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切迫流産管理中に発症した腎盂腎炎への尿管ステント挿入
青森臨産婦誌 症 例 切迫流産管理中に発症した腎盂腎炎への尿管ステント挿入 津軽保健生活協同組合 健生病院 産婦人科 斎 藤 美 貴 ・ 橋 本 吏可子 Ure tera lStentInser t i onforPye l onephr i t i sin Threa tened Abor t i on Management Mik iSAITO, Rikako HASHIMOTO Depar tmentofObs tetr i csand Gyneco l ogy,Kense iHosp i ta l 疑い入院した。CRPは 3.1 mg/dl でPI PC 投 は じ め に 与のみで疼痛は 4 ∼ 5 日で軽快し,CRPも陰 急性腎盂腎炎は妊娠中発生する頻度の高 性化した。ところが退院を考えていた妊娠 い疾患であるが,なかには全身性炎症性反 18 週の時点で,内診にて 1 指開大,経腟超音 応 症 候 群(systemic inflammatory response 波検査上内子宮口開大像と頚管長の短縮が認 syndrome, S IRS)となり,敗血症からショッ められた。入院継続とし,子宮収縮抑制剤内 ク,DIC,多臓器不全を引き起こすこともあ 服を開始した。子宮頚管無力症として翌週に り,これが早産や胎児死亡に至ることもあ 頚管縫縮術予定としていたが,翌週すでに頚 る 1) , 2) 。 管から長径 2 cm 大の胎胞が膨隆している状態 今回我々は,胎胞が膨隆した流産切迫例に であった。 対して頚管縫縮術を行い,その後の管理中に すぐに膀胱カテーテル挿入, 骨盤高位, ベッ 急性腎盂腎炎によるS IRSとなり,感染巣ド ド上安静,塩酸リトドリン持続点滴投与,抗 レナージのため尿管ステントを挿入し,SIRS 生物質投与し,妊娠 19 週であり,保存療法, を脱し得,無事満期産に至った症例を報告す 積極的外科療法提示のうえ頚管縫縮術に踏み る。 切ることとした。 手術所見:同年 10 月 7 日 (妊娠 19 週 6 日) 症 例 頚管縫縮術を施行した。術式は越知らの腟腔 患 者:35 歳,3 妊 0 産。 内胎胞脱出に対する羊水排液膀胱充満頚管縫 既往歴:特記事項なし。 。すなわち全身麻酔下 縮術 3) に準じた(図 1 ) 家族歴:特記事項なし。 に超音波ガイド下の経腹的羊水穿刺を行い, 妊娠経過:初診は,1999 年 8 月17日(妊娠 羊水を排液減圧し,次に,生食を膀胱内に注 12 週 4 日)で,子宮筋腫合併妊娠として紹介 入し,膀胱を充満する。胎胞が外子宮口より となった。 子宮前壁左側下方に直径 7 cm 大 できるだけ頭側に後退するようにし,子宮頚 の筋腫核が腹壁上から触知され,子宮筋腫合 管を把持しやすくしている。 併妊娠・高齢初産のため High Risk Pregnancy 実際の術中超音波像を図 2 に示した。全身 として follow していた。同年 9 月 20 日(妊娠 麻酔,骨盤高位後の胎胞内には臍帯等は認め 17 週 3 日),2 日前からの下腹部痛を主訴に受 られなかった。この症例は子宮前壁に子宮筋 診し,筋腫部の圧痛があり,子宮筋腫変性を 腫があり,羊水穿刺は施行しなかった。膀 ― 36 ― 第 16 巻,2001 年 図 1 積極的外科療法の手順 膀胱内生食充満後 骨盤高位後 マクドナルド 1 回目 マクドナルド 2 回目 図 2 術中超音波像 ― 37 ― 青森臨産婦誌 尿管ステント挿入前 尿管ステント挿入后 図 3 右水腎症像 図 4 臨床経過 胱内に生食 700 ml 注入し,子宮口から 20 mm もバルーン挿入ベッド上安静とし,塩酸リト Hegar 挿入し,胎胞を還納している。マクド ドリン持続点滴投与中であった。 