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賢者の孫 - タテ書き小説ネット
賢者の孫 吉岡剛 タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 賢者の孫 ︻Nコード︼ N5881CL ︻作者名︼ 吉岡剛 ︻あらすじ︼ あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から ﹃賢者﹄と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。 世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫として育てられたシン は、前世の記憶もあり賢者の技術を尽く吸収し、自らも魔法を開発 出来るまでに成長した。 そして15歳となり独り立ちしようかという時に祖父は言った。 1 ﹁あ、常識教えるの忘れとった﹂ 常識外れに成長してしまった孫に世間一般の人間のレベル、世間 の常識、そして人付き合いを教える為、アールスハイド王国王都に ある﹃アールスハイド高等魔法学院﹄へ入学させる。 2 覚醒しました︵前書き︶ 初投稿です。宜しくお願いします。 3 覚醒しました 寒い⋮⋮。 痛い⋮⋮。 苦しい⋮⋮。 それが気が付いた時に感じた感想だ。 意識が覚醒する前の記憶を辿るが、どうにもハッキリしない。仕 事が終わって家に帰って⋮⋮。 ちょっと待て。家に着いた記憶がない。 呑んだ記憶もない。と言うか外食の予定など無かったはずだ。な のにこの状況という事は事故にでも遭ったのか? 色々と考えてみようとするが、あまりに辛いこの状態に思考が纏 まらない。 体を動かそうとするが上手く動かない。 目を開けようとするが、何故かそれも上手くいかない。 これはいよいよマズイ状況だと思い声を出そうとするが ﹁あー﹂ !! 4 自分が出した声に驚く。 まるで赤子の様な甲高い声。 喋ろうとするが ﹁あうあうあー﹂ 舌が上手く動かず、喋るという行為が出来ない。 ここまで試した所で急に感情のコントロールが出来ず泣き出して しまった。 大の大人として恥ずかしい限りだが自分でもどうにも出来ない。 なんだこれ? そうして暫く泣いていると足音がした。 寒いと思ったのは雨が降っているらしく、聞こえてきた足音もピ チャピチャという音を発していた。 ︵助かった︶ そう思ったのも束の間。聞こえてきた声が。 ﹁☆※◇◎□○△▽﹂ 全く理解出来なかった。 5 更なる混乱に陥り掛けるが、突如暖かい光に包まれ先程まで感じ ていた傷みが無くなり温かい布に包まれた。 その事に安心した俺は、そのまま意識を無くしてしまった。 6 状況を確認してみました 目が覚めると、そこは木造家屋の屋内だった。 濃い木の匂いと、パチッという薪が爆ぜる音が聞こえてきた。ど うやら助かったらしい。 体の痛みも息苦しさも無くなり、恐らく泥が入って開けられなか った目も開ける事が出来た。 周囲を見回して見ると白い豊かな髭をたくわえ、同じく白く長い 髪をした老人がいた。 どこかの校長先生か。 そんなツッコミはともかく恐らく、いや間違いなく自分を助けて くれた人物だ。これはお礼を言わなければと声を掛けようとした。 ﹁あいあうおー﹂ やはり舌が上手く回らなかった。 痛みは無くなったが何か障害を負ってしまったのだろうかと愕然 としていると、その声に気付いた老人がこちらへやって来た。 ﹁☆◎○▽◇□※▽△﹂ やはり聞き覚えが無い言葉を喋った。 7 その事に目をパチクリさせていると、その老人は柔和に微笑みス ープの入った皿を持って来て俺に食べさせようとしてきた。 さすがにそれは恥ずかしいので自分で食べようと手を動かした所、 その手を見て目を見開いた。 そこには、子供特有のプクッとした手があった。ワキワキと動か してみるが自分の手で間違いない。 そして改めて老人を見て首を傾げた。 ︵この爺さん、でかすぎじゃね?︶ そうして呆けていると老人が心配そうな顔でこちらを見ているの で、目の前に差し出されたスプーンに掬われたスープを飲んだ。 すると優しげに相貌を崩した老人は皿に入ったスープを全て飲ま せてくれ、飲み終わったら頭を撫でられた。 お腹が一杯になると途端に眠くなりそのまま寝かし付けられた。 薄れて行く意識の中で思った事は。 ︵やっぱ爺さんでかすぎ︶ だった。 8 翌日、再び目が覚めて改めて自分と周囲を確認してみた。 俺はどうやら子供になっているらしい。 いやいや! 子供になっているらしいってなんだよ! と思った がどうにもこれが現実らしい。 既に二度、眠りと覚醒を繰り返しているのでこれが夢だという事 は無さそうだ。ならばこれが現実だとして子供になっているという のはどういう事だ?と考えてみたがその答えには意外と早く辿り着 いた。 自分を助けてくれたであろう老人が暖炉に火を着ける際、手から 火を出したのだ。 魔法。 その言葉が頭をよぎる。よく家の中を見渡してみると、文明の利 器が一つも無い事に気付く。 どんな原始的な生活を送っているんだと思ったが生活水準自体が 低いとは思えない。 そんな現代人からするとチグハグな状況に一つの可能性が思い当 たる。 ︵ここは地球では無いのでは︶ 地球では魔法は見た事が無い。 9 魔法が有ることが前提 のこの家の有り様はここが地球では ひょっとしたら自分が知らないだけで有るのかもしれない。しか し、 無いと思わせるのに十分な状況だった。 となると、何故自分はここにいるのか? 魔法が有る地球では無い世界。 子供になっている自分。 聞いた事が無い言語。 この状況から導き出した答え。 転生。 こんなファンタジーな状況なので、この結論はすんなり受け入れ られた。 前世の最期は記憶が曖昧なので恐らく事故にでも遭ったのだろう。 知らない間に死んでしまったみたいだ。 その事に思うところが無いでは無いが、両親は既に他界している し、恋人がいた訳でもない。会社と家の往復で趣味はマンガとラノ ベを読む事とアニメを観る事。そしてたまにバイクでツーリングに 行くことだけ。将来について常に不安を抱いていたし、死んでしま った事がそんなに悲しい訳では無かった。 ⋮⋮そう思えてしまう人生だった事が少し悲しくなったが⋮⋮。 10 それよりも魔法が有る世界に転生し、誰しも一度は思ったであろ う、﹃今の記憶を持ったまま子供の頃に戻れたら﹄を現実に体験し ているのだ。 その事に興奮していると、俺を助けてくれた老人がまたスープを 持って来てくれた。 そして、お腹が一杯になった所でまたしても意識が遠くなってい く。 どんなに興奮していても、この一歳になるかならないかの体では 睡魔に対抗する事は出来なかった。 11 ちょっと成長しました 森の中で長く生い茂った草に隠れ少し離れた所にいる鳥の様子を 見ている。 餌を啄んでいた鳥がその行為を止め飛び立とうとした瞬間、手の 中に魔力を発生させ真空波を創り出し鳥に向かって放つ。 飛び立とうとしていた鳥は無防備に真空波を喰らい首が落ちた。 ﹁よっしゃ﹂ 上手く仕留めた鳥に近付き、また魔法で穴を掘る。そして首をチ ョンパされた鳥の足を持って穴に血を落とし血抜きをする。 仕留めた獲物は直ぐに血抜きをしないと肉が血生臭くなるし、血 を撒き散らすと他の獣が集まってしまう。 別に集まって来ても問題なく仕留める事が出来る様になってはい るが無用な殺生はしないに越した事は無い。 そして血抜きが終わった鳥を、これまた魔法で創り出した異空間 に収納し、十分な量が狩れたので家路に着いた。 どうも、五歳になりました。 名前は助けてくれた爺さんに﹃シン﹄と名付けられ、なぜか爺さ んの孫として育てられたので、爺さんの家名である﹃ウォルフォー 12 ド﹄も付いて、﹃シン=ウォルフォード﹄になりました。 爺さんの名前は﹃マーリン=ウォルフォード﹄ 爺さんはかなり魔法に対し造詣が深く、俺に魔法の事を懇切丁寧 に教えてくれた。 爺さんは若い頃に相当ブイブイいわせてたらしく、森の奥深くに 隠居しているのにちょくちょく人が訪ねてくる。 それも、相当良い身なりをしているおじさんや、なんかメッチャ 凄い装備をした騎士っぽい人や明らかに魔女っぽい婆さんまで色々 だ。 ⋮⋮何者なんだろう爺さん⋮⋮。 ただまぁ過去はどうあれ今はどこにでもいる好好爺って感じです けどね。 俺に魔法を教える時はメッチャ楽しそうだし、俺が教えられた魔 法を使える様になるとメッチャ褒めてくれるし、森で食糧になる獲 物を仕留めてきてもメッチャ誉めてくれるし。 それが嬉しくて魔法も狩りも頑張ってる。まぁ楽しいってのが本 音ですけど。 魔法を教えてもらってる⋮⋮とは言っても実はこの世界の魔法に 詠唱や魔法名等は基本的には無い。 魔法は﹃イメージ﹄。 13 自分の﹃イメージ﹄した現象がそのまま魔法として発動する。 ただ、その﹃イメージ﹄をする事が難しく、普通魔法を習うとな ると、目の前で魔法を使ってもらい、そのイメージを具現化させや すくする為に詠唱をする事が多いらしい。 なので皆似たり寄ったりな魔法を使うらしい。 これが﹃基本的には﹄と言った理由。 無くても使えるがあった方が使いやすい。って事だ。 俺はといえば、元々サブカルチャーが氾濫し創造力は世界の斜め 上を行く元日本人だ。アニメやマンガで魔法としてのイメージがし やすかったので、これまで詠唱を使った事は無い。 じゃあ何を教えてもらってるかと言うと、魔力の制御だ。 いくらイメージがしっかりしていれば魔法が使えるといっても、 それだけで魔法が発動していたら世界は大混乱になってしまう。 魔法を使う為には魔力が必要だ。魔力はこの世界のどこにでも在 るものだが、この魔力を制御出来る人間はそう多くはない。 まぁ魔力ありきの世界なので全ての人が無意識のレベルで体を動 かす時に魔力を使っている。むしろ魔力が使えないと生命活動に支 障をきたす。なので小さい種火を出したり飲み水を創り出す事くら いは出来る。 14 ところが、さっき俺がした様な真空波を打ち出したりする事はそ れ以上の魔力制御が出来ないと無理だ。 要はイメージに対し燃料となる魔力が足りないので発動しないの だ。 そんな訳で俺は日々爺さんと魔力制御の修行をし、魔法で何が出 来るのか出来ないのかを確認するため既存の魔法を教えてもらって る。 っと、そうこうしてるうちに家に着いた。家は全て木造で間取り で言えば三LDKか? 台所には蛇口の無い流し台があり、魔力で着火するコンロがあり ダイニングがあり六人掛けのテーブルがある。 リビングには四人掛けと二人掛けのソファーがL字型に置かれテ ーブルがあり暖炉がある。さすがに四六時中魔力で火を出してる訳 にもいかず暖炉は薪を燃やすタイプの物である。 その他は俺の部屋と爺さんの部屋、それと爺さんの書斎がある。 ちなみに二階は無く平屋建てである。 ﹁じいちゃん、ただいま﹂ そう言いながら家に入る。 ﹁おお、お帰り﹂ ﹁お邪魔しているよ﹂ 15 と爺さんと、今日もお客さんが来ていた。ちなみに知り合いで、 さっきも言った凄い装備の騎士っぽいおじさんだ。 ﹁いらっしゃい、ミッシェルさん﹂ このおじさんはミッシェル=コーリングさんと言い短い金髪と緑 色の眼をした若い頃は相当モテたんだろうなぁという整った顔をし てる、ゴリマッチョでは無いが痩せマッチョ程細くはないガッチリ した体型のおじさんだ。 何をしてる人かは知らない。 時々爺さんを訪ねて来ては俺に魔法以外の剣術や槍術、弓術等の 武術を教えてくれる。 爺さんもある程度は武術を使えるが、あくまで魔法がメインであ り武術はミッシェルさんには及ばないのである。 ﹁ほっほ、今日は何を狩ってこれたのかのぅ﹂ と爺さんが今日の狩りの成果を聞いてくる。 ﹁きょうはホロウとりがさんわと、もりうさぎがにひきかれたよ﹂ ⋮⋮読み辛いのは勘弁してくれ、よくある転生物や召喚物みたい に言語チートなんて無いし、五歳だから滑舌も甘いんだよ⋮⋮。 ﹁ほう、森兎はともかくホロウ鳥を狩れる様になったのか﹂ あ⋮⋮マズイ、フォローしとかないと大変な事になる。 16 ﹁もりうさぎはナイフでしとめたけど、ホロウとりはまほうだよ?﹂ ふぅ、危ない。ホロウ鳥とは警戒心が高く、熟練の狩人でもそう そうは狩れない鳥なのだ。しかもその肉は非常に美味で狩りの難し さも含めて非常に高価な鳥なのだ。 そんなものをナイフや弓矢で仕留めたと思われたら武術の稽古が グレードアップしてしまう所だったよ。 魔法の練習は面白くて大好きだけど、武術の稽古はキツくてしん どいからあんまり好きじゃないんだよね。 ﹁ふっ、そう謙遜するな。魔法でとはいえホロウ鳥を仕留めたとい う事は、警戒心の強い相手に気取られない気配遮断と一気に狩り取 る瞬発力があるという事だ。これならもう少し稽古を厳しくしても 良さそうだな﹂ バカな、回避出来ないだと!? 縋る様な思いで爺さんを見た。助けてくれ爺さん。孫のピンチだ! ﹁ほっほ、お手柔らかにのぅ﹂ この家に味方は居なかった。 17 魔道具を創ってみました 今日も今日とて森へ行く。 獲物を求めて森へ行く。 ⋮⋮っていうか森の中に住んでるんですけどね。 どうも、またちょっと成長して八歳になったシンです。 あの後からミッシェルさんのシゴキ⋮⋮もとい稽古がグレードア ップしました。してしまいました。まぁそのお陰で身体強化の魔法 が使える様になったんですけどね。 この三年で変わった事と言えば、武術の稽古がグレードアップし ただけではありません。 もう一人師匠が増えました。 実は魔法には前に話した魔力を制御してブッ放すものだけでなく、 物品に概念を載せた魔力を転写する﹃付与魔法﹄というものがあり まして、実は爺さんこの付与魔法が余り得意ではない事が判明しま した。 魔法を付与するよりブッ放す方が性に合ってるそうで⋮⋮まぁそ んな訳で、不得意な人より得意な人に習った方がいいという事で爺 さんの客のうちで付与魔術が得意な人に教わる事になりました。 18 で、これがまたいかにも﹃魔女﹄って感じの、黒いローブを纏い メガネを掛けトンガリ帽子をかぶった婆さんです。 背が高く、見た目はおばあちゃんなのにすげぇスタイルが良い。 若い頃は相当モテたんだろうなぁと思われる。 名前は﹃メリダ=ボーウェン﹄ 俺はメリダばぁちゃんと呼んでる。メリダさんて呼ぶと返事して くれないんだよ。でも﹃ばぁちゃん﹄と呼ぶと凄く嬉しそうな顔を する。 ⋮⋮爺さんと昔何かあったのだろうか⋮⋮怖くて聞けないけど⋮ ⋮。 肝心の付与魔法ですけど、実はこれも付与する事自体はそう難し い事じゃない。 指先や杖の先に付与したい現象をイメージして魔力を集め、それ を放出するのでは無く付与したい物品に﹃ある方法﹄でその魔力を 転写するだけ。 後は魔力を込めるだけで、付与された魔法が発動するという仕組 み。 魔法が使えない人にとっては非常に有用な技術で、付与魔法が使 える方が一般人的には重宝されるそうだ。 もっとも、魔法が付与された物品、つまり﹃魔道具﹄は希少であ り高価な物なので、おいそれとは手に入らないのだそうで、それを 19 いくつ持っているかがステータスになるのだそうだ。 まぁ物品自体は安価な物でも良いそうなので高額なのはほぼ技術 料だ。 で、その魔力を転写する為のある方法というのは﹃自分の理解し ている言葉で現象を書き込む﹄事だ。 この文字を書き込むというのが曲者で、実は書き込む物によって 記載できる文字数に制限があるのだ。 安い素材は少なく、高い素材は多い。 逆に込められる文字数が多い程高価になるとも言える。 この世界の文字は、アルファベット等と同じで文字がいくつか揃 って初めて意味を為す。 なので綴りが多いと一言だけで文字数がオーバーする事も珍しく ない。 その時ふと思い付いたのが、漢字で転写したらどうなるんだろう という事。 一文字で意味を為す漢字ならソコソコの文字数を転写出来るので はないかと。 気になったので試してみたらアッサリ成功した。 ばぁちゃんにはメチャメチャ問い詰められられましたけどね⋮⋮。 20 お陰で付与魔術もこれまでの魔法、いわゆる放出魔術と同じ様に 大好きになった。 ⋮⋮武術は相変わらずしんどいですけどね⋮⋮。 そして狩りに来ている今、俺の手元にはその付与魔術で創った武 器が握られている。 遠距離攻撃用の﹃ライフル﹄ 近接戦闘用の﹃バイブレーションソード﹄ 行動補助用の﹃ジェットブーツ﹄ 防御用の服である﹃プロテクトスーツ﹄である。 ﹃ライフル﹄はそのまんまで、違うのは火薬で弾を発射するので はなく、魔法により圧縮された空気で発射する、所謂エアガンであ る事。まぁ威力はエアガンの比じゃないですけどね。 ﹃バイブレーションソード﹄は、超音波振動している刃物。 まだ子供で重い武器が持て⋮⋮なくはないけど、身体強化しなが らというのは他に出来る事が少なくなるので、子供の力で持てる武 器で何とか出来ないかと考えた結果、薄くて軽い武器にこの付与を 付ける事を思い付いた。 これが評判良くて、非力な魔法職の人にはメイン武器として、戦 士職の人にも素材の解体などが楽になると、色んな人から創ってく 21 れと頼まれた。 ﹃ジェットブーツ﹄は踵の部分からジェット噴射が出て、移動や 跳躍の補助が出来る。空中での方向転換も出来る様になった。 創る事自体はそう難しくなかったんだけど⋮⋮制御がメチャメチ ャ大変だった⋮⋮。 使いこなせる様になるまで何回吹っ飛んだ事か⋮⋮。 その様子を見ていた面々からは、これを創って欲しいという言葉 はなかった。微妙な顔をしてたなぁ⋮⋮。 そして最後の﹃プロテクトスーツ﹄は普通の服に﹃防刃﹄﹃対衝 撃﹄﹃対魔法﹄の付与を付けた物。効果はそのまんま。 だって鎧とか革でも重いし動き辛いんだもの。 これは評判良いだろうと思ったが⋮⋮意外と賛否両論別れた。 ばぁちゃん達みたいな魔法職の面々には素晴らしいと絶賛され、 ミッシェルさん達みたいな戦士職の面々は立派な鎧がステータスで ある事もあり微妙な顔をされた。 そんな感じの装備に身を包んだ俺は、いつもの如く草むらに身を 潜め獲物を狙っている。 今狙っているのはデッカイ猪。 地面にばら蒔いた木の実を貪る様に喰ってる。 22 俺は餌に夢中な猪の正面に回り込み眉間に向けてライフルをブッ 放した。 弾は寸分違わず眉間に吸い込まれ、脳を破壊し後頭部から抜ける。 どんなにデカイ奴でも脳を破壊されれば生きてはいけない。三百 キロ近い体がズズンと倒れる。俺は素早く近くの木に縄を掛け猪の 足に括り付け宙吊りにしてから血抜きをする。もちろん穴を掘って 血を撒き散らさない様に注意する。 血抜きが済んだらそのまま解体する。 初めのうちは吐いたけど慣れるもんだね。もう獲物が肉にしか見 えない。 狩りを終えて家に帰ると、今日はばぁちゃんとミッシェルさんの 両方がいた。 ﹁おや、お帰り。狩りに行ってたのかい?﹂ ﹁こんちは、ばぁちゃん。うん、今日は猪狩ってきた﹂ ﹁ほう、もう猪が狩れるのか﹂ 嫌な予感が絶賛発動中です。 ﹁いや、ライフル使ったし、まだ剣では無理だよ?﹂ ﹁はっは、そう謙遜するな。飛び道具を使ったとはいえ猪の様な大 きい獲物に向かって行けるんだ、これはもう少し稽古を厳しくして も良さそうだな﹂ はい、定型文来ました。 23 俺は縋る様な思いで爺さんを見た。 ﹁ほっほ、お手柔らかにのう﹂ こっちも定型文か! っていうか、爺さんがここんとここれしか喋ってねぇよ! 24 魔物を討伐しに行きました 今日は爺さんと森にやって来てます。 どうも、十歳になりました。シンです。 背も大きくなりました。そういえば今思い出したんですけど、今 世の俺がどんな容姿をしているのか言ってなかった様な⋮⋮。 今さらですけど、黒い髪に黒い瞳で、顔付きはちょっと西洋風な のかな? 前世の日本人みたいな凹凸の薄い顔じゃなくて割と彫り は深くなってます。 よくありがちな女顔だとか線の細い美少年って感じじゃないです ね。この世界の美醜の基準が分からないのでどうなんだか。ちなみ に黒い髪や黒い瞳は普通にいる。なので特に差別も迫害も無い。そ うです。 ともあれ、そんな容姿がある程度固定されるほど成長した頃に﹁ そろそろ魔物でも狩れる様になっとくか﹂と爺さんが言ったので、 初めての魔物狩りです。 今まで俺が狩ってきたのは﹃動物﹄だ。人間も同じ動物のカテゴ リーに入る。そして魔力ありきのこの世界では動物は魔力の恩恵を 受ける事が出来る。 ところが⋮⋮魔力を過剰に摂取し更にその制御に失敗すると⋮⋮ 魔物化する。 25 魔物化するとその過剰な魔力を用いて魔法を使い始める。兎や猪 がだ。そしてそれは、人間にも当て嵌まる。 幸い人間は自分の意志で魔力を制御する術を持っているので滅多 に魔物化する事は無いらしい。が、過去に事例はあったそうだ。 自我を持たず魔法を使って暴れまくり、町や村が幾つか無くなり、 国が一つ滅び掛けたとの事。 その時、魔物化した人間。一般に﹃魔人﹄と呼ばれるモノを倒し たのが爺さんらしい。 よく爺さんが過去の自慢話として聞かせてくれた。 なので、未だにその国では爺さんは英雄扱いなのだそうだ。ちな みにこれはミッシェルさん情報だ。 そんな爺さんに連れられて魔物狩りデビューです。 これまでの魔法の練習や武術の稽古、魔道具の製作による装備の 充実。そして日々の糧を得る為の狩りの実績から、そろそろ魔物狩 りを行っても良いだろうと判断されたのだ。 そんな訳でいつも狩りをしている所よりも奥の森まで来ている。 ﹁じいちゃん、魔物だけ見つけて狩るのってどうすればいいの? 他の動物もイッパイいるよ?﹂ ﹁ほっほ、それじゃあどうやって魔物を探すか教えてやろうかのう﹂ 26 そう言って魔物を探す方法を教えてくれた。 ﹁まず魔力を周囲に薄く拡げて行く﹂ ﹁うん﹂ ﹁そうすると拡げた魔力に魔力が有るものが触れるとその存在を感 じられるのじゃ﹂ ﹁おぉ∼﹂ ﹁生き物は全て魔力を持っておるからのう、何処におるのかすぐに 分かるのじゃ。これを﹃索敵魔法﹄という﹂ そう言って新しい魔法を教えてくれた。 っていうか⋮⋮。 ﹁⋮⋮もっと早く教えてくれても良かったのに。そしたら狩りもも っと楽だったのに﹂ ﹁ほっほ、それも訓練じゃよ。それにある程度魔力を制御出来んと 使えん魔法じゃしの﹂ そう言う爺さんにちょっと拗ねてみつつも、まぁ言わんとする事 は分かるのでそれ以上何も言わず教えられた魔法を試してみる。 ﹁⋮⋮何となく予想はしとったが、一回で成功しよるか⋮⋮ほんに とんでもない子じゃのう﹂ 爺さんがなんかぶつぶつ言ってるがこっちはそれどころじゃない。 森中にいる動物が索敵に掛かりその把握で手一杯だったのだ。そし て⋮⋮ ﹁!!??﹂ 27 ﹁ほ、見つけたかの?﹂ 森中に点在する魔力の中で一際大きい魔力を掴んだ。隣にいる爺 さんや家にいると思われるばぁちゃんの魔力はすぐに分かった。大 きくて暖かい魔力。しかし今補足した魔力は大きいけれどそれより も禍々しい魔力。これが⋮⋮。 ﹁それが魔物の魔力じゃよ﹂ 爺さんは軽く言っているがこれはヤバイ。こんなもん放置出来る 訳がない。 ﹁じいちゃん早く行こう! あんなもん放っといたら大変な事にな る!﹂ ﹁そうじゃのう、ちとこれは不味いかもしれんの﹂ そう言うや否や二人でその魔力の元に駆け出した。木々の間を駆 け抜け、大きな岩などの障害物はジェットブーツによる跳躍で飛び 越え、倒木などで塞がれた道はバイブレーションソードで切り刻み ながら森を駆け抜けた。ちなみに爺さんは身体強化魔法しか使って ない。 ちくしょ。 時々現れる兎や鹿や猪達を完全に無視しながら漸くその場所に辿 り着いた。そこには⋮⋮ 身長三メートルを越える巨大な熊が同じ様な大きさの猪を貪り喰 ってる光景があった。 28 ﹁!!﹂ その余りに禍々しい魔力に一瞬吐き気が出る。 それを抑え猪を夢中に貪ってる魔物化した熊を見据える。そして その熊がこちらに気付きゆっくりと顔を向けた。 まず始めに目に付くのが真っ赤になった瞳。白目部分だけでなく 瞳孔まで赤いのが猛烈な違和感を持たせる。そして息苦しいまでの 魔力。 これが魔物。 沸き上がる恐怖心を押さえ付け腰の両側に差しているバイブレー ションソードを両手に持つ。すると⋮⋮。 ﹁GWOOOOOOOOOO!!!!!﹂ 熊が敵意を剥き出しにて吠えた。 ﹁!!?﹂ 一瞬怯みそうになるが気を持ち直してジェットブーツを起動。バ イブレーションソードにも魔力を通し起動させその場から飛び出し た。 ﹁!? 待つんじゃシン!!﹂ それまで何も言わなかった爺さんが叫ぶがもう遅い。既に飛び出 してしまった。 突っ込んでくる俺に向かって右腕を降り下ろしてくる。 29 直前でジェット噴射により横に避けた俺のすぐそばを通り少し前 まで俺がいた地面を叩く。 ドガッ!!!! 凄まじい音を立てて地面が爆散した。 地面がまるで小さいクレーターの様になっている。 その光景に冷や汗を流しつつ熊の後ろに回り込み、その頭目掛け て跳躍した。 どんなにデカく狂暴な魔物でも首チョンパされたら生きてられな いだろ! そうしてバイブレーションソードを降り下ろそうとした時、熊が 体を回転させながら左腕を振り回してきた。 慌ててジェットブーツを起動し頭を飛び越えて熊の正面に降り立 つ。 クソ、身体強化を使ってやがる。あり得ない程敏捷だ。どうしよ うかな?とりあえず、あの腕が邪魔だな。 そう考えた途端、再度右腕を降り下ろしてきた。 一本調子なヤロウだ。そう思いながら今度は横ではなく前に跳び 懐に入る。そして降り下ろしてくる右腕の根元目掛けてバイブレー ションソードを降り上げた。 30 ズバッっと右腕が熊の体から離れる。 ﹁GWAAAAAAA!!!!!﹂ と熊が苦悶の声を上げながら更に左腕を降り下ろしてくる。 その左腕も避け様に根元から切り落とし、再度熊の背後に回り込 み頭に向かって跳ぶ。 ﹁もう邪魔するモノはねぇだろ!!﹂ そう叫びながら首に向かって一閃。熊の首が胴体から離れた。 ドオッ!! と音を立てて熊が倒れる。 ふぅ、倒せた。 これが魔物かぁ∼確かにいつも相手にしてる動物と違って魔法を 使う分厄介だったなぁ。 まぁでも魔物討伐の最初にすればちゃんと出来たよね?そう思っ て爺さんの方を振り向くと、口を開けて呆然と立っていた。 え? 何? 何か失敗した? ﹁じいちゃん?﹂ ﹁お? おお! すまんすまん、ちょっとボーっとしてしもうた﹂ ﹁あれで良かった? 失敗してないよね?﹂ ﹁おお、勿論じゃ。これ以上無いほど完璧に出来ておったぞ﹂ ﹁ホント!?﹂ 31 おぉやった! 初めての魔物討伐成功です。 ﹁じゃあ家に帰ろうよ。お腹空いちゃったよ﹂ ﹁ほっほ、そうじゃのう。それじゃあ帰るとするかの﹂ こうして初めての魔物討伐を終えて家路に着いた。 ﹁⋮⋮まさかこれ程とは⋮⋮楽しみじゃの⋮⋮﹂ 後ろで爺さんが何かぶつぶつ言っているが、高速で走っているの で風の音で聞き取れない。 なんだろう? 次の訓練内容でも考えてるのかな? そうこうしてるうちに家に着き、いつも通りに過ごして床に着い た。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー シンが寝付いた夜中。家のリビングにマーリン、メリダ、ミッシ ェルの師匠達が集まっていた。 ﹁何だって!? よりにもよってレッドグリズリーが魔物化してた って!?﹂ メリダが声を荒げる。 ﹁そうなんじゃ。魔力感知した時はまさかと思うたがのう﹂ 32 ﹁そして、その魔物化したレッドグリズリーをシンが瞬殺したと⋮ ⋮﹂ マーリン達の間に沈黙が下りる。 ﹁一体あの子は何者なんだろうねぇ。魔法を習得するスピードも尋 常じゃないし、武術だってミッシェルのシゴキに嫌々ながら付いて いけてる。付与魔法に至ってはオリジナルの言語だ。別の世界から 来たって言っても信じられるよ﹂ メリダがまさに核心を突く意見を述べる。 もっとも、シンが別の世界で過ごした前世の記憶を持っている事 は知らないのだが。 ﹁まぁ何者でも構わんよ。ワシをじいちゃんと呼んでくれて、ワシ が修めた魔法の尽くを吸収してくれておる。元は拾い子じゃが今で は本物の孫じゃと思っとる。ワシはあの子が可愛ゆうてしょうがな い。強くなるのはあの子自身を守る事になる。何も問題はありゃせ んよ﹂ マーリンがジジバカ全開の発言をする。それをメリダとミッシェ ルが信じられない様な顔をして見ていた。 ﹁まさか、あの﹃破壊神﹄やら﹃業火の魔術師﹄やら言われたアン タがそんな事を言うなんてねぇ⋮⋮﹂ ﹁あの⋮⋮その呼び方止めてくれんか?若かりし日の黒歴史が甦っ て身悶えしそうなんじゃが⋮⋮﹂ この爺さん、若い頃は相当ハッチャけていた様だ。 33 ﹁ふふ、それが今や﹃賢者﹄や﹃英雄﹄と呼ばれているのですから な﹂ ﹁全くさね、時の流れを感じるねぇ﹂ ﹁⋮⋮それも恥ずかしいから止めて欲しいんじゃが⋮⋮﹂ そんなマーリンを弄っていたメリダがふと言葉を漏らす。 ﹁まぁあの子を可愛いと思っているのはアタシも同じさ。あの子に ﹃ばぁちゃん﹄と呼ばれるとどうしても顔がニヤけちまう。アタシ もあの子の事を孫だと思ってるのかねぇ﹂ ﹁⋮⋮﹂ マーリンとメリダの間に微妙な空気が流れる。それを察した訳で も無さそうだがミッシェルが言葉を発する。 ﹁しかし、魔物化したレッドグリズリーを単独で撃破出来る程に成 長しているとは。これは今後の稽古を厳しくしても良さそうですな﹂ 相も変わらずな事を言い出した。 ﹁はぁ⋮⋮あの子も災難さね。こんな脳筋に気に入られちまうなん てねぇ﹂ とメリダが孫の体を心配する様に呟けば。 ﹁ほっほ、お手柔らかにのう﹂ と相も変わらずな事を宣った。 シンの知らないうちに稽古のグレードアップが決まっていた。 34 35 生い立ちを聞かされました 魔物を討伐した翌日からミッシェルさんの稽古がまたグレードア ップしました。 何故だ? そして爺さんとメリダばぁちゃんの様子もおかしい。なんという か微妙な空気が漂っている。 何故だ? そんなよく分からない1日を過ごした後、付与魔法を覚えた後に 造った風呂から上がった時に爺さんから話し掛けられた。 ﹁シン、ちょっといいかのう﹂ ﹁何? じいちゃん﹂ ﹁ちょっと話があるんじゃ﹂ ﹁ふーん﹂ ちなみにばぁちゃんとミッシェルさんはもう帰った。何かいつも いるみたいだけど普段は昨日みたいに泊まる事は殆ど無いし、別に 毎日来てる訳でもない。 そんな爺さんと二人きりの状況で話しを始めた。 ﹁実はのう、シンの生い立ちについての話しなんじゃ﹂ ﹁生い立ち?﹂ 36 あれか、俺を拾った時の話しをしてくれるんだろうか? ﹁実はのう、お前はワシの本当の孫ではないのじゃ﹂ ﹁え?﹂ ⋮⋮ゴメン、それ知ってた⋮⋮。 ﹁スマンのう⋮⋮今まで黙っておって﹂ ﹁いや⋮⋮それは別にいいけど⋮⋮﹂ とりあえず、ここは話しを合わせとこう。 ﹁それで⋮⋮本当の孫じゃ無いなら俺はどうしてじいちゃんと暮ら してるの?﹂ ﹁あれは九年前の事じゃ。ここから近い町へ買い出しに行く為にた またま、そうたまたま街道を歩いておったのじゃ。そうして歩いて いると雨が降ってきての、近くにあった森で雨宿りをする為に少し 街道を逸れたんじゃ﹂ ﹁雨⋮⋮﹂ そういえば、あの時も雨降ってたっけ。 ﹁そしたらの⋮⋮先に来ておったと思われる馬車があったんじゃが ⋮⋮どうやら魔物に襲われたらしくての⋮⋮そりゃあ酷い有り様じ ゃった﹂ 魔物⋮⋮襲われた馬車⋮⋮何となく想像が付いた。 ﹁辺りは壊された馬車の残骸と⋮⋮その⋮⋮食い散らかされた人の 37 死体が散乱しておっての⋮⋮これは生きている者はおるまいと、せ めて弔ってやろうと思って現場に近付いたんじゃ。そうしたら⋮⋮ 散らかった馬車の残骸の間から赤子の泣き声が聞こえての﹂ そこまで喋ってから爺さんはじっと俺を見詰めた。 ﹁ワシは慌ててその声の主を探した。そして⋮⋮見つけた赤子が﹂ ﹁それが俺⋮⋮﹂ ﹁そうじゃ。恐らく馬車が襲われた時に衝撃で気を失ったのじゃろ う。そして降っていた雨で体温が下がって仮死状態になったのでは ないかと思う。じゃからお前は魔物に気付かれずに生き残ったのじ ゃろう﹂ そうか、魔物に襲われてなんで俺だけ生き残ったのか不思議に思 ったけど仮死状態に陥ったと。多分その余りのストレスから前世の 記憶が甦った。それを切っ掛けにして仮死状態から復帰したのかな? ﹁お前が何故仮死状態から復帰したのかは定かでは無い。しかしワ シが近寄ったタイミングでお前は息を吹き返した。ワシはそれを天 命じゃと思うてのう、襲われた者達を弔った後、お前を家に連れて 帰ったのじゃよ﹂ ﹁それで⋮⋮俺の両親は何処の誰なの?﹂ ﹁スマンのう、余りに無惨に破壊されておってな⋮⋮身元を示す物 は見つけられなかったのじゃよ﹂ ﹁ふーん、そっか﹂ ﹁⋮⋮随分とあっさりしとるのう⋮⋮﹂ んーだってねぇ⋮⋮。 ﹁両親って言われても覚えてないから⋮⋮﹂ 38 ﹁それもそうじゃのう﹂ それに⋮⋮。 ﹁それにさ、俺にはじいちゃんがいるもの﹂ ﹁⋮⋮!﹂ そうだよ、本当の孫じゃ無いのにメッチャ可愛がって育ててくれ た爺さんがいる。 ﹁それに、メリダばぁちゃんもいるしミッシェルおじさんもいる。 他にもディスおじさんとかクリスねーちゃんとか、後お調子者だけ どジークにーちゃんもいるし﹂ 今まで出てきた事無い人もいるけど勘弁して。 ﹁ほら、だから両親がいなくたって寂しいと思った事なんか一度も 無いよ。むしろ騒がしくて困っちゃうよ﹂ ﹁シン⋮⋮﹂ だから⋮⋮。 ﹁だからさ、じいちゃん﹂ ﹁ん?﹂ ﹁俺を拾ってくれてありがとう﹂ 命を救ってくれて。 ﹁助けてくれてありがとう﹂ 39 いつも美味いご飯を食べさせてくれて。 ﹁可愛がってくれてありがとう﹂ 魔法とか一杯教えてくれて。 ﹁俺、じいちゃんに拾われて幸せだよ﹂ 生まれてすぐこんな不幸な目に合ってるのに今こんなに充実して る。こんな幸せなことはないよ。 ﹁シン⋮⋮う、うぐ⋮⋮う、う、うおぉぉ﹂ やっべ、爺さん泣いちゃった。でも本心だからなあ。言えて良か った。 爺さん、ありがとう。 40 大変な事に気付きました 今日も爺さんとお出掛けです。 と言っても買い出しに出てるとかピクニックに来てるとかそうい う訳ではありません。 今日の目的は俺が魔法をどれだけ使える様になったのかを見るた めの、言わば試験の様なものです。なので今いるのはいつもの森で はなく、木も草も生えていない荒野です。 爺さんにこの場所を教えて貰って以来、魔法の練習はここでする ようになりました。 ﹁ふむ? ここ、こんな地形じゃったかの?﹂ 爺さんが何か呟いてる。 ﹁しばらく来てないから勘違いしてるんじゃない? まぁそんな事 より早く始めようよ﹂ ちょっと冷や汗を流しつつ早く始めようと爺さんを促す。 ﹁そうじゃの。それでは、シンがどれだけ魔法を使える様になった か見せて貰おうかの﹂ そうして所謂﹃卒業試験﹄が始まった。 41 俺は早速魔力を集中させる。さて、どんな魔法から始めようかな ?まずは基本の﹃火﹄からかな? まずイメージするのは燃焼。空気中の酸素に着火し火種を生み出 す。更に周囲の酸素を取り込んで燃焼を促す。そうして生まれた炎 は十分な酸素を取り込みどんどん温度を上げる。 ﹁青白い炎なんぞ初めて見たのぅ⋮⋮﹂ そしてその炎を周囲に幾つも生み出す。 ﹁こんなに沢山の炎も初めて見たのぅ⋮⋮﹂ そうして炎を生み出すまでほぼ一瞬。そしてその炎を少し離れた 地面に向けて打ち出す。 ドグッ!!! と、少しくぐもった音を出して着弾した。 超高温の炎を打ち出したとはいえ爆発する様なものでは無いので 特に爆散はしない。しかし超高温の炎が着弾した地面は融解しマグ マの様になっている。一部ガラス化してる所もあるな。 ﹁⋮⋮﹂ あれ? 爺さんの感想は? ま、いいか。次だ次。 42 次は先程の炎をもう一度創り出し、今度はその炎を細長い形にし 更に回転を加える。イメージは弾丸だ。 打ち出した炎の弾丸は、先程の炎の玉とは桁違いのスピードで同 じ所に着弾した。 ドンッ!!! スピードという要素が加わった為、熱による融解だけでなく加速 の勢いを持って周囲を吹き飛ばした。 ﹁⋮⋮﹂ あれ? また? じゃあ次だ次。 今度は先程の炎の周囲に酸素と水素を混ぜた混合気を纏わせ、決 して触れさせない様に気を付ける。そして今度は大分離れた場所に 向けて打ち出す。 ドガアァァン!!!!! 凄まじい大爆発を起こした。 あ、でっかいクレーターが出来た。まぁそんな事が起きても大丈 夫な様にこの荒野を選んだので問題無いか。 ﹁⋮⋮﹂ あっれぇ? なんで何も言ってくれないの? 43 仕方ない、また別の魔法で⋮⋮。 ﹁⋮⋮ハッ! これ! 待たんか! もうよい、もう十分じゃ﹂ お。爺さんからやっと声が掛かった。 ﹁どうだった? じいちゃん﹂ ﹁まさかこれ程とは思わなんだのぅ⋮⋮一人でここに通う様になっ てからここまで成長しとるとは⋮⋮﹂ ﹁て事は?﹂ ﹁文句無しに合格じゃよ﹂ お、おぉ! ﹁ヨッシャアァァ!!﹂ 両手を突き上げてガッツポーズ。いやぁ爺さんに認められたいが 為に頑張ってきた甲斐があったよ。 ﹁ホンに立派になって⋮⋮明日で十五歳、成人になる事じゃし、こ れで独り立ちかのぅ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あ﹂ ⋮⋮そう、俺は明日で十五歳になる。この世界の成人は十五歳。 一部の例外を除いて十五歳になると社会に出る。そしてここは深い 森の中だ。社会に出る為にはこの家を出なければならない。 今ここで生活する分には何の支障もない。なら家を出なくてもい いのではないかと思ったが、それは爺さんやばぁちゃん、その他の 44 大人達も許してくれなかった。 そんな訳で十五歳になったらこの家と森を離れて生きていく事が 決まっていた。 ちなみに、服やその他の生活必需品は家に来る大人達の中に商売 をやっているおじさんがいたので、その人が持ってきてくれていた。 なので、俺は一度もこの森を離れた事はなかった。 なので、この森を離れ新しい生活が始まる事に対しては楽しみに している部分もあるのだが、爺さんと離れる事が寂しいと感じる事 もあり非常に複雑な心境だった。 そんな複雑な心境のまま、家に帰る為に﹃ゲート﹄を開いた。 この﹃ゲート﹄の魔法は俺のオリジナルだ。元々異空間を創り出 しその中へ物品を納める魔法は存在する。爺さんも使えるし教えて 貰ったのも爺さんからだ。これは割とメジャーな魔法らしい。 そうやって異空間に干渉出来るならと考えた魔法が﹃ゲート﹄だ。 これは、今いる場所と行きたい場所を﹃線﹄ではなく﹃点﹄で結 ぶ事をイメージしている。 ⋮⋮分かりにくいかな。例えば紙に二つの点を描き、それを最短 距離で結ぶのは、一直線に線を引く事ではない。紙を折り曲げて点 と点を直接結ぶのが最短距離だ。 そうイメージするとあっさりゲートが開いた。 45 直接転移しないのは、転移するという事は一旦体を分解し転移先 で再構築するという事だ。なんか上手く再構築出来なかった時の事 を想像すると恐くて試す気になれなかったのだ。 そうやってゲートを開いて帰ろうとすると。 ﹁はぁ⋮⋮これも大概じゃのう⋮⋮まぁこの魔法を使えばいつでも 帰ってこれるし、そう気を落とさんでもええじゃろうに﹂ あ、そうか! これがあるんだからいつでも帰ってこれるじゃん! ⋮⋮はい⋮⋮今まで気付きませんでした。 そんな懸念が払拭された為、大分気が楽になり家に帰った。 そして翌日。俺の十五歳になった祝いのパーティーが催されてい た。参加者は、爺さん、メリダばぁちゃん、ミッシェルさん、ディ スおじさん、クリスねーちゃん、ジークにーちゃん、トムおじさん だ。 今まで名前しか出てなかった人や名前自体初めて出た人もいるな。 ディスおじさんは黄土色っぽい金髪をして口髭を生やしている翠 色の目をしたナイスミドルなおじさんだ。いつも凄く上質な服を着 ていて風格? カリスマ? があってなんか遣り手の社長さんみた いな雰囲気がある。 中身はすごく気さくなおじさんだけどね。爺さんとはよく難しい 話しをしてるし、その内容は教えてくれないので何をしてる人かは 知らない。 46 クリスねーちゃんは、赤い髪をポニーテールにして茶色い目をし てる二十代前半のおねーさんだ。いつも動きを阻害しない程度の鎧 を着ていて引き締まったスレンダーな体型をした人だ。 すごく真面目で固い人なのであまり笑った所を見た事がない。優 しい人ではあるんだけどね。如何せん無愛想というか⋮⋮目も大き いし可愛い顔してると思うんだけど、色々と損をしてそう。 ジークにーちゃんは銀髪に青い目をしたイケメンのにーちゃんだ。 動きやすい服とローブを着ている所から魔法使いだとは思うが、イ ケメンで性格も軽いので、ヒモ生活を送ってると言われても違和感 はない。 クリスねーちゃんとは水と油って感じで⋮⋮会えばよく喧嘩にな る。 俺の前で喧嘩すんなとよくメリダばぁちゃんとミッシェルおじさ んに怒られてる。 トムおじさんはさっき言った家に来る商人さんだ。結構大きな商 店の代表らしいが、爺さんに恩があるらしく今でも自分で家まで商 品を持ってきてくれる。茶色の髪と目をした小太りのおじさんで、 その恰幅の良さが商人としての貫禄を出している。非常に優しいお じさんで本やら何やら持ってきてくれる。 クリスねーちゃんとジークにーちゃんは最近になってディスおじ さんと一緒に来る様になった人で、メリダばぁちゃん、ミッシェル おじさん、ディスおじさん、トムおじさんは昔からよく来てくれて いた。 47 そんな爺さんの客達も俺の誕生日に来てくれた。 ちなみに、正確な誕生日は分からないので俺を拾った日を一歳の 誕生日としている。拾われた時、一歳前後だったらしいから。 そして、俺の十五歳の誕生日のお祝いが始まった。仕切ってるの はディスおじさんだ。 ﹁さて、我らが英雄マーリン殿のお孫さんがこの度目出度く十五歳 になり成人した。これを祝って乾杯したいと思う。それでは皆、杯 を持て。それでは、シン君の十五歳と成人を祝って、乾杯!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁乾杯!﹂﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁皆さん、ありがとうございます﹂ こうして宴が始まった。 ﹁あの小っこい赤ん坊だったシンが成人するとはねぇ⋮⋮﹂ しばらくは爺さんやばぁちゃんの孫自慢が続き、何ともこそばゆ い思いをしていたが、やがて話題は俺のこれからの事に及んだ。 ﹁そう言えばシン君、これからどうするのかね﹂ とディスおじさんが聞いてきた。 ﹁そうですね。とりあえず近くの町へ行ってみます﹂ ﹁そうか、それから?﹂ 48 ﹁それから?﹂ そういえば、町に着いてから何をするのか考えて無かったな。 すると、場が静寂に包まれた。 ﹁え? 何かあるだろう? 町や都に行けばシンなら魔物ハンター にでもなれるだろうし、付与魔法で魔道具屋だって出来るだろうし、 そんだけ男前なら女の子と仲良くなって養って貰えるかもしれない し﹂ ﹁そんな考えを持ってるのはアナタだけですね﹂ とジークにーちゃんとクリスねーちゃんがメンチ切り合ってる。 ﹁ハンター? 魔道具屋ってすぐ出来るの?﹂ 何? 魔物って討伐したらお金貰えるの? 魔道具屋は分かるけ ど店なんてすぐに持てないでしょ? ﹁まさかとは思いますが⋮⋮シンさん、今まで買い物とかした事あ りますか?﹂ ﹁あぁそういえば、今まで買い物はトムさんからしかした事無いで すね。お金のやり取りはじいちゃんがしてたからやった事無いです﹂ トムおじさんの質問に答えるとまた静寂に包まれた。 ﹁マーリン⋮⋮アンタ⋮⋮﹂ ﹁マーリン殿、これは⋮⋮﹂ メリダばぁちゃんとミッシェルおじさんが爺さんを見る。 49 すると爺さんは⋮⋮。 ﹁あ、常識教えるの忘れとった﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁何ぃーーーーー!!!﹂﹂﹂﹂﹂﹂ そういえば、魔法ばっかでその辺何にも教わって無いわ。 50 方針を転換しました 爺さんから、この世界の常識を教えて貰って無い事が判明した驚 愕の誕生会の翌日、昨日あの場にいた全員で魔法の練習場、荒野に やって来ました。 ﹃ゲート﹄を開いたら全員顎が外れる位口を開けてビックリして た。 なんでここに来てるかというと、これだけ世間知らずなら爺さん から教わった魔法もどんな事になってるのか確かめたい。とばぁち ゃんが言ったからで、それに賛同した皆も見たいと言うので連れて 来た。 ﹁はぁ⋮⋮この魔法だけでも驚きなのに、魔法の練習をする為にわ ざわざこんな所まで来てる事を考えると⋮⋮あぁ、あんまり考えた くないねぇ﹂ ﹁そうは言うがメリダ師、これは確認しておかんとシン君がどんな トラブルに巻き込まれるか分からんのだから諦めて確認しましょう﹂ ⋮⋮何かばぁちゃんとディスおじさんが失礼な事言ってる。まぁ いいか、それじゃあ皆も見てる事だし張り切っていってみましょう か。 そうして、昨日爺さんに見せた﹃火﹄の魔法だけでなく、﹃水﹄ を使って鞭みたいにしたり、凍らせて氷弾を飛ばしたり、津波を起 こしたり﹃風﹄を使って、突風、真空波、竜巻、気圧差を利用した ダウンバーストを起こしたり、電気を起こして雷撃を使ってみたり、 51 ﹃光﹄を屈折させて光学迷彩を発動したり、太陽光を集めて天から ビームを撃ってみたり、﹃土﹄を使って超硬度の壁を作ってみたり、 周りの土を弾幕みたいに発射したり、突撃してくる奴へのカウンタ ーに地面から円錐形の杭を突き出してみたりした。 こうして一通りの魔法を見せた処でみんなの方を振り返った。 みんな、何かを諦めた様な乾いた笑いを浮かべていた。 クリスねーちゃんのこんな顔も珍しいな。 なんて思っていると、メリダばぁちゃんが爺さんに掴み掛かった。 ﹁マーリン! アンタは⋮⋮アンタは⋮⋮何でこの子に﹃自重﹄を 教えなかったのさぁ!!﹂ ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹁これはちょっと酷いですな⋮⋮﹂ えーみんなしてチョット非道くね? ﹁だってのぅ⋮⋮教えた事はみんな吸収しよるんじゃ、ついどこま で出来るのか見たくなったんじゃもん﹂ ﹁何が﹃じゃもん﹄だい! 気色悪いんだよ!!﹂ おぉ、メリダばぁちゃん超怒ってる。 ﹁これはちょっとおいそれとは世間に出せなくなったな⋮⋮これ程 の破壊力を持った魔法⋮⋮先程使用したゲートの様な移動魔法⋮⋮ 各国がシン君を手に入れたら、世界征服に乗り出す可能性が高い﹂ 52 ディスおじさんがそんな不穏な事を言い出す。 え? これってそんなにヤバイの? ってかみんな使えないの? ﹁ええ、加えてミッシェル様に武術の稽古も付けて頂いています。 近接戦も出来て、遠距離の魔法はこの威力。これが知れたら各国が シンを取り込もうと躍起になりますね﹂ とクリスねーちゃんも続く。 え? そんな大事なの? まさかそんな事になるとは、と困惑しているとディスおじさんが 改めて口を開いた。 ﹁⋮⋮マーリン殿、少し話があるのですが宜しいか?﹂ ﹁ふぉ⋮⋮ふぉ⋮⋮その前に⋮⋮この婆さん⋮⋮何とか⋮⋮してく れんか?﹂ ﹁誰のせいだい! 誰の!﹂ 襟首を締め上げられた爺さんが息も絶え絶えに答える。 ばぁちゃん、そんなに興奮すると体に悪いよ。 ﹁誰のせいだい! 誰の!﹂ やっべ矛先がこっち向いた。 そのお陰でばぁちゃんの締め上げから逃れた爺さんとディスおじ さんが話を始めた。 53 ﹁マーリン殿、シン君のこの力は正直言って異常です。各国の勢力 分布を狂わせる程の力がある。加えてシン君はこの森以外を知らな い世間知らずです。このまま社会に放り出したら各国の思惑に踊ら される事になる。それはシン君の為にも世界の為にもなりません﹂ ﹁そうじゃのぅ⋮⋮﹂ ってちょっと非道い。これでも前世では社会人やってたんだよ。 誰にも言ってないから知らなくて当然だけど。 ﹁そこで考えがあります。シン君を我が国にある高等魔法学院に入 学させませんか?﹂ ﹁⋮⋮それは、お主の国に取り込もうという考えかの?﹂ 爺さんの声に険が篭る⋮⋮爺さんのあんな声初めて聞いたな⋮⋮。 ﹁シン君を軍事利用しない事はこの場で誓いましょう。私だってシ ン君を赤子の頃から見ています。いつも甥っ子の様に感じていた彼 を戦時の中に放り込むなど、私の感情が許しません﹂ ﹁となると、どういう事かの?﹂ ﹁ご存知の通り我が国の王都には高等魔法学院があります。この学 院は十五歳までの中等教育が終わった者の中で特に優秀だった者を 更に鍛える為の高等教育機関です。魔法使いの中でも特に優秀な者 達が集う場所です。そこならシン君の魔法がいかに規格外か、一般 に優秀とされる魔法使いがどの程度のレベルなのか知ることが出来 るでしょう﹂ ⋮⋮俺、規格外なの?マジで? ﹁それに高等魔法学院の入学は十五歳からです。今まで同年代と付 54 き合った事の無いシン君にとって友人を得る丁度良い機会だと思い ませんか?歳の近いクリスとジークはその⋮⋮こんなですし⋮⋮﹂ あ、クリスねーちゃんとジークにーちゃんが目を逸らした⋮⋮先 で目が合ってメンチ切り始めた。 ⋮⋮そりゃ﹃こんな﹄扱いされるわ⋮⋮。 ﹁成る程のぅ⋮⋮﹂ ﹁確かマーリン殿は王都に家をお持ちでしたでしょう。そちらに住 めばお金の使い方など世間一般の常識も学べると思うのですが﹂ ﹁ふむ⋮⋮のう、シン﹂ ﹁ん? なに?﹂ ﹁ワシはディセウムの言う事は尤もじゃと思うし、それが一番良い と思うのじゃが、どうかの?﹂ ディセウム? 誰そ⋮⋮ああ! ディスおじさんの本名か! ﹁俺もそれで良いよ。学校って通ってみたいし、同い年の友達が出 来るかもしれないんだろ? 何かスッゲェ楽しみなんですけど﹂ 確かにみんなが気に掛けてくれるからね、寂しくは無いんだけど、 やっぱり同い年の友達と馬鹿騒ぎってのも経験したいよね。 ﹁そうか、なら学院には私から言っておこう。ただ、私としてはこ のまま入学させてもいいのだが形式上入学試験を受けて貰う事にな る、いいか?﹂ ﹁別にいいよ﹂ ﹁スマンな。入学後のクラス分けは入学試験の結果を元にしておる から試験を行わん訳にはいかんのだ。我が国の高等魔法学院は貴族 55 の権威を一切受け付けない完全実力主義でね。私が便宜を図る事も 出来んのだ﹂ ﹁貴族の権威を振りかざした場合どうなるの?﹂ ﹁厳罰に処する﹂ ﹁恐っ!﹂ ﹁優秀な魔法使いの芽を刈り取る行為だからな、国家への反逆とみ なされる場合もある。シン君も気を付けろよ?﹂ とニヤニヤしながら言われた。 ﹁そんなじいちゃんに迷惑が掛かりそうな事する訳無いじゃん。そ れよりさ、さっきから﹃我が国﹄とか権威があるっぽい話とか、デ ィスおじさんって何者なの?﹂ この機会に前から気になってた事を聞いてみた。 ﹁おお、そういえば言って無かったな。私の本名は﹃ディセウム= フォン=アールスハイド﹄アールスハイド王国の﹃国王﹄だ﹂ ⋮⋮まさかの王様でした。 ﹁じゃあ⋮⋮クリスねーちゃんとジークにーちゃんは⋮⋮﹂ ﹁私は近衛騎士団所属の騎士で陛下の護衛としてここにいるの﹂ ﹁俺は宮廷魔法師団所属の魔法使いさ。俺も陛下の護衛だよ﹂ まさかの王様の護衛でした。 ﹁えー! クリスねーちゃんはともかくジークにーちゃんは嘘だぁ !﹂ ﹁待てコラ、嘘ってなんだ! それよりもクリスは兎も角ってなん 56 だ!﹂ ﹁フフ、やはりシンは見る目が有りますね﹂ ﹁何だとコラ﹂ ﹁何ですか? あぁん?﹂ またメンチ切り始めた。 ﹁まぁあの二人は置いといて﹁﹁おい!﹂﹂じゃあミッシェルさん は?﹂ 何か後ろで騒いでるけど放っとこう。 ﹁私はもう騎士団は何年か前に引退したな。引退する前は騎士団総 長をしていたよ﹂ 何? この王国の重鎮勢揃いな状況は? ﹁でも何でそんな王様がウチのじいちゃんを訪ねてくるのさ?﹂ ﹁ふむ、私が王と分かっても態度は変えないのだな?﹂ ﹁だって昔から知ってるおじさんだもの。それこそ親戚の叔父さん だと思ってたよ。だから今更態度を変えろって言われても出来ない よ﹂ ﹁はっはっは、良い良い、ウチの本物の甥っ子姪っ子、それに実の 息子に娘まで私には敬語だからな。こんな砕けた会話が出来るのは お前だけなんだ。くれぐれも変わらないでくれよ?﹂ 随分気さくな王様だな。 ﹁それは分かったけどさ、ここに来る理由は?﹂ ﹁おっと、そうだったな。シン君、君のお祖父さん、マーリン殿が 57 昔魔物化した人間つまり魔人を討伐した話は知っているか?﹂ ﹁うん、じいちゃんから聞いた事あるよ。その時に幾つかの町や村 が無くなって国が一つ滅び掛けたって﹂ ﹁その滅び掛けた国の名前は知っているか?﹂ ﹁いや、それは聞いて無い⋮⋮けど⋮⋮﹂ この話の流れはまさか⋮⋮。 ﹁そう、お察しの通り我が国だ﹂ ﹁そうだったんだ⋮⋮﹂ ﹁私がまだ高等魔法学院の生徒だった頃だ。我が国に魔人が現れて 村を一つ破壊してな、私の父上⋮⋮当時の国王だな、父上や国の上 層部は蜂の巣をつついた様な大騒ぎだった。何度も討伐部隊を送っ ては返り討ちに合うという事を繰り返していてな、ついに町まで破 壊されてしまいとうとう魔法学院の若い魔法使いにまで討伐の要請 が下って、私も討伐隊に名を連ねた﹂ 王子様ってそんな危ない事していいの? ﹁それって反対されなかったの?﹂ ﹁勿論大反対されたさ。当時既に立太子の儀は終わって王太子にな ってたからな。だが実力主義の魔法学院で成績優秀者だった私のプ ライドが許さなかった。私の友人達が死地に赴こうとしているのに 私だけ安全な場所にいられるかと﹂ カッケー、ディスおじさんマジカッケー ﹁おぉ⋮⋮﹂ ﹁だが⋮⋮やはり恐いものは恐くてな。出立の日が近付くにつれ友 人達も眠れない日々を過ごした。そしてとうとう出立してな、実際 58 に魔人と相対したのだ。あの時の絶望は今でも覚えてるよ﹂ ﹁で?どうなったの?﹂ ﹁私達魔法学院の生徒だけでなく、熟練の戦士や魔法使いまでその 魔人に圧倒されてな、もはやここまでか? と思った時に現れたの が⋮⋮﹂ ﹁じいちゃん﹂ ﹁それとメリダ師だな﹂ え? ばぁちゃんもその場にいたの? ﹁アタシは付与魔法使いさね。サポート位しかしとらんよ﹂ ﹁それでも凄いよ﹂ ﹁そ、そうかい?﹂ ばぁちゃんが照れてる。ちょっと可愛いかも。 ﹁そうして颯爽と現れた二人は苦戦しつつも、とうとう魔人を討伐 してな。猛烈な勢いで敵と相対するマーリン殿と妖艶とも言える容 姿で魔道具を繰るメリダ師のその姿に震えが来る程の憧れを持った ものだ﹂ 猛烈? 妖艶? ﹁じいちゃん⋮⋮ばぁちゃん⋮⋮﹂ ﹁何も言うてくれるな⋮⋮若気の至りじゃ⋮⋮﹂ ﹁なんだい?アタシはまだまだ捨てたもんじゃないだろ?﹂ ばぁちゃん⋮⋮ ﹁ま、まぁともかく、そうして魔人を討伐したのだ。尚且つその場 59 に私が居たものだから国難を救い王太子まで救った者として国から 英雄として取り上げられてな、それ以来マーリン殿とは立場を越え た友人となって貰ったのだ。それは即位した後も続いていて今もち ょくちょく政治の愚痴を聞いて貰いに来ているのだ﹂ そうか⋮⋮って ﹁愚痴かよ!﹂ ﹁そりゃそうだろ、国の政治は私の仕事であり責任だ。マーリン殿 とはいえその責任を押し付ける訳にはいかんだろ﹂ カッケー、やっぱディスおじさんマジカッケー。 ﹁そういう訳でな、大恩ある人物の孫なんだ、政治利用したり軍事 利用したりはするつもりは無いから安心して来い﹂ ﹁うん、分かった。で、いつ行けばいいの?﹂ ﹁あぁ、来月年が明けたら試験があるから、それまでに王都に引っ 越してくれたらありがたい﹂ という事で王都に引っ越すことになりました。社会常識も学ばな ければいけないので爺さんも一緒です。 爺さん離れ出来ないのは情けないけどちょっと嬉しくもある。王 都ではどんな暮らしが待っているのか楽しみだ。 そして最後にちょっと気になった事を聞いてみる。 ﹁それよりさ、じいちゃんとメリダばぁちゃんって昔一緒にパーテ ィー組んでたんだね﹂ 60 そう言うと、何だか微妙な空気になった。 え?なに? ﹁一緒のパーティーというか⋮⋮お二人は元夫婦ですよ?﹂ クリスねーちゃんが特大の爆弾を落とした。 ﹁え、えぇぇぇ!!!﹂ ﹁⋮⋮ほっほ﹂ ﹁⋮⋮若気の至りさね﹂ マジでか? 61 王都に引越しました 驚愕の事実を知った。 爺さんとばぁちゃんが元夫婦だった。 いや、前から二人とも気兼ねしない間柄だなとは思ってたけどね。 まさか本当に夫婦だったとは。 それにしても﹃元﹄が着くって事は何かあったんだろうけど、そ の辺の事は聞きたいけど聞くに聞けないし、何かモヤモヤするな。 まぁ機会があったら教えてくれるだろうしそれまで待つか。 そんなこんなで引っ越し作業です。異空間収納があるから荷造り とか超簡単です。この世界では引越屋は魔法使いの独壇場だな。 引っ越し作業はあっという間に終わり、間もなく王都に向かって 出発です。王都ではどんな暮らしが待っているのか楽しみだ。 この家も爺さんに拾われてから十四年住んでただけに愛着もある けどね。 ところでこの家はこのまま残しておくそうだ。侵入者防止と状態 維持の結界を施していくので劣化もしないらしい。魔法万歳だな。 ちなみにその魔道具を用意したのはメリダばぁちゃんです。 62 なんだかんだ世話を焼いてくれるばぁちゃんです。 なので、こんな提案をしてみた。 ﹁じいちゃん、王都にある家ってどれくらいの大きさなの?﹂ ﹁そうさのう、国から下賜されたもんじゃから大きくての。何部屋 あったのか覚えておらんのう﹂ マジでか? ﹁はぁ、この爺さんは⋮⋮部屋数は二十、小さな夜会が開けるホー ルにデカイ応接室。大きな暖炉と十人は座れるソファーがあるリビ ング。二十人位で食事が出来るダイニングにお風呂もあるよ。後、 台所じゃなくて厨房がある﹂ マジ、デッカ! ﹁ばぁちゃん詳しいんだね﹂ ﹁そりゃあそこの爺さんとは一時夫婦だったからね。その屋敷もま だ一緒の時に貰った物だからアタシも住んでたのさ﹂ ﹁そっかぁ、ねぇばぁちゃん?﹂ ﹁ん? なんだい?﹂ ﹁ばぁちゃんも一緒に住まない?﹂ ﹁ブッフォン!!﹂ ﹁な! ななな何を言ってんだい!﹂ 爺さんが飲んでたお茶を吹き出して某GKの名前を叫べば、ばぁ ちゃんは真っ赤になりながら叫んでる。 ﹁だってさ、それだけ詳しく間取りを覚えてるって事は、一緒に住 63 んでた時に家の事を仕切ってたのばぁちゃんじゃないの?そんな屋 敷に詳しいばぁちゃんが居てくれると助かるんだけどなぁ﹂ チラ。 ﹁じいちゃんと二人きりで勝手が分からない大きな家に住むのは不 安だなぁ﹂ チラ。 ﹁ばぁちゃんに助けて欲しいなぁ﹂ チラ。 ﹁あぁ、もう! しょうがない子だねぇ。分かったよ、一緒に住ん であげるよ﹂ ﹁ホントに!? やったぁ!!﹂ ﹁シン⋮⋮そんなにワシと二人きりは不安かのぅ⋮⋮﹂ 爺さんゴメン。そういう訳じゃ無いんだけど、やっぱりばぁちゃ んも一緒に住んで貰いたかったんだよね。 これまでは爺さんに遠慮して言わなかったけど、事情を知った今 なら大丈夫かなと。別にヨリを戻して欲しいとかそんなんじゃ無く て、爺さんもばぁちゃんもホントの爺さんとばぁちゃんだと思って るからさ。ただ二人と一緒に住みたかっただけなんだ。 そんな訳で、ばぁちゃんも一緒に住む事になったので三人で王都 へ向かいましょう。 64 ちなみにゲートは俺が認識してる場所しか行けないから行きは馬 車を使います。この馬車はトムおじさんが用意してくれたものです。 荷台に幌が付いた馬車で、その中で休む事が出来る。 まぁ王都までは一日掛からないので必要ないですけどね。 っていうか一国の王様が頻繁にウチに来るのに何日も掛かる所に ある訳無いじゃないですか。っていうか爺さんが隠居する際に﹃あ まり遠くへ行かないでくれ﹄と頼まれたらしい。 ディスおじさん⋮⋮。 さて、王都への道程ですが割愛します。 だって特に何も無かったんだもの! いい日差しと馬車の揺れで眠気を堪える方が大変でした。 そして、やって来ました王都です。 門から続く長い列に並びようやく俺達の番が回ってくる。 ﹁身分証はありますか?﹂ と入国を管理してる兵士さんが訊ねてくる。 身分証? ﹁ほっほ、これでいいかのぅ﹂ ﹁ハイよ﹂ 65 と爺さんとばぁちゃんが身分証を出す。おおい! 俺のは? ﹁っ!!?﹂ 爺さんとばぁちゃんの身分証を見た兵士さんが目を見開いて固ま った。っていうか俺身分証無いけどいいの? ﹁あ、あの! ﹃賢者マーリン﹄殿と﹃導師メリダ﹄殿であります か!?﹂ と兵士さんが大声で叫んだ。 っていうか賢者って⋮⋮導師って⋮⋮。 そう思って二人を見る。 ﹁﹁若気の至りじゃ︵さね︶﹂﹂ ハモってるハモってる。 二人の二つ名に困惑してるうちに周りがザワつき出した。 ﹁賢者様だって!?﹂ ﹁ホントかよ!﹂ ﹁導師様もいらっしゃるらしいわ!!﹂ ﹁賢者様! 導師様!﹂ うわっ! 周りが騒ぎ始めた。 66 ﹁スマンがこれ以上は騒ぎになりそうじゃ。早いとこ済ませて貰っ ていいかのぅ﹂ ﹁はっ! も、申し訳ございません! あ、あの⋮⋮こちらの坊っ ちゃんは?﹂ 坊っちゃん! 初めて言われたよ! うわっ何かお尻がムズムズ する。 ﹁ほっほ、この子はシン。シン=ウォルフォード。ワシ等の孫じゃ﹂ ﹁お孫さんでしたか! どうぞお通り下さい!﹂ ﹁ああ、ありがとう。お勤めごくろうさんじゃの﹂ ﹁っ! あ、ありがとうございます!﹂ あの兵士さん涙目になってな。スゴいな、爺さんとばぁちゃんっ て本当にこの国では未だに英雄なんだ。自分の事ではないが凄く誇 らしいなぁ。 周りからの注目を浴びつつ王都に有る家に向かう。流石王都、人 がすげえ。元日本人で東京の人混みを知ってるとはいえ、実際にこ んなに大勢の人を見るのはこの世界に来て初めてだ。 およそ十四年振りの人混みに視線をキョロキョロさせながら街並 みを進む。 それにしても綺麗な街並みだな。道路は全部石畳だし、建物も全 部石造りだ。それとよく見るとコンクリートが使われている事に気 付く。前世の世界でも古代ローマではコンクリートが使われてたそ うだから特に違和感は無い。ゴミも落ちてないし、あれだな、いわ ゆるヨーロッパ風の街並みだな。現代の。 67 そして馬車を進める事三十分。 遠いよ! これだけでこの王都がどれだけ大きいのかが分かる。 王城はまだ遠くに見えてる。 その王城を中心に囲う様に貴族や豪商が住むデカイ屋敷が並んで る区画があり、更にそれを囲う様に平民が暮らす区画がある。 向かう家は、平民の暮らす区画、平民街としよう。それと貴族が 住む区画、貴族街としよう。その境目位にあるそうだ。 特に平民街と貴族街で別れてる訳では無いが、王城に行く機会の 多い貴族達が城の近くに邸宅を構え、特に王城に用事の無い平民が その外側に家を構えたのでこんな街並みになってるそうだ。 そしてようやく屋敷に着く。そのでかさに屋敷を見上げ口をあん ぐりと開け呆けてしまう。 これはあれだ、前世でも悪い事しないと住めない系の家だ。 屋敷の門の前でそんな事を考えていると。 ﹁ようこそお帰りなさいませ、マーリン様、メリダ様。そして、初 めましてシン様﹂ 門の脇から立派な鎧に身を包んだ兵士さんが現れた。 ﹁って、シン様って⋮⋮﹂ ﹁我等が尊敬する英雄殿のお孫様です。シン様とお呼びするのは当 然かと﹂ 68 マジでか? 何かこればっか言ってんな。 ﹁ほっほ、この子はこういう扱いに慣れておらんでな。あまり堅苦 しくない様に接してやってくれんか?﹂ ﹁はっ、かしこまりました﹂ いや、だから堅いって。 そして、その門番? さんが門を開けてくれて馬車が敷地内に入 っていく。 改めて見てもでっかい家だなぁ。二階建てでシンメトリーになっ ており、多分右に五部屋、左に五部屋が二階あって二十部屋なのだ ろう。そしてこれまたでかい門を開くと⋮⋮。 ﹁﹁﹁﹁﹁﹁お帰りなさいませ﹂﹂﹂﹂﹂﹂ ズラリと並んだメイドさんと執事さんが出迎えてくれた。 ﹁え? なに? どういうこと?﹂ ﹁ほっほ、ディセウムが派遣してくれた様じゃのぅ﹂ ﹁はぁ、これがあるからここは嫌なんさね﹂ マジでか? 69 王都を散策しました 王都にある家に着いたら、門番さんとメイドさんと執事さんがい ました。 爺さんは、ディスおじさんが派遣してくれたって言ってたけど、 この世界の使用人さんは派遣社員なの? ていうか、爺さんとばぁ ちゃんの三人で暮らすつもりだったからビックリだよ。 ﹁こんなでかい屋敷に三人だけで暮らすなんてそんな訳無いさね。 この屋敷の部屋も半分位は使用人の部屋さね﹂ そうなの? っていうか知ってたなら教えてくれても良かったの に。 ﹁ほっほ、あまりにも当たり前の事じゃから教えるのを忘れとった わい﹂ そうか、これも常識なのか。 ﹁常識がどうこうより、ちょっと考えれば分かるだろうに﹂ ばぁちゃんに呆れられてしまった。そりゃそうだ。ただ、前世で は使用人がいるとか相当特殊な家だったからさ、馴染みが無いって いうか想像しにくいんだよ。 そうこうしていると、メイドさんの中から少し年配の女性が歩み 出た。 70 ﹁初めましてマーリン様、メリダ様、シン様。私このウォルフォー ド邸の女中頭を務めさせて頂きます、マリーカと申します。至らぬ 所も御座いましょうが、精一杯お勤め致しますので宜しくお願い致 します﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁宜しくお願い致します﹂﹂﹂﹂﹂﹂ メイドさん達が一斉に頭を下げる。メイドさん達の服装は足首ま である黒いメイド服に白いエプロン。スカートも短くないし、フリ フリも付いてない。まさに作業着って感じだ。 当たり前か。ここじゃメイドはファッションじゃなくて立派な職 業だ。着飾る必要は無い。 メイドさんを見ながらそんな事を考えていると、今度は壮年の執 事さんが出てきた。 ﹁お初に御目に掛かります。私この屋敷の執事長を務めさせて頂き ます、スティーブと申します。この屋敷の事は万全に取り仕切りま すので宜しくお願い致します﹂ ﹁﹁お願い致します﹂﹂ メイドさん程多くは無いが執事さんもいた。てか、執事って何す るんだろ? ﹁私は料理長を務めさせて頂きます、コレルと申します。皆様に満 足して頂ける様に勤めます。宜しくお願い致します﹂ 料理人までいるの? 何このVIP待遇? 俺は? 俺は一体何 をしたらいいの? 71 ﹁シン様は何もなさらなくて結構です。掃除、洗濯、料理と全て私 どもにお任せ下さい﹂ ﹁そ⋮⋮そう言われても⋮⋮今まで全部自分でしてたし、全部任せ るのは申し訳ないっていうか⋮⋮﹂ ﹁そう申されましても、私どもも陛下より御下命を受けて参ってお ります。ましてや英雄殿の御家族なのです、無下に扱う事など出来 るはずも御座いません﹂ メイドさんに執事さん料理人さんまで大きく頷いてる。 ってディスおじさーん! 何やってくれちゃってんの!? それ に爺さん達に憧れてるのか皆の爺さんとばぁちゃんを見る目が熱い。 若い人なんかは生まれる前の話だと思うんだけど⋮⋮ ﹁皆さん、ウチのじいちゃんの事英雄って言いますけど、スティー ブさんやマリーカさんはともかく、他の皆さんはまだ生まれてない 頃の話ですよね? 何で今だにこんな英雄扱いなんです?﹂ ﹁それは当然で御座います。御二人の御活躍は物語になっておりま して、男の子も女の子も皆その物語を読んで成長致します。男の子 はマーリン様に憧れメリダ様の様な女性と巡り会う事を夢見、女の 子はメリダ様に憧れマーリン様の様な男性と巡り会う事を夢見るの です﹂ うわっ! 何か凄い事になってる。 そっと二人の様子を見ると⋮⋮あ、羞恥で見悶えてる。 ﹁それにその物語を題材にした舞台も御座います。初演より数十年、 72 今だに一番人気の舞台でしてマーリン様役とメリダ様役を務める事 が役者にとっての目標となっております﹂ 物語だからな相当美化、脚色されてるんだろうなぁ。 ﹁じいちゃん、ばぁちゃん、知ってた?﹂ ﹁⋮⋮本は発刊された時に貰って読んだよ⋮⋮読みながら﹃誰の話 だ?﹄と思った事を覚えておるわい﹂ ﹁アタシは舞台に招待された事があるよ。アタシは周りからこんな 風に見えてるんだと自己嫌悪に陥ったのを覚えてるよ﹂ 爺さんとばぁちゃんは何かを諦めた様な顔をしていた。目に生気 が無い。 更によく聞いてみると、この場にいるのは皆公募で集まって来た らしい。あまりにも応募者が殺到したので選抜試験が行われたそう だ。 相当熾烈な争いが繰り広げられたそうで、勝ち抜いて選抜された 皆の顔は誉れに溢れていた。 使用人決定戦ってなんだよ! そんな俺達三人にとって疲れる自己紹介が終わって、ともかく王 都での暮らしがスタートした。 王都での生活は今までの生活から一変してしまった。朝は今まで の習慣から早く起きてしまうが、狩りに出る必要も無いし朝食を作 る必要も無いので早く起きてもやる事が無い。しょうがないので朝 練をする。 73 コレルさん達が作ってくれた朝食を食べたら試験勉強をする。と いっても内容は全部知ってる事なので試験範囲の確認と復習だ。 昼食を食べたらいよいよやる事が無い。王都をブラブラしてみた り、ゲートで荒野に行って魔法の練習をしたり、とにかく時間を潰 すのが大変だ。 その中で王都の散策は一番時間を潰せた。街を散策するにあたっ てこの世界で生まれて初めてお金を持った。 この世界の通貨は硬貨のみだ。紙幣は無い。偽造出来ない紙幣を 造る技術はまだ無いからだ。 硬貨の種類は、石貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨とある。 分かりやすく円に当て嵌めると 石貨=一円 鉄貨=百円 銅貨=千円 銀貨=一万円 金貨=十万円 白金貨=百万円 となる。 石貨と言ってもそこら辺に落ちてる石では無い。大理石っぽい石 で出来ており、正直一円の価値では無い。その辺は日本の一円と同 じだな。 まぁ、円換算もおおよそだし、必ずこの通りとは限らないけどね。 74 自分でまだお金を稼いでないので爺さんからのお小遣いだ。銀貨 数枚と銅貨数枚を貰って王都散策に出た。 流石王都と言うだけあって広大だし、人も多いし、店も多い。屋 台も沢山出ているので、串焼きを買い食いしながら街を歩き回った。 ジークにーちゃんが言ってた魔道具屋にも行ってみた。 正直、ばぁちゃんの造る魔道具に比べてショボい上に高いのです ぐに出たけどね。 そして街をフラフラしてると表通りから外れた裏通りっぽい所に 出た。この辺にも色々と店はあるので、そこも冷やかして行こうか なと思っていると⋮⋮。 ﹁ちょっ! 止めて下さい!﹂ ﹁アンタ達! いい加減にしなさいよ!﹂ ﹁おぉコワ、そんな怒んなよぉ俺らと一緒に遊ぼうって言ってるだ けじゃぁん﹂ ﹁そうそう、俺らと遊ぶと楽しいぜぇ、ついでに気持ちいいかもな ぁ﹂ ﹁ギャハハ!違いねぇ!﹂ おお⋮⋮なんとテンプレな⋮⋮。 ただのナンパならそのまま見過ごそうかと思ったけど、どうも雲 行きが怪しいな。何か無理矢理拉致されそうな感じだ。 辺りを行き交う人は目を逸らして素通りしていく。まぁ絡んでる 男達は筋骨粒々で革製の鎧を身に付けてる。一般人では歯向かう事 75 も躊躇われる相手だからしょうがないんだろうけどね。 ﹁あーそこのお嬢さん。お困りですか?﹂ 一応問い掛ける。これで勘違いだったら超恥ずかしいから。 ﹁はい! 超お困りです!﹂ 絡まれてる二人の女の子の内茶色いセミロングの髪をした子がそ う叫ぶ。どんな返事だよと思いながら男達に近付く。 ﹁なんだぁガキ! 何か用か!﹂ ﹁おぅおぅ格好良いねぇ、正義の味方気取り?﹂ ﹁ハッ! 俺ら魔物を狩ってコイツらを守ってるんだぜ、俺らの方 が正義の味方でしょ!﹂ あぁ、これが魔物ハンターってやつなんだ、そうかそうか。って いうか⋮⋮。 ﹁お兄さん達、魔物を狩るのは正義の味方かもしれないけど、女の 子まで狩っちゃったら悪人だよ?﹂ その一言で男達の顔色が変わる。 ﹁んだと! このガキ!﹂ ﹁痛い目見ないと分かんねえ様だな!﹂ ﹁死ね! コラァ!﹂ 分かんないって何がよ? 何か教えてくれたっけ? そんな事を 考えていると、一人が殴り掛かってきた。 76 って遅っそ! 動きが丸見えだ。こちとらミッシェルさんの日々 グレードアップする稽古で散々シゴかれたんだ。元騎士団総長のシ ゴキを思い出しちょっと遠い目をしそうになったところで、拳が近 付いてきた。 殴り掛かってきた右拳を避けながらその腕を掴み足を引っ掛ける。 すると男はクルンと回転し首から受け身も取らずに落ちた。 ヤベ、死んでないよね? それを見ていた残った男達は更に激昂し、ついに腰に下げている 剣を抜いた。 何の躊躇いもなく斬りかかって来る。これは人を斬った事がある な⋮⋮。 降り下ろされる剣を避けて懐に潜り込み手刀で手首を打ち剣を手 放したところで一本背負いをかます。こちらも地面に首から落ち動 かなくなった。 残った一人も剣を振り回して来るが、投げられるのを警戒してる のか懐に飛び込めない。しょうがないので避け様にカウンターの掌 底を顎に打つ。するとグルンと白眼を剥いて膝から崩れ落ちた。 男達を倒した後、女の子を見ると唖然とした様子でこちらを見て いた。 ﹁大丈夫? 怪我とかしてない?﹂ ﹁え、あ! だ、大丈夫です! あの、貴方こそ大丈夫ですか? 77 剣を抜かれてましたけど⋮⋮﹂ さっき助けを求めた子がそう答える。ちょっとつり目気味の大き い茶色い目をしており、顔も小さく随分可愛い子だ。 ﹁あぁ、大丈夫だよ。あんな遅い剣筋に当たらないよ﹂ ﹁え⋮⋮結構鋭いと思ったんですけど⋮⋮﹂ もう一人の子が呟く。こっちは紺色っぽい長い髪をした⋮⋮紺色 の髪!? 何だ? この遺伝子に真っ向から喧嘩売ってる髪色は! ? そう思って顔を見ると⋮⋮。 脳天に雷が落ちた。。 ちょっと垂れた大きい黒い目をし、スッと鼻筋の通った小さい鼻、 グロスでも引いた様なツヤツヤのプクっとした唇をした美少女がい た。 ﹁あ、あの⋮⋮どうかしましたか?﹂ その娘から目が離せなくなっていると、真っ赤な顔で戸惑い気味 に話し掛けられた。 ﹁え? ああ! イヤ、何でも無いよ、うん。怪我が無くて良かっ た﹂ 慌ててそう答える。ヤベ、見とれてた。 ﹁もう、ビックリした。何かあったのかと思ったよ﹂ ﹁あぁ、ゴメン。大丈夫だよ。それより、ここを離れようか﹂ 78 茶髪の子の問い掛けに答えその場を離れるが、女の子には相当恐 い体験だったんだろう、小さく震えているし気持ちもまだ落ち着か ない様子だったので近くにあったカフェに入り、気を落ち着かせる 事にした。 ﹁改めてお礼を言うね。危ない所を助けてくれてありがとうござい ました﹂ ﹁あ、ありがとうございました﹂ ﹁いやいや、構わないよ。そんなに強い相手じゃ無かったし﹂ そう言うと茶髪の子が悔しそうに呟く。 ﹁魔法さえ使えてたら、あんな奴簡単にやっつけられたのに﹂ 何か不穏な事言ってんな。 ﹁駄目だよマリア、街中で攻撃魔法は使っちゃダメなんだよ?﹂ ﹁分かってるわよシシリー。だからあんな奴に何も出来なくて悔し いんじゃない!﹂ ほぉ、茶髪の子がマリアで紺髪の子がシシリーって言うのか。 ﹁あ、ごめんなさい。自己紹介もしないで。私はマリア、こっちは シシリーよ﹂ ﹁あ⋮⋮シシリー⋮⋮です﹂ ﹁ご丁寧にどうも。俺はシンって言うんだ。ところで、マリアは魔 法を使うみたいだけど、高等魔法学院の生徒なのか?﹂ ﹁ううん、まだ違うわ﹂ ﹁まだ?﹂ 79 ﹁ええ、来月の入試に合格すれば高等魔法学院生になるから﹂ ﹁へぇマリアも来月の入試受けるんだ?﹂ ﹁そう、こっちのシシリーと一緒にね。っていうか﹃も﹄?﹂ ﹁うん。俺も受けるからね﹂ そう言うと、二人はまたポカンとこちらを見た。 ﹁ウソ⋮⋮あれだけ体術が使えるのに魔法使い?﹂ ﹁てっきり騎士養成学校の生徒さんかと思ってました⋮⋮﹂ 騎士養成学校なんてあるんだ。 ﹁来月の試験に受かれば同じ学院生だね。お互いに試験頑張ろう﹂ そう言って握手を求めた。 ﹁勿論、私首席入学目指してるからね、負けないわよ?﹂ ﹁はは、まぁ俺はボチボチやるよ﹂ ﹁何よ、張り合いが無いわね﹂ ちょっと口を尖らせるマリアと握手をする。そしてシシリーにも 手を向けるが⋮⋮。 ﹁えっと⋮⋮あの⋮⋮﹂ 手を掴んでくれなかった。 そうか、そうだよな。初対面でいきなり握手とか馴れ馴れし過ぎ たかな? そう考えるとマリアすげぇな。 80 ﹁ちょっと、どうしたのよシシリー。具合でも悪いの?﹂ ﹁え!? ううん! 何でも無いよ!﹂ と勢い込んで両手で握手してくれた。 ﹁じ、じゃあお互い頑張ろうね﹂ ﹁は、はい! 頑張ります!﹂ そして手を放し、再び席に付く。するとマリアから質問された。 ﹁そういえば、シンってどこの中等学院に通ってたの? 同い年の 割には見た事無いけど﹂ ﹁あぁ、俺は王都には最近来たんだ。だから見た事が無くても当然 だね﹂ ﹁へぇ、そうなんだ。あ! 最近王都に来たと言えば、知ってる? 最近賢者様と導師様が王都にお戻りになられたんですって!﹂ ﹁あ、あぁ、聞いた事ある⋮⋮かな⋮⋮﹂ ﹁何よ貴方興味無いの? 救国の英雄、稀代の魔法使いでありなが ら勇猛果敢に魔物を仕留める賢者マーリン様と魔道具を操りその美 しい容姿からは想像も出来ないほど苛烈に魔物を狩る導師メリダ様 よ! この国、いえこの世界に生きている限り最高の憧れの存在、 生ける伝説よ!?﹂ やばい、悶死しそう⋮⋮。 ﹁あ⋮⋮あの⋮⋮大丈夫ですか?﹂ 一人で悶絶してたらシシリーに心配そうな声を掛けられた。ヤベ、 今の俺挙動不審のヤバイやつだ。 81 ﹁何? 変な反応して﹂ ﹁ああ、いや、マリアってじぃ⋮⋮賢者様と導師様の事好きなんだ ね﹂ ﹁当然でしょ! 御二人の事嫌いな人なんて、何か良からぬ事を考 えてる人以外いないでしょ﹂ ﹁そ、そう﹂ ﹁そう、それにその御二人の御孫さんが今度魔法学院の入試を受け るらしいのよ!﹂ マジか!? そんな話まで広まってんの? ﹁ああ、どんな方なのかしら? その方と同い年であった幸運に感 謝したいわ﹂ なんか大分落ち着いてきたみたいだし、これ以上一緒に居ると危 険な匂いもするし、ここで別れる事にした。二人はまだここに居る そうなので伝票を持って立ち上がった。 ﹁ちょっと! 私達の分は払うわよ!﹂ ﹁良いから良いから、女の子に払わせるなんて格好悪いじゃん。こ こは格好付けさせてよ﹂ そう言って会計を済ませ店を出た。 何か今日は面白かったな。まさかのテンプレ展開に遭遇するし、 可愛い女の子とお茶出来たし。 ⋮⋮あのシシリーって子可愛いかったな⋮⋮。 あ! しまった! 連絡先聞いとくんだった! 82 うおぉしまったぁ、痛恨のミスだ! 格好付けて別れた手前、今 更戻るとか無理! はぁ⋮⋮そういえば二人とも魔法学院の入試受けるって言ってた し、合格すれば学院で会えるよね。 よし! 絶対受かってやるぞ! シシリーも合格する様に祈っとこう。 マリアはなんか受かりそうだからいいか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー シンが立ち去った後のカフェで残されたマリアとシシリーが話し ていた。 ﹁はぁ⋮⋮何ていうか、格好良い奴だったねぇ﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁顔も良いし、強いし、魔法学院受けれる位魔法使えるみたいだし、 おまけに押し付けがましく無いし﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮去り際も格好良かったね?﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ねぇ、チュウしていい?﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮ね、彼アタシが貰ってもいい?﹂ 83 ﹁う⋮⋮え! あ! ダメ!!﹂ その言葉でようやく我に返ったシシリー。マリアはそんな様子を 見てクックッと笑っている。 ﹁も、もう! マリア!﹂ ﹁あっはっは、いやぁゴメンゴメン。シシリーのそんな様子なんて 初めて見たからさぁ﹂ ﹁う⋮⋮﹂ ﹁で? 何? まさか助けられたからベタに一目惚れしちゃったと か、物語にありがちなチョロいヒロインみたいな事言わないでよ?﹂ ﹁そ! そんなんじゃ⋮⋮ない⋮⋮と思う⋮⋮けど⋮⋮﹂ ﹁え? ちょ、ちょっとホントに?﹂ ﹁分かんないよ⋮⋮でも、あの⋮⋮彼の顔見てると凄く緊張しちゃ うというか⋮⋮心臓がドキドキするっていうか⋮⋮体が熱くなるっ ていうか⋮⋮﹂ ﹁ちょっとちょっと、マジですか⋮⋮﹂ シンの知らないところで、別の物語も進行していた。 84 入学試験を受けました シシリーとマリアと別れ、家に帰ってきた。 ﹁お帰りなさいませシン様﹂ 門番のアレックスさんが出迎えてくれた。他にも何人かいて交代 制を敷いているけどアレックスさんが先の使用人決定戦・門番の部 の優勝者なので、彼が警備主任者だ。 だから、使用人決定戦って! ﹁ただいま、アレックスさん﹂ ﹁シン様、やはり徒歩での外出は控えられませんか?シン様に何か あったらと思うと私は⋮⋮﹂ ﹁大丈夫だって、さっきも街でゴロツキを相手にしたけど何も問題 無かったよ﹂ ﹁ゴロツキ! そんな危険な真似をなさっていたのですか!?﹂ ﹁だから大丈夫だってば。ミッシェルさんより強い相手じゃなきゃ 問題無いって﹂ ﹁ミッシェル様⋮⋮前騎士団総長の⋮⋮﹂ ﹁そうそう、だからそんなに心配しないで。お勤めご苦労様﹂ ﹁はぁ⋮⋮﹂ ふう、全く使用人の人達は過保護で困るよ。こっちはこの間まで 森の中で野生動物を相手にしてたのに。まぁ心配してくれる気持ち は嬉しいんだけどね。 85 屋敷に入ると、今度は執事のスティーブさんが出迎えてくれた。 ﹁お帰りなさいませシン様﹂ ﹁ただいま、スティーブさん﹂ ﹁先程、高等魔法学院よりこれが届きました﹂ ﹁何? これ?﹂ ﹁高等魔法学院の入学試験受験票です﹂ お、そういえば、ディスおじさんが、﹃私から言っておく﹄って 言ったきり音沙汰無いからどうしたのかと思ってたよ。ちゃんと仕 事してたんだねおじさん。 ﹁そっかぁ、何かいよいよって感じがするな﹂ ﹁そう気負わずともシン様ならば大丈夫でしょう。むしろ首席合格 も狙えるかと﹂ うーん、今日のマリアの話からすると今の時点で既に目立ってる 気がするし、これ以上目立つのもなぁ⋮⋮かといってギリギリの点 数だと爺さんの孫なのにとか言われそうだし、ディスおじさんの顔 に泥を塗るのもなぁ⋮⋮。 よし! 決めた! 試験は全力でやろう。 ﹁分かった。ありがとうスティーブさん﹂ ﹁いえ、頑張って下さいませ。使用人一同で応援しております﹂ そして年が明けて、内輪だけの新年パーティーが開かれた。 ホントに内輪だけ。 86 爺さん達が王都に来てから何とか繋ぎを得ようと有象無象が押し 寄せてるが、そもそも爺さんが王都に来たのは俺の社会勉強の為だ。 なので訪れる人には全員お帰り願っている。 結局、先日の誕生日パーティーに来てくれた面子だけで行われた。 自国の国王が来ちゃったので、使用人さん達は超緊張してた。警 備部門も全員駆り出して警戒に当たってたからね。後で労っとこう。 それより、王宮のパーティーはいいのか? ディスおじさん。 そして年が明けて数日後、アールスハイド高等魔法学院の入学試 験日当日を迎えた。 学院までは歩いて通う予定なので、今日も馬車は無し。ここ数日 王都を色々散策したので学院の場所は分かってる。貴族街と平民街 の境目位にあり、貴族、平民、どちらも通いやすい場所にある。そ してウチも貴族街と平民街の間にある。徒歩十五分位かな? 今日持って行く物は、受験票と筆記用具、それと⋮⋮フフフつい に手に入れたぜ、市民証! 王都に入る時には持って無かった身分 証を手に入れたぞ! 実はこの市民証、凄いハイテク⋮⋮じゃないハイマジカルな一品 です。個人の魔力パターンを認識し本人以外に起動出来ないので本 人確認でこれ以上の物は無い。 そして、このアールスハイド王国には王立の銀行があり、そのキ ャッシュカードとしても利用される。口座はカードに直接記録され る。本人以外に起動出来ない上、口座の内容を変更するのは銀行で 87 しか出来ない為、銀行があればどこでも引出しと預入が出来る。不 正操作は出来ない程強固なセキュリティになってる。もし不正な金 額の増加があった場合。死刑に処される。セキュリティと信用の為、 絶対触れてはいけない領域って事らしい。 ちなみにクレジットカード機能は無い。 そして、魔物が出す特定の魔力パターンを一ヶ月だけ記憶する事 も出来る。魔物ハンター達は、討伐に出る前に魔物ハンター組合に 行き、現在の討伐情報を記録させる。そして討伐から帰ってきた時 に出る前との差額を計算して報酬を受けとるのだ。 ホントにすげぇな市民証。 そんなハイテ⋮⋮ハイマジカルな一品を持って浮かれ気分で歩い てると学園に着いた。 到着した学院は、大きさで言えばちょっと大きい私立の高校位か な?一学年百人の三年制で三百人しかいないのでそれくらいの大き さだ。それにしてもこの王都の大きさでこの人数。ここしか高等魔 法学院が無いって事は、相当狭き門だな。 さて、そんなに大きくないって言ってもそこは学校ですから、初 めて来た人間にはそれなりの大きさの建物である訳で、何処に何が 有るのか分からないので案内板で試験会場を検索中です。 ﹁おい貴様、そこをどけ﹂ それにしても凄い人数だな。これ、教室全部使っても足りるのか? 88 ﹁おい! 貴様! 聞こえないのか!﹂ うーん、会場はっと⋮⋮あ、あったあった。 ﹁この無礼者が!﹂ 何か後ろから肩を掴まれた。ので肩を掴んでる腕を逆に掴み返し、 相手の後ろ手になるように捻りあげた。さっきから五月蝿いし、何 なのコイツ? ﹁ぐあっ! 貴様ぁ! 何をするっ離せ!﹂ ﹁さっきから何なのアンタ? いきなり人の肩掴んどいて何をする は無いんじゃない?﹂ 腕を解放しながらそう問いかけると、金髪碧眼の生意気そうなガ キがこっちを睨んでる。 ﹁貴様! 俺はカート=フォン=リッツバーグだぞ!﹂ ﹁? はい。俺はシンです﹂ 唐突に自己紹介されたな。 周りからクスクス笑われてる。何故だ? ﹁き、貴様ぁ、俺はリッツバーグ伯爵家の嫡男だぞ!﹂ ﹁?? へぇ、そうですか﹂ ﹁おのれぇ! 俺に逆らって只で済むと思ってるのか!?﹂ ここまで言われて気が付いた。これ貴族の坊っちゃんが権力を振 りかざして俺に絡んでるのか。魔法学院内だからまさかと思っちゃ 89 ったよ。それにしても⋮⋮。 ﹁あのさ、えぇとカート君? もうその辺にしといた方が良いんじ ゃない? 貴族が権力を振りかざす事は厳禁なんでしょ? 厳罰も あるって聞いたよ?﹂ ﹁たかだか魔法学院の教師なんぞに、この俺を裁ける訳が無いだろ うが!﹂ おおう、過激発言。国家反逆罪に問われる事もあるってディスお じさん言って無かったっけ? これはちょっと不味くないか? と思っていると横合いから声が 掛かった。 ﹁そこまでだ﹂ ﹁っ! あ、あなたは⋮⋮﹂ どちら様? ﹁高等魔法学院において権力を振りかざし、他の魔法使いを害する 事は、優秀な魔法使いの芽を刈り取る行為であり、これを破った者 は厳罰に処する。高等魔法学院の校則では無く、王家の定めた法で あったはずだ﹂ ﹁う、そ⋮⋮それは﹂ おや? カート君が急に大人しくなった。ひょっとして彼より上 位の貴族様なのかな? ﹁それとも、先程の発言は王家に対する叛意なのか?﹂ ﹁ま! まさかそんな事は!﹂ 90 ﹁ならばこれ以上騒ぐな。ここは入学試験会場だ。皆の心を乱す様 な事をするな﹂ ﹁は⋮⋮はっ、かしこまりました﹂ そして、俺に怨みが篭った様な視線を向けてから立ち去って行っ た。 なんで? ﹁大変だったな。大丈夫か?﹂ ﹁ん? ああ、全然大丈夫だよ。というか魔法学院であんな行動を 取る奴が居るとは思わなかったからさ、最初気付かなかったよ﹂ ﹁ふっくっく、あの自己紹介を返したのは傑作だったな﹂ 高位貴族っぽい少年が楽しそうに笑っている。伸長は俺と同じ位 かな? あ、今175センチまで伸びました。黄土色っぽい金髪と 蒼い目をしており、白磁の肌っていうの? 透き通る様な肌をした すっげえ美少年だ。 ﹁それにしても、いくら高等魔法学院が貴族の専横を許さないとは いえ、実際に相対すると萎縮してしまう者の方が多いんだがな﹂ ﹁ああ、俺権威とかあんまり関係ない立場だし、あれを恫喝って呼 ぶのもどうかと思うよ。あんまり迫力無いもの﹂ ﹁フム、聞いた通り大分世間ズレしているみたいだな﹂ ﹁聞いた通り?﹂ 誰に? ﹁ああ、自己紹介が遅れたな。私の名はアウグスト。アウグスト= フォン=アールスハイドだ。近しい者はオーグと呼ぶ。シン、君の 91 事は父上から色々と聞いてるよ﹂ ﹁え!? って事はディスおじさんの息子?﹂ お?周りがシーンとした。 ﹁くっくっく、ディスおじさんの息子⋮⋮そんな風に言われたのは 初めてだな。俺が王子だと知った奴は途端に媚びてくる奴等ばかり なのだがな﹂ ﹁だって、ディスおじさんの事ずっと親戚の叔父さんだと思ってた からさぁ、おじさんの息子って言っても従兄弟?って感じがするん だよね﹂ ﹁くっくっく、あははははは!﹂ 何か大爆笑されましたけど。 ﹁そうかそうか従兄弟か。父から君の事を色々聞いた時に不思議な 感覚に陥ったのを思い出したよ。従兄弟とそう言われても違和感が 無い。いや、むしろこの感覚に納得したよ。そうか、従兄弟か﹂ ﹁何か喜んで貰えた様で何よりだよ﹂ ﹁ふふ、こうしてようやく会えたんだもう少し話をしたい⋮⋮所だ が、そろそろ試験会場に行かないとまずいかな?﹂ ﹁え、あ! ホントだ。もう行かないと﹂ ﹁それじゃあ、お互い頑張ろう。次に会うのは入学式かな?﹂ ﹁はは、そうなる様に頑張るよ。ていうか家に遊びに来てもいいよ ?﹂ ﹁もうすぐ立太子の儀を控えてる王子としては、そう軽々しく出歩 け無いんでね﹂ ﹁そうなの? ディスおじさん、しょっちゅう遊びに来てるけど﹂ ﹁父上⋮⋮﹂ 92 そうしてグッタリしてるオーグと別れ、試験会場へ向かった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー シン、カート、アウグストを囲む様に野次馬が集まっていたが、 その中にマリアとシシリーの姿があった。 ﹁ちょっと、折角シンを見つけたと思ったのに、何でよりにもよっ てアイツに絡まれてんのよ!﹂ ちょうどカートに絡まれたところらしい。 ﹁あぁ⋮⋮シン君大丈夫かな⋮⋮﹂ ﹁アイツは選民意識の塊みたいな馬鹿野郎だからね⋮⋮面倒な事に ならなきゃいいけど﹂ この二人はカートの事を知っている様だ。 ﹁え? ちょっと!! あれって!﹂ ﹁まさか、アウグスト殿下!?﹂ そしてアウグストによって事態は終息し野次馬の面々も試験会場 へ散って行った。 マリアとシシリーもその波に乗りながら話を続ける。 ﹁シン君って何者なんだろう?﹂ ﹁本当にねぇ、アウグスト殿下があんなに楽しそうに話してるのな んか初めて見たよ﹂ 93 ﹁うん﹂ ﹁それより⋮⋮問題はアイツだね。まさかこの学院に来てるとは﹂ ﹁そうだね⋮⋮﹂ ﹁いいシシリー。もしアイツに何かされたらすぐに言うんだよ?い や、されなくれも言うんだよ?﹂ ﹁何もされてなくてもって⋮⋮﹂ ﹁ふーむ、あ! そうだ! シンにさ一緒に居て貰えばいいじゃん !﹂ ﹁え、えええ!? シン君に!?﹂ ﹁そう! 嫌な奴に付き纏われてるって言えばきっと助けてくれる よ! 強いし、貴族にも王族にすら物怖じしないんだから!﹂ ﹁でも⋮⋮絶対迷惑だよ﹂ ﹁大丈夫だって。多分シンは困ってる女の子を見捨てる様な奴じゃ ない。この前の一件でそういう奴だって確信した。寧ろ進んで守っ てくれるんじゃない?﹂ ﹁でも何か⋮⋮シン君の優しさに突け込んでるみたい⋮⋮﹂ ﹁そうね、突け込むのよ。いいシシリー、確かにシンは良い奴だと 思う。でも私はアンタの事の方が大事なの﹂ ﹁マリア⋮⋮﹂ ﹁それに一緒に居れば仲が進展するかもしれないじゃーん﹂ ﹁え、あ! もう!!﹂ シンの知らない所で女の子達の計画が進行していた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー あれから試験会場にて筆記試験を受けた。やっぱり人で一杯だっ 94 た。 終わり。 筆記試験にこれ以上何を言えと? そして実技試験が始まった。 試験は室内練習場で行われ、設置された的を破壊できれば良し。 破壊できなくても魔法の錬度を見るらしい。受験番号順に五人づつ 室内練習場に入り、一人づつ魔法を披露していく形式だ。 俺は五人の内の最後の順番だった。 最初の奴が受験票と市民証を試験官の先生に渡してる。 試験官の先生は、黒いローブに肩に届く位の黒い髪をした眼鏡を かけた女の先生だ。何か黒いスーツ着てたら、秘書って感じの人だ な。 ﹁それでは、自分の一番得意な魔法を力の限り放ちなさい﹂ ﹁ハイ! よろしくお願いします!!﹂ おお、初めての同年代の魔法だ。どんな魔法を使うんだろう? ﹃全てを焼き尽くす炎よ! この手に集いて敵を撃て!﹄ ⋮⋮。 ﹃ファイヤーボール!!﹄ 95 ⋮⋮。 ボンっ! ⋮⋮。 ﹁ふう﹂︵ドヤ顔︶ ⋮⋮恥ずかしい! 恥ずかしいよ! 何だよあれ? 詠唱ってあ んななの? それにファイヤーボールってベタにも程があるよ! 撃つまでが派手だった割に効果がショボいよ! それなのに何でド ヤ顔してんの? これはマズイ。皆の期待に応えようと全力でやろうと思ってたけ ど、全力でやったら確実に変な目で見られる。全力出すのは止めと こう。 そして試験はどんどん進んでいく。 ﹃荒れ狂う水流よ! 集い踊りて押し流せ!﹄ ﹃ウォーターシュート!﹄ ⋮⋮。 ﹃風よ踊れ! 風よ舞え! 全てを凪ぎ払う一陣の風を起こせ!﹄ ﹃ウィンドストーム!﹄ ⋮⋮。 96 ﹃母なる大地よ力を貸して! 敵を撃ち払う礫となれ!﹄ ﹃アースブラスト!﹄ ⋮⋮うおぉ⋮⋮しんどい⋮⋮何だこの厨二病発表会は!? 聞いてるだけで大昔の黒歴史が甦って来るようだぜ⋮⋮。 人知れず精神にダメージを受けていると前の4人が全て終わった ので、次は俺の番だ。さて、どんな魔法を使うか? ﹁さて次は⋮⋮﹂ 俺の受験票と市民証を見て試験官の先生が一瞬目を見開いた。 ﹁君が⋮⋮ふむ。それでは、自分の一番得意な魔法を力の限り⋮⋮ と言いたい所だが、君の場合は注意しておこう﹂ 注意? なんで? ﹁君はあの的を破壊する程度の威力の魔法でいい。くれぐれもこの 練習場を破壊するような魔法は使わない様に﹂ ⋮⋮ディスおじさん⋮⋮一体どんな話の仕方をしたんだ⋮⋮。 その逆特別扱いにちょっとションボリしながら定位置に着いた。 さて、的は両手両足の無いマネキンみたいな形をしてる。今まで の魔法に耐えているので強度はそこそこありそうだ。ちなみに不公 平が出ない様に毎回新品を用意してる事から、強度があると言って もそこまで高価な物は使ってないだろう。となると⋮⋮あれでいい 97 か。 そして俺は、例の青白い炎を一つだけ、大分小さめに作り出した。 無詠唱でその現象を起こした事に周りがザワつく。それを細長く成 型し弾丸として打ち出した。 超スピードで打ち出された炎の弾丸は青白い線を空中に描きなが ら的に吸い込まれた。 ドンッッッ!!!! 大音量を撒き散らして的が爆散する。そして的を打ち砕いた炎の 弾丸は勢い衰えず後ろの壁に着弾した。あ、やっべ。 ドガアァァァン!!!!! 壁に施されていた魔力障壁にぶち当たり、練習場全体を激しく揺 らした。そして全てが収まった時、周りの面々の反応は、唖然、と しか言い様の無いものだった。これ先生に怒られないか? ﹁⋮⋮一つ聞きます⋮⋮今の魔法は、全力を出したのですか?﹂ ﹁いえ? 先生が練習場を破壊するなって言うから、相当抑えて撃 ちましたけど﹂ ﹁あ⋮⋮あれで相当抑えた?﹂ ﹁ええ﹂ ﹁⋮⋮そうですか。分かりました。試験はこれで終了です。皆さん お疲れ様でした﹂ 良かった。怒られずに済んだ。 98 その事にホッとしてしまいマリアやシシリーを探すのを忘れて家 に帰った。 うおぉぉ! 何やってんだ俺ぇぇ! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 全ての試験が終わった魔法学院に教師達が集まっていた。 ﹁そんなに凄かったのか? ﹃賢者の孫﹄は﹂ ﹁凄いなんてモノではありませんでした。相当抑えて、本人は軽く 撃ったつもりの魔法で練習場が壊れるかと思いました﹂ ﹁そ、そんなに?﹂ ﹁ええ、しかも無詠唱で、撃ち出すまでも一瞬でしたね﹂ ﹁なぁ、それ、ワシらが教える事あるのか? 寧ろワシらが教わり たいんだが﹂ ﹁それは私も同じです。元々人間付き合いを覚える為に入学させる と陛下も仰ってましたし、授業の時は皆のお手本となって貰って、 後は研究室でも作ってそこに人を集めて人付き合いを教えれば良い んじゃないでしょうか?﹂ ﹁おお! そりゃ良いな。研究室なら俺らが出入りしてても不自然 じゃないしな﹂ ﹁そうですね。その方向で行きましょうか﹂ ﹁はい。所で入試順位はどうなったんですか?﹂ ﹁筆記も見ました。まだ採点中ですが、ほぼ満点だった様ですね﹂ ﹁となるとこれは⋮⋮﹂ ﹁ええ、今年の﹃入試首席﹄は決まりですね﹂ 99 ご挨拶しました オーグが家に来た。ディスおじさんと一緒に。 爺さんと初めてあったオーグは、感激して涙目になってた。実感 湧かないけど、やはり爺さんって凄いらしい。 オーグの妹も家に来たいと騒いだらしいが、今日は遊びに来た訳 では無いので王城に置いてきたそうだ。その絶望した顔が面白かっ たとオーグが言っていた。意外と性格悪いな。 ちなみに十歳で、メリダばぁちゃんに憧れてるらしい。 遊びに来た訳でないとするなら何しに来たのかと言えば。 ﹁そろそろ行くか﹂ 入学試験から数日経ち、今日が合格発表の日だからだ。オーグか ら一緒に行こうと誘われていた。なので今日家に来たのだ。メッセ ンジャーはディスおじさんだ。国王様⋮⋮。 行くのは俺達二人だけだ。爺さんとか行っちゃうとパニックにな りそうだし、王様なんてもっての他だ。なので爺さんとディスおじ さんは留守番だ。 何しに来たんだディスおじさんは? 街歩きをしたいというオーグの要望もあって学院までは歩いて行 100 く。近いしね。 今日はオーグの護衛はいない。俺がいれば護衛なんていらないだ ろうと言われた。信頼してくれてるのは嬉しいけどそれでいいのか ?王族。 護衛を連れずに初めて自由に街を歩いたオーグは、開放感からか あっちへフラフラこっちへフラフラしながら歩いていたので、十五 分で着く所を三十分位掛かって学院に着いた。 学院に着いた時、二人の手には串焼きが握られていた。 ﹁おお、皆集まっているな﹂ と串焼き肉を頬張りながら呟く王子様。 ﹁そうだねー﹂ とタレの付いた指を舐めている英雄の孫。 うん、怒られるね。確実に。 食べ終わった串焼きの串を異空間に放り込んで、合格者が貼り出 されている掲示板に向かう。ごった返す人混みを掻き分けて掲示板 の前まで行く。ええと、俺の番号はと。 ﹁あ、あった﹂ ﹁私もあったぞ﹂ 二人とも無事合格したようだ。オーグとハイタッチをした後、合 格者受付に並ぶ。ここで教科書と制服を受け取る。クラスもここで 101 発表される様だ。 列はスムーズに進み、すぐ俺の番になった。隣の列ではオーグが 並んでいる。 ﹁はい次の方﹂ 受付のお姉さんに受験票と市民証を見せる。 ﹁はい、確認しま⋮⋮あら? あなた⋮⋮あなたがシン=ウォルフ ォード君ね﹂ ﹁はい﹂ ﹁ふーん、君が噂の賢者の孫ね。それでは、はいこれが教科書です。 これがリストだから確認して、もし抜けがあればすぐに言って下さ い。それと、あなたの制服はこれです。市民証に記録されてる身体 データを参照したのでサイズはピッタリの筈です。もし一部でもサ イズが合わなければ必ず言って下さい。この制服には色々な防御魔 法が付与されています。自分で直そうとか思わないで下さい﹂ お姉さんの説明を聞いて制服と教科書を受け取る。 ﹁制服を直すのってウチのばぁちゃんでもダメ?﹂ ﹁貴方のお婆様というと⋮⋮あぁメリダ様ですか。メリダ様なら問 題無いですね﹂ じゃあ、俺でも大丈夫かな? 魔改造してやろう。 ちなみにクラスは﹃Sクラス﹄だそうだ。 入学式の日取りや時間、入学式に持ってくる物を記載したプリン 102 トを貰って、さあ帰ろうとしたらお姉さんに呼び止められた。 ﹁ああ、それとウォルフォード君は入試首席ですので、入学式で新 入生代表として挨拶をして頂きます。ですので、挨拶考えておいて 下さいね﹂ 耳を疑うフレーズが聞こえてきた。 ﹁新入生代表⋮⋮挨拶!?﹂ ﹁はい﹂ 眩しい笑顔で肯定された。 いやいや、ちょっと待とうか。 ﹁あの、今回の新入生にはオーグ⋮⋮アウグスト殿下がいるんです よ?今回はどう考えても、挨拶するのは殿下でしょう﹂ 代表挨拶なんて前世でも経験したこと無い。今世では言わずもが なだ。オーグには悪いが、ここは俺の代わりに犠牲になってもらお う。 ﹁おいおい、何を言っているんだ﹃入試首席﹄君。この伝統あるア ールスハイド高等魔法学院において入試首席が代表挨拶をするのは 学院始まって以来の伝統。それを私の我が儘で代表挨拶を奪ったと なれば、私にとって、いや王家にとって末代まで消えぬ恥となるで あろう﹂ 隣の列にいたオーグが何か正論っぽい事を宣った。 103 ニヤニヤしながら。 おい! 絶対面白がってるだろ! コイツ絶対性格悪いわ! ﹁お、お前ぇ﹂ ﹁アウグスト殿下の仰る通りです。この学院には身分の貴賤は無く 完全実力主義です。それは王家の方とて例外ではありません。今上 陛下御在籍の折りも代表挨拶は陛下では無かったと伺っております﹂ 完全に逃げ道断たれた。 ﹁まぁそういう訳で、頑張って挨拶を考えてくれ﹂ 今までで一番良い笑顔を浮かべてそう言った。 マジかぁ⋮⋮入学式で新入生代表挨拶をしなければならないとい う衝撃の事実に打ちひしがれ、またしてもマリアとシシリーを探す のを忘れていた。家に帰ってから気付いた。 ⋮⋮忘れすぎだろ俺⋮⋮。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー シンが新入生代表挨拶をしなければならない事に落ち込み、トボ トボとまだ並んでる列の横を通り過ぎて行った。 その列の中にマリアとシシリーの二人もいた。 104 ﹁あーあ、入試首席はダメだったかぁ﹂ ﹁スゴイよね。体術も凄いのに魔法も凄いなんて﹂ シシリーがニコニコしながらシンの事を目で追っている。 ﹁シシリー、シンに声掛けなくていいの?﹂ ﹁あ、うん⋮⋮いいよ、話し掛けても何を話していいのか分かんな いし⋮⋮﹂ ﹁何言ってんの? 折角試験に合格したっていう共通の話題がある のに﹂ マリアのその言葉にシシリーは今気付いたと言わんばかりに目を 見開いた。 ﹁今気付いた⋮⋮﹂ 言った。 ﹁ああ! 今凄いチャンスだった!?﹂ ﹁チャンスだったねぇ﹂ ﹁なんて事⋮⋮私何やってるの⋮⋮﹂ ﹁何やってんのかねぇ⋮⋮﹂ 王国有数の名門校に合格し、喜色満面の周りに反してシシリーの 周りだけどんよりした空気に包まれていた。 ﹁本当、何やってんのかねぇ⋮⋮﹂ ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 105 色々と落ち込みながら家に帰ると、落ちたのか!?と心配された が、首席になってしまったので新入生代表挨拶をしなければならな い事を告げ、それが憂鬱だと言ったら今度は首席とは凄いと祝福し てくれた。 ﹁ほほ、新入生代表とな。よく頑張ったのうシン﹂ ﹁アタシ等が色々と教えたんだ、これくらいは当たり前さね。でも よくやったね﹂ 二人ともニコニコしながら誉めてくれた。 ﹁流石でございますシン様﹂ ﹁シン様ならば当然の事かと﹂ ﹁私としては騎士養成士官学院でも首席になれたと思うのですが﹂ マリーカさん、スティーブさん、アレックスさんも誉めてくれた。 アレックスさんは何か違うけど。 ﹁父上、首席になれず申し訳ございません﹂ ﹁ああ、うん。シン君が相手ならば仕様があるまい。あれは本当の 規格外だからな。それよりも、よく合格したな。しかもSクラスだ ったそうじゃないか。私も鼻が高いぞ﹂ 何かさらっと非道い事言われてる。 ﹁それよりシン君、代表挨拶位でそんなに落ち込まなくてもいいだ ろうに﹂ ﹁それが父上、代表挨拶の件だけでなくそれ以外の事でも落ち込ん 106 でいる様なのです﹂ ﹁他の件?﹂ ﹁どうも知り合いを探すのを忘れていたとの事で﹂ ﹁知り合い⋮⋮ほう⋮⋮女か﹂ ﹁かと思われます﹂ ニヤニヤ×2 この親子がうぜぇ! 何勝手な事言ってんの!? いや、当たってるけども! ﹁それで? どんな女の子なのだ?﹂ ﹁ああ、長くて綺麗な紺色の髪をしてて、顔が小さくて、黒くて大 きいちょっと垂れた眼をしてて、伸長は百五十五センチ位かな、ス タイルも良くて、超美少女だったな﹂ ﹁いや⋮⋮そこまで詳しくは聞いてないんだが⋮⋮﹂ ﹁チッ、普通に返しやがった。つまらん﹂ おい! オーグてめぇ! 本当に性格悪いな! ﹁ほっほ、王都に来た途端に色々と経験しとる様じゃの、結構結構﹂ ﹁シン、その娘はちゃんとウチに連れて来るんだよ。アタシがしっ かり見定めてあげるからね﹂ 社会勉強と人付き合いの為に王都に来てるからね、色々と経験し てる事は爺さんにとって嬉しいんだろう。 そしてばぁちゃんは恐いよ。 107 そして次の日から、代表挨拶を考える日々が始まった。暇な時間 なんて全く無くなったよ! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー とある貴族の屋敷。 その一室に先程魔法学院の合格発表から帰ってきた少年がいた。 ﹁俺がAクラス⋮⋮? SではなくAだと⋮⋮? そんな馬鹿な⋮ ⋮その上、俺に恥を掻かせたアイツが新入生代表だと⋮⋮? フザ ケルな⋮⋮フザケルな⋮⋮何か不正を働いたに違い無いんだ⋮⋮学 院の教師もグルに違い無いんだ⋮⋮でなければ俺がこんな⋮⋮こん な⋮⋮許せない⋮⋮許せない⋮⋮ユルセナイ⋮⋮﹂ 真っ暗な部屋の中に怨みと怒りの篭った呟きが木霊していた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー さあやって来ました。来てしまいました。入学式です。 昨日は緊張⋮⋮していたけど良く眠れました。もうね、ジタバタ したってしょうがないから、腹をくくって挨拶考えましたよ。もう、 後はどうにでもなれだ。 今日は馬車で学院まで行きます。何故ならば、今日は保護者とし 108 て爺さんとばぁちゃんが来るからだ。歩いて行ったらパニックは必 至。って事で王宮から馬車が来ました。もうね前世の博物館で見た ような豪華な馬車でね。非常に乗り心地は良かったけど居心地が悪 かったです。 今日は当たり前だけど制服を着ています。青いブレザーに黒いス ラックスで今年の一年生はネクタイの色が赤色です。二年生が青色 のネクタイで三年生が緑色のネクタイだ。来年の新入生は緑色のネ クタイになる。女の子は黒いプリーツスカートで、ネクタイではな くリボンになってる。 実はこの王都には高等学院と呼ばれるモノが他にもある。﹃騎士 養成士官学院﹄﹃高等経法学院﹄がそれだ。 騎士養成士官学院はそのままだな。王国を守る兵士を指揮する騎 士を養成する学院だ。身体能力に優れた男女が集まる。男女比は九: 一くらいらしい。ミッシェルさんとかクリスねーちゃんの母校だそ うだ。制服は同じデザインで色違いの赤。 高等経法学院は経済と法律を学ぶ学院。商人や文官を育成する所 だ。王国の頭脳集団とも呼ばれ、戦闘能力は無いが、彼らがいない と国が立ち行かなくなるらしい。男女比は半々くらい。商人のトム おじさんはここの出身だ。制服はやはり同じデザインで色違いの緑。 冷静の﹃青﹄。 熱血の﹃赤﹄。 知識の﹃緑﹄。 そう言われている、アールスハイド王国3大高等学院なのだ。 109 他にも貴族や富裕層が通う学院も有るけど、あんまり関係無いの で割愛だ。 そして今日の爺さんは、何か見た事無い豪華なマントを着ている。 これは国から贈られる﹃勲一等﹄の勲章と共に贈られるマントらし い。白地に金糸の縁取りに刺繍が施された、見るだけで凄いマント だ。それを白い軍服の様な服の上から纏っている。 ばぁちゃんも同じマントだ。それを薄い水色のドレスの上から纏 っている。元は美人でスタイルも良いもんだからすげえ似合ってる。 ばぁちゃんと呼ばれる年なのに使用人さんの中にも見惚れる人がい たくらいだ。 後、いつも掛けてる銀縁の細長い眼鏡じゃなくて、ドレスに合わ せた青い縁取りのオシャレな眼鏡を掛けてる。 徒歩で十五分位で着く距離なもんだから、馬車だと五分位で着い てしまった。馬車から降りた俺ら⋮⋮というか爺さんとばぁちゃん を見て周りが騒ぎ始めた。そして、その孫が学院に来るという噂も やはり広まっているらしく、次第に俺にも好奇の目が寄せられる様 になった。 どうにも居心地の悪い視線に耐えていると、学院の職員さんが来 てくれて俺らを式場内に案内してくれた。ふぅ⋮⋮助かった。なん せばぁちゃんがキレそうだったからね。 ﹁全くどいつもコイツも! アタシは見せもんじゃ無いよ!﹂ キレてました。 110 ﹁すまんのぅ。シンの晴れ舞台なのにとんだ騒ぎになってしもうて﹂ ﹁本当だよ! これでシンの気持ちが乱れて代表挨拶を失敗したら どうするんだい!﹂ うん。息ピッタリだね。もうヨリ戻しちゃえよ。 っていうかばぁちゃん。そういう失敗フラグは立てなくていいか ら。 そうして保護者の二人は会場へ行き、新入生の俺は入場前の集合 場所へと向かった。 ﹁やあシン。緊張していないかい?﹂ ﹁ああ、オーグ。いや大丈夫だけど﹂ 集合場所に着くとオーグに声を掛けられた。 あれからもちょくちょく会ってるからな。随分と気安くなった。 ﹁今日は新入生、在校生、それに国王である父上にこの国の貴族や 重鎮がズラリと揃っているけど、何も緊張しないで良いんだよ?﹂ ﹁いや、だから⋮⋮﹂ ﹁新入生首席のシンはきっと素晴らしい挨拶をするんだろうな。今 から楽しみだよ﹂ こ、コイツ⋮⋮わざとだ。わざと緊張する様に話し掛けてる! ﹁オーグ! てっめぇ!﹂ ﹁おや、どうしたシン。そんなに興奮して?﹂ ﹁わざとだろ!? 絶対わざとだろ!﹂ ﹁ははは、何の事だ?﹂ 111 ﹁このヤロ!﹂ ﹁コラ! もうすぐ式が始まるんだぞ! 何を騒いでる!﹂ ﹁﹁すいません﹂﹂ ﹁全く。ほら、もう始まるから整列しろ﹂ 先生に怒られてしまった。 ﹁オーグぅ⋮⋮お前のせいで入学早々怒られたじゃねえか﹂ ﹁クックック、まぁそう言うな。お陰で緊張が解れただろう?﹂ そういえば⋮⋮ばあちゃんの失敗フラグ発言に少なからず動揺し てた心はすっかり落ち着いていた。 ﹁オーグ、お前⋮⋮﹂ ﹁まぁ偶然だけどな!﹂ ﹁オーグ、お前ぇ!﹂ ﹁そこ! いい加減にしろ!﹂ ﹁﹁はい! すいません﹂﹂ オーグはまだ笑ってる。出会った当初からは想像も付かないけど、 コイツは相当性格が悪い⋮⋮というかイイ性格をしていると言った 方が正しいか。事ある毎にからかう様な事を言って来ては追いかけ っこみたいな事をしてる。初めて出来た同い年の友人⋮⋮というか 従兄弟みたいなモノなので、俺とじゃれ会うのが楽しくて仕方ない 様子だ。 言っとくけど二人ともノーマルだからな! 俺は会った事無いけ どオーグには婚約者がいるらしくてチョイチョイ惚気を聞かされる。 俺だって出来ればシシリーと仲良くなりたいし⋮⋮。 112 すると後ろから声を掛けられた。 ﹁あ、あの⋮⋮シン君、お、お久しぶりです﹂ そのシシリーだった。 ﹁やあシシリー。君も合格したんだね。後マリアも﹂ ﹁ついでみたいに言うな!﹂ ﹁ゴメンゴメン、入試の時も合格発表の時も見なかったからさ、ど うなったのか気になってたんだ﹂ ﹁私は見掛けましたけど⋮⋮話し掛けられる雰囲気じゃなかったの で⋮⋮﹂ ﹁え? あーあの時か?﹂ カート君に絡まれた時と、新入生代表って言われた時。 ちょっと騒いじゃったからなぁ。 ﹁それよりも、ここに並んでるって事は⋮⋮﹂ ﹁そ、私達も﹃Sクラス﹄よ、首席さん?﹂ ﹁はい、一緒のクラスです﹂ シシリーが嬉しそうに笑っているのでつい見惚れていると⋮⋮ ﹁シン。お前が言っていた女性とはこちらの方か?﹂ うおぉい! 何言ってくれちゃってんの!? ﹁おや、確か君達は⋮⋮﹂ ﹁御無沙汰しておりますアウグスト殿下。メッシーナ伯爵家が二女 113 マリアで御座います﹂ ﹁御無沙汰しておりますアウグスト殿下。クロード子爵家が三女シ シリーで御座います﹂ 伯爵と子爵!? 貴族じゃん! ﹁え? シシリーはともかくマリアも貴族?﹂ ﹁ちょっと! 非道くない!?﹂ ﹁フッフフフ﹂ あ、シシリーにウケた。 ﹁で、何で言ってくれなかったのさ?﹂ ﹁だって貴族の娘なんて言ったら急に態度が変わる人が多いんだも ん﹂ ﹁そうですね、他人行儀になると言うか⋮⋮距離を感じる事は良く あります﹂ ﹁ふーん、そんなもん?﹂ ﹁お前が特殊なだけだ。二人とも、コイツには権威とか世間の常識 とか通用しないから、気軽に接して良いぞ﹂ ﹁え? 殿下、それはどういう⋮⋮﹂ ﹁ホラ! いい加減にしろ! 行くぞ!﹂ マリアが何か問い掛けようとした時に先生から声が掛かった。 そして、在校生、教師、保護者、来賓の方々の拍手に迎えられ、 会場に入った。 壇上では来賓や、在校生代表、学院長の挨拶などが行われている が、全く耳に入ってこない。 114 自分の事でイッパイイッパイです。 そして⋮⋮とうとうその時は来てしまった。 ﹃それでは続きまして、新入生代表挨拶です。今年度入学試験首席 合格者、シン=ウォルフォード君﹄ ﹁はい!﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ ﹁ウォルフォード?﹂ ﹁そうだ。シン=ウォルフォード。例の英雄の孫だよ﹂ ﹁﹁!!!﹂﹂ 何かオーグがシシリーとマリアに説明してる。あれ? 言って無 かったっけ? そんな事より代表挨拶だ。俺は緊張しながら壇上に上がった。 会場はやけにざわついてる。頼むから静かにして。 ﹃御紹介に預かりました、新入生代表シン=ウォルフォードです。 今日この良き日に、保護者、御来賓の方々に見守られ、教師、在校 生の方々に迎えられ、このアールスハイド高等魔法学院に入学出来 たことを大変嬉しく思います﹄ ふぅとりあえず定型文はOKかな? 115 ﹃私は幼い頃より、祖父母や知人から様々な事を学んで参りました。 しかし、如何せん祖父が隠居していた森の奥で暮らしていた為、世 間を知らずに育ってしまいました。そんな折、とある方にこう言わ れたのです。﹁学院に入って常識を学んで来い﹂と﹄ ﹃王都に来てから私の環境は劇的に変わりました。既に何人かの友 人も出来ました。学院に入学すれば更に多くの出会いがあるでしょ う。私はそれが楽しみでなりません。勉強はどうした? と言われ そうですが、私にとって人との出会いこそ大切で重要な事なのです。 だから勉強しろと思われると思います。当然勉強も疎かにするつも りはありません。知り合った人々と、切磋琢磨しあえる関係が築け たらと思います﹄ ﹃ですので皆さん、世間知らずだからと言って仲間外れにはしない で下さいね? そんな事をされると泣いてしまうかもしれません﹄ ﹃保護者、御来賓の皆様、私達を常に温かく、そして時々厳しく見 守っていて下さい。教師、在校生の皆様、生意気な生徒、後輩であ るかと思いますが、何卒苛めないで下さい。三年後、より大きく成 長して羽ばたいて行けるよう、私達は頑張って行きますので、御指 導御鞭撻のほど宜しく御願い致します。新入生代表、シン=ウォル フォード﹄ そしてペコリと頭を下げる。 すると大きな拍手が起きた。 良かったぁ、これでようやく肩の荷が降りたよ。そうして席に戻 ると、オーグが声を殺して笑っていた。 116 ﹁ふっくっく、アハハ、ハハハハハ!﹂ 声は殺せてなかった。 ﹁何だよ? 何笑ってんの?﹂ ﹁ふぅはぁ、だってお前、代表挨拶に冗談を交えるなんて前代未聞 だぞ? 他の者の挨拶を聞いてなかったのか?﹂ ﹁え!? そうなの?﹂ ﹁はい⋮⋮そうですね。あまり聞いたことは無いですね⋮⋮﹂ ﹁あまりっていうか私は初めて聞いたわ﹂ マリアも笑ってる。 マジで? あ、生徒は笑ってるけど保護者、来賓、教師は苦笑い だ! やっちまったか? 117 クラスメイトが出来ました︵前書き︶ ランキングが⋮⋮日刊1位になってました。皆さんのお陰です。あ りがとうございます。 118 クラスメイトが出来ました 挨拶に冗談を入れてはいけませんでした そんなの知らないよ! 前世の記憶しか頼る物無かったのに、そ の記憶では挨拶はユーモアを交えて場を和ませましょうが基本だっ たんだ。 初めて知ったこの世界の常識と、公の場で盛大にヤラかしてしま った事に頭を抱えていた。 ﹁いやーあたしは面白かったと思うよ? こういう場での挨拶って ツマンナイ上に眠いんだよね﹂ そう声を掛けられた。この席にいるという事は同じSクラスか。 ﹁あたしはアリス。アリス=コーナーだよ。ヨロシクねシン=ウォ ルフォード君﹂ ﹁ああ、ヨロシク﹂ ﹁さっきの挨拶、あたしは面白いと思ったよ。初等学院とか中等学 院の時は挨拶が苦痛で仕方なかったからね。そう思ってる生徒は多 いんじゃない? さっきだって生徒の殆どは笑ってたし、これから 真似する人は増えるんじゃないかな?﹂ ﹁⋮⋮そうなのか?﹂ ﹁そうだよ。ところでウォルフォード君﹂ ﹁シンでいいよ﹂ ﹁じゃあシン君。シン君てその⋮⋮マーリン様とメリダ様のお孫さ んなんだよね?﹂ 119 正確には違うけどね。皆は爺さんとばぁちゃんが離婚してるって 知らないんだろうか? ﹁まぁそうだね﹂ ﹁今日はいらっしゃってるのかな?﹂ ﹁多分保護者席にいると思うけど⋮⋮﹂ これはあれか? 紹介して欲しいとかそんな話か? ﹁そうかぁ、やっぱりこれからクラスメイトになるんだしご挨拶に 伺った方がいいよねぇ∼﹂ クラスメイトの保護者に挨拶に伺わなきゃいけないなんて初めて 聞いたわ。 ﹁あ! ズルイ! 私も行きたい!﹂ ﹁私も行きたいです﹂ ﹁僕も行きたいねぇ﹂ ﹁私も行きたぁい﹂ ﹁自分もご挨拶したいです﹂ ﹁拙者も行きたいで御座る﹂ 誰だ!? 武士が居たぞ!? ﹁ほう? この学院にはクラスメイトの保護者に挨拶に伺わなけれ ばいけない決まりがあったのか?﹂ ﹁ア、アウグスト殿下⋮⋮﹂ ﹁ならば当然、我が父上にも挨拶に伺って貰わなくてはな﹂ ﹁い、いえ! そんな畏れ多い!﹂ 120 ﹁ならば馬鹿なことを言っていないで静かにしろ。見ろ教師陣が此 方を睨んでいるぞ?﹂ え? うわっ! 超睨んでるよ。今日は怒られてばっかだな。 ﹁この後で教室に行くんだ、交流を図るのはそこでにしろ﹂ ﹁は、はい。申し訳御座いません⋮⋮﹂ ﹁悪いオーグ、助かった﹂ ﹁何、当然の事だ﹂ やっぱコイツ、ディスおじさんの息子だ。こういうとこ超カッケ ーわ。 ﹁貸しイチな﹂ のたま ニヤっとしてそう宣った。 前言撤回! やっぱり性格悪い! その後、入学式は滞りなく進み最後にディスおじさんの挨拶があ った。新入生を鼓舞するような挨拶があり、そして最後に此方を見 てニヤっと笑った。何か嫌な予感がするぞ? ﹃今年は英雄の孫という規格外が紛れ込んでいるから教師陣は大変 だろうと思うが頑張って欲しい。そして同級生達は彼から色々と学 ぶと良い。皆の固定概念を吹き飛ばしてくれるだろう。そして皆が 大きく成長してくれる事を切に願っている﹄ おおい! 最後に何ブッ込んでくれてんの? 挨拶に冗談入れち ゃいけないんじゃ無かったの!? 121 ﹁ふむ、流石父上だ。早速取り込んで来たか﹂ お前も何感心してんだよ! 国のトップがそんな事したらみんな 真似するでしょうが! この世界の常識を変えちゃうよ! 最後に国王様から弄られて非常に疲れる入学式は終わった。 この後は各自の教室に行って自己紹介等の簡単なホームルームを して今日は解散である。 俺達は教師の先導の下教室に行こうとしたが、その時何か気にな る視線を感じた。何だ? そう思って周りを見渡すと⋮⋮あれは⋮ ⋮確かカート君だったな。例の横暴貴族君が俺を睨んでいた。まる で恨みや怨念の籠った様子で。 俺、何かしたか? あ! ひょっとして俺がふざけた挨拶をした から伝統がどうとか式の品格がどうとか思っちゃったかな? 何か 貴族で在る事に偏執してそうだからなぁ。でもディスおじさんも同 じ事したんだから問題ないよね?⋮⋮よね? その視線がちょっと気になったけど、もう教室へ行く時間だ。彼 は違うクラスみたいだから相手にする事も出来ず俺も教室へ向かっ た。 この学院のクラスはS、A、B、Cの4クラスある。Sクラスだ けが十人の少人数クラスで後は三十人づつ、十+三十×三=百人で 一学年だ。入試の成績がそのままクラスになっていて、Sクラスは 入試上位十人、所謂特進クラスだな。一番下がCクラスだけど、皆 超倍率の入試を潜り抜けて来てる。毎年学年が上がる毎にクラス編 122 成があるので、入学した時はCクラスでも卒業する時にはSクラス になっていたなんて事はザラにあるらしい。その逆も然り。爺さん とばぁちゃんの顔に泥を塗らない様に頑張らなきゃな。 今日だけで何回も怒られてるのは忘れてくれ。お願いだ。 教室は何か執務室? みたいな感じだった。机も執務机みたいな 感じで高級感溢れる物で大きかった。椅子も革張りで、ここは社長 室か何かか? と思ったのは俺だけでは無い。 ﹁うわぁ、凄いよこの机。お父様の執務机みたい﹂ ﹁ホントだ。凄いねこれ﹂ ﹁あたしこんな立派な机見たこと無いよ。椅子も凄いし、うぅここ に居るだけで緊張で疲れそう﹂ ﹁何だ、みんな情けないな﹂ 平常運転なのはオーグだけです ﹁所詮只の設備なんだ、その内慣れる。そんな事に気を取られて本 分を忘れるなよ?﹂ ﹁オーグ⋮⋮お前やっぱすげえな﹂ ﹁ふ、ウチの机よりは劣るからな﹂ ﹁そりゃそうだろうよ!﹂ 王宮ですもんね!? ﹁ホラ! いつまでも設備に感心してないでさっさと座れ。黒板に 各自の座席が貼り出してるからその席に着け﹂ っと、ここまで引率してきてくれた男性教師が皆に着席を促した。 123 えーと俺の席は⋮⋮あ! 教卓の目の前、特等席じゃないですか。 と言っても十席しか無いのでどこに座っても同じか。 机の並びは三席、四席、三席の三ー四ー三システムを導入してい る。 交互になっているお陰でどの席からも黒板が見える。 席に着くと教卓にそのまま男性教師が着く。 ﹁さて、では改めて入学おめでとう。俺はこのクラスを担任するア ルフレッド=マーカスだ。実技も担当しているので宜しくな。さて、 この後はお互いの自己紹介をして明日以降の予定を伝えて今日は終 了だ。では、俺から始めようか。さっき言った様に名前はアルフレ ッド=マーカス。俺もこの高等魔法学院の卒業生で、教師になって 五年になる。教師になる前は宮廷魔法師団に所属していた。五年ほ ど勤めた後、学院の教員に欠員が出たので教師になった。だから年 齢は二十八歳だな。尊敬する人物は賢者マーリン殿だ。なのでこの クラスの担任になれて大変嬉しく思っている。以上だ﹂ 最後に何か言ったな。最初にそんな事言ったら皆言わなきゃいけ なくなるじゃん。 ﹁では次はお前達だ。じゃあ、入試順位順にいくか。では、シン= ウォルフォードから﹂ ﹁はい。えーと、初めましての人もそうでない人もいますが改めま してシン=ウォルフォードです。代表挨拶でも言いましたが、つい 最近まで森の奥で暮らしてたので色々と世間知らずです。なので何 124 か変な事をしても見捨てないで下さい。じいちゃんに教えてもらっ て一通りの魔法は使えます。ばぁちゃんに付与魔法も教わってるの で魔道具を創る事も出来ます。尊敬する人物はじいちゃんとばぁち ゃんです。宜しくお願いします﹂ ﹁マーリン様とメリダ様の個人レッスン⋮⋮﹂ ﹁なんて羨ましい⋮⋮﹂ 何か皆、羨望と嫉妬が入り交じった様な顔してんな。全員じいち ゃんとばぁちゃんのファンか? ﹁次は、アウグスト殿下、お願い致します﹂ ﹁はい。皆、既に知っているとは思うが、シンの様な世間知らずが 居るかもしれんからな。改めてアウグスト=フォン=アールスハイ ド、この国の第一王子だ。だが、知っての通りこの学院は王家すら 身分の貴賤を問わないからな。皆もシンの様に遠慮なく接してくれ。 シン程では無いがある程度は魔法を使えると自負している。シンに 比べたら本当にある程度だがな。尊敬する人物は父上とやはり賢者 マーリン殿だな。これから宜しく頼む﹂ チョイチョイ俺を引き合いに出してくんな! おい。 ﹁殿下とそれ程仲が良いのか﹂ ﹁羨ましいで御座るな﹂ やっぱり武士が居るよ! 誰だ! ﹁では次、マリア=フォン=メッシーナ﹂ 125 ﹁はい。初めまして、マリア=フォン=メッシーナです。メッシー ナ伯爵家の二女で、女学院は性に合わないし魔法もソコソコ使える ので、魔法学院に来ました! さっき殿下も仰ってた様にみんな気 軽に接してくれると嬉しいです。尊敬するのはやっぱり導師メリダ 様です。メリダ様の様に綺麗で強い女を目指します! 宜しくお願 いします!﹂ 貴族や富裕層の女子が通う女学院は性に合わないってか。確かに お淑やかって感じじゃ無いわな。 ﹁では次、シシリー=フォン=クロード﹂ ﹁はい。初めまして皆様。シシリー=フォン=クロードです。クロ ード子爵家の三女で、マリアに引っ張られて魔法学院を受験しまし た。こんな素敵な皆様と出会えて、誘ってくれたマリアにはとても 感謝しています。私は治癒魔法が得意で、攻撃系の魔法はちょっと 苦手です。皆様をサポート出来ればと思ってます。尊敬する人物は メリダ様ですね。いつかお会い出来たらと思います。宜しくお願い します﹂ 大丈夫だよシシリー。ばぁちゃんはシシリーに会いたがっていた よ。品定めの意味で。 ﹁次、アリス=コーナー﹂ ﹁はーい。みんな初めまして、アリス=コーナーです。ここまで凄 い家の人が続いてたけど、あたしで止めちゃったよ。家は普通の平 民で、父さんはハーグ商会の経理をやってます。あたしは残念なが ら経理は苦手なんで、魔法を頑張りました! シン君のいるクラス になれてホントにラッキーです! メリダ様を超尊敬してます。宜 126 しくお願いします!﹂ アリスは金髪、碧眼のショートカットの女の子。なんというか細 くて全体的にちっこい子だ。同い年だけど妹的存在だな。ちなみに ハーグ商会って、トムおじさんの経営する商会だ。 ﹁次、トール=フォン=フレーゲル﹂ ﹁はい、自分はトール=フォン=フレーゲル。フレーゲル男爵家の 嫡男です。私はアウグスト殿下の護衛と学友になる様に幼少のころ 選出され、それ以来ずっと殿下と共に歩んで参りました。この度は、 アウグスト殿下の高等魔法学院進学の為と、自分は魔法職の護衛と なる予定ですのでこの高等魔法学院で研鑽したいと思いやって参り ました。やはり自分も賢者マーリン様を尊敬しております。宜しく お願いします﹂ トールはオーグの護衛兼学友か。銀髪に丸い眼鏡を掛けてる。こ れまたちっこい男の子だ。男子じゃなくて男の子って言いたい。お 姉さんにモテそうだ。 ﹁次、リン=ヒューズ﹂ ﹁はい。リン=ヒューズです。父は宮廷魔法士、母は専業主婦。魔 法が大好きなのでここに来ました。マーリン様を尊敬しております。 宜しくお願いします﹂ 短か! あんまり口数の多い子じゃないのかな? リンは黒い髪 をショートボブにして縁の細い眼鏡を掛けてる。中肉中背の女の子 だ。女の子で初めて爺さんを尊敬してるって子が出てきたな。魔法 大好きって言っていたし、女性的な事より魔法の方が好きなんだろ 127 うな。 ﹁次、ユーリ=カールトン﹂ ﹁はぁい。みんなはじめましてぇユーリ=カールトンです。私の家 はホテルを経営してるの。だからみんな、もしこっそりお泊まりし たい時はいつでも言ってねぇん。サービスするからぁ。私は付与魔 法の方が得意ねぇ、だから強くて美しいメリダ様を心から尊敬して ますぅ。みなさ∼んよろしくねぇ﹂ なんだろう。エロい娘だ。ボン・キュッ・ボンです。喋り方もち ょっと甘ったるい感じ。そしてホテルを経営しているカールトンさ ん。お金持ちの匂いがするな! ﹁次は、トニー=フレイド﹂ ﹁はい。みんな、はじめまして、トニー=フレイドです。ウチはみ んな騎士の家系で父も母も兄もみんな騎士養成士官学院に行ったん だけど、男女比九:一の学校は僕には拷問でね。とにかくあの学院 に行きたくなかったんだ。でも魔法学院に入るならSクラス以外は 認めないって言われちゃってね。死に物狂いで頑張りました。ちな みにSクラスから落ちると騎士養成士官学院に強制連行されるので、 ここでも頑張るよ。やっぱり男としてメリダ様と一緒になったマー リン様を尊敬してるね。これからみんな宜しくね。後、カールトン さん、ホテル利用する時は宜しくね﹂ 茶髪で背が高く、細身のイケメンだ。チャラ男かと思いきや家の 事情で超苦労してるらしい。泣ける。でもやっぱりチャラ男だった。 ﹁では最後、ユリウス=フォン=リッテンハイム﹂ 128 ﹁畏まりました。拙者、ユリウス=フォン=リッテンハイムと申す。 リッテンハイム侯爵家の嫡男である。トールと同じくアウグスト殿 下の護衛と学友を兼ねておったのですが、殿下が魔法学院に進学さ れる為、拙者も一緒に受験したので御座る。いや拙者、魔法が苦手 であったが故に苦労し申した。それでも何とか受験に合格し皆と机 を並べることが出来たのは僥倖で御座った。これからも精進致す故、 皆様宜しくお頼み申します。尊敬するのは、やはり賢者マーリン殿 と、前騎士団総長のミッシェル殿で御座る﹂ いたよ! こいつだ武士! その上、見た目と名前と喋り方が一 致しねえよ! いかにもお貴族様な名前に反して、制服を盛り上げ る逞しい筋肉と大きな体、短い金髪をツンツンに立てていて青い瞳 をしている、パッと見アメフトの選手みたいな見た目なのに、喋り 方武士。いや、違和感しかねえよ! それにしても魔法使いに見えない。むしろ騎士養成士官学院の生 徒と言った方がしっくり来る。本人も魔法が苦手って言ってたし、 これは⋮⋮まさか⋮⋮。 ﹁あー⋮⋮皆の言いたい事は分かるがな、別に学院が殿下に気を使 って入学させた訳じゃ無いぞ。純粋にリッテンハイムの実力だ﹂ そうなんだ。クラスメイトを疑ってしまった⋮⋮。 最低だな⋮⋮俺⋮⋮。 ﹁ただ、リッテンハイムは放出系の魔法は苦手でな、身体強化魔法 を使ったんだ﹂ 129 身体強化魔法? ﹁強化した脚力で的まで一足飛びに飛んで行ってな⋮⋮これまた強 化した拳で的を破壊したんだ﹂ 変態だ! 変態魔法使いだ! これは言っても良いだろ! 魔法 の使い方がおかしいよ! ﹁いやぁ、そんなに誉められると照れるで御座るよ﹂ ︵︵︵︵︵︵︵︵︵誉めてねぇよ!︶︶︶︶︶︶︶︶︶ 入学早々皆の心が一つになった。 130 ロックオンされてました︵前書き︶ 先程、一度投稿したのですが、展開を書き急いだのか自分でも強引 だなと思ってました。一度投稿したもののやはり納得がいかなくて、 後半部分書き直しました。先程早速読んで感想を頂いた方には申し 訳ありません。改めて宜しくお願い致します。 131 ロックオンされてました ユリウスが最後に全部持って行った自己紹介が終わり、明日以降 の予定を聞いて、今日のところは終了した。 明日の午前中は学院内を案内してもらう。昼食を食べた後は屋内 魔法練習場で早速実技講習だ。 実習服は無い。この制服が既に付与魔法によって高度な防御力を 備えていると言われているからだ。もし服が破れても学院からまた 無料で支給される。ちなみに学院にある食堂も、授業料ですら無料 だ。これは他の三大高等学院も同じで。王国にとって有益な人材を 育てる為に年間予算として計上されている。だが、卒業後に国に仕 える義務は無い。 すげえなこの国。 そして、俺の制服は既に改造済みだ。 ふふふ、かなり俺の理想通りに出来ましたよ。 元は﹃魔法防御﹄﹃衝撃緩和﹄﹃防汚﹄がこの世界の言葉で付与 されていた。一般的な魔道具で三つ効果が付与されている物は上級 の部類に入る。大抵は一つか二つだ。 その付与の効果は、﹃魔法防御﹄は魔法による衝撃を﹃和らげる﹄ 効果がある。 132 ﹃衝撃緩和﹄は物理的衝撃を﹃和らげる﹄ そして﹃防汚﹄は制服に付いた汚れを落とす。実習でそのまま使 うからね。 この効果を確認した時、﹃防汚﹄は良いとして、﹃魔法防御﹄と ﹃衝撃緩和﹄はそりゃ無いだろうと思った。効果が﹃和らげる﹄って そこで、付与効果を﹃書き換え﹄てやった。 まず、一旦付与された魔法効果を剥がす。これは記載された文字 を一文字づつ慎重に、魔力を纏わせた専用作業用の杖を使って一文 字づつ剥がしていく。この専用作業用の杖も自分で創った。指でも 出来ない事は無いが繊細な作業が必要で更なる集中がいるのでやら ない。相対しながら行う事は絶対無理だ。というか、今まで付与効 果を﹃剥がす﹄なんて事は誰もやった事が無いらしい。 なんでこんな事が出来るかと言うと、前に付与した効果が気に入 らなくて無かった事に出来ないかと思って色々試してみたのだ。 魔道具に魔力を纏わせ、文字が浮かぶ様にイメージするとまず転 記した文字が浮かび上がった。 これはひょっとしてと﹃魔法効果無効﹄という付与をした杖を創 って、浮かび上がった文字を一文字なぞってみたら文字が消えたの だ。そしてもう一度付与し直したらまた付与出来た これを見せた時のばぁちゃんの顔が面白かった。 付与可能な文字数はブレザー、シャツ、スラックスに各二十文字 133 もあった。 これ何で出来てるんだ?相当特殊な生地で出来てる。糸が違うの か?魔物化したモノからは色々と特殊なものが採取出来ると言うか ら、ひょっとして魔物化した蜘蛛の糸とか⋮⋮うわっ考えんの止め よ。 以前にプロテクトスーツを作った時は普通の服で八文字だったか ら、﹃防刃﹄﹃対魔法﹄﹃対衝撃﹄の三つしか付与出来なかった。 それでも十分実用に足りた。だが、効果を﹃省略﹄して記載した為 か、完全に効果を発揮仕切れなかった。 そこで今回付与したのは﹃対魔法﹄に替わり﹃絶対魔法防御﹄ ﹃対衝撃﹄﹃防刃﹄に替わる﹃物理衝撃完全吸収﹄ これに、元々付与されてた﹃防汚﹄ 新たに加えた﹃自動治癒﹄ これで合計二十文字だ。 ﹃絶対魔法防御﹄を付与するのは特に大変だった。 記載する文字にイメージが追い付いていなかったのだ。 ﹃絶対魔法防御﹄という全ての魔法を防御する言葉である為、全 て防御出来なければいけない。でも﹃火﹄と﹃水﹄では防御方法が 違う。全てを﹃防御﹄するイメージが出来ず、何度も転記に失敗し た。 134 どうしようかとかなり悩んだ。 悩んでる俺を見て、ばぁちゃんがメッチャ心配そうに見てた。 そして、ある発想の転換でようやく転記に成功した。 そのイメージとは﹃魔力の霧散﹄ 服を薄く包む様に魔力の障壁を展開させ、発動した魔法がその障 壁に触れると魔力が霧散するイメージを付与した。 これまでは﹃硬い壁﹄をイメージしていたのだが上手く行かなか った。そこで﹃止める﹄のではなく、魔法を構成している魔力その ものを﹃霧散﹄させればどうかと考え、試してみたところこれがバ ッチリ発動した。こちらに害を成す魔法のみ消失する様にイメージ したので、治癒魔法や自らが発動する魔法に対しては効果を発揮し ない。 成功した瞬間、大声で叫んだ。 ばぁちゃんが飛んできた。 ﹃物理衝撃完全吸収﹄も原理としては同じだ。﹃硬い﹄をイメー ジするのではなく﹃運動エネルギーの消失﹄をイメージすると、上 手く付与が転記された。動いてる物がこの制服に当たった瞬間に動 きを止める物理法則を完全に無視したその動きは正直気持ち悪かっ た。防具としては最高なんだけどね。 ﹃防汚﹄は、服の元の状態を記憶させ、それ以外の付着物を落と 135 すイメージ。 ﹃自動治癒﹄は傷、欠損を認識し、それが発生した場合発動し、 身体の別の所から細胞を集めて来て一旦万能細胞化させ、その万能 細胞が修復が必要な部分を復元し元の状態に戻すイメージをした。 なので﹃自動治癒﹄が発動すると身体がちょっと細くなる。 ちなみに外科的要因にしか効果は発揮されない。 一見すると無敵の防具の様に見えるが、欠点が二つある。 一つは、﹃服﹄のある所しか防御されない事。顔や手足の先は無 防備だ。 二つ目は、魔力を通さないとそもそも発動しないという事。 一つ目の欠点は自動治癒を付与した事で、ある程度リカバリー出 来る。 二つ目の欠点は、そもそも魔法を使おうとすると発動する。 攻撃を受けるシチュエーションなんてそうそう無いからそう問題 にはならないと思う。大抵戦闘中だろうし。 そこそこの魔力量が無いと発動しないので、普段から発動しっぱ なしという事は無い。不意打ちを受けるとダメージが入るので注意 が必要だ。 そんな付与魔法がこの制服には込められている。 136 ばぁちゃんには口を酸っぱくして、絶対に口外するなと釘を刺さ れた。 ホームルームが終わり、今日は解散となったので皆で教室を出た 時。 ﹁シン、ちょっといい?﹂ マリアに呼び止められた。 ﹁ん? なに?﹂ ﹁ちょっと話があるんだけどいい?﹂ ﹁良いけど⋮⋮﹂ またあれか? 爺さんとばあちゃんに会わせて欲しいとか? ﹁ちょっとシシリーの事で相談があるの﹂ よし、聞こう。 ﹁何か困り事?﹂ ﹁そう、困り事なのよ﹂ マリアは本当に困った顔をしていた。 シシリーは申し訳無さそうな顔をしていた。 二人ともこんな顔をするなんて、よっぽどの困り事なんだろうか? ﹁実は⋮⋮シシリーに付き纏ってる男がいるの﹂ 137 ﹁な⋮⋮﹂ なぁにぃぃ! どこのどいつだそれは!? ﹁シンに初めて会った後位からかな。ずっとシシリーに言い寄って 来てて、シシリーは何度も断ってるのに実家の権力を傘に来て脅し までかけて来てるの﹂ 最低だな、ソイツ。でも、権力が有るのに自分の思い通りになら ない、そうなるとそろそろ⋮⋮。 ﹁シシリーが自分の思い通りにならなくて相当頭にキテるらしくて ⋮⋮そろそろ無茶な手段に出てくるかもしれないの﹂ ⋮⋮やっぱりか。 ﹁それでね⋮⋮その言い寄って来る男って言うのが⋮⋮この学院に いるの﹂ ﹁なんだと!?﹂ 学院にいるとなると、いつ何があるか気が休まる時が無いじゃな いか! シシリーは本当に辛そうな、申し訳なさそうな顔をしていた。 ﹁ごめんねシン君⋮⋮こんな話聞かせて⋮⋮﹂ ﹁何言ってんだ? むしろ知らせてくれて良かったよ!﹂ ﹁⋮⋮だから申し訳ないの⋮⋮﹂ どういう意味? そんな事より、これは早急な対処が必要だな。 138 どうしようかと考えていると、そこへ声が掛かった。 ﹁おい! シシリー! 貴様、俺の婚約者でありながら他の男と話 をするとは何事だ!﹂ 何だと!? 誰だ一体! そしてその声を聞いたシシリーの顔が辛そうに歪んだ。シシリー にこんな顔をさせるなんて誰なんだ! と声がした方を見てみると ⋮⋮ また彼だ。カートだ。 ﹁アイツよ。アイツがずっとシシリーに付き纏って、勝手に自分の 婚約者だって周りに言い振らしてるの﹂ マリアがそう教えてくれた。 彼を見たシシリーは慌てて俺の後ろに隠れた。それが気に入らな かったのか彼は顔を真っ赤にしながらこっちに来た。 ﹁シシリー! 貴様、こっちに来い!﹂ カートは手を伸ばし、シシリーの腕を掴もうとした。 そんな事させる訳無いだろうが。 シシリーに伸ばした手を掴み取り、そのまま後ろ手に捻り挙げた。 なんかデジャヴ。 139 ﹁グアッ! は、離せ無礼者!﹂ ﹁はぁ、キミまだそんな事言ってんの?﹂ 五月蝿いので解放してやる。そうするとこちらを睨みながらまた 喚いて来た。解放しても五月蝿いな。 ﹁そこのシシリーは俺の婚約者だ! 貴様なんぞが話をしていい相 手では無い!﹂ ﹁こんな事言ってるけど、本当なの?﹂ ﹁えっと⋮⋮あの⋮⋮﹂ ああ、カート声がデカイからな、萎縮しちゃったか。 ﹁シシリー、大丈夫だよ。何かあっても俺が守ってやる。だから思 った事を言ってみな﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ シシリーを安心させる為にそう告げる。するとシシリーは何かを 決意した様な顔になりカートに向かって言った。 ﹁私は⋮⋮私は貴方からの求婚はお断りしました! 勝手に婚約者 と言われる事も迷惑です!﹂ 成り行きを見守る為、静かになっていた廊下にシシリーの声が響 いた。よし! よく言ったぞシシリー。 ﹁き、貴様! この俺に逆らうというのか!﹂ ﹁さ、逆らいます! 私は貴方の言いなりになるつもりはありませ ん!﹂ 140 恐いのだろう、脚が震えている。それでも自分の言いたい事を言 った。偉いぞシシリー。 ﹁き、貴様⋮⋮女が俺に逆らうだと? 貴様等女は男の側で愛想を 振り撒いていればいいんだ! しかもこの俺の側に侍らせてやろう と言うのに、ふざけるな!﹂ ﹁フザけてんのはどっちだよ?﹂ 今のは駄目だ。女は男の道具じゃない。そんな事を平気で叫ぶコ イツに心底腹が立った。 ﹁貴様はぁ⋮⋮どこまでも俺に逆らうか!﹂ ﹁あぁ逆らってやるよ。何でも自分の思い通りになるとか、思い上 がってんじゃねーぞ﹂ ﹁ぐ、ぎ、ぐぎぎぎ、ぎざま゛ぁ゛﹂ おお、赤かった顔が更に赤くなった。血管切れるよ? ﹁言わせておけばいい気になりおって⋮⋮いいだろう、俺に逆らう とどうなるか思い知らせてやる﹂ ﹁それは何? 脅迫? いいぜ、いつでも襲って来いよ。完膚無き までに返り討ちにしてやるから﹂ ﹁そんな事を言っていいのか? シシリー。確か貴様の父親は財務 局の管理官だったな?﹂ ﹁そうです⋮⋮けど⋮⋮まさか!﹂ ﹁そうだ。俺の父は財務局の事務次官だ、俺が父に一声掛ければ⋮ ⋮さて、どうなるかな?﹂ カートは嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。 141 こ、コイツ! 本当に最低だ! ﹁いい加減にしろ﹂ ﹁ア、アウグスト殿下⋮⋮﹂ いい加減ブチ切れそうだったその時、オーグが割って入った。 ﹁カート=フォン=リッツバーグ、お前は私が入学試験の時に言っ た事を覚えていないのか?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁しかも、自分の父に頼み込んで相手の親に圧力を掛けるなど言語 道断、王国貴族にあるまじき行為だ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ カートはオーグに諫められ、俯いて何も言えなくなっていた。 ﹁この事は父上を通して財務局長に伝えておく。万が一にもおかし な行動を取られん様にな﹂ ﹁な! そ、それは!﹂ ﹁これは決定事項だ。異論は認めん。分かったらもう行け﹂ ﹁⋮⋮はい⋮⋮分かりました⋮⋮﹂ 入学式の時よりも凄まじい怨念の籠った眼でこちらを睨んでから この場を去った。 ﹁ありがとうオーグ、助かった。もう少しでキレる所だった﹂ ﹁すいません殿下。ありがとうございました﹂ ﹁何、お前がどうするのか見ていたんだがな、話がおかしな方向に 行きそうだったから介入させて貰った。しかし、お前がキレたらど 142 うなるのか見てみたかった気もするがな﹂ ﹁てめぇ! 俺の感謝を返せ!﹂ ずっと見てたのかよ! だったらさっさと介入してきてくれよ! ﹁そう怒るな。お前が居たからクロードやメッシーナには危険は無 いだろうと確信していたからな﹂ ﹁そりゃ当然だけど⋮⋮もしもって事もあるじゃないか﹂ ﹁フフ、そうか? ﹃大丈夫だよ。何があっても俺が守ってやる﹄ と、そう言っていたではないか。いや格好良かったよ、なぁクロー ド?﹂ ﹁えぅ! あの、その⋮⋮カッコ良かった⋮⋮です⋮⋮﹂ ﹁だそうだ、良かったな?シン﹂ コイツは⋮⋮本当に⋮⋮! シシリーは真っ赤になってモジモジしてる。上目遣いでこっちを 見てて⋮⋮ああもう!可愛いなチクショウ! ﹁ねぇ、これでもう大丈夫だと思う?﹂ マリアが心配そうに訊ねてくる。そりゃあの様子じゃ安心は出来 ないわな。 何であそこまで自分は特別だと思い込んでるのか知らないけど、 ああいう奴は自分の思い通りにならない事をすんなり許容出来ると は思えない。まだ注意しておくべきだろう。 ﹁うーん、去り際のあの視線を見る限りまだ注意しておく必要があ ると思うよ。気を抜くべきじゃない﹂ 143 ﹁やっぱり⋮⋮そうですか⋮⋮﹂ シシリーがシュンとしてしまった。いかんな、元気付けてやらな いと。ばあちゃんにでも会わせようかって、ああ!そうだ! ﹁ちょっと思い付いた事があるんだけど、皆この後ウチに来れない か?﹂ ﹁え!? シンの家に!?﹂ ﹁そうなんだけ⋮⋮﹂ ﹁行く!! お父様とお母様には言っとくからこのまま行こう! そうしよう!﹂ ﹁わ、私も行きます! 私も両親には言っておきますので、お願い します!﹂ 二人とも食いぎみに返事してきた。 そんなに爺さんとばあちゃんに会いたいか? ﹁フム、それでは私も行こうか。どうせ父上もシンの家に行くだろ うしな﹂ 多分そうなるよね。間違いない。 ﹁自分も殿下の護衛ですから御一緒致します﹂ ﹁拙者も伺うで御座る﹂ あ、居たのかトールとユリウス。そりゃそうか、オーグの護衛だ もんな。今日初めて見たけど。 ﹁じゃあ、両親に話して来るから!﹂ 144 ﹁待ってて下さい!﹂ うんシシリーも元気になったね。ダッシュして行った。 ﹁それで? 何を思い付いたんだ?﹂ ﹁ああ、この制服さ魔法が付与されてるよな﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁その付与魔法をさ書き換えようと思ってる﹂ オーグ達が固まってる。あ、再起動した。 ﹁⋮⋮ちょっと待て。今聞き捨てならない事を言ったな?﹂ ﹁ん? どの部分?﹂ ﹁いや⋮⋮付与を﹃書き換える﹄って聞こえたんだが⋮⋮﹂ ﹁そうそう、この制服ってさすんげえ良い生地使ってんのな。二十 文字も付与出来たよ﹂ ﹁お前⋮⋮常識を学びに来たのでは無かったか?﹂ ﹁そうだよ?﹂ ﹁はぁ⋮⋮もういい。一々驚いていては身体が持たんわ﹂ なんだよ、自分で完結しやがって。気になるじゃないか。 トールとユリウスも微妙な顔をしてるし、何なんだよ? そんなやり取りをしていると、シシリーとマリアが帰ってきた。 ダッシュで。 ﹁はぁはぁはぁ⋮⋮んくっ⋮⋮はぁ⋮⋮お、お待たせ⋮⋮﹂ ﹁はぁふぅはぁふぅ⋮⋮お待たせ⋮⋮しました⋮⋮﹂ 145 超息切れてる。全力ダッシュしてきたな? ﹁そんなに必死にならなくても⋮⋮﹂ ﹁何言ってんの! 賢者様と導師様をお待たせする訳にいかないじ ゃない!﹂ ﹁そうですよ!﹂ もう既に大分待たせてるけどね。 ﹁そんなに気にする事無いのに⋮⋮それじゃあ行こうか?﹂ ﹁う、うん!﹂ ﹁はははい!﹂ そうして、俺、シシリー、マリア、オーグ、トール、ユリウスの 六人で連れ立って歩き出した。 ﹁ごめんな、入学式の後なんだから家族と居たかっただろうに﹂ ﹁ううん、気にしないで。むしろシンの家に行くって言ったら二人 とも凄く羨ましがってたから。帰ったら話聞かせてって送り出され たよ﹂ ﹁ウチもそうでした﹂ ﹁そ、そうなんだ﹂ この国の人間、爺さんとばあちゃんリスペクトし過ぎだろ! 爺さんとばあちゃんは、騒ぎになるのを警戒して学校の来賓室で 待機する事になっていた。当然ディスおじさんも一緒だ。 ﹁随分遅かったのう。何か有ったのかと心配しておった所じゃ﹂ ﹁本当だよ。一体何してたんさね?﹂ 146 ﹁シン君、待っている間、私は心配でしょうがなかったよ。君が何 かヤラかして無いかと﹂ 純粋に心配してくれてる爺さんとばあちゃんに比べてディスおじ さんが非道い! ﹁心配掛けてゴメン、遅れたのはちょっと事情があってさ﹂ そう言って後ろにいる二人に視線を向けるとガチガチに緊張して た。 そりゃそうか。ここにいるのは英雄二人に国王だ、緊張するなっ て言う方が無理な話か。 ﹁この二人はクラスメイトになった子で、シシリーとマリアって言 うんだ﹂ ﹁はははは初めまして! シン君と同じクラスのマリア=フォン= メッシーナです!!﹂ ﹁あの! その! は、初めまして! シシリー=フォン=クロー ドです!﹂ 緊張で噛み噛みだ。 ﹁紺色の髪の美少女。ほう、この子がシン君の言っていた女の子だ ね?﹂ ﹁シン君が言ってた?﹂ そんな余計な事を言わなくても良いんだよ! ﹁ほぅ、アンタがそうかい⋮⋮﹂ 147 ばあちゃんの目付きが変わった。まるで品定めでもするようにシ シリーを見てる。話が進まない! ﹁ばあちゃん、そういうのは後で、話があるから家に帰ろう。ちょ っとここでは話せない﹂ ﹁ほっほ、ここに連れて来たという事は、お嬢さん方も連れて行く のかの?﹂ ﹁うん、二人⋮⋮というかシシリーについての話なんだ﹂ ﹁そうかい、それじゃあ家でゆっくりじっくり聞かせて貰うとする さね﹂ ウチの馬車にシシリーとマリアを乗せ、オーグ、トール、ユリウ スはディスおじさんの馬車に乗り家に帰った。 馬車の中でも、やっぱり二人は緊張しっぱなしだった。特にシシ リーは、ばあちゃんにジッと見られて固まっていた。 ばあちゃん、恐いからそれ止めたげて。 緊張の五分が過ぎ、ようやく家に着いた。こんなに五分が長く感 じたのは初めてだよ⋮⋮。 ﹁で? この娘についての話だったね。なんだい? まさか、もう 交さ⋮⋮﹂ ﹁だぁ! 違うから!﹂ ﹁だったらなんだい?﹂ ﹁うん、あのさ、この制服の付与したじゃない?﹂ ﹁あぁ⋮⋮あれは非道かったねぇ⋮⋮﹂ ﹁いや、そういう話じゃなくて⋮⋮その付与、この子の制服にも掛 148 けて良いかな?﹂ ﹁⋮⋮詳しく話すさね﹂ 俺は今日学院で起こった事を話した。そしてまだ安心出来る状況 じゃ無いので、彼女の守りを固めたいという話もした。 ﹁なるほどねえ、来るのが遅かったのはそういう理由だったんだね え﹂ ﹁ディセウム﹂ ﹁は。なんでしょうか? マーリン殿﹂ ﹁この国の貴族にはまだそんなのがおるのか?﹂ ﹁いえ⋮⋮そんな筈は⋮⋮我が国の貴族の意識改革は順調に進んで いるはずです。一部選民意識の強い者はまだおりますが、財務局の リッツバーグ事務次官と言えば、公明正大で不正や圧力などを最も 嫌う堅物の人物として有名です。その息子がそんな事になっている とは信じられません﹂ ﹁フム、という事はその子の暴走かのう⋮⋮﹂ 彼の父親は素晴らしい人物の様だ。というかそんな父親にシシリ ーのお父さんの失脚を依頼してもしてくれる筈無いじゃん。何であ んな事言ったんだ? 自分の父親の事知らないのか? ﹁ばあちゃん、良いかな?﹂ ﹁そうさねぇ⋮⋮そこの娘、確かシシリーと言ったね?﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁シンの言っている付与魔法というのはとんでもない代物さね。そ れをお前さんの制服にも付与しようとしようとしてる。という事は、 この子は本気でアンタを守ろうとしてる。アンタはその守護を受け 取る資格が自分にあると思ってるかい?﹂ ﹁資格⋮⋮ですか⋮⋮﹂ 149 俺の守護を受け取る資格って。俺、そんな偉そうな人間じゃ無い よ? ﹁ばあちゃん資格って⋮⋮そんな大層なモノ要らないよ。俺がやり たいだけなんだからそこまで大袈裟にしなくてもいいじゃん﹂ ﹁アンタは黙っておいで。アンタが施したその制服、一体どんな事 になってるのか分かってるのかい?﹂ ﹁どんな事って﹂ ﹁その制服は既に国宝級の防具になってるさね﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁国宝級!?﹂﹂﹂﹂﹂﹂ え? そうなの? ﹁メリダ師! どういう事ですか!?﹂ ﹁どうもこうも、この子がまたはっちゃけた。それで分かるだろう ? アタシ達の常識からは考えられない付与が付いてる﹂ ﹁なるほど⋮⋮聞くのが恐いですな﹂ 恐く無いよ? むしろ身を守ってくれるよ? ﹁この付与が付いた防具は一体幾らの値が付くか想像も付かない。 そんな事をこの子はアンタの制服に施そうとしてる。それを受け入 れる覚悟は、資格は、あるのかい?﹂ ﹁それは⋮⋮その資格は⋮⋮﹂ そうして問いかけられたシシリーは、目に涙を浮かべ始めた。 なんで!? 150 ﹁私には⋮⋮私にはその資格なんて⋮⋮ありません⋮⋮﹂ そう言って涙を溢した。 ﹁ふむ、資格が無いとはどういう事さね?﹂ ﹁私は、シン君の優しさに突け込みました。シン君に私の事情を話 せば私に同情してくれる⋮⋮助けてくれる⋮⋮そう期待して、私の 事情を話しました﹂ ﹁まぁ、この子は強いからね。頼りたくなるのも分からんでは無い さね﹂ ﹁でも! でも⋮⋮シン君には関係無いのに⋮⋮やっぱり思った通 り助けてくれて⋮⋮守ってやるって言ってくれた事が嬉しくて⋮⋮ このまま助けてくれるんじゃないかって期待して⋮⋮全部自分の勝 手な都合なのに⋮⋮﹂ シシリーの涙が止まらない。そうか、最初にこの話を聞いた時申 し訳無さそうな顔をしていたのは、﹃変な話を聞かせたから﹄じゃ なくて、﹃話を聞いたら同情して助けてくれるんじゃないか﹄とい う思惑があったからか。 でも、そんなの黙ってれば分からないのに正直に言っちゃうとは。 嘘が付けないのかな? ﹁メリダ様! お孫さんを利用しようとして申し訳御座いませんで した! この後の事は自分でなんとかします。ご迷惑をおかけしま した!﹂ 泣きながら俺を利用しようとした事を告白してその場を駆け出そ うとするシシリー。 151 何言ってんだ!駆け出そうとするシシリーを追いかけようとして ⋮⋮。 ﹁お待ち!!﹂ ばあちゃんが制止を掛けた。 その声に驚いたシシリーはその場に立ち尽くした。 まだシシリーの涙が止まらない。これは相当自己嫌悪に陥ってん な⋮⋮。 ﹁シシリー、よく正直に話したね。シンを利用しようとしてるのは すぐに分かったよ。もしそのまま話さないでシンの付与魔法を受け ようと言うなら叩き出してたところさね﹂ ﹁うぅ⋮⋮ひっ⋮⋮うぐぅ⋮⋮﹂ その言葉に涙だけでなく嗚咽まで混じり出すシシリー。そんなに 泣くことか? ﹁でもアンタは正直に話した。その付与魔法が施された防具は国宝 級だと伝えた後にだ。アンタはそれを手に入れるチャンスを自分で 放棄した。それは誰にでも出来る事じゃない﹂ ﹁そ、それわぁ⋮⋮ひっ⋮⋮シン君を騙して⋮⋮騙してぇ⋮⋮それ なのにそんなの、受け、受けとれなっ、ひっ、もんっ﹂ しゃくりあげてるから何言ってるか分かりにくいけど、俺を利用 しようとしてたのが相当許せないんだなぁ 152 ﹁女が男を騙して何が悪いんさね。アンタのした事なんざ可愛いも んさ。シンを見て御覧、気付いてもいないよ。むしろ可愛い女の子 に頼られたもんだから、張り切って関与してるじゃないかね?﹂ ﹁悪かったな! なぁシシリー、俺は騙されたとか利用されたとか 思って無いよ? シシリーを助けようと思ったのは俺の意思であり、 希望だよ。だから⋮⋮俺の意思を否定すんなよ﹂ ﹁ジン゛ぐん゛﹂ ﹁利用してくれて大いに結構だよ。むしろ事情を聞かされないでシ シリーに何かあった時の方が後悔するわ﹂ ﹁試す様な事をして悪かったねぇ。この付与を施された防具を渡す には、どうしてもアンタの事を確認しなきゃいけなかった。悪かっ たねぇ﹂ ばあちゃんが急に優しくなった。シシリーを抱き締めて頭を撫で てる。 ﹁う、うぅ、うわあぁぁぁ!!﹂ ばあちゃんに抱き締められてほっとしたのか、ついに号泣し始め た。 ﹁さてシン、シシリーの制服に例の付与を掛けておやり﹂ ﹁いいの?﹂ ﹁あぁ、但しシシリー、この事は一切他言無用。これが守れないな ら出来ない。せめてこれを守る覚悟は決めてほしいさね﹂ ﹁うぅ、はい、誰にも言いません、約束します﹂ ﹁よし、良い子だねえ﹂ 良かった、どうにか落ち着いた様だ。これでシシリーの制服に付 与が出来る。 153 ただ、付与はブレザー、シャツ、スカートの三つに付与しないと いけないので着替えてもらわないといけない。 どうも女の子に服を脱いでくれとは言いにくい。どうしようかと 思っていると、ばあちゃんが助け船を出してくれた。 ﹁おいでシシリー、付与を掛けるのに服を脱がなきゃならない。ア タシの服を貸してあげるから部屋に行くよ﹂ ﹁うぅ⋮⋮ぐす⋮⋮ふぁ、ふぁい﹂ そしてシシリーを連れて部屋に行ってしまった。 それを見送っていると⋮⋮ ﹁のぅシン﹂ ﹁何? じいちゃん?﹂ ﹁ワシ、あの子がシンを利用しようとしとるなんぞ全く気が付かな んだわい﹂ ﹁なんだよじいちゃん⋮⋮俺もだよ⋮⋮﹂ ﹁メリダのヤツよく気が付いたのぅ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮女としての年期が違うんじゃない?﹂ ﹁あのまま制服に付与を掛けておったら、罪悪感であの子の心は押 し潰されていたかもしれんの﹂ ﹁⋮⋮だからさ、そんな大事なの?﹂ ﹁気付いてもおらんとはのぅ⋮⋮﹂ だから大袈裟だって。 ﹁それよりものぅ⋮⋮﹂ 154 ﹁なに?﹂ ﹁あの婆さん、ここの権限握っとらんか?ワシさっき空気じゃった﹂ ⋮⋮頑張れ! 爺さん! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁ほれ、どうせまたすぐに着替えるんだからこれで良いさね﹂ メリダはそう言って、自分の服の中からすぐに着替えられる白い ワンピースを出しシシリーに渡した。 ﹁さぁ、さっさと着替えて皆の所に戻るよ。只でさえ余計な時間を 食ってるんだ。早く行くさね﹂ ﹁う、申し訳ございません⋮⋮﹂ 自分のせいで時間を浪費してしまった自覚のあるシシリーは申し 訳無さそうにしながら服を着替えた。 ﹁それにしても、よく正直に言ったもんだね。国宝級の防具が手に 入るんだ、アタシの若い頃なら絶対黙ってたね﹂ ﹁⋮⋮元々シン君の優しさに突け込む方法は乗り気じゃ無かったん です。でも、もうどうしようもなくて⋮⋮ですからシン君が助けて くれた時は本当に嬉しかったんですけど本当に申し訳なくて⋮⋮こ のまま黙ってるのが苦しくて⋮⋮﹂ ﹁そんな心境なのに、施しを受けるのが苦痛だったと?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ ﹁なるほどねぇ、アンタ、良い娘じゃないか。さっきは本当に悪か 155 ったねぇ﹂ ﹁いえ、御家族の事ですもの当然です。こちらこそ申し訳ございま せん﹂ ﹁ところでシシリー?﹂ ﹁なんでしょうか?﹂ ﹁アンタ、シンの事はどう思ってるさね?﹂ ﹁え、ふえぇぇ!?﹂ ﹁アンタみたいな良い娘にシンの事を頼みたいんだけどねぇ﹂ ﹁たたた頼むって!?﹂ ﹁どうなんだい? その様子じゃまんざらでも無いんだろ?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮その⋮⋮良く分かりません⋮⋮﹂ ﹁ふむ?﹂ ﹁嫌いでは無いです、絶対。でも好きかって言われると⋮⋮シン君 の事をほとんど⋮⋮優しいところとか強いところとか、なのにカッ コいいところとかしか知りませんし⋮⋮だから、良く分かりません﹂ ﹁⋮⋮それで十分な気もするけどねぇ⋮⋮﹂ ﹁え?﹂ ﹁いや、何でも無いさね。さて着替え終わったね。じゃあ皆の所に 行くよ﹂ ﹁はい!﹂ シシリーと皆の元に戻る途中、メリダは心に決めていた。 ︵この娘は何とか確保したいねえ︶ シシリーはメリダにロックオンされていた。 156 色々お披露目しました シシリーとばあちゃんが戻ってきた。シシリーは大分落ち着いた 様だ。良かった。 ﹁シシリー、落ち着いた?﹂ ﹁うん⋮⋮ゴメンねシン君⋮⋮私の事情に巻き込んだ上にこんな迷 惑掛けて⋮⋮﹂ ﹁だから気にしてないって。俺は自分の意思で関与してるんだから。 分かったらハイ。その制服貸して﹂ シシリーの手には脱いだ制服がある。今からその制服に付与を施 す。その為に、シシリーから制服を受け取る。 ﹁シン﹂ ﹁何? ばあちゃん﹂ ﹁その制服の付与だけどね、皆の前でやりな﹂ ﹁何で?﹂ ﹁アンタが如何に非常識な事をしてるのか、皆に見てもらうのさ﹂ 非常識? そうかな? ﹁周りの反応を見て、自分がどれだけおかしい事をしてるのか、ち ょっとは自覚しておくれ﹂ 非道い言われようだ。そんなに変な事はしてない、と思う。 それでは早速、制服に付与されてる付与魔法の﹃削除﹄からだ。 157 まず削除するための専用作業杖を用意する。この杖は精密作業を する為に細く短い形状をしている。 そして制服に魔力を纏わせ、付与されてる文字を浮かび上がらせ る様にイメージすると、文字が浮かび上がった。 ﹁な、なんだ? これは?﹂ ﹁魔法防御? 衝撃緩和? 防汚?﹂ ﹁まさか⋮⋮転記した付与魔法の文字⋮⋮か?﹂ ﹁この様な光景は初めて見るで御座るな﹂ 初っぱなから皆何か騒いでんな。 そして次は専用作業杖を起動させ、杖の先端を浮かび上がった付 与文字に当てる。すると。 ﹁文字が⋮⋮消えていきます⋮⋮﹂ ﹁まさか⋮⋮付与魔法を削除してんの!?﹂ その通り、文字を削除して効果を消していきます。この時点で皆 口を開けて茫然としていた。まだ本番はここからなんですけど。 ﹁はぁ⋮⋮いつ見ても非常識な光景さね⋮⋮﹂ ﹁ほっほ、誰も考え付かん事を平気でやりおる。成長したのう﹂ ﹁アンタが! アンタがそんなんだからシンは⋮⋮シンはぁ!﹂ 爺さんとばあちゃんがじゃれあってる。 本当にもうヨリ戻しちゃえよ。 158 ブレザー、シャツ、スカートに施されていた付与を全て削除した。 さぁ、ここから本命の魔法付与だ。 まず﹃絶対魔法防御﹄のイメージを思い描く。魔力障壁に触れた 害意のある魔法の魔力を霧散させる。そしてそのイメージのまま制 服に転記。三つ順番に同じ付与を施していく。一つずつイメージし 直すのは大変だからね。 ﹁同じ付与を続けて三つ別の物に施した?﹂ ﹁一つだけでも大変なのに﹂ ﹁凄いですね⋮⋮﹂ あれ? そこも!? 続いて﹃物理衝撃完全吸収﹄のイメージを思い描く。服に向かっ て働いてる運動エネルギーを消失させるイメージを保ち、これまた 三つ順番に同じ付与を施していく。 続いて﹃防汚﹄﹃自動治癒﹄も付与させていく。 その頃には、皆何も言わなくなっていた。 ﹁呆れて物が言えん状態さね⋮⋮﹂ そんな事無い⋮⋮と思うけど。 そして付与が施された制服が完成した。 ﹁所でシン君。なにやら見慣れん字を使っておったがどういう効果 159 があるんだい?﹂ ﹁付与した効果は四つ﹃絶対魔法防御﹄﹃物理衝撃完全吸収﹄﹃自 動治癒﹄﹃防汚﹄を付与したよ﹂ 文字のくだりは敢えて無視して付与を説明した。 ﹁⋮⋮何やら不穏な単語が聞こえたな﹂ ﹁そう? 制服に元々付与されてた効果の上位互換だと思ってくれ ればいいよ。自動治癒は新たに付けたけど﹂ ﹁⋮⋮で? 各々どんな効果になってるんだい?﹂ ﹁絶対魔法防御は全ての魔法を霧散させるんだ。物理衝撃完全吸収 は物理衝撃を無かった事にする。自動治癒は怪我を治すよ、病気は 治せないけど。防汚は元と同じだね﹂ ディスおじさんが何だか疲れた顔をしながら重ねて尋ねてきた。 ﹁⋮⋮その効果を詳しく教えてくれるかい? 絶対魔法防御とはど の程度の魔法を防御出来るんだい?﹂ ﹁絶対魔法防御は魔力そのものを霧散させるからね。魔法なら何で もだよ﹂ ﹁魔法なら何でも⋮⋮﹂ ﹁魔法使いの存在意義に関わる付与ね⋮⋮﹂ ﹁それで、物理衝撃完全吸収とは?﹂ ﹁これも同じだね。物理攻撃⋮⋮というか物体の運動エネルギーに 関与するから物体なら何でもだね﹂ ﹁物理攻撃もですか⋮⋮﹂ ﹁何でもありで御座るな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮自動治癒はどの程度の治癒力なのかな?﹂ ﹁傷と欠損を周りの細胞から補って治すからね、ある程度は治るよ。 但し、病気には効かないんだ﹂ 160 ﹁欠損まで⋮⋮﹂ ﹁ちょっと⋮⋮どうなってんのよ?﹂ 皆何かしらブツブツ言ってるけど、これ完璧じゃないからね。 ﹁って言っても、これ魔道具だからね、魔力を纏わせないと発動し ないんだ。それもある程度の量をね。だから普段は発動していない から注意が必要だよ。不意打ちは防げないから。ただ、魔法を使お うとすると十分な魔力を纏わせられるから、詠唱中に攻撃を受ける って事は無いかな?﹂ これ、何とかしたいんだよね。魔道具は魔力を纏わせないと発動 しないから継続的に利用出来ない。だから灯りはランプや蝋燭だし、 暖炉は薪が必要なんだ。 考えているのは魔力を電池の様に蓄え、それをエネルギー源にし て魔道具を発動出来ないかという事。考え付いたはいいんだけど、 魔力を蓄えておく物が無い。何か良いもの無いかな? ﹁成る程、メリダ師の仰った事がよく分かった。確かにこれがもし 献上されたなら国の宝となる程の物である事は間違い無い。そして その付与をいとも簡単に施してしまう所も流石というか何と言うか ⋮⋮﹂ ﹁確かにこれは凄い物です。しかし父上、これは⋮⋮﹂ ﹁ああ、分かっている。シン君、いいかい?﹂ ﹁何? ディスおじさん﹂ ﹁シン君、この付与は素晴らしい物だ。いや素晴らし過ぎる物だ。 しかしこれが世に出回ったら大変な事になる。いいかい、この事は 絶対に他言してはいけないよ﹂ ﹁別に言い触らしたりしないけど、そこまで念を押すような事?﹂ 161 ﹁そこまでの事なんだよ。もし、この付与の事が軍部に伝わったら ⋮⋮﹂ ﹁伝わったら⋮⋮?﹂ ﹁軍部の中から周辺国に宣戦布告を望む声が上がる可能性が高い﹂ ﹁宣戦布告!?﹂ ﹁考えてもみろ、魔法も剣も槍も弓も効かない。多少の怪我もすぐ に治り、しかもその付与は重い鎧で無くていい。そんな付与を施し た防具を着た兵士が揃っていれば⋮⋮他国の軍勢など圧倒的に蹂躙 出来ると思わないかい?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁人間は誘惑に弱い。他国より圧倒的に有利な状況で戦争を始めら れるかもしれないとなると⋮⋮軍は国が所持する武力集団だ。その 誘惑に負けてしまう者は⋮⋮確実に出る﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮!﹂ 俺は⋮⋮皆の身を守れたらと思って⋮⋮ただそれだけなのに⋮⋮ 戦争の道具にされるとか全く考えて無かった⋮⋮ 戦争は現代日本人にとって忌避すべき行為だ。全く考えもしなか った。 ⋮⋮何か⋮⋮自分の考えとこの世界の現実との違いを知らされた な⋮⋮。 ﹁そっか⋮⋮そうだよね⋮⋮その可能性は全く考えて無かったよ﹂ ﹁ああ⋮⋮シンが⋮⋮シンが初めて反省してくれたよ!﹂ ばあちゃんが何か感動してる。失礼な、今までも反省はしてきた よ! 次は失敗しないようにとか⋮⋮。 ﹁うんうん、分かってくれればいいんだよ。この事は⋮⋮﹂ 162 ﹁本当はオーグの制服にも同じ付与をしようと思ってたんだけど⋮ ⋮これ以上広まるのはマズイよね﹂ ﹁え? シン君? ちょっと待っ⋮⋮﹂ ﹁オーグごめんな。お前の制服にはこの付与してやれないわ﹂ ﹁ちょっと待とうかシン君! いや確かに口外するのはマズイ、だ がその効果が非常に有用なのは間違い無い。運用を間違えなければ いいと思わないかい!?﹂ ﹁そりゃそうだよ。元々戦争の道具にする為に創ったんじゃない﹂ ﹁そうだろうそうだろう、身を守る手段としてこれ以上の物は無い。 そして、やっぱり王族にはそれなりの守りは必要だと思うんだよ。 うん﹂ ﹁おじさん⋮⋮﹂ ﹁父上⋮⋮﹂ ディスおじさんが必死だ⋮⋮元々オーグの制服にも付与する予定 だったから許可してくれるなら別にいいんだけど⋮⋮。 ﹁父上のそんな姿は見たくなかったです⋮⋮﹂ オーグが超微妙な顔をしてる。ああそうか、王宮じゃ威厳のある 姿しか見た事無いだろうしな。でもウチに来ると気が抜けるのか、 こんな姿はよく見る。 ﹁オーグ、今の内に慣れといた方が良いぞ。ウチじゃこんな姿はよ く見るから﹂ ﹁⋮⋮そうか⋮⋮そうなのか⋮⋮﹂ 結局オーグの制服にも同じ付与を施す事になった。他の皆にも同 じ付与をしようかと提案したらマリアには断られた。 163 ﹁そんな国家機密の塊みたいな制服、着たくないよ⋮⋮﹂ 心底嫌そうに言われた。護衛の二人からは絶対に必要だと力説さ れたので付与する事にした。 そして追加で三人分作成した。先に出来てた制服をシシリーに渡 そうとしたら、オーグより先に受け取れないと言われたので先にオ ーグに渡した。面倒くさいな、もう! ﹁シン君、ありがとう。ちょっと恐いけど⋮⋮でもシン君が本気で 守ってくれてるのが分かる。凄く嬉しいよ﹂ シシリーが微笑みながらお礼を言ってくれた。 ⋮⋮やっぱ可愛いな⋮⋮何とかこの子を守ってやりたい⋮⋮けど 四六時中着いて回る訳にもいかないし⋮⋮。 ﹁シン、これでもう終わりかの?﹂ ﹁うーん、さっきも言ったけどこれ完璧じゃないからなぁ、万が一 を考えるともう少し何か出来ないかと考えてるんだけど⋮⋮﹂ ﹁ほっほ、それならワシに良い案があるぞい﹂ ﹁え!? 何? じいちゃん!﹂ ﹁その前に確認じゃ、お嬢さん。お嬢さんの家はここからどの位の 所にあるのか、通学はどの様に行うのか教えて貰っていいかの?﹂ ﹁家はここから十分位先です。通学はマリアと徒歩で行う予定でし た﹂ ﹁この王都は治安が良いからのう、本当なら歩いて登校しても問題 無いのじゃが⋮⋮お嬢さんが一番危ないのは登下校じゃ。そこで狙 われる可能性が高い﹂ ﹁そんな⋮⋮﹂ 164 ﹁そこでじゃ、毎朝シンがお嬢さんの家まで迎えに行って一緒に登 下校すれば良いと思うんじゃが﹂ ﹁マーリン! アンタ⋮⋮良い事言うじゃないか!﹂ ﹁ほっほ、そうじゃろうそうじゃろう﹂ 爺さんが得意気だ。さっきばあちゃんに全部持っていかれたから な、何とか挽回したいんだろう。 何をだよ!? ﹁でも⋮⋮それはシン君にとって凄い負担になりませんか?一旦私 の家に来てから学校に行くなんて⋮⋮そんな事させられません﹂ シシリーは自分がカートに付け狙われてるっていうのに俺の負担 を心配する。ホントに優しい子だね。 ﹁フフ、それなら心配無いさね。シンにはある魔法を使って迎えに 行ってもらうからね﹂ ﹁メリダ⋮⋮それワシが言おうと思ってたおったのに⋮⋮﹂ 爺さんが押され気味だ。 ﹁ならさっさと言いなよ﹂ ﹁今から言うわい⋮⋮お嬢さん、その心配には及ばんよ。シンはあ る便利な魔法が使えての。それを使ってもらう予定なんじゃ﹂ ﹁便利な魔法?﹂ ﹁あぁ、あれか⋮⋮﹂ ディスおじさんがちょっと遠い目をしてた。俺にも分かったけど、 そんな顔する事無いじゃん。 165 ﹁シン、その魔法を見せてやってくれんか?﹂ ﹁良いけど、行き先はどうしよう?﹂ ﹁そうさのう⋮⋮森の家でいいんじゃないかの﹂ ﹁分かった﹂ 俺達が住んでた家を思い浮かべ、そして。 ﹃ゲート﹄ 分かりやすい様に魔法名を唱えた。 すると目の前に光るゲートが現れた。 戸惑う皆を尻目にゲートへ近付き、皆にゲートを潜る様に指示し、 先に自分が潜る。 ゲートの先には懐かしい家。数ヶ月ぶりの帰宅だ。 そして、次々とゲートから出てくる面々。そして出てくるなり目 を丸くしていた。 ﹁相変わらず、この魔法は凄いな﹂ ﹁久しぶりの家じゃの、ちゃんと結界は機能しとる様だの﹂ ﹁当たり前さね。誰が付与をしたと思ってるんだい﹂ 大人組は一度見せてるから落ち着いたものだが、同級生組は言葉 が出てこない様子だ。 ﹁ここが俺がちょっと前まで住んでた家だよ﹂ そう言うと、オーグが再起動し話し掛けて来た。 166 ﹁ちょっと待て、確かお前森の奥に住んでたって言ってたよな﹂ ﹁そうだよ。ここがその森の奥だよ﹂ ﹁なぜ私達がそこにいる?﹂ ﹁ゲートを使ったからね﹂ ﹁ゲート?﹂ ﹁そう、今いる場所と行きたい場所を直接繋げる魔法だよ﹂ ﹁まさか⋮⋮転移魔法⋮⋮﹂ ﹁ん∼転移とはちょっと違うんだけどね﹂ その辺は説明しても多分理解されないので説明しない。 前に爺さんに説明しても理解出来なかったからね。異空間収納使 えるのに。 ﹁て、転移魔法⋮⋮﹂ ﹁それって、物語にしか出てこないモノですよね⋮⋮﹂ ﹁皆が言うほど常識知らずでは無いと思ってましたけど、これは⋮ ⋮﹂ ﹁魔法の常識知らずで御座るな⋮⋮﹂ イメージしたら使えたんだから良いじゃん。 そして、家を見ていてふと気付いた。 あれ? 何で家に掛けてる結界の魔道具は発動し続けてるんだ? ﹁ねぇばあちゃん﹂ ﹁なんだい?﹂ ﹁これさ、何で結界の魔道具が発動し続けてるの?﹂ 167 ﹁そっ、それはそのあれだよ! あれ! ばあちゃんの超技術だよ !﹂ ﹁超技術って⋮⋮﹂ ﹁そんな事より、ホレ! 魔法も見せた事だし帰るよ!﹂ ﹁わ、分かったよ⋮⋮﹂ そしてもう一度ゲートを開き、王都の家に帰った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ︵あ、危なかったよ⋮⋮︶ シンに問いかけられたメリダは無理矢理話を誤魔化した。とても 誤魔化せたとは言い難いが⋮⋮ 実はシンが考えていた魔力の蓄積とそれを使った魔道具の継続利 用は既に実用化されている。魔力を蓄えておく事が出来る物もある。 ならなぜシンに教えなかったのか。それは、そもそもその魔力を 蓄えておく物が非常に高価な物であり、かつ非常に稀少な物である 事。実際メリダも一つしか所有しておらず、シンに使わせる余裕が 無かった事。そして一番大きな理由は⋮⋮ ︵シンに魔石の存在を教えたらどんな事になるのか︶ メリダには何よりそれが恐ろしかった。それに何より⋮⋮。 ︵シンなら魔石を創っちまうかもしれないし⋮⋮︶ 魔石とは、この世界に充満する魔力が長年を掛けて結晶化した物 168 である。どういう原理で結晶化するのかは解明されていない。大抵 地中から発見されるので、何か特殊な地盤とか地中の成分とか色々 あるのではないかと研究はされているが、結論には到っていない。 ︵はぁ⋮⋮でもその内授業で習うだろうし、知られるのは時間の 問題かねぇ⋮⋮︶ メリダの悩みは尽きない。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 何かばあちゃんに無理矢理話を変えられた。言わないのか言えな いのか、ばあちゃんが教えないならしょうがないか。どうやるのか は分からないけど魔道具を継続利用出来る方法はあるみたいだし、 ばあちゃんもその内教えてくれるだろう。それより、登下校の話だ。 ﹁分かったじゃろう? 毎朝シンにはこの﹃ゲート﹄を使ってお嬢 さんの家まで迎えに行きこの家に帰ってくる。学校へ直接行くのは 騒動を起こすであろうからここからは歩いて登校すれば良いじゃろ う。そして帰りはこの家まで帰って来て、またお嬢さんの家に﹃ゲ ート﹄で帰れば問題無いじゃろう?﹂ ﹁マーリン、何て良い提案をするんだい。シシリー、アンタ毎日ウ チを経由して学院に通いな!﹂ ﹁え? あ、そっか、これが有ればシン君には負担が掛からないん ですね?﹂ ﹁そういう事じゃ。だからシンの負担については気にしなくて良い 169 じゃろう?﹂ ﹁はい。シン君?﹂ ﹁何?﹂ ﹁えっと⋮⋮お願いして良いですか?﹂ ﹁ああ、モチロン!﹂ ﹁さて、それでは早速お嬢さんの家に行くかの﹂ ﹁え? なぜ家に行くんですか?﹂ ﹁ああ、この魔法俺が行った事がある場所にしか行けないんだよ﹂ ﹁そういう事じゃ。だからこれからお嬢さんの家に行く必要がある のじゃ﹂ ﹁へぇ、そうなんですか﹂ ﹁そうさね。じゃあさっさと行こうか﹂ 爺さんとばあちゃんが行く気マンマンだ。 ﹁何でじいちゃんとばあちゃんも行くの?﹂ ﹁ほっほ、これからお嬢さんの身の安全を任されるのじゃ、ワシ等 が行かんでどうする?﹂ ﹁保護者が挨拶するのは当たり前さね﹂ 何かそれが当たり前らしい。ホントか? ﹁よし、それでは準備して向かうとしようか﹂ ﹁ディスおじさんはちょっと待て﹂ ﹁なんだい?﹂ ﹁国王が家臣の家に行くってそんな簡単に決めて良いの?﹂ ﹁そうです父上、私も我慢しますので父上も我慢して下さい﹂ ﹁はぁ、バレてしまったか。どさくさに紛れて行けるかと思ったの に﹂ 170 結局シシリーの家には俺、爺さん、ばあちゃん、シシリー、マリ アと学校から帰る時と同じ面子になった。 歩いて十分の距離は馬車で行けば五分掛からない。すぐに着いた シシリーの家は、子爵家の邸宅だけあってウチよりデカイ。そして 門にいる門番が寄ってくる。 ﹁失礼ですがどちら様ですか?﹂ ん? あ、そうか。行きは両親と家の馬車で行った筈だし、シシ リーが乗ってるとは気付かないか。 ﹁マイクさん私です、ただ今戻りました﹂ ﹁御嬢様!? 別の馬車に乗って帰って来るとは何かあったのです か!?﹂ ここんとこカート絡みの騒動があったみたいだし、大分ピリピリ してるな。 ﹁大丈夫です。送って頂いただけですから﹂ ﹁そうですか⋮⋮それでこちらの方は?﹂ ﹁こちらは賢者マーリン様、導師メリダ様、そしてお孫さんのシン 君です﹂ ﹁け! 賢者様!? 導師様!?﹂ 超ビックリしてる。そらそうか。急に英雄が現れたらそうなるよ な。 ﹁ほっほ、通っても良いかのう?﹂ ﹁は、はい! どうぞ!﹂ 171 ﹁ありがとさん﹂ ﹁あ、あの!﹂ ﹁ふん?﹂ ﹁あ、握手をして頂けませんか!?﹂ ﹁ほっほっほ構わんよ﹂ ﹁ありがとうございます!!﹂ ﹁シシリーの家をちゃんと守るんだよ﹂ ﹁はい!!!﹂ ああ、また涙目になってるよ。 そして家に入る。ゲートを開く先を確認しとかないとな。 家に帰ると、入学式の後先に帰っていたシシリーの両親が迎えて くれた。 ﹁おお! 戻ったかいシシリー! さあ、賢者様と導師様の話を聞 かせ⋮⋮て⋮⋮くれ⋮⋮﹂ ﹁お父様、お母様ただ今戻りました。それとこちらは⋮⋮﹂ ﹁け、けけけ賢者様!? 導師様!?﹂ ﹁初めまして、マーリンじゃ﹂ ﹁メリダだよ﹂ ﹁は! 初めまして! 私セシル=フォン=クロードです! お、 お会いできて⋮⋮こうえいで⋮⋮う⋮⋮﹂ 泣き出したよ! シシリーのお父さん! ﹁あらまぁアナタったら。申し訳ございません、私、シシリーの母 でアイリーン=フォン=クロードです。それで、態々賢者様と導師 様がどうして我が家に?﹂ 172 シシリーのお母さんが不思議そうに尋ねる。お母さん、シシリー にそっくりだな。シシリーより濃い紺色の髪でシシリーを全体的に 大人にしたらこうなるって感じだ。 ちなみにお父さんは金髪に碧眼でイケメンの男性だ。貴族! っ て感じで優雅な感じの人だな。今ボロ泣きしてるけど⋮⋮。 ﹁その前に、シン﹂ ﹁初めまして。マーリンとメリダの孫でシンと言います﹂ ﹁アタシの孫⋮⋮﹂ あれ? 今度はばあちゃんが泣きそうだ。 ﹁あら、貴方がシシリーを助けてくれたシン君ね?シシリーを助け てくれてどうもありがとう﹂ ﹁おお、そうだシン君!! シシリーを助けてくれてありがとう! 君はシシリーの、いや我が家の恩人だよ!﹂ ﹁い、いえ。当然の事をしたまでですよ﹂ ﹁その事で話があるんじゃがのう﹂ ﹁話ですか?﹂ 爺さんが家に帰った後に決まった話をした。俺が毎朝迎えに来て 帰りも送って帰る事を。 ﹁いや、しかし⋮⋮いくらなんでもシン君に頼り過ぎではないかと ⋮⋮それに相当負担ですよね?﹂ ﹁その事については問題無い﹂ そしてまたゲートを開き今度は家に行った。 173 ﹁ん? もう帰って来たのか?﹂ ディスおじさんがいた。まだ帰って無かったのか。仕事しろよ。 ﹁陛下!?﹂ あ、セシルさんが超ビックリしてる。当たり前だ。だから早く帰 って仕事しろ。 ﹁ああ、ゲートの説明をしていたのか﹂ ディスおじさんは無視してシシリーの家に戻った。 ゲートの魔法にも驚いてたけど、ゲートの先に自国の国王が居れ ばそりゃ驚くだろう。 ﹁こういう訳でな、シンにはこの魔法で送り迎えをする予定じゃ。 負担も無いし、何より安全じゃ﹂ ﹁そこまでしていただけるとは、本当にありがとうございます﹂ ﹁ああ、そこまで畏まらなくても良いさね。それより二人共ちょっ と耳を貸しな﹂ ﹁え? あ、はい⋮⋮﹂ ばあちゃんがシシリーの両親に何かを耳打ちしてる。そして顔を 見合わせたと思ったら、三人で握手した。何だ? 何に合意したん だ? そして爺さんは蚊帳の外だ。 ﹁⋮⋮﹂ 174 が、頑張れ爺さん! そしてゲートの接続先の選定もした。突然現れると家の人間がビ ックリしてしまうので、空き部屋を使わせてもらう事になった。そ して部屋の中から逆ノックをして到着した事を伝える。 これは使用人達にも伝えられ、絶対に口外しない事を誓って貰っ た。 ﹁じゃあ、これで全て終わったかな? そろそろ帰るよ。シシリー、 明日から迎えに来るから。マリアと待っててね﹂ ﹁うん。今日は本当にありがとう。これから宜しくお願いします﹂ ﹁いやあ、私も便乗させて貰って悪いわねえ﹂ ﹁何言ってんの? 隣に住んでてマリアだけ送らないとか無いでし ょ?﹂ ﹁いやあ、二人きりを邪魔しちゃ悪いかなと⋮⋮﹂ ﹁変な気を使うな!﹂ 変な空気になるだろ! ﹁じゃあ明日﹂ ﹁うんまた明日ね﹂ ﹁じゃあね!﹂ そう言って家に帰った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 175 シン達がシシリーの家に行った後、アウグストが呟いていた。 ﹁護衛雇えばいい話だろうに、あれは敢えて無視したな﹂ 爺さんとばあちゃんの企みを見抜いていた。 176 知らない内に進んでました︵前書き︶ 沢山の感想を頂きましてありがとうございます。全部読んでます。 中々返信出来ずにいて、申し訳ありません。 177 知らない内に進んでました 翌朝、早速シシリーの家に迎えに行く。 シシリーの家に用意されている空き部屋にゲートを開くと、開い た先で既にシシリーとマリアが待っていた。 ﹁おはよう。もう待ってたんだ﹂ ﹁おはようございますシン君。迎えに来て貰うのに待たせる訳には いかないですから﹂ ﹁おはよー、いやあなんだか落ち着かなくて、早起きしちゃった﹂ もう用意は出来てるみたいだし、早速行くか。と、その前にシシ リーの両親に挨拶しとかないとな。 ダイニングに居るとの事なので部屋を出て挨拶に行く。 ﹁おはようございます、セシルさん、アイリーンさん﹂ ﹁おお、おはようシン君﹂ ﹁あら、おはようシン君﹂ 二人が出迎えてくれた。これから出勤する所なのか、セシルさん は昨日の入学式用の礼服とは違ってスーツの様な服を着ている。襟 元にはスカーフが巻かれ、見た目の雰囲気と相まってメッチャ格好 良い。 ﹁ん? シン君どうしたんだい?﹂ 178 あ、じっと見すぎたか。ちょっと失礼だったかな? ﹁あ、すいません。何か凄くお洒落で格好良いなと思ってました。 これからお仕事ですか?﹂ ﹁ははは、ありがとう。これから出勤だよ。それからこの服は妻の 見立てでね、私ではこんな格好は出来ないよ。服にはあまり頓着し ないんでね﹂ ﹁あら、ウフフ、褒めてくれてありがとうシン君。ねぇシン君の服 も見立ててあげましょうか?﹂ ﹁い、いえ、それは大丈夫です﹂ ﹁あら、遠慮しないでいいのに﹂ ウフフと笑いながらアイリーンさんに話し掛けられていると。 ﹁シン君! そろそろ行きましょう! お父様も! もうお仕事に 行かないと!﹂ シシリーが早く行こうとせっついて来た。 ﹁あら? シシリーったら、ウフフ﹂ ﹁な、なんですか、お母様﹂ ﹁いえ? なんでもないわよ?﹂ ﹁も、もう!﹂ こんなシシリー初めて見たな。やっぱり家族に見せる顔は違うね。 何か生き生きしてる。 ﹁シン君! もう行きましょう!﹂ ﹁お、おお﹂ 179 シシリーに腕を捕まれてダイニングを出る。 ﹁あらまあ、ウフフ﹂ ﹁シシリーも大人になったなあ⋮⋮﹂ そんな声を後ろに聞きながら例の部屋に向かう。 別にあの場でゲートを開いても良かったんだけど、一応周りに配 慮した。食事する所で魔法を使うのも無粋だしね。 そしてゲートを開こうとした時、マリアから声が掛かった。 ﹁ねえ、いつまで腕組んでるの?﹂ そう言われて腕を捕まれているのを思い出す。 ﹁あっ! ご、ごごごめんなさい!﹂ ﹁え? いや別にいいよ﹂ むしろラッキーでした。 ﹁あらぁ? 私、余計な事しちゃったかしらぁ?﹂ マリアがニヤニヤしてる。 ﹁も、もう! マリア!﹂ ﹁ふふふ、可愛いわねえもう!﹂ 女子二人がじゃれあってる。良い光景だ、これは良い光景だ! 180 ﹁ほら、もう行くよ﹂ ﹁﹁はーい﹂﹂ そしてゲートで家に着く。 ﹁おお、シシリーさん、マリアさん、おはようじゃ﹂ ﹁二人共おはようさん﹂ ﹁おはようございます。マーリン様、メリダ様﹂ ﹁おはようございます﹂ またこっちでも挨拶の応酬。中々登校出来ないな。 ﹁じゃあ、じいちゃん、ばあちゃん、行ってきます﹂ ﹁ああ、頑張っての﹂ ﹁いいかい? くれぐれも自重するんだよ!﹂ 折角授業を受けるのに手を抜くとか、本当はやりたく無いんだけ どなぁ⋮⋮。 ﹁分かってるよばあちゃん﹂ と言うか、こうして二人で見送られると、二人共本当の爺さんと ばあちゃんに見える。 本当に、何でヨリを戻さないんだろう。 そして徒歩十五分の学院へ歩いて登校する。道中、索敵魔法を使 うのも忘れない。もし魔力の急な上昇があってもすぐに分かるから ね。 181 結局何事もなく学院に着く。ちょっと肩透かしを食らった気にな ったが、二人は緊張してたみたいで学院に着くとホッと息を吐いた。 でも、相手も同じ学院に居るのだからまだ気は抜けないが、それ でも学院内ならまだマシだ。周りには教師も居るし他の生徒もいる。 これまでに二度オーグから注意を受けているので学院でチョッカイ を掛けてくる事も無いだろうし。 教室に着くとほとんどの生徒は登校してきていた。 ﹁おはようシン。入学早々女連れで登校とは、いやはや流石だな﹂ ﹁おはようオーグ、そしてうるさいぞ! 理由は知ってるだろうに﹂ ﹁分かっているがな、からかわずにはいられなかった﹂ ﹁お前⋮⋮﹂ ﹁おはようございますシンさん﹂ ﹁御早う御座いますシン殿﹂ 護衛の二人も一緒だ。ユリウスは相変わらず武士だな。 ﹁ああ、おはよう﹂ その後も皆と挨拶しているとアリスが走り込んで来た。 ﹁だぁ! 間に合った!? 大丈夫だよね!﹂ ﹁間に合ってるけど⋮⋮授業初日にギリギリで登校とかどうなんだ ?﹂ ﹁いやあ、今日の授業が楽しみで昨日寝付けなくてさあ、寝坊しち ゃった﹂ ﹁子供か!?﹂ 182 十五歳はこの世界では成人なのに。 ﹁みんなおはよう、ホームルームを始めるぞ、みんな席に着け﹂ そんなやりとりをしているとアルフレッド先生が来た。本当にギ リギリだったみたいだ。 ﹁全員いるな、それでは改めて、みんなおはよう﹂ ﹃おはようございます﹄ ﹁では、今日の予定を伝えるぞ、昨日言った様に午前中は学院を見 て回る。昼食後は最初の魔法実習だ。この後案内するが第一練習場 に集まる様に、特に何も持って来なくていい⋮⋮と言っても皆異空 間収納は既に使えるみたいだな。流石はSクラスだ。今日の連絡事 項は以上だ。何か質問はあるか?﹂ 皆の机には鞄が無い。それはすなわち皆が異空間収納を使える事 を意味している。通学途中で見た生徒の中には鞄を持っている生徒 も居たので、魔法使いが全員使える訳では無いのだろう。この異空 間収納が使えるかどうかがSクラスになれる指針の一つになってい る。気がする。 案内された学院は、校舎が二つある。一つは教室がある校舎。一 学年四クラスあり、一年生は三階、二年生は二階、三年生は一階に 教室がある。 もう一つは、職員室や生徒会室、その他実験室や研究会の研究室 などがある。 この研究会とは、まぁ言うなれば部活みたいな物だ。放出系の魔 法を研鑽する﹃攻撃魔法研究会﹄、付与魔法を使い色んな魔道具を 183 制作する事を目的としている﹃生活向上研究会﹄、身体強化魔法を 極める﹃肉体言語研究会﹄等がある。 ⋮⋮最後の何だよ!? 魔法使いとしての生き方を間違えてるよ ! そしてその話を聞いたユリウスが眼を輝かせていた。やっぱり ね! ﹁殿下の護衛任務が無ければ是非とも参加させて頂きたい研究会で 御座るが⋮⋮﹂ ﹁何だ、私の事は良いから参加すれば良いじゃないか﹂ ﹁いえ、そういう訳にはいかぬで御座る﹂ ﹁ここは高等魔法学院だぞ? 王族としての権威はここでは通用し ない。お前を俺に縛り付ける権限など無いのだぞ﹂ ﹁しかし⋮⋮﹂ ﹁まぁ、この学院の中だけなんだ、自由にすれば良いじゃないか﹂ ﹁殿下⋮⋮かたじけのう御座います⋮⋮﹂ オーグがユリウスを気遣う事言ってる。こういう所凄いなと正直 思うな。 そう思ってオーグを見ると、ニヤっと笑ってた。 あ! コイツ、護衛が鬱陶しいから自分から遠ざけようとしてな いか?ユリウス、お前騙されてるよ! ﹁オーグ⋮⋮お前⋮⋮﹂ ﹁ん? 何だシン、どこか入りたい研究会でもあったか?﹂ ﹁いや、そういう訳じゃ無いけど⋮⋮﹂ ﹁そうか、そうだよな。お前が入るにはどれも物足りないと思って いた。いっその事、自分で研究会を立ち上げてみるか?﹂ 184 ﹁お、おぅ?﹂ 何か一気に捲し立てられた。誤魔化そうとしてるのは見え見えだ。 ﹁ほう、ウォルフォードの作る研究会か、それは興味深いな﹂ オーグに詰め寄ろうとしたところでアルフレッド先生がオーグの 意見に乗っかって来た。 ﹁そうですよね先生。シンがどのような研究会を作りどのような活 動をするのか興味があります﹂ ﹁確かに興味深い﹂ 普段あまり話さないリンも参加してきた。 ﹁あたしも興味ある! もし作るならあたしも入りたい!﹂ ﹁私も入りたいかもぉ﹂ ﹁僕も入りたいね、そこに入ればずっとSクラスにいられそうだ﹂ ﹁先生、どうすれば研究会は作れるんですか?﹂ ﹁五名以上の会員と顧問の教師を用意して申請書を提出すれば研究 会を立ち上げられるぞ﹂ ﹁そうなると研究会の名前も考えないといけないですね﹂ 皆が口々に話し出す。何だこれ? いつの間にか研究会を立ち上 げる事になってそうだ。 ﹁ね、ねぇ皆ちょっと待って⋮⋮﹂ ﹁シン君が研究会を作るなら私も入らないといけないですね?﹂ ﹁え? ああ、そうだね?﹂ 185 シシリーもそんな事を言い出した。 ﹁じゃあさあ! ﹃英雄研究会﹄ってのはどう? シン君にマーリ ン様とメリダ様の事を教えて貰うの!﹂ ﹁なんだそりゃ﹂ ﹁それはもうあるな。物語や舞台、そしてその元になった資料を研 究・議論し、どうすればマーリン様やメリダ様の様な高みへ至れる のか研究しているぞ﹂ ﹁あるの!?﹂ マジで!? ﹁そっかぁ、残念﹂ ﹁どんな研究会にするかは午後の授業の後で決めたら良い﹂ ﹁それもそうですね。その時に決めましょうか﹂ ﹁なら、その時に申請書持ってくるから参加する奴は名乗り出ろよ ?﹂ 決定した! 俺の意見を全く聞かずに決定したよ!! ﹁あのさ⋮⋮勝手に決めないでくれる?﹂ ﹁なんだ、やっぱりどこか入りたい研究会があったのか?﹂ ﹁やっぱり英雄研究会?﹂ ﹁いや⋮⋮それは嫌と言うほど知ってるから⋮⋮﹂ ﹁ウォルフォード、俺は良いと思うぞ。お前ほど既に名前が売れて る者なら各研究会がこぞって勧誘に乗り出してくる事は容易に想像 出来る。その中から一つ選ぶのは大変だぞ?﹂ ﹁そりゃまあそうですけど⋮⋮﹂ ﹁それに、顧問なら俺がなってやる。会員もこのクラスの者は皆参 加するだろう。これで特に問題無しだ﹂ 186 ﹁そうだよシン君! やろうよ!﹂ ﹁はぁ⋮⋮分かりましたよ﹂ 何かなし崩し的に研究会を立ち上げる事になりました。どうして こうなった? ﹁ふふ、楽しみだな?シン﹂ そうだよ!コイツがそっち方面に話を持って行ったんじゃないか! ﹁オーグ⋮⋮お前ぇ⋮⋮﹂ ﹁ほら、さっさと残りを見て回って飯にするぞ﹂ ﹃はーい﹄ 結局オーグへの追求は出来ずに終わった。オーグはずっとクック と笑ってた。オーグぅ⋮⋮。 そして校舎を見て回り、練習場に向かう。この学院には三つの練 習場があり、受験の時に使用したのは第二練習場だった。他の皆は 第一や第三練習場を使ったらしい。 この三つある中で一番強固な魔法障壁が張られているのが第一練 習場だそうだ。Sクラスや高学年が主に使うらしい。 そして最後に食堂へ行く。あちこち回っていたら丁度昼休みにな ったのでそのまま食堂で昼食となり一旦解散した。この食堂が無料 なのは前に言った通りだが、メニューは凄かった。 トレーを取り、皿に盛られた料理を順番に選んで行く形式なのだ が、肉料理、魚料理、スープ、サラダ、パンも複数種類あり、新入 187 生はつい食べ過ぎてしまい、食堂で苦しそうにしている姿を見るの が風物詩となっているそうだ。 アリス、ユリウスがその風物詩に加わってた。 そしていよいよ午後の魔法の授業になった。皆ちょっと緊張した ような、それでいて楽しみな様な顔をしている。アルフレッド先生 がやって来ると皆整列し授業の開始を待った。 ﹁よし、皆居るな? それでは、高等魔法学院での最初の授業を始 めよう﹂ ﹃よろしくお願いします!﹄ ﹁と言っても、最初の授業は決まっていてな、入学試験の時に見せ た魔法をもう一度使って貰うんだ﹂ 皆の体から緊張が抜けたような雰囲気が感じ取れた。 ﹁よし、それでは早速始めようか。昨日の自己紹介では入試順位で 行ったから今日は逆から行くか、それではリッテンハイム。お前か らだ﹂ ﹁畏まりました﹂ 最初はユリウスか⋮⋮どんな事をしたのか気になってたんだよな。 ﹁それでは行くで御座る!﹂ そう言うと身体に魔力を纏い始めた。そして⋮⋮。 ﹁おおおりゃぁぁぁぁぁっっっ!!!!﹂ 188 身体強化魔法を使い開始位置から文字通り飛んで行った。 ﹁どおりゃあぁぁぁ!!!!﹂ そして魔力を纏った拳で的を殴ってぶっ壊した。 ⋮⋮こ、これを魔法使いの魔法と呼んで良いのか? しかし、これは凄いインパクトだな。試験をクリアするためにこ んな行動に出るなんて⋮⋮。 周りを見ると皆唖然としていた。トールは額に手を当てて溜め息 をこぼし、オーグは腹を抱えて笑っていた。 ユリウスの余りのインパクトにやり辛そうだったが、皆後に続い た。 さすがはSクラス。全員が的を破壊していた。治癒魔法の方が得 意だって言ってたシシリーや付与魔法の方が得意だって言ってたユ ーリもそうだった。皆魔力の制御が上手い。 ﹁さて、それでは最後に、ウォルフォード﹂ ﹁はい﹂ 試験の時と同じという事はあれか。 いつもの青白い炎を生み出す。 ﹁む、無詠唱!?﹂ ﹁青白い炎って初めて見た⋮⋮﹂ 189 ﹁キレイ⋮⋮﹂ そして炎の弾丸を打ち出した。 ドガアァァァァン!!! 的を破壊した炎の弾丸はそのまま魔法障壁が張られた壁に着弾し、 練習場を震わせた。これで試験の時と同じかな? ﹁す、凄い⋮⋮﹂ ﹁これが⋮⋮英雄の孫⋮⋮﹂ ﹁凄いな、まさかこれ程とは⋮⋮﹂ 皆唖然としてる。順番最後だったからね。ちょっと力が入っちゃ ったかも。 ﹁よ、よし。これで全員終わったな。皆の魔法を見せて貰ったのは 今の実力を見せて貰うという事もあるが、皆に色んな魔法を見て貰 うという意味もある。知っての通り魔法はイメージがしっかりして いないと発動しない。それを補う為の詠唱だが実際目で見るのが一 番イメージしやすいからな。それに各々の得意な魔法も分かったと 思う。自分の覚えたい魔法のアドバイスを受ける事も出来る。まぁ 本来そのアドバイスを与えるのは我々教師なんだが、折角クラスメ イトになったんだ、お互いに切磋琢磨し合うのも良いと思うぞ﹂ なるほど。皆で切磋琢磨か。折角クラスメイトになったんだから そういう関係が一番良いよね。 ﹁それでは初回の魔法実習は終了だ。短いと思うだろうが初日だか らな。これから授業も増えていくから覚悟しろ﹂ 190 ﹃はい!﹄ ﹁じゃあ、授業は終わりなんだが、午前中に言っていた研究会の申 請書だ。会長はウォルフォードで良いとして、会員になるものは?﹂ ﹃はい!﹄ ﹁なるほど。一年Sクラス全員か。まぁ予想通りだな。後は研究会 の名前だな﹂ 俺の意見を全く言えないままトントン拍子で進んで行く。 ﹁あれ? ユリウスもか?﹂ ﹁左様で御座る。シン殿の研究会なら身体強化魔法も極められそう で御座るからな﹂ ﹁⋮⋮チッ﹂ オーグ、舌打ちすんな! ﹁今良いの思い付いた﹂ リンが手を挙げた。 ﹁ほう、どんな名前だ?﹂ ﹁﹃究極魔法研究会﹄はどう?﹂ 究極魔法研究会!!?? 痛々しい! 痛々しいよリンさん! しかし、周りの反応は上々だった。 ﹁なるほど、﹃究極﹄か。確かにシンにはピッタリかもな﹂ ﹁うん。ウォルフォード君なら全てを消滅させる攻撃魔法とか絶対 191 破れない防御とか、転移魔法とかその内使えそう﹂ 魔法の事になるとリンは饒舌だった。 ゴメン、転移魔法じゃないけどゲートは使えます。 ﹁良いね! ﹃究極魔法研究会﹄! メッチャ凄そうじゃん!﹂ ﹁確かに凄そうだけど⋮⋮その研究会所属ってだけでプレッシャー になりそう⋮⋮﹂ マリアって意外とプレッシャーに弱いのか?しかしこの名前は無 いわぁ⋮⋮。 ﹁決まったみたいだな。なら皆申請書に名前を書いて、最後にウォ ルフォードと俺が記入して完了だ﹂ 結局、一度も俺の意見を聞かずに研究会は立ち上がった。 究極はないわぁ⋮⋮ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー シン達が学院で研究会の名前に頭を悩ませていた頃、王城では各 局長が集まった定例会が行われていた。 毎月行われているその定例会では各局長が月例報告をしていたが、 その局長達の中で軍務局の局長が難しい顔をしていた。 192 ﹁さて次は軍務局だが⋮⋮どうしたドミニク、何か問題でもあった のか?﹂ ﹁はい陛下、実は⋮⋮今月の業務状況を確認していた時に偶然発見 したのですが⋮⋮﹂ ドミニク=ガストール、ミッシェルの後任の騎士団総長であり、 軍務局の局長である。軍務局は騎士団と魔法師団からなり、騎士団 の下に兵士団がある。軍務局長は騎士団総長と魔法師団団長が交互 に務める事になっており今季は騎士団総長が局長を務める番だった。 その屈強な騎士団総長が難しい顔をしている。周りの文官達が緊 張した。 ﹁実は、魔物の出現件数がここ一年で大幅に増えている事が判明致 しました﹂ ﹁何!?﹂ 思いもよらぬ報告に各局長達に動揺が走る。 ﹁ど、どういう事ですか? そんなに魔物が増えているなど聞いた 事もありませんが?﹂ ﹁確かに、魔物が増殖したとなれば国中がもっと騒ぎになっていて もおかしくない。しかしそんな話など噂にも上っていないが⋮⋮﹂ 口々にそう話す。魔物とはこの世界の驚異であり、国を上げて対 処しなければいけない問題だ。その魔物の数が増えている。それは この上ない凶報である。しかし、今世間にそんな噂は無い。なら軍 務局長の話はどういう事なのか? 193 ﹁信じられぬのも無理は無い。我々も気付かなかったのだ。間抜け と罵られても反論出来ぬ。しかし事実なのだ﹂ ﹁ドミニク、一体どういう事だ?﹂ ﹁今回の月例報告の為の資料を製作していた担当者が、間違えて昨 年の資料を寄越したのです。そのミスにはすぐに気付きその担当者 は叱責したのですが、その後出された報告書を見たところ⋮⋮昨年 の同じ月に比べ明らかに数が多い事に気付いたのです﹂ ﹁何だと!﹂ ﹁そ、そんな! 一年も気付かなかったのですか!?﹂ ﹁軍務局では日次報告もあるだろう! 何故分からなかったのだ! ?﹂ ﹁その日次報告が原因だったのです!﹂ ﹁な、何? どういう事だ?﹂ ﹁我々も何故気付かなかったのか不審に思い過去の日次報告を全て 見直しました。その結果⋮⋮少しずつ⋮⋮本当に少しずつ増えてい たのです﹂ ﹁少しずつ⋮⋮増えた?﹂ ﹁はい。前日より少し増え、翌日は同じ、その翌日はまた少し増え ⋮⋮誤差の範囲と思えるほど少しずつ、しかし確実に増えていたの です﹂ 故に気付かなかったとドミニクは話す。 ﹁しかし、討伐担当者の負担は増えるだろう、それも気付かなかっ たのか?﹂ ﹁担当者に聴取したところ気付かなかったそうです。恐らく少しず つ増えていったので担当者も慣れていったのではないかと思われま す﹂ その報告に少し張り詰めた空気が弛緩した。 194 ﹁つまり対応出来ているという事だな。なら問題無いではないか﹂ ﹁そうではありません。確かに今は対応出来ている。しかし確実に 魔物は増えている。しかも⋮⋮これはあくまで私個人の感想ですが、 人為的な印象さえ受けます﹂ ﹁馬鹿な! 人為的に魔物を増やせるというのか!﹂ ﹁あくまで私個人の感想です。しかし、このデータを見れば皆さん も同じ感想を抱くでしょう﹂ そう言うと補佐官にデータを配らせた。それを見た各局長も顔を しかめる。 ﹁陛下、正直これは異常事態です。早急な調査が必要です。大規模 調査の許可を頂けませぬか?﹂ ﹁確かにこれは由々しき事態だな。分かった、騎士団、兵士団、魔 法師団、後魔物ハンター協会も使って徹底的に調べろ﹂ ﹁御意!﹂ ﹁それと、この事は極秘事項とする、正確な情報が分かるまで決し て口外しないように﹂ ﹃御意!﹄ まだ各局長クラスしか知らない事だが、各局長の胸中には言い知 れぬ不安が広がっていた。 そしてその夜、とある貴族の邸宅にて。 ﹁カート! カートは居るか!?﹂ その邸宅の主であるラッセル=フォン=リッツバーグが声を荒げ ていた。 195 ﹁何でしょうか父上﹂ ﹁何でしょうかではないわ!私は今日、陛下と局長に呼び出しを受 けた。理由は分かるな?﹂ そう言われてカートは舌打ちをした。 ﹁貴様何を考えている! 三大高等学院において身分を持ち出す事 は厳禁である事は分かっているだろう!﹂ ﹁お言葉ですが父上、それはその法がおかしいのです! 我々は選 ばれた民です! 平民などと同列に扱われる事の方がおかしいので す!!﹂ ﹁カート⋮⋮お前は⋮⋮お前は何を言っているのだ⋮⋮?﹂ ラッセルは、我が息子をまるで別の生物でも見るような目で見た。 息子が何を言っているのか理解出来ない。こんな異常な事を言う息 子では無かった筈だ。 しかし興奮したカートは止まらない。 ﹁私は選ばれた人間です! 特別な人間なのです! なのに皆が俺 を虚仮にし逆らう! そんな事が許されていい筈がない!!!﹂ ﹁カート⋮⋮⋮⋮﹂ ラッセルは確信した。我が息子が狂ったと。そうしてる間もブツ ブツと独り言を喋っている。 ﹁そうだあいつだ、あいつが出てきてからおかしくなった、女も思 い通りにならないし、それに殿下も、殿下もあいつの味方をするな らいっそ⋮⋮﹂ 196 ﹁カートォォッッ!!!﹂ バキッ! ラッセルが渾身の力を籠めてカートを殴った。文官である彼の手 は、殴り慣れておらず、赤くなっていた。 ﹁その発言を看過する事は出来ん! お前への処分を検討する! 誰か! カートを部屋に連れていけ! 暫く部屋に閉じ込めておけ !!﹂ ラッセルとカートのやり取りを見ていた使用人達は、カートを気 持ち悪そうに見つめ、警備の人間が部屋に連れていくのを見ていた。 ラッセルは殴って腫れ始めた手を握りながら呟いた。 ﹁カート⋮⋮お前は⋮⋮どうしたんだ⋮⋮?﹂ 197 緊急事態が起こりました︵前書き︶ いつもご覧頂きありがとうございます。 感想は全部見てます。参考にもさせて頂いてます。ありがとうござ います。 198 緊急事態が起こりました ﹁カートが自宅謹慎?﹂ 何故か研究会を立ち上げる事になり、その会長を務める事になっ た翌日、昨日と同じようにシシリーとマリアを迎えに行ってから登 校したらオーグからそう伝えられた。 ﹁そうらしい。今朝学院に﹃暫く自宅謹慎とし反省を促す﹄と連絡 があったそうだ﹂ こうしてシシリーを護衛しなければいけなくなった元凶が自宅謹 慎になった。これで一安心⋮⋮となるのだろうか? ﹁なあ、ちょっと疑問なんだが、カートは何であんな態度を取るん だ? 高等魔法学院でああいう身分を傘に来た態度が駄目なのは誰 でも知ってる事だろう? しかもオーグに直接注意されて尚改善し ないって、違和感しか無いんだが⋮⋮﹂ 自国の王子という、ほぼ頂点の身分の人間からの言葉に従えない 身分至上主義の貴族。意味が分からない。 すると、オーグ、トール、ユリウスの三人が微妙な顔をした。 ﹁何? どうした?﹂ ﹁いえ、正直自分達も戸惑っているのですよ﹂ ﹁拙者達は貴族や富裕層の通う中等学院に通っていたので御座るが ⋮⋮﹂ 199 ﹁その学院にな、カートもいたんだ﹂ ﹁え? そうなの?﹂ 初耳だ、でもまあ三人とも貴族⋮⋮というかオーグは王族だが、 貴族達が通う学院があるなら一緒だったとしてもおかしくないか。 ﹁ならちょっと聞きたいんだが、カートは昔からあんな感じだった のか?﹂ ﹁それが違うから戸惑っているんだ。アイツは確かに自信家ではあ ったがな、あんな身分を傘に来た態度は取っていなかったんだが⋮ ⋮﹂ ﹁そうですね、自分は男爵家ですから彼より身分は低いのですが、 あんな態度を取られた事は無いですね﹂ 今のカートしか知らない俺には信じられない事だが、昔はあんな 感じでは無かったらしい。なら今のカートは何だ? ﹁そういえば殿下。確か中等学院三年の時に学院に来た先生に声を 掛けられた事が無かったですか?﹂ ﹁あぁ⋮⋮あったな。確か魔法の教師だったか?﹂ ﹁ええ、﹃君たちには素晴らしい魔法の才能がある。私の研究室に 来ないか?﹄とそれなりに魔法が使える者に片っ端から声を掛けて ましたね﹂ ﹁そうだったな。余りにもアチコチに声を掛けていたから胡散臭く てな、結局誘いには乗らなかったがな﹂ ﹁拙者、声を掛けられて無いで御座る⋮⋮﹂ ⋮⋮それはしょうがないんじゃないかと⋮⋮。 ﹁で? それがどうしたんだよ?﹂ 200 ﹁確か⋮⋮カートがその先生の研究室に通っていたと思うんです﹂ ﹁ふーん? それで?﹂ ﹁その研究室に通うようになってから魔法の実力が相当上がってい ました。その頃はちょっと魔法の実力を鼻にかける位だったんです が⋮⋮﹂ ﹁へえ、そんなに凄い先生だったのか?﹂ ﹁まあ、確かに実力はあったな。しかも見た目もあって割りと人気 があったな。胡散臭かったが﹂ ﹁見た目?﹂ ﹁ええ、目が見えないらしくて、両目を覆うように眼帯をしていた んです。それでも普通に行動してたもんですから⋮⋮﹂ ん? それの何が凄いんだ? ﹁それで何でそんなに慕われるんだ?﹂ ﹁何でって⋮⋮魔力による周囲の感知は出来ます。ただし、それは 魔力を持った生物に限られます。無機物には効かないのは知ってい るでしょう? という事はあの先生はそれ以外の魔法を使っていた という事です。正直、殿下が仰らなければ自分もその研究室に通い たかったですよ﹂ ﹁胡散臭かったからな﹂ オーグはそればっかりだな。 しかし、それがカートの今の行動に繋がるのか? 確かにその頃 から自信家になったようだが⋮⋮。 ﹁正直、それが関係あるかどうかは分かりませんが、ちょっと気に なったものですから﹂ ﹁そうか、その先生何者なんだろうな﹂ 201 ﹁確か、帝国から来たとか言ってなかったか?﹂ ﹁帝国ねぇ⋮⋮﹂ 今俺がいるアールスハイド王国に国境を接する国がある。それが ブルースフィア帝国だ。この国は貴族の力と権威が相当強いらしく、 帝国から王国に亡命してくる人が後を絶たない。ひょっとすると帝 国から亡命してきた人かもしれないな。 ﹁しかし、あれだけ魔法が使える人が亡命などしてきますかね﹂ ﹁訳ありじゃないのか? だから胡散臭いんだ﹂ 結局推測だけでは何も分からず、アルフレッド先生が来た為にそ の話は終了した。 ﹁今日は午後から昨日説明した研究会の説明があるんだが⋮⋮お前 達はもう決まっているが、一応形式上参加はしておけ﹂ 研究会か⋮⋮結局いつの間にか決まってたけど、これ上級生に反 感買わないか? 大丈夫かな。 午前中の授業はこの世界の国についての授業だった。 俺はともかくこの国で中等学院に通ってた皆には必要ないと思っ ていたが、魔法使いとしての立場から周辺国との関係を見るとまた 違って見えるとの事だ。 その授業の中でさっき話題に上がったブルースフィア帝国につい ての説明もあった。 ブルースフィア帝国がある地域は、元々小国が沢山あったが、そ 202 の小国群の内の一つの国の国王が他の小国を併合していき今の帝国 が生まれその国王が初代皇帝となった。併合された小国はそのまま 帝国貴族の中で功績のあった者に領地として与えられた。その結果、 小国の首都は大貴族に、周囲の町などは下位貴族に与えられ帝国の 貴族は大きな力を持った。こうして周囲を武力で制圧していった歴 史的背景から、今でも軍事力には相当力を入れている。 しかし、今大きな戦争は起こっていない。過去に王国と戦争にな った際、周囲の魔物を駆除する事を両国とも怠ってしまった為に、 魔物が大発生してしまったからだ。 しかし今でも虎視眈々と周辺国を狙っているという噂がある。魔 物には十分対応出来ているのにまだ軍事力の拡大を図っているから だ。 こんな国だからこそ、さっきのオーグ達の言葉がある。 相当に魔法の実力があるならば、帝国軍がその戦力を放置してお く事は考えにくい。それでも王国に来たという事は⋮⋮何かあった と考えるのが自然という事だ。そんな人物が才能がある魔法使いに 声を掛けて回っている。何か企んでいるのではないか?オーグが胡 散臭いと言う理由はそこにある。 しかし、それがカートのあの行動と結びつかない。もし帝国で何 かあって復讐なり反攻を画策しているならばまだ分かるんだけど⋮⋮ 授業を受けながら、そんな事を考えていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 203 シン達が学院で授業を受けている頃、リッツバーグ邸にとある人 物が訪れていた。 ﹁これはシュトローム先生、お久し振りでございます﹂ ﹁ええ、お久し振りです。ここに来るのはカート君が学院の試験を 受けて以来ですね﹂ この人物こそがシン達の話題に上がっていた中等学院の魔法教師、 オリバー=シュトロームである。 彼は中等学院の教師であるが、高等魔法学院を受験するカートに 請われ、試験まで家庭教師をしていた。その為、門番を始めリッツ バーグ邸の人間に顔を知られていた。 その容貌は、トール達が話していたように両目を眼帯で覆ってい る。眼帯で覆われていない部分は、鼻筋がスッと通り細面の顔は相 当な美形の青年であると想像させる。 ﹁それで⋮⋮シュトローム先生が何故こちらに?﹂ ﹁いえ、カート君が自宅謹慎になったと人伝に聞いたものですから。 元教師としては気になりましてね﹂ 教師として元生徒の身を案じて馳せ参じたのだと伝えた。 ﹁そうでしたか⋮⋮カート様は一体どうされたのか⋮⋮私共も困惑 しているのです﹂ ﹁彼は私の事を教師として慕ってくれていました。私なら彼から話 をしてもらえるのではないかと思ったのですが⋮⋮﹂ ﹁そうですか⋮⋮今旦那様は御不在ですが奥様はいらっしゃいます。 御伺いを立てて来ますので少々お待ちください﹂ 204 ﹁分かりました﹂ そう言って門番は邸宅に走って行ったが、戻って来た時年配の婦 人を伴っていた。 ﹁ああ、シュトローム先生! よくお越し下さいました!﹂ ﹁お久し振りですリッツバーグ夫人。カート君の様子はいかがです か?﹂ そう言うと、リッツバーグ夫人、つまりカートの母は泣き崩れた。 ﹁もう⋮⋮もう私には何が何だか分かりません! あれほど忠誠を 誓っていた王家の方にまであんな事を言うなんて⋮⋮﹂ そこから先は言葉にならない。そんなリッツバーグ夫人にオリバ ーは話し掛けた。 ﹁そうですか⋮⋮それは一体どうした事か、一度話を聞いてみる必 要があるようですね﹂ ﹁先生⋮⋮先生だけが頼りなんです! 主人はカートを処罰しよう としています! 何とか! 何とか正気に戻してあげて下さい!﹂ ﹁分かりました。微力を尽くします﹂ そうしてオリバーはリッツバーグ邸に入りカートの部屋に向かっ た。 ﹁カート私だ、シュトロームだ、入って良いかい?﹂ しかし返事は無い。 205 ﹁リッツバーグ夫人、宜しいですか?﹂ ﹁はい、お願い致します﹂ そう言うとオリバーはカートの部屋に入り、すぐさま防音結界を 張った。 ﹁どうしたカート、随分と情けない格好をしているじゃないか?﹂ カートは部屋を抜け出す事が出来ないように手足を縛られ、床に 転がされていた。この世界には魔力を封じる魔道具は無い。魔力は 人間の生命活動に影響を及ぼしている。魔力を封じてしまうと死に 至ってしまうのだ。 魔法を無詠唱で簡単に使う事などそうはいない。ましてや高等魔 法学院に入ったばかりの人間など言わずもがなである。もし魔法を 使おうと魔力を制御し始めればすぐに部屋の前に控えている護衛に 察知され集中を途切れさせてしまう。なのでこうして手足を縛られ た状態で放置されている。 ﹁シュトローム先生⋮⋮﹂ ﹁私は言ったな? 君は特別な人間だと、ついこの間も言ったじゃ ないか﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁君は身分も実力も全て特別だ、手に入らないモノなど無いんだよ ?﹂ ﹁しかし⋮⋮女は手に入りませんでした⋮⋮アイツが⋮⋮アイツが 邪魔したから⋮⋮﹂ ﹁フム、そうか。ソイツは君にとって邪魔だなあ?﹂ そう言って魔力を纏い始めた。しかし、部屋の外の護衛が入って 206 くる様子は無い。オリバーは防音と共に魔力遮断の結界も張ってい た。 ﹁良いかい? 君は邪魔なソイツに思い知らせてやろう、君は⋮⋮﹂ 暫くしてオリバーは部屋を出た。 ﹁先生! どうでしたか!?﹂ ﹁うーん、余り宜しく無いですね⋮⋮心身喪失の状態にあります。 これは時間を掛けて回復するのを待つしか⋮⋮﹂ ﹁そ、そんな! そんな事をしていたらあの人が! 夫がカートを 処罰してしまいます!﹂ ﹁勿論、私もそんな事を良しとはしません。元とは言っても彼は私 の可愛い生徒ですからね。リッツバーグ伯爵には私からも進言しま しょう。彼は心神喪失状態にあり、それを処罰する事は伯爵にとっ て有益な事ではないと﹂ ﹁ああ⋮⋮ありがとうございます先生!﹂ ﹁では、私は一旦失礼します、まだ学院で授業がありますから﹂ そしてオリバーはリッツバーグ邸を後にした。 ﹁フフフ、カート君、精々頑張って踊ってくれよ?﹂ オリバーはそう微笑みながら歩いていた。カートのいた部屋を見 上げて。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 207 午前中の授業が終わって、皆で昼食を食べていた。Sクラスは十 人だからな、大抵皆で行動してる。今日も一年Sクラスでテーブル を一つ占拠していた。 ﹁そういえばシン、朝は話が出来なかったが、登下校の送り迎えは どうするんだ?﹂ ﹁どうするって?﹂ ﹁いや、カートが自宅謹慎になっただろう? そうすると、学院に も街中にも危険は無くなるじゃないか?﹂ ﹁まぁそうだな﹂ ﹁なら、もう送り迎えをしなくても良いんじゃないか?﹂ ﹁そうだな。護衛はもう必要無いかもな﹂ ﹁え⋮⋮あ、そうですよね⋮⋮護衛⋮⋮ですもんね﹂ ﹁けど、護衛じゃなきゃ一緒に通学しちゃいけないのか?﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁家は同じ方向なんだ、一緒に通学したって良いだろ、駄目か?﹂ ﹁だ、駄目じゃないです! そ、そうですよ、同じ方向ですもん、 一緒に通学したっておかしく無いです!﹂ シシリーが立ち上がってそう叫んだ。目立ってる、目立ってるよ シシリー。 ﹁あ⋮⋮す、すいません!﹂ ﹁もう、シシリー興奮し過ぎ﹂ ﹁ち、違っ﹂ ﹁マリアも一緒に通学するんだろ?﹂ ﹁勿論! 元々シシリーと一緒に通学する予定だったしね。それと もお邪魔かしら?﹂ 208 ﹁いや? 別に﹂ ﹁そそそそうよ! な何言ってるの!?﹂ ﹁動揺し過ぎだクロード﹂ 珍しくオーグから突っ込みが入ったと思ったら案の定ニヤニヤし てた。 ﹁いや、さすがだなシン﹂ ﹁あれ? こっち?﹂ ﹁それはそうだろう。こんな皆の前で﹃俺と一緒にいろ﹄とか、い やいや俺には真似できんな﹂ ﹁そんな事言ってないよね!?﹂ ﹁一緒に⋮⋮﹂ ﹁シシリーが変なところに引っ掛かってる!﹂ ﹁まあ冗談はさておき、一緒に通学する事は良いことだろう。クロ ードもメッシーナも見目麗しい女性だしな。不埒な輩が寄って来る 事もあるだろう﹂ ﹁冗談で場を掻き回すなよ⋮⋮﹂ まあ、二人共美少女だからな、初めて会った時みたいに絡まれる 事もあるかもしれない。 ﹁そういえばシンって移動中も索敵魔法使ってるよね?あれ何で?﹂ ﹁ん? 何でって、こっちに害意向けられたら分かるだろう?﹂ ﹁害意?﹂ ﹁シン殿、それは一体どういう事ですか? 害意が分かるって﹂ ﹁何ってそのままの意味だよ。特にこの王都は人口が多いせいかお 互いに無関心な人が多いんだよね。そんな中からこちらに害意を向 けられるとすぐに分かるでしょ﹂ ﹁いや、分かりませんよ害意なんて﹂ 209 うん? 害意が分かんない? それは⋮⋮ああ、そういう事か。 ﹁トール、お前魔物を狩った事ある?﹂ ﹁ある訳無いじゃないですか。この前まで中等学院生だったんです よ?﹂ ﹁魔物の魔力ってな、禍々しいというか、気持ち悪いっていうか、 普通の魔力では無いんだわ。敵意? 害意? っていうのがこっち に向けられんのね、そういう感じってさ普通の人間にもある訳よ。 いくら王都が治安が良いって言ってもこんだけ人が多いとね、たま に感じるよ?﹂ ﹁魔物の魔力って事は⋮⋮﹂ ﹁ウォルフォード君は魔物を狩った事があるの?﹂ ﹁あるよ﹂ ﹁ちなみに⋮⋮初めて魔物を狩ったのって何歳の時?﹂ ﹁十歳﹂ ﹃十歳!?﹄ ﹁何か三メートル位ある熊だったな﹂ ﹃熊!?﹄ ﹁デカくて腕が邪魔だったから両腕切り落として、それから首チョ ンパしたら倒せた﹂ ﹃⋮⋮﹄ 初めて魔物を狩った時の話をしたら皆唖然としてしまった。 あれ? また何かやったか? どれだ、熊か? 十歳か? ﹁はぁ、こんな凄い人が護衛してくれてたんだね﹂ ﹁心強いですよ﹂ 210 マリアは若干呆れ気味に、シシリーはニコニコしながら言ってく れた。マリアが呆れてるのはどれなんだ? ﹁さて、そろそろ行くか?﹂ ﹁おっと、もうそんな時間か﹂ そう言いながら壁の時計を見る。もう昼休みは終わりに近付き、 食堂にほとんど生徒も残っていない。 ﹁無駄な時間よねぇ﹂ ﹁ユーリ殿そう仰るな、我等だけ参加しなければ反感を持たれるで 御座るよ﹂ 俺は上級生の反感が恐いよ。 俺達は既に研究会が決まっている為、見物するだけの研究会の説 明会に向かう。入学式が行われた講堂で開催するのだが、食堂から はグラウンドを横切った方が早い。そうしてグラウンドを横切ろう として⋮⋮。 ゾクッ! 展開していた魔力索敵に異様な気配を感じた。 これはまさか! 害意を向けられてる!? どこだ!? そうしてグラウンドを見渡すと⋮⋮ 211 グラウンドの端で、こちらを見ているカートを見つけた。 何で奴がここにいる!? 自宅謹慎だった筈だろ! そんな簡単 に抜け出せるのか!? そんな思考に体が固まっている内にカートは詠唱を終わらせたら しい。 ﹁シシリー! オーグ! 魔力を纏え!!!﹂ その声にオーグとシシリー、他の皆も異常に気付いた。まさか学 院内で襲われるとは夢にも思っていなかったのだろう。皆固まって しまっている。 ﹁くそっ!!﹂ カートが魔法を放った。俺は皆の盾になるように前へ出た。 間に合うか!? シシリーとオーグ達以外、あの制服は着てない んだぞ!! ﹁くそったれがあぁぁぁ!!!﹂ ﹁きゃああああああああ!!!﹂ そして、魔法が着弾した。 ドオォォォォンッ!!! そして俺は⋮⋮皆の前で両手を突き出し魔法障壁を張っていた。 212 うおぉぉ! あっぶねえぇぇぇ!! 咄嗟の事だったから、録なイメージが出来ないまま魔法使ったわ! 何とか防いだけど、イメージが不完全だったから威力を殺し切れ なくて手に火傷を負った。服以外の場所は保護対象外なんだよ。 ﹁シン君! それ⋮⋮!﹂ ﹁ああ、大丈夫大丈夫、そっちこそ大丈夫か?﹂ ﹁シン君が庇ってくれたから⋮⋮﹂ 後ろは皆無事のようだ。 制服の自動治癒が発動し、手の火傷が治っていく。 ﹁⋮⋮火傷が⋮⋮治っていく⋮⋮﹂ 後ろで誰かが呟いてるけど、こっちはそれどころじゃない。 ﹁あれは⋮⋮カートか?﹂ ﹁何で!? 自宅謹慎中だったんじゃないの!?﹂ その疑問はもっともだ。俺だって思った。そんな事より、事実ア イツがここにいてこちらに攻撃魔法を放った。その事の方が問題だ。 ﹁オーグ、これはもう駄目だろ?﹂ ﹁そうだな。今までは未遂という事で見逃したが⋮⋮これは殺人未 遂だ、到底見過ごす事など出来ん﹂ カートの処遇についてオーグと話していると、カートの様子がお 213 かしくなった。 ﹁貴様⋮⋮きさまきさまきさまキサマキサマキサマキサマキサマキ サマぁぁぁぁぁぁ!!!!﹂ 狂ったように叫び出し、尋常でない量の魔力を纏い始めた。 ﹁なあ、オーグ﹂ ﹁何だ?﹂ ﹁あれ、制御出来てると思うか?﹂ ﹁⋮⋮思わんな﹂ ﹁⋮⋮マズくね?﹂ ﹁⋮⋮マズイな﹂ そう言うと俺は異空間収納からバイブレーションソードを取り出 しカートに向かって飛び出した。 ﹁オーグ! 皆を避難させろ!あれはマズイ!!﹂ ﹁ッ!分かった!﹂ 生物が魔力を暴走させた結果生まれるのは⋮⋮ 俺はカートに向かってバイブレーションソードを降り下ろした。 が、膨大な魔力の放出によって途中で吹き飛ばされてしまった。 ﹁シン君!!﹂ シシリーが叫んでいるが構っていられない。 空中で姿勢を制御し着地する。そしてカートを見据え⋮⋮ 214 ﹁⋮⋮マジかよ⋮⋮﹂ 禍々しい魔力を放出し、真っ赤な目をしたカートが立っていた。 ﹁魔人化⋮⋮しやがった!﹂ 215 魔人と戦いました︵前書き︶ 一部修正しました。大筋は変わってません。 216 魔人と戦いました それまで、人間が魔物化した事は無かった。 魔物化するのは野性動物ばかりで、魔力を制御出来ないものが魔 物になるのであって、我々人間は特別な種族なのだと皆が信じてい た。 だから数十年前、人間が魔物化し魔人となった時、人々は驚愕し た。 人間も例外では無かった。 人間も魔物化するという事実に皆が衝撃を受け、魔物化した魔人 のとてつもない驚異に絶望した。 その禍々しい魔力は、魔力を感知する事に長けた魔法使いはもと より、一般の人間にまで恐怖を植え付けた。 溢れ出る魔力で無詠唱で無制限に魔法を使い、暴れ回った。 アールスハイド王国軍は、魔人討伐に全力を挙げて立ち向かった が、被害は増える一方であった。 これを討伐出来たのは、英雄と言われる賢者マーリンとそのパー トナーのメリダのコンビだけだ。 それ故にこの二人は未だに英雄と敬われている。 217 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 俺の目の前に魔人化したカートがいる。 魔物特有の禍々しい魔力を纏い、白目の部分まで真っ赤な目をし、 虚空を見つめ佇んでいる。 その光景を間近に見ていた面々は、初めて魔物を見たのか呆然と していた。そりゃ初めて見た魔物が魔人とか、とんでもないレアケ ースだからな。 っと、そんな悠長な事を考えてる場合じゃない! ﹁みんな逃げろ!! コイツは魔人化しやがった! ここにいると 巻き添えを喰うぞ!!﹂ その言葉に我に返った生徒達。 ﹁う、うわああ!! 魔人! 魔人だとおお!?﹂ ﹁逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!﹂ ﹁た、た、助けてくれえええ!!﹂ ﹁きゃあああああああ!!﹂ 口々に叫びながら逃げ出して行く。 それでいい。口々に喧伝しながら逃げてくれれば皆に情報が伝わ るだろう。 218 問題はコイツをどうするかだな⋮⋮ ﹁オーグ、お前も逃げろ﹂ ﹁シン、お前⋮⋮まさか!?﹂ ﹁ああ、何とか食い止めてみるよ﹂ ﹁馬鹿な! お前も逃げろ!!﹂ オーグが言ってくるが、それは聞けない。 ﹁コイツはここで食い止めないと、王都に魔人が放たれちまう。放 置出来ねえよ﹂ ﹁なら私達も!!﹂ ﹁魔物も狩った事が無い奴が何言ってんだ!!﹂ オーグには悪いが、ここは避難してもらわないと。 ﹁シン⋮⋮私達は⋮⋮邪魔か?﹂ ﹁⋮⋮ああ、邪魔だな﹂ ﹁⋮⋮そうか⋮⋮﹂ オーグは唇を噛み締めると振り向いた。 ﹁皆逃げるぞ!﹂ ﹁そんな! シン君だけ残してなんて!!﹂ ﹁いいから逃げろ! 私達がいても足手まといになるだけだ!﹂ ﹁でも!﹂ ﹁メッシーナ! クロードを引き摺ってでも下げさせろ!!﹂ ﹁は、はい!!﹂ ﹁いやあぁ! シン君! シン君!!﹂ 219 オーグ達が避難して行った。これでようやく⋮⋮。 ﹁そろそろ行くぞ。カート﹂ 魔人化した後、虚空を見つめて立ちっ放しだったカートがこちら を見て⋮⋮。 ﹁ゴアァァァァァ!!!!!﹂ 魔力を放出しながらこちらへと向かって来る。 俺は突っ込んで来るカートに炎の弾丸を撃ち込んだ。 炎の弾丸がカートに着弾した後、俺は結果を確認する事なくカー トの後ろへ回り、バイブレーションソードを真横に振り抜いた。ジ ェットブーツも履いときゃ良かった。 ザシュッ! 手応えアリ! どこだ? どこを切った? 一旦離れると、全身に炎の弾丸によるダメージを受け、左腕を肘 の上から切断されたカートが姿を現した。 ﹁ガアァァァァ!! ウォルフォード! キサマ! キサマァァァ ァァァ!!!﹂ その時、俺は違和感を感じた。 220 ウォルフォード? 俺の名前を呼んだ? 意識が残っているのか? ﹁コロス!コロシテヤルゾ!ウォルフォードォォォ!!﹂ そう叫びながら火の塊を打ち出した。 ﹁クッ!﹂ 魔法障壁を張り、火の塊を阻止する。 ﹁うわっちゃ!﹂ くそ! 魔法を防げても熱は防げないな! 顔熱っつ! ﹁こんの!﹂ あまりにも熱いので水の刃を打ち出す。 ザシュザシュザシュッ!! 打ち出した水の刃はカートを切りつけて行く。 ﹁オノレ⋮⋮おのれオノレおのれヲノレヲノレヲノレェェェ!﹂ バイブレーションソードと水の刃に切られていくカート。残った 右腕も半ば切れかけていた。 ﹁こんな⋮⋮﹂ こんなものか? 221 血まみれのカートを見ながらそう思った。 確かに狼や熊、一番手強いと思った虎や獅子の魔物より強いのは 間違いない。しかし⋮⋮。 ドオォォォォンッッ!!! 爆発魔法をカートに浴びせると、傷付いていた右腕も千切れ飛ん だ。 ﹁やっぱり⋮⋮コイツ、大した事無いぞ?﹂ 魔人化したカートと戦いながら感じた違和感。 弱すぎる。 過去に発生した魔人によって国が滅びかけたと聞いた。しかしコ イツは、確かに強いが絶望を感じる程では無い。 そもそも、あんな簡単に魔人化するものなのか? 違和感。 この騒動には違和感が多すぎる。なんだよこれ? ﹁アァアァあぁアぁおぅぁアああぁぁぁ!!!﹂ っ! これはマズイ! 魔力をさらに高めやがった!! 222 魔力がカートの内に渦巻き始めた。これは⋮⋮自爆するつもりか !? こんな魔力を暴発させたら、この辺り一帯吹き飛んじまう!! ここで止めないと⋮⋮マズイ! ﹁カァァトォォ!!﹂ カートに突っ込みながら首筋に向けてバイブレーションソードを 一閃する。 ザンッ! バイブレーションソードを振り抜いた後、暴発に備えて距離を取 る。 動きを止めたカートを見ていると⋮⋮ グラリ、とカートの首が落ち⋮⋮そのまま体が倒れた。 ドサッ 高まっていた魔力が霧散してカートの体がもう動き出さない事を 確認し⋮⋮ ﹁はあぁぁぁぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 大きく息を吐き出した。そして死体となったカートを見る。 そういえば、初めて人を殺したな⋮⋮相手が魔人だったってのも 223 あるけど⋮⋮罪悪感とか無いんだな⋮⋮ やっぱりあれかな? 森で散々動物を狩って来たからか?命を刈 り取るという行為に慣れてしまったのだろうか? そんな複雑な心境でカートの死体を見ていると⋮⋮ ﹁シン君!!!﹂ シシリーが飛び付いて来た。 ﹁な! シシリー! 避難して無かったのか!?﹂ ﹁シン君! 大丈夫ですか!? 怪我はしてませんか!?﹂ シシリーが俺の体をペタペタ触りながらそう訊ねてくる。 オーグ達もやって来たのでオーグに聞く。 ﹁お前ら⋮⋮避難して無かったのか?﹂ ﹁あ、ああ⋮⋮グラウンドは出たんだがな、すぐに凄い音がしたか ら⋮⋮振り向いて見たら⋮⋮﹂ そこで言葉を切り、カートを見た。 ﹁⋮⋮お前が魔人を圧倒し始めていてな⋮⋮呆気に取られて見てい る内に⋮⋮そのまま倒してしまったんだ⋮⋮﹂ 周りを見てみると、皆微妙な顔をしていた。 ﹁それにしても⋮⋮今でも信じられないわ。カートが魔人化した時 224 はもう駄目かと思ったのに⋮⋮﹂ ﹁自分も死を覚悟しました﹂ ﹁ウォルフォード君、凄かった﹂ ﹁そうだよね! 何あれ? 魔法も凄かったけど、剣で魔人の腕を スッパリ切り落としちゃったよね!﹂ ﹁あれは見事な剣筋で御座った。騎士養成士官学院でも首席を狙え るのでは御座らんか?﹂ ﹁そうだね。あれ程綺麗な剣筋は父や兄でも見た事無いねえ﹂ ﹁ウォルフォード君ってぇ、やっぱり凄い人?﹂ 緊張が解けたんだろうな。口々に喋り始めた。そんな中オーグだ けがじっと黙っていた。 ﹁オーグ、どうした?﹂ ﹁ん? ああいや、これから大変だなと思ってな﹂ ﹁何が?﹂ ﹁お前は自覚していないのか? 魔人が現れたんだぞ?﹂ ﹁ああ⋮⋮そうだな﹂ ﹁これで歴史上二回目の魔人出現だ。それだけで国を揺るがす大惨 事だ。それをこんなアッサリ⋮⋮しかも⋮⋮﹂ オーグが話してる途中で、生徒によって呼ばれたのだろう、騎士、 兵士、魔法使いが集まって来た。 ﹁アウグスト殿下!! 御無事ですか!?﹂ ﹁魔人が現れたと報告を受けました!魔人はどこですか!?﹂ ﹁我々の身を呈しても魔人を撃退致します! 魔人はどこにいるの ですか!?﹂ ﹁ああ、あそこに倒れている﹂ ﹁倒れている?﹂ 225 そうして、オーグの示した方を見る。 そこには首を跳ねられたカートの死体があった。 ﹁まさか⋮⋮まさか魔人を討伐したのですか!?﹂ ﹁ああ、私じゃ無いがな﹂ そう言ってこちらを見る。 ﹁こんな魔法学院の生徒がですか!?﹂ ﹁こんなとはなんだ。彼の名前はシン=ウォルフォード。魔人討伐 の英雄、マーリン=ウォルフォードの孫だぞ?﹂ ﹁け、賢者マーリン様の御孫様ですか!?﹂ 御孫様て。そんなやり取りをしていると、様子を見に来た生徒達 が集まって来た。 危ない場所に集まって来るなよ! 軍人達が来たから様子を見に 来たんだろうけど危機意識が無さすぎる! ﹁お、おい! あそこに倒れてるの、魔人じゃないか?﹂ ﹁え? 嘘だろ!?﹂ ﹁もう魔人討伐したのかよ!!﹂ ﹁何? 何があったの?﹂ こちらの内心の憤りなどお構い無しに口々に喋り出す。そして、 軍人、生徒共にオーグを見る。 ﹁みんな安心しろ!! 魔人は英雄、賢者マーリンの孫、シン=ウ 226 ォルフォードが討伐した!!﹂ そう大声で皆に伝えた。一瞬、辺りに静寂が訪れた。そして⋮⋮ ﹃うおおおおおおおおお!!!!!﹄ 歓声が爆発した。 ﹁マジか!? マジかよ!!﹂ ﹁凄い! さすが賢者様の孫だ!!﹂ ﹁英雄!! 新しい英雄だ!!﹂ ﹁賢者様の孫! シン=ウォルフォード!!!﹂ ﹃シン!﹄﹃シン!﹄﹃シン!﹄ シンコールが起きた。 うわっ! やめて! 恥ずかしいから、大声で名前を連呼しない で!! 逃げ出したいけど周りにいた騎士や魔法使いに揉みくちゃにされ たので、逃げるに逃げれなかった。 ﹁よくやった! よくやったぞ!!﹂ ﹁本当に、英雄の孫は英雄だったか!﹂ ﹁素晴らしい! 素晴らしいよシン君!!﹂ もう本当にやめて! 騒ぎ立てられるのも大概だけど、あの程度 の魔人を討伐した位で騒がれるのはもっとキツイ! 227 ﹁やっぱり、こうなったか﹂ オーグがさっき言おうとしたのはこれか! こんな騒ぎになるな んて想像もしてなかった。 今回のこの騒動に対する違和感が、魔人を討伐したと騒ぐ周りに 同調出来ない。騒ぐ皆を他人事のように見ながら、違和感の原因を 探っていた。 結局、この騒ぎで研究会の説明会は中止になり、一旦教室に戻る 事になった。 ﹁シン君、どうしたんですか?﹂ シシリーからそう訊ねられた。 ﹁確かにさっきから様子がおかしいぞシン﹂ ﹁いや⋮⋮今回の騒動な、初めから終わりまで違和感しか無いんだ わ﹂ ﹁違和感?﹂ ﹁ああ、続きは教室に戻ってからにしようか﹂ そして教室に戻るとアルフレッド先生が俺達を迎えてくれた。 ﹁おお! お前達! 心配したぞ! 特にウォルフォード、怪我は 無いか!?﹂ ﹁はい。大丈夫です﹂ ﹁そうか⋮⋮良かった⋮⋮﹂ 心底心配そうに訊ねられた。良い先生だな、本気で心配してくれ 228 てるのが分かる。 ﹁それよりもシン、さっきの話はどういう事だ? カートの行動に 違和感を覚えるのは私も同じだが、最後までとはどういう意味だ?﹂ そうだな、それを説明するか。 ﹁まず、カートの行動が違和感の塊である事は皆も分かってるよな。 身分を振りかざす事はここだけじゃない、三大高等学院において禁 じられた行為だという事は、この国の人間なら誰でも知ってる事だ。 にもかかわらず、カートは権威を振りかざすような言動をした。未 遂だったが俺が抵抗しなければ、そして俺がいなければシシリーに 対して行動を起こしていたのは間違いない﹂ 皆も頷く。 ﹁そして、その事をオーグに注意されているのに二度目の行動を起 こそうとした。普通、あれ程自分が貴族である事を顕示するという 事は身分に対して相当誇りを持っているか身分が絶対だと思ってい るという事だろ? なのに何故、オーグという身分のほぼ頂点の人 間の言葉が聞けない?﹂ 皆がオーグを見る。オーグは肩を竦めていた。 ﹁ここまでは皆が感じてた違和感だろう。そしてここからが今日感 じた違和感だ﹂ じっと息を呑んで俺の言葉を待っているのが分かる。 ﹁まず、何故カートはあの場所に現れた? 自宅謹慎じゃなかった 229 のか? しかもリッツバーグ家から言い出した事だ。何故あんなに 簡単に外出を許す?﹂ ﹁それは私も思った﹂ ﹁ここにはいないと思っていましたから、自分はあの時体が動きま せんでした﹂ ﹁そして⋮⋮その後魔人化した訳だが⋮⋮﹂ 皆を見渡して言った。 ﹁あんなに簡単に魔人化するものなのか?﹂ 全員に戸惑いが見える。アルフレッド先生は目を見開いていた。 ﹁確かに⋮⋮確かにおかしいぞ!﹂ アルフレッド先生は気付いたようだ。 ﹁え⋮⋮どういう事ですか?﹂ ﹁過去に魔人化した魔法使いは、長年鍛練し魔法の高みを目指した 高位の魔法使いだったそうだ。その魔法使いが超高難度の魔法の行 使に失敗し魔人化したと伝えられている﹂ そこまで説明して皆気付いたようだ。 ﹁リッツバーグは高等魔法学院に入学したばかりの人間だ。例え魔 力の制御に失敗しても、暴発する程度のはずだ。魔人化するなど聞 いたことがない﹂ ﹁そうでしょうね。もし、魔力の制御に失敗しただけで魔人化する なら⋮⋮今頃魔人で溢れてるはずだ﹂ ﹁それはおかしいねえ﹂ 230 ﹁確かに。あの程度の魔力の暴発はよく見る。私もした事ある﹂ ﹁リンは危ないなおい! 魔力の暴発は周りを吹き飛ばすんだから 気を付けろ﹂ ﹁うん、これから気を付ける﹂ はぁ⋮⋮まったく。 ﹁でだ、今まで魔人の報告例は皆も知ってる一件だけ。それまで人 間は魔物化しないと思われていた程だ。それが何故こんなに簡単に 魔人化した?﹂ ﹁何故で御座る?﹂ ﹁そんなのぉ分かんないよぉ﹂ ﹁っ! まさか!﹂ オーグが何か思い付いたらしい。 ﹁な、何ですか殿下?﹂ ﹁い、いや⋮⋮まさかな⋮⋮﹂ ﹁オーグ。多分その想像は俺と同じだと思う﹂ ﹁そんな、まさか!﹂ ﹁人為的⋮⋮その可能性はあると思う﹂ ﹁馬鹿な!! 人為的に魔人を造れると言うのか!?﹂ アルフレッド先生が叫ぶ。確かにそう思うよな、でも⋮⋮ ﹁まぁ、あくまでも推測ですし、実際どうやるのかはさっぱり分か りません。でも可能性はゼロじゃない。それは実際に戦ってみて尚 更思いました﹂ ﹁戦ってみて?﹂ ﹁俺はじいちゃんから、魔人を討伐した時の話をよく聞かされてた﹂ 231 ﹁賢者様本人に魔人討伐の話を聞けるなんて⋮⋮﹂ ﹁羨ましいぃぃ!﹂ 皆の反応する所がおかしい。 ﹁いや⋮⋮そこじゃなくて、魔人を討伐した本人から魔人について 話を聞いてたんだ。魔人は完全に理性を無くし、吠えるだけで言葉 も発せなくなっていたらしい。しかし魔人化したカートは⋮⋮言葉 を発したんだ﹂ ﹁それって⋮⋮魔人化してなかったって事?﹂ ﹁いや、あれは間違いなく魔人化⋮⋮魔物化してた。禍々しい魔力 に真っ赤になった目、そして凶暴化、全て魔物に共通する特徴だ﹂ 固唾を呑んで話を聞いてる皆に更に続けた。 ﹁実際に戦ってみてあまりにも弱くてな、じいちゃんに聞いてた話 と大分違うなと思ったんだ。これは、じいちゃんが戦った魔人と同 じなのか? これは違う何かじゃないのかって﹂ ﹁魔人が弱いって⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮十分強かったと思うけど⋮⋮﹂ ﹁正直強さで言えば、虎や獅子の魔物より少し強い程度だな﹂ ﹁虎や獅子って⋮⋮﹂ ﹁十分絶望的なレベルなんですけど⋮⋮﹂ 学生ならそうだろうけど、騎士団や魔法師団の人ならそうでもな いでしょ。そう思ってアルフレッド先生を見ると⋮⋮。 ﹁獅子か⋮⋮過去に一度だけ遭遇してな、あの時は⋮⋮もうこれで 死ぬんだと⋮⋮終わりなんだと⋮⋮何度も何度も思った。今でも時 々夢に見る﹂ 232 あれ? トラウマレベルの話? ﹁ま、まぁそれでも討伐は不可能では無い訳でしょう?﹂ ﹁⋮⋮そうだな﹂ ﹁過去の魔人は国を滅ぼしかけた。実際町や村はいくつか壊滅した。 虎や獅子の魔物がそこまで出来ますか?﹂ ﹁いや⋮⋮いくらなんでもそこまででは無い﹂ ﹁簡単に魔人化し、あまりにも弱く、若干意識が残っている。それ らを踏まえて考えると⋮⋮﹂ 皆が俺の言葉を待っている。 ﹁俺は⋮⋮カートは人体実験に利用されたんじゃないかと思ってる﹂ ﹁人体実験!?﹂ ﹁やっぱり⋮⋮人為的⋮⋮なのか?﹂ ﹁あくまで推測です。でも可能性は高いと思う﹂ ﹁なるほど⋮⋮シンが複雑な顔をする訳だ、これでは素直に喜べな い﹂ あくまでも推測だ。だが、もし本当だったら⋮⋮誰かの悪意が裏 にある。それが誰なのか、何の為なのか、全く分からない。 皆それを感じたのだろう。どこか不安そうな顔をしていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 233 高等魔法学院から少し離れた建物の上から、学院を見ている者が いた。カートの元教師であるオリバー=シュトロームである。 ﹁フム、カートは魔物化しましたか。しかし、元の実力が低いから ですかねえ、あの程度だとは。まあ実験は成功したという事で良し としますか﹂ そう言って小さく笑った。 ﹁それにしても、ウォルフォード君ですか。彼が邪魔な存在になら なければいいんですがねえ﹂ そう呟くとその場から姿を消した。 彼の存在に気付いた者は誰もいなかった。 234 騒ぎになりました︵前書き︶ 前話の一部を修正しています。 235 騒ぎになりました 魔人が現れた事、そしてそれが討伐された事はすぐに王城にまで 伝えられた。まあ、軍人があそこに居たし、すぐに報告したのだろ う。家に帰ると王城からの使いがやって来ていた。 ﹁おかえりなさいませシン様、アウグスト殿下、ユリウス様、トー ル様、シシリー様、マリア様﹂ ﹁ただいまアレックスさん﹂ ﹁シン様、王城より使いが参っております﹂ ﹁王城からの使い?﹂ ﹁それはそうだろう。また魔人が現れたんだ、それだけでも王城が 引っくり返る程の騒ぎになる。ましてやそれが討伐されたとなると、 その討伐者を表彰しない訳にはいかないからな﹂ ﹁はぁ⋮⋮面倒臭い話になりそうだなぁ⋮⋮﹂ ﹁何を仰っておりますシン様! むしろ当然です!﹂ ﹁アレックスさん?﹂ ﹁シン様が魔人を討伐されたと聞いた時、当然心配致しましたが我 々はとても誇らしい気持ちになったのです!表彰される事は当然で す!﹂ もう一人の門番さんもしきりに頷いている。 ﹁そ、そうですか⋮⋮﹂ 興奮しているアレックスさん達の横を抜けて自宅に入る。自宅に 入ると、王城からの使いという男性と、ディスおじさんが居た。 236 いや、何してんの? ディスおじさん。使者の人、直立不動にな ってんじゃん。 ﹁何でディスおじさんがここにいるのさ? 使者の人固まってるよ ?﹂ ﹁フム、事が事だけにな、私自らシン君とマーリン殿、メリダ師に 話をしておかなければいけないと思ったのだ﹂ ﹁何で?﹂ ﹁その前に⋮⋮おい、例の通知を﹂ ﹁は、はい! シン=ウォルフォード殿! 貴殿は魔人の出現とい う国難に際し、自らの身の危険を省みず、これを討伐するに至りま した! つきましては、アールスハイド王国よりその行為に対し感 謝の意を表し﹃勲一等﹄の勲章を授与する事になりました。シン= ウォルフォード殿には授与式に出席して頂きたいと存じます!﹂ 一気に言い切ったな。それにしても勲章って⋮⋮その言葉に爺さ んとばあちゃんの雰囲気が変わった。 ﹁ディセウム⋮⋮お主は言ったな? シンを政治利用するつもりは 無いと。なのにこの扱いはなんじゃ?﹂ ﹁アタシも聞いたねぇ⋮⋮どういう事だい?﹂ 爺さんとばあちゃんが恐い。今まで感じた事の無い剣呑な雰囲気 に皆が息を呑んだ。 ﹁そう言われると思ったからこそ私が来たのです﹂ ディスおじさんがここに居る理由を話し始めた。 ﹁今回、数十年振りに魔人が出現致しました。過去に一度魔人が現 237 れた時は、このアールスハイド王国滅亡の危機に瀕しました。その 脅威をこの国の人間は決して忘れません。その脅威がまた現れた。 この事は既に多くの民の耳に入っております。そして、すぐさま討 伐された事も伝わっております。この国にとって、魔人の出現と討 伐は隠しておく事が出来ない事柄なのです﹂ ﹁それは分かっておるがの。勲章の授与というのはどういう事じゃ﹂ ﹁それは、マーリン殿メリダ殿、お二人へ魔人討伐の際に授与した 勲章を、同じ功績なのに授与しない訳にはいかないのです﹂ ﹁む⋮⋮﹂ ﹁確かに、それはそうだろうけどねぇ⋮⋮﹂ そうか、やった事だけ見れば爺さんとばあちゃんと同じか。だか ら爺さん達と同じ勲章を授与しないとおかしいと。まぁ勲章が授与 される理由は分かったけど同じかって言われるとなぁ⋮⋮。 ﹁勿論、それを利用しようという輩はいるでしょうがそれは私が全 力をもって阻止します。何なら授与式で宣言してもいい。ですから、 何卒お許し願えませんか? 私の為ではなく、国民の為に、お願い 致します!﹂ そう言うと深々と頭を下げた。 ﹁へ、陛下!﹂ ﹁父上⋮⋮﹂ 使者の人もオーグも驚いている。そりゃそうだろう、自分が至上 と仰ぐ国王が英雄とは言え一介の老人に頭を下げた。驚かないはず が無い。 ﹁マーリン殿、メリダ殿。私からもお願い致します。どうかお許し 238 下さい﹂ ﹁殿下まで!﹂ オーグまで頭を下げた。それを見た使者の人も⋮⋮。 ﹁お、お願い致します!﹂ 頭を下げた。 国王、次期王太子予定の王子、使者の三人に頭をさげられ爺さん とばあちゃんは難しい顔をしていたが、やがて⋮⋮。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮分かった。ディセウム、その言葉を信じよう。もし、 その言葉を違えれば我々はこの国を出る。二度と関わりも持たん。 それでよいな?﹂ ﹁分かりました。それで結構です﹂ ﹁それと、一国の王が簡単に頭を下げるでない﹂ ﹁今回の事はそうしなければいけないと判断したのです﹂ ﹁それにしても⋮⋮全く次から次へとまぁ⋮⋮こんなにトラブルを 起こすもんだよ﹂ ﹁ちょっ! 俺のせいじゃなくね?﹂ ﹁そうだな、シンと一緒にいると退屈しないな﹂ ﹁あの⋮⋮すいません⋮⋮トラブルの一端は私ですね⋮⋮﹂ ﹁シシリーは気にしなくてもいいんだよ。そういったトラブルを集 めてくるこの子のせいなんだ﹂ ﹁俺のせいじゃない!﹂ そう叫ぶ俺を、みんな憐れむような目で見てる。な、なんだよう ⋮⋮。 239 ﹁まぁ、確かにトラブルに巻き込まれる事は多いな。今回の事なん てその最たるものだ。良ければ詳しい顛末を聞かせて貰ってもいい かい?﹂ 今回の騒動について聞かれたので、主に俺が、時々皆が補足を入 れながら事の顛末を話す。そして⋮⋮。 ﹁人為的に魔人化させた!?﹂ ディスおじさんが驚いている。しかしそれは信じられない事を聞 いたという感じじゃない。なんだ? ﹁それは確かなのかい?﹂ ﹁いや、あくまでも推測だよ。確証は何も無い﹂ ﹁フーム⋮⋮これは⋮⋮﹂ ディスおじさんが難しい顔をしている。そりゃこんな事を聞かせ られたらそうなるよね。 ﹁シン君、アウグスト、トール、ユリウス、シシリー、マリア、君 達に命ずる。この事は箝口令を敷く。決して口外してはならない。 分かったね?﹂ そう口止めをしてきた。 ﹁良いけど、Sクラスのクラスメイトと担任の先生には話したよ?﹂ ﹁それはこちらで対応しよう。各人に使者を派遣し口外しないよう に伝えておく﹂ ﹁分かったよ。本当は自分で言いたかったけど⋮⋮﹂ ﹁すまんな、出来れば迅速に対処したい﹂ 240 こうしてディスおじさんは帰って行った。授与式の日程について は後日連絡してくれるとの事だ。 そしてこの事の捜査が始まるそうだ。リッツバーグ家にも捜査は 及ぶ。カートの父親の処遇についてはまだ決まっていない。 内容を見れば完全にカートの暴走だ。しかし、自宅謹慎をさせた にもかかわらずカートを家から出してしまった事、カートがあのよ うになるまで気付かず放置してしまった責任は取らされるらしい。 しかし人体実験の犠牲者の可能性が出たので、リッツバーグ家に は情状酌量の可能性がある。それも含めて全てこれからだそうだ。 ただ、事務次官を務める財務局を辞任するのは間違い無いそうだ。 その後は当主だけ領地に戻るのではないか? というのが大筋の見 解だ。 この国の貴族というのは皆領地を持っている。それならば何故皆 王都に住み、役所に勤めているのか? それは、建国の時にまで話は遡る。当時、建国に際し功績のあっ た者が各地に領地を賜り貴族となったが、反乱を起こさないという 意思表示の為に家族を王都に住まわせた。そして領地は代官に任せ、 自身は国政の要職に就き、一年の半分以上を王都で過ごすという生 活をするようになった。 これは強制ではなく貴族達が自主的に行っている事らしい。王都 に家族を住まわせていなくても別に罪は無いが、他の貴族からの風 当たりが強くなるそうだ。 241 ちなみに、シシリー、マリア、トール、ユリウスの家も領地を持 っている。 シシリーの家は山の麓にある町で、温泉が湧き他の貴族の別荘が あるらしい。観光地として有名で、町はそんなに大きくはないが税 収はそれなりにあるらしい。公共事業にかなり費やしている為、客 足が途絶える事はなく年々町は大きくなっている。 マリアの家は海沿いの町で、漁業と海運業が盛んらしい。海産物 の美味しい町で漁業とグルメの町として旅人に人気で、海運業も盛 んなので異国情緒溢れる町だそうだ。 トールの家は特にこれと言った産出物の無い町だそうだが、職人 の育成に力を入れており、その町の生産物は一種のブランドになっ ているとの事。 ユリウスの家は海と山に囲まれた正しくリゾート地だそうだ。夏 はキャンプやバーベキューにハイキング、冬はスキーが出来る山。 白く輝きどこまでも続くビーチ。数々のリゾート施設が建ち並び、 リゾートホテル、高級コンドミニアム、その他諸々。貴族達は休暇 をこの地で過ごす事がステータスになっているらしい。 武士のリゾート⋮⋮。 長期休暇には各々の領地に行く事も多いので、その内皆で各々の 領地へ行こうという話になった。 武士のリゾートが気になる⋮⋮。 242 そして翌日、送り迎えはどうしようかという話になったが、結局 続ける事になった。 理由は、俺の為。 ﹁ほらほら見て見て! シン様よ!﹂ ﹁あれが新しい英雄様⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮格好いいわぁ﹂ ﹁一緒にいるのは誰なのかしら?﹂ ﹁やっぱり、シン様程の方になると、既に決まった方がいるのよ﹂ ﹁羨ましいわぁ⋮⋮﹂ そう、昨日ディスおじさんが言った様に、アールスハイド国民は 既に魔人を討伐した者がいる事を知っていた。爺さんとばあちゃん を超リスペクトする国民性だ、魔人を討伐したのが英雄の孫となる と俺に近付いてくる者が出て来る事は容易に想像できた。なので、 シシリーとマリアを連れていれば余計なちょっかいを掛ける者もい ないだろうという理由だった。 ちなみにばあちゃんの指示だ。シシリーとマリアの両親も賛同し た。 ﹁ごめんなシシリー、マリア⋮⋮なんか露払いみたいな役割頼んじ ゃって⋮⋮﹂ ﹁いえ、いいんです。気にしないで下さい﹂ ﹁そうよ。シンにはお世話になったんだもの、これくらい問題ない わよ﹂ ﹁そうですよ﹂ ﹁でもなぁ⋮⋮﹂ ﹁それこそ、シン君と一緒にいるのは私の意思なんです。私の意思 243 を無視しないで下さい﹂ 俺がシシリーを護衛する時に言った言葉で返された。 ﹁それを言うか?﹂ ﹁フフ、言いますよ?﹂ ﹁はぁ⋮⋮この除け者感⋮⋮私外れていい?﹂ ﹁何言ってんだ﹂ ﹁そうよ。除け者になんてしてないよ?﹂ ﹁コイツら⋮⋮﹂ マリアが頭を押さえる。マリアだけ除け者とかあり得ないだろ。 そうこうしてる内に学院に着いた。登校中から気になっていたけ ど、やたらと視線を感じる。やっぱり見られてるなあ。 ヒソヒソ話しているのは分かる。何を言っているのかは分からな いけど。 ﹁はぁ⋮⋮鬱陶しいな⋮⋮﹂ ﹁それはしょうがないですよ。なんせ新しく現れた英雄なんですか ら﹂ ﹁私も別のクラスだったら見に来てたかも﹂ ﹁やめてよ⋮⋮﹂ 教室に入るとようやく落ち着いた。ここにいるのは昨日俺の話を 聞いていた面々だ。いつも通りに接してくれる。 ﹁おはようシン﹂ ﹁おはようございますシン殿﹂ 244 ﹁シン殿、御早う御座います﹂ みんな普通だ、良かった。 ﹁ねえ⋮⋮昨日あたしの家に国の使いの人が来たんだけど⋮⋮﹂ ﹁私の家にも来た﹂ ﹁僕のところもだねえ﹂ ﹁私もぉ﹂ アリスは今日は既に来てた。 ﹁学院に来るまでさあ、街の様子を見てたんだけどね、みんな浮か れてたよ。新しい英雄が生まれたって﹂ ﹁それは僕も見たね、でも昨日の話を聞いてしまうとねえ⋮⋮﹂ ﹁うん。素直に喜べない﹂ ﹁私も家族に聞かれたわぁ、話せる範囲で話したら皆凄く興奮しち ゃって⋮⋮私は素直に喜べなかったから変な目で見られちゃったな ぁ﹂ 皆色々思うところはあるらしい。でも皆同じ感覚を共有している。 それだけで仲間意識を持てたし、俺を特別な目で見ない事も嬉しか った。 ﹁ほら! 皆席に着け、そろそろ始めるぞ!﹂ アルフレッド先生が来ていつも通りにホームルームを始める。先 生も昨日いたから、いつも通りだ。 ﹁昨日の騒ぎで学院中が浮わついてる。ウォルフォードは特に気を 付けろよ? 出来れば他の生徒と一緒にいてなるべく一人になるな。 245 囲まれるぞ?﹂ ﹁シン。冗談抜きで一人になるなよ? 本当に囲まれてパニックに なるからな﹂ ﹁え? マジで?﹂ ﹁マジだ﹂ 皆頷いてる。 そうか⋮⋮そんな事になってるのか⋮⋮遠巻きにヒソヒソ言われ るだけかと思ってたよ。 ﹁出来れば女性陣の誰かと一緒にいろ。男だけでいると女に囲まれ るぞ?﹂ ﹁マジでか?﹂ ﹁ああ、よく知りもしない女に囲まれてみろ、面倒臭いぞ⋮⋮﹂ なんか、やたら実感籠ってるな⋮⋮まぁオーグはこんなんでも王 子様だからな、パーティーとかあると囲まれるんだろうな。 ﹁はぁ⋮⋮面倒だなぁ⋮⋮﹂ ﹁諦めろ。今度叙勲を受けると更に騒ぎが大きくなるぞ﹂ ﹁マジかぁ⋮⋮﹂ どんどん大事になって行ってる。 今日は、結局昨日出来なかった研究会の説明会があったのだが、 その後が大変だった。 ﹁ウォルフォード君! 是非とも、是非とも我が﹃攻撃魔法研究会﹄ へ!﹂ 246 ﹁何言ってんのよ! メリダ様から直々に付与魔法を教えて貰って いるのよ!? 彼は私達﹃生活向上研究会﹄が相応しいわ!﹂ ﹁いやいや、昨日の魔人は剣でトドメを刺したと聞いている。そん な素晴らしい身体強化魔法を使えるウォルフォード君は﹃肉体言語 研究会﹄に来るべきだろう﹂ ﹁ウォルフォード君! 英雄様のお孫さんであるあなた程私達﹃英 雄研究会﹄に相応しい人はいないわ! 是非ウチに来て頂戴!﹂ 研究会の勧誘が凄かった⋮⋮。 結局、既に自分で研究会を立ち上げたので、研究会に入る事は出 来ないと伝えると、先輩方は肩を落として引き下がって行ったが、 今度は同級生から研究会に入りたいという申し込みが殺到した。 ﹁あ、あの! ウォルフォード君が研究会を立ち上げたって聞いた んですけど!﹂ ﹁私も入れませんか!?﹂ ﹁僕も入りたい!﹂ ﹁俺も!﹂ ﹁だああああああっ! ちょっと待って! そんなに一度に言われ ても分かんないから!!﹂ あまりにも殺到したので、俺では捌けず、アルフレッド先生に入 会に関しては一任した。 全員を研究会に入れる訳にもいかず、入会の為の最低基準を設け る事にしたらしい。 異空間収納が使える事。 247 それがアルフレッド先生が示した条件だった。 Sクラス全員が使えて、それなりの難易度となるとそれが一番妥 当な条件だったらしい。 結局、Aクラスから二人研究会に入る事になり、B、Cクラスに はいなかった。 二人は幼なじみの男女で、マーク=ビーンとオリビア=ストーン と言った。鍛冶屋の息子と食堂の娘だそうだ。 実家の手伝いをする為に、魔法の才能があると分かった中等学院 時代に真っ先に異空間収納を覚えたそうだ。配達と買い出しだな。 そんな騒ぎにヘトヘトになりながら教室に戻った。 ﹁な? 騒ぎになっただろう?﹂ ﹁ああ⋮⋮実感したよ⋮⋮﹂ ﹁大変だったね⋮⋮﹂ ﹁すいません⋮⋮勧誘には私達、何の役にも立てなくて⋮⋮﹂ ﹁いやいや、二人は何も悪くないから﹂ ﹁まあ、これで一つ面倒事は乗り越えたな。後は叙勲まで騒ぎにな るような事は無いだろう﹂ そうオーグが言う。確かにこの後は通常の授業が始まる。こうい ったイベントは無いので多少は落ち着けるだろう。後は、俺が気を 付けていればいい。と思う。 まさか、今度はこんな騒ぎになるとはなぁ⋮⋮。 248 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 王城にある会議室に国王であるディセウム、軍務局長であるドミ ニク、そして警備局の局長であるデニス=ウィラーがいた。 軍務局は外敵、魔物や他国の侵略に備える部署で、警備局は国内 の警備と平定、いわゆる警察と同じ役目を担う部署だ。 そして、シンから伝えられた情報をドミニクとデニスに伝えてい た。 ﹁なんと! 魔人が人為的に発生させられた可能性があるという事 ですか!?﹂ ﹁ウム、直接戦ったシンの感想だからな。それまでの経緯も考える と、あながち間違いでは無いように思える﹂ ﹁そして⋮⋮人為的に増やされた可能性のある魔物ですか⋮⋮﹂ ﹁ああ、ドミニクの報告を聞いた後だったからな、これは関連があ ると直感した﹂ ﹁誰かが何かを画策している⋮⋮﹂ ﹁それが何処の誰だかは分からんがな。今回の捜査で判明すればい いのだが⋮⋮﹂ ﹁これは大変な事態になるやもしれませんな﹂ ﹁そうはさせてなるものか! ドミニク、デニス、軍務局と警備局 は連携し今回の件を徹底的に調査しろ! 何一つ見落とすなよ!﹂ ﹃御意!!﹄ 249 そしてディセウムが去った会議室にドミニクとデニスの二人が残 った。 ﹁しかし⋮⋮最初にお前さんの報告を聞いた時はまさかと思ったん だがな⋮⋮﹂ ﹁魔人まで生み出すとは夢にも思っていなかったが﹂ ﹁魔人化したリッツバーグ家の嫡男の周囲を徹底的に捜査すれば何 か出てくるだろう、絶対にその悪事を暴いてやる!﹂ ﹁そうだな。我々も協力は惜しまん﹂ 二人は見えない何者かの悪意に激しい憤りを感じていた。 250 新しい仲間が出来ました 研究会説明会があった翌日、遂に研究会が始動する。前からある 研究会はずっと活動してるけど、俺達は新しく立ち上げた研究会な ので今日からだ。だって⋮⋮。 ﹁今更だけどさあ、研究会って何すんの?﹂ ﹁本当に今更だな⋮⋮まあ、特にこれといって決まってはいないな。 基本的に授業でやらなかった事、もっと詳しく学びたい事なんかを、 放課後に同じ目的を持った者達と一緒に研究する⋮⋮というのが一 般的だな﹂ ﹁そうか、なら俺達の﹃究極魔法研究会﹄は何を研究すんの?﹂ ﹁さあ? あの時はノリで決めたからな。何をするのかまでは知ら んな﹂ ﹁ノリって⋮⋮﹂ そんな理由でいいの?名前の提案者に目を向けると⋮⋮。 ﹁私もノリで言った。後悔はしてない﹂ ﹁つまり何にも決めて無いと⋮⋮﹂ ﹁ウォルフォード君なら色んな魔法を極めそう。私もそれに協力し たいし、極めたい﹂ ﹁⋮⋮んじゃあ、皆で魔法を極めましょうって事でいいのか?﹂ ﹁それでいい﹂ 何かフワッとした理由だけど、まぁいいか。皆とワイワイ楽しむ のも放課後の楽しみかな。 251 そして研究室に着くと、昨日入った二人が既に来ていた。 ﹁あ! お疲れさまッス!﹂ ﹁お、お疲れさまです﹂ ﹁お疲れさま、早いね?﹂ ﹁あ、はい! あの、殿下や賢者様のお孫さんを待たせちゃいけな いと思って走って来たッス!﹂ ﹁あ、あの⋮⋮ご迷惑でしたでしょうか?﹂ ﹁迷惑って何でよ?﹂ ﹁いえ、あの、その⋮⋮﹂ 昨日は顔を合わせただけだし、まずは交流を深めるところからか な? ﹁まずは研究室に入ろうか﹂ そう言って研究室に入る。教室より簡素な造りの部屋と机だが十 分だ。 ﹁じゃあ、研究会の代表であるシン、挨拶しようか﹂ ﹁また挨拶か⋮⋮﹂ そう言って前に出る。 ﹁えー、今回この﹃究極魔法研究会﹄の代表になったシン=ウォル フォードです。いつの間にか研究会が立ち上がっていて、いつの間 にか代表になっていたので何をするのか全く決めてません。まぁボ チボチやっていきましょう﹂ そう言うと、マークとオリビアだったかな? 二人は唖然として 252 た。 ﹁﹃究極魔法研究会﹄って⋮⋮﹂ ﹁そんな名前だったの?﹂ そこかい! 知らずに入ったのかよ! ﹁いえ⋮⋮ウォルフォード君が研究会を立ち上げたって聞いたので ⋮⋮﹂ ﹁よく確認せずに入会したッス!﹂ ﹁⋮⋮まあいいか。それじゃあ、マークとオリビア、二人自己紹介 してくれるかな?﹂ ﹁は、はいッス! ええっと、自分はマーク=ビーンです! 一年 Aクラスです! 家は鍛冶屋をやってまして、武器や防具、生活用 品まで手掛けてるッス! ご入り用の際は﹃ビーン工房﹄をご用命 下さい! 鍛冶屋の手伝いをよくしてたんで火の魔法が得意ッス! 宜しくお願いします!﹂ ﹁へえ、﹃ビーン工房﹄と言えば、腕の良い鍛冶師が沢山いる良品 揃いで有名な所じゃないか﹂ ﹁そうなの? というか詳しいなトニー﹂ ﹁まあねえ⋮⋮ウチの家族は僕以外騎士だって言ったろ? 昔はよ く剣を振り回してたからね。﹃ビーン工房﹄の剣は他の工房の物よ り切れ味も良いし、ナイフなんかの小物でも使いやすいのが多いん だよ﹂ メッチャ意外だ。トニーが武器について語ってる! 騎士の家系 だって言ってたからそう不思議では無いはずなんだけど、チャラ男 の雰囲気と全く合って無い。マークも意外そうな顔をしてる。 ﹁あ、ありがとうございます⋮⋮ウチの店知ってるんスね﹂ 253 ﹁ああ、﹃ビーン工房﹄の物を使うのは当時の目標だったからねえ﹂ ﹁そう言って貰えて嬉しいッス! 何か入り用があれば言って下さ い! サービスしますんで!﹂ ﹁本当かい? それは嬉しいねえ﹂ トニーの意外な一面を見たな。そして次はオリビアだ。 ﹁あの⋮⋮オリビア=ストーンです。私も一年Aクラスです。家は 食堂をしてまして、店の名前は﹃石窯亭﹄です。マークとは幼なじ みで、昔から知ってます。お店の手伝いで水をよく使うので水の魔 法が得意です。宜しくお願いします﹂ ﹁﹃石窯亭﹄!? 超有名店じゃん!! あそこの石窯で焼いたグ ラタンが絶品なんだよねぇ⋮⋮﹂ アリスが何かを思い出しながらそう言った。ヨダレ垂れてる、ヨ ダレ。 ﹁学院の合格祝いを﹃石窯亭﹄でしたんだ。もう、超∼∼∼美味し かったんだから!﹂ ﹁それは羨ましいねえ、僕の家は予約が取れなかったんだよ﹂ ﹁あ、あの、よかったら皆で来て下さい。おもてなしします﹂ ﹁本当に! やったねシン君! これは凄い人材だよ!﹂ ﹁失礼な誉め方すんな!﹂ しかし二人とも有名なお店の子供なんだな。そのお店の事知らな かったわ。 マークは茶色い髪に黒い目、ソバカスがある少年だ。鍛冶屋の手 伝いで鍛えられているのか、割と締まった体つきをしてる。体育会 系な感じだな。 254 オリビアはセミロングの黒髪に青い目をした美人さんだ。可愛い より綺麗な感じ。お店の看板娘なんだろうな。 ﹁鍛冶屋の息子で工房の手伝いをしてたってことは、マークも何か 造れたりするの?﹂ ﹁は、はいッス! あ、ああいや! 大した事無いッス!﹂ ﹁ねえマーク。この研究会は一年生しかいないんだ、敬語は止めよ うよ﹂ ﹁そうそう、オリビアもね!﹂ ﹁え、でも⋮⋮﹂ ﹁殿下や英雄のお孫さんですよ?﹂ ﹁ああ、それは気にしなくて良いぞ。シンなんかは時々私の事をお 前呼ばわりするからな﹂ ﹁いや殿下⋮⋮それ、シンだけですから⋮⋮﹂ だってオーグだし。 ﹁まあオーグは無理だろ、でも俺はじいちゃんとばあちゃんが有名 なだけで一般人だからな。お前らと一緒だよ﹂ ﹁⋮⋮一般人?﹂ ﹁空耳かしら?﹂ ﹁まあシンも来週には有名人だけどな﹂ おい! 皆非道いな! 貴族じゃないんだから一般人だろ? そ してオーグは何か言ったな。 ﹁オーグ、来週って?﹂ ﹁ん? ああ、多分帰ったら通知が来てるだろうが、シンの叙勲式 が来週の週明けに行われる事が決まってな。これでシンも有名人の 255 仲間入りだ﹂ ﹁そうか⋮⋮決まったか⋮⋮﹂ ﹁安心しろ。昨日言ったろ、政治利用はしない。父上が叙勲式で正 式に発表するそうだ。だがまあ、名前が売れるのはしょうがないな。 今でも既に売れ始めているし﹂ ﹁そうかぁ⋮⋮﹂ もう気軽に外を出歩けなくなるのかなぁ⋮⋮そうだ! ﹁変装するか姿を消せば良いんだ!﹂ そう叫んでしまった。あれ? 周りの視線が痛い⋮⋮ ﹁変装は分かるけど姿を消すってなんだ?﹂ ﹁え? そのままだよ。こうやって姿を消せば周りに気付かれない じゃん!﹂ そう言って、光学迷彩魔法を使うと皆がまた唖然としてた。これ もか。 ﹁え? シン君?どこですか?﹂ ﹁うそ⋮⋮急に消えた⋮⋮﹂ ﹁な、なんですか?これは!?﹂ ﹁いや、そんな驚かなくても⋮⋮﹂ そう言って光学迷彩魔法を解除すると皆から質問責めにあった。 ﹁シン! 今の何? 全く見えなくなったんだけど!﹂ ﹁確かに不思議。何かに隠れた訳じゃ無いのに姿が見えなくなった﹂ ﹁同じ場所から現れたという事は移動した訳でもないのでしょう? 256 ならどうやったのですか?﹂ ﹁ちょっと待って! マークとオリビアを放ったらかしだよ!﹂ そう言って二人を見ると、二人とも呆然としていた。 ﹁殿下をお前って⋮⋮﹂ ﹁ウォルフォード君叙勲されるの?﹂ ちょっとずつズレてる! ﹁ちょっと話を纏めようか、何かメチャクチャになった﹂ ﹁お前のせいでな﹂ ﹁うっせ! ちょっと待って、えーと、マークが何か造れるのか聞 いてて、敬語は止めてって話だったよね?﹂ ﹁そうッス﹂ ﹁じゃあ、まず敬語から止めようか。同い年で敬語ってのもねー﹂ ﹁殿下とウォルフォード君は無理ッス! それに工房の手伝いをす る時は自分一番下っ端なんで、このしゃべり方が普通なんス!﹂ ﹁私も、普段お店の手伝いをする時は敬語なんで⋮⋮殿下とウォル フォード君以外なら出来そうですけど、それもすぐには無理です﹂ オーグと一緒って⋮⋮。 ﹁何か言いたそうだな?﹂ ﹁別に⋮⋮はぁ、じゃあそれはもういいよ。無理強いするもんでも ないし﹂ ﹁申し訳無いッス﹂ ﹁すいません﹂ ﹁いちいち謝らなくていいって。で? マークは何か造れるの?﹂ ﹁いやぁ、自分さっき言ったように一番下っ端なんで、最近ようや 257 くナイフを造らせてくれるようになったッスけど⋮⋮魔法の練習も しなきゃなんないもんですから、全然まだまだッスね﹂ ﹁そっかー何か造れるのなら武器を新調したかったんだけどなぁ﹂ ﹁イヤイヤ! ウォルフォード君の剣って魔人を切った剣ッスよね ? それに替わる剣なんてそうそう無いッスよ!﹂ ん? あ、そうか言った事無かったな。 ﹁いやあの剣、魔法を付与してあるだけで普通の鉄製の剣だよ? しかも薄く軽く造ってあるから耐久性もあんまりないし﹂ ﹁え? 普通の剣?﹂ ﹁そう﹂ そう言ってバイブレーションソードを異空間収納から取り出す。 それをマークに見せた。 ﹁これが魔人を切った剣⋮⋮﹂ ﹁よく見てくれる?﹂ マークはバイブレーションソードを色々な角度から鑑定し始めた。 ﹁⋮⋮信じられないッス⋮⋮この剣で本当に魔人を切ったんスか?﹂ ﹁そうだよ﹂ ﹁この剣⋮⋮薄くて軽くて、確かに振り回しやすいッス。でもそれ だけッス。ちょっと硬い物を切ればあっという間に折れてしまうッ スよ﹂ ﹁何? そうなのか?﹂ ﹁はい殿下。御覧になりますか?﹂ そう言ってオーグに渡す。 258 ⋮⋮オーグには普通の敬語なんだ⋮⋮。 ﹁これは⋮⋮確かに、すぐに折れそうだな⋮⋮﹂ ﹁魔法を付与してあるって言ったろ? 魔力流してみろよ﹂ ﹁っ! これは? 刃が微細に振動している?﹂ ﹁んで、これ切ってみ? 力入れなくていいから﹂ そう言って異空間収納から丸太を取り出す。これ、何で持ってる んだろう? 何かに使おうとしてたっけ? 何で丸太を持っていたのか。自分で不思議に思っていると、オー グの驚いた声が聞こえた。 ﹁なっ! 何だこれは!?﹂ バイブレーションソードが丸太をバターのように切っていた。そ の光景に皆目を見開いている。そして丸太をスッパリ切り落とした。 ﹁これは一体⋮⋮﹂ ﹁バイブレーションソード。刃に超高速な振動を加えるとこういう 風に物が切れるようになるんだ﹂ バイブレーションソードを受け取りながら説明する。 ﹁刃自体は薄い方がいいんだ。後は持ち手の改造とか、やっぱり薄 くて折れやすいから予備とか欲しかったんだけどね﹂ そう言ってバイブレーションソードを異空間収納に戻す。すると 何かを考えていたマークが言った。 259 ﹁⋮⋮薄い刃、そういう条件だけで良いなら自分でも打てます。後 はウォルフォード君と相談しながらになるッスけど⋮⋮﹂ ﹁本当に!? 良かった、今までは人伝に頼んでたから細かい調整 とかできなくてさあ、助かるよ!﹂ ﹁いえ、これくらいならお安い御用ッス﹂ いやあ、これはラッキーだ。これで色々試せるよ。 ﹁しかし、こんな物まで創っていたんだな﹂ ﹁凄いねぇ私も付与魔法得意なつもりだったけど、これ見ちゃうと なぁ⋮⋮﹂ ﹁ユーリだってその内出来るようになるよ。何ならばあちゃんに教 えて貰っても良いんだし﹂ ﹁え!? 本当にぃ! やぁん、超嬉しぃ!﹂ ユーリがテンション上がってるの初めて見たな。ばあちゃんの事 本当に尊敬してんだな。 ﹁でも、これのナイフバージョンは、ディスおじさんとかクリスね ーちゃんとかジークにーちゃんには渡したよ?﹂ ﹁⋮⋮見た事無いな﹂ ﹁そうか、内緒にしてたのかな?﹂ ﹁そういえば、何年か前にジークフリードが新しい武器が手に入っ たと自慢していた事があったな⋮⋮私がいくら頼んでも見せてくれ なかったが⋮⋮﹂ ジークフリード? 誰だ⋮⋮その格好いい名前の人物は? ﹁シン君、ジークフリード様の事知ってるの!?﹂ 260 ﹁ジークフリード様が誰だか知らないけど、ディスおじさん⋮⋮国 王の護衛のジークにーちゃんなら知ってるよ。銀髪の﹂ ﹁それだよ! 魔法使いの女の子、いや! 王都中の女の子の憧れ。 ジークフリード=マルケス様だよ!﹂ ﹁あの人は憧れるよねえ⋮⋮﹂ ﹁一度でいいから話してみたい﹂ ﹁中等学院にはファンクラブがあったなぁ﹂ アリスが熱く語ってる。マリア、リン、ユーリも同意する。 ﹁えぇ⋮⋮只のチャラいにーちゃんだよ?﹂ ﹁それに、クリスティーナ様の事も知ってるみたいだねえ﹂ ﹁だからクリスティーナ様って誰だよ? ジークにーちゃんと同じ 護衛のクリスねーちゃんなら知ってるよ﹂ ﹁クリスティーナ=ヘイデン、若くして国王陛下の護衛騎士に選ば れる程の剣の腕を持ちながら、美しくそのミステリアスな容姿に憧 れを抱く男子は多いねえ﹂ トール、ユリウス、マークが凄い勢いで頷いてる。 ﹁ミステリアスって⋮⋮無愛想なだけだよ⋮⋮﹂ 知り合いが大人気でした。なんだろう、この自分の兄姉を誉めら れているような妙な感じは。それより、実態と全然違う⋮⋮これは 会わせると幻滅するかもしれないな⋮⋮。 ﹁それよりもシン、さっきの姿を消したのはどうやったんだ?﹂ ﹁そうだよシン君! あれ何?﹂ ﹁ああ、光学迷彩?﹂ ﹁こうが⋮⋮何だそれは?﹂ 261 ﹁光学迷彩。人間が目で見てるものって何を見てるか知ってるか?﹂ ﹁何って⋮⋮物だろう?﹂ ﹁何で物が見える?﹂ ﹁何でって⋮⋮そんなの分かんないよ﹂ ﹁人間の目ってさ、光が反射したものを見てるんだ﹂ ﹁反射?﹂ ﹁そう、だから光を反射しない物は見えない。ガラスなんてそうだ ろう? あれはガラスが光を通しちゃうから不純物が混じってない ガラス程透明に見える﹂ ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹁そうやって反射した物を見てるって事は、その反射した光の具合 を歪めてやると⋮⋮﹂ ﹁あ! シン君が消えていきます!﹂ ﹁消えてる訳じゃ無いよ。俺の周囲に魔法で干渉して光を歪めてる んだ。だから俺の周りの風景に反射した光が俺を迂回して俺の前に いる人間に見えてる。結果、俺が消えた様に見えたんだ。透明にな った訳じゃ無い﹂ 光学迷彩を解除しながら説明すると、皆の頭に?マークが浮かん でいるのが見える。 ﹁⋮⋮シシリー分かった?﹂ ﹁いえ⋮⋮﹂ ﹁説明されてもサッパリ分かんない!﹂ ﹁分からないけど、これは凄い魔法﹂ ﹁やっぱり⋮⋮﹂ ﹁魔法の常識知らずで御座る﹂ 皆口々に言うけど⋮⋮ 262 ﹁ここは﹃究極魔法研究会﹄なんだろ? これくらいで驚いてどう するよ?﹂ ﹁いきなり究極過ぎる!﹂ ﹁これは凄い。究極の隠蔽魔法﹂ ﹁いや、音も消してないし、魔力遮断もしてないから究極じゃ無い だろ?﹂ ﹁いや十分だな。できればこの魔法もあまり広めて欲しく無いもの だ﹂ ﹁何でよ?﹂ ﹁暗殺し放題、機密文書も盗み放題、盗聴に尾行、犯罪に使われる 用途が多すぎる﹂ ﹁そんな事言ってたら魔法なんて何にも使えねえよ。結局、使う人 間のモラルの問題だろ?﹂ ﹁確かにそうなんだが⋮⋮この魔法は誘惑が多すぎる⋮⋮﹂ ﹁大丈夫ですよ殿下! だってさっきの説明で理解した人なんてい ないですよ?﹂ ﹁⋮⋮それもそうか﹂ ﹁俺の説明、分かり難かった?﹂ ﹁いやぁ⋮⋮そもそも意味が分かんなかった﹂ 分かりやすいように光の反射から説明したんだけどな。そもそも 目が光を捉えてるって概念も無いのかな? ﹁そっかぁ⋮⋮分かんないかぁ﹂ ﹁これはあれね。シンが究極の魔法を開発していくのを生温かく見 守る会になりそうね﹂ ﹁そんな事無い。私も少しでもウォルフォード君から学びとる﹂ ﹁これが陛下が入学式で仰っていた事ですね。シン君が魔法の固定 概念を壊してくれるって﹂ ﹁ちょっと壊しすぎな気もしますが⋮⋮﹂ 263 ﹁諦めるで御座るよトール﹂ ﹁やっぱりこの研究会に入って良かったねえ。ずっとSクラスにい れそうだよ﹂ ﹁私は付与魔法を教えてほしいなぁ﹂ ﹁まあ、程々にな﹂ 呆れてるのもやる気を出してるのもいるな。まあ、初めての研究 会の活動としてはこれくらいでいいかな? そういえばあの二人は? ﹁無詠唱ッスか⋮⋮﹂ ﹁さすがSクラスね⋮⋮﹂ だから! ちょっとずつズレてるって! 264 王都捜査網︵前書き︶ 今回は、全て三人称で書いてます。 265 王都捜査網 貴族の家が建ち並ぶ区画。大きい家の多いその区画は人通りも少 なく閑静な街並みだ。その物静かな一角にあるリッツバーグ伯爵邸 に警備局捜査官であるオルト=リッカーマンが訪れていた。リッツ バーグ伯爵への事情聴取の為だ。 リッツバーグ邸の応接室で、オルトとラッセルは向かい合ってい た。 ﹁奥様はどうされました?﹂ ﹁ああ⋮⋮あれは心労から寝込んでいる。自分の息子が魔人になり、 挙げ句に殺されたのだからな。私も寝込めるものなら寝込みたいよ﹂ ﹁⋮⋮心中お察しします﹂ ﹁いや、気を使わんでくれ。カートがああなったのは私達に責任が あるのだから﹂ ﹁その事なのですが⋮⋮息子さんは昔から横柄な性格だったのでし ょうか?﹂ ﹁馬鹿な事を言うな!!﹂ 思わずラッセルが声を荒げる。その事に自分でハッとなり、大声 を出した事を詫びた。 ﹁ス、スマン⋮⋮つい感情が昂ってしまった⋮⋮﹂ ﹁いえ、無理もない事です。そして失礼を承知で再度お訊ね致しま す。息子さんは昔から横柄な性格をしていたのでしょうか?﹂ ﹁いや⋮⋮知っての通り我が国は国民第一の国だ。貴族は国民の為 に、王族は貴族も含めた全国民の為に、国民は国の宝であり第一に 守るべき対象となる。カートには幼い頃からこの教えを説いてきた。 266 多少気位は高かったが、民は守るものという意識は持っていたはず だ﹂ ﹁今まで、そういった言動は無かったと?﹂ ﹁⋮⋮私も四六時中カートを見ている訳ではないからな⋮⋮妻や使 用人に聞けば分かるかもしれんが⋮⋮﹂ ﹁それは後で確認しましょう。では彼があのような態度を取ったの は?﹂ ﹁先日が初めてだ﹂ ﹁そうですか⋮⋮﹂ 高等魔法学院での評判と全く違う。しかし、中等学院での評判と 一致する。 高等魔法学院では﹃横柄な態度を取る愚か者﹄。 中等学院では﹃気位は高いが民の事を考える貴族﹄。 中等学院と高等魔法学院でこうも違う評判になるものだろうか? まるで別人だ。 中等学院時代は、王国貴族らしい貴族。 そして、高等魔法学院時代は⋮⋮。 ﹁帝国貴族⋮⋮﹂ ﹁何?﹂ ﹁いや⋮⋮中等学院時代の息子さんは王国貴族らしい貴族だったよ うですが、高等魔法学院に入った後の息子さんは⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮帝国貴族のようだと?﹂ ﹁あくまで私が受けた印象ですが﹂ うそぶ ﹁⋮⋮確かに、帝国貴族は国民を搾取の対象と見、貴族でない者は 人間では無いと嘯く輩だからな⋮⋮﹂ 267 アールスハイド王国とブルースフィア帝国では貴族の在り方が全 く違う。 アールスハイド王国では、貴族は国民を守る為に存在し、彼らが 居てこそ自分達が繁栄出来ると考えるのが一般的だ。国王ディセウ ムがマーリンに言った貴族の意識改革とはこの事である。 何世代にも渡って改革を続け、ようやく根付いた考えで、事実こ の意識改革後アールスハイド王国国民の生活は向上し、生産性も上 がり、結果税収が増えて領地や国が繁栄している。 変わってブルースフィア帝国では平民は貴族の為に存在している と考えるのが一般的だ。平民は非常に重い税に苦しみ、生産性も上 がらず、平民の暮らしは王国に比べて相当に水準が低い。 王国では十五歳以下の子供は等しく教育を受ける権利を要し、半 ば義務教育となっている。なので識字率も高く、計算も速い。 ところが帝国では、学校とは貴族、もしくは一部裕福な商人の子 供が通うものであり、平民が学校に通える事はまず無い。余計な知 識を与えられず、搾取される側に産まれた者は、搾取される立場か ら抜け出す事が出来ない。 その知識を持っていないからだ。 平民は貴族の為に存在し、利益をもたらす者。 カートの言い放った言葉は、まさしくその帝国貴族の口振りだっ た。 268 ﹁これは⋮⋮帝国関係者の洗脳を受けた可能性もあるのか?﹂ ﹁帝国の洗脳だと!?﹂ ﹁リッツバーグ伯爵、おかしいと思いませんか? つい先日まで王 国貴族らしい、民を守る思考をしていた者が、ある日突然貴族を選 ばれた民だと、平民と同列にされるのが我慢出来ないと、そう言う ものでしょうか?﹂ ﹁だから私も妻も混乱しているのだ⋮⋮﹂ ﹁息子さんが帝国の者、もしくは元帝国の者と接触していた事はあ りますか?﹂ ﹁⋮⋮ああ、そういえば⋮⋮﹂ ﹁あるのですか?﹂ ﹁カートが通っていた中等学院の教師だ。元帝国の人間で両目に眼 帯をしている。相当な魔法の使い手なので帝国で何かトラブルを起 こして王国に来たのではないかと言われていたな﹂ ﹁その教師と息子さんが接触していた?﹂ ﹁ああ、カートはその教師の開いていた研究会に参加していた。高 等魔法学院を受ける際も、一時家庭教師に来ていたな﹂ ﹁帝国出身の教師⋮⋮﹂ 怪しい。誰が聞いても怪しい。 そこでオルトは使用人にも話を聞いた。 ﹁シュトローム先生ですか? 良い方ですよ。帝国出身と聞いてい たので平民への差別意識が強いのかと思ったら、全然そんな事なく て。