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﹃日本之法律﹄にみる法典論争関係記事︵五︶

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﹃日本之法律﹄にみる法典論争関係記事︵五︶
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page229 2011/02/01 18:28
法律論叢 第八三巻 第四・五合併号︵二〇一一・二︶
第七∼九号
第一∼六号
︻以下、本号︼
︻第八一巻六号︼
︻第八一巻四=五合併号︼
F.第六巻︵明治二七年︶
E.第五巻︵明治二六年︶
第一〇∼一二号
D.第四巻︵明治二五年︶
C.第三巻︵明治二四年︶ ︻第八一巻一号︼
B.第二巻︵明治二三年︶ ︻第八〇巻四=五合併号︼
A.第一巻︵明治二一∼二二年︶
二、﹃日本之法律﹄の法典論争関係記事
一、はじめに
目 次
村 上 一 博
﹃日本之法律﹄にみる法典論争関係記事︵五︶
︻資 料︼
229
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page230 2011/02/01 18:28
230
――法 律 論 叢――
二、﹃日本之法律﹄の法典論争関係記事
D.第四巻︵明治二五年︶
而して延期論者の云ふところを見るに、何れも皆浅薄卑近、
而して紕謬、而して孟浪、歯牙に掛くべきものあることな
し、乃ち延期法案は、合理の点に於てまた缺くるところあ
るなり、合理ならざるの輿論、畢竟愚論耳、愚論は閣臣之
に従ふの責なきなり、
之を政府に慫慂するところありし、之を容れてか否やを知
之を以て、余は法典延期法案の抛擲せらるべきを信じ、且
︵第四巻一〇号、明治二五年一〇月発兌︶
られざれども、 規 内閣は、去る七日を以て法典施行取調委
館説﹁法典は断行に決せん﹂
輿論常に必ず是ならば、法典問題の如きは無論延期に決せ
員なるものを設け、左の人々を以て之に任じたり、
に延はさんとするものなり、而るに案を具へて之を為さず、
単に施行を延ばさんとするにあらずして、修正を為すか為
之に従ふは内閣の責務なるが如し、然れども、該法案たる、
ち輿論︵議会丈︶は延期に傾きたるを見るに足る也、故に
衆議院の爺々之に同じ、多数を以て両院を通過したり、即
法典問題の議会に現はるゝや、貴族院の殿様先づ之に和し、
ず、
ろを察すると同時に、又其合理なるやを吟味せざるべから
ることあり、之を以て、内閣諸公は、輿論の帰向するとこ
同 同 村 田 保 ※
同 貴族院議員 小 畑 美 稲 ○
同 控訴院判事 法 学 士 松 野 貞 一 郎 ※
同 大審院判事 法律学士 岸 本 辰 雄 ○
同 同 同 穂 積 八 束 ※
同 法科大学教授 同 梅 謙 次 郎 ○
同 司法省参事官 同 熊 野 敏 三 ○
同 同 同 木 下 廣 次 ※
委 員 法科大学教授 法学博士 富 井 政 章 ※
委員長 賞勲局総裁 侯 爵 西 園 寺 公 望
︵ママ︶
ざるべからず、然れども、時あつてか愚論なるを免かれざ
乃ち延
法 期案は、此点に於て違法たるを免かれず、違法の
同 控訴院判事 長 谷 川 喬 ○
︵ママ︶
法案、閣臣豈之を取次ぐの責あらんや、
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page231 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
231
同 大審院判事 本 尾 敬 三 郎 ○
館説﹁法学新報の法典非難﹂
︵三・未完︶
の簡明なる、其職掌の如何は知ること能はざるも、名は実
所謂法典施行取調委員とは何を為すものなりや、辞令公文
の非を拾はんとするにあるが故に、又能く其規定を玩味す
法典非難、之に類するものなきか、蓋記者は、一意唯法典
諺にこれあり、
﹃鹿を追ふ猟夫は山を見ず﹄と、法学新報の
︵第四巻一〇号、明治二五年一〇月発兌︶
の宝なること果して違はずんば、余輩は之を以て、 第四 回
るに遑なきものゝ如し、之を以て、其云ふところ一も理あ
同 司法省参事官 横 田 国 臣 ○
議会を通過したる法典延期法案の、当否を審査する為に置
ることなく、些個の感心すべきものあることなし、余輩か
︵ママ︶
かれたる、一種の行政的諮問会員なりと云はんと欲するな
下に駁するところの二点の如き亦之なりとす、
第六 代替物不代替物に関する民法の規定
り、而して内閣の之を設けたるは、之に依て、其法典に対
する意見を定めんとするものに外ならず、余は内閣が、此
而して委員の数を見来れば、断行論者︵○点を附せるもの︶
りし注意を賞せんとす、
第一 通常、売買交換の目的物となるへき動産にして、同
原則に従ふものとす、
物の代替物なるか、不代替物なるかを決するには、左の
記者は曰く、
七名、延期論者︵ゝ[※]点を附せるもの︶五名にして、其
種の各物件に付き特別の価格なきものは、性質上の代
重要の問題に於て、愚論なることあるべき輿論に雷同せざ
数に一名の差あるのみならず、委員長なる西園寺侯爵は断
替物なり、米穀薪炭等の類是なり、
第二 各物件皆特別の価格あるものは性質上の不代替物
行論に加担の者なるを以て、委員会の報告断行を可なりと
するに在るや、今より予言するに難からず、
右の原則は一般的の標準を示したるものなれは、一物件
なり、土地家屋、絵画彫刻物等の類是なり、
すといふも不可なきなり、断行論者、それ大白を浮べて賀
は果して代替物なりや否やの疑ある場合に之を適用する
而して内閣亦之に従ふべきが故に、法典の運命、断行に決
して可なり、法典万歳、法典断行論者万歳、
ものにして、固より強行法にあらされは、当事者の意思
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page232 2011/02/01 18:28
232
――法 律 論 叢――
の意思、物を代替物と為すにありしか、将た又之を不代替
明ならさる場合にのみ限ることと為るべし、而して当事者
た不らさるかを区別するの場合は、単に当事者の意思の分
して然れは、特別価格の有無に依て、物の代替物たるか、将
場合にも亦此力のあることを認めざるべからさるへし、果
る意思にのみ止むるの理あらざるが故に、其暗黙の意思の
と為すの力あることを認めたる以上は、之を唯り其明了な
当事者の意思に、物を代替物と為し、または之を不代替物
変更するを得ることは、記者の認むるところなり、而して
るを原則なりとするも、此原則は、当事者の意思によりて
の区別の標準は、物に特別価格の有ると否とによりて決す
記者の論亦妙なる哉、今記者の言に従ひ、代替物不代替物
者の意思によりて定むるを以て原則となせりと云々、
物たり﹄と規定し、物の代替物不代替物の標準は、当事
て替ふることを得ると否とに従ひて、代替物たり不代替
は当事者の意思、又は法律の規定に因て、同種の物を以
我民法は、此標準を顛倒し、財産編第十八条に於て、
﹃物
とす、
不代替物を代替物となすことを得可きは当然のことなり
を以て随意に反対の取引をなし、代替物を不代替物とし、
ものは、畢竟理に迂き判事か、稀に為すことあるへき、錯
決することなきを信するなり、乃ち記者の憂ふるところの
者の如き判事にあらざるよりは、決して之を標準として判
は、之れぞ則ち標準を顛倒せるものなりと思ふが故に、記
るときは、特別価格の有無によりて物の区別を為すか如き
するなるへしと思へるものなるも、併し余よりして之を見
の分明ならざる場合に於ては、必ず自己の所謂原則を適用
りと、独り自から合点し居るが故に、判事は、当事者の意思
別すること、是法理に合ひ、且原則たるへき価あるものな
るなり、蓋記者は、特別価格の有無によりて物の性質を区
云するところのことの如きは、之を破る別に難きを覚えさ
而して其後段、当事者の意思の分明ならさる場合に就て云
の奇観を現せさるを得す、其説の妄、云はずして明なり、
を知らさるなり、然れとも、記者の説に従ふときは、勢こ
原則適用の区域、例外の適用あるへき場合よりも狭隘なる
用せらるへき場合、原則適用の区域より少きを聞く、未だ
は其適用を見ることなかるへきなり、余は例外の規定の適
の区別を知るに付ての原則は、極て稀有の場合にあらされ
の場合に過ぎざるべきが故に、論者の所謂代替物不代替物
物と為すにありしや、之を知ること能はさるは、実に稀有
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page233 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
233
ること能はざる時は、其主張を為し、其証明を為すこと能
者執て下らず、而して判事、其意思の何れにありしやを知
なりと云へ、或は之を不代替物とするの意なりと云へ、両
を証せざるべからざるが故に、或は之を代替物とするの意
る事実の存否を唱へて利益を得んとする者は、必ず先づ之
を争ふものは、即ち事実の有無を争ふものなり、而して或
を発見し得ざらんか、仍て一言弁すべし、抑々意思の有無
するの要を見ずと雖も、法学新報記者の愚朦なる、或は之
くあらざるべし、且之に処する極て易きが故に、敢て蝶々
は如何すべきか、思ふに、此の如き場合の生ずることは多
代替物とするに在りしや、判事之を知ること能はざるとき
然らば則ち、当事者の意、物を代替物とするに在しや又は不
聚合物全体を以て、一の権利行為の目的物となすことあ
物は、聚合物全体を以て単一物となしたると同しく、其
之を一個の単一物なりと云ふは誤れり、然れとも、聚合
て一の総称名義を付するのみ、一名称の下に在るか故に
数個の単一物にして、唯或便宜の為めに、其全体を指し
多の所有物の目的物たる数多の物件なり、即ち聚合物は
単一物合成物は一の所有物の目的物にして、聚合物は数
名義を以て一種の物の区別となしたり、
したるものと、推測する時に於て用ふる、聚合物の総称
る場合に於ては、解釈上、其全体の聚合物を目的物とな
目的物となしたりや否やに関し、当事者の意思明ならさ
法律規則となし、或権利行為は、数個の聚合物全体を其
財産編第十六条第三号の規定は、法律解釈の原則を以て
此点に関する記者の言、また余輩は其理あるを知らさるな
はざる者の不利益に決すべき也、斯の如くなれは則ち、判
り、是れ恰も法律上聚合物たる一種の単一物あるか如き
誤の場合を予見して然るものに過ぎざれば、別に之を憂と
事当事者の意思を知ること能はざるも、呆然自失、空しく
も、是れ只事実上外形の観察に過きすして、実体上に於て
り、記者は曰く、
千七百六十二条の法文を、繰り返すに終るが如き恐あるな
は、特に当事者か聚合物の総称名義を以て権利行為をな
するに足らさるなり、
きなり、若し之あらんか、記者と一類の徒ならんのみ、教
し、其聚合物中の特別の物品を指さゝるときに限り、其
数多の単一物全体を目的物となしたるものと解釈するも
へて導くより外に途あるなし、
︵ママ︶
第八 聚合物に関する民法の規定
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page234 2011/02/01 18:28
234
――法 律 論 叢――
物として売買契約等をなしたるにも拘はらす、其文書上
為めに誑かされ、実際は、聚合物中の大部分のみを目的
らは、明治二十六年一月一日より、世間往々狡獪の徒の
不幸にして、法典実施断行論の勝を議会に制することあ
の総称名義として、一の所有権の目的物となるへきなり、
の如き、何れも其名義に於て、総体の書籍、総体の商品
たるへきものとす、夫のボアソナード文庫の如き、大丸
物なる数個の物の総称名義に於て、一の所有権の目的物
物等と同しく、財産の目的物たる物の一種なれは、聚合
合物は、我民法に於ては、動産、不動産、融通物不融通
一句、以て其物の区別の規定なるを知るに足る、故に聚
中の一ケ条なれは、
﹃物は左の如く之を視ることを得﹄の
産篇の総則たる、財産の定義、及物の区別に関する規定
し得可き多少類似なる物﹄とあり、而して此規定は、財
合物、即ち群畜、書庫の書籍、店舗の商品の如き、増減
第十六条には、
﹃物は左の如く之を視ることを得○第三聚
なり、
