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ホーム用タイムドメインスピーカ「TD712z」の開発
ホーム用タイムドメインスピーカ「TD712z」の開発 Development of TD712z time domain speaker for home use 平 本 光 浩 Mitsuhiro Hiramoto 浜 田 一 彦 Kazuhiko Hamada 川 井 雅 人 Masahito Kawai 要 旨 当社は2001年4月に,オーディオ技術力のアピールとブランドイメージ向上を目的とし,ホーム用タイムドメ インスピーカ「512」,「508PA」を発売,さらに2003年6月からは普及価格帯の「307シリーズ」を発売すること で,市場における認知度は徐々に向上して来ている。今回さらにブランドイメージの向上を狙い,当社最高級 スピーカ「TD712z」を2004年11月に発売した。本稿では今回発売した本商品の要点を紹介する。 Abstract The April 2001 market launch of our "512" and "508PA" time domain speaker for home uses with the aim of enhancing our audio technology's appeal and brand image was followed by the June 2003 appearance of our "307 Series" in the popularization price range. These products have been steadily raising our market recognition. And aiming to further enhance our brand image, in November of 2004 we recently launched the "TD712z", FUJITSU TEN's premier luxury speaker. This paper provides an introduction to the key aspects of this newly marketed product. 7 富士通テン技報 Vol.22 No.2 1.はじめに 1 が必要。 ) はじめに 次にこのような要望及び販売価格から決めた「TD712z」 当社は2001年4月に,オーディオ技術力のアピールとブ の開発コンセプトと実施手段について説明をする。 ランドイメージ向上を目的とし,ホーム用タイムドメイン スピーカ「512」 , 「508PA」を発売した。 さらに,2003年6月には普及価格帯の「307シリーズ」等 を発売することで,市場認知度は徐々に向上して来ている。 今回さらにブランドイメージの向上を狙い,高級スピーカ 「TD712z」を2004年11月に発売した。本論文では今回発売 の本商品の特徴について紹介する。 今回開発した「TD712z」開発コンセプトは「世界最高 クラスの空間再現力実現」であり,それを実施する手段を 図-2に示す。 ①ドライバユニット改善による振動板の高速駆 動の実現 ②スピーカ支柱部分(ディフュージョン・ス テー)の高比重化(亜鉛を採用)による不要 共振の大幅低減 2.商品設定の背景 2 3.TD712z開発コンセプトと実施手段 3 TD712z開発コンセプトと実施手段 商品設定の背景 2.1 ホーム用スピーカの市場動向 ③点接触を実現した新機構ソリッドベース採用 Hi−Fiスピーカの市場は60万円/Pair以下の価格帯と 100万円/Pair以上の高級機に大きく分ける事ができる。 今回開発するスピーカはブランドイメージ向上を狙った製 品であると共に,販売数量の拡大を狙ったモデルとするた めに,販売価格については58万円/Pairを設定した。 ④ハイエンドスピーカでは画期的なスピーカ部 の角度調節機能採用 ⑤スリムな制振スタンド。中国福建省ミン河産 川砂充填 ⑥片手で簡単にアジャストできる新開発「スパ イク・オン・インシュレータ」の採用(特許 出願中) Hi-Fi スピーカ市場分析 図-2 TD712z実施手段 □価格帯別市場規模−(メーカー出荷額ベース/オーディオ専門店市場) Fig.2 TD712z implementation means Hi-Fiスピーカ 価格帯別国内売上と1機種あたりの平均売上げ ●1機種当り(千円) ■売上(千円) 600,000 600,000 550,000 500,000 450,000 400,000 350,000 300,000 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 0 400,000 200,000 2901∼3000 2801∼2900 2701∼2800 2601∼2700 2501∼2600 2401∼2500 