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フラニー - タテ書き小説ネット
フラニー ペトアリ タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ フラニー ︻Nコード︼ N4829CM ︻作者名︼ ペトアリ ︻あらすじ︼ 取調室である男が語る、少女との日々。男の彼女への愛情ははた して本物だったのか? ︻要素︼ 青年×幼女/監禁/サイコホラー風味/メリーバッドエンド ︵自サイトより転載︶ 1 1 フラニー⋮⋮フランセス。愛しいフランセス。 警察達が俺をとり囲んでる。真正面から俺をにらんでいる。そい つの後ろにもう一人。そして俺の後ろにも、二人。別に逃げようと なんてしないのに、少し動いただけでイスに強く押さえつけられる。 粗暴で腹が立つ。指が肩に食いこんで痛い。でもふり払うとさらに 強くつかまれるから渋々がまんしている。 ﹁俺は彼女を愛していました。本当です。彼女も俺を愛してくれて いました﹂ はっきりと告げる。肝心の相手が目の前にいないのに、これほど むなしい告白もない。もちろん警察相手に愛をささやいているわけ ではない。俺は警察なんてきらいだ。まあ、好きなやつがいるなん て毛ほども思っちゃいないが。いい歳してサンタクロースがいるな んて信じるようなもんだ。でも、こうやってくり返さないとこいつ らはわからないんだ。俺とフラニーの間にたしかなものがあったこ とを教えてやっているんだ。ああ、早くフラニーに会いたい。俺は いつ解放されるんだろう。 フラニーとの出会いは、なんてことはない。ドラマや小説にある ような劇的なきっかけなんてなにもなかった。でも好きになってし まえばそんなのささいなことだろ? 大事なのはどうやって愛し合 うかだ。 まず俺はフラニーと二人きりでいられる部屋を作った。日曜大工 なんてめんどくさくていやだったけれど、フラニーの喜ぶ顔を思い 浮かべて頑張った。たまに使い方を間違えて、指から血が吹き出た り顔の皮膚がめくれたりしたけれど、そんなことは別に気にならな 2 い。傷は男の勲章だ。この傷を見るたびにフラニーは俺に感謝する だろうし、俺が彼女のためにどれだけ頑張ったかわかってくれるは ずだ。 ﹁フラニー、今日からここが俺たちの部屋だよ﹂ やっとのことで部屋が完成した日、俺はいてもたってもいられず 家を飛び出した。すぐにでもフラニーに伝えたかったからだ。フラ ニーといつもの公園で待ち合わせ、いつものようにキャンディをプ レゼントする。今日は二人の大切な日だから、奮発して特別豪華な ものを買った。フラニーが抱えられないほど大きなキャンディがか ごにつまっている。かわいらしく包装されたそれを見てフラニーは 飛びあがって喜んだ。早く食べたいとはしゃいで、プレゼントを抱 える俺に抱きついてきた。 せかすように彼女を車へ誘った。彼女は不思議そうな顔をしたが、 ﹁もっとすごいプレゼントがある﹂と言ったら、なんのためらいも なく助手席に乗った。俺は興奮を抑えられなかった。キャンディで こんなにも喜んでくれるなら、あの部屋を見た彼女はどういう顔を するんだろう。考えるだけでわくわくした。だけど部屋を見たフラ ニーは、つっ立ってなにも言わなかった。さっきまであんなにはし ゃいでいたのに、見たこともない無表情で黙りこんでしまった。 3 2 ﹁どうしたんだよ、フラニー。うれしくないのか?﹂ 俺が顔をのぞきこむと、フラニーは目をうるませて、上目づかい で俺を見た。 ﹁ここ、私とおじさんの部屋なの?﹂ フラニーがおかしなことを言う。おじさん、なんて、まるで俺と 彼女が他人同士みたいじゃないか。 ﹁なんでそんなこと言うんだ、フラニー﹂ 勝手に低い声が出る。フラニーの反応があまりにも思っていたも のと違ってがっかりだ。腹が立つ。だれもかれも、俺が悪いと言う んだ。俺がなにをしたって言うんだ。俺がしたいことはなにひとつ 思い通りにならない。ほしいものだってたくさんある。手に入れよ うと努力だってしてる。