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ドイツ ・ ボン大学報告

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ドイツ ・ ボン大学報告
ドイ ツ ・ボ ン大 学 報 告
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ドイ ツ
ボ ン大 学 報 告
﹁小 さ な ボ ン に 大 き な 政 治 ﹂
山崎
純 一
ボ ン は ラ イ ン河 畔 の 小 さ な 地 方 都 市 で あ る 。 フ ラ ン ク フ ルト か ら 、 ラ イ ン 河 沿 い に 列 車 で 北 上 す る こ と 二 時 間 、 到 着
し た ボ ン中 央 駅 の ホ ー ム は わ ず か 五 つ。 ﹁小 さ な ボ ン に 大 き な 政 治 ﹂と い わ れ る よ う に 、 約 四 〇 年 に わ た っ て ド イ ツ連 邦
共 和 国 の首 都 で あ り 、 現 在 も そ の機 能 の 大 半 を 残 す 街 に し て は 、 余 り に も こ じ ん ま り し た た たず ま い で あ る 。 初 代 首 相
の ア デ ナ ウ ア ー が こ の 街 を 首 都 に 選 ん だ の は 、 将 来 の ド イ ツ統 時 に 、 ベ ル リ ン に速 や か に 首 都 を 移 せ る よ う に と 、 歴
史 や 伝 統 のあ る フ ラ ンク フ ル ト や ケ ル ン で な く 、 首 都 に 最 も 不 適 切 な 街 を 選 ん だ と いう 説 が あ る 位 で あ る 。
筆 者 は 、 一九 九 五 年 四 月 よ り 一年 間 、 ボ ン大 学 社 会 学 セ ミ ナ ー に 客 員 研 究 員 と し て 滞 在 す る 機 会 を 得 た 。 本 稿 で は 、
そ こ で の 見 聞 の 一端 を 紹 介 し た い。
首 都 に な る 前 の ボ ン は 、 べ ー ト ー ベ ェ ン の 生 家 と 大 学 が あ る だ け の静 か な 街 で あ った 。 首 都 と な った 後 も 、 長 く 人 口
は 十 数 万 人 で あ り 、 こ こ十 年 位 で 周 辺 の 町 村 を 合 併 し て よ う や く 三 〇 万 の 人 口 と な った 。 他 のド イ ツ の 街 と 同 様 に 、 旧
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市 街 の中 心 は 広 場 で あ る 。
ボ ン に は 二 つ の 広 場 が あ る 。 一つ は 中 央 駅 か ら 伸 び て い る 石 畳 を 歩 く こ と 五 分 、 べ ー ト ー ベ ェ ン の 立 像 が 立 つミ ュ ン
ス タ ー 広 場 で あ る 。 こ の立 像 を 挟 む よ う に し て 、 十 三 世 紀 の後 期 ロ マネ ス ク 様 式 の ミ ュ ン ス タ ー 教 会 と 中 央 郵 便 局 が 広
場 に 面 し て 立 って い る 。 郵 便 局 の 建 物 も 黄 色 の 壁 面 と 緑 の窓 枠 が 美 し い ク ラ ッ シ ック な も の で 、 か つ て侯 爵 家 の宮 殿 で
あ った と いう 。 ま た 、 一入 四 五 年 に 行 わ れ た べ ー ト ー ベ ェ ン像 の 除 幕 式 に は 、 当 時 の プ ロイ セ ン王 フ リ ー ド リ ッヒ 四 世
と イ ギ リ ス の ビ ク ト リ ア 女 王 が 臨 席 し た と いう 。 こ の 広 場 で は 、 い つも チ ャ リ テ ィ や 音 楽 の催 し 、 政 治 的 な ア ピ ー ル な
ど が 行 わ れ て い る 。 冬 と も な れ ば 、 ク リ ス マ ス 用 品 や 軽 食 の屋 台 、 メ リ ー ゴ ー ラ ン ド な ど の移 動 遊 園 施 設 が 設 置 さ れ 、
人 々 が ソ ー セ ー ジ や ホ ット ・ワ イ ン の グ ラ スを 片 手 に ク リ ス マ ス ・プ レ ゼ ント を 品 定 め を す る 姿 が 見 ら れ る。
ミ ュ ン スタ ー 広 場 か ら 伸 び て い る 歩 行 者 天 国 の古 い町 並 み の小 路 を 、 両 側 に 出 て いる カ フ ェ の椅 子 や テ ー ブ ルを 避 け
な が ら さ ら に 数 分 歩 く と 、 ピ ン ク と グ レイ の外 観 が 印 象 的 な バ ロ ック 様 式 の 旧 市 庁 舎 が あ る マ ル ク ト 広 場 に出 る 。 こ こ
で は 、 一年 を 通 じ て、 野 菜 、 肉 、 パ ン の 出 店 が あ り 、 店 仕 舞 い の夕 暮 れ 時 に は 、 売 り 手 の 大 き な 声 が 響 き 渡 っ て い る 。
そ の広 場 か ら 小 路 を 数 十 メ ー ト ル 入 っ た と こ ろ に べ ー ト ー ベ ェ ン の生 家 が 記 念 館 と し て 残 さ れ て い る 。 こ の 記 念 館 に
は 二 百 人 も 入 れ ば 一杯 に な る よ う な 小 さ な コ ン サ ー ト ・ホ ー ル が 併 設 さ れ て お り 、 週 末 に は 演 奏 会 が 開 か れ て い る 。 記
念 館 は 日 本 風 に 言 え ば 木 造 三 階 建 て の 質 素 な 家 であ る 。 筆 者 が 滞 在 中 は 修 復 工 事 が 行 わ れ て い た が 、 帰 国 寸 前 に 訪 れ る
こ と が で き た 。 記 念 館 に は 、 彼 が 使 った ピ ア ノ 、 眼 鏡 、 ﹃田 園 ﹄ や ﹃月 光 ﹄ の 楽 譜 な ど が 展 示 さ れ て い た 。 と く に 、 訪 れ
る 人 の 目 を 引 く の は 、 彼 が ウ ィ ー ン で使 用 し て い た ブ リ キ 製 で 巨 大 な ラ ッ パ 状 の補 聴 器 で あ る 。 失 わ れ つ つあ る 聴 覚 を
こ の 器 具 で 補 いな が ら 作 曲 を 続 け た 、 孤 独 で 偉 大 な 音 楽 家 の 姿 を し の ぶ こ と が で き る 。
ボ ン大 学
ドイ ツ ・ボ ン大 学 報 告
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二 つ の広 場 か ら 数 分 の 所 に ボ ン大 学 の本 館 が あ る 。 こ れ は か
つ て の ケ ル ン選 帝 侯 の 宮 殿 で あ り 、 三 階 建 、 全 長 一四 〇 メ ー ト
ル、 片 側 二 車 線 の道 路 を 跨 い で ラ イ ン河 畔 ま で 続 い て い る 。 両
端 に 尖 塔 を 備 え 、 屋 根 の 黒 、 壁 面 のグ レi 、 窓 枠 の黄 色 の コ ン
ト ラ スト が 華 麗 で、 中 央 フ ァサ ー ド に は 黄 金 の平 和 の女 神 像 が
飾 ら れ て お り 、 ド イ ツ で 最 も 美 し い建 物 の 一つに 数 え ら れ て い
る 。 緑 濃 い芝 生 の前 庭 は 宮 廷 公 園 と 呼 ば れ 、 国 防 軍 の四 〇 周 年
記 念 式 典 が 行 わ れ る ほ ど に 広 々 と し て お り 、 市 民 や 学 生 の憩 い
の場 所 と な って い る 。
