いて瀕死の様相を見せている。勝手についてきたジジイも疲
労困憊している。
⋮⋮ここで休憩しないと家まで辿りつけないな。
俺が持っていた物は全て没収されたので鉈以外の持ち物はない。
アルマも荷物を持つ余裕がなかったので何もない。ジジイも同様だ。
これでは水も汲めない。エバに命令して家まで鍋や食料を取って
きてもらうことにした。ここから家までは道もしっかりとしている
ので走っていけば往復で3時間で戻ってこられるだろう。
しかし、没収された食料はともかく道具類は痛い。鍋やナイフな
どの生活必需品は作るのが大変だ。
エバが取りに行っている間に脱水症になりそうだ。近くに生えて
いる竹藪に行き、竹を叩き切る。竹の節を片方だけ残し、コップ状
にしたものを何本か用意する。そこらの蔦と竹で川から水を汲む。
本来なら煮沸消毒しなくてはいけないが、俺の祝福で殺菌する。
217
﹁これでも飲んでろ﹂
俺は皆に水を配り、腰を下ろし休憩する。
ジジイは喉を鳴らしながら水を飲んでいる。なんだか無性に腹が
立ってきた。
﹁おいジジイ﹂
﹁呼んだか? それと儂はジジイじゃない。フサインと言う立派な
名前がある﹂
﹁じゃあそのフサインさんよ。何故ついてきた?﹂
﹁だってお前。彼奴等あたまおかしい奴らだぜ。付き合ってらんね
えだろ﹂
﹁俺からしてみるとお前も相当頭おかしいぜ。何もしてない俺を捕
まえて荷物没収しておいて、その俺についてくるんだからな﹂
﹁ははっ。お前さんの方がまだましってことよ﹂
この言い草。イラッとしちゃうよね。
フサインは無視してアルマの様子を見に行く。ドナドナの荷室で
ぐったりとしている。
﹁調子はどうだ﹂
﹁⋮⋮良くはないわ﹂
アルマは薄めを開けながら力なく答える。
﹁お爺ちゃんはどう?﹂
ガルを見ると上からも下からも調子よく噴き出している。ドナド
ここ
ナの荷室が酷いことになって非常に臭い。
﹁良くなさそうだ。アルマは荷室から出な﹂
アルマを担ぎ出し地面に寝かす。ガルに触りたくは無いが仕方の
ないので引っ張りだしてその辺に転がしておく。
﹁おい。フサインのジジイ。荷台の掃除とガルを清めておけ﹂
フサインがあさっての方向を見ている。
﹁なぜ儂がやらんとならんのじゃ。そいつはもうダメだろう。放っ
218
ておけ﹂
﹁ジジイの仲間だろ? なぜ手当してやらん﹂
﹁仲間じゃねえ。そいつは逃げ出してきた新参者だ。儂には関係な
い﹂
﹁お前こそ俺の関係者でも仲間でもない。役に立たないんだったら
どっか行け﹂
犬を追い払うように手を振るとフサインがいやらしい笑みを浮か
べながら、
﹁旦那。ここは持ちつ持たれつってやつでさ。⋮⋮あの娘を気に入
ってるんだろう? 儂に任せろ。良いようにしてやるからの﹂
﹁下衆が。持ちつ持たれつって意味分かって言ってるのか? 手伝
う気が無ければ今直ぐ何処かに消えろ﹂
俺はフサインに鉈を突きつける。
﹁分かった。ガルを綺麗にすんだな。分かった﹂
フサインはブツブツ言いながら、川から水を汲みガルにぶちまけ
ていく。
俺はガルの体が冷えないように火を起こし、アルマの様子を見る。
恐らく軽い栄養失調のようだ。ノロに罹患してからあまり食い物を
体内に摂取できていないようだ。元々、食糧事情が良くないようだ
ったからな。
走ってくる足音が近づいてきた。辺りは既に暗くなり視界が効か
ない。
音がする方は俺の家の方向なのでエバだと思うが万一があるので
気は抜けない。
焚火に木をくべて火勢を強くする。遠くからエバが近づいてくる
のが見えた。
219
⋮⋮初めてエバがいて助かったと思ったかも。
エバが持ってきた荷物を広げ、簡単なシチューを作る。
フサインが勝手に荷物をあさり、鹿の干物を口にする。
﹁おい、ジジイ!勝手なことしてんじゃねえ﹂
﹁えへ。この肉旨いな﹂
﹁えへじゃねえ。やっぱりジジイどっか行けよ﹂
﹁若造。助け合いって大事じゃぞ。年寄りは大事にしないといかん﹂
頭にきた。もう止まらん。
無言で鉈を持ち立ち上がるとフサインに近づく。
フサインは慌てた様子で、
﹁なんじゃ冗談じゃ冗談。人間腹が減ってると怒りっぽくなるから
のう﹂
俺は胸倉を掴み鉈を首筋に当てる。
﹁次に勝手なことをしたら追放するからな﹂
俺がいくら温厚で平和ボケした元日本人でも限度がある。
フサインを突き飛ばすとシチュー作りに戻る。
フサインはゲホゲホしながら座り込んでいたが、落ちた鹿の干物
をまた貪り食うっていた。
シチューをアルマに食べさせ、ガルに塩と砂糖を水に溶いた簡易
経口補水液を口に含ませながら飲ます。まあ、これで暫く大丈夫だ
ろう。
あのフサインのジジイにはノロが伝染らなかったのか。
﹁フサインさんよ。あんたは腹は壊さなかったのか?﹂
﹁ふん。村の皆は壊していたようだが儂は問題ない。昔から腹を壊
220
したことはないんじゃ﹂
なぜだか得意そうに胸を張っている。
﹁村人はどれぐらいの人間が腹を壊していたんだ?﹂
﹁しらん﹂
フサインは食うことに忙しいようで俺には答えない。
俺は諦め、シチューを食べているアルマに向き直す。
﹁アルマ。教兵が襲ってきたのはなんでだ?﹂
﹁⋮⋮貴方の家を探している時に廃村に出てしまった人がいたの。
悪いことに廃村にラタール教の司祭と随員兵がちょうど逗留してい
て見つかってしまったみたい。上手く撒いたといってたけど泳がさ
れてたみたいね﹂
﹁見つかった間抜けなヤツのせいか﹂
﹁⋮⋮そうね﹂
アルマが呟くと視線はフサインに向いていた。
﹁その間抜けってアイツの事?﹂
アルマが頷いてシチューを口に運んだ。
俺はため息をついて首を振る。
﹁何故見つかっただけで村がやられるんだ?﹂
﹁教会関係者にあったら赦しが得られるまで膝をついて待たなけれ
ばいけないの。それを逃げたから怪しいやつって思われたんじゃな
い? そして追っていったら届け出がない村があった。そしたら教
兵が襲ってきた﹂
﹁随分詳しいな﹂
﹁長老の看病している時に聞こえてきたの﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
食べたものを片付け。ガルとアルマをドナドナに乗せる。
ここで一泊するのは危ないので家に帰ることにする。夜道を行く
ことになるがドクダミの道を行けば時間はかかるが帰れるだろう。
221
俺が先頭に立ち、手には即席で作った松明を片手に歩き出した。
フサインは勝手についてきた。
222
自業自得なやつを見る俺
家の門の前にまで辿り着いた。
⋮⋮帰ってきた。この4∼5日で色々ありすぎだろ。
門番の鉄人と弓人形には声を掛け俺が連れてきた人間には攻撃し
ないように伝える。但し、俺以外が家に立ち入ることは納得いかな
い。少し助けてくれたアルマや百歩譲ってガルはともかく、フサイ
ンはこの中には入れたくない。
フサインには薪と藁をためてある場所に連れて行き。そこで寝か
す。⋮⋮屋根があるだけましだろう。
アルマとガルは体調が戻らないので部屋の隅に藁を敷き、寝転が
しておく。簡易経口補水液をそばに置いておく。
どくだみ茶を飲みながら安堵感が胸に広がる。ただ、頭や体は痒
いし臭い。ガルに染み付いた臭いもなんとかしたい。
⋮⋮風呂に入りたいな。しかし、夜に風呂を沸かす作業はしんど
いし、石を熱するのに時間が掛かるので湯で体を拭いておしまいに
する。アルマ達はすでに寝てしまっている。
アルマの寝顔を覗きこむ。胸の底にジリジリとしたものがあるが、
無視して俺も寝ることにした。
翌日。かなり疲れていたのか、昼前まで寝てしまったようだ。ア
ルマ達はまだ寝ているが、顔色を見ると落ち着いたような顔をして
いたので、ピークは越えたのだろう。経口補水液も役に経ったのか
223
も。
外にでるとフサインの様子を見がてら敷地のパトロールをするこ
とにした。ラタール教が武闘派なのか狂信的なのか分からないが問
答無用で襲ってくるみたいなのでより一層の用心が必要だろう。
弓を持って薪を貯蔵所に行く。フサインがいない。
⋮⋮彼奴。早速逃げたのか?
畑に行ってみる。外周部を歩くと何故か、動物の死体が多い。半
腐れになっている。ネズミなどの小動物から大型の猪や鹿、狼まで
いる。首を傾げながら先に進むと、猿の大量虐殺現場があった。
﹁なんじゃこりゃ!﹂
松田優作ばり︵ちょっと古い︶に叫ぶ。
腐臭がすごくて近寄りがたい。何か恐ろしいことでも起こってい
るのか。
腕で鼻を塞ぎながら近寄り、猿の死体を検分していく。
⋮⋮目立った外傷はない。目や端から体液が流れ出て、蛆が集っ
ているぐらいだな。
直接触りたくは無いので枝で死体を回転させながら仔細に見てい
くと、楊枝のようなものが尻に刺さっていた。
抜いて見てみると竹で出来た人工物に見える。どこかで見た記憶
が⋮⋮
他の死体も見ていくと大小個体差はあるが全てに竹で出来た楊枝
のようなものが刺さっている。
224
⋮⋮まさか。
辺りを見渡しても動くものは見当たらない。木々が風に吹かれて
ざわざわしている音と遠くのせせらぎしか聞こえない。
凝視せず視野を広くぼんやりと辺りを見渡す。
いた。
ゲリラ人形が木の上に潜んでいる。風景に同化しているので非常
にわかりづらい。特性を知っている俺だから見つけられるようなも
んだ。
つまり、勝手に決めた俺の敷地に入ろうとした動くものに反応し
て攻撃をしたんだな。猿や鹿、ネズミなんかは畑に植わっている大
量の食料に目を奪われて越境しようとした。当然、ゲリラ人形が毒
矢で攻撃する。死肉を肉食動物が漁ろうとして更に攻撃されると。
恐ろしい。
毒矢の毒は仮死する程度にしたはずなんだけどな。大型動物でも
複数刺さったら死んじゃうのかも⋮⋮
大量の動物の死体が放置してある道を一周して、畑の中心部に歩
いて行くと、つい最近掘り出したような跡が見受けられた。
畑人形が掘り出したのか?
それにしては堀り跡が違う気がするが⋮⋮
人間の大きさの足跡がついている。
辿って行くとあちこちを掘り返しながら畑の外に向かっていく。
外周部に辿り着くと掘り出したものであろう大量の野菜が散乱して
いて足跡は俺の家に向かっている。
225
足跡を辿って家に戻ろうとすると塀の外周部にある落とし穴が露
出している。
⋮⋮動物でも落ちたのか?
中を除くとフサインが落っこちていた。
﹁おい。お前何やってんだ? 大丈夫か?﹂
フサインに呼びかけても全身が震えるだけで返事をしない。
エバを呼び出し、フサインを引っ張り上げる。太ももにブービー
トラップの竹串が突き刺さっている。
俺はフサインの頬を叩きながら呼びかける。
﹁おい。どうした。足が痛いのか?﹂
フサインの視線が合わないので目を見ると瞳孔が開いている。
⋮⋮もしかしたら。
門番の鉄人と弓人形には攻撃するなと伝えたが、ゲリラ人形には
伝わっていないのかも。ゆえに、フサインが畑を漁って境界を越え
ようとしたらゲリラ人形に襲われた。神経毒は10分立たないと行
動不能にならない。何かに襲われたと思ったフサインは俺の家に向
かおうとしたら、落とし穴に落ちたとそういう訳か。
なんか残念すぎて殺す気にも救う気にもなれない。放っておくか。
運がよけりゃ神経毒も消えるだろう。竹串が刺さって時に、破傷風
菌に侵されていると思うけど今後の心掛け次第で治してやるか。
家に戻るとアルマが起きていた。 ﹁おはよう。調子はどう?﹂
226
﹁⋮⋮おはようございます。調子は悪くはありません。お爺ちゃん
ももう少し休めば大丈夫だと思うます﹂
﹁そうか。良く手を洗ってから食事を作ってくれるか? 食材は好
きに使ってくれ﹂
﹁わかりました﹂
アルマは浮かない顔をしていたが、特に何も言わずに竈に近づき
食材や調理道具を物色している。
俺は風呂を沸かすために外に出た。
227
覗けない俺
アルマの作った飯はイマイチだった。
アルマの腕が悪いのか、この世の全てがそうなのか。まず、出汁
をとらない。出汁のないスープなんてただのお湯。しかも塩や砂糖
を入れない。油も使わない。旨味ZERO。
村にいた時は食材が無いせいだろうと思ってたけど⋮⋮
ともあれ、ガルが起き上がれるようになった。少し動けるように
なり、ちゃんとトイレで用を足すようになった。最初はトイレがよ
く分からなかったようだ。基本的に村ではその辺の茂みにポイ捨て。
肥溜めを作って畑に利用する考えは無かったのか? スコールの時
に肥溜めがオーバーフローするからか? その辺にしてたら水質汚
染が激しいだろうに。
ガルに聞く。
﹁ラタール教がなんで襲ってきてどうするつもりなんだ?﹂
﹁儂が知るか。どうせ見せしめにするつもりなんじゃろ﹂
﹁でも徴税してるんだろ?自分で自分の首を締めるようなもんじゃ
ないか?﹂
﹁ふん。儂らは払っておらなんだ。逃げた人間たちじゃからな。元
の村、今の廃村じゃったところは領主に払っておった。しかし、教
会と揉めた時に領主は守ってもらえなんだ。守ってもらえん奴らや
追った奴らに払う筋合いはない﹂
ガルの顔が、頬が痩け青筋が立って気味の悪い顔になっている。
﹁どうでもいいか。風呂が沸いたから入って来いよ﹂
228
⋮⋮自分でいってなんだが野郎に﹁風呂入って来い﹂なんて言葉
を吐くのは気持ちの良い気はしないな。
﹁風呂とはなんじゃ﹂
﹁風呂って⋮⋮ 風呂知らないのか? お湯に使って⋮⋮その臭い
体を洗って来いってことだよ﹂
外に出て風呂を指さし石鹸を渡す。
石鹸もわからないようだ。面倒なので俺が実践する。
すっぽんになってから気付いたがアルマがガン見していてちょっ
と恥ずかしい。
ガルに頭からお湯をぶっかけ、石鹸で擦って洗わせ、風呂に突き
落とす。
﹁なんじゃこのヌルヌルしたもんは﹂﹁水浴びでいいじゃろ﹂﹁暑
いわ。煮殺すつもりか﹂
ガルはごちゃごちゃ五月蝿いが知らん。俺は俺のペースでやらし
てもらう。
ガルはまだブツブツ言いながらお湯に使っているが出る気配もな
い。俺はこれ以上浸かっていると逆上せるので先に出る。
﹁先に出るが、ガルは上がったら汚したところを全て綺麗にしてお
けよ﹂
ガルは返事もせず目を閉じ首まで浸かっている。
ジジイの裸を鑑賞する趣味はないのでさっさと出る。
アルマが家の窓からチラチラ見ているのが気になるが⋮⋮
﹁アルマ!アルマもガルが出たら風呂入れよ!﹂
家に向かって怒鳴るが返事がない。全くどいつもこいつも。
家を追い出された。
家というか塀の外に出された。ガルに。
﹁孫の裸をみるつもりじゃな!﹂
いきり立っている。
229
別に見るつもりじゃないって。言われると余計に気になるだろが。
俺の家なんだがな⋮⋮
そうそう、フサインはどうなったかな。
発見から3時間が経過したがまだぴくぴくしている。可哀想にな
ってきたので屋根のあるところまで担いでやり藁で包んでやった。
毒に俺の祝福は効くのかね? 試さないけど。
気になるな。
フサインのことじゃないよ。
塀の中で行われている行為についてだよ。
ジャンプしてみるが塀の上に手が届かない。
⋮⋮そうだよな。そう作ってるんだからな。
塀の周りを回ってみる。穴は無い。鉄壁な構えだな。
扉に隙間は⋮⋮無いな。
!
いいこと思いついた。
門番の鉄人君。土台になってくれないか。
鉄人を踏みつけ塀に手を掛け、体を持ち上げる。
風呂は。風呂は見えるか!
見えた! ⋮⋮ジジイが。
マンツーマンでブロックしてやがる。
俺を目敏く見つけて石を投げやがる。あぶねーじゃねえか。
少しは恩返しをしてくれてもいいだろ!
230
﹁⋮⋮でこれからどうするつもりだ?﹂
夜の食事は俺が作ってやった。食欲が戻ったらしいガルがもりも
り食ってるのを呆れて見ながら聞いた。
﹁明日にはここを出て行く。世話になったな﹂
﹁行くってどこに。あの村はもう終わってんだろ﹂
﹁いや。街に行く﹂
﹁⋮⋮街ってどこだ?﹂
﹁あの廃村から東に1日歩いた所にある領都じゃ。そこの知合い
を頼ってみるつもりじゃ﹂
そんな近くに街があったんだな。あの街道を反対側に歩いていた
ら村も潰されることは無かったのかも。
﹁でも、ラタール教の奴らがいて危険じゃないのか﹂
﹁儂らの顔を知ってるわけじゃあるまい﹂
﹁俺は後を負われたぞ﹂
﹁そりゃお主が禿げてても青年に見えたからじゃろ。青年が教会
におらずにフラフラしておったら捕まえようとするはずじゃ﹂
街に行ったからって潰された村人を匿ってもらえるもんなんだろ
うか。それに食い扶持を得られるもんなんだろうか。まあ、そこま
で俺が心配するもんでも無いだろうが。
﹁アルマも連れて行くのか?﹂
﹁そりゃそうじゃ。儂が面倒見なくて誰がみるんじゃ﹂
﹁目処がつくまでここに置いておいたらどうだ?﹂
アルマを見つめる。アルマは俺が作った唐揚げを美味そうに頬張
っている。
﹁はっ!何馬鹿なこと言っとるんじゃ。こんな所に置いていたら
あっという間に狼に食われちまうわ﹂
この場合、狼とは何を指すんだろうか。俺か? 俺は紳士だぞ。
今迄少しも手を出していないぞ。
231
ガルは俺の心外そうな顔を見ながらため息をつく。
﹁まあ、借りはいつか返す。今は全て失ってしもうたからのう。
⋮⋮ただこうなったのもお前さんの責任もちょいとはあるからの。
儂も心からの感謝は出来んがのう﹂
その言葉に俺もカチンとくるものもあったが言い返さずにいた。
ガルはその後も﹁この油ギトギトの食いもんはなんじゃ。胸焼け
がする﹂だの﹁このシチューは塩っぱい﹂だのぶつぶつ言っていい
ながらおかわりしていた。アンタ昨日までゲロゲロしてたんだろ?
翌朝。フサインは冷たくなっていた。俺が直接手を下したわけで
はないが、何かを失った気がした。フサインだった物は肥溜めに放
り込み分解させた。焦躁感だかなんだか分からないが、落ち着かな
いものが残った。
ガルとアルマを街道まで連れて行った。同じようなところをグル
グルと歩き、遠回りをして連れて行った。これといった目印も無い
ので案内が無ければ俺の家には辿りつけないだろうと思う。
口数少なく別れの言葉を言い合い別れた。アルマはなにか言いた
そうだったが、結局何も言わずに背中を向けた。
また、俺のぼっち生活が始まったのか。
232
寂しい俺
何故か急に寂しくなった。
かれこれ4年間以上ぼっち生活でそれほど感じなかったが、家に
帰ってくるなり何もする気が起きない。
せめてアルマの裸だけでも見ておけば良かった。
あいも変わらずぼーとしているとどうでもよい事ばかり考える。
下痢ピー作戦が思いもよらず効果が広がってしまったこと。
村が襲撃されてしまったこと。
フサインを殺してしまったこと。
そしてアルマが去ったこと。
もう少し色々やり様があったような気もする。
だが、結果は変わらないような気もするな。対人スキルなんても
んはこの4年間必要なかったし。
気を取り直そう。そもそもぼっちだったはずだ。
少しぐらい親しい人が増えても、ゼロが少しプラスに触れてまた
戻っただけだ。
腹が減ったな。
そうだ。肉を食うか肉を。
ぼっちらしく一人BBQでもするか。
鹿肉は食い飽きたし、牛肉でも食うか。牛の頭数も減ってきたの
で控えめにしていたのだが、あまり気にしてもしようがない。
動物性蛋白質の補給方法をもう少し考えないといけないようだ。
233
山に登って牧場に行く。
ぐるっと回ってみる。
なんてこった。牛がいなくなっている。
肉食獣に食われた跡と囲っていた柵が破れている。
⋮⋮痛い。激しく痛い。
俺のBBQ計画があっという間に潰されてしまった。
落ち込んでいても牛は戻ってこない。
柵が破れたところから先に進んでみる。未踏地で、地図も作って
いない場所である。
山裾を回り込むように歩いて行くが、険しいガレ場になっている。
歩きづらい。
牛も好き好んでこんな所に来ないだろう。
辺りを見渡してみると視界の端で動くものを捕らえた。
良く見てみると遠くで白っぽい動物がガレ場を跳ねながら動いて
いる。
⋮⋮なんだあれは?
あれは山羊か?4つ足で白くて小さい角ぽいものが見える。
山羊だったら俺でも飼えるんじゃないかな?
某TV局の山羊橋くんも某アイドルに飼われてたし。
気付かれないようにそっと近づく。
が、そんな努力も空しく簡単に見るかっているようでこちらに視
線を固定したまま目を逸らさない。
あまり警戒心が無いようで10mぐらいまでは近づける。そこか
234
ら先は近づこうとしても逃げてしまうが。
家族単位で群れているのか5∼6頭ずつは近くにいる。
これを生け捕りに出来ないだろうか。弓で射るのは簡単だと思う。
さすがに10mの射程を外さないし。ただ、殺してしまっては安定
的な食料供給源にならない。
あの牛は攻撃的だったので手を出しにくかったのだが、山羊は大
人しそうだから山羊乳が採取できると思う。
乳。夢が広がる。食が豊かになる。
絶対に飼ってやる。
しかし、このガレ場を追い込むなんて出来ない。どうするか⋮⋮
一度家に戻り、エバとドナドナと一緒に山羊を狩りにきた。
狩りといっても射殺すわけではない。生け捕りにするのだ。
目指せ山羊酪農家。
用意したものは吹き矢。矢には芥子で出来た神経毒薬を塗ってあ
る。量は控えめに。
薬用量や致死量なんてもんは分からない。適当に。
俺が山羊に近寄って逃げられない距離約10mまで寄って吹く。
まず外さない距離。
当たった直後は逃げていく。釣られて群れ単位で逃げられてしま
うので躊躇なくどんどん狙っていく。10∼15分ぐらいすると当
たった奴は倒れる。倒れた山羊の脚をロープでくくってドナドナに
放り込んでおく。
今回は20頭ほど収穫できた。牛に逃げられた牧場を修復して山
羊を離してやる。死んじゃった山羊は5頭程いたが後は元気に飛び
回っているので少しずつ増やしていこう。
235
死んじゃった山羊は一人BBQで美味しくいただきました。
236
燃料を作る俺
牛牧場改め山羊牧場の柵を頑丈にした。また、狼などの肉食獣の
餌食になったり逃げたりすると悲しいからね。﹁山羊よお前もか﹂
と昔の偉人のように後悔したくない。
さて、木材問題が再燃してきた。
色々な資材に使ったり、燃料に使ったりでかなりの森林を切って
しまっている。もう少し考えて使わないとこの住処が丸見えになる。
せめて燃料をどうにかしよう。
燃料といえばアルコールや石炭、石油。
石炭は鉄を精錬するときに木炭より効率が良いので、色々探した
が見つからなかった。石油も同様だ。
では、アルコール。でもアルコールは材料が必要だ。貴重な食い
物をアルコールにするのも考えもんだ。麦や芋を発酵させて醸造さ
せるといくらも残らない。
食用油の転用か。これも量の割にはあまり出来ない。絞り方の問
題かもしれないが。廃油の利用は行けるか。廃油に小麦粉や片栗粉
を入れて固形化する。それを木の皮や木の端材と混ぜて使う。なか
なかいい考えだ。
それ以外はどうか⋮⋮
あるアイデアがあり実行してみる。
まず、大きく底が浅い樽を作る。
最近は綺麗な製材が出来るようになってきた。墨壺と人形鋸があ
るからだ。
237
墨壺とは糸に墨を染み込ませピンと張り、弾くと直線が引けるも
のだ。これに添って、前後に鋸を動かす人形で切っていく。完全に
真っ直ぐな板にはならないが、許容範囲内だ。板を樽状に組み、漏
水しそうなところには膠や漆で埋めていく。
この樽を沢山作り日がよく当たる場所に置き水を張る。
マイクロバイオロジスト
ここで俺の祝福の真言を唱える。
イメージするものは藻だ。藻類バイオマス燃料の素になる藻だ。
果たして藻が微生物学に当たるのかが良くわからないポイントの
一つだ。
結論から言うと藻が湧いた。
湧いたであろう直後、見る前に気を失った。
目覚めてから樽を見ても見つけられなかったが翌日訪れてみると
少し緑掛かった何かが樽の中に浮遊していた。藻だと確信できるま
で増殖させてみた。経過観察をしてみるとどうやら光合成で増殖し
ている。それから株分け?樽分け?させてどんどん増やす。
増えたところで藻を回収し脱水する。乾燥させ粉にしてまた水に
溶かす。
鋳鉄で作った蒸留器で水溶液を沸騰させないように蒸留させる。
どれだけ蒸留させればいいのか分からない。しかもあれだけ労力
を費やして出来たのはコップ一杯の蒸留物。
火を近づけてみる。
ゆらりと青い炎が立つ。
⋮⋮成功だが、コスパに優れるとは言いがたいな。
作物を原料にするよりは短期間でできるところが良いところだろ
238
う。
苦労して作ったので勿体無くて使えない。瓶に貯めておくか。
239
気付く俺
ん? なんだこれは。
森の中で狩りをしている時に気付いた。
枝が鉈で切られている跡がある。ここで俺は鉈を振るった記憶が
ない。
今日は家から少し離れた街道に寄ったところにいた。
最近は家の周りでの狩りの成功率が低くなっている。それもその
はず。家の周りは畑になっているし、ゲリラ人形が近づくとやっつ
けてしまう。動物の生息地域を追いやっている感じになっているの
だ。
なので、少し離れた場所まで遠征しないと狩りができない。いつ
も山羊狩りばかりで、山羊肉も食べ飽きるし、たまには鹿や他の動
物も食べたい。果物が取れる場所も街道側に寄っていることが多い。
特に砂糖の原料のヤシは街道近くじゃないと取れない。
しかも最近は歩いている時に鉈は使わないようになっている。鉈
を振るうと無駄に疲れるし、また振るわなくても歩けるようになっ
た。狩りをするときに音を立てるのは厳禁だし。
なので、ここで鉈を使っているのは俺以外の何者かが行動してい
るということだ。それも複数人。
木が鉈で切られて道を作っていたり、人間の排泄物を目にする。
⋮⋮緩い感じの。
まさかね。
240
このままだと俺が何箇所か作っているドクダミの道に辿り着くの
も時間の問題だ。
目的はなんだか知らないが俺の家がバレるかもしれない。
家に戻って警戒体制を整えなければならないだろう。
相手に害意がないのなら、下手に俺の家に近づいてゲリラ人形に
やられれば俺が悪者になってしまう。看板を建てて用があれば門ま
で来てもらうようにするべきか。警戒区域にはそれぞれ看板を建て
ておこう。
ゲリラ人形や弓人形には門にくるものには攻撃しないように指示
しておかないとね。
241
扮する俺
数日たったが特に何もなく過ぎていく。
音がするたびにビクついてしまう。先日鉈の跡があった場所や周
囲を探索しても人の影は見当たらない。毎日来ているわけでもない
のかな?