ふと否とは、一に当事者の自由にして、法律の干渉せさる
法律の規定は此の如し、然れとも、物を聚合物として取扱
能ずとも、決して非難せらるべきものにあらざるなり、
る注意の処置と云はざるべからず、縦令之を賞賛すること
名くるに斯の如き名称を以てし、以て之と区別するは、頗
以て言ひ顕はせるときと、差異あるか故に、或る集合物に
るの点に於て、或る数多の物件の悉皆を、一の総称名義を
況んや聚合物なるものは、契約以後之を増減することを得
ものなることを知るを得るなり、
知るときは、記者の非難の如きは、半文銭の価も有せさる
立法者の法理より重んせざるべじゃらさるものなることを
かゆゑに、便あるも害あることなし、而して、便宜は是れ
一言の下、容易に数十若くば数千の物件を指すことを得る
置くも、別に不可なるものなきにあらずや、蓋此の如きは、
数多の物件の集合せるときに於ても、亦之を一名称の下に
為すときに、之を一名称の下に呼ぶことを非ならずとせば、
合して一箇の形体︵木と毛氈とより成立せる机の如し︶を
価値なき非難と云ふの外なきなり、夫れ二箇以上の物相包
害を蒙ることあるに至る可しと云云、
聚合物の名義を用ゐたるか為めに、又其今日普通の慣習
ところ也、而して合意の解釈は、当事者の用ゐたる言辞に
のにして、決して聚合体なる一種の物を認むるに非さる
に従ひ、普通の人情徳義に因りたるか為めに、不慮の損
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page235 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
235
からざるなり、記者幸に以て憂とすること勿れ、
んとすることありとも、法律の規定は決して其援助たるべ
過ぎざるを以て、狡獪の徒あり、隙に乗じて狼慾を逞ふせ
其契約は、唯其目的を為せる物件に付てのみ効を生するに
ける当事者の意思の測定器たるを得る也︶在りしに於ては、
のみを目的とするに︵価格の高低如何は、則ち此場合に於
て契約を為すことありとも、当事者の意、唯其物の大部分
五十六条︶るが故に、文書上、仮令聚合物なる名詞を用ゐ
拘るよりも、其意思を推尋することを要す︵財産篇第三百
さる可からず、なんとなれば、法文に、
﹃民事訴訟法に従ひ
三者に対し訴を起さむとする時は、先つ民事訴訟法に依ら
法文に依るときは、債権者にして、代位の手続を以て、第
判上の代位を以て、第三者に対する間接の訟に依る﹄と、此
者は此事の為め、ヽヽヽ或は民事訴訟法に従ひて得たる裁
者に属する権利を申立、及ひ其訴権を行ふことを得、債権
第一 民法財産篇第三百三十九条に曰く﹃債権者は其債務
との抵触矛盾せるもの一二を左に指摘せむ、
て免れさるものあるに至る、予輩今、其民法と民事訴訟法
て得たる裁判上の代位﹄とあるを以てなり、然るに、現行
飜訳たり、夫れ既に斯の如く其母法を異にし、其起稿者を
折衷にして、其民事訴訟法に至つては、実に独国訴訟法の
ら仏以両国の法典に其源を汲み、商法は独英等諸国法律の
用したる其源泉たる母法も亦一に出です、民法の如きは専
は独人ロエスレル氏の起稿する所に係る、従て起稿者の採
我か民法は、仏人ボアソナード氏の起稿する所に係り、商法
︵第四巻一〇号、明治二五年一〇月発兌︶
らず、独国の訴訟法を飜訳せるものに係るを以て、遂に此
入せるものなる可しと雖も、訴訟法は全くボ氏の起稿に成
中に於て、必ず之を規定することを想像して、法文中に挿
ばあらず、蓋し民法の起稿者は、後日制定すへき、訴訟法
に付き、遂に解する所を知らず、巻を投じて先づ驚かずむ
に挿入したる、
﹃民事訴訟法に従ひて得たる﹄と云へる一句
つて世の此法律に依らむとするもの、立法者か特に法文中
位に関する規定は、寸言隻語も之に及ぶものなし、茲に至
の民事訴訟法に於ては、逐条読下して之を捜索するも、代
異にす、仮令ひ取調委員なるものありて其一致を謀り、抵
規定を為すことを遺忘したるものならむか、故に立法者も、
荒井訟三郎﹁民法と民事訴訟法の矛盾﹂
︵一︶
触なきに意を用ゐたりと雖も、各法の悵触矛盾、往々にし
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page236 2011/02/01 18:28
236
――法 律 論 叢――
ち純然たる被告と為さゞる可からず、民法と民事訴訟法の
るを以て足れりとせず、必す債務者をも、共同被告人、則
きは、独り債務者と約束したる者、又は転得者を被告とす
に参加せしめざる可からず、反之、訴訟法の規定に依ると
得者只一人を被告と為し、而して債務者は参加人として之
時は、再審の方法を以て債務者と約束したるもの、又は転
告を共同被告と為す﹄と、然らは則ち、民法の規定に依る
因れる再審の規定を準用す、此場合に於ては、原告及ひ被
し、其判決に対し不服を申立つるときは、原状回復の訴に
者の債権を詐害する目的を以て判決を為さしめたりと主張
は則ち曰く、
﹃第三者か、原告及ひ被告の共謀に依り、第三
ことを要す﹄と、然るに、民事訴訟法第四百八十三条を見れ
く、
﹃右孰れの場合に於ても、債務者を訴訟に参加せしむる
再審の方法に依りて訴ふるを得﹄と、而して同第三項に曰
らに訴訟に失敗したる時は、債権者は、民事訴訟法に従ひ、
告たると被告たるとを問はず、詐害する意志を持って、故
第二 民法財産篇第三百四十一条二項に曰く、
﹃債務者か原
法典を飜訳するもの豈に慎まざるべけむや、
以て、
﹃裁判上代位法﹄を規定し、僅に此の唺漏を補ひたり、
後日此の粗漏を覚へ、遂に明治二十三年法律第九十三号を
訟法の規定と相対比するときは、一は基本の答弁前たるこ
何なる程度に在るを問はさる也、之を以て民法の規定と訴
たることを要せず、権利拘束の存在する間は、其訴訟の如
に依りて訴訟告知を為さむとする時は、敢て基本の答弁前
得﹄と、然らば則ち、原告若くは被告か、延期抗弁を為す
ては、訴訟の権利拘束間、第三者に訴訟を告知することを
対し、担保又は賠償を為し得へしと信するヽヽヽ場合に於
条に曰く、
﹃原告若くは被告、若し敗訴する時は、第三者に
者に対して訴訟告知を為さゞる可らず、則ち同法第五十九
続たる、民事訴訟法に於て是を見れば、第三者、則ち債務
以て対抗せさる可らず、而して債務者を参加せしむるの手
とせば、必ず其の基本に付ての答弁前に於て、延期抗弁を
於て賠償の言渡を得る為め、債務者を訴訟に参加せしめむ
当り、債務者の答弁を為さしむるため、又は敗訴の場合に
者に対抗することを得﹄と、故に保証人か訴追を受くるに
訴訟法に定めたる方式及ひ条件に従ひ延期抗弁を以て債務
務者を訴訟に参加せしむる為、基本に付ての答弁前、民事
追を受たるときは、第二十九条に明示したる目的を以て、債
第三 民法担保篇第二十四条に曰く、
﹃保証人ヽヽヽヽヽ訴
抵触、予輩之れを蔽はむと欲するも能はざる也、
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page237 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
237
之れを称して﹃延期の抗弁﹄といふ、然るに、訴訟法に於て
しむるために、訴訟を延期することを以て目的とす、故に
条及び第二十九条に明示する如く、債務者を訴訟に召喚せ
抵触あり、何そや、抑々保証人の抗弁は、担保篇第二十四
第四 右延期抗弁に関しては、民法と訴訟法と尚ほ一個の
せるものと言はさる可らざる也、
民法は訴訟法と抵触し、訴訟法は又訴訟法自身に於て矛盾
を問はす、権利拘束間たるを以て足れりとす、然らば則ち、
に告知を為すとせば、其の被告の本案の弁論前たると否と
す訴訟法第六十条の手続を以て告知を為さゞる可らず、既
を受けたるや否やを知らさるを以て、保証人よりは、必ら
も、然れども、第三者たる債務者は、果して保証人か訴追
に之を為すへきものなれは、一見矛盾の点なきが如しと雖
之れを見れば、民法の規定と同じく、基本に付ての抗弁前
之れを提出すべきものと為したり、故に二百六条におひて
妨訴抗弁の一に列し、本案に付ての被告の弁論前、同時に
然れとも、訴訟法第二百六条を見れば、此延期抗弁を以て
す、則ち之れ両法矛盾せるものと謂はずして何ぞや、
とを要し、一は権利拘束間たれば其何時たるを問はずと為
証拠保全の為め、証人若くは鑑定人の訊問、又は検証を申
拠紛失する恐れあり、又は之を使用し難き恐れあるときは、
然るに、訴訟法は、其第三百六十五条に規定して曰く、
﹃証
実の証拠を挙くることを主として請求することを得﹄と、
喪失の危険とを疏明して、訴訟の起らさる前と雖も、其事
実の証拠か、将来己れの為に利益ある時は、其利益と証拠
第五 民法証拠篇第三条に曰く、
﹃当事者の一方は、或る事
原文二行組]
論究せるものありと覚ゆ、共に捜索参看せらるべし、
・・・
及ひ第四号に在り、参照す可し、又民法正儀にも、此事を
士の之れに対する駁論は、載せて本年法学協会雑誌第一号
告知参加とに関し、 海法 学博士の法典批評、及ひ石尾法学
くる、豈敢て非ならんや、[担保篇二十五条の延期抗弁と、
生ずるに至ることあらむ、亦之れ両法矛盾の一個として挙
られ、担保篇第三十二条に掲けたる不利益を見るの結果を
るも、其訴訟は続行せられ、債務者の参加なくして判決せ
之を以て、保証人は、民法の規定に依り延期抗弁を為した
に拘らず、其訴訟は延期することなく続行すへきものとす、
定に依るときは、右の延期抗弁を為し、訴訟を告知したる
訟は、訴訟告知に拘らす之を続行す﹄と、故に訴訟法の規
︵ママ︶
は、其第六十一条に於て全く反対の規定を掲げて曰く、
﹃訴
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page238 2011/02/01 18:28
238
――法 律 論 叢――
時は、則ち左の二個の抵触あるを見るべし、
立つることを得﹄と、故に今若し此両法の規定を対照する
を防きたるのもかゝはらず、訴訟法のため全く徒労に
三百七十一条規定︶
、故に民法に於ては、折角濫訴の弊
定人の訊問、又は検証を申立つることを得﹄とありて、
とを得べし、然るに、訴訟法に於ては、
﹃証人若くは鑑
を制限せさるを以て、勿論書証と雖も之を申立つるこ
て請求することを得﹄とのみありて、其証拠調の種類
民法におひては、
﹃其事実の証拠を挙くることを主とし
物の如き不動産に関しては、往々係争物を調査することあ
物を調査すべき手続、寸毫だもあることなし、但し土地建
訴訟法におひては、全巻仔細に之れを見るも、判事か係争
案の判決を為すへき旨を言渡すことを規定したり、然るに、
より生するときは、請求若くは抗弁を棄却し、又は他日本
第六 民法は、証拠篇第七条に於て、判事の心証か係争物
帰したり、
その種類を三個に制限したるをもつて、書証の如きは
る可しと雖も、之れ第三百五十七条以下の検証︵民法に於
一 証拠調の種類に抵触あり
之れを申立つることを得さるなり、
れの為に利益ある事にして、二は証拠喪失の危険之れ
民法に於ては、其請求に二個の条件あり、一は将来己
るは疑ふ可からず、而して訴訟法に、検証の外に係争物を
るを以て、臨検の外に係争物を調査することあるを認めた
て、民法も、検証に就ては別に臨検といへる一節を設けた
ては臨検と云ふ、用語同じからず︶の手続に依るものにし
也、故に仮令証拠喪失の恐れあるも、将来己れのため
調査するの手続なきを以て見れば則ち、之れ両法相合はさ
二 申請の条件に抵触あり
利益あるものに非されば、此請求を為すことを得す、
る者に非らざるなきを得むや、
大日本教育会委員の法典調査報告、其一は吾人之れを前号
︵第四巻一〇号、明治二五年一〇月発兌︶
雑報﹁教育会委員の法典調査の報告﹂
︵二・完︶
要するに、民法に於ては此二条件を具備せざるべから
ず、然るに、訴訟法に於ては、紛失又は使用し難き恐
れあるを以て足れりとす、啻に然るのみならず、若し
相手方の承諾あるに於ては、全く何等の条件をも要せ
ず、無条件にて之を為すことを得べし、
︵民事訴訟法第
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
239
ず、稍々延期論者に利あるものなり、報告に曰く、
ところの他の委員の報告は、其理由の極て薄弱なるに拘ら
