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ドセタキセル/カルボプラチン併用療法が有効であった 卵巣腺扁平上皮
青森臨産婦誌 第 25 巻第 2 号,2010 年 青森臨産婦誌 症 例 ドセタキセル/カルボプラチン併用療法が有効であった 卵巣腺扁平上皮癌の1症例 船 橋 大・松 本 貴 西北中央病院産婦人科 Presentation of a patient with adenosquamous cell carcinoma of the ovary who was successfully treated with combined decetaxel and carboplatin Masaru FUNAHASI, Takashi MATSUMOTO Department of Obstetrics and Gynecology, Seihoku Central Hospital 紹介,入院となった。 は じ め に 入 院 時 現 症: 身 長 155 cm, 体 重 56.5 kg, 卵巣腺扁平上皮癌は卵巣悪性腫瘍の中でま 体 温 37.9 ℃, 脈 拍 80 / 分, 血 圧 100/66 れな組織型に分類される。卵巣に原発する扁 mmHg。腹痛のため体動が困難であった。腹 平上皮癌としては,成熟奇形腫の悪性転化, 部全体に筋性防御と Blumberg 徴候を認め, 類内膜腺癌から扁平上皮化生を経て腺扁平上 腹膜炎様に硬かった。筋性防御のため詳細な 皮癌に移行するもの,悪性ブレンナー腫瘍に 内診所見はとれなかったが,付属器周辺に嚢 由来するもの,子宮内膜症と関連するものな 胞様の腫瘤を触知した。子宮頸部細胞診は どが報告されている。今回,我々は卵巣原発 NILM,子宮内膜細胞診はクラス II でともに の腺扁平上皮癌の一例を経験したので,文献 異常を認めなかった。 的考察を加えて報告する。 入 院 時 血 液 検 査 所 見: WBC 18100/mm3, CRP 19.22 mg/dL と高度の炎症反応を認め 症 例 た。Hb 10.1 g/dl と軽度の貧血を認めた。そ 患者:41 歳,主婦,1 経妊 0 経産 の他のデータはほぼ正常範囲内であった。腫 主訴:下腹痛 瘍 マ ー カ ー は CEA が 23.7 U/mL,CA19-9 家族歴:母,脳出血 が 63,567.3 U/mL,CA125 が 5,278.6 U/mL 既往歴:37 歳,子宮筋腫核出術 と著明に上昇していた。 現病歴:平成 20 年 12 月頃から下腹痛があり, 超音波検査所見:子宮後壁に筋腫核を認めた。 平成 21 年 2 月に近医を受診したが,便秘と 右卵巣は 74 x 60 mm,左卵巣は 80 x 70 mm 診断された。その後も,全身倦怠感と下腹痛 で,いずれも内部に不整な充実性部分を認め が継続し,平成 21 年 7 月から固形物の摂取 る嚢胞性腫瘤であった。 が困難な状態となった。前医で症状の原因検 MRI 検査所見(図1) :子宮の左腹頭側と右 索のために施行された造影 CT 検査にて卵巣 背側に厚く不整な隔壁と造影効果のある充実 嚢腫破裂と腹腔内出血が疑われ,同日当科に 成分を有する多嚢胞状病変があり,卵巣癌が ― 86 ― (158) 第 25 巻第 2 号,2010 年 A B C D E F 図1 MRI 検査 A:T2 強調画像,右卵巣腫瘍。B, C:造影 MRI,右卵巣腫瘍。D:T2 強調画像,左卵巣腫瘍。E, F:造影 MRI,左卵巣腫瘍と被包化された腹水。 図2 手術所見 左:腸間膜と広く癒着する左卵巣腫瘍,右:腫瘍内容を吸引し剥離しながら摘出. 強く疑われた。また,腹水も認められたが被 また performance status(PS)3 と状態が不 包化されており,腸間膜等の脂肪組織にも造 良であったことから,疼痛緩和と補液療法に 影される部分が認められ,腹腔内播種が疑わ よる全身状態の改善を図りながら,術前化 れた。 学療法(neoadjuvant chemotherapy; NAC) CT 検査所見:MRI 検査所見とほぼ同様で を行うこととした。経口摂取が不能なことか あったが,その他に傍大動脈リンパ節の腫脹 ら前投薬を要さない DC 療法を選択した。第 が認められ,転移が考えられた。骨盤リンパ 7 病日に 1 クール目の DC 療法(ドセタキセ 節には異常は認めなかった。両肺に胸水も認 ル 70 mg/m2,カルボプラチン AUC=5: 600 めた。 mg/body)を施行した。治療後は全身状態 治療経過:良悪性の鑑別診断と腫瘤摘出のた が顕著に改善し,鎮痛剤が不要となり,通常 め手術療法が必須と考えたが,諸検査から卵 の食事も可能となった。第 35 病日に 2 クー 巣悪性腫瘍・癌性腹膜炎による疼痛と判断し, ル目の DC 療法を行った。