私達使用人にも分け隔てなく接して頂きました﹂ 使用人達からの証言は概ねこのような結果だった。 269 問題無いのか?いやしかし、その教師は一年前から中等学院で教 員になった。そして、受け持っていたカートが魔人になった。 一年前。 つい最近知らされた事柄と時期が一致する。加えて自身の生徒が 魔人化した。 証言では怪しい所は無い。が、行動の全てが怪しい。そして⋮⋮。 ﹁若様があんな事になった日も来て下さって﹂ ﹁それは何時頃?﹂ ﹁確か⋮⋮午前中だったと思います﹂ 午前中という事は魔人化する前。しかも訪れた後、カートは部屋 を抜け出した。 証拠は何も無い。しかし明らかに怪しい。 オルトはその足でカートが通っていた、そして今もシュトローム が教鞭を振るっている中等学院に行ってみる事にした。 万が一に備え、警備隊詰所に戻り、若い隊員を一人同行させた。 二人が訪れた学院は貴族や裕福な商人が通う学院だけあって他の 学院より豪華な建物だった。その学院の一室に研究室を借りている オリバー=シュトロームはいた。 ﹁お忙しい所すいませんシュトローム先生﹂ ﹁お邪魔します﹂ 270 ﹁いえ、良いですよ。紅茶でも飲みますか?﹂ ﹁いえ、お構い無く﹂ オルトは油断なくシュトロームを監察した。両目を眼帯で覆って いるというのにその動きには全く迷いが感じられない。おそらく感 知系の魔法を使っているのだろうが、何をしているのかは全く分か らない。 監察しているだけでは埒が明かないとオルトは質問をする事にし た。 ﹁シュトローム先生は帝国の出身だとか。不躾な質問で失礼します が、どういった経緯で我が国に来られたのか、教えて頂いてもよろ しいですか?﹂ ﹁私が王国に来た理由ですか⋮⋮それが恥ずかしい話でしてね。私 は帝国の貴族の家に産まれたのですが⋮⋮﹂ 帝国貴族⋮⋮その言葉にオルトの体が一瞬強張る。 ﹁実家の跡目争いに敗れましてね⋮⋮私を亡き者にしようとする親 族から命からがら逃げ出したのですよ。その結果帝国には居られな くなりましてね。王国へ亡命してきたのですよ。この目もその時の 襲撃で傷を負ってしまって⋮⋮﹂ ﹁なるほど、そうでしたか。いや、失礼な事を聞いてしまってすい ません﹂ ﹁いえ、それが貴方のお仕事ですからね。お気になさらずに﹂ 当たり障りの無いやり取り。しかし、シュトロームの言っている 事が本当だとは限らない。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか? 若い隊員は隣で話のメモを取っている。記録は彼に任せ、更に質 271 問を続けた。 ﹁そういえば、シュトローム先生はこの学院で魔法の才能のある子 に研究会へ参加させ、非常に優秀な魔法使いを育成しているとか。 どうしてこのような? 今の職場とはいえ元は敵国でしょう? 帝 国への意趣返しですか?﹂ ﹁そう思われるのも無理はありません。しかし私にそんなつもりは ありません。もっと単純な理由ですよ﹂ ﹁と言うと?﹂ ﹁私は元帝国貴族で新任の教師ですからね。結構風当たりが強いん ですよ。私をこの学院で認めさせるには目に見える功績が欲しかっ た﹂ ﹁それが貴方の研究会だと﹂ ﹁そういう事です。お陰様で私の研究会に所属した子供達は皆魔法 の実力を伸ばしてくれました。高等魔法学院に合格した子もいて、 私はこの学院での地位を確立したのですよ﹂ 特別崇高な理由等ではなく、あくまで自らの身の保身の為の行動 であるという。人間が行動する上で最も自然な理由。 今の会話におかしい所は無い。顔を見るが、眼帯のせいで表情が 分かり難い。オルトは舌打ちをしたい気持ちを抑え、更に続けた。 ﹁しかし、そうなると今回の事は残念でしたね﹂ ﹁そうですね、カートはさっき言った、私が教えて高等魔法学院に 合格した生徒なんですよ。それがこんな事になるとは⋮⋮﹂ ﹁シュトローム先生の経歴に傷が付くと?﹂ するとシュトロームは少しムッとして反論した。 272 ﹁そういう事を言っているのではありません! カートは私の可愛 い生徒なんですよ!? そんなカートがこんな事になってしまって 悲しいと言っているのです!﹂ ﹁これは失礼しました。失言でした﹂ ﹁分かって頂ければ良いですよ⋮⋮﹂ 一瞬興奮したかに見えたシュトロームだがすぐに落ち着きを取り 戻す。これも本心なのか、それとも演技なのか⋮⋮それならば⋮⋮。 ﹁シュトローム先生、一つお願いを聞いて頂いてもよろしいですか ?﹂ ﹁なんでしょうか?﹂ ﹁実は、魔人化した彼の遺体について確認して頂きたい事があるの です﹂ ﹁確認したい事?﹂ ﹁ええ、今関係各所から専門家を集めて検分をしているところなの ですが、シュトローム先生はお話を聞く限り相当高位な魔法使いで いらっしゃる。シュトローム先生の意見も聞かせて頂きたいのです﹂ ﹁教え子の遺体を検分するというのはどうも気が進みませんが⋮⋮﹂ ﹁そこを何とかお願いします。これは人類の為になることです﹂ ﹁⋮⋮はぁ、分かりました。伺いましょう﹂ ﹁ありがとうございます。早速ですが、この後お時間大丈夫ですか ?﹂ ﹁本当に早速ですね⋮⋮大丈夫ですよ。今日は研究会もありません し﹂ ﹁ありがとうございます。それでは参りましょう﹂ オルトはそう言うと若い隊員に合図をして立ち上がった。 ﹁有益な話が聞ける事を期待していますよ﹂ 273 ﹁勝手に期待されても困りますよ﹂ そう言いながら警備隊の詰所に向かった。 一方その頃、王都周辺の草原や森では軍務局による調査が行われ ていた。 ﹁局長、ご報告致します﹂ ﹁聞かせてくれ﹂ ﹁はい、やはり魔物の数が相当増えていますね。兎や栗鼠等の小動 物から、野犬、山犬、狼、猪といった中型の動物、果ては熊等の大 型動物まで魔物化しています﹂ ﹁気付かなかったのは何故だと思う?﹂ ﹁恐らく小動物が多いですので、さほど脅威に感じなかったのでし ょう。中型、大型の魔物と言っても、劇的に増えていたり、複数で 現れたりしていないので、隊列を組み魔法師団と協力すれば、割と 簡単に討伐出来ます。虎や獅子といった災害級の魔物がいなかった のもその要因でしょう﹂ ﹁そうか⋮⋮﹂ ﹁おい、ドミニク﹂ ﹁⋮⋮ここでは局長と言え、ルーパー﹂ ﹁はっ! 局長なんて順番にやってるだけじゃねえか。俺は前の局 長だし、次の局長も俺だ﹂ 軍務局長であるドミニクに声を掛けてきた男はルーパー=オルグ ラン。魔法師団長であり前任の軍務局長である。 茶色い目と髪をしており、魔法師団長用のローブを若干着崩してい る。チョイ悪オヤジという言葉がピッタリ嵌まる男である。 ﹁下の者に示しが付かんだろう﹂ 274 ﹁それを言うなら、前の局長が陛下以外に頭を下げてる光景も示し が付かねえよ﹂ ﹁ああ言えばこう言う⋮⋮はぁもういい。で? なんだ?﹂ ﹁魔物が増えた理由を魔法的見地から推測しろって言ってたやつな んだが⋮⋮﹂ ﹁何か分かったのか?﹂ ﹁それがな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁サッパリ分からん!﹂ ﹁はぁ⋮⋮期待した私が馬鹿だったよ﹂ ﹁まぁそう言うな、サッパリ分からんのは自然発生する理由だ﹂ ﹁自然発生?﹂ ﹁ああ、魔物ってのは魔力が濃い所に長時間いた動物がなりやすい、 って言われてるだろ?﹂ ﹁ああ、そうだな﹂ ﹁ところが、この近辺では特に魔力が濃い所なんてねえんだよ﹂ ﹁⋮⋮と言うとやはり⋮⋮﹂ ﹁ああ、お前さんの言っている﹃魔物の人為的な発生﹄その可能性 が高くなった訳だ﹂ ﹁他から移動してきたという可能性は?﹂ ﹁ねえな。それならもっと大変な事になってる。こんな少しずつ増 えるなんて事はねえよ。それに、他の街では魔物が増えたという報 告は無い﹂ ﹁これはいよいよ⋮⋮﹂ ﹁ああ、どうにもキナ臭いぜ﹂ そう言って軍務局のトップ二人は神妙な顔を見合わせた。 所変わって、とある城の一室。この城の主の前にある報告を持っ た男がいた。 275 ﹁何だと? アールスハイド王国の魔物の数が増えている?﹂ ﹁はい。軍務局ではその原因を探るべく総出で対策に当たっている 模様です﹂ ﹁そうか。我が国の魔物の状況はどうなっておる?﹂ ﹁それが、王国と違い逆に少なくなっているという報告がございま す﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ ﹁陛下これは好機なのではありませぬか?﹂ ﹁そうだな、我が国の魔物の数は減り、王国の魔物の数は増えてい る。恐らく我が国の魔物が王国に移動したのだろう。そうなると、 王国は魔物の対応で手一杯の筈、こちらにまで気を配れまい﹂ そう言うとその男はその場にいた面々に伝えた。 ﹁これは天が我に世界を統一せよと言っているに違いない。これを 逃すは愚の骨頂。故に我はアールスハイド王国へ攻め入る。我も出 る。皆、親征の準備を進めよ﹂ ﹃御意!﹄ アールスハイド王国への侵攻を決断した男。 ブルースフィア帝国皇帝、ヘラルド=フォン=ブルースフィアで ある。 話はまたアールスハイド王国王都に戻る。 シュトロームを連れて警備隊詰所にやって来たオルトは、練兵場 に来ていた。 276 ﹁すみませんね先生。無理に連れ出してしまって﹂ ﹁今更言いますか? もういいですよ﹂ そう言いながら二人は練兵場の中に入る。 ﹁ここは?﹂ ﹁ああ、警備隊の練兵場です。ここで検分をしようと思いまして﹂ ﹁こんな所で?﹂ ﹁ええ﹂ そう言って合図をした。 すると、練兵場を囲うように騎士、兵士、魔法使いが現れた。 ﹁貴方の検分をね﹂ ﹁私の? 何故?﹂ ﹁ようオルト。調査から戻るなり呼び出し喰らったけどよ、これは 一体何なんだ?﹂ シュトロームの研究室を退出する際、オルトは若い隊員に軍部を 集めろと合図を送っていた。 ﹁今から説明しますよルーパー様﹂ そう言ってシュトロームを見る。 ﹁私は何故このような仕打ちを受けているのでしょうか? オルト さん。やはり元帝国貴族にはこのような仕打ちが相応しいと⋮⋮﹂ ﹁そんな理由ではありませんよシュトローム先生。貴方の証言は実 277 に見事でした。証言だけなら疑う理由は無い。しかし、貴方はたっ た一つだけミスを犯した﹂ ﹁ミスですか?﹂ ﹁ええ、ドミニク局長、魔人化したのは誰でしたでしょうか?﹂ ﹁カート=フォン=リッツバーグだろう。それがどうした?﹂ ﹁そうです。ここに居る皆は当然知っている﹂ ・・ ﹁それがどうしたのですか?﹂ ﹁ここに居る皆は知っている。しかし、それ以外は知らない筈なん ですよ﹂ ﹁⋮⋮ほう?﹂ ﹁魔人を討伐したシン=ウォルフォード君から話を聞いた陛下は直 ぐ様箝口令を敷かれました。魔人化した人間を口外してはならぬと。 今回の魔人出現に幾つか不可解な点があったからです。そのせいで 彼の家族が不当な扱いを受けぬように。貴方に会う前にリッツバー グ邸に伺いましたが静かなものでしたよ? 魔人に対し並々ならぬ 脅威を感じる国民性から言って、魔人化したのがカート=フォン= リッツバーグだと知れれば人が殺到するでしょうから。箝口令が機 能している証拠です﹂ 周りの騎士達もその事に気付き、シュトロームに警戒の目を向け 身構える。 ﹁この王都に広まっているのは﹃高等魔法学院で魔人が出現し、偶 々居合わせた英雄の孫、シン=ウォルフォードが魔人を討伐した﹄ という話です。魔人が出現した事は知っている。しかし誰が魔人化 したのかまでは知らない。知っているのはここに居る軍部、警備隊 の一部、そして高等魔法学院の関係者だけです。さて、貴方はどこ からカート=フォン=リッツバーグが魔人化したのを知ったのか教 えて頂けませんか? 情報漏洩の罪で罰しなければいけないので﹂ 278 そうオルトが言うとオリバーは急に大声で笑いだした。 ﹁クックク、アハハ、アハハハハハハ!!!﹂ ﹁何だ!?﹂ ﹁気でも触れたか?﹂ 戸惑う軍人や警備隊員を尻目に、オリバーは語り出す。 ﹁まさか箝口令が敷かれているとは思わなかったですねえ。王都中 が騒いでいるから皆誰が魔人になったのか知っているとばかり思っ ていましたよ。そうですか、騒がれているのはウォルフォード君だ けですか﹂ ﹁そういう事です。皆は新しい英雄が生まれた事に騒いでいます。 しかも、それが既に英雄とされている方のお孫さんなんですから、 騒ぎが大きくなるのは当然です。それに魔人が出現したと脅威に感 じても実害は無かった。国民が魔人の正体より英雄の方に目が行っ ても仕方ないでしょう?﹂ ﹁そうか、皆魔人より英雄の方に目が行くか﹂ そう言うと、シュトロームは魔力を纏い始めた。 ﹁舐めてんじゃねえぞ!﹂ ルーパーが咄嗟に無詠唱で火の矢の魔法を放つ。シュトロームに 着弾したと思われた火の矢は魔力障壁によって阻まれた。 ﹁チッ! これを防ぐか。テメエ何モンだ!?﹂ ﹁フフ、それに答える義務は無いですね﹂ シュトロームはそう言うと、爆破の魔法を放ち練兵場の壁を壊し 279 た。そして浮遊し壊した壁から出て行こうとする。 ﹁絶対に逃がすな!! 奴を逃がせばまた犠牲者が出るぞ!!﹂ ドミニクの言葉に軍部の人間が一斉に魔法や弓を放つ。しかし、 それも全て魔力障壁によって阻まれる。 ﹁さて、ここでの実験は全て済みましたし、そろそろ失礼させて頂 くとしますね﹂ ﹁実験⋮⋮だと⋮⋮!﹂ その言葉にオルトが激しい憤りを見せる。 ﹁カートを実験に使ったというのか! 未来ある少年の命を! 身 勝手な目的の為に使ったというのか!!﹂ ﹁そうですよ? 御愁傷様ですね。まあ、私に目を付けられた時点 で運が悪かったと思って下さい﹂ ﹁運が⋮⋮悪かった? 彼の家族がどれだけ傷付き苦しんでいるの か分からないのかぁぁぁ!!﹂ ﹁オルト! よせ!!﹂ オルトは警備隊に配付されているサーベルを抜きシュトロームに 斬り掛かる。 ﹁はぁ、正義漢は鬱陶しいですね⋮⋮﹂ シュトロームは斬り掛かって来たオルトを避けその背後から魔法 を放とうとする。 ﹁オルト!!﹂ 280 飛び込んで来たドミニクに横から体当たりを受け、吹っ飛ぶオル トと一緒に転がるドミニク。 そしてその横を魔法が通り過ぎ警備隊の敷地の塀に当たり爆発し た。 ﹁おや? 避けられましたか﹂ 飄々とそんな事を言うシュトロームを皆が囲み、どうやって取り 抑えるか迷っていた所に⋮⋮。 ﹁どうわっ! 何だ! こりゃ!?﹂ 少年の声が聞こえた。 皆が振り向いた先にいたのは。 ﹁おお!? 何の騒ぎだこりゃ!?﹂ シン=ウォルフォードがいた。 281 真犯人と対峙しました 研究会の初日が終わったので皆各々家に帰る。歩いて帰る者、乗 り合い馬車に乗って帰る者、王都は広いので家から直接通えず学院 が用意した寮に戻る者。 Sクラスのクラスメイトに寮生活者はいないので皆で学院を出る。 ﹁そうだマーク、今から君の家に行ってもいいか?﹂ ﹁え? ウチッスか?﹂ ﹁うん。さっき言ってた武器の新調の事でさ、何が出来て何が出来 ないのか確認したいからさ﹂ ﹁ああ、いいッスよ。このまま行きますか?﹂ ﹁そうだな、シシリー、マリア、マークん家に寄ってもいいか?﹂ ﹁いいですよ﹂ ﹁私もいいよ。マークの店も見てみたい﹂ ﹁僕も行っていいかい?﹂ 珍しくトニーが一緒に行きたいと言い出した。 ﹁やっぱ今でもビーン工房は気になるのか?﹂ ﹁そうだねえ、今は剣を振り回す事は無いけど、やっぱり剣を見る とワクワクするからねえ﹂ ﹁騎士になるのが嫌だったんじゃないのか?﹂ ﹁騎士養成士官学院が嫌なのであって、騎士や剣士が嫌な訳じゃな いよ﹂ ﹁それって⋮⋮ああ、男女比⋮⋮﹂ ﹁あそこは僕にとっての地獄だからねえ﹂ 282 入学して早々トニーはしょっちゅう女の子と一緒にいるからなあ、 女の子が少ない環境が辛いのか。今日も珍しいと言ったのは女の子 と一緒に帰らなかったからだ、それほどビーン工房は魅力的らしい。 ﹁なら私も行こうか﹂ ﹁殿下!﹂ ﹁護衛の二人にシンもいるんだ、そうそう危険な事など無いさ﹂ ﹁そういう問題では⋮⋮﹂ ﹁それに父上もしょっちゅうシンの家に行ってるじゃないか﹂ ﹁陛下⋮⋮﹂ オーグが何かフラグ臭い事を言いながら付いてくる事になった。 ﹁結構な人数になったな﹂ ﹁いいじゃない。こうやって皆で街をブラブラするのも楽しいわ﹂ ﹁そうですね、楽しいです﹂ マーク、オリビア、俺、シシリー、マリア、トニー、オーグ、ト ール、ユリウスの総勢九人でマークの家に向かう。 ぞろぞろと歩き出すと男性陣と女性陣とオーグ陣に分かれた。女 性陣はキャイキャイ言いながら歩いてる。楽しそうだな。 ﹁それでウォルフォード君、どういう剣を考えてるんスか?﹂ ﹁そうだなあ、薄い刃ってのは大前提なんだけど、折れやすいから なあ。すぐに替えられるようにしたいんだけど、沢山用意するとお 金が掛かるから⋮⋮﹂ ﹁賢者様の孫ならお金に困る事なんて無いんじゃないのかい?﹂ ﹁お小遣いしか貰ってないからね。自分で稼いで無いからそんなに 283 使えないんだよ﹂ ﹁へえ、意外とちゃんとしてるんだねえ﹂ ﹁意外って⋮⋮﹂ 皆どういう目で俺を見てるんだ。 ﹁でもシンほど強いなら魔物でも狩ってアルバイトすればいいのに﹂ ﹁魔物狩りのバイト?﹂ ﹁あれ、知らないかい? 魔物ハンター協会は別に正規雇用をして る訳じゃない。誰だって魔物の討伐記録さえ見せれば報償金を貰え るんだよ﹂ ﹁そうなのか⋮⋮﹂ ﹁そういう所は世間知らずなんだねえ。皆当たり前のように知って るよ﹂ 魔物の討伐がお金になるのは聞いてたけど、ちゃんと登録とかし ないと出来ないと思ってた。そんなお手軽なのか。 そんな話をしてるとずっと考えてたマークから提案された。 ﹁ウォルフォード君、それなら持ち手まで一体型の薄い剣を大量に 鋳型で造るってのはどうッスか? 柄の加工をしないで済むし、鋳 型で造ればコストも抑えられるッス﹂ ﹁ああ、それは俺も考えたんだけど、柄まで一体型だと振動がね⋮ ⋮﹂ ﹁あ、そうか。刃を振動させて使うんスもんね﹂ ﹁そう、持ってられないんだ﹂ どうしようか? そうマークと相談しているとトニーから提案が あった。 284 ﹁じゃあ、刃を簡単に交換できるようにすればいいんじゃないのか い?﹂ ﹁﹁それだ!!﹂﹂ 大きな声を出してしまったので、皆がこちらを見た。 ﹁どうしたんだ?﹂ ﹁いや、新しい武器のアイデアがね、トニーの提案で思い付いたん だ﹂ ﹁新しい武器⋮⋮﹂ ﹁そう、刃は薄くて折れやすくてもいい。要はそれを簡単に交換出 来ればコストカットが出来るんだ﹂ ﹁後は、どうやって交換するかッスね﹂ ﹁出来ればワンタッチで交換出来ればいいんだけど⋮⋮﹂ ﹁それはそれで開発にコストが掛かるッスよ﹂ ﹁普通、刃と柄を繋げる時はブレないようにしっかり付けるけど、 元々振動してる事が前提の武器だからねえ、外れなければ良いなら 装着も簡単でいいんじゃないのかい?﹂ ﹁﹁それだ!!﹂﹂ いやぁ、今日はトニーが一緒にいてくれて助かったよ。これで新 しいバイブレーションソードの目処が立ったよ。これは開発が楽し みだな。 ﹁⋮⋮まあ、これくらいなら特に問題は無いか﹂ オーグがそう言う。いつの間にか俺のお目付け役みたいになって るな。 285 ﹁早く工房に行きましょう! 試してみたいアイデアが出てきて止 まんないッス!﹂ ﹁ああ、そうだね﹂ ﹁ねえシン。シン達が工房に行ってる間、私達はオリビアの所にい てもいい?﹂ ﹁オリビアさんともっとお話したいです﹂ ﹁うう⋮⋮お手柔らかにお願いします⋮⋮﹂ シシリーとマリアに色々質問責めにあったんだろう、オリビアが グッタリしてた。 ﹁いいよ。工房にいてもつまらないかもしれないから悪いと思って たし﹂ 男性陣とオーグ陣は工房に、女性陣はオリビアの店に行く事にな り、目的地に急ぐ。途中、大きな敷地の建物の横を通る。 ﹁ここは何の建物なんだ?﹂ ﹁ああ、ここは警備隊の詰所ッスね。そこの建物が練兵場で奥に詰 所があるッス﹂ ﹁へえ、そうなん⋮⋮﹂ ドンッッ!! その練兵場の壁が爆発した。 ﹁キャアアアア!!!﹂ その音に女性陣が悲鳴を上げる。 286 ﹁な、なんだ!!?﹂ ﹁﹁殿下!﹂﹂ 護衛の二人がオーグを庇うように前に出る。 ﹁何だ? 練兵場で事故でもあったのか?﹂ ﹁いえ、練兵場の壁には学院の練習場と同じように魔力障壁が張ら れてる筈です⋮⋮﹂ ﹁それをブチ破る程の勢いで魔法を放ったって事か⋮⋮﹂ ヤバイ感じがするな。そうすると、練兵場のなかから巨大な魔力 が出てきた。 ﹁これは不味いぞ! 皆この建物から離れろ!!﹂ そう言って皆を離れさせようとした時、俺の後ろの壁が爆発した。 ﹁どぅわ! 何だ! こりゃ!﹂ 中の魔力がヤバそうだったので魔力障壁を張っていて良かった。 思わず叫んでしまったが、ダメージは無い。 何があったのかと、壊れた壁から中を覗くと、一人を騎士、兵士、 魔法使い、警備隊員が大勢で取り囲んでいた。 ﹁おお!? 何の騒ぎだこりゃ!?﹂ 何とも物々しい雰囲気だ。一人を囲むにしては過剰戦力過ぎる。 巨大な魔力といい、あれは一体誰だ?そう思って囲まれている奴を 見ると⋮⋮。 287 ﹁両目に眼帯⋮⋮﹂ あれは、確かオーグ達が言っていた中等学院の教師の特徴と同じ だ。 ﹁オーグ、あれって⋮⋮﹂ ﹁ああ、間違いない。この前言っていた胡散臭い中等学院の教師オ リバー=シュトロームだ﹂ ﹁おや? これはこれは、アウグスト殿下にシン=ウォルフォード 君ではないですか﹂ 俺の事を知っている? 名前はともかく、顔は近所の人以外には まだ知られていない筈だ。そもそも彼は目が見えない筈では? ﹁お逃げ下さいアウグスト殿下! 奴は魔人騒動の真犯人です!!﹂ 魔人騒動の真犯人? という事は⋮⋮。 ﹁お前がカートを操っていた奴か?﹂ ﹁そうですよ。いあや、面白いほど思い通りに踊ってくれましたね え﹂ ﹁そうかよ⋮⋮﹂ 胸糞悪いな、コイツ。 ﹁おや、貴方も私が許せませんか?﹂ ﹁ああ、許せないね。お前のお陰で皆がどんだけ迷惑を被ったと思 ってんだ﹂ 288 そう言いながら魔力を高める。 ﹁ここでの実験はもう終わったので失礼させて頂きたいんですけど ねえ﹂ ﹁お前を放置してるとまた迷惑を掛けられそうだからな。おとなし く捕まってろよ!﹂ そうしてバイブレーションソードを取りだし、炎の矢を放つ。 ﹁おっと、これはマズイですね﹂ そう言うと魔力障壁を張った。 ドン!! 炎の矢が魔力障壁に当たり弾ける。しかし障壁は破れなかったみ たいだ。 ﹁これは危ないですね⋮⋮もう少し障壁が薄かったら抜けてました ね﹂ そう言って俺の方を見る。 ﹁なっ⋮⋮﹂ ずっと同じ所にいる訳ねえだろうが! あの魔力の大きさから防がれると予想した俺は魔法を放った後、 シュトロームの後ろに回っていた。 289 バイブレーションソードを横に振り抜く。 ﹁クッ!﹂ シュトロームは魔力を関知したのか勘なのか、咄嗟にその場を離 れバイブレーションソードの剣筋から逃れる。 ﹁危ないですね。その剣、魔道具ですね?﹂ ﹁さあね﹂ 俺はシュトロームの質問に答えず、そのままシュトロームに突っ 込む。 ﹁やはり、君は危険ですね﹂ そう言って無詠唱で魔法を放った。その魔法を横っ飛びで避ける。 後ろで爆発が起こっているが、構わずバイブレーションソードを再 度振る。 ﹁っと! やはりその剣は厄介ですね﹂ 今度は後ろに飛びバイブレーションソードを避ける。 ﹁アンタ魔法使いだろ? 魔法より物理攻撃の方が防御しにくいよ な!﹂ そう言って地面を足で踏む。すると地面から石の槍が飛び出しシ ュトロームに向かって突き出された。 ﹁おおっと、これは凄い﹂ 290 そう言いながら上空に飛び上がる。 ﹁そこなら無防備だろ!﹂ まだ空中にいるシュトロームに向かって幅の広い炎の魔法を放っ た。これなら身を捩ったって避けられねえだろ。 ﹁なっ!﹂ 案の定シュトロームは驚いてる。慌てて魔力障壁を展開するが発 動が甘い。これならダメージが通っただろ。 炎がシュトロームを包み、落ちて来るだろうと予想したが、そう はならなかった。 ﹁宙に浮かぶとか、反則だと思うんですけど﹂ シュトロームは宙に浮いていた。浮遊魔法? そんなのさすがに 使えない。しかし、シュトロームは実際宙に浮いている。こりゃと んでもないな。 ﹁ふう、今のはさすがに焦りましたよ。ローブが焦げてしまった﹂ ﹁身体にダメージは無しか﹂ ﹁イヤイヤ、多少はダメージを受けましたよ? さすがは英雄の孫、 魔人を討伐するだけの事はある﹂ ﹁そりゃどう⋮⋮もっ!﹂ 前回の反省から準備していたジェットブーツを起動させ、シュト ロームに向かって飛び上がった。 291 ﹁何だと!?﹂ ﹁おらあぁ!!﹂ もう一度バイブレーションソードを振るう。今度は切っ先がシュ トロームの顔面をかすった。クソ、かすっただけか! ﹁グアッ!!﹂ 傷付けられないと思っていたのか大袈裟に仰け反った。 ﹁おらっ!もう一丁!﹂ この隙に今度は風の刃を創り出す。 無数の風の刃がシュトロームを襲う。風の刃はシュトロームの身 体に次々と切り傷を作り、ローブや眼帯にも傷を付けていく。 ﹁調子に⋮⋮のるなあぁぁぁ!!!﹂ ﹁うおっ!﹂ 急に魔力を解放し、その圧力で空中にいた俺はバランスを崩す。 咄嗟にジェットブーツを起動し、体勢を整えて着地した。 ・・ 空中に浮いたままのシュトロームは魔力を解放したままこちらを 見ていた。 バイブレーションソードの一撃と風の刃で眼帯に傷が付いていた んだろう。魔力の解放で傷の付いた眼帯は、千切れて顔から外れて いた。その目には傷など無い。そこには⋮⋮。 292 ﹁赤い⋮⋮目⋮⋮?﹂ 赤い目を見開き、こちらを見ているシュトロームがいた。解放し た魔力も禍々しく、明らかに魔物の特徴を要していた。 ﹁やってくれましたねえ、ウォルフォード君。出来れば正体を隠し たまま去りたかったんですけどねえ﹂ ﹁嘘だろ⋮⋮? 完全に理性を保ったままの魔人?﹂ 周りの皆も衝撃を受けている。それはそうだろう、魔人に理性は 無い。それが皆の知っている知識だ。それでも過去とんでもない被 害を出した。それが理性を保ったままとなるとどうなるのか⋮⋮ ﹁理性を保ったままって事は、好きに暴れまわるって訳じゃなさそ うだな﹂ ﹁フフ、無秩序に力を使うだけなんてすぐに討伐されてしまうでし ょう?そんな愚かな事はしませんよ。しかし魔人化していると分か ると討伐に向かって来られる。だから正体を隠したかったんですが ねえ﹂ ﹁なら、特に人間に害は与えないのか?﹂ ﹁フフフ、アハハハハハ!!!﹂ シュトロームは俺の言葉を聞いて高笑いを始めた。 ﹁何を期待しているのですか? 君は! 人間なんて心底どうでも いい存在ですよ!!﹂ ﹁何だと⋮⋮!﹂ ﹁この身体になってからは人間の事などどうでもいい存在に成り下 がったのですよ! 利用しようが! 騙そうが! 殺そうが! 何 293 とも思わなくなったんですよ!!﹂ 狂ってる。コイツは真に魔人だ。人類の敵になる存在だ。いけな い。コイツはここで仕留めなきゃいけない! ﹁オオオオ!!﹂ 雄叫びを上げて飛び掛かる。 ﹁またそれですか?﹂ シュトロームが魔法で迎撃しようとするが、俺はジェットブーツ を起動して急停止し、そのまま後ろに飛びシュトロームから距離を 取った。 ﹁な、何?﹂ 肩透かしを喰らったようなシュトロームが怪訝な顔をこちらに向 けるが、俺の魔法は既に完成している。 ﹁喰らえええええ!!!﹂ ﹁何だと!?﹂ ・・ 上空から太陽光を集め熱線になるように収束したものをシュトロ ームに向かって撃ち下ろす。俺に向かって魔法を放とうとしていた シュトロームはまともに上空からの光を受けた。 ﹁グウオアアァァァァ!!!﹂ シュトロームが魔法を喰らって絶叫している。今度は効いたか? 294 すると、身体のあちこちが焼け爛れたシュトロームが現れた。 ﹁オノレ⋮⋮よくも、よくもここまでやってくれましたねえ⋮⋮﹂ ﹁チッ! あれでも駄目か﹂ ﹁イエイエ⋮⋮効きましたよぉ? 私の目的が済んだら、次は君を 殺したくなる位にはねっ!﹂ ・・ そう言って自分の周囲に爆発の魔法を放つ。爆炎にシュトローム の身体が隠され、皆が一瞬シュトロームを見失った。 ﹁それでは、ウォルフォード君、オルトさんとその他の皆さん。そ ろそろ本当に失礼しますよ﹂ シュトロームの声が上から聞こえた。見上げると、身体を修復し ながら空中に佇む奴がいた。 ﹁貴様! 降りてこい!﹂ 壮年の騎士のおじさんが叫んでる。しかし、シュトロームはそれ に取り合わない。 ﹁態々捕まりに戻る馬鹿がいますか。それでは皆さん、またお会い しましょう﹂ そう言ってさらに高度を上げた。 ﹁クソッ!﹂ ジェットブーツを起動させて上空に飛び上がるが遅かった。既に 295 シュトロームはさらに速度を上げてこの場を離れて行った。 上空からジェットブーツで調整しながら地面に降り立つ。 ﹁チクショウ! 逃げられた!﹂ ﹁総員! 直ちに後を追え!! それと王都中に警備の人間を配置 ! 警備隊、軍部、共に協力して警戒に当たれ! 但し、絶対に一 人で行動するな! 相手は魔人だという事を忘れるな!!﹂ ﹃はっ!!﹄ さっきの騎士のおじさんが周りに居た騎士達に指示を出す。指示 を出した後、チョイ悪な感じのおじさんとこちらに来て膝をついた。 ええ?何で? ﹁﹁御無沙汰しております、アウグスト殿下﹂﹂ いつの間にかオーグが俺の側に来ていた。いつの間に、他の面々 もいた。っていうか⋮⋮ ﹁また逃げてなかったのか?﹂ ﹁シン君! 怪我はしてませんか!?﹂ ﹁大丈夫、大丈夫だから!﹂ またシシリーに身体をペタペタ触られながら、オーグに視線を向 ける。 ﹁ああ⋮⋮知っている人間だったのもあるが⋮⋮まさか魔人だとは 思いもしなかったからな。魔人だと分かった時は⋮⋮驚きの方が勝 って逃げる事など頭に無かった﹂ ﹁だとしても危のうございます。そもそも何故こんな所にいらっし 296 ゃるのですか?﹂ ﹁何だ、学院帰りに友人と街を歩いていただけだぞ?﹂ ﹁お立場をお考え下さい﹂ ﹁トールにユリウス、それにシンがいるんだ。大丈夫だろ?﹂ ﹁そういう問題では⋮⋮﹂ ﹁堅ぇ事言うなよドミニク。殿下の仰る通りだよ。護衛の二人に彼 がいる。見たろ? さっきの。魔人を撃退しちまったじゃねえか﹂ ローブを着崩したおじさんが騎士のおじさんにそう言う。 ﹁撃退というより逃亡させてしまいましたけどね⋮⋮﹂ ﹁そんな事ねえよ! 確かに最後は逃げられたが、君がいなかった ら俺たちは全滅してたかもしれん。ありがとうよ、シン=ウォルフ ォード君﹂ ﹁礼がまだだったな、ありがとうウォルフォード君﹂ 二人から頭を下げられる。 ﹁いえいえ、アイツのせいで散々迷惑掛けられたんで、個人的に報 復したかっただけですから気にしないで下さい﹂ ﹁それでもだよ。俺達が助かった事は間違いないねえ﹂ ﹁その通りだよ。ありがとう﹂ ﹁それにしても噂通りスゲエ強えな、さすがはマーリン様のお孫さ んだ﹂ ﹁それに剣の腕も凄い。ミッシェル様に聞いていた通りだ﹂ ﹁ミッシェルさんを知ってるんですか?﹂ ﹁ああ、自己紹介が遅れたな、私はドミニク=ガストール、ミッシ ェル様の後任の騎士団総長でね、君の事はミッシェル様から色々聞 いてたんだよ。凄い魔法を使えるのに武術にも才能があり鍛えるの が楽しい少年がいる。将来が非常に楽しみだと﹂ 297 ﹁そうだったんですか﹂ ミッシェルさんの後任の人だったのか。それにしても何で言い触 らすんだミッシェルさん⋮⋮。 ﹁俺はルーパー=オルグラン、魔法師団の団長だ﹂ チョイ悪オヤジは魔法師団の団長だった。ジークにーちゃんとい い、魔法師団はこんなんばっかか? ﹁俺もジークフリードに聞いていたがな。常識はずれな魔法を使う 子だと。最後の、ありゃ何だ? 上空からスゲエ熱量の光が降って きたぞ、見てみろ﹂ そう言われて皆が最後に魔法を撃ち下ろした場所を見る。 ﹁見ろ、あまりの高熱で地面が一部ガラス化してやがる。どんだけ 高熱だったんだよ﹂ それを見ている皆が黙り混む。 ﹁あれは、何をしたんだ? ウォルフォード君﹂ ﹁何って、太陽光を収束して熱線にしたものを撃ち込んだだけです よ﹂ ﹁太陽光?何でそれであんな威力になる?﹂ あ、それも知らないか。 ﹁太陽の光って一種類だけじゃ無いんですよ、色んな種類の光のう ち熱を感じる光を集めるイメージをしたんです﹂ 298 ﹁⋮⋮スマン、俺にはよく理解出来なかった﹂ ﹁心配するなオルグラン、ここにいる皆が理解出来てない。聞けば 賢者殿にも理解出来なかった魔法があると言う話だからな。コイツ の頭の中はオカシイんだ﹂ ﹁それはちょっと非道くね!?﹂ ﹁はぁ、殿下がそう仰るなら気にしない事にします。しかし⋮⋮﹂ ﹁これだけの魔法でも仕留め切れなかったか⋮⋮﹂ 騎士団と魔法師団のトップが黙り込む。 ﹁そういえば、何か目的があるみたいな事を言っていましたね﹂ ﹁だな、一体何を企んでいやがる!﹂ ﹁こうなった以上、我々は既に後手を踏んでいるな。警戒の目を広 げるしか今のところ手はあるまい﹂ こうなるとシュトロームを逃がしてしまった事が悔やまれる。で もあれ以上の魔法は周囲に被害を出すから使えなかったんだよな。 あの魔法を使ったのも上空からなら不意を突けるのと周りに被害を 出さないように考えた結果だし。でも、その結果もっと大きな被害 を出すかもしれない⋮⋮。 ﹁ああ! もう! もっと強い魔法を使っても仕留めとくべきだっ た!﹂ ﹁あれ以上って⋮⋮﹂ ﹁あれが全力じゃなかったのか⋮⋮!﹂ もう起こった事はしょうがない。次にシュトロームが現れたら絶 対に仕留める! そう心に決めた時に思い付いた。 299 ﹁ところで、こんだけ大事になったら叙勲式なんてやってる場合じ ゃないよな!﹂ オーグに向かって言う。 ﹁こんな事公表出来るか。叙勲式は予定通り行わないと国民が納得 しない﹂ また箝口令か⋮⋮。 300 工房に行きました 理性を保ったままの魔人が現れた。 その事は王国上層部を揺るがす大事件になった。しかし、つい最 近新たな魔人が現れ討伐されたばかりだ。今、この事を公表すると 決して無視できない混乱が起こる可能性が高く、上層部は頭を抱え た。 その後、王都中を捜索したが結局シュトロームを見つける事は出 来なかった。警備隊、軍務局総出の捜索にも関わらずに。 その結果、シュトロームは既に王都を離れているという判断が下 り、新たな魔人出現の発表は一時見送られた。 短期間でこの問題が解決出来ればそのまま国民発表は行わない。 但し、長期化すると判断されれば公表する。知らずにいる方が危険 だからだ。 そして、リッツバーグ家は、シュトロームの自白からカートが実 験台にされた事が確定した為、罪には問われず逆に被害者として扱 われる事になった。しかしリッツバーグ家当主は息子が騒動を起こ したのは間違いないとし、財務局事務次官の座を辞職した。 理由が公表出来ない為、表向きは息子が亡くなり妻が心労で倒れ てしまったので、その養生の為自領に戻るという理由を発表した。 事情を知らない者からは無責任だと非難する者もいたが、事情を 301 知る上層部は彼に同情的であった。幸いリッツバーグ家にはまだ二 人の息子がおり、彼等が成人するまで協力は惜しまないと申し出る 者もいた。 結局この騒動はシュトロームに全ての罪が被せられ、王国中に指 名手配される事となった。 ーーーーーーーーーーーーーーー ﹁なあ、オーグ﹂ ﹁何だ?﹂ ﹁シュトロームの目的って何なんだろうな?﹂ 昨日の警備隊詰所での騒動から明けた翌日、今日は週末で学院は 休みだ。 昨日は結局ビーン工房には行けなかった。警備隊の事情聴取があ り、終わった頃には既に日も落ちていた。なので翌日に改めて訪問 するという事で昨日は解散したのだ。 今日はトニーの都合がつかない為、いつもの面々で工房に向かう 事になっていたのだが、オーグは当たり前のように朝から家に来て いた。王子様って暇なのか? ﹁さあな? 分かっているのは、人為的に魔人を生み出す実験をし ていたという事だけだ。それしか分かっていないが、それが分かっ ていると考えられる事は無数にある。どれか一つに絞るのは難しい な﹂ 302 ﹁だよなぁ⋮⋮﹂ 目的は分からないけど、やってる事の内容から推測される事が多 すぎる。 魔人を増やして王都攻略? 世界征服? それとも人類の滅亡を 願うか? ﹁分かんない事考えてもしょうがないか﹂ ﹁そういう事はプロの大人に任せておけばいいんだ。昨日のオルト 捜査官みたいな優秀な者が揃っているんだからな﹂ ﹁おお、オルトさん格好いいよな。昨日の件ってオルトさん一人で 炙り出したって?﹂ ﹁まあ、彼は特別優秀だな。警備隊の犯罪捜査部では毎年検挙率ナ ンバーワンだからな﹂ ﹁んじゃあ、こういう捜査は大人に任せて俺達は学生らしく振るま いますか﹂ 直接巻き込まれない限り、普通は事件と関わり合いになる事など ない。自分で捜査を始めて事件を解決するとか物語の話だ。普通は プロの捜査官が魔人を討伐したとはいえ学生に協力を仰ぐとは考え にくい。 現場にいた俺達はある程度事情を知っているが、今現在の捜査の 進捗状況など教えてくれる筈もない。 というか、昨日帰ったらばあちゃんに﹁またトラブル抱えてきた ね! いい加減におし!﹂と怒られた。俺のせいじゃ無いのに⋮⋮ これで捜査に首を突っ込んだら、どんだけ怒られるか想像もつかな い。シュトロームの行方や目的は気になるがそんな恐ろしい事はし ないのだ! 303 ﹁シン、そろそろ行かんで良いのかの?﹂ ﹁あ、もうそんな時間?﹂ 一旦シシリーの家に集まり、その足でビーン工房を目指す。午前 中に集まって、昼はオリビアの店で食べようという事になってる。 ﹁じゃあ行ってきます。お昼要らないから﹂ ﹃行ってらっしゃいませ﹄ 使用人一同に見送られ、オーグ達とゲートを通る。シシリーの家 に用意されている部屋に着いた時にトールから話し掛けられた。 ﹁しかし、シン殿の屋敷の使用人の方たちは優秀な方が多いんです ね﹂ ﹁あ∼⋮⋮あの人達、公募で集まって貰ったんだけど、応募者が殺 到したらしくてね、選抜戦をしたらしいんだ。それを勝ち抜いて来 た人達だからねえ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮なるほど。使用人のドリームチームですか﹂ ﹁ドリームチームって⋮⋮﹂ ﹁どうしたんですか?﹂ 俺達の声が外に漏れていたんだろう、逆ノックをする前にシシリ ーが部屋に入って来た。 ﹁いや、シン殿の屋敷の使用人は凄いなと⋮⋮﹂ ﹁ああ、確かにそうですね。いつの間にか側に居ますし、さりげな くフォローしてくれますし﹂ ﹁使用人選抜戦を勝ち抜いた、使用人のドリームチームらしいです﹂ ﹁それでドリームチーム⋮⋮﹂ 304 貴族の人間がウチの使用人を絶賛している。あれが普通だと思わ ない方がいいらしい。最近慣れてきてたからな。 ﹁それはそうだろう。シンの所の女中頭のマリーカは元王城の女中 だ、私も幼少の頃は世話になった。執事長のスティーブはハーグ商 会の人間でトム=ハーグの右腕と呼ばれた男だし、いつも門番に立 っているアレックスはドミニク警備局長の一番弟子だった男だ。そ んな私でも知っている連中が、あの家で一堂に介している所を見た 時はさすがに驚いたぞ﹂ え? そうなの? そんな凄い人達が応募してきたのか⋮⋮改め て爺さんとばあちゃんの人気が分かるな。 ﹁後、料理長のコレルは有名なレストランでも料理長だった筈だ﹂ ﹁コレルさんの料理美味いもんなぁ﹂ ﹁そんなのばっかり食べてて大丈夫かしら。今日行くオリビアの家 の店だって相当有名なんだからね、変な事言わないでよ?﹂ ﹁言う訳無いじゃん!﹂ マリアから失礼な事を言われた。 皆が俺をどう見てるのか気になります! ﹁今日はビーン工房と石窯亭に行くんだって?﹂ ﹁あら、良いわね﹂ セシルさんとアイリーンさんだ。今日は休日仕様なんだろう、少 しラフな格好をしてる。セシルさんは相変わらず格好良いな。アイ リーンさんも、シシリーの上に姉二人と兄一人産んでるとは思えな 305 い。 ﹁石窯亭は何でも美味しいけど、お昼に行くならサンドイッチだね。 軽くトーストしてあるから香ばしくて、挟んであるチーズがトロっ として⋮⋮絶品だよ﹂ ﹁シシリー、ビーン工房に行くならウチに御用聞きに来るように言 ってくれない? 色々頼みたい事があるのよ。それと石窯亭のお昼 はパスタよ﹂ ﹁サンドイッチだ﹂ ﹁パスタよ﹂ ああ、夫婦の間に火花が散ってる! シシリー何とかして! ﹁それじゃあ皆さん行きましょうか﹂ まさかの放置!? ﹁あ、ああ。シシリー、あれ放っといていいの?﹂ ﹁いいんですよ。その内仲直りして、いつの間にか甘い雰囲気を振 り撒くんですから﹂ そうなのか。羨ましいな、子供四人もいるのにまだラブラブなの か。 ﹁じゃあ行きますか﹂ そうしてシシリーの家を出てビーン工房に向かう。その道中オー グから声が掛かった。 ﹁とりあえず、シンを政治利用や軍事利用しないと父上が宣言して 306 いるがな、シュトロームはお前を狙ってくる可能性もある。この際 色々と装備についても相談しとけ﹂ ﹁だから、それだと小遣いじゃ足りなくなるんだって﹂ ﹁資金については父上に進言しておこう﹂ ﹁おい、良いのかよ?﹂ ﹁シンには申し訳ないんだがな、今回の事は我が国の事だけじゃな く人類の存亡に関わる可能性がある。今の所、実際にシュトローム と対等にやり合えたのはお前だけだ。マーリン殿ならやり合える可 能性はあるがそれも可能性の話だ。いざとなると⋮⋮お前に頼る可 能性がある﹂ ﹁人類の存亡⋮⋮﹂ 確かにその通りだ。さっき俺もその可能性を考えた。シュトロー ムの最終的な目的は分からないが、カートを実験台と言っていた。 という事は魔人化させる実験を行っていたという事だ。 そしてその実験は成功していた。 という事は魔人の量産が出来てもおかしくない。というより、そ れが目的だろう。問題はそれで何をするかという事だ。 ﹁本当に⋮⋮どこまでも迷惑を掛けてくれるな﹂ ﹁全くだ﹂ ﹁人類の存亡を迷惑って⋮⋮﹂ ﹁拙者達とは脅威の感じ方が違うので御座ろうなあ⋮⋮﹂ ﹁まあ、あの量産型魔人にあんまり脅威を抱いていないのは事実だ し。俺よりシュトロームに狙われる他の人達の方が心配だわ﹂ ﹁その事に関しては一応の手は打ってある﹂ ﹁例の指名手配か?﹂ ﹁ああ、罪状は﹃国家反逆罪﹄になっているがな。あながち間違い 307 ではあるまい﹂ 確かに、国家の⋮⋮というか世界の脅威である魔人を量産しよう としてるんだ、確かに間違いではない。 ﹁それに奴の容姿は分かりやすいからな、赤い目を隠さなければい けない以上あの眼帯は大きな目印になる﹂ なるほど、となると王国ではシュトロームが暗躍出来る可能性は 低そうだ。 ﹁とは言っても魔人だからな。油断は出来んが⋮⋮﹂ ﹁まあ、とりあえずは撃退したんだし暫くは行動は起こさないだろ。 その間に色々と準備を進めておけばいいさ﹂ 研究会の方でレベルアップを図ってもいいしな! ﹁⋮⋮何か良からぬ事を企んでないか?﹂ ﹁今一瞬寒気が⋮⋮﹂ ﹁シン君ちょっと悪そうな顔をしてましたよ?﹂ ﹁これは⋮⋮﹂ ﹁嫌な予感がするで御座る﹂ 何だよう。世界の危機が迫ってるんだ、皆でレベルアップしたっ ていいじゃない。しかし、今の所は内緒だ。 ﹁んー? 別に変な事は企んでないよ?﹂ ﹁⋮⋮何かは企んでいるという事か⋮⋮﹂ 何故バレた!? 308 ﹁い、嫌だなあ、なんにも企んでないよ?﹂ ﹁目が⋮⋮﹂ ﹁泳いでいるで御座る﹂ これはいかん。問い詰められたら白状してしまいそうだ。これは さっさと工房へ行かねば。 ﹁ほ、ほら! 早く行こうぜ! 喋ってると遅くなっちまう﹂ 誤魔化せたか? ﹁はぁ⋮⋮後で問い詰めるか﹂ 駄目でした! そんなやり取りをしながら歩いていると、ようやくビーン工房に 着いた。二日掛かったからか、妙に遠く感じるな。 たどり着いたビーン工房は有名なお店だけあって大きな店だった。 大きさは郊外のコンビニ位か。三階建てで一階は武器や防具が置い てある。二階と三階は何だろう? 店の外観を見ていると、店の扉 が開きマークとオリビアが出てきた。 ﹁ビーン工房にようこそ! 歓迎するッス!﹂ ﹁皆さんおはようございます﹂ 二人が揃って出てきた。休日まで一緒なのか。これはひょっとし て⋮⋮。 309 ﹁ああ、おはようマーク、オリビア。何で二人で⋮⋮﹂ ﹁おはようオリビア、マーク。これは早速⋮⋮﹂ ﹁おはようございますオリビアさん、マークさん。ええ、お話を伺 わせて頂かなければ﹂ ﹁うう⋮⋮お手柔らかにお願いします⋮⋮﹂ シシリーとマリアに話をインターセプトされてオリビアが連行さ れて行ってしまった。というかシシリー、御用聞きの依頼は? ﹁はぁ、女三人寄れば姦しいとは言うが正にそれだな﹂ ﹁ええ、あそこには割り込めないです﹂ ﹁はは⋮⋮それでウォルフォード君、早速工房に行くッスか?﹂ ﹁そうだな、それが目的で来たんだし﹂ ﹁その事について話がある。工房主はいるか?﹂ ﹁は、はい! とう⋮⋮父は工房におります!﹂ ﹁なら早速向かうか﹂ そして店の裏手にある工房に向かう。 工房はまんま町工場だな。何人もの職人が色々と作っている。鍛 冶工房だけに防音処理がされているので外に音は漏れていないが、 中に入ると凄い音がした。炉もあるので熱気も凄い。 ﹁少しお待ちください。父ちゃん! とーちゃーん!!!﹂ 工房内に向かって大きな声で父を呼ぶマーク。すると奥からいか にもザ・職人って感じの親父さんが出てきた。 ﹁何だ馬鹿野郎! デケエ声で呼びつけやがって! それに工房ん 中じゃ親方って呼べって言ってんだろうが!!﹂ ﹁それどころじゃ無いんだよ父ちゃん! ホラ!!﹂ 310 ﹁何だあ?﹂ そう言ってこちらを睨む。恐いよ! ﹁忙しい所をスマンな。私はアウグスト。アウグスト=フォン=ア ールスハイドだ。マーク=ビーンとは高等魔法学院で同じ研究会に 属している﹂ ﹁ア、ア、アウグスト殿下!?﹂ ひざまず その声は工房中に響き、職人皆がこちらを見て目を見開いている。 そして作業の手を止めこちらに来て全員跪いた。 ﹁ああ、手を止めてすまない。作業を続けてくれ。私は工房主に話 があるから﹂ ﹁お、オレ⋮⋮いや私にでございますか?﹂ スゲエな、あんな一斉に跪いたのに顔色一つ変えずに対応したよ。 そして強面のマークの父親が恐縮してる。滅多に見ない王子様っぽ いとこ見た。 ﹁実はな、ここにいるシンの武器を開発するのを手伝って欲しいの だ﹂ ﹁このボウズ⋮⋮いや坊っちゃんの武器ですか?﹂ ﹁ああ、紹介が遅れたな、彼はシン=ウォルフォード、賢者マーリ ン=ウォルフォードの孫だ﹂ ﹁あ、どうも、シン=ウォルフォードです﹂ ﹁けけ賢者様のお孫さん! あの新たに出た魔人を討伐したって言 うあの!?﹂ ﹁そうだ。実は彼の武器を開発しようと思っていてな、資金は我々 が負担する、手伝ってやってくれないか?﹂ 311 ﹁そりゃもう! 新しい英雄様の武器をウチで作ったとなりゃ、こ れ以上の誉れはねえ!﹂ 親父さん、言葉が崩れてる。よっぽど興奮したんだな。 ﹁それで? どんな武器を造るんですかい?﹂ ﹁ああ、それは⋮⋮﹂ 折角オーグが資金を負担してくれるって言うし、プロの親父さん が開発を手伝ってくれるって言うんだ、本当はお願いしたかった事 を頼んでみよう。 そして親父さんにバイブレーションソード改のアイデアを伝える。 親父さんはそれを面白そうに聞きながら俺のアイデアに修正を加え ていく。 本当はライフルも造り直したいけど、ここで造ってライフルが広 まっちゃったらと思うと恐くて言い出せなかった。 その内部品単位で造って貰おうかな。どうせ前の世界の銃ほど精 密な造りではないし、そもそも詳しく知らないしな。 親父さんとの話が終わる頃には、大まかな骨子は出来た。さすが 職人、話が早い。後は試作を造り、試しながら完成に近付けるって 感じだな。 具体的には、鍔にバネを利用したスライドを付ける。鍔をスライ ドさせると柄の中の留め具が連動して動き、刃が離れる。当然戦闘 中に鍔が動かないようにストッパーも付ける。唯一の難点は片手で 出来ない事かな。前の世界のオートマチックの銃のスライドを引く 312 動作に似てる。取り付けはワンタッチで出来る予定だ。その為にス ライドにバネを付ける事にしたのだ。 刃は鋳型で造る事になった。最終的に魔道具にするのでそれで十 分という事だ。 オーグは、ずっと何かを言いたそうだったな。恐らく、軍の制式 装備にしたいんだろう。でもそうすると、俺をこの国に取り込んだ 事になってしまうので爺さんに遠慮して言い出せない。そんな所か な? 大分コストを抑えられるしね。 マークの親父さんとの話し合いが終わった頃にはもうお昼になっ ていた。そろそろオリビアの家に行くかな。 ﹁じゃあ親父さん、後はお願いします﹂ ﹁おう! 任しとけ。とりあえず三日後にまた来てくれるか? 柄 の加工が殆どだからな、それくらいで試作は出来るだろ﹂ ﹁分かりました、三日後ですね。よろしくお願いします﹂ 親父さんに挨拶して工房を後にした。 ちなみに、シシリーの家に御用聞きに伺うように依頼しといた。 そして、本当にすぐ近くにあった石窯亭に入る。この石窯亭も人 気店だけあって大きい。でも高級店ほど敷居が高い感じはせず、店 内は賑わいを見せている。 店内に入ると、ウエイトレスのお姉さんがやって来た。 313 ﹁あれ? マーク君じゃない。オリビアお嬢さんなら友達と部屋に 行っちゃったよ?﹂ ﹁知ってるッス。こっちの用事が終わったからその友達も含めて呼 びに来たッス﹂ ﹁こっちって、マーク君のおとも⋮⋮だ⋮⋮ち?﹂ お姉さんの動きが段々固まっていく。これはあれかな? ﹁で! ででで殿下!?﹂ お姉さんの声が店中に響く。 ああ、さっきの工房と同じ光景になっちゃったよ。 ﹁はぁ⋮⋮皆良い、楽にしてくれ。今日は友人達と友人の店に食事 に来ただけなのだ。そう畏まらないで欲しい﹂ そうは言っても、相手は滅多に見ない至高の王族。皆の頭が中々 上がらない。どうしようかと思っていると、店の奥からさっき別れ た女性陣がやって来た。 ﹁うわ! 何この光景!﹂ ﹁ああ、殿下がいらっしゃってるからじゃないですか?﹂ ﹁あ、あのアウグスト殿下。個室を御用意してますので、そちらへ お願いします﹂ ﹁⋮⋮迷惑を掛けてスマン﹂ ﹁いえ! そんな!﹂ 個室に入ってようやく落ち着いた。オーグといるとさすがにこう 314 いう事が多いな。 ﹁⋮⋮何を考えてるかは大体分かるがな、来週からはお前もこんな 感じだぞ、シン﹂ ﹁来週って、ああ叙勲式﹂ ﹁週明け早々だから明後日だな。俺には近寄って来ないが、お前は 立場的には一般市民だからな。囲まれるぞ?﹂ ﹁そ⋮⋮そうなの?﹂ ﹁魔人を討伐するという事はそういう事だ。何十年も前の話なのに 未だにマーリン殿とメリダ殿がどういう扱いを受けているか見れば 分かるだろう?﹂ ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹁新たに出現した魔人、それを討伐したのはかつての英雄、賢者の 孫のシン。若く、見目も良く、英雄の孫。あっという間に国民のヒ ーローだな﹂ くそ! 絶対面白がってやがる! ﹁でも、英雄の孫ってのは分かるけど、見目が良いってのはなぁ⋮ ⋮﹂ 自分の顔だからか、この年まで同年代の女の子と関わって来なか ったからか、自分がフツメンなのかイケメンなのかが分からない。 ブサメンでは無い筈。 普通こういう事って、小さい頃からの女の子の態度で大体分かる けど、その経験がない。今の歳になると正直な感想とか言わなくな ってくるし⋮⋮ 315 俺ってどう? なんて聞けるか! ﹁自覚してないんだ⋮⋮﹂ ﹁うう⋮⋮ライバルが⋮⋮﹂ ﹁ちょっと嫌味ですよね﹂ ﹁そんな事言われてもな⋮⋮ライバル?﹂ ﹁な、何でもありません!﹂ それにしても叙勲式かぁ⋮⋮憂鬱だ⋮⋮。 ちなみにお昼は肉食った。超旨かった。 316 叙勲を受けました 武器の開発資金を王国が支援してくれる事になった。 バイブレーションソードは魔道具であり、今の所その付与は俺し か出来ないと伝えたらオーグも諦めたみたいだ。 ただ、刃を交換するというアイデアは十分採用の可能性はあると の事で、オーグにアイデアを売って欲しいと言われた。魔物討伐時 に魔物を沢山切るとすぐに刃が駄目になるので、簡単に刃が交換出 来るのは魅力的なのだとか。刃を上質な物にすれば十分実用に耐え ると熱く語られた。 ただ、勝手に売るとばあちゃんに殺されそうなので、相談してか らな。 ハロルドさんと言うらしいマークの親父さんに色々と頼んでみよ うかな? いくらか技術的還元が出来れば武器の開発資金を出して 貰う事にも遠慮が無くなるし、開発を自重してシュトロームと対峙 した時に後悔もしたくない。 どこまで開発するか、ディスおじさんに相談してみようかな? オーグにディスおじさんへの伝言を頼もうかと思ったが、しょっ ちゅうウチに来てるし、頼まなくていいか。 そんな工房でのあれこれを終えてのオリビアの店での昼食時、女 子三人は結局何やってたのか聞いてみたが、﹁オリビアさんのお部 317 屋でお話ししてました﹂というだけで詳細は教えてくれなかった。 これはあれか、女子会を開いてたって事か。確かに内容は聞けな いな。 御用聞きの事をシシリーに伝えると、完全に忘れてたらしくメッ チャ謝られた。そんなに気になったのか、マークとオリビアの関係。 ちなみに、シシリーはセシルさんのお勧めのサンドイッチを、マ リアはアイリーンさんのお勧めのパスタを頼んでた 育ち盛りのこの身体にはパスタやサンドイッチなんてオヤツにし かならない。ガッツリ肉食べましたよ。 食事が終わったらとりあえず用事が無くなったので、皆で街をプ ラプラする事にした。 ﹁そういえば、マークの店の二階と三階って何を売ってるんだ?﹂ ﹁ああ、二階は生活用品で、三階はアクセサリーとかッスね。三階 のアクセサリーは普通のと魔道具と両方置いてあるッス﹂ ﹁アクセサリー⋮⋮﹂ そうか、アクセサリーに防御の魔法を付与すれば結構思い通りの 防御が出来るのか。正直、制服に付与した魔法は、効果は抜群だけ ど服以外の場所を防御しないんだよな。実際に使ってみてその欠点 が分かった。顔熱かったし。 それに服を替えると効果が無い。しかしアクセサリーなら服を替 えても大丈夫だし、魔力障壁のように展開すれば全体を防御出来る。 318 アクセサリーの開発もお願いしよう。 ﹁シン君、どうかしたんですか?﹂ ﹁いや、シシリーは何か欲しいアクセサリーは無い?﹂ ﹁アアアアクセサリーですか!? えと、あの⋮⋮指輪とか⋮⋮で もいきなりそんな! とりあえずネックレスとかからにした方が⋮ ⋮ブレスレットも捨てがたいし⋮⋮あ、ピアスもいいなあ⋮⋮﹂ ﹁そ、そんなに欲しいの?﹂ ﹁いえ! そういう事じゃなくて! な、何が良いかなあって⋮⋮﹂ ﹁ふーん。実は、アクセサリーに防御魔法を付与した方が効果が高 いんじゃないかと考えててね。皆がアクセサリーに付与するなら何 が良いかと思ったんだ﹂ ﹁⋮⋮あ、そうですか⋮⋮﹂ シシリーがションボリしちゃった。 ﹁シン⋮⋮お前、それは無いだろう⋮⋮﹂ ﹁上げて落とす⋮⋮鬼ですか?﹂ ﹁シシリー可哀想⋮⋮﹂ ﹁え? え?﹂ あ! 聞き方間違えた! あれじゃアクセサリーを買ってあげる って聞こえるよ! ﹁あーシシリー?﹂ ﹁⋮⋮何ですか?﹂ まだションボリしてる。 ﹁あのさ⋮⋮もう一回マークの店に行かない?﹂ 319 ﹁いいですけど⋮⋮﹂ ﹁あ、皆はここで待ってて﹂ 街歩きは一時中断だ! それどころじゃない! そしてビーン工房に入り、目当ての階層を目指す。 ﹁え? シン君、ここってさっきの話の⋮⋮﹂ ﹁うん、アクセサリー売場﹂ ﹁ご、御免なさい! そんな催促するつもりじゃ!﹂ ﹁いいからいいから、嬉しそうだったのに俺が落ち込ませちゃった からね。それに⋮⋮﹂ ﹁それに?﹂ ﹁⋮⋮シシリーにアクセサリーを買ってあげたいなって⋮⋮﹂ ﹁はぅ!﹂ そうだな。お詫びとか言ってるけど、シシリーにアクセサリーを プレゼントしたいってのが本音だな。 ﹁付与は俺がしてあげるから、普通のやつね。どれがいい?﹂ ﹁えと、あの、あの⋮⋮﹂ ﹁すいません、この中で付与出来る文字が多いのってどれですか?﹂ ﹁いらっしゃいませ。そうですね。この辺りが八文字から十二文字 位付与出来る物になります﹂ ﹁シシリー、この中でどれがいい?﹂ ﹁こ、この中ですか!?﹂ やっぱり台座もあるからかな、指輪が付与出来る文字が多いみた いだ。大体銀貨で二∼五枚位が普通らしい。高いのになると金貨数 枚とかある。さすがに付与出来る文字数も多いけどゼロの数も多い 320 な! ﹁あの! やっぱり悪いですよ! こんな⋮⋮指輪なんて⋮⋮﹂ ﹁いいよ。元々工房に支払うつもりでお金持って来てたけど、オー グの提案のお陰でそのお金が浮いたんだ﹂ ﹁でも⋮⋮﹂ ﹁それに、シシリーの事は奴に知られてると思う。防御の強化はし ておきたいんだ。これまで以上にね﹂ ﹁⋮⋮分かりました。じゃあ⋮⋮﹂ ようやく納得してくれたな。今言った事は本当だ。シュトローム のせいで暴走してたカートから、シシリーを守る為に俺が護衛をし てた事は奴に知られていてもおかしくない。もしシシリーが狙われ たら俺は正気じゃいられない。 シシリーは真剣な顔で指輪を選んでいる。暫くするとこっちを見 た。お? 決まったか? ﹁あの⋮⋮シン君、やっぱりシン君が選んでくれませんか?﹂ ﹁え? 自分の好きなの選んでいいんだよ?﹂ ﹁あの⋮⋮自分じゃ決めきれませんので⋮⋮﹂ 色々と目移りしちゃったかな? ﹁そうだなあ⋮⋮﹂ 値段や付与文字数はちょっと無視して、シシリーに似合うものを 選ぼう。そうなると⋮⋮。 ﹁これかな?﹂ 321 そうして選んだのは、銀の台座に青い石が付いてる指輪だった。 シシリーの紺色の髪によく似合うと思う。 文字数は八、値段は銀貨三枚だ。 ﹁どう?シシリーに似合うと思う﹂ ﹁わぁ⋮⋮!﹂ シシリーは目を輝かせて指輪を見ている。 ﹁じゃあ、これ、お願いします﹂ ﹁かしこまりました。このまま着けて行かれますか?﹂ ﹁はい! お願いします!﹂ 良かった。シシリー元気になったな。店員さんから指輪を受け取 ったシシリーは右手の中指に買った指輪を填めた。 ﹁シン君⋮⋮ありがとうございます!﹂ シシリーが笑顔でそう言ってくれる。やっぱり可愛いな。シシリ ーは絶対に危険な目には合わせない。そう改めて誓った。 ﹁喜んで貰えて良かった。後で防御魔法付与するからね。そいつが シシリーを守ってくれる﹂ ﹁シン君が⋮⋮守ってくれる⋮⋮﹂ ん? ちょっと違うけどな。まあいいか。 指輪を買った俺達は店を出て皆と合流した。 322 嬉しそうに指輪を見てるシシリーを女子二人が取り囲んでキャイ キャイ言ってる。やっぱりあの中には入れないな。 ﹁それにしても、アッサリ指輪を買うか。さすがだなシン﹂ またオーグがニヤニヤしてるな。 ﹁言っとくけど、お前らにも防御付与したアクセサリー渡すからな﹂ ﹁⋮⋮あの光景を見た後にそれを言われると⋮⋮なんとも微妙な感 じがするな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮まあ男に指輪とか気持ち悪いから、ネックレスかブレスレッ トでやるわ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そうしてくれ⋮⋮﹂ その後は、特に目的も無く街を歩き回った。ウインドウショッピ ングをしたり買い食いをしたり。やっぱり同い年の友達とつるんで 歩くのは目的が無くても楽しいな。 そんな平和で楽しい一日を過ごして、まずマークとオリビアと別 れてシシリーの家に向かう。 シシリーの家に着いたら、先ずは防御魔法を付与する。 文字数は八文字だからな⋮⋮﹃魔力障壁﹄と﹃物理障壁﹄でいい か。 ﹃絶対魔法防御﹄より簡単に、イメージは﹃固い壁﹄だ。全部無 効にしなくても、ほぼ防げれば問題ない。シュトロームとの戦闘で 絶対魔法防御はちょっと過剰な気がしたのだ。あそこまで完全に防 323 御しなくても魔力障壁で魔人の攻撃を防げた。なら魔力障壁で十分 だろう。障壁を展開するので身体全体を防御してくれる。周りの人 も守れるので、汎用性で言えばこちらの方が上かな。 ﹃物理障壁﹄も同じイメージ。魔力と物理のイメージの違いはあ るけどね。 防御魔法を付与した指輪をシシリーに渡⋮⋮そうとしたら右手を 出して来たので、さっきと同じ中指に填めてあげる。 また嬉しそうにしてるシシリーに、指輪を起動して貰った。 ﹁わっ!凄いです!﹂ 体を覆うように展開された障壁を見て素直に驚くシシリーと⋮⋮ ﹁ほお、これは凄い。さすがは導師メリダ様のお孫さんだ﹂ ﹁あら? あの指輪は⋮⋮フフ、あらあらシシリーったら嬉しそう ねえ﹂ セシルさんとアイリーンさんもその展開された障壁を見てた。 ﹁良かったらセシルさんとアイリーンにも同じ付与をしますよ﹂ ﹁え? いいのかい?﹂ ﹁あら、嬉しいわあ﹂ この付与なら大丈夫だよね? 他の魔法使いも使える防御魔法な んだし。 ﹁レベルが違うけどな⋮⋮﹂ 324 オーグが何かボソッと言ったな。 そして、クロード家の皆さんにお礼を言われて家にゲートで帰っ た。 帰ってからばあちゃんに工房で何をしてきたか聞かれたので今日 あった事を話す。 アクセサリーに施した付与の話を聞いたばあちゃんが⋮⋮ ﹁シンが⋮⋮シンがようやく自重を覚えてくれたよ⋮⋮﹂ と泣き出した。泣く事無いじゃん! ﹁あれで自重なのか⋮⋮﹂ ﹁この家族の普通は次元が違うんですよ⋮⋮﹂ ﹁凄い家族で御座るな﹂ そんな事より、重大な事実に気付いた。 ﹁ほっほ﹂ 爺さんの影が薄い! これからの事に色々と目処が着いた翌日、明日に迫った叙勲式の 用意をした。 今日はオーグ陣とシシリーとマリアはウチに来てる。 325 俺が叙勲式用の礼服を合わせてるのを見てる。 ﹁へえ、背も高いし、身体も鍛えられて締まってるし、顔も良いか ら何着ても似合うわねえ﹂ ﹁シン君⋮⋮格好いいです⋮⋮﹂ ﹁ああいうのは羨ましいな。私は線が細いからな﹂ ﹁殿下⋮⋮それは⋮⋮﹂ ﹁拙者等には嫌味にしか聞こえないで御座る﹂ ﹁シンも礼服を着る歳になったんじゃのお⋮⋮﹂ ﹁あの小さかった赤ん坊がね⋮⋮大きくなったもんだねぇ﹂ 俺がメイドさん達の着せ替え人形になってる間、友人達と保護者 達はソファに座って楽しそうに談笑してた。 こっちはもうクタクタになって来てるのに! ﹁マリーカさん⋮⋮もういいんじゃない?﹂ ﹁何を仰ってますかシン様。ウォルフォード家の新しい英雄様に恥 ずかしい格好などさせられる筈が無いではありませんか!﹂ マリーカさんの言葉にメイドさんが激しく頷く。いや、普通に礼 服着てれば恥ずかしく無いと思うんですけど⋮⋮。 結局、あれやこれやと着替えさせられ、薄いブルーの上下にシャ ツ、スカーフを首に巻いて完成した。礼服の上着には銀糸で見事な 刺繍も施されている。それを俺の身体に合わせてあっという間に直 してしまった。こんなところもハイスペックメイドさんズです。 そしてその後、マリアとオーグ陣のアクセサリーの要望を聞いた。 326 マリアはネックレスがいいそうだ。 オーグもネックレスがいいとの事。ただ、マリアは細いチェーン で可愛いデザインの物がいいとの事で、オーグは太めのチェーンで シルバーアクセみたいな物がいいらしい。 ユリウスは革製のベルトにシルバーが付いたブレスレットを希望 した。ネックレスだと戦闘中に切れそうだし、指輪だと剣を持つ時 に滑るんだそうだ。 ⋮⋮高等魔法学院の生徒⋮⋮だよな? 一番以外だったのはトールで、ゴツいシルバーリングを希望した のだ。トールの小っこい容姿にゴツいリング⋮⋮ギャップなのか? ﹁自分、実はシルバーアクセは割と好きで、いくつか持ってるんで すよ﹂ ﹁お前は昔から自分の容姿と真逆の物を好きになるな。確か子供の 頃は騎士を目指してなかったか?﹂ ﹁今でも憧れはありますよ。自分の体格では無理だと諦めただけで す﹂ ﹁それでアクセはゴツいシルバーアクセか⋮⋮﹂ ﹁良いじゃないですか。格好いいでしょう?﹂ ﹁確かに格好いいよ。俺もシルバーリングにするつもりだし。でも トールは意外だった﹂ ﹁何でですか!﹂ そう言って膨れるから余計にイメージと違う。まあ本人が良いっ て言ってるからいいか。 327 自分の欲しいアクセサリーが決まったので早速ビーン工房にゲー トを開く。店の裏手、工房の横なら人目も無くゲートを開けるのだ。 工房主であるハロルドさんを呼び、正式に王国が資金を出す旨が 伝えられた。取り替え式の剣についても、俺の魔法付与をしないな らとばあちゃんからOKが出た。アイデアを買い取りたいという事 だったが、一括で支払うには相応の対価が曖昧なので、王国からビ ーン工房に支払われる金額の内十%がアイデア料という事になった。 このアイデアは俺とマークとトニーの三人で話していた事で、マ ークは工房の人間なので辞退し、俺とトニーで折半する事に決まっ たそうだ。 昨日の内に決定したらしく、トニーにも既に伝えられている。 王国が発注する武器の金額の五%⋮⋮しかも取り替える事が前提 の物だから定期的にその金額が振り込まれる。その膨大な金額にト ニーは青い顔をして倒れたそうだ。 そりゃ、何気無い会話をしていただけなのにそんな大金が入る事 になったらビビるわな。俺もビビった。 王国からの大口取引に親父さんは超ご機嫌で、今日はアクセサリ ーを見繕いに来たと伝えると、無料で進呈してくれるとの事。 昨日の俺が支払った代金も返却すると言ってきたがそれは辞退し た。何となく自分のお金でプレゼントする事に拘ってしまったから だ。 自分のは無料で頂きます。 328 だって今はまだお金入って来てないんだもの! 皆希望通りのアクセサリーを手に入れ、防御魔法を付与して今日 は解散。いよいよ叙勲式本番を迎える。 当日の午後、今日は授業が終わった後、研究会の活動は休みにし て家に帰り用意をして待っていると、王城から馬車が迎えに来た。 入学式の時に乗ったのと同じだな。相変わらず乗り心地は良いけど 居心地が悪い! 爺さんとばあちゃんも一緒に行く。二人は叙勲式の参列者だそう で、ついでに一緒に行く事になった。 王城は今まで来た事が無かった。王城の住人はしょっちゅうウチ にいるのにな。 王城は、所謂某夢の国にあるような尖塔が建っていて⋮⋮という 感じの建物。当然あれより規模はデカイけどね。 係の人に控室へ案内され、その時を待つ。 待っているのはディスおじさんなので緊張はしないが、この後の 面倒を思うと憂鬱になってくる。 そしていよいよ係の人が呼びに来た。 そのまま謁見の間に案内される。そして⋮⋮。 ﹃救国の勇者! 新たなる英雄! シン=ウォルフォード様御到着 329 !﹄ その呼び出しだけで帰りたくなった。しかし、両脇にいつの間に か騎士の人がいて逃げられない! ⋮⋮本当に逃げたりしないけどね。 その騎士の手によって重々しい扉が開いた。 そして巻き起こる拍手。 こんなに歓迎されてるとは思ってもみなかったので一瞬固まって しまったが、何とか歩き出した。 ひざまず 事前に教えられていた位置で立ち止まり跪く。 ﹃アールスハイド王国国王! ディセウム=フォン=アールスハイ ド陛下、御入場!﹄ ディスおじさんが登場した。周りの人も跪いてるのが気配で分か る。 ﹁皆の者、楽にせよ﹂ その言葉に周りの人は立ち上がるが、俺はそのままと教えられて いた。 ﹁シン=ウォルフォード。此度の働き、誠に見事であった﹂ ﹁あ⋮⋮ありがたきしあわせ﹂ ﹁此度の働きに敬意を表し勲一等に叙する﹂ 330 ﹁謹んでお受け致します﹂ 立ち上がり、ディスおじさんから勲章を授与されるのを待つ。や がて玉座から立ち上がり、手ずから勲章を授与してくれた。 ﹁見事であった﹂ ﹁あ、ありがたきしあわせ﹂ 相手がディスおじさんだと非常にやりにくい! 早く終わらない かな? そう思っているとディスおじさんが話し始めた。 ﹁皆の者よく聞け。このシン=ウォルフォードは、我が友、賢者マ ーリン=ウォルフォードの孫であり、幼少の頃より我も世話を焼い てきた、言わば甥のような者だ。彼がこの国に居るのは世間知らず であった彼の教育の為であり、決して我が国に利をもたらす為では 無い! 彼を我が国の高等魔法学院に招く際、賢者殿と約束した事 ゆめゆめ がある。彼を政治利用も軍事利用もしない事だ! その約束が破ら れた際、英雄の一族はこの地を去る。その事努々忘れるな!﹂ ⋮⋮本当に言ってくれたよ。ディスおじさんマジカッケー! 周りは多少ざわついてるけど、概ね了承したらしい。 はぁ⋮⋮これでやっと終わったか? ﹃それでは、これにて勲章授与式を終了致します﹄ お、終わったぁ! ﹃この後当王城大ホールにてパーティが催されます。皆様ご参加下 331 さい﹄ 終わって無かったぁ! 332 いざという時に備えました 叙勲式の後で行われたパーティは大変だった。 ディスおじさんの宣言があったので、貴族の人達からの過剰な勧 誘というか、娘や妹を妻に! という売り込みは無かった。けど、 魔人を討伐するというのはこの国では大変な事で、色んな人が挨拶 に来て口々に褒め称えて行った。 爺さんとばあちゃんが側にいたのもあって、凄い人だかりになっ ていた。 シシリー達クロード家の皆さんやマリア達メッシーナ家の皆さん は、既に俺と親交があるので遠慮して遠巻きに見ていたらしい。 あの騒ぎでは確認なんて出来なかったから後で聞いたんだけどね。 オーグ陣も近寄って来なかった。売り込みは無かったけど俺の話 を聞きたいという女性陣に囲まれる俺を見てニヤニヤしてた。それ は見た。 前にオーグが言ってたように、よく知らない女性に囲まれてもあ んまり嬉しくない。むしろ面倒⋮⋮というか、獲物を狙うような目 をしていたので、恐かった⋮⋮。 露骨なアプローチは無かったけど、何か言う度にキャアキャア言 われるのはわざとらしく感じて正直疲れた。早く終わってくれと、 ただただ願いながら時が過ぎるのを待った。 333 ようやくパーティが終わって家に帰る頃にはグッタリしていた。 ミッシェルさんの稽古でもここまで疲れた事は無かったよ。 ﹁やっぱり側にいて正解だったね。放っておいたら、あの囲んでた 内の誰かにお持ち帰りされてたんじゃ無いのかい?﹂ ﹁さすがにそれは無いよ⋮⋮﹂ ﹁どうだかねえ。シンみたいな世間知らずが婚期を逃し掛けてる貴 族の女相手に逃げ切れるかね? マーリンだって昔⋮⋮﹂ ﹁その話はやめんか?﹂ 爺さんが何だって? とても興味があるが爺さんから話を逸らさ れてしまった。 ﹁シンや、今日は疲れたじゃろう? 明日も学院があるし、早目に 休んでおいた方がいいのう﹂ 気遣ってくれる爺さんの言葉を無視するのもどうかと思うし、そ れに実際疲れたのでその言葉に従う事にした。 ﹁うん、今日はもうお風呂入って寝るわ﹂ ﹁それがいいじゃろ﹂ ﹁ばあちゃん、その話、また今度聞かせてね﹂ ﹁それはよく無いじゃろ!?﹂ 爺さんが慌ててるけど、気になるし。今度聞かせて貰おう。 そして次の日、いつものようにシシリーとマリアを迎えに行き、 俺の家に戻り、扉を開けると⋮⋮。 334 ﹁おお! シン様が出てきたぞ!﹂ ﹁キャア! シン様ー!﹂ ﹁あれが新しい英雄様か!﹂ ﹁なるほど、いい面構えをしてるな﹂ ﹁シン様ー! こっち向いてー!﹂ そっと扉を閉めた。 ﹁⋮⋮なんだこれ?﹂ ﹁昨日、シンが叙勲を受ける事も、その理由も公表されたからねえ。 今まで噂だったものに公式発表があって、でも陛下の御配慮でお披 露目はされなかったから家に押し掛けたんでしょ﹂ ﹁賢者様のお家は皆さんご存じですからね。一目見たかったんじゃ ないでしょうか?﹂ ﹁それより、これじゃ学院に行けないよ⋮⋮ばあちゃん!﹂ ﹁なんだい?﹂ ﹁教室までゲートで行ってもいい?﹂ ﹁はぁ⋮⋮しょうがないねえ、騒ぎが落ち着いたら歩いて行くんだ よ﹂ ﹁はーい﹂ ﹁シン⋮⋮何故ワシに聞かんのかの⋮⋮?﹂ ばあちゃんに怒られる方が恐いもの。 ﹁やった! 今日は楽して学院に行けるわね﹂ ﹁今日だけ特別だよ? マリア﹂ ﹁ほら、もう行くよ﹂ ゲートを教室と繋げ、ゲートを潜った。 335 ﹁わあ! ビックリしたぁ!﹂ ﹁どうしたシン、ゲートで来るとは﹂ ﹁な、なんだいこの魔法は?﹂ ﹁信じられない。どういう事? ウォルフォード君﹂ 教室には既にユーリ、オーグ陣、トニー、リンがいた。 ﹁いや、家の前に凄い人が集まっててさあ、家から出られなかった んだよ﹂ ﹁ああ、それでゲートで来たのか﹂ ﹁ゲート? 何それウォルフォード君。詳しく教えて﹂ リンは相変わらず魔法の事には食い付きがいいな。 ﹁ああ、これ﹃ゲート﹄って魔法でね。任意の場所と場所をこのゲ ートで繋ぐんだよ。で、ゲートを潜ると⋮⋮﹂ 家と繋がってるゲートを消して教室の端にゲートを開いてそれを 潜る。 ﹁こういう風にもう一方のゲートから出てこれるんだよ﹂ 初めて見たリン、ユーリ、トニーの三人は目を見開いてる。 ﹁⋮⋮すごい! ウォルフォード君は転移魔法が使える!?﹂ ﹁正確には転移じゃないよ。移動魔法ではあるけど﹂ ﹁どういう事?﹂ ﹁転移って、物体そのものを移動させる魔法だろ? 一旦体を分解 して任意の地点で再構成する。ちゃんと再構成出来なかった時の事 336 を考えると恐くて使った事無いよ﹂ ﹁これは違うの?﹂ ﹁これは場所と場所の距離を縮めただけだよ。入り口と出口で分解・ 再構成してる訳じゃない﹂ ﹁⋮⋮駄目⋮⋮よく分からない⋮⋮﹂ リンが残念そうに呟く。それもそうか、これが理解出来れば目標 の一つ、転移⋮⋮に近い魔法が使えるようになるんだもんな。 ﹁まあしょうがないよ。じいちゃんも理解出来なかったんだから﹂ ﹁賢者様も⋮⋮﹂ ﹁まあ、その内使えるようになるかもしれないよ。折角研究会に入 ってるんだし﹂ ﹁ん! 頑張る!﹂ これはやっぱり研究会のレベルアップを図るべきだろう。リンも やる気を見せてる事だし。 ﹁シン⋮⋮お前が何を企んでいるのか問い詰めるのを忘れていたな﹂ ﹁だから変な事は企んでないって﹂ 皆の安全の為にレベルアップしようっていうのは変な事じゃ無い よね? その内皆で合宿に行ってもいいな。 ﹁不安だな⋮⋮何を企んでいる?﹂ だから変な事は企んでないって! 337 ﹁おはよー! あれ? 皆どうしたの?﹂ 最後に教室に来たアリスが不思議そうに皆を見ていた。 ーーーーーーーーーーーーーーー 軍務局、警備局ではシュトロームを追って大規模な捜索が行われ ていた。王国内の各街や村、出来る範囲で国外も捜索範囲に入って いる。 その捜索隊の内、帝国内で秘密裏に捜索を行っていた者から軍務 局長のドミニクに報告が入った。 ﹁帝国に動きがある?﹂ 帝国が国内の町や村から食料を掻き集めているという報告であっ た。 ﹁食料を集めているとなると⋮⋮﹂ ﹁軍に動きがあるという情報もあります。これはひょっとすると⋮ ⋮﹂ ﹁⋮⋮戦争の準備か?﹂ 少しずつではなく、掻き集めている。軍にも動きがあるとなると 戦争の準備を進めているようにしか見えない。 ﹁しかし⋮⋮何故今なんだ? 特に攻め入るに足る理由など無いだ ろう?﹂ 338 ﹁それは分かりかねます。何か帝国内で侵略の好機となる理由があ るのかも知れませんが⋮⋮そこまでは不明です﹂ ﹁まったく⋮⋮次から次へとよく問題が起きるものだ﹂ ﹁本当ですね﹂ 魔物の増加にシュトロームという理性を保ったままの魔人。そし て帝国に戦争の兆しありだ。こんなに続けて事が起こると愚痴の一 つも溢したくなる。 ﹁ひょっとすると⋮⋮帝国は我が王国の騒動を攻める好機と見たの かもしれませんね﹂ ﹁それは無いだろう。確かに立て続けに事件は起きているが、王国 が混乱してる訳じゃない﹂ 各事件には十分対応出来ている。今はシュトロームの行方を追っ ているが被害を撒き散らしてる訳ではなく、消えた脅威を探し出す 捜索の為、混乱は無い。 しかし、確実に帝国に動きはある。 理由が分からず悶々としながらも報告を放置する訳にもいかず、 国王へ報告する事にした。 ﹁何? それは本当か?﹂ ﹁帝国の動きは間違いありません。宣戦布告を受けた訳では無いの で戦争をしようとしているかは確証はありませんが⋮⋮﹂ ﹁しかし⋮⋮その報告を聞く限りではその様に考えるべきだな⋮⋮ ドミニク!﹂ ﹁は!﹂ ﹁シュトロームの捜索に魔物の増加と負担を掛けるが、我が国も戦 339 争に備えねばなるまい。準備を進めておくように﹂ ﹁御意!﹂ こうして、王国軍も戦争の準備を始めた。 そして、帝国内にある町、その町にある建物の一室。 ﹁ほう、それでは王国も戦争の準備に入ったと﹂ ﹁はい。帝国軍の動きがあからさまですから、すぐに気付いたよう です﹂ ﹁フフ、ゼスト君は上手くやったみたいですねえ、さてどうなると 思います? ミリアさん﹂ ﹁⋮⋮私には分かりかねますシュトローム様﹂ ミリアという女性と一緒にいたのは、王国が懸命に捜索している シュトロームであった。 ﹁皆さん、ちゃんと踊って下さいねえ? フフフ、アハハハ!﹂ 笑い出したシュトロームをミリアはじっと見ていた。 一方、ブルースフィア帝国の皇城にて戦争の準備をしている帝国 軍内でとある会話がされていた。 ﹁ゼスト、お前の持ってきた王国の情報、どこから仕入れて来たの だ?﹂ ﹁王国内に協力者がおりまして、今王都では魔物の増加で混乱が起 きていると教えてくれたのです。それで調べてみたら⋮⋮﹂ ﹁王国の魔物が増えて、帝国の魔物が減っているのに気付いたと⋮ ⋮﹂ 340 ﹁そういう事です﹂ ﹁フム、実際魔物の数も減っていたし、これはいよいよ王国を手に 入れられる時が来たか﹂ ﹁そうなる事を願っております﹂ ﹁フン、平民のお前に言われるまでもないわ﹂ ﹁⋮⋮そうですね﹂ ﹁まあ安心しろ、お前の情報は私達帝国貴族が有意義に使ってやる。 光栄に思え﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 笑いながら去っていく貴族の男を、ゼストと呼ばれた男はただ睨 んでいた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 授業が終わった放課後、昨日は叙勲式があったので研究会を開け なかった事を侘び、今日の研究会を始めた。 ﹁そう言えばさあ、朝何か雰囲気がおかしかったけどどうしたの?﹂ 朝いなかったアリスが聞いてきた。 ﹁ああ、シンが何か良からぬ事を企んでいるらしくてな、その事を 追及しようとしていたんだ﹂ ﹁良からぬ事⋮⋮ですか?﹂ ﹁だから変な事は企んでないって﹂ ﹁では何を企んでいる?﹂ 341 皆の視線が集まる。 ﹁はぁ⋮⋮ここんとこさあ、異常な事件が続いてるだろ? 一応は 乗り切ったけど根本的な解決はしてないし。そうなると、まだ騒ぎ が起きる可能性はある訳じゃない。それに備えて、研究会で皆のレ ベルアップを図れたらいいなって思ってるだけだよ﹂ これ以上変な誤解を生まないように、今考えてる事を説明する。 ﹁そうか、皆のレベルアップか﹂ ﹁そう、別に変な考えじゃないだろ?﹂ ﹁確かにそうなんんだが⋮⋮シン、そのレベルアップとは何をする つもりなんだ?﹂ ﹁皆がある程度の攻撃と防御と治癒の魔法が使えるようになる事か な? 後、例のアクセサリーの防御魔法付与﹂ とりあえず、今の大まかな方針を伝える。 ﹁⋮⋮分かった。とりあえず変な考えじゃない事は確かだな﹂ ﹁そうだろ?﹂ オーグも納得してくれたところでリンから質問があった。 ﹁ウォルフォード君、さっきのゲートも教えてくれるの?﹂ ﹁リンはゲートを覚えたいって事だな?﹂ ﹁うん。あれは素晴らしい魔法。あれがあると生存確率が大分上が るし移動が楽になる﹂ ﹁ゲートって何?﹂ アリスは見てなかったので、もう一回ゲートを使って研究室の端 342 から端にゲートを開く。 ﹁わ、わ、凄い! これがあれば遅刻しないじゃん!﹂ そういう不純な動機で覚えようとするんじゃありません! ﹁シン、各々強化したい所を申告してそれをお前が指導しながら見 て回ってはどうだ?﹂ ﹁それが一番効率が良いかな?﹂ という事で、強化したい事を申告して貰った。 リンとアリスとオーグはゲート。 シシリーとトールは攻撃。 ユーリとマリアとオリビアは防御と治癒。 トニーとユリウスとマークは身体強化だった。 トニーはやっぱり意外だな。騎士養成士官学院は嫌でも身体を使 う事は嫌いじゃ無いんだ。 オーグは、移動中のリスクを少しでも減らしたいらしい。 アリスは不純な動機がバレバレだ! ﹁それじゃあ、危険が迫っても自力で何とか出来るように皆でレベ ルアップしようぜ!﹂ ﹃おおー!!﹄ 343 シュトロームがいつ来ても良いようにな! 344 根本的な問題が発覚しました 研究会で皆のやりたい事を聞いた。 とりあえず、攻撃魔法のシシリーとトールについては練習場でし か出来ないので、魔力制御の練習をして貰う。 その事を伝えると、皆に何故かと聞かれ逆に驚いた。 何故なら強力な魔法を使うには、大きな魔力が必要なのだ。俺は 当たり前だと思っていたが皆は違っていた。 強力な魔法を使うには詠唱を工夫し、それに見合ったイメージを するのだと思っているらしい。 そんな考え方をしていたのか。まずはその先入観を払拭する所か ら始めないと駄目だな。 とりあえず、今の魔力制御の実力を見る為に、皆に魔力障壁を展 開して貰うが⋮⋮。 ⋮⋮障壁が薄い。 ﹁駄目だね。これじゃあ殆ど魔法を防げないんじゃないか?﹂ ﹁しかし、魔力障壁なんてそんなに防御力のあるものでは無いだろ う?﹂ ﹁⋮⋮マジで言ってんのか?﹂ ﹁どういう事だ?﹂ 345 ﹁この前、シュトロームが俺の魔法の初撃を防いだだろ?﹂ ﹁ああ、あれは初めての授業の時にお前が使った魔法の強化版だっ たな。まさか防がれるとは思って無かったが⋮⋮﹂ ﹁あれ、魔力障壁で防がれたんだぜ?﹂ ﹁な! なんだと!?﹂ ﹁嘘⋮⋮﹂ ﹁何か特別な防御魔法だと思ってました⋮⋮﹂ ﹁あんだけ扱える魔力がデカイんだ。俺は防がれる事は分かってた。 だから魔法を撃った後、すぐにシュトロームの裏をつくように動い たんだ﹂ ﹁あたしは見て無いんだけど⋮⋮﹂ あの場にいなかったアリスから声が上がる。それはしょうがない ので諦めて貰おう。 ﹁魔力が大きければ特別な防御魔法を使わなくても魔法は十分防げ る。シシリー、この前付与した防御魔法を展開してみてくれない?﹂ ﹁はい、分かりました﹂ そう言うとシシリーは魔道具の指輪に魔力を通す。 ﹁わ⋮⋮凄い魔力障壁⋮⋮﹂ ﹁障壁が凄くて言われるまで気付かなかったな⋮⋮確かに制御され てる魔力が凄い﹂ ﹁シシリー、それって思い切り魔力使ってる?﹂ ﹁いえ⋮⋮起動する時に使った魔力以上は使ってないです﹂ ﹁これには、俺の魔力制御のイメージで魔力障壁が付与してある。 そのイメージに添って、付与してある魔法が必要な魔力を集めて制 御してるんだ﹂ 346 皆展開されてる魔力障壁を呆然と見ている。これで魔力制御が重 要だと言う事が理解して貰えるかな? ﹁確かにイメージは大事だよ? でもそのイメージを具現化する魔 力が無いと魔法は起動しないよね?﹂ 皆黙って俺の話を聞いている。 ﹁だから、まずは魔力制御を鍛えよう。ゲートやら他の魔法やら、 全てはそれからの話だな﹂ 神妙な顔になったな。というか、何故皆この事を知らないんだ? ﹁シン、何故こんな事を知ってるんだ?﹂ ﹁何でって⋮⋮じいちゃんから教えて貰ったぞ? 小さい頃から、 魔法を使うには魔力の制御が大事。魔力を制御出来なきゃどんなに イメージしても魔法は使えない。だから、とにかく魔力を沢山制御 出来るようになりなさいって、そう教わったよ。むしろ、皆が知ら ない事の方が驚きだよ﹂ ﹁そうか⋮⋮それが賢者殿の凄さの秘訣か⋮⋮﹂ ﹁というか⋮⋮魔力を制御しないでどうやって魔法を使うんだよ?﹂ ﹁魔力制御はある程度出来るさ。ただ、高度な魔法を使うとなると、 どうしてもイメージや詠唱の方に思考が行ってしまってな。それに ⋮⋮魔力制御の練習は地味だからな⋮⋮﹂ 皆黙って俯いちゃった。 ﹁皆もそうなのか?﹂ ﹁⋮⋮ある程度魔法が使えるようになると、技術的な事の方に意識 が行っちゃったな⋮⋮﹂ 347 ﹁私もです⋮⋮魔法に魔力が必要なんて基本中の基本なのに⋮⋮﹂ ﹁シン君はいつも魔力制御の練習してるの?﹂ ﹁ああ、小さい頃から毎日やってるからな、もう習慣になってるよ﹂ そうして魔力を集め、制御して見せた。 ﹁っっ!!﹂ ﹁これは⋮⋮!!﹂ ﹁す、凄い⋮⋮﹂ ﹁どんな事でもさ、基本を忘れちゃったらそれ以上成長しないよ。 小手先に走るより、もっと大事な事があるんじゃない?﹂ 魔力を霧散させながら皆に言う。 ﹁という訳で、これから毎日魔力制御の練習な。サボんなよ?﹂ ﹁分かった。頑張る﹂ ﹁⋮⋮リンは暴走させんなよ?﹂ ﹁させない!﹂ ﹁それと、とりあえずの目標は無詠唱で魔法が使えるようになる事 な﹂ ﹃ええー!?﹄ ﹁えーじゃない。ここは﹃究極魔法研究会﹄なんだろ? それ位出 来なくてどうするよ?﹂ ﹁分かった。頑張る﹂ ﹁⋮⋮リンは暴走させんなよ?﹂ ﹁させないったら!﹂ どうもリンは暴走魔法少女ってイメージが⋮⋮。 その日は一日魔力制御の練習をして貰って、最後にもう一度魔力 348 障壁を展開して貰った。 ﹁⋮⋮これは⋮⋮いや気のせいか?﹂ ﹁気のせいじゃないです。さっきより魔力障壁が厚くなってます﹂ どうやら皆実感したみたいだな。 ﹁各自、家でも魔力制御の練習をする事。それが上達したら魔法の 練習をしよう﹂ 結局、基本中の基本をおさらいしただけでこの日の研究会は終わ ってしまった。 ただ、皆の顔はやる気に溢れていた。 皆の現状が把握出来て良かった。それが分からなかったらいくら 魔法を教えたって無駄になる所だったな。 皆レベルアップの目処が立って意気揚々と校舎を出た。 ﹁おい! 出てきたぞ!﹂ ﹁シン様ぁー!﹂ ﹁こっち向いてー!﹂ ﹁ウォルフォード君! 一言! 一言お願いします!﹂ 皆で校舎に戻った。 ﹁わ、忘れてたぁ⋮⋮﹂ ﹁っていうか、家の門は出てないわよね。どうやって学院に来てる って知ったのかしら?﹂ 349 ﹁裏口から出たとでも思ったんだろう。それで次は学院で張ってい たと﹂ ﹁凄い執念だねえ⋮⋮﹂ ﹁って言うか! あんな人だかりが出来てたら学院から出られない じゃん!﹂ ﹁しょうがない、またこれ使うか⋮⋮﹂ これはしょうがない。しょうがないよね? ゲートを家に開き、皆で潜った。 ﹁おや、おかえりシン。またゲート使ったのかい?﹂ ﹁おかえりシン。どうかしたのかの?そんなに沢山友達を連れてき て﹂ ﹁ただいまじいちゃん、ばあちゃん。いや校門の前も凄い人だかり でさあ⋮⋮皆出られないから連れて来た﹂ ﹁騒ぎ過ぎだよ全く!﹂ ﹁ほっほ、その内収まるじゃろうて﹂ 本当かな? ﹁それより見た事無い子もいるね。紹介してくれないのかい?﹂ ﹁ああ、えっとウチに来た事無いのは⋮⋮﹂ ﹁ア、アリスです! アリス=コーナーです!﹂ ﹁リン=ヒューズです。御会いできて光栄です﹂ ﹁初めまして、トニー=フレイドです﹂ ﹁ユーリ=カールトンですぅ﹂ ﹁マ! マーク=ビーンッス!﹂ ﹁オ、オ、オリビア=ストーンです!﹂ 350 俺が紹介する前に自己紹介しちゃった。 ﹁何人かは聞いた事があるね。特に、マークと言ったねえ﹂ ﹁は! はいッス!﹂ ﹁アンタの所の工房には迷惑を掛けてしまったみたいで⋮⋮すまな かったねえ﹂ ﹁そ! そんな! 頭を上げて下さい! 逆に大口の契約が出来た って父ちゃん大喜びしてたッスから!﹂ ﹁それでもウチの孫が迷惑を掛けた事は間違いない。だから詫びさ せとくれ﹂ ﹁そうじゃのう、すまなかったなマーク君﹂ ﹁本当に止めて下さい!!﹂ 爺さんとばあちゃんに頭を下げられてマークが叫んでる。 ﹁じいちゃん、ばあちゃん、もうその辺にしといたげなよ。マーク が困ってるよ?﹂ ﹁誰のせいだい! 誰の!!﹂ ばあちゃんにメッチャ怒られた。 ﹁そ、それよりも、じいちゃんとばあちゃんに聞きたい事があるん だけど、いい?﹂ ﹁はぁ⋮⋮なんだい?﹂ ﹁どうかしたのかの?﹂ ﹁今日知ったんだけどさ、普通魔法の練習って魔力制御の練習の事 を言うんじゃないの?﹂ そう言うと爺さんは少し悲しそうな顔をした。 351 ﹁嘆かわしい事じゃ。皆ある程度魔法を使えるようになるとすぐに 小手先に走りよる。魔法の練習とは派手な詠唱とそれをイメージす る事じゃと思っとる。そのせいかのう、年々魔法使いのレベルが下 がって来とる﹂ 爺さんが情けないと言わんばかりに溜め息をこぼす。皆はシュン としちゃった。 ﹁半分位はアンタのせいだけどね﹂ ﹁ワシの!?﹂ ばあちゃんの発言に爺さんが超ビックリしてる。 ﹁ばあちゃん、どういう事?﹂ ﹁どうもこうも、マーリンが無詠唱でポンポン魔法を使うもんだか ら皆その魔法に憧れちまってねえ。無詠唱なもんだから、真似も出 来ない。でもマーリンの魔法は使いたい。目の前で見た事ある奴が マーリンの魔法のイメージで詠唱を創ったら偶々成功したのさ。そ れ以来、詠唱を工夫すれば色んな魔法が使える、そんな風潮になっ ちまったのさ﹂ ﹁確かに⋮⋮私達もそう思っていました﹂ ﹁それ、ワシのせいじゃ無いじゃろ!?﹂ ﹁原因はアンタさ。全く自重もしないでポンポンと⋮⋮アタシは言 ったね? ちょっとは自重しろと。見てごらん、アンタがそんなん だからシンがこんなんになっちまうんだよ﹂ ﹁ちょっ! 飛び火した!?﹂ ﹁シン君の自重の無さはお祖父様譲りなんですね﹂ ﹁シシリーまで!?﹂ 何故か俺まで標的にされてしまった。 352 ﹁と、とにかくじゃ、魔法に一番大事なのは魔力制御じゃ。当然イ メージも大事。じゃがの、詠唱なんぞ本来は要らんのじゃぞ?﹂ ﹃え!?﹄ ﹁シンを見てみい、この子が詠唱しとる所を見た事があるかの?﹂ ﹁そういえば一度も無いな⋮⋮﹂ ﹁まあ、この子の場合はイメージの仕方が特殊なんじゃがの﹂ ﹁どういう事ですか? 賢者様﹂ ﹁この子は魔法の﹃結果﹄ではなく﹃過程﹄をイメージしとる。皆 は何故火が燃えるのか知っておるか?﹂ ﹁何故と言われると⋮⋮明確には答えられません﹂ ﹁ワシもよう知らん。じゃが、この子はそこに疑問を持つんじゃ。 火とは何か? 何故燃えるのか? それをよく観察したんじゃろう なあ、その結果が⋮⋮シンの火の魔法は見た事あるかの?﹂ ﹁青白い炎でした﹂ ﹁そう、それじゃ。あの炎はとんでも無い温度になっとるようでの、 着弾した地面が溶岩みたいになっとったわ﹂ 皆が関心したようにこっちを見るけど⋮⋮何かカンニングした答 えを褒められてるようで居心地が悪かった。 ﹁シンのイメージは特殊じゃがな、それを知らんワシでも無詠唱は 使えるんじゃ。それに戦闘中は詠唱をしとる暇など無いし、詠唱で 使う魔法がバレたら簡単に対処されてしまうわい﹂ ﹁それで無詠唱を覚えろって言ったんですね⋮⋮﹂ ﹁という事は、皆シンから魔力制御について聞いたんじゃな?﹂ ﹃はい﹄ ﹁それでよい。まずは制御出来る魔力の量を増やす事じゃ。さすれ ばイメージ通りの魔法が使えるようになる。こんな風にの﹂ 353 あ! 爺さんがゲートを開いた! ﹁じいちゃん! それ!﹂ ﹁ほっほ、苦労したがの。紙に書いてくれた説明でようやっと理解 出来たわい﹂ さすが爺さんだ。この歳になっても探究心と向上心は衰えてない! ﹁シンの魔法はシンしか使えない訳では無い。魔力制御が出来て、 ちゃんとイメージも出来れば皆使えるんじゃ。シンは規格外であっ ても理不尽な存在では無い。今これまでに無い脅威が迫っとる中、 皆の成長は必ず人類の役に立つ。頑張るんじゃぞ﹂ ﹃はい! ありがとうございました!!﹄ やっぱ、俺より爺さんが言った方が説得力があるな。そこは人生 経験の差かな? 皆のやる気はマックスになってる。練習したくて ウズウズしてる感じだな。 ﹁じいちゃん、ありがと﹂ ﹁ほっほ、何⋮⋮ちょっと責任を感じての⋮⋮﹂ それは知りたく無かった! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁マーリン、アンタも偶には良い事するじゃないか﹂ ﹁偶にはとは何じゃ﹂ 354 研究会の面々が帰宅の途に付き、シンがシシリーとマリアを送り に行って、皆がいなくなったリビングでマーリンとメリダが座って いた。 ﹁アンタがゲートを覚えたのはシンの為だろう?﹂ ﹁⋮⋮何の事じゃ﹂ ﹁シンは魔法を使う度に規格外だの無茶苦茶だの言われてるみたい だねえ﹂ ﹁確かにそう言っておったの﹂ ﹁でも、アンタがシンの魔法を使えれば、シンは特別なんかじゃ無 いって言えるからね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁フフ、良かったんじゃないかい? 皆シンのように魔法が使える かもと目を輝かせていたからね﹂ ﹁今は人類存亡の危機かもしれんのじゃ、そうなってくれれば幸い じゃな﹂ ﹁なるよきっと、アンタのお陰でね﹂ ﹁⋮⋮そうかの?﹂ ﹁そうさ⋮⋮フフフ﹂ 上機嫌なメリダに対し、内心を見透かされたマーリンは少しばつ の悪そうな顔をしていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 次の日、皆家でも魔力制御の練習をちゃんとやってたみたいで、 制御出来る魔力の量がほんの少し増えていた。 355 ただ気になったのは、リンがカチューシャをしてきた。 ショートボブの髪をいつもは無造作に鋤いてるだけなのに、今日 はカチューシャをしている。 リンの顔をじっと見た。フイっと目を逸らされた。 ﹁リン⋮⋮お前⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮言わないで⋮⋮﹂ ⋮⋮暴走させたな⋮⋮。 魔力が暴走して髪の毛が爆発したんだろう。でも暴走させたと知 られるのは恥ずかしいからカチューシャをしてきたと。 ﹁リン、お前大丈夫なのかよ?﹂ ﹁よくある事、問題ない﹂ ﹁よくある事って⋮⋮よく家の人に怒られないな﹂ ﹁お父さんは宮廷魔法師、家に魔法練習場がある﹂ ﹁それが暴走魔法少女誕生の原因か⋮⋮﹂ 好きなだけ魔法が使えて、好きなだけ暴走させて来たんだろう。 暴走させてもケロっとしている。 ﹁それいい。これから﹃暴走魔法少女﹄と名乗る﹂ ﹁いや、褒めてねえからな?﹂ 研究会の名前といい、そういうセンスなのか? そして、今日一日の授業が終わって帰りのホームルームの際にア 356 ルフレッド先生が俺達に言った。 ﹁お前ら、一体何したんだ? 魔法学の先生が涙目になってたぞ?﹂ ああ、あれか。 ﹁いや、昨日ウチでじいちゃんに魔法の講義を受けたんだ。それを 話したら先生羨ましがっちゃって⋮⋮﹂ ﹁嫉妬で涙目になってたのか⋮⋮何やってんだアイツ⋮⋮それより、 賢者様の講義ってなんだ?﹂ 昨日ウチでじいちゃんが話した内容を伝える。すると⋮⋮ ﹁何て⋮⋮何て羨ましいんだ! ズルいぞお前ら!﹂ ﹁先生も同じリアクションしてんじゃん!﹂ 放課後、研究会も終わって皆で帰る。今日の研究会は魔力制御の 練習に費やしただけなので割愛だ。でも、皆今までより魔法が使い やすくなったと言ってた。 正門を見るとやっぱり人だかりが出来ていたので、騒がれる前に 皆は人だかりの横をすり抜けて出て行く。 俺は裏口に回る。こっちにも何人かいたけど、光学迷彩を展開し 皆の横を通る。気付かれずに学院の外に出て皆と合流する。 ﹁昨日もこうすれば良かったね﹂ ﹁いや、昨日は先に見つかって騒ぎになったからな。この手は使え なかった。今回みたいに誰にも気付かれてない状況でないとな﹂ 357 今日は久し振りに街に出れた。昨日と今日の朝もゲート使ったか らな。そして、久々の街は少し様子がおかしかった。皆が何か不安 そうな顔で話し合ってる光景が多い。 ﹁何か街の様子がおかしくないか?﹂ ﹁え? ああ、シン君は外に出て無いから知らないんだ﹂ ﹁何かあったのか?﹂ ﹁うん、軍がね⋮⋮﹂ ﹁軍?﹂ ﹁戦争の準備を始めてるらしいんだ﹂ 358 目的が分かりました 戦争の準備。 その言葉を聞いて改めて周りを見てみる。皆が不安そうに顔を付 き合わせ、これからどうなるのか、何故急に戦争など始めるのかと 話していたのが聞こえて来た。 ﹁戦争の準備って⋮⋮どこと戦争するんだ? というか、帝国との 戦争中に大規模な魔物の氾濫が起きて以来、戦争はタブーの筈なん じゃ?﹂ ﹁その帝国が相手だ﹂ ﹁帝国が? 何で?﹂ ﹁そんな事は帝国に聞いてくれ。今帝国では大規模な出征の準備が されてるらしい。他の小国に戦争を仕掛けるには不相応な大規模な 準備だそうだ。となると標的は⋮⋮﹂ ﹁大国、アールスハイド王国って訳か⋮⋮﹂ 帝国が戦争を仕掛ける。何故? 何の理由で? いや理由は分かるか。アールスハイド王国を手に入れられればブ ルースフィア帝国は一気に力を増す。それこそ世界を掌握出来る位 には。しかし、何故今? そのタイミングが分からない。 ﹁まあ、まだ始まってもいないんだ。戦争が泥沼化すれば学生にも 徴兵が掛かるかもしれんが、今はまだ気にしてもしょうがない。特 にシンには恐らく徴兵は掛からない﹂ ﹁何で⋮⋮ああ、軍事利用はしないってヤツか﹂ 359 ﹁魔人の襲来ならともかくな。国同士の戦争にシンを駆り出す事は 正しく軍事利用だ。そんな事は絶対しない﹂ 俺は、シシリーや皆を見渡した。皆不安そうな顔をしていた。 ﹁確かに徴兵はされないかもしれないけど、皆に危機が迫ったら俺 は戦場に出るぞ。ここで出会った皆は掛け替えの無い友達だと思っ てるからな﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁シン⋮⋮﹂ しんみりしちゃったけど、まだ起こってもいない事で落ち込んで ても仕方がない。 ﹁おしっ! 皆でマークん家に行こうぜ。確か今日武器の試作品が 出来るから来てくれって言われてるんだ﹂ ﹁⋮⋮そうだな、確か今日だったな。よし皆で行くか﹂ ﹁ついでに、皆の分のアクセサリーも買って防御付与しちまおう。 戦争が起きても身を守れるようにね﹂ そして人通りの少ない裏路地に入りゲートを開く。ゲートを抜け るとそこはビーン工房だ。 ﹁やっぱり便利。早く覚えたい﹂ ﹁⋮⋮リンはまず魔力を暴走させないようにしないとな﹂ ﹁⋮⋮頑張る﹂ そして工房内に入ると親父さんが待っていた。 ﹁お! ようやく来たなシン! 試作品は出来てるぜ!﹂ 360 ﹁おお、さすが本職、仕事が早い!﹂ ﹁あったりめえよお! あ、殿下も御覧になりますか?﹂ ﹁勿論だ。見せて貰おう﹂ そして親父さんが持って来たのは、一見普通の剣だが、鍔と柄の 部分が若干異なっている。言うなれば、拳銃のグリップみたいな形 をしている。そして鍔の部分にもスライドをさせやすいように指を かける所がついている。そして、親指で安全装置を掛けたり外した り出来るようになっており、誤作動を起こして剣がスッポ抜けない ようにしている。 ﹁凄いよ親父さん! もう完成品じゃないの?﹂ ﹁いや、これから調整に入らないといけねえ。剣身を射出する時や 取り付ける時のバネの強度、スライドする固さ⋮⋮要は各所に使わ れてるバネの強度をどうするかってこった﹂ ﹁そっか、でもここまで出来てたら⋮⋮﹂ ﹁おう! 後は調整だけですぐに完成品になる筈だぜ﹂ 親父さんはニンマリ笑った。それが自信に溢れていて格好いい。 本当に職人だな。 ﹁これは凄いねえ。僕はビーン工房の新製品開発の現場に立ち会っ たんだねえ⋮⋮﹂ ﹁何言ってんだトニー。元はお前のアイデアだろ?﹂ ﹁お! 君がトニー君か! いやーお陰で面白い仕事が出来たぜ! ありがとよ!﹂ ﹁いえ⋮⋮そんな⋮⋮﹂ トニーが感無量な顔をしてる。本当に意外だよな。 361 ﹁では、早速調整に入ろうか。それと軍備用の剣身も見てみたいん だが﹂ ﹁それも出来ております﹂ 既に軍に納品予定の剣身も出来てたみたいだ。バイブレーション ソードより肉厚で、簡単に折れそうに無い。しかし、耐久性はギリ ギリまで削り生産性の方を高めたらしい。 ﹁これは⋮⋮十分実用に耐えるものだ。工房主、素晴らしい仕事だ、 感謝する﹂ ﹁そ、そんな! 止めて下さい殿下! これは仕事ですから!﹂ そして、各所のバネの強度を調整しながら新しい武器が完成して いく。 こういうチューンアップみたいなのって楽しいね。男性陣総出で 調整をしていった。女性陣は暇そうだったので、アクセサリーを見 に行った。 そして最終的には、基本となる強度と、個人の好みでカスタム出 来るようにして、ついに完成した。 俺のはバイブレーションソードって名前を付けたけど、軍用のは どうするんだ? 交換出来る剣だから⋮⋮ ﹁エクスチェンジソード⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮いいな、それ。よし! 今日からこの剣はエクスチェンジソ ードだ! ハロルド、早速で悪いが発注だ、いいか?﹂ ﹁勿論です殿下﹂ ﹁それでは後程軍の補給担当の者を遣いにだす。数量などの細かい 362 所は担当者と話し合ってくれ。今度の戦争が早速のデビューだ、頼 んだぞ﹂ ﹁は! 畏まりました!﹂ そして、新しいバイブレーションソードに魔法を付与させる、そ れと替えの刃を何本か貰った。 ﹁すいません親父さん。結局全部貰っちゃって﹂ ﹁いやいや、それはちゃんと王国に請求するように殿下に頼まれて るから、シンは気にすんな﹂ ﹁オーグ、悪いな﹂ ﹁何、今度の戦争に心強い武器が手に入ったんだ、むしろこの程度 の開発料で済んで良かった﹂ デビューが戦争ってのもちゃんと機能するか不安だけどな。これ を見る限りは大丈夫そうだ。 そして、アクセサリーはやっぱりプレゼントされた。 皆恐縮してたけど、今回の報酬額は相当大きいらしく、親父さん は気にすんなと笑っていた。 とりあえず、研究会のメンバーは全員防御付与されたアクセサリ ーを身に付ける事になった。 これで防御に関しては、大分憂いが無くなったな。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 363 アールスハイド王国軍に新たな武器が支給された。それは今まで 見た事が無い形をしていた。 それを手に取った兵士達が感想を言い合っていた。 ﹁よう、新しい剣は試してみたか?﹂ ﹁ああ、切れ味は合格点だな。しかしこれは⋮⋮完全に実戦向きの 武器だな﹂ ﹁装飾は無し、実用性重視の武器か⋮⋮﹂ ﹁戦場で剣身を交換出来るというのは確かに有効だけどな。こうい うのを支給されると⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮いよいよ戦争が始まるって実感しちまうな⋮⋮﹂ ほふ 華美な装飾は一切無し。剣身を使い潰し交換しながら敵を屠る。 効率的に敵を殺す為の武器を支給され、兵士達には強力な武器を手 に入れた高揚感と、戦争が始まるという恐怖感の入り交じった複雑 な感情が渦巻いていた。 こうして新しい武器の支給、必要な物資の収集、各領地に散らば っている軍人を魔物対応の為の最低限の人員だけ残して召集、志願 兵の募集をするなど、いつでも出兵出来る準備は整った。 そして、帝国に潜んでいた斥候から報告がもたらされる。 ﹁報告します! ブルースフィア帝国軍が、我が国に向かって進軍 を始めました!﹂ その報告に王城に詰めていた上層部に緊張が走るが、予め予想さ れていた為混乱は無く、国王は勅命を下した。 364 ﹁皆聞いたな? どうやら帝国は機を見る力も無いようだ。このよ うな愚かな行為に対し、我が国は徹底的に抗戦する! アールスハ イド王国の強さを帝国に知らしめてやれ!全軍、出撃せよ!﹂ ついに帝国が動いた。その動きに対し王国も反応した。宣戦布告 は未だ届いていない。帝国の一方的な侵略行為であると周辺国に訴 え、軍事行動する事の正当性を訴えた。 そしてその出兵はアールスハイド国民にも布告された。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁とうとう王国軍が出兵したね﹂ 学院に来ると今日は既に登校していたアリスからそう声を掛けら れた。 ﹁そうだな。街もその話で持ちきりだったな﹂ 王国発表もあったし、新聞の号外も出た。なので国民皆が知って いた。 戦争の機運が高まった頃から、さすがに俺に対する騒ぎも収まり、 歩いて登校出来るようになっていたので街の様子を見る事が出来て いた。 ﹁結局どの位の規模の出兵になったのかしら?﹂ 365 ﹁帝国軍、王国軍共に八万ずつだな﹂ ﹁ふーん、戦力はほぼ互角か﹂ ﹁だが、そこが不思議なんだ﹂ ﹁不思議?﹂ ﹁ああ、今の所我々が把握している帝国軍の総勢が八万なんだ﹂ ﹁総力戦か、帝国も必死だな﹂ ﹁そういう事じゃない。我が国はその総数を集めるのに、志願兵や 魔物ハンター協会にまで傭兵の依頼を出してようやくその数を確保 したんだ﹂ ﹁へえ、やっぱり帝国は軍事に力を入れてるんだな﹂ ﹁いや王国軍もほぼ同数の人数はいるぞ﹂ ﹁ん? じゃあなんで志願兵や傭兵なんて雇ってるんだ?﹂ ﹁王国軍全員を召集した訳じゃない。各地の魔物の対策の為に必要 な人数は残してある。それで足りなくなった人員を集めたんだ﹂ ﹁え? でも帝国軍は全軍だろ? 魔物対策は?﹂ ﹁だから不思議なんだ。帝国は魔物を放置して王国への進軍をして いる。何故だ?﹂ ﹁帝国も傭兵を雇ったとか?﹂ ﹁帝国が傭兵の募集をしていない事は確認してる。各地から全軍を 召集した事もな﹂ ﹁マジで魔物放置かよ﹂ ﹁帝国は何を考えている?﹂ オーグが難しい顔をしてるもんだから皆も黙ってしまった。 ﹁もしかしてだけど⋮⋮シュトロームが絡んでないか?﹂ ﹁どういう事だ?﹂ ﹁いや、シュトロームは色々実験をしてたって言ったろ? その実 験の中には魔物をコントロールする事も含まれてたんじゃないかな って﹂ 366 ﹁⋮⋮そうか、シュトロームは元帝国の人間だ。﹃元﹄ではなく帝 国が送り込んだ工作員の可能性もあるのか﹂ ﹁だとすると、帝国は魔物を気にしないで全軍を召集する事が出来 る﹂ ﹁その可能性が高いな⋮⋮﹂ ﹁でもそうなると分からなくなる事もあるんだよなあ﹂ ﹁十分利に叶ってると思ったが?﹂ ﹁人工魔人は?﹂ ﹁あ⋮⋮そうか、その報告は上がって来てないな⋮⋮﹂ ﹁帝国軍の中に魔人が混じっていたら、大騒ぎになってる筈だから なあ﹂ ﹁振り出しに戻る⋮⋮か﹂ ﹁まあ、ここでいくら推測したってしょうがないし、俺達は俺達の 出来る事をしようぜ。その内帝国の真意も分かるだろ﹂ ﹁⋮⋮そうだな、俺達は俺達の出来る事を⋮⋮か﹂ ﹁という事で、そろそろ実践的な魔法の練習も始めようかと思って るんだが、どうかな?﹂ ﹁やっとゲートを教えてくれる?﹂ ﹁そうだな、それも含めてな﹂ ﹁最近、魔法の威力が上がってるんだよね! やっぱ魔力制御の練 習の成果?﹂ ようやく魔法の練習に入れる位には皆の魔力制御は上達してる。 先日爺さんがゲートを使った事で、自分達も俺の魔法が使えるんだ と皆のやる気がアップし、魔力制御の練習を真剣にするようになっ た。これなら魔法を教えても大丈夫そうだ。 ﹁それじゃあ、今日も研究会頑張ろー!﹂ ﹁その前に授業だ、コーナー﹂ ﹁あ! そうだった﹂ 367 ﹁お前らは⋮⋮何をしに学院に来てるんだ⋮⋮﹂ アルフレッド先生が溜め息を吐いていた。授業もちゃんと受けて ますよ? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 王国軍は帝国との国境近くまで軍勢を進めていた。過去、帝国と の戦争時に戦場になった場所だ。帝国軍の進路から今回もそこが戦 場になると予想されていた。 その日、軍勢の野営地に接地された大本営で、総司令官のドミニ クは斥候からもたらされる情報を整理していた。 帝国軍との接敵予想は二日後、戦場となる場所は見通しの良い平 原なので奇襲や搦め手は使いにくい。正面からぶつかる可能性が高 い。斥候からの報告でも別動隊がいない事は確認出来ている。それ 故にドミニクは帝国の狙いが読めずにいた。 ﹁⋮⋮分からん。あそこで戦闘になったとして、帝国に何の利があ る? 王国への侵略なら奇襲の方が効率はいい筈だ。なのに情報は 駄々漏れ、奇襲の為に進軍を急いでる訳でもない。大軍を引き連れ て悠々と進軍してくる。帝国はこんなにも愚かだったか? 何か裏 があるんじゃないのか?﹂ ﹁そんなに根を詰めたって分かんねえもんは分かんねえだろ。案外 なーんにも考えてなくて、愚かな皇帝の愚かな判断による愚かな行 為の可能性だってあるんだぜ?﹂ ﹁斥候からの報告を聞く限りではその可能性が一番高いんだがな⋮ 368 ⋮しかし、あまりにもあんまりだろ、これは﹂ ﹁まあ⋮⋮王国なら一般兵士でも進言しないような軍事行動だよな﹂ ﹁まだ何か裏があるという方が納得出来る﹂ ﹁でも総軍八万はそのまま進軍してきてる。別動隊も確認されてな い。これはその愚かな行為そのものだろ﹂ ﹁はあ⋮⋮本当に何を考えているんだ⋮⋮﹂ ドミニクが帝国の真意を図りかねている頃、帝国軍も野営をして いた。そしてこちらにも斥候からの報告がされていた。 ﹁御報告申し上げます。王国軍はやはり魔物の対応に追われ、軍勢 を整備する事にも苦労しているようです﹂ ﹁そうか、陛下やはり王国は魔物の対応に四苦八苦しているようで す。このまま大軍勢をもって王国に進軍すれば我々の大勝利は間違 い無しで御座いますな﹂ ﹁フン、そうだろう。帝国の魔物が減り、王国の魔物が増えたと報 告を受けた時に余は確信したのだ。王国は魔物の対応に追われ、我 々の猛攻を防ぐ事など出来んとな﹂ ﹁さすがで御座います陛下﹂ このブルースフィア帝国皇帝のヘラルド=フォン=ブルースフィ アは最近帝国皇帝の座に就いた男である。 帝国皇帝の座は世襲制ではない。帝位継承権を持つ帝国公爵家当 主の中から、貴族院の選挙によって選出される。 その為に貴族院の貴族に対する賄賂・便宜・強迫等が横行してお り、公平な選挙が行われた試しなど無い。 ヘラルドは貴族院だけでなく、対抗候補の公爵家に対しても嫌が 369 らせや裏工作等を駆使し、皇帝になった。 その為に方々に怨みを買っているが、皇帝となってしまった為に 皆何も言えなくなってしまった。 ヘラルドは他人を蹴落とす事には長けていたが、政治能力に関し ては全くの無能であった。 自分に都合の良い報告のみを信用し、都合の悪い報告は握り潰し ていた。そして自己顕示欲が強く、王国への侵略はヘラルドにとっ ての悲願であった。 勿論、自身を誉め称えさせる為である。 そんな男に、王国が魔物の対応に追われ軍がそれに掛かりきりに なっている。しかも帝国の魔物は減っているという報告が入った。 その報告を聞いたヘラルドの脳裏には、帝国の攻勢に対処出来ず、 崩壊していく王国の姿が浮かんだ。 王国を手に入れられる。 一度可能性を見た想いは止める事が出来なかった。進軍を開始し てからも入って来るのは帝国有利の報告だけ。 ヘラルドは完全に自分の勝利を確信していた。 帝国の大本営に報告をした男ゼストは、大本営の天幕を睨みなが らその場を離れた。 370 夜が明けて両軍が進軍を開始する。そして二日後、両軍はついに 相まみえた。 これに驚いたのが帝国軍だ。 彼等の元に届けられていた情報では、王国軍は自国の国内で大増 殖した魔物の対処に追われ、ここにいるはずが無かったからだ。 ﹁どういう事だ! 王国軍は完全に我等を待ち受けているではない か!﹂ ﹁ゼストを、ゼストを呼べ!﹂ ﹁そ⋮⋮それが⋮⋮﹂ ﹁何だ!?﹂ ﹁ゼストの姿が昨夜から見えません。そればかりか、奴の指揮して いた斥候部隊とも連絡が取れません⋮⋮﹂ ﹁な、何だとぉ⋮⋮﹂ ﹁陛下! これは最早退く事は叶わぬ状況です! 我等は大軍を率 いて王国領内に踏み入っております。これは王国軍にとって攻撃を 仕掛けるには十分な理由です。ここは攻め切るしかありません!!﹂ たばか ﹁おのれえ⋮⋮斥候部隊と言えば平民どもの集まりではないか! よくも⋮⋮よくも平民の分際で余を謀ったな! 全軍に告ぐ! ど うせ王国軍は排除する予定だったのだ! それが遅いか早いかの差 でしかない! 我等の力を王国軍に見せ付けてやるのだ! 全軍、 突撃いい!!﹂ 突撃を始めた帝国軍。それに対し王国軍では⋮⋮。 ﹁本当に突撃してきやがった。何考えてんだ? アイツ等﹂ 魔法師団長のルーパーが呆れた声を出していた。 371 ﹁ヨシ、予定通りに魔法師団が初撃を放て!﹂ 王国軍の魔法師団から大量の魔法が打ち出される。それは一斉に 突撃してきた帝国軍に次々と着弾していき、損害を与える。普通、 戦闘の開始時には魔法師団同士の魔法の撃ち合いがあり、それが落 ち着いた頃に騎士や兵士が突撃するものだが、帝国軍にとって予想 外の戦闘であった為、指揮系統も混乱し、ただ突撃するだけの烏合 の衆と化し、王国軍の魔法師団にとってはいい的になった。 そして、それでも難を逃れた者達もおり更に王国軍に接近してき た。 ﹁馬鹿正直に正面からぶつかる必要もあるまい。右翼、左翼は帝国 軍の側面に回れ! 正面は帝国軍を受け止めろ!﹂ ﹃おお!!﹄ 予定外の事に混乱した帝国軍と違い、万全に準備の出来ていた王 国軍は、帝国軍を半包囲するように陣形を展開した。そして、つい に両軍がぶつかりあった。 既に魔法によるダメージを受けていた帝国軍は完全に王国軍に受 け止められ、突破する事は叶わない。更に両脇からも攻められ、帝 国軍は成す術なくその数を減らして行く。そして日が暮れる直前に 撤退するまで、帝国軍はその数を減らし続けた。 撤退が遅れたのは、皇帝ヘラルドがそのプライドの高さから撤退 を拒んだ為だった。 八万いた帝国軍は僅か一戦で半数近くの数を減らし、王国軍の損 372 害は百を少し越える程度という大惨敗であった。 一日目の戦闘が終わり、大本営ではヘラルドが荒れていた。 ﹁何だこの体たらくは! これでは我等の損害が増えるばかりでは ないか!!﹂ 天幕の中で荒れまくるヘラルド。しかし、側に居るものは誰も彼 を止める事が出来ない。ここで口を出せば殺されてしまう可能性が 高いからだ。 結局、騒ぐだけ騒いで具体的な打開策は何も決めぬままヘラルド は休んでしまった。 こんな事態に陥ったのは、斥候部隊からの報告が全て嘘だったか らだ。誰かが帝国を害そうとする意思を感じたが何も出来なかった。 作戦を決めるのは皇帝であり、自分達が進言をしたり作戦を提案 したりすると、自尊心の高い皇帝の不興を買ってしまうからだ。 側近達は絶望にも似た感情を抱きながら眠れぬ夜を過ごした。 そして王国軍では本日の戦闘について話し合われていた。 ﹁ルーパーの言った通りだったな。愚かな皇帝が愚かな進軍をして 愚かな戦いをした。正直それだけの感想しか出てこない﹂ ﹁全くなあ、何だありゃ?﹂ ﹁明日もこんな事になるんだろうか?﹂ ﹁その可能性は高いと思うぜ?﹂ 373 王国軍の司令官達は帝国軍とは違う意味の溜め息を吐いた。 さかのぼ 時間は少し遡り、帝国軍と王国軍が戦闘を開始した頃、斥候は信 じられないものを見た。そして報告の為に急ぎその場を離れた。 ﹁そんな⋮⋮馬鹿な!﹂ そう呟きながら馬を全速力で走らせる。一刻も早くこの情報を届 ける為に。 結局、二日目以降も帝国軍は突撃を繰り返すばかりで、八万いた 軍勢は、三日目が終わる頃には二万を切っており、帝国軍には最早 諦めの感情が浮かんでいた。 そして、四日目の朝を迎えた時点で両軍にある情報が届けられる。 ﹁報告します!﹂ ﹁何だ、どうした?﹂ 尋常では無い斥候の表情に、ドミニクは何かが起こった事を察し た。そして告げられた内容は驚くべきものだった。 ﹁魔物が⋮⋮魔物が大量に発生しました!!﹂ ﹁何?﹂ ﹁中型以上の魔物が大量に発生し侵攻を開始しております! そし て行き先は⋮⋮﹃ブルースフィア帝国帝都﹄です!!﹂ ﹁何!?﹂ ﹁しかも⋮⋮﹂ ﹁まだ何かあるのか?﹂ ﹁魔人を⋮⋮魔人を多数目撃致しました!!﹂ 374 ﹁な! 何だと!!?﹂ そしてその報告は帝国軍にも伝えられた。 ﹁馬鹿な!? 魔物は少なくなっていたのではないのか!?﹂ ﹁陛下! これは王国への進軍どころではありません! 今すぐ帝 都に戻らなければ!!﹂ ﹁おのれえ⋮⋮魔物ごときが余の帝都を攻めるだとお? フザケお って!! 全軍に告ぐ! 王国軍など構っている暇は無い! 急ぎ 帝都に引き返し、魔物どもを駆逐せよ!!﹂ ヘラルドは怒りで顔を真っ赤にしながら全軍に告げる。帝国軍は 直ぐ様進路を反転し、帝都へ向けて引き返し始めた。 そして王国軍は今後の行動について迷っていた。このまま進路を 帝都に向かって進軍するか、王国に戻るかの選択である。 ﹁このまま戻った方が良いのではないですか?﹂ ﹁いや、魔人まで混じっているとなると放置しておく事も危険だ。 ここは一時帝国と手を組み魔人を討伐した方が良いのではないか?﹂ ﹁しかし、帝国が我等を受け入れますかね?﹂ ﹁さすがにそれは容認するだろう?﹂ ﹁分かりませんよ。魔物を討伐した後、こちらに刃を向けるかもし れません﹂ ﹁その可能性はあるか⋮⋮﹂ 急遽開始された会議は進展を見せなかった。そしてドミニクの判 断に委ねる事になった。 ﹁魔人を放置しておく事は危険だ。今討伐しておく必要がある。し 375 かし帝国が我等を受け入れない可能性もある。よって、我等は帝国 軍の後方に位置し、先ずは戦況を見定める。帝国軍がそのまま魔人 を討伐出来れば良し、難しければ我等が後詰めで進軍する。現状で はこれが限界だと思うが、どうか?﹂ ﹁それで良いんじゃねえか? 俺にもそれ以上の案は出せねえよ﹂ ﹁では、帝都に向けて⋮⋮﹂ ﹁た、大変です! 魔物が大量にこちらへ向かっております!!﹂ ﹁何だと!? 魔人は? 魔人はいるのか!?﹂ ﹁い、いえ! 魔人は確認されておりません! ただ⋮⋮量が凄い のです!﹂ ﹁内訳はどうなってる!?﹂ ﹁小型から中型の魔物が殆どです。大型も殆ど見られません!﹂ ﹁なら何とかなるか⋮⋮全軍に通達! 直ちに魔物を殲滅せよ! 魔物を殲滅した後、帝都へ向けて進軍する! 行け!!﹂ ﹁はっ!!﹂ こうして、王国軍も魔物の集団と戦う事になった。小型から中型 の魔物が殆どとはいっても数が多く、殲滅するにはかなりの時間を 要した。 被害に関しては殆ど無い。軽傷を負った兵士と骨折や裂傷等の重 傷を負った兵士が若干いた程度だった。だが、三日に渡り繰り広げ られた帝国軍との戦闘である程度疲弊していた所へ魔物の襲来であ る。皆の疲労は相当な物になっていた。 そして魔物を殲滅し終わった頃には既に日が落ちてしまった。 ﹁くそっ! これでは夜が明けるまで進軍出来んではないか!﹂ ﹁だな、この大軍を率いての夜間行軍は厳しすぎる。それに、あの 魔物の大軍を相手にした後だ。疲労も相当なもんだろう﹂ 376 ﹁何なんだこの状況は! まるで足止めじゃないか!!﹂ ﹁⋮⋮実際そうなのかもしれねえな⋮⋮﹂ こうして王国軍は魔物に足止めされ、出立は夜が明けるまで待た ねばならなかった。 一方、魔物の大群に攻められた帝都は、あっという間に蹂躙され てしまった。 本来守護するべき軍隊が不在で、しかも集まっていた魔物は中型 以上の魔物ばかり。中には虎や獅子といった災害級の魔物もいた。 これに魔人も混じっているとなると戦う術を持たない帝都民に抗う 術は無かった。 そこで行われたのは正に阿鼻叫喚の地獄絵図。 帝都民は魔物に殺され、喰われ、魔人の魔法に焼き尽くされた。 帝都に残っていた魔物ハンター達もいたが、あまりに数が多く更 に魔人まで混じっているとなると成す術も無く、あっという間に殺 されてしまった。 そんな地獄の中を悠然と歩いているモノがいた。 ﹁どうですか? ミリアさん、魔人になった感想は?﹂ ﹁はいシュトローム様、これまで感じた事が無いほど力が溢れて来 ます。それに、今ならどんな魔法でも使えそうです﹂ ﹁フフ、それは良かった。それにしても、自国の国民が殺されてい るというのに涼しい顔をしていますねえ﹂ ﹁コイツら帝都民は、自分達は選ばれた人間だと周りの帝国民を蔑 377 んでいた連中ですからね。実際、私も同じ平民に罵声を浴びせられ た事など数え切れないほどあります。そんな輩がどれだけ殺されよ うと心苦しさなど露程も感じませんね﹂ ﹁フフフ、アハハハ! そうですか、そうですか。素晴らしいです よミリアさん。実際コイツらはクズの集まりですからねえ﹂ ﹁お褒め頂きありがとうございます﹂ ﹁さて、出兵して行った軍隊が戻って来るまで二三日程ですか。そ れまでに帝都は完全に我々のモノになりますね。その間にゼスト君 も戻って来るでしょうし、帝国軍を迎え撃つ準備でもしましょうか ?﹂ ﹁はいシュトローム様﹂ ﹁さて、王国軍がどれくらい数を減らしてくれたのか、見ものです ね﹂ そうして二人は帝城に向かって歩いていく。 彼等の後ろから上がる、帝都民達の断末魔を聞きながら。 そしてシュトロームが帝都を襲撃してから三日後、帝国軍はよう やく帝都に辿り着いた。そこで彼等が見たものは⋮⋮。 魔物によって破壊された帝都と、大量の魔物であった。 ﹁おのれ魔物どもめ! 一匹たりとも逃がさず討伐してくれるわ! !﹂ そしてヘラルドの号令で又しても突撃する帝国軍。始めは魔物を 討伐出来ていたが、魔人が出てくると、状況は一変した。 魔人の魔法に蹂躙されていく帝国軍。そしてその魔人の中には、 378 帝国軍に偽の情報を流していたゼスト達斥候部隊もいた。 ﹁ゼストォォォ!!! 貴様のせいで! 貴様のせいでぇぇぇ!!﹂ ほふ ヘラルドが気でも狂ったかのようにゼストに向かって吠える。し かしゼストは一顧だにせず、帝国軍を屠っていく。 そして⋮⋮皇帝すら誰に殺されたのかすら分からない程蹂躙され、 帝国軍は文字通り全滅した。 そして、魔物に足止めをされれていた王国軍が到着した時に見た 光景は、全滅し屍を晒す帝国軍の姿であった。 その光景を呆然と見ていた王国軍に声を掛ける者がいた。 ﹃おや、そこにいるのは王国でお世話になった人じゃありませんか﹄ それは、警備局の練兵場で聞いたシュトロームの声だった。 どこから話し掛けているのか周囲を見渡すがシュトロームは見当 たらない。恐らく声を届ける魔法なんだろうと思われる。 ﹃おやおや、それっぽっちの戦力では、私達は攻め滅ぼせませんよ ? 他の国にも協力して頂いたら如何ですか?﹄ まるで嘲笑が聞こえるようだった。 ﹃ああ、そうそう、帝国軍の数を減らしてくれてありがとうござい ました。お陰様で楽に帝国軍を全滅させられましたよ﹄ 379 自分達もシュトロームに利用されたのだと知って、ドミニクは怒 り狂いそうになったが、何とか抑えた。そして、シュトロームの言 ったように一度王国へ戻り、他の国にも協力要請する必要があると 判断し、王国へ帰還した。 そして帰還したドミニクから報告された内容に王国上層部達は絶 句し、これ以上はシュトロームの情報を秘匿しておくわけにはいか ないと、今回の件と含めて国民に公表された その内容は。 ﹃王都にて発生した魔人騒動は、理性ある魔人オリバー=シュトロ ームによって引き起こされたものである。そしてその者は、ブルー スフィア帝国帝都を大量の魔物と自ら造り出した多数の魔人によっ て攻め滅ぼした。今回の一連の紛争も、全てその者によって引き起 こされたものである﹄ 380 やっと魔法の練習を始めました シュトロームの目的は帝国だった。 その為に王国で実験をしていたらしい。オーグに聞いた所、魔人 騒ぎが起きる前から魔物の増加は問題になっていたとの事。 それもシュトロームの実験の被害の一つだそうだ。 シュトロームが王国からいなくなったので魔物の増加は治まるか と思いきや今も増え続けているらしい。 以前は、一年気付かない程巧妙に増え続けていたらしいのだが、 ここ最近は目に見えて増えているのだとか。どうも帝国で魔物が増 加し、それが流れて来ているのではないか。というのが王国の予想 だ。 その帝国⋮⋮いや旧帝国と呼ぶべきか。そこからは何の声明も出 ていない。 何も動きが無いなら、下手に刺激をしなければ何も起こらないの では? という楽観論を語る者も少なくない。 しかし、シュトロームは人間の事をどうでもいい存在と言い切っ た。いつ、どんな行動に出るか想像も付かない。 それこそ、人間を虫けらのように殺して回るかもしれない。 381 全て予想で﹃かもしれない﹄ばかりだが、可能性は高いと言わざ るを得ない。 そこで、他の国と連携しひとまず旧帝国を監視するという事で話 を進めるらしい。 俺達はと言えば、今の内に出来るだけ戦力を上げておこうという 事で、研究会での魔法の練習は更に熱を帯びて行く事になった。 ﹁ようし、それじゃあ現状でどれくらい魔力制御が出来るようにな ったか確認するよ。自分の出来る限界まで魔力を集めて﹂ そうして皆は魔力を集めだす。魔力は目に見えないが、魔力感知 をすると集めている魔法使いに向かって大気中の魔力が集まってい くのを感じる事が出来る。集まる魔力が多いと、魔力感知が出来な い一般人でもその圧力を感じ取れる。 これまでは集まる魔力の量が少なかったが、戦争が始まる前から 始めた魔力制御の練習のお陰で、皆これまでより確実に魔力量が増 えている。 この世界での魔力量とは﹃制御出来る魔力の量﹄だ。人間に魔力 を溜めておく器官など無い。その為、大きな魔法を使う為には周り にある魔力を集めてそれを制御する必要がある。 その制御出来る魔力が魔力量だ。 ﹁うん、いいね。じゃあそのまま魔力障壁を展開して﹂ 俺の言葉で魔力障壁を展開する皆。うん、これまでの魔力障壁よ 382 り厚くなってる。これなら十分かな? ﹁よし、皆障壁を解いて。いいね、これなら十分イメージ通りの魔 法を使えそうだ﹂ ﹁じゃあ、やっとゲートを教えて貰える?﹂ ﹁まあ、それも含めてね。ゲートばっかりに拘ってると攻撃魔法も 防御魔法も中途半端になっちゃうから﹂ ﹁それでいい。全部覚える﹂ リンは相変わらず魔法の事になると積極的だな。 ﹁どうする? 各々のやりたい事をして貰う予定だったけど⋮⋮こ ういう事態になると攻撃、防御、身体強化と全体的に底上げしとい た方がいいと思うんだけど?﹂ ﹁そうだな⋮⋮以前は、まさかこんな事態になるとは思ってもみな かったからな﹂ ﹁いいんじゃない? 私も防御だけ強化するのは不安に思ってたし﹂ ﹁私も、やっぱり治癒魔法をもう少し鍛えたいです。もちろん攻撃 魔法も鍛えたいです﹂ ﹁拙者は身体強化と防御で良いで御座る。どうにも攻撃魔法は苦手 で⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、個別でやるんじゃなく、皆で同じ事やろう。それと、ユ リウスは攻撃魔法も覚えようか。苦手とか言ってないで﹂ ﹁う⋮⋮が、頑張ってみるで御座る⋮⋮﹂ 本当にユリウスは肉体派だな。魔法学院の生徒のくせに。 じゃあ、どうしようかな?攻撃魔法の練習は練習場を使わないと いけないけど⋮⋮あ! 良い事思い付いた。 383 ﹁じゃあ、まずは攻撃魔法の練習から始めようか?﹂ ﹁それは構わないが⋮⋮練習場はどうする? 使用予約は取ってな いぞ?﹂ ﹁良いところがあるんだ。俺が練習してた所なんだけど、そこなら どんなに魔法をブッ放しても構わないから好きなだけ練習出来るよ﹂ ﹁へえ、シンの練習してた場所ね。確かにシンが好きなだけ魔法を 使って良いって言うなら⋮⋮﹂ ﹁ですね。シン殿のあの魔法に耐えられる場所なら⋮⋮﹂ ﹁何しても大丈夫だよね!﹂ ⋮⋮ん? 評価の内容がおかしくない? ﹁⋮⋮とりあえず行くよ。そこで説明しながら実践していこう﹂ そう言ってゲートを懐かしい荒野に繋げた。 ﹁ここがシン君が練習してた場所ですか⋮⋮﹂ ﹁ねぇ何かぁ⋮⋮異常にボコボコになってない?﹂ ﹁確かに。ボコボコ﹂ ﹁⋮⋮クレーターとか何かが溶けた跡とかあるのですが⋮⋮﹂ ﹁別の世界に紛れ込んだ感覚に陥るで御座るな﹂ 連れてこられた皆はアチコチ見回ってる。ここなら、態々練習場 の申請をしなくても攻撃魔法の練習が出来る。我ながらナイスアイ デアだな。 ﹁さて、攻撃魔法を練習する前に、皆は魔法を使う時どんな事をイ メージしてる?﹂ ﹁どんなって、普通は魔法を指導してくれる先生に魔法を使って貰 って、それをイメージするものだが⋮⋮﹂ 384 ﹁そういえば、賢者様がウォルフォード君のイメージは特殊だって 言ってた﹂ ﹁確かに言ってたわね。シンは﹃結果﹄じゃなく﹃過程﹄をイメー ジしてるって﹂ ﹁そう、﹃結果﹄だけイメージするとそれしか使えなくなるよね? だから皆には﹃過程﹄からイメージ出来るようになって欲しいん だ。そうすれば、魔法の幅が増えるからね﹂ ﹁でも、過程って言っても自分には皆目見当も付かないのですが⋮ ⋮﹂ ﹁それをね、練習する前に教えようと思うんだ﹂ そう言って異空間収納から机とロウソク、それにビーカーを取り 出す。まずは火からかな。 ﹁まず、このロウソクに火を付ける﹂ 種火の魔法で火を付ける。 ﹁まあ、当然火が付いて燃えるよね﹂ 皆が頷く。 ﹁じゃあ、これを消すにはどうする?﹂ ﹁え? 息を吹き掛ければ消えるんじゃないんですか?﹂ ﹁まあ、それでも消えるけどね。でもこのビーカーを被せると⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あ! 消えた!﹂ ﹁何で消えたと思う?﹂ ﹁何でって⋮⋮そんなの分かんないよ!﹂ ﹁火ってさ、燃えるのに燃料がいるのは分かるよね?﹂ ﹁まあ、燃料がないと燃えないよねえ﹂ 385 ﹁その燃料って、例えばこのロウソクならロウだよね。でもそれだ けじゃないんだ﹂ ﹁えっとぉ⋮⋮ダメ分かんない、どういう事ぉ?﹂ ﹁例えば⋮⋮炉を燃やす時、火力を上げるのに石炭や木炭に火を付 けてから何かするよね?﹂ ﹁あ! フイゴで空気を送るッス!﹂ ﹁そう、その空気の中に火を燃やす為の燃料がある﹂ ﹁へえ、でも息を吹き掛ければ消えるよね?﹂ ﹁それはロウソクとか種火なんかの小さい火だけな。火事とか焚き 火なんかの大きい火が息で消えるか?﹂ ﹁確かに、消えない﹂ ﹁まあ、気になるならまた後で教えるけど今はこっちな。この空気 の中に﹃酸素﹄という火を燃やすのに必要な気体が混じってる。そ の酸素を使って燃焼をすると不燃性の﹃二酸化炭素﹄というものを 生み出す。このビーカーの中でロウソクを燃やすと、中の酸素を使 って燃焼する。そうすると二酸化炭素が発生する。徐々に酸素が減 って二酸化炭素が増えると⋮⋮﹂ もう一度ロウソクに火を付けてビーカーを被せる。 ﹁⋮⋮そうか、その二酸化炭素とやらは不燃性だ、それが増えれば ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮消えました﹂ ﹁これが、簡単な燃焼の仕組みな。んで話を魔法に戻すと、まず火 を出す。これは皆出来るよね?﹂ 指の先に火を出しながら聞く。皆が頷いてる。 ﹁そこにさっきの酸素を供給されるようにイメージしていくと⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮火が⋮⋮青白くなっていってます⋮⋮﹂ 386 ﹁この火を撃ち出すと⋮⋮﹂ 近くの地面に向けて撃つ。 ドウッ! 地面が融解した。 ﹁と、こういう魔法が使えるようになる。んで、俺が試験の時とか に使ってたのは、この火に回転を加えて高速で撃ち出したものだ﹂ そう言いながら炎の弾丸を撃つ。 ドグワッ! 大量の土砂を撒き散らしながら着弾した。 ﹁こういうのを教えようと思うんだけど、どうかな?﹂ 皆真剣な顔で炎の弾丸が着弾した所を見ている。 ﹁凄い。やっぱりウォルフォード君に研究会を作って貰って良かっ た﹂ ﹁凄いけど⋮⋮凄すぎて覚えるのが恐いわね⋮⋮﹂ ﹁シン君、治癒魔法にもこういう原理ってあるんですか? 確かこ の制服に凄い付与をしてましたけど、それってその魔法が使えない と付与って出来ないんですよね?﹂ ﹁あるよ。それはまた追い追いな。今日はこの火の魔法の練習だね﹂ こうして、練習の前に講義をしてから練習するというスタンスが 387 出来た。これで皆のレベルアップが出来るように頑張って教えて行 こう。 するとアリスからこんな事を言われた。 ﹁ねえシン君、態々ここで講義をしなくても、研究室で黒板使って 講義してからここに来て練習した方がわかりやすいよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ それもそうだな⋮⋮ 388 通達がありました︵前書き︶ 前話の最後を少し変更しております。以前のままだと今話の冒頭に 繋がらないのでご注意下さい。 389 通達がありました 研究会で本格的に魔法を教えるようになった。 アリスからの提案で先に研究室で黒板を使って説明をしてから練 習に入るようにした。 黒板に書くとわかりやすいらしく、水、風、土の魔法も順調に上 達していった。 そんな研究会での活動で、皆のレベルが大分上がって来たある日 の授業終了後、ホームルームで先生からある伝達事項があった。 ﹁さて、この度王国から通達があった。﹃魔人オリバー=シュトロ ームの目的が不明な為、具体的な方策は定められないが、戦力の増 強をしておく必要がある。軍人達は勿論だが、万が一に備えて学生 のレベルアップを図り有事に備える﹄との事だ。お前達学生も万が 一に備えて戦えるようになっておけって事だな﹂ そのアルフレッド先生の言葉に皆戸惑っている。平然としてるの はオーグ陣だけだ。これは知ってたな。 それにしても、学生も戦える準備をしとけと態々通達が出るって ⋮⋮。 ﹁王国からこんな通達があるのは異例中の異例だな。過去の戦争中 でもこんな通達が出た事はなかったんだが⋮⋮﹂ 390 それだけ異常な事態って事か。 ﹁それで、学生についてなんだがな、今の内から騎士と魔法使いの 連携を取れるようになっておけとの事でな、騎士養成士官学院との 合同訓練を行う事になった﹂ ﹁へえ、合同訓練⋮⋮﹂ それは中々良い訓練じゃないか? と思ったのだが、皆は微妙な 顔をしていた。なんだ? ﹁まあ、お前らがそんな顔するのも分かるがな、騎士や剣士との連 携は将来絶対必要だ。必ず良い経験になるよ﹂ そう言ってその日の授業は終了した。 ﹁どうしたんだよ皆? 変な顔して﹂ ﹁そうか、シンは知らないのか﹂ ﹁何が?﹂ ﹁あのねシン。高等魔法学院は魔法をメインで強化するから身体を あんまり鍛えないでしょ?﹂ ﹁まあ、そうだな﹂ ﹁で、逆に騎士養成士官学院は身体を鍛える事がメインで魔法は使 えないよね﹂ ﹁見事に正反対だよな﹂ ﹁それでね⋮⋮その⋮⋮騎士学院の生徒は魔法学院の生徒を﹃モヤ シ﹄って馬鹿にしてて⋮⋮魔法学院の生徒は騎士学院の生徒を﹃脳 筋﹄って馬鹿にし合ってるの⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮つまり、両学院はあんまり仲が良くないと?﹂ ﹁その通りよ﹂ 391 ⋮⋮なんだそりゃ? ﹁おいおい⋮⋮この非常事態に何言ってんだ?﹂ ﹁非常事態なのは分かってるんだけどさあ﹂ ﹁アイツ等に﹃モヤシ﹄と言われるのは我慢出来ない﹂ ﹁そうねぇ、確かにイラッとするわねぇ﹂ というか、モヤシあるんだ⋮⋮見たこと無かった。 ﹁私は別に大丈夫ですけど⋮⋮﹂ ﹁僕もちょっと前までアッチ寄りだったからねえ﹂ ﹁拙者は何も言えんで御座る﹂ ユリウスはそうだろうな。トニーも家が騎士家系だって言ってた から特に変な感情は無いんだな。 ﹁てか、何でそんなに仲が悪いの?﹂ ﹁だって! 戦力で言ったら魔法の方が絶対強いんだよ!?﹂ ﹁それなのに、さも自分達の方が強いという態度を取りますからね、 奴等は﹂ ﹁どっちも得手不得手があるだろ﹂ ﹁でも英雄は皆魔法使い。賢者様も、導師様も、ウォルフォード君 も﹂ ﹁それはたまたまだって﹂ ﹁そういえば、シンって剣も使えるよね? ひょっとして騎士の人 に教えて貰ってたの?﹂ ﹁そうだけど、何で?﹂ ﹁魔法使いなのに騎士を庇う人ってあんまりいないから﹂ あ、だからジークにーちゃんとクリスねーちゃんは仲が悪いのか。 392 ⋮⋮いや違うな。あれは何か根本的にソリが合って無かったな。 ﹁ミッシェルさんには色々と鍛えられたからね⋮⋮何度も地獄を見 たけど⋮⋮﹂ ミッシェルさんの地獄のシゴキを思い出して遠い目をしてると、 皆がこっちを見てるのに気付いた。 ﹁どうした?﹂ ﹁いや⋮⋮ミッシェルさんて、あのミッシェル=コーリング様かい ?﹂ ﹁確かそんな名前だったな﹂ ﹁え? 前の騎士団総長の?﹂ ﹁そう言ってたな﹂ ﹁なる程、それならあの剣筋も納得で御座る﹂ ﹁賢者様に魔法を教えて貰って、剣聖様に剣を教えて貰ってたのか ⋮⋮なんて羨ましい環境だろうねえ﹂ ﹁剣聖様?﹂ ﹁シン君は知らなかったですか? ミッシェル=コーリング様と言 えば、剣で右に出る者はおらず、﹃剣聖﹄様と呼ばれてるんですよ﹂ ﹁⋮⋮俺にとってはただの鬼の教官だよ⋮⋮﹂ 剣聖って⋮⋮そんな風に言われてたの?そりゃ稽古も厳しい筈だ わ。 ﹁でも剣聖様に剣を教えて貰ってたんならシン君が騎士学院の生徒 に何か言われる事はないよね﹂ ﹁分からんぞ、魔法使いのくせに剣聖に剣を教えて貰いやがってと 妬まれるかもしれん﹂ 393 何それ? 面倒臭いな⋮⋮。 ﹁まあ、どっちにしろ合同訓練は必要な事だと思うぞ。ちゃんとし た目的があるんだから、何言われたって気にしなきゃいいじゃん﹂ ﹁それはムリ!﹂ ﹁はぁ⋮⋮﹂ こりゃ何とも面倒な事が起こりそうな気がするな⋮⋮。 そして数日後、騎士学院との合同訓練の日がやって来た。 魔法学院から四名、騎士学院からも四名、計八名でパーティを組 んで王都の外に出て訓練をする。 増えた魔物の討伐も兼ねての実践訓練になった。 王都の門の前に集合した俺達は騎士養成士官学院⋮⋮騎士学院で いいか、その生徒と初めて会った。 さすがに毎日剣の修行をしてるだけあって魔法学院の生徒より鍛 えられた身体をしてる。 今回の班分けは入試順位で分けられた。騎士学院も同じ分け方を している。これは、高等学院生なら上位から下位までそんなに実力 差が無い事と、その中でも成績上位者を更に鍛えて精鋭に育てたい という思惑がある。 俺達と組む騎士学院の生徒とも初対面なので、まずは自己紹介を する事になった。 394 ﹁騎士養成士官学院一年首席のクライス=ロイドだ﹂ ﹁次席のミランダ=ウォーレスよ﹂ ﹁ノイン=カーティス﹂ ﹁ケント=マクレガーだ﹂ なんだろう、騎士学院の生徒は不機嫌そうに挨拶した。 クライスは金髪碧眼の濃い顔のイケメン。腕とか凄い太い。王道 の騎士って感じ。 ミランダは黒い髪をショートヘアにした女性で、何と言うか⋮⋮ 全体的に固そうだ。腕とか筋張ってる。 ノインは茶髪で茶色い目をしてる、前の二人に比べてちょっと細 身の男で、目が細いのでちょっと睨んでるように見える。細身だか ら技巧派なんだろうか? ケントは短い金髪を坊主にしたゴリマッチョ。持ってる剣もデカ い。 ﹁高等魔法学院一年首席のシン=ウォルフォードです﹂ ﹁次席のアウグスト=フォン=アールスハイドだ﹂ ﹁マリア=フォン=メッシーナよ﹂ ﹁あの⋮⋮シシリー=フォン=クロードです。宜しくお願いします﹂ こっちはマリアがちょっと不機嫌そうだけど、他は普通に挨拶し たな。オーグはそういうの関係無さそうだし、シシリーが誰かを蔑 んでる所とか見た事無いしな。 ﹁あれが英雄の孫か⋮⋮﹂ ﹁所詮は魔法使いでしょ﹂ ﹁しかし殿下も御一緒か⋮⋮﹂ 395 ﹁ああ、やりにくいな﹂ 騎士学院の生徒、クライス達がボソボソ話し合ってる。どうも俺 達を下に見たいけどオーグがいるからそれが出来なくてやりにくい らしい。 なんだそりゃ。 ﹁なあ、訓練始める前に聞いていいか?﹂ ﹁⋮⋮なんだ?﹂ 代表してクライスが応える。 ﹁君ら魔物と戦った事はある?﹂ ﹁ちっ⋮⋮ちょっと自分が魔人を討伐したからって調子に乗りやが って⋮⋮ああ無いよ、それがどうした? 自慢か?﹂ ﹁は? 何でそんな事自慢すんだよ。そうじゃなくて、これから俺 達は魔物を討伐しに行くんだ、騎士がどうとか魔法使いがどうとか、 そんなくだらない事を言ってると⋮⋮﹂ ﹁言ってたらなんだって言うんだ!﹂ ﹁死ぬぞ?﹂ ちょっと脅しを掛けてみてやった。これでちょっとは協力的にな るかな? ﹁う、うるさい! 本来なら我々騎士学院だけで魔物の討伐くらい 出来るんだ! それを魔法使いが出しゃばって来やがって! お前 らは俺達の邪魔をしないようにすれば良いんだよ!﹂ 協力的どころか反発して来た。しかも、この訓練の意義を理解し 396 て無いのか? ﹁お前達⋮⋮そんな認識でこの訓練に参加していたのか?﹂ ﹁あ、いや! 別に殿下が邪魔とかそういう事を言った訳じゃなく て⋮⋮﹂ ﹁そんな事を言ってるんじゃない。この訓練は実戦投入された際、 スムーズに既存の部隊と連携が取れるように考案されたものだ。騎 士学院と魔法学院の魔物討伐数を争う競争じゃない﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁分かってはいるが納得は出来んか。なら仕方ない、シン﹂ ﹁何?﹂ ﹁お前はこの訓練で魔物を討伐する必要は無い。訓練の必要がない からな。必要なのは連携の練習だけだろ?﹂ ﹁そうだな。元々なるべく手出ししないつもりだったよ。それがど うした?﹂ ﹁騎士学院生達は自分達で魔物を討伐出来ると言っている。ならそ うしようか﹂ ﹁え? 殿下、それはどういう⋮⋮﹂ ﹁一度、魔法使いの援護無しで魔物を討伐してみろ。そうすればこ の訓練の意義が分かるから﹂ ﹁殿下がそう仰るなら⋮⋮﹂ オーグの提案で、初めは騎士学院の生徒だけで魔物を討伐してみ る事になった。 ここまで言われてんのに理解して無いのか? とりあえず不安しか無いけど、合同訓練が始まった。 俺達は森の奥まで行き、魔物を討伐する。順位が下がる毎に森の 397 浅い所になっていき、一番下は平原だ。 それと、騎士・魔法使い双方の教官として騎士団と魔法師団から 団員が派遣されてるんだけど⋮⋮。 ﹁よう、シン﹂ ﹁今日は宜しくお願いしますね、シン﹂ よりによってジークにーちゃんとクリスねーちゃんだった。 ﹁二人が指導教官なんだ⋮⋮頼むから喧嘩しないでよ?﹂ ﹁﹁コイツが絡んで来なかったらな︵ね︶﹂﹂ ﹁﹁⋮⋮﹂﹂ ﹁﹁あ?﹂﹂ ﹁だからそれを止めろっつってんだよ!!﹂ はぁ⋮⋮この訓練、本当に大丈夫なのか? 先行きに不安を感じていると、皆がキラキラした目でこちらを見 ていた。 ﹁あ、あの! 私、シンと同級生のマリアです! ジークフリード 様、あ⋮⋮握手をしてもらえませんか?﹂ ﹁あ! ズルいぞお前! あの、アタシもいいですか?﹂ ジークにーちゃんが女の子に人気だ。 ﹁俺⋮⋮いえ私はクライス=ロイドと申します。クリスティーナ様 にお会いできた事、心より嬉しく思います。それで、あの⋮⋮握手 を⋮⋮﹂ 398 ﹁俺はノインです! 今日は是非俺の勇姿を見て下さい!﹂ ﹁ケントです。俺の戦う姿こそ見て下さい!﹂ クリスねーちゃんが男の子に人気だ。 ﹁ナニコレ?﹂ ﹁フフン、どうよシン。これが俺のモテ力よ﹂ ﹁どうですかシン? 私も捨てたもんじゃないでしょう?﹂ ﹁ジークにーちゃんはチャラ男だと思ってたから違和感無いけど、 クリスねーちゃんは意外だった﹂ ﹁意外とは何ですか、失礼な﹂ ﹁ちょっ⋮⋮チャラ男って﹂ ﹁だって、チャラ男でしょ?﹂ ﹁⋮⋮プッ﹂ ﹁ああ? 何だコラ﹂ ﹁シンは良く見てますね﹂ ﹁モテるのが意外な仏頂面に言われたくねえな﹂ ﹁あぁ?﹂ ﹁おぉ?﹂ ﹁はぁ⋮⋮もう勝手にしてくれ﹂ 急に喧嘩を始める二人に疲れていると、何やら視線を感じた。 オーグとシシリー以外がこっちを睨んでる。 ﹁そんなに親しいならジークフリード様を紹介してくれてもいいの に⋮⋮﹂ ﹁クリスティーナ様とあんなに親しげに!﹂ ﹁ゆ、赦せん!﹂ 399 何でマリアまでそっち側なんだ。 400 ムカムカしました ﹁は?最初は騎士学院の生徒だけで魔物を討伐するって?﹂ ﹁ああ、騎士学院生の希望でな。どうも言葉だけではこの訓練の意 義が理解できないらしい﹂ オーグがジークにーちゃん達にこれまでの経緯を説明してる。 ジークにーちゃんもクリスねーちゃんも呆れ顔だ。 ﹁はぁ⋮⋮戦場を知らない学生の小さいプライドかよ﹂ ﹁何を考えているのですか? あなた達は﹂ ﹁わ、私達は騎士学院のトップです! 魔法使いの支援など無くて も魔物を討伐してみせます!﹂ 二人に苦言を言われた騎士学院の生徒達は、既に引っ込みが付か ないのか、強硬に自分達で魔物を討伐すると言い張った。 ﹁そういう訓練じゃねえって言ってんだろうが!﹂ ﹁ジーク、もういいです。殿下の仰る通り、言っても駄目なら体験 してみれば良いのです﹂ ﹁しかしよ!﹂ ﹁今回の訓練は初めての試みです。それに、騎士や剣士が魔法使い の支援を必要としたくない、魔法使いが騎士や剣士の支援を必要と したくないのは軍に入ったばかりの新人にはよくある事です﹂ ﹁確かによくあるけどよ⋮⋮﹂ ﹁それが少し早まっただけだと思えば良いです。そういった場合こ の措置はよく取られます﹂ 401 ﹁⋮⋮学生の内に経験しとけば軍に入ってからの面倒が無くて良い って事か﹂ ﹁そういう事です、それに今回の訓練にはシンもいます。万が一も 無いでしょう﹂ ﹁それもそうか﹂ おお、ジークにーちゃんがクリスねーちゃんに同意したぞ。 俺の事で⋮⋮。 何か釈然としないけど、とりあえず騎士学院の生徒にまず魔物を 討伐させる事に決まった。 ﹁魔法学院の生徒はそういう事無いんだな﹂ ﹁一人納得して無さそうなのがいるけどな﹂ そう言ってオーグはマリアを見る。 ﹁な、何ですか?﹂ ﹁いや、メッシーナはこの訓練の意義を良く理解しているのかと思 ってな﹂ ﹁理解してますよ。あんなの二回も見せられたら⋮⋮私の力だけで は何も出来ない、騎士や剣士の支援が無いと⋮⋮癪ですけど﹂ ﹁ああ、そうか。ええとマリアちゃんだっけ? 君は魔人とシンが 戦ってるのを見たんだな?﹂ ﹁は、はい!そうです!﹂ ﹁では釈然としなくとも理解はしてる訳ですね。シンの戦闘を見た から﹂ ﹁はい。あんな事、魔法も剣も使えるシンにしか出来ませんよ﹂ ﹁何? ウォルフォードは剣も使えるのか?﹂ 402 ﹁どうせ大した事無いんでしょ﹂ ﹁所詮は魔法使いだからな﹂ ⋮⋮何で俺が標的になってるんだよ。 ﹁クック、まあそういう評価だよな、普通は﹂ ﹁それもすぐ分かるでしょう。さて、いつまでもここにいてもしょ うがありません。そろそろ行きますよ﹂ クリスねーちゃんの号令で訓練予定場所までやっと行く事になっ た。 出発するだけでこんなに時間を食うとは⋮⋮先が思いやられる⋮ ⋮。 そして森に到着し、更に奥へと入って行く。 森の奥へ行くほど人の手が入りにくいので、強力な魔物が残りや すいのだ。なので今日の俺達の標的は中型から大型の魔物という事 になる 索敵魔法を使いながら歩いているが、森に入ってから皆の口数が 少なくなった。 ﹁どうしたんだ、急に黙り込んで﹂ ﹁それはそうだろう。初めて魔物と戦うんだ、緊張しない方がおか しい﹂ ﹁シンだって初めて魔物と戦った時は緊張したでしょ?﹂ ﹁⋮⋮どうだっけ?﹂ ﹁ああ、俺⋮⋮マーリン様に聞いた事あるわ、その話﹂ 403 ﹁私もです﹂ ﹁え?どんな話なんですか?﹂ ﹁⋮⋮聞かない方が良いと思うぞ?﹂ ﹁確実に自信を喪失しますからね﹂ ﹁そこまで言われるとむしろ気になります!﹂ ﹁私達も聞きたいです。クリスティーナ様、聞かせて頂けませんか ?﹂ ﹁俺は!?﹂ ﹁そうですね﹂ ﹁無視かい!﹂ ﹁はあ、うるさいですね。それならアナタが話して下さい﹂ ﹁元々そのつもりだったんだけどな⋮⋮まあいいや。シンがつい最 近までここより深い森の奥で生活してたってのは知ってるか?﹂ ﹁はい。行った事あります﹂ ﹁私達も話だけなら⋮⋮﹂ ﹁そんな森の奥で生活するにはある程度狩りも出来なきゃいけない らしいんだが、シンが狩りも十分出来るようになったから魔物の討 伐も教えようとしたんだとさ。それで、索敵魔法を教えてすぐに魔 物を見つけたらしい﹂ ﹁それで、シンはどうしたんですか?﹂ ﹁魔物を見つけたシンは⋮⋮何の迷いも見せずに魔物の元にダッシ ュで向かったんだとさ﹂ ﹁躊躇なしですか?﹂ あの時は、早く倒しに行かないとって、それしか考えてなかった らな。 ﹁シン君のあの話の前にはそんな事があったんですね﹂ ﹁あの話ってなんだ? 私達は知らないぞ﹂ ﹁じゃあ続きを話してやろう。魔物の元に向かったシンが見たのは 404 ⋮⋮シン、何の魔物だった?﹂ ﹁三メートル位ある赤毛の熊の魔物だったよ﹂ ﹁それって!﹂ ﹁まさか⋮⋮レッドグリズリー⋮⋮﹂ ﹁マーリン様に聞いたから間違いない。まさかの事態にマーリン様 も戸惑ったらしい。初めての魔物討伐にしては相手が悪すぎるとな ⋮⋮ところがコイツは⋮⋮﹂ そう言ってジークにーちゃんが俺を見る。そしてクリスねーちゃ んが後を引き継いで話し出した。 ﹁シンは、またしても何の躊躇いもなくレッドグリズリーの魔物に 飛び掛かり、両腕と首を切り飛ばして瞬殺したそうです﹂ ﹁レッドグリズリーなんて、軍でも何人かでようやく倒せるっての にな⋮⋮﹂ ﹁な! 切り飛ばした!?﹂ ﹁それって⋮⋮魔法じゃなく剣で討伐したって事よね⋮⋮﹂ ﹁魔法学院の首席なのに剣も使いこなせるのか?﹂ ﹁しかも⋮⋮﹂ ﹁まだ何かあるんですか?﹂ ﹁シンはその時、十歳だったそうです﹂ ﹁じゅっ!?﹂ オーグ達には一度話した事があるからあんまり驚いてないけど、 騎士学院の生徒達は絶句してる。 やっぱ十歳で熊はやり過ぎたか? ﹁そういう訳だからさ、事魔物討伐に関しては緊張なんてした事無 いんじゃねえか?﹂ 405 ﹁まあ、確かに⋮⋮!﹂ そんな話をしてる時に、索敵魔法に魔物の反応が掛かった。しか も真っ直ぐにこちらに向かっている。 ﹁ジークにーちゃん﹂ ﹁おう、分かってるよ。よし! 騎士学院の諸君、出番だよ!﹂ そのジークにーちゃんの声に皆に緊張が走る。 とりあえずクライス達に対処してもらおう。勿論、危険が無いよ うに俺も準備はしておく。 ﹁もうすぐその藪の向こうに魔物が現れる。戦闘体制を取れ﹂ ジークにーちゃんの言葉にクライス達は剣を抜いて構える。そし て⋮⋮。 ﹃ブモオオオオオオオオオ!!!﹄ 現れたのは二メートル位の猪だった。 魔物化してなきゃ結構旨そうなのに、勿体無い。魔物化すると魔 力が変質するのか食べられなくなってしまうのだ。 ﹁シンお前⋮⋮何か変な事を考えていないか?﹂ 何故バレた!? 最近オーグの勘が鋭くて恐い。 そして、クライス達騎士学院の生徒達は恐怖に身体を震わせなが 406 らも気合いを入れた。 ﹁ビビるな! 俺達騎士学院トップの実力を見せ付けるんだ! 行 くぞ!!﹂ ﹃おお!!﹄ そして、突進してくる猪にこれまた突撃して行くクライス達。 すり抜けざまに一撃を入れようとするが、猪の方が早い。 ﹃ブモオオオオオオオオオ!!!﹄ ﹃うわああ!!﹄ 全員避けきれなくて、吹き飛ばされた。車に跳ねられたみたいに なってるけど、正面衝突じゃないだけマシか。 そしてクライス達を跳ね飛ばした猪が振り返り、再度自分に剣を 向けたクライス達を視界に捉える。 クライス達は跳ねられた衝撃からまだ立ち直れずにいる。 再び突進して来た猪を絶望の表情で見るしか出来ないクライス達。 これでちょっとは思い知ったかな? 俺は突進して来る猪の前に立ち、バイブレーションソードを取り 出す。そして突進を避け、すれ違い様に下から上に首を狙ってバイ ブレーションソードを振り抜く。 スッパリ首チョンパされた猪はその勢いのまま地面を滑り、クラ 407 イス達の目の前で止まった。 ﹁ヒイッ!﹂ ﹁い⋮⋮一撃⋮⋮!﹂ あ、クライス達動けないから、目の前に猪の魔物の死体が飛んで きて超ビビってる。 ﹁いつの間に⋮⋮﹂ ﹁さすがですね﹂ ﹁そ、それより、騎士学院の皆さんを回復しないと!﹂ ﹁待って下さいシシリーさん。今、痛みのある内に彼等を説得しま すので﹂ そう言ってクリスねーちゃんがクライス達の元へ行く。 ﹁不様ですね。あの魔物は中型でも弱めの魔物ですよ? それなの に大言壮語を吐きながらこの有り様です﹂ クライス達は痛みと、自信を砕かれたのだろう悲痛な表情をして いた。 ﹁分かりましたか? 騎士学院のトップと驕っていたようですが、 所詮戦場を知らない学生の中の話なんです。軍に入ってご覧なさい、 アナタ達は一番弱い。それこそ去年入った新兵にすら敵わないでし ょう﹂ クライス達はますます落ち込んでいく。 ﹁そんなアナタ達でも、あの程度の魔物なら魔法使いの支援があれ 408 ば討伐出来るんです。アナタ達は弱い。その事を身に刻みながら残 りの訓練に参加しなさい﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ クライス達はもう泣きそうだ。ちょっとやりすぎじゃね? そんな落ち込んでいるクライス達にシシリーが駆け寄った。 ﹁あ、あの、今から回復魔法を掛けるのでじっとしてて下さいね﹂ そう言って回復魔法を掛ける。 ﹁⋮⋮俺達はお前達を見下してたのに⋮⋮﹂ ﹁そんなの気にしてないですよ。今は同じパーティなんですから、 これくらい当たり前です﹂ ﹁アンタ⋮⋮﹂ 回復魔法を掛けながらニッコリ笑うシシリー。 ⋮⋮なんだろうな? シシリーを見るクライス達の目がおかしい 気がする。そして、凄いムカムカする。 そして回復魔法を掛けられ立ち上がったクライス達はまず俺の方 を見た。 ﹁⋮⋮助かったウォルフォード⋮⋮礼を言う﹂ ﹁⋮⋮良いよ、気にするな。シシリーも言ったろ、パーティなんだ から﹂ ﹁フ、そうだったな。それにしても、あれを一撃とはな⋮⋮ウォル フォードに嫉妬していた自分が恥ずかしくなる﹂ 409 ﹁⋮⋮凄かったわ﹂ ﹁次はちゃんと連携して、魔物を討伐してみせる﹂ ﹁ああ、そうだな﹂ 嫉妬って。やっぱりあれか、今回も魔法使いが魔人を討伐したか ら騎士の卵としては面白くなかったのか。 そして今度はシシリーの方を向いた。 ﹁アンタは⋮⋮まるで聖女様みたいだな﹂ ﹁俺⋮⋮女の子にこんなに優しくしてもらった事無い⋮⋮﹂ ﹁俺等の周りにいる女子といったら⋮⋮﹂ ﹁何よ? 何が言いたいのよ!﹂ ﹁いや⋮⋮別に⋮⋮﹂ ﹁私は目が覚めた、これからはアンタを護る為に戦おう﹂ ﹁アンタには傷一つ負わせないぜ!﹂ ﹁そういえば名前は⋮⋮﹂ ﹁シシリー=フォン=クロードですけど⋮⋮﹂ ﹁シシリー、私が君を護る!﹂ ﹁何を言ってる!俺が護るんだよ!﹂ ﹁いや、俺だ!﹂ ⋮⋮優しい女の子に免疫の無いアイツ等は、シシリーに優しくさ れて気に入ってしまったみたいだな⋮⋮。 何だろうな⋮⋮アイツ等がやっと連携を取るつもりになったのに、 ムカムカが治まんねえよ。 410 鬱憤を晴らしました ﹁それにしても、ウォルフォードは剣も凄いのだな﹂ ﹁ええ、驚いたわ。てっきり魔法使いのショボい剣だと思ってたか ら﹂ ﹁それも賢者様から教えて貰ったのか?﹂ ﹁いや、さすがにじいちゃんには無理だから、剣はミッシェルさん に教えて貰ったな﹂ ﹁まさか! 剣聖様か!?﹂ ﹁何? 本当かウォルフォード!﹂ ﹁う、羨ましい⋮⋮﹂ 魔物から助けてやってから、クライス達の態度が随分軟化した。 道中はこんな風に雑談しながら進んだり出来るようになった。そ れはいいんだけど⋮⋮。 ﹁あ、前方に魔物の反応だ。皆、準備して﹂ ﹁よし、シシリー、私の後ろにいろ﹂ ﹁何言ってんだ! シシリーは俺が護るんだよ!﹂ ﹁シシリーには指一本触れさせん!﹂ ﹁あ、あの! 大丈夫ですから!﹂ ⋮⋮魔物が現れる度にシシリー、シシリー、シシリー⋮⋮奴等は いつの間にか名前で呼ぶようになった。 連携は今のところ上手くいってる。魔法を放ち、ダメージにより 動きが止まった所を剣で仕留める。 411 連携の訓練としては上出来だ。上出来だけど⋮⋮。 ﹁シシリー大丈夫か?﹂ ﹁怪我はしてないか? シシリー﹂ ﹁俺が護ってるんだ、怪我などさせるものか。なあシシリー﹂ ﹁は、はぁ⋮⋮﹂ 事ある毎にシシリーを構い出す。シシリーもどうしていいか分か らず戸惑ってる。 それは戦闘だけに限らず、藪を突っ切る時も。 ﹁シシリー、気を付けろよ﹂ 倒木を越える時も。 ﹁ほらシシリー、手を﹂ 少し歩くと。 ﹁シシリー、疲れていないか?﹂ ﹁あの、本当に大丈夫ですから﹂ シシリー、シシリーって馴れ馴れしいんだよ! ﹁シン﹂ ﹁あ?﹂ ﹁もう、ほらイライラしないの﹂ ﹁別にイライラなんか⋮⋮﹂ 412 ﹁してるじゃない。そんなにイライラするなら言っちゃえば良いじ ゃない﹃シシリーは俺の女だから手を出すな﹄って﹂ ﹁ばっ! 何言ってんだ!﹂ ﹁関係無いならイライラする必要無いじゃない﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁まあ、シシリーも若干引いてるし、問題無いでしょ。女慣れして ない奴が、ちょっと優しくされたから自分に気があるとでも思っち ゃったのよ﹂ ﹁おーい、お前らまた魔物が来たぞ、準備しろ﹂ イライラして魔物の反応を見逃したらしい。 ⋮⋮いや、別にイライラなんて⋮⋮ああ! クソッ! やっぱり イライラするな! 気を引き締め直して索敵魔法を掛ける。 確かに右側から魔物の反応がある。しかも今度は団体だ。結構な 数がいるな。 ﹁ジークにーちゃん。ちょっと数が多くない?﹂ ﹁ああ、これはちょっとマズイか?﹂ ﹁そんなに数が多いのですか?﹂ ﹁シシリー、我々の後ろにいろよ﹂ ﹁あの、私も戦わないと訓練が⋮⋮﹂ ﹁いいから、女は私に護られていろ﹂ ﹁いえ、あの、だから訓練⋮⋮﹂ こんな時までコイツ等⋮⋮お姫様を護る騎士でも気取ってるつも りか? 413 ⋮⋮ああ、騎士候補生か⋮⋮クソッ我ながら下らない事を⋮⋮あ れ? ﹁ちょっと待って、魔物の前に別の反応がある﹂ ﹁ん? ああ、本当だな。これはひょっとして魔物に追われてるの か?﹂ オーグも索敵魔法で確認したらしい。そしてその感想は当たって るだろう。 しばらくすると、別の班が木々の間から飛び出して来た。 ﹁ああ! ジークセンパイ! クリスお姉様! 逃げて下さい!﹂ ﹁クリス様、ジークさん! 大変です! 魔物が大量に発生してこ っちに向かってます!﹂ 指導教官の二人がこちらの教官に報告する。指導されてる両学院 生は息も絶え絶えだ。 ﹁どの位の規模だ?﹂ ﹁少なくても百はいます!﹂ ﹁百⋮⋮!?﹂ ﹁そんな!?﹂ 結構な数の魔物の群れになってるらしい。 ﹁ジークにーちゃん﹂ ﹁ん? なんだシン﹂ ﹁それ、俺がやっていい?﹂ 414 ﹁⋮⋮そうだな、頼めるか?﹂ ﹁そ、そんなジークフリード様! シン君一人で百の魔物なんて!﹂ ﹁シンに任せておけば大丈夫だよシシリーちゃん﹂ ﹁正直、我々よりブッチ切りで強いですからね⋮⋮そもそもこの訓 練に参加する意味があるのでしょうか?﹂ ﹁ほら! そこで座り込んでる奴等も! シンの邪魔になるから後 ろに下がれ!﹂ ジークにーちゃんとクリスねーちゃんが皆を後ろに﹃避難﹄させ る。 すると、森の奥から魔物の群れが見えてきた。 ちょっとイライラしてるし、鬱憤晴らしに付き合って貰うぞ! 現れたのは猪に狼、熊も混じっていた。 ﹁こ、こんなに⋮⋮シン君!﹂ 魔物はもうそこまで近寄って来てるけど、こっちの魔法も完成し てる。悪いけど、全部吹っ飛べ! そして完成してる爆発の魔法を放つ。 ⋮⋮あ、やっべ、イライラして加減間違えた。 急いで障壁を﹃二重﹄に展開させる。 ドゴオオオオオオオオオオオン!!!!! 415 大音量を撒き散らして、爆発魔法が炸裂した。 爆発による粉塵が晴れた時、目の前の魔物が全部吹き飛んでるの が見えた。 ⋮⋮ああ、目の前が随分開けちゃったな。 一応索敵魔法を掛けて魔物が残って無いか確認する。 ⋮⋮うん、全滅したな。 ﹁シン君!﹂ シシリーがいつものように駆け寄ってきてまた身体をペタペタ触 り出した。 ﹁見てたろ? 何も怪我なんかしてないって﹂ ﹁本当ですか? こんな凄い魔法を使ったのに、ちゃんと自分で爆 風を防げたんですか!?﹂ ﹁そっちに爆風は行ってないだろ?﹂ ﹁私達は大分後ろにいたじゃないですか! シン君は目の前で、こ んな⋮⋮こんな⋮⋮﹂ シシリーが俺の後ろを見て言った。 ・・・・ ﹁こんな辺り一面吹き飛ばしちゃうようなもの凄い魔法使ったのに !!﹂ ⋮⋮やっぱやり過ぎたかぁ⋮⋮見渡す限り木々が薙ぎ倒されちゃ って、障壁を展開した所から先だけ不自然に木が残ってる。とんだ 416 森林破壊をしちゃったな。 その先には﹃避難﹄していた皆が、口を開けて呆然としていた。 ﹁本当にどこも怪我してませんか?﹂ ﹁あーうん、大丈夫、心配掛けてごめんな﹂ ﹁本当です! シン君は色々と無茶し過ぎです! 心配するこっち の身にもなって下さいよ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ホントごめん﹂ シシリーに怒られながら皆の所へ向かうと、呆然としていた皆が やっと喋りだした。 ﹁な⋮⋮なんですかあぁぁ!!? これはあぁぁ!?﹂ ジークにーちゃんの後輩の魔法師団員の姉ちゃんが叫んだ。 ﹁これが⋮⋮現代の英雄の力⋮⋮﹂ ﹁え? ナニコレ? さっきと風景が違うんですけど?﹂ ﹁⋮⋮なんでこんな奴が訓練に参加してるんだ?﹂ オーグとマリア、ジークにーちゃんにクリスねーちゃん以外、俺 の魔法を見た事無かった人達が口々に呟く。 ﹁これは⋮⋮前に見た時より凄くなってねえか?﹂ ﹁あの時も相当抑えてたんでしょうね。﹂ ﹁相変わらず無茶苦茶というか何と言うか⋮⋮﹂ ﹁まあ、シンだしな﹂ 知ってる連中の意見も非道い。 417 ﹁そ、それよりさ、何でこんな事になってんの?﹂ ﹁おう、そうだ。エミリー、どうなってるんだよ?﹂ ジークにーちゃんがエミリーと言うらしい別の班の指導教官に訊 ねた。 ﹁え? ああ! 私達はもっと浅い所で訓練をしてたんですよ。で、 もうちょっと奥まで行けそうだったから少し進んだんです。そした ら⋮⋮急に索敵魔法の探知外から大量に魔物が流れ込んで来て⋮⋮﹂ ﹁目視出来る距離まで、あっという間に近付いて来たんです﹂ 索敵外から急に⋮⋮って事は⋮⋮。 ﹁ジークにーちゃん。奥に何かいるよ、コレ﹂ ﹁ああ、間違い無いだろう。しかも熊みたいな大型も混じってやが った。これは、嫌な予感しかしなっ⋮⋮!!﹂ ジークにーちゃんが不意に言葉を切った。俺の索敵魔法にも掛か ってる。 ﹁う⋮⋮うそ⋮⋮うそでしょ!?﹂ ﹁何よ、コレ!﹂ 別の班の魔法学院の生徒が悲鳴を上げる。 索敵魔法が使えない騎士学院の生徒は戸惑うばかりだ。 ﹁何だ? 何が起こった?﹂ ﹁ちょっと! アンタ達だけ納得してないで教えてよ!﹂ 418 ﹁ジーク、ひょっとして⋮⋮﹂ ﹁ああ、最悪の事態だ﹂ ﹁っ! それでは早く撤退しないと!﹂ ﹁もう遅い!!﹂ ジークにーちゃんの叫びとソレが現れたのは同時だった。 そこにいたのは⋮⋮。 五メートル程ある、魔物化した虎だった。 ﹁虎の⋮⋮魔物⋮⋮﹂ ﹁は、はは、マジかよ⋮⋮﹂ ﹁い、嫌だ! 死にたくない!﹂ 皆が絶望の表情を浮かべる。 ﹁シシリー! こっちに来い!﹂ クライスがシシリーの腕を取り離れて行こうとする。 ﹁放して下さい!﹂ ﹁シシリー! 何を言ってる!? 早く逃げろ!!﹂ ﹁逃げるならあなた方だけでどうぞ。私は⋮⋮残ります﹂ ﹁な! 何を言ってる!!﹂ ﹁シン君が、万が一怪我をした時の為に、私は残ります﹂ ﹁馬鹿な! 相手は災害級だぞ!? ウォルフォードでも勝てるも のか!!﹂ ﹁シン君を知らない人は黙って下さい!﹂ 419 シシリーが珍しく大声を上げた。 ﹁フ、そうだな、シンにとっては造作も無い相手か﹂ ﹁確か前に魔人の事を﹃虎の魔物より強いけど弱すぎておかしい﹄ って言ってましたね⋮⋮﹂ ﹁そういえば俺も報告で聞いたな、その感想﹂ ﹁⋮⋮過去の虎の魔物討伐のトラウマが冷静さを失わせてしまいま したね⋮⋮﹂ クリスねーちゃんも虎の魔物にトラウマがあるんだ。というかそ ろそろ下がってほしいんだけど? ﹁という訳で、お前らもう一回﹃避難﹄しろ!﹂ ﹁ほら、早く行きますよ。今もシンが虎を魔力による威圧で足止め してるんですから﹂ ﹁クリスティーナ様! ウォルフォードがやるなら私も!﹂ ﹁ダメです。私とジークでも足手まといにしかなりません。アナタ 達は私より強いですか?それも圧倒的に﹂ ﹁い、いえ⋮⋮それは⋮⋮﹂ ﹁なら行きますよ﹂ クライスが残りたがってたみたいだけど、クリスねーちゃんに説 得されてようやく避難する。 ﹁シン君﹂ ﹁ん?﹂ ﹁無茶はしないで下さいね﹂ ﹁おう、チャチャっと討伐するから待ってて﹂ ﹁はい、待ってますね﹂ 420 そう言ってシシリーも皆と一緒に後ろに避難した。 さて、虎と獅子の魔物は災害級って言われてる。 獅子は虎より遅いけど、凄いパワーがある。 虎は獅子より力は劣るけど、スピードが凄い。となると虎の倒し かたは⋮⋮。 ずっと足止めに使ってた魔力を霧散させて、身体強化魔法を掛け る。筋力だけじゃなく骨も強化させる。 すると、ようやく魔力による束縛から解放された虎が自分を押さ え付けていた者に対して怒りの声を上げる。 ﹃グルルルゥアアアアアアア!!!﹄ そして俺に向かって突っ込んで来るが⋮⋮。 ﹁ニャアニャアうるせぇんだよ!! このデカネコが!!!﹂ 身体強化によるブーストで前方に飛び出し、虎の顎の下から思い 切り膝蹴りを食らわせた。 ﹃ガアアアアアアアアア!!﹄ 下から顎を打ち抜かれた虎は、後ろにクルンと一回転してスタっ と着地した。 あれ? 衝撃が抜けちゃったな。あんまりダメージ無いか? 421 あ、そんな事無いわ。虎の足、ガクガクしてる。突っ込んで来た 勢いをそのままカウンターで還したからな。 虎の魔物と戦うには魔法を放つより身体強化して物理攻撃した方 がいい。素早いから避けられる事もあるんだよね。獅子は逆だけど。 さて、さっさと仕留めようとバイブレーションソードを出しなが やす ら虎に近付いて行くと、威嚇の唸り声を上げていた虎が俺の後ろの 皆を見た。 くみ そして、俺より与し易いと感じたのだろう、俺を迂回し皆の所へ 行こうとするが⋮⋮。 ﹁んな事させる訳ねえだろうが!!﹂ 虎の視線から目的が分かった俺はすぐに虎に追い付き、背中に乗 り、バイブレーションソードで首をはね飛ばした。 皆との距離の半分位かな? 皆の方に行きそうになったけど、コ レなら皆を危険に晒した事にはならないだろ。 無茶もしなかったし、良い感じで討伐出来たかな? 上出来だと思って皆の所へ行くと、やっぱり呆れ顔だった。何で? ﹁シン君⋮⋮聞いて良いですか?﹂ ﹁うん。なに?﹂ ﹁虎の魔物ってああやって倒すんですか?﹂ ﹁そうそう、虎って素早いからさ、身体強化して物理攻撃で倒すの 422 が効率良いんだよ﹂ ﹁そうですか⋮⋮膝蹴りも?﹂ シシリーがそう聞いた所で皆も喋りだした。 ﹁膝蹴りって⋮⋮﹂ ﹁あれはないだろ⋮⋮﹂ ﹁あのデカイ虎が一回転してたわ⋮⋮﹂ ﹁何と言うか、これは⋮⋮﹂ ﹁無茶苦茶ですね﹂ あれ!? 膝蹴りはダメでしたか!? 恐る恐るシシリーを見ると⋮⋮頬を膨らましていた。 ﹁もう! 無茶はしないでって言ったじゃないですかあ!﹂ ﹁わ! ごめん! あれが無茶だとは思って無かった!﹂ ﹁シン君なら大丈夫って信じてても⋮⋮虎の魔物に突っ込んで行っ た時は心臓が止まりそうだったんですよ⋮⋮﹂ シシリーがちょっと泣きそうになってる。 ﹁また心配掛けちゃったか⋮⋮ごめんな﹂ ﹁⋮⋮本当に無事で良かったです⋮⋮﹂ ﹁うん﹂ ﹁あ⋮⋮そうだ﹂ ﹁ん?﹂ ﹁シン君、おかえりなさい、お疲れ様でした﹂ そう言ってニッコリ笑ってくれた。 423 ﹁うん、ただいま﹂ ﹁それと、私達を助けてくれてありがとう﹂ ﹁どういたしまして﹂ 俺は胸に手を当てて気取って頭を下げる。 そして顔を見合わせシシリーと笑いあった。 ﹁なあマリアちゃん。コイツ等付き合ってんの?﹂ ﹁いえ⋮⋮それがまだなんですよね⋮⋮﹂ ﹁マジで!?﹂ ﹁マジです﹂ ﹁信じられませんね﹂ ﹁さっさとくっつけば良いのに﹂ 外野がウルサイ! 424 心の闇が漏れました 虎の魔物が出た。 討伐したら皆に呆れられました。 ⋮⋮まあ、アルフレッド先生やクリスねーちゃんみたいにトラウ マが残らなくて良かったかな? ﹁アナタ達、これはシンが異常なのであって、参考にしてはいけま せん。虎や獅子といった災害級の魔物は、我々軍が決死の覚悟で挑 んでようやく倒せるのです。この光景を見て﹃虎の魔物は弱い﹄と 勘違いしないように﹂ ﹃はい!﹄ なんだよ、別の班の指導教官まで返事してるよ。 ﹁シン君の討伐の仕方は、凄すぎて参考になりませんよ﹂ シシリーにまで言われてしまった。 ﹁そうか⋮⋮参考にならないか⋮⋮﹂ ﹁でも、シン君が訓練に参加してくれてるだけで安心出来ます。何 かあってもシン君がいるって。だから皆も思い切った訓練が出来て るんだと思いますよ?﹂ ﹁それって、ジークにーちゃんとクリスねーちゃんの仕事じゃね?﹂ ﹁あ、フフ、そうですね﹂ 425 シシリーがフォローしてくれてる。やっぱり優しいな、出来れば その優しさは俺だけに向けて欲しいけど⋮⋮シシリー、根が優しい から無理かなぁ⋮⋮。 ﹁よーし、ちょっとしたハプニングがあったけど、予定の時間まで はまだもうちょっとある。後少しだけ訓練したら引き上げるぞ﹂ 別の班と分かれてから、ジークにーちゃんがそう宣言する。災害 級の魔物が出たけど、皆は見学してただけだから続けられるだろう って事だそうだ。 実際戦って無いのに凹んでんじゃねーと言ってた。 ﹁シ、シシリー? 私達の側に⋮⋮﹂ ﹁そ、そうだよ。俺達が護ってやるから﹂ ﹁いえ、もう結構です。それに⋮⋮安全と言うなら、シン君の側以 上に安全な所なんて無いです﹂ シシリーがそう言って俺に微笑んでくれる。 結構バッサリ切ったな。クライス達、メッチャ凹んでるよ⋮⋮。 ﹁護ってくれようとしてる事は嬉しいですけど⋮⋮正直これではお 互いの訓練になりません。私達は訓練に来てるんです。もう⋮⋮護 られてばかりは嫌なんです⋮⋮﹂ この前の騒動の事だな。あの時も俺に迷惑を掛けるって、凄く気 にしてたからな。自分の身は自分で守れるようになりたいんだろう。 ﹁よし! シシリーは強くなりたいんだな?﹂ 426 ﹁はい! 自分の事位自分で守れるようになります!﹂ ﹁そうかあ、なら虎の魔物位は簡単に討伐出来るように徹底的に鍛 えようか!﹂ ﹁え!? いや! あの、そこまでは⋮⋮﹂ シシリーがアタフタしてる。その姿を見てクックと笑っていると、 からかわれた事にシシリーが気付いた。 ﹁あ! も、もう! シン君!﹂ ﹁アハハ、ゴメンゴメン、何か悲壮な決意を感じたからさ、もうち ょっと肩の力を抜いていこうよ。心配しなくても前より強くなって るよ、シシリーは﹂ ﹁本当ですか?﹂ ﹁ああ﹂ ﹁えへへ、嬉しいです⋮⋮﹂ 肩に力が入り過ぎてたからな。自分を精神的に追い込んでもいい 事無いしな。 ﹁コイツ等⋮⋮やっぱり付き合ってんだろ?﹂ ﹁いえ、まだ⋮⋮の筈なんですけど⋮⋮﹂ ﹁やっぱり信じられませんね﹂ ﹁⋮⋮賢者様と導師様の孫で、剣聖様に剣術を教わり、果てはシシ リーまで⋮⋮!﹂ ﹁妬ましい⋮⋮妬まし過ぎるぅぅ!﹂ ﹁やはりウォルフォードは好きになれない⋮⋮﹂ ﹁アンタ達⋮⋮格好悪いよ⋮⋮﹂ ヒソヒソとうるさいなあ、もう! 427 シシリーが騎士学院の連中の所からこっちに来た事で、イライラ しなくなった。 うん、精神衛生上この方が良いね! 道中は俺も索敵魔法を使ってるけどシシリー達にも使わせてる。 その間のフォローが俺の役目かな?皆索敵に集中して周りが見えて ないからな。 ﹁オーグ足下気を付けろ、大きい石があるぞ﹂ ﹁ん? ああ、分かった﹂ ﹁マリア、離れて行ってるぞ?﹂ ﹁え? わっ! いつの間に!?﹂ ﹁キャッ!﹂ 列から離れて行ってたマリアに目を向けてる内に、シシリーが足 下の窪みに足を取られた。 ﹁おっと﹂ 前に転げかけたシシリーを受け止める。 ﹁索敵に集中し過ぎ。周りも見れるようにならないとね﹂ ﹁うう、スミマセン⋮⋮﹂ 腕の中にいるシシリーが悔しそうに呟く。 ﹁おのれ⋮⋮おのれウォルフォード⋮⋮﹂ ﹁羨ましい羨ましい羨ましい⋮⋮﹂ ﹁あれが俺なら⋮⋮﹂ 428 ﹁アンタ達⋮⋮格好悪すぎるよ⋮⋮﹂ 騎士学院側から怨嗟の念が飛んでくる。ミランダが恥ずかしそう だ⋮⋮。 しばらく進んでいると、索敵魔法にある反応が掛かった。 ﹁あ、これって⋮⋮﹂ ﹁ああ、私の索敵にも掛かった﹂ ﹁私もです。でもこれは⋮⋮さっきの虎より小さいですけど、今ま でより大きいです﹂ ﹁お、皆気付いたか。で、何の魔物だと思う? 殿下?﹂ ﹁そうだな⋮⋮熊か?﹂ ﹁お! 正解ですよ殿下。いやあ、あの小さかった殿下がこんなに 立派になって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮うるさい、いつまでもお前に遊んで貰ってた子供のままの訳 がないだろ﹂ ジークにーちゃんにからかわれるオーグ。 こういう光景は珍しいな。 ﹁ジークにーちゃん﹂ ﹁ん? どうした?﹂ ﹁後でオーグの小さい頃の話聞かせて﹂ ﹁おう、いいぜ﹂ ﹁な! おい! 止めろ!﹂ オーグが超慌ててる。これは訓練が終わった後が楽しみだ、クッ クック⋮⋮。 429 ﹁熊の魔物がいるというのに何故そんな話をしてるのですか!? アナタ達は!﹂ ﹁ん? ああ、だって熊だろ? シンが十歳で討伐した﹂ ﹁シンがフォローに回るとはいえ熊ですよ! もうちょっと緊張感 を持ちなさい!﹂ またジークにーちゃんが怒られてる。 ﹁アナタもですよシン!﹂ ﹁俺も!?﹂ ﹁十分参加してましたよ⋮⋮﹂ ⋮⋮あれ? シシリーのフォローは? 皆ジト目で俺とジークにーちゃんを見てる。 ﹁オ、オホン! これはあれだ、皆の緊張を和らげようとしてだな﹂ ﹁そ、そうそう! 俺もフォローするからさ! 気楽に行こうよ、 ね!﹂ ﹁はぁ⋮⋮まぁシンがフォローに入った状態で大型の魔物討伐が経 験出来るのは確かに貴重な経験ですけど⋮⋮もうちょっとマジメに やりなさい﹂ ﹁はーい﹂ ﹁ケッ! なんだよ偉そうに⋮⋮﹂ ﹁ああ? 何か言いましたか?﹂ ﹁あ? ウルセエつったんだよ!﹂ ﹁クリスねーちゃんもじゃん!﹂ その一言で我に返ったクリスねーちゃん。 430 ﹁ンン! それでは、今から熊の魔物を討伐します。先ずは今まで 通り魔法を撃ち、騎士学院の生徒が止めを刺す。後は臨機応変に対 応する事。特に騎士学院の生徒は、魔物に張り付いてると魔法を撃 てないので、付いたり離れたりと周りを見ながら戦いなさい﹂ ﹃はい!﹄ クリスねーちゃんが強引に話を変えたな。そして今回の討伐に関 する注意事項を伝えた。 熊がいるのはもう少し先なので皆で進む。 そして、木の間から普通の鹿を貪ってる熊を発見した。 ﹁準備は良いですか?では魔法から⋮⋮撃て!﹂ クリスねーちゃんの号令で三人が一斉に魔法を撃つ。 効果が重複しないように﹃火の矢﹄と﹃風の刃﹄と﹃岩の弾丸﹄ を撃った。 魔法が熊に着弾し、熊が悶絶する。 研究会の成果かな? 皆魔法の威力が上がってる。 ﹁⋮⋮はっ! 騎士学院生、行きなさい!﹂ ﹁はっ、はいっ!﹂ 一瞬皆の魔法に驚いていたクリスねーちゃんが新たな号令を掛け てクライス達が熊に突っ込んで行った。 431 ﹁アナタ達⋮⋮あんな魔法が使えたのですか?﹂ ﹁いやあ、今までの相手で思い切り魔法を撃ったら一撃で討伐して しまいそうで⋮⋮﹂ ﹁それだと騎士学院生の訓練にならないだろう?﹂ ﹁シン君に指示されてました。中型までは思い切りやっちゃダメだ って⋮⋮﹂ ﹁まあ、魔物相手に魔法を撃ったのは初めてだったが、シンの指示 に従っていて良かったな﹂ ﹁ですね。こんなに威力が上がってるとは思ってもみませんでした ⋮⋮﹂ そう、皆の研究会での上達振りを見て、中型迄なら一発で仕留め られんじゃね? と思っていたので、思い切りやらないように言っ たのだ。 じゃないと騎士学院生の出番が無くなるから。何度も言うけど、 これ訓練だからね。 話してる内にクライス達は熊の魔物を追い詰めていく。 まだ一撃で討伐出来ないけど確実にダメージは蓄積している。 そして、クライス達も勝利を確信したのだろう、止めを刺そうと 振りが大きくなった。 でも、野生の動物は手負いの時こそが恐ろしい。ましてや魔物で 殺られる寸前だとすれば、乾坤一擲の一撃を放とうとしてくる。 熊の魔物は、降り下ろされたクライスの剣を左腕で受け止める。 432 剣が腕に食い込んで抜けなくなった。そして空いた右腕がクライ スに襲い掛かる。 ﹁危ない!﹂ クリスねーちゃんが叫ぶが、俺は途中からこの事態を想定してい たので、用意していた風の弾丸を二発撃った。 一発は降り下ろされようとしていた右腕を弾き飛ばし、もう一発 はクライスの剣が食い込んでる左腕に着弾した。 左腕に力が入らなくなったようでクライスは剣を引き抜く。そし て今度は大振りにならないように止めの剣を振るった。 ようやく熊を倒したクライス達はこちらに戻って来た。 ﹁⋮⋮ウ、ウォルフォード⋮⋮助かった⋮⋮﹂ ﹁ああ、うん。どういたしまして﹂ うわぁ⋮⋮メッチャ嫌そうにお礼言われた。 ﹁クライス! ノインにケントもいい加減にしなよ! ウォルフォ ード君が魔法を撃ってなかったら、アンタ死んでたんだよ!? そ れを⋮⋮アタシ、アンタ達が恥ずかしいよ!!﹂ わ、ミランダがついにキレた。 そりゃそうだろう。自分という女子がいるのにクライス達はシシ リーばっかり構ってたし、シシリーに護衛を断られて凹んでたし、 433 その上俺のフォローに素直に礼が言えなかった。 今まで彼等のこんな姿は見た事無かったんだろうな。かなり幻滅 してる感じがする。 ﹁落ち着きなさいミランダ﹂ ﹁でもクリスティーナ様!﹂ ﹁彼等は普段男ばかりの学院にいるのです。それに騎士学院の女子 は⋮⋮私を含めて女らしい事などほとんどしないでしょう?﹂ ﹁それはまあ⋮⋮確かに⋮⋮﹂ ﹁私の昔のクラスメイト達もあんな感じでしたよ? 女の話ばっか りで⋮⋮女なら近くにもいるでしょうに! 私は⋮⋮私は女じゃな いのですか!!﹂ ﹁ク、クリスティーナ様?﹂ ⋮⋮クリスねーちゃんの心の闇が漏れてる⋮⋮。 そうか、クリスねーちゃんも学院時代はモテなかったのか。卒業 してから頑張ったんだな⋮⋮。 ﹁思春期の男子なんてあんなものです。可愛らしい、護ってやりた くなる女の子の前で良い格好をしたいのです。大方シンに美味しい 所を全部持って行かれて嫉妬してるんでしょう﹂ うわぁ⋮⋮クリスねーちゃんメッチャ毒吐いてる⋮⋮騎士学院時 代に男子生徒からよっぽどな扱いを受けてたなこりゃ。 クライス達は真っ赤になって俯いてる。もうやめたげて! ⋮⋮そういえばジークにーちゃんがさっきから大人しいな。どう 434 したんだろう? そう思ってジークにーちゃんの方を見ると⋮⋮ ﹁嘘だろ⋮⋮? 俺より魔法の威力上じゃね? シンか? シンに 教わってるのか? 俺も教わるか? いや、しかし⋮⋮今まで弟の ように接してたやつから教わるのはプライドが⋮⋮待てよ、アイツ はマーリン様の孫だ、間接的にマーリン様の技を教えて貰ってると 考えれば⋮⋮いやしかし⋮⋮!﹂ こっちはプライドと戦ってた。 435 意外と大問題でした ﹁よし、これで一旦今日の訓練は終了だ。王都に戻るぞ。皆、お疲 れさん﹂ 三人の魔法の力を見て葛藤していたジークにーちゃんが何とか復 帰し、今回の訓練の終了を告げた。 多少のフォローは入れたが、ほぼ皆の力だけで大型の魔物を討伐 できたのだが⋮⋮。 騎士学院の生徒はクライス達男性陣が沈んでいるし、ミランダは とにかく呆れたといった感じなので、学生だけで大型の魔物を討伐 した後とは思えない雰囲気を出していた。 一方で魔法学院の三人は、自分達の実力が予想以上に伸びている 事に内心は喜んでいたが、落ち込んでいる騎士学院生に釣られて口 を閉ざしていた。 結果、なんとも言えない微妙な空気が流れていた。 その状態に耐え切れなかったクリスねーちゃんがクライス達を叱 責した。 ﹁いい加減にしなさいアナタ達。折角学生だけで大型の魔物を討伐 したというのにそれ以外の事で落ち込んでばかりいて、先程の戦闘 で修正すべき点や反省点など、やらなければいけない事など沢山あ るでしょう? それを次に活かせないようでは訓練の意味などあり 436 ませんよ﹂ クリスねーちゃんは自分の後輩だからか、クライス達に対してず っと厳しい態度を取ってる。自分の出身校の生徒だからと贔屓する 事は無いんだな。むしろクライス達の姿に情けないという態度が見 てとれる。 ⋮⋮過去の心の闇も関係してるのだろうか? ﹁⋮⋮そうですね、反省しなければいけない事は沢山ありますね﹂ お、やっぱり騎士学院一年首席、切り替えたか? ﹁先程の戦闘、先制の魔法は非常に有効だったな﹂ ﹁そうね、あれで熊の魔物も大分ダメージを受けていたし﹂ ﹁魔物は身体強化の魔法を使うと聞いていたが、ダメージのせいか そういう兆候は無かったしな﹂ ﹁むしろ問題は俺達の方にある⋮⋮か﹂ さすが、肉体系最難関の騎士養成士官学院成績上位者、すぐにさ っきの戦闘について反省しだした。 ﹁やはり、最後に勝ちを急いでしまったのがいけなかったな﹂ ﹁そうですね。アナタ達は騎士学院の成績上位者ですから、戦闘に 関しては問題ありません。しかし、勝負を決める最後の瞬間という のは誰にとっても難しいものです﹂ ﹁はい。正しく実感致しました。危うく殺され掛けた⋮⋮﹂ 今更ながらに思い出したのだろう、クライスが身震いした。 437 ﹁アタシはクライスが殺られたと思ったわ﹂ ﹁俺も﹂ ﹁俺もです﹂ ﹁そして一瞬目を背けたでしょう? 気持ちは分かりますが、どん な状況でも魔物から目を離してはいけませんよ﹂ ﹃⋮⋮はい﹄ ﹁それにしても、クライスを助けたウォルフォード君の魔法は凄か ったわ﹂ ﹁ああ、魔法とはあんなに正確に撃てるものなのか?﹂ ﹁いや、あんなピンポイントで撃ち抜ける奴なんてそうはいねえな。 他の魔法使いならもっと大きい所を狙う。俺とか今回派遣されて来 てる奴なら近い事は出来るが、あそこまでとなると⋮⋮﹂ ﹁ええ、私も見た事ありませんね﹂ ﹁シン。お前、どの位の距離迄ならピンポイントで魔法を撃てる?﹂ ジークにーちゃんが質問して来た。 ﹁そうだなぁ⋮⋮前に魔法のお披露目で行った荒野あるでしょ?﹂ ﹁ああ⋮⋮あの地形のおかしい所な⋮⋮﹂ ﹁あそこで⋮⋮そうだな、精密なという意味では五百m位迄は出来 たかな?﹂ ﹁ごひゃく!?﹂ ﹁うん、視覚強化使ってね。それ以上になるとピンポイントでは無 理かな﹂ 前の世界ではもっと長い距離で精密射撃が出来るみたいだし、大 した事ないと思ってたんだけど⋮⋮また呆れた顔してんな。 ﹁という事はあの距離なら造作も無い事か⋮⋮﹂ ﹁ええ、私は目の前で見ました。降り下ろされた﹃手﹄を撃ち抜い 438 た所を⋮⋮﹂ ﹁手、ですか⋮⋮本当にピンポイントですね⋮⋮﹂ ﹁左腕も、根本の撃ち抜かれると力が入らなくなる所を狙ってまし たし⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮よし! シンは規格外という事で話を進めるぞ!﹂ ジークにーちゃんが簡潔に纏めました。 何だよ! ジークにーちゃんに文句を言おうと思ったら、オーグ達魔法学院 側から声が掛かった。 ﹁私達に問題は無かったか?﹂ ﹁御世辞抜きで殿下達の魔法は素晴らしかったです。正直、威力が 凄すぎて一瞬足が止まってしまった程ですから﹂ ﹁そうね、凄すぎたわ⋮⋮訓練になってたのかしら⋮⋮﹂ ﹁私も一瞬指示出しが遅れました。改めて伺いますがあれは何です か? 今の魔法学院はあんなにレベルが高いんですか?﹂ ﹁⋮⋮正直、現役の魔法師団の実力上位者と変わらない⋮⋮という か上回ってる印象すらある。シン、お前何した?﹂ あれ? 俺断定? 確かに俺だけども! ﹁何って⋮⋮この三人は同じ研究会の所属だからね。じいちゃんに 教えて貰った方法で練習してるだけだよ?﹂ うん。嘘は言ってない。後は俺流のイメージ方法を教えてるだけ で。 439 ﹁その研究会ってのは何人位いるんだ?﹂ ﹁一年のSクラス全員とAクラスの二人だから、十二人だね﹂ ﹁となると、ウチを入れて三班か⋮⋮後二班の騎士学院生が凹んで る姿が目に浮かぶな⋮⋮﹂ ﹁ええ⋮⋮後でフォローしておく必要があるでしょうね﹂ ﹁ム、何だ? 私達の扱いがシンっぽくなっていないか?﹂ ﹁そういう反応はちょっと⋮⋮﹂ ﹁予想外でしたね⋮⋮﹂ 俺っぽい扱いって何だよ! そして何故それで若干戸惑ってるの ? シシリーまで! ﹁とにかく王都の門前まで急ぐぞ。俺達は一番奥まで行ってたんだ、 戻りも一番遅いだろうからな﹂ ジークにーちゃんは俺っぽい扱いについて完全にスルーして帰路 を急ぐように伝えた。 ⋮⋮俺っぽいってのが蔑称みたいになってね? そんな衝撃の事実に打ちひしがれながら歩いているとジークにー ちゃんが話し掛けて来た。 ﹁なあ、シン﹂ ﹁何? ジークにーちゃん﹂ ﹁お前のいる研究会って何? 攻撃魔法研究会?﹂ ﹁いや、何かオーグとか先生とか周りが自分で研究会立ち上げた方 が良いって言うから、自分で作った﹂ ﹁自分でか⋮⋮で? 何やってる研究会なんだ?﹂ ﹁何って言われても⋮⋮皆で魔法を極めましょう⋮⋮みたいなフワ 440 ッとした目標の研究会だよ﹂ ﹁本当にフワッとしてんな!﹂ 俺もそう思うよ。 ﹁で、今は俺がじいちゃんに教えて貰った練習方法と、俺が魔法を 使う時のイメージを皆に教えてるんだよ﹂ ﹁シンの魔法のイメージ! それか!﹂ ﹁何が?﹂ ﹁いや、お前らがマーリン様に教わった方法で練習してるって言っ ても学生⋮⋮それも一年生の実力じゃないと思ってな。シンの魔法 のイメージを教えて貰ってるって事は、シンの魔法を教えて貰って るのと同じだろ?﹂ ﹁ん∼? どうなのかな? 結局使う人のイメージであって、厳密 に俺と同じかって言われると違うような⋮⋮﹂ ﹁確かにそうかもしれないけど、事実殿下達の実力は相当なものに なってる﹂ ﹁他の魔法使いの実力を知らないからなあ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮まあ、元々お前は、入学する前からマーリン様やメリダ様よ り魔法使えてたからな⋮⋮学院に入学したのも一般常識を知るのと 友人を作る為だし、他の魔法使いのレベルを知らなくて当然か﹂ ﹁あ、学院の皆のレベルは分かったよ。だから、せめて研究会のメ ンバーだけでも実力を上げとこうと思ったんだよ。こんな状況だか らね﹂ シュトロームが現れなければ、皆の身の安全の為にレベルを上げ とこうとか思って無かったかもしれないな。 ﹁なあ⋮⋮ちょっと相談なんだが⋮⋮﹂ ﹁何?﹂ 441 ﹁その⋮⋮研究会でやってる練習っての⋮⋮俺にも教えて貰えるか ?﹂ ﹁うん、いい⋮⋮﹂ ﹁その返事は待て、シン﹂ いいよと返事しようとすると、オーグから待ったが掛かった。 ﹁何で?﹂ ﹁ジークフリード、お前は軍の人間だろう﹂ ﹁ええ、まあ﹂ ﹁マーリン殿の教えについては昔はそれが主流だったらしいから問 題無いが、シンのイメージに関しては学院の研究会以外で教えを請 うたら⋮⋮最悪、軍事利用と取られるぞ﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁マーリン殿は昨今の魔法使いのレベルの低下を嘆いておられたし、 メリダ殿も皆がシンの魔法を使えるようになる事に否は無いみたい だがな、周りの⋮⋮特に周辺国が何か言ってくる可能性が高い﹂ ﹁が、外交問題ですか?﹂ 外交問題!? 俺が魔法を教えるのが? ﹁今ですらかなりギリギリだ、何とか抑えられているのは、シンが ﹃学院で出来た友人達の身の安全の為﹄に﹃自主的﹄に魔法を教え ており、マーリン殿とメリダ殿がそのシンの意思を酌んで容認した からだ﹂ ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹁それを軍の人間が教えて貰ってみろ、それならば我が国もとアチ コチから声が上がるぞ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁今はこんな状況だからそれも良いのかもしれんが⋮⋮﹂ 442 ゴクリとジークにーちゃんが息を呑んだ。 ﹁マーリン殿とメリダ殿がそれを良しとするか? 孫を軍事利用す る事に﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ ﹁正直、シンの魔法は危険だ。私はこの事を公表するつもりは無い し、他の皆にも周りに教えないように言ってある。これは拡散させ るべきじゃない。もし拡散したら⋮⋮﹂ ﹁したら⋮⋮?﹂ ﹁魔人ではなく、人間の手によって世界が滅びるぞ﹂ ﹁そんな大問題!?﹂ ﹁はぁ⋮⋮やはり自覚して無かったか⋮⋮﹂ え? え? じゃあ俺が今やってるのって⋮⋮ ﹁⋮⋮俺がやってる事は問題行動なのか⋮⋮?﹂ ﹁うーん⋮⋮一概にそうも言えんのだがな⋮⋮﹂ ﹁どういう事だ?﹂ ﹁事実、今はこれまでに無い緊急事態だ。魔人の大量出現というな﹂ ﹁まあね﹂ ﹁シュトロームがどういった行動に出るか予想も付かんが、奴等が 攻勢に出た時、シンの魔法は非常に有効だ。問題は⋮⋮それが治ま った後だ﹂ ﹁そこで得た力を他国に使おうとする⋮⋮か⋮⋮﹂ ﹁だから拡散すべきでは無いと言っている。幸い研究会だけなら人 数も限られるからな、何とかコントロールする事は出来る。ビーン とストーンにも言い聞かせてある。研究会で教わった事を自分のク ラスで教えるなと﹂ 443 そんな事を言い聞かせていたのか⋮⋮。 ﹁情報の秘匿だとか独占と言われようと構わん。私はシンの魔法を 拡散させるつもりも、濫用するつもりも無い。シン、お前は言った な? 結局魔法を使う人間のモラル次第だと﹂ ﹁お、おお、言ったな﹂ ﹁この人数までだ。これ以上は不測の事態が起きるかもしれん。私 は全身全霊を掛けてコントロールしてみせる。だからシン、お前は これ以上自分の魔法を拡散させるな﹂ ﹁あ、ああ⋮⋮分かったよ⋮⋮﹂ 思ってたより深刻な事態になるんだな⋮⋮国際問題になるとは考 えもしなかった。 ﹁しかし、マーリン殿の教えは伝えても良いんじゃないか? さっ きも言ったが、昔はそれが主流だったらしいしな﹂ ﹁そうだな⋮⋮そこまでにしとくか⋮⋮﹂ ﹁で? マーリン様から教わった練習方法ってなんだ?﹂ ﹁恐ろしく地味だぞ、ジークフリードお前に出来るか?﹂ ﹁な、なんですかそれ? やってみせますよ!﹂ ﹁じゃあ教えてやろう、その方法とは⋮⋮﹂ ﹁方法とは?﹂ ﹁魔力制御の練習をする事だ﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ ﹁毎日毎日、少しずつ制御出来る魔力の量を増やしていく。これだ けだ﹂ ﹁え? いや、本当に?﹂ ﹁なんだ疑ってるのか? クロード! メッシーナ! 来てくれ!﹂ ﹁はい?﹂ ﹁なんですか?﹂ 444 俺達の会話が聞こえないように前の方を歩いていたシシリーとマ リアを呼び寄せる。 ﹁どうしたんですか? 殿下﹂ ﹁いやなに、ここにいる父上の護衛という魔法師団のエリート様は 魔力制御の大切さを知らんらしくてな。教えてやろうと思ったんだ﹂ お前も知らなかったじゃねえか! ﹁ああ⋮⋮確かに聞いただけじゃ実感しないですね﹂ ﹁何をすれば良いんですか?﹂ ﹁そうだな、最初にシンにやらされたように魔力障壁を展開するか。 まずはジークフリード、やってみてくれ﹂ ﹁分かりましたよ⋮⋮﹂ 渋々ジークにーちゃんが魔力障壁を展開する。 ⋮⋮やっぱり薄いなぁ⋮⋮。 ﹁フム、では私達三人もやるぞ﹂ ﹁はい﹂ ﹁分かりました﹂ そして三人が魔力障壁を展開する。 ﹁こ、これはっ!﹂ ﹁どうしたのですか?ジーク﹂ 俺達が足を止めたので同じように立ち止まって見ていたクリスね 445 ーちゃんから声が掛かった。 ﹁どうしたもこうしたも⋮⋮何だ? この分厚い魔力障壁は!?﹂ ﹁私達もシンやマーリン殿に教わるまで知らなかったがな。制御出 来る魔力量が増えるとこんな事が出来るようになる﹂ ﹁正直、私達の魔力障壁はシンのに比べて大分薄いんですけどね⋮ ⋮﹂ ﹁これで薄いのかよ⋮⋮﹂ ﹁シン君のはもっと凄いですよ?﹂ ジークにーちゃんが溜め息をこぼしながらこちらを見た。 ﹁確かにこの魔力量の差じゃ俺より威力が上でも不思議じゃないか ⋮⋮﹂ ﹁技術的な事はまだまだですけどね﹂ ﹁いや、自信を持っていいよマリアちゃん、実際凄い威力だったん だ。これは⋮⋮俺も魔力制御の練習しよ﹂ ﹁まあ⋮⋮正直地味で面倒臭いからな⋮⋮これなら広めても良いぞ﹂ そう言ってオーグはジークにーちゃんに許可を出した。 それにしても⋮⋮浅はかだったなあ⋮⋮こんなにオーグに迷惑を 掛けていたとは⋮⋮。 ﹁⋮⋮悪いな、オーグ﹂ ﹁ん? 何がだ?﹂ ﹁いや⋮⋮何か迷惑掛けたみたいで⋮⋮﹂ ﹁何だそんな事か、気にするな。元々お前をこの国に連れて来たの は父上だ。なら最後まで面倒は引き受けるさ﹂ ﹁オーグ⋮⋮﹂ 446 はあ⋮⋮制服に続いてか⋮⋮気を付けてたつもりだったんだけど なぁ⋮⋮。 ﹁そんな訳でな﹃究極魔法研究会﹄の面々は、シン以外卒業後は国 の管理下に置かれるからな﹂ ﹃え?﹄ ﹁当たり前だろう? 軍には置けないし、かと言って自由にさせる とコントロール出来ない。恐らく私直轄の特殊部隊になると思う。 それにも各国の監視が付く筈だ﹂ ﹁そんな厳重に?﹂ ﹁私達は、このまま行けば恐らく世界最強の部隊になる。今回のよ うな特殊なケース以外に動けないようにしないと、各国の猜疑心を 回避出来ないからな﹂ アールスハイド王国に世界征服の意思は無いと思わせないといけ ないって事か⋮⋮。 ﹁重ね重ねスマン⋮⋮﹂ ﹁だから気にするな。使い方さえ間違えなければ人類を救う希望に なるんだからな﹂ 希望⋮⋮か。 ﹁そうだな⋮⋮間違えないようにしないとな﹂ ﹁シン君なら大丈夫ですよ﹂ ﹁シシリー?﹂ ﹁だって⋮⋮私達に魔法を教えてくれてるのは、私達の身を守る為 ですよね? そんな優しい考えをする人が間違える訳ないですよ﹂ ﹁⋮⋮シシリー⋮⋮﹂ 447 ﹁シン君はきっと世界の希望になります。だから、気にしないで下 さい﹂ ﹁⋮⋮うん、分かった。ありがとうシシリー﹂ ﹁むしろ気を付けないといけないのは私達⋮⋮いや、私だな﹂ ﹁そうですね。私達も気を付けましょう﹂ ⋮⋮皆の人生を変えちゃったなぁ⋮⋮ 448 悲喜こもごもがありました 研究会のメンバーの人生を変えてしまった⋮⋮。 その事実にとてつもない責任を感じながら、集合場所である王都 の門前に着いた。 そこには実戦訓練を終えた両学院生がいた。 訓練の前はお互いに反目し合っていた魔法学院の生徒と騎士学院 の生徒が、先程の訓練について話している姿があちらこちらで見ら れた。 時折笑い声が聞こえる事から、お互いに認めあったのだろう。こ れだけでもこの訓練の意義があったとは思うのだが⋮⋮二組程落ち 込んでいて、派遣されてきた騎士の人に励まされている騎士学院生 がいた。 近くにはその光景に戸惑っている魔法学院の生徒がいる。 というか研究会のメンバーだった。 ﹁あ! 殿下、シン君、シシリー、マリア! お疲れ!﹂ ﹁お疲れアリス。これなに?﹂ ﹁いやぁ⋮⋮思いの外魔法の威力が上がってたからさあ、調子に乗 って魔法を使ってたら⋮⋮﹂ ﹁騎士学院の生徒さん達が落ち込んじゃったのよぉ﹂ ﹁だから自分はあれほど抑えろと言ったのに⋮⋮﹂ 449 ﹁ちょっと調子に乗った。今は反省してる﹂ アリス達の班は自重しなかったみたいだ。魔法だけで殆ど討伐し てしまったんじゃないか?それで出番の無かった騎士学院生が落ち 込んじゃったと⋮⋮。 ﹁初めはシン殿の忠告通りに抑えて魔法を使ってたんですよ。それ でも小型の魔物が一撃で討伐出来てしまって⋮⋮﹂ ﹁でも! これじゃいけないって思って、後半は訓練の為に威力を 相当抑えたんだよ!﹂ ﹁それが余計に彼等のプライドを傷付けちゃったみたいでぇ⋮⋮﹂ ﹁途中からあんな感じになった﹂ 騎士学院生はクライス達もそうだったけどプライドが高そうだも んな。自分達が必要無いかのような状態に耐えきれなかったんだろ うな。 ﹁でもちょっといい気味かな。だってアイツ等あたし達の事やらし い目で見てたんだもん!﹂ ﹁まあ⋮⋮確かに気持ち悪かったけどねぇ﹂ ﹁良い所を見せようって気が透けて見えてた。だからそんな事出来 ないようにしてやった。今は反省してる﹂ ﹁自分には怨みの籠った目を向けられましたよ⋮⋮﹂ 騎士学院生⋮⋮そんなに女に餓えてんのか? トニーや、ユリウス達の方はどうだったんだろう。 ﹁僕達の方は相手に知り合いがいたんだよねえ﹂ ﹁拙者も知り合いがいたで御座る﹂ 450 ﹁自分は誰も知らなかったッス﹂ ﹁私もです﹂ そうか、トニーの家は元々騎士の家系だ。昔、剣の鍛練をしてた 時の知り合いでもいたんだろう。 ﹁会うなり﹃魔法学院に逃げた軟弱者め!﹄って言われちゃってね え⋮⋮﹂ ﹁拙者の方は殿下に付いて行ったで御座るからそんな事は無かった で御座るが⋮⋮あれで現場の空気が悪くなったで御座る﹂ ﹁まあそれでも、実戦訓練ッスから真面目に討伐し始めたんッスけ ど⋮⋮﹂ ﹁フレイドさんのライバルだった人らしくて⋮⋮魔法も使えるよう になってたフレイドさんに対抗心を燃やしてしまって⋮⋮﹂ ﹁それで無茶な突進を繰り返したので御座るが⋮⋮﹂ ﹁連携を崩すって教官に何度も怒られてたッス﹂ ﹁魔法で支援したいのに、離れてくれないから撃つタイミングが無 くて⋮⋮何度か危ない場面があって⋮⋮﹂ ﹁それをまた叱責されてムキになって⋮⋮そんな事を繰り返してい たで御座る﹂ ﹁ちょっと異常な位フレイド君に固執してたッス﹂ そうか、昔ライバルだったんなら、魔法も使えるようになったト ニーに対抗心を燃やしたんだろう。熱血だねえ。 ﹁うーん、彼は昔からあんな感じでねえ、事ある毎に突っ掛かって くるんだよねえ﹂ ﹁ライバルだったならしょうがないんじゃね?﹂ ﹁小さい頃は仲が良かったんだけどねえ⋮⋮﹂ ﹁え? そうなんだ﹂ 451 ﹁やっぱりあれかなあ? 昔、彼が好きだった子が僕に告白してき てお付き合いしてたからかなあ﹂ ﹁絶対それだよ!﹂ 思春期の男子になんて酷な事を! ﹁それで結局、我々の魔法で魔物の討伐を進めましてな﹂ ﹁騎士学院生の出番が殆ど無かったッス!﹂ ﹁あれはちょっと危なかったですから⋮⋮﹂ 騎士学院生を討伐に参加させるのは危ないと判断されたのか。そ りゃ凹むわ。 ﹁それでシン君の所は?﹂ ﹁ウチの所は、シンとシシリーがずっとイチャイチャしてたわね﹂ ﹁な! 何言ってんだマリア!﹂ ﹁そそそそうよ!イチャイチャなんて⋮⋮﹂ ﹁いや、してたな﹂ ﹁オーグ!?﹂ ﹁お前⋮⋮本当に自覚してないのか?﹂ ﹁何が!﹂ ﹁あれをイチャイチャと言わないなら、お前らのイチャイチャはど んなものになるんだ?﹂ ﹁ど、どんなって⋮⋮﹂ ﹁あぅ⋮⋮﹂ そんな事知るか! ﹁はぁ⋮⋮余裕ッスねぇ﹂ ﹁まあ、シンは完全にフォローに回ってたし、連携の訓練を常に意 452 識させられたからね﹂ ﹁シン殿がコントロールしてたんですね﹂ ﹁今回は珍しくシンがブレーキになってたな﹂ ﹁いつもは率先して暴走して行きますもんね!﹂ 率先して暴走って⋮⋮やっぱりそうなのか⋮⋮。 ﹁あれぇ? ウォルフォード君落ち込んでない?﹂ ﹁本当だねえ。どうしたんだい?﹂ ﹁ああ、シン、自分が色々やった事で、私達に責任感じてんのよ﹂ ﹁責任? 何故で御座る﹂ 何で落ち込んでるのか聞かれたので、さっきオーグから聞かされ た事を話す。皆が卒業後の進路を既に決定付けられてる事を。 ﹁ああ、その事ですか。自分とユリウスは知ってましたよ﹂ ﹁殿下から聞いていたで御座る﹂ ﹁そりゃそうか、二人はオーグから聞いてるよな﹂ トールとユリウスはそうだろう。 ﹁え? って事は卒業後の進路は決まってるの?﹂ ﹁ああ、申し訳無いがそういう事らしい⋮⋮﹂ ﹁やった! 将来安泰じゃん!﹂ ﹁アリス?﹂ アリスから意外な答えが返ってきた。 ﹁だって、魔法学院に入ったって言っても将来決まってる訳じゃな いじゃない?﹂ 453 ﹁騎士養成士官学院は卒業後そのまま軍に入隊するけどねえ﹂ ﹁あそこは兵士を指揮する士官を養成する為の学院じゃん。高等学 院の中でも特殊だよ。でも魔法学院と経法学院は卒業後の進路を選 べるじゃん﹂ ﹁だから申し訳無いんだよ。皆の進路を勝手に決めちゃってさ⋮⋮﹂ ﹁何で? 殿下直属の部隊でしょ? しかも軍とは別系統の。超特 別扱いじゃん! 普通そんな立場になれる事無いよ?﹂ ﹁そうだねえ、異例の特別扱いだねえ﹂ ﹁凄いッス! 自分もその一員になれるなんて﹂ ﹁夢じゃないかしら⋮⋮﹂ ﹁家族に話したら大喜びねぇ﹂ え? 皆喜んでる? ﹁そんなに嬉しい事なのか?﹂ ﹁ウォルフォード君はこれがどんなに凄い事か分かってない﹂ ﹁いや⋮⋮分かんないから聞いてるんだけど⋮⋮﹂ するとリンは、ヤレヤレといった感じで肩を竦めて頭を振った。 ﹁アールスハイド王国の次期王太子直属の部隊。これだけで既に特 別扱い。しかも特別な有事にしか動かず、各国の監視もある⋮⋮と いう事は、他国での有事にも駆り出される可能性が高い﹂ ﹁王国だけじゃなく他国もか?﹂ ますます申し訳無いなぁ⋮⋮ ﹁私達は世界の危機を救う特殊部隊になる。それだけでロマンがあ る﹂ ﹁特殊部隊のロマンって⋮⋮﹂ 454 リンは時々変な事言うな! ﹁それに、そんな特別扱いという事は⋮⋮﹂ ﹁という事は?﹂ ﹁お給金の方も相当期待出来る!﹂ そっち!? あ! 皆頷いてる! ﹁つまり⋮⋮これはエリート街道に乗ったと?﹂ ﹁そういう事だねえ。いやあやっぱりこの研究会に入って良かった よ﹂ ﹁本当にね! シン君と出会った事が一番のラッキーだね!﹂ ﹁だからぁ、そんなに気にしないでいいんじゃない?﹂ ﹁そうか、皆がそれで良いなら俺が落ち込んでるのもおかしいか⋮ ⋮﹂ ﹁そういう事﹂ はぁ∼皆の人生を俺が変えちゃったって落ち込んでたのに⋮⋮誰 も気にしてないどころかラッキーって思ってるとは。 ﹁あ、でもマークの所は大変じゃないか? 工房の後継ぎがいなく なるだろ﹂ ﹁ああ、ウチは父ちゃんがまだまだ現役ッスから。自分の子供が後 継ぐ事になっても問題無いッスよ﹂ ﹁マークの子供に後継がせるのか?﹂ ﹁まあ、それで良いんじゃない? もう相手もいるみたいだし?﹂ ﹁フフ、そうですね。オリビアさん、責任重大ですね?﹂ 455 ﹁な、ちょっ! マリアさん! シシリーさん!﹂ ﹁フム、ビーンとストーンはそうなのか?﹂ ﹁あ、やっぱり? 前に朝一緒に工房から出てきた時にそうじゃな いかと思ってたんだよね﹂ ﹁へえ、やるねえマーク﹂ ﹁いや、あの、からかわないで下さいッス!﹂ マークの所も、今は深刻な問題にはなってないか。 もし万が一の場合はオーグも了承するだろう。別に自由にフラフ ラさせる訳じゃないし。 ﹁特殊部隊になるならもっともっと魔法を教えて欲しい。具体的に はゲートの魔法﹂ ﹁リンはそればっかだな﹂ そうだな。世界の危機を救う特殊部隊ならもっと強くならないと 駄目かな? ﹁シン⋮⋮いくら私が抑えると言っても限度はあるからな? あま り変な事を考えるなよ?﹂ ﹁⋮⋮最近、オーグは俺の心が読めるんじゃないかと思ってる﹂ ﹁いえ、シン君の場合は⋮⋮﹂ ﹁顔に出るから分かりやすいよね!﹂ ﹁気付いていないのですか? また何かを企んでいそうな顔をして いましたよ?﹂ なんだと!? 皆にもバレバレだったのか!? ﹁っていうか変な事じゃ無いからな!﹂ 456 ﹁じゃあなんだ?﹂ ﹁いや、世界の危機を救う特殊部隊ならもっと強くならないと駄目 かな? と⋮⋮﹂ ﹁だから⋮⋮限度はあると言ってるだろうがあ!﹂ 珍しくオーグが吼えた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー シン達が研究会の今後について話している頃、シンと同じ班だっ たクライス達が、落ち込んでいる二つの班に近寄って行った。 ﹁ずいぶん落ち込んでるな?﹂ ﹁そりゃそうだよ⋮⋮何だよあれ? 俺等要らねえじゃん!﹂ アリス達と同じ班だった者が嘆いた。 ﹁コイツが功を焦って突っ込むもんだから、俺等全員使えない奴扱 いだよ﹂ ﹁そ、そんな事言うなよ⋮⋮アイツには負けたくなかったんだよ⋮ ⋮﹂ ﹁女取られた私怨じゃねえか! しかも彼女でもなんでもない片想 いの女の!﹂ ﹁だってよぉ⋮⋮﹂ トニー達と同じ班だったトニーの昔のライバルが泣き出す。 ﹁女の子ばっかりだったから良いとこ見せようと思ったのに⋮⋮彼 457 女達の凄いとこ見せ付けられたよ⋮⋮﹂ ﹁お前は落ち込む理由が情けなさ過ぎる﹂ ﹁アンタも人の事言えないでしょうがあ!﹂ 自分の事を棚に上げた発言をしたクライスにミランダの叱責が入 る。 ﹁何だよ? クライス達も何かあったのか?﹂ ﹁アタシ等の班にはウォルフォード君がいたんだよ﹂ ﹁シン=ウォルフォードか! そりゃあ大変だっただろうな⋮⋮﹂ ﹁それが全然そんな事なくてさ、むしろアタシ達に気を使って貰っ てたんだ。それなのに、最後はウォルフォード君においしい所も女 の子も持って行かれちゃってね、それで三人とも凄い落ち込んでた んだよ﹂ ﹁ミランダ! へ、変な事言うな!﹂ クライスのそんな姿を見た事が無い騎士学院生は目を見開いた。 それが気になりクライス達の班で何があったのかと訊ねた。 ﹁で? 何があったんだよ﹂ ﹁ああ、訓練の途中でな⋮⋮虎の魔物が出たんだ⋮⋮﹂ ﹁と! 虎!?﹂ ﹁災害級じゃないか!!﹂ ﹁で、それをウォルフォード君があっさり倒しちゃってね、それも 剣で﹂ ミランダの発言に騎士学院生達はざわめいた。 ﹁⋮⋮おい、アイツは魔法学院の首席だろ? 何で虎を倒せる位剣 458 も使えるんだよ?﹂ ﹁ウォルフォード君の剣の師匠⋮⋮ミッシェル=コーリング様らし いよ﹂ ﹁剣聖様!?﹂ ﹁マジかよ!?﹂ ﹁それと、魔法学院に可愛い女の子がいてね、三人ともその娘にメ ロメロになっちゃったんだけど⋮⋮どうもその娘、ウォルフォード 君の彼女らしくてさ、道中もイチャイチャしてたもんだから三人と も嫉妬しちゃって⋮⋮﹂ ﹁し、嫉妬ではない! き、騎士が女性を護るのは当然の事だ!﹂ ﹁魔法学院の女の子、もう一人いたじゃない﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁で、最後に学生だけで熊の魔物を討伐したんだけど⋮⋮﹂ ﹁熊!?﹂ ﹁お前らどんだけ先に進んでんだよ!﹂ ﹁まあ最後の止めはアタシ等が刺したんだけどさ⋮⋮その時もウォ ルフォード君に助けられて⋮⋮﹂ その時の事を思い出したのだろう、クライスが少し青い顔をした。 そしてそれを聞いた騎士学院生はクライスに同情的な視線を向け た。 ﹁虎の魔物には何も出来ず、女の子も持って行かれ、命まで助けら れて⋮⋮﹂ ﹁それに比べたら⋮⋮﹂ ﹁ああ、俺達はまだマシな方か⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そんな励まし方をするつもりでは無かったのに⋮⋮﹂ 今度はクライスが激しく落ち込んでいた。 459 監視が付きました 初めての合同訓練があった翌日、前日の組み合わせを換えて改め て合同訓練が行われた。 理由は⋮⋮俺達のせい。 俺達と同じ班になった騎士学院生が例外無く自信を喪失してしま い、これでは訓練にならないと両学院側が判断したからだ。 その日、俺達と同じ班になった騎士学院生は⋮⋮皆複雑な顔をし ていた。 ﹁なんかさあ、あたし達、扱いがシン君ぽくなってない?﹂ ﹁ああ⋮⋮昨日からそれは感じてたねえ⋮⋮﹂ ﹁シン殿と同じ扱いですか⋮⋮複雑ですね⋮⋮﹂ ﹁みんな非道くね!?﹂ 騎士学院生が俺達と同じ班になって微妙な顔をすれば、魔法学院 生は俺と同じ扱いをされた事に微妙な顔をしていた。 そんなに俺と同じ扱いは嫌か!? そんなやり取りがあったが、騎士学院と魔法学院の合同訓練は順 調に進んでいった。 初日以降は研究会のメンバーも自重してくれたみたいで、騎士学 院生が落ち込んでいる姿は見なくなった。 460 そうして訓練が進んでいったのだが、シュトロームの方はどうな ってるんだろう? 魔人達が動き出したとか、そんな話を一向に聞かない。 旧帝国領に斥候部隊が潜入しているが、魔物の数が多く、詳細は まだ掴めていないらしい。 とりあえず周辺国への侵攻は始まっていない。 しかし旧帝国領で何が行われているのかも定かではない。 皆が言い知れない不安を抱えていた。 ﹁こうして訓練に費やす時間があるのはいいけど、何が起こるか分 からない状況ってのも緊張しっぱなしでしんどいなぁ⋮⋮﹂ 合同訓練も毎日という訳ではなく、間に休みもある。 今日は訓練が休みなので皆で研究室にいた。 ﹁ああ、その事なんだがな、少し情報に進展があったぞ﹂ ﹁え? そうなの?﹂ ﹁一般には公表されてない話だけどな﹂ 公表されてない話? ﹁なぁ⋮⋮なんでそんな話題を持ち出すんだ?﹂ ﹁ん? もちろん、お前達に伝える為だが?﹂ 461 やっぱりね! そんな国家機密をホイホイ喋らないで欲しいんで すけど! ﹁あ、あの殿下? シンだけじゃなくて私達もいるんですけど⋮⋮﹂ マリアが、戸惑いぎみに声を上げる。そりゃそうだ、オーグが話 そうとしてるのは国家機密にあたるものだ、それを皆に教えると言 っているのだ。 ﹁そうだ、皆に聞かせると言っているのだ。この研究会の面子は今 や相当な実力者集団になっている。今後、魔人と戦闘が起こった際 に重要な戦力として力を貸して貰う事になる。それならば、魔人の 動向は知っておくべきだ﹂ 既に皆は重要な戦力として数えられてるみたいだ。その事を聞い た皆の顔が引き締まった。 ﹁なんか、こういう話を聞くと自分達が特別な存在だって自覚する ね﹂ ﹁そうね、本当に特殊部隊になるのね⋮⋮﹂ ﹁やっぱり、ウォルフォード君にもっと魔法を教えて貰わないと﹂ 珍しく真剣な顔のアリスに、ちょっとプレッシャーを感じている マリア、相変わらずのリン。様々な反応をしていた。 ﹁それで話の続きなんだがな﹂ ﹁新しい情報が入ったって?﹂ ﹁ああ、先日旧帝国領に潜入していた斥候部隊が帰って来てな、魔 人達の動向についての報告があった﹂ 462 魔人﹃達﹄の動向。その言葉は小さい頃から爺さん達の英雄譚と 共に、魔人の脅威についても聞かされていた王国国民の皆の緊張を 招いた。 オーグの話によると、魔人達は帝国領内にある町や村を襲い回っ ているらしい。 その為、今は国外にまでその脅威は広がっていないとの事。 だが⋮⋮。 ﹁襲われている町や村の様子は、悲惨の一言らしい。町を治めてい る貴族は例外無く皆殺し。平民達も殆どが殺されているらしい﹂ 相手が魔人の集団である為に、迂闊に手を出せない。数ヵ国の連 合を組まないととてもではないが太刀打ちする事が出来ない。その 為魔人が町を襲っているのを指をくわえて見ているしか出来ない。 オーグはその事を歯痒く思っているのが見てとれた。 ﹁殆ど⋮⋮って事は、殺されてない人間もいるのか?﹂ ﹁それが問題なんだがな⋮⋮﹂ ﹁どういう事だ?﹂ ﹁どういう基準で選んでいるのかは知らないが、襲撃の度に魔人が 増えているらしい﹂ ﹁じゃあ、殺されてない人間って⋮⋮﹂ ﹁魔人になっているという事だ﹂ マジか? それってどんだけ増えて行くんだ。 463 ﹁シュトロームは何を考えてるんだろうな⋮⋮﹂ ﹁さあな、本人に聞いてみないと分からんが⋮⋮これだけ魔人が増 えている事自体、とてつもない脅威だ﹂ 皆を見ると、やはり魔人に対しては恐怖心があるようで、一様に 黙り込んでしまった。 これは、やはり皆の更なるレベルアップを図って、恐怖心を感じ ないようにしないとな! ﹁なあ、ちょっと提案があるんだけどいいか?﹂ ﹁⋮⋮嫌な予感しかしないが⋮⋮なんだ?﹂ ﹁そんな変な事じゃ無いって、もうすぐ長期休暇に入るだろ?﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁その長期休暇を使って合宿しないか?﹂ その提案に、真っ先にアリスが食い付いた。 ﹁合宿! いいね! やっぱり研究会って言ったら皆で夏合宿だよ ね!﹂ こっちでも夏合宿は定番のイベントらしい。 ﹁そうね⋮⋮これから魔人を相手にしなきゃいけないなら、もっと 力を付けたいわね﹂ ﹁朝から晩まで魔法漬け⋮⋮楽しみ﹂ 一日中魔法三昧の日々を想像してリンが嬉しそうな声を上げる。 464 さっきまで魔人が旧帝国領を蹂躙している情報に青ざめていた面 々も、夏合宿の話題で徐々に復帰してきた。 シュトロームが量産している魔人がどのくらいの力を持っている かは分からないらしい。とにかく遠くから視力強化の魔法を駆使し て集めてきた情報らしく、目安となる魔人の強さまでは把握出来な かったらしい。 ばっこ 魔物も王国とは比べ物にならない位跋扈しており、正に命懸けで 集めてきた情報なのだ。 魔人の強さの詳細が分からない為、どこまで皆のレベルアップを 図ればいいのか分からないか、斥候部隊の情報を無駄にしない為に も出来るだけの戦力を整えよう。 ﹁ところで、合宿ってどこでやるの?﹂ アリスの何気ない一言に皆がこっちを見た。 ﹁うーん、魔法の練習は例の荒野でやるとして⋮⋮合宿って言う位 だから、どこか皆で泊まれる所があればいいんだけど⋮⋮どこか無 い?﹂ ﹁何よ、決めてないの?﹂ ﹁だって、ついこの間まで山奥しか知らなかった人間だよ? どこ が良いかとか知らないって﹂ ﹁それなら、研究会の誰かの領地でいいんじゃないか?﹂ ﹁あ、それいいね。えーっと⋮⋮シシリーとマリアとトールとユリ ウスか。いい?﹂ ﹁それならシシリーかユリウスの領地のどっちかね。私の所は、練 習が終わった後にゆっくり出来る所じゃないからね﹂ 465 ﹁そうですね。自分の所も職人街ですから、ゆっくり出来る所じゃ ないです﹂ 確か、シシリーの所が温泉街で、ユリウスの所がリゾート地だっ たな。 武士のリゾート⋮⋮。 ﹁それならば、ユリウスの所は止めておいた方がいいな﹂ ﹁え? なんで?﹂ ﹁このご時世にリゾート地なんて行ってみろ、どんな事を言われる か分からんぞ?﹂ ﹁頭が痛いで御座る。今期は予約が随分取り消されたそうで御座る からな﹂ ああ、ユリウスの家の経営という意味では相当辛いか。 ﹁ウチはそうでもないですね。例年よりお客さんは少ないそうです けど﹂ やっぱり、戦時が近いとなると観光地は大変だな。こういう時に リゾートを楽しむのは不謹慎と考える。こういうのはどこも一緒だ な。 ﹁じゃあ、練習後の保養も出来るし、シシリーの領地でお願いして いいかな?﹂ ﹁はい! お役に立てて嬉しいです!﹂ ﹁資金はどうする? 皆で集めるとして、どれくらいいる?﹂ ﹁え? いいですよ、ウチの領地にある家を使って頂ければ﹂ ﹁いや、それにしたって無料は駄目だよ。一人二人じゃないんだし、 466 この人数だよ?﹂ ﹁いえ、やっぱりいいです。ウチの屋敷を使えば宿泊費は要りませ んし、何よりお友達からお金を頂く訳にいきませんよ﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁それに、シン君は私に⋮⋮私達に無償でこんな凄い装備をくれた じゃないですか。それに比べたら安いものですよ。それにこれは世 界の危機を救う為の行為なんですから﹂ ﹁そうね⋮⋮じゃあ、今回はシシリーの好意に甘えるとして、次の 機会は私達の所を順に廻るって事でどう? ウチはゆっくり保養す るには向かないけど、海産物とか名物がいっぱいあるから楽しめる わよ?﹂ マリアが次は自分達がと言ってくれたので今回はシシリーの好意 に甘える事になった。 こういう所に研究会の結束が見えて嬉しいな。皆が自分の出来る 事を考えてくれてる。俺も俺に出来る事をしよう。 ﹁ああ、そうだ。シンに頼みがあるんだが、いいか?﹂ ﹁何だ?﹂ ﹁実は夏期休暇中に私の誕生日があってな﹂ ﹁へえ、そうなんだ﹂ ﹁その時に立太子の儀式もするのだが、恐らく合宿中になると思う のだ。そこでシンに送ってもらおうと思っていてな﹂ ﹁ああ、良いよ﹂ 俺はオーグの送迎か⋮⋮。 いや! それは別に良いけど、俺に出来る事は皆のタクシーじゃ 無いはずだ! 467 そういえば、もうすぐ立太子の儀式をするとか言ってたな。既に 国の事にあれこれ首を突っ込んでるから忘れてたわ。 ﹁ついに殿下も王太子になられるんですね﹂ ﹁正直、今までと何が違うのか分からないんだけど⋮⋮﹂ ﹁まあ、今までは次の国王になるかもしれん者だったのが、正式に 次の国王予定者になるだけだ。何も変わらんさ﹂ ﹁肩書きが変わるだけ?﹂ ﹁そんな訳ありませんよ。これからは国王の名代として他国に赴く 事もあるんですよ。おまけに、自分で言うのもなんですけどシン殿 の研究会という厄介事も抱えてるんですからね、しっかりして下さ い﹂ ﹁トール⋮⋮厄介事って⋮⋮﹂ ﹁あ、すみません。でも実際他国から必ず追及される事ですからね、 他国に敵意が無い事を示し、世界にとって有益な集団である事を証 明しなければならないんです﹂ ﹁厄介な事であるのは間違い無いか⋮⋮﹂ オーグはガッツリこの研究会に関わってるからなあ、説明も大変 そうだな。 ﹁何、こうなる事は分かっていてシンに研究会を立ち上げる事を勧 めたんだ、これくらい厄介事でもなんでもないさ﹂ チョイチョイ王子様が顔を出すな。 ﹁それに、私自身が研究会に所属しているんだ。交渉材料は私が握 っている。そうそう他国に後れはとらないさ﹂ 468 そしてチョイチョイ黒い部分が顔を出すな! ﹁そんな事より、皆は自分の実力を上げる事を考えていろ。当然、 常識の範囲内でな﹂ ﹃はい!﹄ 皆が俺を見ながら返事した。 なんだよ! イマイチ釈然としないものを感じながら自宅に帰り、長期休暇に 皆で合宿を行う事を爺さんとばあちゃんに伝えた。 ﹁ほう、合宿ねえ﹂ ﹁ほっほ、いいんじゃないかの、こんな事態じゃ、皆の実力を上げ る良い機会じゃろう﹂ 爺さんとばあちゃんも賛成してくれた。これで怒られる事は無い ぞ! ﹁ところで、保護者はどうするんだい?﹂ ﹁保護者?﹂ ﹁当たり前さね、年頃の男女が同じ屋根の下で一緒に寝泊まりする んだよ、しかも王族も貴族もいる。成人してるとはいえ学生達だけ で行かせる訳ないさね﹂ そういえばそうか、特にオーグは王族だ、婚約者以外の女性達と 合宿をしたとなると、余計な事を言う奴がいるかもしれないな。 ﹁研究会の面子の親御さんは皆忙しいだろうからアタシが行ってあ 469 げるよ﹂ ﹁ワシも行くぞい﹂ ﹁え? 良いの?﹂ ﹁ああ、アタシらは正直暇だからねえ﹂ ﹁このままだとボケてしまいそうじゃ﹂ 暇を持て余した爺さんとばあちゃんが合宿に付いて来てくれる事 になった。 ﹁後、アンタは目を離すとロクな事をしないからねえ﹂ ﹁さ、最近は自重してる⋮⋮よ?﹂ ﹁本当かねえ?﹂ ばあちゃんがジッと俺を見る。 ﹁⋮⋮さすがにワシも何にも言えんのう⋮⋮﹂ ﹁アンタは自重しない元祖だからね﹂ ﹁ほっほ⋮⋮﹂ 爺さん!頑張れ!汗掻いて目を逸らしてないで! こうして、ばあちゃんの監視付きの合宿が決まりました。 470 合宿に出発しました 爺さんとばあちゃんが合宿に付いて来てくれる事になった。 その事を合同訓練の前に皆に伝えた。 ﹁凄い! 賢者様と導師様に合宿の保護者になって貰えるなんて!﹂ ﹁そういえば、保護者の事を考えていなかったな﹂ ﹁自分は、昨日の時点で誰か心当たりがあるのだと思っていました よ⋮⋮﹂ トールがオーグに対して苦言を呈している。っていうか、俺も思 い付いてなかったんだけどね。 山奥から出てきて数ヵ月、どうにも王族とか貴族とか、そういう のに中々慣れない。 王族であるオーグやディスおじさん、貴族であるシシリーやマリ ア、トールにユリウスも、前世の物語に出てきた傲慢な貴族とは程 遠いからな。つい普通に接してしまうし、その立場も忘れてしまい がちだ。学院にいる時は、オーグも自分が王族である事を忘れてい る節があるし。 この世界では、地方自治はどうしても貴族制度を取らないと成立 しにくい事情もある。 交通、通信網が前世より発達していないからだ。 471 地方と連絡を取るのに時間が掛かるから、地方自治は領主である 貴族の采配に任せる事になる。まあ、例外の国もあるけど。 だから王族とか貴族とかには慣れなきゃいけないんだけどなあ⋮⋮ ﹁どうにも王族とか貴族とか、何に気を付けなきゃいけないのか分 かりにくいなあ﹂ ﹁なんだ、シンは王族も貴族もいない国へ行きたいのか?﹂ ﹁え? ああ、エルス自由商業連合国か⋮⋮﹂ そう、この国がこの世界で唯一の例外。共和制を敷くエルス自由 商業連合国だ。 領主である貴族の代わりに、町人の中から立候補した人が選挙で 知事として選出され、さらにその知事の中から大統領が選出される。 なので貴族や王族は存在せず、平民しか存在しない。 まあ共和制の国だが、各地を領主である知事に任せるという形態 事態は王制の国と変わりはない。 交通、通信事情は同じだし。 ただ、元々商人であった人が知事や大統領になる事が多い為、こ の国との交渉は非常に難しい、と授業で習った。 ﹁シン君⋮⋮エルスへ行きたいんですか?﹂ ﹁え? いやっ違う! そういう意味じゃないって!﹂ シシリーが涙目になって訊ねてきた。 472 ﹁そうなのか? てっきり私達を見捨ててエルスに行きたいのかと 思ってしまった﹂ ﹁そんな事一言も言ってねえだろ!﹂ コイツ! 絶対ワザとだ! 本当にチョイチョイ黒い部分が顔を 見せるな、オーグは! ﹁皆を見捨てる事なんてしないから安心して、ね? シシリー﹂ ﹁そうなんですか、ビックリしました﹂ ﹁いつまでも馬鹿な事をしてないでそろそろ行きましょう。もう騎 士学院の皆さんも集まってますよ﹂ ﹁お、おう。そうだな﹂ 馬鹿な事って⋮⋮オーグも混じってたんだけどな⋮⋮。 最近トールも遠慮が無くなったな。昨日は研究会の事、厄介な存 在って言うし⋮⋮。 あれ? 俺の事に関してだけか? ちょっとモヤモヤしつつ、本日も騎士学院との合同訓練を行う。 相変わらず俺は皆のサポート役だ、騎士学院生が盾役となって足 止めしてる間に魔法学院生が魔法を放ち、ダメージを与えた所で騎 士学院生が止めを刺す。 ここんとこずっと同じ事を繰り返しているから随分連携も上手く なったな。 473 ﹁それにしても⋮⋮お前等に盾役は必要あるのか?﹂ ﹁ん? どういう事? ジークにーちゃん﹂ ﹁どういう事もなにも⋮⋮お前の研究会の面々はポンポン魔法を無 詠唱で撃ちやがって。本来騎士が盾役となって攻撃を受け止めるの は、魔法使いが詠唱する時間を稼ぐ為だ﹂ ﹁そうだね﹂ ﹁お前等は無詠唱で魔法を使うもんだから、盾役は攻撃を受け止め て時間を稼ぐんじゃなくて、とりあず順番だから一回魔物の攻撃を 受け止めてる感じになってるじゃないか。見ろ騎士学院生を﹂ そう言われて騎士学院生を見ると⋮⋮あ、自分達は必要あるのか ?って小声で呟いてる! ﹁ああ⋮⋮うん! これは訓練だから、他の班になった時の練習と いう事で﹂ ﹁はぁ、本当にお前⋮⋮いや、お前等にこの訓練の意味はあるのか ?単独で戦力として成立してるじゃないか﹂ そんな事言われてもな⋮⋮全員参加は上からのお達しだし。 ﹁なんか⋮⋮本当に私達の扱いがシンっぽくなりましたよね⋮⋮﹂ ﹁甚だ不本意だがな﹂ ﹁えっと⋮⋮そんな事言っちゃ⋮⋮﹂ シシリーまで言い淀まないで! なんか最近定番となりつつあるやりとりをしながら、特に何事も なく本日の訓練は終了する。 それにしても、一向に魔物が減らないな。この分だと、旧帝国領 474 はどんな事になってるんだか。本当に昨日聞かされた情報を持ち帰 った斥候部隊の人達の苦労が思い浮かぶ。 そうして、集合場所である王都門前に戻って来ると⋮⋮あれ? 初日と同じように落ち込んでる騎士学院生がいる。 ﹁なあ、これどうしたんだ?﹂ ﹁あ、シン君。いやあ⋮⋮合宿に賢者様と導師様が来て下さるって いうからテンション上がっちゃって⋮⋮﹂ ﹁アリス殿が⋮⋮騎士学院生が盾になる前に魔物を全部討伐してし まったんですよ﹂ ﹁私達も出番がなかったわぁ﹂ ﹁あうう⋮⋮ゴメンナサイ⋮⋮﹂ 初日以上にハッチャけたって事か。 ﹁トニーの所は大丈夫だったみたいだな﹂ ﹁そりゃあ訓練だし、騎士の役割も身に染みて理解してるからねえ﹂ ﹁そうで御座る﹂ ﹁という事は今回はアリスだけか﹂ ﹁うう⋮⋮ごめんなさーい!﹂ こんな感じで合同訓練は時々失敗しながらも順調に進んで行き、 学院は夏季休暇を迎えた。 夏季休暇は二ヶ月間、この期間は合同訓練はなし。その間、各々 研鑽を積み休み明けには以前より成長した姿を見せるようにとのお 達しがあっただけで宿題も無し。 宿題は無いけど、ちゃんと研鑽しとかないと休み明けの評価に響 475 くという、遊んでる暇はあまり無い感じの休みになりそうだ。 俺達﹃究極魔法研究会﹄は、この長期休暇を使って合宿を行い、 さらにレベルアップする予定だ。 ただ、未婚で年頃の男女が寝食を共にする為、爺さんとばあちゃ んが保護者として付いてくる。なので参加者の家に俺と爺さんばあ ちゃんの三人で挨拶に回った。 皆、英雄の二人が家に来たもんだから、大騒ぎになってた。 騒がなかったのは、面識があるディスおじさんとシシリーとマリ アの両親だけだった。トールとユリウスの両親も涙ぐんでたな。 シシリーの両親の所には、領地の屋敷に泊まらせて頂く事になる ので、お礼も兼ねて挨拶した。 ﹁すまないねえ、ウチの孫の我儘で屋敷を使わせて貰う事になって しまって﹂ ﹁ホンに申し訳ない﹂ ﹁いいい、いえ! 頭をお上げ下さい賢者様! 導師様! お二人 のお孫さんに協力できるならこれに勝る喜びはありません。それに これは世界の為になる事。誉れに思う事はあっても迷惑に思う事な ど微塵も御座いません!﹂ ﹁そうです、私どもは嬉しいのです。シン君の成そうとしている事 は世界を救う事、それに協力出来るなど末代まで語り継がれる事で す﹂ セシルさんもアイリーンさんも、今回の合宿に協力的だ。そんな 風に言われると緊張してしまうけど⋮⋮。 476 ﹁どうだかねえ⋮⋮この子はこういう自由にできる環境を与えると ハッチャける癖があるからねえ⋮⋮﹂ ﹁ほっほ⋮⋮そうじゃなあ⋮⋮﹂ 爺さん肯定しないで! ﹁まあ、この子が馬鹿な事をしないようにちゃんと見張っとくけど ⋮⋮何かやらかしたら勘弁しておくれ﹂ ﹁ばあちゃん! もう少し孫を信用しようよ!﹂ ﹁何言ってんだい! 今までの所業で信用しろってのが無理な注文 だよ! 本当に、くれぐれも自重しておくれよ?﹂ ﹁ああ⋮⋮うん、努力はする⋮⋮かな?﹂ ﹁はぁ、本当に不安だねえ⋮⋮﹂ ばあちゃんが深々と溜息を吐いた。 ﹁ど、導師様、シン君は優しい良い子です。そんな無茶な事は⋮⋮﹂ ﹁そうですわ。シシリーの為にこんなに一所懸命になってくれた子 が変な事をするはずが⋮⋮﹂ ﹁甘い、甘いよお前さん達。この子は思い付いた事をすぐに実行し てしまう悪い癖がある。しかもその思い付く事がアタシ等には理解 も及ばない事が多いんだよ﹂ セシルさんとアイリーンさんが俺を弁護してくれるが、ばあちゃ んがそれを一蹴した。 ﹁そ、そうなんですか?﹂ ﹁ああ、そうさ。アンタ達の身に付けてる防御の魔道具もこの子が 創ったものだね?﹂ 477 ﹁ええ、そうです。これには何度も命を救って頂きました﹂ ﹁え!? そうなんですか?お父様!?﹂ ﹁ああ、シシリーに心配を掛けたくなかったから言わなかったがね。 領地に戻る際何度か魔物に襲われてね、その時にこの魔道具が無け れば危ない場面が何度かあったんだよ﹂ ﹁私は主人からその話を聞いた時、シン君の優しさに何度も感謝し ましたわ。ありがとうシン君、改めてお礼を言うわ﹂ ﹁いえそんな、お役に立てて嬉しいです﹂ いい感じの援護射撃だ、これは良い方向に進むかな? ﹁そうかい、そりゃ良かった。この子の創った物が役に立ったんな らこんなに嬉しい事はないさ﹂ ﹁でしょう!﹂ ﹁その魔道具を使った感想はどうだい?﹂ ﹁感想ですか? いや、さすがに導師様のお孫さんが創った物だと 感心を⋮⋮﹂ ﹁そういう感想じゃなくて、一般に売られてる防御の魔道具と比べ てどうなのかって事さね﹂ ﹁それは⋮⋮正直、一般に売られている物とは天と地程の差を感じ ました。これ程の魔道具は見た事がない﹂ ﹁それをこの子はどれくらいで創ったんだい?﹂ ﹁確か一瞬でパパッと⋮⋮﹂ そこまで喋った時点でセシルさんが固まる。 ﹁そういう事さね。この子はそれ程の魔道具でも簡単に創っちまう。 それも思い付きでね。監視しとかないと危なくってしょうがないよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 478 ああ! セシルさんが黙り込んじゃった! が、頑張れ! ﹁まあそういう事さね、出来るだけ無茶な事はしないように監視す るけど、心積もりだけはしといておくれ﹂ ﹁分りました、覚悟はしておきます⋮⋮﹂ ﹁ま⋮⋮魔法の練習は荒野でするから多分大丈夫だと⋮⋮﹂ ギロリ! とばあちゃんに睨まれて何も言えなくなってしまった。 ﹁じいちゃん⋮⋮﹂ ﹁なんじゃ?﹂ ﹁ばあちゃん、怖いね⋮⋮﹂ ﹁ほっほ⋮⋮身に染みて知っておるわい⋮⋮﹂ 二人でばあちゃんの後をトボトボと付いて家に帰りました。 怖かった⋮⋮。 そして翌日、皆の家を廻った為ゲートを開けるようになったので、 俺が皆を順に迎えに行き、全員で家に集まった。 やっぱりタクシーか⋮⋮。 内心で気にしながら爺さんとばあちゃんと合流し、馬車乗り場へ 向かう。 今回、帰りはゲートで帰ってくるので、チャーターした馬車で目 的地まで向かう。 自前の馬車だと目的地に着いてから必要無くなってしまうからだ。 479 今回はオーグという王族や、爺さんばあちゃんという国民が遭遇 すると騒ぎになる人材がいるため、乗り合いではなく馬車をチャー ターした。 因みに、このチャーター料はオーグが負担した。チャーターしな ければいけなくなったのは自分のせいだからと言って。 チャーターした馬車は六人乗りが三台、十四人だから四・四・六 で別れる。 俺が乗るのは六人で乗る馬車で、俺、爺さん、ばあちゃん、オー グ、シシリー、マリアで乗る。 トールとユリウスは、オーグに俺と爺さんばあちゃんがいるから 大丈夫だと言われ、別の馬車に乗った。同乗者はリンとアリスだ。 マークとオリビアはやっぱり一緒の馬車に乗り、トニーとユーリ が一緒に乗った。 馬車での行程は二日程、その間ずっと馬車は走り続けるらしい。 ﹁一日中ずっとって、馬は大丈夫なのか?﹂ 馬車が走り出してからその行程を聞いた俺は馬車を牽く馬が大丈 夫なのか心配になり、聞いてみた。 ﹁大丈夫だ、馬に沢山馬具が付いていただろう?﹂ ﹁ああ⋮⋮そういえば色々付いてたな﹂ ﹁あれって、疲労回復とか身体能力強化とか色々と付与されてるの 480 よ?﹂ ﹁その馬具のお陰で馬が長時間走っても大丈夫になって、長距離の 移動時間が短縮されたんですよ﹂ ﹁その魔法が付与された馬具を開発したのが、他ならぬメリダ殿だ﹂ ﹁ばあちゃんが?﹂ ﹁何よ、知らなかったの?﹂ ﹁初めて聞いた﹂ ﹁メリダ様は、戦闘用が主流だった魔道具を、生活に役立つ物の開 発に力を入れられて、私達の生活を大いに向上させて頂いたんです﹂ ﹁皆の生活を便利に快適に向上させ、民衆をより良い生活に導いた 者として、皆敬意を込めてメリダ殿を導師と呼ぶのだ﹂ ﹁私達は生まれた時からこの生活に慣れてますけど、私達の祖父母 や父母はいつも言ってますよ。便利な世の中になったって﹂ ﹁へえ、そうなのか﹂ 何で皆がばあちゃんの事を導師って呼ぶのか不思議だったんだ。 俺にとっては怖いけど優しいばあちゃんでしかなかったからなあ。 ﹁なんだいシン? ジッと見て﹂ ﹁いや、ばあちゃんって凄い事してたんだなあって思って﹂ ﹁な、何言ってんだい。昔の話だよ昔の﹂ ばあちゃんが赤くなってそっぽを向いてしまった。 ﹁照れなくてもいいのに﹂ ﹁ほっほ、昔から誉められても素直に受け取らんのじゃよ﹂ ﹁へえ、でも何か想像できる﹂ ﹁アンタ達! いい加減におし!﹂ 481 そんな感じで、馬車の旅は楽しく順調に進んでいた。 が、やっぱり長距離を走っていると出てくるね、馬車を走らせな がらも展開していた索敵魔法に魔物の反応が掛かった。 ﹁魔物だ、この大きさは⋮⋮中型かな?﹂ ﹁うむ、数は五体か﹂ 他の馬車とも連絡を取り、一旦馬車を止める。 馬車から皆が出てきた。 ﹁魔物出たね﹂ アリスが馬車を降りながら言う。 ﹁どうします? これくらいなら一人でも大丈夫そうですけど、誰 がやります?﹂ トールの問い掛けに皆で顔を見合わせる。 ﹁あたし! あたしやりたい!﹂ ﹁いや私がやる﹂ ﹁僕もやりたいねえ﹂ 皆がやりたいと手を上げる。 ﹁それじゃあ⋮⋮﹂ 皆が俺を見てる中である提案をする。 482 ﹁クジ引きで﹂ そう言いながら、異空間収納からクジを出す。 ﹁何故クジを常備しているのですか⋮⋮﹂ トールの問い掛けには答えられない。 何でだっけ? ﹁まあ、そんな事より早くクジ引いて﹂ 皆がクジを引く。その間に魔物は視認出来る所にまで近付いてる。 あれは山犬の魔物かな? ﹁やった。当り﹂ ﹁あーん、外れちゃったあ!﹂ 当りはリンが引いた。 ﹁じゃあリン、お願いね﹂ ﹁分かった、任せて﹂ そう言って魔物に向かう。 魔力を集め、風の魔法を起動する。 無詠唱かつ強力な魔力によって発生した風の刃は、あっという間 に山犬の魔物を切り刻んでしまった。 483 ﹁お、大分魔法の起動が早くなったね﹂ ﹁むふ、楽勝﹂ ﹁でも、ちょっとやり過ぎかな?もう少し魔力が少なくても大丈夫 だね。そうすればもっと起動が早くなるよ﹂ ﹁そっか、次は気を付ける﹂ ﹁次はあたしね!﹂ ﹁駄目よ、次もクジを引きましょ。リンを除いて﹂ ﹁酷い、私もやる﹂ ﹁アンタ今やったじゃない﹂ そんな俺達のやり取りを見ていた御者の人達が話し掛けてきた。 ﹁あの⋮⋮今の中型の魔物でしたよね? しかも五体も⋮⋮﹂ ﹁瞬殺って⋮⋮﹂ ﹁クジって⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮予想通り、酷い事になってるねえ﹂ ﹁ほっほ、皆実力が上がって良い事じゃ﹂ そんな御者さん達の感想を聞いた皆はちょっと諦めた感じの声を 上げた。 ﹁やっぱりこういう反応をされますか﹂ ﹁しょうがないわね、合同訓練でも散々こういう反応されたし、も う慣れてきたわ﹂ ﹁これからもっとこういう反応されるんだろうねえ﹂ ﹁望むところ﹂ ⋮⋮これは良い傾向なんだろうか?皆がこの状況を受け入れ始め てる。 484 ﹁呆けている所悪いが、先に進みたい。また頼むぞ﹂ ﹃は、はい!﹄ オーグの指示で皆馬車に乗り込み、また馬車を進ませる。 その馬車の中でばあちゃんから訊ねられた。 ﹁シン、研究会の皆の実力はどうなってるんだい? あの子が特別 強いのかい?﹂ ﹁いや? 多分、他の皆も同じ事が出来るよ﹂ ﹁はい、出来ます﹂ ﹁私もあれ位なら⋮⋮﹂ ﹁私も出来るな﹂ ﹁あれ位って⋮⋮結構な事をやっていたよ? それをあれ位って⋮ ⋮﹂ ﹁ほっほ、良い感じに感覚が麻痺しとるの﹂ ﹁良い感じじゃない! はぁ⋮⋮本当に特殊部隊だねえ⋮⋮﹂ ばあちゃんが疲れたように溜め息を吐く。 ﹁他所様の家の子をこんなに魔改造しちまって⋮⋮アタシゃなんて 言えばいいんだい﹂ 皆は苦笑いをしながらばあちゃんの呟きを聞いていた。 魔改造って⋮⋮人に対しても使うのか? 485 裸の付き合いをしました︵前書き︶ 2話連続投稿の1話目です 486 裸の付き合いをしました 途中別の街で一泊して、ようやく目的地のクロード家の領地であ る街に着いた。 途中で一泊した街では大変だった。 何せ王族と誰もが知る英雄が泊まるのだ。普通の宿では騒ぎにな るという事で、その街一番の宿を取らざるを得なかった。 その街を治めている代官が屋敷に招こうと言ってくれたが、私的 な旅程である事や、王族を泊める事の影響を考えて辞退した。 なるべく情報を伏せていたのだが、どこから聞き付けて来たのか、 宿の前は凄い人だかりになっていた。 お陰で、折角別の街に来たのにも関わらず一切宿から出る事が出 来なかった。 まあ、街一番の宿と言われる位だから関係者や宿泊客以外は建物 に入れさせなかったし、最上階のワンフロア貸し切りになっていて、 階段前に警備員も付いたので宿泊客からも守ってくれた。 そんな有名人扱いを受けて、本当に宿に泊まるだけの滞在をした のだ。 特別扱いはちょっと嬉しかったけど、自由が無いのはちょっとな あ⋮⋮。 487 そんな一泊をして、シシリーのお父さんが領主を努める﹃クロー ドの街﹄に着いた。 基本的に、そこを治めている貴族の名前がそのまま街の名前にな っているのは、分かりやすいのと、治めている貴族が自分の家名を 冠している街に誇りを持ち、責任を持って統治させるためだ。 クロードの街は温泉地という事で、街のアチコチから湯気が上が っている。 街の門から入ってすぐは誰でも入れる公衆浴場や宿屋が並んでお り、一般の住民はもう少し奥に住んでいる。 領主の館は、裏が山になっている町の一番奥にあり、山側からの 浸入は難しい造りになっている。 街の入り口で市民証を出した所、既に話は通っているらしく、領 主の娘に王族英雄と特殊な人材のオンパレードだったのだが、特に 驚かれなかった。 むしろ無事に着いてホッとしている雰囲気があった。 そりゃそうか、何かあったら大変な面子だもんな。まあ、この面 子で何かあるとは考えにくいけど⋮⋮。 そしてすぐ様領主館に使いを出してくれた。通常馬車は馬車乗り 場までなのだが、サービスで領主館まで乗せていってくれた。 ﹃お帰りなさいませシシリーお嬢様﹄ 488 先触れがあったので使用人さん達が総出で出迎えてくれた。 ﹁シシリーお嬢様、お帰りなさいませ。そしてアウグスト殿下、よ うこそいらっしゃいました。それに賢者様、導師様、お目に掛かれ て光栄でございます。御学友の皆様もようこそいらっしゃいました。 そして新たな英雄シン様﹂ 多分、シシリーのお父さんの代わりにここを治めている代官の人 が皆に挨拶をし、最後に俺をジッと見た。 な、なんでしょう? ﹁私や使用人一同、貴方様のお越しを心よりお待ちしておりました。 どうぞ宜しくお願い致します﹂ ﹃宜しくお願い致します﹄ 何か使用人さん全員に頭を下げられた。ナニコレ? ﹁も、もう! 皆さん大袈裟ですよ!﹂ ﹁しかしシシリーお嬢様、将来我々とは無関係でない間柄になる御 方に御挨拶するのは当然かと⋮⋮﹂ ﹁わー! わー! 何言ってるんですかー!﹂ シシリーが超慌ててる。これまた珍しい姿が見れたな。 その様子を笑いながら見ていると、シシリーがこっちを見た。 ﹁な、何で笑ってるんですか?﹂ ﹁いや、シシリーが大声上げて慌ててるのって珍しいからさ、つい﹂ 489 ﹁あぅ⋮⋮ついって、もう!﹂ ﹁アハハ、ごめんごめん、ほら機嫌直して﹂ 真っ赤になって涙目のシシリーの頭を撫でてやると、徐々に落ち 着いて来たみたいだ。 ﹁もう⋮⋮仕方ないですね﹂ ﹁何か慌ててる姿が可愛くってさ、ごめんな?﹂ ﹁か、可愛い⋮⋮﹂ あ、また真っ赤になっちゃった。 ふと視線を感じたので周囲を見渡してみると、研究会の皆だけで なく、使用人さん達までニヤニヤしてた。 ﹁な、なんだよう﹂ ﹁いや、相変わらずイチャイチャしてると思ってな﹂ ﹁ははあ、これを訓練中ずっとやってた訳ですか。そりゃイチャイ チャしてると言われますね﹂ ﹁そうなのよ、騎士学院生が血の涙を流してたわね﹂ ﹁男女比九対一の男子学生の前でなんて惨い事をするんだろうねえ ⋮⋮﹂ ﹁お嬢様、やはりきちんと御挨拶をしなければ﹂ ﹁あぅぅ﹂ あーあー、シシリーが更に真っ赤になって俺の後ろに隠れちゃっ た。 しばらくシシリーは復帰出来そうにないので代官の人が話を進め だした。 490 ﹁私はセシル様に代わってこの地の代官を努めております、カミー ユ=ブランドリと申します。私はこの館に住んでいる訳では御座い ませんので皆様のお世話は使用人に一任する事になってしまいます が御容赦下さい﹂ ﹁え? ここに住んで無いんですか?﹂ ﹁ここはクロード子爵邸で御座います。私がお邪魔しているのは執 務の為に過ぎません。居住区域には出入り致しません﹂ そうなんだ、てっきりここに住んでるのかと思ってた。 ﹁アウグスト殿下もようこそいらっしゃいました﹂ ﹁ああ、だが今回私がここに来たのはあくまで研究会の合宿の為だ からな、歓待は無用に願う﹂ ﹁心得ております。今回英雄様を保護者として同行されたのは良い 御判断で御座いました﹂ ん? 何で? よく分かってない顔をしてたのかな、オーグが俺に説明してきた。 ﹁私は王族だからな、貴族の屋敷を私的に訪れたとなると色々言う 輩もいるのだ﹂ ﹁それは知ってるけど、何でじいちゃんとばあちゃんを連れて来た のが良い判断なんだ?﹂ ﹁この国ではとにかくマーリン殿とメリダ殿の名声は大きいからな、 その二人が保護者として同行してきたとなると、周りの声は﹃王子 が貴族の屋敷に来た﹄では無く﹃賢者様と導師様が孫の研究会の合 宿の為に保護者として同行してきた。その中には王子もいるらしい﹄ となる訳だ﹂ 491 内容は一緒だけど、受ける印象が違う訳か。爺さんとばあちゃん もそれを計算して保護者を名乗り出たのかな? そう思って二人を見ると、二人して目を逸らした。 ⋮⋮完全に偶然だな、こりゃ。 その後、他のメンバーも自己紹介をし、今日の所は長旅で皆疲れ ている事もあり、温泉に入ってゆっくりして活動は明日からという 事になった。 シシリーはまだ顔が赤かったけど、何とか復活して女性陣を部屋 と温泉に連れて行った。 俺達男性陣の方は年嵩の女中さんが案内してくれた。 部屋は各々に個室が与えられ、爺さんとばあちゃんは同室だった。 そして、いよいよ温泉である。 まあ、とは言っても普通に風呂も公衆浴場もある世界だから湯船 に入る事自体は珍しくもなんとも無いし、この身体はまだ若いから 温泉に入って疲れを取りたいって欲求もそんなに無い。 けど、温泉があるなら爺さんとばあちゃんを連れてきてあげたか ったからなあ、そっちの方が嬉しいな。 温泉は、屋敷の中に引かれていた。通常の風呂がこの屋敷では温 泉なのである。なんて贅沢な!これも温泉地の特権かねえ。 492 お客さんを招く事も多いらしいので、温泉は男女別になってた。 本当に温泉宿だな。 そして皆で裸になり浴室に入ると⋮⋮。 ﹁広っ!﹂ そう、家の風呂も十分広いと思ってたけど、ここはそれ以上だっ た。それが男女別で二つ⋮⋮クロード子爵家、本気だな! ﹁ほう、これは凄いな﹂ ﹁自分、こんな凄いお風呂に入るの初めてッス!﹂ ﹁拙者の屋敷より大きいで御座るな﹂ ﹁ウチなんてもっとですよ﹂ ﹁それを言ったらウチは公衆浴場だからねえ⋮⋮﹂ トニーん家は公衆浴場か。別にこれは珍しい事ではない。むしろ 自宅に風呂がある事自体が珍しい。 まあ、マークのところは自宅が工房だからな、風呂も造ったんだ ろう。 そして肝心の爺さんだが、温泉に御満悦のご様子である。 ﹁こりゃあ凄いのう、こんな温泉に入れるとは思ってもみなんだ﹂ 満面の笑みを浮かべながら、体を洗い湯船に浸かる。 ﹁ああ∼生き返るのう⋮⋮﹂ 493 ﹁ふいー気持ちいい⋮⋮﹂ 馬車での長旅で意外と疲れが溜まってたみたいで、身体から疲れ が抜けていくような錯覚に陥る。それは皆も同じようで⋮⋮。 ﹁ふう⋮⋮これはいいな⋮⋮﹂ ﹁ですねえ⋮⋮﹂ ﹁気持ちいいで御座るな⋮⋮﹂ ﹁自分、寝そうッス⋮⋮﹂ ﹁寝たら死ぬよ?﹂ 各々温泉を満喫しているようだ。 しばらく温泉を堪能していると、おもむろに爺さんが喋りだした。 ﹁皆、シンに付き合ってくれてありがとうのう﹂ ﹁え? 賢者様?﹂ ﹁この子は、ずっと山奥で暮らしておったからのう、同い年の友人 が一人もおらなんだ﹂ 爺さんの話しに皆耳を傾けてる。 ﹁小さい頃から異常に物覚えの良い子でなあ、あれもこれもと教え ておるうちに、気が付けば成人しておったんじゃ﹂ え? うっかりなの? ﹁その事に気が付いてからこの子に申し訳なくてのう⋮⋮何とか学 院で友人を作ってくれるのを願っておったんじゃ﹂ 494 そうか、騒ぎになるのが分かってて王都に付いてきてくれたのは、 申し訳無いって思ってたからか⋮⋮。 ﹁じゃからのう、入学して早々にこんなにも心を許せる友人が出来 た事は本当に嬉しいんじゃ。皆ありがとう﹂ そう言って爺さんは皆に頭を下げた。 ﹁止めて下さいマーリン殿。むしろ私の方こそお礼と謝罪をしなけ ればなりません﹂ オーグがそう返した。 ﹁私はこの国の第一王子です。対等な友人など一人も居なかったし 立場上しょうがない事だと諦めてもいました。しかし、シンは私の 事を従兄弟みたいだと言って対等に接してくれた。それは私にとっ て予想外の嬉しい出来事だったのです﹂ へえ、オーグの本音なんて初めて聞いたな。 ﹁そして今、シンの好意に甘えて今の事態に対処するための戦力を 作ろうとしている。それが危険な事だと、シンを巻き込む事になる と知った上でです。その事はシンを守ろうとしているマーリン殿や メリダ殿に対し非常に申し訳無く思っています。申し訳ありません﹂ 俺が勝手にしてる事なんだけどな。むしろ尻拭いをさせてるみた いで申し訳無く思ってるのに⋮⋮。 ﹁ほっほ、その事は気にせんでもエエ。ディセウムから聞いておる よ、王国の私欲の為にその戦力を使う訳では無いと、事が済んだ後 495 は世界の平和の為にその戦力を使うつもりだともな﹂ もうディスおじさんまでその話は行ってるのか。本当に国家プロ ジェクトになってんな。 ﹁そこまで気を遣わせてしまっている事も申し訳無いんじゃがな、 出来ればシンとは変わらずに友人付き合いをしてやって欲しいんじ ゃ﹂ ﹁それは勿論、私にとっても初めて出来た気兼ね無くやり取りが出 来る友人⋮⋮いや従兄弟ですから﹂ その言葉に、他の皆も頷いてくれた。 ﹁ウォルフォード君にはお世話になりっ放しッス。こちらこそ自分 で良ければずっと友人でいて欲しいッス!﹂ ﹁シン殿と一緒にいるのは呆れる事も多いですけど楽しいですから ね、自分の方こそ宜しくお願いしたいです﹂ ﹁拙者も同じで御座る。特に拙者は他の貴族達からも異端の目で見 られる事が多いで御座るが、シン殿は普通に接して下さる。拙者は 本当に嬉しいので御座るよ﹂ ﹁そうだねえ、シンって色眼鏡で見ないというか、僕の事もチャラ チャラしてるとか言わないからねえ。女の子も好きだけど、男の友 人が出来るのも嬉しいよねえ﹂ 皆がそう言ってくれた。 ﹁そうなのか? 俺は、良かれと思ってやった事が、皆を面倒事に 巻き込んでしまって申し訳無いと思ってたんだが⋮⋮﹂ ﹁良かれと思ってやった事でしょう? そんな事に文句なんて付け ませんよ。むしろ、一般人だった自分達を世界を救う集団にまで引 496 き上げてくれた事に感謝してるんですよ﹂ ﹁え、そうなのか?﹂ ﹁やっぱり自分も男ですからね、英雄願望はあるんですよ﹂ トールのその言葉に皆頷いてる。 ﹁まあ、トールは男っていうか、男の子って感じだけどな﹂ ﹁言わないで下さいよ! 気にしてるんですから!﹂ 皆が笑ってくれてる。本当に良い友達に恵まれたなあ。 ﹁じいちゃん﹂ ﹁なんじゃ?﹂ ﹁俺は感謝してるよ、俺をずっと鍛えてくれた事。途中で街に出て たら、多分今の俺はいないと思う。だからさ、あんまり気にしない でよ。そのお陰でこんなに一杯友達も出来たんだからさ﹂ ﹁シン⋮⋮﹂ ﹁ありがとう、じいちゃん﹂ ﹁う⋮⋮﹂ あ、また爺さん泣いちゃった。 497 一方その頃女風呂では︵前書き︶ 2話連続投稿の2話目です。ご注意下さい。 498 一方その頃女風呂では マーリンが研究会の男性陣にお礼を言って、シンに泣かされてい た頃、女風呂ではどんな様子だったのか。 ﹁わ⋮⋮メリダ様凄い⋮⋮﹂ ﹁本当⋮⋮失礼ですけど、確か六十は越えてらっしゃいますよね?﹂ ﹁もうすぐ七十に手が届くねえ﹂ ﹁それでこの身体⋮⋮反則だよー!﹂ 脱衣場で衣服を脱いだ女性陣は、メリダの体を見て驚愕していた。 六十をとうに越し、七十に手が届こうかと言うのに、身体には一 切衰えが見えない。 どうやってこの身体を維持しているのか、女性陣はその事に非常 に興味を持ち、自分の身体を見てその理不尽を嘆いたりしていた。 当のメリダはそんな事はお構い無しに温泉を堪能していた。 ﹁あぁ⋮⋮骨身に染み渡るねえ⋮⋮﹂ ﹁本当ですねぇ⋮⋮意外と疲れてたみたい﹂ ﹁フフ、喜んでもらえて嬉しいです﹂ ﹁これはいい。さいこー﹂ 女性陣の方も長旅の疲れと、メリダという保護者がいる為あまり 騒いでいない。 499 そして湯船を堪能し落ち着いてくると、やはり皆の興味はメリダ に向かう。 どうしても聞いてみたくなったマリアから質問があった。 ﹁メリダ様って普段から何かされてるんですか?﹂ ﹁ん? いやこれといって何も⋮⋮ああ、そういえばシンが身体を 動かしてる方が良いって言うから、家にある器具を使って運動はし てるねえ﹂ ﹁器具?﹂ ﹁ああ、あの子はとんでもないもんばっかり創ってるけど、時々ア タシが唸るような便利な物も創るんさね﹂ ﹁え? という事は魔道具なんですか?﹂ ﹁ああ、魔力を纏って器具に触れると起動するんさね。自動で動く ベルトの上に乗って歩いたり走ったりする器具とか、徐々に負荷が 重くなってくる器具とか、そのそれぞれに自然回復力強化の付与が されてるから効果が直ぐに現れるのさ﹂ ﹁効果が直ぐに現れる!?﹂ ﹁それって本当なんですか!?﹂ ﹁ああ、何でかは知らないけどねえ。お陰で体力も筋力も随分付い たね。この分だと百五十位迄は生きられそうだねえ﹂ そう言ってメリダは笑っていたが、他の女性陣は真剣な顔をして いた。 特にアリスとリンが。 ﹁メリダ様! あの、その器具を使わせて頂けませんか!?﹂ ﹁私も使いたいです﹂ 500 そう言って来た二人の身体をメリダは見た。そして絶望の言葉を 放つ。 ﹁構わないけど、身体を鍛えたって胸は大きくならないよ?﹂ ﹁え?﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁むしろ、身体を動かし過ぎると胸が小さくなるよ?﹂ ﹁な!?﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮!?﹂ メリダの言葉に絶望する二人。 そしてその言葉に興味を持った他の面々が質問してきた。 ﹁身体を動かし過ぎると胸が小さくなるってどういう事なんですか ?﹂ ﹁ああ、シンが言ってたんだけどね、身体を動かすと脂肪が減るだ ろう?﹂ ﹁ええ﹂ ﹁そうですねぇ﹂ ﹁ここのおにくが⋮⋮﹂ 別の話題に食いついた。 ﹁で、胸も脂肪で出来てるから身体を、特に全身を使って運動し過 ぎると胸の脂肪まで減らしちまうそうなんだよ﹂ ﹁へえ、そうなんですか?﹂ ﹁ということは⋮⋮ある程度の運動ならメリダ様みたいな凄い身体 になれるんですね!﹂ 501 やはり女性にとって脂肪の除去は永遠のテーマらしい。 ﹁それにしても⋮⋮シンって何でそんな事知ってるんですかね?﹂ ﹁そうですね。魔法を使う時のイメージを教えて貰った時もそうで すけど、本当に色んな事を知ってますよね﹂ マリアとシシリーが不思議に思いメリダに問い掛けた。 ﹁そうだねえ⋮⋮マーリンも言ってたけど、何にでも疑問と興味を 持つ子なんだよ。何で火が燃えるのか? 何で風が起きるのか? 水は何で出来てる? 何で水は氷になる? 身体は何で出来てる? どうやって動いてる? その事をとにかく調べたんだろうねえ﹂ メリダが懐かしむように語り出す。 ﹁あの子は五つ位の時から森の中で狩りに走り回ってたんだよ﹂ ﹁い、五つ!?﹂ ﹁それは信じられませんよぉ﹂ ﹁真実なんだから諦めな。アタシもビックリしたもんさ、ある日シ ンが見当たらないからマーリンに問い質したら⋮⋮森に狩りに出掛 けたって言うじゃないか。ついマーリンを締め上げちまったよ﹂ ﹁は、はは⋮⋮﹂ その様子が容易に想像出来た面々は苦笑いを溢す。 ﹁小さい頃から異常に物覚えの良い子だったけど流石に心配でねえ。 探しに行こうかと思ってたらヒョッコリ帰って来たのさ﹂ メリダは皆を見て言う。 502 ﹁鳥に兎に、鹿を狩ってね﹂ ﹁鹿!?﹂ ﹁五歳で鹿ですか!?﹂ ﹁はぁ⋮⋮シン君凄いです⋮⋮﹂ ﹁うそぉ⋮⋮﹂ ﹁凄い。流石ウォルフォード君﹂ その反応に孫を誉められたメリダはちょっと得意気だ。 ﹁アタシも驚いたねえ。しかもそれを異空間収納から取り出したも んだから余計に驚いたね﹂ 五歳で異空間収納を使えていた事に皆は声が出ない。 そんな面々をよそにメリダは話を進める。 ﹁これだけ狩れるなら大丈夫かと思ってね、日中は森の中に狩りに 出るようになったんだよ。それからかねえ⋮⋮森の中で色々と実験 をするようになったみたいで⋮⋮気が付いたらこのザマさね⋮⋮﹂ シンを森の中で自由にさせてしまった事を若干後悔しているメリ ダは溜め息を吐いた。シンに自由を与えるとハッチャけると言った のはこの経験があるからである。 その一方でシンの異常な魔法の数々が、森の中で一人で遊びなが ら実験を繰り返してきたことによるものだと、皆は理解した。 比較対照者がいなかったから自分のしてる事が異常な事だと気付 いてなかったのだと。 503 ﹁マーリン様は気付いてなかったのですか?﹂ ﹁あの元祖無自重男がかい? 気付くどころか、シンが直ぐに魔法 を覚えるもんだから、次から次へと魔法を教えていたよ。事の元凶 は間違いなくあの爺さんさね﹂ 世間では賢者様と呼ばれ皆の尊敬を集める人物の意外な一面に皆 は苦笑いしか出ない。 ﹁でも、そのお陰でこの事態に対処出来そうなんですから、良かっ たんだと思います﹂ ﹁そうさねえ、まさかこんな事をしでかす輩がいるとは夢にも思っ てなかったからねえ﹂ ﹁だからメリダ様もあんまりお気になさらないで下さい。シン君は きっと世界を救う英雄になりますよ﹂ その言葉にメリダはシシリーをじっと見る。 ﹁アンタ、やっぱり良い子だねえ、これからもシンの事を宜しく頼 むよ。道を間違えないようにしてやっておくれ﹂ ﹁はい! お任せ下さい!﹂ シシリーもメリダに返事を返す。 ﹁そういえば、シン君治療魔法も凄いんですけど、それも一人で覚 えたんですか?﹂ ﹁ああ、森で狩った獲物を自分で解体してたからね。それで生き物 の体の構造を調べたんだろうねえ﹂ 元々人体の構造を知っていたとは夢にも思わない為、それっぽい 理由を自分で考え納得していた。 504 ﹁それにしても、シンの異常な魔法の理由が分かった気がするわね﹂ ﹁一人で遊んでたって、ちょっと淋しい理由だけどね﹂ ﹁だから仲間の身を案じてくれてるのねぇ。友達がいなかったから ⋮⋮﹂ シンの魔法が独特な理由や、仲間の為に色々と気を配るのは友達 がいなかったせいだと皆が納得していた。 ﹁だからねえ、アンタ達には感謝してるんだよ﹂ ﹁メリダ様?﹂ ﹁あの子には同い年の友達がいなかった。周りにいるのは大人ばっ かりだったからね。あの子はアタシ達がいたから淋しくなかったっ て言うけど、アンタ達と一緒にいる時のシンの様子を見てるとねえ ⋮⋮やっぱり友達は必要だったと思っちまうのさ﹂ 成人するまで森の奥で一人にさせてしまった事を後悔しているメ リダの告白を皆黙って聞いている。 ﹁だから、今こうして皆がシンの友達でいてくれる事が嬉しくてね え⋮⋮本当にありがとうねえ﹂ そう言って皆に頭を下げる。 ﹁メリダ様、頭を上げて下さい。私の方こそ、シン君に出会えて本 当に良かったと思ってるんです﹂ ﹁そうですよ、むしろシンと友達になれて良かったのは私達です﹂ ﹁うん。超ラッキー﹂ ﹁リンさん、ラッキーって⋮⋮﹂ ﹁でもその通りですよぉ、ウォルフォード君と知り合って一番得を 505 したのは私達ですぅ﹂ ﹁ホントそうだよね!﹂ ﹁アンタ達⋮⋮﹂ 女性陣の言葉にメリダは感謝の気持ちが増してくる。そして、感 謝の気持ちを表す為にある提案をする。 ﹁よし! 今回の合宿じゃあ保護者に徹して口を出さないつもりだ ったけど、アタシ達もアンタ達を鍛えてあげる事にするよ!﹂ ﹁ええ!? メリダ様とマーリン様が!?﹂ ﹁本当ですかぁ!?﹂ ﹁ああ、その代わりビシバシ行くからね、覚悟しなよ?﹂ ﹃はい!﹄ ﹁望むところ﹂ ﹁フフ、楽しくなりそうだねえ﹂ そうやって笑うメリダに、若干の不安と、大いなる期待を女性陣 は持つのであった。 506 新しい魔法の実験をしました 温泉から上がった研究会の面々は妙にほっこりした顔をしていた。 爺さんの話しに感銘を受けたみたいだ。 内容がボッチだった俺の友達になってくれてありがとうって内容 だったのはちょっと微妙だけど⋮⋮。 そして、女性陣も同じタイミングで温泉から上がってきた。 こっちは妙にスッキリした顔をしてた。そして、俺の顔を見て優 しげな表情をしてた。 え? 何? そして風呂あがりに用意されていた食事を頂いてる時にばあちゃ んから今回の合宿についての話があった。 ﹁ああそうだ、さっき風呂の中で決めた事があってね、今回の合宿 でアタシ達は保護者に徹するつもりだったけど、アタシ達もアンタ 達を鍛えてあげるよ﹂ ﹁え? 本当ですか?﹂ ﹁マーリン様とメリダ様が教えて下さるのですか?﹂ 女性陣は既に知っていたのか落ち着いた様子だが、初めて聞かさ れた男性陣は盛り上がっていた。 507 ﹁え? いいのじいちゃん﹂ ﹁ほっほ⋮⋮初めて聞いたのう⋮⋮﹂ 爺さんには話が通ってなかったみたいだ。 ﹁まあ、シンには魔法のイメージを教えて貰いな。爺さんは魔力制 御を、アタシは付与魔法を教えてあげるよ﹂ ﹁うわぁ! 夢みたいですぅ!﹂ 付与魔法を鍛えたいって言ってたユーリのテンションが再び上が る。 この子のテンションが上がってる所も珍しいな。普段はおっとり してるからなあ。 ﹁という事は、俺はフリーになる時間があるから⋮⋮新しい魔法の 実験かな﹂ と、俺が発言した所で皆の動きが止まった。 ﹁⋮⋮ちょいとお待ち、シン﹂ ﹁何? ばあちゃん?﹂ ﹁何じゃない! 今聞き捨てならない事を言ったねえ⋮⋮﹂ ﹁新しい魔法とか⋮⋮﹂ ﹁実験って⋮⋮﹂ ﹁あの! その時は言って下さいね! 私達避難しますから!﹂ オリビアが珍しく前に出てきた。若干怯えながら⋮⋮ ﹁え⋮⋮何この反応⋮⋮﹂ 508 ﹁お前⋮⋮新しい魔法って、一体何をするつもりだ?﹂ オーグから追求される。 ﹁いや⋮⋮シュトロームを倒すのに、新しい魔法が必要かなって⋮ ⋮﹂ ﹁え? 確かこの前シュトロームと対峙した時、全力出してなかっ たって言ってませんでしたか?﹂ トールが警備隊の詰所での事を覚えていた。 ﹁いやまあ、確かにそうなんだけどさあ、ちょっと思い付いた事が あって、ちょっと試してみたかったんだけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮なんだ、話を聞いただけでヤバイ気がするのは私だけか?﹂ ﹁いえ殿下、自分もです﹂ ﹁私もです﹂ ﹁私も! ヤバイ匂いがプンプンするよ!﹂ ⋮⋮詳しい話をしてないのに、新しい魔法のアイデアと言っただ けでこの反応⋮⋮そろそろ泣いていいでしょうか? ﹁ちょいと聞くけど、それは危ない事ではないのかい?﹂ ﹁危なくはないよ⋮⋮自分には⋮⋮﹂ ﹁つまり⋮⋮周りには危険があるって事かい?﹂ ﹁いや⋮⋮まあ⋮⋮一応攻撃魔法だから相手には⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮まあそりゃそうか、で? どれくらいの威力なんだい?﹂ ﹁さあ? それを実験してみたいんだけど⋮⋮﹂ 何とか魔法の実験をさせてもらえないかと懇願してみる。 509 ﹁はあ⋮⋮いいかい、実験をする時はあの荒野で、周りにも声を掛 けるんだよ﹂ ﹁当たり前じゃん、じゃあ実験していいの?﹂ ﹁本当に大丈夫なんだろうねえ? アンタが魔法を使ったら世界が 終わるとか無いだろうねえ?﹂ ﹁いや⋮⋮さすがにそんな魔法は使わないよ⋮⋮﹂ ばあちゃんは俺を何だと思ってるのか? 破壊神じゃねえよ! こうしてばあちゃんにしつこい位釘を刺されたけど、何とか新し い魔法の実験をして良いという許可を貰った。 皆が爺さんとばあちゃんの指導を受けてる間、俺は新しい魔法の 実験をする。 皆や爺さんの魔法を見ていて思った事があるんだよな。 俺の想像通りならちょっと面白い事になるかもしれない。早く試 してみたいな。 ﹁シン君⋮⋮あの、やっぱりちょっと自重した方がいいと思うんで すけど⋮⋮﹂ ﹁シシリー? どうした?﹂ ﹁あの⋮⋮凄く嬉しそうな顔をしてたっていうか⋮⋮なんというか ⋮⋮﹂ ﹁やっぱり心配になってきたな﹂ ﹁はあ⋮⋮大丈夫かねえ⋮⋮﹂ え、そんな顔をしてた? やっと試す事が出来て嬉しかったのか も⋮⋮ 510 とりあえず、明日からの訓練の予定を決めた。 午前中は爺さん監修の魔力制御の練習をして、午後から俺と魔法 の練習、夕方から夕食まではばあちゃん監修の付与魔法講座や俺の 魔法実験を行う事になった。 ただし、俺が魔法の実験をする際は、爺さんばあちゃんの監視の もとでないとやるなと言われた。 理由はいざという時に対処出来ないから。 まあ初めて使う魔法だし心配なのは分かるけど、心配し過ぎなよ うな気がする⋮⋮。 ﹁アンタの今までの所業を考えるんだね﹂ ⋮⋮何も言い返せないな⋮⋮。 その夜は長旅の後に温泉に入ってノンビリしたせいか、グッスリ と眠れた。 翌朝、朝食の席に現れた皆はスッキリした顔をしていた。やっぱ り温泉が効いたみたいだ。合宿の宿泊先としては最高だな。 その事を皆がシシリーや使用人の人達に言うと、とても嬉しそう な顔をした。やっぱり自分の領地の事を誉められると悪い気はしな いもんな。 そして昨日決めた予定通りに午前中は皆で魔力制御の練習だ。 511 やはり爺さんの魔力制御の指導は的確だな。 ﹁ほれトール君、制御が少し乱れとるよ﹂ ﹁はい!﹂ ﹁シシリーさん、今ので十分制御出来とるからもう少し魔力を高め てみようか﹂ ﹁はい!﹂ ﹁リンさん! それは集めすぎじゃ! 暴走するぞい!﹂ ﹁あれ? 間違えた﹂ 相変わらず暴走ギリギリのリンも寸前に爺さんに止められていた。 今でもしょっちゅう暴走させるからな⋮⋮よく見とかないと、障壁 を張るのが遅れたら周りが酷い事になるからな。 皆この日の午前中だけで少し制御出来る魔力の量が増えていた。 そして昼食後は俺が監修する魔法の実践練習だ。 ここに俺が試してみたくなった魔法の理由があったりする。 皆は俺がイメージしてる過程を何となく理解してイメージすると 魔法が使えたと言っていた。 そう、﹃何となく﹄だ。 厳密にこういう﹃物質﹄がこういう﹃反応﹄を起こすからこうい う﹃結果﹄が得られるとイメージしてる訳ではないのだ。 という事は、もっと曖昧なイメージでも、物理的に無茶な事でも、 512 イメージ次第で実現可能なのではないか? そう考えた。 例えば﹃可燃性のガス﹄という、あまりにも曖昧なイメージ。そ れでも魔法は起動するのではないか? そもそも、俺は学生の時にそんなに科学が得意だった訳ではない。 でも、今までイメージ通りに魔法は起動してきた。 という事は今までも﹃自分がこうだと思い込んだ事﹄はそのまま ﹃イメージ通りに﹄具現化してきたのではないか? 皆の練習を見ながらその考えはさらに確信を増す。 マリアは燃え盛る炎の魔法を放つ。しかし、燃焼の原理を完全に 理解している訳ではない。 シシリーは水を凍らせた氷の刃を放つ。シシリーも水の分子構造 だの、凍る時の分子配列だの、詳しい事までは理解してない。 リンも風の刃を無数に出すが、そこまで厳密に理解はしてない。 皆が曖昧な理解のまま今までよりも強力な魔法を使えるようにな っている。 やはり俺の仮説は間違ってないように思える。 そんな皆の練習の様子をばあちゃんだけ呆れた表情で見ている。 ﹁よくもまあ、これだけの魔法を無詠唱でポンポン撃つもんだねえ ⋮⋮魔法師団の立つ瀬が無いじゃないか⋮⋮﹂ 513 ﹁でも、量産型とはいえ、これでも魔人相手には厳しいと思うんだ けど﹂ ﹁まったく⋮⋮本当に世界の危機じゃないか﹂ 俺は学院の学生しか魔法のレベルが分からない。これでも魔人に は厳しいと思うけど、周りがこのレベルに達してないとなると、相 当厳しい感じがする。 旧帝国領で魔人が暴れ回ってるのを指をくわえて見てるしか出来 ないのも納得だ。 魔人一人ですら相手にならないかもしれない。 ばっこ 魔物が跋扈している旧帝国領で、まだ無事な町や村に避難指示を 出す事も出来ない。辿り着く事すら出来ない。 そんな考え出したら絶望的な事しか出てこない状況だ。戦える戦 力アップの為にも、何よりこれから最前線に出る事になってしまっ た皆の為にもこの合宿で強くなって貰わないとな。 そうして実践練習が終わった後は、一時休憩を挟んでから、いよ いよ俺の魔法の実験だ。 皆が緊張して俺の方を見てるけど、実験なんだしいきなり大きい 魔法は撃たないって。 まずは、よく燃える可燃性のガスをイメージしてみる。それに火 種の魔法で火を付けると⋮⋮。 ボワッ! 514 マジシャンが火を出すみたいに一気に燃えて消えた。 これはいけるぞ! ﹁それが新しい魔法かい?﹂ ﹁いや、それの確認をしただけ﹂ さあ、ここから本番だ。といっても段階を踏んで少しずつ試して みる。 試すのは爆発の魔法。 まず空気による玉を作りさっきイメージしたガスを閉じ込める。 ガスが爆発するのは、密閉空間に充満したガスに引火し、ガスが 一気に膨張、密閉されている為に膨張したガスの逃げ場が無くなり、 密閉空間が破綻すると⋮⋮。 ポンッ! 今までもこの原理で爆発の魔法を使っていた。そして今までより も大分小さくガスの玉を作ったのだが、それでも今までより強い爆 発が起きた。 周りを見ると、皆何やら怪訝な顔をしていた。まだこれも実験の 前準備だけどね。 さて次だ。次はいよいよ物理法則を無視したイメージによる魔法 の発現だ。 515 イメージするのは﹃指向性﹄ 同心円状に拡がる爆発の衝撃波を前方にのみ向かうようにイメー ジする。 さっきと同じガスの玉を作りそれに指向性の衝撃波が生まれるよ うにイメージする。 そして⋮⋮。 ポンッ! やった!成功だ! 爆発した衝撃波は俺の方には来ず前方にのみ爆発のエネルギーを 放出した。 よし! これで準備は終わりだ。 ﹁皆、多分大丈夫だとは思うんだけど、一応魔力障壁を展開しとい て。万が一があるかもしれないから﹂ その言葉に慌てて魔力障壁を全力で展開する面々。 多分だけど大丈夫って言ったのに⋮⋮。 俺への信用があまりにも低い事に、若干の寂しさを感じながら魔 法の準備を進める。 516 まずは⋮⋮さっきのガスを集めて圧縮。もっと圧縮圧縮圧縮圧縮。 周りを覆う空気の壁も若干厚くし、より大きな爆発エネルギーを 発生させる為の準備は整った。 そして最後に爆発の衝撃波の指向性をイメージして魔法を発動。 着弾と共に火種が起き、ガスに引火するようにしている。 そして⋮⋮。 ドグワアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!! とてつもない大爆発を起こし魔法は発動した。 指向性を持たせた事で、爆心地から俺寄りに衝撃波は一切来てい ない。 そして、爆心地から先は⋮⋮。 ﹁シン⋮⋮アンタ⋮⋮なんて魔法を創ったんだい⋮⋮﹂ ﹁これは⋮⋮地形が⋮⋮﹂ ﹁ア⋮⋮アハハハ⋮⋮夢でも見てるのかしら?﹂ ﹁夢じゃない、現実﹂ ﹁嘘でしょう!? さっきとまるで風景が違うじゃないですか!﹂ ﹁信じられないッス⋮⋮﹂ 先程まであった荒野の風景が一変し、吹き飛ばされ綺麗に均され た大地の風景が、延々と拡がっていた。 517 うん。 やり過ぎた! 518 誤解されてました 新しい爆発魔法は成功した。 ちょっと圧縮させ過ぎたかな? 予想以上の大爆発を起こしてしまった。 うん、実験しといて良かった! ﹁シン、今のはどうなってんだい!﹂ ﹁確かに、奇妙な爆発の仕方をしたな﹂ ﹁爆心地から向こうは酷い事になってるのに、こっち側には何も無 いじゃないですか。どうなってるんです?﹂ 皆からさっきの魔法についての質問が入る。 ﹁ああ、ヒントになったのは、合同訓練の初日に魔物の群れを爆発 魔法で吹き飛ばした事なんだ﹂ ﹁ああ、あれね⋮⋮﹂ ﹁あれは本当に心配しました。自分で障壁を張らないといけない程 の大爆発でしたから。これには劣りますけど⋮⋮﹂ ﹁そう、その自分で障壁を張らないといけないって事がね、魔法と して未完成だなって思ってたんだ。で、何とか出来ないかなって﹂ この魔法を考えた切っ掛けについて説明した。 ﹁爆発魔法を使った後に障壁を張らないといけないのって、衝撃波 519 が円状に拡がるからだろ?﹂ ﹁まあ、爆風とはそういうものだからな﹂ ﹁その衝撃波を円状じゃなくて、一方向だけに向けたらこっちに爆 風が来なくて障壁張らなくても済むじゃん﹂ ﹁⋮⋮その発想は無かったな⋮⋮﹂ ﹁そういうイメージをしたって事ね﹂ ﹁そのイメージ自体がよく分かりませんけど⋮⋮﹂ ﹁まあ、魔法の主旨は分かったけど、この威力はなんだい!﹂ ﹁いや⋮⋮ちょっと予想より威力が上だったというか何というか⋮ ⋮﹂ ﹁⋮⋮まあ、実験しといて良かったとしとくかね﹂ ﹁そうそう、いやーまさかこんなに威力が出るとは思っても見なか ったよ!﹂ ﹁このお馬鹿! いいかい、これからは魔法を思い付いてもすぐに 使うんじゃないよ! ここで実験してからにしな!﹂ ﹁わ、分かってるよう⋮⋮﹂ ばあちゃんに怒られたけど、実験しないと新しい魔法なんて危な くて使えないって。 ﹁それにしても⋮⋮予想より威力が上だったという事は、爆風を一 方向に向けた事が関連してるんでしょうか?﹂ ﹁あ、それはあるかもな。本来こっちに向かう筈だった爆風はどこ に行ったんだって話になるし﹂ トールの考察に思わず頷いた。そっか、そういう事もあるかもな。 ﹁はあ⋮⋮相変わらず、お前の魔法を見るときは寿命が縮まる思い だ。何をしでかすか分かったもんじゃないからな﹂ ﹁確かに、あんなに全力で魔力障壁を展開した事って無かったです 520 よ﹂ ﹁あ、そうだ! 多分大丈夫って言ったのに、あそこまで全力で魔 力障壁展開しなくてもいいじゃん!﹂ ﹁多分って付けるから、慌てて魔力障壁を展開したんだろうが!﹂ ﹁あの威力の魔法がこっちに向いたらと思うと⋮⋮﹂ ﹁あれでも心配だったよね!﹂ そうか、その前段階で成功してたんだから多分って付けなくても 良かったか。 ﹁さて、シンの魔法実験はこれで終了だ、この後はメリダ殿の付与 魔法講座だが⋮⋮シン﹂ ﹁なに?﹂ ﹁悪いが王城まで送ってくれるか?﹂ ﹁ああ、定期報告か﹂ この合宿中は王都を離れるので魔人達の情報が入りづらい。なの で一日に一度王城にゲートで戻り、状況を確認する事になっている。 ﹁他の皆はメリダ殿の講義を受けていてくれ﹂ ﹃はい﹄ ﹁じゃあ、行こうかシン﹂ こうして、本日の定期報告に向かう。 ゲートを開く先は王城の門にある警備兵の詰所だ。 いきなり現れると警備兵の人達が驚いてしまうので、まず鈴を投 げ入れる。それが、今からそっちに行きますというサインになる。 521 そうして鈴を投げ入れてからゲートを潜ると、待っていた警備兵 の人達がいた。 ところが、昨日一昨日と来たときは普通に接してくれていた警備 兵の人達の態度がおかしい。 どうしよう? みたいな雰囲気が流れている。 オーグもその雰囲気を察したようで、警備兵に問い掛けた。 ﹁なんだ? 何かあったのか?﹂ ﹁あ、いえ、何かというか何というか⋮⋮﹂ ﹁ハッキリしないな、どうした? 何か魔人共に動きがあったのか ?﹂ ﹁いえ! それは何もありません!﹂ ﹁じゃあなんだ!?﹂ オーグがちょっと苛ついた雰囲気を出したときだった。 ﹁何かではありませんわ! アウグスト様!﹂ 詰所の奥から女性が現れた。 誰? ﹁エ、エリザベート⋮⋮﹂ ﹁エリザベート?﹂ ﹁ああ、前に言った事があるだろう。私の婚約者だ﹂ ﹁へえ! あの!﹂ 522 前に聞いたことがあったオーグの婚約者が目の前にいた。 ﹁何をコソコソお話していますの?﹂ ﹁いや、別に何でも無い﹂ ﹁本当ですの?﹂ エリザベートと呼ばれた女性に問い詰められるオーグ。こういう 光景も珍しいな。 ﹁⋮⋮なんだ? 何をニヤニヤしてるんだ?﹂ ﹁え? いやそんな事してないよ?﹂ ﹁してるじゃないか!﹂ ﹁えー? そう?﹂ いつもオーグにはからかわれてばっかりだからな、こういうチャ ンスは滅多に無い。そう思っていると、エリザベートから苛ついた 感じで声を掛けられた。 ﹁ちょっと! 私を放っておいて何を二人きりで盛り上がってます の!﹂ ﹁ああ、すまないエリー﹂ へえ、普段はエリーって呼んでるのか。 ﹁オーグ、彼女の事紹介してくれよ﹂ ﹁ああ、彼女はエリザベート。エリザベート=フォン=コーラル。 コーラル公爵家の令嬢だ﹂ ﹁初めまして、英雄の御孫様にして新しい英雄、シン=ウォルフォ ードさん。私、コーラル公爵家が二女、アウグスト殿下の婚約者で もあるエリザベート=フォン=コーラルと申します。以後お見知り 523 置きを﹂ そう言って挨拶をしてくれたエリザベートは、背中の辺りまで伸 ばした金髪をゆるふわカールにした青い目をした美少女だ。 公爵令嬢でエリザベートだからドリルヘアーを期待してたのは内 緒だ。 ﹁これは御丁寧に、私はシン=ウォルフォード、こちらこそ宜しく お願いします﹂ 俺も無難に挨拶を返す。それにしても、どうして公爵令嬢がこん なところにいるんだ? ﹁それよりエリー、何故こんなところに?﹂ オーグも同じ疑問を持ったようでエリザベートに聞いていた。 ﹁どうもこうもありませんわ! 学院が長期休暇に入った途端に私 やメイを放ったらかしにして合宿に向かわれてしまうなんて!﹂ ﹁メイ?﹂ ﹁妹だ﹂ ああ! あの家に来ることを拒否られた妹ちゃんか! ⋮⋮そういえば、オーグが家に来ることを拒否したのは合格発表 に行くからであって、その後は何も無くても普通に家に来てたよう な⋮⋮。 ﹁なあ、オーグ﹂ 524 ﹁なんだ?﹂ ﹁確か、妹を家に連れて来なかったのって、合格発表を見に行くか らだったよな?﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁でも、その後普通に遊びに来てたよな?﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁何で連れて来なかったんだ? 確かばあちゃんに憧れてるんだろ う?﹂ ﹁なに、メイの絶望する顔が面白くてな﹂ ﹁非道い!﹂ なんて可哀想な妹ちゃん! ﹁非道いです! お兄様!﹂ 可哀想な妹ちゃんに同情していると、詰所の奥からもう一人女の 子が出てきた。 十歳位かな? ストレートの黄土色っぽい金髪に蒼い目をした透 き通るような白い肌の将来有望そうな美少女が出てきた。 さっきお兄様って言ってたから、ひょっとして⋮⋮。 ﹁なんだ、いたのか?メイ﹂ ﹁いたのか? じゃないです! さっきの話は聞かせてもらいまし た。何が大切な話があるですか! 遊びに行ってたんじゃないです か!﹂ ﹁おや、バレてしまったか﹂ ﹁むぅ! 非道いです! ズルいです! 私もメリダ様にお会いし たいです!﹂ 525 ひとしきりオーグとじゃれあった後に俺の存在を思い出したのか、 慌てて挨拶をしてきた。 ﹁あわわわ! ご免なさいです! 私、メイ=フォン=アールスハ イドです! アウグストお兄様の妹で、えと、えと、メリダ様の大 ファンです!﹂ ﹁あの落ち着いて、ね?﹂ ﹁あう、ご免なさい!﹂ ﹁俺はシン、シン=ウォルフォードです。マーリンとメリダの孫だ ね。宜しくねメイちゃん﹂ ﹁は、ハイです!﹂ ﹁オーグとは何ていうか、従兄弟? みたいな付き合いをしてるか らさ、メイちゃんもそういう風に接してくれると嬉しいな﹂ ﹁じ、じゃあ⋮⋮シンお兄様って呼んでもいいですか?﹂ ﹁お兄ちゃんでいいよ。俺はオーグと違って王族じゃないからさ﹂ ﹁⋮⋮シンお兄ちゃん﹂ ﹁はい﹂ ﹁エヘヘ、意地悪じゃないお兄ちゃんが出来たです!﹂ ﹁そうか⋮⋮苦労してんだな⋮⋮オーグの妹だと﹂ ﹁そうなんです! 分かってくれるですか? シンお兄ちゃん!﹂ ﹁ああ、オーグには事ある毎にからかわれてるからな⋮⋮﹂ ﹁私もそうです! いっつもお兄様に騙されて⋮⋮﹂ そうしてしばらく見つめ合った俺達は、手を取り合ってお互いの 苦労を労い合った。 ﹁お前達⋮⋮何をしてるんだ⋮⋮﹂ オーグから怒りの籠った声が聞こえてきた。 526 ﹁え? あわわわ!﹂ ﹁何って⋮⋮お前にからかわれてる同志の苦労を労ってるんだが?﹂ ﹁ほう? 苦労してるのか?﹂ ﹁当たり前だろ! 毎度毎度ネタを見付けてはからかって来やがっ て! 少しは反撃させろ!﹂ ﹁シンお兄ちゃん凄いです!﹂ ﹁そうか⋮⋮私はお前の事でこんなに苦労してるのにな⋮⋮﹂ ﹁む⋮⋮そ、その事は申し訳無いと思ってるけど⋮⋮﹂ ﹁そんな私にそういう事を言うのか?