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転換期を迎えた厚生年金基金と 新たな資産運用への挑戦

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転換期を迎えた厚生年金基金と 新たな資産運用への挑戦
Financial Information Technology Focus March 2005
1
アセットマネジメント
転換期を迎えた厚生年金基金と
新たな資産運用への挑戦
平成16年年金制度改正を受け、
厚生年金基金の代行給付事業の財政構造が大きく変化するとともに、
厚生年金基金の資産運用の在り方も大きな見直しが迫られる状況にある。
今般の年金制度改正の一環として、平成17
は、過去に設定された5.5%の目標がきわめて
年度から厚生年金基金における財政運営の在
高いハードルとなっていることは自明であ
り方が一変することは、一般に報道等ではあ
る。金利低下とともに基金側の逆ざや負担が
1)
3)
まり取り沙汰されない。40兆円程度 の規模
恒常化 し、権利と義務が見合わない状況が長
を持つ厚生年金基金における制度改正が、そ
期的に続いたことが、先に挙げた代行返上の
の資産運用にどのような影響を与えると考え
引き金のひとつとなったことは想像に難くな
られるのか、整理を試みたい。
い。細かくは省略するが、解散や代行返上を
する場合に国等へ返納する必要のある年金資
国の年金リスクを代行する厚生年金基金
産額は、老齢年金給付を肩代わりするために
厚生年金基金の最大の特徴は、昨今「代行
必要とされる現時点での原資よりも一般に低
返上」というキーワードで一躍有名となった
く済む。つまり、代行給付事業が持つ債務の
代行給付事業にあるだろう。代行給付とは、
大きさよりも少ない額で制度を終了すること
企業年金である厚生年金基金が国(厚生年金)
が実務的に可能であり、制度の終了を誘引す
から資金を受けて国の老齢厚生年金の給付を
るひとつの要因となったのである。
代行する仕組みである。厚生年金基金は、国
代行給付を継続することが「リスク」であ
から厚生年金保険料の一部を代行給付用とし
る一方、代行給付を返上することが「メリッ
て受け取る権利と引換えに、加入員への老齢
ト」である、というのが今年度までの厚生年
年金給付を確実に行う義務を負うこととなる。
金基金の姿である。
Writer's Profile
厚生年金基金は、本来この権利と義務が互
末吉 英範
いに損得が生じないように、いろいろな前提
厚生年金基金の代行リスクを、代行返上を
条件を置いて運営される。従前までは、その
せずに国へ返上できる仕組みが実現
2)
Hidenori Sueyoshi
ひとつとして、絶対値として5.5% の資産運
今般の年金制度改正では、厚生年金基金の
金融IT研究センター
用利回りの達成という前提が存在した。厚生
財政を再び安定化させるため、この構造的な
年金基金が創設された当初、今から振り返っ
問題にメスが入れられることとなった。
副主任研究員
専門は資産運用
[email protected]
て高金利にあった時代は、この5.5%を上回る
利回りを達成することは比較的容易であり、
ポートフォリオの実績利回りという相対的な
5.5%を上回って獲得できた利益は、代行給付
基準へ変更となった。過去の5.5%のような絶
以外の企業独自の年金給付部分を手厚くする
対的な目標ではなく、国が現実に達成できた
ことなどへ貢献してきたといえよう。
利回りという現実的な目標へ改められたので
しかしながら、近年の低金利水準にあって
2
まず、資産運用利回りの目標値が国の年金
ある。しかし、厚生年金基金が国の実績利回
野村総合研究所 金融 IT イノベーション研究部
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
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NOTE
7)
りを達成したとしても、それが基金の義務で
低廉な運用報酬を国が実現している ことは、
ある老齢年金給付を肩代わりするために必要
厚生年金基金にとって不利な条件である。
な利回りには不足するかもしれない。そのた
また、国の実績利回りが実際に基金側に適
め、国の実績利回りが代行給付を維持するの
用されるまでに、2年弱のタイムラグ が生じ
に見合わない水準まで低下した場合には、そ
ることも問題点となる。タイムラグの存在に
の不足金を一定のルールに従って国が厚生年
より、基金は年度単位の短期的な収支が合わ
4)
8)
金基金へ交付 する制度も併せて導入された。
ないリスクを抱え込むこととなる。このよう
加えて、厚生年金基金が認識しなくてはいけ
なリスクは認識時点の不一致であり、形式的
ない債務額も、代行給付を肩代わりする義務
な問題とも考えられるが、現実的には年度毎
