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フェミニズムと「売買春」論の再検討 - Kyoto University Research

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フェミニズムと「売買春」論の再検討 - Kyoto University Research
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<論文>フェミニズムと「売買春」論の再検討 : 「自由意
志対強制」の神話
菊地, 夏野
京都社会学年報 : KJS = Kyoto journal of sociology (2001), 9:
129-147
2001-12-25
http://hdl.handle.net/2433/192609
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
129
フェ ミニ ズ ム と 「
売 買春 」 論 の再 検 討
「自 由 意 志 対 強 制 」 の 神 話 ・
菊
1は
地
夏
野
じめ に:問 題 の 所 在
90年 代 には さ ま ざ まな立 場 か ら売 買 春 につ いて議 論 が 交わ され た。しか しそ れ らの 議 論は ど こか 行
き詰 まって い るよ うに感 じ られ る。 本 稿で は 、 それ らの議 論 を 整理 し、 前提 とな って い る枠 組 み を抽
出す る。 そ してそ の枠 組 み に よ って 見 えな くされ て い る もの に つ いて 考 えて み た い。
したが って 、本 稿 で は 「
売 買 春」 を言 説的 側 面 か ら考 察す る。 「
売 買春 」 とい う言 葉 に よ って意 味 さ
れ て い る こ とは論 者 に よ って 、文 脈 に よ って違 う。 ここで のね ら いは 、「
売 買 春 」とい う言 葉 の 一般 的
定 義 を確 定 す る こ とで はな く、複 数 の テキ ス トか ら表 れ る意 味付 けや 定義 の 幅 、論 の錯 綜 す る さ ま を
追 って い く こ とで あ る。つ ま り 「売 買春 」の定 義 が 目的 な ので は な く、そ の論 じ られ 方 を追 う ことで 、
「
売 買春 」 の 言説 的 位置 を明 らか に し、そ こで の 矛盾 や 葛藤 を 説 いて い くこ とが 目的 で あ る。
売 買春 を論 じるの は難 し い。 な にか の意 見 を 表 明す る ことが 即そ の 発 話者 の 立場 を固定 した り人格
を表 した りす るか の よ う に受 け止 め られや す い 。 と くに、90年 代 に 「
売 春 は 悪 くな い」 とす る複 数 の
主張 が 目立 つ よ う にな った こ とに よ り、売 買春 につ いて論 じる こと はそれ が 「良 いか 悪 いか 」 とい う
問 いに収 鮫 す るか の よ うな 了解 は さ らに熱 を帯 び るよ うにな っ た。「良 いか悪 いか 」とい う軸 は 普遍 化
の身 振 りをた いて い 伴 う。 善 悪 を全 面 的 に判 定 で きる 無垢 な 主体 が いる と信 じて い るか の よ うに 。 さ
らにそ の善 悪 決定 論 を支 えて いる のが 、 「自由意 志 」対 「強 制 」 と い う枠 で あ る。90年 代 に は、 この
枠 によ って 善悪 が 論 じ られ た 。 つ ま り 「自 由意 志 によ る売 春 で あれ ば 良 いが 、強 制 で あれ ば 悪 い」と い
う論 理で ある。
本 稿で は そ のよ うな売 買春 論 の身 振 りが 何 を切 り落 とす もの なの か 考 えて ゆ く。 そ して出 来 る限 り
売 買 春 を社 会関 係 に お いて 考察 す るた め に、 求 め られ る視 座 を 明 らか に した い 。 まず 初 め に、 売 買春
の 善悪 還 元 論 を見 て い く。90年 代 売買 春 論 の起 こった 背 景 を見 た うえで 、そ の肯 定 論 ・否 定 論 双方 が
共有 して い る枠 組 み を明 らか にす る。 そ して それ を受 けて 、売 買春 を内在 的 に 言語 化 ・文脈 化 す るた
め に は、 「
分 断 され る 存在 」 と して の 「女性 」 の 表 象が 有効 で ある こと を提 示 した い。
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「売 買春 」 論 の 再検 討
2売
買春の善悪二元論
2-1「
悪 くな い論」 が 出て くるま で
これ まで 売 買春 が 社会 科 学 のな か で 主題 にな る こ とは少 な く、そ の 中で も犯 罪 社 会 学 あ るい は社 会
病 理 学 にお い て 「問題 行 動 」「女性 の非 行」 と して扱 われ て いた。売 買 春が そ の よ うに 一面 的 な扱 い し
か 受 けな か っ た背 景 に は、「
性 」に まつわ る現 象そ の も のが 社会 科 学 の重 要 な主 題 とは され なか った と
い う問題 が あ る。「性 」的現 象 は 生物 的 欲求 つ ま り本 能 に も とつ くもの で あ り、理 性 に よ って道 徳 的 に
抑 制 され る べ き もので あ る と認 識 され て いた1。 したが って 、売 買春 は男 性 の 「生物 的 欲 求 」す な わ ち
「
性 欲 」 ゆ え に存在 す る現 象 とみ な され 、そ れ は普 遍 的 に存 在 す るか あ る いは 文化 的 進歩 によ って な
くな って い く もの と捉 え られ て いた 。 そ のた め に 、売 買春 をひ とつの 重要 な 主題 と して他 の労働 経 済
や社 会 組織 との 関連 の な かで 社 会科 学 的 に考 察す る こ とは ほ とん どな か った 。
◆ 女 性 史 と売春 防 止 法パ ラダ イ ム
他 方 、歴 史学 と く に女 性 史 で は売 買 春 の問 題 は一 定 の認 知 を受 けて きた 。女 性 運 動 と密 接 な関 連 を
もち な が ら進 め られ た女 性 史研 究 は、 売 買春 につ いて も女 性運 動 、 こ こで は廃 娼 運 動 と発 想 を共 有 し
て いた と いえ る。そ こで は、まず売 春 は女 性 差別 の象徴 で あ り、根 源 で ある とい う前提 か ら出発 す る。
した が って 売 春 をな くす こ とが 女性 差別 をな くす る た め に最 も重 要 で あ り、運 動 の成 果 で あ る売 春 防
止 法 が肯 定 され る。
こ こで 本 論 の主 題 にお いて重 要 な意 味 を持 つ 売春 防止 法(以 後 は売 防 法 と略)に つ いて吟 味 してお
きた い。 売 防法 は1956年
に 制定 、1958年 か ら全 面施 行 され て い る。 そ の成 立 経緯 は、 一般 的 に は市
川 房枝 ら女性 議 員 た ち に主 導 され る女 性 た ちの 運動 の成 果 と見 な され る2。法 の内 容 に つ いて は 、最大
の 特徴 と して、 売 買春 を禁 止す るの では な く、 売春 を防 止す る法 で ある 点 を指 摘 で きる。 売 防 法 は売
買 春 を禁 止 ・処 罰 す る もの と誤 解 され る こ とが 多 いが 、実 際 に はそ うで は な い。確 か に 、第3条 で 「
何
人 も、 売 春 を し、 また は そ の相 手方 とな って は な らな い 」 と して い るが 、 これ に つ いて は何 ら罰則 が
設 け られ て いな い。 売 防 法 の 目的 は売 買春 の禁 止で はな く、 「
売 春 を 防止 す る こ と」 に ある ので あ る。
そ のた め に 、「売春 を助 長 す る行 為 」3を処 罰 し、 「
性 行 また は環 境 に照 ら して 売 春 を行 うお そ れ の あ る
女 子 」 に対 して 「
更 生 措置 」 を とる。 そ して この よ うに して 売春 を防 止す るの は 、第1条 に定 め られ
るよ うに 「売春 が 人 と して の 尊厳 を害 し、性道 徳 に反 し、 社 会の 善 良 の風 俗 をみ だ す もの で あ る」 か
1Cowafd[1983]参