﹂ ﹁い、いや、たまには俺にも反撃させろと⋮⋮﹂ ﹁ああ、こんなに苦労しているというのに﹂ ﹁む⋮⋮﹂ ﹁ああ! シンお兄ちゃん頑張って下さい!﹂ 応援してくれるメイちゃんに応えようとオーグを見ると⋮⋮また ニヤニヤしてやがった。 ﹁オーグ! テメエまたからかいやがったな!?﹂ ﹁フッアハハハ! 期待通りの反応をしてくれるから嬉しいよシン﹂ ﹁テメエ⋮⋮﹂ ﹁だから! 私を放ったらかしにして盛り上がるなっつってんでし ょうがあ!!﹂ エリザベートからお怒りの突っ込みが入った。 ﹁エリー姉様、口調が乱れてるです﹂ ﹁はっ! 私とした事が﹂ ﹁それよりもエリー、メイ、何故こんなところにいる?﹂ ﹁ああ! そうですわ! 先程も言いましたけど、私やメイを放っ 527 たらかしにしているからですわ!﹂ ﹁私達も合宿に行きたいです!﹂ ﹁合宿に行きたいって⋮⋮これは﹃高等魔法学院﹄の﹃研究会﹄の 合宿だぞ? 何故部外者のお前達を連れて行かなければならない?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁ズルいです! 合宿って言ってもクロードの街は温泉街です! 魔法の練習なんてしてないです!﹂ ﹁してるぞ?﹂ ﹁え? ホントですか?﹂ ﹁別の場所でな﹂ ﹁やっぱり温泉に入りに行ってるだけじゃないですか! 私も行き たいですわ!﹂ ﹁そうです! 行きたいです!﹂ よく見ると旅行用の鞄が用意してある。定期報告だからこの時間 にはオーグが来るっていうのを分かってて行動してたな。 ﹁はあ⋮⋮本当に遊びに行ってる訳じゃないんだがな⋮⋮﹂ ﹁練習のお邪魔はしませんわ! 折角長期休暇になってアウグスト 様と一緒にいられると思ってましたのに! また研究会に入り浸っ て⋮⋮﹂ そうか、オーグはしょっちゅう研究会⋮⋮と称して家に来てるか らな、あんまり良いイメージを持ってないかもしれない。 ﹁それに⋮⋮アウグスト様に悪い虫が付かないようにしないと⋮⋮﹂ エリザベートがそんな事を言い出した。 ﹁オーグが? ハハ! 無い無い﹂ 528 エリザベートを安心させてやろうと思って言ったのに、当の本人 は俺をジッと見詰めてきた。 な、なんでしょう? ﹁本当かしら⋮⋮﹂ えーと⋮⋮何でこんなに疑われてるんだ? ﹁おい、オーグ﹂ ﹁なんだ?﹂ ﹁彼女、何か疑ってんぞ?﹂ ﹁ふぅ⋮⋮何を勘違いしているのやら⋮⋮﹂ ﹁そういった監視の意味も含めて、合宿には同行させて頂きますわ﹂ ﹁はぁー大人の話なのです!﹂ 何でか妹ちゃんのテンションが上がる。 オーグはしばらく考えた後、口を開いた。 ﹁旅行鞄まで用意してあるという事は、既に父上や公爵の了承は得 ているんだろう?﹂ ﹁ええ、合宿先には賢者様と導師様がいらっしゃるとか、お二人が 一緒なら問題無いだろうとお父様には快諾して頂きましたわ﹂ ﹁私も父上に許可を貰ったです!﹂ ﹁はあ⋮⋮準備万端じゃないか﹂ 既に外堀は埋められてる感じだな。 529 そんな話をしてたら詰所にまた一人入ってきた。 ﹁連れて行ってやればいいではないか﹂ ﹁父上!﹂ 王様登場です。 ﹁合宿と言っても、魔法の実践練習は例の場所でやるのだろう?﹂ ﹁父上もご存知でしたか﹂ ﹁ああ、あそこでシン君の魔法を見て魔法学院に入れようと決意し たからな。それより、あの荒野には連れて行かずにクロードの街に 滞在させていればいいだろう。あそこは温泉街だし、連れていくだ けでも息抜きにはなるだろ﹂ ﹁はあ、父上がそう仰るなら﹂ ﹁やりましたわ!メイ!﹂ ﹁やったです! エリー姉様!﹂ オーグから許可が出た事に喜ぶ二人にオーグが釘を刺す。 ﹁言っておくが、私達は本当に魔法の練習もしているからな、その 邪魔だけはするんじゃないぞ﹂ ﹁はーい!﹂ ﹁承知してますわ﹂ 話も纏まったみたいだし、最初の報告で魔人に動きは無かったし、 そろそろ戻るとするか。 その時、戻る先の事で思い付いた事があった。 ﹁あ、そうか﹂ 530 ﹁どうした? シン﹂ ﹁いや、合宿先ってシシリーの実家の領地な訳じゃん。女生徒の家 に行ってるから疑ってるんじゃないのか?﹂ ﹁ああ、そうかもな﹂ ﹁そうではありませんわ﹂ 俺の推理をエリザベートは否定した。 ﹁私が一番疑っているのは⋮⋮﹂ ﹁いるのは?﹂ ﹁貴方ですわ!シンさん!﹂ ⋮⋮⋮⋮ ﹁﹁ええええええええ!!??﹂﹂ ﹁はわわ、大人の話ですぅ!﹂ 何でだよ! 531 覚悟を決めました エリザベートからとんでもない誤解を受けていた。 ﹁あの⋮⋮何でそんな誤解を?﹂ ﹁何でも何も、口を開けば、シンが、シンは、シンの奴が、シンに は⋮⋮シンシンシン! ちょっとでも時間があればシンさんのお家 に行かれてしまうし、そう考えるのも無理ありませんわ!﹂ ﹁いや! 無理があるでしょう!?﹂ ﹁そうかしら?﹂ ﹁そうでしょう!﹂ 何で俺とオーグがそんな関係だと誤解を受けないといけないんだ、 気持ち悪い! はっ! もしかして、腐った脳をお持ちなのか!? そんな新たな疑惑を感じていると、オーグが溜め息混じりに話し 始めた。 ﹁はぁ⋮⋮よりにもよってシンとは⋮⋮研究会には女もいるはずな んだがな。まぁそれより、確かにシンという全く気兼ねをしない友 人が初めて出来て、浮かれてしまったのは事実だな﹂ ﹁浮かれ過ぎですわ! シンさんと知り合ってから私の所にはあま り来て頂けなくなりましたし⋮⋮﹂ ﹁確かに男友達と連るんでるのって気兼ねしなくて良いから楽なん だよなあ﹂ ﹁⋮⋮アウグスト様は私といると気を使われますの?﹂ 532 ﹁そりゃそ⋮⋮モガッ!﹂ ﹁いや! そんな事は無いぞエリー! お前といるのは心が安らぐ﹂ ﹁でも⋮⋮﹂ ﹁確かに男と女では対応が違う事はある。男同士だと馬鹿な事も出 来るしな。私にとって初めての体験だったから、ついはしゃいでし まったのだ﹂ ﹁そ、そうでしたの⋮⋮﹂ オーグは俺の口を手で塞ぎながら捲し立てた。 必死だな。 ついニヤッとした事がオーグの手を通して伝わったんだろう。 ﹁何を笑っている?﹂ 口を塞いでいた手を離しながらそう問いかけてきた。 ﹁別に? 必死だなとか思ってないよ?﹂ ﹁くそ! まさかシンにからかわれる日が来るとはっ!﹂ 何か痛恨の極み! みたいな顔してる。失礼な! ﹁⋮⋮やっぱり怪しいですわ﹂ ﹁そんな事ないって!﹂ ﹁そうだ、シンにはもう女がいるからな。他にかまけている暇など 無いぞ﹂ ﹁そうなんですの?﹂ ﹁オーグ! お前何言ってんだ!﹂ ﹁シン、お前そろそろハッキリしろ﹂ 533 オーグが突然言い出した事に抗議しようとするが、意外にも真剣 な顔をしながら返された。 ﹁ハッキリって⋮⋮﹂ ﹁その態度だ。お互いに好意を持っているのは分かっている。なの にいつまでも⋮⋮いい加減見ているこっちがイライラしてくる﹂ お互いって⋮⋮確かにシシリーは俺に優しくしてくれるけど、そ れはシシリーが優しいからであって⋮⋮。 ﹁シシリーが俺に好意を持ってるって何で分かるんだよ﹂ ﹁そんな事、見ていれば分かる﹂ ﹁実際に言葉にして聞いたのかよ?﹂ ﹁それは聞いていない﹂ ﹁じゃあ何でそんな事言い切れるんだよ。もし勘違いだったら、こ れからどうやって接していけばいいんだよ﹂ ﹁じゃあお前は、ずっとこのままで良いという事か?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁相手の気持ちが分からないなんて当たり前の事だ。現に幼い頃か らずっと一緒にいて、今は婚約者にまでなったというのに、未だに こんな誤解を受けているんだからな﹂ ﹁確かに﹂ ﹁ちょっと! そこで私を引き合いに出さないで頂けます!?﹂ ﹁それともお前は相手から言わせるつもりか? 女の方から。自分 にはその勇気が無いから﹂ ﹁そ、そんな事!﹂ ﹁じゃあいい加減にハッキリしろ。向こうだって待ってるんじゃな いのか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 534 ﹁まあ決めるのはお前だがな、出来ればハッキリして欲しい所だ。 そうしないと⋮⋮﹂ ﹁しないと?﹂ ﹁⋮⋮いつまでも誤解されたままだぞ?﹂ ﹁それは困るな﹂ ﹁だから! 私を引き合いに出すなって言ってんでしょうがあ!!﹂ ﹁エリー姉様、口調が乱れてるです﹂ ﹁はっ! 私とした事が﹂ オーグから言われて、自分が逃げていた事に気付いた。 断られたらどうしよう。勘違いだったらどうしよう。そんな事ば かり考えていた。 相手の気持ちが分かった上でないと行動出来ないのか? そんな情けない話は無い。 恋人同士になれるかどうかは分からないけど、今はシシリーにこ の想いを告げたい気持ちでイッパイになっていた。 オーグに諭されたってのがどうかと思うけど、恋愛に関しては婚 約者までいる先輩だ。 意見は素直に聞き入れよう。 ﹁ところで、そろそろ向こうへ戻らないか? 早くしないと二人分 の夕食も追加で作って貰わないといけないしな﹂ ﹁あ、そうだな﹂ 535 二人追加になるんだから早めに言っとかないと。すっかり忘れて いた。 ﹁じゃあ戻るか﹂ そう言って二人の荷物を異空間収納に入れてゲートを開く。 既に何度か見ている警備兵の皆さんやディスおじさんは驚いてい ないが、初めて見た二人はゲートの魔法を呆然と見ていた。 ﹁じゃあディスおじさん、明日また来るから、メイちゃんはこっち で責任持って預かるよ﹂ ﹁では父上、合宿に戻ります﹂ ﹁うむ、気を付けてな。それからシン君﹂ ﹁なに?﹂ ﹁くれぐれも自重するようにな﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁父上、残念ですが⋮⋮既に手遅れです﹂ ﹁やっぱりか。注意するのが遅いと思ったんだよ﹂ ﹁そ、それじゃあ戻るね! 二人とも、このゲートを潜って!﹂ 話がおかしな方向へ向かいそうだったので呆然としている二人を 促しゲートを潜った。 ゲートを潜り抜けた先はもう湯煙の立ち上がるクロードの街だ。 クロード家の屋敷まで一気にゲートで行っても良かったのだが、 折角温泉街に来たんだから街の門に程近い場所にゲートを開いた。 ﹁ほ、本当にクロードの街ですわ⋮⋮﹂ 536 ﹁凄いです! さっきまでお城にいたのにもうクロードの街に着い たです!﹂ 唖然としているエリザベートとゲートの魔法にはしゃいでいるメ イちゃん。 俺の魔法を素直に喜んでくれるメイちゃんにホッコリしていた。 ﹁メイ、ハシャギ回ってはぐれても知らないぞ﹂ ﹁はわ! ま、待って下さい!﹂ 皆を置いて行こうとするオーグに知らない街ではぐれたら大変だ と後を付いていくメイちゃん。 ﹁メイちゃん﹂ ﹁なんですか?シンお兄ちゃん﹂ ﹁はぐれたら大変だからね、ホラ﹂ ﹁え? ハイです!﹂ 差し出した手を握ってきたメイちゃんにまたもホッコリしていた。 ﹁⋮⋮そういう事は自然に出来るのに、何でいざとなるとヘタれる のか⋮⋮﹂ ﹁あら、そう言うアウグスト様も、中々私を婚約者にして頂けなか ったじゃありませんか﹂ ﹁ばっ! そんな話をするな!﹂ 俺達の前の方でオーグとエリザベートが腕を組みながら何か楽し い会話をしてるっぽい。 537 聞きたいけど、手を繋いでニコニコしてるメイちゃんを放ってい けないので今は我慢するか。 後でからかってやろう。 ﹁シン⋮⋮今のは聞かなかった事にしろ﹂ ﹁えー? 何の事?﹂ ﹁くっ! いい気になるなよ⋮⋮﹂ ﹁どこの悪役の台詞だよ、それ﹂ ﹁シンお兄ちゃん凄いです!﹂ メイちゃんが尊敬の眼差しを向けてくれるのがこそばゆい。 そして、前を歩くオーグとエリザベートは腕を組んで仲良さそう にしている。 どうもさっきのオーグとのやり取りで誤解は解けたみたいだ。 あの気持ち悪い誤解をされなくなったのは良かったのだが、シシ リーのいるクロード家の屋敷が近付くにつれて何か緊張してきた。 ﹁シンお兄ちゃん、どうしたですか?﹂ ﹁ん? いや、何でもないよ﹂ 口数が少なくなった俺に、メイちゃんから心配そうな顔で声を掛 けられた。 イカンイカン、こんな小さい子に心配掛けるなんて。せめて普段 通りにしないと。 538 なんとか心を落ち着かせた頃、クロード家の屋敷に着いた。 ﹁ここがクロード家の屋敷だよ﹂ ﹁おや、お帰りなさいませシン様、アウグスト様、今日はこちらか らお戻りなのですね﹂ ﹁あ、ただいま。うん、この二人にクロードの街を見せてあげたか ったからね﹂ ﹁そんなに我が街を気に入って頂けたのですね。嬉しいです!﹂ ﹁まあ⋮⋮そうなんだけどね⋮⋮﹂ 門番さんが凄い感動してる。よっぽどこの街が好きなんだろうな。 ﹁ところで、そちらのお二方は?﹂ ﹁申し遅れました。私、アウグスト様の婚約者でエリザベート=フ ォン=コーラルと申します﹂ ﹁アウグストお兄様の妹のメイ=フォン=アールスハイドです!﹂ それを聞いた門番さんはしばらく固まった後、唐突に膝をついた。 ﹁も、ももも申し訳御座いません! 殿下のご婚約者様と姫様とは 露知らず、御無礼を致しました!﹂ 頭が地面につきそうな勢いで頭を下げる門番さん。 そうか、普通はこういう態度になるのか。 ﹁突然来たこちらにも非はありますわ。どうか頭をお上げになって﹂ ﹁はっ! 恐縮で御座います!﹂ そう言って門番さんは立ち上がった。 539 ﹁ねえ、エリザベートさん。俺もこういう態度で接した方がいい?﹂ ﹁エリーで結構ですわシンさん。アウグスト様とド突き合いの漫才 をされてる方からそういう態度を取られると、こちらがどうしてい いか分からなくなるので止めて下さいな﹂ ﹁そうです! シンお兄ちゃんはそのままが良いです!﹂ ﹁今更シンからそういう態度を取られるとか⋮⋮何か企んでるんじ ゃないかと疑ってしまうな﹂ 漫才があるのか⋮⋮。 それよりオーグの言葉はともかく、お許しが出たのでそのままで いいや。 ﹁これからこの二人も滞在するから伝えといて貰えるかな?﹂ ﹁はい! 畏まりました!﹂ そう言って、別の人が屋敷に走って行った。 ﹁じゃあ、中に入ろうか﹂ ﹁ハイです!﹂ ﹁分かりましたわ﹂ ﹁フフ、すっかりこの家の住人みたいじゃないか﹂ ﹁だからそういう事を言うな!﹂ また緊張してきたじゃないか! ﹁ふっくっくっく﹂ ﹁アウグスト様⋮⋮﹂ ﹁お兄様、性格悪いです!﹂ 540 折角普段通りになってきたのに、直前で元に戻っちゃったじゃな いか。こんな状態でシシリーに会ったら⋮⋮。 ﹁あれ? シン君、表から戻って来たんですか?﹂ 館に入ってすぐシシリーに会った。 こういう時に限って! ﹁あ、ああ、いや、ええと⋮⋮そう! この二人にクロードの街を 見せてあげたかったから⋮⋮﹂ そう言ってエリザベートとメイちゃんを紹介する。 ﹁お久しぶりです、エリザベート様、メイ姫様﹂ シシリーは知ってたらしい。 ﹁お久しぶりですわシシリーさん、今日からしばらくお世話になり ますわね﹂ ﹁お久しぶりですシシリーさん! 私も宜しくお願いします!﹂ ﹁え? お二人も合宿に参加するんですか?﹂ ﹁いえ、私達はアウグスト様に会いに来ただけですわ﹂ ﹁折角お休みになったのに遊んでくれないからです﹂ ﹁訓練のお邪魔はしませんから、許して頂けないでしょうか?﹂ ﹁私からも頼むクロード。この二人も世話してやってくれないか﹂ オーグからもお願いされたシシリーは俺の方を見た。 541 ﹁あ、ええと⋮⋮オ、オーグを研究会で随分引っ張り回してるから、 二人ともあんまり一緒にいられないらしくて⋮⋮だからその⋮⋮い いかな?﹂ ﹁シン君と殿下が良いなら私は良いですけど⋮⋮﹂ ﹁な、なに?﹂ ﹁シン君どうしたんですか? 何か態度がおかしいというか⋮⋮﹂ ﹁べ、別に普通だよ!﹂ ﹁そうですか?﹂ シシリーが首を傾げる。後ろではオーグが笑いを堪えているのが 分かった。 くそ! 後で覚えてろよ! ﹁ああ、さっき言っていたのはシシリーさんの事でしたか﹂ ﹁シンお兄ちゃんとシシリーさん、お似合いです!﹂ ﹁はい?﹂ ﹁ちょおっと二人とも! 何を言っているのかな!?﹂ 何を口走ってくれちゃってますか! ﹁シン君⋮⋮やっぱり変ですよ?﹂ ﹁そ、そんな事ないって! それより、ばあちゃんの講義は終わっ たの?﹂ ﹁あ、はい。今丁度終わってこれから夕食の前にお風呂に入ろうと いう事になりまして⋮⋮﹂ シシリーがそう言った時、奥の部屋から皆が出てきた。 ﹁メリダ様、とっても素晴らしい講義でしたぁ﹂ 542 ﹁そうかい? シンの付与を見た後じゃ大した事無いだろ?﹂ ﹁ウォルフォード君の付与は、ちょっと意味が分からないというか ぁ⋮⋮﹂ ﹁ああ、確かにねえ、普通の人間ならアタシの講義で丁度いいか﹂ ﹁決してメリダ様が劣ってるとか、そういう意味じゃないんですけ どぉ⋮⋮﹂ ﹁気を使わなくていいよ、あの子が異常なだけだから﹂ ﹁そうですねぇ﹂ ﹁うぉい! 人のいないところで俺を異常者にするな!﹂ ビックリするくらい好き勝手言ってんな! ﹁おや、お帰り。遅かったねえ﹂ ﹁普通に対応された!?﹂ ﹁シン、何を騒いでる?﹂ ﹁あれ? さっきの会話、おかしかったよね?﹂ ﹁何がだ?﹂ ﹁まさか⋮⋮俺は異常者扱いなのか?﹂ ﹁今更何を言ってんだい。アンタの魔法が異常なのは皆知ってる事 だろう﹂ ﹁そうだな、本当に今更だな﹂ 分かっちゃいたけど突っ込まずにはいられなかった。 ﹁ぷっ⋮⋮くく⋮⋮あははは!﹂ そんなやり取りを見ていたエリーが笑い出した。 ﹁ああ、可笑しいですわ。アウグスト様は普段からこんなやり取り をされてるんですのね﹂ 543 そう言ってエリーはオーグを見ていた。 どうやらオーグが研究会に入り浸っている理由が納得いったらし い。 ﹁あの⋮⋮シンお兄ちゃん⋮⋮﹂ メイちゃんが俺の袖をクイクイと引っ張る。 ああ、そうか。この子、ばあちゃんに憧れてるんだっけ。 ﹁ばあちゃん﹂ ﹁ん? なんだい?﹂ ﹁この子、オーグの妹でメイちゃんって言うんだ﹂ ﹁はわ! あの、あの、アウグストお兄様の妹でメイです! あの ⋮⋮あの⋮⋮﹂ ﹁ばあちゃんに憧れてるらしいんだよ﹂ ﹁おや、そうなのかい? 本や舞台と違って、こんなお婆ちゃんで がっかりしたろ?﹂ ﹁いえ! そんな事ないです! 私のお婆様より全然若いし、綺麗 だし、それに⋮⋮﹂ そう言ってばあちゃんの身体を見る。 ﹁申し遅れましたわ、私アウグスト様の婚約者のエリザベート=フ ォン=コーラルと申します。メイの言いたい事は分かりますわ。そ のお歳でその体形⋮⋮是非ともご教授して頂きたいですわ﹂ エリーもそう言って同意した。 544 エリーもばあちゃんを見る目に尊敬の念が見える。 本当に王国中の女の子の憧れなんだな、ばあちゃん。 ﹁フフ、ありがとさん。さて、これから夕食の前に皆で温泉に入り に行こうかと思ってたんだよ。アンタ達も来るかい?﹂ ﹁ハイです! 行きたいです!﹂ ﹁私もご一緒致しますわ﹂ ﹁よし、それじゃあメイちゃんと言ったね?﹂ ﹁ハ、ハイ!﹂ ﹁ホラ、一緒に行こうかい﹂ ﹁え!? あの、あの﹂ ばあちゃんの差し出した手に、どうしていいか分からなくなった 様子のメイちゃんが、俺に助けを求めるような視線を向けて来た。 ﹁ばあちゃん、メイちゃんの事よろしくね﹂ ﹁ああ、任せといで﹂ ﹁ホラ、メイちゃん﹂ ﹁し、失礼します⋮⋮﹂ おずおずとばあちゃんの手を取る。 するとばあちゃんは満面の笑みを浮かべてその手を握った。 ﹁女の子は何とも可愛らしいねえ﹂ ﹁悪かったな、可愛くない男で﹂ ﹁本当だよ。アンタは目を離すと何をしでかすか分かったもんじゃ 無かったからねえ、小さい頃手を繋いでたのは拘束する為だったか 545 らね﹂ ﹁うそ!? マジで!?﹂ ﹁さあメイちゃん、温泉に行こうかい﹂ ﹁ハイです!﹂ そうして二人連れ立って行ってしまった。 驚愕の事実に呆然としていると、皆が同情の視線を向けて来た。 ﹁メリダ様の気持ち、分かるわあ﹂ ﹁シン君みたいな子供じゃ拘束しとかないと心配でしょうがないよ ね!﹂ ﹁確かに、効率的。よく分かる﹂ ﹁ごめんねぇウォルフォード君。私もよく分かるわぁ﹂ ﹁私の子供はそんな事が無いように祈ります﹂ 同情の視線はばあちゃんにか! あまりの仕打ちに膝をついてしまった。 ﹁あ、あの⋮⋮私は⋮⋮﹂ シシリーだけ言い淀んだ。言い淀んだって事はそう思ってるって 事か⋮⋮。 ・・・・ ﹁いいんだ⋮⋮シシリーもそう思ってるんだろ?﹂ ﹁そ、そんな事ないです! シン君の子供なら可愛いでしょうし、 私は喜んで手を繋ぎますよ!﹂ ⋮⋮。 546 あれ?何か話の主旨が違うような⋮⋮。 周りもその事に気付いたのか一瞬の静寂が降りた。 ﹁シシリー⋮⋮アンタ⋮⋮﹂ ﹁あ、あれ? 私、今何を?﹂ ﹁盛大な自爆。ビックリした﹂ ﹁え? あ、ああ!﹂ 自分の発言に気付いたシシリーは顔どころか首から上を真っ赤に し⋮⋮。 ﹁い、いやあああ!﹂ 温泉の方へ走り去ってしまった。 皆はその様子を生温かく見ていたが、俺とオーグだけはそれに乗 れなかった。 ﹁シン、分かってるよな﹂ ﹁ああ、あそこまで言わせて分からない程鈍感じゃないよ﹂ ﹁あそこまで言われないと分からない鈍感なんだよ﹂ ﹁うぐっ⋮⋮﹂ ﹁まあ⋮⋮頑張れ﹂ ﹁ああ﹂ そう言って俺達も温泉に行こうとして⋮⋮。 ﹁あれ? じいちゃん、いたの?﹂ 547 ﹁ほっほ⋮⋮ずっとおったわい⋮⋮﹂ 爺さんの空気化が進んでいた⋮⋮。 若干落ち込んでいる爺さんを慰めながら温泉に入る。 そして温泉から上がってからの夕食は、シシリーが真っ赤な顔の ままでこちらを見ようとしないので、何とも微妙な雰囲気のまま食 べ終わった。 使用人さん達もニヤニヤしっ放しだったしな。 夕食の後は各々の自由時間となる。 今日やって来た二人は、ばあちゃんの所で話をしてるし、爺さん の所にもリンやトールといった魔法を上達させたい組が集まってい た。 良かったね爺さん⋮⋮忘れられてないよ⋮⋮。 かくいう俺は特にやる事もないし、温泉と食事で火照った身体を 涼ませようと、外に出た。 この屋敷の庭には池があって、その側に東屋があるのでそこで涼 もうかな。 すっかり日の落ちた夜の空は満点の星空だった。 こうして星空を見ているとここが地球では無い事を実感する。見 慣れた星座が一つも見当たらない。 548 ﹁やっぱり⋮⋮地球じゃないんだなあ⋮⋮﹂ ﹁え? シン君!?﹂ ﹁ん? あ、シシリー?﹂ 東屋には先客がいた。 ﹁ど、どどどうしたんですか? こんな所で﹂ ﹁ああ、温泉と食事で身体が火照っちゃったから涼もうかと思って。 シシリーは?﹂ ﹁わ、私も⋮⋮そう! 温泉で火照っちゃって!﹂ ﹁そっか、ねえシシリー﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁隣いい?﹂ ﹁ハ、ハヒ!﹂ 何かシシリーの返事が変だったけど、気にしないで隣に座った。 シシリーはさっきの失言を気にしているのか、真っ赤なまま無言 だし、俺も何と切り出していいのか分からずお互い無言の時間が流 れた。 やがてその無言の時間に耐え切れなくなったのか、シシリーが口 を開いた。 ﹁あ、あのシン君⋮⋮その、さっきはすいませんでした﹂ ﹁え? ああ、別に気にしてない⋮⋮っていうか⋮⋮俺、嬉しかっ たし﹂ ﹁え!?﹂ ﹁ねえシシリー、初めて会った時の事覚えてる?﹂ 549 ﹁はい、覚えてますよ。マリアと二人で男の人に絡まれててとても 困ってました﹂ ﹁そうそう、俺が﹃お困りですか?﹄って聞いたら⋮⋮﹂ ﹁﹃はい! 超お困りです!﹄って⋮⋮なんて返事するんだろうっ て思っちゃいました﹂ ﹁アハハ! そうそう、俺も思った﹂ ﹁それから⋮⋮あっという間にシン君が男の人をやっつけちゃって ⋮⋮その後も紳士的に接してくれて⋮⋮﹂ ﹁俺さ、あの時のシシリーを見て頭に雷が落ちたんだ﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁なんて可愛い娘なんだろうって﹂ ﹁え! あぅ⋮⋮そ、その⋮⋮私も思いました、なんて格好いい人 なんだろうって⋮⋮﹂ ﹁そっか⋮⋮﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁シシリー﹂ ﹁ハ、ハイ!﹂ 俺はシシリーの顔を見た。 真っ赤になって、何か必死な感じのシシリーを見ながら⋮⋮俺は ⋮⋮。 ﹁好きだよ、シシリー﹂ 俺の想いを告げた。 告白を聞いたシシリーは、しばらく固まり、そして⋮⋮涙を流し 始めた。 550 ﹁う、嬉しいです⋮⋮シン君は優しいから⋮⋮私の事、何とも思っ てないんじゃないかって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そんな風に思わせちゃったか⋮⋮﹂ ﹁でも! でも⋮⋮そうじゃないって⋮⋮そうじゃないって今言っ てくれました﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁私も⋮⋮私も好きです⋮⋮大好きですシン君﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁シシリー⋮⋮俺と⋮⋮俺の彼女になってくれる?﹂ ﹁はい。シン君の彼女にして下さい﹂ やった! 俺は内心で叫び出したい心境を抑えてシシリーと見詰 め合った。 すると⋮⋮シシリーがスッと目を瞑った。 これは⋮⋮いいのか? いいのか、シシリーはもう俺の彼女だも んな! そうしてシシリーの顔に俺の顔を近付けていき⋮⋮。 ﹁ちょ! ちょっと押さないで!﹂ ﹁ホラ! そこだよ! 一気にいっちまいな!﹂ ﹁あわわわ!﹂ 池の畔の木の影からドサドサと皆が倒れ込んで来た。 研究会の面々に爺さんばあちゃん、エリーにメイちゃん、使用人 さん達まで。 551 なんてベタな! それより、どうやってその木の影に隠れてた! ﹁な、ななななな!!﹂ 皆に見られていた事にパニックになるシシリーの頭を撫でながら 皆に視線を向ける。 ﹁あのさ⋮⋮覗き見ってどうなのよ?﹂ ﹁こんなビッグイベント、見過ごせる訳無いじゃない!﹂ 何故かマリアに怒られた。何故だ? ﹁私はシンを焚き付けた張本人だからな、責任を持って見守る必要 がある﹂ ﹁私はアウグスト様の婚約者ですから、同じく責任が﹂ ﹁はわわ、大人の情事です!﹂ オーグは分からんでも無いけど、エリーのはなんだ? そしてメ イちゃん! 十歳の女の子が情事なんて言っちゃいけません! ﹁シン! 良くやった! 良くやったよ!﹂ ばあちゃんが超嬉しそうだ。 ﹁はあ⋮⋮そっとしといて欲しかったけど⋮⋮まあそんな訳で、シ シリーと恋人になりました﹂ ﹃おお∼﹄ 552 何故か拍手が起きた。 ﹁これは早速お祝いをしなければいけませんね! 今日の夕飯は終 わってしまったので明日ですね﹂ そう女中頭さんが提案した。 お祝いって⋮⋮。 ﹁そうじゃシン、シシリーさんの両親も呼んではどうかの?﹂ ﹁え⋮⋮俺が呼びに行くの?﹂ ﹁シシリーさんと二人で報告に行けばいいじゃろう。そのまま連れ ておいで﹂ 何かドンドン大事になっていく。 シシリーはそれでいいのかと視線を向けると⋮⋮。 ﹁シン君⋮⋮﹂ 何か、潤んだ目でこっちを見てた。 あ、ずっと頭撫でっ放しだった。 ﹁シシリー、明日セシルさんとアイリーンさんの所にお付き合いの 報告に行って、そのまま連れて来いってさ。どうする?﹂ ﹁お付き合い⋮⋮﹂ その言葉に照れてしまって俺の胸に顔を埋めてしまった。 553 うわ、ナニコレ? 超可愛い。 ﹁凄いわね⋮⋮付き合い出した途端に超ラブラブじゃない﹂ ﹁付き合う前からアレだったからな、恋人同士になったらどうなる のかと思っていたが⋮⋮﹂ ﹁これはアレだね! モザイクがいるね!﹂ 誰がモザイク案件か! ﹁まあ、とりあえずおめでとうと言っておく。だが、今は非常事態 の最中だからな。付き合いにかまけて訓練を疎かにしないようにな﹂ ﹁は、ハイ! 分かってます!﹂ ﹁そう言うなら、何で今のタイミングで焚き付けたりしたんだよ?﹂ するとオーグは真剣な顔をして答えた。 ﹁だってお前⋮⋮物語なんかじゃ﹃この戦いが終わったら告白する んだ﹄って言った奴は⋮⋮大抵死ぬだろう? その前にと思ったの だ﹂ ⋮⋮。 死亡フラグ回避かい!! 554 空を飛んでみました シシリーとお付き合いをする事になったその日の夜は、結局その まま各々の部屋へと戻った。 初キスはお預けだ。 ﹁おはようございます、シン君﹂ ﹁おはよう、シシリー﹂ 翌朝、食堂でシシリーと会うと、今までとちょっと違う笑みを浮 かべながら挨拶してくれた。 何かそれだけで暖かい気持ちが溢れてくる。 ﹁おい、いつまで見詰め合ってるつもりだ。早くしないと朝食が冷 めるぞ?﹂ オーグからの突っ込みが入るまでシシリーと見詰め合ってた。 おっと、イカン、ここには魔法技術向上の為に来てるんだ。色恋 沙汰で浮かれてる訳にはいかない。 ﹁よし、行こうか、シシリー﹂ ﹁はい、シン君﹂ 食事中、セシルさんとアイリーンさんにいつ報告に行くのかとい う話になり、朝食後すぐに行くべきだという事になった。 555 セシルさんに伝える前に出勤されてしまうと、帰りに用事が入っ てしまう可能性があったからだ。 という訳で、俺はいつもの空き部屋にゲートを開き、シシリーと 一緒に王都のクロード家の屋敷に行く。 内側から逆ノックをすると、クロード家の使用人さんが扉を開け てくれた。 ﹁あら? ウォルフォードさん? シシリーお嬢様も。一体どうさ れたんですか?﹂ ﹁いや、ちょっと⋮⋮﹂ ﹁お父様とお母様にお話があるの。お父様、まだいらっしゃる?﹂ ﹁ええ、もうすぐ出勤されると思いますけど﹂ ﹁ありがとう﹂ そう言ってシシリーは部屋を出てダイニングに向かって歩いて行 った。 かくいう俺は、元々知っている人達とはいえ、お付き合いの報告 に行くのだ。緊張が半端じゃない事になっていた。 ﹁シン君、大丈夫ですか?﹂ ﹁あ、ああ。何か緊張しちゃって⋮⋮﹂ そう言うとシシリーは俺の横に来て手を繋いでくれた。 ﹁大丈夫ですよ。お父様もお母様もシン君の事大好きですから。き っと喜んでくれますよ﹂ 556 ﹁そうだといいけど⋮⋮﹂ 友達と恋人じゃ違うからなあ⋮⋮シシリーは末っ子で超可愛いが られてる感じがするし⋮⋮。 そうこうしてる間にダイニングに着いた。俺達は繋いでいた手を 離し、ダイニングに入って行った。 ﹁おはようございます、お父様、お母様﹂ ﹁お、おはようございます! セシルさん、アイリーンさん﹂ 緊張して声が上擦ってしまった⋮⋮。 ﹁おや? おはよう二人とも。合宿じゃなかったのかい?﹂ ﹁あら、おはようシシリー、シン君。どうしたの?﹂ 二人が不思議そうな顔をしてこちらを向いた。 ええい! 緊張しててもしょうがない! 殴られる覚悟で行け! ﹁じ、実は、お二人にお話がありまして﹂ ﹁話?﹂ ﹁あら、なにかしら?﹂ 未だに不思議そうな顔のセシルさんに何かに感付いた様子のアイ リーンさん。 その二人に、俺は深呼吸をしてからシシリーとの事を告げた。 ﹁シシリーさんとお付き合いをさせて頂く事になりました。今日は 557 そのご報告と、承認を頂きたく参上致しました﹂ それを聞いたセシルさんは固まり、察していた様子のアイリーン さんは笑みを浮かべていた。 セシルさんが固まったままなので、誰も声を発する事が出来ず、 時計の針の音が聞こえる程の静寂に包まれた。 ﹁シン君⋮⋮﹂ ようやく動き出したセシルさんが俺の名を呼びながら立ち上がる。 ﹁は、はい⋮⋮﹂ 近付いてくるセシルさん、これは殴られるかなと覚悟をした時⋮ ⋮。 ﹁シン君!!﹂ ガバッと抱き付かれた。 ﹁ありがとう! ありがとうシン君! シシリーを選んでくれて本 当にありがとう!﹂ 殴られるどころか、抱き付かれてお礼を言われた。 ﹁あらまあ、アナタったら。それより、おめでとうシシリー、念願 が叶ったわね?﹂ ﹁あ、ありがとう、お母様⋮⋮それと、そんな事シン君の前で言わ ないで!﹂ 558 アイリーンさんも祝福してくれた。使用人さん達も拍手をしてく れて、皆が祝福してくれてるのが凄く嬉しかった。セシルさんは抱 き付いたままだったが。 ﹁ああ、今日は何て素晴らしい日なんだ! 朝からこんなに素晴ら しい報告を聞けるなんて!﹂ セシルさんがようやく離れてくれた。 ﹁これはアレだね! 仕事なんて行ってる場合じゃないよね!?﹂ と思ったらそんな事を言い出した。 ﹁アナタ⋮⋮?﹂ アイリーンさんの声が怖い。 ﹁い、いや⋮⋮こんな目出度い日は、お祝いの準備をしないと⋮⋮﹂ ﹁それはこっちでやっておきます。アナタはさっさとお仕事に行き なさい﹂ ﹁いや⋮⋮でも⋮⋮﹂ ﹁行きなさい!﹂ ﹁ハイ!﹂ アイリーンさんが超怖い。 そのアイリーンさんの視線がそのままこちらを向いた。 ﹁シン君?﹂ 559 ﹁ハ、ハイ!﹂ 俺もつい背筋を伸ばしてしまった。 するとアイリーンさんは怖かった顔を綻ばせて話し掛けてくれた。 ﹁あら、ご免なさいね? ウチの人が馬鹿な事を言うもんだから、 つい﹂ ﹁い、いえ! 大丈夫です!﹂ ﹁そう? それより、シン君に聞いておかないといけない事がある のだけれど、いいかしら?﹂ ﹁はい、なんでしょう?﹂ アイリーンさんは真剣な顔をして話し始めた。 ﹁ウチは子爵位の貴族です、三女とはいえ、シシリーとお付き合い をするという事は、その先の事も視野に入れて貰うという事になり ます﹂ ﹁その先というと⋮⋮﹂ ﹁結婚です﹂ ﹁け! けけけ結婚!﹂ ﹁今すぐという訳では無いわ。でも、シシリーは貴族家の娘。婚約 せずにお付き合いをさせる訳にはいかないの﹂ シシリーが慌ててるけど、その事については予期していた。 この国は王族、貴族を含めて一夫一婦制だ。 なので血を絶やさない為にその一族に連なる者はなるべく早く、 そして多くの子供を産む必要がある。 560 この国の貴族は割りと自由恋愛が認められており、結婚相手を親 が決めるという事はあまり無いのだが、平民のように付き合って別 れてを繰り返す事はない。 なので貴族の、それも女子と付き合うという事は結婚を覚悟しな いと付き合えない。 という事を、昨日あの後オーグから﹃貴族の娘と付き合うとはそ ういう事だ﹄と聞かされていたから覚悟は出来ていた。 オーグもたまには役に立つな。 ﹁⋮⋮どうやら覚悟は出来ていたみたいね?﹂ ﹁はい﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁その事も含めての報告です。俺は平民だから⋮⋮ひょっとして認 められないんじゃないかと⋮⋮﹂ そう、その事が気掛かりだった。 貴族の自由恋愛が認められているとは言っても、やはりそれは貴 族同士が多いらしく、相手が平民だと付き合いを反対される事も多 いらしい。 前世の日本でも、貴族でも無いのに、家柄がどうのこうの言う奴 は多かったしな。貴族制度があるこの世界では尚更だ。 そんな懸念を口にしたところ⋮⋮なぜかアイリーンさんやセシル さん、使用人さん達まで笑い出した。 561 ﹁シン君、それ本気で言ってるのかい?﹂ ﹁え?﹂ ﹁どうも本気みたいよ、アナタ﹂ ﹁そうか、自分の事になると分かり難いのかな? いいかいシン君、 君の祖父母はこの国の伝説的な英雄だ﹂ ﹁そうらしいですね﹂ ﹁国中⋮⋮いや、世界中の人間から尊敬を集める人物を祖父母に持 ち、自身はその英雄である二人から自分達を越えると言わしめ、既 に叙勲を受ける程の活躍をした新しい英雄だよ?﹂ ﹁はあ⋮⋮﹂ ﹁叙勲式での陛下の御言葉が無ければ、貴族どころか各国の王族か らも縁談が殺到したかもしれない子なんだよ? 君は﹂ ﹁へえ⋮⋮﹂ 王族って⋮⋮面倒臭い事になるところだったんだな⋮⋮ディスお じさんには感謝しないと。 ﹁⋮⋮あんまり分かって無いみたいだけど⋮⋮本当なら君は、こち らから頭を下げてでも縁談を申込みたい人物なんだ、そんな子から ウチの子を恋人にしたいと言われて⋮⋮反対する理由なんて何処に あるんだい?﹂ 周りの人達も一斉に頷いた。 ﹁それを除いても、シン君はシシリーだけじゃなく、私達の身まで 案じてくれる優しい子だからね。僕はシシリーの相手が君になって くれる事を期待していたんだよ﹂ ﹁そうそう、よく二人でその話をしてたのよ?﹂ ﹁そういう訳でね、私達は君達の事を祝福するよ﹂ 562 ﹁そうと決まればお祝いの準備をしないといけないわね!﹂ ﹁あ、その事があったんで朝に来たんです﹂ ﹁どういう事だい?﹂ ﹁実は、クロードの街の屋敷で既にお祝いの準備を始めているんで す。今日の訓練が終わった後にお祝いしてくれるって言うので。そ れで、セシルさんが出勤する前に報告しとこうと思って⋮⋮﹂ ﹁そうだったのか、気を使わせて申し訳ないね﹂ ﹁いえ、大丈夫です。それでお仕事が終わったら迎えに来ますので、 予定を入れないで下さいね?﹂ ﹁もちろんだよ! もし陛下からの御用を承ってもキャンセルして 帰って来るよ!﹂ ﹁アナタ⋮⋮それは行きなさいな﹂ ﹁え? でも⋮⋮﹂ ﹁ア・ナ・タ?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ セシルさんがションボリしちゃった。 ﹁大丈夫ですよ、その時はディスおじさんにも来て貰えば良いんだ から﹂ ﹁そ、そうかい!?﹂ ﹁ディスおじさんって⋮⋮﹂ ﹁シン君、陛下とは叔父と甥みたいな付き合いをしてるんです。私 もシン君の家で見たときはビックリしました。あんな陛下見た事無 いです﹂ ﹁アウグスト殿下とも遠慮の無い付き合いをしてるし⋮⋮本当に何 を心配してたのかしら?﹂ ﹁いや、それとこれとは話が別っていうか⋮⋮﹂ ﹁ま、良いわ、それよりシン君、ウチの使用人達も領地の方の屋敷 に送ってくれるかしら?﹂ 563 ﹁はい、良いですよ﹂ ﹁それよりアナタ、お仕事は?﹂ ⋮⋮。 ﹁ああ!﹂ 時計を見て固まったセシルさんが声を上げる。 ﹁た、大変だ! もう間に合わない!﹂ ﹁セシルさん、仕事場って王城ですか?﹂ ﹁あ、ああ、そうだけど⋮⋮﹂ ﹁なら、俺が送って行きますよ﹂ ﹁本当かい! 助かるよ!﹂ ゲートをいつもの警備兵詰所に繋ぎ、鈴を投げ入れる。予定外の 訪問だけどこれで大丈夫だろう。 そして二人でゲートを潜った。 ﹁⋮⋮本当に便利だね、この魔法⋮⋮﹂ ﹁あれ? ウォルフォード君? こんな時間にどうしたんだい?﹂ ここ何日か毎日通っているので、顔見知りになった警備兵の人か ら声を掛けられた。 ﹁あ、おはようございます。いや、か、彼女のお父さんを送りに来 たんです﹂ ﹁彼女のお父さん?﹂ ﹁やあ、おはよう﹂ 564 ﹁これはクロード卿! おはようございます!﹂ ﹁すまないねえ、ちょっと遅れそうだったから彼に送ってもらった んだよ﹂ ﹁そうでしたか。それで⋮⋮彼女のお父さんという事は⋮⋮﹂ ﹁いやあ、はっは、ウチの娘が彼とお付き合いをする事になってね え﹂ ﹁何と! おめでとうございます!﹂ ﹁いや、ありがとう。じゃあシン君、また夜に﹂ ﹁あ、夕食前に定期報告に来ますから、ここに来てもらって良いで すか?﹂ ﹁分かったよ、じゃあ行ってきます﹂ ﹁行ってらっしゃい﹂ セシルさんを見送り、戻ろうとした時、警備兵さんがポツリと漏 らした。 ﹁あれは⋮⋮自慢しまくるな⋮⋮﹂ そんなに広めて大丈夫だろうか? またアイリーンさんに怒られ ないか? そんな心配をしながらクロード邸に戻ると、使用人さん達が既に 準備万端で待っていた。 ﹁それじゃあシン君、お願いね﹂ ﹁分かりました﹂ 今度はクロードの街の屋敷にゲートを繋ぐ。 そしてアイリーンさんと使用人さん達はおっかなびっくりしなが 565 らゲートを潜った。 ﹁本当にクロードの街の屋敷だわ⋮⋮﹂ ﹁奥様!?﹂ クロードの街の屋敷の使用人さんが声を上げる。 来るのは夜だと思っていたから驚いたのだろう。 ﹁久しぶりね、今日はシン君とシシリーのお祝いをするって言うか ら、ウチの使用人も連れて来たわよ﹂ ﹁ありがとうございます! 助かります!﹂ ﹁多分だけど⋮⋮ウチの人が仕事場で自慢しまくってると思うのよ。 もし陛下の御耳に入れば、陛下もいらっしゃると思うの。そのつも りで準備してね﹂ ﹁こ、国王陛下がですか!?﹂ ﹁シン君とは相当親密な関係らしいからね、多分来るわよ﹂ ﹁わ、分かりました。気合いを入れて準備します!﹂ ﹁頼んだわよ﹂ ﹃ハイ!﹄ 凄いなアイリーンさん。セシルさんの行動を完全に把握してるわ。 ⋮⋮セシルさん大丈夫だろうか? ﹁戻ったか、シン﹂ 声のした方を見ると、皆が揃っていた。 ﹁あ、ごめん、ちょっと待ってて、すぐに準備してくるわ。行こう 566 シシリー﹂ ﹁はい﹂ 訓練の準備をして皆の下へ戻り、今度は荒野にゲートを開く。 今日はゲート大活躍だな。 エリーとメイちゃんも見学したいと一緒に来ていた。 午前中は昨日と同じく爺さんによる魔力制御の訓練だったのだが、 ここで意外な事実が判明した。 メイちゃんに魔法使いの素養があったのだ。 エリーは既に素養がない事を知っていたとの事で、大人しく見学 していたのだが、皆が訓練しているのを見たメイちゃんが見よう見 まねで魔力を制御し始めたのだ。 ﹁わ、わ、凄いです!﹂ ﹁おお、こりゃ凄いのう。メイちゃんにも魔法使いの素養があった ようじゃな﹂ ﹁メイ、お前邪魔するなとあれ程言ったのに﹂ ﹁まあ良いじゃないかね、メイちゃんはアタシが見てあげるからア ンタ達はマーリンの訓練を受けときな﹂ 結局、爺さんの魔力制御の訓練中は手が空いていたばあちゃんが メイちゃんの面倒を見る事になった。 ﹁今からこの訓練を始めるとなると⋮⋮凄い魔法使いになりそうね﹂ ﹁負けてられない、頑張る﹂ 567 ﹁リンさん! それは集め過ぎじゃ! 暴走するぞい!﹂ ﹁あれ? 失敗した﹂ 高等学院に入ってからこの訓練をするようになった皆が、十歳か ら訓練を始めたメイちゃんに、追い抜かれるかもしれないと危機感 を覚え、より一層訓練に力を入れるようになった。 うん。予定外の事だったけど、これは良い傾向だな。 昼食を挟んで午後は実践訓練だ。 初めて俺達の魔法を見たエリーとメイちゃんが、驚いて呆然と見 ていた。 ﹁⋮⋮信じられませんわ⋮⋮なんですの? この魔法は⋮⋮﹂ ﹁はわわ! 皆さん凄いです!﹂ メイちゃんに誉められて自尊心が回復したのか、皆上機嫌で訓練 していた。 ⋮⋮十歳の子に張り合うなよ⋮⋮。 そして、実践訓練が終わった後は、本日の俺の魔法実験だ。 既に皆はいつでも魔力障壁を展開出来るように身構えている。 ⋮⋮相変わらず皆の評価が気になるところだな⋮⋮。 ﹁あのさ⋮⋮今回のはそんなに危なく無いから⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮本当か?﹂ 568 ﹁⋮⋮攻撃魔法じゃないから﹂ ﹁そうか、なら大丈夫か﹂ あれ? 攻撃魔法じゃないと分かった途端に皆の緊張が溶けた。 ﹁いやあ、今回はどんな危険が待ってるのかとドキドキしちゃった よ!﹂ ﹁本当ですね。この合宿でこの時間が一番緊張します﹂ ⋮⋮本当にどんな評価されてるんだ⋮⋮。 皆の非道い反応に今回も凹みながら魔法の準備を始める。 今回試してみたい魔法は、最初から最後まで俺の知識にある物理 法則を完全に無視したものだ。 ヒントになったのは、シュトロームが使った魔法だ。 まず、足元にある石を拾い、これに魔法を掛けて試してみる。 試す魔法は﹃浮遊魔法﹄だ。 恐らくシュトロームは物理法則とか関係なく、イメージの力だけ で浮遊魔法を使っていたと思われる。 今まで浮遊魔法が使われていなかったのは、単純に魔力が足りな かったんじゃないかな。 魔人と化し、溢れる魔力を使えるようになったから、浮遊のイメ ージが発動したんだろう。 569 なら、今の俺の魔力制御量なら浮遊魔法もイメージ次第で使える のではないかと思ったのだ。 まず魔力を集める。今までの魔法を使う時より多く集める。 ﹁おいおい⋮⋮本当に大丈夫なのか?﹂ ﹁集まってる魔力の量が尋常じゃないですね⋮⋮何をするつもりな んでしょうか?﹂ ﹁ほ、本当に危なく無いんでしょうか!?﹂ 大丈夫だって、攻撃魔法じゃないから。 次にイメージをしていくのだが、思い付いたのが﹃反重力﹄だ。 原理は全く分からないが、重力に反発する力をイメージして物を 浮かせるイメージをした。結果は⋮⋮。 ﹁お、やった! 成功した﹂ 浮遊魔法を込めた石は宙に浮いていた。 今は重力と同じくらいの力をイメージしているが、重力より強い 力をイメージすると、石は上昇しだした。 左右の動きは風の魔法で代用するとして、さあ次は自分に掛けて みよう。 さっきの実験で必要な魔力の量は把握出来たので、必要な魔力を 集め反重力をイメージする。 570 ﹁おい⋮⋮なんだこれは⋮⋮﹂ ﹁シン君が⋮⋮宙に浮いてます⋮⋮﹂ ﹁え? あれって⋮⋮シュトロームが使ってたやつよね?﹂ ﹁あの時のシン殿の口振りでは、浮遊魔法は使えなかった筈ですが ⋮⋮﹂ ﹁もう開発しちゃったのかい⋮⋮﹂ ﹁相変わらず、魔法の常識知らずで御座るな﹂ 下の方で皆が何か言ってるようだが、声が届かないので何を言っ てるのか分からないが、どうせまた非道い事でも言ってるんだろう。 そんな皆をよそに、移動する為に風の魔法も起動させる。 反重力によって、空を飛んでいるから風の魔法でスイスイ動く事 が出来た。 こりゃあ楽しいわ! それに、空を移動するシュトロームに対抗する為の戦力にもなる。 これは有意義な実験だったな。そう思いながら皆のところへ着陸 する。 ﹁シンお前⋮⋮またとんでもない魔法を創ったな⋮⋮﹂ ﹁そう? シュトロームも使ってたじゃん。あれに対抗する為に考 えたんだけど﹂ ﹁シン君⋮⋮凄い⋮⋮﹂ ﹁凄いです! シンお兄ちゃん凄いです!﹂ ﹁本当に⋮⋮ここはとんでもないところですわね⋮⋮﹂ 571 シシリーは目を潤ませながら褒めてくれて、メイちゃんは無邪気 に喜んでくれた。 皆もこの純粋さを見習いたまえ! ﹁バカップルの片割れと一緒にしないでよ﹂ ﹁バカップル言うな!﹂ ﹁バカップルですね﹂ ﹁当事者はそう思ってないものだ﹂ ﹁確かに、そうかもねえ﹂ おのれ⋮⋮そうなのか? ﹁カップル⋮⋮﹂ シシリーは真っ赤な顔でクネクネしてる。 一方のメイちゃんは不思議そうな顔で皆を見ていた。 ﹁なんで皆さんそんな顔してるですか?﹂ ﹁メイはこの魔法がどんなものか分かってるのか?﹂ ﹁分かってるです! 凄いです! 空を自由に飛べるです!﹂ ﹁確かにそうなんだが⋮⋮﹂ ﹁シンお兄ちゃん、私も空を飛びたいです!﹂ ﹁だ、駄目ですよメイ姫様!﹂ ﹁なんでですか?﹂ 空を飛びたいというメイちゃんの要望を、マリアが必死な形相で 止めてきた。 572 ﹁だって、今飛んだら⋮⋮﹂ ﹁飛んだら?﹂ ﹁パンツ丸見えになっちゃうじゃないですか!﹂ ⋮⋮確かに女性陣は皆スカートだな。 良かった! さっきシシリーとメイちゃんを浮遊魔法に誘わなく て! ﹁あう! 忘れてました!﹂ 頭を抱えるメイちゃんにホッコリした。 573 祝福してもらいました 浮遊魔法で空を飛ぶのはまた明日という事でメイちゃんには納得 してもらった。 ﹁明日はズボンを履いてくるです!﹂ 明日も荒野での訓練に参加する気満々だ。 ﹁それは良いけど、折角温泉街に来たのに街を散策したりしなくて いいの?﹂ ﹁うーん、温泉より皆さんといる方が楽しいから良いです!﹂ まあ、子供ならそうか。メイちゃんにとっては皆といる方がいい のだろう。 ﹁今日見て分かっただろうが、私達は真剣に魔法の練習をしている んだ。本当に邪魔だけはするなよ?﹂ ﹁分かってるです! 私もメリダ様に魔法を教えて貰うから大丈夫 です!﹂ ﹁メリダ殿の迷惑だろうが﹂ ﹁ああ、アタシは気にしないでいいよ。どうせマーリンの講義中は 暇なんだ。メイちゃんの面倒位見るさね﹂ ﹁すいません、メリダ殿﹂ ﹁それに、シンは世話という面ではあまり手を焼かせなかったから ねえ。女の子だし、世話を焼けるのは嬉しいもんさ﹂ ﹁確かに、シンには手を焼いた記憶は無いのう﹂ 574 爺さんとばあちゃんが、懐かしそうに俺の小さい頃の話をしてる。 ﹁シン君の小さい頃って、どんな子だったんですか?﹂ その話が気になったのか、シシリーが俺の子供の頃の話を聞いて きた。 ﹁そうさねえ⋮⋮その話をするのもいいけど、シン、殿下。先に用 事を済ませておいで。シシリーの両親にも聞いといて貰わないとい けない話がある﹂ そう言って、一旦この話を打ち切った。 ﹁ウチの両親にですか?﹂ ﹁ああ、アンタの家は貴族だろう? そうなると、今回の話は婚約 にまでいくはずさ。その前にどうしても聞いておいて貰わないとい けない事があるのさ﹂ ﹁はあ⋮⋮分かりました﹂ それってあれかな? 俺が爺さんとばあちゃんの本当の孫じゃな いって話かな? そういえば、まだ皆にその話はした事無かったな。 ばあちゃんは今回の祝いの席で皆に聞かせるつもりらしい。 ﹁そのつもりだったの? じいちゃん﹂ ﹁ほっほ、初めて聞いたのう⋮⋮﹂ 爺さんには話が通ってなかったみたいだ。 575 ばあちゃんに全部主導権を握られてる。 ⋮⋮結婚してた当時の状況が目に見えるようで涙を誘うな⋮⋮。 皆を屋敷に送ってから王城にゲートを開く。 ﹁お疲れ様です殿下、ウォルフォードさん﹂ 朝も会った警備兵さんが迎えてくれた。 ﹁やあ、待ってたよシン君﹂ するとそこには案の定ディスおじさんが待っていた。 ﹁やっぱりいた﹂ ﹁やっぱり?﹂ ﹁アイリーンさんが言ってたんだよ、セシルさんが職場で皆に言い ふらすからディスおじさんの耳にも入るって﹂ ﹁確かに⋮⋮職場で皆に自慢したけども⋮⋮﹂ ﹁で、多分ディスおじさんも来るだろうから準備しとけって﹂ ﹁⋮⋮シン君、私は王都の家に帰っても?﹂ ﹁駄目ですよ! そんな事したら⋮⋮﹂ ﹁いや! みなまで言うな! はあ⋮⋮素直に怒られるか⋮⋮﹂ ﹁が、頑張って下さい⋮⋮﹂ 俺の周りは奥さんが強い人が多いな。 ひょっとして皆そうなのか? 576 ﹁何かな? シン君﹂ ﹁いや⋮⋮﹂ ﹁父上も母上には頭が上がらないな﹂ ﹁やっぱりそうなのか﹂ ﹁ちょっ! 何暴露してるんだ!?﹂ ﹁ああ、すいません。シンといるとつい素が⋮⋮﹂ ﹁息子がようやく素で話してくれたと思ったら⋮⋮﹂ ﹁黒くてビックリでしょ﹂ ﹁おい、黒いとはなんだ﹂ ﹁真っ黒じゃん﹂ ﹁⋮⋮凄いね、陛下や殿下とこんなやり取りが出来るのかい?﹂ セシルさんと警備兵さんが驚いてる。普段こんな姿は見ないだろ うからな。 ﹁そういえばジークにーちゃんとクリスねーちゃんは?﹂ ﹁ああ、ゲートで行くんだろう? それに賢者殿に導師殿、シン君 に研究会の面々がいるなら護衛なんて必要無いじゃないか﹂ ﹁それもそうか﹂ ﹁それに、王都で正式な婚約披露パーティがあるだろうから、その 時に参加させればいいさ﹂ ﹁大々的にやるの?﹂ ﹁当たり前だな。相手は貴族だし、君は新しい英雄だ。婚約披露パ ーティをしないと世間が納得しないよ﹂ ﹁はあ、マジか⋮⋮﹂ ﹁マジだよ。それよりそろそろ移動しようか。遅くなってしまうと マーリン殿に心配を掛けてしまう﹂ ﹁ああ、うん分かった﹂ ﹁じゃあ、多分向こうで泊まってくると思うから、言っといてくれ﹂ ﹁は! かしこまりました!﹂ 577 ようやくクロードの街の屋敷に行く事になったのだが⋮⋮。 ﹁あ、ゴメンディスおじさん、ちょっと寄りたいところがあるから 待ってて﹂ ﹁なんだ? 一緒に行けばいいだろう﹂ ﹁いいから! すぐ戻るから待ってて!﹂ そう言って、思い付いた用事を済ませに行き、王城に戻ってきた。 ﹁ゴメン、お待たせ。じゃあ行こう﹂ そして今度こそクロードの街の屋敷に向かった。 ﹁本当に便利だなあ﹂ ﹁今度領地に行く時も送って行きましょうか?﹂ ﹁ああ⋮⋮魅力的な提案だけどねえ、それは出来ないんだよ﹂ ﹁え? どうしてですか?﹂ ﹁それはなシン君、貴族が王都から領地に行く。領地から王都に行 く。そのどちらの場合も途中にある街に立ち寄るからさ﹂ 俺の質問にディスおじさんが答える。 ﹁貴族の移動ともなればそこそこの規模の集団になるからな。途中 の街で発生する経済効果を無視する事が出来ないのだ﹂ ﹁へえ、そういうもんか﹂ ﹁うん、それに街にいる貴族、もしくは代官との交流も大事だから ね﹂ ﹁そういう事だったんですね﹂ 578 貴族は大変だな。 ﹁だからシン君がくれたこの魔道具には本当に助けられているよ。 ありがとう﹂ ﹁いえ、そんな事で良ければいくらでも提供しますよ﹂ ﹁本当かい? それはありがたい。もちろん代価は支払うからね﹂ ﹁そんな、別にいいですよ﹂ ﹁そういう訳にはいかないよ。それに代価を支払わないと⋮⋮﹂ ﹁支払わないと?﹂ ﹁魔道具欲しさに娘を売ったと言われるな﹂ ﹁はあ!?﹂ ディスおじさんの言葉に耳を疑う。 ﹁残念だけど陛下の言う通りなんだよ。この世は善人ばかりでは無 いからね、特に今は財務局の事務次官の席が空いた。その席を狙っ ている者は多いからね﹂ そうか、セシルさんは財務局の管理官だったな。事務次官の席が 狙える位置にいるんだろう。官僚のポスト争いか⋮⋮世界が変わっ てもそういうのは変わらないな。 ﹁分かりました。でも提供はします、格安で。それは譲れません﹂ ﹁そうか⋮⋮ありがとう﹂ 屋敷の玄関ホールで話し込んでいると、使用人さんが気付いた。 ﹁へ、陛下! 旦那様!﹂ その声を聞いた使用人さん達がホールに集まり、一斉に膝をつい 579 た。 そしてアイリーンさんが奥から出てきて優雅に一礼した。 ﹁ようこそおいでくださいました陛下。お待ちしておりましたわ﹂ ﹁今日はシン君のお祝いだからな、私人として来ている。歓待は無 用に願う﹂ ﹁はい、心得ております。それと⋮⋮アナタ﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁後でお話しがあります﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ ごめんなさいセシルさん⋮⋮俺には⋮⋮俺には助けられません⋮ ⋮。 ﹁丁度準備も整いましたのでダイニングへどうぞ。あ、シン君はこ っちね﹂ ﹁なんでです?﹂ ﹁そりゃあもちろん着替えてもらうのと、シシリーと一緒に登場し てもらう為よ﹂ どんどん大事になってる気がする! ﹁じゃあこの部屋で着替えて待っててね。すぐにシシリーを呼んで くるから﹂ そう言って、アイリーンさんは俺を空き部屋に押し込んだ後、シ シリーを呼びに行ってしまった。 置いてあった白いシャツに白いズボン、青い軍服みたいな服に着 580 替えると途端に落ち着かなくなった。 そわそわしながら待っているとドアがノックされた。 ﹁は、はい!﹂ 俺の返事でドアが開けられ、そこにいたのは⋮⋮。 水色のふんわりしたドレスを着て髪をアップにしたシシリーが立 っていた。 ドレスはフリルがふんだんに使われていて可愛らしく、アップに した髪とアクセサリーは少し大人っぽく、そのアンバランスさがシ シリーをより一層可愛く見せていた。 ﹁あ、あの⋮⋮シン君?﹂ 見蕩れてぼんやりしていた俺にシシリーから声が掛かる。 ﹁あ、ああごめん、可愛いから見蕩れてた﹂ ﹁えぅ⋮⋮あ、ありがとうございます。シン君も格好いいですよ﹂ ﹁本当に?﹂ ﹁本当です。私の方こそ本当ですか?﹂ ﹁ああ、可愛い過ぎてドキドキするよ﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁オッホン!﹂ アイリーンさんがいたのを忘れてた! 581 ﹁仲がいいのは分かりましたから、もう少ししたらダイニングにい らっしゃいね﹂ 微笑みながらそう言うとアイリーンさんは先に行ってしまった。 人がいるのに⋮⋮何か想いが通じ合ってから歯止めが効かなくな ってる気がする。 お互いに顔を見合わせ、苦笑いをしながら気になっていた事を聞 いてみた。 ﹁シシリー、付き合いだしてすぐに婚約する事になっちゃってるけ ど、シシリーに異論は無いの?﹂ ﹁はい。さっきは取り乱しちゃいましたけど、私は貴族家の娘です から、元々覚悟はしてました。それが大好きな人と婚約出来る事に なったんです。嬉しくてどうにかなりそうです﹂ そう言って目を潤ませニッコリ笑ってくれた。 ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁あの⋮⋮そういう事は後程ごゆっくりと⋮⋮﹂ 案内係のメイドさんが残ってた! ﹁あ、すいません﹂ ﹁あぅ、またやっちゃいました⋮⋮﹂ だから歯止め! 人いるから! 582 ﹁それでは参りましょう﹂ メイドさんに案内されて行った先は、いつも食事をしているダイ ニングだった。 そこはいつもと違い椅子やテーブルが撤去され、立食パーティの 準備が整っていた。 クロード家の使用人さんもレベル高いな! ダイニングに入ると皆が拍手で迎えてくれた。 ﹁皆グラスは行き渡っているか? それでは、我が友マーリン殿と メリダ殿の孫シン君とクロード子爵家のシシリーさんの恋人になっ たお祝いと婚約披露のパーティを始めよう﹂ ﹁ディセウム、ちょいとお待ち﹂ ﹁はい? なんでしょう、メリダ師﹂ ﹁アンタが宣言すると正式にこの子達が婚約者になっちまう。それ は大変喜ばしい事なんだけど⋮⋮クロード夫妻﹂ ﹁はい!﹂ ﹁なんでしょうかメリダ様﹂ ﹁アンタ達に話しておかないといけない事がある﹂ 例のアレか。 ﹁これを話しておかないとアンタ達を騙している事になる。それは 心苦しいからね、聞いとくれ﹂ ﹁わ、分かりました﹂ ばあちゃんの真剣な様子にセシルさんが気圧されたように返事す 583 る。 そしてばあちゃんは俺の生い立ちを話し始めた。 ﹁シンはね⋮⋮アタシ達の本当の孫じゃない﹂ その言葉に皆は意表を突かれ、パーティ会場が静寂に包まれる。 ﹁あれは十五年近く前になる。ワシは魔物に襲われ全滅した馬車を 発見した﹂ 爺さんが俺を拾った時の様子を話し出した。 ﹁生きている者はいないと⋮⋮そう思わせる程の惨状じゃった。ワ シはせめて弔ってやろうと思っての、馬車の残骸に近付いた。その 時⋮⋮奇跡的にこの子だけ生き残っておったのじゃ﹂ 衝撃的な内容の話に皆言葉が出ないようだ。黙って爺さんの話を 聞いている。 ﹁この子を拾ったワシは⋮⋮まあ色々あっての、これを天命じゃと 思ってこの子を育てる決意をしたのじゃ﹂ ﹁シン君の御両親は⋮⋮どなたか分からなかったのですか?﹂ セシルさんが質問をしてきた。 ﹁身元を示す物は何も無かった。というよりそれすら分からん程メ チャメチャになっとったのじゃよ﹂ ﹁それでよく⋮⋮﹂ ﹁ああ、アタシも話を聞いたとき奇跡だと思ったね。最初は正直孤 584 児院に預けるべきだと思った。けどその話を聞いて⋮⋮そして、こ の子がアタシに笑い掛けてくれた時⋮⋮決意したのさ。マーリンが この子を育てるというなら全力でサポートしようと、アタシもこの 子の祖母になろうとね﹂ その話は初めて聞いた。 ⋮⋮昔何かあったのかな? ﹁アンタ達がシンを認めたのは、こう言っちゃ何だけどアタシ達の 孫だからっていうのも大きいだろう。でもこの子に血の繋がりは無 い。それでもシンをシシリーの婚約者と認めてくれるかい?﹂ それを聞いたセシルさんとアイリーンさんは顔を見合わせて頷い た。 どんな結論を出したんだろう⋮⋮。 ﹁メリダ様、マーリン様、私は正直ガッカリしました﹂ ﹁やっぱりそうかい⋮⋮﹂ ﹁しょうがないのう⋮⋮﹂ セシルさんのその返事に二人はしょんぼりしてしまった。 俺も⋮⋮爺さん、ばあちゃんの表情とセシルさんの返事に心臓を 握り潰される思いがした⋮⋮。 ﹁御二人とも私達を見くびらないで頂きたい!﹂ ﹁﹁え⋮⋮﹂﹂ ﹁私達がシン君を認めたのは御二人の御孫さんだからではありませ 585 ん! シシリーの事を何より大事に考えてくれて、その家族である 私達まで守ろうとしてくれる。そんな優しく強いシン君だからこそ シシリーとの付き合いを⋮⋮婚約を認めたのです! 馬鹿にしない で下さい!﹂ セシルさんがそう言い切った。 その言葉に、俺は本当にセシルさんに認めて貰ったのだなと嬉し くなり、ちょっと涙が浮かんだ。 ﹁主人の言う通りですわ。私達はシン君がシン君だからこそシシリ ーの相手にと願ったのです。どこの誰かは関係ありませんわ﹂ アイリーンさんもそう言ってくれた。 ﹁そうかい⋮⋮そうかい⋮⋮﹂ ﹁ありがとうのう⋮⋮﹂ 爺さんとばあちゃんが揃って涙を流してる。 それを見て、俺は本当に大事にされているんだなと改めて実感し、 浮かんでいた涙が溢れてきた。 ﹁シン君⋮⋮﹂ シシリーがハンカチでそっと涙を拭いてくれた。 そして、微笑みながら言ってくれた。 ﹁私も同じですよ。シン君だから好きなんです。そもそも初めて会 586 った時は御二人の御孫さんだなんて知りませんでしたし﹂ ﹁そっか、そういえばそうだったね﹂ シシリーからハンカチを受け取り自分で涙を拭いた後、セシルさ んとアイリーンさんに向かった。 ﹁セシルさん、アイリーンさん、ありがとうございます。期待を裏 切らないよう全力でシシリーの事を守ります﹂ ﹁うん、よろしく頼むよ﹂ ﹁フフ、よろしくねシン君﹂ ﹁それと、じいちゃん、ばあちゃん﹂ ﹁なんだい?﹂ ﹁ほ、なにかの?﹂ ハンカチで涙を拭いていた二人に、改めてお礼を言う。 ﹁じいちゃん、俺を拾ってくれてありがとう。前にも言ったけど、 もう一回言わせて。俺、じいちゃんの孫になれて幸せだよ﹂ ﹁シン⋮⋮﹂ ﹁ばあちゃん、俺のばあちゃんになってくれてありがとう。いっつ も怒られてるけど、俺⋮⋮ばあちゃんの孫で幸せだよ﹂ ﹁なに⋮⋮言ってんだい⋮⋮﹂ 二人とも拭いた涙がまた溢れてきてしまった。 会場がしんみりした雰囲気になっちゃったな。 でもこれはどうしても今言わなきゃいけなかったんだ。 ﹁それでは両家ともに納得した事だし、しんみりしてないでそろそ 587 ろ始めようか﹂ ディスおじさんがタイミングを見計らって声を掛けた。 ﹁シン=ウォルフォード、シシリー=フォン=クロード、二人の婚 約を私が見届け人となり認めるものとする。これはアールスハイド 王国国王としての宣言である﹂ 国王様からのお墨付きを頂いてしまった。 っていうか、さっき私人として来てるって言ってた気が⋮⋮ 方便か? ﹁前途ある若者の素晴らしい門出に⋮⋮乾杯!﹂ ﹃乾杯!﹄ 私人か公人かは分からないけどディスおじさんが認めた事は間違 い無い訳で、正式に俺とシシリーは婚約者になった。 付き合いだしてすぐに婚約とか、前世では中々考えにくいけど郷 に入れば郷に従えっていうし、特に異論も無い。 貴族って大変だし面倒だなとは思うけど。 ﹁そういえば、貴族って子供を沢山産まないといけないんですよね ? 跡目争いとか大変じゃないんですか?﹂ ﹁ああその事か⋮⋮﹂ セシルさんにディスおじさんまで苦笑いをしてる。 588 ﹁シン君、この国の王族や貴族はね、国民や領民の生活に対しての 責任が非常に重いんだよ﹂ ﹁そうですね⋮⋮領地経営などで実入りは多いですけどそれ以上に 責任が重い﹂ ﹁領地経営の状態の査察もあるしな﹂ ﹁査察まですんの?﹂ ﹁もしそれで、不条理な重税などで民を苦しめていたら⋮⋮﹂ ﹁ど、どうなるの?﹂ ﹁領地没収、爵位剥奪の上に罰が下る﹂ ﹁マジで?﹂ ﹁ああ、だから普段は代官であるカミーユに任せているけど、定期 的に領地を訪れないといけないんだ。領民達の直の声を聞かないと いけないからね﹂ ﹁多分この国で一二を争うキツい仕事だな﹂ ﹁⋮⋮こないだ誰か過労で倒れたって聞きましたよ⋮⋮﹂ ﹁マジか?﹂ ﹁マジです⋮⋮お互い気を付けましょう﹂ ﹁全くだな⋮⋮﹂ 別のしんみりが発生した! ﹁そんな訳でな⋮⋮貴族の当主は非常に大変だから皆なりたがらな いんだ﹂ ﹁私も父から爵位を譲ると言われた時、他の兄弟や親戚達が歓声を 挙げたのが忘れられませんよ⋮⋮﹂ ﹁そ、そうなんですか﹂ 爵位を継げなくて歓声を挙げるとか⋮⋮貴族の当主はどんだけ辛 いんだ? 589 ﹁まあシシリーは三女だし、ウォルフォード家に嫁入りするから、 あまり爵位継承とか気にする必要は無いよ。ただ、二人の子供はク ロード家の血を引いてるから万が一があるかもしれない。その事は 覚えておいてほしい﹂ ﹁シン君の子供⋮⋮﹂ シシリーが真っ赤になってクネクネしてる。 ﹁そういえばメリダ様! さっきシン君の子供の頃の話が途中でし た!﹂ ﹁ああ、そういえばそうだったねえ﹂ アリスが子供という単語で思い出したのだろう、さっき聞けなか った俺の子供の頃の話が聞きたいと言い、ばあちゃんは懐かしそう に話をし出した。 ﹁赤ん坊の頃だけど、あんまり泣いたりグズったりしない子だった ねえ﹂ ﹁そうじゃのう、あんまり泣かないもんじゃから心配した事もあっ たのう⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そうだったねえ。魔物に襲われたショックでそういった感情 が出せなくなったんじゃないかと思ったりしたね﹂ 一歳の頃から自我があったもんで⋮⋮心配掛けてすいません。 ﹁それから大きくなっていって、喋り出すのが遅くて心配もしたね え⋮⋮﹂ ﹁確かにそうでしたが⋮⋮喋り出してからが早かったですな﹂ ﹁そうじゃのう、あれは何? これは何? と何にでも興味を持っ 590 てのう﹂ ﹁答えが曖昧だと追求が凄いんだよ、答えられなかった事を王城に 戻ってから調べたりしたなあ﹂ ﹁シンの﹃なぜなに﹄には本当に苦労したよ⋮⋮﹂ 三人共ちょっと疲れた顔してる。 ご、ご免なさい⋮⋮全く別の世界に来たから全てが珍しくて⋮⋮。 ﹁魔法を使えるようになったのも早かったねえ﹂ ﹁あれには驚きましたな。確か⋮⋮三歳位でしたか?﹂ ﹁ほっほ、そうじゃ﹂ ﹃三歳!?﹄ 皆が揃って声を挙げた。 ﹁え? 普通何歳位なの?﹂ ﹁初等学院在学中に魔力制御出来たら優秀な方だ﹂ ﹁という事は?﹂ ﹁十二歳位だな﹂ ﹁へえ、じゃあメイちゃん超優秀じゃん﹂ ﹁えへへ、ありがとうですシンお兄ちゃん﹂ ﹁いや⋮⋮お前は三歳って⋮⋮﹂ ﹁あーじいちゃんが魔法使ってんのよく見てたからなあ、見よう見 まねで試してみたら出来た﹂ ﹁⋮⋮というか、三歳の頃の話を覚えているのか?﹂ ﹁覚えてるよ﹂ その言葉にも驚いてる。そりゃそうか。俺のは反則だけどね! 591 ﹁それから魔法を教えてやったら、ほとんど一度で覚えよってな﹂ ﹁アンタはそれが楽しかったんだろう、次から次へと魔法を教えて﹂ ﹁ほっほ⋮⋮本当に何でもすぐ覚えよったからのう⋮⋮楽しゅうて 仕方がなかったんじゃ﹂ ﹁そのせいでシンは⋮⋮﹂ ばあちゃんが爺さんに文句を言おうとしたが、何とか踏み留まっ た。 ホッとしてる爺さんが悲しかった⋮⋮。 ﹁我が儘も言わないし、こちらの言う事は素直に聞くし⋮⋮思い付 いた事をすぐに実行しようとする癖さえなけりゃ本当に育てるのに 手間の掛からない子だったね﹂ ﹁そうじゃなあ、家の手伝いもよくしてくれたのう﹂ ﹁だからこの子には暴走しないように監視しとく必要はあったけど、 育てる上での手間は掛けられて無いのさ﹂ ﹁へえ、そうだったんですか。シン君がいい子だったなんて⋮⋮何 か意外!﹂ アリスが失礼な事言った。 ﹁意外ってなんだよ!﹂ ﹁だって、シン君って小さい頃からメリダ様達に色々迷惑掛けてそ うだもん!﹂ ﹁だから何でだよ!﹂ ﹁今の現状見てるとねえ⋮⋮﹂ ﹁意外に思ったのは否定出来ないで御座る﹂ 皆がアリスの発言に同意してる。 592 やっぱり問題児扱いなのね⋮⋮。 ﹁で、でも! お爺様、お婆様想いで優しい所は今も同じですよ!﹂ シシリーが必死にフォローしてくれる。 やっぱり優しいなあ⋮⋮こういう所、大好きだなあ⋮⋮。 ﹁ほっほ、シシリーさんにお爺様と呼んでもらえるのは嬉しいのお﹂ ﹁そうだねえ、シシリーこれからはアタシ達の事をそう呼ぶんだよ﹂ ﹁はい! 分かりましたお婆様﹂ その返事にニヨニヨしてるばあちゃん。そんな顔初めて見たよ⋮ ⋮。 そんなこんなで、しんみり始まったパーティは俺の子供の頃の話 をネタに盛り上がり、やがてお開きになった。 パーティが終わった後、俺とシシリーは二人でバルコニーにいた。 ﹁はあ⋮⋮終わったあ⋮⋮﹂ ﹁お疲れ様ですシン君。でも王都に戻ったら正式な婚約披露パーテ ィがありますから、頑張って下さいね﹂ ﹁マジかあ⋮⋮﹂ シシリーはそんな俺の様子をクスクス笑って見てる。 これは⋮⋮やっぱり言っとくべきだよな。 593 ﹁シシリー﹂ ﹁はい、なんですか?﹂ ﹁順番が後先になっちゃったけど⋮⋮﹂ 俺は、さっき王都に行った際に手に入れたあるものをシシリーに 差し出した。 ﹁え? これは⋮⋮﹂ ﹁もう婚約披露パーティは終わっちゃったけど⋮⋮﹂ 俺は⋮⋮小さな箱に入ったダイヤの指輪を見せた。 ﹁シシリー﹂ ﹁は、はい﹂ そして改めて言った。 ﹁俺の⋮⋮お嫁さんになって下さい﹂ 指輪と俺の言葉にしばらく固まっていたシシリーは、ゆっくりと 微笑んで応えてくれた。 ﹁はい、私をシン君のお嫁さんにして下さい﹂ その返事を聞いて、俺はシシリーの左手の薬指に指輪を嵌めた。 シシリーはその指輪を見て幸せそうにしてる。 その姿だけで、こちらも幸せな気持ちになった。 594 ﹁昨日彼女になって下さいって言ったばかりだけどね﹂ ﹁そうでしたね﹂ 二人でクスクス笑い合う。 すると、シシリーが俺の胸に飛び込んできた。 ﹁シン君⋮⋮私、幸せです⋮⋮﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ 抱き合ったまま見詰め合う。するとシシリーがスッと目を瞑った。 俺はシシリーに顔を近付け⋮⋮。 唇を重ね合わせた⋮⋮。 595 実はまた色々創ってました 身内だけの婚約披露パーティが終わった後、俺とシシリーは各々 の部屋に戻った。 本当だぞ! 彼女の実家で、両親もいるのに⋮⋮そんな事をする勇気は無い! ﹁おはようございます、シン君﹂ 翌日、朝食を取る為にダイニングに向かう途中でシシリーと会う。 昨日とはまたちょっと違う、なんだか艶っぽい笑顔で挨拶された。 ﹁おはようシシリー、今日はまた⋮⋮何だかキレイだね﹂ ﹁フフ⋮⋮ありがとうございます﹂ お、シシリーがあたふたしなくなった。 ﹁シシリー⋮⋮あんた⋮⋮﹂ マリアが何かに感付いたようだ。 ﹁はあ⋮⋮まさかシシリーの方が先に大人の階段を昇るとは⋮⋮﹂ ﹁ちょっ! 何言ってるのよマリア!﹂ ﹁その様子じゃ、昨夜シンと何かあったんでしょ?﹂ ﹁な、何かって⋮⋮﹂ 596 あたふたしなくなったと思ったらやっぱりあたふたしてた。 そんな様子をニヨニヨしながら見ていたらオーグから突っ込みが 入った。 ﹁シン⋮⋮お前、気持ち悪いぞ⋮⋮﹂ ﹁そんな事よりお兄様! シシリーさんの様子が変です!﹂ ﹁ああ、あれは⋮⋮シン、お前何かしたか?﹂ ﹁な、何って⋮⋮?﹂ ﹁ヘタレのくせに、こういうのは手が早いな﹂ ﹁何を言ってるのかな⋮⋮﹂ ﹁やれやれ⋮⋮﹂ オーグは溜息を吐くと俺の耳に口を寄せこう呟いた。 ﹁避妊はちゃんとしろよ?﹂ ﹁バ! バカヤロウ! そこまでの事はしてねえよ!!﹂ ﹁成る程、それまでの事はしたのか﹂ ﹁はっ! 謀られた!﹂ おのれ⋮⋮さすが腹黒王子⋮⋮ここまで巧みに証言を引き出すと は! ﹁いや⋮⋮シン殿分り易過ぎですよ⋮⋮﹂ え? そうなの? ﹁あぅ⋮⋮もう、シン君!﹂ ﹁わ、ごめんシシリー﹂ 597 昨夜の事は二人の秘密にしときたかったのかな? あっという間にバレちゃったけどね! ﹁はわわ、大人の情事です!﹂ だからメイちゃん!十歳の子が情事なんて言っちゃいけません! ﹁お前達、こんな所で何を騒いでいる?﹂ ﹁早く行かないと朝ご飯が冷めてしまうよ?﹂ 廊下で騒いでると大人組が現れた。 そうだ、ディスおじさんとセシルさんを王城に送って行かなきゃ 行けなかったんだ。 ﹁おはようございます陛下、みんな﹂ 既にダイニングにはアイリーンさんがいた。 ダイニングは昨日のパーティ会場からすっかり元の様子に戻って いた。 やっぱりクロード家の使用人さんレベル高いな! ﹁あら? どうしたのシシリー真っ赤な顔して﹂ ﹁い、いえ! 何でもないです!﹂ ﹁ふーん、そう? それよりホラ、みんな早く食べちゃいなさい﹂ 598 そうしていつもの面々プラス保護者追加での朝食が始まった。 そしてその席で、オーグから以前言われていた事に対しての話が あった。 ﹁そういえばシン、前に言っていた立太子の儀式の件なんだがな﹂ ﹁ああ、そういえばそんな事言ってたな﹂ ﹁その儀式が一週間後にあるのだ﹂ ﹁へえ、そうなのか﹂ ﹁でな、悪いんだがそれまでにお前達の婚約披露パーティをしても らいたいのだ﹂ ﹁え? なんで?﹂ ﹁立太子の儀式が終わったらしばらく王都は祝祭が行われる事にな っている。そうなると、お前達の婚約披露パーティを行うタイミン グが遅くなるのだ﹂ ﹁ああ、そういう事か﹂ ﹁クロード夫妻、時間が無くて申し訳無いがそういう事なので準備 のほど宜しくお願いしたい﹂ ﹁かしこまりました殿下﹂ ﹁そういう事ならクロード、暫くはその準備に掛かるが良い。部署 には私の方から言っておこう﹂ ﹁本当で御座いますか!? ありがとうございます!﹂ ﹁御配慮痛み入ります。アナタ、パーティの準備は私でしておきま すから、招待客などの選定、宜しくお願いしますよ﹂ ﹁わ、分かっているよ、任せたまえ﹂ アイリーンさんの眼力にセシルさんが気圧されてる⋮⋮この人が お義母さんになるのか⋮⋮。 ﹁シン君⋮⋮何か失礼な事考えてない?﹂ 599 ﹁いえ! なんでもありません!﹂ 怖い! アイリーンさん超怖い! ﹁シシリー、これから婚約披露パーティまで、合宿の訓練が終わっ たらドレスやアクセサリーの選定等やることが山積みですからね。 頑張りなさい﹂ ﹁はい、お母様﹂ ﹁それと、セシリアやシルビアより先に婚約するのですから⋮⋮覚 悟はしておきなさいよ﹂ ﹁あぅ⋮⋮はい⋮⋮﹂ セシリア? シルビア? ﹁長女と次女だよ﹂ 不思議そうな顔をしていたのが分かったのだろう、セシルさんが 教えてくれた。 ﹁そういえば、シン君はシシリー以外のウチの子達に会った事は無 かったっけ?﹂ ﹁はい、話だけは聞いていましたけど⋮⋮家には住んでないんです か?﹂ ﹁三人共もう独立してるからね、家を出て寮に入っていたり、自分 で家を借りたりしてしるんだ﹂ 三人? ⋮⋮ああ! お義兄さん! ﹁お義兄さんの名前はなんて言うんですか?﹂ ﹁ん? ああ、ロイスだよ。ロイス=フォン=クロード、一応今の 600 ところクロード家の跡取りになる予定なんだけど⋮⋮﹂ ﹁どうしたんですか?﹂ ﹁いや⋮⋮ウチの子供達なんだけどね、女の子はシシリーも含めて 三人とも高等魔法学院に入っていてね、セシリアとシルビアも魔法 師団師団に入っているんだけど⋮⋮ロイスだけは経法学院出身の官 僚でね、何と言うか⋮⋮頭は良いんだが腕力で妹達に負けていると いうか⋮⋮とにかく自信無さげでね﹂ そ、そうなのか⋮⋮クロード家の女子怖いな! ﹁シン君?﹂ ﹁アナタ?﹂ ﹁はい!﹂ ﹁いや、何でもないよ! うん!﹂ シシリーまで妙な迫力が出てきてる気がする! ﹁へ、陛下! そろそろ登城する御時間では!?﹂ ﹁おお、そうだな、それではシン君宜しく頼むよ﹂ ﹁う、うん。分かった﹂ ﹁ああ、そういえば﹂ ﹁何?﹂ ﹁この前シン君に貰った通信用の魔道具、あれもう二三個用意出来 ないかい?﹂ ﹁いいよ。今持ってる持ってるから渡そうか?﹂ ﹁おお、助かるよ! 帝国に国境を接するいくつかの国から緊急連 絡用に用立て出来ないかと打診されていたんだよ。我が国でシン君 の道具を独占していると思われてもいけないからね﹂ 俺は以前ディスおじさんに渡した事のあるある魔道具を三つ取り 601 だし手渡した。 ﹁ちょいとお待ち⋮⋮シンそれは何だい?﹂ ﹁え? いや、帝国で諜報活動するのが大変だって聞いたからさ、 遠距離で通信出来る道具があれば便利だなあと思って⋮⋮﹂ ﹃遠距離通信!?﹄ あ、皆には言ってなかったっけ。 説明する為にその通信用魔道具を皆に見せた。 形はまんま糸電話だ。 コップの部分に﹃音声送受信﹄と付与したら、有線だけど通信が 出来た。 こんな簡単でいいのかと思ったが、糸電話も構造自体は単純だ。 声のやり取りをするだけならこれで十分なんだろう。 ﹁これを持って⋮⋮誰かダイニングの外に行ってくれない?﹂ ﹁はい! 私が行きたいです!﹂ 元気よく手を挙げたのはメイちゃんだ。 ﹁あ! 出遅れた!﹂ アリスは大人気ないな、お姉さんは年下に譲ってやんなさい。 ﹁そうだね、魔道具を使う練習にもなるし、メイちゃんにお願いし ようかな?﹂ 602 ﹁やったです!﹂ ﹁ばあちゃん、メイちゃんに付いてあげてくれる?﹂ ﹁ああ⋮⋮構わないけど⋮⋮﹂ ばあちゃんは複雑な表情をしながらメイちゃんと一緒にダイニン グを出て行った。 ﹁アリス、こっち側お願いできるか?﹂ ﹁やった! 任せてよ!﹂ ﹁じゃあ、魔道具を起動するのと同じように魔力を流して﹂ ﹁オッケー﹂ ﹃わ! 声が聞こえたです!﹄ ﹁え? メイ姫様?﹂ ﹃あれ? アリスお姉ちゃんですか?﹂ ﹁そうですよ、え? メイ姫様今どこにいらっしゃるんですか?﹂ ﹃私の部屋です﹄ 随分遠いところまで行ったな! ﹁そんな所から!?﹂ ﹁じゃあメイちゃん、こっちの魔力切るから今度はメイちゃんが起 動してみな。ばあちゃん教えてあげてね﹂ ﹃あ、ああ。分かったよ﹄ ﹁じゃあアリス魔力切って﹂ ﹁ほーい﹂ そしてしばらくすると。 ﹃あの、聞こえるですか?﹄ ﹁ああ、大丈夫聞こえてるよメイちゃん﹂ 603 ﹃やったです! 初めて魔道具を使ったです﹂ 喜んでるメイちゃんにホッコリしてると、周りから色々と質問が 飛んできた。 ﹁ちょっとシン! これ何! メイ姫様の部屋って結構離れてるん だけど!?﹂ ﹁これはまたとんでもないものを創りましたね、シン殿﹂ ﹁これがあれば情報収集が容易になるねえ。こりゃ凄い﹂ ﹁ええ∼? もうウォルフォード君、本当に意味わかんないよぉ!﹂ 騎士学院との合同訓練の終わりに近い頃かな? オーグから旧帝 国での諜報活動が大変だと聞いていたので何とか出来ないかと思い 創ったのだ。 そんな経緯を説明していると、ばあちゃんが血相を変えて飛び込 んできた。 ﹁シン! アンタはまたとんでもないもの創って!﹂ ﹁ば、ばあちゃ⋮⋮苦し⋮⋮﹂ ﹁お、お婆様! 落ち着いて下さい!﹂ ﹁ふぅ∼! ふぅ∼! シン! これは一体なんだい!﹂ ﹁見ての通りだよ⋮⋮お互いの声を遠くに送る魔道具だよ﹂ ﹁こんな⋮⋮付与魔法師の夢がこんなにアッサリ⋮⋮﹂ あ、そうだったのね⋮⋮。 ﹁これ、この送受信機に﹃音声送受信﹄って付与付けて⋮⋮この糸 で繋いだら成功したんだけど⋮⋮﹂ ﹁これは⋮⋮魔物化した大蜘蛛の糸だね?﹂ 604 ﹁あ、さすがばあちゃん、大当たりだよ﹂ そう、送受信機を繋ぐ糸は魔物化した蜘蛛の糸を使っている。 制服の付与をした時に予想したけど、予想通り魔物化した蜘蛛の 糸は魔道具に使われていた。 魔物化した蜘蛛と言っても、二メートルも三メートルもあるよう な怪物ではなく、精々二十センチ位の大きさで、殺さずに捕獲する と魔力の籠った糸を吐き出し続ける。 その魔力糸で造った服は付与文字数が多く高級服となるのだが⋮ ⋮。 ﹁まさか、魔力糸をそのまま使うとは⋮⋮魔力糸は服にするものっ ていう固定観念がこの発想を妨げていたのかねえ⋮⋮﹂ そう、基本的に魔力糸は生地にして服にするものと皆思い込んで る。 魔力糸が欲しいと服屋に言った時、怪訝な顔をされたので皆そう 思っていると知ったのだ。 ﹁でもこれがあれば、態々シン君と殿下が毎日王城へ行かなくても 済むんじゃ⋮⋮﹂ シシリーの疑問は尤もだがこれには大きな問題がある。 ﹁これ、線が繋がってないと意味無いんだよね。だから諜報部隊の 人達にも、線を伸ばしていく人とそれを後ろから付いていって線を 605 地中に埋めていく人との合同作業が必要なんだ﹂ ﹁そうなんですね、でもそれだと⋮⋮﹂ ﹁そう、時間が掛かるんだ。そうなると旧帝国領内での作業は危険 だからね、今は周辺国との連絡用に時間を掛けて線を繋いで貰って るんだ﹂ これを長距離で使用するとなると、線を地中に埋めていく大規模 なインフラ整備が必要になる。 いずれは各街と王都を繋ぐように整備すれば色々と便利になるが、 今はまだ緊急連絡用にしか使えないな。 ﹁凄いですね⋮⋮これ、一財産作れますよ﹂ ﹁一財産どころじゃないよ⋮⋮これの利権を巡って争いが起きても 不思議じゃない﹂ ﹁その心配にはおよびませんよメリダ師、この技術は既にシン君の 物として登録してあります。王家公認ですからな、争いも起こらん でしょう﹂ ﹁ディセウム! アンタがシンの暴走を助長してどうすんだい!﹂ ﹁え? あ、すいません!﹂ ばあちゃんすげえな、国王様まで一喝かよ。 ﹁ディスおじさんさあ、なんでそんなにじいちゃんやばあちゃんに 弱いの? 国王様なのに﹂ ﹁なんだシン知らなかったのか?﹂ ﹁何が?﹂ ﹁私は父上の第一子だ、その割に父上は歳をとっているとは思わん か?﹂ ﹁そういえば確かに﹂ 606 王族や貴族は結婚が早いと聞いていたのに、ディスおじさんはオ ーグの父親にしては歳をとってる。それは中々子供が出来なかった のかと思っていたけど⋮⋮。 ﹁ディセウムはのう⋮⋮高等魔法学院を卒業した後、ワシらに付い て放浪生活をしとったんじゃよ﹂ ﹁その時に弟子というか小間使い扱いしてたからねえ⋮⋮今更畏ま るのもどうかと思ってね﹂ ﹁はは⋮⋮散々こき使われましたなあ⋮⋮﹂ ディスおじさんが遠い目をしてる⋮⋮よっぽどこき使われたんだ な⋮⋮。 っていうか、王太子になってたって言ってたよな? 何やってん だディスおじさん! ﹁当時婚約者だった母上も、王太子の立場も全て放置して行ったら しいからな、そのせいで未だに母上に頭が上がらないのだ﹂ ﹁うん、自業自得だね﹂ ﹁はは⋮⋮耳が痛いな。それはそうとメリダ師、これは世界にとっ て必要な技術なのだと私は思っています。我が国だけでなく各国に も広めていく必要があるし、その予定でおります。申し訳御座いま せんが御了承下さい﹂ その言葉に渋い顔をしていたばあちゃんだったが、やがて了承し てくれた。 ﹁王国軍の制式装備に通信機かい⋮⋮こんな若いうちから大金を持 たせるべきじゃないと思うんだけどねえ﹂ 607 ﹁別にエエじゃろ、シンはもう成人しとるんじゃ、自分でこれだけ 稼げるのは立派なもんじゃと思うてやろう﹂ 爺さんナイスフォロー! シシリーと婚約もしたし、稼ぎがある のは良いことだよ、うん! ﹁額が問題なんだよ額が⋮⋮﹂ 確かに、最近王立銀行の口座残高が怖いことになってきてるのは 確かだけど⋮⋮。 ﹁陛下、あの⋮⋮御時間⋮⋮﹂ ﹁む? ああ! 大変だ! シン君頼むよ!﹂ ﹁あ、うん。分かった﹂ 話し込んでる間に本当に時間が迫って来ており、慌てて王城へゲ ートを繋ぐ。 バタバタとディスおじさんとセシルさんを送り出してから本日の 訓練である。 実は今日辺りから実践ではなく実戦での訓練をしようと思ってい た。 その事を皆に伝えると、騎士学院との合同訓練で魔物に慣れたの か皆快諾してくれた。 訓練に赴く前に皆には渡しておくものがある。 それは、防御魔法が付与された皆の戦闘服だ。ずっと制服って訳 608 にもいかないからな。 ビーン工房の親父さんに男子と女子の服と靴、それにマントのデ ザインを渡していたのだが、昨日指輪を急遽買いに行った時に、完 成していたので持って帰って来ていたのだ。 そして婚約披露パーティの後、自分の部屋で防御魔法を付与した。 この新しい戦闘服が用意できたので今日から魔物相手の実戦訓練 に移ろうと思ったのだ。 服に付与した魔法は以前に制服に付与したものと同じもの。 マントには光学迷彩とエアコンを付与した。 ﹃快適温度﹄って付与したら、マントの中で温度調整し始めたの で、エアコン付与と呼んでる。 光学迷彩は身体全体を覆うように展開するように付与。 そうしないと、首が浮いてるホラー映像になったからな⋮⋮。 周りにはどんな付与がされているのか内緒だけどね。 ちなみに資金は口座に怖いくらい貯まり始めた俺の口座から出し た。 いつまでも国に資金を出してもらうのも悪いし、人のお金だと思 うと思い切った事がやりにくいからね。 609 ちなみにブーツは⋮⋮俺のブーツはジェットブーツになってるけ ど、他の皆のは普通のブーツのままだ。 あれは練習が必要だし、皆の意見を聞いてからにしないとな。 という付与された魔法を皆に教えるとまた呆れた顔をされた。 うん⋮⋮そういう顔されるのは分かってたさ⋮⋮。 ﹁この戦闘服にアクセサリーで防御に関しては無敵になったな﹂ ﹁はあ⋮⋮ついに国家機密満載の服を着る事になるのか⋮⋮﹂ ﹁諦めましょうマリア殿、慣れると素晴らしい物ですよ﹂ ﹁制服より付与されてる魔法が増えてんじゃないのよ!﹂ ﹁⋮⋮諦めましょう﹂ ﹁あ、ブーツは何もしてないよ。俺のと同じジェットブーツにする 事も出来るけど﹂ ﹁僕はそれ付与してほしいね、それシュトロームと戦った時に使っ てたヤツだろう? 懐に飛び込み易くなるからね﹂ ﹁あれ? トニー近接戦やるの?﹂ ﹁騎士学院との合同訓練で疼いちゃってね。シン程じゃないけど僕 も近接と魔法の併用をしてみようかと思ってね﹂ ﹁いいんじゃない? けどその付与は今日の訓練が終わった後でね。 練習が必要だから﹂ ﹁分かった、楽しみにしてるよ﹂ 他にジェットブーツの付与をしてほしいと言う者はいなかった。 詳細を知らない者もいるし、実際見た者は使うのが怖いという理 由だった。 610 戦闘服の説明が終わったら皆に一式を渡していき着替えて来ても らう。 着替えが終わって出てきた皆は、何だかんだ言って新しい服にテ ンションが上がっていた。 男子は、長めの上着にズボン、ブーツの組み合わせ。 色は黒にした。 女子は、同じデザインで短めの上着に、下はキュロットに膝上の ニーソ、ロングブーツの組み合わせにした。 スカートで戦闘とか、気になって動きが鈍くなったら本末転倒だ し。 色は濃い青。 赤にしようかとも思ったのだが、戦場で赤は目立つのであり得な いと親父さんに却下されていた。 デザインはおおよそ好評で、女子はお互いの姿を誉め合ってる。 それを見ていたメイちゃんが羨ましそうな声を挙げた。 ﹁皆さん格好良いです! 私も欲しいです⋮⋮﹂ これ注文した時はまだメイちゃんの存在を知らなかったからなあ ⋮⋮。 611 ﹁そうだね、メイちゃんにも作ってあげようか?﹂ ﹁本当ですか!? シンお兄ちゃん!﹂ ﹁ああ、どんなのがいい?皆と同じにするか?﹂ ﹁皆さんのも格好いいですけど⋮⋮可愛いのがいいです!﹂ そうか、可愛い魔法服か。じゃあ、ちょっと張り切ってデザイン しちゃおうかな? ﹁シン、あんまり甘やかすな﹂ ﹁いいじゃんこれ位﹂ ﹁はあ、お前子供が出来たら溺愛しそうだな⋮⋮﹂ ﹁ああ⋮⋮そうかも⋮⋮﹂ オーグの言葉に否定ができない。本当に溺愛してしまいそうだ。 ﹁子煩悩なシン君⋮⋮﹂ シシリーが何か妄想しながらクネクネしてる。 ﹁まあ、それも帰ってからな。じゃあ、昔の俺んちの近くにゲート 開くから、今日はメイちゃんとエリーは留守番な﹂ ﹁私達は討伐の邪魔になりますものね、分かりましたわ﹂ ﹁気を付けて行ってらっしゃいです!﹂ こうして二人に見送られ、いつもの荒野ではなく、昔爺さんと暮 らしていた家の近くに向かった。 このあたりも、旧帝国から流れてきた魔物が増えたな。以前より 魔物の数が多い。 612 ﹁じゃあ、大型の魔物は討伐出来るだろうから、今回は災害級を狙 ってみようか﹂ ﹁⋮⋮さらっととんでもない事を言うなお前は⋮⋮﹂ ﹁そう? 大型の熊の魔物も、本当なら魔法だけで倒せそうだった じゃん﹂ ﹁私は魔法だけで倒したよ!﹂ ﹁ああ、アリス暴走事件か﹂ ﹁ちょっと! リンみたいに言うの止めて!﹂ ﹁アリス、それは失礼﹂ ﹁だって、暴走っていうとリンのイメージが⋮⋮﹂ ﹁まあ、暴走魔法少女だしな﹂ ﹁そうだった、私は暴走魔法少女﹂ ﹁いや⋮⋮誉めてないからな⋮⋮﹂ ﹁そう?﹂ いつもながらリンと話してると調子狂うな⋮⋮ ﹁小型や中型は⋮⋮一応討伐しとこうか。討伐数や素材でお金にな るし﹂ 皆で索敵魔法を使いながら魔物を探していく。 そしてしばらくすると⋮⋮ ﹁あ⋮⋮これ⋮⋮﹂ シシリーが初めに気付いた。 回復魔法や防御魔法なんかの支援系と呼ばれる魔法が得意なだけ あって、索敵魔法も研究会のメンバーの中では一番上手い。 613 シシリーが気付いた先に意識を集中した他の皆も、次々と気付い ていく。 ﹁本当ですね⋮⋮今までの魔物と魔力の大きさが全然違います。シ シリーさん、こんなに遠いのによく気付きましたね﹂ オリビアが感心したように訊ねる。 ﹁合同訓練の時に遭遇しましたからね。あの時はシン君があっとい う間に討伐しちゃいましたけど⋮⋮﹂ ﹁大丈夫だって、皆もそれ位出来るようになってるから﹂ どこか心配そうな皆を励ますように言葉を掛ける。 ﹁それに防御力万全の新しい戦闘服があるんだからそうそう怪我な んかしないって﹂ それでも不安そうだな。まあ初めての災害級討伐だし無理もない か。 そんなやり取りをしてる内に魔物を目視で捉えられる距離まで近 付いた。 ﹁獅子か⋮⋮シシリー、俺が前に言った事覚えてる?﹂ ﹁はい、虎は力は弱いけど素早くて、獅子は力は強いけど動きが鈍 い﹂ ﹁よくできました﹂ ﹁はう⋮⋮﹂ 614 あ、つい頭を撫でてしまった。皆の視線が痛い! ﹁オホン! え∼という訳なので、力が強いので近付く事はあまり お薦めしません。となると?﹂ ﹁遠くから魔法攻撃ッスか?﹂ ﹁正解﹂ という訳で皆に討伐して貰おう。 俺と爺さんばあちゃんは参加しないとして、他の十一人全員で攻 撃すると流石にオーバーキルになるので、半分の人員で行ってもら う事にする。 まずは放出系が苦手だと言っていたユリウス、支援系が得意なシ シリー、付与魔法が得意なユーリ、鍛冶屋のマークに食堂のオリビ アだ。 ﹁これまた⋮⋮支援系が得意な者ばかりじゃないか。大丈夫なのか ?﹂ ﹁多分⋮⋮これでもオーバーキルになると思うよ﹂ その言葉に半信半疑の様子だが、まずは試して貰おう。 ﹁じゃあ、五人で一斉に魔法を放ってね﹂ あまり考える時間を与えずに魔法を撃たせる。 ﹁用意できた? それでは⋮⋮撃て!﹂ 俺の合図と共に、ユリウスが炎の矢を、シシリーが水の槍を、ユ 615 ーリは風の刃を、マークは炎の槍を、オリビアは水の矢多数を一斉 に放った。 ドオオオオオオオオオン!!! 一箇所に集中して着弾した魔法は大音量を巻き上げながら炸裂し た。 そして⋮⋮その跡に残っていたのは⋮⋮ ﹁あー⋮⋮やっぱりオーバーキルだったか⋮⋮﹂ 分類で言うと災害級に指定される、獅子の魔物の残骸が残されて いた。 魔法を放った当人達は、自分の放った魔法の威力に驚いている。 荒野で魔法の練習してると、威力が分かり難いんだよな。荒れ地 に魔法ぶっ放してるだけだから。 ﹁な、本来攻撃魔法が得意でない人達でこれだからね。他の六人は 攻撃魔法得意でしょ? 単独で討伐出来るんじゃない?﹂ その言葉に戸惑いを隠せない面々。 ﹁いくらなんでも単独は無理でしょ﹂ ﹁いや⋮⋮正直そう難しい事ではないように感じるな﹂ ﹁多分できる﹂ ﹁僕もできそうだねえ﹂ ﹁なんか私達まで人外になっていってる気がする!﹂ 616 ﹁自分もそんな気がしてきました⋮⋮﹂ ﹁あれ? いつの間に人外にグレードアップしたの? 俺﹂ ﹁元々!﹂ ﹁非道い!﹂ アリスの暴言に凹み、シシリーに慰めてもらいつつ、次の災害級 を探す。 ﹁隙あらばイチャイチャしてんじゃないわよ!﹂ マリアから怒られつつも索敵を進める。 災害級なんて本当は滅多に出ないのに、俺の索敵魔法には結構な 数の獅子か虎か、超大型の熊かが反応してる。 本当に迷惑な事してくれんな、あの野郎。 という訳で次の魔物はすぐに見付かった。 ﹁さて、この反応は虎だね、という事は?﹂ ﹁魔法で牽制しつつ、物理攻撃だな﹂ ﹁そう。で、誰が行く﹂ ﹁じゃあ、僕が行こうかな﹂ そう言うとトニーはバイブレーションソードを異空間収納から取 り出しながら前に出た。 トニーは元々剣の扱いが上手いから、バイブレーションソードを あげていたのだ。 617 ﹁じゃあ、行ってくるよ。危なくなったらフォローよろしく﹂ ﹁オッケー、頑張ってな﹂ ﹁よし⋮⋮行くよ!﹂ トニーは風の魔法を身に纏い、高速で虎の魔物に突っ込んで行っ た。 それに気付いた虎の魔物が回避行動を取るがトニーの方が早い。 逃げ遅れた虎の魔物の足を一本切り落とした。 その攻撃でバランスを崩した虎の魔物は上手く着地できずに倒れ、 そこにトニーが炎の魔法で追撃を掛ける。 倒れたまま炎を魔法を喰らった虎の魔物は動きが止まった。 その隙を逃さず残った足をもう一本切り取り、そのまま首に向か ってバイブレーションソードを振り下ろした。 ﹁⋮⋮凄いわね⋮⋮﹂ ﹁ああ、全く危なげなく単独討伐してしまったな⋮⋮シン以外が﹂ ﹁でもあれくらいなら私も出来そう﹂ ﹁そう思えてしまう事が異常なんですけどね⋮⋮自分も出来そうで す﹂ ﹁あれが普通に見えちゃう不思議!﹂ 他の皆も自分のレベルアップをようやく実感したようだ。 まあ、荒野での魔法訓練でこれ位出来そうなのは分かってたけど ね。 618 だから連れて来たんだし。 ﹁本当にアンタ達⋮⋮とんでもない集団になったもんだね⋮⋮﹂ ﹁ほっほ、良いことじゃ﹂ 非常識な集団に頭を抱えるばあちゃんと皆の実力アップが嬉しい 様子の爺さん。 ばあちゃんには悪いけど、まだレベルアップしてもらう予定だか らね。 そして、残りの面々も、単独での災害級の討伐を経験して、午前 中の訓練が終わった。 ちなみに、魔物ハンター協会で換金したところ、エクスチェンジ ソードのアイデア料が入って来ているトニー以外の平民組が小躍り しながら喜ぶ位の金額が手に入っていた。 ﹁お兄様、討伐の成果はどうだったですか?﹂ ﹁ああ、私は虎二頭と熊一頭だな﹂ ﹁虎!? 熊!?﹂ エリーが大声で叫んだ、使用人さん達もザワついてる。 ﹁アウグスト様! 大丈夫でしたの!?﹂ ﹁ん? ああ⋮⋮そうか、これが普通の反応だったな⋮⋮﹂ ﹁どういう事ですの?﹂ ﹁いや⋮⋮初めは戸惑っていたんだが、全て単独で討伐してな。最 後の方は誰が先に仕留めるか競争してしまった⋮⋮﹂ 619 ﹁結局、僕が一番でしたね﹂ ﹁トニー君はズルいよ! 剣も使えるんだもん!﹂ ﹁あの⋮⋮何を仰ってますの? 災害級の魔物なんて、軍隊が出動 する案件じゃありませんか﹂ ﹁そうです! 私でも知ってます! 軍のトラウマ製造機だって言 ってたです!﹂ ﹁それを単独討伐とか競争とか⋮⋮﹂ ﹁事実なんだからしょうがない。大分私達もシンに毒されてしまっ たな﹂ ﹁アウグスト様がいつの間にか人外に⋮⋮﹂ ﹁そのシンと同じ扱いは止めろ!﹂ ﹁非道くね!?﹂ 皆もいい感じで力を受け入れて来てるな。この調子なら魔人に遅 れを取る事はなさそうだ。 そんな皆の訓練の成果を実感しながら本日の訓練を終えた。 ちなみに本日の魔法実験は浮遊魔法続編だった。 皆で空を飛びました。 620 恥ずかしい事をしてしまいました 魔物の討伐を訓練に加えてから数日が経過した。 小型、中型、大型、災害級と次々と討伐していき、討伐による報 酬もどんどん増えていった。 その討伐報酬から戦闘服の代金という事で皆からお金を貰った。 俺は要らないと言ったんだけど、施しを受けるだけでは申し訳な いと強硬に主張され、結局口座の残高は元に戻った。 むしろ魔物の討伐報酬も少なからず入っていたので、逆に増えた。 前世では常にカツカツの生活をしていたから、大金を得ても何し て良いか分かんないんだよなあ。 そんな事をアイリーンさんに言ったら、しょうがないなという顔 をされた。 ﹁経済的に余裕のある人に娘を嫁がせるのは、親としては好ましい 事ですからね、シン君の資産が増えていくのは私としては願ったり 叶ったりよ。もし資産運用に困ったら相談しにいらっしゃいな。こ う見えても領地経営までしてる子爵家ですからね﹂ ﹁はあ、ありがとうございます﹂ ﹁クロード夫人、シンにはこれから世界中に配備される通信機の利 権も入ってくる。商会を立ち上げた方が良いと思うのだが﹂ ﹁それもそうですね。シン君、導師様のお知り合いで誰か商会の方 621 いない?﹂ ﹁何でばあちゃんなんです? じいちゃんじゃなくて﹂ ﹁アラ、シン君知らないの? 今世間に出回ってる生活用の魔道具 は、殆ど導師様が発明されたのよ?﹂ ﹁それは聞いた事ありますけど﹂ ﹁その利権は?﹂ ﹁あ⋮⋮聞いた事無かったです﹂ ﹁導師様の発明品も、それこそ世界中に広まってるのよ?個人で管 理出来るものではないわ。恐らくどこかの商会を通してるはずよ﹂ ﹁あ⋮⋮だからトムおじさんなのかも﹂ ﹁トムおじさん?﹂ ﹁トム=ハーグっていう、ハーグ商会の代表です。昔からよく家に 来てて、昔じいちゃんに世話になったって言ってたんですけど、じ いちゃんじゃなくてばあちゃんだったのか﹂ ﹁ハーグ代表と知り合いなの!?﹂ 話を聞いていたアリスが声を挙げる。 そういえばアリスのお父さんってハーグ商会の経理担当だっけ。 ﹁うん、言ってなかったっけ?﹂ ﹁聞いてないよ!﹂ ﹁ハーグ商会ですか。なるほど、確かにあそこは魔道具の種類も質 も他とは一線を画する商会ですね。導師様の取引商会はそこでした か﹂ あ、何かばらしちゃいけない事ばらしちゃった? そこへ温泉から上がって来たばあちゃんが通り掛かった。 622 ﹁ばあちゃんごめん、トムおじさんの事ばらしちゃいけなかった?﹂ ﹁ん? ああ、別に構いやしないよ。トムと取引がある事は別に秘 密じゃないからね﹂ 良かった⋮⋮アイリーンさんの口振りだと、ついに取引先を見付 けた! みたいな雰囲気だったから⋮⋮。 ﹁ンフフ、シン君って可愛いわねえ、からかい甲斐があるわあ﹂ ﹁クロード夫人も分かりますか。シンは思い通りの反応をしてくれ るので、ついからかってしまうんですよ﹂ ﹁分かりますわ殿下﹂ ﹁ちょっと! オーグ! アイリーンさん!﹂ ﹁ほら﹂ ﹁ええ﹂ ﹁え? これも?﹂ なんて事だ! お義母さんまで加わったら弄られ放題じゃないか! ﹁もう、お母様その位にしてあげて下さい。シン君が可哀想です﹂ シシリーが俺を援護してくれた。いいぞ! 頑張れ! ﹁アラ、ご免なさい。旦那様をからかわれたらいい気はしないわね﹂ ﹁旦那様⋮⋮﹂ なんて事だ! シシリーまでお義母さんの術中に嵌まってる! 戦力にならなくなったシシリーに愕然としたが、クロード家の人 達とは良好な感じで過ごしていた。 623 結局、通信機についてはトムおじさんに指導を受けつつ、自分で 商会を立ち上げた方が良いという結論に達した。 まあ、まだ緊急連絡用にしか使われてないし、急ぐ必要は無いん だけどね。 そうしている内に王都での婚約披露パーティの日がやって来た。 会場はクロード家の王都屋敷で、クロード家の招待客とウォルフ ォード家の招待客を招いて婚約披露をするのだ。 クロード家側は何人来るか分かんないけど、ウチは俺の誕生日を 祝ってくれた面々と、担任のアルフレッド先生が加わる位。 数が少ないけど大丈夫かな? ﹁本当に⋮⋮何を言ってるんでしょうね、シン殿は⋮⋮﹂ ﹁数は少ないけど質が⋮⋮﹂ ﹁国王陛下に前騎士団総長、騎士団と魔法師団のアイドルに王都一 の商会代表。本人は賢者様と導師様の孫。アルフレッド先生が可哀 想﹂ ﹁リンさんの言う通りですね。私なら招待拒否するかもしれません ⋮⋮﹂ ﹁先生にはフォローしてあげないといけないわねぇ⋮⋮﹂ ⋮⋮そういえばそうか。森の家に来てた時は肩書きなんて知らな かったから、そんなに偉い人達だという感覚が無いんだよなあ⋮⋮ 研究会のメンバーも今日は制服を着て参加する。家族も来るんだ そうだ。 624 そして着替えようかという時⋮⋮。 皆が集まってる部屋の扉がノックされた。 ﹁はい﹂ 俺の返事で開かれた扉の向こうに立っていたのは、三人の男女だ った。 ﹁お兄様! お姉様!﹂ ﹁おお、シシリー! ひさ⋮⋮﹂ ﹁あーん! シシリー久しぶりー!﹂ ﹁また可愛くなったわねえ!﹂ ﹁あぅ⋮⋮お姉様⋮⋮苦しいです⋮⋮﹂ ﹁久しぶりに可愛い妹に会ったのよ!? ちょっと位我満なさい!﹂ ﹁そうです! その可愛い妹の婚約披露パーティだなんて⋮⋮お父 様からお話を聞いた時、お姉ちゃんすっごく哀しかったんですから ね!﹂ うわあ⋮⋮お姉さん方、シシリーの事超可愛がってる! これは あれか? アンタなんかにはうちの可愛い妹は相応しくない! っ て言われるパターンか? ﹁アナタがシン君?﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁ふーん⋮⋮﹂ うおお⋮⋮見られてる⋮⋮メッチャ見られてる! 625 ﹁⋮⋮はあ、私の超可愛い妹に手を出した男は、どんな奴だろうと 難癖付けてやろうと思ってたのに⋮⋮﹂ ﹁賢者様と導師様の御孫さんで、イケメンでお金持ってて、賢者様 を越える魔法使いだなんて⋮⋮どこに難癖付けりゃ良いのよ⋮⋮﹂ ﹁あ、どうも⋮⋮﹂ おお? 何か回避したっぽい! ﹁ほっほ、ウチの孫はどうじゃろう? 認めて貰えたかの?﹂ ﹁当たり前さね。アタシの孫だよ?﹂ ﹁え?﹂ ﹁もしや賢者様? 導師様?﹂ ﹁シンの祖父のマーリンじゃ﹂ ﹁祖母のメリダだよ﹂ 爺さんとばあちゃんが自己紹介をしたら二人のお姉さんは直立不 同になった。 ﹁ご、御挨拶が遅れまして申し訳御座いません! シシリーの姉で クロード子爵家長女のセシリア=フォン=クロードです!﹂ ﹁お、同じくシシリーの姉でクロード子爵家次女のシルビア=フォ ン=クロードです! 御会いできて光栄ですわ!﹂ さっきまで俺を値踏みしてた視線とは違い、憧れと尊敬を含んだ 目で爺さんとばあちゃんを見てた。 ﹁ほっほ、孫のお嫁さんのお姉さんじゃ、そう固くならんと﹂ ﹁そうさ、これから家族になるんだ、堅苦しいのは無しだよ﹂ ﹁け、賢者様と導師様の家族⋮⋮﹂ ﹁ああ⋮⋮夢じゃない?﹂ 626 ﹁シシリー!﹂ ﹁なんですか? セシリアお姉様﹂ ﹁良くやったわシシリー! シシリーをお嫁に出すなんて考えられ なかったけど⋮⋮これは最高よ!﹂ ﹁そうね! 最高の相手を見付けたわねシシリー!﹂ ﹁シン君!﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁私は長女のセシリアよ。シシリー共々宜しくね!﹂ ﹁私は次女のシルビアです。私も宜しくお願いしますわ﹂ ﹁はい、こちらこそ宜しくお願いします!﹂ ﹁アラ、性格も良さそうじゃない﹂ ﹁そうね、どんな出会いがあったのか知りたいわ﹂ さっきまでの可愛い妹を盗られたという咎めるような視線から一 変し、爺さんとばあちゃんの家族になれるという事で一気に祝福ム ードに変わったお姉さん達。 急に騒がしくなったな⋮⋮。 長女のセシリアさんはシシリーを成長させてアイリーンさんに至 る途中って感じ。三人並ぶと成長の過程みたいで面白いな。 次女のシルビアさんはセシルさん譲りの綺麗な金髪のショートカ ットで、青い目もセシルさんにそっくりだ。 二人とも美人だな。 それより、どうしても気になる事がある。 ﹁あの⋮⋮﹂ 627 ﹁どうしたの? シン君﹂ ﹁何か聞きたい事でも?﹂ ﹁ええ、あの⋮⋮そちらで蹲ってる方は⋮⋮﹂ そう、さっき最初に部屋に入ってきてお姉さん方に押し退けられ た男性⋮⋮多分⋮⋮いや間違いなく⋮⋮。 ﹁ロイスさんでは?﹂ ﹁き、気が付いてくれたのかねシン君!﹂ ﹁そりゃまあ⋮⋮シシリーのお兄さんですし、気になりますよ﹂ ﹁そうかい! いやあ頼りになる義弟が出来て嬉しいよ! あ、私 はロイス=フォン=クロード、クロード子爵家の長男だよ﹂ お兄さんもこちらが気付くと急に元気になった。 ⋮⋮普段はお姉さん達に相当虐げられてるんだろうなあ⋮⋮。 ﹁シン=ウォルフォードです。宜しくお願いしますロイスさん﹂ ﹁こちらこそ! そして賢者様、導師様、初めまして、クロード子 爵家の長男、ロイス=フォン=クロードです。これから宜しくお願 い致します﹂ ﹁メリダだよ、こちらこそ宜しくねえ﹂ ﹁マーリンじゃ。ロイス君﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁⋮⋮君の苦労はよう分かる⋮⋮頑張るんじゃぞ!﹂ ﹁賢者様⋮⋮う、ありがとうございます⋮⋮﹂ 何か感動の一場面みたいな事が起きてる。 爺さんもよく空気扱いされてるからなあ⋮⋮シンパシーを感じて 628 しまったのだろう⋮⋮。 頑張れ爺さん! ロイスさん! ﹁まったく、シンの周りはいつも騒がしいな﹂ ﹁え? ア、アウグスト殿下!?﹂ ﹁何故こんなところに!?﹂ ﹁何でも何も、私はシンと同じ研究会のメンバーで二人の友人だか らな。いてもおかしくはないだろう?﹂ ﹁そ、そうなんですか?﹂ ﹁あ! 申し訳御座いません! 殿下を無視するような事になって しまって⋮⋮﹂ ﹁ああ、気にするな。さっきも言ったが今日は二人の友人としてこ こにいるからな﹂ ﹁二人をくっ付けた張本人ですしねえ﹂ エリーの言葉にお姉さん方は驚いた様子でオーグに礼をした。 ﹁そのような御尽力を頂いたとは露知らず、大変御無礼を致しまし た﹂ ﹁そして、二人を仲介して下さった事、姉として御礼を申し上げま す。ありがとうございました﹂ その様子に慌ててロイスさんも膝をついた。 ﹁で、殿下! 御挨拶が遅れまして申し訳御座いません。そして此 度の事にも感謝を申し上げます。ありがとうございました﹂ 爺さんと随分と意気投合していたみたいだ。 629 空気同盟⋮⋮哀しい同盟だなあ⋮⋮。 俺達は着替えがまだなので、皆は会場の手伝いをしてくると言っ て部屋を出ていった。 ﹁はあ⋮⋮緊張しました﹂ ﹁実のお兄さんとお姉さんなのに?﹂ ﹁お姉様達には、私の相手を決める時は見定めてあげるって言われ てましたから⋮⋮シン君なら大丈夫って思ってましたけどいざとな ると⋮⋮﹂ ﹁まあ、なんて言われるか分かんないもんね﹂ ﹁お爺様とお婆様のお陰ですね。アッサリ認めてくれました﹂ お爺様、お婆様と呼ばれた二人はニヨニヨしてる。本当に嬉しそ うだな。 シシリーも着替えの為に退出し、俺も着替えを終わらせる。 いよいよ時間となり、着替えを終えたシシリーが部屋に戻ってき た。 青いドレスは身内だけのパーティの時より大人っぽくなり、フリ ルは殆ど無くなった。 髪型は前と同じくアップにしており、アクセサリーは前回より豪 華になってる。 ほんのり化粧もして、一層大人っぽくなったな⋮⋮。 ﹁じゃあ、行こうか﹂ 630 ﹁はい﹂ 俺達は腕を組んでホールに向かう。 爺さんとばあちゃんは後ろから着いて来てる。 ホールで待っててもいいんだけど騒ぎになるかもしれないとの事 で、俺達と一緒に登場する事にしたのだ。 ホールに近付いてくると⋮⋮うわ、凄い人数の気配がする。何人 来てるんだ? なんかザワついてるし。 あ、そういえばディスおじさんは? まさかもうホールにいるの か? ﹃皆様大変長らくお待たせ致しました。今回の主役二人の登場です。 どうぞ温かい拍手でお迎えください﹄ 拡声の魔道具を通してセシルさんの声が聞こえ、ホールの扉が開 かれた。 なんか⋮⋮前世で参加した先輩の結婚披露宴みたいだな。 扉が開くと大きな拍手で、迎えられた。 なんか花道みたいなのが出来てて、そこを通って行った先にセシ ルさんとアイリーンさんとディスおじさんがいた。 631 やっぱりいた。そりゃザワつくわ。 爺さん、ばあちゃんよりこっちを気にしろよ! 俺達の祝いの席だというのに、突っ込みたい衝動に駈られて大変 だ! 爺さんとばあちゃんも保護者の列に並びに加わり、ディスおじさ んの言葉で式が始まった。 ﹁この度のシン=ウォルフォード、シシリー=フォン=クロードの 婚約は、ディセウム=フォン=アールスハイドが立会人となりこれ を承認するものとする。両家とも異論は無いか?﹂ ディスおじさんの言葉に黙って頷く爺さん達。 ﹁それでは、両人を婚約者と認め、ここに承認するものとする﹂ その言葉に会場は拍手に包まれた。 ﹁堅苦しい挨拶はここまでにしようか、それでは皆の者グラスを持 て。前途ある二人の将来を祝して⋮⋮乾杯!﹂ ﹃乾杯!﹄ ようやく婚約披露パーティが始まったのだが、それからが大変だ った。 シシリーを昔から知っている親戚の人が大勢来て祝福していって くれたのだが、俺は初対面の人達ばっかりだったので、精神的にグ ッタリしてしまった。 632 ﹁よお、おめでとうさん。やっぱり付き合ってたかお前達﹂ ﹁まあ、あの様子を見てそう考えない者はいないでしょうからね。 おめでとうシン、シシリーさん﹂ ﹁ジークにーちゃん⋮⋮クリスねーちゃん⋮⋮﹂ ﹁なんだ、グッタリしてるな﹂ ﹁初対面の人達ばっかりだから緊張しちゃって⋮⋮﹂ ﹁シンでも緊張する事があるんですね﹂ ﹁クリスねーちゃんは俺を何だと思ってるのかな!?﹂ ﹁悪いシン、俺も思った﹂ ﹁非道い!﹂ 前回参加出来なかったジークにーちゃんとクリスねーちゃんが来 てくれてようやく一息付いた。本当に緊張しっぱなしだったよ。 ﹁久しぶりだなシン。あの小さかった子が婚約するとは、私も歳を 取る訳だ﹂ ﹁あ、久しぶりミッシェルさん﹂ ﹁ふむ、変わらず鍛練しているようだな﹂ ﹁まあ、今はこんな状況だからね。準備は怠らないようにしないと﹂ ﹁よろしい、いい心がけだ﹂ ﹁あ、紹介するね、俺の婚約者になってくれたシシリーだよ﹂ ﹁は、初めまして剣聖様! シシリー=フォン=クロードと申しま す。この度シン君と婚約させて頂きました。これから宜しくお願い 致します﹂ ﹁初めましてお嬢さん、ミッシェル=コーリングです。シンは赤子 の時から賢者殿達と一緒に面倒を見てきたからね、甥のように接し ている。お嬢さんもそのように接してくれると嬉しいね﹂ ﹁は、はい! 光栄です!﹂ 633 そういえばシシリー⋮⋮っていうか研究会の面々とは初対面だっ たな。シシリーがメッチャ感動してる。 ﹁おめでとうございますシンさん、お久しぶりですですね﹂ ﹁あ、トムおじさん、お久しぶりです﹂ ﹁フフ、あの小さかったシンさんが婚約ですか⋮⋮時が経つのは早 いものですね﹂ ﹁皆それ言うよね、自分では結構な時間が経ってると思うんだけど ⋮⋮﹂ ﹁子供の内はそうですよ。それに他所の家の子は成長が早いという じゃありませんか。それにしてもシンさんは成長が早かったですけ どね﹂ ﹁そんなに早かったんですか?﹂ トムおじさんの話に興味を持ったのか、シシリーが話に入ってき た。 ﹁おや、御挨拶が遅れまして申し訳御座いません。お嬢さん、私は トム=ハーグ、どうぞお見知りおきを﹂ ﹁シシリー=フォン=クロードです、こちらこそ宜しくお願い致し ます。それで、シン君の成長が早かったって仰ってましたけど、ど ういう事ですか?﹂ ﹁ああ、私はマーリン様のお宅に日用品等を定期的に持って行って いたんですがね⋮⋮﹂ ﹁え? 代表自らですか?﹂ ﹁ええ、マーリン様とメリダ様は大恩ある御方。他の者に任せる訳 にはいきません。それで、毎回シンさんに本を持って行っていたん ですが⋮⋮行く度に本の難解度が上がっていきましてな⋮⋮本当に 頭の良い子でした﹂ ﹁へえ、そうなんですか﹂ 634 ﹁最終的には、魔法の最高研究機関である魔法学術院の論文まで読 み始めて⋮⋮しかもそれに対しての意見を求められるんです。あの 時のマーリン様とメリダ様、それに陛下まで狼狽えている様子は今 でも忘れられません﹂ ﹁そ、そんな事が⋮⋮でも想像出来ますね﹂ ﹁そうでしょう? 訪れる度にそのレベルが上がっているんです。 そりゃあ時が経つのが早く感じるものです﹂ シシリーとトムおじさんが変な所で意気投合してる。 違う世界に来たからね⋮⋮知りたい事が一杯あって⋮⋮だから時 が経つのが遅く感じたのかな? ﹁あ、そうだトムおじさん、後で相談があるんだ﹂ ﹁おや、なんでしょう?﹂ ﹁ええと⋮⋮声を掛けといてなんだけど、ばあちゃんとアイリーン さんに詳しい話を聞いてもらっていい?﹂ ﹁ええ、良いですよ。早速行ってきましょうか﹂ そう言ってトムおじさんはばあちゃんとアイリーンの所に向かっ た。 ﹁⋮⋮ウォルフォード⋮⋮﹂ ﹁わ! ビックリした。どうしたんですか? アルフレッド先生﹂ 何かゲッソリした感じのアルフレッド先生が後ろに立っていた。 ﹁どうしたもこうしたもあるか! お前達の婚約披露パーティに招 待してもらえたのは嬉しいがな、なんで⋮⋮なんでウォルフォード 家の招待客なんだ!﹂ 635 ﹁え? いけなかったですか?﹂ ﹁⋮⋮他の招待客は?﹂ ﹁ええと⋮⋮ディスおじさんにミッシェルさん、ジークにーちゃん とクリスねーちゃんにトムおじさんかな?﹂ ﹁そこに何故俺が入る!?﹂ ﹁え? 先生だから?﹂ ﹁もうな⋮⋮その面々と同列に並んでるんだ⋮⋮周りからの嫉妬の 視線が痛いし怖い!﹂ ﹁あっれえ? アルフレッド先輩じゃないっすか?﹂ ﹁ジークフリード! 大きい声で名前を呼ぶな!﹂ ﹁クク、良いじゃないですか。シンの担任なんですから、堂々とし てれば﹂ ﹁⋮⋮気楽でいいなお前は⋮⋮﹂ ﹁まあ俺は昔からシンの事、弟みたいに接してましたからね。招待 されてないと逆に凹んでたとこです﹂ ジークにーちゃんの言葉にこそばゆいものを感じたが、俺も兄の ように接していたので、同じ気持ちだったと嬉しくなった。 ﹁私も弟のように思ってますよ﹂ クリスねーちゃんもそう言ってくれた。 ﹁ありがと、クリスねーちゃん﹂ ﹁どういたしまして﹂ 後半はそんな風にホッコリしながらパーティは進んだ。 アルフレッド先生は居心地悪そうだったけど⋮⋮。 636 そして、その後何の問題も無くパーティは終了した。 ⋮⋮てっきり﹁お前はシシリーさんに相応しくない!﹂とか言う 奴がいると思っていたんだけど、そんなイベントは起こらなかった。 国王様公認だからな⋮⋮。 何人か俺を視線で射殺そうとするくらい睨んできた奴はいたけど ⋮⋮。 そして翌日はオーグの誕生日と立太子の儀式だ。 儀式は王城の前にステージを造り、国民に公開される。 その際、先程セシルさんが使った拡声器⋮⋮というか通信の魔道 具の応用なんだけど、マイクとスピーカーを用意した。 マイクには﹃音声送信﹄、スピーカには﹃音声受信﹄と﹃拡声﹄ を付与した。 さっきセシルさんは試運転がてらそれを使ったのだ。 そして当日。 ﹁おお⋮⋮オーグが王子様っぽい﹂ ﹁あの⋮⋮っぽいじゃなくて王子様です⋮⋮﹂ 儀式用の衣装に身を包んだオーグを見て、ついそんな台詞を吐い てしまった。 637 ﹁⋮⋮なんだろうな、皆の前でこういう格好をするのが恥ずかしく なってきたぞ﹂ ﹁アウグスト様、シンさん達に毒され過ぎですわ⋮⋮やっぱりそう なのかしら?﹂ ﹁おおい! 昨日婚約披露パーティまでしたでしょ!﹂ ﹁⋮⋮まあ、いいですわ。それよりアウグスト様、これからこうい う機会は増えて行くのですから、元の感覚を取り戻して下さいまし﹂ ﹁ああ、分かっている﹂ 今日は皆制服ではなく先日渡した戦闘服に身を包んでいる。 実は一緒にステージに上がり儀式の様子を見る事になっているの だ。 そして王城前のステージは人で一杯になり、いよいよオーグの立 太子の儀式が行われた。 ﹃我が息子、アウグスト=フォン=アールスハイドよ。汝は王太子 となりこの国の為、国民の為に身を粉にして邁進する事を誓うか?﹄ ﹃私はこの国の為、国民の為に命を捧げる事を誓います﹄ ﹃うむ、よう言うた。アウグスト、汝を王太子と認める。国民の為 に努める事を期待する﹄ ﹃畏まりました﹄ マイクを通してスピーカーから拡声された二人の言葉が広場中に 響いた。 ステージ前に集まった国民達から大歓声があがる。 そうして立太子の儀式が終わろうという時、一人の兵士がステー 638 ジ脇に駆け込んできた。 息も絶え絶えで、全力で走って来たと思われるその兵士は、他の 兵士の制止を振り切って叫んだ。 ﹁御報告申し上げます! 先程スイード王国から通信が入りました !﹂ スイード王国とは、帝国、王国共に国境を接する、いわゆる周辺 小国と言われる国だ。 そこから通信が入り兵士が血相を変えて飛び込んできた。 という事は⋮⋮。 ﹁スイード王国に魔人が多数出現! 交戦状態に入ったとの事です !﹂ 予想通り、ついに魔人が行動を開始したとの報告だった。 ﹁馬鹿者! 儀式の最中にそのような報告をするとは何事だ!﹂ ﹁よい! その者を咎めるな﹂ 声を掛けたのはディスおじさんではなく、オーグだった。 ﹁殿下⋮⋮﹂ ﹁よく知らせてくれた。魔人出現の報は何より最優先される情報だ。 遠慮して報告が遅くなる事の方が問題だ﹂ おお、オーグが王子様っぽい。 639 オーグの言葉はマイクを通して皆に聞こえている。 集まった国民達は魔人の出現にざわつき始めた。 ﹃皆、落ち着いて聞いて欲しい。たった今、隣国スイード王国に魔 人が現れたとの報告が入った﹄ オーグは広場に集まった国民達に説明し始めた。 ﹃だが心配するな。魔人に対抗する手段を、我々は既に持っている﹄ そう言ってオーグは俺の顔を見た。 その瞬間に理解した。 これはパフォーマンスだ。 ついに魔人が行動を開始した事に、強い不安を持つ国民に希望を 持たせる為の措置だ。 ﹃シン!﹄ オーグが大きな声で俺を呼び、それに応えてオーグの隣に並んだ。 ﹃彼はシン=ウォルフォード、私の友人であり、かの英雄マーリン =ウォルフォードの孫であり、先日現れた魔人を既に倒した新しい 英雄である﹄ オーグの話を国民が固唾を呑んで見守っている。 640 ﹃私は⋮⋮我々はこのシンと共に研鑽を続け、ついに魔人に対抗す るだけの力を得た!﹄ オーグは俺以外の研究会のメンバーも後ろ手に手招きして呼び寄 せた。 ﹃我々は既に災害級の魔物を単独で討伐出来るまで成長した!﹄ ﹁災害級を単独討伐!?﹂ その言葉に、国民より兵士達の驚きの方が大きかったみたいだ。 ﹃そうだ! 報告によると人工魔人は災害級とほぼ同じ強さらしい、 そんな奴等に我々が遅れを取ると思うか!?﹄ 本当は災害級より少し強い位って報告したんだけどね。ほぼって 言ってたし、嘘ではないか。 ﹃我々はすぐさまスイード王国に向かい魔人共を討伐してくる、安 心するがいい!﹄ そう言ってオーグは着ていた儀式用の服を脱いだ。 その下には既に研究会の戦闘服を着ていた。 なんで準備してんだ? ︵シン、お前も何か言え︶ ︵俺も?︶ ︵それと、何かチーム名を考えろ。研究会の名前じゃ不安が残る︶ 641 ︵今かよ!?︶ マイクがあるので耳を寄せて小声で呟く。 何かって何を!? ﹃⋮⋮皆さん安心して下さい。俺は魔人とは既に対戦し、問題なく 倒しています。ここにいる皆はそれと十分対抗出来る力を持ってい る。俺達⋮⋮﹄ えーと、何にしよう?究極魔法研究会だから⋮⋮ダメだ! これ しか思い浮かばない! ﹃⋮⋮俺達、﹃アルティメット・マジシャンズ﹄が必ず魔人を討伐 してきます﹄ うおお! やっちまった! なんだよアルティメット・マジシャ ンズって!? 直訳じゃねえか! 何より痛々しいよ! 発言してしまった事に大後悔をして、ステージ上で顔を真っ赤に していると⋮⋮。 ﹃うおおおおおお!!!﹄ 急に大歓声が起きた。 ﹁クク、﹃アルティメット・マジシャンズ﹄か、中々いい名前じゃ ないか?﹂ ﹁お、お前⋮⋮こんな時まで﹂ ﹁おっと誤解するな、そんなつもりじゃない。今回は本当に偶然だ﹂ 642 ﹁本当かよ⋮⋮﹂ ﹁それより、派手に出陣するぞ。国民に希望を持たせる為にな﹂ ﹁ああ、分かった﹂ 派手な出陣⋮⋮となるとこれしかないか。 俺は、全員に浮遊魔法を掛けると宙に浮いた。 実験しといて良かった。 皆自分で風の魔法を使い位置を調整している。 さっきまで歓声を挙げていた皆はその光景にもう一度言葉を失っ たようだ。 ﹃では⋮⋮﹃アルティメット・マジシャンズ!﹄出陣!!﹄ ﹃おお!!﹄ 全員で返答し、各々風の魔法を起動して出陣して行った。 そして⋮⋮後ろでは再度大きな歓声が挙がっていた。 ⋮⋮その名を大声で呼ばないで! 643 魔人は踊る︵前書き︶ 皆様から色々なご指摘を頂き、全面的に加筆、修正を致しました。 ストーリーに変更はありませんが、表現や矛盾点などいくつか修正 しております。 それでもまだ足りないと思われる方がいらっしゃるかもしれません。 それは私の力不足です。 これからも色々とご指摘があろうかと思います。 皆様に面白いと思って頂ける小説を書けるように努力していきます ので、どうぞ宜しくお願い致します。 644 魔人は踊る 時は少し遡り、シンとシシリーがクロードの街の屋敷でイチャイ ばっこ チャしていた頃、シュトロームによって陥落させられ、魔人や魔物 が跋扈する、魔都と化した旧帝国の帝都に、魔人達が集結していた。 帝都を陥落させたシュトローム達が、その後どのような行動に出 ていたのか? シュトロームはまず魔物を大量に増やし、旧帝国領内に氾濫させ る事によって諸外国が関与出来ないようにした。 そうして各国の動きを封じると、旧帝国領内に残っている各街を 一つずつ殲滅しに掛かった。 シュトロームは、街から出てくる商隊や調査に向かった魔物ハン ター達全てを襲撃し、街から街への情報と商品の流れを全て封鎖し てしまったのだ。 そうなると街には物が入らなくなっていくがその理由が分からな い。 調査しようにも、ヘラルドの無謀な親征の為に兵士の全てを徴集 され、頼みの綱である魔物ハンター達も調査に出たきり戻って来な い。 情報も入って来ないので、帝国軍が既に全滅し帝都も魔人達によ って陥落している事も知らない。 645 徐々に日々の生活に必要な物が足りなくなって行くがその理由も 分からない為、次第に住民達の不満は募ってくる。 ﹁おい! ここにあるパン全部くれ!﹂ ﹁何言ってんだ!今は小麦粉が入って来ないんだ、一家庭に売れる 数は決まってるんだよ!﹂ ﹁んな事、知った事か! ウチは家族が多いんだ!﹂ ﹁そんなもんウチも同じだよ! 皆我慢してんだ、我が儘言ってん じゃないよ!﹂ ﹁んだと? ババア!﹂ ﹁なんだい!﹂ 街のアチコチでこのような喧騒が起こるようになり、人々は食料 不足による体力の消耗だけでなく、精神的にも疲弊して行った。 そんな騒ぎが起ころうとも物資が入ってくる訳でもなく、飢えに より騒ぐ気力すら無くなり掛けた時⋮⋮。 ﹁ま、魔物だ! 魔物の集団がこっちに向かってるぞ!﹂ 城壁の上にいた見張りが魔物の襲撃を叫びながら走って来た。 ﹁なんだと!?﹂ ﹁クソ! 帝国軍は何をやってるんだ!﹂ ﹁ちょっとどうするのよ!? 魔物ハンターも殆ど残ってないのよ !?﹂ 魔物の襲撃にパニックに陥る住民達。 646 その時。 ﹃やあ皆さん、御機嫌麗しゅう﹄ 飢えと情報不足により疲弊しきった住民達を嘲笑うかのような声 が街中に響いた。 ﹃私はオリバー=シュトローム、さてこの街にいる住民の皆さんに ご提案があります﹄ 魔物の襲撃にパニックに陥りかけていた街の住民達が、突然響い たその声に更なる混乱を起こしながらも、街中に響くその声を聞い ていた。 ﹃さて、この街の中に、貴族に対して強い怨み、憤りを感じている 者はいませんか? 貴族をこの手で殺してやりたいとそう思う者は。 いたならば⋮⋮そうですね、この街の南側の門前まで集まって頂け ませんか? 貴族を打倒する力を与えましょう。期限は今から一時 間です﹄ 街中に響いていた声はその言葉を最後に突如途切れた。 その布告を聞いた街の住民達は何がなんだか分からなかった。 横柄で横暴な貴族に不満を持たない住民などいない。 しかし殺してやりたいと程憎んでいるかと言われると⋮⋮住民達 は戸惑い、逃げ出そうとするが⋮⋮。 ﹁駄目だ! 今門を開ける訳にはいかない!﹂ 647 ﹁なんでよ!? あの変な声の後、魔物は攻めて来ないじゃない! 今の内に逃げないといけないのよ!!﹂ ﹁その魔物が! 街の外に溢れているんだよ! 逃げる所なんて無 いんだ!﹂ そんなやり取りが東西南北にある門の内、南を除く全ての門で起 きていた。 魔物が大量にやって来たが襲ってこない。 と思ったら意味の分からない声が響き、意味の分からない問い掛 けをしてきた。 その隙に逃げようとするも街は既に魔物に包囲されているという。 逃げる事も出来ず、住民達はこの一時間を判決を待つ囚人のよう な気持ちで待っていた。 その頃の南門では、シュトロームの呼び掛けに応えた数人の住民 達が集まっていた。 ﹁フム、意外と少ないですね﹂ ﹁シュトローム様、やはりあの方法では住民に警戒心を抱かせてし まうのでは?﹂ ﹁別に構わないでしょう。人を集めるのが目的ではないのですから。 これでこの街の住民達は更なる混乱と絶望を感じられるでしょう?﹂ ﹁出過ぎた事を申しました。お許し下さい﹂ ﹁フフ、構いませんよ﹂ 先程の布告と同じ声で喋る目の赤い男。 648 怪しさしかないが、ここに集まった住民達はそれでも貴族を打倒 出来る力を得られるならと、この場を去る者はいなかった。 ﹁さて、皆さんは本当に貴族を打倒したいと思っていますか?﹂ シュトロームのその問い掛けに、集まった住民達の中から一人の 男が歩み出た。 ﹁俺は⋮⋮恋人をこの街の貴族に取られた⋮⋮そして、飽きたから という理由で⋮⋮殺されて貴族の所から還って来た⋮⋮アイツを⋮ ⋮この手で殺してやりたい!﹂ 怨念の籠った声を絞り出す男。 すると、それに後押しされたのか、女も歩み出た。 ﹁私は父を殺されました。何もしていないのに⋮⋮ただ目に付いた という理由だけで! 父を失った私達家族がどんな苦労をしてきた か⋮⋮アイツに思い知らせてやりたい!﹂ 他にも数人が貴族への恨みを口にしながら前に出てきた。 ﹁フフ、いいですねその憎悪。そのまま貴族を憎んでいて下さいよ ?﹂ シュトロームはそう言うと手に黒い魔力を集め始めた。 そしてその黒い魔力を貴族への憎悪を募らせる者達の胸に押し込 める。 649 ﹁ウ、ウガアアア!﹂ ﹁ア、アアアアア!﹂ 胸に黒い魔力を押し当てられた住民達は途端に苦しみ始めた。 そしてその場にいた全員に黒い魔力を押し当てていく。 住民達はしばらく悶絶していたが、やがて落ち着きを取り戻し自 分の体に力が⋮⋮魔力が溢れているのを感じ取った。 ﹁こ、これは⋮⋮﹂ ﹁フフ、どうです?これならその貴族を殺せるでしょう?﹂ ﹁ああ、凄いわ⋮⋮今なら何でも出来そう⋮⋮﹂ そう言って振り向いた彼等の目は赤く染まり、魔人と化していた。 ﹁さて、一時間経ちましたね。それではアナタ方は領主館を目指し て下さいね。キッチリ止めを刺して来るんですよ?﹂ ﹁はい!﹂ ﹁かしこまりました﹂ ﹁それでは⋮⋮﹂ シュトロームは空に向かって魔法を放った。 すると、上空で爆発の魔法が炸裂した。 まるで花火のように打ち上がった魔法を住民達は呆然と見ていた。 すると⋮⋮。 650 激しい爆発音と共に東西南北の門が魔法によって破られ、魔人や 魔物が雪崩れ込んできた。 ﹁ウワアアアア!!﹂ ﹁キャアアアア!!﹂ ﹁イヤアアアア!!﹂ 雪崩れ込んできた魔人と魔物によって蹂躙されていく住民達。 ﹁フフ、いい光景ですねえ﹂ 満足そうな表情で街が蹂躙されていく様子をシュトロームは城壁 の上から眺めていた。 そうやってしばらく見ていると、遠くに見えていた領主館が崩れ 落ちるのが見えた。 ﹁フム、あちらもうまくやったみたいですね。領主館を封鎖してこ の街の貴族を逃がさないようにした甲斐があるというものです﹂ シュトロームは街中に布告を出したその後から、この街の貴族が 逃げられないように魔人によって領主館を封鎖していた。 結果、住民を見捨てて逃げようとしていた貴族を領主館に留めさ せ、この街で魔人にした者達に本懐を遂げさせたのだ。 そして⋮⋮残った住民達も魔人や魔物によって、一人残らず殲滅 させられていった。老若男女、身分の貴賤も問わずに⋮⋮。 651 そうして一つ一つ、街を襲撃して行き、ついには全ての街と村を 滅亡させたのである。 正直、これだけの戦力があれば、まどろっこしい情報や物流の封 鎖などせず、一気に襲撃しても各街を陥落させられただろう。 しかし、シュトロームはそうしなかった。 それは、攻め落とす前に肉体的にも精神的にも追い込み、貴族だ けでなく、平民に至るまで絶望を与えたかったからだ。 シュトロームはそこまで帝国そのものを憎んでいたのである。 そのようにして街を一つずつ攻め落として行った為、かなりの時 間が掛かったが、ようやく全ての街と村を殲滅させたのだ。 旧帝都に集まった魔人達はようやく訪れたこの時に期待していた。 帝国内の掃討は済んだ。次は周辺国を統一していき、最終的には 世界を統一するつもりでいた。 我々の力があれば出来る。何人も我々の障害にはならない。 シュトロームの手によって魔人の力を手に入れた彼等はその力を 存分に振るい、そして酔いしれていた。 旧帝国城の謁見の間に集まった魔人達は、今まで無縁だったきら びやかな場所にいる高揚と、これからの事を期待する興奮の中今や 遅しとシュトロームの登場を待ちわびていた。 652 ﹁なあ、いよいよだな!﹂ ﹁ああ、時間は掛かったが帝国は全て掃討した。俺達に敵う奴など いないさ。これはいよいよ世界統一の布告が為されるぞ﹂ ﹁そうだよな! いやあ楽しみだな!おい!﹂ ﹁ああ⋮⋮楽しみだ﹂ 俺達が世界を統一する。俺達の力なら必ず出来る。それを実行す る為の力を手に入れた。 虐げられていた帝国の平民達は、力を得て増長し今まで見れなか った夢を見るようになった。 その新たに得た野望がもうすぐ布告される。 そう期待して待っているとようやくシュトロームがミリア、ゼス トを伴って謁見の間に現れた。 シュトロームは魔人達の間を通って行く。 それを見送る魔人達の目には尊敬と期待が込められていた。 そして以前は皇帝が座していた玉座に腰を下ろした。 いよいよ布告が為される。 そう期待した魔人達の希望は⋮⋮シュトロームの言葉に打ち砕か れた。 ﹁さて、皆さんの働きのお陰で無事帝国を滅亡に追い込む事が出来 ました。出来たんですが⋮⋮﹂ 653 ﹁いかがなされました? シュトローム様﹂ ﹁うーん⋮⋮帝国を滅亡させる事が私の目標でしたからねえ⋮⋮こ の後は何をしましょうか?﹂ 魔人達は耳を疑った。 帝国を滅亡させたらやる事がない? 何を言っているのか? 自分達の聞きたかった言葉はそんな言葉 ではない。 ﹁な、何をお戯れを⋮⋮次は世界を統一なされるのではないのです か?﹂ ﹁は? 何故私がそんな面倒な事をしなければいけないのです?﹂ その言葉を聞いた魔人達は言葉を失った。 世界統一が面倒? 何故しなければならない? この御方は本当に何を言っているのだろうか? ﹁それでは⋮⋮何故⋮⋮何故私達を魔人にしたのですか?﹂ ﹁ん? 駒に決まっているでしょう?﹂ ﹁駒⋮⋮私達が駒だと!?﹂ シュトロームのその言い様に先程から発言をしていた男が叫んだ。 ﹁私は! 貴方となら世界を統一出来ると思ったから魔人になった のに!﹂ ﹁は? 私は言いましたよね? 貴族に怨みを持っている者はいな 654 いかと。貴族に復讐をしたくないかと。何故そんな話になっている んですか?﹂ 確かにシュトロームは貴族に対して強い怨みを持っている者を魔 人にしてきた。 そう言って魔人にしたのに、世界を統一する為に付いてきたと言 う。 一体何を言っているのか? シュトロームは心底不思議そうに首 を傾げた。 ﹁き、貴様あ!﹂ 先程叫んだ男がついにキレ、魔力を集め始める。 しかしシュトロームが面倒そうに腕を振るっただけで、集まって いた魔力が霧散し、男の顔は驚愕に包まれた。 その光景を見ていた魔人達の思いは二つに分かれた。 やはりシュトローム様は凄い、と感心するもの。 こんな力を持っているのになぜ世界統一をしないのかとシュトロ ームに苛立ちを感じる者。 魔人達の間に動揺が走りザワつき出した。 それを見たシュトロームは心底面倒そうに言い放った。 655 ﹁あなた方がどういう野望を持とうが自由ですけどね、それを私に 押し付けないで頂けます?﹂ 反抗しようとした男を咎めるでもなく、自分の考えを押し付ける なと言い放つシュトローム。 それを聞いた男は、失望と怒りを込めた表情でシュトロームを睨 んだ。 ﹁つまり⋮⋮どうあっても世界統一はするつもりは無いと⋮⋮?﹂ ﹁だからそう言ってるじゃありませんか﹂ そのシュトロームの返答に反抗していた男は、ついに決別の言葉 を放った。 ﹁そうか、そうですか! 分かりました! もう貴方に期待するの は止める事にする! ならば私は私で好きにやらせて頂く!﹂ ﹁どうぞ? というか、最初からそうして下さいよ﹂ ﹁くっ! ⋮⋮失礼する!﹂ そう言って男は踵を返し謁見の間を出て行ってしまった。 さっきまでの期待を込めた興奮は冷め、居たたまれない空気が謁 見の間を支配していた。 なぜこうなった? 先程まで自分達の輝かしい未来を夢見ていたではないか。 今この場にあるのは、失望と戸惑いだけ。 656 こんな筈じゃない、特に世界統一を夢見ていた魔人達にその思い が強かった。 ﹁彼の考えに賛同したい方はどうぞ? 遠慮しないで彼に付いて行 って頂いていいですよ﹂ 行きたければどこにでも行けばいい。 まるで自分達など何も価値など無く、只の駒であったと言わんば かりのその言葉に、シュトロームが世界統一に乗り出すと期待して いた者達は怒りを露にし、最初に出て行った男を追うように出て行 ってしまった。 その数は百人程になり、それは全体の三分の二に及ぶ。 結局謁見の間に残った者は、初期に帝都を陥落させた際にいた五 十人程だった。 ﹁はあ⋮⋮何を考えているんでしょうねえ⋮⋮﹂ ﹁恐らく⋮⋮急に不相応な力を得たのでその力に酔っているのでし ょう﹂ ﹁そういうものですか﹂ ﹁ここに残っている者は、元々軍に在籍していた者や魔物ハンター として戦闘を経験していた者達です。さっき出て行った者達はそれ まで戦闘を経験していない者達ばかりでしたから﹂ ﹁おや、よく見ていますね﹂ ﹁シュトローム様の駒となる者達ですから、戦力を把握するのは当 然です﹂ 657 ミリアはシュトロームが帝国を滅亡させるという野望に同調し、 彼に心底心酔し想いも寄せていた。 その為、シュトロームが魔人にした者達を把握・管理し、帝国滅 亡の作戦の為に配置を考る事を自分の役割と考え実践していた。 先程出て行った魔人達は今まで戦闘経験が無い事も、その力に酔 い元は貴族を打倒する為に与えられた力であったものを自分の力だ と勘違いし、その上その力は世界を統一する為に与えられたと誤解 するようになっていた事も知っていた。 知っていて放置した。 彼女は知っていたのだ。シュトロームは自分達に特別な感情など 持っていない事を。 用が済み不要になればそれを処分する事も考えられると。 その為、シュトロームの意にそぐわない考えを持つようになって も処分されるだろうと考え、指導をしなかった。 ﹁それより、よろしいのですか? 彼等をあのまま放置していても﹂ ﹁構わないでしょう、別に私の障害になる訳でもないでしょうし⋮ ⋮ああ、その方が面白いかもしれませんねえ。いい暇潰しになりま すから﹂ ﹁シュトローム様⋮⋮﹂ 周りに対し一切の興味が持てないシュトロームと違い、ミリアや 出て行った男達には感情が見える。 658 ミリアはシュトロームに恋慕の感情を持ち、出て行った男達は世 界統一という野望を持った。 自ら魔人に至った者とそうでない者、その間には大きな隔たりが あるように見える。 真の魔人であるシュトロームは自分達の事を特別な存在とは見て いない事も分かっていた。 それでも、ミリア達は自分に力を与えてくれたシュトロームの事 を尊敬し崇拝し、どこまでも付いていくと心に誓っていた。 ﹁ところでシュトローム様、以前王国で手傷を負わされた者がいた と仰っていましたが⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮シン=ウォルフォード君ですか、彼には痛い目に合わされま したねえ﹂ ﹁シュトローム様に手傷を負わせた!?﹂ ﹁ほ、本当ですか!?﹂ 残っている者達は心底シュトロームに忠誠を誓っている者達ばか りだ。 そのシュトロームに手傷を追わせるなど信じられなかった。 ﹁ええ、出て行った彼等ですが⋮⋮ウォルフォード君が出張って来 たら、そう時間を置かずに討伐されるでしょうね。それほどの実力 者ですよ、彼は﹂ ﹁そ、そんなに⋮⋮﹂ ﹁ああ、次の目標は彼にしましょうか。手傷を負わされた仕返しも したいですしね﹂ 659 そう言うが、そこまで熱望している訳ではなさそうだ。 ﹁シュトローム様、そう結論を急がずとも、しばらくお休みになら れては如何ですか? その間にそのシン=ウォルフォードに対する 調べを進めておきますから﹂ ゼストは元諜報部隊の人間だ。シュトロームの為にシンの周辺を 調べておくのでそれまで休むように進言した。 ﹁別にそんなに周到に用意しなくてもいいんですがねえ⋮⋮﹂ ﹁しかし、帝国を滅亡させる為にこうまで周到な用意をしたのでは ?﹂ ﹁帝国は是が非でも滅亡させたかったですからね﹂ その事がどうしても気になり、ミリアはシュトロームに質問して みる事にした。 ﹁あの⋮⋮シュトローム様はどうしてそこまで帝国を憎まれている のですか? 元は帝国の貴族だったとお伺いいたしましたが⋮⋮﹂ ミリアが前々から不思議に思っていた事を聞いた。 ここまでシュトロームが帝国を憎む理由は何なのか? 貴族を怨む者が多いのは分かる。しかしシュトロームの憎悪は平 民にまで向いていたのだ。 それに、そもそも何故魔人になったのか? 660 その理由を聞いた事が無かったミリアは、本懐を遂げた今ならば と訊ねてみたのだ。 ﹁そういえば、話した事が無かったですね﹂ そう言うと、シュトロームは過去に何があったのかを話し出した。 ﹁私はね⋮⋮元は帝位継承権を持つ公爵だったのですよ﹂ 661 全てを憎んで⋮⋮︵前書き︶ 暗い話はこれで終わりです。 シュトロームが魔人になった理由です。 次の話から元に戻ります。 なるべく早めに次話を投稿します。 少々お待ちくださいませ。 662 全てを憎んで⋮⋮ 今から約二年程前、彼はオリバー=シュトロームという名前では なかった。 オリベイラ=フォン=ストラディウス。 それが彼の本名であり、帝位継承権を持つ公爵家の当主であった。 彼は帝国貴族でありながら、平民は貴族の搾取の対象であるとい うその在り方に疑問を持ち、アールスハイド王国貴族と平民のよう な関係が理想であると、平民達の生活向上の為に尽力していた。 平民の子供達も学校に通わせたかった。 しかしその為には平民達の財政状況が改善しないと、働き手であ る子供を学校に通わせる事が出来ない為、それは未だ実現していな かったが、それを実現させる為に寝る間も惜しんで尽力していた。 それでも他領に比べ暮らしやすいと、周辺の街ではストラディウ ス領の事は話題になっていた。 ﹁アナタ、そろそろお休みになったら?﹂ ﹁ああ、アリアか。いやこの地域の収穫高が他より少なくてね、ど うにか出来ないかと思っていたんだ﹂ ストラディウスの街にある領主館の執務室で仕事をしていたオリ ベイラの様子を、妻であるアリアが伺いに来た。 663 彼女はゆったりしたナイトドレスを着ており、そのお腹は少し膨 らんでいる。 ﹁民達の為に働くのもいいですけど⋮⋮アナタの身体も心配ですわ﹂ ﹁はは、君の方こそ身体には気を付けてくれよ?﹂ そう言うとオリベイラは妻のお腹を撫でた。 ﹁ようやく授かった私達の宝なんだからね﹂ ﹁フフ、分かっていますわ、アナタ﹂ 帝国貴族の夫婦としては珍しい程オリベイラは愛妻家であり、側 室を持たず妻であるアリアを愛し、アリアもまたオリベイラを愛し ていた。 仲睦まじい二人の様子は世間でも評判であり、帝国貴族としては 珍しい程に平民達の人気は高かった。 過ごしやすいと評判で、領主である貴族の人気も高い。 そんなストラディウス領に憧れを持つ事は自然な流れであり、生 活の厳しい他領の領民達はストラディウス領への移住を願うように なった。 そうなると面白くないのが移住を希望している領民達のいる領の 貴族達である。 普通の帝国貴族は領民達を搾取の対象と見ており、その領民が減 るという事は税収の減額を意味する。 664 そこで各領主達は他領への移住を禁止し、ストラディウス領へ向 かわせないようにした。 しかし、禁止されると尚更行きたくなるのか、その条約を無視し てストラディウス領へ移住していく者は後を絶たなかった。 同じ帝国内であり関所も無い為、領民の流出を抑えられなかった のである。 そして、各領主だけでなく次期皇帝の可能性がある公爵達もオリ ベイラを疎ましく思っていた。 領民が増えた事による税収の増加、資金力が増えた事による事業 の拡大と、それに伴う上納金の増加が帝国への貢献とみなされ、皇 帝選挙で一歩リードしている印象があった。 このままではオリベイラが皇帝になってしまう。 そうなると平民優先の政策を打ち出して来るだろうから、今まで 当然のように受けていた恩恵を受けられなくなるかもしれない。 欲にまみれた思惑が、彼等の思考を支配していた。 そんな思考に付け込んだのが、当時まだ帝位継承権を持つ公爵だ ったヘラルド=フォン=リッチモンドであった。 ﹁皆、よく集まってくれたな﹂ ﹁は! リッチモンド公爵様、御機嫌宜しゅう⋮⋮﹂ ﹁ああ、堅苦しいのはいい、それよりお前達に頼みがあるのだが﹂ 665 ﹁は、何なりと申し付け下さい﹂ ﹁ストラディウスをな、帝都に呼び出して欲しいのだ﹂ ﹁ストラディウス公爵を⋮⋮ですか?﹂ ﹁ああ、お前達はストラディウス領に領民を盗られた者達だろう?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁ああ、それを咎めている訳では無いのだ﹂ ﹁はあ⋮⋮﹂ ﹁ストラディウス⋮⋮目障りだとは思わんか?﹂ ﹁それは勿論! 我々の領民を掠めとり、私腹を肥やしている彼奴 には腸が煮えくり返ります!﹂ ﹁そうだろう、そしてその為に奴は上納金を増やし、帝国への貢献 大とし、貴族院の評価も高いのだ﹂ ﹁領地を持たぬ法衣共が! 我等の苦労も知らずに何が評価だ!﹂ そう、貴族院の貴族達は領地を持たぬ法衣貴族である。 領地を経営する貴族達は自領での搾取と豪勢な生活に忙しく、貴 族院の仕事等出来ないと過去の領主達が主張した為、貴族院は法衣 貴族が勤める事になっていた。 故にオリベイラが平民優先の政策をとっても、自身は国からの年 金で生活をしている為、痛くも痒くもないのだ。 そんな法衣貴族からの評価が高い、という事は⋮⋮。 ﹁このままではストラディウスが次期皇帝の座に就いてしまうぞ﹂ ﹁そ、そんな! 奴が皇帝になれば平民優先の政策を取るではあり ませんか!﹂ ﹁そうなると困るなあ?﹂ ﹁我々は選ばれた民なのです! そんな無法は許されません!﹂ 666 ﹁そこでだ、お前達はストラディウスを帝都に呼べ。その間に私が 奴の失脚を図ってやろう﹂ ﹁本当で御座いますか!?﹂ ﹁ああ、だからお前達はストラディウスを出来るだけ長く帝都に留 まらせろ。理由は何でも構わん﹂ そのヘラルドの命令に、欲に頭の濁った貴族達はどうやってスト ラディウスを帝都に縛り付けるか考え始めた。 ﹁くっくっく、ストラディウス⋮⋮お前はもう終わりだよ⋮⋮﹂ ヘラルドは思い悩む貴族達を見ながら笑いを堪えきれずにいた。 そして、貴族達の会合が行われてから数日後、オリベイラの元に 貴族達からの連絡が入った。 領地経営に成功し、収入を増やしたその手腕を教授して欲しいと の申し出だった。 ﹁それでは行って来るよ﹂ ﹁はい、気を付けて下さいね﹂ ﹁ハハハ、私の魔法の技術は君も知っているだろう? 軍が取り零 した魔物など相手にならないさ﹂ ﹁それでも心配するのが妻というものです﹂ ﹁フフ、ありがとう。十分気を付けるよ。君もね?﹂ ﹁ええ、分かっていますわ﹂ アリアに見送られ、オリベイラは帝都に向かった。 周りの貴族達も自分の考えに賛同してくれている。 667 この考えが帝国中に広がれば平民達の暮らしももっと良くなり、 帝国は更に発展するだろう。 そんな期待を胸に帝都へと赴いた。 帝都のストラディウス公爵邸には連日多くの貴族達が訪れた。 そしてオリベイラから領地の税収を上げた方法を聞き、それに感 心した素振りを見せた。 オリベイラはその様子に手応えを感じ、帝国は変われるとそう思 い、休みも取らず帝都に滞在し続けた。 話を聞いた貴族達が、ストラディウス公爵邸を後にした時から﹁ 貴族の誇りを持たぬ恥知らずめ!﹂と罵倒している事など知らずに ⋮⋮。 そして、オリベイラが帝都へと赴いた頃からストラディウス領で はある事件が頻繁に起こるようになった。 住民達の失踪事件が相次いだのである。 若い女や子供がその被害者となり、日の落ちた夜だけでなく昼間 でも失踪は起きた。 その事に住民達は、次は家の子供が、妻が、娘がと不安と恐怖に 怯え、その事に対し何の行動も起こさないオリベイラへの不信感を 募らせていった。 668 そんなある日、ストラディウスの街にとある男がやって来た。 ﹁君、ちょっといいかね?﹂ ﹁は、はい⋮⋮なんでしょうか?﹂ 見るからに仕立ての良い服を着ている男を見て、声を掛けられた 住民は緊張した。 恐らく貴族か位の高い役人だろうと思われた。 そんな人物が声を掛けて来るとは厄介事以外考えられなかった。 ﹁そんなに緊張しなくてもいい、少し聞きたい事があるのだが﹂ ﹁はあ⋮⋮なんでございますでしょうか?﹂ ﹁実はな⋮⋮私は帝都から来た憲兵団の者なのだが、この街で人拐 いが横行し、奴隷として売り飛ばされているという情報を入手した のだ。君、何か知らないかね?﹂ ﹁ひ、人拐い!?﹂ ﹁心当たりがあるのかね?﹂ そう訊ねられた住民はここ最近起こっている事件について話した。 ﹁え、ええ⋮⋮実は最近、女子供が失踪する事件が相次いでまして ⋮⋮皆不安がっているんです﹂ ﹁失踪事件⋮⋮それだな﹂ ﹁それにしても、何故帝都の憲兵団の方が⋮⋮﹂ ﹁これは内密なのだがな⋮⋮実はこの街の領主が関わっているらし いのだ﹂ ﹁りょ、領主様が!?﹂ ﹁しっ! 声が大きい!﹂ 669 住民の男は信じられなかった。平民の為に尽力してくれている領 主様がそんな事に荷担する筈が無いと、そう思った。 ﹁この領地のストラディウス公爵は平民優遇の政策をとっているだ ろう?﹂ ﹁はい、お陰様で良い生活をさせてもらっています﹂ ﹁それがエサなのだ﹂ ﹁エサ?﹂ ﹁ああ、平民優遇の政策をとり周りの領地から平民を集めてな⋮⋮ その実、集めた平民を捕らえて売り飛ばしているらしいのだ﹂ ﹁ま、まさか⋮⋮そんな事⋮⋮﹂ ﹁考えてもみろ、帝国の貴族が平民優遇など考えられると思うか?﹂ ﹁そ、そう言われれば⋮⋮﹂ 俄には信じられなかった。しかし、帝国の貴族が平民を大事にす るなど聞いた事がない。説明されればされる程、憲兵の言う事が真 実のように思われた。 ﹁私達は暫くこの街にいる、何かあったら知らせてくれ﹂ ﹁わ、分かりました﹂ そう言って憲兵の男は去っていった。 ︵こいつも落ちた⋮⋮︶ そう思い、口許を歪めながら。 そうした憲兵を名乗るヘラルドの送り込んだ工作員が街中、周辺 の村にまでその噂を広め、住民達の猜疑心を煽り、尚且つ人拐いも 670 続けていた。 ヘラルドの工作により、街でそんな事件が起こっているという情 報が全く入ってこない領主館では、当然捜査など行う筈もない。 この期に及んでも全く動こうとしない領主に住民達の苛立ちは最 高潮に上っていた。 自分の領地がそんな事になっているとは夢にも思っていないオリ ベイラの帝都での生活は約二ヶ月に及んだ。 しかし、そろそろ妻の出産が近付いていた為、オリベイラはさす がに一旦領地に帰る事にした。 長く帝都に留めていた貴族達も、二ヶ月も留めていれば十分だろ うとオリベイラを解放した。 そして、その情報をヘラルドに伝え、工作を最終段階へと進めた。 オリベイラが帝都を出発した後、憲兵の男達が街で住民の男達に 声を掛けた。 ﹁皆聞いて欲しい、我々はついに人拐いの足取りを掴んだ。もうじ きこの街を馬車で出るらしい、その馬車を取り抑えたいのだが協力 してくれるか?﹂ 苛立ちが最高潮に達していた住民達はその言葉に飛び付いた。 馬車を取り抑えるポイントまで先導していた憲兵を名乗る男達は ほくそ笑みながら歩いていき、しばらくするとストラディウス家の 671 家紋が付いた馬車が近付いて来た。 憲兵を名乗る男が停止を求めると、アッサリと馬車は停まった。 ﹁荷を改めさせてもらうぞ﹂ ﹁これは公爵の馬車ですよ? そんな事が許されるとでも?﹂ ﹁これは皇帝陛下直筆の取り調べ令状だ。口答えは許さん﹂ はっきり言って三文芝居である。皇帝陛下直筆の令状なども存在 しない。 しかし怒りに震える住民達は全く気付かなかった。 そして馬車の荷台を改めると⋮⋮。 ﹁おい! これは何だ!?﹂ ﹁それは公爵様の命で配送する商品ですよ﹂ 馬車の荷台には⋮⋮失踪したと思われていた女や子供など、住民 が縄に縛られ檻に入れられていた。 それを見た住民達は確信した。 憲兵の言う事は正しかった。 俺達は甘いエサに引き寄せられた獲物だったのだと。 そうなると、住民達は怒りを抑えきれなかった。 オリベイラを討つ。 672 それしか考えられなかった。 こんな闇取引に公爵家の家紋が付いた馬車で堂々と奴隷を運ぶ訳 がない事も、憲兵がこんな捕物に一般人を同行させる訳がない事も、 自分達が嘘の情報に踊らされている事も、何一つ気付かなかった。 怒りに震え、領主館を襲撃しに戻っていく住民達を見て、憲兵を 名乗る男達は⋮⋮笑っていた。 ﹁平民ってのは何て馬鹿なんだろうな﹂ ﹁しょうがねえよ、今までお勉強なんてさせてもらってないんだか ら﹂ ﹁まあ、だからこそ我々貴族の思い通りになるんですがね﹂ ここにいたのは貴族の長男以下の子弟達、ヘラルドに声を掛けら れ将来を約束してもらった者達だった。 自分達の思い通りに踊ってくれた住民達を見送りながら談笑して いると、その中の一人がふと呟いた。 ﹁ところで⋮⋮こいつらどうしようか?﹂ ﹁ああ⋮⋮適当に遊んでから始末するか﹂ ﹁そうだな﹂ 平民達を搾取の対象としか見ていない彼等は、捕らえられている 平民達に慈悲を与えるつもりなど更々無かった。 そして⋮⋮街に戻った男達は他の住民にも声を掛け、領主館へ討 ち入った⋮⋮。 673 その頃、オリベイラは久しぶりに会う妻の為に買った土産と、産 まれてくる子供の為の玩具を手に、領地への帰路についていた。 そして、ストラディウス領の街が見えた時、その異変に気付いた。 ﹁な、何だ⋮⋮何だあれは!?﹂ 領主館が⋮⋮身重の妻がいる筈の自宅から煙が出ているのだ。 ﹁⋮⋮はっ! おい! 馬を、馬を貸してくれ! 何か大変な事が 起きている! 急いで戻らないと!﹂ 一瞬何が起こったのか分からなかったオリベイラは、我に返ると 慌てて馬車を降り、追従していた者達の乗っていた馬に乗り換え、 領主館を目指した。 全速力で馬を走らせたオリベイラは街に着くとそのままの勢いで 街に入っていった。 人の多い街中を馬で疾走するなど普段なら考えられない事だが、 事態が事態だけにそんな事に構っていられなかった。 オリベイラに気付いた領民達が何かを叫んでいる。物を投げ掛け る者もいた。 領民達の中には進路を塞ごうとする者がいたほどだった。 そんな領民達を避けながら馬を走らせていく。帝都に赴く前とは 全く違っている街の様子に困惑しながらも、オリベイラは馬の足を 674 止める事は無かった。 そしてようやく辿り着いた領主館の様子を見て、オリベイラは血 の気が引いた。 領主館のアチコチから火の手が上がっているのだ。 オリベイラは門番が門の近くで事切れている事に気付く間もなく 領主館へと飛び込んだ。 その中は⋮⋮まるで強盗に押し入られたかのようだった。 綺麗だった内装はアチコチ破られ、火をかけられ、使用人達が倒 れている姿もあちらこちらで見られた。 帝都に赴く前とは全く違ってしまっている様子に呆然とするオリ ベイラだったが、気を持ち直し一目散に妻の自室を目指した。 そして、ようやく辿り着いた妻の部屋には⋮⋮複数の男達がいた。 その足元には⋮⋮。 ﹁アリア! アリアアア!!﹂ そう叫びながら⋮⋮妻の部屋にいた男達を魔法で吹き飛ばした。 領民に対する配慮など全く考えられなかった。 オリベイラは、血溜まりに倒れていたアリアのもとへ駆け付ける と、その身体を抱き締めた。 675 生きている人間ならば胎児であっても発している魔力の有無を確 認するが⋮⋮アリアの身体からは魔力が感じられなかった。 お腹にいる子供の魔力も⋮⋮。 ﹁そんな⋮⋮アリア⋮⋮アリア⋮⋮目を開けておくれ? 身体に気 を付けると言ったじゃないか⋮⋮私達の宝を守ると言ったじゃない か⋮⋮アリア⋮⋮アリア⋮⋮頼むから⋮⋮﹂ オリベイラは信じられなかった。今起きている現実が受け止めら れなかった。 何故こんな事になっている? ここにいるのは自分が身を睹して守ってきた平民達ではないのか? 何故⋮⋮何故こんな暴挙に出る必要があるのか? 全てが分からなかった。 ﹁何故ですか!? 何故こんな事を!!?﹂ すると吹き飛ばされた男達がヨロヨロと立ち上がり、オリベイラ に向けて罵声を浴びせかけた。 ﹁何が何故だ!? お前の悪逆非道な行いのせいだろうが!!﹂ その男の言葉が理解出来ない。 676 ﹁悪逆非道な行い? 何を⋮⋮何を言っているんですか!?﹂ ﹁惚けるな! 全て知っているぞ!! お前が俺達を甘い言葉で集 まったエサだと思っている事も! 集めた住民達を次々に拐って売 り飛ばしている事も! 全部、全部知ってるんだ!!﹂ オリベイラは意味が分からない。そんな事は考えた事も無い。 ﹁何ですかそれは⋮⋮何故そんな事になっているんですか?﹂ ﹁ふざけるな! 俺は見たんだ! お前の家紋が付いた馬車で拐っ た女や子供を運んでいる所を! 憲兵団の捕物に付いていったんだ からな!!﹂ ﹁⋮⋮憲兵団の捕物に付いていった? 一般人の貴方が?﹂ ﹁そうだよ!﹂ ﹁⋮⋮おかしいとは思わなかったのですか? 憲兵団の捕物に一般 人を同行させる事などあり得ませんよ⋮⋮﹂ ﹁そ、それは!﹂ ﹁それに⋮⋮私の家紋が付いた馬車で奴隷を運ぶ? ⋮⋮そんな馬 鹿な話があるとでも?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 確かに、そんな堂々と誘拐した奴隷を運ぶだろうか? 憲兵団が一般人の自分達を同行させるだろうか? 言われて初めて気が付いた。 オリベイラは領主館にはいなかった。 たった今、どこからか帰って来たのではないのか? 677 この街にいなかった人間にこんな事は出来ないのではないのか? 自分達は騙されていたのかもしれない。 その事に⋮⋮ようやく思い至った。 そう思い至った瞬間、詰め掛けていた住民達は、自らが騙されて 起こしてしまった事を自覚した。 大変な事をしてしまった。 そう後悔するがもう遅い。 既にアリアを手に掛けてしまった。 もう⋮⋮取り返しが付かない⋮⋮。 ﹁ククク、アハハハハハハ!!!!﹂ オリベイラが急に狂ったように笑い出し、そして⋮⋮尋常では無 い量の魔力が集まり始めた。 この時、既にオリベイラは確信していた。 これは貴族の仕業だ。 憲兵に扮した人間を用意したり、公爵家の家紋の付いた馬車を用 意したり、ここまで大掛かりに住民達を騙すなど貴族にしか出来る 筈がない。 678 自分を帝都に呼び出したのは、この策略の為の時間稼ぎであった 事も。 話を聞きに来た貴族達は自分の考えに全く賛同などしていなかっ た事も。 そして、その貴族の画策に住民達が簡単に踊らされた事も。 全て⋮⋮全て理解した。 ﹁ああ⋮⋮私はなんと愚かなのでしょう? こんな恩を仇で返すよ うな愚かな人間の為に、こんな下らない事を画策する貴族をのさば らせる帝国の為に今まで尽力していたとは⋮⋮﹂ そう言いながら、オリベイラに集まる魔力の量は一向に治まらな い。 元々魔法使いとしても優秀であったオリベイラであったが、明ら かに制御しきれる量の魔力ではない。 その光景に恐ろしくなった領民はオリベイラに許しを請うた。 ﹁ひっ! りょ領主様! お許しを!!﹂ ﹁許す? こんな愚行を犯した愚か者を許す? 何をふざけた事を 言っているのですか?﹂ その言葉に領民達は絶望した。 そしてオリベイラも、その領民の言葉に⋮⋮キレた。 679 そそのか ﹁許す訳がないだろうがあああ!!! お前らも! お前らを唆し た貴族共も! そんな奴等をのさばらしている帝国も! 全部! 全部!! 全部許すものかあああああ!!!!﹂ そう叫び更に魔力を集める。 その魔力だけで領民達は吹き飛ばされ、床に這いつくばった。 オリベイラの集める魔力は留まるところを知らず、更に無能な帝 国、悪辣な貴族、愚鈍な平民に対する憎悪が加えられた魔力は⋮⋮ 黒く変色していた。 ﹁あ⋮⋮ああ⋮⋮あああ﹂ その絶望を感じるに十分な光景に、領民達は言葉も出ない。 ついには領主館を覆い尽くし、街中にまで溢れる程の魔力が集め られた。 そして⋮⋮。 ﹁全て滅びればいいんだああああああ!!!﹂ ⋮⋮魔力が爆発した。 街の中心地にあった領主館で起こった爆発は、尋常ではない威力 の爆風を巻き起こした。 爆風は街の全てを吹き飛ばし、更にその周辺まで巻き込んだ。 680 そこに⋮⋮ついさっきまで街があったとはとても信じられない。 建物があり、人が住んでいたとは到底思えない光景が広がってい た。 そして、その中心地にはオリベイラただ一人が立っていた。 その目を真っ赤にさせて⋮⋮。 ﹁クハァァァ⋮⋮フハハハハハ!! 待っていて下さいねえブルー スフィア帝国⋮⋮全てを⋮⋮皇帝から貴族平民に至るまで、全て滅 ぼしてあげますからね⋮⋮﹂ そして⋮⋮オリベイラは姿を消し、アールスハイド王国にオリバ ー=シュトロームとして現れたのである。 シュトロームの話を聞いた魔人達は、その凄惨な過去に言葉を失 っていた。そして、シュトロームが貴族だけでなく平民に対しても 容赦が無く、全てを滅ぼしたかった理由も理解した。 彼は大切にしていた領民に裏切られ、大切にしていた家族を奪わ れたのだ。 それを唆した貴族はもとより、簡単に騙されて大切な人を奪った 愚かな平民も許せなかったのだ。 ﹁さっき出ていった人達も考え無しで行動してますからねえ、殺意 を抑えるのに苦労しましたよ﹂ やけにアッサリと離脱を許したものだと思っていたが、彼等はシ 681 ュトロームの憎んだ愚かな平民と同じなのだ。 シュトロームによって力を与えられたのに、その力を自分の実力 だと勘違いし、更にその力を使えば世界を統一出来ると思っている。 そんな愚かな人間を側に置いておきたく無かったのだ。 ﹁彼等は分かっているんですかねえ? 世界を統一した後の事を﹂ シュトロームには世界統一に乗り出さない理由が幾つかあった。 一番大きい理由は興味が無いという事だが、まだ確定していない 事があったのだ。 それは、魔人には子供が出来るのか? という事。 自身が魔人となって二年。 自分が人類史上二人目の魔人であり、前回出現した魔人は理性を 無くしていた為、その臨床結果はない。 もし子供が出来なかったら? 魔人によって統治された世界は一代で終わる。 仮に子供が出来たとして、その子は魔人なのか? 人間なのか? 魔人であるならその次の子は? 魔人自体が自然なものではない。とても血脈が続いていくとは思 682 えない。 全て分からない状態でそんな面倒な事はしたく無かったのだ。 ﹁何も分かって無いんでしょうねえ⋮⋮所詮、元は愚かな平民です から﹂ 出て行った魔人達を、よくシュトロームが殺さなかったものだと、 残った者達は冷や汗を流した。 ﹁そうだ! しばらく彼等を観賞しましょうか? どんな愚かな行 動を取ってどんな風に討伐されるのか、面白い見せ物になると思い ませんか?﹂ そう楽し気に話すシュトロームを魔人達は畏れと⋮⋮同情を込め た目で見ていた。 そんな中ミリアはある決意をしていた。 ある実験を提案する決意を⋮⋮。 そしてシュトロームと決別した魔人達は数日後、一番近いスイー ド王国へ襲撃を掛けたのである。 683 救援に駆け付けました︵前書き︶ この話から元に戻ります。 前話と凄いギャップがあります。 ⋮⋮前の二話が暗すぎたんです⋮⋮ 684 救援に駆け付けました 王都でアウグストの立太子の儀式が行われていた頃、旧帝国領に 隣接しているスイード王国では、兵士達が外せない日課である哨戒 業務に当たっていた。 元々周辺国を取り込む野望を持っていた帝国に対し、監視の目は 常に光らせていたが、その帝国の帝都をあっという間に陥落させて しまった魔人達に脅威を覚え、今までより監視体制は強化されてい た。 魔人に攻め込まれるとひとたまりもない為、いざという時の避難 経路の確保や、アールスハイド王国より貸与された通信機を設置す るなどの対策を取っていた。 ﹁とは言ってもなあ、実際攻め込まれたらどれぐらい耐えられると 思う?﹂ ﹁そうだなあ⋮⋮帝国軍は半日もたなかったらしいぜ?﹂ ﹁⋮⋮とにかく住民達を避難させないとな⋮⋮﹂ ﹁そうだな⋮⋮﹂ ﹁﹁はあ⋮⋮﹂﹂ スイード王国軍の哨戒部隊が絶望的な状況に溜め息を吐きせめて 住民だけでもと話をしていたその時。 ﹁おい⋮⋮あれ⋮⋮﹂ ﹁え? ま、まさか⋮⋮﹂ 685 城壁の上から望遠鏡で周囲を見渡していた哨戒兵が視線を向けた 先には⋮⋮信号弾が上がっていた。 これもアールスハイド王国より貸与された物で、通信機は固定型 の為移動による哨戒には使えない。 もし魔人や魔物を発見しても、馬で走っても連絡は遅くなる。 そこで、どういう仕組みなのかは全く分からないが魔道具を起動 させると弾が打ち上げられ、遠くからでも分かるように発光する信 号弾も貸与されていた。 その色は⋮⋮。 ﹁⋮⋮赤い信号弾だ⋮⋮﹂ 魔人の目を表すかのような赤だった。 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった哨戒兵達だがすぐに我 に返り、一斉に動き出した。 ﹁赤い信号弾を確認! 魔人が襲来してきたと思われる! 直ちに 王城へ報せを出せ! それと、全住民に避難勧告だ!!﹂ ﹃了解!!﹄ 万が一の為に備えてシミュレーションを繰り返していた為、迅速 に指示が伝わっていく。 ﹁また信号弾が打ち上がりました! 間違いないと思われます!﹂ 686 ﹁くそっ! まさか現実にこんな事が起こるとは!﹂ ﹁見えました! 魔人の集団です!!﹂ 魔人の集団。 長い人類の歴史上、去年までは一体のみしか観測されていない魔 人が集団で来た。 まるで悪い冗談のような魔人の集団の出現に、半ば現実感がない スイード王国軍の兵士達。 ﹁規模は!? 規模は分かるか!?﹂ ﹁魔人の数は⋮⋮およそ⋮⋮およそ百!﹂ 一体でも絶望的な魔人が百体。 スイード王国兵達は死を覚悟した。 ﹁魔物は!? 魔物は何体いる!?﹂ ﹁そ、それが⋮⋮﹂ ﹁なんだ? 数え切れないのか?﹂ 自虐的な言葉も出てくるようになってしまった。だが⋮⋮ ﹁それが、魔物の姿が見えません! 魔人のみの集団です!!﹂ ﹁魔人のみ!?﹂ 情報と違う。魔人は魔物を引き連れているはずだ。それがいない? ﹁まあ⋮⋮絶望的な状況が最悪の状況に変わった位の内容だな。総 687 員に告ぐ! 城壁を死守せよ! それが叶わなくとも住民への被害 は出させるな!﹂ ﹃おお!!﹄ スイード王国軍の指揮官が指示を出し、軍隊が一斉に城壁外へと 整列した。 ﹁この城壁は絶対通させるものか! おい! アールスハイドへの 報告を頼む! 救援要請もだ!!﹂ そう言って伝令を走らせるが⋮⋮走りながら伝令の男は呟いた。 ﹁報告はすぐに出来ても⋮⋮アールスハイドからここまで何日掛か ると思ってるんだ⋮⋮﹂ 皆同じ事を考えていたが、今はそれでも魔人討伐の英雄の力に縋 るしかない。 スイード王国兵はそんな一縷の望みに賭けてアールスハイドへ救 援要請を出す。 ﹁アールスハイドから防御の魔道具も借りてるんだ! せめて⋮⋮ せめて足止めだけでもしてやる!﹂ そして⋮⋮魔人の集団とスイード王国軍はスイード王国王都の城 壁の前で衝突した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 688 立太子の儀式の最中に恥ずかしい事を言ってしまった俺は、浮遊 魔法で移動している最中も恥ずかしさの余り皆の顔を見れずにいた。 ⋮⋮アルティメット・マジシャンズって⋮⋮。 我ながらこれは非道いと思うが、もう声に出してしまった。 あそこに集まっていたアールスハイド国民は、俺達が飛び出した 後その名を連呼していたから既に浸透してしまっただろう。 ⋮⋮これからこのチーム名で活動していかなければいけない⋮⋮。 何て重い十字架を背負ってしまったんだ!! ﹁おいシン、何をさっきからクネクネしてるんだ。気持ち悪いぞ?﹂ ﹁お前! お前があんな! 急にチーム名を考えろとか言うから! !﹂ ﹁ふっ、くっ⋮⋮いや⋮⋮良いチーム名だと思うぞ?﹂ ﹁笑いを堪えながら言うな! それと、お前もそのチームの一員だ からな!﹂ ﹁別にいいじゃないか。悪くないと思うぞ?﹂ 俺達は自分の周りに空気の壁を作り、お互いの声が聞こえるよう に風の魔法で音声のバイパスを繋ぎながら空を飛んでいた。 浮遊魔法を開発してからよく皆で飛んでいたので、風の魔法で移 動するのも、話をするのも慣れたものだ。 空を飛ぶと地上を馬車で移動するよりも数倍速く移動出来る。 689 通信は一瞬で出来ても、移動はそうはいかない。 既にスイード王国には魔人が現れている。一刻も早く現地に向か う必要があるので、一番早く到着する移動方法をとっているのだ。 こんな事なら、スイード王国にゲートを開くポイントを設定して おけば良かったけど⋮⋮魔人がどこに現れるか分からなかったから なあ⋮⋮。 ﹁でも実際良い名前。私は気に入った﹂ ﹁リンに気に入られると益々自信が無くなるんだけど⋮⋮﹂ ﹁むっ、それは失礼﹂ ﹁はあ⋮⋮もう皆に浸透しただろうし、諦めるしかないのか⋮⋮﹂ ﹁そんな事よりシン殿、もうそろそろアールスハイドとスイード王 国との国境です。気を引き締めて下さい﹂ トールが俺に注意してきた。 ﹁え? もう国境なの?﹂ ﹁空を飛んでますからね﹂ ﹁凄いね! 馬車だったら何日も掛かるのに!﹂ マリア達もそのスピードに驚いている。 俺は行った事無いから知らないんだけどね。 ﹁速い事は良いことだ。スイード王国からの連絡を受けてから、遅 くなればなる程被害が大きくなるのだからな﹂ ﹁でも⋮⋮魔人ですか⋮⋮災害級を単独討伐出来るようになったと 690 はいえ緊張しますね⋮⋮﹂ ﹁大丈夫だよ。マリアは魔人よりも強くなってるから心配するな﹂ ﹁それはそれでどうなのよ⋮⋮?﹂ 女の子としては魔人より強いってのは誉め言葉じゃないのかな? マリアが微妙な顔をしてる。 ﹁私も頑張ります!﹂ ﹁シシリーは、魔人達に負傷させられた人達を診て貰いたいんだ﹂ ﹁あ、そうですね。じゃあ、一人でも多く助けられるように頑張り ます!﹂ ﹁うん、頼むな﹂ スイード王国に着くまでに役割分担を決めた。俺、オーグ、トニ ー、ユリウス、マークはバイブレーションソードを装備して前衛。 シシリーは負傷者の治癒。 そして残りは魔法による支援という風になった。 ﹁マーク⋮⋮無茶しないでね﹂ ﹁分かってる。ウォルフォード君達がいるから心配ないよ﹂ ⋮⋮あ! マークか! ッス! って言ってないから誰かと思った! ﹁⋮⋮チクショウ⋮⋮アッチもコッチもイチャイチャしやがって⋮ ⋮﹂ 691 マリアから怨念の籠った声が聞こえる⋮⋮ ﹁マ、マリア殿、落ち着いて⋮⋮﹂ ﹁大体! このチームの男子はリア充が多過ぎんのよ! 女子余り 過ぎでしょうがあ!﹂ 何かマリアがキレだした。 確かに⋮⋮相手がいないのはトールとユリウスだけか⋮⋮。 ﹁自分、婚約者いますよ?﹂ ﹁拙者も許嫁がいるでござる﹂ ﹁全滅じゃねえかよ!﹂ うわ、マリアがキレた。 ﹁くそう⋮⋮待ってろよ魔人共め⋮⋮私のこの鬱憤を全部ぶつけて やる⋮⋮﹂ うん! 良い感じに緊張が解れたし、結果オーライだ! 魔人の集団が相手だからな、変に緊張して力を出し切れないと大 変な事になるから良い事だろう。 マリアには是非大暴れして頂こう! ﹁おい、スイード王国の王都が見えて来たぞ﹂ オーグの言葉に俺達は視線を前に向けた。 692 確かに城壁に囲まれた大きな街が見える。 あれがスイード王国の王都か。 そして⋮⋮王都の城壁前で魔法が飛び交い、それを防ぐ魔法防御 の障壁が見えた。 ﹁あれ? あの障壁って⋮⋮﹂ ﹁ああ、お前に造って貰った防御魔法の魔道具だ﹂ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁総員! 魔道具の起動準備!﹂ 魔人の襲撃を受けアールスハイド王国に救援要請を出してすぐ、 スイード王国兵がアールスハイド王国より貸与されたもう一つの魔 道具である防御魔道具の起動準備に入る。 一般的な防御魔道具しか知らない彼等は、いくらアールスハイド からの貸与品とはいえこの時点では魔人の攻撃を防げるとは思って いなかった。 ﹁来たぞ! 魔道具起動!﹂ スイード王国兵の魔法使いが一斉に防御魔道具を起動した。 すると⋮⋮。 693 ﹁うわっ!!﹂ ﹁え? マジか!?﹂ ﹁防いだ! 魔人の攻撃を防いだぞ!!﹂ ﹁スゲエ! なんてスゲエ魔道具だ!﹂ ﹁感激してる場合じゃないぞ! 魔人の攻撃を防げても撃退出来な けりゃ意味が無い! 総員、全力で魔人に攻撃しろ!﹂ ﹃了解!!﹄ ﹁魔法師団! 魔法準備! ⋮⋮撃て!!﹂ 絶望的な状況から、防御魔道具により魔人の攻撃を防げると分か った彼等の士気は一気に上がった。 そして、時折魔道具の間隙を縫って城壁内に潜り込まれながらも、 何とか魔人達を押し留め戦線を維持する事に成功していた。 ﹁耐えろ! 耐えていればアールスハイドの魔人討伐の英雄が駆け 付けてくれる! それまで耐えるんだ!﹂ ﹃オオオ!!﹄ 彼等は、シン達の到着を、心から熱望していた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ディスおじさんからやけに多くの防御魔法の魔道具を造ってくれ と依頼されたと思ったら⋮⋮各国に配ってたのか。 ﹁それでも量は足りてないだろうからな、魔力障壁の合間を縫って 魔人の攻撃も通ってるな﹂ 694 確かに、王都に魔法が幾つか着弾してる。これは急がないと! ﹁全員全速力! 索敵魔法で魔人を選別し撃破するぞ!﹂ ﹃おお!﹄ そして魔力による索敵を始めたところで⋮⋮。 ﹁ヤバイ! 誰か魔人に追いかけられてる!﹂ 通常の人間の魔力が二つ、禍々しい魔人の魔力に追いかけられて いる。 急げ! 急げばまだ間に合う! 高速で城壁の上を通り過ぎ、数人のスイード王国兵と思われる人 物がこちらを見ていたが構っている余裕はなかった。 そして索敵した場所に辿り着くと⋮⋮。 ﹁いやあああ!!﹂ ﹁アハハハ! ホラホラ、ちゃんと逃げないと当たっちゃうぞ?﹂ ﹁いや! やめて!﹂ ﹁ああああん! ママァ!﹂ 逃げ遅れたと思われる、子供を抱えた母親を、魔人の内の一体が 小さい魔法を放ちながら追いかけていた。 まるで獲物を弄ぶように⋮⋮。 695 ﹁ホラ! ホラ! 当たっちゃうぞ?﹂ ﹁やめて! お願いやめてえ!﹂ ﹁アハハハ! 早く逃げないと殺しちゃうげべら!﹂ ﹁いや⋮⋮え? げべら?﹂ 子供を抱えながら逃げていた母親がこちらを振り返る。 俺は⋮⋮親子を追いかけている魔人にドロップキックをかまし、 着地した所だった。 そして、蹴り飛ばした魔人のいる方を見ながら母親に訊ねた。 ﹁大丈夫ですか? 怪我は?﹂ ﹁あ、はい⋮⋮大丈夫です。あの、あなたは?﹂ ﹁シン殿! イキナリ上空からドロップキックをかますとか、何無 茶な事をしてるんですか!﹂ ﹁悪い、どうしてもかましたかった﹂ ﹁あ、あの⋮⋮﹂ ﹁あ、ご安心下さいご婦人。我々はアールスハイド王国より派遣さ れてきた者です。誰か! 彼女を安全な所に避難させて下さい!﹂ 空から降りたって来たトールが母親に説明し、周辺にいた兵士に 呼び掛けた。 ﹁は、はい! ご婦人、こちらです!﹂ ﹁あ、ありがとうございます!﹂ 兵士と親子が走り去って行った後、改めて周囲を見渡した。 城壁は魔道具のお陰か、まだ完全には突破されていない。 696 しかしオーグの指摘通りに何体かの魔人は障壁の合間を潜り抜け、 王都内に侵入していた。 アチコチ壊された建物や、少なくない数の兵士達や住民達の倒れ た姿がここからでも見られた。 その光景に⋮⋮俺はかつてない程の怒りを覚えた。 ﹃スイード王国国民、及び魔人共に告ぐ! 私はアールスハイド王 国王太子、アウグスト=フォン=アールスハイドだ!﹄ オーグと他の皆は地上には降り立たず、周りの高い建物の上にい た。 そしてオーグは風の魔法の応用で自分の声を拡声し、救援到着の 宣言をしていた。 ﹃スイード王国国民よ安心するがいい! 我々は魔人を打倒するだ けの力を手に入れこの地に参った! 王国兵と協力し必ずや魔人共 を撃退してみせよう!﹄ オーグが魔人に襲撃された国民達を励ますようにそう言った。 ﹃そして魔人共よ絶望するがいい! 我々の中には、かの英雄マー リン=ウォルフォードの孫であり魔人を圧倒的な力で討伐したシン =ウォルフォードがいる! 万が一にも勝ち目があると思うな!﹄ そうオーグが宣言した時⋮⋮。 697 ﹃オオオオオオ!!!﹄ 王都の中心に近い、王城の辺りから大きな歓声が聞こえた。 あの辺りに皆避難しているんだろう。 俺は、いつもなら何大声で宣言してくれてるんだと言っている所 だが、今回はそんな気になれなかった。 ﹃魔人共⋮⋮覚悟しろよ? 一体残らず討伐してやるからな!﹄ 俺もオーグのように声を拡声させ、魔人に対し宣戦布告した。 こんな事をする奴等を⋮⋮許すつもりは無い! ﹁痛ってえええええ! テメエ! 何しやがる!!﹂ 先程蹴り飛ばした魔人がようやく立ち上がり、俺に向かって吠え てきた。 ﹁何しやがる? それはこっちのセリフだよ。テメエこそ⋮⋮ここ で何してやがった?﹂ ﹁ああ? 俺は魔人だぜ? 力のねえモンをいたぶって何が悪いよ ?﹂ 立ち上がった魔人は、ヘラヘラ笑いながら一般人をいたぶる事を 魔人の特権だと言う。 魔人になって得た力に酔ってるだけの下衆か⋮⋮。 698 ﹁オーグ! コイツらどうすればいい!?﹂ ﹁勿論! 決まっている!﹂ 建物の上にいるオーグに確認してみる。 するとオーグは当然の事だと、こう言った。 ﹁殲滅しろ!﹂ ﹁了解!!﹂ オーグの宣言で覚悟は決まった。 元は人間だろうが、今のコイツらは魔人。 しかも力の無い一般人を弄ぶ事を当然だと思っている下衆の集団 だ。 討伐する事に⋮⋮何の躊躇いも無い! ﹁は! 高々人間風情が魔人の俺に敵うとでも思ってんのか?﹂ ﹁うるせえな⋮⋮大量に討伐しなきゃいけないんだ。無駄口叩いて る暇はねえんだよ!﹂ そう言って一番近くにいた魔人に向かう。 魔法で迎撃しようとするが⋮⋮遅い! ﹁ゴアアア!!﹂ 後ろにいたトールがその魔人に先制の炎の魔法を浴びせた。 699 ﹁ナイス、トール!﹂ 魔法を浴びて悶絶している魔人にバイブレーションソードを一閃 する。 ﹁どんな気分だ? 高々人間風情に討伐される気分は?﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮馬鹿な⋮⋮﹂ そう呟くと⋮⋮魔人は縦に二つに別れた。 たった今討伐した魔人を見下ろした後、次の魔人を索敵魔法で探 す。 他の皆も戦闘を始めたようだ。索敵に掛かった魔人達の数がみる みる減っていく。 ﹁シシリー! 負傷者の治癒に向かってくれ! 誰か! 彼女を負 傷者のいる所へ!﹂ そう叫ぶと、近くにいて呆然と俺達の戦闘を見ていた兵士が我に 返った。 ﹁は、はい! こちらです!﹂ ﹁シン君! 気を付けて下さいね!﹂ ﹁ああ! シシリーも!﹂ ﹁はい!﹂ 兵士に先導され、シシリーが負傷者のいる所へ向かって行った。 700 ﹁邪魔です!﹂ シシリーの声と共に風の刃の魔法が炸裂し、魔人が一体、細切れ になっていた。 ⋮⋮先導している兵士が唖然としてる。 そりゃそうだろう。見た目大人しそうな彼女が一撃、それも無詠 唱で魔人を仕留めたんだから。 あっちは大丈夫そうだ。これで安心して⋮⋮。 ﹁殲滅してやる!﹂ 索敵に掛かった魔人を片っ端から討伐していく。 ﹁トール! 俺は大丈夫だから皆の支援に回ってくれ!﹂ ﹁了解しました! シン殿、御武運を!﹂ ﹁ああ! トールも!﹂ そう言って俺は単独で魔人に襲い掛かった。 魔人が魔法を放って来るが、魔力障壁に簡単に阻まれる。 コイツら⋮⋮魔人化したカートより格段に弱い! ﹁くそお! 何でだ!? 何故通じない!? 俺達は魔人だぞ!?﹂ ﹁は! この程度でよく偉そうに出来たもんだな!﹂ ﹁ウオオ! チクショオ!﹂ 701 魔人を討伐する為に王都中を駆け巡っていく。 その途中にも、兵士や、逃げ遅れたと思われる住民達の亡骸を見 付け、その度に怒りが込み上げてきた。 ﹁俺達は! 世界を統一する為に魔人になったんだ! こんなとこ ろで死ねるか!﹂ ﹁分不相応な夢見てんじゃねえよ! 下衆野郎共が!!﹂ バイブレーションソードで魔人を切り捨て⋮⋮。 ﹁クソッタレが! 城壁もやたら硬い障壁が張られてるし! どう なってやがる!?﹂ ﹁そんな事、お前が知る必要なんか無い!﹂ ﹁ガアアアア! オ、オノレエエエ!!﹂ 炎の弾丸でもう一体を撃ち抜いた。 世界統一? それが魔人達の、シュトロームの目的なのか? そんな事、こんな下衆共にさせる訳にいかない! 今この場で、その野望ごと打ち砕いてやる! ﹁ウゴアアアア!﹂ ﹁おのれ! おのれええ!﹂ ﹁アアアアア!﹂ オーグ達の方も順調そうだ。 702 先に決めた役割分担通りに、魔法で先制しその後バイブレーショ ンソードで止めを刺す。 中には魔法だけで討伐された魔人もいたほどだ。 この分ならそう時間も掛からずに殲滅出来る! そう思った時⋮⋮。 ﹃退却だ! 退却しろ!!﹄ 魔人の内の一体がそう叫んだ。 すると、魔人共の魔力が街の中から外に向かって移動し始めた。 しかも散り散りに移動するものだから、全員を捕捉する事が難し い! ﹁クソッ! 逃がすか!﹂ 逃げようとする魔人に向かって例の指向性爆発魔法を放った。 城壁を飛び越えようと空中に飛び上がった魔人達を狙ったのだ。 ﹁な! そんな馬鹿⋮⋮﹂ ﹁うおおおお⋮⋮﹂ ﹁チ、チクショ⋮⋮﹂ 何体かの魔人を巻き込みながら爆発魔法は炸裂したが⋮⋮ 703 ﹁ああ! くそっ! 何体か逃げられた!!﹂ 城壁内に侵入した魔人共の内の何体かと、城壁外に押し留めてい た魔人達を逃がしてしまった。 全滅させるには至らなかった。 城壁外にいた殆どを取り逃がしてしまった事に顔を歪ませている と⋮⋮。 ﹃ウオオオオ!!!﹄ 周りにいた兵士達が雄叫びを挙げた。 ﹁撃退した! 撃退したぞ!!﹂ ﹁スゲエ! 魔人討伐の英雄は本物だった!﹂ ﹁ありがとう! アールスハイド! ありがとう!!﹂ 半分近くを逃がしてしまい後悔している俺を、スイード王国の兵 士達が讃えてくれる。 彼等は魔人を撃退し、被害が最小限で済んだことに安堵していた。 しかし、俺は⋮⋮。 ﹁すいません⋮⋮外にいた魔人達を捕り逃がしてしまいました⋮⋮ それに、もっと早く来れていたら犠牲者ももっと少なく出来たのに ⋮⋮﹂ もっと早く来れば犠牲者をもっと抑えられた、どこに現れるか分 704 からないとか言わずに可能性のある所全てにゲートを繋げるように しておけばよかったと、俺には後悔と反省しか無かった。 ﹁いやいや! 十分でしょ?﹂ ﹁というか随分早かったですね? 数日掛かると思っていたのが数 時間で来られるとは。近くで遠征でもしていたのですか?﹂ ﹁いや⋮⋮アールスハイドの王都から来ましたけど﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 第一報から到着する迄の時間が短かった事を不思議に思ってるみ たいだな。 ﹁空飛んできましたから﹂ ﹁空?﹂ ﹁あ! そういえば何かが飛んできてた!﹂ ﹁え? 空を飛べるんですか?﹂ ﹁ええ、まあ﹂ その言葉に唖然としてるスイード王国兵達。 その反応にも慣れて来たよ⋮⋮。 ﹁シン、無事か?﹂ ﹁ああ、そっちは?﹂ ﹁私は大丈夫だな﹂ ﹁あたしも怪我してないよ!﹂ ﹁私も﹂ ﹁不思議な事に私もよ﹂ ﹁多分、誰も怪我してないんじゃないかなあ?﹂ 705 次々と皆が集まってきた。 いないのはシシリーだけだが、彼女は負傷者の治癒に回っている。 索敵で位置も確認済みだ。 ﹁皆無事だったんだな﹂ ﹁ええ、正直魔人が相手ですからね、もっと苦戦するかと思ったん ですが⋮⋮﹂ ﹁意外と弱かったね!﹂ ﹁よ、よわ⋮⋮﹂ この中で一番小柄なアリスの言葉にスイード王国兵達は言葉も出 ない。 皆も順調にこういう反応され始めてるな。 ﹁ところで、ここの責任者は誰だ?﹂ ﹁あ、はい、私ですが?﹂ ﹁私はアウグスト=フォン=アールスハイド、魔人撃退の宣言をし たいのだがいいか?﹂ ﹁ア、アウグスト殿下でしたか! これは御無礼を!﹂ ﹁今はそういうのは良い。それで? 宣言していいか?﹂ ﹁はい! 是非お願い致します!﹂ この辺りの部隊の隊長さんかな? その人から宣言の許可を得て、 オーグは再び拡声の魔法を展開した。 ﹁む、無詠唱!?﹂ ﹁え? 王子様だろ?﹂ 706 ﹁てか、俺見たぜ。アウグスト殿下メッチャ魔人討伐してた⋮⋮﹂ オーグが何となく引きつった顔をしていたが、上手く取り繕い言 葉を発した。 ﹃スイード王国国民達よ! 私はアールスハイド王国王太子、アウ グスト=フォン=アールスハイドである! 皆安心するがいい! 魔人は⋮⋮﹄ そこまで言うとチラリとこちらを見た。 ﹃魔人は我々、﹃アルティメット・マジシャンズ﹄が撃退に成功し た!﹄ ⋮⋮おおい!! 何大声で宣言してくれちゃってんの!? ﹁アルティメット・マジシャンズ⋮⋮﹂ ﹁おお⋮⋮﹂ ﹁凄いぞ! アルティメット・マジシャンズ!﹂ ﹁ありがとう! アルティメット・マジシャンズ!﹂ スイード王国兵達が口々にその名を叫び出した。 やめて!! そんな大声で連呼しないで!! 707 手の施しようがありませんでした オーグのスイード王国中に発せられた宣言により、スイード王国 王都には大歓声が響いていた。 チーム名の合唱と共に⋮⋮。 俺は⋮⋮アールスハイドだけでなく、スイード王国にまでそのチ ーム名が知れ渡ってしまった事に絶望していた。 ﹁落ち込んでいる場合じゃないぞシン﹂ ﹁誰のせいだ! 誰の!﹂ ﹁メリダ殿みたいな事を言うな。そんな事より、気付いたか?﹂ ﹁そんな事って⋮⋮シュトロームがいなかった事か?﹂ ﹁それと魔物の姿も見えなかった。つまり⋮⋮﹂ ﹁半分近く逃がしちまったし、まだこれからって事か⋮⋮﹂ ﹁そういう事だ﹂ 確かに、さっき退却の命令を出した声はシュトロームの声じゃな かった。つまりこの襲撃はシュトロームによって魔人になった者達 の単独行動という事になる。 シュトロームに全権を任されてスイード王国に襲撃を掛けたのか、 それとも⋮⋮。 ﹁!! オーグ! 一旦アールスハイドに戻る!﹂ ﹁っ! そうか! 陽動か!?﹂ ﹁あまりにもアッサリし過ぎてる! その可能性は高い!﹂ 708 ﹁分かった! 戻るぞ!﹂ スイード王国に魔人だけで襲撃を掛け、その隙にアールスハイド に攻め入る! クソッ! その可能性を考えて無かった! あまりにも焦っていた為、オーグだけ連れてアールスハイド王国 王都にゲートで戻った。 無事でいてくれよ! ﹁あれ? 殿下、ウォルフォードさんどうしたんですか?﹂ ﹁あ、あれ? 魔人は?﹂ ﹁え!? 魔人が攻めて来たんですか!?﹂ ﹁ああ、いや⋮⋮こっちに魔人は来ていないか?﹂ ﹁ええ、殿下達が出て行かれてから何もありませんでしたけど⋮⋮﹂ ⋮⋮あれ? てっきりあの襲撃が陽動で、本命はこっちだと思っ たんだけど⋮⋮。 ﹁それよりも、スイード王国の方はどうだったのですか?﹂ ﹁⋮⋮安心しろ。多少の被害は出たが魔人共は撃退した﹂ ﹃オオオ!!﹄ ゲートをいつもの警備兵の詰所に繋いだんだけど⋮⋮そこにいた 警備兵の人は魔人の襲撃なんて無かったという。 そしてスイード王国に現れた魔人を撃退したという報告に歓声を 挙げている。 709 ﹁さすが! ウォルフォードさん率いるアルティメット・マジシャ ンズです! さっそく陛下に御報告して参ります!﹂ ﹁なら私は国民に布告して参ります。皆安心するでしょう﹂ ﹁ああ、我々はスイード王国に戻るから、後は頼むぞ﹂ ﹃はっ!﹄ ⋮⋮既にチーム名が浸透してる⋮⋮。 その事にどうしようもない絶望感を感じたが、覆水盆に返らず⋮ ⋮受け入れるしかないか⋮⋮。 魔人達の行動がどうにも腑に落ちないけど⋮⋮スイード王国に皆 置いてきてるし、事後処理もあるので一旦戻る事にした。 ﹁あ! 殿下! シン君! 急にどこに行ってたんですか!?﹂ ﹁ああ⋮⋮アールスハイドにな⋮⋮﹂ ﹁あ、そっか! 報告ですね!﹂ ﹁⋮⋮うん、そうなんだ﹂ ﹁どうしたんですか? 殿下﹂ ﹁いや⋮⋮それはまた後でな。それよりクロードを迎えに行って、 王城に報告に行こうか﹂ ﹃はい!﹄ ﹁じゃあシン、頼む﹂ ﹁オッケー﹂ 浮遊魔法を全員に掛け宙に浮く。 スイード王国兵の唖然とした顔が見える中、俺達はまず負傷者の 治癒に当たっているシシリーを迎えに行く。 710 居場所は既に魔力探査で分かっている。 負傷者が収容されている建物に着いた俺達は空から舞い降りた。 ﹁え? な、誰だ!?﹂ ﹁空を飛んで来るとは! まさか魔人か!?﹂ ﹁落ち着け! 私はアウグスト=フォン=アールスハイド、それと シン=ウォルフォードとアルティメット・マジシャンズのメンバー だ﹂ その言葉に、収容施設を警備していた兵士が顔を見合わせた。 ﹁そ、そんな事を言っても騙されないぞ! 空を飛ぶなんて魔人位 しか出来ないじゃないか!﹂ この兵士は何を言っているのだろうか? 魔人の特徴を知らない のか? ﹁シン、お前のせいで私まで魔人扱いだ﹂ ﹁ちょっ! 空を飛べって指示したのオーグじゃん!﹂ ﹁私は﹃頼むぞ﹄と言っただけだぞ?﹂ ﹁て、てめ⋮⋮﹂ ﹁おい! 何をふざけてるんだ!﹂ 警備の兵士が声と身体を震わせながら叫んできた。 もう説明してやれよ。 ﹁ああ、スマンな。ところで、お前達は魔人の特徴を知らんのか?﹂ 711 ﹁魔人の特徴?﹂ ﹁確か⋮⋮禍々しい魔力を発していて、目が⋮⋮﹂ そこでようやく思い至ったらしい。 ﹁それと、先にここに来ていたシシリー=フォン=クロードも同じ 服を来ていたと思うのだが?﹂ ﹁た、確かに⋮⋮シシリー様と同じ服だ⋮⋮﹂ ﹁目も赤くない⋮⋮﹂ ﹁という事は⋮⋮﹂ そこまで言った兵士達はその場に高速で土下座した。 はやっ! ﹁も、申し訳御座いません!! 我が国の窮地を救って頂いた英雄 様に向かって大変な失礼を致しました!!﹂ ﹁どうか! どうか我らの首だけで御許し下さい!﹂ ようやく誤解が解けたのは良いけど⋮⋮兵士の首って⋮⋮それに、 何か気になる事を言ったな。 ﹁気にするな、私達の顔を知らなかったのだ、警戒して当然であろ う。むしろ魔人かもしれないと思いながらも逃げ出さずにこの場を 護ろうとした事は称賛に値する行為だ。胸を張れ﹂ ﹃は、ははっ! 有り難き御言葉!﹄ おお、他国の兵士なのに懐柔しちゃったよ。兵士達が潤んだ目で オーグを見てる。 712 ﹁それで? 通って良いか?﹂ ﹁はい! どうぞ!﹂ ﹁おい! 誰かシシリー様の所へご案内しろ!﹂ また言った。 シシリー様? 何か嫌な予感がする⋮⋮。 案内の兵士に連れられて行った先はホールのような場所で、ここ に負傷者が収容されているらしい。 そのホールに入ると⋮⋮。 ﹁シシリー様! この子の怪我もお願いします!﹂ ﹁私の夫をお助け下さい聖女様!﹂ ﹁あ、あの俺の怪我も⋮⋮﹂ ﹁てめえはさっき治療してもらってたじゃねえか!﹂ ﹁あ、あの! 順番に診ていきますから!﹂ 何かシシリーを中心に凄い人だかりが出来ていた。 シシリー様? 聖女様? なんだこの騒ぎは? ﹁ナニコレ?﹂ ﹁はい! シシリー様はこの収容施設に来られた後、次々と重症の 患者を治癒されまして、多くの命が助かったのです! いやあ、ま 713 さに聖女様と呼ぶに相応しい御方だ!﹂ ⋮⋮何か大変な事になってるみたいだ⋮⋮。 とりあえず重症の患者は見当たらないし、シシリーを連れて行こ う。 ﹁シシリー!﹂ ﹁え? あ! シン君!﹂ それまで押し寄せる人達に困惑していたシシリーは俺が声を掛け ると嬉しそうに笑った。 ﹁おい、シシリー様を呼び捨てにしたぞ?﹂ ﹁なんだと!? 誰だ! 俺達のシシリー様を呼び捨てにする奴は !﹂ ﹁おい、あの男じゃないか?﹂ ああ、もう! 何か変な視線を感じるぞ! ざわつき出した周りの視線を気にしているとシシリーが俺に飛び 付いて来た。 ﹁シン君! 大丈夫でしたか!? 怪我はしてませんか?﹂ いつもの恒例行事だな。身体をペタペタ触りながら怪我は無いか と訊ねてきた。 ﹁大丈夫だよ。あんな魔人達が束になって来たって怪我なんかしな いよ﹂ 714 ﹁それは分かってますけど⋮⋮やっぱり心配します⋮⋮﹂ そう言ってギュッと抱き付いて来た。 ﹁あああ! てめえ! なんて羨ま⋮⋮けしからん事を!﹂ ﹁そうだ! 何の権利があって俺達の聖女様に抱き付いてやがる!﹂ ﹁さっさと離れろ! この野郎!﹂ ﹁やめんか! お前達!﹂ 何か嫉妬に狂った男達の叫びに段々イライラしてきた所で兵士さ んが大声で怒鳴った。 ﹁へ、兵士様⋮⋮しかし!﹂ ﹁しかしもへったくれもあるか! この方は魔人から我々を救って 下さった魔人討伐の英雄、シン=ウォルフォード様だぞ! 何て無 礼な口を聞いてるんだ!﹂ さっきの事があるからか、兵士さんは俺の事を必死で擁護してく れてる。 ﹁ま、魔人討伐の英雄!?﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮こんな奴が?﹂ ﹁何かの間違いじゃないのか?﹂ おおっと⋮⋮そろそろキレてもいいかな⋮⋮? ﹁私の旦那様をそんな風に言わないで下さい!﹂ 俺がキレる前にシシリーがキレた。 715 つか、旦那様って⋮⋮。 ﹁だ、旦那様⋮⋮?﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮﹂ ﹁あ、あの⋮⋮正確にはまだ旦那様じゃないですけど⋮⋮でも! 正式な婚約者なんです! そんな風に言わないで下さい!﹂ シシリーのその言葉に、ホールにいた男の殆どが絶望の表情をし ていた。 ﹁きゃあ! 素敵! 英雄様と聖女様のカップルなのね!﹂ ﹁ウォルフォードって、あの?﹂ ﹁そうよ、聞いた事があるわ! かの英雄マーリン=ウォルフォー ド様には御孫さんがいて、アールスハイド王国に現れた魔人を討伐 したって!﹂ ﹁ああ⋮⋮何てロマンチックなのかしら⋮⋮英雄の御孫さんと聖女 様のカップルなんて!﹂ ﹁まるで物語のようですわ!﹂ 代わりに女性陣が騒ぎ出した。 ﹁あの⋮⋮そろそろ王城に報告に行きたいんですけど⋮⋮﹂ ﹁シン君、その前に良いですか⋮⋮?﹂ 何かシシリーが若干暗い顔になって俺に話し掛けてきた。 ﹁どうした? シシリー﹂ ﹁付いてきて下さい⋮⋮﹂ そう言うシシリーの先導に付いていくと、そこには⋮⋮。 716 ﹁⋮⋮私では⋮⋮手の施しようが無かったんです⋮⋮﹂ かなりの重傷を負い、息も絶え絶えな男性が寝かされていた。 その傍らには妻か恋人と思われる女性が寄り添っていた。 その女性はシシリーを見ると⋮⋮すがりついてきた。 ﹁シシリー様! お願いします! 夫を⋮⋮夫をお助け下さい! 何でもしますから⋮⋮お願いします⋮⋮﹂ 最後はハッキリ聞き取れない位か細い声になりながら、シシリー に懇願していた。 ﹁⋮⋮申し訳ありません⋮⋮私には⋮⋮もう手の施しようがないん です⋮⋮﹂ ﹁そんな⋮⋮そんな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮シン君⋮⋮診て貰えませんか?﹂ ﹁ああ﹂ シシリーからお願いされる前からその男性の容態を診ていた。 恐らくシシリーが施したと思われる治癒魔法により止血はされて いるみたいだけど⋮⋮これは内臓がやられてるな⋮⋮よく生きてる もんだ⋮⋮。 ﹁シシリー⋮⋮よく頑張ったな﹂ ﹁そんな⋮⋮私は何も出来なくて⋮⋮﹂ ﹁それでもシシリーが治癒魔法を掛けてくれたからこの男性はまだ 717 生きてるんだ。それが無ければ⋮⋮とっくに死んでいるよ﹂ その言葉に泣き崩れる男性の奥さん。 前世の医療技術でもこれは無理だと思うけど⋮⋮。 ﹁俺が治癒魔法を掛けるよ﹂ そう、この世界には魔法がある。 男性の身体を超音波による探査魔法で調べる。 ⋮⋮大分内臓がやられてる⋮⋮うわ! 心臓に近い血管に傷が付 いてる! 本当によく生きてるな! ﹁これ⋮⋮相当重傷だな⋮⋮何で生きてるんだ?﹂ ﹁ここに運ばれてきてすぐ⋮⋮ずっと付きっきりで治癒してました ⋮⋮でも⋮⋮全然良くなってくれなくて⋮⋮戦闘服を脱いで掛けよ うとしたんですが周りに止められてしまって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮マントにも治癒魔法を付与しといた方が良かったな⋮⋮﹂ そうか⋮⋮制服と違って上着だけ脱ぐって出来ないからな⋮⋮女 の子が急に服を脱ぎ出したら、そりゃ止めるか。 ﹁奥さん、大丈夫ですよ。シシリーが治癒魔法を掛けてくれたお陰 で旦那さんはまだ生きてます。これなら⋮⋮﹂ 俺は、一旦麻酔が掛かるように首から下の神経伝達を遮断した。 実際の麻酔の原理なんて知らないからな、痛みが脳に伝わらなけ 718 れば麻酔と同じだと考えた。 魔法でないと出来ない超力業だけどね。 男性に麻酔を掛けると、損傷した内臓の修復に架かった。 周りの細胞から、修復する内臓と同じ細胞を培養し増殖させ、内 臓を再生させていった。 まずは、一番命に関わる心臓に近い血管の修復から始め、その次 に内臓の修復、最後に外傷を負っている皮膚を修復し遮断していた 神経伝達を回復させて治癒は完了した。 治癒を施した男性を見ると⋮⋮。 ﹁⋮⋮うん、呼吸が安定したね。もう大丈夫ですわあ!﹂ 大丈夫と言おうとしたら奥さんにタックルされた。 ﹁あ゛りがどうございま゛ず⋮⋮ありがとうございます⋮⋮﹂ 奥さんに抱き付かれて感謝の言葉を頂いた。 魔人を撃退した時に感謝されたより⋮⋮命を救って感謝された時 の方がずっと嬉しいな。 奥さんが離れてくれて旦那さんの所に行った後、今度はシシリー に抱き付かれた。 ﹁ありがとうございます⋮⋮助けてくれて⋮⋮ありがとうございま 719 す⋮⋮﹂ ﹁シシリー﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ ﹁この人が助かったのはシシリーのお蔭だよ?﹂ ﹁そんな事⋮⋮ありません⋮⋮私は⋮⋮私は何も出来なくて⋮⋮﹂ 俺の胸に顔を埋めながら嗚咽を溢し始めるシシリー。 すると⋮⋮。 ﹁そんな事ありません!﹂ ﹁奥様?﹂ 治癒した男性の奥さんがシシリーの言葉を否定した。 ﹁先程こちらの方も仰っていたじゃありませんか! シシリー様が 治癒魔法を掛けて下さらなければとっくに死んでいたと! 夫が助 かったのは間違いなくシシリー様のお蔭です!﹂ ﹁奥様⋮⋮﹂ 最終的に治癒したのは俺だけど、それまで命を繋いだのは間違い なくシシリーだ。その事を奥さんはよく理解してた。 ﹁ありがとうございます⋮⋮ありがとうございますシシリー様。こ の御恩は生涯忘れません﹂ 俺から離れたシシリーはその言葉に涙を流しながら応えた。 ﹁いえ⋮⋮当然の事をしただけです⋮⋮助かって良かった⋮⋮﹂ ﹁ありがとうございますシシリー様、それと⋮⋮﹂ 720 奥さんが俺の方も見た。 ﹁この人はシン、シン=ウォルフォード。私の治癒魔法の師匠であ り、魔人討伐の英雄であり、そして⋮⋮﹂ シシリーは俺を見て涙を拭い、ニコリと笑った。 ﹁私の⋮⋮未来の旦那様です﹂ ﹁あらまあ⋮⋮それじゃあウチの夫は、英雄様と聖女様のご夫婦に 助けて頂いたんですね。生涯の自慢になります﹂ 旦那さんが助かって安堵したのだろう、軽口も言えるようになっ ていた。 ﹁奥さん、旦那さんの命は取り留めましたけど、治癒の際に周りの 細胞⋮⋮肉から大分寄せ集めて来ました。相当に体力が落ちてると 思いますから、まずは栄養のあるものを沢山食べさせて、落ち着い てきたら運動なんかをして体力を回復させて下さいね﹂ ﹁はい! ありがとうございます!﹂ ﹁それでは、そろそろ王城に報告に行かないといけませんので﹂ ﹁はい! シシリー様、シン様、ありがとうございました﹂ そして二人を残し、俺達は部屋を出た。 そこには⋮⋮いつからいたのか、多くの住民達がいた。 ﹁スゲエ⋮⋮シシリー様ですら手の施しようが無かった患者を救っ たぞ⋮⋮﹂ ﹁マジかよ⋮⋮何だよこれ⋮⋮﹂ 721 ﹁魔人を討伐する位強くて⋮⋮シシリー様以上の治癒魔法が使えて ⋮⋮しかもシシリー様を嫁に貰うだと⋮⋮?﹂ ﹁何故だ!? 何故この世界はこんなに不公平なんだ!﹂ 男性陣の怨念に殺されそうだ! ﹁はあ⋮⋮英雄様って凄いのね⋮⋮﹂ ﹁英雄様の妻になるにはシシリー様程の女性でないとなれないのね﹂ ﹁お似合い過ぎる⋮⋮誰か! 御二人の物語を書いてくれない!?﹂ ﹁それはやめてえ!﹂ ヤバイ! このままだと爺さんとばあちゃんの二の舞になりそう だ! ここで食い止めないと! ﹁おいシン、そろそろ行くぞ。いつまでもスイード王を待たせる訳 にはいかん﹂ ﹁ちょっ、ちょっと待って! これだけは! この話だけは潰さな いと!﹂ ﹁駄目だ。もう相当時間を食ってる。行くぞ﹂ ﹁待て! 待ってえ!﹂ 両脇をトニーとユリウスに抱えられ、引き摺られるようにその場 を離れる。 駄目だ! その話は進めちゃ駄目だ! ﹁ふっ、心配するなシン﹂ ﹁オ、オーグ⋮⋮﹂ オーグが何とか阻止してくれるのか? 722 ﹁既にアールスハイドでその話は持ち上がっている。もう少しエピ ソードが溜まれば出版するらしいぞ?﹂ ﹁まさかの手遅れ!?﹂ 嘘だ! そんな簡単に物語になるなんて! ﹁諦めた方が良いよシン、僕の家族も本の出版を心待ちにしてるか らねえ﹂ ﹁あ、ウチもよぉ﹂ ﹁あたしん家も!﹂ ﹁ウチも、楽しみにしてると言っていた﹂ ﹁スイマセン、ウォルフォード君、ウチもッス!﹂ ﹁ウォルフォード君の物語って事は私達も出ますから⋮⋮研究会の 家族は皆待ち望んでると思いますよ﹂ なんて事だ! チーム名で世間に恥を晒しただけでなく、物語ま で! ﹁⋮⋮もう表歩けない⋮⋮﹂ ﹁だ、大丈夫ですよ! 皆さんシン君の事好意的に見てくれてます から!﹂ ﹁⋮⋮俺の話って事はシシリーとの事も世間に知られちゃうよ?﹂ ﹁はぅ! そ、それはぁ!﹂ シシリーが真っ赤になってしまった。 ﹁マーリン殿やメリダ殿みたいに諦めるんだな。世間は英雄の話を 聞きたがる。それを止める事は出来ん﹂ ﹁マジか⋮⋮﹂ 723 ﹁心配せずとも、私が責任をもって正確な情報を提供しよう﹂ ﹁そうだと思ったよ!!﹂ コイツ! 俺が王都に来てからずっと一緒にいたからな、絶対情 報提供者はオーグだと思ったわ! 何とか⋮⋮何とか阻止する方法はないのか? ﹁既に第一巻の草案は殆ど出来てるからな、次に何かあれば出版出 来るんだが⋮⋮今回の事でいけるんじゃないか?﹂ ﹁もう手の施しようがない!﹂ ﹁シンでも手の施しようがない事があるんだな﹂ ﹁お前のせいだろうがああ!!﹂ 本当に! 本当にコイツは! ﹁おっと、騒ぐのはここまでだ、王城に着いたぞ﹂ ﹁む、うぐぐ!﹂ ﹁アールスハイド王国王太子、アウグスト=フォン=アールスハイ ドだ、スイード王に報告がある。御目通り願えるか?﹂ ﹁これは! お待ちしておりましたアウグスト殿下! 陛下がお待 ちです、どうぞこちらに!﹂ ﹁さて、行くぞシン﹂ ﹁お、覚えてろよ⋮⋮﹂ ﹁どこの悪役の捨て台詞だ﹂ 楽しそうに笑っているオーグが憎らしい! 国民の声を聞く事が王族の義務らしいけど⋮⋮こんな事優先的に 聞かなくて良いのに! 724 725 再燃してしまいました スイード王に今回の件の報告をする為、王城に通して貰った。 先程の絶望的な話のダメージが抜けきれないまま、俺はスイード 王国の王城を歩いていた。 ﹁シン、そんな疲れた顔をするな﹂ ﹁誰のせいだ! 誰の!﹂ ﹁だからメリダ殿みたいな事を言うな。まあ、お前の物語を読みた いというのは国民の願いでもあるんだ、諦めて娯楽提供者になれ。 印税も入って来るぞ?﹂ ﹁もうこれ以上金は要らねえよ!﹂ ﹁そうは言ってもな。これからも防御魔道具の料金に通信機の料金 に使用料、それに今回の褒賞金に印税も入ってくるんだぞ?﹂ ﹁何それ! シン君超羨ましい!﹂ ﹁なら代わってやろうか? アリス﹂ ﹁え? いやあ⋮⋮王国中の晒し者になるのはちょっと⋮⋮﹂ ﹁やっぱり晒し者か!﹂ ﹁そんな事より、魔人を討伐した英雄がそんな疲れた顔をしていた ら皆が不安がる。無理にでも平気な顔をしていろよ?﹂ ﹁⋮⋮俺が疲れた原因の九割九分はオーグのせいだけどね⋮⋮﹂ ﹁はっはっは、おっと、王の執務室に着いたようだぞ﹂ 笑って誤魔化しやがった! オーグを追及したいけど、本当に王の執務室に着いたのでこれ以 上は突っ込めない。 726 案内してくれた兵士さん、超戸惑ってたな⋮⋮。 その兵士さんが執務室のドアをノックすると、中から壮年の男性 の声が聞こえ、入室の許可を出した。 部屋の中には、白髪の混じった茶髪に口髭を生やした恰幅のいい 男性が椅子に座っており、その脇に鎧を着た金髪の男性と、文官と 思われる老齢の男性がいた。 ﹁お久しぶりです、スイード王﹂ ﹁おお! アウグスト殿下!﹂ 恰幅のいい男性が王様だったみたいだ。スイード王は席を立つと、 オーグの手を握り感謝の言葉を述べた。 ﹁此度の事、アールスハイド王国には格段の支援をして頂いた。あ の通信機で迅速に救援を出せなければ⋮⋮あの防御魔道具で魔人の 攻撃を防げなければ⋮⋮そして、殿下達が駆け付けてくれなければ ⋮⋮今頃スイード王国は灰塵に帰していた事だろう。本当にありが とう!﹂ ﹁いえ、魔人は世界の脅威です。この世界に住む者として当然の事 をしたまでです﹂ ﹁それでもだよ。現実にスイード王国という国を守ってくれた事に 変わりはない。改めてありがとう。ディセウム陛下には直接御礼を 言いに伺うと伝えてくれ﹂ ﹁分かりました﹂ スイード王とオーグのやり取りを見ていると、傍らに控えていた 金髪の兵士? 騎士? さんが訊ねてきた。 727 ﹁それと、あの防御魔道具を造ってくれたシン=ウォルフォード君 というのは?﹂ ﹁あ、俺⋮⋮私です﹂ ﹁おお、君か! 君の魔道具のお陰でこの国を守る事が出来た。部 下の被害も最小限に食い止められたと聞いている。礼を言う、あり がとう﹂ そうお礼を言ってくれた。けど⋮⋮。 ﹁いえ⋮⋮もっと早く来れたら良かったんですけど⋮⋮﹂ ﹁君達は十分早く駆け付けてくれたよ。正直、想像を絶する程の早 さだった。これ以上望むのは贅沢だし酷というものだ﹂ ﹁⋮⋮ありがとうございます﹂ そう言ってくれるけど⋮⋮やっぱり亡くなった人が少なくない数 いるのは⋮⋮傲慢かもしれないけど、どうしても俺の心に棘が刺さ ったままだ。 ﹁シシリー=フォン=クロードさんというのはどの子かな?﹂ ﹁あ、はい! 私です﹂ もう一人控えていた文官の男性も声を掛けてきた。 ﹁君のお陰で多くの住民の命が救われたと聞いたよ。本当にありが とう﹂ ﹁いえ⋮⋮救えなかった人もいましたから⋮⋮﹂ ﹁全て救うなんて到底無理な事だ、君は君の出来る範囲で出来るだ けの事をしたんだ。それでも他の者より多くの住民を救ってくれた。 本当にありがとう。住民を代表してお礼をさせてほしい﹂ 728 そう言って深々と頭を下げた。 ﹁そ、そんな! 頭を上げて下さい!﹂ ﹁クロードさん、私からもお礼を言うよ、ありがとう﹂ ﹁そんな陛下! 畏れ多いです!﹂ ﹁巷ではクロードさんを聖女と言う者もいるようですね﹂ ﹁ほお、そうなのか?﹂ ﹁こ、困ります⋮⋮﹂ 聖女様と言われる事にシシリーが困惑してる。 ﹁ほほ、そういえばクロードさんはウォルフォード君と婚約したん でしたな。夫となる者がいては聖女は出来ませんな﹂ ﹁なんで知ってるんですか?﹂ 文官の男性がそう言うが、外国のそれも片方が貴族でない者の婚 約なのに、何で知ってるんだ? ﹁君は自分の価値が分かって無いようだね?﹂ ﹁そうなんです。コイツは自分がどれだけ凄い人間なのか分かって 無いんですよ﹂ ﹁おい、オーグ﹂ オーグまでそんな事を言い出した。 すると、スイード王が俺に話し掛けてきた。 ﹁君の事はアールスハイドだけでなく、各国の注目事項なんだよ。 どんな行動を取るのか、誰と付き合い、誰と婚約するのか。本当な 729 ら私の娘も嫁がせたい所だったんだよ﹂ うえ! 王族とか勘弁して下さい! ﹁まあ、アールスハイド王の宣言でそれは出来なくなってしまった がね﹂ ﹁でもあれってアールスハイド王国内向けの宣言だったんじゃ?﹂ ﹁同じ事だよ。国内向けの宣言だとしても、それに乗じて外国から 婚礼を申し込めば、アールスハイドだけでなく他の国からも疎外さ れてしまう﹂ そうなのか。色々大変なんだな。 ﹁だから、君が婚約したという事も、アールスハイド王国にいる大 使から連絡を受けていたんだよ。通信機を借りてね﹂ ﹁ああ、なるほど。昨日婚約披露パーティをしたばかりなのに何で 知ってるのかと思いました﹂ ﹁あれは良いものだね。今アールスハイド王国にもう幾つか都合付 けて貰えないか交渉をしてるんだよ。勿論、料金も通信料も支払う つもりだよ﹂ また金が入って来るのか⋮⋮使い途が無いよ⋮⋮。 ﹁まあ、そんな訳でね君達の事は知ってるんだよ。君が婚約すると いう事は、婚礼の押し付けではなく君達が恋仲になって婚約した事 もね﹂ ﹁そ、そうですか﹂ ﹁おめでとう、私からも祝福するよ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ 730 スイード王から祝福して貰ってしまった。 そんな祝福ムードの中だが⋮⋮ここに来たのは祝福して貰う為じ ゃない。 ﹁スイード王、お話の途中で申し訳ありませんが今回の事で報告し なければいけない事があります﹂ ﹁報告なら現場の兵達から上がっているが?﹂ ﹁私が報告したいのは魔人の首魁、オリバー=シュトロームを知っ ているからこその報告です﹂ オーグのその言葉に、スイード王国側の三人が緊張した。 ﹁今回の魔人襲撃ですが⋮⋮魔物が帯同していませんでした﹂ ﹁それは聞いているよ﹂ ﹁そして⋮⋮シュトロームもこの襲撃に参加していませんでした﹂ ﹁何だと? 首魁がいなかった?﹂ 一国を攻めるのにその首魁がいなかった。一般人に対して大きな 戦力になる魔物もだ。 それでも、一般人や魔人と対抗出来ない者にとっては脅威となる。 ﹁我々は魔人に対抗出来るだけの力を手に入れておりますが⋮⋮失 礼ながら貴国ではそうはないでしょう。それを考えればおかしな事 ではないのですが⋮⋮﹂ 確かにそれだけならおかしな事ではない。 しかし、とオーグは俺の顔を見て話を続けた。 731 ﹁ここにいるシンは、魔人共の首魁であるシュトロームを後一歩の 所まで追い詰めています。帝国を陥落させる為に、王国や帝国を相 手にあそこまで策を練り、手玉に取ったシュトロームが最大の脅威 であるシンの存在を無視するとは思えません﹂ ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹁それで、私とシンはこれが陽動ではないかと考え、急ぎアールス ハイドに戻ったのですが⋮⋮﹂ ﹁アールスハイドに戻った?﹂ あ、ゲート⋮⋮。 ﹁ええ、シンは転移魔法が使えます。特定の場所しか行けませんが ⋮⋮﹂ ﹁なんと! 転移魔法とな!?﹂ ﹁特定の場所? ああ、アールスハイドにその地点を設置している のか﹂ 微妙に事実を曲げたな⋮⋮流石に一度行った事のある場所なら行 けるとか言えないか。 ⋮⋮今、王の執務室にいるし⋮⋮。 ﹁はい。それでアールスハイドを襲撃する為の陽動だと思ったので すが⋮⋮﹂ ﹁殿下がここにいるという事は⋮⋮襲撃は無かったと⋮⋮﹂ そう、そこが今回の一番分からない事だ。 確かに俺達が出張って来なければ、あの魔人達だけでもスイード 732 王国は陥落していただろう。 しかし俺達がその襲撃に対して準備をしていないと、俺達が出張 って来ないと、そんな事をシュトロームが考えるだろうか? その事も含めて襲撃の作戦を練るのではないのか? だからこそ、この襲撃が陽動でありアールスハイドが本命だと思 ったのだが⋮⋮。 ﹁結果、この単調な襲撃が魔人達の行動の全てでした。これが一体 何を意味するのか⋮⋮全く分かっていないのです﹂ ﹁つまり⋮⋮魔人達の意図が分からない⋮⋮この襲撃を退けただけ では安心出来ない⋮⋮そう言いたい訳ですか﹂ ﹁その通りです。これで襲撃が終わるかもしれないし、またあるか もしれない。シュトロームが何を考えているか分からない以上、警 戒を緩めるべきではありません﹂ 全く意図が分からない魔人達の行動に、王の執務室に沈黙が下り た。 ﹁今後の事もあります。出来れば各国と連合を組み協同戦線を張り たいと考えています。どうか御賛同願えませんか?﹂ ﹁そうですな⋮⋮これは一国で抱えるには重すぎる案件だ。一応協 議はするがスイード王国はその連合に参加すると考えてもらってい い﹂ ﹁ありがとうございます﹂ スイード王は協力を約束してくれた。 733 これから他の国とも連合の話を進めていく必要があるだろう。 皆で団結すれば、シュトロームの思惑も打ち砕く事が出きると思 う。 俺も頑張らないと⋮⋮。 ﹁近い内に各国首脳との首脳会議を考えています。決まり次第連絡 します。宜しくお願いします﹂ ﹁分かった。連絡を待っているよ﹂ ﹁報告は以上です。それでは我々は失礼します﹂ ﹁この度は救援に加えて貴重な情報をありがとう。こちらも定期的 に通信機で報告をしよう。うん、やはり便利だな。ディセウム陛下 にその事も宜しく言っておいてほしい﹂ ﹁分かりました﹂ そうして俺達は王の執務室を後にした。 ﹁何か⋮⋮大変な事になってませんか?﹂ 先程のやり取りに不安を感じたんだろう、マリアがそう呟いた。 そう思うのも無理はない。シュトロームの意図が分からない以上、 あらゆる可能性を視野に入れて行動しないといけない。 その為に、さっきオーグの言った連合を組むのが一番いい。 世界連合とか⋮⋮大分大袈裟な話になってきたな。 ﹁それも含めてアールスハイドに戻ってから協議する。シン、頼む﹂ 734 ﹁⋮⋮ああ﹂ ゲート⋮⋮だよな? そんなふざけてる場合じゃないから大丈夫だろう。 俺はいつものアールスハイドの警備兵詰所にゲートを繋ぎ、皆で 潜った。 すると⋮⋮ ﹁おお! 殿下達が戻られたぞ!﹂ ﹁お帰りなさい! アルティメット・マジシャンズ!﹂ ﹁お帰りなさい!﹂ 多くの警備兵が待ち構えており、一斉に拍手が起きた。 ﹁わ! ビックリした!﹂ アリスが驚いてるが俺も同意だ。何でこんなに集まってるんだ。 ﹁お帰りなさいませ殿下。陛下がお待ちです﹂ ﹁ああ、分かった。それより、何の騒ぎだ? これは﹂ ﹁先程、殿下からスイード王国に現れた魔人を撃退したとの報告を 受けて、皆さんを出迎えたいと手の空いている者が詰め掛けたので す﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ ﹁国民にも布告致しましたので、王都中が大変な騒ぎになっており ます。殿下の王太子就任の祝賀も相まって、数日は収まらんでしょ うな﹂ 735 そうか、スイード王国魔人討伐の報は既に広まったか。 ﹁皆、アルティメット・マジシャンズの活躍に沸いております!﹂ そのチーム名と共に⋮⋮。 ﹁しばらくはお祭り騒ぎか、仕方あるまい。チーム名も浸透した事 だし、なによりだな﹂ ﹁はい。この先行きの見えない状況での皆様の御活躍⋮⋮恐らく叙 勲があるのではないでしょうか?﹂ ﹁え? 叙勲? あたし達が!?﹂ ﹁これはまた、凄い事になって来たねえ⋮⋮﹂ それはそうだろうな。魔人を一体討伐しただけで勲章を貰ったん だ、今回は何体倒したのか。それに加えて一国の危機を救うという 行為に勲章が出ない訳がない。 もう既に一度叙勲を受けている身としては、皆より気が楽だな。 ﹁その事はまた後だ。今は先に協議しなければいけない事がある。 皆、行くぞ﹂ ﹃はい!﹄ オーグの号令で警備兵の詰所を出て王城へと入っていく。 王城の中ですれ違う人達からも祝福の言葉と拍手を貰っていく。 ﹁凄いぞ! アルティメット・マジシャンズ!﹂ ﹁素晴らしいです殿下! アルティメット・マジシャンズ!﹂ 736 ﹁アルティメット・マジシャンズ!﹂ チーム名の連呼と共に⋮⋮。 ﹁⋮⋮もうやめて⋮⋮﹂ ﹁シ、シン君!しっかり!﹂ ﹁もう放っておけクロード。その内慣れる﹂ 慣れる⋮⋮のか? そんな日は永遠に来ないような気がする⋮⋮。 ディスおじさんの下へ辿り着く前に疲れ果ててしまった⋮⋮。 そのディスおじさんは謁見の間ではなく、会議室にいるらしい。 俺達から報告を聞くに当たり、チーム全員の話を聞きたいのだそ うだ。 先にディスおじさんに報告に行っていた兵士さんから聞いた。 ﹁あたし達も報告しないといけないのかあ⋮⋮﹂ ﹁魔人の集団と対峙したのは我々だけだからな。私が報告するから 皆は補足程度でいい﹂ ﹁あ、そうなんですね﹂ 会議室に到着し、扉の前にいた兵士さんに扉を開けて貰う。 ﹁アウグスト様!﹂ ﹁お兄様!﹂ 737 会議室にはディスおじさんを始めとして、国の上層部の人間が何 人かいた。 その中に、何故かエリーとメイちゃんもいた。 会議室に入ってすぐ、そのエリーとメイちゃんがオーグの下に駆 け付けてきたのだ。 メイちゃんは魔法の才能が開花してから身体能力強化が出来るよ うになっており、エリーよりも先にオーグの下に辿り着いた。 しかし、それはタッチの差で⋮⋮。 ﹁お兄様!﹂ ﹁アウグスト様!﹂ ﹁ムギュ!﹂ ﹁お前達、何故こんな場所にいる? ここはお前達の来るべき所で はないだろう﹂ ﹁まあ! 愛しい婚約者の身を案じる事がいけない事ですの?﹂ ﹁そうは言っていない。だがここは会議室だ。一般人がいるべき所 ではない﹂ ﹁⋮⋮心配だったのです⋮⋮アウグスト様がスイード王国の魔人を 撃退したと聞いてから、いてもたってもいられなくて⋮⋮﹂ ﹁私が許可したんだよ。相当心配していたからな。それより⋮⋮﹂ ﹁なんですか? 父上?﹂ ﹁メイ、グッタリしとらんか?﹂ ﹁え? ああ!メイ!﹂ ﹁⋮⋮気付いて無かったのか?﹂ 738 タッチの差で先に辿り着いたメイちゃんがオーグに抱き付き、そ の後にエリーがオーグに抱き付いたのだ。 すると当然、先に抱き付いていたメイちゃんをエリーとオーグで サンドイッチする結果になった。 ﹁メイ! しっかりなさい!﹂ ﹁エ⋮⋮﹂ ﹁エ?﹂ ﹁エリー姉様の胸は⋮⋮凶器⋮⋮﹂ そう言い残してガックリした。 ﹁ちょっと! 変な事呟いて気を失ってんじゃないわよ! メイ! ? メイ!﹂ エリーがメイちゃんを揺さぶって起こそうとしてる。 凶器って⋮⋮ドレスの上からじゃ分かり難いけど、そんなに凄い のか⋮⋮? ﹁なんとも締まらんな﹂ ﹁しょうがないね。ウチのチームだし﹂ 感動的な場面になりそうだったんだけど⋮⋮ウチのチームらしい というか何というか⋮⋮。 ﹁もういいかな?﹂ ﹁すいません、お待たせしました父上。誰か、二人を外に﹂ ﹃はっ!﹄ 739 ﹁え? ちょっと! これで再会の場面は終わりですの!?﹂ ﹁後で行くから、部屋で待っててくれ﹂ ﹁ちょっとおお⋮⋮﹂ バタンと扉が閉められ、会議室の反応はヤレヤレというチームの メンバーと⋮⋮。 ﹁⋮⋮今のコーラル公爵家のエリザベート様だよな?﹂ ﹁ずっと一緒に待っていただろう﹂ ﹁いや⋮⋮あんなエリザベート様見た事無かったから⋮⋮﹂ ﹁まあ確かに⋮⋮﹂ さっきの一連のやり取りに戸惑ってる上層部の方々に分かれた。 ﹁フフ、アウグストといい、メイといい、エリザベートといい、シ ン君と関わると皆生き生きとしているな。良い事だ﹂ ﹁そんな事より父上、今回の件の報告です﹂ ﹁⋮⋮もうちょっと親子の会話をしても良いんじゃ⋮⋮﹂ ﹁それはまた後程。では、今回のスイード王国魔人襲撃とその撃退 についての報告です﹂ 落ち込むディスおじさんを無視して報告を始めるオーグ。 ⋮⋮後でフォローしてやれよ⋮⋮。 そして、スイード王にしたのと同じ報告をし、これからの事につ いて協議する。 ﹁そうか、スイード王国は連合に協力してくれるか﹂ ﹁はい。それ以外にも帝国に国境を接する国は協力してくれるでし 740 ょう。問題は⋮⋮﹂ ﹁エルス自由商業連合とイース神聖国か⋮⋮﹂ エルスは前に話題に出てきた商人が治める国で、イース神聖国は この世界唯一の宗教である創神教の総本山だ。 創神教はこの世界を創ったとされる創造神を崇める宗教で、善行 を積めば死後創造神の下に行けるという宗教だ。 ちなみに神に名前は無い。 どの国や街にも教会があり、冠婚葬祭を一手に引き受けている。 イースというのは過去に存在した聖職者の名前だそうで、数百年 前に平民を苦しめていた帝国みたいな国があり、圧政から人民を救 う為にその国で奮闘し、最終的に処刑されてしまったそうだ。 そのイースの処刑に、遺された住民達が総決起しその国を打倒。 後に創立した国はイースを建国の父と崇め、創神教がその主導権を 取り、創神教の教皇が国家元首となって現在に至っている。 その二か国にアールスハイドと帝国を合わせて四大大国と呼ばれ た。 帝国が無くなってしまったので今は三大大国だけどね。 そして大国と呼ばれる位だから⋮⋮。 ﹁お互い主導権を取りに来るか⋮⋮﹂ ﹁恐らくそうなるでしょう﹂ 741 ﹁まったく⋮⋮人類が手を取り合って協力しなければいけない時に ⋮⋮﹂ ﹁その対応は私が行おう﹂ ﹁殿下?﹂ エルスとイースを相手にする交渉を、オーグがすると名乗りをあ げた。 ﹁私はアルティメット・マジシャンズのメンバーでもあるからな。 交渉の主導権を握りやすいだろう﹂ ﹁⋮⋮そうだな。アウグスト、頼めるか?﹂ ﹁お任せを。人類存続の為に交渉を成功に導いてまいります﹂ ﹁よし。では、エルスとイースに使者を出せ、近い内に連合につい ての話し合いの場を設けるとな﹂ ﹁はっ!﹂ ﹁では我々はこれで失礼致します﹂ ﹁ああ、分かった。他の皆も魔人討伐から戻ったばかりだというの に悪かったね。ゆっくり休んでくれ﹂ ﹃はい!ありがとうございます!﹄ そう言って会議室を後にした。 ﹁はああ⋮⋮緊張したあ⋮⋮﹂ ﹁あそこにいたの、国の重鎮ばっかりだったもんね、緊張して噛ま ないかスッゴク心配だったよ﹂ ﹁とは言っても喋ってたの殆ど殿下だけだったけどねえ﹂ ﹁それでも、あの場にいた事自体が緊張したッス⋮⋮﹂ ﹁私⋮⋮街の食堂の娘なのに、なんであの場にいたのかしら⋮⋮?﹂ ﹁今更ながらに現実感に欠ける状況だったわねぇ⋮⋮﹂ 742 皆相当緊張していたんだろう、会議室を出た後、口々に喋り出し た。 ﹁これで今日は終わりだが⋮⋮街では相当に騒がれているらしいか らな、父上の事だパレードでも画策しているかもしれんな﹂ ﹁パレード!?﹂ ﹁ちょっ! そんな、やめて下さい!﹂ ﹁そうは言ってもな、我々アルティメット・マジシャンズはそれだ けの事をしたんだ。国民からの要望があれば、父上ならやるだろう な﹂ チームとして活躍⋮⋮それって⋮⋮。 ﹁またチーム名を連呼されるって事か⋮⋮﹂ ﹁それだけ連呼されれば麻痺して来るだろ。良い機会じゃないか﹂ ﹁慣れる前に羞恥で死にそうだ⋮⋮﹂ ﹁で、でも皆さん嬉しそうですし、変な名前では無いですよ!﹂ ﹁⋮⋮ありがとう、やっぱりシシリーは優しいなあ⋮⋮﹂ ﹁えぅ⋮⋮エヘヘ﹂ 荒んだ心を癒してくれるシシリーの頭をナデナデする。 はあ⋮⋮ちょっと落ち着いた。 ﹁クソッ⋮⋮このバカップルが! 所構わずイチャイチャしやがっ て⋮⋮﹂ ⋮⋮マリアから飛んでくる怨念の籠った視線が痛い! ﹁ホ、ホラ! 今回の事でマリアも有名になるかもだし、何か出会 743 いがあるって!﹂ ﹁⋮⋮有名になってから出会う奴なんてロクなのいないんじゃない の?﹂ ﹁そ、そうかなあ?﹂ ﹁はあ⋮⋮あたしも彼氏欲しいなあ﹂ ﹁私はいい。魔法が恋人﹂ ﹁リンはそうよねぇ⋮⋮はあ、シシリーやオリビアが羨ましいなぁ﹂ 皆可愛いのにな。出会いが無かったのかな? そんな女子達の愚痴を聞きながらオーグの部屋に辿り着いた。 そういえばオーグの部屋に来るのって初めてだな。 ﹁ここが私の部屋だ、まあ寛いでくれ。おい! 入るぞ!﹂ ﹃ハーイ!﹄ 中からメイちゃんの声が聞こえた。部屋を出された後、オーグの 部屋で待っていたようだ。 そして部屋の中に入ると、エリーとメイちゃんが出迎えてくれた。 ﹁お帰りなさいませ、アウグスト様﹂ ﹁お帰りなさいませ! お兄様!﹂ おっと、今度は飛び込んで来ないな、さっきので学習したかな? ﹁まさか追い出されるとは思ってませんでしたわ﹂ ﹁私はいつの間にかお兄様のベッドで寝てたです!﹂ ﹁う⋮⋮それは何度も謝ってるじゃない⋮⋮﹂ 744 ﹁エリー姉様、お兄様が御無事だったから嬉しかったんですよね? だから気にして無いですよ﹂ ﹁あ、ありがと⋮⋮﹂ ﹁でもエリー姉様のお胸は凶器です! 危ないです!﹂ ﹁だから! 変な事口走ってんじゃないわよ!﹂ ﹁確かに⋮⋮エリーの胸は凶器⋮⋮﹂ ﹁危ない。もぐ?﹂ ﹁もがないで下さいまし!﹂ エリーもウチの女性陣と仲良くなったなあ。一緒に温泉に入って たからかな? ﹁あっちは置いておいてこっちは大事な話をするぞ﹂ ﹁ちょっとアウグスト様! 放置なんてヒドイですわ!﹂ ﹁ああ、皆が帰ってからな。エリーも皆の前では恥ずかしいだろう ?﹂ ﹁⋮⋮そ、それもそうですわね!﹂ 皆がいると恥ずかしい事って、何をする気なんだ⋮⋮。 ﹁言っておくがお前が想像しているような事はしないからな。人前 でイチャイチャ出来るのはお前らだけだ﹂ ﹁あぅ⋮⋮﹂ ﹁そんなにイチャイチャしてるか?﹂ 恋人なら普通だろ? ﹁⋮⋮あれをイチャイチャと言わない⋮⋮だと!?﹂ ﹁恐ろしいですわね⋮⋮﹂ ﹁やっぱりモザイクがいるね!﹂ 745 なんで? ﹁ここにもリア充が⋮⋮でもロイヤルリア充か⋮⋮くぅ! 何も言 えない⋮⋮!﹂ マリアの闇は深そうだ。 ﹁それより、大事な話って?﹂ ﹁ああ、シンに頼みがあるんだ﹂ ﹁そうか、俺も頼みがあったんだわ﹂ ﹁ほう? それは⋮⋮﹂ ﹁﹁各国を回らせて欲しい﹂﹂ ﹁⋮⋮だろ?﹂ ﹁よく分かってるじゃん﹂ ﹁私の頼みもそれだったからな。その際、私も一緒に連れて行って 欲しい﹂ ﹁各国への根回しか⋮⋮﹂ ﹁そういう事だ﹂ とりあえず、次の目的は決まったな。 合宿は一時中断して、ゲートを繋ぐ為に各国を廻る。 通信機はほぼ行き渡っているらしいから、魔人出現の報を受けた らすぐに駆け付ける事が出来るようにしたい。 今回のような後悔は⋮⋮もうしない! 746 ﹁⋮⋮お互い何も言わずとも分かり合ってる⋮⋮やっぱり怪しいで すわ⋮⋮﹂ だから! なんでそうなるんだよ!? 747 計画を変更しました また妙な誤解を再発させたエリーを説得するのに時間が掛かった。 この世界ではそういう趣味の人は聞いた事はないが、やっぱり腐 った脳をお持ちなのでは⋮⋮。 ﹁まったく⋮⋮何故すぐにそういう方向へ思考が向くのだ?﹂ ﹁だって⋮⋮ずっと一緒にいるんですもの⋮⋮お互いふざけ合いな がらも何か通じあってる感じがしますし⋮⋮﹂ ﹁確かに! シン君って、殿下の難しい話にも付いて行けてるよね !﹂ ﹁そうですね。殿下の言葉一つでその意図まで見抜く事は多いです ね﹂ ﹁アリス! トール! 何のフォローをしてんの!?﹂ 誤解を加速させてどうするよ!? ﹁皆も馬鹿な事を言うな。シンに魔法を教わったなら分かるだろう。 コイツの頭はちょっとおかしいんだ﹂ ﹁なんで貶されてんの!?﹂ ﹁誉めてるんだよ。メリダ殿の話では一人で今の魔法を使えるよう になったらしいからな。どういう頭の構造をしてるんだか⋮⋮﹂ 反則技です⋮⋮。 ﹁⋮⋮まあ、お相手が別の女性でなければ良いですわ﹂ ﹁﹁納得の仕方がおかしいだろ!﹂﹂ 748 ﹁息ピッタリですね﹂ マリアまで乗っかって来やがった! ﹁⋮⋮シン君⋮⋮そうだったんですか?﹂ ﹁シシリーまで!?﹂ もお! シシリーまで変な事考え出したじゃないか! ﹁そんな事ないからね!﹂ ﹁でも⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮じゃあ、そうじゃないって証明してあげようか?﹂ ﹁え⋮⋮シン君?﹂ シシリーを抱き寄せ、その顔に近付いていき⋮⋮ ﹁ちょっと! こんな所で盛ってんじゃないわよ!!﹂ ﹁おっと、つい﹂ ﹁あぅ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂ アブね⋮⋮もうちょっとで凄い事するとこだった。 ﹁凄いッス⋮⋮こんな皆のいる前で⋮⋮﹂ ﹁マーク! 真似しないでいいからね!?﹂ ﹁やっぱりモザイクいるよ!﹂ ﹁あぅぅ﹂ ヤバいなあ⋮⋮これじゃあ式の前に襲っちゃいそうだ。 ﹁これで分かっただろうエリー。この通りシンはクロードにぞっこ 749 んだ。他の女など入り込む余地はない。私など論外だ﹂ ﹁あぅ⋮⋮あ⋮⋮わ、分かりましたわ⋮⋮﹂ 真っ赤になったエリーが納得してくれた。 やらかしかけた甲斐があったな。 ﹁もう! シン君! もう!﹂ ﹁おっと、ゴメンシシリー﹂ シシリーも真っ赤になってポカポカ叩いてきた。 やだ、ナニコレ?可愛い。 ﹁はあ⋮⋮このバカップルは⋮⋮話を続けるぞ?﹂ ﹁ああ、悪い。で? いつから行く?﹂ おふざけはこの辺にして真面目な話をしないと。 ﹁できれば明日からでも行きたい所なのだが⋮⋮大丈夫か?﹂ ﹁俺は問題ないけど、良いのか?王太子になった祝賀祭があるんだ ろう?﹂ ﹁国民達の為の祭だからな。私はいなくても問題ない﹂ そんなもんか。オーグが皆と一緒に騒ぐ訳じゃないし。 ﹁それに、数日で廻り切れるだろう。祝賀祭が終わる前には戻って 来れるさ﹂ ﹁そうだな、じゃあ明日から行くか。合宿は一時中断だな﹂ ﹁合宿を中断って⋮⋮一体何のお話ですの? それに各国を廻るっ 750 て⋮⋮﹂ ﹁ああ、それはな⋮⋮﹂ オーグがエリーとメイちゃんに説明する。 ﹁行きたい! 私も行きたいです!﹂ ﹁だから遊びに行くんじゃないんだぞ?﹂ ﹁だって、外国の王様とお話するのはお兄様です。その間シンお兄 ちゃんはお暇です! 外国の街を観光したいです!﹂ ﹁確かに、皆さんが一緒にいらっしゃれば護衛としてこれ以上の適 任はないでしょうし、安心して観光が出来そうですわね﹂ ﹁え? あたし達も? 殿下とシン君だけで行くんじゃないの?﹂ ﹁二人きりはちょっと⋮⋮﹂ ﹁まだ誤解が解けてないのか⋮⋮それよりエリーまで付いて来るつ もりなのか?﹂ ﹁さっきも言いましたけど、皆さんが一緒ならこれ以上に安全な旅 行はないですから﹂ ﹁旅行じゃないんだが⋮⋮﹂ ﹁アウグスト様は各国の首脳との会談を頑張って下さいまし。その 間、私達は羽を伸ばさせて頂きますわ﹂ ﹁⋮⋮おいシン。エリーはこんな事を言う女では無かったんだぞ? どうしてくれる?﹂ ﹁俺のせいじゃ無くね!?﹂ むしろウチの女性陣だろ! ﹁アリス! リン!﹂ ﹁ぴーぴー﹂ ﹁口笛が吹けてねえんだよ!﹂ 751 目を逸らして吹けない口笛を吹く真似をするアリス。 無性にイラッとするわ! ﹁私達のせいじゃない。エリーは元々こういう女だったと思う﹂ ﹁あら、非道いですわねリン。皆さんを見ていて羨ましいと思った のは事実ですわ﹂ お互い呼び捨てとか、合宿の間に随分打ち解けたな。 ﹁ホラ、リン達のせいじゃねえかよ﹂ ﹁でも一番はシンさんとアウグスト様とのやり取りが羨ましかった からですわ﹂ ﹁やっぱりお前じゃないか﹂ ﹁マジで?﹂ ﹁ここで引き下がっては、アウグスト様がシンさんに取られてしま いますから﹂ ﹁﹁張り合う所がおかしいだろ!﹂﹂ ﹁息ピッタリですね﹂ ﹁そのくだりはもういいよ!﹂ 根っこが深いな!どうすれば納得してくれるんだ? ﹁ねえ、よろしいでしょう? アウグスト様と結婚して王太子妃も しくは王妃になっては、もう気軽に外国旅行なんて行けなくなりま すもの﹂ ﹁⋮⋮確かに、そうなっては気軽に外国になんて行けなくなるか。 皆もいいか? 折角だし休みにしようかと思っていたんだが⋮⋮﹂ ﹁私は大丈夫ですよ殿下﹂ ﹁あたしも! 外国旅行したいし!﹂ 752 結局オーグが折れてエリーとメイちゃんを連れて行く事になった。 忘れがちだけどエリーって王太子妃になるんだよな。 そうなってからじゃ気軽に外国なんて行けなくなるか。イチイチ 大きなイベントになるもんな。 護衛も兼ねて皆も一緒に行く事になった。合宿を一時中断して息 抜きに行くみたいなもんか。 魔人の討伐なんて事をやったんだし、各国に魔人が現れた際の対 処の為に行く訳だから、ついでに観光しても不謹慎ではないか。 ﹁という訳で、オーグは会談頑張ってくれたまえ﹂ ﹁⋮⋮確かにその通りなんだが、シンに言われると腹が立つな⋮⋮﹂ ﹁フフン、今まで散々からかわれてるんだ、たまには仕返ししない とな﹂ ﹁フム⋮⋮いい度胸だ⋮⋮もっとからかってやるからな?﹂ ﹁⋮⋮オーグ⋮⋮お前⋮⋮本気だな⋮⋮?﹂ ﹁ああ⋮⋮覚悟しろよ?﹂ な、なんだ? この緊張感は!? 俺とオーグの間に言い知れぬ緊張が走る⋮⋮。 ﹁ハイハイ、あっちのお馬鹿な張り合いは置いておいて、旅行の計 画を立てますわよ?﹂ ﹃はーい﹄ ﹁﹁放置するな!﹂﹂ 753 ﹁息ピッタリですね﹂ ﹁だからもういいって言ってんだろお!﹂ 天丼は二回まで! 言っても通じない突っ込みは言わないでおいて、旅行の計画を決 める。 行程は全て浮遊魔法による空中移動となった。 魔法の使えないエリーはオーグが抱えて行く事になり、魔法を覚 えたてのメイちゃんは俺とシシリーが手を繋いで補助しながら行く 事になった。 ﹁浮遊魔法は楽しいから好きです! シンお兄ちゃん、シシリーさ ん宜しくお願いしますです!﹂ ﹁フフ、楽しみですね? メイ姫様﹂ ﹁ハイです! こんな旅行とか初めてなのでスッゴク楽しみです!﹂ ﹁⋮⋮本当は旅行じゃないんだがなあ⋮⋮﹂ ﹁ついでだよ、ついで。折角の長期休暇に合宿の付き添いだけじゃ 可哀想だと思ってたしな﹂ ﹁それもそうか﹂ そして、完全にお忍びで行動する事にした。 身分が分かると色々面倒だし、狙われる可能性もある。 俺達がいる以上そんな事はさせないが、リスクは減らしておいた 方が良いからな。 754 宿屋も普通の宿を取る事になった。 ゲートで毎日戻って来ても良いんだけど⋮⋮。 ﹁そんな事をしたら旅の情緒が無くなってしまうではありませんか !﹂ と、旅を楽しみたいエリーに却下されてしまった。 まあ、最終日はゲートで戻って来るんですけどね。 ﹁よし、これでおおよその計画は立ったな﹂ ﹁計画っていうか⋮⋮方針な。結局宿も全部行き当たりばったりだ し﹂ ﹁それも旅の醍醐味だろう?﹂ オーグも開き直って旅と言い出した。 まあ、一人だけ意地を張ってもしょうがないしな。 ﹁合宿の為の荷物があるから特に改めて用意する物も無いだろ。で は明日の朝シンの家に集合だ。今日は皆ご苦労だったな。ゆっくり 休めよ?﹂ ﹃はい!﹄ ﹁シン、クロード﹂ ﹁何?﹂ ﹁なんですか? 殿下﹂ ﹁⋮⋮休めよ?﹂ ﹁お、お前なあ!﹂ ﹁はうぅぅ⋮⋮﹂ 755 なんで別れ際にそんな事言うかな!? 気まずくなっちゃうじゃ ん! ﹁ん? お前達二人は明日からメイの補助をしてもらうんだ。ゆっ くり休んで体調を整えておいてもらいたい兄心だ﹂ ﹁お、お前⋮⋮﹂ これが⋮⋮オーグの本気⋮⋮! ﹁アウグスト様が兄心?﹂ ﹁初めて聞いたです!﹂ ﹁また馬鹿な事やってる。もう帰りましょ。それでは殿下、お疲れ 様でした﹂ ﹁ああ、お疲れさん﹂ ﹁ホラ! シン、帰るわよ。シシリーも赤くなってないで!﹂ ﹁ちょっ! マリア待って!﹂ ﹁待ちません! ホラ! シシリーも!﹂ ﹁あ、ま、待ってマリア!﹂ 結局マリアに引き摺られてオーグの部屋から連れ出された。 おのれ、おのれオーグ! シシリーが恥ずかしがってこっち見てくれないじゃないかあ! ﹁いい加減にしなさいよ! このバカップルがあ!﹂ その叫びに⋮⋮案内の兵士さんは笑いを堪えていた⋮⋮。 756 お、おのれ⋮⋮。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー シン達、チームの面々が出ていったアウグストの部屋では、アウ グストとエリザベート、メイの三人が残っていた。 ﹁はあ⋮⋮ようやく静かになったな﹂ ﹁騒ぎの原因は主にお兄様とシンお兄ちゃんだったです﹂ ﹁本当にそうですわね。ああいうアウグスト様はシンさんと一緒に いる時しか見ませんわ﹂ ﹁おいエリー、いい加減に⋮⋮﹂ ﹁フフ、分かってますわ。シンさんがシシリーさんにしか興味がな い事は﹂ ﹁だったら⋮⋮﹂ ﹁羨ましいんですわ。アウグスト様が心を開いているシンさんが﹂ ﹁そうなのか?﹂ ﹁ええ。でも、合宿でアリスやリンが私に対等に接してくれてアウ グスト様の気持ちが分かりましたわ﹂ 合宿で研究会の女性陣と一緒にいたエリザベートは、堅苦しい態 度ではやりにくいと対等の態度を取るように研究会の女性陣に依頼 していた。 それでもエリザベートは公爵令嬢である。普通ならそんな事を言 われても態度は変えないものだが、シンとアウグストのやり取りを 757 見ていた研究会の女性陣は、エリザベートの依頼を受けアッサリと 対等の態度を取るようになった。 ﹁私は貴族でも最高位の公爵ですもの、いくら楽になさってと言っ ても堅い態度のままでしたわ﹂ ﹁そうだな。私もそうだった﹂ アウグストの場合は更に上の王族である。対等の態度を取るなど、 父であるディセウムか母と妹くらいしかいない。 ﹁嬉しかったですわ。同い年の女の子と同じ立場でお話をするのが。 お友達とパジャマで騒ぐのが。合宿の空き時間に皆で一緒にお買い 物をするのが﹂ ﹁⋮⋮そんな事をしていたのか﹂ ﹁ええ。ですから、今ならアウグスト様のお気持ちが分かります。 シンさんだけですものね、アウグスト様とあんなやり取りが出来る のは﹂ ﹁他の皆にも気を使わないように言っているんだがな﹂ ﹁王族ですもの、それは無理というものですわ﹂ アウグストは他の研究会の皆にもシンと同じ態度を取る事を望ん でいたが、さすがにそれは叶っていない。 ﹁ですから、アウグスト様のシンさんとのやり取りが楽しいという のはよく分かります﹂ ﹁だったら何故?﹂ ﹁やっぱりシンさんが羨ましいんですわ。ですからちょっと困らせ て差し上げようかと⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮エリーはそんな性格だったのか⋮⋮﹂ ﹁あら、アウグスト様もあんな性格だったとは予想外でしたわ﹂ 758 ﹁私は知ってたです!﹂ ﹁メイは黙ってろ﹂ ﹁あう! エリー姉様助けて!﹂ アウグストに頭を握られたメイがエリザベートに助けを求める。 ﹁フフ、メイは良いですわね。アウグスト様や私みたいに対等に接 してくれる人がいて﹂ メイをアウグストから救いだしながらそう話し掛ける。 ﹁そんな事ないです! 初等学校の皆はやっぱり距離がありますし、 アウグストお兄様は意地悪ですし⋮⋮シンお兄ちゃんがお兄ちゃん になってくれて嬉しいです!﹂ ﹁フフ、優しいお兄ちゃんね?﹂ ﹁ハイです!﹂ ﹁お前ら⋮⋮﹂ ﹁はっ! 逃げますわよ、メイ!﹂ ﹁ハイ!﹂ ﹁コラ待て!﹂ キャアキャア言いながら部屋を駆ける三人。 少し前まではこの三人の間にもあった距離が全く無くなっていた。 ︵シンと関わってから、私達の関係も大分変わったな︶ 追い駆けっこをしながら、アウグストはそんな事を考えていた。 そして、シン達アルティメット・マジシャンズの面々がアウグス 759 トの部屋で騒いでいた頃、旧帝国の滅びた街に集まる人影があった。 ﹁クソ! クソォ! 何だ!? 何なんだよこれはあ!!﹂ ﹁一体⋮⋮何が起きたんだ?﹂ ﹁分からん! そもそもあの障壁は何だ? 我々の魔法が全く通じ なかったではないか!﹂ ﹁何人城壁を抜けられたのだ?﹂ ﹁分からん⋮⋮二十人位じゃないか?﹂ ﹁たったそれだけか⋮⋮﹂ ﹁それも殆んど殺られちまった! 何だアイツら? バケモンじゃ ねえか!﹂ ﹁帝国の外には、あんな奴等がいるのか⋮⋮﹂ スイード王国に攻め入り、シン達に撃退された魔人達である。 彼等は自分達の力に酔い、スイード王国のような小国ならすぐに でも攻め落とせると思っていた。 その為、策など全く持たず、正面から侵攻したのである。 その結果、城壁の前でシンの防御魔道具に阻まれ、それをようや くすり抜けようやくスイード王国王都を攻め始めた時にシン達によ って撃退された。 魔人の力を過信していた彼等は、どうする事も出来ずに撤退した のである。 ﹁アイツらが来るまでは兵士にも楽勝だったのに⋮⋮﹂ ﹁そういえば、アールスハイドって言っていたな⋮⋮﹂ ﹁ああ、そう言ってたな﹂ 760 ﹁⋮⋮という事は、あれはアールスハイドの援軍という事だ。スイ ード王国はアールスハイドとも国境を接しているからな、次はアー ルスハイドから離れた国を襲えばアイツらは援軍に来れないという 事だ﹂ ﹁おお! そうか! 頭良いな!﹂ ﹁フン、この中では俺が一番頭が良いからな。俺が作戦を考えてや る、しっかり働けよ?﹂ ﹁⋮⋮ああ⋮⋮﹂ 魔人達の中には多少知恵が回る者がいるらしいが、彼は気付いて いない。 自分達が襲撃を掛けてから然程の時間を置かずに援軍が到着して いる事を。 アールスハイドに連絡をして、派兵されて、スイード王国に到着 するまでどれくらい掛かるのかを。 そこに考えの至らない魔人達は、アールスハイドから離れていれ ば大丈夫だろうと、次の襲撃を画策し始めた。 そして、更に時間を遡り魔人達が撤退をした頃、そのスイード王 国から離れた場所から、スイード王国の様子を遠見の魔法で観察し ている集団があった。 ﹁ウフフフ、ハハハ、アーハハハハハ!!﹂ 腹を抱えて大爆笑し、地面を転げ回っているのはシュトロームだ。 彼は、離脱した魔人達がどんな末路を辿るのか、まるで面白い見 761 世物のように楽しんで見ていた。 しかし、実際楽しんで見ていたのはシュトロームだけで、他の面 々は戦慄しながらその様子を見ていた。 ﹁あれが⋮⋮あれがシン=ウォルフォード⋮⋮﹂ ﹁一人だけではありませんでしたよミリア殿。合計⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮十二人⋮⋮﹂ ﹁いくら魔法の使えなかった平民達が元になっているとは言え、あ あも簡単に倒してしまうのですか?﹂ ﹁これは⋮⋮敵対するべきではありませんな﹂ ﹁それは無理でしょう﹂ スイード王国を襲った魔人達を、いとも簡単に討伐してしまった シン達に危機感を覚え、敵対する事を避けようとするシュトローム の元に残ったミリアやゼスト達だったが、その希望をシュトローム はアッサリと否定する。 ﹁な、何故ですか? あんな奴等と敵対すれば我々とてただでは済 みませんが⋮⋮﹂ ﹁それはそうでしょうね。特に、あのシン=ウォルフォードに至っ ては私ですら倒せるかどうか怪しいですし﹂ ﹁なら何故?﹂ ﹁彼等は私達の事情を知っているのですか?﹂ ﹁いえ⋮⋮それは⋮⋮﹂ ﹁そうでしょう。なら彼等はこう考えるでしょうね﹃オリバー=シ ュトロームに指示された魔人の集団がスイード王国を襲撃した﹄と﹂ ﹁た、確かに⋮⋮﹂ ﹁ならば! その誤解を解かれては?﹂ 762 シュトロームの考えは当たっている。実際、シンやアウグスト達 も同じように考えた。 そして、そこまで推測していながら何も行動を起こさないシュト ロームに魔人の一人が誤解を解くように進言した。 しかし⋮⋮。 ﹁無理でしょう。今さら私の言葉を彼等が聞いてくれると思います か?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮それに、そんなつもりはありませんし⋮⋮﹂ ﹁は? 今なんと?﹂ ﹁いえ何でもありません。さて、楽しい見世物も見た事ですし、そ ろそろ帰りましょうか?﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ シュトロームの呟きは誰にも聞こえなかった。 彼が何を考えているのか⋮⋮それは未だ彼の胸の内に留まってい た。 763 外国を観光しました あの後シシリーは実家に送って行った。 本当だぞ! 結婚する前にそういう事をするのは、貴族とはいえ珍しい事では ないらしい。けど、シシリーとすぐにそういう事をするのは何か違 うというか⋮⋮。 もう少し恋人同士としてお付き合いをして、お互いの気持ちが高 まってからの方が良いと思う。 そんな訳で一旦実家に送ったシシリーとマリアを改めて迎えに行 き、俺の家で皆を待っていた。 ﹁そういえばお爺様、お婆様﹂ ﹁ん? なんだい?﹂ ﹁ほ、どうかしたかの?﹂ ﹁私達が各国を廻っている間なんですけど、クロードの街の屋敷は 御自由に使って頂いて結構ですよ﹂ 俺達が各国へのゲート設置と連合参加の会談を兼ねた旅行⋮⋮逆 か? に行っている間、クロードの街の屋敷を自由に使って良いと 言う。 ﹁え? いいのか?﹂ ﹁はい。シン君とその⋮⋮婚約した訳ですし、お爺様とお婆様は家 764 族になる訳ですから、それくらいは当然です﹂ ﹁良いのかい? クロードの街の温泉は気持ち良いからねえ、そう いう事なら遠慮なく利用させてもらうよ?﹂ ﹁はい。使用人の人達にも伝えてあります。皆喜んでましたよ。英 雄様のお世話が出来ると﹂ ﹁なら、温泉だけでも利用させてもらうとするかね。ウチにも使用 人がいるからずっと入り浸りって訳にはいかないけどね﹂ ﹁はい! 是非!﹂ ﹁そういう訳でマーリン、頼むよ﹂ ﹁⋮⋮ワシ、乗り合い馬車じゃ無いんじゃがの⋮⋮﹂ ゲートを使える人間の共通の悩みなのか? ばあちゃんに足として使われる事に、若干の疑問を持つ爺さん。 でもばあちゃんには逆らえない。 ⋮⋮爺さん⋮⋮強く生きて! ﹁ああ、それとウチの使用人達も何人か連れて行って良いかい? たまには労ってやらないとねえ﹂ ﹁もちろん、良いですよ﹂ ﹁よろしいのですか?メリダ様﹂ 傍に控えていた女中頭のマリーカさんが尋ねた。使用人さん達の 福利厚生とかあんまり一般的じゃないのかな? ﹁シシリーが良いって言ってるんだ、遠慮するもんじゃないよ。そ れにアンタ達には世話になってるからねえ、たまには温泉にでも入 ってゆっくりするのもいいさね﹂ ﹁左様で御座いますか、それではお言葉に甘えさせて頂きます。若 765 奥様、ありがとうございます﹂ ﹁わ、若奥様⋮⋮﹂ シシリーと婚約してから、ウチの使用人さん達はシシリーの事を 若奥様と呼ぶようになった。 その事に慣れないのか、シシリーは顔を赤くしてモジモジしてる。 ﹁はあ、いいなあ⋮⋮私も若奥様とか呼ばれてみたい﹂ ﹁マリアの家って伯爵家だよな? 婚約者とかいないんだ?﹂ ﹁ウチはねえ⋮⋮結婚相手は自分で見つけるっていうのが家訓だか ら⋮⋮﹂ ﹁何その家訓。貴族にしては珍しくね?﹂ ﹁過去に、望まない相手と結婚させられそうになったご先祖様がい てね。その人には恋人がいたんだけど、その人と駆け落ちしちゃっ て⋮⋮そのご先祖様が有能な女性だったらしくて人材の損失を起こ しちゃったから⋮⋮そんな事になる位なら結婚の強要はしないって なったの﹂ ﹁そ、そんなドラマが⋮⋮﹂ ﹁お陰でウチの人間は大変なのよ。お兄様もお姉様もお相手探しに は苦労してるわ﹂ ﹁そっか⋮⋮大変なんだな⋮⋮﹂ メッシーナ伯爵家のドラマ⋮⋮何があったんだろう? そんなメッシーナ家の過去に何があったのか想像していると皆が 集まってきた。 ﹁シンお兄ちゃん、おはようございます!﹂ ﹁おはようメイちゃん。そういえば初めて来たね﹂ 766 ﹁ハイです! 今まではお兄様に意地悪されて来れなかったです⋮ ⋮﹂ ﹁⋮⋮そっか⋮⋮これからはいつでも来て良いからね。オーグは気 にしないで良いから。ディスおじさんもしょっちゅう来てるし﹂ ﹁ハイです!﹂ 今までオーグに騙されてウチに来れなかったらしいからな。 これからはいつでも来れるように言っておいた。 ⋮⋮その内王妃様も来そうな気がするな⋮⋮まだ会った事は無い けど。 ﹁おはようございます皆様。今日からしばらくお願い致しますわ﹂ ﹁ああ、おはようエリー。早速だけどこれ﹂ ﹁何ですの? このマントは?﹂ ﹁これ、温度調節が出来るマントなんだよ。空を飛んでいくとなる と相当体温を奪われるからね。これは必須なんだ﹂ ﹁温度調節機能付きのマントって⋮⋮おいくらしましたの?﹂ ﹁ん? 自分で付与したからね。マント自体はそんなに高くないよ ?﹂ ﹁このマントといい、皆さんの普段着ている戦闘服といい、アルテ ィメット・マジシャンズの装備は異常な物が多いですわ⋮⋮﹂ ﹁やっぱりそうだよね! シン君と一緒にいるとその辺麻痺してき ちゃうよ﹂ アリスの言葉に頷く一同。他の家の魔道具事情とか知らないから なあ、一般的な魔道具屋も初めに王都を散策した時以来行ってない し。 767 ﹁この家も見た事無い魔道具がいっぱいあるしねえ﹂ ﹁トイレは衝撃的だった。あの後、家のトイレが物足りない﹂ ﹁それ分かる!﹂ ﹁あれは衝撃的だったわぁ。売り出す予定は無いの? そしたらウ チの宿のトイレ全部アレにするのにぃ﹂ 皆が言っているのは、いわゆる温水洗浄機能付きトイレだ。 アレを皆に披露した時の反応は面白かったな。 ﹁ああ、シン。そのトイレの事なんだけど、トムが例の商会を立ち 上げる時に一緒に販売しようって言ってるけど、どうするんだい?﹂ ﹁結局その商会はどうなったの?﹂ ﹁シンを代表にして、実際の経営ははシシリーの兄のロイスとアリ スの父親に任せる事になったよ﹂ ﹁わお、身内ばっかり﹂ ﹁こういう事は身内で始めた方が良いのさ。信頼出来るからね。事 業が拡大していけば新たに雇用すれば良いのさ﹂ ﹁あ! その話聞いたよ! お父さん給料がメッチャ上がるって凄 い喜んでた!﹂ ﹁へえ⋮⋮俺は初耳だ﹂ ﹁アンタは金儲けより、やらなきゃいけない事があるだろう?全部 を一人でやる必要なんて無いのさ﹂ 前世も雇われ人だったからなあ、経営の事はサッパリ分からん。 ﹁適材適所ね﹂ ﹁そういう事さね。アンタは人類の為に、キッチリ働きな﹂ ﹁分かったよばあちゃん﹂ ﹁それはそうと、トイレはどうするんだい?﹂ 768 ﹁ああ、トムおじさんにそれで良いって言っといて﹂ ﹁分かったよ。ホレ、マーリンからも何か無いのかい?﹂ ﹁ほっほ⋮⋮全部言われてしもうたわい⋮⋮﹂ ﹁じ、じいちゃんの気持ちは分かってるよ!﹂ ﹁⋮⋮そうさのお、シンは人類の希望になるんじゃ、頑張っておい で﹂ ﹁ありがとう、じいちゃん。それじゃあオーグ、オーグの適材適所 の交渉の為にそろそろ行こうか﹂ ﹁ああ、それではメイの事は頼んだぞ?﹂ ﹁シンお兄ちゃんなら大丈夫ですよ!﹂ ﹁よし、それではアルティメット・マジシャンズ、出発だ﹂ ﹃はい!﹄ ﹁兼、旅行だけどね﹂ ﹁雰囲気が壊れるような事を言うな﹂ そうして、アールスハイド王都を飛び立った。 ﹁わあ! 気持ち良いです!﹂ ﹁メイちゃん、フラフラしてるよ。もうちょっと安定させようか?﹂ ﹁こうですか?﹂ ﹁お上手ですよ、メイ姫様﹂ ﹁エヘヘ!﹂ ﹁あっちは楽しそうで良いですわね﹂ ﹁何だ? エリーは楽しくないのか?﹂ ﹁そんな事ありませんけど⋮⋮私だけアウグスト様に抱えられてい るのは申し訳ないというか、恥ずかしいというか⋮⋮﹂ 音声のバイパスを繋いでいるので、オーグとエリーの会話も聞こ えてくる。 769 反重力によって皆の重力をゼロにしているのは俺だけど、移動す る為の風の魔法はチームの皆が各々使っている。 なので割りと自由に空を飛んでいるのだが、エリーはその風の魔 法が使えない為、オーグがいわゆるお姫様抱っこをして移動してい た。 重力を打ち消してるから、手を引いても良いんだけどね。 わざわざ抱っこしている所を見ると、オーグもそれを望んでいる らしい。 不粋だから言わないけどね。 今回訪問する国は三つ。 スイード王国は帝国の南側、アールスハイドの東側と国境を接し ているが、そのスイード王国のさらに東側で帝国の南東部と国境を 接しているダーム王国。その北側にあり、帝国の東側に国境を接し ているカーナン王国、さらにその北側にあり帝国の北東部に国境を 接しているクルト王国。の三つだ。 帝国の北側は海になっている。 今回はスイード王国を素通りし、まずはダーム王国を目指し、そ こから順番に国を廻っていく。 スイード王国はこの前行ったし、魔人による被害の復興がある為、 観光で寄る訳にはいかないからな。 770 前回は応援要請もあった事もあり国境は素通りしたが、今回は手 順を踏んで国境を超える事にした。 光学迷彩を使って行っても良いんだけど、それだと密入国になる し、オーグがどうやって来たのか問題になる。 そうしてスイード王国との国境を市民証を提示して超え、そのま まスイード王国を突っ切りダーム王国に入国した。 ﹁今更ですけど殿下、質問いいですか?﹂ ﹁何だ? コーナー﹂ ダーム王国の国境を超え徒歩で王都へ向かっている途中でアリス からオーグへ質問があった。 ﹁魔人達って正直そんなに強くないじゃないですか。私達だけでも 討伐出来そうな気がするんですけど⋮⋮﹂ アリスの疑問ももっともだ。 正直魔人を討伐するだけなら今の俺達だけでも十分だ。 だけどオーグはそうしない。 ﹁そうだな。まず第一に魔人共がどこに現れるか分からないから、 アールスハイドを含めた他の大国と手を結び魔人共が襲撃してきて も対抗出来る状況を作っておきたい﹂ ﹁でも、その為に通信機を提供しましたし、今まさに呼ばれてもす ぐに駆け付けられるようにしに行ってるんですよね?﹂ 771 アリスの質問に乗っかるようにマリアからも質問があった。 結構皆今回の行動に疑問を持ってるみたいだな。 ﹁そうだ。魔人に対抗出来るのは正直私達だけだろうからな﹂ ﹁では何故?﹂ ﹁このままだと、アールスハイドが勝ち過ぎるんだ﹂ 勝ち過ぎ。 もしもこのまま、アールスハイドの高等魔法学院生だけで組織さ れた俺達が、魔人を討伐したとする。 その世界を救った武功はあまりにも巨大過ぎる為、他の大国が余 計な妬みや危機感を募らせるかもしれない。 そうなると、今度は人間同士の争いが起きるかもしれないのだ。 その為、他の大国にも魔人と戦ったという事実を持たせ、自分達 も世界の危機を救ったと思わせないといけない。 何体か魔人を討伐出来れば御の字。 出来なくても魔人の襲撃を防げれば、それで功績になるのだ。 ﹁⋮⋮アールスハイドが一人勝ちすると他の国が面白くないから、 戦功を与える為の連合って事ですか?﹂ ﹁第一は各国を、世界を守る為だ。そこは履き違えるなよ?ただ、 アールスハイドだけでそれをやってしまうと全てが収まった後、火 種になる可能性があるという事だ﹂ 772 ﹁人類存亡の危機なのに! 何で妬んだりするのかな!﹂ ﹁それが国であり、人間というものだ﹂ まったく、人類の危機を救ったとしてもそれを妬む輩は必ずいる。 面倒な事だな。 オーグの説明を聞いた皆が憤ってる。 ﹁どうしたシン? お前なら﹃なんだよそれ!?﹄と憤るかと思っ ていたんだが﹂ ﹁ああ⋮⋮ある程度予想はしてたからな﹂ ﹁ほう?﹂ ﹁恐らく魔人達は俺達だけで討伐出来る。出来るけど⋮⋮魔人の襲 撃に怯えてる周辺諸国からは感謝されるだろうけど、直接の脅威が ない他の国はどう思うんだろうなって﹂ ﹁フム、流石だな。そこまで予想していたとは﹂ ﹁本当ですわね⋮⋮私はアウグスト様に説明をされても、未だに少 し納得がいきませんわ﹂ ﹁自分も、頭では分かっているのですが⋮⋮﹂ ﹁拙者も感情がイマイチ承服しかねるで御座る﹂ オーグの側に仕えてこういう話はよく聞いているであろうトール とユリウスも微妙な顔をしている。 正直、人類を救ってイチャモン付けられちゃ堪ったもんじゃない けど、そういう可能性がある以上、無視は出来ない。 ﹁まあ、それも含めてエルスとイースとの交渉を行うんだ。悪いよ うにはしないさ﹂ 773 そうオーグが言った所でダーム王国の王都に着いた。 ﹁ようこそダーム王国へ、市民証を拝見させて頂けますか?﹂ ﹁ああ﹂ ﹁拝見しま⋮⋮!?﹂ ﹁話は通っているか?出来ればこの後、お目通り願いたいのだが﹂ ﹁しょ、少々お待ち下さい!﹂ オーグの市民証を見た、王都への入場を担当していた兵士さんが そう言って裏へ引っ込み、上司っぽい人を連れて戻ってきた。 王族なのに市民証⋮⋮まあ、市民証自体、身分証明書の総称なん だけどね。 ﹁ようこそお出で下さいました。どうぞこちらへ﹂ そう言って、俺達も含めて裏へ通された。 ﹁改めまして、ようこそお出で下さいました。アウグスト殿下﹂ ﹁ああ、気遣って貰ってすまないな﹂ ﹁いえ、あの場でアウグスト殿下の素性が割れれば、何かと御面倒 でしょうから﹂ 凄く気遣いの出来る人だな。 お忍びで来てるから、アールスハイド王国王太子ってバレると色 々と面倒臭いからな。 ﹁それでは、王城に使いを出します。皆様お出でになられますか?﹂ ﹁いや、今回は私だけでお会いしよう。一応、この護衛二人は連れ 774 て行くが﹂ そう言ってトールとユリウスを指し示す。 二人共そのつもりだったようで、黙って会釈していた。 正直、今のオーグの戦闘力はこの二人を上回っている。 オーグを害するとなると、どんな手練れを連れてくればいいのか 分からないレベルだ。 だが、それとこれとは別で、一国の王太子が護衛というかお供を 連れていないと、侮られる可能性がある。 その為に護衛を連れていくらしい。 ⋮⋮この三人で城落とせそうな戦力だけどな。 しばらく王都門の警備兵詰所で待っていると、伝令の兵士さんが 迎えの馬車を連れて戻ってきた。 ﹁それでは行ってくる。落ち合う場所は何処にする?﹂ ﹁別に決めなくてもいいっしょ。魔力探査で俺らの場所分かるだろ ?﹂ ﹁それもそうだな。では後程﹂ ﹁ああ、宿は取っておくよ﹂ ﹁任せた﹂ そう言ってオーグはトールとユリウスを連れて馬車に乗り込んで 行った。 775 ﹁さて、オーグが戻って来る前に宿を決めて、街を散策しようか﹂ ﹁ハイです! ところででダーム王国ってどんな国なんですか?﹂ ﹁さあ?﹂ ﹁シン、貴方本当に世間知らずなのねえ⋮⋮﹂ ﹁はう⋮⋮ごめんなさいです⋮⋮﹂ ﹁え? ああ! いえ! メイ姫様ならしょうがないですよ! ま だ小さいですし、外国の事ですから﹂ ﹁そうなんですか?﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁そうよ。初等学院じゃまだ外国の詳しい事は授業でやらないから。 中等学院で教わるのよ﹂ ﹁⋮⋮俺、初等学院も中等学院も行って無いわ⋮⋮﹂ ﹁あ⋮⋮ゴメン⋮⋮﹂ ﹁いや、いいよ。それで? ダーム王国ってどんな国なんだ?﹂ 何か自分の過去が寂しいものだった気がしてくるから、話を先に 進めよう。うん。 ﹁ダーム王国は小さいけど歴史的にはかなり古くて重要な国よ。何 せ、イース神聖国が出来る前は創神教の総本山があった所だからね﹂ ﹁へえ、そうなのか﹂ ﹁イース神聖国が出来て創神教が国を治めるようになったから総本 山もそっちに移っちゃったけどね。今でも当時の大聖堂とかそのま ま残ってて観光名所になってるわ﹂ ﹁へえ、そうだったですか!﹂ ﹁ええ、それに、殉教者イースもこの国出身で、生家が公開されて るはずですよ﹂ ﹁そこ行ってみたいです!﹂ ﹁じゃあ、宿を取ったらイースの生家とか教会とか巡りましょうか﹂ 776 ﹁ハイです!﹂ とりあえず、ダームでの行動予定が決まったな。 ダームの聖堂⋮⋮。 やめよう! これ以上は危険な気がする! まずは宿を探す。 多少高くてもいいから安全性最優先で探し、王都の中心に近い所 にあった宿を取った。 八人の大部屋を二つ。男女別だ。 その後、異空間収納があるので置いておく荷物などない俺達は早 速ダームの街に繰り出した。 さすが元創神教の総本山があっただけあって、街の至る所に教会 があり、街の雰囲気も穏やかな人が多い印象だな。 ﹁それにしても、元総本山よ? なんで知らないの?﹂ ﹁ウチで宗教の話とか聞いた事無かったから﹂ ﹁え? そうなの?﹂ ﹁ああ、ばあちゃんは現実主義者だから、神様に頼るより自分で何 とかしろって人だし、じいちゃんは⋮⋮﹂ ﹁マーリン様は?﹂ ﹁ばあちゃんから、昔﹃神様上等!﹄って叫んでたって聞いた事あ る﹂ ﹁⋮⋮それ、この国では言わない方がいいわよ﹂ 777 ﹁そうだな、やめとこう﹂ そんな訳だから、イース神聖国の事も魔法学院での授業で初めて 知った。 ﹁あの家だからね。宗教がある事すら知らなかったよ﹂ ﹁え、じゃあ⋮⋮結婚式とかどうするんですか?﹂ と、シシリーが不安そうに尋ねてきた。 ﹁教会でやるんじゃないの?﹂ みこ ﹁そ、そうですよね! 教会でやりますよね!﹂ ﹁他の場所でもやるの? 冠婚葬祭は創神教の神子さんが一手に引 き受けてるって聞いたけど﹂ ﹁いえ! 教会でやりましょう! 問題ないです!﹂ ﹁そ、そう?﹂ みこ ちなみに創神教では、聖職者の事を総じて神子と呼ぶ。これは創 造神を父、もしくは母とし、その子供であるとするからだ。 まあ、創神教内では司教だの枢機卿だの役職名も存在するらしい けどね。 そうこうしてるうちに、イースの生家に着いた。 ﹁ここが⋮⋮殉教者イースの生家⋮⋮﹂ 純粋な創神教信者である皆は感激の面持ちでその家を家を見てい るが⋮⋮。 778 ﹁以外とショボいです!﹂ ﹁コラ! メイちゃん、そういう事は思ってても言っちゃダメだ﹂ ﹁はわ! ごめんなさいです⋮⋮﹂ ﹁ちょっと⋮⋮感激に水を差すような事言うの止めてくれる?﹂ ﹁そうよぉ、雰囲気ぶち壊しよぉ﹂ ﹁悪い﹂ ﹁ごめんなさい⋮⋮﹂ でも、本当にショボい。まあでも生家なんてこんなもんか。前世 で誰だったか有名な人の生家をテレビで見た事があったけど、それ も結構ショボかったし。 殉教者イースの生家は博物館になっており、イース縁の品などが 置いてあった。 まあ、生活用品とかそんなんばっかだけどね。生家だし。 そんなに大きくないのですぐに一回りし、次は教会を巡る事にし た。 いくつか有名な教会があるらしいけど、やはり観光するならと、 旧総本山であるダーム大聖堂に行く事にした。 大聖堂に近付くにつれ、どんどん人が多くなってきた。 さすが観光名所だけあって凄い人だな。 ﹁おかしいわね。前に来た時はこんなに人いなかったのに﹂ ﹁へえ、そうなんだ。じゃあ、なんでこんなに混んでるの?﹂ ﹁知らないわよ﹂ 779 ﹁あ、見えてきましたよ﹂ オリビアの指差した方向に大きな聖堂が見える。その周辺はさら に大勢の人でごった返していた。 ﹁わ! 本当に凄いね!﹂ ﹁ちょっと、本当に人多過ぎよ。何なのコレ?﹂ マリアがそう愚痴った時⋮⋮。 ゴーン⋮⋮ゴーン⋮⋮ゴーン⋮⋮。 大聖堂の鐘が鳴り響いた。そして、大聖堂の入り口が開き、たっ た今結婚式を挙げた新郎新婦が出てきたのである。 ﹁わあ! これか! 混雑の原因!﹂ ﹁大聖堂で挙式なんて⋮⋮どこかの貴族ね。滅多にある事じゃない わ﹂ ﹁なら、その日に偶然訪れたってことよねぇ﹂ ﹁素敵⋮⋮こんなお式を挙げたいなあ⋮⋮﹂ ﹁マーク、頑張れ﹂ ﹁リンさん無茶言わないで下さい! 金銭的にも立場的にも無理ッ ス!﹂ ウットリしてる女性陣と、こんな所で挙式したいというオリビア に焦るマーク。 ﹁そういえば、エリーとオーグはどこで式を挙げるんだ?﹂ ﹁そんなの、アールスハイド大聖堂に決まってますわ﹂ 780 こっちはアールスハイドにある大聖堂での挙式が決まってるらし い。 ﹁王族はそこで式を挙げるのが伝統なんです。それに相応しい素晴 らしい教会ですし﹂ ﹁王都にある大聖堂も凄いらしいね。行った事ないけど﹂ ﹁素晴らしいですわよ? このダーム大聖堂に負けず劣らず。ただ、 歴史的背景の差でここまでの観光名所にはなってないですけど﹂ 王都に帰ったら行ってみようかな。 シシリーはと見ると、俺と腕を組ながらウットリとその式の様子 をみている。 やっぱ、こういう盛大な式に憧れてるのかなあ? ﹁シシリーもこういう所で結婚式したい?﹂ ﹁え? いえ、その⋮⋮やっぱり憧れるというか⋮⋮羨ましいとい うか⋮⋮﹂ ﹁ふーん⋮⋮そっか。じゃあ、頑張って世界を救ったらこういう所 で式挙げようか?﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ おっと、効果テキメンだったみたいだ。ギュッとと抱きついてき て感激してる。 俺はシシリーの頭を撫でながら、その結婚式の様子を見、世界を 救う事を改めて誓っていた。 ﹁チッ⋮⋮リア充が何か言ってるわよ?﹂ 781 ﹁あたしもそんな事言われてみたいよ!﹂ ﹁私達は場所がどうこうより、相手から探さないとねぇ﹂ ﹃はあ⋮⋮﹄ 独り身の女性陣から溜め息が聞こえる⋮⋮。 大丈夫だって! 多分⋮⋮。 782 冤罪を掛けられました ダーム大聖堂での結婚式を見学した後は、ダーム王国王都を散策 し、いくつかの教会も見て回った。 どの教会も歴史ある教会って感じで、皆満足したみたいだ。 ﹁はあ⋮⋮素晴らしかったわ﹂ 昼食の為に入った食堂で食事を取り終えた俺達は、さっき巡って 来た教会についての感想を述べていた。 ﹁この国は教会が有名なんだよな。他の国は何が有名なんだ?﹂ アールスハイドすら知らなかったからな、他の大国はともかく、 小国なんてまだ魔法学院で習っていないので、名前すら知らなかっ た。 ﹁そうですわね。次に伺うカーナン王国は織物が有名ですわ﹂ ﹁牧畜が盛んなのよ。王国の人口より羊の数の方が多いらしいわ﹂ ﹁時々その羊が魔物化するから、羊飼いは強くないと出来ないって 聞いた事あるよ!﹂ ﹁マッチョな羊飼い⋮⋮﹂ 何やらリンのツボに入ったらしく、笑いを堪えきれず肩を震わせ ている。 ﹁魔物化した羊の毛は魔力が籠ってるから防具として使われるッス 783 よ﹂ ﹁羊が沢山いるから羊料理も多いですよ﹂ ﹁へえ、皆よく知ってるんだなあ﹂ ﹁シンが知らなさ過ぎだと思うけどねえ﹂ ﹁ホラ、ウォルフォード君は最近までボッチだったからぁ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮何か皆の同情の視線がウザイんですけど⋮⋮﹂ 合宿中にばあちゃんから色々と話を聞いたらしい。小さい頃、独 り遊びに熱中してたとか⋮⋮その頃は何とも思って無かったけど、 こうして同情されると寂しい子供時代だった気がしてしまう。 ﹁別に寂しい思いなんてしてないからな﹂ ﹁その代わり、こうして世間知らずが誕生したって事ね﹂ ﹁今はこうして皆とお友達になれたんですからいいじゃないですか﹂ ﹁そうだな、もう学院生活における目標の一つは達成しちゃったな﹂ ﹁目標?﹂ ﹁友達作り﹂ ﹃⋮⋮﹄ あれ? また同情の視線が⋮⋮。 ﹁どうした? まるで葬儀に参加しているみたいな顔をして﹂ 皆からの憐れむような視線にいたたまれない気持ちになっている と、会談を終えたオーグが現れた。 ﹁おう、お疲れ。会談はどうだった?﹂ ﹁スイード王国の件が既に情報としてもたらされていたからな、私 の提案に飛び付いて来たよ﹂ ﹁そっか。なら他の二つの国も似たようなもんかな?﹂ 784 ﹁恐らくな。アールスハイドにいる大使達から通信機で情報を得た と言っていたから、間違いなく他の二か国にも情報は入っているだ ろう﹂ ﹁じゃあ、そんなに苦労は無いな﹂ ﹁ああ、所で皆はどうしたんだ?何かあったのか?﹂ ﹁いや⋮⋮俺の学院生活における目標を聞いたらこんな状態になっ た﹂ ﹁目標? 常識を知るってヤツか? 常識を知るどころか打ち破っ てばかりだが⋮⋮﹂ ﹁そっちじゃねえよ!﹂ ﹁じゃあなんだ?﹂ ﹁友達作り﹂ ﹁⋮⋮﹂ あれ? 俺と同じで友達のいなかった筈のオーグにまで同情の視 線を向けられたぞ? ﹁お前と一緒にするな。対等の友人という意味では確かにいなかっ たが、トールにユリウス、他にも知り合いは沢山いるぞ﹂ ﹁シン殿みたいに完全なボッチは⋮⋮﹂ ﹁流石に同情するで御座る﹂ トールにユリウスまで! ﹁い、言っとくけ魔法の練習とか魔道具造りに没頭してたから寂し くなんか無かったんだからな!﹂ ﹁独りで⋮⋮﹂ ﹁シン君! 私はこの先ずっと一緒にいますから!﹂ シシリーが一生懸命そう主張するけど⋮⋮寂しく無かったのは本 785 当なんだけどなあ⋮⋮。 ﹁じいちゃんから魔法を教わって、ばあちゃんから魔道具造りを教 わって、ミッシェルさんにボコボコにされて、合間に狩りに行って たんだぞ? おまけに帰って来たらジークにーちゃんとクリスねー ちゃんが喧嘩してるし。寂しがる余裕なんて無かったよ﹂ ﹁何その夢のような環境!﹂ ﹁確かに⋮⋮そんな環境じゃ寂しがる暇なんてありませんわね﹂ ﹁はわあ⋮⋮シンお兄ちゃん凄いです!﹂ ようやく理解してくれたみたいだな。 これで俺が寂しがってたら、爺さんとばあちゃんが悪いみたいだ からな。それだけは認められないんだよ。 ﹁皆理解してくれた所でこれからの事を決めようか。オーグ、俺達 もう観光名所とか回っちゃったんだけど、どうする? エリーと街 を散策してくるか?﹂ ﹁フム⋮⋮エリーどうする?﹂ ﹁是非! お願い致しますわ!﹂ ﹁お、おう、じゃあオーグとエリーはそういう事で。護衛は?﹂ ﹁今の私に必要だと思うか?﹂ おっと、自信ありげに言ってきたな。 ﹁オッケー、じゃあ、お二人で楽しんできて﹂ ﹁ウフフ⋮⋮デート⋮⋮初めて二人きりのデート⋮⋮ウフフフ﹂ おおう、エリーがニヤニヤしてる。そういえば王子様と公爵令嬢 だもんな。普段なら二人きりとか有り得ないか。 786 ﹁他の皆は?﹂ ﹁私達は女だけで街を回って来るわ。お土産も買いたいし﹂ ﹁あの⋮⋮私は⋮⋮﹂ ﹁オリビアはマークと回りたいんでしょ? 邪魔なんてしないわよ﹂ ﹁ゴ、ゴメンね?﹂ ﹁謝らないでよ⋮⋮いたたまれなくなるから⋮⋮﹂ 別のドンヨリが発生してしまったな⋮⋮ ﹁トールとユリウスは?﹂ ﹁殿下は護衛の必要がないって言うし、男同士で回るかい?﹂ ﹁いいんですか? フレイド殿﹂ ﹁フレイド殿ならナンパに向かわれると思っておったで御座る﹂ ﹁団体旅行でナンパしてどうするのさ。夜には宿に戻らないといけ ないし﹂ つまりトニーは個人旅行ならナンパすると。 そして夜は帰って来ないと。 ﹁メイちゃんは俺らと一緒に行こうか﹂ ﹁いいんですか? その⋮⋮お邪魔じゃないです?﹂ ﹁子供が何気を使ってるんだよ﹂ ﹁そうですよメイ姫様。一緒に行きましょう﹂ ﹁ハイです!﹂ この後は自由行動にして、夕方に宿に戻るという事で話は纏まり、 後から合流したオーグ達が昼食を取り終えると各々街へ繰り出して 行った。 787 ﹁じゃあ俺達も行こうか﹂ ﹁はい﹂ ﹁ハイです!﹂ 街を再度散策する。さっきは教会ばっかり回ったから今回はお土 産屋とか露天とか色々と見て回る。 その間メイちゃんは俺とシシリーの間で手を繋ぎ、実に楽しそう にしていた。 ﹁フフ、楽しそうですねメイ姫様﹂ ﹁ハイです! こんな風に手を繋いで街を歩いた事無かったです!﹂ 王族だもんな。気軽に街歩きなんて出来ないよな。 ﹁メイちゃんは学院の友達とかと王都を回ったり出来ないか﹂ ﹁ハイです。他の皆も貴族の子ばっかりです。街を自由に散策する のが夢だったです。皆に自慢できるですよ!﹂ ﹁そういえば、オーグと初めて王都を歩いた時も似たような反応し てたなあ﹂ ﹁手、繋いだですか?﹂ ﹁気持ち悪い事言わないでくれる!?﹂ ﹁プッ⋮⋮アハハハ﹂ ﹁アハハハ!気持ち悪いです!アハハハ!﹂ 概ねこんな感じで、俺達は楽しく街を散策して回ったのだが⋮⋮ ﹁あれ? 何か人だかりが出来てますね?﹂ ﹁本当だ。なんだろう?﹂ 788 散策している途中で何やら人だかりが出来ていた。 こういう場面に出くわすのも散策の醍醐味だよなあ、と思って近 寄ってみると⋮⋮。 ﹁テメエ! こっちが下手に出てりゃイイ気になりやがって!﹂ ﹁はあ? どこが下手に出てんの?﹂ ﹁その顔でナンパとか⋮⋮有り得ないよね!﹂ ﹁そうねぇ、いくらなんでもコレはねぇ⋮⋮﹂ ﹁論外﹂ ﹁て、テメエら⋮⋮﹂ ウチの女性陣が騒ぎの中心にいた。 何をやっているのかと思ったが、どうやらナンパをされて、それ を断ったら男達が逆上したらしい。 ﹁はわわ! お姉ちゃん達がピンチです!﹂ ﹁お姉ちゃん達っていうか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あの男の人達がピンチですね⋮⋮﹂ アールスハイドの王都でもそうだけど、基本街中で攻撃魔法は撃 っちゃいけない。 けど、自衛の為なら⋮⋮。 ﹁さて、惨劇を見る前に俺達は別の所を回ろうか?﹂ ﹁そうですね。お爺様達のお土産も見て回りませんか?﹂ ﹁そうだね。メイちゃんもディスおじさんとかお母さんにお土産買 789 っていくだろ?﹂ ﹁え? あの⋮⋮放っておいていいんです?﹂ ﹁いいんです﹂ ﹃ギョエエエ!!!﹄ あ⋮⋮強行手段に出ようとしたな⋮⋮絡んでた男達のものと思わ れる悲鳴が聞こえてきた。 ﹁はわわわ⋮⋮﹂ ﹁マリア達も、もうちょっとお淑やかにすればいいのに⋮⋮﹂ ﹁はは⋮⋮﹂ 皆可愛いからナンパされる事も多いだろうけど、あの断り方はね え⋮⋮そりゃ逆上もするわ。 女の子ばっかりの集団だから声を掛けると余計なトラブルが起き そうだったので、そそくさとその場を離れた。 ﹁お、あれはマークとオリビアか﹂ ﹁仲良さそうですね﹂ ﹁腕組んでるです!﹂ 今度はマークとオリビアの二人を見掛けた。 街中にいる他のカップルと同じように腕を組んで街を回ってる。 正に王道のデートだな、幼馴染みで付き合いも長そうだから自然 に振る舞ってる。実に参考になりそうな付き合い方だねえ。 ﹁あ! お兄様とエリー姉様です!﹂ 790 ﹁あら、フフフ、エリーさん嬉しそうですね﹂ ﹁そうだな﹂ オーグとエリーも見掛けたが、エリーが実に楽しそうだ。二人き りにしてやって正解だったな。 こっちも幼馴染み同士らしいし、自然な振る舞いなんだけど、中 身が異常だからな⋮⋮あの二人が他国の王太子と公爵令嬢だと知れ たら大変な騒ぎになるんじゃないだろうか? 各々楽しんでるみたいなのであえて声は掛けず、俺達も街を色々 と散策し爺さん達のお土産も買い、そろそろ宿に戻ろうかと思って いたら、また人だかりを発見した。 ﹁まさか、またマリア達か?﹂ ﹁私達がどうしたって?﹂ またマリア達が絡まれてるのかと思いきや、そのマリアから声を 掛けられた。 ﹁あれ? マリア?﹂ ﹁じゃあ、あの人だかりって?﹂ マリア達でなければ誰だ? そう思って近寄ってみると⋮⋮。 ﹁ちょっと! 私達が先に声を掛けたのよ!?﹂ ﹁何言ってんのよ!? アタシ達よ!﹂ ﹁フザけんな! アタイ達だよ!﹂ 791 ﹁ちょっと⋮⋮あの⋮⋮喧嘩は⋮⋮﹂ ﹁僕達、宿に帰りたいんだけどねえ⋮⋮﹂ ﹁もういい加減にするで御座るよ﹂ ﹁﹁﹁アンタ達は黙ってて!﹂﹂﹂ ﹁﹁﹁はい!﹂﹂﹂ トニー達が騒ぎの中心にいた。 そんで、街娘っぽいグループとお姉さんっぽいグループとハンタ ーっぽいグループの代表が喧嘩してた。 ⋮⋮代わる代わる何でこうもトラブルに巻き込まれるんだ⋮⋮。 どうやらトニー達も、いわゆる逆ナンをされたらしいのだがどの グループが先に声を掛けたかで揉めているらしい。 それにしても、各グループの狙いが分かりやすい⋮⋮、 ﹁⋮⋮あれは放っておこう﹂ ﹁そうね⋮⋮女九人とか手に負えないわ﹂ ﹁狙いは分かってるんだからそれぞれのグループに一人ずつ分かれ ればいいのに﹂ ﹁そんな事出来る訳ないじゃない﹂ ﹁何で?﹂ ﹁女のプライドよ﹂ 何そのプライド⋮⋮。 ﹁その内逃げて来るでしょ。先に宿に戻りましょ﹂ ﹁そうだな﹂ 792 すまない、トニー、トール、ユリウス。 俺には⋮⋮お前達は救えなかったよ⋮⋮。 ﹁﹁﹁置いて行かないで!﹂﹂﹂ くっ⋮⋮!すまない⋮⋮すまない三人共⋮⋮ 俺には⋮⋮女の戦いに割り込む勇気はない! 俺達に気付いたトニー達の叫びを、身を切る思いで振り切った。 ﹁シンお兄ちゃん達といると面白い事ばっかりです!﹂ メイちゃんがこんな事言うようになっちゃった。 ⋮⋮ディスおじさんになんて弁明しよう? そんな事を考えながら宿へ向かっていると⋮⋮。 ﹁おい、何だよアイツ⋮⋮﹂ ﹁可愛い子ばっかり⋮⋮﹂ ﹁ろ、六人だとお!﹂ 今の俺達は、俺を除けば女の子が六人いるわけで⋮⋮。 しかもそれぞれタイプの違う美少女ばっかりなわけで⋮⋮。 まるで俺が彼女達を侍らしているように見えるわけで⋮⋮。 793 ﹁くふふ!﹂ ﹁ちょっ! アリス!﹂ お独り様の男性陣から向けられる視線を面白がったアリスが、空 いていた俺の左腕に抱きついてきた。 ﹁クソ! クソお!﹂ ﹁死ね! 爆発して死ね!﹂ ﹁ああいう奴がいるから俺達に女が回って来ないんだ!﹂ いや⋮⋮最後のは違うような⋮⋮。 ﹁アリスお姉ちゃんもシンお兄ちゃんと腕を組みたかったですか?﹂ ﹁違いますよお。周りの反応が面白かったからつい﹂ ﹁アリスさん? おふざけはその辺にして下さいね?﹂ ﹁ひぅ! わ、わかりましたあ!﹂ シ、シシリーの笑顔がコワイ⋮⋮。 ﹁シン君?﹂ ﹁な、何でもないよ?﹂ ﹁そうですか。じゃあ早く宿に戻りましょう﹂ なんか⋮⋮段々アイリーンさんのあの迫力が出てきたな⋮⋮。 俺もセシルさんみたいになる日が来るのだろうか? ﹁シンお兄ちゃん、お母様に怒られてるお父様みたいです!﹂ 794 ⋮⋮的確な事言うのは止めようか、メイちゃん⋮⋮。 結局、色んなトラブルに巻き込まれながらダーム王国の散策は終 了し、皆で宿に戻った。 ﹁遅かったな。何してたんだ?﹂ ﹁あら、皆さん御一緒だったのですか?﹂ ﹁お帰りなさいッス。もうすぐ夕飯が運ばれてくるッスよ﹂ ﹁あれ? フレイド君達は一緒じゃなかったんですか?﹂ 先に帰っていたオーグ達から声を掛けられた。 宿の食事は併設されている食堂で食べるシステムになっている、 もうすぐ夕飯なのでオーグ達はそこにいたのだ。 ﹁ああ、俺達は帰りに合流しただけで、途中は別行動だったんだよ﹂ ﹁トニー達は⋮⋮そのうち帰って来るでしょ﹂ マリアがそう言った時、トニー達三人が宿に駆け込んできた。 ﹁ちょっと! ヒドイじゃないか! 僕達を見捨てるなんて!﹂ ﹁そうですよ! 皆さん非道いです!﹂ ﹁大変な目に合ったで御座る⋮⋮﹂ 俺達を見付けたトニー達が捲し立てて来るが⋮⋮。 ﹁ならお前達は⋮⋮女が九人で争っている中に飛び込んで行けるの か?﹂ ﹁う! そ、それは⋮⋮﹂ 795 そうだろう。出来ないだろう。 ﹁⋮⋮俺にはムリだった⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そうだねえ⋮⋮怒って悪かったよ⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮俺も助けたかったんだが⋮⋮すまなかった⋮⋮﹂ ﹁そんなシン殿、自分も言い過ぎました⋮⋮確かに、あれは無理で す⋮⋮﹂ ﹁拙者、心底恐ろしかったで御座る⋮⋮﹂ 俺達は、さっき遭遇した恐ろしい出来事の傷を舐め合うように互 いを慰めあった。 ﹁そんな所でたむろしていないでさっさと座れ。他の客に迷惑だろ う﹂ あの場にいなかったオーグから制止の声が掛かった。 クソ、コイツはあの場面を見てないから⋮⋮ ﹁それより、シンの手にも負えない事とは一体何だ?﹂ ﹁ああ、さっきトニー達が逆ナンされててな⋮⋮﹂ そう言ってトニー達を見る。 ﹁僕達は三人で、屋台を食べ歩いたり、家族や彼女へのお土産を選 んだりしてたんだけどねえ﹂ ﹁そろそろ帰ろうかと言うときに声を掛けられたんです﹂ ﹁三組同時で御座った﹂ ﹁で、それぞれ三人連れの女の子達でねえ⋮⋮どのグループが先に 声を掛けたかどうかで言い争いを始めたんだ﹂ 796 ﹁それが凄い迫力で⋮⋮そのうち女性同士で殴り合いが始まって⋮ ⋮﹂ ﹁⋮⋮女性とは、かくも恐ろしいもので御座るなあ⋮⋮﹂ 殴り合い!? あの後そんな事になってたのか!? ﹁よ、よく逃げて来られたな⋮⋮﹂ ﹁殴り合いが始まったその隙に⋮⋮﹂ ﹁シン殿に教わった閃光の魔法を使って⋮⋮﹂ ﹁身体強化を全力で使って脱出したで御座る﹂ だ、大脱出だな⋮⋮。 ﹁⋮⋮大変な目に合ったな⋮⋮﹂ ﹁シン殿に魔法を教わっていて心底良かったと思いましたよ﹂ こんな事の為に教えたんじゃ無いんだけどね⋮⋮。 ﹁女の子は大好きなんだけど⋮⋮ああいう姿は見たくなかったねえ ⋮⋮﹂ 溜め息を吐きながらしみじみと呟くトニー。 ﹁でもフレイド君なら、ああいう修羅場の一つや二つ、経験してる と思ってた!﹂ ﹁それは誤解だよコーナーさん﹂ ﹁あ、ゴメン⋮⋮勝手に思い込んでた⋮⋮﹂ ﹁そうならないように上手く立ち回ってるからねえ﹂ ﹁あたしの謝罪を返して!﹂ 797 その内刺されるぞ⋮⋮本当に⋮⋮。 ﹁はあ⋮⋮どうしてこうもトラブルに巻き込まれるんだ? お前達 は﹂ ﹁マリア達もナンパされてたよね﹂ ﹁う! み、見てたの?﹂ ﹁撃退したとこは声しか聞いてないけどね﹂ ﹁そっちもか⋮⋮シンのトラブル体質が伝染してるんじゃないのか ?