ナルド式の第 1 回目の縫縮を行った後, 2 回目 同年 11 月 16 日(妊娠 25 週 3 日)に,右側 のそれを追加して,術直後頚管長は 27.9 mm と 腹部痛の訴えた後,突然の発熱(37.8 ℃,夜 計測されている。 間 38.2 ℃ へ)。翌 17 日の血液検査にて白血 腎盂腎炎発症時経過:術後は抗生物質投 球数 15,200/mm3,CRP 15.4 mg/dl。39 ℃ ま 与,ミラクリッド腟洗浄を施行した。その後 での発熱があり,感染巣検索にて超音波検査 ― 38 ― 第 16 巻,2001 年 25w 6d 28w 6d 図 5 その後の子宮頚管像 上明らかな右水腎症をみた(図 3 )。すでに 大部屋に転出。離床を優先とし,なかなか減 SIRS であり,速やかな改善が必要と考え,感 量できなかった塩酸リトドリンの減量をこの 染巣ドレナージを要すと判断した。切迫早産 時期開始し, 妊娠35 週で終了。妊娠36 週, に対し侵襲的処置は危険性が高い事は十分承 試験外泊を開始し,その後,縫縮テープを抜 知の上で,尿管ステント挿入を泌尿器科医に 去した。 破水後自然陣痛発来し, 妊娠 38 週 依頼した。ステント挿入により肉眼的に明ら 2,962 g の男児を分娩した。 分娩後は特に問 かな膿尿流出をみ,原因菌は腟腔培養でも検 題なく退院。尿管カテーテルについては,泌 出されていた Klebsiella pneumoniae であっ 尿器科医の意見もあり,子宮がほぼ正常大と た。膿尿ドレナージにより状態は速やかに軽 なる 1 ヵ月健診時に抜去となった。 快した。 考 察 臨床経過:症状が発症する直前の11月15日 のデータでは,白血球数 8,500/mm3,CRP 0.1 著者らは,これまで,成人呼吸窮迫症候群 mg/dl であり,体温も 36.8 ℃ であった。しか (adult respiratory distress syndrome, ARDS) し尿管ステント挿入を行う直前のデータで を来した腎盂腎炎合併妊娠症例や,妊娠 32 週 は急激にSIRSとなっているのがよくわか に急性腎盂腎炎を発症しS IRSを呈した症例 る(図 4 )。翌日には体温は 37℃ となり,翌々 で, S IRSの管理の重要性について報告してき 日には白血球数も正常化。CRPは, 約10日後 た 4),5)。 陰性化した。11 月 17 日には APTTの延長な 妊娠中は腫大子宮の圧迫などにより尿路感 ども認められたが,これも速やかに改善し 染症がおこりやすい。これは上行性感染であ た。 り,無症候性細菌尿から膀胱炎,腎盂腎炎と その後の経過:尿管ステント挿入直後に 進行する。無症候性細菌尿は妊婦の約 2 ∼ は,子宮頚管部の経腟超音波像は,内子宮口 7 %に認め,放置するとその約 1/4 が症候性 3 cm 開大,頚管長 3 mm であったが,妊娠28週 となるため治療を要する 2)。 腎盂腎炎は, 重 には 1.5 cm 程度と計測された(図 5) 。この時 篤な合併症を起こす可能性があり,治療には 期,離床を開始。2 ヶ月間ベッド上安静のた 入院が必要となる。急激な発熱,悪寒,震え, め,寝たきり状態による廃用性の全身筋力低 腰痛があり,悪心嘔吐を伴うこともある。典 下があり,理学療法士にも依頼し,腹部に緊 型的な腰背部の殴打痛があり,原因菌の多く 張がかかることを避けながら,訓練に入っ は大腸菌である2)。約15% に菌血症を合併し, た。離床開始から 1 ヶ月後に,歩行自立し, 適切な治療が行われなければ多臓器不全に陥 ― 39 ― 青森臨産婦誌 表1 り,体温異常,一過性腎機能低下,血液異常 は妊婦での安全性が確立されているとは言え 6) ,呼吸不全(肺水 (溶血,貧血,血小板低下) ない。あとは DIC予防10) や,呼吸循環動態維 腫,ARDS)7) を合併する2)。また子宮収縮と 持が重要となる。 も関連するといわれ,流早産をも引き起こす 8)。 