2藤 目[1997]参
照。
照
。
3「 売 春 を助 長 す る行 為 」 と は女 性 によ る 勧誘 や第 三 者 が女 性 に 売春 をさせ た り、場 所 や 資金 等 の提 供 をす る こと
な どを指 す 。
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ら とす る。
で は売 防 法 は性 産 業 の現 場 に対 して どのよ うな影 響 を 与 えて い るの だ ろ うか 。第 一 に個 人売 春 を行
うの が困 難 にな る。 風俗 店 に属 さな い個 人売 春 の場 合 、女 性 自身 が宣 伝 ・勧 誘 す る こ とに な るが 、 こ
れ らは売 防 法第5条 に よ り処 罰 され る た め、 難 しい。 そ のた め 大 半の 場 合 、風 俗 店で 働 き 、性 的 サー
ビス4を行 うこ とに な る。風 俗 産 業 に は風 営法5が適 用 され る。だが 、売 防法 に よ って風 俗 産 業 に は 「
性
交 」 お よび 「
性 交 類 似行 為 」 は行 わ れ て いな い 建 前 にな って いる ため 、 女性 の 行 う性 的サ ー ビス は本
人 が 自発 的 に行 う 「ボ ラ ンテ ィア」 や 「自由恋 愛 」 のよ うな扱 い を受 ける。 実 際 に は性 的サ ー ビスが
仕 事 の 主要 な 内容 で あ り、それ に対 して給 料 が支 払 われ て い る の に もかか わ らず 、「労 働」 と して 認知
され ず 、労 働者 と して の権 利 を 保護 され な くな っ て し ま う。 具 体 的 に は、客 か ら暴 力や 強 制 を受 けた
り、 あ る いは雇 用 者 か ら不 当に搾 取 され て も抗 議や 交 渉 を行 う こ とが 困 難 にな る 。
以 上 の よ うに売 防 法 は売 春 を 「
労 働 」 で はな く 「
犯 罪 」 と し、 働 く女 性 よ り も店や 客 側 の実 権 を保
護 す る よ うな機 能 を果 た して い るの で あ る。
売 防 法 を根底 的 に考 え るな らば、 そ の 問題 は 売 買春 を把握 す る 発想 にあ る。 売 春 は 「公序 良 俗 」 と
「
人 間 の尊 厳 」 に反 す るか ら問題 とな り、売 買 春 を実 行 した者 で はな く売 春 を 「勧誘 」 した女 性 が処
罰 され る。 売 買春 を性道 徳 の問題 に還 元 し、女 性 の側 に責任 を課 す ので あ る。一
当時 の女 性運 動 団 体 は 「
公 序 良 俗 」を根 拠 にす る法 律 を求 め た ので は な か った 。「
女 性 差 別 と して の
売 買春 」 を禁 じる こ とを 要求 した。 だ が 、他 の諸 勢 力 との 交渉 の 結果 、妥 協 の産 物 と して 現行 の 売 防
法 にな っ た。
売 買 春 を批 判 す る とき に 「
公 序 良俗 」 に反 す る か らとす るか 、 「
女 性差 別 」であ る か らとす るか で は
大 き く異 な る。大 勢 を いえ ば、 「
女 性 差 別」 を批 判す る とき には 「性 の ダプ ル ス タ ンダー ド」を射 程 に
入れ るか ら、そ れ を固 定 す る 「
公 序 良俗 」も批 判 され る 。だが 、「
女 性 差別 」とい う言 葉 は曖 昧で ある 。
「
公 序 良俗 」 を 肯定 しな が ら 「女性 差 別 」 を批 判 す る言 説 もあ る。つ ま り 「
公 序 良俗 」 を守 る範 囲 内
で 「
女 性 の権 利 」 を主 張す る とい う こ とに な る。 売 買春 の 議論 が 複雑 に見 え る のは 、 この よ うに多 数
の軸 が 錯綜 す る か らだ ろ う。 そ して 混 乱 した多 数 の軸 が 「良 いか 悪 いか 」 とい うひ とつの 問 い に収敏
して い くと い う構 図 にな って いる。
2-2高
橋 喜 久 江 の 言 説:「 す べ て 強 制 だ か ら悪 い 」
90年 代 以前 の 否定 論 の 典型 と して は 高橋 喜 久江 の 言 説が あ る。彼 女 は矯 風 会 に所 属 し、1970年 代 か
ら 「
売(買)春
問題 と取 り組 む 会 」 の リー ダー と して反 売 春運 動 を率 いて き た。
4「 性 交 」す な わ ち性 器挿 入
、 フェ ラチ オや アナル セ ック スな ど。
5風 俗営 業 な どの 規制 お よ び 業務 の適 正 化 な どに 関す る 法 律。1985年 制定 。
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菊 地:フ ェ ミニ ズム と τ売 買 春 」 論 の再 検 討
高 橋 の 主 張 は 、 売(買)春
を徹 底 的 に否 定す る。 「
売 春 は 職 業 か 」 と 自 問 し 、 「しか し存 在 す る か ら
と い っ て 職 業 と 見 な して は な らな い 。 売 春 は 泥 棒 と 同 じ く 、 本 来 あ っ て は な らな い も の で あ る が 、 人
間 のか な しさ、 人 生 の荒 波 がそ れ を 派生 させて いる」 と答 え る。
性 差別 の極 限 が売 春 で あ る。本 来 、 対等 で あ るべ き 男 と女 の性 の関係 が 最 も対 等 で な いか た ちが
売 春で ある 。性 は歓 び の行 為で ある はず な の に、 女 に とっ て苦 役 、男 に とって は 単 な る排 泄 にな
って い るの がバ イ シュ ン(売 春 ・買春)で あ る。 互 い に相 手の 人格 の尊厳 を侵 し傷 つ ける行 為 が
バ イ シュ ンで ある。 売 春婦 の心 が ポ ロポ ロにな り廃 人 に もな って い くの な ら、 買春 夫 も人格 破壊
者 、欠 損者 とな り自分 のみ な らず家 庭 と社 会 に害 毒 を 流す 存 在 で ある。[高 橋;1981:52-53]
こ こ で 特 筆 す べ き こ と は 、 「売 春 婦 ・買 春 夫 」を 「
家 庭 と社 会 」 に 敵 対 的 な 存 在 と 位 置 づ け て い る こ
とで あ る。 さ ら に、
売 春 婦 に喜 ん でな る女 性 は い な いで あ ろ う。多 くの選 択 肢 が与 え られ れ ば 転落 の途 をえ らぶ ひ と
は い な い。 自由意 志 で売 春 の道 に入 った の で はな くそ の転 落 は社会 的 に 強 い られ たか た ちだ とい
え る。 人 生 の荒 波 をか ぶ り社 会 の ひず み に足 を と られ てそ の ま まず るず る と泥 沼 の世 界 に入 って
しま うの だ。 彼 女 た ちは 心 の奥 で は決 して売 春 を よ い こと とは 思 って いな い。 売春 を恥 じる気 持
ち。 人 間 に先 在 、潜 在す る この英 知 を大 切 に育て て い く社 会が 必 要 で ある 。[高 橋;1981:53]
高橋 の 論で は、 「
対 等」で 「
歓 び の行 為 」 であ る べ き男女 の性 は家 庭 内 に はあ るが 、 売春 にお いて は
決 して え られ な い 、 ゆえ に売 春 は悪 で あ る と い う判 断 が あ り、 それ は 「人間 に 先在 、潜 在 す る 英知 」
と して 本質 化 され て いる 。
この よ うな 論理 は近代 社 会 にお ける 反売 春 運動 を大 き く規定 した もので あ る。 な ぜ家 庭 内性 行 為 が
売買 春 の性 行 為 よ り一般 的 に価 値 が あ るの か 、 また このよ うな 「
売 春=悪 」論 は多 くの社 会 で根 強 い
に もかか わ らず 同時 に なぜ 性 産業 は維 持 され て い るの かな ど多 くの 疑 問は 不 問 の ままで 、 この言 説 は
支 持 を得 て き た。
90年 代 の 論 争 は高 橋 らの よ うな 言 説 を批 判す る と ころか ら始 め られた 。
2-3橋
爪 ・瀬 地 山 の 言 説:r自
由 意 志 だ っ た ら悪 くな い」
橋爪 大 三 郎 「
売 春 の ど こが 悪 い」 と瀬 地 山 角 「
よ りよ い性 の商 品化 へ 向 け て」はgO年 代 の売 買春 論
の端緒 を切 っ た。