のなるやを知れるなるべし、しかし、余がいま読者に示す
れ延期論者の口に藉くところの理由は、幾許の価値あるも
の紙上にて読者に報じたり、読者は、それによりて以て、彼
て、親子間の紛争を避け、比較的に円滑の生存を全ふす
予め之を規定せざるが為に、臨機応変、其の宜しきを得
あるなり、之を給せざるは給すべからざる事情あるなり、
に於ては給せざることあり、之を給するは給すべき必要
ば、或る場合に於ては養料を給することあり、或る場合
るを得たるなり、又人事編第百三条、庶子は父母の婚姻
今其の二三の例を挙ぐれば、人事編第二十六条の定むる
り
国情習俗に、一一適応せしめたる者とも見るを得ざるな
は極めて倫常を重んじ、我が国特種の涵養発達を成せる
国俗を擲て顧みざるものとも見えず、さりとて、新法典
を排却し、極端なる個人本位の法制を設け、数十年来の
なきものとも見えず、其の人事編の如きも、祖先の家制
情習俗の同じからざるものを生呑活剝して、裁を取る所
る論者の謂へる如く、其の全編欧州の制に拠り、其の国
謹で新法典を閲し、其の倫理と関係する点を按ずるに、或
若くは後見人を置きて財産を管理せしむる等、家々の便
て一定の法文を以て束縛せず、母権を父権に代はらしめ、
母之を行ふとのことも、亦慣例習風に従ふを主とし、敢
父之を行ふ、父死亡し、又は親権を行ふ能はざるときは
も知るべからざるなり、又人事編第百四十九条、親権は
妾私通を不徳とせず、庶子私生子を耻辱とせざるに至る
に、今之を法律に規定して公然之を認許するときは、蓄
制裁とに対して耻づるところなきにあらざるなり、然る
したる本妻の生める子に比すれば、良心の制裁と社会の
子を嫡子と為すことありと雖ども、之を正式の婚姻を為
れば、或は妾腹の子、或は公然婚姻を為さずして生める
に因りて嫡出子と為すことの如きも、我が国の慣例に拠
所の、直係 の親属は、相互に養料を給する義務を負担すと
宜に任すも、親族の制裁と社会の制裁とは、此の辺の関
法典と倫理との関係に付調査報告書
云ふ事を推論するときは、家を去りたる父又母にも養料
係を調停するに十分の力あるべし、
︵ママ︶
を給する義務を生ずるなり、此の事は従来の慣例に拠れ
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page240 2011/02/01 18:28
240
――法 律 論 叢――
制す、然れども、一方に宗教の制裁ありて、社会の徳義
からざるものにして、国民皆之に拠りて日常の行為を規
以て治国の要道と為す諸国に於ては、実に一日も缺くべ
結論 民法の如きは、彼の欧洲に於けるが如く、法律を
の理を以て推論することを得べし、
律上の抵当を有すとの事等も、以上述べるところと同一
び債権担保編第二百十六条の婦は夫の不動産に関し、法
続中、何時にても之を廃罷することを得べしとの事、及
財産取得編第三百六十七条の、夫婦間の贈与は、婚姻継
るに至らんか、是頗憂ふべきことなり、
廃頽し、切角従来維持したる本邦親族間の美風を放擲す
弟、夫婦、法廷に相争ふ者を生じ、親族間の道徳は漸く
と命令するときは、民衆は偏に法文を楯とし、親子、兄
りしなり、然るに、今之を法律に規定し、斯く為すべし
へ、社会の制裁に依りて事を処し、大ひに不便を感せざ
律なきが為に、吾人は互に平生守るところの道徳心に訴
る者に非ずと雖、従来是等の事柄に就きては、一定の法
以上掲ぐるところの条項は、我が国旧来の慣例に違背す
需用に応ずべきものは、道徳の範囲に影響を及ぼし、固
即民法の必要あるべきなり、然れども、目下我が国民衆の
争論を未 防 に防き、或は其の争論の是非を判定するもの、
に増加すべければ、早晩人民相互の関係を規定し、其の
雑を加へ、単に道徳のみに拠ること能はざる場合も漸次
我が国の文物、日進月歩するに従ひ、社会人事、漸次複
若然らば、民法の実施は我が国に必要なきか、否然らず、
を欲せざるなり、
のなり、良心の安全を法律の保護に一任するが如きこと
て幸福を享受し、以て完全の生活を営まんことを希ふも
の趣旨を奉戴し、道徳を以て日常行為の標準を為し、以
蕩尽するに至るも知るべからず、吾人は徹頭徹尾、勅語
し、親子相訴へ、夫婦法 延 に争ひ、固有の良風美俗一朝
為を規制するときハ、人人之を以て日常行為の標準と為
なるか、然るに、今欧洲の制に䍶ひ、民法を以て国民の行
なる 天皇陛下、斯道に於ける勅語を下し給ひたる所以
外に国民の行為を規制するものなきなり、是畏くも至仁
のなり、而して国民一般宗教に淡白なるを以て、道徳の
道徳を以て治国の要具と為し、重きを法律に置かさるも
︵ママ︶
を維持するが故に、法律を以て悪事を為す限界と為すが
有の良風俗を壊ることなくして、争事を未萌に防ぎ、是
︵ママ︶
如きもの未甚多からざるなり、東洋諸国、殊に我が国は、
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page241 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
241
さるなり、
国家百世の大事なり、軽忽に之を実施すべきものにあら
非を判定するの要具たるものならざるべからず、法典は
私上の権利を犯したるを云ふ、而して此所に於ては、父
犯との別をなし、犯罪は国家に対する罪を云ひ、私犯は
吾人此理を以て此所に応用し得るや、法律家は犯罪と私
の犯罪を法廷に訴ふるの謂に非ず、若し万一父を訴ふる
のあるを異しむなり、然れども、却て是氏の本色なるやも
其説の妄に、其見の卑き、余は能勢氏平生の説に似さるも
理に悖るの理なし、若し父にして子に養料を給せさると
の義務を怠りたるとき、子に於て其養料を請求するは倫
子か父の犯罪を訴ふることは措て論せず、若し父か自己
能 勢 栄
知るべからず、良し何れにもせよ、其説の価値なきものな
きは、終には其子は他人に迷惑を掛け、或は国家の厄介
明治廿五年七月
ることは、唯り余の認むるところのみにあらず、今元良文
者となるやも計り難し、果して然らは、父の罪前より尚
も、唯養料を請求するに止まるものなり、
学士起稿の駁撃文を借り来て、反駁に代ふること左の如し、
ほ大なるものなり、寧ろ養料を請求するを善しとす、
を大悪と視做せしものの如し、一般に論するときは、父
高等の徳義にして、如何なる場合と雖も、父の罪を顕す
︽批評︾是迄本邦に行はれたる倫理に依れば、孝道は最
親子法廷に争ふの機会を与ふ可ければなり、
が故に孝道に悖るものなり、蓋し此規定は、場合により、
第一 新法典は、親子養料を給するの義務を規定したる
さるか、
の増加す可しとは、少しく一方に考へ過きたる説にあら
の所行をするものなり、法律の出るか為め此の如き悪人
於て、充分父母に困難を掛け、法廷に訴ふるを撰ふなき
りと雖も、斯の如き悪人は、其方法こそ異なれ、今日に
るか為め、公然此を請求するならんとの恐れを懐く者あ
法律なきときは少しく此を耻つるところあるも、法律あ
又父は善なるも、子悪くして、父より養料を請求するに、
子 相 親 む は 自 然 の 人 情 な り 、故 に 如 何 な る 場 合 と 雖 も 、
第二 倫理のことは、自然の成行に任せ置き、必要のあ
新法典は倫理に悖ると云ふ説及批評
子たる者は其父の罪を顕すに忍びさる可し、然りと雖も、
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242
――法 律 論 叢――
ふ能はすと雖とも、若し人情の固有性として、最下等の
︽批評︾人情は善か悪か、古来哲学者の論一定したりと云
一般倫理の標準とするか故に人倫を壊乱す、
も、法律出るときは、最下等の倫理標準たる法律を以て、
第四 法律なきときは自然の人倫に基きて身を修むる人
ふ能はさるなり、
とは、法律上必要の数ケ条に止まり、決して差細目と云
︽批評︾此説可なりと雖も、新法典に於て規定したるこ
を規定するは不可なり、
第三 倫理は重に徳義心に基くものなり、法律に其細目
能はさるなり、
の発達に任せて、数十年或は数百年の未来を期して待つ
日本は、英国と事情を異にするところ多きが故に、自然
のなりとて、英人の誇り居るところなりと雖も、今日の
してイギリス法律は、羅馬法と同く自然の発達によるも
社会に於て既に其非なるを認むるものあるに至れり、而
て、今日に於ては、イギリス人と雖も、経済社会及ひ政治
︽批評︾是れイギリスに流行したる放任主義と同説にし
を規定するは不可なり、
る都度、其必要の法律を規定す可し、初より法律の細目
此の如きことあるときは、法典立案者の責任に帰せさる
外に其精神に反したる結果を生するやも計り難し、若し
可し、新法典素より倫理を重んずるの精神なるも、予想
︽批評︾此説は、以上の諸説中最も困難なるものと云ふ
を生ず可し、
此を実施するときは、間接に徳育の精神と反対なる結果
第五 新法典は、其明文に於て倫理に悖るところなきも、
を顧るに暇あらさるなり、
法律の一般社会に及ほす善き影響を考ふるときは、又此
却て罪を犯す如き者なきやも計り難し、然りと雖も、其
するものなる可し、唯愚夫愚婦にありては、法律の為め
も最下等に落るを好まさるのみならす、進歩的性質を有
を進めたるものゝ如し、若し然りとせは、人情は必ずし
情の力も亦其一要素となりて、天然力と共に働きて文明
るものなるか、素より天然力の作用少からずと雖も、人
まさるも、人意に反して、天然力の作用により進歩した
なり、是れ偶然に進歩したるものなるか、或は人情は好
く、却て進歩の有様なるは、世人一般に認知むるところ
古来世界の文明は、一般に論するときは退歩することな
位置に堕落せんとするものならは、此説可なりと雖とも、
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page243 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
243
すべきことなれは、容易に決断し得へきことに非ず、博
広く世界の歴史を参考し、且つ自己の経験に照して判断
するに、法律実施後の結果如何は社会上の大問題にして、
ず、修正論者の見識も亦誤りなしと云ふ能はず、之を要
を得ず、然りと雖も、見識を誤るハ独り此立案者に限ら
の為に魅せらるることあること勿れ、
ざることを知るべし、読者それ其眉に唾して、復たこの輩
嫉妬、不平、怨恨其他の忘念に駆られて為せる虚吠に過ぎ
木、松野、高橋︵健三︶、山田の輩が為せる法典の非難は、
して其云ふところは斯の如し、以て彼れ延期論者、殊に江
杉浦重剛氏と共に、熱心なる法典延期論の加担者なりと、而
飯田宏作﹁法律は人生処世の縄墨と沿革の趣を一にす﹂
識なる歴史家、政治家、法律家等の教示を待つへきなり、
故に此論点は、立案者に最も困難なるところなりと雖も、
又反対論者も、確固たる拠を求むるには最も困難なるか
数十年来の国俗を擲て顧みずといへるも、然れとも、能勢
は、祖先の家制を排却し、極端なる個人本位の法制を設け、
能勢氏は之れを認めざるなり、又彼れ延期論者は、人事篇
のを生呑活剝して、裁を取る所なしといへるも、然れども、
法典の全篇欧洲の制に拠り、其国情習俗の同じからざるも
期論者の所言の悉皆を認めざるなり、即ち彼れ延期論者は、
べし、良し今借りに之を理ありとするも、能勢氏の説は、延
能勢氏の説の浅妄杜撰なること、此駁撃文を見ば明かなる
幼に通して一なることを得す、然れとも、其縄墨の変更は、
かる可らす、而して此縄墨は、年齢と共に変更すへく、長
得せしめよ、人生の世に処する、必すや遵由すへき縄墨な
疑はさる者なり、請ふ余をして 会を人生に譬ふることを
も、又法律は時代に随て変遷し、決して一定せさるへきを
は固より自然法の必す存在すへきを信する者なり、然れと
を唱ふれは、自然法を排斥して一切之か存在を認めす、余
して、殆と之を顧みさるの傾向あるを免れす、又沿革法理
世の法律を論する者、自然法を認むれは、沿革法理を軽視
︵第四巻一一号、明治二五年一一月発兌︶
氏は之を認めざるなり、而して能勢氏は、其認めて倫理上
良知の存在を証することを妨けす、人倫の大道を否認せし
如し、
に害あるべしと思へる規定に就ても、法典の規定は、旧来
むることなし、蓋し幾多の縄墨は一定ならさるの観ありと
︵ママ︶
の慣例に違背せるものにあらずといへり、聞く、能勢氏は、