﹂ ﹁⋮⋮そうかも⋮⋮﹂ ﹁私、今までこんなトラブルに合った事ないですよぉ﹂ ﹁あたしも!﹂ ﹁私も。色々と刺激があって楽しい﹂ ﹁え? 嘘だよね? 俺のせいじゃないよね?﹂ ﹃⋮⋮﹄ え? 何? マジで? っていうかマリアは初対面の時、おんな じようなトラブルに巻き込まれてたような気が⋮⋮。 ﹁さっきも言ったけど、僕もこういうトラブルが起こらないように 気を付けてるからねえ⋮⋮偶発的とはいえこんな事が起こるのは⋮ ⋮﹂ ﹁自分も初めての体験です﹂ ﹁拙者、逆ナンパ自体初めてで御座る﹂ あ、あれ? 益々そんな空気になって来たぞ? ﹁フム、どうやらシンのせいでトラブルに巻き込まれ易くなってい るみたいだな。皆もこれからはそのつもりで、気を付けるようにな﹂ ﹃はい!﹄ 798 ⋮⋮泣いていいかな? ﹁だ、大丈夫ですよシン君。私はそんな事思ってませんから﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ シシリーの優しさが心に染みるね⋮⋮。 ﹁シンお兄ちゃんといると面白い事ばっかりですよ?﹂ そしてメイちゃんの無邪気な感想が心を抉るね⋮⋮。 799 カーナン王国最強は羊飼いでした トラブル体質は伝染する。 って、そんな訳あるか! あらぬ嫌疑を掛けられてしまい、かなり凹んだダーム王国への訪 問を終えた翌日、次は牧畜が盛んだと言うカーナン王国へと向かう。 一応、夜に一度アールスハイドに戻り魔人の情報が入っていない か確認しに行っている。 今の所は何も無い。 それにしても、一々戻らないといけないのは面倒だな⋮⋮。 どうにかして無線の通信機が作れないかな? ﹁シン⋮⋮お前、またよからぬ事を考えていないか?﹂ ﹁そんな事ないよ。それより、カーナン王国は織物で有名なんだよ な?﹂ ﹁ええ、そうです。特に魔物化した羊の毛で作った生地が有名です ね。それがどうしたんですか?﹂ ﹁いや、このマントさ、温度調整と光学迷彩は付与してあるけど、 治癒は付与してなかったなって﹂ ﹁治癒? ⋮⋮ああ、スイード王国での一件ですか⋮⋮﹂ そう、施されている付与は、基本的に着用者の身を守る為のもの 800 だ。だがその為、別の誰かにその付与の恩恵を与える事が出来ない。 もしマントに制服や戦闘服と同じ﹃自動治癒﹄の付与がされてい れば、スイード王国でシシリーがあんなに苦しむ必要はなかった筈 だ。 この世界の人間は、全て魔力を持っているから、魔法は使えなく ても魔道具を起動させることは出来る。マントを使ってるエリーみ たいにね。 そうすれば、シシリーではまだ治療出来ないような重症の患者で も、誰かが﹃自動治癒﹄が付与されたマントを起動させ続けるだけ で治癒が出来る。 以前は制服だったからブレザーを脱げばそれが出来たけど、戦闘 服じゃな⋮⋮シシリーも周りに止められたし。 ﹁マントに新しい付与を施したいんだ。でも今のマントは文字数が 一杯でさ、裏地か中綿として治癒を付与したものを追加出来ないか と思ってさ﹂ ﹁新たに購入はしないのですか?﹂ ﹁魔物化した大蜘蛛の糸で作った生地で作れれば良かったんだけど な。マントにも裏地にも向かないってさ。マントとして耐えれる生 地であの文字数の物を探すのは苦労したんだ﹂ ﹁そうだったんですか﹂ ﹁そういう訳でさ、カーナン王国に着いたらマントの素材になる生 地を探しに行きたいんだけど、いいかな?﹂ ﹁いいんじゃない? カーナン王国は織物が有名なだけあってファ ッションも多様だからね。私もアチコチ見て回りたいんだ﹂ ﹁そ、そうか⋮⋮﹂ 801 女子の買い物⋮⋮この世にこんなに心の折れる言葉があるだろう か? 買い物に付き合わされた時の疲労感と言ったらもう⋮⋮。 ﹁悪いけど、シシリーもオリビアもエリーさんも貸して貰うわよ? 今回は女子だけで回りたいから﹂ なんという福音! 女性陣だけで行ってくれるとは! ﹁いいんじゃないか。生地探しにシシリーを付き合わせるのはどう かと思ってたし、女の子同士の方が買い物は楽しいだろ。シシリー はそれでいい?﹂ ﹁いいですよ。皆さんとのお買い物は楽しいですし﹂ 内心の歓喜を悟られないようにシシリーに訊ねれば、それでいい と言う。 ﹁メイちゃんは?﹂ ﹁私もお姉ちゃん達に付いていくです!﹂ ﹁メイの事を頼むぞ。昨日も言ったが、シンのせいでトラブルに巻 き込まれ易くなっている。気を引き締めてな﹂ ﹃はい!﹄ ⋮⋮綺麗にハモったな⋮⋮。 もうこの認識は覆せないのかと絶望に浸っている内にカーナン王 国との国境を超えた。 802 ﹁わあ! 羊さんです! 沢山いるです!﹂ 国境を徒歩で超え、再び空へ飛び立った俺達が見たのは、広大な 草原一杯に存在する羊の群れだった。 ﹁こうして上から見るのは初めてだけど⋮⋮凄いわね﹂ ﹁あ、羊飼い﹂ リンがマッチョな羊飼いを見付けたらしい。昨日からツボに入っ てんな。 ﹁確かに凄い身体してる! 強そう!﹂ ﹁実際に強いでしょう。羊の魔物は一応中型に分類されます。それ を倒せないと羊飼いにはなれないといいますから﹂ ﹁マジか? 兵士並みじゃん﹂ ﹁ねえ⋮⋮あれって⋮⋮﹂ カーナン王国の羊飼いは兵士並みに強くないとなれない、という トールの説明に気を取られている内に、マリアが何かに気付いた。 その方向へ注意を向けてみると⋮⋮。 ﹁⋮⋮羊飼いの話をした途端にこれだ。やはりシンはトラブルを呼 び寄せる体質なのではないか?﹂ ﹁イヤイヤ! 今、俺以外にも一杯いるじゃん!﹂ 魔物化した羊を倒せないと羊飼いになれないって話をしてたら⋮ ⋮羊が魔物化した。 これは俺のせいじゃなくね!? 803 そんな事はともかく、魔物がいるなら討伐した方が良いのだろう か? それとも羊飼いが来るまで待った方が良いのか? ﹁とにかく下に降りよう。羊飼いが近くにいなかったら討伐しない と﹂ ﹁そうだな﹂ 全員が地上に降りた時点で浮遊魔法を解除する。 そして近くに羊飼いがいないか確認しようとした時⋮⋮ ﹁どおらああああああ!!﹂ 近くの草むらから筋骨粒々な男性がデカイ斧を振りかぶって飛び 出してきた。 あれ何て言ったっけ?槍と斧が一緒になったような武器。 ハ、ハ⋮⋮。 ﹁ハルシオン!﹂ ﹁ハルバードだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ うおお! 恥ずい! 思いっきり声に出しちまった! 男性の持ってる武器を間違えてしまった事に赤面している内に、 804 男性は魔物化した羊の首を切り落とし、仕留めてしまっていた。 ムッキムキな身体に、羊飼いが持ってる杖の代わりにハルバード を持ち、魔法使いとは違うローブを着ている男性。 うん、間違いない。あれが羊飼いさんだね。 ﹁おう! 旅の人か? 大丈夫だったかい?﹂ ﹁ああ、はい。大丈夫です﹂ ﹁それにしても危ねえな。何でこんなところに?﹂ ﹁いえ、羊が魔物化したのが見えたもんで、羊飼いさんがいなかっ たら討伐しとかないと不味いかなって思って来てみたんですよ﹂ ﹁おいおい、無茶言っちゃちゃいけねえよ。見たとこ成人したばっ かの子供だろう? 魔物を狩るにゃあちと早えよ﹂ ﹁そんな事ないですよ。ホラ﹂ さっきから索敵魔法に魔物化しかかってる羊が感知されてたんだ けど、それが今さっき魔物化した。 それに向かって風の刃の魔法を放つ。 魔物化した羊は、あっという間に首を切断され、その場に崩れ落 ちた。 ﹁ね? 大丈夫でしょ?﹂ その光景を唖然として見ていた羊飼いさんだったが⋮⋮ ﹁アーハッハッハッハ!﹂ 805 突然大声で笑いだした。 ﹁なんだボウズ! 強えじゃねえか! それに魔法使いだったのか !?﹂ ﹁え、ええ、まあ﹂ 俺の背中をバシバシ叩きながら楽しそうにそう言う羊飼いさん。 凄い力だな! 背中が痛いよ! ﹁そうかそうか、だが悪いな、魔物化した羊はいくら仕留めてもや れねえんだよ⋮⋮﹂ こっかようよ ﹁ああ、別にいいですよ。羊が欲しくて狩った訳じゃないので﹂ うか ﹁悪いな。魔物化した羊は、俺達みたいな資格を持った﹃国家養羊 家﹄でないと扱っちゃいけない事になってんだ﹂ ﹁へ、へえ⋮⋮﹂ 羊飼いが国家資格!? そんな資格があるのかカーナン王国! ﹁と、とにかく、俺達は魔物を放置しておけなかっただけなんで、 お気になさらず﹂ ﹁そうか? 悪いな。ボウズ達はこれから王都に向かうのか?﹂ ﹁ええ、そうですけど﹂ ﹁なら、王都に着いたら﹃シェパード服飾店﹄がお薦めだぞ。ボウ ズ達みたいな旅人向けの服や装備が揃ってるからな﹂ ﹁へえ、そうなんですか。ありがとうございます﹂ ﹁なーに、いいって事よ。こっちは労せずに魔物化した羊を一頭確 保出来たんだからな。礼を言うのはコッチってもんよ﹂ ﹁あはは、それじゃあそろそろ行きますんで﹂ ﹁おう、俺はガラン、機会があったらまたな!﹂ 806 ﹁俺はシンです。またご縁があれば﹂ そう言ってガランさんと握手し、その場を離れた。 それにしても良い情報が聞けたな。シェパード服飾店ね。カーナ ン王国に着いたら行ってみよう。 ﹁それにしても、凄い身体してたね!﹂ ﹁ああ、一撃で仕留めた腕といい、この国は兵士より羊飼いの方が 強いのかもしれんな﹂ ﹁国家養羊家って言ってたましたし、ひょっとしたらカーナン王国 の羊飼いってエリートかもしれませんね﹂ 前世の知識では、羊飼いの社会的地位って低かったらしいけど、 この国では違うのかもしれないな。 カーナン王国の国家養羊家との邂逅を終え、俺達はカーナン王国 の王都に辿り着いた。 入場門でダーム王国の時と似たようなやりとりをした後、同じよ うに宿を取ったのだが⋮⋮。 ﹁凄い! フカフカです!﹂ ﹁これは凄いですわね。私の家で使っている物と比べても羊毛の量 が格段に多いですわよ?﹂ 前回と同じく八人の大部屋を二つ取ったのだが、その内の一室に 集まった時、メイちゃんがベッドにダイブしてそう言い、エリーが ベッドに使われている羊毛の量を見てそう呟いた。 807 王家や公爵家で使ってる寝具より羊毛の量が多いって、さすがに 人口より羊の数が多いって言うだけはあるな。 ﹁そういえば⋮⋮シン君のお家の寝具は羊毛を使ってないですよね ?﹂ ﹁なによシシリー。もうシンの家の寝具まで知ってるの?﹂ ﹁え? あ! ちがっ! お婆様! お婆様のお部屋に行った時に 見せてもらったの!﹂ ﹁なあんだ、てっきりもうシンの家の寝具の使い心地とか知ってる のかと思った﹂ ﹁も、もう! マリア!﹂ シシリーとマリアがじゃれ合ってるけど、ばあちゃんの部屋? ﹁ばあちゃんの部屋に何しに行ったの?﹂ ﹁お婆様、トレーニングで腰を少し痛められたらしくて、その治療 の為に伺ったんです﹂ ﹁ばあちゃん⋮⋮﹂ もう歳なんだから自重しようよ⋮⋮。 ﹁それでベッドに横になってもらって治療をしたんですけど⋮⋮そ の時、マットレスが違うなって気付いて。あれなんですか? お婆 様も知らないって言ってましたし﹂ ﹁ああ、あれね。あれは森の中で低反発な木の皮の素材を見付けて ね。集めてベッドの上に敷いたんだよ﹂ コルクも木の皮だけど、それより柔らかくて低反発な皮が剥げる 木があったのだ。前世で低反発ベッドに憧れてたから真っ先にマッ トレスを造ったんだよね。 808 ﹁低反発? そんなんで寝れるの?﹂ ﹁それが凄いの。お婆様に試してみるかって聞かれたから横になっ てみたんだけど⋮⋮危うく寝るところだったわ﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁なんて言うか⋮⋮身体が浮いてる感じがするというか⋮⋮包まれ てる感じがするというか﹂ ﹁そ、そんなに?﹂ ﹁そういえば、上に掛ける寝具も凄く軽かったですけど、何であん なに軽いんですか?﹂ ﹁え? シン君の家、お金持ちなのに⋮⋮﹂ アリスがそう疑問を呈するのには訳がある。 この世界の寝具は羊毛を使った物が主流であり、その量が多けれ ば多いほど高級品となる。 エリーやメイちゃんが驚いていたのは、その量が凄かったからだ。 そして、量が多ければ寝具は重くなる。軽い寝具って事は、一般 的には安物って認識だ。 ﹁ああ、家の寝具は羊毛使ってないから﹂ ﹁それはさっき聞いたけど⋮⋮じゃあ何使ってるの?﹂ ﹁羽毛﹂ ﹁鳥の羽⋮⋮﹂ 皆が怪訝そうな顔で俺を見てる。 この世界じゃ、まだダウンの有効性は知られてないんだよなあ。 809 ﹁ま、いつか使ってみるといいよ。ビックリするから﹂ ﹁そうかしら? まあ、シシリーはもうすぐ実感すると思うけど﹂ ﹁マリア!﹂ そんなウォルフォード家の寝具事情は置いておいて、この国での 各々の目的に向かって動き出した。 女性陣はお買い物に、俺は羊飼いのガランさんが教えてくれたシ ェパード服飾店に行ってみる事にした。 皆のマントはオーグ達の分も含めて既に預かっている。 その場で加工してもらいたいからね。 ﹁ウォルフォード君、自分も一緒に行って良いッスか?﹂ 宿を出ようとした所でマークに呼び止められた。 ﹁良いけど、マークも素材探しか?﹂ ﹁それもあるッスけど、ウォルフォード君がどういった素材を選ん でどういった加工を施すのか興味あるッス﹂ さすがに工房の息子だけあって物作りには興味があるみたいだ。 ﹁という訳で僕一人になっちゃうから僕も一緒して良いかい?﹂ ﹁良いよ。じゃあ三人で行くか﹂ 結局男性陣と女性陣の二手に分かれただけになっちゃったな。 810 シェパード服飾店は宿の人に聞いたらすぐに分かった。 なんでも、このカーナン王国でも有名な服飾店らしい。 流行の服等はあまり置いていないが、旅をする上で必要な服や外 套、その他、オーナーが国家養羊家なのだそうで魔物化した羊の羊 毛を使った生地や服などが豊富に取り揃えられているらしい。 これは良い店を教えてもらったな。正に俺が求めてる物が置いて ある店だ。 シェパード服飾店に向かう道すがら、他の店も冷やかしていった。 ﹁流石カーナン王国ッスね。服飾店や生地店が多いッス﹂ ﹁さっき見たお店は男性物の専門店だね。ざっと見ただけでも欲し い服がいくつかあったよ﹂ ﹁なら帰りに寄って行こうか。俺も良さげな服見つけたし﹂ ﹁良いねえ、そうしようか﹂ そんな風に少し寄り道をしながら目的の店を目指す。 そして着いた店は⋮⋮。 ﹁デッカ!﹂ ﹁これは凄いッスね⋮⋮﹂ ﹁四階建てだねえ﹂ こう言っちゃ悪いけど、マークの家の工房よりデカイ。敷地面積 も、階数もだ。 811 そんなシェパード服飾店に早速足を踏み入れる。 ﹁いらっしゃいませ﹂ 店内は、さっき来る時に冷やかして来た店と違い、高級感に溢れ ていた。店員さんも上品な感じがするし。 それにしても店が広いので、目的の物を探すのも一苦労だ。ここ は店員さんに案内して貰おう。 ﹁あの、すいません﹂ ﹁はい、いかがされましたか?﹂ 俺はこの店に来た目的を告げ、その条件にあった生地が無いか聞 いてみた。 ﹁魔法の付与が出来る、マントの裏地か中綿になる素材ですか⋮⋮﹂ ﹁あ、マントはこれです﹂ ﹁拝見致します﹂ 俺は自分のマントを店員さんに見せ、それに合うものを見繕って 貰う事にした。 ﹁これは⋮⋮随分と良い素材を使ってらっしゃいますね⋮⋮﹂ ﹁ちなみに八文字付与してます﹂ ﹁マ、マントで八文字ですか!﹂ マントに使われるのは丈夫さ最優先だからな。付与文字数が多い ものはあんまりない。 812 ﹁裏地も良いものを使ってますし⋮⋮そうなると中綿を増やすしか ありませんが、夏場は熱いですよ?﹂ ﹁ああ、その点は大丈夫です﹂ そのマント、エアコン効いてるから。 ﹁左様でございますか。ただ、魔法付与が出来る中綿となると魔物 化した羊の羊毛しかありませんが⋮⋮﹂ ﹁それで良いです。この枚数分加工してもらえませんか?﹂ 異空間収納から全員分。エリーとメイちゃんのも含めた十三着の マントを追加で出す。 ﹁こ、こんなに?﹂ ﹁合計十四着ですね。お願い出来ますか?﹂ ﹁それは構いませんが⋮⋮そうなるとお値段の方が⋮⋮﹂ ﹁そいつらにはオマケしてやんな﹂ ﹁オ、オーナー!﹂ ﹁オーナー?﹂ 合計十四着分の素材と加工費の話を店員さんがしようとしたとき、 後方から声を掛けられた。 あれ? ついさっき聞いたような⋮⋮。 ﹁あ、やっぱり、ガランさん﹂ ﹁おう、早速来てくれたんだな。歓迎するぜシン﹂ ﹁オーナーのお知り合いの方でしたか﹂ ﹁おう! このシンは凄いぜ。なんせ魔物化した羊を魔法一発で仕 留めちまったんだからな﹂ 813 ﹁ま、魔法一発!? そんな高位の魔法使いだったのですか?﹂ ﹁高位って⋮⋮高々羊ですよ?﹂ ﹁ウハハハ! やっぱりそういう奴だったか。羊の魔物位じゃ物足 りなさそうだったからな﹂ ﹁羊の魔物をそんなに簡単に⋮⋮﹂ え? だから羊だろ? 中型に分類されるって言っても猪や狼じ ゃないんだから。 そう思っていると、マークに袖を引っ張られた。 ﹁ウォルフォード君の認識では高々羊の魔物かもしれないッスけど ⋮⋮一般的には中型以上の魔物は相当な脅威の対象ッスよ﹂ ﹁まあ⋮⋮最近僕らも虎とか獅子とか相手にしてるから、若干感覚 がおかしくなってきてるけどねえ⋮⋮﹂ ﹁おう、どうした?﹂ ﹁いえ、なんでも無いッス!﹂ ﹁そうか、まあそんな高位魔法使いだからな、ウチで装備の加工を したとなれば、ウチの店の箔も上がるってもんよ。それに、羊も狩 ってもらったしな﹂ ウチの店ね。 ﹁オーナーの国家養羊家ってガランさんの事だったんですね﹂ ﹁おう、ガラン=シェパードだ。羊を狩ってもらった礼にな、少し でもまけてやろうと思って店を紹介したんだよ﹂ それで自分の店を紹介してくれたのか。運が良かったな。 ﹁それはどうも、ありがとうございます。枚数が多いですから助か 814 ります﹂ ﹁おう、じゃあ材料費と加工費で⋮⋮こんなもんでどうだ?﹂ ﹁オ、オーナー! それだとほぼ原価です! それに加工費も含も が⋮⋮﹂ ガランさんが騒ぐ店員さんの口を塞ぐ。 ﹁いいから黙っとけよ。じゃあ、これでいいか?﹂ さっきまで暴れてた店員さんがグッタリしてきた。 だ、大丈夫か? ﹁こ、こっちとしては願ったりですけど⋮⋮良いんですか? 儲け は殆ど出ないんじゃ?﹂ ﹁なーに、儲けは何も金銭だけじゃねえ。シン達ならいずれ名の知 れた魔法使いになる。そうなった時シン達の装備を加工したのがウ チとなれば⋮⋮その時に精々稼がせて貰うさ﹂ ガランさんはそう言ってニヤリと笑って見せた。 カッケー、ガランさん超カッケー。 ﹁分かりました。ではそれでお願いします。ガランさんの期待に応 えられるよう頑張りますよ﹂ ﹁おうよ! 頑張ってくれよ!﹂ ガハハと笑いながら俺達の装備の加工を引き受けてくれた。 店員さんの話によると、明日には加工は出来るそうなので出発前 815 に取りに来ることにした。 良かった⋮⋮店員さん、生きてたんだね⋮⋮。 ﹁いやあ、ラッキーだったな。もっと大きい出費を覚悟してたわ﹂ ﹁それにしても⋮⋮良いんスか? あんな方法で安くしてもらった りして⋮⋮﹂ マークがそう疑問を投げ掛けてくる。確かにこの世界ではあんま りこういうのは聞いた事ないけど。 ﹁良いんじゃねえの? いわば広告塔になってくれる代わりに安く してくれるって話だろ。双方にメリットがあるんだから、後は俺ら が名を上げればいい話だ﹂ ﹁いや、もう十分名は上がってると思うけどねえ﹂ しかし、そうなると企業ロゴでも入れた方が良いんだろうか? ⋮⋮何かのユニフォームみたいになっちゃうな。その辺はまた考 えよう。マント自体はアールスハイド王都の店で買ったものだしな。 とりあえずこの国での目標を終えた俺達は、行き掛けに見た服屋 で、普段着る為の服を見ていく。 普段着は魔法の付与とか考えなくていいから気軽に選べていいな。 予定していた金額が大分浮いたので、その分色々と見て廻った。 ﹁どうだ? 目当ての加工は出来そうか?﹂ 816 何軒目かの店を見て廻っている時に会談を終えたオーグ達と合流 した。 会談の様子はダーム王国とほぼ同じだったらしい。特筆する事も 無いので男三人を加えてまた店を巡り、屋台で昼食を食べ、お土産 やその他の買い物も済ませ宿に戻った。 ﹁ふう⋮⋮買い物って楽しいけど疲れるな﹂ ﹁そうッスね。自分の買い物でもこんなに疲れるのに⋮⋮﹂ ﹁女の子達との買い物だけは、僕も勘弁して欲しいかな?﹂ マークとトニーも同意見か⋮⋮オーグ達は婚約者と二人で買い物 とかあり得ない立場なのでピンと来ていないらしい。 俺は何度かシシリーとクロードの街に買い物に行った事がある。 ⋮⋮女の子の買い物はどこも同じだったとだけ言っておこう。 ﹁ところで、マントはいつ取りに行くんだ?﹂ ﹁明日、出発前に取りに行く事になってる。店の工房を借りてその まま魔法付与するわ﹂ ﹁分かった﹂ ﹁ただいまです!﹂ 明日の予定を話している内に女性陣が帰って来たらしい。 皆異空間収納が使えるから手ぶらだが、その異空間収納にはどれ だけの服が詰まっているのか⋮⋮。 ﹁はあ⋮⋮楽しかったですわ。こんなに沢山のお店を回ったのも初 817 めてですし﹂ ﹁またちょくちょく行こうよエリー!﹂ ﹁護衛は私達がいる。心配無用﹂ ﹁フフ、そうですわね。また行きましょう﹂ ﹁私も行きたいです!﹂ ﹁心配しなくてもメイも連れて行ってあげますわよ﹂ ﹁やったです!﹂ ⋮⋮女性陣は元気だな⋮⋮。 俺達は他に用事もあったから女性陣より買い物していた時間は短 いんだが、それでもかなりグッタリしてるというのに⋮⋮。 ﹁⋮⋮買い物の話題を振るのは止めておこう。付き合ってくれと言 われたら堪らん﹂ ﹁あ、アウグスト様﹂ ﹁どうしたエリー?﹂ ﹁アウグスト様は何かお買い物をなさいまして?﹂ な! 向こうから振ってくるだと⋮⋮? ﹁あ、ああ⋮⋮会談が終わった後シン達と合流してな、いくつか店 を廻ったが⋮⋮﹂ ﹁そうですか⋮⋮ねえアウグスト様?﹂ ﹁な、なんだ?﹂ ﹁今度は⋮⋮二人でお店を廻りませんか﹂ ﹁そ、そうだな⋮⋮﹂ あ、オーグの顔が引きつってる⋮⋮。 818 ﹁あの、シン君?﹂ ﹁え? お、おお。どうした?﹂ こっちもか? お買い物のお誘いか? ﹁あのこれ⋮⋮お買い物の途中で見付けたんです。シン君に似合う かなって思って﹂ そう言ってシシリーは、異空間収納から黒いジャケットを取り出 した。 ﹁シン君、黒い上着をよく着てるから、好きなのかなって思って﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ やっべ、超嬉しい。 ﹁着てみて良いかな?﹂ ﹁はい! 是非!﹂ そうして袖を通したジャケットはサイズピッタリだった。 ﹁うん、格好良いな。気に入ったよ。ありがとうシシリー﹂ ﹁いえ、喜んでもらえて良かったです﹂ そう言って微笑むシシリー。 俺も買っといて良かった⋮⋮。 ﹁シシリー、俺も渡したい物があるんだ﹂ ﹁え?﹂ 819 そう言って異空間収納から何枚かのスカーフを取り出した。 ﹁シシリーに似合うと思って⋮⋮どうかな?﹂ ﹁わあ⋮⋮ありがとうございます!﹂ シシリーも早速スカーフを広げ、肩を覆うように身に付けた。 ﹁ありがとうございますシン君、嬉しいです﹂ ﹁喜んでもらえて良かった﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁ちょっと! ここ食堂! 公共の場!﹂ マリアの突っ込みで我に返った。 うお! 危ね! 俺とシシリーのやり取りを見ていた他の客達から冷やかしの声が 上がる。 ﹁もう! 見てるこっちが恥ずかしいわよ!﹂ すまないマリア。予期せぬプレゼントに舞い上がってしまった。 ﹁あぅ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂ 我に返ったシシリーは当分復帰出来ないだろう。 ご飯食べられるか? 820 ﹁ところで、今日私達の方には特にトラブルなど無かったのだが、 エリー達の方は何も無かったか?﹂ ﹁ええ、流石に八人の集団ですから、声を掛けてくる男性もいませ んでしたわ﹂ ﹁フム⋮⋮このままトラブル無しで終わるとも思えん⋮⋮皆最後ま で気を抜かないようにな﹂ ﹃はい!﹄ くそ! トラブルがあって当然って顔してやがる! 何も言い返 せないのが辛い! ﹁あぅ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂ シシリーの援護は無い! 最後に凹まされて迎えた翌日、出発前にマントを取りにシェパー ド服飾店に向かった。 ﹁おう! おはようさん!﹂ ﹁おはようございます。外套の加工は出来ております﹂ ﹁ありがとうございます。すいませんが工房を貸して頂いても良い ですか?﹂ ﹁工房⋮⋮でございますか?﹂ ﹁ええ、早速魔法を付与しようと思いますので﹂ 怪訝な顔をしている店員さんにそう伝えると、今度は目を見開い た。 ﹁付与を御自身で掛けられるのですか?﹂ 821 ﹁スゲエな、あれだけ魔法を使えるのに付与まで出来んのかい?﹂ ﹁ええ、まあ﹂ ﹁ほえー﹂ 感心しているガランさんは置いておいて、自動治癒を付与する為 に工房を借り、十四着分の付与を終わらせた。 ﹁お、もう終わったのか?﹂ ﹁はい、ありがとうございました。では俺達はこれで﹂ ﹁おうよ、またいつでも⋮⋮﹂ ﹁た、大変だガランさん!﹂ 別れの挨拶をしていた所へ、若い羊飼いさんが血相を変えて飛び 込んで来た。 ﹁なんだ? どうした!﹂ ﹁ひ、羊が⋮⋮﹂ ﹁羊がどうしたって?﹂ ﹁羊が⋮⋮大量に魔物化したんです!﹂ ﹁な、なんだと!﹂ 最後の最後にこれか⋮⋮。 ﹁やはりあったな、トラブルが⋮⋮﹂ ﹁こうなってくると⋮⋮益々信憑性が出てくるわね﹂ ﹁俺のせいじゃない!﹂ 違うよね? そうだと言って! ﹁悪いシン、厄介事が起きちまった。行かなきゃならん﹂ 822 ﹁あ、俺達も行きますよ﹂ ﹁え? いや、それはありがたいんだが⋮⋮良いのか?﹂ ﹁ええ、それにここで活躍すれば多少は名前が売れるでしょう?﹂ そう伝えると、ガランさんは一瞬呆けた顔をした後、豪快に笑い 出した。 ﹁ガハハハ! 確かに違ぇねえ! そんじゃあ頼めるか?﹂ ﹁はい、任せて下さい﹂ ﹁ちょっ! ちょっとガランさん! 何考えてんですか!?﹂ ﹁ん? ああ大丈夫だ、シン達は強えからな﹂ ﹁一頭や二頭じゃ無いんですよ!? こんな子供に何が出来るって 言うんですか!?﹂ まあ、確かに成人したばっかだけどね。ガランさんが言ってるん だから信用してもいいのに。 ﹁そんなに俺の言う事が信じられないか?﹂ ﹁え⋮⋮あ、いえ⋮⋮そういう訳じゃ⋮⋮﹂ ﹁心配しなくても、シン達の実力はこの目で見てる。戦力としては 申し分無い。むしろ俺達の方が足手まといにならないか心配だな﹂ ﹁ガ、ガランさんが足手まとい?﹂ ﹁おっと! こんな所で立ち話してる暇はねえな、じゃあシン行こ うか﹂ ﹁分かりました。じゃあ⋮⋮メイちゃんとエリーは城壁の上で見学 な。オーグ、一緒にいてくれるか﹂ ﹁フム⋮⋮後から来る国の人間への説明もいるか。分かった、私が 二人を護衛しよう﹂ ﹁お兄様が護衛って、何か変です﹂ ﹁そうですわね⋮⋮普通逆の立場ですものね﹂ 823 ﹁ホラ、行くぞ﹂ ﹁はわ! 待って下さい!﹂ ﹁それでは皆様、後程﹂ ﹁おう。じゃあ行くか﹂ ﹁はーい!﹂ ﹁何でそんなに気軽に⋮⋮遊びじゃねえんだぞ⋮⋮﹂ 呼びに来た若い羊飼いさんがブツブツ言ってるけど、羊だろ? 今や虎とか獅子とか狩ってるこのメンツに緊張感は生まれませんっ て。 それを言うとまた面倒臭そうなので、言わずに城壁の外へ出る。 するとそこには、ガランさん以外の羊飼いさん達が大勢いた。 ﹁おう、来たかガラン﹂ ﹁お疲れ様です! ガランさん!﹂ ﹁お疲れ様です!﹂ おおう、ガタイの良い羊飼いさんがガランさんに向かって一斉に 頭を下げた。 下げてないのはガランさんとタメ口聞いてた人だけだ。 それにしても、ハルバードを手に持ちローブを纏ったガチムチの 集団⋮⋮これだけでも恐ろしい光景だな。 持ってるハルバードは皆同じ物だ。 まさかそれが国家養羊家の証なんじゃ⋮⋮。 824 ﹁ところで、その小僧共はなんだ?﹂ ガランさんとタメ口聞いてた人がこっちをギロっと睨みながら質 問した。 こえーよ! ﹁そう睨むなバラック。コイツはシン、今回の件で手伝ってくれる って言うから連れてきた。ああ、言っとくけどコイツら相当高位の 魔法使いだからな。戦えるのかって質問はナシでな﹂ ﹁お前がそう言うなら、これ以上は追及せんが⋮⋮何で手助けを?﹂ まあ当然の質問だわな。魔物化した羊は国家養羊家しか取り扱っ ちゃいけないんだもの。兵士を除けばこの討伐にメリットはない。 ﹁ガランさんには色々と便宜を図ってもらいましたからね。恩返し ですよ﹂ ﹁フ、フハハハ! そうか恩返しか。なるほどな﹂ お?何かウケた。睨まれなくてよかった。 ﹁来たぞ! 羊の群れだ!﹂ バラックさんというガランさんの友人らしい人と話していると、 誰かが叫んだ。 おお、凄いな。あれ全部魔物化した羊なのか? ざっと見ただけ で百⋮⋮いや二百はいるな。 825 ﹁皆怯むなよ! むしろ稼ぎ時だと思いやがれ!﹂ ガランさんの掛け声で羊飼いさん達の表情が変わった。 皆獰猛な笑みを浮かべて羊の群れを見ている。 だからこえーよ! ﹁シン、悪いが羊毛にダメージの残る火の魔法は避けてもらえるか ?﹂ ﹁多少の傷は?﹂ ﹁製糸するからな、傷はあっても問題ない﹂ ﹁だそうだ、皆火の魔法以外でな﹂ ﹃はーい﹄ 何とも緊張感に欠ける返事だこと。 そうこうしてる間に羊の群れが近付いて来た。 よし、じゃあ先制しとくか。 そう思い、地面に向けて魔法を放つ。 羊の群れの目の前に、先の尖った杭が地面から突き出した。 ﹃メ゛エエエエ!!!﹄ 先頭を走っていた十数頭が串刺しになり、羊の断末魔が聞こえた。 その光景に羊飼いさん達が呆然としているけど⋮⋮。 826 ﹁後続が乗り越えて来ます! 構えて!﹂ その声に我に返った羊飼いさん達が、後ろから乗り越えて来た羊 を次々と討伐していく。 おお、凄いな。ガチムチの集団がハルバードを振り回し羊を狩り まくっている。 対する俺達も、風の刃に水の刃といった魔法で次々と討伐してい く。 そうして、あっと言う間に羊の群れは討伐されてしまった。 まあ、羊だしな。 諺じゃ無いけど、狼に率いられてる訳じゃないし。 それにしても、兵士さんも討伐に加わっていたのだが⋮⋮羊飼い さんの方が圧倒的に強かった。 この国の最強はやはり羊飼いさん達なのだろうか? そんな事を考えていると⋮⋮。 ﹁スゲエな! まさかここまでとは思って無かったぜ!﹂ ﹁本当だな⋮⋮ほとんど小僧達で討伐しちまったんじゃねえのか?﹂ ﹁あの⋮⋮さ、さっきは失礼な事を⋮⋮﹂ 羊飼いさん達が集まって来た。 827 ﹁まあ、羊ですしね﹂ ﹁そう言える事が凄いんだが⋮⋮小僧達は普段何を狩ってるんだ?﹂ ﹁はは、まあそれは良いじゃないですか﹂ ﹁これだけ強いと虎や獅子なんかを狩れると言われても信じそうだ﹂ ﹁さすがにそれはねえだろ﹂ ﹁まったくだ﹂ ﹃ガハハハ!﹄ あ、やっぱりそういう認識なのね。言わないでよかった。 羊飼いさん達と話していると、オーグ達もやって来た。 さて、これでもう何も無いだろうし、ようやく出発出来るかな? ﹁今回の事は助かった、俺はバラック。バラック=クルークだ﹂ ﹁あ、俺はシン、シン=ウォルフォードです﹂ バラックさんが握手を求めて来たので俺も自己紹介しながら握手 に応じた。 そういえば、ガランさんには苗字教えて無かったな。 ガランさんが名前しか名乗らなかったから、俺も吊られて名前だ けで自己紹介してしまったからな。 ﹁ウォルフォード? かの英雄と同じ苗字なのか?﹂ ﹁へえ、アールスハイド以外でも有名なんですか?﹂ ﹁当たり前だろう。賢者マーリン=ウォルフォードの英雄譚は広く 世界中で読まれている。かくいう俺も子供の頃は憧れたものだ﹂ 828 ﹁へえ⋮⋮じいちゃんが聞いたら悶絶しそうだな⋮⋮﹂ ﹁じいちゃん?﹂ ﹁あ、マーリン=ウォルフォードは俺のじいちゃんなんで﹂ ﹁な! え? え?﹂ ﹁話しは終わったか? ではそろそろ出発するぞ﹂ ﹁ああ、分かった。それじゃあガランさん、バラックさん、失礼し ます﹂ ああ、ようやく出発出来た。次はクルト王国か、そういえばこの 国の説明はまだ聞いてなかったな。 そんな事を考えながらカーナン王国を後にした。 ﹃えええええええ!?﹄ 後ろから何か叫び声が聞こえてたけど。 829 麦畑で捕まえ⋮⋮られませんでした 最後の最後にトラブルに見舞われたカーナン王国を後にし、今回 の諸国訪問の最終地であるクルト王国に向かう。 ﹁ところで、最後に行くクルト王国ってどんな国なんだ?﹂ カーナン王国王都を出てしばらくしてから空中移動に切り替えた 頃、最後の訪問地の事をまだ聞いていなかった事を思い出した。 ﹁クルト王国は穀物、特に麦の大生産地ですね﹂ ﹁食料自給率が三百パーセントを越えているらしいからな。クルト 王国から麦を輸入している国も多いぞ﹂ ﹁そのお陰で麦が安いからね、パンの種類が豊富なのよ。今世界中 で作られてるパンの発祥の殆どがクルト王国らしいわ﹂ ﹁へえ、やっぱり詳しいんだな﹂ ﹁全部中等学院で習ったからねえ﹂ 中等学院までに世間一般の教育はほぼ終わるらしい。高等魔法学 院の入試に地理・世界史は無かったから全く勉強しなかったわ。 ﹁そういう意味では、メイ姫様は実地で地理のお勉強が出来てます ね﹂ ﹁授業は眠くなるですけど、このお勉強は楽しいです!﹂ ﹁メイ、お前はちゃんと勉強してるのか?﹂ ﹁あわわ、失敗したです!﹂ 失言でオーグに突っ込まれているメイちゃんを見てホッコリして 830 いると、マークが意外な事を言った。 ﹁クルト王国は、賢者様と導師様でいうと、導師様の方が人気があ るッスね﹂ ﹁え? そうなんだ?﹂ ﹁ああ、確かにそうかもねえ﹂ ﹁まあ⋮⋮ばあちゃんも昔は派手に活躍したらしいから、人気があ ってもおかしくはないか﹂ ﹁そういうんじゃなくて、もっと実利的な事ッスね﹂ ﹁実利的?﹂ なんだろう? 魔道具が関係してんのか? ﹁まあ、クルト王国に行ったらすぐに分かると思うッスよ﹂ そう言って詳しく教えてくれなかった。 むう⋮⋮気になる。 そしていつも通りに国境を超え、クルト王国に入りまた空へと飛 び立ったのだが⋮⋮。 ﹁おお、カーナン王国と違って穀倉地帯が⋮⋮﹂ ﹁これまた凄い光景ね。上から見るとこんなに印象が違うのね﹂ ﹁麦の絨毯です!﹂ まだ収穫までに日がある麦畑は、小麦色では無かったけど、緑色 の絨毯みたいに辺り一面の麦畑だった。 ﹁こりゃ凄いな⋮⋮食料自給率が高いのも分かるわ﹂ 831 しかし、ここで疑問が一つ。 ﹁こんだけ広大だと⋮⋮収穫とか大変だろうな⋮⋮﹂ これを人間の手で収穫するのか⋮⋮無理じゃね? ﹁そこでさっきの話ッスよ﹂ ﹁ばあちゃんが人気あるってヤツ?﹂ ﹁そうッス。これだけ広大な畑の収穫なんて人間の手では無理ッス よね?﹂ ﹁そりゃ無理だろ﹂ そこまで言って分かった。 ﹁つまり、ばあちゃんが収穫するための魔道具を開発したのか?﹂ ﹁その通りッス。後は畑を耕す魔道具もッスね。クルト王国は肥沃 な土地が多くて、それまでも麦の生産は盛んに行われてたんス。け ど人員的な問題で収穫高を増やす事が出来なかったッス。そこに、 導師様が畑を耕す魔道具と、収穫と脱穀を同時に行う魔道具を開発 した事で、畑を拡げる事が出来て収穫高が劇的に増えたんス。今で も賢者様より導師様の方を英雄視する声が多いのはそういう理由ッ ス﹂ なるほどな。畑の面積を拡げたい、でも拡げても収穫が追い付か ない。そこに所謂トラクターとコンバインを開発したと。 ばあちゃん凄いな。必要は発明の母とは良く言ったもんだ。 ﹁今でもハーグ商会クルト支部の売上の半分は、耕運機と収穫機と 832 そのメンテナンス費用だってお父さんに聞いた事あるよ!﹂ ﹁民の為になる魔道具を創る⋮⋮さすがはメリダ様ねぇ。益々尊敬 しちゃうわぁ﹂ 戦闘に使う魔道具より生活に使う魔道具の方が一般市民にとって は有り難い。 じいちゃんは、まあ所謂英雄で、ばあちゃんは生活を向上させて くれた市民の味方なんだろうな。 そんな二人の孫である事が改めて誇らしくなった。 ﹁そんな英雄達の孫は、非常識でトラブルばっかり起こしてるがな﹂ ﹁意図的に起こしたトラブルなんてねえよ!﹂ トラブルは俺が起こしてるんじゃない、勝手に起きるんだ! ﹁そんな事より、クルト王国に着いたらどうする? 何か目的はあ るのか?﹂ ﹁いや⋮⋮これといって思い浮かばないな⋮⋮﹂ 料理に情熱を燃やしてる訳じゃないし、特別米が食いたい欲求が ある訳でもないから米を探す気もないし⋮⋮どうしようかな? ﹁じゃあ、土産にクルト王国産のパンでも買ってどこかで待機して いろ。今日王都に帰るんだ、最後くらいトラブル無しで終わらせた い﹂ ﹁⋮⋮もう朝からトラブルに巻き込まれたけどね﹂ ﹁最後くらいは、だ。大人しくしていろよ?﹂ 833 まるで俺が進んでトラブルを起こしてるみたいに言いやがって。 ただ、この旅行中にトラブルが起きなかった日は無いんだよな⋮⋮ クルト王国に着き、オーグ達がいつものように王城に向かった後、 今日帰るので宿を取る必要も無くやる事がない俺達はとりあえず街 に繰り出した。 ﹁おお⋮⋮良い匂いがする⋮⋮﹂ ﹁アチコチでパンの焼ける良い匂いがしますね﹂ ﹁お腹空いたです﹂ 今回は各々やりたい事は無いとの事なので、皆で街を見て回って いる。 街に出ると、辺りに良い匂いが漂っている。街を歩いているだけ でお腹が空いてくるな。 ﹁あ! サンドイッチ売ってる! 皆で買って食べようよ!﹂ 周りを見ると、サンドイッチやクレープなんかを歩きながら食べ ている姿をよく見掛ける。この国じゃあこのスタイルが一般的みた いだな。 サンドイッチの屋台が各種並んでおり、肉メインの店、野菜メイ ンの店、フルーツサンドの店など、各店舗差別化を図っており正直 色々と目移りしてしまった。 女性陣は野菜とフルーツの店で、男性陣は肉メインの店でサンド イッチを購入。 834 俺は各種ハムにキュウリとレタスを挟んだサンドイッチを買った。 キュウリとハムとマヨネーズのコラボは、個人的に最強だと思う。 ﹁イヤイヤ、ベーコンとトマトとレタスが最強だよねえ﹂ ﹁イヤイヤ、オニオンにオリーブのコラボと言ったらもう⋮⋮﹂ ﹁イエイエ、レタスとハムにチーズでしょう?﹂ ﹁イヤイヤ﹂ ﹁イエイエ﹂ うん、皆それぞれこだわりがあるのは分かった。全く結論が出な い。 サンドイッチは食パンに挟んだ物ではなく細長いパンに挟んだ物 なので、食べ歩きをしながらいかに自分のサンドイッチが美味しい か熱弁を振るっていた。 十一人も一斉に主張し出すと、もう何が何だか⋮⋮。 食べ歩きをしながら街をフラフラしていると、街角に本屋があり、 軒先には若い男女の絵が吊るされていた。 ﹁あ、賢者様と導師様だ!﹂ ﹁な⋮⋮なんだと⋮⋮?﹂ 若く挑発的な笑みを浮かべた黒髪のワイルド系のイケメンの絵と、 眼鏡を掛け理知的だけど、どこか妖艶な感じの赤毛の女性の絵を見 て、アリスがそんな衝撃的な事を言った。 835 これが爺さんとばあちゃんの絵だと? ﹁はぁ⋮⋮格好いいなぁ、メリダ様﹂ ﹁こっちの賢者様も上手く描けてますわね﹂ ﹁それにしても、さすがはクルト王国ッスね。賢者様関係より導師 様関係の本の方が多いッス﹂ ﹁え? 本って一種類じゃないの?﹂ ﹁そんな訳無いじゃない。賢者様と導師様の本は、今でも毎年数札 ずつ新刊が出てるわよ﹂ ﹁最初の一冊目がオリジナルと言われてますけど、知られざる裏話 を書いた物から、完全な二次創作まで、ありとあらゆるジャンルの 本が出てますよ﹂ マジか⋮⋮じいちゃん、ばあちゃん、大変な事になってるよ⋮⋮。 ﹁うーん、今のお二人も老成した感じが素晴らしいけど、この絵姿 も素晴らしいよねえ﹂ ﹁俺は生まれた時から老人の二人しか知らねえよ⋮⋮﹂ 今よりちょっと若かったけど、昔から爺さんとばあちゃんだった んだ。 身内の昔の絵を見せられて、モゾモゾする感じがする。 ﹁アンタ達、アールスハイドから来たのかい?﹂ ﹁え? ええそうですけど。何で分かったんですか?﹂ 店先に吊るしてある絵を見ながら話し込んでいると、本屋のおば ちゃんが話し掛けてきた。 836 ﹁そこのお兄ちゃんが、最近の御二人を見たような事を言ってたか らねえ。御二人が御孫さんを連れてアールスハイドに戻ったって話 は知れ渡ってるから、アンタ達もアールスハイドで見たのかと思っ てね﹂ ﹁ああ、そういう事ですの﹂ その話、外国にまで知れ渡ってるの? ﹁え? 御二人を見たって?﹂ ﹁なんて羨ましい!﹂ ﹁一度で良いから御目に掛かりたいわあ﹂ 話を聞き付けた周囲の人達も集まってきた。 皆口々に爺さんとばあちゃんの事を誉めちぎっている。 何とも言えないむず痒い感じになっていた時、メイちゃんがウッ カリ喋ってしまった。 ﹁シンお兄ちゃん照れてるです﹂ ﹁何でアンタが照れるんだい?﹂ ﹁シンお兄ちゃんはマーリン様とメリダ様のお孫さんです!﹂ その瞬間、周りの空気が止まるのを感じた。 皆、今聞こえた言葉を頭の中で整理し、ゆっくりと俺の方を向い た。 ﹁御二人の御孫さん?﹂ ﹁マジか?ガセじゃねえのか?﹂ 837 ﹁いや⋮⋮あんな小さい子がそんな事言うとは思えん﹂ ﹁それに、御二人のお話を恥ずかしそうに聞いていたって﹂ ﹁じゃあ⋮⋮﹂ ゴクリ⋮⋮。 ﹃ほ、本物の御二人の御孫さんかあ!﹄ 一斉に俺に詰めよって来た。 ﹁はわ!﹂ ﹁スイマセン! 失礼します!﹂ ﹁ちょっ! ちょっと待って!﹂ ﹁サイン! サインを!﹂ ﹁握手! 握手して下さい!﹂ サイン? 握手? そんなアイドルみたいな事やった事無いわ! 俺は傍らにいたメイちゃんを小脇に抱えると、詰めよって来た民 衆から逃げ出した。 ﹁もう! メイ! あんな所であんな事言ったらこうなるに決まっ てるじゃありませんか!﹂ ﹁あぅ⋮⋮ごめんなさい⋮⋮﹂ ﹁あんまりメイちゃんを責めてやるなよエリー、悪気があった訳じ ゃ無いんだから﹂ ﹁シンさん! あなたのせいですからね!﹂ ﹁俺じゃ⋮⋮俺か?﹂ ﹁この騒ぎは確実にシンのせいね﹂ ﹁それよりエリー大丈夫?﹂ 838 ﹁はあ! ふう! もう限界ですわ!﹂ 結局皆で逃げ出した。 あの場に残っていても問い詰められるのは必至だったからな。 そんな中で、唯一魔法で身体強化が出来ないエリーが早々に体力 の限界に達した。 ちなみにメイちゃんは俺の小脇に抱えられたままだ。 ﹁ちょいと失礼!﹂ ﹁え? きゃあ! ア、アリス?﹂ ﹁これで行けるでしょ!﹂ このメンバーの中で、メイちゃんを除けば一番小柄なアリスがエ リーを横抱きに抱えて走り出した。 小柄な女の子が女の子をお姫様抱っこしている光景は不思議な光 景だな⋮⋮。 ﹁それにしても⋮⋮﹂ ﹁どうしたんですの?﹂ ﹁さっきからポヨポヨ、ポヨポヨと! 嫌味か!﹂ ﹁わざとじゃありませんわよ!﹂ ﹁もぐぞ!﹂ ﹁もがないで下さいまし!﹂ 何をしているんだ⋮⋮。 839 それより、なんかどんどん人数が増えていってる気がする。 ヤバイな⋮⋮どうしよう? ﹁ウォルフォード君、マント﹂ ﹁! そうか! 光学迷彩!﹂ あまりの事に思い至らなかった。マントに付与されてる光学迷彩 を使えば良いじゃん! ﹁じゃあ、あそこの路地に入った所で光学迷彩を起動!﹂ ﹃了解!﹄ そして、路地に集団が入った所で⋮⋮。 ﹁あ、あれ? どこ行った?﹂ ﹁そんな馬鹿な! さっきまでいたじゃないか!﹂ ﹁こんなあっという間に姿を消すとは⋮⋮さすがは御二人の御孫さ んと言うべきか⋮⋮﹂ ﹁あーあ、折角サイン貰おうと思ったのに﹂ ﹁しょうがない、諦めよう﹂ ⋮⋮はああ、どうにか逃げ切った⋮⋮。 実は光学迷彩を起動して、彼等の目の前にずっといたのだ。 俺達からは皆が見えているので、光学迷彩を起動しているとはい えずっとドキドキしていた。 ﹁皆、いるか?﹂ 840 ﹁はい﹂ ﹁いますわよ﹂ ﹁はあ、スッゴいドキドキしちゃったよ!﹂ ﹁本当ですね、見えてないのは分かってるんですけど⋮⋮﹂ ﹁追いかけられる有名人の気持ちが理解出来たッス⋮⋮﹂ 各々光学迷彩を解除しながら姿を現した。 さっきの盛大な追い駆けっこの感想を言い合ってる中、メイちゃ んだけションボリしていた。 ﹁どうした? メイちゃん﹂ ﹁⋮⋮シンお兄ちゃん、ごめんなさいです⋮⋮﹂ ああ、どうやらさっきの事を気にしているらしい。 王族とはいえまだ小さい女の子だからな、発言に気を付けなくち ゃいけない場面も無かったんだろう。 そんなメイちゃんを責めるのは酷というものだ。 俺は小脇に抱えていたメイちゃんを下ろし、頭を撫でてやりなが ら語りかけた。 ﹁気にしなくていいよ。あんな騒ぎになったのは、俺がじいちゃん とばあちゃんの孫だからだし﹂ ﹁でも! それをウッカリ喋っちゃったのは私です⋮⋮﹂ ﹁いいじゃん。メイちゃんは今日失敗しちゃったね?﹂ ﹁⋮⋮はいです﹂ ﹁じゃあ、これでもう同じ失敗はしないよね?﹂ 841 ﹁もうしないです!﹂ ﹁うん。ならメイちゃんは一つ成長したね?﹂ ﹁ハイです!﹂ ﹁じゃあ、この件はもう終わりだ。俺は気にしてないし、メイちゃ んも気にしなくていいよ﹂ しばらく俺の顔をじっと見ていたメイちゃんが目を潤ませながら 抱き付いて来た。 ﹁ごめんなさい、シンお兄ちゃん﹂ ﹁うん。次からは気を付けようね﹂ ﹁ハイです﹂ そんなメイちゃんを皆温かい目で見ていた。 ﹁何故こんな所にいるんだ?﹂ ﹁お? おお、お疲れ。終わったのか?﹂ そんな場面に会談の終わったオーグ達が顔を見せた。 索敵魔法で魔力を探知してきたのだろうが、路地裏にいるとは思 ってもみなかったのだろう。 ﹁ああ、滞りなくな。後はエルスとイースの協力を取り付けるだけ だ。所で何故こんな所に⋮⋮﹂ ﹁おし、じゃあボチボチ帰るか﹂ ﹁おい﹂ 理由を話せば、またトラブルがどうのとか、メイちゃんが怒られ たりとかする可能性があったので、オーグの言葉を強引に遮り門に 842 向かって歩き出した。 ﹁お前達⋮⋮何か隠していないか?﹂ ﹁いや? 別に? アチコチ見て回ってる内に迷い込んだんだよ﹂ ﹁⋮⋮本当か?﹂ ﹁本当だよ﹂ ﹁また妙なトラブルに巻き込まれていたのではないのか?﹂ ﹁俺の行動はトラブル前提か!?﹂ ﹁それはそうだろう。今までの⋮⋮﹂ 相変わらずのやり取りをしながら城門に向かっていた時、突如王 都中に鐘の音が鳴り響いた。 そして、城門から兵が馬に駆けてやって来た。 ﹁緊急警報発令! 魔人襲来! 総員速やかに避難せよ! 繰り返 す、速やかに避難せよ!﹂ 魔人襲来と避難勧告を叫びながら。 ﹁⋮⋮トラブル体質、ここに極まれりだな﹂ ﹁自分でも本当にそんな気がしてきたよ⋮⋮﹂ 今日はこれで三つ目だぞ!? どうなってんだ! ﹁ここでシンの責任を追及していてもしょうがない。皆、戦闘服に 着替えて迎撃するぞ﹂ ﹃はい!﹄ ﹁まあ、私達がいる時に襲撃があったのは、クルト王国にとっては 幸いだったな﹂ 843 ﹁私達にとっては災難ですけどね⋮⋮﹂ クルト王国中が大騒ぎになり、民衆達は国民も観光客も含めて予 め設定されている避難場所まで一斉に駆け出していく。 そんな喧騒の中、俺達は再度路地裏に入りマントの光学迷彩を起 動し、戦闘服に着替えた。 地味にこういう時にも役に立つな。 完全に偶然だけど⋮⋮。 着替え終わって城壁外に向かうが、メイちゃんとエリーはどうし よう? ﹁メイとエリーは朝と同じく城壁の上で待機していろ。クルト王国 軍の中から護衛を付けて貰うように言っておく﹂ ﹁良いのかよ? 危なくないか?﹂ ﹁防御魔道具もあるしな。防御に専念すればそうそう危険な事はな いだろう﹂ ﹁凄いです! 特等席です!﹂ ﹁何を言ってますのメイ! 魔人は人類の脅威ですのよ!?﹂ ﹁シンお兄ちゃん達なら全部やっつけられるです!﹂ メイちゃんが期待に満ちた目で俺達を見ている。 ﹁これは格好悪い所は見せられませんね﹂ ﹁任せといてメイ姫様! あたしの格好良いとこ見せちゃうよ!﹂ ﹁はぁ⋮⋮魔人と戦うっていうのに緊張してない私っておかしいの かしらぁ﹂ 844 ﹁私も同じですよユーリさん。私、普通の街娘だったはずなんだけ どなあ⋮⋮﹂ スイード王国で一度魔人との戦闘を経験している面々は、皆余裕 の表情だ。 緊張するより良いけど⋮⋮。 ﹁油断するなよ? 前回はシュトロームがいなかったからあの程度 で済んだんだ。今回も同じとは限らないんだからな﹂ オーグが上手く引き締めてくれたな。 この短い期間での襲撃にどんな意図があるのか? それが分からない以上油断するべきじゃない。 そして城壁までやって来ると、俺達に気付いた兵士さんが駆け寄 って来た。 ﹁おい! お前達、何をしているんだ! 緊急警報を聞いていなか ったのか!?﹂ ﹁それを聞いたからここに来たのだ。責任者はいるか?﹂ ﹁な、何を言っている!?﹂ ﹁なんだ? どうした?﹂ オーグと兵士さんのやり取りを聞き付けた歳嵩の兵士さんがこち らに寄ってきた。 ﹁ああ、貴殿か、ちょうど良かった﹂ 845 ﹁ん? こ、これは! ﹁え? え?﹂ アウグスト殿下!﹂ そう言って歳嵩の兵士さんが膝をついた。 ﹁頭を上げてくれ、どうやら大変な事になっているみたいだな﹂ ﹁は! 先程、城壁の哨戒兵が赤い信号弾を確認致しました。その 後も続けて信号弾が上がりましたので間違い無いかと﹂ ﹁そうか。我々がこの国に来ている時に襲撃があるとは⋮⋮運が良 いのか悪いのか⋮⋮﹂ ﹁我々クルト王国民にとっては間違いなく運の良い事で御座います。 そして、魔人共にとっては運の悪い事でしょう﹂ ﹁あ、あの⋮⋮長官? こちらの方は⋮⋮﹂ ﹁ああ、丁度我が国を訪れていたアールスハイド王国王太子のアウ グスト殿下とアルティメット・マジシャンズの方々だ﹂ ﹁アウグスト殿下!? アルティメット・マジシャンズ!?﹂ そう叫んだ兵士さんはあんぐりと口を開けた後、慌てて膝をつい た。 そうか、この兵士さん長官なのか。軍の偉いさんだな。オーグを 知っていたし、会談の場にもいたのかな? ﹁も、ももも申し訳御座いません! 大変な失礼を致しました!﹂ ﹁よい。民を思っての発言だ、気にするものではない﹂ ﹁あ、ありがとう御座います!﹂ スイード王国でもそうだったけど、ホントすぐ他国の兵士を懐柔 するよな。兵士さんの目が潤んでる。 846 ﹁さて、我々がこの国を訪れたのは、正にこのような事態に対抗す る為のものだ。存分に戦わせてもらおう﹂ ﹁御協力感謝致します。しかし、全てを殿下方にお任せするのは心 苦しいと言いますか⋮⋮﹂ ﹁当然、貴殿らにも働いて貰うぞ。アールスハイドから防御魔道具 は届いているか?﹂ ﹁はい。通信機と共に貸与されております﹂ ﹁その魔道具は魔人共の魔法を防ぐ。スイード王国で実証済みだ。 攻撃は我々が行うから防御は任せたぞ﹂ ﹁かしこまりました﹂ ﹁それと、私の妹と婚約者の警護もお願いしたい。まあ、彼女らに も防御魔道具を持たせてあるから形だけになるかもしれんがな﹂ ﹁そちらもお任せ下さい。万が一も無いように御守り致します﹂ クルト王国の兵士さんに連れられてこの場を離れるメイちゃんと エリー。 城壁から離れて行こうとする兵士さんに向かって﹁城壁の上が良 いです! 特等席です!﹂と言っているメイちゃんの声が聞こえた。 ﹁緊張感の欠片も無いな﹂ ﹁それだけ殿下の事を信頼しているのでしょう﹂ ﹁私をというより、こっちのシンの方だろうがな﹂ ﹁おお! 君が導師様と賢者様の御孫さんかい?﹂ どうでも良い事だけど、本当にこの国ではばあちゃんが先に来る んだな。 この国に爺さんは連れて来れないな⋮⋮空気化が進みそうだ。 847 ﹁シン=ウォルフォードです。宜しくお願いします﹂ ﹁こちらこそ、本当は導師様方の御話を伺いたい所だが⋮⋮﹂ ﹁ええ、今はそんな余裕は無さそうですね﹂ また赤い信号弾が上がった。 そして目視出来る程度の位置まで、魔人の集団が近付いて来てい た。 ﹁さて、この国の民衆に宣言をしたいのだが良いか?﹂ ﹁はい。是非お願い致します﹂ そうしてオーグは拡声の魔法を起動し、クルト王国民に向けて宣 言した。 ﹃クルト王国国民よ、落ち着いて聞いて欲しい。私はアールスハイ ド王国王太子、アウグスト=フォン=アールスハイドである。現在 この国に魔人の集団が襲来しつつある。皆脅威を感じている事だろ う。だが安心して良い。何故なら、本日この国には、我々アルティ メット・マジシャンズが勢揃いしているからだ﹄ 国民だけでなく、城壁に集まっている兵士さん達もオーグの宣言 に聞き入っている。 ﹃スイード王国での事件は聞き及んでいるだろう。スイード王国を 襲撃した魔人共はアルティメット・マジシャンズによって撃退され たと。かくいう私もアルティメット・マジシャンズの一員であり、 かの英雄の孫、シン=ウォルフォードもいる。宣言しよう。クルト 王国は我々アルティメット・マジシャンズが必ず護り抜いてみせる !﹄ 848 そう宣言した時⋮⋮。 ﹃ウオオオオオオ!﹄ 城壁にいる兵士さん達からも、王都の奥からも大きな歓声が聞こ えた。 これでクルト王国国民達の不安は大分払拭されただろう。後は、 襲来してくる魔人を撃退するだけだ。 ﹁大分近付いて来たな。迎撃準備を始めてくれ﹂ ﹁分かりました。総員! 防御魔道具起動準備!﹂ ﹁皆、安心して良いぞ。その魔道具はここにいるシンが造った物だ。 シンは祖母であるメリダ殿から直接魔道具造りの指南を受け、自分 を越えていると言わしめているからな。魔人の魔法位、簡単に防い でしまうぞ﹂ この国で人気のあるばあちゃんを引き合いに出す事で、クルト王 国兵の信頼を得たらしい。皆、不安な顔はしていない。 ﹁っ! 来たぞ! 防御魔道具起動!﹂ ついに魔人の集団から魔法が放たれたが、起動した魔道具によっ て全て防がれた。 ﹁うおお! スゲエ!﹂ ﹁本当に防いじまった!﹂ ﹁イケる! イケるぞ!﹂ ﹁さすがは導師様の御孫さんだ!﹂ 849 皆が魔人の魔法を防いだ事に大騒ぎしているけど⋮⋮やっぱり、 カートに比べても魔法の威力が弱いように感じるなあ⋮⋮。 ﹁魔人共め、戸惑っているな。シン! 動揺している今の内に攻め 込むぞ!﹂ ﹁おう! 分かった!﹂ 今は魔法の強弱は考えてる暇はないか。まずは魔人共を討伐しな いとな。 そして、俺とトニーがジェットブーツを起動し、真っ先に魔人共 の下まで切り込んでいく。 ﹁おおおらあああ!﹂ ﹁シャアアアアア!﹂ バイブレーションソードを振り、前方にいた魔人を切り裂く。 俺とトニーで一体ずつ魔人を真っ二つにした。 そして、その直後に後方から追い付いて来た他の面々の魔法が魔 人の集団に着弾し、魔人共はみるみる討伐されていく。 魔人から散発的に魔法が飛んでくるが、魔道具を起動するまでも なく魔力障壁によって阻まれている。 以前は二人一組でコンビを組んだけど、単独でも大丈夫だなこれ は。 850 皆の成長を実感しながら、周囲にいた魔人共を討伐していると⋮ ⋮。 ﹃奴等だ! マズイ! 撤退するぞ!﹄ 以前スイード王国で聞いたのと同じ声が響き、またしても魔人共 が撤退をし始めた。 ﹁またかよ! 逃げんの早すぎだろ!﹂ 襲来してきた魔人の半分も討伐していない。 なのにまたしても魔人共は撤退し始めた。 何なんだよ!? 迎撃されたらすぐに撤退するとか! どういう 意図があるんだよ!? 街中ではなく、広い城壁外である為、纏めて魔法で吹き飛ばす事 が出来ない。 それでも少しでもその数を削ってやろうと、例の指向性爆発魔法 を起動する。 ﹁待てシン! その魔法は⋮⋮!﹂ オーグが何かを言い掛けていたが、話の途中で魔法が起動し、目 の前で大爆発が起きた。 あまりにも散り散りに逃げられたので一部しか捉える事が出来な かった。 851 また半数以上を取り逃がしてしまったな⋮⋮。 それというのも、魔人共があまりにもアッサリと逃げ出すからだ。 これで陽動を疑わない方がおかしい。 一応すぐに、俺一人でアールスハイドに戻って確認してみる。 やっぱり魔人の襲撃は無かった。 どうにも腑に落ちない想いを抱きながら皆の下に戻ってみると、 皆呆れた様子で俺を見ていた。 ﹁え? 何?﹂ ﹁シン、お前⋮⋮あの魔法は使うなと言っておくべきだったな﹂ ﹁あの魔法?﹂ ﹁爆発魔法だ﹂ ﹁何で?﹂ ﹁後ろを見てみろ﹂ そう言われて振り向いた先には⋮⋮。 クルト王国は麦の栽培が盛んな国で⋮⋮王都の周りにも麦畑が沢 山あって⋮⋮そんな中で戦闘してた訳で⋮⋮。 ﹁マズイかな?﹂ ﹁マズイわ! この大馬鹿者!﹂ 広範囲に渡って吹き飛ばされた麦畑を前に、オーグから本気で怒 852 られた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー シンが麦畑を吹き飛ばし、オーグから本気で怒られていた頃、ま たしても別の魔人の集団が遠見の魔法でその様子を伺っていた。 シュトロームは腹を抱えて悶絶し、ピクピク痙攣している。 余程魔人達が撃退された様子が可笑しかったらしい。 ミリア達も、今回は別の感想を持っていた。 ﹁前回と変わらず正面から突撃し、同じように迎撃され、今回に至 っては相手に被害ゼロですか⋮⋮﹂ ﹁何と言うか⋮⋮お粗末にも程がありますな﹂ ﹁シュトローム様ではありませんが⋮⋮喜劇を見ている気分になり ますな﹂ 前回は魔人を撃退したシン達に強い警戒心を持った彼等であった が、今回はそのシン達に撃退された魔人達の襲撃のお粗末さに対す る感想が多かった。 ﹁ふぅ⋮⋮はぁ⋮⋮わ、私を笑い死にさせるつもりですか?彼等は ?﹂ ようやく復活してきたシュトロームが息を整えながらそう呟いた。 853 ﹁真に強敵なのはウォルフォード君ではなく彼等かもしれませんね。 このままでは私は⋮⋮わ、私は⋮⋮フウッフフフ、アハ、アハハハ ハ﹂ また笑い出したシュトロームを見ていた面々は、元同胞達の情け ない姿に何とも言えない気分になっていた。 ﹁⋮⋮しかしまあ⋮⋮これで彼等が油断してくれると良いですけど ね﹂ ﹁そうですな。あの余りにも情けない姿を魔人の実力と見られるの は癪ですが⋮⋮侮ってくれると攻め込まれた際に優位に働きますか﹂ ミリア達元戦闘員から魔人となった者達は、そう無理矢理納得し た。 ﹁も⋮⋮もうダメです⋮⋮﹂ また痙攣しだしたシュトロームは見えていない振りをしながら。 854 授業参観みたいになりました 麦畑を盛大に吹き飛ばしてしまった⋮⋮。 その事をオーグに本気で怒られ、事の説明の為に伺った王城で正 直に話した。 気分はまるで、先生に怒られるのを待つ学生の気分だ。 高等魔法学院の学生だけどね。 そうして神妙な心持ちで沙汰を待っていたのだが、クルト王は俺 達が魔人を撃退した事を称賛し、被害が麦畑の一部だけで良かった と言ってくれた。 正直ホッとしたが、オーグの方はそういう訳にはいかず、貸与し ている魔道具の賃貸料の大幅な値下げと、麦の大量購入を約束して いた。 完全に無料にしないのは、魔人の討伐は俺達に任せた上に魔道具 の賃貸料を無料にされてしまうと、クルト王国の方が精神的に負担 を感じるかららしい。 クルト王から、それだけは止めてくれと逆に懇願された。 ﹁はあ⋮⋮来期の麦の値段の調整が大変だな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮スマン﹂ 855 クルト王国の王城から引き上げ、王都の外に向かっている時にオ ーグがそう呟いた。 ﹁強いのは良い事だがな、お前は力の振るい方をもっと知った方が いいな﹂ ﹁⋮⋮本当にスマン⋮⋮﹂ ﹁はあ⋮⋮まあ良いさ、これからの事を考えて少し愚痴りたくなっ ただけだ。麦の値段の操作位、お前から発生する面倒事の予想に比 べたら可愛いものだ﹂ ﹁ちょっと待って⋮⋮一体何を想定しているのかな?﹂ ﹁それはお前⋮⋮誤って街一つを消し飛ばすとか、国が無くなると か、世界が滅亡するとか⋮⋮﹂ ﹁俺は破壊神か!? そんな事しねえよ!﹂ ﹃え?﹄ ﹁え?﹂ 皆からまさかの疑問の声が上がった。 ﹁自分は、正直あの程度の損害で上出来だったと⋮⋮﹂ ﹁殿下の説明に妙に納得しちゃったよ! あたし!﹂ ﹁あ、あの! ウッカリ世界を滅ぼさないで下さいね!﹂ ﹁俺は魔王か!﹂ 何故俺の評価が魔王寄りなんだよ!? ﹁魔王⋮⋮言い得て妙ね⋮⋮﹂ ﹁魔法使いの王。ウォルフォード君にピッタリ﹂ ﹁魔王シン殿で御座るか⋮⋮﹂ ﹁止めて! それだけは本当に止めて!﹂ 856 この世界に、前世のゲーム的な勇者だの魔王などというものは存 在しない。 だから魔王という言葉も存在しない。 だから皆が魔王と言われて連想するのは、魔法使いの王という事 になってしまう。 ウッカリ突っ込んだ言葉のせいで、このままだと俺が初代魔王に なってしまう! これ以上恥ずかしい名前が増えてたまるか! ﹁フム、シンの二つ名は決まったな﹂ ﹁決めないで! お願いだから!﹂ ﹁何で? いいじゃない、魔法使いの王で﹃魔王﹄シンにピッタリ じゃない﹂ ﹁そうだねえ、これ以上の二つ名は思い浮かばないかな?﹂ ﹁思い浮かべて! 何かある! 何かあるからあ!﹂ 諦めんなよ! 諦めたらそこで終了だぞ! ﹁まあ、いくらシンが否定しようと二つ名とは自然に広まるものだ からな。すぐに定着するだろう﹂ ﹁終了した!﹂ ウソだ! そんな簡単に魔王なんて二つ名が受け入れられるなん て! なんでこの世界には過去に勇者も魔王もいなかったんだ! いればそんな二つ名なんて付けられなかったのに! 857 ﹁そんな事より、早くゲートを開いてくれ﹂ 俺の一大事をそんな事で片付けられ、ゲートを開くように求めら れる。 こんな悲劇的な事があるだろうか? 皆帰らなきゃいけないから、その要求を突っぱねる事など出来る 筈もなく、いつもの警備兵の詰所にゲートを開いた。 ﹁おお! 殿下達がお戻りになられたぞ!﹂ ﹁お帰りなさいませ! 再びの魔人討伐おめでとうございます!﹂ ﹁アウグスト殿下万歳! アルティメット・マジシャンズ万歳!﹂ 詰所に着くなり駆け付けていた兵士さん達に万歳されてしまう。 ﹁なんだ、もう報告が入っているのか﹂ ﹁ええ、先程我が国のクルト王国駐在大使より連絡が入りました。 アルティメット・マジシャンズがクルト王国に現れた魔人を人的被 害ゼロで撃退したと。もう既に市井にも触れを出しました。アウグ スト殿下の王太子就任の祝賀も合わさり、街は大変な騒ぎでござい ます﹂ ﹁そうか、街に出るのは止めた方が良さそうだな﹂ 街に出るのを止めとこうというオーグ。 っていうか、街に出るつもりだったのか? 元はオーグの王太子 襲名の祝賀祭のはずだろ。本人が現れたら大騒ぎになるじゃないか。 858 最近、俺らと一緒にいてオーグの感覚がおかしくなっている気が する⋮⋮。 ﹁当然でございます! この騒ぎの中街に出るなど⋮⋮アルティメ ット・マジシャンズの方々も自重してください﹂ ﹁え? あたし達も?﹂ ﹁人の口に戸は立てられぬもの。もう既にアルティメット・マジシ ャンズの方々の名前も素性も知れ渡ってますよ﹂ ﹃えええ!?﹄ 俺やオーグだけでなく、他の皆まで素性が割れてんのか? 個人情報どうなってんだ? ⋮⋮まあ、そんな概念はまだないんだけども。 ﹁じゃあ、私とエリー姉様は大丈夫です!﹂ ﹁そんな訳あるか!﹂ 珍しくオーグの突っ込みが入った。 メイちゃんも感覚がおかしくなってる⋮⋮。 ひとまずディスおじさんに今回の諸国訪問の顛末を報告した。 エルスとイースに連絡を付け、色んな調整を経て三国会談が実現 するのは長期休暇明けになるだろうとの事だ。 今回訪問した小国と違い、大国三国で一緒に会談をするとなると 色々と時間が掛かるらしい。 859 ディスおじさんに報告をした後は、結局オーグの部屋に集まって いた。 ﹁折角こんな大きなお祭りがあるっていうのに参加できないなんて !﹂ ﹁まさか私達まで名前が知られてるとはね⋮⋮﹂ ﹁私⋮⋮普通の街娘⋮⋮﹂ ﹁オリビア諦める。アルティメット・マジシャンズにいて、平然と 魔人を討伐出来る街娘はいない﹂ ﹁よくよく考えたら凄いッスね。全員が魔人を討伐出来る集団なん て⋮⋮﹂ ﹁魔人の討伐ねえ⋮⋮﹂ ﹁シン君? どうしたんですか?﹂ ﹁いや⋮⋮前回も今回も⋮⋮魔人弱すぎないか? 行動も腑に落ち ないし﹂ 前回と今回と、魔人を討伐して感じた事。 以前に相対した﹃魔人化したカートに比べて弱い﹄という事。 ﹁魔人化したカートの魔法を防ぐのは結構苦労したんだ。多少のダ メージも負ったし﹂ 手を火傷したな。 ﹁それに比べて⋮⋮今回の魔人の魔法は魔力障壁で簡単に防げた。 攻撃も単調で連携もない。何なんだろうな?﹂ ﹁フム⋮⋮そう言われても、魔人化したカートと実際に相対したの はシンだけだからな。我々にはよく分からんが⋮⋮シンがそう言う 860 のならそうなんだろう﹂ ﹁確かに魔人達の行動は腑に落ちません。魔人の力を過信して策を 持たずに正面から攻めてきたと考える事も出来ますが、最初はとも かく二回目も同じとは⋮⋮﹂ ﹁誰か、シュトロームの魔力は感じたか?﹂ ﹁私は感じませんでした﹂ ﹁私もだな。シンや索敵が得意なクロードが感じていないのなら、 今回もいなかったんじゃないか?﹂ ﹁そうだよなあ⋮⋮﹂ 本当に何なんだろう? シュトロームは本気でこんな方法で世界 統一を狙っているんだろうか? それに、魔人に強さの違いが出ているのはなぜだ? 腑に落ちない。まったく腑に落ちない。 ﹁まあ⋮⋮今のところ、我々は魔人共の行動にリアクションを取る しかない。連合が締結出来れば今度はこっちから打って出られる。 謎の解明はそれまでお預けだな﹂ それしかないか。旧帝国周辺の小国には、連絡が入ればすぐに向 かえるようになったし、ひとまずは様子を見るしかない。 そもそも、こちらから旧帝国に攻め込むには人員が足りないし。 旧帝国領は魔物の巣みたいになってるから半端な人数では進軍す る事も難しい状況になってる。 俺達だけで強引に突破する事も出来るだろうけど⋮⋮それをやる 861 と、前にオーグが言ったみたいに勝ち過ぎるし、そもそも魔人共の 拠点が分かってない。 元四大大国に数えられていただけあって領土は広大だし、俺達で しらみ潰しに進撃したとして⋮⋮どれくらいの期間が掛かるのか想 像もつかない。 なんとか二国に協力してもらって、大軍をもって一気に攻め込ま ないと取り逃がすかもしれない。 帝国から魔物が溢れて、各国共その対応に多く兵力を割かれてい るので、全戦力を集結させる訳にもいかない。 なので今は魔人の行動にリアクションを取る事しか出来ない。 そうしないと機を逃すかもしれない。 色々なジレンマを抱えている為、連合の締結待ちなのだ。 だけど三国会談は休み明けだ、やる事が無くなってしまったな。 ﹁殿下、この後って何か行事ありましたっけ?﹂ ﹁シンとクロードの婚約披露パーティも、私の立太子の儀も終わっ たからな。もうこれといった行事は無いな﹂ ﹁じゃあ、皆で遊びに行きたいです!﹂ アリスが今後の予定として、皆で遊びに行きたいと言い出した。 ﹁長期休暇に入ってから、合宿して訓練して魔人と実戦して⋮⋮全 然遊んでないじゃないですか! 折角の休みなのに!﹂ 862 ﹁旅行行ったじゃん﹂ ﹁あれは殿下とシン君の用事のついででしょ! そうじゃなくて純 粋に遊びに行きたい!﹂ 確かに、訓練の合間に息抜きなどはしていたが、純粋に遊んだか というと、してないな。 ﹁そうだな、確かに休暇という意味では休んでいないか﹂ ﹁行きたい行きたい! どっかに遊びに行きたい!﹂ ﹁アリスお姉ちゃん子供みたいです﹂ ﹁うぐっ! 純然たるお子様のメイ姫様に子供と言われるなんて⋮ ⋮﹂ アリスとメイちゃんのやり取りで空気が和んだな。 ﹁であるなら、拙者の実家に来ると良いで御座るよ﹂ ﹁え! 良いの!? リッテンハイムリゾートに行って良いの!?﹂ ﹁良いで御座ろう。今は魔人の連続討伐で皆浮かれているで御座る。 リゾート地に行っても何も言われんで御座るよ﹂ ユリウスの言葉に皆から歓声が上がった。 そんなに凄いのか? 武士のリゾート。 ﹁シンは知らないか。リッテンハイムリゾートは貴族ですら垂涎の 的だからな。かくいう我ら王族も、リゾートと言えばリッテンハイ ムに行く事が多い﹂ ﹁そうなんだ。前に簡単な説明を聞いただけだからな。どんな所な のか知らなかったわ﹂ ﹁海に山に何でもあるです! 楽しいです!﹂ 863 ﹁ああ⋮⋮山はもういいかな⋮⋮?﹂ ﹁あ、シン君、山育ちですもんね﹂ ﹁イヤと言うほど山は知り尽くしてるよ。キャンプとか温くて楽し めないかも⋮⋮﹂ 多分、一生を山で過ごせるだけのスキルを持ってるぞ。なので今 さらキャンプはなあ⋮⋮。 ﹁じゃあ海にしましょう。それならシン君も楽しめるでしょう?﹂ ﹁おっと、やるわねシシリー﹂ ﹁なにが?﹂ ﹁海って事は水着よねえ? シシリーったら、シンに水着姿を見せ てどうするつもりなのかしらあ?﹂ ﹁あぅ! そ、そんなつもりじゃ! ただシン君が楽しめた方が良 いと思って!﹂ ﹁シシリー、ありがとう﹂ ﹁シン君、分かってくれましたか?﹂ ﹁うん⋮⋮水着、楽しみにしてる﹂ ﹁もう! もう!﹂ ポカポカ叩いてくるシシリーは可愛いから放置しとこう。 それにしても、魔人の話をしてたはずなのに、いつの間にかボー ナスタイムに入っていたな。 魔人に対してはリアクションしか取れない以上、ずっと気を張っ てるのも無駄に疲れるし、ひとまず対抗策は完成したし、ここは息 抜きするかな。 ﹁そういえば、合宿には保護者がいたけど旅行は? 今日までのは 864 外国だしお忍びだから良かったんだろうけど、国内はどうなの?﹂ ﹁む⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮忘れてたな?﹂ ﹁アウグスト様⋮⋮最近本当にお立場を忘れすぎですわよ?﹂ ﹁シンが悪い﹂ ﹁免罪符みたいに使うな!﹂ ﹁皆の家族を連れて来れば良いで御座るよ。幸か不幸かこの魔人騒 ぎでキャンセルが多く出たで御座るからな﹂ ﹃良いの!?﹄ ユリウスの剛毅な発言に皆声を揃えて叫んでいた。 ﹁今回は流石に料金は支払うよ。合宿じゃなくて純粋に遊びに行く んだし﹂ ﹁別に気にしなくて良いで御座るよ﹂ ﹁それだと気兼ねして、思い切り遊べないだろ? それに、キャン セルが多くて大変だって言ってたじゃないか﹂ ﹁それはそうで御座るが⋮⋮﹂ ﹁ユリウス、私もシンの意見に賛成だ。これは修業や訓練じゃない。 なら、相応の対価を支払うのは当然だ﹂ ﹁あたしも良いよ! 合宿中の魔物狩りで結構稼いだから!﹂ ﹁自分も良いッス﹂ ﹁私も良いです﹂ 皆も料金を支払う事に異存は無いようだ。無料だと遠慮しちゃう からな。 ﹁はあ⋮⋮分かり申した。ですが割引はさせて頂くで御座る。そう でないと今度は拙者が心苦しい故﹂ ﹁まあ、そこが妥協点か。あ、シシリーは良いよ、俺が出す﹂ 865 ﹁え? そんな、良いですよ﹂ ﹁私も出そう﹂ ﹁私も﹂ ﹁クロード家の人達には無償で合宿のお世話をしてもらったからね ! これくらいさせてよ!﹂ これにも皆異存はないみたいだ。 ﹁という事で、合宿地の提供をしてくれたお礼にクロード家の皆さ んをご招待、かな?﹂ ﹁そんな、悪いですよ。実家を提供しただけですし⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、将来の夫から奥さんの実家の皆さんにプレゼントっての は?﹂ ﹁奥さん⋮⋮﹂ お、ちょっと軟化したかな? ﹁私達は婚約祝いという事ですね﹂ ﹁それで良いんじゃない? あ、セシリアさんとシルビアさんも呼 びなよ? でないと拗ねちゃうからね﹂ ロイスさんもな⋮⋮。 ﹁⋮⋮お祝いという事ならこれ以上固持するのは失礼ですね。分か りました。では有り難くご好意をお受けします﹂ ﹁よし、じゃあ日程とか決めようか。行きはどうする? 飛んで行 く?﹂ ﹁今回は駄目だな。結構な人数での移動になる。途中の街での経済 効果も考えると、行きも帰りも馬車だな﹂ ﹁あ、セシルさんが言ってたやつか。分かった。で、いつから行く 866 ?﹂ ﹁そうだな⋮⋮﹂ こうしてユリウスの実家へ遊びに行く事になり、今回は皆準備に 時間を掛けたいというので三日後の出発という事になった。 ﹁なんだって? リッテンハイムリゾートに遊びに行くって?﹂ ﹁ほっほ、それは豪勢じゃの﹂ そのまま歩いて帰ると騒ぎになるからと、ゲートで各自の家に送 り届けた。 シシリーはウチに挨拶してから帰りたいと言うのでマリアと共に 連れて帰ると、温泉上がりと思われる爺さんとばあちゃんがいたの で、さっき決まった事を伝える。 ﹁長期休暇に入ってから遊んでなかったからさ、ユリウスが割引し てくれるって言うから遊びに行く事にしたんだ﹂ ﹁時代は変わったもんだねえ、学生がリッテンハイムリゾートで休 暇なんて⋮⋮﹂ ﹁あ、家族も一緒にどうぞだってさ﹂ ﹁アンタは良い友達を持ったねえ!﹂ 家族も一緒に連れて来て良いという話をすると、ばあちゃんは急 にテンションが上がった。 ﹁そうと決まれば早速用意をしないとねえ。シシリー、マリア!﹂ ﹁はい﹂ ﹁なんでしょうか?﹂ 867 ﹁今から水着を買いに行くよ! 着いてきな!﹂ ﹁﹁は、はい!﹂﹂ そう息巻くばあちゃんにシシリーとマリアが連れ出されてしまっ た。 ﹁⋮⋮ばあちゃんの水着姿はちょっと⋮⋮﹂ ﹁諦めるんじゃ。そんな事言うてみい⋮⋮﹂ その後に起こる事態を想像し二人で身震いをしていた。 結局、三日間の準備期間はほぼ買い物で終わってしまった。 ちなみに女性陣の水着はナイショなのだそうだ。見てのお楽しみ って事らしい。 そして迎えた出発当日、家族全員が集まるのはさすがに無理があ ったらしく、何組かは揃っていない。まあ、仕事もあるししょうが ないけどね。 ﹁やあ! 久しぶりだねシン君!﹂ ﹁あ、お久しぶりですグレンさん﹂ そんな中話し掛けて来た男性がいる。 アリスのお父さんで、グレン=コーナーさんだ。 ﹁まさか、もう娘にリッテンハイムリゾートに連れていってもらえ るようになるとは夢にも思ってなかったよ!﹂ ﹁魔物狩りで相当稼いでましたからね﹂ 868 ﹁そうらしいね。私もこれから頑張って働いて娘に稼ぎで負けない ようにしないとね!﹂ ﹁そういえば、商会の件引き受けて下さってありがとうございまし た﹂ ﹁何言ってるんだい! 新しい英雄の作った商会の取締役なんて大 出世だよ! その話をトム代表から聞いた時は心と体が震えたね!﹂ グレンさんは決意に燃えた表情をしていた。 ﹁グレン、そんなに気張らなくても良いよ﹂ ﹁こ、これは導師様! おはようございます!﹂ ﹁はい、おはようさん。あんまり肩に力が入ってると思わぬ失敗を するよ﹂ ﹁はあ⋮⋮そうですね﹂ ﹁そんなに気張らなくても、この子が創る魔道具は誰にも真似でき やしないよ。勝手に売れていくさ﹂ ﹁それはそれで、商売人としてはどうかと⋮⋮﹂ ばあちゃんはグレンさんと例の商会の件で何回か会ってるらしい から、多少は気安くなってるな。他の家族は中々近寄って来ないけ ど⋮⋮。 ﹁おはようございます、シン君﹂ ﹁おはようシン君! 今日はありがとう!﹂ シシリー達クロード家の皆がやって来た。 今回はクロード家全員招待だから、結構な人数になってる。 ﹁家族揃ってリッテンハイムリゾートに招待なんて、素晴らしい義 869 弟ね﹂ ﹁本当にそうねお姉様﹂ ﹁フフ、二人共、シシリーから取っちゃダメよ?﹂ ﹁はう! だ、駄目ですよ!﹂ シシリーが俺の腕を掴み、必死に抗議している。 ﹁取らないわよ⋮⋮﹂ ﹁ひょっとして、休暇中ずっとこの光景を見せられるのかしら⋮⋮﹂ お二人共彼氏さんはいないみたいだ。美人なのにな。 ﹁ジークにーちゃんとかどうなんですか?﹂ 魔法師団に所属してるっていう話だし、ジークにーちゃんとか彼 氏にどうだろうと聞いてみた。 ﹁ジークフリード様はねえ⋮⋮﹂ ﹁格好良いし、お強いし、スペックは素晴らしいんですけど⋮⋮﹂ ﹁女癖がね⋮⋮﹂ ﹁というか、団長がアレですからね⋮⋮魔法師団の男はチャラいの が多いんですの﹂ 何やってんだ、アールスハイド魔法師団! チャラ男の集団にな ってるじゃないか! なんて話をセシリアさん、シルビアさんとしていたけど、ロイス さんは? ﹁マーリン様⋮⋮どうすれば存在感を出す事が出来るのでしょうか 870 ?﹂ ﹁それはワシらの永遠のテーマじゃて⋮⋮﹂ 離れた所で寂しい話をしながら溜め息を吐いていた。 ⋮⋮なんとも哀しい光景だな⋮⋮。 皆が集まったので、家族毎に分かれて馬車に乗り、一路リッテン ハイム領に向けて出発した。 シシリーは家族の馬車に行こうとしたが、アイリーンさんにウチ の馬車に乗るように言われてこっちに来てる。 リッテンハイム領は王都から大体二日の旅程との事だ。 魔道具を身に付けた馬が快調に走り続ける。 それにしても、馬車にはサスペンションらしき物も付いてるし、 道も整備されてるからそんなに揺れないんだけど⋮⋮これは板バネ なのかな? 若干揺れが長いんだよな。 どうにか四輪独立のサスペンションとスプリングを作れないかな? ﹁シン⋮⋮アンタ、またろくでもない事考えてるんじゃ無いだろう ね?﹂ ﹁⋮⋮俺の周りには心を読む人間が多すぎると思うんだ﹂ ﹁アンタは顔に出るんだよ。それより、やっぱり何か企んでたね! ?﹂ ﹁企むって人聞きの悪い。馬車の乗り心地をもう少し良く出来ない かと思ってさ﹂ 871 エンジンによる駆動じゃなくて馬による牽引だからデフギアとか 考えなくて良いし、何とかなると思うんだよね。 今日は来てないけど、帰ったらビーン工房の親父さんに相談して みようかな? あ、自分の商会を立ち上げるから、先にロイスさんとグレンさん に相談した方が良いのか。 そんな事を考えていると、やっぱり今回も出ました。 ﹁おっと、おいでなすったな﹂ ﹁中型ですね。あ、大型もいますよ﹂ ﹁そんじゃあ、また例の⋮⋮﹂ ﹁クジ引きですか?﹂ ﹁それが一番後腐れ無いだろ﹂ シシリーとそんな会話をしながら、停まった馬車から降りた。 ﹁ほっほ、大型の魔物をクジ引きとはの⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮シシリーまであの子に毒されちまったかい⋮⋮﹂ 爺さんとばあちゃんの会話が聞こえたけど、皆の相手は災害級に 量産型魔人だからなあ⋮⋮本来相手にならないんだけど、今日は皆 の家族がいるから⋮⋮。 ﹁あたし! あたしやりたい!﹂ ﹁ここは僕にやらせて欲しいねえ﹂ ﹁今回も私がやる﹂ 872 ﹁クジ! ウォルフォード君、クジ出して下さい!﹂ オリビアまで自分がやりたいと主張している。普通の街娘はどこ に行った? そして魔物だが⋮⋮さっきより増えてきてるな⋮⋮。 最初に確認した時より数が多い。それに、この反応は⋮⋮。 ﹁この規模の集団ですからね、魔物にとってはごちそうに見えるん でしょう﹂ ﹁という事で今回はクジは無しだ。全員で迎撃な﹂ ﹃了解!﹄ ﹁私も出るぞ﹂ ﹁殿下! お待ち下さい!﹂ ﹁なんだ? この程度の魔物など、討伐の内にも入らんだろう?﹂ ﹁何を仰いますか! 後ろから⋮⋮後ろから災害級が迫っているで はありませんか!﹂ 正直、俺達の旅に護衛とかいらないんだけど、王族や貴族の移動 に護衛を付けないとか意味が分からないと言われ、護衛の騎士や魔 法使い達も同行している。 まあ、飾りだけどな。 その護衛の人達も気付いたようだ。 中型の集団に大型が混じり、更に災害級が現れた事に。 それにしても本当に魔物が増えたな。災害級なんて滅多に出るも 873 んじゃなかったのに。 護衛達は緊張と絶望が入り交じった表情をしており、チームの家 族達はその言葉に顔を青くし、ガタガタと震えている。 ﹁そんな⋮⋮災害級が現れるなんて⋮⋮﹂ ﹁楽しいリゾートの筈だったのになあ⋮⋮﹂ セシリアさんとシルビアさんはまだ災害級と戦った事は無いみた いで、半ば諦めの表情をしている。 ﹁⋮⋮私も出よう﹂ ﹁そんな、アナタ⋮⋮﹂ こっちは確かトニーの両親だな。騎士だって言ってたから、自分 も戦うと言い始めたみたいだ。 ﹁父さん達はそこで見てて良いよ﹂ ﹁な! 何を言う! 息子だけ死地にやる事など出来るか!﹂ ﹁うーん、そんなに大した事ないけどねえ﹂ ﹁な、なに?﹂ ﹁まあ、そこで見ててよ﹂ そう言ってトニーはバイブレーションソードを構えた。 ﹁みんな、災害級⋮⋮あれは獅子かな? アイツは早い者勝ちな。 行くぞ!﹂ ﹃おおお!﹄ まずは中型の魔物の掃討だ! 各々無詠唱で一気に魔法を叩き込 874 んだ。 中型の魔物の集団に魔法が着弾し、地面を揺るがす程の衝撃を与 えた。 これで中型と、大型の魔物も一部間引けたな。 まだ魔法が着弾した土煙が上がってるけど、魔力探知で魔物の位 置は分かる。 俺とトニーはジェットブーツを起動し、獅子に向かって飛び出し た。 ﹁あ! ズルイ!﹂ アリスの抗議が聞こえるけど、早い者勝ちだから! ﹁オッシャア! 貰った!﹂ ﹁こっちが先に貰うよ!﹂ 俺とトニーで同時にバイブレーションソードを振ろうとして⋮⋮。 ﹁﹁うおわ!﹂﹂ 目標だった獅子の魔物に突如複数の魔法が着弾した。 慌てて回避した俺達が後ろを振り向くと、アリスとオリビアが魔 法を放ったと思われる格好をしていた。 ﹁危ねえな!﹂ 875 ﹁早い者勝ちですよね?﹂ ﹁二人だけズルイよ! あたしもそれ欲しい!﹂ ﹁剣が使えないとあんまり意味無いぞ?﹂ ﹁むうー、でもあたしの魔法が先に当たったよね!﹂ ﹁何を言ってるんですか? 私ですよ﹂ ﹁あたしだよ!﹂ ﹁私です!﹂ ﹁どっちでも良いよ﹂ 皆、家族の目があるからいつも以上に張り切っちゃって。 魔物とか吹き飛びすぎて、跡形も残ってないじゃないか。 ﹁ま、とりあえずお披露目できたかな?﹂ ﹁家族に見せる事なんてないからねえ﹂ トニーと二人で皆の所に戻り、それから皆で家族の所に戻った。 皆、口を空けて呆然としている。 ﹁ナニ⋮⋮コレ?﹂ ﹁シシリーが⋮⋮シシリーが熊を一撃で吹き飛ばしましたわ⋮⋮﹂ ﹁アリスが⋮⋮獅子を倒した?﹂ ﹁ウチの娘が⋮⋮少し前までウエイトレスをしてたウチの娘が⋮⋮﹂ ﹁トニーの動きが見えなかった⋮⋮﹂ ﹁獅子の魔物に怯まず、あんなに果敢に攻めるなんて⋮⋮﹂ 中型、大型、災害級とあっという間に討伐してしまった事に驚愕 している家族達。 876 トニーの母親だけは、獅子の魔物に突っ込んで行ったトニーを見 て感激して泣いてる。 さすが元騎士の母親だな。感動するポイントがちょっとずれてる。 ﹁ね? 大したことないでしょ?﹂ ﹁お前達⋮⋮こんなに強くなっていたのか⋮⋮﹂ ﹁まあ、魔人を相手にするにはコレくらい出来ないとねえ﹂ ﹁コレくらいって⋮⋮﹂ ﹁どう! お父さん! 凄いでしょ!﹂ ﹁凄すぎて、なんて言って良いのか分からないよ⋮⋮﹂ ﹁お姉様? どうしたんですか?﹂ ﹁シシリー⋮⋮アナタ治癒魔法が得意で攻撃魔法は苦手じゃなかっ た?﹂ ﹁そうなんです。皆の中では一番苦手で⋮⋮﹂ ﹁あ、あれで⋮⋮?﹂ ﹁はい﹂ 家族から色々と問い掛けられ、皆ちょっと得意気だ。何というか、 授業参観みたいだな。 ﹁⋮⋮皆済まないねえ⋮⋮ウチの孫が皆をこんな風にしちまって⋮ ⋮﹂ ﹁い、いえ! とんでもございません! むしろウチのドラ息子を こんなに鍛えて頂いて、感謝の言葉もございません!﹂ ﹁本当にそう思ってるかい?﹂ ﹁勿論ですよ導師様! この実力なら世界を救う集団だという世間 の声も納得出来るというものです!﹂ グレンさんの言葉に他の家族の皆も頷いてる。 877 ﹁自分の子が英雄への道を歩んでいる⋮⋮何と素晴らしい事なんで しょう!﹂ トニーの母親の一言が皆の気持ちだそうだ。 家族へのお披露目も兼ねた魔物討伐が終わり、また出発しようと して、周りにいた護衛さん達が目に入った。 ﹁アルティメット・マジシャンズ⋮⋮なんて凄い集団なんだ⋮⋮﹂ ﹁ハッキリ言って俺ら本当に飾りだけど⋮⋮皆さんの戦闘が見れた だけでも付いてきた甲斐があったな⋮⋮﹂ ﹁実力が隔絶し過ぎてて、嫉妬の念も湧いてこないな⋮⋮﹂ ﹁俺⋮⋮アルティメット・マジシャンズのファンになるわ﹂ ﹁俺も!﹂ ﹁私も! ていうかファンクラブ作ろう!﹂ ﹃賛成だ!﹄ 変な事が決定していた。 878 変身した人がいました 目の前に広がるのは青く澄んだ海とどこまでも続く白い砂浜。 夏の太陽に照らされた海は心を開放的にしてくれる。 ﹁海だー!﹂ ﹁何を当たり前の事を言っている﹂ 二日間の旅程を終え、俺達はリッテンハイム領に到着した。 リッテンハイム領は建物などが全体的に白く、いかにもリゾート 地という趣だ。 武家屋敷は無い。 到着した俺達はまず領主館に挨拶をしに行く事になった。 領主館に着いた俺達を出迎えてくれたのは、ユリウスを越える巨 漢で、ガチムチの身体をしたユリウスの父、マルコ=フォン=リッ テンハイム侯爵だった。 ﹁おお! お久しぶりで御座るアウグスト殿下、御機嫌麗しゅう﹂ ﹁ああ、久しぶりだリッテンハイム侯爵、世話になる。これから忙 しくなるからな、その前にゆっくりしたい﹂ ﹁委細承知いたし申した。どうぞごゆるりと寛がれますよう﹂ ﹁うむ、頼んだぞ﹂ ﹁賢者様に導師様も、ようこそおいで下さった。御二人をお迎え出 879 来た事は、アールスハイド国民としての誉れで御座る﹂ ﹁ほっほ、宜しく頼むわい﹂ ﹁世話になるよ。それと、侯爵ともあろう人間が、平民に頭を下げ るもんじゃないよ﹂ ﹁そうは仰いましても⋮⋮御二人が固辞しなければ、等の昔に貴族 になっていたと伺っております故⋮⋮﹂ ﹁え? そうなの?﹂ 初めて聞いたわ、その話。 ﹁貴族なんぞ面倒なだけじゃからな﹂ ﹁ディセウムから何回もその話をされたけどねえ、貴族なんてお断 りだよ﹂ 確かに、ディスおじさんやセシルさんの話では、アールスハイド 王国で一二を争う激務らしいからな。森で隠居しちゃうような爺さ んとばあちゃんには向かないか。 ﹁シン君も、ゆっくりしていってくれたまえ﹂ ﹁あ、はい。ありがとうございます﹂ 合宿行く前に挨拶に行ったから顔見知りだ。そんな侯爵は笑みを 溢して言った。 ﹁君はユリウスに出来た対等の友人であるからな。大切にしたいの だよ﹂ ﹁父上、恥ずかしいで御座る⋮⋮﹂ ユリウスの喋り方は父親譲りだな。リッテンハイム家は代々この 喋り方なんだろうか? 880 見た目はアメリカのプロレスラーみたいだけど⋮⋮。 リッテンハイム侯爵への挨拶を終えた俺達は、今回宿泊するホテ ルに案内された。 ホテルとは言うが、一家族に一軒のコテージが宛がわれ、家族で ゆっくり過ごせるようになっていた。 武士のリゾート⋮⋮和の要素は微塵も無い⋮⋮。 ﹁これは凄いのう﹂ ﹁シン⋮⋮アンタは本当に良い友達を持ったねえ⋮⋮﹂ ﹁あの⋮⋮私もこっちで良いんでしょうか?﹂ そう、家族単位の筈だけど、なぜかシシリーはウチのコテージに 泊まる事になってる。 クロード家に割り振られたコテージに行こうとしたら、またアイ リーンさんにこっちに行くように指示されたのだとか。 ﹁良いに決まってるさね、アンタはウチの嫁になるんだ。今から慣 れといて損はないよ﹂ ﹁嫁⋮⋮﹂ ばあちゃんの発言にボンヤリしだしたシシリー。 時々妄想に耽るクセがあるよね。 ﹁あ、寝室は別だよ。そういうのは式を挙げてからにしな﹂ 881 ﹁え? あ、は、はい﹂ ﹁そういう事言うなよばあちゃん﹂ ﹁アンタも夜中にコッソリ、シシリーの部屋に行くんじゃないよ?﹂ ﹁だからそういう事を言うな!﹂ ﹁あぅ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂ ホラ! 真っ赤になっちゃったじゃん! フリーズしてしまったシシリーは、ばあちゃんに任せ、コテージ を確認したら海へ行こうという話になっていたので、水着に着替え て海に行く。 ﹁着替え終わったよ!﹂ ﹃先に行っときな! 後から行くから!﹄ 部屋の中からばあちゃんの返事があったので、俺と爺さんの二人 で海に行く。 ちなみに爺さんは水着ではなく、ハーフパンツにシャツ、サング ラスに麦わら帽子という格好をしている。白髭だし⋮⋮髪が無かっ たら某仙人だな。 そして、コテージ郡のすぐ近くにあるビーチに着いた俺が見たの が⋮⋮さっき言った光景だ。 ﹁シンおにーちゃーん!﹂ ﹁お、メイちゃんも来たか﹂ ﹁ハイです! どうですか? シンお兄ちゃん﹂ 黄色いワンピースの水着を着たメイちゃんが俺の前で一回転する。 882 ﹁よく似合ってるよ。可愛いね﹂ ﹁エヘヘ、誉められたです!﹂ ﹁もう、メイ! もうちょっと恥じらいを持ちなさい!﹂ そう言って現れたエリーは、赤いビキニの水着だった。 ﹁その格好でよく恥じらいとか言ったな!﹂ ﹁あ、あんまりジロジロ見ないで下さいまし⋮⋮﹂ ﹁いや、ちょっと意外だったからさ。もう少し露出の少ない水着か と思ってた﹂ ﹁うう⋮⋮アリス達がコレが良いって言うから⋮⋮﹂ やっぱり犯人はアイツらか! ﹁オーグは良いのかよ?﹂ ﹁別に全裸を見せている訳ではないんだ、構わないだろう。それに ⋮⋮﹂ ﹁それに?﹂ ﹁⋮⋮エリーの買い物に付き合わずに済んでホッとしていたんだ。 文句など言える筈がないだろう﹂ 小声でそう呟いた。 ﹁なんですの?﹂ ﹁いや、何でもないよ﹂ それにしても⋮⋮凶器か⋮⋮分かる気がする。 ﹁お! やっぱり似合ってるね! エリー!﹂ 883 ﹁見立てに間違いはない。完璧﹂ アリスとリンも揃って現れた。 アリスはセパレートで青と白のツートンカラーの水着。 リンは黒いワンピースだ。 ﹁お前ら⋮⋮自分は無難なの選んどいて⋮⋮﹂ ﹁え? 何の事?﹂ ﹁心外。コレが私達に一番似合う﹂ ﹁そう、お子様水着がね!﹂ そう言って二人して落ち込み始めた。 こんな哀しい自爆は見た事ない⋮⋮。 ﹁あ、みんなぁ﹂ そう言って現れたのはユーリだ。 黒のビキニを着てこっちに走って来た。 元々スタイルの良い娘だったので、ビキニを着て走ると⋮⋮。 ﹁おのれえ! 見せつけやがってえ!﹂ ﹁ユーリももごう﹂ ﹁やぁん!﹂ チビッ子二人組の餌食になってた。 884 それにしても凄かった。 バインバイン⋮⋮。 ﹁シン、鼻の下伸びてるわよ﹂ 急にマリアから掛けられた声にビックリして振り向いた。 ﹁お? おお、それがばあちゃんと買いに行った水着か﹂ ﹁そ。可愛いでしょ?﹂ 緑色のセパレートの水着で、腰周りにパレオを巻いてる。 言うようによく似合ってんな。 ﹁良いじゃん。似合ってるよ﹂ ﹁それを彼氏に言って欲しいなあ⋮⋮﹂ 可愛いんだけどな。 ﹁あ、あの⋮⋮﹂ ﹁ん? ああ、シシリー、来た⋮⋮の⋮⋮か⋮⋮﹂ ようやくやって来たシシリーの姿を見た瞬間、またしても頭に雷 が落ちた。 白いビキニの水着を着て、恥ずかしそうにこちらを見ているシシ リーに、俺は何も言えなくなった。 885 ﹁ホレ! ボーッと見てないで何か言ってやんな!﹂ ばあちゃんに背中を叩かれてようやく我に返った。 ﹁あの⋮⋮その⋮⋮す、凄い似合ってる⋮⋮可愛い⋮⋮﹂ ﹁えぅ⋮⋮あ、ありがとうございます⋮⋮シン君もその⋮⋮格好良 いです﹂ ﹁あ、ありがとう⋮⋮﹂ ﹁いえ⋮⋮﹂ なんだコレ? なんか超恥ずかしいんですけど! ﹁シン、アタシのはどうだい?﹂ ﹁うん? 良いんじゃない?﹂ ばあちゃんの水着姿を見せられた事で、一気に何かが冷めた。 確かにばあちゃんは七十近いとは思えないプロポーションしてる よ? でも身内の水着姿は⋮⋮。 ﹁やっぱり凄いですね、メリダ様。ウチの祖母がこんな格好してる のを想像したら⋮⋮﹂ ﹁ウチだったら家族総出で止めるね! メリダ様にしか無理だよ!﹂ ﹁はわあ⋮⋮メリダ様凄いですう!﹂ 皆がばあちゃんの水着姿を絶賛している。 青いワンピースの水着で、身体だけを見たらとても老人には見え ない。まさしく美魔女なんだけど⋮⋮マリアもアリスも言ったじゃ ないか。身内だったら全力で止めると! まさにその心境だよ! 886 怖くて言えないけども! ﹁あ、皆もう来てたッスか﹂ ﹁遅れてすいません﹂ 最後にマークとオリビアが一緒に来た。 ﹁なん⋮⋮だと⋮⋮?﹂ ﹁こんな所に伏兵が﹂ そうアリスとリンが呟いた先にいたオリビアは、淡い水色のビキ ニの水着を着ていたのだが⋮⋮意外だったな。 ﹁ちくしょう! 着痩せするタイプだったか!﹂ ﹁完全に不意を突かれた。ダメージが大きい﹂ さっきからアリスとリンの様子がおかしい。 現実をまざまざと見せ付けられて壊れてしまったのだろうか? ちなみに男性陣も全員いるけど、皆トランクスの水着で変わり映 えしないし、男の水着姿を詳しく説明するつもりもないので割愛だ。 ちなみにユリウスはフンドシではない。 武士⋮⋮。 ﹁ところで、皆家族の方は良いのか?﹂ ﹁ええ、自分達だけで遊んでこいと送り出されましたね﹂ ﹁あたしん家も!﹂ 887 他の所も同じだった様子で、皆コテージで休んでるらしい。 ウチの二人と違って他のメンバーとはあんまり親しくないしな。 ﹁さて、皆揃ったところで何する?﹂ ﹁海に来たら泳ぐでしょ!﹂ ﹁シンって山育ちよね。泳げるの?﹂ ﹁山にだって川も湖もあるよ﹂ なのでソコソコ泳げたりする。 もっとも泳いでたのは遊びの為じゃなく、狩りの為だけどね。 ﹁それじゃあ⋮⋮突撃ー!﹂ ﹁わーい!﹂ アリスとメイちゃんが真っ先に海に飛び込んで行った。 ﹁ヤレヤレ、では私達も海に入るか。シンはどうする?﹂ ﹁そうだな⋮⋮シシリー、一緒に行く?﹂ ﹁は、はい! 行きます!﹂ こうして海へ行こうとしたのだが、リンは動こうとしない。 ﹁どうしたリン?﹂ ﹁大変な問題を思い出した﹂ ﹁大変な問題?﹂ ﹁泳げない﹂ ﹁⋮⋮﹂ 888 え? 今の今まで忘れてたの? ﹁エリーの水着を選ぶ事に集中してた﹂ ﹁まったく⋮⋮お前らは⋮⋮﹂ アリスとリンが一緒になると、悪乗りするようになっちゃったな。 かといってリンだけ放置していくのも可哀想だ。 ﹁じゃあ、コレ使え﹂ ﹁ナニコレ?﹂ ﹁浮き輪﹂ 異空間収納から浮き輪を取り出したのだが⋮⋮あれ? 皆がキョ トンとした顔をしてる。まさか浮き輪が無いのか? 海とかで泳ぐ 文化があるのに? ﹁どうやって使うのこれ?﹂ ﹁あ、ああ。リン、この輪に体を通して﹂ ﹁こう?﹂ ﹁そんで、海に入ってみ﹂ ﹁お、おお、浮いてる﹂ ﹁泳げない人の為の道具なんだけど⋮⋮﹂ そう言って皆を見ると、驚愕した顔をしてる。 ﹁なんて⋮⋮なんて画期的な⋮⋮﹂ ﹁今まで泳げない者は、泳げるようになるまで海に入れなかったと いうのに⋮⋮﹂ 889 ﹁これなら誰でも、それこそ小さい子供でも海に入れるッスね﹂ ﹁あの⋮⋮私にも貸していただけませんか? 泳ぎは少々苦手でし て⋮⋮﹂ エリーからの申し出に、もう一つ浮き輪を出す。 これは魔物化したウサギの革で作っており、水を弾き軽い。 強度が無いので防具には向かないけど、浮き輪に最適だった。 ﹁あの⋮⋮シン君⋮⋮私も⋮⋮﹂ ﹁ゴメンシシリー、浮き輪は二つしか無いんだ﹂ ﹁あ⋮⋮そうですか⋮⋮﹂ シシリーも泳ぎが苦手なのかな? 一緒に行こうとしてたって事 は泳げない訳じゃないんだろうけど。 ﹁その代わりに、こういうものがある﹂ ﹁え? わ! ボート?﹂ そう、浮き輪と同じ素材で作ったボートだ。 ﹁シシリー、おいで。これに乗ってみ?﹂ ﹁はい、わっとと⋮⋮わあ! 気持ち良いです!﹂ 波でゆらゆら揺れるからな、海面に近いし気持ち良いだろう。 ﹁じゃあ、俺も﹂ ﹁あ、キャッ!﹂ ﹁おっと! 大丈夫?﹂ 890 ﹁は、はい⋮⋮大丈夫です﹂ 俺が乗り込むとボートが揺れたのでシシリーが倒れ込んできた。 今はお互い水着だから素肌と素肌が密着して⋮⋮。 ﹁シン君⋮⋮温かいです⋮⋮﹂ ﹁シシリーも⋮⋮﹂ お互いの距離が近くに感じ⋮⋮。 ﹁だあ! とっと行けよ! バカップルがあ!﹂ ﹁うお!﹂ ﹁キャア!﹂ マリアにキレられ、風の魔法を喰らいました。 突風を起こす魔法だったから怪我は無いけど、ボートごと流され てしまった。 ﹁無茶すんな!﹂ ﹁大分流されましたね﹂ ﹁まあ、移動は魔法で出来るし、沖に出ても問題無いけどね﹂ ﹁魔法? 風の魔法ですか?﹂ ﹁それでも移動出来るんだけど、こうするともっと早くなるんだ﹂ そう言って、手を海に付けウォータージェットを起こす。 ﹁わ! 速い! 凄いです!﹂ ﹁だろ?﹂ 891 ﹁でも、なんでこんな魔法が使えるんですか?﹂ ﹁湖で釣りする時に便利だから﹂ ﹁お魚も獲ってたんですか?﹂ ﹁肉ばっかじゃ飽きるからね。やってみる?﹂ そう言って森の中に生えていた竹っぽい木から作った竿とリール を出す。リールはこの世界にもあったのでトムおじさんに買ってき てもらった。 ﹁え? でも餌⋮⋮﹂ ﹁こういうものがある﹂ 手作りルアーも取り出し糸にセット。 ﹁ちょっとやってみようか﹂ ﹁はい! 魚釣りは初めてです﹂ そう言って二人で釣りを始めたのだが⋮⋮。 ﹁わ! また掛かりました!﹂ ﹁うお! こっちもだ!﹂ 二人でキャッキャウフフと釣りを楽しむどころか、入れ食い状態 で釣りというよりむしろ漁といった感じになっていた。 だったら止めろよって思うかもしれないが、ここまで来たら、皆 の夕食分くらい獲ってやろうと思ってしまい⋮⋮結局この有り様で ある。 今回一緒に来ている全員がお腹一杯になるくらいの魚を釣り上げ、 892 異空間収納にしまった。 ﹁ちょっと魚臭くなっちゃったな﹂ ﹁そうですね﹂ ﹁海に入って臭い落とそうか?﹂ ﹁あ⋮⋮その⋮⋮実はあんまり泳ぎが得意じゃないので⋮⋮支えて もらえますか?﹂ ﹁良いよ。じゃあ⋮⋮はい、おいで﹂ ﹁はい!﹂ そんな軽い気持ちで引き受けたのだが⋮⋮考えが甘かった。 今はお互いに水着だから⋮⋮。 ﹁シ、シン君! ちゃんと抱えてて下さいね!﹂ ﹁あ、ああ、大丈夫⋮⋮﹂ 本当なら、シシリーの後ろから抱えた方が良いんだけど、足の付 かない海で若干慌ててるシシリーは俺に正面から抱き付いて来てて ⋮⋮。 うおおお⋮⋮や、柔らかい! そんな煩悩と戦いつつ、煩悩に負けると二人揃って溺れてしまう ので、必死にシシリーを抱え続けた。 しばらくしてからボートに戻ったが、シシリーの柔らかい感触が 体に残っており、自身の魚臭さがどうなったのか全く分からなかっ た。 893 ﹁ふう、はあ⋮⋮臭い取れましたか?﹂ ﹁え? ああ⋮⋮取れたんじゃない⋮⋮かな?﹂ ﹁スン、スン⋮⋮大丈夫そうですね。それじゃあ皆さんの所に戻り ましょうか﹂ ﹁そ、そうだな﹂ シシリーは必死だったので、さっきの事を覚えてない⋮⋮ってい うか、何が起きたか分かってない様子だった。 俺一人で悶々としながら、ボートを操作し皆のもとへ戻った。 ﹁あ! やっと戻ってきた! あんな沖で何やってたのさ!﹂ ﹁まさかお前達⋮⋮こんな屋外で⋮⋮﹂ ﹁アホか! 沖で釣りしてたんだよ!﹂ ﹁釣り?﹂ ﹁ホレ!﹂ そう言って、さっき釣り上げた魚をボートの中に出す。 ﹁ちょっと! もはや漁の域じゃない!﹂ ﹁やっぱり? ちょっと釣り過ぎたかなって思ってたんだ﹂ ﹁あんな沖で餌はどうした?﹂ ﹁コレ使った﹂ そう言って手作りルアーを見せる。 ﹁なんだ? コレは?﹂ ﹁ルアー﹂ ﹁ルアー?﹂ ﹁擬似餌だよ。コレを付けて、海へ投げ入れてリールを巻いていく 894 と⋮⋮﹂ 言いながら実演して見せた。すると⋮⋮。 ﹁ホラ! こうやって魚が食い付くんだ!﹂ やっぱりすぐに食い付いた魚を釣り上げると、皆が驚きの表情を していた。 ﹁なぜ⋮⋮こんな方法で魚が釣れるのだ?﹂ ﹁魚は自分より小さい魚を餌として食うから、コレはその餌となる 魚に見立ててるんだ﹂ ﹁これは凄いッス! 売り出したら大ヒット間違い無しッスよ!﹂ ﹁餌である虫を触れない女の子も多いからね、意外な所で売れるか もしれないねえ﹂ ﹁さっきの浮き輪といいボートといい、よくもまあ次から次へと⋮ ⋮﹂ ﹁それと、浜辺で遊ぶならこういう物もある﹂ そう言って取り出したのは、ビーチボールだ。 ﹁リン! そっち行った!﹂ ﹁任せて﹂ ﹁うりゃあ! 喰らいなさい!﹂ ビーチボールを取り出し、皆で始めたのはビーチバレーだ。 この世界にバレーボールは無いのでルールは至極簡単に説明し、 本来二対二で行う競技だが、皆不慣れな為、四対四での対戦となっ 895 た。 即席で造ったネットを挟んで始めたビーチバレーは、正直言って 皆拙いけど、それはそれで面白い事になり、数試合もすると、皆熱 中し始めた。 ちなみに魔法は解禁している。まるでアニメのような光景が所々 で繰り広げられていた。 かくいう俺も熱中し、気が付けば日が暮れ始めていた。 ﹁はあ⋮⋮疲れた⋮⋮もうそろそろ戻ろうか?﹂ ﹁そう⋮⋮ですね⋮⋮そろそろ⋮⋮夕飯⋮⋮ですか⋮⋮﹂ トールが息も絶え絶えに応える。他の皆もヘロヘロだ。 ﹁はあ⋮⋮アンタ達⋮⋮まだまだ子供だねえ⋮⋮﹂ ﹁ほっほ、元気で何よりじゃ﹂ そう言いながら近寄ってきた爺さんとばあちゃんの方を見ると⋮ ⋮。 たった一日で小麦色に日焼けした爺さんとばあちゃんの姿があっ た。 日焼けするの早過ぎね? それよりばあちゃんはともかく、麦わら帽子にサングラスを掛け、 シャツのボタン全開で黒く日焼けした⋮⋮。 896 なんか凄いファンキーな爺さんがいた。 ﹁じいちゃん⋮⋮グレたの?﹂ ﹁グレとらんよ! 元々日焼けしやすいんじゃ。日光も苦手じゃか ら夏の海でサングラスは欠かせんしの﹂ そういう事か。爺さんがグレたのかと思って焦った。 ﹁ホレ、そろそろ帰るよ! コテージに戻ってシャワー浴びてきな。 ああ、ただし水でね﹂ ﹁あ、しまった﹂ ばあちゃんの忠告があるまでスッカリ忘れていた。 こんな炎天下でずっと砂浜にいりゃ⋮⋮。 ﹁アイタタタタ!﹂ こうなるわな。痛ってー! ﹃くぅん!﹄ 俺の後にシャワーを浴びたシシリーも日焼けした肌にシャワーが シミるらしく、悲鳴が聞こえて来ていた。 こうなるのって結局軽い火傷だから、後で治癒しよう。 あ、でも魔法で治癒すると日焼けが無くなるか? どうなんだろ? まあ良いや、どうしても我慢出来ないなら治癒しよう。それまで 897 手を出さない方がいいかな? この休暇では、夕食はコテージ郡の中央に広場があり、そこでバ ーベキュー形式で取る事になってる。 ﹁け、賢者様⋮⋮どうなさったのですか?﹂ ﹁何か悩み事でもおありになるのですか?﹂ ﹁私共に相談していただければ!﹂ ﹁なんもないわい!﹂ ファンキーに変身した爺さんが皆の注目の的になっていた。 ただ、何か不満があってこんな姿になったと思われてるけど⋮⋮。 ﹁さすが賢者と呼ばれる事はある。あんな方法で皆の注目を集める とは⋮⋮﹂ ロイスさん、真似しちゃ駄目です。 ﹁皆楽しんでおるようだな﹂ そして、王城に本日の定期連絡に行った際、警備兵の詰所で待ち 構えていたディスおじさんを連れてきていた。 ﹁あ! お母様ー!﹂ ﹁あらメイ、いい子にしてた?﹂ ﹁ハイです!﹂ そう、待っていたのはディスおじさんだけではなかった。 898 ディスおじさんの奥さん。 オーグとメイちゃんの母親である王妃様も一緒にいたのだ。 ﹁母上、遅いお着きで﹂ ﹁余計な事は言わなくていいの! せっかくシン君のゲートという 便利な魔法があるのに、わざわざ危険な馬車の旅をする必要もない でしょう?﹂ ﹁本音は?﹂ ﹁馬車の旅はシンドイ!﹂ 随分砕けた王妃様だな。さっきも俺に会うなり⋮⋮。 ﹃主人の事はディスおじさんと呼んでいるのでしょう? なら、私 はジュリアおばさんと呼んでね!﹄ ﹃ジュ、ジュリアおばさん⋮⋮?﹄ ﹃はい。それでヨロシクね!﹄ そう言ってウインクされた。 王妃様⋮⋮ジュリアおばさんはプラチナブロンドを結い上げた、 まさに王妃様って感じの人だ。。 けど、王城に閉じ籠ってお茶会を開いているだけの人じゃなくて、 福祉に凄く力を入れており、企画やお金を出すだけでなく、自ら養 護施設や孤児院に足を運ぶなど、国民とのふれ合いをとても大事に するフレンドリーな王妃様として、アールスハイド国民の人気は高 い。 ここの王族って、ディスおじさんを始めユルい人が多い。 899 まあ、だからこそ国民の人気が高いんだけどね。 ﹁お久し振りで御座います陛下、王妃様。此度も陛下を御迎え出来 た事、至極光栄と存じます﹂ ﹁ウム、堅苦しいのはここまでにしてくれ。休みに来たのに休めん ではないか﹂ ﹁は、畏まりました﹂ ﹁ふう、ヤレヤレ、やっと落ち着いたわ﹂ そう言ってディスおじさんは寛ぎ始めた。 ﹁あ、そうだ。コックさん、海で魚を獲って来たんですけど、捌い てもらっていいですか?﹂ ﹁畏まりました。では、ここに御出し下さい﹂ そう言って指し示した桶に、昼間釣った魚を出す。 ﹁うわっ! こんなに?﹂ 桶が一杯になって溢れちゃったな。やっぱ獲り過ぎたかな? ﹁お母様、お母様!﹂ ﹁なんですか? メイ﹂ ﹁コレ! 私が釣ったです!﹂ そう言ってメイちゃんは﹃自分の﹄異空間収納から魚を取り出し た。 ﹁い、異空間収納!?﹂ 900 ﹁お母様?﹂ ﹁え、ああ! ゴメンなさい、コレは凄いわね!﹂ ﹁エヘヘヘ﹂ ﹁それよりメイ、お前異空間収納が⋮⋮﹂ ﹁シンお兄ちゃんに教えてもらったです! 便利です!﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁異空間収納くらいいいじゃん。便利だよ?﹂ ﹁はあ、これだよ。十歳で異空間収納が使える異常さを理解してる かい?﹂ ﹁? 俺、五歳で使えたけど?﹂ ﹁シン君は異常だからいいんだよ。このままだと、メイが天才魔法 使いと言われてしまうよ﹂ ﹁さらっと非道い事言うな! まあ、実際天才なんじゃないの?﹂ ﹁普通の家なら良いんだけどね⋮⋮このままだとメイの嫁の貰い手 が無くなってしまうよ﹂ ああ、自分より強い姫様は嫁に貰いにくいか⋮⋮。 ﹁別にお嫁に行かなくてもいいです。シンお兄ちゃん達と魔物狩る です!﹂ ﹁そ、そうかい?﹂ お嫁に行かないというメイちゃんの言葉に、ちょっとホッとした ような顔をしてた。 そういえばこの国、政略結婚ってあんまり聞かないな。 ﹁アウグストお兄様みたいに虎狩るです!﹂ ﹁そ、そうかい⋮⋮﹂ 901 同じ台詞なのに、今度は引きつった顔してる。 ﹁久しぶりだねえジュリア、元気してたかい?﹂ ﹁あら! メリダ様、お久しぶりですわ!﹂ そう言って現れたばあちゃんとは旧知の間柄らしい。 そのまま二人で話し込み始めた。そこにエリーが呼ばれ、シシリ ーが呼ばれ、各家庭の奥様方が集まり、これから妻になるシシリー とエリーにあれこれ指南し始めた。 ﹁やれやれ、女性は元気だな﹂ ﹁まったくな﹂ 俺とオーグは、あれに巻き込まれては敵わないと、その女性陣の 輪から離れて行った。 ﹁休暇が明ければ忙しくなるからな、それまでゆっくりさせて貰い たいものだ﹂ ﹁三国会談か﹂ ﹁かなり大きな会談になるからな。何とか主導権を握ったまま二国 に協力して欲しいところだ﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ ﹁どうした? シン﹂ ﹁いや⋮⋮ちょっと気になる事があってな﹂ ﹁気になる事?﹂ 二回目の魔人襲来の後、アールスハイドに戻ってから気になって いた事を話す事にした。 902 ﹁俺ら、魔人に二連勝したじゃん? 二戦目は被害ゼロでさ﹂ ﹁ああ、お前が吹き飛ばした麦畑以外な﹂ ﹁うぐっ! そ、それはともかく! 今、巷で言われてる事が気に なるんだ﹂ ﹁何を言われている?﹂ 今、アールスハイド王都でよく囁かれている事がある。それは⋮ ⋮。 ﹁﹃魔人は大した事ない﹄ってさ﹂ そう、俺達があまり被害を出さずに魔人を撃退したものだから、 そういう噂が王都に広がっていた。 ﹁本当か? それは?﹂ ﹁ああ、今回の旅行の買い物に出た時にな、そういう声を結構聞い たんだ﹂ アールスハイド国民の間ではそういう風潮になりつつある。 ﹁それは由々しき問題だな⋮⋮﹂ ﹁これ、三国会談にも影響しないか? そんなに楽勝なら我々は要 らないとか言ってさ﹂ ﹁まさか⋮⋮そんな事は無い⋮⋮と思うが⋮⋮﹂ ﹁一応、覚えといてくれ。ちょっと⋮⋮いや、かなり気になるから な﹂ ﹁ああ⋮⋮分かった﹂ この風潮が兵士にまで蔓延するのが一番怖い。 903 スイード王国では、一般の兵士達は魔人にまったく歯が立たなか った。 そんな魔人を大した事ないと勘違いすると⋮⋮大きな被害を生ん でしまう。 そうならない事を祈るばかりだが⋮⋮。 楽しそうな皆を眺めながら、俺達二人だけが神妙な顔をしていた。 904 最悪の事態になりました ユリウスの実家であるリッテンハイムリゾートで初日の夕飯のバ ーベキューを皆で食べている。 あまり神妙な顔をしていても皆に不安を与えるだけなので、オー グと二人で皆の輪に戻り、何でもない風を装って皆との夕飯に参加 した。 その夕飯も終わろうかという時に、ディスおじさんがとある発表 をした。 ﹁おお、そういえば忘れていた。アルティメット・マジシャンズの 皆、良いかい?﹂ ﹁何? どうしたのディスおじさん﹂ ﹁なんでしょうか父上﹂ ﹁うん、君達はこれまでに二度、他国を魔人から救ったね。しかも その際にかなりの数の魔人を倒したと聞いている﹂ ﹁その通りですね﹂ ﹁そこでだ、これは今日決まったんだが、功績があまりにも大きい んでな、新しい勲章を創ってそれを授与する事に決まったから﹂ ああ、そういえば、そんな話があったな。 魔人の動向が気になってそれどころじゃ無かったわ。 ﹁う、ウチの子が勲章!?﹂ ﹁それは凄い!﹂ 905 ﹁本当に⋮⋮立派になって⋮⋮魔法学院に行きたいと言い始めた時 はどうやって更正させようか悩んだのに⋮⋮﹂ 純粋に喜んでる保護者方の中で、トニーの母親だけ別の感想を持 ってる。 更正って⋮⋮肉体言語かな⋮⋮。 ﹁そういえば⋮⋮すっかり忘れてました﹂ ﹁それどころじゃ無かったもんね!﹂ ﹁それで父上、いつ頃になりそうなんですか?﹂ ﹁そうだな。この魔人討伐の熱が下がる前が良いから、一週間後く らいかな? ああ、そうそう、服は新調しなくて良いよ。君達が着 ている戦闘服で出席してくれ。チームとしての功績も称えたいから ね﹂ そのディスおじさんの通達で、また盛り上がり出した一同。 特に初めてこの話を聞いた保護者が嬉しそうだ。 今回は俺だけじゃなく、他の皆も叙勲されるので爺さんもばあち ゃんも何も言わなかった。 しかし⋮⋮ここで叙勲があると、益々例の風潮が強くならないか? オーグも同じ事を考えたようで、俺と視線を合わせると頷き、デ ィスおじさんに向かって歩き出した。 ﹁父上、少し宜しいですか?﹂ ﹁もうちょっとフレンドリーでも良いんだぞ?﹂ 906 ﹁それはまた今度で。そんな事より大事なお話があります﹂ ﹁そんな事って⋮⋮﹂ ディスおじさんがちょっと寂しそうだけど、今回はそんな事に構 っていられない。 皆に聞こえないように、オーグはさっき俺が話した懸念をディス おじさんに告げた。 ﹁なるほどな⋮⋮シン君達があまりにも圧勝してしまった事で、国 民達の間にそんな誤解が広がっているのか⋮⋮﹂ ﹁魔人は決して弱くはありません。その証拠に、スイード王国では 我々が到着するまで防戦一方でしたし、少なくない被害を出してお ります。もし、魔人は弱いと勘違いして魔人に不用意に手を出せば ⋮⋮﹂ ﹁手痛いしっぺ返しを喰らうか﹂ まだ市井の噂程度では国の上層部までは届いていなかったみたい だ。 しかし、王都にその噂が流れているという事は、普段街に出る事 の多い下級兵士達の耳には入る。 その風潮が軍で蔓延すれば、魔人が現れた際に討伐しようとする 奴が出るかもしれない。 そして、今回の叙勲で更にその風潮が強まるかもしれない。 そうならないように、ディスおじさんから軍を戒めて欲しいのだ。 907 ﹁分かった。軍部に伝えておこう。﹃今回魔人を討伐出来たのはシ ン=ウォルフォードという規格外があっての事であり、魔人は弱い という誤解を持たないように﹄とな﹂ ﹁ちょっと気になる箇所はあるけど⋮⋮概ねそういう事かな﹂ これで大丈夫なのだろうか? 実際に魔人と相対したスイード王 国兵は魔人の強さを実感していると思うが、アールスハイド王国兵 はどうだろう? シュトロームが帝国軍を殲滅した﹃後﹄の現場は見ていると聞い た。 だが、実際に魔人達の戦闘を見ていた訳ではない。 ディスおじさんの訓戒で気を引き締めてくれるといいんだけど。 それと、エルスとイースがどう出てくるかも分からない。 魔人が大した事無いなら自分達は必要ないとか言い出すかもしれ ない。 そうなると困るのがアールスハイドや旧帝国周辺の小国だ。 主導権を向こうに握られる可能性がある。 ⋮⋮そこは腹黒王子様に頑張ってもらうしかないか⋮⋮。 まったく⋮⋮魔人を倒したら倒したで別の問題が発生するとか⋮ ⋮もういい加減にして欲しいな。 908 ﹁シン君、どうしたんですか?﹂ 食事を終えコテージに戻り、リビングのソファーに座っていると、 シシリーが紅茶を淹れてくれながら問い掛けて来た。 ﹁⋮⋮なんか、変な顔してた?﹂ ﹁変な顔というか⋮⋮心配事があるみたいな顔してましたよ?﹂ 紅茶をテーブルの上に置き、俺の横に座った。 ﹁心配事があるなら、私にも教えてもらえませんか? 少しでもシ ン君の力になりたいんです﹂ 俺の手をそっと握りながらそう言ってくれた。 ﹁⋮⋮そうだな、俺一人で悩んでてもしょうがないな﹂ ﹁シンが悩み事? 聞くのが恐ろしいね⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮至極まっとうな悩み事だから﹂ ばあちゃんに警戒されつつも、オーグとディスおじさんに伝えた 懸念を話した。 ﹁なるほどねえ⋮⋮そんな事になってんのかい﹂ ﹁これはまた難しい問題じゃの﹂ 事の次第を説明すると、爺さんもばあちゃんも渋い顔をしてしま った。 ﹁ひょっとして⋮⋮私達は余計な事をしてしまったのでしょうか?﹂ ﹁何を馬鹿な、そんな筈無いさね。アンタ達が魔人を倒さなければ 909 国がいくつか無くなってたかもしれないんだよ﹂ ﹁その通りじゃ、余計な心配はせんでもいいぞい﹂ ﹁買い物に出た短い時間でその話をよく聞いたとなると⋮⋮相当広 まってると考えて良いね﹂ ﹁そういえば、ばあちゃんは聞かなかった? 買い物に出た時﹂ ﹁久しぶりに買う水着の事で頭が一杯になってたねえ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 余計な事を聞いた。 ﹁三国会談に影響しなきゃいいけどねえ⋮⋮﹂ ﹁こればっかりは相手がある事じゃからな、始まってみんと何とも 言えんの﹂ やっぱり、そこが気になるか。 魔人は既に二度、周辺国に襲撃を掛けている。侵攻の意志がある 事は明白だ。 なので、できればこちらから打って出たい。 その為には世界同盟が必要不可欠なんだけど⋮⋮大国って言った って、アールスハイドみたいにユルい国ばかりじゃない。 特にエルスは商人の国だ。利が無いと判断すれば同盟を結ばない かもしれない。 ⋮⋮世界の危機にそんな事は無いと信じたいけど⋮⋮。 910 ﹁ふー⋮⋮﹂ ﹁大変な事になってますね⋮⋮﹂ 悩みを打ち明けたものの、特に打開策も見当たらず、後はオーグ の腹黒さに賭けるしか無いという事で話は終わった。 なんでこうなるかな? ﹁またオーグに頼る事になるのか⋮⋮﹂ ﹁そんなに自分一人で背負い込まなくても良いんじゃないですか?﹂ コテージのバルコニーに一緒に涼みに来たシシリーがそう言った。 ﹁どういう事?﹂ ﹁皆それぞれ役割があるという事です。お婆様も仰ってたじゃない ですか。シン君の魔道具を売るのは、お兄様とアリスさんのお父様 のお仕事でシン君はお金儲けを考えなくて良いって﹂ ﹁ああ⋮⋮適材適所の話か﹂ ﹁正直、私達では警備隊の詰所で見たシュトロームに敵うとは思え ません。シン君が唯一無二です。だから、シン君は目の前の敵を倒 す事だけ考えて、他の事はそれが得意な人に任せれば良いと思いま すよ﹂ ﹁俺は周りに頼ってない⋮⋮か﹂ ﹁他の国との交渉は殿下の得意分野です。むしろ殿下なら、シン君 が首を突っ込むと怒るんじゃないですか?﹂ ﹁プッ、確かにそうかも﹃私の領域に入ってくるな﹄とかな﹂ オーグなら言いそうだ。 ﹁私達ではまだ頼りないと思いますけど⋮⋮皆もシン君に頼って貰 911 えるように頑張ってるんですよ?﹂ ﹁そうなのか?﹂ そんな風に考えてくれていたのか⋮⋮知らなかった。 ﹁私も、いつか治癒の事は私に頼って欲しいと思ってます﹂ ﹁そうだな⋮⋮いつかそうなるといいな﹂ ﹁はい、だからこれからも一杯教えて下さいね?﹂ そう言って微笑むシシリーが眩しくて⋮⋮一人で背負い込むなと いう言葉が嬉しくて⋮⋮。 ﹁あ⋮⋮﹂ 気付いたらシシリーを抱き締めていた。 ﹁ありがとう⋮⋮シシリー﹂ ﹁いえ、シン君の心の負担が軽くなったのなら良かったです﹂ ﹁心を治癒してくれた?﹂ ﹁フフ、そうですね。シン君の心を治癒するのは私の役目です。誰 にも渡しませんよ?﹂ ﹁うん⋮⋮お願いします﹂ ﹁はい、任されました﹂ 至近距離でシシリーと見つめ合う。 そして⋮⋮。 コテージのリビングに戻ってくるとばあちゃんが言った。 912 ﹁⋮⋮寝室は別だよ﹂ ﹁⋮⋮見てたのか﹂ ﹁はうぅ⋮⋮﹂ せっかく気持ちが盛り上がっていたのにばあちゃんに水を差され た。 結局、その日は各々の寝室で寝たよ。 ﹁はあ⋮⋮帰りたくないわあ⋮⋮﹂ ﹁本当ですねえ⋮⋮﹂ 初日はチームの皆で遊んでしまったので、次の日はクロード家の 皆さんの所にお邪魔した。 他の面々といえば、よっぽどビーチバレーにハマったらしく家族 総出で遊んでるらしい。 なんかトーナメントを開催するとかなんとか⋮⋮。 そんな中、セシリアさんとシルビアさんは、日頃から魔法師団の 業務で増えてきた魔物の討伐に走り回っているらしく、休みの日に まで体を動かしたくないと、ビーチにデッキチェアを持ってきて、 水着姿で寛いでいた。 いかにもバカンス中のお姉さんって感じだなあ。 ﹁楽しんで頂けてるようでなによりです﹂ 913 ﹁リッテンハイムリゾートなんて、滅多に来れる所じゃないからね。 満喫しなきゃ損でしょ﹂ ﹁え? 貴族の娘なのに?﹂ ﹁確かに実家は貴族ですよ。でも、もう独立してるんですもの。遊 びに行くのも自分でお金を出さないといけませんからね﹂ ﹁魔法師団は確かに一般の商会の社員とかより高給よ? でもそれ でリッテンハイムリゾートに来れるかっていうとねえ﹂ ﹁休暇届けを出した時の、皆の嫉妬と羨望の眼差しが忘れられませ んわ﹂ そう言ってちょっとブルっと震えたシルビアさん。 ⋮⋮言葉は丁寧だけど⋮⋮Sなのか? ﹁はあ⋮⋮帰りたくなーい!﹂ ﹁何を言ってるのかしら? セシリアは?﹂ ﹁お、お母様!?﹂ 黒いビキニ姿にパーカーを羽織ったアイリーンさんが現れ、セシ リアさんは脂汗を流し始めた。 ﹁今何か⋮⋮聞き捨てならない事を聞いた気がしたんだけど⋮⋮﹂ ﹁き、気のせいですよ!﹂ ﹁そ、そうですわ!﹂ ﹁そう?﹂ ﹁﹁そうそう!﹂﹂ ﹁ならいいけど。休暇で腑抜けになって、職務を疎かにしたら承知 しませんからね?﹂ ﹁﹁はい! 分かってます!﹂﹂ 914 イエス・マム! って聞こえそうだ。実際二人のママだし。 ﹁その点、シン君は凄いわね。二つ目の叙勲なんて﹂ ﹁自分ではそんなに大層な事をした自覚が無いんですけどね﹂ ﹁そうやって驕らない所も立派ですよ。本当に、シシリーを素晴ら しい人に嫁がせる事が出来て幸せよ﹂ ﹁まだ嫁いでません⋮⋮﹂ ﹁その事なんだけどね、お父さんとも相談したんだけど、この騒動 が終わったら、お式を挙げちゃいなさいな﹂ ﹁﹁え!?﹂﹂ 今凄い事聞いたぞ? 卒業してからじゃなかったの? ﹁この騒動を無事に解決して御覧なさい、シン君はこの国⋮⋮いえ、 この世界の英雄になるわよ﹂ ﹁今でも魔法師団では凄いけどね。シン君の人気﹂ ﹁規模が違います。そんな人が御相手なんだから、もう式を挙げて も良いでしょう。これからもっと稼ぎも増えるでしょうし﹂ ﹁あ、だから馬車とかコテージとかウチに来させたんですか?﹂ ﹁そうよ。メリダ様ともお話ししてね、シシリーにはウォルフォー ド家に慣れてもらうために一緒のコテージにしたの﹂ ばあちゃんも承認済みだったか。 爺さんは⋮⋮よそう、悲しい結末しか見えない。 ﹁でも、高等魔法学院はどうするんですか? まだ在学中ですけど ⋮⋮﹂ ﹁通えば良いわ。入学した時点で法律上は成人してますからね、在 学中に結婚するケースも無い訳じゃないの﹂ 915 ﹁そうなんですか﹂ そういえばそうだったな。子供扱いされる事も多いし、この旅行 も保護者同伴だから忘れてたわ。 ﹁そもそも在学中に結婚しないのは経済的な理由が主な原因よ。そ の点シン君なら⋮⋮王国の制式装備のアイデア料と通信機の料金と 通信料で口座の残高凄い事になってるでしょ?﹂ ﹁ええ、まあ⋮⋮﹂ ﹁す、凄い残高⋮⋮﹂ ﹁どんな金額なのかしら⋮⋮?﹂ ﹁だから、正直式を挙げない理由が無いのよ。そのつもりでいてね﹂ ﹁はあ、分かりました﹂ ところで、さっきからシシリーが大人しいな。 そう思ってシシリーを見てみると⋮⋮。 ﹁⋮⋮はあ﹂ なんかトリップしてた。 ﹁お金持ちの英雄の妻⋮⋮﹂ ﹁なんて羨ましい⋮⋮﹂ お義姉さん方は羨ましがってた。 シシリーを嫁に出すなんて! って言ってた人達だったのにな。 それだけ認められたって事かな? 916 ﹁アナタ達も、そろそろ旦那さんを見付けて連れていらっしゃいな﹂ ﹁そのつもりではいるんですけど⋮⋮﹂ ﹁これだけの優良物件を見た後じゃ、どれもピンと来なくて⋮⋮﹂ ﹁シン君なんて優良物件というより特殊物件よ。英雄の孫で、自身 も英雄で、でも驕った所が一つも無くて、おまけに魔道具造りに天 才的な才能があって立ち上げた商会は繁盛間違いなしなんて⋮⋮冗 談みたいな存在じゃない﹂ 存在を冗談にされてしまった。 ﹁そんな人と張り合える人なんて⋮⋮アウグスト殿下位しかいない んじゃない?﹂ ﹁⋮⋮それもそうね﹂ ﹁はあ、現実を見ないといけませんね﹂ ﹁そうなさい﹂ お義姉さん達にも是非いい人を見付けてもらいたい。 俺達の仲を妬まれると、どう対応していいか分からないからな⋮ ⋮。 ﹁ところでシン君、急な話で悪いのだけど教会の希望とかある? 今の内に決めておいた方が良いから﹂ ﹁あ、実は、オーグにお願いして決まった所があるんです﹂ ﹁あら、感心ね。もう教会を決めてるなんて。それで? どこの教 会をお願いしたの?﹂ ﹁アールスハイド大聖堂です﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ ﹁オーグに頼んでもらったらオッケーだったそうです﹂ 917 ﹁﹁﹁えええええ!?﹂﹂﹂ お義母さんとお義姉さんの絶叫が響き渡った。 ﹁そ、そ、それ、本当なの!?﹂ ﹁ええ、日程が決まったら教えてくれって言われました﹂ 旅行準備中に時間があったからオーグに頼んでおいたのだが、割 りとスンナリ了承が出たって言ってたな。 ﹁アールスハイド大聖堂で挙式⋮⋮﹂ ﹁本当に羨ましい⋮⋮﹂ ﹁これは私も羨ましいわね。あそこは王族しか結婚式を執り行わな いのに⋮⋮﹂ ﹁そうなんですか? オーグと仲良くてラッキーだったな﹂ 王族の特権を感じるな。たまにはいいか。 ﹁多分違うと思うけど⋮⋮﹂ ﹁シン君、アールスハイド大聖堂って⋮⋮﹂ お、ようやくシシリーが復帰してきた。 ﹁ダーム大聖堂で結婚式を見たとき、そう約束したじゃない? だ からオーグに頼んでたんだ。黙っててゴメンね?﹂ 安請け合いして、駄目だったらガッカリさせちゃうからな。決ま って良かった。 918 するとシシリーは首を振った後、抱き付いて来た。 ﹁謝らないで下さい。本当に実現させちゃうなんて⋮⋮嬉しくてど うにかなりそうです﹂ ﹁喜んでもらえて良かった。式場は決まったから、魔人討伐頑張ろ うね﹂ ﹁はい!﹂ シシリーは満面の笑みで返事をしてくれた。 サプライズは成功したかな? アイリーンさんは微笑ましいものを見る目で、お義姉さん達は嬉 しいような、妬ましいような複雑な顔をしていた。 ところで、セシルさんとロイスさんは? ﹁マーリン様、そんな手で皆の注目を集めるとはさすがです﹂ ﹁そんな格好をして⋮⋮メリダ様に怒られないのですか?﹂ ﹁ワシ、目立とうと思っとらんからね? それにメリダはワシが夏 の海に来ると真っ黒になるのは知っとるから、メリダへの反抗とか じゃないからね?﹂ ⋮⋮何やってんだ⋮⋮。 ﹁⋮⋮アナタ達は一体何をしているのかしら?﹂ ﹁え? いや! アイリーン、これはだね⋮⋮﹂ ﹁そ、そう! マーリン様から有り難い訓告を受けていたのですよ、 母上!﹂ ﹁シン君が素晴らしいお話を持ってきてくれたというのに⋮⋮﹂ 919 あ、アイリーンさんがプルプルしてる⋮⋮。 ﹁将来の義息子と義弟が来ているのに放ったらかしにして何をして いるのですか! そこに正座なさい!﹂ ﹁え? いや⋮⋮ここ焼けた砂の上⋮⋮﹂ ﹁せ・い・ざ・な・さ・い﹂ ﹁﹁はい!﹂﹂ アイリーンさんがお義父さん、お義兄さんに説教をし始めたので、 シシリーと二人でその場を離れた。 爺さんは、俺が渡したルアーを使って釣りをしてくるらしい。 ﹁はあ⋮⋮アイリーンさん凄い迫力だったな⋮⋮﹂ ﹁昔から、お父様よりお母様に怒られる方が怖かったですからね⋮ ⋮﹂ ﹁シシリーでも怒られる事があるんだ?﹂ ﹁それはありますよ。声は荒げないけど静かに怒るお母様⋮⋮思い 出したら落ち着かない気分になってきました⋮⋮﹂ そう言って俺の腕にしがみついてきた。 本当に小さく震えてるし⋮⋮どんだけ怖かったんだ? ﹁俺は、しょっちゅうばあちゃんに怒られてたなあ﹂ ﹁ああ⋮⋮何となく想像出来ます﹂ ﹁ちょっ! 非道くね?﹂ ﹁フフフ、アハハ、ごめんなさい!﹂ 920 そう笑いながら、俺から離れていった。 ﹁待てこら!﹂ ﹁きゃあ!﹂ ﹁こんな所でまで何してんのよ!﹂ シシリーと追いかけっこをしている内に、ビーチバレー大会の会 場に着いたようだ。 ﹁おう⋮⋮相変わらずスゲエ光景だな⋮⋮﹂ ﹁そう? あの殿下の雷神撃が止められないのよね⋮⋮﹂ ﹁雷神撃って⋮⋮﹂ 見ると、身体強化して高くジャンプしたオーグが、得意の雷魔法 を起動し、ビーチボールをアタックする。 雷を纏ったビーチボールは、不規則な動きをして相手コートに突 き刺さった。 ﹁リンの風神撃も止められないのよね﹂ ﹁風神撃って⋮⋮﹂ 今度はリンが風魔法を起動してアタックを打つ。 風の力で加速したビーチボールは目にも留まらぬ速さで相手コー トに突き刺さる。 ﹁昨日は技名なんて付いてなかったじゃん﹂ ﹁アリスがね⋮⋮炎を纏わせたアタックをフレイムアタックとか言 い出して⋮⋮﹂ 921 ﹁おりゃあ! くらえ! フレイムトルネードォォォ!﹂ そう言った矢先にアリスが炎と風の合成魔法をビーチボールに乗 せて、螺旋を描く炎のアタックをが打った。 ﹁させないよ! ウォーターブロック!﹂ 炎に負けないように水の魔法を腕に纏ったトニーがブロックする。 ﹁あ! くっそー!﹂ ﹁任せて!﹂ 身体強化をしたオリビアが離れた位置から飛んできてブロックさ れたボールを拾う。 ﹁ユリウス!﹂ ﹁ぬうりゃあああ! パワーボムゥゥ!﹂ トールの上げたトスを、ユリウスが身体強化全開でアタックを打 ち、ブロックをすり抜け相手コートに突き刺さる。 ﹁やるではないか、ユリウス﹂ ﹁コートの上ではたとえ殿下と言えども容赦はせんで御座る﹂ ﹁よく言った。ならば、私も全身全霊をもって応えよう﹂ ﹁フフ、覚悟しなよ?﹂ ﹁今度は私の番﹂ ﹁いくッスよ!﹂ ⋮⋮なんだこれ? 922 ﹁家族対抗トーナメントじゃなかったのかよ﹂ ﹁こんなのに誰も付いてこれる分けないじゃない。ウチの家族も早 々にリタイヤしたわよ﹂ ﹁ユーリとマリアはなんで入ってないの?﹂ ﹁四対四だから順番待ち﹂ ⋮⋮皆、ハマりすぎだろ! とまあ⋮⋮なんか新しい競技を生み出しちゃったり、チームの家 族とふれ合ったりしながら、束の間の休暇を楽しく過ごす事が出来 た。 ﹁んあー! 堪能したー!﹂ リッテンハイムリゾートで三泊し休暇は終わった。 俺達は結局、ばあちゃんの監視があったから同じ寝室で寝る事は なかった。 ちょっと残念だけど、三泊しシシリーはウチで生活するのにも大 分慣れたみたいだった。 元々ばあちゃんに気に入られてたし、爺さんの相手も忘れずにし ていたので、二人ともシシリーがウチにいる事を当然のように振る 舞っていた。 これからまた馬車で王都に帰るが、帰ったら早速叙勲式がある。 923 これで皆も有名人か。 そろそろゲートの魔法を教えた方が良いかな? 有名になると街を歩くのも大変になるし⋮⋮。 俺は最近、街を歩くときはなるべく変装するか、光学迷彩魔法を 使うようにしてる。そうしないと、バレた時に騒ぎになる事がある のだ。 光学迷彩魔法は危ないからあんまり使いたくないんだけどね。 こっちが見えてないから、たまに人とぶつかるんだよ。 光学迷彩魔法は理解出来なかったみたいだし、爺さんにも使えた ゲートの方が良いと思う。 今までの魔人戦や、マジカルバレーを見る限りもう下地は出来て るだろうし。 その事を皆に告げると、特にリンが喜んだ。 ﹁ついに来た。頑張って覚える﹂ フンス! と鼻息も荒く意気込む。 ﹁どこでやるんだ?﹂ ﹁出来れば初めはイメージを教えたいんだ。学院の研究室でいいん じゃないか?﹂ 924 長期休暇中だが、研究会の活動はもちろんある。学院も解放され ているので、叙勲式の後は皆でゲートの魔法を練習する事にした。 王都に帰ってから三日後、旅の疲れも癒えた頃王城から迎えが来 た。 今回は皆で叙勲を受けるので、爺さんとばあちゃんは他の親族と 一緒に参加するらしい。 ﹁いよいよですね⋮⋮﹂ ﹁はあ⋮⋮緊張でヤバイわ⋮⋮﹂ ﹁今回は皆一緒だから良いじゃん。前回は俺一人だったんだからな﹂ ﹁よく乗り切ったわね⋮⋮﹂ 俺の家にシシリーとマリアが集まり、三人で馬車に乗り込み王城 を目指している。 前回一人でこの苦行を乗り越えたからか、シシリーやマリアに比 べて心に余裕がある。 ようやく王城に着くと、他の迎えの馬車も到着した。 ﹁みみみ皆! おおおおはよう!﹂ ﹁緊張しすぎだ、アリス﹂ ﹁そんな事言ったって! 叙勲式だよ? 一生縁の無いものだと思 ってたのに!﹂ ﹁そうですよ⋮⋮ウエイトレスしてたら叙勲なんてされませんもの ⋮⋮﹂ ﹁いい加減諦める﹂ 925 到着した馬車からチームの皆が続々と降りてくる。 最近王城に来る機会が多くなったとはいえ、今回は叙勲式だ。緊 張するなって方が無理かな? ﹁さて、今日は叙勲式だが、本当に大変なのはこの後だからな﹂ 元々王城住まいのオーグが、俺達が控室に入った後にやって来た。 ﹁後?﹂ ﹁有象無象が寄ってくるぞ。特に独り身の者は気を付けろよ? 焦 って変な男に引っ掛からないようにな﹂ ﹁﹁﹁は、はい!﹂﹂﹂ ﹁別に男は要らない﹂ 叙勲を受けると、人が寄ってくるからな⋮⋮。 特に彼氏が欲しいって言ってたマリア達は要注意だな。 リンは相変わらずだけど。 それより、休暇が明けた学院とかどうなるんだろう? クラスに人が押し寄せないか? マークとオリビアも大丈夫だろうか? 今後の事をオーグから注意されていると⋮⋮。 926 ﹁アルティメット・マジシャンズの皆様、お時間でございます﹂ ついに迎えの兵士さんが来た。 皆、緊張のピークに達したようで、ガッチガチになってる。 オリビアなんかは若干顔が青いな⋮⋮。 しかし、ここまで来たらジタバタしてもしょうがないので、迎え に来た兵士さんの先導で謁見の間に着いた。 謁見の間の扉の前で待機していると、こんな声が聞こえて来た。 ﹃アールスハイドのみならず、各国を救った英雄達! アルティメ ット・マジシャンズの御到着です!﹄ 高らかな宣言の後、扉が開いた。 前回と同じだな。貴族達や文官、武官達が拍手をして出迎えてく れた。 その光景を見慣れたオーグ以外はその雰囲気に呑まれてる。 ﹁行くぞ﹂ オーグの言葉で我に返った皆が歩き出す。 今日はオーグもアルティメット・マジシャンズの一員としてこち らにいるので、王座の近くにはメイちゃんとジュリアおばさんがい た。 927 ﹃ディセウム=フォン=アールスハイド陛下、御入場!﹄ 現れたディスおじさんに謁見の間にいた全員が膝をつく。 ﹁今日はアールスハイドに現れた英雄達を讃える事ができ、誠に嬉 しく思う。そして、今回の功績は過去に類を見ないものだ。そこで この度は特別な勲章を用意した﹂ 列席している人達が一瞬ざわめいた。 ﹁アルティメット・マジシャンズ、貴殿等に﹃金龍特別勲章﹄を授 与する﹂ そうディスおじさんが宣言した途端、列席者達は驚きの声を上げ た。 なぜなら、金の龍はアールスハイド王国の国旗に描かれているシ ンボルだからだ。 その金の龍の名を冠した勲章を授与される。 アールスハイド国民にとってこれ程栄誉ある勲章も無いだろう。 俺はアールスハイド歴数ヵ月だからイマイチ、ピンと来ないけど ⋮⋮。 ちなみに龍⋮⋮ドラゴンは空想上の生き物で実際には存在しない。 魔法がある世界なのに⋮⋮ドラゴン見たかったなあ⋮⋮。 928 ﹁それでは、各自に勲章を授ける﹂ その宣言があり、順に名前が呼ばれディスおじさんから勲章を受 ける。 皆ガチガチで、アリスなど、手と足が同時に出ていた。 そうして次々とチームの皆が呼ばれていくが、オーグは中々呼ば れず、最後から二番目の授与となった。 ﹁立派になったなアウグスト。これならば安心して国を任せられる な﹂ ﹁何を仰いますか。父上ならばまだまだ御活躍出来るでしょう。こ れからも頑張って頂きたい﹂ ﹁アウグスト⋮⋮﹂ ディスおじさんがオーグからの言葉に感激してるけど、多分それ 違うから。 自分が玉座に就くと自由が無くなるからだと思うよ。 そして、なぜか俺は一番最後に呼ばれた。 ﹁数ヵ月で二個目の叙勲は王国の歴史上でも初めての事だ。素晴ら しい功績である﹂ ﹁ありがたき幸せ﹂ 王様モードのディスおじさんに合わせて、こちらも臣下モードで 応える。 929 そして勲章を胸に付けて貰う⋮⋮前にこんな事を言い出した。 ﹁シン=ウォルフォードは最早この世界に敵う者はいない魔法使い の王となった。よって我より、﹃魔王﹄の二つ名を与える。皆讃え よ! 魔王シンの誕生である!﹂ ⋮⋮。 うわあああ!!! なに!? 何が起こった? なんでディスおじさんがそれを知っ て⋮⋮。 ああ! オーグか! オーグがディスおじさんに言ったな!? 振り返ってオーグを見ると、下を向いてプルプルしてた。 なに笑いを堪えてやがる! なんて⋮⋮なんて事をしてくれたんだ! そう思ってオーグのもとに行こうとしたら⋮⋮。 ﹃うおおおおおお!﹄ 急に列席者から大きな歓声が上がった。 急だったからビクッとしちゃったじゃないか! 930 ﹁魔法使いの王! 魔王シン!﹂ ﹁この歳で二つ名を授けられるとは!﹂ ﹁魔王!﹂﹁魔王!﹂﹁魔王!﹂ 皆が魔王の名を連呼していた。 やめて! その名前で呼ばないで! お願いだからあ⋮⋮。 931 口が滑りました 最悪の事態だ。 なんとか回避しようと思っていた魔王の二つ名を、よりにもよっ て叙勲式でディスおじさんから与えられてしまった。 あんな公の場で宣言すれば、そりゃあもうあっという間に王都中 に広まったさ。 街を歩けば⋮⋮。 ﹁あ! 魔王様!﹂ ﹁きゃあ! 魔王シン様よ!﹂ ﹁魔法使いの王⋮⋮本当に相応しいわね﹂ 俺を呼ぶ時は魔王と付けるようになってしまった。 ﹁もう⋮⋮外を歩けない⋮⋮﹂ ﹁き、気にしなくて良いじゃないですか。恥ずかしいのは言われ慣 れてないからで、慣れれば大丈夫ですよ﹂ ﹁慣れたくない⋮⋮﹂ ﹁でも、チーム名もいつの間にか慣れちゃったじゃないですか。二 つ名もすぐに慣れますよ﹂ 俺の隣に座ってるシシリーは、そう言ってニッコリ笑ってくれた。 相変わらず俺の事を親身になって心配してくれるシシリー。本当 932 に良い娘だよなあ⋮⋮。 ﹁やるねえシシリー。シンを完全に手懐けてるじゃないか﹂ シシリーの優しさに浸っていると、ばあちゃんがニヤニヤしなが らそう言った。 ﹁え? そ、そんなつもりじゃ⋮⋮﹂ ﹁いいから、そのまま手懐けておくんだよ? そうすれば夫婦仲も 上手くいくってもんさね﹂ ﹁は、はい! あ! 違うのシン君! べ、別に手懐けてるとかそ んなつもりは⋮⋮﹂ ﹁おや? アタシの教えは聞けないって?﹂ ﹁い、いえ! そんなつもりは⋮⋮﹂ ﹁もうばあちゃん、可哀想だからやめなよ﹂ ﹁ククク﹂ ﹁気にしなくていいよ。ばあちゃん、からかってるだけなんだから﹂ そう言って頭を撫でてやる。 ﹁あぅ⋮⋮そうですか、良かったです﹂ ﹁アッハッハ、なんとも初々しいねえ﹂ ﹁ほっほ、しかしこの騒ぎでは二人で出掛ける事もままならんのお﹂ 爺さんの言う通り、叙勲式の後、チームの皆は気軽に出歩けなく なった。 無防備に街を歩いていると、囲まれてしまうんだそうだ。 ﹁これは早めにゲートの魔法を教えた方が良いな﹂ 933 ﹁そうですね⋮⋮マリアはこの前、色んな男が声を掛けてきてウン ザリしたって言ってましたから﹂ ﹁名前が売れてから寄ってくる男にロクなのはいない⋮⋮か。片っ ぱしから吹っ飛ばしてる様子が目に見えるようだな⋮⋮﹂ ﹁そうみたいです。私は⋮⋮外に出る時はシン君と一緒ですから大 丈夫ですけど﹂ ちょっと照れながらそう言うシシリー。 大丈夫とは言うが⋮⋮シシリーは一人で出歩かなくなった。 というか出歩けなくなった。 外に出る時は常に俺と一緒か、爺さんかばあちゃんのどっちかと 出掛ける。 なぜなら、スイード王国でのシシリーの評判がアールスハイドに も届き、彼女を聖女と崇め救いを求める者が多くなったからだ。 一人で街に出れば、あっという間に囲まれ救いを求められる。 それだけならまだしも、不埒な事を考える輩までいるそうなので、 以前とは別の意味で護衛しないといけなくなった。 もっとも⋮⋮今のシシリーをどうにか出来る奴がいるとは思えな いけど⋮⋮。 聖女というイメージが先行して、力ずくでどうにか出来ると思っ ている連中が多い⋮⋮と、この前ウチに来た警備隊のオルト捜査官 が教えてくれた。 934 なんでも、俺達をどうにかして悪事に引き込みたい連中というの がいるそうで⋮⋮その捜査と検挙に大忙しなのだとか。 ﹃苦もなく魔人を討伐出来る貴方達をどうにか出来ると本気で思っ ているようでして⋮⋮救いようの無い連中です﹄ 取り敢えず警戒はするようにと忠告して帰って行った。 という訳で、尚更ゲートの魔法は修得必須となったのだ。 ﹁それにしても⋮⋮民衆のシン君に対する期待が強くなっちゃいま したね⋮⋮﹂ ﹁やっぱり、こうなるよなあ﹂ チーム全員が魔人を倒す力を持ち、俺に至っては魔法使いの王と いう二つ名まで頂いてしまった。 その結果﹃魔人恐るるに足らず﹄という風潮になってしまった。 その事をこの前ウチに来たディスおじさんに訊ねると、意外な事 を言われた。 ﹁それで良いんだよ。軍には士官から兵士に至るまで訓告をしてあ る。魔人を倒せるのはシン君達だけだとね﹂ ﹁それで納得するの?﹂ ﹁魔人を倒すには災害級の魔物を単独で討伐する実力が必要だと伝 えたら⋮⋮皆すぐに納得してくれたよ﹂ そういえば、メイちゃんが言ってたな、災害級の魔物は軍のトラ 935 ウマ製造機だって⋮⋮。 魔人の強さは想像出来なくても、災害級の魔物の怖さは十分に理 解してるって事か。 ﹁でも、三国会談は? それに影響があるかもって⋮⋮﹂ ﹁その事は心配しなくてもいいよ。確かに交渉が難しくなるかもし れないけど、国民の皆には魔人は恐るべき存在じゃないと思ってい て欲しいんだよ。下手な危機感を覚えて国の雰囲気が悪くなっても 困るからね﹂ ﹁⋮⋮情報操作って事か﹂ ﹁難しい言葉知ってるね? そういう事だよ﹂ ディスおじさんの言ってる事は分かる。 けど、それが三国会談に影響するかもしれないから悩んでいたの に⋮⋮。 ﹁国との交渉は私の領域だ、お前が心配する事じゃない﹂ ﹁⋮⋮﹂ うわ⋮⋮本当に言った。 ﹁どうした?﹂ ﹁い、いや⋮⋮なんでもない⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮その事は後で問い詰めるとして、二国との交渉は私に任せろ。 既に幾つかのシミュレーションも出来ている﹂ ﹁そうなのか﹂ どうするつもりなんだろう? あ、さすがに情報収集はちゃんと 936 やって来るだろうって事かな? 大国と言われる国だし。 オーグとディスおじさんの王族親子に言われ、ここから先は俺の 領域ではないと判断し、これ以上思い悩まないようにした。 ﹁ところで⋮⋮さっきのは何なのだ?﹂ ﹁だから何でも無いって﹂ ﹁吐け!﹂ ﹁何でも無いって!﹂ ﹁あの後、オーグに問い詰められて大変だった⋮⋮﹂ ﹁フフ、でもシン君の予想通りの台詞でしたね。私もつい笑いそう になっちゃいました﹂ ﹁エリーに知られると、また面倒臭い事になりそうだ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁まさか⋮⋮もう知ってる⋮⋮とか?﹂ ﹁え、えーと⋮⋮その⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮こら﹂ ﹁エヘ?﹂ ﹁可愛いけど、エヘ? じゃなーい! 何やっちゃってんのさ!﹂ ﹁きゃう! ゴメンなさ⋮⋮あぅ! くすぐった!﹂ ﹁コレ! こんなところでじゃれつくんじゃないよ。埃がたつだろ う?﹂ ﹁あ、ゴメン﹂ ﹁はう⋮⋮ふう⋮⋮す、スイマセン﹂ ﹁ほっほ、仲が良いのお﹂ 爺さんとばあちゃんがいたのを忘れてた⋮⋮。 937 ところで、さっきから何気無くシシリーがウチにいるけど、リッ テンハイムリゾートから戻って以降、特に用が無くてもウチに来て いる。 こうやって爺さん、ばあちゃんと歓談したり、使用人さん達と仲 良くなったりしている。 嫁に入る前にウォルフォード家での生活にも慣れておけっていう、 休暇中の延長みたいな事らしい。 夜はさすがに家に帰してるけどね。ばあちゃんの監視が⋮⋮。 そして叙勲式から数日後、迂闊に外を歩けなくなった皆を迎えに 行き、学院の研究室に集合した。 ﹁なんか⋮⋮凄く久し振りな気がするわね⋮⋮﹂ ﹁自分もそう思います。夏季休暇に入ってから濃い毎日を送ってま したからね⋮⋮﹂ ﹁さて、それじゃあ早速ゲートの魔法を教えたいと思うんだが、い いか?﹂ ﹁いつでも来い﹂ この日を楽しみにしていたリンが待ちきれないとばかりに返事を した。 ﹁じゃあ、皆座ってくれ、ゲートについて説明するから﹂ そう言うと皆素直に席に着いた。 ﹁ゲートの魔法はもう何度も見てるだろうからどんなものかは分か 938 るよな?﹂ 皆、一斉に頷く。 ﹁これから、ゲートを起動させる為のイメージを教えるな。ただ、 これは俺のイメージだから皆には別のイメージが合うのかもしれな い。そこは各自で調整という事で宜しく﹂ そう前置きした後、黒板に地点Aと地点Bを描く。 ﹁さて、まずは質問だ。この地点Aから地点Bまでの最短距離って、 どう行けばいい?﹂ ﹁そんなの簡単だよ! ここからここまで一直線に行けばいいよね !﹂ ﹁ブー﹂ ﹁えー!? なんで!?﹂ アリスの答えに不正解を告げると、途端にザワつき出した。 ﹁なんだ? 一直線以外に最短距離があるのか?﹂ ﹁なにこれ? 謎かけ?﹂ ﹁ウーム⋮⋮サッパリ分からんで御座る﹂ 皆早々にギブアップしてしまった。 ﹁まあ⋮⋮黒板だと答えに辿り着きにくいかな?﹂ ﹁黒板だと?﹂ ﹁そ、紙に書いてみ?﹂ そう言うと皆紙に二つ点を書き、あれやこれやと悩み始めた。 939 ﹁あー! もう! 分かんないわよ!﹂ ﹁皆はどう? 降参?﹂ ﹁ああ、サッパリ分からん﹂ ﹁なら解答だ。言っとくけど、ズルいとか言うなよ? これがゲー トのイメージなんだから﹂ 俺の言葉で皆の目が真剣になった。 ﹁黒板じゃ辿り着きにくいって言った理由が⋮⋮これだ﹂ 紙を持ち、二つに折る。すると⋮⋮地点Aと地点Bがくっついた。 ﹁この紙を空間。点を自分のいる場所と行きたい場所とした時、こ うやって折り曲げると⋮⋮距離がゼロになる。つまりこれが最短距 離であり⋮⋮﹂ そして重なった点をペンで刺し、穴を開ける。 ﹁この穴がゲートだ﹂ そう言って皆を見ると、唖然とする者、納得したような顔をする 者、様々だった。 ﹁発想の転換か⋮⋮まったく考えつかなかった﹂ ﹁確かに最短距離ッス⋮⋮言われた通り、黒板じゃこの答えには辿 り着かないッスね﹂ ﹁分かった。理解した﹂ ﹁イメージは理解出来た?﹂ 940 皆大きく頷いた。 ﹁で、このイメージを踏まえた上で、点と点を異空間収納の要領で 穴を開けるように魔法を起動すると⋮⋮﹂ 俺の目の前にゲートが現れ、研究室の後ろに繋がった。 ﹁これがゲートのイメージと起動の方法。行った事のある場所じゃ ないと駄目なのも、繋げる先のイメージが出来ないから。どう? 出来そう?﹂ ﹁出来る。必ずやる﹂ ﹁イメージは分かった。後は起動するかどうかだな﹂ ﹁じゃあ、今日は皆でゲートの練習な。まあ、じいちゃんも出来る ようになるまで相当掛かってるから、出来なくても気にしなくてい いよ﹂ じいちゃんも∼、の辺りは誰も聞いてなかったな。 練習なって言った途端に魔力を集め始めた。 例え話ですらスルーされるのか⋮⋮英雄なのに⋮⋮。 まあ、悪意がある訳じゃなく、皆早くゲートを試してみたいんだ ろう。各々魔力を集め、異空間収納の要領で魔法を起動させようと する。 まあ、初めてイメージを伝えたし、皆ゲートじゃなくて異空間収 納を開いてしまっている。 その都度やり直し、また異空間収納を開き、またやり直し⋮⋮と 941 時間の経つのも忘れて、皆ゲートの練習に没頭していた。 その間、俺は暇だったけど⋮⋮。 結局その日は誰も成功せず、研究会はお開きとなった。 ﹁むう⋮⋮もう少しで何か掴めそうなのに﹂ リンは大分手応えを掴んでいるようだ。 この分だと、リンが始めにゲートを覚えそうだな。 そうして夏季休暇中の研究会の活動としてゲートの練習をし始め て三日が経過した頃⋮⋮。 ﹁やったあ! 成功したよ!﹂ ﹁な⋮⋮!﹂ 予想に反して最初にゲートを覚えたのはアリスだった。 ﹁やった! やった! これで遅刻しないで済むよ!﹂ 動機が不純だな! それはともかく、アリスの前にはゲートが開き、研究室の端にそ の出口が繋がっている。 ﹁うん、間違いなくゲートが開いてるな。おめでとう、アリス﹂ ﹁へへへ、やったね!﹂ ﹁そんな⋮⋮どうやって?﹂ 942 ﹁えーっとねえ、こう空間をグニャアってやって、そこにエイヤ! ってやって、ブワッて広げるの!﹂ ⋮⋮。 サッパリ分からん。 まあ⋮⋮そのイメージでゲートが開いたんだから良しとしよう。 アリスが成功したのを見た皆は、次は自分が! とこれまでにも 増して真剣に取り組むようになった。 俺は相変わらず暇だったので、とある魔道具の構想を練っていた。 ﹁シン君何やってんの?﹂ ﹁ん? ああ、魔道具の構想を練ってるんだよ﹂ ﹁魔道具?﹂ ﹁ああ、通信機あるだろ?﹂ ﹁うん﹂ ﹁あれの無線版をね、創れないかと⋮⋮﹂ ﹁ちょっと待て﹂ ゲートの練習をしていた筈のオーグから声を掛けられた。 ﹁どうした? 成功したか?﹂ ﹁そんな事はどうでもいい。お前⋮⋮今またとんでもない事を言っ たな?﹂ ﹁とんでもない事?﹂ ﹁無線の通信機だ!﹂ 943 その叫びに、皆練習の手を止め、こちらを見た。 ﹁そうだけど⋮⋮とんでもない事?﹂ ﹁あの通信機でも情報技術に革命をもたらしたというのに⋮⋮更に 無線だと? 情報戦争でも起こすつもりか?﹂ 情報戦⋮⋮前世ではよく聞いた言葉だけど、この世界にはまだ無 いのか? ﹁えーっと⋮⋮まだ早い⋮⋮か?﹂ ﹁有線の通信機ですら、今は国家間での通信に使用されているのみ だ。いずれ一般にも浸透していくだろうが⋮⋮今はまだ早すぎる﹂ ﹁そっか⋮⋮まあ、とは言っても、構想だけで実現の目処は立って 無いんだけどね﹂ ﹁なんだ⋮⋮そうなのか⋮⋮﹂ そう言って安堵の溜め息を溢すオーグ。 世に出すには段階を踏まないと駄目って事か。 ﹁あんまり驚かせるな。では練習に戻る﹂ そう言ってまたゲートの練習に戻って行った。 実現の目処か⋮⋮正直それが一番の問題なんだよな。 無線の通信機が構想だけで実現していない理由、それは⋮⋮受信 側が起動していないと通信出来ないからだ。 有線の通信機は、送信側で通信機を起動すると、魔力が魔物化し 944 た大蜘蛛の糸を伝わり、受信側の通信機も起動する。 その為通信が出来るのだが、無線にした場合送信側が通信機を起 動しても受信側は起動しない。当たり前だ。 コレを実現する為には、常に受信側が通信機を起動させていなけ ればいけない。 いつ来るか分からない受信の為に? そんな事、現実的じゃない。行き詰まってる大きな理由だ。 他にもある。通信形態は直接電波⋮⋮この場合魔力波か? をや り取りするか、中継局を設けて通信するかも決めていない。 とは言うものの、最初は直接型かな? 中継局を設けるには大規 模なインフラ整備が必要になるし。 直接魔力波を通信するとなると、どの程度の距離まで大丈夫なの かも実験しないといけない。 ゆくゆくは中継局を設けたいけど⋮⋮いつになる事やら。 通信形態はともかく、まずは受信側をどうするかが問題だ。 何か⋮⋮ヒントになるようなものはないかなあ⋮⋮。 色々と考えては見たものの、この世界の常識に疎い俺では完全に 手詰まりになった。 945 この世界の事をよく知ってる皆なら何か思い付く事があるかもし れないのになあ⋮⋮。 オーグにはまだ早いって言われたけど、旧帝国領に攻め入る時に、 あれば絶対有利になる。開発の手を止める訳にはいかない。 皆がゲートの練習をしている間、俺はずっとその事を調べたり考 えたりしていた。 そして更に数日が経った頃⋮⋮。 ﹁やった! 出来た!﹂ リンが珍しく大声を出した。 声に釣られてリンを見ると、リンの前にゲートが開いていた。 ﹁嬉しい! やった!﹂ 大声だけでなく、満面の笑みを浮かべて喜んでいるリンを見て、 行き詰まっていた気持ちがちょっとホッコリした。 リンは何度もゲートを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返して いた。 ﹁おおー! やったね、リン!﹂ ﹁アリスに遅れを取ったのは不覚。でも嬉しい﹂ この二人は本当に仲良くなったよな。 946 悪乗りする事も多くなっちゃったけど⋮⋮。 他の皆も二人目の成功者に俄然やる気を出し、必死に練習をして いた。 そして、夏季休暇が終わる直前。 ﹁で、出来ましたあ⋮⋮﹂ 最後まで残っていたオリビアがゲートを開く事に成功し、チーム 全員がゲートの魔法を修得する事が出来たのであった。 ﹁おーし。これで⋮⋮全員ゲート修得だー!﹂ ﹁おおー﹂ ﹁ひゅーひゅー﹂ アリスはまた口笛が吹けてねえよ。 ﹁いやあ、夏季休暇中に間に合ったねえ﹂ ﹁すいません⋮⋮私だけ時間掛かっちゃって⋮⋮﹂ ﹁いえいえ、十分早い修得だったと思いますよ? 何せ賢者様です ら修得に時間が掛かった魔法ですから﹂ ﹁そういうトールもギリギリだったで御座るがな﹂ ﹁うるさいですね! ユリウスだって自分のちょっと前でしょう! ?﹂ ﹁それでも先は先で御座る﹂ ﹁うぐぐぐ!﹂ チーム全員がゲートを修得出来たからか、皆のテンションが高い な。 947 ある意味目標にしてた魔法だし、しょうがないかな? ﹁皆、ちょっと聞いてくれ﹂ 騒ぐ皆にオーグが声を掛けた。何だ? ﹁皆、無事にゲートを修得出来てなによりだ。我々の今までの功績 と叙勲によって迂闊に外に出られない状況になってしまったからな﹂ その言葉に頷く全員。結構な不自由をしてるみたいだな。 ﹁だが、シンの魔法は、どれも使い途を誤れば簡単に悪の道に墜ち てしまう危険なものだ﹂ ⋮⋮あれ? 話の風向きがおかしくなってきたぞ? ﹁言うまでもなく、このゲートの魔法を使えるという事は、これま で以上に高いモラルを持つ事、そういう人間であると見られなけれ ばならない﹂ ああ、そういう事か。簡単に犯罪に使える魔法だが、自分はモラ ルが高いのでそういう事はしませんよ。と見られなければならない と。 ﹁メッシーナ、声を掛けてきた男を吹っ飛ばすのは自重しろ﹂ ﹁うう⋮⋮はい、気を付けます﹂ マリアはこれまでの実績があるからな、何も言えないか。 948 ﹁フレイドは女関係、もうちょっと大人しく出来んか?﹂ ﹁うーん⋮⋮分かりました。一人に絞ります﹂ ⋮⋮そんなに彼女がいんのか? 本当に刺されるぞ⋮⋮。 今も﹁誰にしよう?﹂って呟きが聞こえるし⋮⋮。 ﹁コーナー﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁⋮⋮パジャマで学校に来るなよ?﹂ ﹁来ませんよ!﹂ アリスだったら、何回かに一回はありそうだ。 最後にアリスが注意された事で、緊迫した空気が弛緩したな。 ﹁最後に、シン﹂ ﹁あれ? 最後じゃなかった﹂ ﹁お前は行動そのものを自重しろ﹂ ﹁最近は自重してんじゃん!﹂ ﹁ほお? そういえば、例の無線通信機、どこまで出来た?﹂ ﹁ああ、基本的な構造はもう出来たよ。後はどうやって受信するか ⋮⋮なんだ⋮⋮けど⋮⋮﹂ あ、あれ? オーグの顔が⋮⋮。 ﹁言ったそばからお前は! あれほど早すぎると言っただろうがあ !﹂ ﹁あっ! しまった! つい口が滑った!﹂ 949 本気で怒り出したオーグから逃げ出した。 逃げながらも考えていた。 受信側の通信機でいつでも受信出来る方法。 だが、結局回答は見つかっていない。 誰か⋮⋮誰かヒントくれー! ﹁口が滑ったではないわ! 待て! こら!﹂ 950 世界の謎を解明しました︵前書き︶ 活動報告にお知らせがあります。 951 世界の謎を解明しました 無線の通信機の件は、広大な旧帝国領に分散して攻め入る際に絶 対に必要だとオーグを説得し、何とか開発する許可は得た。 但し、他言無用と念押しされたけど。 合宿に始まり、二度の魔人襲撃と討伐、各国の訪問に皆のゲート の修得と、非常に濃い夏季休暇が終わった。 色々あったけど、俺的に一番大きな出来事といえば⋮⋮。 ﹁それではお爺様、お婆様、行ってまいります﹂ ﹁はいよ。行っといで﹂ ﹁ほっほ、気を付けての﹂ ﹁はい!﹂ シシリーと恋人になった事かな。 あ、この騒動が終われば嫁になんのか。 夏季休暇の初めに恋人になってから、休暇中にここまで話が進ん だ事に若干の戸惑いはあるが、別に嫌な訳じゃない。 むしろ嬉しくってしょうがない。 ﹁シン君、行きましょう﹂ ﹁ああ。じいちゃん、ばあちゃん、行ってきます﹂ 952 ウチを出た俺達は腕を組んで歩き出した。 ちなみにマリアは、ゲートを覚えた事で直接教室に行ってる。 じゃあ、なんで俺達は歩いて学院に向かっているのか? ﹁あ! ホラ、魔王様と聖女様よ!﹂ ﹁相変わらずお似合いよねえ﹂ ﹁はあ⋮⋮俺も聖女様みたいな彼女欲しい⋮⋮﹂ ﹁そりゃ無理だろ。聖女様みたいな女なんていねえじゃん﹂ ﹁なんですって!?﹂ ⋮⋮なんか騒動が起きてるけど⋮⋮所謂お披露目というか、アル ティメット・マジシャンズの魔王と聖女は恋人であり、婚約者であ り、シシリーに手を出す事は許さない、という意思表示の為である。 俺は大丈夫だけど、シシリーに良からぬ感情を持つ奴が多いとの 事で、こんな事をしている。 正直、見せ物みたいで乗り気はしないんだけど、オルト捜査官か ら俺とシシリーの仲を世間に広く知らしめれば、シシリーに言い寄 って来たり、不埒な考えの男の数を減らせるからと進言された。 まあ、それだけじゃ無いと思うけどね。 時々、こちらに邪な感情を持ってる奴等が警備隊と思われる気配 に連行されたりしてるし。 聖女は魔王のモノ、という意思表示以外に、囮の役割もあるんだ 953 ろう。 ⋮⋮既にその二つ名が浸透しているのが、堪らなく悲しいが⋮⋮。 まあ、外を出歩けないのは息が詰まるし、彼女と一緒に登校って いう青春の一幕を経験出来るし、歩いて登校する事自体は別に良い んだけどね。 それより、街の人の反応より、意外だった事がある。 ﹁何か⋮⋮魔法学院生からの視線を感じますね⋮⋮﹂ ﹁そうだな⋮⋮休み前まで皆と同じ魔法学院生だったのに、休み中 に叙勲までされちゃったからな⋮⋮どう接していいか分かんないじ ゃないか?﹂ 学院に近付くにつれて当然だけど学院生が増えてくる。 休み前と明らかに態度が違うんだよな、よそよそしいというか⋮ ⋮。 騒ぐでもなく、友人といる者はヒソヒソと話をしている。 一先ず騒がれたり、囲まれたりする事は無さそうだけど⋮⋮。 ﹁なんというか⋮⋮研究会の人達以外と交流が出来なくなりそうで すね⋮⋮﹂ ﹁どうなんだろ? 向こうが寄って来なくなりそうな気はするな﹂ ﹁そうなると、マークさんとオリビアさんが心配ですね。二人とも Sクラスではないですから﹂ ﹁そうなんだよなあ⋮⋮﹂ 954 マークとオリビアはAクラスだ。二人だけクラスで浮いてしまい そうだな⋮⋮。 二人の心配をしながら学院に辿り着き、久し振りの教室に入る。 ﹁おはよう、二人とも﹂ ﹁おっはよー!﹂ ﹁おはようございます﹂ もうすでに全員来ていた。 それはそうだ、皆ゲートで来ているんだから。 ちなみにゲートでの登校は、学院側に掛け合って了承を得ている。 騒ぎになるからアッサリ了承が出た。 ﹁お、アリス、ちゃんと制服だな﹂ ﹁う⋮⋮﹂ ﹁ん? どうした? ⋮⋮まさか⋮⋮﹂ ﹁そのまさかよ。この娘、朝御飯食べてそのまま来たらしいんだけ ど⋮⋮﹂ ﹁わー! 言わないでー!﹂ ﹁パジャマで来たのか⋮⋮﹂ ﹁うう⋮⋮﹂ アリスが真っ赤な顔してる。 やるなよって言われたばっかりなのに⋮⋮。 955 何回かに一回はやると思っていたけど、まさか初回からとは⋮⋮。 ﹁それで、一回帰って制服に着替えて、今さっき来たとこよ﹂ ﹁流石アリス、期待を裏切らない﹂ ﹁そんな芸人気質、持ってないからね!?﹂ ﹁ということは、天然?﹂ ﹁天然じゃなーい!﹂ 朝から騒がしくしていたが、教室に目を向けると⋮⋮何か違和感 を感じた。 なんだ? ﹁んー? あ! なんか机増えてないか?﹂ ﹁ようやく気付いたか﹂ ﹁いや、二ヶ月振りだし、まさか机が増えてるなんて思わないじゃ ん﹂ 意外と気付かないもんだね。前まで三席、四席、三席だったのが、 今は全部四席になってる。 ということは⋮⋮。 ﹁おはよう、久し振りだな。ウォルフォードとクロードの婚約披露 パーティ以来か﹂ アルフレッド先生がやって来た。二人の生徒を連れて。 ﹁今日からこの二人もSクラスで授業を受ける。挨拶は必要ないだ 956 ろうから適当に座っていいぞ﹂ ﹁よろしくお願いするッス!﹂ ﹁よろしくお願いします﹂ マークとオリビアだ。 ﹁やはりこうなったか﹂ ﹁ええ、究極魔法研究会⋮⋮今はアルティメット・マジシャンズで すか。そこに所属していて、魔人も討伐出来るような生徒が二人だ けAクラスにいても、実力差で相当浮くと思いますので。特例です が、この学年だけSクラスは十二人とする事になります﹂ そっか、良かった。二人だけ別のクラスで浮いた存在にならない か心配していたんだ。 まあ⋮⋮これで、益々他のクラスとの交流が無くなりそうだけど ⋮⋮。 ﹁今日は新学期初日だから、始業式とホームルームで終わりだ。あ、 お前達は始業式で表彰されるからな﹂ ﹁表彰?﹂ ﹁当たり前だろ。今、魔人によって世界が危機にある中で、その危 機を二度も救ったのが、アールスハイド高等魔法学院の生徒なんだ からな﹂ そういう事か。でも、表彰って? ﹁なんか賞状でも貰うんですか?﹂ ﹁ああ、景品というか、この学院では卒業時に成績優秀者へ贈って いる物があるんだが、それが授与される。別に卒業させる訳じゃな 957 いが、学院で授与する物としては一番上位の物だ。今回の功績が大 き過ぎてそれでないと釣り合わないって事になってな﹂ へえ、なんだろ? という事は、俺達は卒業時には何も無いって事か。前渡しで貰う ようなもんだもんな。 ﹁じゃあ、講堂に移動するぞ﹂ アルフレッド先生の先導で講堂に向かうが⋮⋮道中も皆の視線を 感じるな。生徒側は騒ぐというより、戸惑ってる感じがする。 そして講堂に着き、定番の挨拶やら新学期の緒注意やら、学院長 の話やらが進んでいく。 ﹃それでは、最後に、究極魔法研究会の皆さん、壇上に上がって下 さい﹄ 拡声の魔道具を使った司会進行の先生の呼び出しで俺達は壇上に 上がろうとして⋮⋮。 ﹃わああああああ!﹄ 途端に巻き起こった盛大な拍手と歓声に皆面食らっていた。 ﹁あれ? 避けられてたんじゃなかった?﹂ ﹁どうも違うみたいね﹂ ﹁どう接していいか分からなかっただけだろ。それより早く行くぞ﹂ ﹁あ、はい!﹂ 958 一人二人だとどう接していいか分からないけど皆となら⋮⋮って 感じかな? ともかく、皆に嫌われてる訳では無さそうなので一安心だ。 ﹃皆さんも既に知っていると思いますが、一年首席のシン=ウォル フォード君率いる究極魔法研究会、この度名を改めてアルティメッ ト・マジシャンズとなりました。彼等は、旧帝国を攻め滅ぼしつい に世界へと進撃してきた魔人の集団を、見事に打ち破りました!﹄ 先生がちょっと興奮気味に伝えると、生徒にも伝播したのか、ま た大きな拍手と歓声が上がった。 ﹃二度の魔人襲撃を二度とも阻止し、この度叙勲まで受けた彼等は、 我がアールスハイド高等魔法学院の名を広く世間に知らしめる事に なりました!﹄ また歓声が上がる。 なんか⋮⋮先生が気持ち良さそうだ⋮⋮ライブのMCでもやって る気分になってるんじゃないか? ﹃よって、本来なら、卒業時にのみ成績優秀者に贈呈している品を 授与し、今回の功績の表彰とします。学院長、お願いします﹄ こうして俺達は初老の学院長から今回の贈呈品を授与された。 一体なんだろうな? 959 贈呈品の内容に気を取られて、完全に油断していた。 ﹃それでは、アルティメット・マジシャンズ代表、シン=ウォルフ ォード君、一言ご挨拶をお願いします﹄ ﹁うえ!?﹂ あまりに急な事だったから、思わず変な声出しちゃったよ! 生徒達もクスクス笑ってる! アルフレッド先生め、言っといて くれればいいのに! ともあれ指名されたからには何か喋らないといけない。 どうしよう⋮⋮。 ﹃あ、えーっと、アルティメット・マジシャンズ代表? のシン= ウォルフォードです。そういえばいつの間に俺が代表になったんだ ?﹄ ﹁究極魔法研究会の会長なんだから、最初からだろ﹂ ﹃そういう事か。えっと⋮⋮俺達は、別に英雄になりたいとか、こ うやって表彰されたいとか、叙勲されたいとか思って行動してる訳 じゃありません。魔人を野放しにする事は、世界の破滅に繋がると、 そう思ったからです﹄ 俺の話を、皆じっと聞いてくれている。 ﹃多分、チームの皆もそうだと思います。世界を、自分の住んでる 国を、大切な友人や家族を守る為に頑張ったんだと思います﹄ そう言って皆を見ると、皆頷いていた。 960 ﹃まあ、ウチはじいちゃんとばあちゃんがアレなんで、勝手に自衛 すると思いますし、むしろ攻め入れそうですけど﹄ あ、また冗談挟んじゃった。 ⋮⋮まあいいか、今回は先生も笑ってるし。 ﹃まだ魔人の脅威が去った訳じゃありません。むしろ、ここからが 本番だと思っています﹄ 魔人は逃がしちゃってるし、シュトロームは旧帝都を陥として以 来、表に出てきていない。 この二戦は前哨戦に過ぎないと思っている。 そう言うと皆の顔が引き締まった。 ﹃これから総力戦になれば、皆にも招集が掛かるかもしれない。い や、騎士学院との合同訓練をしてるという事は、確実に招集される でしょう﹄ これは、残念ながら間違い無いと思う。でないと異例とも言える 騎士学院との合同訓練などしない。 ﹃その時に、自分を、そして大切な人を守れるように、世界の危機 に立ち向かえるように頑張りましょう。えー⋮⋮俺からは以上です。 ありがとうございました﹄ そう言って拡声の魔道具から離れると⋮⋮。 961 ﹃ウワアアアア!﹄ これまでで一番の歓声が上がった。 皆、決意を込めた目をしている。 学徒動員とか、一番死にやすいからな。これからの授業と実地訓 練で実力を上げてもらわないと。 ﹁魔王−!﹂ ﹁魔王様ステキー!﹂ ﹁良いぞ−! 魔王−!﹂ その歓声はいらないから止めて! ﹃素晴らしい挨拶でした。皆さん、今学期も騎士学院との合同訓練 はあります。多くの魔物を討伐し、少しでも実力を上げれるように 頑張りましょう﹄ ﹃はい!﹄ 魔王コールが止み、全校生徒の返事が、講堂に響いた。 突如起こった魔王コールにゲンナリしながら皆のもとに戻ると、 オーグが必死に笑いを堪えていやがった。 元はお前のせいじゃねえか! ﹁クックック、皆の前で喋るのも大分慣れたみたいじゃないか?﹂ ﹁お前は⋮⋮そんな事ねえよ。正直まだ慣れねえわ﹂ 962 ﹁素晴らしい挨拶でしたよ? 皆さん、やる気に充ちてるじゃない ですか﹂ ﹁そうだな、これで皆のやる気が上がってくれれば、それに越した ことはない﹂ 今の気持ちを正直に言っただけなんだけど、それで皆のやる気が 上がったのなら、恥ずかしい思いをした事も無駄じゃ無かったかな? 俺達の表彰を最後に始業式は終わり、また教室に戻ってきた。 ﹁ところで、この贈呈品って何なんだろうな?﹂ ﹁ん? ああ、シンは知らないのか﹂ ﹁有名なんですけど、シン殿なら知らなくても無理はないですね﹂ ﹁皆は知ってるんだ?﹂ ﹁はい。騎士学院や経法学院はまた別の物ですけど、魔法学院の成 績優秀者に贈られる物は⋮⋮﹂ ﹁物は?﹂ ﹁魔石です﹂ ﹁魔石?﹂ なんだそれ? いかにも異世界っぽいけど、この世界では初めて 聞いたぞ? ﹁あれぇ? ウォルフォード君、メリダ様から聞いた事ない?﹂ ﹁初耳だな﹂ そう言うと、皆がヒソヒソ話始めた。 ﹁メリダ様に限って教え忘れたって事は無いと思うけどぉ⋮⋮﹂ ﹁シン殿が知らないって事は教えてないんでしょうね﹂ 963 ﹁これはアレだろ。シンに魔石の存在を教えると、またとんでもな い物を創るからメリダ殿が自重したんだろう﹂ ﹃ああ! なるほど!﹄ 皆の声が揃った。 ﹁っていうか何なんだよ! 何を納得したんだよ!﹂ ﹁帰ったらメリダ殿に聞いてみろ。学院で魔石を貰ったんだけどど うやって使うのか? とな﹂ ﹁なんだそれ﹂ 皆は知ってたみたいだし、この世界じゃ当たり前の物なんだろう か? それにしては今まで見た事無いし⋮⋮何なんだ? 魔石。 結局、誰も魔石については教えてくれなかった。 皆口を揃えて﹁メリダ様に聞いて﹂と言う。 シシリーまで﹁えっと⋮⋮私の口からはちょっと、お婆様から教 えて貰った方が良いと思います﹂と教えてくれなかった。 ⋮⋮ばあちゃんは一体何を秘密にしたんだ? スゲエ気になる⋮ ⋮。 この日のホームルームは、今後の授業方針についての話で終了し た。 なんでも、俺達の魔法実習は自習になるらしい。 964 学院側から教えられる事が無いんだそうだ。 座学は変わらずにやるとの事。 そんな伝達事項を聞いてから、その日は終了。昼前に終わったし、 魔石の事をばあちゃんに聞きたいし、今日の研究会は無しにしても らった。 皆この後、変装して街に繰り出すらしい。 外を気軽に出歩けなくなってストレスも感じているし、いつバレ るか? というスリルも味わいたいんだと。 チャレンジャーだな⋮⋮。 皆は各々ゲートを開き、一旦自宅へ。その後合流するとの事。 俺も今日だけは早く帰りたかったのでゲートで帰る事にした。 帰りはマリアも一緒だ。 ﹁ただいま、アレックスさん﹂ ﹁おや? お帰りなさいませ。ゲートで帰られたのですか?﹂ ﹁うん、ちょっと急いで帰りたかったから。ばあちゃんいる? 出 掛けてない?﹂ ﹁門からは出られていないですね。マーリン様のゲートは分かりま せんが⋮⋮﹂ ﹁そっか、ありがと﹂ ﹁いえ。若奥様にマリア様も、お帰りなさいませ﹂ 965 ﹁はい。ただ今戻りました﹂ ﹁すっかり若奥様呼びが定着してるわね⋮⋮﹂ ﹁そういえばそうね。すっかり慣れちゃった﹂ ﹁⋮⋮アワアワしない⋮⋮これはひょっとして⋮⋮﹂ ﹁慣れちゃっただけだからね!?﹂ ﹁⋮⋮本当かしら?﹂ ﹁も、もう! マリア!﹂ 後ろでなんかキャッキャやってんな。 そんな事より、今はばあちゃんだ。いるかな? ﹁ただいま。ばあちゃんいる?﹂ ﹁なんだい、帰ってくるなり騒がしいね。どうかしたのかい?﹂ 良かった、いた。 ﹁うん。ばあちゃんに聞きたい事があるんだけど﹂ ﹁なんだい?﹂ ﹁魔石って何?﹂ ﹁な! 一体どこでそれを!?﹂ うお、ばあちゃんの動揺が半端じゃない。 そんなに重大な事なのか? ﹁今日学院でチームが表彰されたんだ。その時に贈呈品として魔石 貰ったんだけど⋮⋮﹂ ﹁ああ⋮⋮ついに⋮⋮ついにシンが魔石の存在を知ってしまったの かい⋮⋮﹂ 966 力なくリビングのソファに座り込むばあちゃん。 そ、そこまで絶望するような事? ﹁で? 魔石ってなんなの?﹂ ﹁⋮⋮はあ、いつまでも隠し通せる物じゃ無いし⋮⋮問題を先送り にしてただけかねえ⋮⋮分かった、教えてあげるよ﹂ ﹁うん﹂ 観念したように教えてくれるというばあちゃん。 ⋮⋮そんなに決意しないと口に出来ないような物なのか? 皆知 ってるのに? ﹁魔石ってのはね、魔道具に使う物さ﹂ ﹁魔道具?﹂ ﹁そう、シンに教えた魔道具ってのは、魔力を込めないと起動しな いね?﹂ ﹁そりゃそうでしょ﹂ ﹁魔石はね、その魔力をずっと供給してくれる物なのさ﹂ ずっと魔力を供給する。つまり⋮⋮誰かが起動しなくても魔道具 が起動し続けるのか。 ん? それってどこかで⋮⋮。 ﹁あ! 森の家の結界魔道具!﹂ ﹁そうさ。アレも魔石を使って魔力を供給し続けてる。それなりに 大きい魔石を使ったからね。当分は持つ﹂ 967 ﹁へえ⋮⋮それで?﹂ ﹁それで?﹂ ﹁いや⋮⋮ばあちゃんがそれだけ隠してたって事は、まだ何かある んでしょ?﹂ ﹁何も無いよ。魔石は魔道具が人の手を離れても起動させ続ける事 が出来る代物。それだけだよ﹂ 本当に? それだけでばあちゃんがひた隠しにするものなのか? シシリーとマリアを見てみると、大きく頷いていた。 使用人さん達も同様だ。 ﹁メリダの言う通りじゃよ。それ以上でもそれ以下でもありゃせん﹂ ﹁そうなんだ。なら、なんで教えてくれなかったのさ?﹂ ﹁なんで?﹂ あれ? ばあちゃんの顔色が変わった⋮⋮。 ﹁魔石なんて物をアンタに教えてご覧! どんなとんでもない物を 創り出すか分かったもんじゃないからだよ!﹂ ええ? それが理由? 助けを求めるようにシシリーとマリアを見ると⋮⋮。 あ、マリアがメッチャ頷いてる。 シシリーはちょっと困ったような顔をしてるけど、否定はしてな い。 968 ⋮⋮学院で皆が納得したのはこれか⋮⋮。 ﹁出来れば教えたく無かったんだけどねえ⋮⋮学院に通っていれば そのうち授業でやるだろうし、その時まで問題を先送りにしてたん だよ﹂ ﹁問題って⋮⋮﹂ ﹁大問題だろう!﹂ あ、マリアがまたメッチャ頷いてる。 ﹁まあ、幸いな事に魔石は多く流通する物じゃ無い。それでも一つ 手に入れてしまったんなら、それの使い方を教えてあげるよ﹂ ﹁本当に!? ありがと、ばあちゃん!﹂ ﹁はあ⋮⋮一個だけなのが幸いかねえ⋮⋮﹂ そういえば、さっき多くは流通しないって言ってたな。 成績優秀者にしか贈られないって言うし。そんなに希少なのか? ﹁魔石ってそんなに希少なの? どこで手に入れるの?﹂ ﹁またシンの、なぜ? なに? が始まったかい⋮⋮魔石はね、偶 然見つかるしか採取方法が無いんだよ﹂ ﹁偶然?﹂ ﹁そう、鉱石の採掘場が多いね。それも浅い場所じゃなくて、深い 場所を採掘してる時に、時々採掘されるのさ﹂ ﹁ふーん⋮⋮って事は地中深くでしか採掘出来ないって事か。それ 以外の場所で見付かった例は無いの?﹂ ﹁あんまり聞かないねえ。たまに見付かるらしいけど、そこで生成 された物じゃ無くて、地面が隆起した時に地表に現れるみたいだね。 969 滅多にある事じゃないよ﹂ ﹁って事は地中でしか生成はされないって事か⋮⋮﹂ たまにしか発見されず、滅多に流通しないって事は⋮⋮。 ﹁⋮⋮なんで魔石が生成されるのか分かって無い⋮⋮って事?﹂ ﹁そういう事さね﹂ ﹁生成される条件が分かって無いから、魔石だけを重点的に採掘す る事が出来ない。だから滅多に流通しないし希少だって事か﹂ ﹁相変わらずよく頭が回るねえ⋮⋮その通りだよ﹂ ﹁なるほどなあ⋮⋮﹂ そんなに希少なら俺が見た事無くても不思議じゃないか。 王都に来てまだ数ヵ月だし、ばあちゃんに教えてもらってな⋮⋮。 ﹁ああ!﹂ ﹁な、なんだい!?﹂ 俺が急に大声を出したからばあちゃんが驚いてるけど、それどこ ろじゃない! ﹁そうか! これを使えば⋮⋮﹂ 通信機は常に起動した状態を保てる! 電池みたいな使い方が出 来る! ﹁あ⋮⋮でも数が少ないのか⋮⋮﹂ これを使えば無線の通信機が出来る。出来るけど⋮⋮その魔石が 970 必要な数だけ用意出来ない⋮⋮皆の魔石を使って一つずつ創る事は 出来るけど、これはあくまで貰った個人の物だ。使わせてくれとは 言えない⋮⋮。 ﹁ああ⋮⋮ダメかあ⋮⋮﹂ ﹁な、何なんだい? 一体何を思い付いて、何を諦めたんだい?﹂ ﹁魔石の数が足りない⋮⋮﹂ ﹁だから希少だって言ってるだろう? 希少だからそれなりに値も 張るんだよ﹂ ﹁そっか⋮⋮﹂ 折角答えを見付けたのに⋮⋮無線の通信機を実用化させる事は、 魔石があれば出来る。 但し、魔石は希少で高価なので簡単に使えない。 問題点はなんだ? 魔石を使えなきゃ実用化出来ない通信機? 魔石の数が足りない事? 魔石が高価な事? 通信機はこれ以上改良出来ない。完全に行き詰まった。だけど魔 石を使うと完成させる事が出来る。でも希少で高価だから⋮⋮。 ﹁凄いですね⋮⋮シンっていつもこうなんですか?﹂ ﹁そうさ。アタシ達の苦労が分かるだろう? ちょっと疑問に思う 事があればすぐコレだよ﹂ 971 ﹁でも、これがシン君の凄さの秘密かもしれませんね﹂ ﹁そうさねえ。それは否定出来ないかねえ﹂ 皆が何か言ってるけど耳に入ってこない。 そんな事より、問題は魔石の数が足りない事だ。 なら魔石を掘り出すか? どこで? 生成条件は分かってないの に。 そういえば、地中深くでしか採掘出来ないって言ってたな。 ダイヤなんかと同じなのか? そういえば、前世では人工ダイヤは製造されていたな。 確かあれは⋮⋮。 ﹁高温高圧⋮⋮﹂ ﹁なんだって?﹂ 魔石は地中深く⋮⋮つまり高圧なところで生成されてる。 ということは魔石は、魔力が地中深くで高圧が掛けられ、結晶化 した物じゃ無いのか? どうなんだろう? 高温もいるのか? ﹁⋮⋮試してみるか⋮⋮﹂ ﹁試す? 何を試すんだい?﹂ 972 ﹁ばあちゃん、ちょっと荒野に行ってくる﹂ ﹁ちょいとお待ち! 一体何をするつもりなんだい?﹂ ﹁んー、ちょっと実験﹂ ﹁だからそれが何なのか⋮⋮﹂ ﹁多分見た方が早いけど、行く?﹂ ﹁行くに決まってるさね!﹂ こうして、爺さん、ばあちゃん、シシリー、マリアを連れて荒野 にやって来た。 ﹁悪いんだけどさ、魔力障壁を全力で張ってて。どうなるか分から ないから﹂ 俺がそう言うと、皆全力で魔力障壁を展開した。 魔道具の障壁も起動し、二重になってる。 ﹁ちょっと過剰過ぎる気が⋮⋮﹂ ﹁そんな事ないわよ。それより、攻撃魔法なの?﹂ ﹁いや、攻撃でも防御でもないな﹂ そう言って魔力を集め始めた。 ﹁こりゃまた⋮⋮とんでもない量の魔力を集めとるのお﹂ ﹁こんなに大量の魔力を使って攻撃魔法じゃない? 一体何を⋮⋮ ま! まさか!﹂ ﹁どうしたんですか? お婆様﹂ 集めた魔力を量はそのままに高圧を掛けて圧縮していく。 973 もっと⋮⋮もっと小さく⋮⋮もっと高圧で⋮⋮。 そうして集めてみるが⋮⋮。 ﹁ダメか⋮⋮﹂ 圧縮を解除した途端に魔力が霧散してしまった。 ﹁なら次は⋮⋮﹂ さっきと同程度の魔力を集め圧縮していく。 但し、今回は高熱も一緒に与えて行く。 小さく⋮⋮高熱を与えて⋮⋮もっと小さく⋮⋮もっと熱く⋮⋮。 こうして圧縮していき、親指の第一関節くらいの大きさにまで圧 縮し、しばらく高熱と高圧を掛け続ける。 しばらくして圧と熱を解除してみると⋮⋮。 ﹁出来た⋮⋮﹂ 掌の中には、透明で魔力を放つ、紛れもない魔石が出来上がって いた。 ﹁やっったあああ! 出来たああああ!﹂ ﹁なんだい! 何が出来たんだい!?﹂ 様々な諸問題を解決する成果に、つい絶叫してしまい、それを聞 974 いたばあちゃんが飛んできた。 ﹁ばあちゃん! ホラ! 見てよコレ!﹂ ﹁なんだい? 何をした⋮⋮んだ⋮⋮﹂ 掌にある、たった今生成された魔石を見て、ばあちゃんが声を失 う。 世紀の大発見だからな。ばあちゃんも声が出ないんだろう。 ﹁本当に⋮⋮本当に創っちまったよ⋮⋮﹂ そう言うと、何故かガックリと膝をついた。 あれ? ここは﹃凄いねえ!﹄って喜んでくれるところじゃあ⋮ ⋮。 なんか絶望してるみたいな⋮⋮。 ﹁なんじゃ? どうしたメリダ?﹂ ﹁お婆様?﹂ ﹁どうしたんですか?﹂ 三人も遅れて到着し、膝をついて項垂れているばあちゃんを見た。 ﹁シンが⋮⋮シンが⋮⋮﹂ ﹁ええい! シンがどうしたというんじゃ!?﹂ ﹁シンが⋮⋮魔石を創っちまったよ⋮⋮﹂ ﹁﹁﹁⋮⋮は?﹂﹂﹂ 975 皆も唖然とした顔をしてる。 これは⋮⋮またやっちまったか? ﹁シンの掌にある魔石は⋮⋮たった今、シンが生成したものだよ⋮ ⋮﹂ ﹁ちょっ、ちょっと見せてみい!﹂ ﹁はい﹂ 爺さんにさっき生成したばかりの魔石を渡す。 ﹁これは⋮⋮! 小さいが紛れもなく魔石じゃ!﹂ ﹁まさか、本当ですか?﹂ ﹁魔石の生成って⋮⋮未だに解明されていない世界の謎じゃなかっ たでしたっけ?﹂ ﹁そうさ、たった今迄はねえ。シン、アンタどうやって魔石を生成 したんだい?﹂ ﹁魔石って鉱山の深い所で生成される訳でしょ?﹂ ﹁そうだよ﹂ ﹁採掘する時は掘り進んでるから分かり難いかもしれないけど、掘 り出す前は上に大量の土砂があって、凄い高圧が掛かってる訳だよ ね?﹂ ﹁言われてみれば⋮⋮確かにそうじゃのう﹂ ﹁という事は⋮⋮魔石の生成には高い圧力が必要なんじゃないかと 思ったわけ﹂ ﹁⋮⋮それで?﹂ ﹁最初、圧力だけ掛けて魔力を圧縮したんだけど失敗したんだ。で、 他に地中深くで得られるエネルギーは何かって考えて、熱かなと思 って高熱も加えたら⋮⋮﹂ ﹁魔石が生成されたって訳かい⋮⋮﹂ 976 ﹁多分だけど⋮⋮魔石が発掘される鉱山って、近くに火山か断層が あるんじゃない?﹂ ﹁確かに⋮⋮確かにあるぞい!﹂ ﹁やっぱり﹂ 熱と圧力、これが魔石の生成に必要な条件か。 もっとも、自然にある魔力が少しずつ圧縮されていって生成され るんだろうから、時間は掛かるんだろうけどね。 ﹁はあ⋮⋮本当に⋮⋮どんな頭してんのかしら⋮⋮?﹂ ﹁まったく、コレだからこの子は⋮⋮いいかいシン﹂ ﹁なに?﹂ ﹁言っとくけど、これは本当に他言無用だよ。魔石を創れるなんて 知れたら⋮⋮世界が別の混乱に陥るからね﹂ ﹁希少だからだろ? それくらい分かってるさ。ただ、自分達用に 少し欲しかっただけで﹂ ﹁まさか、魔石の話をしてすぐに魔石の謎まで解明するとは思いも しなかったよ。本当に、とんでもない子だね﹂ ﹁ほっほ、いいじゃないかの、常に進歩を止めないんじゃ。素晴ら しい事じゃて﹂ ﹁アンタがそんなだから⋮⋮まったくもう⋮⋮﹂ 魔石は希少で高価だって言ってたから、この人工魔石を流通させ るつもりはない。 さすがにそれをすれば世界が混乱する事くらい分かってる。 だけど、無線通信機以外にも必要な分だけは生成するつもりだ。 ばあちゃんには悪いけどね。 977 そういえば、さっきからシシリーがおとなしいな? ﹁誰も解けなかった世界の謎をあっという間に⋮⋮シン君⋮⋮凄い ですう⋮⋮﹂ なんか潤んだ目で俺を見てた。 978 意図しない事が起こりました︵前書き︶ 活動報告への暖かいコメント、ありがとうございます。 更新についてご心配されている方がいらっしゃいましたが、今まで 通り更新していきます。 完結まで更新していきますので、よろしければお付き合い下さいま せ。 979 意図しない事が起こりました 今、俺達は王城に来ている。 さっき俺が解明した魔石の生成条件の報告をする為だ。 ﹁なんと⋮⋮魔石の生成にそんな条件があったとは⋮⋮﹂ ﹁確かに、魔石は火山近くの鉱山、もしくは大きな断層の近くにあ る鉱山から発掘されています。まったく気付かなかった⋮⋮﹂ ﹁というかシン、お前なんでそんな事に気付いた?﹂ 王城の会議室にディスおじさん、ルーパー=オルグラン魔法師団 長、オーグが揃っていた。 オルグラン師団長は、魔法に関する事柄の総元締めである事から この場にいる。魔石の管理も魔法師団の仕事なのだそうだ。 ちなみに今日は警備隊詰所で見た時よりキッチリ服を着ている。 さすがに国王の前で着崩したりはしないか。 こちらは俺と爺さん、ばあちゃんの三人。 シシリーとマリアはオーグの部屋でメイちゃん、エリーと遊んで る。 ﹁その事でねえ⋮⋮アンタに話しとかないといけない事がある﹂ ﹁メリダ師がそこまで深刻な顔で報告とは⋮⋮聞くのが怖いですな﹂ 980 ﹁なんでシンが魔石の生成条件を見付けたかって事に関わる話だよ﹂ ﹁⋮⋮本当に怖いですな⋮⋮﹂ ディスおじさん、オーグの顔が強張る。 オルグラン師団長だけが怪訝な顔をしている。 ﹁陛下、殿下、なぜそんなに緊張した顔をなされているのですか? 世紀の大発見の報告でしょう?﹂ ﹁そうか⋮⋮ルーパーはシン君の非常識を知らないのだったな⋮⋮﹂ ﹁警備隊の詰所で見た魔法などほんの序の口だ。シンの非常識を知 っていれば⋮⋮今回の報告にもとんでもない話が混じっている可能 性がある﹂ ﹁あ、あれが序の口!? そうなんですか?﹂ オルグランさんも緊張し始めた。 戸惑っているオルグランさんを置いて、ばあちゃんは報告を始め る。 ﹁そもそもの始まりは、シンが学院から魔石を貰った事。それまで 魔石の存在を知らなかったシンが魔石に興味を持った事さ﹂ ﹁シン君が興味を持った⋮⋮﹂ ﹁父上?﹂ 急にディスおじさんがゲンナリしたので、オーグが声を掛けた。 ﹁シン君が小さかった頃の話はした事があっただろう?﹂ ﹁ええ、クロードの屋敷で﹂ ﹁興味を持った事は、それが解明されるまで質問が終わらないんだ 981 よ⋮⋮﹂ ﹁今回も、それと同じ事があったんだよ﹂ ﹁そうでしたか⋮⋮大変でしたな、メリダ師﹂ ﹁ちょっと待て、なぜワシにも言わん﹂ ばあちゃんにだけ労いの言葉を掛けたディスおじさんに、爺さん からクレームが入った。 確かにその通りだったけど、よく分かったな。 ﹁マーリン殿は、魔石とか魔道具とか、あんまり詳しくないじゃな いですか﹃魔法はブッ放してこそ魔法だろうがよ!﹄って叫んでい たのを覚えておりますよ﹂ ﹁じいちゃん⋮⋮﹂ ﹁け、賢者様がそんな事を?﹂ ﹃神様上等!﹄って話を聞いた時から予想はしてたけど⋮⋮昔はヤ ンチャだったんだな⋮⋮。 ﹁ほっほ⋮⋮話を続けてくれ⋮⋮﹂ あ、話を逸らした。 ﹁アンタは自業自得だよ。で、シンに魔石の事を根掘り葉掘り聞か れてね。何が出来るのか? どうやって手に入れるのか? どこで 取れるのか? どうやって出来るのか? ってね﹂ ﹁それから?﹂ ﹁魔石が偶然にしか発掘されない事が気になったらしくてね、生成 条件を考え出したんだよ﹂ ﹁しかし⋮⋮それだけで?﹂ 982 ﹁それだけ条件が揃っていれば、シン君が思考に耽るには十分だ。 それで、仮説を立てたんだね?﹂ さすがに小さい頃から知ってるだけあって、俺の行動パターンを 読んでるな。 ﹁そう、その時点ではまだ仮説だよ。それがなぜこうして報告する までになったのか⋮⋮﹂ ばあちゃんが言葉を切り、ディスおじさん達が息を呑んだ。 ﹁その仮説を実行しちまったのさ﹂ ﹁実行?﹂ ﹁﹁ま! まさか!?﹂﹂ イマイチ分かってないオルグランさんと、それだけで理解したデ ィスおじさんとオーグ。 ﹁そう⋮⋮その仮説を実行して⋮⋮魔石を創っちまったのさ﹂ ﹁ま、魔石を創ったあ!?﹂ ﹁﹁やっぱり⋮⋮﹂﹂ ﹁な、なぜ陛下と殿下は納得しているのですか!? 魔石を人工的 に創ってしまったのですよ!?﹂ 混乱しているオルグランさんが、妙に納得している二人に問い掛 けてる。 そして二人は顔を見合わせ。 ﹁﹁シン︵君︶だから﹂﹂ 983 と、声を揃えて言った。 ﹁そ、そんな理由で?﹂ ﹁だから、さっき言っただろう? ルーパーはシン君を知らないと ⋮⋮﹂ ﹁こんな非常識な事を平然とやってのけるんだよ。シン=ウォルフ ォードという奴は﹂ ﹁そ、それにしても⋮⋮﹂ ﹁出来ちまったのは事実だから諦めな﹂ ﹁は、はい!﹂ ばあちゃんの一言で魔法師団長であるオルグランさんが黙ってし まった。 ⋮⋮この国の魔法使いのトップもばあちゃんには逆らえないのか ⋮⋮。 ﹁仮説を立て、それを実行し実証した。結果、これが魔石の生成条 件だと確定したのさ﹂ ﹁魔石の生成条件の判明より⋮⋮その実証の過程の方が驚きですな﹂ ﹁お前は⋮⋮あれほど行動を自重しろと言ったのに⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮さすがに人工的に生成した魔石は流通させねえよ。でも、 これはどうしても必要な事なんだ﹂ ﹁⋮⋮あれか?﹂ ﹁そう﹂ 無線通信機を創るのにどうしても必要なのだ。 他にも考えてる事はあるけどね。 984 ﹁ふう⋮⋮ともあれ、魔石の詳しい生成条件については公表出来な いな⋮⋮何ヵ所か調査してから﹃火山か断層の近くの地中深くから 魔石が発掘される率が高い﹄と公表するしかないか。これまでの発 掘の実情から、シン君が発見、魔法師団が調査し実証したと﹂ ﹁え? 俺の名前を出すの?﹂ ﹁実際発見したのはシン君じゃないか。もう既にここまで﹃魔王シ ン﹄の名前は有名になったんだ。一つくらい功績が増えてもそんな に変わらないよ﹂ それが浸透したのはディスおじさんのせいだけどね! ﹁それに、誰がどうやってその事を発見したのか追求される。まさ か魔石を人工的に創りましたとは言えんだろ。それに発見者がシン なら狙われる事もあるまい。お前を害するとか⋮⋮私には夢物語に しか聞こえんからな﹂ ﹁ルーパー、魔物討伐で忙しいだろうが、魔石の調査をしてくれ。 出来れば鉱山以外にも、さっきの条件に合う場所の発掘も頼みたい﹂ ﹁魔法師団にも戦闘に向かない者はおりますので、その者を監督と し人を雇って調査に当たります﹂ ﹁ウム、これが実証されれば、この国⋮⋮いやこの世界を揺るがす 大発見だからな。しっかり頼む﹂ ﹁は!﹂ ﹁ああそれと、シン君が魔石を生成出来るのは他言無用でな﹂ ﹁言っても誰も信じないと思いますが⋮⋮畏まりました﹂ お義姉さん達も、魔物討伐で忙しいって言ってたのに、なんか余 計な仕事を増やしたみたいで悪いな。 ﹁これで、この世界の魔道具事情が変わるかもしれませんな﹂ 985 ﹁最近、魔道具製作は頭打ちしている感があるからね。もっとも、 シンの魔道具のお陰でまた変わるかもしれないけどねえ﹂ ﹁そうだ! シン君!﹂ ﹁何?﹂ ﹁あのシン君の家のトイレ! あれ、城のトイレに付けれないかい ?﹂ ﹁なんで今更?﹂ ﹁メイが母上に喋ってしまったのだ﹂ ﹁それでジュリアが羨ましがっちゃってねえ⋮⋮お金は支払うから、 お願い出来ないかい?﹂ ﹁それなら、今度立ち上げる商会に依頼しな﹂ ﹁もしかして! あのトイレを販売するのですか!?﹂ ﹁ああ、その商会の初めの客が王室となれば箔も付くだろう?﹂ ﹁分かりました。ではその商会に発注したいと思います﹂ ﹁それにしても⋮⋮通信機はまだ国家間だけの販売なんだよね? 一般に売り出す最初の商品がトイレって⋮⋮﹂ なんて微妙な商品ラインナップなんだ⋮⋮。 ﹁何を言ってるんだいシン君! 君はあのトイレの素晴らしさを分 かってない!﹂ ﹁その事には完全に同意するね。初めてあのトイレを使った時の衝 撃といったら⋮⋮アンタが創った魔道具で、一番感心したものだよ﹂ ﹁もうあれ無しのトイレはのう⋮⋮﹂ ﹁私も同意します。王城のトイレにあれが設置されると想像すると ⋮⋮気分が上がりますね﹂ ﹁そ、そんなに凄いんですか?﹂ ﹁ああ、ルーパーは知らないか。まあ、一般販売されるから自分で 体験してみるといい﹂ ﹁陛下がそこまで絶賛されるなら、是非購入したいと思います。楽 986 しみですな﹂ なんかトイレの事で盛り上がり始めた。 まあ商品だし、この世界の人が受け入れてくれるのは良い事か。 ﹁他には何か売り出すのですか?﹂ ﹁後は⋮⋮冷蔵庫かねえ﹂ ﹁冷蔵庫?﹂ ﹁冷蔵庫自体はただの箱だね。その上に製氷の魔道具があって、そ こに水を入れて魔道具を起動すると氷が出来る。その冷気で庫内を 冷やすのさ﹂ ﹁これにエールを入れての、キンキンに冷やしたものを風呂上がり に飲むと⋮⋮たまらんのじゃ﹂ ディスおじさんとオルグランさんが唾を呑み込むのが見えた。 ﹁冷蔵庫は知っていましたが⋮⋮風呂上がりの冷えたエールですか ⋮⋮﹂ ﹁想像しただけで喉が渇きますな﹂ ﹁ほっほ、これも販売予定じゃから、購入するのをお薦めするぞい﹂ なんか、爺さんとばあちゃんによる新商品のプレゼンみたいにな ってきたな。 もうすぐ店舗も完成するっていうし、今から商品の宣伝をする事 は良い事かな? ﹁父上⋮⋮話が大分逸れてますが⋮⋮﹂ ﹁ん? おお、そうだったな。シン君の造る魔道具はどれも画期的 987 な物ばかりだからね。つい興味が向いてしまった﹂ ﹁魔法も凄いのに魔道具まで⋮⋮ウォルフォード君は本当にとんで もないな﹂ 魔道具に関してはカンニングみたいなもんだからなあ⋮⋮褒めら れても微妙な感じだな。 ﹁そうだな。まさか世界の謎を解明するとは、夢にも思っていなか ったが⋮⋮﹂ ﹁今更ながらにシンの頭脳が恐ろしく感じるな﹂ ﹁そう? 多分、先入観が無いから思い付いたんだと思うよ?﹂ そういう事にしておこう。 前世の記憶がヒントになってるとか、言っても信じてもらえない し。 ﹁さて、これで報告は終わりですかな?﹂ ﹁これだけだね﹂ ﹁まあ、これ以上は無いかのう﹂ ﹁分かりました。ではルーパー、魔石の調査と、世界的に公表する 為に、各国の魔法学術院に連絡も頼む﹂ ﹁かしこまりました﹂ 魔法学術院は世界各国にあり、魔法に関する発見があった場合、 情報を共有するらしい。 オルグランさんは魔石の調査と魔法学術院への連絡の為、会議室 を出ていった。 988 ﹁これでよしと⋮⋮それでは早速マーリン殿のご自宅へ行き、風呂 上がりのエールとやらを試してみたいのですが?﹂ ﹁アンタ、公務は?﹂ ﹁もうこれで終わりです。ですので是非!﹂ ﹁はあ、しょうがないねえまったく。ほんじゃあマーリン、頼むよ﹂ ﹁ホイホイ。まったく、人遣いの荒いばあさんじゃて⋮⋮﹂ ﹁何か言ったかい!?﹂ ﹁いや⋮⋮じゃあシンよ、ワシらは先に帰っとるからの﹂ ﹁分かった。じゃあ、シシリー達を迎えに行こうか﹂ ﹁ああ﹂ こうして爺さん達は先に帰り、俺達はオーグの部屋へ向かった。 ﹁あ! シンお兄ちゃん! お久し振りです!﹂ ﹁おっと、久し振り、相変わらず元気だね、メイちゃん﹂ ﹁ハイです!﹂ オーグの部屋の扉を開けるなり飛び込んできたメイちゃんを受け 止め、部屋に入る。 ﹁お久し振りですわ、シンさん﹂ ﹁エリーも久し振り﹂ ﹁ところで、アウグスト様のご様子が変ですが⋮⋮何かありまして ?﹂ 久し振りに会ったエリーが、ずっと押し黙ったままのオーグを見 てそう言った。 確かに、メイちゃんが飛び込んできた時点で小言を言わないのは 珍しいな。 989 ﹁いや⋮⋮ちょっと衝撃的な事があってな。未だに処理しきれてい なかった﹂ ﹁衝撃的な事?﹂ ﹁ああ、その報告ですもんね⋮⋮﹂ ﹁何ですの?﹂ ﹁シンがな⋮⋮﹂ ﹁シンさんが?﹂ ﹁⋮⋮魔石生成の謎を解いたんだ﹂ ⋮⋮。 あれ? 反応がな⋮⋮。 ﹁﹁ええー!﹂﹂ エリーだけじゃなくて、メイちゃんまで驚いてる。 こんな小さい子まで知ってる常識だったんだなあ⋮⋮。 ﹁ま、魔石の生成って! 世界の謎じゃありませんの!﹂ ﹁私も知ってるです! 世の研究者達がその解明に挑んで、誰も解 明出来てないっていう超難問です!﹂ ﹁それを、今日初めて魔石の存在を知ったシンが解いちゃったのよ﹂ ﹁今日初めて!? それでなんで世界の謎が解けますの!?﹂ ﹁シンだからじゃないの?﹂ ﹁ああ⋮⋮なるほど﹂ ﹁なんでそれで納得するんだよ!?﹂ ﹁ええ?﹂ ﹁だってシンさんですし⋮⋮﹂ 990 なぜそれで分からないの? と言わんばかりに首を傾げるマリア とエリー。 分かるか! マリアとエリーからよく分からない評価を下された翌日、俺はビ ーン工房に来ていた。 ﹁おう、どうしたシン。また何か思い付いたか?﹂ 無線通信機の製作をお願いする為だ。 販売は立ち上げる商会で行うとしても、開発、生産の為にはどう しても工房が必要だ。 ビーン工房には、その開発と生産の受注をお願いしていた。 元々の事業に王国の制式装備の受注と、かなり忙しいのは分かっ ているけど⋮⋮ここ以上に腕が良くて、なにより信頼出来る工房を 他に知らないのだ。 その事を申し訳なく思っていると。 ﹁何言ってやがる。商売繁盛で結構な事じゃねえか。何より、お前 さんの持ってくるアイデアはどれも面白えからな、職人としての腕 が鳴るってもんよ!﹂ 991 ガハハと笑いながらそう言ってくれた。 有り難いな。なんというか、俺は出会う人に恵まれていると思う。 トラブルにもよく遭遇するけどね⋮⋮。 そういえば、ここのところ魔人の話はサッパリ聞かない。 二度も襲撃を阻止されて、襲撃を諦めたのか? それとも、まだ 何か考えがあるのか? そう簡単に諦めるとは思えないから、今は次の襲撃への準備期間 と考える方が良いだろう。 その為にも、無線通信機を実用化しないと。 ﹁前に通信機造ってもらったじゃないですか﹂ ﹁おう、あれは凄えもんだったな。まさか遠距離通信を実現しちま うとはなあ⋮⋮﹂ 親父さんが感慨に耽ってるけど、本題に入ろう。 ﹁あれの無線版をね、創ろうと思うんですよ﹂ ﹁むせ⋮⋮!﹂ あ、親父さんが固まってしまった。 ﹁今の通信機は有線なんで、通信出来る所が決まってるんですよ。 なので無線にすれば、通信機を携帯出来るじゃないですか。それを 創りたいんです﹂ 992 ﹁⋮⋮俺ん所に来たって事は⋮⋮もう構想は出来上がってるって事 か﹂ ﹁ええ、構想としては⋮⋮﹂ 通信機には固有番号を付ける。 発信側は、固有番号を指定して送信すればその通信機と通話が出 来る。 共通の番号も付ける。これによって一斉送信が可能になる。 魔石を使い、常に起動した状態を保つ。 ﹁お願いしたいのはこんなところですね。番号を指定して送信する のは付与でやりますんで、番号を指定出来るようにして欲しいんで す﹂ ﹁ま、魔石を使うのか!? そりゃとんでもなく高価な物になっち まうぜ?﹂ ﹁魔石の事については問題ないです。まだ検証中ですけど、魔石を もっと採掘出来る可能性が出てきましたから﹂ ﹁なんだと!? 魔石生成の謎が解明されたのか!?﹂ 親父さんのその叫びに、いつも騒がしい工房から音が消えた。 ﹁い、いや! そうじゃなくて! 今まで魔石が採掘されてる場所 から、よく採掘される場所の傾向を見つけたというか⋮⋮今、調査 中なんで﹂ ﹁それでも凄え発見だぜ! シン、まさかお前さんが?﹂ ﹁ええ、まあ﹂ 993 すると親父さんが背中をバンバン叩いてきた。 痛いよ! 筋骨隆々な人は背中を叩くのが好きなのか? ﹁これは凄い事だぜシン! 魔石が今まで以上に流通するようにな れば値段が下がる。研究開発も進む! これは、歴史が動いた瞬間 じゃねえのか?﹂ 工房内では、これから訪れる魔石の流通に対する期待の声が高ま っている。 さすが職人さん達だな。色々試したくてしょうがないんだろう。 ﹁まずは通信機の件、お願いします﹂ ﹁おう! 任しとけ!﹂ ﹁それと、もう一つお願いがあるんですが⋮⋮﹂ ﹁ん? まだ何かあんのかい?﹂ ﹁ええ、こっちは簡単なんですぐに出来ると思います﹂ そう言って、もう一つ発注し、それは本当に簡単な物だったので その場で造ってもらい、家に帰った。 ﹁シン君、お帰りなさい﹂ ﹃お帰りなさいませ﹄ 家に帰ると、シシリーを筆頭にして使用人さん達が出迎えてくれ た。 なんというか、完全に馴染んでるよなあ。 994 ﹁ただいま、シシリー。もう違和感無いね。仲良くやってるみたい で良かったよ﹂ ﹁はい! 皆さんとても親切にしてくれますから﹂ ﹁当然でございます。若奥様は男にすがるだけの女性ではございま せん。シン様を支えるだけでなく、今や世界を救う聖女としての評 判も高うございます。そんな女性として尊敬出来る御方をウォルフ ォード家に御迎え出来るのです。これ程誉れな事はございません﹂ マリーカさんの言葉に使用人さん、特にメイドさんが一斉に頷い てる。 シシリーが女性からそう評価されてるのは嬉しいな。 ﹁若奥様の事は全力で支えていきますので、シン様はどうぞ御安心 を﹂ ﹁皆さん⋮⋮ありがとうございます! 私も頑張りますね!﹂ ﹁はい、若奥様はどうぞ頑張ってお世継ぎを!﹂ ﹁お、およ⋮⋮!﹂ ﹁気がはやーい!﹂ 真っ赤になっておよ、およ、言ってるシシリーを連れてリビング に向かう。 そこにいたばあちゃんが笑いながら話し掛けてきた。 ﹁アッハッハ! すっかりウチに馴染んだみたいじゃないか。結構、 結構﹂ ﹁およ⋮⋮は! すすすすみません。ありがとうございます﹂ ﹁でも、子供はこの騒動が収まるまでお預けだよ。シシリーも立派 な戦力なんだからね﹂ 995 ﹁こ、こども⋮⋮﹂ ﹁もう、ばあちゃん! またシシリーをからかって!﹂ ﹁からかってなんかいやしないよ。これは至極真面目な話さ。シシ リーは魔人戦に向けての大きな戦力になる。それが妊娠なんてして ごらん、大きな戦力ダウンになるんだからね﹂ ﹁それはまあ、そうか﹂ ﹁それより、どこへ行ってたんだい?﹂ ﹁ああ、ビーン工房にね、発注しに行ってた﹂ ﹁発注?﹂ ﹁これ﹂ そう言って、あの場で造って貰ったものを取り出す。 貰った時点で既に付与は掛けてある。 ﹁シシリー﹂ ﹁は、はい!﹂ 何やら妄想に耽っていたシシリーを呼び起こし、ビーン工房で造 って貰った物を見せた。 ﹁はい、プレゼント﹂ ﹁え? これって、ネックレス?﹂ ﹁そう、これにある付与を掛けてあるんだ﹂ ﹁ある付与?﹂ ﹁うん﹃異物排除﹄っていう付与を掛けてあってね、身体に侵入し た毒物や異物を身体に吸収させないで排除するんだ﹂ ﹁それって⋮⋮﹂ ﹁これから、俺達は多分表舞台に出る事になる。そうなると⋮⋮敵 は魔人だけじゃなくなるかもしれない。悲しい事だけどね。そうな 996 った時に後悔したくないんだ﹂ そう言って、ネックレスをシシリーに付けてあげた。 女の子に付けてもらう物だから、デザインも可愛いのにしてある。 ﹁今までは外からの攻撃を護っていたけど、これで内側も護れるよ うになるよ。どう?﹂ 気に入ってくれるだろうか? なんというか、純粋なプレゼントじゃなくて、身を護る道具とし てのプレゼントだからなあ⋮⋮。 そう思っていると、シシリーが俺に飛び付いて来た。 ﹁ありがとうございます。シン君の優しさが伝わってきます。とっ ても⋮⋮とっても嬉しいです⋮⋮﹂ 俺にしがみつきながらそう言ってくれた。 良かった。気に入ってくれたみたいだ。 ﹁それ、常時発動してるから、身に付けているだけで良いんだ。毒 物だけじゃなくて、風邪なんかも引かなくなるよ﹂ ﹁常時発動って、まさか⋮⋮﹂ ﹁魔石使ってる﹂ ﹁ま、魔石付きのネックレス!﹂ その事に気付いた途端、俺から離れてネックレスをまじまじと見 997 始めた。 ﹁あ、裏に小さい魔石が⋮⋮でも、なんで魔石を使ったんですか?﹂ ﹁だって、毒とか盛られた時、解毒なんて出来る? 後、睡眠薬と か﹂ ﹁確かに⋮⋮そうなってからじゃ遅いですね﹂ ﹁だから常時発動じゃないと意味がないんだ。ずっと構想はあった んだけど実現してなくてね。ようやく創れたんだ﹂ ﹁そうだったんですか﹂ ﹁最近、特にシシリーを狙ってる奴等もいるって言うし⋮⋮絶対に、 そんな奴等にシシリーを渡したくないんだ⋮⋮﹂ ﹁シン君!﹂ シシリーが俺の胸に戻って来た。 ﹁嬉しいです⋮⋮シン君﹂ ﹁何があっても護ってやるからな﹂ ﹁はい、護ってください⋮⋮離さないでください﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁オッホン!﹂ しまった! ここリビングだったあ! ﹁本当に仲が良いねえアンタ達は。すぐに周りが見えなくなっちま うんだから﹂ ﹁シン様と若奥様の仲のよろしいところを見るのは、我々使用人と しても大変嬉しゅうございます﹂ ばあちゃんは呆れたように、マリーカさん達使用人さん達は微笑 998 ましいものを見るような目で俺達を見ていた。 ﹁また⋮⋮またやっちゃいました⋮⋮﹂ 恥ずかし過ぎるのか、シシリーは手で顔を覆ったまま周りが見れ ないようだ。 ﹁それにしても⋮⋮また贅沢な使い方をしたもんだねえ⋮⋮﹂ ﹁あ、じいちゃんとばあちゃんの分もあるよ。はい﹂ ばあちゃんのはシシリーの物より装飾を抑えた物。爺さんには装 飾はなくシンプルな物を渡した。 ﹁アタシ達にも?﹂ ﹁はて⋮⋮ワシら、狙われるような事あったかの?﹂ ﹁さっき言ったじゃん、身体に侵入した異物を排除するから風邪引 かなくなるって。じいちゃんもばあちゃんも歳なんだからさ、身体 に気をつけてよ﹂ そう、これは身体に侵入した﹃異物﹄を排除する。という事は病 原菌も排除するって事だ。 歳とってからの病気は怖いからな、是非身に付けておいてもらい たい。 ﹁アタシらの事を気遣って⋮⋮﹂ ﹁ホンに⋮⋮ホンに良い子に育ったのう⋮⋮﹂ 爺さんとばあちゃんが感涙にむせている。 999 それを使用人さん達が温かい眼差しで見ているけど⋮⋮。 ﹁マリーカさん達にも、はい﹂ ﹁わ、私どもにもですか!? 滅相も御座いません! そんな高価 な物、とても⋮⋮﹂ ﹁いいから、マリーカさん達にこの家は支えられてるんだからさ、 倒れられたら大変じゃない。だから常に身に付けておく事。命令だ よ?﹂ ﹁シン様⋮⋮優しい御心遣い、ありがとうございます﹂ ﹃ありがとうございます!﹄ うん。これでウォルフォード家は大丈夫だな。 ﹁フフ、優しいですね﹂ ﹁そう?﹂ ﹁はい。そういう所、大好きです﹂ ﹁ん、ありがと﹂ ﹁フフフ﹂ 復活したシシリーがなんか嬉しそうだ。 ﹁それにしても、異物排除⋮⋮よく思い付くもんだねえ⋮⋮は! アンタ、まさか!﹂ ﹁どうしたの? ばあちゃん﹂ さっきまで感激していたばあちゃんが何かに気付いたように叫ん だ。 何? 何に気付いたの? 1000 ﹁異物排除⋮⋮という事は⋮⋮アンタのアレもいわば異物になって ⋮⋮シシリーの身体から排除されて⋮⋮﹂ ﹁何とんでもない誤解してんだ! ばあちゃん!﹂ ﹁⋮⋮そういう意図は無かったと?﹂ ﹁今初めて気付いたわ!﹂ 言われてみれば確かにそうじゃん! ﹃毒物﹄じゃなくて﹃異物﹄ なんだから。そういう意図を勘ぐられても不思議じゃ無かった! ヤバイ⋮⋮これは⋮⋮軽蔑されたか? 恐る恐るシシリーを見てみると⋮⋮。 ﹁シン君⋮⋮﹂ メッチャ熱っぽい目でこっち見てた。 うああ、そんな目で見られたら⋮⋮俺は、俺は⋮⋮。 ﹁シシ⋮⋮﹂ ﹁こんなところで盛ってんじゃないよ! お馬鹿あ!﹂ ばあちゃんに思いっきり頭を叩かれた。 その日は結局、シシリーは家に帰した。 創った魔道具に意図せず⋮⋮ああいう効果がある事が判明したが、 ばあちゃんに﹁こんなムードもへったくれもない状況で初めてとか、 女心を考えてやりな!﹂とお説教されてしまったのだ。 1001 という事は⋮⋮ばあちゃんのお許しは出たって事か⋮⋮。 今までそういう行為を禁止していたのは、シシリーが戦力になら なくなる事を懸念しての事だったみたいだし、その心配がないのな ら⋮⋮っていう事なんだろう。 ただ、そういうお許しが出たって事で⋮⋮。 ﹁お、おはようございます⋮⋮シン君﹂ ﹁お、おはよう、シシリー﹂ 恥ずかしくってお互いの顔が見辛くなっちゃったよ! ﹁ホレ、モタモタしてると遅刻するよ!﹂ ばあちゃんのせいだろうがあ! 怖くて口には出せないので心の叫びだ。 ﹁じゃあ⋮⋮行ってきます﹂ ﹁い、行ってまいります﹂ ﹁ハイよ。気を付けてね﹂ ﹁ほっほ、行ってらっしゃい﹂ 家を出て、シシリーが腕を組んでくるが⋮⋮。 大分慣れたと思ってたけど⋮⋮昨日の事があるから余計に意識し てしまう。 1002 シシリーも若干緊張気味だし。 恥ずかしさからしばらく無言で歩いていたが、俺は意を決してシ シリーに話し掛けた。 ﹁ねえ、シシリー﹂ ﹁ひゃ、ひゃい!﹂ ⋮⋮噛んだ。 その事がおかしくて、つい笑ってしまった。 ﹁プッ、アハハハ﹂ ﹁も、もう! シン君!﹂ ﹁ハハ、ゴメン。告白した時の事思い出した﹂ ﹁あう⋮⋮あの時も噛んじゃいました⋮⋮﹂ ﹁ねえシシリー、俺達、ちょっと肩の力抜こうか﹂ ﹁肩の力⋮⋮ですか?﹂ ばあちゃんのお許しが出てから、俺達その事ばっかり考えてる気 がする。 ﹁そう、俺達さ、婚約してるだろ?﹂ ﹁はい﹂ ﹁この騒動が終わったら式も挙げるじゃん?﹂ ﹁そ、そうですね﹂ ﹁だから⋮⋮いずれはその⋮⋮そういう事する訳⋮⋮でしょ?﹂ ﹁はう⋮⋮﹂ ﹁その魔道具に⋮⋮意図せずそういう効果があるって分かったけど ⋮⋮無理してそういう事しなくても良いんじゃない?﹂ 1003 ﹁べ、別に無理なんて!﹂ シシリーが必死な感じで言ってくるけど、そういう事じゃなくて。 ﹁無理させてるとかそういう事じゃなくて、自然にっていうか⋮⋮ そういう雰囲気というか⋮⋮お互いを求めたくて抑えきれなくなっ たらというか⋮⋮義務みたいに考えなくても良いんじゃないかって 事﹂ 俺の言葉を聞いたシシリーは少し考えてから言った。 ﹁そうですね⋮⋮そ、そういう事しなくちゃいけないって考えてた かもしれません﹂ ﹁うん。世の恋人や夫婦はしてる事だからね﹂ そういう事をしてこそ恋人⋮⋮って考えてたかもしれない。 ﹁けどさ、俺達は俺達のペースで行こうよ。無理して背伸びしない で⋮⋮ね?﹂ ﹁シン君⋮⋮はい! 分かりました!﹂ そう言って、俺の腕をギュッと抱き締めて来た。 ﹁シン君は本当に優しいですね⋮⋮﹂ ﹁そ、そう?﹂ そうでも無い。腕を抱き締められたから⋮⋮や、柔らか⋮⋮。 ﹁私、本当に幸せです。こんなに優しい人が旦那様になってくれる なんて⋮⋮﹂ 1004 ﹁シシリー⋮⋮﹂ ヤバイ! 俺の方がもう求めたくなってる! 落ち着け、落ち着け俺! 今、俺達のペースで行こうって言ったそばからそんな事になって どうする! ﹁はあ⋮⋮今日の御二人はいつにも増して仲睦まじいわねえ⋮⋮﹂ ﹁これはひょっとして⋮⋮﹂ ﹁ついに! かしら!﹂ 周りからそんな声が聞こえてきた。 ﹁はう! また⋮⋮こんな外で⋮⋮﹂ それを聞いたシシリーがちょっとだけ離れた。 うおお、危ねえ! 危うく理性が飛ぶところだった⋮⋮。 結局その事を恥ずかしがったシシリーと、どうにかこの状況を脱 した俺は、その後ろくに会話する事が出来ず、学院に着いた。 ﹁おはよう、二人共。なんだ? 顔が赤くないか?﹂ ﹁い、いや! そんな事無いよ﹂ ﹁フム? そうか? まあ、その事は後で追及するとしてだ、皆揃 った所で話がある﹂ ﹁話?﹂ 1005 教室には既に全員揃っている。 その中で、ピンク色のパジャマ姿のアリスが異彩を放っている。 ⋮⋮って! ﹁アリス! パジャマ!﹂ ﹁え? わああ! なんで誰も言ってくれないのさあ!?﹂ ﹁さすがにこの短期間で二回目はない﹂ ﹁もう! バカあ!﹂ そう言ってゲートで家に帰っていった。 ﹁オーグ、お前言ってやれよ﹂ ﹁少し恥を掻いた方が以後注意するだろ﹂ ﹁お陰で話の腰を折られたけどな﹂ ﹁まあ、必要な話だが緊急の話では無いからな。コーナーが着替え て来る時間くらいは待つさ﹂ そんな話をしているとゲートが現れ、制服姿のアリスが出てきた。 ﹁うう⋮⋮恥ずかしかった⋮⋮﹂ ﹁これに懲りたら、もうパジャマで来るんじゃない﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ アリスはオーグに注意され、シュンとしている。 まあ、自業自得だから何も言えないな。 ﹁で? 話って?﹂ 1006 ﹁ああ、エルスとイースとの三国会談、開催の日程が決まった﹂ そのオーグの言葉に、弛緩していた空気がピリッと張り詰めた。 ﹁場所はスイード王国。今回、唯一魔人の襲撃による被害を出した 国で、魔人討伐の為の会談をする事になった﹂ ﹁なるほど。第三国でって事か⋮⋮﹂ ﹁そういう事だ。二国共これが会談開催の最低条件だと譲らなかっ た。スイード王国なら、反撃の狼煙を上げる場所としては最適だろ う﹂ 自国開催では、アールスハイドに有利になるかもしれない⋮⋮っ てとこかな? ﹁スイード王国で開催する事自体は早々に決まっていたのだがな。 今回、スイード王国側の準備が整ったとの連絡が入ったのだ﹂ ﹁それで? いつ?﹂ ﹁エルスとイースに使者を出して、それからだからな。二週間後だ﹂ ﹁そうか、なら丁度いいタイミングだったな﹂ ﹁丁度いい?﹂ ﹁ほい﹂ ﹁っと! なんだ? ネックレス?﹂ オーグに例のネックレスを渡した。 ﹁﹃異物排除﹄って付与が施されてる、常時発動型の魔道具だよ﹂ ﹃常時発動型あ!?﹄ あ、まだ皆には言って無かったっけ。 1007 ﹁オーグ、言って良いか?﹂ ﹁身内ならいいだろう。但し、全員聞け、これからシンが話すこと は絶対に他言無用だ﹂ いつになく強い口調のオーグに皆緊張した。 ﹁一昨日さあ、魔石もらったじゃん? で、ばあちゃんに初めて魔 石について教えてもらったんだわ﹂ ﹁ついにシン殿が魔石の存在を知ったのですね⋮⋮﹂ ﹁それで、常時発動型の魔道具を早速創ったスか⋮⋮﹂ ﹁メリダ様が内緒にしてたのがよく理解出来るわぁ﹂ ばあちゃんに魔石の事を教えてもらったというだけでこの反応⋮ ⋮泣けてくるね。 ﹁ちょっと待って! シン君、貰った魔石早速使っちゃったの?﹂ ﹁まあ、順に話すから。で、魔石の採掘の実状とか聞いてね、魔石 の生成について仮説を立てたんだわ﹂ ﹁魔石生成の仮説!?﹂ ﹁そんな! 世界の謎ですよ!?﹂ ﹁そうらしいね。で、その仮説を実行したら⋮⋮﹂ そう言って魔力を集め、高温高圧で圧縮していく。 すると⋮⋮。 ﹁魔石が出来ちゃった﹂ たった今生成した魔石を掌に乗せて見せる。 1008 ⋮⋮。 あれ? 反応がな⋮⋮。 ﹃ええええええええ!?﹄ 突然、皆が声を揃えて叫んだ。 ﹁ナニコレ! ナニコレエエ!﹂ ﹁凄い。流石ウォルフォード君﹂ ﹁凄いどころでは無いで御座る! 世界の謎が⋮⋮世界の謎が解明 されたで御座る!﹂ ﹁本当に⋮⋮信じられないッス﹂ ﹁あ、マークは親父さんにも内緒にしてくれな。魔石の発掘分布か ら魔石の﹃発掘条件﹄が分かったって言ってあるから﹂ ﹁一般に公表されるのもその内容だ。皆、迂闊に喋るなよ。シンも この魔石は流通させないと約束しているからな﹂ ﹃は、はい!﹄ オーグの命令に皆声を揃えて返事した。 ﹁で? 結局この魔道具は何をする魔道具なんだ?﹂ ﹁ああ、それ、身体に侵入した異物を、吸収させないで排除する効 果があるんだ﹂ ﹁異物?﹂ ﹁毒物⋮⋮とか﹂ ﹁⋮⋮そういう事か⋮⋮特にこれから三国会談がある。考えたくは 無いが⋮⋮主導権を握れなかった場合に強行手段に出る可能性もあ 1009 る⋮⋮か﹂ ﹁本当に考えたくないけどな。でも、実際起こってから後悔したく ないんだよ﹂ ﹁⋮⋮分かった。万が一の備えとして持っておこう。もし持ってい る事を咎められても、私は王族だからな。暗殺の脅威に備えていつ も身に付けていると言えば納得するだろ﹂ ﹁本当にその可能性はあるんだからな。ずっと身に付けておけよ?﹂ ﹁分かった﹂ ﹁それと、これ皆の分ね﹂ そう言って異空間収納から皆の分も取り出す。 ﹁わ! 良いの!?﹂ ﹁ありがとう、ウォルフォード君﹂ ﹁これまた、意味の分からない付与だよぉ⋮⋮﹂ ﹁しかし、我々もですか? 殿下と違って命を狙われるような事は ⋮⋮﹂ ﹁これさ、毒物だけじゃなくて、身体に侵入した﹃異物﹄を排除す るんだ。だから病原菌とかも排除するから病気に係り難くなるんだ﹂ ﹁へえ、病原菌も⋮⋮シン!﹂ ﹁何? トニー?﹂ ﹁これ! もう一個貰え⋮⋮いや! 売ってくれないかい!?﹂ ﹁良いけど、なん⋮⋮﹂ あ! コイツ、気付きやがった! ﹁だって! これを身に付けていれば異物が排除されるんだろう? という事は⋮⋮﹂ そこでトニーは言葉を切り、俺に耳打ちしてきた。 1010 ﹁完全に避妊出来るじゃないか!﹂ 小声で叫ぶという器用な事をしてきた。 ﹁はあ⋮⋮気付きやがったか⋮⋮﹂ ﹁なんだい、シンも知ってたのかい? は! まさかそれが本来の 意図なんじゃ!?﹂ ﹁そっちが偶然の産物だからな! まったく意図してねえよ!﹂ 俺とトニーのやり取りを皆不思議そうに見ている。 誰も気付いた様子はな⋮⋮。 あ、シシリーが真っ赤になって、それにオーグが気付いた! くそっ! ニヤニヤし始めやがった! ﹁シン﹂ ﹁な、なんだよ?﹂ ﹁フ、良かったな?﹂ ﹁ウルセエ、バカ!﹂ ﹁あう⋮⋮﹂ ﹁ん? なんでシシリーが赤くなって⋮⋮異物⋮⋮あ、ああ!﹂ ほらあ! マリアが気付いちゃったじゃん! ﹁シン⋮⋮サイテー⋮⋮﹂ ﹁違う! 偶然! 偶然だから!﹂ ﹁偶然でも意図的でも良いから! もう一個売ってくれ!﹂ 1011 ﹁まったく、才能をこんな事に使うとはな﹂ ﹁あ! そういう事か! うわ! シン君マジ!?﹂ ﹁ウォルフォード君⋮⋮意外だった﹂ ああ、もう! ﹁違うからあああ!﹂ 1012 自重を覚えました? ﹁ワッハッハ! あの魔道具でそんな誤解を受けたのか?﹂ ﹁笑い事じゃ無いっすよ親父さん⋮⋮お陰で皆の冷たい視線が⋮⋮﹂ あの後、結局誤解は拭い切れず、女性陣からの冷たい視線を浴び る事となった。 誤解なんだけど、確かにその効果がある事は間違いないので何を 言っても効果がなかった。 ただ、魔道具としては有用なので、皆身に付けてくれている。 ﹁ハッハッハ! まあ、制作者の意図しない効果や使われ方はよく ある事だからな。そんなに気にしなくてもいいだろ﹂ ﹁俺の場合、逆だと思われてますけどね⋮⋮﹂ ﹁そんなに落ち込むな。ホラ、通信機、出来てるから﹂ ﹁ありがとう! 親父さん!﹂ 前回訪れてから数日後、なぜ今日もビーン工房に来ているのか。 それは、今日が無線通信機の試作品が出来上がる日だからだ。 ﹁じゃあ、まずはこれに付与を掛けて⋮⋮﹂ 受け取った通信機は大きなトランシーバーのような形をしており、 金庫に付いているようなダイヤルでゼロから十二までの番号を指定 出来るようになっている。 1013 ダイヤルに番号を合わせ、通信ボタンで通信開始。通信終了ボタ ンで通話を終了させるように付与を掛ける。 ちなみに、中はいわゆる基盤のようなものを取り入れてる。 これのお陰で複数の部品を利用でき、その部品毎に付与が出来る ようになってる。 これを親父さんに提案した時﹁何て画期的な⋮⋮﹂と感動してい た。 それはともかく、魔石をセットして早速テストしてみる。 ﹁じゃあ、俺が一番を持ってみるんで、親父さんは二番を持って﹂ ﹁おう!﹂ ﹁じゃあ、二番に発信﹂ 発信するが、何も反応が無い。 ﹁ん? 失敗したか?﹂ ﹁んー? あ! 着信音!﹂ ﹁着信音?﹂ ﹁回線が繋がった事を知らせる音ですよ﹂ ﹁ああ、そうか。確かにこのままじゃ分かりづらいか?﹂ ﹁着信音かあ⋮⋮とりあえず、それは後回しで⋮⋮﹃もしもし?﹄﹂ ﹁お! 声が聞こえたぞ! ﹃おう聞こえるか?﹄﹂ ﹁あ、聞こえますよ。じゃあちょっと離れてみますね﹂ 無線化した通信機から親父さんの声が聞こえたので、工房の外に 出てみた。 1014 ﹁親父さん、聞こえますか?﹂ ﹃おう、バッチリ聞こえるぜ!﹄ ﹁他の通信機はどうです? 通話が聞こえますか?﹂ ﹃いや、この通信機だけだな。ちゃんと番号指定出来てるぜ﹄ ﹁よかった。じゃあ次です﹂ そう言うと、通信機の通話終了というボタンを押し、次にオープ ン回線であるゼロ番を指定し、通話ボタンを押した。 ﹁もしもし聞こえますか? 通信機全体から声が出てますか?﹂ ﹃おお!? 通信機から一斉に声が聞こえたぞ!?﹄ ﹁良かった。これも成功ですね﹂ ﹃はああ⋮⋮自分で造っといてなんだが、スゲエもん造りやがった な﹄ ﹁ははは⋮⋮後は、どれだけの距離を通信出来るかですね﹂ ﹃それは良いけどよ、番号を変えてくれ。うるさくてかなわん﹄ あ、オープン回線のままだった。親父さんの方では通信機から一 斉に俺の声がしてるんだろう。 ﹁すいません。一旦切って二番に掛け直します﹂ ﹃おう﹄ もう一回通話終了ボタンを押し、ダイヤルを二番に合わせて通信 ボタンを押す。 ﹁親父さん、聞こえますか?﹂ ﹃おう、聞こえるぞ。しかしあれだな、やっぱり繋がった事を知ら せる音は必要だな﹄ 1015 ﹁そうですね⋮⋮そこは要改良ですね﹂ ﹃まあ、俺の方でも考えとくよ。で? どれだけの距離を通信出来 るかって話だよな。テストするか?﹄ ﹁はい、お願いします﹂ そこで一旦通信を切り、ゲートで俺の家に行く。 ﹁あれ? おかえりなさいシン君。もう工房での用事は終わったん ですか?﹂ ﹁いや、今まさに実験中﹂ ﹁実験中?﹂ ﹁うん、親父さーん、聞こえますかー?﹂ ﹃おう、聞こえるぞ。今どこにいるんだ?﹄ ﹁俺の家です﹂ ﹃シンの家? ああ、この前マークが覚えたって言うゲートか﹄ ﹁そうっす﹂ ﹁ちょいとお待ちい! な、な、なんだいそれはああ!?﹂ とりあえず、工房から家まで、徒歩十五分位の距離なら大丈夫だ と確認出来た時点で、ばあちゃんから声が掛かった。 ﹁これ? 無線の通信機﹂ ﹁む、むせ⋮⋮!﹂ 無線のところでばあちゃんが声を失った。 有線の通信機でも付与魔術師の夢って言ってたからなあ、無線は 衝撃的だったんだろう。 ﹁ア、アンタは⋮⋮またとんでもないもの創って⋮⋮!﹂ 1016 ﹁まあ創ったは良いけど、まだ流通はさせないけどね。有線の通信 機の普及の方が先だってオーグに言われてるし﹂ ﹁⋮⋮流通させる気なのかい﹂ ﹁便利だよ?﹂ ﹁便利過ぎるよ!﹂ ﹁でも、まだ試作品だから、これから改良しないといけないんだけ どね﹂ ﹁本当に⋮⋮この子は本当に⋮⋮﹂ ばあちゃんが何かを諦めたようにブツブツ言ってる。 そんな事よりテストの続きだ。 ﹁すいません親父さん。お待たせしました﹂ ﹃お、おう、それより⋮⋮大丈夫なのか? 導師様、お怒りなんじ ゃ⋮⋮﹄ ﹁ハハハ、ばあちゃんはいつもこんな感じですよ﹂ ﹁誰のせいだい! 誰の!?﹂ ﹃⋮⋮本当に大丈夫なのか?﹄ ﹁大丈夫ですって。じゃあ、次はもうちょっと遠くまで行ってみま すね﹂ ﹃おう﹄ 一旦通信を切って、シシリーに告げる。 ﹁って事で、今から通信機のテストしてくるから。帰ったらシシリ ーにもテストしてもらうからね﹂ ﹁は、はい﹂ ﹁じゃあ、行ってきます﹂ ﹁はい。あ、ちょっと待ってください﹂ 1017 ﹁ん?﹂ ﹁襟が⋮⋮﹂ 服の襟がめくれてたらしい。シシリーはチョイチョイと修正する と、うんと頷いた。 ﹁はい、大丈夫です。行ってらっしゃい﹂ ﹁うん⋮⋮なんかいいな、夫婦っぽい﹂ ﹁え⋮⋮フフ、じゃあ⋮⋮行ってらっしゃい、ア・ナ・タ﹂ やっべ⋮⋮幸福感で胸がいっぱいだ。 ﹁⋮⋮じゃあ、行ってらっしゃいのチュウを⋮⋮﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ ﹁さっさとお行き! このお馬鹿!﹂ ばあちゃんの激しい突っ込みで、行ってらっしゃいのチュウは無 しだ。 くそー。 で、次に来たのは森の家。変わらずばあちゃんの結界魔道具が機 能してる。 ここまで馬車で数時間程の距離。次にテストする距離としては一 気に伸ばしすぎたかな? とりあえず通信機を起動させる。 ﹁親父さん、聞こえますか?﹂ 1018 ﹃おう、聞こえるぞ。今どこにいるんだ?﹄ ﹁ここも届くんだ⋮⋮馬車で数時間行ったところです﹂ ﹃馬車で数時間!? それでも届くのか!?﹄ ﹁みたいですね⋮⋮どこまで届くんだろ?﹂ ﹃それをテストしてるんだろ﹄ ﹁そうでした。じゃあ、次に行きます﹂ ﹃おう﹄ さて、次はどこに行くか。 ここより遠いところっていうと⋮⋮。 そして俺が来たのは、スイード王国だ。 三国会談の行われる国だし、一度ゲートで行ってみておこうと思 っていたのでついでだ。 ﹁親父さん? 聞こえますか?﹂ ﹃おう。聞こえるぞ﹄ ﹁⋮⋮ここも届く﹂ ﹃あん? どこまで行った?﹄ ﹁スイード王国﹂ ﹃ス⋮⋮!﹄ さすがに絶句してる。音声送信しか付与してないのに⋮⋮どこま で届くんだ? 本当に⋮⋮。 ﹁こうなると、トコトン調べたいですね﹂ ﹃そうだな。で? 次はどこに行く?﹄ ﹁順番に行きましょう。次はダームに行きます﹂ 1019 ﹃分かった。待ってるぜ﹄ そしてゲートでダーム王国に行き、通信機を起動。 ﹃スゲエな⋮⋮まだ繋がってるぞ⋮⋮﹄ カーナン王国、クルト王国と順番にテストして行くが⋮⋮。 ﹃⋮⋮これ⋮⋮どこまで届くのか恐ろしくなってきたな⋮⋮﹄ ﹁もしかして、ですけど⋮⋮﹂ ﹃なんだ?﹄ ﹁魔力がある限り繋がるんじゃ⋮⋮﹂ ﹃⋮⋮魔力を伝達してるって事か?﹄ ﹁多分⋮⋮調べてないし、調べようがないから分かんないですけど ⋮⋮﹂ 実際に付与したのは番号を指定した音声送信と音声受信だけだ。 それだけで無線通信が出来た。 電波だとか、そういう専門的な知識は前世でも持ち合わせていな いのに。 となると考えられるのは⋮⋮。 有線の通信機は魔物化した大蜘蛛の糸を魔力が伝って伝達した。 という事は、音声送信は魔力を伝達するんじゃないだろうか? 電波みたいに発信するんじゃなくて。 1020 ⋮⋮仮説だけじゃ何とも言えないな⋮⋮。 この世界の裏側まで行けば分かるかも。 確か、星の丸みによって、人工衛生を中継しないと電波って星の 裏までは届かないはずだし⋮⋮。 人工衛生を中継しないで届いたとなれば、魔力を伝達してるって 事になると思うし。 ともあれ、それはまた後日だな。非常に気になるけど⋮⋮。 ﹁じゃあ、親父さん。一旦戻ります﹂ ﹃おう﹄ ゲートでビーン工房に行く。 ﹁うお! もうクルトから戻って来たのか!?﹂ ﹁そういう魔法ですし﹂ ﹁本当に、色々と理解が追い付かねえな⋮⋮﹂ ﹁はは、じゃあ通信機、貰って行きますね。代金は振り込んどきま すんで﹂ ﹁試作品だから別に構わんが⋮⋮﹂ ﹁そういう事、ナアナアにしちゃ駄目ですよ。じゃあ、皆で色々と テストしてみます。改良点が出てきたらまたお願いします﹂ ﹁おう。俺の方でも着信音の件、考えてみるわ﹂ ﹁お願いします。では﹂ そう言ってビーン工房を後にし、家に帰った。 1021 ﹁おかえりなさい、シン君﹂ ﹃おかえりなさいませ﹄ ﹁ただいま。早速なんだけどさ、これシシリーの通信機ね﹂ ﹁あ、さっきの⋮⋮﹂ ﹁これから皆に使ってもらって、改良点をあぶり出していきたいん だ。協力してね﹂ ﹁はい。緊張しますね⋮⋮﹂ ﹁はは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。言ってしまえば、た だ通話するだけの道具なんだから﹂ ネットが出来たり、メールが出来たりする訳じゃないからね。 ﹁それが凄いんですけど⋮⋮﹂ ﹁この子の価値観はどうなってんのかねえ⋮⋮シンが凄いって言う 物がその内出てくるのかねえ⋮⋮﹂ ﹁シン君の言う凄い物⋮⋮空を飛ぶ船とか?﹂ ﹁⋮⋮既に浮遊魔法を使って空を飛び回ってるからねえ⋮⋮その内 創っちまいそうだ﹂ ﹁あ、あはは⋮⋮﹂ 凄い物ねえ⋮⋮飛行機は創ろうと思えば創れると思う。 なんせ反重力による浮遊魔法は成功したんだ。 前世の飛行機より安全な乗り物が出来ると思う。 本当なら、確か翼に丸みや角度を付けて揚力を発生させなきゃい けないはずだけど⋮⋮そんなの全く知らないしな。 1022 反重力の魔法を付与すれば、垂直離着陸機は創れる。 ⋮⋮試してみるか? ﹁シン!﹂ ﹁なに? ばあちゃん﹂ ﹁アンタ⋮⋮アンタ今とんでもない物を創ろうとしてたね?﹂ ﹁え? 声に出てた?﹂ ﹁顔に出てたんだよ! それより! やっぱり何か創ろうとしてた ね!?﹂ ﹁なんという誘導尋問⋮⋮!﹂ ﹁あの⋮⋮シン君、分かりやすいです⋮⋮﹂ 前にも言われたな。そんなに顔に出るんだろうか? ﹁アンタは、何か思い付いた時にニヤっとすんだよ!﹂ ﹁うそ!?﹂ ﹁本当です⋮⋮﹂ マジかあ⋮⋮それで皆すぐに見破るのね。 ﹁よし。気を付けよう﹂ ﹁そっちを気を付けるんじゃなくて! 突拍子もないこと考えるの を自重しな!﹂ ﹁ええー?﹂ 皆が反応するまで突拍子もないことって自覚がないもの。 ﹁無理﹂ ﹁無理じゃなーい! 本当にアンタといいマーリンといい、なんで 1023 思い付いた事をすぐに実行しようとすんのかね!?﹂ ﹁血は繋がってないって言ってましたけど⋮⋮本当のお祖父さんと お孫さんみたいですね⋮⋮﹂ ﹁いやあ⋮⋮﹂ ﹁ほっほ、照れるのお﹂ ﹁褒めてなあーい!﹂ 本当の祖父と孫みたいと言われて、ちょっと嬉しくなっていると ばあちゃんに怒られた。 ﹁そんなに怒ってると血管切れるよ?﹂ あ、ばあちゃんがプルプルしだした。 ﹁誰のせいだい! 誰のおおお!﹂ 今までで一番大きい怒鳴り声だった。 オッカネエ⋮⋮。 それより、飛行機は当分先になりそうだ。 先に車⋮⋮いや、二輪か? あ、でも自走する乗り物を創っちゃうと、今運営している乗り合 い馬車業界とか、馬の生産者とかが困るか⋮⋮。 うーん⋮⋮。 あ! それより、先に馬車のサスペンションだった! 1024 先にダンパーを創らないと、四輪も二輪もないからな。 スプリングだけでいけるか? やっぱりオイルダンパーも創んな きゃ駄目かな? オイルダンパーってどんな構造だっけ? 確かラジコンカーを作った時に作ったんだけど⋮⋮。 ﹁また何か企んでるね!?﹂ ﹁またバレた!?﹂ ﹁いい加減におし!﹂ そんな、ある意味日常茶飯事なやり取りもありつつ、シシリーを 家に送り届け、いざ寝ようかという時にふと思い付いた。 ﹁シシリー? 聞こえる?﹂ ﹃ひゃっ! え? シン君?﹄ ﹁そう、通信機﹂ ﹃あ、これですね。ビックリしました﹄ ﹁やっぱり、着信音は必要だな﹂ ﹃着信音?﹄ ﹁通信が繋がったよって知らせる音﹂ ﹃ああ、そうですね。あると便利ですね﹄ ﹁まあ、それはもう問題点として上がってるから。ところで、今部 屋?﹂ ﹃はい。そろそろ寝ようかと﹄ ﹁そっか、俺も﹂ ﹃ところで、どうしたんですか?﹄ ﹁いや⋮⋮寝る前に声が聞きたくなって⋮⋮﹂ ﹃そ、そうですか⋮⋮嬉しいです。一日の終わりにシン君の声が聞 1025 けて⋮⋮﹄ ﹁そ、そっか﹂ ﹃はい⋮⋮﹄ うわ、俺から掛けたのにメッチャ恥ずかしい! でも、その言葉がメッチャ嬉しい。 ﹁じゃ、じゃあ最後にこれだけ﹂ ﹃なんですか?﹄ ﹁おやすみ、シシリー﹂ ﹃は、はい! おやすみなさい、シン君﹄ そう言った後、通信を切った。 いいな、これ。習慣になりそうだ。 寝る前にシシリーと声を交わしたという幸福感に包まれて、その 日は眠りについた。 ﹁おはよう、皆﹂ ﹁おはようございます。皆さん﹂ ﹁うむ、おはよう﹂ ﹁おっはよー!﹂ ﹁今日は制服だな﹂ ﹁もうあんな恥ずかしい思いはしないよ!﹂ アリスは先日、大いに恥を掻いた事によって、パジャマで来る事 1026 はなくなった。 その内、また来そうだけどな。 ﹁それより、今日は皆に渡したい物があるんだ﹂ ﹁渡したい物?﹂ ﹁また意味の分からない魔道具ぅ?﹂ ユーリの評価が非道いな。付与魔術師からすると、俺の魔道具は 意味の分からない物なんだろうか? あ、だからばあちゃんが過剰に反応するのかな? ﹁ホラ、前に言ってた﹂ ﹁⋮⋮まさか、もう創ってしまったのか?﹂ ﹁うん。はい﹂ 異空間収納から取り出した無線通信機を皆に渡す。 ﹁やっぱり⋮⋮﹂ ﹁魔石の存在を知ってから、あっという間でしたね⋮⋮﹂ ﹁おおー! で? で? どうやって使うの?﹂ 呆れ顔のオーグやトールと興味津々なアリスと二つに反応が分か れた。 使い方を説明し、番号について伝える。 ﹁番号は、分かりやすいように、入試番号順になってるから﹂ ﹁なるほど、私は二番か﹂ 1027 ﹁私は三番ね﹂ ﹁でさ、これまだ試作品だから、皆に使ってもらって、改良した方 がいい点を教えて欲しいんだ﹂ ﹁これで十分な気もするが⋮⋮﹂ ﹁それがそうでもないんだよね﹂ 今のところ分かっている問題点を伝える。 ﹁なるほどな。分かった。考えてみよう﹂ 無線通信機を皆に渡して、試してみて欲しいと伝えた翌日、教室 に入ると、何やら眠そうな人物がチラホラと見られた。 ﹁あうう⋮⋮眠いい⋮⋮﹂ ﹁アリスは喋りすぎ。私は途中で寝た﹂ ﹁リン非道いんだよお! あたしが喋ってるのに寝るんだもん! おかげでしばらく独り言喋ってたじゃん!﹂ ﹁寝る前に二時間はやり過ぎ﹂ ﹁だってえ⋮⋮﹂ これは、また別の問題点だな。 長電話かよ。 ﹁マークとオリビアも眠そうだな。お前らも長電⋮⋮長通信か?﹂ ﹁え!? あ! そ、そうッス!﹂ ﹁そそそ、そうです!﹂ なんでそんなに動揺して⋮⋮あ、まさか⋮⋮。 1028 ﹁マーク⋮⋮お前⋮⋮﹂ ﹁は、はい!?﹂ ﹁おーし、皆揃ってるな。朝のホームルームを始めるぞ﹂ アルフレッド先生が来てしまった。 ちっ、マークを追及出来なかったな。 まあ⋮⋮ここで正直に話されても、どう対応していいか困っちゃ うんだけどね。 それより、使った感想を聞けなかったなあ。 休み時間は短いし、昼は食堂に一直線だし、放課後かな。 主に、歴史や地理、数学等の座学だけの授業が終わり⋮⋮ここ何 学院だっけ? 放課後になった。 ﹁やっぱり、通信が繋がった事を知らせる音は必要。突然アリスの 声が部屋に響いて怖かった﹂ ﹁ちょっとお! 怖いは言い過ぎじゃない!?﹂ ﹁体験してみれば分かる。あれは怖い﹂ ﹁分かったよ。じゃあ、今日はリンから通信してきてね﹂ リン以外からも、やはり着信音は必要だという声が多かった。 事前に言ってたしな。意識させてしまったかもしれない。 ﹁後、番号がこれだけというのは、さすがに少なくないか?﹂ 1029 ﹁今のところはチーム内で使うだけだからね﹂ ﹁だが⋮⋮シンの言う使い方をするなら、各国との通信が集まる部 屋⋮⋮仮に通信室としようか。そこに緊急連絡が入った際、そこか らの連絡はどうする? つまり、もう一台いるぞ?﹂ ﹁あ、そうか⋮⋮この通信機に連絡する通信機がいるか⋮⋮﹂ 通信機同士の送受信に気を取られて、実際使った際のシミュレー ションをしてなかった⋮⋮。 ﹁番号指定がダイヤル式じゃ限界があるかあ⋮⋮﹂ ﹁要改良⋮⋮だな﹂ ﹁分かった。サンキュー、問題点が見えたわ﹂ いずれ流通させるにしても、指定出来る番号が少ないと意味無い な。 ﹁とりあえず、通信室には、番号を振ってない送信専用の通信機を 置くか。一方通行になるけど、緊急連絡は受信出来るし﹂ ﹁そうだな。とりあえずはそれで凌ぐしかあるまい﹂ ﹁他には?﹂ ﹁あの⋮⋮誰から通信が入ったのか分かり難いです⋮⋮﹂ オリビアがおずおずと発言した。 ﹁うーん、いずれはそれが分かるようにはしたいんだけど⋮⋮如何 せんその為に開発しなくちゃいけない事が多すぎるんだ﹂ ﹁あ、そうなんですね。じゃあ、我慢します﹂ 言ってる事は分かるけど⋮⋮その為には最低でもディスプレイを 開発しなきゃいけないしな。今はちょっと現実的じゃない。 1030 ﹁後の問題は⋮⋮長く通信しちゃう事かな? おかげで寝不足よ﹂ ﹁それは自制してくれとしか言いようがないな﹂ 今回出た改良点は。 着信音を付ける。 もっと多く番号指定が出来るようにする。 将来的にディスプレイを付ける。 かな? ディスプレイはともかく、着信音と番号指定数を増やすのは、親 父さんと相談だな。 ﹁オッケー、皆ありがと。改良版の完成は多分時間が掛かるから、 とりあえずはそれそのまま持ってて﹂ ﹁分かったで御座る﹂ ﹁しかし⋮⋮ここだけ、時間が先に進んでいる錯覚に陥りますね⋮ ⋮﹂ ﹁錯覚じゃなくてぇ、本当に進んでるよぉ。ウォルフォード君の創 る魔道具って、付与魔術師が夢に見てる物ばっかりなんだもん﹂ この世界では、あんまり新しい発明って聞かないんだよな。 魔法があるとあんまり不便を感じないのかもしれない。 クルト王国でばあちゃんが農機具の魔道具を創った時もそうだけ 1031 ど﹃必要は発明の母﹄だからな。 ﹁ところで、もうこれ以上は無いだろうな?﹂ ﹁ん? んー⋮⋮﹂ ﹁まだあるのか⋮⋮﹂ ﹁ああ、いや。今のところはまだ魔道具じゃないよ﹂ ﹁今のところ⋮⋮いずれは魔道具⋮⋮って事か?﹂ ﹁まあね。ただ、今の世に及ぼす影響を考えると今すぐ出来ないん だけど﹂ 俺がそう言った時点で、皆がざわついた。 ﹁うっそぉー!? ウォルフォード君が自重したぁ!?﹂ ﹁天変地異の前触れで御座るか?﹂ ﹁あわわわ! 逃げないと! どこかに逃げないと!﹂ 皆の動揺っぷりが非道い。 自動二輪や四輪を創る事が、今の世に及ぼす影響くらい分かるわ! ﹁フ、ようやく私の進言が浸透したようだな。で? 何を創る気だ ったんだ?﹂ ﹁ああ、自走する乗り物をね、創ろうかと⋮⋮﹂ あれ? 皆の顔が⋮⋮。 ﹁やっぱりね⋮⋮﹂ ﹁創るのを自重しても⋮⋮﹂ ﹁考えは自重してないよぉ!﹂ 1032 呆れた顔になってる。 ﹁お前⋮⋮お前はあ⋮⋮!﹂ ﹁オ、オーグ?﹂ ﹁何も変わっておらんではないかあ!﹂ またマジギレされた。 創るの自重するって言ったじゃん! 1033 三国会談が始まりました 豪華な馬車が複数、アールスハイド王国からスイード王国へと繋 がる街道を進んでいる。 馬車の周囲には物々しい程の護衛がおり、その中に一際豪華な馬 車がある。 アールスハイド王国王太子、アウグスト=フォン=アールスハイ ドの乗る馬車だ。 この度行われるアールスハイド王国、エルス自由商業連合国、イ ース神聖国との三国会談に臨む為、大勢の護衛を連れての移動の途 中である。 三国からは代表者がそれぞれ参加し、アールスハイドからは王太 子であるアウグストが、エルスからは外交を担当する役人が、イー スからは大司教という役職の人間が参加する。 三国会談の目的は、魔人が世界に浸出すれば世界中の脅威となる 為、一致団結してこの世界の危機に立ち向かおう、というもの。 他にも、アルティメット・マジシャンズはアールスハイド王国の 軍事的戦力ではなく、世界中の危機を救う為の集団であるとの意思 表示も兼ねている。 その為、三国会談開催国であるスイード王国へはアルティメット・ マジシャンズの面々も向かっている。 1034 複数の馬車があるのはその為である。 その馬車の中では⋮⋮。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁最近さあ、魔人が襲撃してきてないじゃん。おかげで﹃魔人はア ルティメット・マジシャンズを恐れて襲撃を諦めた﹄っていう声ま で聞こえるんだけど⋮⋮大丈夫なのか?﹂ ﹁だから、他の国との交渉は私の領域だと言っているだろう。お前 が心配する必要はない﹂ ﹁でもなあ⋮⋮﹂ こうなってくると、本当にエルスとイースからの協力を得られな いんじゃないか? って気がしてくる。 そんなに余裕なら我々の力は必要ない⋮⋮とか言って⋮⋮。 は! まさか!? ﹁まさか⋮⋮戦後の疲弊した瞬間を狙ってるって事は⋮⋮﹂ ﹁考え過ぎだ。大体、エルスは商業国家だぞ? 商人には信用が第 一なのに、目に見えて批判を浴びるそんな行動に出るとは思えん。 イースも同じだな。善行を積み、創造神の御下へ導かれようという 思想の宗教の宗主国が、そんな行動に出ると思うか?﹂ 1035 ﹁それもそうか﹂ ﹁まあ⋮⋮表立っては⋮⋮な﹂ ﹁⋮⋮裏では分からない⋮⋮って事か?﹂ ﹁国家の運営は綺麗事だけでは出来ないという事だな﹂ ﹁⋮⋮会談中は要注意⋮⋮だな﹂ ﹁お前のくれたこの魔道具が身を護ってくれる。心配ないさ﹂ そう言いながら、オーグは胸元のネックレスを指で弾いた。 交渉が思い通りにならないからと言って直接攻撃してくるとは思 わないけど⋮⋮どんな搦め手を使って来るかは分からないからな。 エルスとイースの担当者がいい人である事を祈ろう。 前回は空を飛んで行った為、数時間で着いたスイード王国だが、 今回は正式な訪問である為、馬車で移動している。 ゲートなら一瞬で行けるけど⋮⋮馬車で国境まで二日、国境から さらにスイード王国王都まで二日掛かって、ようやく到着した。 遠いな⋮⋮空の移動手段、本気で考えようかな? 色んな所に根回しとか、交渉とかして事業に噛んでもらえば、そ んなに社会的な影響はないと思うし⋮⋮。 ﹁おい、シン。お前、何か企んでないか?﹂ ﹁⋮⋮ニヤっとしてた?﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁してたわね﹂ ﹁お前は本当に⋮⋮いつになったら自重を覚えるんだ?﹂ 1036 ﹁失礼な。自重して、すぐに行動起こさないようにしてるじゃん﹂ ﹁その思想を自重しろと言ってるんだ﹂ 先日も怒られたけど、便利になるのは良い事だと思うんだけどな あ⋮⋮。 そんな話をしていると、スイード王国王都の城壁が見えてきた。 ﹁おおー! 久し振りだあ! 大分復旧してるね!﹂ ﹁そうですね。魔人討伐への決起の場所としては、これ以上の国は ないですね﹂ まだちょっと遠目に見える城壁を見て、皆がそれぞれの馬車から 顔を出している。 俺は、つい先日通信機のテストの為に来たばっかりだけどね。 ﹁ようこそいらっしゃいました、アールスハイド王国の皆様! お 久し振りで御座います!﹂ 俺達が王都に到着すると⋮⋮凄い数の人が出迎えてくれた。 ﹁キャアー! アウグスト様ー!﹂ ﹁魔王様ー! ステキー!﹂ ﹁うおおお! シシリー様ー!﹂ ﹁聖女様ー! 俺を癒してくれー!﹂ 先日の魔人討伐に感謝してくれているらしい皆の歓声が凄い。 それより、もうここまで魔王の二つ名は届いてしまっているのか 1037 ⋮⋮。 ﹁フム。歓迎されているようだな﹂ ﹁当然で御座いますな。魔人に襲撃されたのはつい先日で御座いま す。魔人を討伐された後、功績を触れ回られる事もなく帰られてし まったので、ろくに感謝も出来なかったと残念がる国民が多う御座 いました。その為、今回大勢集まったのでしょう﹂ オーグは戦闘開始時と終結時に王都中に宣言していたし、シシリ ーは怪我の治癒の為、国民と直接触れあっている。人気があるのも 当然だな。 ﹁この度は、迎賓館を御用意しております。どうぞ会談に向けて英 気を養って下さいませ﹂ ﹁気を使わせて済まないな﹂ ﹁いえ! 私共の感謝の気持ちだと受け取って下さいませ﹂ そうして俺達はスイード王国に歓迎された。 残る二国とも、今日の夕方に到着する予定との事。 明日から早速会談が始まる。 これがまとまればいよいよ、旧帝国領に向けての攻勢に出られる。 どうかまとまりますように。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1038 スイード王国にある有名なレストラン。その二階に食事を取りな がら会議が出来る部屋がある。 今回、スイード王国側が用意した会談の会場は、その部屋であっ た。 時折食事を挟みながら和やかに会談が進むようにとのスイード王 国の配慮である。 その会場となる部屋の近くの個室に、アウグストが他の二国の代 表に先んじて到着していた。 同席しているのは、護衛であるトールとユリウスである。 若干緊張気味の護衛の二人に対して、アウグストの方は実にリラ ックスをしている。 その事を不思議に思ったトールがアウグストに問い掛けた。 ﹁殿下、随分と落ち着いていらっしゃいますが⋮⋮シン殿の仰って いる懸念は気にならないのですか?﹂ ﹁確かに、シンが心配している事は分かる﹂ ﹁では、なぜ?﹂ そう言うトールに、アウグストはニヤリと笑い、答えた。 ﹁主導権は最初から私が握っている。そういう事さ﹂ 1039 そう言うアウグストに対し、﹃殿下には何か勝算があるのだろう﹄ と判断し、それ以上は聞かなかった。 ﹁アウグスト殿下、エルスとイースの代表の方が揃われました﹂ 部屋の外を護衛している者から、二国の代表が揃ったという報告 が入る。 ﹁さて、では行くか﹂ そう軽い感じでアウグストは三国会談の会場に向かった。 会談場所である部屋に入ると、エルスとイースの代表者が椅子に 座らずに待っていた。 ﹁お初にお目に掛かりますアウグスト殿下。エルス自由商業連合で 外交を担当させてもろてます、ウサマ=ナバルと申します。どうぞ、 よろしゅう﹂ 独特のエルス訛りで話すエルス代表の男。 その顔は嫌らしくニヤケており、この会談で自国に有利な条件を 引き出したいという思惑が透けて見える。 ︵もう少し自分の欲を隠せないものかね︶ ﹁アウグスト=フォン=アールスハイドだ。こちらこそ宜しく頼む﹂ 内心では、この歴史的とも言える会談に、自分の欲を隠せない男 1040 を代表として送り込んできたエルスに失望を禁じ得ないでいたが、 そこはさすがの王族である。一切そのような態度は出さずに対応し た。 ﹁始めましてアウグスト殿下、私はアメン=フラー。創神教総本山 において、大司教の地位についておる﹂ 創神教の大司教であるというこの男に対しても、アウグストは内 心で溜め息を吐いた。 なぜなら、創神教の聖職者は清貧を美徳とし、自らを厳しく律す る事で有名なのだが、そこにいたのは肥え太り、脂ぎった中年男だ ったからである。 ︵大司教の地位であるを良い事に、私服を肥やす生臭坊主か⋮⋮し かも⋮⋮︶ ﹁アウグスト=フォン=アールスハイドだ。宜しく頼む﹂ ﹁ウム、宜しく﹂ 王族であるアウグストに対抗しようとしているのか、尊大に振る 舞おうとしている。 どちらの代表も、この会談を自らの出世の為に利用しようとして いるのが見て取れる。 この代表の立場を手に入れる為に、あの手この手を駆使したのだ ろう事も予想出来た。 世界の危機に対する会談であるはずなのだが⋮⋮と、旧帝国から 1041 離れた立地の為、魔人の脅威に直接晒されていない二国の危機感の 無さを内心で嘆いた。 ﹁早速会談に入りたい⋮⋮ところだが、お二方共、まずは食事をし ながら話をしないか?﹂ ﹁え? ええ、それはよろしいですな﹂ ﹁そうですな。朝早くからの会談ですからな。朝食は簡素な物しか 口にしておらんのですよ﹂ ﹁では、すまないが朝食を持って来てくれ﹂ 早速会談に入り、自らの主張を訴えようとしていたエルスの代表 であるナバルが、肩透かしをくらったような顔をし、それに対しフ ラーは余裕の対応を見せる。 もっとも、単に食事に興味があっただけなのかもしれないが⋮⋮。 運ばれてきた朝食に手を付けながら、アウグストが話し掛けた。 ﹁魔人が出現してから、各街道にも魔物が多く現れるようになった が、エルスは大変ではないか? 流通に影響するだろう﹂ ﹁そうですなあ、どないしても護衛の数を増やさなあきませんよっ て、コストが増えたのが痛いですなあ﹂ ﹁イースではどうだ? 信者達が不安がって、教会に救いを求めて 来ているんじゃないか?﹂ ﹁フム、確かに信者達は不安がっておりますなあ﹂ 普通に対応したナバルに対し、なぜかニヤっとしながら返答した フラー。 そのフラーの表情を見て、アウグストの中である確信があった。 1042 そのような他愛もない話をしながら朝食を進め、ようやく会談が スタートする。 ﹁さて、それでは、我がアールスハイドからエルス自由商業連合と イース神聖国に声を掛けた訳だが、単刀直入に用件を言う﹂ その言葉に、二人は身構える。 ﹁旧帝国領を支配し、周辺国にまで進出してきた魔人達からの各国 の防衛、ならびに旧帝国領へと侵攻する為に、同盟を結びたい﹂ その言葉に、二人は考える素振りをし、ナバルがニヤついた表情 を浮かべ、言葉を発した。 ﹁それは⋮⋮タダという訳にはいきまへんなあ﹂ ﹁何?﹂ アウグストの言葉に、ニヤニヤしながら話をするナバル。 ﹁エルスは商業国家でっせ? そんな損しか産まん、利が無い事に 参加する理由がおまへんなあ﹂ ﹁利が無い⋮⋮か﹂ ﹁そうでっしゃろ? よしんば魔人を討伐出来たとして、それに掛 かった軍事費用は誰が負担してくれますの? 魔人に賠償請求でも せえ、仰るんですか?﹂ ﹁確かに、賠償金を請求する先は無いな﹂ ﹁それとも、アールスハイド王国が負担してくれますのん?﹂ ﹁一国の軍事費用をか? まさか、そんな事出来る筈も無い﹂ ﹁そうですか? そもそもこの話はアールスハイドから持ち掛けて 1043 来た話ですやろ? それに⋮⋮聞きましたで? ホンマやったらア ールスハイドだけでも事の収拾は図れるって﹂ 市井に流れる噂を持ち出してきたナバルに、少しアウグストの表 情が歪む。 その表情を見たナバルは、益々ニヤついてきた。 ﹁アールスハイドだけで事に当たるには負担が大きいから、ウチや イースに声を掛けたんですやろ? そしたら、ウチが損をせんよう な話を持って来てくれんとねえ⋮⋮話になりませんわ﹂ ﹁フム⋮⋮エルスは何が望みなのだ?﹂ アウグストの言葉に、来た! という表情をするナバル。 ﹁確か⋮⋮今アールスハイドとその周辺国の間では、遠距離通信が 出来る魔道具があるとか。その無償提供でどないです? もちろん、 こちらの希望する数、揃えてもらいますよって﹂ 商業国家にとって情報をあっという間にやり取りする通信機は、 喉から手が出る程欲しい物だろう。 遠慮なく自らの要求を伝えてくるナバルに、アウグストは溜め息 を吐いた。 ﹁イースは? まさかそちらも、この世界の危機に何か要求がある のか?﹂ 世界の危機に自らの要求を出したエルスを暗に批判したアウグス トにナバルの顔が歪む。 1044 ﹁はっはっは、私共は創神教の聖職者ですよ? エルスのような強 欲な要求などある筈も無い﹂ ﹁な、なんやと!?﹂ ﹁世界の危機に自らの利を優先するとは、考えられませんな﹂ ナバルがフラーを親の仇のように睨んでいるが、フラーは涼しい 顔でそれを無視している。 ﹁という事は、イースはこの同盟に参加してくれると?﹂ ﹁そうですなあ⋮⋮参加するのは吝かではありませんが⋮⋮﹂ エルスを批判しながらも、やはりイースも何か要求があるようだ。 ﹁何が望みなのだ?﹂ ﹁いえ、先程も伝えましたでしょう? 信者に不安が広がっている と。この状況を何とかしたいのですよ﹂ ﹁⋮⋮具体的には?﹂ その言葉に、フラーはこう要求した。 ﹁聖女﹂ ﹁何?﹂ ﹁そちらの国には聖女と讃えられている少女がいるとか。噂による と、治癒魔法に優れた大変な美少女だそうで。その聖女をこちらに 引き渡して頂きたい。イース神聖国にて民の不安を取り除く象徴と なってもらいたいのですよ﹂ 何を言い出すかと思えば、今や聖女としての名声が高まっている シシリーを差し出せと言う。 1045 アウグストは内心で、やはりなと思う。 信者に不安が広がっていると言った時に、それに付随する何かを 要求してくると思っていた。 まさか聖女を引き渡せと言ってくるとは予想しなかったが⋮⋮。 そう要求したフラーの目には、明らかな欲望が見て取れる。 聖女として名高い噂の美少女を自分のモノにしたいのだろう。 もし、そんな事になった時のシンの反応を予想したアウグストは ⋮⋮背筋が凍った。 エルスとイース。両国が要求してきた事は、図らずも両方シンに 関係しており、特にイースの要求はとても呑めたものではない。 ナバルとフラーは、期待を込めた目でアウグストを見ている。 ︵国家間の交渉で、よくもここまで自分の欲を出せるものだな︶ ナバルはあからさまに、フラーも隠そうとはしているが、欲に濁 った目が隠し切れていない。 ﹁エルスとイース、双方の要求なのだがな⋮⋮﹂ ナバルとフラーが前のめりになる。 そしてアウグストが発した言葉は⋮⋮。 1046 ﹁両方とも飲む事は出来ない﹂ その言葉に、二人は一瞬口を開けて呆け、そして失望を露にした。 ﹁何を仰ってるんですか? という事はなんですか? ウチらに無 償で戦争に参加しろと、こう仰るんですか?﹂ ﹁民の不安を取り除く為の提案であるというのに⋮⋮ハッキリ言っ て失望しましたな﹂ ﹁やっぱり、お若い殿下では、こういう高度な交渉は出来ませんか ⋮⋮﹂ ﹁まったくだな﹂ ナバルとフラーは、自分の要求を却下された事で、アウグストに 対し批判を浴びせる。 嘲りの言葉を浴びせられたアウグストは⋮⋮。 ﹁何も分かっていないのはお前らの方だろう﹂ 若干の怒気を込めて言葉を返した。 ﹁エルスに利が無い? その程度の認識で、よくもまあ代表として この場に来れたものだな?﹂ ﹁な、なんやて!?﹂ ﹁そしてフラー大司教、なぜ聖女を引き渡さなければならない?﹂ ﹁それは今言っただろう。民の不安を取り除く為に⋮⋮﹂ ﹁聖女と呼ばれているとはいえ、聖職者になる為の修行を行った訳 ではない者をか? それに、アルティメット・マジシャンズの聖女 と言えば、戦場に出て魔人を倒す力を持ち、尚且つ傷付いた民を無 1047 償で治すという評判だった筈だ。その為に民衆の人気は高く、皆の 希望になっている。それがなぜイースに引き渡さなければ民衆の不 安を解消出来ない?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁聖女を戦線から離脱させる事は、逆に民衆の不安を煽る事になる と、そうは思わないのか?﹂ アウグストの追及に言葉を失うフラー。 ﹁それとも⋮⋮何か他の目的でもあるのか?﹂ ﹁そ! そんな事は!﹂ ﹁おやあ? 大司教様ともあろう御方が⋮⋮御自身の欲の為の要求 ですかいな?﹂ ﹁黙れ! この守銭奴が!﹂ ﹁なんやと!? この生臭坊主!﹂ ﹁なんだと!?﹂ ﹁なんや!?﹂ ﹁いい加減にしろ!﹂ アウグストを置いて口論を始めた二人をアウグストが止めた。 エルスの代表としてこの場にいる筈のナバルが、なぜ他国の代表 であるフラーを挑発するような言葉を浴びせたのか? それは、エルスとイースは仲が悪く元々あまり良い感情を持って いなかったからだ。。 エルスは、資本至上主義に何かと文句を付けてくるイースを疎ま しく思っているし、イースはエルスを守銭奴の集団と見ている。 1048 その関係がこの場で見られた。 もっとも、仲が悪いとはいえ商業国と宗教国である。戦争に掛か る費用と宗教国が戦争をするという世界に与える印象を考え、お互 いに戦争をするつもりなどは無いのだが。 ﹁エルスもイースも一体何を考えている。この会談は世界の危機を 乗り越える為の会談だぞ﹂ ﹁そうは仰いますけどね。ホンマやったらアールスハイドだけで対 処出来る訳ですやろ? なんでウチを巻き込むんですか?﹂ ﹁まったくその通りですな﹂ ﹁それすら分からんのか⋮⋮﹂ ﹁な、なんですのん?﹂ ﹁我らを馬鹿にしているのか?﹂ ここまで言ってもこの会談の真の意味に気付かない二人に、アウ グストは溜め息を吐きながら、教えてやる。 ﹁確かに、アールスハイドだけで対処は出来るがな、我が国だけで 事態を収拾した場合、お前達はどう思う?﹂ ﹁どないて⋮⋮エライもんやなあとは思いますけど⋮⋮﹂ ﹁なら、周辺国は?﹂ ﹁そら、アールスハイドに感謝⋮⋮﹂ そこまで言ってようやく気が付いたようだ。 アールスハイドだけで事態を収拾した場合、アールスハイドの功 績が大きい、いや大き過ぎる事に。 世界を救ったアールスハイドの立場と、参加しなかった大国との 1049 立場を考えれば⋮⋮。 ﹁周辺国はアールスハイドに多大な感謝をしてくれるだろうな。そ して、この世界の⋮⋮人類の危機に何もしなかった二つの大国には ⋮⋮一体どんな評価が下るのだろうな?﹂ 確実にそうなるとは決まった訳では無いのだが、あたかもそうな る事が必然とも言える物言いをするアウグストに、ナバルとフラー の顔色が変わった。 商業と宗教。ジャンルは違うが、民衆の評判というものに大きく 左右される事は共通している。 このまま、アールスハイドが功績を立てれば⋮⋮アールスハイド が世界の盟主になり大きな発言権を持ち、何もしなかった二つの大 国はその信用を失ってしまうと、二人は考えた。 ﹁今回のこの会談はな、エルスとイースに﹃お願い﹄をしている訳 では無い。アールスハイドだけで独占する事が出来る功績を二国に も分けましょうという﹃利益共有の提案﹄だ。それを⋮⋮こうまで 欲に濁った思考をしてくるとはな﹂ この会談の目的は、魔人の脅威に対抗する為だけではない、世界 のパワーバランスを調整する為のものでもあったのだ。 その事を読めず、自分の要求を伝えた二人は顔を臥せた。 一人は、その事を読めなかった自分を恥じて。 もう一人は、恥を掻かされた事に怒りを感じて。 1050 ﹁そもそも通信機は個人が発明し、各国ともきちんと購入し、毎月 通信料も支払っているのだ。それをエルスだけ無料で、しかも大量 に提供してみろ。どうなる?﹂ 追い討ちを掛けるように通信機を無料で寄越せと言ってきたナバ ルに、そうした場合の後の事を訊ねてきた。 ﹁それは⋮⋮反感を買うと⋮⋮﹂ ﹁要求が飲めない一番の理由だな﹂ 自分の要求を通した後の事まで考えられなかったナバルは益々項 垂れた。 ﹁そして、聖女なのだが⋮⋮彼女には婚約者がいるのは知っている か?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ フラーはもちろん知っていた。 知っていたが、大司教という立場で創神教という組織にいると、 大抵の無理は通ってしまう。 その為、婚約者がいようが、自分が言えば要求は通ると思ってい たのだ。 ﹁知っているようだな。ではその相手は?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁﹃魔王﹄シン=ウォルフォード⋮⋮でっしゃろ?﹂ ﹁その通り、よく知っているな﹂ 1051 ﹁そらもう、アルティメット・マジシャンズの魔王と聖女は婚約し とって、そらあ仲睦まじいと有名ですからな﹂ そんな事も知らんの? といった顔でフラーの顔を見るナバル。 ナバルにそんな顔で見られ、益々怒りが頭を支配していく。 フラーはもちろん知っていたが、高々魔法使いが世界最大の宗教 の大司教である自分に逆らうとは思わなかったのだ。 ﹁それを知った上での要求か⋮⋮正直、フラー大司教の勇気に感服 するな﹂ ﹁なんだと?﹂ ﹁魔法使いの王とまで言われ、魔人を⋮⋮それこそ集団で襲って来 ても苦もなく返り討ちにしてしまうような奴の婚約者に⋮⋮よくも まあそんな要求が出来たものだな⋮⋮﹂ ﹁ただの婚約者やのうて、非常に仲睦まじいって言われとるのに⋮ ⋮そんな事したら魔王さん、怒り狂いませんか?﹂ ﹁⋮⋮そんな事になってみろ⋮⋮世界が⋮⋮本当に滅びるぞ⋮⋮﹂ ﹁何を大袈裟な⋮⋮﹂ フラーにはまったく信じられなかったが、アウグストはシンの非 常識をよく理解しているので、その光景が思い浮かばれた。 ﹁とにかく、聖女に手を出すのは止めろ。どうなっても知らんぞ﹂ ﹁ぐっ! ぐぐぐ!﹂ もうフラーは怒りでまともな思考が残っていない。顔を真っ赤に し、アウグストと自分を馬鹿にしているナバルを交互に睨み付けて いる。 1052 ﹁こんな状態では、これ以上の会談は無理だな。明日また改めよう。 ナバル外交官、フラー大司教。私は何も無償で協力しろとは言って いない。この騒動が収まった後、どんな利があるのか考えてみるん だな﹂ そう言い残し、アウグストは部屋を出た。 ナバルもその後に続き、フラー大司教だけが部屋に残っていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁あれ? オーグ? もう帰って来たのか?﹂ ﹁ああ、今日の会談はここまでだな﹂ ﹁って事は明日もあるのか?﹂ ﹁残念ながら、エルスもイースも自分達の要求を飲ませようとして きたからな。一旦落ち着いて、明日また改めようという事になった﹂ ﹁やっぱり、例の噂が⋮⋮?﹂ ﹁それはあんまり関係ないな。別に気にしなくていい﹂ ﹁そ、そうか⋮⋮﹂ 例の噂のせいで交渉が難航したのかと思った。 あんまり⋮⋮って事は多少影響があったみたいだけど、そんなに 問題にはならなかったのか。 1053 その事にホッとしていると、オーグから声を掛けられた。 ﹁シン、クロード、ちょっといいか?﹂ ﹁ん? 何?﹂ ﹁どうしたんですか? 殿下﹂ 俺とシシリーの二人を呼び、皆からちょっと離れた。 ﹁いいかシン⋮⋮怒らずに聞けよ?﹂ ﹁なんだよ?﹂ ﹁イースの代表者なんだがな⋮⋮﹂ ﹁ああ﹂ イースの代表がどうした? ﹁今回、同盟に参加する条件として⋮⋮聖女を差し出せと言ってき た﹂ ﹁はあ!? 何言ってんだ!?﹂ ﹁だから怒るなと言っただろう。心配しなくても、その要求は突っ 跳ねた﹂ ﹁当たり前だ!﹂ 同盟に参加する代わりにシシリーを差し出せ? なんだそれ!? 創神教ってそんな事する奴らなのか? ﹁誤解の無いように言っておくがな、創神教の聖職者は、基本的に 清貧を重んじ、欲に対して自分を厳しく律する事で有名だ。そいつ は、聖職者としてあり得ないくらい肥え太っていたからな。世渡り が上手いんだろう﹂ ﹁生臭坊主かよ⋮⋮﹂ 1054 どこの世界にもいるな。そういう奴。 ﹁エルスの代表の方はある程度納得したらしいが、イースの代表の 方は要求が通らなかった事が相当頭に来たらしくてな、その上エル スの代表が煽ったもんだから⋮⋮﹂ ﹁エルスの代表が?﹂ どういう事だ? ﹁エルスとイースは仲が悪いんです⋮⋮﹂ ﹁金と清貧か⋮⋮﹂ ﹁そういう事だ。特にイースの代表は創神教内でも相当な地位にい るらしい。自分の思い通りにいかない事が許せないんだろう。怒り で真っ赤な顔をしていた﹂ ﹁⋮⋮って事は⋮⋮﹂ ﹁強行手段に出る可能性がある﹂ ﹁マジかよ?﹂ なんだそいつ。絶対聖職者じゃねえよ。 ﹁だからシン、クロードから目を離すなよ﹂ ﹁ああ⋮⋮分かった﹂ ふざけやがって! 絶対シシリーに手は出させないぞ! ﹁シ、シン君?﹂ ﹁ん? あ、ゴメン﹂ 気が付いたらシシリーの肩を抱いて引き寄せてた。 1055 気が付いたけど、離す気にならなかった。 絶対に、絶対に⋮⋮ ﹁絶対、護ってやるからな﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ この娘を、俺は⋮⋮。 ﹁ちょっとお! そういうのは部屋でやってくんない!?﹂ マリアからいつもの突っ込みが入るけど⋮⋮。 ﹁あ、あの⋮⋮シン君?﹂ ﹁もう少し、このまま⋮⋮﹂ ﹁あう⋮⋮皆見てます⋮⋮﹂ ﹁いいよ﹂ ﹁いいって、そんな⋮⋮﹂ これは絶対にシシリーを護るという決意表明だ。 上等だ! どっからでも掛かってこいや! ﹁⋮⋮イチャイチャがレベルアップしたわね⋮⋮﹂ ﹁まあ、今回は大目に見てやれ﹂ ﹁どういう事ですか?﹂ 皆の視線を感じながら決意表明をした後、俺達は普通に過ごし、 夕食も入浴も終わって各々の部屋に入った。 1056 そして⋮⋮。 ﹁本当に来やがった⋮⋮﹂ 襲撃があるなら夜だろうと予想し、皆にも事情を話し普段通りに 過ごしてもらい、俺達は無警戒だと思わせた。 そしたら⋮⋮予想通りに、夜襲撃に来た。 索敵魔法に複数の反応がある。 そいつらは一つ一つ窓を確認し、シシリーの部屋の窓で止まった。 ⋮⋮覗きかよ! もう、そんな事でもイラっとするな。 ちなみに皆にはベッドに入り、寝たふりをするように言ってある。 そして、しばらく窓の前で動かなかった魔力が動き出した。 何かやったな? そして、窓を開け、侵入してきた⋮⋮。 俺は、怒りでどうにかなりそうなのを押さえて複数の魔力が部屋 に入りきるのを待つ。 そして、全員入りきったところで⋮⋮。 1057 ﹁こんな夜更けに女の子の部屋に侵入するなんて、どこの不埒者だ ?﹂ ゲートを使ってシシリーの部屋に行き、侵入者に声を掛けた。 ﹁な⋮⋮!﹂ 侵入者はマスクをしている複数の男。 男が集団でシシリーの部屋に押し入ったというだけで怒りが込み 上げて来る。 ﹁シシリー、もういいよ﹂ そうシシリーに声を掛けた。 ﹁馬鹿め、この睡眠香のお陰でグッスリ眠っておられるわ!﹂ ﹁シン君!﹂ ﹁な! 馬鹿な!?﹂ コイツら⋮⋮睡眠薬⋮⋮薬じゃないから、睡眠ガスか? そんな 物まで使ってたとは! 窓の前でしばらく動かなかったのは、窓の隙間から睡眠香とかい うもので、睡眠ガスを部屋に送ってたのか! 本当に、例の魔道具を創っておいて良かった。 それに﹃毒物﹄じゃなくて﹃異物﹄にしといて良かった。睡眠ガ 1058 スなら毒物と判定されないかもしれないしな。 そうなってたら俺達まで眠らされて、寝てる間に連れ去られてる じゃねえか! その事に、更に怒りが込み上げる。 ベッドから飛び起き、俺に飛び付いて来たシシリーを抱き止めな がら、コイツらをどうしてやろうかと考えていると⋮⋮。 ﹁侵入者を捕らえろ!﹂ オーグの号令によって、窓と扉から、護衛の人達が雪崩込んでき た。 男達は窓から逃げようとしていたが、窓の外には既に護衛団が待 機しており、男達は残らず捕らえられ、縛り上げられた。 ﹁さあて⋮⋮コイツら⋮⋮どうしてやろうか?﹂ ﹁待て、シン。コイツらの口を割らせれば、交渉が有利に進められ る。まずは尋問からだ﹂ 侵入者達を縛り上げ、部屋に充満した睡眠ガスを窓から出した後、 コイツらをどうしてやろうかと考えていると、オーグに尋問が先だ と止められた。 確かに、コイツらが本当にイース神聖国の人間なら国際問題にな り、交渉が有利どころか、こっちの言いなりに出来る。 怒りで頭が回ってなかった。 1059 ﹁さて、なぜお前達はクロードを狙った?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁お前達はどこの者だ?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁自分の意思でやったのか? それとも依頼されてきたのか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ダンマリか⋮⋮﹂ コイツら、生意気にも黙秘をしてきやがった。 これは、コイツの出番かな? ﹁オーグ﹂ ﹁っと、なんだ? またネックレス?﹂ ﹁そんな上等なもんじゃねえよ。そいつには﹃自白﹄って付与がさ れてる﹂ ﹁⋮⋮なるほどな、これを付ければ⋮⋮﹂ ﹁お、おい! 止めろ! 止めろキサマ!﹂ ﹁嘘も、ダンマリも出来ないという事か﹂ ちなみに魔石も使ってるから常時発動だ。 ﹁さて、もう一度聞くぞ? お前達はどこの者だ?﹂ ﹁お、俺達は⋮⋮﹂ ﹁おい! 止めろ! 喋るな!﹂ ﹁俺達は⋮⋮イース神聖国の者だ⋮⋮﹂ ﹁やはりな、で? お前達は自分の意思でここに来たのか? それ とも命令されて来たのか?﹂ ﹁⋮⋮め、命令されて⋮⋮来た﹂ 1060 ﹁誰に命令された?﹂ ﹁おい! 止めろ!﹂ ﹁誰かコイツらの口を塞げ﹂ ﹁は!﹂ さっきから喚いていた男達に猿轡がされた。 やっと静かになったな。 ﹁で? 誰に命令された?﹂ ﹁⋮⋮フ、フラー大司教﹂ ﹁フラー大司教?﹂ ﹁今回のイース神聖国の代表者だ﹂ ﹁本当に⋮⋮何考えてんだ?﹂ これで、国際問題決定だ。 こちらからどんな要求をしても逆らえない程の問題を起こしやが ったぞ? ﹁なぜこんな事をしでかした? 国際問題になるのは分かっていた だろう?﹂ そりゃそうだ。会談相手国の人間を誘拐するなんて、明らかに国 際問題になる命令を、なぜ実行した? 実行犯はそんな命令にも逆らえないのか? ﹁せ、聖女様が⋮⋮悪の魔王に捕らえられ⋮⋮辱しめられていると ⋮⋮それをお助けするのが、我らの使命だと⋮⋮そう言われた﹂ 1061 プチっと⋮⋮頭の中の何かがキレた。 かつてない位の怒りに、周りから魔力が集まり渦巻いている。 本当に⋮⋮コイツら⋮⋮どうしてやろう⋮⋮。 そう思っていると⋮⋮。 パーン! と、侵入者の頬をシシリーが思いっきりひっぱたいた。 ﹁何を勝手な事を言ってるんですか!? シン君が悪!? ふざけ ないで下さい! シン君程周りの皆の幸せを! 安全を! この世 界の平穏を願っている人はいないのに! そんなシン君を悪と決め 付け、私から遠ざけようとする、あなた達の方が私にとってはよっ ぽどの悪です!﹂ フーッ、フーッと肩で息をし、大粒の涙を流しながらシシリーが 叫んだ。 そのシシリーの姿を見て、俺は怒りが収まり、シシリーへの感謝 と、愛しい気持ちでいっぱいになった。 ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁ふう! ふうぅぅぅ! うぅぅ!﹂ 俺は肩で息をしているシシリーを後ろから抱き締めた。 ﹁ありがとうシシリー。シシリーの言葉⋮⋮嬉しかった﹂ ﹁だってシン君が、シン君があ!﹂ 1062 クルリと回転し、俺の胸で嗚咽を溢す。 俺の事、悪の魔王とか言われて悔しかったのかな? ずっとしゃくりあげているシシリーの背中を擦りながら、事の次 第を見守った。 ﹁お前達、この光景を見てもクロードがシンに捕らえられていると 言うのか? シンの為に怒り、涙を流す姿を見てもそう思うのか?﹂ ﹁⋮⋮そうは思わない。我々は騙されたのか?﹂ ﹁そういう事だ。そのフラー大司教にな﹂ ﹁⋮⋮﹂ 侵入者達は非常に憤ってる顔をしている。 それはそうだろう。世間一般に聖女と言われている人間を、騙さ れて傷物にするところだったのだから。 ﹁騙されていたとはいえ、不法侵入と誘拐未遂の現行犯だからな。 釈放する訳にはいかない。その事も含めて、明日、会談前にイース の使節団に会う必要があるな﹂ 結局、侵入者達は迎賓館の一室に見張りを立てて留置し、翌朝イ ース使節団に抗議と、代表者の変更を要求する事になった。 そしてシシリーはと言うと⋮⋮。 ﹁スン⋮⋮ヒック⋮⋮うう⋮⋮﹂ 1063 まだ泣き止んでいなかった。 ﹁シシリー、もう大丈夫、大丈夫だから﹂ ﹁ううー、しんくーん﹂ 激昂し、大泣きした事で、ちょっと幼児退行してるな⋮⋮。 今までと違う甘え方だ。 ﹁ホラ、もう寝ないと。ね?﹂ ﹁うう、いっちゃやあ﹂ ﹁やだって⋮⋮﹂ ﹁いっしょにいてください⋮⋮﹂ 泣き腫らした目で言われたら⋮⋮断れないじゃないか! ﹁わ、分かったから、ホラ、もう寝よう?﹂ そう言ってシシリーをベッドに誘導し、寝かしつける。 ﹁ううん、しんくん⋮⋮﹂ 頭を撫でてやっていると、やがて泣き疲れたのかシシリーが眠り に付いた。 その事にホッとして部屋を出ようとするが、シシリーが俺の服の 裾を掴んでいる事に気付いた。 どうしよう? ガッチリ掴んでるから放してくれそうにない。 1064 どうしようかと悩んでいると、シシリーが寝言を呟いた。 ﹁しんくん⋮⋮だいすきです⋮⋮﹂ シシリーのその寝言で、俺はシシリーの手を放すのを止めた。 今日、シシリーは俺の為に怒ってくれた。泣いてくれた。 その事に改めて感謝と、愛しい気持ちが込み上げて来た。 ﹁今日はありがとう。大好きだよ、シシリー﹂ そう言って、額にキスをした。 ﹁にゅふふふ⋮⋮﹂ 幸せそうに笑うシシリーの横で、俺も横になった。 明日⋮⋮朝から大騒ぎだろうなあ⋮⋮。 1065 三国会談二日目が⋮⋮まだ始まりませんでした︵前書き︶ ここのところ忙しくて投稿が遅れました。 次話はなるべく早く投稿します。 1066 三国会談二日目が⋮⋮まだ始まりませんでした 窓から入る日差しで、シシリーは目が覚めた。 昨日いつ寝たのか記憶が定かでない。 昨晩何があったのか思い出そうとして、ふと横を見ると⋮⋮。 寝息を立てているシンがいた。 ﹁え? ええ!? シン君!? え? なんで?﹂ なぜか自分の隣で眠っているシンを見て混乱するシシリー。 その時、昨夜あった事を唐突に思い出した。 昨夜、シンが不当に貶され、つい激昂してしまい、あまりに悔し くて大泣きしてしまった事。 そしてそんな自分をシンが慰め、寝かしつけてくれた事を。 自分の手を見ると、シンの服を握り締めている。 一晩経っても放してないとか、どれだけシンを放したくなかった のだろうと思ってしまう。 ﹁ど、どどど、どうしよう!?﹂ 1067 この事態にどうしようかとアワアワしていると⋮⋮。 初めて見るシンの寝顔が目に入った。 自分を全身全霊を掛けて護ってくれる、この世で最も頼もしく、 そして最も愛しい男性。 その男性が自分の横で、無防備な寝顔を見せている。 シシリーは、ついシンの寝顔に見入ってしまった。 ぽーっと見ていると、シンが身じろぎし、やがて目を開けた。 ーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁う⋮⋮ううん⋮⋮あれ? シシリー? なんで⋮⋮﹂ 目が覚めたら、目の前にシシリーがいた。 なんでここに⋮⋮あ、そっか、昨日シシリーが服を握り締めて放 してくれなかったからそのまま寝たんだった⋮⋮。 ﹁⋮⋮おはよう、シシリー﹂ ﹁お、おはようございます。あ、あの⋮⋮ごめんなさい⋮⋮服握っ ちゃって⋮⋮部屋に戻れなかったんですよね?﹂ 1068 そういうシシリーの手には、まだ服が握られてる。 ⋮⋮起きてまた握り直したのか? ﹁ああ、いや⋮⋮服脱いじゃえば戻れたんだけどね⋮⋮﹂ ﹁あ、そ、そうですね。じゃあなんで?﹂ ﹁昨夜⋮⋮シシリーを一人にさせたくなかったんだ⋮⋮﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁俺の為に怒ってくれて、泣き疲れて寝ちゃうくらい泣いてくれて ⋮⋮そんな娘にいっちゃやだって言われたら⋮⋮放っておく事なん て出来なかったんだ﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁ゴメンね。イヤだった?﹂ いくら婚約者とはいえ、添い寝はやり過ぎたかも⋮⋮。 ﹁そんな事! そんな事ないです! ちょっとビックリしましたけ ど、私の為に一緒にいてくれたのに、イヤな訳がないです!﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ 良かった、ちょっとイヤって言われたら激しく落ち込んでたわ。 ﹁それに⋮⋮朝起きたらシン君が隣にいて⋮⋮凄く嬉しかったです ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ありがと﹂ ﹁いえ⋮⋮こちらこそ⋮⋮﹂ は、恥ずかし⋮⋮。 1069 シシリーも恥ずかしかったのか黙り込んでしまい、ベッドの上で 無言で見詰め合ってしまった。 こんなところで⋮⋮そんなに潤んだ目で見られたら⋮⋮。 お互いに何も言わずに、顔が近付いていき⋮⋮そして⋮⋮。 ﹁おはようシシリー。だいじょ⋮⋮う⋮⋮ぶ⋮⋮﹂ シシリーを起こしに来たのだろう。マリアが部屋に入って来た。 昨夜の様子から心配してたんだろうけど⋮⋮幼馴染みとはいえノ ックしようよ! ベッドの上で顔を寄せ合い、キス寸前。 まったく言い逃れ出来ない状況を、バッチリ目撃された。 ﹁あ⋮⋮あ⋮⋮ご、ごめんなさい⋮⋮﹂ 怒鳴られるかと思いきや、真っ赤な顔してそっとドアを閉めたマ リア。 俺達は一瞬、この状況を理解できず、二人して固まり⋮⋮。 熱っつ! 顔、熱っつ! 自分で顔が真っ赤になってるのが分かる。 いけない! 誤解を解かないと! 1070 ﹁待ってマリア! 違っ! まだシテな⋮⋮﹂ ﹁あ! シン君! ダメ!﹂ マリアを追おうとした俺をなぜかシシリーが制止するが、時すでに 遅し。 ドアを開け外に出たところだった。 ﹁あれ? ここシシリーの部屋だよね? なんでシン君が⋮⋮あ、 えええ!?﹂ ﹁おお、ウォルフォード君、やるな﹂ ﹁あ、え? アリス? リン?﹂ なんでここに⋮⋮って、そりゃそうかあ! もう皆起きる時間だ し、ここ女子の部屋が固まってるんだったあ! ﹁あらぁ? ウォルフォード君? なんで⋮⋮あ⋮⋮あはは⋮⋮え ーと⋮⋮ゆうべはおたのしみでしたぁ?﹂ ﹁違ぁーう!﹂ うわあ! 墓穴掘った! 慌ててシシリーの部屋に戻ると、シシリーはシーツを被って丸ま っていた。 ﹁ご、ごめん⋮⋮﹂ ﹁もう! シン君! もう!﹂ 1071 シシリーの部屋にシンがお泊まり⋮⋮。 一瞬で皆に知れ渡ってしまった。 ﹁誤解なんだよ⋮⋮﹂ 昨晩の侵入者を連行し、イース神聖国使節団の宿泊先に向かいな がら、俺は必死に誤解を解こうとしていた。 ﹁なんだ? 別にいいではないか。もうお互い成人しているし、婚 約者同士なんだから、別に不自然な事ではあるまい﹂ ﹁そうだけど! そうじゃないんだよ!﹂ ﹁自分もいいと思いますが⋮⋮時と場所を考えて頂けると嬉しいか と⋮⋮﹂ ﹁だから! こんな時にそんな事しないってば!﹂ 別に婚約者同士だし、例の魔道具もあるし、俺達がそういう事し ても不思議じゃないよ? でも、こんな大事な会談中に皆の泊まってる宿舎でそんな事する 程非常識じゃないって! ﹁別にしてても、してなくてもどちらでもいいではないか。そんな 事より、着いたぞ﹂ 駄目だ⋮⋮俺達の関係から、事に及んだと認識されてるし、普通 に受け入れられてる。 1072 もう⋮⋮覆せないのか? ﹁フフ、やったじゃないかシン。どうだい? 世界が違って見える だろう?﹂ ﹁そうッスね。初めての後はそう感じるッスね﹂ ﹁だから違うって⋮⋮何もしてないんだから変わりようがない⋮⋮ っていうかマーク、やっぱりお前⋮⋮﹂ ﹁あ、しまったッス﹂ この前の寝不足は長通信じゃなくてやっぱり⋮⋮。 ﹁シン、お前も一緒に行くぞ、それとクロードもだ﹂ ﹁え? あ、ああ﹂ ﹁は、はい!﹂ またマークを追及出来なかった。 俺の時は皆から総ツッコミが入るのに、なんで俺からしようとす ると邪魔が入るんだろう? その事を不思議に思っていると、シシリーが女性陣の輪からこち らに来た。 俺の隣に並ぶと⋮⋮顔を赤くして頬をプクっと膨らませ、こっち を睨んできた。 うわっ⋮⋮可愛い⋮⋮。 ﹁もう⋮⋮シン君のせいで皆から質問攻めにあっちゃったじゃない 1073 ですか﹂ ﹁ゴメン⋮⋮﹂ ﹁せっかく⋮⋮二人だけの秘密にしておきたかったのに⋮⋮﹂ ﹁え? あぁ⋮⋮ゴメン⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮もう﹂ そっかあ⋮⋮二人だけの秘密だったかあ⋮⋮それは悪い事したな あ⋮⋮マリアには見られたけど⋮⋮。 ﹁おい、これから使節団に会うんだぞ、イチャイチャするな﹂ ﹁あ、ワリ﹂ ﹁す、すいません!﹂ そうだ。昨晩、コイツらはシシリーの事を⋮⋮。 思い出したら、また腹が立ってきたな。 ﹁アールスハイド王国王太子、アウグスト=フォン=アールスハイ ドだ。イース神聖国の人間に用がある。代表以外の誰かを呼んで来 てくれ﹂ ﹁ア、アウグスト殿下? どうしてこちらへ?﹂ ﹁用があると言っただろう。誰か立場のある者を呼んで来てくれ。 但し、今回の代表以外でな﹂ ﹁か、かしこまりました﹂ オーグの命令に、宿舎の玄関先にいたスイード王国の警備の人間 がイース神聖国の人を呼びに行った。 やがて出てきたのは、初老の人の良さそうな御子さんだった。 1074 ﹁これはアウグスト殿下、このような所へ、それもこんなに朝早く にお出でになるとは、どういった御用件で御座いますかな?﹂ 穏やかな、しかし朝早く約束もなく訪れた事を咎めるような口調 でそう問い掛けてきた。 ﹁ウム、先ずはコイツらを見て欲しい﹂ そう言って、昨晩の侵入者達を前に出す。 前に出された侵入者たちは、当然縛りあげている。 ﹁な!? お前達は!?﹂ ﹁し、司教様⋮⋮﹂ ﹁この者達は、イース神聖国の人間で間違いないようだな?﹂ ﹁確かにそうですが⋮⋮一体なぜこのような仕打ちを? 彼らが何 をしたと言うのです? 彼らは創神教の敬虔な信徒です。事と次第 によっては問題にさせて頂きますよ?﹂ この人は関係ないんだろうけど⋮⋮あんな事しでかしといてこの 物言い⋮⋮ヤバイ、相当ムカついて来た。 ﹁ほう、問題にしてくれるのか? それは結構だな﹂ ﹁な、なんですと?﹂ ﹁我がアールスハイドに、民衆の間で聖女と呼ばれている少女がい るのは知っているか?﹂ ﹁それはもちろん、戦場に出れば命懸けで魔人を倒して民を護り、 怪我人がいれば誰であろうと無償で治癒する。正に創神教の教えを 体現したような女性であると、そう伺っております﹂ 1075 スゲエ噂だな。まあ、間違ってはいないけど。 隣でシシリーがその評価に顔を真っ赤にしている。 分かるよ⋮⋮人が自分の事を誉めているのって恥ずかしいんだよ な⋮⋮。 ﹁彼らだがな、昨晩我がアールスハイド王国の宿舎に侵入し、その 聖女を拐おうとしていたのだ﹂ ﹁な! なんですと!?﹂ ﹁現行犯で捕らえたからな。自白も得たし、間違いない﹂ ﹁そんな⋮⋮なぜ⋮⋮なぜそんな恐ろしい事を⋮⋮﹂ ﹁ところで、これを問題にしてくれるのだったな? さて、他国と 世界の命運を掛けた会談の最中に、その他国の重要人物を誘拐しよ うとしたとなると⋮⋮さて、一体どんな問題になるのだろうか?﹂ ﹁そ⋮⋮それは⋮⋮﹂ 司教と呼ばれた御子さんが足を⋮⋮というか体を震わせている。 とんでもない事をしでかした者達への怒りと、これからのイース 神聖国の立場を考えて震えが止まらないんだろう。 本当に⋮⋮よくもまあこんな事をしでかしたよな⋮⋮。 ﹁フム⋮⋮ちょっとイジメ過ぎたか﹂ ﹁自覚してんなら止めてやれよ⋮⋮﹂ ﹁なんだ、お前は悔しく無いのか?﹂ ﹁悔しいしムカついてしょうがないけど、この人は関係ないだろ?﹂ ﹁そうだな。ところで、今貴公らの置かれている立場は理解したか ?﹂ 1076 ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁ウム。では、おい。誰に命令されたのか教えてやれ﹂ 捕らえられている侵入者達に、自分達に命令をしたのが誰なのか 教えろと促した。 ﹁⋮⋮フラー大司教⋮⋮﹂ ﹁なに⋮⋮?﹂ ﹁フラー大司教に嘘を教えられ、このような行動を起こしてしまっ たのです⋮⋮﹂ ﹁嘘? どのような嘘です?﹂ ﹁聖女様は⋮⋮魔王と呼ばれる悪の人間に捕らえられ、辱しめられ ていると⋮⋮それを救出するのが我らの使命だと⋮⋮﹂ ﹁馬鹿な!? アルティメット・マジシャンズの魔王様と聖女様は 大変仲睦まじい婚約者同士だと、世間で評判ではないですか!﹂ そうなんだ!? そんな噂、初めて聞いたわ! ﹁それこそ⋮⋮魔王が世間を欺く為に流した嘘だと⋮⋮そう言われ て⋮⋮﹂ ﹁なんという⋮⋮なんという愚かな事を!﹂ 本当に、なんて愚かなんだろう? そういう命令を出す方も、受ける方も。 ﹁ですが⋮⋮実際は噂の通り⋮⋮いえ、噂以上にお互いを想い合っ ている事に気付きました。我々は⋮⋮我々はもう少しで取り返しの つかない事をする所でした⋮⋮﹂ 1077 項垂れ、涙を浮かべて反省している様子の侵入者達。 敬虔な、っていうのは本当なのかな。まあ、行き過ぎてる感はあ るけど。 ﹁さて、そのフラー大司教なのだが⋮⋮まさかこんな事をしでかし ておいて、まだ代表として会談に参加させるつもりではあるまいな ?﹂ ﹁それはもう⋮⋮君! 部屋に行ってあの豚を縛りあげて来なさい ! どうせまだ惰眠を貪っているのでしょう!﹂ ﹁かしこまりました!﹂ うわあ⋮⋮人の良さそうな御子さんが人の事をブタって⋮⋮。 ﹁あ⋮⋮! これはお見苦しいところをお見せしました⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮貴公らも、あの大司教には苦労しているようだな⋮⋮﹂ ﹁はい⋮⋮あの男は大司教という立場にいますが、決して聖職者な どではありません。食欲と色欲に溺れ惰眠を貪る、とんだ破戒僧な のです!﹂ 三大欲求完全受け入れ態勢じゃないか。 そりゃ、真面目な御子さんから見たら、ブタ呼ばわりもしたくな るか⋮⋮。 ﹁あの男は、創神教を自分の欲求を満たすための道具としか見てい ないのです! 一体これまで、何人の女性が奴の毒牙に掛かったの か⋮⋮﹂ マジか!? とんでもない奴だな! 本当に! 1078 ﹁そこまで分かっていて、なぜ奴を野放しにしているのだ?﹂ ﹁確かに御子としては最低な奴なのですが⋮⋮資金運用が上手く、 イース神聖国の財務を大部分掌握していますので⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮手を出せずにいたと⋮⋮﹂ 創神教は宗教団体だけど、イース神聖国は国家だからな。国の運 用資金を担っているやつには手を出し難いんだろう。 ﹁ですがそれも今日までです。こんなとんでもない⋮⋮それこそイ ース神聖国が消えて無くなってしまうような大問題を起こしたので すから。極刑もあり得るでしょう﹂ ﹁本当に大丈夫か? また権力を使って逃げおおせるのではないの か?﹂ ﹁イース神聖国にも聖女様の名声は届いております。特に教皇猊下 が、御自身も過去に聖女と呼ばれていた事から、非常に気に掛けて おられます。そんな聖女様を毒牙に掛けようとしたとなれば⋮⋮国 民も、教皇猊下も御許しにならないでしょう﹂ ﹁そうか、ならいいのだがな﹂ へえ、今の教皇って女性なんだな。 自分も過去に聖女と呼ばれていたから、シシリーの事が気になっ てるのかな? そんな事を考えていると、宿舎の二階から怒鳴り声が聞こえてき た。 ﹁貴様ら! これは何の真似だ!? 大司教たる私に対してなんと いう無礼だ! 離せ!﹂ 1079 これは⋮⋮御子さんがブタと言うのも分かる。聖職者にあるまじ き、肥え太った男。 その男が、護衛で付いてきていた神殿兵士? さん達に縛りあげ られ、引き摺って来られた。 ﹁何の真似だ!? マキナ司教! この私にこのような真似をして ただで済むと思っているのか!?﹂ ﹁黙れ! この大罪人が!﹂ うわ、見た目からは想像出来ない怒鳴り声だ。 ﹁今まで我慢してきたが、もう我慢の限界だ! よりにもよって聖 女様を拐おうとするとは! しかも、この世界の命運を掛けた会談 中にこのような事を! 貴様はイース神聖国を滅ぼすつもりなのか !?﹂ ﹁な、何を⋮⋮﹂ ﹁ここにいる者が全て白状したぞ! 貴様に唆され聖女様を拐いに 行ったと! そして失敗し、現行犯で捕まったと! 言い逃れが出 来ると思っているのか!?﹂ ﹁で、でっち上げだ! 私を陥れようとするアールスハイド王国の 陰謀だ!﹂ ﹁貴様⋮⋮この期に及んでまだそんな事を言うのか!?﹂ ﹁ほお⋮⋮この男達が聖女の部屋に侵入したのを我々は目撃し、現 行犯で捕縛したのだがな? それがでっち上げだと?﹂ ﹁そ、そうだ! アールスハイド王国がでっち上げ、私を陥れよう としているんだ!﹂ コイツ⋮⋮破戒僧とか言う前に、人間として最低だな⋮⋮ヤバい、 1080 メッチャムカついてきた。 ﹁⋮⋮確か⋮⋮フラー大司教はイース神聖国の代表だったな。つま り教皇の名代だ﹂ ﹁その通りだ! 私は教皇猊下の名代だぞ! このような無礼が許 されるとでも思っているのか!?﹂ まさか⋮⋮名代の意味も知らないのか? 御子さん達はその意味を知っているのだろう、青い顔をしている。 ﹁教皇の名代という事は⋮⋮フラー大司教の言う事は教皇の言った 事と同じという事だな?﹂ ﹁それがどうした!?﹂ ﹁つまり⋮⋮イース神聖国は、先程から我がアールスハイド王国が 罪をでっち上げ人を陥れようとする国だと⋮⋮そう侮辱している訳 だ﹂ ﹁い、いや⋮⋮そういう訳では⋮⋮﹂ ﹁そういう訳なんだよ。名代というのはな。それにアールスハイド にいる聖女も浚おうとした。つまりこれは⋮⋮創神教の総本山であ るイース神聖国は、アールスハイド王国に敵対行動を取っていると、 そう理解してよろしいか?﹂ ﹁滅相も御座いません! この男は、他国の重要人物を誘拐しよう とした大罪人! 教皇猊下の名代などでは御座いません!﹂ ﹁な! マキナ! 貴様!﹂ ﹁イース神聖国使節団次席として代表の罷免を申請する! 意義の ある者はいるか!﹂ マキナ司教の宣言に使節団の人達は誰一人反論しない。 1081 ﹁使節団の全会一致を得た! よってアメン=フラーの代表の任を 解き、次席である私が代表を代行する! 最初の命である、コイツ を縛りあげて本国へ連行しろ!﹂ ﹃は!﹄ ﹁マキナ! 貴様ああああー!﹂ フラー大司教が神殿兵士さん達に引き摺られて行ってしまった。 ⋮⋮イース神聖国の黒い部分見ちゃったな。 ﹁御覧の通りで御座います。フラーの代表としての任を解き、私が 代表代行を努めます。それで宜しいでしょうか?﹂ ﹁ああ、構わない。だが、フラーのお陰でイースには大きな負い目 が出来たのは理解しているな?﹂ ﹁はい⋮⋮まったく⋮⋮とんでもない事をしてくれたものです⋮⋮﹂ マキナさんと言うらしい御子さんがブツブツ言ってる。 とんでもないマイナススタートだからな⋮⋮愚痴りたくもなるか。 ﹁では、私はこのまま会談に向かう。皆は自由にしていいぞ﹂ ﹁あたし達⋮⋮何しに来たの?﹂ ﹁さあ? 見学じゃないかい?﹂ そういえば、俺もシシリーも喋って無いな。本当に何しに来たん だ? ﹁申し訳御座いません、魔王シン=ウォルフォード様と、聖女シシ リー=フォン=クロード様でしょうか?﹂ 1082 マキナ司教さんが、俺達に声を掛けてきた。後ろにはイース神聖 国の使節団の人達もいる。 ﹁そうですけど﹂ ﹁聖女って⋮⋮﹂ ﹁この度は! 大変! 申し訳御座いませんでした!﹂ そう叫ぶと、マキナ司教さん以下、イース神聖国の使節団全員が 一斉に土下座した。 うわあ⋮⋮この人数に土下座されると引くわあ⋮⋮。 ﹁世界を救う英雄である魔王様と、民衆の希望の光である聖女様に 対し、とてつもない非礼を働いてしまいました! とても赦される 事では御座いませんが、平に! 平に御容赦を!﹂ 全員土下座の姿勢のまま微動だにしない。 これは、俺が何か言わないと収まりそうに無いな⋮⋮。 ﹁⋮⋮はあ、分かりました。謝罪を受け入れます﹂ ﹁おお! ありがたき御言葉!﹂ ﹁アールスハイド大聖堂で挙式も挙げる訳ですし⋮⋮創神教の方と 揉めたくはないですからね﹂ ﹁ありがとうございます! それならば御赦し頂いた感謝の印とし て私から教皇猊下に進言致しましょう! 是非魔王様と聖女様の御 婚礼の際には猊下に執り行って頂くように!﹂ ⋮⋮。 1083 ⋮⋮⋮⋮。 はああああああ!? 創神教の教皇に結婚式を執り行わせるう!? 何言ってんだ!? この人!? ﹁おお! それはいい考えですぞ! マキナ司教!﹂ ﹁猊下は聖女様の事を、自分の娘のように御気に掛けておられます からな。喜んで引き受けて頂けるのでは!?﹂ ﹁そうだろう? これは是非、御進言しなければ!﹂ なんで皆もそんなに嬉しそうなんだよ! ﹁ちょっ! ちょっと待って! 勝手に話を進めないで!﹂ ﹁では! 私が先触れで本国に戻り、教皇猊下に進言して参ります !﹂ ﹁ウム! 頼んだぞ!﹂ ﹁は!﹂ ﹁だから待ってってば!﹂ 罪人ほったらかして先に帰ってんじゃねえよ! ﹁これは凄い事になったな。教皇がお前達の結婚式を執り行うのか﹂ ﹁マズイだろ! お前を差し置いて、俺らが教皇に式を執り行わせ たりしたら﹂ ﹁フム、それもそうか﹂ ﹁だろう!? やっぱり断って⋮⋮﹂ ﹁なら、一緒に式を挙げるか? エリーは元々そのつもりだったよ 1084 うだし﹂ ﹁逃げ道の無くなる提案してんじゃねえよ!﹂ 王太子と一緒なら皆も納得しちゃうじゃねえかよ! ﹁諦めろ。それに⋮⋮﹂ ﹁なんだよ?﹂ ﹁クロードもエリーも喜ぶと思わんか?﹂ そういえばシシリーはずっと黙ったままだ。 そう思って見てみると⋮⋮。 ﹁アールスハイド大聖堂で⋮⋮教皇猊下が執り行う結婚式⋮⋮夢? これは夢?﹂ なんかトリップしてた。 こんなのもう⋮⋮断れないじゃないか⋮⋮。 1085 三国会談二日目が始まりました︵前書き︶ この話に宗教に関しての話が出てきますが この宗教はこの作品の中で私が創作したものであり 実在する宗教・団体とは一切関係ございません。 また、この中で語られている宗教観が私の宗教観という訳でもあり ません。 あくまで作品内にて私が創作したものです。 ご了承ください。 1086 三国会談二日目が始まりました イース神聖国使節団の宿泊施設でのやり取りを終えたアウグスト とマキナ司教は、そのまま連れ立って会談場所であるレストランに 向かった。 個室には、既にエルスのナバル外交官が到着していた。 その彼の目には隈があり、昨日アウグストから言われた戦後の利 益について考えていたのだろう事が予想された。 ﹁⋮⋮おはようございます、アウグスト殿下、そちらは?﹂ ﹁ああ、おはよう。昨日のフラー大司教から代表が代わってな。マ キナ司教だ﹂ ﹁初めまして、エルスの代表の方。私はハミル=マキナ。役職は司 教です。宜しくお願い致します﹂ ﹁これは御丁寧に、私はウサマ=ナバルと申します。ところで、フ ラー大司教はどないしたんですか? 代表が代わるとか、よっぽど ですやろ?﹂ ﹁ええ、まあ⋮⋮ちょっと問題を起こしましてな、彼は本国へ強制 送還されまして⋮⋮代わりに私が代行する事になりました﹂ ﹁問題⋮⋮は、教えてくれる訳にはいきませんか?﹂ ﹁ええ、申し訳御座いませんが⋮⋮﹂ ﹁そうですか⋮⋮そらしゃあないですな⋮⋮では、本日の会談を始 めましょか?﹂ ﹁そうしたいところなのだが⋮⋮まだ朝食を食べていなくてな。先 に食事をしてもいいだろうか?﹂ ﹁はあ、またですか?﹂ 1087 ﹁私もマキナ司教も、朝からバタバタしていたからな。ナバル外交 官は?﹂ ﹁一人だけメシ食わんと待っとるのは虚しゅうてかなわんので御一 緒させてもらいますわ﹂ 結局、昨日と同じように、朝食からのスタートとなった。 昨日と違うのは、イースの代表がフラーではない事。 そして、マキナの食べる量がフラーに比べて格段に少ない事だ。 ﹁マキナ司教⋮⋮でしたかいな? そんな量で足りますのん?﹂ ﹁はい。創神教の御子は必要以上の栄養摂取をしてはならないので す。最低限のパンとスープ。そして余った食物は民に分け与えよと いう教えですからな﹂ ﹁昨日のフラー大司教とは大違いでんな。それにしても⋮⋮ホンマ にウチの国とは正反対ですな。ウチは富こそが正義ですよって﹂ ﹁エルスの商人達にはいつか言おうと思っていたのです。そのよう に利益ばかり追求していれば、多方面に敵を作りいずれ身を滅ぼす。 そうなる前に行動を改めた方が宜しいですよ?﹂ ﹁⋮⋮ホンマに⋮⋮創神教の御子さんは皆同じ事言いよんな⋮⋮残 念ですけど、エルスは資本至上主義の国です。ボヤボヤしとったら、 あっちゅう間にケツの毛までむしり取られてしまう。立ち止まられ へんのですわ﹂ ﹁ケ、ケツ⋮⋮﹂ ﹁喩えですがな﹂ ﹁わ、分かってますよ﹂ イースの御子がエルスの商人を嗜める。それにエルスの商人が反 発する。この世界の至るところで見られる光景がここでも見られて 1088 いた。 ﹁さて、大分打ち解けたようだし、そろそろ本題に入ろうか﹂ ﹁はいな﹂ ﹁そうですね。ところで、昨日はどのような話になったのですか? フラーは帰るなり部屋に引き込もってしまったので、報告を受け ていないんですよ﹂ ﹁そういう事か。昨日は⋮⋮﹂ アウグストは昨日の会談の内容を伝えた。 すると⋮⋮。 ﹁なんという⋮⋮なんという恥を⋮⋮﹂ ﹁私も打ちのめされましたわ⋮⋮﹂ ﹁それで? 戦後の利益については理解したか?﹂ ﹁それはもう⋮⋮正直、なんで気付かへんかったんか⋮⋮自分が情 けないですわ⋮⋮﹂ 今回の騒動が終わった後、各国にどのような利益をもたらすのか ようやく気付いたというナバル。 ﹁その前に質問ですけど⋮⋮今、旧帝国領はどうなってますのん?﹂ ﹁帝都が陥とされたのは確認している。皇帝が討ち取られたのもな。 そして、いくつかの街が完全に攻め落とされたのも確認している。 全ての街を確認した訳ではないが⋮⋮﹂ ﹁これだけの期間が経過しとったら⋮⋮他の街も同じ目に合うてる んとちゃうかと⋮⋮﹂ ﹁恐らくな﹂ ﹁という事は⋮⋮帝国全土で数十万おった人間は⋮⋮﹂ 1089 ﹁⋮⋮残念だが⋮⋮﹂ ﹁そら⋮⋮とんでもないでんな⋮⋮﹂ ﹁おお、神よ⋮⋮彼らに安寧の眠りを⋮⋮﹂ 偵察によって確認する限り街は全滅⋮⋮いや殲滅させられている。 これを帝国領全土で行ったとするならば⋮⋮最早帝国に人間は残 っていないと予想される。 帝国の人口は全ての街を合わせると数十万はいた筈なので、その 尋常ではない数にナバルはとんでもない事だと言い、マキナは大量 の失われた命に祈りを捧げた。 ﹁魔人達の行動意図が分からなくてな。帝国を支配しようとしてい るのかと思ったら、支配すべき民を皆殺しにしてしまった。まさか そんな行動に出るとは予想もしなかったからな、罪の無い帝国国民 を見殺しにしてしまったのは痛恨の極みだ⋮⋮﹂ ﹁それは⋮⋮しょうがないでしょう? まさか支配するのではなく 皆殺しにしてしまうとは⋮⋮我々も耳を疑いましたからな﹂ ﹁せやけど⋮⋮こない言うたら不謹慎かもしれませんけど⋮⋮せや からこそウチらに利益が出ると⋮⋮そういう訳ですやろ?﹂ ようやく気付いたとみえるナバルを見るアウグスト。 ﹁フム、気付いたようだな﹂ ﹁ええ、何で気付かへんかったんやろ? 事が大き過ぎて理解の範 疇を超えとったみたいですわ﹂ ﹁どういう事ですか? 大き過ぎる?﹂ ﹁⋮⋮創神教の聖職者の前でする話ではないのかもしれないがな⋮ ⋮今、旧帝国領にいるのは何だ?﹂ 1090 ﹁何と言われても⋮⋮魔人の集団でしょう? それと、周辺国にま で溢れる程の魔物⋮⋮﹂ それでマキナも気付いたようだ。 ﹁そう、今の旧帝国領⋮⋮この際﹃魔人領﹄としようか、そこにい るのは魔人と魔物⋮⋮それだけだ﹂ 元々いた帝国国民は既にいない。 ﹁我々が魔人を討伐し、魔物もある程度駆逐出来たとしたら⋮⋮後 に残るのは何だ?﹂ ﹁誰にも⋮⋮誰にも支配されていない広大な土地⋮⋮﹂ ﹁この土地については周辺国で均等に分配される事になっている。 エルスもイースも飛び地になってしまうからな。そこは了承して頂 きたい﹂ ﹁まあ⋮⋮帝国とは国境を接してませんからしゃあないでんな﹂ ﹁となると⋮⋮我々の利益とは?﹂ マキナの言葉を聞いたアウグストは、ようやく本題に入る。 ﹁土地を分配するとは言ってもな、当然そこに人が住まい生産行動 を取らないと意味が無い訳だ﹂ ナバルは分かっているという風に、マキナは納得したように頷く。 ﹁人間が生産行動を取るという事は、当然その人間が生活する為の 施設や設備が必要になる﹂ 一つ一つ話していくアウグスト。 1091 ナバルとマキナは口を挟まず、じっと聞いている。 ﹁元々あった街がどうなっているかは分からんが、恐らく相当な復 興が必要になる。その復興を⋮⋮﹂ アウグストはナバルを見た。 ﹁エルスに一任する事で各国の了承を得ている﹂ その言葉を聞いたナバルは、全身に鳥肌が立つのが分かった。 ﹁資材の調達から建設までお願いしようと思っている。発注元はア ールスハイドを始めとする各国。発注先は、エルスの商会に限定す る﹂ ﹁それは⋮⋮それはとんでもない大商いでんな⋮⋮﹂ ﹁どうだ? 領土を分配してやる事は出来ないが、エルスに十分利 のある話だろう? もっとも、発注先の商会は入札で決めさせても らうがな﹂ ﹁⋮⋮これだけの大商いの話、袖に出来る訳おまへんな。分かりま した。将来の利益の為、今は身銭を切らせてもらいましょ﹂ ﹁そうか、ありがとう。宜しく頼む﹂ ﹁こちらこそ、よろしゅう頼みます﹂ ﹁で、イースなのだがな﹂ ここまではエルスに利のある話ばかりだが、イースの話は出てい ない。 ﹁旧帝国での創神教とはどういうものだった?﹂ 1092 アウグストのその言葉で、マキナの顔に不快の色が浮かんだ。 ﹁はっきり言って、私は彼らを同じ創神教の教徒とは認めておりま せん﹂ ﹁そうだろうな。そう聞いてもいたしな﹂ 創神教という、この世界で唯一の宗教。だがその教義の解釈は一 通りではない。 広く浸透している教義は、創神教にはいくつかの戒律があり、そ れを守る事が善行を積む事であり、善行を積む事で創造神の御下へ 導かれるというもの。 その結果、戒律によってこの世界に善悪の区別が出来、各国はそ の善悪の基準によって法が定められている。 ところが、宗教というものは、地域や環境によって各宗派という ものが生まれやすい。 総本山では、御子は男女を問わず神の﹃子﹄という解釈なので、 結婚しても良いし、神の子を増やす出産も認められている。 もちろん、フラーのような己の欲望の為の行為は戒律によって禁 じられている。 その一方で、地域によっては、御子は神にその身を捧げた者であ るとし、結婚もそういった行為も禁じている宗派もある。 そんな中で旧帝国での創神教とはどうだったのか? 1093 ﹁帝国の教会は⋮⋮我らは神の子であり、神は我らを見守っている。 故に自身の行動を素直に報告し、教会に寄付すれば、その行動は全 て赦されるなどと⋮⋮とんでもない事を教えておりました﹂ ﹁そんなん⋮⋮どんな悪い事しても、正直に言うたら赦してもらえ るって言うとるようなもんやないですか﹂ ﹁実際そうだったらしいぞ? ただ、その為には寄付が必要だから 貧しい平民には浸透しなかったらしいがな﹂ ﹁そのせいで、貴族達は自分の行動は何をしても神に赦される行為 だと勘違いし、平民達に何をしても良いと思うようになってしまっ たのです。本当に⋮⋮とんでもない事です﹂ 懺悔ではなく﹃報告﹄。 その為、貴族達に罪の意識はなく、また創神教帝国派ともいえる 教会の御子たちは、言い値でお布施の金額を決められる為、どんど ん肥え太っていった。 ﹁で、その創神教帝国派の教会も無くなってしまった訳だ﹂ ﹁ええ。という事は⋮⋮﹂ ﹁新しく造り直される街に教会は必要だろう? そちらの言う悪し き教義の教会は魔人達が図らずも粛清してくれた訳だ﹂ ﹁つまり、正しき教義の教会を新しく出来る街に建設出来ると⋮⋮﹂ ﹁そういう訳だな。まあ、元々分配される国では、総本山派の教義 が一般的である訳だから、新しい教会が増えるくらいの考えでいい のではないか?﹂ ﹁そうですね。教会が増える事は喜ばしい事です﹂ アウグストが示した二国の利。 復興の為の建設等の工事をエルスに発注する事。 1094 創神教総本山派の教会が増える事。 その為には、魔人領に蔓延る魔人や魔物の討伐が必須である事。 ﹁さて、エルスに比べて実利的な事は少ない訳だが⋮⋮イースは今 回の事にこれ以上の要求はないだろう?﹂ ﹁⋮⋮そうですね、奴を代表にしてしまったのは私たちの落ち度で す。今回、我々に少しでも利のある話で納得しておかないといけな い立場ですから⋮⋮﹂ ﹁なら、協力してくれるか?﹂ ﹁元々、魔人達の脅威に対して目を背ける事は教義に反します。も ちろん協力しましょう﹂ ﹁そうか、細かい調整や、実際の作戦行動についてはまだこれから であろうが一先ずは⋮⋮宜しく頼む﹂ そう言ってアウグストは右手をテーブルの上に差し出した。 ﹁ええ、こちらこそよろしゅう頼みます﹂ ﹁宜しくお願い致します﹂ ナバルとマキナはアウグストの手を取り、握手を交わした。 ここに、アールスハイド、エルス、イース。それに周辺国を合わ せた世界連合が発足した。 ーーーーーーーーーーーーーー 1095 ﹁お、帰ってきた。どうだった?﹂ ﹁ああ、エルスもイースも納得してくれたよ。正式な調印は細かい 事を決めた後日になるがな﹂ おお! スゲエ! 本当に世界連合を発足させやがった! ﹁⋮⋮何だ?﹂ ﹁いや⋮⋮オーグって本当は凄い奴だったんだな⋮⋮﹂ ﹁お前⋮⋮今まで私をどんな目で見ていたのだ?﹂ ﹁え? 悪巧みと悪乗り好きの腹黒王子?﹂ ﹁お、お前は⋮⋮﹂ あれ? オーグがプルプルしてる。自分ではかなり的確な答えだ ったと思ったんだけど⋮⋮。 ﹁殿下の事をそんな風に言うの、シンだけよ﹂ ﹁そうだねえ、世間では、聡明で見目も良く、魔法の腕にも優れた、 稀に見る傑物というのが一般的な評価だったからねえ﹂ ﹁⋮⋮おいフレイド⋮⋮﹃だった﹄というのは何だ?﹂ ﹁あ、申し訳ありません。ですがシンとのやり取りを見ていると、 随分と身近に感じるものですから﹂ ﹁⋮⋮やっぱり諸悪の根源はシン、お前ではないか﹂ ﹁何でだよ!? それがオーグの本性だっただけじゃん。それより ⋮⋮俺の事を悪って言うとシシリーが怒るぞ?﹂ ﹁フム?﹂ 1096 そう言ってシシリーを見る。 ﹁あ⋮⋮あははは⋮⋮﹂ あっれえ? ﹁シン君とのやり取りを見るまで、殿下がこういう御方だったとは 知らなかったですから⋮⋮シン君のお陰なのかなって思って﹂ 何か曖昧に笑ってるし。アールスハイド国民にとってはこの姿の 方が意外なのか⋮⋮。 ﹁まったく、戻ってきた途端にこれか⋮⋮さっきまでのシリアスな 雰囲気が台無しだな﹂ ﹁シリアス?﹂ オーグが? ﹁あの⋮⋮本当に凄かったんですよ? 昨日も今日も。常に主導権 を持ったまま、エルスとイースの代表に最後は納得させて連合への 参加を表明させましたからね﹂ ﹁久しく見ておりませんでした、殿下の凛々しい御姿で御座った﹂ ﹁⋮⋮ユリウス﹂ ﹁おっと、失言で御座った﹂ チーム内に笑いが起きる。本当に、良いチームになったよな。 ﹁そういえば、俺達の事紹介するとか言ってたけど、それは?﹂ ﹁この後、連合締結の祝いの晩餐会が開かれる事になっているから、 その時に紹介する。今は時間が空いたからな、一旦戻って夕方にも 1097 う一度集合だ﹂ そうなのか。これが終われば三国会談は終了か。 途中、とんでもない事もあったけど、最終的に上手くいって良か った。 まだ午前中だった為、オーグ達も交えて昼食を取り、夕方、会談 が行われていたレストランに向かった。 会談は二階にある個室を使っていたらしいが、晩餐会は一階のフ ロアで行われる。 エルスとイースの使節団も来るからな。相当な人数になるのだろ う。 ﹁アールスハイド王国御一行様、御到着で御座います﹂ レストランに着くと、俺達が到着した事を中にいる人達に向かっ てウェイターさんが告げ、扉を開けた。 そして中に入ると⋮⋮大きな拍手で迎えられた。 おお⋮⋮スゲエ⋮⋮どうなるかと思っていた会談が、歓迎ムード になってる。 本当にオーグって凄い奴だったんだな⋮⋮。 ﹁さっき振りですアウグスト殿下。それと、そちらが噂に名高いア ルティメット・マジシャンズの面々と⋮⋮魔王さんと聖女さんでん 1098 な?﹂ これがエルス訛りか。エルス出身だってすぐに分かるしゃべり方 だな。 ﹁ああ、コイツが魔王シン=ウォルフォード。こっちが聖女シシリ ー=フォン=クロードだ﹂ ﹁お初に御目に掛かります。エルス自由商業連合のウサマ=ナバル と申します。どうぞお見知り置きを﹂ ﹁あ、シン=ウォルフォードです。こちらこそ宜しく﹂ ﹁シシリー=フォン=クロードです。宜しくお願いします﹂ ﹁ほお⋮⋮噂通り、大変な美少女でんな。魔王さんが羨ましいです わ﹂ ﹁魔王さんって⋮⋮﹂ ﹁あう⋮⋮そんな⋮⋮﹂ 段々二つ名の方が名前みたいになってきてんな! 今普通に魔王 さんって呼んだぞ? ﹁おや? イースの方々は挨拶しまへんの?﹂ ﹁いえ、我々は今朝顔を合わせましたからな。後程改めて御挨拶に 伺うつもりだったのですよ﹂ ﹁そうでっか。ところで魔王さん﹂ ﹁だから魔王さんって⋮⋮﹂ ﹁ちょっと個別に御相談したい事がありますねんけど⋮⋮よろしい か?﹂ ﹁ナバル外交官、まだ晩餐が始まってもいないのだぞ。それは後程 でいいだろう?﹂ ﹁あ、そらスンマセン。つい先走ってもうた﹂ 1099 あはははと笑いながらエルスの使節団の下に戻った。 ﹁さて、細かい話と正式な調印はまだこれからだが、この世界の危 機を救うため、そしてお互いの国が発展する為の重要な連合が基本 合意出来た事を大変喜ばしく思う。それでは、我々の未来に⋮⋮﹃ 乾杯﹄﹂ ﹃乾杯!﹄ オーグの乾杯によって立食形式の晩餐会がスタートした。 したのだが⋮⋮。 ﹁魔王さん! さっきの話の続きなんやけど!﹂ ﹁あ! ちょお! ズルいですよナバルさん! ウチらかて魔王さ んと話したいのに!﹂ ﹁そうですよお! 一人で独占は良おないですよ?﹂ ﹁だあ! やかましいわ! 早いもん勝ちやろがい!﹂ エルスの商人達が一斉に俺の所に集まって来たのだ。 ﹁フフ、シン君、大人気ですね?﹂ ﹁こんなオッサンらにモテても嬉しくないよ⋮⋮﹂ ﹁あら? じゃあ若い女の子にならモテたいんですか?﹂ ⋮⋮あれ? シシリーの笑顔が怖い⋮⋮コッソリ腕もつねってる し。 い、痛っ! 地味に痛! ﹁はあ⋮⋮噂通りラブラブでんなあ⋮⋮﹂ 1100 ﹁ホンマやなあ⋮⋮ウチのも昔は可愛かってんけどなあ⋮⋮﹂ ﹁あのトドが?﹂ ﹁トドちゃうわ!﹂ ﹁ホナ、何やねん?﹂ ﹁ゾウアザラシじゃ!﹂ マジか!? 何だこの漫才! ﹁プッ、アハハハ、アハハハハ!﹂ シシリーが大ウケだ。 ﹁お、ウケましたな﹂ ﹁そら良かった。ホンマの事言うた甲斐がありますわ﹂ ﹁ホンマなんかい!﹂ ﹁アハハハ! アハハハハ!﹂ シシリーはツボに入ったみたいで笑いが止まらない。 ﹁アハハ、フウ、アハハ、す、すいません、失礼しました﹂ ﹁イエイエ、噂に名高い聖女様に笑てもらえるなんて滅多に無いこ とですからな﹂ ﹁飲み屋のネーチャンやったらしょっちゅう笑わせとるけどな﹂ ﹁あれは愛想笑いやろ。何自分がオモロイみたいに言うとるねんな﹂ ﹁そんな事あるかいな!﹂ ﹁アンタら! 漫才しに来たのかよ!﹂ は! つい突っ込んでしまった。 すると、エルスの使節団の人達がビックリした顔してる。 1101 ﹁おお、なんちゅう鋭いツッコミや⋮⋮﹂ ﹁魔法使いの王とまで言われとんのに、ツッコミまで⋮⋮恐ろしい でんな⋮⋮﹂ ﹁そこ!? 恐れるのそこ!?﹂ あ、また突っ込んでしまった。 エルスの使節団の人達が﹃おお﹄って言ってる。 ﹁いや、感服しました。魔王さんの事尊敬しますわ﹂ ﹁そんな尊敬はいらねえから!﹂ ﹃おお﹄ ﹁もういいよ!﹂ その言葉でようやくオチが付いたみたいだ。 ちなみにシシリーはずっと笑ってる。 ﹁はあ⋮⋮で? 結局何の用ですか?﹂ ﹁おお、せやった。実は、魔王さん魔道具造りの方も大変優秀や言 うやないですか。それで、その、国と国との間で使われとるっちゅ う例のアレですねんけどな⋮⋮﹂ ﹁例のアレ? ああ、通信機ですか?﹂ ﹁そうそう、それ! それ⋮⋮いくつか都合つけてもらわれへんや ろか? 当然、料金は支払うよってに! お願いしますわ!﹂ ﹁ああ! ナバルさん、抜け駆けはズルい! 魔王さん、いや魔王 様! どうかウチにも都合つけておくんなまし!﹂ ﹁ウチもお願いします!﹂ 1102 うわあ⋮⋮一斉に頭下げてきたよ⋮⋮どんだけ通信機が欲しいん だ? まあ遠距離での情報のやり取りを瞬時に出来る通信機は、商 売人なら是が非でも欲しいところなんだろうけど⋮⋮。 ﹁いや⋮⋮欲しいと仰られても、通信機は今度立ち上げる商会から 販売される商品ですからね。しかも今のところ国家間でのみ通信さ れている物ですから国の許可も要りますし、俺個人に言われてもど うしようもないっていうか⋮⋮﹂ ﹁ホンなら! その商会に発注して、許可貰えれば手に入るんです な!?﹂ ﹁まあ、そういう事ですけど⋮⋮﹂ 商会で買えるという言葉で喜色を現すエルス商人達だけど⋮⋮。 ﹁商会自体はまだ出来てませんよ?﹂ その言葉に絶望の色に変わった。 反応が面白いな、エルス商人。 ﹁いつ⋮⋮いつ出来るんですか?﹂ ﹁この会談が終わって帰る頃には店舗の準備も出来るから、戻り次 第オープンするって言ってましたね﹂ ﹁ホンなら! 直接エルスに戻らんとアールスハイドを経由して帰 りますわ!﹂ ﹁そらエエ考えや!﹂ ﹁ホナ、皆に伝え! 帰りはアールスハイドに寄ってから帰るでな !﹂ 即決かよ。確かエルスって旧帝国の東側周辺国の更に東側だった 1103 はずだけど⋮⋮滅茶苦茶遠回りにならないか? ﹁いやあ、これはエエ外交になりましたなあ﹂ ﹁ホンマですな。夢の遠距離通信機⋮⋮﹂ ﹁夢が広がりますなあ﹂ あっはっは、とまだ見ぬ通信機に思いを馳せているエルスの商人 達。 ﹁シン! クロード! こっちに来てくれ!﹂ ﹁あ、すいません。オーグが呼んでるので⋮⋮﹂ ﹁すいません。失礼致します﹂ ﹁ええ、これはアレですかいな? 皆さんの御披露目ちゃいますの ?﹂ ﹁多分そうだと思います﹂ エルスの商人達に断りを入れ、オーグの所へ行く。そこには、既 にチームの皆が全員揃っていた。 ﹁食事中のところ申し訳ないが、少し注目して欲しい﹂ オーグの言葉で、エルス、イースの使節団の人達がこちらを向い た。 ﹁今回の同盟で魔人領に打って出る準備は整った。だが肝心の魔人 達だが⋮⋮相当に強い﹂ その言葉に両国の使節団がざわめいた。 ﹁しかし殿下、街に流れている噂では、今回現れた魔人は以前賢者 1104 様が討伐された魔人より相当弱いという噂ですが⋮⋮﹂ ﹁マキナ司教、そんな事はない。それは結果だけを見ているからそ ういう噂になるのだ。このスイード王国には実際に魔人と戦った者 達がいる。彼らに聞いてみようか? この中で魔人が弱いと感じた 者はいるか!?﹂ ここはスイード王国である為、このレストランにはスイード王国 の兵士が警備係として多数配置されている。そのスイード王国兵に 魔人が弱いかどうか聞いたところ⋮⋮。 ﹁ご覧の通り、誰も賛同しないな﹂ 誰一人手を上げる事なく、俯いて唇を噛んでいる。中には震えて いる者もいる。 ﹁正直⋮⋮アウグスト殿下達が⋮⋮アルティメット・マジシャンズ の皆さんが来てくれなければ⋮⋮この国は滅んでいたでしょう⋮⋮﹂ 警備係の兵士さんの一人がそう言葉を放った。 ﹁し、しかし、彼らが来るまで持ち堪えていた訳でしょう? なら ⋮⋮﹂ ﹁持ち堪えられていたのは、魔王様の造った防御魔道具のお陰です。 あの魔道具のお陰で持ち堪える事は出来ましたが⋮⋮こちらの攻撃 は一切通じず、魔王様の防御魔道具をもってしても、我らが不甲斐 ないばかりに防御線を突破されました⋮⋮国民にも少なくない犠牲 が出ております⋮⋮﹂ 唇を噛みながら悔しそうに答える兵士さん。 1105 ﹁それを救って下さったのが、ここにおられるアルティメット・マ ジシャンズの皆様なのです! 私は⋮⋮いえ、スイード王国国民は、 アルティメット・マジシャンズの皆様に多大な感謝と敬意を持って おります! 本当に、ありがとうございました!﹂ 警備係の皆さんが一斉に頭を下げた。 クルト王国では犠牲は出さなかったけど、ここではな⋮⋮。 準備を怠ったことが未だに後悔として残っている。 暗い顔をしてたみたいで、シシリーが俺の手をソッと握ってくれ た。 シシリーを見ると心配そうな顔で、でも笑顔を見せてくれていた。 それだけで⋮⋮少し救われる思いがした。 ﹁せやけど、そんなに強い魔人をどうやって倒しますのん?﹂ ﹁それは私達がやる。この⋮⋮アルティメット・マジシャンズがな﹂ おおっと、会場がざわめいた。 ﹁改めて紹介しよう、魔王シン=ウォルフォード率いる、アルティ メット・マジシャンズだ﹂ オーグが俺達を紹介すると、会場に拍手が起こった。 拍手してんのは警備係の兵士さん達だな。 1106 うん、警備しようね。 エルスとイースの使節団には戸惑いの色が見える。 ﹁魔人達は私達が相手をする、各国には魔人領に蔓延る魔物の討伐 をお願いしたい﹂ ﹁せ、せやけど⋮⋮いくら何でも、成人したばっかりの十五∼六の 子供に任せてばっかりいうのも⋮⋮﹂ ﹁我ら大人としては抵抗がありますな﹂ ﹁ならば伺うが、貴公らの国に単独で災害級の魔物を討伐出来る者 はいるか?﹂ ﹁さ、災害級の魔物を単独で討伐!?﹂ ﹁そんな無茶苦茶な⋮⋮災害級の魔物は、軍が総出で当たってよう やく討伐出来るんですよ? そんな人間いるはずがありません!﹂ そんな人間はいない⋮⋮か。そう言われた皆の顔は微妙な顔して るな。 ﹁だが、魔人を討伐するにはその力が必要なのだ。なぜなら⋮⋮﹂ 息を呑む両国使節団。 ﹁魔人達は、その災害級の魔物とほぼ同程度の強さだからな﹂ その言葉に絶望的な顔をする使節団の皆さん。特に護衛の兵士さ んが青い顔で震えてる。トラウマか? ﹁そんなん⋮⋮そんなん世界の終わりですやんか!﹂ ﹁おお、神よ⋮⋮我らを救いたまえ⋮⋮﹂ ﹁何を言っている。さっき言っただろう? スイード王国を襲撃し 1107 た魔人達を我らが撃退したと。その後クルト王国に現れた魔人も撃 退したぞ?﹂ そのオーグの言葉に更に驚愕する両国。 ﹁そんな⋮⋮ホンなら⋮⋮アンタ方は⋮⋮﹂ ﹁災害級の魔物を単独で討伐出来る者達ばかりだな﹂ ﹁な、なんやて!?﹂ ﹁ほ、本当ですか!?﹂ ﹁ああ、でなければ、魔人達を撃退する事など出来ないだろう? これで安心したか?﹂ ﹁ええ⋮⋮それはまあ⋮⋮﹂ ﹁なんだ? 何か言いたそうだな?﹂ ﹁い、いえ、何でもありまへん⋮⋮﹂ ﹁そうか? 言いにくいのなら代わりに言ってやろうか? ﹃これ だけの戦力を持ったアールスハイドは、魔人の次の脅威になる﹄⋮ ⋮違うか?﹂ ﹁いや⋮⋮なんちゅうか⋮⋮まあ⋮⋮﹂ ﹁そ、そんな事は⋮⋮﹂ ﹁私ならそう思うがな﹂ オーグのド直球に上手く答えられない両国。 直球過ぎだろ。 ﹁私には両国の、その他の国の懸念は手に取るように分かる。しか し、私はそれを知りながらこのチームを組織した。なぜだか分かる か?﹂ ﹁⋮⋮世界の平和の為﹂ ﹁その通りだマキナ司教。世界の平和の為、このチームを組織した。 1108 なのでここに宣言しよう﹂ もう会場内は完全にオーグが支配している。オーグのこういうと ころ初めて見たな。 ﹁アルティメット・マジシャンズは、アールスハイド王国の固有戦 力に在らず。この騒動が収まった後は、各国から人員を派遣しても らいその監視下のもと、超国家的な組織として、世界平和の為に行 動すると﹂ その宣言が終わった後、会場は静まり返った。 誰もがオーグの言葉を反芻し、段々と感情が表に現れ始め、やが て⋮⋮。 ﹃おおおおおおお!﹄ 会場に大きな歓声が響いた。 ﹁そらエエわ! 万が一何かあったら、アルティメット・マジシャ ンズが駆け付けてくれるいう訳ですな!﹂ ﹁まさに、まさに創神教の教義を体現しているような組織ではない ですか! 素晴らしいですぞ!﹂ エルスとイースの使節団から歓迎の声が上がる。行動指針を伝え るだけじゃなくて、各国から人員を派遣してもらうって言ったから な。 各国の派遣員という名の監視があれば、ヘタな事は出来ないとい う訳だ。 1109 ﹁ホンで? その組織はいつから稼働するんでっか? こういう事 なら早う人員の選定に入らなあきませんよって﹂ ﹁その事なんだがな﹂ ﹁ええ﹂ ﹁二年半後だな﹂ ﹁⋮⋮はい?﹂ ﹁なんだ? 忘れたのか? 我々はアールスハイド高等魔法学院の 一年生だぞ? つまり、実際に組織として稼働するのは我々が卒業 してからだな﹂ 最近忘れがちだけど、俺達まだ高等学院一年生なんだよなあ⋮⋮。 ﹁⋮⋮そういえばそうやった⋮⋮﹂ ﹁あまりに大きな戦力なので、すっかり忘れていましたな⋮⋮﹂ 特にエルスの代表の人が残念そうだ。なんだろう? 輸送の護衛 でもして欲しかったんだろうか? でも、それは護衛を生業として いる魔物ハンター達の仕事を奪う事になるから、オーグは受けない って言ってたけどな。 ﹁せっかく⋮⋮せっかく派遣した人員がアルティメット・マジシャ ンズの皆さんと仲良うなれるように、美男美女を送り込んだろ思と ったのに!﹂ ﹁それは言っちゃダメなヤツなんじゃないの!?﹂ 何を画策してんだよ! そんで、マリアとアリスとユーリはちょっと満更でも無さそうな 顔してんなおい! 1110 1111 青臭い発言をしてしまいました︵前書き︶ 書籍版の原稿が修正の嵐⋮⋮ ちょっと更新するペースが落ちるかもしれません⋮⋮ すいません。 1112 青臭い発言をしてしまいました アールスハイド、エルス、イースに加えて旧帝国の周辺国との正 式な調印は、細かい作戦の調整が終わってからという事で、後は連 合参加国の閣僚達による会議によって詳細を決める事になった。 派兵する人数や、補給の負担、現場での割り振りなど、詳細が合 意に至ったら正式に調印という事になる。 三国会談が行われたスイード王国でイース神聖国の使節団と別れ、 エルス自由商業連合国使節団の皆さんとアールスハイド王国王都に 向かっている。 さっきの美男美女を送り込む発言により、マリア達がナバルさん の馬車に自分の要求を伝えたり、そこから身体強化して自分の馬車 に跳んで戻ったり、エルス使節団の人がそれに驚いたりしながら、 和やかなムードでの行程となっている。 行きも通った街道は、両国の使節団の馬車や護衛の人間でいっぱ いだ。 しかし、それだけの大集団となれば、当然出てくるモノがいる。 ﹁左方向より魔物の反応多数! 中型に大型に⋮⋮こ! これは! ?﹂ ﹁なんや!? どないしたんや!?﹂ ﹁災害級と思われる反応あり!﹂ ﹁﹁﹁な、なんやてー!?﹂﹂﹂ 1113 毎度出てくる魔物の集団。 行きも出てきたけど、帰りは災害級を連れて登場した。 ﹁これは⋮⋮熊かな?﹂ ﹁みたいだね! 超大型の熊だよ!﹂ ﹁くくく熊!? 超大型の熊!?﹂ ﹁アカン⋮⋮人生終わった⋮⋮﹂ ﹁こんな事やったら、アールスハイドに寄らんと真っ直ぐ帰ったら 良かったわ⋮⋮﹂ エルスの人達は、護衛を除けば商人さん達ばっかりだからな。熊、 それも災害級ともなれば、絶望に浸るには十分な魔物なんだろう。 ﹁なぜそんなに落ち込んでいる?﹂ オーグが不思議そうに、絶望に打ちひしがれているエルス使節団 に話しかけてる。 ﹁なんでって! 災害級でっせ!? 一軍をもって対応せなあかん 魔物が出たっちゅうのに、なんでそんなに落ち着いて⋮⋮あ⋮⋮﹂ ﹁さっき言っただろう? 私たちは皆単独で災害級の魔物を討伐で きる面子ばかりだと﹂ ﹁ホ、ホンなら⋮⋮﹂ ﹁まあ、そこで見ていろ。護衛の者たちも一応警戒はしておけ﹂ オーグはそう言うと前線に出てきた。 ﹁さて、今回はどうする?﹂ 1114 ﹁今回はお父さん達いないからなあ、あたしは別にやらなくていい よ﹂ ﹁じゃあ私がやる﹂ ﹁今回は譲って欲しいねえ﹂ ﹁どうした? トニー?﹂ リンはいつもの事だけど、今回はトニーも討伐したいと主張して きた。 ﹁いっつもさ、魔法のゴリ押しで討伐してきたじゃない。でも災害 級の魔物ともなればいい素材が手に入ると思うんだよね。だから綺 麗な状態で倒せないか試したいんだよね﹂ ﹁確かにそうか﹂ 今まで討伐してきた災害級は早い者勝ちで討伐してきた為、とに かく皆全力で魔法をぶっ放してきた。 その結果⋮⋮原型を留めている事が珍しく、今まで災害級の魔物 の素材を入手した事はない。 虎皮とか高く売れそうなんだけどな。ちょっと勿体ない事してた。 ちなみに、騎士学院との合同訓練で狩った虎の魔物は、軍の買取 りとなった。 口座に振り込まれてたはずだけど⋮⋮口座の金額の増え方が異常 だったからいくら振り込まれたのか知らないんだよなあ。 ﹁あ! そういう事ならあたしもやりたい!﹂ 1115 さっきはやらないと言っていたアリスが、災害級の素材は高く売 れるかもって所に食いついた。 ﹁そういう事なら自分もやりたいッス﹂ ﹁私も。お店に新しい窯を導入できるかも﹂ ﹁ウチの宿のトイレを全部例のトイレに替える資金に出きるよぉ﹂ ﹁素材はいいから熊狩りたい﹂ ﹁ダメだよリン。それをうまく採取する為の練習をしたいんだから﹂ 平民組が自分がやりたいと主張しだし、やっぱり誰が担当するの か決まらなかった。 とういう事は⋮⋮。 ﹁これの出番だな﹂ 異空間収納から例のクジを取り出す。 ﹁ですから、なんでクジ常備なんですか?﹂ トールからの疑問には答えられない。なぜなら、俺も覚えてない から。 ﹁じゃあ、当たりが災害級担当な﹂ 公平なクジの結果⋮⋮。 ﹁お! やったよ﹂ ﹁あーん! また外れたあ!﹂ ﹁ちっ⋮⋮トニーは運がいい﹂ 1116 ﹁舌打ちすんなリン﹂ 今回はトニーが当たりを引いた。 ﹁よーし、じゃあ熊だし、毛皮が採取できるかな?﹂ ﹁そういえば、熊の毛皮って何に使われてるんだ?﹂ ﹁主に革鎧の材料ね。災害級の熊なんて討伐できたとしても無傷と はいかないから、綺麗な状態で採取できたら高値で引き取ってもら えるわよ﹂ ﹁へえ﹂ そんなやり取りをしている間に、魔物の群れはどんどん近付いて きている。 ﹁あ、あの⋮⋮災害級がいるというのに、なぜそんなに余裕なんで すか?﹂ ﹁ああ、お前リッテンハイムリゾートに行った時はいなかったんだ っけ⋮⋮﹂ ﹁殿下達に任せていれば問題ないよ。正直、あの余裕の態度も納得 できると思うぞ﹂ ﹁ていうか、普通災害級担当って大外れだよな⋮⋮それを当たりと か言っちゃう人達だからな⋮⋮﹂ 護衛さんからの疑問を、別の護衛さんが答えていた。そういえば、 ユリウスの実家に行った時にもいた護衛の人だな。 ﹁さて、今回は他の魔物も採取を目的にするから、爆発系禁止な﹂ ﹁問題ない﹂ ﹁むしろ一番爆発系の魔法使ってるのってシン君だよね!﹂ ﹁⋮⋮よし、じゃあ戦闘準備!﹂ 1117 ﹁無視したわね⋮⋮﹂ そ、そんな事はない。本当にもうそこまで魔物の群れは近付いて きているのだ。 ﹁それじゃあ⋮⋮いくぞ!﹂ 俺の合図で一斉に魔法を使う皆。使う魔法は水と風の刃が中心だ。 その刃を魔物の首筋を狙って次々と放つ。 ﹁あ! 体両断しちゃった!﹂ ﹁フフ、私は順調⋮⋮あ﹂ ﹁リンさん、細切れはないわぁ﹂ ﹁失敗した﹂ ﹁なんというか⋮⋮ゲームでもしてる気分ね﹂ ﹁フム、あながち間違いではないかもしれんな。おっと、失敗した。 縦に両断してしまった﹂ 最初の開始位置から動かずに、一体ずつ丁寧に討伐していく。 これはいいな。精密な魔法の練習にうってつけだ。 最近の皆は、制御できる魔力の量が以前と段違いになり、俺が魔 法のイメージを教えた事もあって力でゴリ押しする事も多くなって る。 こういう精密な魔法の行使は苦手⋮⋮というかあまり経験がなか ったりする。 1118 定期的に魔法の練習に組み込もうかな? 旧帝国⋮⋮今回の会談 以降﹃魔人領﹄と呼ぶそうだが、そこから大量の魔物が溢れてきて いて結構な問題になっている。その間引きにもなるし、一度オーグ と相談してみよう。 ﹁それにしても、シン君凄いですね﹂ ﹁ですね。なんでそんなに精密に連射できるんですか?﹂ シシリーとトールから質問があるが、魔法を精密に撃てるのは当 然なのだ。 ﹁俺が魔法を使ってた相手って、狩りの獲物だったからね、爆散さ せる訳にいかないじゃん? こんな風に眉間に一発食らわして仕留 めるか、首を狙ってばかりいたんだよ﹂ ﹁なるほど、ぐちゃぐちゃでは食べられる部位が無くなるで御座る からな﹂ ﹁切実な理由ッスね﹂ ﹁でも意外です。ウォルフォードさん、大威力の魔法をポンポン使 ってるイメージですから﹂ ﹁ちょっとオリビア、それは非道くね?﹂ ﹁でもぉ、確かに精密なって意味ではウォルフォード君って実は凄 いよねぇ。魔道具って精密な魔力操作が必要だもん﹂ ってな事を魔物を魔法で討伐しながら話している面々。 談笑しながら魔物を討伐出来るオリビアは、もう完全に街の食堂 の娘ではない。 ﹁大分減ったねえ。じゃあ、そろそろ本命を倒しに行ってくるよ﹂ 1119 トニーが異空間収納からバイブレーションソードを取り出しなが らそう言った。 ﹁おう、いってらっしゃい﹂ ﹁フフッ、じゃあ⋮⋮行ってくるよ!﹂ ジェットブーツを起動して跳躍し、まだ残っている魔物の頭上を 飛び越え体長五メートル程もある熊の正面に降り立ったトニー。 万が一の時にいつでもフォローに入れるようにそっちを気にしな がら、魔物の討伐に当たる。 ﹁な⋮⋮何一人で行かせとるんですかあ!?﹂ ﹁ちょお! アウグスト殿下! 何考えてますのん!?﹂ ﹁ん? フレイドなら一人で大丈夫だろ。まあ見ていろ﹂ 後ろの使節団の人から、トニーを一人で災害級の魔物に向かわせ た事に対して非難の声が上がるが、あれくらいの魔物にこっちが横 槍をいれたらトニーから苦情が来そうだ。 そのトニーの方は、もう戦闘が始まってる。 熊がそのデカい右腕を振り上げてトニーに向けて振り下ろすが、 ジェットブーツを起動してトニーはそれを避ける。随分扱いが上手 くなったな。 右腕の振り下ろしを避けたトニーは、続く左腕の振り下ろしを避 けると同時に熊の頭上に向けて飛び上がる。 さっきの二発で地面がクレーターみたいになってるけど、随分余 1120 裕で避けていたな。 そして、熊の顔の正面⋮⋮ではなく、少しずれた位置に飛んだト ニー。 すれ違い様にバイブレーションソードを一閃。そして熊の肩を蹴 り熊から離れた。 使節団の人達は息を呑んでその光景をみているが、俺たちはすで に討伐が終わった事を確信していた。 肩を蹴られた熊がゆっくりと前に倒れる。 頭をそのままの位置に残して。 首の無い体長五メートルの熊が倒れると、ズズンと地響きがする。 熊の体に傷を付けないで討伐したトニーは満足そうな顔をしてジ ェットブーツを起動してこちらに戻ってきた。 ﹁お疲れ、綺麗に倒せたな﹂ ﹁うん、上出来かな? これ以上だと、シンみたいに眉間への精密 射撃くらいしかないからねえ﹂ まあ、これだけ綺麗なら文句の付けようもないだろう。 ﹁うおお! 凄過ぎやろ!﹂ ﹁災害級をこんなにあっさり⋮⋮﹂ ﹁これは⋮⋮殿下方が余裕綽々なんも頷けますな﹂ ﹁ちょお⋮⋮これ凄すぎへんか?﹂ 1121 使節団の人達や護衛の人達は驚いてるけど、まあトニーならこん なもんだろう。 さて、メインである災害級は倒したし、もうおしまいにしようか な? ﹁皆、残り一気に殲滅していいか?﹂ ﹁ええー? 採取が目的じゃなかったの?﹂ ﹁一気に吹き飛ばすなら私がやりたい﹂ ﹁そんな事しないよ。採取が目的なのは変わらないんだから﹂ 昔、森で狩りをしていた時、警戒心の強い獲物を複数仕留める時 によく使っていた手を使おうと思っているのだ。 まず﹃誘導﹄する事を意識して﹃マーカー﹄という魔法を起動。 それをこっそり魔物の眉間に﹃ロックオン﹄する。 すべての魔物にマーカーを付けたら、そのマーカーに向けて誘導 されるように小さい水の弾丸を大量に起動。そして⋮⋮。 ﹁おりゃ! 行け!﹂ 一斉に水の弾丸を射出した。 大量に放たれた水の弾丸は魔物の群れを蹂躙⋮⋮せず、マーカー に向けて誘導され多少不自然な軌道を描きながら狙い違わず魔物の 眉間にすべて着弾した。 残ってる魔物は⋮⋮よし、いないな。殲滅完了だ。そうして皆の 1122 方を振り返ると⋮⋮チームの皆も含めて全員が唖然としていた。 ﹁なに⋮⋮今の?﹂ ﹁いくつか不自然な軌道で着弾しましたよね?﹂ ﹁また意味の分からない魔法を⋮⋮﹂ ﹁はあ⋮⋮シン君凄いですう﹂ シシリーだけちょっと反応が違うけど、皆呆れた顔してる。 ﹁獲物の警戒心が強くて数が多い時、確実に仕留められるように、 森で狩りをしてた頃よく使ってた魔法なんだよ。魔物を討伐するに はあんまり使ってなかったけどね﹂ ﹁それにしても凄過ぎだろう。使節団だけでなく、我々も驚いたぞ﹂ エルス使節団の人達はまさに茫然といった状態だ。 まあ、こちらの戦力の確認にはなったかな? これから魔人領に攻め入るのにお互いの戦力の確認は必要だから な。 エルスの戦力的には、アールスハイド軍とそう変わらないそうだ。 オーグの話では、俺達だけ力が隔絶してしまっているらしい。 こちらの戦力は見せたけど⋮⋮エルスの、ナバルさんって言った かな? 災害級を討伐した時と違って、凄い警戒した顔してる。 ﹁⋮⋮ホンマに⋮⋮ホンマに魔王さんを⋮⋮アルティメット・マジ シャンズをアールスハイドの固有戦力にはせんのですか?﹂ 1123 ﹁どうした? 信じられないか?﹂ ﹁⋮⋮信じられへんというか⋮⋮これだけの戦闘力を持っとったら、 世界を征服する事くらい容易い事やと思えます。それくらいの戦闘 力でっせ、これは⋮⋮﹂ ナバルさんが警戒してるのはそれか。 魔人討伐を最優先で皆を鍛えたから戦力のバランスまで考えてな かったな⋮⋮。 ﹁フム、ならば聞いてみようか? シン! お前、世界を征服した いとか考えた事があるか?﹂ ﹁ちょっ! アウグスト殿下! そんなストレートな⋮⋮﹂ オーグが質問してくるけど、そんなもの決まっている。 ﹁やだよ、面倒臭い﹂ ﹁め、面倒臭いって⋮⋮﹂ ﹁っていうか、世界を征服してどうするんですか?﹂ ﹁どうって⋮⋮絶対的な権力を握れますやんか、それに自分の思い 通りの国を造るとか⋮⋮好きな事できまっせ﹂ ﹁だから、それが面倒臭いんですって。自分の思い通りの国を造る として、一から建国しないといけないんでしょ? それがどれだけ 面倒な事か、商人さんなら分かると思うんですけど﹂ ﹁そら分かりますけど⋮⋮﹂ ﹁それに、つい一年程前まで、森の奥深くでじいちゃんとたまに来 るばあちゃん達と暮らしてましたからね。そういうの興味ないんで すよ﹂ 森の中で世界が完結してたし。それに元々小市民だからか、人の 1124 上に立つって思考が持てない。 ﹁今まで、俺にはじいちゃん達家族しかいなかったけど⋮⋮今は沢 山の友人が出来た、知り合いも出来た、そして⋮⋮恋人も出来た。 俺はね、その人達が大切なんですよ﹂ そう言ってシシリーを、チームの皆を見る。 シシリーは嬉しそうに、他の皆は照れ臭そうにしている。 ﹁大切な人達⋮⋮﹂ ﹁ええ、その大切な人達を守る為に俺は力を振るうつもりです。そ れに⋮⋮将来産まれてくるであろう俺達の子供の為に、平和な世界 を作ってあげたいんですよ﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ 俺達の子供って所で感激したのか、シシリーが俺の腕をキュッと 握る。 ﹁だから、世界征服なんて面倒で、世界に動乱を起こすような真似 はしないし、したくないんですよ﹂ ﹁⋮⋮なるほど、若者らしい青臭い発言ですけど⋮⋮そういう事な ら世界征服に興味がないのは分かりますわ﹂ 青臭いって⋮⋮確かに、世界の平和の為に戦うとかそう聞こえる かもしれないけど、これが俺の偽らざる本音だしな。 ﹁というか⋮⋮正直、自分の力がこんなに警戒される力だとは思っ てもみなかったんですよね⋮⋮﹂ ﹁そうなんでっか?﹂ 1125 ﹁魔法使いって、皆じいちゃんみたいに魔法が使えるもんだと⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮はあ、魔王さんが規格外にならはった理由の一旦が見えまし たわ﹂ ﹁これは私も初めて聞いたな。まさか、世の魔法使いのレベルをマ ーリン殿で比べていたとは⋮⋮﹂ ﹁じいちゃんって年寄りだから、もっと強い人もいると思ってたよ﹂ ﹁⋮⋮とんだ勘違いね⋮⋮﹂ ﹁それで賢者様を超えられても、研鑽を止めなかったんで御座るな﹂ 森の家にはじいちゃんを慕って色んな人が来てたから、爺さんが 凄い魔法使いらしいってのは感付いていたけど、具体的にどれだけ 凄いのか、王都に来てから知ったしな。 まさか、ここまでの英雄だとは思わなかった。 ﹁世の魔法使いのレベルは分かりましたからね。俺の⋮⋮俺達の力 が隔絶してるのはさすがにもう理解してます。大き過ぎる力は不安 を呼ぶかもしれませんけど⋮⋮上手く使えば世界の平穏を保つ事が 出来ると思うんです。それも含めて皆さんと連携出来たらいいと、 そう思ってます﹂ これで納得してくれるかな? ﹁⋮⋮そうでんな、皆でアルティメット・マジシャンズを平和維持 組織にしていけばいい話でんな﹂ ﹁分かってくれました?﹂ ﹁ええ、疑ごうてスンマセンでしたな。しかし、アウグスト殿下と いい魔王さんといい、まだお若いのに立派なもんですなあ﹂ ﹁そうですか?﹂ 1126 俺の場合、前世で二十過ぎまで成長した記憶があるしな⋮⋮まあ、 幼児からやり直したから単純に合算できないけど、十五歳の思考で はないわな。 オーグは王族だからか同級生達より随分大人っぽく見える時もあ る。基本、悪乗り腹黒王子だけど。 ﹁ホンなら、これからの閣僚会議は、その事も含めて協議していか なあきませんな。最優先は魔人対策ですけど﹂ ﹁そうだな、我が国での関わりが長いから、アルティメット・マジ シャンズについての運用についてある程度の骨子は出来ている。一 応承認してもらえる内容だとは思っているが、今後は世界中の国が 関わってくるからな、すり合わせの作業になると思う﹂ ﹁そうでんな。協議せなアカン事山積みですけど、これは遣り甲斐 のある仕事ですわ﹂ ﹁フッ、初めはエルスの要求を呑ませようとしていたのにな?﹂ ﹁ちょっとお! それ黒歴史として封印しよ思とったのに! なん で言うてまうんですか!?﹂ ﹁おっと、それは失礼﹂ ﹁なんですのんナバルさん。そんな事言いましたんかいな?﹂ ﹁目先の利益に目が眩んだんちゃいますか? 外交官にならはって から商売の勘が鈍ったんちゃいますのん?﹂ ﹁うるさいわ!﹂ アールスハイドへの帰路の途中で、俺達の実力、俺の思想を伝え、 危険な集団ではないと理解してもらいながら移動を進めて行った。 その後も、時々出てくる魔物は中型までなら護衛の人達に任せな がら進み、ようやくアールスハイドに戻ってきた。 1127 ﹁おお、久し振りやなあアールスハイド﹂ ﹁ナバルさんは来たことあるんですか?﹂ ﹁そら、今は外交官なんぞやってますけど、元々は世界を渡り歩く 商人でしたさかいな。アールスハイドにイース、こないだまでおっ たスイードと、各国を行き来しましたわ﹂ ﹁へえ、そうなんですね﹂ ﹁それより魔王さん! 早う商会に行きましょ! もう開店してる かもしれませんやんか!﹂ いや⋮⋮さすがに俺が帰ってくるまでオープンはしないよ? ﹁あの⋮⋮俺が戻っても、すぐにオープンする訳ではないと思うの で⋮⋮一旦宿を取られてはどうですか? 通信機購入の許可も取ら ないといけないですし。オープンする日取りが決まりましたら連絡 に行きますので﹂ ﹁それもそうですな。ホナ、先に宿取りますわ﹂ 実はどこの宿が良いとか知らないのだが、そういえばウチに宿屋 の娘がいたな。 ﹁ユーリ。ユーリの家の宿にエルスの人達を泊めてもらえないか?﹂ ﹁エルスのお偉いさん一行の宿泊なら大歓迎よぉ。それに、ウォル フォード君の商会から発売される例のアレ⋮⋮ウチも購入して全部 それに切り替える予定だからねぇ。オープンを知らせてくれるのは 助かるわぁ﹂ そういえば前に、洗浄機能付きトイレが発売されたら、宿のトイ レを全部それに替えたいって言ってたな。 ﹁例のアレ? 通信機意外に何か売り出しますのん?﹂ 1128 ﹁ウフフ、それは見てからのお・た・の・し・み﹂ ユーリってこういうの似合うよなあ。イタズラっぽいっていうか、 エロいっていうか⋮⋮。 エルスのオッサン達が十五の小娘相手に、顔を赤くしてるよ。 この後、王城へ通信機購入の許可証を取りに行くというエルス使 節団と、宿へ誘導していくユーリを見送り、俺達も現地解散した。 ﹁シン様! 若奥様! お帰りなさいませ!﹂ ﹁アレックスさん久し振り、ただいま﹂ ﹁ただいま戻りました﹂ ﹁殿下方もいらっしゃいませ。三国会談、御疲れ様で御座いました﹂ ﹁ああ、邪魔するぞ﹂ ﹁アレックスさんお久し振り。それにしても⋮⋮ただいま戻りまし たねえ﹂ ﹁え? 何? おかしな事言った?﹂ ﹁あまりにも自然で御座ったからな﹂ ﹁もうすっかりこの家の人間ですねクロードさん。いや、ウォルフ ォード夫人と言った方がしっくり来ますね﹂ ﹁ウォ、ウォルフォード夫人!?﹂ まあ将来はそうなるんだけど、不意打ちだったからか、初めて言 われたからか、シシリーの頭から湯気が出そうな位真っ赤になって る。 ﹁留守中、何か変わった事は無かった?﹂ ﹁はい、特には。ああ⋮⋮ただ、メリダ様がシン様が戻られたら言 っておかないといけない事があると仰ってましたね﹂ 1129 ﹁言っておかないといけない事? なんだろう?﹂ ﹁さあ⋮⋮そこまでは⋮⋮﹂ ﹁分かった、ばあちゃんに聞いてみるよ。お努めご苦労様﹂ ﹁はっ! 恐縮です!﹂ アレックスさんに労いの言葉を掛け家に入ると、今度はメイドさ んや執事さん達が出迎えてくれた。 ﹁スティーブさん、ばあちゃんいる?﹂ ﹁はい。メリダ様は⋮⋮今はクロード邸に温泉に入りに行っておら れますね﹂ 胸ポケットからスケジュール帳を出してばあちゃんの予定を確認 する執事のスティーブさん。 こうして俺や爺さん、ばあちゃんのスケジュールを管理するのも 執事さんの仕事らしい。 ﹁って、温泉に行ってんのか﹂ ﹁喜んで頂けてるみたいで嬉しいです﹂ シシリーがクロード邸の温泉を自由に使って下さいって言ってか ら、ほぼ毎日行ってるな。 ﹁さすがに毎日だと迷惑じゃないの?﹂ ﹁そんな事ないですよ。むしろ、お父様が向こうに行っていない時 は、屋敷の管理くらいしかする事が無いですし、来られてるのがお 爺様とお婆様ですからね、王都のウチの屋敷からクロード領の屋敷 に異動したいって使用人さんもチラホラいます﹂ 1130 そうなのか? でも考えてみればそうなのか。毎日来てるのは、 クロード家令嬢の婚約者の祖父母だけど、皆の尊敬する世界の英雄 達だからな。 ﹁そっか、でも毎日お邪魔してお世話になってるんだから、お礼は しておくね。ありがとう﹂ ﹁いえ、どういたしまして﹂ シシリーとそんな話をしていると、玄関ホールにゲートが開き、 爺さんとばあちゃんが出てきた。 ﹁おや、帰ってたのかい? おかえり﹂ ﹁ほっほ、おかえり。無事に終わったようじゃの﹂ ﹁うん、ただいま。それで、アレックスさんから、ばあちゃんが俺 に何か話があるって聞いたけど?﹂ ﹁ああ、その皆が付けてるネックレスの魔道具の事さね﹂ ﹁これ?﹂ ネックレスについての話だというばあちゃんに促され、皆でリビ ングのソファーに座る。 ﹁まず確認するけど、これに付与されてるのは﹃異物排除﹄だった ね﹂ ﹁そうだよ﹂ ﹁その﹃異物﹄の定義は?﹂ ﹁身体に不要なものや害があるもの﹂ ﹁食べ物は?﹂ ﹁栄養は身体に必要なものだからね、吸収されるよ﹂ ﹁うーん、やっぱりそうかい﹂ ﹁何? やっぱりって﹂ 1131 ばあちゃんが納得したような、それでいて困ったような顔をして いる。なんだ? ﹁いや、このネックレスを付けてから、やけに便の量が多くなって ねえ、皆に聞いてみても同じ感想を持ってたから、必要以上の栄養 摂取をしてないんだろうと予想したのさ﹂ ﹁え!? って事は、いくら食べても太らないって事ですか!?﹂ マリアがメッチャ食いついた。 食べても太らないって、夢の魔道具なんだろうなあ。 ﹁確かにその通りなんだけどね。そうなると⋮⋮ちょっと問題があ る﹂ ﹁問題?﹂ ﹁胎児は?﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ 胎児⋮⋮赤ちゃん? ﹁身体から異物が排除されるって事は⋮⋮妊娠して、その後にこの ネックレスを付けてしまったら⋮⋮胎児は異物として認識されて、 堕胎してしまうんじゃないのかい?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ 確かにその可能性が⋮⋮いや、確かつわりの原因って胎盤が未熟 なせいで身体が胎児を﹃異物﹄だと認識してしまうアレルギー反応 だって聞いた事が⋮⋮。 1132 異物⋮⋮まさに異物として認識してしまってるじゃないか! ﹁今は有事だからね、妊娠する事が許されない状況だからそれでも 構わないさ。けど、この魔人騒動が収まったら、やっぱり子供は欲 しいだろう?﹂ ﹁そりゃそうだよ﹂ ﹁シ、シン君⋮⋮﹂ あ、シシリーの目の前で子供欲しい宣言をしてしまった。シシリ ーがモジモジしている。 ﹁今はこのままの付与で構わない。けど、その後は付与を変える必 要がある事を覚えておきな﹂ ﹁うん⋮⋮分かった。ありがとう、ばあちゃん﹂ この事を指摘されていなければ⋮⋮最悪の事態になってしまって いたかもしれない。 そうなった時、シシリーは確実に落ち込むと思う。 そうならずに済んで良かった。この騒動が終わったら、健康維持 とかの付与に切り替えよう。 あ、爺さんとばあちゃんの付与もそっちにした方がいいかな? 伝染する病気だけじゃなくて、内臓の疾患とかもあるし。 ﹁アタシらも曾孫の顔は見たいし、新しい孫の悲しむ姿なんて見た くないからねえ﹂ ﹁お婆様⋮⋮﹂ 1133 普段は厳しいし怖いばあちゃんだけど、本心は俺達の事を凄く心 配してくれている。 そんなばあちゃんの優しさに触れたシシリーが、感激して涙目に なってる。 ﹁ありがとうございます、お婆様! 私、頑張って元気な赤ちゃん 産みます!﹂ ⋮⋮。 やばい、顔が熱くなってきた。 まさか、赤ちゃん産むために頑張ります宣言をするとは思わなか った。 ﹁それは嬉しい決意だけどねえ⋮⋮いいのかい?﹂ ﹁何がですか?﹂ ﹁皆聞いてるよ?﹂ ﹁え? あ!﹂ 慌てて周りを見渡したシシリーは、ニヤニヤしているオーグやマ リア達を見つけ⋮⋮。 ﹁や、やあああ!﹂ 恥ずかしがって俺の身体に顔を埋めてしまった。 ﹁フッ、これは責任重大だな﹂ ﹁そうですね。シシリーが元気な赤ちゃんを産むために魔人を討伐 1134 しないといけませんね﹂ オーグとマリアも悪乗りして追い打ちをかけてくる。 でも、本当にその通りだよな。 シシリーが⋮⋮って訳じゃなくて、将来産まれてくる全ての子供 達の為に、平和な世を作んなきゃいけないのは、今を生きる俺達の 課題だ。 ﹁もお! やああ!﹂ ますます恥ずかしがってしがみついてくるシシリーを宥めながら、 この魔人騒動の終息を改めて誓っていた。 それにしても、シシリー柔らかいな⋮⋮。 1135 商会がオープンしました アールスハイド王都へ戻ってきた翌日、俺は、今度開店する商会 がある建物に来ていた。 五階建てで、気圧される程デカい建物だ。 外装・内装の工事は終わり、今は商品の納入作業をしている。 一番多いのはトイレだ。次に大きな冷蔵庫。 店のトイレにも設置し、使用感を試して貰おうという意図がある。 他には、まだ完成していないが、風の魔法を応用した掃除機を開 発中だ。 吸い込むところまでは上手くいった。けどその後、吸い込んだゴ ミを上手く分離出来ず、親父さん達と試行錯誤しながら開発中だ。 これが完成すれば、今まで掃除用の魔道具は無かったから市場を 独占出来るし、世の奥様方に絶対支持されると、工房で開発中の製 品の中で一番気合いが入ってる。 洗濯機も開発したいところだけど、洗濯、すすぎ、脱水と行程が 多くて、どうすればいいのか、まだ構想も出来てない。 ⋮⋮家電メーカーか? 1136 店の中は精算カウンター以外に、許可証を持った人が通信機を購 入する為の特別カウンターも設置してある。 ちなみに、バイブレーションソードは陳列していない。 ロイスさんやグレンさん⋮⋮シシリーのお兄さんとアリスのお父 さんな。二人が開店前に既存の各店舗と打合せをした際に、これだ けは販売するのを止めてくれと懇願されたらしい。 なぜなら、バイブレーションソードの切れ味が既存の剣を大きく 上回ってしまっている上に、付与によってどんなナマクラでもバイ ブレーションソードにする事が出来るとなれば、大量生産・大量販 売が可能となってしまい、今ある市場を奪ってしまう可能性がある 事。 なによりナマクラでも構わないのなら鍛冶技術の後退が懸念され る⋮⋮などが理由らしい。 納得出来る理由だし、どうしても売りたい訳じゃないから別に構 わないけどね。 その代わり、軍の制式装備であるエクスチェンジソードは販売許 可がおりた。 ベテランハンター達には見向きもされないかもしれないが、新人 ハンター達に安価で刃の交換の出来るエクスチェンジソードは需要 が出るだろうという事だ。 ベテランハンターは、やはり名のある鍛冶師の造った鍛造品の一 振りというものに拘り、大量生産品や鋳造品は敬遠するとの事で、 1137 他の武器・防具店と競合はしないとの判断らしい。 ジェットブーツは⋮⋮ネタ枠として販売するらしい。 というか、俺達がリッテンハイムでやっていたビーチバレーがア ールスハイド王都で行われるようになってる。 あの時にいた家族の人や護衛さん達が、王都に帰ってから周りの 友人達と始めた事が切っ掛けだ。 ただし、俺達がやっていた﹃マジカルバレー﹄は無詠唱で魔法を 使える事が前提となるので殆ど行われていない。しかし魔法を使わ なくてもいわゆる普通の﹃バレーボール﹄は出来る訳で、娯楽の一 環として行われているそうだ。 となると、跳躍力が増すジェットブーツはそこで需要があるかも しれないとの事。 ジェットブーツを駆使し、立体的なコンビネーションを行うバレ ーボール⋮⋮﹃エアーボール﹄とでも言うべきか? 超見てみたい。 今はそれどころじゃ無いけど、世界に平穏が戻ったら各街や各国 にチームとか出来ないかな? ホームアンドアウェイでリーグ戦と かやったり、何年かに一回ワールドカップとかやれば、娯楽の一つ として盛り上がると思うんだけど。 ちなみに、魔道具ではないけど、新しいボールも陳列されている。 以前使ってた魔物化した兎皮ではなく、もっと弾力性に富んだ魔 物化した蛙の皮に変更になっている。 1138 と、そんな事を考えていると、こちらに近付いて来る人に気が付 いた。 アリスのお父さんで、この度﹃ウォルフォード商会﹄の代表取締 役に就任したグレンさんだ。 ﹁やあシン君! どうだい、素晴らしい出来だろう?﹂ ﹁こんにちはグレンさん。そうですね、予想より立派でビックリし てます﹂ ﹁フフ、世に名高い﹃魔王シン=ウォルフォード﹄の創った商会だ からね! 皆、下手なものは造れないって張り切ってくれたよ!﹂ ﹁それにしても⋮⋮ウォルフォード商会ですか⋮⋮他に無かったん ですか?﹂ ﹁他って言うと﹃シン商会﹄とかかい?﹂ ﹁もっと無いです!﹂ ﹁まあ、通常商会ってのは創立者の家名を付けるものだからねえ。 ハーグ商会だってそうだろう? 元々はトム代表のお父さんがやっ ていた小さい﹃ハーグ商店﹄をあそこまで発展させて今に至るんだ から﹂ ﹁そういうものですか﹂ この世界の社名の決め方は、家名をそのまま使う。それが常識で あり、奇をてらった名前だとそもそも商会として認識されないかも しれないらしい。 恥ずかしいんですけど⋮⋮。 ちなみに俺は﹃取締役会長兼開発責任者﹄らしい。 1139 代表はグレンさんで、ロイスさんは専務取締役になるらしい。 その他、経理部長、営業部長、広報部長、総務部長、法務部長と、 グレンさんとロイスさんの知り合いで、信用出来る人を役職付きと してスカウトしたらしい。皆二つ返事でオッケーしてくれたそうだ。 ありがたいな。 まあ、部長って言っても、まだ商会が立ち上がっていないから総 務部と営業部長以外に部下はいない。営業部が店舗販売員の管理も するから、販売員が部下って事ね。 ちなみに商品の生産はビーン工房に依頼しているが、その管理は 総務部になるらしい。生産品の受注・発注・納品のために、最初か らある程度人を雇ったらしい。 そのビーン工房は、ウチからの受注の為に工房を拡大した。 新しい工房では、製作から、魔法の﹃付与﹄まで行う。 この付与だが、無線通信機にも使われている﹃回路﹄を使用する 事で、今までより格段に付与出来る文字が増えた。なので、俺みた いに漢字で文字を省略して付与を行わなくても、工房の人間で付与 まで出来るようになったのだ。 ちなみに、この﹃回路﹄は特許を取ったらしい。 今後、絶対真似されるから特許を取得するべきだとロイスさんに 熱弁されて取った。特許制度あったんだな⋮⋮エクスチェンジソー ドはすでに特許取得済みだそうだ。 1140 正直、全部の商品に俺が付与をしなきゃいけなかったと考えると ⋮⋮ゾッとするな。回路を開発しといて良かった。 この﹃回路﹄を開発した事で大量生産の目処も立ち、その内店舗 の拡大も視野に入れた業務形態になっているそうだ。 その為に、商会は五階建ての建物を購入し、一、二階部分を店舗。 三、四階部分を本社とするらしい。 五階は? というと⋮⋮。 ﹁将来はアルティメット・マジシャンズの本拠地になる訳だからね。 そりゃあ皆の気合いも入るよね!﹂ そういう訳だ。 将来この本拠地に事務所を構え、各国からの派遣員を常駐させ、 依頼を受けたり各員に仕事を割り振ったりするとの事。 その運営形態自体はこれからの閣僚会議で決めるらしいけどね。 ﹁もう商品の搬入で終わりだからね、明日か明後日にもオープンさ せようかと思ってるんだけど﹂ ﹁そうですね、明日一日を宣伝期間として明後日の正午にオープン という事でどうですか?﹂ ﹁よし分かった! それで決定という事で!﹂ そう言うとグレンさんは店舗の中に入って行ってしまった。 中では販売員の人達が陳列や研修を行っているので、明日宣伝を 1141 行う事を告げに行ったんだろう。 さて、予定も立った事だし、ユーリの宿に行ってナバルさん達に オープンの日取りを伝えに行こうかな。 ﹁こんにちわ﹂ ﹁いらっしゃっ⋮⋮ああ! ウォルフォード君、どうしたんだい?﹂ ユーリの実家の宿屋に行くと、ユーリのお父さんで宿の支配人の リンドさんがカウンターに立っていた。 ﹁エルス使節団の皆さん、いらっしゃいますか?﹂ ﹁ああ、さっき家族にアールスハイドのお土産を買うって言って出 ていったねえ。昨日の内に通信機購入の許可証を貰ってきていたみ たいだし、暇だったんだろうねえ﹂ ﹁そうですか。なら、伝言を頼んでも良いですか?﹂ ﹁構わないけど、私が聞いても大丈夫な内容なのかい?﹂ ﹁ええ。というか、リンドさんにも関係のある話ですよ﹂ ﹁私にも関係があるというと⋮⋮もしかして!?﹂ ﹁ええ。明後日の正午にウォルフォード商会、オープンします﹂ ﹁そうかい! ようやく例のアレをウチの宿に設置出来るんだね!﹂ リンドさん、嬉しそうだな。でも、ユーリはウチで使った事があ るから使用感を知ってるけど、リンドさんは知らない筈なんだけど な。 ﹁いやあ、ユーリが珍しく興奮して話してたからねえ。どんな物か 気になってしょうがなかったんだよ﹂ ﹁そうだったんですか。店のトイレに設置してあるんで、一応購入 1142 する前に、試した方がいいですよ?﹂ ﹁そうかい? じゃあそうするかな﹂ ﹁それじゃあ、伝言宜しくお願いします﹂ ﹁分かった。じゃあ明後日、お店に伺うよ﹂ さて、ナバルさん達とユーリん家に伝言もしたし、帰るとするか。 そして二日後、ついにウォルフォード商会オープンの日を迎えた。 ちなみに、俺は学院があるのでオープンには立ち会っていない。 ばあちゃんから、金儲けは他の人に任せて、学生は学生の本分を 全うしろと言われているので、商会の運営はすべてグレンさんとロ イスさんに丸投げなのだ。 ﹁さて、商会の方はどうなってるかな?﹂ ﹁お父さんは、開店と同時に買いに行くって言ってたよぉ﹂ ﹁フフーン。ウチはお父さんが商会の代表だからね、社員価格で先 行販売してもらったよ!﹂ ﹁え? 本当かい?﹂ ﹁家にあのトイレがある生活⋮⋮もう離れられないね!﹂ そういえば、社員さん達には商品説明をする為にも、希望者には 先行販売したんだった。 グレンさんが、社員にはかなり好評だって言ってたな。 そんな話をしながら商会のある区画に辿り着くと⋮⋮。 1143 ﹁⋮⋮ねえ、この辺りってこんなに人通り多かったかしら?﹂ ﹁いえ⋮⋮商会がある地域ですから、それなりに人通りはあります けど⋮⋮﹂ ﹁ここまでではなかったで御座るな﹂ 一昨日来た時にはここまで人通りは多くなかったと思うんだけど ⋮⋮まさかな⋮⋮。 もしかして、という思いを抱きながら商会に向かうと。 ﹁これって、行列?﹂ ﹁そうみたいねぇ。ひょっとしてぇ?﹂ ﹁あ! やっぱりそうですよ!﹂ 行列の先は﹃ウォルフォード商会﹄に繋がっていた。 ﹁あ! シン君! 見てくれ! 凄い盛況振りだろう!﹂ ﹁ちょっと予想外ですね⋮⋮というか、ロイスさんまで人員整理に 駆り出されてるんですか?﹂ ﹁はは、ちょっと店内は凄い事になってるからね。販売員達は店を 離れられないんだ﹂ ﹁そうなんですか⋮⋮あ、エルスの人達はもう来ました?﹂ ﹁ああ。彼らなら⋮⋮﹂ ﹁あ! 魔王さん! ちょっと、これ何ですのん!?﹂ 噂をすれば、エルス使節団のナバルさんが声を掛けてきた。 正午開店なのに、まだいたのか。 ﹁ナバルさんこんにちは。もう戻ってると思ってましたよ﹂ 1144 ﹁こんなん見せられて戻れますかいな! そんな事より、このトイ レ!﹂ ﹁はい﹂ ﹁こんなトイレまで開発しはったんですか?﹂ ﹁ええ、ウチのトイレをこれにしたら、随分評判が良かったもんで すから。なら売ってみるかって⋮⋮﹂ ﹁こら凄いでっせ! トイレ革命や!﹂ そ、そんなに興奮するほどの事なのだろうか? メチャメチャテ ンション上がってる。 ﹁そこで、ものは相談なんやけど⋮⋮このトイレ、ウチの商会に卸 して貰われへんやろか?﹂ ﹁ああ! ナバルさん! また抜け駆けして!﹂ ﹁ええ加減にしてくださいよ!﹂ ﹁早い者勝ちや言うとるやろうが!﹂ またエルス使節団同士の喧嘩が始まった。 本当に、売れそうな ものにはトコトン食らいつくな。 ﹁確かに、俺が開発したものですけど⋮⋮商品の販売とか卸しとか、 経営自体にはノータッチなんですよ。なので、交渉なら代表のグレ ンさんか、専務のロイスさんに⋮⋮﹂ ﹁ロイスはんってアンタやったかいな!? 言い値で構わんさかい、 ウチに卸したってんか!﹂ ﹁ウチもお願いしまっさ!﹂ ﹁ウチも!﹂ ﹁ちょ、ちょっと待って下さい! そんな大口取引、この場で決め られませんから! 営業時間が終わってから代表も交えてお話を聞 きますので、落ち着いて下さい!﹂ 1145 ﹁営業時間って何時までやねん?﹂ ﹁午後六時ですね﹂ ﹁後三時間もあるやんか!﹂ ﹁ええ、ですから、それまでお待ちください﹂ ナバルさん達とロイスさんの商談が行われる事がいつの間にか決 まっていた。 初日から大忙しだ。これは大変な役目を押し付けちゃったかな⋮ ⋮。 ﹁すいませんロイスさん。なんか大変な目に遭わせちゃって⋮⋮﹂ ﹁何を言ってるんだい、こんなに充実している事なんて今まで無か ったんだ、今は楽しくて仕方がないよ!﹂ 本当なのかな? 見た限り、相当忙しそうなんだけど⋮⋮しかも 閉店後にエルス使節団との商談もある。 今日、家に帰れるのか? ﹁お兄様のあんな溌剌とした顔、初めて見ました⋮⋮﹂ ⋮⋮今まで、相当抑圧されてたのかな? シシリーがそう言うな ら間違いないんだろう。 商会では、エルス使節団だけでなく、スイードやその他の周辺国 から、追加の通信機を購入する許可証を持った使者達がカウンター で通信機を購入している。 まあ、許可証って言ったって、一般販売する前のテストを信頼で 1146 きるもので行いたいってだけの話だしな。 最初に配ったのが国家間同士の緊急連絡用だった為、そのまま各 国家にテスト販売するって話で、購入する人の身元がしっかりして れば、割と簡単に許可はおりるらしい。 一般に販売するのはもう少し先だな。交換局作らないといけない し。その為の装置を作んなきゃいけないんだけど、どういう形態に するのか、交換士を配置するのか、最初から自動で交換するのか、 何も決まってない。 大幅なインフラ整備が必要なので、各国の国家プロジェクトにな るとディスおじさんが言ってた。 まずはアールスハイドでテストして世界中に広めるらしい。 またやらないといけない事が増えちゃったな⋮⋮。 通信機のこれからの展望を考えていると、店内から販売員さんが 血相を変えて走って来た。 ﹁専務! 大変です! 洗浄機能付きトイレの在庫が無くなりまし た!﹂ ﹁な、なんだと!?﹂ まさかの売り切れですか? ﹁お客様! 大変申し訳ございません! ただ今、洗浄機能付きト イレの在庫が無くなってしまいました! 誠に残念ではございます が、本日のお渡しは出来かねます!﹂ 1147 ﹁ええ!? そんな!﹂ ﹁カールトンの宿で評判聞いて買いに来たんだぜ!? そりゃねえ よ!﹂ ﹁俺は石釜亭で使ったんだ。あんな凄いものが一般販売されてるの に買えないなんて、そんな非道い話はねえぜ!﹂ ﹁誠に申し訳ございません! こちらでお並びのお客様は、引き続 き予約の受付は可能でございますので、それでも構わないというお 客様はお残りください!﹂ 結局、品切れになっても、予約する事により優先的に手に入ると 聞いた人達は、予約注文をする為に、そのまま列を作っていた。 ﹁はあ⋮⋮予想外だった⋮⋮﹂ ﹁そう? 私はあのトイレの評判が広まればこれくらいは売れると 思ってたけどね﹂ ﹁こんなに早く?﹂ ﹁カールトンの宿と石釜亭って、アールスハイド王都で有名な二店 が揃って導入したからね、あっという間に広まったんじゃないの?﹂ 正午にオープンして、夕方にはこれか⋮⋮ビーン工房にはまた負 担掛けちゃうな。 ﹁これは、父ちゃん大喜びっッスね﹂ ﹁そうか? 大変じゃないか?﹂ ﹁こんだけ注文が入るって事は、当然利益も出ますからね。ホント、 ウォルフォード君には足向けて寝れないッスよ﹂ ﹁あ、それ分かる! ウチなんて、お父さんが代表だよ? ホント、 シン君様々だよ!﹂ マークとアリスの二人から拝まれた。やめてよ。 1148 それにしても、トイレでこれか。掃除機とか洗濯機とか完成した らどうなるんだろ? 奥さん達の行列が出来るのかな? それとも⋮⋮旦那さんが買いに行かされるんだろうか? この国、 奥さんの強い家が多いからなあ⋮⋮。 ﹁なんだ!? スゲエ列ができてんじゃねえか!?﹂ ﹁本当ですね。どういう事ですか?﹂ ﹁お、シン! ちょっと!﹂ オルグラン魔法師団長とクリスねーちゃん、ジークにーちゃんが 三人で商会にやって来た。 そういえば、オルグランさんは、ディスおじさんが絶賛するのを 聞いて購入するって言ってたし、ジークにーちゃんとクリスねーち ゃんは、ウチであのトイレ使ってる。本日の業務が終わって買いに 来たんだろうけど⋮⋮。 ﹁さっき、売り切れたって言ってたよ﹂ ﹁な、なあにいい!?﹂ ﹁そ⋮⋮そんな⋮⋮手遅れだったのですか?﹂ ジークにーちゃんとクリスねーちゃんが、膝をついて絶望してい る。オルグランさんは残念そうだけど、そこまで落ち込んでない。 ﹁お前ら⋮⋮高々トイレで大げさだろう? 別に数量限定販売じゃ ねえんだ、次入荷した時に買えばいいじゃねえか﹂ 1149 ﹁団長は、あのトイレを使った事がないから、そんな事が言えるん すよ!﹂ ﹁一度使ったら、抜け出せません⋮⋮自宅にアレが設置されると、 昨日から楽しみにしていたのに⋮⋮﹂ ﹁そ、そんなにか?﹂ 熱く語るジークにーちゃんと、激しく落ち込んだクリスねーちゃ んに、若干引き気味のオルグランさん。 それにしても、ちょっと二人とも可哀想だな。 ﹁ジークにーちゃん、クリスねーちゃん、ちょっと﹂ ﹁なんだ?﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁これ﹂ 他の皆さんに見えないように、異空間収納から予備の洗浄機能付 きトイレを取り出す。 ﹁ちょっ! お前、コレ!﹂ ﹁ウチの予備。ジークにーちゃんとクリスねーちゃんにあげるよ﹂ その言葉に一瞬嬉しそうな顔をするジークにーちゃんだが。 ﹁イカンイカン! 弟分に施しを受けてどうする! ここは兄貴分 として我慢しなければ⋮⋮でもなあ⋮⋮﹂ またプライドと戦ってた。 ﹁ありがとうございます。さすがはシンですね。お姉ちゃんは嬉し 1150 いです。でも貰うのは駄目です。ちゃんと料金は支払いますよ﹂ ﹁お前は! 何をアッサリ受け取ってんだよ!?﹂ ﹁何って、可愛い弟が、お姉ちゃんの為に用意してくれたんですよ ? 好意をありがたく受け取って何が悪いのですか? 馬鹿なので すか?﹂ ﹁んだと? コラ﹂ ﹁何ですか? ああん?﹂ また始めたよ。あれは放っておこう。 ﹁オルグランさんも、どうぞ﹂ ﹁おい⋮⋮良いのかよ? アッチに並んでる人一杯いるぞ?﹂ ﹁まあ、開発者と知り合いだった特権という事で﹂ ﹁そうか。そういう事なら遠慮なく﹂ ﹁ちょっとお! 団長まで何やってんスかあ!?﹂ ﹁うるせえなあ、ウォルフォード君が売ってくれるって言ってんだ。 遠慮する方が失礼だろうがよ﹂ ﹁くっ! シン! 俺には!?﹂ あ、結局折れた。 ﹁最初からあげるって言ってんじゃん。はい﹂ ﹁おお⋮⋮これで⋮⋮家にあのトイレが⋮⋮﹂ ﹁まったく、アナタがシンに勝ってるものなんて最早何一つ無いの に、何を妙な意地を張っているのですか?﹂ ﹁そ、そんな事ねえ⋮⋮よ?﹂ ﹁魔法技術は言うまでもなく、財力まで。おまけにこんなに可愛い 婚約者もいて﹂ ﹁あう⋮⋮﹂ ﹁フフ、可愛いですねえ。シシリーさんも、私をお姉ちゃんと呼ん 1151 で良いんですよ?﹂ ﹁お、お義姉様?﹂ ﹁⋮⋮何でしょう? 呼ばれ慣れてる筈なのに、このくすぐったい 感覚は⋮⋮﹂ お義姉様だからじゃね? シシリーの頭を撫でていたクリスねーちゃんが急に照れだし、妙 な雰囲気をかもし出し始めた。 ちょっと! その娘、俺んだからね! ﹁こんなに可愛い娘を婚約者にしてしまうなんて⋮⋮手当たり次第 のアナタとは大違いですね﹂ ﹁余計なお世話だ!﹂ ﹁一体どこに気にする威厳が⋮⋮ああ、そういえば年齢だけは威厳 がありましたね﹂ クリスねーちゃんはクスクス笑ってるけど、その台詞って⋮⋮。 ﹁お前⋮⋮その台詞、ブーメランなの知ってるか?﹂ ﹁⋮⋮殺しますよ?﹂ ﹁お前が言い出したんだろうが!﹂ ﹁何ですか? ああん?﹂ もう好きにしてくれ。 ちなみに、この日の予約だけで、初日に用意していた洗浄機能付 きトイレの販売予定数の倍あったそうだ。 1152 苦労してもらいました ﹁ウォルフォード商会、すごかった⋮⋮ね!﹂ ﹁おっと! シンが益々リッチになっていくね﹂ ﹁殿下! そうですね。自分達と同い年なのに凄いです﹂ ﹁フン! ヨシッ! 何やら開発中の製品もあるらしいからな。ま だまだ資産は増えていくだろう﹂ 所々会話が変なのはマジカルバレーをやりながら会話しているか らだ。 話題は、先日オープンしたウォルフォード商会の事。 何でそんな話題になったかというと、アリスがお父さんの社割で ジェットブーツを購入したからだ。 ちなみに、トニーに渡しているジェットブーツとバイブレーショ ンソードも、皆の戦闘服も、代金を貰っている。 割引価格だけどね。 お金を払わないと気持ち悪いって言うから、仕方なくだ。 本当はあげても良いんだけど。 で、アリスが折角ジェットブーツを購入したから試したいと言っ たのが切っ掛けで、自習になってる魔法実習はマジカルバレーをす る事になった。 1153 無詠唱で魔法を使いまくるから、魔法実習になるとして、アルフ レッド先生の許可はおりてる。 そのアルフレッド先生は、コート脇で、口をアングリ開けながら 試合を見てるけどね。 これ、良い練習になると思うんだけど、魔法実習に組み込まない かな? ﹁ああ! もう! ジェットブーツ使う前に決められちゃったよ!﹂ ﹁フ⋮⋮有用な道具を使わせないのも、戦略というものだ﹂ 何か、オーグが格好よく変な事言ってる。 バレーボールだよ? どんだけハマってんだよ、皆。 ﹁むー! 次は使いますからね! オリビア、次はもっと高くトス 上げて!﹂ ﹁も、もっとですか?﹂ ﹁おっしゃあ! 掛かってこーい!﹂ アリスの掛け声でゲームが再開される。 オーグチームのトニーが打った、ジェットブーツと身体強化を使 った、超高角度・高速ジャンプサーブがアリスチームのコートに迫 る。 1154 ﹁あ! 先に使うなんてズルい!﹂ ﹁貰ったで御座る!﹂ 軌道を読んでいたのかユリウスがナイスレシーブを見せる。 ﹁ナイス、ユリウス! オリビア、来ーい!﹂ ﹁いきますよ! アリスさん!﹂ 前世で見たバレーボールでは、ありえないくらい高いトスを上げ るオリビア。 ﹁待ってましたあ!﹂ そしてアリスが、遂にジェットブーツを起動し、高々と飛び上が る。 ﹁おおりゃああ!﹂ オーグチームは誰一人動けずに、アリスのアタックはコートに突 き刺さった。 かくいう俺も動けなかった。 ﹁やったあ! どうですか、殿下! 今のは取れないでしょう?﹂ ﹁ああ⋮⋮まさか、こんな手で来るとはな⋮⋮﹂ ﹁正直、予想外でしたね⋮⋮﹂ ﹁いやあ、眼福だったねえ﹂ ﹁眼福?﹂ アリスだけ不思議そうな顔をしている。 1155 今は、本来なら魔法実習の時間な訳で⋮⋮魔法実習は制服でやる 訳で⋮⋮。 さっきからチラチラと際どかったけど、今のは⋮⋮。 ﹁アリス、アンタ⋮⋮猫なのね﹂ ﹁ねこ? って⋮⋮あ、あ﹂ ようやく気付いたらしい。 アリスが、制服のスカートを抑えて赤くなっていく。 女子の制服はスカートなんだから、あんなに高く飛び上がっちゃ ねえ⋮⋮。 ﹁アリスさん⋮⋮丸見えでしたよ⋮⋮﹂ ﹁ま、まぁ⋮⋮可愛いパンツだったからぁ、いいんじゃない?﹂ ﹁ユーリ、下手なフォローは逆に傷付く﹂ ﹁ぎ、ぎにゃあああああ!﹂ アリスはネコパンツ⋮⋮か。 ﹁シン君?﹂ ﹁な、何? シシリー﹂ ﹁⋮⋮アリスさんの下着が見れて良かったですね?﹂ ﹁い、いや! 見たっていうか、見えたっていうか⋮⋮﹂ ﹁フフフ⋮⋮﹂ ﹁わ、わざとじゃない! わざとじゃないんだ!﹂ 1156 恥ずかしがって練習場の隅で丸くなってしまったアリスや、笑顔 が怖いシシリーを宥めるのに残りの時間を使ってしまった。 ﹁はあ⋮⋮夏休みの間に、お前らはどこまで高みに上ってしまった んだ⋮⋮これじゃあ魔法学院に通っている意味など無いじゃないか﹂ ﹁そうですか? 勉強は大事だと思いますよ?﹂ ホント、何学院に何学びに来てんだって感じだけどね。 ﹁もうすぐ騎士学院との合同訓練が再開されるんだが⋮⋮お前達は どうする? 意味ないだろう?﹂ ﹁あ、なら、その間にやりたい事があるんですけど﹂ ﹁やりたい事? なんだ、ウォルフォード﹂ ﹁俺達も魔物の間引きには参加します。ただ⋮⋮騎士学院との合同 ではなく、俺達だけで参加させて欲しいんですけど⋮⋮﹂ ﹁それはいいが⋮⋮理由を聞いてもいいか?﹂ ﹁この前、三国会談から帰ってくる途中で魔物の群れに襲われたん です。その時に、素材の価値を落とさず狩るようにしたんですけど、 皆、結構苦戦してて⋮⋮ちゃんと狩れれば精密な魔法の練習になる と思うんです﹂ あれは皆のいい練習になったからな。是非、取り入れようと思っ ていたのだ。 いいアイデアだと思ったんだけど、アルフレッド先生が眉間を抑 えながら苦悩していた。 なんで? ﹁魔物の素材の価値を落とさずに狩るとか⋮⋮ベテランハンターが 1157 考える事じゃないか。もうそんな域に達しているのか?﹂ ﹁まあ⋮⋮ここにいる全員、既に災害級は狩れますからね。ただ力 でゴリ押しなんで、もうちょっと精密な魔力操作を覚えてほしいん ですよ﹂ 精密な魔力操作ができれば、魔力を隠して魔人達に近寄り、包囲 して今度こそ逃がさないように出来るかもしれないからな。 攻撃の幅も広がるし、良い事づくめだと思います。 ﹁⋮⋮まあ、この訓練の第一の目標は騎士と魔法使いのスムーズな 連携を取る事にあるからな。単独で戦力として成り立ってるお前達 には必要ないか⋮⋮﹂ ﹁俺らの目標は魔人ですからね﹂ こうして、魔法学院と騎士学院の合同訓練が行われている最中、 俺達は魔物相手に精密な魔力操作の訓練をする事になった。 ﹁お! シン、この前ありがとな!﹂ ﹁洗浄機能付きトイレのある生活⋮⋮夢のようです﹂ ﹁一緒に買った冷蔵庫も便利だしな﹂ ﹁ただ、魔法使いほど魔力操作がうまく出来ない私達一般人には、 あの量の水を氷にするのは骨がおれます。何とかなりませんか?﹂ 合同訓練は授業の一環なので、たとえ俺達だけ別行動でも集合場 所には集まるのだが⋮⋮周りはこちらをチラチラ見るだけで誰も近 寄って来ない。騎士団や魔法師団の人達でさえそうだ。 1158 そんな中、ジークにーちゃんとクリスねーちゃんだけは普通に話 し掛けてきた。内容はこの前購入した魔道具についてだったが。 ﹁あれくらいどうって事ないよ。冷蔵庫に関しては、魔石があれば 常時冷やし続けられるんだけどね⋮⋮﹂ 実際、ウチの冷蔵庫は、もうそのタイプに変更してある。メイド さんからは便利だと絶賛されてる。 ﹁魔石かあ⋮⋮まだ調査中なんだよなあ⋮⋮﹂ ﹁進捗はどうなってんの?﹂ ﹁騎士団からも何人か駆り出されてますね。シンから報告のあった 場所を発掘してるらしいですが⋮⋮﹂ そこでジークにーちゃんが声を潜めた。 ﹁⋮⋮チラホラ出てるらしいぞ﹂ ﹁そっか、やっぱりね﹂ ﹁それにしても⋮⋮シンが世に出た途端に、次から次へとまあ⋮⋮﹂ ﹁森にいた時から大概規格外だったけどな。世に出るとこんな事に なんのか⋮⋮﹂ ﹁御二人も、シン君の小さい頃を知ってるんですよね? どんな子 だったんですか?﹂ 俺が森にいた頃の話をし始めると、小さい頃の話を聞いた事のあ る筈のシシリーが、二人に訊ねた。 この二人の視点の話も聞いてみたかったのかな? ﹁俺達が前任から陛下の護衛を引き継いだのは、ここ四∼五年だか 1159 らそれより前は知らないけど⋮⋮﹂ ﹁初めて会った時は驚きましたね。なんせ⋮⋮﹂ ﹁超デカイ熊、背負って来やがったからな、コイツ﹂ そうだったな。結構デカイ、魔物化してない熊を仕留められたか ら、爺さんやばあちゃんに自慢しようと思って、背負って帰ったん だった。 ﹁木陰から大きい熊が急に姿を現したもんだから俺らも身構えてよ﹂ ﹁当時⋮⋮十歳でしたか。シンはまだ小さかったですから、熊に隠 れて見えなかったんですよね﹂ 懐かしそうに話すジークにーちゃんとクリスねーちゃん。それを 聞いた皆は⋮⋮。 ﹁⋮⋮なんだろうねえ、普通なら驚くところなんだろうけど⋮⋮﹂ ﹁シン君ってだけで納得しちゃうよね!﹂ もうちょっと驚いても良いんだよ? 君達。 ﹁はは! 良い具合に受け入れられてんじゃねえか﹂ ﹁こんな規格外の子に友達が出来るか不安でしたが⋮⋮杞憂だった みたいですね﹂ ﹁ちょっと、やめてよ⋮⋮﹂ 皆に受け入れられてる俺を見て、嬉しそうに俺の頭を撫でる二人。 この歳でそういう事されるの恥ずかしいんですけど⋮⋮かといっ て、嬉しそうな二人の手を払いのける事も出来ず⋮⋮されるがまま になっていた。 1160 皆の生温かい視線が⋮⋮。 ﹁フフ、御二人共、シン君の事可愛がってらっしゃるんですね﹂ ﹁あー、これはあれだな﹂ ﹁ええ、手を焼いた子ほど可愛いってやつですね﹂ ﹁そんなに手を焼かせたっけ?﹂ ﹁何言ってんだお前!? ちょっと目を離すと、すぐにいなくなり やがるし﹂ ﹁そうかと思ったら、血まみれになって帰ってくるし﹂ ﹁ち、血まみれ!?﹂ シシリーが血まみれ発言に反応して、心配そうな視線を向けてく る。 ﹁俺らも何事かと思ったけど﹂ ﹁獲物を仕留めるのに失敗して、返り血を浴びたらしくて⋮⋮﹂ ﹁あー、あったねえ、そんな事﹂ ﹁あったねえ⋮⋮じゃねえよ!﹂ ﹁本当ですよ! どれだけ心配したと思ってるんですか!?﹂ ﹁ゴ、ゴメン⋮⋮﹂ そんな事もあったねと思い出していたら、二人からメッチャ怒ら れた。 ﹁他にも、散々やらかしてくれたからな﹂ ﹁賢者様の家にいる時は、陛下の護衛よりシンの心配ばかりしてま したね﹂ そ、そうだったのか⋮⋮自分が子供だって意識が薄かったから、 1161 周りの心配とか考えてなかったなあ⋮⋮。 ﹁正直、心配してたんだぜ。こんな規格外な子供と仲良くしてくれ る奴なんているのかって﹂ ﹁それが、こんなに沢山の友人が出来るなんて⋮⋮皆さん、ありが とうございます﹂ ﹁ありがとな﹂ ジークにーちゃんとクリスねーちゃんが、まるで本当の兄姉のよ うに、皆に礼を言う。 嬉しいんだけど⋮⋮恥ずかしいって。 ﹁で? その不肖の弟は、また何かやらかそうとしてるって?﹂ ﹁単独で魔物討伐に出ると聞きましたが⋮⋮どういう事ですか?﹂ ﹁別に変な事じゃないよ﹂ 今回の目的について二人に話す。すると、二人揃って呆れた顔を していた。 ﹁魔物素材を傷を付けずに綺麗に採取する為の練習って⋮⋮﹂ ﹁この歳だと、普通は魔物すら狩らないんですけどね⋮⋮もうベテ ランと同じ考えに行き付きますか﹂ ﹁それは副産物だよ。本命は精密な魔法技術の向上なんだから﹂ ﹁魔物狩りすら訓練の一環か﹂ ﹁この子達を合同訓練に参加させなくて正解でしたね。騎士学院生 が確実に自信喪失します﹂ ﹁魔法学院生も同じだろ﹂ ﹁それより、二人は引率でしょ? 担当の班の所に行かなくていい の?﹂ 1162 さっきからずっと俺達の所にいるけど、担当する班の人に挨拶と かした方がいいんじゃないか? ﹁俺達の担当はお前達⋮⋮ていうかお前だよ﹂ ﹁俺?﹂ ﹁シンがまた無茶をしないように⋮⋮学院からも、陛下からも依頼 されましたよ﹂ ﹁ええー? お目付け役って事? そんなの必要ないのに﹂ ﹁そんな訳に行くか!﹂ ﹁自分の今までの所業を思い返してみる事ですね。辞令が無かった ら自ら志願してましたよ﹂ ﹁俺も。どうしても、無茶をしないお前が想像できん!﹂ 引率じゃなくて、監視だったか。 そういう意味での信用ないな、俺⋮⋮。 ﹁シン、二人の目的も分かった事だし、そろそろ出るか? どうせ 深部まで行くんだろう?﹂ ﹁そうだな。じゃあ、ジークにーちゃん、クリスねーちゃん、付い てきて﹂ さて、魔物相手の精密魔法実習を開始しますか。 ﹁お、いるいる。今日も魔物が沢山だな﹂ ﹁本当に異常事態だな。早く問題を解決しないと、世界中魔物だら けになっちまうぞ﹂ ﹁それで? ここからどうするのですか?﹂ 1163 ﹁魔物ってさ、魔力に誘われて集まって来る習性があるんだよね?﹂ ﹁ああ、魔物は魔力を持ってる生物を襲うと言われてるな﹂ ﹁だから、大人数での移動の際は沢山の魔物が出るんですよ﹂ ﹁だったらさ、こうやって魔力を集めると⋮⋮﹂ 魔力を大量に集めて、それを魔法に変換せずに放置する。 すると⋮⋮。 ﹁おい⋮⋮おいおいおい!﹂ ﹁どうしたんですか? ジーク﹂ ﹁どうしたもこうしたも! スゲエ数の魔物が集まってきてるぞ!﹂ ジークにーちゃんの言葉にざわめく一同。 普通、魔力はすぐ魔法に変換してしまうから、集めた魔力のまま 置いておくなんて事はしない。 だが、魔物が魔力に誘われるなら、こうして魔力を集めたままに してると、餌にできるんじゃないかと踏んだのだが、正解だったみ たいだ。 ﹁皆、魔物は把握してるね﹂ ﹁ああ﹂ ﹁はい、大丈夫です﹂ ﹁じゃあ、二人一組なって、一人が魔物素材に傷を付けずに攻撃。 もう一人は撃ち漏らした魔物を、パートナーに近付けないように討 伐。その場合は採取は考えなくていいよ﹂ ﹁万が一のフォローですか﹂ ﹁へえ、意外とちゃんと考えてんだな﹂ 1164 ﹁二人とも、俺を何だと思ってるのかな?﹂ 皆を危険に晒すような訓練なんてしないって。今までだって、大 丈夫だと思ったから災害級だって討伐させたんだし。 ﹁シシリーは俺と一緒ね﹂ ﹁シン君と一緒なら心強いです﹂ 魔物討伐前だというのに、嬉しそうなシシリー。その信頼は嬉し いんだけど⋮⋮そう上手い話じゃないよ? ﹁よし、パートナー組んだな。それじゃあ先発組⋮⋮﹂ 皆が二人組になり、準備ができたところで魔物達が射程圏内に入 った。 ﹁撃てえ!﹂ 先発組が、一斉に魔法を放つ。 何体か素材をダメにしているが、 討伐自体は順調だ。 ﹁わっと! あーん、また両断しちゃったよお﹂ ﹁アリスはまだまだ甘い⋮⋮む﹂ アリスが撃ち漏らした魔物が、魔法の網をを掻い潜り近付いてく る。 パートナーを組んでいるリンがそれに気付き、その魔物に向かっ て魔法を放った。 1165 ﹁熱っつ! リン! こんな至近距離で、炎の魔法なんて使わない でよ!﹂ ﹁大丈夫、アリスは強い子﹂ ﹁意味が分からないよ!?﹂ あそこは何やってるんだ? しかし、あれでも順調に魔物討伐は 進んでいる。 魔物素材が採取できていれば、なお良かったんだけどな。フォロ ー側は、素材の取得は考えないでいいと伝えてしまったのでしょう がない。 シシリーも、俺がフォローしているからか、討伐に集中している。 時々こちらに向かってくる魔物もいるけど、皆も問題なくフォロ ーできている。 しばらくすると、魔物の群れの第一波が収まった。 ﹁ふいー! 疲れたあ!﹂ ﹁予想以上に素材をダメにしちゃったねえ﹂ ﹁フム、これは難しいな﹂ ﹁ああ⋮⋮勿体無い事したッス﹂ ﹁これは⋮⋮中々遣り甲斐のある課題ですね﹂ ﹁フフ、シン君のお陰で集中できました﹂ 先発組が口々に感想を言っているが、そんな猶予はあまりなかっ たりする。 ﹁ホラ、第二波が来るよ。先発組は後発組と交代な﹂ 1166 ﹁ええ! もう!?﹂ ﹁魔物は俺達を待ってくれないぞ﹂ ﹁シン⋮⋮アンタ、さっき魔力集めてなかった?﹂ ﹁気のせいだろ? それより、来るぞ!﹂ 実は、マリアの指摘は正しかったりする。 さっきコッソリ魔力を集めて、魔物を呼び寄せていたのだ。 ﹁ホラ来たぞ! 撃てえ!﹂ 俺の号令と共に、先発組と同じ要領で魔物を討伐していく後発組。 ﹁ああ、もう! 心の準備が出来てなかったから!﹂ ﹁あぁ、またダメにしちゃったぁ⋮⋮﹂ ﹁うう⋮⋮勿体無いです﹂ ﹁ぬ! この! トール、スマン! 抜けたで御座る!﹂ ﹁む、失敗した﹂ 先発組より準備期間が短かったせいか、割と狙いを外してしまっ ている。 ﹁シン君は凄いですね⋮⋮百発百中ですか⋮⋮﹂ ﹁まあ、これくらいはね。昔は鳥の群れとか撃ち落としてたし﹂ ﹁⋮⋮それって、やっぱり⋮⋮﹂ ﹁鳥肉ゲットだね﹂ ﹁それに比べたら、こんな魔物なんて大きな的ですね⋮⋮﹂ ﹁そういう事﹂ 結局、最後までリカバリー出来ずに、魔物素材の大部分をダメに 1167 してしまった後発組が、落ち込んでる。 ﹁もうちょっと、ちゃんと準備出来てたら⋮⋮﹂ ﹁ウォルフォード君、非道いよぉ﹂ 泣き言を言うマリアとユーリを諌めようとしたら、クリスねーち ゃんが先に口を開いた。 ﹁アナタ達は、敵が﹃今から攻めますよ﹄と宣言しないとちゃんと 戦えないのですか?﹂ ﹁魔法の威力はスゲエけど、その辺はまだまだお子様だな。奇襲な んて戦場では日常茶飯事だぜ?﹂ さすがにジークにーちゃんとクリスねーちゃんは、俺の意図に気 付いたようだ。 ﹁敢えて準備期間を取らせないようにしたんだ。俺達がこれから相 手をするのは魔物じゃない。魔人⋮⋮それも意識のある魔人だぜ?﹂ 俺達の言葉で、皆の顔が下を向く。オーグですら苦い顔をしてい る。 ﹁今までは正面突破で来てくれたから助かってるけど、これだけ長 い期間襲撃がないって事は、対策を練ってるんじゃないか? なら、 今までみたいに楽勝とはいかないかもしれない﹂ ハッと、気付いたように皆が顔を上げる。 ﹁そうなってからじゃ遅いんだ。そうなってしまったら⋮⋮俺は⋮ ⋮﹂ 1168 この世界で初めて出来た対等の友人達。誰一人として欠けさせた くない。その為なら俺は⋮⋮。 ﹁ってな訳で、第三波な。もうそこまで来てるぞ﹂ ﹃うえええええ!?﹄ ホレホレ、さっさとしないと魔物の群れが到着しちゃうぞ? ﹁シンって意外と厳しいところもあるのね⋮⋮﹂ ﹁ああ! もう来たあ!﹂ ﹁それで⋮⋮目標は?﹂ ﹁もちろん、素材の採取ね﹂ ﹃鬼いいいい!﹄ はっはっは、素材は採取出来なくても、死ぬ事はないだろうから、 一杯苦労しようか。 ﹁うう⋮⋮大変です⋮⋮﹂ ﹁あ、シシリーはこの後、交代せずに引き続き討伐ね﹂ ﹁ええ!?﹂ ﹁だって、俺が入ると練習になんないじゃん? 大丈夫、ちゃんと フォローしてあげるから﹂ ﹁ふええええ!﹂ これで、シシリーの実力も上がるだろう。 いやあ、婚約者思いだな。俺って。 ﹁シンがSだ⋮⋮﹂ 1169 ﹁意外でしたね﹂ そこの引率! 変な事言わないでよね! ﹁ふええええ!﹂ シシリーは半べそをかきながら頑張ってる。 泣き顔もかわい⋮⋮。 ﹁シンが変態だ﹂ ﹁意外でしたね﹂ そこの引率ぅぅ! 変な事言うなあ!! 1170 感覚がずれてきてました︵前書き︶ 投稿が遅れました。 なるべくペースは落とさないように更新しようと思っているのです が⋮⋮ 同時進行でやらないといけない事が多くて⋮⋮ すいません。 それと、活動報告を更新しました。 書籍情報の続編です。 1171 感覚がずれてきてました ﹁よっ! はっ! っと、結構難しいな、これ!﹂ ﹁フン! ハア! 素材に傷を付けない! のが! こうも面倒だ とは!﹂ 引率として付いて来ていた筈のジークにーちゃんとクリスねーち ゃんも、見ているだけだと暇だと言うので、一緒に魔物討伐に参加 している。 ここにいる全員が魔法使いなので、騎士団所属のクリスねーちゃ んは、撃ち漏らした魔物を討伐してもらってる。 それより⋮⋮。 ﹁ジークにーちゃんって、無詠唱使えたっけ?﹂ ﹁ああ!? っと! 例のマーリン様式訓練法な! あれをずっと 実践してたら制御できる魔力が増えて⋮⋮よ! そしたら、無詠唱 で魔法がっ! 使えるようになったんだわ!﹂ ﹁へえ、そうなんだ﹂ ﹁っていうか! お前、よく普通に喋り! ながら! そんだけポ ンポン魔法が! 撃てんな!﹂ ﹁慣れじゃない?﹂ ﹁そんな! もんか!?﹂ いつの間にか、ジークにーちゃんが無詠唱で魔法を撃てるように なっていた。 1172 制御できる魔力が以前とは段違いだ。 魔力制御を地道にやって、制御できる魔力量を増やすだけでこれ だけ出来るんだから⋮⋮。 ﹁皆もやればいいのに﹂ ﹁ウチの魔法師団じゃあ! もう皆やって! るよ!﹂ ﹁そうなんだ、良いことじゃん﹂ ﹁皆ブツクサ言ってた! けどな! マーリン様やシンがやってる ! 練習法だって言ったら! 皆真面目にやりだしたよ!﹂ やっぱり爺さんの名前は偉大だな。 魔力制御の練習って、魔法の練習の中では一番地味で面白くない って、皆言ってたのに。 ちなみに俺は、魔力を制御しているという事実だけでメチャメチ ャ楽しいので、魔力制御の練習が嫌だと思った事は一度もない。 今でも毎日やってるしな。 ﹁喰らいなさい! よし! 今のうちに!﹂ ﹁おお!? クリスねーちゃん、今の何?﹂ エクスチェンジソードの刃を魔物に向かって射出し、それが魔物 に突き刺さり、その隙に刃を交換して次の魔物へと向かって行った。 ﹁刃を交換する際の射出用のバネを、一番強力なものにしてるんで すよ! 刃を交換する時は隙が生まれますからね! 刃を射出でき るなら! 有効活用しないと! 勿体無いでしょう!?﹂ 1173 おお、あの交換機能にそんな使い方があったとは。 刃の交換も、攻撃の機会にしてしまったのか。 ﹁でも、それだと装着する時に力がいるんじゃない?﹂ ﹁そんな柔な鍛え方は! してませんよ! っと⋮⋮収まりました か?﹂ ジークにーちゃんとクリスねーちゃんと話していたら、いつの間 にか魔物の群れが収まっていた。 ﹁うーん、今日はもうこれくらいにしとく?﹂ ﹁もうクタクタだよう!﹂ ﹁はあ⋮⋮はあ⋮⋮シン君⋮⋮もう⋮⋮ダメ⋮⋮﹂ 皆ヘロヘロだな。 特にシシリーは、ずっと交代無しでやってたから、皆より消耗が 激しそうだ。 ﹁じゃあ、今日はこれまでにしようか﹂ ﹁はあ⋮⋮さすがに疲れたな⋮⋮﹂ ﹁全力で魔法を放つ方が楽でしたね⋮⋮﹂ ﹁シン殿はさすがですね。フォローに回っていたとはいえ、相当数 討伐しているでしょう?﹂ ﹁そうか? こんなデカイ的、慣れたら外さないよ﹂ ﹁デカイって⋮⋮普段、どんなの相手にしてんのよ?﹂ ﹁こういうの﹂ 1174 そう言って空を見ると、はるか上空を飛んでいる鳥がいた。食用 にすると旨いヤツなので、あれでいいかな? その鳥に向かって極小の風の刃を放つ。 飛行中だった鳥は無防備に首を落とされ、落下してきた。 また風を操作し、こっちに落ちてきた鳥をそのままキャッチした。 そのまま、鳥の足を持ち血抜きをする。 今まで散々魔物を討伐してるから、皆グロい光景も見慣れてる。 チームの皆は呆然とした顔で、引率の二人は懐かしげな顔で、そ の光景を見ていた。 ﹁え? 飛んでる鳥って、あんな簡単に狩れるの?﹂ ﹁そんな訳ないじゃない⋮⋮普通、飛び立つ前の鳥を矢で射るもの よ﹂ ﹁飛んでる⋮⋮しかも、あんな上空の鳥を一撃ですか⋮⋮﹂ ﹁相変わらず、非常識な魔法の腕で御座るな﹂ ﹁シン君⋮⋮さっき、あれを群れで狩ってたって言ってませんでし た?﹂ ﹃群れ!?﹄ ﹁もっと小さい鳥だと、数がないと皆に行き渡らないからね。二人 もよく食べてたよね?﹂ 毎日じゃないけど、結構な頻度でいろんな人が来てたからな。 特に、ジークにーちゃんとクリスねーちゃんは、まだ二十歳過ぎ 1175 位だったから、結構食べたのだ。 ﹁ああ、かなりご馳走になったな﹂ ﹁食べるだけでは申し訳ないと、狩りに付いて行ったのですが⋮⋮﹂ ﹁見せられた光景があれだからなあ⋮⋮﹂ ﹁まったく役に立たずに、シンが狩った獲物を回収しに行きました よ﹂ そうだった。でも、撃ち落とした鳥を回収するのが面倒だったか ら、楽でいいなって、二人の表情には気付かなかった。 気にしてたのか⋮⋮。 ﹁まあ、ここまでやれとは言わないけどね。でも、この先、精密な 魔法が撃てれば、有用な場面だって出てくるんじゃないか? 人質 を取られた時とか﹂ ﹁そういうシチュエーションもあり得るか⋮⋮﹂ 魔法の精密射の実演を見せた事で、皆のやる気が上がったような 気がする。 もっとも、今日は皆ヘロヘロだから、次回に期待だな。 その後、討伐した魔物の山を皆で手分けして回収し、帰る準備は 整った。 ﹁じゃあ、皆、帰ろうか。シシリー﹂ ﹁はい?﹂ ﹁背中、乗って﹂ ﹁え、ええ? い、いいですよ!﹂ 1176 ﹁この中で、シシリーが一番疲労してるからね。俺がそうさせちゃ ったんだし、これくらいどうって事ないよ﹂ ﹁で、でも⋮⋮﹂ ﹁言うこと聞かないなら、お姫様抱っこしていくよ?﹂ ﹁背中に乗ります!﹂ ちぇっ、お姫様抱っこでもいいかと思ったのに。さすがに恥ずか しいのかな? 背中におんぶしているシシリーの負担にならないように、気を付 けて走り出す。 ﹁シシリー、今日はゴメンね﹂ ﹁どうしたんですか? シン君﹂ ﹁いや⋮⋮今日、シシリーだけ厳しくしちゃったから⋮⋮﹂ ﹁え? ああ、それだったら、全然気にしてないですよ。むしろ、 シン君のフォロー付きで沢山練習出来てラッキーでした﹂ シシリーは、本心から言ってると思う。でも、そうしなきゃいけ ない状況にしたのは俺なのだ。 ﹁シシリーは、治癒魔法の練習もしてもらってるからさ、どうして も皆より、攻撃魔法の練習時間が少なくなっちゃうから⋮⋮こうい う機会に、少しでも力を付けて欲しいんだ﹂ ﹁それだって、私が志願した事ですよ?﹂ ﹁それでもだよ。シシリーに攻撃魔法の練習時間を与えないで、も し何かあったら⋮⋮俺は、それが一番怖い﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁だから、シシリーだけ厳しくしたんだ。俺の我が儘でね。だから ⋮⋮ゴメン﹂ 1177 皆より疲労困憊で、俺が背負って帰らなきゃいけない位消耗した シシリー。そうしたのは、俺の我が儘が原因なのだ。 えこひいきだって、特別扱いだって言われたって、俺は⋮⋮シシ リーの事が大事なんだ。 ﹁シン君⋮⋮ありがとうございます﹂ ﹁シシリー?﹂ シシリーが、ギュッとしがみついてきた。 ﹁こういう事があると、シン君に大事にされてるって、あ⋮⋮愛さ れてるって分かります﹂ 気持ちは伝わったみたいだ。よかった⋮⋮。 ﹁訓練はしんどかったですけど⋮⋮でも、シン君が、私の為を思っ てしてくれてる事ですから、頑張ります。次も宜しくお願いします ね?﹂ ﹁無理だったら、無理って言ってくれていいんだよ?﹂ ﹁そんな事言いません! だって⋮⋮﹂ そこで言葉を切ったシシリーは、俺の耳に口を寄せて囁いた。 ﹁大好きなシン君に、褒めてもらいたいですから⋮⋮﹂ ⋮⋮。 熱い! 顔が、体が熱い! 1178 ギュッとしがみついてるシシリーを背中に感じて、耳許でそんな 事囁かれたら⋮⋮。 ﹁お前達は⋮⋮こんな時にまで、イチャイチャするのか?﹂ ﹁バカップルの鑑ですね﹂ ﹁二人してそんな真っ赤になって! 何を話してたのかな!?﹂ 湯気が出そうなくらい真っ赤になってるのが自分で分かる。 そうなると、当然、周りにも気付かれた。 ﹁はあ⋮⋮弟が青春真っ盛りだ⋮⋮俺も、身を固めるかなあ⋮⋮﹂ ﹁私の相手はどこにいるのでしょうか?﹂ ﹁⋮⋮いないんじゃね?﹂ ﹁殺しますよ?﹂ ﹁そんな事言ってる内は、嫁の貰い手なんてねえって⋮⋮﹂ ﹁つ、突っ掛かって来ないと、調子が狂うじゃないですか!﹂ あっちはもう放っておこう。 っていうか、あの二人、付き合いも長いし、割りと息も合ってる し、お似合いだと思うんだけど⋮⋮言うのは止めておこう。盛大な 喧嘩が始まるに決まってるし。 結局、皆に冷やかされたり、恥ずかしがって顔を上げられないシ シリーが、さらに俺に密着してきたので、クリスねーちゃん達、お 独り様の女性陣がキレかけたりしながら、集合場所に戻ってきた。 ﹁お、戻ってきたな⋮⋮おい! クロードはどうした!?﹂ 1179 ﹁それが先生、聞いてくださいよ!﹂ アリスが嬉々として、今に至る状況を説明する。 ﹁所構わずイチャイチャした結果かよ⋮⋮まあ、ウォルフォードに ジークやクリスがいて、万が一なんてねえか﹂ ﹁お、意外と高評価じゃないッスか、先輩﹂ ﹁お前の性格はともかく、実力は認めてるからな。クリスは言うに 及ばずだ﹂ ﹁ありがとうございます、マーカスさん。既婚者でなければ求婚し てしまいそうです﹂ ﹁な! なな、何を言ってる!? 気でも触れたか?﹂ ﹁あー、アイツ、シンにあてられて愛に飢えてるそうッス﹂ ﹁⋮⋮ああ、あの二人はなあ⋮⋮アイツらのイチャ付き振りを見て ると、無性に嫁に会いたくなる時があるわ﹂ ﹁先輩もッスか?﹂ ﹁﹃も﹄って事はお前もか。お前⋮⋮は、誰に会いたくなるんだ?﹂ ﹁えーっと⋮⋮誰か⋮⋮ッスね﹂ ﹁そういう所が合わないんだよ⋮⋮魔法師団と⋮⋮﹂ アルフレッド先生とジークにーちゃんの会話が聞こえたけど、も しかしてアルフレッド先生が魔法師団を辞めた理由って、チャラ男 になれなかったからなんじゃ⋮⋮。 先生、真面目そうだし。今度、機会があったら聞いてみよう。 ﹁それで? 成果はどうだったんだ?﹂ その先生の台詞に、落ち込む面々。 1180 ﹁な、なんだ? どうした? 何か失敗でもしたのか?﹂ この面子が、段々常識外の集団になりつつあるのを知っている先 生は、皆が落ち込んでいるのを見て焦りだした。 ﹁それが、先生!﹂ ﹁見て下さいよぉ﹂ 皆が回収してきた魔物を異空間収納から取り出した。 その数たるや⋮⋮ちょっとした小山が出来た。 ﹁最初は、十分準備出来たからそれなりに綺麗に討伐出来たんです けど⋮⋮﹂ ﹁途中からシン君が、準備期間を取らせてくれなくて!﹂ ﹁その後は、ほとんどダメにしてしまったんですよねえ﹂ 当初の目標だった、綺麗に採取するという目標を達成する事が出 来なかったと、口々に言う皆。 アルフレッド先生は、小山になった魔物を見て、口をあんぐり開 けている。 周りからは、どよめきも起こっている。 それに皆気付いてない。 感覚が、周りとズレてきてるのかな? ⋮⋮俺のせいか? 俺も、最初こんなだったな⋮⋮。 1181 ﹁これだけの量を狩っといて⋮⋮満足してないのか?﹂ ﹁私達の本来の目的は、魔物素材に傷を付けずに、討伐する事だっ たからな。数は問題じゃない﹂ ﹁それにしても⋮⋮この数は⋮⋮﹂ そういえば、魔物を狩るのって学院を卒業してからがほとんどで、 俺らの歳で魔物を狩る事なんてないって言ってたな。それで、この 量狩ってれば⋮⋮驚かれもするか。 ﹁言っとくけどな、シン。軍でもこれだけの量狩る事なんて、滅多 にある事じゃないからな﹂ ﹁これだけの量を狩れる事自体が異常なんですからね。自覚しなさ い﹂ 二人も、あの小山を作るのに一役買ってた筈なんだけどな? ﹁次の騎士学院との合同訓練も、お前達は別行動な﹂ ﹁あれ? こちらからの志願じゃなくて、命令?﹂ ﹁こんだけ魔物狩れる連中が、ようやく魔物狩りに慣れてきた騎士 学院の生徒と一緒になんて出来るか!﹂ 今回の件は、こちらからお願いした事だったけど、次回からは命 令になってしまった。 いいけどね。公認なら文句も出ないだろうし。 こうして、素材を生かした魔物討伐訓練初日は終わった。 シシリーは、結局、集合場所に着いても、俺の背中から離れる事 1182 が出来なかった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− ﹁ただ今戻りました﹂ ﹁おお、戻ったかヘイデン。早速、ウォルフォード君達がどれくら いの実力だったか報告してもらえるか?﹂ シン達の引率を終え、騎士団の詰め所に戻ってきたクリスティー ナは、その足で総長室に向かった。 ドミニクは軍務局長だが、騎士団総長でもあるため、ここが軍務 局長室であり、騎士団総長室でもある。 ドミニクの言葉にある通り、クリスティーナの目的はシン達の引 率でもあり、彼らの実力をその目で見定める事でもあった。 ﹁報告⋮⋮ですね⋮⋮何と説明すれば良いのか⋮⋮﹂ ﹁どうした? そんなに説明しづらい事なのか?﹂ ﹁説明しづらいというか⋮⋮言って信じてもらえるかどうかという か⋮⋮﹂ ﹁何があった?﹂ クリスティーナは意を決して、自分の目で見た事を報告した。 1183 ﹁討伐した魔物で小山が出来た?﹂ ﹁ええ、しかも、素材に傷を付けないように気を付けてそれですか ら。素材を気にしないで討伐すれば⋮⋮増えに増えた魔物が、全て 殲滅させられますよ﹂ ﹁⋮⋮アルティメット・マジシャンズを戦列に組み込むとしたら、 どこに組むべきだと思う?﹂ ﹁各個人が、単独で戦力として成り立ってますからね⋮⋮何人かで 組んで、独立した戦力としてカウントした方がいいんじゃないでし ょうか?﹂ ドミニクが戦力としてどうかと聞いたのには訳がある。 三国会談後、世界連合を締結するとして、どこに、どんな戦力を 配置するか提案する必要があるためだ。 アルティメット・マジシャンズをアールスハイドの固有戦力には しないと明言しているとはいえ、彼等はアールスハイド王国の国民 であり、アールスハイドで生活し、学院にも通っている。 シン達の戦力を把握しておくのは、アールスハイドに課せられた 義務と言って差し支えない。 その戦力確認で、チーム全員が隔絶した実力を持っているとなる と⋮⋮各国の戦力配置のどこに誰を配置すればいいのか? 悩みの種は増すばかりである。 ﹁しかも、今、アールスハイド魔法師団は、マーリン様式訓練法で、 かなり実力を伸ばしているらしいですから⋮⋮うかうかしていると、 1184 アールスハイドで、我等が一番の足手まといになりかねません﹂ クリスティーナのその言葉に、苦虫を噛み潰したような表情をす るドミニク。 軍籍に入り、魔法使いとの共同戦線をいくつも乗り越えている彼 だが、根本的な所では、やはり魔法使いに後れをとるのは面白くな いらしい。 ﹁⋮⋮あんな、チャラチャラした集団に負けて堪るか!﹂ ドミニクが面白くないと感じているのは、魔法使いに負けるから ではなさそうだが⋮⋮。 ﹁どうする? ここは恥を偲んで、ウォルフォード君にバイブレー ションソードを作ってもらうか?﹂ ﹁それは止めた方が賢明かと﹂ ﹁なぜだ?﹂ ﹁あれは、付与の仕方がシン以外に分からないというだけで、別に 秘匿した技術という訳ではないのですが⋮⋮﹂ ﹁なら、何が問題なんだ?﹂ ﹁⋮⋮実は、私も、ナイフ型の物は、シンに貰って持っているんで す﹂ ﹁そうなのか!?﹂ シンに貰った。という事は、シンに頼めば作ってくれる可能性が あるという事だ。嬉しそうな顔を見せるドミニクだが、クリスティ ーナの表情は冴えない。 ﹁総長、この部屋に、何か堅くて切っても良い物はありませんか? 1185 例えば、訓練用の木剣とか﹂ ﹁それなら⋮⋮ちょっと待て。ああ、あった﹂ 自身のロッカーから、訓練用の木剣を探しだした。 ﹁訓練中にヒビが入ってしまってな。捨てようと思って、そのまま にしてしまったのだ﹂ そう言って、木剣をクリスティーナに渡す。 ﹁見ていて下さい﹂ そう言って、懐からナイフを取り出す。 ﹁それが?﹂ ﹁ええ、バイブレーションソード⋮⋮この場合、バイブレーション ナイフですか﹂ 取り出したナイフに魔力を込める。 魔法は使えないクリスティーナだが、魔道具を起動させる事は、 この世界の人間なら誰でも出来る。 ﹁いきます﹂ そう言うと、ナイフの刃を、木剣にあてがう。 ﹁お、おお!﹂ 訓練用の堅い木剣が、まるでバターでも切るように切られていく。 1186 右から左、左から右と刃を行き来させる。その度に木剣は細切れ になっていく。 ﹁力は全く加えていません。それなのにこの切れ味。確かに素晴ら しいですが⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮これに頼るという事は⋮⋮我等の技術は意味がなくなるか⋮ ⋮﹂ ﹁はい。この武器を使うなら、騎士団である必要はないんです﹂ ﹁⋮⋮本当に、我々が一番の足手まといになるのか⋮⋮﹂ ﹁そんな事はないです。これを見てください﹂ ﹁靴? それがどうした?﹂ ﹁これは、先日開店したウォルフォード商会で販売されている、ジ ェットブーツという物です﹂ クリスティーナは、洗浄機能付きトイレと、冷蔵庫以外に、ジェ ットブーツも購入していた。 ﹁正直、初めてシンが作ったのを見た時は必要がないと思ったので すが⋮⋮実際の戦闘では、これを使いこなせると、非常に有用なの です﹂ ﹁そういえば⋮⋮シュトロームとウォルフォード君が戦った時にも 使っていたな。平面だけでなく、空中も行動範囲になっていた﹂ ﹁そういう事です。さらに、突進力も増します。これを騎士団に取 り入れ、戦力の増強を図るべきかと﹂ ﹁⋮⋮よし、ウォルフォード商会に発注しよう。これから、ジェッ トブーツを使った特訓だ! ヘイデン、指導を頼む﹂ ﹁はっ!﹂ こうして、アールスハイド騎士団の制式装備として、ジェットブ 1187 ーツの導入が決定した。 ﹁ルーパーめ、これで足手まといとは言わせんぞ!﹂ 魔法師団長である、ルーパー=オルグランに対抗心を燃やす、騎 士団総長。 そして、その対抗心を燃やされている魔法師団長はというと。 ﹁お、戻ったかジーク。それで? ウォルフォード君達の訓練はど うだったよ?﹂ 魔法師団でも、戻って来たジークフリードを、団長であるルーパ ー=オルグランが出迎えていた。 ﹁どうもこうもないッスよ。また非常識な集団になってやがりまし たよ⋮⋮﹂ ルーパーの問いに、先程見てきた、今までの常識では信じがたい 光景を話すジーク。 ﹁⋮⋮俺は、ウォルフォード君が戦ってるとこしか知らねえんだが よ。他の子達はどうなんだ? 皆あんな感じなのか?﹂ ﹁概ね間違っては無いッスね。無詠唱でポンポン魔法は撃ちやがる し、魔物が討伐出来ても、綺麗に倒せなかったら悔しがってるし、 あれだけ狩ってるのに、グッタリする位で済んでるし⋮⋮﹂ 数回に渡って行われた魔物討伐。それを全て討伐しておきながら、 1188 シシリー以外は少し疲れた程度で、特に問題なさそうだった事も信 じられなかった。 ﹁あれだけ⋮⋮ってどんだけなんだよ? それだけじゃ分かんねえ よ﹂ ﹁そうっすね⋮⋮地面から、そこの二階の窓まである魔物の山がで きてましたね﹂ 魔法師団詰所の二階にある団長室の窓を指差し、その窓辺りまで の小山が出来た事を告げる。自分も一部参加したとはいえ、よくも あそこまで狩れたものだと思う。 ﹁はあ?﹂ ﹁それも、ドサドサ出していったから⋮⋮横にも随分広がってまし たね⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮何体討伐したんだ?﹂ ﹁さあ? 正確には数えて無いっすね。二百は超えてたと思います けど﹂ 途中から自分も討伐に参加したので、数を数えるのは止めた。 とにかく沢山、というのがジークのの認識だ。 ﹁⋮⋮十五・六の子供だよな?﹂ ﹁そうッスね。高等魔法学院の一年生ッスから。ただまあ、実力的 に言うと⋮⋮十歳の頃のシンといい勝負じゃないっすか?﹂ ﹁⋮⋮ウォルフォード君は、どれだけの高みにいるんだ?﹂ そんな非常識な行動を取る連中が、十歳の頃のシンと同じくらい の実力だという。 1189 十歳で、その非常識な連中と同等だったシンは、一体今、どの位 の実力があるのか? ルーパーは、その事が気になった。 ﹁それこそ分かんないッスよ。マーリン様は、自分を遥かに超えて いるって言ってますけどね。人類史上、最上位に当たるんじゃない ッスか?﹂ ﹁⋮⋮よくもまあ、この時代に、タイミングよくこの世界に生まれ てきてくれたものだな⋮⋮ウォルフォード君がいなければ、この世 界はどうなっていた事やら⋮⋮﹂ ﹁本当ッスね。なんか、神様が本当にいて、このシナリオを書いて るみたいっすね﹂ ﹁⋮⋮創神教の御子さんの前では言うなよ?﹂ ﹁当たり前ッス﹂ シン=ウォルフォードという規格外が現れたと同時期に、オリバ ー=シュトロームという、歴史上初めての意思ある魔人が現れた。 このあまりにも偶然過ぎる事態が、神によるシナリオみたいだと いう感想を持つ者も多い。 一部では、神の使いではないかとの声も上がっている。 ﹁このままじゃあ、ウォルフォード君に全部持ってかれちまう。俺 らも負けてらんねえな﹂ ﹁そッスね﹂ ﹁おし! そうと決まれば訓練だ! ジーク、付き合え!﹂ ﹁え? いや、俺、今日はもう結構訓練したと⋮⋮﹂ 1190 ﹁普通な事やってて、ウォルフォード君に追い付けるか! いいか ら、行くぞ!﹂ ﹁ちょ、ちょっと待ってええええ!﹂ ジークフリードの首根っこを掴んで、引き摺って行くルーパー。 彼は、騎士団の事を全く気にしていなかった。 1191 本日も平常運転でした 本日も騎士学院との合同訓練⋮⋮には参加せず、俺達は単独で魔 物討伐に当たる。 今日もジークにーちゃんとクリスねーちゃんが引率として来るの かと思ったら、今日現れたのは、ルーパー=オルグラン魔法師団長 だった。 突然現れた、アールスハイド王国魔法使いのトップに、魔法学院 の生徒達は戸惑い、畏縮していた。 それはそうだろう。自分達は、まだひよっこにもなっていない、 いわば卵だ。 そんな卵達の前に、親鳥のボスが現れたのだ。畏縮するなって方 が無理だろう。 ﹁あれ? オルグランさん? ジークにーちゃんはどうしたんです か?﹂ ﹁あいつは本来、陛下の護衛だからな。ウォルフォード君の訓練に だけ、特別に引率してきてたんだよ﹂ ﹁へえ、そうだったんですか﹂ ﹁先日の訓練に同行して、護衛を伴う引率は不要だと判断がされた んだが⋮⋮隔絶した実力を持っているとは言っても学生だからな。 引率は必要だってことになって、今日のところは俺が来たってわけ だ﹂ 1192 護衛は必要ないけど、学生だけで魔物討伐に向かわせるのは、無 責任過ぎるってことかな? どちらにしても、大人は付いてくるのか。 ﹁でも、付いてくるだけなら、オルグランさんでなくてもよかった んじゃないですか?﹂ ﹁まあ、確かにそうなんだけどよ、俺が君達を見たかったってのも あってな﹂ ﹁そうですか? そんなに面白いものではないと思いますけど﹂ ﹁何言ってんだ。チーム全員が叙勲を受けるような集団だぜ? 興 味が湧かねえ方が無理ってもんだろ﹂ ﹁そんなもんですかねえ⋮⋮﹂ ﹁そんなもんだ﹂ まあ、俺達の行動に制限をかけるとか、そんな話ではなさそうだ し、別にいいかな。 ﹁オルグラン。お前は、私やシンがいるから錯覚しているかもしれ んが⋮⋮この中で、お前とまともに話せるのは、私とシンだけだか らな? 学生の中に組織のトップが入るとか、十分非常識な行動だ と自覚しろよ﹂ ﹁それは分かっているのですが⋮⋮﹂ オルグランさんが声を潜め、オーグと小声で話し出した。 ︵ドミニクから、アルティメット・マジシャンズの戦力を、直に見 極めてくれと言われているのですよ。今度の連合会議での、作戦立 案の為に︶ ︵そういう事か。それは了解したが、あまりでしゃばるなよ?︶ 1193 ︵分かっております︶ ﹁何話してんの?﹂ ﹁いや、何でもない﹂ ﹁ああ、ちょっとした打ち合わせだよ。それじゃあ、そろそろ行こ うか? 君達の戦闘を見てみたい﹂ ﹃は、はい!﹄ 案の定、皆は、オルグランさんがいることで緊張してる。 俺は⋮⋮オルグランさんが、ばあちゃんに頭の上がらない所とか 見てるし、組織のトップとは思えないほど、フランクに話し掛けて くれるので、あんまり緊張しないな。 将来、魔法師団とは別系統の組織になる事だし、今回の引率で距 離が縮まるといいな。 そんな事を考えてる内に、先日と同じ場所までやってきた。 ﹁はあっ! はあっ! ちょっと⋮⋮ペース早くねえか?﹂ ﹁そうですか? ⋮⋮ああ、皆これ使ってるからじゃないですかね﹂ ﹁これ?﹂ 俺が指した先は、皆の足もと。 靴が、全員ジェットブーツになってる。 ﹁それって⋮⋮確かウォルフォード君が履いてる、相手との距離を 詰めたり、空中で方向転換したりできるやつか?﹂ ﹁そうです。そういえば、シュトロームと対戦した時に使いました ね﹂ 1194 ﹁で? 全員がそれを履いてるって事は⋮⋮皆、近接戦もやるって 事か?﹂ 普通はそう思うよなあ。でも、皆がジェットブーツを履いてる理 由は違うんだよ⋮⋮。 ﹁バレー⋮⋮﹂ ﹁ん? バレー⋮⋮ってあれか? ウォルフォード君達がリッテン ハイムリゾートでやってたっていう、遊びの?﹂ ﹁⋮⋮そのバレーで⋮⋮ジェットブーツを使えば、面白い事になる からって、皆が履きだして⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮まさか、その扱いに慣れる為に⋮⋮﹂ ﹁基本、俺達は固定砲台ですからね。戦闘中には使いません。ただ、 普段近接戦もやる、俺やトニーのジェットブーツの扱いが上手いっ て言い出して⋮⋮やっぱり、実践で使わないと上達しないから、移 動は、これを使おうって事になって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮先日行った場所なのに、ゲートを使わないから不思議に思っ ていたんだ。そうか⋮⋮ジェットブーツに慣れるためか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮すいません﹂ ﹁いや⋮⋮正直、訓練中に何をしていると言いたいところだが⋮⋮ これも実戦で役に立つと考えると、頭ごなしに怒る事もできんな﹂ 実際そうなんだよね。 ジェットブーツを使いだしたのは、マジカルバレーの為だけど、 使いこなせれば、戦闘が有利になる。戦闘だけでなく、さっきみた いな移動も、体力を消耗しないで移動できる。 実際、身体強化で付いてきたオルグランさんは、息があがってた し。 1195 皆もゲートは使えるけど、浮遊魔法は使えないから、個別で移動 する時には活躍すると思う。 ﹁移動用の魔道具か⋮⋮ウチはモヤシが多いから、導入を検討して みるか⋮⋮﹂ ﹁そういえば、騎士団から大量の発注が入ったって言ってましたよ﹂ ﹁何? 騎士団が?﹂ ﹁ええ、突進力が上がりますからね。剣を使う人には、戦闘用とし て有用なんですよ﹂ ﹁⋮⋮ドミニクの奴、そんな事は一言も言ってなかったのに⋮⋮﹂ ﹁でも、騎士団って事は、騎馬に乗ってるんですよね? ジェット ブーツを使うと、騎馬、要らなくなるんじゃ⋮⋮﹂ ﹁人相手の戦争なら、騎馬は大きな武器になるんだがな、魔物相手 となるとそうでもないんだわ﹂ ﹁馬を降りて戦った方が、戦いやすい?﹂ ﹁そうらしい。ま、俺は移動用にしか馬は乗れねえから、詳しくは 知らんがな﹂ 言われてみればそうか、魔物は動きが俊敏なのもいるし、馬上か らは攻撃し辛いか。 ﹁で? これからどうするんだ? 魔物が寄ってくるのを待つか? それとも探しに行くか?﹂ ﹁ああ、それは⋮⋮﹂ 昨日と同じ要領で魔力を集め、魔物を誘引する。 さて、本日も、素材収集の狩りを始めようか。 1196 ﹁⋮⋮ジークが唖然とする訳だぜ。なんだこりゃ?﹂ 都合四回、魔物を誘引し、先日と同じ組み合わせで魔物を討伐し た。 今日は元々の心構えが違ったのか、慌てる事もなく、先日より素 材として収集できるものが増えていた。 ﹁うーん。まだ成功率は四割ってところかなあ?﹂ ﹁トニーはまだいいよ! あたしなんて二割位だよ!﹂ ﹁それは自慢にならない﹂ トニーが四割、アリスが二割って言ってるのは、傷を付けずに、 綺麗に討伐できた割合だ。 そんなに綺麗でなくても、ある程度の状態なら、もっと高い確率 で討伐できてる。 先日とは大違いだな。 ﹁こ、これで満足してねえってのか? 十分素材として買い取って もらえるぜ。極上品まで混じってやがる⋮⋮﹂ ﹁私達の目標は、全て極上品で狩る事だからな。それを考えると、 全然ダメだ﹂ ﹁全て極上品って⋮⋮何を仰っているのですか? そんな事⋮⋮﹂ ﹁シンが討伐した魔物を見ろ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1197 ﹁極上品、十割だ。こんなものを見せられてはな。私達はまだまだ だと思う﹂ 的、デカイからね。 ﹁ふう⋮⋮はあ⋮⋮やっぱりシン君は凄いですね。目標が見えてい ると、訓練にも気合いが入ります!﹂ 今日は、四連戦だったシシリーが、息を切らせながら言う。 シシリーも、今日は全ての討伐に参加する事が事前に分かってい たので、先日ほど息は切れていない。 ただ、魔法を使う事は集中力を必要とするので、長時間持続させ ると、やっぱり息切れしてしまう。 しかし、そのお陰か、シシリーの攻撃魔法は、以前より少し精度 と威力が上がっていた。 ﹁大分、攻撃魔法もうまくなってきたね。威力がまだ足りない感じ だけど、この調子で頑張ろうか﹂ ﹁はい!﹂ 攻撃魔法が上達したので、もっと頑張ろうと言うと、笑顔で返事 をしてくれた。 ﹁その娘、聖女⋮⋮だよな? 治癒魔法が得意で攻撃魔法もスゲエ って⋮⋮どういう事だよ⋮⋮﹂ オルグランさんが、不思議そうに言うのには訳がある。 1198 この世界の魔法に、ゲームなんかによくある属性はない。イメー ジできれば、どんな魔法だって使う事ができる。 なら、治癒魔法とは何か? 治癒魔法は、怪我や病気をした人を癒してあげたいと、強い慈愛 の心で念じる事で発動する。この世界では発動条件のよく分かって いない魔法なのだ。 だが、実際に治癒魔法は存在し、治療された患者さんも多数いる。 おそらく、強い﹃癒しのイメージ﹄に魔力が反応し、治癒魔法と して発動しているんだと思う。 だから、治癒魔法が得意な人は、優しく、慈愛に満ちた人が多い ため、攻撃魔法が苦手な人が多いのだ。 ところが、俺の治癒魔法は、人体の構造を理解した上での魔法な ので、慈愛の心とか関係ない。 攻撃魔法も同じだ。攻撃的な性格をしているから、攻撃魔法が強 力になってる訳じゃない。 シシリーは、俺から、人体⋮⋮というか、生物の構造を学びなが ら治癒魔法を練習している。 時々、狩りに連れて行ったりしてね。 最初は、よく吐いたりしていたけど、それにも慣れ、治癒魔法の 1199 腕も大分上がってきている。 俺の魔法は、オーグから﹃チームの人間以外に教えるな﹄と言わ れているから、オルグランさんからすると、シシリーは不思議な存 在なんだろうなあ。 ﹁オルグランさん。とりあえず、今日のところはこれで戻ろうと思 うんですけど、良いですか?﹂ ﹁あ、ああ。これだけ狩ってれば、文句を言う奴もいねえだろ。ま あ⋮⋮実際のところは、狩った数よりその中身の方がスゲエんだが な⋮⋮﹂ ﹁そうですか? まだまだですよ﹂ ﹁⋮⋮目標が高過ぎる⋮⋮﹂ そんな事ないと思うけどな。 実際、ベテランハンター達は、そうしてるって聞いてるし。 ﹁ところでシシリー、今日もおぶって帰ろうか?﹂ ﹁それは、凄く魅力的なんですけど⋮⋮私も、この靴を使いこなし たいので、今日は自分で帰ります﹂ ﹁そっか、残念だなあ。シシリー、柔らかいから、背負って帰りた かったのに﹂ ﹁え? あ! もう! シン君のエッチ!﹂ むう、凄く残念だ。 ﹁これが、あれだけの魔物を討伐した後の雰囲気なのか⋮⋮?﹂ ﹁オルグラン、あの二人について深く考えてはダメだ。いつでも、 どこでもがモットーの奴らだからな﹂ 1200 ﹁真のバカップルですよ﹂ ﹁バカップルの鑑﹂ ﹁キング・オブ・バカップルだね!﹂ なんか、凄い称号を頂いてしまったな。 勿論、シシリーは、俺の後ろで羞恥に悶えていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー アールスハイド王国魔法師団長たる、ルーパー=オルグランは、 今しがた自分が見た光景が信じられなかった。 高等魔法学院生という、本来なら魔物を討伐させるなんて考えら れなかった年代の少年少女達。 その子供達の放つ魔法に、自分の自信が、ガラガラと崩れていく のが分かった。 自分も、相手に隙を与える詠唱は好きではなく、無詠唱にこだわ っていたが、彼らの魔法は、自分のものとは一線を画していた。 詠唱なんて、一切聞こえてこない。そのくせ、放たれる魔法は全 て強力で、しかも正確だ。 1201 彼らには、この討伐で目標があるという。それは、魔物素材を極 上品として採取するという事だ。 極上品という事は、体には一切傷を付けずに、頭部のみを攻撃し て仕留めるという事である。 ベテランハンターでも滅多に出来ないそれを、この子供達は、何 回かに一度成功させる。 ・・・・ ベテランハンターと同じ考え⋮⋮とは言っても、それを心掛けて いるだけで、実際に出来るかというと、それはまた別の話である。 いわゆる心構えの事を、彼らは実践しているのだ。 その中でも、シン=ウォルフォードの魔法は、次元が違う。 何せ、十割。魔法を放って魔物を討伐すれば、確実に極上品が手 に入る。 彼の凄さは、その途轍もない魔法の威力に目が行きがちだが、特 筆すべきはこの正確性ではないか? とルーパーは考える。 どんな魔法も、当たらなければ意味がない。 極小の魔力で、最大の成果をあげているシンは、ルーパーの目に は、同じ人間として見ることができなかった。 ﹁魔王⋮⋮魔法使いの王か⋮⋮﹂ あながち誇大な表現でもない。むしろそう言われてしっくりくる 1202 と、そう感じていた。 十二人という人数での成果としては、信じられない位の数の魔物 を討伐し、帰路についた。 そして、その光景を見たルーパーは、軍務局長であるドミニクの ところへ、報告に訪れていた。 ﹁ご苦労だったなルーパー。それで? 魔法師団長の目から見て、 彼らはどうだった? どこに配置すればいいと思う?﹂ クリスティーナから報告は受けていたが、騎士であり、魔法の事 は専門外の彼女からは、作戦立案に十分な情報を得る事ができなか った。 ﹃あの子達は凄いです﹄ という報告だけでは、作戦を決めきれなかったドミニクは、魔法 のプロであるルーパーに、視察を依頼したのだ。 そのドミニクからの催促に、ルーパーはすぐに答えられない。 少し考えたルーパーは、彼らの運用について、こう答えた。 ﹁⋮⋮どこでもいいんじゃねえかな?﹂ ﹁⋮⋮何? ルーパーお前、どこでもいいとか、そんな適当な事を ⋮⋮﹂ ﹁適当じゃねえよ。実際にこの目で見て確信したわ。あの子らに俺 達の支援は邪魔。むしろ、俺達をあの子らにフォローしてもらいた いわ﹂ 1203 ﹁⋮⋮そんなに凄かったのか?﹂ ﹁凄いなんてもんじゃねえよ。殿下や陛下が、必死であの子らをウ チの固有戦力にはしない。戦争の火種にはしないって言ってる意味 が分かったわ﹂ 大国たるアールスハイド王国の王が、彼らを取り込まない。世界 の共有戦力にしようと提言している意味が分かったというルーパー。 ﹁あれは凄すぎる。あの子達だけで⋮⋮いや、ウォルフォード君だ けで、世界を簡単に征服できちまうわ﹂ ﹁そ、そんなにか?﹂ ﹁だから、どこでもいい。どこに配置したって、最高の結果を出し てくれるよ。あの子達は﹂ 作戦立案者としては、強力過ぎる戦力をどこに配置するか、非常 に悩んでいるところであったが、どこでもいいと言われると、さら に悩んでしまう。 ﹁はあ⋮⋮連合会議まで日がないというのに、どうしたものか⋮⋮﹂ ﹁各国に何人かずつ派遣して、そのフォローをしてもらえばいいん じゃねえか? 大型の魔物までは各国軍が討伐して、災害級や魔人 が出たら、あの子らにお願いするってことで﹂ ﹁⋮⋮やはり、それが一番か﹂ ﹁そう思うぜ﹂ ﹁分かった。ありがとうルーパー、参考になった。今日はもういい ぞ﹂ ﹁おう、じゃあ俺はこれで⋮⋮って、思い出した! おい、ドミニ ク! テメエ、ウォルフォード商会にあのブーツ大量に発注したっ て?﹂ ﹁ん? ああ、言ってなかったか?﹂ 1204 ﹁聞いてねえぞ!﹂ ﹁そうか、それは悪かったな。まあ、これで我が騎士団も更にレベ ルアップができる。お前達、魔法師団には負けんぞ﹂ 皆の足を引っ張ることを恐れるドミニクは、これで魔法師団に大 きい顔をさせないと、自信たっぷりに言った。 ﹁フン、生憎だったな! 今回、ウォルフォード君達に同行した事 で、俺達魔法師団も、ジェットブーツの購入を決めたからな!﹂ 負けじとルーパーも返した。 実際は、魔法師団長といえども、独断で装備品を揃えることなど 出来ないので、帰ってから会議にかけるのだが、既にルーパーの中 では、ジェットブーツの購入は、決定事項であった。 ﹁な! ズルいぞ! お前達は、マーリン様式訓練法で、力を上げ ているというではないか! その上、ジェットブーツまで購入する だと!?﹂ ﹁へっ! あれは、移動手段としては秀逸だからな。お前らだけに 使わせてたまるか!﹂ ﹁⋮⋮フッ、モヤシの集団だものな、お前達は﹂ ﹁⋮⋮なんだと? テメエ⋮⋮﹂ ﹁なんだ? やるか?﹂ ﹁上等だ! 表に出ろ!﹂ その日、突如巻き起こった、騎士団総長と魔法師団長の模擬戦で、 騎士団の練兵場の一部が破壊され、作戦立案書と装備品購入申請書 の前に、始末書を書かされる騎士団総長と魔法師団長の姿があった らしい。 1205 1206 世界連合閣僚会議 ダーム王国。 先日、シン達も立ち寄ったこの国は、創神教がイース神聖国とい う国を立ち上げる前に、総本山が置かれていた国である。 旧帝国⋮⋮先日の三国会談以降﹃魔人領﹄と呼ばれるようになっ た地域に隣接し、世界連合各国からの距離も考え、この国で魔人領 攻略に向けた閣僚会議が行われる事となった。 そして、その魔人領攻略作戦に同意がなされると同時に、世界連 合の正式な調印となる。 連合の調印内容は、ほぼ決定している。 ﹃人類存亡の危機に際し、各国が協力し、事態の収拾にあたる。な お、連合締結中は一つの集団として機能し、その行動に対し、なん らの見返りも求めないものとする﹄。 例えば、A国の部隊の危機をB国の部隊が救ったとして、それに 対する報酬を、B国はA国に求めない。といった内容である。 人類が一致団結して立ち向かうべき事態であるし、そういう取り 決めをしておかなければ、戦後に禍根を残す可能性があるからだ。 決まっていないのは、攻略作戦そのものである。 1207 大勢は決まっている。 各国軍が、魔人領に蔓延る魔物を討伐していき、旧帝都を目指す。 そして、そこにいるであろう魔人を討伐する。 それを目標として、今回の連合を組んだわけだが、どこに、どの 国を配置するのか。 物資の供給。特に、魔人領に国境を接していない、エルスとイー スの補給をどうするのか。 連合軍を組むとして、その指揮系統はどうするのか。 協議しなければいけない事が山積みであった。 現状、魔人は行動を起こしていない。 しかし、過去に二度、襲撃があったことから、魔人達が侵攻を諦 めているとは考えられず、次の侵攻に向けての準備期間だと考える 者が殆どであった。 その為、協議すべき議題は多いのだが、そんなに時間を掛ける訳 にもいかない。 各国担当者は、その事実に頭を悩ませていた。 そして、ダーム王国にある神殿の一つに、アールスハイド、スイ ード、ダーム、カーナン、クルト、エルス、イースの七か国の代表 が集まり、いよいよ会議が開始された。 1208 ﹁アールスハイド王国、軍務局長のドミニク=ガストールでありま す。この度は、我がアールスハイドの呼び掛けに賛同して頂き、感 謝致します。現在、我々人類は、魔人の大量出現とその襲撃という、 人類の存亡すら危うい状況に置かれております。しかし、我々人類 にも希望がない訳ではありません。その事も踏まえて、協議を進め ていきたいと思います﹂ まず、今回の世界連合の提案国である、アールスハイド王国の代 表、ドミニクによる挨拶から会議が始まった。 ﹁魔人達がいつ襲撃をしてくるか、全く読めない為、大まかな内容 は既に作成しております。それに賛同して頂けるなら、そのまま決 議していきたいと思っているのだが、よろしいだろうか?﹂ ﹁という事は、既に草案は出来ているのですか?﹂ ドミニクの発言に、他の国の代表者が質問する。 ﹁ええ。そうしなければ、協議が長引くことは目に見えていますか らな。大まかな作戦内容はこの書類に目を通して頂きたい﹂ ドミニクがそう言うと、書類を持った補佐官達が、各国代表者に 作戦立案書を配る。 そして、それに目を通した代表者の反応は二つに別れた。 納得したという表情と、驚きの表情の二つである。 ﹁ド、ドミニク局長! これは本気なのですか!?﹂ そう発言したのは、イースの代表者で、先日の三国会談で臨時代 1209 表を務めた、マキナ﹃大﹄司教である。 マキナは、三国会談当時は司教であったが、先代の大司教である フラーの失脚と、その原因の収拾を図ったとして大司教へ昇格して いた。 その、マキナ大司教が、作戦立案書に記載されている内容に疑問 を呈した。 ﹁無論、本気であり、これが最善であると確信しております﹂ ﹁しかし、これは⋮⋮彼らは、まだ十五歳から十六歳の若者ばかり なのですよ? それを、こんな⋮⋮﹂ そうして、もう一度作戦立案書に目を落とす。 ﹁﹃各国軍は、大型迄の魔物の討伐を担当し、災害級の魔物と魔人 に対しては、アルティメット・マジシャンズが担当するものとする﹄ とは!﹂ しかし、そのマキナ大司教の発言に賛同しているのは、ダーム王 国の代表者だけで、その他の国の代表者は、全く疑問に感じていな い。 ﹁ああ、アンタ⋮⋮ええッと、マキナ大司教さんだったか。シン達 の戦闘を見たことがないだろう?﹂ ﹁確かにありませんが⋮⋮皆さんはご覧になられた事があるのです か?﹂ ﹁ああ。あるぜ﹂ ﹁私もあります﹂ ﹁私も﹂ 1210 ﹁私もありまんな﹂ そう発言したのは、カーナン王国代表のガラン。スイードとクル トの代表者、そして、エルス代表のナバルである。 ﹁ナバルさんは、先日、初めて彼らとお会いしたのではなかったで すか?﹂ ﹁あの後、アールスハイドに寄りましたやろ? その道中で魔物の 群れに出くわしたんですわ﹂ ﹁そうだったんですか﹂ ﹁しかも⋮⋮災害級まで混じっとってな﹂ ﹁さ、災害級!? よくご無事で!﹂ ﹁それがなあ⋮⋮あのアルティメット・マジシャンズの子らが、あ っという間に討伐してまいよったんですわ﹂ ﹁あ、あっという間!?﹂ ﹁まるで、ゲームでもしとるような雰囲気でしたなあ⋮⋮﹂ その時の事を思い出したのだろう。ナバルが、未だに信じられな いという思いで、遠い目をしてしまっていた。 ﹁俺は、カーナンの羊飼いなんだけどよ。この夏に、羊が大量に魔 物化する事態が起きちまってな。ある程度の犠牲は覚悟していたん だが⋮⋮アイツらが加勢してくれたお陰で、あっという間に討伐で きちまったよ﹂ ﹁そちらも、あっという間ですか⋮⋮﹂ ガランは羊飼いである。だが、カーナン王国において、国家養羊 家は大変高い地位にあり、その中でも、他の国家養羊家をまとめる 役を負い、さらにシン達と面識のあるガランがカーナン王国代表に 選ばれていた。 1211 ﹁あの時は、冗談で普段災害級を狩ってるんじゃないかって言って たんだが⋮⋮﹂ ﹁間違うてませんな。あれは、普段から災害級の魔物を狩り慣れと りますわ。誰が討伐するか、クジ引きで決めとりましたからな﹂ ﹁ク、クジ?﹂ ﹁普通、災害級の討伐なんぞ大ハズレもエエとこですやろ? それ やのに当たった子、大層喜んではりましたわ﹂ 彼らを知る者達は、その光景が容易に想像できるのか、苦笑いを していたが、この中で唯一、彼らを全く知らない者がいた。 ﹁災害級という、軍の総力をあげて討伐しなければならない相手に クジ? 何と不謹慎な!﹂ 今回の会議のホスト国、ダーム王国の代表者のラルフ=ポートマ ンである。 ﹁そんな不謹慎な輩を、この重大な作戦の中心に据える? 私は反 対だ!﹂ 戦場でクジを引くという行為が不謹慎に映った、ダーム王国代表 のラルフは、そんな彼らを中心に作戦を決める事を反対した。 ﹁ラルフさん言いましたかいな? ホンなら、なんぞ代替案でもあ るんですか?﹂ ﹁我々が一致団結して立ち向かえば、どんな困難も打開できます!﹂ ﹁いや、精神論やのうて、具体的な作戦案を聞いとるんです﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁無いんですか?﹂ 1212 ﹁し、しかし! このような不謹慎な輩を作戦の中心にして、他の 者が納得しますか!?﹂ ﹁私は納得するな﹂ ﹁エミリオさん!﹂ 次に発言したのは、スイード王国のエミリオという代表者。 彼とラルフは、隣国という事で上層部の交流もあり、お互いを知 っていた。 ﹁君は、彼らに会った事があるのかい?﹂ ﹁いえ⋮⋮ありませんが⋮⋮﹂ ﹁私は直接会ったよ。彼らは、我々の危機に真っ先に駆け付け、魔 人を撃退してくれた。しかし彼らは、犠牲者を出してしまった事を 大変後悔し、謝罪してきた。他国の事なのにだよ? 私は、そんな 不謹慎な人間には見えなかったがね﹂ ﹁⋮⋮﹂ エミリオは、シン達がスイード国王に謁見した際に同席していた、 軍部の責任者である。 直接会ったというエミリオの発言に、何も言えなくなるラルフ。 ﹁私も直接お会いしましたが、そんな印象は受けませんでしたな﹂ 続いて、クルトの代表者も追随する。 ﹁彼らの戦闘も直接見ましたが⋮⋮正直、エルスのナバル代表がお っしゃる事も理解できます﹂ ﹁理解できる!? どういう事ですか!?﹂ 1213 クジを引くという行動が理解できると言う、クルトの代表者の言 葉に噛みつくラルフ。 ﹁彼らにとって災害級の魔物など、相手として物足りないのでしょ う。実際どうだったのですか?﹂ ﹁瞬殺でしたな。危ないと思う場面もあらしませんでしたわ﹂ ﹁でしょうね﹂ ﹁だと思ったぜ﹂ 災害級の魔物を瞬殺したというのに、クルトの代表者もカーナン の代表者であるガランも納得している。見れば、スイードのエミリ オも頷いている。 ﹁彼らにとって、災害級は絶望する相手ではない。それこそ、片手 間で討伐できる程度の相手なのでしょう。実際に彼らの戦闘を見る と、それが納得できます﹂ ﹁災害級を片手間で⋮⋮﹂ クルトの代表者の言葉に、何かを考え出す、ラルフ。 そして彼は、突破口を見つけたとばかりにニヤリと笑った。 ﹁⋮⋮そんな危ない力を持っている者など⋮⋮信用できるのですか ? 彼らこそ、倒すべき相手なのではないですか?﹂ その過激な発言に、会場がざわついた。 確かに、災害級という人類が戦うに当たって、悪夢とも言うべき 相手を、歯牙にもかけず瞬殺してしまう力というのは、途轍もなく 1214 巨大に思える。 ラルフは、そんな力を持っているアルティメット・マジシャンズ を危険視した。 ドミニクは、彼らの力の巨大さも理解しているし、それを危険視 させないようにディセウムやアウグストが苦心している事も知って いる。 その苦労も知らないで、軽々しく口にしたラルフに対して、怒気 を発しそうになるが⋮⋮。 ﹁何にも知らん、アンタが言うてエエ台詞とちゃいますな﹂ フォローする発言をしたのは、エルスの代表者であるナバルであ った。 ﹁正直、その感想は私も持ちましたわ﹂ ﹁でしょう! なら⋮⋮﹂ ﹁なもんで、本人らに問いただしたんですわ。世界を征服する気は あるのか? いうてね﹂ そのナバルの台詞に﹃何聞いてんだ! アンタは!?﹄という空 気になって再びざわつく会場。 ﹁そしたら、事も無げにこう言いましたわ﹃そんな面倒な事、した くもない﹄ってね﹂ その言葉に、少しホッとした空気が流れる。 1215 ほとんどの人間が、シン達の力を垣間見ている為、彼らの思考が 世界征服に向いた場合、食い止める手段などない事を理解していた からだ。 ﹁それに﹃今後生まれてくる子供らの為に、平和な世界を作ってお くのは、今を生きてる自分達の使命だ﹄とも言うてましたな﹂ ﹁そうですか⋮⋮そんな事を言っていましたか﹂ ドミニクは、シン達の心の内を初めて聞いた。 騎士団総長である彼は、魔法使いであるシン達との接点が殆どな い。 彼らが、私欲のためにその力を振るうとは微塵も心配していない が、その力を次世代の人間のために使おうとしていることを初めて 聞いた。 ナバルに教えてもらった彼らの決意に、ラルフの言葉で怒りに支 配されそうになっていた思考が落ち着いた。 ﹁き、詭弁だ! そんなの、出まかせに決まっている!﹂ ﹁ラルフ君! 貴方は一体どうしたのですか!?﹂ ﹁マ、マキナ様⋮⋮﹂ ﹁実際の戦闘は見た事が無い私でも、彼らに会った事はあります。 人格的に大変優れた人達であったと認識していますよ。あの大罪人 フラーのしでかした事を、彼の責任のみに留めイースの罪まで言及 しなかった。イースと敵対関係になってもおかしくなかった程の事 件なのにです﹂ ﹁そ、それもきっと計算で⋮⋮﹂ ﹁そもそも、ドミニク局長。人類の希望とは、彼らなのでしょう?﹂ 1216 ﹁その通りです。魔人は、一体が災害級より強い存在です。それが ⋮⋮後五十体程、残っているそうです﹂ ﹁災害級より強い存在が五十体って⋮⋮マジで人類の危機じゃねえ か⋮⋮﹂ ガランが、具体的な魔人の強さと数にめまいを覚えそうになって いたが、エミリオが追加で発言した。 ﹁しかし⋮⋮私が初めて見たときは、百体はいました。それを考え ると⋮⋮﹂ ﹁よう五十体も減らしましたな⋮⋮﹂ 元々、百体いた魔人が、今は半分にまで減っている。 それは、シン達が討伐したからだ。 ﹁我々では、絶望しか感じられない相手と数です。しかし、アルテ ィメット・マジシャンズの手に掛かれば、それを討伐する事は夢物 語ではない。まさに、彼らは人類の希望そのものなのです﹂ ﹁人類の希望⋮⋮まさにその通りなのでしょうね⋮⋮﹂ ドミニクの発言に、マキナは納得した。 ﹁しかし! マキナ様も、初めはこの作戦に反対していたではあり ませんか!﹂ ﹁私が反対したのは、十五∼十六歳の若者達に、重い責任を押し付 け、大人である我々が楽をしていいのか? という事です﹂ ﹁まあ⋮⋮正直、情けない話ではあるな﹂ ﹁その実力に大きな隔たりがあるとしても⋮⋮ね﹂ 1217 シン達の倍以上生きているガランとエミリオが、口惜しそうに言 葉を漏らすが、ここでもナバルが発言した。 ﹁せやけど、実際この問題を根本的に解決できるのはあの子らしか おらへんのですから、そこは割り切ってエエんとちゃいます?﹂ ﹁エルス商人らしい発言ですな。使える者はなんでも使え⋮⋮です か﹂ ﹁当たり前でんな。そこを遠慮して人類滅亡とか、笑い話にもなり まへんで?﹂ シン達に問題を解決できる能力があるのなら、その力に頼ること を当然だと言うナバル。 三国会談のときは、アールスハイドから有利な条件を引き出そう としていた彼だが、アールスハイドへの道中で見たシン達の実力と その決意、そしてアールスハイドで結んだウォルフォード商会との 商談で、かなりアルティメット・マジシャンズに肩入れしているよ うだった。 そしてマキナは、成人したばかりの若者だけに作戦の中核を任せ るという事に抵抗があったと言い、シン達を危険視している訳では ないという。 マキナなら反対してくれると信じていたラルフは、裏切られたよ うな顔をしていた。 ﹁そもそも、ラルフ君はどうしてそこまでこの作戦に反対をするの です? アルティメット・マジシャンズといえば、民衆の間で﹃聖 女﹄と呼ばれるクロードさんや、今や﹃神の御使い﹄とまで言われ ている、魔王ウォルフォード君がいるのですよ?﹂ 1218 ﹁そ⋮⋮!﹂ それが気に食わない! と、そう言いかけた言葉を飲み込んだラ ルフ。 明らかに私事で、感情論であるからであるし、何より、創神教の 大司教であるマキナが、容認の方向に思考を移し始めたからだ。 ダームとイースは別の国であるが、過去に創神教の総本山があっ たこの国は、創神教の影響力が強く、総本山であるイースが上、ダ ームが下の無意識な属国関係にある。 ダームの代表者であるラルフが、他国の代表者のマキナに﹃様﹄ という敬称を付け、その逆が﹃君﹄である事でも、その関係が分か る。 その精神的な上位国であり、大司教であるマキナの意向も考えて、 言葉を飲み込んだのである。 しかしラルフは、アルティメット・マジシャンズの中の二人の二 つ名が気に入らない。 シシリーに付けられた﹃聖女﹄とは、現教皇が今の地位になる前 に呼ばれていた呼称であり、敬愛する教皇の、かつての呼び名で呼 ばれている事が腹立たしく、シンの﹃神の御使い﹄に至っては、神 は絶対の存在である創神教にとって、それこそ軽々しく口にしてい い称号ではないはずである。 もっとも、どちらも民衆が勝手に言い始めた事であり﹃神の御使 い﹄については、かつてジークフリードが感じた感想を、他の人間 1219 も同じように持ったことで、ここ最近急激に広まった二つ名である のだが。 ラルフは、創神教の聖職者でもない者がそう呼ばれる事が許せな かった。 彼がシン達を作戦の中心に据えることに反対なのは、戦闘中にク ジを引くような不謹慎な態度が気に入らないというのもあるが、一 番大きいのは、その二つ名。 特に、シンの﹃神の御使い﹄が受け入れられないからであった。 だが、当の創神教内においては、その二人の二つ名については、 ほぼ容認の流れが一般的である。 聖女に関しては、元聖女である教皇が自分の娘のように気に掛け ており、この騒動が終息すれば、彼女の結婚式を教皇が執り行うと いう、前代未聞の提案も創神教側からされた。 神の御使いについては、魔人が大量に出現し、人類存亡の危機を 迎えたこの時代に、それに対抗しうる力を持ったシンが現れた事で、 実際にそうなのではないか? という考えを持っている者が創神教 の中にも多いのである。 ﹃この人類存亡の危機に、我らの神が、御使いを送ってくださった﹄ と。 しかし﹃多い﹄というだけで﹃全て﹄という訳ではない。 ラルフは聖職者ではないが、敬虔な創神教の信徒であり、聖女と 1220 御使いの二つ名を容認することができない、少数派の一人でもあっ た。 ﹁若者達だけに負わせるには大きすぎる責任ですが⋮⋮確かに我々 人類には、他に切れるカードはない⋮⋮この作戦を承認するしかな いようですね⋮⋮﹂ ﹁それでは、作戦の大まかな流れはこれでよろしいですね? 後は、 その配置と補給等についてですが⋮⋮﹂ 大司教であるマキナが、結局この作戦を承認したことで、ラルフ はもう何も言えなくなった。 その後の会議は、ドミニクの用意した草案があった為、時折、折 衝があったくらいでスムーズに流れていく。 人員の配置、宿泊や補給等、合意を得られた為、魔人領攻略作戦 が決議。 ついに、世界連合締結の運びとなった。 ようやくスタート地点に立った安堵感で、会議場は弛緩した空気 が流れるが、ラルフだけは不機嫌な表情のままである。 その態度が会議中ずっと気になっていたマキナは、ラルフのとこ ろへと歩み寄った。 ﹁ラルフ君。貴方、一体どうしたのですか? 終始不機嫌なままで。 国家を代表してこの場に参じているなら、あの態度はいかがなもの かと思いますよ?﹂ ﹁⋮⋮申し訳ありません。以後気を付けます﹂ 1221 そう言うと、ラルフはさっさと会議場を出て行ってしまった。 補佐官や護衛が、慌ててその後を追って行くが、その顔には戸惑 いが見られる。 彼らは、聖女と御使いの容認派なのだろう。アルティメット・マ ジシャンズの参戦に反対した自分達の代表が信じられないといった 様子である。 ﹁やれやれ⋮⋮これは彼の暴走ですかねえ⋮⋮﹂ 聖女と御使いの言葉に反応しかけた事で、マキナには、ラルフが 二つ名の反対派である事が分かった。 しかし、創神教の大勢は容認派であり、ダーム国王も容認派であ ったはずだ。 であるなら、この会議におけるラルフの行動は、彼の暴走だと判 断した。 ﹁余計な事が起こらなければいいんですがねえ⋮⋮﹂ ラルフ達が出て行った扉を見ながら、マキナはため息を吐いた。 1222 もう、後戻りできませんでした オルグランさんが、魔物討伐についてきてから少し経った頃、例 の閣僚会議が行われたらしい。 その会議で、魔人領攻略作戦が合意したそうで、世界連合の調印 式と出陣式が同時に行われ、いよいよ事態は最終局面を迎えようと している。 会議で決まった内容としては、魔人領周辺四国の軍隊に、エルス とイースから等分して兵力を分ける。 アールスハイドは大国であり、軍人の数も多いため、戦力の増員 は行わない。 俺達、アルティメット・マジシャンズを三人ずつ四班に分け、周 辺四国の軍隊に合流させる。 これについても、アールスハイドはアルティメット・マジシャン ズの戦力参加を受けない。 これだけ見ると、アールスハイドに不利な内容に見えるが、実は そうじゃない。 アールスハイド王国魔法師団が実践し、魔法学術院を通して全世 界に発表した﹃魔力制御の規模と精度を上げれば、魔法の威力は上 がり、無詠唱で魔法が使えるようになる﹄という内容の論文がある。 1223 これは、紛れもない事実なのだが、実践してから結果が出るまで に時間が掛かるため、今のところアールスハイド王国魔法師団しか 実践できていない。 その結果、いずれは他国も同等の力を身につけるだろうけど、今 はアールスハイド王国魔法師団だけ突出してしまっている状態なの で、エルスやイース、俺達による戦力の増強を遠慮したのだ。 騎士団についても同様で、バイブレーションソードは持ってない けど、ジェットブーツを使った戦闘訓練を毎日行っているらしく、 これも、他国より一歩先んじている。 というか、アールスハイド王国騎士団が正式採用した事で、各国 からも、ウォルフォード商会にジェットブーツの大量発注が入った。 加えて、魔法師団も導入した事で、ジェットブーツが世界の軍事 装備のトレンドになっているらしい。 おかげでビーン工房は、ジェットブーツの制作にてんてこ舞いだ。 ⋮⋮一度、親父さん達を労いに行かないと⋮⋮ボーナスを出すだ けでは申し訳ない⋮⋮。 今、各国の騎士団、魔法師団の練兵場では、人が宙を舞う光景が 見られるらしい。 自分の意思に反して、あらぬ方向へ飛んでいく者も多いらしいけ ど⋮⋮。 それでも、何とか形にはなりつつあるらしい。 1224 あの、皆の微妙な視線を集めた魔道具がねえ⋮⋮。 ﹁世の中、何が売れるか分かったもんじゃないな﹂ ﹁なんだ、急に?﹂ 教室で、閣僚会議の結果を教えてくれたオーグが、不思議そうに 訊ねてきた。 会議の結果を伝えたら、何が売れるかわからんって答えられりゃ 当然か。 ﹁いや。まさか、ジェットブーツがこんなに売れるとは思わなかっ た﹂ ﹁フム。戦力になりそうなものは何でも試してみたいのだろう。こ んな時世だしな﹂ ﹁そういうもんかねえ﹂ ﹁しかし、各国軍で正式採用されるとなると、一般の者も使う者が 出てくるかもしれんな。お前の言う﹃エアーボール﹄が普及するの も時間の問題かもしれん﹂ ﹁いいね。各国に均等に普及すれば不公平も無いだろうし、各国の リーグ戦とか、チャンピオンズリーグとか、ワールドカップも夢じ ゃないね﹂ 全ては、この騒動が終わった後の話だけど、人類存亡の危機とい う、精神的に多大なストレスを受けている人達に、娯楽を提供でき たら素晴らしいことだろうな。 ﹁そして、主催者として、またお前の資産は増える訳か。どれだけ 儲けるつもりなんだ?﹂ 1225 ﹁⋮⋮使い途がないんだよ⋮⋮﹂ ﹁何とまあ、贅沢な話だな。それだけの資産があるなら、愛人でも 囲ってみればどうだ?﹂ ﹁ちょっ! お前、何言って⋮⋮﹂ ピキリ。 冷たい⋮⋮俺の隣から非常に強い冷気が漂ってくる。 比喩じゃなくて、本当に冷たい! ﹁⋮⋮シン君⋮⋮愛人さんを囲うんですか?﹂ 笑顔のまま、冷気をまとわせ、そう聞いてくるシシリー。 この雰囲気⋮⋮アイリーンさんにそっくりだ! ﹁まさか! そんなこと、微塵も考えたことないよ!﹂ ﹁そうですか?﹂ ﹁そうそう!﹂ ﹁⋮⋮なら、いいです﹂ ためらう素振りを微塵も出さずに、否定の言葉を紡ぐ。 これで、言い澱んだりしたら⋮⋮考えるだけでも恐ろしい。 純粋な力はともかく、精神的には、決して勝てないような気がす る。 ﹁クックック。必死だな﹂ 1226 ﹁オーグ! テメエ! 何、根も葉も無いこと言ってくれてんだ! おかげで大惨事になるところだったじゃねえか!﹂ 俺とシシリーの関係が! ﹁フッ、まあ忠告だ。世界を掌握できるだけの力を持ち、使いきれ ない程の富もある。おまけに嫁が美人な聖女だ。嫉妬の対象として は、これ以上ない程の人材だな?﹂ ﹁そ、そうなのか?﹂ ﹁そうなのだ。となれば、さっきみたいに、根も葉もない噂話がア チコチで起こるだろうな。それの予行演習だよ﹂ ﹁そうだったのか⋮⋮﹂ オーグは俺のことを心配して⋮⋮。 ﹁騙されてはいけませんよシン殿。ただの殿下の悪ふざけですから﹂ ﹁トールよ、なぜバラす?﹂ ﹁俺の感動を返せ!﹂ 本当に! 本当にコイツは! ﹁有名になると言えば、例のアレ、どうなったんですか? 殿下﹂ 相変わらずのオーグを問い詰めようとしたら、アリスから唐突に 質問があった。 例のアレ? ﹁ホラ、シン君が本になるって話ですよ!﹂ 1227 ⋮⋮すっかり忘れてた⋮⋮。 スイード王国での一件から後も、色々と騒動に巻き込まれてる。 もう、エピソードは溜まったんだろうなあ⋮⋮。 ﹁ああ、その事か。それなら⋮⋮﹂ ﹁それなら?﹂ ﹁来週発売だ﹂ ﹁エピソードが溜まったどころじゃなかった!?﹂ 来週発売!? もう直前じゃねえか! ﹁心配するな。お前の適当な性格は排除されて、真に世界のことを 救おうとする、英雄的思考の持ち主だと書かれている﹂ ﹁それならまあ⋮⋮って、適当な性格ってなんだよ!?﹂ 確かに、間違ってはないけども! ﹁原稿を読んで、大爆笑してしまった﹂ ﹁なんで英雄的な話になって大爆笑するんだ!﹂ どういうことだ!? ﹁すいませんシン殿。自分も⋮⋮プッ⋮⋮笑って⋮⋮﹂ ﹁腹筋がネジ切れるかと思ったで御座る﹂ トールにユリウスまで! ﹁⋮⋮どんな話なのか気になってきたねえ﹂ 1228 ﹁殿下、殿下! あたし達は発売前に読めたりしないんですか!?﹂ ﹁そう言うだろうと思ってな﹂ オーグはそう言いながら、異空間収納からあるものを取り出した。 ﹁ここに見本誌がある﹂ それは、発売前の見本誌だった。 それも、十三冊。 先生の分も含めて、全員分だ。 ﹁まずは、シン。お前の話だからな﹂ そう言って、俺に本を手渡すオーグ。 なぜか周りから拍手が起きる。 それを手に取るが⋮⋮。 うおお⋮⋮読みたくねえ! ﹁次はクロード。お前の事も大分書かれているからな。二番目に受 け取る権利がある﹂ ﹁あ、ありがとうございます⋮⋮﹂ シシリーも、なんとも言えない表情をしている。 恥ずかしいんだろうなあ⋮⋮。 1229 ﹁次はメッシーナだ。お前も随分出ている。これで、さらに有名に なるだろうが、変な男に引っかからないように気をつけるんだぞ﹂ ﹁わ、分かってますよ﹂ マリアも、俺が王都に来て以来の友人だからな。登場回数は多い だろう。 後は、皆似たり寄ったりだというので、まとめて配布された。 ⋮⋮オーグの奴、面倒くさくなったな⋮⋮。 そして、ホームルームの為に現れたアルフレッド先生にも本が行 き渡り、最初の授業が魔法実習だった事もあって、皆で出来上がっ たばかりの本を読むことになった。 なったのだが⋮⋮。 ﹁あはははは! 誰!? これ!?﹂ アリスが、大声で爆笑すれば⋮⋮。 ﹁﹃お爺様。僕はこの力を、世界の平和の為に役立てたく思います﹄ って⋮⋮﹃お爺様﹄? ﹃僕﹄?﹂ マリアは、肩をプルプル震わせながら読んでいる。 ﹁そんな笑っちゃダメよぉ。ホラ、ここの﹃アウグスト。僕の力で よければ、いつでも貸そう。僕らの友情は永遠だ﹄ってぇ⋮⋮う、 うふふふ。あははは!﹂ 1230 ユーリも、本の中の俺と思われる人物が言った台詞に大爆笑して いる。 ﹁わ、私⋮⋮こんなこと、言ってません⋮⋮﹂ シシリーもまた、本の中で自分と思われる人物の台詞に、身悶え している。 そりゃあ﹃私は、貴方に出会うために生まれてきました。この心 と身体は、全て貴方のものです﹄って、聞いたこともない台詞を読 んじゃなあ⋮⋮。 ﹁くっ⋮⋮ウォルフォード君⋮⋮腹筋が壊れそう⋮⋮﹂ 冷静に読んでいたと思っていたリンまで、こんな事を言う始末だ。 しかし、起こったエピソードや、内容自体に嘘がないから強く反 論もしにくいし、既に発売待ったなしだ。 今さら、台詞を差し替えるなんてできないだろう。 そうか⋮⋮これが世に出るのか⋮⋮。 知り合いに読まれると思うと、死にたくなるな。 ﹁まあ、この本を読んで、今みたいに笑えるのは、ほんの一握りの 人間だけだ。これを読む人間の九割九分以上は、この物語に感動し、 シン=ウォルフォードは、世界の平和を望む心優しき英雄だと思う だろうな﹂ 1231 それって、まさか⋮⋮。 ﹁俺の印象を情報操作するために、こんな話にしてんのか?﹂ 編集はアールスハイド王国となっているから、作家にそのように 発注したのかな? 特に、これから魔人との最終決戦になる。 魔人を討伐するために力を見せても、危険だと感じさせないよう に、こういうところから皆の印象を定着させたかったのだろう。 本当に⋮⋮アールスハイド王家には、気を使わせてばっかりだな ⋮⋮。 ﹁ああ、それは作家の完全な創作だ。これを読んだ時は、家族全員 とエリーで大爆笑してしまった。メイだけは目をキラキラさせて読 んでいたがな。まあ、これなら、民衆がシンに悪感情を持つことは ないだろうと許可を出したのだ﹂ ﹁くそお! 俺の感動を返せ!﹂ 偶然だったのかよ! 本当に! この王家の人間は! 自分の本を読んで﹃誰の話だ?﹄と言っていた爺さんの気持ちを 十二分に共感しながら、来月発売の﹃新・英雄物語﹄を、読み終え た。 1232 っていうか﹃新・英雄物語﹄って⋮⋮。 爺さんの本が﹃英雄物語﹄だから、続いているのか⋮⋮。 ﹁うーん、俺にはそんなに爆笑するような内容には思えなかったが な。教室だけの関わりだと、そうなるのか?﹂ 皆と同じく、本を読み終えたアルフレッド先生が、そう呟いた。 俺の担任であるアルフレッド先生がそんな印象を持っていること に驚いたが、よくよく考えてみれば、アチコチで巻き起こった騒動 に、アルフレッド先生は関与していない。 俺と直接の面識がない人間なら尚更か⋮⋮。 この本で語られていることが真実であり、俺はこういう人間だと 信じてしまうだろう。 なんというか⋮⋮本当の俺とは違うシン=ウォルフォードを皆が 思い描きそうで怖い。 でも、これが有名になるってことなんだろうか? 前世でも、芸能人達が後年、あの時はああだったとか、こうだっ たとか、当時では思いもよらなかったことを暴露してたりしたから なあ。 ﹁という訳でな。これから民衆は、シンのことを英雄的思考の持ち 主だと認識するだろう。もう少し、行動を自重することだな﹂ ﹁⋮⋮なんか、どんどん枷が増えていく気がするな⋮⋮﹂ 1233 ﹁諦めろ。それが、世界的に有名になるということだ﹂ ⋮⋮今、オーグが何か聞き捨てならないことを言ったぞ!? ﹁⋮⋮世界的?﹂ ﹁ああ。この本は﹃世界同時発売﹄だからな﹂ ⋮⋮。 う、嘘だ! ﹁え!? なんで!? アールスハイド王国編集の本が、世界中で 発売されるの!?﹂ ﹁それは当然だろう? 祖父母は世界的に有名な英雄だ。その孫の 話だぞ? 世界中の人間が読みたがっている。というか、通信機を 通して、すでに各国から発注が入っている。初版はすでに各国に発 送されたな。そろそろ書店の倉庫に納入されている頃じゃないか?﹂ そんな⋮⋮世界中の人が、これを読むのか⋮⋮。 ﹁魔人領攻略作戦までに間に合わせたかったからな。戦闘が終わっ てからでは遅いだろう?﹂ ﹁そんなところに気を遣わなくてもいいよ⋮⋮﹂ 確かに、情報操作なら戦闘が始まる前でないと意味がないけれど も。心の準備ができてないよ! ﹁アールスハイドより、むしろ他の国に、シンは危険な存在ではな いと知らしめないといけないからな。諦めろ﹂ 1234 こんなことなら⋮⋮有名になんてなりたくなかったよ⋮⋮。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 自身の物語が、アールスハイドだけでなく、世界中で発売される ことに打ちひしがれているシンを見ながら、トールはアウグストに 話しかけた。 ﹁殿下もお人が悪い。読み手がシン殿に対して悪印象を持たないよ うな文章にしろと、作家に発注したのは殿下ではなかったですか?﹂ ﹁⋮⋮そうだったか?﹂ ﹁そうで御座ったな﹂ 英雄的思考を持ち、世界平和を望む英雄として書かれているのは、 偶然ではなく、アウグストの指示によるものだったと知っているト ールとユリウス。 ﹁⋮⋮シンには言うなよ?﹂ ﹁フフ、照れておられるのですか?﹂ ﹁言うようになったな⋮⋮トール﹂ ﹁おや、申し訳ございません。シン殿に影響されましたか?﹂ ﹁⋮⋮まあいい。シンに知られると調子に乗るからな。偶然、こう いった内容になったと思わせておけよ?﹂ ﹁殿下も素直じゃないで御座るなあ﹂ 1235 そして、照れ臭いのであろう。その事実を偶然の産物だとし、シ ンに伝えなかったアウグスト。 その心情を察し、トールとユリウスは、生温かい目で、アウグス トを見ていた。 幼い頃から、王子の学友として選ばれ、ともに成長してきた二人 だが、その関係にはやはり距離があった。 ところが、ここ最近の二人は、アウグストに対して遠慮がなくな ってきている。 アウグストとしては、それは好ましい変化であったのだが⋮⋮。 ﹁お前達⋮⋮シンに毒されすぎだ⋮⋮﹂ 少し、影響されすぎだと、アウグストは溜め息をついた。 1236 もう、後戻りできませんでした︵後書き︶ 賢者の孫、第一巻発売まで一週間を切りました。 今回の内容と被ってますが、完全な偶然です。 狙ってません。 ほんとうです。 1237 出陣の演説を聞きました 閣僚会議が行われてから数日後。いつまた魔人が攻めてくるか分 からないため、魔人領攻略作戦が合意してすぐに、再びダーム王国 に各国から人が集まった。 今回は閣僚ではなく、国家元首が勢揃いである。 いわば、この世界初めてのサミットだ。 実際には世界首脳会議と呼ばれているけど。 今回、初めて行われる世界首脳会議では、世界連合の調印式と、 魔人領攻略作戦の出陣式が同時に行われる。 ダーム王国に、連合中の軍隊が集まれる訳もないので、国家元首 の護衛の軍と上層部、それと出陣式の後、ここから出陣する演出の ために一部の兵士が参加している。 そしてその声明は、通信機を通じて連合国中に同時に配信される。 各国の通信機には拡声の魔道具が設置され、各国軍も民衆も、そ の声明を聴く事ができる。 その声明を聴いた後、各国軍はそのまま魔人領に侵攻する。 これも初めての同時中継だな。 1238 ダーム王国は、他の六カ国の国家元首が集まるということで、も のすごい厳戒体制だ。 道路封鎖に徹底した身分照会。市民証がないとすぐさま拘束され てしまう。 まあ、初めての世界首脳会議で、この場にいるのは国家元首ばか り。 テロでも起きたら、世界がひっくり返るほどのダメージを負う。 万全に万全を重ねたいんだろう。 そんな厳戒体制を、俺はアルティメット・マジシャンズのために あてがわれた、ダーム大聖堂の上階にある部屋の窓から眺めていた。 ﹁はあ、スゲエな。ダーム王国の人、ピリピリを通り越してギラギ ラしてるぞ﹂ ﹁無理もないだろう。これで全ての国という訳ではないが、各国の 王に創神教の教皇。ここで何か起きれば、魔人とは違うところから 世界の危機に陥るからな﹂ 俺の呟きをオーグが返す。冷静に話しているようだけど、珍しく オーグが若干興奮しているのも分かる。 なにせ、歴史上初めて各国国家元首が勢揃いしたのだ。 もちろん、世界がこの七カ国だけのはずはなく、エルスやイース の向こうにはまだ世界は広がっているし、別の大陸もあるらしい。 1239 今回は、旧帝国、現魔人領に隣接し、魔人の被害が甚大になると 思われる国だけが集まっているが、それでも、国家元首が集まるな ど、今まで考えられもしなかった。 そんな国のトップが初めて一堂に集った。 今回のメインは、世界連合の調印だが、裏で色々な会談も予定さ れている。 これを機に、色んな事が動き出すかもしれない。 ひょっとすると、今後、世界首脳会議が定期的に行われるように なるかもしれない。 そんな外交の転換期の第一回会合が開催され、それに立ち会うこ とができるのだから、興奮するなって言う方が無理だろうな。 ﹁とりあえず、今のところは混乱も騒動も起きていないし、このま ま何ごともなく終わりそうだな﹂ ﹁だといいんだがな⋮⋮﹂ ﹁なんだよ、なにか気になることがあるのか?﹂ ﹁いや⋮⋮﹂ なにやらオーグの歯切れが悪い。 なんだろう? いつも黒い発言を平気な顔で口にするオーグが言 いよどむって⋮⋮。 メッチャ気になるんですけど? 1240 ﹁ああ⋮⋮実は⋮⋮﹂ オーグがようやく喋ってくれそうになったときに、部屋の扉がノ ックされた。 ﹁はい?﹂ ﹁失礼したします。あ、あの! アルティメット・マジシャンズの 皆さまにご挨拶をしたいという御方が参られております!﹂ 部屋の警護を担当している兵士さんが、来客があると告げた。 その兵士さんの声は、非常に緊張している様子だ。 アールスハイドの近衛兵士さんだし、ディスおじさんは見慣れて るだろうから違うな。誰だろう? ﹁フム。どなたが参られた?﹂ ﹁イース神聖国の、エカテリーナ教皇猊下で御座います﹂ 創神教の教皇!? そんな人がなぜこの部屋に!? 他国の国家元首だけど、この世 界の人間はほとんどが創神教徒だというし、その教皇が来ればそり ゃあ兵士さんも緊張するよな。 ﹁分かった。すぐにお通ししてくれ﹂ ﹁かしこまりました﹂ そうして、創神教の現教皇、エカテリーナ教皇が姿を見せた。 1241 決して華美ではないが、神聖な印象を持つ白い法衣に身を包んだ 三十代後半くらいの女性。 白金の髪を結い上げ、その瞳は青く慈愛に満ち、柔らかな微笑み をたたえ、見る者にこれ以上ない安心感を持たせる女性だ。 随分と若くして教皇の座に就いたんだな。 ﹁お初にお目にかかりますアウグスト殿下。イース神聖国代表にし て創神教で教皇の地位についております。エカテリーナ=フォン= プロイセンと申します﹂ ﹁これはご丁寧に。お初にお目にかかります。アールスハイド王国 王太子、アウグスト=フォン=アールスハイドで御座います。そし て、こちらが⋮⋮﹂ オーグが、こちらを手で示す。お、俺も名乗らないといけないの か。 ﹁お、お初にお目にかかります。アルティメット・マジシャンズ代 表のシン=ウォルフォードです﹂ これでよかったのかな? そう思っていると、エカテリーナ教皇 は、柔らかく微笑みながら俺に声をかけてくれた。 ﹁そう、あなたが⋮⋮﹃神の御使い﹄魔王シン=ウォルフォード君 ね﹂ ﹁か、神の御使い?﹂ なんだそれ? 神の御使いって、また大仰な言い方したな! 1242 それに魔王の二つ名も合わせて、二つ名が渋滞してるよ! ﹁今回の魔人出現は、まさに世界の⋮⋮人類存亡の危機です。そん な時代に、人類の歴史上、至上ともいえる実力を持ったウォルフォ ード君が現れた。私たちは、あなたが神が遣わされた御使いだと、 そう思っているわ﹂ ﹁か、買い被りすぎですよ⋮⋮﹂ ﹁そう? あながち間違っていないんじゃないかしら?﹂ 言われてドキリとした。 確かに、俺は特殊な身の上だ。 前世の記憶があるだけでなく、住んでいた世界すら違う。 もし、神様が本当にいるとしたら、何らかの意図で俺の魂をこの 世界に転生させたのかも⋮⋮そう思うことも出来る。 まさか⋮⋮この人、そのことを知って⋮⋮。 ﹁あなたの使う魔法は、随分と特殊だそうね。それで、もしかした らと思ったのだけれど⋮⋮﹂ ﹁はは⋮⋮違いますよ。僕は神様の指示なんて受けてませんから﹂ なんとか取り繕うことはできたかな? 教皇さんも、俺の使う魔 法が特殊だからって理由でそう思ったみたいだし、本気で神の御使 いだと思ってる訳ではなさそうだ。 ちょっと、確認してみたって感じかな? 1243 それにしても﹃神の御使い﹄って⋮⋮いつの間にそんな言われ方 してたんだろう。 ﹁それから⋮⋮あなたかしら?﹂ 教皇さんはそう言うと、俺の隣にいたシシリーに目を向けた。 ﹁お初にお目にかかります。シシリー=フォン=クロードです﹂ ﹁まあ! やっぱりそうだったのね! ようやく会えたわ!﹂ そういえば、教皇さんは昔、聖女と呼ばれていて、現在同じ二つ 名で呼ばれているシシリーのことを、非常に気に掛けていると聞い た。 そのシシリーに会えて、テンションが上がっちゃったのだろう。 シシリーの手を取り、ニコニコしている。 ﹁ね。あなた、大丈夫? 周りから﹃聖女のくせに﹂とか﹃聖女ら しく振舞え!﹄とか、うるさく言われてない?﹂ ﹁え、ええ。特には⋮⋮﹂ ﹁そう? 私の時はねえ、周りがとにかくうるさかったのよ。自分 から﹃聖女﹄だなんて名乗った覚えもないのに、ガミガミ言われて ねえ⋮⋮﹂ 意外だな、聖女の称号は気に入っていなかったのかな? ﹁総本山派の御子は、恋愛も結婚も出産も禁止されていないのに、 聖女だからって理由で全部禁止されて⋮⋮周りの女官たちは次々と 結婚退職していくのに⋮⋮そのくせ、フラーは気持ち悪いアプロー チをかけてくるし⋮⋮﹂ 1244 なんか⋮⋮教皇さんの心の闇が⋮⋮意外と毒も吐くし⋮⋮。 ﹁私は⋮⋮そう呼ばれ始めたのが、シン君と婚約した後だったので 特には。それに、聖職者でもありませんし⋮⋮﹂ ﹁そうそう! そのことでね! この作戦行動が終息したら、私が あなたたちの結婚式を執り行うことが正式に決まったから、それを 伝えにきたのよ!﹂ ⋮⋮本決まりになりましたか⋮⋮そうですか⋮⋮。 本の発売に加えて、教皇の執り行うなかで結婚式を挙げるとなる と⋮⋮また、目立っちゃうな⋮⋮。 ﹁フフ。読みましたよ、ウォルフォード君。コ・レ﹂ そう言って異空間収納から取り出したのは、例の﹃新・英雄物語﹄ だった。 ﹁うぇ!? そ、それは⋮⋮恐縮です⋮⋮﹂ こんな人にまで行き渡ったのか⋮⋮。 ﹁素晴らしい物語だったわ。その志もそうだけど、クロードさんと の恋愛模様もね。この本を読んだ後、この二人の結婚式を執り行え るということを、誇りに思えたわ﹂ そう言って、俺とシシリーを見て、ますます笑みを深めていく。 これが⋮⋮本物の聖女⋮⋮世界中に信徒を持ち、世界最大の宗教 1245 の頂点。 今や﹃聖母﹄というのが相応しい慈愛に満ちた表情に、俺もシシ リーも、つられて笑顔になってしまう。 ﹁ただ、ウォルフォード君たちだけで結婚式を挙げちゃうと、色々 と言う人がいるかもしれないから、アウグスト殿下達と合同での挙 式になるけど、そこは了承してね?﹂ ﹁それはもちろん。そうしてもらわないと困ります﹂ 王太子を差し置いて! とか言われないためにも、ぜひそうして 頂きたい。 ﹁ありがとうございます、教皇猊下。我が婚約者、エリザベートも 喜びます﹂ ﹁アウグスト殿下も、この二人のよき理解者であり、支持者ですか らね。ウフフ、この本は間違いなくベストセラーになるわ。その主 要登場人物、二組の結婚式を執り行えるなんて、創神教の教皇とし ても、この本のファンとしても、とても喜ばしいことですわ﹂ 時折見せる、俗っぽいところも、引き込まれる要因なのかな。イ ース神聖国や、創神教の信徒が、彼女を大変に慕っているのが、目 に見えるようだ。 ﹁さて、本題はもう伝えたし、そろそろお暇するわね。明日は、世 界連合の調印式と出陣式。世界に平和が戻るように、頑張りましょ う﹂ ﹁ええ、必ず﹂ オーグが力強く答えると、教皇さんは微笑みながら頷き、俺達の 1246 部屋を退出していった。 ﹁⋮⋮はあ⋮⋮まさか、教皇猊下が来られるとは思いもしなかった ⋮⋮﹂ さすがのオーグも緊張したようだ。 イース神聖国の国家元首だが、同時に創神教のトップでもある。 この世界の人間は誰でも緊張してしまうだろう。 ﹁シン君は、あんまり緊張してなかったですね⋮⋮﹂ 同じく、相当緊張していたのだろう。シシリーが隣で、溜め息を 吐きながらそう呟いた。 ﹁うーん、前も言ったけど、俺、王都に来るまで宗教があることす ら知らなかったからね。教皇さんの偉大さがイマイチ実感できない というか﹂ ﹁教皇さんって⋮⋮﹂ ﹁御子さんの前では絶対言っちゃだめですよ!?﹂ マリアが呆れて言えば、シシリーが慌てて注意してきた。 ﹁わ、分かってるよ﹂ ﹁本当ですか? シン君なら、教皇猊下御本人に﹃教皇さん﹄とか ﹃エカテリーナさん﹄とか言っちゃいそうです﹂ ﹁さ、さすがにそこまで礼儀知らずじゃないって⋮⋮﹂ そう言ったら、みんなから、疑いのまなざしを向けらてしまった。 1247 ⋮⋮え? 礼儀知らずとも思われてるの? ﹁殿下や陛下への態度をみているとねえ⋮⋮﹂ ﹁シン君って、礼儀上等! の人かと思ってたよ!﹂ ﹁失礼な! それぐらいわきまえてるよ!﹂ だって、ディスおじさんは親戚のおじさん扱いだし、オーグは従 兄弟ポジションだし、畏まる意味が分からない。 でも、それ以外なら、ちゃんと礼儀をもって接しているよ! ﹁とにかく、人前では教皇猊下と呼んでください。お願いします﹂ シシリーにお願いされてしまえばしょうがない。人前では教皇猊 下と呼ぶことにしよう。 ﹁⋮⋮だんだん、シシリーの尻に敷かれ出したわね﹂ マリアの失礼な感想は黙殺した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− アルティメット・マジシャンズの集まる部屋から、自室へと戻る 創神教教皇、エカテリーナ。 1248 その道中、エカテリーナに付き従う従者が、先ほどの邂逅につい て質問した。 ﹁いかがでございましたか? かのシン=ウォルフォードは﹂ ﹁そうねえ。例の本は、アールスハイド王国編集ということで、彼 の人間性にかなりの改ざんが加えられているのではないかと思った のだけれど⋮⋮そんな事はなさそうね。言葉遣いはともかく、彼に 野心はないわよ﹂ ﹁左様でございますか﹂ ﹁それより、気になったことがあるわ﹂ ﹁気になったこと?﹂ ﹁御使いのことよ﹂ ﹁は?﹂ エカテリーナは、人格より、御使いについて気になったという。 ここにいるのは、創神教のトップ、そばにいる従者も高い地位に いる者であり、神の存在を否定などできるはずもない。 しかし、実際に神を目にしたり、声を聞いたことがある者などい ない。 神とは、普段の何気ない生活の中で感じる、いわば心の拠り所に なっているのが実情である。 それなのに、教皇は御使いについて気になるという。 ﹁彼に、神から遣わされた御使いでないか? と言ったら⋮⋮彼、 否定はしたけど、明らかに動揺したのよ﹂ ﹁ど、どういうことですか? まさか⋮⋮本当に神の御使い⋮⋮﹂ 1249 近くで見ていなかった従者には分からなかったらしい。 だが、間近でシンを見ていたエカテリーナには、シンが動揺した のが分かった。 ﹁さあ、それは分からないわ。神の指示は受けていないと言ってい たしね﹂ ﹁⋮⋮指示は受けていない⋮⋮ですか﹂ ﹁そう。ということは⋮⋮ひょっとしたら彼は⋮⋮神の存在には触 れたのかもしれないわね﹂ ﹁⋮⋮教皇猊下﹂ ﹁ええ。ウォルフォード君には悪いけれど、これも世界平和の為。 人類の心を一つにするための神輿になって頂きましょう﹂ これから、調印式に向けての最終会議がある。 そこで、ある発言をすることを承認してもらう。 ダーム大聖堂の廊下を歩きながら、創神教教皇エカテリーナはそ う決意を固めていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 創神教の教皇であるエカテリーナさんと初めて会った翌日、いよ 1250 いよ調印式と出陣式が行われる。 場所は、ダーム大聖堂。 調印文書に、各国国家元首が連名で署名し、その文書はそのまま ダーム大聖堂に保管される。 神殿の前で世界連合の調印を行った後は、ダーム大聖堂の前に多 数詰めかけている各国の軍部や民衆の前で出陣式を行い、そのまま 魔人領攻略作戦が始動する。 今、大聖堂の中では調印式が行われている真っ最中だ。 もう間もなく大聖堂の扉が開かれ、出陣の掛け声が掛かる。 ﹁いよいよだな﹂ ﹁ああ。これが終われば、また以前のような平和な世に戻る。なん としてもこの作戦を成功させなければな﹂ ﹁うう⋮⋮緊張します⋮⋮﹂ ﹁大丈夫? マリア﹂ オーグが、作戦の成功を改めて誓う。 マリアは相変わらず緊張しているようだ。 シシリーが心配そうにマリアを見ている。 そのマリアだが、今回の作戦では、俺とシシリーと同じ班になっ た。 1251 オーグは、トール、ユリウスのいつものオーグ陣。 マークとオリビアとトニーの班。 そして、アリスとリンとユーリの班に分かれる。 オーグ陣は言わずもがな。 マークとオリビアのカップルに、最近は一人に絞ったという彼女 持ちのトニーを加えたリア充班。 そして、アリスとリンにユーリを加えることでバランスを取った 班。 なんのバランスを取ったかは秘密だ。 班編成のことを思い返していると、いよいよ大聖堂の扉が開いた。 そして中から、護衛を後ろに控えさせ、七カ国の国家元首が並ん で現れた。 護衛を付けず、並び立つことで世界連合の意義を示しているのだ ろう。 それを感じ取った観衆が、大きな歓声をあげた。 そして、大聖堂の前に設置された舞台の上から出陣の声をあげる のは、エカテリーナ教皇だ。 創神教の教皇ということでのカリスマ性や、彼女の言葉なら、他 1252 国の国民も素直に受け入れられるという配慮により決まったらしい。 国家元首の列の中から、エカテリーナ教皇が前に進み出る。 俺達は、舞台上の端の方で、他の国家の上層部の方と並んでいる のだが、エカテリーナ教皇が前にでる途中でこちらを向き、俺を見 てクスリと笑った。 ⋮⋮なんだ? 何か嫌な予感が⋮⋮。 ﹃お集まりの皆さん。そして、この通信を聞いている連合国の皆さ ん。いよいよ時は満ちました。我々人間が、この世界を支配しよう とする魔人に対し、打って出る時が来たのです!﹄ エカテリーナ教皇の宣言に、ダーム大聖堂前に集まっている観衆 から大きな歓声があがる。 恐らく、この通信を聞いている人たちも同様だろう。 ﹃ですが、皆さんの中には、本当に魔人を討伐できるのか、不安に 思っている人も多いことでしょう﹄ なんだ? いきなり後ろ向きな発言をし始めたぞ? こういう場 では、そういうのはあんまり良くないんじゃ⋮⋮。 観衆や、周りの上層部の人たちからも困惑の声があがる。 ﹃しかし、皆さん、安心してください。我々には神が付いています。 その証拠に、神は彼を⋮⋮シン=ウォルフォードを遣わしてくださ ったのですから!﹄ 1253 ⋮⋮。 おいいい!! 何言ってんだ!? あの人は!? ﹃私は、彼に直接会って確信しました。彼こそ、神が遣わされた、 我々の希望だと! 彼を支える少女が、聖女と呼ばれることも、ま た必然であったと!﹄ 俺が神の御使いだから、聖女が伴侶になって当然ってか? なん て超理論だよ! ﹃私は確信します! 神の御使いがいる限り、我々の勝利は揺るぎ ないものであると! さあみなさん! 彼を助け、世界に平和を取 り戻す戦いを始めようではありませんか!﹄ エカテリーナ教皇が、そう言いきると⋮⋮。 ﹃ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!﹄ これまで以上の大歓声が起きた。 そして、今回の作戦立案者であるドミニク局長が。 ﹃全軍! 出撃!﹄ という掛け声をかけると、演出のために大聖堂前にいた軍人達が、 城壁外に向かって進軍し始めた。 1254 この通信を聞いている連合軍も一斉に出陣したはずだ。 エカテリーナ教皇の力強い発言で、会場の雰囲気は最高潮だ。 そして、舞台上からその光景を満足げに見ていたエカテリーナ教 皇が列に戻ろうとして振り向いた。 その時、俺と目が合うと、ペロッっと舌を出し、ウインクした。 テヘペロって! なにやってんですか!? にしても、似合うな ⋮⋮。 それはともかく、民衆の前でこんな発言をしていいのかと、ディ スおじさんを見ると、大笑いしていた。 くそお! 全部了承済みか! ﹁良かったなシン﹂ ﹁何が!﹂ ﹁これで、お前は神の御使い。完全に人類の味方と認識されたぞ﹂ ﹁⋮⋮それは⋮⋮そうだけど﹂ ﹁それに⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮何?﹂ ﹁次の巻のネタもできたな﹂ そのネタ提供はしたくなかった! 1255 出陣の演説を聞きました︵後書き︶ いよいよ明日ですね⋮⋮ 書店に自分の本が並ぶのかと思うと、嬉しいような、恥ずかしいよ うな、複雑な心境です。 これからも、更新は続けていきますので、よろしくお願いします。 1256 また一人犠牲者が出ました︵前書き︶ 活動報告にお知らせがあります。 そのおかげで、少し更新が遅れました。 1257 また一人犠牲者が出ました イース神聖国国家元首にして、創神教の教皇であるエカテリーナ の演説により、シンは創神教公認の﹃神の御使い﹄となった。 その演説を聞き、怒りと失望を感じている人物が二人いる。 一人は、閣僚会議において、シンを作戦の中心に据えることに反 対したラルフ。 そして、もう一人が⋮⋮。 ﹁あの小娘⋮⋮やりやがったね⋮⋮?﹂ アールスハイドでエカテリーナ教皇の演説を聞いていたメリダで ある。 マーリンとメリダは、規格外の力を持っているシンが政治利用さ れることをよしとしない。 が、しかし、今は魔人の大量発生という非常事態だ。 そんな時に、シンの力に頼らせない、などと言うつもりはさらさ らない。 しかもシンには、世界を救いたいという明確な意志がある。 そんなシンに、戦略上頼りたいという気持ちも理解できる。 1258 なのでメリダは、シンが徐々に英雄として祭り上げられていくこ とに異議は唱えなかったし、シンを題材にした物語を出版すること にも反対はしなかった。 しかし、今回のこれは話が別だ。 創神教の教皇という実質この世界のトップ。 その教皇が連合国中に向けて、シンは神の御使いであると、堂々 と宣言してしまったのだ。 この宣言によって、シンは創神教の重要人物だと認識する者も出 てくるだろう。 そうなってしまえば、シンを政治利用する輩が出てくるかもしれ ない。 それは、マーリンとメリダにとって、一番許しがたいことであっ た。 ﹁クックック⋮⋮これは、ちょいとお灸を据えてやらないとねえ⋮ ⋮﹂ 怒りが頂点に達したのであろう、笑いだしたメリダを、アールス ハイドに設置された出陣式の会場で一緒に宣言を聞いていたアール スハイド王国王妃ジュリア、メイ、エリザベートはひきつった顔で 見ていた。 ﹁メリダ様、怖いです⋮⋮﹂ 1259 ﹁シッ! メイ、聞こえたらどうするんですの!﹂ メイは、今まで見たことがないメリダの様子に恐怖し、エリザベ ートは、メリダに聞こえなかったか気が気でない。 ﹁悪いがちょいと用事が出来た。アタシはこれで失礼するよ﹂ ﹁ええ⋮⋮あの、ほどほどにしてあげてくださいね?﹂ これから起こるであろう事態を予想したジュリアがメリダにお願 いをするが⋮⋮。 ﹁ホレ、マーリン! ダームまで行くよ!﹂ 聞こえなかったのか、それとも敢えて無視をしたのか、ジュリア に返事をせずに、隅で空気になっていたマーリンを呼び寄せた。 ﹁はあ⋮⋮分かったわい。ダーム大聖堂でいいんじゃろう?﹂ マーリンはそう言うと、ゲートを開いた。 ゲートの先に消えるマーリンとメリダを見て、ジュリアがポツリ と呟いた。 ﹁あの子達⋮⋮生きて帰れるのかしら?﹂ 先程の演説により、大いに盛り上がった出陣式も終わり、各国首 脳はダーム大聖堂に戻っていた。 1260 ﹁いやあ、エライ盛り上がっとりましたな﹂ ﹁ウム、シン君を神の御使いと認定することで、この戦いに勝機が あるということが浸透しただろう﹂ ﹁ウフフ、久し振りに良い仕事をしましたわ﹂ 出陣式が盛り上り、ご満悦な様子で引き上げてくる首脳達。 彼らは、国の行政のトップであるが、演説をするとなれば国民を 鼓舞する必要もある。 そういう意味では、先程の演説は、連合国国民に勇気と希望を与 える素晴らしいものであったであろう。 しかし彼らは、シンの保護者がどういう感想を持つのか、それを 考えることを怠ってしまった。 ﹁小娘えええ!!!﹂ ダーム大聖堂の廊下に、突如響き渡った大音量の怒鳴り声。 その声を聞いた護衛達は、賊の侵入を許したのかと身構える。 そして、この場にいる首脳のうち三人がビクリ! と身を強ばら せ、固まった。 一国の首脳ともなれば、身の危険を感じることなどよくあること だ。 しかし、よりにもよって、大国と呼ばれる三カ国の首脳が、先程 の声に怯えを見せた。 1261 それを見たその他の首脳や護衛達は、それほどの強敵なのか? と、迫る脅威に震えそうになり⋮⋮。 やがて⋮⋮その声の主が姿を表した。 ﹁小娘⋮⋮よくもやってくれたねえ⋮⋮﹂ ﹁し、師匠!﹂ その怯えている首脳のうち、エカテリーナ教皇が、姿を見せたメ リダを見てそう声をあげた。 その言葉に、特にイース神聖国の者が驚きを表す。 師匠。 今、教皇は確かにそう言った。 そういえば聞いたことがある。エカテリーナ教皇は少女期、イー ス神聖国を出て、とあるパーティーと共に諸国を廻っていたと。 そして、その旅が終わり、イースに戻った少女エカテリーナは、 周囲とは隔絶した力を身に付けており、聖女と呼ばれるようになっ たと。 確か、そのパーティーは⋮⋮。 ﹁しししし師匠? ななななぜここに?﹂ ﹁アンタのふざけた演説を聞いたからに決まってるだろう!?﹂ 1262 そう、賢者マーリンと導師メリダのパーティーだったはず。 エカテリーナ教皇が師匠と仰ぎ、世界中で英雄と呼ばれる導師メ リダ。 その伝説が目の前にいる。 それも、相当お怒りの様子だ。 その迫力に、護衛達は身動きすることすらできず、ゴクリと喉を 鳴らした。 ゴチン! ﹁あいたあ!﹂ 誰もが身動きが取れずメリダの動向を注視するしかないなかで、 メリダはエカテリーナに近付き、その頭上に拳骨を落とした。 ﹁な、何するんですかあ!?﹂ ﹁何するじゃない! うちの孫をこんなことに利用したんだ! そ れなりの覚悟はできているんだろうねえ!?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ エカテリーナは、シンがマーリンとメリダの孫として育てられた ことを知っていた。 知ってはいたが、これは緊急事態だったのだ。メリダなら分かっ てくれるはずと、ディセウムに顔を向けて説明するように懇願した。 1263 ﹁⋮⋮﹂ そのディセウムは、フイと顔を剃らした。 ﹁ちょっ! 兄さん、非道い!﹂ マーリンとメリダの旅に同行していたということは、ディセウム とも一緒に旅をしていたということだ。 エカテリーナは、先に二人と同行していたディセウムのことを兄 さんと呼んでいた。それは今も続いており、プライベートではそう 呼んでいる。 ちなみに、ジュリアのことは姉さんと呼んでいる。 そんな兄弟子に裏切られたエカテリーナは絶望の表情を浮かべて いた。 ﹁あ、あの⋮⋮お久しぶりです、お師匠さん。その⋮⋮もうその辺 で許してやってもエエんとちゃいますやろか?﹂ ﹁ああ!?﹂ ﹁ヒッ!﹂ ﹁ああ、なんだい、小僧かい﹂ ﹁い、いややなあ、お師匠さん。四十過ぎのオッサン捕まえて、小 僧はないでしょ?﹂ ﹁小僧はいつまで経っても小僧だよ。それとも何かい? エルスの 大統領になった自分を敬えって言ってるのかい?﹂ ﹁か、叶わんなあ⋮⋮相変わらずやわ、お師匠さん⋮⋮﹂ 先程からメリダが小僧と呼ぶ、エルス自由商業連合国大統領のア 1264 ーロン=ゼニスもまた、若い頃にマーリン達と共に旅をしていた仲 間である。 彼は行商人として各国を廻っていたが、その道中に魔物に襲われ、 間一髪のところをマーリン達に助けられていた。 そのお礼にと、行商で各国を廻っていたゼニスが道案内を務め、 道中で狩った魔物の素材を交渉して高値で売り、パーティーの路銀 を稼いでいた。 彼もメリダのことを師匠と呼ぶのは、その交渉の仕方を教えてく れたのがメリダであり、彼がパーティーを抜け独立する際に、メリ ダの開発した魔道具の権利をいくつか譲られていたからである。 その魔道具を元手に商売を始めた彼は、瞬く間に大商人へと上り 詰め、ついには大統領にまでなった。 なので、メリダには全く頭が上がらないのである。 かつて行商人として各国を渡り歩いていた彼は、四十歳過ぎとは 思えない引き締まった身体と、精悍な顔付きをしている。そんなゼ ニスがメリダの前では恐縮しきりである。 自分たちにとって、厳しくも頼もしいはずの大統領の情けない姿 に、エルスの関係者も戸惑いを隠せない。 ﹁ディセウム﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁なんで止めなかった?﹂ ﹁い、いや⋮⋮それは⋮⋮﹂ 1265 メリダに睨まれて、言葉に詰まるディセウム。 三人の弟子の中でも一番付き合いの長い彼は、メリダが相当怒っ ているのが分かり、体が強張ってしまったのだ。 そんなディセウムを見たメリダは⋮⋮。 ﹁正座﹂ ﹁え?﹂ ﹁正座しな﹂ ﹁﹁﹁は、はい!﹂﹂﹂ 本来なら関係ないはずのゼニスまで、メリダの剣幕に押されて正 座してしまった。 ﹁さて⋮⋮小娘﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁シンの本は読んだかい?﹂ ﹁はい﹂ ﹁なら書いてあっただろう? シンを軍事利用、政治利用すること は許さないと。それがどうだい。アンタのしたことは、まさしく政 治利用だ。違うかい?﹂ ﹁それは⋮⋮はい⋮⋮﹂ ﹁シンの規格外の力を、人類のために役立てることに反対なんざし やしないよ。でもねえ、これは違うだろう?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ シンの力を世界平和のために使うのはいいが、神輿として担ぐの は政治利用だと、メリダはエカテリーナを叱責した。 1266 メリダに叱られたエカテリーナは、シュンと肩を落とした。 ﹁ディセウム﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁アンタも、なんで止めなかった?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮シン君が御使いとして認定されれば、彼のことを 人類の味方と思うだろうと⋮⋮﹂ ﹁そうやってシンのことを考えてくれるのは嬉しいけどねえ。それ を小娘が宣言するとどういう影響が出るのか考えなかったのかい?﹂ ﹁⋮⋮すいません。これでシン君は、人類の敵には回らないと皆に 喧伝できると、それしか⋮⋮﹂ ﹁はあ⋮⋮良いかいディセウム。シンがイースや創神教とは何の関 係もないことは、アンタが証明するんだよ。いいね?﹂ ﹁はい⋮⋮すいませんでした﹂ シンのためを思ってしたことが、余計な誤解を生んでしまう可能 性に思い至らなかったディセウムも、シュンと肩を落とした。 ﹁アーロン﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁⋮⋮アンタは何で正座してるんだい?﹂ ﹁いや⋮⋮あははは、つい昔の癖で、正座してまいましたわ﹂ 過去によっぽど怒られたのだろう。条件反射で正座してしまった というゼニス。 ﹁全くアンタ達は⋮⋮いつまで経っても手が掛かるったらないねえ﹂ ﹁﹁﹁あ、あははは⋮⋮﹂﹂﹂ 1267 そんな光景を、メリダの怒りに触れないように、いつにも増して 空気になっていたマーリンは呆れて見ていた。 ﹁⋮⋮間違いなく、メリダがこの世界のゴッドババアじゃのう⋮⋮﹂ ﹁何か言ったかい?﹂ ﹁い、いや! なんでもないわい﹂ 三大大国の首脳ですら頭が上がらないメリダ。 それを考えると、メリダに怒られてもケロっとしているシンが、 大物に見えてくるマーリンであった。 そしてもう一人、エカテリーナ教皇の発言に失望を隠せないでい るラルフは、馬車で戦場へ向けて移動をしていた。 彼は、ダーム王国にての軍部のトップ、軍務司令長官の職に就い ている。 創神教が深く根付き、国民のほとんどが創神教徒であるダーム王 国で、敬虔な信者であり公明正大な人柄である彼は、民や国王から の信頼も厚い人物である。 だが、先の閣僚会議での振る舞いが、ダーム王国で波紋を呼んで いた。 ラルフが、シン=ウォルフォードの作戦参加を拒んだというのだ。 1268 この会談は、世界の命運を分けると言っても過言ではないため、 議事録は全て公開されている。 その議事録の中で、ラルフが最後まで、シンを討伐作戦の中心に 据えることに反対していたというのだ。 民衆の間にも、すでにシンが二度魔人を退け、半数近くを討伐し た旨は知られている。 そんな人類の希望というべき、シン=ウォルフォードを作戦から 外すように進言するとは⋮⋮。 ラルフ長官は、一体どうしたのか? シン=ウォルフォードと何か確執があったのか? 噂が噂を呼び、ダーム王国民の間では、今一番熱いゴシップであ る。 そんな民衆のゴシップのネタにされているラルフは、自分と志を 同じにする同士達と共に馬車に乗っていた。 ﹁なんということだ⋮⋮よりにもよって教皇猊下が、かのシン=ウ ォルフォードを﹃神の御使い﹄とお認めになられてしまうとは⋮⋮﹂ ﹁ポートマン長官。私は耐えられません! あんな⋮⋮創神教徒で もないのに、神の御使いなどともてはやされ、あまつさえ教皇猊下 自らが奴の結婚式を執り行うそうではないですか! 何様のつもり ですか!? シン=ウォルフォードとやらは!﹂ 創神教内にいる少数派。シンの﹃神の御使い﹄、シシリーの﹃聖 1269 女﹄を認められない軍人が声を荒げた。 馬車に乗り合わせた者達は口々に、正式に﹃神の御使い﹄認定を 受けたシンのことを悪し様に罵っているが、これら全てはシンが頼 んだ訳ではなく、結婚式はマキナ大司教達が、神の御使いに至って はエカテリーナ教皇の独断だ。その為、メリダにこってりと絞られ たのだが⋮⋮。 そのことには一切触れず、それらを当たり前のように享受したシ ンに、非難の先は集中した。 彼らは皆、敬虔な創神教の教徒である。 この世界を創り給うた創造神を心棒し、善行を積み、死後、神の 御許へ導かれることを目的とした宗教において、その神の御許から 遣わされたとされる人物は、尊ばれるべき存在のはずである。 しかし、その神の御使いとされる人物は、創神教徒ではないとい う。 神の御許から遣わされたはずの御使いが無宗教とは⋮⋮これは、 一体何の冗談なのか? 元々、そのことが原因で、シンのことを神の御使いと呼ぶことに 反対していたのであるが、そこへ来て戦闘中にクジを引くようなふ ざけた性格の持ち主であると判明した。 とてもではないが、受け入れられるものではない。というのが、 彼らの主張である。 1270 ちなみにシシリーの聖女を受け入れられないのは、創神教徒では あるが聖職者ではないためである。 現教皇が、聖職者としての修業の後に与えられた称号を、聖職者 でないものが名乗ることに反発しているのだ。 ﹁⋮⋮これは、我々が功績を挙げて、シン=ウォルフォードなど不 要であると、教皇猊下に御見せし、御使いなどまやかしであると、 御目を覚まして差し上げなければいけないだろう﹂ ﹁そうですな、ラルフ様。幸い、かのシン=ウォルフォードとシシ リー=フォン=クロードは、我々の国に派遣されています。奴以上 の功績が目に見えて分かる絶好の機会ですな﹂ ﹁フム。初めは、派遣されてくるアルティメット・マジシャンズの 人員が奴らだと知って失望したものだが⋮⋮これは、神の御導きか もしれんな﹂ ﹁おお。ということは、我らにこそ神は慈悲を与えてくださってい ると!﹂ ﹁フフ、そういうことだ。シン=ウォルフォードめ。貴様の思い通 りにはさせんぞ﹂ シン以上の功績を挙げれば、シンが神の御使いではない証明にな るという反対派達。 エカテリーナ教皇が御使い宣言をし、そのまま魔人領攻略作戦が 始まってしまい、具体的な方針を定めることができず、彼らは焦っ ていた。 全く理由付けになっていないが、シン以上の功績を残せばシンの 神の御使いの称号を取り下げられると、そう思い込もうとしていた。 1271 そして、マリアは⋮⋮彼らの眼中に入っていなかった⋮⋮。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− エカテリーナ教皇の衝撃的な出陣の宣言により、世界連合各国に、 俺が﹃神の御使い﹄だと認定されてしまった。 文句を言おうにも、出陣式で多数の民衆がいるし、そんな中で創 神教の教皇に文句をつけたらどんなことになるのか⋮⋮。 そのことも含めて計算していたのではないだろうか? あの場でなら、俺から文句を言われることはないと。 アールスハイド編集の本に続き、創神教の教皇による神の御使い 認定宣言である。 おかげさまで、俺のことを世界の脅威だと思われることはないと 思うが⋮⋮。 ﹁⋮⋮俺の知らないところで、二つ名が増えていく⋮⋮﹂ ﹁いいじゃない。二つ名っていうのは、実力が認められた人にしか 贈られないんだから。私も何か欲しいなあ﹂ マリアが呑気に、自分も二つ名が欲しいと言う。 1272 ﹁⋮⋮なら、考えてやる﹂ 何がいい? マリアに相応しい二つ名は⋮⋮。 ⋮⋮不憫な少女か⋮⋮。 ﹁な、なに? 憐れむような目で見て⋮⋮﹂ マリアも美少女なんだけどなあ⋮⋮魔人を単独で討伐できるくら い強いし。なのに、なぜか日の目を見ないというか⋮⋮目立たない というか⋮⋮。 マリアにも、いい人が現れるといいんだけどな。 あ、これなんかいいかも。 ﹁﹃愛の求道者﹄は?﹂ ﹁よし。表に出なさい、シン!﹂ ﹁馬車で走ってる最中だよ? マリア﹂ ﹁いいから! ふざけたことを言うシンに一発かましてやる!﹂ フム。お気に召さなかったらしい。 現在、出陣式に出席した俺達は、担当する各国の軍と合流し、出 陣地点から馬車に乗って移動している最中である。 俺とシシリー、マリアの班が、ダーム王国に。 オーグ陣は、クルトに。 1273 リア充班は、カーナンに。 格差班は、スイードに派遣された。 夏季休暇に全員で各国を訪れていて良かった。皆、ゲートを使っ て、すぐさま各国軍と合流した。 そして、馬車で魔人領との境。旧帝国国境を目指している。 俺は空を飛べるけど、他の皆は、まだ浮遊魔法を使えないし、ジ ェットブーツで移動するにしても、さすがに距離が長すぎる為、こ うして馬車で移動しているのである。 その馬車の中で、マリアが魔力を荒ぶらせている。 ⋮⋮戦場に着く前に、ダメージを負いそうだ。 ﹁じょ、冗談だよ。マリアにもすぐいい人が見つかるって﹂ ﹁⋮⋮持つ者の余裕? 随分上から目線だこと﹂ マリアがやさぐれている⋮⋮。 本当に、誰かこの娘の前に現れてくれないかな⋮⋮。 ﹁報告します! 前方に、多数の魔物の群れが現れました!﹂ 魔物でなくて! ﹁フフ⋮⋮ちょっと、いいかしら⋮⋮﹂ ﹁な、なんでしょうか?﹂ 1274 怖いから! 思わず敬語になっちゃったから! ﹁その魔物⋮⋮私が殺ってもいいかしら?﹂ ﹁え? でも、大型までは軍の人が対処するって⋮⋮﹂ ﹁一発だけ、かましたい気分なのよ⋮⋮﹂ 笑みが黒い! これは逆らわずに、一発かましてストレスを発散してもらった方 がいいと判断した。 ﹁あの、すいません﹂ ﹁は! なんでしょうか!? 御使い様!﹂ 馬車と並行して走っている、ダーム王国の騎士さんに声を掛ける と、普通に御使い様とか言いやがった。 ﹁う⋮⋮その呼び方はちょっと⋮⋮﹂ ﹁は?﹂ ﹁⋮⋮いいやもう。あの、その魔物討伐の初手、俺達がやってもい いですか?﹂ ﹁御使い様がですか?﹂ ﹁俺じゃないけど、一応みんなに、俺達の実力を知っておいてもら った方がいいと思って﹂ ﹁なるほど! 分かりました! 指揮官に伝えてきます!﹂ そう言って、馬を走らせて行った。 マリアが魔法を放つには、いい言い訳だったかな? 1275 実際、どれくらいの実力があるのか、知ってもらうのは重要だと 思うし。 しばらくして、さっき声を掛けた騎士さんが戻って来た。 ﹁報告します! 初手のみ、お願いいたします! 大型までの魔物 の討伐は本来は我々の仕事ですので!﹂ ﹁ええ、分かってます。あくまで、実力の披露というか開示という か、そういう目的なので﹂ ﹁畏まりました! それでは、初手、お願いいたします!﹂ えらく張り切ってるなあ。それだけ、この作戦に力を入れてくれ てるってことなんだろう。 俺達も、貢献するように頑張らないとな。 ﹁マリア、初手だけ許可でたぞ﹂ ﹁了解﹂ やがて進軍が止まり、魔物を迎え撃つ体勢を取り出す、ダーム・ エルス・イース混成軍。 初手を任されたマリアはというと、馬車から出ると、ジェットブ ーツを使い、馬車の屋根に乗り、仁王立ちになっている。 やがて魔物の群れが射程距離に入ると、マリアの周りに濃密な魔 力が集まり始めた。 魔力制御の練習を始めて半年近く。マリアはかなりの量の魔力を 1276 制御できるようになった。 そして、俺から得た、魔法の﹃過程﹄のイメージ。 マリアが選択したのは、風の魔法。 膨大な魔力を制御していたマリアは、その魔力を風の魔法に変換。 そして⋮⋮。 ﹁くらえ! このやろおお!﹂ 無数の風の刃が魔物の群れに襲い掛かった。 マリアの放った風の刃は、魔物を蹂躙していく。 そして、その放たれた風が旋風を巻き起こし、やがて竜巻となっ た。 巻き上げられた魔物達は、その竜巻の中で荒れ狂う風の刃に一体、 また一体と切り刻まれていく。 ⋮⋮相当お怒りだったらしい。精密さの欠片もない、大魔法が放 たれていた。 ﹁マリアったら⋮⋮そんなに怒らなくてもいいのに⋮⋮﹂ ﹁シシリー、それ、マリアに言っちゃダメだよ?﹂ 怒らせた原因は俺だけども。 1277 俺達は、相当お怒りなご様子のマリアさんに、そんなにお怒りだ ったのですか? と驚き。 周りで見ている混成軍の方は、その魔法の威力に、みんな口を開 けて茫然としている。 ﹁⋮⋮ぜ、全軍! 魔物は大半が片付いた! 残りを掃討していく ぞ!﹂ ﹃お⋮⋮おお!﹄ うっかり指示を出し忘れていた指揮官さんが声をあげると、これ また呆然としていた兵士さん達が魔物の群れの掃討戦に向かって行 った。 ﹁それにしても、風の魔法を選択するとはね﹂ ﹁火の魔法だと熱が残るし、水の魔法も足場が悪くなるし、爆発と 土は地形変わって後が大変そうだったし。風の魔法しか選択肢ない でしょ﹂ ﹁れ、冷静だったんだな⋮⋮﹂ ﹁というか、精密な魔法の練習じゃないんだから、その分気楽にで きたわ﹂ 今、マリアが言ったように、初手のみ譲られたということは、後 詰めは兵士さんでやるということだ。 そうなると、足場が悪くなるような魔法は使えない。 風の魔法の選択が最良だと思う。 お怒りだと思っていたけど、それを考える余裕はあったんだな。 1278 ﹁あ、終わったみたいよ﹂ ﹁そりゃあ、あんだけまとめて始末すりゃあなあ⋮⋮﹂ 何人か、一体も魔物を狩らずに帰って来た兵士さんもいるみたい だ。 そして、討伐から戻って来た兵士さんが、まだ馬車の上にいるマ リアを見て。 ﹁⋮⋮戦乙女﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁戦場に凛々しく立ち、圧倒的な力で魔物を屠る⋮⋮まさに戦乙女 だ!﹂ なんだそれ? イライラして馬車の上に立ち、憂さ晴らしに大魔 法放っただけだぞ? 屋根の上のマリアを見てみると⋮⋮あ、顔真っ赤にしてる。 でも、屋根の上で目立っちゃってるから、変なリアクションも取 れずに固まってるみたいだな。 ﹁マリア﹂ ﹁ななな、なに!?﹂ テンパってんな⋮⋮。 ﹁適当に手をあげて、兵士さんに応えてから降りてきなよ﹂ ﹁そ、そうね!﹂ 1279 そう言って、兵士さんに応えるように手をあげると。 ﹃うおおおおおおお!!!!﹄ と大きな勝鬨が上がった。 戦闘終結の合図になっちゃったのかな? 突然あがった大きな勝鬨に、マリアはまた固まってる。 ﹁マリア! もういいよ! 降りて来いって!﹂ ﹁はえ!? あ、うん﹂ 屋根の上から降りてきたマリアは馬車の中に逃げるように飛び込 んだ。 ﹁凄い歓声だったねえ、マリア﹂ ﹁今も聞こえるぞ? 戦乙女って﹂ ﹁や⋮⋮やめて⋮⋮そんな名前で呼ばないで⋮⋮﹂ 勝手に付いた二つ名に、マリアが身もだえしてる。 ﹁フフ、周りから言われると恥ずかしいよね﹂ ﹁シシリー、シン⋮⋮アンタ達の気持ちがよくわかった。恥ずかし いわ⋮⋮これ⋮⋮﹂ ﹁そうだろう? でも、マリアがこう言われるってことは、他の連 中も同じような目に遭ってるのかな?﹂ ﹁⋮⋮同情するわ﹂ 1280 とりあえず、これで俺達の実力も分かってくれただろうから、色 々と連携もしやすくなるかな? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− この連合軍にとって、初めて遭遇した魔物の群れ。 魔人領が近付いたからか、相当な数の群れになっているという報 告が来た。 ラルフは、ある程度の犠牲も覚悟していたのだが、そこにアルテ ィメット・マジシャンズから、実力の開示のために初手を撃ってい いか? と提案がきた。 その申し出に、出しゃばりおって! と内心憤ったラルフであっ たが、よくよく考えてみれば、彼らの実力を知らないのは、ダーム だけだと会議で知った。 奴らの実力を知る、丁度いい機会だと、初手のみ許可を出した。 その結果⋮⋮。 目の前で放たれた魔法に、ラルフの理解が追い付かない。 1281 無数の風の刃に魔物が切り刻まれ、その後に起こった竜巻で、先 程撃ち漏らした魔物を巻き上げていく。 今まで見たこともない大魔法。 ﹁これが⋮⋮これがシン=ウォルフォードの力⋮⋮なのか⋮⋮﹂ 思わずつぶやいたラルフの言葉を、近くにいた反対派ではない部 下が修正する。 ﹁いえ、御使い様ではないようです﹂ ﹁な、なに!? で、ではシシリー=フォン=クロードとかいう女 か!?﹂ ラルフは、御使い様という言い方に一瞬、眉をしかめるが、あの 魔法を放ったのが、シンではないことに驚いた。 ﹁いえ⋮⋮確か⋮⋮ああ、マリア。マリア=フォン=メッシーナさ んですね﹂ ﹁な⋮⋮な⋮⋮なんだと⋮⋮? これほどの大魔法を放ったのが⋮ ⋮奴ら以外⋮⋮だと⋮⋮?﹂ 彼らに目の敵にされているシンとシシリー。 しかし、今の大魔法を放ったのはその二人ではないという。 ラルフは、彼ら以上の功績を挙げなければいけないと、思い込ん でいる。 シンとシシリー以外でも、これほどの力を見せたアルティメット・ 1282 マジシャンズの実力に、ラルフは、さらに焦りを募らせていった。 ところ変わって、その頃のダーム大聖堂では。 ﹁あいたたた⋮⋮たんこぶになってるわ﹂ ﹁相変わらずやったなあ、お師匠さん。カーチェが頭ド突かれたと き、俺もケツがキュッてなったわ﹂ ﹁アーロンは、一番メリダ師に叩かれてたからなあ⋮⋮懐かしい﹂ ﹁そんなん思い出さんといてくれる? 兄さん﹂ かつて、マーリンとメリダと共に旅をしていた三人が集まり、懐 かしい話題で盛り上がっていた。 あのとき、共に旅をした仲間が、今や三大大国の国家元首である。 ディセウムは当時から王太子であったが、他の二人は一介の御子 に、ただの行商人であった。 それを思えば、今国家元首として相まみえているのは、感慨深い ものがある。 ﹁それにしても、師匠、シン君のこと大事にしてるのねえ﹂ ﹁ああ。まるで、本当の孫のようにね。シン君もメリダ師のことを 本当の祖母として大変に慕っているよ。まあ⋮⋮しょっちゅうメリ ダ師に怒られてるけどね⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そう﹂ ﹁あんなことがあったから、余計やろうなあ⋮⋮﹂ 1283 アーロンがそう言うと、場に沈黙が降りた。 ﹁あ⋮⋮スマン⋮⋮カーチェにはキツイ話題やったな⋮⋮﹂ ﹁ううん⋮⋮いいのよ⋮⋮もう随分前の話だもの。吹っ切れたわ﹂ ﹁そうか⋮⋮﹂ 吹っ切れたという割には、若干辛そうな表情を見せるエカテリー ナ。 それを察知してか、ディセウムもアーロンもそれ以上何も言わな かった。 ﹁それにしても⋮⋮本当の孫みたい⋮⋮か﹂ そう言うと、エカテリーナは窓の外を見た。 そのエカテリーナの横顔が、ディセウムとアーロンには、どこか 寂しそうに見えた。 1284 魔人領攻略作戦が始まりました︵前書き︶ 二巻の改稿作業をしています。 修正、修正、また修正です。 投稿が遅れた言い訳をしてみました。 1285 魔人領攻略作戦が始まりました 初めて魔物に遭遇した後は、特に魔物も現れず、予定通り旧帝国 国境付近まで進軍できた。 今日はここで野営である。 これだけの集団で固まっていると魔物が寄ってきそうであるが、 野営地の外郭に魔道具を設置するので魔物は寄ってこないらしい。 ちなみに、魔物避けの魔道具と呼ばれているが、実際は魔力遮断 の魔道具だ。 ひも状になっていて、野営地をぐるりと囲い、魔道具に囲われた 中の魔力が感知できなくなることで魔物避けになる。 魔力を外に漏らさないだけで、丸見えだけど、魔力を遮断すると、 魔物はほとんど現れないとのこと。 設置とは言うものの、常時発動型ではないので、夜中交替で魔道 具を起動させ続けるらしい。﹃ほとんど﹄であって﹃全く﹄ではな いので、見張りの意味もある。 そういえば、こういった野営は初めてだな。 ちょっとワクワクしていると、声を掛けられた。 ﹁失礼致します。御使い様と聖女様、戦乙女様の野営の準備が整い 1286 ました﹂ 先程の戦闘以降、マリアは﹃戦乙女様﹄と呼ばれるようになった。 呼ばれ慣れてないマリアは、その都度羞恥で身悶えてる。 まあ、そのうち慣れるだろうと、悶えているマリアは放置して、 呼びに来た兵士さんに付いていき、野営をするためのテントに辿り 着いた。 二人用と一人用のテントが張られていて、そこで寝るようにとの ことだ。 ﹁それでは、こちらが御使い様と聖女様のテントで、こちらが戦乙 女様のテントです﹂ ﹁は?﹂ ﹁ふえ?﹂ ちょ、ちょっと!この戦時下に男女で同じテントに泊まれってか !? 確かに、シシリーは婚約者だけども、こんな状況で同じテントに 泊まれる訳ないでしょうが! ﹁それから、その⋮⋮独り者も多いので⋮⋮できれば、防音の魔道 具か結界を⋮⋮﹂ ﹁この状況でそんなことするかあ! っていうか、一緒のテントに も泊まるかあ!﹂ ﹁え? そうなのですか?﹂ ﹁そうなのですよ!﹂ 1287 何考えてんだ!? ﹁さっき言ってたじゃないですか。独り者も多いって。そんな中で、 いくら婚約者とはいえ、同じテントに泊まったら、すごく反感を買 いますよね?﹂ ﹁そうですね﹂ アッサリ肯定しやがった! ﹁そうすると、余計なところから不満が出るかもしれないじゃない ですか。俺がこっちの一人用のテントに泊まるんで、シシリーとマ リアはこっちの二人用のテントに泊まります。それでいいよね?﹂ ﹁私は大丈夫です﹂ ﹁私もいいけど、いいの? アンタ達は?﹂ ﹁シン君と同じテントに泊まって、朝皆の見てる中でテントから出 てくる勇気がないです⋮⋮﹂ 絶対、好奇の目で見られるからな。俺もそんな勇気はない! ﹁かしこまりました。はあ⋮⋮良かったです。もし一晩中声が聞こ えていたらと思うと⋮⋮﹂ ﹁だから、そんなことしないって言ってるだろお!﹂ ﹁はうう⋮⋮﹂ シシリーが俺の後ろに隠れちゃったよ。 ﹁それでは、懸念も無くなったことですし、夕食にしましょう。あ ちらの天幕で夕食の用意をしております。進軍中の食事ですので、 あまり期待はしないでください﹂ 1288 ﹁野営の準備は全部任せてますからね。文句なんてつけませんよ﹂ 寝ずの番も免除されているし、これで文句を言ったらバチが当た るよ。 ⋮⋮さっきのは別だ! あれは文句を言ってもいいだろう!? ﹁それから、食事が終わりましたら、あちらの天幕に風呂の用意が してあります。あちらが男性用、こちらが女性用です。まあ、入り 口に男性兵士、女性兵士が立っておりますので、間違えることはな いでしょう﹂ なんだ? 間違えろフラグか? まあ、実際に食事を終えて風呂に向かうと、兵士さんが二人立っ ていたので、見張りがいないうちに、間違えて女風呂に入っちゃっ た、なんてことにはならないだろう。 頻繁に出入りもあるし。 それにしても、野営で風呂か。 聞いたところによると、この風呂で使われている給湯の魔道具は、 ばあちゃんが開発し普及させたもので、この魔道具の登場により、 入浴が一般に広まったそうである。 スゲエな、ばあちゃん。 こうやって、皆の役に立つ魔道具を作って広めているばあちゃん のことを改めて尊敬し、それが俺のばあちゃんだということが誇ら 1289 しくなった。 風呂用の天幕に入ると、大きいプールみたいな風呂が設置されて いた。 なるほど、ビニールプールみたいに空気を入れて風呂にしてんの か。何かの魔物の革かな? これなら持ち運びもできるし、お湯は 魔道具でまかなえる。 野営中でも風呂に入れる訳だ。 ⋮⋮これがあるのに、浮き輪がないのが不思議だ。 給湯の魔道具は、蛇口みたいな形をしており、それがいくつか設 置してある。 風呂に入る人が、何分か魔力を流し、お湯を足していくのがマナ ーらしい。 空気中の湿気を集めて水に変換しているらしいので、天幕の中で 延々と循環していくそうだ。 自然に分解される石鹸を使って体と髪を洗い、湯船に入る前に給 湯の魔道具に魔力を流してお湯を足し、湯船に入った。 ﹁ふいい⋮⋮﹂ シシリーの実家でも思ったけど、馬車で長距離を移動した後って 疲れが溜まってるよね。 1290 進軍速度の維持や、兵士さんの体力回復の意味でも、風呂は重要 な意味があると思う。 ﹁お疲れ様です、御使い様。お湯加減はいかがですか?﹂ ﹁いや⋮⋮その御使い様ってのはちょっと⋮⋮いい湯加減ですけど ね﹂ ﹁フフ。そういえば、この魔道具を開発されたのは、御使い様のお 婆様でしたね。愚問でした﹂ 先程から案内をしてくれていた兵士さんも一緒に風呂に入ってき ていた。 どうやら、御使い様呼びを訂正するつもりはないらしい。 面倒くさいことになっちゃったなあ。 ﹁それにしても、先程の戦乙女様の魔法は凄かったです。ひょっと して、アルティメット・マジシャンズの方々は、皆あのような魔法 が使えるのですか?﹂ ﹁そうですね。まあ、マリアは元々、オーグ⋮⋮アウグスト殿下に 次ぐ三席ですから、優秀だったんですけどね。今は、他の皆もあれ ぐらいはできるかな?﹂ ﹁あ、あれぐらい⋮⋮ですか⋮⋮﹂ ﹁中にはシシリーみたいに治癒魔法の方が得意だったり、近接戦も やる奴もいたり、身体強化の方が得意な奴もいますけどね﹂ 精密魔法の練習で、シシリーの攻撃魔法も大分上達してきた。 皆、同じくらいの攻撃魔法が使えると言っても過言ではないだろ う。 1291 すると、周りで聞き耳を立てていた人達も、口々に言葉を発し始 めた。 ﹁皆があのレベルなのか⋮⋮﹂ ﹁え? 聖女様も、あれくらい攻撃魔法が使えるってこと?﹂ ﹁あれだけ魔法が使えるのに、近接までやる奴がいるって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮この作戦、俺らいるの?﹂ おっと、皆が自分たちの存在意義に疑問を持ち始めてしまった。 ここはフォローしとくか。 ﹁もちろん、皆さんの力は必要です。俺達だけでこの作戦を実行し たら何ヵ月⋮⋮いや何年掛かるか分かりません。そんなに長い期間、 民衆を不安がらせる訳にはいかないでしょう? 迅速な解決のため にも、皆さんの力は絶対に必要です﹂ こんな感じでいいかな? 周りの皆さんの反応は⋮⋮。 ﹁そうか⋮⋮民衆を不安にさせないため⋮⋮か﹂ ﹁そうだよ! 俺達も民衆のために役立てる!﹂ ﹁ヤベエ⋮⋮みなぎってきたぜえ!﹂ ﹁やってやる⋮⋮やってやるぞ! 皆!﹂ ﹃おおおおお!﹄ うお! ビックリした! 1292 急に雄叫びをあげないで! ﹁なんだ! どうした!﹂ ほら! 見張りの兵士さんが何事かと飛んで来ちゃったじゃん! ﹁な、何でもありませんよ。ただの決意表明ですから﹂ ﹁は、はあ⋮⋮ならいいのですが﹂ 予想外に盛り上がっちゃったけど、士気が上がったんならいいよ ね? 体が十分に温まったところで、風呂から上がった。 その後、一定間隔で男風呂から雄叫びがあがっていたらしい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− シンと風呂の前で別れ、女風呂にやって来たシシリーとマリア。 ﹁わあ、本格的なお風呂じゃない﹂ ﹁本当だね。野営でお風呂に入れるとは思ってなかったなあ﹂ いざとなったらゲートで家に帰ろうかと話していたアルティメッ ト・マジシャンズの女性陣だが、本格的なお風呂に入れるとあって、 1293 満足気な様子だ。 ﹁そういえば、聖女様のご実家は、アールスハイドのクロード子爵 家で御座いましたね。温泉で有名な﹂ ﹁え? あ、はい﹂ ﹁ご実家と比べて、簡素なお風呂で申し訳御座いません﹂ ﹁いえいえ! 十分立派ですよ! まさか野営でお風呂に入れると は思ってもみなかったですから﹂ これは素直な感想だ。 もしお風呂がなく、ゲートでお風呂に入りに帰る時間もなかった 場合、シシリーはシンの側に行きたくないとさえ思っていた。 自分の臭いが気になってしまうからだ。 ところが、ここにあるのは紛れもなくお風呂。 そんな杞憂がなくなってホッとしていたところだった。 ﹁こうしてお風呂に入れるのは、導師様の魔道具のお陰ですね。今 の軍には経験している者はいませんが、昔は行軍中にはお風呂に入 れなかったらしいです﹂ ﹁給湯の魔道具ですね。あの魔道具が出たとき、祖父は戦々恐々と したそうです。温泉の価値がなくなるって﹂ ﹁それは⋮⋮大変でしたね⋮⋮﹂ ﹁ところが、一般に給湯の魔道具による入浴が広まったことで、逆 に温泉の価値が上がったそうです。温泉は、普通のお風呂と一味違 うって﹂ 1294 温泉は、地熱により熱せられた地下水が湧きだしたものである。 地下の鉱脈を通って湧き出る温泉には様々な成分が含まれており、 色々な効能をもたらす。 入浴が広まったことで、温泉の魅力に気付き、その価値が上がっ たとのことだ。 ﹁そう考えると、うちの価値を高めてくれたのはお婆様ですね﹂ ﹁お婆様? ⋮⋮ああ、確か聖女様は導師様の御孫様でらっしゃる 御使い様と御婚約されていたのでしたね﹂ ﹁はい﹂ 婚約して大分経過したためか、特に照れもせずに答えるシシリー。 ﹁そういえば、私読みましたよ﹃新・英雄物語﹄。あれに書かれて ることって本当なんですか? 聖女様を御使い様が助けたのが馴れ 初めって﹂ ﹁あう⋮⋮そ、そうですね⋮⋮﹂ やっぱり、あんまり慣れていなさそうである。馴れ初めを聞かれ て照れ始めた。 そして、恋バナが始まったからか、周囲にいた女性兵士達も集ま ってきた。 ﹁聖女様。御使い様のどこをお好きになられたんですか?﹂ ﹁ど、どこって⋮⋮気が付いたら好きになってたとしか⋮⋮﹂ そのシシリーの返事に沸き上がる女性兵士達。 1295 ﹁じゃあじゃあ! 御使い様ってどんな方なんですか?﹂ ﹁えっと⋮⋮強くて、格好よくて、家族や友達思いで、その⋮⋮優 しいです⋮⋮﹂ またしても沸き上がる女性兵士達。 ﹁戦乙女様も、やっぱり同じ印象ですか?﹂ ﹁戦乙女様って⋮⋮まあ、概ね間違ってはないわね﹂ ﹁じゃあ、戦乙女様も、御使い様のこと⋮⋮﹂ ﹁そりゃないわね﹂ 即答で切って捨てたマリアに、皆意外そうな顔をする。 ﹁確かにそれだけだったら、同じチーム内でもシンのことを好きに なる子もいると思うんだけど⋮⋮﹂ 何かあるのか? 女性兵士達は、息を呑んでマリアの発言を待っ た。 ﹁何せ、世間知らず、自重知らずだからねえ⋮⋮シンが普通だと思 ってることが、私らの常識から逸脱してることなんてしょっちゅう よ。あんな歩くトラブルメーカー、一緒にいたら身が持たないわよ﹂ ﹁むー。そんな言い方しなくても⋮⋮﹂ ﹁アンタはシンにベタ惚れだから、そういうところも許容しちゃう かもしれないけど、私らは⋮⋮﹂ 世間一般に噂されるシンの姿とは違う内容に、女性兵士達は戸惑 いを隠せない。 ﹁で、でも、戦乙女様の魔法も、私達の常識からはかけ離れている 1296 と思ったんですけど⋮⋮﹂ ﹁私の魔法で驚いてちゃ、シンの魔法なんて見れないわよ? あれ の⋮⋮何倍かしら? シシリー、シンの本気ってどれくらいなの?﹂ ﹁さあ? 本気出してるところなんて見たことないから⋮⋮荒野で 魔法の実験をしたときも、大分抑えたって言ってたけど⋮⋮﹂ ﹁あ⋮⋮あんな辺り一面更地にしといて、まだ抑えてんの?﹂ ﹁本気出したら⋮⋮街一個なくなっちゃうかも?﹂ その言葉に絶句する女性兵士達。 そして、それをさらっと言うシシリーにも。 ︵どんだけベタ惚れなんだ!︶ と、心の中で総ツッコミが入っていた。 そしてマリアは。 ︵街じゃなくて、国⋮⋮でしょ︶ 言うとマズそうなので、マリアも心の中でツッコんでいた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 1297 風呂のある天幕から出て、自分のテントに戻る。 まだ体が火照っていたので、外で涼んでいると、シシリー達も戻 ってきた。 ﹁お帰り。お風呂どうだった?﹂ ﹁気持ち良かったです。まさか野営でお風呂に入れるとは思っても みませんでしたから﹂ ﹁そうね。これなら、これからの行軍も大丈夫かな﹂ 魔物避けと給湯の魔道具様様だな。 さて、テントの外にいたのは涼むためでもあるが、とある目的も あった。 ﹁俺のテントは一人用で狭いから、そっちのテントに行っていいか ?﹂ ﹁はい﹂ そう言って、シシリーとマリアの泊まるテントに入る。 二人用だけど、寝る訳じゃないので、十分な広さだ。 ﹁じゃあ、この魔道具を起動して⋮⋮と﹂ 今起動したのは﹃防音﹄の魔道具だ。 魔道具からこのテントを囲うくらいの範囲までしか﹃音の振動﹄ を伝えない。つまり、その範囲以上には音を漏らさない魔道具であ る。 1298 ちなみに、常時発動ではない。 これからすることを、周囲に知られる訳にはいかないからな。 そして、俺は、あるものを取り出した。 チリン、チリン。 取り出したのは、鈴。 鳴らしたのは﹃無線通信機﹄に向けてだ。 ﹃ム? 誰だ? シンか?﹄ ﹁おう。お疲れ、今大丈夫か?﹂ ﹃ちょと待て⋮⋮よし、大丈夫だ﹄ ﹃こっちも大丈夫だよー!﹄ ﹃こちらも準備できたよ﹄ オープンチャンネルにしてある無線通信機にむけて鈴を鳴らすと、 オーグ、アリス、トニーから返事があった。 おそらく、周りには皆いることだろう。 ﹁こっちは、国境に着く前に魔物と一戦交えたわ。皆は?﹂ ﹃私のところは、ここに着くまでに魔物の襲撃はなかったな。もし かしたら、先行部隊が討伐していたかもしれないが﹄ ﹃あたしのところは、ちょっとだけ出たよ! でも中型ばっかりで、 大型もほとんどいなかったから出番なかった!﹄ ﹃僕のところも少しだけ出たねえ。でも兵士さん達で討伐しちゃっ 1299 たから、僕も出番なかったよ﹄ 各陣営に有線の通信機を引っ張ってくる予定であるが、線を地中 に埋めながら運んでくるので、行軍のスピードに若干ついてこれな い。 なので、各陣営の最新情報を知るための報告会をすることになっ ていた。 ちなみに、無線通信機はまだ秘密なので、ここで知り得たことを 本部に報告する訳にはいかない。 今頃、こちらの情報を持った伝令の兵士さんが、有線通信機のと ころまで馬を走らせ、情報を交換して戻って来ている途中だと思う。 それにしても、オーグのところは全く。アリスとトニーのところ はちょっとだけ出たとのこと。 俺らは結構な規模で出た。 なに? この差は? ﹁うちは、結構な数が出たよ。なんで、こんなに差があるんだ?﹂ ﹃⋮⋮シンがいるからではないか?﹄ ﹁ちょっ! また、トラブル体質説かよ!﹂ ﹃そういうふざけた話ではなく、シンの基礎魔力量は、私達の中で も断トツに多いだろう? それに引き寄せられているのではないか ?﹄ トラブル体質説がおふざけであったと告白されたが、その後に続 1300 いた言葉に冷や汗をかいた。 基礎魔力量というものがある。 人間に魔力を蓄えておく器官はないが、魔力の充満している世界 で生活しているからか、人間の身体は魔力を帯びている。それは、 人間の生命活動に影響を及ぼすほどだ。 その元から体に帯びている魔力を、基礎魔力量という。 なので、この世界の人は魔法が使えなくても、魔道具の起動くら いはできるのだ。 そして魔法が使え、制御できる魔力量が増えると、身体に帯びる 魔力量が増えるのである。 そして、魔物は、魔力に引き寄せられる。 訓練の時には、わざと魔力を集めて魔物を呼び寄せた。 俺は、小さい時から、毎日魔力制御の練習をしているから、それ なりに基礎魔力量も大きくなってる。 ってことは⋮⋮。 ﹁今まで、やたらと魔物が出てきてたのは⋮⋮﹂ ﹃まず、間違いなくシンのせいだな﹄ ﹁⋮⋮マジか?﹂ ﹃残念ながら、こればっかりはマジだな﹄ ﹃シン君がいないからさあ、こっちは至極平穏だよ! 魔物討伐の 1301 行軍だけども!﹄ ﹃そうだねえ。これが普通なんだろうねえ。平穏に感じるけど⋮⋮﹄ ﹁こっちは、大変だったよ⋮⋮魔物が大量に現れるし、マリアは﹃ 戦乙女﹄なんて呼ばれ出すし﹂ ﹁ちょっと! それは報告しなくていいんじゃないの!?﹂ ﹃ほお? なにやら楽しそうなことになっているではないか﹄ ﹁楽しくありませんからね!?﹂ ﹃それにしても、シンのところは、三人とも二つ名持ちになっちゃ ったねえ。いやあ、羨ましい﹄ ﹁言うほどいいもんじゃないわよ⋮⋮恥ずかしいったら⋮⋮﹂ 結局その日は、魔物の出現状況を報告しあっただけで、後は雑談 になってしまった。 報告を終えた俺は、二人におやすみと言ってから自分のテントに 戻った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 指揮官の宿泊する天幕は、作戦会議も行うことがあるため、かな り大きい造りとなっている。 その天幕に、ラルフを始め、御使い・聖女反対派の面々が集まり、 悲痛な表情をしていた。 1302 ﹁ラルフ様⋮⋮あれに勝てるのですか? しかも、あの魔法を放っ たのは、シン=ウォルフォードではなかったらしいではないですか﹂ ﹁チームのメンバーであの威力。代表の奴ならばどれほどの魔法を 放つのか⋮⋮﹂ マリアの魔法を目の当たりにした、反対派は、さすがにこれに勝 つのは無理ではないか? こうなれば、甚だ不本意ではあるが、例の称号も受け入れざるを 得ないのではないか? そう、諦め始めていた。 反対派の人間のほとんどが、シンの御使い宣言を取り下げさせる ことを諦めようとしていたが、ラルフだけは、諦めることができて いなかった。 彼は、真面目なのである。 真面目過ぎて、他の皆のように、柔軟に物事を受け入れることが できない。 神の御使いと呼ばれる者は、真摯に神を敬っている人間でなけれ ばならない。 聖職者でなければならないとさえ思っている。 そんな彼に、シンのことを受け入れろというのは、とても無理な 話なのだ。 1303 ﹁まだだ、まだチャンスはある⋮⋮魔人を、魔人を先に討伐できれ ば⋮⋮﹂ ブツブツ言い始めたラルフのことを、反対派の人間は、憐れむよ うな視線で見つめていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− そして翌日。 いよいよ魔人領に踏み込む。 余談だが、昨日はシシリーとテントを共にしなかったことで、男 性兵士さん達から尊敬の目で見られた。 あんな可愛い婚約者が同行しているのに我慢できるとは、鉄の意 思を持っていると、絶賛されてしまった。 ⋮⋮そういう尊敬はどうなんだろうと思わなくもないが⋮⋮男性 兵士さん達の余計な反感を買わなかったのは、よしとしよう。 さて、ついに踏み込んだ魔人領だが⋮⋮踏み込んですぐに魔物が 大量に⋮⋮とはなっていなかった。 そりゃそうだ。 1304 魔物が律儀に国境を守ってる訳がないし、魔人領の境目に結界が 施されていて、それを魔物が越えられないとか、そんな訳でもない。 索敵魔法を使ってみるが、今のところ魔物の気配はない。 そんな魔人領を進むこと三十分。 ﹁おっと。おいでなすった﹂ ようやく魔物の反応があった。 その反応はかなりの数になっており、それがまっすぐこちらに向 かっている。 おそらくこちらの⋮⋮俺の魔力を関知したのかなあ⋮⋮。 魔物達があちこちから集まり始め、段々と数を増やし、大規模な 群れになってきている。 ﹁やっぱり、数が多いな。魔人領が魔物で溢れてるってのも誇張じ ゃないな﹂ この群れで終わりではないだろう。 むしろこの後、どれくらい集まってくるのか⋮⋮。 ﹁総員、戦闘態勢! 相手は魔物だ! 余計な作戦など必要ない! 切って切って、切り捨てろ!﹂ 1305 ﹃オオオオオオオ!﹄ こうして、魔人領攻略作戦は本格的にスタートした。 ﹁魔法師団! 攻撃魔法、撃て!﹂ ダーム、エルス、イース連合軍の指揮官が号令を発し、魔法師団 が詠唱を初め、一気に魔法が放たれた。 威力は微妙だけど、大勢が一斉に魔法を放つと、それだけで大迫 力だな。 そして、魔法師団が魔法を放ち終えると、今度は騎士や兵士達が 魔物の群れに突っ込んでいった。 さすがは国の正規軍。中型までの魔物なら単独で狩ってる人も 珍しくない。 大型の魔物も、複数人で対処し問題なく狩れてる。 ﹁凄いわね。これは、私達の出番はないんじゃない?﹂ ﹁そういうフラグ臭いことを言ってると⋮⋮﹂ ﹁あ。出ましたね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁わ、私のせいじゃないでしょ!?﹂ 言ったそばからこれだ。 中型、大型とは規模が違う禍々しい魔力。 1306 ﹁災害級出現! 総員、速やかに後退! 周りの小物を御使い様方 に近付けさせるな!﹂ ﹃オオオオオオ!!﹄ 現れたのは、超大型の狼。 ナントカの森にいそうな奴だ。 通常、狼は中型に分類されるが、魔物化し、年月が経つと次第に 取り込む魔力量が大きくなり、巨大化する。 結果、災害級になることがある。 魔物化した時点で災害級になる獅子や虎に比べて、年月をかけて 災害級に至るので、災害級の狼は狡猾な奴が多い。 面倒くさいのが出てきたなあ⋮⋮。 ﹁シシリー、マリア。災害級の狼って初めてだよね?﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁見たことないわね⋮⋮﹂ ﹁アイツは、とにかく素早い。だから、足止めしてくれると助かる﹂ ﹁わ、分かりました!﹂ ﹁⋮⋮例によって、やったことある訳ね?﹂ まあそういう訳だ。 倒せるけど面倒くさい。 なので、二人に援護をしてもらう。 1307 二人に援護の説明をし、バイブレーションソードを取り出し、正 面から突っ込む。 ﹁な!? 御使い様、無茶です!﹂ 戦況を見つめていた兵士さんから驚きの声があがるが、無茶じゃ ない! 正面から突っ込んできた俺を、狼はサイドステップで避けようと するが⋮⋮。 ﹃ギャワン!? ガアアア!﹄ 狼の﹃両サイド﹄に魔法を放つように指示していたシシリーとマ リアの魔法が、サイドステップした狼の行動とピッタリ一致し、シ シリーの氷の槍をくらって悶絶する。 この機を逃さないと、ジェットブーツを起動し、狼に近付く。 ガキン! と、俺の振るったバイブレーションソードの、剣の腹の部分を上 手く噛まれた。 絶対、偶然だろ!? 振動している刃の部分以外は当然切れないので、剣が止まってし まった。 1308 ﹁ああ! シン君!﹂ シシリーが慌てた声をあげるけど、狼もバイブレーションソード を噛んでる以上、下手に身動きがとれない。 一瞬の膠着状態に陥るが⋮⋮悪いね、狼さん。 俺、剣だけじゃなくて、魔法も使えるんだわ。 バイブレーションソードを噛み、わずかに開いた牙の隙間から、 口内に向けて、超高熱の炎の魔法を放つ。 ﹃ギャアアアン!﹄ 口内から入った超高熱の炎は、狼の体内を焼きつくし、あっとい う間に絶命してしまった。 ⋮⋮あれ? 災害級の狼なら、魔法の気配を感じたら剣を放して距離を取ると 思ったんだけど⋮⋮。 まともにくらったな⋮⋮。 ﹁シン、アンタ⋮⋮えげつないことするわね⋮⋮﹂ ﹁ん? ああ、膠着したから牽制のつもりで放ったんだけど⋮⋮﹂ ﹁まともに口の中に魔法が入りましたね⋮⋮﹂ まあ、何はともあれ災害級討伐完了だ。 1309 ﹁ス、スゲエ! 災害級の狼を瞬殺したぞ!﹂ ﹁御使い様に遅れをとるな! 我らの力をお見せするのだ!﹂ ﹃オオオオオオ!!﹄ 災害級を討伐したことで、兵士さん達の士気もうなぎ登りだ。 これなら、魔物討伐は順調に進むな。 ちょっとモヤモヤするけど⋮⋮。 皆の方は大丈夫だろうか? 1310 アールスハイド軍の戦い 魔人領に侵攻する前日。 アールスハイド軍も、魔人領との境、旧帝国領国境付近で野営を していた。 他の周辺国と比べても国の規模が大きいアールスハイドは、エル スやイースの加勢を受けずに数万の大軍をこの軍事行動に参加させ ることができている。 そんなアールスハイド軍では、他の周辺国にはない、ある措置が 取られていた。 騎士学院、魔法学院の生徒の動員である。 世界連合が締結でき、戦力的には問題はなくなったのだが、夏季 休暇前から、万が一の為に異例の魔物討伐訓練を受けていた彼・彼 女らは、すでに何体もの魔物を討伐する実績を上げている。 そんな学生達に、訓練ではない実践を経験させるいい機会だとし て、数百人程度ではあるが、学生達を行軍に同行させている。 しかし、既に何体もの魔物を討伐しているとはいえ、それはあく まで訓練であり、今回のこれは、本物の作戦行動。 しかも、アールスハイドだけでなく、複数の国で同時展開される、 世界的な作戦なのである。 1311 ﹁口数が少ないわねクライス。まさか、魔物相手に緊張してんの?﹂ ﹁ミランダか⋮⋮いや、魔物は訓練で散々狩ってきたからな、それ ほど緊張している訳ではないが、なにせ世界規模の作戦だ⋮⋮それ に参加することに緊張してしまう﹂ 騎士学院首席のクライスを始め、緊張した様子の学生達。 今までなら、騎士学院生を戦場に駆り出すなど、なかったことで ある。 それが、世界同時進行の作戦に駆り出された。 いくら魔物討伐の経験があるとはいえ、緊張して当然だろう。 ﹁お前は随分余裕そうだな?﹂ ﹁うーん⋮⋮マリアの苦労を聞いてるからかな。自分がそんなに大 層な立場にいると思えないのよ﹂ 魔物の討伐より、作戦に参加することの方が緊張するというクラ イスに対し、騎士学院一年次席のミランダにはそんな様子は見られ ない。 不思議に思ったクライスが問うと、知らない固有名詞を出された。 ﹁マリア?﹂ ﹁覚えてないの? まあ、アンタ達は合同訓練の時、ウォルフォー ド君の彼女⋮⋮今はもう婚約者か。その子に熱を上げてたからねえ。 その子の他に、もう一人いた女の子よ﹂ 1312 シシリーに熱を上げ、一瞬でシンに持っていかれた苦い記憶が甦 り、若干落ち込むクライス。 ﹁あの合同訓練の後、妙に気が合ってね、ちょくちょく会うように なったのよ﹂ ﹁そうだったのか?﹂ ﹁シシリーって子と幼馴染みだったらしいんだけど、ウォルフォー ド家に嫁入り準備をしに行くようになって、暇になったらしくて、 それからはしょっちゅう一緒に遊びに行くようになったわね﹂ ﹁よ、嫁⋮⋮﹂ あのシシリーを嫁に貰えるとは、なんて羨ましい⋮⋮! と、そ んな表情で歯を噛み締めた。 ﹁はあ⋮⋮まだ引き摺ってんの? もう諦めなさいよ。陛下公認の 婚約よ? しかも、ウォルフォード君は、神の御使いとまで言われ てる、今やアールスハイドだけじゃない、世界の英雄になろうかっ ていう人間なのよ? アンタなんか、逆立ちしたって勝てっこない よ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 反論の余地もないミランダの言いように、クライスはますます落 ち込んでいく。 そんな二人に声を掛ける者がいた。 ﹁その辺にしといてあげなよミランダちゃん。クライスが使い物に ならなくなっちまうよ﹂ ﹁フフ、随分と頼もしくなりましたねミランダ。嬉しいですよ﹂ ﹁ジ、ジークフリード様! クリスティーナ様!﹂ 1313 ジークフリードとクリスティーナは、普段は近衛騎士団と宮廷魔 法師団という、戦場には出ず、王城と王族の守りを固める部署に勤 めているが、合同訓練の際、学生達を引率した実績を買われ、動員 された学生達の面倒を見ていた。 ﹁それにしても、マリアちゃんと友達になったって?﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁そんなに固くならなくてもいいよ。で? どんな話をしてたの?﹂ ジークフリードは、女子から非常に人気がある。 彼は魔法使いであるが、その人気は魔法使いからだけではない。 騎士の中にもファンはおり、ミランダもその一人である。 憧れの人を前に緊張するなという方が無理だろう。 ﹁えっと、えっと⋮⋮シシリー⋮⋮さんがウォルフォード君と婚約 して、毎日イチャイチャしてるところを見せつけられて⋮⋮イライ ラするより悲しくなってくるとか⋮⋮﹂ ﹁ああ⋮⋮﹂ ﹁アタシらに出会いはあるのか? とか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮どうすれば、いい男と出会えるのか? とか⋮⋮﹂ ﹁もういい! もういいよミランダちゃん!﹂ 聞いていて悲しくなってきたジークフリードは、もう話さなくて いいと話を切った。 ﹁ミランダ⋮⋮﹂ 1314 ﹁はい?﹂ ﹁⋮⋮お互い、頑張りましょうね﹂ ﹁クリスティーナ様⋮⋮はい⋮⋮﹂ お互い、いい男を見つけられるように頑張ろうと励まし合う二人。 そんな中、クリスティーナはあることに気付いた。 ﹁あら? その剣は⋮⋮﹂ ﹁あ、はい。ウォルフォード商会で購入したエクスチェンジソード です﹂ ﹁ですね。軍に入隊してから支給されるものですので、どうしたの かと思ったのです。自分で購入したのですか?﹂ ﹁はい。マリアに勧められて。あとこれも﹂ そう言って、足下を見た。 ﹁フム。ジェットブーツも購入済みでしたか﹂ ﹁マリアも買うって言うので、私も購入したんです。一緒に魔物狩 りのアルバイトをしたりして、大分使いこなせるようになりました﹂ ﹁そうですか。素晴らしいですミランダ。シン達との実力差に絶望 せず、その差を縮めようというその心意気。他の者にも見習って欲 しいですね﹂ シシリーがシンの家に通い、嫁入りの準備をしていた頃、残され たマリアが何をしていたのかといえば、ミランダと友好を深めてい た。 いい男に出会う前に、いい女友達に出会っていたようである。 1315 ﹁まあ⋮⋮マリアの負った責任に比べれば、私なんて全然ですけど ね﹂ アルティメット・マジシャンズとして、この作戦の要にいる友人。 それを思えば、先輩騎士達や引率までいる自分の立場が、逆に情 けなくなってくる。 緊張より、不甲斐なさの方が勝っているのである。 ﹁⋮⋮強くなりたいですか?﹂ ﹁はい。せめて、マリアと友人だと、胸を張って言えるくらいには﹂ ミランダの目には、強くなりたい、友人の助けになりたいという 意志が込められていた。 ﹁よく言いました。ミランダ、貴女に申し付けます﹂ ﹁は、はい!﹂ ﹁貴女は、私と共に前線に出なさい。私が直に鍛えてあげます﹂ ﹁え?﹂ ﹁分かりましたね?﹂ ﹁は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!﹂ ﹁フフ、いつか、マリアさんと肩を並べられるといいですね﹂ ﹁はい!﹂ こうして、学生達の中で、ミランダだけは特別に最前線に出るこ とを許された。 そのことを申し伝えたクリスティーナは、ミランダを引き連れて 食事へ向かってしまった。 1316 その光景を、残されたジークフリードと他の学生達は、呆然と見 送った。 ﹁クリスもミランダちゃんも、周り女で固めてどうすんだよ⋮⋮っ ていうか、引率は?﹂ 当分彼女らに春は来そうにないと、そして、引率は自分だけでや るはめになりそうだと、ため息を吐くジークフリードであった。 そして翌日。 いよいよ、魔人領攻略作戦が始動する。 ﹁いいか! 我々には、他国と違ってウォルフォード君達、アルテ ィメット・マジシャンズの加勢を受けることは出来ない! よって、 災害級の魔物も、万が一魔人が現れた場合も、我々で対処しなけれ ばならない!﹂ ダームでの出陣式に出席していたドミニクだが、シンにゲートで アールスハイドまで送ってもらっていた。 分かってはいたことだが、ドミニクの言葉を聞き、災害級を自分 たちで討伐しなければいけないことに、不安そうな顔をする兵士達。 ﹁だが恐れることはねえ! 特に魔法師団! お前らは、賢者様の 教えを実行し、これまで以上の力を得た! 俺が保証してやる。お 前らは強い!﹂ 1317 ルーパーの言葉に、自らを奮い立たせるように雄叫びをあげる魔 法師団。 一見、チャラそうな人間が多いが、皆やる気に満ち溢れた目にな った。 ﹁騎士や兵士達もだ! 新たな装備を、お前達は血の滲む思い⋮⋮ いや、実際に血を流しながら使いこなせるようになった。私からも 言おう。お前達は強い!﹂ 魔法師団に対抗心を燃やす騎士や兵士達も、ドミニクの言葉に雄 叫びをあげる。 お互いを意識し、その士気は最高潮にまで高まった。 ﹁では行くぞ。進軍!﹂ ﹃オオオオオオ!!﹄ そうして、魔人領に進軍したアールスハイド軍。 ここでも、やはりすぐには魔物は現れなかったが、しばらくする と⋮⋮。 ﹁来やがったな!﹂ ﹁総員! 戦闘態勢! ルーパー、頼むぞ﹂ ﹁おおよ! 魔法師団! 攻撃魔法準備!﹂ ルーパーの合図で魔力を高まらせる、アールスハイド魔法師団。 1318 そこには、他国とは明らかに違った光景があった。 誰も詠唱をしていないのである。 ﹁撃てえ!﹂ 一斉に、無詠唱のまま魔法を放つ魔法師団。 魔法の効果がなるべく相殺しないように、気を付けて放たれた魔 法は、今までの魔法とは規模が違っていた。 ﹁ス、スゲエ⋮⋮﹂ 魔法学院の生徒が、無詠唱で大威力の魔法を放った魔法師団に熱 い視線を送るが。 ﹁おーい。何、関心してるんだよ? 君らの同輩のシン達の魔法は、 あの比じゃねえぞ?﹂ ジークフリードの言葉に、高等魔法学院の生徒たちは口を噤む。 参加している魔法学院生の三分の二は、シン達の先輩で、残り三 分の一は同学年だ。 あちらは、災害級と魔人を担当するこの作戦の要。 自分達は引率付きの戦場体験。 後輩との実力が隔絶し過ぎていて、悔しいような、英雄の孫なら しょうがないというような、複雑な心境になっていた。 1319 そんな、諦めにも似た表情を読み取ったジークフリードは、彼ら に問うた。 ﹁お前達、魔法学術院から発表された論文は読んだか?﹂ ジークフリードの言葉に、うつむく魔法学院生。 魔力制御の量と精度を上げれば魔法の威力が上がり、無詠唱も使 えるようになる。 公式発表された論文なのだが、読んでいないことは明白だった。 ﹁なぜ読まない? 教員から教わるだけが訓練なのか? シンは、 幼い頃から訓練を欠かさなかった。自分なりの考察も止めなかった。 その結果が、規格外魔法使いの誕生だ。アイツは特別な力を持って 生まれてきた訳じゃない。全て努力で獲得したものなんだぞ?﹂ 実際には、前世の記憶という特別な﹃知識﹄は持って生まれてき ているのだが、ジークフリードの言うように、特別な﹃力﹄は生ま れつき持っていない。 その言葉を聞いて、魔法学院生達の目に力が戻ってきた。 悔しい。けど、努力でああなれるなら、自分達も。 そんな決意が瞳に込められていた。 ﹁分かったら、加勢に行ってこい﹂ ﹃はい!﹄ 1320 魔法学院生達は、戦場に向かって行った。 ﹁さて、騎士学院の諸君﹂ 続いて、騎士学院生にも向かい合うジークフリードだったが⋮⋮。 ﹁⋮⋮騎士のことは分からん﹂ クリスティーナがいないので、騎士の心得について語ることはで きない。 若干肩すかしをくらった様子の騎士学院生に、ジークフリードは 続ける。 ﹁分からんが、お前達も一緒だな。教員の指示でしか訓練できない﹂ やはり、うつむく騎士学院生達。 ﹁クリスがいないから具体的な指示が出せないけど⋮⋮﹂ そう言って皆を見渡すジークフリード。 ﹁そのクリスがいなくなった原因、ミランダちゃんの事を見習えよ﹂ ハッと顔をあげる騎士学院生達。 ﹁ミランダちゃんは、マリアちゃんと肩を並べたくて、自分で剣を 買い、ジェットブーツを買い、魔物狩りで実戦して、自分で努力し ているじゃないか。なぜ、お前達にはそれができない?﹂ 1321 自分達を導いてくれるのは教官だと思っている。 教官の指示通りに訓練していれば、強くなれると信じていた。 ﹁学生にありがちなことだけどな。魔法師団も騎士団も、強くなる ために、積極的に新しい技術や装備を手に入れてるんだ﹂ ジークフリードはそう言うと、戦場に目を移した。 そこには、ジェットブーツを駆使し、重そうな鎧を纏った騎士達 が上下左右に飛び回っている、今まで見たことがない光景だった。 ﹁ははっ。こりゃまたスゲエ光景だな。いいのか? お前ら。この ままなら、騎士団にも、ミランダちゃんにも置いていかれるぞ?﹂ その言葉を聞いた騎士学院生達は、何かを決意したような顔にな った。 ﹁俺達だって、散々魔物討伐の訓練をしてきたんだ! 足手まとい になってどうする! 俺達も行くぞ!﹂ ﹃オオオオオオ!!﹄ 騎士学院の三年生だろうか、リーダー的な存在の学生が声をあげ ると、騎士学院生達も、戦場に駆け出して行った。 ﹁はあ、やれやれ。そんじゃま、俺もフォローに行くとしますかね﹂ 学生達を叱咤し、戦場に送り出したジークフリードが、その学生 達のフォローに行こうとしたとき⋮⋮。 1322 ﹁災害級出現!﹂ 覚悟はしていたが、聞きたくなかった報告が入った。 ﹁ちっ! このタイミングでかよ!﹂ 学生達のフォローに行くことを取り止め、災害級の魔物のもとに 向かう。 すると、そこにいたのは⋮⋮。 ﹁⋮⋮なんだありゃ? サイ⋮⋮か?﹂ この世界には、魔物化しないと思われていた動物が何種類かいる。 人間もそう思われていたし、目の前にいるサイや象、海にいる鯨 などがその一例である。 人間は、自身の意思で魔力を制御できるからであるが、その他の 動物は、一目見て分かる特徴がある。 元が巨大なのである。 そのため、体の大きい動物は魔物化しないと思われていたのだが ⋮⋮。 ﹁おいおい⋮⋮なんじゃこりゃ!?﹂ そこにいたのは、二階建ての建物に匹敵するほどの巨体を持った 1323 サイの魔物であった。 ﹁おい! なんだありゃ!? サイが魔物化するなんて聞いたこと ねえぞ!!﹂ ﹁マズイ! 一旦離れろ!﹂ ﹁あ! 正面方向に逃げてはダメです!﹂ 目の前をうろちょろする兵士達に苛立ったのだろう、その巨大な 体躯で突進してきた。 ﹁進路から外れろ! 横に跳べ!﹂ ジークフリードが咄嗟に叫び、サイの進路上にいた兵士達はジェ ットブーツを起動し、進路から外れた。 ジェットブーツを装備していなければ、どうなっていたのか。 それでも⋮⋮。 ﹁ああ! ちっ! このヤロウ!﹂ 元からサイの近くにいた数人が逃げ遅れ、サイの突進に巻き込ま れた。 その巨大な体躯に違わず、重量も相当なものなのだろう、その生 存は絶望的だった。 サイから距離の離れていたところにいた者達も、今対応している 魔物を放置し、一斉に進路から外れた。 1324 ここでも全員、ジェットブーツによる離脱を行っている。 蜘蛛の子を散らすように兵士達は離脱したが、魔物達はそのまま 留まっていた。そこに⋮⋮。 ﹁うお! 魔物が蹂躙されてる⋮⋮﹂ 兵士達が放置した魔物達をはね飛ばし、踏み潰しながら、サイの 魔物は突進した。 ﹁これは⋮⋮とんでもないものが出てきましたね﹂ ﹁クリスか。ミランダちゃんも無事だった?﹂ ﹁は、はい!﹂ ジークフリードの隣に現れたクリスティーナとミランダに声をか ける。 二人とも、難は逃れたようだ。 ﹁あれ、どうします?﹂ ﹁どうするって言われてもな。まあ、一つ思い付いたことはあるけ ど﹂ ﹁思い付いたこと?﹂ ﹁まあ、見てろ﹂ クリスティーナの問いに答えず、戦場に戻るジークフリード。 そして、ようやく突進が止まったサイを見て、後ろを確認してか ら魔法を放った。 1325 ジークフリードが、渾身の魔力を込めて放った魔法は、初撃を放 った魔法師団の魔法より、数段威力が上だったのだが⋮⋮。 ﹁ちっ! なんて硬い皮膚してんだ。全然ダメージねえじゃねえか ⋮⋮っとお!﹂ 魔法を放ったジークフリードに向けて再度突進してくるサイの魔 物。 それを、ジェットブーツを起動して避け、そのサイの進路を見た。 ﹁おー、蹂躙されてるねえ﹂ ジークフリードが、魔法を放つ前に後ろを確認していたのは、兵 士達がいるかどうか確認していた訳ではない。 魔物がいるかどうか確認していたのだ。 その巨体故か、一度突進し出すと、方向転換も、急停止もできな い様子のサイの魔物。 他の魔物も関係なく蹂躙したことから、ジークフリードは、それ を利用して他の魔物を掃討しようと考えた。 作戦結果は上々のようである。 ﹁大分減ったか?﹂ ﹁ジークフリード様凄いです! 魔物があんなに減りました!﹂ ﹁ジーク、あなた⋮⋮﹂ ﹁なんだよ?﹂ 1326 ﹁⋮⋮思考が、シン寄りになってきたのではないですか?﹂ ﹁ちょっ! マジか!﹂ クリスティーナとミランダのもとに戻ってきたジークフリードに、 ミランダは純粋な称賛を浴びせ、クリスティーナは、その作戦が、 シンが立案しそうな作戦だと呟いた。 そう言われたジークフリードは、ショックを隠しきれない。 ともあれ、ジークフリードの作戦は有効そうである。 その様を見ていた兵士達が、同じようにサイの魔物を誘導し、魔 物を蹂躙させる。 別の兵士達は、なるべく魔物を一ヶ所に集めようと誘導し、そこ にまたサイの魔物が突進してくる。 他の魔物はなんとかなりそうである。 ﹁問題は、あいつそのものか⋮⋮﹂ ﹁ジーク渾身の魔法が、いとも簡単に弾かれてましたね﹂ ﹁ぐっ! も、元々皮膚の厚い動物だろうがよ! 魔物化したこと で、とんでもない防御力になってんだよ!﹂ ﹁でも⋮⋮ならどうすればいいんですか?﹂ ジークフリードとクリスティーナの言い合いを聞いていたミラン ダが、どう打開するのか聞いてきた。 ﹁まあ、皮膚は厚いんだろうけど、関節はそうじゃないだろ﹂ ﹁となると⋮⋮我々の出番ですか⋮⋮﹂ 1327 ﹁剣による関節への攻撃。それしかねえだろうなあ⋮⋮﹂ ﹁ア、アタシ達が⋮⋮﹂ 非常に硬い皮膚に守られているが、関節まで硬いと突進などでき るはずもない。 脚も、首もそうだろう。 なら、その首に直接剣を突き立てるしか方法はない。 ﹁まあ、足止めはしてやる。その隙に首に取りついて仕留めろ﹂ ﹁足止めって⋮⋮できるのですか?﹂ ﹁ああ。シンの狩りについて行ったことがあってよかったぜ﹂ ﹁シンがやっていた方法なのですか⋮⋮なら大丈夫そうですね﹂ ﹁え? そんなアッサリ?﹂ シンの狩りについて行ったことで足止め方法を思い付いたという ジークフリードと、それなら問題ないと判断したクリスティーナ。 シンの力を見たことがあるミランダも、それなら大丈夫とアッサ リ判断を下したことに驚く。 ﹁おし! じゃあ、こっちこい!﹂ 再び魔法を放ち、こちらへ誘導するジークフリード。 突進してくるサイの魔物を見て、もう一つ魔法を起動した。 すると、サイの魔物の目の前に、大きい土の壁が現れた。 1328 ﹁そ、そんな壁で止まる訳が!﹂ 足止め方法が、土壁であることに、ミランダは悲痛な声をあげる。 ﹁なるほど。そういうことですか﹂ ﹁え? どういうことですか?﹂ ﹁見れば分かりますよ。それより⋮⋮総員! もうすぐサイの魔物 が止まります! 攻撃準備!﹂ あれでサイの魔物が止まると信じているクリスティーナから号令 がかかる。 女性騎士として尊敬しているクリスティーナの言葉を疑う訳では ないが、信じきれてもいなかった。 そして。 ﹃ブモオオオオオ!!﹄ 突進してきたサイの魔物が、土壁を、いとも簡単に破壊する。 ﹁ああ!﹂ やっぱり駄目だった。そう思ったミランダは声をあげるが、その 後に起こったことに目を見開く。 そもそも、この土の壁の材料はなんなのか? 何もないところに突然土壁ができた訳ではない。 1329 ﹁あ⋮⋮穴⋮⋮﹂ 地面にある土を集めて土壁にしていたのだ。当然、集めた場所の 土が無くなり、大きな穴が開いていた。 土壁による目眩ましを突破した先にある落とし穴。 サイの魔物は、なすすべなく、落とし穴に脚をとられ、盛大に転 倒した。 ﹁うわっぷ! おし! 行け!﹂ ﹁行きますよ! ついてきなさい!﹂ ﹃オオオオオオ!!﹄ 転倒した際に巻き起こった土煙に巻かれながら号令を出したジー クフリードと、それを受け、騎士達に号令を出すクリスティーナ。 息ピッタリである。 転倒したサイの魔物に、ジェットブーツを起動し次々に襲いかか る騎士達。 そんな騎士達の中に、ミランダの姿もあった。 ﹁このお!﹂ 渾身の力を込めて剣を突き立てるが、他に比べて若干薄いとはい え、そう簡単に皮膚を貫けない。 ﹁う! か、硬っ!﹂ 1330 ﹁どいてな、嬢ちゃん! オオオラアア!﹂ 全く歯が立たなかったミランダの横から、筋骨粒々の騎士が剣を 突き立てるが⋮⋮。 ﹁くっそ! なんて堅さだ!﹂ ﹁このままではすぐに起き上がります! 早く!﹂ 転倒したサイの魔物は、大勢の騎士達に取り付かれて暴れている。 クリスティーナが言うように、今にも起き上がりそうだが、暴れ ているため剣を振るうのもやっとである。 足場が揺れる。なんとかならないか? と思案したミランダがあ ることを思い出した。 ﹁皆さん離れて下さい!﹂ ﹁あん? なん⋮⋮﹂ 離れろというミランダの言葉に反応した騎士が目にしたのは⋮⋮。 ジェットブーツを起動し、上空に舞い上がり、剣をこちらに向け て降下してくるミランダの姿であった。 ﹁うおおお! 無茶すんなあ!﹂ ﹁いっけええ!﹂ 手に持っていたのでは、十分な力が伝わらないと思ったミランダ は、剣の鍔に足をおき、上から乗るような形で、サイの魔物の首筋 に剣を突き立てた。 1331 すると、今まで小さい傷しか付けられなかったサイの魔物の首筋 に、剣先が食い込んだ。 ﹁おお! やったぞ! 嬢ちゃん!﹂ ﹁でも、全然届いてないです⋮⋮くっ! 剣が!﹂ 食い込んだはいいが、刺さった剣が抜けなくなってしまった。 必死で抜こうとするが、そこであることを思い出した。 ﹁あ、外せばいいのか﹂ サイの魔物の首筋に剣を突き立てたまま、エクスチェンジソード の特徴である剣の着脱を行った。 そして、柄の無くなった剣が刺さっているのを見て、また思い付 いた。 突き刺さっている剣の尻に足を置き、その上に乗ったミランダは ⋮⋮。 ﹁ミランダ、何を⋮⋮﹂ ﹁うりゃあ!﹂ ジェットブーツを全力で起動した。 すると、足元にあった剣は、ジェットブーツの勢いで、根元まで 食い込んだ。 1332 ﹃ブモオオオオオ!!﹄ 動物の急所である首に、深々と剣が刺さったことで、苦しみ出す サイの魔物。 だが、体躯に比べて小さい剣では、まだ致命傷を与えられない。 だが、突破口は見えた。 ﹁これは有効です! 私達もやりますよ!﹂ その光景を見ていた騎士達が上空に舞い上がり、降下と共に剣を 突き立てる。 ﹁うお! 危ねえ! かすったぞ!﹂ ﹁悪い! 微調整が⋮⋮﹂ 先に降下した騎士の近くに、別の騎士が降下してくるというアク シデントもあったが、今まで全く歯が立たなかったサイの魔物の首 筋に、次々と剣が吸い込まれていく。 後続の騎士達が剣を突き立て、剣身を交換している間に、先に剣 身を交換したミランダが、再び上空から降下してきた。 ﹁いっけええ!﹂ 首筋に剣身を突き立て、柄を外し、それをジェットブーツを使っ て奥まで食い込ませる。 すでに、何本もの剣を突き立てられ、息も絶え絶えになっていた 1333 サイの魔物が、ビクンと大きく震え、やがて沈黙した。 ﹁おお⋮⋮?﹂ ﹁どうだ?﹂ 大人しくなった魔物の上から騎士達が下にいる者に声をかける。 ﹁災害級沈黙! 討伐確認しました!﹂ 魔物の検分をした騎士が、災害級の魔物を討伐したことを確認し た。 ﹃ウオオオオオ!!﹄ 自分達の手で災害級を討伐したことに、興奮し大声をあげる兵士 達。 ﹁何を喜んでいる! 魔物はまだ残っているぞ!﹂ ﹃オオオオオオ!!﹄ 浮かれている兵士達をドミニクが一喝するが、士気の上がった兵 士達は、その勢いのまま残った魔物の掃討に向かった。 ﹁お前は行かなくていい。少し休め﹂ ﹁ド、ドミニク局長!? し、しかし⋮⋮﹂ フラフラしながら、魔物の討伐に向かおうとするミランダを、ド ミニクが止めた。 アールスハイド軍のトップから声をかけられ、驚くミランダ。 1334 だが、皆が魔物の討伐に向かっているのに、自分だけ休むのは気 が引け、フラフラになりながらも討伐に参加しようとした。 ﹁いいから休め。まだ学生だろう? 災害級の討伐をしたのだ、フ ラフラではないか﹂ 災害級を見たのは二回目だ。 だが、シンが圧倒してしまった合同訓練の時と違い、今回は自分 も討伐に参加した。 体力的なことより、精神的な疲労が濃いのだ。 ﹁それにしても、よくやったな。見事だ﹂ ﹁あ、ありがとうございます!﹂ ドミニクからの激励に、恐縮してしまうミランダ。 ﹁上空から降下か⋮⋮よくあんな方法を思い付いたな﹂ ﹁あ、あの、マリアが⋮⋮﹂ ﹁マリア?﹂ ﹁局長。彼女は、アルティメット・マジシャンズのマリア=フォン =メッシーナさんの友人なのですよ﹂ ﹁なんと!? そうだったのか!﹂ 緊張したミランダが、突然口にした固有名詞にドミニクが首を傾 げていると、クリスティーナが補足した。 ﹁その⋮⋮ジェットブーツを購入した後に、練習も兼ねてマリアと 1335 魔物狩りのアルバイトをしたんです。お小遣いだけでは足りなくて、 マリアにお金を借りましたから⋮⋮﹂ まだ学生で、俸給も貰っていない身としては、親からのお小遣い しか収入はない。 しかし、剣やジェットブーツなどの魔道具が買えるほどはもらっ てない。 そこで、夏期休暇中に魔物を大量に狩り、それなりにお金を持っ ているマリアにお金を借り、その返済のためと、新しい装備に慣れ る為、魔物狩りのアルバイトをしていたのだ。 ﹁しかし、危ないではないか。学生だけで魔物狩りのアルバイトな ど﹂ ﹁マリアがいましたから。あの子⋮⋮最近、災害級ばっかり相手に してるから飽きてきたとか言ってましたし⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮飽きるほど、災害級を狩っているのか⋮⋮﹂ ドミニクの心配はもっともなのだが、同行した友人は災害級すら 片手間で倒せるほどの実力者。なんの心配もしていなかった。 ﹁そのときに、マリアが﹃ジャンプ突き﹄って言いながらやってた んです。ウォルフォード君がやってたって⋮⋮最後のジェットブー ツで押し込むのは、咄嗟に思い付きましたけど﹂ ﹁あれの大元はウォルフォード君か⋮⋮なんだろうな? それだけ で納得してしまった﹂ ﹁局長、ご心配なく。私もです﹂ ﹁俺も納得したわ。しかし、俺の落とし穴も元はシンだし、アイツ の頭の中ってどうなってるんだろうな?﹂ 1336 シンがやっていたことを、マリアが真似てやっていたことを思い 出したというミランダ。 ミランダ達のもとにやってきたジークフリードが言うように、そ の前の落とし穴も、シンの狩りに同行して真似たと言っていた。 彼には、いくつ引き出しがあるのだろうか? ミランダは改めて、シンの凄さを実感していた。 ﹁ともあれ、あの戦法は非常に有効だ。本当によくやったぞ。後の ことは他の騎士達に任せて、今はゆっくり休め﹂ ﹁あ、ありがとうございます﹂ そう言うと、ドミニクは現場の指揮に戻っていった。 軍のトップがいなくなり、緊張が解かれた瞬間、ミランダはフラ ついた。 ﹁おっと、大丈夫?﹂ そのミランダを、ジークフリードが抱き止めた。 ﹁ひゃ、ひゃい! だいじょぶれす!﹂ ﹁舌が回ってないな⋮⋮よし、俺が本陣に連れていってやろう﹂ ﹁ふ、ふぇ!?﹂ フラついたミランダをジークフリードが抱き止め、そのことに慌 てたミランダは盛大に噛んだ。 1337 それを、疲労によって舌が回ってないと判断され、そのまま横抱 きにされた。 戦場でお姫様抱っこである。 ﹁ジークフリード様! あの、あの!﹂ ﹁功労者はちゃんと労わないとね﹂ ﹁にゃううう!﹂ 皆の見ている前でお姫様抱っこをされるという羞恥に身悶えする が、ジークフリードは下ろしてくれない。 ﹁ジーク、サボる気ですか?﹂ ﹁ウルセエ! テメエこそ、学生全部俺に押し付けやがって! ち ったあ働いてこい!﹂ ﹁ム⋮⋮しょうがないですね﹂ ﹁そんな、クリスティーナ様!﹂ クリスティーナなら、ジークフリードの行動を止めてくれると信 じていたミランダは、絶望の声をあげた。 ﹁いいですか、ミランダ。あなたは、自分が思っている以上に疲弊 しています。災害級を討伐し、気分が高揚している今、戦場に出た いのは分かりますが、今日のところは大人しく休んでいなさい。ジ ーク、頼みましたよ﹂ ﹁言われなくても分かってるよ﹂ ﹁え? ち、違っ!﹂ クリスティーナを呼び止めたのを、自分も戦場に出たいと勘違い 1338 され、優しく諭されてしまう。 しかも、この言い方だと、そのままジークフリードに連れていっ てもらえと言われているように聞こえる。 結局、抱き抱えられたまま、本陣まで連れていかれた。 憧れの人にお姫様抱っこをされたのだから、嬉しくない訳はない のだが、場所を考えて欲しかった。 道中、色んな人に、よくやったと声をかけられたが、今の自分に 近寄ってこないで欲しいと、そればかりを願っていた。 ﹁それじゃあミランダちゃん、ちゃんと休んでるんだよ?﹂ ﹁ふぁ、ふぁい⋮⋮﹂ 本陣の救護所に連れてこられた時には、すっかり頭は茹で上がっ ており、マトモな返事もできなかった。 しかし、時間が経ち、徐々に落ち着いてくると、先ほど盛大に慌 てたせいで逆に冷静になり、ふと、ある疑問が頭をよぎった。 マリアへの借金返済のためと、実入りが良かったので、その後も 定期的に魔物狩りのアルバイトはしていたのだが、災害級など一度 も出なかった。 それが、魔人領に入った途端、今まで魔物化しないと思われてい た動物が災害級の魔物となって現れた。 これは偶然なのだろうか? 1339 大人しく休んでいるように言われた手前、体を動かすこともでき ない。 体を動かして、突如襲われた懸念を払拭することもできず、ミラ ンダは、言い知れぬ不安を募らせていった。 1340 それぞれの戦い。それぞれの称号 アールスハイド軍と同じく、魔人領に侵攻していく、各周辺国軍。 この周辺国軍にエルスとイースを加えた連合軍は、アールスハイ ド軍には及ばないものの、万の兵力は揃えることができた。 そして、この各周辺国方面連合軍には、アルティメット・マジシ ャンズからの派遣がある。 スイードや、クルトの兵士のように、直接アルティメット・マジ シャンズの戦闘を見たことがある者は、絶大な信頼を。 直接見たことはなくても、面識のある国家養羊家から話を聞いて いたカーナンは、国内で最強と言われる国家養羊家が、手放しで賞 賛していたことから、大きな期待をしていた。 だが、連合を組んでいる、エルスとイースの人間にとっては、そ の戦力は未知数であり、どこまで信用していいのかどうか迷ってい た。 ﹁あの、ちょっとエエですか?﹂ ﹁はい? なんでしょう?﹂ クルト方面連合軍が魔人領に侵攻して少し経った頃、この方面連 合軍に派遣されているエルスの兵士が近くにいたイースの兵士に声 をかけた。 1341 ﹁あんさん、イースの兵士ですやろ? アルティメット・マジシャ ンズの戦闘って見たことあります?﹂ ﹁いえ⋮⋮残念ながら⋮⋮そちらは?﹂ ﹁ウチは外交官の人が見たことあんねんけど、なんせ文官の人やか らなあ⋮⋮凄い凄いばっかりで、何が凄いんかイマイチよう分から んのですわ﹂ ﹁そうですか⋮⋮まあ、教皇倪下があそこまでおっしゃるんですか ら、強いのは間違いないと思いますが⋮⋮﹂ ﹁どれくらいか⋮⋮っちゅうのが問題ですわな﹂ ﹁そんなに心配しなくても大丈夫ですよ﹂ エルスの兵士とイースの兵士が話しているところへ、クルトの兵 士が近寄ってきた。 ﹁ええと、あの子らの戦闘、見たことあるんですか?﹂ ﹁ええ。この目で﹂ ﹁なら、彼らは、具体的にどれくらいの実力を持っているのですか ?﹂ ﹁どれくらい⋮⋮うーん⋮⋮﹂ ﹁そんな微妙なんですか?﹂ 悩みはじめたクルトの兵士に不安そうな顔をしはじめた、エルス とイースの兵士。 ﹁いえ、決してそういう訳ではないのですが⋮⋮なんと言えば良い のか、エルスの外交官の方の気持ちが分かりますな﹂ ﹁ウチの外交官の気持ちが分かる?﹂ ﹁ええ。凄い⋮⋮としか言いようがないというか⋮⋮﹂ 現役の兵士の感想もそれである。 1342 一体どういうことなのかと、首を傾げるエルスとイースの兵士。 ﹁災害級より強い魔人を、瞬殺していく様子を表現する、適切な言 葉が見つかりません。ただ、凄い⋮⋮としか﹂ ﹁ま、魔人を瞬殺!?﹂ ﹁じゃ、じゃあ⋮⋮災害級なんかは⋮⋮﹂ ﹁相手にもならないのではないですか?﹂ ﹁マジか⋮⋮﹂ ﹁本当ですか?﹂ クルトの兵士の言葉を信じられないエルスとイースの兵士。 ﹁せ、せやけど、ウチらに派遣されとるのって、王子様ですやろ? さすがに、そんなこと無いんとちゃいますの?﹂ ﹁何言ってるんですか﹂ ﹁え?﹂ ﹁アウグスト殿下が、魔王シン=ウォルフォード君に次ぐ、アルテ ィメット・マジシャンズの次席ですよ?﹂ ﹁な、なんやて!?﹂ ﹁で、殿下がですか!?﹂ クルトの兵士のまさかの言葉に、驚きを隠せない二人。 それも無理からぬことだろう。 まさか、王族の人間が世界最強軍団のナンバーツーだなどと、そ んな話は物語でしか聞いたことがない。 ﹁まあ、戦闘になればイヤでも目にするでしょう。