二 人の 論 の第 一 の 共通 性 は 、売 買 春 にお け る女 性へ の搾 取 ・暴 力 を売 買 春 に副 次 的 な もの と して 切
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春 」 論の 再 検 討
り捨 て 、 搾 取 ・暴 力 を 伴 わ な い 「本 質 的 な 」 売 買 春 に つ い て 語 ろ う と す る 点 で あ る 。
売 春 に搾 取 や加 害/被 害 関 係 は つ き ものな た め 、売 春 に対 す る古 典 的 な批 判 は いつ も この 点 をや
り玉 に あげ て きた 。 しか しそれ で は 、売 春 そ の もの を批 判 した こ とに な らな い ので は な いだ ろ う
か?[橋
爪;1992:11]
最 初 に 断 っ て お か な け れ ば な ら な い が 、 か つ て よ く み られ た よ う な 、 監 禁 に 近 い 状 態 に し て 無 理
や り売 春 婦 と し て 働 か せ る 強 制 売 春 は 論 外 で あ る 。 そ れ は 売 春 そ の も の の 善 悪 と は さ しあ た り独
立 に 、 た だ 単 に そ れ が 身 体 の 自 由 を 奪 っ て い る と い う 理 由 で 、 否 定 さ れ る 。 …(略)…
こ こで 問
題 と す る の は 、 そ う し た 強 制 の 見 られ な い 、 自 由 意 思 に よ っ て 働 い て い る こ と が 確 認 で き る 場 合
で あ る 。[瀬
地 山;1992:61]
しか し、 暴 力 ・搾 取 の 伴 わな い 「自由意 思 」 によ る売 買春 を 「そ の もの 」 と して 本質 と規定 す る こ
とで隠 蔽 され る もの はな ん だ ろ うか。
この裏 返 しの 言 説 と して 、売 買 春 を 「自由意 思/強 制 」 に分 け、 暴 力 ・搾 取 を伴 う強 制 売春 の み を
問 題 と して 論 じる枠 組 み が あ る。 この枠 組 み は過 去 に も存在 し、 例 え ば藤 目[1997】
によ れ ば 、19世 紀
末 か ら20世 紀 初 め の ヨー ロ ッパ にお い て もあ った 。初め は フ ェ ミニ ス トの売 春 統 制反 対運 動 と して あ
っ た流 れが 、統 制反 対 派 ・売 春 禁止 派 の みな らず公 娼 制 度 を支 持す る人 々 も協 同 して 参加 す る婦 女 売
買禁 止運 動 へ 変質 した 。結 果 的 に1910年 のパ リ会 議 にお いて 国 際 条約 が締 結 され 、婦 女売 買の 問題 は
未 成 年者 の 場 合 と暴 力や 詐 欺 に よ って 売 られ た 成人 女性 の場 合 に限 定 され た 。貧 困が 理 由で 売春 す る
成 人 女性 は 、非 難 され るべ き特 殊 な 女性 と され て し まった 。
「自由意 思/強 制」 の区 別 は、 女性 へ の暴 力 ・搾 取 を強 制 売春 にの み必 然 的な もの と し、 自 由意思
の 売春 にお いて お こ る暴 力 ・搾 取 は 問題 に しな い。 人 身売 買や 強 制 連行 によ って な され る売 春で はな
く と も、そ のな か で は雇 用者 によ る搾 取 や 買春 者 に よ る暴 力 は起 こ りう る。「自由意 思 」とは 、性 的サ
ー ビス を取 引す る こ と を選 んだ もの であ って も、 そ のな か の 、あ る い はそ の周 辺 の搾 取 や 暴 力 を容認
す る もの で はな い ので あ る。普通6労 働 で は 成立 して い る この よ うな 認識 は 、性 的サ ー ビス(性 労 働)
にお いて は成 立 しな い。性 労働 が この よ うに 一般 の 労働 か ら排除 され て い る と ころに こそ 問 題が ある 。
だ が 「自 由意思/強 制」 の 枠組 みは この 問題 を 見 えな く して しま う。 問 われ るべ きは 、 橋爪 ・瀬地 山
らが本 質 で な い と して切 り捨て た 「暴 力 ・搾 取 」 「
加 害/被 害 関係 」が なぜ 売 買 春 に密 着 させ られ て い
る のか とい う こ とで ある。
二つ め の共 通点 は、 議論 を売 春女 性 の性 意 識 ・モ ラル に還 元 して い る点 で あ る。
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 貿 春」 論 の 再検 討
売春 の何 が もっ と も苛 酷か とい え ば、 それ は 過重 労 働 で も搾 取で もな い。 売春 を職 業 と して支 え
る 勤 労 の 倫 理(エ
ー トス)が
見 出 だ し が た い と い う こ とだ 。[橋
爪;1gg2:25]
瀬 地 山:性 の 自己決 定権 を踏 み に じる行 為 な ど言 語道 断 で す。 …(略)…
た だ し、そ う(性=人
格 論 、 引用 者注)で は な い性 の意 味 づ けの され 方 は あ りえ て 、ひ ょっ と した ら普 通 の暴 力 と変 わ
らな い程 度 の シ ョ ッ クの受 け方 が あ るか も しれ な い。(瀬 地 山+角 田 由紀 子 の対 談 、朝 日新 聞98
年7月4日)
とす る。 この議 論 に よれ ば 、売 春女 性 が 「
性=人 格 」 とい う倫理 観 をな くせ ば 、性 暴 力 の傷 も軽 くな
り、売 春 の苛 酷 さ もな くな る とい う こ とにな る。
橋 爪 ・瀬地 山 の議 論 は 前 に見 た 高橋 の も の と相 補 的 で あ る。 つ ま り、両 者 と も、 売 春女 性 の 「
性の
意味 付 け」 と意志 を設定 し、そ の内 容 を 良 いか悪 いか の根 拠 にす る。高橋 は 、「売春 婦 に喜 んで な る女
性 は いな い」 とい う。 自由意 志 の売 春 は あ りえな い とす る。 それ に対 して 橋爪 ・瀬 地 山は 強 制で は な
い 自 由意 志 の 売 春で あれ ば悪 くな い とす る。言 いか えれ ば 高橋 の 場合 、「売 春=悪 」とい う前 提が あ り、
それ を証 明す る ため に 「売春 を 良 い こ ととは 思 って い な いが 強制 的 に 転落 させ られ た 売春 婦 」 と い う
表象 が作 り出 され る。一 方 、橋爪 ・瀬 地 山は 「悪 くな い売春 」 を見 出す た め に、 「自 由意 志 」で売 春 す
る女 性 を作 り出 す。 また 、暴 力 との関 連 で見 れ ば、 高 橋の 場 合 、売 春 は全 て強 制 だ か ら全 て暴 力で あ
る。 一 方 、橋 爪 ・瀬 地 山 に よれ ば 、 自由意 志 で あれ ば 暴 力は な い。 しか し、 良 いか 悪 いか を決定 す る
の は誰 な のだ ろ うか 。 ま た 、何 のた め に 良 いか悪 いか を争 うの だ ろ うか。
何 か ひ とつ の 善悪 は どの よ うにで も論 じうる。 そ れ は売 買春以 外 の ことで も可能 だ 。 に もかか わ ら
ず なぜ 売 買春 の 問題 は善 悪 ばか り論 じ られ るの か。 論 者が 売 買春 の善 悪 を ど う判 定 す るか とい うこ と
と、売 買 春 をめ ぐって 誰 かが 暴 力 を受 け て いる とい う こと、 あ る いは そ こ に権 力関 係 が存 在 して いる
とい う こ とは別 の こ とで あ る。 「良 い売春 」や 「悪 い売 春 」を語 るの は可 能 だ し、 自由で ある。 だが そ
のた め に いつ も、 「売 春女 性 」 の表 象 が設 定 され る 。 「売春 女 性 」 の性 倫理 や 「自由意 志」 が 論者 の 善
悪の 判定 を正 当化 す るた め に用 い られ 、特権 化 され る。善悪 を 判定 す る 主体 は 明示 され な い まま 、「売
春女 性 」 の表 象 のみ が 飛 び交 う。 売 春 を 良 い と考 える セ ッ クス ワー カ ー も いれ ば、 悪 い と考 え る もの
もい るだ ろ う。 ただ そ れ だ けの ことだ 。 そ の こ とと、 論者 が 売春 を良 い と思 うか悪 い と思 うか は別 の
ことで あ り、 善 悪 を主 張 した けれ ば 自分 の考 え 、 自分 の性 倫 理 として い え ばよ い。