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page244 2011/02/01 18:28
244
――法 律 論 叢――
鎖国攘夷の時代と、開国致遠の時代と法津制度を同ふす可
と共に治を図り給ふ立憲時代の民を治むるの用を為さす、
下、屈従したり、武断政治の法令は、万民王臣、 天子、民
民を御するに足らす、四民、等を異にし、上、驕傲にして、
我国上世民俗淳良、世事簡易なる時の制度は、封建治下の
るを要す、開明の国には其国に相応する法律なかる可らす、
へきの理なきを信す、未開の国には其国に恰当なる法律あ
ざるの事実なり、独り法律のみ、万世一法、千代一律なる
人生成長するに随ひ、処世の縄墨を同ふせさるは争ふ可ら
五洲の列国を見ることを得るに至れり、
県を為し、国を為し、文芸知識、年に開進して、遂に今日
初め、尚ほ饑寒を防くの外他あるを知らす、漸く郡を為し、
食す、初生の赤子と異ならさるを疑はす、其部落を為すの
とも、人々索居、倦むときは則ち眠り、飢ゆるときは則ち
状態誠に之に類する者あり、創世の事は之を知らす、然れ
るに至る、社会は此の如き人生より成れり、故に其発達の
聴音動を能くし、苦楽を感し、正邪を知り、遂に成人と為
人の初めて生るゝや、唯眠食の二事あるに過きす、漸く視
然法の法律沿革に於ける関係も亦此の如きのみ、
雖も、此大道良知の未流の変形たるを失はされはなり、自
も、余は又今日漢高祖と一法師を起さは、其預言、其偉策、
は常に漢高祖の法を三章に約したる偉策を歎賞す、然れと
きを見て、其滅亡を預言したる一法師の卓見に敬服す、余
る者あらは、是れ妄信のみ、余は常に法條氏の法令漸く繁
つことを得ると云ふ乎、余は決して之を信せす、若し信す
くなるも、尚ほ旧時の如く簡易なる法令に依頼して治を保
せんとせは、此情態の益々進むを要す、我国の情態此の如
とも、是れ方法の善あらさるに由る耳、五洲の列国と馳騁
せさるのみならす、却て之を害するものなしとせす、然れ
取引、物件の融通、昔日に陪蓰す、其中或は国家の富強に益
に頻繁なるにあらすや、農業工芸益々盛況を呈し、金銀の
通せんとするにあらすや、会社は日に多きを加へ、商業、日
に今日我国の情態を観察せんことを希ふ、鉄道方に全国に
ては、数千条の法令未た密なりとするに足らす、余は静か
事たらさるを知る、然れとも、時代の事情錯雑なるに及ん
るを要せさるに法律の繁密を致さは、余も亦誠に国家の美
或は曰く、法律の繁密なるは国家の美事に非すと、繁密な
難す、嗚呼是れ何の理あるに由る乎、
論者あり、民法商法等、新法典施行を嫌忌して百方之を論
らさる、復た誰か之を争ふ者あらん、然るに、世上一派の
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page245 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
245
る可らさるも、習慣中却て特に変更すへきものあり、然る
ても亦然り、一国の徳性と称すへき良習慣は之を保護せさ
徳性に関する習慣は之を保護するを要するのみ、社会に於
啻に不可なきのみならす、此の如く変更せさる可らす、唯
青年の習慣を傷くるか故に不可なりと云ふを得る乎、是れ
為す、成人に至りて実業に就き、社交政治等の事に従ふは、
学問交友のみを事とするは其処世の縄墨にして、其習慣を
為す、成童の後尚ほ此習慣を永続せしむへき乎、青年者は
を為さゝるは其処世の縄墨にして、歳月の久き又其習慣を
なり、今又人生に譬を取ることを許せ、赤子は眠食の外他
らさるを信す、蓋し習慣自体は保護するの価を有せされは
れとも、余は又或他の習慣は、法律を以て之を改めさる可
る習慣は、法律を以て之を変更するの不可なるを知る、然
或は曰く、法律は習慣を変更す可らすと、余も亦変す可らさ
んとする者の徒のみ、其卓偉果して何くにか在る、
れ成年の後、尚ほ童孩の時と同一なる縄墨に従て世に処ら
たらしめよ、秦漢の時代たらしめよ、若し然らされは、是
此偉策を行はんと欲せは、先つ我国をして鎌倉北條の時代
必す全く反対に出つへきを信す、今日尚ほ此預言に服従し、
美徳を有せさることを請はさるを得す、
るを疑ふ者なり、余は、此の如くに自国の進度の謙遜する
して新法典我国に適せすと云はゝ、我国の未た成人たらさ
行を拒まは、羮を畏れて食を廃するの譏を免れさらん、而
よ、若し其之を傷くるものあることを畏れて法典全部の施
定の法律中、我国の良習慣を傷くるものあらは之を切論せ
鎌倉北條の時代を経過し去りたることを注意せられよ、新
請ふ十把一束の論拠を割愛せられよ、又請ふ、我国は最早
にあらざるも、然れとも、之を議し、之を論するに付ては、
寄語す論者に、法典を議するは良し、之を論するは悪しき
は彼れ論者も亦衷心必ず之を知らん、
劇の変更と云ふに足らさることは識者の皆認むる所、恐く
るも亦争ふ可らす、然れとも、新法典を施行する、敢て急
り、急劇に失せしむ可らさるは、人生処世の縄墨と比し来
ることを注意するを要するのみ、而して習慣を変するに当
を変するは当然の理なり、唯た保続すへき習慣を変改せさ
又世の進歩と共に繁密に赴かさるを得す、随て従来の習慣
之を要するに、法律は時代の変遷に伴ふて変更するを要す、
はゆる十把一束の論たるを免れさるへし、
を、口を習慣に藉りて、一概に新定の法津を非議するは、い
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page246 2011/02/01 18:28
246
――法 律 論 叢――
攻撃に備へ、因て以て其責任を薄ふせんとするの手段を取
命して之を調査せしめ、その鄭重䟁密を示して他日の非難
ときは、痛く世の非難攻撃を受けんことを恐れ、委員を任
反対して一部断行説を採るものなれ共、愈々之を決行する
て疑ふ所なり、或ひは云ふ、現内閣は、帝国議会の議決に
法典施行取調委員の、何が為めに設けられたるかは世の挙
万蒼生の其弊に勝ふる能はざるや、亦已に久し矣、
を之れ図るが如きあらん耶、即ち所謂朝三暮四の政策、百
巡、遅疑徘徊、他の鼻息を窺ふて之を変易し、以て苟且偸安
自信なかるべからざるに在り、苟も事此に出てず、䤮䤢逡
行敢為、百難を排して、而して復た他を顧みざるの勇気と
りと信認せば、宜しく、充分責任を負荷して、明決快断、果
も国家の昌運を伸暢して、臣民の福祉を増進すべきものな
凡そ政府に貴むべきものは、其事柄の何たるを問はず、苟
を薄ふせんとするが如きは、内閣、︱殊に国民の重望を荷
し夫れ䤮䤢逡巡、遅疑徘徊、纔に取調委員に依りて其責任
難を排して、而して復た他を顧みざるの勇を皷せざる、若
一歩を進めて充分責任を負荷し、明決快断、果行敢為、百
内閣若し一部断行の真に国家に福利なるを信認せは、蓋ぞ
るは、蓋し中らずと雖も遠からざるべき耶、
説を採るよりして、遂に法典施行取調委員を置きたりとす
而して此説稍々拠どころあるに似たれば、内閣が一部断行
文部、渡邊大蔵諸大臣の如き、亦一部断行説を採ると云ひ、
司法、黒川逓信を始めとし、後藤農商務、陸奥外務、河野
行家となりたりと云ひ、又現内閣に於て威望隆々たる山縣
を以てするも、曾て延期論者たりし伊藤総理は、変じて断
万口一談斉しく之を認むる者の如し、然り、我輩の聞く所
其他種々の巷説あれども、内閣が一部断行説を取ることは、
なりと、
乎之を決行するの勇なく、先づ取調委員なるものを置きて
りしものたらん、内閣にして若し議会の議決を容るゝの意
ふ元勲内閣の、宜しく為すべき所に非らざるなり、
信岡雄四郎﹁法典施行取調委員を論じて現内閣に及ぶ﹂
思ならば、宜しく速に奏請の手続を為すべきのみ、何ぞ故
客あり、難じて曰く、子の論誤れり、子聞かずや、始め伊藤
世論の傾向を卜し、而して後徐ろに処する所あらんが為め
らに委員を設けて之を調査せしむるの要あらんやと、或は
首相は法典施行取調委員を会して演説して曰く、法典問題
︵第四巻一一号、明治二五年一一月発兌︶
云ふ、内閣が一部断行説を採るは事実なり、然れども、断
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page247 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
247
期の利害得喪は、全部延期の利害得喪と共に、学者政治家
我輩対へて曰はん、法典延期の事、其議論尚し矣、一部延
るのみ、又何の怪むことか之れあらんと、
んが為めに、特に学理上の討究を得て其参考に資せんとす
其信ずる所を決行するの意思なるも、事の鄭重䟁密を持せ
の意思を動すことは万之なきなりと、然らば則ち、内閣は
し夫れ委員会の決議如何に拘はらず、已に確定したる内閣
着の弊を生ずるなきや否やを研究せしめんが為めなり、若
法中の或る一部を断行して他を延期するも、学理上矛盾撞
のは、断行延期の利害得喪を討議せしむるに非ず、民法商
に就ては、内閣の意思夙に確定せり、今特に諸子を煩すも
らず、我輩は亦、現内閣に此勇気と自信あることを信ぜん
を排して、而して復た他を顧みざるの勇気と自信なかる可
関せず、充分責任を負荷して、明決快断、果行敢為、百難
以上は、委員会の決議如何に拘はらず、世論の向背如何に
れり、内閣已に一部断行の国家に福利なることを信認せし
内閣が一部断行説を採ることは、今や幾ど公然の秘密とな
に相当の理由あることを信ぜんと欲す、そは兎も角も、現
委員を置くものならんや、我輩は、之を置きたるに就て別
りと雖も、今の内閣は顔揃ひの元勲内閣なり、豈漫然取調
み、画餅のみ、内閣豈十三名の学者法官を翫弄する耶、然
しむるの要果して那辺にかある、委員の調査は是れ徒労の
内閣は法典施行取調委員の任命に就き、世論の囂々たる
と欲す、然るに、頃日怪報あり、曰く、
余蘊なき所にして、利害已に明に、得喪已に詳なり、又何
より、一先づ延期法案を裁可し、次の議会に向て、商法
が、学理上より、将た実際上より、夙に討究推尋して復た
をか疑焉、是の時に当りて、内閣たるものは、議会の議決
我輩は此風説の全く斉東野人の言なることを知るなり、蓋
中、会社及破産の二章を実施するの法律案を提出するな
の要あらんや、殊に伊藤伯の演説果して客の言の如くんば、
し現内閣が一部断行説を採ることは、世人の概ね知了する
を容るゝ耶、其信する所を決行する耶、二者其一に出でざ
委員を設けたるの趣意、遂に益々解すべからざらんとす、
所なるのみならず、伊藤首相の委員会に於る演説に徴する
るべしと、
内閣の意思已に確定し、委員会の決議如何に拘はらず、到
も、亦此意を忖度するに余りあり、然るに、委員の任命に
るべからず、豈故らに取調委員を置きて之を調査せしむる
底之を飜覆することなしとせば、委員を設けて之を調査せ
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――法 律 論 叢――
決議なりと雖も、苟も国利民福に悖反さることを信認せば、
問題なり、我輩姑く之れを措かん、唯我輩は、帝国議会の
政略上、帝国議会の決議を裁可せざるの利害得喪は是れ別
の道に出づることを之れ為さんや、
るべし、何ぞ故らに迂回して、其意思を遂行する能はざる
福利なるを信認せば、宜しく其目的を達する所以の策を採
する所となるや必せり、内閣若し果して一部断行の国家に
り、次期議会に商法一部断行の議案を提出するも、其否決
段に非ずや、蓋し議会は大多数を以て全部延期を決議した
するの策を採らざる、是れ内閣の意思を貫徹するの絶好手
可なりと雖も、若し否決せらるゝときは、決然全部を断行
一部断行の法律案を提出し、其の可決する所とならば則ち
ぞ断然不裁可を奏請して、更に次期議会に、民法及び商法
を提出して満足せんとするは、是れ果して何の心ぞや、蓋
議会に、商法中、会社及び破産の二章を実施するの法律案
就き世論の囂々たるより、倉皇其説を変じ、纔に次期帝国
非なり、姑く記して他日を竢つと云ふ、
︵十月三十日稿︶
て斯る浅薄なる小刀細工を為すものならんや、風説断じて
て公布し、一旦施行期限を定めたるものなり、豈今となり
のなり、而して民法商法は、多くは今の内閣大臣が副署し
自信あるものなり、朝三暮四の政策の大害あるを認むるも
行敢為、百難を排して、而して復た他を顧みざるの勇気と
ものなりと信認せば、充分責任を負荷して、明決快断、果