ボ ン大 学 は 一入 一入 年 に 創 立 さ れ た 。 一三 入 六 年 創 立 のド イ
ツ最 古 の ハイ デ ル ベ ル ク 大 学 に 比 べ れ ば 新 し い。 し か し 、 こ の
大 学 の 創 立 に は 特 別 な 意 義 が あ る 。 当 時 の ド イ ツ は 多 数 の小 国
に 分 裂 し て いた 。 こ れ ら の 諸 国 と く に プ ロイ セ ン の指 導 者 は 、
ナ ポ レ オ ン の 支 配 と いう 屈 辱 に よ って 覚 醒 さ れ た ナ シ ョナ リ ズ
ムを 発 条 に 、 急 速 な 国 家 建 設 に 励 ん だ 。 そ の 環 と し て 、 学 問
振 興 は 大 き な 課 題 で あ った 。
そ の先 頭 に 立 った の が ウ ィ ル ヘ ル ム ・フ ォ ン ・フ ン ボ ルト で
あ っ た 。 彼 は 、 従 来 の大 学 が 既 成 の知 識 の 伝 達 に 終 始 し 、 沈 滞
し て い る と いう 認 識 か ら 、 大 学 改 革 に 取 り 組 ん だ 。 彼 の理 念 は
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﹁研 究 と 教 育 の統 一﹂ で あ り 、 ﹁知 識 を 常 に 未 解 決 な も の と し て 扱 う ﹂ こ と で 、 大 学 を 新 た な 知 識 創 造 の場 と し よ う と し
た の で あ る 。 こ の フ ン ボ ル ト の 理 念 に 基 づ い て 一八 一〇 年 に ベ ルリ ン大 学 が 、 そ し て当 時 プ ロイ セ ン領 であ った ラ イ ン
河 畔 の 地 に 一入 一八 年 十 月 十 八 日 、 ボ ン大 学 が 創 立 さ れ た 。 ま さ に 、 当 時 の指 導 者 の期 待 を 担 って 誕 生 し た の で あ る 。
ボ ン大 学 の 正 式 名 称 は ヵげΦ一
菖ωoげΦ聞﹃一
Φ費 一
〇7 ≦ ま Φ一
日 d巳く興 ω律馨 で あ り 、 当 時 の プ ロイ セ ン国 王 の名 前 を 冠 し て いる 。
以 来 、 ボ ン大 学 は ド イ ツ有 数 の大 学 と し て 発 展 し た 。 文 献 学 の シ ュ レー ゲ ル、 歴 史 家 の ニー ブ ー ル、 物 理 学 の ヘ ル ツ、
経 済 学 の シ ュン ペ ー タ ー 、 神 学 の バ ルト な ど 荘 々 た る メ ン バー が 教 壇 に 立 ち 、 ハイ ネ 、 マ ルク ス、 二i チ ェ、 テ ン ニー
ス な ど が 学 ん で い る 。 一九 四 四 年 、 奇 し く も 創 立 と 同 じ 十 月 十 入 日 に 連 合 軍 の爆 撃 を 受 け 、 大 学 本 館 は 大 破 し た が 、 戦
後 の 一九 五 一年 、 見 事 に 再 建 さ れ た 。
現 在 の ボ ン 大 学 は 、 カ ト リ ック 神 学 部 、 プ ロ テ ス タ ント 神 学 部 、 法 学 部 、 医 学 部 、 哲 学 部 、 数 学 ・自 然 科 学 部 、 農 学
部 、 教 育 学 部 の 入 学 部 構 成 で あ る 。 一九 九 五 年 十 二 月 時 点 で、 学 生 数 は 三 万 六 千 人 であ り 、 最 大 の学 生 数 六 万 人 を 誇 る
ミ ュ ン ヘ ン 大 学 に は 及 ば な い が 、 全 ド イ ツ で 九 番 目 の規 模 で あ る 。 因 み に 、 教 授 は 五 五 七 人 、 そ の他 の教 員 二 千 四 百 人 、
職 員 が 五 千 人 で あ る 。 海 外 か ら の留 学 生 は 三 千 百 人 、 ト ル コか ら が 最 も 多 く 二 五 九 人 、 イ ラ ン ニ 四 三 人 、 ギ リ シ ャ ニ 一
六 人 、 韓 国 一九 入 人 の順 で、 日 本 か ら は 六 一
二人 と な って い る 。 連 邦 共 和 国 の 首 都 の 大 学 と し て 国 際 交 流 も 盛 ん で 、 大 学
と し て の交 流 校 は ト ゥー ルズ 、 ソ ル ボ ン ヌ (フ ラ ン ス)、 早 稲 田 (
日 本 )、 ワ ル シ ャ ワ (
ポ ー ラ ンド ) の 四 大 学 で あ る が 、
そ の 他 、 学 部 、 学 科 レ ベ ル で は 、 多 く の 大 学 と 学 術 ・学 生 の交 流 を 行 って いる 。
一九 九 一年 六 月 、 連 邦 議 会 で ベ ル リ ン への 首 都 移 転 の決 定 が な さ れ た た め 、 ボ ン は 政 治 の 街 か ら 学 問 ・情 報 の街 へ の
脱 皮 を 模 索 し て い る 。 こ れ に は ボ ン大 学 が 中 心 と な って 、 ﹁ボ ン国 際 科 学 フ ォ ー ラ ム﹂と いう プ ロジ ェク ト が 組 ま れ 、 ヨ
ー ロ ッ パ 先 端 科 学 調 査 セ ンタ ー や ヨ ー ロ ッ パ 統 合 セ ン タ ー な ど が 設 置 さ れ て いる 。
ボ ン大 学 独 自 で も 、 研 究 と 教 育 の更 な る 高 度 化 を 目 指 し て 、 近 年 で は 、 ヨ ー ロ ッ パ 経 済 法 セ ンタ ー や 北 米 研 究 課 程 、
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環 境 に 安 全 で適 切 な 農 業 研 究 課 程 、 癩 痴 研 究 セ ンタ ー な ど を 設 け て い る 。 研 究 面 で の特 色 と し て は 、 世 界 的 評 価 を 得 て
い る 数 学 ・物 理 学 、 ド イ ツ で 唯 一の 古 カ ト リ ック 神 学 科 、 こ れ も ド イ ツ唯 一の 初 期 キ リ スト 教 時 代 研 究 の フ ラ ン ツ ・ヨ
ゼ フ ・デ ル ガ ー 研 究 所 、 東 洋 言 語 学 科 に あ る ア ラ ビ ア 語 、 ペ ル シ ャ語 、 ト ル コ語 、 中 国 語 、 日 本 語 、 韓 国 語 、 ジ ャ ワ 語 、
イ ンド ネ シ ア 語 、 ベ ト ナ ム語 の コー ス、 そ し て 日 本 学 学 科 も 高 い評 価 を 得 て い る 。 多 く の ノ ー ベ ル賞 学 者 も 出 て お り 、
最 近 で は 、 八 九 年 に 物 理 学 、 九 四 年 には 経 済 学 の 受 賞 者 が い る 。
社会学セ ミナー (
学 科 ) と教 員
ボ ン の街 に は 、 百 近 い大 学 施 設 が 点 在 し て い る 。 前 述 し た 旧 市 街 の 中 心 に あ る 大 学 本 館 か ら 、 ラ イ ン 河 沿 い に 連 邦 議
会 や 首 相 官 邸 に 伸 び て い る ア デ ナ ウ ア ー 通 り を 進 む と 、 百 六 〇 万 冊 の蔵 書 を 有 し 、 閲 覧 室 か ら ラ イ ン河 が 一望 で き る 中
央 図 書 館 や 約 五 千 人 の学 生 が 学 ぶ 法 学 部 の建 物 を 経 て 、 ド イ ッ外 務 省 の 向 か い に 社 会 学 セ ミ ナ ー が あ る 。
社 会 学 セ ミ ナ ー は 、 一つ の フ ロ ア ー に研 究 室 が 七 つも 入 れ ば 一杯 に な る 建 物 の 四 階 分 を 占 め て い る 。地 下 に マ ッ ク ス ・