CT 検査により再 ― 87 ― (159) 青森臨産婦誌 図3 摘出した右卵巣 左:周囲の癒着に埋没していた右卵巣腫瘍,右:粘膜面に不整。 図4 摘出した左卵巣 左:腸間膜と癒着していた漿膜面,右:粘膜面に乳頭状腫瘤が散在。 評価したところ,腫瘍の嚢胞部分はやや増大 病理検査所見:右卵巣は異型細胞が tubular していたものの,内部の充実性部分は縮小し か ら cribriform に 増 殖 し, 類 内 膜 腺 癌 に ており,傍大動脈リンパ節も縮小し,腹腔内 一致する組織像であり,扁平上皮癌が散在 播種を思わせる所見も改善し,腹水も消失し していた。嚢胞内腔は異型を伴う扁平上皮 ていた。NAC が奏効したため手術を施行す が 覆 っ て お り,adenosquamous carcinoma, ることにした。 grade 2(図 5,6)と診断された。左卵巣も 手術所見:平成 21 年 10 月に開腹手術を施行 異型細胞の tubular な増殖とともに,散在 した。骨盤腔を占拠する左付属器由来の嚢胞 して扁平上皮癌成分を認め,右側と同様に 性腫瘍が広く腸管と癒着し(図 2) ,背面は adenosquamous carcinoma, grade 2 で あ っ 直腸と強く癒着していた。内容液を除去した た。この他に子宮に carcinomatous な異型内 後,癒着を解除し左付属器摘出した。子宮背 膜を認めたものの,大網,虫垂,骨盤リンパ 方の癒着に埋没する右付属器由来の嚢胞性腫 節および大動脈リンパ節に転移は認められ 瘍が確認でき,これも摘出した。最終的に子 ず,卵巣癌 Stage IIc(ypT2cN0M0)の診断 宮全摘術,両側付属器摘出術,大網部分切除 となった。 術,骨盤リンパ節・傍大動脈リンパ節郭清, 術 後 経 過:CA19-9 は 140.7 U/mL,CA125 および虫垂切除術を行った。 は 6.5 U/mL と低下した。術後に病理検査の 腫瘍の肉眼所見:右付属器腫瘍の内容は黄色 結 果 を 得 て SCC を 検 査 し た と こ ろ 5.4 ng/ の脂肪成分様で,左付属器腫瘍の内容は漿液 mL と 高 値 で あ っ た。 平 成 21 年 11 月 か ら 性からやや粘稠な黄褐色の液体であった。右 平成 22 年 4 月にかけ,術後化学療法として 卵巣(図 3),左卵巣(図 4)とも肉眼的に悪 DC 療法を 7 クール追加した。平成 22 年 5 性と考えられた。 月 に は CA19-9 が 8.7 U/mL,CA125 が 4.5 ― 88 ― (160) 第 25 巻第 2 号,2010 年 図 5 病理所見(H-E 染色,x10) 類内膜腺癌と混在して扁平上皮癌を散見する。 図6 病理所見(H-E 染色,x40) 左:類内膜腺癌部分の強拡大像,異型細胞が cribriform に増殖。右:扁平上皮癌部分の強拡大。 U/mL,SCC が 0.7 U/mL と 正 常 値 に 復 し, の分化が認められ,また時に腺癌成分と扁平 胸部∼骨盤 CT 検査でも評価可能病変は認め 上皮癌成分が混在する腺扁平上皮癌を認める らなかった。化学療法が終了してから 10 ヶ とされる 2,3)。腺癌成分と扁平上皮成分の割 月が経過した平成 23 年 3 月現在,再発兆候 合は症例によりさまざまであり,両者が密接 を認めていない。 に混在するもの,扁平上皮が主体で一部に腺 癌成分を認めるもの,さらに腺癌と扁平上皮 考 察 癌が独立して共存した症例が報告されてい 卵巣原発の悪性腫瘍の多くは腺癌であり, る 3−5)。術前に診断されることは稀で,腹水 扁平上皮癌は非常に稀である。卵巣に扁平上 細胞診から腺扁平上皮癌を疑った報告 6,7)も 皮癌を確認した場合は,成熟奇形腫からの悪 あるが,ほとんどが術後の病理検査で確定診 性転化,悪性ブレンナー腫瘍,卵巣類内膜腺 断される。したがって,術前検査に腫瘍マー 癌から扁平上皮化生を経た扁平上皮癌などが カーとして SCC を測定していないことが多 考えられ,他に子宮内膜症に関連した癌の可 く,本症例でも実施していなかった。手術 1) 能性もある 。 直後の SCC が 5.4 ng/mL と高値であり,後 本症例では類内膜腺癌の中に扁平上皮癌が 術の化学療法に反応し陰性化しているので, 認められたことから,類内膜腺癌から扁平上 NAC 開始前はより高値であったと推定され 皮化生を経た腺扁平上皮癌と考えられた。卵 る。 巣類内膜腺癌では約 30%に扁平上皮成分へ 類内膜腺癌に悪性扁平上皮成分を認めた場 ― 89 ― (161) 青森臨産婦誌 合は,予後不良とされている。卵巣腺扁平上 文 献 皮癌だけの予後は検討されていないが,卵巣 1 )日本産科婦人科学会・日本病理学会編:卵巣腫 瘍取扱い規約.第 1 部.金原出版.