むう。
このまま待っているだけだと何も手につかないし、何より精神衛
生上良くない。
機先を制して俺が街に行ってみるか。
でも俺がこのまま行っても捕まるだけのような。
若い男子だと狙われるってことだと、老人に扮すればいいのかな。
老人にか⋮⋮
ヒゲを白くするか。でもどうやって白くするんだ?
ブリーチなんてないし⋮⋮
アルコールになりそこねのお酢があるのでそれに浸してみる。
⋮⋮艶々になっただけか。
重曹につけてみる。
⋮⋮ゴワゴワになっただけか。
ちょっと茶色っぽくはなったけど﹁老人です﹂とは言いがたい。 242
ハゲだと年行ったように見えるな。
⋮⋮くっ!
剃るか。剃った髪の毛に石灰の白い粉にいれてそれをヒゲに植え
込む。
老人といえばシワだな。
目尻や額に手でシワを寄せて膠で貼り付ける。
⋮⋮後で落ちるよな?
シワができたらシミが必要か。そこまで凝ること無いのかな?
青い植物の実を潰して五円玉ぐらいの大きさで手の甲や頬などに
塗っていく。
おおっ!ジジイになったきた。
これに深めにフードを作っる。フサインが死んだ時に剥いだ服を
着る。適度に染み込んだ加齢臭と死臭がいい感じに老人を醸し出し
ているな。
これで街とやらに行ってみるか。
243
街に行く俺
街に行こう。
なかなか爺の格好は堂に行っていると思うぞ。水面に映してみた
だけだけど。
鉈とナイフを腰に差す。前回捕らえられた反省として暗器を持っ
た。暗器は靴の中とズボン、懐に隠してある。
暗器を一から作ろうと思ったのだが、鋼が作れないので刃の切れ
味がイマイチなので、拾ったナイフを途中で折って作っているのも
ある。
エバとドナドナは今回は連れて行かない。人形を連れて行くと悪
目立ちしそうだ。
新たな人形を導入することにした。ゲリラ人形がかなりの性能を
見せているのでこれを改良することにした。ゲリラ人形は基本的に
待伏せなので移動は得意ではない。多少目立ってもいいので移動性
を向上させることにした。
猿人形︻猿飛︼と忍者人形︻サスケ︼だ。二体合わせて猿飛佐助
って安易だろうけど⋮⋮
猿飛は木の上を飛んで行動する。手足に鉤爪がついている。
サスケは物陰を歩く。人間の目は動くものやシルエットで判断を
する。なので頭や肩に草を植えて体を迷彩色に塗っている。塗料は
泥や木汁や花なんかでつけてある。
二体ともほぼ武器しか持っていない。隠密性と移動性に特化して
いるために荷物を持つには適していない。武器は吹き矢とナイフと
道具を少し。
244
必要な物を持ち街道を目指し歩いて行く。周囲を注意して歩くが、
誰かが侵入している形跡はない。
昼前には街道に出て、東に歩いて行く。
幸いにも誰にも合わない。たまに森の中をガサガサ行っているが
人形が出している音のようだ。もうすぐ雨季になるだからだろうか。
蒸し暑い。街道は見通しが効かない。
緩やかな坂を登って行くと、目の前が拓けた。遠くに陽炎に揺ら
めいて連なっている壁が見えた。
壁に囲まれた向こうに塔が何本か立っている。城ってことか?
城壁の外側にはスラムっぽい住居が立ち並び、その周りを広大な
畑があった。
城に近づくにつれ、森が畑になり、民家がポツポツと見えてくる。
果たして俺は城壁の中に入れるのであろうか?
245
城に辿り着く俺
門の近くまで歩いてみた。
空堀、跳ね橋、衛兵と由緒正しき門のあり方をしている。
人の往来は無い。商人だろうか。大量の荷物を持った人が門の中
に入ろうとしているが、中にいれてもらえないようだ。
戻ってきたところを捕まえ聞いてみる。勿論爺の感じを醸しだし
て。
﹁なんじゃ。門の中に入らんのか﹂
﹁五月蝿いジジイ!﹂
なんか苛立ってますな。でも俺のことジジイだってよ。変装は上
手く行っているようじゃ。⋮⋮なぜか頭の中も爺になってきたのじ
ゃ。変装の極意は自分を騙すところからじゃからな。
﹁つれんの∼。女にもてんぞ﹂
﹁やかましい。なんか病気が流行ってるから入るなってお達しが領
主から回っているってよ。ジジイも早く立ち去ったほうがいいかも
よ。短い寿命が更に短くなるぞ﹂
﹁ありがとよ。見かけによらず良い男じゃのう﹂
﹁見かけによらずは余計だ﹂
そう言うと商人は去っていった。
⋮⋮病気ねえ。領主がちゃんと仕事してないんじゃないの? 見
た感じ衛生状態が良さそうじゃないし。
正面からは入れなさそうなので、遠くから見えた場所に行ってみ
る。
246
スラムに足を踏み入れる。
臭い。むせ返る臭さ。
よくこんなところで生活できるな。俺だったらミョウバン水を振
りまいてるところだ。
ミョウバン水は殺菌消臭に効果が高い。ペットが粗相したときに
もスプレーすると臭い消しになる。ちなみにミョウバンの粉末を靴
の中に小指の先の量を入れておくと消臭効果が長持ちする。是非や
ってみてくれ。
うわ、ウンコがあちこちに落っこっている。液体状のものもあち
こちに。
不思議なことにあまり人の往来がない。暑くて臭いからからあま
り外に出てこないのかな。
あまり栄養状態が宜しくなさそうなばあさんが戸口に座っていた
ので話しかけてみた。
﹁あまり人を見かけないけどどうしたんじゃ?﹂
﹁⋮⋮あんたこの辺の人間じゃないね﹂
一発で見抜かれてるな。まあそうだろう。自分でも浮いているよ
うに感じるし。
﹁いや。城に入ろうとしたんじゃが入れんでのう﹂
﹁⋮⋮いまは病気が流行ってるから入らんほういい。わっちらも酷
いもんじゃ﹂
﹁酷いってなんだ⋮⋮いや、なんじゃ?﹂
﹁腹を下したり、吐いたりして微熱で寝込んでる奴らばっかりじゃ。
早く去ね﹂
﹁⋮⋮人に会いに来たんだ。ちょっと様子見て帰るつもりなんじゃ
が、入れるところないか?﹂
247
ばあさんが黙って手を出してくる。
なんかくれってことか?
﹁残念ながら儂は金をもっとらん。食いもんでええか?﹂
ばあさんが頷いていたので、頭陀袋からパンを一欠渡してやる。
﹁あそこを曲がって壁沿いに歩くとチビた男がおる。そいつに声を
掛けな。わっちの名前をいえば案内してくれるさ﹂
言われた通りに歩くと小さいおっさんが腰掛けていた。頬がゲッ
ソリしている。このスラムの栄養状態は悪いようだ。
声を掛けばあさんの名前を伝えると同じように手を出してきたの
でパンを一欠渡してやる。
小さいおっさんが歩き出したので後を追うが、妙に臭う。糞便臭
い。お尻に漏らしたような跡もある。
汚えな。洗えよ。パンより石鹸を上げたほうが良かったのかも。
小さいおっさんが壁に立てかけられた板を除くと城壁に穴が空い
ている。大人が屈んで通れるぐらいの大きさだ。
おっさんが顎をしゃくっている。行って来いってことか?
一応礼を言い、城壁の中に入っていった。
248
見つかる俺
⋮⋮臭い。スラムとほぼ変わらない臭いがする。
この世の人達は鼻がおかしいんじゃなかろうか。
壁を抜ける所に同じ様なおっさんがいて荷物をどかしてもらい城
壁の中に入った。
城壁内部にもあったスラムを抜けて大通りに出た。両際に店舗ら
しき看板が掛けられた建物があるが一部を除き閉まっている。往来
も少ない。
道端はあまり歩きたくない。ウンコが結構な感じでバラ撒かれて
いる。
⋮⋮奈良公園でも鹿の糞はこんなに落ちてないぞ。
トイレなんて無いのだろうか。街もかなりの人口がある様子だが、
下水を整備していないのだろうか。大通りは石畳になっていて見栄
えがするのだが、勿体無い。
ウンコ探訪していても仕方がない。
目的の教会にでも行ってみるか。
しかし、教会の場所を聞くと怪しまれそうだ。
ただ、教会が権勢を持っているってことは良い場所にあるのだと
思う。つまり、遠目に見える城らしき塔が立っている近くにあるん
じゃなかろうか。
249
塔目指して歩いて行くと人集りがある建物が目についた。
豪奢な建物でザ・教会って感じの建物だ。
⋮⋮何やら見覚えがある。俺の記憶ではない。元の身体の所有者
の記憶か。
俺はここに来たことがある。
人集りを横目に見ながら城の入口に近づいていく。
城の入口にも人集りがあった。衛兵が見張っているので入れない
様子だが大声で領主に談判を求めている声が聞こえる。
この門も潜った記憶がある。この身体の父親と一緒に城をでた。
城から振り向き教会に目を向ける。
そしてあの教会に入っていった。祝福を授かるために。
教会に改めて近づく。小さな子供を抱きかかえた女性や爺が大声
で何かを叫んでいる。
教会に入る扉にも衛兵が立ち、一人ひとり建物に入っていく。
俺は集団に近づかないようにその様子を眺めていた。臭いから近
づきたくなかった訳ではない。日が陰ってきてた。夕方になっても
その集団の量が少なくなるわけでは無いようだ。その様子を飽きず
に見ていた。
その様子を不審に思ったのか衛兵がこちらに近づいてきた。俺は
250
刺激しないようにそっとその場を外れる。背中には衛兵の視線が刺
さっているが、振り向きたいのを我慢する。
そして住宅街に入っていく。
土地勘が無いので迷う。主に下を見ながらウンコを除けながら歩
いているので余計に迷っている。中世欧州の女性がハイヒールを履
いた気持ちがよく分かる。
たまに俺の眼前に何か物体が落ちてくる。
⋮⋮気にしたら負けだ。
こんなところで生活するんだったらぼっちでいいかと思ってしま
う。
大通りに出た。
突然、目の前を馬が通りすぎた。足元を気にしすぎた。
馬が驚いて棹立ちになる。
馬に乗っていた騎士が落ち着かせてこちらを見る。
目があってしまった。
街道を歩いていた時に遭遇した教会の騎士達だ。軽騎兵隊隊長の
マフムードって言ったっけ? あいつだ。
マフムードが目を細めた。
﹁危ないではないか。お主。見覚えがあるな﹂
俺はジジイ。俺はジジイ。変装しているからばれないモーマンタ
イ。
﹁申し訳ない。腹が痛くてのう﹂
流行っていると言われている腹痛を演出してみた。
251
﹁ふん。症状が出ている奴の外出禁止令が出ているのを知らんのか﹂
﹁家に戻る最中じゃ。では失礼する﹂
回れ右をしてスラムに向けて歩き出す。
マフムードが俺の背中に声を掛ける。
﹁貴様の後ろ姿あの街道で見たな。⋮⋮名は確かシンゴ。両親は見
つかったのか? そんな格好をしているが﹂
後ろで騎士達が素早く動く音が聞こえたので、振り返らずに走り
だし、狭い道に飛び込む。
騎士の一人が下馬して俺を追ってきた。ウンコを気にしている暇
はない。構わず走る。⋮⋮いやちょっと構う。フレッシュなものを
踏むと滑る。
同じ様な道をぐるぐる回ってしまう。たまに大通りに出てしまい、
騎兵隊に見つかる。また、路地にと繰り返し、スラムに近づいてい
く。
上手く物陰に隠れたが、巡回している兵隊がそこら辺じゅうにい
る。城の兵の増援を呼んだのだろう。
息を殺して深夜を待った。
252
追い詰められる俺
うわ!
ドキドキするわ。
物陰に隠れてる俺に兵士が隊列を離れてやってくる。
俺の目の前でいきなり回れ右をしてズボンを下ろし、しゃがみ込
み、力みだす。
くさっ!
しかも液体状だ。
これを耐えれば⋮⋮
しかしどんな苦行だよ。勘弁して欲しい。
どうやた完全に日が落ちて暗くなっていたために見つからなかっ
たようだ。
焦って動かなくてよかった。
しかし、兵士の中にも病気のやつが多そうだ。吐いている奴もい
たし。
もしかしたら、ノロ? ノロウイルスが蔓延してるのか?
俺? 俺のせい?
⋮⋮まあいいか。
これでここの兵士があの村を襲った証拠だろう。これも自業自得
ってことで。
一人ひとり治すこともできるけど俺の祝福の有効範囲は狭いから
253
街全体を治すのは無理だな。
兵士が去るとこっそりと動き出す。
スラムに入り込む。
辺りはひっそりとしている。明かりは殆ど無い。バラックって言
うの? 隙間だらけの家々も中で明かりを焚いてないみたいだ。
外に通じている壁穴の場所が良くわからない。同じ様な道で目印
が無い。何よりもよく見えない。
明かりが近づく気配もあるがだいたい巡回している兵士が持って
いる明かりだ。
ピ∼!
笛の音が鳴り響く。
見つかったようだ。
走って逃げるが、徐々に逃げ道を狭められていく。
とうとう行き止まりに追い詰められた。
松明が掲げられ、俺の姿を如実に照らし出す。隊長らしき人物が
投降を呼びかけてくる。
﹁そこの者。神妙にしろ﹂
﹁⋮⋮俺になんのようじゃ﹂
まだ、ジジイ設定を続けているつもりなのでジジイの口振りで答
える。
﹁取調べを行う。何故逃げておる﹂
﹁武器を振り回して追われれば逃げるじゃろう﹂
そこへ後ろから俺を見破ったマフムードが出てきた。
254
﹁やあ、シンゴ君。久しぶりだ。今日は何故変装をしている?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁おや?黙りかい。ふむ。君に面白い話を聞かせてやろう﹂
マフムードが芝居がかった声で続きを話す。
﹁先日、この領都から西に行った先に隠し里があった。徴税を逃れ
ている村だな。そこを発見した教兵が急襲した。帰還した兵から謎
の病気が流行ってな。村の生き残りから聞くと、ある禿げた若者が
その村に訪れたらしい。その者を捕らえた次の日から村にも謎の病
気が流行ったようだ。そこを教兵が襲撃した。検分したものから聞
いたが村にはそんな若者がいなかったそうだ。実は俺も禿げた若者
を最近見かけての、その時に後を追わせたのだが消え失せた。﹂
一気にマフムードがしゃべると目を細めた。
﹁そんな時、パトロールしていた俺がまたそいつを見かけた。どう
思うかね﹂
⋮⋮バレてるね。
どうしようか。このまま大人しく捕まっても簡単に許してくれそ
うにないな。
ひい。ふう。みい⋮⋮
相手はマフムード含め9名か。俺が一人で碌に武器も持っていな
いので油断している様子も見受けられるな。
俺はチラッと視線を巡らし手を上げる。
マフムードが﹁何だ?﹂と言うような顔をする。
次の瞬間、バラックの屋根の上から火炎瓶と吹き矢が降り注いで
きた。
俺は慌てている兵士たちにタックルし走りだす。
255
逃げながら屋根の上を見ると猿飛とサスケが一緒にこちらに走っ
てくる。
火炎瓶は燃料として作ったバイオエタノールを陶器の壺にいれ、
こけおど
導火線をつけたものだ。ファイヤーポンプで導火線に火をつけ、投
下すると燃え上がる。殺傷能力はあまりないが虚仮威しにはなる。
ただ、量は持てなかったので手持ちはもう無い。
大通りにでると、辺りをつけ再度スラムに入り込む。
壁穴まで裏道からは行けなかったが大通りからの順路は分かる。
一気に目的の場所まで走り、番をしている男を強引に押しのけ穴を
くぐる。壁外のスラムも通りぬけ街道を走る。追手は跳ね橋が上が
っているためか見えない。
ようやく森の中に逃げ込む。
今夜は強行軍で家まで帰るようだな。
256
追われる俺
もう相当遅い時間だ。
月は雲に覆われ視界はほぼ無い。
街道はたまに松明の明かりが移動している。
俺は街道から少し入った場所で動けなく、じっとしている。
追手もこの状況の中で無闇に森に入りたくない様子だ。
虫が集ってくる。蚊や蝿ぐらいであれば鬱陶しいで済むが毒虫が
寄ってくるのはいただけない。
防虫剤を携帯しておくべきだった。街に出るってことで油断して
いた。即席で作ろうと思っても暗いのでどれが薬草だか分からない。
音も出すのもはばかられるのでじっと耐えるしかない。
ようやく空が白んできた。だが今にも雨が振りそうだ。朝露だが
汗だかで体がじっとりと濡れている。気持ちが悪い。
寝不足でボーっとしている。なんとか足元が見えるぐらいになる
と移動を開始する。
⋮⋮街道からなるべく離れよう。北東に向かえば石灰石を採取し
ている場所の近くに出るはずだ。
ゆっくり藪こぎしながら歩く。たまに立ち止まり、後を追ってく
る音がしないかを確認する。
歩きやすいと思ったら獣道に出た。なにも考えずに獣道に沿って
歩き出す。
257
ふっと視線がある場所に釘付けになる。
木に爪痕を見つけた。樹皮から樹液がでているのでかなり新しい。
地面をみる。
足跡がある。でかいな。俺の手のひらの倍はある。恐らく熊だろ
う。
足跡の方向と俺の進行方向が一緒なので遭遇する危険性があるな。
しかも、一頭だけでは無く小さい足跡も見受けられる。
周辺の木々を見ると熊の体毛がなすりつけてあし、爪あともある
ってことは、熊のテリトリーにバッチリ入っている。追手がこの辺
にも入り込んでいたら熊はナーバスになっている可能性が高い。
多少の音を立てても速やかにこの場を離れないと⋮⋮
獣道を離れ、藪こぎを再開する。
猿型人形の猿飛に周辺を偵察させながら先を急ぐ。
藪が途切れる。川に出た。
ホッとして。少し休憩しようと腰を降ろすと、上流の川岸に子連
れの熊がこちらを窺っている。
⋮⋮あの熊があの足跡の主かな。
それほど距離はないので熊が走り出したら一気に詰められてしま
う。
腰を下ろしたばかりではあるが、今来た森のなかに戻る。
どうするか。
進行方向には熊。戻ると追手。
258
少し街道側に寄って進むか。
道なき道を歩くが全然進んでいない。
2時間歩いたが1km進んでないと思われる。
食料もあと一食分だし、体力も限界に近い。日が落ちたら一か八
かで街道を進むか。
そう決めると、枝ぶりがいい木に登る。体を落ち着かせられるよ
うな場所に座り、木と体をロープで縛り、うっかり落ちても大丈夫
なようにする。
しばし仮眠をとることにした。
何度目だろうか。船を漕いで落ちそうになり目を覚ます。山陰に
日が落ち、辺りは急速に暗くなっていく。もう一眠りしようとした
が、違和感を覚える。
気のせいだろうか⋮⋮
俺の培われた野生の勘が何かがおかしいと訴えかける。
目を凝らして木の下を見渡すが、葉が生い茂り視線は通らない。
風に揺れる木々のざわめきに紛れ、小枝を踏みしめる音がする。
弓矢を取り出し番える。
忍び寄る人影が見えた。
その影に向かって射る。
259
急いで木から飛び降りる。何人もの人影が飛び出してきて俺に剣
を突き出してきた。俺も剣を抜くが、虚仮威しにしかならないこと
は俺がよく知っている。
サスケ人形が囲んでいる人の後ろから忍び寄りアキレス腱をナイ
フで斬りつけていく。囲みの一角が崩れたので、そこから間をすり
抜け、来た道を戻り、川を目指し走って行く。
当然追手がやってくるが、猿飛とサスケが一人ひとりを無戦力化
していく。新たな追手も加わり、数人いるようだ。
完全に日が落ち、俺も殆ど見えなくなってきた。追手の松明の明
かりが唯一の光源ってのが情けないが、俺が火を焚くわけにもいか
ないしな。
獣道をコケるのを覚悟して走り引き離す。顔や腕に枝や植物の刺
が当たり血が出ている。
川に出た。
追手の松明の明かりも見えないのでだいぶ引き離したと思う。
幸いなことに熊には出くわさなかった。
川を右手に見ながら川沿いを進んでいく。
追手も巻いたようだ。
空が白んできたころに見覚えのある洞窟が見えた。
家まではもう少しだ。
260
眠れない俺
家には無事に戻れた。数日しか離れていないのに1ヶ月位ぶりに
帰宅した気持ちだ。
顔には走った時に当たった枝で傷がついているし、皮膚が露出し
ている場所には虫の刺した跡ができているがそれで済んだのは行幸
なのだろう。
擦り傷を丁寧に消毒しておかないと高温多湿の気候ではすぐに悪
化してしまうので気を使うが。
追手や捜索隊はまだこの周辺までは手を伸ばしていないようだ。
意識が朦朧としているが、食事をとりながら風呂に使う石を熱す
る。
このまま寝るには気持ちが悪い。拭くだけでは気持ちが収まらな
い。かなり温い風呂に浸かり、体を洗う。
さっぱりとはしたが重い体を引き摺る。まだ昼間だがベッドに寝
転び目を閉じると意識が途切れた。
次に目が醒めると夜になっていた。まだ寝足りないが周囲の状況
を確かめるために家の周りを巡回することにする。
塀や畑の周りを歩くが異変は無い。どうやら追手は完全に巻いた
ようだ。
そう思うと、肩の力が抜けて少し気が楽になった。
塀の門まで辿り着くと弓人形の1体が矢を放った。
261
⋮⋮なんだ? 猿や鹿か?
射た先は森に隠れていて何も見えないが、弓人形が次の矢を放と
うとしている。
注意深く見ていると、矢を放った直後、森の木が揺れている。木
の上に何者かがいるのか。木の揺れ方からすると猿ではない。もっ
と重い物体。そう人程度の生物だ。
弓人形が矢を放つのをやめた。仕留めた気配も無いので何処かへ
消えたようだ。
慎重に矢が放たれた場所に近づいてみる。人の気配は無い。
ただ、矢を放っていた時も気配は感じられなかったので、巧妙に
隠れるのが得意な者の仕業なのだろう。
襲撃するのであれば、俺が寝ている時に襲撃すればいいのに。そ
れも無かったってことはここが俺の住処かどうかの確認を取りたか
ったのかな?
眠れない毎日が訪れそうだ。
262
呼びかける俺
外から呼びかける声がする。
﹁ラタール教第2教区の司教アジーズ・サーダット・ムハン様の使
者だ! 開門せよ!﹂
家の中で新たな人形を量産している時に声が聞こえた。
家に辿り着いてから5日目だ。
追手がいると思うと出歩く気にならなかった。それに食料はゆと
りがあるので外は巡視する程度しか歩いていなかったし、人形の研
究もしていたので、気づくのが遅くなったようだ。
俺は扉の隙間から覗いてみる。
小太りな騎士が1人それと兵士が50人ぐらい?
道に整列しているので奥が見づらい。道からそれると攻撃される
のを学習しているようだ。
小太りな騎士が隊の先頭で従者に馬の轡を抑えられつつ叫んでい
る。
﹁ラタール教第2教区の司教アジーズ・サーダット・ムハン様の使
者だ! 開門せよ!﹂
俺が反応しないので呼びかけを繰り返される。
﹁何用だ!﹂
埒が明かないので答える。
263
﹁容疑人シンゴ。貴様の取調べを行う。出てくるように﹂
そんな呼びかけでホイホイ出て行く奴がいるのかね。逃げてる泥
棒に﹁待て!﹂と呼びかけるようなもんだろう。俺は泥棒じゃない
が。
﹁何の容疑だ。俺には用事はない。帰っていただこう﹂
﹁司教様に歯向かうつもりか?﹂
﹁歯向かうも何も、容疑とやらの説明をしていただこう﹂
﹁貴様なんぞに説明する必要は無い。出てこないようであれば考え
があるぞ﹂
何も考えてなさそうな使者の口上だ。地味にイラッとする。この
世界はこんな奴らばっかりなのだろうか。それとも俺がぼっちの僻
みでそう聞こえるのだろうか。少しは仲良くしようと考える奴はい
ないのか。
それにしてももう少し上手いやり方があるだろうに。騙して出て
きたところを捕らえるとか考えられないのかな。
﹁説明がないのであればお引取りいただこう。帰るときには道から
外れないことをお勧めする﹂
﹁貴様! 教会に楯突くとはいい度胸だな。司教様がお呼びなのだ
ぞ﹂
﹁楯突いてはないし、用があれば聞く。それを怠っているのはそち
らだ﹂
﹁おのれ! 成敗してくれるわ﹂
立ち去る音がすると遠くから声が聞こえ矢が降ってきた。慌てて
身を隠すとザッザッザッと揃った足音が聞こえてきた。
264
⋮⋮なんて直情的なおっさんですこと。
弓人形に反撃するように合図をだす。
教兵は塀を囲むように押し寄せてくるようだ。外の様子は塀に囲
まれていて良くわからない。
銃眼でも作れば良かったな。
現状は扉の隙間から覗くほかない。
なんと俺一人に100人近い兵隊を引き連れてきたようだ。
教兵が横列に組み押し寄せてくるが、一人またひとりと弓人形に
射抜かれて欠けていく。
そして、落とし穴に嵌まり抜け出せない兵もそこかしこに出てき
た。
門に至る道の両際からゲリラ人形が吹き矢で狙う。ただ、即効性
はないので射られてもすぐに動けなくなるわけではない。
門に辿り着いた兵隊は門番として配している鉄人2体に叩きのめ
されている。
鉄人には金棒を持たせているので当たったら痛そうだ。まあ、当
たり所が悪ければ致命傷になる恐れもあるが⋮⋮
それでも潜り抜けた兵隊たちが塀をよじ登ろうとしていたり、門
を叩き壊そうとしている。
⋮⋮今後、門は鉄で補強しよう。すぐに壊れそうだ。
俺は合図を出すと新兵器︻火吹き人形︼ダルシムを投入する。
バイオエタノールを霧状に噴霧できるようにに皮袋を内蔵してい
る。但し、火吹きと銘打っているが火は出せない。散布後、俺が火
矢を撃ちこむだけだ。
265
ダルシム達が塀の上に立ち、兵隊がよじ登ろうとしている所に散
布する。兵隊達は驚いたり、液体に滑って転がり落ちる所に俺が火
矢を打ち込む。
あっという間に塀の周囲は劫火に包まれる。
兵隊達の物凄い悲鳴とともに地面に転がり火を消そうとする。
⋮⋮実はアルコールが燃えているだけなので人間本体には致命傷
にはならないんだけどね。毛は燃えるから眉毛はなくなるだろうけ
ど。
門を叩き壊そうとする音もなくなり、火も消えると同時に士気も
無くなった様子で兵隊達が三々五々逃げていく。
逃げていくところを弓人形が射抜いたり、落とし穴に嵌ったり、
ゲリラ人形に毒矢で狙われたり散々な目に会い逃げていく。
小太りな騎士が呆然としている様子を扉の隙間から見ていると、
轡を持った家来らしき兵に何やら怒鳴っている。
兵隊たちは騎士のもとに留まろうとはせずに街道の方に逃げてい
き姿を消すと、騎士も慌てて後を追うように消えていった。
ようやく俺は扉を開け、辺りを見渡すと、置いて行かれた兵隊が
数人とと息が途絶えている兵隊が数体いた。
直接俺が手を下した訳では無いが多少の罪悪感と、戦いの高揚感
と、後片付けの大変さにため息をついた。
266
後始末する俺
逃げていった奴らを追いかけて追い打ちをかけた方が良いのか?