普 遍 的 に善 悪 を主 張 し、そ の根 拠 に 「売春 女性 」 の 表象 が 用 い られ る。 独 り歩 きす る 「
売 春女 性 」
の表 象 は この よ うに実体 化 す る。
この よ うな 立 場が 前 提 と して い るの は 、端 的 に いえ ぱ 「
売 買 春 を社 会科 学 的 に考 察 す る こ と」 を拒
む態 度 で あ る。
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春」 論 の 再 検 討
3川
畑 智 子 の 言 説:「 善 悪 を 超 え た 」 自 由 意 志 対 強 制
次 に、 橋爪 らを批 判 して女 性 論 の立 場 か ら展 開 す る川 畑 智子 の 論 を見 て みた い。
川 畑 は まず 従 来 の売 春 の研 究 が 「善悪 とい った 道徳 的価 値観 を前提 と して」 いる こと を批 判す る。
そ のよ うな姿 勢 が 「売春 や 風俗 産 業 で 働 く女性 た ちの 声」を封 じて き た か らで あ る。 善悪 の 判断 で は な
く、売 春女 性 に対 す る暴 力や 差 別 を問 題 化す る こ とが 重 要 だ とす る。
そ の た め に持 ちだ され る のが 「
性 的 奴 隷制 」 の概 念 で あ る。 この概 念 は 、 当時 論 争 され て いた 「
性
の商 品化 」の概 念 か ら差 異 化す るた め につ く られ た 。「
性 の 商 品化 」は主 に ポル ノや 売 春 を 批判 す るた
め の もの であ る 。そ れ に対 して 川畑 によ れ ば、 「
性 的 奴隷 制 」 はポ ル ノや 売 春 とイ コー ルで は な い。
問 題 は 、 ど ん な 職 種 に し ろ 、 自 己 決 定 に も と つ か な い で 「娼 婦 性 」 が 商 品 化 さ れ て い れ ば 、 そ れ
は 、 搾 取 以 前 に 強 制 労 働 で あ り、 性 的 奴 隷 制 で あ る と い え る 。[川
畑;1995:126]
〈 性 の 商 品 化 〉 と は 、 「娼 婦 性 」 を 商 品 化 し た 物 や サ ー ビ ス の 売 買 で あ る 。 …
「
娼 婦性 」 とは 、
「娼 婦 ら し さ 」 を 記 号 化 し た 行 為 、 服 装 、 物 、 話 し 方 等 と し て と ら え る こ と が 可 能 で あ る 。 そ し
て 、 「娼 婦 性 」 を 身 に つ け る こ と を 学 習 す る こ と で 誰 で も 「
娼 婦 」 を 演 じ る こ と が で き る と考 え
られ る 。[同126-127]
つ ま り、 どん な職 種 で あれ 、女 性 本 人 の意 志 に反 して 「
娼 婦性 」が 利用 され て いれ ばそ れ は 「
性的
奴隷 制 」 であ る こ と にな る。 「
女 性 で あれ ば誰 で も このよ うに 『娼 婦性 』 を 記 号化 した商 品 を消 費 し、
目的 に応 じて 身 につ ける ことが あ る」 〔同127]か
ら、 川畑 の 主張 の 核心 はあ くまで も、女性 本 人 の意
志か そ うでな い か に ある ことが 分か る。
だが この枠 組 み は ど こかで 見 覚 えの あ る も ので はな いか。橋爪 らの枠 組 み に類似 して い るの で ある 。
橋爪 ・
瀬 地 山 は売 春 を 強制 的 な場 合 と 自由意 思 によ る 場合 に分 け 、自 由意 思 に よ る売 春 を本 質的 と し、
それ につ いて の み論 じた 。川 畑 は この二 分法 を売 春 に限 定 せず 、 女性 を と りま く さま ざ まの社 会 生活
に拡 大 した 上 で 、「
女 性 の 自 己決 定 」によ らな い場 合 のみ を 「性 的奴 隷 制 」と して 問題 にす るの で ある 。
売 買 春 をめ ぐる論 争 にお い て、 「自 由意 志対 強 制 」 と い う二 分法 は他 に も 多 く使 われ る6。セ ッ クス
ワー カー の人権 擁 護 を求 め る運動 の根 拠 と して も用 い られ る7。
確 か に 、川畑 の 「性 的奴 隷 制 」論 は 、 橋爪 らの 論 と違 い 、大 き な意 義 を もって い る。 売 買春 の 善悪
6宮 台 編[1998]
7松
沢 編[2㎜]
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春 」 論 の再 検 討
還 元 論 を廃 し、「
売 春 女性 の立 場 にた った フ ェ ミニズ ム の視 点 か ら売 春女 性 に対 す る性 暴 力 と性 差 別 を
テー マ と して い る」[同113]こ
と。 これ まで売 買 春 の研 究 にお いて 「売春 女 性 の立 場 」が か え りみ ら
れ る ことは 少 なか った。 売 買春 に直 接携 わ らな い男 女が 社 会病 理 あ る いは 女性 差 別 の 問題 と して 論 じ
て き た。 そ の よ うな あ り方 か ら訣 別 しよ う とい う川畑 の 姿 勢 は鮮 明 で ある。 そ の よ うな 立場 か らす る
売 春 防止 法 の 問題 性 の解 明 も鋭 い。
しか し、 「自由意 志 対 強制 」 の枠 組 み で ジェ ンダー を め ぐる抑 圧 は 十分 に くみ 上 げ られ るだ ろ うか。
「強制 の な い 自 由意 志 」 とは ど こで発 見 され るのか 。 確 か に、 例 え ばセ ックス ワー クの 契約 の さ い に
応 じる意 志が ある か ど うか は確 認 で き る。そ れ は 、売 春女 性 が 「
犠 牲 者」 視 されて いる 中で は 一定 の
意義 が あ る だ ろ う。 だ が 、そ れ を 自 由意志 とい って しま う こ とが契 約 遂行 過 程 で起 こ りう るセ クハ ラ
や 搾 取 を 免罪 す る ことに つな げ られ て しま う とい う問 題が あっ た ので はな い か。「自 由意志 」とは あた
か も現 状 をそ の ま ま肯 定す る こ とで あ るか のよ うに解 釈 され て しま うのだ 。 そ して また性 産 業だ けで
はな くあ らゆる社 会 生 活で わ た した ち は 自分 の欲 望 や 思考 、行 為 が 「自 由意志 」 な のか 「強 制」 な の
か既 に わか らな い地 点 に立 って い るの で はな い だろ うか。
また 「
娼 婦性 」 につ いて 川 畑 は次 の よ う に言 う。
「
娼 婦性 」 の価 値 は、 魅 力的 な化 粧 、 装飾 品 、衣 装 等 の付 加価 値 をつ け る こ とで さ らに上 が る。
職 場 で は、 営 業用 の 付加 価 値 をつ け、公 共 の 場で は、 身だ しなみ と して付 加価 値 を つ ける 、遊 び
には ア フ ター フ ァイ ブ用 の付加 価 値 をつ け る。 つ ま り、状 況 に応 じて 、同 じ行 為 の意 味 が 変化 す
る。 女性 で あれ ば 誰 で も この よ うに 「
娼 婦性 」 を記 号化 した商 品 を消 費 し、 目的 に応 じて 身 につ
ける ことが あ る[同127]
「女性 で あ れ ば」 と条件 づ け るが 、 なぜ 「女性 」 は 娼婦 性 を あて が われ る のか 。 娼婦 性 に価 値 が つ
け られれ ば、 娼婦 性 を 身 につ けな い女性 は 相対 的 に不利 益 をこ うむ る こ と にな る。 この差 は 、 あ くま
で も 「自 由意志 」 の 有無 に回収 され 、 問い 返 され な い のか 。そ の よ うに娼 婦性 によ って 利 益 を受 け る
か ど うか の選 択 を あ てが わ れて し ま うよ うな 「
女 性」 の定 義や 構 築 は 問い 直 され な いの だ ろ うか 。
川畑 の 「
性 的 奴隷 制」 にお いて 、男 性 は女 性 の 「
娼 婦性 」 を利 用 した り、消 費 した りす る もの と位
置付 け られて いる。 そ れ で は、 そ の よ うな男 性 は 「自己 決定 」 で きて いる のか?川
畑 は男 性 には ほ
とん ど言及 せ ず 、女 性 に つ いて ばか り語 る。
さ らに女性 は、
「
娼 婦 性 」 を 利 用 す る の み で な く 、 あ る 行 為 に 「娼 婦 性 」 と い う 記 号 を つ け 、 そ
れ を商 品化 して