なのになんでお前らは俺の邪魔ばかりする んだ。 ﹁俺の名前は﹃アル﹄だ。おじさんじゃない。二度とそんなふうに 呼ぶな﹂ あとずさるフラニーの腕をつかむ。目を見開く彼女に顔を近づけ て迫った。 ﹁ご、ごめんなさい。アル⋮⋮﹂ フラニーはうつむいて震えていた。小さな唇も、こげ茶のまつ毛 も震えている。その様子を見ていたら怒りが静まっていった。フラ ニーは俺が怒った顔なんて初めて見ただろうから驚いただろう。た しかに﹁おじさん﹂なんて呼ばれていやだったけど、フラニーにつ らそうな顔をさせるのはもっといやだ。 俺はかがんでフラニーと目線を合わせた。俺よりふた回り以上も あし 小さい両手をとって、頬に当てた。白くて柔らかい指だ。ピンクの シャツからのぞく首筋も腕も、黒いミニスカートから伸びる脚も、 4 傷ひとつない。俺のものとはまるで違う。 びっくりさせてごめんな、と優しく言って手を引く。部屋にある ベッドまでフラニーはおとなしくついてきた。 ﹁フラニー、ここに座って﹂ ベッドへ腰かけ、その膝上にとフラニーをうながした。恥ずかし いのか、フラニーはなかなか足を動かさなかったが、俺が強く膝を 叩くとようやく近づいてきた。スカートを握りしめるフラニーの手 を握って、膝上に座らせる。軽いけれどたしかな重さがある。俺の あごにちょうどフラニーの頭がある。フラニーは緊張からかかすか に震えていて、そのたびにあごに茶色い髪が柔らかくこすれる。 首筋に鼻を当てるとフラニーのにおいがした。こんなに近くで彼 女を感じられるなんて初めてのことだ。いつもはせいぜい、人目を 気にしながら手を握るくらいしかできなかった。今日からもう我慢 なんてしなくていいのだ。 震えているフラニーを安心させようと頭をなでたけれど、それで はだめだったらしい。フラニーは小さく頭をふった。固い表情の理 由を聞こうとしたら、彼女から口を開いた。 ﹁もう、お母さんとお父さんには会えないの?﹂ 5 3 フラニーは目に涙をためて訴えてきた。俺は頭をなでる手を止め て唇をひき結んだ。 フラニーには申しわけないけれど、俺は彼女の両親がきらいだ。 特に父親の方は最悪だ。 以前、俺とフラニーが話をしていたところにやってきて、有無を 言わせず連れ帰ってしまった。しかも、不信感たっぷりににらみつ けてきやがった。その次の日なんか、フラニーにあげようとしたキ ャンディを叩き落として怒鳴りつけてきた。俺が彼女のために店を 回って買ったキャンディだ。それを受けとるとフラニーはいつもう れしそうな顔をするんだ。でもその日は、かわいそうに、父親の剣 幕におびえて泣きそうになっていた。俺はよっぽど言い返しそうに なったけど、フラニーにこれ以上いやな思いをさせたくなくて堪え た。 あんなふうに思いやりのない男にはなりたくない。見たところあ いつは俺と同年代だけど、俺よりはるかに幼稚でまぬけだ。見た目 で人を判断して攻撃してくるなんてどうかしてる。あんなやつに育 てられたってきっとろくな大人にならない。母親の方はどうだか知 らないが、あんな男と結婚するくらいだから見るまでもないだろう。 子供は親を選べない。そう思ったらフラニーが不憫でたまらなくな った。 ﹁あんなやつらのことなんかいつまでも考えてたらだめだ。これか らは俺がずっとそばにいてお前を守るから、もうなにも心配しなく ていいんだよ﹂ 俺といることがわかったらあの男はなにをするかわからない。フ ラニーにだって手を上げるかもしれない。 俺といた方がフラニーは絶対に幸せになれるんだ。親と急に離れ 6 た今は不安に思うかもしれないが、すぐに忘れられる。 それから、フラニーは親のことはいっさい口にしなくなった。も ちろん俺の方から話題を持ちかけるようなこともない。だけど彼女 は笑うこともしゃべることも少なくなった。表情は色をなくし、鈍 くなっていった。よく風邪を引くようになった。 俺は彼女の輝かしい笑顔に惹かれたのだ。ぽんぽんとボールのよ うに跳ねる動きや無邪気な表情が彼女の魅力だった。それをとり戻 したくて俺はいろいろした。