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第1章 頭痛
第1章 頭痛 第1節 針灸不適応の頭痛の除外 針灸不適応症(おもに頭蓋内症)→専門病院へ転送 頭痛 針灸適応症 後頭神経痛 緊張性頭痛(旧称:筋収縮性頭痛) 片頭痛 a.骨と脳実質以外が痛みを感じる。 b.頭蓋外の痛み 筋肉・筋膜:特に側頭筋、後頭下筋 →筋収縮性頭痛(筋の持続的収縮) 動脈:浅側頭動脈、眼窩上動脈、後頭動脈 →血管性頭痛(動脈血流量増加による血管壁の伸張+痛み物質放出) 神経:大・小後頭神経、三叉神経 →大・小後頭神経痛、三叉神経痛 c.頭蓋内の痛み 頭蓋内動脈の牽引・圧迫などの機械的刺激 動脈の拡張 炎症 →脳腫瘍 →高血圧、動脈硬化 →髄膜炎など(急性、全身症状を伴う) d.その他 目・耳・鼻・歯の疾患、心身医学的頭痛、婦人科の頭痛 頭痛の診療でまず行うべきことは、針灸の適応症と不適応症の鑑別である。 不適応であれば、専門病院受診を指示する。針灸適応であれば、さらに詳細に診察し、針灸治 療方針を考える。 1.頭蓋内性頭痛に注意 一般に、頭蓋内疾患に起因した頭痛は針灸の不適応が多く、頭蓋外性頭痛は針灸適応症が多い。 頭痛部位が患者自身不明瞭で、持続的に痛み、外的刺激に無関係であれば、頭蓋内性の頭痛を考 える。急性の頭痛には危険なものが多く含まれるが、慢性頭痛で緊急を要するものはまずない。 ただし改善しないまま、漫然と治療回数を重ねることは危険(脳腫瘍)である。 頭蓋内疾患 頭蓋外疾患 代表疾患 高血圧、動脈硬化、脳腫瘍、 緊張性頭痛 髄膜炎 後頭神経痛、片頭痛 疼痛部位 不明確 明瞭 痛む時間 持続的 間欠的 外的刺激 変動しない 変動する 1 . 頭痛 - 1 脳は、頭蓋骨と、頭蓋骨内側にある3種の髄膜で包まれて いる。髄膜は、頭蓋骨側から硬膜、クモ膜、軟膜がある。硬 膜とクモ膜間には硬膜下腔があり、その中を静脈が環流する。 クモ膜と軟膜間にはクモ膜下腔があり、その中を脳脊髄液と 静脈が環流する。 2.緊急を要する頭蓋内の疾患 緊 急を 要す る頭痛 の共 通事 項は、「 発症が 急激 で吐 気 嘔吐 を伴 う」 こと であり 、脳内出血、クモ膜下出血、急性 硬 膜下 血種 、髄 膜炎 の可能 性が ある 。 疑 わし い場 合、髄 膜刺 激症 状の 有無を 診る こと 。 1)急性硬膜下血腫 ゴルフボールが当たるなど、局所に強い打撲があると、静脈が切れて出血する。傷口は小 さいが、止血できないので、数時間後には血腫が広がり、脳実質を圧迫するまでになる。 2)クモ膜下出血 先天性に脳動脈瘤があり、これがなんらかのきっかけで破裂する。患者は突然激しい頭痛を 訴え、次第に意識消失する。出血すると脳脊髄液も赤くなるので、脊髄穿刺で、血性髄液を認 めれば本診断が確定し、緊急外科手術を行うことになる。出血が持続して脳実質を圧迫する。 3)髄膜炎 感冒などを契機に細菌またはウィルスが髄膜(とくに脳軟膜)に侵入し、クモ膜下腔にある 脳脊髄液で増殖し、発熱、頭痛など感冒様症状を呈する。脳実質に感染が拡大すると意識消失 する。 3.髄膜刺激症状 物理的要因や感染で、脳脊髄液が刺激されると、髄膜刺激症状を生ずる。髄膜炎、クモ膜下出 血などで陽性。髄膜刺激の3大症状は、頭痛・項部強直・ケルニッヒ徴候である。これが全身に およべば後弓反張であり、破傷風で出現する。 髄膜刺激症状の語呂:「ズッコケ」ズ(頭痛)ッコ(項部強直)ケ(ケルニッヒ) ①項部硬直:頭部を高く持ち上げると、髄膜が伸展されて刺激される。感染などで髄膜が過敏になっていると、 これ以上脳髄を刺激しないようにするため、反射的に筋肉が働き、項部硬直として現れる。 ②ケルニッヒ徴候:仰臥位で膝を伸ばしたまま下肢を挙上させると、膝折れが生ずる徴候。 ③ブルジンスキー徴候:仰臥位。患者の頭を他動的に挙上させると、股と膝が屈曲する。 4.脳圧亢進症状 きまった体積しか入らない頭蓋内に、新たな物質が加わると、脳脊髄液と脳実質に高圧力が加 わり、脳圧亢進症状として病的状態になる。その3大症状は、頭痛・嘔吐・鬱血乳頭である。 脳圧亢進をきたす疾患には、水頭症、脳脊髄膜炎、脳出血、クモ膜下出血、脳腫瘍などがある。 鬱血乳頭:視神経が眼底に首を出している部分(乳頭)が、赤く腫脹し周囲の網膜より隆起。 ※牽引性頭痛:頭蓋内血管の牽引による頭痛。頭蓋内圧の変化や血流の変化により生ずる頭痛。 1 . 頭痛 - 2 第2節 針灸適応となる頭痛の概要 1.大後頭神経痛 1)大後頭神経は、第2頸神経(C2神経)後枝の別称。混合性の神経。 2)C1C2椎体間(下天柱)から起こり、下頭斜筋の下縁に出て、内側上方に向かって走り、 深頚筋に運動枝を与えた後、頭半棘筋、及び僧帽筋を貫いて後頚動脈とともに走り、 上項線の辺(=玉枕)で皮下に現れ、後頭部から頭頂(百会あたり)に至る皮膚の知覚を司る。 3)項部から頭頂部にかけての表在性の痛みが生ずる。髪を触ったり、ワレーの圧痛点を押圧 すると痛み誘発。非誘発時には無症状。 4)ワレーの圧痛点は天柱、玉枕 ※実際には、後頭神経痛が引き金になって生じた緊張性頭痛の方が非常に多い。後頭神経痛は症 候名であり、診断的には緊張性頭痛に含まれる。 ※最近、頭頂部において、大後頭神経の末端は、三叉神経第Ⅰ枝(眼神経)末端と吻合していることが知られ るようになり、大後頭神経痛が眼痛や顔面への放散痛の原因となることが指摘できるようになった。このこ とは、「眼科症状」の章で述べる「大後頭三叉神経症候群」と相まって、頸痛と眼痛間に密接な関係があるこ とが知れる。 2.小後頭神経痛 1)小後頭神経は、頸神経叢(C2C3頸神経前枝)から出る。天窓から浅層に出て、後頭部の 胆経ルートを上行する。知覚性の神経。 1 . 頭痛 - 3 ※天窓の位置:小腸経。教科書では「下顎骨の後下方、胸鎖乳突筋の前縁で扶突と天容の間」とあり、別説 として「喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋の後縁」と記されている。なお旧教科書では別説の位置のみ記 されている。ここでの天窓取穴は、別説のもの。 2)小後頭神経痛では、頭部胆経領域すなわち、項部~側頭部~耳部の表在性(チクチク、ビリ ビリ)の痛みが生ずる。 3)ワレーの圧痛点は風池と天窓 ※大後頭神経痛は混合性神経なので、項部のコリを生ずるが、小後頭神経は知覚性なので 項部のコリは生じない。 3.緊張性頭痛 1)緊張性頭痛の概念 緊張型頭痛は、1988年までは筋収縮性頭痛と呼ばれていた。頭痛の7~8割を占める。重く 締めつけられる感じの頭痛で、頭重とも表現される。発症は不明瞭で、梅雨時の雨のように何 日も続く。両側性の頭痛。頭痛薬無効(薬が効いている間だけは軽快)。 精神緊張、抑鬱状態、頭頸部外傷などによるストレス→頭部の筋肉の持続的収縮→筋の循環 障害→疼痛物質の発生→さらにこれが筋収縮の惹起という悪循環を形成。 後頸部筋と頭蓋周囲筋の緊張が強い。 2)後頸部筋の緊張の病態 症状:頭に重石を載せられているような頭痛 原因:大後頭神経(C2後枝)の運動枝支配である深頸筋の緊張 C2C3頸神経前枝の運動枝支配である僧帽筋・頭板状筋・頭半棘筋の緊張 3)頭蓋周囲筋の緊張の病態 症状:被帽感(きつい帽子をかぶったような感じ) 原因:前頭後頭筋(顔面神経支配)、耳介筋(顔面神経支配)、側頭頭頂筋(顔面支配)、 側頭筋(三叉神経支配の咀嚼筋)の緊張による。 ※頭頂部は帽状腱膜で覆われ筋構造はないが、頭蓋周囲には筋がハチマキ状に取り囲む。 1 . 