兵隊達は十代後半から二十代と思われるので恐らく徴兵された奴
らなのだろう。
上層部の司祭なり司教なりを黙らせれば平穏になるかもしれない。
ただ、俺が教会に徴用されないことには示しがつかないだろうか
ら許してくれそうにないな。
置いて行かれた兵隊達を見る。
吹き矢で仮死状態になった兵と鉄人にぶっ叩かれて気を失ってい
る者、そして落とし穴に落ちて足を負傷している人がいる。
夢見が悪そうなのでブービートラップに引っ掛かった兵の破傷風
菌だけは殺菌してやる。そのままで毒素を出し始めるとすぐに死ん
じゃうからね。
兵隊達を武装解除し、後ろ手に縄で連結し蹴飛ばして全員目覚め
たところで逃す。
ただこのまま逃すのも納得がいかない。お腹ピーピーの刑に処す
ることにした。前回はノロウイルスで失敗したので、反省をした俺
はO−157菌にしてみた。俺は腹を下す菌などあまり知らないの
で問題ないだろう。時の厚生大臣がカイワレ大根を食ってた記憶し
か無い。
元気に逃げていったから前回のような都市部に感染することはな
いだろう。
後は死んでしまった兵だ。3人死んでしまった。
267
打ちどころが悪かったのだろう。外傷は見られない。
肥溜めにでも放り込むか⋮⋮
しかし重い。死後硬直していて思うように持てない。
ロープで括り、鉄人とドナドナに引っ張らせるが上手くいかない。
ロープの掛けどころが悪いのかスルッと抜けてしまう。首に引っ掛
けるのも忍びないので上手い括りどころが見当たらない。
火葬にするか?
昔、火葬場の人に聞いてみたことがあったが、中々燃えないので、
じっくり焼かないと燃え残っちゃうみたいで、重油の消費量が半端
ないって言ってたな。3体も焼くほどの燃料は無いし、人肉の燃え
る匂いは嗅ぎたくない。
このまま埋めるか。
丁度いい肥料になるかもしれない。
俺が分解促進させてしまえばすぐに無くなるかも。
⋮⋮頭が痛くなってきた。これだけの量を触媒が殆ど無い状態だ
としんどい。
俺は疲れているんだ。これ以上の迷惑をかけないで欲しいね。
勝手に肥溜めに行ってくれないかね。
俺がそう思うと真言が降りてきた。
死体がガクガク動き出し、肥溜めに向かい沈んでいった。
⋮⋮なにこれこわい。
268
追う俺
取り敢えず逃げた奴らを追って見ることにした。
死体は片付ける?目処がついたので当面放置。
必要な物を持ち、目立たないように迷彩服っぽく着色した服を着
て、顔には木の実を潰してできた汁を塗り、頭には草を挿す。
歩きながら考える。
死体が動いたのは恐らく死体を人形と認識したためだと思う。当
然ながら頭があり、手足があり、それを動かす関節もある。なので
俺の祝福である|傀儡師︻パペットマスター︼が発動したんだろう。
街道近くまで来ると木々が倒され広場のようになっていた。こん
なになってたとは気付かなかった俺も間抜けだな。
見つからないように忍び寄るが警戒している兵の数は少ない。中
央部分に天幕が張られ、周囲には怪我をした兵達が治療したり寝て
いたりしている。水煙も立っているので、夕食の準備もしているの
だろう。
恐らく天幕の中に指揮官がいると思われる。が、いくら警戒レベ
ルが低くても、物陰に隠れながら天幕には近づけない。ダンボール
があればまた違うのかもしれないが⋮⋮
改造した猿飛サスケ人形に指示をだす。今回の改造は忍び寄り人
の声を拾い、書き起こすことが出来るようにしてた。
269
夜の帳が降りる。
天幕から人が何度も出入りし、馬を飛ばして街の方向に走って行
く姿を見かけた。
数カ所で焚火をしていて天幕の周囲は明るく隠れるにくくなった
ので、人形達を引き返させて報告書を受け取り、暗い中で目を凝ら
す。
︵⋮⋮りょう⋮⋮応援を呼ぶ⋮⋮儂の手駒がやられたのだぞ。それ
も二度も。一度目は熊にやられ⋮⋮⋮⋮⋮⋮アジーズ様にどう申し
開き⋮⋮︶
熊にやられたのは俺のせいじゃないような気もするが。
︵⋮⋮城に戻り立て直し⋮⋮⋮⋮だ教皇様の命令書ではシンゴとや
ら⋮⋮尽くしてお越し願う⋮⋮⋮⋮捕縛せよとは⋮⋮︶
教皇様って⋮⋮だいぶ大事になってる?
︵⋮⋮かましい。アジーズ様は捕らえよと。抵抗するなら⋮⋮と。︶
聴覚の精度が悪いな。何言ってるかよく分からん。ただ色々温度
差があるようだ。いい方向に進むとも思えない。
⋮⋮腹減った。今日は碌なものを食べてない。最近は食に時間を
注げないので貧しい食生活になっている。それもこれもアイツのせ
いだ。
段々腹立ってきた。
⋮⋮ちょっと脅してやるか。
270
猿飛人形に小麦粉の袋を持たし天幕の上に登らせる。
天幕に切れ込みを入れさせ、出来た穴から小麦粉をはたく。
なんじゃ∼ ゴホッゴホッ
天幕の中から怒鳴り声と咳き込む声が聞こえ、警戒中の兵が天幕
の中に入っていく。
俺は猿飛人形を引き返させ、火矢を準備し天幕に打ち込む。
ドゥン!
天幕が爆発する。覆っている幕が天高く舞い上がり、骨組みが四
方に弾け飛ぶ。中にいた人達は爆風にあおられ転がり火に包まれる。
⋮⋮おかしい。こんな威力になるなんて。
小麦粉の粉塵爆発を模してみたんだが噴霧していないので脅かす
ぐらいになるはずだったのに。⋮⋮粉塵爆発恐るべし。
暫く呆然としていた兵士達が消火活動を始め、一隊が火矢を飛ば
した俺の方向に向かってきたので、慌てて逃げ出した。
271
自衛する俺
追手から逃げ切りなんとか塀の中に滑り込んだ。追手は手痛い反
撃を思い出したのか近づいては来なかった。ただ、俺の家の周辺を
ウロウロするのはやめて欲しい。ゲリラ人形の毒矢も無くなった様
子で攻撃をしていない。弓人形の射程からも外れている。
弓人形への矢の供給はスムーズにいくが毒矢の供給は考えてなか
った。使いきりタイプの人形になってしまう。兵站用の人形を作ら
ないといかんな。
長期戦になると俺一人きりなので不利になる。眠れる時に寝てお
かないと体力が持たないので見張りはエバに任せて眠るとしよう。
夜が明けて目が覚める。
いつの間にか兵士達はいなくなっていた。
粉塵爆発をした後がどうなったのか気になったので懲りずに忍び
寄ることにした。前回と違うのは死体さんとご一緒することにした。
死因としては1体は撲殺。もう1体は神経毒が効きすぎたので見た
目は悪くない。味方と誤認してくれるかもしれない。
歩いて行くように指示をするがイマイチ動きがぎこちない気がす
る。生前の動きはトレースされないのか?
死体に先行させ、俺は藪に紛れながらついていく。陣があった近
くまで来たが人の気配はしない。思い切って視認できるところまで
距離を詰めると拍子抜けした。
粉塵爆発して地面が黒く煤けてるところを中心に木と草が刈られ
た広場があるだけだ。
272
⋮⋮彼奴等どこにいった? 逃げ帰ったのか?
状況的に撤退したと考えるのが適当だろう。昨夜盗聴した限りだ
と援軍どうのこうの言っていたので、戦力増強してやってくるかも
しれない。
どうするか。
家の在処を知られているので何処かに移住をするか。折角畑やら
何やらを拡げてきたのに。また一からやり直しか。
反撃するか。人形はあれど所詮は多勢に無勢。数で攻められたら
あっという間にやられるだろうな。
どちらにせよ少し時間稼ぎをしたい。
俺はジロリと動く死体に目をやる。
こいつらを働かせるか。
しかし、適当なものが思いつかない。
適当なものって何かって?
そりゃ俺の持っている祝福|微生物学者︻マイクロバイオロジス
ト︼を最大限有効活用するためにだな細菌戦を仕掛けようかなと。
ちょっと鬼畜かな。それほど大事になりそうもない病原菌とか。で
も足止めになりそうで流行性の高いもの。後腐れなくものがいいと
思うが⋮⋮
ダメだ。
273
思いつかない。インフルエンザぐらいしか。
スペイン風邪とかはインフルエンザじゃなかったかな。⋮⋮でも
日本でも死んだ奴を周りで聞いたこと無いから普通? のインフル
エンザぐらいだったらイケんじゃね?
ま! いっか!
俺にちょっかいを出すのが悪い。⋮⋮民間人にも多少被害がでる
のは目を瞑ろう。
水筒の水にインフルエンザ菌を充填させる。インフルエンザ菌だ
けだと感染しないと困るのでO157菌もブレンドする。それを死
体に飲ませて街に辿り着いたところで吐き出すように命令する。俺
が死体を操っているのがバレると風評被害を被る恐れがあるので、
吐き出したら井戸に飛び込むようにして証拠を隠滅する。
俺ってば完璧。
自衛のためだからしようがないよね。
274
新たな要塞を築く俺
まず逃げる場所を探すか。
しかし、全然土地勘が無い所に逃げても厳しいし、今まで作りこ
んだ畑とかが無くなるのも悔しい。
この家を残しつつ立て篭もる場所を作ればいいのかな。往復にそ
れほど時間がかからず、防衛に適した場所か⋮⋮
鉄鉱石をとっている場所に砦を築くか。道も最小限作ってあるけ
ど、人ひとり歩くのが精一杯の崖になっているので大勢の人間では
登ってこれない。山腹からちょろちょろと流れている水もある。食
料は人形に生産させて運ぶようにすればいいし。
ただ、家を建てるだけの木材が無い。木を切ったからといって乾
かさないとすぐに使えない。
正確には使えるけど、暑い所に生えているからか柔らかすぎる。
そして乾くにつれ、曲がったり反ったり割れてしまう。
取り敢えず竹で組んで行くか。
まずは土台作りから。
山なので当然傾斜がある。土台を作らないといけない。
鉄を精錬するときに一緒に混ぜ込んでいる石灰石を粉々にし水を
混ぜるとコンクリートぽく固まるのでそれを使う。
石灰石微粉末、鉄鉱石、川砂と水を混ぜ、竹で組んだ型枠に流し
込む。流し込むときに柱になるように竹を挿しておく。その竹をベ
ースに家状に組んでいく。
精錬の時の石灰石はそれほどないので、家の壁には日干し煉瓦を
275
積んでいく。
屋根は時間がかかるので当面は大きな葉っぱを葺いておく。
中途半端な出来だが、山裾からみると急勾配の細い道の上にそび
え立つ壁のように見え、難攻不落の要塞のような趣きだ。
ここまでで6日は掛かった。
猿飛サスケ人形に街道を偵察させているが動きはないようだ。
⋮⋮時間稼ぎが効いているのか?
インフルエンザも風邪だし、一週間程度で回復するしな。下痢ピ
ーもすぐに治るだろう。
そろそろ動きがあって然るべきだろう。
拠点も出来てきたし、食料や道具を運びこむだけだ。荷運びは人
形にさせておけばいいだろう。
偵察しにいくか。前回はあまりにも無防備に街に進入したので護
衛の人形を増やして行くかな。
⋮⋮アルマ達も街にいるはずだし。
正直、人との触れ合いを再確認したらぼっちが辛くなってきたの
は否めない。街には綺麗なお姉さんもいるはずだし。
性よ⋮⋮いや、この場は18禁じゃないのでそれより先は言って
はダメだ。
3日間人形制作に日にちを費やし、懲りずに街に行くことにした。
276
再度街に向かう俺
早朝に家を出て街を目指した。
今回はゲリラ人形も大勢引き連れて向かう。あまり移動に適した
作りでは無いが数を用意できるのがそれしかいないのでしようがな
い。猿飛サスケ人形は斥候として先行、警戒させる。
街道を少し歩くとすぐにサスケ人形が戻ってくる。喋れないので
意思疎通用の書面をみるとこの前に倒れている集団がいるようだ。
殆どが絶命しているとある。
そこまで辿り着き様子を窺う。
青壮年の集団で5∼6名いるが全て亡くなっている。死体は外傷
は無いが痩せ細っている。目から蛆が湧いているので亡くなってか
ら数日経っていそうだ。死体の数に比べ荷物を遺棄している数が少
ないようなので他に生きている人が持ち去ったと考えられるな。
⋮⋮どうしたんだ?
死体をこのままにしておくのも忍びない。それに死体をそのまま
にしておくと伝染病が発生しそうだしな。
俺が埋葬してやることにするが、少しご協力をお願いすることに
した。
俺の祝福|傀儡師︻パペットマスター︼の真言を唱える。死体さ
ん達が動き出す。
俺が命令し集団で前を歩かす。
何かあった時にこいつら、否、仏様達を盾にして逃げれば時間稼
ぎになるかも。これが本当の肉の壁なんちて。
でも、この哀れな仏様達が向かってきたら俺だったな泣く。青白
277
い顔をした奴らが目からは蛆をボロボロと落としながら覚束ない足
取りで襲ってきたらトラウマもんだろう。少し腐ったような酸っぱ
い臭いもするし。
街に向かう道すがら死体があちこちに転がっている。動きそうな
死体だけをピックアップして歩いて行く。総勢50名にはなりそう
な集団になったが、歩みが遅すぎて街に着く前に日が暮れた。
野営をすることにして、森の中に入っていく。死体は道際の藪の
中に座らせて隠しておいた。完全に隠れていないので頭が藪に生え
ているように見えるが気にしない。夜間に道を歩く人のことは考え
ない。
猿飛サスケ人形に街の様子を窺うように指示をして携帯食を口に
する。
倒木を立木に立てかけ、枝と落ち葉、苔などで簡易のシェルター
を作り、革でできたマントを拡げ寝転ぶ。
⋮⋮なんだか腹が痛くなってきた。吐き気もする。変なもん食っ
たか?
念の為に|微生物学者︻マイクロバイオロジスト︼を発動させお
腹の調子を整える。
ふと思った。彼奴等じゃね?
あの仏様達がなんかしらの病原菌に侵されてたのかも。
俺か? 俺なのか?
俺が街に対して病原菌を撒き散らしたからなのか?
⋮⋮ふっ。まさかな。
278
俺自身にO157菌とインフルエンザ菌の駆除をすると徐々に身
体の調子が戻ってきた。
⋮⋮まさかな。
279
ネクロマンサーな俺
次の日、すれ違う人もいなく無事街の近くまで辿り着いた。
⋮⋮別にいいんだけど、道行く人にもあわないなんてどれだけぼ
っちなんだ。
ぼっち体質もいい加減にして欲しいが誰に文句を言っていいか分
からない。
⋮⋮周りに誰もいないからな。
愚痴も聞いてくれる人もいないが、俺にはこのゾンビ、もとい、
仏様の群れがいるからな。
ひっそり街に近づくつもりだったけどこのゾンビ達、もとい、仏
様達が目立ちすぎて隠す場所がない。80体近くまで膨れ上がって
るし、ナイフぐらいは手に持っているのでいざとなったら人数で圧
倒できると考えて気にせずに群れに紛れて街を取り囲む城壁まで歩
いて行く。
前回同様に城壁外にあるスラムから街に潜入するつもりだ。果た
して潜入の言葉が合っているかどうか疑問になってきたが。
スラムの中に入ったが以前に増して人の気配が無い。前回は路上
で座っている人影もあったがそれも無い。
⋮⋮まさかな。
記憶を頼りに城壁に穿たれた穴に行くが番人もいなくそのまま素
280
通りで街に入ることができた。
街の中に入ると、様々な臭いが漂ってきた。腐敗臭、汚物臭、肉
を焼いたような臭い。一言で表すと臭い。とても臭い。前回も臭い
とは感じたがこれほどの臭いは感じなかった。
ゾンビもとい⋮⋮ もうゾンビでいいか。
ゾンビ達を連れて行くとさすがに始末に負えなくなりそうなので
城壁の穴の場所に置いておく。退路を確保ってやつだな。
大通りに出ないように歩いて行くと、街の中心部から大きな煙が
立っているのが見えた。火事か? と思いつつそちらに向かい歩い
て行くと広場に出た。
物陰から覗く。
果てしなく臭い煙が立っている。大きな焚火をしている様子だが、
よく見ると燃やしているのは人間だ。正確には動いていないので死
体を燃やしている。小山になっているので相当な量だと思う。
死体をどうやって運んだんだ? 伝染病かもしれないので燃やす
のは正解かもしれないが、人の手を介して運ぶのは悪手だと思うな。
辺りを見渡すと兵士らしき人々が薪をくべていたり、見張ってい
たりする。共通しているのが布で鼻と口を布で覆っている。
⋮⋮臭いんだろうな。
どうしてこんな大量の死体があるのか⋮⋮ 良くわからないが街
に生気がない。生活している気配が無い。
伝染病だとしても全員死ぬほどの致死率を持った病原菌など無い
はずだ。ここに来る道すがら拾った死体達は何処かに移住するため
に街から出て行った人々だったのかもね。⋮⋮出て行かなくても手
281
洗いうがいをすればだいぶ違うのにね。
⋮⋮待てよ。手洗いうがいは水を使う。水は井戸から汲む。井戸
には死た⋮⋮
ダメだ。考えてはいけない。
あくまでも俺は被害者だ。俺は襲われたから反撃したまでだ。正
当防衛だ。憲法第9条だ。
⋮⋮帰ろう。この様子であれば当分俺に構う暇は無いだろう。
あのゾンビ達も供養をしてやるか。あのままだと被害が拡大しそ
うだしな。
俺は穴から街を出るとゾンビ達に命令する。先ほどの焚火に向か
い焼却されろと。
⋮⋮アルマは生きてるのだろうか。
282
禁止する俺
お家に帰ってきた。とぼとぼと歩きなんとなくやる気がでない。
いつも通りぼっち生活に戻る。
戻ってきてまず最初にやったこと。山羊を血祭りにする。お腹が
減ったので山羊を潰して食べるつもりだ。
ただ、すぐに食べるのはレバーだけだ。レバーはすぐに腐ってし
まうので新鮮な内に食べてしまう。肉は川の中に入れて1日ぐらい
置いて熟成させないとさすがに美味しくない。本来は冷温乾燥をし
たほうが旨味が増すのだろうが、高温多湿の気候なので家の中に吊
るしておいてもすぐに腐り始めてしまう。
戦力を増強するために人形作りや鉄器作りをやらないと、とは思
うが気が進まない。あれだけの災害を引き起こしたのが俺かもしれ
ないと考えると大声で叫びながら全力疾走したくなる。
そういえばあのゾンビ達はあの後焚火に突っ込んで行ったのだろ
うか。何にも考えずに命令してしまったが見張りの兵士達がびっく
りしてないだろうか。
⋮⋮バイオハザード真っ青だな。
一見普通の人間たちが覚束ない足取りで迫ってくる。しかも目か
らは蛆が湧いていたり身体の一部が腐り溶けていたりする。
否。考えてはダメだ。
俺の祝福ももっと平和的な活用方法が無いだろうか。食い物関係
に使えても迫り来る敵には役に立たない。
283
もう少しマイルドな菌とか無いのかね?
元の世界では文系なので生物とかは殆ど勉強していない。TVや
本なんかで目にしたり聞いたりしたものぐらいだ。
⋮⋮え∼と。赤痢菌とかペスト、黒死病、天然痘、麻疹、結核、
梅毒、コレラ、肝炎、淋病、ボツリヌス菌、SARS、エボラウイ
ルス、異常プリオン、エイズ。
こんなぐらいかな? 他にもきっかけがあれば思い出しそうだけ
ども。
どれもこれもマイルド感じがしない。本格的に人類滅亡計画が発
動しそうだ。もしかしたら俺の祝福ってかなり危険性が高いんじゃ
ね? よし。生物兵器として使うのは禁止にしよう。お腹ピーピーの刑
も禁止。ろくな事にならん気がする。
今まで通り毒矢ぐらいにしておこう。
オー
⋮⋮そういえば昔、Oウム真理教が炭疽菌を使ってテロを起こそ
うとしてたな。
炭疽菌は感染に速効性があって、人から人に伝染らないから鎮静
化するってなんかで読んだことがあるな⋮⋮
いや。ダメだ。禁止だ禁止。
284
新兵器?な俺
今の家は山の上に建てた砦に逃げるためには正面の扉からじゃな
いと向かえない。これだと正面の扉を固められた時に逃げ出せない。
秘密の脱出経路を作る必要がある。
⋮⋮秘密の通路。
響きがいいね。木の上のツリーハウスに並んで小さい頃に憧れる
ものだね。
家の床を四角く切って、その下を掘って塀の外に繋げる。そのよ
うに人形に命令する。俺は掘らない。疲れるし何より落盤が怒った
ら誰も助けてくれないからな。
しかし、掘ってもなかなか進まない。一日で2m掘れれば上等だ。
塀を乗り越えて逃げるためにハシゴやらも用意したが、再びここ
へ襲ってくる敵がすぐに来ないことを祈るばかりだ。
当分これないと思うけど。
さて、人形の量産をしないと。
今では人形が人形の原型を作れるぐらいになっているので比較的
簡単に量産できる。しかし、現在の技術力だと接近戦ではどうして
も素早さがたりなくて太刀打ち出来ない。鉄人も接近戦では足止め
できるがそれ以上のことは出来ない。
ここはやはり遠距離で戦う事で凌ぐしかないな。近づかれたら逃
げる。
既存の弓矢人形やゲリラ人形もいいのだがもっと簡単な構造にし
て量産だな。
285
⋮⋮新型人形の完成だ。
石を投げる人形。石を貯めておくレールを作り、腕を振り下ろし
遠心力で石を投げる。要はピッチングマシンだ。名付けて投石人形
︻松坂君︼だ。時速158kmで飛んで行く石に当たったら鋼鉄製
の鎧を着ていてもきっと凹むだろう。
新兵器として銃が出来ないか考案してみた。
火薬が無いのでアルコールやバイオエタノールを爆発させて弾の
推進力を得るか。ただ、液体なので取り扱いが難しい。それに、噴
霧した状態にならないと爆発的な燃焼を得られない。
次に銃本体だが鋳鉄の強度がそれほど良くない。鉄の固まりを飛
ばすだけのエネルギーが得られたとしたら多分破裂する。俺の身が
危ない。
弾を作るにしても鋳鉄なのでバリがでる。このバリを削り取るの
が大変。ヤスリが1本しかない。すぐに鈍ってしまいそうだ。ヤス
リを作るにも目を立てるための鏨を作らなければならない。
道具を作るための道具をつくるパラドックスにはまっていく⋮⋮
銃を作るのは諦めるか。
あと役に立ちそうなのは捕獲か⋮⋮
286
害獣ハンターな俺
攻められた時の準備を着々と進める。
戦力は三倍増になってるし、色々仕込んだ。全てが上手くいった
わけではないが、俺の能力もそれほど高いわけじゃない。
質素な生活を心掛けているが、何も無い中で楽しみといえば風呂
と食事ぐらいしかない。
ぼっちなので人と喋ることもない。ぼっち生活な必須なネットも
ゲームもマンガや本もない。自給自足生活も人形達がある程度やっ
てくれる状況になると自由な時間が増える。つまり、余った時間の
矛先が料理に向くのも必然であると言えよう。
今、放牧しているのは山羊だけだ。牛もどきは何処かに行ってし
まった。鶏はもとよりいない。豚が欲しいところだが、街にも村に
も飼っているところを見たことがない。いないのかもしれないが猪
はいる。畑がたまに荒らされている。彼奴等頭がいいのかゲリラ人
形の警戒の穴を突いて侵入してくる。それも味をしめたのか何度も。
恐らく同じ個体だと思う。
獣害対策と共にそいつを狩ることにした。決して豚の生姜焼きを
食いたいためではない。生姜はないしね。しょうがな⋮⋮おおっと
! 救いようがないことを言ってしまうところだった。
猪に前回遭遇した時は恐ろしい目にあったが、今では護衛する人
形もいるし、弓矢の使い方も習熟してるし毒矢もある。負ける気が
しない。
畑をパトロールし、新しい侵入跡を追走していく。藪をかき分け
287
獣道を歩いていく。糞や足跡の状態がそれほど遠くまで行っていな
いことを教えてくれる。
風向きが悪いな。
進行方向に向かって風が吹いている。この先に猪がいた場合、既
に俺の存在がバレているかもしれない。バレると猪が逃げてしまう
し、いきなり飛び出してきてタックルされると危険なので進路をそ
らす。その前に獣道に罠を仕掛ける。
この辺は背の高い木々が密集していて下草があまり生えていない
ので移動も比較的楽だ。藪を抜けると湿地になっている場所に出た。
その辺の泥が掘り返され荒らされている。ここに猪がいたのだろう。
所謂、沼田場ってやつか。ここで猪が寝っ転がって泥でダニとかを
落としてる場所だな。
それにしても沼田ってる場所が多くないか? 1、2、3⋮⋮ 大小合わせて20箇所あるぞ? そんなにこの場所を好んでゴロゴ
ロしてたのか?
それとも群れか? 猪って群れるの?