ウ ェー バ ー の名 を 冠 し た 研 究 室 と 日 本 研 究 の 研 究 室 、 一階 は 七 〇 人 収 容 の教 室 が 一つ と 図 書 室 、 二 階 に事 務 室 と 研 究 室 、
三 階 に研 究 室 であ る。
社 会 学 を 主 専 攻 と す る 学 生 は 約 二 五 〇 人 、 ス タ ッ フ は 教 授 二 人 、 助 教 授 以 下 五 人 、 そ の他 に 定 年 退 職 し た 三 人 の教 授
(ド イ ツ で は 定 年 後 も 教 授 は 講 義 を 担 当 で き る )、 ド ク タ ー の学 生 で 講 義 担 当 者 二 人 と いう こ じ ん ま り と し た学 科 で あ る 。
筆 者 が 知 り 合 っ た 主 要 な 教 員 を 紹 介 し て み よ う 。 筆 者 を 招 い て く れ た フ リ ー ド リ ッ ヒ ・フ ユ ル ス テ ン ベ ルク 教 授 。 教
授 は 筆 者 の 滞 在 中 に 定 年 を 迎 え た が 、 そ れ ま で は 社 会 学 セ ミ ナ ー の学 科 主 任 であ った 。 若 き 日 の教 授 は 、 ﹃スト リ ー ト ・
コー ナ ー ・ソ サ イ エテ ィ ﹄ の 著 者 で あ り 、 企 業 組 織 の人 間 関 係 の 比 較 社 会 学 的 研 究 で 著 名 な ア メ リ カ の社 会 学 者 ウ ィ リ
ア ム ・ホ ワ イ ト に 師 事 し 、 専 門 は 社 会 構 造 論 、 経 済 社 会 学 、 宗 教 社 会 学 で あ る 。 日 本 で は 、 日 独 の産 業 組 織 の 比 較 研 究
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で 著 名 であ り 、 九 五 年 だ け で も 、 著 書 ﹃社 会 行 為 論 ﹄、 ﹃ゲ ノ ッ セ ン シ ャ フト の社 会 学 ﹄、 論 文 ﹁転 換 期 のド イ ッ 経 済 ﹂を
著 す な ど 、 旺 盛 な 研 究 活 動 を 続 け て い る 。 そ の 暖 か な 人 柄 と 学 問 への 厳 し い姿 勢 は 、 多 く の学 生 ・教 員 を 魅 了 し 、 九 五
年 夏 に 行 わ れ た 定 年 記 念 パ ー テ ィ ー は そ れ に 相 応 し い雰 囲 気 に 溢 れ て い た 。
フ ユ ル ス テ ン ベ ル ク 教 授 が 定 年 を 迎 え た た め 、 社 会 学 セ ミ ナ ー の 教 授 は 二 人 と な った 。 そ の 一人 が 、 ウ ェ ル ナ i ・ゲ
ップ ハ ルト 教 授 で あ る 。 教 授 は デ ュ ッ セ ル ド ル フ 大 学 の講 師 を 経 て 、 九 一年 よ り ボ ン大 学 で教 鞭 を 取 って い る 。 専 門 は
法 社 会 学 、 文 化 ・芸 術 社 会 学 であ る 。 刑 罰 を 集 合 的 な 憤 激 と 嫌 悪 感 に よ って 位 置 づ け 、 犯 罪 を 正 常 な 社 会 現 象 と し た デ
ュ ル ケ ー ム の刑 罰 ・犯 罪 論 を 検 討 し た ﹃刑 罰 と 犯 罪 ー デ ュ ル ケ ー ム理 論 を 手 掛 か り に ﹄ (
九 〇 年 )、 社 会 学 理 論 に お け る
法 理 論 の 位 置 づ け を 解 消 (ミ ー ド 、 シ ュ ッ ツ、 ウ ィ ル ソ ン)、 再 発 見 (ルー マ ン、 ハー バ ー マ ス 、 パ ー ソ ンズ )、 統 一 (マ
ル ク ス、 デ ュ ル ケ ー ム、 ウ ェー バ ー ) の三 つ の 観 点 か ら 整 理 、 検 討 し た ﹃
社 会 理 論 と 法 ー 近 代 の社 会 学 的 デ ィ ス ク ー ル
に おけ る法 ﹄ (
九 三 年 ) の 著 書 が あ る 。 現 在 刊 行 中 の ﹃マ ック ス ・ウ ェー バ ー 全 集 ﹄ の ﹃法 社 会 学 ﹄ の編 集 者 で も あ る 。
教 授 は 絵 画 、 陶 芸 と多 彩 な趣 味 を 持 ち 、 パリ 政 治 研 究 所 教 授 を 兼 任 す るな ど国 際 的 にも 活 躍 し て いる。 ボ ンに お け る知
的 サ ー ク ル の中 心 者 の 一人 と いえ る ほ ど に 交 友 も 広 い。
も う 一人 は ク ラ ウ ス ・マイ ヤ ー 教 授 で あ る 。 教 授 は 七 六 年 よ り ボ ン大 学 で教 鞭 を 取 って お り 、 専 攻 は 政 治 社 会 学 、 経
済 社 会 学 、 組 織 社 会 学 で あ る 。 現 在 は 、 特 に ヨ ー ロ ッ パ 統 合 に 伴 う 諸 問 題 の 研 究 に 従 事 し て いる 。
筆 者 が 知 己 を 得 た 三 人 の 講 師 に 触 れ て お き た い。 ド リ ス ・リ ュ ッ ケ 講 師 は 女 性 学 、 法 社 会 学 を 専 門 と し て い る 。 ﹃も う
一 つ の ﹁男 の 職 業 ﹂﹄ (
共 著 )、 ﹃
法 ・政 治 的 デ ィ スク ー ル に お け る 性 の 問 題 ﹄、 ﹃受 容 - 同 調 社 会 に お け る 正 当 性 ﹄ の 著 書
を 九 五 年 に 立 て 続 け に 出 版 し 、 活 発 な 研 究 活 動 を し て い る 。 特 に ﹃受 容 ﹄ は 、 法 律 の妥 当 性 、 コ ミ ュ ニケ ー シ ョ ン技 術 、
政 治 と 政 治 家 への 信 頼 性 な ど の 問 題 に 、 社 会 学 の正 当 性 概 念 か ら 意 欲 的 に 取 り 組 ん だ 労 作 で あ る 。 彼 女 は ド イ ツ 社 会 学
会 の法 社 会 学 部 会 の 代 表 も 勤 め て いる 。
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35ド
カ ー ル 目 ハイ ン ツ ・
ザ ウ ア ー バ イ ン講 師 は 経 済 社 会 学 、 社 会 シ ス テ ム論 、 数 理 社 会 学 を 専 門 と し て い る 。 ﹃経 済 と 社 会
学 的 理 論 構 成 ー タ ル コ ット ・パ ー ソ ン ズ の 社 会 理 論 に お け る 経 済 理 論 の 意 義 ﹄ な ど の 著 書 が あ る 。 研 究 だ け で な く 、 教
育 に も 熱 心 で、 学 生 に 大 変 人 気 が あ った 。
コー ネ リ ァ ・ ハ∼ ン講 師 は 、 社 会 構 造 論 、 コミ ュ ニケ ー シ ョ ン論 、 女 性 学 を 専 門 と し て い る 。 ジ ン メ ル、 デ ュ ル ケ ー
ム 、 ウ ェー バ ー に お け る 秩 序 形 成 概 念 を 基 に 、 現 代 の 個 別 化 と 多 様 化 の 潮 流 を 分 析 し た ﹃社 会 コ ント ロー ル と 個 別 化 -
近代的 秩序形成論 ﹄ (
九 五 年 ) を 著 し て い る 。 学 生 ア ド バ イ ザ ー を 勤 め る な ど 、 教 育 に も 非 常 に 熱 心 な 教 師 で あ った 。
以 上 の スタ ッ フ の 顔 ぶ れ か ら 分 か る よ う に 、 ボ ン大 学 社 会 学 は ジ ン メ ル、 デ ュ ル ケ ー ム、 ウ ェー バ ー な ど の 古 典 的 理
論 を 尊 重 し な が ら 、 現 代 的 問 題 に 意 欲 的 に 取 り 組 ん で い る と の印 象 を 受 け た 。 教 授 の身 分 に は C 四 と C 三 の区 別 が あ り 、