頭痛 - 4 ※固有の名称のついている頸部の神経 構成神経 運動枝 知覚枝 × 後頭下神経 C1後枝 後頭下筋コリ 大後頭神経 C2後枝 深頸筋コリ 小後頭神経 C2C3前枝 × 代表穴 天柱 後頭~頭頂皮膚痛 下天柱、玉枕 後頭~側頭皮膚痛 風池、天窓 頚性頭痛とは 頚椎または頚部筋に異常があることで生ずる頭痛を頚性頭痛とよぶ。頭痛で最も高頻度なのは緊張性頭 痛(筋収縮性頭痛)だとされるが、その中の一定割合は頚性頭痛だろうという疑いがもたれている。 頚性頭痛の痛みは頭部の各所におこることがあり、眼窩後部も痛むことがある。しかし痛みが後頭部、 後頭下部、頚部から始まった場合、頚性頭痛であることを強く示唆する。痛みの性質は、緊張性頭痛のよ うな、ついバンドで締め付けられるような場合もあれば、偏頭痛のようなズキンズキンと脈うつ性状のこ ともある。 4.片頭痛 1)片頭痛の分類 血管性頭痛 片頭痛 (狭義) 典型片頭痛 普通片頭痛 群発性頭痛 前駆症状 拍動性 頭痛持続時間 典型片頭痛 (+) (+) 短 普通型片頭痛 (-) (-)~(+) 長 群発型片頭痛 (-) (-) 種々 ※太く短い→典型、細く長い→普通型 2)典型片頭痛と普通片頭痛 ①痛みの状況 夕立のように発作的に起こる頭痛で、月2回平均(週1回~年数回まで)、発作的に繰り 返し起こる。1回の発作持続時間は、4時間~1日間くらい。頭の片側のこめかみから眼の あたりに起こる。 ズキンズキンとした頭痛で、吐気を伴う。女性に多い。 マッサージや入浴、体操はかえって頭痛を悪化させる。これが緊張性頭痛と異なる点。 1 . 頭痛 - 5 ②片頭痛発作 無症状 ↓ 前兆期(5~15分):セロトニン過剰分泌で血管収縮→脳の虚血(視野欠損、閃輝暗点) ↓ ※セロトニンは、痛み伝達物質 拍動性頭痛期(数時間~1日):反動でセロトニン分泌不足し血管拡張。拡張した血管が三 叉神経を刺激し、また血管周囲の炎症→拍動性頭痛 ↓ 後期頭痛(数時間):血管浮腫となり、血管壁の厚みが増すと次第に拍動消失。 持続性の頭重感(=緊張性頭痛状態)となる。 ※閃輝暗点:視界にチカチカした光(「閃輝」という)が現れ、これが拡大していくにつれ、 元のところは見えにくくなる現象。血管収縮に伴う脳の虚血による。血管収縮のリバウ ンドとして生ずる血管拡張が拍動性の頭痛になる。 ※非典型片頭痛は、血管収縮の程度が弱いので、前駆症状もない。反動も少ないので、頭痛 は拍動性でない場合もある。 ③片頭痛の痛みの原因 物理的因子:動脈血管拡張自体による。浅側頭動脈、眼窩上動脈、後頭動脈に好発。 化学的因子:血管透過性亢進により、セロトニンやキニンなどの痛み物質が放出 ④片頭痛の現代医学的治療 従来:酒石エルゴタミン製剤(製品名カフェルゴットなど)の内服。 前兆期に服用しないと効かない。 新薬:平成12年から、片頭痛の特効薬トリプタン製剤(商品名イミグラン、ゾーミッグ、 レルパックスなどなど)が、我が国でも認可になった。本剤は盛期の片頭痛も抑える ことができる初の薬であり、セロトニンの受容体に選択的に作用することで、痛み物 質の放出と血管の拡張を抑えて効果をあらわす 3)群発性頭痛 ①病態 片頭痛が頭蓋外を走行する外頸動脈の分枝の血管拡張によるが、群発性頭痛は頭蓋内の内 頸動脈やその分枝の眼動脈の血管拡張によるものである。詳しい原因は不明。 ②症状 一度起こると、群発性地震のように、1~2ヶ月間、連日のように群発する頭痛。 1回発作は1時間程度。非発作時には頭痛はない。男性に多い。 眼、眼の上、コメカミあたりのえぐられるような激しい頭痛でじっとしていられない (一般の片頭痛は、痛みのためじっとしている)。睡眠中に起こりやすい。悪心嘔吐なし。 発生頻度は一般片頭痛の1/100。 ②治療 トリプタン製剤が有効。