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早産と免疫

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早産と免疫
N―195
2001年9月
.レクチャーシリーズ
3
.免疫からみた病態
3
)早産と免疫
富山医科薬科大学
産科婦人科教授
斎藤
滋
座長:東北大学教授
岡村 州博
はじめに
わが国における早産の頻度は約5
%で,近年増加傾向にある.早産児の在胎週数でみる
と,2
8
週未満児の生存率が低く,3
1
週以下の児ではハンディキャップを残す可能性があ
る.以上より,産婦人科医にとって妊娠3
1
週以下の早産をいかに減少させるかが,大命
題となる.この命題を解くには,早産の発生機序を知り,そのうえで最適な治療法を開発
し,同時に早産予防法を講じなければならない.この数年間で,早産に関する考え方が大
きく変貌したので,本項ではこれらの新知見を紹介するとともに,早産に対する今後の戦
略についても述べてみたい.
早産の発生機序
1
.
感染症と早産
早産例の腟分泌物や羊水中には種々の病原微生物が検出される.嫌気性菌である B
a
c
te
ro
id
e
s属,F
u
s
o
b
a
c
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m属,P
e
p
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c
c
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s属,好気性菌である S
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その他として M
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tisなどが検出される.これら病原体は,一般的な腟炎や頸管炎の際に検出され
る病原体であり,早産に特徴的なものではない.ただし,早産例では検出される菌数が多
く,かつ好気性菌と嫌気性菌が混在感染していることが多い.
妊娠動物の子宮や頸管中に,早産例で検出される G
B
Sや E
-C
o
li などを感染させると,
表 1のごとく子宮収縮が引き起こされ,早産となる.したがって感染を契機として早産
が起こることは,実験的にも証明されている.
2
.
炎症と早産
細菌や異物が生体内に侵入すると,免疫担当細胞などからサイトカインと称される液性
因子が放出される(図 1
).このうち in
te
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(IL
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P
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A
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Department of Obstetrics and Gynecology, Faculty of Medicine, Toyama Medical and
Pharmaceutical University, Toyama
K
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・In
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O
X
-2
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N―196
日産婦誌53巻9号
(表1) 感染を契機とする早産モデル(動物モデル)
動物
赤毛ザル
ラビット
マウス
方法
結果
報告者
妊娠 130 日(満期は 167 日)のサ 子宮収縮
ルに GBS を羊水中に注入
羊水中サイトカイン,PG 増加
腟内,頸管内に E-Coli 注入
羊水中 TNFα ,IL-1,PG 増加,
早産
子宮内に E-Coli もしくは
早産
F. Necrophorum 注入
子宮内に E-Coli 注入
早産,子宮内の COX- 2,
TNFα ,IL-1 mRNA 増加
Gravett et al.
McDuffie et al.
Dombroski et al.
Hirsch et al.
細菌,異物侵入
サイトカイン
α
IL-1,TNF 発熱
ケモカイン
IL-8,MIP,GRO,MCP-1
COX-2
腫脹
炎症細胞の局所への集簇
プロスタグランジン
免疫調節
IL-6,G-CSF
疼痛
肝でのCRP生産
好中球増加
消炎
(IL-10,IL-4,TGF )
β
(図 1
)炎症反応とサイトカイン
は発熱,腫脹を引き起こし,かつ c
y
c
lo
o
x
ig
e
n
a
s
e
(C
O
X
)
‐2
を誘導し,プロスタグラ
ンジン(P
G
)の合成を促進させ,炎症が惹起される.同時にケモカインと称される物質
も産生され,炎症細胞が局所へ遊走してくる.すなわち,炎症の三主徴である発熱,腫脹,
痛はサイトカインによりもたらされ,病理学的な炎症所見である炎症細胞の集簇はケモ
カインにより引き起こされる.IL
-1
やT
N
F