足跡を見ると集合して山側に向かって歩いているようだ。風もち
ょうど横薙ぎの風向きになったのでそのまま追跡していく。丘を登
っていく感じで歩いて行くと、足跡が乱れてどっちに向かったかわ
からなくなった。
一番大きな足跡を確認しながら斜面を登って行くと途切れている。
周囲を見渡しても足跡が無い。仕方がないので戻って別の足跡を探
す。 突然、足音がこっちに向かってやってくる。
288
振り向くと猪が俺に向かって突進してくる。
﹁うわっ!﹂
叫び声を上げながら横転しながら避ける。ちなみに、久しぶりに
声を出した。よかった。俺の声帯は生きていたようだ。
ってそんなことどうでもいい。
起き上がって猪が走り抜けた方向を見ると、方向転換をして突進
しようとしている。
たすき掛けにしていた弓を肩から降ろし矢を番えようとすると、
別の方向からも足音がする。
左手からさっきのヤツより少し小振りな猪が俺目掛けて突っ込ん
でくる。
﹁やべっ!﹂
死ぬ。垂直方向に走るが、絶妙に方向修正して突進してくる。誰
だ猪突猛進なんて言った奴は。
教訓。猪は曲がれます。直進しかしない馬鹿なやつではありませ
ん。
昔、こんな光景を見たことがあるな。デジャヴ? いや、モンハ
ンで見たな。猪の群れに絡まれてすっ飛んでた記憶があるわ。5、
6匹いるとどうしようも無いので別のエリアに逃げていたっけな。
あの状況を見ると、まだ2匹しかいないから余裕だよね。掛かっ
てるのは俺の命だけど。ワンミスでゲームオーバーになるけど。
2匹目の突進も辛うじて避けて辺りを見渡すと⋮⋮
いや、もうね。大小とりどりの猪さんいっぱいですわ。
289
弓矢を投げ捨て避けることに専念する。
木の上に逃げようとしてもそんな隙が無い。
﹁やれっ!﹂
人形に命令を出す。随行していた猿飛サスケ人形とエバZERO
號機と初登場︻エバ壱號機︼他12体で構成する︻エバ拾参號機︼
までが動き出す。
エバ壱號機がプ□グレッシブ・ナイフもとい普通のナイフを持ち、
走ってきた猪の正面に立ち、カウンター気味にナイフを突き立てる。
ドゥン!
すごい音がして壱號機吹き飛んだ。頭や腕のパーツが四散してい
る。⋮⋮役に立たんな。
そちらに気を取られてる内に他の猪がどんどんエバ達を吹き飛ば
していく。俺も狙われて避けるのが精一杯で、手の施しようがない。
猿飛人形が木の上から吹き矢を吹いているのが横目で見える。
エバ達で時間稼ぎが出来れば神経毒が効いてこの窮地は脱せるか
もしれない。
問題はエバが文字通り時間稼ぎにしかならないことだろうか。手
足辛うじて残った人形はバタバタのたうち回っているので、猪が気
味悪がっているのか近づかない。それを盾に逃げ場を確保する。
ふぅ。終わった。
なんとか逃げ回って18体全ての猪を倒した。全て猿飛が吹き矢
で倒した。猪の皮が厚いのか何度も矢が刺さってもびくともしない
290
個体もあったがどうにかなった。
こんなに数は必要ないので子供の猪。まだ縞が残っているうり坊
を一匹だけ持ち帰ることにした。
大きい個体はまだ息もあるしそのうち蘇生するんじゃないかな?
291
解体する俺
家に戻ってくると仮死状態になっている猪を捌くことにした。
トンカツ食いてぇ。トンカツ。猪だけど。
猪肉は鍋にすることが多いような気がするがどうだろう。
獣肉臭いから味噌鍋にするのか? 硬いから煮こむのか?
獣を解体するのは上手くなったが猪は食べたことが無いので良く
わからない。
まずは後ろ足を木にロープで吊るし、心臓を一突き。
腹の中心部の一番薄い場所を縦に裂く。首の周りに切り込みを入
れて頸動脈を切り血を出す。肋骨を左右に押し開き、なるべく血で
汚染しないように各部位を丁寧に取り除く。
内蔵に手を入れると温かい。いや、熱いと言うべきか。今まで生
物として生きていた事を実感する。
内蔵を取り除き、川の水でザバザバっと洗う。
取り除いたものは胆嚢、心臓、肝臓を除き捨ててしまう。他の部
位も食べられるが処理が面倒くさい。
そして、皮下脂肪にナイフを差入れ皮を剥いでいく。皮を引っ張
りながらナイフを皮に押し当て、皮下脂肪を出来るだけ肉に残しな
がら剥いでいく。
肉は適当な大きさに切り取り川で洗い、吊るして干しておく。表
面が乾いたら布で覆って徹底的に血を抜く。心臓も同様だ。
胆嚢はカピカピになるまで干しておく。 ここまでで3時間。人形にも手伝わせているが、細かい作業は出
来ないので俺がやるしかないので時間がかかる。
今日のディナーは肝臓だ。肝臓も血を取り除かないと獣臭いがす
292
ぐに腐ってしまうので早めに食べてしまう。
ちなみに生食はやめたほうが良いだろう。そもそも肝臓は免疫機
能の一つで血液に病原体があった場合にはそれ摂取してしまうこと
になる。つまり肝炎になったりする。
俺の祝福で菌を殺してしまえばいいのかもしれないが、良い気持
ちがしないので焼いて食うことにしている。
さてとあの肉はいつ食うことにするか。血抜きと熟成で3日はお
いておきたいが、腐敗との勝負になる。川の中に漬けておくと熟成
が進むが血が抜けにくい。味がぼやけてしまう。悩ましい問題だ。
今日も大変だった。
猪の群れには喧嘩を売るべきではないな。エバ達が全滅してしま
ったので、護衛する人形を明日からまた作らなくてはならない。
猪のトンカツを食べる楽しみを夢見て今日は早めに寝るか。
家の中に戻ろうとすると、偵察任務をしている人形が伝言を持っ
てきた。
︵街道沿いの広場に軍隊が陣を構築。数2000人︶
293
偵察する俺
俺ひとりに2000人て。気合いを入れてきましたな。
ただ、この人数差をひっくり返すのはちょっと無理。逃げるしか
ない。でも、ただ逃げるだけってのも癪に障る。夜陰に乗じてちょ
っとイタズラしてみるか。
街道までは歩き慣れたので最小限の光で歩ける。
昔の忍者が持っていたような懐中電灯の先祖のようなもの、所謂、
|強盗提灯︻がんどうちょうちん︼で照らしながら道を進む。これ
だと光が拡散しないので気付かれにくい。
侵入者の陣で焚いているであろう火の光が見えてきたので、こち
らは火を覆い光を漏れないようにする。
慎重に近づいてみる。だが、見張りが厳重で隙がない。馬防柵の
ようなもので囲われているので陣の中に潜り込むことが困難だ。短
期間でこれだけ陣地を構築する技量ってなかなかなもんだよね。
前回は柵も無かったし、見張りもいなかったが、今回は付け入る
ところが無い。
どうするか。悩ましい。このまますごすごと引き返すのも口惜し
い。
⋮⋮俺の思考が物騒になってきたな。相手が戦いを求めて来てる
ことが確定しているわけではない。
ただ、相手が戦いも覚悟をしているのは間違いない。
思い悩んでいると斜め後ろからガサガサカチャカチャと音が近づ
いてくる。
294
音の方向を見ると松明の火が木々の隙間からチラチラと見えすぐ
側まで迫っている。逃げるだけの時間がないので茂みに紛れて姿を
隠す。
隠れてすぐにガサガサと茂みを鉈で切り拓きながら5名の小隊が
目の前を通り過ぎて行く。
⋮⋮装備が今迄みたなかで一番整ってるし、規律がしっかりして
る様子だな。陣地の周りもしっかり巡回してるし、余計な事せずに
帰ったほうがいいな。
人間の目は動くものに注意を向けてしまう習性を持っているので
動かずにじっとしやり過ごす。人の顔も白い部分が多いので気付か
れやすいので面を伏せて気配を窺う。
先頭を行く人間が立ち止まる。周囲を確認している様子だ。何か
動く気配があり全員の足先がこちらを向く。
⋮⋮気付かれた?
中腰になりながらゆっくり近づいてくる。松明の火が掲げられ俺
の潜む茂みに忍び寄ってくる。
︵まずい!︶
俺は手を上げて振り下ろす。
たちまち見つかり声を上げられる。
﹁ここに誰かい⋮⋮﹂
295
声を途切れるて前のめりに倒れてきた。それを見た他の者達も声
を上げようとしたが小隊の全ての者が倒れた。背中を見ると矢が突
き刺さっている。連れてきた人形達に狙撃されている。
吹き矢では倒すのに時間がかかるので弓矢を持たせた部隊も引き
連れてきたので助かった。
しかし、無音で倒したとはいえない。途中で叫んでいた人間もい
たので異変を察した見張りや兵士達が声が飛び交い、激しい足音が
聞こえてきた。
⋮⋮これ以上は無理だな。逃げるか。
祝福を使い、倒した小隊をゾンビ化し陣地に向かって走らせる。
その隙に俺は勝手知った道を走り抜け家に舞い戻った。
296
交渉する俺
さすがにド深夜のジャングルを行進させることはしないか。
家に戻ってしばらく用心のために壁に穿たれた銃眼から覗いてい
たが変化がなく、見張り役の人形にも索敵に出してる人形からも報
告は来なかった。
まあそうだろうな。
しかし、練度が高いような気がした。それに装備も今迄より良か
ったのでけっこう厳しいことになるのかも。
DQN風に伝えると、スゲェ強そうでヤバイし装備もヤバイから
まじヤバぇ。⋮⋮う∼ん。全く分からん。
全く変わらない景色を見張ってると先ほどまでの興奮が落ち着い
てきて瞼が落ちてくる。
何度か船を漕いでいたが、人形に見張りを任せると明日に備える
ためにベッドに身を横たえた。
定点にいる索敵人形からの報告が来た。
動き出したようだ。
外にでると朝焼けの中で鳥の目覚めの鳴き声が響き渡っている。
所謂、払暁ってやつだね。
色々な準備をしたが2000人もの相手が来ることを想定してい
ない。ここまで来たらいくらか嫌がらせをして逃げ出すだけの隙を
作れれば良しとしよう。
297
陽の光も高くなった時に、豪奢な鎧を着た一団がやってきた。1
0名しかいない。その他の兵士達は確認できないので少し遠くで待
機してるのかな?
塀の中から銃眼から覗き息を潜めていると、一団が警戒線の手前
で止まり騎乗したまま大声で呼びかけてきた。
﹁シンゴ殿! 居られるか?﹂
いきなり名前を呼びかけらるとビックリするわ。そんなに俺って
有名だっけ?
﹁我は教皇近衛第2旅団ジャッバールと申す。教皇からのお言葉を
申し伝えたい。開門されよ﹂
⋮⋮判断に困るね。このこの出て行って今見えている10人だけ
でもいきなり攻めて来られたら手に余る。1対1でも軽く捻られる
てお終いだ。かと言って話し合いで解決するんだったらそれに越し
たことはないし。
とりあえず扉越しに話をするか。
人形達に攻撃しないように指示をし、ジャッバールに呼びかける。
﹁ジャッバール殿お一人で門扉まで来られよ﹂
ジャッバールの周囲の人達がついてこようとしたのを制止した後
に、門扉の外側で下馬したのを確認し声を掛ける。
﹁扉越しに失礼します。今回の用向きはなんでございましょう﹂
覗き窓から見るとジャッバールは羽飾りがついた兜を脇に抱え、
298
直立している。年の頃は30歳後半だろうか。精悍な顔立ちをして
いてる。立派な体躯で腕周りは俺の倍はありそうだ。俺もサバイバ
ル環境に順応して筋肉はそれなりにあるつもりだったが、ジャッバ
ールを見ると俺なんてモヤシにすぎない。
おとな
﹁まず突然の訪問を謝罪する。本来は訪いをいれるべきだったが、
昨夜、我の部下が何者かに殺害されてな。急遽伺わせて貰った﹂
⋮⋮何者かにって俺じゃないよね? ﹁それは大変でしたね。それで私に何用でしょうか﹂
﹁率直に言うと教皇がお呼びだ。前回は使者をたてたのだが誤った
命令が伝わってしまったようでシンゴ殿を害してしまった。そこで
我に指令が下った。誤解を解くと同時にご同行願いたい﹂
なんか微妙に上から目線だね。常に命令することに慣れている感
じ。
﹁⋮⋮お断りします。まず私の安全への担保がありません。誤解だ
から一緒に来いと言われても信用出来ないことはお分かりになるは
ずです﹂
﹁ふむ。我が強引に連行することは容易だと考えていただけるだろ
うか。それをしないのは教皇が礼を尽せとの仰せだからだ﹂
これは礼を尽くしているのか。それとも俺の日本人的感性がこの
世界では間違っているのか。その疑問はさておき根本的な疑問を解
消するために質問する。
﹁その⋮⋮教皇は何故私のことをご存知なのでしょうか。そして何
故お呼びなんでしょうか﹂
299
﹁我はシンゴ殿をお呼びせよとの下知があったにすぎない。ただし、
最近この周辺の村や街の住人が死滅している。それもひとつふたつ
では無い。その数は増えている。教皇はそのことで心を痛めたれて
おる﹂
それは俺のせいじゃない。ちょっと下痢ピーを流行らせたぐらい
だ。そもそも村は教兵が攻めてただろ。俺に責任転嫁するな。俺が
行ったことがあるところは2箇所だけだし。
﹁あと、教皇はやっと見つかったと仰っておった。察するにそれが
シンゴ殿のことだと思われる﹂
見つかったってなによ。今まで絶賛ぼっち生活満喫中で殆ど人と
の接触はなかったぞ。
﹁それから安全の担保とか言ったか。それは我が約束しよう。我が
手をだすなと命ずれば手出しするものはおらん﹂
﹁⋮⋮失礼ながらそれはジャッバール殿のさじ加減ひとつですよね﹂
思わず口からポロッと出てしまった。
ジャッバールの顔色がサッと変わる。
﹁よろしい。交渉は決裂した。これからは力で決しよう。では﹂
ジャッバールは兜を冠り、ひらりと馬に跨ると門扉から遠ざかっ
ていった。
300
交渉する俺︵後書き︶
突然PVやポイントが増えてるんですが何が起こったのでしょうか
︵ガクブル
301
侵攻される俺
あの人、短気なんじゃないの? あれしきのことでさっさと交渉
を打ちきって力に訴えるって。
しかし困った。あの人達を相手にして勝てなさそう。それも追い
払えたとしても教皇とやらと話をちゃんとしないと誤解が解けない
感じがする。
遠くからザッザッザッと規則正しく行進する音がする。
銃眼から覗くと大勢の兵士が警戒線の沿って周囲に展開していく。
前面には身体がすっぽりと隠れる大きな盾と陽の光を浴びて眩し
いぐらいのプレートメイルを装備した一団がズラッと並んでいる。
掛け声が聞こえると盾を構えながら少しずつ進んでくる。警戒し
ながら進んでくるので落とし穴にもなかなか引っかからない。前回
の教訓が生きているようだ。
俺も迎え撃つために命を下す。
ピュンピュンと弓人形が矢を飛ばすが殆どが盾に弾かれている。
稀に当たって動かなくなる兵士もいるがこのままだと距離を詰めら
うずくま
れる。
蹲って足を抑えている兵士達が出てきた。トラバサミに掛かった
奴やシーソートラップに嵌った奴が出てくるがそれでも前衛の20
名に一人が行進から脱落する程度だ。まだまだ後方には大量の兵士
達がいる。
距離が50mを切ったところで投石人形︻松坂君︼を起動させる。
あまり遠いと嫌がらせぐらいにしかならないが至近距離に近づくに
従い、松坂君の豪腕に耐え切れず転んだり、鎧が凹んで致命傷を負
うものまで出てきた。
302
ウォォォ
焦れたのか前衛達が鬨の声を上げながら走りこんできた。
塀に取り付くも至近距離からの矢や石の洗礼により倒れる者が続
出する。
後方の兵士達も前進しだした。後方の奴らは軽装なので矢も通り
そうだが前衛の処理に手間取られて対処が出来ない。
潜んでいるゲリラ人形達を動かし後方の兵士達に吹き矢で応戦さ
せる。ただ、即効性が無いので見つかると叩き壊されてしまう。
⋮⋮マズイな。あれを出すか。
伝令役の人形に指示する。人形は木の枝を伝わりながら森の奥に
行く。
その間に一番大きな弓を持っている人形に後方の指揮者を狙撃さ
せる。距離は300m程離れているので当たる確率は低い。俺だっ
たらまず当たらないし、そこまで飛ばなさそう。なので脅し程度に
しかならないだろう。それでも全体の進軍速度が遅くなったり指示
が疎かになったりすることは期待できる。
門扉では鉄人の2体が金棒を振り回しながら近づく奴らを吹き飛
ばしている。動きは重鈍なので、有効打にはなりにくい。だが槍に
刺されても剣で切られてもびくともしないので時間稼ぎにはなる。
後方の兵士達が騒ぎ出した。頭を抱えたり、腕を振り回し、叫び
声を上げながらめちゃくちゃに走り回っている。
よしっ! 上手く行ったみたいだ!
303
散り散りになっているところをゲリラ人形が吹き矢を放ったり、
罠に嵌ったりして、まともな命令系統で動いている奴らがいない。
指揮官らしき奴らも一緒に腕を振り回しながら何かから逃げまわっ
ているので、当然なのだが。
ラッパの音が響き渡る。
それを合図にして前衛の兵士達が盾を構えながら後退りしていく。
後方の兵士達は走って街道の方に逃げていってしまい殆ど残って
いない。
⋮⋮今回のところは助かった。
緊張から解放されて地べたに座り込む。一息ついていると俺の周
りをぶ∼んと虫が飛び回っている。
やべっ! 俺のところまで来やがった。
家の中に飛び込み、戸締まりをする。
飛び回っていたのは蜂だ。スズメバチ。日本で見たオオスズメバ
チより若干小さく、色も黒っぽい。
養蜂でも出来ないかと思ってミツバチを探していたんだが、見つ
けたのはスズメバチの巣。地上に営巣していたので来襲が判明した
時に人形達に袋を被せ、蜂ごと採取させておいた。それも何個も。
それを陣を組んでいる兵士達の頭の上から放り投げてやった。そ
りゃ蜂も怒るので兵士達に襲いかかる。全身鎧で覆っていたって顔
は覆えないのでパニックになったと思うよ?
決定的な勝利にはならないけど、恐らく今日は立ち直れないと思
うから、今日は生き延びたね。
304
アナフィラキシーショックで倒れる人がいなければいいけど⋮⋮
305
侵攻される俺︵後書き︶
日間一桁になってました!
ありがとうございます!
306
燃える家を見る俺
俺は今、小麦粉を目一杯挽いている。
まあ、ド深夜にやることでは無いけど。
大軍には兵糧攻めって相場が決まってるからね。ちょっとこれか
らちょっかいを出しに行こうかね。
ただ、あちこちに兵士が警戒しているので、外に出た途端捕捉さ
れてしまいそうだ。
的確な行動ができるか分からんが、ここにいる十体の人形達に託
したいと思う。
がんどうちょうちん
人形は光が無くても行動に支障がないようなので灯りは必要ない
が強盗提灯を持たせることにする。人形に火を起こさせると上手く
いかずに火達磨になってしまうことが多い。つまり、火種が無いと
思う結果が出せないからだ。
何をするかって?
その昔、孔明が教えてくれた。横山光輝三国志に描いてあった。
大軍には火計で攻めるべしと。
兵糧を燃やしてしまえと。
まずは菱の実を幕舎の出入口周辺にばら撒いておく。ちなみに菱
まきびし
の実を踏むと痛い。池に腐るほど生っているのでカラカラに乾かし
て非常食用に取っておいた。忍者はこれを撒菱に使っていたらしい。
鉄で作るのは地味に大変だからね。
そして兵糧置き場をバイオエタノールで燃やす。
307
兵士達が騒ぎ始めて幕舎から飛び出てくると撒菱に足を取られる。
そこに忍び寄り幕舎内に小麦粉をまき散らし粉塵爆発を引き起こす。
最後に馬や家畜の囲いや馬留めを壊して追い回す。パニックにな
ったところで撤収の流れだ。
全て上手くいくことはないだろう。それでも何かしらのプレッシ
ャーが与えられれば御の字だろうね。
さて、後は見張りを任せて、明日に向けて体を休めるか。
体を揺り動かされて目が醒める。まだそれほど寝た感じがしない。
人形が俺に用があるようだ。敵の全軍が動き出しこちらに向かっ
ているらしい。
家から出るがまだ真っ暗だ。
何時の間にか嫌がらせに出ていた人形達が戻ってきている。4体
しか戻っていないが。焼け焦げて部位が欠損している。
成功したのかな?
残念ながらこの人形達には報告する機能はつけていない。失敗し
たね。
靴の紐を締め。革の防具をつけていると塀の外から大声が聞こえ
てきた。
銃眼から覗いても相手の松明も揺らいで暗くてよく見えない。
﹁貴様!⋮⋮しくさって⋮⋮やる!﹂
308
声からするとジャッバールだと思うが、興奮しすぎててちょっと
何言ってるか良く分からん。
﹁やれっ!﹂
ジャッバールが一声掛けると兵士達が盾を構え一塊になっていく。
⋮⋮兵士達を展開しなくていいのかな? 攻める面積を小さくす
ると大軍のメリットを消してしまうと思うんだが。
いらぬ心配をしていると、地面が揺れだした。
地震か?
震度5強ぐらいで塀に積まれている煉瓦が少し崩れる。
今まで大きな地震を感じたことが無かったが随分タイミングが悪
いな。
地震が落ち着いてくると火の玉があちこちで弾け飛んできた。辺
り一面が明るくなる。ただ、物理的重量がなさそうで壁を崩すには
至らないようだ。
火の玉が間断なく降り注ぐと塀の内部のあちこちが燃えてきた。
また、足元が揺れる。
先程より揺れが強い。
煉瓦が崩れ落ち芯材の木の板がむき出しになっていく。
そこに火の玉が着弾すると塀が燃え崩れ落ちていく。
﹁⋮⋮たか⋮⋮きさまなぞ⋮⋮﹂
309
ジャッバールの声と高笑いが聞こえる。
この地震と火の玉はジャッバールが引き起こしたものだろう。
まあ、それしか考えられないが。
魔法か? ファンタジーな魔法なのか? ファイアーボールなの
か?
スゲェ。
拝啓 父さん。僕の人生はファンタジーの世界にきたわけで⋮⋮
塀が崩れ落ちると、ジャッバールとその仲間たちの姿が見えてく
る。当然向こうからも俺の姿が丸見えになっている。
ジャッバールが手を振り下ろすと兵士達が鬨の声を上げながら走
ってくる。
塀の上にいた人形達も崩れ落ち燃えているので役に立たない。防
備が丸裸同然だ。
すぐに家の中に入る。
家も火がつき燃えている。家も屋根が落ちるのも時間の問題だ。
俺一人になにムキになってるんだ。本気出しすぎだろ。
もう少し耐えられると思ったけど、呆気なかったな。
瓦の重さに耐え切れずにすぐに家はペシャンコになった。
310
溺れそうになる俺
ぷはっ!
溺れるかと思った。
家からちょっと離れた茂みの中に身を潜めて荒い息をつく。
ファイアーボールにより家が燃やされ、屋根が落ちる寸前に床下
に掘った避難用のトンネルに潜り込んだ。思っていたよりも火勢が
強く、服のあちこちが煤けた。そして大事な頭髪も⋮⋮
否。それはまあいい。
トンネルに潜り込むが、この辺は地下水位が高くて地下30cm
ぐらいで水が湧いてきてしまう。あまり浅く掘ると地表が陥没して
しまうのでギリギリで掘っているために空気層が10cmもない。
崩落しそうなところには丸太で土留めをしているために空気層が全
く無いところもある。
当然、濡れてしまうので松明などの灯りも持ち込めない。
真っ暗な中を狭く酸欠になりながら手探りで出口を目指す。
これは怖い。一度方向を見失ってパニックに陥り、振り出しに戻
ってしまった。顔をトンネルから出すと燃え盛った火が顔の目の前
で踊っている。火の粉が俺の顔に降り注いでくる。
意を決してもう一度トンネルの中に沈んで溺れそうになりながら
がむしゃらに出口へと進んだ。
そうして茂みの中に隠されているトンネルの出口に辿り着く。家
からはそれほど離れていない。見つかる可能性も十分にある。ただ
動けない。動く気力がない。
ジャッバールとその仲間たちが家の中で俺があそこで朽ち果てた
311
と思ってくれればいいけどな。一応ダミーの骸骨は置いてあるけど
⋮⋮ 家が焼けて肉も残らず骸骨になるなんて思わんだろうな。
この周辺はゲリラ人形を3体潜ませてある。近づく人影があれば
即座に攻撃する手はずになっているので不意を突かれる恐れは低い
と思う。そう思いたい。
なにせ、俺の持っているものはナイフと細々とした道具が少しだ
けしか持ってないからね。
さて、息も落ち着いたし、服も絞ったので出発しますか。
山頂近くにある砦に向かって歩き出す。ここからは3時間はかか
るので、途中にある休憩ポイントを目指す。
腹減ったしね。朝食も食べてないし。ストックしてあった家は燃
えちゃったし。
中腰になり、気配を探りながら家から遠ざかる。まだ500mも
離れていない。なるべく音を立てないように歩くのでそれほど距離
は稼げない。
喋り声が聞こえる。
たむろ
腰を落とし、声の聞こえる方向に注目する。
10人構成の小隊が屯している。下世話な話が切れぎれに聞こえ
てくる。
遠回りするしかないかな。
312
茂みの中を膝だちになりながら迂回する。
少し動くと茂みが途切れている。馬の足音が近づいてくる。別の
巡回している騎兵隊のようだ。
息を潜めて様子を窺う。
巡回している騎士が屯している兵士に呼びかける。
﹁おい。様子はどうだ?﹂
﹁はっ!特に問題はありません﹂
﹁そうか。正面部隊は家を燃やしたようだ。損害はないそうだが、
押収物は殆ど無いそうだ。貴様らは食えそうなものは採取しておく
ように﹂
﹁了解いたしました。ただ、小隊一同は本日食料を口にしておりま
せんが輜重は回されるのしょうか?﹂
﹁⋮⋮もう少ししたら撤収になるだろう。その時になにか口に出来
るはずだ。当面任務を継続せよ﹂
巡回している騎兵隊はどこかに消えた。
﹁おい。貴様ら。さっきの話、聞いたか?﹂
先程、騎兵と話をしていた兵士が小隊の兵士達と話を続けていた。
﹁やっぱり飯がないようだぜ? 昨晩兵糧を派手に燃やされたから
な﹂
﹁隊長∼。俺腹減りましたよ﹂
俺も腹減ったよ。昨夜の火計は上手くいったぽいね。今日の分も
無いって相当燃えたんだろうね。
﹁そういや畑があったよな。隊長!あそこを掘り返したらなんかあ
313
るんじゃないですかね﹂
﹁莫迦モン。任務を離れたら査問に掛けられるぞ。それにそんなも
ん誰かがとっくに気付いて掘り返してるさ。で、上から順番に食わ
れて俺達には回らんよ﹂
あそこは俺の畑だぞ。汗水垂らして耕して育てたのに⋮⋮ 主に
人形達が。
﹁さて、重要な任務が出来た。この場は2名で警戒せよ。残りは食
料採取だ﹂
﹁はっ!﹂
残念ながらこの辺には食料になりそうなもの無いんだよね。俺が
食い尽くしたから。
兵士達が散開していく。
山の中に入っていくようでこちらに近づいてくるものはいない。
さて、大分警戒は薄れたけど、この先は適当な茂みが無いのであ
の2人をなんとかしないと動けない。
ゲリラ人形の吹き矢で狙ってもいいのだが、矢が刺さると痛いし、
矢が残るのですぐに気付かれてしまう。それに即効性は無いし。
しようがない。茂みに誘いこむか。
近くの枯れ枝を放り投げるとガサッと音がして俺の隠れている同
じ茂みの中1m先に落ちる。
音が聞こえると兵士達が槍を構えてこちらを向く。
﹁おい。今音が聞こえたよな﹂
﹁お前。ちょっと見てこいよ﹂
﹁えぇ∼⋮⋮﹂
314
気弱そうに返事をした兵士の1人が近づいてくる。
茂みに近づき槍を突き立てるが、残念ながらそこには誰もいない。
俺は突き出された槍を掴み、思いっきり引く。
体勢を崩された兵士が前のめりになりながら茂みに突っ込んでき
た。俺はそのまま頭を掴み、顔を地面に叩きつけ、近くにあった木
の棒で殴りつける。
ゲリラ人形はもう一人の兵士達に吹き矢を浴びる。
俺のシナリオではもう一人の兵士が茂みに近づき様子を窺う予定
なんだが、大声を上げ始めた。
﹁ここに誰かいるぞ∼!﹂
ちょっと待って∼!
