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救急医療における薬剤師業務~日本大学医学部附属板橋病院救命救急

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救急医療における薬剤師業務~日本大学医学部附属板橋病院救命救急
医療の質向上と薬剤業務
救急医療における薬剤師業務
∼日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター・薬剤部∼
平成20年度の診療報酬改定において、救命救急入院料を算定している患者への薬剤管理指導料が認めら
れました。それに伴って、救急領域への薬剤師配置に関する一つの障壁が除かれ、救急での薬剤師業務に対
する関心が高まっています。日本大学医学部附属板橋病院では、平成3年11月、三次救急を担う救命救急セ
ンターのオープン当初から、薬剤師が参画して24時間勤務体制で治療にあたっています。そこで、副院長で
救命救急センター部長(薬剤部長兼務)の丹正勝久先生から救命救急センターの概要と特徴を伺い、薬剤部
の菊池憲和先生(救命救急センター担当責任者)、救命救急センター専任薬剤師の藏内恭子先生と佐々木
祐樹先生から救命救急センターでの薬剤師の役割や業務内容などについてお聞きしました。
Ⅰ
救命救急センターの
概要と特徴
チームメンバー全員が
初期治療から参加
救命救急センターの概要を教えてください。
分の役割もわかります。自分の持ち分だけを行え
ばよいわけではありません。例えば当センターの
薬剤師は、医師、看護師が次に何をするかを予測で
きていますので、次に必要な薬を準備してくれたり
します。
救命救急センターでの薬剤師の主な役割につ
丹正 当院の救命救急センターは、東京都区西北
いて教えてください。
部(人口180万人)の三次救急医療を担う専門の
丹正 救急医療においても治療の多くは薬物治療
施設です。平成20年は、年間1960例の患者さん
ですから、薬剤師の存在は欠かせません。当院では、
を受け入れました。救命救急センター全体では50
年間で300例以上の心肺停止の患者さんが搬入
床で、
うち集中治療部門は、
ICU9床、
HCU12床、
されてきますが、その際にアドレナリン1mgを静注
CCU6床、
SCU6床、感染症個室2床、熱傷病室1
する場合、一定の時間ごとに投与しなければなりま
床の合計36床を有しています。
せん。医師、看護師は、他にも処置することがあり、
チーム医療の状況についてお聞かせください。
丹正 当院の救命救急センターでは、チーム医療
日本大学医学部附属板橋病院
副院長・救命救急センター部長・薬剤部長
(日本大学医学部救急医学系救急集中治療
医学分野 主任教授)
バタバタしているので、薬剤師が冷静に記録をとっ
てタイムキーパーの役割を果たしています。
を 重 視しており、平 成 3 年に
とりわけ年間200例以上搬入されている薬物中
オープンした時から医師、看
毒の患者さんに対しても、薬剤師は不可欠です。中
護師、薬剤師、放射線技師が
毒起因物質の鑑別から、その毒性や薬理作用、更に
参画し、後に臨床工学技士も
必要な解毒薬や拮抗薬について情報提供してもら
加わっています。東京消防庁
っています。
から救 急 患 者さん の 搬 入 連
集中治療では、感染管理が重要になりますので、
絡が入ると、必ず 全スタッフ
クリーンベンチで注射薬の無菌調製を行うほか、抗
が揃い、
全員で初療(初期治療)
MRSA薬のTDM(薬物血中濃度測定)も行ってい
業務を行っています。チーム
ます。その他、医薬品の管理や薬剤管理指導など当
メンバーが初療から関与する
センターでは24時間体制で多くの薬剤師業務を
のは重要なことです。
担っています。
チーム医療では、各職種が
救 急 治 療 の 全 体 像とお互い
の仕事内容を把握しているこ
救命救急の
シミュレーショントレーニングを開催
そのほか、救命救急センターではどのような
たんじょう
丹正 勝久 先生
3
とが大切で、それによって自
特徴がありますか?