「
娼 婦 性 」 を 生 産 し、 売 る こ と もで き る 。[同128]
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ェ ミニ ズ ム と 「
売 買春 」 論 の 再検 討
しか し 「娼婦 性 」を 商品 化す る主 体 が女 性 で あ り、それ が 女性 の 「自己 決定 」に もとつ い て いれ ば 、
問題 はな いの だ ろ うか 。 すべ て を貨 幣 に換算 し、 世界 を均質 化 しよ う とす る資 本 の回 転 に ま き こまれ
て しま う ことの 問題 はな い のか 。
以 上の よ うな 疑 問 は、「女性 」と い う主体 が 自明視 されて いる ことか ら生 じて い る。川 畑 の 議論 で は、
本来 的 に は 自 由意志 を もった 「女性 」 とい う主 体 が存 在 す るが 、「
性 的 奴 隷 制」 によ り抑圧 され て い る
と考 え られ て いる。 しか しそ の よ うに前 提 とされ た 「
女性 」 とは どこ に根拠 をお くのだ ろ うか 。 また
川畑 は 「
性 的奴 隷 制 とは 「女 らしさ」の 規則 の 強 制で あ り、売春 の み な らず 、現状 で は 、す べて の 女性 の
仕事 は、性 的 奴 隷制 と して維 持 され て いる」[149]と
い う。 しか し全 て の女 性 の仕 事 を性 的 奴 隷制 と
して しまえ ば、 売春 女性 へ の偏 見 ・差 別 は後 景 に退 いて しま う。
何 よ り女性 た ち 自身 が 売春 女性 を差 別 して こな か った だ ろ うか 。低 賃金 労 働 に女 性 た ち を縛 りつ け
た の は、 「
売春 婦 にだ けは な りた くな い」 とい う自 らの思 いで あ った だ ろ う。 「ただ で さ え女 は 差別 さ
れ る。だ が 売春 婦 に さえ な らな けれ ば1妻 と して 、主 婦 と して 、母 と して保 護 され る 」とい う直 観が 、
売春 女性 差 別 を 生 んで き た。 こ こで は 彼 女た ち の 立場 は対 立 して い る。
川 畑 の 出発 点 は売 春女 性 へ の差 別 を問題 化 す る ことで あ った。だ が 、女性 を全 て被 害 者 と見 なせ ば 、
売春 女性 へ の 差別 も、 売 買春 を め ぐる 女性 内 部 の抑 圧 も問 えな い。
女 性 自 らも 自 らの 抑圧 に参 与 して 、 させ られ て いる 。そ の 関 わ りは 、そ の 場 面そ れ ぞれ によ って し
か気 づ かれ な い。 犠 牲者 で あ るか 、加 担 して いるか 、 無前 提 に は決 定 で きな い。 売 買 春 の言 説的 位 置
ほ ど、そ のよ うな女 性 内 の矛 盾 を顕 わ にす る もの はな い。
4繰
り返 さ れ る 「自 由意 志 対 強 制 」
日本 軍 「慰 安 婦 」 問 題 を め ぐ って
90年 代 売 買 春論 は 、そ の多 くが学 者 ・研究 者 の 発 言で あ った 。長 年運 動 をつ くって きた 松 井や よ り
は、 そ の状 況 を批 判 し、
(売春 す る)彼 女 た ち の 中の 、性 感 染症 や 妊 娠 して遺 棄 され るな ど 「
悲 惨 」な 姿 は見 え に く い し、
また 、 何万 人 ものア ジア女 性 が性 奴 隷 に させ られ て いる暗 い現実 も見 え に くい 。 彼女 た ち の悲 鳴
が 聞 こえて 支援 活 動 を続 けて き た立 場 か らみ れ ば 、あ ま りに も現 実 離 れ した学 者 談義 に違 和 感 を
感 じる。 た だで さえ しん どい 支援 活 動 に水 をか け る心 理的 効 果 が危 惧 され る。 一体 そ の よ うな学
問 とは何 な のだ ろ うか。 本 当 に価 値 中 立 と いえ るの だ ろ うか 。 女性 学 を含 め学 問 は誰 のた め な の
か 。[松 井;1996:7]
と 書 い て い る。 わ た し は こ の 批 判 を 重 要 な も の と 認 め 、 売 買 春 論 にお い て 、 直 接 の 当 事 者 で あ る 売 春
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菊 地:フ ェ ミニ ズム と 「
売 買春 」 論 の 再検 討
女 性 た ちが 発 言で き る場 は 少 なか っ た し、 さ ら に支援 運 動 に関 わ って い る者 達 に対 して も十 分 な発 言
の 機 会 は提 供 され なか った こと を重 く受 け とめ た い。 と同 時 に、 売春 女性 たち へ の搾 取 ・暴 力は 、売
春 に携 わ って いな い女 性 た ちへ の 抑圧 と何 らか の 関連 が あ る と考 え る。そ のた めセ ク シズム を批判 す
る ことは 、 売春 女性 へ の 暴 力 を問題 化 す る ことに つな が る し、 彼女 ら との連 帯 の可 能性 が探 られ るべ
き だ と考 え る。 このよ うな立 場 で以 下 考察 を試 み るつ も りで あ る。
だが そ の上 で 、実 際 の運 動 の なか で は前 述 の よ うな行 き詰 ま りは な か った だ ろ うか。 決 してそ ん な
こと はな い。 運 動 のな か で こそ 、 よ り強 く行 き詰 ま りは現 われ て いた。
90年 代 、 日本の フェ ミニ ズム 運 動 は ひ とつ の課題 に直 面 した 。 日本軍 「
慰 安 婦 」制度 か らのサ バ イ
バー 達 に よ る提起 で あ る。彼女 た ち に強 い られ た50年 間の 沈黙 は フェ ミニ ズム に とって 何 を意 味 す る
だ ろ うか。 日本軍 「慰安 婦 」 問題 は、 戦後 の 日本 社 会 に常 に潜 在 しな が ら決 して 注 目され なか った。
それ は 「暴 力」 と は認定 され なか った ので あ る。
謝 罪 と補 償 を求 め る運 動 が 継続 す る 一方 で 、 この 問題 をめ ぐる議 論が 展 開 され て い る。 そ の 中で も
フ ェ ミニ ズム に動 揺 を 与 えた のが 、 「
慰 安婦 は 公娼 、国 家公 認 の 売春 婦 だ った か ら、 何 の問 題 もない 」
と い う主張 で あ った 。だが 、それ に対す る反論 は 奇 妙 にね じれ て い た。 「
慰 安婦 は公 娼で はな い」 と反
論 した ので あ る。 「
公 娼 は 慰安 婦 よ りも一定 の 自由 を もって い た」 とい う。 この応 酬 の結 果 、議 論 の 争
点 は 強制 連 行 の文 書 的証 拠 の有 無 に移 った。 しか し、 そ れ では 公 娼 出身 の 「
慰 安婦 」 で あ れ ば、 あ る
いは 慰安 所 で金 を受 け取 って いれ ぱ 、そ れ はな にか を肯 定 した こ とにな る のだ ろ うか 。 公 娼 と して働
いて い たが 、困窮 の 結果 、「
慰 安 婦」募 集 に応 じた女 性 や 、だ まされ て 慰安 所 に連れ て 行 かれ 、だ が脱
出の 希望 のた め に軍 票 を集 め て いた女 性 もい る。 そ もそ も、公 娼 制下 で 働 いて いた女 性 の 状況 に、搾
取や 暴 力が な か った とい える のだ ろ うか。
なぜ 「
公 娼 」 は性 暴 力 を批 判で き な いの か。
戦 前 日本 の公 娼 制 は 、初 期 に諸 外 国か らの非 難 を避 ける ため に1872年 娼妓 解 放 令 を 出 し、人身 売 買
禁 止 とい う名 目を設 け た。そ の 上で 貸 座 敷 ・娼 妓 規則(1873年)に
よ り娼妓 の 自由意 思 の 営 業 を容 認
し、鑑 札 を交 付 す る とい う形 を とった8。この システ ム を藤 目は 「人身 売 買否 定 の 名 目 にた って 、娼妓
の 自 由意 思 によ るく 罷業 〉 を国家 が 許容 す る と い う欺 隔 的 ・偽 善 的 コ ンセ プ ト」9と指 摘 して いる 。一
旦 、「自由意 思 」と され て しまえ ば、実 際の 売 買春 の 過程 で どの よ うに搾 取 や 暴 力を 受 け よ う と、それ
らを も容 認 した もの と して 扱わ れ て しま う。 この 図式 は現在 の 売 買春 論 で も用 い られ て いる。