2301∼2400 2201∼2300 2101∼2200 2001∼2100 1901∼2000 1801∼1900 1701∼1800 1601∼1700 1501∼1600 1401∼1500 1301∼1400 1201∼1300 1101∼1200 1001∼1100 801∼900 701∼800 901∼1000 601∼700 501∼600 401∼500 301∼400 0∼100 201∼300 101∼200 0 希望小売価格 (pair:千円) 【出展】シードプランニングデータ (オーディオ専門店54店:2003年) をベースに下記推定にて算出 ・国内売上=シードデータ×3 ・メーカ出荷額=国内売上×60% 上記実施手段から主に①スピーカユニット②ボックス 構造③スタンド一体型の3項目について以下に詳細を報告 する。 3.1 スピーカユニットの開発 現行「512」の音色を継承しながら,インパルス応答性 能改善及び,立下りにおける共振を無くす事を目標に開 発を実施。その方策として①振動系質量の軽量化,②磁 気回路の磁力UPがある。その内容について次に詳細を説 図-1 Hi-Fiスピーカ市場規模データ Fig.1 Hi-Fi speaker market size data 明する。 3.1.1 振動系質量の軽量化 TDの求める振動板の物性値としては,①比重が小さい 2.2 市場要望調査結果 今回「TD712z」を開発するにあたり,現行「512」ユー ザから要望調査を実施した。その結果は ②内部損失が大きい③弾性率が高い事が要求される。しか しその要件を満たしている材質が非常に少ないことが調査 結果からわかった。 (表-1参照) ①音質は受け入れられるが,もう少し高域が欲しい,(高 表-1 級機としてスペック的にも高域再生周波数「20kHz」は 振動板物性値 Table 1 Diaphragm physical property 必要。 ) ②スタンドを別売にしている為,スタンドを使用しない場 材質 内部損失 η 比重 弾性率 Pa 合に設置面の材質等による影響を受けやすい。(設置面 グラスファイバ 1.4 0.016 0.602 の影響を受け難くい,スタンド一体型が必要。 ) マグネシウム合金 1.77 0.004 0.410 ポリプロピレン 0.98 0.005 0.089 2.7 0.003 0.700 ③マルチチャンネル(5.1ch)のニーズに対応するために は,従来のスタンド「D2」に載せた状態では,スク アルミニウム リーンに掛かる。(スクリーンにスピーカが掛からない 8 高さの寸法を設定する必要がある。また座る椅子等の その中から可能性のある,マグネシウム合金(比重は高 高さ対応として,スピーカ部の角度を調整できる構造 いが薄くできるため,トータル質量の軽減が図れる)と現 ホーム用タイムドメインスピーカ「TD712z」の開発 行「512」で使用しているグラスファイバ振動板にて評価 振動系質量の軽量化及び磁束密度のUPにともない,イ を実施。結果としてマグネシウム合金振動板の方がインパ ンパルス応答性能を約10%向上する事ができた。これによ ルス応答性能をより向上できるが,立下り累積スペクトラ り現行「512」からの改善ポイントであった高域再生周波 ム (注1) で1kHzと8kHz付近に共振が残り,音質評価におい 数帯域の拡大17kHz→20kHzがはかれた。これにより, てもマグネシウム合金特有の金属臭さが残る。これは内部 トゥイータを足さずに高域を伸ばすTD独自のアプローチ 損失が低いために,材質が持っている固有の音が残る為だ で実現できた。 と考えられ,このことは TDコンセプトの「不要な音は 鳴らさない」に相反していることから,今回は現行のグラ 図-5が「TD712z」と「512」のインパルス応答の測定結 果である。応答性能(幅)が向上しているのが判る。 スファイバ振動板(色違い)にて開発を進めた。 グラスファイバ振動板 インパルス応答性能10%向上 −TD712z −TD512 マグネシウム合金振動板 高域特性が20kHzまで拡大 トゥイーターを足さずに高域特性を伸ばす イクリプスTDシリーズ独自のアプローチ 0 インパルスの定義 高さ= 無限大 712z:60μs 不要な共振がはっきりと判る 図-3 立下り累積スペクトラム比較(注1) Fig.3 Comparison of pulse fall cumulative spectrum (Note 1) 512:70μs 時間 時間幅=無限小 時間μs 全ての周波数を加算するとインパルスになる 図-5 ボイスコイルについても同様に質量・内部損失・弾性率 を基に,比重が小さいアルミ線と現行の銅線にて検討した 面積=1 インパルス応答比較 Fig.5 Comparison of impulse responses 結果,質量及び試聴結果からアルミ線を採用。その結果, ボイスコイルトータル質量を約10%軽量化がはかれた。 