す、苟も国家の昌運を伸暢して、臣民の福祉を増進すへき
抑々現内閣は顔揃ひの元勲内閣なり、其事柄の如何を問は
言を以て之を解せんとするや、我輩切に惑焉、
んが為めに設けたる案山子なりと云ふ者あらば、将た何の
れのみならんや、法典施行取調委員は、世論の傾向を卜せ
いふ者あるも、我輩は弁護の辞を有せざるなり、豈啻に是
自信なく、勇気なく、兼て国民に深切ならざるものなりと
抂げ、帝国議会の議決を裁可するが如きあらば、現内閣は、
行取調委員の任命に就き世の非難あるに会ひて忽ち自説を
断然之を裁可せざるの自信と勇気とは、須臾も政府に缺ぐ
︵第四巻一一号、明治二五年一一月発兌︶
荒井訟三郎﹁民法と民事訴訟法の矛盾﹂︵二・完︶
利民福なることを認識しながら、明決快断、果行敢為、百
第七 証拠篇第十五条に曰く、
﹃自己の利益に於て私署証書
べからざるを信ずるのみ、故に若し現内閣が一部断行の国
難を排して、而して復た他を顧みざるの勇気なく、法典施
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
249
所は、挙証者の申立に因り験真を為すことを得﹄と規定し、
二条に於ては、
﹃私署証書の真否に付き争あるときは、裁判
たる後に行ふへきものなればなり、見よ、訴訟法三百五十
真也者、多くは追認に於て、印章手跡を、相手人か否認し
規定にして、験真に関する規定にあらす、何となれば、験
蓋し証拠篇第十五条以下十八条迄の規定は、追認に関する
れ論者の未た法文を読下するの詳かならざるに依るなり、
か敢て之を遺忘したりと為すことを得すと﹄
、然れども、之
百五十二条以下に於て、仔細に之を規定したれは、訴訟法
は、民事訴訟法に於て之を定むとして、而して訴訟法第三
於て、印章又は署名を追認したりと為すことを得へき場合
期間、及被告又は其代人の出席せさるに因り、此等の者に
は、手跡印章、又は署名の験真の請求に関する方式、并に
して曰く、
﹃之れ証拠編第二十条に定むる所にして、同条に
く此事を遺忘したる者に似たり、然りと雖も、或は之を論
ず、然るに、訴訟法は、此点に関して一の定むる処なく、全
事訴訟法に於ては、之に対する取扱の細則を定めさる可ら
署名、及ひ印章の追認を請求することを得﹄と、然らば民
る場合に於ては、争の生する前と雖も、其者に対し、手跡
を有する者か、或る者を署名者なりと主張し、又は思考す
法の例外法なることを知らす、例外法に非ざる助法にして
何ぞや、余輩は訴訟法が民法の助法たるを知ると雖も、民
を提出するの義務あることを認む、矛盾ありと言はずして
る訴訟法に於ては、仮令自己に不利益なる証書と雖も、之
拠は之を提出するの義務なきことを公言し、而して助法た
り﹄と、故に主法たる民法に従へは、自己に不利益なるの証
て曰く﹃相手方は左の場合に於て証書を提出するの義務あ
然るに、訴訟法は、其第三百三十六条に反対の規定を掲け
に対して証拠提出するの義務なきの原則を掲けたるもの也、
帳簿及ひ覚書を差出す義務なし﹄と、蓋し何人と雖、自己
第八 民法証拠篇第十二条に曰く、
﹃非商人は、裁判上にて
すことを追認したるもの、亦遂に蔽ふ能はさるなり、
者か民法に規定したる事項にして、訴訟法に之か規定を為
に関する規定なるもの、遂に求めて之を得す、而して立法
続を規定したる者に係る、已に然りとせは、訴訟法中追認
て、訴訟法三百五十二条以下の規定は、此験真に関する手
真なるものは、追認手続を行ひたる後に行ふへきものにし
ば、何人か験証を申立るものあらんや、之を以て見れば、験
にあらすや、且夫れ追認ありたるに於ては、争なき者なれ
明に否認、則ち争あることの後に為すへきことを示したる
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250
――法 律 論 叢――
て訴訟法を飜せは、其第三百五十一条に於て、僅に一ケ条
訴訟法に於て立派なる此手続あることを想像したり、而し
立手続は、民事訴訟法に於て之を規定す﹄と、故に予輩は、
第十 民法証拠篇、公正証書の節四十七条に曰く、
﹃偽造申
すの必要を感したりしや、之を疑はさるを得さるなり、
何故に立法者が、斯く民法と訴訟法とに、各別の規定を為
らずと為し、訴訟法に於ては包含委任なりと為す、予輩は、
を以て、民法に於ては、自白は特別委任あらされば有効な
して実に自白は特別の委任を受くへき中に列せさる也、之
相手方より主張したる請求を認諾する権を有せず﹄と、而
を求め、代人を任し、和解を為し、訴訟物を抛棄し、又は
委任を受くるに非されは、控訴を為し、上告を為し、再審
任を受くへき場合を規定して曰く、
﹃訴訟代理人は、特別の
らず、然るに、訴訟法は、第六十五条二項に於て、特別の委
の自白の有効なるが為には、必ず特別の委任を受けざる可
きに非されば有効ならず﹄と、故に民法に従へば、代理人
自白は、其管理行為に関する外、特別の委任に依りたると
第九 同証拠篇第三十五条二項に曰く、
﹃代理人の為したる
し得るや、
妄りに主法の主義を変更するも、尚立法上の欠点なしと為
力を停止するに非すして、別条なる停止命令の効力に依り
法第三百五十一条の規定に於ける、偽造申立に依りて執行
なる執行停止の命令を得さる可らす、果して然らば、訴訟
なる偽造の訴を起すか、否らされば異議の訴を起し、特別
適用することは能はさるへし、債務者は、止むを得ず、新
得へしと雖も、弁論なき場合、則ち現に行使中に在る者に
以て、之れより将来に行使すへき執行力を停止することを
ば如何、訴訟法第三百五十一条の申立は、弁論中に在るを
に仮に其偽造なりとする公正証書が強制執行中に在りとせ
に関するものにして、強制執行に関するものにあらす、故
停止するや、第三百五十一条の規定は、第一審の訴訟手続
法三百五十一条に外ならすとせは、如何にして其執行力を
に想へ、民法か特筆したる﹃偽造申立手続﹄とは、前掲訴訟
訴訟法中、此執行力停止に関する手続なきを怪むなり、試
因りて之を停止す、其執行力に付ても亦同し﹄と、而して
も、証拠篇次条に曰く、
﹃公正証書の証拠力は、偽造申立に
なるに驚きたるも、之を以ては矛盾せりと為さす、然れど
真否を確定せしことの申立を為すべし﹄と、予輩は其簡単
署証書を、偽造若くは変造なりと主張する者は、其証書の
を以て之を規定して曰く、
﹃公正証書、又は験真を経たる私
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
251
て停止するものと謂はさる可らす、民法と訴訟法、往々粗
妄﹄なるもの是なり、訳せる者は誰ぞ、和仏法律学校講師
書いま訳せられて出づ、目下世に評判高き﹃新法典駁議弁
地に於ける東京印刷会社、
森順正氏、発刊せるところは何処ぞ、京橋弥左衛門町一番
密相合はさる者あるは何そや、
北溟漁長﹁新法典駁議弁妄﹂
ード先生は、先頃、余暇を得て函嶺に浴せるの時、自から
の多き、或は為に誤らるゝ者あらんを恐れ、碩学ボアソナ
とありたれば、諸者は皆之を知れるならん、而も世間盲者
したり、余輩は之を本誌の上に登載し、読者に報導せしこ
らざるなり、甞て法治協会之を駁砕し、以て其妄を明かに
ならんか、縦し何れにもせよ、其説の迷謬粗暴は疑ふべか
煽起せんと力めたる手際よりして察すれば、此伝説或は真
蝕すと吐き、若くは立法を拘束すと鳴り、以て只管人心を
常を紊ると云ひ、或は家制を壊ると唱へ、若くは大権を侵
て、而して其漏嘴の尠かざる、加之ふるに荘言大語、或は倫
名の者異議なく之に署名せるものなりと、其紕繆の多くし
実施意見書は、江木法学士自から筆を執て稿を起し、他十
之を聞く、彼の英法学者十一名の手にて成れるといふ法典
史に徴して其所言の正しきを云ふものあり、或は之を理論
旁証博援、議論、神に入り、弁駁、妙を加ふ、或は之を歴
結論せり、之を従来現はれたる法典弁護の諸説に比するに、
を云ひ、以て法典維持者の絶望すべからざることを告げて
及商法は、二十六年一月一日より施行せらるべきものなる
明し、而して両院の議決は未だ勅裁を得ざるが故に、民法
期説を取れる衆議院議員の共に談するに足らさることを証
最後に、第三章を衆議院に現はれたる非難の反駁とし、延
於ては、貴族院に於て延期論を唱へたる者の迷想を覚破し、
し、第二章は貴族院に顕はれたる非難の反駁とし、此処に
簡潔明快に、江木、松野、山田の輩が唱へたる妄説を紛砕
商法に対する非難に対するものゝ二と為し、其各部に於て、
併せて民法と商法とに通したる非難に対するものと、特に
難に対する反駁とし、更に之を分て、主として民法に対し、
把て之を見るに、全篇分て三章とし、第一章を意見書の非
筆を執りて、本春帝国議会に現はれたる延期論者の説と共
に訴へて延期論者の迷妄を明にするものあり、千古に亘り、
︵第四巻一一号、明治二五年一一月発兌︶
に、取るに足らざる妄言なることを明かにせられたり、其
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252
――法 律 論 叢――
見書に反駁を加ふるに当りて曰く、
文字あるを得べし、今書中の二三を左に示すべし、先づ意
幽明に達す、識見高尚、学力富胆なる博士にして始て此大
ろ法廷に出訴して之を執行せしむるの勝れるに若かざる
務に背きて愧づることなきの不徳あらしめんよりは、寧
養料義務に対して執行せられざらん乎、最も貴重なる義
んで言を構ふものにあらざるを知る、然れども、亦民法
て、就中二三者は知名の士なり、余輩固より其悪意を挟
て其過半は、唯々英法若くは米法を学びたる弁護士にし
殄滅に従はざる可らざるなり、其大権の護衛者をして疑惧
義の維持、徳義の振張に任ずるものは、先づ此れ等論者の
むりて、却て自から徳義の破壊を為すものと謂ふ可し、道
と、実に然り、彼れ延期論者の如きは、徳義維持の仮面を蒙
べし
及び商法に対して不満を抱く所以のものは、果して其学
せしめんと欲して、新法典は、共和主義に基きて制定せら
法典実施延期意見書には十一名の氏名を掲げたり、而し
ぶ所に偏するものに非ざる無き乎、新法実施の暁に至ら
仏国法典は、一千八百三年、共和政治の時に於て制定せ
れたる仏国法典に傚ひるが故に、之を君主国たる日本に施
意義すら猶ほ之を理会せざるを証するに足るものあり、
られたりと雖も、当時既に拿破翁は、終身一等岡士にし
ば、更に之を研究せざる可らざるを以て不快とするもの
能く江木、山田、高橋、松野の輩の肺肝を透見せるものと
て、其後幾くもなく帝位に即きたり、是を以て、仏国法
行すべからずと云ひる非難に対ふるものに曰く、
謂ふ可し、彼の輩にして之を読まば、慚汗、背に洽く、顔
典は、第一帝政の時に施行せられたること二十年、
︵一千
に非ざる無き乎、加之、其法条の非難を見るに、往々其
面、火の如くならん、其養料給与の義務を定めたるは、親
八百四年より一千八百十五年に至る︶
、後ブールボン家の
︵一千八百十五年より一千八百三十年に至る︶
、又ルゥヰ
子兄弟をして、法廷に争ふに至らしめ、親族間の徳義は廃
論者の所謂徳義とは奈何なるものか、若し養料義務にし
フィリップ、ドルレヤンの王朝の下に施行せられたるこ
再び仏国に君臨するに方り施行せられたること十五年間、
て故障なく執行せられん乎、訴権なるもの之を利用する
と十八年間、
︵一千八百三十年より一千八百四十八年に至
頽するに至るべしと云へる非難に対するものに曰く、
の必要あらざるを以て、焉んぞ徳義を害せんや、又若し
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page253 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
253
こと十八年間、
︵一千八百五十二年より一千八百七十年に
年に至る︶
、ナポレオン第三世の政の時に施行せられたる
たること五年間、
︵一千八百四十八年より一千八百五十二
のを見るに、一層、力の加はるものあるを見る、即ち民法
更に進んで貴族院に現はれたる延期論者の所説を駁せるも
を排斥して、復た口を開く能はさらしむ、何等の健筆、
と云へるか如きは、僅々二十一文字、能く反対論者の非難
人を利せしむるか、投機的商人も、亦同一の義務に服従
至る︶にして、現共和政府はすでに二十年前より之を施
の、父子夫婦間に訴権を与へたることを難じて、一家の和