こ こで 起 こって い る の は、被 害 者 の分 断 で あ る。金 を受 け取 れ ば 、 また 自発 的 に応 じれ ば 、そ れ は
8貸 座 敷 と娼 妓 か らの徴 税 は安 定 した 恒 常的 収 益 とな った
。 当時 の娼 妓 の供 給 源 は、 貧 農や 都 市 下層 部 落 、被 差別
部 落 な どが ほ とん どで あ った 。 また 娼 妓取 締 り規 則(1900年
内 務省 令 第44号)に
この 「自 由廃 業」には前 借 金返 済 義務 が 課 され た ため 、廃 業 可能 な 例 は少 なか った。
9藤 目[1997:91]
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は 自 由廃 業が 明文 化 され た が 、
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春 」 論 の再 検 討
「自 由意 志 」の 売 春 と見 な され 、 身 体 の 自由 を相 手 に 委ね た もの と され る。 彼 女が 金 と引 き換 え に し
た の は、 彼女 が 想定 す るあ る 一定 の 行 為で あ り、身 体 の 自 由そ の もの を売 り渡 した の で はな い。 そ の
よ うな 取 り違 え が 生 じる の は 、女 性 の 身体 は あ らか じめ他 者 に所 有 され る もの とされ て い るか らで あ
る。 「売 る」前 の女 性 の身 体 は あが め られ、 タブー と され、他 方売 られ て しまえ ば買 った者 が 何 を して
も文 句 を い えな い。 決 定権 を奪 わ れ た 上で 分 断 され る。 日本 軍 「
慰 安 婦」 問題 で私 た ち に突 き つ け ら
れ て いる 本 質的 な課 題 は この よ うな 被害 者 の 分断 で あ る。
抑 圧 に 声 を上 げよ う とす る とき 、「自由意 志 」な のか 「強 制」な のか 踏 絵 を与 え られ る。女性 たち に
課 され る踏 絵 を また ひ とつ増 や す ことが フェ ミニ ズム の仕 事で は な い。 逆 に 、踏 絵 を無 効 にす る実践
の模 索 こそ が フ ェ ミニ ズ ムで は な い だ ろ うか 。
「自由意 志 」 と 「強 制」 の 二 項対 立 の まわ りには多 くの 矛盾 す る感 覚 が あ る。 わ た した ち を取 り巻
くこの よ うな 不 明瞭 さにお いて こそ 、「性」を め ぐる抑圧 の 多 層性 が あ る。安 易 に踏絵 を もちだ す ので
はな く、明 白な 「
強 制」 を不 明 瞭な 息 苦 しさ、 抑圧 感 とつ な いで い くこ とがハ ル モ ニ達 の提 起 を受 け
止 め る ひ とつ の実 践 にな るだ ろ う。
人 々 の怒 りを結 集 しや す い性 暴 力、 一般 的 に問題 化 しやす い性 暴 力だ け を批 判 して も、 そ もそ も女
性 の 身体 が 分 断 され て い る構 造 へ まで は 届か な い。 そ の よ うな 分 断が いつ 、 ど こで ど のよ うに生 じる
のか とい う問 いが 必 要で ある 。
5分
断 され る 「女 性 」
5-1「
女 性 」 ア イ デ ンテ ィ テ ィ
フ ェ ミ ニ ズ ム の 主 体 と い う 基 盤 が あ る と 断 言 して し ま う こ と で 、 権 力 の 磁 場 が う ま く 目隠 し さ れ
て し ま い 、 そ し て そ の 目隠 し さ れ た 権 力 の 磁 場 の 中 で し か 主 体 形 成 が お こ な わ れ な い な ら 、 フ ェ
ミ ニ ズ ム の 主 体 と い う ア イ デ ン テ ィ テ ィ な ど け っ し て フ ェ ミニ ズ ム の 政 治 の 基 盤 と して は な らな
い 。 お そ ら く逆 説 的 な こ と だ が 、 「
女 」 と い う主 体 が ど こ に も 前 提 と さ れ な い 場 合 の み 、 「表 象1
代 表 」 は フ ェ ミ ニ ズ ム に と っ て 有 意 義 な も の と な る だ ろ う。[Buller;1990=99:26]
これ まで 見た よ うに90年 代 の 議論 で は 、 「自由意 志対 強 制 」 と い う枠 組 み に よ り売 春女 性 は 分断 さ
れ て いた。 この よ う な分 断 はな ぜ 生 まれ るの だ ろ うか。
性 産 業 で 、性 的サ ー ビス を提 供 す る こ とで 金銭 を得 て いる の は ほ とん どが 女性 であ る。 そ の ため 、
反 売買 春運 動 は 売 買春 を 女性 差 別 で あ る と規定 して き た。 しか しそ こで は売 春女 性 と非売 春 女性 の 差
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春 」論 の再 検 討
異 、 売 春 女 性 へ の 差 別 が お お い 隠 さ れ て し ま っ て い た 。 池 袋 事 件 の 判 決loに 明 ら か な よ う に 、 売 春 女
性は、「
貞 淑 な 女 」 と い う ジ ェ ン ダ ー を 捨 て た もの と さ れ 、 「
少 々 暴 力 を 受 け て も しか た な い 」 と見 な
さ れ る の だ 。 「貞 淑 な 女 」 と い う ジ ェ ン ダ ー と 「
貞 淑 で な い 女 」 と い う ジ ェ ン ダ ー は 、 「女 」 と い う共
通性 を もち なが ら も、暴 力 を社 会 的 に 問題 化で きる 、
.で き な い と い う決 定 的 な 違 い を 結 果 して し ま う
ほ ど の 距 離 に よ っ て 遠 ざ け ら れ て い る の だ 。 そ して そ の 距 離 は 、 売 春 女 性 の 大 き な 供 給 源 が 貧 困 階 層
で あ る 現 在 、 経 済 的 根 拠 を も っ て い る 。 そ の よ うな 構 図 が あ り な が ら 、 反 売 春 運 動 は 売 春 女 性 の 存 在
が 不 可 視 の ま ま 、 「女 性 」 を僧 称 し て 売 春 行 為 を 否 定 して き た の で あ る 。
確 か に 、 ど の よ う な 職 業 に あ っ て も 、女 性 は 「
女 性 」で あ る と い う 理 由 で 搾 取 さ れ 、暴 力 を 受 け る 。
ド メ ス テ ィ ッ ク ・ヴ ァイ オ レ ン ス 、 セ ク シ ュ ア ル ・ハ ラ ス メ ン ト、 労 働 の 不 当 評 価 ・搾 取 、 家 事 労 働
の 既 価 、 男 女 の 賃 金 差 別 … … 。 し か し 、 こ こで 立 ち 戻 ら な け れ ば な らな い の は 、 そ れ で もや は り 女 性
は均質 で は な い とい うこ とだ。 「
女 性 」で あ る と い う 同 一 の 根 拠 で 搾 取 ・暴 力 に さ ら さ れ る と い う こ と
は 、 そ の 搾 取 ・暴 力 の あ りよ うが 同 一 で あ る こ と を 意 味 し な い 。
「
女 性 」 で あ る こ と を 理 由 に な さ れ る 差 別 や 暴 力 を 批 判 す る と き に 、 「女 性 」 と い う 主 体 が 立 ち 上
げ られ る 。 そ こ で 想 定 され る 主 体 も 、 性 差 別 や 性 暴 力 を 生 む 構 造 か ら解 放 さ れ て は い な い の で あ る。
例 え ば端 的 に、 売 買春 に反対 す る
「
女 性 」 は 「自 由 意 志 」 に よ っ て 貞 操 を 捨 て て は い な い 女 性 で あ っ
た 。 つ ま り 売 春 し て い な い 女 性 か 、 あ る い は 「強 制 」 売 春 の 被 害 者 の み が 売 買 春 に 反 対 す る 資 格 を 与
え られ て い た 。 こ の よ う に 女 性 に 関 し て 貞 操 規 範 へ の 忠 誠 に よ っ て 資 格 を 判 断 す る こ と は 、「性 の ダ プ
ル ス タ ン ダ ー ド」 と して 既 に 批 判 さ れ て き た こ と で あ っ た 。
いい かえ れ ば、 これ まで の反 売 春 の言 説 は
「自 由 意 志 」 で 売 春 し な い 貞 潔 な 「女 性 」 の ア イ デ ン テ