慌てて茂みを飛び出し体当たりをする。
兵士と共に転がる。俺はそのまま受け身を取り立ち上がり山道を
駆け登っていった。
315
逃げ出す俺
獣道を駆け上がり追手を撒こうとするが、上手くはいかないよう
だ。
いきなり前の茂みから兵士が出てきたりして追手の数がどんどん
増えていく。追われるのは心臓に良くない。
山の上に至るルートが1箇所しかないので、そこに近づこうとす
るが、行く手を阻むように兵士が湧いてくるので遠ざかっていく。
食料を置いてある休憩ポイントも真逆だ。困っちゃうね。
ブッシュの中を走るのは経験が生きているのか兵士達より俺のほ
うが速い。ただ、兵士達は俺が走ったルートを追ってくるのでそれ
ほど距離は稼げない。まあ、回り道をされる恐れが低いのは幸いか。
それと視界と射線が通らないので弓で射掛けられることもない。馬
も乗り入れしにくい。
闇雲に走っていても逃げ切れる自身は無くもないが、転んでしま
ったらそれでお終いだ。足元を木にしすぎると枝が頭にぶつかった
りする。顔は枝が跳ねてついた傷でいっぱいだ。漆も自生している
ので触れると被れる。耐性がついてきてるのかそれほど酷いことに
はならないが痒いものは痒い。
藪を漕ぎながら丘を下り気味に走って行くと、以前訪れたことが
ある泥濘地にでた。
後ろを振り向くが木々が邪魔になって追手は見えないが声の様子
から見るとそれほど遠くはなさそうだ。
この辺は下草が少ないので追手から丸見えだ。
﹁見えたぞ∼。あそこだ!﹂
316
隊長格が号令を出すと矢が数本放たれた。近くの木や地面に突き
刺さる。
結構上手い。走りってる対象物に当てるのは難しいし、射線が通
ったところを狙うのも至難の業だ。
見知った獣道を走りぬけ泥濘地を通り過ぎると、後ろから悲鳴が
聞こえてきた。振り返ると、以前猪狩り用に仕掛けたトラバサミに
挟まれた兵士や泥濘に足を取られて転んでいる兵士がいた。
しかし、ほんの一部しか足止めできていない。20人以上はいる。
⋮⋮逃げきれるかな?
緩やかな登りになり丘の上を目指す。
前方に兵士達がいないのは救いだ。
⋮⋮上手くいくかね?
丘の中腹に差し掛かると﹁ブォウ﹂と生き物が鳴く声がした。
よし!
枯れ枝を持ち、鳴き声がする方に近づいていく。
﹁ウォォォ﹂
叫び声を上げながら走って行き、視界が通ると子供の猪がいた。
子供の猪が毛を逆立てながら逃げようとしている。
ここは害獣狩りの時に来た、猪たちの縄張りだ。猪の出産シーズ
ンなので気が立っているはずだ。
棒を持って子供の猪を追っている俺をそ見た成体の猪がカチカチ
317
牙を鳴らしながら威嚇をしてくる。そして俺に向かって突進して来
た。
突進方向に向かって垂直に転がり避けると、あちこちから猪の唸
り声が聞こえてきた。
よしよし。後は俺が安全に逃げるだけだ。
⋮⋮逃げるだけだけどっ! 辛い!
転がり避けながら坂道を登る。
早く追手がやって来ないかなっ⋮⋮アブね!
下の方から兵士達が慌てている声が聞こえてくる。
坂を登り切ると大きな崖が聳え立っている。そこに取り付き、ロ
ッククライミングよろしく登っていく。
こんなところを狙われたらすぐにやられそうだが、未だに兵士達
のが近づいてこないところをみると猪と格闘中ってところか。それ
とも肉の塊と思って狩りの最中かも。
俺はナイフしか持ってないので逃げることに専念する。崖に取り
付き横に少しずつずれながら猪たちが諦めるのを待つ。
必死になって崖を移動していると何時の間にか猪たちもどこかに
行った。
崖から降り周囲の様子を窺う。猪は隠れて油断を誘おうとするか
らね。
気配がしないので走ってその場から逃げ出す。方向は休憩ポイン
トとは逆になってしまうが今は戻れない。兵士達がいる方向に戻っ
てしまうからね。
ナイフ一本でサバイバルか。
318
振り出しに戻る、か。う∼む、振り出しより状況は悪くなってる
かな。
まあ2、3日すれば教兵も退くだろう。食糧事情は悪そうだし。
それまで我慢だ。俺にはまだ砦も残されてるしね。
319
喉を潤す俺
喉が渇いた。
緊張が少しほぐれた途端に体が要求し始めた。腹も減っているが
喉の渇きを癒やしたい。
マチェットナイフより少し短めのナイフしか道具を持っていない
ので、当然水筒も鍋も持っていない。休憩ポイントには最低限の道
具が置いてあったがないものはしようがない。
用心しながら猪の巣があるところから離れるように歩いて行く。
この辺は下草があまり生えていないが雑草が足首まで生えている。
群生しているのは紫蘇っぽい葉の形をしていて踏んづけるとハッカ
の臭いがする。食えるのか?
少し進むと少し濁った川があった。棒で突っつくと腰までの深さ
はある。目を凝らしてよく見ると魚が泳いでいるのが見える。
こいつを食いたいがどうするか⋮⋮まずは水だな。
しかし濁った水を飲むのは危険だな。濾す道具も無いし役に立ち
そうな植物も生えてないし。
祝福で川を浄化っていってもな⋮⋮流れがあるしこれだけの量を
殺菌しようと思ったらどんだけ時間が掛かるんだ?
辺りの木々を見渡すとちょうど良さそうな種類の木が生えていた。
黒と茶の縞々の木目を持つ木だ。腕より少し太いぐらいの太さなの
で切るのもそれほど苦にはならない。更に都合の良いことに結実し
ている。柿より少し小さい実だが生食出来る。
320
その実を囓り微かな甘味と水分を堪能しつつ、木を切り倒す。斧
が無いのでナイフを幹に当て、ナイフの背を石で叩くと少しずつ木
に食い込んでいく。それをくさび状に切り取っていくと時間は掛か
るが切り倒せる。
その木をコップというか船っぽい器に削りながら型作っていく。
見つかる危険性はあるが小さい火を起こす。火で炙り焦がしながら
削りえぐる方が早く出来る。
出来上がった器で水を汲んでみる。
これを飲むのか。お腹壊さないだろうな?
マイクロバイオロジスト
当然祝福で殺菌をする。する前にちょっと実験してみよう。
この中に含まれている菌や微生物を微生物学者で解析できないか
ね。
そう考えると器の水を見つめて集中する。真言が脳裏に降りてき
た。
それを唱えると目の前が一瞬にして暗転し身体の平衡感覚が無く
なった。
⋮⋮⋮⋮
⋮⋮気絶してたのか。
目を空けると木々とその隙間を縫うように日の光が射してくる。
どれ位気絶していたのかわからないが暗転した瞬間は朧気ながら
覚えている。
膨大な文字情報と電子顕微鏡写真のような細胞のシルエットなど
が頭が焼き切れるかと思うほど流入してきた。
分かったことはとんでもない量の微生物が混入してるってことだ。
321
殆ど役に立ちそうも無い知識のような気がするね。殆どは。
それはともあれ、水を飲み干す。
殺菌したとはいえ、あんな情報知らないほうが良かった。俺の腹
の中にはあれだけの量の死骸が⋮⋮
いや止めよう。想像するのは止めよう。
木からぶら下がっている蔦を切り取り皮を剥く。中から出てくる
繊維を取り出し撚って縄を作っていく。芯がまだ残っている朽ちた
木を削り、1mの細長い板を作る。その両端に縄を張って簡易な弓
を作る。同じように木を削り矢も作る。これで動物を仕留められは
しない。飛距離も出ないし、矢羽もないのでまっすぐ飛ばない。
弓を横に構え川の縁にそっと立ち狙う。流れが遅いし人影にも気
付かれていないようで、ゆったりと魚が泳いでいる。弦から指を離
し弓を返す。上手に弓を返さないと矢が狙いより上方に逸れてしま
うからだ。
水音と同時に矢が水面に吸い込まれて川底に突き刺さる。その矢
が微かに震えてる。
水の濁りの隙間から矢が魚に貫通しのたうっているのが見えた。
よしっ!
1発で命中するって⋮⋮俺ってばかなりレベル高い?
1匹じゃ成人男性の胃袋は満たされないので他の魚も狙う。が、
その後は上手くいかなかった。
日が傾く。
322
そろそろビバークできるところを探さないと行けない。
川の側は色々な意味で危ないので川が細くなったところを飛び越
えて斜面を登っていく。
ふと感じた。何か違和感を覚える。
こんな感覚の時は一回立ち止まり違和感を払拭してから動くこと
にしている。第六感ってやつだね。そう言うとスピチュアルな感じ
に聞こえるけど、潜在意識が警鐘を鳴らしてるってことかな。
人間の自覚している意識。つまりは顕在意識は3%しか認識して
いないそうだ。残りの97%は潜在意識として沈んでいる。沈んで
いるだけで眠っている訳ではない。心臓を動かしている機能的な部
分もあるし、今回のような過去の経験則と現在の状況を照合して危
険を知らせることもある。無論、気にしすぎのこともあるが。
腰を落としナイフを構え耳を澄ます。ぐるりを見渡すが異常はな
い。夕日に照らされて黒と黄色の世界が広がっている。
立木の間が動いた気がした。
目を凝らしながら様子を窺う。
⋮⋮っ!
でかい猫のシルエット。
虎だ。
323
虎に追われる俺
虎なんて初めてこんな近くで見た。
あの縞々は目立ちそうだなと思ってたがこうやって森の中では見
分けがつきにくい迷彩柄になってるね。
あまりの出来事に身動きが取れない。今までお目に掛からなかっ
たので気にしたことは無かったが生息地域ってことで注意しなくち
ゃいけないな。
⋮⋮この窮地を脱したらだけど。
どうしよう。
木の周りをグルグル走り回ったらバターになって溶ける?
んなわけないな。
俺の武器って行ってもナイフしか無いし。これで勝てる未来予想
図が描けない。
無駄に傷つけても悪化しそうだし。
あれか。狼に襲われた時のミトコンドリア発火を使うか?
でも俺の祝福って至近距離じゃないと使えないんだよね⋮⋮
少なくとも1mぐらいに近づかないと。
いや∼、僕阪神ファンなんですよ。
ガシッ。握手。
こうか?
⋮⋮少々混乱してきた。
後退りしながら来た道を戻る。川を飛び越えれば縄張りから抜け
324
出せるか?
ジリジリと下がるが遠巻きに近づいてくる。
辺りもどんどん暗くなっていく。
このままだとヤバイ。
川が見えてきたので虎に背を向ける。
その途端に小さく吠えながら走ってくる足音が近づいてくる。
ジャンプして川を飛び越えて振り返ると。虎が川の向こう岸で躊
躇かのようにこちらの様子を窺っている。
逃げきれるか?
その場を走り去るが虎は優雅に川を飛び越えて追ってきた。
必死に斜面を登り、これまでに無い走りを見せていたが雑草が生
えているところで足を取られ顔から滑るように転んでしまった。
辺りにハッカの様な臭いが充満する。先程ここを通った際に踏み
つけてきた雑草のようだ。
こんな臭いが身体についたら隠れても臭いで見つかってしまいそ
うだ。
慌てて立ち上がり逃げ出そうとするが、虎に距離を詰められ対峙
する。
︱︱マズイね。
足が震えてる。ナイフを構えるが虎の猫パンチで一瞬の内に殺ら
れそうだ。
突然、虎が寝転びながらのたうち始めた。まるで酒に酔ったよう
325
に足腰が立たなくなっている。前足で顔を撫でるような仕草をした
り、腹を見せて雑草に体を擦り付けている。
状況の変化についていけず呆気に取られるが、この機を捉えて寝
っ転がっている虎の顔の中心部目掛けてナイフを思いっ切り振り下
ろす。
虎が苦しそうに吼える。鼻が二つに割れたように切れている。
背側に回りこみミトコンドリア炎上の真言を唱えると数秒おいて
虎の体中から一気に炎が燃え広がる。
辺り一面が明るくなり、肉が焼ける臭いとハッカの臭いが充満す
る。
︱︱助かった。
虎はあまり動けずにその場で燃え尽き、真っ黒な物体になった。
俺はその物体に近づき食えそうなところを探してナイフでこそげ
落とし口に入れる。
まあ供養みたいなもんだよね。
旨くない。肉は臭いし、そもそも焦げてて苦い。
だが食わないといけない気がする。食わないのに殺すのはなんか
違う気がするし、倒した獲物を口にすると生きている実感が湧いて
くる。
動物を殺すことに今更拒絶感なんてないが倒したら食わないとお
互いに報われない気がする。
だからと言っても人を殺して食う気にはならないけど。カニバリ
ズムの趣味はないし。
でもなんで虎が酔ったようになってたんだ?
326
この雑草か?
このハッカの臭いが虎を酔わせたんか? よく分からんな。誰かに教えてもらおうにもぼっちだし。
今日はもう動けない。
ここで寝るには危ないのは分かってる。虎や猪もいるし。姿は見
えないが狼だっているだろう。追手もこの近くまで探しに来てるか
もしれない。
ただ、体が言うことをきかない。極度の緊張から解き放たれて気
力もわかない。
まぶた
瞼が落ちる。
327
虎に追われる俺︵後書き︶
話中に出てくる雑草はキャットニップです。
キャットミント、イヌハッカとも言われます。
マタタビと同様の効果があるそうです。
328
日の出とともにある俺
幼馴染の優子が今日眠るように息を引き取った。
死因はすい臓がんだった。
最後は痛み止めのモルヒネを点滴されていて意識が混濁していた
が、浮腫んだ手を握っているとグッと俺の手を握り返してくれた。
そしてそのまま力が抜けて二度と俺の手を握ってはくれなかった。
寂しいといえば寂しいが、優子のことを思い出せば幸せな気持ち
になれたし、ぼっちでも常に隣には優子がいてくれると信じている
からね。
最後に交わした言葉は何だったかな。
私の分まで長生きして欲しいだったか。
それとも好い人見つけて結婚して子供と一緒に幸せになって欲し
いだったか。
体の調子が良い時は面会時間いっぱいまでずっと喋っていたので
覚えていない。
好い人見つけてって約束は未だに果たせないが、長生きはしてい
るつもりだ。
変な世界に飛ばされて虎とも追いかけっこした。
とら⋮⋮トラ⋮⋮虎?
急に目が覚めた。
辺りはまだ暗い。どれぐらい寝ていたんだろうか。
周囲にはまだ焦げ臭ささとハッカの臭いが漂っている。俺の体も
329
ハッカ臭い。汗臭さも多分に混じっているが。
虫の鳴き声が喧しく響き渡っている。特に危険が近づいているっ
てことはなさそうだ。
月明かりが差し込んできているのでなんとなく見渡せる。
虎の死骸が黒く横たわっている。
︱︱どうなってるか様子を見に行くか。
少し寝たからか元気を取り戻したので様子を窺い、可能であれば
山頂近くにある砦に行き立て篭もるつもりだ。
︱︱兵糧もなさそうだから撤退してるかもしれないし。
猪は昼行性なはずなので夜はあまり活動していと思われる。なの
で、ここまで来た道のりを逆に伝っていっても猪に襲われる確率は
低そうだ。
足元が暗いので少し危ないが灯りを持つと、見張りがいたらすぐ
に見つかってしまうため慎重に歩いて行く。月明かりが差し込まな
い所では枯れ枝に火を灯し、手で覆いながらなるべく光を漏らさな
いようにする。
猪の巣に差し掛かっても猪の気配はしない。多分、兵士達との格
闘があったと思うが地面に残った跡を見るほどの光量はないので素
通りしていく。
トラバサミを仕掛けた場所も罠ごと無くなっている。
家の近所まできたがここまでは見張りもいない。途中で運良く猿
飛人形1体だけを見つけた。武器は無く、片腕ももげていて木には
登れないが歩くことはできるようだ。
330
畑の外れまできた。ここから家までは約300m。
畑の植物は全て刈り取られ、掘り起こされている。
︱︱苦労したのに。もうここを拠点とすることは出来ないのかも。
刈り取られたことで見晴しが良くなり燃え落ちた家の跡も見える。
そこには人が残っているようで焚火が確認できた。
︱︱腹が立ってきたぞ! 食べるなら対価を払ってから食べてほ
しい。それが出来ないなら⋮⋮食い物の恨みを思い知れ!
みじろ
家の近くまで来るが警戒は緩んでいる。全員で30人程度か? 殆どは寝ていて見張りも1人しかいない。身動ぎせずに立っている
が寝てるんじゃなかろうか。
マイクロバイオロジスト
猿飛人形に潜入させ鍋を持ってこさせる。近くの川で水を汲み、
俺の祝福の微生物学者の真言を唱える。
自粛中だったが解禁しよう。濁った川で解析した時に判明した真
正細菌を鍋の中の水に飽和するまで増殖させる。
猿飛人形に焚火の側までもう一度潜入させ棒で鍋を叩かせる。
兵士達が飛び起き、人形を捕まえようと近づいてくる。
至近にきたら鍋の水をひっくり返し焚火の火を消す。
︱︱よしっ! 成功だ!
俺はゆっくりとその場を離れ、山を登っていく。
この分だと山側には見張りもいなさそうだ。
331
転ばないように足元に気をつけながら歩く。時々振り向きながら
追手がいないか確認するが家のほうで騒がしく音が聞こえるだけで
こちらに近づいてくる気配はない。
︱︱猿飛人形は捕まって壊されただろうな。
これも計画の内。あの水にはレジオネラ菌をたっぷりと仕込んで
おいた。焚火を消した時に発生するエアゾルにより飛散し、近づい
てきた兵士達の肺に到達する。
2∼3日後には熱がでたり咳がでて寝込むだろうね。
少し昔、サウナ風呂で感染者が出てたはずだ。たしかヒトヒト感
染はしないってニュースでは言ってたっけな。
少し苦しむがよい。
俺の安全と財産を奪ったんだから俺が仕返ししてもバチは当たら
んだろ?
空が白んできた。このまま砦に辿りつけば安全は確保出来るだろ
う。
そして周辺を調べてまた開拓できるところを探せばいい。
山の中腹で登ってきた朝日を見ながらそう思った。
332
砦に戻る俺
日が中天に差し掛かり、昼といっていい時間に砦に辿り着いた。
︱︱あれ? 門番の鉄人が止まってる。確かに起動していたはず
なのにどうしたんだろう?今までこんなことなかったはずだけど?
門扉を開け、中にはいるが弓人形も動いていない。
燃料的なものか? しかし、人形が祝福だけで動くのかが良くわ
からん。物理の法則に反してる。⋮⋮俺は物理を良く知らんが。
寝不足だし、腹が減ったし、喉も乾いた。とりあえずは一休みし
ないと何も始まらんな。
疑問が晴れぬまま、家の扉を開ける。この家は土足厳禁にしてい
る。日本人としては当然だな。
靴を脱ぐためにしゃがむと、目の前に置いてあるテーブルから声
が掛かった。
﹁お疲れさん。遅かったじゃねえか﹂
︱︱えっ? 今、声がしたよね。
靴に向けていた視線をテーブルに上げると見知らぬおっさんが椅
子にふんぞり返って座っていた。
たたず
テーブルの上には食べ物が食い散らかされた跡がある。
おっさんの後ろにはガルとアルマが佇んでいた。
333
﹁⋮⋮うぇ? あれ? なに? これはどうなってるの?﹂
俺は挙動不審気味にきょろきょろとしながら。声を絞り出す。寝
不足と糖分不足のせいなのか頭が働かない。
﹁どうした? まあ落ち着いて飯でも食えや。どうせ碌なもの食っ
てないんだろ。﹂
見知らぬおっさんが俺に食い散らかされた食料を押し付けてくる。
⋮⋮そもそも俺が備蓄してた食料なんじゃないの? このおっさ
んやアルマがなぜここにいるの? 警戒してた人形はどうした?
思考停止状態に陥って動けずにいたが、時が経つにつれ頭が回り
始める。
﹁⋮⋮靴を脱げ﹂
ちらと目に入った足元をみると何故かそんなどうでもよいことが
口から出てきた。
﹁ん? 靴か? まあいいじゃねえか。そうそう自己紹介してなか
ったな。俺の名はサーリム。後ろのやつらは知ってるだろ?﹂
﹁⋮⋮どうやってここまで入った?﹂
﹁ちゃんと玄関から入ったさ。何一つ壊してないぞ。まあ、食い物
は少し頂いたが。教皇がお呼びになってるから付き合ってもらいた
いんだがどうだろう。すぐに行くか。ちょっと休憩するか?﹂
教皇の名前が出たところでぴくっと反応してしまった。ここまで
334
追い込まれたってことか。
﹁なぜ?﹂
﹁麓であのお莫迦ちゃんが説明してなかった? あの猪野郎には難
しかったかな∼﹂
﹁なぜ俺をつけ狙う。アルマ達も仲間だったのか﹂
アルマを見ると、目を伏せ立ちすくんでいる。
ガルが横から口を出してきた。
﹁儂らがどうだろうと、この地にラタール教が統べておる。教皇か
ら呼び出されたとあらば出頭するこれが定めじゃ。悪いようにはせ
ん。アルマにお前さんの世話をさせよう。儂の孫は贔屓目なしでも
器量良しだと思うがのう﹂
﹁その家族設定は嘘じゃないのか?﹂
﹁疑り深いのう。儂らがあの村にいたのはお前さんとは無関係じゃ。
だが村に訪れたのはお前さんじゃ。巡りあわせじゃのう﹂
ガルはそれ以上話すつもりもなく目を瞑った。
俺は観念するように両手を上げる。
﹁分かった。飲まず食わずで寝不足気味なんだ。出発は明日でも構
わんだろ?﹂
﹁⋮⋮随分と聞き分けがいいじゃねえか﹂
サーリムは目を細めて俺の顔を窺うと、アルマに向かってあごを
しゃくる。
アルマは俺の前に跪き、俺を見つめてくる
﹁ご用件をお申し付け下さい﹂
335
﹁⋮⋮腹が減った。俺は一寝入りしたい。全員この家を出てって
くれ﹂
アルマは机の上を片付け、簡単な食事を作り始める。
ガルは家から出ていった。家の扉の外で番をするつもりのようだ。
﹁あんたも出て行けよ。サーリムさんよ﹂
俺はサーリムを睨みつける。
サーリムは鼻を鳴らすと扉に向かって歩き出す。
︱︱簡単には捕まるつもりは無いんだよ
すれ違いざまに真言を唱える。ミトコンドリア暴走でサーリム諸
共この家を燃やして逃走するつもりだ。
︱︱あれ? 発動しない?
サーリムがこちらを見てニヤッと嫌な笑みを浮かべる。
﹁そうそう。俺の祝福は相手の祝福を打ち消す能力でな、貴様のご
自慢の人形達も動いてなかっただろ? ま。ゆっくり休憩してくれ
や﹂
瞬間的にカッとしてナイフを抜き、打ち掛かるが簡単に制される。
俺はサーリムに片腕を極められてテーブルの上でうつ伏せに押し
倒される。
﹁じゃあナイフは預かっとくからな。外にいるから用があれば言っ
てくれ﹂
336
ナイフを取り上げられサーリムは家から出て行った。
家の中には俺と食事を作っているアルマだけが残された。 337
未遂な俺
﹁お座り下さい﹂
アルマが俺に椅子を勧める。
なんだか得体の知れない煮物だかシチューだかが皿に盛られて目
の前に置かれた。
ここで言い争ってもしようがないので食い始める。
⋮⋮まずい。
俺が作れば良かった。味がない。調味料の使い方がわかっていな
いようだ。
勿体無いので完食した。
﹁⋮⋮アルマ。明日は俺が作るから﹂
﹁お口に合わなかったでしょうか?﹂
﹁え∼と。⋮⋮毒を盛られるかもしれないから俺が食うもんは俺
が用意するわ﹂
アルマは不服の表情だったがこれは聞き入れてもらいたい。
ずっと体を洗っていなかったのでお湯を沸かし体を拭く。風呂に
入りたいと思うが、ここには風呂を作るまでの時間が無かったから
な。
布で体を拭っているとアルマが布を取り上げ背中を拭いてくれた。
﹁⋮⋮悪いな﹂
﹁いえ。身の回りのお世話が私に与えられた役割です。明日には
338
ここを出ます。今日はお休み下さい﹂
﹁勝手だな。俺は俺のしたいようにしてただけなのに﹂
一瞬、背中を拭うアルマの手が止まる。そして意を決したように
強めに背中を擦りながら喋り出す。
﹁貴方は危険です。貴方の祝福も危険ですが、貴方自身を狙ってい
る勢力も出てきました。教皇は貴方の祝福をご存知の様子でした。
ひた隠しにされておられたようですが、どこかで漏れてしまったよ
うです。サーリム様は少なくとも貴方を害そうとは考えておられま
せん﹂
﹁⋮⋮麓の家を襲った奴らは?﹂
﹁教皇の指示に従ったようですが、強硬派の息が掛かっています。﹂
ん? なんかに巻き込まれてる?