の評価額自体ではなく、その時々に解散した
に実施される財政検証等に備えるためリスク
場合に返納すべき額そのものへ緩和された。
に見合う一定のバッファーを確保する必要性
つまり今回の制度改正では、厚生年金基金
は実際に代行返上や解散を実施しなくても、
が生じることになるだろう。
利回りの面、そしてリスクの面からも、国
国並の運用利回りを実現することで代行給付
の目標利回りを達成することは容易ではな
の「リスク」負担を国へ移転でき、また負担
く、厚生年金基金は新たな目標への対応が迫
5)
すべき債務の規模を切下げる「メリット」 を
られることとなる。
享受できることが明確になったのである。
独自の運営モデル構築への挑戦
現実的な課題へ対処する必要性
この4月と目前に迫った新ルールの適用開
一方、実務的な立場で重要なことは、この
始に向けて、厚生年金基金約40兆円の資産運
ような制度改正の恩恵は、何もせずに全てを
用の運営は大きく舵取りの変更が求められる
享受できるものではないことにあるだろう。
ことになる。一方で、ここに述べた現実的な
制度改正の恩恵を享受するためには、変化す
課題を勘案すると、その具体的な舵取り方法
る運用目標に向けた周到な準備が必要である
には相当のテクニックが必要と考えられる。
という認識が拡まっている。
代行給付事業を営み、かつ国からの財源手当
厚生年金基金の代行部分の運用目標は、絶
システムが組み込まれるわが国の厚生年金基
対値から相対値(国の運用利回り)へ転換す
金の財政システムは世界に類を見ない仕組み
る。厚生年金基金担当者は、最低でも国の運
であり、他国・他業種での研究や具体事例は
用ポートフォリオの利回りを確保するという
存在しえないだろう。加えて、およそ900あ
目標を達成するための新たなポートフォリオ
る厚生年金基金それ自体は、必ずしも財政お
を模索しなくてはならなくなる。
よび運用の設計について高い専門性を持つ組
国の実績利回りは、国のポートフォリオを
6)
織とはいえない。
なるべく模倣する ことで達成できるという考
当金融IT研究センターでは、わが国独自の
え方もあるだろう。しかし、厚生年金基金が
代行運用の在り方について、具体的なソリュ
国と同じ運用利回りを達成するためには、現
ーション提供を目的に、基金の羅針盤となる
実的にいくつかのハードルがある。
べく積極的な活動を展開しているが、厚生年
たとえば、国が現在保有している財投預託
金基金の代行運用の在り方の検討は端緒につ
等は市場の債券と比較してリスクの割に高い
いたばかりであり、具体的な運営モデルの構
リターンが期待できることや、また膨大な資
築は挑戦段階にあるといえるだろう。
産規模を活用し厚生年金基金よりもはるかに
N
1) 代行返上が認められて以
降、厚生年金基金の年金資産
が57兆円(2003年3月末)、
48兆円(2004年3月末)と減
少している。その減少が今年
度も当面続いていると仮定し
て、現時点(2005年3月)の
年金資産の規模を40兆円前後
と推計した。
2) 5.5%の予定利率(目標運
用利回り)は平成12年改正以
前の設定値。
3) 実際には、いくつかの財
政検証上の弾力化措置が図ら
れていたため、逆ざや分を企
業が直ちに負担する必要は必
ずしも生じなかったが、平成
16年改正が行われる前まで
は、代行給付を継続するため
の資金の不足を負担する責任
は、国ではなく企業(厚生年
金基金)側に存在していたと
解することができる。
4) 正確には、利回りの格差
(逆ざや)から後発的に発生
する債務だけではなく、死亡
率の改善や脱退状況の変動か
ら生じる債務も国の手当の対
象範囲となる。
5) 切下がる債務の規模は、
平成15年3月末で約2兆円程
度存在したものと想定でき
る。(平成14年度決算におけ
る厚生年金基金全体での特例
調整金の額)
6) 現時点での国の資産保有
方針は、国内債券68%、国内
株式12%、外国債券7%、外
国株式8%、短期資金5%(平
成20年に実現予定)。一方、
厚生年金基金の資産保有状況
は、国内債券23%、国内株式
32%、外国債券11%、外国株
式17%、短期資金6%、その
他11%(平成15年度末時点で
返上プロセスをスタートして
いない厚生年金基金のうち、
802基金の集計値)。
7) 国が支払う運用手数料率
は、資産全体の0.01%程度で
ある一方、厚生年金基金が支
払う運用手数料率は平均で
0.3∼0.4%程度と推計される。
8) 実際には1年9ヶ月のタ
イムラグが存在する。X年暦
年に適用される目標利回り
は、
(X−2)年度(4∼3月)
の国の運用実績が用いられ
る。ちなみに、平成17年暦年
の目標利回りは、4.91%(国
の平成15年度の運用利回り)
となっている。
野村総合研究所 金融 IT イノベーション研究部
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