そのときに、御 1343 自身で判断した方がいいと思いますよ﹂ そう言うと、クルトの兵士は、二人から離れた。 ﹁⋮⋮結局、具体的な話、してへんやないかい﹂ ﹁本当ですね⋮⋮﹂ 聞きたかったことが聞けず、ちょっと信じがたいことだけ聞かさ れた二人は、悶々としながら行軍を続けた。 しかし、そんなノンビリした時間が、魔物の多く出現する魔人領 で続く訳もなく、やがて魔物の群れが姿を現した。 ダーム、アールスハイドと同様に、早速混戦になるクルト方面連 合軍。 そして、魔物と人が多く集まると現れやすくなるのだろうか? この戦場でも⋮⋮。 ﹁と、ととと、虎です! 虎が現れました!﹂ ﹁うお! アレが災害級かい! 初めて見たわ!﹂ ﹁あ、アレが災害級⋮⋮なんと禍々しい⋮⋮﹂ 先ほど会話をしていた二人が、初めて目にする災害級に、思わず 足がすくむ。 中型、大型の魔物とは比べ物にならない程の禍々しい魔力。 魔人領に国境を接しないエルスとイースでは、災害級の魔物は今 でも滅多に見ない。 1344 それが、魔人領を少し入っただけでこれである。 ﹁動物の虎でも大概やっちゅうのに、魔物化したらシャレにならん で、これは⋮⋮﹂ ﹁こんなの⋮⋮討伐できるのですか?﹂ 初めて見る災害級に震えが止まらない二人。 そもそも倒せるのか? そんな疑問が頭をよぎるほど、虎の魔物から絶望的な力を感じて いた。 すると⋮⋮。 ﹁なんだ。また、虎ではないか。たまには、別の奴でも出てくれば いいものを﹂ ﹁不謹慎ですよ、殿下。虎の魔物だって、一般兵からすれば、十分 絶望を感じる相手なんですから﹂ ﹁トールの台詞も何気に非道いで御座る﹂ 恐怖と緊張が支配する空間に、なんとも場違いな空気をまとって 現れた三人。 アールスハイド王国王太子、アウグストと、その護衛⋮⋮という 名目の友人、トールとユリウスが歩いてきた。 ﹁このままでは、シンの奴に﹃虎狩り王子﹄とか言われそうだな﹂ ﹁殿下に当たるの、最近虎ばっかりですもんね﹂ 1345 ﹁虎狩り王子だからでは御座らんか?﹂ とても、大国の王太子と、その護衛の会話とは思えない。 巨漢の男子に至っては、王子をからかっている。 小柄な男子も、それを受けて吹き出した。 ﹁こ、こんな時に、何をヘラヘラしとるんですか!?﹂ ﹁そ、そうですよ! 災害級ですよ!﹂ ﹁ん? 何をそんなにピリピリしている? たかが虎だぞ?﹂ ﹁た! たかがって!﹂ 悲壮な雰囲気の兵士達と、のほほんとしているアウグスト達の温 度差がひどい。 ﹁殿下。申し訳ございませんが、お願いしてよろしいですか?﹂ ﹁分かった。お前達、下がっていろよ。巻き込まれても知らんぞ﹂ クルト王国の兵士が、当たり前のように虎の魔物の討伐を依頼し、 それをごく自然に受ける王子。 エルスとイースの兵士達は、その光景が信じられない。 ﹁ちょおっ! 何をそんな気軽に、他国の王太子を死地に追いやっ とるんですか!?﹂ ﹁そうですよ! 大国アールスハイドの王太子殿下ですよ!? 次 期国王陛下ですよ!?﹂ ﹁え? 殿下方なら、問題ないでしょう?﹂ 1346 なんてことを言うんだというエルスとイースの兵士と、何を言っ てるんだというクルトの兵士。 ここにも、温度差が開いていた。 兵士達がそんなやり取りをしている間にも、アウグストは魔力を 制御し、膨大な魔力を準備する。 ﹁ホラ、下がれ﹂ ﹁﹁え?﹂﹂ それまで騒いでいた二人が、アウグストの声に、そちらを振り返 ると⋮⋮。 視界一面を覆い尽くす程の、巨大な雷が落ちた。 ﹁ギャアアアア!﹂ ﹁目が! 目があ!﹂ シンが聞いていたら、大喜びしそうなセリフを吐きながら目を覆 う兵士達。 巨大な落雷をまともに見てしまったので、目が焼かれてしまった のだ。 ﹁殿下! 落雷の魔法を使うなら、そう言って下さいよ! 何人か のたうち回ってるじゃないですか!﹂ ﹁ん? 言わなかったか?﹂ ﹁言ってませんよ!﹂ 1347 落雷を間近で見てしまった何人かが、目を覆っている。 その間に魔物に襲われそうなものであるが、そんなことにはなら なかった。 なぜなら⋮⋮。 ﹁うう⋮⋮やっと目が見えてきた⋮⋮って! 何やこれ!?﹂ ﹁な、な、なんですか! これは!?﹂ ようやく視界が戻って来た二人が目にしたのは。 一撃で黒焦げになってしまった虎の魔物と、巻き込まれて一緒に 黒焦げにされた、大量の魔物達であった。 ﹁ふむ。素材は⋮⋮全く駄目か﹂ ﹁シン殿がいなくてよかったですね。いたら絶対からかわれてまし たよ﹂ ﹁黒焦げで御座るからなあ﹂ 災害級の魔物を討伐したことより、その素材が手に入らなかった ことの方を話題にするアウグスト達。 その力を見たことがある、クルトの兵士達も、その威力に目を奪 われ、一瞬呆然とするが、すぐに大きな歓声を上げる。 一方で、アウグストの⋮⋮というより、アルティメット・マジシ ャンズの魔法を初めて見たエルスとイースの兵士達は、その光景が 信じられず、呆然としていた。 1348 ﹁呆けてないで、復活しろ! 魔物はまだ残っているんだぞ!﹂ 呆然とさせた張本人のアウグストから叱咤され、ようやく復活す る兵士達。 すると、その兵士達の中から、こんな声があがった。 ﹁雷神⋮⋮﹂ どこからか聞こえた言葉に、冷や汗をかくアウグスト。 これは、よくない兆候だ。 この発言の主を探し出し、これ以上広めさせまいと動こうとした が⋮⋮。 ﹁凄い! まさに雷神の一撃!﹂ ﹁雷神!﹂ ﹁雷神!﹂ ﹁や! やめろ! やめないか!﹂ あっという間に広がってしまったその声に、なす術などなく、ア ウグストは﹃雷神﹄として名をはせた。 ﹁これは、今夜の報告が楽しみですね﹂ ﹁そうで御座るな﹂ ﹁言うなよ! 絶対言うなよ!?﹂ 珍しく取り乱すアウグストを見ながら︵これは言えという前振り か?︶と思考するトールとユリウスであった。 1349 所変わって、アリスとリン、ユーリが派遣されたスイード。 魔人に襲われた経験があり、トラウマを抱えた者も少なくないこ の国にアリス達が派遣されたのは、その明るさで、暗い雰囲気を打 ち破ってほしいという願いも込められていた。 ﹁そんでえ、シン君が新しい魔法を試したらあ﹂ ﹁辺り一面、更地になった﹂ ﹁アレは、ひどかったわねぇ⋮⋮﹂ 身振り手振りを加えて、シンのエピソードを話すアリスに、冷静 に補足を入れるリン。 そして、その時のことを思い出すのか、アンニュイなため息をこ ぼすユーリ。 アリスとリンの会話を、ホッコリしながら聞き、ユーリの十五歳 とは思えない色気に鼻の下を伸ばす。 スイードの兵士達のトラウマは、大分緩和されたようである。 しかし、場所は魔人領。 いつまでも、お喋りしている時間などなく、ここでも魔物による 襲撃を受けていた。 魔人領内の魔物を、できるだけ討伐することも作戦の内なので、 1350 見つけ次第、片っ端から討伐していった。 そんなスイードとの連合軍には、災害級の魔物は現れなかった。 ﹁むうー! やることない!﹂ ﹁中型でも大型でもいいから、魔法使いたい﹂ ﹁えっとぉ⋮⋮聞いてみるわねぇ﹂ 出番がなくて暇だというアリスとリン。 それを聞いて、自分達も、討伐に参加できないかと、ユーリが近 くにいる兵士に問いかけた。 ﹁そうですね⋮⋮まだまだ先は長いですし、お願いできますか?﹂ ﹁やったあ! 行くよ! リン!﹂ ﹁お先に﹂ ﹁ああ! ズルい! 待ってよ!﹂ ﹁遊びじゃないんだから、気を付けて⋮⋮あーあ、行っちゃったぁ﹂ 災害級は現れていないが、魔物の討伐に参加することを許され、 ユーリの注意もそこそこに飛び出していくアリスとリン。 昨日と今日と、自分達の出番がなかったことにフラストレーショ ンが溜まっていたのだろう。 ﹁うりゃあ!﹂ ﹁てい﹂ ジェットブーツを起動し、上空から魔物の群れの真ん中に向かう。 1351 その前に、二人で爆発の魔法を使い、魔物を吹き飛ばし、足場を 作った。 そこに降り立ち、背中合わせになった二人が見せたのは⋮⋮魔法 無双。 ﹁うおおりゃああ!﹂ アリスが、目の前にひしめく魔物達に炎の弾丸を大量に放てば。 ﹁えい﹂ 水に少量の土を混ぜた複合魔法で、ウォーターカッターを作り出 し、それを横凪ぎに振るう。 炎の弾丸を受けた魔物達は、その威力と数で次々と爆散し、岩も 簡単に切れるウォーターカッターを受けた魔物は、振るわれた先か ら両断されていった。 ﹁あーあーもぅ。はしゃいじゃってぇ﹂ その様子を見ていたユーリも、異空間収納から魔道具を取りだし、 構える。 ﹁皆さん、私も参加しますねぇ﹂ 一見、ただの杖に見えるが、それにはメリダ直伝の付与魔法が施 されている。 シンが付与に使っている漢字はシンにしか使えない。 1352 シンの前世での知識を、少数の文字で表せる漢字で付与している ので、ユーリには理解できないし、教えられない。 なので、この世界での魔道具制作の第一人者、メリダからその技 術を教わっていたのである。 ユーリは、その教えられた技術を使って、自ら魔道具を作ってい た。 ﹁いきますよぉ。そーれ!﹂ 魔力を込めて降った杖から放たれたのは、無数の風の刃。 放たれた風の刃は、魔物達を蹂躙していく。 ﹁あらぁ? ちょっと討ち漏らしちゃった﹂ どうやら、威力は凄いが、精密なコントロールはできなかったよ うで、何体かの魔物を討ち漏らしている。 ﹁うーん。まだまだ改良が必要かぁ。じゃあ、次はこっちぃ﹂ そう言って、もう一本の杖を取り出した。 ﹁えーい﹂ 気の抜けたような掛け声だが、魔力の込められた杖から魔法が放 たれると、足元にある土が弾丸に形成され、魔物に向かい物凄い勢 いで撃ち出された。 1353 瞬く間に蜂の巣にされる魔物達。 そんなユーリ達の戦闘を、しばし呆けて見ていた連合軍の兵士達 がようやく復帰した。 ﹁彼女達に遅れをとるな! 俺達もやるぞ!﹂ ﹃オオ!﹄ ﹁ただし! 巻き込まれるなよ!﹂ ﹃オオオオオ!﹄ ﹁ええぇ? ちょっとひどくないぃ?﹂ 巻き込まれるなという言葉に対しての返事の方が大きかったこと に、若干の不満を漏らすユーリ。 結局、災害級の魔物は現れず、アリスとリンも、半分位討伐した ところで満足したのか、魔物の群れの中心から、ユーリのもとまで 戻ってきた。 ﹁おかえりぃ﹂ ﹁ただいまー!﹂ ﹁ただいま﹂ ﹁もういいのぉ?﹂ ﹁うん! 十分魔物討伐したし!﹂ ﹁残しとかないと、兵士さん達の仕事がなくなる﹂ ただ、暴れたかっただけなのかと思いきや、意外と兵士達のこと を考えていた二人。 その気遣い通りに、残りの魔物を殲滅させ、兵士達が戻ってきた。 1354 ﹁いやはや、助かりました﹂ ﹁いえいえ、どおいたしましてぇ﹂ 連合軍を代表して、スイードの指揮官が、ユーリ達のもとへやっ て来た。 ﹁それにしても。以前に目にした時より、魔法の威力が上がったの ではないですか?﹂ ﹁あれから、また一杯訓練したもん!﹂ ﹁血ヘド吐いた﹂ ﹁嘘ですよぉ﹂ アリスの言葉に、感心したような素振りを見せ、リンの言葉に、 魔法の訓練で血ヘドって何? と若干引き、ユーリの言葉に安堵し た指揮官。 顔色がコロコロ変わる指揮官のことを、アリス達は面白そうに見 ていたが、その指揮官は気になったことを聞いてみた。 ﹁魔法については言わずもがなですが、今回は魔道具も使われてま したね。あれは、魔王殿が作られたのですか?﹂ ﹁いぃえ? 私が作りましたよぉ?﹂ ﹁え? 貴女がですか?﹂ ﹁はいぃ。メリダ様に色々と教わったんですぅ﹂ ﹁ほお! 導師様から!﹂ ﹁ウォルフォード君の魔道具は、オリジナルで意味が分からなくて 真似できないからって、メリダ様直々に教えて頂いたんですぅ﹂ ﹁なるほど。ということは、貴女が導師様の正式な﹃後継者﹄とい うことですな﹂ 1355 ﹁ええ!? そんなぁ∼﹂ スイードの指揮官から、﹃導師の後継者﹄と言われ、満更でもな い様子のユーリ。 その様子を見ていたアリスが不満を漏らした。 ﹁ユーリだけズルい! あたしにも何か付けて下さいよお!﹂ ﹁何かって⋮⋮﹂ 指揮官としては、素直な感想を述べただけだ。改めて、何かと言 われても困ってしまう。 色々と考えた結果、先ほどの戦闘を思い出し⋮⋮。 ﹁⋮⋮殲滅魔法少女⋮⋮とか?﹂ スイードの指揮官が、何とか絞り出す。 それを聞いたアリスとユーリが震えだした。 ユーリは笑いをこらえるため。 アリスは⋮⋮。 ﹁そ、そ、そんな称号、欲しくなあーい!!﹂ ﹁私は、暴走魔法少女でいい﹂ スイード方面連合軍は順調そうである。 1356 そして、トニー、マーク、オリビアの三人が派遣されているカー ナン方面連合軍は、他と少し違う特長がある。 そこには、ガラン達、羊飼い達がいるのである。 まだ若いトニー達も、軍隊の中では若干異質だが、羊飼い達ほど ではない。 これで、持っている物が杖であったり、細身の体型であったなら、 ローブを纏っていることもあり、魔法使いに見えなくもないが、何 せ全員が騎士や兵士を越えるガチムチだ。 それがローブを着て、持っている物が巨大なハルバードとくれば、 そこには違和感しかない。 エルスとイースの兵士はともかく、自国の人間であるカーナンの 兵士でさえどう接していいのか分からない様子である。 ﹁うーん。彼らに全部持って行かれちゃったねえ﹂ ﹁インパクト、ハンパないッスからね﹂ ﹁私はあんまり注目されなくていいです﹂ トニーは、注目がガラン達羊飼いに向いていることが、若干残念 そうであるが、普通の街娘を自称するオリビアはホッとしていた。 ﹁そういえばトニー、剣と魔法のどっちメインでいくんスか?﹂ ﹁うーん、剣かなあ。マークは?﹂ ﹁自分は、魔法メインッスかね﹂ 1357 ﹁そうなのかい?﹂ ﹁剣も併用したいッスけど、トニーの邪魔しそうだし、もうちょっ と練習してからッスね﹂ ﹁フフ、オリビアを護らないといけないしね?﹂ ﹁いやあ⋮⋮昔はそうだったかもしんないッスけど、今は⋮⋮﹂ ﹁何よ? 私は普通の街の食堂の娘なんだからね? 守ってよ﹂ ﹁雑談しながら魔物を殲滅できる女を、普通とは言わねえよ!﹂ オリビアに対しては、普通に喋るマーク。 そんなやり取りを見ていたトニーが羨ましそうに言った。 ﹁いいねえ。二人はいつも一緒で﹂ ﹁そ、そんなことないッスよ!﹂ ﹁どういう意味よ!?﹂ ﹁フフ、これはあれだねえ。結婚したら、魔法が飛び交う家になり そうだねえ﹂ ﹁そういう⋮⋮リアルで想像できそうなこと言うの止めて欲しいッ ス⋮⋮﹂ ﹁フフ﹂ シンとシシリーが大喧嘩するところは想像しにくいし、アウグス トとエリザベートのところは、エリザベートが魔法を使えない。 この二人のところだけ、そんな愉快な未来が想像できた。 ﹁そういえば、フレイドさんの彼女ってどんな人なんですか?﹂ ﹁聞いたことないッスね﹂ アルティメット・マジシャンズ内における彼氏彼女事情において、 1358 トールとユリウスは、親が決めた許嫁だということだが、それ以外 は、恋から今のお付き合いが始まっている。 ちなみに、トールとユリウスのところも、親が決めた許嫁ではあ るが、お互いに気に入り、仲はいいそうである。 ユリウスのところは、ちょっと想像しにくいが⋮⋮。 そんな中、トニーは、アウグストから、ゲートを覚えた時に女関 係を何とかしろと言われた後、どんな子に絞ったのか聞いたことが なかった。 チャラそうな外見に違わず、いつも女の子を侍らせていたトニー。 当然、その中の誰かであろうと思ったのだが、トニーは意外なこ とを言った。 ﹁うん。言ったことないし。っていうか、最近付き合い始めたんだ よねえ﹂ ﹁え? いつも侍らせていた女の子の誰かじゃないんスか?﹂ ﹁殿下に、女関係を何とかしろって言われてから考えてねえ。それ で、思いきって、ずっと振られてた女の子にもう一回、お付き合い をお願いしたんだよ﹂ ﹁ずっと振られてた!?﹂ 意外な告白に、オリビアが食いついた。 ﹁中等学院の頃に告白したら振られちゃってねえ。それで、慰めて くれる女の子と付き合ってたら、益々嫌われちゃってねえ⋮⋮﹂ 1359 本命の子に振り向いてもらえないのは、トニーも一緒だったよう だ。 そう考えると、シンとシシリー。アウグストとエリザベート。そ して、マークとオリビアは随分と運がいい。 ﹁こうやって、アルティメット・マジシャンズの一員になって特別 勲章まで叙勲されて、女の子は君だけにするって言ってようやくだ ったよ﹂ ﹁苦労したんスねえ⋮⋮﹂ ﹁で!? で!? どんな子なんですか!?﹂ 女の子は一人⋮⋮というのはいいとして、叙勲を受けてようやく とは、随分と苦労したものだと同情するマーク。 オリビアは、そんなことより相手が気になるようである。 ﹁今は経法学院に行ってる子でねえ。中等学院の頃は、学級代表を してたねえ﹂ その相手に驚きを隠せない二人。 経法学院生と言えば、中等学院で優等生だった者が集まる学院だ。 しかも、中等学院で学級代表をしていたとなれば、相当な優等生 に違いない。 ﹁⋮⋮これは、お互いに、無い物ねだりなのかしら?﹂ ﹁トニーの対極にいるような子だからな⋮⋮﹂ ﹁何気に非道いねえ、君達⋮⋮﹂ 1360 意外なトニーの彼女に驚いたが、自分たちが、その情報を最初に 聞いたことにちょっとした優越感を覚え︵今夜の報告会が楽しみだ︶ とほくそ笑む二人。 そんな二人に、言わなくていいと言おうとしたところで。 ﹁魔物が現れましたあ!!﹂ 各々にとって、タイミングがいいのか悪いのか、魔物が現れた。 ﹁はあ、やれやれ。外に行くよ。様子を見ないと﹂ ﹁オッケーッス!﹂ ﹁はい!﹂ 馬車の外に出た三人を、羊飼いのガランが見つけた。 ﹁おう。来たな﹂ ﹁お疲れ様です、ガランさん。規模は?﹂ ﹁さあ? まだ増えてるらしいからな。今の数を知ってもしょうが ねえだろ?﹂ ﹁それもそうッスね﹂ ここでも、魔物は数を増やしながら集まって来ているという。 しかし、こちらも万を越える軍隊。 遅れをとることはないだろう。 ﹁それにしても、包囲してる連合軍の全てがこんな状態だと、魔人 1361 領の野性動物がいなくなるんじゃねえか?﹂ ﹁もしくは、野性動物が全て魔物化してるか⋮⋮ですねえ﹂ その可能性に、一瞬絶句するガラン。 しかし、大規模な魔物の群れが集まって来ていることを考えると、 そう考えるのが自然である。 ﹁それなら、この大群も理解できる⋮⋮か。生態系、滅茶苦茶じゃ ねえか!﹂ 生き物を相手に生計を立てている者として、動物達の生態系が滅 茶苦茶になっていることに、憤りを隠せないガラン。 その怒気に、三人は思わず顔を引きつらせる。 ﹁野郎ども! こんな命を弄ぶような輩を放って置けるか!? 魔 物化した動物達は可哀想だが、俺達で引導を渡して生態系を取り戻 すぞ!﹂ ﹃オオオオオ!﹄ カーナン方面連合軍で、真っ先に突っ込んでいったのは、騎士で も兵士でも、魔法使いでもなく、羊飼い達であった。 確かに、個人では強いが、まず魔法使いによる先制というセオリ ーを知らず、突っ込んでいく羊飼い達。 そんな彼らに魔法使い達は困惑するが、羊飼い達の数はそんなに 多くはない。 1362 羊飼い達のいない場所に魔法を撃ち込み、それを合図に、騎士や 兵士達が突撃していった。 ﹁本当に災害級が出るまで見学でいいのかねえ?﹂ ﹁自分たちも参加した方がいいような気もするッスね﹂ ﹁でも、作戦外の行動を取ると、皆さん困惑するんじゃ⋮⋮﹂ オリビアの懸念がもっともである。 大規模な軍事行動において、イレギュラーことには対処しにくい し。 事前に決めたこと以外はするべきではないか? それとも、手助 けをするべきか? 悩んだが、すぐにその悩みは無用になった。 ﹁あ、あれは!? さ、災害級と思われる魔物出現しました!﹂ ・・・・ 哨戒業務にあたっていた兵士が声をあげるが、災害級と思われる とはどういうことなのか? トニー達がそちらを見ると。 ﹁あれ? 僕、目がおかしくなったかな?﹂ ﹁自分にも見えてますから、多分見間違いじゃないッスよ﹂ ﹁あれって、災害級になるの?﹂ 三人が見た先にいた魔物。 1363 それは、縮尺を間違えたかのような大きさの鹿の魔物であった。 鹿は、中型の魔物として、よく魔物化する動物ではある。 しかし、大型化は希に聞くが、災害級に至ったなど、聞いたこと もない。 野性動物は、魔物化すると、その体組織も変化するからであろう か、徐々に巨大化していく。 しかし、それにも限度があると思われていた。 鹿も、大型までしか大きくならないと思われていた。 それがこの鹿はどうだ? ﹁⋮⋮学院の校舎なみにデカイッスね﹂ ﹁おいおいおい! こんなのどうすんだよ!?﹂ 若干緊張感に欠けるマークが呟き、災害級を初めて見たガランが 大声をあげる。 かつて災害級の魔物を見たことがある兵士達でさえ絶句していた。 ちなみに、人間が魔物化しても、その大きさは変わらない。 魔人のサンプルが少ないため、絶対とは言い切れないが、魔物化 した人間の大きさが変わらないのは、魔力を制御できるからではな いかと思われている。 1364 牡鹿なのであろう、その体躯に見合った大きさの角を振り上げ、 咆哮をあげた。 ﹃ブモオオオオオ!!﹄ その声に、体をすくめる兵士達。 それとは逆に、その巨大な鹿の魔物に突っ込んでいく人影があっ た。 ﹁マーク! オリビアさん! 援護頼む! 僕は足を切り払って来 るから!﹂ ﹁﹁了解!﹂﹂ トニーの要請に答えるマークとオリビア。 ﹁な! 無茶だトニー!﹂ 想像を越える魔物が出てきたことで、いくらアルティメット・マ ジシャンズといえど、これは無理だろうとトニーを制止しようとす るガラン。 しかし、トニーはすでに鹿の魔物の足下にまで侵入していた。 ﹁ああ!﹂ トニーが踏み潰されると思ったガランは、思わず声をあげるが、 その鹿の魔物の顔が、突然爆ぜた。 1365 ﹁うわ、固いッスね﹂ ﹁もう少し魔力込めればよかったかな?﹂ 初めて遭遇する規模の魔物であるため、加減が分からなかったら しいマークとオリビア。 ﹁ナイスだよ!﹂ そして、足下に突っ込んでいたトニーが、ジェットブーツを起動。 膝の辺りまで飛び上がった。 ﹁はあ!?﹂ その光景を初めて見たガランは、また声をあげる。 ﹁シッ!﹂ そしてバイブレーションソードにより苦もなく膝を切る。 そして、その傷口に向かって、魔法を放つ。 爆発の魔法を選択したトニー。 表面は固くても、その内側はそうではない。 バイブレーションソードでは長さが足りないために切断までは到 らなかったが、その後に追撃した魔法で、脚を一本切断することに 成功する。 1366 ﹁はあ!?﹂ 大木ほどもある巨大な鹿の魔物の脚を切断してしまったことに、 またしても声をあげるガラン。 脚を切断された鹿の魔物は、バランスを崩しかけるが、何とか留 まった。 ﹁おや? 粘るねえ﹂ トニーはそう言うと、今度は後ろ足も同じ要領で吹き飛ばし、切 断した。 そこに、再びマークとオリビアの魔法が着弾し、ついにバランス を崩し、倒れる鹿の魔物。 その巨体故、地震かと思わせるほどの地響きをたてて倒れる鹿の 魔物。 ﹁はい。いらっしゃい﹂ 鹿の魔物の顔が地面に付いたことで、対処が容易になったトニー は、バイブレーションソードを振るい、爆発魔法とのコンビネーシ ョンで、あっという間に鹿の魔物の首をとってしまった。 ﹁後、お願いできますか?﹂ ﹁⋮⋮はっ!? お、おう! 野郎ども、残りを掃討するぞ!﹂ ﹃オオ!﹄ ひとまず、自分の仕事は終わったというトニー。 1367 その声で我に返ったガラン達は、残りの魔物を討伐していく。 ﹁いや、スゲエな。マジシャンズっていうから魔法だけかと思った ら、剣も使えんのかい?﹂ ﹁ええ、まあ﹂ 皆に号令をかけた後、トニーに声をかけるガラン。 ﹁はあ∼、剣も魔法も使えるなら、魔剣士を名乗っていいんじゃな いか?﹂ ﹁じ、自分から名乗るのはちょっと⋮⋮﹂ ﹁そうかい? まあ、周りが勝手に言い出すだろうけどな。じゃあ、 俺も行ってくるぜ!﹂ ﹁はい。行ってらっしゃい﹂ 妙な称号を付けたガランを見送ったトニーはマークとオリビアの もとに戻ってきた その時、若干難しそうな顔をしていた。 ﹁お疲れッストニー。どうしたんスか? 魔剣士の称号が気に入ら ないッスか?﹂ ﹁い、いやまあ⋮⋮恥ずかしくはあるけど、嫌って訳じゃないねえ﹂ ﹁じゃあ、私達、何か間違えました?﹂ ﹁いや? 完璧な援護だったよ﹂ ﹁じゃあ、どうしたんスか?﹂ 突然与えられた称号に不満はなさそうであるし、援護も完璧だっ たという。 1368 なら、なぜこんな難しい顔をしているのかと、不思議に思う二人。 そんなマークの疑問に、自分の考えを述べ始めるトニー。 ﹁いやね⋮⋮鹿ってあそこまで大きくなるのかい?﹂ ﹁いえ⋮⋮聞いても大型までですね。それがどうかしたんですか?﹂ ﹁魔人領に入った途端、大型までしか到らないと思っていた動物が、 災害級にまで到って現れた。このタイミングでだよ?﹂ ﹁偶然⋮⋮ッスかね⋮⋮﹂ ﹁本当にそう思ってるかい?﹂ トニーの声に、返事ができないマーク。 ﹁何やら、面倒の予感がするなあ﹂ 魔物の群れを兵士達が順調に討伐していく中、マークとオリビア は、トニーの言葉を聞いてから、不安そうにその光景を見ていた。 1369 ちょっと、落ち込みました︵前書き︶ 修正しました 1370 ちょっと、落ち込みました ﹁へえ。オーグのところは、また虎が出たのか﹂ ﹃ああ。なぜ私のところに現れるのは虎ばかりなのか⋮⋮﹄ 魔人領攻略作戦の初日が終わった後、昨日と同じように魔物避け の処理を施してから陣を張り、寝る前に報告会を開いていた。 オーグのところは、虎が出たらしい。 ﹁しかし、オーグの虎狩り数は大したもんだな。これは﹃虎狩り王 子﹄の称号を授けた方がいいんじゃないか?﹂ ﹃ぐっ! やはり言われたか⋮⋮﹄ ﹃それより、面白い称号を受けたで御座るよ﹄ ﹁面白い称号?﹂ ﹃おい、ユリウス! 待て!﹄ ﹃殿下の魔法を見た兵士達から﹃雷神﹄と呼ばれてましたね﹄ ﹃トール!? お前もか!?﹄ 裏切られた人は皆同じ反応するのか? どこかで聞いたことのある台詞を言いながら、オーグが珍しく取 り乱している。 それはともかく、オーグにも称号が付いたらしい。 しかし⋮⋮。 1371 ﹁﹃雷神﹄って⋮⋮随分格好いいじゃないか﹂ ﹃む。てっきりからかわれるかと思っていたが⋮⋮﹄ 魔法使いの王=魔王よりいいと思う。 ﹁私も、どうせなら﹃風神﹄とかにしてくれた方が良かったです﹂ オーグが雷神と呼ばれることが、マリアも羨ましかったらしい。 ﹁﹃戦乙女﹄って⋮⋮いつまで乙女でいればいいのよ⋮⋮﹂ そっちか。 多分⋮⋮大丈夫だと思うよ。そんな意味で﹃戦乙女﹄と呼んでる 訳じゃないと思うし⋮⋮。 ﹃あたし達の方には、災害級は出なかったよ﹄ ﹁へえ、そうなのか? アリス﹂ ﹃うん。魔物はいっぱい出たけどね。災害級が出なかったら出番が なくなると思って、戦闘に志願しちゃった﹄ ﹁おいおい。各国には魔物を討伐して貰わなきゃいけないんだから な。殲滅とかしてないだろうな?﹂ この作戦を、世界中を巻き込んで進行しているのは、アールスハ イドだけが勝ちすぎないように、世界中の皆で世界を守ったという ことにするためだ。 その作戦の中での各国軍の役割は、魔物の討伐。 世界の、民衆の脅威は魔人だけではない。 1372 シュトロームの出現によって意図的に増やされたと思われる魔物 も十分な脅威となっている。 その脅威を大幅に間引きすることが各国軍の本当の使命となって いる。 アリスが魔物を殲滅してしまうと、各国軍が参加している意味が なくなってしまう。 ここは、釘を刺しておかないと。 ﹃大丈夫だよ! ちゃんと半分くらい残したから!﹄ ﹁それでも半分は狩っちゃったのか﹂ ﹃それで、スイード王国の指揮官さんから﹃殲滅魔法少女﹄なんて 呼ばれてたわねぇ﹄ ﹃わー! ユーリ! それは言わなくてもいいんだよ!﹄ ﹁殲滅魔法少女って⋮⋮それはまた⋮⋮﹂ 痛々しい称号だな⋮⋮。 ﹃ユーリはズルいんだよ! ﹃導師様の後継者﹄なんて格好いいこ と言われちゃってさあ!﹄ ﹃ウフフ⋮⋮﹃導師様の後継者﹄ウフフ﹄ 珍しく、ユーリのテンションが上がってるみたいだ。 俺の魔道具は、やり方教えてもらっただけで完全にオリジナルだ し、ばあちゃんの後継者とは言えないよなあ。 1373 ⋮⋮しょっちゅう怒られてるし⋮⋮。 ﹁で? トニーのところはどうだったんだ?﹂ ﹃⋮⋮うーん、うちはねえ⋮⋮﹄ トニーの配属された、カーナン方面連合軍の様子を聞くと、何や ら言葉を濁した。 ﹃どうした? 何かあったのか?﹄ オーグも気になったんだろう、何があったのか問いただした ﹃ああ、いえ、これといった被害はなかったんですがねえ﹄ ﹁なら、何でそんなに言いづらそうにしてんだ?﹂ ﹃ああ⋮⋮あのねえ、僕らの方にも災害級は出たんだよ﹄ ﹁そっちにも出たのか。魔人領ってところは、本当に魔物の巣だな﹂ ﹃うーん⋮⋮﹄ ﹃なんだ? どうしたのだ?﹄ どうにもトニーの歯切れが悪い。やはり何かあったんじゃないか? ﹃僕らのところにねえ⋮⋮鹿の魔物が出たんだよ﹄ ﹁は? 鹿?﹂ ﹁そんなの、しょっちゅう出るじゃない。それがどうしたのよ?﹂ マリアの言う通り、魔物化した鹿なんてしょっちゅう出る。 それが、トニーの歯切れが悪い原因? ﹃確かに、中型の魔物の鹿はしょっちゅう出るけどねえ⋮⋮﹄ 1374 ﹃なんだ? 大型化したか?﹄ 魔物になると体組織が変化するのか、年月が経つと、大型化して くる。 大型の鹿の魔物も、たまに出るらしい。 俺はあったことないけど。 大型の鹿の魔物が出たから、戸惑ってるんだろうか? ﹃その鹿がねえ⋮⋮災害級になって現れたんだ﹄ ﹁さ、災害級の鹿ぁ!?﹂ ﹃学院の校舎くらいあったッス﹄ ﹃私も見ましたから、間違いないです﹄ マークもオリビアも見たという。 しかし、大型でも滅多に見ないのに災害級? ﹁鹿って災害級になんの?﹂ ﹃いや⋮⋮聞いたことがないな。大型化ですらかなり珍しいことな のだ。ましてや災害級など⋮⋮﹄ ﹁初耳⋮⋮ですね﹂ ﹁でも、うちのところには、狼が災害級になって出ましたよ? シ ンの話じゃ、珍しいけど無いことじゃないって⋮⋮﹂ 狼の魔物も、初めは中型だからな。 ただ、どういう訳か、狼の魔物は、過去に災害級に到ったという 1375 報告がいくつもある。 なんだろう、肉食だからか? それとも、元々頭のいい動物だからだろうか? ﹃なんだと!? シンのところに狼の災害級が出たのか!?﹄ ﹁ああ、これから報告するところだったんだけど⋮⋮どうした?﹂ ﹃どうしたってお前⋮⋮狼の魔物が災害級に到った場合、その狡猾 さから、虎や獅子より手こずったという話を聞くぞ。大丈夫だった のか?﹄ ﹁相変わらず、シンが瞬殺してましたよ﹂ ﹃そ、そうか⋮⋮特に問題はなかったのだな?﹄ オーグが珍しく、俺の心配をしている。 本当に珍しいな。 ﹁大丈夫だよ。むしろ、前に討伐した狼の魔物より弱くて、拍子抜 けしちまったわ﹂ ﹃⋮⋮そうか。なら大丈夫か⋮⋮﹄ ﹁なんだよ? そんなに心配だったか?﹂ ﹃いや、お前の心配はしてないんだがな⋮⋮それにしても、狼の災 害級が現れ、災害級には到らないと思われていた鹿が災害級になる か⋮⋮﹄ ﹁何気に非道いオーグの返事はともかく、確かに気になるよなあ﹂ ﹃討伐自体は順調なのだがな。なにか引っ掛かるな⋮⋮﹄ ﹁ああ、俺も狼の魔物を討伐した後ちょっと思ったよ。ひょっとし て⋮⋮﹂ ﹃シュトロームがらみ⋮⋮か?﹄ 1376 ﹁どうなんだろう? 今の魔人領には、魔物が溢れてるから、魔物 化しやすいだけのかもしれないし⋮⋮﹂ こんなに魔物が溢れたことなんて、今までなかったことだからな。 どんなイレギュラーが起こるか分かったもんじゃない。 ただ、シュトロームには、人工的に魔人を増産したり、動物を強 制的に魔物化させたりした前科があるからな。 奴が何かしたって可能性は外すべきじゃない。 しかし、そうなると⋮⋮。 ﹁アールスハイドの方はどうなったんだろう? 魔法師団も騎士団 も、兵力が上がったとはいえ、シュトロームが何かしている可能性 があるなら、ちょっとまずくないか?﹂ 今回の作戦において、アールスハイド軍には、俺達アルティメッ ト・マジシャンズの配属はされていない。 その理由は、アールスハイドは大国であり、周辺国の数倍の兵力 を揃えることができること。 魔法師団が爺さん式の練習方法で実力を上げたこと。 騎士団もジェットブーツをいち早く取り入れたことで、他国に比 べて兵力が増していること。 今回の﹃軍隊﹄の役割は、魔物討伐。 1377 災害級までなら、新しい装備と新しい魔法の力で対処可能と判断 され、それがゆえに俺達の助力を遠慮したのだ。 魔人との戦闘を想定していないのは、過去の襲撃から数か月が経 過しており、どこか⋮⋮今回は旧帝都だと予想しているけど、そこ に潜伏している可能性が高く、魔人領内にてフラフラしているとは 考えられなかったからだ。 そして何より、アールスハイドは俺達を固有の戦力として保持し ない、という意思表示でもあった。 しかし、シュトロームが何かしたかもしれないとなると、途端に 不安になってくるな。 ﹃まだ、定期連絡の兵は戻って来ていないな。魔人領だし、通信機 の線を埋める工作部隊と距離が離れてしまったんだろう﹄ ﹁心配⋮⋮だよな﹂ ﹃確かに気になるが、私達の助力を必要としないのは、うちから言 い出したことだ。巻き込む以上、周辺国に優先的に我らを配属させ るとな﹄ 本来なら、アールスハイド軍だけでも対処できるであろうこの問 題。 それを、周辺国や他の大国まで巻き込んだのは、アールスハイド の一人勝ちを防ぎ、パワーバランスを取るためだ。 そんな事情に巻き込むのだから、少しでも周辺国に被害が出ない ようにするべきだと判断されたのも、俺達がアールスハイド軍に配 属されていない理由だ。 1378 ﹁アールスハイドの方が問題なければ、この作戦自体はうまく行っ てるんだけどな﹂ ﹃⋮⋮とりあえず、報告を待つか﹄ こうなると、アールスハイド軍にも、無線通信機を渡しとくべき だったかな⋮⋮。 でも、チャンネル数が足りないし、特別扱いだと見られるかもし れないし⋮⋮。 アールスハイドのことは定期報告を待つとして、俺達が派遣され ている国の状況は予想外の魔物は出たが、作戦自体は順調だという ことで定期報告を終わらせた。 その後、通信機により各方面連合軍の定期報告を受けた兵士が戻 ったのだが、その報告を聞いて冷や汗をかいた。 ﹁サ、サイが魔物化した!?﹂ ﹁そ、それで!? どうなったんですか!?﹂ マリアが、いつになく必死になってる。 俺達がいないアールスハイド軍に、今まで魔物化しないと思われ ていた魔物が災害級となって当然そうなるだろう。 オーグとの会話もあり、急にアールスハイド軍のことが心配にな った。 ﹁魔法師団の魔法で足止めしたところを、騎士団で止めを刺したら 1379 しいです。なんでも止めを刺したのは、騎士学院の学生だったそう です﹂ そうか⋮⋮初めて災害級になったと報告された魔物だけど、対処 できたのか。 新しい鍛錬方法と、新しい装備で、本当に強くなったんだな。ア ールスハイド軍。 ﹁その学生の名前は!? 名前は分かりますか!?﹂ ﹁え、ええっと⋮⋮ああ、ミランダ。ミランダ=ウォーレスさんっ ていう女子生徒だったそうだよ﹂ ﹁ミランダが⋮⋮﹂ ミランダってあれだよな、騎士学院の次席だった女の子だよな? ﹁ミランダは無事なんですか?﹂ ﹁ええ、災害級を討伐した後、気力を使い果たし倒れたそうですが、 無事だそうです。それに、彼女の戦法が非常に有効であったので、 我々にも是非実践してほしいと言われましたよ﹂ ﹁そ、そうですかあ⋮⋮﹂ それを聞いたマリアが、ヘナヘナと座り込んだ。 ﹁なんでマリアがそんなにミランダのことを気にするんだ?﹂ ﹁友達だもの﹂ ﹁え? そうなの?﹂ 意外だ。いつの間に。 1380 ﹁合同訓練の後、妙に気が合っちゃってさ。シシリーがシンの家に 入り浸りになっちゃってからは、ミランダと一緒にいた時間の方が 長かったもの﹂ ﹁そ、そうだったのか﹂ ﹁いつの間に⋮⋮﹂ シシリーは複雑そうだな。生まれた時からの親友が、自分の知ら ないところで友人を作っていた。 でも、自分は俺の家にずっといたから、何も言えない。けど、あ んまりいい気はしないってところか。 ﹁聖女様のお身内の方もご無事なようですね﹂ ﹁そうですか⋮⋮ありがとうございます﹂ シシリーのお姉さん達も、魔法師団所属だからこの作戦に参加し ている。 兵士さんが気を利かせて教えてくれたけど、なんだろう? ホッ とはしてるけど、特別喜んではいないように感じる。 ﹁まあ、災害級が相手ですから多少の被害はあったようですが⋮⋮ さすがはアールスハイド軍ですね。これだけの被害で食い止めてし まうとは﹂ 被害⋮⋮その言葉にドキリとした。 それって⋮⋮犠牲者が出たってことか⋮⋮。 ﹁そう⋮⋮ですか。ご報告、ありがとうございました。作戦は順調 1381 に進んでいるんですよね?﹂ ﹁はい! あなた方アルティメット・マジシャンズの皆様のお陰で これ以上ないほど順調です。皆様の助力がないアールスハイド軍の 方も、概ね問題なさそうですね﹂ ﹁そうですか。ありがとうございます。では、俺達はこれで﹂ ﹁はい。お疲れ様でした﹂ 報告してくれた兵士さんに別れを告げ、俺達はテントに戻る。 テントに戻る間、険しい表情をしていたのだろう、シシリーがそ っと腕を組んできた。 ﹁⋮⋮シン君、辛そうです⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そうかな﹂ ﹁はい⋮⋮犠牲者が出たのが辛いんですね?﹂ バレバレか⋮⋮。 ﹁アールスハイド軍にも、俺達の誰かがいれば、犠牲者は出なかっ たのかなって思うとね⋮⋮﹂ ﹁でも、これは、殿下や陛下、軍務局長さん達が決めたことをです から⋮⋮アールスハイド軍は、他の国に比べて兵力が増したのだか ら、私達の助力を他の国に回すべきだと﹂ ﹁それは⋮⋮分かってるんだけど⋮⋮﹂ ﹁それに、お姉様達が言ってました﹂ ﹁シルビアさん達が?﹂ ﹁作戦に参加する前に、帰省してきたんです⋮⋮これで最後になる かもしれないからって⋮⋮﹂ ﹁え?﹂ 1382 それって⋮⋮今生の別れを告げに来たってこと? ﹁お姉様達は覚悟していました。この作戦で命を落とすかもしれな い、けど民衆のために命を懸けて戦うことを誉れに思うと。そう言 っていました﹂ ﹁⋮⋮そう⋮⋮なのか﹂ 本当なら、時間さえ掛ければ俺達だけでも問題の解決はできる。 それを、民衆のために早期解決が必要だとか、包囲してから攻撃 しないと逃げられるとか、世界のパワーバランスがどうとか、皆を 巻き込んだのは、俺達の⋮⋮言ってしまえば我儘だ。 それに対し、各国の軍人さん達は、命懸けでこの作戦に参加して くれている。 俺は⋮⋮皆に命を懸けさせてしまっているのだ。 ﹁俺⋮⋮皆に非道いことをさせてるのかな?﹂ ﹁これも、お姉様が言ってました﹂ 皆に命を懸けさせていると、そう思ったところで、シシリーが言 った。 ﹁本来なら、自分たち大人が問題を解決しなければいけないのに、 私達に頼りきりなのが申し訳ないし、不甲斐ないと思っているそう です。自分たちにできることは、自分たちでやらせてほしいと﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁だから、シン君が罪悪感を持つ必要はないんですよ。皆さん、誰 もが、自分たちの力でこの危機を乗り越えたいと、そう思ってるん 1383 ですから﹂ ⋮⋮いつの間にか、俺は傲慢になっていたのかもしれないな。 俺達がいなければ、災害級も、魔人も討伐できないと。 皆が、自分たちの世界の平和を、自分たちで守りたいと⋮⋮そう 思ってることを考えていなかった。 ﹁俺は⋮⋮いつの間にか、偉そうな考えになってたのかもしれない な⋮⋮この危機を救えるのは俺達だけだって⋮⋮﹂ 自嘲気味にそう言うと、腕を組んでいたシシリーがその腕をほど き、俺を正面から抱き締めた。 ﹁シン君が世界の希望であることは変わらないんです。シュトロー ムと対峙できるのはシン君だけです。だから⋮⋮そんなに自分を卑 下しないで下さい﹂ ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁皆さんも世界を救いたいんですよ。その為の犠牲は⋮⋮覚悟の上 だと思います。だから⋮⋮そんなに自分を責めないで下さい﹂ そう言って抱き締めてくれるシシリーの体は、少し震えていた。 いくら覚悟ができているといっても、身内を失うかもしれない恐 怖はあるんだろう。 それでも、皆その恐怖を押さえつけて戦っているし、その家族も 覚悟の上で送り出したんだろうな⋮⋮。 1384 ﹁ゴメン⋮⋮ありがとう⋮⋮なんていうか⋮⋮情けないな、俺⋮⋮﹂ ﹁そんなことないです。シン君の身内はその⋮⋮お爺様とお婆様で すし、そういった経験はないでしょう? でも、軍籍に身を置いて いる身内を持つ者は、皆既に覚悟しているんです。ただ、それだけ の違いです﹂ そうか。シシリーはお姉さん達が魔法師団という軍籍に身を置い ている。 おっとりしているように見えて、既にその覚悟はできていたんだ な。 ﹁私も同じよシン。うちは軍籍に身を置いている身内がいないから ⋮⋮ミランダの身に何か起きたんじゃないかって取り乱しちゃった わ﹂ 今まで空気を読んだのか、会話に入って来なかったマリアがそう 言う。 そうか、マリアもか。 ﹁シシリー、アンタ凄いわね。既にそんな覚悟をしてたなんて知ら なかったわ﹂ ﹁⋮⋮覚悟をしているとは言っても、やっぱり怖いものは怖いけど ね﹂ 俺を抱き締めたまま会話をするシシリーとマリア。 ⋮⋮変な構図だな。 1385 ﹁うん⋮⋮皆に覚悟があるのは分かった。でも、なるべくその犠牲 が出ないように頑張るよ﹂ ﹁はい。頑張りましょう﹂ そう言って、シシリーはニッコリ笑ってくれた。 ﹁⋮⋮またシシリーに救われたな﹂ ﹁言いましたよ? シン君の心を癒すのは私の役目ですって﹂ ﹁うん⋮⋮ありがとう⋮⋮﹂ ﹁あっ⋮⋮﹂ その言葉が嬉しくて、ついシシリーの体を、強く抱き締めてしま った。 ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁アンタら⋮⋮私をさらっと空気にしてんじゃないわよ⋮⋮!﹂ ﹁﹁あっ﹂﹂ マリアが、超プルプルしてた。 ーーーーーーーーーーーーーーー シン達がアールスハイド軍の報告を受けていた頃、アウグスト達 も同じように報告を受けていた。 1386 ﹁そう⋮⋮か。少数の犠牲で災害級を倒したか⋮⋮﹂ ﹁はい。アールスハイド軍でなければ、もっと大きい被害が出てい たことでしょう。さすがです﹂ クルトの兵士がそう言うが、アウグストは厳しい顔をしたままだ った。 ﹁分かった。報告感謝する﹂ ﹁はっ! それでは自分はこれで﹂ そう言って、クルトの兵士は立ち去っていった。 兵士が見えなくなると、アウグストはポツリと呟いた。 ﹁犠牲者が出た⋮⋮か﹂ ﹁⋮⋮大丈夫ですか? 殿下﹂ ﹁ああ。大丈夫だ﹂ 一瞬辛そうな顔をしたアウグストだが、すぐに気を持ち直した。 ﹁彼らを⋮⋮兵士達を、災害級と戦えと戦場に送り出したのは私だ。 私も、兵士達も、こうなることは覚悟の上だ﹂ 自分の命令⋮⋮正確にはアウグストが命じた訳ではないが、王族 である以上、その責任からは逃れられないと思っている。 だが、やはりまだ十六歳の身では、覚悟はできていると言っても、 その責任の重さに押し潰されそうになっていることも事実である。 1387 そんなアウグストを見て、話題を変えようと、トールが気になっ ていたことを聞いた。 ﹁そういえば殿下。先ほどのシン殿とのやり取りで、何か言いたか ったのではないですか? 先日のダーム大聖堂でも何か言いかけま したし﹂ ﹁ああ⋮⋮いや、順調に作戦が進行しているようなので、特別言わ なくてもいいかと思ってな。さっきは話さなかったのだ﹂ 先ほど、アウグストは、シンの身を案ずるような物言いをした。 普段からシンの規格外っぷりを間近に見ている人間としては、魔 物の討伐に何らの不安は抱いていない。 そんなアウグストが、シンの身を案じた。 何かあるのだろうか? ﹁いや、先日の閣僚会議で、シンの作戦参加を拒んだ奴がいたらし くてな﹂ ﹁ああ。ダームの代表でしょう? 議事録が公開されましたからね。 それがどうしたんですか?﹂ ﹁いや⋮⋮ひょっとしたら、討伐の足を引っ張る行動を取るかもし れないと思ったのだがな。どうやら杞憂で終わったようだ﹂ ﹁討伐の邪魔ですか? いくらなんでも、そんなことはしないでし ょう?﹂ ﹁分からんぞ。ダームは、その歴史から敬虔な創神教の信者が多い。 おそらく、その代表も敬虔な信者なのだろう﹂ ﹁それが、どうして邪魔などすると思ったで御座るか?﹂ 1388 敬虔な信者なら、教皇から神の御使い認定を受けた者の邪魔など しないだろうと、不思議に思ったユリウスは、そうアウグストに訊 ねた。 ﹁敬虔な信者なればこそだ。シンの作戦参加を拒んだことから、シ ンにあまりいい感情は持ってないのだろう。おそらく、創神教徒で ないシンが、神の御使いと呼ばれることが許せないのだろうな﹂ ﹁そんな⋮⋮この世界の危機にですか?﹂ ﹁関係ないんだろう。信仰が深まりすぎて⋮⋮言葉は悪いが、狂信 的になってしまえば、周りが見えなくなっていても不思議じゃない﹂ アウグストの言葉が本当にあり得そうで、顔を見合わせるトール とユリウス。 ﹁魔物の出現状況がいつもと違う上に、身内にそんな⋮⋮﹂ ﹁ならば、なぜ、シン殿をダーム方面連合軍に配属したで御座るか ?﹂ シンの邪魔をする可能性があるなら、別の方面連合軍に配属した 方がよかったのではないか? ユリウスは疑問に思った。 ﹁シンだからな。多少の妨害など、意にも介さないだろうと思って な。逆に、他の面子だと、イレギュラーな事態に対応できるのか不 安だったのだ﹂ ﹁シン殿を信頼すればこそ⋮⋮ですね﹂ ﹁奴の軽い性格はともかく、実力は間違いないからな﹂ トールの生温かい視線を無視して話を続けるアウグスト。 ﹁しかし、作戦自体はうまくいっているし、シンが災害級を討伐し 1389 たときも、特に問題はなかったそうだからな。だから杞憂に終わっ たと言ったのだ﹂ ﹁そうで御座ったか﹂ ﹁ああ、どうかこのまま、何事もなく作戦が進んでほしいものだ﹂ そんなアウグストの願いが届いたのかどうかは分からないが、そ れ以降の魔人領攻略作戦は、順調に進んでいった。 各国軍に現れた、特別な災害級の魔物はそれ以降出現せず、兵士 達で十分に対処が可能であった。 まれに災害級が出現することがあっても、連合軍はシン達が。ア ールスハイド軍も、ジャンプ突きを取り入れたことで、災害級の魔 物も兵士達にトラウマを残すことなく討伐できるようになっていた。 魔物討伐の大行軍。 さすがに魔人領内での魔物数が尋常ではないため、命を落とす者 もいたが、この作戦の本来の目的である、シン達は魔人と災害級を。 軍隊がその他の魔物を討伐するという形で、魔人領攻略作戦は順 調に進んで行った。 そんな中、クルト方面連合軍から衝撃的な報告がもたらされた。 旧帝都への途中にある街で、魔人達がたむろしているのを発見し たというのだ。 1390 最終局面を迎え⋮⋮るはずでした︵前書き︶ 修正しました。 1391 最終局面を迎え⋮⋮るはずでした ﹁魔人を発見したって、本当なのか?﹂ 魔人領で順調に魔物を討伐していたある日の定期報告で、オーグ から衝撃的な報告がもたらされた。 俺達は、魔人達が拠点にしているであろう旧帝都を、魔物を討伐 しながら目指していたのだが、クルト方面連合軍の偵察部隊によっ て魔人達が集まっている街を発見したと言うのだ。 ﹁罠の可能性は?﹂ ﹃私も確認しに行ったのだがな、人気のない街で、魔人達が憂さ晴 らしをするように建物を壊してまわっていた。待ち伏せで、あれは ないだろう﹄ 確認しに行ったって。何を危ないことしてやがる。 ﹁見つかってないだろうな?﹂ ﹃魔力制御の訓練のお蔭だな。制御量が増えただけでなく、小さく 抑えることもできるようになった。加えて魔力遮断の魔法も使った からな、全く気取られていないさ﹄ ﹁それならいいけど⋮⋮で? シュトロームはいたのか?﹂ ﹃さすがに街全部を見回れる訳もないからな⋮⋮街全体で五十前後 の魔力があるのは確認したのだが⋮⋮﹄ ﹁動き回ってちゃ、正確な数は確認できないか⋮⋮﹂ ﹃すまんな﹄ ﹁しょうがないさ。待ち伏せの可能性がないって分かっただけでも 1392 儲けもんだけど⋮⋮﹂ それにしても、なぜ帝都ではなく途中にある街に集まってるんだ? それに、憂さ晴らしをするように建物を壊して回ってるって⋮⋮ 二度に渡る襲撃の失敗に苛立ってるのか。 あんな稚拙な襲撃で? そのことに苛立つだけで、次の襲撃を仕掛けてこないのもおかし い。 ﹁なんだか様子がおかしいな⋮⋮﹂ ﹃ああ、私もそう思う。ひとまず、クルト方面連合軍には、街から 離れたところで陣を張らせて待機させている。街からは見えない位 置にな﹄ ﹁そうだな。今回は、俺達が合流するまで待った方がいい﹂ ﹃既に厳命してある。魔人どもは、お前達の手に負えるものではな いから手を出すなとな﹄ 一体二体ならともかく、さすがに、数十体もの魔人を相手にする のは、俺達が全員集まってからでないと無理だ。 ﹃もうすぐ、そちらの陣営にも報告が入るだろう。急ぎ、こちらに 集まってくれ﹄ ﹃﹁了解!﹂﹄ いよいよ大詰めだな。 もう二回も取り逃がしてるんだ。もう失敗は許されない。完全に 1393 取り囲んで逃げられないようにして、必ず殲滅させる! そしてオーグが言ったように、各方面連合軍と情報を交換した兵 士が戻り、その旨をダームの指揮官ラルフ=ポートマンさんを始め とするエルス、イースの指揮官も含めた首脳陣に報告した。 その場には、俺達三人もいる。 ﹁なんだと!? 魔人の拠点を発見しただと!?﹂ ﹁はい。クルト方面連合軍の偵察部隊がこれを確認。複数人で確認 したため、間違いないとのことです﹂ ﹁ク、クルト方面連合軍には、アウグスト殿下がいらっしゃるだろ う? 討伐はされなかったのか?﹂ ﹁それなのですが、数が多いので、討ち漏らす可能性があり、各方 面連合軍に分散しているアルティメット・マジシャンズの皆様の合 流を待って、行動にあたるということです﹂ ﹁そうか⋮⋮まだ討伐されていないのか⋮⋮﹂ 討伐されていないことに、ホッとしたようなため息をこぼすポー トマン指揮官。 何で、討伐してないことにホッとするんだ? ﹁よし! そうなれば、我々の目的地も変更だ。その街の位置は?﹂ ﹁この場所です﹂ 旧帝国の地図を広げ、街の位置を指す兵士さん。 既に数日、魔人領に踏み行っている。 1394 同じ目的地を目指して行軍しているため、お互いの位置はそう離 れていない。 二∼三日で合流できるだろう。 ﹁問題は、一番遠いアールスハイド軍ですね。アルティメット・マ ジシャンズの皆さんの同行がないので、状況によっては到着前に戦 闘になる可能性があります﹂ 確かに、アールスハイド軍は位置的に遠い。 しかし、魔人の討伐は、元々俺達が担当することになっている。 災害級を討伐できるようになったアールスハイド軍といえど、参 加はしてほしくない。 ﹁魔人戦は、連合軍だけでなく、アールスハイド軍にも手出しして ほしくありません。俺達だけでやります。なので多分、到着前に戦 闘を開始すると思います﹂ ﹁⋮⋮それは、ご自身でないと魔人は討伐できないと、そうおっし ゃっているのですか?﹂ 何だか言い方にトゲがあるけど、まあそういうことだ。 それに各国共、ここ数日の魔物討伐でこの作戦における魔物討伐 数の実績は十分だと思う。 それに、これで攻略作戦自体が終わる訳ではない。 魔人達がいなくなれば、この土地は各国に分配される。 1395 そうなれば、ここに沢山の人が住むようになるのだから、魔物を 大幅に間引いておくことも必要だ。 魔人を討伐した後は、魔物の掃討作戦に移ってもらうことになる。 今回の魔人討伐に参加しなくても、誰も文句も言わないだろう。 ﹁これは、自惚れで言っているのではないのですが、スイードでの 対応を見るに、各国軍では対処できるとは思えません。おれ⋮⋮私 達には、過去に魔人を討伐した実績があります。それを踏まえて、 今回の作戦が立案、可決されたと伺いましたが?﹂ そう言うと、ポートマン指揮官は、憎々しげな表情を作り﹁フン ッ! 傲慢なことだ﹂と言い捨てて、天幕を出ていってしまった。 ﹁えーっと? 俺⋮⋮何かマズイこと言いましたか?﹂ ﹁いや、何も間違うてへんぞ。 なんや、あの態度。気に入らんな﹂ ﹁本当に、あれが一国の指揮官の取る態度ですか? ポートマン長 官と言えば、公明正大な性格の好人物ではなかったのですか? 同 じ創神教徒として恥ずかしい限りです﹂ エルスとイースの指揮官さんが、不快感を顕にしている。 それはそうだろう。 連合軍の指揮官が、突然俺に対し暴言を放ったのだから。 言われた俺の方は、あまりにも突然のことだし、そんなこと言わ れるとは夢にも思っていなかったので、全く反応できなかった。 1396 ﹁も、申し訳ございません! 長官の非礼、お詫びします!﹂ ダーム軍の副官と思われる人が慌てて頭を下げる。 ﹁お前さんら、何であんな人を長官なんかにしとんのや?﹂ ﹁ふ、普段はあのようなことはおっしゃる方ではないのです!﹂ ﹁私もそう聞いていましたがね。では、さっきのあれはなんです?﹂ イースの指揮官さんの質問を受け、返答に詰まるダームの副官。 そして、ようやく口を開いたかと思えば⋮⋮。 ﹁お、おそらく⋮⋮魔人の討伐は、一体でも大きな功績です。それ をアルティメット・マジシャンズの方に独占されるのが悔しいので はないかと⋮⋮﹂ ⋮⋮なんだそりゃ。 魔人が討伐されてなくてホッとしたのも、それが理由かよ。 でも、俺達に対して暴言を吐くのに、それ以外の理由は考えにく い。 部下の人も、言うべきか言わざるべきか悩んでたのか? ﹁この世界の危機に⋮⋮何を考えとんのや?﹂ ﹁本当に⋮⋮嘆かわしいですね﹂ エルスとイースは俺の味方みたいだな。 1397 そんな、指揮官の野望が見え隠れするなか、ダーム方面連合軍は、 旧帝都へのルートを途中で変更し、クルト方面連合軍が陣を張る、 魔人の集まっている街の近くまでやってきた。 辿り着いたそこは丘陵地になっており、確かに街からは近いけど 見えない位置になっている。 ﹁久し振りだな、シン﹂ ﹁毎日、声だけは聞いてるから、久し振りって感じがしないけどな﹂ そこで数日振りに、オーグ達と合流した。 トニー達は既に到着していた。後は、スイードのアリス達だけだ な。 ﹁フレイド達が昨日、シン達が今日だ。おそらく明日にはコーナー 達も合流するだろう。移動の疲れを考慮して一日休息を取ったとし て、攻撃はその後だな﹂ ﹁そういえば、降伏勧告とかするのか?﹂ ﹁⋮⋮私の中では、魔人は、意志があろうと魔物の扱いだから、そ れは考えていなかったな。必要か?﹂ どうなんだろう? 他の国の人にも聞いてみようか。 ﹁必要ありません! 奴らは人類の敵です! 脅威です! 野放し にしておくなど考えられません!﹂ 1398 イースは、降伏勧告不要と。 ﹁別に要らんのとちゃう? そもそも、アイツらって、スイード王 国に奇襲で攻め行って、無差別殺人をしでかした連中やろ? 魔人 やとかそうでないとか、それ以前の問題やで﹂ エルスも降伏勧告は不要と。 周辺国の人も同じ意見だった。 奴らは人類の敵で、既に無差別殺人を犯した犯罪者集団。降伏勧 告の必要はなし。 まあ、俺もそう思っていたけど、言質を取ってないと、降伏勧告 をしなかったことを問題にする奴も出てくるかもしれないからな。 魔人とはいえ、元人間なのだから、降伏勧告はするべきだった、 とかね。 さて、スイード方面連合軍が到着する前に、大まかな作戦は決ま った。 俺達十二人で街を取り囲むように包囲。 無線通信機により同期して、一斉に街に向かって魔法を掃射。 掃射後は、魔人達を街の中心に追いやりながら包囲網を狭めてい き、その中心部で魔人を殲滅する。 ⋮⋮随分大雑把な作戦だけど、十二人しかいないし、まあこれで 1399 いいだろう。 連合軍については、街の外をぐるりと取り囲み、万が一魔人を討 ち漏らした際に、逃げられないように魔人を足止めすることになっ た。 また命を懸けさせる事になるけど、連合軍の兵士さん達の目は決 意に燃えていた。 アールスハイド軍については⋮⋮。 ﹁本来なら、全ての国が揃っていることが望ましかったのだがな。 我が国の軍を待っていては、さすがに魔人どもに気取られるかもし れん﹂ 国の面子より、実益重視か。 オーグならそう言うと思ってたけどね。 ﹁それに、魔人領内の魔物の数を間引いておくことも重要な作戦の 一つだ。アイツらはそちらに回すさ﹂ 魔人討伐作戦に間に合いそうにないアールスハイド軍は、引き続 き魔人領内の魔物討伐をメインにしてもらうことになった。 作戦ができあがってしまえば、後はスイードの合流まで休息の時 間だ。 戦闘続きの皆にも、ゆっくりするようにと命令が出た。 1400 各国方面連合軍が合流し、交流を深める中、俺達のもとに現れた 人がいた。 ﹁おう。久し振りだな、シン﹂ ﹁あ、ガランさん。お久し振りです﹂ ﹁やっぱり、お前さんはスゲエ奴だったんだなあ。名をはせるどこ ろか、世界の英雄だったとは﹂ ﹁い、いや。周りが騒いでるだけで、そんな大層なもんじゃないで すよ﹂ ﹁謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるぞ? 気を付けろよ﹂ ﹁はあ⋮⋮すいません﹂ ﹁全く、魔剣士といいお前さんといい、今時の若えのはスゲエんだ なあ﹂ 魔剣士? ﹁誰です? 魔剣士って﹂ ﹁あん? お前さんのところのトニーだよ。魔法も使える剣士。カ ーナン方面連合軍じゃあ、随分と浸透してるぜ?﹂ ﹁ほうほう﹂ トニーめ、隠していたな? これは後程いじってやらないと。 ﹁それにしても、緊張とかしないんだな。随分と自然体だ﹂ ﹁ああ。魔人自体は大したことないですからね。今度こそ討ち漏ら さないことだけが心配です﹂ ﹁魔人が大したことないって⋮⋮﹂ 実際、その通りだからな。 1401 二回も逃げられてると、討ち漏らさないことだけが懸念事項だ。 ﹁頼もしいこった。それじゃあ、よろしく頼むぜ? 英雄さん﹂ ﹁はい。任せて下さい﹂ そう言うとガランさんは、カーナンの陣に戻って行った。 合流してからは、俺達は纏まって行動している。泊まるところも、 テントから大きな天幕に変わった。 そこに、異空間収納に入れておいたベッドを取りだし、設置した。 ﹁野営にベッドとか⋮⋮似合わないことこの上ないな﹂ ﹁皆の分もあるんだけど、オーグはいらないと﹂ ﹁疲れを取るには、やはりベッドだな﹂ 変わり身早えな。 まあ、十分な休息は、魔人との最終決戦前にはどうしても必要だ。 オーグにだけベッドを出さないとか、そんな意地悪はしないけど ね。 ﹁それにしても、ベッドを持ってきていたとは⋮⋮防音の魔道具も 開発していたし、野営中にナニをしていたのやら﹂ ﹁ナニもしてねえからな!﹂ ﹁そうなのかい?﹂ ﹁本当ッスか?﹂ ﹁マークとオリビアのところはどうなんだよ!? そっちだってカ ップルだろうが!﹂ 1402 ﹁そんな非常識なこと、しないッスよ﹂ ﹁俺もそうだよ!﹂ 久し振りだな、こういうやり取り。 シシリーと一緒っていうのも、もちろん素晴らしいけど、気兼ね しない男友達というのはやはりいいものだ。 女性陣の天幕にも、同じくベッドを出してあげる。 やはり疲れが取れなかったんだろう、大層喜ばれた。 ﹁シン君、この寝具って⋮⋮﹂ ﹁ああ、家で使ってるやつだよ﹂ ﹁わあ! 嬉しいです!﹂ シシリーがメッチャ嬉しそうに笑ってくれた。 ばあちゃんのベッドで体験したって言ってたものな。 ﹁それって例のアレ? 羊毛を使ってないっていう﹂ ﹁そう、それ﹂ ﹁ふーん﹂ マリアはイマイチ信用しきれてないみたいだな。 一度寝て、その虜になるがいい。 食事と風呂が終わった後は、よほど疲れていたのだろう、皆、無 駄話をせずにすぐに眠りについた。 1403 翌朝起きたとき、オーグから、この寝具を譲ってくれと懇願され た。 ﹁ベッドに入った後の記憶がない。まるで包み込まれるような感触 があった後、気が付けば朝だった。疲れも十分に取れている。これ は素晴らしい﹂ おおう。大絶賛だ。 ちなみに、オーグだけでなく、全員から同じ申し出があった。 どうしよう。こんなに好評なら、商会の商品に追加してみるか? ああ、でも既存の店の権利を侵害するか。 ならいっそ、アイデアを、そういう寝具を取り扱っている工房に 売るか? ⋮⋮まあ、それもこれも、この件が片付いてからだな。 そんなことを考えていると、昼過ぎに、スイード方面連合軍の一 部が合流した。 ﹁あー⋮⋮疲れたあ⋮⋮﹂ ﹁フラフラする﹂ ﹁お風呂入りたぁい﹂ 随分とフラフラの様子だ。 1404 聞けば、少しでも早く来るために、かなりの強行軍で朝から走り っぱなしだったとのこと。魔物を討伐する人員とも別れてきたとの こと。 疲労困憊のアリス達に食事を取らせ、風呂に入れ、例のベッドに 寝かせた。 夜起きてきた彼女らは、やっぱりこの寝具を譲ってくれと言って きた。 とにもかくにも、ようやくアルティメット・マジシャンズが揃っ た。 偵察部隊の報告では、魔人に動きはないみたいだし、明日一日ア リス達のための休息を取ったら、いよいよ最終決戦だ。 世界の命運が、俺達に掛かっている。 ここから先は、おちゃらけはなしだ。 ﹁昼間寝ちゃって寝れないよお。皆おしゃべりしようよお﹂ おちゃらけはなしだ! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 1405 明日、一日の休息を取った後、いよいよ魔人との最終決戦を迎え る。 連合軍は、自分たちが魔人と相対する訳ではないが、万が一シン 達が討ち漏らした場合、命懸けで魔人達を食い止めなければならな い。 否が応でも、決戦ムードが高まっていた。 そんな中、ダームの天幕では、ある人間達が集まっていた。 ﹁ポートマン長官、もう時間がありません。明後日には、あのアル ティメット・マジシャンズの奴らが魔人討伐に動き出します﹂ ﹁称号に関しては全く認められませんが、奴らの実力は本物です。 このままでは、魔人討伐の功績を全て奴らに持っていかれ、称号を 取り下げる要求など、歯牙にもかけてもらえなくなりますぞ!﹂ ﹁分かっている! 焦るな!﹂ ダーム王国指揮官、ラルフ=ポートマンの天幕に集まった、神の 御使い、聖女反対派。 元々、軍議等をするため、かなり大勢の人間を収容できるように なっているが、その許容量に近い、五十人ほどの人間が集まってい た。 彼らは、シン達の実力を間近に見て、称号を取り下げさせること を半ば諦めかけていたが、好機が突然降って湧いてきた。 1406 今、目の前に魔人達がいる。 しかも、こちらには気付いていない。 シン達より先に魔人を討伐すれば、彼らに頼らなくとも世界は救 えることを、神の御使いなどという称号は不要であることを実証す る、これ以上ない好機である。 そんな好機に焦る兵士達を、ラルフは宥めた。 ﹁いいか。今はあの街に近付こうとしても、必ず誰かに見つかって しまう。しかし明日の夜なら⋮⋮翌日の大作戦のために皆早めに休 んで英気を養おうとするだろう。つまり、人の目が少なくなる。そ れまで待て﹂ 今はまだ日にちに余裕があるため、夜になっても人の目があるか もしれない。 そのため、明日の夜まで待つように、ラルフは皆に言い含めた。 その彼らの目は、少し様子がおかしかった。 我らの望みを叶えたかのような状況が目の前にある。 神は、我らのためにこのような好機を作り出してくれた。 神の御使いと言われている奴より、我らの方に神は味方した。 やはり、神の御使いなどと呼ばれるべきではない。 1407 それを、我らが実証する。 神は、我らに魔人を討伐しろとおっしゃっている。 この状況を、彼らはそのように理解した。 そして、その解釈のために、自分たちこそが神に認められた人間 であると、そう思い込んでいた。 狂信。 彼らの目に浮かんでいるのは、まさにそれであった。 しかし、狂信的な思考に塗り潰された思考では、考えていないこ とがあった。 魔人の倒し方、である。 ﹁ポートマン長官、それで⋮⋮具体的な討伐の方法はどうするので すか?﹂ この場にいる人間全てが、狂信的な思考になっている訳ではなか った。 数名、冷静な判断をしている兵もいたのである。 ﹁なに、これまでの奴らの行動を見るに、烏合の衆である可能性が 高い。夜の闇に紛れて討伐していけば、造作もなく討伐できる!﹂ ﹁しかし⋮⋮災害級よりも強いという話は⋮⋮﹂ 1408 ﹁フン! そんなもの、奴らが勝手に言っているだけではないか! 大方、自分たちの功績を増やすために、我らに手を出させないよ うにそんなことを言っているのであろうよ﹂ 本当にそうだろうか? 進言した兵士は首を傾げる。確かに、ダ ームとカーナンは魔人を直接見ていない。 どれ程の強さなのか、実際にその目で見た訳ではない。 ﹁それが証拠に、見ろ。クルト王国では、人的被害など出ていない ではないか﹂ ﹁ですが、スイード王国では⋮⋮﹂ ﹁大方、奇襲に対応できなかったのだろう。その際も、奴らが簡単 に追い払ってしまったではないか。本当は大したことないのだよ。 魔人など﹂ 三国会談前、シン達が懸念していた﹃魔人は大したことはない﹄ という風潮が、こんなところで影響を与えていた。 ﹁しかし⋮⋮﹂ ﹁ええい、煩いぞ! 先ほどから、否定的なことばかり言いおって ! 貴様、創神教の教えに背くつもりか!?﹂ 創神教の教え。 いつの間にそんな話になったのか? 第一この集まりは、シン達 が神の御使いや聖女と呼ばれることを快く思っていない人間の集ま りで、称号を取り下げさせる手段を考える集まりではなかったのか? シン達よりも大きな功績を上げたい。そのためのお膳立てを、神 1409 が自分たちのためにあつらえたと思い込んだ辺りから、彼らの思考 が危険な方向に行きかけていた。 これはまずい。 この作戦の、シン達が魔人を討伐しそれ以外の軍隊で魔物を討伐 するという内容は、世界連合の閣僚会議で決まった内容だ。 ここで狂信的な思考の彼らが行動を起こせば、事はシン達から手 柄を奪うとかの話ではない。ダームにとって非常にまずい事態にな る。 狂信に目が濁っている彼らに正攻法での説得は難しいと、魔人を 討伐する方法がないことを理由に、ラルフに諦めさせようとしたが 失敗してしまった。 なんとしても止めなければ。 その場にいた数名は、彼らを魔人達が集まる街に行かせてはいけ ないと、決意していた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− アリス達、スイード方面連合軍が合流した次の日は、完全オフに 1410 なった。 翌日に控えた最終決戦のため、少しでも疲労が残る行動は避ける べきと、訓練すら行われていない。 今働いているのは、各国合同の偵察部隊と、食事や宿舎となるテ ントの管理などをする非戦闘員の人たちだけだった。 翌日の作戦結構は、夜明け前の闇に紛れての奇襲作戦になる。 その前の夜中に起きないといけないので、夜警の人間以外は早め に就寝するように言われ、夜も昨日用意したベッドで早々に眠りに ついた。 それが、怒号によって叩き起こされたのは、起きる少し前。まだ 深夜という時間だった。 ﹁魔人が! 魔人達が動き始めました!﹂ 1411 ようやく終息したと思いました 作戦開始である夜明前にはまだ早い、深夜と言っていい時間帯。 その時間に、魔人達が動き始めたという声で目が覚めた。 ﹁どういうことだ!? ついさっきまで、全く行動を起こす素振り など見せていなかったではないか!﹂ 飛び起きたオーグが、天幕を飛び出し、外にいた兵士に詰め寄っ ていた。 ﹁わ、分かりません! 街の方で戦闘音が聞こえたかと思うと爆発 が起きて⋮⋮その後、魔人達が街の一ヶ所に集まり始めたそうです !﹂ ﹁戦闘音!? まさか! 誰か先走ったのか!?﹂ ﹁わ、分かりません!﹂ オーグに詰め寄られた兵士の発言を聞いてハッとした。 そう言えば、魔人討伐の功績を欲しがっていた奴がいたはずだ。 ﹁ダームの指揮官は!? ラルフさんはいるか!?﹂ ﹁ダームの指揮官?﹂ ﹁ああ、ダームの兵士によると、指揮官であるラルフさんは魔人討 伐の功績を欲しがっていた。まさかとは思うけど⋮⋮﹂ ﹁クソッ! 実際に行動に出やがったか! おい!﹂ ﹁は、はい!﹂ 1412 ﹁ダームの天幕に行け! 私達は先に街へ向かう!﹂ ﹁りょ、了解致しました!﹂ 走り去っていく兵士さんを見送り、俺達は戦闘のための準備を整 えた。 ﹁時間が惜しい。シン! 浮遊魔法で街まで飛んで行くぞ!﹂ ﹁分かった!﹂ 浮遊魔法を起動し、全員を浮かせると、各々風の魔法を起動して 街へと高速で飛び立って行った。 最後の大事な局面でこんなことになるとは⋮⋮。 魔人達が、まだ街を出ていないことを願いながら、空を飛んで行 った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− アウグストからダームの指揮官のいる天幕を調べろと言われた兵 士は、まずイースの指揮官のもとを訪ねた。 天幕を調べろと言われても、相手は一国の指揮官。 1413 一介の兵士にその任務は荷が重かった。 そこで、精神的な主国のような関係にあるイースの指揮官に、ダ ームの天幕を調べてもらおうと思ったのだ。 ﹁何だと!? ダームのラルフ指揮官が!?﹂ ﹁アウグスト殿下はそうお考えのようですが⋮⋮﹂ ﹁分かった。アウグスト殿下のことだ、何かしらの根拠があるのだ ろう。おい! ダームの天幕に行くぞ!﹂ イースの指揮官は数人の部下を引き連れてダームの指揮官用の天 幕に向かった。 たどり着いた天幕は、陣営中が大騒ぎをしている中で、ピッタリ と入り口が閉ざされていた。 ダームの兵士達も、現れない指揮官に困惑している様子だ。 ﹁おい! ラルフ指揮官はどうした!?﹂ ﹁そ、それが⋮⋮天幕から出てこないのです⋮⋮﹂ ﹁何だと!﹂ イースの指揮官は、アウグストの懸念がほぼ当たっていることを 確信した。 ﹁おい! ラルフ指揮官! いるのか!?﹂ 大声で呼び掛けるが返答はない。 1414 ﹁開けるぞ!﹂ 一言断ってから、イースの指揮官は天幕の中に足を踏み入れた。 ﹁うっ!﹂ ﹁こ、これは!?﹂ 天幕に踏み入った彼らがまず感じたのは、むせかえるような血の 臭い。 そして、その発生源を調べようと天幕を見渡すと、殺害された数 人の兵士の遺体が放置されていた。 その遺体の中に、ラルフの姿はない。 ﹁これは⋮⋮一体何があったというのだ!﹂ ﹁それは分かりませんが⋮⋮ラルフ指揮官がいないのは事実です。 ここは一時的に、ダームの指揮権を我らに譲ってもらうべきでしょ う﹂ ﹁そうだな⋮⋮事の真相解明は後回しだ。魔人討伐が最優先とし、 ダームの指揮権は一時的にイースが預かる。そのようにダームに伝 えてこい﹂ ﹁はっ!﹂ ﹁それにしても⋮⋮なぜこんな所に遺体が⋮⋮﹂ ここはダームの指揮官のための天幕。 そこに何故遺体があるのか。 1415 事は、少し遡る⋮⋮。 かねてより、シン達が行動を起こす前の深夜に陣を抜け出し、魔 人討伐を行おうとしていたラルフ達は、怪しまれないように、夕方 頃から少しずつ天幕に集まってきていた。 そして全員が集まり、いざ行動を起こそうとした時、兵士の内の 一人が声をあげた。 ﹁お待ち下さいラルフ指揮官。やはり、この行動は止めるべきです﹂ ﹁何だと? 貴様⋮⋮創神教の⋮⋮神の意志に反すると言うのか! ?﹂ 既に、自分たちの行動が、神の意志によるものだと思い込んでい るラルフは、反対意見を述べる兵士を異端者を見るような目で見て いた。 ﹁そうではありません! ですが、こんなことが神のご意志である とは思えません!﹂ ﹁な、なんだと⋮⋮!﹂ ラルフは怒りで震えだした。 ﹁確かに、聖職者でもない者が神の御使いや聖女と呼ばれることに 納得はできません。しかし! これは別の問題です!﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1416 ラルフは怒りすぎ、言葉を発することもできない。 ﹁彼らの称号は納得できませんが、実力は本物です! ここは彼ら に任せ、魔人達をいたずらに刺激しないようにするべきです!﹂ ﹁そうです! お考え直し下さい! ラルフ様!﹂ ﹁ラルフ様!﹂ 何としてでもラルフ達を止めなければと声をあげる数人の兵士達。 あまりに必死に説得していた為、回りに注意を払うことを怠って しまった。 ﹁そうか⋮⋮分かった﹂ ﹁ラ、ラルフ様!﹂ ラルフが自分たちの主張を受け入れてくれた。 魔人討伐に赴くことを反対していた兵士達は、思わず安堵の溜め 息を吐いた。 だが⋮⋮。 ﹁分かった。お前達は必要ない﹂ ﹁ラ、ラルフ様?﹂ ラルフがそう言い放った直後⋮⋮。 ﹁ガハッ!﹂ ﹁ラ、ラルフ様⋮⋮何を⋮⋮﹂ ﹁言っただろう? お前達は必要ないと﹂ 1417 必死にラルフを止めようとしていた時、彼らの背後に他の兵士達 が回り込んでいた。 そしてその兵士達はラルフの発言を聞き、討伐中止を進言してい た兵士達を、後ろから急襲したのである。 ﹁そんな⋮⋮ラルフ様⋮⋮﹂ ラルフ=ポートマンという人物は、公明正大で誰にも分け隔てな く接する、ダーム王国内で非常に人望のある人物だ。 その人物が、まさかこのような凶行に及ぶとは想像もしていなか ったのだろう。 ﹁神のご意志に反し、神の使いたる我らの行動を邪魔しようとした。 お前達は異端者だ﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮私たちは、決して⋮⋮そのような⋮⋮﹂ ﹁うるさい﹂ ﹁ラ、ラルフさ⋮⋮ガハッ!﹂ まだ喋ろうとした兵士を、回りにいた兵士達が次々と串刺しにし ていく。 驚愕と悲しみの表情を残して、討伐中止を訴えていた兵士達は、 全員殺害されてしまった。 その結果、この天幕にはラルフの行動に反対意見を述べる者がい なくなってしまった。 1418 ﹁チッ! 出陣前にケチを付けおって⋮⋮まあよい。お前達、行く ぞ﹂ ﹃おお!﹄ 反対者がいなくなったラルフは、残った全員に向けて討伐へ赴く ことを告げた。 この陣の夜警には、魔道具の連結部に二人一組で人員が配置され ているのだが、これは二人同時に警戒をするのではなく、一人が警 戒中はもう一人が休めるようにとの意味である。 夜警の役割は、陣の外への警戒もあるが、魔物避けの魔道具に魔 力を流し続け魔道具の起動を維持する役割もある。 途中で交替しながらでないと、一晩中魔道具に魔力を流し続ける など体がもたないので、二人一組なのだ。 それに、そもそも陣を抜け出そうとする者がいるなど全くの想定 外である。 ラルフ達は、早めに就寝するようにとの命により、静まり返った 陣を移動し、全くの無警戒だった夜警の目をすり抜けて、陣の外に 抜け出した。 まんまと陣を抜け出した五十人ほどの集団は、魔人達が集まって いる街に向かう。 偵察部隊の報告で、街に見張りなどが全くいないのは確認済みで ある。 1419 街に着くと、城壁は魔人達の八つ当たりに合ったのかボロボロに なっており、その隙間から容易く街に浸入することができた。 狂信に目が濁っているとはいえ、一国の軍のトップ。ここまでは 予定通りである。 問題はここから。どうやって魔人を討伐するのかであるが、ラル フはシンの申告を信用していなかった為、魔人の討伐は簡単に済む と思っていた。 街に侵入したラルフ達は、魔法使いの索敵魔法により魔人の位置 を把握し、その場所へ移動した。 魔人達の手によって崩れた建物が多いこの街は、身を隠すにはむ しろ好都合であった。 このことにも神の意思が働いていると感じたラルフはますます魔 人討伐の成功を確信し、いよいよ魔人への攻撃を開始することにし た。 崩れた建物から様子を伺うと、会話をしている魔人達の姿がある。 その魔人達からは、魔法の使えないラルフだけでなく、魔法使い でさえマーリンの物語で言われているような絶望的な魔力を感じる ことができない。 やはり手柄を大きなものにするために、本当は大して強くない魔 人を、さも強大な敵であると錯覚させるように大袈裟に吹聴してい るだけなのだと、ラルフは判断してしまった。 1420 この判断によって、ラルフの脳裏に﹃作戦中止﹄という言葉は一 切消え去った。 いよいよラルフ達は襲撃するタイミングを狙う。 狙われている魔人達は全く気付く素振りを見せない。 ラルフはもう、成功を完全に確信していた。 気配を殺しながら襲い掛かるタイミングを狙う。 そして⋮⋮。 ︵行け︶ ハンドサインにより襲撃の命令を下すラルフ。 魔法では奇襲がバレてしまうため、剣を構えた兵士が建物の陰か ら踊り出す。 飛び出した兵士は、何の躊躇もなく魔人に対して剣を振り下ろし た。 しかし、兵士の振りおろした剣が魔人に届くかと思われたその時、 魔人が振り向きその剣を素手で掴んでしまった。 ﹁な! 何だと!?﹂ 驚愕の声をあげる兵士。 1421 そして、兵士の振りおろした剣を素手で掴んだ魔人は、ニヤッと 口を歪めた。 ﹁クックック、そんなに大勢で街に入り込んできてんのに、バレて ないとでも思ったか?﹂ ﹁ちっせえ魔力だな、おい。そんなんで俺らに勝てるとでも思って んのか?﹂ 話し込み、全く気付いていないと思った魔人は、ラルフ達が街に 入った時から気付いていたという。 つまり⋮⋮。 ﹁ラ、ラルフ様! 周囲に⋮⋮周囲に魔人が!﹂ ﹁な、なんだと⋮⋮?﹂ ﹁そこに隠れてる奴らも、全部分かってんだよお!﹂ 隠れていた建物を完全に包囲されており、それに気付いていなか ったのはラルフ達の方だった。 ラルフ達は失念していたのだ。彼らが、元は魔力の制御ができる 人間であったこと。 そして、彼らには意思があり、魔力を制御することができるとい うことを。 それゆえに魔人達は弱いと、誤った判断をしてしまったのだ。 ﹁あーあ、アイツらにビビッてモタモタしてっから、人間どもにこ こがバレちまったじゃねえか﹂ 1422 ﹁なんであんな奴がリーダー気取ってんだよ?﹂ ﹁あれだろ? 最初にシュトロームに反抗したのがアイツだったか らじゃね?﹂ ﹁モタモタして人間に場所がバレた責任取らせて、リーダー引き摺 り下ろそうぜ。アイツのせいで何ヶ月ここで足止め食ってると思っ てんだよ﹂ ﹁そうだな。そんでもう一回世界征服を狙うとしようぜ﹂ ﹁っと、その前に⋮⋮﹂ 何やら内輪に向けての不満を語っていた魔人達の視線が、ラルフ 達に注がれる。 ﹁ひっ⋮⋮﹂ ﹁まずは⋮⋮コイツらを始末しねえとなあ﹂ 魔人の集団に囲まれたラルフ達。 囲まれている方は絶望を。 囲んでいる方は愉悦を。 それぞれの表情を浮かべていた。 そして⋮⋮。 魔人達と兵士の戦闘⋮⋮ではなく、魔人による一方的な人間の虐 殺が行われた。 1423 ﹁これからどうするよ?﹂ ラルフ達を虐殺し終えた魔人達は、今後のことについて相談し始 めた。 ﹁リーダー気取ってるアイツを連れてこいよ。この状況を見せれば、 アイツのせいでこの場所がバレたって責任が追及できんだろ﹂ ﹁それもそうだな。ちょっと待ってろ﹂ ﹁っていうか、ここに来いってんだよ⋮⋮上役気取りで、面倒ごと は下っぱの役目とか考えてんじゃねえだろうな﹂ 長くこの場に足止めをさせられて、鬱憤の溜まっていた魔人達は、 ようやく事態が動き出す予感に高揚し、ある考えに至ることができ なかった。 それは、人間にここがバレたということは、近くに人間の軍勢が 迫っているということ。 そしてその中に、シン達がいるということである。 彼らがこの場に留まっていたのは、シン達アルティメット・マジ シャンズという人間の常識から外れた集団に二度も襲撃を阻止され、 二度目に至っては待ち伏せされたためリーダー格の魔人が次の行動 を起こすのをためらったからである。 待ち伏せについては完全に偶然なのだが、魔人達はシン達に相当 な脅威を感じていた。 そのシン達が、近くにいるかもしれないことを、教育を受けさせ てもらえず、論理的な思考を育んでこなかった魔人達には想像する 1424 ことができなかった。 暫くして、リーダー格の魔人がやって来て、ラルフ達の遺体を見 下ろした。 ﹁な! 人間の兵士!?﹂ 現れたリーダー格の魔人は、人間がこの場にいたことに大きな衝 撃を受けた。 ﹁そうだよ。お前がウダウダしてるから、人間にこの場所がバレち まったんだよ﹂ ﹁な、何を呑気に話している!? これがどういうことか分かって いるのか!?﹂ ことの重大さが分かっていない発言に対して、苛立った声をあげ るリーダー格の魔人。 ﹁ああ? お前のせいで、人間にここがバレたってだけだろ? 責 任とれよ﹂ ﹁そんなことを言っている場合か! ここが人間にバレたというこ とは、アイツらもここにいるんじゃないのか!?﹂ ﹁コイツらが襲ってきて暫く経ってるけど、んなもん来てねえよ﹂ ﹁何を言っても分からないのか!? この馬鹿どもが!﹂ ﹁ああ!? テメエの失敗を俺らのせいにすんのか!?﹂ ﹁もういい! 俺は逃げるぞ! お前らも逃げろ!﹂ ﹁ふざけんな! 逃げんならテメエだけで行けよ。俺らはこのまま 世界征服に乗り出すからよ﹂ ﹁くっ! 勝手にしろ!﹂ 1425 何を言っても理解しない魔人に見切りをつけ、リーダー格の魔人 と数人が、真っ先にこの場を離れた。 ﹁なんだよ⋮⋮ビビり過ぎだっての﹂ ﹁まあいいじゃねえか。これでアイツは離脱だ。もうデカイ顔をさ れなくて済むだろ﹂ ﹁それもそうだな。おし! じゃあ新生魔人軍団、世界征服に乗り 出そうぜ!﹂ ﹃おおお!﹄ これでもう一度、世界征服の夢を見ることができる。 彼らはラルフ達が侵入してきた時と違い、これからの未来に高揚 していた。 そのため、索敵魔法による監視を怠った。 彼らが世界征服に向けての決意を新たにした時⋮⋮。 頭上から、高威力の魔法が降り注いだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 1426 魔人達が動き出したという報告を聞いてすぐに、街に向かって急 行した俺達が見たのは、一ヵ所に集まって何やら雄叫びをあげてい る魔人達の姿だった。 ﹁なんだ? 何をしてるんだ?﹂ ﹁確かに気になるが、考えてる時間はない。このまま行くぞ!﹂ ﹁ってことは⋮⋮﹂ ﹁正面突破だ。罠だろうが何だろうが、全て粉砕するぞ!﹂ ﹃了解!﹄ 魔人達は、おあつらえ向きに一ヵ所に集まってる。 魔人達を取り逃がすピンチかと思ったけど、これは逆にチャンス だ! ﹃魔人どもは一ヵ所に集まっている。この機を逃すな! 絶対に殲 滅するぞ!﹄ ﹃おお!﹄ ﹁浮遊魔法を解除するぞ! ジェットブーツ用意!﹂ ﹃行け!﹄ オープンチャンネルにした無線通信機から、オーグの号令と、皆 の返答があり、俺は浮遊魔法を解除した。 ここからは各自ジェットブーツを駆使し、自由に移動しながら戦 闘を行ってもらう。 オーグの号令により一斉に魔人達に向けて、炎の弾丸や氷の槍、 風の刃に、雷の一撃が加えられた。 1427 ﹁ぐおっ! な、なんだあ!?﹂ ﹁ヤ、ヤベエ! 奴らだ! 奴らが来やがった!﹂ ﹁なんで奴らがここにいやがるんだ!?﹂ ﹁ウルセエ! グダグダ言ってねえで反撃しろ!﹂ 一ヵ所に集まっていたため逃げることができなかったからか、魔 人達は今までと違い、反撃してきた。 ﹁うわっ! 危なあっ! こっのお!﹂ アリスは自分に向けて放たれた魔法を、魔道具と自身の魔力障壁 で防ぎ、また反撃の魔法を撃つ。 各地で似たような光景が繰り広げられているが、防御魔法が付与 されたアクセサリーを渡しておいてよかった。 魔人達の魔法は、二重になった障壁を貫くことができていないが、 皆の魔法は魔人達の障壁をかなり削っている。 完全に貫くまではいかないけど⋮⋮。 ﹁後ろからゴメンねえ﹂ ﹁な!? おま⋮⋮﹂ 魔法を防ぐのに必死な魔人の背後から、トニーがバイブレーショ ンソードで止めを刺す。 今回は、ユリウスとオーグも近接攻撃班に回ってる。 1428 スイード王国でも行われた魔法による足止めと、その隙に近接で 留めという構図がここでも行われていた。 皆が順調に魔人を討伐していたその間、俺が何をしていたかとい うと。 ﹁くっ! クソッタレ! やってられるか!﹂ ﹁逃げられると思ってんのか?﹂ ﹁なっ⋮⋮﹂ 戦闘区域から離脱し、逃げ出そうとする魔人を始末していった。 街の外周から、徐々に包囲網を狭めて行って、最終的にこの形に 持っていければ最高だと思っていた形に、最初から魔人達が集まっ ていた。 何でかは分からないけど、こんな絶好機から魔人達を逃がしたり はしない。 皆もそれが分かっているのか、全力で魔法を撃ち続けている。 ﹁くっ、くそっ! 何て威力だ!﹂ ﹁そっちばっかり気が向いてていいのかしら?﹂ ﹁何⋮⋮ぐおわぁっ!?﹂ 魔人の数が減ってくると、今度は近接班だけでなく、魔法を防い でいる魔人に別角度からの魔法で魔人達を討伐し始めた。 ﹁やあっ!﹂ ﹁えぇい!﹂ 1429 攻撃魔法の得意でないシシリーとユーリも、頑張って魔法を放ち 魔人を討伐している。 この魔人達は本当に大したことない。恐らく量産型魔人だからだ と思うけど、このままいけば問題なく殲滅できそうだ。 後はシュトロームを見つけて、討伐すれば事態は一気に解決だ。 ﹁くそ! くそおっ! せっかく力を手に入れたのに! あの野郎 のせいでえっ!﹂ 後数体まで減らした魔人の一人がそう叫ぶ。 あの野郎? 一体何のことだ? そうこうしているうちに、誰かの放った魔法にその魔人が撃たれ た。 崩れ落ちる魔人が、言い放った言葉が、俺の動きを止めた。 ﹁あの⋮⋮シュトロームのヘタレのせいでぇ⋮⋮﹂ ﹁シュトロームの⋮⋮せい?﹂ 俺は、倒れた魔人のもとに急行し、事の真相を聞こうとした。 これだけ配下である魔人が討伐されているのに、シュトロームは 一向に姿を見せない。 魔法が入り乱れており、索敵魔法による把握など普通ならできな 1430 いが、あの凶悪に禍々しいシュトロームの魔力だけは間違えようも ない。 そして、今この魔人が言った﹃シュトロームのせい﹄という言葉。 ひょっとして⋮⋮。 ﹁おい! シュトロームはどこだ!? ここにはいないのか!?﹂ 魔法により重症を負っている魔人の胸ぐらを掴み、シュトローム の居所を問い質した。 その俺の声は、魔人達を全て殲滅し終わったのだろう、戦闘音が 止んだ街に、大きく響き渡った。 ﹁おい、シン。どうした?﹂ ﹁こいつが気になることを言いやがった。おい! シュトロームは いないのか!?﹂ 息も絶え絶えになっていた魔人は、俺の言葉に反応し、話し始め た。 ﹁あんなヘタレが⋮⋮この場に⋮⋮いるかよお⋮⋮あんな⋮⋮帝国 を滅ぼしただけで満足するような⋮⋮ヘタレがよお⋮⋮﹂ ﹁帝国を滅ぼしただけで満足した? おい! じゃあ、なんでお前 らは周辺国を襲った!?﹂ ﹁世界征服のために⋮⋮決まってんだろお⋮⋮お前らさえいなきゃ ⋮⋮お前らさえ⋮⋮﹂ そう言うと、魔人は怨みの籠った視線を向けてきた。 1431 シュトロームは帝国を滅ぼしただけで満足した。でも、魔人達は 周辺国を襲った。 そして、シュトロームはこの場にいない。 これはもしかして⋮⋮。 ﹁お前ら⋮⋮仲間割れしたのか?﹂ その言葉に、魔人は大きく反応した。 ﹁ウルセエんだよおっ! あのヤロウがいれば! お前らさえいな きゃ! 全部上手く行ったのによおおおっ!﹂ そう言うとその魔人は、急に魔力を集め始めた。 魔力を魔法に変換している様子もない。 これは! ﹁マズイ! 魔力障壁を展開しながら全力で離脱しろ! 魔力を暴 走させる気だ!﹂ 自爆! 自分たちの野望が潰えたからか、周りを巻き込んで自爆しようと している。 そのことに気付いたオーグが、全員に離脱するように告げる。 1432 しかし、ここで自爆されると、集まった魔人達のそばにあった、 ラルフ指揮官達と思われる遺体まで吹き飛ばされてしまう。 それを阻止するため、カートの時のように暴走する前に止めを刺 そうと、バイブレーションソードを振りおろした。 ﹁馬鹿! シン、逃げろ!﹂ しかし⋮⋮。 ﹁シン君! いやあっ!﹂ 一瞬、間に合わなかった。 魔力が暴走し、周囲を巻き込んで大爆発を起こした。 ああ! くそっ! 間に合わなかった! 俺自身は、魔力障壁と戦闘服に付与された効果で傷一つ負ってい ないが、討伐した魔人もラルフ指揮官達と思われる遺体も、全部吹 き飛ばされてしまった。 爆発による煙が晴れていくなか、俺はその失敗を後悔したが、起 こったことはしょうがないと気持ちを切り替え、生き残った魔人が いないか周囲を索敵魔法で調べることにした。 すると、こちらに向かってくる反応があった。 ﹁シン君!﹂ 1433 シシリーだった。良かった無事だったか。 ﹁大丈夫だったか? シシリー﹂ ﹁大丈夫だったか? じゃありません! なんでそう無茶ばっかり するんですか!?﹂ ものすごい勢いで飛び込んできたシシリーを受け止めて声をかけ ると、メッチャ怒られた。 ﹁いや⋮⋮自爆されたら色々吹き飛んじゃうから⋮⋮マズイと思っ たんだけど⋮⋮﹂ ﹁それでもです! まずは自分の身の安全を優先してください! シン君に何かあったら、私⋮⋮わたしぃ⋮⋮﹂ ああ、マズイ! シシリーを泣かせちゃった! 泣き出したシシリーをなだめていると、他の皆も集まってきた。 ﹁まったく⋮⋮確かに遺体を回収できないのはよろしくないが、そ れ以前にお前に何かある方がマズイだろ﹂ ﹁う⋮⋮悪い⋮⋮﹂ ﹁結局、全部吹き飛んでしまったな﹂ ﹁そうだな⋮⋮﹂ 確認できなかったが、恐らく先走ったラルフ指揮官達が返り討ち にあったと思われる遺体があった。 その遺体を回収することもできなかったし、先走った証拠もなく なってしまった。 1434 結局、シシリーや皆を心配させただけで、徒労に終わっちゃった なあ⋮⋮。 ﹁まあ、それより、あの魔人の言っていたことが本当なら、これで 事態は終息だな﹂ ﹁シュトロームは、この周辺国襲撃には関わってないってやつか﹂ ﹁ああ。恐らく帝国を滅ぼすことだけがシュトロームの目的だった んだろう。それが不満だった奴らが離反したんだろうな。ならば、 この一連の稚拙な襲撃も説明がつく﹂ ﹁どういうことだ?﹂ ﹁シュトロームが街を襲撃する度に魔人が増えていった話はしたな ?﹂ ﹁ああ﹂ ﹁恐らく、平民を魔人にしていったのだろう。そして、その魔人化 した平民が離反したんだろうな﹂ そういうことか。 帝国の平民は、アールスハイドと違って教育を受けさせてもらえ ない。 作戦を考える知恵がないから、行き当たりばったりで襲撃を繰り 返したと。 そんで、二回とも撃退されたから、どうしていいか分からなくな った⋮⋮ってとこか。 ﹁分かってみると、しょうもない理由だな⋮⋮﹂ ﹁本来ならそれでも世界征服は成功しただろう。だが、お前がいた。 1435 それだけが奴らにとっての不運であり、我らにとっての幸運だった のさ﹂ オーグが、真顔で赤面するようなことを言ってきた。 なんだよ。普段からかってるくせに、急に真面目な顔すんなよな。 ﹁後はシュトロームの取り扱いだが⋮⋮帝国以外に興味が無さそう だし、恐らく不戦協定を結んで終了だろうな﹂ ﹁それでいいのか? 奴がアールスハイドでやったことは?﹂ ﹁普通の人間だったなら、罪を追及したい所なんだがな。相手は意 思ある魔人の首魁だ。下手につついてまた世界を危機に陥れる訳に はいかんだろ﹂ ﹁⋮⋮小事より、大事を取るってことか⋮⋮﹂ ﹁そういうことだ。さて、魔人達を討伐したことを皆に教えに行く か﹂ オーグはそう言うと、街の外に向かって歩いていった。 しょうがないんだろうな。個人的な犯罪とかそんな次元の話じゃ なくなったし。 ようやく泣き止んだシシリーを解放し、俺達もオーグに続く。 ﹁これで、ようやく終わりかあ﹂ ﹁はい。無事に解決してよかったです﹂ そういえば、この騒動が終わったら⋮⋮。 ﹁次は⋮⋮結婚式か﹂ 1436 ﹁ふぇ!? あ、そ、そうでした!﹂ この騒動が終わったら結婚式を挙げろと、アイリーンさんに言わ れている。 まだシュトロームとどうなるか決まっていないし、エカテリーナ 教皇を迎えての式になるので、色々と準備や調整が必要だろうから もう少し先になるだろうけど、魔人騒動が終わったとなると、次の 大きな出来事はそれになるはずだ。 ﹁結婚式⋮⋮お嫁さん⋮⋮﹂ トリップし始めたシシリーの手を引きながら、街の外に出る。 そこには、連合軍の皆さんが勢揃いしていた。 ﹃皆に告ぐ! この街に潜伏していた魔人どもは、全員我らが討伐 した!﹄ 拡声の魔法を使ってオーグが宣言すると、地鳴りかと思うような 歓声があがった。 ﹃魔人どもの首魁と思われたオリバー=シュトロームはこの場にい なかったが、その理由も判明した。この騒動はこれで終け⋮⋮﹄ ﹁お待ちください!﹂ 終結宣言をしようとしたオーグの言葉を、偵察部隊の人が遮った。 ﹃なんだ? どうした?﹄ 1437 まだ拡声の魔法によってオーグの声は拡声されたままだ。 ﹁報告します! 殿下方が魔人どもに襲撃をかける数分前、魔人ど もから離脱した影を確認致しました!﹂ マジか!? 俺らが着く前に逃げた奴がいただと!? ﹃な! なんだと!? 何体だ!﹄ ﹁速すぎてハッキリとは分かりませんでしたが⋮⋮恐らく三体かと 思われます!﹂ ﹃くそっ! それで!? どっちに向かった!?﹄ ﹁あちらです!﹂ そう言って偵察部隊の人が示した方角は⋮⋮。 ﹃その方角は⋮⋮アールスハイド方面ではないか!﹄ 騒動は、まだ終わっていなかった。 1438 すっかり忘れていました︵前書き︶ 修正しました。 1439 すっかり忘れていました 魔人を全て殲滅しきれていなかった。 しかも逃げた先がアールスハイド方面。 そちらからはアールスハイド軍が進軍してきているはずなので、 鉢合わせる可能性がある。 もしそこを突破されたら、その後ろにあるのはアールスハイド王 国だ。 このままじゃアールスハイドが戦場になってしまう! ﹁オーグ! アールスハイドにゲートを開くぞ!﹂ ﹁いや待て! 必ずしもアールスハイドに現れるとは限らん! お 前の浮遊魔法なら追い付けるかもしれん。後を追うぞ! 絶対逃が さない!﹂ アールスハイドで待ち受けようという俺の言葉に、必ずそこに現 れるとは限らないから、できればそれまでに捕捉したいというオー グ。 確かに追い付ければいいけど⋮⋮。 ﹁捕捉できなかったらどうする?﹂ ﹁そうなったら各国に非常事態宣言だ! くそっ! 最後の最後ま で手間を掛けさせやがって!﹂ 1440 オーグの口調が乱暴なものになってる。 アールスハイドが標的になるかもしれないから、かなり焦ってる 感じだ。 俺も今すぐに飛び出して行きたいけど、連合軍の皆さんを放った らかしにしていく訳にもいかない。 ﹃私達は逃げた魔人どもを追う! 皆は周辺の魔物を討伐しながら 帝都を再度目指して欲しい! 頼んだぞ!﹄ オーグが、再度拡声の魔法で連合軍に指示を出したのを確認して から、アルティメット・マジシャンズ全員に浮遊魔法をかけた。 浮遊魔法は俺にしか使えない。 皆が使えれば手分けして捜索できるけど、他の魔法はともかく浮 遊魔法についてはどうやって教えればいいのか分からなかったから、 後回しにしていたのが裏目に出た。 せめて見落としが無いように捜索の﹃目﹄を増やそうと、全員で 追跡することにした。 ﹁どっちに行けばいい!?﹂ ﹁おい!どっちだ!?﹂ 偵察部隊の人が指し示した方角に索敵魔法を掛けるが、すでに魔 人達はその圏外まで離れてしまっているようで、探知できなかった。 1441 魔人達が向かった正確な方向を知るため、偵察部隊の人に、魔人 達がどこに向かったのかとオーグが聞いている。 普段、他国の兵士からも慕われるオーグとは思えない、乱暴な口 調。 自分の国が脅威に晒されるかもしれないと、相当焦ってることが 分かる。 ﹁は、はい! あちらの方向です!﹂ ﹁分かった! 行くぞ! 全速力だ!﹂ こうして俺達は、これで最後と思われる追撃戦に移った。 ﹁全員、索敵魔法で周囲を探ってくれ! 決して見落とすな!﹂ ﹃了解!﹄ こうなると、オープンチャンネルのみとはいえジークにーちゃん 達にも無線通信機を渡しとくべきだった。 そうすれば、今すぐに連絡を取り、警戒を促すことができていた のに。 アールスハイドだけ特別な魔道具を渡していると、俺達との癒着 だとか、やっぱり囲い込んでるとか言われるかもしれなかったから、 無線通信機を渡すことを躊躇った。 今回はそれが裏目に出た。 俺達が帯同しないんだから、それくらいの特別待遇は目を瞑って 1442 通信機を渡しておけばよかった。 今は、アールスハイド軍が、魔人と鉢合わせしないことを祈るこ としかできない。 魔人達を追跡する俺達だが、捜索をしながらであり、痕跡を見落 としかねないので全速力を出すことができない。 早く見つけたい。 でもそのために全速力は出せない。 もどかしいジレンマに苛まれながら、魔人達が逃走したと思われ る方角へ飛んでいく。 魔人は強くなかったとはいえ、五十前後はいた。 それら全てを殲滅するのに、それなりの時間は掛かってる。 どれくらい離れた? 追い付けるのか? そもそも、本当にこの先にいるのか? 方向は間違ってないのか? 次々と襲い掛かる不安を抱えながら、僅かな痕跡も見落とすまい と、皆索敵に集中していた。 この時、誰か一人でもアールスハイドにゲートで向かっていれば、 あんなに後手を踏むことはなかったのかもしれない。 1443 ーーーーーーーーーーーーーーーー アールスハイド軍は、シン達の魔人討伐作戦には間に合ことは分 かっていたが、この最終局面に立ち会わない訳にはいかない。 もし歴史的な状況に立ち会わないなんてことがあれば、アールス ハイドが世界から孤立しかねない。 そんな状況になってはたまらないと、旧帝都を目指していたルー トを変更し、魔人達が発見された街への移動を急いでいた。 ﹁なんで旧帝都じゃないところで魔人が集まってるかな?﹂ ﹁もう何度目ですか、その愚痴は?﹂ ﹁しょうがねえじゃねえか。旧帝都なら俺達が一番に辿り着いてた はずなのに﹂ ジークフリードが、もう何度目かになる愚痴をこぼす。 それを聞いたクリスティーナも、内心は同じ気持ちだったが、何 度も同じことを愚痴るジークフリードに少しイライラしていた。 ﹁ま、まあまあ。落ち着いて下さいお二人とも﹂ そんな、今にも喧嘩しそうな二人を、一緒に行動しているミラン 1444 ダが宥めた 先の戦闘において、新しい戦法﹃ジャンプ突き﹄を編み出し、災 害級討伐に多大な貢献をしたミランダは十分な戦力とみなされ、学 生達の輪から離れ、引率役の二人と一緒にいることが多くなってい た。 学生であるミランダに諭されたクリスティーナは、多少バツが悪 くも大人な対応をしたミランダを引き合いに出し、ジークフリード への説教を始めた。 ﹁ごらんなさい。ミランダの方が大人ではないですか。少しは指導 教官としての立場を⋮⋮﹂ ﹁しっ!﹂ 説教し始めたクリスティーナを、ジークフリードが手で制した。 ﹁な、なんですか? まだ話は終わって⋮⋮﹂ ﹁ちょっと黙れ! 魔法師団! 感じたか!?﹂ 説教を遮ったと思ったクリスティーナだったが、ジークフリード の表情は真剣⋮⋮というより、非常に恐ろしいものを感じてしまっ たという表情をしている。 そしてそれは、魔法師団の全ての魔法使いが同じだった。 ﹁な⋮⋮なんだこれ⋮⋮﹂ ﹁魔物? 災害級にしてもデカすぎじゃ⋮⋮﹂ どうやら、何かの魔力を感じ取った様子である。 1445 未だに目視できない程遠い距離から感じ取れる巨大な魔力。 それは魔物であるらしいが、災害級よりも大きい魔力だという。 索敵魔法が使えない騎士や兵士は、魔法使い達の言葉に戸惑うば かりである。 ﹁ジークフリード! 感じたか!?﹂ ﹁団長⋮⋮これ、ヤバくないっすか?﹂ ﹁ああ、ヤベエなんてもんじゃねえな。なんせこれは⋮⋮﹂ ジークフリードのもとに駆けつけた魔法師団長のルーパーは、こ の魔力の感じに覚えがあった。 ﹁⋮⋮魔人の魔力だぜ?﹂ ﹁ま、魔人!?﹂ その言葉を聞いていた周囲の人間は驚愕した。 そして、その驚愕の声は、アールスハイド軍全体に、あっという 間に広がってしまった。 ﹁しかし! それにしては三つしか反応がありませんよ!?﹂ ﹁まさかとは思うが⋮⋮﹂ ルーパーは考えうる最悪の、そしておそらく当たっているであろ う答えを出した。 ﹁⋮⋮取り逃がした⋮⋮のか?﹂ 1446 ﹁まさか! シンに限ってそんな!﹂ シンの規格外っぷりをよく知るジークフリードは、ここまで入念 に作戦を準備したシンが、まさか魔人を取り逃がすとは夢にも思っ ていなかった。 ﹁確かにウォルフォード君は規格外だがな。実際にこんな状況にな ってるんだ。なにか、イレギュラーなことでも起こったのかもしれ ん﹂ 信じられないが、実際にことは起きている。 魔人が三体真っ直ぐこちらに向かっている。 誰もが信じたくない気持ちで一杯だったが⋮⋮。 ﹃全員、よく聞きやがれ! 万が一の事態が起こりやがった! 魔 人はウォルフォード君達の手を逃れ、少数だがこちらに向かってき ている!﹄ 拡声の魔法で声を大きくしたルーパーが、軍全体に轟くようにさ らに声を張り上げた。 ﹃だが! 俺達はここを逃げ出す訳にはいかん! なぜなら⋮⋮﹄ 一度声を切ったルーパーは、自分達が進軍してきた方向をみた。 その方向には⋮⋮。 ﹃ここを抜けられれば、後ろにあるのはアールスハイド王国だから 1447 だ!﹄ その言葉を聞いたアールスハイド軍は、戸惑いと絶望の表情から、 悲壮だが決意の籠った表情に切り替わった。 ﹃ここは必ず死守する! 命を懸けろ!!﹄ ﹃うおおおおお!!﹄ ここを抜けられれば、アールスハイドが。自分達の故郷であり、 家族が暮らす国が魔人に襲われてしまう。 そんなことには絶対にさせないと、アールスハイド軍の全員が雄 叫びをあげた。 そしてついに、目視できる距離まで魔人が近付いてきた。 ﹃総員! 戦闘態勢を取れ! 来るぞ!!﹄ そして、射程に入った魔人に向け⋮⋮。 ﹃撃てえ!!﹄ アールスハイド軍に所属する魔法師団全員からの魔法の集中砲火 が、魔人達に向けて発射された。 超高速でアールスハイド軍に向かっていた魔人達は、さすがに受 け止めるようなことはせず、避けるために進路をずらした。 先程まで魔人がいた位置に、大量の土砂を巻き上げながら、魔法 師団総員の集中砲火が着弾した。 1448 魔法師団総員の魔法が一点に集中した結果、地形が変わるほどの 威力を見せた。 魔人達はその光景を見て驚き、アールスハイド軍に向かおうとし た足を止めた。 そして⋮⋮。 ﹁な!? 逃げた!?﹂ 先程の魔法の集中砲火を見て、さすがに危険だと判断したのだろ う。 アールスハイド軍に向かおうとしていた足を止め、進路を外れた そのままに、アールスハイド軍を素通りしていってしまったのだ。 ﹁⋮⋮マ、マズい! 奴らの逃げた先は王都のある方角じゃないか ! 追いかけるぞ!﹂ ﹁無理ですよ団長! あんなのに追い付けるはずがない! それよ り、本国に警戒するように連絡を入れないと!﹂ 驚きのあまり、拡声の魔法を解除したルーパーが後を追うと告げ るが、魔人達とのスピードが違い過ぎる。 数万の大軍で、高速で移動する魔人達に追い付くことは、とても 現実的ではない。 それよりも、通信機でアールスハイド本国に連絡を取り、襲撃に 備えさせないといけないとジークフリードは進言した。 1449 ﹁そ、そうだな。ドミニク!﹂ ﹁分かっている! 一番脚の早い馬で全速力で通信機のもとに行け ! いいか! 全速力だぞ!﹂ 騎士団を束ねるドミニクが、一番早い馬で連絡を入れるように伝 える。 ルーパーは、憎々しげに魔人達の走り去った方向を見ていた。 ﹁とにかく、アールスハイドに戻るぞ。間に合わないとしても、諦 める訳にはいかないからな﹂ 魔人の魔力を探知したため、その後の指示はルーパーが出してい たが、本来の総司令官であるドミニクがアールスハイドへの帰還す るように伝えたが⋮⋮。 ﹁⋮⋮いや、俺達はこのまま進もう﹂ ﹁なんだと? ルーパー、お前何を言って⋮⋮﹂ ﹁俺達が追ったって追い付けねえし意味がねえよ。だが⋮⋮ウォル フォード君達にはゲートがある。必ずアールスハイドを守ってくれ る﹂ ルーパーは、追い付けない魔人を追い引き返すよりも、シン達を 信じて進軍し、本来の目的である魔物の討伐を進め、連合軍と合流 する方が重要だとドミニクに告げる。 ドミニクはしばらく考えた後、決断した。 ﹁そうだな⋮⋮我々の進軍速度では、魔人の後を追うことは現実的 1450 ではない。なら、彼らを信じて先に進むのが我らの役目か⋮⋮﹂ ﹁くそっ! 結局最後まであの子らに頼りっぱなしじゃねえか! 何やってんだ! 俺達は!?﹂ 魔人を止めることもできず。追っても追い付くことができない。 自分の無力さにルーパーは、ギリッと歯噛みした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 浮遊魔法により、高速で飛行しながら魔人を追っているが、一向 に魔人を補足できない。 本当にこの先にいるのか? ひょっとして途中で進路を変更したんじゃないだろうか? それとも、初めから方向がズレていたのではないか? そんな疑念が頭をよぎる。 ﹁オーグ! 本当にこっちでいいのか!?﹂ 1451 ﹁そんなこと、分かる訳ないだろう!! とにかく、今は全速力で 追うぞ!﹂ やっぱりオーグは相当焦ってる。 マズイな⋮⋮俺は正直、魔法の威力には自信があるけど、こうい った軍事行動はサッパリだ。 そもそも、高等魔法学院では戦術論なんかやらない。 ああいうのは、軍に入ってから習うものだ。 前世でも、その辺りの知識にはかなり疎かった。 アルティメット・マジシャンズでは、オーグがその行動の方向性 を決めてきたけど、これだけ冷静さを失っていると判断ミスを犯す かもしれない。 ﹁オーグ! とりあえず落ち着け! いざとなったらゲートでアー ルスハイドに行けばいいんだ! 手遅れになることなんかない!﹂ ﹁分かっている! とりあえず今は魔人を追うぞ!﹂ 俺達は、逃げたと思われる方角に向けて真っ直ぐに進んでると思 っていた。 オーグも、そして俺も冷静でなかったんだろう。ここで一つの違 和感に気が付かなかった。 アールスハイド軍に遭遇していないことに。 1452 魔人を取り逃がしてしまったことへの後悔。 一向に見つからない焦り。 アールスハイドは皆の故郷であり、家族がいて友達がいて⋮⋮そ れぞれに大切な人がいる。 そのアールスハイドが魔人に襲われてしまうかもしれないという 恐怖。 それらが俺達の心を支配し、俺達は全員が冷静な判断力をなくし てしまっていた。 冷静だったなら、こちらに向かってくるアールスハイド軍と遭遇 していないことに気付いていただろう。 そして、魔人に遭遇しなかったかどうか確認するため、アールス ハイド軍を探していただろう。 さっき俺自身が言ったように、最終的にはゲートがあるから手遅 れにはならないのだから。 しかし冷静さを失っていた俺達は⋮⋮そのことにまったく気付か なかった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 1453 ﹁それにしても⋮⋮シン達が現れませんね﹂ ﹁ひょっとしたら、ゲートでアールスハイドに先回りしてるのかも しれねえな﹂ 魔人達と遭遇し、逃げられてしまったアールスハイド軍は、シン 達を信じ行軍を続けている。 魔人達が現れてからしばらく経過したが、一向に現れる気配のな いシン達に、ジークフリードは次第に心配になってきていた。 ﹁万が一、シン達が魔人を取り逃がしていることに気付いていなか ったとしたら⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮おい! ドミニク! もう一回伝令行かせろ!﹂ ﹁分かった!﹂ シン達が魔人を取り逃がしたことに気付いていなければ、アール スハイドに対抗する手立てはない。 アールスハイド経由で、連合軍に魔人がアールスハイドに向かっ ていることを知らせるため、もう一度通信機まで伝令に行かせるこ とにした。 これで、万が一魔人を取り逃がしたことに気付いてなくても、ゲ ートですぐにアールスハイドに向かってくれるはずだと、ジークフ リード達は懸念を振り払おうとした。 1454 既に、連合軍にシン達はおらず、魔人達を追っていることなど知 らずに。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 一向に見つからない魔人の追跡。 ひょっとしたら途中で方向転換をしたのかもしれない。 しかし、魔人が逃げた方向にはアールスハイドしかない。 どういうルートを通るにしろ、最終的には一発逆転を狙うため、 アールスハイド王都に現れるはずだと判断した俺達は追跡を諦め、 ゲートを使ってアールスハイド王城に移動した。 到着した王城は、正に蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。 ﹁な、なんだ? どうした?﹂ なんで、王城がこんなに大騒ぎになっているんだ? ﹁ああ! 殿下! ウォルフォード君!﹂ ﹁おい! どうした! この騒ぎはなんだ!?﹂ 1455 声を掛けてきた兵士さんに、オーグが詰め寄る。 すると、その兵士さんは驚きの回答をした。 ﹁先程、魔人領に派遣されている軍隊より連絡が入りました! 魔 人と遭遇、交戦したが逃げられ、ここアールスハイドに向かったと のことです!﹂ ﹁な! なんだと!﹂ アールスハイド軍は魔人に遭遇していた!? そういえば俺達はアールスハイド軍には遭遇してないぞ!? ということは⋮⋮見当違いの方角に向けて俺達は追跡していたこ とになるのか。 くそっ! 見つからないはずだ! それに、アールスハイド軍は、一度アールスハイドを出た後、旧 帝都に向けて進軍し、その後方向転換をして魔人の集まっていた街 に向かっていたはずだ。 つまり、アールスハイド軍は、アールスハイドと街の一直線上に はいなかった。 一直線にアールスハイドを目指した俺達とすれ違うはずもない! ﹁クソッタレ!! なんで最後の最後でこうも行動が裏目にでるん だ!!﹂ 1456 オーグが、自分の判断ミスを悔やんでいるが、今はそれどころじ ゃない。 ﹁おい! 予備兵団はどうした!?﹂ アールスハイドにいる全軍が今回の作戦に参加している訳ではな い。 一部国内に留まって、いざという時に備えていた。 オーグはその予備兵団の運用について確認していた。 ﹁先程の連絡で、魔人どもが向かった方角的に出現が予想される地 域を割り出しました。その出現予想地域である国境付近で元々待機 させておりましたので、通信機で連絡を入れました。迎撃の準備は 整っていると思われます!﹂ ﹁その国境付近とはどこだ!?﹂ ﹁先の帝国との戦争にて戦場になった平原です!﹂ ﹁国境付近の平原⋮⋮﹂ それは⋮⋮マズイ⋮⋮。 ﹁誰か、そこに行ったことがある人⋮⋮﹂ その場所は知ってる。 過去に何度か帝国との戦場になった場所だ。授業で習った。 特に何か特徴がある場所ではない。 1457 だから戦場に選ばれるのだが、何もないってことは⋮⋮。 ﹁くっ! 私はない!﹂ ﹁あの⋮⋮私もありません⋮⋮﹂ オーグとシシリーが申し訳なさそうに答える。 他の皆も首を横に振る。 やっぱりか! 何もないところにわざわざ行くやつなんていないよな。 ﹁ゲートは無理だ! もう一度飛んでいくぞ!﹂ ﹃おお!﹄ 俺は、誰も行ったことがない平原へのゲートの使用を諦め、もう 一度浮遊魔法でその平原まで飛行することにした。 急がないと、予備兵団と魔人達の交戦が始まるかもしれない。 魔人は元々俺達が引き受ける予定だった。 戦力が上がったとはいえ、兵士さん達ではまだ荷が重いからだ。 ここまで追い詰めて、犠牲なんか出してたまるか! その思いで国境付近の平原を目指した。 1458 そして、平原が見えたとき、魔人の禍々しい魔力が予備兵団に近 付いていることが確認できた。 ﹁魔人の魔力!﹂ ﹁くそっ! もう予備兵団に接触するぞ!﹂ ﹁間に合えええ!!﹂ 俺の意識は、魔人の魔力をとらえることに集中していた。 なので、その存在に気付くことができなかった。 もう間に合わないと、そう思った時⋮⋮。 魔人の魔力を巻き込んで、途轍もなくデカい火柱が立ち上がるの が見えた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 王都から連絡を受けた予備兵団には、重苦しいが漂っていた。 魔人が、シンやジークフリード達の包囲網をすり抜け、アールス ハイドに向かっているというのである。 シンが魔人達の後を追跡し、追い付いたならよし。アールスハイ ドに戻り、そこで報告を受けこちらに援軍にきてもらってもいい。 1459 だが、アールスハイドからこちらにくるにしても、到着が遅すぎ た。 ひょっとしたら、シン達は魔人を取り逃がしたことに本当に気付 いていないのではないか? という懸念。 まだ後を追いかけており、ここには現れないのだという期待。 その二つが混ぜ合わさり、命を張る覚悟ができている予備兵団だ ったが、期待と不安が混じってしまうと、なんとも重苦しい空気に なってしまっていた。 ﹁殿下達、遅いな⋮⋮﹂ ﹁い、いやいや。まだ追跡してるんだって!﹂ ﹁殿下達、間に合ってくれるといいんだけどな⋮⋮﹂ ﹁こんなことなら、作戦前に式を挙げてくればよかった﹂ ﹁お⋮⋮お前⋮⋮まさか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ああ。俺⋮⋮この作戦が終わったら式を挙げるんだ⋮⋮﹂ ﹁ば、馬鹿野郎! テメエはなんて⋮⋮なんて馬鹿なことをしたん だ!?﹂ あまりに立派な死亡フラグを建設していたことに、同僚が驚愕し 怒声をあげる。 ふざけているように見えるが、彼らは真剣そのものである。 ﹁これはもう、俺達の戦死は確定したな⋮⋮﹂ ﹁スマン⋮⋮﹂ 1460 重ねて言うが、彼らは真剣である。 シン達が追い付ければいいが、もし間に合わなかった場合、彼ら の死はほぼ確定である。 少しでも死を連想するようなことを避けたいと思っても無理のな いことだろう。 そんな重苦しい雰囲気が漂うアールスハイド予備兵団。 その中の魔法師団員が、ついにその時がきたことを告げた。 ﹃き、来ました! ま、まじ⋮⋮魔人です!﹄ そのあまりに禍々しい魔力に怯えながらも、拡声魔法で全員に伝 わるように大声を上げる。 その怯えようから、シン達の魔力は感じ取れていないことを悟っ た。 そして、アールスハイド方面からもやってきていない。 間に合わなかった。いよいよ人生の終局だと、全ての兵士が諦め かけたその時。 ﹁ほっほ。来よったか﹂ ﹁なんだい。あれが本当に魔人かね? ちと魔力が小さ過ぎやしな いかい?﹂ 彼らを救う福音が聞こえた。 1461 メッチャ怒られました︵前書き︶ ここから過去5話を修正しました。 大筋は変わっていません。 描写が足りていないと思われたところの加筆。 矛盾があると思われた箇所の修正をいたしました。 現状、これが限界です。 まだ足りない、まだおかしいと思われる方がいらっしゃるかもしれ ませんが、ここで停滞していると先に進めないと判断しました。 了承ください。 1462 メッチャ怒られました ﹁え⋮⋮? まさか⋮⋮﹂ 突如現れた老人に、皆の視線が集まる。 その視線には、まさかという思いと、そうであって欲しいという 願いが込められていた。 ﹁ほっほ。突然すまんのお﹂ ﹁邪魔するよ﹂ まるで近所の店にでも顔を出したかのような気軽さ。 魔人が間近に迫っているなど到底思えない雰囲気。 こんな時にこんな態度を取れる老人など、他にいるはずもない。 ﹁あ⋮⋮あなたは⋮⋮﹂ ﹁ワシか? ワシはマーリン。マーリン=ウォルフォードじゃ﹂ ﹁メリダ=ボーウェンだよ﹂ 近くにいた兵士の問い掛けに、その老人達は、皆の期待通りの名 を名乗った。 ﹁け⋮⋮賢者様⋮⋮﹂ ﹁賢者様だ⋮⋮﹂ ﹁導師様まで⋮⋮﹂ 1463 絶望に打ちひしがれていた予備兵団に、その名が浸透していく。 そして。 ﹃ウオオオオオオオ!! 賢者様! 導師様ああ!!﹄ 歓声が爆発した。 ﹁け、賢者様! なぜ⋮⋮どうしてこの場所に!?﹂ 予備兵団を率いる指揮官がマーリンのもとに駆け寄り、なぜここ にマーリンがいるのかを訊ねた。 ﹁なに。偶々王城におったら、シンが取り逃がした魔人がここに現 れると聞いてのお﹂ ﹁孫の不始末はアタシらの不始末だ。責任は取らせてもらうよ﹂ ﹁お⋮⋮おお⋮⋮神よ﹂ 指揮官は、偶然王城に二人がいたことを神に感謝した。 ﹁それよりも、ホレ。もう魔人がそこまで来とる。離れとってくれ んか?﹂ ﹁巻き込まれるよ。さっさと退避しな!﹂ ﹁は、はい! 総員退避! 賢者様と導師様の邪魔をするな!﹂ ﹃ハッ!!﹄ 生ける伝説を目にし、彼らは何の躊躇もなく二人に道を譲った。 そしてマーリンとメリダは大勢の兵士を背に従え、最前線に立っ 1464 た。 ﹁あれが魔人かね?﹂ ﹁シンの言う通りじゃのお。ヤツとは比べ物にもならんわ﹂ 目視できる距離まで近付いてきた魔人に対し、一切の気負いはな い。 ﹁まったく、何をやってるのかねえ、あの子達は。通信手段を持っ ていながら、こんなに後手を踏むなんて﹂ ﹁まあ、それは終わってからでエエじゃろ。それより﹂ 魔人を見据えたマーリンは⋮⋮。 ﹁一発お見舞いしようかの﹂ いつもの好々爺の穏やかな笑顔ではなく、獲物を前にした野獣の ごとき獰猛な笑みを浮かべてそう言った。 隣でメリダが溜め息を吐いていた。 一方、近付いて来ている魔人の方は。 ﹁おい! 軍が待ち構えてやがんぞ!﹂ ﹁チッ! やはり俺達の行動は読まれていたか!﹂ ﹁どうする!? また避けるか!?﹂ ﹁いや! これだけ展開されいてたら無理だ! どうせここには奴 らはいないだろう。正面突破するぞ!﹂ 1465 ﹁おう!﹂ 移動中の軍隊と違い、待ち構え幅広く陣を展開する予備兵団を避 けるのは無理と判断した。 シン達は、恐らく自分たちが逃げ出した街の攻略に当たっている からここにはいないだろうとの判断もあった。 しかし、彼らは知らなかった。 そこに、もう一組自分たちを討伐しうる存在がいることを。 それを知らないまま、陣を正面突破しようとした魔人が⋮⋮。 ﹁﹁﹁グガアッ!!﹂﹂﹂ 突然巨大な火柱に包まれた。 ﹁な! 何だ!? この巨大な魔法は!?﹂ ﹁ま、まさか奴らか!?﹂ 一発の魔法で大きなダメージを受けた魔人達は、あの陣の中にシ ン達がいるのではないかと目を向けた。 しかし、そこにいたのは⋮⋮。 ﹁なんじゃ。一発でそこまでダメージを受けよるのかい﹂ ﹁こんな奴らに怯えるとは、今の子達は情けないねえ﹂ 老人二人であった。 1466 ﹁な! ジジイとババアだと!?﹂ ﹁フッザけんな!! こんなくたばり損ないにやられる訳ねえだろ うがあ!﹂ ﹁お、おい待て!﹂ 自分達を攻撃したのが老人であったことに、魔人のうちの二人が 激高。 二人で飛び出し、マーリンとメリダに向けて攻撃魔法を放った。 老人にこの攻撃が防げる訳がない。 そう思ってニヤッとした魔人たちだが、その目が驚愕に見開かれ た。 メリダの展開した防御魔道具が、その攻撃の全てを防いでしまっ たのだ。 ﹁こんな攻撃じゃあ、アタシの防御にヒビ一つ入れられないよ﹂ 実にアッサリ、なんのこともないように言い放つメリダ。 ﹁ホレ! ボーっとするでないわ!﹂ そして、自分たちの魔法が簡単に防がれ、呆然としているところ に、再びマーリンから放たれる炎の弾丸。 その炎は、孫のシンが使うのと同様に青白く、超高温の炎となっ ていた。 1467 ﹁な!? この炎⋮⋮グワアアア!!﹂ ﹁や、奴らとおな⋮⋮ガアアアア!!﹂ ﹁お、お前ら!﹂ マーリンの放った超高温の炎の弾丸を防ぎきれず、まともに被弾 する二人の魔人。 大ダメージを食らい、瀕死となった二人に、さらに追い打ちがか かる。 ﹁これでとどめじゃ!﹂ 巻き起こったのは炎の竜巻、火炎旋風。 それは青白い炎ではなかったが、周囲の空気を巻き込みながら超 高温に、かつ次第に大きくなっていく火炎旋風に、瀕死の魔人はな すすべなく巻き込まれた。 そしてマーリンが魔法を解除し、火炎旋風が消え去った後に残っ ていたのは、黒焦げになった魔人の遺体。 ﹁あ⋮⋮あ⋮⋮ああああ⋮⋮﹂ 瞬殺。 残った魔人の頭に、自分達を瞬殺していったシン達の姿がよぎる。 間違いない。コイツがアイツらの師匠だ。 1468 一番戦闘を避けなければいけなかった相手の、親玉に遭遇してし まった。 ﹁う⋮⋮うわあああ!!﹂ 恐怖に駆られた魔人は、その場から逃げ出そうとした。 しかし⋮⋮。 ﹁逃がすと思うとるのか?﹂ 魔人の行く手に炎の壁が立ち塞がった。 ﹁ぐお! 熱っ!﹂ そのあまりの熱に、魔人はその壁を突破することを躊躇した。 そして、それが命取りとなった。 ﹁これで終いじゃ!!﹂ 先程と同じ青白い炎が、今度は弾丸のような小ささではなく、槍 となって魔人に襲い掛かる。 ﹁くそお! くそおおおっ!!﹂ 複数の炎の槍に貫かれた魔人は、その場に倒れ、そのまま燃え尽 き沈黙した。 これで、各国に襲撃を企てた魔人は全滅した。 1469 終始圧倒し、全く危なげなく魔人を討伐したマーリンにメリダが、 軽い感じで声を掛けた。 ﹁相変わらず、炎の魔法ばっかりかい。芸がないねえ﹂ ﹁メリダお前⋮⋮それが魔人を討伐した者に対する態度か?﹂ ﹁はん! この程度の奴を倒したところで自慢になんかなるもんか ね﹂ ﹁それもそうじゃな。ホレ、終わったぞい!﹂ 人間にとっての脅威を討伐した後とは思えない雰囲気で話をして いた二人だが、そのマーリンと魔人の戦闘を呆気に取られて見てい た兵士達に向けて、終了宣言をする。 初めてマーリンの、生ける伝説の戦闘を見た兵士達は徐々に復活 し、やがて⋮⋮。 ﹃ウオオオオオオ!! 賢者様!! 導師様!!﹄ 大歓声が巻き起こった。 そんな大歓声が響くなか、とある声がマーリンを呼び止めた。 ﹁じーちゃん!!﹂ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 1470 予備兵団のもとに現れた爺さんによって、魔人の残党は討伐され た。 爺さんが使ったのは得意の炎の魔法。 しかも、俺が使うのと同じ、青白い炎を使っていた。 さすが爺さんだ。常に自分を向上させることを忘れてない。 魔人との戦闘も、終始圧倒してたしな。 爺さんの戦闘を初めて見たであろう他の面々は、その光景を呆然 と見ていた。 ﹁さ⋮⋮さすがにシンのお爺さんね⋮⋮﹂ ﹁ウム。過去に紅蓮の魔術師と呼ばれただけのことはある。凄まじ い炎の魔法だった﹂ ﹁紅蓮の魔術師?﹂ 関心してるマリアとオーグだったが、オーグが何か気になること を言ったぞ? ﹁なんだ、知らないのか? マーリン殿は賢者と呼ばれる前、紅蓮 の魔術師と呼ばれるほど炎の魔法が得意な魔法使いだったのだぞ?﹂ ﹁そ、そうなの? っていうか、なんでそんなこと知ってんの?﹂ ﹁マーリン殿の﹃英雄物語﹄に書いてある﹂ 1471 オーグの言葉に全員が頷く。 そ、そうなんだ⋮⋮身内の英雄譚なんて恥ずかして読めないから 知らなかった。 と、それより、爺さん達のところに行かないと。 予備兵団の頭上を飛び、爺さんとばあちゃんに呼びかけた。 ﹁じーちゃん!!﹂ ﹁ん? おお、シン﹂ ﹁今頃きて何やってんだい! アンタは!!﹂ ﹁わ! ゴメンばあちゃん!﹂ 声を掛けたらばあちゃんに怒られた。 そりゃそうだ。皆を危険に晒してしまったんだから。 ﹁お待ちくださいメリダ殿。シンはよくやりました。奴らを取り逃 がしたのは、先走った者がいたからで⋮⋮﹂ ﹁殿下。そういう現場の事情はね、民衆は理解してくれないもんさ。 魔人を取り逃がした。そのことが民衆にとっては重要なのさ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 確かに。現場にいた人間はそれをしょうがないと見てくれるだろう だけど、現場の事情を知らない人から見れば⋮⋮魔人を取り逃が し自分達を危険に晒した方を重要視するんだろうな⋮⋮。 1472 ﹁取り逃がしてからの対応にも問題があるね。誰か、アールスハイ ドに連絡を取った者はいるのかい?﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ 魔人を追跡することで頭がいっぱいで、連絡するのを忘れてた⋮ ⋮。 アールスハイドに連絡が入ったのはジークにーちゃん達からであ って俺達からじゃない。 ﹁途中でアールスハイド軍にも遭遇しなかっただろう。おかしいと 思わなかったのかい?﹂ ﹁魔人を追うことに必死で⋮⋮全く違和感を感じていませんでした﹂ ﹁殿下。このチームの中で、殿下は司令塔的な役割を担っているん だ。そんな人間が冷静さを欠いちゃあいけないねえ﹂ ﹁⋮⋮はい。申し訳ありません﹂ 途中でアールスハイド軍に遭遇していない違和感に気付いていれ ば、アールスハイド軍を探しだし話を聞くことができたはずだ。 そうすれば、魔人達が逃げた正確な方向を知ることができ、ここ に辿り着く前に補足・討伐できていたはずだ。 ﹁何人かアールスハイドにゲートで先行することもできたはずだよ。 そうすれば王都経由でアールスハイド軍にも情報が入り警戒できて いたはずさ﹂ ﹁あ⋮⋮そうか⋮⋮﹂ 無線通信機を渡してないから連絡がとれないと⋮⋮そう思い込ん でしまった。 1473 そうだよ。アールスハイドからの通信はできるんだから、そっち から連絡してもらえばよかったんじゃないか。 ⋮⋮まったく思いつかなかった。 ﹁シン。アンタ、あの無線通信機はどうしたんだい?﹂ ﹁あれは⋮⋮まだ試作品だから、チャンネル数が足りなくて⋮⋮﹂ ﹁確か、全員と話ができるんじゃなかったのかい? なんで渡さな かった?﹂ ﹁それは⋮⋮聞かれるとマズイ話とかあるかもって思って⋮⋮﹂ ﹁はあ⋮⋮仲間内の内緒話かい?﹂ そう溜め息を吐いたばあちゃんに⋮⋮。 ﹁このお馬鹿!! その内緒話を優先したせいで、どれだけ混乱が 起きたか分かってるのかい!?﹂ 思い切り怒られた。 ﹁今回のことはいい教訓になっただろう。連絡を怠ると、冷静さを 失うとどういうことが起きるのか。皆肝に銘じておきな!﹂ ﹃は、はい!!﹄ はあ⋮⋮折角魔人を討伐したのに、最後にミスを重ねたことで帳 消しになった気分だよ⋮⋮。 でも、ばあちゃんの言ってることに何一つ間違いはない。 イレギュラーな事態に焦った俺達が、咄嗟の判断を誤りまくった 1474 のが原因だ。 そもそも、魔人を途中で見つけたことがイレギュラーだった。 その時に最初から街を取り囲んでいればよかったのかもしれない。 アリス達を俺が迎えに行き、ゲートで戻れば日数も短縮できたし、 先走った輩を出すこともなかったかもしれない。 振り返れば反省点ばっかりだよ⋮⋮。 ﹁メリダよ、もうそれくらいでよかろう。この子らはまだ十五∼六 なんじゃ。失敗もあろうて﹂ 爺さんが助け舟を出してくれたことで、ようやくばあちゃんの説 教が終わった。 ﹁じゃがのお、メリダの言うことはもっともじゃ。皆、これから連 絡や報告は密にせんといかんぞ?﹂ ﹃はい⋮⋮﹄ ﹁うむ。若者は失敗して成長するのじゃ。今までが上手く行き過ぎ ておったのじゃな。幸いなことに、魔人を取り逃がしたことに被害 は出ておらん。これを教訓にし、いい勉強ができたとそう思いなさ い﹂ ﹃はい!﹄ 報連相って⋮⋮前はよく言われてたのになあ⋮⋮。 この世界に生まれてから、報告や連絡が必要なことは全部周りが やってくれてたから、完全に頭から抜けてた。 1475 いくら魔法の力が強くなっても、それを活かすことができないん じゃ全く意味がない。 うぬぼ 今回のことは、ちょっと自惚れかけてた俺に、大きな教訓を与え てくれた。 ﹁それで? これで終わりなのかい?﹂ ﹁え? ああ、いや⋮⋮どうなんだろ?﹂ ばあちゃんの問いかけに、これからどうなるのか分からなかった 俺は、オーグを見た。 ﹁魔人はこれで全てではありませんが、襲撃を企てた魔人どもはこ れで全滅です﹂ ﹁ということは、まだ魔人は残っているのかい?﹂ ﹁はい。彼らを魔人化させたと思われる首魁、オリバー=シュトロ ームはまだ健在です﹂ ﹁じゃあ、まだ終わっておらんのかの?﹂ ﹁それが⋮⋮﹂ ﹁どうかしたのかの?﹂ オーグは、街で魔人に聞いた内容を爺さんとばあちゃんに伝えた。 ﹁フム⋮⋮シュトロームは帝国を滅ぼすことが目的だったと、そし てそれを達成してしまったら満足したと﹂ ﹁魔人は確かにそう言っておりました﹂ ﹁なるほどのお⋮⋮﹂ 爺さんとばあちゃんは、何か考えごとをし始めた。 1476 どうしたんだろ? 何か思い当たることでもあるのか? ﹁⋮⋮シュトロームは帝国に何か恨みでもあったのかねえ⋮⋮﹂ ﹁それはなんとも⋮⋮ただ、帝国を滅ぼしたいと願ったということ は、おそらくそういうことなのでしょう﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ ばあちゃんは腕を組み、眉をしかめて考え出す。 そして、自分の出した答えを話し始めた。 ﹁もしかしたら⋮⋮帝国を滅ぼしたいほど恨んだことが、魔人化に つながったのかもしれないねえ⋮⋮﹂ ﹁魔人化?﹂ ﹁ああ。今まではっきりとは言えなかったけど、シュトロームが魔 人化した理由がそれなら、ある仮説が成り立つのさ﹂ そう言ったばあちゃんは、俺達を見渡し。 ﹁魔人化するには、魔力の暴走だけじゃない。何か、強い恨みや憎 しみを心に込めて魔力を暴走させると魔人化するのかもしれないね え﹂ 魔人化についての仮説を口にした。 ﹁⋮⋮そうか、シュトロームが帝国の平民ばかり魔人化させていっ たのは⋮⋮﹂ ﹁帝国の平民といえば、虐げられている最たるものだからねえ、帝 国に対し強い恨み・憎しみを持っていても不思議じゃあない﹂ 1477 街を襲う度に魔人が増えていったのはそういうことか。 帝国の平民は搾取の対象だ。その街を収めている貴族や帝国その ものに強い恨みを持っているだろう。 そこをついて仲間を増やしたのか。 ﹁だけど、元が帝国への強い恨みで魔人化したのなら、それを達成 してしまった今、シュトロームの胸中はどうなってる?﹂ ﹁⋮⋮やることがない?﹂ ﹁おそらくね﹂ だからシュトロームは出てこなかったのか。 でも、今まで虐げられていた平民達は、虐げてきた連中を圧倒す る力を持ったことで野心が芽生えたと。 なぜ魔人が仲間割れしてしまったのか、その理由の一端が分かっ た。 だんだん、今回の騒動が見えてきたぞ。 ﹁なら、後はシュトロームを刺激しないようにすれば万事解決です か?﹂ ﹁⋮⋮そう上手くいけばいいけどねえ⋮⋮﹂ 希望的推測を話すオーグに、まだ少し不安そうな声をあげるばあ ちゃん。 1478 まあ、相手は魔人だしな。 魔人になってから価値観が人間のものとは変わったみたいなこと を言っていたから不安もある。 けど、今攻撃性を示していないものを刺激する必要もないだろう。 皆をいたずらに危険に晒す必要はない。 ﹁シュトロームのことは後程考えるとして、ひとまず魔人を全て討 伐したことを連合軍に伝えてきます﹂ ﹁ああ。アタシらもアールスハイドに戻ってるよ﹂ ﹁ほっほ。ではまたの﹂ そう言って爺さんがゲートを開こうとした。 俺は、一つ気になったことをばあちゃんに訊ねた。 ﹁ばあちゃん。さっきの魔人化の仮説だけどさ⋮⋮なんでその仮説 に行きついたの? 昔対峙した魔人のこと、ひょっとして何か詳し い事情を知ってるの?﹂ 俺のその質問に、爺さんとばあちゃんの二人が一瞬暗い顔をした。 ﹁シン﹂ ﹁なに? じいちゃん﹂ ﹁それは、また後での⋮⋮﹂ そう言って、爺さんとばあちゃんはゲートを潜って行ってしまっ た。 1479 あれは、何か知ってる。 けど⋮⋮二人の過去の暗い部分に当たるのかもしれない。 でないと、あんな顔は⋮⋮。 後でと言っていたけど⋮⋮あんまり聞いちゃいけない話だったの かも⋮⋮。 ﹁シン君﹂ ﹁え?﹂ 身内とはいえ不躾だったかも⋮⋮そう思っていると、シシリーに 話しかけられた。 ﹁大丈夫ですよ。話したくないことは話さないでしょうし、お話し してくれるというなら大丈夫な内容なんですよ﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ ﹁そうですよ﹂ ⋮⋮そうだな。 後でって言ってたし、大丈夫なんだろう。 ﹁ありがとシシリー﹂ ﹁フフ、どういたしまして﹂ 怒られたり、不躾なことをしてしまったり、沈みがちだった心が 上向いてきた。 1480 ﹁よし! 連合軍に合流して報告しにいこうぜ!﹂ こうして俺達は、魔人達が集結していた街にゲートを開いた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− 平原から王城に戻ったメリダは、思い付いたが口にしなかった懸 念を、マーリンにだけ聞こえるように呟いた。 ﹁何も目標が無くなった者が⋮⋮この世の全てに価値を見出せなく なったとしたら⋮⋮﹂ メリダは、起こってほしくない未来を想像した。 ﹁当たってほしくないねえ⋮⋮﹂ そう呟くメリダを、マーリンは複雑な顔で見ていた。 1481 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− ゲートで魔人の集まっていた街まで戻ると、そこにはもう連合軍 はいなかった。 帝都に向けて移動を開始したんだろう。 俺達はそこから帝都方面に向けて浮遊魔法で連合軍を追いかける 間もなく追い付いたのだが、そこで見たのは、合流したのであろ うアールスハイド軍と連合軍で魔物の群れを挟み撃ちにし、討伐し ている光景だった。 ﹁これは? なんでこんな状況に?﹂ ﹁お! シン!﹂ 魔物の群れを挟撃しているという不思議な光景に首を傾げている と、アールスハイド軍の中からジークにーちゃんに声を掛けられた。 浮遊魔法を解除し、地上に下りジークにーちゃんのもとへ行く。 ﹁魔人はどうした!?﹂ ﹁ジークにーちゃん達、魔人に遭遇してたんだね﹂ 1482 ﹁そうだよ。魔人を取り逃がしたことに気付いてなかったのか?﹂ ﹁いや、すぐに気付いて追いかけたんだけど、見当違いの方向に追 いかけてたみたいで⋮⋮﹂ ﹁それで魔人の後から現れなかったのか。それより、すぐに気付い たんなら、アールスハイド経由で連絡してくれればよかったのに。 急に魔人が現れたからビックリしちまったぜ﹂ 俺達が連絡を怠ったことでジークにーちゃん達、アールスハイド 軍にも迷惑をかけた。 本当に⋮⋮魔法使いなのに冷静さを失うなんて⋮⋮魔法学院の制 服の青は、冷静の青なんじゃなかったのかよ。 ﹁ごめんなさい⋮⋮﹂ ﹁いいかシン。作戦行動において、連絡の重要性はだなぁ﹂ ﹁あの⋮⋮ばあちゃんにもう散々怒られたから﹂ ﹁そ⋮⋮そうか。メリダ様に怒られたか⋮⋮ならこれ以上説教すん のは酷だな﹂ ジークにーちゃんも連絡の重要性について何か言おうとしてたけ ど、ばあちゃんに怒られたって話をしたら、同情の視線を向けられ た。 ジークにーちゃんもばあちゃんが怖いのね。 ﹁で? 魔人はどうした﹂ ﹁じいちゃんが討伐したよ。それよりジークにーちゃん。何この状 況?﹂ ﹁マーリン様が討伐した!? そっちこそなんだその状況!? 俺 も見たかった!﹂ 1483 ﹁そんなことより、状況は?﹂ ﹁お、おお。実はお前らとすれ違った後、連合軍と合流しようと進 軍したんだけどな。途中で魔物の群れに遭遇しちまってよ。戦闘に なってたら、連合軍が合流したんだよ﹂ そういうことか。 偶然、挟撃になってしまったと。 ﹁お前らの手を煩わせることもないから、見物してろよ﹂ ﹁そうなんだ。災害級いないんだね?﹂ ﹁いや、いるぞ? ホレ、あのでっけえ熊﹂ ﹁え? 災害級いるのに、大丈夫って⋮⋮﹂ ﹁いいから、見てみろよ﹂ ジークにーちゃんにそう言われて、災害級の熊を見る。 災害級だけあって大型の熊とは大きさの桁が違うな。 その災害級の熊に、魔法師団の魔法が炸裂する。 ダメージは大したことないけど、熊の意識が魔法師団に向いた。 ﹁ホラ! 上!﹂ その言葉で熊の頭上を見ると⋮⋮。 ﹁でええやあああああ!!﹂ 見覚えのある女性騎士が降ってきた。 1484 ﹁は? はあああ!?﹂ なんで空から騎士が降ってくんだよ! っていうかあれって⋮⋮。 ﹁お前が考案したんだろ? あの﹃ジャンプ突き﹄﹂ 考案って⋮⋮遊びでやっただけだよ⋮⋮なんでミランダが知って んの? っていうか、なんで実践で使ってんの? ﹁やだミランダ⋮⋮あれ遊びの技だって言ったのに﹂ ミランダに伝えた犯人はマリアか! 上空から降ってきたミランダは、剣の鍔に足を掛けるとそのまま 熊の首筋にぶっ刺した。 なんでそれで、そんなに正確に攻撃できんのさ!? しかも、続けて柄を取り外し、剣の尻に足を掛けたと思ったら、 ジェットブーツを起動して刺さった剣を奥深くまでめり込ませてい た。 エグイ使い方するなあ! おい! その一撃がもとで災害級の熊はゆっくりと倒れ、二度と動かなく なった。 1485 そして、よく見るとミランダだけではなく、あちこちで兵士が飛 び跳ねていた。 その光景を、俺達は唖然とした表情で見入ってしまった。 ﹁ナニコレ? 魔法師団が無詠唱なのはいいとして、空飛ぶ騎士団 って⋮⋮﹂ ﹁まあ、使ってるのがシンの開発した道具だからな。発想もシン寄 りになるんだろう﹂ ﹁俺、関係なくない!?﹂ マリアの率直な感想に、失礼な感想を重ねるオーグ。 俺の道具を使うと、思考が俺よりになるってどういうことよ!? ﹁ああ! それ分かる! シン君に関わると、皆思考がシン君みた いになるよね!﹂ ﹁そうだろ!? 皆そうなるよなあ!? 俺だけじゃないよなあ! ?﹂ なぜかアリスが激しく同意しているが、さらに必死なのがジーク にーちゃんだ。 なんで、そんなに必死なんだ。 ﹁途中でジークの取った行動がシンのやりそうなことだったので、 そう言ったんですよ。そしたらショックを受けたようで﹂ ﹁あ、クリスねーちゃん。っていうか、ショックって⋮⋮﹂ 俺の方がショックだわ! 1486 ﹁まあ、なんとなく分かりますけどね﹂ ﹁クリスねーちゃんまで!?﹂ なんて非道い兄と姉だ! ﹁変な意味ではなくてですね。シンの考え方は合理的というか⋮⋮ 効率的というか、真似すると楽なんですよ﹂ 俺の行動が変態的行動の見本なのかと思ったぜ⋮⋮。 ﹁ジークが取った行動も、騎士が上空から剣を突き刺すのも、効率 的でしょう? それが、あまり皆の考えないことが多いから、シン みたいだと言われるんです﹂ ﹁そ、そういうことか⋮⋮﹂ ジークにーちゃんの取った行動は知らないけど、確かに上空から 勢いをつけて突き刺すのはダメージを与えるうえで効率的だ。 複雑な心境だけどな! 程なくして、魔物の群れの殲滅が終わり、俺達は魔人追撃の結果 について報告した。 ﹃逃げた魔人は、アールスハイド国境付近で待機されていた賢者マ ーリン殿と導師メリダ殿によって討伐された! これにより、各国 に襲撃を企てた魔人どもは、全て殲滅した!!﹄ オーグのその宣言に、連合軍全てから地鳴りのような大歓声が起 きた。 1487 アールスハイド軍も合流したから十万を超える大軍勢だ。 その軍勢から歓声があがると凄まじいな。 ﹃なお、まだ魔人は残っているが、これらは侵攻の意思がないと思 われる。この後は魔人領内の魔物の掃討を行いつつ、各国で協議の 上事態の終結を目指すことになる。皆! もう一息だ!﹄ またしても巻き起こる大歓声。 そして、これをもって俺達アルティメット・マジシャンズとアー ルスハイドの学生達はお役御免となった。 魔人がいなくなったし、災害級はまだ残っているだろうけど、ア ールスハイドからジャンプ突きが伝授された。 それと、スイード方面連合軍から、ユーリが作った魔道具の貸し 出しの申し出があった。 あれがあれば、魔物討伐がより効率的になると熱弁され、それを 聞いていた各国のためにデモンストレーションをすると、各国から も貸し出しの申し出が相次いだ。 ジャンプ突きに加え、ユーリの魔道具を貸し出すことで、俺達が いなくても大丈夫だという判断が下されたのだ。 これ以上、学生である俺達に頼りっぱなしになる訳にはいかない とも言っていた。 1488 やはり、自分達の平和は自分達で守りたいらしい。 学生達の戦場体験はもう十分だろうということだ。 引き上げる時に、ミランダが残りそうになっていたのはご愛敬だ。 ちなみに、俺も攻撃用の魔道具を作って提供しようかと思ったが 皆に止められた。 俺の攻撃用魔道具を使うと、人間の住める土地でなくなってしま うからというのが理由だ。 まだ作ってもいないし、そもそもどんな魔道具かも言ってないん だげどな。 ⋮⋮泣いていいかな? そして、無線通信機を渡していなかったことが元で混乱してしま った教訓から、各国にオープンチャンネルのみの無線通信機を渡す ことになった。 今は手持ちがないので作成次第、各国の情報部に渡し、リアルタ イムで情報のやり取りをし、効率的に魔人領内の魔物討伐を進める とのことだ。 エルスの指揮官が今にも商談を迫りそうな勢いで突っ込んできた が、エルスの他の兵士さん達で押し留めていた。 アールスハイドに戻ったら、無線通信機の改良を進めないといけ ないな。 1489 そして、連合軍の最終目標は、旧帝都以外の全ての地域で、魔物 をある程度討伐すること。 魔人領は前の世界でいうところの、ドイツより少し大きいくらい の国土面積はある。 その国中の魔物を全て殲滅させるなんて土台無理な話だ。 そして、シュトロームを刺激しない程度の距離を空けて、陣を設 置することでこの作戦の終結とした。 その後は、各国で再び協議し、シュトロームに対する扱いや付き 合い方をどうするのか決めることになる。 そこに、俺達学生の入る余地はない。 こうして俺達の役目は終わり、後の魔物討伐作戦は連合軍の兵士 達に任せ、アールスハイドに帰還した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−− ﹁終わってしまいましたねえ﹂ 1490 離反した魔人達がすべて討伐されてしまったと報告を受けたシュ トロームは、残念そうに呟いた。 その声色は、元とはいえ同輩が全滅したことを悔しく思っている 様子ではなく、娯楽が終わってしまったことを残念がる様子だった。 ﹁せっかく少しお手伝いをしてあげたんですけどねえ﹂ それを聞いていた側近は︵あれ、実験だったんじゃ⋮⋮︶と思っ たが口には出さなかった。 ﹁シュトローム様、これから如何いたしますか?﹂ 側に控えていたゼストが、今後の予定をシュトロームに問いかけ た。 この場にいつもいたミリアはなぜかいない。 ﹁さて⋮⋮どうしましょうかねえ﹂ シュトロームは、つまらなそうに、そう呟いた。 1491 情報操作は恐ろしいと思いました︵前書き︶ 投稿再開します。 ただ、これから少しの間、投稿間隔が開きます。 なるべく早く元の投稿間隔に戻します。 気長にお待ちください。 1492 情報操作は恐ろしいと思いました 今回の作戦に従軍していた学生達と共に、俺達は戦場を離れるこ とになった。 徒歩で帰還する各学院生に先んじて、俺達はアールスハイド王城 にゲートで戻ることにした。 学生達にはアールスハイド軍の一部がついてくれるとのことで、 先に帰ってディスおじさんに報告しろと言われたのだ。 いつもの警備兵詰所にゲートで移動した俺達を、兵士さん達が出 迎えてくれた。 その兵士さん達から、俺達が魔人を討伐したことを賞賛されたの だが、それと同時に民衆が爺さんとばあちゃんの話で盛り上がって いると聞かされた。 魔人がアールスハイドに迫り、それを爺さんとばあちゃんが討伐 したことが世に知られていたのだ。 ﹁⋮⋮これ、マズくね?﹂ ﹁そうだな⋮⋮民衆は、私達が魔人を取り逃がしてしまったことを 知ってしまったようだ⋮⋮﹂ ﹁導師様の話じゃあ、民衆は魔人を取り逃がしたことを問題視する かもしれないって言ってたじゃん! どうするの!? あたし達責 められちゃうの!?﹂ 1493 アリスの懸念はもっともだ。 折角魔人を討伐したのに、責められるのは⋮⋮。 失敗したのは俺達だけどさ。 とりあえず、王城にいるディスおじさんに報告しに行こう。 そこで、多分怒られるんだろうけどな⋮⋮。 全員が憂鬱な気分のまま、先導してくれる兵士さんについていっ た。 アールスハイドに戻る前に連絡を入れていたので、真っ直ぐ謁見 の間に通された。 着替えもせず、戦闘服のままだったけど⋮⋮いいのか? そんな疑問が頭をよぎるが、既に謁見の間に到着してしまった。 そして、大きな扉が開いた時⋮⋮。 大きな拍手によって迎えられた。 ﹁よくぞ戻った。世界を救った英雄たちよ!﹂ 玉座にはすでにディスおじさんがおり、立ち上がって俺達を出迎 え、近くに来るように申し付けた。 その声に従い、玉座に近付いていく。 1494 その間、ずっと拍手は鳴りやまなかった。 ︵ど、どうなってんの?︶ ︵分からん。もしかして、我らが魔人を取り逃がしたことは問題視 されていないのか?︶ 怒られると思って謁見の間に行ったら、予想外に歓迎された。 若干混乱しながら小声でオーグと話すが、今回のことが特に問題 視されてないとしか考えられない。 くそ、ばあちゃんめ。脅すようなことを言いやがって。 口に出しては言えないので、心で叫ぶ。 そして玉座に近付き、膝をついたところでディスおじさんからの 言葉を受けた。 ﹁アウグスト、シン=ウォルフォード、他の者もよくやった。襲撃 を企てた魔人どもを全て殲滅したこと、比類なき功績である。誉め てつかわす﹂ ﹁は。ありがとうございます。しかし、我らは最後の詰めを誤りま した。その結果、皆を危険に晒してしまうところでございました。 とても褒められるものでは御座いません﹂ ディスおじさんが褒めてくれるけど、オーグは最後に判断ミスを 繰り返したことで、自分達は賞賛に値しないと思っている。俺だっ てそうだ。 1495 反省点ばっかりの戦場デビューで、相当凹んでる。 ﹁気にするでないわ。お前達が取り逃がした魔人どもを賢者殿と導 師殿が討伐した。過去の英雄は今も英雄だったと、民衆を喜ばせる 結果になっておる。誰もおぬしらを責めたりする者などおりはせん よ﹂ え? 皆怒ってないの? そう思って周りを見ると皆笑顔で、責めるような視線を投げかけ る者はいなかった。 最後に魔人にとどめを刺したのが爺さんだったから、皆そっちに 意識が行って、俺達の失敗が大きく映らなかったのだろうか? 責められなくてちょっとホッとしたけど⋮⋮これで許されたとは 思ってない。 俺達が失敗したことは事実だし、これは完全な結果オーライだ。 このことを責められなかったとしても、忘れてしまうことなどで きない。 まだまだ勉強しないといけないことが沢山あるなあ⋮⋮。 ﹁それで、褒美なのだが、もうこれ以上の勲章はないのでな。もう 少し待って欲しいのだが⋮⋮﹂ ﹁陛下。我々は今回、軍事行動の一環として従軍いたしました。も し褒美を出されるなら皆平等に。我らだけ特別扱いをされないよう 願います﹂ 1496 ディスおじさんの申し出をオーグが拒否した。 正直、俺らが出張ったのって、最後の魔人戦だけだからな。 それで勲章とか褒美とか言われても困ってしまう。 一番の功績は、今も魔人領で魔物を討伐している軍の皆さんの方 なのだから。 ﹁そうか。あい分かった。軍が戻り次第、従軍した全ての兵に報奨 金を出そう。それと交代での休暇だな。皆、胸を張れ! お前達は、 世界を救った英雄なのだからな!﹂ その言葉をもって、ディスおじさんへの報告は終わった。 謁見の間を後にし、オーグの部屋に集まった俺達は、ディスおじ さんの言った、誰も俺達の事を責めていないという言葉が本当なの かどうか話し合っていた。 ﹁父上があの場で嘘を言う理由などないだろう。参列していた文官・ 武官・貴族にまで賞賛されたのだ。民衆も同じようなものだと考え ていいのではないか?﹂ ﹁でも、ディスおじさんが俺達を安心させるためにそう言っただけ かもしれないじゃないか﹂ ﹁それはないだろう﹂ オーグがキッパリ言い切った。 ﹁むしろ、詳細を知っているのは、先程の謁見の間にいた参列者達 1497 の方だ。それでも賞賛されたのだから大丈夫だろ﹂ そうか。国の上層部にいる人の方が詳しい話は知っているか。 その上で民衆が知っているとなると、ひょっとしたら事実と若干 違うことが流布されているのかもしれないな。 それでも、自分の目で見てみないことには信用しきれなかった俺 は、一人で街に行き街の様子を探ってくることにした。 マントなしで光学迷彩が使えるのが俺だけだし、皆で行くと間違 いなくはぐれるからな。 お互いの姿も見えなくなるんだし。 街に行くと、街の人は爺さんとばあちゃんが魔人と戦った話と、 俺達が魔人の集団を殲滅したという話で盛り上がっていた。 店舗には﹃アルティメット・マジシャンズ魔人討伐記念セール﹄ と書かれた横断幕があちこちに掲げられていたし、ウォルフォード 商会は、俺がオーナーの店として大繁盛していた。 特にエクスチェンジソードとジェットブーツは飛ぶように売れて いた。 通信機があるので、連日の作戦の様子がアールスハイドに報道さ れていたのだろう。 エクスチェンジソードはともかく、ジェットブーツが広まるのは いいことだ。 1498 この騒動が完全に終息したあとに、皆に娯楽を提供できるかもし れないからな。 そして、俺ん家にも様子を見に行ったのだが⋮⋮。 家には近付けなかった。 家の前の通りは全て人で埋まっており、完全に通行止めになって いる。 なんて近所迷惑な。 警備隊の人達が出張ってきていて、交通整理がされている。 門の前で立ち止まらないように、そしてこれ以上通りに人が入ら ないように制限されている。 遠目で見ると、門の前でアレックスさん達警備担当者の皆さんが、 必死に対応していた。 申し訳ないけど、頑張って! その後も街をブラブラし、マークとオリビアの実家の店などを覗 いてみたりしたが、俺達を責める言葉は一つも聞こえてこない。 それどころか、俺達が魔人を討伐したことに対する賞賛の声だけ しか聞こえてこなかった。 その民衆の間に流れている話を簡単に説明すると。 1499 俺達が魔人を取り逃がしたのではなく、どうやってか襲撃を事前 に察知して逃げ出した魔人を、爺さん達が察知し討伐したという話 になっていた。 爺さん達が魔人の襲来を察知したのは、賢者様だから。という理 由で皆納得していた。 詳しい理由は分からないけれど、賢者様なら迫る魔人を察知する 力があってもおかしくない。 そんな感じだった。 英雄信仰が行き過ぎて、爺さん達ならなんでもアリだと思ってる な、コレ。 現実にあった、先走った者がいたこと。 俺達がそれに気付かず、魔人を取り逃がしたこと。 その後の追跡でミスを犯しまくったことなどは、一切伝わってい ない。 民衆に不安を植え付けるのではなく、その不安を取り払うために わざとそういう風に説明したんだろうな。 こうやって民衆は、嘘ではないけど真実ではない話を聞かされて いくのか。 最終的な結果は同じだが途中経過が違うことでまったく印象が違 1500 ってしまう。 これが情報操作か⋮⋮。 街での情報収集を終えた俺は、人気のない路地裏でゲートを開き、 オーグの部屋に戻った。 ﹁あ! シンお兄ちゃん、おかえりなさいです!﹂ そこにはメイちゃんが来ており、全力の熱烈歓迎を受けた。 ﹁ゲフッ! ひ、久しぶり⋮⋮メイちゃん﹂ ﹁はいです!﹂ 満面の笑みで挨拶するメイちゃん。 お兄さんの俺は、ここで膝をつく訳にはいかない。 たとえ、メイちゃんの魔法技術が上がり、身体強化されたタック ルを受けたとしても! ﹁お久しぶりですわ、シンさん﹂ ﹁あ、ああ。久しぶりエリー﹂ オーグの婚約者であるエリーも来ており、メイちゃんを抱え、膝 をカクカクさせながら挨拶を返す。 ﹁どうだった? 大丈夫だろう?﹂ ﹁ああ、大丈夫だけど大丈夫じゃないような⋮⋮﹂ ﹁どういうことだ?﹂ 1501 オーグの問いかけに、俺は今街で見てきたことを話した。 すると皆は、段々ゲッソリとした顔になっていった。 ﹁そ⋮⋮そんな騒ぎになってんの?﹂ ﹁もう、本当に街歩けないじゃん!﹂ マリアとアリスの言葉が全てだろう。 前から出歩き難くなってはいたけど、今回の件でダメ押しな感じ だ。 懸念していたこととは違うけど、もう気軽に出歩けないかも。 ﹁情報操作って恐ろしいな⋮⋮罵倒されることを覚悟してたら英雄 に祭り上げられてたよ﹂ ﹁み、店は? うちの店はどうでした?﹂ ﹁石窯亭? 大行列だったよ。そんで皆、オリビアがいなくてガッ カリして店出てくるんだよ。戻ってきたばっかりですぐに店に出て る訳ないのにな。店から出てきた客は悔しいんだろうな、並んでる 客にはそのこと伝えないで、どんどんガッカリな客が増えるという ⋮⋮﹂ ﹁それって⋮⋮私が店に出ないといけないってことですか?﹂ ﹁そうだな⋮⋮オリビアがあそこの店の娘でウエイトレスやってる って、皆知ってるからな⋮⋮﹂ 公に所在が明らかになっているのはオリビア位だ。 だから皆集まってきていたんだな。 1502 近くにあったビーン工房は、いつもより賑わってたけど、それほ どでもなかったもの。 ﹁オリビア⋮⋮がんば!﹂ ﹁うふふ、頑張れぇ。オリビア﹂ ﹁アリスさんもユーリさんも、他人事だと思ってえ!﹂ これは、少しの間だけでもオリビアには店に出てもらわないと客 が騒ぎ出すかも。 でも混乱が大きくなるようなら、もう店には出ませんって告知し てもらわないといけないな。 ﹁ゲートを覚えておいて良かったな。まさかここまでの騒ぎになる とは思いもしなかった﹂ ﹁そうなると⋮⋮私だけ浮いてしまいますわね⋮⋮﹂ ﹁どういうことだ? エリー﹂ エリーが何か心配事があるような感じで溜め息を吐く。 エリーだけ浮く? ﹁結婚式ですわ。魔人騒動も終結したことですし、執り行うでしょ う?﹂ 確かにそういう話になってるけど、エカテリーナ教皇とも直々に 挨拶したし、なんの問題もないと思うけど⋮⋮。 ﹁だって、新郎新婦のうち、私だけアルティメット・マジシャンズ 1503 ではないじゃありませんか﹂ ﹁なんだ、そんなことか﹂ ﹁そんなことではありませんわ! 皆さまは国の⋮⋮いいえ、世界 の英雄です。それなのに私ときたら⋮⋮﹂ ええ? そんなこと気にしていたのか? いや⋮⋮王太子妃になる人に、そんな英雄的要素は皆期待してい ないと思うけど⋮⋮。 ﹁エリーさん。気にし過ぎですよ。エリーさんは誰もが羨む、王子 様のお嫁さんになるんですよ? それだけで十分特別じゃないです か﹂ ﹁そ、そうかしら?﹂ シシリーの説得でエリーの懸念が払拭されつつある。 俺の時もそうだけど、シシリーに諭されるとつい納得してしまう んだよな。 ﹁そうですよ。だから堂々と、一緒にお式を挙げましょう﹂ ﹁シシリーさん⋮⋮ええ、分かりましたわ。ありがとう﹂ あ、説得された。 それにしても、よくよく考えたら王太子妃だもんな。 将来は王妃だ。 今でさえ公爵令嬢なのに、そんな人間が特別でないなんてある訳 1504 ないよ。 ご時世によっては、そちらの御成婚フィーバーが起こってもおか しくない。 何を心配していたのやら。 そのまま二人は、ドレスがどうとか、教皇猊下に執り行って頂け るなんて∼とか、式に向けての期待をお互いに話しあっている。 ﹁やれやれ、まさかそんな懸念を持っていたとはな﹂ ﹁俺もビックリした。普通ならそんなこと考えるような立場じゃな いもんな﹂ ﹁色々特殊すぎだな⋮⋮私達は﹂ ﹁何となく分かる﹂ この国にきた当初は、こんなことになるなんて夢にも思ってなか った。 山奥で育った俺は、世間一般の常識を知るためと友達作りの為に 王都にきたはずだったんだけどな。 沢山の友達と彼女まではできたけど⋮⋮。 ﹁まさか、英雄に祭り上げるとは夢にも思ってなかった﹂ ﹁そうか? 英雄の孫なんだから、何か功績を挙げればすぐに英雄 視されると思っていたぞ﹂ ﹁俺はじいちゃん達がそんなに英雄視されてるとか知らなかったか ら﹂ ﹁そういうものか﹂ 1505 ﹁まあでも、王都にきた目的はほぼ達成したけどな。友達もできた し彼女もできた。それに大分常識も身に着いたしな﹂ ﹁え?﹂ ﹁え?﹂ ん? あれ? ﹁シン殿まさか⋮⋮あれで常識が身に着いたとか思ってるんじゃな いでしょうね?﹂ ﹁え? え?﹂ トールが呆れたように言う。 え? ﹁通信機みたいな非常識な魔道具を作り出し、少し停滞していた感 のあった魔法使いや騎士達の実力を大幅に上げ、魔石の謎まで解明 し、世界全体の実力向上に功績を挙げたシン殿が常識を知った? 冗談もほどほどにしてください﹂ ﹁まったくだな。今までで一番驚いたわ。あまり驚かすなシン﹂ ﹁非道い!﹂ なんてこった。まだ常識知らずと思われていた。最近は自重して たんだけどなあ⋮⋮。 ﹁それよりシン。お前、もう何も作ろうとしていないだろうな?﹂ ﹁ん? ん∼⋮⋮﹂ ﹁あるのか⋮⋮﹂ 折角店舗と、それに併せてビーン工房が専属で付いてくれてるん 1506 だ。 色々と考えてはいるけど、この騒ぎでじっくり作ることができな かった。 ﹁結婚式ができるようになるまで、大分かかりそうじゃん? それ までは魔道具の開発期間にしようかなと思ってる﹂ ﹁⋮⋮頼むから自重してくれ。国の経済を壊さないでくれ﹂ ﹁失礼な、それを考えてるから、今はすぐに作成してないんじゃな いか﹂ ﹁その問題がクリアできたら開発はするわけか⋮⋮﹂ ﹁おう﹂ ﹁おう、ではないわ! やはり常識など身についておらんではない か!﹂ やっぱりそうなのか? でも、皆の生活が便利になるかもしれない魔道具の作成は、是非 やりたいじゃないか。 ばあちゃんを見てると尚更そう思う。 皆から感謝され、尊敬されてるばあちゃんは格好いいからな。 それよりも、結婚式が先になるというのは、今回の結婚式を執り 行うのが、エカテリーナ教皇という国家元首だからだ。 今も作戦は続行中で、まだ完了していない。 今やっているのは魔物の掃討戦で、最終的に帝都周辺に陣を張れ 1507 ば、一旦終了宣言が出ることになってる。 作戦行動中に国家元首が結婚式を執り行う訳にもいかないので、 終了宣言が出るまでは結婚式はできないのだ。 いつ頃になるかな? 俺達が進級するころには終了宣言が出るか な? そんなこれからのことを予想していると、何かを思い出したよう にオーグから声を掛けられた。 ﹁そういえば、もうすぐ年末だな﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁そろそろではないか?﹂ ﹁なにが?﹂ ﹁シンの誕生日だ﹂ ﹁え? ああ﹂ そういえば、夏季休暇が明けてから、魔人領攻略作戦のことで頭 がいっぱいで忘れてた。 もうすぐ秋も終わるし、そんな時期だったか。 ﹁そういえば、皆の誕生日は?﹂ すっかり忘れていたけど、オーグの誕生日兼立太子の義以外、他 の人の誕生日とか知らないぞ。 ﹁私も年末ね﹂ ﹁私もです。マリアとは誕生日も近いんですよ﹂ 1508 マリアとシシリーはもうすぐと。 ﹁あたしは終わったよ! 春先に!﹂ ﹁私も。春生まれ﹂ アリスとリンはまさかの年上だった。 ﹁え? マジで?﹂ ﹁フフン! あたしの方がお姉さんなんだからね!﹂ ﹁お姉ちゃんの言うことは聞くべき﹂ 数か月の差で威張られてもなあ⋮⋮。 ﹁自分も終わりました。夏季休暇中です﹂ ﹁拙者も終わったで御座る。拙者は夏季休暇前で御座った﹂ トールとユリウスも終わってたか。 ﹁僕は年明けだねえ﹂ ﹁私もぉ﹂ ﹁あ、私もです﹂ ﹁自分はもうすぐです﹂ トニーとユーリとオリビアは年明けで、マークはもうすぐか。 ﹁わたしは春だったです!﹂ ﹁私は夏季休暇が終わってすぐでしたわ﹂ メイちゃんは春でエリーは夏季休暇明けすぐか。 1509 ﹁そういえば、誕生日とか全然祝ってないな﹂ 教えて貰ってなかったし。 ﹁今年は特別だ。魔人が現れたり、戦争が起きたり、魔人の集団が 攻めてきたり⋮⋮皆派手な祝い事や催しは自粛し身内だけで祝う家 庭が殆どだった。貴族ですらそうだったな﹂ そうか。ご時世ってやつか。 ん? 俺の婚約披露パーティーは派手にやったぞ? ﹁そういえば、シン君のお誕生日はいつなんですか?﹂ ﹁え? ああ。年末の二十日が誕生日⋮⋮ってことになってる﹂ ﹁え!? 二十日ですか!?﹂ ﹁ホントに!? シン?﹂ シシリーとマリアがメッチャ驚いてる。 ﹁それ⋮⋮シシリーの誕生日と一緒よ﹂ ﹁え? マジで!?﹂ ﹁はい。本当です﹂ マジか!? ビックリした! あ⋮⋮でも⋮⋮。 ﹁本当の誕生日は知らないんだ。じいちゃんに拾われたのが年末の 二十日だったってだけで⋮⋮﹂ ﹁あ⋮⋮そうだったわね⋮⋮﹂ ﹁で、でも! そんな日にお爺様に命を救われるだなんで、やっぱ 1510 りすごいです! 運命です!﹂ シシリーは、何としても運命を感じたいらしい。 でも、そうだよな。俺が爺さんに命を救われたのがシシリーの誕 生日だってことは、何か運命的なものを感じる。 実際に一歳くらいだったからその日を誕生日にしたんだろうし。 ﹁これは、決まりだな﹂ ﹁何が?﹂ ﹁今年のシンの誕生日は、シンとクロードとメッシーナの三人合同 で派手にやろうではないか﹂ ﹁殿下! それいいです!﹂ ﹁是非やりましょう! 楽しみです!﹂ マリアとシシリーは賛成みたいだな。 でも、なんで急に誕生日を祝おうなんて言いだしたんだ? ﹁さっきも言っただろう。今まで派手な宴会は自粛していたんだ。 戦時中だからな﹂ ﹁それなんだけどさ、俺の婚約披露パーティは結構派手にやったと 思うけど⋮⋮﹂ ﹁お前は魔人を討伐した英雄になっていたではないか。お前の吉事 を盛大に祝うことで、民衆の不安を払拭しようとしていたんだよ。 現に婚約や結婚式は行われているが、お前以外の御披露目やパーテ ィは行われていない﹂ ﹁うっそ。マジで?﹂ 1511 初めて知ったわ。 ﹁という訳で、シンの婚約披露パーティ以来久々のパーティだ。シ ン達の誕生日は派手にやるぞ﹂ ﹃おお!﹄ ﹁ちょっと待って。マークは? もうすぐだって言ってたけど﹂ ﹁やめて下さいッス、ウォルフォード君。自分はアルティメット・ マジシャンズにいるだけでも満足ッス。家族でこぢんまりとやるッ スから勘弁して下さい!﹂ マークから涙目で断固拒否されてしまった。 そんなに嫌なのか⋮⋮。 ﹁オリビアさんとイチャイチャできませんもんね?﹂ ﹁何よマーク、そうなのお?﹂ ﹁え!? あ、いや⋮⋮﹂ そっちかよ! ﹁以外とエロいな、マーク﹂ ﹁いや! そうじゃなくて! アルティメット・マジシャンズ主催 だと、とんでもない人が来そうで⋮⋮﹂ とんでもない人? ⋮⋮ああ、ディスおじさんとかか。 そりゃ遠慮したいわな。 ﹁会場はどうする? シンの家でいいか?﹂ ﹁いいんじゃないか? 多分、ディスおじさんとかくるだろ? ウ 1512 チの使用人さん達なら慣れてるから、それが一番いいと思う﹂ ﹁よし。それではシンの家に行くか。準備を進めて貰わないとな﹂ オーグが俺達の誕生日の開催に凄くやる気になり、率先して行動 しようとしている。 普段、あまり見せないはしゃいだ様子は、まるで何かを振り払う かのように見えた。 作戦の最後に冷静さを失って、判断ミスを繰り返したことを相当 気にしてるな。 オーグに限ってそれを忘れたり、反省しないってことはないだろ う。 それを飲み込んだ上で、落ち込まないように無理にはしゃいで明 るく振舞ってるんだろうな。 そんなオーグの心情が分かってしまい、俺はつい生温かい目で見 てしまった。 ﹁ああ! シンさんがアウグスト様を愛おしそうに見つめている! ? そんな、ちょっと目を離した隙に!﹂ ﹁エリーは、いい加減その妄想やめろよ!﹂ いつまで引っ張ってんだよ!? ﹁冗談ですわ。それくらい、もう分かってましてよ﹂ ﹁じゃあ、もうやめてくれ⋮⋮そのネタを出される度に精神が擦り 減る⋮⋮﹂ 1513 ﹁あら、残念。もう少しからかおうかと思いましたのに﹂ ﹁オーグの真似はしなくていいよ! なんだ!? その夫のやるこ とを尊重しますみたいな態度!﹂ ﹁妻になる身としては当然のたしなみですわ﹂ ﹁え? 私には無理です⋮⋮規格外になるなんて﹂ ﹁シシリーは何の心配をしてるんだよ!﹂ シシリーまで乗ってきてるんじゃないよ! ﹁フッ、クッ、ククク。アハハハハ!﹂ エリーとシシリーの相手をしていると、それを聞いていたオーグ が笑い出した。 いや、笑ってないでエリーのこと窘めろよ。 ﹁よかった⋮⋮ようやく普通に笑ってくれましたわ⋮⋮﹂ ﹁え?﹂ エリーが、俺とシシリーにしか聞こえないくらいの小さい声で、 そうポツリと呟いた。 ﹁作戦から戻ってきたアウグスト様は、先程まで平静を装っておら れました。無理をされているのが分かって、見ていて辛くて⋮⋮﹂ そうか。俺が気付く位だ、幼馴染で婚約者であるエリーが気付か ない訳ないか。 ﹁でも、ようやく普通に笑ってくれました。これで安心ですわ﹂ 1514 そう言うエリーの顔は、本当にオーグのこと心配していたのだろ う、立ち直ったことで嬉しそうな笑みを浮かべていた。 ﹁はあ⋮⋮何か久々に笑った気がするな。エリー、私が許す。これ からもシンをからかってくれ﹂ ﹁そんな許可出してんじゃねえ! っていうかそんな許可、初めて 聞いたわ!﹂ なんだよ? 俺をからかう許可って! ﹁はい! 分かりましたわ!﹂ ﹁エリーも了承してんじゃねえよ!﹂ もうやだ! このカップル! 1515 ばあちゃん最強説が浮上しました︵前書き︶ 所用が終わりましたので、更新ペースを元に戻します。 週一位で投稿できるように頑張りますので、よろしくお願いします。 後、活動報告に近況を載せました。 話が大きくなっている⋮⋮ 1516 ばあちゃん最強説が浮上しました オーグの提案により、ウチで俺、シシリー、マリアの合同誕生日 をすることになった。 そのことをウチの使用人さんに伝えて準備をしてもらうために、 皆で俺の家にゲートで移動した。 ﹁お帰りシン。以外と早かったのう﹂ ﹁なんだい、大勢引き連れて﹂ ﹁ただいま、じいちゃんばあちゃん﹂ 家に着くと、リビングにいた爺さんとばあちゃんが俺達を出迎え てくれた。 ﹁はい、お帰り。それはそうと殿下。ウチの前なんとかならないか い? これじゃあウチの使用人たちも外に出られやしないよ﹂ そう言って窓の外を見ると、さっき俺が見た光景がある。 ウチの前に沢山の人だかりができており、門から外に出ることが できない。 使用人さん達は、基本裏口から出ていくけど、どうもそこにも人 が大勢集まってるらしい。 ﹁分かりました。至急対処します﹂ ﹁後でいいから、頼んだよ。それで、こんなに大勢でどうしたんだ 1517 い?﹂ 王太子であるはずのオーグにばあちゃんが申し伝えをするという、 知らない人が見たら異様な光景の後、なんで俺たちがゾロゾロと連 れ立って家にきたのか聞いてきた。 ﹁来月さ、俺の誕生日あるじゃない﹂ ﹁ああ、あるねえ﹂ ﹁シシリーがさ、俺と誕生日一緒なんだって。マリアも近いってい うし、なら一緒にやろうかって話になって﹂ ﹁へえ、そうだったのかい﹂ ばあちゃんはシシリーが俺と同じ誕生日であったことに驚いてい る。 ﹁で、多分ディスおじさんとかミッシェルさんとかトムおじさんと かくるでしょ? ならウチでやった方が良いと思ってさ。準備に時 間が掛かるだろうからお願いしとこうって話になったんだ﹂ ﹁ウチは別に構いやしないけどねえ。アンタ達は家でやらなくて大 丈夫なのかい?﹂ ばあちゃんは、ウチで誕生日パーティをやるのはいいとして、シ シリーとマリアの家は大丈夫なのかと聞いた。 貴族だし、自分達で誕生日を祝わないと周りから侮られたりする んだろうか? ﹁大丈夫です。というか、シン君と同じ誕生日でそれをウォルフォ ード家で祝って頂けるなんて、こちらを選ばなかったら、逆に奇異 の目で見られてしまいます﹂ 1518 ﹁そうですね。多分、羨ましがられると思います﹂ ﹁それに、シン君の誕生日ですから陛下は間違いなくこられますよ ね。ウチの使用人達には少々酷かと⋮⋮﹂ ﹁ウチもそうです。陛下をお迎えするプレッシャーに負けます﹂ シシリーとマリアの家にディスおじさんを迎えることは、相当大 きなプレッシャーになるらしい。 その点、ウチは本当にしょっちゅうディスおじさんがいる。 使用人さん達も随分慣れてしまい、たまにぞんざいな扱いを受け ていることもある。 でもディスおじさんは怒ったりせず、全く気にするそぶりすら見 せない。 ここには、完全に気を抜きにきてるよな。 風呂上がりに冷たいエールを呑んで、酔っ払ってリビングのソフ ァーで寝てる姿もよく見る。 だから、どうしても親戚の叔父さん以外の何者にも見えないんだ けど、他の人にとってはそうでないらしい。 アールスハイドという大国のトップ。国を富ませ、それを自分達 の私欲のために使うのではなく、民衆に還元し、さらに発展させる 名君として認識されている。 というのを王都にきて初めて知った。 1519 ﹁というわけで、ウチならディスおじさんがきても大丈夫でしょ?﹂ ﹁まったくあの子は。ウチを慰安所かなにかと勘違いしてるんじゃ ないかい?﹂ ﹁も、申し訳ございません⋮⋮父にはきつく言っておきますので﹂ 一国の⋮⋮それも大国の国王をあの子扱いか⋮⋮。 魔法師団長のオルグランさんもばあちゃんに頭が上がらない様子 だったし、さっきの様子を見るにオーグもそうだ。 ひょっとして、この国でばあちゃんに逆らえる人間なんていない んじゃないか? ﹁それにしても、ディスおじさんってウチで気を抜きすぎだよね﹂ ﹁あの子とは、もう二十年以上の付き合いになるからねえ。遠慮な んてあるはずもないよ﹂ ﹁ばあちゃんも、遠慮ないよね? いくら昔一緒に旅をしてたって 言っても、普通王族の人にはもっと気を遣うもんじゃないの?﹂ 俺がそう言うと、皆ギョッとした目で俺を見た。 え? 何? ﹁シ、シン君! お熱! お熱はありませんか!?﹂ ﹁これは重症だな。クロード、シンを寝室に寝かしつけてこい﹂ ﹁はい! 分かりました!﹂ ﹁まったく、具合が悪いならそう言え。無理をするな﹂ ﹁ちょっと待てえ! 何? シシリーまで何言ってんの!?﹂ 具合が悪いってなんだ!? 1520 ﹁だって⋮⋮シン君が王族に気を遣うって⋮⋮そんなところ見たこ とないです!﹂ ﹁まったくだな。シンと一緒にいると自分が王族だということを忘 れそうになるというのに﹂ ﹁アウグスト様。それはそれで問題ですからね?﹂ そういうことか。 普段王族に気を遣ってない俺が、王族には気を遣うものだって言 ったから熱があるんじゃないかと思われたと。 ⋮⋮それは非道い⋮⋮。 俺がディスおじさん達に対する態度って理由があるのに。 ﹁いや、俺と二人じゃ出発点が違うじゃん。だから言ってんの﹂ ﹁出発点?﹂ ﹁そう。俺はさ、去年の誕生日までディスおじさんが王様だって知 らなかったからね? たまに遊びにくる親戚の叔父さんだと本気で 思ってたんだ。ディスおじさんもそういう接し方してきてたし﹂ 俺はずっとディスおじさんを親戚の叔父さんだと思ってた。 だからオーグやメイちゃんのことも従兄弟にしか思えない。 でも⋮⋮。 ﹁でも二人は違うじゃん? 会った時には王太子だったんだろ? ディスおじさん﹂ 1521 ﹁そういうことか。驚かすな﹂ ﹁勝手に驚いたのそっちだからな!?﹂ ﹁私も心配しました。シン君が病気になっちゃったって⋮⋮﹂ うん。心配してくれるのは嬉しいけど、その判断基準はどうなの? そう思われちゃう行動してる自分が悪いんだけどさ。 そんなことを考えていると、ばあちゃんがディスおじさんのこと を話し出した。 ﹁最初はねえ、アタシの住んでる国の王太子だし、それなりの対応 をしてたんだけどね。一緒に旅をする内に、アタシのことを師匠っ て呼ぶようになってから、今みたいな関係になっちまったのさ﹂ ﹁ああ。だから、ディスおじさんはばあちゃんのことを﹃メリダ師﹄ って呼ぶんだ﹂ ﹁そういうことさね﹂ ん? でもそうなると⋮⋮。 ﹁何でじいちゃんのことは﹃マーリン師﹄じゃなくて、﹃マーリン 殿﹄なの?﹂ ﹁ワシは昔、人にものを教えるのが苦手でのお。一緒に旅をしてお った子らの指導は全部メリダがしておったのじゃよ﹂ ﹁へえ、意外。俺にはちゃんと教えてくれたのに﹂ そう言うと、ばあちゃんがため息を吐いた。 ﹁この爺さんはねえ、昔教えを請われた時に﹃魔力を大量に集めて、 適当にイメージしてブッ放せ!﹄って言いやがったからねえ﹂ 1522 ﹁じいちゃん⋮⋮﹂ ﹁ほっほ⋮⋮若気の至りじゃ⋮⋮﹂ 爺さんが気まずそうに視線を逸らす。 ﹁で、でも、シン君を教えたのはお爺様ですよね? やっぱり凄い です!﹂ シシリーが爺さんをフォローしてる。 フォローしてもらえた爺さんが感動してるな。 ﹁気を遣ってくれてありがとう、シシリーさん。まあ、シンは赤子 から育てたからの。一から順番に教えることで、ワシも教え方を学 んだのじゃよ﹂ ﹁そうだったんだ﹂ ある程度育ってる人を教えられるようになったのは最近なのか。 それよりも、その前に何か気になることを言ったな。 ﹁﹃子ら﹄って? 一緒に旅をしてたのってディスおじさんだけじ ゃないの?﹂ ﹁最初付いてきたのはディセウムだけだったよ。でも途中で二人ほ ど拾ってねえ。一緒に旅をしながら鍛えてあげてたのさ﹂ ﹁へえ﹂ ﹁さて、昔話はこれくらいにして誕生日会のことを決めようかね﹂ ﹁そうですね。さっきもシンが言いましたが、場所はこの家のホー ルを使わせてもらうということで﹂ ﹁ああ、それは構いやしないよ﹂ 1523 ﹁三家合同の誕生会ですから、それなりの規模になると思います。 ですので招待客の選別もしないといけませんね﹂ ﹁招待客なんざ呼ばないよ﹂ ﹁え?﹂ オーグが招待客の選別をと言ったことに対して、ばあちゃんは真 向から反対した。 っていうか、招待客ってなに? ﹁シン。アンタは心配しなくていいよ。招待客を呼ばないといけな いのはお貴族様の話だ。アタシらみたいな平民はそんなことする必 要はありゃしないよ﹂ ﹁そうなんだ。よかった﹂ ﹁もし、招待客を呼ばないといけないなら、この話はなしだよ。そ れでもいいのかい?﹂ あ、そうか。シシリーとマリアは貴族だ。招待客を呼ばないとマ ズイか? ﹁構いません。あまり知らない人が大勢くるのは、正直苦手でした し﹂ ﹁それでも愛想を振りまいてないといけないから面倒なのよねえ﹂ シシリーとマリアは問題ないみたいだけど、家としてはどうなん だろ。 ﹁セシルさん達が困ったことにならない? 大丈夫?﹂ ﹁お婆様が招待客を呼ぶことに反対しているとなれば、皆さん納得 しますよ﹂ 1524 ﹁そうね。誰も文句言わないとおもうわ﹂ ⋮⋮ばあちゃんの影響力ってどんだけすごいんだろ⋮⋮。 ﹁それじゃあ、本当に身近な人間だけ呼ぶことにして、それ以外の 招待客はなしでいいね?﹂ ﹁は、はあ⋮⋮ではそのように﹂ オーグが簡単に押し切られた。 ﹁と言っても、ウチは知り合いが少ないからねえ。ディセウムとジ ークにクリス、後はミッシェルとトムくらいかねえ﹂ 結局、去年の誕生日と同じメンツだな。 ﹁それで十分凄いですけどね⋮⋮﹂ ﹁シシリー、ウォルフォード家に普通を求めちゃだめよ﹂ マリアが失礼なこと言ってる。言っとくけど、元は爺さんとばあ ちゃんの知り合いだからね。 ﹁私のところは親族だけにします。そのメンツで失礼があってはい けないので﹂ ﹁ウチもそうするわ﹂ シシリーとマリアに気を遣わせちゃったけど、俺の知り合いって、 ここにいるメンツを除くとそれくらいだからなあ。 ウォルフォード商会を切り盛りしているロイスさんはシシリーの お兄さんだし。 1525 あ、そうなるとアリスのお父さんのグレンさんも呼ばないと。 ﹁それでも結構な規模になるねえ。大丈夫なのかい? そんなに派 手に祝い事をやって﹂ ﹁大丈夫でしょう。最大の脅威である魔人は討伐しました。残る魔 人に交戦の意思は無いみたいですし、残っているのは増えた魔物の 間引き位です。そろそろ祝い事の自粛も解禁し始めるでしょう。そ もそも自主的に行っていることですし﹂ ﹁ならいいんだけどねえ﹂ なんだろう? ばあちゃんのそれならいいというセリフには、派 手な祝い事をしてもいいというだけではない感じかした。 ﹁ばあちゃん。なにか心配事でもあるの?﹂ ﹁ああ⋮⋮いや、考えすぎならそれでいいんだけどねえ⋮⋮﹂ ちょっと言い辛そうにした後、ばあちゃんが口を開いた。 ﹁魔人は⋮⋮シュトロームは本当に攻めてこないのかい?﹂ ばあちゃんは、根本的な問題を口にした。 ﹁討伐した魔人は確かにそう言いました。シュトロームは帝国を滅 ぼした後、やる気をなくしたと﹂ ﹁シュトロームの目的は帝国を滅ぼすこと、それを達成した後は目 標がなくなった⋮⋮か﹂ ばあちゃんの言葉の歯切れが悪い。 1526 ﹁それで本当におとなしくなるのかねえ⋮⋮﹂ それは⋮⋮俺たちの願望も含めての見解だ。 魔人が存在していることは不安だが、敵意がないのならこれ以上 騒動が起こらないでほしいという。 ﹁確かに、もうこれ以上魔人が攻めてこないという確証があるわけ ではありません。しかし、今回の一連の騒動にはシュトロームは関 わっていなかった。それも事実です﹂ ﹁確かにそうなんだろうけどね⋮⋮﹂ どうにも信用しきれていない感じだな。 ひょっとして、あのことと関係があるのだろうか。 ﹁ばあちゃん。ひょっとしてさ、過去の魔人のことで何か気になる ことがあるの?﹂ 俺がそう言うと、ばあちゃんだけでなく爺さんも暗い顔をした。 ﹁そうさのう⋮⋮もう話してもいいのかもしれんの﹂ ﹁そうだね⋮⋮知っておいた方がいいのかもしれないね﹂ 爺さんとばあちゃんはそう前置きした。 それって⋮⋮。 ﹁もしかして⋮⋮﹂ 1527 ﹁ああ﹂ ﹁過去の魔人のことじゃ﹂ 魔人について話し始めた。 1528 過去の話を聞きました︵前書き︶ 少し遅くなりました。 1529 過去の話を聞きました ﹁え、それって⋮⋮﹂ ﹁お二人の英雄譚を聞かせて頂けるんですか!?﹂ 過去に討伐した魔人の話を聞かせてくれるというので、マリアが メッチャ食い付いてる。 他の皆も興味津々の様子だ。 ﹁ちょいと落ち着きな! あんなこっ恥ずかしい話なんざするわけ ないだろう﹂ ﹁あ⋮⋮そうなんですか⋮⋮﹂ 物語を直接聞かせてもらえると思っていた皆は、ちょっとガッカ リしたような顔になった。 ﹁話すのは、過去の魔人の話だけだよ﹂ 英雄譚ではないけれども、過去の魔人の話を聞かせてくれるとい うので、ガッカリした皆の顔がピリッとした。 ﹁アタシらが倒した魔人はねえ、物語でも書かれている通り、見境 なんぞなく暴れ回った﹂ ﹁周りの全てを滅ぼすことが目的にみえたのう﹂ ﹁湧き出る魔力は、この世の全てを憎んでいるかのようにも思えた ね﹂ ﹁実際に相対すると分かるもんじゃ。コイツは憎しみに心を奪われ 1530 ているとな﹂ 物語でしか語られない魔人と、直に対峙した二人の言葉に、皆息 を呑んだ。 っていうか、俺はその本読んだことがないから知らないけど、魔 人の描写って書かれてないのか? ﹁物語ではそこまで詳しくは書かれていませんでしたね⋮⋮﹂ ﹁憎しみに溢れる魔人かあ⋮⋮﹂ トールの言葉で納得した。アリスは、物語に出てくる魔人が憎し みの魔力を放出しているところを想像したのだろう、ちょっとブル ッと震えていた。 ﹁これはいけないと、倒さなければいけないと⋮⋮心の底からそう 思ったもんじゃ﹂ ﹁それほどの脅威を、過去の魔人からは感じたのさ﹂ 爺さんから魔人討伐の話を聞いた時は、そこまで詳しく教えてく れなかった。 実際は、色んなことを考えながら戦っていたんだな。 ﹁今回現れた魔人もね、どうやら帝国への﹃憎しみ﹄を持っていた みたいだねえ﹂ ﹁討伐した魔人が言うには、帝国を滅ぼすことが目的だったそうで すから、恐らくそういうことだと思います﹂ 憎しみ。 1531 過去の魔人が、何に対して憎しみを持っていたのかは分からない。 シュトロームも、帝国にどんな恨みや憎しみを持っていたのか分 からない。 でも、討伐した魔人の言葉から、シュトロームが滅ぼそうとした ほど帝国を憎んでいたことは予測できる。 過去の魔人も、対峙した張本人がそう感じたということは、おそ らく何かを憎んていたんだろう。 だから、魔人化する原因に恨みや憎しみが根底にあると、あの時 ばあちゃんは推測できたのか。 ﹁シュトロームは、確かに今は帝国への恨みを晴らしたことで目的 を見失い、大人しくしているかもしれない﹂ ばあちゃんは皆を、特にオーグを見ながら話している。 ﹁だけどねえ。過去の魔人と憎しみという点で共通点があるんだ。 シュトロームが、過去の魔人のようにその憎しみを世界に向ける可 能性がないとは言い切れないだろう?﹂ ﹁それは、確かに⋮⋮﹂ ﹁アタシが心配しているのはそこさ。今の魔人は過去の魔人とは違 うのかもしれない。けどね、共通点もあるし⋮⋮魔人化はしている んだよ﹂ 憎しみや恨みを持って魔人化したと思われる共通点がある為、自 我があるという相違点だけで警戒を緩めるべきではないと言う。 1532 なんでそうなっているのかも、魔人に対する事例が少なすぎて結 論が出せない。 なんてもどかしいんだ。 ﹁もう少し、何か判断材料があればいいのに。分からないことが多 すぎて検証もできないよ﹂ ﹁何か分かること⋮⋮かい﹂ ﹁そうさのう⋮⋮﹂ もう少し考える材料が欲しいと愚痴をこぼしたら、爺さんとばあ ちゃんが少し思案顔をした。 そして⋮⋮。 ﹁皆、昔魔人になった﹃人間﹄がどういった人物だったのか知って いるかい?﹂ そんな質問を皆に投げかけた。 ﹁いえ、それは⋮⋮﹂ ﹁物語では語られてないですからぁ﹂ ユーリが言うには、物語に魔人の詳細は載っていないらしい。 ﹁そうだろうね。なんせアールスハイド魔法師団が必死に隠蔽して たからね﹂ ﹁じゃから世間には、どういった人間が魔人化したのかは知られて おらんのじゃ﹂ 1533 ﹁隠蔽したということは⋮⋮﹂ トールが気付いたらしい。 俺も気付いた。 過去に魔人になった人間とは⋮⋮。 ﹁元アールスハイド王国魔法師団所属の魔法使いだったのさ﹂ 皆もうっすらと予測していたのだろう。その一言でざわついた。 ﹁そうなんですか? 殿下?﹂ ﹁い、いや。私も初めて聞いた⋮⋮﹂ マリアの質問に、自身も初耳だというオーグ。 ディスおじさんは話してなかったんだな。 確かに魔法師団としては、身内から魔人が出たとは知られたくな いことだろう。 でも⋮⋮。 ﹁どうしたんだい? シン﹂ ﹁いや⋮⋮それってそこまで必死に隠蔽するようなことなのかなっ て思って﹂ 確かに元魔法師団所属というのは驚いたけど、そこまで隠したい ことか? 1534 そう思ってると、ばあちゃんがその理由を話し出した。 ﹁魔人になった人間は非常に優秀な魔法使いでね、実力だけならこ の爺さんとタメを張ってたんだ﹂ ﹁け、賢者様とタメ!?﹂ ﹁それは凄い!﹂ マリアとトールが超驚いてる。 爺さんと同格の力を持っているというのは相当凄いことらしい。 ﹁その実力者をねえ、当時の魔法師団の小隊長が正当に評価しなく てねえ。それどころかその魔法使いの功績を自分のものにしちまっ てたんだよ﹂ うわあ。どこにでもいるんだ、そういう上司って。 ﹁それが原因での、奴は組織内での正当な評価を得られなかったん じゃ﹂ ﹁世間ではね。当時、ハンターやってたこの爺さんが、当代最強の 魔法使いだのなんだの言われててね。同じ実力を持ってたはずのそ の魔法使いは、組織で出世できずにくすぶっていたのさ﹂ 同じ実力を持っているのに、片や最強の魔法使いと言われ、片や 上司に手柄を持っていかれ出世することも、世間に名を知られるこ ともなかったと。 確かに非道い話だ。 1535 それにしても⋮⋮。 ﹁随分その魔法使いのことに詳しいね?﹂ 俺がそう言うと、二人の顔に陰が差した。 ﹁その魔法使いっていうのがねえ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ワシらの昔からの知り合いだったんじゃよ﹂ ﹁え⋮⋮﹂ 誰が発した言葉だったのか、小さい驚きの声があがる。 俺も驚いた。 爺さんとばあちゃんの過去については、ほとんど何も聞かされて いないから。 ﹁ワシとは、中等学院から高等魔法学院までずっと一緒じゃった。 良き友であり、良きライバルじゃったよ﹂ ﹁アタシは高等魔法学院からだね。当時この二人はいつも一緒に行 動していてねえ。天才ウォルフォードに秀才マクリーンと言われて、 随分と目立ってたよ﹂ ﹁じいちゃんとばあちゃんの高等魔法学院時代⋮⋮﹂ やばい、超気になるんですけど。 ﹁マクリーン⋮⋮というのですか?﹂ ﹁そう。カイル=マクリーン。勢いとカンで魔法を使う誰かさんと 違って、理論立てて魔法を使う男でねえ。アタシも随分と参考にな ったもんさ﹂ 1536 ﹁おい。ワシは?﹂ ﹁アンタの説明は感覚的過ぎてよく理解できなかったよ。本当に、 よくシンがここまで成長したもんだ﹂ 俺の時は分かりやすく教えてくれたんだけど⋮⋮色々苦労したん だな、爺さん。 ﹁話が逸れたね。高等魔法学院を卒業した後、アタシらはハンター に、カイルは魔法師団に所属してね﹂ ﹁当時のワシは若かったからの。組織に束縛されることが嫌だった のじゃ﹂ ﹁その点、カイルは真面目だったからね。自分のことより国の為に 働きたいと考えたのさ﹂ ﹁ハンターになったワシらのことは周りが勝手に評価しおった。良 くも悪くも実力主義な世界じゃからの﹂ ﹁ところが魔法師団は組織だ。一人突出した実力を持っていたとし ても、そうそう評価されるもんじゃない﹂ 魔物ハンターは、実力があれば評価されるし収入も多いんだろう けど、実力がなければその日の暮らしにも困る博打な商売だ。 魔法師団という、いわば公務員になれば、評価はされにくいかも しれないけど、安定した収入が得られる。 どっちがいいのか。良し悪しだよな。 ﹁組織の一員になることで、自分一人の手柄や成果は上げにくいと いうのは最初から分かっておった。それでもカイルは魔法師団に入 ることを選んだ。個人主義のハンターと違って、魔法師団に所属す るということは国民を守ることになるからの﹂ 1537 ﹁だけどねえ⋮⋮その時の上司ってのが小狡い男でね。部下の手柄 を自分のものに、自分のミスを部下の責任にしちまったのさ﹂ ﹁うわあ⋮⋮サイテー﹂ マリアがそのカイルさんの上司に対して憤りを感じているらしい。 他の皆からも同じような感情が見て取れた。 ﹁組織とはいえ、その組織内での評価ってものがある。上司に手柄 を持って行かれ、身に覚えのないミスを押し付けられたカイルは魔 法師団で評価されず、段々とその不満を募らせていったのさ﹂ ﹁よく朝まで上司の愚痴に付き合ったもんじゃて﹂ その時のことを思い出しているのだろう、二人とも懐かしそうな 顔をしていた。 ﹁自分は組織の中で出世できないのに、昔からずっと実力を比べら れていた友人はどんどん評価を上げていく。その差が開いていくこ とにも随分不満を持っていたねえ﹂ ﹁⋮⋮ワシはそのことは知らんかった。ワシには上司の愚痴だけで、 そんなこと一言も言わなんだからの﹂ ﹁男がそんなこと、言える訳ないさね﹂ 友人⋮⋮中等学院時代から一緒なら親友といっていいんだろう。 その爺さんと実力は変わらないのに爺さんは評価されて自分は組織 でくすぶっている。 ﹁そのことに恨みを持ったのかな? でも、魔人化するほどの理由 には思えないけど⋮⋮﹂ ﹁おそらく、それだけではないんじゃろう。もっと他の要因もあっ たのかもしれん﹂ 1538 ﹁だけど、今のところ恨みを持つようなことはそれくらいしか分か ってない。だから、自分達が原因かもしれない魔法師団が必死に隠 蔽したのさ﹂ 他の恨みか⋮⋮なんだろうな? ﹁カイルが何に対して恨みや憎しみを持っていたのか、今となっち ゃあ分からない。けど、魔人化した人間は、確かにカイルだったの さ﹂ ﹁ワシは戸惑った。幼いころから知っておる親友が人類史上初めて の魔人となり、世界に憎しみをぶちまけていることに。そして⋮⋮ それを倒さねばならんことにな﹂ 魔人になったとはいえ、元は親友だったんだ。 爺さんはそれを討伐したのか⋮⋮。 そういえば、さっきから一言も﹃討伐﹄とは言ってない。 ⋮⋮当時も色んな葛藤があったんだろうな⋮⋮。 ﹁カイルは真面目な男じゃった。そして、国のことを、国民のこと を思う優しい男でもあったんじゃ﹂ ﹁そんな男が魔人化したとたんに、その国を滅ぼさんばかりの勢い で暴れだした。アタシらにはねえ、あんな真面目な男が魔人化した らあんなことになっちまうのを、この目で見てるんだ﹂ ﹁シュトロームがどういう経緯で魔人になったのかは分からんが、 じゃからこそ余計に楽観視はできんのじゃよ﹂ 魔人に関しての事例が少なすぎるから、過去の魔人に対しての記 1539 憶しかない二人には、今の状況も安心できる状況じゃないのか。 ﹁だからねえ。目的を達成した魔人は安全だなんて思わずに、警戒 は緩めないでおいてほしいんだよ﹂ ﹁本当に、何があるか分からんからのう﹂ ﹁分かりました。父上にそう伝えます。それに、父上なら先ほどの 話の一部くらいは知っているかもしれませんし、納得してくれるで しょう﹂ 爺さんとばあちゃんの話を、沈痛な面持ちで聞いていたオーグが、 ディスおじさんに警戒を解かないように進言すると約束した。 他の皆も、今まで聞いたことがなかった話に、戸惑っている様子 だった。 ﹁なんか⋮⋮これから英雄物語を読む時に、素直に楽しめない気が します﹂ ﹁自分もです﹂ ﹁あたしも⋮⋮﹂ マリア、トール、アリスは、今まで楽しく読んでいた物語の裏を 聞かされ複雑な表情をしていた。 今まで、完全な悪として描かれていた魔人が、実は同情すべき点 が色々とある人物だったとすれば、そりゃそうなるよな。 ﹁皆の夢を奪ってスマンのう。じゃがの、今回の騒動を検証するた めには、過去の魔人の正確な情報が必要じゃと判断したんじゃ﹂ ﹁カイルが魔法師団で冷遇されていたのは事実。それ以外の要因が あったのかもしれないけど、恨みや憎しみが根底にあるのは明白だ。 1540 シュトロームも、その出自を調べれば何か分かるのかもしれないね え﹂ 確かにその通りだけど、帝国が根こそぎ滅ぼされちゃった今とな ってはなあ⋮⋮。 ﹁調べるにしても、調査する帝国はもうない訳ですし⋮⋮難しいか もしれませんね﹂ ﹁帝国があるうちに気付いていればよかったんだけどねえ⋮⋮﹂ もう無理か。 結局、シュトロームがどういう行動に出るのか予測はつかないと し、警戒は継続すべきとの結論でばあちゃん達の話は終わった。 それにしても、衝撃的な話だったなあ。 ﹁まさか、魔人がお二人の知り合いだったとはな﹂ ﹁本当に⋮⋮物語の見方が根底から覆った気分です﹂ 爺さんとばあちゃんの話を聞き終わった俺たちは、執事長のステ ィーブさんとメイド長のマリーカさんに誕生日の件を伝え、俺の部 屋にやってきていた。 部屋に入るなり、オーグとトールの発した感想がそれだ。 皆は、爺さん達の物語を読んで育っているから、衝撃も大きかっ たんだろうな。 1541 チームの人間にエリーとメイちゃんも含めた十四人もいると部屋 が息苦しく感じる。 さっきの話の余韻もあるので、空気まで重くなっている気がする。 こんな重たい空気だけど、俺はさっきの話を聞きながら少し気に なっていたことを、皆に聞いてみた。 ﹁あのさ、今の世間の評価ってその⋮⋮俺を持ち上げるような結果 になってるじゃない? 皆に不満はないのかなって、ちょっと思っ たんだけど⋮⋮﹂ どうなんだろう? そう思って聞いてみると、皆﹁は?﹂みたいな顔して話し出した。 ﹁何言ってんのよ? そんなのある訳ないでしょ?﹂ ﹁そうで御座る。この中で規格外の強さを持っているのはシン殿の みで御座る﹂ ﹁正直、僕らがこんなに評価されていること自体、不思議なことだ よねえ﹂ ﹁褒め称えられすぎて気持ち悪いッス!﹂ ﹁私もです﹂ マリアは、そんなことはある訳がないと言う。 ユリウスの言葉には多少引っかかるが、トニーとマークとオリビ アは、自分達が評価されていること自体予想外のことらしい。 1542 ﹁お前は変な奴だな。マーリン殿の話は、相手が同格だったから評 価の差に妬みを持ったんだ。お前一人だけ飛び抜けているこの状況 で、我らがどう嫉妬するのだ?﹂ 変な奴は言い過ぎだと思う。 けど、良かった。 皆の中に悪感情を持っている人はいないみたいだ。 ﹁ああ、でも、世間にはシシリーと結婚することで妬む輩が沢山い るかもね﹂ ﹁え? やっぱそうなの?﹂ ﹁そうよ。シン、あなたシシリーがどれだけモテてたか知らないで しょ?﹂ ﹁婚約披露パーティの時に、何人かに視線で射殺されそうなくらい 睨まれたのは覚えてる⋮⋮﹂ ﹁甘いわね。中等学院の時のシシリーの人気といったら⋮⋮学院中 の男どもが狙っていたと言っても過言じゃないわね﹂ ﹁そ、そんなにか⋮⋮?﹂ ﹁ええ、そんなによ。隣に⋮⋮私もいたのにね⋮⋮﹂ うわ。マリアがどんよりしながら暗い笑みをこぼしている。 ﹁マリアおねえちゃん、怖いです⋮⋮﹂ ﹁ちょっと、マリアさん。メイが怖がってますから、その笑いを止 めてくださいまし﹂ ﹁⋮⋮いいわねえ⋮⋮お相手のいる人はぁ⋮⋮﹂ ﹁ひいっ!﹂ 1543 マリアの矛先がエリーに向いた時、座る場所がなかったので、一 緒にベッドの上に座っていたシシリーが俺の袖をクイッと引っ張っ た。 ﹁ん? どうした、シシリー﹂ ﹁あ、あの! 誰とも付き合ってませんから! シ、シン君が初め てですから!﹂ なんか必死になって⋮⋮ああ、さっきマリアが、シシリーは学院 中からモテてたって話をしたから、自分は潔白だって言いたいのか。 真っ赤になって涙目になって、必死にアピールしてるシシリー。 可愛すぎる。 ﹁そんな心配してないよ。むしろ、そんなにモテモテだった女の子 を彼女に出来て、なんかスゲエ優越感を感じてる﹂ ﹁え? あぅ、そ、そうですか⋮⋮エヘヘ﹂ シシリーを安心させるように頭を撫でてやりながらそう言うと、 シシリーはホッとしたのか、笑みを浮かべた。 ﹁シン君は中等学院に行ってなくてよかったです﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁だって⋮⋮多分一杯モテてたと思います。それで⋮⋮色んな女の 子とつきあ⋮⋮付き合って⋮⋮﹂ なんか、自分の言葉で悲しくなったのかまた涙目になってきたシ シリー。 1544 想像で悲しくなっちゃったのか。 ﹁そんなにモテはしないだろ﹂ ﹁モテますよ! だって、こんなに恰好いいのに!﹂ ﹁てい﹂ ﹁わぷっ﹂ 恥ずかしいことを大声で話しだすから、頭を抱きしめて口封じし てやった。 ﹁恥ずかしいからそういうこと言うな﹂ ﹁うー、格好いいのに﹂ ﹁まだ言うか!﹂ ﹁きゃう!﹂ しつこく言い募るシシリーをそのままベッドに押し倒した。 ﹁まだ言うなら、お仕置きしちゃおうかな﹂ ﹁えぅ⋮⋮﹂ 真っ赤になってるシシリーに、どうしてやろうかと思ったその時。 ﹁おい。まさか公開でするのか? 私は別に構わないが⋮⋮﹂ そこでハッと気が付いた。 この部屋に、他の皆もいたことを。 ﹁あ、あううう!﹂ 1545 シシリーは恥ずかしさのあまり、シーツを頭から被り、閉じ籠っ てしまった。 ﹁相変わらず、すぐに周りが見えなくなるんですから﹂ ﹁仲いいわねぇ﹂ トールとユーリから生温かい視線と言葉を頂戴してしまった。 ﹁この⋮⋮よくも独り身の私の目の前で!﹂ マリアのお怒りの言葉を甘んじて受けていると、トニーがポソッ と。 ﹁ひょっとしたら、マクリーンさんは、色恋沙汰の恨みもあったの かもしれないねえ﹂ そう言った。 1546 想像もできませんでした ﹁色恋沙汰?﹂ トニーが、俺達のやり取りを見ていてどう思ったのか分からない けど、そんなことを言った。 ﹁そう。人間が恨みを持つことって、不当な扱いを受けることとか もあるけど、恋愛感情のもつれって、時々事件が起きる程の恨みを 持つことがあるじゃないか﹂ ﹁ああ⋮⋮トニーはそれの一歩手前まで行ってたもんな﹂ ﹁ちょっと、やめてくれるかい? 今は一人に絞ったんだから﹂ ﹁⋮⋮余計に危ない気がするのは気のせいか?﹂ 選ばれなかった女の子が逆恨みして⋮⋮。 ﹁⋮⋮ありそうだから、本当にやめてくれないかい⋮⋮﹂ ﹁悪い。いじりすぎた﹂ ﹁まったく⋮⋮話を戻すけど、魔人になったカイルさんは賢者様と 導師様と学生時代から一緒だったんだろう?﹂ ﹁そう言ってたな﹂ ﹁で、賢者様と導師様はご結婚されたと﹂ ﹁そうだな﹂ ⋮⋮まさか⋮⋮。 ﹁ばあちゃんを巡って⋮⋮ってことか?﹂ ﹁その可能性はあるんじゃないかい?﹂ 1547 ばあちゃんを巡って色恋沙汰が起きる⋮⋮。 ﹁駄目だ。全く想像できないし、したくない﹂ ﹁そりゃあ、シンは家族だし、今のお二人しか知らないからねえ﹂ ﹁昔の絵姿などを見ている自分達には、容易に想像がつきますよ﹂ ﹁導師様の昔の絵姿、美しいものねぇ﹂ 身内の色恋沙汰。それもばあちゃんを巡ってということに、俺の 脳は拒否反応を起こしてしまっているが、マリア、トール、ユーリ の話だと、昔の絵姿を見て育った者としては、簡単に想像できるら しい。 ﹁お、お婆様は、それは美しく、気高く、凛とした女性の憧れ。そ してお爺様を支え続けた、男性にとっても理想の女性像なんです﹂ シーツから頭を出して、ようやく復活してきたシシリーも会話に 加わる。 ﹁怖くておっかない⋮⋮の間違いじゃなくて?﹂ ﹁まあ⋮⋮実際のメリダ様を知ってから、少し印象は変わったけど ⋮⋮﹂ ﹁シン殿相手だから仕方がないのでは御座らんか?﹂ ﹁あはは! それもそうだ!﹂ ﹁間違いない﹂ ﹁さらっと悪口に移行してんじゃねえよ!﹂ あまりにも自然な流れだったからビックリしたわ! ﹁でも、確かにトニーの言うことは納得できるッス﹂ 1548 ﹁あれだけ美しいお方の高等学院時代ですから、相当モテたんでし ょうね。カイルさんも、導師様に恋心を抱いていてもおかしくはな いんじゃ?﹂ マークとオリビアは、トニーの意見に賛同らしい。 っていうか、俺以外の全員が賛同している。 ﹁カイルさんは、導師様が好きだった。けど、賢者様とご結婚なさ れた。そこに何かしらの感情が芽生えたとしてもねえ﹂ ﹁おかしくはないか﹂ 皆にとっては、易々と想像できることらしい。 過去を想像して、どんどん話を膨らませていく。 ﹁だとしてもさあ。高等学院時代だよ? そんないつまでも引きず るもんか?﹂ ﹁これだからリア充は⋮⋮﹂ ﹁ムカつくよね!﹂ ﹁初恋が実った恋愛勝者に、そんなことを言う資格はない﹂ ﹁だから、なんでチョイチョイ悪口言われんの!?﹂ 俺が何したっていうのさ!? ﹁まあ、普通は学生時代の恋心なんて卒業と同時に吹っ切れたり、 別の人と恋愛したりして忘れていくもんだと思うけどね﹂ まだ学生のくせに、達観したこと言いやがるな、トニーは。 1549 ﹁修羅場を潜り抜けてきた男は、言うことが違うな﹂ ﹁ちゃんと調整してたから修羅場ってないってば﹂ ﹁それはそれでどうなのよ?﹂ ﹁ほら。シンが余計なこと言うから、矛先がこっち向いたじゃない か﹂ ﹁俺のせいか?﹂ なんか話が脱線しまくってる気がする。 ﹁まあ。過去のことだし、それが正しかったからどうしたって話だ けど。そういう可能性もあるんじゃないかってことさ﹂ ﹁まあな﹂ 大事なのは、過去ではなく、今現在進行形で存在する魔人のこと だよな。 ﹁でも、そうなると。先程の導師様のお話しではないですが、シュ トロームがなぜ魔人になったのか気になりますね﹂ ﹁トール。中等学院時代のことで、何か思い当たることはないか?﹂ ﹁ありませんよ。接点なかったんですから﹂ ﹁拙者もないで御座る﹂ ﹁まあ、奴が本当のことを喋っていたとも思えんし、詮索するだけ 無駄なことか﹂ そういえば、この三人は中等学院時代のシュトロームを知ってる んだよな。 ﹁些細なことでもいいから、思い当たることはないか?﹂ ﹁そう言われてもな。どうやら貴族であったらしいとしか分からん な﹂ 1550 ﹁なんで貴族って分かるんだ?﹂ ﹁帝国だぞ? 平民がアールスハイドの中等学院で教鞭と取れるほ どの教養を身に着けているとは思えん﹂ あ、そうだった。 でも、そうすると。 ﹁帝国貴族が帝国に恨みを持った? 貴族優遇の国で?﹂ そんなことあるのか? ﹁それが分からんから、苦労しているのではないか﹂ ﹁それもそうか﹂ ああ、もう。結局分からないことだらけじゃないか。 結局その日は、何も結論が出ないまま解散となった。 ﹁何も分からないまま放置って⋮⋮気持ち悪いなあ﹂ ﹁ははっ。シン君は昔からそうだったね。分からないことがあると、 分かるまで徹底的に調べないと気が済まない﹂ ﹁ディスおじさんもさ、魔人のことで何か知ってることはないの?﹂ ﹁マーリン殿とメリダ師がおっしゃった以上のことは知らないなあ﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁魔人になったカイル氏が元魔法師団員だったというのは、後日お 二人の証言で明らかになったことだよ。それまで、魔法師団員だっ 1551 たなんて誰も言わなかったんだ﹂ ﹁じいちゃんと同等の魔法使いだったのに?﹂ ﹁それこそ当時の魔法師団の恥部なのさ。マーリン殿と同等の魔法 使いを冷遇し評価せず、埋もれさせた。上層部はね、そんな魔法使 いがいたことすら認識していなかったんだ﹂ だから、魔法師団は必死に隠蔽したのか。 組織ぐるみの隠蔽って、どこにでもあるんだなあ。 ﹁それが元で、魔法師団も騎士団も監査が入るようになったね。不 正や不当な評価がないように﹂ こうやって、すこしずつ組織が浄化されていったのか。 全てが順調に見えるこの王国でも、昔は色々と苦労があったんだ な。 ﹁それよりも、なんだい? 話って﹂ ﹁え? ああ、そろそろ通信機を一般向けに販売しようかと思って さ﹂ ﹁ふむ﹂ ﹁そのために、大規模な設備投資と人材確保が必要なんだ。それを 国にお願いできないかと思ってさ﹂ ﹁ほう? どういうことだい?﹂ ﹁今の通信機って一対の通信機どうしでしか通信できないじゃない ? それを交換所を作って色んな通信機につなげられるようにした いんだ﹂ 通信機から発信すると、一旦交換所につながり、その交換所が割 1552 り振られた通信機に回線をつなげる。 自動でその交換をやる技術はないから、人の手で行わないといけ ない。 その為には大規模な設備がいる。 情報を扱うから、国の管理の元で運営はやってほしい。 というお願いをディスおじさんにしたかったのだ。 ﹁人の手でつなぐから、つながってる時間も分かるでしょ? その 時間に応じて料金を請求する。システムはウチで、運営は国営でや ってほしいんだ。通信料も入るから利益になるよ?﹂ どうだろう? ﹁ふむ。初期投資にある程度の資金は必要だが、その後は回収する のみか⋮⋮シン君、上手い商売を考えたね﹂ 実際必要なのは設備投資と人件費くらいだからな。 後は通信という目には見えないものに料金が発生するという。 考えてみれば、情報通信産業ってボロい商売だよな。 ﹁それにしても、いいのかい? ウォルフォード商会で運営まです れば莫大な利益が出るのに﹂ ﹁そんなに設けても使い道がないよ。通信事業の利益配分について も、この騒動が終わったら、娯楽提供にでも使おうかと思ってるよ﹂ 1553 ﹁贅沢な悩みだね﹂ ﹁それに、会話という情報を扱うんだ。一商会が独占してると変な 誤解を生むかもしれないじゃないか﹂ ﹁その通りだな。十分な利益も生みそうだし、運営は国家が担うと 約束しよう﹂ ﹁ありがとう。お願いするね﹂ ﹁ふふ。礼を言うのはこちらの方さ。これは莫大な利益を生むぞ。 何せ原価が初期投資と人件費以外掛からないのだからな﹂ ディスおじさんは上機嫌でこの提案を受け入れてくれた。 後は、通信機に着信を知らせる機能を付けることと、交換所の設 備を開発するだけだ。 ﹁という訳で親父さん。これから通信機の改良と交換所の設備を開 発するからよろしくね﹂ ﹁お、おう。それはいいけどよ⋮⋮﹂ ﹁なんですか?﹂ 声を掛けたビーン工房の親父さんが言いよどんでる。 どうしたのかと思っていると、俺の肩を組み小声で話しかけてき た。 ﹁なんでそんな国家プロジェクトの話に俺が同席してんだ!?﹂ ﹁だって。そのプロジェクトの設備を作るのは親父さんでしょ?﹂ ﹁そうだけど! それなら発注だけでいいじゃねえか!﹂ ﹁概要も聞いてもらってた方が開発しやすいでしょ?﹂ ﹁そ、それもそうだな⋮⋮じゃなくて!﹂ 1554 なんだろう? 他に何かあるのか? ﹁なんでその説明場所がウチの工房なんだよ!﹂ ディスおじさんと親父さんの三人で話し合いをしていたのはビー ン工房の一部屋だ。 ディスおじさんがうちに顔を出したので、丁度いいやと思って、 ビーン工房に連れて来てさっきの話をしていたのだ。 これが終わったら、また俺んちに戻るし。ここで話をした方が手 っ取り早いのだ。 ということを説明したら、親父さんが頭を抱えた。 ﹁手っ取り早いって⋮⋮陛下だぞ!? 国王陛下だぞ!? なんで そんな扱いなんだ!?﹂ ﹁ああ、工房主。シン君と我はあんまり気を使わない間柄なのだ。 だから気にするでない﹂ ﹁は! はは!﹂ おお、強面のビーン工房の親父さんが超恐縮してる。 こういうのを見ると、ディスおじさんって王様なんだなと、ちょ っと実感してしまう。 ﹁話はこれで終わりかい? ならそろそろ家に連れて行ってもらえ るかい? 汗を流して冷たいエールが飲みたいんだよ﹂ やっぱり、親戚の叔父さんだ。 1555 どうにもウチでの威厳がない。 ﹁いいけど。そういえば、いつもウチにいるよね? ジュリアおば さんとか放っておいていいの?﹂ ﹁ああ。アレは今日はメイを連れてクロード領に行っておるな﹂ ﹁シシリーんとこ?﹂ ﹁あそこに王族の別邸があってね。アウグストにゲートで連れて行 ってもらってるよ。なんでも温泉が肌にいいとか言って﹂ オーグもタクシーに使われてんのか⋮⋮。 ゲートが使えると、どうしてもそういう扱いになるよな。 ﹁じゃあ、親父さん。また後で詳細を詰めに来ますから﹂ ﹁はあ⋮⋮分かったから。早く陛下をお連れしろ。お待たせするん じゃない﹂ ﹁ではな工房主。よろしく頼む﹂ ﹁は! 畏まりました!﹂ ディスおじさんを連れてゲートでウチに帰る。 ウチに着くと、ディスおじさんがさっきは話せなかったが⋮⋮と 話を切り出した。 ﹁魔石の採掘がね。検証結果を反映するのに十分なほど採掘された よ﹂ ﹁あ、そうなんだ﹂ ﹁そうなんだって⋮⋮世紀の大発見だよこれは? ⋮⋮まあ、自分 で魔石が作れてしまう人間には分からないか﹂ 1556 というか、最近まで魔石の存在すら知らなかったからなあ。 どれだけ希少な物かもピンとこない。 ﹁この検証結果を魔法学術院を通して全世界に発信するよ。これで 魔道具開発が一気に進むだろう﹂ ﹁そうなってくれるといいけどねえ﹂ ﹁あ、ばあちゃん、ただいま﹂ ﹁はい、おかえり﹂ ディスおじさんと魔石の話をしていたら、家にいたばあちゃんが 会話に加わった。 魔道具開発の第一人者だし、魔石が安価で手に入るとなると、気 になるものなのかな? ﹁ばあちゃんも、また魔道具開発する?﹂ ﹁アタシがかい? 冗談はよしとくれ。アタシみたいな老人が出張 った所で魔道具界の未来なんてありゃしないよ。若いもんが何とか するもんだ﹂ ﹁そういうもん?﹂ ﹁若手の旗頭が何を言ってんのかね? アンタが若手を引っ張って いかなきゃならないんだよ?﹂ ﹁俺が?﹂ ﹁⋮⋮やっぱりナシだ。アンタが若手を引っ張ったら、魔道具界が どうなるか分かったもんじゃない﹂ ﹁ちょっと! どういう意味さ!?﹂ ﹁そのまんまの意味だよ! アンタ⋮⋮また突拍子もない魔道具を 作ろうとしてんじゃないだろうね!﹂ 1557 通信機はもう開発済みだから、それ以外っていうと⋮⋮。 ﹁移動用の二輪と四輪は諦めたよ﹂ ﹁はあ⋮⋮やっぱり考えてたかい。それを諦めたってことは、よう やく自重したのかい?﹂ ﹁いや、重大なことを忘れててさあ﹂ ﹁重大なこと?﹂ ﹁ブレーキがなかった﹂ ﹁⋮⋮それがあったら、作る気だったね?﹂ ﹁うん。あ⋮⋮﹂ ついウッカリ、うんって言っちゃった。 なんて巧みな誘導尋問! ﹁アンタは⋮⋮いい加減その思考にブレーキをかけな!﹂ ﹁うまい!﹂ ﹁うまくない! ホントにアンタって子は!﹂ うおお。今日もばあちゃんがおっかない。 こんなおっかないばあちゃんを取り合ったとか考えられない。 それとも、若いころは違ったのかな? ﹁な、なんだい。じっと見て﹂ ﹁え? あ、いや﹂ 気になって、ばあちゃんをガン見してしまった。 1558 でも、本当のところはどうなんだろ? ﹁昨日の話が気になるんですか?﹂ ﹁あ、シシリー。ありがと﹂ ﹁陛下も、どうぞ﹂ ﹁おお、すまんなシシリーさん。頂こう﹂ ばあちゃんの若いころはどうだったんだろうと考えていると、シ シリーがお茶を淹れてくれながら会話に加わった。 ﹁昨日の話?﹂ ﹁ああ。昨日、俺の部屋に行ってから皆で話してたんだけど⋮⋮﹂ トニーが話した、恋愛感情のもつれについて話すと、ばあちゃん は困惑したような表情になった。 ﹁さあ⋮⋮カイルからそんなことは聞いたことはなかったねえ⋮⋮﹂ ﹁じいちゃんは?﹂ ﹁ワシも聞いたことはなかったのう⋮⋮﹂ やっぱり。皆の考え過ぎだって。 ﹁じゃが⋮⋮﹂ ﹁何? じいちゃん﹂ カイルさんから、ばあちゃんのことが好きだとは聞いたことがな いと言った爺さんが言葉を続ける。 ﹁カイルは自分の感情をあまり周りに吹聴する奴ではなかったから 1559 のう。もしかしたら、心に秘めた想いがおったのやもしれん﹂ ﹁え? マジで?﹂ 自分の想いを口に出さずに想いを胸に秘める⋮⋮。 ひょっとしたら、カイルさんって、悩みとか不満を溜め込んじゃ うタイプの人だったのかも。 ﹁この婆さんは、今でこそこんなにおっかないが、昔はもうちっと 可愛いげがあったし、それなりにモテておったんじゃ﹂ ﹁へえ⋮⋮意外だ﹂ ﹁後輩の女の子に﹃お姉さま﹄とも呼ばれておったのう﹂ ﹁お姉さま!﹂ ヤバイ、超ウケる。 ﹁シ、シン君⋮⋮﹂ ﹁え?﹂ ﹁アンタ達⋮⋮﹂ あ、ばあちゃんがプルプルしてる。 ﹁いい加減にしなあ!﹂ やっぱりおっかないじゃん! 可愛いげがあったなんて信じられないよ。 1560 面白そうな街にやってきました 自分の祖母がモテていたという、身内にはキツイ話題が展開され た数日後。 俺達は連れ立って、トールの実家の領地にやってきていた。 俺、シシリー、マリアはほぼ同時に、マークはそれより早いが誕 生日がやってくる。 魔人が現れて以降、自粛されていた祝宴を実施するとあって、皆 プレゼントを購入したいと言い出した。 しかし、ここで問題が一つ。 皆の王都での知名度が爆上がりしたため、王都で買い物をするこ とが困難になってしまったのだ。 買い物に行きたいが街に出られない。 そんな事態に陥った時、気付いた。 ゲートで他の街に行けばいいじゃん、と。 皆、王都在住なので王都では顔まで知れ渡っているが、これが他 の街となると、話は伝わっているが顔まではバレてない。 写真もテレビも無いから当たり前だ。 1561 なので他の街なら歩いて買い物ができる。 この話に女性陣が飛び付き、すぐに訪問する街を選び始めた。 シシリーの領地とユリウスの領地は観光地で、観光客向けのお土 産が多いとのことで除外。 マリアのところは、港町で風情もあるけど、これといった名産品 がないらしい。 貿易品とかはあるけど、なんか違うんだと。 トールの領地は、生産が盛んな街だと聞いていた。 フレーゲル領の工芸品はそれ自体がブランドだと。 木工、金物、装飾品に衣服、雑貨など。 ほとんどの物にブランド品があり、プレゼント選び以外にも是非 訪れたい街なんだそうだ。 最初から選択肢はなかった感じだけど、そうした理由で俺達はフ レーゲルの街にきているのだが⋮⋮。 ﹁女の子達は、街全部を回るつもりなんだろうか⋮⋮﹂ ﹁トール。なんて迷惑な街を作ったんだ﹂ ﹁殿下、さすがに非道すぎませんか?﹂ ﹁冗談だ。しかし、この街に滞在している間は女性陣と別行動を取 りたいところだが⋮⋮﹂ 1562 ﹁無理ッスよね⋮⋮﹂ 王都でも有名なブランド品の本店が立ち並ぶフレーゲルの街を前 にした女性陣の鼻息が荒い。 その姿を、俺達男性陣は戦々恐々とした面もちで見つめていた。 そんな女性陣に、今回新たに加わった女性が三人いる。 ﹁トールちゃん。一緒に回りましょうね。案内してくれる?﹂ ﹁カ、カレン姉さん、皆の前ですからちゃん付けはちょっと⋮⋮﹂ トールの婚約者で、クレイン男爵家の令嬢、カレン=フォン=ク レインさん。 彼女は俺達より二つ年上で、薄茶色でウェーブ掛かった髪が腰ま で伸びている、色っぽいおねえさんだ。 そんなおねえさんは、幼少の頃トールのちんまりさに心を奪われ、 かなり積極的にトールとの仲をすすめていったらしい。 トールも幼少の頃から可愛がってくれるおねえさんを慕っている し、大変に仲が良さそうだ。 トールは小さい頃の癖でいまだに姉さんと言っているし、カレン さんは成長してもあまり大きくならずちんまりしたままのトールが 可愛くて仕方がないらしい。 さっきからカレンさんがトールの後ろから抱き着き、ずっとイチ ャイチャしている。 1563 皆の前でイチャイチャすることが恥ずかしいらしく、トールはず っと顔を赤くしていた。 赤くしていたのは、イチャイチャしているからだけではない。 実はカレンさんの方が大分背が高く、背の低いトールの後ろから 抱き着くと、あるモノがトールの後頭部に当たるのだ。 イチャイチャするのは恥ずかしい。 けど後頭部の嬉し恥ずかしいその感触に、トールは大きな声で文 句も言えず、モジモジしていた。 ﹁トールも男だったんだな⋮⋮﹂ ﹁シ、シン殿、どういう意味ですか?﹂ ﹁フフ、意外だったねえ。しっかり者のトール君が、こんな甘えん 坊さんだったなんて﹂ ﹁ト、トニー殿! からかわないで頂きたい!﹂ ﹁うふふ。皆仲がいいのねえ。トールちゃんと仲良くしてくれてお 姉さん嬉しいわあ﹂ トールが赤くなっていることをからかっていると、カレンさんか ら嬉しそうな声が掛かった。 ﹁トールちゃんって、殿下の側付きでしょう? 殿下の側を離れる 訳にもいかないから同等の友人なんてできないと思ってたの﹂ ﹁非道いな、オーグ﹂ ﹁ちょっと待て。なぜ私が責められる﹂ ﹁い、いえ! 殿下に文句がある訳では御座いません!﹂ 1564 慌てたカレンさんは、トールを後ろから抱きしめたままな、オー グに弁解する。 変な光景だ。 ﹁トールちゃんのお役目も十分に理解しております。ですから、得 られないと思っていた対等な友人がこんなにもできたことが嬉しく て﹂ ﹁カレン姉さん。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。殿下は心 が広いですから﹂ ﹁⋮⋮シン。トールはこんなことを言う奴ではなかったんだぞ? どうしてくれる﹂ ﹁なんで最後の着地点はいっつも俺なんだよ⋮⋮﹂ ﹁そうすると収まりがいいのだ﹂ ﹁そんな理由!?﹂ ﹁プッ⋮⋮フフフ﹂ いつもいつも俺をオチに使う理由が判明したところで、カレンさ んが噴き出した。 何かおかしなことしたか? ﹁凄いわねえ、ウォルフォード君。殿下とそんな風に話せるなんて﹂ ﹁そうですか?﹂ ﹁貴方に出会えたお蔭ね。トールちゃんに気安い友人ができたのも、 トールちゃんが国の英雄とまで言われるようになったのも﹂ ﹁友人はそうかもしれませんけど、実力はトールが自分で努力して 手に入れたものですよ﹂ ﹁フフ。そういうことにしておくわ。でも、私は貴方に感謝してい 1565 る。そのことは忘れないでね﹂ ﹁はあ⋮⋮﹂ 友人の婚約者からお礼を言われてしまった。 どうにもむず痒いな。 ﹁カレン様の言う通りです。わたくしも、ウォルフォード殿には感 謝しております﹂ ﹁サラさんまで﹂ そして、今声を掛けて来たのが新たに加わった二人目の女性。 なんと、ユリウスの婚約者である、キャンベル伯爵家令嬢、サラ =フォン=キャンベルさんである。 金髪を頭の上で結わい、切れ長の青い目をしたモデルみたいな体 型のお嬢さんである。 キャンベル家は代々優秀な騎士を輩出する家系らしく、サラさん は武門の家の女子としての教育を受けている。 だからだろうか、夫となる男性を立て、自分はユリウスの少し後 から付いていくという姿勢を見せている。 その姿勢だけを見れば、昔の武士とその奥方のようにも見える。 二人とも金髪碧眼な上に、ユリウスはゴリマッチョ、サラさんは モデルみたいだから違和感がハンパないけど⋮⋮。 1566 ﹁我が夫君となられるユリウス殿が、ここまでの勇名を轟かせるこ とができたのは間違いなくウォルフォード殿のお蔭。感謝してもし たりませぬ﹂ ﹁いやあ。俺としては、ユリウスを導く方向を間違えた気がして仕 方ないんだけどね⋮⋮﹂ 本当なら、クリスねーちゃんとかミッシェルさんの指導を受けて、 騎士にしてあげられれば良かったんだけど、魔法学院ではねえ。 結果、マッチョな魔法使いという、違和感の塊が出来上がってし まった。 ﹁それは、その⋮⋮願わくば騎士として大成してほしかったところ ではありますが⋮⋮﹂ ﹁あ、やっぱり?﹂ ﹁しかし、それは我儘というもの。本来の目標と違っているとはい え、英雄と称えられるまでになったのです。ならばその手段など、 些末なことで御座います﹂ ﹁本当にこれで良かったの?﹂ ﹁はい﹂ よかった。感謝してくれているらしい。 どうにも堅いのは気になるけど、もうちょっと砕けて話してって 言ったら困惑してしまったし、これが彼女の素なのだろう。 ﹁これ、サラ。あまりシン殿を困らせるでない﹂ ﹁申し訳ありませんユリウス様﹂ ﹁うむ。シン殿、すまぬな﹂ ﹁いや、別に気にしてないけど⋮⋮﹂ 1567 やっぱり武将の夫婦っぽい。 そのやり取りが余計に違和感を増幅させる。 皆は、お堅いなあ。という感想しか持たないらしい。 だが、俺にはどうしても時代劇を金髪の外国人が演じているとい う風に見えてしまってしょうがない。 これはこういうもの。これはこういうものと自分に言い聞かせ、 ユリウスとサラさんのやり取りを見ることにした。 そんな違和感バリバリの会話を聞いていると、最後の三人目の女 性が声をあげた。 ﹁あ、あの! な、何で私ここにいるんでしょうか!?﹂ ﹁だって、リリアだけ除け者って可哀想じゃないか﹂ ﹁トニー君!? 今日はお買い物に行くって聞いてたんだけど!?﹂ ﹁お買い物だよ?﹂ ﹁そ、それはそうかもしれないけど! こ、こんな人達と一緒なん て聞いてないんだけど!?﹂ ﹁こんな人で悪かったな﹂ ﹁ヒッ! ち、違います! 違います殿下! こんな﹃凄い﹄人達 という意味ですう!﹂ トニーが連れてきた彼女、リリア=ジャクソンさんがオーグに土 下座して﹁御勘弁を!﹂と涙目になっている。 ﹁冗談だ﹂ 1568 ﹁殿下、あまり彼女をからかわないであげて下さいねえ。彼女、正 真正銘の一般人なんですから﹂ ﹁むう。最近、この面子だと自分が王族だと忘れがちになるな﹂ ﹁ですから、それはそれで問題ですからね?﹂ 自分が王族だと忘れ、一般人のリリアさんをからかってしまった ことを反省しているオーグ。 そりゃあ、王族にそんなことを言われた日には手打ちも覚悟して しまうだろう。 本当に感覚が麻痺してやがる。 ﹁安心してくださいなリリアさん。アウグスト様の悪ふざけですか ら﹂ ﹁ほ、本当ですかあ?﹂ ﹁ええ。後でよく言い聞かせておきますから、ホラ、お立ちになっ て﹂ ﹁あ、ありがとうございます、エリザベート様あ﹂ ガクブルして本気泣きしているリリアさんに、エリーが手を差し 伸べた。 グスグスと鼻を鳴らしながら立ち上がったリリアさんに、さすが に女の子を本気で泣かせたのは悪いと思ったのか、オーグが彼女に 謝罪した。 ﹁すまなかったなジャクソン。この面子ではいつものやり取りだっ たのでな。つい、いつも通りの対応をしてしまった。許せ﹂ ﹁め! めめめめ滅相も御座いません! おおおお気になさらない 1569 で下さい﹂ こういう反応は新鮮だなあ。 普段、オーグが王族として敬われている所を見ないからな。 ﹁でもリリアさん。リリアさんも慣れておいた方が良いですよ?﹂ ﹁こ、今度は聖女様!? え? 慣れたほうがいい?﹂ この面子に恐縮しきりなリリアさんに、シシリーが慣れておけと いう。 ﹁だって、学院を卒業した後もアルティメット・マジシャンズは続 くんですよ?﹂ ﹁は、はあ⋮⋮﹂ ﹁リリアさんがトニーさんと結婚したら、私達とも、つ、妻同士の 交流が生まれるじゃないですか﹂ ﹁け! けけけ!?﹂ ﹁け?﹂ ﹁結婚!?﹂ ﹁ええ﹂ 妻って所で、ちょっと恥ずかしくなって言い淀んだシシリー可愛 い。 じゃなくて。 そうか、その内この面子と関わり合いになるのだから、今の内に 慣れておいた方がいいのか。 1570 ﹁そ、そんな、結婚なんて! 私、まだ学生です! 早すぎます!﹂ ﹁そうですか? トニーさんならもう結婚して良いのでは? アー ルスハイドの英雄ですし、例の武器の収入が凄いって聞いてますけ ど﹂ ﹁え? そうなんですか?﹂ ﹁シン君、毎月幾らくらい入ってるんですか?﹂ ﹁さあ? 最近、口座見てないわ﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ あ、シシリーに呆れられてしまった。 ﹁もう。もうちょっと自分の資産に興味を持って下さい。溜め込ん でいるだけではいけないんですよ?﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁そうです﹂ 作る方が楽しくて、収入については一切興味がなかったからなあ。 使う予定も暇もなかったし。 これから通信事業も立ち上げるんだし、その辺かんがえないと。 ﹁それでトニーさん。どれくらいですか?﹂ ﹁一般的な年収位だねえ﹂ ﹁ほ、ほら! やっぱりまだ早いじゃないですか!﹂ ん? 一般的な年収があれば十分結婚生活は送れると思うんだけ ど。 最初にシシリーが凄い収入って言ったから変な思い違いをしてる 1571 っぽいなあ。 ﹁それは年で?﹂ ﹁月で﹂ ﹁え?﹂ あ、月収が一般的な年収位あるって聞いてリリアさんが固まった。 っていうか、そんなに入ってたのか。 ﹁耐久性を落とした量産品だからねえ。結構な納品が毎月あるらし いよ﹂ ﹁そうなのか?﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ また呆れられてしまった。 ﹁ですから、結婚することに支障はないはずですよ﹂ ﹁で、でも⋮⋮結婚なんてまだ先の話だと思ってましたし⋮⋮急に そんな⋮⋮﹂ まあ、普通そうだよなあ。 ﹁シシリーさん。私達と一緒にしてはいけませんわ。彼らには彼ら のペースがあるんですから﹂ ﹁あ、そうですねエリーさん。最近エリーさんとそんな話ばかりし てましたからつい⋮⋮﹂ 最近よく一緒にいるエリーは、自分と一緒に式を挙げる仲間だか らな。 1572 他の女子も同じような目で見ていたのだろう。 それに、リリアさんが戸惑うのも分かる。 高等学院に行かずに自立した者は早い段階で結婚するケースもあ るみたいだけど、それもレアケース。 どんな職業に就いても、最初は見習いで給料が少ないからだ。 通常、結婚を意識し出すのは二十歳前後が多いと聞く。 まだ十五か十六のリリアさんにとって、結婚はまだまだ先の話な のが一般的なのだ。 それに、リリアさんは高等経法学院生だという。 将来、キャリアウーマンとして生きていく未来もあるのだ。 見た目も、赤い髪をポニーテールにし、眼鏡をかけて真面目っぽ い。 チャラそうなトニーと並ぶと似合わないことこの上ないな。 これは、委員長が不良とくっついちゃう的なあれか? ﹁リリアさんは、見た目からしてキャリアを積むことを望んでいる ようですし﹂ ﹁見た目?﹂ ﹁メリダ様の模倣でしょう? その格好﹂ 1573 ﹁ばあちゃんの?﹂ どういうこっちゃ。 ﹁は、はい! その通りです!﹂ リリアさんも、嬉しそうに肯定してるし。 ﹁経法学院の女子生徒に多いですわね。ポニーテールに眼鏡のスタ イル。特に赤髪の子はほとんどそうだと伺いますわ﹂ ﹁はい! 赤髪でラッキーです!﹂ ﹁あ、それってばあちゃんの真似なの?﹂ ﹁え? ウォルフォードさん、知らなかったんですか?﹂ 知らんよ。 皆は知りすぎだと思う。 ﹁シンはねえ、賢者様と導師様が英雄だったことすら知らされてな かったんだよ。普通の祖父と祖母として育てられたのさ﹂ ﹁へえ、そうだったんだ﹂ そうなんです。 ﹁導師様は、女性でありながら民衆の生活を豊かにするための魔道 具を沢山お作りになり、アールスハイドだけでなく、世界中から尊 敬を集めています。将来社会進出を考えている女子の憧れの的なん です﹂ ﹁そこでも憧れられてるのか﹂ ﹁はい。その導師様が特にご活躍されていた頃の絵姿というのが、 1574 赤い髪をポニーテールにして眼鏡をかけた大変に凛としたお姿で描 かれています﹂ ﹁へえ﹂ ﹁へえって⋮⋮それすら見たことないんですか?﹂ ﹁あー⋮⋮一回見たような⋮⋮﹂ ﹁クルトの書店で見ましたよ。その後騒ぎになったので覚えてない かもしれませんけど﹂ ああ、そうだった。シシリーの補足で思い出した。 書店の軒先に、誰だコレ? っていう絵が飾られてた。 ﹁せめて見た目だけでもあやかろうとして、導師様と同じスタイル にする女子は多いんです﹂ ﹁目が悪くないのに、伊達眼鏡をかける人もいるらしいですわ﹂ ﹁リリアさんも?﹂ ﹁私のには度が入ってます!﹂ なんか、メッチャ怒られた。 度が入ってるかいないかは重要なことらしい。 ﹁私は赤髪で眼鏡にも度が入ってます。これはもう、私が導師様の 後継者と言っても過言ではありません!﹂ ﹁いや⋮⋮目の悪い赤髪の子って、どんだけいると思ってんだよ⋮ ⋮﹂ ばあちゃんをリスペクトし過ぎだろ⋮⋮。 ﹁後継者? そういえば、ユーリって﹃導師様の後継者﹄って言わ 1575 れてるよね?﹂ そんなばあちゃん信者のリリアさんに向けて、アリスが爆弾を放 り投げた。 ﹁ど、導師様の後継者⋮⋮?﹂ ギギギ⋮⋮と、油の切れたロボットみたいな動きで、リリアさん がユーリを見た。 ﹁あ⋮⋮あはは⋮⋮えーっと、そう言われちゃってるかなぁ?﹂ 若干ヤバめの視線を受けて、ユーリも引いてる。 そしてリリアさんは、その答えを聞き、がっくりと膝を付いた。 ﹁そ⋮⋮そんな⋮⋮私こそ⋮⋮私こそ導師様の後継者と言われるは ずだったのに⋮⋮﹂ 呆然自失といった感じだ。 そんなにユーリにばあちゃんの後継者の称号を持っていかれたの がショックなのだろうか? ﹁ユーリは魔道具制作に才能がある。導師様もお認めになってる。 今、魔人領の魔物討伐に貸し出されてる攻撃用魔道具もユーリが作 った。後継者で間違いない﹂ リンがリリアさんにトドメを刺した。 1576 そんなに懇切丁寧にトドメを刺さなくても⋮⋮。 ﹁ウォルフォードさん! なんでウォルフォードさんが攻撃用魔道 具を作らなかったんですか!? お孫さんで、すでに一杯称号持っ てるウォルフォードさんなら、導師様の後継者の称号は与えられな かったのに!﹂ ﹁なんで俺に責任転嫁してんだよ!﹂ 必死すぎて引くわ! ﹁ウォルフォード君が攻撃用魔道具を作ったら⋮⋮想像したくない﹂ ﹁そんなもの、一般兵に貸し出せる訳がないじゃないですか﹂ ﹁今度は、その魔道具を手にした者が世界征服を企むようになるぞ。 そんなモノ、作らせる訳にも、ましてや貸与など考えられん﹂ ﹁そ、そんなにですか?﹂ リンは考えることを拒否し、トールは何を馬鹿なことをと言い放 ち、オーグは新たな危機が起こることを警鐘した。 その意見に、リリアさんが目を白黒させている。 っていうか、皆の認識が非道い。 ﹁リリア。シンが攻撃用魔道具を作るということはね⋮⋮世界を滅 ぼすほどの大量破壊兵器を作るのと同意義なんだよ﹂ ﹁た、大量破壊兵器⋮⋮﹂ ﹁そんなもん、作らねえよ!﹂ トニーが、自分の彼女に諭すように説明する。 1577 その説明を聞き、唾を呑むリリアさん。 ああもう、信じちゃったじゃないか! ﹁﹃作れない﹄ではなく﹃作らない﹄なのですね⋮⋮﹂ ﹁おいシン。本当にやめろよ? これはフリじゃないからな。フリ じゃないからな!﹂ トールが俺の言葉を読み解いてしまった。 そして、ここ最近よく見る必死なオーグをまた見てしまった。 大量破壊兵器。 作れるか作れないかっていえば。 ﹃作れる﹄ 俺のなんちゃって科学知識でここまで絶大な威力が出せる魔法。 禁断の武器も作ろうと思えば作れる。 しかも、指向性という物理法則を無視した現象も起こせる。 だけど、これを作ってしまうと、本気で﹃破壊の魔王﹄の称号を 得てしまうかもしれない。 冗談ではなく、本当に世界を破壊しかねない。 だから﹃作れる﹄けど﹃作らない﹄。 1578 これは、心に決めていることだ。 ﹁安心しろよオーグ。俺がその魔道具を作ることは絶対にない。絶 対に﹂ ﹁信じてるからな﹂ ﹁ああ﹂ オーグに誓ったことで、この話題は終了だ。 あまり外でしていい話題でもないしな。 そんな危ない話題の終了を感じたのか、リリアさんが悔しそうな 顔で呟いた。 ﹁くそう⋮⋮そりゃ魔道具制作者の方が有利よね⋮⋮魔法の才能が ない自分が憎い⋮⋮﹂ ﹁あ、あはは⋮⋮﹂ ユーリも苦笑いしか出てこない。 一般人っぽかったのになあ⋮⋮。 ﹁そ、それで皆さんどうしますか? やはり男性陣、女性陣で分か れますか?﹂ ﹁私はトールちゃんと一緒よ﹂ ﹁わ、分かりましたよカレン姉さん。それで、皆さんは?﹂ 変な空気になってしまったのを軌道修正しようと、街を周るメン バーを決めようというトール。 1579 トールはカレンさんと一緒に回るらしい。 ここはトールの実家の領地だし、できれば案内して欲しかったん だけど、仲のいい婚約者と一緒のところを邪魔するのも悪い。 ここは大人しく行かせてあげよう。 ﹁私は⋮⋮シン君にはプレゼントの中身は内緒にしたいので、別行 動を取りたいです﹂ シシリーは俺と別行動希望と。 そうなると。 ﹁なら私がシシリーと一緒に回るわ。毎年、お互いのプレゼントを 一緒に買いに行ってるしね﹂ マリアはシシリーと一緒がいいらしい。 ﹁なら私はアウグスト様と回りますわ。メイもいらっしゃい﹂ ﹁ハイです!﹂ ﹁そ、そうか。メイも一緒か﹂ ﹁何かご不満でも?﹂ ﹁いや。大丈夫だ﹂ オーグの奴、女子二人に振り回される未来を予想したな。 先日は、ジュリアおばさんとメイちゃんのタクシーに使われたら しいし、最近エリーの尻に敷かれている気配もする。 1580 やっぱり、この国の女性は強い人が多いのだろうか? 筆頭がばあちゃんだし⋮⋮。 ﹁自分らも二人で回るッス﹂ ﹁マークのプレゼントも一緒に買うので﹂ オリビアはプレゼントを当人と一緒に買いに行くらしい。 なんか、お付き合い上級者って感じだな。 ﹁今日は悪いけど二人がいいなあ﹂ ﹁トニー君⋮⋮﹂ トニーはリリアさんと一緒と。 ﹁拙者も、久方ぶりにサラと街を巡るで御座る﹂ ﹁ユリウス様⋮⋮嬉しゅうございます﹂ ユリウスもサラさんと一緒と。 ﹁あたし達は三人で回るよ﹂ ﹁それでいい﹂ ﹁フフ。作戦の時と同じねぇ﹂ アリス、リン、ユーリが一緒になる。 となると⋮⋮。 1581 ﹁あれ? 俺、あぶれた?﹂ 俺が一人あぶれてしまった。 ﹁ウチのグループに入れてあげよっか?﹂ ﹁いや、女子ばっかのグループは気疲れしそうだし、変な誤解を生 んでも困るから⋮⋮﹂ アリスに誘われたけど、女子三人のグループに男が一人混じって るとあらぬ誤解を生みそうなのでお断りした。 ﹁な、ならシン、私と共に行かぬか?﹂ ﹁いやあ、俺が割り込んじゃうとエリーに悪いよ。メイちゃんもた まにはオーグに甘えたいだろうし﹂ ﹁フフ、シン様、お気遣いありがたく受け取りますわ﹂ ﹁今日はお兄様におごってもらうです!﹂ 何とか俺を引き込もうとしたオーグの提案を、エリーとメイちゃ んを理由にして断る。 っていうか、言い訳じゃなく、俺が割り込むとエリーの機嫌がど うなるかわかったもんじゃない。 ﹁シン⋮⋮お前⋮⋮﹂ ﹁悪いなオーグ。俺にそこに割り込む勇気はない﹂ ﹁くっ⋮⋮﹂ オーグが悔しそうな顔をする。 女子二人に振り回されるがいい。 1582 でもそうなると、後はカップルばっかりなので、俺の身の置き場 がない。 ﹁しょうがない。一人で回るか﹂ たまには身軽でいいかもしれないな。 工芸の街だと言うし、何か魔道具のヒントになるものがあるかも しれないしな。 ﹁シ、シンを一人でこの街に放つのか⋮⋮﹂ ﹁心配ですわ。また良からぬ魔道具のアイデアを思いつきそうで﹂ ﹁シン殿、自重して下さいね! 街の職人から仕事を奪わないで下 さいね!﹂ オーグとエリーはともかく、トールが必死に自重を求めてくる。 ﹁安心しろって。そんなことにはならないように気を付けるから﹂ ﹁やっぱり何か企んでるじゃないですか!﹂ そんなに心配しなくても、最近はその辺も考えてるって。 街を周る割り振りを決めた後は、合流についても確認した。 その間も、トールがしつこく念を押してきていた。 よし、早速街に出てみることにしよう。 ﹁じゃあねシシリー、また後で。プレゼント楽しみにしてて﹂ 1583 ﹁あ、はい!﹂ ﹁シン殿! 絶対、絶対自重して下さいよ!﹂ カレンさんに抱き留められて追いすがれないトールの叫びを聞き ながらその場を後にした。 さて、プレゼントと魔道具のアイデアを探しに行きますか。 ﹁シン殿おおおお!﹂ 1584 色んなことを言われていました 皆と別れてから、俺はフレーゲルの街をあっちへフラフラ、こっ ちへフラフラしながら散策していた。 色んな店を冷やかしていたけど、実はここでプレゼントを買うつ もりはない。 色々と見て回って、まだ世に出回ってないものを自作してプレゼ ントしようと思っているのだ。 作るのはビーン工房でだけどね。 なんか最近、俺の我が儘に付き合ってもらってばっかりだ。 親父さんは、もう既に去年の数倍利益が出てるから気にするなと 言ってくれるからつい甘えてしまう。 やっぱり、工房のプロが作るとキレイなんだよ。 でも作ってもらってばっかりじゃ申し訳ないから、後で商品とし て販売できるようなものがいいかな。 そうと決まれば、散策を再開だ。 この街には王都に﹃支店﹄を持つ工房が多いとのこと。 王都にきたばかりの頃、あちこち散策をしたのだけど、その支店 1585 を上回る規模の﹃本店﹄があちこちに立ち並んでいる。 店内には、まだ王都で販売されていない最新の服や靴、カバン、 アクセサリーなどが売られていた。 女性陣は歓喜しているだろうなあ⋮⋮。 結局、全員女性同伴で街に繰り出してるから、合流した時の疲労 具合が面白そうだ。 ちなみに、全員無線通信機を持っているので、合流場所はそれで 連絡を取り合うことになっている。 それを見たときの新規参入の三人が目を丸くしていたのが印象的 だった。 リリアさんは﹁こんなものが作れるなら大量破壊兵器も納得でき ます⋮⋮﹂とか言ってたな。 それはさておき、魔道具店をいくつか見て回る。 一般の魔道具店を見て回らないと、何があって何がないのか分か らないしな。 いくつかある魔道具店のうちの一つに入ると、色んな魔道具が置 いてある。 今や、どの家庭にも置いてある給水の魔道具やコンロの魔道具、 そして一般家庭に風呂を普及させた給湯の魔道具など。 1586 こういった生活を向上させる為の魔道具は殆どがばあちゃんの発 明だという。 皆の生活向上の為にその力を使ったばあちゃんのことが改めて誇 らしくなった。 と、そんなことより、プレゼントを決めないとな。 改めて店内に置かれている魔道具を見ていると、あるモノに目が 止まった。 これも一般家庭には一個はあるモノだ。今いる魔道具店だけでな く、他の店でも見た。 しかし、その発展型はこの店でも前の店でも見なかった。 ﹁何かお探しですか?﹂ その魔道具の前で思案していると、魔道具店の店員が声をかけて きた。 ﹁ああ。ええっと、この魔道具ってここに置いてあるだけですか?﹂ ﹁これは⋮⋮ええ、これだけですね。それが何か?﹂ ﹁いや⋮⋮これってよく売れるんですか?﹂ ﹁ああ。いやあ、正直に申しまして、そんなにしょっちゅう出る物 ではないですね。既に各家庭には一つはありますし、一つあれば十 分ですし﹂ ﹁無くても困らないし?﹂ ﹁まあ、左様で﹂ 1587 なるほど。ということは、これの発展型を作っても問題はないか。 コレを専門で作っても儲けは無いだろうから、専門業者はいない だろう。 そうだな、シシリーとマリアのプレゼントはコレにするか。 ﹁すいません、変なこと聞いて。ちょっと他も見て回りますんで、 失礼します﹂ ﹁あ、はい。またのお越しをお待ちしています﹂ 結局冷やかしただけになっちゃったな。 でも参考になった。 後はマークへのプレゼントなんだけど、実はこれは前から決めて あったりする。 マークは最近、鍛冶修行をしなくなってからアクセサリーなどの 彫金を趣味としてやり始めた。 その際に、彫刻刀の様な刃物でゴリゴリ削っているのだが、その 作業を簡単に行える工具をプレゼントしようと思ってる。 工具って、男子の心をくすぐる何かがあるよね? 昔、使い途もないのにウン万もする工具セットを購入しようか真 剣に悩んだ時期もあったし。 新しい工具なら、工房生まれ工房育ちのマークも喜んでくれるだ 1588 ろう。 プレゼントを手にした三人が喜ぶ姿を思い浮かべ、一人ニヤニヤ していると、馬車が横を通り過ぎて行った。 馬車⋮⋮か⋮⋮。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー シンがプレゼントを早々に決め、馬車を見て何かを思い付いてい た頃、婚約者であるカレンと久々にデートをしているトールは、ず っと落ち着きなくソワソワしていた。 ﹁もう、トールちゃん。久し振りにに会ったのに失礼よ?﹂ ﹁あ、ごめんなさいカレン姉さん。シン殿を野放しにしてると思う と気が気でなくて⋮⋮﹂ ﹁そんなに心配しなくても大丈夫じゃない?﹂ ﹁甘い。甘いですよカレン姉さん! シン殿は常に我々の想像のち ょっと先を蛇行しながら走ってるんです! 今度は何を思い付くの やら想像も出来ません!﹂ ﹁へ、へえ⋮⋮そうなの?﹂ 何気に非道いことを言っているなとカレンは思ったが、トールが 友人に対して遠慮のない感想を述べていることを嬉しくも思った。 1589 先程、全員が集まっていた時ののやり取りを見る限り、トールの これは陰口ではなく、本人に対しても言っているのだろう。 シン=ウォルフォードという少年は、本当にトールにとって気の 置けない仲間なんだなと、改めて感じていた。 そのトールはというと。 ﹁シン殿なら、空飛ぶ乗り物を作っても不思議じゃありません﹂ ﹁そ、空!?﹂ 突然、空想上の乗り物の話をしだした。 ﹁ええ。シン殿自身、浮遊魔法は使えますからね。ということは、 付与もできるということです﹂ ﹁⋮⋮噂は本当だったのねえ⋮⋮アルティメット・マジシャンズは 空も飛べるし瞬間移動もできるって。瞬間移動はさっき見せてもら って本当に驚いたけど⋮⋮﹂ ﹁ゲートの魔法はアルティメット・マジシャンズの人間なら全員で きますよ。でも、浮遊魔法は未だにシン殿しかできないんです﹂ ﹁そのゲート? の魔法が使えるだけでも凄いと思うんだけど⋮⋮﹂ ﹁シン殿の説明は分かりやすいですからね。ゲートの理論を聞いた 時は目から鱗が落ちました﹂ ﹁フフ、大絶賛ねえ﹂ シンの凄さを語るトールは、さっきの愚痴をこぼしていた時とは 違い、尊敬の念が見てとれた。 その様子をカレンにからかわれたトールは、その言葉を打ち消す 1590 ように言葉を続けた。 ﹁そ、そんな常人では計り知れない思考をする人ですから、何を思 い付くのか心配でしょうがないんですよ﹂ ﹁ウォルフォード君も自身で商会を経営しているのだし、そうそう 軽はずみな行動はしないと思うわよ?﹂ ﹁そうですかねえ⋮⋮﹂ ﹁そうよ。だからホラ! 今はちゃんとエスコートしてね? もう 少ししたら私が嫁ぐ領地なんだから﹂ ﹁あぅ⋮⋮わ、分かりました﹂ 耳元でもうすぐ嫁いでくると言われたトールは、真っ赤になりな がらカレンをエスコートしていった。 そんなトールにキュンキュンしてしまったカレンは、トールを抱 きしめたい衝動に駆られたが、トールを見つけた領民達から次々に 声を掛けられた為、その行動を何とか自制した。 自分の領地の跡継ぎが英雄となったことを、領民達は当然知って いた。 そんな我が領地自慢の跡継ぎが街に現れて、領民が放っておく訳 がないのだ。 次々と称賛の声を掛ける領民達に少しハニカミながら応えるトー ルを見て内心で身悶えていたカレンは、絶対に後で撫でくり回そう と心に決めた。 ﹁ん? 今、何か寒気が⋮⋮はっ! まさか、シン殿が何か思い付 いたのでは!?﹂ 1591 トールは、見当違いの予感にとらわれていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー ユリウスとサラの武家カップルにとって、二人きりで街を散策す ることは、初めての体験であった。 マッチョな魔法使いのユリウスとはいえ、高位貴族の跡取りであ りその婚約者のサラも伯爵令嬢である。 二人きりで出歩くなど考えもしなかった。 しかし、ユリウスがアルティメット・マジシャンズに所属し、常 人を遥かに越える力量を持ったことで、護衛は必要ないと判断され た。 むしろ、どの護衛よりも強くなっている。 そんな訳で、生まれて初めての二人きりのデートなのだが⋮⋮。 1592 ﹁これ、サラ。横に来ぬか。少し後ろを歩かれると喋りにくい﹂ ﹁しかしユリウス様。女子が男子と並んで歩くなど、はしたなくは ありませぬか?﹂ ﹁いつの時代の話をしておるのだ。いいから、横に参れ﹂ ﹁はあ⋮⋮し、失礼致します﹂ 普段は御座る口調だが、あれは敬語であったらしい。 敬語が必要ないサラ相手では、殿様のような口調になっていた。 サラは、武門の家の女子として男をとにかく立てる。 なので、ユリウスの隣を歩くことは不敬で、破廉恥だと考えた。 サラの家もかなり独特な感性の家のようである。 ﹁それにしてもユリウス様。随分と楽しげで御座いますわね﹂ ﹁フム。そうだな。皆と⋮⋮特にシン殿と一緒におると退屈せんな﹂ 同級生の男子のことを楽しげに語るユリウスというのを、サラは 初めて見た。 実家は王国内有数の高級リゾート地を領地に持つ大貴族。 加えて自身は、第一王子の側近。 肩書きだけでも比類する者がいないのに、その見た目と口調から、 ユリウスにはアウグストとトール以外の同い年の知り合いはいなか った。 1593 大貴族の子弟とはそういうものだと言われてしまえばそれまでだ が、友人ができるに越したことはない。 そしてサラが驚いたのはそれだけではない。 ﹁エリザベート様も随分と馴染んでおりましたね﹂ ﹁そうであるな。エリー殿が一番楽しんでおるのではないか?﹂ 肩書きで言うならエリーの方が上だ。 実家は貴族の最高位である公爵であり、王太子の婚約者。 国の最重要人物だ。 物々しい護衛がついていてしかるべき存在である。 そんな存在が、アリスやリン達平民にからかわれ、笑い合い、実 に楽しそうにしていた。 そもそも、王太子であるアウグストが、いくら英雄の孫とはいえ シンと実に気安いやり取りをしているのである。 にわかには信じられなかった。 一瞬、同じ名前で同じ容姿の別人なのではないかと思ったほど。 しかし、しばらくその空気に触れることで、サラも何となく理解 してきた。 1594 この集団の中心にいるのはシンだ。 賢者と導師という、アールスハイド、ひいては世界の英雄という 存在を祖父母に持ち、自身は﹃魔王﹄﹃神の御使い﹄と称されるほ どの魔法使い。 しかし、その称賛に対して傲慢になるのではなく恥ずかしがって しまう謙虚さ。 そんな人物が中心にいるからこそ、こんな身分の垣根のない集団 になってしまっているのだと。 そして、そんな集団の中にユリウスが入っている。 自分もその輪の中に入れそうだ。 そう思うと、不意に笑みがこぼれた。 ﹁む? どうしたのだ? サラ。急にニヤニヤしおって﹂ ﹁いえ。何でもありませぬ﹂ ﹁ふむ?﹂ 楽しい未来が待っている。 その予感に、サラは笑みを隠しきれなかった。 1595 ーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁はあ⋮⋮﹂ ﹁どうしたんだいリリア、溜め息なんか吐いて﹂ ﹁ようやく解放された気分だもの、溜め息だって吐きたくなるわよ﹂ ﹁そうかい?﹂ ﹁トニー君は慣れてるかもしれないけどね、異常だよ? あの集団﹂ ﹁ええ?﹂ トニーに買い物に行こうと誘われたのでホイホイ付いていったら、 とんでもない集団の中に放り込まれたリリアは、トニーと二人きり になったことで安堵の溜め息を吐いた。 高等魔法学院に入学したときからずっと同じメンツでつるんでい るトニーは、慣れすぎてしまって自覚がない。 そのことにも溜め息を吐いた。 ﹁王族貴族に英雄の孫だよ? どんな集団だよ﹂ ﹁⋮⋮ああ、言われてみれば確かにそうだねえ﹂ ﹁言われるまで気付かないって⋮⋮どんだけよ⋮⋮﹂ ﹁そうは言ってもねえ。殿下のことは気を付けてるつもりだけど、 殿下とシンのやり取りを見てると王族って感じがしなくてねえ﹂ ﹁はあ!? 何言ってんの? 王太子だよ!? 次期国王様だよ! ? 何で忘れられんのさ!?﹂ 1596 一般市民からすれば、王族とは雲の上の存在であり直接その顔を 見れればラッキー。声を掛けられれば末代まで語り継げる。 そんな存在と先程トニーは実に気安く会話をしていた。 リリアは、トニーが不敬を働いたと言って手打ちにされないかヒ ヤヒヤしていたのである。 それが、当の本人はアウグストが王族であったことを忘れていた 節さえある。 心配を返せと言いたくなるリリアであった。 ﹁まあ、殿下があんな風になっちゃったのは、間違いなくシンのせ いだと思うけどねえ﹂ ﹁ウォルフォード君の?﹂ ﹁そう。シンは殿下だけじゃなく、陛下にもあんな態度だからねえ。 陛下のこと﹃ディスおじさん﹄って呼んでるんだ﹂ ﹁お、おじさん!? 大丈夫なの!?﹂ ﹁それが、陛下は自分が国王だと伏せて親戚の叔父としてシンに接 してたらしくてね﹂ ﹁⋮⋮ウォルフォード君ってどんな人なの?﹂ 至尊の冠を頂く国王陛下をおじさんと呼び、次期国王の王太子と 気安いやり取りをする。 リリアの目には、シン=ウォルフォードという人物が異様な存在 に見えた。 ﹁どんな⋮⋮と言われると困るなあ。良い奴だよ? ホント﹂ 1597 ﹁それは何となく分かるけど⋮⋮﹂ ﹁ただ、思考がぶっ飛んでるというか⋮⋮本人は自重してるつもり ができてないというか⋮⋮﹂ ﹁プッ⋮⋮なにそれ? 褒めてるの? 貶してるの?﹂ 良い奴だと言いつつ、ぶっ飛んでるという言い草に、思わず吹き 出してしまうリリア。 笑われてしまったトニーは、頭を掻きながら言葉を繋ぐ。 ﹁何ていうかねえ、人間としては間違いなくいい奴なんだ。ただ、 思い付く魔法や魔道具のアイデアが他とずれてるんだよ。メリダ様 にもしょっちゅう怒られてるよ﹂ そう言いながら歩いていると、いつの間にかリリアが横からいな くなっていた。 後ろを振り返ったトニーが目にしたのは、その場に立ち尽くし固 まっているリリアの姿。 ﹁あれ? どうしたんだい? リリア﹂ ﹁トニー君⋮⋮メリダ様って⋮⋮﹂ ﹁え? ああ、シンの家にはしょっちゅう行ってるからねえ。メリ ダ様とも顔な⋮⋮じ⋮⋮みぃい!?﹂ 突如ダッシュしたリリアは、トニーの胸ぐらを掴んだ。 ﹁ズルイ! ズルイズルイズルイ! トニー君だけメリダ様とお知 り合いになってるなんて!﹂ 1598 リリアの目がヤバい。 メリダを尊敬してやまない自分を差し置いて、知り合いになって いるトニーを心底妬んでいた。 ﹁うぐっ⋮⋮お、落ち着いて⋮⋮しょうがないじゃない⋮⋮か﹂ ﹁私もメリダ様とお知り合いになりたい!﹂ ﹁なれるんじゃ⋮⋮ないかい?﹂ ﹁え?﹂ メリダと知り合いになれる。 その言葉でようやく落ち着いたリリアに、トニーが言葉を続ける。 ﹁ごほっ⋮⋮あー、今度のシン達の誕生日会にリリアも来るでしょ ? シンの家でやるからメリダ様ともお話できるよ。きっと﹂ ﹁え、ええー! ウソ!? どうしよう!? 私、何喋ればいい! ?﹂ ﹁あー、何でもいいんじゃないかい?﹂ ﹁ああ、夢みたい⋮⋮メリダ様と会えるなんて!﹂ さっきまで嫉妬に狂った目をしていたのに、今はキラキラと輝い ている。 その変貌ぶりを見て、トニーは苦笑いが浮かんでくる。 ﹁こんなことなら、勇気を振り絞らなくても、メリダ様に会わせて あげるって言えば付き合ってくれたかな?﹂ ﹁失礼な! でも、否定はできない!﹂ 1599 念願叶って、ようやく彼女になってくれた少女の以外な一面に、 トニーは戸惑いを隠せない。 ﹁⋮⋮っていうか、メインはシン達の誕生日なんだけどねえ﹂ 目を輝かせながら浮かれている彼女を見て、溜め息を吐くトニー であった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 一方その頃、婚約者と、妹である王女を連れた王太子は。 ﹁ア⋮⋮オーグ様、これなんていかがです?﹂ ﹁ああ⋮⋮いいんじゃないか?﹂ ﹁お兄様! これも可愛いです!﹂ ﹁ああ⋮⋮いいんじゃないか?﹂ ﹁こっちとこっちではどちらがよろしいですか?﹂ ﹁ああ⋮⋮いいんじゃないか?﹂ ﹁⋮⋮お兄様。このあと、お兄様の奢りでパフェが食べたいです!﹂ ﹁ああ⋮⋮いいんじゃないか?﹂ ﹁やったです!﹂ ﹁オーグ様⋮⋮﹂ 1600 女子二人の買い物に付き合わされ、死んだ魚のような目をしてい た。 1601 サプライズゲストが現れました︵前書き︶ ⋮⋮大変長らくお待たせ致しました。 やっと更新出来ました。 なんとか元の更新ペースに戻します。 よろしくお願いします。 1602 サプライズゲストが現れました フレーゲルの街を散策して数時間。 プレゼントも含めて新しい魔道具のアイデアもいくつか思い付い たし、そろそろ合流するかと無線通信機で連絡を取り合い合流した。 思う存分買い物を堪能したのであろう、艶々した女性陣と、それ に付き合い若干お疲れ気味の男性陣と合流した。 中でもオーグの憔悴っぷりがひどい。 ﹁お、おい、オーグ。大丈夫か?﹂ ﹁⋮⋮ああ、いいんじゃないか?﹂ ⋮⋮ヤバい、ちょっと壊れかけてる。 ﹁まあいいか。オーグは置いといて、皆楽しんだみたいだね﹂ ﹁おい⋮⋮﹂ ﹁まあ久し振りでしたし、楽しかったですけど⋮⋮それよりシン殿 ! 何か変なことを思いついたりしていないでしょうね!?﹂ ﹁おい、トール⋮⋮﹂ ﹁いくつか思い付いたけどね。ちゃんと既得権益を荒らさないよう にリサーチしたから大丈夫だって﹂ ﹁本当でしょうか⋮⋮﹂ ﹁これでも商会のオーナーだぞ? ちゃんと考えてるって﹂ ﹁経営は丸投げではないですか。まあ⋮⋮そうまで言うなら信じま すよ?﹂ 1603 ﹁おう。信じてくれって﹂ ﹁いい加減にしろお前らあ!﹂ わ! オーグを無視してたらキレやがった! ﹁大体シン! お前が裏切るからこんなことに!﹂ ﹁失礼ですわアウグスト様。私とデートするのは罰ゲームかなにか ですの?﹂ ﹁い、いや。そういう訳では⋮⋮﹂ ﹁シンさん。遠慮して下さって感謝致しますわ。お蔭でアウグスト 様とのデートを堪能しました﹂ ﹁私、初めてお兄様と街歩きしました! 楽しかったです!﹂ ﹁そっか。良かったなメイちゃん﹂ ﹁えへへへ﹂ 王族兄妹だもんな。 っていうか、今まで二人で街で遊んだことがあったら驚きだわ。 今はオーグが、世界でも上から数えた方が早いほどの実力の持ち 主になっているから、こんな街歩きが実現しているんだし。 ﹁ぐっ⋮⋮むむ﹂ ﹁という訳で、これからも婚約者と妹に付き合ってあげるんだな﹂ ﹁エリーはともかくメイもか⋮⋮﹂ ﹁お兄様非道いです!﹂ オーグとメイちゃんのやり取りを見ながら皆で笑っていると、笑 っていない人達がいた。 1604 ﹁ト、トールちゃんまで殿下にあんな態度を⋮⋮﹂ ﹁なんとも⋮⋮信じがたい光景で御座いますね﹂ ﹁大丈夫ですか!? 不敬罪で手打ちになりませんか!?﹂ 自分の婚約者であるトールが、王太子たるオーグを無視するよう な態度を取っていることに驚きを隠せないカレンさんと、目の前の 光景が信じられないというサラさん。 そして、どうしても手打ちの心配をするリリアさんだ。 ﹁まあ、これが普通だからなあ⋮⋮今のうちに慣れておいてね? 長い付き合いになるんだし﹂ ﹁そ、そうね。分かったわウォルフォード君﹂ ﹁かしこまりましたウォルフォード殿﹂ ﹁な、慣れられませーん!﹂ カレンさんとサラさんはすぐに了承してくれたけど、リリアさん だけは拒否された。 まあ、そのうち慣れるか。 こうして、概ね満足した買い物は終了した。 王都に帰ったら、早速三人の誕生日プレゼントを作ろう。 王都に帰還して数日後、マークの誕生日に、俺発案の工具をプレ 1605 ゼントした。 その工具は、なんていうの? ペン位の大きさの物の先端に交換式のアタッチメントが取り付け られるようになってる。 それが回転することで穴を開けたり削ったり研磨したりできるよ うにしたものだ。 簡単に実演してみせたところ、色んな加工がしやすくなると、マ ークは大いに喜んでくれた。 愛想笑いじゃなくて、心底嬉しそうだった。 友人のこういう顔を見るのはいいもんだな。 そして、その工具を作ってもらったのは、ビーン工房の職人さん だ。 自分用に作ってもいいか? と聞かれたので許可したら、工房内 にいた職人さんのほとんどが同じ工具を作り出した。 やっぱ新しい工具って、職人さんにとってはテンションの上がる 要素だね。 これで仕事の効率が上がるとか、もっと凝った物が作れるとか、 職人さん達のイマジネーションを大分刺激したみたいだ。 そして、シシリーとマリア用のプレゼントも作成を依頼する。 1606 初めて見るそれに、興味を惹かれたようで、あれやこれやと質問 されながら作成していく。 ようやく完成したとき、親父さんが﹁コレ、絶対売れるぜ!﹂と 早速販売しようとしたが、初めは二人のプレゼントとしたかったの で、それまで待ってもらった。 誕生日パーティが終わるまでにある程度の在庫を作っておく! とかなり意気込んでいたので、もう販売待ったなしだ。 それにしても、電化製品の代わりになるような魔道具はあるのに、 それ以上発展していないとか。 ばあちゃんの言うように、魔道具界って閉塞気味というか、頭打 ち状態なのかもしれないな。 ディスおじさんは、魔石の採掘条件を発表するから魔道具界にも 進展があるだろうって言ってたけど⋮⋮。 どうなんだろう? と、全く学院生活の話が出てこないが、実は今、学院は休校中だ。 今回の作戦に動員された学生はもう戻ってきているけど、再開は 年明けになるらしい。 戦場を体験した学生達に死者はいなかったが、精神的に負担が大 きかったとの判断でしばらく休みになった。 1607 時期的に冬季休暇がすぐに来るので、キリのいいところで年明け から再開になる。 なので、その間暇な俺達は、各々別行動を取っていた。 シシリーは相変わらず俺んちに来たり、実家で両親に孝行したり とあんまり戦闘とは関係ないことをしてるし。 マリアはミランダとよく一緒に魔物狩りに行ってる。 本当に仲がいいらしい。 その他の動向は実はあんまり知らない。 皆にもプライベートはあるし、それを一々詮索する訳にもいかな いし。 ただ荒野に行けば、大抵何人かは魔法の練習をしに来てたけどね。 俺は、工房に入り浸ることが多くなった。 フレーゲルの街で馬車を見て思いついたことを親父さんに相談し、 部品だけなら問題ないんじゃないか? との判断を頂いたので、そ の開発をしていたのだ。 一部パーツのみの作成と販売なら、既存の業者の仕事を奪うこと もない。 ばあちゃんには﹁よく思いつくもんだ﹂と呆れられたが、それを 開発すること自体に問題はないとお墨付きをもらったので、嬉々と 1608 して工房に入り浸っていたのだ。 ﹁色々と開発するのもいいけどねえ。ちゃんとシシリーの相手もし てやりなよ?﹂ ﹁え? してるよ?﹂ ﹁はい。時々デートに連れて行ってもらってます﹂ 工房に入り浸っているので、シシリーを放置しているんじゃない かと心配したばあちゃんから小言を貰ったけど、シシリーを放置す るとかありえないし。 家にいる時は、存分にイチャイチャしてるし、時々外にも行って る。 たまに、王都の街を光学迷彩を使ってウロウロしたりもしてる。 シシリーも意外と乗り気で、バレれるんじゃないかっていうスリ ルを楽しんでたりする。 ﹁いつの間に⋮⋮﹂ ﹁っていうか。最近、ばあちゃん温泉に行ってる時間長くない? しょっちゅう家に居ないじゃん﹂ なんか、ばあちゃんも爺さんも最近家に居ないことが多い。 どこに行ってたのか聞くと、ほぼ温泉だ。 ふやけるよ? ﹁まあ、ちゃんと相手してるんならいいさね﹂ 1609 なんか、話を逸らされた気がするな。 まあ、二人の行動にとやかく言うつもりはないし、工房に入り浸 ることに何も言われないならこれでいいか。 そんな休日を過ごすうちに、ついに俺達の誕生日が来た。 ウォルフォード家は大勢が入れるホールがあるのだが、そこに立 食形式の会場が作られている。 自分の家なのに、こんな豪勢なパーティーの準備をしてるとか知 らなかった。 っていうか、なんでこんなに豪勢なの? ﹁ウォルフォード家が開くパーティです。貧相なものなど開ける訳 がございません﹂ と、メイド長のマリーカさんを始め、使用人さん達にそう言われ てしまった。 いやウォルフォード家、平民の家ですが⋮⋮。 そんな豪華な会場を眺めていると、本日の主役二人が家族と共に 現れた。 1610 ﹁わ。何コレ?﹂ ﹁凄いです﹂ マリアも、予想外に豪華なパーティ会場に驚いており、この家に しょっちゅう出入りしているシシリーも、こんな用意がされている ことを知らなかった様子だ。 ﹁シシリーも知らなかったんだ﹂ ﹁はい。皆さん、こんな準備をしてるなんて言ってませんでしたか ら﹂ ﹁若奥様は今回のパーティの主役。ならば当日に驚いて頂こうと内 緒にしておりました﹂ ﹁マリーカさん⋮⋮ありがとうございます。驚きました﹂ 嬉しそうなシシリーと、喜んでもらえたことを喜ぶ使用人さん達。 本当にいい関係を築いているなあ。 それはそうと、早めに来た二人は着替えに行かないと。 身内だけのパーティだけど、主役が普段着では格好が付かないと いうので、女子二人はそれなりに着飾る予定なのだ。 俺? 俺は普段着です。 まあ、ジャケット位は羽織るけどね。 ﹁じゃあ、シン君。また後で﹂ ﹁あ、そうだ。髪、セットしないで来てね﹂ ﹁え? なんでよ?﹂ 1611 ﹁なんでも。後で理由は説明するから﹂ ﹁はあ、分かりました。マリア行こう﹂ ﹁もう。ちゃんと後で理由教えてよ?﹂ そうして、二人連れ立って着替えの為の部屋に行った。 こうして見ると、本当に仲がいいんだな、あの二人。 生まれた時からの幼馴染だし、姉妹と言ってもいいんじゃないか な。 そんな二人へのプレゼントだから、どっちかに偏ったものにはし たくなかった。 これなら、二人⋮⋮というか、親父さんの話では、女子には多分 受けると言われている。 それをお披露目するために、髪をセットしないでと言ったのだ。 ちなみに、プレゼントを渡した後すぐに実演できるように、マリ ーカさんには前もってサンプルを渡しており、メイドさんを相手に こっそり練習してもらっている。 美容師でもないのに、女の子の髪は触れないもの。 ﹁それは、私達にも教えて貰えないのかな?﹂ ﹁アラ。悲しいわあ﹂ ﹁勘弁して下さい、セシルさん、アイリーンさん。喋っちゃったら 驚いて貰えないじゃないですか﹂ 1612 一緒に来ていたセシルさんとアイリーンさんも、髪をセットしな いでという意味を探ってくるが、サプライズなんだから話しちゃっ たら意味ないじゃん。 ﹁フフ。分かってるよ﹂ ﹁ちょっと聞いてみただけよ﹂ ﹁随分と親し気なのだな﹂ ﹁娘の旦那さんだものね。羨ましいわ。本当にウチの子達は⋮⋮誰 が最初に連れて来てくれるのかしら⋮⋮﹂ セシルさんとアイリーンさんに羨まし気な声を掛けたのは、マリ アの父親であるアドルフさんと母親であるマルティナさんだ。 二人とも、俺と気軽なやり取りをするクロード夫妻のことを羨ま しそうにしている。 ﹁まあ、ウチも最初に相手を連れてきたのは末の娘のシシリーだか らね。上の子達は何をやってるのか⋮⋮﹂ ﹁悩みは同じか⋮⋮﹂ あ、父親二人が揃って溜め息を吐いてる。 でも、両家とも男子より女子の方が多いのに、父親的にはいいの だろうか? ⋮⋮もうそんなことを言っている場合じゃないのかもしれないな。 この世界は結婚が早いし、そろそろ行き遅れそうなのだろうか⋮ ⋮恐ろしいから聞かないけど。 1613 クロード家、メッシーナ家の家長である二人を見てると、ばあち ゃんから声が掛かった。 ﹁ちょっと招待してる客を迎えに行ってくるから、先に始めててい いよ﹂ ﹁え? 誰か呼んでるの?﹂ ﹁ああ。シンの誕生日パーティをするって教えたら是非来たいって 言ってねえ。済まないが祝わせてやってくれるかい?﹂ ﹁そりゃ構わないけど。誰?﹂ ﹁ほっほ。それは会ってからのお楽しみじゃ﹂ 爺さんはそう言って教えてくれなかった。 二人が招待したい客? 誰だ? マリーカさんや、スティーブさん達に視線を向けると、自分達も 知らないというように首を振った。 まあ、あの二人が連れてくるんだから変な人ではないだろうけど。 気になるな⋮⋮。 と、そんなことを気にしていると、続々と人が集まってきた。 と言っても、基本はチームのメンバーと、関わりのある家族だけ。 王族は一家総出で来やがった。 ﹁誕生日おめでとうシン君。ところで、マーリン殿とメリダ師はど うしたんだい?﹂ 1614 ﹁あ。なんか招待したい人がいるとかで、どっか行った﹂ ﹁ふむ。招待客か⋮⋮﹂ その言葉にディスおじさんはピンと来たようだ。 ﹁なに? 知ってるの? ディスおじさん﹂ ﹁いや。ひょっとして、という程度だね。確証はないよ﹂ ﹁ふーん﹂ ディスおじさんも知ってる人か。本当に誰なんだろう? ﹁え? メリダ様、いらっしゃらないんですか?﹂ 残念そうな声を出したのはトニーの彼女であるリリアさんだ。 ﹁あのねリリア。これ、シン達の誕生日パーティだからね?﹂ ﹁分かってる! 分かってるけどお⋮⋮﹂ 憧れの人物に会えると思って緊張しながら家に来たら不在でした。 そりゃ肩透かしもいいとこだよな。 ﹁ごめんなリリアさん。すぐに戻ってくると思うから。それまで待 っててくれるか?﹂ ﹁あ! ご、ごめんなさい! あ、あの、お誕生日おめでとうござ います﹂ ﹁ありがと﹂ ほぼ身内だけとはいえ、結構な人数が集まってきたな。 1615 そう思って招待客を見ていると、久し振りに見る顔がいた。 ﹁あれ? ミランダさん?﹂ ﹁あ。こんにちはウォルフォード君﹂ ﹁どうし⋮⋮ああ、そうか。マリアの招待か﹂ ﹁うん。マリアとは最近仲良くさせてもらってるから﹂ ﹁そうみたいだね。なんか、ジェットブーツもかなり使いこなして るとか?﹂ ﹁そ、そんなことは⋮⋮﹂ なんかモジモジしだしたな。 ﹁⋮⋮マリアから教わった、元はウォルフォード君の技だったのに、 私が開発したみたいになっちゃって⋮⋮﹂ ﹁ん? なんのこと?﹂ ﹁ジャンプ突き﹂ ﹁ああ﹂ あんなの、遊びの延長だったからなあ。 それよりも、よくあんな技を実戦で使おうと思ったもんだ。 ﹁別にいいけど、あれ危なくない? 良かったらバイブレーション ソード使ってみる?﹂ ﹁え? それって、合同訓練の時にウォルフォード君が使ってた剣 ?﹂ ﹁そう﹂ ﹁つ、使いたい! あ、でも高いんじゃ⋮⋮﹂ ああ、そうか。ジェットブーツもエクスチェンジソードも実費で 1616 買ったって話だったな。 ﹁いいよ、元々売り物じゃないんだし。マリアの友達だし、あげる よ﹂ ﹁ほ、本当に!?﹂ うお。目の輝きが半端じゃない。 やっぱり剣士だけあって、新しい武器には目がないのかな。 ﹁あまり、アレに頼り切りになるのは感心しませんけどね⋮⋮﹂ 今日はディスおじさんの護衛ではなく、純粋に招待客としてウチ に来ているクリスねーちゃんからミランダに声が掛かった。 クリスねーちゃんとジークにーちゃんは学生の引率だったからな。 学生が帰還したのと同時に、一緒に戻ってきてた。 ﹁なんで?﹂ ﹁アレの切れ味は、他の剣とは一線を画すものです。正直、アレに 慣れてしまうと剣技が疎かになる気がしてしょうがありません﹂ ﹁そ、そうなんですか⋮⋮﹂ あ。ミランダがバイブレーションソードを諦めようとしてる。 ﹁⋮⋮しかしまあ、若いうちから使い慣れていれば、有効な使い方 も見出せるかもしれませんね﹂ ﹁で、では﹂ ﹁シンがあげると言っているなら貰っておくといいでしょう。ただ 1617 し、その剣の切れ味に依存して剣の修業を怠らないように﹂ ﹁はい!﹂ 確かに、クリスねーちゃんとミランダじゃあ、剣士としての年季 も技量も違うからな。 ﹁シンだって、ミッシェル様の、それは厳しい稽古を耐え抜いてき たのですよ?﹂ ﹁け、剣聖様の稽古! 羨ましい!﹂ ﹁そんなにいいもんじゃないって⋮⋮﹂ あれは地獄ですよ? ﹁そうだな。そんなに特別なことではないな﹂ ﹁あ、ミッシェルさん⋮⋮﹂ いつの間にか俺の後ろに来ていたミッシェルさんが俺の肩に手を 置きながら話しかけてきた。 ﹁シンが王都に来てからすっかりご無沙汰だからな。久し振りに稽 古をつけてやろう﹂ ﹁いえ、結構です!﹂ ﹁はっは。遠慮するな﹂ ﹁違う!?﹂ この脳筋、なんとかしてくれ! ﹁いいなあ⋮⋮﹂ なんとかミッシェルさんの地獄のシゴキから逃れる方策を思案し 1618 ていると、ミランダのそんな声が聞こえてきた。 なんという福音! ﹁ミ、ミッシェルさん! 彼女、騎士学院の生徒で、今回の作戦で も大活躍したミランダさん!﹂ ﹁ほう。君がミランダ=ウォーレスさんかい?﹂ ﹁わ! 私の名前をご存知なのですか!?﹂ ﹁うむ。この度の作戦で、非常に有効な攻撃を編み出した女生徒が いると評判でな。一度会いたいと思っていたのだ﹂ ﹁か、感激です!!﹂ ﹁ほ、ほら、どうかな? 彼女、将来有望な騎士候補なんだし、彼 女に稽古をつけてあげるってのは?﹂ ﹁ふむ。それもいいか﹂ ﹁ほ、本当ですか!?﹂ やった! ミッシェルさんの興味の矛先をミランダに挿げ替えることができ た! ホッと息を吐いていると、クリスねーちゃんがジト目で見てきた。 ﹁⋮⋮友達を売るような真似をして⋮⋮﹂ ﹁い、いや! ミランダ超嬉しそうじゃん!﹂ ﹁今のうちだけですよ。まったくこの子は⋮⋮﹂ そんなやり取りをしているうちに、シシリーとマリアの支度も出 来たみたいで、二人揃ってホールに入ってきた。 1619 ホールにやって来た二人は、シシリーが青いドレス。マリアが赤 いドレスを身に纏い、本当に姉妹のようだった。 ﹁マリア⋮⋮随分似合っているな⋮⋮﹂ ﹁あ。来てくれたんだミランダ﹂ ﹁うん。けど、いいなあ。私はそういうのは似合わないから﹂ ﹁そんなことないよ。ミランダだって⋮⋮腕と肩周りを隠せばなん とか⋮⋮﹂ ﹁やっぱり似合わないじゃないか!﹂ へえ。こんな冗談が言えるなんて、意外なほど仲良くなってるみ たいだな。 マリアの意外な交友関係に驚いていると、シシリーにクイッと袖 を引っ張られた。 上目使いで、モジモジしながら。 ﹁あ、あの。シン君、どうですか?﹂ 似合っているかどうか不安だったんだろう。 そんなの、答えは一つしかない。 ﹁凄く似合ってる。可愛いよ﹂ ﹁あ、ありがとうございます!﹂ ホッとしたような顔をした後、満面の笑みを浮かべるシシリー。 そのドレスでその表情は反則だ。 1620 ﹁シシリーは何を着ても似合うなあ。似合わない服なんてないんじ ゃないか?﹂ ﹁そ、そんなことないですよ。シン君こそ、何着ても格好いいです﹂ ﹁そ、そうか?﹂ ﹁はい!﹂ ﹁ありがと、シシリー﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁私も主役! 二人だけの世界に入って行くな!!﹂ はっ!? 危ない。 ミランダとの挨拶を終えたマリアが突っ込んでこなかったら、二 人の世界に入り込んでしまうところだった。 ﹁まったくもう! これじゃあ、私がオマケみたいじゃないのよ!﹂ ﹁ご、ごめんね、マリア⋮⋮﹂ ﹁お、おまけだなんて、そんなこと思ってないぞ?﹂ ﹁どうだか⋮⋮﹂ ううむ、マズい。 主役の一人がへそを曲げてしまったぞ。 ﹁ホ、ホラ! マリア! さっき決めたみたいに!﹂ ﹁⋮⋮もう、しょうがないわね﹂ そう言うと、シシリーとマリアの二人が俺の左右に来て、二人で 1621 腕を組んできた。 ﹁お、おい﹂ ﹁いいじゃない今日くらい。本当に私だけ一人にするつもり?﹂ ﹁さっき二人で話し合って、こうしようって決めてたんです。でも ⋮⋮今日だけですからね?﹂ 二人で事前に決めていたらしいやり取りだが、それでも今日だけ と釘を刺してくるシシリー。 上目遣いで、キュッと腕に力を入れられたら何も言えなくなった。 柔ら⋮⋮。 ﹁⋮⋮だから! 私を忘れてんじゃないわよ﹂ ﹁いっ!﹂ 反対の腕を組んでるマリアが腕を抓りやがった。 痛くて感触を忘れちゃったじゃないか。 ﹁オホン! シン君、そろそろ始めていいかい?﹂ ﹁あ。ゴメン。いいよ﹂ 招待客も揃ったし、ばあちゃんは先に始めてしまっていいと言っ ていたので、ディスおじさんが音頭を取って始めようとする。 すると、丁度その時。 ﹁ああ。間に合ったかい﹂ 1622 ﹁ほっほ。いいタイミングじゃの﹂ 爺さんのゲートが開き、二人が出てきた。 ﹁丁度始めようかと思っていたところです。ところで、招待したい 客とはもしや⋮⋮﹂ ﹁ディセウムにはバレたかい。まあ、他の皆には驚いてもらおうか ね﹂ ばあちゃんはそう言うと、ゲートの向こうに向かって﹁おいで!﹂ と声を掛けた。 すると、ゲートの向こうから現れた人物を見て⋮⋮。 ﹃は?﹄ 皆の目が点になる。 それはそうだ。 なんせ現れたのは⋮⋮。 ﹁フフ。ウォルフォード君とアルティメット・マジシャンズの皆さ んはお久しぶりね﹂ ﹁オレは初めましてやな﹂ イースのエカテリーナ教皇と、エルスのアーロン大統領の二人だ ったのだ。 ⋮⋮なんで? 1623 詰め寄られました ゲートから姿を見せたのは、イースの教皇とエルスの大統領とい う、この世界で三大大国と呼ばれている国の国家元首二人。 紛れもない、世界のトップだ。 そんな二人が、爺さんの開いたゲートから何気ない感じで姿を見 せた。 なんで? ﹁やっぱり二人だったか﹂ ﹁あら、バレてましたの?﹂ ﹁まあ、ひょっとして、という程度だがな﹂ ちょっと待て。 心当たりがあるとは聞いていたけど、何でこの面子が予測できる んだ? そんなヒントあったか? 俺はそんなことを考えていたのだが、集まった皆はしばらく茫然 とした後、ハッと我に返ると一斉に両膝をついて手を組み、頭を垂 れた。 この場にいる皆のほとんどは創神教徒。そこに教皇が現れたらこ 1624 うなるのは当然か。 膝まずいていないのは、俺と、二人を連れてきた爺さんとばあち ゃん。それにディスおじさんとアーロン大統領だけだ。 ﹁あら、ダメよ。今日は誕生日パーティーで、主役はこの三人でし ょ? だから皆さん立ち上がってくださいな﹂ 膝まずいている皆にエカテリーナさんはそう言った。 はっ。そうだった。 これ、俺達の誕生日パーティだった。 あまりの衝撃で忘れかけてたわ。 ﹁折角の誕生日パーティーを私達のせいで台無しにしてしまっては 心苦しいわ。私達は一参加者。そう扱って下さいな﹂ ﹁フム。それでは気を取り直して、パーティを始めるとしようか。 皆立ち上がってグラスを持て﹂ ディスおじさんが未だに膝まずいている皆に立ち上がるように促 し、パーティを始めようと言った。 ﹁それでは、救国⋮⋮いや、救世の英雄とまでなったシン君とその 婚約者であるシシリーさん。そして二人の親友であるマリアさんの 誕生日を祝して⋮⋮乾杯!﹂ ﹃か、乾杯!﹄ 皆戸惑いながらではあるが乾杯し、パーティが始まった。 1625 ﹁お誕生日おめでとう、シン君、シシリーさん、マリアさん﹂ ﹁はぁ、ありがとうございます﹂ ﹁あ、ありがとうございます!﹂ ﹁ありがとうございます! きょ、教皇様が私の名前を⋮⋮﹂ シシリーとマリアは自身の信仰する宗教のトップが、わざわざ自 分の誕生日にお祝いに来てくれたことに感激しているが、この二人 がなんでここにいるのかイマイチ納得しきれない俺は曖昧な返事を してしまった。 本当になんでよ? ﹁おめでとうさん。こうやって話しすんのは初めてやな﹂ ﹁は、はぁ。そうですね⋮⋮あの、本当になんでここに?﹂ ﹁ちょっと事情があるのだけれど、それは後にしましょう。まずは 本題である誕生日パーティを楽しまなくちゃね﹂ エカテリーナ教皇さんは、そう言ってウィンクするとアーロン大 統領とディスおじさんと一緒に爺さんとばあちゃんのところに行っ てしまった。 ひとまず、この世界のトップ三人が俺達の側を離れたことで、集 まっている皆が俺達のところに来れるようになった。 ﹁おめでとう三人とも。それよりもシン。これは一体どういうこと だ?﹂ ﹁ありがと。っていうか知らないよ。俺も絶賛混乱中だ﹂ ﹁マーリン殿とメリダ殿の威光は、他国の国家元首すらも動かすの か⋮⋮﹂ 1626 まあ、明らかに爺さんとばあちゃんが連れてきたしな。 ひょっとして、最近家を空けることが多かったのは、温泉に行っ ていたのではなく、二人に会いに行っていたのではないだろうか? ﹁おめでとうシン君、シシリー、マリアちゃん。それにしても⋮⋮ 娘の誕生日に教皇猊下がお見えになるとはな⋮⋮﹂ ﹁本当に、セシリアやシルビアが聞いたら残念がるでしょうね﹂ ﹁それって、私だけ参加していたら後から文句言われませんか?﹂ セシルさんは感慨深そうにつぶやき、アイリーンさんは作戦行動 中で帰還することができなかったセシリアお義姉さんやシルビアお 義姉さんが羨ましがるだろうと言う。 そして、その言葉に、シシリーの兄でウォルフォード商会の代表 でもあるロイスさんが戦々恐々としている。 どんだけ妹が怖いんだ⋮⋮。 その後も、次々と祝いの言葉を頂き、いよいよプレゼントを頂け る段になった。 マリアには、お洒落小物系のプレゼントが多く、俺も似たような ものだった。 というか、一般人が思いもよらない物を自分で作ってしまうから、 プレゼントを選ぶのに一番困ったと口々に言われてしまった。 そう言われても⋮⋮皆から貰った物ならなんでも嬉しんだけど、 1627 贈る側からするとそうはいかないらしい。 そしてシシリーなのだが⋮⋮なぜか皆、ベビー用品をプレゼント に選んで贈るケースが相次いだ。 皆から次々に贈られるベビー服や、玩具など、あまりにも先走っ たプレゼントにシシリーの顔はもう真っ赤っかだ。 ﹁あぅあぅ⋮⋮﹂ ﹁ちょっと! 皆先走り過ぎだろ!﹂ ﹁そうですか? もうすぐ例の事態も終息するようですし、そうな ればお二人は夫婦となるのでしょう? すぐじゃありませんか﹂ 赤ちゃん用のドレスを贈ってきたエリーが、不思議そうな顔をし ながらそう言ってきた。 っていうか⋮⋮。 ﹁それを言ったらエリーもじゃねえか﹂ ﹁⋮⋮そうでしたわ。シシリーさんの恥ずかしがる顔が見たい一心 で、すっかり忘れておりました⋮⋮﹂ ウチの女子連中に染まり過ぎだろ、この公爵令嬢! 皆を見てみると、生温かい笑顔なんだか、ニヤニヤしてんだか分 かんない顔をしてやがるし。 ﹁あ、あのシン君、これどうしましょう?﹂ 顔どころか首筋まで真っ赤になりながら、皆のプレゼントをどう 1628 しようかと訊ねてくるシシリー。 どうしようって⋮⋮。 ﹁ありがたく頂いておけばいいんじゃない? そのうち必要になる だろうし⋮⋮ね?﹂ ﹁シン君⋮⋮はい!﹂ 真っ赤な顔に潤んだ瞳で俺をみながらにっこり笑うと、贈られた プレゼントを手に取り何やらトリップし始めた。 ﹁最初は男の子? ううん女の子もいいかも⋮⋮﹂ シシリーの思考は、既に未来にトリップしてしまったようだ。 ﹁凄いですね、ウォルフォード君。その歳で、アッサリ子供のこと まで受け入れるなんて⋮⋮﹂ そう言ったのはリリアさんだ。 トニーが既に相当稼いでいると言っても、結婚まで考えられなか った子だからな。 既に結婚することは決定で、その流れで子供ができることまで受 け入れていることが信じられないんだろう。 皆同い年だしな。 ﹁そういえば、ばあちゃんと話しできた?﹂ ﹁む! むむむ、無理ですよう! メリダ様のおそばには陛下と教 1629 皇猊下と大統領閣下がいらっしゃるんですよ!? なんですか、あ の異空間!﹂ いち女子学生に、あの場に突撃して挨拶してこいってのは酷な話 か。 