﹁ラタール教も一枚板ではありません。⋮⋮詳しくは言えませんが、
一度教皇にお会い下さい。それで分かるはずです﹂
それ以上は俺が話しかけても相手をしてくれなかった。
体を拭いてさっぱりした。夜には少し早かったが眠さがピークに
なり耐え切れなくなった。
︱︱寝てる時にブスッとされたりしないだろうな。
寝台に横たわり目を閉じるるとすぐに眠りに落ちた。
ふと目が覚めた。
部屋の隙間から外を窺うと真っ暗になっている。
339
寝台の横の床に誰かが寝ている気配がする。
そっと寝台を抜けだして家の外に出ようと玄関扉を押すが出れな
い。重石をしているようだ。
扉をガタガタしていたら外から声が掛けられた。
﹁なんじゃ?﹂
この声はガルだな。
﹁ちょっと小便だ。出してくれ﹂
引きずる音が聞こえと、扉が開いた。
ガルが扉から顔をだしあごをしゃくり、外に出るよう合図する。
松明を持っているので足元には不安はない。
くない
靴を履きながらサーリムがどこにいるか確認する。
︱︱このまま逃げ出すか
﹁無駄なこと考えるなよ?﹂
サーリムが声を掛けてくる。
ため息をつきながら用を足す。
さっき靴を履きながら靴に仕込んでおいた暗器の苦無を握りしめ
る。
︱︱サーリムだけを始末すればなんとかなる。
部屋に足を向けると同時にサーリムに投げつける。
この暗闇で投げられたら避けられないだろうと思ったらあっさり
と避けられた。
340
﹁余計なことすんなって。バレバレなんだよ。貴様は武術を習った
ことないだろ。体の動き方が雑すぎだ。それじゃ人は倒せんぞ﹂
サーリムに呆れたように言われてやる気が失せた。
部屋に戻るとアルマがこちらを見ていた。
寝台の横で寝ていたのはアルマだったか。男の横に寝るのは関心
しないな。オオカミさんに食べられてしまうぞ? ただでさえムシ
ャクシャしてる男がここにいるってのに。
扉を乱暴に閉めるとアルマにのしかかる。
アルマは何も言わずにじっと俺を見つめている。
﹁⋮⋮助けを呼ばないのか?﹂
﹁これも私の役目のひとつです﹂
胸を鷲掴みにするが、依然としてアルマは見つめているだけだ。
瞳には何も浮かんでいない。怖くないのだろうか?
﹁今だったらまだ間に合うぞ﹂
﹁私は初めてですが、これも女の努めです。お気になさらずに。そ
れに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮それに?﹂
﹁教皇は仰られました。シンゴ様は手を出さないだろうと﹂
まるで俺が甲斐性なしの意気地なしみたいな言い草だな。俺もや
る時はやるんだぞ。
﹁シンゴ様は優柔不断で意気地なしなのでこちらが誘ってもなかな
か手を出してこないと﹂
341
知ったように言うな。昔、幼馴染に言われた記憶が蘇るだろ。
気持ちが萎んだので寝台に寝っ転がる。靴を脱ぎ忘れて転がりな
がら靴紐を解いていく。
アルマはクスクスと笑いながら服を整えこちらを見ている。
俺は視線から逃れるように布を頭から被り眠りにつく。
アルマはまだ笑ってる。何が面白いんだ。
︱︱しかし。ノーブラだった。柔らかかったな。惜しいことした
かも。
少し悶々としたが、まだ体が休憩を要求していたのかすぐに眠り
につき、起きたのは日が登ってからだった。
342
政争の具の俺
翌日、特に拘束される訳でもなく山を降りた。
降りたがジャッバール率いる軍が駐留しているだろう麓の家には
寄らなかった。
それどころか避けるように移動していく。ガルが先頭になり俺の
横にサーリム、後ろにアルマの布陣で歩いている。
そうそう山を降りている時にサーリムからは警告だか忠告だかは
言われた。
﹁逃げるのは勝手だが俺からは逃げられんし、逃げられたとしても
かくま
もっと酷い扱いになるぞ。今やお前さんは一躍時の人だ。様々な勢
力が狙っている。匿えるのは教皇のところだけだ。信じるかどうか
は任せるが﹂
﹁時の人?﹂
﹁お前さんの祝福のことだ。力を得たい。誰かの力を削ぎたいと考
えている権力者がお前さんの力を欲してるってこった。﹂
家を避けてアルマが居た村に行く際に掛けた橋の跡地に連れられ
た。
不思議に思ってサーリムに聞く。
﹁ジャッバールの所に合流しないのか? 仲間なんだろ?﹂
﹁まあ、色々とあってな。あの猪にお前さんを渡すとその先が保証
できないからな﹂
﹁保証って⋮⋮﹂
﹁教皇にお届けする前に何処かに連れて行かれる可能性が高いって
ことさ。タカ派だからな。教皇は穏健派で政敵ってこと﹂
343
穏健派と強硬派で争ってるのか? それとも教会と誰かが争ってる
のか?
宗教の話はよく分からん。
﹁そのタカ派は俺の力を誰に向けようとしてるんだ?﹂
﹁⋮⋮さてね。脳筋のやることは色々極端だからな。想像の斜め上
を行くことがあるしな。ただ多くの人が死ぬことになる﹂
サーリムからの言葉だけだと都合の良いことだけを教えられそう
だし、全体の絵が見えないので俺にとって何が正しいのか分からな
い。
川に架けた橋は壊してしまったのでロープしか残っていない。
一人ずつしか通れないので命綱をつけ、レスキュー隊の様に綱渡
りをする。ガル、サーリムが先に渡る。渡る前にナイフを取り上げ
られる。
﹁渡ってる最中にロープを切られたら敵わんからな﹂
更に縄を打たれて逃げ出さないようにされた。
サーリムが渡りきり、続いて俺も渡るように言われる。
﹁アルマ。俺と一緒に逃げよう。縄を解いてくれ﹂
アルマは首を横に振る。
﹁シンゴ様を救えるのは教皇しかおられません。その上でどうして
もシンゴ様が納得されないようであれば⋮⋮その時は私が命に変え
344
ても逃げだすお力になります﹂
じっとアルマが見つめてくる。
焦れたサーリムが腰に打った縄を引っ張ってくる。
俺は言いなりに川を渡ることにした。
﹁ここで待て﹂
川を渡り道にもならないような道を幾日も歩き、突然止まった。
辺りを見渡しても何もないただの草原だ。
ここに来るまではサーリムと少しずつ喋った。ガルは寡黙に先頭
を歩き、アルマもガルやサーリムが側にいると喋らない。
俺が騙されやすいのか、サーリムもそれほど嫌なやつでもない気
がしてきた。
サーリムを何度も倒そうとしたがムダだった。サーリムが近くに
いると祝福が発動しないし、離れている時に水や料理に危険な菌を
仕込んでやっても口にしない。食べる前に俺の顔をチラッと見て察
しているようだ。俺の顔に書いてあるかのようだ。ただ、食い物に
仕込むと非常に嫌そうな顔をするのはちょっとだけ胸がスッとする。
身のこなしもよい。打ちかかっても軽くいなされるので強いのだ
ろう。もっとも俺を基準にしてだから、この世界でどれだけ強いの
かは分からない。なにせ他人との交わりが殆どなかったからな。
それに引き換え、サーリムは俺の安全を優先している。何度か敵
対勢力らしき人物に狙われた時には身を挺して逃してくれた。それ
が芝居でないことが確かならば。俺とアルマを真っ先に逃がすため
345
サーリムが戦っているところは見ていない。
草原で飯を食いながらボケっと待っていると東の地平線に人が湧
いてきた。
サーリムが立ち上がりその方向を見ている。なんだか緊張してい
るようにも見える。 ︱︱ここで誰かと待ち合わせしてるんじゃないのかね。
﹁あれは? 仲間なんだろ?﹂
﹁⋮⋮﹂
サーリムは何も言わない。
地平線の人々が近寄ってくる。足並みを揃えて行進してくる様子
が見える。
︱︱ありゃ軍隊っぽいね。サーリムはあの軍隊を待ってた?
﹁マズイな﹂
サーリムがポツリと零す。
﹁片付けろ。逃げるぞ﹂
サーリムが言うと、ガルとアルマが急いで撤収の準備を始める。
﹁どうした。待ち合わせしてたんだろ?﹂
﹁⋮⋮彼奴等、ウルク国軍だ。しかも隣国のハトラの旗もおまけに
掲げてる。ハトラ軍も従軍してるってこった﹂
﹁つまり、どんな状況?﹂
346
﹁早く逃げないと蹂躙される﹂
情勢は分からないが状況は理解したので軍から遠ざかるように西
に逃げる。
あまり軍隊は機動性が良くないようで小走りでも少しずつ離れて
いく。
30分は走ったところで、また向かいの西から馬に乗った集団が
近づいてくる。
﹁おい! あれが待ち人か?﹂
息を切らせながらサーリムに聞くと残念な答えが返ってくる。
﹁いや、彼奴等も違う。強硬派の司教枢機卿の配下の騎兵隊達だな。
南に逃げるぞ﹂
方向転換して草原の背の高い草に紛れて太陽に向かって走る。
視線の先の2km前方には荒れ地の丘が見える。あの場所だと丸
見えだな。
﹁あそこに逃げるのか?﹂
﹁もう少し我慢してくれ。状況が変わる﹂
後ろを気にしながら走る。荒れ地にさしかかり、ガレ場を登り始
める。
サーリムが後ろを指差し嬉しそうな声をだす。
﹁やっぱり彼奴等やり合い始めたぞ﹂
347
足を止めて後ろを振り返るとウルク軍と騎兵隊達が戦い始めた。
一隊はこちらに向かってきているので慌てて走りだすが、俺達の
追って同士で牽制しあっているのでそれほど速くはない。
﹁この隙に逃げるぞ﹂
俺達が丘を超えると戦場音楽も聞こえなくなった。
348
把握する俺
﹁なあ、彼奴等から何故逃げたんだ?﹂
軍からの追跡を振り切り、木がほとんど生えていないガレた尾根
を歩きながらサーリムに聞く。
﹁⋮⋮この国はもう死に体だ。5年前に飢饉が起こった。国王はそ
れを放置して享楽的に過ごしてきた。教会は倉庫を開き飢餓に苦し
んでいる民衆を救った。民衆が教会に救いを求めて集まったことに
危機感が募った国が教会を弾圧し始めた⋮⋮﹂
ふんふん。なるほどね。
教会目線で見ると、自堕落な国王が勢力を伸ばす教会を掣肘でき
ずに国体を維持できなくなったと。で、隣国のハトラを引き込んで
教会を弾圧するが、ハトラはこの国を乗っ取ろうと考えているって
ことか。
でも同じ教会内部でも強硬派と穏健派があるって言ってたよね。
あの俺の家を襲ったジャッバールも強硬派でサーリムは穏健派なの
かね?
﹁強硬派からも逃げてるってことはサーリムは穏健派なのか?﹂
﹁強硬派のトップは司教枢機卿だな。神権政治を主張している。そ
して教皇が教会を導き、司教枢機卿が国家を統治すべきだとな﹂
他国が介入してくるのはこの国の民としても教会としても排除し
たい考えは統一されているようだが、その後が違うと。教皇は政教
分離を主導しているが、教皇は5年前に就任したばかりで長くその
349
座についている司教枢機卿との後ろ盾が少なく苦労しているようだ。
ナー
﹁教会のことは知らんが、教皇になるのは年功序列でなるんじゃな
いの?﹂
ビー
﹁教皇になるには枢機卿の満場一致が必要だ。現教皇の祝福に預言
者が現出し、数々の知恵を表され我々を飢饉からお救いになられた。
それを認められ現在の地位に就かれた﹂
教皇は神輿ってことね。
俺を呼び出してなにさせようと考えてるんだ?
イマイチ理解出来ないけどね。
どうでも良いけど、既にドロドロとした所に足が嵌ってしまった
感じがする。こうなったら平和に一人で暮らすことも出来ないし、
どこかの勢力のトップに会って俺の要求を認めさせて保護してもら
わないと。
⋮⋮一人が好きなわけじゃないぞ。緩やかな繋がりがないと不便
だし寂しいからね。
山から降りると小さな村についた。村の定義が良くわからないが
家が20軒無いので集落といったほうがいいのか。
その中の1軒に隠れるように泊まらせてもらえることになった。
ここ最近、追われたり野宿したりで俺も疲れていたのでここでち
ょっと休ませてもらいたい。
﹁なあサーリム。ここで数日体を休めないか?﹂
﹁⋮⋮ああ。迎えをここに呼ぶつもりだから当分動けないから丁度
良い﹂
﹁そうか。助かった。⋮⋮でもこの家の住人を追い出すようになっ
ちゃうな﹂
350
﹁この家は無人の家だから気にしなくて良い。つい最近まで住んで
いたようだが疫病で無くなったらしい﹂
︱︱この家を除菌しないと俺まで病気に掛かるんじゃね?
つて
最近この世界の医療水準がとんでもなく低いことは薄々感じた。
サーリムに聞いても病気の時は薬草を煎じて飲むか教会の伝で病気
を癒す祝福持ちに治してもらう程度らしい。
︱︱俺は過去を振り返らない。
色々とやってしまった感は半端ないが俺の手を離れたことをクヨ
クヨしてもしようがない。
でもこの家の疫病は関係ないと思うぞ。俺の家から相当離れてい
るし。
ガルは俺たちを置いて、迎えを呼ぶために連絡をつけに一人で集
落を離れていった。
351
鬱々とする俺
隠れ家に使っている部屋には俺とアルマしかいない。サーリムは
扉の外で番をしている。俺がアルマを害して逃げ出すことを考えな
いのだろうか。
﹁お前さんは女には無闇に手を出さないそうだからな﹂
⋮⋮サーリムの絶大な信頼を無碍にしても良いのだが釈然とはし
ない。
しかし、隠れ住むってのも暇でしようがない。本来はビクビクし
ながら人の目を気にしていなくてはならないのだろうが、イマイチ
俺の立場が不明瞭だしな。
俺をどうしようと考えてるのかね。俺個人が欲しいわけじゃなく
て、俺の祝福が目をつけられてるんだろうな。
俺を捕らええて細菌攻撃させる兵器にしたいのか。それとも抑止
するために亡き者にしようとしてるのか。どっちだろう。
⋮⋮どっちかだよね?
ぼーっとしてると碌でもないことを考えてしまうので何か作業を
したいのだが、料理は食材がなく配給制なので腕を振るえないし、
手慰みに熟練の粋に達した人形作りもサーリムがいるせいで動かせ
ない。まあ、道具もナイフ1本だけなので大したものは作れないが。
そんな訳でアルマとのお話をするぐらいだが、どうしても詰問調
になってしまう。
352
﹁なあアルマ。なんであの村にいたんだ? 教皇の伝があれば貧し
い暮らしもする必要もなかったし、砂糖を買うためにその胸飾りも
手放すことも無かったんじゃないのか?﹂
﹁⋮⋮あの街道沿いの廃村を覚えてますか? 私は彼処で産まれ育
ちました。お父さんは宿場の店主でした。私が12歳の5年前。領
主と教会の抗争が激しくなり村はそれに巻き込まれ、両親は教会の
スパイ容疑で処断されてしまいました。その当時は教会と全く関係
がなかったにも関わらずですよ。 ⋮⋮その後お爺ちゃんと一緒に
教会本部に避難した時に即位したばかりの教皇様とお目に掛かりま
した。隠れ村に移り住み時を待ちなさいと﹂
普段はあまり喋らないアルマが堰を切ったように喋り出した。領
主との抗争の憤りが胸の底で燻っているみたいだな。
﹁それから私達は隠れ村に赴きました。廃村の時からの繋がりで受
け入れてはくれましたが、新参者の私達を見る目は厳しかったです。
村にいたのは頑固な年寄りと小さな子供だけでしたからね。私は小
さな子の面倒を見ることになりました。食べ物もあまり貰えなかっ
たし、両親を失った子供達が多くて⋮⋮﹂
あの村の旧弊達の頑固さを見ると頷けるところもあるな。青壮年
の人達を見かけなかったし、硬直化した村だったんだろうね。
﹁なんで教皇は隠れ村のこと知ってるんだ? 存在を隠してたんだ
ろ? ﹂
﹁⋮⋮わかりません。教皇様は色々な事をご存知です。それが教皇
様の祝福だそうです。﹂
﹁あの隠れ村も教兵に襲われたんだろ? 知ってるなら今更襲われ
るのも良く分からん﹂
353
アルマが言うには襲ってきたのは強硬派らしい。細かい事情は知
らないらしいが納税のことらしいね。そして、俺のことも教皇に聞
いたらしい。俺の家に避難して出て行った後に、教皇に会いに行っ
たらしい。
なるほど。街に蔓延していた疫病からはタイミングよく避けられ
たみたいだな。
ただ、あの疫病が呼び水になり俺の存在が確認され、そして各組
織にバレたみたいだけど。
︱︱揉め事は嫌だな。俺は平穏に暮らしたいだけだし。一人で生
活するのも物質的にも精神的にもキツイから不足するものをお互い
に交換するだけで良かったのにな⋮⋮
アルマと話をしても心が晴れる話題はないし、食事は酷いし、外
にも出れないので鬱々とした日々が続く。
そして、大量の蹄の音が家に近づいてきた。
354
お迎えが来る俺
﹁頼もう﹂
外から声が掛かる。
︱︱はて、サーリムが番をしてた筈だけど。
﹁私が出ます﹂
アルマが扉に向かう。
迎えが来たのかな?
アルマが扉越しに声の持ち主と話をしている。
外の馬蹄の音が煩くて喋り声がよく聞こえない。
扉が乱暴に開くと身なりの良い白い服を着た人物が護衛らしき人
間と一緒に入ってきた。
アルマは扉に押されよろめいて座り込んでしまっている。
白い服を着た人物が俺の前に跪くと喋り初めた。
﹁シンゴ殿。初めまして。私は教会の使者のオルハンと申します。
お騒がせして申し訳ございません。やっとお目に掛かることが出来
ました。早速ではございますが、我らと教会総本部にご一緒下さい
ますようお願いします﹂
ベラベラ喋る坊主だな。
355
いや、坊主じゃないのかな?
ガリガリだけど背が高い。180cm以上ありそう。綺麗な手を
していて肉体労働をする雰囲気はない。如何にも能士っぽい感じ。
でも怪しさプンプンするね。ホイホイ付いていって大丈夫なんだろ
うか。
﹁⋮⋮サーリムはどうした? 扉で番をしていた筈だが﹂
﹁あの者は、我ら迎えが到着したことで任務が終了した模様で教皇
の元に報告に行くと言っておりました﹂
オルハンは平素な顔をして返答してくる。
︱︱えっと。何かおかしくないか? そもそも俺の祝福が危険だ
からサーリムの祝福が必要なんじゃないの? それに変わる祝福持
ちがいるってこと?
好都合なのかな? このまま逃げるか。でも誰かの庇護下に入ら
ないと追われる状況は変わらなさそうだし⋮⋮
・・・
教会からの迎えって教皇の迎えとは限らないじゃないの? ﹁消
防署の方から来ました﹂って名乗る消火器を売りつける悪徳業者と
同じ臭いがするし。
﹁教会? 教会からの迎えと仰っていたがどちらの派閥だ?﹂
って真正面から聞いてどうすんだ俺。
オルハンが若干目を細めて答えてくる。
﹁ほぅ。シンゴ殿は我ら教会のことに詳しいご様子ですな。左様。
人が集まれば派閥が出来るのは当然のことですな。しかし、シンゴ
殿をお呼びすると決めたのは教皇であり教会としての統一した考え
356
ですので派閥云々は関係ございません。⋮⋮一部の跳ねっ返りがシ
ンゴ殿を害を為そうとした者もいたようでしたので、その者達は処
分いたしました。私、オルハンが教会を代表して謝罪させていただ
きます﹂
随分と口が回るおっさんだな。こんなに長くベラベラ喋られると
胡散臭さが倍増してくるんだけど。
チラッとアルマを見ると護衛の一人が付いて見張られている様子
だが、オルハンについている護衛が微妙に視線を遮っているのでど
うなっているのかが良くわからない。
﹁⋮⋮付いて行きたくないと言ったらどうなる?﹂
﹁それは我々としても困ってしまいます。ご存知かわかりませんが、
この国や隣国もシンゴ殿を拐かそうと狙っております。我々もここ
に来るまでの間に様々な妨害がございました。しかも、厄介な祝福
持ちもいるようです。間もなくここも察知されるでしょう。お気に
入りの彼女もお連れになられても構いません﹂
オルハンがアルマを流し見ながら口角が少し上がる。
なんだかイラッとするが、相手の知っている情報を引き出さない
といけないな。
チェイサー
﹁厄介な祝福持ちとは?﹂
﹁それは追撃者です。幸いなことにシンゴ殿の顔形などが知られて
いないためにすぐには突き止められないようですがサーリムやガル
の顔が割れているようです﹂
﹁⋮⋮ガルはどうした?﹂
﹁あの者は撹乱のために他所へやっております﹂
︱︱整合性が取れているようないないような。ガルとサーリムが
357
居ないのも理解はできるが⋮⋮
﹁では、俺の祝福のことも分かっているのか? 知っていたらお前
達も⋮⋮﹂
﹁存じ上げております﹂
オルハンは皆まで言わさずに護衛の一人に流し目を送ると素早く
俺の肩に手を置く。
﹁なっ何を⋮⋮﹂
バチンと音が鳴った様な音と共に電流が流れたような痺れが体に
走り気を失った。
358
連行される俺
﹁気付かれましたか﹂
失神から気付くとアルマが顔が目の前にあった。膝枕をしてもら
ってたようだ。
状況が掴めず呆けていると、アルマの眉間が寄せられる。
﹁お体の調子は如何ですか?﹂
それには答えず起き上がるとランプで照らされた薄暗い空間の中
に閉じ込められているようだ。ゴトゴトと振動がするので何かに引
っ張られて動いているように思われる。
アルマが心配そうにこちらを見ているがその心情を慮る余裕が無
い。
立ち上がり外に出ようとするが出られるところが無い。鉄の格子
に囲まれている。つまり幌を掛けられた檻の中にいた。
﹁アルマ。今どんな状況なんだ?﹂
﹁⋮⋮強硬派。つまり司教枢機卿の手に落ちたようです。囚われて
教会総本部に連れて行かれる途中です﹂
﹁教会総本部? 教皇はいないのか?﹂
﹁教皇様もいらっしゃいますが⋮⋮教皇様は秘密裏に教会総本部の
教皇様のお部屋にお連れするように指示がございました。そうしな
いと司教枢機卿の手に渡ってしまうと﹂
﹁教皇とやらも大したことないね。杜撰な計画ですこと﹂
﹁⋮⋮教会内のことは司教枢機卿が取り仕切っておられるそうです
ので、教皇様直属の手はそれ程多くないようです﹂
359
まあ、教皇でも司教枢機卿とやらも俺にとっては違いは無い。無
理矢理連行しようとするのは良くないよね。
最近は細菌を自重してたけど、そっちがその気なら、俺もやっち
ゃうよ!
⋮⋮と考えたけど、幌が掛かってるせいでどこに人がいるのか分
からない。空気感染で! とも思ったけど俺やアルマが先に感染し
ちゃうよね。この中で増殖させたら。増殖させながら除菌するなん
てそんな器用なこと出来ないし。
﹁はぁ﹂
なんか疲れたな。失神して寝てただけだけど。
﹁シンゴ様。どうなされました?﹂
﹁⋮⋮いや別に。なんでこうなったのかね。俺は静かな生活をした
かっただけなのに。アルマの居た村に行ったのは一人じゃ不安定な
生活になっちゃうからお互いに支え合えないかなと思っただけなの
にね﹂
﹁そうですね⋮⋮私も穏やかに暮らしたい。必要な物を必要なだけ
収穫して。争いなんて無ければ良いと思います。でも⋮⋮﹂
﹁でも?﹂
﹁私の両親は私の目の前で殺されました。偶に思い出すのです。そ
して思うのです。全て燃えて無くなってしまえばいいと﹂
ギョッとして思わずアルマを見るとアルマは虚空を睨みつけてい
た。
﹁⋮⋮それは怖いな。無くなったらアルマも生きていけないじゃな
360
いか﹂
アルマは自嘲気味笑い首飾りをいじり始めた。
﹁私はこの国も教会もどうでも良いのです。ただ、教皇様は私の両
親を弔って下さいました。その恩をお返ししたい。それだけです﹂
﹁俺が教皇と会ったらアルマはどうするんだ?﹂
アルマはふわっと微笑みながら俺を見つめてきた。
﹁⋮⋮シンゴ様は一人でずっと暮らしてたのでしょ? 凄いですね。
私にはできません﹂
﹁まあ独りでいるのは慣れてるからね。最低限生きていくだけの物
はあったし﹂
﹁あの村はギスギスしてました。領主や教会から隠れてたので当然
でしょうけど⋮⋮ 私達も辛く当たられましたね。優しくしてくれ
たのは外から来た人だけです﹂
﹁ふーん。あの村に外から来る人がいたんだ。行商人みたいな人?﹂
アルマは何が可笑しいのかクスクス笑うだけで答えてくれなかっ
た。
道が悪いのかゴトゴト揺れる檻の中でうつらうつらしていると。
幌の外が騒がしくなり檻が止まった。
﹁シンゴ殿。起きておられますか﹂
この声はオルハンか。
今度近寄ってきたら嫌がらせしてやる。前歯を虫歯でボロボロに
361
して残念な笑顔にしてやる。
﹁到着いたしました。教会総本部ネストウスようこそいらっしゃい
ました﹂
幌が捲られると長大な城壁の向こうに背の高い建物が何塔も建っ
ているのが見えた。
362
虜囚? な俺
拘束はされていないが両脇を二人の兵士に固められて歩かされて
虜囚の気分を味わっている。
檻からはこの兵士達に引摺り降ろされた。オルハンの目の前を通
った時に祝福を発動させて虫歯菌を大増殖させようとしたのだが、
何やら力が出ない。サーリムが近くにいた時の感覚と似ている。
またあれか。祝福無効みたいなヤツか。
俺の不思議そうな顔をしているのを見てオルハンの口角が僅かに
上る。
﹁シンゴ殿。残念ながら祝福は使えませぬ。憲兵や看守には珍しく
ない祝福ですからな﹂
﹁⋮⋮それはそれは。オルハンはどういった祝福をお持ちで?﹂
﹁無闇に他人に教えるようなものではございません。さあ、司教枢
機卿がお待ちです﹂
祝福無効持ちってかなりの人数がいそうだな。そりゃ取り締まる
奴らも相手の祝福が強力だったら返り討ちに合いそうだしね。ファ
イアーボール使ってきた奴らみたいに遠隔で作用する祝福なら対抗
できそうだけど俺の祝福じゃあな⋮⋮
4階建くらいの縦にも横にも巨大な建物に入っていく。入口は大
きく20人ぐらいが横一列で歩いても余裕な感じの広さであり、鍾
ひすい
乳洞の様な装飾を施してある。青い模様が入ったタイルが全面に貼
ってあり翡翠の様な石を埋め込んであったりする。
363
天井が高くアーチ状になった回廊を歩いて行くとだだっ広い空間
に出た。半ドーム型の屋根が掛かっており荘厳な雰囲気を醸し出し
ている。
ポカンと口を開けて見渡しながら歩いていると、側を歩いている
オルハンがウットリとした声で説明してくる。
﹁ここはこの国最大の礼拝堂です。素晴らしいとは思われませんか
?﹂
おわ
﹁拝む対象は置いていないようだが⋮⋮﹂
﹁拝む対象とは? ⋮⋮我らは天に御座す神に祈るのです。無礼な
事を仰られると御身の無事を保障できかねますぞ﹂
オルハンが打って変わって尖った声で叱責してくる。目つきが怖
い。逝っちゃってるようで怖い。
いさか
まあ、誰がどんな宗教を信じようと勝手だから余計な事を言わな
いほうが良いな。無益な諍いになりそうだし。俺の扱いについては
抗議したいけど。
かなめ
礼拝堂を通り抜け回廊を歩き続けると部屋に出た。扇状に椅子が
配置され扇の要に当たる部分が一段高くなりゴッテリと装飾がつい
た高そうな椅子が置いてあった。
その椅子と対面するように少し離された場所に座らされた。
﹁少しお待ちくだされ﹂
オルハンが部屋を出ていき、四角い帽子を被った体脂肪率70%
ぐらいありそうなおっさんを引き連れて戻ってきた。
このおっさん白を規範とした金糸の刺繍を施された豪奢な服を着
て、滝の様な汗をかいていてあまりお友達になりたくない感じで、
なるべくお話したくない。
364
滝の様にかいている汗をお付きの人間がせっせと拭いているがそ
れ以上に噴きだしてきているのであまり意味が感じられない。
俺と話すより水分補給したほうがいいぞ。許して遣わすから退出
せよ。
オルハンがおっさんの横に立ち俺を指さす。
﹁猊下。この者がシンゴです。ご検分下さいませ﹂
猊下と呼ばれたおっさんが俺の事をジロジロ見てくる。
俺の隣に控えている兵士が足を小突いてくる。
俺がその兵士を見るとボソボソ何か言ってくる。
﹁早う自己紹介せんか﹂
﹁は?﹂
﹁猊下に自己紹介しろと言ってるのじゃ﹂
いやいや俺に用は無いし呼びつけた以上、相手から名乗れよな。
それともあれか? ここの世界の常識と俺の常識にズレがあるの
か?