る︶なり、然れども、未だ曾て其綱領を更めんとしたる
行し、而して、君主政治に於て施行せられたる体裁を変
合及幸福を害し、従て一国の徳義心を湮滅せしむるものな
するに非ずや
ぜず、仏国法典は、其れ斯の如く、共和政治の時に於て
りと云へるものに対する反駁に曰く、
ことあらず、爾後第二共和政府の興るに当り施行せられ
施行せらるゝこと二十七年、君主政治の下に於て施行せ
に反目して相争ふよりも却て一家の和合及び幸福を害し、
子の親を養ひ、夫の婦を養ふ可き義務あるは、何人も非
と、延期論者は、纔に仏国歴史の一端を囓りたるのみ、而
一国の徳義心を湮滅せしむるや必然なり、蓋し権利ある
らるゝこと六十三年の長日月に亘るも、猶ほ其体裁を更
して、法典定むるところのものゝ如何を詳知せず、叨りに
も、法律に於て之を認めさるの故を以て、法律の保護を
難せさる所のものなり、然れども、若し此義務を尽さゞ
空想を逞ふして論断を為すが故に、斯の如き反駁を受くる
受くること能はさる者は、悪意の故を以て敗訴する者よ
めざるは、正に政体の如何に拘はらず、之を施行するを
に至るものなれ、論者は、其れ此の反駁に対して如何の辞
りも其地位更に憐れむ可く、又之が為め一国の風俗を害
る者あるも、法律に制裁なきときは、父子夫婦の、法廷
かある、又其商業帳簿の調製に関する規定を非難し、着実
すること更に大なるものあればなり、且制裁を受るの恐
得るを証するに足るべし
の小商人を困却せしめ、投機的商人を利せしむるものなり
なき時は、義務あるも其義務を履行するもの少きやも保
す可からず、看よ、債務者にして若し法廷に訴へらるゝ
と云へるものに対して、
商業帳簿の調製は、如何なる理由に依り、特に投機的商
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page254 2011/02/01 18:28
254
――法 律 論 叢――
行の履践を不義者に強ひんと為せるに外ならざるなり、此
らしめんと欲したるに外ならず、即ち法の威力を以て、徳
常に基く義務の履行を怠る者をして、法の制裁を免かれざ
許せる所以のものは、義理を欠き、人情に反き、以て其倫
蓋し民法が、父子夫婦の間と雖も、訴権を行使することを
るよりも、一層紛乱を惹起する危険ありと言ふと、幾ん
相互の権利義務を記載するは、却て主要の点のみを定む
論者の説は、恰も、当事者の証書を作るに当り、細かに
く、訟師の不逞を助長し、健訟の弊を醸すの理あらんや、
然れは即ち、之を制定発布するも、安んぞ論者の言ふが如
断を容易にするにあり、法律の目的たるや夫れ此の如し、
に在り、法廷に於て、権利の発生及び消滅を示すべき挙
種の規定、却て徳教の維持に効こそあれ、毫も害あるもの
と相似たり、若し論者の論理を以てすれば、公証人の手
の恐無んば、好んで其債務を弁済するもの益々少きに至
にあらざるなり、然るに、近眼なる法典延期論者、及世の
を経て完成する近来の契約制度は、法律を知らざる当事
証の方法を指定するに在り、約言すれば、従来の確定せ
似而非教育家、近親の間に訴権の行使を許すは、道義を紊
者が、肆に締結する従来の契約制度よりも、当事者に争
るべし、民事上の義務皆然らざるはなし、豈独り家族内
り、徳教の衰滅を致すものなりと云ふ、其無識、実に憐れ
論の端を開くこと多しと謂はざるべからず、更に之を言
ざる者を明にし、且訴訟の紛起を予防し、併せて之が裁
むに耐えたり、先生の此論、此れ等無識者流の為には、一
へば、燈火あるも、光明燦爛として人目を奪ふがごとく
に於ける義務のみ然らざるを得んや、
服の清涼剤と謂ふ可し、而して其法典の実施は、三百代言
アヽ何ぞ其れ譬喩を取ることの巧なるや、又何ぞ反対論者
ならずんば、反て四隣を暗黒ならしむと何ぞ択ばん、天
人定法の目的は私権の基礎を確定するに在り、所有権を
の紕繆を発き出すことの妙なるや、余輩は之を読み了て、快
者流をして、利益を僥倖せしむるものなりと云へる非難に
移転し、及び義務を創造する方法を示すに在り、所有権
哉の一語の自然に口より出づるを止むる能はざりき、想ふ
下豈夫れ斯の如き理あらんや、
の移転、及び義務の創造より生ずべき相互の権利義務の
に彼れ延期論者、腋下に冷汗の滴々たるを止むる能はざら
対しては曰く、
効果を明かにするに在り、義務に附従す可き担保を示す
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page255 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
255
上の栄誉、
︵中略︶論者それ先生に対して礼を為して可なり、
刀の謗を免かれざるべきか、しかし彼れ等の為には実に無
は、世の識者皆能く之を知る、先生の此著ある寧ろ割雞牛
之れを要するに、延期論の浅薄無稽、一顧盻にだも価せざる
て余りあるなり、
また能く衆議院に於ける延期論の、取るに足らざるを証し
の、一言を為せるのみにて其筆を擱けり、其言、簡なるも、
るとの二事を除きては、他に注意を惹くに足るものなしと
と、自ら法条の意を明かにして、而して漫に法条を非難す
津上の経歴に乏しき︵下質を許すを難したる如きは其一証︶
而して其衆議院に於ける延期論に対しては、論者の尚ほ法
ん、愉又快、
に支配せられたるに基因せすんばあらす、試に当時に遡り
に付すべからす、慎重綿密なるを要すと云へる一種の概念
の為に支配せられたるに非すして、全く至重の事業は軽忽
せしに止まり、延期風潮の大結局は、決して此等理論感情
か由来たりしならん、然れとも、之れ僅に其一部一局に存
学派の軋轢に根帯したるにあらず、否な此等のもの或は之
蝶々するが如き理由を基礎としたるものにあらず、又敢て
り、抑々当時に於ける法典延期風潮の大勢は、彼れ延期派が
跡を察するに、断行派の為め大に惜まざるを得ざるものあ
余輩熟々両派か自家の趣旨を貫徹せんとして相闘搏せし事
も無益にあらさるべし、
往における実施延期両派成敗の事跡を講究するは、必すし
て之を観察せんか、延期断行の運命の繋る所、即ち貴衆両
云はざるを得す、今に及て之か論議を為すこと、殆と死人
之れ実に法典問題か既往に於ける一段落を了したるものと
法典の延期は世論囂々の間に議会の可決する所となりたり、
︵第四巻一一号、明治二五年一一月発兌︶
輩は断言するに躊躇せす、延期風潮の大勢は、一種の概念
らざる理由は、殆んと説述する所あらさりしなり、故に余
なり、曰く之を修正せざる可らす、而して其修正せざる可
たるにあらす、延期説を可決したるや、曰く不完全の法典
を以て主張したるにあらす、又敢て学派感情に因て同意し
院の議員が之を延期に可決したる所以を見よ、敢て法理論
の齢を算するの愚に似たるの感なきを得ず、然りと雖、往
に支配せられ、延期可決の所由一に茲に存することを、何
山崎 俊﹁法典問題の既往と将来﹂
事は来事の鑑たり、法典問題の将来を論するに当り、其既
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page256 2011/02/01 18:28
256
――法 律 論 叢――
に向て哲理を談すると、太だ相似たりとするものなり、詳
尽く理論を了知し得ざるものとするに非さるも、小学生徒
理論を説き、以て其意を引かんとす、余輩は、議員を以て、
ものなり、然るに、之に対して、乾燥無味、仔細綿密なる法
は法律家にあらず、寧ろ快活粗放なる政治論を得意とする
得て能く其哲理を玩味咀嚼するを得るか、両院議員の多数
試に小学生徒に向て哲学上の談論を為さんか、幼齢の児童
ては、余輩策の得たるものに非すと云ふを憚らす、今夫れ
れとも、之を以て両院議員の賛同を得んと欲したるに至り
起するに足るか、法学者間に在ては或は其効あるべし、然
を罵嘲するに過きす、深遠繁雑なる法理論、能く衆人を喚
論を主張するにあらすんば、学派感情の奴隷として延期派
所以なり、反之、断行派の所言を看よ、深遠繁雑なる法理
之れを知るに易し、之れ両院議員の多数か之に傾向したる
り、而して此の概念最も簡単なる思想にして、一見何人も
夫れ如斯延期風潮の大勢は、一種の概念を以て勝を制した
事筆記は明かに之を証明するの事実を登載すればなり、
法理論学派感情に基因するの理なければなり、否、両院議
にあらす、又学派向背の感情を有するものにあらす、従て
を以てか之を云ふ、曰く他なし、彼等議員の多数は法律家
感情の支配を受くるは人情の免れざる所、延期派が断行派
要なるを知得せり、
て、此勝敗か、将来法典問題に及ぼす影響を研究するの必
逝けり、余輩は反覆喋々するを為さざるなり、余輩は進ん
必すへからざりしなり、然れとも、勝敗既に決し、事既に
説くを止め、他の方法に依頼せしならは、両者の勝敗未た
なり、故に若し、断行論者にして、深遠繁雑なる法理論を
のにして、道理の是非に因て決せられたるものにあらざる
如斯両派の勝敗は、両派闘搏の手段に依て決せられたるも
るは宜なりと謂ふ可し、
たりしものなり、其延期派の為に勝を制せらるゝに至りた
の方法たる議員の意向を迎ふるを誤り、却て其屑末に拘々
たる所以也、若し余輩をして極言せしめは、断行派は断行
情を起さしめたり、之れ実に断行派をして一歩を輸せしめ
す、然れとも、其れ以外に対しては、却て人をして嫌忌の
行論者の人意を強ふするに於ては、或は益する所なしとせ
派を以て学派感情の奴隷となし、之を冷罵嘲笑するは、断
種の概念を以てしたるに及はざりしと云ふに在り、又延期
に其議員多数の賛同を得るは、彼の延期派の、簡単なる一
言せは、深遠繁雑なる法理論は、之を玩味せざる可らす、故
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
257
是を以て、余輩は窃かに我法学界の為め、又我帝国の為め、
ざるべし、
期派は固より論難して止まさるは、独り余輩の想像に止ら
行派は黙止する能はざるべく、之を断行派に委せんか、延
典の修正をなすに至らは、之を延期派の手に委せんか、断
したる延期派は、到底之に服従せざるべし、更に進んて法
ざるへく、若し又延期案裁可せられずんは、一たひ所思を達
故に若し延期案裁可せらるゝあらは、断行派は之を黙過せ
るや、固より当さに然るへき所なり、
物に付、互に相論難攻撃し、昔日の軋轢は一層の度を加ふ
行の争となり、感情と感情と相対峙し、喧々囂々、一事一
の争に過ざりし法学界の競争は、一変して法典問題延期断
日以後両派間の軋轢は、日に益々甚しきを加へ、従来学派
貫徹せんとするの意を強からしめたり、果して然れは、今
落胆の底に沈淪せしむるに足らず、反て益々自家の所説を
の勢たり、故に延期派這般の勝利、未た以て断行派を失望
期派に対して、益拮抗せんとするの激励を与へたるや自然
反之、断行派は、此の一敗の為に一種の感情を醸生し、延
而して終に一種の概念を籍りて其感情に満足を与へたり、
と拮抗するに至りたるは、所謂英仏なる一種の感情に在り、
氏の之を容るゝや否やは余輩の知る能はざる処、然れとも、
之れ只た一歩を譲りて数万歩の円満期すべきなり、先輩諸
んこと、之れ余輩か調停の策として先輩諸氏に致す所なり、
すへき欠点を摘示し、政府をして、之か修正に着手せしめ
に両派の諸氏互に相商議し、互に相譲り、以て法典の修正
派の云ふ所、延期派の云ふ所、共に理あり、共に非あり、故
運動の手段の巧拙に依りて決せられたるものにして、断行
とす、夫れ両派の勝敗は、余輩の既に述べたる如く、只た
波瀾の起らざらんことを欲し、一策を両派の先輩に致さん
ざる今日に於て、両派の軋轢を調停し、法典問題に、将来
得るの優れるに如かず、而して余輩は、未た熱度の高昂せ
低卑なる今日に於て為すの、容易にして且つ成就を予期し
停は、既に熱度を高昂したるの後日に期せんより、寧ろ其
行延期両派の軋轢は特に後日に激からんとす、故に之か調
軋轢は日を積んて益々熱度を高昂ならしむるものなり、断
は、之を銷解せしむること決して后日を期す可らす、感情
円満なる結果を見る能はざればなり、而して此両者の軋轢
実施は不平の徒を学者間に生せしむるの原因となり、到底
典の実施を見るの期何の時にあるや知るべからす、法典の
耿々禁する能はざるものあり、他なし、斯の如くんは、法
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――法 律 論 叢――