大好きなキャンディやガムも毎日プレ ゼントしたし、フラニーが食べたいと言うものはどんな料理も買っ てきた。子供が好きそうな映画やアニメを借りてきて、一緒に見た りした。フラニーはそのたびに喜んだ。おいしい、おもしろい、大 好き、と喜んで、私のためにありがとう、とほめてくれる。俺は楽 しくて充足感に満ちた日々を送れているけど、フラニーはそうでは ないみたいで、しばらくすると暗い顔に戻ってしまう。その顔を見 るたびに俺は不安になって、つい聞いてしまうんだ。 ﹁フラニー、俺のことが好きか?﹂ ベッドに二人して寝ころんで、もう眠ろうかという時に尋ねる。 枕から顔をこちらに向けてフラニーはうなずく。その緩慢な動きに 俺は眉を寄せて、もう一度同じことを聞く。 ﹁本当に好きか? 嘘をついてるんじゃないよな﹂ ﹁も、もちろんよ。アル、大好き﹂ 7 4 フラニーは俺の手を両手で包みこんで、そっとキスをした。 ﹁アルは私のことをいつも気にかけてくれるし、休みの日もずっと そばにいてくれて私を優先してくれる。それが、私はすごくうれし いの﹂ フラニーは震える両手に力をこめる。幼い彼女がぬれた瞳で必死 に愛をささやく。だけどそれでも満足できない俺は、なんて強欲な 人間なんだろう。 ﹁なら、これからも俺とずっと一緒にいるよな? 俺から絶対に離 れないと誓えるな?﹂ 彼女がうなずくのを待って、あごに手をかける。誓いのキスはこ れで何度目なのか。俺は覚えてるんだ。 フラニーの寝顔をしばらく見つめていると、いてもたってもいら れなくなる。音を立てないように慎重に部屋を出た。 ダイニングの明かりもつけずにテレビの電源を入れた。画面の光 が目につき刺さる。目を閉じてまぶたをもんでからもう一度画面を 見た。 警察はフラニーを探しているが、まるで見当違いのところへ動い ているようだ。フラニーとの生活を邪魔されないために、鬱蒼とし た森の奥まで引っ越してきてよかった。最初にここに立っていた廃 屋を見たときはどうなることかと思ったが、なんとかここまで来た。 建築の技術どころか工作すらまともにやったことがない俺がここま でやれたのも、全部フラニーのためだ。この幸せを手放すなんて考 えられない。 だけど、わかっている。こんな幸せはいつまでも続かないんだ。 いつかはあいつらがここに来る。悪魔がフラニーをさらいに来る。 そうなったら俺はどうしたらいい? 8 とても怖い。でも時々考えるんだ。ニュースを見るたび、新聞の 記事を追うたび、それは現実味を帯びていく。フラニーと一緒にい られるなら別にここじゃなくてもいいんじゃないか。最近はそんな ふうに思えてきた。なんでもない人生でも思うところはある。フラ ニーと出会えた俺にはかけがえのない時間や言葉にできない瞬間は たくさんあった。だけどそれ以上に、こんなクソみたいな世界を呪 いたくなる時が、山ほどある。人生はいいことも悪いことも同じく らいあるとよく聞くけれど、俺には悪いことが多すぎた。そしてこ れからもそれは変わらないだろう。こうして幸せをかみしめている 間も、常に俺を不快にさせるものが迫ってくる。 それとは対照的に、フラニーはいいことの方が多かったんだろう。 そうじゃなきゃあんなに屈託のない笑顔はできない。俺にはまぶし くてたまらない。そんな彼女がこの先いやなことばかり体験して、 俺のようになってはいけないんだ。 そうとなれば、一番いい方法はなんだろうかと考える。フラニー にはなるべく苦しい思いはしてほしくないから、やはり銃が一番だ ろうか。薬物もいいかもしれないが、残念ながら俺にはあまり知識 がない。なにかの間違いでやり遂げられなかった場合のことは考え たくない。やはり銃がいいだろう。そう思ったら、もうそれしかな いように思えてきた。もう一週間ほど経てば、俺はその考えを行動 に移していたかもしれない。 9 5 フラニーがまた風邪を引いた。しかも今回はかなりの高熱だ。フ ラニーの意識はもうろうとしていて、目もうつろだ。呼びかけても 反応が鈍い。三日も経っているのに一向に熱が下がらない。もしか したらただの風邪ではなく、なにか重い病気なのかもしれない。