そ れ に よ って 研 究 費 や 待 遇 も 異 な る 。 通 例 、 ほ か の 大 学 に 引 き 抜 か れ る こ と で C 三 か ら C 四 へ昇 任 し て いく と いう 、 競
争 原 理 が 作 用 し て い る よ う で あ る 。 あ る 教 授 は 、 一年 に 二 本 か 三 本 の論 文 、 五 年 に 一冊 の著 書 が 大 学 教 授 た る 者 の義 務
で あ る 、 し か し 、 ペ ナ ル テ ィ が あ る わ け で は な い 、 と 微 妙 な 言 い方 を し て い た 。 こ の言 葉 に 、 大 学 の大 衆 化 に 伴 って ﹁研
究 と 教 育 の統 一﹂ と の フ ン ボ ル ト 理 念 が 、 揺 ら い で い る 現 状 を 伺 い知 る こ と が で き る 。
学生 生活
あ る 日 の講 義 で 、 フ ユ ル ス テ ン ベ ル ク 教 授 が 、 日 本 で は 大 学 新 入 生 の大 半 が 未 成 年 であ る が 、 こ の中 で 未 成 年 の 者 は
手 を 挙 げ て み な さ い、 と 学 生 に 呼 び 掛 け た 。 こ の講 義 は 社 会 学 の 新 入 生 対 象 の も の であ った が 、 手 を 挙 げ た の は 二 割 に
(
現 在 で は 十 カ 月 ) が あ る 。 ま た 、 筆 者 が 知 り 合 った 学 生 に は 、 学
満 た な か っ た 。 ド イ ツ と 日 本 の 学 生 生 活 は か な り 異 な る 。 ド イ ツ は 日 本 に 比 べ て 、 大 学 入 学 ま で の学 業 期 間 が 一年 長 い。
加 え て 、 男 子 は 十 八 才 に 達 す る と 一年 間 の 兵 役 義 務
生 生 活 の途 中 で 一時 職 に 就 い て 資 金 を た め 、 ま た 大 学 に 戻 っ て く る と いう 学 生 が多 か った 。
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ド イ ツ の 大 学 は 二 、 三 の教 会 に よ る も のを 除 い て、 国 立 大 学 で あ る 。 大 学 数 は ド イ ツ 三 一五 校 、 日 本
(
国 公 ・私 立 四
年 制 ) 五 六 五 校 、 学 生 数 は ド イ ツ 一入 七 万 人 、 日 本 二 五 四 万 人 で あ る 。 日 本 と の違 い は 、 セ メ スタ ー 毎 の 約 一万 円 の登
録 料 の ほ か に は 授 業 料 が な い こ と 、 一年 を 半 期 に 分 け る セ メ ス タ ー 制 で 、 四 月 か ら の夏 セ メ スタ ー 、 十 月 か ら の 冬 セ メ
ス タ ー の ど ち ら か ら で も 入 学 で き る こ と 、 入 学 試 験 が な く 、 入 学 制 限 の あ る 学 部 への 入 学 許 可 の 基 準 は 、 高 校 卒 業 資 格
試 験 の ア ビ ト ゥ ー ル の 点 数 と 待 機 年 数 (日 本 ふう に いえ ば 浪 人 年 数 ) で あ る 。 し た が っ て 、 日 本 のよ う に 浪 人 中 に 受 験
勉 強 を す る 意 味 は な い。
大 学 や 学 部 で の 入 学 式 も な け れ ば 卒 業 式 も な い。 学 生 は 、 街 の書 店 で履 修 要 項 を 買 い (
約 六 百 円 )、 登 録 を し 、 オ リ エ
ン テ ー シ ョ ンも な く 、 す ぐ 講 義 が 始 ま る 。 た だ し 、 教 員 は 講 義 の 第 一回 目 に シ ラ バ スを 配 布 し 、 オ フ ィ ス ・ア ワ ー を 設
け て い る。 学 生 の 目 標 は 学 位 の 取 得 か 国 家 試 験 に 合 格 す る こ と で あ り 、 日 本 の よ う に 教 授 と コ ン パを し た り 合 宿 に いく
こ と は ま ず 有 り 得 な い。 ま た 、 大 学 内 に ク ラ ブ の よ う な も のも な い。 大 学 や 教 員 が 就 職 の 世 話 を す る こ と も な い。
学 生 に求 め ら れ る の は 自 立 し た 学 習 能 力 で あ り 、 厳 し い学 問 的 訓 練 が 課 せ ら れ る 。 あ る 意 味 で 、 厳 し い 自 己 責 任 の原
則 が 貫 徹 し て い る と いえ よ う 。 そ の結 果 、 途 中 で ド ロ ップ ア ゥ ト す る 学 生 は 、 ド イ ッ 全 体 で 三 一% に 昇 る (
社 会科学系
で は 三 七 % )。 ま た 、 修 了 ま で の年 限 は 、 社 会 科 学 系 の 場 合 、 規 定 で は 四 年 半 で あ る が 、 実 際 は平 均 し て 六 年 半 であ る 。
学 生 の 三 人 に 一人 が 二 五 才 以 上 と いわ れ て い る 。 世 界 で 最 も 若 い年 金 生 活 者 と 年 取 った 学 生 の い る 国 、 と 椰 楡 さ れ る 所
以 が こ こ にあ る。
実 際 の例 を 、 ボ ン大 学 社 会 学 セ ミ ナ ー を 例 に 見 て み よ う 。 ド イ ツ の 大 学 の学 習 課 程 は 基 礎 課 程 と 専 門 課 程 に 分 か れ て
社会学 入門 (
講 義 )、 経 験 的 社 会 研 究 法 、 社 会 学 史 、 社 会 学 入 門 (
演 習 )、 統 計 学
お り 、 学 生 は そ れ ぞ れ の 課 程 で主 専 攻 と 二 つ の 副 専 攻 を 学 ば ね ば な ち な い。 社 会 学 主 専 攻 の学 生 の カ リ キ ュラ ム は 次 の
よう に な って いる 。
第 一セ メ ス タ ー
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第 ニ セメ スタ ー
第 三 セメ スタ ー
(
講義)
理 論 社 会 学 か ら 一科 目 、 社 会 構 造 論 、 経 験 的 社 会 研 究 法 1 、 社 会 学 初 級 ゼ ミ ナ ー ル 、
そ の 他 の関 連 科 目 か ら 一科 目
理 論 社 会 学 か ら 一科 目 、 応 用 社 会 学 か ら 一科 目 、 経 験 的 社 会 研 究 法 11 、
理 論 社 会 学 か ら 一科 目 、 応 用 社 会 学 か ら 二 科 目 、 そ の 他 の関 連 科 目 か ら 二 科 目
そ の 他 の関 連 科 目 か ら 二 科 目
第 四 セメ スタ ー
(
講 義 )、 応 用 社 会 学
(
中 級 ゼ ミ ナ ー ル )、 社 会 学 方 法 論 、
理論 社会学
(
中 級 ゼ ミ ナ ー ル )、 応 用 社 会 学
第 五 セメ スタ ー
調 査 ゼ ミ ナ ー ル、 理 論 社 会 学 (
上 級 ゼ ミ ナ ー ル)、 理 論 社 会 学
そ の 他 の関 連 科 目 か ら 一科 目
第 六 セメ スタ ー
(
上 級 ゼ ミ ナ ー ル )、 理 論 社 会 学 と 応 用 社 会 学 か ら 五 科 目
(
講 義 )、 応 用 社 会 学 (
講 義 )、
コ ロキ ウ ム 、 応 用 社 会 学
応 用社会学
そ の他 の関 連 科 目 か ら 一科 目
(
上 級 ゼ ミ ナ ー ル)、 理 論 社 会 学
第 七 セメ スタ ー
第 八 セ メ スタ ー