α などのサイトカインは免疫調節作用のある
IL
-6
やg
ra
n
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c
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tec
o
lo
n
y
-s
tim
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gfa
c
to
r(G
-C
S
F
)の産生を誘導する.IL
-6
は
肝臓での C
R
P産生を亢進させ,G
-C
S
Fは好中球の増加を引き起こす.現在日常臨床で
用いられている炎症マーカーである好中球数増加や C
R
P値上昇などは,これらサイトカ
インによりもたらされた結果である(図 1
).これらの炎症反応は,消炎性(免疫抑制)サ
イトカインである IL
-1
0
,IL
-4
,tra
n
s
fo
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gg
ro
w
thfa
c
to
r(T
G
F
)β により,抑制さ
れることもわかっている.早産例の羊水中には,IL
-1
α ,β ,T
N
F
α ,IL
-6
,
G
-C
S
F等の
サイトカインや IL
-8
,
M
IP
1
α などのケモカイン量が増加しており,早産子宮では炎症が
惹起されていることが証明されている.病理学的にも,妊娠3
1
週以下の早産例では7
0
%
以上の症例に絨毛膜羊膜炎が認められている.ただし,これらの症例において病原微生物
が検出されるのは約3
0
%に留まる.それでは病原体が検出されず,炎症のみが認められ
N―197
2001年9月
(表2) 炎症を契機とする早産モデル(動物モデル)
動物
赤毛ザル
マウス
方法
羊水中に IL-1 を注入
LPS を注射
IL-1 を全身投与
結果
羊水 TNFα ,PG 増加
子宮収縮
早産,血清中および羊水中の
IL-1,TNFα 増加,子宮内 PG 増加
早産
報告者
Baggia et al.
Fidel et al., Kaga et al.
Sakai et al.
Romero et al.
る症例をどのように考えたらよいのであろうか.
表 2に示すごとく羊水中や全身に IL
-1
を注入したり,炎症惹起物質である lip
o
p
o
ly
s
a
c
c
h
a
rid
e
(L
P
S
)を注射するのみで,子宮収縮が引き起こされ,早産となる.つまり
感染がなくても炎症のみで早産が引き起こされることが,実験的に証明された.
最近のジー
ンターゲットマウスを用いた研究でも,早産と炎症との関連が明らかとなってきている.
P
G
F
2
α 受容体欠損マウスでは自然分娩が起こらないが,卵巣を妊娠1
9
日に摘出すると,
子宮にオキシトシン受容体が発現し, 分娩に至る. つまり P
G
F
2
α が黄体退縮を誘導し,
その結果プロゲステロン量が急激に減少し,分娩に至ると考えられる.P
G
合成酵素には
C
O
X
-1
とC
O
X
-2
が存在する.C
O
X
-1
は生理的刺激で恒常的に発現しており,胃粘膜保
護や腎血流確保等に役立っている.一方,C
O
X
-2
は炎症性刺激により誘導される.C
O
X
-1
欠損マウスでは分娩が起こらず,また正常マウスでは C
O
X
-1
を介した P
G
により黄体退
縮が起こる.つまりマウス正期産においては C
O
X
-1
を介した P
G
により黄体退縮が引き
起こされ,分娩に至ると考えられる.一方 C
O
X
-1
欠損マウスに L
P
Sを投与すると早産
が起こり,C
O
X
-2
選択的阻害剤が L
P
Sで誘導されるマウス早産を抑制することから,炎
症で誘発される C
O
X
-2
がP
G
産生を亢進させ,黄体を退縮させ早産に至ると考えられる
に至っている.ヒトにおいても,早産例の子宮筋,羊膜,胎盤で C
O
X
-2
が強く発現して
おり,C
O
X
-2
が早産と密接に関係していることが証明されている.これら最新の知見か
ら,現在では感染症もしくは,何らかの機序で炎症が引き起こされると,炎症性サイトカ
インが放出され,C
O
X
-2
が誘導され,その結果 P
G
F
2
α やP
G
E
が産生され,子宮収縮
2
が引き起こされ,早産に至ると理解されるに至っている.
早産の発生機序からみた早産治療
従来,早産の治療として安静ならびに β 2
刺激剤が用いられてきた.ただし,これらの
療法を行っても,早産発生機序から考えると炎症を抑制しないので,治療効果としては不
十分である.感染に対しての抗生剤使用の有用性については,いまだ十分な合意が得られ
ていない.これは,病原体が多岐にわたることや,病原体が死滅しても炎症はしばらく持
続するためと解釈される.ただし本年になり,p
re
te
rm
P
R
O
M
症例に対し,エリストマ
イシンを処方すると,プラセーボ群に比し,4
8
時間以内の分娩が有意に減少し,児のサー
ファクタント投与率や酸素投与率が有意に減少し,かつ児の菌血症が有意に減少すること
が報告された1).ただし,破水をしていない切迫早産例に,エリスロマイシンを処方して
も,有益性は認められなかった2).したがって,現時点では p
re
te
rm
P
R
O
M
症例に対し
ては積極的にエリスロマイシンを処方すべきと考えられるが,早産の治療にはつながらな
い.