丹正 当院の救命救急センターでは、教育に力を入
勤務担当者とそれ以外の若い
れており、米国心臓協会(AHA:American Heart
病棟担当薬剤師の組合せで交
Association )の一次救命処置=BLS( Basic
替勤務しています。
Life Support)、二次救命処置=ACLS
(Advanced
そ の 内、平日の 昼間勤務
Cardiovascular Life Support)のシミュレーシ
での1日の主な仕事を教えて
ョントレーニングサイトを開設しています。AHAの
ください。
正式なトレーニングサイトで、国際的なライセンスが
藏内 勤務時間は、朝9時から
取得できます。日本循環器学会の専門医資格取得
午後5時です。朝9時から始ま
に必要なコースにもなっています。
る集中治療部門で のカンファ
その他に、日本救急医学会のICLS
(Immediate
レンスに参加して、前日の午後
Cardiac Life Support)コース、外傷初期診療研
5 時から当日朝までに搬 入さ
修コース、災害研修コースなどのシミュレーション
れた患者さんの情報を医師が報告します。その後、
トレーニングを行っています。
一人は薬剤管理指導業務を行い、もう一人はTDM
薬剤部・技術長補佐
(救命救急センター担当責任者)
菊池 憲和 先生
医師以外の医療従事者も受講できますか?
業務を担当します。TDMでは一般病棟分も請け負
丹正 医師だけでなく、看護師、薬剤師などのコメ
っています。午後からは、翌日分の注射薬の混合調
ディカルの方々や学生も受講しています。シミュレ
製や薬剤管理指導業務が主な仕事になります。夜
ーショントレーニングでは、実際の現場では医師し
間勤務者との申し送りは、朝のカンファレンスが始
かできない電気ショックなど、救急医療のチームリ
まる前と、午後5時に行います。
ーダー医師の役割もシミュレーションで行います。
その間に、救急患者さんが搬入されてくれば、作
先ほどお話したように、チーム医療を実践するため
業を中断して2階の搬入場所に駆けつけ、初療業
には、救急医療の全体像を把握することが大事だ
務を行います。
からです。また、
“救急の現場では、興奮して怒鳴っ
集中治療室での入院患者数と搬入される患者
てはいけない”、
“お互いの役割を尊重する”といっ
数は1日平均でどれくらいでしょうか?
た心構えについても教育します。
佐々木 入院患者数は平均25名程度で、1日の搬
他分野の医療と同様に救急医療も医師だけで完
入患者数は平均4、5名くらいです。うち約4割が日
結することはできません。知識の細分化が進み、詳
中に搬送され、残り6割は夜間、
といった比率です。
しいことを知らなければ実際の医療はできなくな
日中だけで多いときは6件搬送されてくる場合が
っていますので、そういった面からも薬剤師の薬物
あり、その時は、ほとんどの時間を初療室で業務す
治療に関する知識が必要とされています。
ることになり、ルーチンの作業は後まわしになります。
Ⅱ
救命救急センターでの
薬剤師業務
ルーチン作業をしながら24時間、
患者搬入に対応
救命救急センターでの薬剤師の勤務体制を教
患者搬入時から一般病棟での
服薬指導まで一連管理
救命救急センターでの薬剤師業務の全体をご
紹介願います。
菊池 当センター内で、薬剤師が担当する業務は
大きく分けて次の6つがあります。
①初療室(患者搬入時)での業務
えてください。
気管挿管用医薬品、麻薬、血液製剤、降圧剤、血
菊池 24時間勤務体制で、昼間は2名、夜間は1名
管拡張剤、抗不整脈剤などの調製
が担当しています。平日の昼間は藏内恭子先生と佐々
②ICU、CCU、
SCUでの業務
木祐樹先生が救命救急センター専任の薬剤師とし
カンファレンスへの参加、注射薬の個人別取り揃
てあたり、夜間は私を含めて11名の薬剤師が交替
え、注射薬の混合調製など
で勤務しています。薬剤部としては他に1名が調剤
③医薬品の在庫管理
室で夜間勤務を行っていますので、合計2名が夜間
麻薬、毒薬、向精神薬、血液製剤、治験薬などの管
対応していることになります。休日の昼間は、夜間
理を含む
4
④ 中毒薬物の同定と薬物血中濃度測定(TDM)
臨床工学技士には、直接警備員がPHSに連絡をし
トライエージ(尿中の薬物検出キット)などでの中
てくれます。
毒起因物質の同定と情報の検索、アセトアミノフェ
藏内 放送では、意識レベルの他、血圧などのバイ
ンや抗MRSA薬などのTDM
タルサインや患者さんの特徴的な病態が告げられ
⑤ 医薬品情報業務
ます。その情報より、必要と思われる医薬品を用意
適応や副作用、用法用量、配合変化などの医薬品
します。麻薬や毒薬が必要と思われる時はあらかじ
情報提供、医学生、薬学生への教育など
め保管庫から取り出して用意します。
患者さんの搬入時から薬剤師が関わるのです
⑥薬剤管理指導業務
意識レベルの確認、腎機能・肝機能のチェック、感
か?