* 理 論 社 会 学 と は 、 主 に 社 会 構 造 と 社 会 変 動 に 関 連 す る 理 論 を いう 。
応 用 社 会 学 と は 、 家 族 、 .都 市 、 労 働 、 職 業 、 組 ⋮織 、 宗 教 な ど の社 会 学 。
そ の他 の関 連 科 目 と は 、 政 治 学 、 歴 史 学 、 心 理 学 、 教 育 学 、 哲 学 、 経 済 学 、 法 学 な ど 。
副 専 攻 の場 合 、 以 上 の 科 目 の 内 、 約 三 分 の 二 を 取 得 し な け れ ば な ら な い。
授 業 回 数 は 、 い つ れ も 週 に 一回 、 全 体 で 十 数 回 で あ る 。
副 専 攻 を 加 え て も 科 目 数 だ け を 見 れ ば 、 日 本 と さ ほ ど 変 わ ら ず 、 む し ろ 少 な いく ら い で あ る 。 し か し 、 そ の内 実 は か
な り 違う 。
例 と し て 、 ザ ウ ア ー バ イ ン 講 師 が 担 当 し た 第 一セ メ ス タ ー の 社 会 学 入 門 (
演 習 ) の内 容 を 紹 介 し よ う 。 こ の演 習 は 全
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体 で 十 一回 。 各 回 の テ ー マは 、 オ リ エ ンテ ー シ ョ ン、 社 会 的 行 為 と 社 会 的 事 実 (
ウ ェー バ ー と デ ュ ル ケ ー ム)、 ミ ク ロ・
マク ロ問 題 、 社 会 的 役 割 ・役 割 距 離 ・社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 、 象 徴 的 相 互 作 用 と 状 況 定 義 、 社 会 構 造 と ア ノ ミ ー 、 権
力 の形 成 過 程 、 社 会 構 造 と社 会 的 不 平 等 、 社 会 構 造 と近 代 化 、 総 括 討 論 、 筆記 試 験 であ る。 こ の演 習 を 修 了す る た め に
は 、 毎 回 指 定 文 献 を 読 了 し 、 必 ず 一回 は レ ジ メ を 用 意 し て 発 表 し 、 筆 記 試 験 に 合 格 し な け れ ば な ら な い。 発 表 の チ ャ ン
ス が な か っ た 者 は 、 オ フ ィ ス ・ア ワ ー に 研 究 室 を 訪 れ て 、 口 答 試 験 を 受 け ね ば な ら な い。
第 一か ら 第 四 セ メ スタ ー の基 礎 課 程 を 終 え る の に 、 規 定 で は 二 年 であ る が 、 多 く の学 生 は 約 三 年 の期 間 が 必 要 で あ る 。
(
社 会 学 の場 合 は マギ スタ ー ) 試 験 で あ る 。 こ の試 験 は 、 論 文 と 筆 記 試 験 と 口 頭 試
基 礎 課 程 か ら 専 門 課 程 に 進 む に は 、 さ ら に主 要 数 科 目 の 口 頭 試 問 と 筆 記 試 験 か ら な る 中 間 試 験 を 受 け な け れ ば な ら な い。
専 門 課 程 を 終 え る と 、 最 後 は学 位
問 か ら な って いる。 論 文 は申 請 後 六 ヵ月 以 内 で書 か な け れ ば な ら な い (
六 週 間 の延 長 が 可 能 で あ る )。 論 文 は 、 二 人 の 審
査 官 に よ っ て 、 独 自 性 、 客 観 性 、 方 法 論 、 構 成 、 思 考 法 、 文 章 な ど を 基 準 に 評 価 さ れ る 。 と く に 枚 数 の指 定 は な い が 、
筆 者 が 知 り 合 った 学 生 は 百 枚 位 の 論 文 を 書 い た と い っ て い た 。 筆 記 試 験 は 、 社 会 学 か ら の出 題 に 対 し て 四 時 間 で 回 答 す
る こ と を 求 め ら れ る 。 口 頭 試 問 は 、 受 験 者 が あ ら か じ め 準 備 し て き た テ ー マを 一人 の試 験 官 に 告 げ 、 そ れ に つ い て 五 〇
分 か ら 最 大 限 六 〇 分 に 渡 って 答 え る と いう も の であ る 。 社 会 学 を 副 専 攻 と す る 者 の学 位 試 験 は 口 頭 試 問 だ け で あ る 。
ド イ ツ の 大 学 は 、 少 数 エリ ー ト の 教 育 を 目 的 と し て 出 発 し た 。 し か し 、 学 生 数 の激 増 は そ れ を 許 さ な く な っ て いる 。
現 行 の シ ス テ ム は 、 い か に も 非 能 率 的 で あ る と の批 判 が 高 ま って い る 。 加 え て 、 経 済 状 況 の悪 化 、 大 学 卒 業 者 の 就 職 難
な ど 様 々 な 問 題 が あ る 。 筆 者 の滞 在 中 に も 、 規 定 の 年 限 を 越 え た 者 への 奨 学 金 のう ち き り 、 一セ メ ス タ ー に つき 八 万 円
の 授 業 料 の 徴 収 な ど が 提 案 さ れ て い た 。 学 生 は こ れ に 猛 反 発 し 、 ボ ン で も 数 千 人 規 模 の学 生 の デ モ が 行 わ れ た 。 社 会 学
セ ミ ナ ー の 掲 示 板 に は 、 大 学 を 破 壊 す る 者 、 指 名 手 配 と いう ビ ラ に、 コー ル首 相 や ワ イ ゲ ル 蔵 相 な ど の顔 写 真 が 張 ら れ
て いた。
イ ツ ・ボ ン大 学 報 告
39ド
学 生 の側 に も 大 学 へ の不 満 が 増 大 し て い る よ う で あ る 。 あ る 学 生 は 、 学 部 、 学 科 間 で 、 時 間 割 り の調 整 が ほ と ん ど さ
れ な いた め に 、 主 専 攻 と 副 専 攻 の科 目 が 同 一時 間 に 置 か れ て 困 る 、 と の 不 満 を 漏 ら し て い た 。 こ の 種 の不 満 は か な り あ
る よ う で あ った 。
九 三 年 、 ド イ ツ の高 級 週 刊 誌 ﹃シ ュ ピ ー ゲ ル﹄ で 、 学 生 に よ る ﹁良 い大 学 の順 位 ﹂ が 発 表 さ れ た 。 旧 西 独 の 五 〇 大 学
中 、 一位 デ ュ ッ セ ルド ル フ 大 学 、 二 位 デ ュイ スブ ル ク 大 学 、 三 位 コ ン ス タ ン ツ大 学 と 、 上 位 は 一九 六 〇 年 代 ・七 〇 年 代
に 創 立 さ れ た 新 し い大 学 が 占 め 、 そ れ に 対 し て 伝 統 校 は い つ れ も 下 位 に 甘 ん じ 、 ボ ン 大 学 に 至 って は 最 下 位 で あ っ た 。
こ の話 に は 、 大 学 の教 官 に 、 自 分 の 子 供 を ど の大 学 で 学 ば せ た い か と いう 質 問 を し た と こ ろ 、 上 位 は 皆 、 伝 統 校 で あ っ
た と いう オ チ が つ い て い る 。
ド イ ツ の大 学 は 今 、 転 換 期 に あ る と いえ よ う 。
ド イ ツ に お け る マ ッ ク ス ・ウ ェー バ ー 研 究
筆 者 の ボ ン 滞 在 の目 的 は 、 ド イ ツ に お け る ウ ェー バ ー 研 究 の現 状 の調 査 で あ った 。 こ こ で 、 そ の調 査 の 部 を 紹 介 し
て お き た い。