俺 はどうしたらいいのかわからなくなって、部屋とダイニングを意味 もなく歩きまわった。 はやり病か伝染病かなにかなのかも知れない。普段はほとんどつ けないテレビの電源を入れた。全チャンネルを見てみたがそれらし いニュースはやっていない。代わりに、俺を地獄へつき落とす情報 が目に飛びこんできた。 警察が俺の住む州の捜索に入ったらしかった。まだ街の方を回っ ているらしいが、ここまで来るのも時間の問題だ。山奥まで入って こられたらここら辺は家が少ない。すぐに足がつくだろう。 なんでよりによって今なんだ。いや、どうして放っておいてくれ ないんだ。どうして彼女を探す? 見つけたって、彼女は俺以外の ところに行く場所なんかないのに。 テレビをたたき壊したい衝動を押さえつけながら自室へ向かう。 フラニーと住みはじめてからは使うこともあまりなくなったが、も しものときのために﹁あれ﹂がしまってあるのだ。金庫へ厳重に保 管している。 本当は使いたくなんかないが、しかたない。もうこれ以上の方法 なんて俺には思いつかないんだ。 暖房の効いていない部屋にある金庫は氷のように冷たい。一瞬暗 証番号を忘れてあわてたが、メモをしてあったことを思い出してな んとか開けた。 金庫と同じくらい冷たくて黒い凶器。ずっしりと手のひらを圧迫 10 する質量に心臓をわしづかみにされる。弾はすでにこめられている。 狙いさえ外さなければ一発で命を撃ち落とせる。俺やフラニーの人 生を一瞬で破壊する。 俺は今、どういう顔をしているんだろう。鏡を見る勇気はないか らわからない。でもフラニーが怖がらないように、できるだけ笑っ ていようと思う。 足音を忍ばせて部屋に入ると、フラニーはそのわずかな音で目が 覚めたようで、視線をこちらによこしてきた。そして俺の右手に握 られているものを見て悲鳴を上げた。 ﹁アル、それ、なに? それでなにをするの﹂ フラニーは腕で顔をかばって悲鳴を上げつづける。彼女からこん なに大きな声が出るなんて初めて知った。よほど驚いているんだろ う。そりゃあ、そうだ。俺だってこんなものを向けられたら怖いに 決まってる。 ﹁大丈夫だよ、フラニー。一瞬だ﹂ 俺はできるだけ笑ってみせたが、それを見てフラニーはさらにパ ニックになった。腕をふり回してベッドからなんとか起き上がろう とする。あんまり動かれると狙いを外すから危険だ。そう思った俺 はベッドに乗りあがってフラニーの体に馬乗りになった。 11 6 ﹁すぐすむから、だからフラニー、おとなしくしていてくれ﹂ 何度も頼んでるのにフラニーは言うことを聞いてくれない。俺の 腕をつかんで胸元へ押し返してくる。 フラニーの甲高い悲鳴を聞き続けて、俺は頭が変になりそうだっ た。金属をこすったような音が耳の中につき入り、頭蓋骨でめちゃ くちゃに反射して頭を揺さぶる。 フラニーは泣いていた。肩までかかる髪をふり乱し、涙と鼻水で 顔面を汚して泣いていた。あんなにかわいかった彼女の顔が見るか げもない。ホラー映画のように魔女が乗り移ってしまったのではな いかと思うほどだ。恐怖なのか悲しみなのか、他の別の感情なのか わからないが、俺も泣いていた。泣くことすら気力がいるものだと 思っていたのに今は涙が止まらない。これも彼女に会えたからこそ できたことなのだろうか。 もみ合ううちに銃口がフラニーの口に入った。単なる偶然だった が、フラニーは叫ぶのをやめて動きも止めた。これで引き金を引け ば間違いはないはずだ。 荒い息をようやく落ちつけることができた俺は、ゆっくりと指に 力を入れた。キリキリ⋮⋮と金属をこする音がかすかに響く。フラ ニーは微動だにしなかった。ついに覚悟を決めたに違いない。ベッ ドにだらりとたれた四肢は、まるで意思をなくしたかのようだった。 俺の涙はまだ止まらなかった。しかし目だけは背けてはならない。 フラニーの最後の瞬間を、俺以外のだれが見届けてやれるというの だ。そう思って俺は顔を上げた。すると、かすかだが、フラニーの 口元が動いているのがわかった。最後に俺になにかを伝えようとし ている。