染管理、栄養管理、服薬指導など
佐々木 そうです。職種に関係なく、患者さんをベ
救急医療では意識の無い患者さんも多いと思
ッドに乗せる作業なども行います。看護師が普段行
います。その場合の薬剤管理指導業務について教
っている輸液交換や点滴用ポンプの装着など、薬に
えてください。
近いことは何でもします。心肺蘇生の手技を薬剤
菊池 救命救急センターの入院患者さんは、意識
師がすることはありませんが、心肺蘇生時のモニタ
レベルの低下の他、循環動態や呼吸状態の不安定、
ーの見方や心肺蘇生法などについては、救命救急
精神的不安定といった特徴があります。その内、意
センターの担当になる前にACLSのベーシックコ
識レベルが低下した患者さんに対しては、服薬指
ースを受講して修得しています。
導をしなくても薬学的管理を行うことによって救命
初療室での「初療シート」にはどのような内容
救急入院料の算定が可能になりました。
を記録するのですか?
救命救急領域の薬学的管理としては、
(1)循環動
藏内 患者さんの状態として、病名、意識レベルの
態、呼吸状態、電解質バランスの評価、
(2)肝機能、
チェック、持 参 薬
腎機能に基づいた薬剤投与の評価、
(3)栄養管理、
の有無などをチェ
(4)点滴ルート内の配合変化チェック、
(5)感染管理、
ックします。意 識
といった業務を行っています。
レベルは、
JCS(注1)
当院では、患者搬入時から薬学的管理を実施して、
とGCS( 注 2 )の 分
初療時にその内容を「初療シート」に記入します。
「初
類に従って評価し
療シート」はカルテに添付され、その後の集中管理
ます。そ の 他 、気
病棟及び一般病棟での服薬指導まで一連の流れで
管内挿管の有無、
患者さんを管理していきます。
初期治療時使用
薬剤、初期治療時
Ⅲ
救命救急センター・初療室
での薬剤師業務
患者搬入放送を聞いて、
必要と思われる医薬品を用意
患者さんが搬入される時、
どのように連絡が入
バイタル・血液ガ
藏内 恭子 先生
ス 分 析 値 などを
記入します。他に行ったこともメモをして、薬学的
管理のまとめを記入します。
(図表1参照)
なお、
「初療シート」の裏面には、血液検査値など
を記載すると共に、
SOAP形式で薬剤管理指導記
るのですか?