俺が何も言わないのに焦れたのか兵士が警棒らしき物を取り出し
俺の肩に押し付けてくる。
﹁猊下がお待ちだぞ。早う喋ったほうが身のためじゃ﹂
喋る? なに喋るの?
子供っぽいけど意固地になっちゃうぞ!
オルハンが見かねたのか話しだす。
365
﹁この者が教皇猊下が仰っておりました祝福持ちでございます﹂
﹁あの女が言っておった、目に見えないほど小さい生き物を操り病
気を流行らす祝福か﹂
あのデブ。いや偉そうなおっさんの喋り声がキモい。甲高い声で
耳がキンキンしてくる。
﹁左様でございます。これであの計画を進めれば猊下の思惑通りに﹂
﹁うむ。しかし、躾は必要じゃ。そして、刃がこちらに向かんよう
きょうげ
に偉大なるラタール教の教えを説く必要があるな﹂
﹁ははっ。教化はすぐにでも始めますゆえ。⋮⋮ただ教皇猊下への
報告が﹂
﹁⋮⋮そうじゃのう。報告せん訳にもいかんのう。明日にでも全枢
機卿を参集させよ。その上であの女に見せれば良かろう。皆の手前
下手なことは出来んはずじゃ。それまでは⋮⋮﹂
﹁畏まりました。我が配下のもので固めて誰一人として近づけさせ
ません﹂
話が纏まったのか俺に目もくれずデブ。いや偉そうなおっさんは
退室していった。
﹁何を考えておる!﹂
突然横にいた兵士が俺を突き飛ばしてきた。俺は吹っ飛ばされて
椅子から転がり落ちた。さらに兵士は警棒で殴りつけてくる。
あまりの痛さに声が出ず、亀の様に丸まるのが精一杯だ。みっと
もないが抵抗する手段がない。
﹁やめんか﹂
366
オルハンが声を兵士にかけるが止めようとする気が感じられない。
2,3発追加で殴られれ、兵士の怒号が鼓膜を震わす。
﹁貴様! 司教枢機卿猊下に失礼だとは思わぬのか!﹂
腹を蹴られて仰向けに転がされる。
︱︱くっ苦しい!
警棒で首を押さえつけられ息ができない。
オルハンが兵士の肩に手を置くともう一度蹴られて離れた。
﹁シンゴ殿。あれは拙かったな﹂
オルハンが諭すように言うが、俺は知らん。先に話をしないオル
ハンの手落ちだろ。首を絞められていたので言葉が出ない。
﹁少し部屋で休まれると良かろう。明後日からじっくりと話し合お
うではないか﹂
オルハンは目で兵士を促すと兵士は俺を乱暴に連れて歩かされ何
処かの部屋に入れられた。
ベッドが一つとランプがあり奥には用を足すためだと思われる壺
があるだけで他にはなにもない部屋だ。
試しに外に出ようとしたが窓は開かず、扉も鍵が閉まっているよ
うで外には出れない。
︱︱はぁ。
367
どうするか。目まぐるしく状況が変わってついていけない。
しかも殴られたところがズキズキして痛いし。
ここにいたところで碌なことにならないことは目に見えるな。
︱︱アルマはどうしたんだろう。
檻から出されたところで別れたので無事かどうかも分からない。
でも、アルマもグルかもしれないから油断は大敵かもしれないが。
どうやって状況を好転させよう。
︱︱あのランプを壊して火事にして、その隙に逃げるか。
だが、高い位置にランプがあるために手が届かない。
︱︱ちくしょう。俺は真っ暗にして寝るタイプなんだぞ!
ジャンプしても届かないので諦めた。
備え付けのベッドに寝転がりながらこれからどうするか考える。
︱︱部屋の中に病原菌を充満させて嫌がらせするか。でも俺が一
番先に罹患しそうだし。俺だけ除菌できても寝てる時は除菌できる
のかね? うーん。やめたほうが良さそうだな。
ごちゃごちゃと大の字になりながら考えているとノックする音と
共に鍵が開く音がした。
368
邂逅する俺
扉が開くとアルマが顔を見せた。クルッと見渡すと誰かを部屋の
中に引き入れた。
女性のようだが顔を布で覆っているので良くわからない。あれだ
あれ。イスラム教圏の女性がしてるような⋮⋮ベール? ブルカ?
ヒジャブ? なんかそんなの。
そして、ボディラインを隠すような一枚物の服で青白くシルクの
光沢を放った物を着ている。
露出した部分が目元と手だけだが、手肌の張りを見ると若そうな
感じがする。
アルマが廊下を一瞥すると扉を閉め、連れてきた女性に向かって
跪く。
座るところが無いのでどうするか。俺はベッドに座れば良いけど、
見知らぬ女性をベッドに座らせるのは如何なものか。
﹁苦労を掛けたわね﹂
ブルカ
どうしたものか迷っていると女性が顔を隠す布を脱ぎながら声を
掛けてきた。
︱︱女性が脱いでいるシーンってなんか妖艶な感じだよね。それ
に美人だな。
見惚れていると女性は手櫛で髪を整えると俺の顔を真っ直ぐ見つ
めてきた。
369
﹁色々と不愉快な思いをさせてしまってごめんなさい。私は教皇の
地位についてるルクサーナよ﹂
﹁はぁ。 ⋮⋮その。初めまして。シンゴです。なんか俺の事をお
呼びになられたとか⋮⋮﹂
﹁初めましてね。⋮⋮そう初めて会うけど初めてじゃないの﹂
はぁ? 何言ってんだこいつ? フレンドリーなのか偉そうなの
か。その口調は辞めて欲しい。でも、美人はなんでも許せちゃうか
ら困る。
﹁どう言う意味ですかね?﹂
﹁⋮⋮昔、癌に侵されて亡くなった少女がいたわ。その少女は転生
してある祝福を授かり組織の長に祭り上げられた。そして、転生す
る前の幼馴染の魂が現世に転移したことを知った少女はその地位を
利用して呼び寄せたって話が合ったら信じる?﹂
顔が強張る。
⋮⋮俺はその話を誰にもしてないよな。混乱してきた。
念の為に聞いてみるか。
﹁⋮⋮その少女の名前は?﹂
ルクサーナは整った顔立ちを崩すと、堪え切れないように笑った。
﹁信吾。私のこと忘れちゃったかしら。まあ、転生したから姿形も
違うし、貴方の時間間隔で20年? それぐらい前だから仕方ない
か。私、優子よ。お久しぶりね﹂
﹁⋮⋮嘘。嘘だろ。こんなところにいるわけない!﹂
370
ルクサーナに怒鳴り睨みつけるが、全く動じていない。
﹁信じられない? まあ、そうよね。いきなり知らない人間にこん
なことを言われても、ハイそうですか。とは言えないわよね。私も
貴方も肉体の器が変わってて姿形も違うし。﹂
ルクサーナは俺と優子しか知らないエピソードを2、3上げる。
主に俺が赤面するようなエピソードで優子が爆笑しながら話をして
いるが、俺はイライラが募るばかりで俺自身も感情を持て余し気味
になってきた。
そんな雰囲気を感じ取ったのかルクサーナはふと真面目な顔に戻
った。
﹁ごめんなさい。あなたの事を思い出してちょっと調子にのっちゃ
ったわ﹂
﹁⋮⋮それでなんで俺を呼び出したんだ? 旧交を温めるつもりだ
ったのか?﹂
﹁そうね。それもあるわ。それとちょっと協力してもらえると嬉し
いかな﹂
﹁協力? 勢力争いのか?﹂
﹁そ。ご明察。後ろ盾のない小娘が神輿に祀り上げられるのも大変
なんだから﹂
﹁あまり手を出したくないな﹂
﹁⋮⋮私には味方が少ないのよ。司教枢機卿に会ったでしょ? あ
のデブ。私の事を手篭めにしようとしたり、拒否したりすると今度
は暗殺して隣国の仕業にして聖戦を吹っ掛けようとしたり。碌なこ
ことにならないのよ。私の祝福も万能じゃないのよ﹂
﹁俺が味方してもできることは少ないし、そもそも俺は穏やかに暮
らしたい﹂
﹁ふふ。貴方は変わらないわよね﹂
371
﹁君は変わったようだな﹂
﹁君なんて言わないで優子って呼んで。⋮⋮まあ周囲に人がいると
きにはマズイかもしれないけど﹂
﹁⋮⋮立ってないで座ったらどうだ?﹂
ルクサーナは立ちっ放しでいたのでベッドに座らす。
アルマはどうするか。アルマもベッドに座らせようとしたが拒否
された。襲わないよ?
まあいいか。
ルクサーナは優子って言い張ってるけど本当に優子なのか?
確かに俺の昔のことも知っているし、端々に出てくる仕草なんか
もそっくりだ。
奇想天外な話を聞かされても首肯することができない。
︱︱まあ、俺がこの世界に飛ばされて来たのも大概だけどね。
そもそもどうして俺がこの世界に飛ばされて来たのをルクサーナ
が知ってるんだ?
﹁なあ。俺をどうしてこの世界にいるって知ったんだ? 隠れ住ん
でいたのにどうして突き止めたんだ?﹂
﹁⋮⋮私の祝福のことは知ってる? そこから話をしないとね﹂
372
預言者を知る俺
ナービー
ルクサーナの祝福︻預言者︼はこの世の森羅万象を覗ける能力の
ことらしい。
﹁元の世界でオカルト話でアカシックレコードとか生命の書とかが
合ったの知ってる? そんな感じよ。教典では神とか大いなる意思
とか呼んでるけど﹂
ルクサーナ自身がPC端末のようなものであり宇宙の過去から未
来まで森羅万象を記録してあるサーバーにアクセスして様々な情報
を得ることが出来るらしい。
︱︱随分と便利な能力だな。
でも、それにしては俺がこの世界に飛ばされてきた4年間も存在
を放置してたな。しかも、大事になってから呼び出すとか効率悪く
ないか?
ナービー
﹁預言者も万能じゃないのよ。貴方もG⃝ogleで興味が無いこ
とやそもそも知らない事を検索しないでしょ? 貴方も顔形も違っ
アカシックレコード
てるし名前が変わってるかもしれないわ。 ⋮⋮人間の脳のキャパ
シティじゃ大いなる意思のほんの一部のデータしか入らないし、理
解も出来ないわ。例えば貴方の名前を検索したとしたら情報を制限
しないと同姓同名の人物は勿論DNA情報とか貴方に踏まれた蟻の
情報も並列に脳に流れ込んでくるのよ﹂
俺のことも俺が色々とやらかした結果、その原因を掘り下げてい
373
くと俺のことがわかったようだ。
﹁勿論この世界に私が産まれてから貴方に会いたいと思って色々と
手を尽くしたのは確かよ。そして貴方がまた私の目の前に表れた。
それでいいじゃない﹂
︱︱でも未来のことも分かるなら最適解もすぐにでるんじゃない
のかな。無駄が多いような気もしないでもないけど。
秘密裏に俺を連れてこようとした割には強硬派にとっ捕まるは国
王派にも漏れまくってるし。
﹁未来のことも大きな川の流れのようには分かるのよ。ただ、枝分
かれが非常に多いくて読み難いの。 ⋮⋮バタフライエフェクトっ
て知ってる? 蝶が羽ばたく風の揺らぎで気象の影響を与えるかも
知れないって寓話。日本風で表すと風が吹いて桶屋が儲かるって例
えね﹂
︱︱つまりは未来予測も出来ないと同意義ってことだよね。
でも大きな川の流れって俺は今後どうなるんだ?
﹁ふふ。未来のことは知らない方が楽しいわよ。ただこの国と民に
とっては楽しくないことになるの。それを食い止めるために協力し
て欲しいの。本当は教会を離れて貴方と静かに暮らせればいいのか
もしれないのだけど⋮⋮﹂
﹁じゃあ、俺と一緒にここから逃げ出そう。俺とあの高校時代の続
きを﹂
﹁⋮⋮残念ね。私が祝福を授かってそれを教会が知り祀り上げられ
た。不幸に陥ることが見えている状況で私だけが逃げることは出来
ません。もうあの頃の私でも貴方でもないのよ﹂
374
ルクサーナは寂しそうに笑い。俺の頬をなでた。
﹁⋮⋮その、不幸な状況ってなんなんだ?﹂
﹁死ぬわ。皆﹂
﹁死ぬ? 一人残らず死ぬの? 相当な労力が必要だな﹂
﹁貴方がね殺すの。現に貴方が前に流行させた病気で街が4つ消え
たわ。手を打ったからそれ以上は蔓延しなかったけど、小さな集落
だとまだ広がってる﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁その力を司教枢機卿や国王も狙ってるわ。危険性も分からずに。﹂
ルクサーナは俺の手を取り両手で包み込むように訴える。
﹁だから私に力を貸して。貴方と私が組めばそんなことにはならな
い。私が知識を引き出し、貴方が力を振るう。この世界は私と貴方
が救うのよ﹂
俺はルクサーナの目を見た。透き通った目で俺を見ている。
優子の意識が亡くなる前に見た瞳と一緒の輝きがあった。
俺には何が正しいか分からない。⋮⋮でも騙されたとしても良い
だろ。独りで逃げまわることも辛い。だったら昔惚れた女に一杯食
わされても諦めがつくってもんだ。
﹁⋮⋮わかった。ルクサーナに協力するよ﹂
﹁優子よ。優子。ルクサーナって言わないで﹂
真面目な顔が一転してほっぺたを膨らまして拗ねてくる。
﹁信吾ありがとう。あまり時間がないからこれから動かないといけ
375
ないのだけど良い? 明日だと司教枢機卿が動いて後手に回っちゃ
うから﹂
﹁わかった。何をすればいい?﹂
ここまで来たら腹を据えてやることやるしか無いな。
﹁じゃあ、準備してくるからアルマと一緒に少し待ってて、迎えを
寄越すわ﹂
そう言うとルクサーナは扉から出て行った。
残ったアルマは俺の顔を見ながら物言いたげな顔をしている。
﹁どうしたアルマ。何か文句があるのか?﹂
﹁⋮⋮いいえ。普段見せない教皇様の態度と、教皇様とシンゴ様の
関係が分かり少し⋮⋮﹂
﹁少し、なんだ?﹂
﹁複雑な感じです﹂
つぐ
アルマはそう言ったっきり口を噤んでしまった。
間に耐え切れずにベッドに倒れ込む。
︱︱まあ、俺もやっとぼっちから抜け出せたのかも。
376
前夜の俺
部屋で待っていると教皇の使いと言う黒い修道服を着た一団が入
ってきた。
服に不自然な膨らみがある。中に鎧を着込んでいるようだ。そし
うろつ
て武器を腰にぶら下げている。聖職者が礼拝堂だか神殿だかの中を
物騒な物を持って彷徨いて良いもんなんだろうか。
アルマと一緒に部屋を出され修道服の一団に周囲を固められて何
処かに連れて行かれる。
途中で小競合いがあり、剣を抜かないまでも強引に突き進んで行
く。剣呑な雰囲気の中を歩くと一際豪華な扉の前に立たされる。中
から女性の声の声で応答があると中に引き入れられた。
中に入ると仕立ての良い家具が並んだ部屋のソファーに座らせら
れ飲み物が用意され少しの間待たされた。
ここはルクサーナの私室なのだろうか。部屋の中に部屋があり、
まるでホテルのスイートルームのような作りになっている。まあ、
知識があるだけでスイートなんて泊まったはないが。
﹁お待たせ﹂
ルクサーナは軽い感じの衣装に着替えて俺の目の前に座った。
﹁大丈夫なの?﹂
俺は扉に視線を向けて話しかける。
377
﹁何が?﹂
﹁武力衝突寸前の中でここまで連れて来られたんだけど﹂
﹁あまりゆっくりとはしてられないけどね﹂
そう言いながらルクサーナはゆっくりとお茶を啜っている。
両手でティーカップを包み込むようにチビチビと飲む姿は優子を
思い出させる。⋮⋮まあ優子なんだから当然かもしれないが。
ルクサーナは今の状況を説明していく。
司教枢機卿とその一派の強硬派つまりルクサーナの政敵は手勢を
集めて、一箇所に集結中だそうだ。そして、宗教都市である教会総
本部ネストウスから20kmの地点に国軍が陣取っているらしい。
強硬派は国軍が表れたことにより計画を前倒しにすることにした
らしい。国軍を教会総本部に引き入れ、国軍が穏健派を一掃した後
に国軍を押し戻そうと考えているようだ。
ただ、俺を押さえることが必要で、先に教皇とその一部を粛清す
る。その後、俺を奪還してからことにあたる計画を準備している。
その準備の時間だけ猶予があるとのことだ。
︱︱良く分からん。
﹁⋮⋮つまり、どういうことだ?﹂
﹁チャンスってこと。ここに襲撃する人数は極小数の司教枢機卿に
忠実な手下。私を殺したのは国軍ってレッテルを張るには暗殺しな
いといけないから。だからその手下と強硬派の上層部を先に手を下
してしまえば、教会は一枚岩になるわ。あとは国軍だけね﹂
ルクサーナはそう言うと話を打ち切り、俺の手を取り部屋の一つ
に連れて行く。
その部屋には壁一面におびただしい人形が飾ってあった。
378
﹁ここは私の趣味の部屋よ﹂
ルクサーナは人形の一つを手に取り俺に見せる。
人形は全長が1mはある精巧な作りなフランス人形のようなドレ
スを着た高そうなドールだ。
︱︱優子の部屋にも1体だけ婆ちゃんから貰ったって言っていた
アンティークのドールを飾っていたな。優子の部屋に行くとその人
形が俺を見たってるみたいでちょっと苦手だったけど。
﹁可愛いでしょ。全部で108体あるわ。ドール達の小物も揃って
るわ。ナイフやフォークそして針なんかも﹂
引き出しを開けながら説明していく。ナイフも鉄製で切れそうな
ほど手入れがされている。
﹁どう?﹂
ルクサーナはウットリとした顔でドール一体一体を見ながら問い
かけてくる。
﹁どう、とは?﹂
﹁この子達で枢機卿達を返り討ちにさせるの﹂
パペットマスター マイクロバイオロジスト
﹁⋮⋮無理だろ。こんな人形じゃすぐに壊されちゃうし﹂
﹁出来るわ。貴方の傀儡師と微生物学者で﹂
﹁動かせても倒すまでいかないし。細菌でもすぐに効果は出ないよ﹂
﹁勉強不足ね。私は貴方の祝福がわかった時に調べたのよ。すぐに
殺せるわ﹂
ルクサーナの目はランプの光を反射して妖しく光っていた。
379
死の回廊歩く俺
﹁さあ、行きましょう﹂
ルクサーナに連れられて部屋を出た。
廊下には息絶え絶えの兵士の姿が通路一面に広がっていた。
﹁あっ⋮⋮えっ⋮⋮﹂
俺はそれを見て思わず声をなくす。痙攣しながら白目をむき糞尿
を漏らして倒れている兵士達がいた。
﹁汚いわね。始末しておいて﹂
ルクサーナは控えている付き人に言うと、倒れている兵士達を避
けながら歩いて行く。
﹁こ、これは、俺が⋮⋮?﹂
﹁そうよ。貴方以外に誰が出来るの?﹂
俺はやってしまった行為に愕然としてしまった。
1時間前。
ルクサーナの付き人が生肉の塊を持ってきた。
380
﹁これは?﹂
俺が聞くとルクサーナが説明してきた。
﹁これに貴方の祝福で菌を増やしてちょうだい﹂
﹁菌⋮⋮どんな?﹂
﹁ボツリヌス菌 H型ね。そこから取り出したボツリヌストキシン
を取り出して針に塗って頂戴。それで人形達に襲ってきた兵士を撃
退するから﹂
﹁⋮⋮ボツリヌス菌って危険じゃなかったっけ?﹂
﹁大丈夫よ。ボトックスって知らない? 美容整形でシワを取った
りするときに使われるのよ。まあ、それよりちょっと強いけど、ち
ょっと痺れさせて無力化するだけよ﹂
マイクロバイオロジスト
言われるままに生肉に微生物学者でH型ボツリヌス菌を発生させ
パペットマスター
る。いつもより時間が掛かり頭痛もかなり激しい。
そして休む暇もなく人形達にも傀儡師で1体1体動かしていく。
﹁信吾。どうしたの﹂
﹁⋮⋮頭がいたい﹂
﹁いっぺんに祝福を使いすぎたのね﹂
ルクサーナが俺の頭を抱き、頭を撫でてくる。
ちょっと嬉しいが頭痛で座ってられないぐらいだ。
﹁猊下! 襲撃です﹂
扉が開き、外を固めていた兵士達が叫ぶ。
381
﹁信吾。もうちょっと頑張って。このままだと最悪殺されるわ﹂
椅子にグダっと座っている俺を揺するようにルクサーナが声を掛
けてくる。
俺は人形達に命令すると1体また1体、針を肉に擦り付けて扉か
ら出て行った。
俺は震えながらルクサーナ問いただす。
﹁無力化するだけだって言ったよな?﹂
﹁ええ。そうよ﹂
何言ってるの? と言いたそうな顔で答えてくる。
﹁貴方がやったのよ。これは戦いよ。綺麗事言ってたら貴方が殺ら
れるのよ﹂
﹁しかし⋮⋮﹂
﹁いいこと? 争わない方法は2つだけ。相手の要求を全面的に飲
むか、圧倒的な力を持つこと以外無いのよ。ここで圧倒的な力を見
せつけなさい。少しの犠牲は必要悪よ﹂
ルクサーナは俺の手を引っ張る。
俺は力なくふらふらとルクサーナに付いていく。
﹁⋮⋮どこに行くつもりだ?﹂
﹁司教枢機卿の部屋へよ。頭を抑えれば流す血の量も少なくなるわ。
貴方も少しは楽になるでしょ?﹂
382
ルクサーナは笑いかけてくる。
この状況でどうして笑ってられるのか。
﹁ルクサーナ⋮⋮いや、優子。どうしたんだ? 昔はそんなこと考
えもしなかったはず﹂
﹁貴方何言ってるの? この世界の命なんて安いものよ。人権なん
て言葉もないぐらい。環境や常識が変われば人の考えなんて容易く
かわるのよ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁人類の歴史を私は見てきた。過去も未来もそれほど変わらないわ。
人の死は一瞬よ。私は生きていたいの。死んだ記憶を持った身とし
てはね﹂
俺は何も言えずに黙る。
優子は死に際に俺に生きて欲しいと訴えていた。その顔がルクサ
ーナとダブった。
ルクサーナに連れられ死屍累々の廊下を歩いて行くと司教枢機卿
の扉の前に立った。
﹁貴方が直接手を下すのは荷が重いようね。だから私が変わるわね﹂
ルクサーナが付き人と一緒に部屋に入っていった。
383
死の回廊歩く俺︵後書き︶
ボトックスに使うボツリヌストキシンはA型又はB型らしいです。
H型は史上最悪の毒素の一つだと言われています。
384
言いなりな俺
ルクサーナは司教枢機卿の部屋に付き人と入って行くのを呆然と
見ていた。
︱︱俺はここにいた兵士達を軒並み殺してしまったのか。でも⋮
⋮殺らなきゃ殺られるって。一人殺すのも二人殺すのも何十人殺す
のも一緒か。そもそも俺は街の人間達を病死させてしまったらしい。
だが、実際にこの目で人の死を見るのは違うな⋮⋮
このままルクサーナに従っていて静かに暮らせるようになるのか?
気を取り直して部屋に入って行くと司教枢機卿の上に馬乗りに跨
ったルクサーナがいた。
司教枢機卿は手足は痺れて動けないようで大の字になっていた。
ルクサーナは心臓にナイフを突き立て司教枢機卿に向かって低い声
で話していた。
﹁⋮⋮両親を亡き者にし、私を襲った。それどころか弟を教化して
私を暗殺しようとした。その報いよ﹂
ルクサーナは司教枢機卿の目を見ながらゆっくりとナイフを沈め
ていく。
司教枢機卿は言葉にならない悲鳴を上げながら、最後は口から血
が溢れだし動かなくなった。
ルクサーナはナイフから手を離すと俺に気付いたようで近寄って
きた。
385
﹁あら。ごめんなさい。嫌なもの見せちゃったわね﹂
ルクサーナの口調は軽いものに変わり俺の頬に手を寄せようとし
た。
俺は少し嫌悪感を覚え後退った。
それをみたルクサーナは自身の手を見た。血塗れになっているこ
とに気付いたようだ。
ルクサーナは苛立たしそうに手を握ったり開いたりしながら付き
人が持ってきた布に血を擦りつけた。
﹁さあ。今日はもう遅いわ。後は任せて私達は休みましょう﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁そうだわ。国軍も明日にはここを襲うかもしれないわね。あれを
持ってきて﹂
ルクサーナは側近に呼びかけ、俺の頭を胸に抱いてくる。
﹁もう少し、頑張ってくれる? この肉片を国軍が陣取っていると
ころの水瓶に沈めてきて﹂
ルクサーナは人形用のフォークに肉片を突き刺したものを数個お
盆に載せて俺に押し付けてきた。
俺は視線を肉片とルクサーナを交互に見ながら逡巡する。
﹁いいこと信吾。私が酷いと思うのならそう考えて貰っても結構よ。
ただ、この争いは誰かが主導権を握らないと終わらないわ。殺らな
ければ殺られる。それに戦争になれば大勢の人が死ぬ。民間人も巻
き込んでね﹂
386
俺は震える手でフォークを握り人形に手渡し命令する。
︱︱これで数千人の人がまた死ぬのか?