先 に も 述 べ た よ う に、 ボ ン大 学 社 会 学 セ ミ ナ ー の 地 下 一階 に 、 マ ック ス ・ウ ェー バ ー の 名 を 冠 し た 研 究 室 が あ る 。 こ
こ で は 、 ゲ ップ ハ ル ト 教 授 の 下 で 一人 の助 手 が 、 ﹃マ ック ス ・ウ ェー バ ー 全 集 ﹄ の ﹃法 社 会 学 ﹄ の巻 の編 集 作 業 を し て い
た。 彼 は、 ま さ に、 日本 風 に言 え ば、 鍋 釜 を 持 ち 込 ん で、 ﹃
法 社 会 学 ﹄で ウ ェー バー が 引 用 し た 文 献 に 直 接 当 た っ て 、 そ
れ を 確 認 す る と いう 、 気 の遠 く な る よ う な 作 業 に 取 り 組 ん で い た 。
﹃ウ ェー バ ー 全 集 ﹄ の 編 集 で 、 と く に 注 目 さ れ て い る の は 、 ﹃経 済 と 社 会 ﹄ の編 集 で あ る 。 現 在 の ﹃
経 済 と社 会 ﹄ は、
も と も と は ウ ェー バ ー が 編 集 責 任 者 で あ った ﹃
社 会 経 済 学 講 座 ﹄ の第 一巻 の第 三 部 門 ﹁経 済 と 社 会 ﹂ の中 の ﹁経 済 と 社
40
会 的 秩 序 お よ び 力 L の 原 稿 で あ り 、 彼 の死 後 、 妻 の マリ ア ンネ が 二 部 構 成 で 編 集 、 出 版 し た も の で あ る 。 第 一部 は ウ ェ
ー バ i 自 身 が 校 正 し た も の で あ る が 、 第 二 部 は 、 ウ ェー バ ー が か な り 前 に 書 き 溜 め た 草 稿 で あ り 、 そ れ が い わ ゆ る ﹃経
済 と 社 会 ﹄ の草 稿 か 否 か も 判 然 と し な いも の で あ っ た 。 し か し 、 マリ ア ンネ と そ の跡 を 継 い だ ヴ ィ ン ケ ル マ ン は 、 あ え
て こ れ を 二 部 構 成 か ら な る 一冊 の 著 書 と し て出 版 し た の で あ る 。 そ し て ﹃経 済 と 社 会 ﹄ は 、 こう し た 編 集 上 の 問 題 が あ
る に も か か わ ら ず 、 ウ ェー バ ー の主 著 と 見 倣 さ れ て き た 。
こう し た 問 題 に 一石 を 投 じ た の が 、 フ リ ー ド リ ッ ヒ ・テ ンブ ル ッ ク で あ る 。 彼 は 綿 密 な 文 献 考 証 に よ って ﹃経 済 と 社
会 ﹄ の 二 部 構 成 は 成 立 せ ず 、 ウ ェー バ ー に と っ て 、 こ れ は 単 な る ﹁委 託 仕 事 ﹂ で あ り 、 む し ろ ﹃宗 教 社 会 学 論 集 ﹄ の 諸
論 稿 こ そ が 彼 の ラ イ フ ワ ー ク で あ る 、 と 主 張 し た 。 テ ンブ ル ック は 、筆 者 の訪 独 の前 年 、 九 四 年 に 亡 く な って お り 、 ﹃ケ
ル ン社 会 学 ・社 会 心 理 学 雑 誌 ﹄ な ど に そ の 死 を 悼 む 論 稿 が 掲 載 さ れ て い た 。
こ れ に 反 論 し た の が 、 ﹃ウ ェー バ ー 全 集 ﹄ の編 集 者 の 一人 で あ る ヴ ォ ル フ ガ ング ・シ ュ ル フ タ ー で あ る 。 彼 は ﹁経 済 と
社 会 - 神 話 の 終 焉 ﹂ で 、 テ ン ブ ル ック と 同 じ く 二 部 構 成 は 成 立 し な い こ と を 認 め た う え で 、 ﹃経 済 と 社 会 ﹄ の 論 稿 は ﹃宗
教 社 会 学 論 集 ﹄ の 諸 論 稿 と 相 補 関 係 に あ り 、 か れ の ラ イ フ ワ ー ク の 一つと 見 倣 し う る と し た 。
シ ュ ル フ タ ー の こ の 論 文 は ﹃ウ ェー バ ー 全 集 ﹄ 編 集 委 員 会 の 編 集 方 針 を 定 め た も の で あ る 。 旦ハ
体 的 な 方 針 と し て は、
(一)現 行 の第 一部 と 第 二 部 は 、 同 じ 目 的 に 向 け た 改 訂 作 業 の 段 階 を 表 現 し た も の で あ り 、 互 い に 独 立 し た 成 稿 と 見 倣 し
得 る 。 (二 )現 在 の第 二 部 の論 稿 が す べ て ﹃
経 済 と 社 会 ﹄の草 稿 で あ る か 否 か が 改 め て 検 討 さ れ ね ば な ら な い (
と く に ﹁法
社 会 学 ﹂ ﹁都 市 ﹂)。 ﹃科 学 論 集 ﹄ に 収 録 さ れ て い る ﹁理 解 社 会 学 の カ テ ゴ リ ー ﹂ が 第 二 部 全 体 の 概 念 規 定 と し て 、 第 二 部
の冒 頭 に 置 か れ る 。 (
三 ) タ イ ト ル は ﹃経 済 と 社 会 ﹄ で は な く 、 ﹃経 済 と 社 会 的 秩 序 お よ び 力 ﹄ と さ れ る 。 (
四 )原 稿 は年
代 順 に 配 列 さ れ る 。 し た が って 、 現 行 の第 二 部 、 第 一部 の順 に な る 。
日 本 でも 、 折 原 浩 が 、 こ の 問 題 に 精 力 的 に 取 り 組 ん で い る 。 彼 の 場 A口は 、 草 稿 の 中 に あ る 参 照 指 示 と ﹁理 解 社 会 学 の
ドイ ツ ・ボ ン大 学 報 告
41
カ テ ゴ リ ー L の用 語 を手 掛 かり に、 現 行 第 二部 の徹 底 し た再 構 成 を 提 案 し て いる。
ゲ ップ ハ ル ト 教 授 が 編 者 で あ る ﹃法 社 会 学 ﹄ は 、 現 行 ﹃
経 済 と 社 会 ﹄ の第 二 部 に 属 し て い る 。 教 授 や 助 手 への筆 者 に
よ る イ ンタ ビ ュー に よ る と 、 ﹃法 社 会 学 ﹄ は ﹃経 済 と 社 会 ﹄ の 草 稿 の 一部 と し て 刊 行 さ れ る と の こ と であ る 。 ま た 、 シ ュ
ル フ タ ー の編 集 方 針 も 尊 重 さ れ て い る よ う で あ る 。 現 在 の と こ ろ 、 ﹃経 済 と 社 会 ﹄ は ﹃経 済 と 社 会 的 秩 序 お よ び 力 ﹄ に タ
イ ト ル を 変 え 、 現 行 の第 二 部 が ﹃ウ ェー バ ー 全 集 ﹄ の第 - 部 第 二 十 二 巻 と し て 五 分 冊 で出 版 さ れ 、 現 行 の第 一部 は 第 二
十 三 巻 とし て出 版 さ れ る 予定 であ る 。
四 月 の あ る 日 、 ハ レ で の 第 二 十 七 回 ド イ ツ社 会 学 会 大 会 か ら 帰 って き た フ ユ ル ス テ ン ベ ルク 教 授 が 、 筆 者 に 研 究 の 参
考 に と 一冊 の本 を 手 渡 し て く れ た 。 そ れ は 前 年 ビ ー レ フ ェ ル ト で 行 わ れ た 国 際 社 会 学 会 の第 十 三 回 大 会 を 記 念 し て 、 ド
イ ツ 社 会 学 会 が 作 成 し た ﹃ド イ ツ に お け る 社 会 学 ﹄で あ っ た 。 こ れ は 、 ﹁大 戦 後 の社 会 学 ﹂、 ﹁今 に 生 き る 伝 統 ﹂、 ﹁新 し い
パ ラ ダ イ ム と 論 議 ﹂、 ﹁
制 度 化 の諸 相 ﹂の 四 部 か ら な って い た 。 ﹁今 に 生 き る 伝 統 ﹂に は 、 マ ル ク ス、 テ ン ニー ス、 ジ ン メ
ル、 ウ ェー バ ー 、 フ ラ ンク フ ル ト 学 派 に 関 す る 論 稿 が 収 録 さ れ て い た 。 ウ ェー バ ー の部 分 は 、 ウ ェー バ ー に関 す る 堅 実