録を付けています。
菊池 救急隊から東京消防庁を通してホットライン
注1:JCS(Japan Coma Scale)
:日本で主に使用されている意識障害
の深度(意識レベル)分類。分類のやり方から、3-3-9度方式とも
呼ばれ、数値が大きくなるほど意識障害が重いことを示す。
注2:GCS(Glasgow Coma Scale)
:開眼、言語反応、運動反応の3つ
について、点数化をして表したもの。点数が低いものほど、意識障
害が重いことを示す。
の電話が当院の救命救急センターに入ります。リー
ダーの医師が受諾すると、チーフ看護師がセンタ
ー内スタッフに放送をかけます。消防庁からは第二
報も入り、到着予定時間が告げられます。放送を聞
いて、関わりがあるスタッフが搬入場所に向かいま
すが、センター内放送以外にも薬剤師、放射線技師、
5
薬剤部(救命救急センター専任)
急性中毒患者には、
薬物の同定や血中濃度測定などが役割
搬入されてくる中毒患者さんは、医薬品が起
最後に救命救急センター
図表1「初療シート」
(救命救急センター用薬剤管理
指導記録)の主な項目
で の 薬剤師業務について、感
想をお聞かせください。
【基礎データ】
・常用一般薬・健康食品など(有・無・不明)
佐々木 今では笑い話ですが、
・アレルギー歴(有・無・不明)
現場に初めて行った時は、手が
・副作用歴(有・無・不明)
震えました。しかし、医師、看護
【初期治療記録】
師からは仲間として受け入れ
・病名(初療時、診断後)
・意識レベル(JCS、
GCS)
られ、何でも気軽に聞いてもら
・持参薬(有・無)
[持参薬有の場合は詳細を別紙に記載]
えます。
・気管内挿管(有・無)、薬剤(有・無)、薬剤名・投与量・投与確認
藏内 救命救急業務こそ 、医
・初期治療時使用薬剤名・投与量・投与経路・投与確認・問題点
・初期治療時バイタル検査値、血液ガス分析値
薬品の管理、処方のチェック、
薬剤部(救命救急センター専任)
・初期治療における薬学的管理のまとめ
医薬品情報の提供など薬剤師
佐々木 祐樹 先生
・入院後管理
(
ICU、
HCU、熱傷、個室、
CCU、無し〈死亡・転医・転棟〉)
・薬学的管理に必要なコメント
提供:日本大学医学部附属板橋病院・薬剤部(改変)
の職能を発揮できる場だと思います。
菊池 初療の現場に薬剤師が行く意義は大きいと
思います。薬学的管理にしてもデータをみるだけ
でなく、直接患者さんを観察するべきでしょう。そ
因になっていることが多いのでしょうか?
れによって、医師や看護師と共有する多くの情報が
佐々木 急性中毒の起因物質の9割以上が医薬品
得られ、医師から処方チェックを求められる機会も
です。OTC薬、
向精神薬が多く、
医薬品以外としては、
多くなると思います。
農薬、塩素系漂白剤や家庭用洗剤、硫化水素といっ
た例があります。
(図表2参照)
藏内 薬剤師としては中毒薬剤の同定をしなけれ
ばなりません。救急隊から情報が入ってくることが
多いのですが、実際に飲んでいるかどうか、尿の検
図表2 急性中毒起因物質の割合
2007年1月∼2008年7月(173件)
アルコール 4.7%
家庭用品 1.2%
農薬 0.6%
ガス 1.8%
体を採取して、
トライエージを行います。トライエー
ジでは、ベンゾジアゼピン系薬剤や三環系抗うつ薬
など全8種類の薬物の同定ができます。三環系抗う
医薬品
91.7%
つ薬は重症化する場合があるので注意が必要にな
ります。
起因物質が同定できれば、胃洗浄するかしないか、
解毒剤が必要かどうかなどを医師にアドバイスして
提供:日本大学医学部附属板橋病院
処置に移ります。
OTC薬で注意すべき薬剤を教えてください。
佐々木 OTC薬は配合剤を多く含み、成分を調べ
るのが大変なのですが、多いのは風邪薬の大量服
用です。その場合、アセトアミノフェンは重症化す
る危険性が高いので、血中濃度を測定します。それ
日本大学医学部附属板橋病院
〒173‐8610 東京都板橋区大谷口上町30‐1
開 設:昭和10年5月
診療科目:33科
院 長:澤 充
薬剤部:45名
病床数:1,
037床
〈救命救急センター概要〉
によって、
肝機能障害の危険性が判定できます。ただ、
センター概要
服用推定時間から肝機能障害発症に影響するのは
1階:研究室、医局
4時間以上経過してからの血中濃度のため、経過
時間と濃度を記録して医師に報告します。アセトア
ミノフェン中毒患者さんが搬入された時は、血中濃
度が肝機能障害発症の危険濃度を脱するまで、経
2階:初療室、蘇生室、SCU
3階:ICU、
CCUなど
移動病床数
ICU9床、
HCU12床、
CCU6床、SCU 6床、
感染症個室 2床、熱傷病室1床
時的に何度も測定することになります。
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