3.2 スピーカボックス構造 基本構造は現行「512」と同じだが,使用する部材や配 3.1.2 磁気回路の磁力UP 磁力UP手段として,低域再生周波数帯域に影響を及ぼ 置を不要共振低減のために,もう一度見直し最適化をは すボックス内容積を維持する必要があるために,マグネッ かった。 (図-6) トの奥行きやキャンセルカバーの径を変更することなく, ドライバーユニット 磁束密度をUPさせる方策を検討。その結果マグネットサ ・振動系質量の軽減(-10%/512比) ・磁力強化・磁気ギャップの見直し (磁束密度+20%/512比) イズをキャンセルカバーに入る最大外径のφ85mmとし, 内径についても通常は外径を大きくすると内径も大きくな ドライバーの高速駆動 るのに対して,今回は内径寸法を変えない専用マグネット スピーカ支柱部分 (ディフュージョン・ステー) にアルミの3倍の比重を持つ「亜鉛を採用」 を採用する等で,磁束密度を約20%向上することができた。 ボトムヨーク ディフュージョンステー キャンセルマグネット 共振を大幅に減少 図-6 712zボックス構造 Fig.6 Construction of box in TD712z 3.2.1 ステー材質見直し ギャップ (この部分の磁力の 強さ=磁束密度) 現行「512」ではアルミダイキャストを使用しているが 現行金型を流用でき,物性的にも優れた材質を検討した結 果としてアルミダイキャストに対し,強度・内部損失に優 プレート マグネット 図-4 キャンセルカバー 磁気回路部 Fig.4 Magnetic circuit section れた亜鉛ダイキャストを採用⇒立下りにおける10kHz付近 の不要共振を大幅に減衰させることができた。 (注1) 各インパルス応答から求めた周波数成分の時間変化を,3 次元表示させたグラフ 9 富士通テン技報 Vol.22 No.2 亜鉛ダイキャスト ステー アルミダイキャスト ステー 減衰の差が判る の材質等により,影響を受ける可能性があった。そこで, 「TD712z」はスピーカの持っている能力を常に発揮できる ようにスタンド一体構造とした。 (図-9) 3.3.1 新機構ソリットベース スピーカボックス部とスタンド部の接触部をステーから の振動を下に逃がしやすく尚且つ下からの振動を受け難く するように,面ではなく,スパイクによる点接触構造とし た。また,スパイクの高さを可変出きるようにもし,ボッ 図-7 ステー材質違い立下り累積スペクトラム比較 Fig.7 Pulse fall cumulative spectrum with different stay materials クスの角度を上方向に10°可変できる構造とした。上記構 造の採用により,スピーカからの振動をボックス等に伝え 難くし,また,試聴者の座るイス等の高さ調整への対応が 可能となった。 3.2.2 吸音材の配置見直し 現行「512」ではスピーカユニットの磁気回路部に吸音 3.3.2 スタンド内部充填物検討 材を配置していたが,今回耐入力UP(30W→35W)や磁 スタンド内部に充填する材質・量により音質・立下りの 気回路の大型化等により,ボックス内部に掛かる圧力も増 共振が変化することは,前モデルのスタンド開発時に把握 加するので,現行「512」よりさらに最適化を検討した。 出来ている。しかし今回は従来の鋼管と違い,肉厚のアル 結果としては,ボックス内部の両端に吸音材を配置するこ ミの押出し材を使用するために,一から充填物の材質・量 とで,より立下りにおける600Hz付近の不要共振を低減で の検討を実施した。調査対象として,長期的に入手が可能 きる事が確認できた。 (図-8) であり,品質的にも安定した材料をベースに調査を実施。 上記結果より,立下りにおける不要な共振を大幅に低減 結果は川砂・海砂・珪砂・砂鉄の4種類が候補として上 がはかれ,試聴においてもよりクリアな音質が実現できた。 がったが,海砂については金属に悪影響を及ぼす可能性が 吸音材配置見直し 現行512 ある,塩分を多く含んでいる為に今回は除外した。残りの 3種類について立下り累積スペクトラム測定と試聴にて検 討を実施,その結果「材質は川砂・量は4kgがベストであ ることが判明した。(図-10・11)この要因として考えられ る事は,川砂は各粒子の大きさが違う為,アルミ押出し材 の共振周波数を打ち消すことが要因として考えられる。量 については未だ解明できておらず,今後,開発の効率化・ ノウハウの蓄積のためにも引続き原因を追求していく。ま 減衰特性の差がはっきりと判る 図-8 吸音材配置:立下り累積スペクトラム比較 た今回採用した川砂は,納入前に乾燥を目的とした,焼き 工程を追加した「当社特注品」である。 Fig.8 Pulse fall cumulative spectrum for old and new arrangements of the material 川砂 4kg 砂鉄 4kg 3.3 スタンド一体構造 現行「512」はスタンド「D1・D2」が別売になっており, スタンドを使用しない場合も考えられる。