東京.2009. 扁平上皮癌でみると 2 年生存率はⅠ期 67%, Ⅱ期 45%,Ⅲ期 12%,Ⅳ期 0%との報告 8) 2) Kurman RJ. Pathology of the female genital tract. 4th ed. New York: Springer-Verlag, 1994; 739-747. もあり,通常の上皮性卵巣癌の予後と比べ不 良である。治療に関して子宮頸部腺扁平上皮 癌においては,放射線療法や放射線同時化学 3) 名方保夫,藤島宣彦,杉原綾子,窪田 彬.腺癌・ 扁平上皮癌共存型卵巣類内膜腺癌の 1 例.病理 と臨床 1996; 14: 907-911. 療法が推奨されている 9) ものの,卵巣腺扁 平上皮癌となるとⅡ期以上に対する有効な治 療法はほとんどないとの報告 8,10)も多い。最 4 )堀江 雅,寒河江悟,佐藤正樹,田中綾一,西 村 誠,水元久修,石岡伸一,斉藤 豪,工藤 隆一.卵巣原発で扁平上皮癌が大部分を閉めた 類 内 膜 腺 癌 の 一 例. 日 婦 腫 瘍 誌 2001; 19: 152156. 近になり,パクリタキセル/シスプラチン 併用療法が効果的あったとの報告 11)もある。 本症例では組織型を確認する前に化学療法 を施行したが,治療経過を評価すると DC 療 5) 福中香織,福中規功,梅村康太,田中 惠,斉 藤 豪.腹膜浸潤による水腎症を伴った卵巣類 内膜腺扁平上皮癌の 1 例.道南医学会誌 2004; 39: 115-117. 法は有効であったと思われる。治療終了から 10 ヶ月経過しても再発兆候を認めないこと から,DC 療法は卵巣腺扁平上皮癌の有力な 治療の一つとなる可能性がある。卵巣腫瘍の 6) Tsukamoto N, Matsukuma K, Daimaru Y, Ota M. Cytologic presentation of ovarian adenosquamous carcinoma in ascitic fluid. Acta Cytologica 1984; 28: 703-705. 治療に際しては,良性・悪性を鑑別するため, 悪性腫瘍であった場合に病期進行度を正確に 評価するため,さらに組織型を同定し後治療 7) Kornacki S, Chung HR, Khan MY, Sama JC. Adenosquamous-cell carcinoma of the ovary: report of a case with positive peritoneal fluid cytology. Diagn Cytopathol 1989; 5: 79-83. のための情報を得るために,原則的に手術を 行うことが望ましい 12)。本症例では PS が低 下し経口摂取も不能であったため,NAC を 先行することとなり,前投薬が不要である 8) Kashimura M, Shinohara M, Hirakawa T, Kamura T, Matsukuma K. Clinicopathologic study of squamous cell carcinoma of ovary. Gynecol Oncol 1989; 34: 75-79. DC 療法を選択したが,前投薬が必要な TC (パクリタキセル/カルボプラチン)療法で も同程度の効果が得られた可能性はある。 9) 日本婦人科腫瘍学会編:子宮頸癌治療ガイドラ イン.金原出版.東京.2007. 卵巣癌の病期分類は開腹術により決定され る。本症例では NAC を先行させたため正確 10 ) Pins MR, Young RH, Daly WJ, Scully RE. Primary squamous cell carcinoma of the ovary. A report of 37 cases. Am J Surg Pathol 1996; 20: 823-833. な病期は不明であるが,入院時の画像検査 所見から考えるとⅢ期以上であった可能性 が高い。したがって,DC 療法により down- 11 ) Eltabbakh GH, Hempling RE, Recio FO, O Neill CP. Remarkable response of primary squamous cell carcinoma of the ovary to paclitaxel and cisplatin. Obstet Gynecol 1998; 91: 844-846. staging が達成され病巣の完全摘出が可能と なったと考えられる。 卵巣腺扁平上皮癌は,稀でかつ予後の厳し い組織型であるであることから,症例を集積 12 ) 日本婦人科腫瘍学会編:卵巣がん治療ガイドラ イン.金原出版.東京.2007. して最善の治療法を検討することが望まれ る。 ― 90 ― (162)