ィ テ ィ を 構 築 して き た の で あ る 。 そ れ が 同 時 に
「
女性 」 とい う言 葉 の周 りに さ ま ざま な レベ ル にわ た
る分 断や 亀 裂 を つ く って きた 。
こ の よ う な 、 「女 性 」 と い う集 団 内 部 に お け る 亀 裂 は これ ま で に い く ど も 起 こ り 、 運 動 が 引 き 裂 か
れ た り、 あ る い は さ ら に 亀 裂 を 固 定 化 さ せ る 結 果 に 終 わ っ た り した11。 「女 性 」 と い う カ テ ゴ リ ー は そ
れ だ け で は 決 し て 存 在 せ ず 常 に 他 の カ テ ゴ リー に よ っ て さ ら に 伴 わ れ 、 修 飾 さ れ て 現 わ れ る 。 そ して
「女 性 」 と い う だ け で な く 、伴 う カ テ ゴ リー に よ っ て さ ら に 分 断 さ れ て い く の だ 、 「女 性 」 と い う 共 有
性 が 見 えな くな るほ どに。
10池 袋 事 件 とは1987年
、 買春 男 性が 契 約外 の 行為 を強制 した ため 、売 春 女性 が 抵抗 の 末 、誤 っ て刺 殺 して しま っ
た事 件 で ある 。 判決 で は 「
通 常 の女 性 」 と売 春女 性 とで は性行 為 に対 す る 抵抗 感 が異 な る と し、 正 当防衛 を認 めな
か った 。
n優 生保 護法 改 悪 阻止 運 動
、 反 原発 運 動 、反FGS運
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動 、 均等 法 制定 過 程な ど多 数。
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菊 地:フ ェ ミニ ズム と 「売 買春 」 論 の 再検 討
5-2主
婦 と売 春 女 性
フ ェミニ ズ ム理論 にお ける売 買春
◆ 結 婚制 度 と売 買 春
「自由意 志対 強 制 」 の枠 組 みが 担 保 して いた の は結婚 制 度 を 問わ な い こ とだ った 。 と りわ け 高橋 喜
久 江 は、 売 買春 を 「家庭 」 と 「
社 会 」 に敵 対 す る もの と位 置 づ け、 家 庭 内で の み 「対等 な 性 」 が得 ら
れ る とした。 そ して 売春 は す べて 強 制 だ った。 つ ま り高橋 の 論 は 「
家 庭内 性 関係 対 売 買春 」 の二 項対
立 を潜 在 的 に 「自由意 志 対 強制 」 の枠 組 み に対 応 させ て いる。 す な わ ち家 庭 内で は 自由で 対等 な 男女
関係 が 得 られ る が売 買春 で は全 て 強制 の 関係 で あ る。 売 買 春が 「悪 」で あ る こ とは 、結 婚 制度 が 「良
い」 こ と と対 比 され て 語 られ る。そ れ ぞ れ の価 値 づ けの た め には 、他 方 の価 値 を反転 させ る こ とが必
要な の だ。
しか し結 婚 制度 が 「良 い」 こと は 自明 の こ とだ ろ うか。 夫 婦 間 暴 力や婚 外 子 差別 の 問題 化 が 明 らか
に した の は、家 庭 が 暴 力や 差別 のな い 聖域 で は な い こ と、 またそ れ 自体が 制 度外 の 関 係性 を差別 す る
排 他 的な もので ある ことで あ った 。 売 買春 に つ いて 論 じよ うとす るな らば、 このよ うな結 婚 制度 の 問
題性 を も視 野 に含 ま なけ れ ばな らな い。 そ うでな けれ ば、 売 買春 の 善悪 還 元論 を超 え る こ とには な ら
な い。
◆ フ ェミニ ズ ム理 論 にお ける 「主婦 」 と 「売 春 女性 」
で は 、 この よ うな 売 買春 と結婚 制 度 の裏 表 の 関係 、 いいか え れ ば主 婦 と売 春 女性 の 分 断 を フェ ミニ
ズム 理 論 は どの よ うに扱 った だ ろ うか。
女性 労 働 一般 が 低 く評 価 され て き た こ とを マル クス 主義 フェ ミニ ズ ムや フェ ミニ ス ト経 済 学 は指 摘
して き た12。しか し、そ の さい 、 女性 労 働 の モ デル ケ ー ス と して 概 念化 され た の は 「主婦 労 働 」 す な
わ ち主 婦 が無 報 酬で 行 う家事 ・育児 ・婚 姻 内セ ッ クスな どで あ る。 主婦 労 働 につ いて 、そ の労 働 の過
重 さ に もかか わ らず 賃 金 が全 く支払 わ れ な い こ とが 間わ れ る。 一 方 、対 照 的 に、 売春 女 性 の性 労 働 に
対 して は一 応 の賃 金 が 支払 わ れ る。 しか しな が ら、彼 女 た ち は労 働者 と して の権 利 は認 め られ て いな
い。 売春 は 「身体 を 売 る」 こ とと同 義 とされ 、 売 買春 の 際 に買 春者 か ら暴 力 を受 けて も問題 化 す る こ
とは 困難 で あ る。
主婦 と売 春女 性 の この よ うな 対 照 的な 状 況 は 、あ る共 通 点 を もつ 。実 際 の 代価 を支 払わ れ て い るか
ど うか とい う レベル とは 無 関係 に、両 者 とも労 働 者 と して は決 して 認 め られず 、 社 会 的権 利 を奪 われ
て い るのだ 。
だ が 、 フェ ミニ ズ ム理 論 にお いて す ら売 春 が 労働 と して広 く認 め られ て い る とは いえ な い。
売 買春 とい う 自然化 され た領 域 で の女 性 た ち の活 動 は労 働 とは見 な され な い。 な ぜ な ら男 性 の 「性
12上
野[1990]
、 竹 中[1983]、DaUaCosta[1974-82冨1986]、Kuhn&Wolpc[1978=1984]、Sargcnt[1981]。
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菊地:フ ェ ミニ ズム と 「売 買春 」 論 の再 検 討
欲」 を解 消す るの は本 来 、そ の 男性 に所 有 され た女 性 に と って 当 然の 義務 だ か らで あ る。 妻 で も恋 人
で もな い 女性 が そ の義 務 を遂 行 した と きのみ 、 明確 に金が 与 え られ る 。 しか しそ れ は 労働 に対 して 払
われ る賃 金で は な い。 本 来 、妻 に対 して 与 え られ るべ き経 済 的 ・社 会 的安 定 を例 外 的 に金 銭 化 した も
ので ある 。逆 に売春 を労 働 と認 定す れ ば 、妻 ・主婦 の 仕事 も労働 、経 済行 為 で あ る こ とが 明 らか にな
って し ま う。 現 行 の社 会経 済 シス テム が 主婦 労働 の抑 圧 の下 に 成立 して い る こ とを隠 す ため に 、セ ッ
クス ワー ク は労 働 と して 認め られ な いの で あ る。 主 婦 は 自 らの 被抑 圧 感 を ジェ ンダー の本 質 主 義的 認
識一
身体 性 に根拠 づ け られ る性 役 割 分 担・
一
と売 春 婦差 別 に よ り解 消す る。 このよ うな主 婦 と売 春
女性 の異 な る立 場 を フェ ミニ ズ ム理 論 は ひ とつ の重 要 な 問題 と して捉 えて は こなか った。
売 春 女性 は、 女性 運 動 のみ な らず フェ ミニ ズ ムが ず っ と見 落 として きた 存 在 で あ った。 そ れ は 、売
春が 課 題 に挙 げ られ な か った とい う意 味 で はな い。 逆 に、売 春 問題 は 女性 運 動 の第 一 の課 題 で あ った
とい って よ い。 「
婦 人 問題 」 といえ ば往 々に して 売春 の問 題 を意 味 して い た し、売春 は 「
究 極 の 女性 差
別 」13といわ れ て き た。 しか し、そ こで 語 られ る 売春 は 「道 徳的 悪 」 で あ り、 一 般社 会 を 「
害 す る」
もので あ った 。そ れ ゆ え に、女 性 に と って売 春 は 「決 して 行 って は い けな い堕 落 した行 為 」で あ った14。
ここ に見 られ る の は、「女性 」カ テ ゴ リー をめ ぐる争 い で ある。女 性運 動 が構 築 しよ うと して きた 「
女