炎症性サイトカイン,とくに IL
-1
の作用に拮抗する IL
-1
R
aの投与などは,有望である
N―198
日産婦誌53巻9号
(表3) C
O
X
-2選択的阻害剤による早産抑制ならびに児への影響
動物種
早産抑制効果
ヒツジ デキサメサゾンで誘発した早産
・妊娠期間を延長(17hr)
・atosiban との併用で
妊娠期間の延長(46.6hr)
児(仔)への影響
PaO2 ↓,PaCO2 ↑
PaO2 ↓
胎仔動脈管の収縮
報告者
Poore KR et al.
(Am J Obstet
Gynecol 1999;180:1244)
Grigsby PL et al.
(Am J Obstet
Gynecol 2000;183:649)
Takahashi Y et al.
(Am J Physiol Regulatory Integrative
Comp Physiol 2000;278,
R1496)
ブタ
胎仔動脈管の収縮認めず Guerguerian AM et al.
(Am J
Obstet Gynecol 1998;179:
1618)
マウス LPS で誘発した早産
・早産を抑制
インドメサシンで認めら Sakai M et al.
(Mol Hum Reれたような胎仔死亡を認 prod 2001;in press)
めない
Gross G et al.
(Am J Physiol
Regulatory Integrative Comp
Physiol 2000;278:R1415)
ラット
ヒト
早産を抑制
胎仔動脈管の収縮
Reese J et al.
(PNAS 2000;
97:9759)
胎仔動脈管の収縮
Sakai M et al.
(Mol Hum Reprod
2001;in press)
特に児に異常なし
Sawdy R et al.
(Lancet 1997;
350:265)
Peruzzi L et al.
(Lancet 1999;
354:1615)
児は腎不全のため死亡
かもしれないが,動物実験においては,十分な早産抑制効果をもたらさない.より安価で,
かつ IL
-1
のみならず T
N
F
α の作用を阻害するような薬剤の開発が望まれる.
現在,最も期待できるのが C
O
X
-2
選択的阻害剤であろう.従来の消炎鎮痛剤では C
O
X
1
もC
O
X
-2
も阻害したため,胎児腎血流の低下や乏尿,動脈管の収縮が引き起こされ,
妊婦に対するインドメサシンやボルタレンなどの投与は禁忌となっている.最近になり
C
O
X
-2
を選択的に阻害する薬剤が開発され,米国ではすでに臨床応用されている.動物
実験においても C
O
X
-2
選択的阻害剤は早産抑制効果をもち,ヒトにおいても,過去に 9
回の早産既往のある妊婦に,妊娠1
6
週から妊娠3
4
週まで N
im
e
s
u
lid
e
(2
0
0
m
g日)を投
与し,健常な児を得たとの報告がある(表 3
)
.ただし,動物実験において C
O
X
-2
選択的
阻害剤の投与により,仔の P
a
O
が低下し,P
a
C
O
が上昇し,かつヒツジ,マウス,ラッ
2
2
トでは動脈管の収縮が従来の消炎鎮痛剤に比べて少ないながらも認められている.またヒ
トにおいて,妊娠2
6
週から3
2
週まで N
im
e
s
u
lid
e
(2
0
0
m
g日)を投与したところ,児に
重篤な腎不全をきたした症例も報告されている.これら重篤な副作用が指摘されたため,
切迫早産に対する C
O
X
-2
選択的阻害剤の積極的投与は行うべきではないが,より少量で
短期間の投与で,安全性の高い投与法を確立する必要がある.
おわりに
早産の発生機序ならびに,新たな治療法の可能性につき述べた.今後は,炎症というキー
N―199
2001年9月
ワードのもとに,早産を予防,治療していく必要がある.
《参考文献》
1
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