群発性頭痛特有の治療として酸素吸入が有効(血管収縮作用) 1 . 頭痛 - 6 第3節 頭痛の鑑別診断(似田) 急性頭痛 R/O 髄膜刺激症状(+)→頭蓋内症 R/O 頭部強打:硬膜外血腫 慢性頭痛へ R/O 薬剤との関連→投与した医師に相談 R/O 眼鼻歯の症状→原疾患の治療 R/O 生理との相関または閉経期→婦人科型頭痛 あり (月経前緊張症、更年期障害) なし 拍動性の痛み R/O 鬱病 R/O 常習性便秘 片頭痛 はい 締めつけ様の持続的な痛み → 緊張性頭痛 いいえ↓ はい 後頭部を中心としたビリビリした断続的な痛み→ 後頭神経痛 発症年齢 性別 前駆症状 典型片頭痛 普通型片頭痛 群発性頭痛 緊張性頭痛 10~20才台 10~20才台 20~40才台 すべての年齢 女>男 女>男 主に男 男=女 なし なし 閃輝暗点、視野狭窄 第4節 なし 頭痛の針灸治療 1.後頭神経痛の針灸治療 対症治療の目標は興奮した神経の鎮静させることである。神経根付近への刺針または神経走 行上のワレー圧痛点を取穴し、痛む部位へ響かすような針刺激をする。頑固な痛みが頭皮上に あればワレー圧痛点への多壮灸を併用。 1 . 頭痛 - 7 大後頭神経痛→天柱、玉枕 小後頭神経痛→風池、天窓(=頸神経叢刺針) ※玉枕:膀胱経。外後頭頭隆起の上部にある陥凹に脳戸をとり、その外側1.3寸にとる。 大後頭神経の神経ブロック点にほぼ一致する。 2.緊張性頭痛の針灸治療 頭痛症状部の筋緊張部に施術するほか、症状部に頭痛をもたらしているトリガーポイントにも 施術する。 1)項部筋緊張の針灸治療 天柱刺針または上天柱深刺を行う。ほかに後頸部筋の緊張上背部の緊張を緩めることが緊 張性頭痛の改善につながる ※上天柱:学校協会編教科書では、天柱は後頭骨とC1棘突起間の外側1.3寸にとっている。しかしC1C2 棘突起間の外方1.3寸を天柱とする説もあり、この場合は上天柱は教科書天柱の位置に一致する。 2)頭蓋周囲筋緊張の針灸治療 頭部周囲の緊張している筋に水平刺置針 し、筋緊張を改善。 側頭頭頂筋や側頭筋緊張 →頭維から頷厭、懸顱、懸釐に向けて 水平刺 前頭筋緊張 →頭維から前額髪際方向に水平刺 後頭筋緊張→玉枕から脳戸方向に水平刺。 1 . 頭痛 - 8 ← 大後頭神経は、頭半棘筋を貫き、 上項線から後頭骨浅層を走行する。 3.血管性頭痛の針灸治療 片頭痛の治療は、一般に針灸よりも薬物療法の方が効果あるので、針灸に来院することは少な い。しかし非片頭痛型血管性頭痛では、薬物療法よりも即効性のある場合もある。 1)片頭痛の針灸治療 ①動脈血管壁刺激 外頸動脈の分枝に拡張異常に対し、拡張の程度を抑えることを期待して頭蓋外血管壁を 刺激することが多いが、針灸の治療効果は薬物療法に比べ劣るのが普通である。 1 . 頭痛 - 9 浅側頭動脈→和髎 後頭動脈→完骨 頸動脈→人迎 ※和髎:三焦経。頬骨弓の上縁、 耳輪前部の浅側頭動脈拍動部 ②緊張性頭痛に対するアプロ-チ 片頭痛後期には、緊張性頭痛状態 になっている。→側頭筋、後頭筋上 の圧痛への置鍼 ③治療効果 針灸が効果あるか否かは、治療時 の頭痛が拍動性か非拍動性かに関係 し、非拍動性のタイプは有効となる場合が多いようである。 2)非片頭痛型血管性頭痛の針灸治療 片頭痛発作時には、針灸に来院することはできない(痛み激しく、音や光に過敏になる)。 来院するとすれば非発作時である。 筆者が玉川病院症例検討会の報告資料を調べてみると、 上衝タイプ(のぼせて赤ら顔)の強い頭痛には、太衝や足臨泣などの足指間穴への置針(実際 には足指間の最大圧痛部を刺激)を多く用いられていることを知った。何例か追試してみる と、激しい頭痛ほど効果があることが確認できた。弱い頭痛ではあまり効果がなかった。 1 .頭 痛 - 10