れざるべけんや、
果を見る能はざるを恐るゝなり、帝国の為め、豈恐れて懼
あらざる紛争を醸生せんことを恐るゝなり、法典実施の結
今日容るゝを吝まは、余輩は他日我法学界は、学理の争に
も一時に止まり、確実の会社は依然として存立するのみな
経済社会に変動を現はす、其変動たる、一少部分にして、然
其経済社会に与ふる影響は如何といふに、是がため、一時
常の相違はなかるべし、偖て二割の会社が倒るゝに至ては、
らず、存続する会社は、以来商法の下に保護せらるゝを以
るが、之に付、先比其筋に於て取調べたる模様なりと云ふ
るに至らば、現在の諸会社が其影響を蒙むるべきは必然な
も、若し一部断行ともなりて、明年一月より商法を施行す
法典問題は如何に決すべきか、未だ之を知ること能はさる
︵第四巻一一号、明治二五年一一月発兌︶
ことにこそ、彼の商法の施行を八釜しく云ふ者が、所謂偽
して、前途の繁栄すべき事必然なりと云云、左もあるべき
さゞるも、商法施行の後に至れば、瓦は砕け、玉は光を増
するが故に、真正に確実なる会社も、夫れ程の価値を現は
ては、薫蕕器を同ふし、確実の会社と不信用の会社と雑処
なり、経済社会は大に景気を生ずるに至るらん、今日に至
て、其信用を高め、株券も価を増し、市場の流通も円滑と
を聞くに、全国の諸会社は、農業商業工業の三種を合して
紳商に在るは是れ何よりの明証たり、商法の施行あに延は
雑報﹁商法施行に伴ふ諸会社の興廃﹂
四千四百十九あり、其資金は総計一億八千六百四十二万八
すべけんや、なんでも法典は断行に限るテ、
︵第四巻一二号、明治二五年一二月発兌︶
中村清彦﹁我国の家制と民法﹂
︵四︶
千四十七円に止り、此中合資株式会社のみを算すれは、社
数二千三百八十四にして、資本金合計一億二千六百三十七
万五千九百九十六円也、此等諸会社は、一々相対の申合に
て設立し居るものなれば、一度商法の検束を受くるに至れ
民法は隠居を以て単に一の相続方法と看做し、其他に身分
第五章
株式会社二千余中の二割は、倒るゝ者と見做して差支なか
上の関係あることを認めす、之を家督相続の条下のみに規
ば、其の影響を受けて或は解散する者あるべく、大略合資
るべし、総体の会社に就て見るときは、多少差あらんも、非
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
259
せんことを希望するなり、父をして俗世の繁累を脱せしめ
なる、凡そ人の子たるものは、片時も速に父の負担を軽ふ
恕の職権を有せさる也、我家制の美なる、論理道徳の醇良
る原因なかるへからす、然らずんは、区裁判所は決して宥
す、其宥恕せらるゝには、必ず重病其他家政を執る能はざ
可なるなしと、否第三百七条は、区裁判所の裁判を必要と
三百七条に於て、年齢条件宥恕の手続を規定せり、故に不
と思惟するものなるや、論者或は云はん、民法は、取得篇
以て、我国人の生理を強ひて、老をして克く壮ならしめん
の期と認むるに非ずや、知らず、立法者は、一行の法文を
我社会は之を知命と称し、已に以て老となし、社会を退く
とも、我国人の一生に於ては、五十年豈之を早しとせんや、
隠は固より之を奨励すへからす、寧ろ之を抑止すへしと雖
なり、民法は何か故に之を六十年となせるや、少壮者の退
徳川時代は勿論、現行の法律に於ても尚之を五十年となす
者とせり、余輩其理由のある所を疑ふ、我国固有の法律は、
一号に於て、隠居は満六十年以上に非されは許す可らさる
輩を満足せしむるに遠しとす、取得篇第三百六条は、其第
譲りて、之を単純なる相続方法と看做すも、其条々は尚余
定して、強て家制を更革せんことを企てたり、仮に一歩を
相続の瞬間に権利義務の変更あるを許さゝるなり、たとへ
分相続人なるを以て、先代の権利義務は一切之を継受して、
るものを許さゝるなり、即ち家督相続人は、先代家長の身
我国の法律は、古代より現今に至るまて、所謂限定受諾な
れさるものなること是なり、請ふ試みに之を論せん、
三百六条第三号によれは、此単純受諾なくんは隠居は許さ
隠居家督相続人は、必ず単純受諾をなすを要す、而して第
ものと云はさるへからさるは勿論なり、又其第二としては、
として、法定家督相続人は、限定の受諾を為すことを得る
居家督相続人は限定の受諾をなすを得すと、其論結の第一
くは限定の受諾を為し、又は抛弃を為すことを得す、又隠
取得篇第三百十七条は曰く、相続人は、相続に付、単純若
るなり、
必要を看さるのみならす、其甚た不理なるを信して疑はさ
居に故障を許すの規定ある以上は、一も此年令を高くする
第三百九条の如く、債権者を詐害するの意思を以てする隠
之を許さす、豈我倫理を破るものにあらさらんや、余輩は、
許さす、五十尚且之を許さす、満六十年一月を欠くも尚且
沛、一に是に汲々あり、是を孝と云ふ、而して民法は之を
んことを祈り、之か安堵を慮り、之か退閑を望み、造次顛
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260
――法 律 論 叢――
精神は我論理を維持し、道徳を存する所の原因なり、然る
せしめす、之を保持存続するもの之を子の本分となす、此
感するものは家制なり、能く父の箕裘を襲ふて一家を紛乱
すへきを預言せり、豈黙視すへけんや、次て間接の利害を
ん乎、民法は明治二十六年一月一日に於て、此大攪乱を来
なり、是れ豈、商業社会及経済社会の一大 驚 慌にあらさら
其権利は消滅するなり、相続人ありと雖も訴ふるを得さる
直接の利害を感するものは債権者なり、其債務者死すれは
二十六条以下其手続を規定せり、読者以て如何となす、其
と、取得篇第三百二十五条の命する所実に斯の如し、第三百
にあらすんは、負債の義務に任せすと主張することを許す
の負債あるものは、後の戸主は、其相続に当りて五千円迄
法は宣言して曰く、前戸主に五千円の資産あり、且壱万円
て本位となす社会の当に然るへき所なるのみ、然るに、民
を見れは、呼て不義となし、称へて犯行となす、是れ家を以
も法律を利用して私曲を行ひ、其義務を免れんとするもの
見て以て正理となす、我国風は之を見て以て尋常となす、苟
尚且相続人は其負債を其侭に相続するなり、我社会は之を
は、家に一銭の資産なくして、却て数千万円の負債あるも、
ゆるものなり、家制を壊るの道を教ゆるものなり、老父を
め、新たに産を起さんにと、之れ子に不孝をなすの道を教
て我は適法に限定受諾の相続をなし、以て負債を消滅せし
債鬼の苦むる所とならんとす、若かす、老父の死するを待
て些の資産と莫大の負債とを引受けざる可らす、我は終身
と勿れ、今に於て隠居せらるれは、我は単純の受諾をなし
人独り肯せすして曰く、老父願はくは死する迄隠居するこ
思なきを以て、債権者亦故障する所なし、然るに、其相続
令満六十年なり、配偶者異議する所なし、固より詐害の意
此に負債多き老人ありて、其家督を其子に譲らんとす、年
の承諾に非すして、相続の単純受諾てふ承諾なり、例へは、
居に相続人の承諾を必要と為せり、而して其承諾は、通常
而して隠居の場合には尚且甚たしき者あり、我立法者は、隠
ゆ、抑法は人を傷ふの器なるか、又家を壊るの具なるか、
者は尚且新たに此倫理を発明して、之を我無垢の良民に教
流離此瞬間にあり、一家の敗滅実に此言にあるなり、立法
ものならんや、家制豈夫れ斯の如きものならんや、一家の
へり、我は将に自ら此世に処せんと、孝道豈夫れ斯の如き
し、父の義務は我負はさる所、父の義務は父之を黄泉に担
主の恩は我関せさる所、宜しく墓標に対して之を強請すべ
︵ママ︶
に、父死す、子即ち曰く、父の負債は我知る所にあらす、債
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
261
して民法之を為さしむ我社会尚且顧みすんば、抑何の顔あ
すものなり、天下の悖理無道是に至て究極す所を見る、而
り、父若し子の言に従へは、是れ父子一家相率ひて非違をな
して、身を終ふる迄苦界に沈吟せしむるを指嗾するものな
に従ふ、元勲内閣、また○○たりと謂ふべきなり、噫、
の価値あり、況や議会の攻撃を恐れて、愚論と知りつつ之
も、善事を為すに勇ならさりしの点は、充分非難を受くる
を法律と為して発布したり、之を輿論に従へるものとする
其運命を決すべき最終の日に至りて、
︵渋々ながら︶遂に之
︵第五巻一号、明治二六年一月発兌︶
館説﹁商法一部施行に就て﹂
E.第五巻︵明治二六年︶
つて天下後世に見えんとするや、相続の制、隠居の制、余
輩に於て異見百端、而して今暫く強て其一二に止む、読者
請諒焉、
雑報﹁法典延期﹂
︵第四巻一二号、明治二五年一二月発兌︶
法律に違ふ、内閣は之に従ふを要せず、其理由は余輩嘗て
会丈︶は延期に傾けるを見るなり、然れども是れ愚論耳、且
法典の延期は帝国議会これを決せり、即ち輿論︵固より議
如きものあらば、余は寧ろ其〇を憫れまんのみ、
況んや、輿論ならさる愚論に従ふものをや、若し世の此の
に従ふ政治家の処置、常に必ず賞すべきにあらず、然るを
而かも尚且これに反対せさるべからざる時あり、故に輿論
が、今や飜て全然延期法案を裁可し、纔に本期帝国議会に、
学理上矛盾撞着の弊を生ずるなきや否やを調査せしめたる
置き、民法商法中の或る一部を延期して、他を断行するも、
は一部断行の説を採り、遂に法典施行取調委員なるものを
て今や将に衆議院の案頭に上らんとす、是より先き、政府
るの法律案を提出して、見事に貴族院を通過したり、而し
本期帝国議会に、商法中会社、破産及手形の三章を実施す
民 法 商 法 施 行 延 期 法 律 案 は 愈 々 裁 可 せ ら れ た り 、政 府 は 、
︽菊池法学博士の意見を読む︾
之を詳述し尽せり、前内閣は、此の理を以て其裁可を奏請
商法中会社、破産、及び手形の三章を実施するの法律案を
輿論に従ふは、政治家の公徳として之を嘉みせざる可らず、
せず、法典は断行に決し居りしに、現内閣は、延期法案の、
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262
――法 律 論 叢――
に、
﹃法典の割払﹄てふ論題を掲げて、会社破産二章の単独
者中、鏘々の聞へある菊池博士の如き、曾て法学新報誌上
を主張せし英法学者も、亦幾んど異論なき所にして、仝学
者及ひ実業者間の輿論なるのみならず、従来熱心に延期論
夫れ会社破産の二章を実施するの切要須急なることは、学
慢せざるを得ざるなり、
商法中会社、破産、及び手形三章の実施丈けになりても、我
ども、夫れも政略上出来ぬとあれば致方なし、最早此上は、
部分を実施するの、法律案を提出せられんことを希望すれ
が故に、延期法案の裁可せられしからは、成る可く多くの
兎にも角にも、我輩は全部断行の必要なるを信する者なる
は、我輩の痛惜して措かざる所なり、
不裁可の上奏を為して、其自信を貫くの英断勇気なかりし
鋒を向くることを為さゞるべきも、政府が、決然延期法案
ことならん、我輩は、必しも其内情を抉出して、攻撃の論
は、多少政略も交じりたることなるべく、深き事情もある
ふに政府が、断乎延期法案不裁可の上奏を為す能はざりし
るのみならず、或は思はざる弊害を、新たに生するに至
に於て破産法を実施するは先年の如く、世に益を与へさ
は正しく先年の反対に存するものと云ふ可し、故に今日
害を喋々するに徴して明かなり、左すれば、今日の弊害
へ、無用の心配を掛くる事あるは、近頃世間執達吏の弊
ぎ、間々私擅の差押を為して、債務者に不慮の恥辱を与
事情を異にし、何れかといへば、債権者の勝手が利き過
遺憾なからしむるに至れり、斯く今日は、先年とは大に
備はりて以来、此等の弊害は其跡を絶ち、債権者をして
事訴訟法実施せられ、財産仮差押、其他強制執行の手続
ば、痛く破産法の必要を感じたる次第なれども、其後、民
り、債権者が損害を蒙る事多く、其弊害に堪へさりしか
務者か容易に法網を潜り、財産を隠蔽するを得たるに依
の行はれたる当時は、其規定の不完全なるよりして、債
は、目下見出すこと能はす、特に破産法は、彼の身代限法
も、左れはとて、是非とも直に其実施を要する程の事情
じ、今日に至るも、尚多少其必要を感ずる者の如しと雖
会社法は、両三年以来、世間にても、幾分か其必要を感
る意見と題して、左の如き報道を斎らさんとは、
施行を希望せられたることさへありき、何ぞ図らん、曩者
るならんとの議論なりと、