俺はいったん指の力を抜いて、銃口をフラニーの口から引 き抜いた。 12 ﹁死にたくないの﹂ 震える声でフラニーはつぶやいた。まだ決心はついていなかった ようだ。俺は心が痛んだ。俺の顔を見てそれを察したらしい。フラ ニーはつけ加えた。 ﹁アル、あなたにも生きててほしい。簡単に死を選んだりしないで﹂ フラニーの切実な訴えに俺は首をふるしかなかった。 ﹁無理だよ、フラニー。俺だってできればそうしたい、だけどもう だめなんだ。そう決めるのは決して簡単なことじゃなかった﹂ ﹁そんなことない。まだ、なにか方法があるはずなの﹂ フラニーが首もふる。俺を必死に勇気づけようとしてくれている けど、そこにはなんの希望も見出せない。俺も首をふり返すしかな かった。 ﹁ないよ、もうなにもない。フラニー、もうなにもかも終わりなん だ。もし運よく逃げきれたとしたって、俺には君を救えない。君を 失った時、俺にどうやって生きていけって言うつもりなんだ?﹂ 頭を抱えてうめく俺の腕に温かいものが触れる。 ﹁アル、おまわりさんが近くに来ているの?﹂ 13 7 俺は泣きながらうなずいた。フラニーの手を握りしめ、涙でぬれ る頬に押しつけた。すると、フラニーはもう片方の手を伸ばし、俺 の頭をゆっくりなでたのだ。 ﹁大丈夫だよ、アル。私たちはずっと一緒にいられるの。私の話を 聞いて﹂ フラニーの声はとても弱々しかったが、落ちついていた。俺の不 安をすべてとりのぞいてくれるような優しさがあった。俺が顔を上 げて見ると、彼女はほほえんでいた。 ﹁私ね、生まれた時から病気なの。それでずっと、それを治すため の機械を使ってるの。お母さんが病院でもらってきてくれた、口に 入れて使うものなの﹂ そんな話は初耳だった。 ﹁じゃあ、ここに来てから、それは?﹂ おそるおそる聞くと、フラニーは首をふった。 ﹁それを使わないと、私はこうやって苦しくなる。だから、アルに お願いがあるの﹂ フラニーのお願いというのは、その機械をとってくるために一度 家に帰してほしいということだった。 ﹁ふざけているのか?﹂ 俺は思わず大声を出した。そんなの許すわけがない、決まってい るじゃないか。一度でも彼女を手放したら二度と会うことはできな い。そんなことは考えなくてもわかる。俺をばかにしているとしか 思えなかった。 ﹁逃がしたら、お前はもう帰ってこない。よくもそんな言葉で俺を だまそうなんて思えたな﹂ 俺は再び銃口を向けたがフラニーは落ちついていた。先ほどのよ 14 うに叫びだすことはせず、静かな声で俺に語りかけてくる。 ﹁逃げたりなんかしない。本当よ。私を信じてよ、アル﹂ ﹁だれが、なにを信じろっていうんだ。お前がここに戻ってくる保 証なんかどこにもない﹂ ﹁お願い、私を信じて。一生のお願いなの、アル。私はあなたから 逃げたりしない。あなたとずっと一緒にいるためにしなければいけ ないことなの﹂ 呼吸がうまくできなくなる俺をなだめるように、フラニーが頬を なでる。目じりに浮かぶ涙を、丸みを帯びた指がすくいとる。 ﹁あの機械があれば、私はすぐに元気になるの。そうしたら今度は、 だれにも追ってこれない遠くに逃げよう。二人きりで、一緒に、地 球の裏側まで行こうよ﹂ フラニーが両腕を広げる。俺はその小さな胸に飛びこむようにし て抱きついた。 ﹁本当だな? 本当に、俺のところに帰ってくるんだよな﹂ うめくように吐きだした言葉にフラニーはうなずいた。 ﹁約束する。私は絶対に戻ってくる﹂ ﹁﹃約束﹄じゃだめだ﹂ フラニーの言葉を鋭くさえぎって叫んだ。 15 8 ﹁必ず俺のもとに帰ってくると、誓うんだ﹂ 触れ合いそうなほど顔を近づけて、俺たちは見つめ合った。フラ ニーはしばらく黙ったままで、俺の目を見ていた。 ﹁誓うわ。ずっとあなたのそばにいるから﹂ フラニーの目は澄んでいた。今、この瞬間は、俺だけを見ていて くれてると確信した。 ﹁俺のことが好きだよな、フラニー﹂ ﹁うん、大好き﹂ ﹁なら誓いのキスをしよう。今日は君からしてくれるだろう?﹂ いた フラニーはかすかに笑って、目を伏せた。俺も目を閉じる。