本当に、なんでここにいるんだろうな? ﹁そ、それより、私はウォルフォード君がお二人に用意したプレゼ ントも気になります﹂ ﹁は! そうでした! シン殿! 一体何を作ったんですか!?﹂ 話題を逸らしたのか、本当に気になっていたのかは分からないが、 リリアさんは俺が用意したプレゼントが気になるという。 そして、それを思い出したトールに詰め寄られた。 ﹁ト、トール落ち着け。マークにあげたプレゼントだって、変な物 じゃなかっただろう?﹂ ﹁それはまあ、確かにそうでしたけど⋮⋮﹂ ﹁二人へのプレゼントもそうだよ。多分出回ってないものだろうけ ど、既存の職人の職を奪うようなものじゃないって﹂ ﹁本当ですか?﹂ ﹁という訳で、二人に用意したのは⋮⋮﹂ ﹁ちょっと待って!﹂ トールに詰め寄られたタイミングでプレゼントを出そうとすると、 マリアからストップがかかった。 ﹁どうした? マリア﹂ 1630 ﹁いや、私らが先に渡していい?﹂ ﹁いいけど、なんで?﹂ ﹁シンの後からは出しにくい!﹂ 招待客達は不思議そうな顔をしていたが、チームの面々は﹁あー 分かる﹂と言った表情で頷いていた。 ﹁それじゃあ、私からね。はい、コレ﹂ そう言って渡されたのは小さい箱。 なんでも、革のブレスレットらしい。 ﹁シンってこういうの好きそうじゃない。魔道具でなくていいから、 そこそこ素材の良いやつにしといたわ﹂ ﹁お、マジか。ありがとう!﹂ ﹁どういたしまして﹂ ﹁あ、あの⋮⋮私からも⋮⋮﹂ そう言ってシシリーがくれたのはマリアのものよりもう少し小さ い箱。 ﹁ありがとうシシリー。これって?﹂ ﹁あの⋮⋮指輪です。シン君からはいくつか頂きましたけど、私か らあげたことないなあって思って﹂ ﹁そっか。開けていい?﹂ ﹁は、はい!﹂ シシリーの了解を貰って箱を開ける。 1631 中から出てきたのは、ちょっと幅の広めのシルバーリングだった。 ﹁おお! 格好いい! ありがとうシシリー!﹂ ﹁喜んでもらえて良かったです。それで、あの⋮⋮﹂ ﹁ん?﹂ 格好いいデザインが気に入りシシリーにお礼を言うと、ホッとし た表情をした後に少し言い淀んだ。 ﹁あの⋮⋮お揃いです﹂ そう言って、左手の中指に嵌っている指輪を見せてくれた。 俺の物より細いがデザインは同じ指輪が嵌められていた。 ナニコレ? メッチャ嬉しい! ﹁お揃いか⋮⋮そういえば、そういうのなかったな。ありがとうシ シリー。凄く嬉しいよ﹂ ﹁えへへ⋮⋮良かった﹂ そう言ってはにかむシシリーは可愛くて、愛おしくて⋮⋮。 ﹁あっ⋮⋮﹂ 俺はシシリーを抱き寄せてしまった。 ﹁ありがとうシシリー⋮⋮メッチャ嬉しい﹂ ﹁あ、シン君⋮⋮﹂ 1632 自分とお揃いのプレゼントを用意してくれたことが嬉しくて、愛 しさが溢れてしまった。 シシリーと見つめ合い、次第に顔が近付いていき⋮⋮。 ﹁突発的に盛るんじゃないよ! このお馬鹿!﹂ ﹁あいたっ!?﹂ 後頭部に受けた衝撃で我に返ると、いつの間にそこに来たのか、 ばあちゃんが拳骨を握りしめて背後に立っていた。 ﹁こんな大勢いる前で乳繰り合うんじゃないよ! まったく!﹂ やっべ。今日は今までにない位人もいるし、シシリーの両親にお 義兄さんまでいる。 そんな中でやっちまったよ! ﹁はぁう!﹂ シシリーは恥ずかしさで周りが見れないのか、俺の胸に顔を埋め てしまった。 この癖はなんとかしなければ。 その内、街中で﹃ピー﹄なことをやりかねないな⋮⋮。 ﹁えーっと。そ、それじゃあ、俺のプレゼントも受け取ってもらお うかな﹂ 1633 そう言ってやっちまったことを誤魔化し、異空間収納から取り出 したのは、二人の物よりも少し大き目の箱。 中身は両方とも同じものだ。 ﹁ちょっと大きいわね。コレ何?﹂ ﹁説明するよ。開けてみて﹂ ﹁は⋮⋮はい!﹂ マリアと、なんとか復活したシシリーがラッピングを解き、箱を 開けた。 中に入っているのは二つ。 ﹁ブラシ? と⋮⋮棒? 板? ナニコレ?﹂ ﹁使い方を説明するよ。二人とも椅子に座ってくれる?﹂ そう二人に促し、椅子に座ってもらう。 ﹁髪をセットしないでって言ったのは、この場でセットするからだ よ﹂ ﹁この場で?﹂ 二人に送ったのは﹃ブラシ付きドライヤー﹄と﹃ヘアアイロン﹄ だ。 風呂が普通に普及しているこの世界に、ドライヤーはある。 だがそれは設置型で、ただ温風を出すだけのものである。 1634 ブラシ付きドライヤーやヘアアイロンは存在していなかったのだ。 なので、一家に一台はあるけど、そうそう買い替えるものではな く、それを主産業にしている職人はいないとのことだったので今回 はこれを作ることに決め、お洒落にも気を遣うであろう女子二人に、 この二つをプレゼントしたのだ。 ﹁髪? ブラシは分かるけど、ブラシを魔道具化したの?﹂ やっぱり使い方が分からないらしい。 マリーカさんに事前にサンプルを渡しておいて良かった。 ﹁若奥様、マリア様。私はシン様よりこちらの使用方法を伺ってお ります。御髪を整えさせて頂いてよろしいですか?﹂ ﹁え? そうなんですか?﹂ ﹁用意周到ね⋮⋮じゃあお願いするわ﹂ ﹁かしこまりました﹂ マリーカさんはそう言うと、二人に送った魔道具を手に取った。 ﹁こちらは起動しますと温風がでます。こちらは、この留め金を外 すとこのように髪をはさむことができるようになります﹂ 魔道具を起動させながら使い方を説明する。 ﹁このブラシ付きドライヤーは、髪を自在にセットすることができ るのです。このように⋮⋮﹂ マリーカさんは、まずマリアの髪をブラシ付きドライヤーを使っ 1635 てセットし始めた。 さすが女性。みるみるうちにマリアの髪がふんわりとセットされ ていった。 ﹁わ! わ! 凄いコレ! ね、私もやってみていい?﹂ ﹁ええ、どうぞ﹂ マリーカさんからブラシ付きドライヤーを受け取り、自分で髪を いじり始めた。 ﹁おお∼! 凄い! 簡単に綺麗にセットできる!﹂ マリアは自分で使いながら感動している。 さて、次はもう一つのヘアアイロンを使ってシシリーをセットし よう。 ﹁こちらはこのコテの部分が熱を持ちます。そして髪を挟んで⋮⋮﹂ ﹁あ、髪が⋮⋮信じられないくらい真っ直ぐに⋮⋮﹂ シシリーも自分の髪がヘアアイロンで真っ直ぐに伸ばされていく ことに目を見開いている。 全体的に真っ直ぐにした後は、髪をアップにし、最後にヘアアイ ロンでもうひと手間加える。 横に垂れている髪をヘアアイロンで挟み巻き付けていくと、実に 綺麗に巻き髪ができた。 1636 ﹁こ、こんな簡単に! 凄いですシン君! ありがとうございます !﹂ ﹁ありがとうシン! こんな凄いもの、初めてプレゼントされたわ !﹂ 良かった。二人とも気に入ってくれたようだ。 ﹁これなら全くの新商品だし、既存の業者ともかち合わないだろ?﹂ ﹁それはそうですが⋮⋮本当に、シン殿の頭の中はどうなっている のですか? よくもまあ、次から次へと⋮⋮﹂ 頭の中には前世の記憶が詰まっております。 そんなことは言えるはずもないので、笑ってごまかそうとするが、 途端に背筋に寒気が走った。 なんだ!? そう思って周りを見てみると⋮⋮。 ﹁シンさん! なんですの!? なんですのそれはあ!?﹂ ﹁ウォルフォード君! 私もぉ! 私もそれ欲しいぃ!﹂ 目をギラつかせた女性陣に取り囲まれておりました。 ﹁え? ちょ⋮⋮ちょっとま⋮⋮﹂ 制止する間もなく、女性陣に詰め寄られてしまった。 こ、こわいよ! 1637 ﹁シン君! 私にも! 私にも頂けないかしらあ!?﹂ そして、教皇さんまで参戦してくんじゃねえよ! ﹁はあ、ふう⋮⋮ごめんなさい、取り乱してしまったわ﹂ ﹁い、いえ⋮⋮それはいいですけど﹂ ﹁この魔道具は魅力的だわ! 販売する予定はないのかしら?﹂ ﹁工房では既に量産体制に入ってますよ。まあ、ここで皆さんにあ げちゃうと誕生日プレゼントの意味が無くなっちゃうので、皆さん は購入して下さいね﹂ ﹁いつ!? いつ発売するんですの!?﹂ ゆるふわの髪型をしているからか、さっきからエリーの食いつき が凄い。 ﹁まだ発売前だけど、ここにいる皆には先行で販売するよ。希望者 は⋮⋮女性陣全員ね⋮⋮﹂ 希望者はのところで女性陣が全員手を上げた。 中にはロイスさんの手も上がっている。 なぜ? ﹁妹たちの分を確保しておかないと、何をされ⋮⋮言われるか分か らないから⋮⋮﹂ いやいや。あなた、ウォルフォード商会の代表でしょうが。自分 の商会で売るんだから⋮⋮。 1638 そう思ったが、若干遠い目をしているロイスさんにそんなこと言 えるはずもないので、心の内にしまっておく。 本当にお義姉さん二人が怖いんだな⋮⋮。 それにしても、女性には売れると親父さんのお墨付きは貰ってた けど、これは予想以上だったな。 また工房拡張しないといけなくなるかも⋮⋮。 ﹁オホン! それじゃあ最後に私達からのプレゼントね﹂ そう言ってエカテリーナ教皇さんが取り出したのはラッピングさ れた小さい箱だった。 ﹁え? 教皇猊下からもですか!?﹂ ﹁わあ⋮⋮ありがとうございます!﹂ まさか自分が信仰する宗教のトップからプレゼントを貰えるとは 夢にも思っていなかったんだろう。 マリアもシシリーも驚きながらも凄く嬉しそうだ。 ﹁ウフフ。開けてみて?﹂ ﹁﹁は、はい!﹂﹂ エカテリーナさんに催促され、早速プレゼントを開封する二人。 俺だけ開封しないのもおかしな話なので、俺も一緒に開封する。 1639 すると、小さい箱には星を型どったエンブレムが出てきた。 首から提げられるようにチェーンも付いてる。 ﹁﹁こ、これは!?﹂﹂ ナニコレ? ﹁コレはねえ、私が直接祝福を与えたエンブレムよ。大切にしてね ?﹂ ﹁エンブレム事態は、俺が用意した最高級の素材で作ったんやで﹂ ﹁﹁⋮⋮﹂﹂ あ、なるほど。 某宗教で言うところの十字架みたいなもんか。 コッチの世界の宗教で同じ十字架とかおかしいもんな。 多分、創神教の教会にはこのエンブレムが掲げられているんだろ う。 言ったことないから知りませんけど! ということは、コレは教徒なら皆が当たり前に持っている物なん だろうな。 そう思って二人を見てみると⋮⋮。 1640 あ、感激して涙目になってる。 ﹁こんな⋮⋮こんな素晴らしいものを⋮⋮﹂ ﹁ありがとうございます! 一生大事にします!﹂ シシリーは、あまりの嬉しさに声を失い、マリアは一生大事にす ると誓っていた。 ﹁⋮⋮シン君は、あんまり喜んでくれないのね?﹂ ﹁え? ああ、いや、そんなことは⋮⋮﹂ ﹁この子には、宗教のことは教えなんだからのう﹂ ﹁神様みたいな不確かなもんに頼るより、自分で道を切り拓いて貰 いたかったからね﹂ ﹁し⋮⋮メリダ殿、不確かって⋮⋮﹂ ばあちゃん⋮⋮それ、宗教のトップに言っていい台詞じゃないよ ね? ﹁信仰自体を否定している訳じゃないさ。人間には精神の拠り所が 必要だからね。ただ、この子はそんなものにすがらなくても道を切 り拓いていけるだけの力と精神力があった。だから教えなかった。 それだけさね﹂ おおう。なんか、ばあちゃんに全部見透かされてるような気がす るな。 でも、それだけよく見てくれていたってことなんだろうな。 ちょっと嬉しい。 1641 さて、皆の挨拶も終わったし、プレゼントも貰った。 そろそろ、何でこの二人がここにいるのか説明してもらおうかな。 ﹁あの、教皇様。ちょっといいですか?﹂ ﹁あら教皇様なんて堅苦しい言い方しないで、エカテリーナさんっ て呼んで良いのよ?﹂ ﹁え?﹂ いいのか? そう思って皆を見ると、全力で首を横に振っていた。 やっぱり駄目か。 ﹁あの、それはちょっと⋮⋮﹂ ﹁そう? 本当にいいのだけれど⋮⋮まあいいわ。それで? 何か しら?﹂ ﹁あの⋮⋮お二人はじいちゃんとばあちゃんの知り合いみたいです けど⋮⋮それでも、なぜここに来ているんですか? さっき事情が あるみたいなこと言ってましたけど⋮⋮﹂ 俺は、エカテリーナ教皇さんに直球で聞いてみた。 すると、エカテリーナ教皇さんは、アーロン大統領、ディスおじ さんと目くばせをした後⋮⋮。 ﹁ごめんなさい﹂ ﹁すまんかった﹂ ﹁申し訳ない﹂ 1642 三人揃って頭を下げた。 三大大国の国家元首が揃って頭を下げる光景に、会場の空気が凍 り付いた。 え? なに? 1643 ×××してしまいました 三大大国首脳が三人揃って頭を下げてる。 ⋮⋮いやいや!! なんだコレ!? ﹁ちょ、ちょっと! やめて下さい! なんで頭を下げてるんです か!?﹂ 周りの空気が凍りついてるよ! そんな異様な空気の中、三人は頭を上げた。 そして、代表してエカテリーナ教皇が説明を始めた。 ﹁私達は、今だかつてない世界の危機を迎えていたわ。そして、そ んな絶望的な状況に立ち向かうには旗頭となる人物が必要だった﹂ まあ、言わんとしていることは分かる。 絶望的な状況の中で民衆を引っ張って行くには、強大な存在が必 要だ。 ﹁そんな旗頭となるのに打ってつけの人物がいた。かつて世界を救 った英雄の孫で、自身もすでに何体もの魔人を討伐している、現代 の英雄﹂ そう言って俺を見た。 1644 俺自身に自覚が無いし、そもそもあんまり苦戦をしていないので そんな大層な呼ばれ方をする方が違和感があるんだけどな。 ﹁シン君。あなたを旗頭にすることは各国の国家元首の誰もが異を 唱えなかった。それほど圧倒的な支持を受けて私はあの時演説をし たの﹂ 出陣式の時の演説は、独断じゃなくて全員一致で決まっていたこ となのか。 ﹁でも私達は一番支持を得なければいけない人の支持を得るのを忘 れていたわ﹂ うん。全く聞いてなかったからね。本当にびっくりしたわ。 ﹁全世界が注目する場であんなことを言えば、シン君の人生を変え てしまうというのに、そんなことを本人の許可なく行ったことを謝 罪しに来たの。本当にごめんなさい﹂ ﹁申し訳ない。この通りだ﹂ ﹁悪かったねシン君﹂ そう言って三人は再び頭を下げた。 ﹁いやまあ、それは分かりましたから。っていうか、国家元首がそ んな簡単に頭を下げていいんですか?﹂ ﹁だからこの場を選んだのよ。公式ではない場で、皆が集まってい て、に⋮⋮ディセウム陛下もいる。こんな機会は二度とない。だか ら、メリダ殿とマーリン殿に頼んで連れてきてもらったの﹂ 1645 なるほど、そういうことか。 公式な場で軽々しく頭を下げる訳にはいかない。 そもそも、公の場で俺を担ぎ上げたことを謝罪してしまったら、 エカテリーナ教皇さんの信頼が失われるかもしれない。 けど、勝手にやったことの謝罪はしたい。 だから、今日のこの場を選んだのか。 これは個人の、それも平民宅でのパーティーだ。 爺さんのゲートでこっそり現れば、周りに知られることもないし。 ﹁そんな訳でな、場を乱すのは分かっとったんやけど、ここしか無 かったんや。そのことも堪忍なあ﹂ ﹁本当にごめんなさい﹂ ﹁私はしょっちゅう会っていたけど、私の謝罪だけでは意味がない。 エカテリーナの謝罪がなければね。だからシン君が誕生日パーティ ーをすると言った時にコレだと思ってね。通信機で事前に連絡をし て、マーリン殿のゲートで連れてきて貰うように頼んだのさ﹂ そうか。ばあちゃん達が連れてきたんじゃなくて、ディスおじさ んに頼まれたのか。 いくら爺さんとばあちゃんとはいっても、大国の国家元首にそう ホイホイ会える訳ないもんな。 ﹁まあ、メリダ師に怒られたというのが一番大きいんだがな﹂ 1646 ﹁そうね、あれは効いたし、自分のしでかしたことの大きさを自覚 したわ﹂ ﹁カーチェ、思いくそド突かれとったもんな﹂ ばあちゃんに怒られた? っていうかド突かれた? ﹁え? 何? ばあちゃん、教皇様ド突いたの?﹂ ﹁人の迷惑を省みない小娘をド突いて何が悪いんだい?﹂ ﹁こ、小娘!?﹂ ばあちゃん、教皇様のことを小娘って言ったぞ!? 周りの皆も動揺しているのが分かる。 この国の誰もが尊敬しているばあちゃんが、これまた皆の尊敬を 集めるエカテリーナ教皇さんをド突いた。 しかも、小娘呼ばわりだ。 動揺するのも当然だ。 そういう俺も混乱している。 ﹁やっぱり、言ってなかったんですね?﹂ ﹁別に、大っぴらに言いふらすことでもないだろう?﹂ ﹁そうでっか? 創神教教皇猊下の師匠なんて立場、普通やったら 言いふらしますやろ?﹂ 混乱していると、アーロン大統領からとんでもない事実が告げら れた。 1647 ﹃し、師匠!?﹄ そう、ばあちゃんがエカテリーナ教皇さんの師匠だと言うのだ。 ﹁大統領の師匠でもあるわね﹂ ﹃だ、大統領も!?﹄ 益々混乱するわ。 なんだよ、それ? ﹁シン君。この前、私がメリダ師の弟子であったことは話しただろ う?﹂ ﹁う、うん。だからディスおじさんはばあちゃんのことを﹃メリダ 師﹄って呼ぶんだって⋮⋮あ!﹂ ﹁思い出したかい?﹂ ﹁そういえば、あの時、他にも同行していた人がいたって言ってた ! じゃあ、まさかそれが⋮⋮﹂ ﹁そうだ。当時駆け出しの神子で、修行の旅の途中だったエカテリ ーナと、行商人だったアーロンだよ。二人は私の妹弟子、弟弟子な んだ﹂ 後に国家元首になる人間が三人もいるとか、どんなパーティだよ それ!? でもこれで、ディスおじさんがエカテリーナさんを呼び捨てにし てたり、アーロン大統領がエカテリーナの愛称であるカーチェって 呼んでる意味が分かったわ。 1648 ﹁あの頃は、しょっちゅう師匠に頭をド突かれてたわねえ⋮⋮﹂ ﹁俺も⋮⋮何回か頭の形変わるんちゃうかって思ったわ⋮⋮﹂ エカテリーナ教皇さんとアーロン大統領の二人が遠い目をして呟 いている。 相当に辛い過去だったらしいな⋮⋮。 ﹁その師匠のお孫さんを利用したんだもの。怒られて当然よね﹂ ﹁俺らも、あの時は追い込まれとったからなあ⋮⋮流石は師匠のお 孫さんや! っちゅうて、カーチェの案に飛び付いてしもたんや﹂ ﹁なんだい。やっぱり、アンタにもお仕置きが必要だったかい? ええ? 小僧?﹂ ﹁お! お師匠さん! 俺、もう正座して説教受けましたやんか! ?﹂ ﹁⋮⋮まあいいさね。あれで勘弁してあげるよ﹂ ばあちゃんからお仕置きされないで済んだアーロン大統領が、あ からさまにホッとしている。 その様子を、パーティー参加者は信じられないものを見たという 表情で見ている。 それはそうだろう。 エルス自由商業連合の大統領が、まるで親に怒られる子供みたい な態度を取っているのだ。 叩き上げで有名な人だけに、余計に混乱しているのだろう。 1649 ﹁ハハハ。アーロンは特にメリダ師には頭が上がらないだろうね。 なにせ大統領になれたのは、間違いなくメリダ師のお蔭なのだから﹂ ﹁ディスおじさん、どういうこと?﹂ ﹁パーティを解散するときに、メリダ師の魔道具販売の権利を貰っ たのさ﹂ ああ、なるほど。 その魔道具で身を起こし、最終的に大統領にまで至ったと。 そりゃあ、頭が上がらないはずだ。 師匠というより、恩人と言った方が正解かもしれない。 ﹁エカテリーナもな。メリダ師の指導のお蔭で、イースに戻った後、 聖女とまで呼ばれるようになり、教皇にまで上り詰めたんだ﹂ ﹁凄いね、そのパーティ。もしその時に何かあったら、その後の歴 史が変わっちゃってるじゃん﹂ ﹁確かにそうだな﹂ そう言って、ディスおじさんは楽しそうに笑っていた。 昔を懐かしんでいるんだろうか? 実に楽しそうだ。 それにしても、三大大国の国家元首が全てばあちゃんに頭が上が らない。 ⋮⋮ひょっとして、この世界の真の支配者は、ばあちゃんなので はないだろうか? 1650 しかし、ちょっと気になるな。 ﹁ジュリアおばさん﹂ ﹁なにかしら?﹂ ﹁おばさんは気にならなかったの? パーティに若い女の子がいた のに﹂ ﹁ああ。それは気にならなかったわねえ﹂ ﹁どうして? ディスおじさんを信じてたから?﹂ ﹁それもあるけど⋮⋮カーチェ﹂ ﹁なに? ジュリア姉さん﹂ ジュリア姉さんって⋮⋮。 ﹁あのこと、言ってもいい?﹂ ﹁ああ⋮⋮いえ、私から言うわ﹂ ﹁⋮⋮そう﹂ なんだ? 急に暗い顔をしたな。 ﹁シン君。ジュリア姉さんが私とディー兄さんの仲を疑うようなこ とはないわ﹂ ディー兄さんって⋮⋮。 ﹁だって⋮⋮当時私には⋮⋮将来を誓い合った恋人がいたんですも の﹂ ﹁へえ、そうだったんで⋮⋮﹃なにー!? 聖女様に恋人がいたぁ !?﹄すかって⋮⋮﹂ 恋人がいたんなら、ジュリアおばさんが心配しないのも分かるな 1651 と思ったら、思わぬところからの叫びで俺の言葉を遮られた。 声をあげたのは、セシルさんにアドルフさん。そして、アリスの 父親でウォルフォード商会の取締役の一人であるグレンさんだ。 ﹁そ、そんな⋮⋮あの純真可憐な聖女様に恋人⋮⋮﹂ ﹁は、はは⋮⋮聞き間違いだよ⋮⋮な?﹂ ﹁夢だ。これはきっと夢だ⋮⋮﹂ なんか、ぶつぶつ言ってる。 そういえば、三人とも大体同年代だな。 当時のアイドル的な存在だったんだろうか? ﹁あなた?﹂ ﹁みっともない真似はやめて下さい。マリアも見ているんですよ?﹂ ﹁もう、お父さん! 恥ずかしいからやめてよ!﹂ アイリーンさんとマルティナさんの冷たい声と、アリスの恥ずか しげな声で我に返った三人のおじさん達。 三人とも取り乱したことを恥ずかしそうにしている。 ﹁あ、でも⋮⋮﹂ エカテリーナ教皇さんは独身だと聞いている。 ということは別れちゃったのか、それとも⋮⋮。 1652 ﹁別れてはいないわよ?﹂ ﹁え?﹂ 俺がなにを聞こうとしたのか察したのだろう。自分からそう言っ た。 そして、悲し気な表情でこう言った。 ﹁彼、亡くなってしまったから⋮⋮﹂ やっぱりそうか。 将来を誓い合ったって言ってたからそうではないかと思っていた。 ﹁すいません。辛いことを思い出させてしまって⋮⋮﹂ ﹁いいのよ。二十年近く前のことだし、もう吹っ切れたわ。それよ り⋮⋮﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁⋮⋮いえ、なんでもないわ。そうだ、やっぱり教皇様はやめてエ カテリーナさんって呼んでもらえないかしら? 師匠のお孫さんに 様付けで呼ばれると、なんとも言えない気分になるのよ﹂ ﹁はあ、そういうことなら﹂ ﹁じゃあ、これからはそれでよろしくね?﹂ ﹁分かりましたよ、エカテリーナさん﹂ ﹁ウフフ。はい、よくできました﹂ 俺がエカテリーナさんと言うと、皆はついに言ってしまったとい う顔をした。 けど、これだけお願いされたらしょうがないじゃないか。 1653 当のエカテリーナさん本人は、ようやく俺にそう言わせて満足し たのか、ばあちゃんのところに行ってしまった。 ﹁さて、これでようやくパーティーに移れるな。皆、今日は無礼講 だ。大いに飲み、食い、英雄の誕生日を祝おうではないか﹂ ディスおじさんのその宣言で、皆酒に手を出し始めた。 変な空気になっちゃったし、呑まなきゃやってられないんだろう なあ⋮⋮。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ディセウムの宣言で、皆が酒に手を出し始めたころ、エカテリー ナはマーリンとメリダの側にきて、あることを訊ねていた。 ﹁先生、師匠。シン君に、あのこと言ってないんですね﹂ 先生とは、マーリンのことである。 ﹁⋮⋮シンには関係ないことじゃからの﹂ 1654 ﹁関係ない? 本当にそう思ってるんですか!?﹂ マーリンが、シンには関係がないと言ったことに、エカテリーナ は驚いたようにそう言った。 なぜなら⋮⋮。 ﹁あの人は⋮⋮スレインは、お二人の息子なのに?﹂ エカテリーナはそう言った後、じっとマーリンとメリダを見た。 ﹁シン君は、先生と師匠を本当の祖父母だと慕っている。見れば分 かります。だというのに、お二人はそうではないとおっしゃるんで すか?﹂ ﹁なっ!?﹂ エカテリーナの、挑発的とさえ言える物言いに、メリダは怒りを 覚えた。 眉間に皺を寄せ、青筋を立てるメリダと、内心は冷や汗ダラダラ のエカテリーナはしばらくにらみ合いを続けた。 皆が酒や料理を手に取る為に視線をテーブルの方に向けていなけ れば、その雰囲気に倒れる者もいただろう。 それほどの緊張感が漂っていた。 ﹁ちょ、ちょお⋮⋮お二人さん?﹂ アーロンだけ巻き込まれていた。 1655 しばらくにらみ合いが続いたが、やがて一つ息を吐いたメリダが 呟いた。 ﹁⋮⋮いつか話すさね﹂ ﹁⋮⋮そうですか﹂ エカテリーナの物言いに、激昂しかけたメリダだが、この状況は そう言われても仕方がない。 そう考えたメリダは自分が怒るのは筋が違うと考え、怒りを収め た。 師匠が引いてくれたことに安堵しつつ、エカテリーナは挑発する ような真似をしたことを詫びた。 ﹁すいませんでした師匠。生意気なことを﹂ ﹁ふん。あの小娘が成長したもんさね。アタシに名前を呼ばれるだ けでビクビクしてたくせに﹂ ﹁ちょ、そんな昔のこと!﹂ ﹁アーロン、アンタは変わらないねえ⋮⋮オロオロするばっかりで﹂ ﹁え? 俺、関係ないやん?﹂ ことのついでに巻き込まれたアーロンを見たエカテリーナが小さ く吹き出し、ようやく空気が弛緩した。 ﹁確かにアンタの言う通りだ。聞かれなかったから言わなかった⋮ ⋮非道い言い訳もあったもんさね﹂ ﹁辛い気持ちは痛いほど分かります。けど⋮⋮﹂ ﹁家族であるシンに言わないのは違うか⋮⋮﹂ 1656 マーリンとメリダには辛い過去がある 誰かと仲が良くなったからといって、過去の全てを話さなければ いけない、などということはない。 でもシンは違う。 シンは家族だ。 血は繋がっていなくても愛情を注ぎ大事に育ててきた孫だ。 その孫に自分達のことを話していない。 確かに聞かれなかった。 しかしそれは、シンが二人を気遣って聞かなかったのではないか? ﹁あの子なら、感付いていてもおかしくはないかねえ⋮⋮﹂ ﹁そうじゃの。時折、何か言いたそうにしておるのを見たことがあ る。あれは⋮⋮ワシらのことを聞こうか聞くまいか、躊躇っておっ たのかのう⋮⋮﹂ ﹁まったく⋮⋮アタシも人のことは言えないね。なんて情けないジ ジババだ﹂ ﹁そうじゃの⋮⋮﹂ 孫に気を遣わせてしまった祖父母は揃って溜め息を吐く。 ﹁お二人のことを考える、素晴らしいお孫さんですね。シン君は﹂ ﹁自重を知らないおバカだけどね﹂ 1657 ﹁フフ﹂ 孫を褒められて嬉しかったのだろう。おバカだと言いつつも、嬉 しそうなメリダの様子にエカテリーナは微笑ましく思い、笑みをこ ぼした。 ﹁まあ。言うにしても、今日でなくていいじゃろ。めでたい席で暗 い話しなんぞするもんでない﹂ ﹁⋮⋮そうですね。でも、いつか話してあげて下さいね﹂ ﹁ああ﹂ ﹁了解じゃ﹂ 決心がついたらしい二人の様子に、満足そうな笑みを浮かべたエ カテリーナは、普段呑ませてもらえない酒を呑むためテーブルへと 歩み寄った。 その様子を見ていたマーリンとメリダが、感慨深げにエカテリー ナを見て呟いた。 ﹁本当に、あの小娘がねえ⋮⋮﹂ ﹁人は成長するもんじゃ。ワシらも見習わんとの﹂ ﹁そうだね﹂ そう言いながら、成長したエカテリーナの背中を二人で見詰めて いた。 ﹁あの⋮⋮俺は?﹂ アーロンを置いてきぼりにして。 1658 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 酒が入り始めてから、場が混沌としだした。 この場にいるのは、メイちゃんを除いて全員成人であるため酒が 呑める。 俺達は例の﹃異物排除﹄のペンダントがあるため、過度のアルコ ールは排除されてしまい、ほろ酔い程度にしか酔わない。 だが、他の人達が非道かった。 特に⋮⋮。 ﹁シンくぅん! 呑んでるぅ?﹂ ﹁あぁ、はい⋮⋮呑んでますよ﹂ ﹁あらしもねぇ⋮⋮ほんとらったらぁ、シンくんくらいのこどもが いてもおかしくないのよお!?﹂ ﹁はぁ、そうですね﹂ エカテリーナさんがベロベロに酔っぱらってる。 普段はあまり呑ませてもらえないと言っていたから、こんなに呑 んだのは久しぶりなんだろう。 1659 さっきから、絡み酒が非道い。 ﹁あのひとがしんじゃってえ⋮⋮くににもどったらせーじょなんて よばれらしちゃってえ⋮⋮けっきょくこのとしまでどくしんよぉ⋮ ⋮﹂ ああもう、なんか鬱モードにも入りかけてんな。 どうにかして慰めようと言葉を探していると、エカテリーナさん がバッと顔を上げて、俺の肩を掴み、こう叫んだ。 ﹁きめた! シンくん! あなた、わたしのことおかあさんってよ びなさい!﹂ ﹃ぶふぅう!﹄ ﹁お、おかあさん!?﹂ エカテリーナさんがとんでもないことを言い出したので、ベロベ ロに酔っぱらう教皇を心配して見守っていた皆さんが吹き出した。 何を言い出すんだ? この人は!? ﹁呼べる訳ないでしょう!? 何考えてんですか!?﹂ ﹁なんれぇ? ししょうのまごなんらから、わたしのこどもれいい れしょお?﹂ ﹁何でそうなるんですか!?﹂ ああもう! 酔っぱらいの超理論は意味わからん! ﹁むぅ⋮⋮じゃあ、シシリーちゃん!﹂ 1660 ﹁は、はい!﹂ ﹁あなたわぁ、わたしのあとれせーじょってよばれてるんらから、 わたしのこと、おかあさんってよんれくれるわよねえ?﹂ ﹁そ、そんな畏れ多い!﹂ ﹁こわくなあい! おかあさんってよんれよお⋮⋮﹂ あーあ、酔いつぶれちゃった。 テーブルに突っ伏したエカテリーナさんは、そのまま寝息を立て 始めた。 ﹁⋮⋮こんな教皇様、見たくなかったわ⋮⋮﹂ ﹁色々と鬱憤が溜まっているんだろう。国家元首であるのと同時に、 創神教の教皇でもあるのだからな﹂ 複雑な表情のマリアに比べて、将来、王になることが決まってい るオーグはエカテリーナさんのことを擁護した。 確かにストレス溜まりそうだよな。 今日、この場には爺さんとばあちゃんという、自分よりも大きい 存在がいたから、気が緩んだんだろう。 それに⋮⋮。 ﹁スレイン⋮⋮さびしいよぉ⋮⋮﹂ 酔いつぶれたエカテリーナさんが寝言を言った。 スレイン? さっき言ってた、エカテリーナさんの死んじゃった 1661 恋人だろうか? それを思い出しちゃったから、余計に心のタガが外れちゃったん だろうなあ。 ﹁はあ⋮⋮まったくこの子は⋮⋮済まないねえ。この子のお陰でパ ーティーがメチャクチャになっちまった﹂ ﹁い、いえ! 教皇様に誕生日を祝って頂けるなんて思いもしませ んでしたから!﹂ ﹁そうです! 一生の誉れです!﹂ ﹁この子がねえ⋮⋮﹂ ﹁むにゃむにゃ⋮⋮うふふ﹂ さっきまで、目尻に涙を浮かべていたのに、今は幸せそうな顔で 眠っているエカテリーナさんを見てばあちゃんがまた溜め息を吐い た。 ﹁さて、アタシはこの子を部屋に寝かせてこようかね﹂ ばあちゃんはそう言うと、爺さんにエカテリーナさんを背負わせ、 ホールを出ようとした。 ﹁ほ。そういえば忘れとった﹂ ﹁おっと、そうだったね﹂ 爺さんの言葉を受けて、ばあちゃんが異空間収納から二つの箱を 取り出した。 ﹁プレゼントを渡すのを忘れてたよ﹂ 1662 あ、そういえばもらってなかったっけ? それにしても、なんで二つ? ﹁一つはマリア、アンタに﹂ ﹁あ、ありがとうございます﹂ マリアに渡された箱から出てきたのは髪飾り。 俺のプレゼントといい感じで合ってるな。 ﹁それは魔道具になっててね。髪につけたまま魔力を流すと、髪を 綺麗にしてくれるのさ﹂ ﹁うわあ! ありがとうございますメリダ様! すっごい嬉しいで す!﹂ へえ。髪を綺麗にってことは、汚れを取るだけじゃなくて、キュ ーティクルなんかも補ってくれるのかな? またもや女性陣の羨ましそうな視線を感じるが、相手がばあちゃ んだからか、詰め寄ることはしないみたいだ。 中でもリリアさんの視線がヤバい。 エカテリーナさんを寝かせた後に色々と話ができると思うから、 それまで我慢してほしいな。 で、後の箱は一つしかないんだけど⋮⋮。 ﹁これは、アンタ達二人にだよ﹂ 1663 ﹁俺達?﹂ ﹁二人ですか?﹂ なんだろう? シシリーと二人で顔を見合わせてから、渡された 箱を開けてみた。 すると、そこには⋮⋮。 ﹁ばあちゃん、これって⋮⋮﹂ ﹁わあ⋮⋮﹂ 華美な装飾は施されていない。しかし、相当上等なものと分かる 指輪が入っていた。 それも、ペアで。 ﹁シンとシシリーさんの結婚指環じゃ﹂ ﹁アタシらにはこんなことくらいしかしてやれないけどねえ﹂ 結婚指環。 この世界にも、左手の薬指に結婚指環をする風習がある。 現にシシリーは婚約指環をはめているし。 いずれはそれも用意しなければと思っていたものを、爺さんとば あちゃんからプレゼントされた。 これは、単純に高価なプレゼントをされたことだけじゃなくて、 二人が俺達の結婚を心待ちにしてくれている証拠のように感じ、嬉 1664 しくて涙が溢れそうだった。 ﹁じいちゃん、ばあちゃん、ありがとう⋮⋮メッチャ嬉しい﹂ ﹁お爺様、お婆様、ありがとうございます⋮⋮﹂ シシリーも感激したのか、眼がウルウルしてる。 ﹁アンタ達の結婚式が無事行われるように、祈りも込めて⋮⋮さね﹂ ﹁ばあちゃん⋮⋮せっかく感動したのに、不吉なこと言うなよ﹂ ﹁アッハッハ、じゃあ、この子をベッドに寝かせたら戻ってくるか ら、パーティーをやり直しときな﹂ ﹃はい!﹄ 戸惑いから始まり、驚きの謝罪があり、さらに混乱の事態となっ ていたパーティーは、ようやく普通のパーティーに戻っていった。 ﹁ふう⋮⋮﹂ ﹁疲れましたね⋮⋮﹂ あの後、ばあちゃんが戻ってきてから、大人達は爺さんとばあち ゃんを中心にずっと呑み続けていた。 途中、アーロン大統領が爺さんとばあちゃんに泣きながら日頃の 愚痴をこぼしたり、念願叶ってばあちゃんと話をしようとしたリリ アさんが、緊張し過ぎてしどろもどろになったり、呑み比べ大会が 始まったり⋮⋮。 1665 あれ? これってなんのパーティだっけ? と、そんなことを思いながら宴会は続いていった。 結局、大人達は皆酔いつぶれてしまい、俺達の手で空いている部 屋に運び込んだ。 それが終わると、自然とパーティーは終了となり、親族が来てい ない人達は帰宅し、酔いつぶれた親族がいる者は寝かされている部 屋に向かった。 そんな中で俺とシシリーの二人は、ほろ酔いになっている体を冷 まそうとテラスにやってきていた。 ﹁おかしいな? 俺達の誕生日パーティーのはずなのに、なんで俺 達が疲れてるんだろう?﹂ ﹁フフ、でも、私達らしくていいじゃないですか﹂ ﹁プッ、まあね﹂ 主賓押し退けて、どんちゃん騒ぎ。 確かに無茶苦茶で、俺達らしいかな。 そんな他愛もないことを話していると、シシリーがじっとこちら を見詰めていた。 ﹁どうした?﹂ ﹁いえ⋮⋮十五年前の今日、私が一歳の誕生日をお祝いしてもらっ ている時に、シン君はお爺様に命を助けられていたんだなあって思 1666 って⋮⋮お爺様に改めて感謝していたところです﹂ ﹁そっか⋮⋮でも、ひょっとしたらその一年前の同じ日に産まれて たのかもしれないよ? まあ、調べようもないけどね﹂ 俺は冗談のつもりでそう言った。 けど、シシリーはそうは取らなかった。 俺に正面から抱き付くと、そっと背中をさすってくれた。 ﹁⋮⋮シン君のお父様もお母様も、本当はこうやってシン君のこと を抱きしめてあげたかったはずです⋮⋮﹂ そう言って、静かに涙をこぼした。 ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁教皇様も、本当は自分で子供を産みたかったんだと思います。お 相手がいらっしゃったのに、悲しいお別れをしてしまったから⋮⋮ お師匠様のお孫さんであるシン君を、自分の子供のように感じてい るのかもしれません﹂ ﹁そう⋮⋮なのかな?﹂ ﹁多分⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、お母さんって呼んであげた方が良かったかな?﹂ ﹁それはさすがにちょっと⋮⋮﹂ シシリーは苦笑を浮かべながら俺を見上げた。 ﹁私は幸せ者です。愛し合ってる両親がいて、その両親から愛され て育ちました。そんな当たり前の幸せに、今日改めて気付かされま した﹂ 1667 ﹁そうだね⋮⋮﹂ エカテリーナさんは、愛した人がいたのにその人と家庭を築けな かった。 俺の両親は、俺の成長を見ることなく逝ってしまった。 そう考えると、両親が揃っていて、一緒に過ごし、その成長を見 守ってくれている。 そんな当たり前のことが、まるで奇跡のように感じた。 ﹁俺達は、子供に悲しい想いをさせないようにしなくちゃな﹂ ﹁フフ、そうですね﹂ しばらく見詰め合った俺達は、そっと唇を重ね合わせた。 唇を離した俺達はもう一度見詰め合い⋮⋮。 ﹁シン君を助けてくださった、十五年前のお爺様に感謝を﹂ ﹁十六年前に、シシリーをこの世に産み落としてくれた、セシルさ んとアイリーンさんに感謝を﹂ 今、こうしてお互いがここにいることの奇跡を、感謝し合った。 そして再び、唇を重ね合わせる。 さっきよりも深く⋮⋮お互いを求め会うように。 ﹁シシリー⋮⋮﹂ 1668 ﹁ん⋮⋮はぁ⋮⋮シン君⋮⋮﹂ そしてその日、シシリーは⋮⋮。 俺の部屋に泊まっていった。 1669 ×××してしまいました︵後書き︶ メリークリスマス 1670 重い話を聞かされました︵前書き︶ 明けましておめでとうございます。 本日で投稿一周年を迎えることができました。 皆様のお蔭です。ありがとうございます。 一周年を記念して、ある小説を書き始めました。 詳しくは、活動報告をご覧ください。 1671 重い話を聞かされました 色んな意味で大騒ぎだった誕生日パーティーの翌日。 パーティーに使われたホールは、マリーカさん達メイドさんの手 によってすっかり綺麗にされていた。 相変わらず、ウチの使用人さん達のレベルが高い。 そして、昨日酔いつぶれて泊まった人が多くいたので、その人達 の朝食も用意すべく、朝からパタパタと忙しく働いている。 いつも俺達を助けてくれるこの人達にもなにかしてあげないとな あ。 なんてことを思いながらリビングのソファに座り、メイドさん達 が働くさまを眺めていた。 ﹁シン君、どうしたんですか?﹂ そんな風にボケッと眺めていたら、隣に座っているシシリーから 声をかけられた。 ﹁ん? いや、マリーカさん達にはいつもお世話になってるからさ、 なにか慰安的なことができないかなと思ってさ﹂ 思ったことをそのまま言ったら、シシリーは突然、俺にしなだれ かかってきた。 1672 ﹁皆さんのことを大切に考えてくれているんですね。優しいシン君 ⋮⋮大好きです﹂ そう言って頭を胸に擦り寄せてくるシシリー。 か、可愛いな! おい! 甘えてくるシシリーに我慢ができなくなりそうになった時⋮⋮。 ﹁ちょ⋮⋮ちょっと、なに? この甘い空気は?﹂ ﹁歯が浮きそうですわ﹂ ﹁はわわ、大人の情事です!﹂ ウチに泊まっていったマリア、エリー、メイちゃんの三人が起き てきた。 ﹁あ、おはようございます﹂ ﹁⋮⋮シシリーがアワアワしない⋮⋮﹂ ﹁あら、ひょっとして﹂ ﹁ふえ?﹂ 事も無げに挨拶するシシリーを見て、マリアとエリーはなにかに 感付いたようだ。 メイちゃんは、ソファでイチャイチャしていたのを見ての反応ら しい。 っていうか、よく使ってるけど、なんで十歳の子が情事なんて言 葉を知ってるんだ? 1673 ﹁そう⋮⋮そうなのね?﹂ ﹁おめでとうと言った方が良いのかしら?﹂ ﹁え? なにかあったですか?﹂ なにも分かってないメイちゃんにちょっとホッコリした。 ﹁朝からなにをしているんだ?﹂ ﹁おはよ⋮⋮わ! シン君とシシリーがいつも以上にベッタリくっ ついてる!﹂ オーグとアリスも起き出してきて、リビングに顔を見せた。 ﹁おはようございます﹂ さすがに、オーグに対してそのまま挨拶するのは憚れたのか、シ シリーは俺から離れて挨拶した。 ﹁おはよ。皆どうしてる?﹂ ﹁夕べ相当呑んだのだろう。うなされていたぞ﹂ ﹁ウチのお父さんも⋮⋮もう、恥ずかしいなあ!﹂ 酔っぱらうディスおじさんはよく見るけど、グレンさんは初めて だ。 そのことが恥ずかしかったのだろう。アリスが文句を言っている。 ﹁まあ、尊敬する教皇さんのあんな姿見ちゃったもんな⋮⋮﹂ ﹁父上は事情を知っていたのだから、ただの呑みすぎだ。まったく、 今日も公務があるというのに﹂ 1674 相変わらず、ディスおじさんに辛辣だな、オーグは。 ﹁それより⋮⋮﹂ ﹁なに?﹂ ディスおじさんのことで愚痴を言っていたオーグが、俺とシシリ ーを見てなにか言いたそうにしていた。 ﹁お前達、ひょっとして⋮⋮﹂ ﹁おはよう⋮⋮﹂ オーグの言葉を遮るように、昨日ベロベロに酔っぱらっていたエ カテリーナさんがフラフラとした足取りで現れた。 ﹁おはようございます、エカテリーナさん。大丈夫ですか?﹂ ﹁おはようシン君。私、昨夜師匠と話をした後の記憶がないんだけ ど⋮⋮なにか変なことしなかったかしら?﹂ ﹁え? いや⋮⋮べつに⋮⋮﹂ そう言って皆を見ると、カクカクと首を縦に振っていた。 昨日のことはなかったことにするつもりだろう。 ﹁そう、よかった⋮⋮あー頭いたい⋮⋮﹂ ﹁だ、大丈夫ですか?﹂ 二日酔いが辛そうなエカテリーナさんに対し、シシリーが言葉を かける。 1675 ﹁大丈夫よ。こんなになるまで呑んだのは久し振りだから体が驚い たのかしら。無理をするものではないわねえ﹂ まあ、教皇さんだしな。 呑むとしても、乾杯やたしなむ程度なんだろう。 他の大人たちに比べて、大分早い段階で酔いつぶれちゃったしな。 ﹁それにしても、記憶が無くなるまで呑むなんて⋮⋮皆さんには、 はしたないところを見せちゃったわ﹂ ﹁たまにはいいんじゃないですか? 息抜きも必要ですよ﹂ ﹁フフ。ありがとうシン君。さて、そろそろ帰らないと﹂ ﹁朝食がもうすぐできると思いますけど﹂ ﹁向こうでも朝食が用意されているのよ。それを食べないと、昨夜 抜け出してきたことがバレてしまうわ﹂ ﹁黙って出てきたんですか!?﹂ なにやってんだこの人!? 確かに、ゲートが使えればこっそり 抜け出すこともできるだろうけど。 っていうか⋮⋮。 ﹁こっそりってことは、じいちゃんはエカテリーナさんのプライベ ートルームに迎えに行ったんですか?﹂ ﹁ええ。昔、放浪の旅をしていた時にイースにも立ち寄ったことが あるし、先生と師匠が私の恩師であることは、イースでは割と知ら れているの﹂ ﹁へえ﹂ ﹁シン君達が魔人を掃討してくれた後ぐらいに、通信機でディー兄 1676 さんに連絡をとってね、師匠達に来てもらったの。その時に部屋ま で案内したのよ﹂ ﹁いつの間に⋮⋮﹂ 俺達が王都に戻ってから、爺さんとばあちゃんがよく家を空けて いたのはそういうことか。 ﹁でも、なんで呼んだんですか? 何か用事でも?﹂ ﹁いいえ? ただ、日ごろの愚痴や弱音を聞いてもらっていただけ よ?﹂ ﹁⋮⋮ディスおじさんも山奥の家に愚痴を言いに来てましたけど⋮ ⋮国家元首って、じいちゃんとばあちゃんに愚痴を言うのが流行っ てるんですか?﹂ ﹁私やディー兄さん、アーロンもそうだけど、国のトップになっち ゃうと弱音なんて吐けないのよ。弱味を握られちゃうから。その点、 先生と師匠なら気軽に弱音を吐けるもの﹂ リアルに口は災いになるんだ⋮⋮。 きっと日頃言えない愚痴とか溜まってるんだろうなあ。 ﹁ほ。起きておったか﹂ ﹁おはようさん。大丈夫かね?﹂ ﹁あ、先生、師匠。おはようございます﹂ エカテリーナさんと話していると、爺さんとばあちゃんが起きて きた。 ところで、さっきから気になってたけど、先生って爺さんのこと か。 1677 ﹁じいちゃん、先生って呼ばれてるんだね。昔は人に教えるのが苦 手だったんじゃないの?﹂ ﹁この子が勝手に呼んどるだけじゃよ﹂ ﹁見ているだけで勉強になったもの。先生で間違いないですわ﹂ 見てるだけで、色々吸収しちゃったのか。 聖女と呼ばれ、教皇にまで上り詰めた人だものな。 この人も天才なんだろう。 ﹁さて、それじゃあそろそろ戻るかい?﹂ ﹁はい。お願いします﹂ ﹁ほ。それじゃあ、行くかの﹂ そう言った爺さんは、ゲートを開く。 そのゲートに向かっていたエカテリーナさんが、俺達の方に向き なおった。 ﹁それでは皆、次に会う時は、結婚式の時ね。それまで元気で﹂ ﹃はい! 教皇様もお元気で!﹄ 皆は、綺麗に頭を下げ、エカテリーナさんに礼をしている。 ﹁次に会う時を楽しみにしてます﹂ ﹁フフ。それじゃあね﹂ 俺達に向けて軽くウィンクを一つしたエカテリーナさんは、ゲー 1678 トを潜ってイースにある自分の部屋へ帰っていった。 俺はそうでもないけど、他の皆はようやく一息つけたようだ。 ﹁それにしても、そんなに緊張するもんか?﹂ ﹁お前が特殊すぎるんだ。この世界唯一の宗教のトップだぞ? 普 通、会えるだけでも幸運だというのに⋮⋮﹂ ﹁まさか、本当に名前呼びをするとは夢にも思ってませんでしたわ﹂ オーグみたいな王族ですら、滅多に会えない人なのか。 でも、ディスおじさんはエカテリーナさんの兄弟子だって言って たし、会おうと思えば会えるんじゃないかな? そして、エリーの言う名前呼びだが、爺さんとばあちゃんの元弟 子ということで、急に親近感が湧いちゃったんだよ。 俺は二人の孫だけど、いわば師匠と弟子でもあるからな。 俺にとっては姉弟子? みたいな感じがしたんだ。 ﹁本当にアンタは⋮⋮人間関係すら非常識とか、どうなってのよ?﹂ ﹁じいちゃんとばあちゃんのせいだよ。それは!﹂ 人間関係に関しては俺のせいではない! そんなことを言いあっていると、二階から誰かが下りてくる足音 が聞こえた。 ﹁あぁ⋮⋮頭が痛い⋮⋮﹂ 1679 ﹁ちょ⋮⋮あにさん。揺らさんといて⋮⋮﹂ 兄弟子二人が、フラフラした足取りで現れた。 そこに、兄弟子としても国家元首としての威厳はない。 ﹁あれ? カーチェはもう帰ったのかい?﹂ ﹁たった今帰ったよ。ディスおじさんとアーロンさんは帰らなくて いいの?﹂ ﹁私にとって、ウォルフォード家は離れみたいなもんだよ。誰も心 配なんてしてないよ﹂ ﹁俺は帰らなあきませんわ。一応嫁の目の前でおやっさんにゲート で連れ出してもろたから変な勘ぐりはされてへんやろうけど、それ とこれとはまた話が別やからなあ⋮⋮﹂ ﹁ここにも奥さんに頭が上がらない人が⋮⋮﹂ 今まで亭主関白な人に会ったことがない。 ひょっとして、そんな言葉もないのかも⋮⋮。 ﹁おやっさんかて⋮⋮なあ?﹂ ﹁いや、マーリン殿を引き合いにだすのはさすがに⋮⋮相手はメリ ダ師だぞ?﹂ ﹁そら勝てんわ﹂ おじさん二人が楽しそうに笑っているけど、俺はそれどころじゃ なかった。 だって、ゲートで送りに行っただけだぞ? 1680 長居する訳がない。 つまり⋮⋮。 ﹁ほう? アンタ達、楽しそうな話をしてるじゃないか?﹂ ﹁げえっ! お師匠さん!?﹂ ﹁メ、メリダ師!? カーチェを送りに行っていたのではなかった のですか!?﹂ 二人の背後にゲートが開き、そこからばあちゃんが現れたのが見 えていたのだ。 当然、さっきの会話も聞かれてた訳で⋮⋮。 ﹁どうも、長く人の上に立ち過ぎて傲慢になっちまったようだ。こ りゃあ、ちょっと性根を叩き直してやらないといけないかねえ?﹂ ﹁なっ!?﹂ ﹁そ、そんな!?﹂ 大国の国家元首二人が絶望に打ちひしがれてるよ。 やっぱり、ばあちゃんが世界最強なんじゃ⋮⋮。 結局、ディスおじさんとアーロン大統領の二人は、リビングに正 座させられ、同じく泊まっていたジュリアおばさん達が起きてくる まで延々と説教されており、朝食が出来上がるころには、二人とも グッタリしていた。 結局、アーロンさんは家で朝食を取らないと奥さんがうるさいと のことで、朝食は取らずに帰って行った。 1681 二日酔いと、説教のダメージでフラフラしながら。 と、そんなアーロンさんの様子を見て、俺はあることを思い出し た。 ﹁あ﹂ ﹁シン君、どうしたんですか?﹂ 思わず声を出してしまった俺に、シシリーがどうしたのかと聞い てくる。 ﹁エカテリーナさんとアーロンさんに、例のペンダントを貸してあ げればよかった﹂ ﹁え? ああ。二日酔い辛そうでしたもんね﹂ ﹁二日酔いって、多分酒が体に残ってるから起こるんだろ? 実際、 俺らはほろ酔いにしか酔ってないんだし﹂ ﹁ペンダントの効果で、二日酔いがなくなっていたかもしれません ね﹂ そう、俺らが普段から身に付けている﹃異物排除﹄の効果が付与 されたペンダントを、エカテリーナさんとアーロンさんに貸してあ げれば、執務前に二日酔いを治せたかもしれないのだ。 ﹁悪いことしちゃったな﹂ ﹁そんな気を回さなくていいさね。あれは自業自得。酒は呑んでも 呑まれるな。これでちょっとは反省するだろうさ﹂ 俺がそんなことを言っていると、アーロンさんの見送りには同行 しなかったばあちゃんがそう言った。 1682 辛い思いをさせて、失敗を学ばせようってことか。 相変わらず容赦ないな、ばあちゃん。 俺が失敗したと思ったことは、別に気にしなくていいと言われて しまい、結局そのまま泊まった皆で朝食を取った。 普段、俺達三人しか使わない大きなテーブルは、今日は本来の役 目を果たすかのように人で埋まっていた。 それにしても、これって傍から見たら異様な光景だよな? 王族、貴族、平民が一緒のテーブルで食事しているという、ウチ 以外では絶対ありえない組み合わせで朝食を食べる。 王族、貴族組は気にしてない様子だが、平民であるアリス父子は 非常に居心地が悪そうである。 かといって、二人だけ別にするのも疎外しているようで可哀想だ しな。 まあ、そのうち慣れるだろ。 そんな風に、考えごとをしながら食事していたからだろうか。 ﹁シン君﹂ ﹁ん?﹂ ﹁ほっぺに⋮⋮﹂ ﹁え? ああ﹂ 1683 食べかすがついたのかな。 頬を撫でると、シシリーがクスッと笑って手を伸ばした。 ﹁もう、ここです﹂ そうして、俺の頬についた食べかすをひょいとつまむと、そのま ま自分の口に運んだ。 ﹁食べながら考えごとしてちゃ駄目ですよ?﹂ ﹁そうだね、ゴメン﹂ そんな、何気ないやり取りをシシリーとしていたのだが、なぜか 妙に視線を感じた。 話し声も止んでるし、なんだ? ﹁今の何気ないやり取り⋮⋮﹂ ﹁やっぱり、そうなんですのね?﹂ ﹁そうかい。大人になったかい、シン﹂ ﹁え?﹂ ﹁はい?﹂ マリアとエリーが何か確信したように、ばあちゃんは感慨深そう につぶやく。 俺とシシリーは、今のやり取りで何が分かったのかが分かってな い。 1684 何? 何を理解したの? ﹁なるほど、なるほど。これは是非とも、この事態を速やかに終息 させないといけないみたいだねえ﹂ ﹁頑張ってくださいな。あなた﹂ なんかディスおじさんが、急にやる気に満ち出したし、ジュリア おばさんもおじさんを支援している。 ﹁あの⋮⋮皆、何言ってんの?﹂ ﹁大人になったお前達のために、早く結婚式を行ってやらねばいけ ないと考えているのだろう﹂ ﹁あ、そういうこと⋮⋮﹂ ﹁はぅ!?﹂ それがバレたのね⋮⋮。 ﹁あぅ、あぅ、シン君とシシリーのえっち!﹂ うおいアリス! そんな直接的な言葉を発するな! 恥ずかしい だろうが! もう、皆には何があったのか周知になってしまったようで、なん とも生温かい視線を頂戴してしまった。 シシリーは真っ赤で、顔も上げられない。 そういう俺の顔も赤いに違いない。 恥ずかしいなあ、もう。 1685 ﹁ふえ? なにかあったですか?﹂ そんな中で、唯一なにも分かってなかったメイちゃんにホッコリ したのは言うまでもない。 そして、そんな恥ずかしい思いをした朝食が終わり、泊まってい た人達も各々の家に帰し、家には俺とシシリーだけが残った。いつ もの日常に戻ったな。 そうして、昨日の大騒ぎが嘘のように静まり返った我が家で、爺 さんとばあちゃん、俺とシシリーはリビングのソファに座っている。 なんでかって言うと、爺さんとばあちゃんから話があるって言わ れたからだ。 なんだろう? ひょっとして、まだ早すぎたのかな? 怒られるかもしれないと、ビクビクしながら二人の前に並んで座 っている俺とシシリー。 しかし、どうも様子がおかしい。 爺さんとばあちゃんは、非常に難しい顔をしながらも中々言葉を 発しようとしない。 そ、そんなにまずかったのか? 1686 そう思った矢先だった。 ﹁実はの⋮⋮シンにはまだ話しておらなんだことがあるのじゃ﹂ ﹁話してないこと? 昔、弟子がいたこととか?﹂ ﹁まあ、似たようなもんじゃ﹂ ということは昔のことか。 そういえば、昔、魔人を倒したことがあるとは聞いたことがあっ たけど、まさかこんな英雄扱いされてるとは夢にも思ってなかった し、その辺の話は聞いたことがなかった。 そういう話だろうか? そう、推測したのだが⋮⋮。 ﹁シンは、不思議に思わなかったかい? アタシらは元夫婦だ。な ら⋮⋮子供はいなかったのか? と﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ 確かに思った。 でも、世の中には子供が欲しくてもどうしても授かれない夫婦は いる。そのことは知っている。 だから、爺さんとばあちゃんもそんな夫婦なんだろうと、勝手に 思っていた。 でも、この口ぶりからすると違うのか? 1687 ﹁昨日、小娘⋮⋮エカテリーナに恋人がいたって話があっただろう ?﹂ ﹁うん﹂ ﹁その恋人というのはのお⋮⋮﹂ この話の流れ⋮⋮まさか。 ﹁ワシらの息子⋮⋮名前はスレインと言うんじゃ﹂ やっぱり⋮⋮そうか⋮⋮。 でも、だとすると。 ﹁昨晩のエカテリーナの言葉。それだけで分かるだろう? スレイ ンは死んでしまって、もうこの世にはいない﹂ ﹁そう⋮⋮なんだ⋮⋮﹂ 親として、子供に先立たれることが、どれほど辛いことなのだろ う? 俺は、前世でも今世でも親になったことがないから分からない。 でも、相当辛かったことは推測できる。 ﹁⋮⋮辛かったんだね⋮⋮じいちゃん、ばあちゃん﹂ ﹁シンっ⋮⋮﹂ ﹁おバカ! そ、そんなこと言うんじゃないよ!﹂ 思い出してしまったのだろう、二人の目に涙が浮かんでいる。 1688 そりゃあ話せる訳ないよな。 辛いことを思い出してしまうんだから。 ﹁じいちゃん、ばあちゃん。辛いなら話さなくてもいいよ?﹂ ﹁⋮⋮いいや、ワシらは家族じゃ。家族の間にあったことはみな知 っておかねばならん﹂ ﹁今まで黙ってたアタシらが言えた義理じゃないけどね。エカテリ ーナに諭されたよ。家族であるシンに隠し事をしたままでいいのか ってね﹂ そっか⋮⋮家族か⋮⋮。 二人がそう決意してくれたことが嬉しく、でも辛い話をさせない といけないことに少し心苦しい思いをしながら、二人の話を聞くこ とにした。 ﹁分かったよ。全部聞く。聞かせて?﹂ ﹁お爺様、お婆様。私も聞きます。聞かせてください﹂ ﹁ああ、そうじゃな。スレインが産まれたのは、ワシらが魔人を討 伐する数年前じゃった﹂ ﹁やんちゃな男の子でねえ⋮⋮アンタとは違う意味で目が離せない 子だったよ﹂ 二人が昔を思い出して優しい目をしている。 幸せな時代の記憶か⋮⋮。 ﹁当時のワシは魔物ハンターをしておってな。子供を産むまではメ リダとペアで仕事をしておった﹂ 1689 ﹁アタシが子供を産んでから、マーリン一人で魔物狩りに行ってた んだけど⋮⋮よく素材をダメにして帰ってきてたねえ⋮⋮﹂ ﹁え? そうなの?﹂ ﹁ほっほ⋮⋮昔は繊細な魔法は苦手じゃったんじゃ﹂ ﹁スレインを育てなきゃいけないからお金がかかるって言ってんの に、いっつも暴走して﹂ ﹁い、今はその話はエエじゃろ? スレインの話じゃ﹂ ﹁ああ、そうだったね﹂ 爺さんの若いころの話も気になるけど、今はそれよりスレインさ んの話だ。 ﹁まあ、スレインを育てなきゃいけないから、色々と入用でね。ア タシも独自に魔道具を開発したりして生活費を稼いでいたのさ﹂ ﹁庶民の生活の役に立つ魔道具を作り出しての⋮⋮ワシより稼ぎが 多かったのう⋮⋮﹂ ﹁そんなアタシとずっと一緒にいたからかね。魔法使いの素養はあ ったけど、どっちかというと魔道具職人になりたがったねえ﹂ ﹁へえ、なんか意外﹂ 俺はバッチリ魔法使いとして仕立て上げられましたが? ﹁そんなある日、例の魔人騒動が起こった訳じゃ﹂ ﹁魔人を討伐して英雄としてもて囃されることに疲れちまってね。 スレインが成人したら、王都を出て旅に出ようということになった のさ﹂ ﹁その旅じゃな、ディセウムが付いてきたのは﹂ ということは、例の旅にはもう一人、スレインさんが入ってパー ティが完成するのか。 1690 ﹁途中で、神子になりたてのエカテリーナを拾ってね。同い年だっ た二人は、割とすぐに気が合って、恋仲になるまでにさほどの時間 はかからなかったねえ﹂ 十五、六歳のころか。俺とシシリーと一緒だな。 シシリーも同じことを感じたようで、俺の手を握ってきた。 それは、甘える感じではなく、少し震えている。 この後、恐らく悲劇が待ち受けているはずだから、そのことを予 感してしまったのだろう。 ﹁行商の途中で魔物に襲われていたアーロンを助けて、そのままア タシらに着いて来て⋮⋮四年だね、旅は順調そのものだった﹂ 恋仲になってから四年経過していたのか。 結婚はしなかったのかな? その疑問は、次のばあちゃんの言葉で解消した。 ﹁スレインが二十歳になる誕生日を迎えたら、二人は結婚するはず だった﹂ 二十歳か。確かに、それぐらいで結婚する人が多いって聞くし、 それまで待っていたんだろうな。 ﹁それがのう⋮⋮その誕生日を前に、とんでもない報せが入ったん 1691 じゃ﹂ ﹁とんでもない報せ?﹂ ﹁ああ⋮⋮竜がね、魔物化したってんだ﹂ ﹁竜?﹂ ﹁そ、そんな!? まさか!?﹂ え? 竜ってドラゴン? 空想上の動物で、実在はしてないんじゃなかったっけ? ﹁あの、竜って? 実在すんの?﹂ ﹁ん? ああ、シンは知らんかの﹂ ﹁草食竜や肉食竜なんかがいてね、魔物化してなくても数メートル はある体躯をしている、トカゲみたいな生物さ﹂ 草食竜に肉食竜にトカゲって⋮⋮。 ﹁恐竜かよ!?﹂ ﹁キョウリュウ?﹂ ﹁なに言ってんだい。リュウはリュウだよ﹂ ﹁あ、あはは。そ、そっか。そんな生物がいたんだ﹂ アブね。思わず変なこと口走っちゃった。 それより、恐竜が生き延びてるんだな。 ﹁竜は、その革が非常に高級な素材になるんでな。魔法を覚えた人 間が乱獲して数を減らしてのう。とある地域に保護されておるんじ ゃ﹂ ﹁生物は、大型であればあるほど、そして知恵があればあるほど魔 1692 物化はしにくいと、そう思われていたんだけどね﹂ ﹁人が魔人になり、大型の生物である竜も魔物化してしまった⋮⋮﹂ ﹁まあ、竜の魔物化は例がなかった訳じゃないらしいんだけどね。 それでも文献で確認される程度で、実際にそう起こることじゃない﹂ ﹁じゃが、その滅多に起こらんことが起きてしまっての。ワシらに 討伐の依頼がきたんじゃ﹂ それはそうか。その時すでに魔人を倒した英雄だ。 爺さん達ならと、期待されたんだろう。 ﹁竜の魔物は確かに討伐した。したんじゃが⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮その戦闘の際に、スレインがエカテリーナを庇って⋮⋮﹂ ﹁もういいよ! もう話さなくていい!﹂ 二人の顔がみるみる辛そうになっていった。 息子が亡くなる際の説明なんてしなくていい。 そう思って、俺は二人の会話を遮った。 やがて、その場面を思い出してしまった二人は、しばらく悲痛な 表情をしていたが、再び話始めた。 ﹁エカテリーナの取り乱しよう、落ち込みようは酷くてのう。なん とか心が壊れずに持ちこたえたようじゃが⋮⋮今も引き摺っておる んじゃろう。今の歳まで独身なのがいい証拠じゃ﹂ ﹁⋮⋮アタシらも、スレインのことが相当堪えてねえ⋮⋮息子も守 れない者が、何が英雄だってね。ハンターを辞めちまったのさ﹂ ﹁スレインを死なせてしまったことは、ワシらの関係も変えてしま 1693 った。ワシもメリダも、お互いに息子を守れなかったことを後悔し ての。二人して自分のせいだと、己を責めていたんじゃ﹂ ﹁そんな状態のまま夫婦生活を続けるのは苦痛でねえ⋮⋮それで離 縁しちまったのさ﹂ そっか⋮⋮。 なにかあるとは思っていたけど、そんなに重い話があったとは⋮ ⋮。 ﹁それから数年経ったころじゃのう、シンを拾ったのは﹂ そんな辛い過去があったなんて、微塵も感じられなかった。 俺には、そんな姿は見せないように、気を遣ってくれたんだな⋮ ⋮。 ﹁まさしく奇跡としかいいようのない状況で生き延びていたシンを 拾った。身元も分からん。そんな赤子がワシの腕の中におった。ワ シはこれを天命じゃと思うた。今度こそ、この子を死なせんように 育てよと﹂ ﹁そっか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮それでかい? アンタが、シンにアホみたいに魔法を教えて いたのは?﹂ ﹁そうじゃな。確かにシンの物覚えの良さに暴走した感は否めんが ⋮⋮大元は、シンが誰にも害されんような強さを身に付けて欲しか ったというのが本音じゃの﹂ ﹁その結果がこれかい⋮⋮﹂ あれ? 1694 いつの間にか、俺の話になってばあちゃんが溜め息吐いてる。 どうしてそうなった!? ﹁あの⋮⋮一つ質問いいですか?﹂ ﹁ほ。なんじゃ?﹂ ﹁なんでも言ってみな﹂ 二人の話の矛先が俺に向いたことに疑問を感じていると、シシリ ーが質問があると言う。 なんだろう? ﹁普通、子供を拾った場合、その人は育ての親。つまり養父になる と思うんですけど⋮⋮お爺様は、なぜ祖父と孫としてシン君を育て たんですか?﹂ ﹁あ、そういえばそうだ。じいちゃんはじいちゃんだったから、今 まで全く疑問に思ってなかった﹂ すると爺さんは、少し苦笑して話してくれた。 ﹁スレインとエカテリーナがあのまま結婚していたら⋮⋮恐らく、 シンくらいの孫がおったはずじゃと⋮⋮そう思うてな﹂ ﹁⋮⋮アタシも何の疑問も持たずに、シンを養子じゃなく孫として 認識したね。そうかい⋮⋮アタシもそう思っていたのかねえ⋮⋮﹂ 最初から、俺を孫として育てたのは、本当なら俺くらいの孫がい てもおかしくなかったから。 1695 何事もなければ、本当にそうなっていたはずだから。 だから﹃孫﹄として育てられたのか⋮⋮。 英雄の孫、賢者の孫と言われているけど、そんな悲しい想いがあ ったんだな⋮⋮。 ﹁そういえば、昨日酔ったエカテリーナが、自分のことをお母さん と呼べと言っていたじゃろう?﹂ ﹁ああ⋮⋮本当に無茶なこというよね﹂ ﹁それも同じじゃろう﹂ ﹁え?﹂ ﹁本来なら、ワシとメリダの孫。それはエカテリーナが産んでいた はずじゃからな﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ ﹃師匠の孫なんだから、私の子供でいいでしょう?﹄ 酔って呂律が回ってなかったけど、確かにそう言った。 そうか⋮⋮エカテリーナさんも、そんな風に思っていたのか⋮⋮。 独り身の寂しさから無茶なことを言ったんじゃなかったんだな。 ﹁やっぱり、お母さんって呼んであげた方がいい?﹂ ﹁それはイカン﹂ ﹁言うんじゃないよ?﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁影響力が大きすぎるんじゃ﹂ ﹁神の御使いとまで言われているアンタが、教皇のことを母なんて 1696 読んでご覧。とんでもない騒ぎが起きるよ?﹂ ﹁そ、そっか。やっぱやめとくわ﹂ あぶね。情にほだされて危ないことするところだった。 ﹁言っておくがの。確かにスレインとエカテリーナに子供ができな かったことは残念じゃ。じゃがの、ワシらはシンのことをその代替 じゃと思うたことは一度もないからの﹂ ﹁その通りさね。シンはシンだ。それを間違えたことはないよ﹂ ﹁じいちゃん⋮⋮ばあちゃん﹂ 自分の子供と、存在しない血の繋がった孫の話をしてしまったか らか、二人がすぐに俺にフォローを入れてくれた。 分かってるよ爺さん、ばあちゃん。 俺、一度もそんな風に感じたことなんてなかったから。 二人は俺にとって、いつも爺さんとばあちゃんだったから。 ﹁シンみたいな子なんて、この世のどこを探したって見つかりゃし ないからねえ﹂ ﹁ほっほ。そうじゃの﹂ ﹁あの⋮⋮そうですね﹂ せっかく感動したのに、台無しだ! 1697 それぞれの日常 ﹁殿下。アウグスト殿下﹂ ﹁ん?﹂ アールスハイド王城内を移動していたアウグストを、官僚と思わ れる男性が呼び止めた。 ﹁なんだ、どうした?﹂ ﹁お呼び止めしてしまい、申し訳御座いません。ディセウム陛下が 御呼びで御座います﹂ ﹁父上が?﹂ ﹁はっ。会議室にてお待ちで御座います﹂ ﹁分かった。ご苦労だったな﹂ ﹁勿体無いお言葉で御座います﹂ こうしてアウグストがディセウムに呼ばれることは、実は最近よ くあることである。 立太子の儀を終え、王太子になる前から国政に積極的に参加する ようになった。 それもひとえにシンのせいだろう。 人生で初めてできた全く遠慮をしない友人。 しかもその友人は、自重知らずの常識知らずときた。 1698 シンがなにか騒動を起こす度に、その尻拭いともいうべき行動を 率先して行ってきた。 そして、現在は自分自身がアルティメット・マジシャンズの次席。 マーリンは半ば隠居の身であるため、実質、世界二位の力を持つ 魔法使いとなった。 そのため、特に軍事に関しては、アウグストの発言力はかなり大 きいものになっていた。 今現在、王国の議会で最優先の議題となるのは、先日までアウグ ストも参加していた魔人領攻略作戦についてである。 今回呼ばれたのも、その最後の詰めの部分でアウグストの意見を 聞くためであろうことは、簡単に予想できた。 ﹁なるべく早めにこの作戦事態の終息宣言が出せるようにしなけれ ば。それが終わるまで私達の結婚式など行えないからな﹂ ﹁やはり、殿下も早くエリー殿と結婚したいのですか? それとも シン殿のためですか?﹂ ﹁まあ、確かにそういった理由もあるが﹂ ﹁では他になにか、早く結婚式を行いたい理由があるで御座ります か?﹂ 側近兼護衛という名目のトールとユリウスが、早く事態を終結し、 結婚式を執り行いたいというアウグストに疑問を投げかけた。 ﹁私とシンの結婚式は、創神教のエカテリーナ教皇猊下が執り行う。 それはつまり、世界を救った英雄の結婚式を、世界一親愛を寄せら 1699 れている者が執り行うということ。それは、どんな光景だろうな?﹂ ﹁それは⋮⋮平和な、幸せな光景ですね﹂ ﹁そうで御座りますな。魔人の大量発生などという、冗談のような 事態に対して、心底疲弊しているであろう民衆にとってこれほど喜 ばしいことはないで御座りましょうな﹂ ﹁そういうことだ。私達の結婚式が執り行われるということは、全 ての事態が終息し世界に平和が訪れたということだ。それを表すの に、これ以上に有効な手段はない﹂ 自身の結婚式を、この一連の事態が終息した宣言として活用する という。 確かに、エリザベートとの結婚式を心待ちにしている部分もある のであろう。 しかし、今アウグストがそれを考える時、まず第一に考えるのが、 事態の終息宣言を兼ねた行事というものだった。 それを聞いたトールとユリウスは、お互いに顔を見合わせ、肩を すくめた。 ︵本当にこの御人は⋮⋮自分の幸せよりも、まず民衆の安心ですか ⋮⋮︶ トールは、アウグストのその姿勢に好印象も、もう少し年相応に 自分の幸せを求めてもいいのにと少しの憐れみも感じていた。 アウグストは平然としているが、トールとユリウスの方が居たた まれない。 1700 なのでここは、場を和ませることにした。 ﹁なるほど。自身の結婚式を政治の道具にするおつもりなんですね。 エリー殿が聞いたらなんと仰るでしょうね﹂ ﹁おい。エリーには言うなよ? 教皇猊下に結婚式を執り行って頂 けるということで凄く幸せそうなのだ。その幸せに水をさすんじゃ ない﹂ ﹁そうで御座ろうなあ。エリー殿がシシリー殿とドレスなど選んで おった時は、心底楽しそうで御座ったですからなあ﹂ ﹁だろう。だから余計なことは言うんじゃない﹂ ﹁殿下。本当にそれでよろしいんですか?﹂ ﹁なに?﹂ いかにもエリザベートに告げ口をしそうだったトールを牽制する アウグストだったが、トールから意外な反撃を受けた。 ﹁エリー殿は本当に幸せそうです。それに引き換え、新郎であると ころの殿下といったら⋮⋮﹂ ﹁そのエリー殿が楽しみにしている結婚式を、政治の道具にしよう としているで御座る﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁非道い話ではないですか。一人だけ舞い上がって、お相手はそう でもないという。これではエリー殿が可哀想です﹂ ﹁そうでござるなあ﹂ ﹁⋮⋮なにが言いたい?﹂ ﹁確かに、殿下の仰ることも分かります。しかし、殿下もエリー殿 との婚礼を喜び、楽しみにしてあげてください。そうでなければエ リー殿も⋮⋮殿下も可哀想です﹂ ﹁私も?﹂ ﹁そうです。殿下は⋮⋮お立場もありましょうが、自分を蔑ろにし 1701 すぎです。もっと、自分のことも構ってあげてください﹂ ﹁見ていて辛くなるときがあるで御座る﹂ トールとユリウスからの言葉を受けて、アウグストは黙り込んで しまった。 最近、シンの影響か遠慮がなくなってきていたが、ここまで意見 するようになったか。 それも、ただの苦言ではない。 自分を慮っての発言だ。 ︵変われば変わるものだな⋮⋮︶ 幼い頃からずっと一緒だった。 いつも行動を共にしていたが、立場が立場なので対等に話をした ことなどなかった。 それが、高等魔法学院でシンと出会ってからというもの、この変 わりようはどうだ。 自分のことを考え、意見までしてくれるようになった。 そのことが嬉しく、つい笑みがこぼれてしまった。 ﹁そうか、お前達の言い分は分かった﹂ ﹁では﹂ ﹁そうだな。それでも、この結婚式にそう言った意味合いが含まれ 1702 ることは変わらないが、その式自体は楽しみにしていよう﹂ そう言ってアウグストは、穏やかな顔で笑みを浮かべた。 それを見たトールとユリウスは、ホッとした顔をした。 ﹁よし。それなら、お前達の結婚式も盛大にやるとしようか﹂ ﹁﹁え?﹂﹂ ﹁私ばかりが楽しんでいては申し訳ないからな。そうだ、式が終わ った後、王都中をパレードで練り歩くというのはどうだ?﹂ ﹁で! 殿下! そればかりは御勘弁を!﹂ ﹁恥ずかしくて死んでしまうで御座る!﹂ ﹁ハハハ。遠慮するな。オープンの馬車で⋮⋮触れを出して沿道に 人を集めようか﹂ ﹁﹁お、お許しを!!﹂﹂ 自分の至らぬところを指摘された照れ隠しなのか、本気なのか判 別できない。 しかし放っておくと、アウグストなら確実に実行するであろう。 悪夢が訪れそうになり、トールとユリウスは必死にアウグストに 許しを請うた。 そして、その光景は王宮にいる使用人や官僚、役人や軍人に見ら れていた。 ﹁そうだ! 楽団やサーカスなども呼んで派手にやるか?﹂ ﹁﹁た、助けて!!﹂﹂ 1703 王宮に努める人々は、王子と側近のやり取りを、微笑ましいもの を見る目で見つめていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔物ハンター協会。 元は、討伐した魔物の素材を、商人に買い叩かれない為に設立さ れ、魔物素材をその時々の適正価格で買い取り、それを魔物素材を 必要としているところへ卸す。その際にマージンを得ることで利益 を出す。 魔物素材が集まるということは、相当数の魔物を討伐するという ことでもあり、騎士団に代わり魔物を討伐するハンターに対し、国 からの補助金も出るようになった。 こうして、討伐そのものに対しても報奨金が出るようになり、協 会はその補助金の数パーセントを手数料として徴収し、そこでも利 益をあげている。 なので、魔物を狩れば狩るほど、素材を買い取れば買い取るほど 収益が出るようになっている。 まさに魔物討伐を生業とした組織なのである。 その協会を利用するには、特別な登録など必要ない。 1704 市民証に計上される魔物討伐数を申請するだけでいいし、ハンタ ーランクなども存在しない。 小型・中型・大型・災害級と、討伐した魔物のランクに応じた報 奨金の上下はあるが、どの魔物を討伐するのかは、すべてハンター の自己判断、自己責任である。 なので、依頼などというものも存在しないのだが、それでもハン ター達は魔物狩りに出る前にハンター協会に寄って行く。 それは、魔物素材の在庫状況を確認するためだ。 魔物素材の買い取り価格は、在庫が少なくなっている素材はレー トが上がり、逆に在庫過多の素材はレートが下がる。 その在庫状況を見て、何を狙うか見定めるために、ハンター達は 協会に集まるのだ。 ある日、ハンター協会に二人の少女が訪れていた。 ﹁今日はどの素材のレートが高いのかなっと﹂ ﹁マリア⋮⋮下品だよ。本当に貴族の娘なの?﹂ ﹁うるさいよ! ミランダ!﹂ マリアとミランダである。 高等魔法学院と騎士養成士官学院の合同訓練以降、妙に気が合っ た二人はよくこうして魔物狩りに行っている。 1705 ミランダは、魔物を相手にした実戦を積むことで、より腕を磨く ため。 マリアは、憂さ晴らしと小遣い稼ぎである。 ﹁だってさあ、周りにリア充が多いとホント、キツイんだって﹂ ﹁ああ、マリアの周り婚約者とかカップルばっかりだもんな﹂ ﹁そんな中で独り身よ。いたたまれないったらないわよ!﹂ ﹁ふっ⋮⋮マリアはまだいいじゃないか。アタシなんて、周りの男 から女扱いされてない上に、男どもがバカすぎてうんざりするわ⋮ ⋮﹂ リア充に囲まれて辛い立場のマリアを、バカに囲まれて辛いミラ ンダが甘いと言う。 ミランダのいる騎士養成士官学院は、男女比九対一の学院である。 つまり、ほぼ男子なのだ。 女子は、ほんの数人しかいないし、騎士学院の女生徒は女扱いさ れていない。 結果、騎士学院にいる男子は、異性の目を気にしなくなる。 そして、思春期の男子が集まると⋮⋮基本バカになる。 ﹁口にするのは女の話ばっかり。なのに、アタシらみたいな筋肉質 な女は女と認識してないし。そんで子供かっていうような遊びでバ カ騒ぎするし⋮⋮ホント、ウォルフォード君を見習ってほしいよ﹂ ﹁お? なに? ミランダ、シンに惚れちゃった?﹂ 1706 シンを見習ってほしいというミランダに対し、マリアが敏感に食 いついた。 ﹁あんなに堂々と、彼女とイチャイチャしてる人に惚れるほど節操 なしじゃないよ。純粋にそう思っただけ﹂ ﹁なんだ、つまんない。でも、シンを見習うのは止めといた方がい いわよ?﹂ ﹁どういう意味?﹂ ﹁シンはねえ⋮⋮自分ができる最良のことをしようとして一生懸命 なのは分かるんだけど、いかんせん加減をしらないというか、常識 を知らなさすぎなのよね﹂ ﹁そ、そうなのか?﹂ ﹁だって、虎の魔物に膝蹴りする人、見たことある?﹂ ﹁⋮⋮確かに﹂ ﹁ミランダは、あの程度しか見てないけどね、もうホント、信じら んないことばっかすんだから﹂ ﹁あ、あれであの程度ということは⋮⋮やめとこう、聞くのが怖い﹂ ﹁その方がいいわよ? 精神衛生上ね﹂ 何度もマリアと一緒に魔物討伐に赴いているので、この友人の力 が途方もないものになっていることは知っている。 そのマリアをして、ここまで言わせるのかと、ミランダは背中に 冷たいものが流れるのを感じた。 戦慄しているミランダをよそに、マリアは先日以来気になってい ることを聞いてみた。 ﹁そういえばさ、剣聖様に稽古をつけてもらえるようになったんで 1707 しょ? どんな感じ?﹂ すると、よくぞ聞いてくれたとばかりに、ミランダは目を輝かせ てマリアに語り始めた。 ﹁もう最高だ! 今まで習ってきたのがなんだったのかというくら い最高だ!﹂ ﹁そ、そうなんだ⋮⋮﹂ 突然目を輝かせだしたミランダにマリアは若干引きながら応対す る。 ﹁ああ! 毎日毎日ボロボロになるまで叩きのめされるんだ。それ が毎日だぞ! ああ、素晴らしい!﹂ ミランダってドMだったんだな⋮⋮。 そう思って、マリアはちょっと遠い目をした。 どこの世界に、毎日ボロボロになるまでシゴかれて幸せそうにし ている女子がいるというのか。 内心盛大に引いていたが、せっかくできた気の合う友人である。 ここは波風立てないように、さっさと討伐に行こうとマリアは決 めた。 ﹁ホラ、ミランダ。剣聖様の稽古が素晴らしいのは分かったから、 早く討伐に行こうよ﹂ ﹁ああ! 今までの稽古の成果がどれほどのものか、早く試してみ 1708 たい!﹂ 剣聖ミッシェルの稽古は、道場での稽古だけではない。 実戦の剣は実戦の中でないと鍛えられないとし、道場でしばらく 稽古した後は、魔物の討伐という実戦を行うという指導方針を取っ ていた。 今日は、ミランダがミッシェルの稽古を受け始めてから初めての 魔物討伐の日なのだ。 学院の男子のことを話しているときは落ち込んでいたのに、今は 実に楽しそうだ。 現金なミランダに苦笑しつつ、今日の素材レートを確認しようと した。 その時。 ﹁なんだあ? 王都の協会は、こんな女子までハンターやってんの かよ?﹂ ﹁ギャハハ! 王都の協会は随分レベルが低いんだなあ!?﹂ ﹁こりゃ、俺達が筆頭ハンターやった方がいいんじゃねえか?﹂ ハンターの中から、そんな言葉が発せられた。 マリアとミランダの他にも女性のハンターはいるが、皆妙齢の女 性ばかりである。 女子と言われるような年齢の女は自分達だけだ。 1709 ということは、自分達に向けての発言だろうと、声のした方を二 人は見た。 そこには、下品な笑みをニヤニヤと浮かべ、自分達を値踏みして いる三人組の男がいた。 ﹁おう、姉ちゃん。ハンターの真似事なんてしてねえで、俺達の相 手しろよ﹂ ﹁そうそう! お前らに誰も手を出さない腰抜けな王都のハンター なんかより、俺らは強いぜえ?﹂ ﹁アソコもな!﹂ ギャハハ! と笑い声まで下品である。 その言葉に、一番反応しているのは、マリアとミランダではなく、 周りのハンター達である。 言動から察するに、この男達は田舎から出てきたのであろう。 そんな田舎者が、自分達王都のハンターを貶しているのも我慢で ・・ きなかったし、なによりこの男達が下品な視線と声を掛けているの は、あのマリアとミランダなのである。 身の程知らずな男達に対し、王都のハンター達の怒りが沸点に達 しそうになった、その時。 ﹁うわっ、今までで一番下品なナンパされたわ﹂ ﹁凄いな。こんな言い方をするのは物語の中だけだと思っていた。 本当にいるんだな﹂ 1710 ﹁ちょっと面白いよね﹂ 怒りのゲージが上がっていく周囲とは対照的に、下品な声をかけ られた当の本人達は全く気にしていない様子だった。 むしろ、物語でしか聞かれないような台詞が面白かったのか、ア ハハハと、声をあげて笑う始末だ。 一通り笑った後、二人はもう興味がなくなったのか、素材のレー トが書かれている掲示板に意識を移した。 二人にとって、この話はもう終わったのである。 しかし、笑われてしまった男達の方は終われる訳がない。 ﹁てっ! テメエら! なに笑ってやがる!﹂ ﹁ぶっ殺されてえのか!?﹂ ﹁なめてんじゃねえぞ!? こらぁ!﹂ あまりにも舐めた態度に激昂する男達。 彼らは田舎から出てきて、王都で一旗揚げようと目論んでいた。 舐められまいと意気込んで王都のハンター協会に足を踏み入れれ ば、成人したてくらいの女子が悠然と行動している。 そのことから、王都のハンター協会が大してレベルが高くないと 判断した。 そう思ったから、さっきのように声を掛けたというのに、声を掛 1711 けられた女子は自分達を見て笑った。 男達のプライドは傷付けられてしまったのである。 声を荒げ、マリアとミランダに詰め寄ろうとする男達。 だが。 ﹁ちょっと。臭いからそれ以上近寄んないでくれる?﹂ マリアの放った魔力障壁に阻まれ、前に進めなくなってしまった のである。 ﹁な、なんだよ! この障壁!﹂ ﹁前に進めねえっ!﹂ ﹁くっ、くそ!﹂ マリアの張った障壁に完全に歩みを止められ驚愕するが、それで も意地で手を伸ばそうとする男達。 だが、その手がマリア達に伸ばされるその前に。 ﹁少々、騒ぎすぎですよ﹂ ﹁﹁﹁なっ!?﹂﹂﹂ 確かに今まで自分の目の前にいたはずの女子、ミランダがいつの 間にか男達の後ろに立っていた。 ジェットブーツを使いこなし、高速で移動したのだが、その動き がまったく見えなかった男達は揃って驚愕の声をあげる。 1712 そして、抵抗する間もなく納刀したままの剣の鞘で当身を喰らい、 その場に倒れ伏す。 それを見た周りのハンター達が、騒ぎを起こした男達を取り押さ えた。 こうして、朝から協会内で騒動が起こったのだが、絡まれた当の マリア達は。 ﹁これは、後で皆に教えてあげないといけないわね﹂ ﹁そうだな。初めて絡まれたしな﹂ ﹁あ、そうだ。ミランダ、シンから預かってるものがあるの﹂ ﹁あ! まさか!?﹂ ﹁そう、はいコレ﹂ ﹁お、おお⋮⋮これが⋮⋮﹂ ﹁バイブレーションソード。柄は共通だから、刃の部分だけね﹂ ﹁ああ! ありがとう!﹂ 素材のレートを確認し終わったのであろう。世間話などをしなが ら協会を出て、狩りに向かってしまった。 残された者たちは、キャッキャと楽しそうに協会を出て行く二人 を、唖然とした表情で見送った。 ﹁まったく。あの嬢ちゃん達は大物だぜ﹂ ﹁実際大物だしな。踏んだ修羅場が違うんだろ﹂ ﹁そう考えると、コイツらは勇敢だったのかねえ﹂ 口々にそんなことを言う王都のハンター達。 1713 それに対して訳が分からないのが、田舎から出てきた三人組であ る。 ﹁なんなんだよ! あいつらナニモンなんだよ!?﹂ ﹁お前ら、王都にきたのは最近か?﹂ ﹁昨日着いたばっかだよ!﹂ ﹁なら、知らないのも無理ねえか﹂ ﹁だから、なにが!?﹂ イライラし始めた男に、王都のハンターが聞く。 ﹁この前の魔人領攻略作戦で、大活躍した騎士学院の女生徒がいる って聞いたことないか?﹂ ﹁あ、ああ。なんでも、災害級に止めを刺したとか⋮⋮まさか!?﹂ ﹁お前らを打ちのめした子だよ﹂ 男達は、噂でしか聞いたことがなかった存在に出くわすとは、夢 にも思ってなかったのだろう。 ﹁くそっ! ついてねえ! そんなバケモンに当たるなんてよ!﹂ そう言って悪態をついた。 すると、周りのハンター達から笑いが起きた。 ﹁な、なんだよ!? なに笑ってんだ!﹂ ﹁ミランダちゃんがバケモンって。そしたらマリアちゃんはどうな るんだ?﹂ ﹁さあ? なんだろ?﹂ 1714 ﹁おい、そんなこと、あの子の前で言うなよ? キレちゃうから﹂ ﹁違えねえ!﹂ そう言ってまた笑いだす。 ﹁いい加減にしろよ! こっちは訳分かんねえんだよ!﹂ まるで嘲笑われているかのように感じ、男の一人が叫んだ。 ﹁魔力障壁張った子がいたろ? あの子に比べたら、ミランダちゃ んなんてまだ普通だぜ?﹂ ﹁な、なにもんなんだよ、あの女﹂ ﹁お前、アルティメット・マジシャンズって知ってるか?﹂ ﹁は? 当たり前だろ、知らない奴なんていんのかよ﹂ 救国の英雄。 ﹃魔王﹄や﹃神の御使い﹄等の異名を持つシン=ウォルフォード 率いる、史上最強の魔法使い集団。 最早、この国だけに留まらず、世界中で知らない者はいないとさ れる存在。 急にそんな話を出してきたことに、男達は困惑した。 しかし、その後ハンター達の口から出た言葉は驚くべきものだっ た。 ﹁アルティメット・マジシャンズだよ﹂ ﹁え?﹂ 1715 ﹁だから、あの子がアルティメット・マジシャンズの第三席。﹃戦 乙女﹄マリアちゃんなんだよ﹂ ハンターの口から出た驚愕の真実に、男達の脳はフリーズを起こ す。 ﹁アルティメット・マジシャンズのマリアちゃんに手を出そうとし て、この程度で済んだんだ。運がいいのか、悪いのか。さて、どっ ちなんだろうな?﹂ そして、やや時間を置いてから再起動した男達は、さっきとは真 逆のことを呟いた。 ﹁俺たち⋮⋮ついてたのかも⋮⋮﹂ ﹁エッキシ!﹂ ﹁ん? 風邪か?﹂ ﹁いや大丈夫。なんだろう?﹂ ﹁誰か、噂してるのかもな﹂ ﹁イケメン! イケメンでお願いします!﹂ アハハハと笑いながら進むマリアとミランダ。 マリアの願いが脆くも崩れ去っていたことは、知る由もない。 1716 それぞれの日常︵後書き︶ 外伝も更新しました 1717 それぞれの日常 2 石窯亭。 アールスハイド王都にあり、高級店ではないが、自慢の石釜で焼 かれた料理が絶品であると、常連客が多い繁盛店である。 普段から予約が取り辛く、当日に店に行ってもしばらく待たない と入店できないその店は、今現在、前にも増して客が集まってきて いる。 店の外に出来ている行列は、以前の倍以上の長さになっている。 その理由は⋮⋮。 ﹁オリビアちゃん! 注文いいかい?﹂ ﹁オリビアちゃん、料理まだ?﹂ ﹁オリビアちゃーん﹂ ﹁はーいっ! 少々お待ちくださあーい!﹂ オリビア目当ての客が増殖したためである。 今のアールスハイドで一番旬な話題、アルティメット・マジシャ ンズ。 すでに何体もの魔人を討伐し、アールスハイドだけでなく、世界 中から賞賛と羨望を向けられる、まさに英雄集団である。 1718 一般市民にとって、そんな英雄扱いされている者達にお目にかか る機会など、そうある訳ではない。 しかし、王都民は知っていた。 そのアルティメット・マジシャンズのうちの一人が、アールスハ イド王都でも有名な石窯亭の娘であることを。 アルティメット・マジシャンズに入る前は、ウェイトレスとして 店に出ていたことを。 そのことを知っていた王都民は、もしかしたらという思いで石窯 亭に足を運んだ。 するとそこには、以前と変わらずウェイトレスとして働くオリビ アの姿があった。 一般市民とは別の世界に住む英雄達。 その英雄が、間近で見られる。 その噂はあっという間に王都中に広まり、一目だけでもオリビア を見ようと連日大勢の人達が押しかけてきていたのだ。 オリビアの両親は、娘が見世物になったような気分になり、店に 出なくてもいいと言ったのだが、これだけの客が店に訪れれば、収 益は大きなものになる。 オリビアが姿を見せず、落胆したまま帰せば、常連客はともかく 新規の客は再びこの店に訪れることがないかもしれない。 1719 家の家業の売り上げが伸びるならと、オリビアは皆から必要以上 に注目されるという羞恥に耐え、店に出続けている。 そして、店に訪れる客の多くは、店で働くオリビアの姿が見られ れば満足という客がほとんどなのだが、中には困った客もいる。 これだけ混雑した店内を捌くのに、オリビア一人ではとてもでは ないが捌ききれない。 当然、他にもウェイトレスやウェイターがいるのだが、自分の接 客をオリビアがしてくれないことに不満を漏らす客もいるのだ。 ﹁いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?﹂ ﹁おい! 俺はオリビアを呼んだんだよ! なんでオリビアがこね えんだよ!?﹂ オリビア以外のウェイトレスが注文を聞きにきたのが気に入らな いのか、そこそこいい身なりをし、脂ぎって太った中年の男が、ウ ェイトレスに向かってそう言い放った。 ﹁オリビアさんは別の業務中ですので。ご理解下さい﹂ ﹁なんでだよ!? あっちの客にはオリビアが接客してただろうが ! ここの店は客を差別するのか!?﹂ 自分の要求が通らないことに対し声高に不満をぶちまける中年男 性。 周りの客の迷惑そうな視線も気にならない様子だ。 1720 接客に訪れたウェイトレスも、この迷惑な客にどうしたものかと 対応に困ってしまった。 相手はまがりなりにも客である。 そんな相手に文句を言えば、店の悪評が立ってしまうかもしれな い。 ﹁いいから、オリビアを呼べよ!﹂ ﹁どうしましたか? お客様?﹂ いまだにオリビアを呼べとうるさい中年男性の対応に、一人の女 性が近付いた。 年齢は三十過ぎくらいで真っ直ぐな黒髪をしている女性。 オリビアの母である。 ﹁なにか不手際でもありましたでしょうか?﹂ ﹁不手際も不手際だよ! なんで俺の接客がオリビアじゃなくてコ イツなんだよ!﹂ 中年男性に﹃コイツ﹄呼ばわりされたウェイトレスは、額に青筋 を浮かべるが、オリビアの母は困った顔をした。 ﹁なんでと申されましても。彼女は当店のウェイトレスです。お客 様の接客をするのは当然ですが?﹂ ﹁だから! なんで俺の接客がオリビアじゃないのかって聞いてる んだよ! 俺は!﹂ ﹁はあ。おかしなことをおっしゃいますね?﹂ 1721 ﹁お、おかしなことお!?﹂ オリビアの母は、困った顔のまま中年男性に告げると、中年男性 は怒りに顔を真っ赤にし始めた。 ﹁ええ。ここは飲食店でございます。ウェイトレスの指名制度など 聞いたことがありませんが⋮⋮お客様、どちらかのお店とお間違え では?﹂ ﹁な、な、なんだ! その口の利き方は!? 俺は官僚だぞ!? この国を運営しているんだぞ!? そんな俺に向かって!﹂ どうやらこの男は、どこかの役所の官僚らしい。 そして、官僚にありがちな、自分が国を動かしているので偉いと いう思想に凝り固まっているようである。 醜く肥満した体がそれを物語っている。 色々と特権階級の権限を使って甘い汁を吸っているのだろう。 そのため、自分は特別扱いされて当然という考えでいるようだ。 ﹁分かったら、さっさとオリビアを出せ!﹂ そして、その言葉を聞いていた店中の客が、男に対して怒りを募 らせていた時。 ﹁お母さん、もういいよ﹂ ﹁あら、オリビア﹂ ﹁その人、お客様じゃないよ。営業妨害で出て行ってもらおう﹂ 1722 ﹁な、な、な﹂ 母の後ろからオリビアが姿を現し、営業妨害なので退店願おうと 言ったのである。 その言葉に、官僚と名乗った中年男性は、怒りのあまり一瞬言葉 が出なかった。 ようやく言葉を発っせられるようになると、怒り心頭で大声を張 り上げた。 ﹁き! 貴様! 高々ウェイトレスの分際で、この俺になんて口を 利きやがる!﹂ どうやらこの男。興奮し過ぎてオリビアがどういう人物なのか。 この店がなぜこんなにも混雑しているのか、理由をサッパリ忘れて しまったようである。 ﹁この俺にこんな恥をかかせやがって! こんな店、俺の権力で潰 してやるからな!﹂ ついにはそんな言葉を吐いた。 その言葉を聞いて、黙ってしまった石窯亭の従業員。 これは利いたと思った中年男性は、更に言葉を重ねようとするが ⋮⋮。 ﹁⋮⋮木端役人が、何言ってるんですか?﹂ ﹁は、は? 木端? 俺が木端だと!?﹂ 1723 オリビアの母が、営業スマイルのままとんでもないことを言いだ した。 ﹁お、お母さん?﹂ ﹁さっきから黙って聞いてりゃ、オリビア、オリビアって、人の娘 を馴れ馴れしく呼び捨てで呼ばないで頂けます?﹂ ﹁え? は?﹂ 営業スマイルのまま怒っているオリビアの母に、オリビアも中年 男性も困惑している。 ﹁あなたの常識じゃあ、気に入った女が接客するのが当然だと思っ てるみたいですけどねえ、ひょっとしてそういう店の常連だったり します? うちはそういう店じゃないんで﹂ ﹁な、な﹂ 中年男性が口をパクパクして反論できないでいると、店中から笑 い声が上がった。 そして﹁迷惑なんだよ!﹂とか﹁楽しくメシ食ってんのに不快な 気分にさせんじゃねえ!﹂など、中年男性を非難する声があちこち から噴出する。 ﹁しかも、この店を潰すですって?﹂ ﹁え、あ、いや⋮⋮﹂ ﹁あなた、お忘れではないですか? ウチの娘はアルティメット・ マジシャンズです。その中にどんな人物がいるのか﹂ そう言われて、中年男性はようやく頭が冷静になり、色々と思い 1724 出した。 今、自分に対して意見している女の後ろにいるのは、この国だけ でなく、世界最強の魔法師集団と言われるチームに所属している人 外に魔法使いであること。 そして、その彼女が所属しているアルティメット・マジシャンズ には誰がいたのか。 ﹁あ⋮⋮あ、いや⋮⋮﹂ ﹁そんな繋がりがある店を潰す? よくもまあ、言えたものでわね ?﹂ 中年男性は、役所の官僚として平民としては高い地位にいるかも しれない。 しかし、この店の娘が所属しているアルティメット・マジシャン ズには、至高の王族がいる。希代の英雄がいる。 そんな店を、権力で潰すと言ったのだ。 中年男性は、みるみるうちに青ざめていった。 ﹁こ、このことは、どうか内密に⋮⋮﹂ ﹁あら。私どもはそんなことはしませんよ? ただ⋮⋮﹂ オリビアの母は、ゆっくりと周りを見渡した。 ﹁人の口には戸が立てられないですからねえ⋮⋮﹂ 1725 営業スマイルをやめて困った顔をするオリビアの母。 中年男性は、店内を見渡し、自分に憤りと侮蔑を込めた視線が集 中していることに気付いた。 王族所縁の店を潰すと大声をあげてしまった。 その自分の顔がこんなに大勢の前に晒されている。 この中には、自分がどこの誰か知っているものがいるかもしれな い。 中年男性は血の気が引いていく音を聞いたような錯覚に陥った。 ﹁ひ! ひい!﹂ 思わずそう叫んだ中年男性は、自分の顔を隠すようにして何の注 文もせずに店を飛び出して行ってしまった。 ﹁あら。席が空いたわ。オリビア、お客様を入店させてちょうだい﹂ ﹁え、あ、うん﹂ 特別大声を上げたわけではない。営業スマイルのままだった。 しかし相当怒っていたのであろう。淡々と中年男性を追い詰め、 最終的に退散させてしまった。 オリビアは、自分の母ながらに恐ろしいと思いながら、店の外で 待つ客を入店させに行った。 1726 その様子を見ていた他の客からは喝采が上がった。 この一連の出来事を、イベントの一種かなにかと勘違いしている のか、客達は盛り上がっている。 ﹁あら、お騒がせして申し訳ありません﹂ ﹁なあに、アイツのことは皆ムカついてたからな! ビシッと言っ てくれてスカッとしたぜ﹂ ﹁そうだ、そうだ!﹂ 皆同じ思いをしていたのだろう、喝采が止まらない。 そこへ、新たに店に入ってきた客が﹁え? なに?﹂と困惑した のは言うまでもない。 店内でそんな騒動が起こっている頃に、一人の青年が石窯亭にや ってきた。 その青年は、店の前にできている長蛇の列に目を向け、相変わら ず流行ってんなと思いながら店内に入ろうとした。 行列を無視して店内へ入ろうとする、明らかな割り込み行為だ。 それを並んでいる男性客が見咎め、青年を呼び止めた。 ﹁おい! お前!﹂ ﹁はい? なんッスか?﹂ 1727 青年はマークだった。 ﹁なんだじゃねえだろ! 並んでるのが見えねえのかよ!﹂ ﹁え? ああ。大丈夫ッス。自分、客じゃないんで﹂ ﹁はあ!? 客じゃねえだあ?﹂ ﹁ええ⋮⋮わっ!﹂ ﹁ひいいい!﹂ マークと列の先頭だった客が話をしている間を、顔を隠した中年 男性が走り抜けて行った。 そのことに一瞬呆然とする二人だったが、列の先頭の男が先に復 活した。 ﹁客じゃねえとはどういう意味だ? あ、まさか、オリビアちゃん を口説きにきたのか!?﹂ ﹁なに!?﹂ ﹁オリビアちゃんを口説きにきただと!?﹂ 先頭の男の発言に、その後ろに並んでいた客まで反応した。 ﹁え? いや、口説くもなにも⋮⋮﹂ マークがなにか言おうとした時。 ﹁お待たせしました。お客様、店内へどうぞ﹂ ﹁え? あ、オリビアちゃん﹂ ﹁はい? どうぞ店内へ⋮⋮あれ? マーク﹂ ﹁おう﹂ 1728 オリビアが並んでいる客を店内に誘導しようとした時、マークに 気付いて声を掛けた。 その親し気な様子と、マークと呼ばれた青年の態度。 それに気付いた男性客たちがざわめきだした。 ﹁ゴメン、マーク﹂ ざわめいていた男達だが、オリビアが﹃ゴメン﹄と言ったことか ら﹁アイツ、振られやがった﹂﹁ざまあ﹂と言った声が聞こえてき たのだが⋮⋮。 ﹁まだ終わってないんだ。部屋で待っててよ﹂ ﹁ああ。分かった。頑張れよ﹂ ﹁うん!﹂ そう言ってマークは店内へと入り、店の奥にあるプライベートス ペースに入っていった。 そして、男性客達は信じられない言葉を聞いた。 ﹃部屋で待ってて﹄ それはつまり、あのマークと呼ばれた男はオリビアと相当親しい 関係なのだと推測された。 その絶望の言葉に、男性客達は、総じて膝をついた。 1729 そんな男性客を冷ややかな目で見ていた女性客達は、オリビアと さっきの男との関係が気になってしょうがない。 ﹁ねえねえ、オリビアちゃん。さっきのコ、誰?﹂ ﹁彼氏? 彼氏?﹂ ﹁え? はい、そうです﹂ オリビアの彼氏肯定発言に、盛り上がる女性客とさらに沈み込む 男性客。 そんな男性客を無視して、女性客はさらに盛り上がる。 ﹁ね! どんな人? いつから付き合ってんの?﹂ ﹁そ、そうだ! オリビアちゃんの彼氏に相応しいかどうか、俺達 が見極めてやる!﹂ ﹁はあ? アンタ何言ってんの?﹂ ﹁うるせえ! オリビアちゃん! アイツ、どこのどいつだい!?﹂ 何故か、男性客が復活し、マークのことを見定めると息巻いてい る。 その事に女性客はさらに冷ややかな目になり、オリビアは﹁なん で?﹂と困惑しきりである。 ﹁オリビアちゃん!﹂ ﹁はい!? え、ええと、マークとは幼馴染で⋮⋮﹂ ﹁くっ! 幼馴染⋮⋮いきなり手強いカードをっ!﹂ ﹁幼馴染で付き合ってるのね! 素敵!﹂ ﹁それで!?﹂ ﹁え? それで? ええと、マークはビーン工房の息子で⋮⋮﹂ 1730 ﹃ビーン工房!?﹄ その言葉に驚いたのは男性客である。 男性客の中にはハンターの者も少なくない。 そして、ハンター達にとってビーン工房の武器防具は、憧れの的 なのである。 そんな工房の御曹司。 もう、文句をつけるところがない。 男性客達は、そう思い絶望したのだが、女性客は別のことに食い ついた。 ﹁ビーン工房の息子さんってさ。確かアルティメット・マジシャン ズじゃなかった?﹂ ﹁はい。そうですよ﹂ ﹃しかも、アルティメット・マジシャンズゥ!?﹄ 女性客は、そのことにさらに盛り上がり、男性客は真っ白になっ た。 ﹁あの、そろそろ戻らないと⋮⋮﹂ ﹁あ、ゴメンね。お仕事頑張って﹂ ﹁はい。といっても、もうあがりますけど﹂ ﹁ああ。彼氏が部屋で待ってるもんね﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 1731 はにかみながら返事をして店に入っていくオリビアを、女性客は 生温かい視線で見送った。 ﹁お母さん。マークが来たからあがるね﹂ ﹁あら、もうそんな時間? お疲れさま。あがっていいわよ﹂ ﹁はーい﹂ そう言って、店の奥に嬉しそうに消えていくオリビア。 その光景を、温かく見守る視線と、そこにはいないマークへの嫉 妬の念を送る者とに分かれていた。 ーーーーーーーーーーーーーー アールスハイド王都にあるとあるオープンカフェ。 そこに、デート中なのであろう男女がお茶をしていた。 その二人は、楽しそうな男性に比べ、女性が疲れた顔をしていた。 ﹁はふぅ⋮⋮﹂ ﹁どうしたのさリリア。そんなに大きな溜め息吐いて﹂ 1732 ﹁どうしてもなにも⋮⋮トニー君はよくそんなに平然としていられ るね?﹂ トニーとリリアのカップルだった。 ﹁うーん、僕の周りは婚約者がいる人ばっかりだからねえ。それが 普通だと思い始めてるかも﹂ ﹁本当にもう⋮⋮どうして皆こう結婚させたがるのかしら?﹂ ﹁アハハ、さっきのお義父さんとお義母さん、面白かったねえ﹂ ﹁まったく、昨日は私が彼氏を連れてくるって言ったら﹃認めんぞ !﹄って言ってたのに⋮⋮﹂ ﹁へえ、さっきはいきなり﹃娘をよろしくお願いする﹄って言われ たねえ﹂ ﹁だからよ! トニー君がアルティメット・マジシャンズだって知 ったら掌返して⋮⋮おまけにトニー君の稼ぎを聞いた後のお母さん ときたら⋮⋮﹂ ﹁﹃リリア! 早く結婚しちゃいなさい! 絶対逃がしちゃダメよ !﹄って目を血走らせて⋮⋮恥ずかしいったらないよ!﹂ どうやら、トニーが彼女の家に挨拶に行ったらしい。 結婚するしないに関わらず、彼氏、彼女を親に紹介することはよ くあるが、どうやらリリアの親は娘がトニーと結婚することを熱望 しているらしかった。 ﹁大体さあ、まだ学生なんだよ? 私もトニー君も学院があるし、 結婚なんて早いよ﹂ ﹁そうだねえ。僕ももう少し独身でいたいかなあ?﹂ 1733 早く結婚させようとせっつく周りにウンザリした様子のリリアに 同調するように、トニーももう少し独身でいたいと言った。 すると、それを聞いたリリアの目が半目になった。 ﹁ふーん⋮⋮独身でいてなにするつもりなのかしら?﹂ ﹁ちょ、ちょっとリリア?﹂ ﹁ふん! トニー君、モテるもんねえ。また女遊びするつもりなん じゃないの?﹂ 中等学院時代に複数の女子と付き合っていたのを知っているリリ アは、トニーがまた女遊びをするつもりではないかと疑いの眼差し を向けた。 ﹁ええ∼、そんなつもりじゃないよ。シン達と遊ぶのも楽しいから さあ、結婚したら気軽に遊べないなって思っただけだよ?﹂ ﹁どうだか? もし浮気したら離婚だかんね!﹂ ﹁リリア⋮⋮離婚って﹂ ﹁はっ!? ち、違っ! 別れる。そう! 別れるからね!﹂ 結婚するやしないの話をしていたからだろうか。別れると言うつ もりが離婚すると言ってしまった。 これではまるで自分が結婚したがっているみたいではないかと、 顔を赤くしながらソッポを向くリリア。 そんな慌てる恋人のことを、トニーはまたも楽しそうに眺めてい た。 1734 ﹁よっ! リリアおはよう!﹂ ﹁あ、おはよう﹂ 魔人領攻略作戦に従軍した魔法学院と騎士学院と違い、経法学院 は通常に授業が行われている。 その学院に、朝いつも通りに登校したリリアは、同級生の女子に 声をかけられた。 ﹁リーリーアー。見たぞお、昨日∼﹂ ﹁昨日?﹂ ﹁リリア、デートしてたでしょ!﹂ ﹃なっ!?﹄ 経法学院も他の学院同様、一学年百人なのだが、実技のある魔法 学院と騎士学院と違い、経法学院のクラスはAからDの四クラス、 二十五人で構成されている。 その内の半分を占める男子生徒達が、女子生徒の放った驚愕の一 言に、揃って声をあげた。 リリアは、今年度の一年生の中ではトップクラスの美少女だ。 男子生徒達の中にはリリアのことを狙っている者も大勢いるのだ が、まさかリリアに、すでに彼氏がいるとは思いもしなかったのだ。 見間違いであってくれと、もしくはただの男友達だと言ってくれ と、男子生徒達は切に願った。 1735 だが⋮⋮。 ﹁なによ、見てたの? なら声かけてくれたら良かったのに﹂ ﹁いやいや。彼氏と仲良さそうに腕組んでる人間に声なんてかけら んないって﹂ 腕組んでた。 この時点で、男子生徒達の心は折れかけていたのだが、まだ見間 違いの可能性もある。 折れそうになる心を奮い立たせて、男子生徒達は彼女達の会話に 全神経を集中させた。 さも、自分は興味がない風を装って。 女子生徒にはその男達の様子がバレバレだったため、リリアから もっと確実な情報を引き出して、男子生徒達を凹ましてやろうと企 んだ。 ﹁あの後さあ、カフェでお茶してたじゃない。真剣な顔してなに話 してたの?﹂ ﹁それかあ⋮⋮﹂ 女子生徒の質問に、リリアは昨日の両親の様子を思い出した。 ﹁なんで親ってのは、経済的に裕福な人間見るとすぐに結婚を勧め てくるのかしら?﹂ ﹃ぶふうっ!﹄ 1736 男子生徒達は、血を吐いて倒れてしまった。 お付き合いしている程度ならまだしも結婚ってなんだと。 すでに絶望的な状況に、男子生徒達の心は完全に折れてしまった。 それを聞き出した女子生徒も、まさかそんな答えが返ってくると は予想もしていなかったので、一瞬固まってしまった。 ハッと我に返った女子生徒は、なんでリリアがそんなことを言い 出したのか問い詰めた。 ﹁ちょ、ちょっと! いきなり結婚って! もうそんな話になって んの!?﹂ ﹁んー? いや、昨日彼を親に紹介したら、早く結婚しろって言わ れたのよ﹂ そう言って溜め息を吐いたリリア。 女子生徒の方は、紹介したら結婚を勧められる彼氏というのに興 味が湧いた。 ﹁一体、どんな彼氏なのよ? 普通じゃないわよ?﹂ ﹁そうねえ、普通じゃないわねえ⋮⋮﹂ と、自分の彼氏ながら普通ではない彼のことを思い浮かべるリリ ア。 女子生徒は、その彼氏がどんな人間なのか知りたくてしょうがな い。 1737 ﹁そもそも、相手の彼氏、同い年くらいに見えたけど? なに? 貴族のボンボンなの?﹂ ﹁いえ? 平民よ、彼﹂ ﹁余計に分かんないよ!﹂ 貴族の息子ではなく平民だというリリアの彼氏。 そのことが女子生徒の混乱に拍車をかける。 なぜなら、結婚生活には先立つものがなければ結婚生活を維持で きない。 となれば、それなりに収入のある者でないと結婚するという話に はならにはずなのだ。 ﹁収入はねえ⋮⋮彼、ウォルフォード君と一緒に開発した武器が軍 の制式装備に採用されちゃったから、毎月アイデア料として結構な 額が入ってきてるらしいのよ﹂ ﹁軍の制式装備って、それはまた⋮⋮﹂ 軍という巨大組織の制式装備に採用されるということがどれだけ の収入を得られるのか、経済を学ぶ学院の生徒に分からないはずが ない。 しかし女子生徒は、それ以外に、リリアがあり得ない名前を出し たことに気付いた。 ﹁ちょっと待って。ウォルフォード君? それって、あのウォルフ ォード?﹂ 1738 ﹁どのウォルフォードかは知らないけど、この王都で一番有名なウ ォルフォードよ﹂ そのリリアの言葉に、女子生徒は驚愕した。 ﹁な、な、なんで!? なんで彼氏、ウォルフォード様と知り合い なの!?﹂ ウォルフォード様って⋮⋮とリリアは内心そう思ったが口には出 さなかった。 なぜなら、この女子生徒の反応は、同年代の女子にとっては普通 の反応だからである。 自分達と同年代でありながら、すでに過去の英雄達を上回る活躍 を見せているアルティメット・マジシャンズ。 その筆頭であり、魔王であり、神の御使いなのだ。 女子達が憧れて様付けで呼んでもしょうがないのである。 ﹁ねえなんで? なんでよ!?﹂ ﹁なんでって言われても⋮⋮﹂ リリアは女子生徒の顔を見ながら告げる。 ﹁彼、アルティメット・マジシャンズだから﹂ ﹃はあぁ!?﹄ このリリアと女子生徒の会話は、すでにクラス中の人間が聞いて 1739 いた。 そして、リリアから放たれた驚愕の事実に、クラス全員が声をあ げてしまったのである。 リリアの告白を聞いた女子生徒は、呆れたような顔をしてリリア に言った。 ﹁リリア﹂ ﹁なに?﹂ ﹁アンタ、結婚しなさい﹂ ﹁はえ?﹂ まさか同級生にまでそんなことを言われるとは思いもしなかった リリアは、つい間の抜けた声をあげてしまった。 ﹁だってそうでしょうが! そんな超優良物件、他のどこに転がっ てるってんのよ!?﹂ ﹁いや、あの⋮⋮さすがにまだ早いんじゃないかと⋮⋮ねえ?﹂ ﹁早いも遅いもあるか! アンタが結婚しないなら私に代わりなさ いよ!﹂ ﹁なんでそうなるのよ!?﹂ ﹁だってぇ⋮⋮﹂ そう言った女子生徒が涙を流し始めた。 急に鳴き始めた女子生徒に若干引きながら、リリアは女子生徒を 宥めようとした。 ﹁ちょっと、なんで泣くのよ!?﹂ 1740 ﹁だってえ、羨ましい⋮⋮﹂ 悔し涙だった。 突然のことに慌てたが、なんとか宥めたリリアは、女子生徒に自 分のことを話し始めた。 ﹁羨ましいって言うけどね、そんな良いものじゃないよ?﹂ ﹁なに贅沢言ってんだよ!? 超有名人の嫁になれんだろうが!﹂ 今度はキレだした。 どうやら、あまりの衝撃に情緒不安定になってしまったようであ る。 ﹁いや、あのさ。アルティメット・マジシャンズって、人気楽団じ ゃないんだよ? 戦闘集団なんだよ?﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ 王都一、いや世界一の有名集団ではある。 しかし、その実態は、魔法使いの集団。 その活動領域は当然⋮⋮。 ﹁あの人達が活躍してるのってさ、戦場の最前線なんだよ?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁今回の作戦だってさ、任務は﹃魔人討伐﹄だったんだよ?﹂ ﹁魔人⋮⋮﹂ 1741 その言葉に、リリアの同級生達は思い出した。 過去に、魔人によって滅びかけたことがあるアールスハイド国民 は、他の国の人間より、魔人に対しての脅威を感じていたはずであ る。 あまりにも常勝だったため忘れかけていたが、相手はその魔人だ ったのである。 そのことを、生徒達は今更ながらに思い出した。 ﹁私達と同い年なのに⋮⋮魔人討伐をさせられたんだよ? 私、彼 が帰ってくるまで、不安で不安でしょうがなかったよ⋮⋮﹂ ﹁リリア⋮⋮﹂ 魔人を討伐するために戦場に赴いた恋人を、信じて待つことしか できない。 恋人がアルティメット・マジシャンズにいるとはそういうことだ と、リリアは女子生徒に向かって言った。 ﹁アルティメット・マジシャンズの人間を彼氏にするってそういう ことよ。そんな思いをしたい?﹂ ﹁いや⋮⋮﹂ さすがに十五∼十六でそんな思いはしたくない。 それに今だけではない。 これからも、ずっとそういう思いをし続けなければいけないとい 1742 うことなのだ。 でも、だからこそ女子生徒は疑問に思ったことがある。 ﹁ねえリリア。そんな思いをするって分かってるのに、なんで彼と 付き合ってるの?﹂ 辛い思いをする覚悟はあるかと聞いてきたリリアは、その思いを しながらアルティメット・マジシャンズの彼氏と付き合っている。 どうにも矛盾しているように思われたのだが、リリアはそれに対 してハッキリと言った。 ﹁だって⋮⋮好きなんだもん⋮⋮﹂ ﹁うわ⋮⋮﹂ 顔を真っ赤にしながらそう言ったリリアに女子生徒達まで赤くな ってしまった。 そして、女子生徒はリリアを見る目が変わった。 つい先日までは、自分と同じ高等学院の一年生だと思っていた。 ところが目の前の同級生は、自分がまだ知らない恋愛をし、まだ 知らない苦悩を抱えていた。 女子生徒の目には、リリアが急に大人に見えた。 そして、面白半分で彼とのことを聞いてしまったことを少し後悔 した。 1743 だからだろう、女子生徒はリリアに声をかけた。 ﹁そっか。なら今回のこと、無事に終わるといいね﹂ ﹁うん。もう出陣することがないといいな﹂ ﹁そうだね、また不安で眠れなくなっちゃうもんね﹂ ﹁うん⋮⋮あ! いや、違っ!﹂ さっきは眠れないとまでは言ってなかったのに、女子生徒の誘導 尋問に引っ掛かってしまったリリアは、慌てて否定をする。 そして、その様子が女子生徒のツボに嵌まってしまったようだ。 ﹁ああ∼もう! 可愛いな! リリアは!﹂ ﹁わっ! ちょっと、抱き付かないでよ!﹂ ﹁いいじゃーん! リリア可愛い!﹂ ﹁やだっ! ちょっと! 変なとこ触るなあ! やんっ﹂ ﹁ふへへ。よいではないか、よいではないか!﹂ じゃれあい始めた二人を、女子生徒達は温かい目で見ていた。 男子生徒達は、今までの話に激しい嫉妬を感じ血の涙を流しつつ、 相手がアルティメット・マジシャンズなら勝ち目がないと諦めなが ら、その光景を見ていた。 若干、前屈みになりながら。 1744 それぞれの日常 2︵後書き︶ 外伝も更新しました。 活動報告に三巻の最新情報をアップしました。 1745 魔法少女と暗躍する者︵前書き︶ 少し長くなってしまい、見直しに時間がかかったので遅くなってし まいました。 1746 魔法少女と暗躍する者 ﹁メイ姫様の魔法服、可愛いですねえ﹂ アリスがメイに向かってそんなことを言った。 アリス達がいるのは、シンに教えてもらった木も草も生えていな い荒野。 学院の練習場を使うには許可がいるし、なによりこの場所なら、 どれだけ大きい規模の魔法を使おうと周りに迷惑が掛からない。 なので、アルティメット・マジシャンズの面々は、魔法の練習を するときにはこの荒野にくることが通例となっていた。 そして、今日はアールスハイドの王女であるメイも同行してきて いた。 まだ十歳のメイではあるが、夏期合宿中に魔法使いの素質がある ことが判明して以来、兄達のようになりたいと真面目に魔力制御の 練習を続けていた。 その結果、異空間収納まで使えるようになり、次は攻撃魔法を覚 えようとしていた。 しかし、シンはともかく十歳でここまで魔法が使えるのは異例な ことである。 1747 メイの周囲の人間は、攻撃魔法を教えるのはまだ早いのではない か? との意見で一致し、アルティメット・マジシャンズの合宿が 終わったこともあり、まだ教えてもらっていない。 そのことに不満を持ったメイが、アルティメット・マジシャンズ の中で仲良くなっていたアリスに頼み、ゲートでこの場所まで連れ てきてもらっていたのである。 ちなみに、シンに頼まなかったのは、なにかと忙しそうであり、 邪魔しちゃいけないと遠慮したから。 その点、アリスなら暇そうだったのでちょうどよかった。 そして、魔法の練習をするのだからと、シンに作ってもらった魔 法服を着てきていたのだ。 ﹁確かに、私達の戦闘服より可愛い。あれは実戦重視だから﹂ この場には、最近アリスとペアになることが多いリンもいた。 リンも、メイの魔法服を可愛いと思っていたようだ。 ﹁ハイです! 可愛いのがいいって言ったら、シンお兄ちゃんが作 ってくれました!﹂ と、メイは嬉しそうに魔法服を二人に見せびらかした。 その魔法服は、髪の色に合わせたような黄色が色鮮やかで、フリ ルも沢山ついた非常に可愛らしいデザインをしている。 1748 戦場では目立つことこの上ない。 シンは、メイが戦場に出ることはないとして、可愛らしさ重視の 魔法服をメイにプレゼントしていた。 メイにとって、シンは恋愛対象ではない。 シンはあくまで意地悪しない、優しいお兄ちゃんなのだ。 そういう意味で大好きなお兄ちゃんが、自分のために可愛い服を 作ってくれたということで、メイはこの魔法服が大好きだった。 そんな上機嫌なメイを見ながら、アリスとリンは少し不思議に思 っていた。 ﹁シン君ってさあ、不思議だよね。世間の常識を知らないかと思え ば、メイ姫様の魔法服みたいな可愛い服とか、あたし達の戦闘服み たいなカッコいい服まで作れるんだもん﹂ ﹁確かに不思議。でもこの魔法服は見たことないデザインをしてい る。逆に世間の常識を知らないから考え付いたのかも﹂ ﹁ああ∼それはあるかも﹂ そんな話をした後、魔法の練習を始める三人。 アルティメット・マジシャンズの二人は、シンに教わった魔法の ﹃過程﹄をイメージしながら魔法を使い、アウグストの厳命により そのことを教えてもらえないメイは、二人の魔法を見て﹃結果﹄を イメージしながら魔法を使う。 そして、初めて攻撃魔法を使ったとは思えないほど、メイは次々 1749 と攻撃魔法を放っていく。 ﹁ほえー、スゴいねメイ姫様。もうそんなに魔法が使えるようにな ったの?﹂ ﹁ん。凄い。メイ姫様は天才かもしれない﹂ ﹁え? えへへぇ、そうですか?﹂ 今日はコッソリ迎えに行き、コッソリ連れ出したので、メイの護 衛や取り巻きはいない。 取り巻き達の褒め言葉は、自分が王女であるがゆえの世辞である ことが多い。 しかし、今目の前にいる二人は、兄であり王太子であるアウグス トにすら物怖じしない人物である。 そんな二人がお世辞でそんなことを言うとは思えない。 となれば、本心からそう言ってくれているのだと分かり、メイは 大いに照れた。 ﹁もう少し練習したら実戦もしたいところなんだけどなあ﹂ ﹁さすがに魔物のいるところには連れて行けない。いくらなんでも 罰せられるかも﹂ ﹁はわわ、そんなのダメですう!﹂ 正直に言えば、黙って王族をこんな所に連れてきているのも問題 なのだが、アウグストの自由さを見ている二人にとって、危険がな い場所に連れてくることに問題があるとは夢にも思っていない。 1750 しかし、さすがに魔物討伐に連れていくことがマズイのは分かる。 無事に帰ってきたとしても、僅かでも命の危険があるところに連 れていったとなると、処罰される可能性がある。 でも、実戦が人間を急激に成長させることは、自分自身の経験上 よく分かっている。 引き続き魔法の練習をしながらも、アリスはどうしようかなと考 えていた。 ﹁じゃあ、メイ姫様。また時間ができたら迎えにきますね﹂ ﹁お疲れさまでした﹂ ﹁ハイ! また今度です!﹂ メイを王城に送り届けたアリスとリンは、再びゲートを開いてメ イの部屋を後にした。 ﹁実戦かあ、どうしようかなあ﹂ ﹁せっかくあれだけ魔法が使えるのに勿体無い﹂ ﹁そうなんだよねえ﹂ 二人はリンの家にいた。 ここには魔法の練習場があり、時々思い付いたように魔法の練習 がしたい時にうってつけの家なのだ。 なのでアリスは、リンの家にお邪魔することが多くなった。 1751 ﹁なんかこう、危険がなく実戦を経験できるようなことってないも んかねえ﹂ ﹁そんな都合のいいものない﹂ ﹁分かってるよ⋮⋮﹂ リンの母から出されたジュースを飲みながら、メイの育成につい て頭を悩ますアリス。 本来なら、メイの育成についてアリスが頭を悩ます必要はない。 だが、自分達になついている妹分の成長に関わりたいとアリスは 思っていた。 アルティメット・マジシャンズの中では、お騒がせキャラの位置 にいるのだが、メイに対してはお姉さんでいたいのだろう。 見た目はメイとさほど変わらないが。 そうやってアリスとリンが二人で頭を悩ましていると、リンの父 が帰ってきた。 ﹁おや、アリスちゃん、いらっしゃい﹂ ﹁あ、お邪魔してまーす﹂ ﹁あまり遅くならないうちに⋮⋮ああ、アリスちゃんなら大丈夫か﹂ ﹁まあ、ゲートで帰りますからねー﹂ ﹁いや、そういうことじゃなくて⋮⋮﹂ ﹁お父さん、どうしたの?﹂ いつもと様子が違う父の様子を、リンが感じ取った。 1752 ﹁ん? いや⋮⋮﹂ ﹁なにか様子がへん。仕事でなにかあった?﹂ リンの父は魔法師団の中でも、王城や王都を守護することが主な 任務の宮廷魔法師である。 国内の治安を魔法の面で守護することが任務であり、今回の作戦 には同行していない。 そんな父の様子に少し違和感を感じたリンは、父になにかあった のかと問いかけた。 ﹁うーん⋮⋮そうだな、話しておいた方がいいか﹂ ﹁なにかあったんですか?﹂ ﹁なにかって言うか、最近王都で傷害とか暴行とかの事件が多くな っているんだよ。だから街を出歩く時は気をつけるようにね﹂ ﹁街の暴漢くらいに負けない﹂ ﹁はは。確かに今のリンやアリスちゃんに勝てる人間なんてそうは いないだろうけど、巻き込まれる可能性はあるからね﹂ 確かに、街の暴漢程度ではアリスやリンを害することなどできな いだろう。 しかし、それに巻き込まれることで発生する面倒事が無いとは言 い切れないのだ。 ﹁だから、リンもアリスちゃんも気を付けてね。まあ、あんまり出 歩くことはないと思うけど﹂ ﹁うーん、でもなんでそんなに急に治安が悪くなっちゃったんです 1753 か?﹂ ﹁治安が悪くなった訳ではないんだけどね。事件の数が最近増えて いるんだよ﹂ アールスハイド王都では、ここ最近傷害などの事件が多く発生し ていた。 元々気性の荒いハンター達だけではなく、一般市民までその加害 者となるケースが増えていたのだ。 幸い、まだ王都が無法者の闊歩する街になった訳ではない。 だが、事件の発生件数が無視できないレベルにまで増えているの は事実なのだ。 ﹁ふーん。なにかあるのかなあ?﹂ ﹁さあ? 殿下やウォルフォード君ならなにか見抜くかもしれない けど﹂ ﹁あたしらじゃ分かんないか﹂ ﹁そういうのはできる人に任せておけばいい﹂ ﹁そうだね。あたしらにできることといったら⋮⋮あ!﹂ ﹁なに? アリス﹂ ﹁これだよ!﹂ なにかを思い付いた様子のアリスに、リンは首を傾げた。 ﹁おーい! シンくーん!﹂ 1754 年が明け、ようやく再会された魔法学院。 一年Sクラスは、全員がゲートで登校するためアリスもゲートで 登校してきた。 そして、登校するなり、すでにきていたシンに声をかけた。 ﹁おう、おはよう。今日はパジャマじゃないんだな﹂ ﹁もうあんな恥ずかしい思いはしないよ! それよりシン君に頼み があるんだけど﹂ ﹁なんだ? 改まって﹂ ﹁メイ姫様に作ってあげた魔法服さあ、あたしとリンの分も作って くれない?﹂ ﹁いいけど、なんで?﹂ すでにアリスとリンにはアルティメット・マジシャンズとしての 戦闘服がある。 なので、実戦には向かないメイ用の魔法服を作ってくれというア リスに疑問を持った。 ﹁えっと、その、メ、メイ姫様の魔法服って可愛いじゃん! あた しらも欲しいなあって﹂ 実は、メイを連れ出して魔法の練習をしているのはアウグストに すら内緒にしている。 なので、この場にアウグストがいるため、言葉を濁した。 ﹁ふーん、いいけど。デザインは一緒でいいのか? 色は?﹂ 1755 ﹁デザインは同じで、色だけ変えて欲しいな﹂ ﹁分かった。じゃあ、メイちゃんが黄色だから⋮⋮アリスが赤でリ ンが青でいいか?﹂ ﹁うん! それでいいよ!﹂ ﹁アリス、昨日からなに?﹂ 昨日、なにかを思い付いてから妙にテンションの高いアリスに、 リンが声をかけた。 ﹁ん? リンはアリスから聞いてなかったのか?﹂ ﹁なにも﹂ ﹁ニシシ、後で話すよ!﹂ なんだか楽しそうなアリスに、リンとシンは顔を見合わせた。 そして座学メインの、相変わらず何学院の授業なのか分からない 授業が終わった後、以前までなら研究会の活動を行っていた放課後 になった。 だが、すでに究極魔法研究会としての活動より、アルティメット・ マジシャンズとして実戦を多く経験してきた面々は、シンから魔法 を新たに教わるより、実戦でその精度を高めることにその時間を費 やすようになった。 というのも、シンが使用している魔法のうち、説明を受けても理 解できない魔法が増えてきたのがその要因である。 浮遊魔法も、まず引力が理解できないし、光学迷彩も同様である。 1756 なんとか理解しようと努力したのであるが、この世界では魔法が 科学に変わって発達してきたせいで、シンの説明を理解できないの だ。 ゲートは異空間収納を使えることからなんとか修得できたが、そ れ以外は無理だった。 ならば、できないことに時間を費やすより、できることを伸ばし ていこうという方針に変わったのである。 そして、シンはビーン工房にて新たな発明に勤しむことになり、 シシリーは治療院にて治療のお手伝いの後、ウォルフォード家で花 嫁修行。 マリアはミランダと魔物狩り。 マークはシンと共に工房で、オリビアは店の手伝い。 トニーも魔物狩りに行くことになり、アウグスト達は王城へ帰る。 そんな中、アリスとリンは王城のメイの部屋に向かった。 ﹁あ、アリスお姉ちゃん、リンお姉ちゃん!﹂ すでに初等学院から帰宅していたメイは、ゲートで現れたアリス とリンを歓迎する。 そこには、メイ付きのメイドなどがいたのだが、アリスとリンが メイの部屋をゲートで訪れることはよくあるため、慣れた様子で応 1757 対した。 ﹁アリス様、リン様、いらっしゃいませ。メイ様のお着替えが済む までしばしお待ちください﹂ ﹁ああ、いいよ、そんなに急がなくて﹂ ﹁っていうか、様付けも止めてほしい﹂ ﹁なにを仰います。幾度もこの世界を救ってくださった英雄様に対 してそのような無礼は行えません﹂ ﹁英雄様って⋮⋮ていうか、メイ姫様半裸だけど、そっちはいいの ?﹂ ﹁へっくち!﹂ アリスとリンの相手をし始めたため、初等学院の制服から着替え る途中だったメイが半裸で放置されており、可愛いくしゃみをした。 ﹁申し訳ありません。さ、こちらを﹂ ﹁あい。ありがとうです﹂ メイは鼻を啜りながら着替えを済ませ、メイドは部屋を出ていっ た。 部屋に三人しかいなくなると、アリスがメイに対してある提案を した。 ﹁メイ姫様、ジェットブーツも使えるようにしましょう!﹂ ﹁ふえ? ジェットブーツって、あのピョンピョン動き回れる靴で すか?﹂ ﹁どういうこと? アリス﹂ ジェットブーツを使えるようになろうというアリスにリンとメイ 1758 は疑問を持つが、アリスはすぐに説明しない。 ﹁いいから、いいから。さて、今日も魔法の練習に行くよ!﹂ ﹁おおー!﹂ ﹁アリス、後で説明して﹂ メイは楽しい魔法の練習に意識が行ったが、リンは説明しろと追 及した。 ﹁向こうに着いたらね﹂ そして三人は、いつもの荒野に着き、早速リンからの追及が入っ た。 ﹁アリス、今日は朝からへん。なぜ、メイ姫様と同じ魔法服をウォ ルフォード君に発注したのか、メイ姫様がジェットブーツを使える ようにしないといけないのか、理由を教えて﹂ 朝から附に落ちていなかったリンがアリスに疑問をぶつける。 ﹁にゅふふ。ちょっとこっちきて﹂ ここは荒野で、他に誰もいないのだが、三人で身を寄せあい、ア リスは内緒話をするようにヒソヒソと話始めた。 そしてアリスの説明を聞いたリンは、分かりにくいが目を輝かせ た。 ﹁それいい。メイ姫様の訓練にもなる﹂ ﹁はわわっ。い、いいんでしょうか? バレませんか?﹂ 1759 リンは乗り気だが、メイはバレないかと心配になった。 ﹁うーん、バレるかなあ?﹂ ﹁ウォルフォード君に相談しよう。彼なら内緒にしてくれる﹂ ﹁っていうか、むしろノリノリで協力してくれそうだよね!﹂ 明日、早速相談しようということになり、メイの攻撃魔法とジェ ットブーツの練習に励んだ。 ﹁はわあぁ∼!﹂ ﹁メイ姫様ー!﹂ ﹁防御魔法があるから大丈夫﹂ アリスは、ジェットブーツにより見当違いの方向に飛んでいくメ イを見て、防御魔法と治癒魔法が付与されていて本当によかったと 思っていた。 ﹁シンくーん!﹂ ﹁ん? なんだアリス。例の服ならまだできてないぞ﹂ ﹁そうじゃなくて、ちょっと相談があるんだ﹂ ﹁相談?﹂ ﹁うん。あ、シシリー、シン君借りるね!﹂ ﹁え? あ、はい﹂ シシリーに一言断りを入れたアリスは、リンと共にシンを教室か ら連れ出していく。 1760 ﹁なんなんだ?﹂ ﹁さあ⋮⋮﹂ アウグストの問いに、シシリーも首を傾げた。 シンを連れ出したアリスとリンは、シンに事の次第を説明してい く。 全て聞き終わったシンは、面白そうだなという顔をしていた。 ﹁でも、顔でバレるだろう? あの魔法服に認識阻害の魔法なんて 付与してないし、できないぞ?﹂ ﹁ああう。シン君でも無理かあ⋮⋮﹂ ﹁大体、認識阻害って、精神干渉じゃないか? そんなの怖くて試 せないよ﹂ ﹁でもバレる訳にはいかない﹂ アリスとリンも有名になってしまったが、顔まで知られているか というとそうでもない。 問題はメイだ。 王族として民衆の前に出ることも多いメイは、アールスハイド王 都民に顔が知られていた。 うーんと悩むアリスとリンに、シンが問いかけた。 ﹁要は、顔が分からなければいいんだろう?﹂ 1761 そういうと、ニヤっと笑った。 そのシンの笑顔を見て、二人は今までのシンの所業を思いだし、 ちょっと心配になってきていた。 二人から相談を受けたシンは、頭の中で色々と考えながら教室に 帰ってきた。 ﹁シン君、なんの話だったんですか?﹂ ﹁ん? ああ、昨日メイちゃんの魔法服を作って欲しいって言われ たろ? その相談﹂ ﹁はあ、なにか変なことの相談ではなかったんですね?﹂ ﹁⋮⋮一応、女の子に連れていかれたんだから、そっちの心配して ほしかったかなあ﹂ ﹁そっちの相談だったんですか?﹂ ﹁痛い! 違うから、腕をつねらないで!﹂ ﹁むー﹂ 最近のトラブルメーカー、アリスとリンがシンを呼び出したとい うことでアウグストは警戒し、シシリーといちゃつくシンを見て、 後で問い詰めようと心に誓っていた。 そして、その相談から数日後、休日に無線通信機でシンに呼び出 されたアリスとリンは、メイを迎えに行ってから荒野にきた。 ﹁おう。来たな三人とも﹂ ﹁シンお兄ちゃん! お久しぶりです!﹂ ﹁ゴフッ! あ、ああ、久しぶりメイちゃん﹂ 久しぶりに会ったシンにメイが突撃していき、その突進をギリギ 1762 リ受け止めたシンはなんとか挨拶を返す。 メイの見えない尻尾が大きく振られるのを幻視しながら、異空間 収納からアリスとリンの魔法服を取り出す。 ﹁わあ! ありがとうシン君! 可愛い!﹂ ﹁うん。可愛い。ありがとう﹂ ﹁どういたしまして。で、例の物だが⋮⋮﹂ そして三人分のそれを取りだした。 ﹁こ、これは!﹂ ﹁⋮⋮なに?﹂ ﹁はわ?﹂ アリスは、よく分かっていなかったがわざとらしく驚き、リンと メイはナニコレ? といった表情になる。 しかし、シンの説明を聞いていくうちに、段々表情が輝きだした。 ﹁と、こんな感じだ。なにか質問は?﹂ ﹁いい! これいいよ! あたしが求めてたのはこれだよ!﹂ ﹁これならバレない﹂ ﹁シンお兄ちゃん、ありがとうです!﹂ アリスの言う顔ばれしないもので、更にサポート機能まで付いて いた。 三人は、新しいオモチャを手に入れたように喜んだ。 1763 ﹁おう。それよりメイちゃんが危ない目に会わないように気を付け てな?﹂ ﹁わ、分かってるよう﹂ じゃあなと言って、シンは帰っていった。 残された三人は、これなら自由に行動できると上機嫌になり、今 後の予定を詰めていく。 そして三人は、少し練習をしてから王都に帰ってきた。 シンから貰ったものを装備し、マントに付与されている光学迷彩 を起動して、ジェットブーツで建物の屋根を移動していく。 索敵魔法でなにかを探しながら移動していくと、ついに目当ての ものを見つけた。 アリス達が駆け付けたところで繰り広げられていたのは、ハンタ ー風の男達が女性を路地裏に引っ張り込み、今にも暴行しそうな現 場であった。 ﹁むぐぅっ!﹂ ﹁おらっ! いい加減大人しくしろ!﹂ ﹁騒いだって助けなんざこねえよ!﹂ ﹁やっ! いやあっ!﹂ ﹁へへ、観念しろよ﹂ ﹁そこまでだよ!﹂ これから女性にする行為のことで興奮していた男達も、あまりの 状況に絶望的な気持ちになっていた女性も、突然割り込んできた声 1764 に一瞬キョトンとなる。 いち早く復帰したのは女性である。 ﹁ど、どなたか存じませんが助けてください!﹂ 大声で助けを求める女性の声でハンター風の男達も我に返る。 ﹁だっ、誰だ! 出てこい!﹂ ﹁女の声だったじゃねえか! ふざけた真似してるとテメエも犯す ぞ! コラペッ!﹂ 声を張り上げている途中の男の頭に、圧縮した風の塊をぶつけら れて、台詞の途中で後ろに吹き飛ばされた。 その光景に他の男は唖然とするが、すぐに気を取り直し、魔法が 放たれた方角を見た。 すると、そこには誰もいないが、建物の上から射す影が見えた。 慌てて建物の上を見ると、そこには太陽を背にした三人の人影が あった。 その人影は、ビシッと男を指差すと、口を開いた。 ﹁どんな悪事も見逃さない!﹂ ﹁魔法の力で無理矢理解決﹂ ﹁わ、我ら!﹂ ﹁﹁﹁魔法少女キューティースリー!!﹂﹂﹂ 1765 ﹁﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂ 赤、青、黄の三色の服装に身を包み、同系色のヘルムを被り、目 元をサングラスと同じ素材のシールドで隠した三人の少女が名乗り をあげる。 その光景に、男達だけでなく、襲われていた女性までポカンとし てしまう。 ﹁嫌がるお姉さんを無理矢理襲おうとするその腐った性根、このキ ューティーレッドが叩き直してやる!﹂ ﹁イエロー、今﹂ ﹁は、はい! やあ!﹂ ﹁へぶっ!?﹂ イエローが先程と同じ圧縮空気の魔法を放ち、男達の一人を吹き 飛ばした。 そのことで我に返った男達が、口々に罵声を浴びせる。 ﹁テメエ! ふざけた格好でふざけた真似しやがって!﹂ ﹁レッドって言ったのにイエローが攻撃してんじゃねえか!﹂ ﹁そんなところから魔法を撃つなんてひきょ⋮⋮うばっ!﹂ 高い建物の上から、魔法による狙い撃ち。 見ようによっては卑怯に見えるが、相手は犯罪者だし、なにより メイを危険な目に会わせる訳にはいかなかった。 1766 その結果。 ﹁ま! まっ⋮⋮グギャ!﹂ ﹁ズリイよ! ゲフッ!﹂ ﹁待て! こうさ⋮⋮ンダハッ!﹂ 建物の上から、魔法による狙い撃ちである。 女性に暴行を加えようとしていた男達は、次々とイエローの魔法 によって倒され、あっという間に全滅した。 いくら犯罪者とはいえ、処刑されるほどではないため、殺さない ように手加減していた。 建物の屋根の上から、ジェットブーツを使って地上に降りた三人 は、男達をロープで縛り﹃この男達は女性暴行犯です﹄という看板 を首から下げて、表通りに放置した。 後は、市民が警備隊に通報してくれるだろう。 そして、襲われていた女性に近付いていく。 女性は、その異様な出で立ちに、一瞬警戒するが、少女であり自 分を助けてくれた人間なので警戒を解いた。 ﹁お姉さん、大丈夫だった?﹂ ﹁え、ええ。ありがとうございます。助かりました﹂ ﹁礼には及ばない﹂ ﹁そうです! 困った人は助けるです!﹂ ﹁は、はあ⋮⋮﹂ 1767 少女達は女性が無事だったことに満足し、立ち去ろうとする。 ﹁あ、あの! お名前は!?﹂ 女性からの問い掛けに、少女達は足を止めると、振り向いてこう 言った。 ﹁あたしは魔法少女キューティーレッド!﹂ ﹁キューティーブルー﹂ ﹁キュ、キューティーイエローです!﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ではお姉さん、気をつけて!﹂ そう言うと、少女達はジェットブーツを起動して、建物を飛び越 え立ち去ってしまった。 残された女性は。 ﹁⋮⋮ナニコレ?﹂ 事態を把握できずにいた。 この少女達。 云わずもがな、レッドがアリスであり、ブルーがリンであり、イ エローがメイである。 シンに追加で作ってもらった、顔を隠すヘルムにより、パッと見 は誰だかワカラナイようになっている。 1768 そして、このヘルムには。 ﹁よーし! この調子で、ドンドン犯罪者を倒していくよ!﹂ ﹁右前方、害意のある魔力あり﹂ ﹁了解です!﹂ 建物の屋根の上を高速で移動しながら会話ができているのは、こ のヘルムに無線通信機が搭載されているからである。 この三つだけのオープンチャンネルで、個別で話はできないが、 三人だけなら問題ないだろうとシンが判断したのだ。 そして、集音機能も付いており、どんな悲鳴も見逃さない! ﹁集音機能うるさい﹂ ﹁だね! 切っちゃおう!﹂ ﹁ハイです!﹂ 集音機能は役に立っていなかった。 そんな三人を、はるか上空から見ている人間が二人いた。 二人は腹を抱えてピクピクしており、苦しそうだ。 ﹁クッ⋮⋮ハアハア⋮⋮アイツら、私を笑い殺す気か?﹂ ﹁ふぅ⋮⋮フフ、アハハハ!﹂ アウグストと、シンの二人であった。 1769 アリスから今回の話を聞いたシンは、アウグストに問い詰められ、 アッサリ白状していた。 さすがに、アウグストに内緒なのはマズイと思ったのだ。 そして、準備が整ったらすぐに行動するだろうと、アウグストと 共に王都で待ち伏せしていたのである。 ﹁はあ⋮⋮まったく、この話を聞いたときはどうなることかと思っ たが、この様子なら大丈夫か﹂ ﹁そうだな。建物の上から魔法攻撃だし、メイちゃんに危険はない だろ﹂ ﹁それにしても⋮⋮王族をこんな風につれ回すとはな。メイも、も う少し王族としての自覚を持って欲しいものだ﹂ ﹁説得力ねえよ﹂ 全力でお前が言うなと突っ込みたいシンであったが、アリス達が 次の行動を取ったため、後を追った。 次にアリス達の標的になったのは、男性から金品を強奪するため に暴行を加えていた、一般市民の姿であった。 先程と同じように建物の上から名乗りをあげ、暴行を加えていた 男を攻撃し無力化する。 すぐさまその場を去り、次の現場を探す。 その様子を、また笑いながら見ていたシンとアウグストだったが、 二回目ということもあり、幾分か冷静に事態を見ていた。 1770 だからだろう、シンは少し違和感を感じた。 ﹁なんだろうな? あの男、こんな荒っぽいことをするようには見 えないんだけど﹂ ﹁フム。民衆は、この事態に相当なストレスを感じているのかもし れないな﹂ ﹁なるほどな。魔人に対する不安が暴発しちゃったのかもな﹂ ﹁恐らくそうだろう。これは、何としても早期決着をつけないとい けないな﹂ ﹁期待してるぜ、王太子サマ﹂ ﹁ム、気色悪いな﹂ 現在、王都で暴行事件が多発しているのは、民衆にストレスが溜 まっているからだろうと判断したシンとアウグスト。 それは、国の上層部でも同じ判断であった。 シンとアウグストはこの時点で、アリス達も付いているしメイに は危険はないとして監視をやめてしまった。 なのでこの時、シン達はある者達を見逃してしまった。 ﹁あ! 今度は複数同士だよ!﹂ ﹁なに? 抗争?﹂ ﹁あう! 危なくないですか?﹂ ﹁大丈夫ですよ!﹂ 1771 すでに何件もの事件現場に現れ、暴行を加えている、もしくは加 えようとしている害意を持った人間を倒していたアリス達。 彼女達は、名乗りをあげる楽しさと正義の行いをしているという 高揚感から、あることに全く気付いていなかった。 遭遇する事件の数が、このアールスハイド王都で起こる件数とし ては、異常に多いことに。 今もアリス達の頭には、複数の害意ある魔力がぶつかれば周囲に 危険が及ぶかもしれないので、急いで抗争を止めないとという思い しかなかった。 そして、辿り着いたのは建物の間にできた空白地帯。 その空き地に複数の人間が集まり、一触即発の雰囲気を放ってい た。 その内訳は、男女入り乱れ統一性はない。 そんな集団が、今にもぶつかり合おうとしていた。 ﹁そこまでだよ!﹂ 今にも乱戦が始まろうとしていたのだが、アリスの声が聞こえた ため一斉に声がした方を見る。 その目には、突然の珍妙な乱入者に対しての狼狽はなく、邪魔を するなという怒りだけが籠っていた。 1772 その視線に一瞬狼狽えるアリス達だが、気を取り直して再度叫ぶ。 ﹁こんな人数でこんな魔力を放ってたら、周りにも迷惑がかかるよ ! 今すぐ解散しなさーい!﹂ すると、先程までお互いを不倶戴天の敵だと睨み合っていた者達 が、一斉にアリス達に向けて敵意を剥き出しにした。 ﹁ウルセエ! 小娘がなにを偉そうに!﹂ ﹁そうだ! 口を挟むんじゃねえよ!﹂ ﹁そうよ! あんた達は引っ込んでなさい!﹂ ﹁は、はわわ⋮⋮﹂ 次々とあがる怒声。 そして、今にもこちらに向けて襲いかかってきそうな雰囲気。 そんな雰囲気に、メイはすっかり萎縮してしまった。 そして、そんなメイを見たアリスは⋮⋮。 ﹁お前らあ! こんな小さい子を怯えさせてえ!﹂ アリスはそう言うと、いきり立っている集団の頭上に特大の水球 を作り出した。 ﹁頭を冷やしなさーい!﹂ 頭上から落ちてきた水球に集まった者達はなす術なく飲み込まれ、 全員まとめてシェイクされる。 1773 全員がほどよくシェイクされた時点で、アリスは魔法を解除した。 魔法が解除された後に残っていたのは、上下左右に振り回され、 フラフラで立っていられない、ずぶ濡れになった集団だった。 集団は全員ボーッとしており、アリスのことを呆然と見上げてい た。 ﹁これに懲りたら、さっさと解散すること! いいね!?﹂ 建物の上から、呆然とする者達に解散するようにアリスが言うと、 さっきまでいきり立っていたとは思えないほどコクコクと首を縦に 振る集団。 その光景に満足したアリスは。 ﹁また集まってなにかしようとしてたら飛んでくるからね!﹂ と言い放ったあと、そのままその場を立ち去ってしまった。 アリス達が去った後、その場に残されたのは、事態が把握できな い者達。 把握できなかったのは、アリス達が何者なのかということではな い。 その集団の内の一人がポツリと呟く。 ﹁俺⋮⋮こんなところで、なにをしようとしてたんだ⋮⋮?﹂ 1774 それは、その場にいた全員の意見だった。 記憶がひどく曖昧で、さっきまで身を焦がすような怒りが胸中に 渦巻いていたのが嘘のようだった。 そんな自分の様子に、非常に不安な思いを感じながら、集まった 者達はずぶ濡れのまま解散していった。 そして、その一連の様子を観察していた者達がいた。 ﹁アルティメット・マジシャンズ以外にもこんな者達がいるとは⋮ ⋮﹂ ﹁完全に予想外だな。まさか、まとめて洗脳を解除されるとは思っ てもみなかった﹂ 旧帝国の諜報部隊の長であり、現シュトロームの側近を務めるゼ ストと、その部下の魔人達である。 ﹁どうも、あちこちで洗脳した者達を倒していたみたいですし、気 付かれたのかもしれませんね﹂ ﹁そうだな⋮⋮これ以上、アールスハイドで実験をするのは危ない か﹂ ﹁人口が多いアールスハイドなら、気付かれずに実験ができると思 ったのですが⋮⋮﹂ ﹁やむをえまい。気付かれていたとするなら、これ以上ここに留ま っているのは危険だ。撤収するぞ﹂ ﹁はっ!﹂ ゼスト達は、人口の多いアールスハイド王都でなにか実験をして 1775 いたようである。 アリス達が、その実験台にされた者達を次々に倒して行ったのは 完全に偶然なのだが、感付かれたと勘違いしたゼスト達は、実験を 切り上げ王都を離れた。 アリス達の知らないところで、アールスハイドの危機は回避され ていた。 しかし、ゼスト達が行っていた実験がなんであるか、知る者はゼ スト達以外にはいない⋮⋮。 休日が明けた魔法学院。 一年Sクラスに、アリスが登校してきた。 ﹁おはよー!﹂ いつも通り、元気に挨拶をしたアリスだが、どうも皆の様子がお かしい。 皆ニヤニヤしている。 ﹁え? なに?﹂ 困惑するアリスに、クラスメイトから驚愕の挨拶が返ってきた。 1776 ﹁おはよう、レッド﹂ ﹁おはようございます、レッドさん﹂ ﹁お、おは、おはよう、レ、レ⋮⋮ウハハハ!﹂ アウグストがそう言って挨拶をすれば、トールも同様の挨拶をし、 マリアは最後まで言い切れず、爆笑してしまった。 ﹁な、な、なんで殿下がその名前を!?﹂ 秘密裏にことを運んでいたと思っていたアリスは、アウグストが その名を知っていたことに驚いた。 すると、すでに散々からかわれたのか、少しやつれたリンがアリ スのもとにきた。 ﹁アリス⋮⋮諦める。昨日のことはシン君と殿下に見られていた﹂ ﹁な!? シン君!? 裏切ったな!?﹂ ﹁イヤイヤ。流石にメイちゃんを荒事に参加させるのに、オーグに 知らせない訳にはいかないだろ。メイちゃん、王族だぞ?﹂ ﹁ウム、シンには感謝している。お陰で楽しい場面も見れたしな﹂ ﹁は、はわわわ⋮⋮﹂ 流石にアウグストにバレたのはマズイと思ったのか、アリスがガ クブルし始めた。 すると、その様子を見たアウグストがアリスに向かって言った。 ﹁まあ、王族をあのような場所に連れ出すのは問題だが、私が言え た義理ではないからな。メイも無傷であり貴重な経験もできたよう 1777 だし、そのことに対しては特に責は問わんよ﹂ ﹁ほ、本当ですかあ?﹂ 怒られると思っていたアリスは、お咎めなしの裁定に少し疑いな がらもホッとした。 その時。 ゴチンッ! ゴチンッ! ﹁あいたあー!﹂ ﹁痛っ!﹂ アリスとリンの頭上に拳骨が落ちた。 ﹁だが、私に内緒にしていたのはダメだな。これで済んでラッキー だと思え﹂ ﹁⋮⋮はーい﹂ ﹁⋮⋮ごめんなさい﹂ 王族を危険がある場所に連れ出して、これで済んだのは本当に幸 運である。 なのだが、アリスはメイを実戦に連れ出すには少し幼過ぎたかな と、違う意味での反省をしていた。 ﹁はあ⋮⋮コーナー、お前本当にシンに思考が似てきたな﹂ ﹁え!? シン君に!? それは非道くないですか!?﹂ ﹁その発言が非道いわ!﹂ 1778 こうして、王都に現れた謎の魔法少女達の活動は、一度で終わる ことになった。 もっとも、その魔法少女達が現れた日を境に、王都での暴行事件 は目に見えて減少し、彼女達の出番はなくなったのだが。 アールスハイド王都では、突然表れた後に急激に事件の数が減っ たことから、謎の魔法少女達のことが少しだけ民衆だけでなく、王 国上層部でも話題になった。 しかしその後、魔法少女達はパッタリと現れなくなったため、次 第に民衆の記憶から薄れていったのである。 そして、この魔法少女騒動があったため、アールスハイド上層部 は、今回の暴行・傷害事件増加の裏側になにがあったのか、真相を 知ることはなかった。 1779 魔法少女と暗躍する者︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1780 早く終わるようにお願いしました︵前書き︶ みなさんに、あれだけご自愛をと心配していただいたのに、風邪を ひいてしまいました。 鼻水と咳が止まらん⋮⋮ 1781 早く終わるようにお願いしました ﹁多発してた事件が起きなくなった?﹂ ﹁ああ、急にな。一体あれはなんだったんだ?﹂ 最近の日課である、ビーン工房での魔道具開発をしていると、オ ーグが様子を見にやってきた。 オーグは、俺がなにを作るのか気になってしょうがない様子で、 こうやってしょっちゅう様子を見にくる。 本当に信用されてないな、俺⋮⋮。 そして、今日も様子を見にきたのだが、その際に最近王都で頻発 していた暴力事件が起きなくなったと報告してきた。 先日のアリス達の⋮⋮あれはなんて言うんだろう? 魔法少女と 戦隊ものを合体させたようなのが現れた後くらいから、パッタリ起 きなくなったらしい。 ﹁まさか⋮⋮アリス達の影響で犯罪が少なくなったとか?﹂ ﹁さすがにそれはないだろ﹂ そりゃそうか。 アリス達があの格好で王都に現れたのは一回だけ。 光学迷彩を起動して動き回ってたから、民衆の目に触れたのはほ 1782 んの少ししかない。 少し噂にはなったらしいけど、皆実態は知らないし、見たものも ほとんどいない。 そんなものが犯罪抑止力になるとは思えない。 ﹁全く無くなった訳ではないがな、事件が増加する以前の件数に戻 ったのだ﹂ けど、実際に犯罪件数は減少したらしい。 ﹁不安が募っていた訳じゃないのかな?﹂ ﹁いや、それは確実にある。だが、今回の事件の増加とは無関係の ようだな﹂ 現時点で、魔人領攻略作戦は終わっていない。 目標であった魔人達は討伐したものの、魔人領にはいまだに魔物 が多く蔓延っており、少しでも間引いておかないと、他の国と分割 した後に治めることなどできない。 そのための魔物掃討に作戦は移行してはいるが、終息していない のは事実。 それに、各国を襲撃した魔人は討伐したが、旧帝都には魔人の首 魁であるシュトロームはまだ健在だし、魔人も沢山残っている。 不安になるなというのは無理な注文だろう。 1783 だから、今回の事件増加はそのストレスがたまったせいで起こっ たのではないかと推測したんだけど⋮⋮。 ﹁なんだったんだろうな⋮⋮﹂ ﹁さあな。さっぱり分からん⋮⋮というかシン。お前、さっきから なにを作っているんだ?﹂ 神妙な顔をしながら、今回の事件増加について考えていたが、手 元にある部品に魔法の付与をしながらだったので、それにオーグが 食いついてきた。 ﹁これ? 馬車の部品﹂ ﹁これが?﹂ オーグが、円状の金属の塊を持ち上げ、まじまじと見る。 ﹁どこに使われるものだ?﹂ ﹁それ軸受けだよ﹂ ﹁ほお。で、どんな効果があるんだ?﹂ ﹁口で説明するより、実際に見た方が分かりやすいかな﹂ 実演する為に、その部品をセットした車輪のサンプルを見せた。 ﹁これ回してみ?﹂ ﹁こうか?﹂ セットされている車輪をオーグが手で回す。 すると車輪は、軽い動きでカラカラと回りだした。 1784 その軽さに驚いていたオーグだったが、車輪が回り続けているの を見て戸惑いの声をあげた。 ﹁お、おい。この車輪止まらんぞ?﹂ ﹁ずっと回り続けてますね⋮⋮﹂ ﹁なぜで御座る?﹂ トールとユリウスも驚いている。 今、オーグ達に見せたのはボールベアリングだ。 フレーゲルの街で馬車とすれ違ったとき、大型の乗り合い馬車だ ったのだが、車輪がギシギシ言いながら回転していたのだ。 ひょっとしてと思って調べてみたら、軸受けはあるのだがボール ベアリングは存在していなかった。 そこで俺は、このベアリングだけを開発し、パーツとして馬車製 造業者に卸すことを考え付いた。 馬車を作る訳じゃないし、誰も作ってないものだし、これなら誰 の仕事も奪わないと思ったのだ。 まあ、その結果、少ない馬の数で馬車が牽けるようになったので 馬が余るかもしれないが、そこは馬車の数を増やせば問題ないと思 う。 王都は広いからな。 そしてこのベアリングには、ある付与が掛けられている。 1785 それは﹃回転﹄だ。 魔力を流すことで、軽い回転の力が発生する。いわゆるパワーア シストだ。 軽い回転の力と侮っちゃいけない。 馬が馬車を引く負担が凄く小さくなり、なにも引いていない状態 で走っているのと同じ状態で走れるようになったのだ。 すでにビーン工房の人達と色々と実験をして、そういう結果が出 るのは確認済み。 こうして、ハイブリッド馬車が誕生した。 なので、長距離の移動も馬の負担が少なく、しかも早くなるので 長距離移動の馬車を増やすのもいいかもしれない。 で、馬車が高速で走れるようになると、もう一つ重要なことがあ った。 ﹁本当に色々と思いつくな、お前は﹂ ﹁しかし、それだけ速度が出ると、馬車に乗っていられないのでは ないですか?﹂ ﹁そうだよ。だから、サスペンションを作ったんだ﹂ ﹁さすぺんしょん?﹂ スピードが出ると、今までの馬車の構造では乗りにくくって仕方 がない。 1786 そこで新たな機構としてサスペンションも開発した。 オーグ達を引き連れて、サスペンションを作成している部署に行 く。 そこでは、マークと他の職人さん達がサスペンションを作ってい た。 ﹁あ、殿下。どうされたのですか?﹂ 現れた王太子様に職人さん達は畏まってしまうが、普段からオー グと一緒にいるマークは、他の人ほど畏まらずに話すことができる。 なので訪れたオーグの対応はマークがしていた。 ﹁今しがた、シンからこの部品を見せてもらったのだがな。それに 付随して、さすぺんしょん? なるものを作っていると聞いてな﹂ ﹁いやあ、ウォルフォード君って本当に凄いですね。この発想はな かったですよ﹂ ッス! って言わないマークに凄まじい違和感を感じるが、オー グにはいつもこうだ。 そのマークがオーグに、サスペンションについて説明していた。 ﹁今までは、客車の下に取り付けた板バネで、客車を極力揺らさな いようにしてたのですが、これは、そもそも車輪の段階で衝撃を吸 収してしまおうという代物です﹂ ﹁衝撃を吸収する?﹂ 1787 ﹁はい。ここをご覧ください﹂ ﹁これは⋮⋮﹂ ここで作っているのは、四輪独立式のサスペンションだ。 そもそも馬車は牽引車なので、車輪と車輪を繋ぐシャフトは存在 していない。 その車輪一つ一つが独立して動くようにし、それをダンパーを使 って制御するようにしたのだ。 ﹁このサスペンションが上下することで揺れを吸収し、尚且つダン パーがサスペンションを素早く元の状態に戻します。なので、長く 続く揺れがなくなったのです﹂ ﹁確かに、あれは苦手なものも多いな﹂ ﹁自分も苦手です﹂ ﹁拙者、あれでいつも酔ってしまうで御座る﹂ ユリウスは乗り物酔いする体質らしい。 まあ、これでも多少は揺れるが、高速と言っても自動車みたいな 速度を出す訳じゃないから、これでも十分なのだ。 ﹁これを馬車を作っている工房に紹介したところ、すごい反響があ りましてね。ベアリングもサスペンションも作成が追い付いていな い状態です﹂ ﹁ほお。そんなに売れているのか。しかし、まだ見たことはないが ⋮⋮﹂ ﹁いま制作・改造しているところなのでしょう。特に改造は全く新 しい仕組みなので時間がかかると思います。あれ? ですが、先日 1788 王城に献上しましたよ? 陛下は利用されていると伺いましたが?﹂ ﹁⋮⋮﹂ このベアリングとサスペンションを組み込んだ馬車を一台試作し、 ディスおじさんに見せたところ非情に気に入り、そのままビーン工 房からの献上品として譲り渡したのだ。 王族に使ってもらうのが、一番の宣伝になるしね。 しかし、オーグは聞かされていなかったらしい。 ﹁私は知らなかったが﹂ ﹁殿下は、基本ゲートでの移動ではないですか。ここ最近馬車を利 用されたのを見た記憶がありませんが?﹂ ﹁知らなくて当然で御座るな。馬車を利用しておらんのですから﹂ そりゃ知らなくて当然か。 恐らくオーグは、最近馬車すら見てない可能性がある。 でも、そんなのは限られた一部⋮⋮というか、ゲートが使える者 だけの話だ。 普通の人にとって馬車は、生活に欠かせない足なのだ。 ﹁そんな訳で、もうすぐこれがセットされた馬車が王都中を走るこ とになると思うよ﹂ ﹁お前はよく分からんな。とんでもないものを作るかと思えば、皆 の役に立つものを作ることがある﹂ ﹁それじゃ俺がたまにしか良い事しないみたいじゃないか﹂ 1789 ﹁そう言ったのだが﹂ ﹁非道い!﹂ 俺は、いつも皆のためになるものをと考えているんだけどなあ。 っと、それより、もう一つ作ったものがあったんだった。 ﹁オーグ、トール、ユリウス。無線通信機出してくれ﹂ ﹁ん? 構わんが、どうした?﹂ ﹁改良が済んだよ﹂ そうして改良版の無線通信機を出す。 今回の改良点は二つ。 一つは着信音がなるようにしたこと。 もう一つは、数を増やしたことだ。 着信音は、ベルだな。黒電話みたいな感じ。 通信が繋がったことを感知すると、通信機の中に設置されている 小さいベルが鳴る。ベルは受信側で止めることができる。 数については、今までは金庫に付いているようなダイヤルを付け ていたのだが、それを、自転車のチェーンの鍵みたいに、ダイヤル を回して数字を揃え、最大九九九九通りの番号を付与できるように なった。 ダイヤルを合わせるのに時間がかかるけども、一気に無線通信機 1790 の数を増やすことができるようになった。 これは、つい先日出来上がったもので、ディスおじさんにもまだ 渡していない。 爺さんとばあちゃんと、後でディスおじさんにも渡してもらおう。 これで、前みたいな連携が取れないなんてミスを犯すこともなく なるだろう。 これから作戦も大詰めを迎えることだし、しっかり連携を取って いかないとな。 でもまあ、まだ流通はさせないけどね。 こんな簡単な番号で王や英雄に通話が繋がるとなれば、通信機の ベルは鳴り止まなくなってしまう。 今のところは、国の上層部向けだな。 魔石採掘の発表もまだだし、まずは固定通信機の流通が先だし。 ﹁これも作っていたのか。些か開発し過ぎではないか?﹂ ﹁作ってるのは工房の職人さん達だけどね﹂ ﹁作らせ過ぎだろ⋮⋮ちゃんと報いているのか?﹂ ﹁その点は大丈夫です殿下。ウォルフォード商会からの注文で相当 売り上げが上がってますから、皆さんの給与も上げられたんですよ。 ウォルフォード君のアイデアで年末にはボーナスも支給しましたし。 皆、ウォルフォード君の仕事は競ってやりたがるんですよ﹂ ﹁そうなのか。ならいいが﹂ 1791 ﹁こんにちはぁ∼﹂ マークが、従業員である職人さん達の待遇について話していると、 工房の入り口から女性の声がした。 ﹁ん? なぜカールトンがここにいる?﹂ 現れたのは、ユーリだった。 ﹁あらぁ? 殿下じゃないですかぁ﹂ ユーリがビーン工房に現れたことにオーグが驚いているが、ユー リも驚いたらしい。 ﹁カールトンさんには、例のドライヤーとヘアアイロンの付与を手 伝ってもらっているんですよ﹂ ﹁そうなのか?﹂ ﹁はぁい。メリダ様から数をこなすことも必要だと言われましてぇ、 アルバイトがてらビーン工房さんのお手伝いをしてるんですぅ﹂ ﹁父ちゃんは、バイトじゃなくて正式にウチの職人になって欲しい って言ってましたけどね﹂ ユーリは、もっと数をこなすことをばあちゃんに進言され、なら ばウチの魔法付与を手伝ってほしいと、ビーン工房でのアルバイト をお願いされていた。 元々、ばあちゃんの後継者とまで言われ始めたユーリなので、工 房では即戦力。 むしろ、入った当初から魔法付与部門のトップだった。 1792 それを受けて、親父さんが真剣に工房にスカウトしていた。 まあ、アルティメット・マジシャンズなので、正社員は早々に諦 めたらしいけど。 ﹁練習と実益を兼ねたいいアルバイトですぅ﹂ ﹁ユーリちゃん! やっと来てくれた!﹂ ユーリと話をしていると、新たに立ち上げられたドライヤー部門 の職人さんが、ユーリに駆け寄ってきた。 ﹁もう、ドライヤーとヘアアイロンの売り上げが凄くて、作っても 作っても追い付かないんだよ!﹂ ﹁あらぁ、じゃあ、行きますねぇ殿下﹂ ﹁ああ。頑張ってな﹂ ﹁へ? 殿下?﹂ ﹁さあぁ、いきましょお﹂ ﹁ちょ、え? ホントに?﹂ あの職人さん、オーグがいることに全く気付いてなかった。 それほど忙しいんだろうな⋮⋮。 ﹁さて、シンの様子も見たことだし、私も自分のできることをやり に帰るか﹂ ﹁本当に監視しにきてたんだな⋮⋮﹂ ﹁定期的に見ておかないと、なにをしでかすか分からんからな﹂ 会社の監査かよ⋮⋮。 1793 ﹁あ、そうだ。これ、ディスおじさんに渡しといてよ﹂ ﹁ん? 無線通信機か﹂ ﹁まだ、他の国の代表には渡さないけどね。人工的に魔石が作れる のを知ってるのってディスおじさんだけだから﹂ ﹁他の国の代表に渡すのは例の発表があってからか﹂ ﹁そうなるかな﹂ ﹁分かった。渡しておこう。番号は?﹂ ﹁十五番。十三がじいちゃんで、十四がばあちゃんだから﹂ ﹁お二人より若い番号は持てないか⋮⋮﹂ ﹁ディスおじさんが遠慮すると思うよ﹂ ディスおじさんの師匠だし、いまだに頭が上がらないからな。 爺さんもばあちゃんも、そんなことは気にしないと思うけど、デ ィスおじさんが気にしそうだ。 ﹁確かに受け取った﹂ ﹁ではシン殿﹂ ﹁失礼するで御座る﹂ ﹁おう。作戦が早めに終わるの、待ってるぞ﹂ こうして、俺の監査⋮⋮じゃない、監視を終えてオーグ達は帰っ ていった。 もう年が明けて大分経つし、そろそろ作戦に大きな動きが出ても おかしくない頃だ。 その前に、魔石の発掘条件についての発表もあるだろうし、先日 行われた高等魔法学院の入試には過去最高の受験者がいたらしい。 1794 入学者数は変わらないから、倍率も過去最高だった。 そんな高倍率を潜り抜けてきた優秀な後輩達も楽しみだし、魔石 の流通量増加による魔道具界の活性化も期待される。 なにより、今回の騒動で各国の繋がりが強化された。 魔人騒動が終結すれば、その後には人類の大いなる発展が待って いるはずなのだ。 これ以上の騒動が起きないように、最後の詰めを誤らないことを 願っている。 まあ、オーグなら大丈夫かな。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁それでは、魔人領の魔物は順調に間引きできているのだな?﹂ ﹁はい。魔人討伐以降、なぜか災害級の魔物も出現しておりません し、極めて順調です﹂ ﹁そうか、災害級がな⋮⋮アウグスト、どう思う?﹂ 1795 アールスハイド王城にある会議室。 そこに王国上層部が集まり、今後のことを協議していた。 その中で、災害級の魔物が現れなくなった事情について、ディセ ウムはアウグストに意見を求めた。 アウグストは王太子だが、アルティメット・マジシャンズの一員 として、魔人との戦闘経験が豊富である。 そんな敵との接触経験が多いアウグストに意見を求めることは多 かった。 ディセウムに意見を求められたアウグストは、少し考えた後、自 分の予測を述べた。 ﹁⋮⋮そもそも、災害級の魔物など以前は滅多に見ないものでした。 それが魔人が多く現れると、災害級の魔物も数を増やした。そして 今回、魔人を大量に討伐したら数が減った⋮⋮魔人の数と比例して いるのかもしれません﹂ ﹁なるほど。確かに一理ある。他の者はどう思う?﹂ アウグストの意見に納得できると頷いたディセウムは、会議室に 居並ぶ者達にも意見を求めた。 ﹁殿下の御見識には頷くばかりで御座います。恐らく、それが真実 なのでしょう﹂ ﹁ですな。流石はアウグスト殿下。卓越した見識に私などただ脱帽 するのみであります﹂ ﹁そうですな﹂ 1796 意見を求められた者達は、口々にアウグストの推測に間違いない と称賛の声をあげた。 そこには当然、王族であるアウグストに対しての世辞も入ってい るのだが、実際アウグストはアルティメット・マジシャンズの次席。 ﹃魔王﹄﹃神の御使い﹄に次ぐ﹃雷神﹄なのである。 現役世界二位の実力者の言葉として、盲目的にアウグストの意見 を信用するという心理が、上層部には働いていた。 アウグストの意見は理に叶っており、それこそが真実に思えたの だ。 しかしアウグストは、その光景に少しの危惧を覚えた。 アウグストは可能性の一つとして意見を述べ、そこから別の意見 も出てきてのディスカッションを期待していた。 そうすれば、自分が見落としていたことなどが出てきたり、全く 新しい切り口で予測が立てられたりしたはずなのである。 ところが、実際にはアウグストの意見が正解で間違いないとされ、 それ以上の議論は起こらなかった。 アウグストは、自分の推測が間違っているかもしれないと言った のだが、他に理論的な説明のできなかった上層部は、アウグストの 意見をそのまま採用してしまったのである。 1797 結局、魔人の数が減ったことが要因で、災害級の魔物の数が減っ たということで結論付けられ、それを元にした新しい作戦案が立案 された。 災害級が出てこないならば、人員の数を減らしても問題はないだ ろうと、出兵している兵を減らし、今後は交代で出兵することとな った。 戦場に出たままの兵士達の、精神的な負担が大きくなっていると いうのが、その理由であった。 民衆は早急な事態の終結を望んでいるが、兵士の負担も考慮しな くてはいけない。 アウグストの意見は、兵士の負担軽減のための後押しになった。 そして、作戦の内容の変更は、いよいよ事態が最終局面に差し掛 かったことを示すものでもあった。 最終局面に向けて、急速に会議が進んでいくことを、アウグスト としても止めることができなかった。 終結に向けての意見ならば次々と出てくる様子を見ながら、アウ グストは少しの不安を覚えた。 ﹁シンならば、別の可能性を呈示しただろうがな⋮⋮﹂ この場にシンがいたならばと、アウグストは思わずにいられなか った。 1798 早く終わるようにお願いしました︵後書き︶ 外伝も更新しました 1799 作戦が動きました︵前書き︶ 今回は少し短めです。 活動報告にお知らせがあります。 1800 作戦が動きました 魔人領攻略作戦に動きがあった。 現在、魔人領に魔物は多く現れるが、その範囲が大分狭まったた め、人員を削減するというのだ。 効率を考えるなら、大人数で一気に攻略した方がいいのだが、出 兵してから数ヵ月、兵の精神的な負担がかなり大きくなっていると いうのも、その理由の一旦だという。 そういえば、人員の交代はされてなかった。 なので、事態の最終的な終息は先送りされたことになったが、民 衆は悲嘆しなかった。 むしろ人員を削減できるほどに作戦の遂行には余裕がある、そし て作戦は最終段階に入っているのだと、民衆達は察知したらしい。 王都中、いや世界中が、勝利は目前に迫っていると感じていた。 そんな勝利ムードが王都中に漂う中、学院に登校してきたオーグ の顔はあまり優れなかった。 ﹁どうした、オーグ? そんな冴えない顔して﹂ ﹁⋮⋮そんな顔をしていたか?﹂ ﹁ああ。あ、ひょっとして、人員の半分を帰還させるから終息が伸 びたのを気にしてるのか?﹂ 1801 ﹁いや⋮⋮﹂ あれ? これが原因じゃないのか? そう思ってオーグの顔を見ていると、おもむろに口を開いた。 ﹁なあ、シン﹂ ﹁なに?﹂ ﹁つい先日まで災害級の魔物があちこちで目撃されたな﹂ ﹁ああ。そういえば、最近聞かないな﹂ ﹁それが、魔人を討伐した後から見られなくなった。このことにつ いてどう思う?﹂ ﹁なんだと?﹂ 災害級が現れなくなった? つい先日まで、皆の訓練の対象になるほど、あちこちで発生して いたのに? ﹁我々が魔人を討伐してかららしい﹂ ﹁そうなのか﹂ とすると⋮⋮。 ﹁魔人が増えたら魔物も災害級も増えたよな。魔人が減ったから、 災害級に至る魔物が減った⋮⋮とか?﹂ ﹁やはり、そういう結論になるか﹂ オーグは、ホッとした顔をしてそう言った。 1802 ﹁なに?﹂ ﹁いや、先日の会議でその話題が出てな、私もシンと同じ提案をし たのだ﹂ ﹁へえ﹂ ﹁すると、その見解こそが正解だとその後の会議が進んでな。今回 の人員の削減と、終結に向けての話が一気に進んだのだ﹂ ﹁そうだったのか﹂ ﹁ああ。だが、それ以外の意見が出てこないことに危惧を感じてな。 他に何か見落としがないかどうか、確認したかったのだ﹂ なるほどな。自分の意見がそのまま通っちゃったから不安になっ たのか。 正直、ただの推測だから、なにか裏付けがある話じゃない。 けど、状況からいってそれしか可能性がないようにも感じるけど ⋮⋮。 ﹁見落としねえ⋮⋮﹂ 魔物は、シュトロームが現れ、大量の魔人が現れた頃から急激に 増加した。 それと同時に、災害級の魔物の数も増加した。 シュトロームや、それより小さかったけれどもカートや討伐した 魔人達からも感じた禍々しい魔力。 それにあてられた野性動物が、魔物化したのだと、俺達は予想し ている。 1803 それを考えると、間違ってないように思える⋮⋮あ⋮⋮。 ﹁そういえば、あれは?﹂ ﹁なんだ? なにか見落としがあったか!?﹂ おっと。オーグの食い付きが激しいな。 それほど、今回の作戦の方針変更に危惧を持っているのだろうか? ﹁見落としっていうか、俺達が遭遇した狼の魔物とか、トニーの遭 遇した鹿の魔物とか、ジークにーちゃん達が遭遇したサイの魔物と かは?﹂ 狼の魔物は、災害級に至ったにしては狡猾さが足りなかった。 鹿の魔物は、大型には至っても災害級に至るなんて聞いたことが ない。 サイについては、魔物化した記録さえないという。 これは、不自然な状況じゃないだろうか? しかし魔人の集団という、今まで経験したことのない存在がいた。 そのため、濃い魔人の魔力の影響を受け、狼の魔物が急激に災害 級に至り、狡猾さを身に付ける前に俺達の前に現れた。 大型の魔物になった鹿が、更に災害級にまで至った。 1804 魔物化しないと思われたサイが魔物化した。 そう考えれば、無理のある推理ではない。 だけど、なにか小さなトゲが刺さっているような⋮⋮そんな感じ がしないでもない。 ﹁今までの記録と違う、記録にない魔物の存在か⋮⋮﹂ ﹁まあ、気になったって程度だけどね﹂ なんにしたって、推測だけじゃなにも答えなんて出すことはでき ない。 各国合同作戦なのだから、各国とのすり合わせも終わっているだ ろうし、すでに民衆への公布まで終わってるということは、現場に は帰還命令が伝わっているはずだ。 それを、曖昧な、結論さえ出ていないことで中止にすることなど できない。 してしまったら、民衆に更なる不安と不審を植え付けることにな るかもしれない。 つまり、もう後戻りできない状況なのだ。 ﹁まあ、それが問題なのかすら分からないんだし、このまま進める ことも間違いじゃないと思うよ﹂ ﹁そうか⋮⋮そうだな﹂ ﹁このまま、なにも問題がなければ、旧帝都にシュトローム達を封 じて監視網を構築できる。今はその詰めを間違えないようにするこ 1805 とに全力をあげた方がいいんじゃないか?﹂ ﹁そうだな、答えの出ないことに悩んでいるより、目の前のことに 全力を注ぐべきか﹂ オーグはまだ心配そうだが、今回の作戦の重要性も理解している ため、そちらに全力を注ぐことに決めたようだ。 この魔人領攻略作戦の落とし処は、周辺国家への侵略の意思がな いシュトロームを旧帝都に封じ、それを各国合同の監視網を敷いて 妙な動きをしないか監視する。というものだ。 シュトロームという魔人の首魁が残ってしまうが、倒した魔人達 の言葉を信じるならば、今シュトロームは自身の目標を達成したた め、抜け殻になっているらしい。 シュトロームさえ刺激しなければ、脅威はもうないはずだ。 万が一があるかもしれないが、そのための監視網だ。 魔人は殲滅させるべきとの声もあるが、これ以上人々を危険に晒 すわけにはいかない。 どうか、何事もなく、この作戦が終結することを祈るばかりだ。 ただ⋮⋮魔人達の話では、シュトロームの周りには離脱しなかっ た魔人達がいるはずだ。 その魔人達が妙な動きをしなければいいんだけど⋮⋮。 俺とオーグが、学院の教室で神妙な顔をして話をしていたので、 1806 皆も気になっていたらしい ﹁殿下とシン君、相変わらず難しい話してるねえ﹂ ﹁うん。付いていけない﹂ ﹁あたしらは、出てきた敵を倒す! それだけじゃ駄目なの?﹂ ﹁魔法の力で無理矢理解決する﹂ ﹁⋮⋮キューティレッドとキューティブルーは、もう少し考えよう か?﹂ ﹁﹁その名前で呼ぶな!﹂﹂ アリスとリンのおかげで、さっきまでの重苦しい雰囲気が一変し、 教室が笑いに包まれた。 皆、仲間と笑っていられるこの時間がずっと続くことを願ってい た。 もう俺達が出張ることがないように。 それが、その時俺達が持っていた共通認識だった。 そして、その願いが通じたのか、魔人領攻略作戦は順調に進んで いった。 まず各国とも人員を半分帰還。予備戦力を出兵させ、残っている 人員と交代。 後は三交代で作戦を遂行することになる。 人員は少なくなったが、すでに包囲網は大分狭まっているので、 少ない人員でも今まで通りに魔物を討伐することはできている。 1807 魔人領攻略作戦は順調に進んでいた。 魔人騒動が終息に向かっている状況で、アールスハイド魔法学術 院から例の発表があった。 今まで魔石は、鉱山などでの採掘中に偶然発見されることが多か ったのだが、火山の近く、又は大きな断層のある付近から多くの魔 石が発掘されると公式に発表があったのだ。 これは、過去の採掘実績から俺が仮説を立て、アールスハイド魔 法師団が調査した結果、間違いないと断定された。 魔石の詳しい精製条件は発表されなかったけどね。 おかげで、ウォルフォード商会は連日凄い賑わいだった。 魔石の採掘条件を発見した俺がオーナーの店なら、魔石を使った 商品がすでにあるかもしれないと先走った人達が大勢いたからだ。 いくらなんでも、そんなすぐに商品化しないって。 当面は、先に販売した冷蔵庫に、後付けで魔石を嵌め込み、魔力 を注がないでも氷が自動で精製できるようにするくらいかな? 魔石が流通するようになれば、魔道具職人達の発明も増えていく だろう。 そうすれば、人類はますます発展していく。 1808 その期待が民衆の間にも広がっていった。 そして、その情報を秘匿せず、公開したことでアールスハイドの 評価はますます高くなった。 現在の世界連合での発言力が大分大きくなったようである。 もっとも、ここで周辺諸国やエルス、イースなどに大きな顔をし てしまうと、新たな争いの火種となってしまうので、かなり自重し ているらしいが。 順調な作戦、魔石の発掘量増加。 多くの人達の目には、明るい未来が見えていた。 この魔人騒動さえ終息すれば。 そして、俺達が二年に進級する頃には、監視網をあと一歩で構築 できるところまで進んでいた。 人類の、ひとまずの安寧まで、後一歩まできていた。 だけど、俺達は根本的な勘違いをしていた。 そして、シュトロームについて忘れてしまっていたことがあった。 シュトロームが、かつて王都でなにをしていたのか、ということ を。 1809 作戦が動きました︵後書き︶ 外伝も更新しました。 活動報告もご覧くださいませ。 1810 ある男の異変 魔人領攻略作戦に終わりが見え始めた。 連合を組んでいる各国は、なるべく早い段階でこの事態を終息さ せたいと、各国の閣僚が集まり、最終的な詰めの話し合いを行って いた。 今は通信機が各国に行き渡っているので、代表者は会議開催地で あるダームにずっと泊まり込みである。 作戦が発動してからすでに数ヶ月が経過し、各国から派遣されて いる軍隊も半数に減らされた。 後はこのまま旧帝都を、シュトロームを刺激しない程度の距離か ら包囲し監視網を構築すれば、今回の作戦は終結する。 後は、魔人達に不穏な動きがあれば、すぐさまシン達アルティメ ット・マジシャンズが対応することになっている。 先の魔人戦で実際にその戦闘を見た各国兵士達は、魔人をあそこ まで圧倒できるシン達なら、この先なにが起きても大丈夫だろうと、 シン達に絶大な信頼を寄せていた。 だが、自分達の知らない間に事が起こってしまえば、いくらシン 達でも対処しきれない。 そうならないように監視する必要がある。 1811 そのための監視網であり、それが完成するということは、人類の 安寧に繋がると、誰もがそう確信していた。 だが、シン達も永遠に生きるわけではない。 今後、もしアルティメット・マジシャンズがいなくなったらどう するのか? という意見もあった。 だが、魔物に子供が産まれるという事例は報告されておらず、お そらく今いる魔人達以上に魔人は増えないと推測された。 なので、シン達頼みではあるが、この監視網構築をもって魔人領 攻略作戦は終結とみなすことになった。 そして、終わりが見えてくると、話の内容はその次の話題に切り 替わってくる。 この騒動が終息した後の、領土の振り分けについてである。 実はこの領土の振り分けについては、一度纏まった話である。 なら、なぜ改めてこの話題が議題に上ったのか。 それは、ある事態が起こったからだ。 ﹁それでは、以前取り決めた領土の分配から、ダームの領土の再分 配についての協議を始めます。よろしいですか?﹂ 議長を務めるアールスハイド代表の言葉に、列席している各国閣 1812 僚が無言でうなずく中、ダームの代表だけが苦虫を噛み潰したよう な顔をしている。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁ダーム代表、よろしいですか?﹂ ﹁⋮⋮ええ、大丈夫です﹂ 今回の魔人領討伐作戦において、ダーム軍の代表であるラルフが 暴走し、魔人を取り逃がしかけるという事態が起こった。 もちろんこれはダームの意思ではなく、ラルフ個人の暴走である。 しかし、事は個人の暴走、失態で済ませていい話ではない。 シン達アルティメット・マジシャンズの力をもってすれば、例え あそこで取り逃がしていたとしても、いずれは魔人を追い立てるこ とができていただろう。 だが、その間にも、兵士や一般市民に対する危機が増すことは想 像に固くない。 つまりラルフは、この非常事態の早期解決の芽を潰し、人類に無 用の被害をもたらすところであったのだ。 そんな危険人物を軍の代表に据えていたダームの責任は重く、全 くのお咎め無しにするわけにはいかなかった。 今回のラルフ暴走事件については、聞き取り調査でおおよその把 握ができていた。 1813 ラルフが、シンを神の御使い、シシリーを聖女と呼ぶことに批判 的であったこと。 そして、そのシン達に功績をあげさせまいとし、自分達がその功 を奪おうとしたことにより暴走したというのである。 これに激怒したのがイースだ。 シンを神の御使いと認定したのは創神教教皇であるエカテリーナ である。 敬愛する教皇倪下が認定したにも関わらず、そのシンを蔑ろにし、 功を掠め取ろうとしたとして、イース代表はかなり強い不快感を示 した。 しかし、今この会議に参加しているダームの代表も、国王を含め た上層部も、シンを神の御使いと呼ぶことに肯定的な人物である。 それが、少数派である、神の御使い否定派のラルフによって、ダ ームは信じられない窮地に陥った。 ラルフが暴走したことは、一般市民には伝えられていないが、上 層部は当然その情報を得ている。 一部少数派のせいで、本来なら得られたはずの領地が縮小してし まうこと。 それになにより、ダームが失った信用の大きさを考え、暴走した ラルフに対し、以前は信頼を寄せていた人間も怒りを顕にしていた。 1814 今回の会議に参加しているダームの代表もそうである。 ︵あの疫病神が! 大人しく作戦に参加していれば、黙っていても 領土の拡大ができていたものを!︶ そのダームの代表は、自分抜きで進んでいく会議を、ラルフを内 心で口汚く罵りながら苦々しい表情で眺めていた。 結局、ダームに分配される領土は元々の予定から半分に減り、ス イード・カーナン・クルトの三カ国に再分配された。 精神的な主国であるイースが不快感を表しているということもあ り、ダーム代表に反論など許されるはずもなく、決定事項にただう なずくしかなかった。 閣僚にまで上り詰め、ダームという一国の代表にまでなったとい うのに、なんの反論も許されず交渉の余地さえない。 しかも、この会議が行われているのは、立地的な条件からまたし てもダーム王国なのである。 自国で行われている世界会議において、惨めな思いをさせられた。 しかも、イース代表からは、かなり強い批判の言葉も受けていた。 そのことは、ダーム代表のプライドを著しく傷付けた。 ﹁くそっ、ラルフめ! なんてとんでもないことをしてくれたんだ !﹂ 1815 自国で行われている会議なので、ダーム代表は自宅に戻ったのだ が、戻るなり自室にある家具を蹴飛ばし、我慢していた怒りをぶち まけていた。 使用人達は、普段こんなに声を荒げることのない主人に困惑し、 妻でさえ時折大きな音が聞こえる部屋に近付かなかった。 ﹁はあっ⋮⋮はあっ⋮⋮くそっ! 陛下になんと報告すれば⋮⋮﹂ 会議で散々惨めな思いをしたというのに、さらにその会議の結果 を国王に報告しなければならない。 そのあまりに憂鬱な事実に、ダーム代表は逃げ出したくなった。 しかし、報告はしなければならない。 怒りと憂鬱で、ダーム代表の精神はこの時、正常な状態ではなか った。 暴れ回ったため、物が散乱している自室の机で頭を抱えていると、 不思議なことが起こった。 ︵憎くないか?︶ ﹁!?﹂ 突然聞こえたその声に、ダーム代表は驚き辺りを見回す。 しかし、使用人達は荒れる主人を怖れて部屋には近付いていない ため、誰の人影も見えない。 1816 気のせいか? そう思ったその時。 ︵憎くないか?︶ また声が聞こえた。 ﹁だ、誰だ!? 出てこい!﹂ ダーム代表は思わず大きな声をあげたが、その声の主は姿を表さ ない。 ﹁くそっ! 誰だ!? どこに潜んでいる!?﹂ ︵お前はなにも悪くないのに、非難され、貶められた︶ その声は、ダーム代表が心の中で思っていたことを口にした。 ﹁そうだ⋮⋮私はなにも悪くない⋮⋮悪いのは、全部あの狂人ラル フなのに⋮⋮﹂ 皆の信頼の篤かったラルフは、この度の暴走で、ダームの上層部 から﹃狂人﹄と呼ばれていた。 ︵そうだ。そのたった一人の狂人のために、優秀なお前はかかなく ていい恥をかかされた︶ ﹁そうだ⋮⋮あいつのせいだ⋮⋮あいつの⋮⋮﹂ この時、ダーム代表が正常な状態であったら、この部屋に充満す る黒い魔力に気が付いただろう。 1817 しかし、怒りと憂鬱により精神が不安定な状態であったこと。 その不安定な状態で突然語りかけられたため、恐怖と困惑が上乗 せされたダーム代表には、この部屋の異常に気付くことができなか った。 そのため、ダーム代表は徐々に催眠状態に陥り、姿の見えない者 の声を素直に聞き入っていた。 ︵本来責められるのはあの男であって、お前ではないはずだ︶ ﹁そうだ! なのになぜ、なぜこの私がこんな辱しめを受けなけれ ばいけないのだ!﹂ ︵お前は悪くない⋮⋮お前は悪くないんだ︶ ﹁そうだ⋮⋮俺は悪くない⋮⋮俺は悪くない⋮⋮﹂ こうして、黒い魔力に包まれたダーム代表は、姿なき者の声に耳 を傾けていった。 少し時間をおいて、ダーム代表が国王へ報告をするために、馬車 に乗って自宅を出た。 そのダーム代表の自宅の屋根の上で、その様子を見ている者がい た。 ﹁さて、実験通りに上手く踊ってくれよ?﹂ 1818 その人影はそう呟くと、姿を消した。 そして、その人影を見た者は、誰もいなかった。 ﹁そうか⋮⋮やはりそうなったか⋮⋮﹂ ﹁はっ! 誠に残念ながら⋮⋮﹂ ダーム代表は王城に到着し、ダーム国王へ会議の結果を報告して いた。 そして、その報告を聞いたダーム国王は、沈痛な顔をした。 ﹁此度の一件で、我等ダームの信頼は一気に地に堕ちたのう﹂ ﹁⋮⋮﹂ 国王の自嘲気味の言葉に、ダーム代表の男は言葉が出ない。 ﹁これも、余の不徳とするところか⋮⋮﹂ ﹁そっ! そんなことは!﹂ ﹁よい。アレの心の闇に気付かず、軍の長官に指名したのは余なの だ。全ての責は余にある﹂ すでに老境に差し掛かっている国王は、心痛のせいだろうか、若 干老け込んだように思える。 ﹁ご苦労であったな。まだ会議は続くであろう。辛い立場かと思う 1819 が、よろしく頼む﹂ ﹁そんな⋮⋮そんな勿体無いお言葉を⋮⋮﹂ 敬虔な創神教信者で人の良い国王にこんな心痛を与えている。 そのことにダーム代表の男は、ラルフに対する怒りと憎悪を増幅 させていった。 そしてその日の夜から、彼はある夢を見続けることになる。 寝ていると、あの時の声が夢に出てくるのだ。 そして、その声は自分は悪くない。悪い奴は別にいると自分を擁 護してくれる。 あまりにも辛い立場であった彼は、その夢の中の声に救いを求め た。 そのため、彼は心の防御を解いてしまった。 彼の寝室を覗いた者がいたら腰を抜かしていたことだろう。 なぜなら、彼の心の闇をつくように、黒い魔力が彼に絡み付いて いたのだから。 しかし、その様子を見た者はいない。 彼の妻も、尋常ではない彼の様子に怯え、寝室を別にしていたか らだ。 1820 そうして誰にも気付かれずに黒い魔力に蝕まれていった彼は、日 に日にやつれていく。 家の者は、その様子にますます怯え、食事すら一緒にとらなくな っていた。 そして各国の閣僚達は、ダーム代表の尋常ではない様子に気付い ていた。 気付いていたが、会議の内容がダームに不利なものであるため、 心労によりやつれているのであろうと、誰もが思った。 思ったが、自分達がその責を追及した側であるため、声をかける ことをためらったのだ。 誰もがその男の異変に気付きながら、対応することを怠った。 その結果、ダーム代表の中で、ある決意が生まれていたことに気 付く者はいなかった。 ﹁悪いのは俺じゃない⋮⋮悪いのは⋮⋮あんな決定をした⋮⋮﹂ 彼の中で、自分をこんな窮地に追いやった犯人は、すでに特定さ れていた。 そして、もう少しで監視網が完成するという時点で世間は春を迎 え、新年度がスタートした。 1821 ある男の異変︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1822 緊急連絡が入りました 春になり、俺達は進級して二年生になった。 毎年行われているクラスの再編成だけど、今年は俺達Sクラスだ け免除された。 このSクラスは全員が究極魔法研究会で、アルティメット・マジ シャンズだ。 Sクラスと他のクラスとの実力差が離れすぎてしまったため、S クラスはクラス編成から外されてしまったのだ。 AからCクラスでは結構な変動があったらしい。 Sクラスへの昇格の可能性を潰してしまったのは、申し訳なかっ たなあ。 トニーは喜んでたけどね。 Sクラスから落ちたら騎士学院に転校って言われてたから。 ⋮⋮いや、さすがにもうそんなことは言わないだろ。 俺はそう思ったが、トニーにとって家族との約束は以外と大きい らしい。 状況がどうあれ、破るつもりはないみたいだ。 1823 見た目チャラ男なのに⋮⋮中身は男前っていうか、以外と真面目 なんだよな。 リリアさんと付き合いだしてから、女の子も侍らせなくなったし。 それはさておき、今日は新入生の入学式だ。 俺達も在校生として参加している。 式自体は何事もなく進んでいくが、どうにも新入生達の様子がお かしい。 キョロキョロしてるというか、壇上の来賓の人達の挨拶を聞いて いないというか。 ⋮⋮まあ、原因は分かってる。 アルティメット・マジシャンズは、高等魔法学院生だけで結成さ れているというのは有名な話だ。 おそらく、俺達の姿を見ようとしてるんだろう。 在校生達はさすがにそんなことはないが、新入生達にとっては初 めてだものな。 まあ、そのうち慣れてしまうだろうけど。 教師陣に度々注意されながらも、式は進み終了した。 1824 ﹁んーあぁ⋮⋮こういう式は眠たいなあ⋮⋮﹂ ﹁凄いですね、シン君。私は新入生達の視線が気になって式に集中 できませんでした﹂ 式の最中に襲いくる眠気と格闘し、何度か負けてしまったため、 体を伸ばしながら教室に向かって歩いていると、シシリーから呆れ るような、感心したような声をかけられた。 ﹁コイツは、どこに行っても注目されるからな。そういった視線に 慣れてしまったのだろう﹂ ﹁さすがシン君! 神経図太いね!﹂ オーグが冷静に状況を分析すると、アリスは失礼なことを言って きた。 ﹁まあ、図太いシンはともかくとして、お前達、これから気を付け ろよ?﹂ アリスに対して一言文句を言ってやろうと思ったら、オーグが先 に話し出してしまった。 ﹁気を付けろ、ですか?﹂ ﹁前学期までは、今まで同じ魔法学院生だった者が急に有名になっ たから、どう接していいか分からなかったんだろう。だから私達に 対して過剰な接触はなかった﹂ ﹁そうですね﹂ ﹁ところが新入生達は違う。高等魔法学院の受験者数は過去最高だ った。特にこの年代だけ人口が多い訳でもないのにだ﹂ マリアが何に気を付けろと言っているのか分かってない様子で訊 1825 ね、オーグは先程の発言について説明し始めた。 ﹁明らかに私達目当てだ。どういうアプローチをかけてくるか分か らん。究極魔法研究会やアルティメット・マジシャンズに入れろと 言ってくるかもしれんし、実力差も分からず勝負を持ちかけてくる かもしれん﹂ ﹁あー、そういうことかあ﹂ ﹁コーナー。特にお前は気を付けろ﹂ ﹁な、なんでえ!?﹂ ﹁勝負を持ちかけられたら、喜んで受けそうだ﹂ ﹁そんなことしませんよう!﹂ 確かに、アリスは心配だな。 魔法少女事件の例もあるし。 そう思って皆と一緒に笑っていると。 ﹁なにを笑っている、シン。私はお前が一番心配だ﹂ ﹁え!? 俺!?﹂ ﹁お前の場合は、勝負より女に囲まれることを心配しろ﹂ ﹁え、でも、俺がシシリーと婚約してるって皆知ってるよな?﹂ 盛大に婚約披露パーティーしたし。 ﹁それがどうした。妻のいる身で、女によって身を崩した権力者の 話など、昔からいくらでもある﹂ ﹁権力者って⋮⋮﹂ アルティメット・マジシャンズの代表でウォルフォード商会のオ 1826 ーナー⋮⋮十分権力者か⋮⋮。 ﹁アルティメット・マジシャンズは、世間からは隔離されているか らな。魔法学院は交流が持てる唯一の場だと気合いを入れているか もしれんぞ?﹂ ﹁なんて迷惑な気合いを⋮⋮﹂ ﹁だからクロード、必ず一緒にいろ。これは命令だ﹂ ﹁はい! 絶対離れません!﹂ そう言って、俺の腕にしがみついてきた。 いや、あの⋮⋮まだ周りに皆いますが⋮⋮。 ﹁まだ早いが⋮⋮いいだろう。四六時中そうしていろよ﹂ ﹁かしこまりました!﹂ オーグの奴め、絶対面白がってる。 とはいえ、俺もその柔らかい感触に腕を振り払うなど微塵も考え なかった。 ﹁このラブラブ振りを見れば、どっち狙いでも諦めるでしょ。死ね ばいいのに⋮⋮﹂ マリアから怨念めいた言葉が吐きかけられる。 ⋮⋮なんでマリアには彼氏が出来ないんだろうな⋮⋮最近はハン ター協会でも、その存在が認知されてるらしい。 女の子のハンターは珍しいから、チヤホヤされててもいいのに。 1827 ﹁はは⋮⋮なんかねえ、協会で絡んできた男をミランダさんとボコ ボコにしちゃったみたいで⋮⋮あの二人にはちょっかいかけちゃい けないって不文律ができちゃってるんだよねえ﹂ こちらも最近よくハンター協会に行くトニーから、マリアの実状 を聞いた。 それは⋮⋮自業自得なんじゃないだろうか? 彼氏が欲しいって言う割には、ナンパされても返り討ちにしちゃ うよな。 ﹁なあ⋮⋮マリアって、ナンパとか嫌いなのか?﹂ ﹁ナンパのしかたにもよるわよ。でも、なんでか私に声をかけてく るのはゲスいのが多いのよね﹂ 困ったもんだと溜め息を吐くマリア。 初めて会った時も、強引なナンパをされてたみたいだし、そうい う輩を引き寄せるなにかを出してんのか? ﹁ゲスホイホイだね!﹂ ﹁失礼なこと言うなアリス!﹂ 笑っちゃいけない。 アリスに賛同したいところだけど笑っちゃいけない。 そうしないと、怒りの矛先がこっちに向いてしまう。 1828 アリスとマリアの追いかけっこを先頭にして、教室へと移動する。 今学期から二年用のSクラスだ。 といっても、設備は変わらないんだけどね。 ﹁ひとまず、今日のところは騒動は起こらなくて良かったですね﹂ ﹁まったくな。去年の今頃は早速騒動に巻き込まれていたからな﹂ ﹁あぅ⋮⋮すみません⋮⋮﹂ 教室についてホッとしたのか、トールが言葉を漏らすと、オーグ が去年のことを思い出した。 その原因であったシシリーが、申し訳なさそうにしてる。 ﹁シシリーのせいじゃないよ﹂ ﹁いえ、私が原因であることは間違いないです﹂ ﹁そんなに気にしなくていいのに。むしろあの騒動でシシリーと親 密になれたんだから﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁でも、あの騒動が、ここまで大きくなるとは思わなかったなあ﹂ 去年の今頃に起こった、カート暴走事件。 その後、カートはシュトロームの実験台にされて魔人化するし、 シュトロームが魔人を大量に生み出すし、その魔人が暴発するしで 世界中を巻き込んでの騒動になってしまった。 その騒動もようやく終わりが見えてきたし、一年経ってようやく 1829 元に⋮⋮。 ﹁⋮⋮ん?﹂ ﹁どうした、シン?﹂ ﹁いや⋮⋮なんか、重要なこと忘れてるような⋮⋮﹂ なんだろう? 今、なにか引っ掛かった。 ﹁忘れている? なにをだ?﹂ ﹁うーん⋮⋮なんだろう? 喉元まで出掛かってるんだけど⋮⋮﹂ なんだろう? モヤモヤするなあ。 ﹁⋮⋮かなり気になるが、思い出せんものは仕方がない。思い出し たらすぐに言えよ? できれば万全の体制で終結を迎えたい﹂ ﹁ってことは⋮⋮﹂ ﹁ああ。そろそろ作戦の終結宣言が出されるぞ﹂ ﹁へえ、いよいよですか!﹂ おお。本格的に作戦が終結するらしい。 マリアがそれに食いついた。 ﹁もうすぐ監視網が完成するからな。最終的にエカテリーナ教皇倪 下が終結宣言をしてこの作戦は終了だ﹂ ﹁長かったですねえ。半年以上もかかるとは﹂ ﹁これでも世界中が協力してくれたから大分短縮されたのだぞ? 我が国だけでこの作戦を実行していたら、数年かかっていたところ 1830 だ﹂ ﹁うえ! 数年とか、勘弁して欲しいですよ!﹂ トニーはやっと終わるのかと呟き、アリスはアールスハイドだけ で作戦を実行したら数年かかっていたと言われ、心底嫌そうな顔を した。 そりゃあ、こんな緊張状態が数年続くとか勘弁してもらいたいも んだ。 ﹁そうか、いよいよか﹂ ﹁まあ、シュトロームや魔人達がいなくなった訳ではないから油断 はできんがな。そのための監視網だし、なにかあれば我々の出番に なる﹂ それでも、魔人達がどこの国を襲うのかと緊張し続けるよりはマ シだと思う。 これで、ようやく静かな日常が戻ってくるのか。 ﹁まあ、平和になったらなったで、今度は別の問題が出てくるがな﹂ ﹁別の問題?﹂ ﹁もう忘れたのか? 身の回りに気を付けろという話だ﹂ ﹁ああ、それね⋮⋮﹂ まあ⋮⋮平和な悩みかな? 入学式が終わった翌日以降から⋮⋮。 1831 ﹁﹁﹁キャアー! シン様ー!﹂﹂﹂ ﹁ああ、殿下⋮⋮こんな間近でそのご尊顔を拝謁できるとは⋮⋮﹂ ﹁アリス先輩、可愛いー!﹂ ﹁シシリーお姉様がこちらを見られたわ!﹂ まるで、アイドルにでもなった気分だ。 俺達に直接絡んでくることはなかったけど、すれ違ったり遠目で 見つけたりするとこうやって声をかけられる。 嬉しいんだか、恥ずかしいんだか⋮⋮。 それよりも、意外とシシリーに対して女子生徒から熱い視線が向 けられている。 男子生徒にちょっかいかけられるかと思ったのに。 ⋮⋮女子に狙われたりしないよな? よな? なんだよ、お姉様って⋮⋮。 前世では、芸能人とかいいなって思っていたけど、実際自分がこ んな立場になると疲れてしょうがない。 だって、一挙手一投足が全て見られてる感じがするもの。 ﹁はあ⋮⋮学院でも光学迷彩使って隠れて生活したい⋮⋮﹂ ﹁なんだよマリア。すっかり付与に慣れちゃったな﹂ ﹁これだけ注目されたらそう思ってもしょうがないでしょ? あ、 1832 でも制服には光学迷彩付与されてないか⋮⋮﹂ 前は制服にかけられた付与を怖がっていたのに、今ではもうすっ かり慣れちゃった。 今まではこんなに騒がれていなかったのに、新入生が入ってきた 途端にこれだ。 なんか、漫画で見たことあるような光景がずっと続いてる。 昔はなんとなしに見てたけど、声を掛けられる方はこんなに付か れるのか⋮⋮。 そんな新しい、疲れる学校生活を送っていたある休日のこと。 その日は、俺の家にアルティメット・マジシャンズが勢揃いして いた。 オーグに無線通信機で呼び出されたのだ。 一体なんの用事かと思っていると、オーグが待ちわびた言葉を発 した ﹁シン。終結宣言の日取りが決まったぞ﹂ ﹁おお! じゃあ監視網が完成したのか!?﹂ ﹁ああ。昨日のことだ。通信機で連絡が入った。監視網が完成した ので、後は教皇猊下の宣言をもって事態の終結とするとな﹂ その報告を聞いた瞬間、全員が歓声を上げた。 1833 ﹁いえーい! やったね!﹂ ﹁うん﹂ アリスとリンがハイタッチしている。 他の皆も、嬉しそうだ。 ﹁私達が参加したのは序盤だけですけど、自分が参加した作戦が無 事に終わるとホッとしますね﹂ ﹁そういえば、僕達が参加したのって、最初の数週間だけだったね え﹂ ﹁だが、その実績は魔人の大量討伐だ。もっと誇っていいぞ﹂ マリアとトニーが、参加した時間の短さを気にしているみたいだ けど、俺達は俺達のできることをしたんだし、胸を張っていいと思 う。 そんな、久し振りの朗報に皆で喜びあっていると、誰かの無線通 信機の着信ベルが鳴った。 ﹁ん? 私か﹂ オーグが、自分の無線通信機が鳴っていることに気付き、取り出 した。 この場には俺達全員がいるし、爺さんとばあちゃんもいる。 となると、これを鳴らしているのはディスおじさんしかいない。 なんだろう? 1834 ﹁はい。アウグストです﹂ オーグも、相手がディスおじさんだと分かっているからか、丁寧 な口調で応答した。 ﹁はい。今シンの家ですが⋮⋮はい。は? はあっ!? 本当です か!?﹂ 最初は普通に対応していたオーグが、急に大声をあげた。 なんだ? 緊急事態か? あまりのオーグの狼狽振りに、全員に緊張が走る。 ﹁はい。わかりました。おい! シン!﹂ ﹁なんだ?﹂ ﹁父上が代わってくれと﹂ ディスおじさんが俺に? ﹁シンです。ディスおじさん、なにかあったの?﹂ ﹃おおシン君か! そこにマーリン殿はいるか!?﹄ ﹁うん。いるよ﹂ ﹃なら丁度いい、マーリン殿とイースのカーチェのところに行って くれ!﹄ ﹁エカテリーナさんのところ? なんで?﹂ ﹃緊急事態なのだ! さっきイースから緊急連絡が入った﹄ ﹁緊急連絡?﹂ 1835 なんだ、嫌な予感がする。 ﹃カーチェが⋮⋮カーチェが刺されたのだ!﹄ もうすぐ終わると思っていた事態が、思わぬ方向に転がり始めた。 1836 緊急連絡が入りました︵後書き︶ 外伝も更新しました。 活動報告に、3巻の特典情報と、コミカライズの情報があります。 1837 大変な間違いに気付きました︵前書き︶ コミカライズ版﹃賢者の孫﹄の連載が始まりました。 そちらもご覧頂ければと思います。 よろしくお願いします。 1838 大変な間違いに気付きました ﹁エカテリーナさんが刺された!? 一体どういうことさ!?﹂ ディスおじさんからの緊急連絡は、エカテリーナさんが刺された という連絡だった。 ﹃なぜそうなったのか、詳しいことは分からん。刺された傷自体は 治癒魔法で治療中らしいのだが⋮⋮﹄ そこでディスおじさんは、一度言葉を切った。 ﹁なに? なにか問題があったの?﹂ ﹃刃物に毒が塗ってあったらしい﹄ ﹁毒!?﹂ ﹃ああ。いくら治癒魔法をかけても衰弱していく一方らしい。そこ でシン君に救いを求めてきたのだ﹄ くそっ! なんてことだ! イースの治癒魔法使いは毒の治療ができないのか!? ﹁分かった! すぐに向かうから、向こうに話を通しておいて!﹂ ﹃うむ。頼んだぞ。カーチェが害されたとなると、別の混乱が起こ る。それだけはなんとしても避けなければいけない﹄ ついさっき、エカテリーナさんの終結宣言で作戦が終わるという 話をしたばっかりなのに、まさかこんなことになるとは。 1839 誰がなんのために、こんなことをしでかしたのか分からないけど、 世界中に信徒がいる創神教の教皇が殺されたなんてことになれば、 せっかく魔人騒動が治まっても平穏は迎えられない。 それだけは絶対避けなきゃいけない。 こんなことなら、あの首飾りを渡しておくんだった! 渡し忘れたことが悔やまれる。 ﹁じいちゃん!﹂ ﹁ウム。話は聞いておった、イースに向かうぞ!﹂ ﹁お願い! じゃあオーグ、行ってくる!﹂ ﹁シン! なんとしても教皇倪下をお救いしろ!﹂ ﹁分かってる!﹂ 爺さんが開いたゲートを通って、イースに向かった。 ゲートから出た先は、豪華な個室だった。 ゲートを出た爺さんは、迷わず部屋の扉を開けて出ていく。 ﹁な! 何者だ!? 教皇倪下のお部屋から出てくるとは!﹂ あ、ここエカテリーナさんの私室だったのか。 扉の前を慌ただしく駆けていた護衛騎士と思われる人が、エカテ リーナさんの部屋から出てきた爺さんを見咎めた。 1840 そりゃあ、急に教皇の部屋から人が出てきたらびっくりするわな。 ﹁ワシはマーリン=ウォルフォード! こっちは孫のシンじゃ! アールスハイド国王ディセウムの依頼によりエカテリーナの治療に 参った! 今すぐ案内せい!﹂ ﹁な、賢者様だと!? 見え透いた嘘を⋮⋮﹂ ﹁やかましいわ!! グダグダ言っとらんとさっさと案内せい!﹂ うおっ! 爺さんがマジギレした。 爺さんの周りに、あまりに濃密な魔力が渦巻く。 その様子に護衛の騎士さんは足がガクガクしてる。 ﹁モタモタするな! もし間に合わずにエカテリーナが死んでみろ ⋮⋮貴様、八つ裂きにしてくれるからな!﹂ ﹁ヒッ! だ、だが得体の知れぬ者を連れていく訳には⋮⋮﹂ こんな怖い爺さんは見たことがない。 いまだに案内してくれない騎士の人に相当イラついてる。 だけど、騎士さんの言い分も分からないではない。 ディスおじさんからの依頼だけど、それを証明するものはない。 連絡しておいてと言ったけど、どこにゲートを開くかとか言って なかったし。 どうする? 1841 一刻も早く治療しないと手遅れになるかもしれない。 どうにかこの場を乗り切る方法がないか試案していると、豪華な 法衣に身を包んだ神子さんが走ってきた。 あ、あれは! ﹁おい! シン殿はまだこられて⋮⋮おお! シン殿!﹂ ﹁お久しぶりです、マキナさん!﹂ ﹁な!? マキナ大司教!? それでは、本当に賢者様と御使い様 なのですか!?﹂ 俺の顔を知っている、三国会談に参加していたマキナ大司教が、 俺達を迎えに来てくれた。 ﹁本当にすぐに駆け付けて下さったのですね!﹂ ﹁当然です! すぐに教皇倪下のところへ!﹂ ﹁ええ! こちらです!﹂ 先導して走っていくマキナ大司教の後に続いて、俺と爺さんもつ いていく。 その際、騎士さんも一緒についてきたのだが、可哀想なくらい真 っ青な顔をしていた。 ﹁まさか、本当に賢者様と御使い様だったとは⋮⋮私はなんという ことを⋮⋮﹂ ブツブツ言いながらついてきているけど、今は騎士さんの相手を 1842 している場合じゃない。 ﹁マキナさん、教皇倪下の容態は?﹂ ﹁ハッ、ハッ、え? ああ、刺し傷も相当深く、血を大量に失って おります! ハッ、ハッ、も、もし傷が癒えても⋮⋮﹂ それ以上は息があがって喋れないのか、絶望的な状況に言葉を続 けられないのか、マキナさんはそこで口を閉ざした。 俺もそれ以上はなにも言えず、ただマキナさんの後に続いていた。 そして辿り着いたのは、謁見の間。 国家元首でもある創神教の教皇は、他国の使者を迎える時、謁見 の間で迎える。 ﹁謁見の間ってことは、犯人は⋮⋮﹂ ﹁ハアッ! ハアッ! え、ええ⋮⋮国外の⋮⋮ダームの使者です﹂ やっぱり、国外の人間だったか。 完全に息のあがったマキナさんが最後の力を振り絞って、謁見の 間の扉を開ける。 ﹁シン殿! 教皇倪下をなにとぞ! なにとぞお救いください!﹂ ﹁はい! どいてください! 治療は俺が変わります!﹂ 扉を開けてへたりこんでしまったマキナさんに後押しされ、謁見 の間の人垣に向かって走り出した。 1843 ﹁おお! 御使い様! 御使い様が来てくださったぞ!﹂ ﹁御使い様! 倪下を、教皇倪下をお救いください!﹂ マキナさんが、俺の名前を大声で叫んだことで、ここにいるのが 俺だと皆認識したみたいだ。 次々に声をかけてくる人がいるけど、それに返事をしている暇な どない。 人垣が割れ、そこに現れた光景は⋮⋮血だまりに倒れるエカテリ ーナさんと、必死に治療をしている治癒魔法使いさん、そして⋮⋮。 ﹁フヒヒ! 俺は悪くない! 悪いのは、あんな小僧を神の御使い なんぞと認定した教皇が悪いのだ!﹂ 騎士に取り押さえられ、奇声を発している犯人と思われる男だっ た。 ﹁黙れ! この逆賊が!﹂ ﹁属国の使者の分際で、よくもこのような蛮行を!﹂ 取り押さえられている犯人にもイラッとするけど、騎士の方にも 悪感情が芽生えてくる。 こんな簡単に凶行を許しておいて、よくも偉そうにしていられる ものだ。 とりあえず、その事は後回しだ。 今はエカテリーナさんの治療に全力を注がないと! 1844 ﹁治癒魔法使いさんはそのまま治癒魔法を使い続けて下さい! 診 察します!﹂ 治癒魔法をかけ続ける治癒魔法使いさんの対面に座り、血の気の 失われたエカテリーナさんを診察する。 魔力をエカテリーナさんの身体中に巡らせ、細胞の一つ一つまで 知覚するイメージ! その診察で分かったことは、刺されたのは腹部。 その際にいくつか内臓にまで傷を負っており、治癒魔法使いさん の魔法では治癒しきれていないこと。 さらに毒は全身に回っており、もういつ死んでもおかしくないと いうことだった。 ﹁!!﹂ そのことを認識した俺は、声をあげる暇もなく治癒魔法を発動さ せた。 まず、刺されて傷付いた内臓を、同じ臓器から細胞を培養させて 修復する。 次に毒を浄化だ! すでに全身に毒が回っているため、静脈を通して毒を浄化するイ メージを流し込む。 1845 静脈に流された浄化のイメージの魔法は、一旦心臓に戻り、その 後全身へと巡っていく。 腹部の治療や、少し時間がかかるかもしれない血管を通して毒を 浄化させる方法を取れたのはずっと治癒魔法をかけ続けてくれてい る人がいるからだ。 これなら完治しないまでも、現状を維持することくらいはできる。 治癒魔法をかけ続ける治癒魔法使いさんの横で、俺も浄化魔法を かけ続ける。 間に合え! 逝くな! 貴女はばあちゃんの弟子で、爺さんの生徒で、俺に自分を母と呼 べと言った人だろう!? こんな毒なんかで死ぬな! 必死の願いを込めながら毒を浄化させる魔法をかけ続ける。 それからどれくらい経っただろうか? ﹁お⋮⋮おお⋮⋮﹂ 誰かが声を漏らした。 1846 なんだ? 俺は毒を浄化させることでイッパイイッパイで周りが見えてない。 なにがあった!? そう思ったその時。 ﹁!?﹂ 俺の頭を誰かが撫でた。 その手の主を追っていくと⋮⋮。 ﹁あ、ああ⋮⋮﹂ そこには⋮⋮。 ﹁シン⋮⋮くん⋮⋮きてくれたの⋮⋮?﹂ うっすらと目を開け、震える手で俺を撫でているエカテリーナさ んの姿があった。 ﹁エカテリーナさん! 良かった! 本当に⋮⋮良かった⋮⋮﹂ 間に合った! 本当にギリギリだったけど、エカテリーナさんの命を繋ぎ止めた! 1847 そう思ったら、目から涙が溢れた。 するとエカテリーナさんは、その震える手で俺の涙を拭ってくれ た。 ﹁あらあら⋮⋮シンくんは⋮⋮泣き虫ねえ⋮⋮﹂ 自分が辛いだろうに、俺を気遣ってくれるその声は慈愛に溢れ、 本当に母親のように思えた。 そのことが、より涙腺を崩壊させ⋮⋮。 ﹃ウオオオオオッ!﹄ って! ビックリした! ﹁奇跡だ! 御使い様が奇跡を起こされた!﹂ ﹁ああ! 教皇様! よくぞ! よくぞ御無事で!﹂ 周りで事の推移を見守っていた人達が一斉に歓声をあげたのか。 自分の世界に入ってたから、超ビックリしたわ。 そのことで少し落ち着いた俺は、命を繋ぎ止めたとはいえ消耗の 激しいエカテリーナさんを安静にさせるため声をかけた。 ﹁教皇倪下は相当消耗されています。部屋に戻り安静にしないと⋮ ⋮﹂ その時だった。 1848 ﹁おのれ⋮⋮おのれおのれおのれおのれおのれ! 貴様がシン=ウ ォルフォードか! 貴様のせいで! 貴様のせいでぇぇぇ!﹂ 取り押さえられていた男が、急に大声をあげた。 って! この魔力は!? ﹁っ!? イカン! その者の首をはねろ!﹂ 魔力を増幅させた男を見た爺さんが大声をあげて、男の首をはね るように指示を出した。 その言葉に反応した騎士が、教皇に凶刃を届かせてしまった汚名 返上とばかりに直ぐ様剣を抜き、上段から降り下ろした。 その剣は男の首をはねるだけでなく、床にまでめり込んだ。 そんな勢いで剣を振り抜かれては、男の頭部が胴体と繋がってい ることなどありえない。 皆が呆然とその男の遺体を見つめた後、自然とその指示を出した 爺さんに視線が集まった。 そしてその爺さんは、皆に見つめられながら衝撃的なことを口に した。 ﹁⋮⋮危ないところじゃった⋮⋮そやつ魔人化しかけとったぞ﹂ そうだ。 1849 さっきあの男が発した魔力。 あれはカートが魔人化する前に発した魔力によく似ていた。 あのまま放っておいたら、おそらく魔人化していただろう。 ﹁ま! 魔人化!?﹂ ﹁なんと恐ろしい⋮⋮﹂ ﹁賢者殿に救われましたな⋮⋮﹂ ﹁シン殿は教皇倪下をお救いし、マーリン殿はまたしても魔人を倒 すか。いやはや、英雄の一族ですなあ﹂ いや⋮⋮トドメ刺したの騎士さんじゃ⋮⋮。 なんか、周りがそれで盛り上がっちゃったから、そんなこと言え る雰囲気じゃなくなったな⋮⋮。 ﹁そんなことより、早くエカテリーナを部屋に連れていかんか! これから絶対安静にしなければいけないのじゃぞ!﹂ 色んな危機を脱したからか、どことなく浮かれ気分の周囲を爺さ んが一喝した。 今日は爺さんの意外な一面をよく見る日だな。 いつもの好々爺からは想像もできない。 ﹁は、ハッ! おい! 至急担架を⋮⋮﹂ ﹁ああ、いいです。俺が連れていくんで﹂ 1850 ﹁は? え、いや、御使い様にそんなことは⋮⋮﹂ ﹁担架で運ぶよりこうした方が負担はないでしょ?﹂ そう言いつつ、エカテリーナさんに浮遊魔法をかける。 ﹁あら⋮⋮あらあら⋮⋮﹂ ﹁このまま部屋に運びます。すみませんが、流動食を用意してくれ ませんか? 教皇倪下に召し上がって頂かないと﹂ これから失った血を増やすために、骨髄から血液を作らなきゃい けない。 そのためには栄養を補給してもらわないと。 ﹁は、はい! すぐに御用意致します!﹂ 俺が浮遊魔法でエカテリーナさんを浮かせたところから唖然とし ていた周囲の中から、我に返った騎士の一人が慌てて謁見の間の外 に走って行った。 ﹁では教皇倪下、参ります﹂ ﹁フフ⋮⋮はい⋮⋮お願いします⋮⋮﹂ 血が足りなくて辛そうだけど、なんとか微笑んで返事をしてくれ た。 これなら、後は足りなくなった血を補ったら大丈夫だろう。 命の危機を脱したことで冷静になった頭でそんなことを考えてい ると、エカテリーナさんの治療にあたっていた治癒魔法使いさんが 1851 話しかけてきた。 ﹁御使い様は凄いですね⋮⋮私では教皇倪下のお命をお救いするこ とはできなかった⋮⋮﹂ そんなことを、かなり落ち込みながら話してきた。 俺は、そんな治癒魔法使いさんの考えを改めてもらうため、言葉 をかけた。 ﹁なにを仰ってるんですか? 教皇倪下の命が救われたのは、間違 いなく貴方のおかげですよ?﹂ ﹁え?﹂ ﹁教皇倪下を蝕んでいた毒は全身に及んでいた。それこそ、いつ死 んでもおかしくない状態でした﹂ ﹁そ、そんな状態だったのですか⋮⋮﹂ エカテリーナさんが本当に危なかったと告げると、治癒魔法使い さんはガタガタと震えだした。 ﹁しかし、教皇倪下は生きておられた。それは間違いなく、貴方が 治癒魔法をかけ続けていたおかげです﹂ ﹁そんな⋮⋮そんなことは⋮⋮﹂ ﹁そうなんですよ。貴方がいなければ教皇倪下の命を救うことはで きなかった。本当に感謝します﹂ これは紛れもない事実だ。 俺が毒を浄化させようとしている間も、ずっと治癒魔法をかけ続 けていた。 1852 あれがなければ多分間に合っていない。 そのことに自信を持ってほしい。 ﹁ワシは、治癒魔法は簡単な怪我しか治せんからよう分からんが、 シンが言うならその通りなんじゃろう。ありがとう、ワシからも礼 を言わせてくれ﹂ ﹁な! 頭をお上げ下さい賢者様! そんな、自分などに⋮⋮﹂ そう言った治癒魔法使いさんは言葉を切った。 エカテリーナさんが、治癒魔法使いさんの手を握ったからだ。 ﹁あなたの⋮⋮治癒魔法がなかったら⋮⋮私の命はありませんでし た⋮⋮ありがとう⋮⋮﹂ そう言って微笑むエカテリーナさん。 ﹁そんな⋮⋮そんな⋮⋮勿体のう御座います⋮⋮勿体のう御座いま す⋮⋮﹂ 敬愛する教皇様に礼を言われた治癒魔法使いさんは、涙を流しな がら勿体ないと言い続けていた。 そうして、さっき俺達が出てきたエカテリーナさんの私室に到着 すると、爺さんが人払いをした。 ﹁エカテリーナはまだ完治したわけではない。まだしばらく治療に 時間をかけるから、ここから先はワシらだけにしてくれんか?﹂ 1853 ﹁は、はい。かしこまりました。御使い様、教皇倪下のこと、よろ しくお願いいたします﹂ ﹁はい。分かりました﹂ そう言って部屋に入ろうとしたとき。 ﹁け、賢者様! 御使い様!﹂ この部屋から出てきた時に、爺さんを見咎めた騎士さんが走って きて⋮⋮。 そのまま土下座した。 スライディング土下座とか初めて見たわ。 ﹁先程は申し訳御座いませんでした! この罰は如何様にでもお受 け致します! 申し訳御座いませんでした!﹂ そう言って謝罪してきた。 ああ、エカテリーナさんを救うためにきた人間を足止めしちゃっ たから責任感じてるのか。 確かにあの時は気が立っていたからイラッとしたけど、この騎士 さんの行動は間違っていない。 どうしようか? ﹁ねえじいちゃん。俺達、なにか謝られるようなことされたっけ?﹂ ﹁さあのう? 職務に忠実な騎士は見たがのう﹂ 1854 ﹁え? は?﹂ 白々しく惚ける俺と爺さんに、騎士さんは目が点になってる。 ﹁さっきは済まなんだ。この子の危機じゃということで気が立って おったのじゃ﹂ ﹁いえ、そんな⋮⋮﹂ ﹁落ち度があるのはこちらの方じゃて。許してもらえるかのう?﹂ ﹁は、はは! 教皇倪下をお救い下さった御方を咎める者などおり ませぬ! この度は失礼を致しました! それと、教皇倪下をお救 いいただき、誠にありがとうございました!﹂ ﹁ほ、それではエカテリーナの治療に入るでな。失礼するぞ﹂ ﹁は!﹂ 爺さんはそう言って俺達とエカテリーナさんの私室に入った。 部屋にあったもう一つの扉を抜けるとベッドルームになっており、 そこにエカテリーナさんを寝かせる。 エカテリーナさんの様子を見ようとすると⋮⋮なにやらクスクス 笑っている。 ﹁エカテリーナさん? どうしたんですか?﹂ ﹁フフ、ウフフ。先生⋮⋮うまく誤魔化しましたねえ⋮⋮﹂ 体は辛いけど、面白くてしょうがないみたいだ。ずっと笑っている ﹁む。なんのことじゃ?﹂ ﹁先生のことだから⋮⋮キレたんでしょう? だめですよ、また⋮ ⋮師匠に怒られますよ⋮⋮?﹂ 1855 エカテリーナさんには、爺さんが騎士さんに向かってキレたのが バレバレだった。 ベッドに寝ているエカテリーナさんに骨髄から血液を作るイメー ジの魔法をかけながら聞いてみる。 ﹁なんでじいちゃんがキレたって分かったんですか?﹂ ﹁さっきの騎士、急に現れた先生を足止めしたんでしょう? 昔の 先生なら確実にキレてるシチュエーションですもの﹂ 少しだけど、血液は戻ってきたらしい。 大分喋れるようになってきた。 ﹁そうなんですか? 正直、あんなじいちゃんは見たことがなかっ たから、随分驚いたんですけど﹂ ﹁あら、そうなの? 先生、シン君の前ではいいお爺ちゃんをして るんですねえ﹂ またクスクス笑い始めたエカテリーナさん。 あ、爺さんのこめかみに青筋が⋮⋮。 ﹁そんなに元気なら、もう治療は十分じゃろう。シン、帰るぞ﹂ ﹁え? あ、嘘、嘘ですよう。先生怒んな⋮⋮あ、あら?﹂ 立ち上がって帰ろうとする爺さんを留めようとしたのだろう。 ベッドから上体を起こそうとしたエカテリーナさんは、腕の踏ん 1856 張りが効かず、ベッドに突っ伏した。 ﹁まったく⋮⋮しょうがない子じゃのう。ほれ、大人しゅう寝とら んか﹂ ﹁帰りません⋮⋮?﹂ ﹁ああ。ちゃんとそばにいてやるわい﹂ ﹁へへ、ありがとう、先生⋮⋮﹂ なんというか、先生と生徒というより、お父さんと娘って感じだ な。 ⋮⋮いや、本当だったら、義父と義娘になってたのか⋮⋮。 俺の治癒魔法と、爺さんがいることによる安心感。 そして、途中で用意された流動食を食べたことで、かなり体調が 戻ってきた様子のエカテリーナさん。 今はベッドに上体を起こしている。 ﹁それにしても、凄い治癒魔法ねえ。刺された傷が、もう治ってる。 その代わりに、すごくお腹がすくけど⋮⋮﹂ エカテリーナさんは、三回目のお代わりをしながらそう呟いた。 ﹁エカテリーナさんの正常な細胞を培養して治療してますからね。 失った血液も再生しなきゃいけないし、もっと食べてもらわないと いけないんですよ﹂ ﹁⋮⋮さいぼう? ばいよう?﹂ 1857 あ、つい治癒魔法の原理について話しちゃった。 そんな話されても理解できないよな。 ﹁先生、シン君の言ってる意味が分かりません⋮⋮﹂ ﹁安心せい、ワシもよう分からん﹂ ﹁せ、先生も?﹂ ﹁この子の頭の中はどうなっとるのか⋮⋮ハッキリ言って、天才と しか言いようがない﹂ ﹁⋮⋮それはジジバカが過ぎるのでは?﹂ ﹁アハハハ!﹂ ジジバカ! 確かにそうかも。 ﹁そんなことありゃせん。なんせ、メリダも同じ意見じゃからの﹂ ﹁師匠も⋮⋮なら本当にそうなんですね⋮⋮﹂ ﹁ちょっと待てい! なんでワシじゃとジジバカで、メリダじゃと 納得するんじゃ!?﹂ ﹁え? 師匠が孫を甘やかすとか⋮⋮想像もできませんが?﹂ ﹁むう⋮⋮﹂ まるで見てきたかのように、ズバリ言い当てるな。 それだけ爺さんとばあちゃんの二人のことを知ってるんだな。 ﹁それで、なんでシン君が天才だと?﹂ ﹁お前にも見せただろう。あのゲートの魔法﹂ ﹁ええ。あれには驚きましたわ。長距離通信機も驚きましたけど、 あれはそれ以上でした﹂ ﹁あの魔法、開発したのはシンじゃ﹂ 1858 ﹁⋮⋮え、ええええええ!? ゲホッ! ゲホッ!﹂ ﹁ああ! エカテリーナさん!? 落ち着いて!﹂ 相当驚いたのか、大声を出した後、盛大に噎せた。 しばらく噎せた後、ようやく落ち着いたエカテリーナさんは爺さ んに話し掛けた。 ﹁驚きました⋮⋮てっきり、あれは先生が開発したのだと⋮⋮さす がは先生だと関心していたのですが⋮⋮﹂ そもそもゲートの魔法を知ってるのはアールスハイド以外ではほ とんどいないからな。 ﹁そういえば⋮⋮通信機もシン君の発明だと聞きましたね⋮⋮﹂ ﹁確かに、ワシは魔法を、メリダが魔道具の製作を教えたがの。そ れを自分でここまで昇華させおったんじゃ。これを天才と言わずに なんと言う?﹂ ﹁確かにそうですわね⋮⋮﹂ うむむむ、恥ずかしいから本人を前にしてそういうこと言わない でくれるかな? それからしばらく治癒魔法をかけると、エカテリーナさんの体調 もすっかり良くなった。 これで一安心だよ。 ﹁ところでカーチェ。なぜこんなことになったんじゃ? 護衛騎士 はなにをしておった?﹂ 1859 エカテリーナさんの体調が戻ったからだろう、爺さんが今回の件 について質問し始めた。 それは俺も気になってた。 仮にも国家元首をこうもアッサリ襲撃することなんてできるのか? それとも、護衛がよっぽど間抜けだったのか? ﹁そのことに関しては⋮⋮完全に油断していた⋮⋮としか⋮⋮﹂ ﹁油断?﹂ ﹁ええ。ダームの指揮官が暴走したでしょう? そのおかげで魔人 を取り逃がしかけて⋮⋮﹂ ﹁はい。じいちゃんがいなかったら、今頃アールスハイドはどうな っていたか⋮⋮﹂ 爺さんとばあちゃんが水際で防いでくれなかったら、今頃アール スハイドが戦場になってたかもしれない。 そう思うと、とんでもないことしてくれたよな。 ﹁そのお詫びがしたいとダームの使者が言ってきたものだから、私 達はその申し出を素直に受けたんです。私も、騎士も、ダームは元 々創神教の本部があった国だから、一番の友好国だと思っていたの で⋮⋮﹂ ああ、成る程。 柔らかい言い方してるけど、ダームはイースでは属国扱いだと聞 1860 いてる。 イースの方が上位国だから、面倒事を起こした属国の使者を下に 見ていたんだろう。 その隙をつかれたと。 ﹁なんとも⋮⋮情けない話じゃの﹂ ﹁⋮⋮返す言葉もありません⋮⋮﹂ 今のエカテリーナさんは、教皇猊下というより、先生に怒られて る生徒みたいだな。 爺さんに怒られてシュンとしてる。 それにしても、ダームの使者が叫んでいた言葉が気になるな。 ﹁俺が御使いって呼ばれてることが気に入らなかったみたいですね ⋮⋮ダームの指揮官もそうだったらしいですし、ダームではそれが 主流なのかな?﹂ 俺が自分で名乗った訳ではないけど、こうまで否定されると凹む よな⋮⋮。 ﹁いえ、そんなはずないわ。シン君を御使いとして認定することは 首脳会議で決まったと言ったでしょう? 当然その場にはダームの 国王もいたわ。彼も二つ返事で賛成してくれたもの﹂ ﹁じゃあ、あの使者の発言は?﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ 1861 そう言うと、エカテリーナさんは黙ってしまった。 あの使者の言葉も気になるけど、もう一つ、もっと気になること がある。 ﹁それに⋮⋮魔人化しかけたでしょう? そんなに恨まれることで すか?﹂ ﹁確かに⋮⋮あれだけで魔人化するとは思えん﹂ ﹁以前カート⋮⋮魔法学院で魔人化した男ですけど、彼も簡単に魔 人化しました。でもあの時は⋮⋮﹂ そこまで言って、何かが頭の中でカチリと嵌った。 ﹁まさか⋮⋮またシュトロームの実験に使われた?﹂ ﹁⋮⋮そうか、そのカートという少年。魔人の首魁の人体実験に利 用されたんじゃったの﹂ ﹁今回の事件の裏にも魔人がいたとしたら⋮⋮﹂ それに、シュトロームは、王都でなにをしてた? 生物を魔物化する実験をしてたじゃないか。 とすると、先日オーグから持ち掛けられた疑問。 魔人の出現と共に災害級の魔物が多数現れるようになり、また見 なくなったというのも、ここに答えがあるんじゃないか? シュトロームは、生物を魔物化させることには成功した。 その次にしたことは、魔物の強制進化ではないのか? 1862 だから、狡猾さの足りない狼の災害級であったり、見たことがな い鹿の災害級であったり、魔物化しないと思われていたサイが魔物 化したんじゃないのか? ということは、シュトロームの実験はまだ終わっていないんじゃ ないか? ﹁じいちゃん⋮⋮俺達、とんでもない思い違いをしてたかも⋮⋮﹂ ﹁思い違い?﹂ ﹁シュトロームに進撃の意思はないかもしれない。でも、魔物に対 する実験はやめてないかもしれない﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ 爺さんも否定できなかったんだろう。それ以上言葉を発すること ができなくなっていた。 俺は、この仮説をすぐにオーグに伝えようと思った。 その仮説があるかないかで、今後の対応も変わってくると思った からだ。 ﹁エカテリーナさん、体調はもう大丈夫ですか?﹂ ﹁ええ。ありがとう。すっかり良くなったわ﹂ ﹁身体中の肉が少し少なくなっていると思いますから、よく食事を とって、運動もしてください。それで元に戻るはずですから﹂ ﹁そうなの? せっかくおにくが減ったのに⋮⋮﹂ ﹁ある程度の肉付きがないと健康とはいえませんよ。それより、も う大丈夫なら戻っていいですか?﹂ ﹁いいけど、さっきの話?﹂ 1863 ﹁ええ。帰ってオーグと話し合わないと大変なことに⋮⋮﹂ そこまで言いかけた俺の無線通信機のベルが鳴った。 ﹁な、なに? なんの音?﹂ ﹁あ、すいません﹂ 突然鳴り響いたベルの音にエカテリーナさんが驚いているので、 謝ってから着信に出た。 ﹁もしもし? 誰? ああ、オーグか﹂ ﹁え? む、無線!?﹂ あ、エカテリーナさんには言ってなかったっけ。 後ろで驚いているけど、丁度オーグに話しがあったからいいタイ ミングだ。 ﹁丁度いいところに、話しがあった⋮⋮﹂ ﹃そんなことは後でいい! 今すぐ救援に来てくれ!﹂ ﹁は? 救援?﹂ そう聞いた後、通信機の向こうから大きな爆発音がした。 ﹁おい! 何が起きてる!?﹂ ﹃魔人が! 魔人が現れやがった!﹄ ﹁魔人だと!?﹂ なんで今頃⋮⋮それに⋮⋮。 1864 ﹁救援ってどういうことだ!? 魔人なら今まで散々討伐してきた だろう!?﹂ ﹃今までと違う! この魔人ども⋮⋮﹄ この後、オーグは衝撃的なことを告げた。 ﹃今までの魔人と、比べ物にならない程強い!﹄ 1865 大変な間違いに気付きました︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1866 緊急事態発生 エカテリーナ教皇が襲われる数日前。 魔人領にある旧帝都では、シュトロームが諜報部隊の長であるゼ ストを呼び話をしていた。 ﹁なにやら、色々と動いているようですねえ﹂ ﹁恐れ入ります。シュトローム様の行動の指針になるようなものが 見つかればと、愚行した次第でございます﹂ ﹁ふむ。そうですか。ですが、それももう終わりにしていいかもし れませんねえ﹂ ﹁というと?﹂ ﹁ミリアさんの実験の成果が出ましてね﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ それを聞いたゼストは緊張した。 ミリアは、シュトロームの過去の話を聞いた後、ある実験の提案 をしていたのだが、その実験の内容が今後の自分達、魔人の行く末 を決めるかもしれない、非常に重要なものだったからだ。 実験の第一段階は成功した。 後は、その結果待ちだったのだが、その結果が出たという。 ﹁結果は⋮⋮﹂ 1867 その続きの言葉を、ゼストは息を呑んで待っていた。 ディセウムから、エカテリーナ教皇が毒を塗った刃物で刺され、 毒が治癒できない為シンに救援を求める連絡が入った。 そして、シンがマーリンと共にイースに赴いた頃、シンを送り出 したアウグスト達は沈痛な面持ちで顔を見合わせていた。 ﹁シン殿⋮⋮間に合うでしょうか?﹂ トールの心配げな台詞が、皆の内心を物語っていた。 ﹁アイツなら⋮⋮命さえ無事ならなんとかしてしまいそうなのだが な。間に合うかどうかが問題だな⋮⋮﹂ ここにいる人間のシンに対する信頼は相当なもので、シンなら死 人以外は治癒できるだろうと誰もが信用して疑いもしていなかった。 しかし、死んでしまえばそれまでで、さすがのシンといえども死 人を生き返らせることはできない。だから死ぬなよとよく言われて いた。 死んでなければなんとかしてやるとも。 それだけの治癒魔法を行使できることを知っているため、生きて 1868 さえいればなんとかしてしまうだろう。 ここにいる全員が、敬虔であるかどうかはともかく創神教教徒で ある。 だからこそ、なんとか命のあるうちに間に合って欲しいと、切に 願っていた。 そんな時である。 アウグストの無線通信機のベルが再び鳴り響いた。 ﹁もしもし! シンか!? どうした!?﹂ さっきゲートでイースに向かったばかりだというのに、もう連絡 してきたのかと⋮⋮最悪の事態を想像してしまったアウグストは、 通信機に向かって叫んでしまった。 ﹃悪いなアウグスト。シン君ではない﹄ ﹁⋮⋮ああ、父上でしたか。叫んでしまって申し訳ありません﹂ ﹃いや、よい。エカテリーナの身を案じてのことだろう、気にする な。それよりマズイ事態が起こった!﹄ 大国アールスハイド王国の国王が言うマズイ事態。 その言葉に、アウグストの背筋に寒いものが走る。 ﹁マズイ事態とはなにごとですか!?﹂ ﹃悪いが、急ぎ最前線に向かってくれ!﹄ ﹁最前線に?﹂ 1869 ﹃ああ、最前線に⋮⋮災害級の魔物が現れたのだ!﹄ ﹁なっ!? 災害級が!?﹂ 魔人の数が減ったことで、比例するように数が減ったと思われて いた災害級が現れた。 そのディセウムの言葉に、やはりなにか見落としがあったのでは ないかと歯ぎしりするアウグスト。 しかし、今現実に災害級が現れている。 見落としを後悔している余裕はなかった。 ﹁分かりました! 至急向かいます!﹂ ﹃頼む! ゲートで馬車ごと近くまで移動し、そこから全速力で最 前線に向かってくれ! マーク=ビーンはそこにいるか!?﹄ ﹁マーク! 父上がご指名だ!﹂ ﹁お、俺ッスか!?﹂ ﹁緊急事態だ! 早くしろ!﹂ ﹁は、はははい! お、おお代わりしました! マママ、マーク= ビーンであります!﹂ 国王からの名指し、そして王太子の叱責という一般人なら卒倒し そうな状況に、色々と慣れてきていたマークも、噛み噛みの変な言 葉遣いで通信機に出た。 ﹃マーク! ビーン工房で馬車そのものの制作はしているか!?﹄ ディセウムは、ビーン工房が市場の混乱を避けるため、馬車の部 品しか製造・販売していないことを知っていた。 1870 しかし、ディセウムにはある確信があった。 ﹁は、はい! ウォルフォード君の依頼で、大き目のものを作成し てあります!﹂ ﹃そうか、やはりな。アールスハイド国王、ディセウムの名におい て命ずる! その馬車を用いて、アルティメット・マジシャンズを 最前線に送り出せ! シン君には私から話しておく! いいな!﹄ ディセウムは、あのシンがこの技術を使って自分用の馬車を作っ ていない訳がないと、そう確信していたのだ。 なので、今回の指示にシンの馬車を使おうというのは予め決めて いた。 ﹁か、かしこまりました!﹂ ﹃よし! なら行け!﹄ ﹁は、はは!﹂ それだけ言うと、ディセウムからの通信は途切れた。 ﹁で、殿下!﹂ ﹁父上の声は漏れ聞こえていた! すぐに工房に行くぞ!﹂ ﹁かしこまりました!﹂ 工房が自宅でもあるマークがゲートを開き、全員で工房に行く。 その工房の中には、完成したばかりの馬車が一台置かれていた。 ﹁父ちゃん!﹂ 1871 ﹁なんだ馬鹿野郎! 工房では親方と呼べと言ってるだろう!﹂ 馬車の側にいた工房主、マークの父を大声で呼ぶ。 ﹁それどころじゃないんだよ! ウォルフォード君の馬車、すぐに 出せる!?﹂ ﹁あ? ああ。もういつでも納車できる状態だぜ﹂ ﹁陛下からの勅命なんだ! その馬車、使わせてもらうよ!﹂ ﹁ちょ、勅命!?﹂ シンからの発注で作っていたビーン工房で最初から最後まで自作 した馬車。 他の人に売らずに、自分で使う分には問題ないだろうと、シンが 自重せずに色んな機能を満載して自作したものである。 浮遊魔法や、ゲートが使えるシンがなぜ? と言われれば、単純 に移動も旅の一部で醍醐味だというこだわり。 そして、最新式という言葉に男は弱いという理由に他ならない。 そんな無自重な馬車を、国王の勅命で使用するという。 その勅命というあまりに重い言葉に、ビーン工房の主、ハロルド =ビーンは驚愕した。 ﹁すまんが説明している暇はない! シンには後で私から事情を話 しておく! 馬は!?﹂ ﹁は、はい! ウチの馬でよければ⋮⋮﹂ 1872 呆然としているハロルドに、アウグストが馬を用意するように告 げる。 この工房には工房で作られた物を納品する為の馬車があり、特別 な駿馬という訳ではないが馬もいる。 ちなみにこの馬は、シンの馬車のテストの為に馬車を牽いた馬で もある。 ﹁この際、それで構わない! ありったけの回復用の馬具を付けて くれ! 急げ!﹂ ﹁は、はは! おい野郎ども! 特急で馬具を取り付けろ!﹂ ﹃へい!﹄ 急げというアウグストの命令により、工房の職人たちの手で、あ っという間に馬具が取り付けられ、出発の準備が整った。 ﹁無理をさせて済まない! マーク、頼む! 全員乗れ! 今すぐ 出発するぞ!﹂ ﹃はい!﹄ 御者台にこの馬車の操縦に慣れているであろうマークを乗せ、全 員には客車に乗り込むように指示するアウグスト。 そして、魔人領内で行ったことがあり、方角が分かる最前線。 アールスハイド軍と、各国連合軍が合同で災害級を相手にしてい た地点までゲートを開いた。 ﹁マーク、行け!﹂ 1873 ﹁かしこまりました!﹂ マークは、アウグストの号令で、すぐさま馬車をゲートに向かっ て走らせた。 突然現れ、あっという間に出て行ったアウグスト達を、ビーン工 房の職人達は呆然と見送った。 ﹁アルティメット・マジシャンズが全員出動だと? それもあんな に大急ぎで⋮⋮一体なにが起こってやがる⋮⋮﹂ ハロルドの呟きは、ここに居合わせた者共通の思いであった。 そして、あの無敵集団があそこまで慌てる事態が起こったのかと、 途轍もない不安に襲われていた。 ゲートを抜けた馬車は、一路監視網が敷かれている最前線に向け て馬車を走らせていた。 ﹁窓から顔は出さないで下さい! 危ないッスから!﹂ 御者台で馬具に魔力を込めつつ、馬を走らせているマークが、後 ろの客車に向かって注意喚起した。 それもそのはずで。 1874 ﹁うわ⋮⋮これ、本当に馬車?﹂ ﹁窓の外の景色が⋮⋮今まで見たことない速さで過ぎ去っていくで 御座る⋮⋮﹂ ﹁その割には揺れませんねえ⋮⋮﹂ ﹁これがシンが開発した馬車⋮⋮あいつ⋮⋮またとんでもないもの を作りおって⋮⋮﹂ この馬車は、以前までとは比べ物にならない程の速度で走ってい たからである。 マリアが驚いた声を漏らし、ユリウスは尋常ではない速さで過ぎ 去っていく景色に唖然とし、トールはその割には揺れが少ないこと に疑問を持つ。 そしてアウグストは、またとんでもないものを作り出したシンに、 呆れとも怒りともとれない溜め息を吐いた。 ﹁でも。シン君の作った馬車のおかげで、現場にはすぐに着けそう ですね﹂ シシリーが、婚約者としてシンの立場を擁護する。 そして、それは実際にその通りだった。 ﹁確かに⋮⋮今回ばかりはシンに救われたかもしれんな⋮⋮﹂ ﹁あ、冷蔵庫がある!﹂ アウグスト達は浮遊魔法が使えない。 そのせいで現場に着くのに時間が掛かる所であったものが、シン 1875 の開発した馬車のおかげで現場に向かう時間を短縮できる。 そのことで助かったと思っていたアウグストだが、アリスが発見 した冷蔵庫の存在によって、こめかみがピクピクしだした。 ﹁それにこのソファ、フカフカ﹂ ﹁馬車の中も明るいし、向かっているのが戦場の最前線でなかった ら、リゾートに向かう馬車みたいだねえ﹂ ﹁温度も快適ねぇ。相変わらず、自分のことには自重しないわねぇ﹂ リンの言う通り、自分も座っているフカフカのソファ。 恐らく魔石を使っているのだろう、トニーの言うように常時点灯 しているランプ。 そして、春とはいえまだ肌寒くも感じるこの季節に、快適な温度 の室内。これも魔石で温度調整されているに違いない。 一体、どれだけの技術をこの馬車に込めたのか? 売りに出さないとはいえ、よくもここまで自重しないものだと、 アウグストは呆れ返った。 ﹁はあ⋮⋮まあ、現場に着くまでに体力を消耗しない⋮⋮というこ とで納得するか﹂ いつもなら、シンにもっと自重しろと叫ぶところではあるが、今 回は大目に見ることにした。 なぜなら、まず緊急事態であること。 1876 この馬車のお蔭で万全の状態で現場に着けそうなこと。 そして⋮⋮。 ﹁でも、シン君ガッカリしますね。この馬車が出来上がるの楽しみ にしてましたから﹂ シシリーが心配そうにそう言うと、アウグストは苦笑した。 そう、シンが特別に作った馬車を、シンではなく自分達が一番に 乗ってしまったという申し訳なさもあり、あまり強く言うのはやめ ておこうと密かにアウグストは思っていた。 ところで、客室内にいるアウグスト達は体力を消耗しないが、御 者台にいるマークはどうなのか? 実は豪華で快適な客室だけでなく、高速で走る御者台にも配慮は なされていた。 自動車と違い、馬車の御者台はむき出しである。 高速で走っていると、相当に強い風を受け続けることになる。 人間の体というのは、強い風が当たり続けると意外なほど体力を 消耗する。 そのため、御者台の周りに風の魔法が起動し、御者の体力を消耗 しないようにする配慮がなされていた。 1877 当然、これも魔石から魔力が供給される常時展開である。 時速にて六十キロメートル程の速度でずっと走り続ける馬車。 通常、馬は馬車を牽いてこの速度で走れる訳もないが、この馬車 にはパワーアシストがついている。 尚且つ、常時体力が回復していく魔道具の馬具を身に付けている こともあり、この世界での常識⋮⋮というより、シンの前世でも考 えられない速度で走り続ける馬車。 その室内では、カーテンによる間仕切りがされて、マーク以外の 全員が戦闘服に着替えていた。 そして数十分も走ると、目指す最前線が見えてきた。 ﹁殿下! 見えて来ました!﹂ ﹁よし! 総員戦闘準備だ! マークは馬車を止めたら着替えて、 馬車を異空間収納に収めてから来い!﹂ ﹁あの、馬は?﹂ ﹁悪いがそこまで構っていられない! 放逐して、無事なら連れて 帰る。逃げたり、戦闘の煽りでダメになってしまった場合は⋮⋮後 で王家が保証するから諦めてくれ!﹂ ﹁⋮⋮かしこまりました!﹂ ﹁⋮⋮すまんな。お前の家の馬だ。愛着もあるだろうが⋮⋮﹂ ﹁いえ。これは緊急事態です。その為の犠牲になったのなら、自分 は本望です﹂ ﹁すまない⋮⋮お前達も、人間の勝手な都合に突き合わせてスマン な⋮⋮﹂ 1878 シンの作った馬車は異空間収納に収めることができるが、生物は そうはいかない。 自分の都合で死なせてしまうかもしれない馬に対し、アウグスト はマークと、それに馬に向かって謝罪した。 ﹁殿下⋮⋮もったいのうございます⋮⋮﹂ ﹁なに。私達が、この馬達まで被害がいかないように守ってやれば いいのだ。それより、着くぞ!﹂ 最前線が目の前に迫って来た。 アウグストの言葉で全員が馬車の中から屋根に上った。 ﹁ジェットブーツ起動! 行くぞ!﹂ ﹃おお!﹄ ﹁自分もすぐに行きます!﹂ マークを除く全員が今まさに﹃災害級の魔物の群れ﹄という、ま たしても前代未聞の相手と交戦している前線の兵士達の下へと、ジ ェットブーツを利用し文字通り飛んで行った。 そして、馬車を停車させ、客室内で戦闘服に着替えたマークは、 馬を馬車から切り離し、馬車を異空間収納に収める。 そして⋮⋮。 ﹁お前達、生き延びろよ?﹂ そう言って、馬の尻を叩いた。 1879 その刺激で馬達はこの場から走っていく。 ﹁⋮⋮後で迎えにくるからな﹂ マークはそう言って、自分もジェットブーツを起動し戦場へと駈 けて行った。 アウグスト達が到着する前の最前線。 その内の、アールスハイド軍が陣を敷いている場所に、物見櫓が 設置されていた。 そこから、遠見の魔法が付与された望遠鏡を覗き込んでいる兵士 達がいた。 ﹁今日も魔都に異常はなし⋮⋮と﹂ 魔人領にある魔人達に占拠されている旧帝都。 兵士達の間では﹃魔都﹄という呼び方が一般化していた。 この監視網が敷かれている最前線からは、その魔都は肉眼では見 えない。 1880 遠見の魔法が付与されている魔道具を使うことでギリギリ見るこ とができる位置に監視網は敷かれていた。 これが、シュトローム達を刺激せずに監視ができる最善だとの結 論がなされ、こうした位置から監視が行われていた。 数日前にこの位置まで進軍し、各国軍と共に連絡を取り合い、よ うやく全軍がこの位置に陣を配置することができた。 これで監視網が完成し、後は魔都を監視し、異常があれば通信機 で連絡するだけである。 連絡を受けたアルティメット・マジシャンズが急行できるように、 後で本人達にここを訪れてもらう必要はあるが、すぐにそんな事態 は起こらないだろうという、根拠のない思いが兵士達には蔓延して いた。 それも無理のないことかもしれない。 各国を襲撃した魔人達を討伐した後は、災害級の魔物も現れず、 実に順調にここまで進軍する事ができた。 最初の緊張感は薄れていき、作戦が順調に進行していくにつれ、 兵士達にはこの作戦は問題なく終結できるとの思いを抱くようにな っていったのだ。 そんな思いで遠見の魔道具を覗き込んでいた兵士の一人が、ある ことに気付いた。 ﹁ん? 魔都の城壁の門が開いてる?﹂ 1881 ﹁なに?﹂ 監視を任されている兵士の一人が、魔都を取り囲む城壁の門が開 いていることに気付き、漏らした呟きがもう一人の兵士の耳に入っ た。 異変を聞いた兵士も遠見の魔道具を覗き込み、状況を確認する。 ﹁本当だ⋮⋮さっきまでは閉まってたよな?﹂ ﹁ああ。これはどういう⋮⋮﹂ そこまで言った兵士は、息を呑んだ。 なぜなら。 門の内側から、魔物の大軍が出てきたからだ。 ﹁ま、ま、魔物の大軍が⋮⋮﹂ 兵士は目を疑った。 なぜなら、その出てきた魔物というのが⋮⋮。 ﹁あれ? 俺、目がおかしくなったのかな? 全部災害級くらいの 大きさに見えるんだけど⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮俺の目にもそう見えてる⋮⋮﹂ 災害級ばかりだったからである。 二人して同じものを見ていると確信した見張りの兵士は、物見櫓 1882 の下にいる兵士に向かって叫んだ。 ﹁災害級の魔物が、魔都より多数出現! 至急全軍に伝えろ! 緊 急事態だ!!﹂ その言葉を聞いた物見櫓の下で待機していた兵士は一瞬呆然とす るが、ハッと我に返り、通信機の置いてある天蓋に向かって走り出 した。 そして、魔都より災害級の魔物が多数出てきたことが、各国に報 告され、それがディセウムを経由しアウグストの元に情報がもたら されたのだ。 ﹁くそ! 殿下達はまだここを訪れたことが無いんだぞ! 救援が 間に合わない!﹂ 連絡こそしたものの、アールスハイド王都にいるアルティメット・ マジシャンズがここに辿り着くまでどれだけの時間がかかるのか。 災害級の魔物も一体ならなんとか討伐できるようになったが、魔 都から出てきた災害級の魔物の数は数十はいる。 はっきり言って緊急事態というより異常事態だ。 果たして、この魔物の進軍を食い止めることができるのか。 それよりも生き延びることができるのか。 兵士達は絶望的な思いで臨戦態勢を整え始めた。 1883 そして、緊急事態を報告してから数十分後、魔都からここまで距 離があったためにすぐには到着しなかった魔物達がとうとう視界内 に入ってきた。 ﹁な、なんだありゃ⋮⋮﹂ 土の魔法によって築かれた、陣の防壁の前に陣取る兵士達は、見 えてきた魔物の群れを見て唖然とした。 そこにいたのは、虎や獅子や熊といった定番の災害級の魔物に加 え、滅多に災害級に至らない狼や、先日初めて報告された鹿、その 他にも信じられないくらい大きい猪や、サイ、元々大きい象まで災 害級化して押し寄せてきた。 ﹁は、はは⋮⋮なんだこれ⋮⋮?﹂ ﹁馬鹿野郎! 呆けてる場合か! 魔法師団! 全力で魔法を撃て ! 騎士団は死ぬ気で突撃しろ!﹂ ﹃ウオオオオオ!﹄ あまりにも現実感の無い絶望的な光景に、兵士達は半ば自棄気味 に声を上げた。 ﹁撃てええ!!﹂ 司令官の号令により、一斉に放たれる魔法師団の魔法。 この半年以上の行軍の間も、魔力制御の訓練を怠らなかった魔法 師団の魔法は、以前とは比べ物にならない程、早く、強力な魔法を 撃ちだした。 1884 そして、その魔法が魔物の群れに着弾し、派手な爆発が起きる。 しかし、相手は災害級である。 それで仕留められるとは兵士達の誰も思っていない。 ﹁騎士団! ジェットブーツ起動!﹂ 魔法の着弾による煙が晴れてきたきたころ、今度は騎士団が前に 出る。 そして。 ﹁突撃いい!!﹂ 騎士団がジェットブーツを起動し、煙が晴れた先にいた魔物達に 飛びかかった。 そこには、倒しきれないとはいえ、威力の上がった魔法による先 制攻撃でダメージを負った魔物達がおり、その魔物に対して斬りか かった。 ﹁一か所に長居するな! ある程度ダメージを与えたら離脱しろ!﹂ 徹底してヒットアンドアウェイを心がけ、ダメージを与えては離 脱し、そこに魔法師団からの魔法が飛んでくるということを繰り返 した。 その戦法の成果か、先頭を切って突っ込んできた数体は討伐する ことができた。 1885 できたのだが⋮⋮。 ﹁くそったれ! なんて数だ!﹂ 数が尋常ではなかった。 しかも災害級に至り、体躯が巨大化した魔物ばかりである。 倒した巨大な魔物の血肉。 そこに押し寄せるさらに巨大な魔物。 そこはさながら、地獄絵図のようであった。 騎士団と魔法師団の連携により、なんとか戦線を維持していた兵 士達であったが、徐々に魔物達に押されていく。 今までほとんどいなかった戦死者が、あっという間に量産されて いく。 ﹁くそ! くそ! 後一歩だったのに!﹂ 崩壊していく戦線を悔し気に見つめ、自身の死も覚悟した兵士が 思わず叫んだ なんというタイミングの悪さだろうか。 監視網が完成したとはいえ、ここにアルティメット・マジシャン ズがいなければ話にならない。 1886 まさか、その態勢が整う前にこんな事態になるとは夢にも思わな かった。 こうなれば、一体でも多くの魔物を道連れにしないと気が済まな い。 そう決死の覚悟をした、その時。 目の前が一瞬真っ白になった。 そして。 巨大な落雷が、轟音と共に魔物達を襲った。 突然のことに視界を奪われた兵士達だが、復活してきた視界で周 りを見ると⋮⋮。 さっきまで自分達に襲い掛かってきていた魔物達が、黒焦げにな って倒れている光景を見た。 巨大な落雷。 一撃で災害級の魔物を屠ってしまう威力。 そんな非常識な魔法を放てるのはあの人しかいないと、兵士は期 1887 待を込めて後ろを振り返った。 そこにいたのは⋮⋮。 ﹁兵士達、待たせて済まない! 後は私達に任せろ!﹂ 全身に雷を纏い、防壁の上に立つ、王太子アウグストと、アルテ ィメット・マジシャンズだった。 1888 緊急事態発生︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1889 淡い希望︵前書き︶ ぎっくり腰になってしまいました︵´・ω・`︶ 痛くて椅子に座っていられませんでした。 なので、一週開けてしまいました。 申し訳ありません。 1890 淡い希望 アールスハイド兵士達は絶望していた。 災害級の魔物の群れという前代未聞の相手に、勝つこと、そして 生きることを諦めかけていた。 そんな死を覚悟した彼らの前に、救いの神が舞い降りた。 それは﹃雷神﹄の二つ名を冠する、彼らの敬愛する王太子、アウ グスト=フォン=アールスハイド、その人であった。 アウグストの放った雷撃に目をやられる兵士が続出したが、正に 天の怒りともいうべき雷撃によって、周囲の魔物は尽く黒焦げにな っており、兵士達に新たな被害者を出すことはなかった。 部下の命を救った王太子。 突然降り注いた雷撃にいまだに目がチカチカしていたが、彼らの 忠誠心は爆上がり中だった。 そして、その忠誠心を一心に受けるアウグストは、目の前に広が る光景に奥歯を噛み締めた。 ﹁おのれ⋮⋮我が国の民をよくも⋮⋮!﹂ そう小さく呟くと。 1891 ﹁聞け! 我が国の勇敢な兵士達よ! 私達が来たからには、魔物 どもの行く末は決まったようなものだ!﹂ そう叫んだアウグストは、兵士達を見渡し、さらに続けた。 ﹁なぜなら、これから私たちに全て討伐されるからだ!﹂ そのアウグストの言葉を受けたアルティメット・マジシャンズの 面々が魔力を集め始めた。 ﹁騎士達は一旦離脱しろ!﹂ その言葉を受け、ジェットブーツを起動し、あっさりと後方に引 く騎士達。 前線に誰もいなくなったことを確認したところで。 ﹁放てっ!﹂ 残った魔物達に向かって一斉に魔法を放つアルティメット・マジ シャンズ。 アウグストと、今こちらに向かっているマークを除く九人が一斉 に魔法を放つと、それはまさしく天変地異。 あまりの高威力に、今まで何度かアルティメット・マジシャンズ の魔法を見たことがあるはずのアールスハイド王国軍の兵士達が、 アングリと口を開けてしまった。 しかし、それでも討伐できた災害級の魔物は十数体程度。 1892 まだまだ魔物は残っていた。 それを見たアウグストはさらに言葉を発する。 ﹁兵士達よ! 力を振り絞れ! 私達が付いている、必ず⋮⋮必ず 生きて帰るぞ!!﹂ ﹃オオオオオオオオッ!!﹄ 生きて帰る。 先ほどまで、諦めかけていたそれを、アウグストは思い出させて くれた。 活力の戻った騎士達は、魔物に向かって再度剣を向け、そして⋮ ⋮。 ﹁魔法師団! 全員でぶちかませ!!﹂ その号令と共に、アルティメット・マジシャンズより数の上では 圧倒的に多い魔法師団から、数え切れない魔法が打ち出される。 ﹁騎士団、突撃ぃぃっ!!﹂ 騎士団員達も負けじとジェットブーツを起動し、再度魔物達に突 撃する。 ﹁あたし達も行くよおっ!﹂ ﹁魔物は殲滅﹂ 1893 やる気充分のアリスとリンを先頭、アルティメット・マジシャン ズの面々も先頭に参加していく。 開戦の仕方は最初と同じだったのに、彼らがいるだけでアールス ハイド軍が不利に陥ることはなかった。 魔法師団が魔法を集中砲火で浴びせ、そこに騎士団が追撃する。 危なくなりそうだったら、アリス達が援護する。 戦局が自分達に有利に傾いたと感じたアウグストは、次の指令を 出す。 ﹁クロード!﹂ ﹁はい!﹂ ただ一人、魔物の討伐に向かわず、アウグストの側に控えていた シシリー。 彼女は、自分の役割を理解していた。 ﹁お前は負傷兵達の治療に当たってくれ! 頼む! これ以上誰も 死なせないでくれ!﹂ アールスハイド王国の王族として、民とは貴族・平民を問わず宝 であり財産だ。 兵士達とて、等しく宝なのである。 それを魔物の襲撃などでこれ以上失うのことは、アウグストには 1894 耐えられない。 なので、シシリーに重症の兵士の治療を、頭を下げて依頼した。 ﹁殿下⋮⋮かしこまりました! お任せください!﹂ 普通なら、頭を上げるように進言するのだろうが、今はその時間 すら惜しい。 シシリーは、怪我をした兵士達が運ばれている区画に向かって走 って行った。 走っていくシシリーを横目で見ながら、アウグストは駐留軍の司 令官を呼んだ。 ﹁状況の説明を。あの魔物どもは各国の駐留軍にも現れたのか? それとも我が国の駐留軍のみか?﹂ ﹁はっ! それについては確認できております。各国には現れてお りません。我々の方面のみでございます﹂ ﹁そうか﹂ ﹁はい。それと、我々からの連絡を受けた各国が、救援に向かって いるとのことです﹂ ﹁ありがたいな。この魔物どもを討伐することができれば、我々の 絆はさらに深くなるだろうな﹂ ﹁左様でございますな﹂ 魔物さえ討伐できれば、各国との繋がりはより強固なものになる。 そのためにも、このまま何事もなく魔物討伐が終わることをアウ グストは切望していた。 1895 そして、そのアウグストからの命を受け、臨時の救護所に到着し たシシリーは、常駐の治癒魔法使いに声をかけた。 ﹁重篤な方から連れてきてください!﹂ 先ほどまで、生きることを諦めるような激戦が繰り広げられてい たのだ。 怪我人の数も半端ではなかった。 ﹁聖女様! お、俺を、俺を治療してくれ!﹂ ﹁テメエ! 重篤な患者が先だって聖女様が言ったろ!!﹂ この駐留部隊にも治癒魔法使いはいる。 しかし、シンのもとで生物の構造や、肉体を構成している細胞な どの講義を受け、それを教会の運営する治療院で実践し、アールス ハイド王都では治癒魔法の天才、聖女シシリーの名を知らない者な どいない。 そのシシリーが治癒魔法を施してくれるというのだ、重篤な患者 からという言葉を無視して、怪我人が殺到し始めた。 ﹁あ、あの! 話を聞いてください!﹂ なんとか、重篤な患者を優先的に連れてきてもらおうと必死に声 をかけるシシリーだったが、戦闘と負傷によって興奮した兵士達は 聞く耳を持たない。 1896 このままでは、アウグストに任せられた任務がこなせない。 そう思った時。 彼らの頭上で、極小さい、しかし無視できない規模の魔法の爆発 があった。 その音に驚いた負傷兵達は、一瞬動きを止めた。 ﹁アナタ達! ウチの妹を困らせるとは、いい度胸をしてますね! ?﹂ ﹁ウフフ⋮⋮困った人達にはお仕置きが必要かしら?﹂ ﹁お姉様! ご無事だったんですね!﹂ 動きを止めた瞬間を見計らって、負傷兵達を諌めたのは、シシリ ーの姉であるセシリアとシルビアであった。 シシリーの言うことを聞かず、我先にと治療を求めてきた兵士達 に対し相当お怒りの様子で、その顔は憤怒の形相だ。 ﹁シシリーが言っていたでしょう! 自力で動けない重症の患者か ら連れてきなさい!﹂ ﹁もし気に入らないというなら、私が重症の患者にしてあげてもよ ろしいいですよ?﹂ ﹁お、お姉様⋮⋮﹂ 魔法師団員として従軍し、今回の駐留軍にも参加していたセシリ アが兵士達を叱咤する。 シルビアは、何やら不穏なことを呟いた。 1897 すると、セシリアの叱咤が効いたのか、シルビアの脅迫が効いた のか、兵士達は慌てて重症の患者を探し始めた。 そして、意識がなく、見るからに重篤な状態の兵士達は何人も運 ばれてきた。 ﹁これは⋮⋮﹂ 連れてこられた兵士達を見て、セシリアは一瞬言葉に詰まる。 腕の骨が折れ、その骨が飛び出し、内臓も一部出ている。 正直、助かるとは思えない。 それほどの負傷だった。 そして、それを今からシシリーが治癒しようというのだ。 失敗する可能性の方が高い。 そうなればシシリーのことだ、自分のせいだと落ち込んでしまう かもしれない。 そう危惧したセシリアとシルビアは、シシリーに声をかけた。 ﹁シシリー、その⋮⋮﹂ ﹁助からなくても、無理はないのよ? だから、無理して治療しな くても⋮⋮﹂ ﹁セシリアお姉様、シルビアお姉様﹂ 1898 二人の姉からかけられる言葉をシシリーは途中で遮った。 ﹁ご心配頂いているのは分かります。でも大丈夫です。私、シン君 に色々と鍛えられましたから﹂ ﹁え?﹂ いくら治癒魔法が得意な者とはいえ、負傷した人間というものは 中々見慣れるものではない。 セシリアとシルビアは、シシリーがひどく負傷した兵士の前で平 然と話していることと、この惨状を見ても問題なさそうにしている ことに驚いた。 そして、シシリーはすぐに兵士の治療を開始した。 まず、一番危険であろう裂けた腹部と内臓を、除菌をしながら腸 を修復し腹腔内に収める。 そして、内臓に裂傷がないか確認した後、腹部の傷を修復する。 骨折した腕は、シンなら無理やり神経の伝達を切り強制麻酔を施 すのだが、さすがにシシリーはそこまで真似できない。 が、シシリーの治療には痛みをあまり伴わないらしい。 シシリーが使う治癒魔法は、実は二種類の特性がある。 一つは、シンにより教授された医学知識をもとにした肉体の再生。 1899 そして、もう一つは、元々治癒魔法とは慈愛の精神により、相手 を癒したいと思う気持ちが大きいと発動する。 シン式の治癒魔法を発動させつつも、患者さんを助けたいと思う 気持ちが、痛みの軽減という副次的な効果をもたらしていた。 みるみるうちに負傷が再生していく兵士。 そして、その様子を周囲の人間は驚愕の目で見ていた。 ﹁⋮⋮ふうっ、終わりました! 傷は治癒しましたが、失った血は 再生できていませんので、後方で安静にさせてください!﹂ ﹁あ、は、はい! かしこまりました!﹂ 一人目の治療が終わったと告げるシシリーに、彼女よりも大分年 長の兵士が、尊敬の視線を送りながら返事し、治療を終えた兵士を もう一人の兵士と担架で運び出した。 ﹁次の方! どうぞ!﹂ ﹁シ、シシリー?﹂ ﹁なんですか? セシリアお姉様﹂ あまりにも呆気にとられたセシリアは、シシリーに今の治療につ いて聞いてみることにした。 ﹁なんなの、あれ? あんな治癒魔法、見たことないわ⋮⋮﹂ ﹁え? ああ。だってあれ、シン君に教えて貰った治癒魔法ですか ら﹂ ﹁シン君に?﹂ 1900 次の患者を治療しながら、シシリーが簡潔に答えた。 セシリアとしては、もう少し聞きたいところであったが、シシリ ーは今の説明になっていない説明で終わったと思ったのだろう。そ れ以上言葉を紡がなかった。 ﹁⋮⋮え? それだけ?﹂ ﹁はい? シン君が魔法を開発する⋮⋮それだけで今までの魔法と は違う、規格外なものって分かるじゃないですか﹂ ﹁あ、そんな認識なのね⋮⋮﹂ セシリアは意外だった。 シシリーとシンのラブラブ振りはよく知っている。 任期の交代で実家に戻った時など、人目もはばからずイチャイチ ャする光景に、本当に砂糖を吐きそうだった。 なのでシシリーは、シンに関することは無条件で受け入れている ものだと思っていた。 これも無条件は無条件だが、どうやら意味合いが違うらしい。 セシリアが考え込んでいる間に、患者の治療が終わっており、ま た別の兵士によって運び出されていった。 そして、次の患者が運び込まれるまでの間に、シシリーは先ほど の説明の続きを話し出す。 ﹁シン君は考え方が普通の人とちょっと違うみたいなんです﹂ 1901 ﹁考え方が?﹂ ﹁はい。シン君は私達が受けている初等、中等教育は受けていませ ん。ですが、尋常ではないくらい頭がいいです﹂ その辺りはセシリアやシルビアも知っている。 シシリーがメインヒロインとして登場する﹃新英雄物語﹄は、そ れこそ何度も読んだ。 ﹁信じられないことですけど⋮⋮シン君は、全部自力で学んだんで す。自然現象のこと、生物の構造のこと。その他色んなことを、全 部独学で﹂ ﹁ど、独学!?﹂ ﹁で、でも、賢者様や導師様が教育されたんじゃないの?﹂ セシリアが驚き、シルビアが疑問を呈したところで、新たな患者 が運び込まれてきた。 今度はどうやら、内臓に深刻なダメージを受けているらしく、吐 血している。 シシリーはその患者に、シンから教わった超音波診断の魔法をか け、内臓の損傷箇所を探り当て、そこに再生治療を施していく。 段々と顔色が良くなっていく患者を見て、もう大丈夫だと判断し たシシリーは、先ほどの患者を搬送した兵士達に再度後方への搬送 を依頼した。 そして、次の患者が運び込まれるまでの間に、先ほどのシルビア の疑問に答える。 1902 ﹁お爺様もお婆様も、シン君には魔法の使い方と魔道具の作り方し か教えてないそうです。文字の読み書きを覚えた頃から、ハーグ代 表の持ってくる書物で勝手に覚えてたと、そう仰ってました﹂ ﹁勝手に覚えた⋮⋮﹂ ﹁天才っているものなのねえ⋮⋮﹂ 驚くセシリアと呆れるシルビア。 ﹁そんなシン君が使う魔法です。普通なわけがないです﹂ シシリーの言葉に、セシリアとシルビアは納得した。 さすがは魔法使いの王﹃魔王﹄と呼ばれるだけのことはある。 常人には理解しがたい世界観の中で生きているのだろう。 そうしている内に再び運び込まれる患者。 軽症の患者は他の治癒魔法使いが担当しているため、さっきから 重症の患者ばかりが運び込まれる。 今度の患者は腕がちぎれかけている。 シシリーはちぎれかけている腕をずれないように慎重に合わせ、 骨を、筋肉を、血管を、そして神経までもつなぎ合わせていく。 治療が終わった時、元通りに動く腕を見て、騎士は呆然をしてい た。 1903 ﹁すみません。次の患者さんが来ますので、場所を開けていただけ ますか?﹂ ﹁あ、は、はい! ありがとうございました聖女様!﹂ そう一礼して踵を返し、戦場へと駆けていく兵士。 ﹁うおおお! 聖女様のために! 俺はやる⋮⋮え?﹂ 意気揚々と駆け出していった兵士だったが、不意に言葉を切った。 その後、その兵士は叫ぶ。 ﹁魔物が! 魔物がこっちに向かってきてる!﹂ その言葉に、臨時の救護所となっていた場所にいた人間は、一斉 に振り返った。 するとそこには、包囲網をくぐり抜けてきてのであろう、巨大な 狼の魔物がこちらに疾走してきている姿が目に入った。 ﹁しまった! 後方だからと油断した!﹂ ﹁ダメ! 間に合わない!﹂ マーリン式の練習で魔力制御量が増大していたセシリアとシルビ アだが、まだ完全に無詠唱で魔法を使えるところまではできていな かった。 その結果、治療に専念していたシシリーも咄嗟に治療を止めるこ とができず、あわや魔物の急襲が成功したかに思われた。 1904 が。 ﹁そうはさせないッス!﹂ 遅れて到着したマークが、狼の魔物に向かって極太の炎の槍を数 本高速で打ち出した。 最初の攻撃は避けられたものの、その逃げ道を予想したかのよう に放たれた炎の槍のうちの一本が狼の魔物に着弾した。 セシリア達は続けて攻撃しようとしたが、その必要はなかった。 たった一発の魔法で、災害級に至った狼の魔物は、体の真ん中に 大きな穴を開け、絶命していたからである。 ﹁クロードさん! 大丈夫ッスか?﹂ ﹁はい。ビーン君、ありがとうございます﹂ ﹁なんだか出遅れちゃったみたいなんで、自分、このままここの警 護に当たります﹂ ﹁よろしくお願いしますね﹂ 災害級の魔物を倒したとは思えないほどの軽いやり取り。 確かにシンは規格外というより、異常と言っていいレベルだが、 そのシンに率いられいる彼らも、十分に規格外な存在になっている と、セシリア達は感じていた。 そして、他の規格外達はどうしているのかと、戦場の方へと視線 を移す。 1905 するとそこには、見た目にもはっきり分かるほど数を減らした魔 物達がいた。 あと数体といったところだろうか。 この短時間でよくもまあ⋮⋮とセシリアは賞賛よりも、呆れの感 情の方が強かった。 これなら問題なく魔物達は討伐し終わると、そう思った時だった。 ﹁﹁!!??﹂﹂ シシリーやマークでさえも視線を向ける程の強大な魔力が発生し、 アルティメット・マジシャンズに匹敵するほどの魔法が彼らに向か って放たれたのだ。 ﹁っ! 殿下!!﹂ 思わずマークが叫ぶが、アウグストもその強大な魔力には気がつ いていた。 若干驚きはしたものの、魔力障壁を展開し、自身の戦闘服に施さ れている防御魔法も起動。 問題なくその魔法を防ぐことはできた。 ﹁殿下! ご無事ですか!?﹂ 突然のことで驚いたトールが、アウグストの無事を確かめる。 1906 ﹁大丈夫だ! だが、今のはなんだ!? どこから攻撃された!?﹂ アウグストが不審がるのも無理はない。 ここにいたのは災害級とはいえ魔物である。 魔物が魔法を使うといっても、それは身体強化などの魔法であり、 このような放出系の魔法を使うことなどありえない。 ならば、誰がこの魔法を放ったのか。 考えられる答えは一つしかない。 だが、その予想は当たってほしくない。 そう思いながら、魔法が放たれた辺りを注意してみていると⋮⋮。 ﹁おいおい⋮⋮冗談ならやめてくれ﹂ 今まで、魔力を隠蔽して隠れていたのであろう。 魔人達がそこに立っていた。 ﹁ほう、今のを防ぐか。やはり、シン=ウォルフォード以外も油断 ならんな﹂ 自らの放った魔法が防がれたのが面白いのか、魔法を放ったと思 われる魔人がそう呟いた。 現れた魔人を見ながら、アウグストは最悪の事態になったことを 1907 予感した。 できることなら、魔人達には旧帝都にておとなしくしていて欲し かった。 彼らの首魁であるオリバー=シュトロームは、今目標を見いだせ ず、抜け殻になっているはずなのだから。 それが動いた。 ということは、シュトロームが何らかの行動指針を得たというこ とに他ならない。 そして、魔人達が取った行動は、やはり戦闘であった。 その事実にアウグストは歯噛みする。 魔人領攻略作戦はうまくいった。 監視網も完成した。 しかし、人類の安寧はすぐには訪れないようだ。 アウグストは油断なく魔人達を見る。 現れた魔人は五体。 今まで多数の魔人を討伐してきたアウグスト達だったが、この魔 人達は今までの魔人と違った。 1908 まず、落ち着いている。 いきなり魔法を打ち込まれはしたが、その力に酔っている印象は 受けない。 なにより、一番の違いは⋮⋮。 ﹁なん⋮⋮だ? この魔力は⋮⋮﹂ 魔人特有の黒い魔力。その量が桁違いに大きかったのである。 ﹁今までの魔人とは違うということか⋮⋮﹂ ﹁当たり前だろう? あんな頭足らずの連中と一緒にしないで頂け るかな?﹂ アウグストの言葉に、魔人は心外だとでも言わんばかりの顔をし た。 ﹁随分と辛辣だな? 元は仲間だろう?﹂ ﹁仲間? おかしなことを言うな。我々は魔人だぞ? 仲間意識な どとうにないわ﹂ ﹁なら、なぜお前達は徒党を組んでいるんだ?﹂ ﹁全てはシュトローム様のため。我々の行動のすべてはシュトロー ム様と共にある﹂ ﹁ふんっ。随分な信頼だな﹂ ﹁当たり前だろう? 我々が今あるのは全てシュトローム様のお陰 だ。それを裏切った無能ども。本来なら我々の手で葬り去りたかっ たところだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁そんな恩知らずなど、捨て駒として利用されただけでもありがた 1909 く思うべきだな﹂ ﹁捨て駒⋮⋮﹂ その一言でアウグストの中で色々なことが符号していく。 あまりにも短絡的な魔人達の侵攻。 稚拙な戦術。 今まで疑問とされてきたことが、ようやく理解できた。 ﹁つまり、あの魔人どもの行動は全てお前達の指示だったと⋮⋮そ ういうことか﹂ ﹁ククク。あの馬鹿どもは全く気付いていなかったがな﹂ 初めて、魔人達と冷静に話をするアウグスト。 その会話の中で、アウグストは彼らが人間として何かが欠落して しまっているのだと実感した、 おそらく、シュトローム以外のことは本当にどうでもいいのだろ う。 魔人とはいえ、人の命に、欠片も価値を見出していない口振りだ。 ﹁さて、私達がこうやって出向いてきたのは他でもない﹂ 離反した魔人達を捨て駒にしたという言葉に、皆がショックを受 けている間に、魔人達がここに現れた理由を話し始めた。 1910 ﹁シン=ウォルフォードという最大の脅威がいないうちに⋮⋮お前 達を排除しておこうと思ってな!﹂ その言葉を皮切りに、唐突に魔人達が動いた。 そして、五体の魔人が一斉に魔法を放ってくる。 ﹁防御魔道具起動! 兵士達は全員後方に下がれ! 巻き込まれて も知らんぞ!﹂ 放たれた魔法を、自身の魔力障壁と魔道具によって防いだアウグ ストは、兵士達に退避命令を出した。 アルティメット・マジシャンズと魔人との戦闘に巻き込まれては かなわないと、大慌てで離脱する騎士達。 それでも魔法の速度には勝てず、ジェットブーツを使用し、ジャ ンプしているところに着弾の余波を受けたため、何人か吹き飛ばさ れ宙を舞っていた。 魔人達の魔法を防ぎきったアウグストは、シンがいないことをさ も当然のように知っている魔人に対してある仮説を立てた。 ﹁まさか! 教皇猊下が刺されたのは!?﹂ ﹁ほう、そこに気付いたか。そうさ、我らによって洗脳された者を 使った。当分シン=ウォルフォードはイースに足止めされるであろ う﹂ ニヤニヤと、自らの作戦でシンとアウグスト達を引き離したこと を告げる魔人。 1911 そのことに、創神教徒であるアウグスト達は強い怒りを覚える。 ﹁貴様ら!! 教皇猊下を餌に使ったのか!?﹂ ﹁ククク、そうそう、うまく踊ってくれたし、うまく釣れたよ。後 は、うまく殺してしまおうかねえ﹂ 魔人達はそう言うと散開し、複数人で一人を狙い始めた。 ﹁うわっ! ちょっ!﹂ 最前線にいたため、真っ先に狙われたアリスは、咄嗟に戦闘服に 施された防御魔法を起動させる。 ﹁これは⋮⋮中々厄介な魔道具を身につけているな!﹂ ﹁へんっ! シン君特製の防御魔法だからね! 簡単に破れると思 ったら大間違いさあ!﹂ 全ての魔法を防ぎきったアリスが、攻撃に転じようとしたとき。 ﹁こっちの存在も忘れてもらっては困るな﹂ ﹁え? きゃああああ!!﹂ 攻撃しようと、一瞬戦闘服の魔法防御が解かれた。 その一瞬の隙をついて、別の魔人が攻撃を仕掛けてきた。 ﹁コーナー!!﹂ 初めてアルティメット・マジシャンズに、直接的な攻撃が加えら 1912 れた。 そのことに、アウグストは思わず叫んでしまう。 そして、魔法を食らったアリスの方は。 ﹁うああ⋮⋮ビックリした!! 死んだかと思った!!﹂ 咄嗟に再度防御魔法を起動したらしく、無傷でいた。 アウグストはひとまずホッとするが、その間にも、魔人達は別の 者に狙いを定め、攻撃を仕掛ける。 あくまで複数で、防御魔法を解き、攻撃に移ろうとするとその隙 を狙って攻撃を仕掛けてくる。 人数に勝るアウグスト達は逆に取り囲んで攻撃しようとするが、 複数人で一人を攻撃している際は、射線上に仲間がいるように誘導 されてしまうため、魔法を放つことを躊躇してしまい攻撃に転じる ことができない。 ﹁なら!﹂ そう言って駆け出したのはトニーだ。 その手にバイブレーションソードを持ち、魔法ではなく、近接戦 で直越斬ってしまおうと考えた。 だが。 1913 ﹁単独で突っ込んでくるとは、舐められたもんだな!﹂ ﹁うっ! くそっ!﹂ 魔人の一人に狙いを定めると、やはり別の魔人が魔法によって狙 い撃ちをかけてくる。 そうなると、突撃を止め防御魔法を展開するか、回避しなくては ならない。 トニーは咄嗟に回避した。 魔人に近づいていたため、足を止めることは危険だと判断したか らだ。 ﹁チッ! 足を止めれば嬲り殺しにしてやったものを﹂ その言葉に、トニーは背筋に寒いものが走るのを感じた。 そして、この時点での全員の認識は一致していた。 ︵この魔人達、今までの魔人とは比べものにならないほど強い!︶ そう認識したからといって、事態が好転するわけでもない。 魔人達の魔法はなんとかしのげているが、代わりにこちらも魔法 が撃てないし、撃てたとして避けられる。 魔人達もアウグスト達に強力な防御魔道具があったのは想定と違 ったのか、お互いに決め手を欠いている。 1914 最初は、アウグスト達を殲滅するのにさほど時間はかからないと 思っていた魔人達も、自分達の魔法が防御魔道具によって尽く無効 化されているのに、段々苛立ちが込み上げてきていた。 このままでは決着がつかない。 そう判断したアウグストは、近くにいたトールに耳打ちをした。 ︵これからシンを呼ぶ。少し時間を稼いでくれ︶ ︵わかりました︶ そして、魔人達が他の者に向かい、迎撃され、攻撃してこようと するところを牽制している隙に、一時戦場を離脱した。 そして、異空間収納から無線通信機を取り出し、シンに連絡を取 った。 こうなれば、人類の切り札の投入しかないと判断して。 1915 淡い希望︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1916 かつてないほど怒りました オーグから魔人と交戦中であるという一報を受けた。 しかも、その魔人達は、今までの魔人とは比べ物にならないほど 強いという。 一体何が起こってるんだ!? ﹁おい! 一体、何がどうなって魔人と戦ってるんだ!? ってい うか、今どこにいる!?﹂ ﹃旧帝都から災害級の魔物が溢れ出てきたのだ! それを討伐して いたら、魔人が現れた!﹄ 旧帝都から!? それじゃあやっぱり! ﹁くそっ! やっぱりシュトロームは魔物に対する実験を止めてな かったか!﹂ ﹃っ! そうか! 魔物実験! シュトロームはそのためにアール スハイドに来たのだった! なぜ忘れてしまっていたのだ私は!﹄ ﹁俺も忘れてた。あの後立て続けに魔人の侵攻やら色々とあったか らな。そんなことより、こっちはもう落ち着いたから、そっちに行 くぞ! どこに行けばいい!?﹂ ﹃頼む! アールスハイド軍の駐留地だ! 分かるか!?﹄ ﹁ああ!﹂ ﹃なら早めに頼む! 負けはしないだろうが決着がつかん! この 1917 ままだと兵達にも被害が及ぶかもしれん!﹄ ﹁おお!﹂ オーグとの無線通信を切ると、爺さんとエカテリーナさんに向き 直った。 ﹁そういう訳で、悪いけどエカテリーナさんの治療はここまでにし ていいですか?﹂ ﹁ええ。ほぼ完治したわ。ありがとう。それより早く現場に向かっ てちょうだい﹂ ﹁はい! じゃあじいちゃん、行ってきます!﹂ ﹁ああ、気をつけての﹂ 二人に声をかけた後、早速ゲートを開こうとするけど、どこが一 番近かったっけ? ﹁うーん⋮⋮あ! あそこか!﹂ アールスハイド軍と各国連合軍が合流して戦闘になった場所。 あそこが一番近い。 早速ゲートを繋げると、大急ぎでそのゲートを潜った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1918 ﹁新たな魔人の襲来⋮⋮ですか⋮⋮終結宣言は出せそうもありませ んわね﹂ ﹁そうじゃの。それより、今まで大人しくしておった魔人どもが急 に動き出したのが気になるのう﹂ シンが大急ぎでゲートを潜って行った後、残されたエカテリーナ とマーリンは神妙な顔で言葉を交わし合った。 終結宣言目前でその目論見が外れたことも当然痛いが、二人はそ れ以上に、急に魔人の動きが活発になってきたことを不審に思った。 ﹁シン君の仮説が正しいなら、ダームの使者が私を襲ったのも、魔 人化しかけたのも⋮⋮﹂ ﹁すべて魔人どもの思惑⋮⋮ということになるな。一体何を考えて おるのじゃ?﹂ そもそも、魔法使いでさえ強い恨みや憎しみを持ったところで魔 人化などしない。 ましてや、ダームの使者は一般人であった。 それが魔人化しかけたということは、十中八九シンの言うように 強制的に魔人化させられたのだろう。 そして、時を同じくして起こった災害級の魔物の大量発生と、魔 人そのものの出現。 1919 これの意図するところは⋮⋮。 ﹁そうか。戦力の分断と、脅威の削減か﹂ ﹁⋮⋮つまり、シン君をこちらに向かわせておいて、その間にアル ティメット・マジシャンズの子達を殺そうとした⋮⋮ということで すか?﹂ ﹁おそらくそういうことじゃろう。あまりにもタイミングが良すぎ る﹂ ﹁そうですわね⋮⋮﹂ 自分はシンを釣るための囮。 餌である自分にシンが引っかかってしまったことを、今更ながら に後悔するエカテリーナ。 そもそも、自分が刺されなければこんな事態は招かずに済んだの だ。 ﹁本当に⋮⋮私達は、あの子達の役に立つどころか、足を引っ張っ てばかりですわね⋮⋮﹂ イースという国がダームに対する認識から招いた油断と、許した 凶行。 その結果が、子供達のピンチというのだから、情けなく、申し訳 ないという思いが募る。 ﹁そう悲観せんでもええじゃろ。ひょっとしたら、その驕りすらも 計算のうちかもしれんでな﹂ 1920 ﹁⋮⋮そうでしょうか?﹂ 自己嫌悪に陥るエカテリーナを慰めるマーリンだが、もし本当に イースという国の慢心すらも計算に入れていたとしたらと思うと、 背筋に冷たいものが走るのを禁じえなかった。 ﹁ともかく、今はシンが魔人どもを討伐してくれることを祈るしか ない﹂ ﹁そういえば、先生は行かなくてもよろしかったのですか? 魔人 との戦闘となれば、昔なら我先に向かっていったでしょう?﹂ 今より若い、と言っても中年期の頃のマーリンを知っているエカ テリーナとしては、それが不思議でもあった。 ﹁お前は、ワシを戦闘狂かなんかと勘違いしとりゃせんか?﹂ ﹁え? 違うのですか?﹂ 心外だとでもいうようなマーリンに対して、何を言っているので すか? という表情のマーリン。 そのエカテリーナの反応に、こめかみに青筋を浮かべながらも、 一緒に行かなかった訳を説明した。 ﹁はあ⋮⋮ワシは足手まといになるじゃろうて﹂ ﹁先生が足手まとい!?﹂ エカテリーナは、マーリンの言葉が信じられなかった。 彼女の脳裏には、マーリンの圧倒的な魔法のイメージが色濃く残 っている。 1921 アルティメット・マジシャンズの戦闘を直に見たことがないエカ テリーナにとって、最強の魔法使いといえば、やはりマーリンが一 番に上がってしまう。 ﹁ワシの力は、アウグスト殿下とほぼ一緒といったところじゃな。 あの子が苦戦しておるなら、ワシとてそう力にはなれはせんよ﹂ ﹁でも⋮⋮先生とアウグスト殿下では、経験値が違うではないです か﹂ エカテリーナは、どうしてもマーリンが足手まといになるところ が想像できない。 そのため、少し食い下がってしまった。 ﹁確かに、シンがおらねばワシが加勢に行ったかもしれんの﹂ ﹁なら、なぜ?﹂ 自分が足手まといになるなどというのか? エカテリーナの疑問に、マーリンは簡潔に答えた。 ﹁今回はシンがおる﹂ 祖父である自分が言うのもなんだが、シンは天才だ。 自分が見た力すらも、まだ全力ではないかもしれない。 それを考えると、自分がシンの役に立つとは到底思えなかった。 1922 ﹁あのアルティメット・マジシャンズの序列はな、主席と次席の間 に、埋めがたい差があるのじゃ﹂ ﹁⋮⋮つまり、次席であるアウグスト殿下と同等とおっしゃる先生 とシン君にも、相当な差があると?﹂ ﹁そういうことじゃな。そんなあの子が出張ったのじゃ。ワシなぞ 出る幕ではないな。それに⋮⋮﹂ ﹁それに?﹂ ﹁シンはワシに着いてきてほしいとは言わなんだ。おそらく、カー チェの看病をしてほしいということじゃろうな﹂ そんなシンの意図までは思い至らなかったエカテリーナは、目を 丸くして驚いた。 ﹁そんなに驚くようなことかの?﹂ ﹁ええ。だって、シン君と私は多少面識はありますけど、そこまで 心配してもらうような関係ではないと思いますけど⋮⋮﹂ ﹁実はな、カーチェがあの子達の誕生日パーティから帰った後、あ のことを話したのじゃ﹂ 話すかどうするか悩んでいたことをマーリンがシンに話していた ことに驚くと同時に、ホッとしたエカテリーナ。 だが、それとこれと、どう繋がるのだろうか? ﹁その話の中でな、カーチェが、ワシらの義娘になるはずじゃった と教えたんじゃ﹂ ﹁⋮⋮そうでしたわね⋮⋮﹂ 過去に存在した、将来を誓い合い、しかし永遠に失ってしまった 恋人。 1923 その父であり、本当なら義父となっていたはずのマーリン。 実現しなかったその関係を思い出し、エカテリーナの心は若干沈 んだ。 ﹁じゃから、ワシに義娘の看病をさせたかったのじゃろう﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ 不意にその表情を崩し、エカテリーナの頭を撫でるマーリン。 その姿は、まさしく娘を心配する父親のものであった。 ﹁心配せんでも、シンは魔人を倒して帰ってくる。じゃからカーチ ェは、早く回復するようにゆっくりと休みなさい﹂ ﹁⋮⋮おとうさん⋮⋮﹂ 実際には義父と義娘にはなれなかった。 だが、心中ではすでに義父と義娘だったのだろう。 十数年振りにその関係に戻ったエカテリーナは、溢れる涙を抑え きれなかった。 ﹁相変わらず泣き虫じゃのう﹂ ﹁⋮⋮今のはズルいですわ、先生﹂ ﹁ほっほ。さあ、シンが言っておったじゃろう。治療は終わっても 体調はまだ万全には程遠い。ゆっくり休みなさい﹂ ﹁しかし⋮⋮このような事態になっているというのに、私だけ寝て いる訳には⋮⋮﹂ 1924 ﹁なんじゃったら、メリダにも看病に来てもらうか?﹂ ﹁すぐに寝ますわ! ええ! ですから、師匠には!﹂ ﹁どんだけメリダを恐れとるんじゃ⋮⋮﹂ ﹁師匠以上の恐怖など、私知りませんわ!﹂ ﹁確かにそうじゃな⋮⋮﹂ 先ほどの話で言うなら、義母になる予定だったメリダだが、エカ テリーナにとっては義母というより恐ろしい師匠なのだろう。 その点でマーリンと共通の認識であったエカテリーナは、マーリ ンと顔を見合わせてクスクスと笑った。 ﹁師匠のお説教は怖いので大人しくしています。でもこれだけ⋮⋮﹂ ﹁ふむ?﹂ エカテリーナはそう言うと、胸の前で手を組んだ。 ﹁シン君に、神のご加護があらんことを⋮⋮﹂ 神に届けと言わんばかりに魔力を込めて、エカテリーナは祈った。 その姿は、信者が見れば思わず膝をついて拝んでしまうほど神々 しかった。 ﹁本当に効くのかのう? それ﹂ ﹁先生⋮⋮そんな身も蓋もないことを言わないでくださいよ⋮⋮﹂ だが、無神論者のマーリンにはイマイチ響かなかったようである。 ﹁終わったなら、大人しく寝ておれ。後でメリダも連れてきてやる 1925 からの﹂ ﹁⋮⋮怒られませんか?﹂ ﹁大人しく寝ておったらの﹂ ほっほと笑うマーリンに見守られ、エカテリーナは子供に還った ように安心して眠りについた。 ーーーーーーーーーーーーーーーー シンとの通信を切ったアウグストはすぐに戦線に復帰した。 ﹁殿下! どうでした!?﹂ ﹁ああ、連絡がついた。もうすでにこちらに向かっている﹂ 戻ってきたアウグストにトールが話しかける。 アウグストの返答にホッとするが、それを魔人に気取られては逃 げられる可能性があるため、すぐにその表情を引き締めた。 ﹁それにしても、この防御魔法の付与。永続的に発動してくれてい 1926 ればいいんですけどね⋮⋮﹂ ﹁しょうがないだろう。魔道具である限り﹃意識して﹄魔力を流さ ないと発動しないのだからな﹂ シンは魔力を纏えば発動すると思っているが、実際はそんなこと はない。 もし魔道具が魔力を感知するだけで発動するなら、世の中では魔 道具の誤作動による事故が絶え間なく起こってしまう。 魔道具は﹃意識して﹄魔道具に魔力を流さないと、その効果を発 揮しない。 なら、なぜシンはそんな勘違いをしているのか。 それはやはり、前世の知識がその勘違いを引き起こしている。 シンは魔道具に流す魔力を﹃電気﹄と同等に見ている節がある。 電化製品は、電気を通せば使用者の意思に関わらず起動するため、 シンもそんな感覚でいたのだ。 