その場合設置面 ソリッドベース スピーカ部とスタンド部のオール点接触を実現 スピーカ部の角度調節機能採用(仰角10° ) 珪砂 4kg 5kHz以降の周波数に 減衰特性の差が良く判る。 充填材 スタンドの制振性能の向上 川砂>砂鉄=珪砂 スパイク・オン・インシュレータ 床との振動アイソレート、移動・設置性能の向上 図-9 スタンド一体構造図 Fig.9 Integrated stand construction 10 図-10 砂の種類:立下り累積スペクトラム比較 Fig.10 Pulse fall cumulative spectrum for different sand types ホーム用タイムドメインスピーカ「TD712z」の開発 川砂 3kg 川砂 4kg 4.製品仕様の概要 4 製品仕様の概要 ・スピーカユニット口径:φ12cm ・定格入力(最大):35W(70W) ・音圧周波数レベル:83.5dB/w・m ・再生周波数帯域:40Hz∼20kHz ・インピーダンス:6Ω ・外形寸法:W347×D384×H988 (mm) 川砂 5kg ・質量:約32kg 5kHzの周波数に減衰特性の 差が良く判る。 本スピーカの音圧周波数特性を図-13に,インパルス応 答を図-14に示す。 4kg>3kg=5kg 図-11 砂の量:立下り累積スペクトラム比較 Fig.11 Pulse fall cumulative spectrum for different quantities of sand 図-13 3.3.3 スパイク・オン・インシュレータ TD712z音圧周波数特性 Fig.13 TD712z sound pressure frequency characteristics 従来のスタンド「D2」や他社のように,スパイクとイ ンシュレータが別々になっているタイプでは,スピーカを 設置する場合や移動させる時に,スパイクとインシュレー タの位置合せが困難である事を,試作段階から把握してお り,今回スパイクとインシュレータが一体となった新規構 造の「スパイク・オン・インシュレータ」を当社として初 めて開発した,またスパイク部の頭を従来の六角穴付タイ プではなく,指で簡単に回せる大型ヘッド形状を採用。上 記内容により,セッティング時間の短縮やスピーカの移動 図-14 TD712zインパルス応答特性 Fig.14 TD712Z impulse response characteristics 時に床等への傷付き防止,さらにはスパイクの高さ調整が 非常に楽になった。販売店や実際に使用されたお客様から 今回開発したTD712zの外観図を図-15に示す。 非常に便利になったとの声を多く頂いた。 〈図-12〉 スパイク・オン・インシュレータ 従来のスパイク+インシュレータ スパイク スタンド スパイク インシュレータ ・スタンドを浮かしても 落下しない構造 図-12 スタンド インシュレータ ・スパイクとインシュレータ は別体設置や移動時にスパ イクとインシュレータの位 置合せが困難 インシュレータ構造比較 Fig.12 Comparison of insulator constructions 図-15 TD712z外観図 Fig.15 Appearance of TD712z 11 富士通テン技報 Vol.22 No.2 5.おわりに 5 おわりに 今回開発した製品は音質及び見映えとも,現行「512」 の良さを残しながら,さらにレベルUPした商品に完成で きた。内覧会やA&Vフェスタで実際に試聴や見て頂いた 販売店や評論家及び一般の来場者からも,高い評価を頂い ている。 今後は,さらなる音質向上を目指して,スピーカの改 善・構造検討の改善を行っていくと共に,今回得たノウハ ウを車載向けスピーカにも反映して行きたいと思う。 最後に本システム開発にご協力いただいた社内外の関係 者に厚く感謝の意を表します。 特にスタンドの支柱部の大型アルミ押出し材について は,金型が大型であり,成型機も全国的に限られており, この支柱部に制振性とデザイン性の両立を求めるため(寸 法管理等),詳細形状について細部に渡り何度も打合せを 要したが,無事に製品を発売する事ができた事をここに報 告させて頂きたい。 筆者紹介 平本 光浩 (ひらもと みつひろ) 1982年入社。以来,車載用音響 システムの開発,2001年より ホーム用スピーカの開発設計に 従事。現在,事業本部 音響事 業部 音響技術部に在籍。 12 浜田 一彦 (はまだ かずひこ) 1986年入社。以来,カーオーディ オの開発,音楽ソフトの開発を 経て2001年よりホーム用スピーカ の開発に従事。現在,事業本部 音響事業部 音響技術部に在籍。 川井 雅人 (かわい まさひと) 1984年入社。1988年迄,車載用 ステレオの機構設計に従事。以 来,車載用スピーカの開発設計 に従事し現在に至る。現在,事 業本部 音響事業部 音響技術部 チームリーダ。