今回の症例では,右水腎症は妊娠子宮の物 近年,敗血症の病態は菌体毒素に生体が反 理的圧迫による尿管の閉塞に基づくと考えら 応し,多量のサイトカインが産出されるため れ,異物留置となるものの,やむにやまれぬ におこる全身性炎症性反応症候群(systemic 事態として,ステント挿入を選択した。産科 inflammatory response syndrome,S IRS) (表 的適応で安静入院を要する場合は尿路感染症 1 )と定義され,敗血症性ショックの病態も を続発しやすい。今回の症例でも実際に検尿 サイトカインによる生体反応と考えられて 沈査所見データを振り返ると細菌が認められ いる 9)。SIRS の原因が細菌感染によるもの ており,尿管ステント挿入後も無症候性の段 を敗血症と定義し,全身的な反応,炎症反応 階で細菌尿を見つけて治療するよう注意を払 が惹起されている状態があって,しかもどこ っていた。 お かに感染があったら,血液の中に細菌がみつ わ り に からなくても敗血症としている。この概念で 胎胞膨隆頚管縫縮術後という可及的速やか 多臓器不全に陥る前段階の捉え方がはっきり に治療を要する症例が, 急性腎盂腎炎となり, し,消化器外科や集中治療分野を中心に定着 感染巣ドレナージのため尿管ステントを挿入 し,重症例への総合治療戦略が整理されてき し SIRSの状態を回避し得た。本症例を通 ている。 し,全身麻酔下膀胱生食充満後二重マクドナ 治療としては,まずは感染巣の除去,ドレ ルド頚管縫縮術,並びに septic shock の早期 ナ−ジ,抗生物質投与。SIRSを引き起こす 診断・治療に重要な S IRSの概念について述 顆粒球エラスターゼの活性を阻害し,サイト べた。 カインなどの chemical mediater を抑制する 多価プロテアーゼ阻害剤のウリナスタチンの 使用。当院ではICU 病棟においてエンドト キシンの吸着やサイトカインの除去を目的と した血液浄化法も行われているが,この方法 文 献 1)鮫島 浩:泌尿器疾患.臨床エビデンス産科学. 348-351, 佐 藤 和 雄,藤 本 征 一 郎 編,メ ジ カ ル ビュー社,1999. ― 40 ― 第 16 巻,2001 年 2)Cunningham FG, et al: Williams Obstetrics 20th ed. 1125-1144, Appleton & Lange, Connecticut, 1997. 7)F. Gary Cunningham, M. D.,et al: Pulmonary injury complicating antepartum pyelonephritis. Am J Obstet Gynecol,156:797-807,1987. 3)越知正憲 , 他:妊娠 26 週未満の腟腔内胎胞脱出に 対する羊水排液膀胱充満頚管縫縮術による周産 期管理.日産婦誌,46:301-307,1994. 8)Jack M.Graham,MD,et al:Uterine contractions after antibiotic therapy for pyelonephritis in pregnancy. Am J Obstet Gynecol, 168: 57780, 1993. 4)齋藤美貴 , 他 : 呼吸障害を来した腎盂腎炎合併妊 娠の 1 例.健生病院医報,20:75,1994. 5)花田吏可子,他 : 妊娠 32 周で急性腎盂腎炎から SIRS を呈した 1 例.青森臨産婦誌,12:44,1997. 6)Susan M. Cox, MD, et al:Mechanisms of hemolysis and anemia associated with acute antepartum pyelonephritis. Am J Obstet Gynecol, 164:587- 9)日本母性保護産婦人科医会:7. ショック.敗血 症性ショック.研修ノート (No. 6) 母体救急疾患 ∼こんな時どうする∼,52-56,1999. 10)寺尾俊彦:産科ショックと DIC.救急医学,24: 57-63,2000. 90,1991. ― 41 ―