だから、この戦闘服を着ている限り、アルティメット・マジシャ ンズには被害は出ないだろうと、そうも思っている。 だが実際は、攻撃に転じようとすると、どうしても魔道具に魔力 を流す意識が絶たれるため防御魔法が途切れてしまう。 魔人達はその隙を巧みに突き攻撃してくる。 1927 そしてアウグスト達は、その魔法を防ぐために攻撃魔法を中断し 防御魔法に意識を向ける。 倒されないが倒せない。 今は、そんな膠着状態に陥ってしまっていた。 そんな事態に焦れたのは、魔人達の方である。 魔人達は、脅威となるのはシンのみ。 他は自分たちと同等程度と、そんな認識だったのである。 しかも自分達は元兵士。 まだ学生であるアウグスト達に遅れをとるとは露ほども考えなか った。 それが蓋を開けてみれば厄介極まりない防御魔法が施された魔道 具を持っている。 お陰で、一向にダメージを与えることができない。 この状況に焦ってきた魔人達は、あるものに目を付けた。 それを見つけた魔人達は、アウグスト達から距離を取ると、いき なり明後日の方角へ魔法を放った。 ﹁っ!? しまった!!﹂ 1928 その魔法が放たれた方角にいたのは、後方で戦局を見守っていた アールスハイド軍である。 突然、魔人の魔法が向かってきた兵士達は、魔法師団が慌てて防 御魔法を展開するが、その防御魔法を突き破り兵士達の間に着弾し た。 防御魔法により威力が減衰していたとはいえ魔人の魔法の着弾で ある。 かなりの負傷者が出ていた。 ﹁くそっ! クロード! すまない! 彼らを頼む!﹂ ﹁は、はい!﹂ アルティメット・マジシャンズとして、シシリーも先頭に参加し ていたが、負傷者が多数出たことで戦闘参加をやめ、兵士達の元へ 駆けつけた。 すると、そこには⋮⋮。 ﹁お、お姉様!!﹂ ﹁シシリー⋮⋮ゴメン、ドジっちゃったわ⋮⋮﹂ シシリーが駆けつけた先で見つけたのは、防御魔法を展開してた セシリアが魔人の魔法により負傷した姿であった。 ﹁すぐに治します! だからお姉様、死なないで!﹂ 負傷したセシリアに必死で治癒魔法をかけるシシリー。 1929 身内贔屓⋮⋮とは言われないほど、セシリアは重傷を負っていた。 四肢欠損はないものの、肌は焼け爛れ、腕も変な方向に曲がって いる。 そのまま放っておいたら命はない。 そう思われるほどの負傷だった。 シシリーは、大好きな姉のそんな姿に我を忘れ、必死に治癒魔法 を施した。 家族が死にそうなのである、そうなるのも無理からぬことであろ う。 だが、そのために、シシリーは周りに目を配ることができていな かった。 ﹁クロードォッ!! 防御しろぉっ!!﹂ アウグストの叫びでハッとしたシシリーが見たのは、自分達に向 けて再度放たれた魔人達の魔法。 先ほど防御魔法を展開した魔法師団員は、セシリアほどの重症で はないにしろ、傷付き倒れてしまっていた。 そしてシシリーは、セシリアに向かって全力で治癒魔法を施して いる。 1930 つまり、シシリーの周りに防御魔法を展開できるものがいなかっ たのである。 ﹁あ⋮⋮﹂ シシリーは、目の前に迫る魔法をひどくスローモーションで見て いた。 あまりに突然のことで、脳の反応に対して、体が動かなかった。 シシリーの体感で、ゆっくりと迫ってくる魔法を、ただ見つめる ことしかできなかった。 これはもう間に合わない。 そう感じてしまったシシリーの脳裏によぎるのは、シンのこと。 生まれて初めて恋を知った相手。 そのシンとの日々が急速に思い出されていった。 楽しかったこと、嬉しかったこと、恥ずかしかったこと。 そのことが思い出され、シシリーの目から涙が溢れた。 このままではシンとの永遠の別れが訪れてしまう。 シシリーはそう感じてしまった。 そのことを本能的に拒絶したシシリーは、無意識にその名を呼ん 1931 だ。 ﹁シン君!!﹂ シシリーがそう叫んでギュッと目を瞑った後⋮⋮。 魔人の魔法が着弾した。 ギュッと目を閉じるシシリーだが、魔法が着弾したというのに一 向に衝撃が訪れない。 そのことを不思議に思ったシシリーは、恐る恐る目を開けた。 するとそこには。 ﹁あ⋮⋮あ、あああ﹂ その目に映ったのは⋮⋮。 ﹁シシリー、大丈夫か?﹂ 今まさに思い浮かべていた、愛しい人であった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1932 ﹁見えた!﹂ ゲートを抜けて、飛翔魔法で全力で飛ばしてきた。 この辺りに民家がなかったのが幸いだろう、あれば衝撃波で吹き 飛んでいたはずだ。 それほどの高速で飛ばしてきた甲斐があり、早々に戦場に辿り着 くことができたのだが、そこで目に入ってきたのは魔人が後方に下 がっているアールスハイド軍に向かって魔法を放とうとしていると ころだった。 くそっ! やっぱり、こっちを狙ってきやがったか! オーグの話では、双方手詰まりのように感じたから、焦れた魔人 が兵士達に矛先を向けるのではないかと危惧していた。 まさにそのことが起こったのだが⋮⋮。 おい!? その魔法の先にいるはシシリーじゃないか! そのシシリーは誰かの治癒にかかりきりになって魔法が放たれよ うとしていることに気づいてない! くそっ! 間に合えええっ! 1933 さらにスピートアップした俺は、魔力障壁を並列起動し、シシリ ーと迫り来る魔法の間に立ちふさがった。 その直後に魔力障壁に着弾する魔人の魔法。 着いてから防御魔法を起動してたんじゃ間に合わなかった。 本当にギリギリで間に合った! ﹁シシリー、大丈夫か?﹂ 魔法を防いだ後、後ろを振り返ってシシリーに声をかけた。 すると、シシリーはしばらく呆然とした後、顔をクシャクシャに 歪めて泣き始めた。 ﹁シン君⋮⋮シン君! シン君! うああああっ! しんくうんっ !!﹂ ボロボロに泣きながら、俺に抱きついてきた。 ﹁ほら、もう大丈夫だから、俺がいるから﹂ ﹁お、おねえさまが、ひっ、けがして、うっ、たすけなきゃってお もってえ、ひっ、そしたらまほうが⋮⋮うぅっ、もうだめだって、 うぅうぅ、もう、もうしんくんにあえなくなるとおもってえっ!﹂ ﹁え?﹂ お姉様が怪我? 1934 ひょっとしてさっき治療してたのは⋮⋮。 ﹁なっ!? セシリアさん!?﹂ ﹁あらぁ、しんくん、みっともないとこ見せちゃったわねえ﹂ シシリーの治癒魔法はまだかけ始めたところだったのだろう。 あちこち火傷したセシリアさんが、力なく横たわっていた。 ﹁あ、お、おねえさま。おねえさまのちりょうしなっ、いと﹂ フラフラと俺の胸から離れ、セシリアさんの治療をしようとする シシリー。 でも、今のシシリーの精神状態を考えると、もう少し落ち着いて からにした方がいい。 ﹁シシリー、俺がするよ﹂ ﹁シンくん⋮⋮﹂ 俺がセシリアさんに向けて治癒魔法を施す。 火傷だけでなく、腕も折れているので、そちらも同時に治す。 ﹁ふわ⋮⋮なにこれ?﹂ 見る見るうちに治癒されていく様子を、セシリアさんは目を丸く してみていた。 やがて治癒が終わると、セシリアさんが体を起こした。 1935 ﹁すごいわね⋮⋮シシリーの言った通りだわ﹂ 立ち上がったセシリアさんが、自分の体をあちこち触って確かめ ている。 どうやら、治療は上手くいったらしい。 周りを見渡すが、どうやら今すぐに治療が必要だったのはセシリ アさんだけだったみたいだ。 そのことを確認した俺は、いまだに呆然としているシシリーに声 をかける。 ﹁シシリー? セシリアさんはもう大丈夫だよ﹂ ﹁シンくん⋮⋮﹂ ﹁だから、もうちょっと落ち着いたら、他の人を治療してあげてく れないか?﹂ ﹁あ、は、はい!﹂ ﹁うん。いい子だ﹂ 俺はシシリーをギュッと抱きしめると、背中を撫で、頭をポンポ ンと叩いた。 ﹁あう⋮⋮ごめんなさい、取り乱して⋮⋮﹂ ﹁いいさ。実のお姉さんが重症だったんだ。仕方ないさ。それより、 俺はこれから大事な用事があるから﹂ そう言いながらシシリーを解放し、魔力を集めながら足を進める。 1936 ﹁俺の大事なシシリーを⋮⋮そしてシシリーの大事な家族を苦しめ た、その仕返しをしなきゃいけないからな!﹂ 俺は今だかつてないほどの怒りを感じていた。 1937 かつてないほど怒りました︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1938 反撃しました︵前書き︶ プライベートが色々と忙しくて、更新が大幅に遅れてしまいました。 エタらせることなく完結まで更新しますので、皆様よろしくお願い します。 1939 反撃しました シシリーのお姉さんであるセシリアさんを傷つけられた。 その上、シシリーまで狙われた。 そのことに俺は⋮⋮怒りを抑えることができなかった。 ﹁てめえら⋮⋮覚悟しろよ?﹂ 我ながらドスの効いた低い声が出たな。 大量の魔力を纏いながらそう言ったためか、魔人達が一瞬ビクッ とする。 俺は、その一瞬硬直した隙を逃さずに突いた。 異空間収納からバイブレーションソードを取り出し、身体強化魔 法とジェットブーツによる加速で魔人の一人に肉薄。 ﹁は、はやっ⋮⋮!﹂ 魔人がなにか言いかけたが、その言葉を全て発する前に、斜め下 からバイブレーションソードを切り上げ、魔人を真っ二つにした。 ﹁まず一体⋮⋮﹂ ﹁っ! 攻撃しろ!﹂ 1940 それを見ていた魔人達がこちらに向けて魔法を放ち、それが着弾 する。 ﹁シン!﹂ オーグが俺の名を呼び。 ﹁や、やったか?﹂ 魔人の一人が、やってないフラグを立てる。 それを俺は、魔法の着弾による煙幕の中で聞いていた。 魔人が魔法を放ってきた時点で、俺は防御魔法が付与された指輪 の魔道具を起動。 俺には傷一つ付いていない。 俺はその煙幕の中から、次の魔人に向かって飛び出した。 ﹁チイッ! やはり厄介な!﹂ 向かってきた俺に対し、慌てて魔力障壁を展開する魔人。 だが、魔人の展開する魔力障壁すら苛立ちの対象になった俺は、 わざと魔法による攻撃に切り替えた。 限界まで温度を上げた﹃白い﹄炎の槍を数十本、俺の周りに展開 させながら魔人に向かっていく。 1941 そして、数十本展開させた槍のうちの一本を魔人に向かって放っ た。 ﹁グッ! ガアッ! な、なんだ!? この威力と熱は!?﹂ 魔人の魔力障壁に阻まれてしまったけれど、かなりギリギリで防 いだらしい。魔力障壁がかなり薄くなっている。 一本でこれだ。 そしてこちらには、後数十本の同じ炎の槍がある。 ﹁ちょ、ちょっと待っ⋮⋮﹂ ﹁待つわけないだろ﹂ ギリギリ一本防いだ炎の槍が数十本展開されている光景に、魔人 は絶望の表情を浮かべ、静止の声を上げるがそんなもの聞けるはず がない。 俺は、明らかにオーバーキルになると分かっていながら、その数 十本の槍を、一人の魔人に向けて全て放った。 ﹁う、うおおおおおっ⋮⋮!﹂ 最初の数本はなんとか防いだようだが、その後も連続して着弾す る炎の槍を防ぎきることができず、魔力障壁を破られた魔人は残り の炎の槍を全てその身に浴び、文字通り消滅した。 その光景を見ていた俺に、別の魔人からの魔法が放たれる。 1942 ﹁この化け物めっ!﹂ なんて心外な。 ﹁化け物は⋮⋮お前らの方だろ!!﹂ 全帝国民を全て虐殺した魔人達を、俺は元人間だとは思えない。 奴等は、悪魔か化け物だ。 放たれた魔法を受け止めずに避け、その魔法を放った魔人に向か う。 すると、その横合いから別の魔人の魔法が俺に向かって飛んでく る。 それを⋮⋮。 ﹁馬鹿な!? 並列起動だと!?﹂ 防御魔道具を展開し横合いからの魔法を防いだ。 その間、俺の身体強化とジェットブーツを併用した突進は止まっ ていない。 そして、攻撃魔法も同時に展開したことに魔人が驚いている。 俺にとって、複数の魔法を同時に展開することはそんなに難しい ことじゃない。 1943 パソコン上に複数のプログラムが並列起動しているのをイメージ すると、簡単にできた。 だが、オーグに言わせると、その魔法の並列起動も非常識なこと らしい。 その常識は魔人達にも当てはまるらしく、俺が複数の魔法を同時 に展開していることに驚いていた。 そして、防御に意識を向けさせると突進が止まると思っていたの だろう。 俺が向かっている先の魔人は、魔力障壁による防御ではなく、攻 撃魔法を展開していた。 ﹁なっ!?﹂ ﹁残念だったな﹂ ﹁くっ、くそっ!﹂ 今さら防御に切り替えることができなかった魔人は、その展開し ていた攻撃魔法を俺に向かって放つ。 そして俺も、すでに攻撃魔法の準備はできていたので、それをそ のまま魔人に向かって放った。 魔人の放った魔法は炎の魔法。 対して俺が放ったのは、先ほどとは真逆の氷の槍だ。 炎と氷なら炎の方に分がある。 1944 一瞬、魔人の顔に喜色が浮かんだ。 確かに、向こうの魔法の方が有利だが、それならばこうすればい いだけの話だ。 ﹁な、なんだ⋮⋮? その数は⋮⋮﹂ 先ほどと同じように、氷の槍を数十本展開させ、向かってくる炎 の玉に次々とぶつけていく。 最初は炎によって消滅していた氷の槍だが、それを次々とぶつけ ていくと、炎の玉がみるみるうちにその威力を減少させ、ついには 俺に届く前に消滅してしまった。 そして、炎の玉は消滅してしまったが、俺の方の氷の槍はまだま だ数が揃っている。 その光景に、炎の玉を放った魔人は呆然としている。 呆然としている魔人に向かって、氷の槍の残りを、先ほどの炎の 槍と同じように全て魔人に向かって放った。 呆然としていた魔人は、魔力障壁を展開させる暇もなく、そのま ま氷の槍に貫かれ、さらにその後も次々に着弾する氷の槍によって 氷漬けにされていた。 さて、後残りは⋮⋮。 ﹁二体か⋮⋮﹂ 1945 遠巻きにこちらを見ている魔人を見据えると、目に見えて怯んだ 様子を見せる。 チラチラと後ろを伺い、どうにかして逃げ出す隙を窺っているよ うだ。 その様子が、俺をさらにイラつかせた。 ﹁なに逃げる算段をつけようとしてんだ? お前らから攻めてきて おいて⋮⋮﹂ 自分達から攻め込んできておいて、劣勢になったら逃げようとす る。 その行動に心底腹が立った。 ﹁そんな程度の覚悟で! 人類に喧嘩売ってんじゃねえぞっ!!﹂ そう叫んだ俺は、残る魔人二体のうちの一体に向かって走り出す。 すると、俺と魔人の間の地面に、全く予想していなかった方向か らの魔法が着弾し、地面が爆ぜた。 ﹁っ! チィッ!﹂ 地面が爆ぜるということは、その瓦礫が飛んでくるということだ。 物理障壁でその瓦礫は防いだが、突進の足が止まってしまった。 1946 ﹁くそっ! どこから!?﹂ 怒りのため、冷静さを失っていたのだろう。 残る二人とは別の魔人の存在に、全く気がついていなかった。 状況が不利と見て援軍に来たのだろう新たな魔人を探して、俺は 索敵魔法を展開し辺りを見回した。 すると。 ﹁そこまでにしてもらおうか。シン=ウォルフォード君﹂ これまでの魔人とは違う様子の魔人が現れた。 ﹁﹁ゼスト隊長!!﹂﹂ そう叫んだ残る魔人の二人は、新たに現れた魔人の後ろに隠れて しまった。 隊長だと? ﹁なんだよ? 今度はお前が相手してくれんのか?﹂ 俺も相当気が立っているので、まるで戦闘狂のようなセリフを吐 いてしまう。 とにかく、この怒りを誰かにぶつけたくて仕方なかった。 ﹁そういきり立つな、シン=ウォルフォード君。私に君の相手など 1947 務まるはずもないだろう?﹂ ﹁ああ? ならなんでこんな襲撃を仕掛けてきたんだよ?﹂ 俺の相手をするつもりがないのに、襲撃を仕掛けてきた? なにを言ってやがる? ﹁まさか君が参戦するとは思ってもみなかったからな。少々予定が 狂ってしまった﹂ ﹁ふざけんな! なにが予定だ!﹂ 俺が参戦するのが予定外だと? なにを言って⋮⋮。 ﹁⋮⋮おい。まさか、お前ら⋮⋮﹂ ﹁ふむ。色々と推理をしているようだが、いいのか?﹂ ﹁は? なにが?﹂ ﹁私はね、元は帝国の軍人だったんだよ﹂ ﹁軍人⋮⋮﹂ ってことは、なにかの部隊の隊長だったって訳か? でもなんだ? なんで急にこんなことを言い出した? ゼストと呼ばれる新たな魔人の意図が分からず困惑していると、 その答えは全く別のところからもたらされた。 ﹁殿下! アウグスト殿下!﹂ アールスハイド軍が控えている後方から、一人の兵士がオーグに 向かって走ってきた。 1948 ﹁こんな時になんだ!?﹂ ﹁申し訳ございません! ですが! 各国より緊急通信です!﹂ ﹁緊急通信?﹂ ﹁はっ! 我がアールスハイド、および周辺国に⋮⋮﹂ なんだ? まさか!? ﹁魔人が出現したとのことです!﹂ ﹁な、なんだと!?﹂ オーグが慌てた声を出し、こちらを見やった。 ﹁軍ではね、不測の事態に備えて、幾重にも予防線を張り巡らせる ものなのだよ﹂ ゼストは不適に笑いながらそう言った。 ﹁て、てめえっ!﹂ ﹁ほら。放っておいていいのか? 君達がいない各国など、簡単に 墜とせるぞ?﹂ ニヤリとした笑みを浮かべながらそんなことを言うゼストに心底 腹が立つ。 ﹁ぐうっ! コ、コイツッ!﹂ ﹁シン! そいつは後回しでいい! 今は各国に現れた魔人が最優 先だ!﹂ そう言うオーグの方を見た瞬間に、新たに現れた魔人と残りの二 1949 体は、この場から離れてしまった。 ﹁それでは、私たちはお暇させていただくとしよう﹂ そう言い残して去る魔人達を、俺は指を咥えて見ているしかなか った。 追いかけて行ってあいつらを討伐することはできる。 でも、今まさに魔人に襲われている各国を放っておくこともでき ない。 ﹁くそっ! オーグ! 急いで各国の防衛に行くぞ!﹂ ﹁分かっている! おい! 魔人が現れたのは旧帝国周辺の国だけ なのか!?﹂ ﹁は、はい! エルスとイースからはその報告は入っておりません !﹂ ﹁ならば⋮⋮﹂ その場でオーグが各国に対して二人派遣することを決め、振り分 ける。 そして、組み分けが決まった者からすぐにゲートを使って各国に 赴く。 旧帝国に国境を接するのは、アールスハイド、スイード、ダーム、 カーナン、クルトの計五カ国。 そこに二人ずつなので二人あまるため、マークとオリビアは連絡 係としてこの場に残った。 1950 皆からの連絡を待っている間に、マークは放逐した馬を回収しに 行くらしい。 俺のペアは⋮⋮。 ﹁セシリアさん!﹂ ﹁え? あ、ああ、凄かったわねシン君⋮⋮それより、なにがどう なっているの?﹂ ﹁アールスハイドを含めた周辺各国に魔人が現れました! 事態は 一刻を争います! シシリーを連れていっても大丈夫でしょうか?﹂ 俺の言葉にハッとしたシシリーが狼狽えだす。 ﹁ま、魔人! す、すぐに行かないと! ああ、でも他に治癒しな いといけない人も⋮⋮﹂ ﹁シシリー!﹂ 魔人討伐に行きたいが、ここに残って治療をしたいという思いも あり、葛藤し始めたシンをセシリアさんが一喝する。 ﹁ここは大丈夫だからシン君と共に行きなさい。恥ずかしいことに 一番の重症だったのは、私だったみたいだからね。後は命に別状は ないから私達だけでも大丈夫よ﹂ ﹁で、でも⋮⋮﹂ ﹁全ての人を癒してあげたいという、あなたの志は立派よ。でも、 あなたにはやるべきことが他にもあるでしょう?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁もっと私達を信用しなさいな。って、魔人の討伐に妹を差し向け る姉の台詞じゃないか﹂ 1951 ﹁そ、そんなこと!﹂ ﹁シン君! そんな訳だから、シシリーのことお願いね!﹂ ﹁分かりました! シシリー、行こう!﹂ ﹁⋮⋮はい! 分かりました! お姉様、後はよろしくお願いしま す!﹂ ﹁任されたわ。気をつけて行ってらっしゃい﹂ ﹁はい!﹂ セシリアさんの説得で、シシリーを魔人討伐に連れていく。 俺達が割り振られたのは、カーナンだ。 こうして俺達は、セシリアさんに見送られ、ゲートでカーナンに 向かった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー シンとシシリーがカーナンに向かった後、残されたシシリーの姉 セシリアは、皆に向かって声をかけた。 ﹁さあ、あの子にああ言っちゃったからね。誰も死なせちゃ駄目よ !?﹂ ﹃おおお!!﹄ 1952 セシリアの言葉に治癒術士達が声をあげて応える。 実際、一番の重症だったのはセシリアで間違いないが、それは他 の人間が軽症や無傷だったことを示すものではない。 命に別状はなくとも、骨折や裂傷などの重傷者はいるのだ。 ここは任せて先に行けという、縁起の悪そうな台詞を言ってしま った手前、そういった患者も一人残らず助けてみせると、セシリア は息巻いた。 もっとも⋮⋮。 ﹁治療するのは私じゃないんだけどね⋮⋮﹂ それでも、セシリアの言葉に治癒術士達が応えたのは、セシリア が聖女と称えられるシシリーの姉だからに他ならない。 魔人討伐は、妹とその仲間に任せっきりで、治療もできない。 そんな不甲斐ない自分に、セシリアは唇を噛んだ。 ﹁強くなりたいなあ⋮⋮﹂ シシリー達の長兄であるロイスが聞けば震え上がりそうな台詞を ポツリと溢すセシリア。 ﹁どうか無事でいて⋮⋮﹂ 災害級の魔物の死骸が散乱する、今は静かになった戦場の空を見 1953 上げ、セシリアは魔人討伐に向かった妹や義弟達の無事を祈ること しかできなかった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ゲートを抜けた先で待っていたのは、勢ぞろいした羊飼いとカー ナン軍の混成部隊だった。 相変わらず羊飼い達の存在感が半端ない。 ﹁ん? おお! シンじゃないか!﹂ ﹁お久しぶりですガランさん! 魔人は!?﹂ 真っ先に声を掛けてきた国家養羊家のガランさんに今の状況を聞 く。 ﹁それがよ⋮⋮﹂ 少し困惑している様子のガランさんが視線を向けた先に⋮⋮。 いた! 魔人だ! だけど、その魔人の様子がおかしい。 1954 ﹁⋮⋮アイツ、なにしてるんですか?﹂ 魔人は一体で、なにもせずに佇んでいた。 ﹁それがよ、魔人が現れたかと思ったら、なにもせずにただじっと ああしてるんだよ﹂ ﹁なにもしない?﹂ ﹁ああ。かといって相手は魔人だ。俺達の手に負える存在じゃない。 手を出すこともできないし、どうしたもんかと⋮⋮あっ!﹂ ﹁え?﹂ 話の途中でガランさんが魔人の方を見ながら声を上げた。 俺もその方角を見ると、魔人がこの場から凄いスピードで走り去 っていくのが見えた。 ﹁あ!﹂ 魔人はもう視認できない距離まで走り去ってしまった。 ﹁一体⋮⋮なんなんだ?﹂ あまりにも予想外の出来事で、さっきまでの怒りも吹っ飛びつい 呆然と見送ってしまった。 ﹁それよりシン君、マークさん達に報告しないと﹂ ﹁あ、そうだな﹂ 無線の通信機を取り出し、マークに連絡を取る。 1955 ﹁あ、シン君!﹂ シシリーが慌てて俺を呼び止めるけど、マークが出た。 シシリーに手でゴメンと詫びてマークとの通信を始めた。 と、その時、なぜかシシリーにマントをかけられた。 別に寒くないよ? そう思うが、マークを待たせる訳にはいかず、話し始める。 ﹁もしもし、マーク?﹂ ﹃あ、ウォルフォード君っスね? もう魔人倒しちゃったんスか?﹄ ﹁いやそれが、なにもしないで逃げちゃったんだよ﹂ ﹃逃げたんスか?﹄ ﹁そう、他からはまだ報告入ってないか?﹂ ﹃自分のところはウォルフォード君が最初っスけど⋮⋮あ、オリビ アの方に連絡入ったみたいっス﹂ マークが話し中だったからオリビアの方に連絡したんだろう。 しばし、その報告を待つと、マークからその結果を知らされた。 ﹃他も同じみたいっスね。やっぱりなにもしないで逃げたらしいっ ス﹄ ﹁そうか⋮⋮﹂ 結局なにがしたかったんだ? 1956 ﹃とりあえず、他の人からの報告もあるっスから、一旦切りますね﹄ ﹁ああ、分かった﹂ マークとの通信を切った俺は、シシリーと顔を見合わせた。 ﹁なにが狙いなんだろう?﹂ ﹁もう、シン君⋮⋮﹂ そう言いながら、マントを回収して再び羽織るシシリー。 ﹁なに? っていうか、なんでマント?﹂ ﹁もういいです。魔人の意図ですけど⋮⋮ゴメンなさい、私には分 からないです﹂ ﹁いや、俺にも分かんないし、謝らなくてもいいよ﹂ 魔人なら一体でも相当な被害を出せると思うんだけど⋮⋮。 それより、シシリーの行動も気になる。 なんなんだろう? と、そう思っていると、ガランさんに声をかけられた。 ﹁なあ、シン。お前のそれ⋮⋮﹂ ﹁え? ああ、これは⋮⋮﹂ やっべ、ガランさんがいるのに無線通信機使っちゃったよ。 あ、シシリーがさっき言いかけたのはこれか! 1957 ﹁あの、すいませんが、このことは内密に⋮⋮﹂ ﹁ふう⋮⋮お前な、それって今各国で話題の通信機の無線版だろ? そんな国家機密をホイホイと使うなよ⋮⋮﹂ ﹁あ、あはは。すいません﹂ ﹁まあ、間近で見たのは俺だけみたいだから黙っといてやる。次は 気をつけろよ?﹂ ﹁すいません。ありがとうございます﹂ ガランさんがいい人でよかった。 ﹁もう。もし意地の悪い人に見られてたらどうするんですか?﹂ ﹁ご、ごめん。ついうっかり⋮⋮﹂ シシリーは気がついていたみたいだし、他の皆はうまくやってる んだろうな。 どうしても、前世で使ってた携帯電話のイメージがあるので、す ぐに使っちゃうな。 ﹁気をつけてください。シン君の行動は、今や全ての国が注目して 見ているんですよ?﹂ ﹁全ての国って大げさな⋮⋮﹂ ﹁大げさじゃないです! その証拠にほら⋮⋮﹂ シシリーが目を向けたのは、羊飼いとカーナン軍の混成部隊。 そのほとんどが、こちらを見ていた。 ﹁⋮⋮これでよくさっきの通信の様子が見られなかったな⋮⋮﹂ ﹁私がシン君にマントを被せて光学迷彩を起動しました。ガランさ 1958 んはその前を見てしまったので⋮⋮﹂ あ、そういえば、今の俺は戦闘服を着てない。 シシリーがマントをかけてきたのはそういう理由だったのか! ﹁ゴメン。ありがとうシシリー﹂ ﹁気をつけてくださいね? シン君に何かあったら私⋮⋮﹂ シシリーがそう言ってくるが、今回、その逆のことが起こりそう になった。 魔人の魔法攻撃で、危うくシシリーを失うところだったのだ。 そう思ったら、急に怖くなり思わずシシリーを抱き寄せてしまっ た。 ﹁え? あ、シン君⋮⋮﹂ ﹁怖かった⋮⋮シシリーを失うかもしれないと思った⋮⋮﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ シシリーを、あんなことで失ってしまったら、俺はどうなってし まうんだろう? そう思うと、今、俺の腕の中にある温もりが愛おしくてしょうが なかった。 この温もりは、俺が絶対守り抜くと、そう誓った。 内心でそう誓っていると、その腕の中のシシリーが身じろぎして 1959 いる。 ﹁どうした? シシリー﹂ ﹁あ、あの⋮⋮後ろ⋮⋮﹂ ﹁後ろ?﹂ シシリーの言葉で、後ろを振り返ると⋮⋮。 ﹁こんな大勢の見てる前で⋮⋮スゲエな、お前⋮⋮﹂ 呆れた様子のガランさんと、ニヤニヤしながらこちらを見ている 羊飼いとカーナン軍の混成部隊の皆さんがいた。 ﹁あ⋮⋮﹂ ﹁あぅぅ⋮⋮もう⋮⋮﹂ シシリーが真っ赤になって、顔も上げられなくなっている。 かくいう俺も顔が熱い。相当真っ赤になってるだろうな⋮⋮。 ﹁やれやれ、そういうのは家に帰ってからシッポリと⋮⋮﹂ ガランさんがそこまで言った時だった。 ﹁ん? なんの音だ?﹂ ﹁す、すいませんガランさん! ちょっと盾になってもらっていい ですか?﹂ ﹁お、おお﹂ 無線通信機の着信ベルが辺りに鳴り響いた。 1960 俺とシシリーの両方だ。 ということは、これはオープンチャンネルだ。 誰かからの報告だろうか? 俺とシシリーは、もう一度マントに付与されている光学迷彩を起 動させ、着信に出た。 ﹁もしもし。誰?﹂ ﹃皆さん! マークっス! 急いで⋮⋮急いで戻ってきてください !﹄ ﹃おい、どうしたビーン。他も魔人の被害は出てないんだろう?﹄ オープンチャンネルのため、オーグの声も聞こえる。 ﹃各国には被害がなかったそうっスけど、そっちじゃないっス!﹄ そっちじゃない。 ということは⋮⋮。 ﹃旧帝都から! とんでもない数の災害級の魔物が現れたっス!!﹄ 1961 反撃しました︵後書き︶ 外伝も更新しました。 1962 突貫工事をしました︵前書き︶ 大変お待たせしました⋮⋮ プライベートが超忙しくて、ログインさえできない日々でした。 ようやく落ち着いてきたので更新します。 一ヶ月も空けるとか、今後無いようにしますので、今後ともよろし くお願いいたします。 前回までのあらすじ 各国に魔人が出たので向かったら逃げられた。 代わりに、災害級の魔物が再出現した。 1963 突貫工事をしました ﹁災害級の魔物が現れた!?﹂ オープンチャンネルを通して、マークがとんでもないことを言い 出した。 ﹃そんなバカな! 災害級の魔物は、先ほど私たちが全滅させたで はないか!﹄ オープンチャンネルだからオーグの戸惑う声が聞こえるが、それ も当然だ。 俺が駆けつけた時には、すでに災害級の魔物は残っておらず、魔 人達しかいなかったはずだ。 ﹁どういうことだ!? 旧帝都から出てきた魔物はあれだけじゃな かったのか!?﹂ ﹃分かんないッスよ! とにかく、早く戻ってきてください!﹄ ﹁お、おう! 分かった!﹂ マークが珍しく取り乱している。 それだけの緊急事態が起きてるってことか。 ﹁シシリー! 急いで戻るぞ! ﹁はい!﹂ ﹁ちょっと待ってくれシン! 俺も連れて行ってくれ!﹂ 1964 ﹁ガランさん?﹂ どうしよう。 正直に言えば、ガランさんが災害級の魔物に対抗できるとは思え ない。 下手に連れて行って危険な目に合わせるのも⋮⋮。 ﹁頼む。俺は先日前線から戻ってきたばかりなんだが、入れ替わり で前線に行った奴らに危険が迫っているならジッとなんてしていら れない﹂ そう言われてしまうと、強く反対も出来ないし、今迷っている時 間もない。 ﹁そういうことなら⋮⋮でも、災害級の魔物と戦おうとか思わない でくださいね?﹂ ﹁ああ、身の程は弁えてるつもりだ﹂ ガランさんから災害級の魔物と戦わないという約束を取り付けた 俺は、さっきまでいたアールスハイド陣営にゲートを開いた。 ﹁おお、すげえな⋮⋮交代で戻ってくるのに一週間以上かかったの に、一瞬か⋮⋮よ﹂ 俺たちに続いてゲートをくぐったガランさんが、感嘆の声をあげ ていたのだが、それが段々尻すぼみになっていった。 それはそうだろう。 1965 俺も、ゲートをくぐってすぐに飛び込んできた光景に、言葉を失 ってしまった。 周りを見れば、幾つものゲートが開き、オーグを始めとした皆も 次々とこの場に集結してきているが、皆ゲートを抜けた瞬間に、目 を見開いて呆然としている。 ﹁な、な、なんだ⋮⋮こりゃ⋮⋮﹂ ガランさんが、ようやく声を振り絞るまで、誰も声を上げること ができなかった。 それほどの光景。 ﹁ビーン! ビーンはいるか!?﹂ ﹁はい殿下! こちらです!﹂ ﹁これはどういうことだ!?﹂ こちらも、ようやく意識が復帰したオーグがマークを呼び、状況 の説明を要求する。 ﹁皆さんからの報告が終わった後でした。旧帝都から、災害級の魔 物が現れたのです﹂ ﹁それは分かった。だが⋮⋮これは⋮⋮この数はなんだ!?﹂ 俺たちが絶句してしまった光景。 それは、地平線を埋め尽くすほどの災害級の魔物の群れ。 1966 それが、ゆっくりとこちらに向かってきている光景だった。 ﹁旧帝都を監視していた兵士さんから、また魔物が旧帝都から出て きたという報告を受けたんです。それで自分も遠見の魔法でその様 子を見ていたんですが⋮⋮﹂ そこでマークは言葉を切り、皆を見渡し、続きの言葉を発した。 ﹁確かに旧帝都から災害級と思われる大きさの魔物が現れました。 一体、また一体と⋮⋮際限なく現れ続け、最終的にはこのような状 況に⋮⋮﹂ その時の光景がよほど衝撃的だったのだろう、マークはいまだに 信じられないものを見たような口調で話した。 ﹁なんてことだ⋮⋮まさか、旧帝都全てに災害級の魔物が隠れてい たのか?﹂ ﹁旧帝都全て⋮⋮一体どれほどの数になるのよ⋮⋮?﹂ オーグが、正直に言って一番あって欲しくない可能性を口にした。 大国と言われた旧ブルースフィア帝国。 その帝都は、アールスハイド王国の王都に負けないほどの規模を 持つ。 その全てにあの魔物が潜伏していたとしたら⋮⋮。 マリアが、思わず何体になるのかと口走ってしまうのも無理ない だろう。 1967 ﹁何百⋮⋮いや、何千か?﹂ 俺は、思わずそう呟いた。 災害級の魔物は、そのサイズが大きくなるから災害級と判定され るのであって、総じてデカイ体躯をしている。 それを考慮したとしても、それくらいはいるのではないか? ﹁災害級の魔物が数千⋮⋮はは⋮⋮冗談はよしてくれよ⋮⋮﹂ その俺の呟きを、そばにいたことで聞いてしまったガランさんが、 乾いた笑いをこぼした後、ゆっくりと迫ってくる魔物群れを絶望的 な表情で見ていた。 災害級の魔物と単独で戦えないガランさん達からすれば、まさに 悪夢としか言いようのない光景だろう。 単独で災害級の魔物と戦うことができる俺達としても、悪い冗談 であってほしいと思うほどの光景だ。 ﹁どうするオーグ⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮どうすると言われてもな⋮⋮この数を私達だけで討伐できる と思うか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 正直に言えば、出来ないことはない。 ただし⋮⋮。 1968 ﹁⋮⋮地形が変わってもいいのなら⋮⋮﹂ ﹁よし、どうにかして足止めしよう﹂ 即答で却下しやがったな、おい。 ﹁まさかとは思ったが、本当に出来るとはな⋮⋮﹂ ﹁俺だってできればやりたくないよ。そんなことしたら、今度は俺 が世界の敵認定されるかもしれないじゃん﹂ ﹁⋮⋮お前がようやく自重を覚えてくれて助かったよ﹂ オーグの物言いに引っかかるところはあるけど、俺だってそのく らいは想像がつく。 ただ、そうなると途端に難しくなってくるんだけど⋮⋮。 ﹁でも、オーグどうする? さすがにこの数は俺たちだけじゃ厳し いぜ﹂ ﹁むぅ⋮⋮﹂ ﹁今はかなりゆっくり近付いてきてるけど、そんなに悠長にもして いられないぞ﹂ ﹁分かっている。今考えているのだからちょっと待⋮⋮﹂ ﹁な、なんだこれは!?﹂ オーグの言葉を遮って、突然大きな声が聞こえた。 振り向くとそこには、大勢の軍勢がいて指揮官と思われる男性が 声を出したようだった。 ﹁このタイミングで到着したか⋮⋮﹂ 1969 ﹁え? 何、この軍勢?﹂ ﹁先の災害級の魔物出現の際に、各国から救援部隊を送ったと報告 があったのだが⋮⋮﹂ ﹁そうか、無線通信機を持ってないから⋮⋮﹂ ﹁すでに出立した軍勢に連絡を取る術がなくてな。それがこのタイ ミングで到着したらしいな﹂ ﹁アウグスト殿下! これは一体どういうことですか!? 報告で は数十体であると聞いたのですが﹂ どこの国の指揮官さんかは分からないけど、装備などからお偉い さんだと分かる人がオーグに話しかけてきた。 ﹁我々にも分からん。先に報告した魔物は全て討伐したのだがな⋮ ⋮﹂ ﹁そ、それも凄まじいですが⋮⋮それにしてもこれは⋮⋮﹂ その指揮官さんも、地平線いっぱいに広がり、ゆっくりとこちら に向かってくる魔物の群れに言葉を詰まらせる。 ﹁こんなもの⋮⋮人間に何とかできるのですか?﹂ また別の国の指揮官さんと思われる人が話に参加してきた。 今はまだ遠目にしか見えない災害級の魔物の群れを、各国の指揮 官達は絶望的な気持ちで見つめていた。 その後ろに控えている軍勢も、同じ表情で見つめている。 それにしても、随分とゆっくり近づいてくるな。 1970 こうして遠目に見ていると、まるで動物園かサファリパークにで も迷い込んだ錯覚に⋮⋮。 ﹁そうだ! 檻だ!﹂ ﹁檻?﹂ ﹁そう! あの魔物群れは進行速度が極めて遅い。今なら、あいつ らを隔離するための檻が作れるんじゃないか!?﹂ ﹁そうか! アルティメット・マジシャンズ! 全員集まってくれ !﹂ 俺が思い出したのは、前世での動物園だ。 あそこは、檻や柵を用いて危険な動物が、外に出られないように なっていた。 まだ遠目に見えているこの段階なら、巨大な壁を魔法で作り出し て隔離できるのではないかと考えたのだ。 ﹁皆聞いてくれ。あの魔物どもを壁を作り出して隔離する! シン ! どれくらいの壁を作ればいいと思う?﹂ ﹁そうだな。できれば三十メートルくらいの高さで、厚みは五メー トルは欲しいな﹂ ﹁厚さ五メートル、高さ三十メートルの壁を作る!?﹂ オーグの相談に、大体これくらいでいいかと答えた内容に、ガラ ンさんが声を挟んできた。 災害級の魔物は、背が高くても十メートルあるかないかくらいだ から三十メートルもあれば足りるだろうし、厚さも五メートルもあ れば十分だと思ったんだけど⋮⋮。 1971 ﹁薄くて小さいですか? なら五十メートルの十メートルで⋮⋮﹂ ﹁ち、違う違う! 厚すぎるし、大きすぎるって言ったんだよ!﹂ ﹁ああ、そういうことですか。まあ、薄くて小さい壁で突破される よりいいでしょ?﹂ ﹁そ、それはそうだけどよ⋮⋮﹂ ﹁殿下! どこまで壁作るんですか?﹂ ガランさんが、なんか頭を押さえているが、その間にも壁を作る ための話し合いは続いている。 アリスが、どこまで壁を作ればいいのか聞いてきた。 ﹁できれば、旧帝都も含めて全てを覆いたいが⋮⋮﹂ ﹁それはさすがに無理じゃないですか?﹂ ﹁出来んじゃね?﹂ ﹁え?﹂ オーグはぐるりと旧帝都を囲いたいらしいが、トールは無理だと 思っているらしい。 なので、それができそうな俺が一応声をかけておいた。 ﹁旧帝都の向こうからここに向かって壁を作りながら飛んでくるわ。 そうしたら、魔人はともかく魔物は出てこれなくなるだろ?﹂ ﹁そんなこと出来⋮⋮るか、お前なら﹂ オーグが一瞬否定の言葉を言いかけるが、すぐに思い直したらし い。 1972 気心の知れた友人というのはありがたいね。 ﹁⋮⋮お前が何を考えているかは、容易に想像がつくがな。お前の 力の規格外さをよく知っているだけだからな﹂ ﹁そこは嘘でも信頼してるとか言っとこうよ!﹂ ﹁すまん。嘘の言えん質でな﹂ ﹁絶対それが嘘だ!﹂ 肩をすくめて、やれやれといったポーズでため息を吐くオーグと 苦笑いしている面々。 くそう、信頼からの言葉じゃなかったのか。 ﹁まあ、お前の異常さはある意味信頼している。だから、頼んだぞ﹂ ﹁⋮⋮どうにも言葉の端々に悪意が感じられるけど、まあいいや。 じゃあ、俺は旧帝都の向こうから壁を作ってくるから、皆はこの真 正面の壁の作成を頼むな﹂ ﹁オッケー! 任しといて!﹂ 皆を代表してアリスが親指を立てながら答えた。 ﹁シン君﹂ すると、元気に返事をしたアリスの脇から、シシリーが歩み出て、 俺に声をかけてきた。 ﹁一人で行くんですか?﹂ ﹁ああ。皆には、ここの壁を作ってもらいたいから、少しでも人数 がいて欲しいんだ﹂ ﹁そう、ですか⋮⋮そうですよね。分かりました。私達も全力で壁 1973 を作ります。でも⋮⋮﹂ 俺が一人で壁を作りに行くことに納得してくれたシシリーが、俺 にそっと寄り添ってきた。 ﹁旧帝都には、魔人達の王様がいるんです。どうか⋮⋮どうか気を 付けて﹂ ﹁大丈夫だよ。旧帝都の真上を飛んで行くわけじゃない。迂回して いくからさ、だから⋮⋮﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ 誰も俺のことを心配してくれない中で、シシリーだけが俺のこと を真剣に心配してくれていた。 そのことが嬉しくて、寄り添っていたシシリーをギュッと抱きし めてしまったのはしょうがないだろう。 ﹁シシリー達も、頑丈な壁を作ってくれな﹂ ﹁シン君⋮⋮はい! 頑張ります!﹂ そう言って、シシリーと見詰め合っていると⋮⋮。 ﹁す、凄いわね⋮⋮こんな大勢いる前でそんな真似できるなんて⋮ ⋮﹂ マリアの声でハッと気がつくと、さっきまで絶望の表情をしてい た兵士達が、生温かい目でこちらを見ていることに気がついた。 ﹁⋮⋮まあ、いっか。今更だな﹂ ﹁あうぅ⋮⋮﹂ 1974 もう何度目だ? いい加減慣れてきたわ。 そもそも正式に婚約披露パーティまでやったんだ。公衆の面前で いちゃいちゃしたっていいだろうが! ﹁時と場所を考えろ! この馬鹿者が!﹂ ﹁おっと。それじゃあ行ってくるな﹂ ﹁あうっ﹂ オーグの、文字通りの雷が落ちそうだったので、シシリーのおで こにチュッとキスをして、浮遊魔法で浮かび上がった。 小言を言われる前に現場に向かいますかね。 眼下を見ると、腰に手を当てて呆れ顔のオーグと、首まで真っ赤 になり、茹で蛸になっているシシリーが見えた。 ﹁そんじゃ、行ってくるわ﹂ 地上にいる皆に声をかけて、俺は飛行魔法で壁を作るスタート地 点まで飛び立った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1975 ﹁まったくアイツは⋮⋮緊張感とか持ち合わせていないのか?﹂ ﹁まあ、シン殿ですからねえ⋮⋮﹂ 災害級の魔物が地平線を埋め尽くすほどの数で現れ、それがゆっ くりとはいえこちらに向かってきている。 この世の終わりとも言えるほどの光景が目の前に広がっているに も関わらず、いつもの軽い調子で飛んで行ったシンを見ながら、オ ーグは呆れのため息を、トールは苦笑いを浮かべていた。 各国の指揮官達にとっては、魔物側の光景も信じられないが、味 方であるはずのシン達の行動も理解できない。 ﹁で、殿下⋮⋮何をおふざけになっているのですか? こんな、こ んな非常時に﹂ ﹁そ、そうですとも! それに、先ほどの魔王殿の発言、そんな壁 などすぐにできるのですか!?﹂ 各国の指揮官達の苦言ももっともである。 災害級の魔物の異常発生とその侵攻。 明らかな世界滅亡の危機を前に、友人同士でふざけあっている。 1976 そんな風にしか見えなかった。 ﹁ふむ。確かにそうだな。それでは早速始めるか。お前達、何メー トルくらいいけそうだ?﹂ ﹁私は、一度に十メートルくらいですかね﹂ ﹁あたしは五メートルくらいかなあ⋮⋮土の魔法ってちょっと苦手 なんだよね﹂ ﹁私も﹂ オーグの問いかけに、マリアは十メートルはいけると言い、アリ スとリンは五メートルくらいだと言う。 ﹁自分、普段の鍛冶で土系の魔法を結構使ってますから、十五メー トルくらいはいけると思います﹂ そんな中、普段、鍛冶や彫刻で土をいじることの多いマークが、 最長の数字を言った。 その言葉に困惑を隠せないのが各国指揮官達だ。 ﹁五メートルとか、十メートルとか⋮⋮一体何の話ですか?﹂ ﹁まあ、見ていれはわかるさ。じゃあ、今申告があった間隔を空け て配置につけ﹂ ﹃はい!﹄ 指揮官の質問に返事を濁したアウグストは、皆に配置につくよう に指示をすると、最後に一言付け足した。 ﹁壁の向こう側はどうなっても構わん! むしろ深く掘り下げれば それが障害になる! 思いっきりいけ!!﹂ 1977 ﹃了解!!﹄ アウグストの号令に一斉に返答するアルティメット・マジシャン ズ。 すると、各国の魔法師団では感じたことがないほどの膨大な魔力 が彼・彼女達の周りに集まり始めた。 ﹁こ、これは!?﹂ ﹁なんという膨大な魔力だ⋮⋮﹂ ﹁これがアルティメット・マジシャンズ⋮⋮﹂ 驚愕し、呆然とする魔法使い達。 そんな彼らを尻目に、アルティメット・マジシャンズ達は、先ほ どシンが言っていた数値を思い浮かべる。 縦三十メートル、厚さ五メートル、幅は⋮⋮できる限り。 イメージを完成させた彼らは、一斉に地面に手をつき、魔法を起 動した。 その途端⋮⋮。 ﹁うお!?﹂ ﹁じ、地震!?﹂ ﹁あ、あれを!!﹂ 突如揺れだした地面。 1978 その直後に、まるで地面から生えるように土魔法でできた壁がそ そり立った。 先ほど、厚く大きすぎると言ったサイズの土壁。 そのサイズの壁が、一瞬で出来上がっていく。 そして、その幅には個人差があることに気がついた。 ﹁そうか⋮⋮先ほどの申告は、一度にどれだけの幅の壁ができるか の申告だったのか⋮⋮﹂ ﹁そういうことだ。今ならまだ確認できるから、壁の向こう側を見 てみろ﹂ 色々納得した指揮官達に、魔法を行使し終わったアウグストが声 をかける。 すると、その言葉が気になったのか、指揮官達は壁の向こう側に 走って行った。 ﹁あ、気をつけろ。その向こうは崖になってるぞ﹂ 先ほどまで平坦な平原であったそこを指して崖になっているとい うアウグスト。 その言葉に疑問を持った指揮官達は走る速度を緩めた。 その結果⋮⋮。 ﹁う、うおっ!﹂ 1979 ﹁こ、これは!﹂ ﹁すごい⋮⋮﹂ このそそり立つ壁を作るための材料になった土は、壁向こうの地 面から調達した。 その結果、壁の前にとても深い堀ができていたのだった。 ﹁だから、気をつけろと言っただろ?﹂ その言葉に疑問を持たなかったら、危うく崖下に転落していると ころであった。 その事実に冷や汗をかいていた各国指揮官達は先ほどのアウグス ト達の態度にもようやく納得がいった。 ﹁これほどの魔法を行使できるのであれば⋮⋮先ほどの余裕も頷け ますな﹂ ﹁本当に⋮⋮まるで夢でも見ている気分です﹂ 指揮官達の後ろから見ていた兵士達も、その成果が信じられない のかどよめきが起きている。 しかし、そんな賛辞を送られているアウグスト達は極めて冷静だ。 ﹁まあ、褒めてもらえるのは嬉しいのだがな﹂ ﹁え?﹂ そう言って、苦笑するアウグスト。 1980 そんなアウグストに不思議そうな顔を向ける指揮官達。 ﹁そうですね、正直、シン殿ならどういうことになっていたのかと 考えると、そう素直に喜べな⋮⋮﹂ シンと比べたらどうなのか? そんな思いがある以上、アルティメット・マジシャンズの面々は 魔法を誇る気にはなれない。 そんなことをトールが言おうとした矢先に、遥か遠くに土煙が上 がった。 そしてその土煙は、横に凄まじい勢いでスライドしていき、旧帝 都と魔物の群れを囲うように動いていた。 ﹁あれは、まさか⋮⋮﹂ 嫌な予感がしたアウグストは、遠見の魔法を使ってその土煙の正 体を探ると⋮⋮。 ﹁やっぱりか⋮⋮﹂ 土魔法によって巨大な壁を作成しながら、飛行魔法によって地面 スレスレを飛んでいるシンを見つけた。 自分達が五メートルや十メートルの壁を作るのに、割と苦労して いるというのに、シンのあれはなんだ? 一度に、一体何十メートルの壁を作っているのか。 1981 そして、それをどれだけ連続で行使しているのか。 アウグスト達は、やはり呆れ顔になり、指揮官達は、顎が外れん ばかりに大口を開けて驚愕していた。 ﹁私達も負けずに壁を作り続けるぞ! ほらお前達! そんなとこ ろにいると壁の内側に取り残されるぞ! 早く避難しろ!﹂ 揃って驚愕していた各国指揮官達やガランは、アウグストのその 言葉に、災害級の魔物がひしめく壁の内側に取り残される未来を想 像し、大慌てで退避した。 ﹁シンにばかり負担を掛けさせるな! 私達もできる限り壁を作る んだ!﹂ そのアウグストの言葉に、皆が再度壁を作り始めた。 高速移動で巨大な壁を作っていたシンが、突如その作成をやめ、 魔物の群れとアウグスト達の間を横切っていった。 そして、ある程度のところまで辿り着くと、今度は旧帝都方面に 向かって壁を作り出した。 ︵あとは任せたということか︶ 全部をシンが一人でするのではなく、アウグスト達にも仕事をさ せる。 そうすれば、この成果は皆のものになる。 1982 恐らくシンはそう判断したのだろうとアウグストは察した。 ﹁まったく⋮⋮世間知らずのくせに、妙な所で気がつくなアイツは﹂ ﹁不思議な人ですね。相変わらず﹂ ﹁まったくだ﹂ シンのお陰でなんとかなりそうだ。 そう思ったアウグストの口から笑みが溢れた。 ﹁さあ、あと少しだ。しっかりやるぞ!﹂ ﹁はい!﹂ こうして、シンが途中まで作っていた壁とアウグスト達が作って いった壁が繋がり、旧帝都を完全に包囲する壁が完成したのであっ た。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1983 旧帝都を完全に包囲する形で、デカイ壁を作ることができた。 これでしばらくは時間を稼げるだろう。 その間に、対策を練ることもできるだろう。 もちろん、最終的な目標は、魔物の根絶だけど、その方法なども 話し合わなくちゃいけないし、ついにシュトローム側の魔人も出て きた。 正直、足止めがこれだけっていうのも不安がある。 そんな思いを抱きながら、俺はオーグ達の元まで戻ってきた。 飛行魔法を解除し、地面に降り立った俺を出迎えたのは、各国軍 兵士達の大歓声だった。 ﹁凄かったぞ! 魔王!﹂ ﹁いや! これはもう魔王様と呼ぶべきだろう!﹂ なんだと!? 魔王だけでも大概なのに、さらに様付けだと!? ﹁魔王様! なんだ!? 妙にしっくりきやがるぜ!﹂ ﹁魔王様! 魔王様!﹂ 突如起こった魔王様コールに俺は呆然としてしまった。 ⋮⋮俺達は、一体いつから魔王軍になったのだろうか⋮⋮? 1984 そんな呆然としている俺の元にシシリーと、ついでにオーグもや ってきた。 ﹁シン君! 凄かったです!﹂ ﹁まったくな⋮⋮なんだあれは? 正直、怪奇現象にしか見えなか ったぞ?﹂ ﹁怪奇現象って⋮⋮魔物の群れが到着する前に包囲しなきゃいけな かったからな。急いでやったらあんな形になった﹂ ﹁まったく、やっぱり自重は知らなかったか﹂ ﹁あれ? あれはダメだったか?﹂ 派手な攻撃魔法は使ってないし、兵士さん達にも受け入れられて いるから大丈夫だと思ってた。 ﹁あれは、あまりの超常現象に理解が追いついていないだけだ。一 種の現実逃避だな﹂ 現実逃避って⋮⋮と、オーグとそんなやり取りをしていると、指 揮官さん達も集まってきた。 ﹁いやはや、さすがは魔法使いの王、魔王と呼ばれるだけはありま すな﹂ ﹁本当に。アウグスト殿下方の魔法も凄まじいと思いましたが、こ れはちょっと⋮⋮﹂ ﹁桁が違うだろう?﹂ 言葉を濁した指揮官さんのセリフの後を、オーグが引き継いだ。 言いにくいことをズバッと言ったオーグに、指揮官さん達は目を 丸くしている。 1985 ﹁何をそんなに驚いている? シンと私達の間に途轍もなく大きい 実力の差があることは、私達が一番知っているんだぞ?﹂ 事も無げにそういうオーグに、またしても指揮官さん達は驚きの 表情をする。 それはそうかも。オーグって、忘れがちだけど王族だ。 王族の人間が他の人間より劣っているなど、面と向かって口には できない。 それを自分の口で言うことなど、本当ならありえないことなんだ ろう。 ﹁実力差がありすぎると、別に悔しくもなんともないからな。気に するな﹂ ﹁それはそうとオーグ、これから⋮⋮﹂ そういうオーグに、これからのことを尋ねようとした時だった。 ﹃フッフフ、アハハハ! アハハハハハ!!﹄ 拡声魔法だろう。 突貫で作り上げた壁の前にいる、俺達全員に聞こえるように、突 1986 如楽しげな笑い声が響き渡った。 ﹃いやはや、相変わらず、とんでもないことをしでかしますね﹄ そして、その声には聞き覚えがあった。 ﹁オーグ! これは!﹂ ﹁分かっている!﹂ ﹃フフ、久しぶりですねえ。アウグスト殿下、シン=ウォルフォー ド君﹄ ﹁貴様! シュトローム!!﹂ そう、魔人どもの首魁。オリバー=シュトロームの声だった。 1987 ふざけた提案に乗せられました 突如響き渡ったシュトロームの哄笑。 その声を聞いたことがある俺達はすぐにシュトロームだと分かっ たが、この場にいるほとんどの人間が初めてその声を聞いたようで。 ﹁お、おいシン。シュトロームって⋮⋮﹂ ﹁ガランさんは初めてでしたか。この声の持ち主が魔人達の首魁、 オリバー=シュトロームです﹂ ﹁マ、マジかよ⋮⋮!﹂ ガランさんの質問に答えたことによって、各国の指揮官の間に緊 張が走った。 それはそうだろう。 なんせ魔人の首魁ということは、自分達が敵対している勢力のト ップ。 いわばラスボスだ。 強制的に魔物を生み出し、人間すら魔人に変えてしまう。 そんな存在が、突如としてこの場に、声だけとはいえ現れたのだ。 恐怖を感じないわけがない。 恐怖と困惑が広がる中、拡声魔法によってシュトロームの声が再 1988 度響いた。 ﹃いやはや、魔物をけしかけたらどんな反応をするのかと思ったら ⋮⋮とんでもないことしますね、シン=ウォルフォード君?﹄ 魔物をけしかけたらって⋮⋮遊び半分でこんなことをしでかした のかよ! ﹁相変わらず、ふざけた野郎だな!﹂ ﹁落ち着けシン。奴がわざわざ出てきたんだ、何か思惑でもあるの かもしれん﹂ シュトロームのふざけた行動に怒りを抑えられず、思わず声を荒 げてしまったが、オーグに宥められた。 オーグも内心では相当怒っているのが分かるが、今まで行動がよ く把握できていなかった魔人達の今後の動向を図ることができるか もしれない。 そう判断したのだろう、シュトロームが次の言葉を発するのを待 っている。 怒りを抑えて、冷静に敵の動向を探ろうとするオーグの姿に、俺 も少し落ち着き、シュトロームの言葉を聞くことにした。 ﹃さて、これで私達の周りが全て壁に覆われてしまって、隔離され てしまいましたね﹄ ひとまず現状を確認していくシュトローム。 1989 確かに、大量の災害級の魔物を外に出さないために急遽壁を建設 したけど、結果的にはシュトローム達魔人を隔離した形になる訳だ。 ﹃この地を囲う壁の中は、災害級の魔物達がひしめき合ってとても 楽しい状況になってますねえ﹄ そういえば、まだ壁の上から囲いの中を確認していないけれど、 一体中はどうなっているんだろう? 壁の材料としたことで、壁の前には深い堀ができているから壁に は近寄れないはずだけど。 ﹃フフ、この壁が決壊したら⋮⋮どうなるんでしょうねえ?﹄ ﹁なっ!? 壁を壊す気か!?﹂ 不吉なことを口走るシュトロームに対し、過剰に反応する指揮官 の一人。 しかし、俺にとってそれは想定の範囲内だ。 シュトロームは当然、壁を崩すことを考えるだろうし、それを簡 単に行える力も持っている。 しかし、他の人達にとっては予想外のことだったらしく、この場 に集まっている各国軍に動揺が広がっていく。 ﹃おや? ウォルフォード君は意外な顔をしませんね? 予想して ましたか?﹄ ﹁ああ。そう考えて当然だろ?﹂ 1990 俺達⋮⋮といか直接戦ったことがある俺は、シュトロームを過小 評価などしない。 こんな壁など、苦もなく破壊することができるに決まっている。 今さら驚くようなことじゃない。 それでも壁を作ったのは、この事態を打開するために、協議をす る時間が少しでも欲しかったからだ。 俺は腕を組み、シュトロームの考えなど全てお見通しだと言わん ばかりに返答した。 ﹃さて、今日皆さんに声をかけたのは、一つ提案があるからです﹄ ﹁⋮⋮﹂ やっべ、俺の声シュトロームに届いてないわ。 恐らく、遠見の魔法でこちらを見て、拡声魔法で俺に声をかけて きたと思われるのに、拡声魔法を使わずに普通に返答してしまった。 キメ顔で返答したら、実は相手に聞こえてなかったという、非常 に恥ずかしいことをしてしまった俺は、腕を組んだまま顔を赤くし ていた。 隣では、オーグが必死に奥歯を噛み締め、険しい顔をして笑わな いように苦労している。 他の皆は堪えきれずに俯いたり、口を手で覆ったりしている。 1991 俺の声は周りにいた人間にしか聞こえていないため、指揮官達の 目には別の意味で捉えたらしい。 ﹁アウグスト殿下があんなにお怒りになってらっしゃる⋮⋮﹂ ﹁アルティメット・マジシャンズの方々があんな反応をするとは⋮ ⋮一体何を吹っ掛けてくるのだ?﹂ 敵のボスが現れ、今まさに宣戦布告をされるかもしれない状況で、 絶対に笑ってはいけない。 その為に険しい顔をしているのに、俺達がシュトロームの要求に 怒ったり恐怖を感じたりしていると思ったらしい。 やばいな。これ、皆の士気の低下につながらないか? そんな危機感を抱いていると、シュトロームがその提案とやらを 話し始めた。 ﹃実はですね、私はこの度ある決意をしたのです﹄ 決意? ﹁決意か⋮⋮この状況を見るに、ついに世界征服でも決意したか?﹂ シュトロームの言葉に意識が向き、ようやく落ち着きを取り戻し たオーグがそう呟く。 この状況での決意表明だ。そう考えて当然だろう。 周りの人達もそれを予想したのか険しい顔になっている。 1992 だが、次に発したシュトロームの言葉は、俺達の予想を上回って いた。 ・・・ ﹃世界を滅ぼす決意をね﹄ ⋮⋮。 その言葉を聞いた瞬間、俺達の時が止まった。 今⋮⋮シュトロームはなんと言った? 世界を⋮⋮滅ぼす!? ﹃な!? 馬鹿な! そんなことをして何になると言うのだ!?﹄ オーグが思わず拡声魔法を起動し、シュトロームに届くように大 声で叫んだ。 ﹃おや、これはこれは、アウグスト殿下ではありませんか。ご機嫌 麗しゅう﹄ ﹃そんなふざけた挨拶に付き合っている暇はない! 貴様、今なん と言った!? 世界を﹃征服﹄するのではなく﹃滅ぼす﹄だと!? そんなことをして何になる!?﹄ シュトロームの空気を読まない挨拶にオーグが苛立ち、先程の発 言の真意を聞き出そうとする。 そもそも、魔物や魔人を大量に生み出しているのは、シュトロー ムの仲間を増やすための行動じゃないのか? 1993 そうやって増やした仲間との居場所を作るために、世界を﹃征服﹄ しようと考えるようがよっぽど自然に思える。 ところがシュトロームは、事もあろうにこの世界を﹃滅ぼす﹄と 言いやがった。 一体何を考えているのか? 俺達人間によほどの恨みでも持って いるのだろうか? シュトロームの真意を測りかねていると、シュトロームは実にあ っさりとその心情を吐露した。 ﹃何にもなりませんよ?﹄ ﹃な⋮⋮は?﹄ あまりにもあっさりと断言されたため、一瞬惚けるオーグ。 そんなオーグを気にもとめず、言葉を続けていくシュトローム。 ﹃別に、世界を滅ぼしたくて滅ぼそうというのではないのですよ﹄ ﹃い⋮⋮意味がわからん⋮⋮﹄ ﹃意味などないですからねえ⋮⋮この世界が存続していく意味も﹄ ﹃な、何を言っている!?﹄ 益々意味が分からなくなっていく。 滅ぼすことに意味はないけど滅ぼす? 何だよ? その禅問答みたいな答えは!? 1994 それに、世界が存続していく意味がないってどういうことだ? ﹃さて。私の言葉をどのように解釈するかはあなた方の勝手ですが ね。私が、世界を滅ぼす決意を固めた。そのことだけ理解しておけ ばいいんじゃないですか?﹄ あまりにも身勝手な言い分。 自分が滅ぼしたいから、世界を滅ぼす。 理由は意味不明。 それを聞いている皆も、恐怖より困惑の方が強くなっている。 しかしシュトロームは、困惑している俺達のことなど全く気にも 止めずに話を進めていく。 ﹃さて、世界を滅ぼすと決めたのはいいのですが、このまま私が各 国に攻めて行っても面白くないんですよねえ﹄ ﹃お、面白くない⋮⋮だと!﹄ 世界を滅ぼすための行動を、面白いとか面白くないとかで決めよ うってのか!? やっぱり魔人ってのは狂ってやがる! ﹃そこで、一ヶ月﹄ ﹃は?﹄ ﹃一ヶ月の猶予をあげます。その間に戦力を増強させ、一ヶ月後に 1995 このウォルフォード君が作った囲いの中で雌雄を決しようではあり ませんか﹄ 俺たちが魔人の、シュトロームの異常さに憤っていると、シュト ロームがそんな提案をしてきた。 軽い気持ちで、それはまるで⋮⋮。 ﹃⋮⋮まるでゲームでもするみたいな言い振りだな?﹄ オーグが言ったことが皆の気持ちだろう。 シュトロームの言葉は、まるで皆でゲームでもしようと言ってい るかのようであった。 ﹃その通りですね。これはゲームです﹄ ﹃なっ!﹄ ﹃フフフ、精々楽しませて下さいねえ。いい加減、私も今の現状に 退屈してきていますので。それでは一ヶ月後、楽しみにしています よ﹄ ﹃お、おい! そんなこと、我々が承諾するとでも思っているのか !?﹄ ﹃承諾いただけなかった場合は⋮⋮そうですね、各国を順番に殲滅 していくことになりますねえ﹄ ﹃き、貴様!!﹄ ゲームに参加しなかった場合、シュトロームは各国に攻め入ると 宣言した。 これで、俺達に選択の余地はなくなった。 1996 一ヶ月後、この災害級の魔物がひしめく囲いの中に攻め入り雌雄 を決するというゲームへの強制参加が決定してしまった。 ﹃それではみなさん、ご機嫌よう﹄ ﹃待て! シュトローム!! まだ話は終わっていない! おい! !﹄ 別れの挨拶を済ませたシュトロームが、その後オーグの問いかけ に答えることはなかった。 正直、最悪の展開だぞ、これ。 できれば、日和見の魔人達とは関わらずに、共存とはいかないま でも不干渉の関係を築きたかった。 それが魔人側からの一方的な宣戦布告と共に、全面戦争に移行す ることになってしまった。 それが回避できなかったことが痛恨だったのだろう、オーグが険 しい顔をして天を仰いでいた。 ﹁オーグ⋮⋮とりあえず王都に戻ろう。このことを報告しないと⋮ ⋮﹂ ﹁⋮⋮そうだな⋮⋮それに、各国にも報告が必要だな⋮⋮﹂ この事態を避けたかったオーグは、思惑が外れてしまったことに 落胆を隠せていない。 それでも、この場には各国の指揮官たちが集まり、先ほどの推移 1997 を全員で見てしまっている。 隠蔽することなどできない。 ﹁早急に首脳会議が必要だ。それに、一ヶ月後に対する備えもな﹂ さっきまで落ち込んでいたオーグだったが、すぐに気を引き締め 直したのか、各国の指揮官達に今後についてどうするかを伝達した。 指揮官達だけでなく、各国の兵士達も驚愕と絶望から皆青い顔を している。 後一歩で世界に平穏を取り戻せると思っていたところで、一転し て滅亡の危機だ。 こんなはずじゃないという思い。 相手が、災害級の魔物と今までより強い魔人。 いくらアルティメット・マジシャンズが人類の枠を逸脱しかけて いると言っても、総勢は十二人だ。 数百か数千かの災害級の魔物と、そのアルティメット・マジシャ ンズですら苦戦した魔人が相手となると⋮⋮人類の未来に絶望しか 感じられないんだろう。 本当に⋮⋮どうしようか⋮⋮? ﹁でも⋮⋮なんで急にこんな提案をしてきたんでしょう?﹂ 1998 今後のことについて頭を悩ませていると、根本的なところが気に なったのか、シシリーがその疑問を口にした。 ﹁私達と彼らから分裂した魔人達が戦っている時でも、全く手を出 してこなかったのに⋮⋮なんで急にこんな⋮⋮﹂ シシリーが、そう思わず口にしてしまうほどの急展開だ。 もし最初から世界を滅ぼすつもりなのであれば、世界を征服した がっていたあの魔人達と袂を別つこともなかっただろうし、放置も しなかっただろう。 それが、なぜ急に? ﹁⋮⋮人間を辞めた者の考えなどわからんがな⋮⋮﹂ しばらく考えた後、オーグがおもむろに口を開いた。 ﹁案外、何か世界に絶望するような出来事でもあったのかもしれん な﹂ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1999 ﹁ゼスト隊長﹂ シュトロームが人類に対して宣戦布告をした後、それを聞いてい た魔人の一人が、元諜報部隊の隊長であったゼストに声をかけた。 ﹁何だ?﹂ ﹁は。あの、私達はシュトローム様に魔人にして頂いた、いわば駒 ですからその決定には従います。ですが⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮なぜ、急にこんなことを言い出したか⋮⋮か?﹂ ﹁はい﹂ シュトロームの宣言は、ゼストのような側近以外の魔人にとって も予想外だったようで、その真意を測れずにいた。 そして思いきってゼストに聞いてみたのだ。 しばらく考えていたゼストは、小さく息を吐き出し、その魔人に 答えた。 ﹁シュトローム様がとある実験をしていたのは知っているか?﹂ ﹁実験⋮⋮ですか? それは、動物を魔物化し、さらに災害級にま で強制的に至らせるというあの⋮⋮﹂ ﹁それも実験なのだがな。そうではない。我々の⋮⋮今後に関わる 実験だ﹂ 2000 その魔人にとって、ゼストの言葉は初耳だった。 シュトロームが、アールスハイドに潜伏していた頃から、生物を 強制的に魔物にする実験をしていたのは知っていた。 そしてそれがさらに発展し、災害級にまで強制的に至らせるとい う実験にシフトしていることも。 しかしこの実験は、特にこれといって今後の展開も目的も持たな い、いわばシュトロームの趣味みたいなものであることを、その魔 人は知らなかった。 まさか、その裏で別の実験が行われていようとは。 ﹁それで、その実験がどうしたのですか?﹂ ﹁ああ⋮⋮その実験の結果がな⋮⋮﹂ そこまで言ったゼストは、数日前にシュトロームから聞いた実験 の結果について思い出していた。 ミリアからある実験が提案され、それが実行されていた。 そしてついに、その結果が出たと、ゼストはシュトロームから聞 かされた。 2001 その実験の内容を知っているゼストは、その実験の成否に今後の 魔人の未来がかかっていると知っていた。 なので、緊張した面持ちで、シュトロームの言葉を待った。 ﹁実験は⋮⋮﹂ そしてついに、シュトロームの口から、実験の結果が告げられた。 ﹁失敗です﹂ シュトロームの言葉を聞いたゼストは、呆然としていた。 しばらくそうしていたゼストだが、シュトロームの言葉に込めら れた意味を理解したゼストは思わず叫んだ。 ﹁それでは! それでは我々魔人の行く末は!!﹂ ﹁絶望。それしかありませんねえ﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮﹂ 魔人の未来をかけた実験は失敗に終わった。 その結果を受けて、シュトロームは魔人の未来に絶望しかないと 言い切った。 2002 その言葉は、魔人の未来だけでなく、ゼストにも絶望を与えた。 そんな落ち込んでいるゼストに慰めの言葉を掛ける素振りもなく、 シュトロームは言葉を続ける。 ﹁この実験が失敗したとなると、我々はなぜ存在しているんですか ねえ?﹂ ﹁なぜ⋮⋮ですか?﹂ シュトロームの質問の意味がゼストには分からない。 考え込むゼストに、シュトロームは答えていく。 ﹁この世界にとって、我々は害悪でしかありません﹂ ﹁そっ! そんなことは!﹂ ないと、ゼストは否定したかった。 自分達の存在は害悪。 そんな言葉を肯定したくなどなかった。 しかし、今回の実験の結果がシュトロームの言葉を肯定してしま っている。 世界の害悪という言葉を否定しきれないゼストを見ながら、シュ トロームは言葉を続ける。 ﹁我々が存在することに意味がない世界。そんなもの、必要ありま 2003 すか?﹂ その言葉を聞いたゼストは理解した。 シュトロームは世界を滅ぼす気だ。 自分達の存在を許容しない世界など、存続していても意味がない と判断したのだと。 そうなると、シュトロームが次に取る行動は⋮⋮。 ﹁世界の征服⋮⋮いえ⋮⋮破滅ですか?﹂ ﹁フフフ、さすがゼスト君。察しがいいですねえ﹂ そう楽しげに答えるシュトロームを見ながら、ゼストはもう一言、 言いかけた言葉を呑み込んだ。 それは⋮⋮。 ︵もしくは⋮⋮ご自身の破滅を⋮⋮望んでおられるのでしょうか?︶ 2004 約束してもらいました シュトロームから、世界の命運を賭けたゲームへの参加を半ば強 制的に承諾させられた俺達は、各国の兵士達を数名見張りに残し、 それ以外の兵士達はゲートで国へ帰した。 旧帝都を含む一帯を巨大な塀で囲ってしまったし、シュトローム はこの事態を楽しんでいるように見えることから、壁を破って攻め てくることはないだろうという判断が下されたからだ。 兵士達を国へ送り返した俺達は、ガランさんや各国の指揮官達と 共に、アールスハイドの王都に戻ってきた。 首脳会議の前に、ひとまずあの現場にいた指揮官達と協議をする ためだ。 もっとも協議と言っても、指定された期限である一ヶ月の間に、 どうやって戦力を増強させるかって話なんだろうけど⋮⋮。 一ヶ月という、そんな短い間になんとかなるもんなのか? そんな絶望的ともいえる状況であるため、会議室に向かって王城 の廊下を歩いている皆の表情は、一様に暗かった。 ⋮⋮こうなったら、皆からどんな目で見られてもいいから、俺が 全力で⋮⋮。 ﹁すまなかったな、シン﹂ 2005 どうしようもない状況で、俺が最後の手段を考えていると、オー グから唐突に謝られた。 ﹁なに謝ってんだ?﹂ ﹁お前が作った馬車の初乗りを、私達が奪ってしまったことだ﹂ ああ、そのことか。 聞けば相当な緊急事態だったみたいだし、そのことでとやかく言 うつもりなんかない。 ﹁そんなことで謝んなよ。緊急事態だったんだから仕方ないだろ。 ああ、でも⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮なんだ? やはり、何か気になることでもあったか?﹂ オーグに謝罪されたが、緊急時にそんなこと言う程狭量じゃない つもりだ。 でも、一つだけ心残りがあるんだよな。 ﹁いや⋮⋮初めて皆があの馬車に乗った時の驚く顔が見れなかった のが残念だなあと⋮⋮﹂ そう言ったら、オーグから白い目で見られた。 ﹁⋮⋮ああ、十分驚いたさ⋮⋮なんなのだ、あの馬車は? 揺れな いのとスピードが出ることは聞いていたが⋮⋮﹂ ﹁温度は快適ですし、なんか冷蔵庫もありましたよ?﹂ ﹁室内も明るかったね!﹂ 2006 オーグに、サスペンションとパワーアシストのことは教えてたけ ど、それ以外は思い付くままに作ったからなあ。 トールがエアコンと冷蔵庫のことを、アリスが照明に気が付いた ようだ。 ﹁お前、あの馬車に一体いくつの魔石を使っているのだ?﹂ ﹁えーっと⋮⋮いくつだったかな?﹂ ﹁はあ⋮⋮売りに出したら、一体どれ程の値が付くのか想像もでき んな﹂ 取り付けた魔石の数を指折り数えていると、オーグが溜め息と共 にそんなことを言った。 ﹁安心しろ、売らないから﹂ ﹁当たり前だ! 既存の馬車業者から仕事を奪わないというから、 サスペンションとベアリングを黙認しているというのに、あんな物 を売り出したらいくつの業者が倒産するか分からんわ!﹂ ﹁いや、だから自分用の馬車に付けたんじゃん﹂ ﹁まったく⋮⋮お前という奴は⋮⋮照明と冷蔵庫、それに温度調節 か、それ以外は付けてないだろうな?﹂ 失業者を出す訳にはいかないから自分用の馬車に付けたというの に、オーグから怒られた。 なぜだ? そして、他に付与しているものがないか確認されたけど⋮⋮。 2007 ﹁⋮⋮ああ、そういえば⋮⋮﹂ ﹁なんだ!? なにを付けた!?﹂ 色々と思い出していると、今回の目玉というべき物を付与してい たことを思い出した。 すると、それに異常にオーグが食いつく。 ﹁浮遊まほ⋮⋮﹂ ﹁おまっ⋮⋮!﹂ ﹁着きましたよ、二人とも﹂ 馬車が轍にはまった時なんかの脱出用に付与した浮遊魔法のこと を話そうとしたら、オーグが食い気味に突っ込んできた。 けど、丁度会議室に着いたところだったので、トールからストッ プがかかった。 ﹁⋮⋮仕方がない。シン、そのことについては後程じっくりと話を 聞かせて貰うぞ?﹂ ﹁ええ? 緊急用だぜ?﹂ ﹁本当か? 後で必ず確認するからな﹂ 今は追求より、報告と協議の方を優先したんだろうけど、後で必 ず確認すると、オーグから怖い目で見られた。 だから、緊急脱出用だってば。 今のところは⋮⋮。 2008 会議室の前に立っていた兵士さんが、中にいる人達に声をかけ、 了承が出たので扉を開ける。 中にいたのは、ディスおじさんとドミニク軍務局長、それにルー パー魔法師団長だった。 ﹁戻ったかアウグスト。通信兵から先んじて状況報告は受けている が⋮⋮大変なことになったな﹂ ﹁はい。一ヶ月後、お互いの存亡を賭けたゲームへ強制参加させら れてしまいました。このような事態を回避できず申し訳ありません﹂ 俺達が報告するまでもなく、すでにディスおじさんに報告は入っ ていたみたいだ。 使い始めて大分経つから、アールスハイドは通信機の運用に大分 慣れてきてるな。 ディスおじさんからすでに報告を受けている旨を伝えられると、 オーグはこの事態を防げなかったことを詫びた。 ﹁謝罪は無用だ。シュトロームからの一方的な話だったと聞いてい る。それよりも、この事態をどうするかだが⋮⋮﹂ オーグの謝罪を許したディスおじさんが、今後のことについてど うするべきかと頭を悩ませている。 恐らく千は超すであろう災害級の魔物に、今までより強い魔人。 俺達で魔人は対応するとしても、災害級の魔物を放置するわけに もいかない。 2009 かといって、アールスハイドを始めとする各国の兵士だけで災害 級の魔物の群れを相手にするのは⋮⋮。 ﹁今回、数十体の災害級の魔物相手に、我がアールスハイドの軍勢 は全滅しかけました。その数十倍の規模となると⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮絶望しか感じられんな⋮⋮﹂ 今回の規模ですら全滅しかけたことをオーグが指摘すると、ディ スおじさんは絶望という言葉を口にして頭を抱えてしまった。 大国アールスハイド王の絶望という言葉に、この場に同席してい る各国の指揮官達も重く口を閉ざしたままだ。 どうしようもない事態に、会議室に重苦しい空気が流れる。 そんな絶望的な状況であるならば、やっぱり俺が全力でどうにか しようかと言いかけた時、口を開いた人物がいた。 ﹁恐れ入ります陛下。よろしいでしょうか?﹂ ﹁なんだ? ドミニク﹂ 口を開いたのは、ドミニク軍務局長だった。 ﹁はい。事、ここに至っては、最早騎士としての矜持だのなんだの と言っておられません。そこで、ウォルフォード君にお願いしたい ことがあるのですが⋮⋮﹂ ﹁俺に?﹂ 軍務局長が俺に頼み? なんだろう。 2010 ﹁ウォルフォード君には、すでにジェットブーツという機動力を大 幅に上昇させる魔道具の供与を受けています。さすがにこれ以上魔 道具の力に頼るのは、騎士としての矜持に反すると拒んでいたので すが⋮⋮﹂ ﹁魔道具? ああ、バイブレーションソードか﹂ 言い淀んだドミニク局長の言葉を、ディスおじさんが引き継いだ。 ジェットブーツとバイブレーションソードは、山奥の家にいた頃 から使っていたからディスおじさんも知っている。 っていうか、ナイフ型のものはディスおじさんにも渡してあるし。 ﹁なんですか陛下? バイブレーションソード?﹂ 二人で納得しているディスおじさんとドミニク局長を見て、ルー パー魔法師団長がなんのことかと尋ねる。 あれ? ルーパーさんには見せたことなかったっけ? ﹁ルーパーは見たことなかったか? シン君が使っているよく切れ る剣があるだろう﹂ ﹁ああ、はい。あの災害級の魔物や魔人すら簡単に切った剣ですか。 あそこまでの切れ味ならば、相当な業物なのでしょうな﹂ ﹁そうでもないぞ? 私も持っている﹂ あの剣が魔道具だと知らないルーパーさんは、相当な業物だと思 っているらしい。 2011 そんなルーパーさんに、ディスおじさんは懐から取り出したバイ ブレーションソード⋮⋮じゃなくてバイブレーションナイフを見せ る。 ﹁おお、陛下もお持ちでしたか﹂ ﹁見てみるか?﹂ ﹁よろしいのですか?﹂ そう言いながらディスおじさんからバイブレーションナイフを受 け取るルーパーさん。 恭しく受け取ったルーパーさんは、早速そのナイフを褒めようと するけど、元々安物のナイフに魔法を付与したものだからなあ⋮⋮ 褒めるところなんてないだろ。 国王の持つ物だからさぞ素晴らしいものだろ思ったんだろう、ル ーパーさんは必死に褒めようとするけど⋮⋮。 ﹁これが⋮⋮ええと、なんというか、その⋮⋮そう! この光沢が !﹂ そんな姿を見てディスおじさんは苦笑しながら真実を告げる。 ﹁元は安物のナイフだからな、無理に褒める必要はないぞ﹂ ﹁あ、そ、そうでしたか。で、ですが、これがウォルフォード君の 持っている剣と同じというのはどういうことですか?﹂ どこにでも売っている安物のナイフと、さっき話に出てきた俺の 剣がルーパーさんの頭の中で結びつかないみたいだ。 2012 ﹁さっき、ドミニクは魔道具の力に頼るのを良しとしないと言った だろう。魔道具なんだよそれは﹂ ﹁刃物の魔道具⋮⋮しかし、ウォルフォード君の剣は特別光ったり 熱くなったりした様子は⋮⋮﹂ 魔道具であるとの言葉に、余計に混乱していくルーパーさん。 ﹁とにかく、その間に魔力を流してみろ﹂ ﹁は、はい﹂ ディスおじさんに言われるがままにナイフに魔力を流すルーパー さん。 ﹁こ、これは﹂ すると、振動しだしたナイフに驚くルーパーさん。 ﹁シン君。何か切るものないかい?﹂ ﹁これでいい?﹂ ﹁なぜ丸太を⋮⋮﹂ ディスおじさんの要望に応えて、いつもなぜか異空間収納に入っ ている丸太を取り出して、疑問を口にするルーパーさんに渡す。 ﹁そのナイフでこの丸太を切ってみろ﹂ ﹁え? ナイフで丸太を?﹂ ﹁いいから試してみろ﹂ ﹁は、はい﹂ ナイフで丸太を切れというディスおじさんに戸惑うルーパーさん。 2013 普通、丸太を切るのはノコギリとか斧だからな。ルーパーさんが 戸惑うのも分かる。 切れる訳がないと思いつつ、国王の命令なので訝りながらもナイ フを丸太に当てていくルーパーさん。 すると⋮⋮。 ﹁な!? こ、これは!?﹂ ﹁驚いたか?﹂ ﹁私も初めて見た時は驚きました﹂ 今までの口振りから、ドミニク局長もバイブレーションソードの ことを知っていたみたいだ。 クリスねーちゃんあたりから見せてもらってたのかも。 ﹁そのナイフ自体は普通の、どこにでもあるナイフだ。しかし、付 与されている魔法が普通じゃない。まあ⋮⋮どういった理屈かは全 く分からんがな﹂ まるで、豆腐を切るかのように丸太を切ってしまったナイフを手 にして呆然としているルーパーさんと、その光景を見て共学してい る各国の指揮官達。 そんな彼らを横目に、ドミニク局長が俺を見ながら先程の依頼の 続きを話し出した。 ﹁この付与を、我々騎士団の剣にも施してもらいたい﹂ 2014 そう口にした後、ドミニク局長は少し悲しげな表情をした。 ﹁正直、この剣にだけは頼るまいと思っていたのだがな⋮⋮最早、 そんな小さなプライドに拘っている場合ではないのだ。そんなもの に拘っていたら世界が滅んでしまう。どうか⋮⋮どうか頼む﹂ ドミニク局長はそう言うと、机に手をつき深々と頭を下げた。 ﹁ちょっ! やめて下さいドミニク局長!﹂ ﹁シン君、私からも頼む﹂ ﹁ディスおじさんまで!?﹂ 大国アールスハイドの王と軍務局長が揃って頭を下げるという異 常事態に、各国の指揮官達は仰天していたけど、何を思ったか彼ら も俺に頭を下げてきた。 ﹁ウォルフォード君! この付与を我々の剣にも施してくれ!﹂ ﹁頼む! この通りだ!﹂ ﹁シン。付与ってんならハルバードにも出来るんだろう? 頼む! 俺らのハルバードにも付与してくれ!﹂ 大の大人が、それも各国のトップクラスが俺に頭を下げる光景に、 俺は大いに戸惑った。 ﹁分かりました! 分かりましたから、頭を上げて下さい!﹂ ﹁そうか! なら早速⋮⋮﹂ ﹁ああ、でも﹂ ﹁なんだいシン君。何か気がかりなことでもあるのかい?﹂ 2015 早速付与をお願いしようとしたディスおじさんを制して、どうし ても言っておかなければいけないことを告げる。 ﹁この戦いが終わったら、全て回収するか付与を取り消します。な ので、管理の徹底をお願いします。でないと⋮⋮﹂ ﹁でないと?﹂ ﹁⋮⋮ばあちゃんに殺される⋮⋮﹂ ﹁全員聞いたな!! シン君が付与した剣は徹底的に管理しろ!! いいか! 絶対だぞ!!﹂ ﹃は、はい!﹄ 俺の言葉を聞いたディスおじさんが、ものすごい形相でドミニク 局長や各国の指揮官達に管理の徹底を要求した。 そのあまりの形相に、皆戸惑いを見せている。 ﹁ウォルフォード君のお婆様というと、導師メリダ様ですよね? 殺されるとは大袈裟な⋮⋮﹂ 指揮官の一人が、そんな幻想を口にする。 ばあちゃんのことを知らないのか? ﹁お前達は本や舞台でのメリダ師しか知らないだろうが⋮⋮現実は 酷なものなのだよ﹂ 現実のばあちゃんを知っている中でも、特にディスおじさんはば あちゃんの恐ろしさが身に染みているんだろうなあ。 少し遠い目をしながら、現実は無情なものだとしみじみと語って 2016 いる。 それにしても、俺は本とか舞台の方を知らないけど、そんなに美 化されてんのか⋮⋮。 ﹁とにかく、本物のメリダ師は相当に厳しい御方だ。孫であるシン 君の不利益になることには特にな﹂ ﹁そ、そうなんですかい?﹂ ディスおじさんの言葉に、ガランさんがゴクリと息を呑む。 本や舞台の美化された二人しか知らないと、中々受け入れられな いのかもしれない。 それに、長く爺さんと共に隠居していたばあちゃんの本質を知ら なくても無理はない。 とにかく⋮⋮。 ﹁本当に管理は徹底してください。殺されるのは大袈裟にしても、 どんな折檻を受けるか⋮⋮﹂ 想像しただけで背筋が震えた。 ﹁神の御使いと言われるウォルフォード君がそこまで恐れるとは⋮ ⋮﹂ ﹁そんなに恐ろしいのですか?﹂ イマイチピンと来ていない皆さんに、具体的に分かりやすい例え をしてやろう。 2017 ﹁じいちゃんが恐れるくらいですね﹂ ﹁け、賢者様が!?﹂ ﹁わ、分かりました! 管理の徹底をお約束します!﹂ ばあちゃんは魔道具で有名だけど、爺さんの名は、今まで最強の 代名詞だった。 その爺さんが恐れるという言葉は、今までピンと来ていなかった 指揮官さん達の心に響いたようだ。 全員、管理の徹底を約束してくれた。 ﹁そうか、良かった。これでどうにか光が見えてきたな﹂ ﹁はい陛下。まだ実際のバイブレーションソードに慣れるという作 業がありますが、ここには実際にバイブレーションソードを利用し ているウォルフォード君がいます。彼にレクチャーを受けながら練 習すれば、使いこなせるようになるのも時間の問題でしょう﹂ ﹁あ、トニーも使ってますよ﹂ ﹁おお、そうか! それは心強い!﹂ ﹁もう一人いますよ﹂ ようやく解決の糸口が見えたというディスおじさんとドミニクさ ん。 俺だけじゃなくてトニーも使えると言ったところ、マリアからも う一人いると声があがった。 そういえば、もう一人バイブレーションソードをあげた子がいた っけ。 2018 ﹁そういやミランダにもあげたんだっけ﹂ ﹁ずっと一緒にいたからね。あの子、相当使いこなしてるよ﹂ ほう、ならミランダにも手伝ってもらうかな。 今年度、騎士養成士官学院二年の首席になったっていうし。 俺の頭の中で、ミランダの訓練強制参加が決定した瞬間だった。 訓練生ではなく、教官として。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー その頃、アールスハイド騎士養成士官学院では。 ﹁ハックション!﹂ ﹁どうした? ミランダ。風邪か?﹂ ﹁⋮⋮そうかも。ちょっと寒気がするわ﹂ シンからバイブレーションソードを譲り受け、その剣で日々魔物 討伐に明け暮れるミランダが、原因不明の寒気に襲われていた。 2019 上げて落とされました︵前書き︶ 熱中症と腸炎を併発して死ぬほど苦しんでました。 ⋮⋮ホントに死ぬかと思った⋮⋮ これから更に暑くなるので、皆様もご注意を。 2020 上げて落とされました アールスハイド王城内にある会議室に、魔人領周辺国の国家元首、 そして、イース神聖国のエカテリーナ教皇と、エルス自由商業連合 のアーロン大統領が集まっていた。 その会議室の空気は重く、誰一人口を開こうとする者はいない。 ただ一人を除いて⋮⋮。 ﹁で? ディセウム。今日アタシをここに呼んだのは,その話をす る為なのかい?﹂ 国家元首が集まる会議に参加したばあちゃんの圧力に、ディスお じさん、エカテリーナ教皇、アーロン大統領の元弟子トリオが完全 に圧倒された。 三大大国の国家元首がばあちゃんの圧力に負けているさまを見て、 周辺国の国家元首達もその空気に呑まれたという図式だ。 今回行われた世界首脳会議には、俺とばあちゃんも呼ばれていた。 先日の、騎士団の剣をバイブレーションソード化させるという件 の為だ。 実際に魔法の付与を行うのは俺だけど、ばあちゃんの意向を無視 して事を起こすと、後々どんな恐ろしいことが起こるか分からない。 2021 なのでばあちゃんの承諾を得る為にこの場に呼んだのだが⋮⋮。 ﹁は、はい! 世界が滅亡の危機に晒されている今、この状況を打 開できるのは、シン君のバイブレーションソードをおいて他にはな いと考えます!﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ど、どうか⋮⋮お許しを頂けないでしょうか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ディスおじさんの必死の説得を聞いても、ばあちゃんは睨むだけ で何も言わない。 その無言の圧力に、ディスおじさんは負けそうになるが、ここで 引いてはこの世界の危機を打開できない。 その想いで臨んでいるのだろう、普段全く頭の上がらないばあち ゃんに対して、脂汗を流しながら対峙していた。 しばらくそうしていたが、やがてばあちゃんの方から口を開いた。 ﹁どうやら軽い気持ちで言っているんじゃ無さそうだね⋮⋮シン﹂ ﹁なに?﹂ ﹁皆の剣に付与をしてやりな﹂ ﹁良いの!? ばあちゃん!﹂ ﹁ああ。構わないよ﹂ ﹁⋮⋮はあぁぁ⋮⋮ありがとうございますメリダ師﹂ ようやく出たばあちゃんの許しに、ディスおじさんは長い溜め息 を吐いた後、感謝の言葉を述べた。 2022 そのディスおじさんの感謝の言葉を聞いて、各国国家元首達から もホッとしたような声が聞こえてきたのだが⋮⋮。 ﹁浮かれるんじゃないよ!﹂ 国家元首達をばあちゃんが一喝し、その剣幕に皆ビクリとし、再 び緊張の表情になってしまった。。 いや⋮⋮ここにいるの、国家元首⋮⋮。 ばあちゃんは、何一喝してんの? そして王様達は、何を気圧さ れてんの? ある意味異常な光景だが、まだばあちゃんのターンは続く。 ﹁話を聞く限り、確かに今回の事態を打開するには、このバイブレ ーションソードを各国騎士団に使わせるのが一番有効だし手っ取り 早いだろう。だけどね⋮⋮﹂ そこで言葉を切ったばあちゃんは、皆をゆっくり見渡したあと言 葉を続けた。 ﹁アンタ達は、この武器がいかに強力でどれだけ危険な物か、ちゃ んと理解しているのかい?﹂ 黙ってしまった国家元首達に、ばあちゃんはバイブレーションソ ードの危険性を話し始めた。 ﹁この剣の効果はさっき見ただろう? この剣で物を切るときに力 なんざ要らない。技術だって必要ない。これを持ったら⋮⋮誰でも 2023 鉄が切れるんだよ﹂ 見本としてばあちゃんの前の机の上に置かれたバイブレーション ソードを触りながら、ばあちゃんは言葉を続ける。 ﹁この剣はね、手にした者なら誰でも⋮⋮そう誰でも使えるんだよ。 魔道具だからね﹂ この会議に参加している国家元首達はバイブレーションソードの 効果を知らないので、会議の初めにデモンストレーションをした。 なのでバイブレーションソードの切れ味は皆が知っている。 その扱いやすさも。 ﹁しかも、特別な金属で作られた伝説の剣じゃない。そこらにある 普通の剣が、この強力無比な剣に生まれ変わっちまうんだよ﹂ しかも安価で大量生産が可能である。 ﹁そんな武器が世に出回ってごらん。一体どういうことになるのか ⋮⋮想像出来るだろう?﹂ ばあちゃんは、その危険性をずっと危惧していたんだろう。 バイブレーションソードに関しては、本当に信頼できる人間以外 に渡しちゃいけないと、散々釘を刺されていた。 なので、今のところ同じアルティメット・マジシャンズのトニー と、マリアの親友で実際に面識もあるミランダにしかバイブレーシ 2024 ョンソードは渡していない。 ディスおじさんとジークにーちゃんとクリスねーちゃんは身内だ しな。 安価で大量生産が出来、かつ簡単に使える強力な魔道具であると いうばあちゃんの指摘に、安易に喜んだ国家元首達が項垂れ、言葉 を無くす。 いや、だから⋮⋮国家元首⋮⋮。 ﹁気軽な考えでいると、必ず痛いしっぺ返しを食らうよ。そのこと、 くれぐれも忘れるんじゃない﹂ ﹃はい!﹄ とうとう、全員で返事しちゃったよ、国家元首達⋮⋮。 まあ、ばあちゃんとしては、そんな危険性があったとしても、バ イブレーションソードが魔人達との決戦の切り札になることは分か っているだろうから、最終的に反対するつもりはなかったんだと思 う。 ただ、安易な気持ちで取り扱うと後々問題になる可能性があるの で、初めに釘を刺したかったんだろう。 俺も、まさかこんなに大量に作って他人に使わせることになると は夢にも思ってなかったから、そんな危険性については全く考えて こなかった。 前々から危惧していたばあちゃんの指摘に皆が頷き、ようやく話 2025 しが進むと思われたその時⋮⋮。 ﹁しかし導師殿。そんな危険な物なら、なぜウォルフォード君が利 用していることは咎められないのですか?﹂ ばあちゃんに苦言を呈する者が現れた。 誰だ、折角ばあちゃんが納得したというのに、水を差す奴は? あれは⋮⋮。 ﹁ああ、確か新しいダーム王だね﹂ ﹁⋮⋮ええ、そうですよ導師殿﹂ 先日、ダームからの使者がエカテリーナさんを刺してしまうとい う事件が起こった。 幸いエカテリーナさんは一命を取り止め、魔法の実力は大したこ となかった筈のダームの使者が魔人化しかけたことから、その使者 の行動は魔人に操られたものと判断された。 しかし、先日の魔人領攻略作戦以降の度重なる不祥事に、先代ダ ーム王は責任を取って王位を辞し、息子にその座を譲り渡した。 新しいダーム王にとっては、国王になって初めての外交。 それも、今まで行われていなかった世界首脳会議がデビューだ。 立て続けに起こった不祥事で世界からの信用が失墜したダーム。 2026 前回までダームで行われていた首脳会議が、今回はアールスハイ ドで行われていることからも、世界での立ち位置が悪くなっている のが分かる。 そんな状況もあり、なんとか自分達の立場を取り戻したい気持ち で一杯なんだろうけど⋮⋮噛みつく相手を間違えてるよ。 ﹁我々が所持し続けることは駄目で、孫であるウォルフォード君は いい。やはり英雄殿も孫が可愛いですか?﹂ なんというチャレンジャー。 ばあちゃんにそんな口を聞く奴がいるとは⋮⋮。 国家元首ですけども! ﹁はあ? 何を言ってるんだい、アンタは?﹂ ﹁ア、アンタ⋮⋮﹂ ﹁シンには幼い頃から事の善悪については厳しく躾けてある。孫贔 屓と言われるかもしれないけど、シンが悪さをしようだなんて考え るはずもないよ﹂ ﹁ばあちゃん⋮⋮﹂ いつも厳しいばあちゃんだけど、そんなに俺のことを信頼してく れてたのか⋮⋮。 ﹁た、確かに、孫贔屓ですな﹂ 折角感動しているのに、ダーム王はまだ食い下がってくる。 2027 ﹁そもそも﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁バイブレーションソードはシンが独自に開発した物だよ? 自分 が開発した物を持っていて何が悪いんさね?﹂ ﹁ググッ⋮⋮﹂ ﹁それに⋮⋮﹂ 自分が開発した物を自分で持っていて何が悪いというばあちゃん に、言い返せなくなったダーム王。 そしてばあちゃんは、俺を見ながらさらに続けた。 ﹁この子の本質からすれば、ただのよく切れる剣なんて、あっても 無くても一緒だよ﹂ ⋮⋮あれ? さっきは感動していたのに、一気に落とされたよう な気が⋮⋮。 感動して浮かんでいた涙が急激に引っ込み、やっぱりそんな評価 なのかいと思っていると、ディスおじさんが声をあげて笑いだした。 ﹁ハッハッハ! 確かに、シン君がバイブレーションソードを持っ ていようがいまいが何も変わらんか!﹂ ばあちゃんの失礼な言い分はディスおじさんのツボに入ったらし い。 笑いが収まらない。 ﹁な、何を呑気に笑っているのですか!? この剣を持っていよう 2028 がいまいが同じ!? ということは、そこのシン=ウォルフォード は危険極まりない力を持っているということではないですか!﹂ うん。ダーム王の言うことはもっともだ。 だけど、それは言わない方が良かったかな? 俺を危険視する発言をしたことで、この場にいる三人の雰囲気が 変わってしまった。 ﹁アンタ⋮⋮救世の英雄に向かって、ようそんなこと言うたな?﹂ ﹁成る程。ダームはシン君を危険視していると、そういうことか? 今まで、散々私達を救ってくれたシン君を﹂ アーロン大統領もディスおじさんも、ばあちゃんの元弟子だ。 その師匠の孫を危険視しているというのが気に入らないのだろう。 睨むようにダーム王に話しかけた。 二つの大国の国家元首に睨まれ、一瞬たじろいだダーム王だが、 すぐに持ち直し言葉を返した。 ﹁こ⋮⋮これはこれは、大国と呼ばれるアールスハイド王とエルス 大統領ともあろうお方が、この少年の危険性を感じていないとは驚 きですな﹂ まるで挑発するようにディスおじさんとアーロン大統領に食って かかる。 2029 いや、アーロン大統領はともかく、ディスおじさんは十分知って ると思うよ? それでも俺を危険視していないのは、付き合いが長いから俺がそ んなことしないと信じてるっていう、身内贔屓で間違いないだろう。 けど、この二人にそんな口の聞き方をするのは、大国に喧嘩売っ てると思われかねないよ? ああ、ホラ。ディスおじさんとアーロン大統領の雰囲気が剣呑な 感じになってるよ。 ﹁これはちょっと、ダームとの付き合い方を考え直した方がエエか もしれへんなあ﹂ ﹁そのようだな﹂ ﹁な!? 何を!?﹂ いや、何を? じゃないよ。 俺的には、ばあちゃんに頭の上がらない情けないおじさん達だけ ど、世間的に見たら三大大国の国家元首だよ? そんな人にそんな口を聞いたら、気分を害するに決まってるじゃ ん。 ﹁あなた達は分かっていない! この強力な剣が霞むほどの力を持 っているのですよ!? そんな力が我々に向いたらどうするのです !?﹂ いっつも思うけど、権力者ってのは、なんで自分の味方の力を恐 2030 れるのかね? もしもの話で悪者にされたら、たまったもんじゃないよ。 正直、ダーム王の言い分に腹が立ってきた頃、ある意味ダーム王 にとって一番頭の上がらない人物が口を開いた。 ﹁いい加減にしなさい﹂ ﹁き、教皇倪下⋮⋮﹂ エカテリーナさんが発言したことで、ダーム王は一気に縮こまっ た。 ﹁シン君は、私達イースが認定した神の御使いです。その御使い様 が世界に災いをもたらすと、本気でそう思っているのですか?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ダームもイースも創神教を篤く信仰する宗教国家で、イースの国 家元首が創神教の教皇だ。 ダームとイースには明確な上下関係が出来ている。 その上位国の国家元首であり創神教の教皇に苦言を呈されれば、 ダームとしてはもう何も言えなくなるんだろう。 さっきまでの勢いはどこに行ってしまったのか、ダーム王は黙り 込んでしまった。 ﹁しかも、シン君は私の命を救ってくれた大恩人です。その恩人を、 あなたは自分の思い込みで悪者にしようというのですか?﹂ 2031 ﹁い、いえ! 決して思い込みなどでは⋮⋮﹂ ﹁それに﹂ 必死に言い訳しようとしているダーム王の言葉を遮ったエカテリ ーナさんは、とどめの一言を放った。 ﹁私を刺したのは、貴方の国の人ですよ?﹂ ﹁あ⋮⋮そ、それは⋮⋮﹂ ﹁魔人に操られていたとはいえ、あなた方の国の人間がしでかした ことです。それを棚に上げてシン君を悪者にするとは⋮⋮一体どう いうつもりですか?﹂ ﹁⋮⋮そ、それは⋮⋮あの者は魔人に操られていたのであって、我 々の責任では⋮⋮﹂ ﹁本気でそんなことを言っているのですか? 貴方の国の内部が乱 れ、魔人に付け入る隙を与えたと、そういうことでしょう?﹂ ﹁くっ⋮⋮﹂ まさに、ぐうの音も出ないんだろう。 俯き、顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。 ⋮⋮ちょっと追い込み過ぎじゃない? 一国の国家元首がこんな恥を掻かされて黙っていられるんだろう か? そんな危惧を抱きかけた時、仲裁の声がかかった。 ﹁アンタ達、その辺にしな﹂ 2032 この言い争いを見かねたのだろう。ばあちゃんがこのダーム王フ ルボッコの現場に割って入った。 ﹁一対一の討論ならともかく、よってたかって一人を攻撃するのは 感心しないねえ。まるでイジメじゃないかい﹂ ﹁﹁﹁い、いえ! そんなことは!﹂﹂﹂ 三人の声がハモったよ。 そんなにばあちゃんのことが怖いか? ⋮⋮怖いな⋮⋮。 ﹁イ、イジメ⋮⋮私がイジメられただと⋮⋮﹂ ダーム王の方も、自分がイジメられてると見られたことがショッ クなのだろう。 さっきからブツブツ呟いてる。 一国の王子として育てられてきて、今までイジメなんて遭ったこ ともないんだろう。 そんな今までありえなかったことが自分の身に起きた。 そのことが許せないのでは? だとすると、ダーム王の状態はち ょっと危険なことに⋮⋮。 ﹁正直に言えば、シンの力は異常だよ。シンがちょっと野心を持て ば、世界征服なんてあっという間にできちまう程にね﹂ 2033 ﹁うおい! ばあちゃんはどっちの味方なの!?﹂ ちょっと危険な感じがするダーム王のことを心配していると、ば あちゃんからまさかの裏切りにあった。 ﹁話は最後までお聞き。だけどそれは、シンが力の使い方を間違え た場合だよ。さっきも言ったけど、アタシはシンを厳しく躾けた。 今、その結果が出ているんじゃないのかい?﹂ ばあちゃんは、ダーム王に向かって語りかけ、顔を上げたダーム 王を真っ直ぐに見てこう言った。 ﹁人類の危機に、自らの知識を提供することで。そして、自らが最 前線に立つことでね﹂ ﹁そ⋮⋮それは⋮⋮﹂ ﹁ここにいる者の中にも、シンの力を危惧している者がいるかもし れない。けど、ここはアタシを信頼しちゃくれないかねえ。もし、 シンが道を誤ったら、アタシとマーリンが命を賭けてシンを止める よ﹂ ﹁お、俺、そんなことしないよ!﹂ ﹁分かってるさね。アタシ達はアンタのことを信用してる。だから 命を賭けるなんて簡単に言えるのさ﹂ ﹁ばあちゃん⋮⋮﹂ やべ⋮⋮泣きそう⋮⋮。 ﹁どうだろう、アタシを信じてくれないかい?﹂ 泣きそうな俺を放っておいて、ダーム王に再度語りかけるばあち ゃん。 2034 ダーム王はしばらくばあちゃんを睨み付けると。 ﹁⋮⋮フン﹂ と言ってそっぽを向いた。 正直、なんだよその態度と思ったが、ばあちゃんはそれでダーム 王が矛を収めたと判断したらしい。 ﹁ホレ、アンタ達もこれまでだ。さっさと話を進めるよ﹂ ﹁﹁﹁は、はい!﹂﹂﹂ 相変わらず、ばあちゃんに従順な三人。 この三人がばあちゃんに従順だったことで、その後の会議はスム ーズに運んだ。 バイブレーションソードを使うのに特別な技術はいらない。 ただ、注意点等はある。 それを、実際の利用者である、俺、トニー、ミランダの三人で教 えることになった。 トニーは、今回の決戦にバイブレーションソードを使うことが決 まった時にその場にいたので大丈夫だけど、ミランダにはまだ言っ てないんだよな。 後で言っとかないと。 2035 スムーズに運んだ会議だったが、そんな中で気になることがあっ た。 矛を収めたと思われたダーム王だったが、会議の途中﹃ああ﹄と か﹃了解した﹄とかの短い言葉しか発しなくなったのだ。 これは⋮⋮やっぱり心の底から納得はしてないんだろうなあ⋮⋮。 そんな若干の不安を残しつつ、一ヶ月後の魔人との決戦に向けた 首脳会議は終了した。 ちなみに⋮⋮。 爺さんは、魔導具のことに関しては戦力外なので家で留守番して た。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2036 シンがゲートを利用し、会議が終わった国家元首達を各国へと送 り返した。 その中にはダームの新しい王も含まれている。 ダーム王国まで戻ってきたダーム王は、自室に戻ると近くにあっ たクズカゴを蹴り飛ばした。 ﹁おのれ! 余がイジメられているだと!? 平民風情が導師など と呼ばれて調子に乗りおって!!﹂ 英雄と崇められ、導師として慕われているメリダだが、身分は平 民。 その平民に言い負かされ、庇われ、諭された。 王族としてこれまでチヤホヤされてきたダーム王にとって、これ 以上ない屈辱であった。 それでも会議の場で抑えることができたのは、創神教の教皇であ るエカテリーナが、メリダに恭順していたからである。 エカテリーナが神子としての修行時代、当時から英雄であったメ リダの師事を受けていたのは有名な話である。 その旅に、後のエルス大統領となるアーロンや、当時すでにアー 2037 ルスハイドの王太子であったディセウムが含まれていることも。 ﹁三つの大国のトップを手懐けて、世界を掌握したつもりか!? あの女狐め!!﹂ ダーム王は、七ヶ国もの国家元首がいる中で、まるで自分が一番 偉いかのように振舞っていたメリダがとにかく気に入らなかった。 自室で鬱憤を晴らすように暴れ、荒い息を吐いていると、不意に 扉がノックされた。 ﹁誰だ!?﹂ ﹁私です。カートゥーンです﹂ ﹁⋮⋮入れ﹂ 一瞬顔をしかめるが、すぐに取り繕い入室の許可を出し訪問者を 招き入れる。 ﹁失礼しま⋮⋮わっ! なんですか!? これ﹂ ﹁うるさい⋮⋮で? なんの用だ?﹂ ﹁え? ああ、はい。軍部を預かる責任者としては、会談の結果を 一早く知る必要があると思いまして﹂ ヘラヘラと薄い笑みを浮かべながら、入室してきた男はダーム王 にそう答えた。 その国王にするとは思えない態度に眉を顰めるダーム王。 しかし、ダーム王はその態度については言及しなかった。 2038 この入室してきた男、名をヒイロ=カートゥーンといい、元々ダ ーム騎士団に所属する剣士だったのだが、ここ半年の間に急に魔法 の才能に目覚めたのだ。 剣の腕前は大したことはなかったカートゥーンだったが、そこに 魔法の力が加わったため、瞬く間にダーム軍の戦力トップに躍り出 た。 先の魔人領攻略作戦の際に、軍のトップが精鋭を巻き込んで暴走 し、著しい戦力低下を招いていたダームにとって、これは嬉しい出 来事のはずであった。 だが、このヒイロ=カートゥーンという男には、あまりいい評判 が立っていなかった。 その評判とは。 曰く、自分のことを特別な存在だと思い込んでいる。 曰く、時々突拍子も無いことを言いだしたりやりだしたりする。 曰く、シンを異常なまでに敵視している。 などである。 国の中で最強の武力集団である軍を束ねる人物を選出する際には、 それ相応の実力も当然必要だが、それ以上に人間性を重要視する必 要がある。 だが、今このダームにおいてカートゥーン以上の実力者はいない。 2039 カートゥーンと他にはかなり実力に開きが出来てしまっているこ とから、人間性に多少の問題はあっても、ダーム王は仕方なくこの 男を軍部の司令長官に任命したのである。 ﹁それで陛下。結局、どういう結果になったのです?﹂ ﹁ああ、それがな⋮⋮﹂ 個人の好き嫌いはともかく、軍部の責任者に任命したのは自分で、 この会議の結果を伝えない訳にはいかない。 ダーム王は、会議で決まったことをカートゥーンに伝えた。 ﹁へえ⋮⋮そんなに凄い武器があるんですか⋮⋮﹂ ﹁ああ。だが、我々には認めないその後の所持を孫には認めるとい う。おまけに教皇猊下まで味方に付けて⋮⋮﹂ 会議での様子を思い出したのか、また不機嫌な顔になるダーム王。 ﹁まあまあ、そのことは後でゆっくり話し合いましょう。それより ⋮⋮﹂ カートゥーンは、さっきまでのヘラヘラした笑みを引っ込めて呟 いた。 ﹁ジェットブーツに続いて今度は凄い武器⋮⋮﹂ そう呟いたカートゥーンは。チッと舌打ちをした。 ﹁その凄いチート武器⋮⋮早く見たいもんですな⋮⋮﹂ 2040 会議の様子を思い出してイライラしていたダーム王は、カートゥ ーンがまた意味の分からない単語を呟いているなと、特に気にも止 めなかった。 2041 騎士学院の日常 アールスハイド王都にある三大高等学院の一つである騎士養成士 官学院。 この学院は、騎士団の士官を養成する学院である。 騎士団の士官は指揮能力だけでなく、それ相応の実力も求められ る。 そのため、生徒たちは日々辛く苦しい訓練を受けているのだ。 そんな伝統ある騎士養成士官学院で、今や騎士団のアイドル的存 在であるクリスティーナ=ヘイデン以来、学院史上二人目となる女 子生徒の学年首席が誕生した。 その名をミランダ=ウォーレスといい、同級生達は彼女に追い付 き追い越すように日々切磋琢磨していた。 そんなある日。 ﹁おい、ミランダ﹂ ﹁なに?﹂ 同じSクラスに所属する男子から声をかけられたミランダ。 何の用かと問いただすと、男子生徒は憤慨したように声を荒げた。 2042 ﹁何じゃねえよ!﹂ 苛立った様子の男子生徒の叫びに、眉を顰めるミランダだったが ⋮⋮。 ﹁いつになったら魔法学院の女子を紹介してくれるんだよ!﹂ ﹁⋮⋮﹂ その男子生徒の要望に、脱力感を感じてしまった。 二学年進級時に学年首席となったミランダは、その座を奪い返そ うとする男子生徒から、常に勝負を挑まれるものと思っていた。 ところが、かけられるのは揃いも揃って魔法学院の女子を紹介し ろという、男子の欲に満ちた言葉ばかり。 確かにミランダは、高等魔法学院の生徒でアルティメット・マジ シャンズであるマリアと仲良くなり、今では親友と言っていい間柄 だ。 女子との接点が少ない騎士学院の男子学生からすれば、同級生で あるミランダが魔法学院の女子と接点を持ったという状況は、また とないチャンスに見えた。 そのため、ミランダの同級生達は執拗に魔法学院の女子を紹介し ろと迫っているのだった。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ ﹁な、なんだよ?﹂ 2043 あまりに必死な男子学生の表情に、思わず溜め息を吐くミランダ。 騎士学院の生徒は、自らの肉体を鍛え剣技を鍛え上げるという性 質上、対外的には質実剛健な気風だと思われがちだ。 だが、ここにいる生徒達は十五歳から十八歳。 思春期真っ盛りなのである。 しかも男女比を考えると、在学している男子生徒のほとんどは女 子に飢えているのである。 ミランダは、そんな女子に飢えている男子生徒の一人にジト目を 向けていた。 ﹁あのさ、確かにアタシは魔法学院のマリアと仲良いよ。でも、他 の魔法学院の知り合いの女子も全員アルティメット・マジシャンズ なんだけど?﹂ ﹁そ、そうなのか?﹂ ﹁何? アルティメット・マジシャンズの女子を紹介しろっての?﹂ ﹁い、いや、それは⋮⋮﹂ アルティメット・マジシャンズといえば、今やアールスハイドだ けでなく世界的にも知らない者がいないほどの存在である。 あまりに俗世間からかけ離れている存在であるため、アルティメ ット・マジシャンズの女子達は、半ばアイドル的存在になりつつあ る。 そんな存在に手を出したとなれば⋮⋮。 2044 ﹁命知らずだね﹂ ﹁むぐぅ⋮⋮﹂ マリア達アルティメット・マジシャンズのフリーの女子達は常に 彼氏募集中なのだが、世間は彼女達を神聖視し始めており、もし手 を出す者がいたら世間からどのような制裁が加えられるか分かった ものではない。 いつの間にか、マリア達にとっては非常に不本意な状況になって いた。 ﹁くそぉ⋮⋮せっかく女子とお近づきになれるチャンスだと思った のに!﹂ 自分に学年首席を取られた時以上に悔しがる男子生徒。 その姿の情けなさに溜め息を吐くミランダ。 ﹁はぁ⋮⋮だったらさぁ、その周りの目を納得させてやろうとか思 わない訳?﹂ 呆れながら、アルティメット・マジシャンズの女子達と見比べら れても、遜色が無いように努力しようとはしないのかというミラン ダの言葉に、目を見開く男子生徒。 ﹁そうか! アルティメット・マジシャンズの女子と付き合っても、 文句を言われないような人間になればいいのか!﹂ その男子生徒の叫びに、周りで聞き耳を立てていた男子生徒達が 2045 反応した。 ﹁おい! その話は本当か?﹂ ﹁頑張れば、アルティメット・マジシャンズの女子を紹介してくれ るだと!?﹂ ﹁え? いや、そんなこと一言も言ってな⋮⋮﹂ 自分の言葉を曲解して受け取った男子生徒達に戸惑いの声をあげ るミランダ。 ﹁うおおおっ! 俺はやるぞおっ!﹂ ﹁ふざけんな! 紹介してもらうのは俺だ!﹂ ﹁いや俺だ!﹂ ミランダはそんなことは一言も言っていないのだが、とにかく女 子とお近づきになりたいという強い願望がある男子生徒達は、ミラ ンダの言葉をそう受け取り、突然張り切りだした。 その光景を見ていたミランダは⋮⋮。 ﹁⋮⋮なんて馬鹿なんだろう⋮⋮﹂ 心底、馬鹿を見る目で男子生徒達を見ていた。 そして、勝手に盛り上がる男子生徒を見ながら、ミランダはある 人の言葉を思い出していた。 ﹃女子はここにもいるでしょうに、私は女子ではないのですか!!﹄ ミランダが尊敬してやまない、騎士団のアイドル、クリスティー 2046 ナの叫びだ。 今では誰もが憧れてやまない騎士団のアイドルも、学院生時代は 周りの男子から女子扱いを受けておらず、いまだにそのことを引き ずっている。 ミランダは今、そのクリスティーナの言葉に心底共感していた。 ﹁アタシも女子なんですけど⋮⋮﹂ そのつぶやきを聞いた一部の男子生徒は、一瞬ミランダを見るが ﹁何言ってんだコイツ?﹂という顔をした後、また騒ぎに戻ってい った。 その態度に内心でブチキレたミランダは、絶対何があってもこい つらに女の子は紹介しないと心に誓っていた。 ﹁この騒ぎは何事だ!﹂ ミランダが内心でそう誓っているとも知らずに、男子生徒達が騒 いでいる教室に、教官の一人が入ってきて一喝した。 騎士学院の教官だけあって、筋骨粒々で迫力がある。 そんな教官の一喝で静かになった教室を見渡した教官は。 ﹁まったくお前達は⋮⋮もう少し栄光ある騎士学院の生徒である自 覚を持て! 馬鹿者が!﹂ 生徒達の恐れる教官に逆らう者などおらず、皆項垂れて静かにな 2047 った。 その光景を、益々情けないなあと思っていたミランダに、教官が 声をかけた。 ﹁そんなことより、ミランダ=ウォーレスはいるか?﹂ ﹁あ、はい! ここにおります!﹂ ﹁学院長がお呼びだ。至急学院長室に行くように﹂ 突然名前を呼ばれたことも驚いたが、その内容に更に驚いた。 学院長室への呼び出し。 驚きのあまり返事ができないでいると、教官が声を張上げた。 ﹁返事はどうした!﹂ ﹁は、はい! 了解致しました! ミランダ=ウォーレス、直ちに 学院長室に向かいます!﹂ 慌てて敬礼すると、ミランダは教室を飛び出し学院長室に向かっ た。 それを見届けた教官が教室を出ていった後、教室では残された男 子生徒達が困惑していた。 ﹁ミランダの奴、何したんだ?﹂ ﹁分からんが⋮⋮学院長に呼ばれるとか相当だろ﹂ ﹁まさか⋮⋮退学になったりしないよな?﹂ 教官に呼び出されることはたまにあるが、学院長に呼び出される 2048 ことなど滅多にあることではない。 男子生徒達の間で、学院長に呼び出されたミランダに対して心配 する声があがる。 ﹁ミランダが退学になったら⋮⋮アルティメット・マジシャンズの 女子との繋がりが⋮⋮﹂ ﹁ああ⋮⋮そうなったら⋮⋮﹂ ﹁由々しき事態だな⋮⋮﹂ 相変わらず、女子のことしか頭にない男子生徒達であった。 ﹁うぅ⋮⋮一体何だろう?﹂ 教室で、男子生徒達からあまりに非道い心配をされているとは知 らないミランダが、学院長室の前で、何でこんなところに呼び出さ れたのかと不安に思いながら立っていた。 中々、学院長室のドアをノックできないでいたが、意を決してド アをノックした。 ﹁はい﹂ ﹁ミ、ミランダ=ウォーレスです!﹂ ﹁おお、来たか。入れ﹂ ﹁し、失礼します﹂ 中から聞こえてきたのは意外にも上機嫌そうな学院長の声。 2049 そのことに疑問を感じつつも学院長室のドアを開けて中に入る。 そこには、元騎士団員の学院長がいた。 引退してしばらく経つとはいえ、元騎士団員で、大きな体と戦場 に身を置いてきた者独特の鋭い眼光を持つ学院長に気圧されそうに なるミランダ。 ﹁来たな、まあ座りなさい﹂ ﹁は! し、失礼します﹂ そんな緊張しきりなミランダに気を遣ったのか、見た目とは裏腹 に優しい言葉でソファーへの着席を促す学院長。 呼び出されたのになぜ? という疑問を浮かべながらもソファー に座るミランダ。 一向に固さの取れないミランダに対して、学院長は苦笑しながら 声をかけた。 ﹁まあ、急に学院長室などに呼び出されたのだ、緊張するなという のが無理な話かもしれんが、安心しなさい。別に君を罰しようと呼 んだのではない﹂ ﹁そ、そうなのですか?﹂ ﹁なんだ? 何か罰せられるような心当たりでもあるのか?﹂ ﹁い、いえ! 決してそんなことは!﹂ 慌てて立ち上がったミランダを見て笑いながら学院長は話を続け る。 2050 ﹁はっはっは。そんなことは分かっている。たゆまぬ努力で学年首 席にまでなった君のことは色々と聞いている﹂ ﹁は、はぁ﹂ ﹁アルティメット・マジシャンズの﹃戦乙女﹄マリア殿と懇意にし ているとか﹂ ﹁ご、ご存知でしたか﹂ ﹁それに﹃魔王﹄ウォルフォード殿から、特別な武器を譲り受けた こともな﹂ そう言って、学院長はミランダの顔をジッと見つめた。 その視線に、ミランダは落ち着かなくなった。 何故なら、シンから譲り受けたバイブレーションソードという代 物は、騎士団では邪道な武器として受け入れを拒否されている武器 だったからだ。 そんな武器を譲り受け、使用していることを咎められるのではな いか? いや、さっきは叱る為に呼んだんじゃないと言っていたし ⋮⋮でも、なんでそのことを今話すんだろう? など、色んな考え が頭のなかでグルグル回っていたのだった。 そんな混乱しきりなミランダを見て、フッと笑みをこぼした学院 長。 ﹁安心しなさい。叱ったり罰するために呼んだのではないと言った だろう?﹂ ﹁で、では、どのようなご用件でしょうか?﹂ ﹁うむ。先日、旧帝都にて災害級の魔物が多数出現し新しい魔人ま で現れただろう﹂ 2051 ﹁はい。今、王都中その話題で持ち切りです﹂ ﹁そして、魔人の首魁、オリバー=シュトロームから人類の存亡を 賭けた戦いを挑まれたこともな﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ 今、アールスハイド王都のみならず、世界中でこの話題で持ち切 りだ。 人類の存亡を賭けた戦い。 それに勝利すれば人類の勝ち。 負ければ⋮⋮。 ﹁この戦いには、絶対に勝たなければならない﹂ ﹁はい﹂ ﹁そこで各国首脳が協議した結果⋮⋮お前がウォルフォード殿から 譲り受けたと言う武器。それを各国軍に配布することが決まったの だ﹂ ﹁そ、そうなんですか⋮⋮﹂ 先日の首脳会議で決定した内容を、一学院生であるミランダに話 す学院長。 話が見えないし、そもそもそんな超国家機密みたいなことを自分 に話してもいいのだろうか? 聞いてはいけない話を聞かされた気がしたミランダは顔を引きつ らせる。 2052 そんなミランダの様子に気付いていないのか、更に話を進める学 院長。 ﹁うむ。非常に強力な武器だと聞いているのだが、その使い方の指 南ができる人間がいなくてな﹂ そこまで聞いて、ミランダはやっと理解し始めた。 そして、ありえない結果を導き出したのだが、すぐさまその考え を頭から振り払う。 だって、自分が各国軍にバイブレーションソードの使い方の指南 をするなんて⋮⋮。 ﹁そこで、普段からこの武器を使用しているウォーレスに、各国軍 への指南をしてほしいという要望がきた﹂ ﹁ありえない展開きた!?﹂ 先程、あまりにありえない考えなので頭から振り払った考えを、 学院長からそのまま提示された。 ﹁なんだ。既に予想していたか。なら話は早い、しばらく学院は公 休にしてやるから、存分に人類の為に働いてくるがいい。王城から の使いが自宅に来るそうだから、詳しいことはその使いの者から聞 くように。話しは以上だ﹂ ミランダに意思決定の権限はないようで、既に決定事項であった ようだ。 ﹁し、失礼します⋮⋮﹂ 2053 フラフラと学院長室を出たミランダはしばらく呆然としていたが、 こうなった要因に思い至り、怨みを込めて呟いた。 ﹁ウォ、ウォルフォード君めぇ⋮⋮﹂ ミランダは、後でシンに対しての文句を言いに行こうと心に決め ていた。 2054 市民証について教えてもらいました ばあちゃんの独壇場だった首脳会議が終わり、各国の国家元首達 をゲートで送り届けてから自宅に戻ってきた。 国家元首達は、迎えにも使ったゲートの魔法を、便利なものだと 感心してくれたのだが、ダームの王様だけは非常に警戒した目で見 てきた。 簡単に攻めてこれるではないか、とずっとブツブツ言っていたな。 いい加減、こちらにそんな意思が無いことは理解してほしい。 っていうか、ゲートが使えるのは俺達しかいないんだから、ゲー トを使って襲撃したら犯人は俺達だってすぐバレるじゃん。 そんな馬鹿なことはしないって。 ﹁はあ⋮⋮疲れた⋮⋮﹂ ﹁そういえば、あんなに直接的な敵意を向けられたのは初めてじゃ ないかい?﹂ ﹁そういやそうかも﹂ 自宅に戻った途端に、どっと疲れが出て溜め息を吐くと、ばあち ゃんからそんなことを言われた。 そういえば、俺のいない会議では色々と言われたことはあったみ たいだけど、直接言われたのは初めてか。 2055 皆、何故か過剰なほどに俺のことを褒めてくれるから、それが当 たり前だと思って増長していたのかもしれないな。 ﹁なんじゃ。何かあったのか?﹂ 俺とばあちゃんの会話を聞いていた、今日は留守番をしていた爺 さんから声をかけられた。 俺は、心配させるのもどうかと思ったので、話すかどうか迷った けど、ばあちゃんが爺さんに全て説明した。 ﹁なるほどのう⋮⋮﹂ ﹁そんな! 非道いです! シン君のことをそんな風に言うなんて !!﹂ 妙に納得顔の爺さんに比べて、今日も家にいるシシリーは非常に 憤慨している。 ﹁シン君は、その凄い力を人類の役に立てるように頑張ってるのに !﹂ 涙目になって俺のために怒ってくれているシシリー。 そんなシシリーの態度は嬉しいが、怒り続けてる姿はあまり見た くなかったので、ソファーの隣に座っているシシリーの頭を撫でて 宥める。 ﹁うう⋮⋮﹂ 2056 頭を撫でられて少しは落ち着いたのか、声を荒げなくなったが、 まだ怒っている様子のシシリー。 そんなシシリーを見た爺さんが、諭すように声をかけた。 ﹁シシリーさん、そうやってシンのために怒ってくれるのは非常に 嬉しいんじゃがの、これはある程度予想できていた出来事なんじゃ よ﹂ ﹁予想できていた⋮⋮ですか?﹂ ﹁そうじゃ。シシリーさんの目から見て、シンの存在はどういう風 に見える?﹂ ﹁え!? そ、それは⋮⋮強くて、優しくて、か、格好よくて、頼 りがいがあって、それから⋮⋮﹂ ﹁ああ、うん。そうではなくて、シンの魔法とか、作り出す魔道具 とか、そういったものをどう見るという意味じゃったんじゃが⋮⋮﹂ ﹁あ、あ! そ、そうでしたか!﹂ 爺さんの言葉を誤解して答えちゃったシシリーが真っ赤になって る。 可愛いなあ、もう。 ﹁そ、そうですね⋮⋮私達の誰も予想しないことをいつも思いつく ので、凄いなあと思いますけど⋮⋮﹂ ﹁ふむ。おそらく、シンに近しい者ならそう思うじゃろう。特にシ シリーさんのシンへの想いは特別強そうじゃしの﹂ ﹁あぅ⋮⋮﹂ ﹁ほっほ、それはいいことじゃ。じゃがのう⋮⋮﹂ 赤くなっているシシリーを見て満足そうだった爺さんが言葉を切 2057 る。 ﹁シンをよう知らん者からすれば、その異常ともいえる力がどうい う風にその目に映るのか⋮⋮想像出来るかの?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ 爺さんのちょっと意地悪な質問に、シシリーは言葉を詰まらせる。 ﹁味方であるうちはいいんじゃがの、これが敵に回ったらと想像す る者は⋮⋮残念じゃが必ず出てくるもんでな﹂ ﹁そ、そんな!﹂ ﹁そんなことはあるんじゃよ。歴史がそれを証明しておる﹂ ﹁⋮⋮皆さん非道いです。シン君が皆さんの敵に回ることなんて絶 対にないのに⋮⋮﹂ よっぽど悔しいんだろう、もう涙が溢れ落ちそうだ。 ﹁そんなことは分かってるさ、アタシ達はね。だからバシッと言っ てやったよ。だけどねえ⋮⋮﹂ ばあちゃんは実際に、国家元首相手にバシッと言ってくれた。 見ていた俺ですら信じられないことに。 だけど、やっぱりばあちゃんも言葉を濁す。 ﹁一度芽生えちまった猜疑心は、そうそう消せるもんじゃない。あ のダームの国王、妙なことを考えなければいいんだけどねえ⋮⋮﹂ ばあちゃんの言葉に、一同口を閉じてしまった。 2058 あの去り際の様子は、まだ納得できていない様子だった。 この魔人との決闘が無事俺達の勝利に終わっても、なんか一悶着 ありそうな予感がするな。 例えば⋮⋮。 ﹁バイブレーションソードを真似して複製されたりして﹂ バイブレーションソードの特性を調べて、複製されたりしないだ ろうか? まさか、あんな反応をする人がいるとは思わなかったから、だん だん心配になってきた。 そんな懸念を口にしたところ、ばあちゃんから思い切り呆れられ た視線を向けられた。 ﹁そもそも、どんな文字を付与したら、あんな超高速で微細な振動 をするのか原理が分かってないのに、そんな心配するだけ無駄だね﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁そうさ。まったく、どこでそんな知識を仕入れてきたのかねえ⋮ ⋮﹂ そういうことか。 この世界の知識に超音波はない。 それなら、バイブレーションソードを複製されるかもっていう懸 2059 念は大丈夫か。 そもそも、魔道具って、真似はできてもコピーは出来な⋮⋮。 ん? あれ? コピーできない? そうなると、一つどうしても納得できない魔道具があるぞ。 ﹁ねえ、ばあちゃん﹂ ﹁なんだい?﹂ ﹁市民証って、誰が作ってるの?﹂ 最初に魔力を認識させた者以外に起動させることが出来ない、こ の世界の完全無欠の身分証明証、市民証。 あんな凄い魔道具、一体誰が付与しているのだろう? 市民証を手に入れた当初は、まだ現在の魔道具士の一般的なレベ ルを知らなかった。 ばあちゃんは隠居してたから、現役の魔道具士達はもっと高い技 術を持っていて、その人達が付与をしているのだろうと、そう思っ ていた。 ところが、現実は今でもばあちゃんが魔道具士の最高峰。 他の魔道具士達は、ばあちゃんを越えるどころか技術は頭打ちし 閉塞感すらある。 2060 そんな現状で、どうやってあんな高性能な魔道具を作っているの か? そんな疑問を投げ掛けたところ、ばあちゃんはちょっと困った顔 をした。 ﹁市民証はねえ⋮⋮﹂ なんだろう、答えにくいことなんだろうか? ばあちゃんはしばらく考えた後、市民証について話してくれた。 ﹁あの市民証はね、今はもう失われた技術で作られているものなん だよ。だから、どうやって? と聞かれても、さあ? としか答え ようがないんだよ﹂ ﹁失われた技術?﹂ ﹁ああ、市民証は、他の魔道具に比べて随分と高性能だろう?﹂ ﹁そうだね﹂ 身分証明だけでなく、魔物の討伐記録に銀行口座の管理まで。 凄い技術だなと思った記憶がある。 ﹁今から二百年も前かね。ある小さい国に天才と言われた魔道具士 がいたのさ﹂ ﹁ん? なんか聞いたことがあるような話だな⋮⋮﹂ ﹁お婆様、それってひょっとして、天才魔道具士マッシータのお話 ですか?﹂ ﹁ああ! それだ! 小さい頃、トムおじさんが持ってきてくれた 2061 本で読んだ!﹂ かつて実在したという、天才魔道具士コーノ=マッシータ。 その偉業はお伽噺となって絵本や童話のモデルになっている。 俺も小さい時に、この世界の文字を覚えるために読んだことがあ る。 でも、なぜ今その話をするんだ? ﹁市民証はね、そのマッシータが作った魔道具なのさ﹂ ﹁ええ!?﹂ そんな馬鹿な! いくら天才魔道具士が開発したとはいえ、今そ の市民証を作るとなれば誰かが魔法を付与しないといけないはずだ。 まさか⋮⋮。 ﹁ひょっとして、マッシータは今も生きてる?﹂ ﹁何馬鹿なことを言ってるんだい、そんな訳ないだろう﹂ ﹁じゃあ、どういうことなのさ?﹂ 実はマッシータが今も生きていて、市民証の付与を続けているの かと思った。 でも、もしそうなら二百歳を超えていることになる。そんなはず はない。 じゃあ、誰が付与をしているんだ? 2062 ﹁マッシータの作る魔道具は、どれも素晴らしいものだった。だけ ど、一つ問題があった﹂ ﹁それは俺も知ってる﹂ ﹁私も知ってます。確か⋮⋮﹂ そう、これも有名な話だ。 ﹁﹁付与の技術が特殊過ぎて、誰もその技術を継げなかった﹂﹂ ﹁その通りさね﹂ これが元で、マッシータの話は、伝記ではなくお伽噺として伝わ っている。 実在したかどうか怪しむ人までいるほどだ。 ﹁マッシータの作る魔道具には、非常に危険な物もあったらしいね。 だからだろう、マッシータは生涯弟子を取らずに、その技術を誰に も伝承しなかった﹂ 孤高の天才。唯一無二の存在。そんな風に伝えられている。 ﹁そんなマッシータの魔道具だが、その中に危険性がなく、世界中 から是非にと乞われたものがあった﹂ ﹁それが⋮⋮﹂ ﹁そう、市民証さ。それまで、自分の作る魔道具が世界を危機に陥 らせるかもしれないと懸念していたマッシータは、ようやく世間の ためになる発明ができたということで、世界各国、各街からの大量 の依頼を受ける事にした﹂ 2063 市民証は、基本国が管理するものだから、経済バランスを崩す心 配も無いしな。 ﹁だけど、マッシータが生きている間はいいけど、人間は常に増え 続ける。マッシータが死んだ後もね。そのことを危惧したマッシー タはある物を作った﹂ ﹁ある物?﹂ ﹁市民証の自動魔法付与装置さ﹂ ﹁自動魔法付与装置!?﹂ なんだそれ!? 二百年も前に!? オーバーテクノロジーもい いところじゃないか! ﹁その自動付与装置を量産して各国に配ったことで、今でも市民証 は作られ続けてる。だけど、結局その自動魔法付与装置のことも秘 匿したまま亡くなったから、今もよく分からない技術のままなんだ よ﹂ ﹁でも、それじゃあ万が一壊れたりしたら⋮⋮﹂ ﹁過去に何度か壊れたり壊されたり、後は盗まれたりしたことがあ ったらしいね。そういう場合は、近隣の街に市民証を作りに行かな いといけなくなるから、市民証自動魔法付与装置が壊れた街では、 新規発行に時間がかかる﹂ そうだったのか。 市民証にそんな話があったとは⋮⋮。 ﹁シシリー知ってた?﹂ ﹁いえ⋮⋮初めて聞きました。というか、マッシータの魔道具は一 切残っていないという話でしたから⋮⋮﹂ 2064 ﹁俺も本で読んだことある。まさか、こんな身近にあったとはね﹂ シシリーも知らなかったという市民証の発明者。 山奥育ちの俺だけが知らないんじゃなくて、一般的に知られてい ない話なんだろう。 ﹁それにしても、ばあちゃん、よくそんな話知ってるね﹂ ﹁アタシは元々魔道具士だよ? 過去にいた天才魔道具士のことを 調べるのは当たり前だろう﹂ ﹁ホンに苦労したわい。マッシータの話が少しでも残っとるところ なら戦時中の国にも平気で行きよるしな⋮⋮﹂ ﹁はんっ! 戦争なんぞで、アタシの探究心を止められるもんかね !﹂ ﹁お婆様、戦時中って?﹂ ﹁ああ、マッシータの生まれた国が、当時帝国の侵略を受けていて ねえ。戦争の真っ只中だったのさ﹂ 戦争中の国に、わざわざ出掛けて行ったのか! 相変わらずとん でもないな。 そして、この話を聞いたシシリーが、何故かクスクス笑っている。 ﹁どうした? シシリー﹂ ﹁いえ。前にシン君が、血が繋がってないのにお爺様とそっくりだ ってお婆様が仰ってたじゃないですか﹂ ﹁ああ、あったねえ﹂ ﹁今のお話を聞いてると、シン君とお婆様も似てるなあって﹂ ﹁似てる?﹂ 2065 どこ? ﹁探究熱心なところとか、戦争中だろうと突き進んじゃう行動力と か。やっぱりシン君は、お二人を見て育ったんだなあって﹂ なんか微笑ましいものを見る目で俺とばあちゃんを見てる。 なんだよ、恥ずかしいじゃん。 ﹁なんだい、似てほしくないところばっかり似ちまって﹂ ﹁ホッホ、素直じゃないのお﹂ ﹁なんだい!﹂ ﹁いや⋮⋮﹂ ばあちゃんも照れてる。 照れ隠しのメンチが凄い迫力だ。 爺さんをアッサリ引き下がらせた。 ﹁んんっ! とまあ、そういう事情でね、市民証については、その 自動魔法付与装置で作られているから、詳しいことはは分からない のさ﹂ ﹁そうだったんだ﹂ まあ、別にどうしても市民証の謎を解明したかった訳じゃないか ら、別にいいんだけどね。 ちょっと気になっただけだし、市民証がどういう物かは分かった し。 2066 ﹁それを考えると、シンの発明で一番評価出来るのは、付与同士を 繋げる回路を発明したことかねえ。アンタ、最近ビーン工房で魔法 付与してないだろう?﹂ ﹁うん。俺一人で付与してたら、どれだけ時間があっても足りない からね﹂ あの量を一人で付与し続けるとなると、それだけで一日が終わっ てしまう。 さすがにそれは避けたかったので、この世界の言葉でも、俺が付 与するのと同じ効果が出せるように発明したのが回路だ。 お蔭で、ビーン工房での魔法付与は、俺がいなくても成り立って いる。 ﹁それで良いさ。あの回路を発明してからシンしか付与できなかっ た付与が、他の人にも出来るようになった。そして、皆が創意工夫 をするようになった。これは凄いことなんだよ。これに関しちゃ誇 っていい﹂ おお、滅多に褒めてくれないばあちゃんから誉められた。 嬉しいけど恥ずかしいな。 なんとなく気恥ずかしくなって、市民証に視線を落とした。 俺の視線の先には、今までと見る目が違ってしまったモノ。 まさかメチャクチャ身近にある物が、お伽噺に出てくる天才魔道 2067 具士が作ったものだとは。 そういうことなら、今まで確認したことはなかったけど、ちょっ と調べてみようかな? 伝説の技が垣間見えるかもしれないしな。 そんなことを考えてじっと市民証を見ていたら、ばあちゃんが不 審に思ったらしい。 ﹁シン。アンタ⋮⋮﹂ ﹁え?﹂ ﹁シン様、騎士学院のミランダ様がお見えでございます﹂ ばあちゃんが何かに勘付きそうになったところで、メイド長のマ リーカさんが来客を伝えに来た。 ﹁あ、はいはい。通して下さい﹂ ﹁かしこまりました﹂ ﹁ミランダ? あのミッシェルの弟子になったっていう娘かい?﹂ どうやらうまくばあちゃんの意識を逸らせることが出来たみたい だ。 何の用かはしらないけど、ミランダはナイスタイミングで訪問し てくれた。 リビングで待っていると、メイドさんの一人に連れられたミラン ダがリビングに入ってきた。 2068 ﹁あ、マーリン様、メリダ様。本日は突然の訪問、誠に申し訳ござ いません﹂ ﹁ほっほ、シンとシシリーさんの友人じゃ、何も気にせんでいい﹂ ﹁その通りだね。ところで、今日はどうしたんだい?﹂ ﹁あ! お二人への挨拶で本題を忘れるところだった!﹂ そう言ったミランダは、挨拶していた爺さんとばあちゃんから俺 に視線を移した。 その表情は、さっきまで爺さんとばあちゃんに向けていた朗らか な表情とはまるで別人の⋮⋮般若のような怒り顔だった。 ﹁さっき王城から、アタシに連合軍の教官やれって言われたんです けど!?﹂ ﹁おお、もう連絡行ったのか、ディスおじさん仕事早いな﹂ さっき会議が終わったばかりなのに、もう連絡してくれたのか。 ﹁仕事早いな⋮⋮じゃないわよ! 連合軍よ!? 正式な軍人よ! ? なんでまだ学生で騎士にもなってないアタシが教官なのよおっ !?﹂ ﹁なんでって⋮⋮そりゃバイブレーションソードを使ってるのが、 俺とトニーとミランダしかいないからじゃないか﹂ ﹁全員学生だ!?﹂ 別に剣術の指南に行く訳じゃない。むしろそれなら俺達が指南を 受ける立場だ。 でも今回のこれは⋮⋮。 2069 ﹁今回の仕事は、バイブレーションソードの使い方を教えるだけの 簡単な仕事だから﹂ ﹁教える相手が問題だって言ってんのよお!!﹂ うーん、ミランダが情緒不安定だな。 ﹁シシリー! アンタからも何か言ってよう!﹂ ﹁何かって言われても⋮⋮シン君の中では既に決定事項みたいだか ら⋮⋮無理かな?﹂ ﹁旦那ラブのアンタに聞いたアタシが馬鹿だったよ!﹂ ﹁旦那さんって⋮⋮﹂ ﹁そこじゃないわよ!﹂ おお? シシリーとミランダのやり取りがすごく気安い感じがす るぞ? ﹁シシリー、いつの間にミランダと仲良くなったんだ?﹂ ﹁ミランダってマリアと仲良いじゃないですか。マリアの家にもよ く遊びに来てて。私の家はその隣ですから、よく会うようになった んです﹂ ﹁へえ﹂ ﹁三人でお泊まり会とかもするんですが⋮⋮ふふ、ミランダって男 勝りな感じですけど、実はパジャマが可愛い⋮⋮﹂ ﹁ちょっとおっ! 恥ずかしいことバラシてんじゃないわよ!﹂ ﹁あはは、ごめんね﹂ マリア以外とこうやって話してるシシリーって珍しいな。 ミランダと初めて会った時はどう対応しようかと思ったけど、こ うやってシシリーやマリアと仲良くなれたのは良いことだな。 2070 ﹁まあ、そんなに難しく考えなくていいよ。剣術を教える訳じゃな い。魔道具の使い方のコツを教えるだけなんだからさ﹂ ﹁うう⋮⋮プレッシャーで胃が⋮⋮﹂ ﹁お腹痛い? 治癒魔法かけてあげようか?﹂ ﹁その腹痛じゃなあーい!﹂ シシリーとミランダという異色の掛け合いが面白くて、さっきま で真面目な感じだったリビングの空気があっという間に笑いに包ま れた。 突然来て騒いでいったミランダだが、どうも急に大きな話を振ら れたから、一言文句が言いたかったらしい。 自分には荷が重いとも言っていた。 だけど、俺とトニーも一緒だからと説得し、なんとか了承して帰 っていった。 帰る際の背中に哀愁が漂っていたなあ。 そういえば、ミランダはトニーと昔からの顔見知りだそうだ。 騎士学院にいなくて不思議に思っていたら、魔法学院にいてびっ くりしたらしい。 何気に、トニーって有能だよな。 そしてミランダが帰った後シシリーも家に帰り、今は部屋にいる のは俺一人。 2071 実は、俺には誰もいない部屋で試してみたいことがあった。 それは⋮⋮市民証に付与された文字を確認する事だ。 市民証の不正な改造は重罪だけど、文字を確認する位なら⋮⋮い いよね? とそういう言い訳を考え、早速市民証に付与された文字を浮かび 上がらせた。 すると⋮⋮。 ﹁!! マ、マジかよ⋮⋮﹂ 浮かび上がった文字を見て、俺は自分の目を疑った。 目を擦り、何かの間違いじゃないかと何度も見直した。 しかし間違いはなく、俺は驚きを隠すことができなかった。 何故なら、そこに浮かび上がった文字は⋮⋮。 ﹁日本語⋮⋮﹂ そう、日本語だったのだから。 2072 他にもいました︵前書き︶ 今回の話で、シンが断定していることがいくつかありますが、あく まで物語上の設定です。 現実にそうであると主張している訳ではありません。 あらかじめ、ご理解下さい。 2073 他にもいました 俺以外の転生者がいた。 いや、正確には、俺以外に前世の記憶を取り戻した者がいたと表 現した方がいいか。 過去に存在した天才魔道具士、コーノ=マッシータが作ったとさ れるハイスペック魔道具﹃市民証﹄に付与された文字を調べたとこ ろ、浮かび上がった文字はまさかの日本語だった。 この文字を見た瞬間、市民証のハイスペックさも理解できたが、 同時にいくつかの疑問も出てきた。 まず、マッシータが存命していたのは二百年も前である。 俺の前世の記憶から二百年前といえば、まだ江戸時代だ。 確か、ペリーが浦賀に来航したのが一八五三年であったから、そ れよりも三十年以上も前である。 ペリーの来航は﹃いや、誤算﹄の語呂合わせで、なんとなく覚え てた。 となると、出てくる疑問がある。 まだ鎖国中である江戸時代の日本人に、市民証のような個人認証 システムを思い付けるとは思えない。 2074 ということは、マッシータは俺の前世時代と近い時代から転生し たと思われる。 しかし、転生したのは今より二百年も前だ。 これはどういうことなんだろう? 転生に時系列は関係ないのか ? それともこの世界と、俺が元いた世界では時間の流れが違うの だろうか? こればっかりは、魔石の時みたいにこれが答えだ! っていうの は出せないな。 輪廻も含めて﹃世界そのものの謎﹄だ。 これの答えを知っているのは、それこそ神様しかいない。 今回のことで分かったことといえば⋮⋮。 輪廻は地球とこの世界とで廻っている。 時系列は関係なさそう。 これくらいかな。 ひょっとしたら、また別の世界とも輪廻は繋がってるかもしれな いけど、それは実証のしようがない。 それにしても、偶々覚醒したのが日本人か。 2075 他の国からの転生者もいたんだろうか? いたとしても、前世の記憶が甦るなんて、そんなことそうそうあ るんだろうか? 俺とマッシータは本当にレアケースで、偶然一致するなにかがあ ったのだろうか? そういえば、トムおじさんに貰った本には、マッシータの他にも 昔の偉人とか英雄とかの話がいくつかあった。 その話の中に、実は覚醒した転生者の話があったり⋮⋮ ﹁あ、もしかしたら、あれって⋮⋮﹂ いくつか所持している本を思い返しているうちに、ある一つの本 を思い出した。 それは、マッシータが活躍した時代の少し後、アールスハイドの 海で活躍した男の話。 ﹁えっと⋮⋮確か持ってきてたはずだけど⋮⋮﹂ 俺は本棚の本を探しながら、その話のあらすじを思い出していた。 それは海運業を営む男の話で、今では広く知られた方法だが、当 時は誰も考えつかなかったある方法で海を駆け抜け、財産を築いた 男だった。 その波乱万丈に富んだ人生は、物語として本になっている。 2076 ﹁あ、あった!﹂ ようやく本棚から目当ての本を探し出し、その表紙を見た。 ﹁これ⋮⋮多分、元アメリカ人だろ⋮⋮﹂ そこに記載されているタイトルは⋮⋮。 ﹃ソーロ船長とイーグル号﹄ 主人公であるハリー=ソーロの幼少期がプロローグとして語られ、 イーグル号という機動性に富んだ小型の帆船を、船大工と共に自ら 建設し海に出た男の物語だ。 始めは、その自分で造った船の小ささから同業者に馬鹿にされて いたソーロだったが、彼は全く気にしていなかった。 なぜなら、彼には秘策があったから。 その秘策とは⋮⋮。 風の魔法を、帆船の帆に当てて船を動かすというものだ。 今でもそうだけど、魔法とは攻撃というイメージが強い。 当時の人達に、船を動かすために魔法を使うという発想はなかっ た。 そんな誰も思いつかない方法で船を動かすソーロは、どの船より 2077 も高速で船を動かすことができ、小さい船ながら瞬く間に海運業で のし上がっていく。 だが、その道のりは順風満帆とはいかず、妨害をする同業者達や、 航海の途中で襲ってくる海賊。 いかな高速船とはいえ嵐には勝てず遭難したり、その時に辿り着 いた無人島で古い海賊の宝を見つけたり。それを狙って、海賊や商 人、貴族まで巻き込んで大騒動になっていったり。 どこまでが本当でどこまでがフィクションかは分からないけど、 そのソーロ船長の心躍る冒険譚を、幼い頃の俺はワクワクしながら 読んでいた。 当時の俺は、自分以外の転生者がいるなど夢にも思っていなかっ た。 けど、マッシータという俺以外の転生者を見つけてしまった。 なら、他にも転生者がいるのではないかと、そういう視点で物語 を思い返すと、まさにこの物語がそれに当てはまるのではないかと 思ったのだ。 今では当たり前の技術だが、当時は誰も帆船の帆に風の魔法を当 てて推進力を得ることなど、思い付きもしなかった。 ソーロ船長が使い出してから爆発的に広まり、今や船乗りたちの 常識となっている。 その結果、この世界の帆船は、前世の帆船とは比べ物にならない 2078 くらいのスピードが出る。 ここで注目すべき点は﹃誰も思いついていなかった技術を、当然 のように使い始めた﹄ことだった。 当時、まだ誰も行っていないことを、海に出ていきなり使用する なんてあり得るだろうか? 恐らく、海に出る前から風の魔法をそういう風に使おうと決めて いたんだろう。 そして、風の魔法を使用するなら、それを前提とした船が必要だ った。 だから自分で船を造った。 つまり﹃最初から知っていた﹄んだ。 そして、幼少期のプロローグにある記述。 ﹃ごく普通の少年だったソーロが、ある日誤って崖から転落し瀕死 の重体に陥った。何日も昏睡状態が続き、もう目覚めることはない かと皆が諦めかけたその時、ソーロは奇跡的に目を覚ました。その 後、ソーロは突如天才となり周囲の大人達を驚かせた﹄ ⋮⋮これは、俺とソーロ船長の共通点だ。 俺も赤ん坊の時に、両親だと思うけど一緒に移動していた馬車が 魔物に襲われた。 2079 その際に、俺は衝撃から仮死状態に陥り、魔物の目を掻い潜るこ とができた。 そして、爺さんに助けられて仮死状態から回復し、命を取り留め た。 前世の記憶というものを思い出したのもその時だ。 おそらくソーロ船長もそうだったんだろう。 崖から落ちて瀕死の状態⋮⋮死の一歩手前まで行った。 そしてその状態から回復した際に、前世の記憶も一緒に思い出し たのではないだろうか? さっき考えた、俺とマッシータとの共通点。 ソーロ船長と俺にはそれがあった。 しかし、ソーロ船長の本には幼少期の話が載っているが、物語に 出てくるマッシータは登場時からすでに成人している。 幼少期のエピソードが物語の中で書かれていないのだ。 それが分かれば、共通点が見えてくるかもしれないのにな。 なにか、そんなエピソードが載っている本はないか⋮⋮。 あ、そうだ。 2080 ばあちゃんが、昔マッシータのことを色々調べてたって言ってた な。 もしかしたら、幼少期のマッシータの話とか知ってたり資料を持 ってるかもしれない。 明日、ばあちゃんに聞いてみよう。 それはともかく、このソーロ船長が覚醒した転生者だと確信した 最大の理由。それは⋮⋮。 ﹁⋮⋮隼じゃマズイから鷲にしたのかな?﹂ ソーロ船長だしな! ﹁マッシータの幼少期の話?﹂ ﹁うん。ばあちゃん、マッシータのこと調べたんだよね。そういう 話とか知らないかなって思って﹂ ﹁急にどうしたんだい?﹂ マッシータが転生者だと知った翌日、俺はばあちゃんにマッシー タの幼少期の話を知らないかと聞いてみた。 案の定、なんでそんなこと聞くのかと訝しがられた。 2081 ﹁昨日、久し振りにマッシータの本を読んでみたんだよ。そしたら、 ソーロ船長の本には子供の頃の話が載ってるのに、マッシータの本 には載ってないなって思ってさ﹂ ﹁ああ、そういうことかい﹂ 最近、俺がなにかしようとすると、ばあちゃんが過剰に反応する んだよな。 ﹁そういえば、マッシータの幼少期の頃の話は本には載ってないね﹂ ﹁なんで? ソーロ船長の本には載ってるのに﹂ ﹁ソーロは子供の時から神童だって言われてたからね。幼少期のエ ピソードも結構あるのさ。だけどマッシータは、成人して初めて魔 道具を作るまであまり目立った動きをしていないんだよ﹂ ⋮⋮ソーロ船長の中の人⋮⋮自重しなかったな? マッシータは、子供の内から目立つような行動をしちゃまずいと 思って自重したんだろう。 でも、そうなると幼少期の話なんて出てこないか⋮⋮。 ﹁ただ、マッシータの日記なら持ってるね。それでもいいのかい?﹂ ﹁そんなの持ってんの!?﹂ ﹁ああ、マッシータは付与魔法の技術は継承しなかったけど、ちゃ んと子孫は残していたのさ。その子孫が、偉大な先祖の日記を代々 受け継いでいたんだよ。それを戦火から逃してくれと頼まれて預か ったのさ。マッシータはマメな人間だったらしくてね、幼少期から の日記が残ってるよ﹂ へえ、そんなことが⋮⋮え? 2082 ﹁預かった? でも、今でも持ってるんだよね?﹂ ﹁持ってるさ。返したくても返せなくなったからね﹂ ﹁返せない?﹂ ﹁帝国の侵略さ﹂ あ、そうか。マッシータの生まれた国は帝国に侵略されていたん だったか。 こんな時こそ出番だろ、ソーロ船長! ⋮⋮やめとこ⋮⋮。 ﹁その国が帝国に侵略された後、情勢が落ち着いた頃にもう一度行 ったんだけどね、残念ながらマッシータの子孫達は⋮⋮﹂ そう言って首を振るばあちゃん。 そんな、消された⋮⋮のか。 マッシータの子孫ってだけで⋮⋮。 帝国は、昔からそんな理不尽だったのか。 ﹁マッシータの遺した魔道具を使って、帝国軍を相手に大暴れした らしくてね。かなりの死傷者を出して、帝国が怒り狂ったんだよ。 だけど、最後は多勢に無勢。マッシータの遺した魔道具も全て壊れ て、あえなく全員討ち取られたって訳さ﹂ そりゃ狙われるわ。 2083 っていうか、マッシータの魔道具が残ってないの、子孫のせいだ った。 ﹁さて、マッシータの日記だったね。ちょいとお待ち﹂ ばあちゃんはそう言うと、自分の異空間収納の中をゴソゴソと探 し出した。 ﹁ああ、あったあった。これだよ﹂ ﹁わ! さすがに子供の時からの日記だね、結構な量だ﹂ ﹁貴重な資料だからね、大事に扱うんだよ﹂ ﹁うん。ありがと、ばあちゃん﹂ こうして俺は、マッシータの日記という非情に貴重で、俺にとっ て有用と思われる資料を手に入れた。 ﹁ああ、それと﹂ ﹁なに?﹂ ﹁一部、暗号みたいな文字が書かれているけど、残念ながら解明で きてなくてね。なんて書いてあるのか分からない箇所があるからね﹂ ﹁へえ、そうなんだ。じゃあ、そこは読み飛ばすよ﹂ ﹁そうしな﹂ ばあちゃんから、日記に記載されている内容について聞いた後、 早速自分の部屋に行ってマッシータの日記に目を通す。 幼少期の日記は、やっぱり子供の字だ、割と読みにくい。 だけど、ある日からしばらく日付が飛び、しばらくぶりに更新さ 2084 れた日記の文字は⋮⋮。 ﹁⋮⋮格段に綺麗になってる﹂ 子供が書いたとは思えない、綺麗な文字が書かれていた。 そして、しばらく日記が更新されなかった理由について書かれて いる。 それは⋮⋮。 ﹃その時の記憶は定かではないが、どうやら私は馬車に轢かれたら しい。頭を強く打ち、死の淵をさまよっていたようのだ。そして目 覚めてみると、今の私と昔の私が混在している⋮⋮私は、この事実 を受け入れることができていない﹄ そう書かれていた。 ⋮⋮日本語で。 ﹁やっぱり⋮⋮﹂ マッシータにも死の淵から帰還した経験があった。 それに、ばあちゃんの話を聞いた時からピンときていたけど、暗 号のような文字とはやはり日本語だった。 死の淵から蘇り、前世の記憶が蘇ったところの記述は日本語で書 かれてあった。 2085 それ以外はこの世界の文字で書いてあるのだが、他人に読まれた 時のことを考慮したんだろう、とても信じてもらえないような真実 は、この世界の人が読めない文字で書かれていた。 でも、これで前世の記憶が覚醒する条件が分かった。 ﹃幼少期に死の淵から帰還すること﹄ これで間違いないと思う。 その際に、極稀に前世の記憶が覚醒するんだろう。 全員が全員、覚醒する訳じゃない。 まあ⋮⋮そんなこと分かってもどうしようもないし、絶対に知ら れちゃいけない。 なぜなら、この情報は悪用されると最悪なことになる。 悪用しようと考えたなら⋮⋮。 子供を瀕死の状態に陥らせて、別の世界の記憶が蘇ることを期待 しながら回復させる。 そういうことを考える奴が、多分出てくる。 まさに悪魔の所業だ。 そんなこと、絶対させてはいけない。 2086 これは、永遠に封印しなきゃいけない真実だわ。 死ぬまでこの秘密は喋らない。 そう心に決めてマッシータの日記をばあちゃんに返した。 ﹁どうだった? なにか面白い話でも載ってたかい?﹂ ﹁いや、ほとんど本に載ってたね。それに所々載ってた文字は読め なかったよ﹂ ﹁そうかい。そういえば⋮⋮あの暗号、アンタが付与の際に使って るオリジナルの文字によく似てるような⋮⋮﹂ ﹁気のせいだよ﹂ ﹁⋮⋮本当かねえ⋮⋮﹂ ばあちゃんのジト目が怖い。 けど、これは絶対に知られちゃいけない秘密だ。 ついこの前までは、信じてもらえないし、なんだかカンニングが バレてしまう気分になるから言い出せなかった。 けど、今は違う。 絶対に知られちゃいけない理由ができた。 なんとかばあちゃんの不信の目を逃れ、また自分の部屋に戻って きた俺は、今のこの世界での状況について考えてみた。 過去に二人、別世界の記憶が覚醒したと思われる者がいた。 2087 それ以外で覚醒した者はいないと思われる。 思われるだけで、本当はいたのかもしれない。 今の世には、多分いないだろうな。 だって⋮⋮。 今の世界に、目立った活躍をしてる人いないからね。 2088 訓練が始まりました ﹁ねえ、ウォルフォード君﹂ ﹁なに? ミランダ﹂ 並んで同じ方向を見ていた騎士学院のミランダが、俺に声をかけ てきた。 ﹁魔道具の使い方を教えるだけの、簡単なお仕事って言ってたわよ ね?﹂ ﹁言ったねえ﹂ ﹁この⋮⋮﹂ そこまで言ったミランダは、俺の方を向き、大声で叫んだ。 ﹁この人数のどこが簡単なお仕事なのよっ!?﹂ 軍務局の練兵場にズラリと並んだ騎士達。 その数、数百人。 ﹁連合軍とはいえこの人数⋮⋮ありえない⋮⋮﹂ 数百人の正規騎士を前にブツブツ言ってるミランダだが、なにか 勘違いをしている。 ﹁なに言ってんだミランダ﹂ ﹁え? なに?﹂ 2089 ﹁これ、連合軍じゃないぞ﹂ ﹁え? ちょっと、まさか⋮⋮﹂ ﹁ああ、これ、アールスハイドだけ﹂ ﹁ウソデショ!?﹂ ﹁これと同じ規模なのがエルスとイース。もうすこし少ないのがス イードとダームとカーナンとクルトな﹂ ﹁ウソデショオオオッ!?﹂ ミランダが壊れた。 でも、アールスハイドだけで騎士と剣士は数万人いる。全員を一 度に教えることなんてできない。 今回の訓練は、言ってしまえば魔道具の使い方のレクチャーだ。 一度覚えてしまえば、自分の部下達に教えることができる。 なので、最初の最初に教える人を選別してもらい、アールスハイ ド全土から隊長格だけを集めて数百人だ。 それに、今回だけではない。 ﹁そのあとは、実践練習だな。各国の﹂ ﹁⋮⋮!!﹂ ミランダが口をパクパクさせてる。 さっきから様子がおかしいな。 ﹁ミランダ、どうしたんだ?﹂ 2090 ﹁あれじゃないかシン。休みがないからじゃないかい?﹂ 今回、一緒に騎士達にバイブレーションソードの使い方を指南す るトニーが、ミランダの心情を推測した。 ﹁あ、そうか﹂ 七ヵ国あるから、全部にレクチャーして一週間。 そのあと、実践練習にまた一週間だ。 合計で二週間休みなしのスケジュールになってる。 十四連勤とか、労働基準法があったら完全にブラック企業だ。 そりゃ文句も出るか。 ﹁ゴメン、ミランダ。休みを考えてなかった。各国に掛け合って、 最初の一週間が終わったら休みをもらうよ﹂ ﹁そんなこと言ってんじゃないわよおっ!﹂ ﹁﹁ええ!?﹂﹂ ﹁たしかに連合軍にバイブレーションソードの指南をしてくれって 言われたわよ!? でも、こんな人数だとは聞いてない!!﹂ うん? 連合軍なんだから、これくらいの数だろ? ﹁そんなに不思議なことかい? 連合軍全員じゃないんだから、こ んなもんでしょ?﹂ ほら、トニーだってミランダの言いたいことが分からなくて戸惑 2091 ってるよ。 ﹁ウォルフォード君はともかく、フレイド君までおかしくなってる !?﹂ ﹁それは非道いな、シンとだけは一緒にしてほしくなかった﹂ ﹁トニーもヒデエなっ!﹂ おかしくなってるってなんだよ? そんなにおかしいこと言ったか? ﹁はあ⋮⋮二人とも全然理解してない⋮⋮やっぱり英雄扱いされる と違うのかしら?﹂ ﹁なんだい? 僕は自分ではまだ普通だと思ってるんだけどね﹂ ﹁普通って。トニー、お前魔法に加えてバイブレーションソードを 使っての近接戦闘までやってんじゃん。攻撃力でいえば、ウチの四 席だからな?﹂ 次席はオーグで、三席はマリアだ。 ﹁うそ?﹂ ﹁ホント﹂ ﹁⋮⋮天上人の会話だわ⋮⋮﹂ ミランダが呆れた声を出す。 ﹁あのね、世界に名だたるアルティメット・マジシャンズの首席様 と四席様には分からないでしょうけど、アタシはまだ騎士学院の生 徒なの﹂ 2092 俺達もまだ魔法学院の生徒だけど⋮⋮。 ﹁騎士のタマゴなの。ヒヨッ子にすらなってないの。それなのに⋮ ⋮﹂ そこで言葉を切ったミランダは、バイブレーションソードの使い 方を教わるために集まった騎士さん達を見る。 第一回目に集まってるってことは、ここで教わったことを部下に 指導していく立場の人達。 隊長格ってことだ。 ﹁こんな、本来アタシの上司になるような人達に指南することすら おこがましいのに! しかもそれがこんな人数なんだよ!? 荷が 重すぎるよ!!﹂ ああ、そういうことか。 騎士としては、皆ミランダより高みにいる人ばかり。 一人二人ならともかく、それを自国だけでなく他国までこんな人 数を指南するとは思っていなかったと。 ﹁ああ⋮⋮胃が痛い⋮⋮﹂ ﹁大丈夫か? 治癒魔法かけてやろうか?﹂ ﹁嫁とおんなじ行動とってんじゃないわよ!﹂ それは覚えてたか。 2093 でも、そうか。ミランダからしたら、ここにいるのは皆未来の上 司。 他国の騎士達は自分よりはるか高みにいる人達。 そんな人に教えるなんて、そりゃ胃も痛くなるか。 ﹁あー、悪い。そこんとこ全然考えてなかった﹂ ﹁まったく、そんなことだろうと思いましたよ﹂ ミランダに謝ったら、違う方向から声をかけられた。 ﹁あ、クリスねーちゃん、ガストール局長も﹂ ﹁うむ。色々と無理を言って済まないな、ウォルフォード君﹂ クリスねーちゃんと、騎士団総長で軍務局長のドミニク=ガスト ールさんが連れだってやってきた。 ﹁あれ? クリスねーちゃん、近衛でしょ? なんでここにいるの ?﹂ クリスねーちゃんも戦場に出るのだろうか? ﹁あなたのことだから、ウォーレスになにも説明しないで連れてき たのでしょう?﹂ ﹁失敬な、説明したよ?﹂ ﹁なんと言ったのです?﹂ ﹁魔道具の使い方を教えるだけの簡単なお仕事ですって﹂ ありのままを話したら、クリスねーちゃんが額を押さえて深い溜 2094 め息を吐いた。 ﹁シン。ガストール局長やオルグラン師団長ですら頭が上がらない、 賢者様、導師様、剣聖様に指導を受けたアナタと、他の人間は違う のですよ?﹂ ﹁確かにその通りだがな⋮⋮もう少し言い方があるだろう? ヘイ デン﹂ 俺の師匠連に頭が上がらないと言われたガストール局長が、こめ かみをピクピクさせながら、クリスねーちゃんに他の言い方をと修 正を求めた。 ﹁事実ではないですか?﹂ ﹁確かにその通りなんだがな! はあ⋮⋮もういい⋮⋮﹂ ﹁そうですか? まあそれはともかく、ウォーレスは最近剣聖様に 指導を受けているとはいえ、まだ騎士団に所属すらしていないので す。配慮してしかるべきでしょう?﹂ クリスねーちゃんにサラリと流されてしまったガストール局長が 項垂れている。 軍務局長の扱いが雑だなクリスねーちゃん。 それはともかく、確かにミランダに対する配慮は足りなかったか も。 ﹁ごめんなミランダ﹂ ﹁はあ⋮⋮もういいよ。そもそも、ここに並んでいるってことは、 皆さん納得済みってことでしょ?﹂ ﹁そうなの? クリスねーちゃん﹂ 2095 ﹁そうなんですか? 局長﹂ ﹁ウォルフォード君はともかく、なぜお前が疑問形なのだヘイデン ⋮⋮その通りだよ。今回、魔人との決戦に向けた魔道具、バイブレ ーションソードの使用方法を伝授するのは、ウォルフォード君達三 人だとすでに通達している﹂ ここにいるってことは、その通達を聞いた上で、納得して並んで るってことか。 ﹁だそうだ、ミランダ﹂ ﹁もう、分かりましたよ! 教えればいいんでしょう! 教えれば﹂ ﹁安心しなさいウォーレス。貴女だけでは荷が重いだろうと、私が 参じたのです。もっと肩の力を抜きなさい﹂ ﹁はい! ありがとうございます、クリスティーナ様!﹂ さっきまで悲嘆にくれていたミランダが、クリスねーちゃんの参 加を知って急に元気になった。 まあ、プレッシャーに押しつぶされて青くなってるよりいいか。 こうして、対魔人&災害級の魔物との決戦に向けた特訓が始まっ た。 ﹁む? こうか?﹂ ﹁はい、そうです。難しいのは、魔道具を起動しながら剣を振るう というそのことに尽きます。慣れてしまえばどうということはない んですが⋮⋮﹂ ﹁むう⋮⋮なまじ剣技が体に染みついておるから、体を動かすとき に魔道具の起動を切ってしまうな﹂ 2096 ﹁そこはもう、慣れて頂くしか⋮⋮﹂ 少し懸念していたミランダは、意外とうまく騎士達にバイブレー ションソードの使い方を指南してる。 しかし、意外とバイブレーションソードの扱いに四苦八苦してい る人が多いな。 元々騎士になる人は、魔法使いの素質が無い人が多い。 トニーみたいに魔法使いの素質がある人もいるけど、魔道具を起 動しながら剣を振るうってことに戸惑っているのが見て取れる。 ﹁ダメですね先輩。こうですよ、こう﹂ ﹁⋮⋮お前は、なんでそんなに扱いが上手いんだ?﹂ ﹁これのナイフバージョンは、随分前にシンに貰いましたからね。 結構使って慣れているんです﹂ ミランダ一人で年上の騎士達を指導するのは大変だろうと、フォ ローに入ったクリスねーちゃんが意外なほどバイブレーションソー ドを使いこなしてる。 その姿を見て、先輩騎士も負けじと剣を振るう。 お。今のは起動したままちゃんと振れたな。 ﹁難しいのはそれくらいです。あと、気をつけないといけないのが、 横からの衝撃ですね﹂ ﹁横から? そうか、この剣に使われている剣は薄刃の剣だ。横か ら衝撃を受ければ⋮⋮﹂ 2097 ﹁はい。簡単に折れてしまいます﹂ ﹁そうか。しかし、こうなるとアールスハイド軍の制式装備を、こ のエクスチェンジソードに変更していたのは好都合だったかもしれ んな﹂ アールスハイド軍の制式装備は、柄の部分は俺とトニーが使って いるものと同一で、剣の部分だけ違う。 俺とトニーが使っている金型があるから、それを使えばバイブレ ーションソード向けの薄刃の剣が大量に作成できる。 バイブレーションソードは鍛造でなくていい。鋳造でいいんだ。 ﹁それにしても、魔王殿は凄いな。これだけの量の魔道具を、この 訓練に間に合わせてしまうのだから﹂ ﹁そうですね。正直、色々と意味の分からない人です。凄すぎて、 最早嫉妬心すら生まれませんよ﹂ 今回の大量発注に伴い、ビーン工房では、昼夜を問わない二十四 時間体制でバイブレーションソード用の薄い剣を用意した。 そっちも大変だったけれど、それに魔法効果を付与するのは俺一 人。 正直、マッシータの話を聞いてあるものを開発していなかったら、 絶対に気が狂ってたね。 それくらい、大量に付与した。 ﹁ウォルフォード君。答えられる範囲でいいのだが、質問していい 2098 かい?﹂ ﹁どうぞ﹂ さすがにガストール局長に教えるのは、トニーとミランダでは荷 が重いとの事で、俺が教えている。 その局長から質問があると言われた。 ﹁これだけの量をこれだけ短い期間で、どうやって付与したんだい ?﹂ ﹁それは秘密です﹂ いきなり答えられない質問だ。 今回、短期間に大量の付与をすることができた方法は、実は固く 口止めされている。 ﹁教えられない?﹂ ﹁ええ、ばあちゃんから固く口止めされてますので﹂ ﹁そ、そうか。ならば聞かん。むしろその質問を忘れてくれ﹂ 魔法師団長だけでなく、騎士団総長まで。 どんだけばあちゃんが怖いんだ。 ﹁べ、別の質問をしてもいいかな?﹂ ﹁それも答えられるかは分かりませんが⋮⋮﹂ ﹁いや、導師様の意向に背くことではないよ! うん! 質問とい うのは、明日以降に訓練を行う他国のことだ﹂ ﹁他の国?﹂ 2099 ﹁うむ。我が国の騎士団の剣に付与をしたのと同じペースで、他国 の武器にも付与を施すことはできるかい?﹂ これくらいならいいかな? ﹁ええ、可能です﹂ ﹁⋮⋮本当に凄いな君は﹂ ﹁そんなことないですよ﹂ この短期間に、大量の付与ができた要因。 マッシータの話がヒントになったその方法とは⋮⋮。 付与の転写機を作ったこと。 まず始めに、イメージを込めた﹃超音波振動﹄の文字を、付与し やすい鋼の板に付与。 そして、その板と合わせるように﹃概念転写﹄と付与したもう一 枚の鋼の板を﹃接続﹄と付与した魔物化した蜘蛛の糸でつなぐ。 それを、魔道具を起動しながら剣に押し当てると⋮⋮。 バイブレーションソードのできあがりだ。 これは、直接文字を書き込んだり彫ったりしているのではなく、 イメージを込めた魔力で文字を書き、それを付与したいものに付与 する魔道具の作り方ならではの方法だ。 その付与転写機を作ったとき、ばあちゃんは今までの中で一番驚 2100 愕していた。 そして、それを絶対に口外するな、見られるな、これは絶対守れ と鬼の形相で言われたことを思い出す。 今思い出しても恐ろしい⋮⋮。 しかし、ばあちゃんに言われるまでもなく、この魔人との戦闘が 終われば廃棄する予定の道具である。 なんせ﹃誰もが﹄簡単に鉄が切れる剣を﹃誰でも﹄大量生産でき てしまう魔道具だから。 ばあちゃんが一番懸念してたことを、具現化してしまう魔道具を 作ってしまった。 だが、これを作らなければ訓練に間に合わないというのも実情。 ばあちゃんには、戦後すぐに廃棄することでなんとか了承を貰っ た。 他国の剣に付与を施すときは、天幕を張り見張りを立て、その中 で付与を行うことになってる。 絶対に見られる訳にはいかないからな。 それを考えると、正直俺が訓練に参加できるのって、最初のアー ルスハイドだけだな。 後はトニーとミランダに頑張ってもらわないといけない。 2101 ああ、さっきの様子だと、クリスねーちゃんも戦力になるかな? とにかく、今回の俺の一番の仕事は、各国騎士団が使用するバイ ブレーションソードを人数分そろえること。 各国には、なるべく刃の薄い剣を用意してもらうように依頼して あるので、剣は用意できるだろう。 そうだ。後で転写機と同じ要領で﹃付与取消﹄の効果の魔道具も 作らないとな。 本当にマッシータ様々だ。 正直、今回の作戦で一番の問題だったのは、このバイブレーショ ンソードの大量生産そのものだった。 それに目途が立った今の時点で、実は俺にはもう一つ考えなけれ ばいけないことがある。 それは⋮⋮。 ﹁ところでウォルフォード君、話は変わるのだが⋮⋮﹂ ﹁なんでしょう?﹂ ﹁⋮⋮シュトロームには勝てそうかね?﹂ それがまさに、俺が今考えなきゃいけないことだ。 ﹁そうですね⋮⋮どうでしょうか? 以前に警備隊の詰所でやり合 った時は互角でしたけど⋮⋮﹂ 2102 ﹁正直⋮⋮世界の命運を十六歳の少年に委ねなければいけないのは、 我々大人としては痛恨の極みだ﹂ 本当に申し訳なさそうな顔でそういうガストール局長。 ﹁だが、今のこの世界でシュトロームに勝てる見込みがあるのは君 だけだ。どうか⋮⋮どうか頑張ってほしい﹂ そう言って、俺の手を力強く握るガストール局長。 ﹁局長⋮⋮分かっています。これに負けたら、比喩ではなく本当に 世界が滅んでしまう。そんなことはさせません﹂ 勝負に絶対はない。 だけど、俺はあえて使った。 ﹁絶対に勝ちます﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ ガストール局長はそれだけ言うと、すぐにバイブレーションソー ドの訓練に入った。 半分は意地でそう言ったけど、実際シュトロームに勝つにはどう すればいいのだろう? 警備隊の詰所でシュトロームとやり合ったときの感触でいえば、 シュトロームは本気ではなかったと思う。 もちろん、俺も周りへの被害も考えて全力での魔法行使は控えた。 2103 つまり、お互いが手の内を隠したまま戦った訳だ。 今度は魔人領で、旧帝都が戦場だ。 もうすでに人間の住んでいない都市。 周りへの被害は考えなくていい。 おそらくお互いの全力を出しての戦いになる。 そうなったとき、俺の全力は、シュトロームの全力に届くのだろ うか? ⋮⋮あまり気が進まないけど、あの魔法を試しておくべきかな⋮ ⋮。 魔法効果の指向性という、俺にとっての安全装置はできた。 あとは試してみる必要があるのだが⋮⋮。 ﹁やっぱアレも検証しないとダメかな⋮⋮﹂ 対シュトローム用の魔法を試してみるのと同時に、もう一つ確か めておきたいことがある。 それが実証されれば、シュトローム戦は有利に進められるはずで ある。 新しい魔法も検証も、どちらもあまり気乗りしないことではある 2104 けど⋮⋮。 試さないで後悔するよりいいだろう。 この訓練が終わったあとは、その実験と検証に取り掛かろうと、 今後の予定を決めた。 参加した騎士さん達はバイブレーションソードの使い方の習得に 四苦八苦していたが、結局難しいのは魔道具を起動しながら剣を振 るうということだけ。 難しいことがそれだけであるならば、歴戦の騎士達は皆あっとい う間にバイブレーションソードを使いこなし始めた。 そして。 ﹁よし。各自この剣の特性、使い方は熟知したな?﹂ ﹃はっ!!﹄ ﹁よろしい。それでは各自自分の部署に戻り、部下達にこの剣の使 い方を教えていけ﹂ ﹃はっ!!﹄ 朝から始めた訓練は、昼過ぎには全員が剣を使いこなせるように なったので終了した。 そして、俺が大量に付与した剣を持って帰る。 それぞれ何本所持するのか、全て細かくチェックするのを忘れな 2105 い。 全てが終わったあと、このリストをもとに剣を回収、付与を取り 消す予定だからだ。 このチェックに、とにかく皆神経を使っている。 そういえば、結局剣の管理とガストール局長に教えただけで、俺 ほとんどなにもしてないわ。 ﹁ふう⋮⋮滅茶苦茶緊張したけど、なんとかうまくいきそうね?﹂ ﹁そうだね。クリスティーナ様も手伝って頂けましたし﹂ ﹁実は、メリダ様の要望を受けて、ガストール局長についてきたの ですよ﹂ ミランダが安堵の息を吐き、トニーが急遽参加したクリスねーち ゃんを労うと、そのクリスねーちゃんから意外な言葉が出た。 ﹁ばあちゃんの要請? なんで?﹂ 魔導具の使い方を教えるだけなら、俺らだけで十分だと思うけど。 ﹁だってシン。アナタ⋮⋮﹂ そう言いながら、自分の剣に視線を落としたクリスねーちゃんは、 もう一度俺の顔を見て言った。 ﹁明日から毎日、何百、何千という付与を行わないといけないんで すよ? 訓練に参加できると思っているのですか?﹂ ﹁はあぁ⋮⋮それが憂鬱なんだよな⋮⋮﹂ 2106 実際、そんな光景は見たことないし経験したこともないけど、大 量に山積みされた書類にハンコを押していく、マンガみたいな光景 が展開されるんだろうな⋮⋮。 ﹁要は魔導具の使い方のレクチャーだけですからね。他国の許可が 得られれば、すでに習得した者が教える側に回ることも可能です。 ですから、バイブレーションソードの指導は私たちに任せて、シン は魔導具の付与に全力を傾けなさい﹂ ﹁はーい﹂ 他の国の人に教わるということをよしとするかは分からないけど、 許可してくれたらそれが一番早い。 頼んでみようかな。 そう考えていると、ミランダとトニーが俺とクリスねーちゃんの ことを見ていた。 ﹁なに?﹂ ﹁ウォルフォード君とクリスティーナ様って、本当に姉弟みたいね﹂ ﹁羨ましいねえ﹂ そうか、クリスねーちゃんは騎士団のアイドルとまで言われてい る人だ。 騎士学院生のミランダと、元騎士のトニーからすれば憧れの存在 だろう。 ﹁そうですね。もう何年も面倒を見ているのです。手間はかかりま 2107 すが、可愛い弟ですよ﹂ ﹁ジークにーちゃんもいるしね﹂ ﹁﹁羨ましい!﹂﹂ もう一人、兄もいると告げると、ミランダとトニーの二人は羨ま しいと言い、クリスねーちゃんは思い切り嫌そうな顔をした。 ﹁アレは身内ではありません﹂ ⋮⋮本当に仲が悪いな、二人とも⋮⋮。 2108 変な人に会いました︵前書き︶ 活動報告にお知らせがあります。 2109 変な人に会いました 魔道具であるバイブレーションソードの使い方を教えるための訓 練が始まった。 第一回目のアールスハイド軍の訓練はすんなり終わった。 やっぱり、事前に付与を施した剣を大量に用意できたのは大きい。 そして、第二回目となるスイード王国の訓練なのだが⋮⋮。 ﹁はい!! 終わったよ!!﹂ ﹁魔王殿! 次はこちらです!﹂ ﹁はいよ! ちょっと待ってて!﹂ ランチタイムの食堂における、厨房の会話ではない。 スイード王国側が用意した剣に付与を施し、それを付与用の天幕 から出した俺の声と、その俺に次の武器だと渡すスイード王国軍の 兵士さんの声。 そして、やけくそ気味にそれを受け取り、再度天幕の中に戻る俺 の声だ。 スイード王国を訪れ、アールスハイドから用意するように通達さ れていた天幕に入った後は、まさに修羅場だった。 今回の訓練は、バイブレーションソードの使い方の訓練。 2110 なので、そもそもバイブレーションソードがないと話にならない。 できあがったバイブレーションソードを使い、位の高い人から順 番に訓練を開始する。 バイブレーションソード⋮⋮持ってきた武器の中には槍もあった から、もう魔道具でいいか。 その魔道具が手元にない人は、その様子を見学しながら俺の付与 が終わるのを待っている。 そして、魔道具が手に入ると早速自分でも訓練していくのだ。 訓練自体は滞りなく進んでいる。 先に訓練が終わったアールスハイド軍の騎士さんや剣士さんが、 ヘルプとして参加してくれたからだ。 クリスねーちゃんの提案を、スイード王国側⋮⋮というより他の 国も認めてくれたのだ。 おかげで、訓練の方は実に順調に進んでいる。 順調でないのはその供給の方だ。 本当に、付与の複写機を作っておいてよかった⋮⋮。 いちいち﹃超音波振動﹄なんてイメージしながら付与していたら、 2111 供給が完全に滞ってる。 それに訓練に参加している人達だけの分じゃない。 今回の戦闘に参加する人達全員分の付与もしないといけない。 その数が尋常じゃないくらい多かった⋮⋮。 なんとかスイード王国が用意してきた武器全てに付与が終わった ときは、もう開始から数時間経過していた。 ﹁ぅあぁ⋮⋮つかれた⋮⋮﹂ ﹁お疲れ様ですシン君。こちらで休憩してください﹂ 明日から大量の付与を訓練中に終わらせないといけないと家で愚 痴ったら、シシリーが心配してついてきてくれた。 付与用の天幕の近くにもう一つ、運動会の時の役員席みたいなも のが設けられており、シシリーにその席を勧められ、俺は腰を下ろ した。 ﹁お茶とお菓子をどうぞ﹂ ﹁ありがと⋮⋮はぁぁ、生き返る⋮⋮﹂ いい香りのする紅茶と、甘いお菓子を口にしてようやく人心地つ いた。 ﹁お疲れ様です。無理してないですか?﹂ ﹁無理はしてないけど、量がね⋮⋮ああ、肩凝った﹂ 2112 ずっとハンコを押すみたいに付与の複写機を剣に押し当てていた。 その回数が凄いことになったので、かなり凝っている右肩をグル グルと回してほぐす。 これを、あと五回やんないといけないのか⋮⋮。 ﹁大丈夫ですか?﹂ 今後のことを考えて憂鬱になっていると、シシリーが後ろに回り、 肩を揉んでくれた。 ﹁ん⋮⋮ああ、そこ⋮⋮﹂ ﹁フフ、気持ちいいですか?﹂ そんなに力が強い方じゃないけど、シシリーに揉んでもらってい るという行為自体が気持ちいい。 そうやって、シシリーとイチャイチャしていると、横から声をか けられた。 ﹁魔王殿と聖女殿は、噂通り仲睦まじいな﹂ ﹁さようですな陛下﹂ スイード王国の国王陛下と、スイード王国軍の長官だ。 訓練の様子を視察するために現場を訪れていた二人が、俺が天幕 から出てくるのを見てこちらにやってきた。 ﹁あ! も、申し訳ございません! お見苦しいところを!﹂ 2113 ﹁いやいや、聖女殿。気にしなくてもよい。今、世間で評判だとい う魔王殿と聖女殿の仲睦まじい姿を見れたのでな﹂ ﹁そんな評判が!?﹂ ﹁おや、魔王殿はご存知なかったですかな? 今、民衆の間ではベ ストカップルといえば魔王殿と聖女殿のことなのですぞ﹂ シシリーが慌てて俺の横に移動して謝罪をするが、スイード国王 が俺達の恥ずかしい情報を口にし、それを軍の長官が補足した。 マジかよ、そんな評判が立っているのか。 シシリーも初耳だったのだろう、隣で真っ赤になってうつむいて いる。 ﹁はっはっは、初々しいな。そなたらを見ておったら、儂まであて られてしまうわ﹂ ﹁そうですな。お二人を見ていますと、妻に優しくしてやらねばと 思いまする﹂ ﹁おお、それよ。儂もまさにそれを思っておったわ﹂ からかっているのか本当にそう思っているかは分からないけど、 二人は楽しそうに笑っていた。 ﹁そ、それで。視察の様子はいかがでしたか?﹂ ﹁うむ。アールスハイド軍の皆様の助力もあってスムーズにいって いるようだ。これなら此度の困難も乗り越えられよう﹂ ﹁まさにその通りでございますな。魔王殿には感謝してもしきれま せぬ﹂ ﹁そうだな。魔王殿、訓練の方は兵達にまかせしばらく休憩するが よい。なんなら城の厨房から食事でも持たせようか?﹂ 2114 ﹁いえ、大丈夫です。お気持ちだけで十分です﹂ ﹁ふむ。魔王殿は無欲だな﹂ ﹁誠に、並び立つ者がいない程の力を持ちながら謙虚な心も忘れな い⋮⋮兵達に見習わせたいものです﹂ 食事を断っただけでも褒められるのか⋮⋮だんだんしんどくなっ てきたな⋮⋮。 ﹁陛下、そろそろお時間でございます﹂ スイード国王の相手がしんどくなってきたころ、御付きの人が国 王に声を掛けた。 ﹁そうか、もうそんな時間か。悪いが魔王殿、儂は他の公務がある でな。これで失礼するぞ﹂ ﹁はい。お声がけありがとうございます﹂ ﹁ありがとうございます﹂ ﹁うむ﹂ シシリーと二人でお礼を言うと、スイード国王はこの場を去って 行った。 ﹁それでは私も訓練の様子を見て回りますのでこれで。魔王殿はそ のままお休みくだされ﹂ ﹁はい、ありがとうございます﹂ そう言って長官もこの場を離れた。 っていうか、二人とも最後まで二つ名でしか呼ばなかったな⋮⋮。 2115 ﹁はあ⋮⋮他の国の国王様だと気を遣うし緊張するな⋮⋮﹂ ﹁シン君でも他の国の国王様には緊張するんですね?﹂ ﹁当たり前だよ。国王様だよ? その国のトップだよ? 緊張する に決まってんじゃん﹂ 何を当たり前のことを言っているのだろうかとシシリーを見るが、 シシリーは首を傾げている。 ﹁ディセウム陛下も国のトップですよ? しかも、この周辺のどの 国よりも大きい国の﹂ シシリーはそう言うが、俺にとってはそのことの方が不思議だ。 ﹁ディスおじさんは叔父さんだからいいの﹂ あの人は親戚の叔父さん。そのポジションから揺るがない。 どんなに王様っぽいことしててもだ。 ﹁確かに⋮⋮シン君の家での陛下の様子を見たら、そう思うのも無 理はありませんけど⋮⋮﹂ シシリーは最近花嫁修業でウチにずっといるから、ディスおじさ んにもしょっちゅう会う。 ウチの家では完全にオフモードだからな、威厳なんてこれっぽっ ちもない。 俺はそんな姿を昔から見ていて、ずっと親戚の叔父さんだと思っ ていたんだ。 2116 今さら国王だとか言われてもな⋮⋮。 エルスのアーロン大統領とイースのエカテリーナ教皇もそうだ。 爺さんとばあちゃんが身内扱いしているから、あの二人が国家元 首だという意識が薄い。 最初こそ緊張したが、今ではあの二人も身内みたいな感じだ。 ところが、それ以外の国の国王はそうじゃない ほぼ知らない人だし、他国のトップの人だし、正直フレンドリー に話しかけられても対応に困る。 だから、小さい国の国王の方が接し辛いんだよな⋮⋮。 こうやって視察にくるのはいいんだけど、できればそのまま挨拶 しないで帰ってほしい。 まあ、明日は話しかけてきそうにないからいいけどね。 ﹁シシリー、明日どうする?﹂ ﹁明日ですか? ⋮⋮あ﹂ 明日はダーム王国だ。 アールスハイドで行われた首脳会議で俺にイチャモンをつけてき た国。 2117 あの国王が俺に挨拶しにくるとは思えない。 そのことは多少気が楽だ。 ﹁⋮⋮ダームの王様って、シン君に文句を言った人ですよね?﹂ ﹁そうだけど、どうする? 明日は家にいる?﹂ ﹁いえ! 疲れたシン君を癒すのは私の役目ですから!﹂ 力強く宣言するシシリー。 だが、その声が大きすぎたようで、スイード王国軍とヘルプでき ているアールスハイド軍の兵士さん達の視線がこちらに集中してい た。 その表情は、微笑ましいものを見たというそんな表情だ。 ﹁あう⋮⋮﹂ それに気づいたシシリーは、頭から湯気が出そうなほど真っ赤に なり、俺の後ろに隠れてしまったのであった。 そして迎えた翌日。 国王と一悶着があったダーム王国にやってきた。 ダームでも、アールスハイドからの事前通達により、付与を行う 2118 ための天幕が張られている。 その天幕の横には、付与を施すための武器が、名札をつけて積み 上げられている。 今あるのは、訓練に参加する人達の分。 それが終わっても、今度の戦闘に参加する全員分の付与もしない といけない。 ﹁はあ⋮⋮今日もこの数の付与をしないといけないのか⋮⋮﹂ ﹁が、頑張ってください⋮⋮﹂ 昨日の疲労ぶりを見ているので、シシリーはちょっと心配そうな 顔をしている。 実は昨晩、シシリーから付与を手伝うという申し出があった。 転写機を使えば誰でも付与ができるから、シシリーに手伝っても らうことも可能ではあるんだけど⋮⋮。 そんなことをすると、誰でも付与ができる転写機の存在がバレる。 なので、この付与は俺しかできないと思わせるため、どんなにし んどくても俺一人でやらないといけない。 シシリーの気遣いに感謝しつつも、その手伝いの申し出は断った。 とにかく、この武器に付与をしないと訓練にならない。 2119 憂鬱だが早速付与に取り掛かろうとしたとき、ダーム側から声が かかった。 ﹁ちょっといいかな? シン=ウォルフォード君﹂ ﹁え!?﹂ まさか、国王から難癖を付けられた国から声がかかるとは思いも しなかったので、ビックリして声をあげてしまった。 ﹁どうした? そんなに驚くことか?﹂ 驚きながらも声をかけてきた男性の方を見る。 そこにいたのは、黒髪の短髪で細面の男性。 騎士の鎧を身につけ、周りに護衛と思われる騎士がいることから、 上位の騎士と思われる。 そして⋮⋮目が細長く、蛇みたいな印象を受ける人だった。 ﹁あ、いえ。なんでもありません。それより⋮⋮なにか御用でしょ うか?﹂ そのダーム騎士団のお偉いさんだと思われる男性に、なんの用か と問いかけると、その男性は少し不思議そうな顔をした。 ﹁あの⋮⋮なにか?﹂ ﹁ん? ああ、いや。少し意外だなと思ってな﹂ ﹁はあ⋮⋮﹂ 2120 なにが意外なのかは知らないけど、初対面なのにやけに馴れ馴れ しいな、この人。 ﹁そうそう、声をかけた理由だったな。この前の会議ではウチの陛 下が失礼なことを言ったみたいで、悪かったね﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ ﹁世界を救う英雄様相手にねえ。何考えてるんだろうね、ウチの陛 下﹂ おいおい。 この人、今思いっきり国王批判したよな? 思わず冷や汗が出た。 恐らくこの人はダーム騎士団のお偉いさんだ。 それが自国の国王をけなすような発言。 なんだ? 王族と親しい人なのか? まだ二十代後半と思われた国王と同年代っぽいし、幼馴染の貴族 かなんかだろうか? ﹁おっと失礼、自己紹介がまだだったな。俺はヒイロ=カートゥー ン。ダーム王国軍の司令長官だ﹂ ダーム王国軍の司令長官!? つまり軍のトップか! この若さ で!? 2121 それに名前⋮⋮。 この人、平民だ。 平民なのに王族のことを貶す? しかも軍のトップ? なんだ? このちぐはぐな感じ? それに、軍のトップだというけれど、鎧に包まれた体を見る限り、 周りにいる護衛騎士達の方が体格には優れている。 そんなに強そうには見えない。 もちろん、司令官が最強でないといけないという法はスイードに だってない。 指揮能力に優れていればいいはずだけど⋮⋮。 あ、しまった。あまりの異様さに返答するのを忘れてた。 ﹁す、すみません。アルティメット・マジシャンズ代表のシン=ウ ォルフォードです﹂ ﹁はは、知ってるさ。だから声をかけたんだから﹂ ﹁はあ⋮⋮﹂ 本当に馴れ馴れしいな。 ﹁それでカートゥーンさん。御用はなんでしょうか?﹂ ﹁うーん、堅苦しいな。ヒイロって呼んでくれないか? 敬語も禁 止で。俺もシンって呼ぶからさ﹂ 2122 ﹁は!? いやいや、初対面で年上の人とそんな態度で話せないで すよ!﹂ 本当になんなんだこの人。 敬語をやめてくれと言われ、ハイそうですかと応じることなんて できるはずもない。 とんでもない提案を全力で拒否すると、ますます不思議そうな顔 をした。 ﹁ふーん⋮⋮そうか。分かったウォルフォード君。俺からは一つ言 っておきたいことがあっただけなんだ﹂ ﹁はあ、なんでしょうか?﹂ ﹁ダームで君のことを敵視しているのは陛下だけだから。ウチの者 が二度に渡って最悪の不祥事を犯しかけたときに、君が防いでくれ たのは他の者は分かっているからね﹂ ﹁そうなんですか?﹂ 国王がアレだったから、皆俺のこと嫌いなんだと思ってた。 ﹁当たり前じゃないか。君は世界を救う英雄、希望、それに可愛い 婚約者。正に勇者じゃないか﹂ 可愛い婚約者のところで、シシリーを上から下までなめるように 見た。 その視線が気持ち悪かったんだろう、シシリーは少し身を強ばら せた。 2123 本当になんなんだ? この人? ﹁そんな君を堂々と批判するなんて、本当になにを考えてるのかね え?﹂ それにしても、さっきから他の人もいるのにそんなに堂々と国王 批判をしていいのか? 馴れ馴れしい態度といい、シシリーに向ける不躾な視線といい、 堂々と国王批判をする神経といい、正直あんまり好きになれない人 だな⋮⋮。 ﹁それだけ言いたくてね。それじゃあ、付与頑張って。俺も参加す るからさ﹂ ﹁はい、分かりました﹂ 言いたいことを言ってカートゥーン司令長官は去って行った。 結局あの人、自国の王の悪口を言っただけで帰ってしまった。 思わずシシリーと、アールスハイドから来た護衛騎士さん達と顔 を見合わせてしまった。 なんだったんだ? あれ? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 2124 シンの元を訪れたダーム軍の司令長官、ヒイロ=カートゥーンは、 さっきまでの軽薄そうな顔はどこへやったのか、眉間にしわをよせ てブツブツ独り言を呟いている。 ﹁⋮⋮なんだよ。普通こういうのは、相手が誰でもすぐタメ口にな るもんだろ⋮⋮﹂ その声が聞こえている護衛騎士達は、長官がなにを言っているの か聞こえてはいるし言葉も分かるが、意味が分からなかった。 ﹁それに⋮⋮くそっ、そこはテンプレなのかよ、あんな可愛い子を 彼女にしやがって⋮⋮﹂ 護衛騎士達もそれは分かった。 シンの隣にいた少女は、巷で噂の聖女だ。 美しく、慈愛に溢れた、まさに聖女。 そんな少女が、シンの隣に寄り添っていた。 正直、かなり羨ましかった。 ﹁⋮⋮まあいい。気に入らんがアイツを敵に回すのは愚策だ。まっ たく、それくらい陛下も考えてもらいたいものだが⋮⋮﹂ 2125 自国の国王を批判する軍のトップ。 その構図に、護衛騎士達は非常に危険なものを感じつつも、立場 と実力差により誰もカートゥーンに意見ができない。 そんな護衛騎士達の葛藤をよそに、カートゥーンの独り言は止ま らない。 ﹁まあ、あんな陛下だからこそ、この騒動が終わったあとは⋮⋮﹂ くふっ、くくく。 なにかを堪えるような笑い。 先程、国王を批判する姿を見ているだけに、護衛騎士達はこの司 令長官の考える未来に危険な思想があるのではと警戒した。 ﹁さて、それじゃあしばらくは、チート勇者君自慢の魔道具の訓練 でもしようかね﹂ 最後にまた意味の分からないことを言った。 護衛騎士達は、目の前にいる不審者丸出しの長官を警戒したが、 カートゥーンと護衛騎士達の間にはかなり大きな戦力差があり、た だ見つめることしかできないでいた。 2126 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ダームでのバイブレーションソードの使い方の指南は、意外なほ ど順調に進んでいた。 なぜなら、ダーム王が姿を見せなかったからだ。 もしかしたら、付与の様子を見せろとか難癖をつけてくるかもし れないと思い、スイードで魔法付与をしたときよりも付与用の天幕 の護衛を増やしたのだが、そもそも天幕に近寄る者すらいなかった らしい。 さっき、あの変な指令長官が言ったみたいに、妙な敵対心を持っ ているのは、国王だけみたいだ。 ダームの騎士さんと兵士さん達は、予想外に俺のことを歓待して くれた。 そして、そのほとんどはダーム国王が会議の席で俺に難癖をつけ てきたことを知らなかった。 別に皆に聞いた訳じゃない。 だけど、俺に挨拶にきた騎士さんが﹁陛下も来られればよかった のですが、急に外せない公務が入ったとかで⋮⋮﹂と、この場にダ ーム国王がいないことを申し訳無さそうに言ってきたのだ。 2127 そのことから、皆は国王が俺に難癖を付けてきたことを知らない んじゃないかと推測したのだ。 だけど、あの変な長官は知っていた。 ということは、あの国王は長官には言ったということだ。 さっきの自国の国王を貶す発言といい、やっぱり国王と仲がいい のか? 最近王位が替わったはずだし、王太子時代は市井に交じって活動 していたとか、その間に知り合ったとかそんな関係だったんだろう か? でも⋮⋮それにしては、あの国王の考えは自分達とは違うと、決 別するようなことを言っていたし⋮⋮。 ああもう! 本当なら今度の戦いのことを考えないといけないの に、変な人達が出てきたから気になってしょうがないわ! もういいや。実際に戦闘に参加するのは騎士さんや剣士さんだ。 国王や長官は戦闘に直接参加したりはしない。 軍の皆さんが友好的に訓練に参加していることだけでもよしとし よう。 国王と軍の司令長官が不仲でも、それは他国の内情だし。口を出 したら内政干渉だと言われるかもしれない。 2128 そもそも俺が口を出す問題じゃないし、自国の問題は自分達で解 決してもらおう。 訓練に参加している人達の分とこれから教えていく人達の分全て に付与をし終わった時、余計なことを考えながら作業していたため、 昨日以上に疲れてしまった。 ﹁うああ⋮⋮疲れた⋮⋮﹂ ﹁お、お疲れ様です⋮⋮﹂ ヘロヘロになって付与用の天幕から出てきた俺を、今日もシシリ ーが迎えてくれた。 いつも以上に疲労している俺に、今日は治癒魔法までかけてくれ た。 ああ⋮⋮癒されるわぁ⋮⋮。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ﹁ふーん⋮⋮これが今回の作戦の秘密兵器ね⋮⋮﹂ 2129 ダーム軍の司令長官であるカートゥーンは、シンが付与を施した バイブレーションソードを手に持ち魔力を込め起動した。 ﹁なるほど、超音波振動か⋮⋮﹂ ﹁分かるのですか!? カートゥーン長官!﹂ ポソリと呟いたカートゥーンの言葉に、護衛騎士が食いついた。 ﹁ああ、魔力を込めると微細に振動するだろう? 刃をこういう風 に振動させると、切れ味が抜群に良くなるんだ﹂ ﹁へえ⋮⋮﹂ 護衛騎士は、分かったような分からないような微妙な顔をしてい た。 ﹁まあ分からなくても無理はない。それより問題はどうやってこの 付与をしているのか⋮⋮﹂ ﹁長官も分かりませんか?﹂ ﹁この効果を付与しようとすると、文字制限がいくらあっても足り ない。そもそも無理な付与なんだよ﹂ ﹁しかし⋮⋮実際に付与されてますし⋮⋮御使い様が天才だからな のでは?﹂ 宗教色の強いこの国では、シンのことを御使いと呼ぶ者が多い。 そのシンの行うことなので、御使い様は天才の言葉で片付けよう とする護衛騎士に、カートゥーンは︵この脳筋が︶と内心で罵って いた。 2130 だが、カートゥーンにも付与の方法が全く分からない。 ﹁ちっ⋮⋮ホントの意味でのチートかよ⋮⋮﹂ 理屈は分かる。だが付与の方法が分からない。けれど実際に付与 はされている。 チート そのことに、カートゥーンはなにか不正があるのではと疑った。 だが、ステータスもスキルもないこの世界では、不正の入り込む 余地がないことはカートゥーンも分かっている。 ますますこの付与がどうやって行われているのかが分からなくな ったカートゥーン。 しかし、付与が実際に行われていることに自分とシンとの差を感 じ、顔を顰める。 カートゥーンは自分の目的のためにシンに笑顔で近寄ったが、内 心ではシンのことをかなり嫌っている。 そのシンとの差を、理不尽に感じたカートゥーンは⋮⋮。 ﹁なんでアイツばっかり⋮⋮不公平だよな⋮⋮﹂ 護衛騎士達にも聞こえないほど小さな声で、そう言葉を漏らした のだった。 2131 疑問点を考えてみました︵前書き︶ 遅くなり申し訳ございません。 色々と書いたり消したりしてました。 後、活動報告に五巻の表紙と店舗特典を公表しています。 2132 疑問点を考えてみました 各国にバイブレーションソードの使い方を指南していく今回の訓 練で、最大の懸念だったダーム王国での訓練が無事に終わった。 まあ、軍のトップである司令長官が変な人だったけど、概ね問題 なく訓練を終了することができた。 後残るのはカーナンとクルトのみ。 そして、今日訪れたカーナンには知り合いがいる。 ﹁待ってたぜ、シン﹂ ﹁お久しぶりですガランさん﹂ カーナンの国家養羊家であるガランさんが出迎えてくれた。 そのガランさんの手には、以前にも見たハルバードという武器を 持っている。 ﹁やっぱり、それに付与するんですね⋮⋮﹂ ﹁おう。このハルバードは国家養羊家の証だからな。これ以外の武 器は使えねえし使いたくねえ﹂ 前に予想してたけどやっぱりあのハルバードが国家養羊家の証な んだな。 みんなお揃いのハルバード持ってたしな。 2133 でも、一つ懸念が⋮⋮。 ﹁うーん⋮⋮武器がちょっと厚すぎるかもしれませんね⋮⋮﹂ ﹁そう言われてもな⋮⋮さっきも言ったが、俺ら国家養羊家はこれ しか使えねえんだよ。剣なんて使ったこともねえ﹂ ﹁まあ、試したことがないだけですし、特に問題ないかもしれませ んけどね﹂ ﹁大丈夫か?﹂ ﹁こればっかりは試してみないとなんとも⋮⋮﹂ その場で付与を施すとなると、こういった問題が出てくることが ある。 もしガランさん達、国家養羊家の武器に付与が施せなかった場合、 カーナンの戦力はガタ落ちだ。 なにせカーナンで最強の武力を誇っているのは軍人じゃない。 羊飼い達なのだ。 ﹁じゃあ早速付与に取り掛かりますね﹂ ﹁おう、よろしく頼まあ!﹂ ガランさんに挨拶して、ここでも用意してもらっていた付与用の 天幕に入った。 ⋮⋮あれ? そういえば、軍の人とか話しかけてこなかったな。 国家養羊家の中でも上位にいるっぽいし、ガランさんてやっぱり 2134 カーナンの重要人物なんだろうか? まあいいや。とにもかくにも、今は武器の付与だ。 今回も国家養羊家のハルバードだけでなく、気持ち悪いくらい大 量に武器が用意されているからね⋮⋮。 結果から言えば、ガランさん達のハルバードに付与した効果は問 題なく効力を発揮した。 ただまあ⋮⋮ハルバードを振り回し、練習用の丸太をスッパスパ 切ってたガランさんが﹁こいつはスゲエ!﹂って言ってたから、付 与は効果を発揮していると思ったんだけど⋮⋮。 正直、傍目からは効果が発揮されてるんだかされてないんだか全 く分からなかった。 羊飼い⋮⋮強すぎだろ。 そして、さらにその翌日、最後のクルトの訓練も終わり、俺の武 器付与は全て終わった。 後は実地訓練なんだけど、当初はこれも個別に指導しようかとい うことになっていたのだけど、実際難しかったのは魔導具を起動し 2135 ながら剣を振るうということだけ。 それができるようになったのならば、これ以上俺達の手を煩わせ るのも申し訳ないということで、後半一週間の予定が丸っと空いて しまった。 戦闘訓練まで指導しなければいけないのかと、憂鬱そうな顔をし ていたミランダは非常に嬉しそうな顔をしていたけどね。 そんなにプレッシャーだったのか⋮⋮。 さて、予定外に空いてしまった時間であるが、時間ができたのな らやっておかないといけないことがある。 それは、ドミニク局長にも約束したこと。 絶対にシュトロームに勝ってみせると言った言葉を現実のものと するための検証だ。 ⋮⋮正直、俺が最終兵器として考えている魔法は、この戦い以降 使うつもりは毛頭ない。 それ位ヤバイ魔法だし、魔法効果の指向性という物理法則無視の 裏技が使えることが分かるまで、試すつもりすらなかった魔法だ。 しかし、これはシュトロームとの最終決戦。 俺達がこれに負ければ、シュトロームは世界を滅ぼしにかかると 宣言しやがった。 2136 そして、高い塀に囲われた旧帝都⋮⋮今では皆が魔都と呼ぶそこ に赴くのは世界の精鋭達。 俺達が破れた瞬間に、世界にシュトロームに対抗できる戦力がな くなる。 帝国の人間を、王侯貴族だけでなく一般市民に至るまで無慈悲に 皆殺しにしてしまった相手である。 慈悲など望めない。 絶対に勝たないといけない。 出し惜しみなどしている場合ではない。 やり残したことがないように全て試してみる必要がある。 正直、今回時間ができたことは俺にとって喜ばしいことである。 今回試しておきたいことは二つ。 まずその魔法。 これは危険すぎるので、いつもの荒野でも試せない。 これの実験場所は決めてあるので問題ない⋮⋮と思う。 そしてもう一点。 これが正直、気が進まない。 2137 気が進まないけど、試せることは何でも試しておかないと、後で やっておけばよかったと後悔することだけはしたくない。 ⋮⋮はあ⋮⋮この検証をするのもこれっきりだ。 シュトロームを無事に倒すことができたら二度とやらない。 ⋮⋮でもやっぱ抵抗あるなあ⋮⋮。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー ﹁シンの様子が変?﹂ ﹁はい⋮⋮殿下は何かご存知ないですか?﹂ ﹁何かと言われてもな⋮⋮ここ一週間は、私よりクロードの方が一 緒にいただろう? 何か思い当たる節はないのか?﹂ ﹁それが全く⋮⋮﹂ ﹁そうか。で? どういう風に変なんだ?﹂ ﹁えっとですね⋮⋮最近ブツブツと独り言を言うようになったんで す﹂ ﹁独り言?﹂ 2138 アールスハイド王城にあるアウグストの私室。 その場所を、珍しくシシリーが一人で訪れていた。 男であるアウグストの私室に一人で行って変な誤解をされないよ うに、アウグストの婚約者であるエリザベートも一緒である。 どうやらシシリーは、シンのことでアウグストに相談に来たらし い。 その相談の内容とは、バイブレーションソードの使いかた指南が 終わり、その後の戦闘訓練がなくなったことで時間ができた。 するとシンは、難しい顔をしながらブツブツと独り言を言うよう になった⋮⋮というものだった。 シンがあまりに大量の付与を施し疲労困憊となっていたので、シ シリーが心配して一週間ずっと一緒にいた。 だが、その間に様子がおかしくなる兆候などなかった。 シシリーに相談を受けたアウグストは、独り言をブツブツと言い 出したという相談内容なのにも関わらず真剣な顔で相談を受けてい る。 横で聞いていたエリザベートは、その様子がおかしくてつい笑っ てしまった。 ﹁ちょっとお待ち下さいなシシリーさん。アウグスト様に相談があ るというから何事かと思ったら、シンさんが独り言を呟いているっ 2139 て⋮⋮心配しすぎですわ﹂ ﹁それで? どういった内容の独り言なんだ?﹂ ﹁それが⋮⋮魔力がどうとか、粒がなんだとか⋮⋮﹂ ﹁魔力? 粒? なんだそれは?﹂ ﹁全くわかりません﹂ ﹁ちょ、ちょっと、お二人とも、無視しないでくださいまし﹂ エリザベートは、自分を無視して話を進めるシシリーとアウグス トに抗議した。 二人の顔が真剣そのものなのは分かっていたが、どうしてもそこ まで深刻になる要素が分からなかったからだ。 ﹁あ、すいませんエリーさん。ちょっと気になりすぎて⋮⋮﹂ ﹁たかだか独り言が増えただけでしょう? 今度の戦闘は人類の命 運を賭けていると言うじゃないですか。プレッシャーを感じている のではなくて?﹂ ﹁甘いな。エリーはシンのことが何も分かっていない﹂ ﹁⋮⋮アウグスト様は随分とご理解されているようですわね?﹂ ﹁茶化すな。シンはプレッシャーで潰れるほど柔な奴じゃない。ア イツの頭の中は、シュトロームをどうやって倒すかで一杯のはずだ﹂ ﹁では、その考えが口に出ているのでは?﹂ ﹁私もクロードもそう考えている。そして、今までの経験上、アイ ツが新しい何かを考えている時⋮⋮碌なことになった試しがない﹂ ﹁⋮⋮独り言を喋るまで考え込んでいるのは初めてですから⋮⋮ど んな突拍子もないことを考えているのかと⋮⋮﹂ 今まで、シンのやることは無条件で受け入れてきたシシリーがそ こまで言った。 2140 そのシシリーの言葉に、エリザベートは今までのシンの所業を思 い出した。 それは、辺り一面を吹き飛ばす魔法だったり、空を飛ぶ魔法だっ たり⋮⋮。 おおよそ人智を超えているとしか思えない魔法の数々。 そのシンが独り言を呟くまで考え込んでいる。 その事実にたどり着いたエリザベートは、一瞬で顔を真っ青にし た。 ﹁アアアアアアウグスト様! すぐ! 今すぐシンさんを尋問する べきですわ!﹂ ことの重大さにようやく気付いたエリザベートが、今すぐにシン を尋問すべきだとアウグストに提案する。 ﹁⋮⋮尋問は大袈裟だが、事情は聞いておいた方がいいか⋮⋮﹂ ﹁そうですね。それとなく聞いてみましょう﹂ たかだか独り言を呟いていただけで事情聴取。 普通なら何を言っているのかと言われるところだが、今までの行 いのせいで全く信用されていないシン。 シシリーですら、事情を聞くべきだと反対しない。 アウグスト達は、シンにそれとなく事情を聞くことにした。 2141 ーーーーーーーーーーーーーーー ウチにオーグが遊びに来た。 なぜかエリーを伴って。 ﹁どうした? もしかして、また変な誤解でもされたか?﹂ ﹁いや、たまにはエリーも遊びに行きたいと言うのでな。一緒に連 れてきただけだ﹂ ﹁ふーん、そっか。エリーは二回目だっけ? ウチ来るの﹂ 前は俺達の誕生日に来たきりだから、随分と久しぶりだ。 ﹁そそ、そうですわね! 久しぶりですわ!﹂ ⋮⋮なんだろう、エリーが挙動不審だ。 ﹁エ、エリーさんは遊びに来るとしたら私の家かマリアの家が多い ですから! 男性の家に来るのは緊張しちゃうんですよね!?﹂ ﹁そ、そうですわ! お、お気になさらず!﹂ 2142 シシリーの説明でなんとなく理解した。 今までの言動からつい忘れがちだけど、エリーの家は公爵という 貴族の最高位。 準王家と言っていいお家柄だ。 まさに純粋培養のお嬢様で、婚約者のオーグの家である王城以外、 男の家になんて行ったことがないんだと思う。 前に来た時はパーティだったし、他にも客が大勢いたから大丈夫 だったんだろう。 まあそれは分かるんだけど、男の家って言ったってオーグもいる し、色々と行動を共にしてきてるから、そこまで緊張しなくてもい いのにな。 ﹁そっか。まあシシリーもいるし、そんなに緊張しなくてもいいん じゃない?﹂ ﹁ええ! 緊張なんてしていませんわ!﹂ いや、メッチャ緊張してんじゃん。 ﹁エリーのことは気にしなくていい。ところで、今回のことはご苦 労だったな﹂ ﹁ん? ああ、付与しなきゃいけない武器の数が多くてね⋮⋮夢の 中でも付与をしてたよ⋮⋮﹂ あれは本当に大変だった⋮⋮。 2143 ﹁そ、そうか。まあ無事に付与ができたのならいいが⋮⋮﹂ 今回、大量の付与を行うにあたって、自動付与装置を作ったこと はオーグやディスおじさんには話した。 ディスおじさんは、自分達が依頼したことだけに何も言わなかっ たけど、顔が引きつっていたのは分かった。 オーグも、父親で国王でもあるディスおじさんが何も言わなかっ たので、何も言ってこない。 まあ、緊急時だしな。 それより、その話題を出すってことは、労いにでも来てくれたの だろうか? ﹁これで、兵士達も災害級にまで至った魔物達と対等に戦えるだろ うが⋮⋮﹂ そこで言葉を切ったオーグは、俺をじっと見て話を続けた。 ﹁⋮⋮我々の方はどうなのだ? シュトロームと対等に戦えるのだ ろうか?﹂ やっぱりそこが気になるか。 ﹁そうだな⋮⋮一応色々と考えてはいるんだけど⋮⋮﹂ そう言ったところで、さっきから妙に緊張していたエリーがさら に硬直し、それだけでなくオーグやシシリーも緊張しだした。 2144 ﹁ど、どうした?﹂ ﹁何でもない。それで? 何を考えているんだ?﹂ ﹁あ、ああ。そうだな⋮⋮オーグは魔法について考えたことはある か?﹂ ﹁当たり前だろう。どうすればお前のように魔法が使えるようにな るのかと、日々考えている﹂ ﹁いや、そうじゃなくて﹂ ﹁⋮⋮どういう意味だ?﹂ そうじゃなくて、もっと根本的な部分というか⋮⋮。 ﹁魔法そのものについて考えたことは?﹂ ﹁魔法そのもの?﹂ ﹁ああ。なんで魔法なんてものがこの世にあるのか⋮⋮とか﹂ 俺がそう言うと、三人は困惑の表情を浮かべ、お互いの顔を見合 わせた。 ﹁何でと言われても困りますわね⋮⋮そういうものでしょう? 私 は魔法は使えませんけれども、魔道具が使えませんと困りますし﹂ ﹁そうですね。生活の一部に魔法が深く入り込んでますから、昔か ら当たり前に使ってますね﹂ ﹁なんだ? そんなことを考えていたのか?﹂ ここ最近、俺が考えていたこと。 それは、魔法とはなんなのか? そもそも魔力とはなんなのかと いうことだ。 2145 これを考えるに至ったのは、魔法についてある疑問があったから。 その疑問とは、オーグ達の魔法の考え方にあった。 ﹁オーグ達はさ、じいちゃんの魔法鍛錬法を聞くまで、詠唱を工夫 して魔法を使ってたって言ってたよな?﹂ ﹁そうだな。今考えると、安易で間違った考えだと痛いほど分かる﹂ ﹁⋮⋮それが、あながち間違いでもないかもしれないんだよな﹂ ﹁なに?﹂ 俺が感じていた疑問。 ﹁よく考えてみろよ。オーグは、あまり魔力制御の鍛錬はしていな かったって言ってたよな? でも詠唱によってそこそこの魔法は使 えてた﹂ ﹁ああ、そうだが﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁なんでって⋮⋮どういう意味だ?﹂ オーグ達は、じいちゃんから魔法の正式な鍛錬法を聞いて飛躍的 に魔法の実力を上げた。 そこには俺から科学的なイメージを作り上げる作業も入っている けど、根本的な鍛錬方法が間違えていた。 でも、そこそこ強力な魔法は使えていた。 皆がじいちゃんの話に感銘を受けていたとき、俺は逆の意味で衝 撃を受けていたんだ。 2146 ﹁なんで⋮⋮魔力制御を鍛えないでそこそことはいえ強力な魔法が 使えた?﹂ ﹁⋮⋮確かに⋮⋮なぜだ?﹂ ﹁なんでと言われても⋮⋮なんでですか?﹂ ﹁私にはサッパリですわ﹂ オーグは、何かに感付いたが答えが出ないモヤモヤした感じにな ってる。 シシリーは全く分からない様子で、魔法が使えないエリーに至っ ては考えることもしていない。 ﹁確かにそうじゃの﹂ ﹁ああ⋮⋮全く考えたこともなかったね⋮⋮なんでだい?﹂ 俺の疑問に興味を持ったのか、爺さんとばあちゃんも話に加わっ てきた。 ﹁マーリン殿やメリダ殿でも分かりませんか?﹂ ﹁そうじゃな⋮⋮ワシ等の時代は魔力鍛制を御え上げること。それ をもって魔法を行使することと教わってきたからの﹂ ﹁詠唱が主流になった時は、マーリンのお蔭で安易な方法が流行っ ちまったと考えてはいたけど⋮⋮確かにシンの言う通りだね﹂ ﹃賢者﹄と言われる爺さんや、﹃導師﹄と言われるばあちゃんまで、 そんなことは考えたことが無いという。 ﹁他の人達は? マリーカさんやスティーブさんも魔法使えるよね ?﹂ ﹁はい。家事を行う際に有用で御座いますから、多少の心得は御座 2147 いますけども⋮⋮﹂ ﹁私も、執事という立場では御座いますが、有事の際には身を挺し て主をお守りする為、魔法による戦闘も行えますが⋮⋮﹂ ﹁﹁なぜ詠唱をすることで強力な魔法が使えるのか、考えたことも 御座いません﹂﹂ 他のメイドさんや執事さんも同じく頷いている。 俺の疑問はまさにそこだ。 昔、爺さんの魔法に憧れた人がいた。 その人は、爺さんの魔法が使いたかったけど実力が足らずに使え なかった。 そこで爺さんの魔法をイメージして詠唱したところ、同じような 魔法が使えた。 それが詠唱が主流になった要因だと聞いた。 ﹁ばあちゃん。昔、じいちゃんの魔法をイメージして詠唱を作った 人って、じいちゃんほどの実力者だったの?﹂ ﹁いや。名前を聞いたこともない人間だったね﹂ ﹁ということは、じいちゃんほどの魔法制御は出来てなかったって ことだよね?﹂ ﹁ああ。だけど、詠唱を工夫することで確かに同じような魔法を使 ってたね⋮⋮﹂ そう、そこがおかしいんだ。 2148 ﹁なんで詠唱を工夫しただけで、自分の実力以上の魔法が使えるよ うになるのさ?﹂ ﹁⋮⋮参ったね、本当に根本的な疑問じゃないか。なんで気付かな かったんだろうね⋮⋮﹂ 俺の投げかけた疑問は、本当に誰も気が付いていなかったらしい。 昔いた転生者達の時代は、詠唱主流の時代ではなかったのでこん な疑問すらなかったのだろう。 だけど、その爺さんに憧れたという人が現れて以降、魔法界にあ る変化が生まれた。 それが詠唱主流だ。 その結果、どうしても拭えない疑問が出てきた。 ﹁魔法はイメージだけで発動する。でも詠唱でも発動する。それは いいよ。だけど、実力以上の魔法が使えるのはやっぱりおかしいと 思うんだ﹂ オーグ達や、爺さんばあちゃん以外にも、いつもは黙って俺達を 見守っているだけの使用人さん達まで、隣にいる人達同士で話をし たり、ちょっとした混乱が起こっている。 それだけ、誰も気付いていなかったけど大きな問題だということ だ。 ﹁シン、そこまで問題提起するということは、それに関する答え、 もしくは仮説でもいい、何か分かっていることがあるんじゃないの 2149 か? だから独り言を呟くまで考え込んでいるのではないのか?﹂ ﹁独り言?﹂ ﹁シン君、最近独り言が多かったですよ? だから何か重要なこと を考えていると思っていたんですけど⋮⋮﹂ ﹁え? マジで? 声に出てた?﹂ ここのところ、ずっとそのことと新しい魔法のことばっかり考え てたからな。つい口に出てしまったんだろう。 しかし、爺さんやばあちゃんを始めとする周りの人達は、俺が独 り言を言っていたことよりも、俺が何らかの結論を持っているので はないかというオーグの言葉に気を取られている。 視線が早く教えろと言っているのが分かる。 ﹁あー⋮⋮まだ本当に仮説だし、実証もまだだよ? それでもいい ?﹂ ﹁構わんよ。たとえどんなに突拍子もない仮説でも、魔法界に新た な風が吹くかもしれんからの﹂ ﹁それに、シンのことだからある程度論理的な仮説なんだろう? 聞いて損なことなんかありゃしないさ﹂ いまだに魔法の向上に意欲を燃やす爺さんと、妙なところは俺を 信頼してくれているばあちゃんの後押しを受けて、ここ最近俺がず っと考えていた仮説を話す。 ﹁魔法ってさ、この世界にある魔力を集めて制御して、イメージを 作って発動するよね﹂ ﹁そうじゃな。それが魔法じゃ﹂ 2150 魔法の基本を話すと爺さんからの同意を得た。 ﹁じゃあ⋮⋮そもそもイメージって何?﹂ ﹁何って⋮⋮心に思い描いた事象⋮⋮だろう?﹂ 俺の質問にオーグが答える。 ﹁イメージは心に描いた事象⋮⋮ということは、魔力は俺達の﹃心﹄ に反応しているってことだろ?﹂ ﹁確かにそうだね。﹃心﹄に反応する⋮⋮か。考えたこともなかっ たねえ⋮⋮﹂ ﹁シン君、凄いです。そんなこと考えてたんですね﹂ ばあちゃんとシシリーが感心してくれている。 その﹃心﹄に反応しているということが、この疑問を解消する上 で必要なことなんじゃないかと思っている。 ﹁話は変わるけどさ、言葉ってどう思う?﹂ ﹁それはもちろん、自分の意思を相手に伝えるものですわ﹂ ﹁急に当たり前のことを聞いてきたな。どうした?﹂ そう、言葉は自分の意思を相手に伝えるものだ。 当たり前の事実に、エリーとオーグが急になにを言っているのか という表情になる。 だけど、これが重要なんだ。 ﹁その言葉ってさ、話す人によって受ける印象が違うことがないか 2151 ? 例えば、情熱が伝わって来て感動するとか、話の内容が入って こなくて眠くなるとか﹂ ﹁確かにあるのう。ワシも学生の時分は先生の話が入ってこんくて、 よく居眠りをしておったわ﹂ ﹁アンタは不良学生だったからねえ﹂ ﹁そ、それは今はエエじゃろ﹂ ばあちゃんがメッチャ気になることを言っているけど、それは後 回しだ。 ﹁ばあちゃん、その話は後でゆっくり聞かせて。それより、言葉に 自分の﹃意思﹄を⋮⋮﹃心﹄を込めて話すと相手にも伝わるよね? だったら⋮⋮﹂ 俺は、皆の顔を見渡して言った。 ﹁﹃意思ある言葉﹄に魔力を込めたら⋮⋮どうなる?﹂ その言葉に、全員がハッとした顔をした。 おそらく、コレが正解だろう。 ﹃言霊﹄ 前世の日本ではよく耳にした言葉。 言葉には力があり、口にしたことが現実のものとなる。 なら、現実に魔法があるこの世界ならどうなる? 2152 それを偶然、爺さんに憧れた過去の魔法使いが実践してしまった んだろう。 その結果、実力に伴わない魔法も、言霊という力を得て発動して しまった。 ﹁多分、それが詠唱。意思を込めた言葉自体に力があり、魔力制御 が甘くても言葉の力によって魔法が発動された。これが実力に釣り 合わない魔法が使えたカラクリだと思う⋮⋮んだけど、どうかな?﹂ そう言って皆を見渡すと一様に驚きの顔を見せていた。 ﹁よく⋮⋮よくその結論に行きついたね⋮⋮そうか、意思ある言葉 かい⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮イメージとは⋮⋮心に浮かんだことだけを指すものと思って おった⋮⋮言葉は、そのイメージを補完するためのものだとばかり ⋮⋮﹂ ﹁言葉そのものに力が込められている⋮⋮か。確かにその通りだ﹂ ﹁やっぱりシン君は凄いです⋮⋮﹂ ﹁シンさんって、一体どんな頭をしていますの?﹂ 口々に感心の声が上がる中で、エリーの評価だけおかしい。 というか、皆が気付かないのも無理はない。 言霊という概念自体が日本独特のもので、外国語には翻訳できな いと聞いたことがある。 それが全く別の世界となれば尚更だ。 2153 言葉に力が込められているなど考えもつかないだろう。 使用人さん達も、皆感心したような顔をしている。 しかし、先程おかしな評価を下してくれたエリーだけは、イマイ チ納得できない表情をしている。 ﹁詠唱をしたら実力以上の魔法が使えるということは、今使える魔 法の威力はもっと上がるのでしょう? なら全て詠唱をした方がい いのではなくて?﹂ 魔法が使えないエリーならではの疑問だな。 ﹁良し悪しなんだよ。使う目的が完璧に決まっているものなら、詠 唱して魔法を発動させた方が威力は上がると思う。例えば、土木工 事とかね﹂ ﹁やっぱり威力は上がるのでしょう? なら⋮⋮﹂ ﹁ところが、これが戦闘となると、そうはいかないんだ﹂ ﹁戦闘?﹂ エリーは戦闘にも関わりがないから、それも分からないらしい。 ﹁詠唱によってこれから繰り出す魔法がバレる。しかも、言葉に出 すことによって一つのイメージしかできないから軌道修正ができな い⋮⋮などだな﹂ ﹁治癒している時にも、予想外の怪我が見つかる時があります。そ ういう時は無詠唱でないと咄嗟に対応できないですね﹂ オーグとシシリーがエリーに説明をしてあげると、エリーも納得 したようだ。 2154 つまり、魔法自体の出力は上がるけれども応用が利かなくなって しまうのだ。 ﹁それで良し悪しですか⋮⋮使い方しだいで、良い結果も悪い結果 も出ると﹂ ﹁だからシンは、さっき﹃あながち間違いでもない﹄と言ったのだ な﹂ ﹁そういうこと。詠唱は悪じゃない。時と場合によっては非常に有 用になるときもあるんだ﹂ これが、気が進まないけど検証しなきゃいけない事項、その一だ。 今まで恥ずかしくて、詠唱なんて使ったことがない。 でもそうも言っていられない。 だから気は進まないけど、試さずに後悔はしたくないので試して みる。 でも⋮⋮やっぱり恥ずかしいなあ⋮⋮。 ﹁お前がまた魔法に関するとんでもない発見をしたことは分かった。 だが、戦闘では使えないのだろう? なぜシュトロームとの決戦の 前に悩む必要がある?﹂ おっと、オーグが鋭いところをツッコんできた。 できればそこにはスルーしてほしかったんだけどな。 2155 ﹁いやまあ色々と気になったから⋮⋮﹂ ﹁答えになっていないぞ。このタイミングで詠唱について考え出し たということは⋮⋮まさか戦闘で使う気か?﹂ なんでオーグはこんなに鋭いんだろうな? まさにご指摘の通りだ。 ﹁えーっと、一応そのつもり﹂ ﹁バカな。一体何を考えて⋮⋮﹂ そこまで言ってオーグは動きを止めた。 ﹁⋮⋮お前まさか⋮⋮詠唱でバレても問題ない程の威力の魔法を使 うつもりじゃ⋮⋮﹂ ﹁いや、それは⋮⋮﹂ オーグの言葉に上手く答えられない。 確かに使うのが躊躇われるほどの威力の魔法を使おうと考えてい る。 しかも、その詠唱の内容は、恐らくシュトロームには分からない。 検証しなければいけない事項その二だ。 けど、シュトロームが分からないと思う理由を、前世の知識を絡 めずに説明しにくい。 ここは誤魔化すか。 2156 ﹁ちょっと分からないな。実験してないから﹂ そう言うと、オーグは深い⋮⋮肺の息を全て吐き出すような長い 溜め息を吐いた。 ﹁⋮⋮これがシュトローム達、魔人との最終決戦前でなければ実験 すら止めるところだが⋮⋮今回は認めざるを得まい。だがいいか、 これだけは約束しろ﹂ ﹁なんだよ﹂ 約束? ﹁絶対に、世界を滅ぼすなよ﹂ ﹁なっ⋮⋮﹂ なにを馬鹿なことをと言おうとしたけど、オーグは至極真剣な顔 で、それ以外の皆の顔も真剣そのものだった。 なので俺は、いつもみたいに叫んだりせず、オーグの言葉に答え た。 ﹁分かってるよ。ちゃんとそうならないように実験するから﹂ しばらくオーグに睨まれるが、ようやく納得してくれたのだろう、 また長い溜め息を吐いた。 ﹁まったく⋮⋮頼もしいと感じればいいのか、またフォローに走り 回らなければいけないと嘆くべきなのか⋮⋮﹂ ﹁ちょっとシンさん。私とアウグスト様の時間を奪わないでくださ 2157 いまし﹂ ﹁はいはい。悪かったよ﹂ オーグの言葉で、固かった空気が弛緩した。 そこでようやく皆の肩の力が抜けた皆は口々に話しだす。 ﹁魔力は心に反応する⋮⋮か、これは間違いないだろうね﹂ ﹁そうじゃな。これならば治癒魔法が得意なものが攻撃魔法を苦手 なのも説明がつく﹂ ﹁そうなの?﹂ 爺さんとばあちゃんは、今まで疑問にも思っていなかったが、言 われてみると納得できるという事項を上げた。 ﹁ああ、ようは心の在りようさ。治癒魔法が得意な者は相手を傷つ けることを恐れる者が多い。その心が反映しているんだろう。攻撃 魔法の威力を鈍らせるんだろうね﹂ ﹁好戦的なものほど攻撃魔法が得意なのもそういうことじゃろう﹂ 俺の仮説を切っ掛けに、賢者と導師と呼ばれる魔法のエキスパー トには色々と思い当たることが多いらしい。 口に出す様々な事柄に皆が揃って頷いている。 ﹁あの、ということは治癒魔法とは優しい心に反応しているという ことですの?﹂ ﹁そういうことさね﹂ ﹁攻撃魔法は攻撃的な心に反応していると﹂ ﹁そうじゃな。怒りに震える時、魔法の威力が上がるのもまた事実 2158 じゃ﹂ 魔法が使えないエリーにとっては、全てが新鮮に聞こえたのだろ う。 色んな心の在りようの際の効果を、矢継ぎ早に質問をしている。 それに爺さんとばあちゃんも答えて言っているのだけれど、一つ 答えられない質問があった。 それは⋮⋮。 ﹁では⋮⋮深い悲しみや憎しみを感じた時は、どう反応するんです の?﹂ その質問には、爺さんもばあちゃんも、もちろん俺も⋮⋮誰も答 えることができなかった。 2159 試してみました︵前書き︶ 説明がうまくできず、何回も何回も書き直してしまい、更新に時間 が掛かってしまいました。 それでもうまく説明できているかどうか⋮⋮。 ご容赦ください。 ちなみに、前話ではオーグとシシリーとじいちゃんばあちゃんに詠 唱について説明しました。 2160 試してみました ﹁ほえぇ、詠唱にそんな効果があったんだ!?﹂ ﹁知らなかった﹂ オーグとシシリー、そしてなぜかエリーに詠唱と魔力についての 説明をした翌日の学院にて、Sクラスの皆に同じ話をした際のアリ スとリンの反応だ。 このクラスの中で、話を聞いていたのはオーグとシシリーだけだ し、一応有用な話ではあるので皆に知らせておこうということにし たのだ。 ちなみにオーグの発案です。 この、詠唱により少ない魔力でも高度な魔法が使えるという事実 は、使い道が限定的で、なにより戦闘時にあまり活用されないとい うことから、一般にも公開されることになった。 実はあの後、この話をアールスハイド魔法学術院に持ち込んだの だが、その時の研究員さん達の顔が面白かった。 驚いて、呆けて、その後興奮しだしたのだ。 そして、魔法学術院からの発表の前に、チームの皆に発表したと いう訳だ。 ﹁魔力は心に反応する⋮⋮魔法に一番大事なのはイメージだと昔か 2161 ら言われているのに、気が付かなかったなんて⋮⋮﹂ トールは気が付きそうで気が付かなかった内容に、ちょっと悔し そうな顔を浮かべていた。 ﹁それにしても、シンの頭の中はどうなっているんだい?﹂ ﹁そうで御座るな。攻撃魔法はまさに規格外で御座るし⋮⋮﹂ ﹁魔道具は意味不明だしぃ﹂ ﹁世界の謎だった魔石の生成も解明したッスね﹂ トニーが呆れながら言った言葉に、ユリウス、ユーリ、マークが 賛同した。 皆、同じような呆れ顔だ。 な、なんだよう。 皆からの褒めてるんだか貶してるんだか分からない言葉に微妙な 気持ちになっていると、昨日に説明を聞いていたオーグから別角度 の質問が飛んできた。 ﹁そもそも、今回のこの話は、当たり前すぎて皆が疑問にすら思っ ていなかったことだ。シン、お前いつから疑問に思っていた?﹂ いつから? いつからって言われると最初からなんだけど⋮⋮それを言ったら、 また変な顔されそうだ。 ここは少し誤魔化すか。 2162 ﹁えーっと⋮⋮じいちゃんに魔法を教えてもらった時かな?﹂ ﹁なっ、なんだと!? お前、確か初めて魔法を使ったのは三歳の 時だと言っていなかったか!?﹂ あ、しまった。 最初って、前世の記憶が蘇った一歳くらいの時を想定してたんだ けど、初めて魔法を使ったのって三歳の時だった! こうなったら、このまま誤魔化すしかない。 ﹁え、あー⋮⋮そ、そう。凄く不思議だったんだよ。なんで薪も無 いのに火が出るんだろうとか、井戸も無いのに水が出るんだろうと か⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮天才の発想は我々には理解できんな。三歳の頃の記憶などほ とんど無いが、魔法や魔道具に関して疑問を持ったことなど一度も ない﹂ ﹁私、三歳だったら記憶すらありませんよ? 一番古い記憶が四歳 くらいです。五歳のお披露目会あたりからよく覚えてますけど⋮⋮﹂ お? なんか、うまい具合に勝手に勘違いしてくれてるのか? オーグとマリアが、呆れ気味ながらも自分の中で折り合いをつけ てくれたようだ。 ﹁シン君にとって、この世界は不思議に満ち溢れてるんですね。私、 そんなこと考えたこともなかったです﹂ ﹁そうですね。この疑問を感じる能力こそ、ウォルフォード君の凄 さの本質じゃないかと思い始めました﹂ 2163 最近、妙に仲がいいシシリーとオリビアは素直に感心してくれて いるようだ。 そんなシシリーとオリビアに癒されていると、最初に関心した後、 何かを考える素振りを見せていたアリスから質問があった。 ﹁ねえねえシン君! 魔力が自分の心に反応してるってことは、自 分の思い通りになるってことだよね!?﹂ ﹁まあ、そう言われればそうかな?﹂ ﹁なるほど! 分かったよ!﹂ 何かを理解した様子のアリスが、また考える素振りを見せた後、 魔力を集め始めた。 おい! ここ教室だぞ!? 結構な量の魔力を集めてるけど大丈夫か!? そう思った次の瞬間、アリスが何やら詠唱を始めた。 ﹃我は求める! 我の心とお腹を満たすべく、甘美にして甘味なる ケーキをここに創り出せ!﹄ ⋮⋮おい。 ﹃スイーツ!!﹄ アリスのその意思ある言葉と共に、霧散していく魔力。 2164 っていうか、詠唱している段階から霧散し始めてたよな? 魔力が完全に霧散し、辺りには重苦しい沈黙がおりる。 呆れているのか、笑いを堪えているのか。 誰一人言葉を発しようとしない。 そんな中、一人真っ赤になったアリスがキッと俺のことを睨んだ。 恥を掻いたことの八つ当たりか? ﹁シン君の嘘つき!! こんなに心から欲してるのに、ケーキが出 てこないじゃない!!﹂ ﹁アホか!! そんなもん出てくる訳ないだろ!!﹂ 八つ当たりかと思ったら、まさかのマジギレだった。 心に反応するって、そういうことじゃないんだよ! ﹁アリス⋮⋮﹂ ﹁なに? リン﹂ ﹁⋮⋮バーカ﹂ ﹁ムキャー!﹂ リンとアリスの追いかけっこが始まった。 確かにアリスの行動はアホ以外のなにものでもないけど、お蔭で 一つ確証したことがある。 2165 それは、魔法では物体を作り出すことはできないということだ。 いや、正確には﹃物体のような複雑な物は簡単に具現化できない﹄ って言った方がいいかな? 恐らく魔力とは、この世界に充満する精神感応生の高い物質。 その物質が俺達の心に反応し、イメージした結果に合わせてその ﹃質﹄を変容させるものだと推測している。 ここで注目なのが、変容するのが﹃質﹄だけだということ。 物体は、色んな要素が絡まり合って構成されているので、質だけ 変えても物体は具現化されない。 そして、その﹃質﹄を変容させずに結晶化したものが﹃魔石﹄な のだろう。 透明な石のような見た目から﹃魔石﹄と呼ばれているけど、本来 なら﹃魔力結晶﹄と言った方が自然なんだろうな。 とまあ、そんな仮説は立てていたんだけど、魔石生成以外の実証 はしていなかった。 だってねえ⋮⋮。 いくら実験とはいえ、魔法でケーキを創るとか、そんなアホみた いなことを実行するのには結構な勇気がいるものなので⋮⋮。 それが、先ほどのアリスの失敗により、ほぼ確証を得る結果にな 2166 った。 アリスは残念な子だけど⋮⋮今の実験結果は大いに褒めていいと ころだろう。 何をそんなに褒めているのかと、皆の追及が怖いのでやりません けどね! そして、今の失敗したアリスの魔法だが、その中で一つ気になる ところがあった。 ﹁アリス﹂ ﹁はぁはぁ、な、なに?﹂ リンを追いかけまわして息切れしているアリスを呼び止め、さっ きの魔法について聞いてみることにした。 ﹁さっきの詠唱なんだけど、あれって自分で考えたのか? それと も、なにか参考にした?﹂ ﹁自分で考えたよ?﹂ ﹁あの一瞬でか?﹂ ﹁そう。でも、おかしいんだよね。今まで適当に作った詠唱でも失 敗したことなかったのに、なんで今回は失敗したんだろ?﹂ 適当って⋮⋮そんなんで発動すんのか? 今回失敗した理由は分かっているので、それはスルーして詠唱に ついて考える。 詠唱は適当でもいい。 2167 そうか、元はイメージの補完として考えられていたって話だっけ。 そんな曖昧な認識でも発動はするんだ。 魔力って、本当に俺達の心に直接反応しているんだな。 そして、言葉とは自分のイメージをより明確にする効果が確かに あるみたいだ。 そういうことなら⋮⋮ちょっと試してみようかな。 ﹁放課後、荒野に行ってみるか⋮⋮﹂ 実験したいことがあるので、荒野に行こうかと考えていると、つ い口に出してしまったようだ。 皆がギョッとした顔をして一斉に俺を見た。 ﹁なんだ? 今度は何をやらかすつもりだ?﹂ ﹁ウ、ウ、ウォルフォード君! 本当に、マジで! 世界を破滅さ せることだけは勘弁して下さい!﹂ 俺が何かやらかす前提のオーグも非道いけど、それ以上にオリビ アが非道い。 世界を救うための戦いに挑もうっていうのに、その前に壊してど うするよ! ﹁別に何もやらかさないし、世界を破滅させたりもしないよ! た 2168 だちょっと実験したいことができたんだよ!﹂ ﹁実験? ならメリダ様にも報告しなくちゃ﹂ ﹁あ、そうだったねマリア。シン君、実験はお婆様立ち合いでない と怒られちゃいますよ?﹂ シシリーの言う通り、実験にはばあちゃんの立ち合いもいるか。 なら、放課後は直接荒野に行くんではなくて、一旦家に帰ってか らになるな。 放課後の予定が決まり、どういう感じの実験にしようかと考えて いると、アリスに思考中断させられた。 ﹁ねえ、なんでケーキが出てこなかったの? ねえシン君、なんで !?﹂ まだ諦めてなかったのかよ!? とりあず、物体は複雑だから無理とか、適当な理由を説明してお いた。 信じたのでそれ以上説明するのは止めた。 もっと細かく説明してもいいけど、何でそんなことを知っている のか、そっちが説明できないからね。 2169 そして迎えた放課後。 既に一度家に戻り、お目付け役のばあちゃんだけでなく、俺のや ることに興味津々の爺さんも連れて荒野にやってきた。 ばあちゃんは、すでにこめかみと胃のあたりを押さえている。 ﹁アンタの魔法実験に付き合ってこの場所を訪れる度に、胃が痛く なるよ⋮⋮﹂ ﹁小心者の婆さんじゃな。ワシなんぞ、今度はシンが何を見せてく れるのか楽しみでならんわい﹂ ﹁アンタがそんなんだからシンがこんなことになったんだよ!﹂ あ、初めて魔法を披露した時のデジャヴだな。 爺さんがばあちゃんに締め上げられてる。 ﹁ねえ、二人とも。じゃれあってないで、そろそろ始めていい?﹂ ﹁﹁じゃれ合ってない!!﹂﹂ ﹁息ぴったりじゃん﹂ こんなに息が合っているのに何を言ってんだか。 ﹁⋮⋮相変わらず、あのお二人の喧嘩は止められる自信がないのだ が⋮⋮﹂ ﹁さすがは身内ですね。ああもアッサリとお二人の喧嘩を止めてし まうとは﹂ オーグとトールから、予想しない賛辞が寄せられた。 2170 そこを褒められても嬉しくないから。 それはともかく実験だ。 ﹁えーっと、まずは⋮⋮﹂ 魔法を起動するために魔力を集める。 その量は⋮⋮極小。 魔法使いとして、魔法を発動させることができるギリギリだ。 ﹁これはまた⋮⋮今までと真逆の展開だね﹂ ﹁フム。何をするつもりなんじゃ?﹂ ほら、やっぱりただのじゃれあいだった。 爺さんと婆ちゃんの会話を聞きながらもツッコミは入れない。 これから行うことに対しての、緊張と集中が半端じゃなかったか らだ。 これから行うのは詠唱の実験。 ただし、今まで一度も詠んだことがない詠唱を、今更作るという のも無理な話。 そこでヒントになったのが、先日のアリスの詠唱だ。 魔法そのもは失敗したけれど、詠唱についての考え方を聞けた。 2171 詠唱の定義がそこまで厳密でないのなら、あまり恥ずかしくない 方法でも発動するのではないかと考えたのだ。 ﹁じゃあ、いくよ﹂ 試してみるのは火の魔法。 以前、魔法学院の入試で見たような詠唱は、恥ずかしくてやりた くない。 だけど、これなら⋮⋮。 ﹃着火﹄ その一言で、僅かに集めた魔力が反応し火種ができた。 ﹃燃焼促進﹄ 火種に可燃性の物質を加えるように言葉を発すると、火種は劇的 に大きくなった。 ﹃範囲指定﹄ そして忘れちゃいけない、魔法効果範囲の指定。 ﹃発射﹄ 最後に発動の言葉を発すると、大きくなった火の玉が発射された。 2172 着弾した火の玉は、後ろと左右には効果を及ぼさず、前方にのみ その威力を解放した。 その着弾した場所を見てみると⋮⋮。 ﹁おお⋮⋮スゲエな⋮⋮﹂ ごく少量の魔力だけで魔法を放ったというのに、初めてディスお じさん達に魔法をお披露目した時と同じくらいのクレーターができ ている。 ﹁詠唱ってすごいな﹂ そう言いなが皆の方を振り返ると⋮⋮呆れるでも怖がるでもなく、 微妙な顔をしていた。 何で? ﹁シン、お前、詠唱って⋮⋮﹂ ﹁なんか違う! なんか違うよシン君!!﹂ ﹁そうですよ! 詠唱っていうのは、もっとこう⋮⋮詩的というか なんというか⋮⋮﹂ オーグは困惑している様子で、アリスはちょっと怒っているし、 オリビアは詠唱とはもっと詩的なものだと訴えかけてくる。 えー、だからその詩的な詠唱をしたくなかったんだって。 詩的な詠唱をしたくなかった俺は、一つ一つの現象を口に出して みることにした。 2173 その結果が、さっきのオリジナル詠唱だ。 ⋮⋮いや、正直あれを詠唱と言っていいとは思ってないよ? でも、詩的に言っても、業務的に言っても効果は変わらないんだ ったら、俺は業務的に言う方を選ぶ。 ﹁まあいいじゃん。結果は同じなんだからさ。それに実戦では詠唱 は使えないしね﹂ 実験した結果、やっぱり詠唱は戦闘では使えないと思った。 前から指摘がある通りに、起動する魔法がすごく限定されてしま い応用が利かない。 それに、今の実験で新たに分かったけど、起動までに時間がかか る。 もし詠唱を使うとしたら、長距離からの攻撃に使うしかない。 そんなことを説明すると、リンからある提案があった。 ﹁なら、魔都を囲っている壁の上から、魔都に向かって魔法を放て ばいい﹂ リンの提案に、俺以外の皆は複雑な表情を浮かべている。 この世界の戦争は、まず始めに互いに魔法を撃ち合い、その後に 軍隊同士が衝突するのが主で、そこに色々な搦め手は存在するけれ 2174 ども、長距離から魔法によってに一方的な攻撃することは、卑怯と いうかなんというか、そんな感じで取られてしまう。 なので、皆はそれが有効な手段だとは思いつつも、どうしても卑 怯な手段という思いがよぎり、結果複雑な表情に表れてしまったの だが、俺は違う。 安全な位置からの超長距離遠隔爆撃とか前世では普通だったし、 地上戦は泥沼化するという認識がある。 なので、心情的にはリンの意見に賛成なのだが、とある理由でそ れは却下せざるを得ない。 ﹁確かに良い手なんだけど⋮⋮それはできない﹂ ﹁なんで? やっぱり卑怯?﹂ リンもこれが卑怯な手段だという自覚はあるんだろう。却下され た理由を、卑怯だからだと思っている。 ﹁良い手だって言ったろ? その攻撃手段自体は間違ってないと思 う。でも⋮⋮﹂ ﹁でも、なんだ?﹂ 言い淀んだ俺に、オーグが先を話せとせっついてくる。 ﹁生半可な魔法じゃ、シュトロームに勘付かれて防御されると思う。 となると、それを超える魔法を放たなきゃいけないんだけど⋮⋮﹂ そう言って皆の顔を見ると、皆緊張した面持ちで俺を見ていた。 2175 ﹁⋮⋮そんな超強力な魔法を遠距離から放つと⋮⋮あの辺り一帯の かなり広い範囲が、人の住めない土地になっちゃうぞ?﹂ ﹁やっぱりこの話はなし。忘れてほしい﹂ 言い出しっぺのリンが、即座に自分の案を却下した。 俺がリンの提案を実行した場合の被害を想像したのだろう、皆が 青い顔をしている。 ﹁先に話を聞いておいてよかったな。そうでなければシンにその作 戦を依頼していた可能性もあった﹂ ﹁そうですね。やはり魔都に侵攻し、直接魔人達を討伐するしかな いですね﹂ オーグが、やれやれと溜息を零しながら、事前に聞いておいて良 かったと言い、トールは今回の戦闘の方針を確認した。 ﹁じゃあ、もうちょっと練習しとこうかな﹂ ﹁今度は何の魔法を試すつもりだ?﹂ ﹁爆発魔法﹂ 俺がそう言った瞬間、皆が俺の周りから蜘蛛の子を散らすように、 ジェットブーツまで起動して離れていき、自身と魔道具の両方の魔 力障壁を展開した。 ﹁いつでもいいぞ!﹂ ﹁ドンと来い!﹂ ﹁でもお手柔らかにいっ!!﹂ オーグ、アリス、オリビアが、準備万端というべき状態で声をか 2176 けてきた。 おい。 さっき指向性の実験もしただろうがよ。 どんだけ信用ないんだ? 俺。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー シンが火の魔法に続いて、爆発魔法を試そうとしワイワイ言い合 っている光景を見ながら、メリダはポツリとあることを呟いた。 ﹁あの子は良い友達を持ったねえ﹂ ﹁本当にそうじゃな﹂ メリダとマーリンは、感慨深そうな顔をしながらアウグスト達と じゃれあっているシンを見た。 ﹁さっきの話を聞いても、変わらずにあの子と接してくれておる﹂ 2177 シンは、リンの提案に対して、遠距離からシュトロームを倒せる ほどの魔法を﹃使えない﹄のではなく﹃使わない﹄と答えた。 それは即ち、シンが周囲数キロを壊滅させてしまう魔法を使うこ とができると告白したことになる。 それでも、アウグスト達はそんな魔法が使えるシンを怖がること はせず、むしろ使わせなくて良かったと言った。 そして、シンもアウグスト達に説明する際に、自分が広範囲殲滅 魔法を使えることを話すことを躊躇しなかった。 シンも、皆のことを信頼し、怖がったりしないと確信していたか らだ。 ﹁あの子を魔法学院に入学させることは、期待もあったけど不安な 部分も多かったからねえ。あの隔絶した力を怖がって寄ってくる子 がいないんじゃないかってね﹂ ﹁ホッホ、ワシは確信しておったよ。シンは良い子じゃ。あんな良 い子を邪険にする者などおりはせんとな﹂ ﹁フン、後からならなんとでも言えるさね﹂ ﹁なんじゃと?﹂ そう言い合った後、しばらく睨み合っていたマーリンとメリダだ ったが、やがてお互いにフッと笑みをこぼした。 ﹁まあ、そんな心配も過去の話じゃ。見てみい、あの楽しそうな様 子を﹂ ﹁可愛い婚約者まで見つけてきてねえ。アタシは曾孫の顔が早く見 たいよ﹂ 2178 ﹁それもこれも⋮⋮﹂ ﹁ああ、この戦いに勝ってからの話さね﹂ ﹁ウム、そうなれば﹂ ﹁ああ、そうするかい?﹂ 先ほどまでの、楽しそうな様子の孫を見ている祖父母の笑顔から、 歴戦の戦士の顔になる二人。 そうして、お互いの顔を見合っていると⋮⋮。 ﹁﹁っ!!﹂﹂ 思わずお互いに首を竦めてしまうほどの大音量が響き渡った。 ﹁な、なんじゃ!?﹂ ﹁一体、何事だい!?﹂ 二人が視線を向けた先には﹃ヤベッ﹄という顔をしてこちらを向 いているシンがいた。 恐らく、続けて行った爆発魔法の詠唱実験で、魔力の加減を間違 えたのだろう。 周囲の空気を震わせるほどの大爆発を起こしてしまったのだ。 せっかくのシリアスなシーンを台無しにされたことと、また無茶 苦茶なことをしでかしたシンに対して、メリダの怒りが爆発した。 ﹁シン!! 本当にこの子は!!﹂ ﹁わあっ! ゴメン、ばあちゃん!!﹂ 2179 ﹁これっ! お待ちぃっ!!﹂ 逃げるシンと追いかけていくメリダ。 その二人を見ながら、マーリンはやれやれといった風に肩を竦め た。 そして、先程メリダと確認し合ったことを考えた。 ﹁さて、ディセウムになんと言おうかの﹂ そう呟きながら、メリダに説教をされているシンを見つめていた。 2180 試してみました︵後書き︶ 活動報告を更新しました。 2181 フラグを回避しました︵前書き︶ なんとか年内に間に合いました。 皆さん、良い御年をお迎え下さい。 2182 フラグを回避しました ﹁ほ、本当ですか?﹂ アールスハイド王国王城にて、国王であるディセウムが、王城を 訪れてきたマーリンとメリダに対して驚きの声をあげる。 ﹁うむ。この戦に万が一敗れるようなことがあれば、世界は終わり を迎えるじゃろう﹂ ﹁だったら、若い者に任せるとか言ってないで、出せる戦力は全部 出してやろうと思ってね﹂ マーリンとメリダは、もう間もなく開戦される、魔人オリバー= シュトロームとの最終決戦に向け、ある提案をしにきていた。 その提案とは⋮⋮。 ﹁マーリン殿とメリダ師が此度の決戦に参加してくださるとなれば、 戦力の増強の意味でも、兵士達の士気向上の意味でも、非常に大き な意味があります﹂ マーリンとメリダの二人も、シュトロームとの最終決戦に参加す るというものだった。 ﹁ホッホ。まあワシ等の動機は不純なんじゃがの﹂ ﹁そうだねえ、絶対に負けられない。負けたくない理由が⋮⋮﹂ そう言ったメリダはフッと微笑み。 2183 ﹁曾孫の顔が見たい、だからねえ﹂ ﹁ひ、曾孫ですか⋮⋮﹂ マーリンとメリダの孫であるシンと、その婚約者であるシシリー。 二人は非常に仲睦まじく、この人類存亡の危機が無ければ、既に 妊娠していてもおかしくない程イチャイチャしている。 だが、人類史上最強の魔法使いであるシンはともかく、その婚約 者であるシシリーの実力ですら、人類の中で上から数えた方が早い 位置にいる。 そんな実力を持つ魔法使いが戦場に出られないのは大きな戦力ダ ウンであり、メリダだけでなく、世間的に納得ができない。 なので、この戦いが終わるまでは、シンとシシリーの子供⋮⋮す なわちマーリンとメリダの曾孫の顔を見ることは叶わない。 なにより、この戦いに敗れれば、人類自体の存亡に関わる。 曾孫の顔が見たいがために、この戦いに絶対に負けたくないマー リンとメリダは、この期に及んで出し惜しみなどしている場合では ないと、自身の参戦を決めたのだ。 ﹁こうなると、ミッシェルにも声を掛けておくかの﹂ ﹁そうだね。最近は弟子の稽古ばっかりで実戦から遠のいてるだろ うしね﹂ 人類の存亡を賭けた戦いに挑もうというのに、マーリンとメリダ 2184 には気負いが感じられない。 ちょっとピクニックにでも誘おうかという気軽さで、元騎士団総 長であるミッシェルにも声をかけようかと相談している。 そんな二人を、ディセウムは懐かしそうな顔で見ていた。 ﹁すっかり、好々爺になったかと思っていたのですが、戦闘となる と相変わらずですな。マーリン殿﹂ ﹁ム? どういう意味じゃ?﹂ ﹁なんだい、気付いてないのかい?﹂ ﹁だから何が?﹂ ディセウムとメリダに指摘されたマーリンは、二人が何を言って いるのか全く分からない。 そんなマーリンを見て、メリダとディセウムは苦笑した。 ﹁アンタ、笑ってるよ﹂ ﹁その顔、昔はよく見ましたな。獰猛で、戦いを楽しみにしている 狩人の顔です﹂ ﹁ムム、そうじゃったか﹂ 二人の指摘に思わず顔をさするマーリン。 全盛期に比べれば、肉体的な衰えはあろうが、シンに刺激を受け、 魔法的にはさらなる進歩を遂げているマーリン。 この二人の参戦を発表したら、兵士達がどのような反応をするの か。 2185 年甲斐もなく、ワクワクしているディセウムであった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ﹁ええ!? じいちゃんとばあちゃんも参戦するの!?﹂ ﹁ほ、本当ですか!?﹂ 王城に行っていた爺さんとばあちゃんが帰ってくるなり、衝撃の 告白を受けた。 なんと、今度のシュトロームとの最終決戦に、爺さんとばあちゃ んも参戦するというのだ。 ﹁なんだい、アタシらが戦っちゃいけないってのかい?﹂ ﹁い、いや、そんなことは思ってないけど⋮⋮急にどうしたのさ?﹂ これまで、爺さんとばあちゃんは若い者の戦いに年寄りが首を突 っ込むべきではないと、俺達が魔人を相手に戦っている時でも参戦 することはなかった。 まあ⋮⋮一度討伐し損ねた魔人がアールスハイドに迫った時は尻 拭いをしてもらったけど⋮⋮。 2186 こうして積極的に参加することはなかった。 ﹁ウム、今度の戦い、魔人の全勢力との全面戦争じゃろう?﹂ ﹁そうだね﹂ ﹁つまり、この戦いが最後の戦いな訳だろ?﹂ ﹁まあ、そうだね﹂ ﹁もし、もしもだよ、万が一アンタ達が敗れるようなことがあれば ⋮⋮﹂ ﹁その時は、人類の終わりじゃろうな﹂ そう。今度の戦いに、各国はそれぞれの最大戦力を投入する。 絶対に敗けられない戦い。 そのために、バイブレーションソードまで貸し出した。 その人類の最大戦力が敗れるようなことがあれば、もう人類に魔 人を止める手立てはもうない。 俺達が敗ける。それはイコール人類の終焉を指す。 それは分かっているんだけど⋮⋮。 ﹁けど、お爺様もお婆様も、これまでは﹃今の世界の問題は今の世 代が解決すべきだ﹄と不干渉を貫いてこられましたよね? どうし て急に?﹂ そう、シシリーが指摘する通りそれが分からない。 2187 昨年の魔人領攻略作戦の時も、爺さんとばあちゃんは積極的には 参加しなかった。 最後の最後で、俺達が詰めを誤り、アールスハイドに被害が及び そうになって初めて動いたくらいだ。 それがどうして? ﹁なに、今の世界問題を今の世代が解決すべきだという考えに変わ りわないのじゃがの﹂ ﹁今ままでは、シンの力があればそうそう敗けることなんかありゃ しないと思っていたんだけどね。今度の相手はそうはいかないだろ う?﹂ 確かに、今度の戦いの最大の敵、シュトロームに関しては、絶対 に勝てるとは言い切れない。 昔、アールスハイドの警備隊練兵場でやり合ってから一年以上経 っているし、その間にシュトロームは大量の魔人と災害級の魔物と いう戦力を整えてしまった。 シュトローム自体の力も増大していると考えていいのかもしれな い。 ⋮⋮魔人に鍛錬の必要があるなら⋮⋮だけど。 それに今度の魔人達は、今まで相手にしてきた魔人と様子が違う。 俺がいない時に相対したオーグ達が敗けかけたほどだ。 2188 ﹁もし、アンタが敗けてごらん。アタシ達は、とんでもない後悔に 苛まれることになる﹂ ﹁ならば、傍観して後悔するより、いっそのこと参戦してしまおう と考えての﹂ 後悔先に立たずって言うしな。 その可能性があるなら、後悔する道は選ばないということか。 ﹁それにのう⋮⋮﹂ ﹁まだあんの?﹂ 今の説明でもある程度納得したんだけど、爺さんにはまだ理由が あるらしい。 ﹁今までは、若い者が問題を解決すべきと手を引いておったが、正 直体が疼いてのう﹂ ﹁我慢してた分、暴れたいのさ﹂ ﹁とんでもない理由だ!?﹂ え? なに? 二人とも実は戦いたいの我慢してたの? うわ⋮⋮爺さんの顔が、今まで見たことない不敵な笑みを浮かべ てる。 いつもの好々爺はどこいった!? ﹁お爺様もお婆様も、やはり戦士なのですね。昔、本で読んだ通り です。さすがです!﹂ ﹁え?﹂ 2189 俺は、好戦的な爺さんとばあちゃんに心底驚いたのだが、シシリ ーはそうでなかったらしい。 二人を見て、瞳をキラキラとさせている。 そしてそれは、シシリーだけではなかった。 ﹁おお、大旦那様、大奥様⋮⋮英雄が⋮⋮英雄が御戻りになられた !﹂ ﹁ああ、なんと素敵なことなのでしょう!﹂ 執事長のスティーブさんも、メイド長のマリーカさんも、尊敬と 憧れの籠った眼を向けている。 ほかの使用人さん達も同様だ。 ⋮⋮ゴメン、身内はこのテンションに着いていけません。 しかしまあ、皆のこのテンションの上がり具合を見ると、兵士さ ん達も同じ反応をするだろう。 むしろ、過去の英雄と一緒に戦えるとなると、さらに盛り上がる かも。 そういう、士気を高めるという意味では、爺さんとばあちゃんが 参加するだけでも意味はあるのかな。 それはともかく、これだけは注意しとかないと。 2190 ﹁じいちゃん、ばあちゃん﹂ ﹁ん? なんじゃ?﹂ ﹁どうしたんだい?﹂ ﹁⋮⋮張り切り過ぎて、他の人の功績を横取りしちゃダメだよ?﹂ そう釘を刺すと⋮⋮。 ﹁﹁⋮⋮﹂﹂ フイッと、二人揃って視線を外しやがった。 ﹁ちょっと! 本気で大暴れするつもり!?﹂ ﹁まあ、それぐらいで丁度エエじゃろ﹂ ﹁そうだね。アタシらは魔物の方をヤッとくから、アンタは魔人の 方をしっかり頼んだよ。そんで⋮⋮﹂ 大暴れすることを肯定した爺さんとばあちゃん。 ばあちゃんの方は、まだ何か言いたいことがあるみたいで、俺と シシリーを交互に見て、ニヤッと笑った。 ﹁勝って帰ってきたら、アタシらに曾孫の顔を見せるんだよ? 分 かったね?﹂ ﹁ちょっ! な、なに言って!?﹂ なんだよ、その死亡フラグっぽいの! 本気でやめてよ! 俺は、ばあちゃんの言った言葉が死亡フラグに聞こえたので焦っ ていたが、シシリーの方はそれどころではなかったらしい。 2191 ﹁ひ、曾孫⋮⋮シン君のこども⋮⋮男の子がいい? それとも最初 は女の子? やだ﹃最初は﹄だなんて⋮⋮﹂ シシリーは、俺の隣で何か妄想をしているのだろう、顔を赤く上 気させながらクネクネしていた。 ⋮⋮なんだろう⋮⋮死亡フラグが回避されたような気がする⋮⋮。 ﹁と、とにかく、怪我とかしないでよ!?﹂ ﹁ホッホ、ここ一年ほど王都におるから魔物は狩っとらんが、まあ 大丈夫じゃろ﹂ ﹁そうさね。魔物ごときに、アタシの防御魔法が抜かれるとは思え ないね﹂ またフラグっぽいこと言った! もういい加減にして! そう思って、隣のシシリーを見る。 ﹁名前はどうしよう? 二人で考えるべき? それともお爺様とお 婆様の意見も聞いたほうが⋮⋮でも、やっぱり⋮⋮﹂ 今度は、何かを真剣に考えながら妄想に耽っているシシリーがい た。 うん。 なんとなく、フラグを回避した気分になった。 2192 まあ、この二人ならよっぽどのことが起きても大丈夫だろう。 災害級の魔物の群れの方は、爺さんとばあちゃんがいるなら殲滅 も時間の問題だろうし。 となると問題はやっぱり俺⋮⋮ということになる。 もう決戦まで日がない。 そろそろ、アレ、試してみるか⋮⋮。 2193 決心しました。 シュトローム率いる魔人との最終決戦に、爺さんとばあちゃんが 参戦することが決まった。 それを兵士さん達に告げた時の熱狂ぶりは相当凄かったらしい。 さらに、爺さん達は最前線ではなく、兵士さん達と共に魔物討伐 に回ると聞き、本や舞台でしか見たことがない英雄と一緒に戦える ということでさらにその熱狂ぶりが加速したらしい。 その知らせは、通信機を通して瞬く間に世界中に知れ渡ったそう だ。 それにしても⋮⋮。 ﹁そんなに熱狂するようなことか?﹂ ﹁するだろう? マーリン殿とメリダ殿だぞ?﹂ ﹁だって、それって過去の栄光じゃん? 二人とも、もう結構な歳 だぞ。そんな老人に大きな期待を寄せるって⋮⋮﹂ ディスおじさん、エカテリーナ教皇、アーロン大統領が若い頃、 二人に同行していたと聞いた。 一歳位の俺を拾う前だから、十五年以上前の話だ。 魔人を倒したのはそれよりさらに前。 2194 二人とも、はっきり言ってもう老人だ。 それなのに、二人が参戦をするというだけで、世界中で熱狂して いるという。 意味が分からん。 ﹁過去の栄光って⋮⋮シン、お前本気で言っているのか?﹂ ﹁殿下、シン殿はお二人の本も舞台も見たことがないそうですから ⋮⋮﹂ ﹁ああ。そうだったな﹂ ﹁なんだよ。なに二人で納得してんだよ﹂ オーグとトールは、俺が爺さんとばあちゃんの本や舞台を見たこ とがないからと納得したようだが、それでなにが納得できるんだ? ﹁確かに、お二人は老境の域に差し掛かっているかもしれないが、 魔法使いだぞ? 年齢は関係ない﹂ ﹁いや、それは分かるけど﹂ 魔法使いの強さに年齢も性別も関係ないのは分かっている。 けど、戦場に出る以上体力は必要だろう。 ﹁確かに魔法の実力は上がってるけど、今度の戦場って結構広いだ ろ? 俺、結構な範囲を壁で覆ったぞ?﹂ ﹁⋮⋮お二人を見ている限り、そんな心配は無用と思えるが⋮⋮﹂ ⋮⋮まあ、よく二人でじゃれ合ってるのを見ている限りは大丈夫 そうに見えるけど⋮⋮。 2195 ﹁なんだかんだで、家族だなシン。大丈夫そうでも、祖父母が戦場 に出るのは心配か?﹂ ﹁当たり前だろ!﹂ ああ、そうさ。 口では過去の栄光だとか老人だとか言ってるけど、本音は心配だ から。 そんな俺を見て、オーグは特に茶化す訳でもなく、諭すように語 り掛けてきた。 ﹁確かに、家族であるシンにとってはマーリン殿とメリダ殿はただ の祖父母なんだろう。だが、他の者にとっては違うのだ﹂ ﹁⋮⋮英雄⋮⋮か﹂ ﹁そうだ。お二人を題材にした書物や演劇は、あまりにも数が多い。 そんなものを見て育った者が、実際にその英雄と戦場を共にできる となったらどうだ?﹂ ﹁それは、嬉しい⋮⋮かな?﹂ ﹁物語上の英雄。もはやその戦闘を直に見たことがある者の方が少 ないのだ。それが見れるかもしれないと聞いた時の兵士達の熱狂ぶ りは⋮⋮想像できるだろう?﹂ ﹁まあ⋮⋮確かにそうか﹂ 爺さんとばあちゃんが活躍したのは大分前。 実際にその戦闘を生で見たことがある人は、今は少数。 だからこそ、物語でしか知らない二人の戦闘を自分の目で見てみ 2196 たいと、そういうことか。 ﹁でも、実際は見れない確率の方が大きいんじゃね?﹂ ﹁それでもよ。希代の英雄が一緒に戦ってくれている。それだけで 士気が上がるには十分な理由ね﹂ オーグとの会話を聞いていたマリアが、そう口を挟んできた。 ﹁シン君、お爺様とお婆様が参戦なさると聞いた時の、マリーカさ ん達の反応。あれが世間の反応ですよ。見たことがないものを見た いと思うのは当然です﹂ ﹁シシリーも?﹂ ﹁そうですね⋮⋮お二人とは随分親しくさせて頂いてますけど、実 際の戦闘は一度しか見たことがありませんから、見てみたいという 気持ちもあります﹂ ﹁そうなんだ﹂ ﹁でも⋮⋮﹂ ﹁ん?﹂ ﹁お二人とも、もう家族だと思っていますから。私も心配な気持ち の方が強いです﹂ 見てみたいけど、もう家族だと思ってるから戦場に出ることは心 配だと。 シシリーもそう思ってくれているんだな。 ﹁それ、二人に言ってやればいいのに﹂ ﹁言ったら泣かれちゃいました﹂ もう実行済みだった。 2197 それにしても、その時の状況が目に浮かぶな。 ﹁じいちゃんはむせび泣いてて、ばあちゃんには抱き締められた?﹂ ﹁見てたんですか?﹂ ﹁いや?﹂ シシリーが驚いてるけど、それくらい簡単に想像できる。 爺さんとばあちゃんは、俺のことを英雄の孫という色目で見ず、 シン=ウォルフォードという個人に好意を向けてくれるシシリーの ことを、相当に可愛がっている。 そのシシリーから、英雄としての力を見せて欲しいと言われるよ り、身の心配をされたら⋮⋮。 あの二人ならそういう行動をとるだろうな。 と、そんな会話をシシリーとしていると、周りから生温かい視線 を向けられていることに気が付いた。 ﹁シシリーってば、もうすっかりウォルフォード家の人なんだね!﹂ ﹁もう、名前をシシリー=ウォルフォードにすればいいのに﹂ ﹁ア、アリスさん! リンさん! にゃ、にゃにお!?﹂ アリスとリンにからかわれたシシリーが顔を真っ赤にしている。 噛んでる噛んでる。 ﹁でもぉ、もう違和感ないよぉ?﹂ 2198 ﹁そうですね。私は賢者様と導師様の戦う姿が見られると喜んでい たんですけど、シシリーさんは身の心配ですか⋮⋮確かにもう家族 同然ですね﹂ ユーリとオリビアも異存ないようだ。 ﹁あ、あの! でも! そういうのは式が終わってからの方が⋮⋮﹂ ﹁当たり前じゃない。なに本気にしてんのよ﹂ 赤くなりながらも、まんざらでもない様子のシシリーにマリアか らのツッコミが入る。 ﹁あ、あう⋮⋮﹂ シシリーは顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっている。 アールスハイドで結婚して苗字が変わるのは、役所にて住民登録 台帳の変更を申請すればいい。 結婚式を挙げるかどうかは自由なんだけど⋮⋮。 俺達の場合は、エカテリーナ教皇さんが俺達とオーグ達の結婚式 を執り行うことを、世界的に知られてしまった。 その結果、結婚式を挙げてから役所に申請という流れしか許され ない感じになっている。 つまり、シシリーが﹃シシリー=ウォルフォード﹄になるには、 この戦いに勝ち、エカテリーナ教皇さんに結婚式を執り行ってもら わないといけないということだ。 2199 ﹁絶対に勝たなくちゃな⋮⋮﹂ 女性陣からいじられながらも、ちょっと嬉しそうなシシリーを見 ながら、思わずそう呟いた。 すると、その呟きを聞いたオーグがさっきまでの真剣な顔とは違 い、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。 ﹁な、なんだよ?﹂ ﹁いや、いいんじゃないか? 女のために勝利を掴む。いかにも物 語的じゃないか﹂ 物語? ま、まさか!? ﹁オ、オーグ⋮⋮お前⋮⋮まさかこれを物語化するつもりじゃ⋮⋮﹂ まさかという思いでそう聞いてみると⋮⋮。 ﹁フ、話題提供、感謝するぞ?﹂ ﹁ああ! やっぱりぃ!﹂ ニヤニヤして近付いてきたのはそういうことか! あの作家の書き方なら、見てるこっちが恥ずかしくなるようなシ ーンになるはずだ! うおお⋮⋮俺は、なんて話題を提供をしてしまったんだ⋮⋮。 2200 ﹁まあ、それはともかく﹂ ﹁⋮⋮ちっ、最近立ち直りが早くなってきたな。つまらん﹂ ﹁おい! まあ、それが話題になるかどうかも、この戦い次第なん だ。勝たないと⋮⋮﹂ ﹁まさに夢物語か﹂ ﹁そういうこった﹂ さて、そろそろ例の切り札を試しておこうか。 やらなきゃいけないのは分かっているけど、躊躇している部分も ある。 本当にうまくいくのか? 下手をすれば、シュトロームとの戦闘の前に俺が事故死するか、 世界に大ダメージを与えかねない。 でも、やらなきゃいけない。 ︵⋮⋮覚悟決めるか︶ こればっかりはオーグに聞かれる訳にはいかないので口には出さ ない。 誰にも聞かれないよう心の中で決心した。 そうと決まれば、どこで実験をするのか決めないといけない。 誰にも見られる訳にはいかないから相当離れないとな。 2201 決行場所は⋮⋮。 海だな。 ずっと宙に浮いている必要があるけど、そのために浮遊魔法を並 列起動していると集中力が乱れかねない。 それ用の魔道具を作るか。 浮遊魔法を付与するだけだから、わざわざビーン工房に頼む必要 もない。 なら⋮⋮。 決行は今夜。 切り札の魔法を試す。 これは、世界平和のために必要なこと。 そう、自分自身に言い聞かせていた。 2202 気付かされました︵前書き︶ もう少し早めに投稿するつもりだったのに⋮⋮ 2203 気付かされました 学院が終わったあと、いつものように家に来ていたシシリーも帰 宅し、もう後は就寝するだけとなった時間。 部屋に戻った俺は、新しい靴を取り出し、ある付与を施した。 付与した魔法は﹃浮遊魔法﹄ それに魔石を取り付けて常時発動とした。 最初はベルトに付与しようかと思ったんだけど、そうするとベル トは浮いていても体は落下しようとするわけで、ベルト体が食い込 んで苦しくなると思ったので、靴に付与することに決めた。 後は、爺さんとばあちゃんが寝るのを待つだけだ。 そうして、時間が過ぎるのを待っていたとき⋮⋮。 ﹃チリンチリン﹄ と、無線通信機の着信を告げる鈴が鳴った。 ﹁もしもし?﹂ こんな時間に誰だ? そう思って通信に出たのだが⋮⋮。 2204 ﹃あ、シン君。寝てましたか?﹄ 架けてきたのはシシリーだった。 ﹁いや、まだ起きてたよ﹂ ﹃やっぱり⋮⋮﹄ やっぱり? どういうこ⋮⋮。 ﹃シン君⋮⋮なにか危ないことをしようとしていませんか?﹄ ﹁え?﹂ ドキリとした。 確かに、俺がしようとしている実験は、一つ間違えば命を落とす。 それどころか、世界に甚大な傷痕を残すかもしれない。 そういうものだ。 だが、シシリーには心配をかけないように、その実験をすること は言っていない。 それと悟られるような態度も取らないように注意していたはずだ。 現に爺さんとばあちゃんは気付いていない。 2205 それなのに⋮⋮。 ﹁な、なんで?﹂ 急に言い当てられたので動揺し、少しどもってしまった。 ﹃⋮⋮少し待っていて下さい﹄ シシリーはそう言って通信を切ると、すぐに俺の部屋にゲートを 開いて現れた。 その顔は、若干怒っている。 そして、シシリーはある物に目を向けた。 ﹁シン君、それはなんですか?﹂ ﹁え? あ!﹂ しまった。 さっき浮遊魔法を付与したばっかりの靴を隠すのを忘れてた。 ﹁魔石が付いてます﹂ ﹁あ、いや、これは﹂ 別に悪いことをしているわけではないのに、シシリーに黙ってい たことで若干後ろめたい気持ちになる。 すると、その様子を見てシシリーの雰囲気が硬くなるのが分かっ た。 2206 ﹁シン君⋮⋮一体なにをしようとしていたんですか?﹂ この質問の仕方から、俺が浮気をしているとかの変な誤解をして いないことは分かった。 けど、隠し事をしていたのは見抜いたようで、なにをするつもり だったのかと問い詰められた。 この期に及んでは下手に誤魔化すと事態が悪化する可能性がある。 ﹁⋮⋮実は﹂ 俺は正直に、今からしようとしていることをシシリーに告げた。 するとシシリーは、目を見開いたあと、じわりと涙を浮かべ始め た。 ﹁え!? シシリー!?﹂ ﹁シン君の馬鹿!﹂ どうしたのかと尋ねようとしたら、シシリーに怒鳴られ、そのま ま胸に飛び込んできた。 ﹁そんな危ないことを一人でしようとしていたなんて! もし万が 一、万が一があったらどうするんですか!?﹂ よほどショックだったらしい。 シシリーは、今まで俺に見せたことがないくらいに怒り、泣きな 2207 がら俺の胸をポカポカ叩いていた。 ﹁シン君にもしものことがあったら! 人類の希望を失ったら皆さ んはどうすればいいんですか!﹂ そう言って怒るシシリーに、俺はなにも言えないでいた。 ﹁シン君を失ったら⋮⋮私はどうすればいいんですか⋮⋮﹂ 最後は俺の胸に顔をつけてしゃくりあげ始めた。 シシリーの言葉を聞いて、俺は始めて失敗したときのことを想像 した。 今回の実験のことは誰にも言っていない。 もし万が一のことがあったら、俺はある日突然いなくなってしま ったと思われるだろう。 あれだけ親密だった婚約者のシシリーを置いて。 間近に迫った魔人との決戦も放り出して。 シュトロームについては、なんとかなるかもしれない。 オーグ達も相当に力をつけてきているし、先日シュトローム側の 魔人にいいようにやられてから色々と対策を講じているようだし、 全員で当たれば勝つ可能性はある。 だが、シシリーは? 2208 俺は自分だけの責任だと考えていたけど、シシリーのことを考え ていなかった。 腕の中で嗚咽を漏らすシシリーを見ながら、俺はとてつもない後 悔に苛まれた。 ﹁ごめん⋮⋮ごめん、シシリー﹂ ﹁ふぅっ⋮⋮ふぇっ﹂ ﹁自分勝手だった⋮⋮ごめんな﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁でも⋮⋮これは、やらなきゃいけないことなんだ﹂ 俺がそう言うと、シシリーは俺からそっと体を離した。 ﹁そんなこと分かってます! そんな大事なことを、一人でコッソ リやろうとしてたから怒ってるんです!﹂ シシリーは頬を膨らませ、顔を真っ赤にして涙目のまま俺を睨ん できた。 そりゃそうか。 シシリーだって、危ないけど必要なことだってのは理解してる。 怒ってるのは、誰にも相談しなかったことか⋮⋮。 ﹁⋮⋮ごめん﹂ ﹁そんなに私は⋮⋮私達は頼りないですか?﹂ ﹁そ、そんなことない!﹂ 2209 俺はただ、心配をかけたくなくて⋮⋮。 ﹁⋮⋮私も行きます﹂ ﹁え?﹂ シシリー達が頼りにならないなんてことはないと言いたかったの だが、自分も一緒に実験についていくと言い出した。 ﹁行くって⋮⋮﹂ ﹁本当なら、皆さんにも来ていただきたかったところですけど⋮⋮ 私だけでも一緒に行きます﹂ ﹁な、なんで⋮⋮﹂ ﹁万が一の時は、私が全力でシン君を守ります﹂ ﹁そ、それなら夜中だけど、皆も呼んだ方がいいんじゃ﹂ 自分勝手で、夜中に迷惑な話だけど、そういうことなら皆がいた 方が⋮⋮。 ﹁⋮⋮もしものことがあったら、魔人達と戦える人達は残っていた 方がいいですから﹂ そう言うシシリーの目には、断固たる決意が見えた。 ⋮⋮本当に情けないな、俺は。 俺は、シシリーのような考えは持ってなかった。 前世の記憶があるし、今まで魔法の実験で大きな失敗をしたこと がなかったから、今回も大丈夫だろうと、軽い気持ちでいた。 2210 だがシシリーは、そんな緩い俺の考えとは違い、命懸けで俺を守 ると言った。 俺は⋮⋮そんな決死の覚悟はしていなかった。 あのまま実験をし、成功していたら、俺は増長してしまっていた かもしれない。 この魔法がある限り、負けるはずがないと。 だけど、そんな考えでは勝てるものも勝てなくなっていたかもし れない。 これはシシリーに気付かされたな。 ﹁ごめんシシリー。俺は⋮⋮慢心していたみたいだ﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ ﹁一緒に行こう。万が一の事態なんて起こらないように細心の注意 を払う﹂ ﹁はい!﹂ そうと決まれば、シシリーの靴にも同様の付与をしないといけな い。 今履いている靴に﹃浮遊魔法﹄を付与し、魔石を取り付ける。 今まで何度も同じ魔法で空を飛んでいるし、ジェットブーツも普 段から使っているので、浮遊魔法が付与された靴も違和感なく使え ている。 2211 ﹁それで、こんな装備まで用意してどこで実験をするつもりだった んですか?﹂ ﹁ああ、それは⋮⋮﹂ 俺はバルコニーの扉を開け、シシリーを伴い夜の空へ飛び立った。 万が一に備えて、シシリーと魔法の実験に行く旨を記した書き置 きを残して。 ﹁この辺でいいかな?﹂ ﹁こんな遠くまで⋮⋮一体どんな魔法を試すつもりなんですか?﹂ 俺とシシリーは、夜の空を高速で飛び、海に出て更に沖まで来た。 空には雲がかかっており、残念ながら満天の星空とはいかなかっ たが。 ﹁まあ見てて。それじゃあ⋮⋮﹂ シシリーからの質問だが、これから実験する魔法は説明しても理 解できないと思ったので、実際に見てもらおうと魔法の準備をする。 まず、魔力を集める。 俺が制御できるギリギリまで⋮⋮。 2212 ﹁こ、これは!?﹂ 今まで、限界ギリギリまで魔力を集めたことなんてない。 その魔力量に、シシリーが驚いてるけど、ここで集中を切らす訳 にはいかない。 そして、意を決した俺は、考えていた呪文を唱える。 そして⋮⋮。 ﹁行けえっ!!﹂ 俺は、空に向かってその魔法を解き放った。 その魔法は空に一直線に放たれ、こちらに被害は一切ない。 良かった、成功した。けど⋮⋮。 ﹁な、な、ななな﹂ ﹁あ、あはは。ちょっと⋮⋮威力が強すぎたかな?﹂ シシリーが空に浮かびながら、腰を抜かしそうになっている。 まあ、無理もないかも。 だって⋮⋮。 さっきまで空を覆っていた雲が、跡形もなく消し飛んでいたのだ から。 2213 魔法の実験を終えた俺達は、帰りはゲートで帰ってきた。 ﹁これ、無駄になってよかったな﹂ 俺は、万が一のために残していた書き置きを魔法で焼き捨てた。 そうしてシシリーの方を見ると、俺のベッドの上で腰を抜かして いた。 ﹁シシリー、大丈夫?﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ あれ? なんかシシリー、怒ってない? ﹁ど、どうし⋮⋮﹂ ﹁あんなに凄まじい威力だなんて!﹂ ああ、あの魔法の威力に驚いてしまったのか。 アレは、俺も予想外の威力だったからな。 まさか、空にかかっている雲を全て吹き飛ばすとは思わなかった。 ﹁こわかった⋮⋮こわかったです⋮⋮﹂ 2214 シシリーは、あの魔法を防ぐって言ってたもんな。 もちろん、そんなことをさせるつもりはなかったから、超集中し たけどな。 それでも、事前に言ってなかったのはやっぱりまずかったかも。 シシリーはまだ小刻みに震えている。 ﹁ちゃんと言っておくべきだったな。ごめんね﹂ ﹁⋮⋮許しません﹂ ﹁え?﹂ マジで? 許してくれないの? そんなことを言うのは初めてなので、どうしようかと思っている と。 ﹁⋮⋮ギュッてしてくれたら許してあげます﹂ ぷくっと頬を膨らませてそう言うシシリー。 その姿が可愛くて、すぐにシシリーを抱きしめた。 ﹁ごめんね﹂ ﹁⋮⋮もっとギュッてしてください﹂ 2215 シシリーのリクエストに応えて、抱きしめる力を強めた。 ﹁もう一人で危ないことしないでください﹂ ﹁うん。分かった﹂ ﹁皆をもっと信頼してください﹂ ﹁うん﹂ 大分落ち着いてきたかな? そう思って密着させていた体を少し離し、シシリーに訊ねてみる。 ﹁もう、許してくれる?﹂ するとシシリーは、予想外の要求をしてきた。 ﹁⋮⋮キスしてくれたら許してあげます﹂ ギュッてしたら許してくれるんじゃなかったの!? もちろんしますとも! ﹁シシリー⋮⋮﹂ ﹁シン君⋮⋮﹂ その日、シシリーは⋮⋮。 夜明け前にコッソリ帰っていた。 2216 気付かされました︵後書き︶ コミック版、賢者の孫二巻が、二月二十五日に発売されます。 2217 それぞれの対策 1 シンが、対シュトローム用の魔法を用意していたころ、アウグス ト達、他のアルティメット・マジシャンズの面々も、魔人達に対抗 すべく様々な対策を練っていた。 先日のシュトローム配下の魔人と対戦した際、攻撃も防御も膠着 状態に陥ってしまい、打開することができなかったからだ。 世間からは英雄の集団だ、天才魔法士集団だと持て囃されていて も、実際の最前線では全くの役立たずだった。 元々自分たちが天才だとは思っておらず、全てシンのお陰で力を つけたことを自覚しているアウグストたちであったが、本当に力を 発揮しなければいけないところで、全てシンに助けられたことは、 彼らの心に深い悔恨の思いを残した。 自分たちが世界を救うのだと思い上がっていたとは思わないが、 期待されていたのにその期待を裏切った。 アウグスト達の心には、その思いがあった。 なので、来たる魔人達との最終決戦に向けて個別に鍛錬に打ち込 んでいるのだ。 その日もいつもの荒野で魔法の練習をしていたアウグストのもと に、トールとユリウスがやってきた。 2218 王太子なのに、護衛役の二人を付けていないことに、最早誰も口 を挟まない。 この国で⋮⋮いや、世界で二番目に強い人物に護衛を付けろと言 える人間はすでにいなかった。 ﹁殿下、調子はどうですか?﹂ ﹁ああ、トールか。そうだな、概ね完成したかな﹂ ﹁さすがで御座るな、殿下﹂ ﹁そういうユリウスたちはどうなのだ? 策は練っているのか?﹂ そう問われたトールとユリウスは、お互いの顔を見合わせた後、 アウグストに答えた。 ﹁自分たちは殿下ほど器用ではありませんからね。二人で組むこと にしました﹂ ﹁ほう、そうか﹂ ﹁此の期に及んで、一対多数が卑怯などと言っておれんですから。 体面など気にしていられないで御座る﹂ 二人のその言葉を聞いたアウグストは、フッと小さく笑った。 ﹁今度の戦いは、絶対に勝たなくてはいけないからな﹂ アウグストはそう言うと、自らの魔法を展開した。 ﹁おお⋮⋮お見事です、殿下﹂ ﹁見事で御座る﹂ ﹁ああ、ありがとう﹂ 2219 これまでの付き合いで、最早この二人がお世辞を述べるとは露ほ ども思っていないアウグストは、素直に賞賛を受け入れた。 ﹁さて、他の皆も対策は順調だろうか﹂ ﹁自分はそれよりも、シン殿の切り札の方が気になります﹂ ﹁拙者もそうで御座る﹂ 他の者たちも対策を練っていることを知っているアウグストは、 皆の進捗が気になっていたが、トールとユリウスはそのことよりシ ンの考えている切り札の方が心配だと言う。 そう言われた、アウグストはしばし考え込み。 ﹁そういえば、ヒューズが長距離からの超強力魔法による殲滅を提 案したとき、できなくはないと言っていたな⋮⋮﹂ ﹁地形が変わるとか⋮⋮﹂ ﹁人が住めなくなるとも言っていたで御座る﹂ とそこまで言ったところで無言で顔を見合わせる三人。 ﹁本当に心配になってきたな⋮⋮﹂ ﹁あの発言も、自重を覚えたと見ていいと思うのですが⋮⋮﹂ ﹁シン殿で御座るからなあ⋮⋮﹂ しんはじちょうをおぼえた。 そう信じたいが、どうにも不安なアウグストたちであった。 2220 ﹁父さん、お願いがあるんだけど﹂ ﹁なんだ? トニー。お前が今更私にお願いなんて﹂ ﹁そうねえ。稼ぎも地位も、あなたよりも上になってしまったもの ねえ﹂ ﹁お前⋮⋮﹂ ﹁あ、あはは⋮⋮別に小遣いをねだってる訳じゃないよ﹂ ﹁ではどうしたのだ?﹂ ﹁僕に⋮⋮稽古をつけて欲しい﹂ 王都内にあるトニーの自宅。 そこでトニーは、父であり現役の騎士である父に、稽古の申し出 をしていた。 ﹁稽古? 剣の稽古か? なぜ今更﹂ ﹁ああ、まあ、そう思うよね。僕、魔法学院を選んだし⋮⋮﹂ ﹁ああ、いや。言い方が悪かったな。お前はすでに魔法使いとして 尋常ではない力を身につけているではないか。そこまで魔法を極め たのなら私はもうとやかく言わんよ。それなのに、なぜまた剣の稽 古がしたいと言うのだ?﹂ ﹁⋮⋮その魔法がね、通じない相手がいたんだよ﹂ そう悔しそうに呟くトニーを見て、トニーの父は気がつく。 ﹁⋮⋮新たな魔人⋮⋮か?﹂ ﹁そう。先に討伐した魔人たちは元平民。戦う術を知らない者たち ばかりだったんだ。ところが、今度出てきた魔人は⋮⋮﹂ ﹁戦闘経験豊富な元軍人だった?﹂ 2221 ﹁その通り。お陰であの時、全員魔人に翻弄されちゃってね⋮⋮シ ンが間に合わなければ、僕たちも危ういところだった﹂ ﹁そうだったのか⋮⋮﹂ 自分の意思に反して魔法学院に入ってしまったトニーのことを、 なんとなく面白く思っていなかった父は、自然と家庭内でのトニー との会話が減ってしまっていた。 その結果、過去の魔人領攻略作戦時も、今回の魔都周辺で起きた 衝突時も、詳細は話してこなかった。 トニーの父は、息子が命の危機に直面していた事実を知り、少な からずショックを受けている様子である。 ﹁それでさ、今のままじゃダメだってことになって、全員が魔人に 対抗できるようになれって、殿下からのお達しでね﹂ ﹁で、殿下の御命令なのか!?﹂ ﹁ん? ああ、そんな大層なものじゃないよ。僕たちがやらなきゃ いけないことの確認、って感じかな﹂ ﹁大層なものじゃないだと⋮⋮﹂ 大国アールスハイド王国の王太子。 その明晰な頭脳と比類なき魔法の実力。 長い王家の歴史の中でも最上位の逸材と言われるアウグスト。 そんなアウグストの話を大層なことじゃないという息子。 トニーの父は、頭を抱えたくなった。 2222 ﹁⋮⋮言いたいことは沢山あるが、今はいい。とにかく、殿下の御 命令なのだ。全力で稽古をつけてやる。来い!﹂ そう言いながら、トニーの父は家の裏庭に出て行った。 ﹁はあ⋮⋮この暑苦しいのが嫌いなんだよ⋮⋮﹂ 自分で申し出たこととはいえ、嫌なものは嫌なのであった。 そして数時間後⋮⋮。 ﹁今日はここまで!!﹂ ﹁あ、ありがとうございます⋮⋮﹂ 久々に息子に稽古をつけられてご満悦な父と、ボロボロになって いる息子。 そのトニーを、トニーの母が介抱に向かう。 ﹁大丈夫? トニー﹂ ﹁はあ、ふう⋮⋮大丈夫だよ、母さん﹂ ﹁それにしても⋮⋮随分とやられちゃったわね、英雄さん﹂ ボロボロになっているトニーを見て、心配するよりも嬉しそうな 母。 相変わらずな母を見て、トニーは苦笑を浮かべる。 ﹁それは魔法のお陰だからね。最近、剣は魔物相手にしか振るって 2223 こなかったから﹂ ﹁そう。それにしても、あの戦法はどうなのかと思うけど⋮⋮﹂ 元騎士である母は、先ほど父との稽古で見せた戦法に対し、不服 があるように見える。 それを察知したトニーは、母を諭すように話す。 ﹁母さん。今度の戦いはさ、正々堂々とか、卑怯卑劣だとか、王道 とか邪道とか、そんなことを言っている場合じゃないんだ⋮⋮﹃勝 つか負けるか﹄それだけなんだ﹂ ﹁それはそうかもしれないけど⋮⋮﹂ まだ少し不服そうな母の耳に、トニーの呟きが聞こえてきた。 ﹁もう⋮⋮足手まといにはならない⋮⋮﹂ ボロボロになりながらも、決意のこもった瞳でそう呟くトニー。 その横顔を見て、トニーの決意の程を知った母はそれ以上食い下 がるのをやめ、別の話題を持ち出した。 ﹁あ、そうだ。トニー、今度リリアちゃん連れてきなさいな﹂ ﹁か、母さん? なんで急にそんな話に!?﹂ ﹁いいじゃない。あなたがお父さんと稽古してる間、お母さん暇な んだから﹂ ﹁そ、そんな理由で⋮⋮﹂ ﹁リリアちゃんと一緒にご飯でも作ろうかしら。それともトニーの 昔の話とか⋮⋮﹂ 2224 今までのシリアスは雰囲気が一気に霧散し、息子の彼女と何をし ようかとウキウキしている母に、がっくりと項垂れるトニーであっ た。 ﹁ユーリちゃん、これでいいかい?﹂ ﹁やぁん、ありがとぉ﹂ ﹁なあに、いいってことよ﹂ アールスハイド王国王都にあり、ハンター達に絶大な人気を誇る 工房、ビーン工房。 最近では、シンがオーナーを務める商会、ウォルフォード商会の 専属工房として急激に売り上げを伸ばしており、まさに飛ぶ鳥を落 とす勢いの工房である。 そんなビーン工房では、生産量の大幅な増加に伴い職人や付与魔 道士の雇用を大幅に増やし、アルバイトも多く雇っている。 アルティメット・マジシャンズの中で、シンに次いで付与魔法が 得意で、付与魔道士の頂点にいるメリダの指導を受けているユーリ も、ビーン工房でアルバイトをしていた。 工房側は優秀な付与魔道士であるユーリを雇うことができ、生産 量が拡大。 ユーリの方も大量の付与を施すことで、実践的に付与魔法の練習 ができる。 2225 まさにwin−winの関係となっていた。 そして、ビーン工房は金属加工が主な業務なので、職人たちはむ さ苦しい男たちが多い。 そんな中にあって、十六歳とは思えぬ色気を放つユーリは、その 付与魔法の腕だけでなく、工房の癒しと潤いとして工房の職人たち に大人気なのである。 工房の職人たちは、ユーリが対魔人戦のために新たな攻撃魔法が 付与された魔道具を製作したいと願っているということを知り、ユ ーリのために短い杖型の魔道具を大量に用意したのだ。 ﹁えっとぉ、これはこの付与でぇ、こっちはこれ﹂ ﹁それにしてもユーリちゃん。こんなに必要なのかい?﹂ ﹁うん。これくらいないとねぇ⋮⋮あの魔人には通用しないからぁ ⋮⋮﹂ 攻撃魔法よりも、付与魔法の方が得意なユーリは先の魔人戦では あまり役に立てなかった。 その時に、もっと攻撃用魔道具のバリエーションが多かったらと、 ひどく後悔をしたのだ。 ﹁もう、後悔したくないからぁ⋮⋮﹂ いつもはユルっとした雰囲気のユーリだが、先の戦闘を思い出し たのか、少し悔しそうな表情を浮かべていた。 2226 そんなユーリを、年嵩の職人たちは困難に負けずに頑張る娘を見 守るような気持ちで、年若い職人たちは尊敬の目で見ていた。 ﹁できたぁ!﹂ そんな職人たちに見守られながら、たくさんの短い杖型魔道具に 付与を施していたユーリは、ようやく全ての魔道具に付与をし終え た。 ﹁どこかで試射したいなぁ﹂ ﹁だったら、ウチの実験場を使えばいい﹂ ﹁え、いいのぉ?﹂ ﹁ああ、ユーリちゃんなら問題ねえ﹂ ﹁だったらお願いしようかなぁ﹂ 年配の職人の計らいで、新たに新設した実験場での試射を許可さ れたユーリ。 その試射には、やはり気になるのだろう、多くの職人たちがつい てきた。 ﹁なんだてめえら、ぞろぞろと雁首並べて何しに来やがった?﹂ ちょうど実験場にいた工房主のハロルドが、ぞろぞろと現れた職 人たちに苦言を呈するが、職人たちにも言い分はある。 ﹁ユーリちゃんが攻撃用魔道具の試射をしたいっていうから、一応 監督しに来たんですよ﹂ ﹁⋮⋮本音は?﹂ ﹁だって気になるじゃないですか。導師様の後継者とまで言われて 2227 いるアルティメット・マジシャンズのユーリちゃんですよ? どん な攻撃魔法を付与したのか﹂ ﹁確かに⋮⋮な﹂ 結局ハロルドも気になったのか、職人たちがユーリの試射を見学 することを黙認した。 ﹁じゃあ、いくよぉ﹂ いつも通りのユルい気合いと共に、自身が付与した魔道具を起動 していくユーリ。 そして、実験場に用意された的に、次々と着弾していく攻撃魔法。 炎の魔法から風、水、雷、土まで、ありとあらゆる魔法が、凄ま じい威力で放たれていた。 その魔道具から放たれる攻撃魔法を見て、あんぐりと口を開ける 工房の職人たち。 彼らはシンの依頼で、今まで見たことも無い魔道具を次々と生産 している。 その名声は、すでにアールスハイド王都一と言っても過言ではな い。 そんな職人たちだが、アルティメット・マジシャンズの攻撃魔法 を直接見るのはこれが初めてだったりする。 あまりにも強力な攻撃魔法に、絶句してしまった職人たちだった 2228 のだが⋮⋮。 ﹁うーん。こんなもんでいいかなぁ?﹂ 当のユーリは、少し納得がいっていない様子だった。 ﹁ユ、ユーリちゃんって攻撃魔法、苦手なんじゃなかったっけ⋮⋮ ?﹂ ﹁うん。やっぱりウォルフォード君とかと比べると、全然だからぁ﹂ そう言って、魔法を発射した後の魔道具のチェックをするユーリ。 ﹁わぁ、やっぱりおじさんたちの作る魔道具は凄いですぅ。これな らなんとかなるかなぁ﹂ 強力な魔法を放った後でもヒビ一つ入っていない魔道具を見て満 足そうなユーリ。 そして、そんな自分の魔法より魔道具である杖の方が凄いという ユーリを見ていた職人たちは⋮⋮。 ﹁ユーリちゃんも、アルティメット・マジシャンズってことか⋮⋮﹂ ユーリも常識から外れた存在になっていると、改めて実感してい た。 2229 それぞれの対策 1︵後書き︶ 活動報告に、六巻の表紙を公開しています。 2230 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n5881cl/ 賢者の孫 2017年3月10日07時50分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 2231