ゆっ くりと彼女が近づいてくる気配を感じて、鼻の奥が痛がゆくなった。 最後に彼女が見せた笑顔を俺は忘れない。ここに来てから初めての、 そして今までの彼女が初めて浮かべた微笑だった。 フラニーの言葉や、笑顔、愛し合った日々を思い出しているうち に、俺も自然に笑顔を浮かべていた。ここに彼女はいないのに不思 議だった。 三日前、彼女を家まで送っていった直後だった。家へと引き返し た先に警察が待ち構えていたのだ。パトカーが俺の車をまたたく間 に囲み、俺は車から引きずり降ろされた。深夜に、凍った冷たい道 路に体を押さえつけられながら、俺は絶叫した。なにを言ったかは 正確には覚えていない。けれどひたすらフラニーの名を呼びつづけ ていたように思う。 俺がせっかくフラニーとの日々を話したというのに、目の前の警 察どもの顔は沈んでいた。なにもかも話せと言ったのはこいつらだ。 16 だからここまで細かく話してやったというのに、相づちのひとつも 打たなかった。とても損をした気分だ。だが気持ちはわからないで もない。俺だって、他人が恋人とどう過ごしてきたかなんて話には 少しも興味がわかないからだ。 ﹁あんたらが聞きたいことは全部話したつもりだけど、なにか質問 は?﹂ 不機嫌を隠しもせず、俺はぶっちょうづらで聞いた。警察どもが ため息をつく。ため息つきたいのはこちらの方だ。 ﹁ないなら、早く俺を解放してくれませんか。フラニーを迎えに行 かなくちゃならないんだ﹂ ﹁なんだって?﹂ 正面の男が目をむいた。俺はいらいらしてきて、ついどなった。 ﹁俺の話を聞いてなかったのか。フラニーが俺を待ってるって言っ ただろ!﹂ ﹁なにを言っているんだ、お前は﹂ 背後の男が俺の肩を押さえつける。俺はそれを払いのけ、そいつ に向かってがなる。 ﹁フラニーは吸入器をとりに帰っただけだ。今もあの家で、俺が迎 えに来るのを待ってるんだよ!﹂ 17 9 俺の剣幕に押されたのか、背後の警察二人は言葉を失い、顔を見 合わせた。前を向き直ると、正面の警察は額を押さえてうつむき、 首をふっていた。その後ろにいるやつは、俺と目が合うなり顔を背 けた。 ﹁アルバートくん⋮⋮﹂ 意を決したように、正面の男が声をかけてくる。それでも俺の顔 を見て迷いが生まれるのか、口の中でなにかつぶやいている。 ﹁フラニーは、君を待ってなどいない﹂ 正面のやつの背を押すように、その後ろの警察が言った。目をむ いてそいつを見る。俺の怒りを察知したのか、正面のやつが間髪入 れずに言った。 ﹁君にはもう二度と会いたくないと、彼女はそう言ったよ。君を愛 してなどいないと﹂ ﹁嘘だ﹂ 否定してもやつの表情は変わらない。俺はそこにいる、全員の顔 を見た。皆、同じ顔をしている。無表情の合間に同情の二文字がの ぞいている。俺をばかにしているんだ。 ﹁嘘じゃない。彼女は、つらいけれど、法廷の証言台に立つと言っ ていた。君との生活がどれほど苦痛だったか話してくれるそうだよ﹂ ﹁でたらめ言ってんじゃねえ!﹂ やつにこぶしを浴びせてやりたかったのに叶わなかった。立ち上 がろうとした体はたちまちつかまれ、押さえつけられ、テーブルに 叩きつけられる。 ﹁フラニーは俺を愛してる。ずっと一緒にいるって誓ったんだ!﹂ ﹁それが本当かどうか、今度の法廷でわかることだ。彼女を愛して いるなら、しっかり聞いて受け入れてやるんだな!﹂ 18 上からやつらが怒鳴り返す。 ﹁君のしたことは犯罪なんだ﹂ やつの背後でずっと顔をそらしていた男がそう口にした。罪のな い少女を誘拐し、監禁した、俺は犯罪者なのだと。 ︵終︶ 19 9︵後書き︶ このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係あり ません。 20 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n4829cm/ フラニー 2016年7月8日05時50分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 21