な 研 究 で 知 ら れ る デ ィ ルク ・ケ ス ラ ー が 担 当 し て い る 。
こ の 論 文 で 、 ケ ス ラ ー は 戦 後 ド イ ツ で の ウ ェー バ ー 受 容 の歴 史 を 概 説 し た 上 で 、 現 状 の ウ ェー バ ー 研 究 の流 れ を 二 つ
(
自由主義 か ニ
に 分 け て い る 。 第 一は 、 ﹃ウ ェー バ ー 全 集 ﹄の 発 刊 に よ る 文 献 学 的 考 証 で あ る 。 第 二 は 、 社 会 学 、 歴 史 学 、 哲 学 、 政 治 学
に お け る ウ ェー バ ー を 巡 る 論 争 で あ る 。 特 に、 社 会 史 の先 駆 者 と し て の 位 置 づ け 、 彼 の政 治 思 想 的 立 場
ー チ ェ の影 響 か )、 ま た 全 体 と し て の 彼 の業 績 を ど う 学 問 的 に 位 置 付 け る か 、 さ ら に は 、 東 ド イ ツ の崩 壊 に よ る ア ンチ ・
マ ル ク ス と し て の ウ ェー バ ! 像 の 減 退 な ど 。
こう し た 現 状 を 踏 ま え た 上 で 、 ケ ス ラ ー は 、 ウ ェー バ ー の 古 典 と し て の価 値 は 、 彼 が そ れ ま で に な い問 題 や 方 法 や 理
論 を 提 示 し た こ と で は な く 、 ﹁理 解 ﹂ と ﹁説 明 ﹂、 ﹁個 入 ﹂ と ﹁社 会 ﹂、 ﹁主 観 的 意 味 ﹂ と ﹁規 範 的 秩 序 ﹂、 ﹁社 会 的 行 為 ﹂ と
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﹁社 会 的 秩 序 ﹂ な ど の 二 項 対 立 を 、 常 に 新 た な や り 方 で ﹁媒 介 ﹂ し よ う と し た こ と に あ る 、 と す る 。 彼 の ﹁媒 介 ﹂ の試 み
は 、 現 在 の社 会 学 で の ハー バ ー マ ス や ブ ル デ ュー や ギ デ ン ス の業 績 に 活 き て い る と す る 。 こ の よ う な ウ ェー バ ー 評 価 は 、
従 来 の ド イ ツ社 会 学 で の ウ ェー バ ー 受 容 が 、 か な り 偏 って い た こ と への 反 省 に 基 づ く も の で あ る 、 と ケ スラ ー は 言 う 。
つま り 、 従 来 の ウ ェー バi 研 究 が 、 彼 の方 法 論 と 宗 教 社 会 学 な ど の 具 体 的 研 究 を 別 個 に 扱 い、 具 体 的 研 究 の 中 に 方 法
論 が ど う 生 か さ れ て い る か 、 あ る い は 両 者 を 突 き 合 わ せ る こ と で 、 ウ ェー バ ー の 理 論 や 問 題 意 識 を 現 代 社 会 の 分 析 に ど
う 適 用 す る か と いう 視 点 に 乏 し か った と いう こ と で あ る 。
﹁媒 介 ﹂ 者 と し て の ウ ェー バ ー と いう 評 価 は 、 現 代 のド イ ッ社 会 学 に か な り 行 き 渡 っ て い る よ う で あ る 。 例 え ば 、 九
五 年 に 発 刊 さ れ た ﹃社 会 学 史 年 報 1 9 9 3 ﹄ 掲 載 の 論 文 ﹁
古 典 の 効 用 - 評 価 定 ま ら ぬ ウ ェー バ ー の遺 産 ﹂ で も 同 様 な 記
述 が 見 ら れ る 。 ま た 、 九 四 年 の ﹃ケ ル ン社 会 学 ・社 会 心 理 学 雑 誌 ﹄ で 、 英 国 で 出 版 さ れ た カ ー ル ベ ル ク の ﹃マ ック ス ・
ウ ェー バ ー の 比 較 歴 史 社 会 学 ﹄ へ の書 評 で 、 ト ー マ ス ・シ ュ ビ ン が 同 様 の発 言 を し て い る 。
こ こ で は 、 ド イ ツ に お け る す べ て の ウ ェー バ ー 研 究 に 触 れ る こ と は で き な い の で、 以 上 の観 点 か ち 、 筆 者 の目 に 触 れ
た も のを 紹 介 し て お き た い。
ウ ェー バ ー の 近 代 的 合 理 化 への 評 価 は 大 変 微 妙 で あ る 。 彼 は 合 理 化 の流 れ を 不 可 逆 的 と は 見 た が 、 そ の結 果 を 肯 定 し
て いる わ け で は な い。 合 理 と 非 合 理 、 理 性 と 感 情 の媒 介 を 、 彼 は ど のよ う に 果 た そ う と し た の か 。 現 代 の ウ ェー バ ー 研
究 で 、 そ の 試 金 石 と 見 ら れ て い る の は 、 二ー チ ェ の ウ ェー バ ー への 影 響 の評 価 で あ る 。 代 表 的 研 究 者 で 、 二ー チ ェ の 影
響 に 対 し て 否 定 的 な の が シ ュ ル フ タ ー で あ り 、 肯 定 的 な の が ヴ ィ ル ヘ ル ム ・ヘ ニ ス で あ る 。 最 近 、 両 者 共 に 既 発 表 の物
も 含 ん だ 論 文 集 を 発 表 し て い る 。 シ ュ ル フ タ ー ﹃和 解 さ れ え ぬ 近 代 ﹄、 ヘ ニ ス ﹃マ ック ス ・
ウ ェー バ ー の 人 間 科 学 ﹄ が そ
れ で あ る 。 ポ ス ト ・モダ ンと いわ れ る 時 代 状 況 の中 で 、 こ の 点 への 関 心 は 強 く 、 若 手 の研 究 者 で は ロタ ー ル ・ヴ ァー ス
の ﹃マ ッ ク ス ・ウ ェー バ ー と そ の 帰 結 - 近 代 の危 機 と 二 〇 世 紀 の 政 治 倫 理 的 二 元 論 ﹄ が あ る 。 こ れ は 責 任 倫 理 と 信 情 倫
イ ツ ・ボ ン大 学 報 告
43ド
理 の区 別 が 、 近 代 こ と に 二 〇 世 紀 の様 々 な ア ポ リ ア に 対 し て 持 つ意 義 を 解 明 し よ う と し た 労 作 で あ る 。
理 論 社 会 学 の 分 野 で は 、 前 述 の ト ー マ ス ・シ ュ ビ ン の ﹁ミ ク ロ ・ マク ロ問 題 に 関 す る ウ ェー バ ー の概 念 ﹂ が 注 目 さ れ
る 。 ウ ェー バ ー は 個 性 的 認 識 と 法 則 的 認 識 の 媒 介 を 類 型 的 認 識 の装 置 で あ る 理 念 型 で 果 た そ う と し た 。 シ ュビ ン の論 文
は 、 現 代 社 会 学 の 大 き な 課 題 で あ る ミ ク ロ ・ マク ロ問 題 を 、 ウ ェー バ ー の チ ャ ン ス や 理 念 型 概 念 の 彫 琢 に よ って 解 決 し
よ う と し たも のであ る 。
政 治 社 会 学 で は シ ュテ フ ァ ン ・プ ロイ ア ー が 、 精 力 的 に 注 目 す べ き 論 文 や 著 作 を 発 表 し て い る 。 彼 は 、 ウ ェー バ ー の
発 展 論 的 視 野 を 合 理 性 と カ リ ス マ の不 断 の 相 互 作 用 と と ら え 、 そ の観 点 か ら 国 家 、 革 命 、 国 民 な ど を 分 析 し て い る 。
以 上 が 、 筆 者 が 管 見 し た 限 り で のド イ ツ の ウ ェー バ ー 研 究 の 現 状 で あ る 。 な お 、 筆 者 自 身 の セ ミ ナ ー が 、 帰 国 直 前 、