人形達が出て行くとルクサーナは満足そうに俺と腕を組んできた。
﹁さあ、体を清めて休みましょう﹂
387
一夜を共にする俺
目が覚めると俺の腕枕に寝ているルクサーナがいた。
俺もルクサーナも真っ裸だ。昨夜は自失呆然として言うがままだ
ったが、がつまりはそういうことだ。
ルクサーナも一緒に目を覚まし俺の顔を見ると微笑んできた。
﹁起きたのね。おはよう﹂
﹁⋮⋮おはよう﹂
﹁どうだった?﹂
﹁⋮⋮どうだったとは?﹂
ルクサーナは俺の目を意味深に覗きこんできた。
﹁ふふ。私との夜のこと。⋮⋮前世以来ね﹂
﹁そういえば胸が大きくなったな∼﹂
﹁バカ。 ⋮⋮そもそも体も違うけど前は病気でガリガリだったか
らね﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁あの時、私は何を考えてたかわかる?﹂
ルクサーナは顔を俺の胸に押し付けてきた。
﹁私はね。 ⋮⋮貴方に殺して欲しいと考えてたのよ﹂
﹁なっ!﹂
﹁生きるのに辛かったのよ。痛くて苦しいくて。⋮⋮治るなら我慢
も出来たかもしれないけど治らないことは知っていたしね﹂
388
俺の胸が濡れた感じがする。ルクサーナが泣いてるのか⋮⋮?
﹁貴方に殺してもらえればこの苦しみから解き放たれる。そして貴
方の心に一生残ってくれるでしょ?﹂
俺は優しく頭を撫でながら続きを待つ。
﹁⋮⋮そうもいかないのはわかってるわ。でもね。もう二度と同じ
苦しみを味わいたくないの﹂
そう言うとルクサーナは立ち上がり容姿を整え始める。
﹁ごめんなさいね。朝から湿っぽくしてしまって。さあ、朝食を取
りましょう﹂
俺は窓が無い狭い部屋に案内された。
﹁今日から数日間はこの部屋にいてちょうだい。出歩けないけど我
慢してくれるかしら﹂
ルクサーナと朝食をとると狭い部屋に置かれたテーブルで話し始
める。
その部屋の中にはドール達も置かれていた。襲撃で過半が壊れて
しまったがまだ30数体は残っている。
﹁この人形達であとひと仕事して欲しいの。この国の王族と隣国の
王族を暗殺してくれない?﹂
389
ルクサーナは無表情で、買い物をお願いするように言ってきた。
﹁⋮⋮嫌とは言えない?﹂
﹁そうね。昨日も話をしたけど、主導権を握らないとこの争いは終
わらないの。より多くの人が死ぬわ。これで終わりよ﹂
﹁⋮⋮なあ。こんなことやめてさ。⋮⋮俺と一緒に隠れ住まないか
? 贅沢言わなければ快適に暮らせるぜ? 畑も作れるし、狩りの
腕もなかなかなもんだぜ?﹂
﹁⋮⋮無理ね。国王は私の教皇としての権威を恐れているわ。逃げ
てもずっと追われるのよ。それに今、私がいなくなったら混乱でさ
らに状況は悪くなるわ﹂
俺はため息をつくと椅子にだらしなくもたれかかり部屋を見渡し
た。
﹁で、暗殺の手伝いしてこの部屋にいればいいのか? いつまでい
ればいい?﹂
﹁⋮⋮そうね一週間あれば掌握できると思うわ﹂
﹁わかった。 ⋮⋮そういやアルマはどこいったの?﹂
ルクサーナの顔が一瞬強張った気がしたがすぐに小さく笑った。
﹁あの子のことが気になる?﹂
﹁まあね。色々世話になったし﹂
﹁問題ないわ。同じ建物内で保護してるわ。貴方の情報が漏れると
困るしね﹂
ルクサーナは事態収拾後にまた来ると言い残して部屋から出て行
った。
390
︱︱毒を食らわば皿までも、か。ここまで来たら腹を括るしか無
いのか。
人形を3体残して暗殺の命令を順次下していく。
︱︱この3体は残しておこう。
3体はボツリヌストキシンを含ました針を持たせ、俺、ルクサー
ナ、アルマの三人を護衛するように命令する。見つかると面倒なの
で、天井が高い建物の特性を活かして天井にぶら下がるように命令
を下す。
人形達が部屋から出て行くと部屋の扉は俺の意思では開けてくれ
なくなった。
391
審判が下る俺︵前書き︶
本日1/2
392
審判が下る俺
﹁シンゴ!外に出ろ﹂
部屋から出れたのは10日も過ぎた頃だった。
しかも呼び出しに来たのはサーリムだ。
たまたま
︱︱俺の祝福を無効にする意味があるのか? それとも偶々か?
何故か俺の腕を後ろ手に組まれロープで緊縛され腰引縄で引っ張
られる。
﹁おいサーリム。これはいったい何の真似だ?﹂
﹁⋮⋮教皇がお待ちだ﹂
﹁だったらこの扱いは無いんじゃないか!?﹂
﹁⋮⋮﹂
サーリムは口を開かずに他の警護の兵士と共に何処かに連れて行
かれる。
言いなりに歩いて行くとだだっ広い礼拝堂に出た。大勢の群衆が
集まっていて俺の方を見てくる。
心なしか見る目がきつい。
ルクサーナは礼拝堂の中心部にある祭壇の上に立って群衆に向か
って話しかけていた。
﹁⋮⋮複数の街を滅ぼし司教枢機卿はもとより国王や王族、隣国の
王までも暗殺した下手人を捕らえ、今日ここに神の名のもとに判決
393
を下す!﹂
朗々たるルクサーナの声が礼拝堂に反響する。
俺は祭壇の上に追い立てられて首を前に出した格好で正座させら
れる。
︱︱えっ? なにこれ? 俺が犯人で断首される流れになってな
い? しかもアルマも?
祭壇の中心にルクサーナが立って恍惚とした状態で喋り、両側に
俺と同じようにアルマも押さえつけられ座らされている。
﹁こ、これは何の真似だ?﹂
緊張で口の中がカラカラになり上手く喋れない。
ルクサーナは俺だけに聞こえるように喋りかけてきた。
﹁信吾。ありがとう。これだけが私が生き残るルートなの。貴方の
犠牲は忘れないわ﹂
﹁犠牲ってなんだ! 生き残るルートって?﹂
﹁言ったでしょ。私の祝福のこと。将来が見えるの。貴方を巻き込
みたくなかったけどこれしか私が生き残ることが出来なかったのよ﹂
ルクサーナは暗く笑う。
﹁貴方が一緒に暮らそうって言ってくれて嬉しかったのよ。⋮⋮残
念ね。二度も若くして死ぬのは嫌なのよ。人がいつかは死ぬのはわ
かるけどせめてもう少し生きたいのよ﹂
﹁やめろ! 今からでも一緒に!﹂ ﹁貴方はこの混乱を引き起こした張本人として処断されるわ。アル
394
マも手引した罪で同罪。 ⋮⋮さよなら。信吾。今度は貴方があの
世で待ってて﹂
ルクサーナは剣を持ったサーリムに目配せし、群衆に向かって語
り始めた。
﹁さあ神の審判は下された。混乱を招き入れた者を処断し預言者た
る私ルクサーナの元で新しい世界を!﹂
サーリムが剣を振り上げた。
天井のステンドグラスからの光が剣に反射して幻想的な雰囲気を
一瞬感じた。
次の瞬間天井から人形が落ちてきてサーリムの首元に針が突き刺
さった。
395
決意する俺︵前書き︶
本日 2/2
396
決意する俺
サーリムは剣を落とし痙攣をし始め絶命した。
その光景を呆然として見ていた兵士達がこちらに詰め寄ってきた。
︱︱お前ら死ね!
俺は後ろ手に縛られたまま祝福を使う。
ミトコンドリア暴走と|ビブリオ・バルニフィカス︽人食いバク
テリア︾を異常繁殖させる。
近寄ってきた兵士達があるものは燃え上がり、あるものは溶ける
ように壊死していく。
隙を見て縄の腐食菌を増殖させ溶かし落とす。
一人の槍を構えた兵士が勢いに任せて突進してきた。辛うじて避
けると悲鳴が聞こえた。
振り返ると槍がルクサーナの腹を貫通していた。
﹁貴様! 何するか!﹂
俺は兵士の横腹を蹴り飛ばし祭壇から突き落とす。
俺はルクサーナを抱き起こし、傷の状態を見る。かなり出血をし
ている。
﹁くそ!﹂
兵士達がどんどんとその数を増やしこちらに近寄ってくる。
群衆は叫びながら混乱に陥っている。
397
︱︱俺が逃げ出すにはルクサーナを使うしかないか
俺は近くにあった首を入れるための壺を引き寄せながらルクサー
ナに兵士が持っていた剣を突き立てる。
﹁待て! 教皇の命がどうなっても良いのか?﹂
動きを止めた兵士達を横目で見ながらアルマを緊縛しているロー
ブを切る。
俺は兵士の中で一番豪華そうな装備をしている奴に話しかける。
﹁おい。お前がこの中で最上位の階級か?﹂
呼びかけた兵士が辺りを見渡し観念したように俺を見てきた。
﹁良いか? この壺の中には大量の病原菌が入っている。言わば呪
いの壺だ。この壺の中身をぶちまけたら、貴様ら全員苦しみながら
死ぬ。俺が街を全滅させたことは聞いてるんだろ?﹂
兵士は及び腰になりながら頷く。
﹁よ∼し。この壺を持った俺が倒れたら全員死ぬんだぞ? だから
俺たちを安全にこの教都からだしてくれ。分かったな?﹂
兵士は脂汗を流しながら逡巡してる。
俺はルクサーナに声を掛ける。
﹁おい。ルクサーナ。お前からも命令してくれ。頼む!﹂
398
ルクサーナは荒い息をつきながら弱々しく声をだす。
﹁あ、貴方達。道、を、空けな、さい﹂
兵士達は慌てて祭壇から降り、群衆を割り、道を空けた。
ルクサーナの傷口を圧迫するように布で応急処置を施す。
﹁ルクサーナ。少し我慢してくれ﹂
ルクサーナは俺の目を見ながら微かに頷いた。
壺をアルマに持たせ、俺はルクサーナを横抱きにして歩いて行く。
群集達はシンと静まり返り、固唾を呑んで視線で俺たちを追った。
﹁ここまでくれば良いだろう﹂
教都から1kmは離れた丘の上に俺はルクサーナを地面の上に下ろ
した。
﹁ルクサーナ。大丈夫か?﹂
﹁⋮⋮あ、まり、大丈、夫では、ないわ﹂
さまよ
視線を彷徨わせている焦点があわないようだ。
﹁アルマ。こんな傷を治せる祝福持ちはいるのか?﹂
﹁⋮⋮私にはわかりません﹂
﹁無駄、よ﹂
ルクサーナが俺の手を握り独白し始めた。
399
ここまで血を流せば祝福でも治せない。
もう少しで私が生き残れたのに。本当に細いルートではあったけ
ど貴方を処断すれば生きれたのよ。折り重なった糸をより分けてい
くのは大変なのよ。
貴方をこの世界に呼び寄せるようにしたのは私。貴方の祝福がこ
の世界を変えられる可能性があるって分かってたのよ。だけどここ
まで。
⋮⋮私は優子ではないわ。貴方の記憶を辿ったのよ。嘘をついて
いてごめんなさいね。優子は貴方の記憶の中にしかいないの。
ねえ。苦しいのよ。私苦しいのは嫌いなの。
さあ。信吾。ひと思いに殺して。
ルクサーナの顔は青白くなり生気が抜け落ちていく。
俺は迷う。殺すのか。俺がこの手で殺すのか。
︱︱違うな。殺すんじゃない。この瞬間だけ生かしてやるんだ。
俺の心の中で。
俺は決意しルクサーナの胸に剣を突き立てる。
﹁⋮⋮さよなら。優子﹂
ルクサーナは満足そうな顔をしていた。
400
決意する俺︵後書き︶
0時に最終回を予約投稿しました。
御覧くださると幸甚です。
401
生き抜いていく俺達
気付くと日が落ち暗くなっていた。
血の臭いが辺りを立ち込めている。
アルマが側にいて俺をずっと見つめていた。
俺は意識せずに口から言葉が出てきた。
﹁⋮⋮帰るか﹂
﹁どこへ帰られるんですか?﹂
﹁俺の家だよ。4年とちょっと過ごした俺の家に。⋮⋮アルマも来
ないか?﹂
俺はアルマの顔を見ながら手を差し出す。
﹁⋮⋮教皇様はどうなされます?﹂
﹁そうだな。このままじゃ可哀想だよな﹂
ルクサーナの亡骸を担ぎ大きな木のもとに運び、剣とで墓穴を掘
る。
時間が掛かるが気にせずに掘る。
月明かりが墓穴に当りスポットライトの様に浮き上がって見えた。
無言でルクサーナを埋めると家に向かって歩き始めた。
後ろからアルマが付いてきた。
﹁あれ? 付いてくるのか?﹂
﹁はい﹂
﹁てっきり振られたんだと思ったんだが⋮⋮﹂
402
﹁⋮⋮さすがに不謹慎かなと。だけど貴方に一緒に付いていきたい
です﹂
アルマは微笑んで俺に寄り添ってきた。
﹁なんだか懐かしいな。何日も離れてないのに﹂
家に辿り着いたが家は崩れ落ち、畑は荒らされていてすぐに生活
が出来るような環境では無かったが、不思議とやる気が満ちてきた。
︱︱振り出しに戻るか。
いや、前よりも状況は酷いが、知識はここに来た当時よりずっと
あるし、何よりもぼっちじゃない。
﹁アルマ。キミも一緒にここでの暮らしを作っていってくれるか?﹂
﹁はい!﹂
アルマは元気に返事をしてくれた。
道中に色々な話をして、より気持ちが縮まり様々な表情を見せて
くれるようになった。
アトラクト
﹁⋮⋮そう言えばアルマ。キミの祝福の話を聞いてなかったな。教
えてくれる?﹂
﹁はい。私の祝福は︻呼寄せ︼です﹂
﹁呼寄せ? ⋮⋮それはどんな効果があるのかな?﹂
﹁ふふ。私も教皇様とお会いするまではどんな作用をするのか分か
りませんでした﹂
403
教皇に教えられた所によると、﹁ある対象﹂を呼び寄せることが
できるらしい。ただ、すぐに効果が出るわけではなく長い期間祈念
しながら﹁ある対象﹂に呼びかけ続けるとそれが叶うらしい。
﹁シンゴ様をこの世界に呼び寄せたのは私の祝福の結果です﹂
﹁⋮⋮なんだって?﹂
﹁私の祝福を利用して教皇様が貴方を、昔の恋人を呼寄せたいと仰
ってました。それが教皇様の僅かな希望だと﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁でも、私が呼寄せた人は教皇様の恋人だけではありません。私と
一緒に幸せを築いてくれる人を呼寄せようと必死で祈念しました﹂
アルマは顔を伏せながらチラチラと俺の反応を気にしている。
︱︱複雑だな。元の世界に未練は無いが、でも俺の人生に干渉す
るのは⋮⋮
俺が無表情なことに気付いてアルマは泣きそうな顔をしている。
︱︱人生に干渉しあうのは当然か。それが人同士の触れ合いなん
だからな。
﹁アルマ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁呼寄せたからには責任を取ってもらおうか。これから俺の側でこ
き使ってやるからな﹂
俺はアルマに笑いかけると、アルマが抱きついてきた。
404
また、この世界で生存競争をしなければならない。
俺の祝福は使えない祝福では無いが、使ってはいけない祝福なの
かもしれない。
・・
でも、俺はもうぼっちではない。
これからは俺達が生き抜いていくんだ。
405
その後 その1
﹁うーん、こりゃ時間かかるな﹂
・・
俺達は家に戻ってきた。山頂付近に建てた家では無く、元々あっ
た家の場所に。
だが、教会の奴らに襲われて酷い状態になっている。
当然だが家は全焼して屋根が落ちている。畑は全て掘り返されて
いる。恐らく残っていた作物も野生動物達に食われているようだ。
付帯設備の竈やなんもかんも破壊尽くされている。
﹁シンゴ様。どうしましょうか⋮⋮﹂
アルマは万事に控えめだ。そしてあんなことやこんなことをを致
しても様付けをやめようとしない。
﹁当分は山の上に住むようだな。あそこに大部分の道具もあるし、
種なんかも保存してるからな﹂
また、この世界にとばされた当初に習い、地道に生活の幅を増や
していくことにした。
いや、前回とは大きく違う。道具も色々あるし、人形などの祝福
の使い方も習熟している。なによりもアルマがいる。
一人の時の雨や風の強い日に鬱屈とした、心寂しい日々は遠い存
在となったんだ。
そして一年が経つ。
畑は大きく広がり、家もなんと2LDKの大きな建物になり、そ
406
れを取り囲む鉄芯入りレンガ作りの塀。そして、大幅にグレードア
ップした護衛の人形達を配している。
特に警備、防備には力を入れた。偶に近くの街に必要な物を買い
出しに行く時に感じる不穏な空気を感じたからだ。人口は減り、作
物の収穫も悪い様子だし、何よりこの国のトップが短期間のうちに
消失したので乱世の様相を呈しているようだ。
俺の家はまさに俺にとっての国。楽園を現出するつもりで作って
いる。何分国民は、国王の俺とアルマの二人きりだが。
違うところは三人目の国民が出来そうだって言うところだ。
アルマの腹が張ってきている。恐らくお腹の中には子供がいるは
ずだ。偶に動いている。
嬉しいく、そして困ってしまう。
こんな時にどうしたら良いのか。何時頃生まれるのかもよく分か
らない。十月十日と俗に言われるがその第一日目がよく分からない。
Hした日なのか?
違うという説を聞いたこともあるが正確にはしらん。アルマも両
親を早くなくしてしまったせいでその辺は教わっていないそうだし、
何より教会の制度のせいで男性が徴用されていて出生率がグンと下
がって周りでも出産を目にしたことがないそうだ。
よく分からないなりには、出産の準備を整えることにした。
﹁助けて下さい!﹂
俺の目の前には女4人が膝を付き、祈るような格好で俺を見つめ
ていた。
﹁ここを追い出されたら死ぬだけです﹂
407
女4人は侵入者ではある。良くこの場所を見つけたと思うね。恐
らく森の中に迷い込んだところを警戒中の人形達に拘束されたよう
だ。
4人の中の一人は中年女性で3人の母親のだそうだ。三人とも目
鼻立ちがスッキリしているが、美人というか日本人的な可愛さがあ
る。
全員10代だろうか?
長女はアルマよりちょっと上ぐらいで10代後半、次女は10代
中盤、末女は10才ちょっとてところか。
母親は必死に取りすがってくる。
アルマは大きなお腹をさすりながらやり取りを見つめている。念
の為に警護の人形は配しているけど。
俺は、面倒そうなことは御免被りたいが。
﹁どうしたんだ? 助けるって言っても⋮⋮﹂
﹁私たちは戦争から逃げてきたんです。着の身着のままで⋮⋮﹂
母親は涙を見せつつ必死さをアピールしてる。
俺は対人コミュニケーション能力が低下しているからかうがった
見方をしてしまう。
まあ、こちらの同情を引こうとしているんだろうなとか思ってし
まう。
母親は俺の手に取りすがってくる。
﹁お願いです。ここに、ここの片隅でも構いません。住まわせてい
ただけないでしょうか。お願いです﹂
﹁そうは言ってもだな﹂
408
︱︱うーん。国王たる俺は断固として追い出すしかないか。着の身
着のままって言ったら俺の持ち出しばっかりになっちゃうしな。そ
れにこの親子達の背後で手引している人間がいるかもしれない
﹁あんた達をここに住まわせたとして俺に特はないだろ? 俺達も
生きるのに精一杯なんだが﹂
﹁そ、そんな! ⋮⋮私達も働きます。 子供たちだけでも助けて
いただけないでしょうか。一人は成人しておりますので、なんでも
お役にたてるとおもいます。どうか!﹂
︱︱お役ってどんなお役だ? ゲスいことを考えちゃうだろ
﹁いや、手は足りてるし、余っている場所はない。出てってく⋮⋮﹂
肩に手を置かれた。アルマが何か話したいことがあるみたいだ。
俺の手を引っ張り部屋の端まで連れて行くと小声で喋り出した。
﹁あの、シンゴ様。差し出がましいことを申すようですが⋮⋮﹂
﹁どうした﹂
﹁あの方達をここに住まわせていただけないでしょうか。シンゴ様
のお力になると思うのですが﹂
アルマがあの親子達の肩を持ちだしたぞ?
﹁なんでだ? あの親子の後ろに誰かがいるかもしれない。いなか
ったとしても、今後も来るかもしれない難民達を全て受け入れてい
くわけにはいかないんだぞ?﹂
﹁⋮⋮わかってます。ただ、あの方達を見捨てられなくて。それに
⋮⋮﹂
409
アルマは俯きながらお腹をさすっている。
︱︱そう言うことか
アルマは子供が出来ることで、子供を守る母親の憐憫の情が湧き
上がるのを抑えきれないのか。それと、出産のときの助けになるか
もと思っているのかもな。
﹁ふぅ。分かった。受け入れるよ。ただ、仕置については俺やりた
いようにやるからな﹂
﹁ありがとうございます﹂
アルマは俺の手を包み込みニコッと笑った。
410
その後 その2
﹁こんなもんか﹂
きこり
俺は土木人形、樵人形、大工人形達、総勢21体を総動員させて
急遽小屋掛けをした。
土木人形は主に土いじり、樵人形が切り拓いた森を掘り返し基礎
を作るお仕事だ。
森を切り拓く時の障害は木の根と大きな岩だ。岩は地味に掘り返
していくしかない。そして露出した岩を地味に砕いていく。今回の
場合には家を建てるためなので基礎にしてしまっているが。
木の根の掘り起こしの方法は最近効率の良い方法を気付いた。根
腐れを起こせばいいと。木の根の周りにじゃんじゃん水を撒いて水
浸しにさせ、地中を酸欠状態にまで持っていく。そして、俺の祝福
で地中にいる嫌気性菌や通性嫌気性菌群達を爆発的に増やしていく。
そうすると短期間のうちに腐り、根がボロボロになる。
わりぐり
基礎だが、地下水面より少し深めに掘り、2mの長さで腕の太さ
程度の木杭を数本打ち込む、その上に割栗を敷き、平で大きな岩を
置く。これでかなりの耐荷重量を保つはずだ。
大工人形はかなり細かい細工まで出来るようになった。問題は道
具類が追いついてこない点だ。
のこぎり
街に行っても職人である男たちが戦争や徴用で殆どいなくなって
しまったせいで老人達が細々と作っているだけらしい。
ハンマーなどの大雑把なものは俺でもできるが、さすがに鋸の目
立ては出来ない。継ぎ手を細工して木組みを出来るまでの技術は身
411
についたのだが⋮⋮
まあ、そんなこんなで家を1軒建てるだけでも大変ではある。俺
の場合には主命に忠実な国民である人形達がいるから楽ちんだが。
家は俺達の家と畑を挟んだ反対側に建てた。近からず遠からずっ
てところだ。塀の外側に位置しているが警護の人形達も周辺にいる
ので危険は少ない。
﹁ありがとう! オジちゃん﹂
オ、オジちゃん?
俺は君とたいして年齢は変わらんぞ!
物件の引渡しの時である。
難民である親子の末女のリノンが俺に抱きついてくる。リノンは
10才らしい。
﹁リノン。シンゴ様に失礼よ﹂
長女のユーリンがたしなめる。ユーリンは俺のひとつ下の19才。
リノンは気にせずに俺の周りをまとわりついている。それはそれ
で可愛いとも思うが釈然としない。
﹁⋮⋮セレン。俺って年寄りに見えるか?﹂
セレンは次女で16才でちょっとおどおどしている。
﹁シンゴ様は⋮⋮﹂
412
俺の頭をチラッと見る。
そういうことか。
俺の広々としたおでこを見ているのか。皮のヘルメットを冠って
作業をしていると蒸れるんだよ。それが原因か分からないがずんど
こ額の面積が増大している気がする。
﹁⋮⋮気のせいじゃないですよ﹂
セレンは俺の心の声を覗いていたかのようにボソッと呟いた。お
どおどとしているが、その実、口は悪い。
﹁シンゴ様。ありがとうございます。これで落ち着いて過ごせます。
何か命ぜられることがあればなんなりと﹂
三人娘の母親であるシリンが取り繕うように俺の手をとり膝づい
てきた。
﹁そうだな。それぞれ何が得意なんだ﹂
﹁私は編み物とかを生業としてまいりました﹂と母親のシリン。
﹁うふふ。おかーさんの手伝いしてるよ﹂と末女のリノン。
﹁⋮⋮いつも家の料理してる﹂と次女のセレン。
﹁わ、私は⋮⋮何かしら?﹂と長女のユーリン。
﹁そうか﹂
俺は考えた。俺は自分の服を見た。俺の服もアルマの服もボロボ
ロだ。難民であるシリン達の方がよっぽど良い物を身に纏っている。
麻もあるし綿の種も少量ある。これを機に畑を広げて織布、服飾
413
を手がけても良いかもしれない。
今までの俺には考えもつかなかったが。
﹁では、シリンとリノンは織布を研究してくれ。麻草から麻布を仕
上げられるように。そして綿花の面倒もみてくれ﹂
﹁畏まりました﹂
﹁うふふ。オジちゃん任せて﹂
⋮⋮オジちゃん
リノンは日本で言う小学5年生ぐらいか。130cm程度の身長
でコロコロと笑い明るい性格で見てて嬉しくなってくるが、これだ
けはなんとかならんもんか。
気を取り直してと。
アルマはお腹が大きくなり身の回りのことはできるが、見ている
俺がハラハラするし、料理の腕は⋮⋮
﹁セレンは俺の家の家事手伝いな﹂
﹁⋮⋮分かった。しょうがない﹂
セレンは背も低く黒髪で大人しくて可愛い。胸も大きい。妊娠し
て少し大きくなってきたアルマの胸よりも大きい。
黙っていれば可愛い。黙っていれば。
﹁それと、畑にあるものだけじゃなくて周辺で食べられそうなもの
も採取してくるんだぞ?﹂
﹁⋮⋮か弱い私にそんな汚れ仕事を﹂
414
セレンは両手で顔を覆い、泣き真似をしてくる。
﹁護衛の人形を付かせるから大丈夫だろ!﹂
﹁⋮⋮はぁ。冗談が通じないんですね﹂
構っていたら負けだ。
次だ。次。
﹁ユーリンはどうするか。何か希望はあるか?﹂
﹁私はなんでも一通り出来るんと思いますが⋮⋮これってものはあ
りません﹂
ユーリンは落着いた性格で物事に動じない冷静さがある。姉妹た
ちのリーダーシップを常に取ってバランス感覚に長けている。そん
なことよりも、長身でナイスバデーなところにまず目を惹かれる。
母親よりも次女よりも大きくてウエストは引き締まっている。
貫頭衣のようなものを着ているのだがベルトで締められたウエス
トから隆起してくる感じがまたたまらない。そして長い足がスリッ
トからちらちら見えてるのが目の保養に、いや目の毒に。
﹁では、俺の手伝いをしてくれ﹂
﹁わかりました﹂
そんなやりとりを見ていた次女のセレンがうがった目つきで俺を
見ている。
﹁⋮⋮また姉さんをイヤラシイ目で見てる。手伝いってどんなこと
をするのやら﹂
また、ぼそぼそと独り言を言っている。
415
見かねたユーリンがまたセレンをたしなめていた。
俺達と4人の親子の共同生活の始まりになった。
416
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2835cp/
使えない祝福とぼっちな俺
2016年7月9日17時06分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
417
Fly UP