提出して、而して満足せんとするは果して何の心ぞや、顧
東京朝日新聞を閲するに、菊池博士の会社破産二法に関す
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page263 2011/02/01 18:28
――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
263
主を害し、三五の奸商相結び、未だ社員あらざるに、先づ
を説きて、名を賛成員に列せしめ、虚名を博して善意の株
二の黠賈相図り、会社を組織し、名望あり、信用ある富豪
て、弊害の波及する所、将に測られざるものあらんとす、一
幾ど希なり、而して一たび蹉跌する時は、其関係広大にし
厳正ならず、管理行届かずして、蹉跌の厄に遇はざるもの
令の杓子定規に非ずや、相対の契約に任するが故に、規律
約に任するとは、監督官庁が、会社設立の請願に対する指
り、見よ、追て一般の会社条例制定に至る迄は、相対の契
とは、少しく実際の有様に注目する者の夙に看破する所な
発表せさる者と雖も、隠約の間に、大患大害の潜伏せるこ
に世間に発表せしものに就て之を云ふのみ、其未だ世間に
とも、決して誣ゆること能はざるべし、然れども、是れ特
今の会社に大弊あるの明証にして、如何なる巧辞を設くる
要せざるものなり、近年世間に発表せし二三の事実は、現
天下万目の斉しく認識する所にして、固より我輩の呶々を
を以て之を蔽ひたるに過きず、夫れ現今会社の弊害破綻は、
を要する程の事情は、目下見出す能はず﹄と云へる一断語
を不必要なりとする理由は簡約なり、
﹃是非共、直に其実施
我輩読み去て憮然たるもの久し、抑博士が、会社法の実施
は是等の手続は、果して債権者の勝手が利き過ぎるの弊あ
今日の弊害は、正に前年の反対に存するものなりと、我輩
者の勝手が利き過ぎ、私擅の差押を為すの弊あり、去れば、
た遺憾なからしむるに至れり、殊に是等の手続は却て債権
の手続備はりて、従来の弊害を杜絶し、債権者をして、復
事のみ、爾後民事訴訟法実施せられ、仮差押其他強制執行
の必要を感じたるは不完全なる身代限法の行れたる当時の
博士は又破産法の実施を必要ならずとして、曰く、破産法
誰れか会社法の実施を急要ならずと云ふや、
くならば、商業の隆盛は断じて期すべからざるなり、嗚呼
放縦散漫にして、弊患の横生するに一任すること今日の如
施するより急且つ要なるはあらず、若し夫れ、会社の規定
し、是を以て会社の弊害を杜絶せんと欲せば、会社法を実
其他会社管理の事に就ても、厳規細定、復た遺すところな
にし、殊に株式会社は、再び政府の允許を要するものとし、
を免れざるなり、而して会社法は、会社成立の条件を厳重
弊害已に其跡を絶滅したりと断了するは、大早計の見たる
るなり、頃日世間に発表する弊害少きを見て、直に会社の
名義を他に譲り渡すが如きの実例は、実に枚挙に遑あらざ
広告を巨大にし、株主を募りて多少の利益を得、而して後、
明治大学 法律論叢 83 巻 4・5 号: 責了 tex/murakami-8345.tex page264 2011/02/01 18:28
264
――法 律 論 叢――
することを得ざるなり、試に之を敷衍せんか、
を設くるに非ざるよりは、決して円満に商人の破産を処措
令強制執行等の手続ありと雖も、尚ほ田に極微至細の規定
商人と非商人とは、其事情大に相異なるものあるが故に、仮
可らざるところの要点なり、我輩の信ずる所を以てすれば、
支配して、復た遺憾なきを得るや否や、是実に研究せざる
害あるものとするも、是等の手続は、果して商人の破産を
るや否やを疑ふ者なりと雖も、仮に一歩を譲りて、斯る弊
たるを肯ぜざるべく、随て商業の隆盛を望むこと能は
して顧みざるときは、遠隔の地にあるものは、債権者
者は、為に大害を被むることなしとせず、此の如くに
権者のみ、独り利益を壟断して、遠隔の地にある債権
定を設くるにあらざれば、債務者の接近の地にある債
商人と取引するもの亦少からす、故に若し厳密なる規
くは長崎等の商人と取引するものあるは勿論、外国の
者を有することあり、東京の商人にして、大坂神戸、若
は、特別の担保を供せしむるもの極めて少し、否、一々
二 商人の信用は広大なり、是を以て、商人間の取引に
故に、周到なる規定の下に之を支配せざるを得ず、
破産は、他に影響波及すること非商人よりも大なるが
さるに至ることなしとせず、之を約言すれば、商人の
人破産を為して、他の数多の商人、亦破産せさるを得
綿密なる規定を設けて債権者を保護せざるときは、一
求すること能はざるべし、而して此意思ありしことを証明
に詐害の意ありしことを証明するに非ずんば、其廃罷を訴
を附して之を他に移転したりとせんか、債権者は、債務者
りたることを覚知し、財産を隠匿せんが為に、種々の名義
此に一商人あり、其支払を停止せざるを得ざるの状況に陥
むることを得る耶、我輩は甚だ覚束なく思ふなり、例へば、
て、尽く其不便を排除し、債権者をして些の遺憾なからし
民事訴訟法の強制執行手続は、果して以上の事情に適応し
さるべし
特別の担保を供せしむるが如き煩雑の手続を履践せば、
するは、頗る難事に属す、仮差押の手続ありといふと雖も、
一 商人は、非商人に比して、債権者の数常に多し、故に
到底商業を営むこと能はさるべし、故に殊に細微の規
商人は、今日立派に巨万の資本を運転して、明日忽然蹉跌
するもの少しとせず、且つ多くは外観を粧ふ者なるが故に、
定を設けて債権者を保護せざるべからず、
三 商人の取引は無辺なり、是を以て、遠隔の地に債権
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――『日本之法律』にみる法典論争関係記事(五)――
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して、之を起し、又は継続することを得ると規定して、各
関する訴、及び執行は、特り管財人より、又は管財人に対
必すべからず、然るに、破産法は、破産者の動産不動産に
求を為すこと能はすして、非常の損害を受くることなきを
に遠隔の地に在る債権者は、競売期日の終り迄に、配当要
当要求は、競売期日の終り迄に之を為さゝるべからず、故
訟法に依りて、配当要求を為すことを得べしと雖ども、配
の債権者が強制執行を為すときは、他の債権者は、民事訴
とを得せしめ、以て厳に財産隠匿の弊を防遏せり、又一人
と雖も、警察官庁に於て即時抅留、若くは監守を命ずるこ
くは逃走せんとし、又は財産を隠匿する時は、被 産宣告前
務者の即時勾留、若くは監守を命じ、債務者が逃走し、若
とすることを得るの規定を設け、又破産宣告と仝時に、債
利行為は、相手方が支払停止を知りたるときは、之を無効
るが如き場合には、当然之を無効とし、其他の支払及び権
中より無償の譲渡を為し、若くは不相当の報酬を契約した
支払停止後、又は支払停止前十日内に、破産者が、其財産
仮差押の手続、将た何の用をか為さん、然るに、破産法は
債権者は毫も債務者の困難に陥りたるを知らざることあり、
は、協諧契約を為すことを得としたるが如き、将た支払猶
き、債権者過半数にして総債権額の四分の三以上なるとき
立つるときは、債務者に利益の結果あるものとしたるが如
むることを得べし、況んや破産法は、債務者自ら破産を申
きは、従来の弊害を杜絶して、商人間の信用を堅固ならし
最も厳密周到なる規定を設けたるが故に、之を実施すると
ふべからざるものあり、而して破産法は、是等の点に就て、
の債権者は一金の配当だに受け得ざるが如き、一々勝て算
隠匿するが如き、敏捷なる債権者のみ独り弁済を得て、他
認識する所なり、即ち債務者の詐欺盛に行はれて、其財産を
従来商人の破産に弊害多きことは、是亦天下万目の斉しく
を類推せば、思ひ半ばに過ぐるものあらん、
上挙示する所は、唯其一端を云へるのみ、若し之を以て他
法を待ちて始めて達するを得るの便利に非ずや、而して以
他強制執行等の手続に依りて達することを得ずして、破産
て、債権者に配当するの法を設けたり、是れ豈仮差押、其
を管理せしめ、破産主任官之を監督し、専ら公平を旨とし
に由なからしむ、而して破産者の財産は、管財人をして之
強制執行を為すことを得ずと禁令して、抜け駆功名を為す
の存するに非ざれば、破産処分中、破産者の財産に対して、
︵ママ︶
自に訟求することを得ざらしめ、又各箇債権者は、優先権
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――法 律 論 叢――
ず、若し夫れ商法中、会社及ひ破産の二章を実施して、他
かざるなり、博士の説の如きは、是れ杞人の憂たるを免れ
権者の勝手が利き過ぎるとの苦情の、彼国に起りたるを聞
西の破産法は、我破産法と大同小異なれども、未だ曾て債
手が利き過ぎるの弊なきや知るべし、殊に独逸、及び仏蘭
あり、夫れ然り、破産法を実施するも、決して債権者の勝
の弊害少からざることは、誠に以上論述したるが如きもの
法の実施を以てするに非されば、到底芟除し得べからざる
商人と非商人とは、其事情の大に異なるものありて、破産
商人破産の弊害を、幾分か減少せしには相違なかるべきも、
知らざるものと謂はざる可らず、蓋し民事訴訟法の実施は、
の実施を必要ならずと断論せしは、其一を知て未だ其二を
権者に便利を与え過ぎるものとなし、之を以て直に破産法
之を要するに、菊池博士が、仮差押強制執行等の手続は、債
れりと謂ふべし、
けたるものにあらざるをや、破産法実施の必要、目前に迫
亦少からしして、必すしも、債権者の利益の為めにのみ設
しも、余は斥けて受けざりき、然る所以は、委員会の一半
此人に対し、此頃ボアソナードは一篇の法典意見を呈出せ
知れる人々は、何故ならんと訝かり居りしに、其後ち伯は
せり、然るに伊藤伯は、すけなく之を斥けられたり、之を
書を懐にして、其委員長たる伊藤伯を訪ひ、其披露を悃請
を法典調査会に呈し、委員の参考に資せんと欲し、自ら其
起稿せし立法の精神より、条章設立の理由を詳述して、之
終に同氏は一篇の意見書を草す、縷々数千言、自己か此典を
せんとす、ボ氏之を見て、豈に心に慊然たらさるを得んや、
かれ、殞霜後朝の林木と一般、旧時の容姿頓に其態を消失
置となる、今や其法典、朝に一手を断たれ、夕に一足を削
て、終に前議会に敗れ、其結果は則ち法典調査委員会の設
となりて、実施期限に垂んたるの際、会々延期の議論起り
民法亦故山田伯の熱心によりて迎へられ、是れ亦一旦成典
氏の起草になりたる刑法及ひ治罪法は早く已に実施せられ、
な博士ボアソナード氏に指を屈せさる者なかるべし、実に
日本今日の法典、其起草者を問はゝ、少しく事を知る者、皆
︵第五巻一一号、明治二六年一一月発兌︶
雑報﹁ボ翁の忠実﹂
を延期するも、決して支捂抵触の弊を生せざることは、諸
は、元と皆なボアソナードが薫陶を受けたる者共なり、然
予の規定を設けたるが如き、債務者の利益を保護せし条項
同人の夙に論定する処、固より我輩の言を竢たざるなり、
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るにボアソナードが、思ひ詰めたる意見書を受け付け、之
を此委員等に示しなば、委員は旧情に覊絆され、折角今日
までに修正せし改正事業も、或は又旧により戻すの紛論起
る杯の虞れなしとも保せられず、是を以てボアソナードに
は、多少気の毒なりしかども、忍びて之を斥けたりと、然る
に委員の一人、之を聴て懌びすして曰く、如何にも、委員
の中にはボ氏と旧誼深き人々なきにあらさるも、吾れ人と
共に挙られて委員の列に置かれしは、不肖なから学者とし
ての事ならん、然る以上は学者たる精神思想位は、銘々保
有する者と見てもらはねはならぬなり、現に此学者たる精
神思想あれはこそ、今日まてに彼の成典に大修正を加へ来
り、又た加へつゝあるにあらすや、然れは今ボ氏か如何な
る意見あればとて、よも之れか為め左右せらるゝこともあ
るまじ、左ほと心切に忠実に告けんと思ひて起草せられし
意見書ならは、寧ろ一読したらんこそ、多少の利益ともな
らんを、去りとは委員長の心無き、近ころ遺憾の事と、此
事若し真ならばボ氏の心事如何にも理わりなり
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