社 会 学 セ ミ ナ ー の先 生 方 の 好 意 で 開 催 さ れ た。 内 容 は 、 ウ ェー バ ー の ゲ ノ ッ セ ン シ ャ フト 概 念 を 用 い て 日 本 社 会 の 地 域
問 題 を 論 じ た も の で、 タ イ ト ル は ﹁日 本 社 会 と コ ミ ュ ニテ ィ 問 題 ﹂ で あ った 。
敗 戦 五〇 年
最 初 の 一カ 月 、 筆 者 は 大 学 の 宿 舎 に お 世 話 に な った が 、 そ の後 は 、 ボ ン中 央 駅 か ら バ ス で 二 〇 分 ほ ど の緑 豊 か な 高 台
の住 宅 地 に あ る ア パ ー ト に 住 ん だ 。 三 階 に あ る 筆 者 の部 屋 の バ ル コ ニー か ら は 、 毎 朝 決 ま った 時 間 に 夫 が 妻 の車 椅 子 を
押 し て 散 歩 に 出 る 老 夫 婦 の姿 、 夕 方 五 時 頃 に は 仕 事 か ら 帰 っ て き て 庭 の手 入 れ を す る 主 人 、 夏 と も な れ ば 、 庭 に テ ー ブ
ルを 出 し て 、 食 事 を し 、 十 時 ご ろ ま で 蝋 燭 の 光 だ け を た よ り に お し ゃ べ り を す る 家 族 の姿 が 見 ら れ た 。 駅 や 店 舗 、 バ ス
や 電 車 に は 障 害 者 の た め の配 慮 が さ れ て お り 、 車 椅 子 の 人 々 が 自 由 に 街 で生 活 で き る よ う に な っ て い た 。 ベ ビ ー カ ー を
押 し た 婦 人 が バ スや 電 車 に乗 ろう とす る と、 必 ず と い って い いほ ど、 だ れ か が手 助 け をす る。 派 手 で はな いが 堅実 で、
実 に ゆ った り し た 生 活 の リ ズ ム が そ こ に は あ った 。
44
筆 者 の ア パ ー ト の 住 所 は フ ィ リ ップ ソ ン通 り 一番 地 。 こ の通
り は よ う や く 車 が 擦 れ 違 え る ほ ど の 小 さ な 脇 道 であ る 。 住 居 表
示 の プ レー ト に は 、 こ の通 り の名 称 は ボ ン の名 誉 市 民 で あ る 故
フ ィ リ ップ ソ ン博 士 に 因 ん だ も の で あ り 、 彼 は 地 理 学 の元 ボ ン
大 学 教 授 、 ユダ ヤ 系 ド イ ツ 人 で あ った た め チ ェ コ の テ レ ジ ン強
制 収 用 所 に 送 ら れ 、 戦 後 生 還 し た 旨 が 記 し て あ った 。
筆 者 が 滞 在 し た 九 五 年 は 、 ド イ ツ に と って 敗 戦 五 〇 年 の年 で
あ った 。 訪 独 早 々 の 四 月 は 、 五 月 八 日 敗 戦 の 日 に向 け て 、 各 地
の ユダ ヤ 人 強 制 収 容 所 の解 放 記 念 日 が 続 い て いた 。 九 日 ブ ー フ
ェ ン バ ルト 、 二 一
二日 フ ロ ッ セ ンブ ル ク 、 二 七 日 ベ ル ゲ ン ベ ル ゼ
ン で 追 悼 集 会 が 行 わ れ て い た 。 ブ ルー の 縦 縞 の 囚 人 服 を 身 に 付
け た ユダ ヤ 人 生 存 者 、 陰 轡 な 口 調 で 追 悼 と 過 去 の忘 却 へ の警 告
の言 葉 を 述 べ る ヘ ル ツ ォ ー ク 大 統 領 、 ジ ュー ス ム ー ト 連 邦 議 会
議 長 、 コー ル首 相 な ど の 政 治 家 、 う な だ れ る 聴 衆 。 こ の模 様 は
そ の都 度 、 テ レ ビ で 全 国 に 放 映 さ れ て い た 。 ヘ ル ツ ォ ー ク 大 統
領 は 一月 二 七 日 の ア ウ シ ュビ ッ ツ解 放 の 日 を ﹁ナ チ ス犠 牲 者 追
悼 の 日 ﹂ と す る こ と を 提 案 、 九 六 年 同 日 に 第 一回 の記 念 式 典 が
行 わ れ た 。 法 を 改 正 し て 、 ナ チ 戦 犯 の永 久 訴 追 を 決 め た ド イ ツ
に と って 、 ナ チ ズ ム の 過 去 に 時 効 は な い 。 そ の 反 省 の姿 勢 は 徹
ドイ ツ ・ボ ン大 学 報 告
45
底 し て いる よう に見 え る。
し か し 、 そ の 一方 で 、 こ れ に 反 発 す る 人 々 が い る こ と も 事 実 であ る 。 現 在 のポ ー ラ ンド や チ ェ コ、 ハ ンガ リ ー な ど の
東 欧 地 域 に 先 祖 代 々 住 み 続 け 、 敗 戦 と 共 に 財 産 を 没 収 さ れ 、 難 民 と し て ド イ ツ に 強 制 移 住 さ せ ら れ た 一千 万 人 の ド イ ツ
人 。 今 で も 彼 等 は 、 そ の不 当 性 を 訴 え 、 当 該 政 府 に 保 証 を 求 め て い る 。
普 通 の 人 々 の中 に も 、 何 時 ま で 反 省 を し 続 け れ ば い い の か 、 と いう 不 満 が あ る 。 そ れ は 、 統 一に 伴 う 不 況 、 失 業 の増
大 (
九 六 年 二 月 現 在 で 十 一 ・ 一% 、 旧 東 独 十 七 ・五 % ) と いう 状 況 と も 重 な って 、 大 き な 社 会 不 安 を 引 き 起 こ し て い る 。
ゾ ー リ ンゲ ン で の ト ル コ人 一家 焼 き 討 ち 、 リ ュー ベ ッ ク の ユダ ヤ 人 教 会 へ の放 火 、 チ ュー リ ン ゲ ン の極 右 団 体 集 会 、
ヒ ット ラ ー の 側 近 ルー ド ル フ ・ ヘ ス の命 日 に 、 二ー ダ ー ザ ク セ ン で行 わ れ た ネ ォ ナ チ 集 会 、 ネ ォ ナ チ に よ る ド イ ツ国 内
への 武 器 持 ち 込 み 、 リ ュー ベ ッ ク の亡 命 希 望 者 用 宿 舎 の 焼 き 討 ち な ど な ど 、 経 済 的 苦 境 が 人 々 を 外 国 人 排 斥 や ネ ォ ナ チ
な ど極 右 団 体 への共感 に 駆 り 立 て て いる。
加 害 と 被 害 、 過 去 の反 省 と 民 族 と し て の 誇 り な ど の 間 に 、 引 き 裂 か れ そ う に な って い る ド イ ツ の危 う さ 。 戦 後 、 ド イ
ツ の ヨー ロ ッ パ化 を ス ロー ガ ン に 、 ひ た す ら 周 辺 諸 国 と の協 調 に 勤 め て き た ド イ ツ の真 価 が 、 苦 境 の中 で 、 い ま 問 わ れ
て い る 。 そ ん な 感 慨 を 抱 き な が ら 、 一年 の 在 外 研 究 を 終 え 、 春 の息 吹 を 感 じ さ せ る 九 六 年 三 月 、 ド イ ツ を 離 れ た。
最 後 に 、 今 回 の 在 外 研 究 で お 世 話 に な っ た ボ ン大 学 社 会 学 セ ミ ナ ー の先 生 方 、 創 価 大 学 の先 生 方 、 職 員 の方 々、 理 事
会 、 学 生 諸 君 に 心 よ り の御 礼 を 申 し 上 げ る 。 皆 さ ん の 好 意 と 協 力 な し に 、 筆 者 の在 外 研 究 は と う て い有 り 得 な か った こ
と を 実 感 し つ つ、 報 告 を 終 え た い。
46
[参 考 文 献 ]
﹁小 さ な ボ ン に 大 き な 政 治
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