性 」アイ デ ンテ ィテ ィ とは 、「売春 を しな い」 こ とに あっ た。セ ク シズ ム に よ って 、女 性 は 売春 へ とお
と しめ られ る。 そ れ に対 抗 しよ う と女 性 運 動 は、 売春 す る女 性 を 否定 した のだ っ た。
セ ク シズ ム の主 要 な戦 略 は 「
女性 」を差 別す る こ とと 「売春 女性 」を差 別 す る こ とを複 合 さ せ 、反性 差
別 の 論理 をひ とつ の わな にか け る。 「
売 春女 性 」差 別 は 「女性 」差 別 の 中核 に位 置 す る。 だ が 、単 に一方
が他 方 に包 含 され るの で はな く、一 方 を批 判す る こ とが 他 方 を強 化す る結果 にな っ て し ま うよ うに複
合化 され て いる。
5-3「
性 」 と
「労 働 」
以 上 の よ う に 、主 婦 と 売 春 女 性 の 関 係 性 を 理 論 化 した も の は ま だ ほ と ん どな い と い っ て よ い 。だ が 、
90年 代 の 議 論 の 中 で 、 唯 一 加 藤 秀 一 が そ の 試 み を 行 っ た 。
ま ず 加 藤 は 、「性 の 商 品 化 」概 念 に 関 して 、 「
未 だ 商 品 で な い 人 間 本 来 の 性 と い っ た 観 念 」[加 藤1995:
235]を
前 提 とす る こ と を 批 判 す る 。 「〈 性 〉 は 近 代 資 本 制/家
父長 制 社会 に固 有 の現 象 として 、そ の
本性 上は じめか ら 「
商 品 」 と し て 誕 生 し た の で あ り、 そ れ と 同 時 に 、 商 品 で な い ・本 来 の 性 と い う観
念 が そ れ に 対 す る 否 定 の 意 識 と し て 反 照 的 に 生 み 出 さ れ た の で あ る 」[同236]と
13高 橋[1981]
14ま た
い う。 この よ うに し
。
、藤 目ゆき が 明 らか に した よ うに 、19世 紀 ヨー ロ ッパ 諸 国 の廃 娼運 動 は 、 当初 は女 性解 放 を 目指 しなが ら、
実 際 には 売春 女 性 を追 放す る運 動へ と変質 して いっ た。日本の 廃 娼運 動 は 当初 か ら欧 米 の運 動 をモ デル と したた め 、
反 娼 ・排 娼運 動 と同義 で あ った(藤 目[1997])。
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春 」 論 の再 検 討
て 、 ロマ ン主義 的 な性 の 実体 視 によ らず に、 あ く まで も近 代 資本 制/家 父 長 制社 会 の 視野 にお いて 内
在 的 に性 を考 察 す る よ う に設定 す る 。
そ の上 で 、〈 性〉 と〈 労 働〉 の 関連 を問題 にす る 。
近 代 家族 が 男性=賃 労 働者 と女性=家 事労 働 者(主 婦)と か ら成 り立 つ の だ とす れ ば、そ して く
性 〉 が女 性 の 「
主 婦 」 と 「娼婦 」 へ の相 補 的 分 断 と と もに誕 生 したの だ とす れ ば 、〈 労働 〉 の誕
生 は く性 〉 の誕 生 の 条件 をなす 、 あ るい は両 者 は論 理 的 に同 値で あ る とい う こ とだ。 す なわ ち 、
資 本 制 シス テ ム の内 部 にお いて 異質 な 諸領 域 を 貫 く 「労働 そ の もの」 とい う概念 が 成 立 し、 同 時
に具体 的 な 労働 か ら労働 力=商 品が 分離 され た と き(そ こ に抽 象的 人 間労 働 とい う概 念が 位 置づ
け られ るべ き実 定 性 の領 野 が 切 り開 か れ る)、か つそ う したく 労働 〉 の 対価 と して得 られ る賃 金 が
万 人 に と って 生存 の 条 件 とな る よ うな社 会 が 成 立す る とと もに 、労 働 力 の再 生産 す な わち 生 殖 メ
カ ニ ズム と して 無 償 の家 事 労働 を担 う 「
主 婦 」お よ びそ の活 動舞 台 と して の 「
近 代 家族 」 「
家庭」
が 誕 生せ しめ られ る 一方 、 生殖 と結 び っか な い ・ま った き遊 興 と して の(た だ し男性=賃 労 働者
の み に とっ ての こ とだが)性 はそ の 境界 の 外 に 隔離 され 、 こ こに、 今わ れ わ れが 知 っ て いる よ う
な 「男性=賃 労 働 者 」 「主婦=支 払 わ れ な い再 生 産者 と して の家 事労 働 者 」 「
娼 婦=支 払 わ れ る再
生 産者 と して の性 的サ ー ビス労 働 者 」 と い う性 別 役割 の トリアー デ が構 造 化 され た。 この とき、
女は 「
主 婦 」 と 「娼婦 」 とに二 分 され つ つ 、資 本 制 との関係 にお い て は、 男性 労 働 力 の再 生産 者
と して共 約 すべ き位 置価 を与 え られ る こ とに よ って 、つ いに近 代 的 な幻 想 と して の く女 〉 とな っ
た の で あ り、 した が って 、 そ のよ うなく 女 〉観 念 を特 異 点 とす る く性 〉 の 観念 と諸実 践 が そ こ に
成 立 しえ た ので あ る。[同239]
つ ま り 一 方 で 、 「商 品 と し て の 性 、 そ し て そ れ を 担 う 娼 婦 」 と 「本 来 の 性 、 そ し て そ れ を 担 う 妻 」
と の 分 割 に よ り 〈 性 〉 が 誕 生 し 、他 方 で 「
商 品 と し て の 労 働 、そ し て そ れ を 担 う 男 性=賃
来 の 労 働 、 そ し て そ れ を 担 う 妻=家
労 働 者 」と 「
本
事 労 働 者 」 と の 分 割 に よ り〈 労 働 〉 が 誕 生 す る 。 こ の よ う に 、 〈
労 働 〉 の 成 立 と く 性 〉 の 成 立 は 内 的 に 不 可 分 な 連 関 を も っ て い る の で あ る 。 そ し て 「〈 労 働 力=商
〉 の 誕 生 と と も に 、 〈 性 〉 は は じめ て 、 ま た は じ め か ら 、 〈 性=商
品
品 〉 と して 誕 生 し え た 」 と の 認 識
に いた る。
こ の 認 識 に よ り、 「
娼 婦 」と 「
妻 」 は 同 じ座 標 の 上 に あ る 存 在 と して 理 解 す る 途 が 開 け た 。 し か しそ
の上 で 、見 落 とされ て い るの が
「
娼婦」と
「
妻 」 の権 力 関係 で あ る。 加藤 の分 析 の最 後 に唐 突 に挿入
され る 「
女 」 と い う言 葉 は 、 「
労 働 」 と は 一 旦 関 わ りな く 「
性 」か らのみ 導 か れ う る もので あ る。 こ こ
で は 、安 易 に
「
労 働/性
「
娼 婦 」 と 「妻 」 を 「女 」 に よ っ て 一 括 す る よ り も 、 そ の 一 歩 手 前 に 踏 み と ど ま っ て 、
」 を 考 え て み た い。
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第9号(2001)
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菊 地:フ ェ ミニ ズ ム と 「売 買春 」 論 の 再検 討
「男 性/妻/娼
婦」という 「
性 別役 割 の トリアー デ」 に お いて 、特 権 的 な位 置 に あ るの は 、 「
男性」
で は な く、 「
妻 」 で あ る。 「
妻 」 は 「本 来 の 性 」 と 「本 来 の 労 働 」 を ふ た つ な が ら 体 現 す る 存 在 と し て
あ る の だ 。 そ して 逆 に 、 「娼 婦 」 は そ の ど ち ら も も た な い 存 在 と して 、 あ る 。
ゼ ロ の 地 点 に い る の は や は り男 で あ る 。 「妻 」 と 「娼 婦 」 は 、 男 を ゼ ロ と し て 、 両 極 へ と 背 を 向 け
合 っ て 分 裂 して ゆ く。
5-4リ
ブ と娼婦
70年
代 前 半 の 日 本 で ま き お こ っ た リ ブ 運 動 の リ ー ダ ー の ひ と り、 田 中 美 津 は 、 「主 婦 」 と 「娼 婦 」
の 両 義 的 な 関 係 性 を 鋭 く 認 識 して い た 。
田 中 は 、「主 婦 と 娼 婦 が 同 じ穴 の む じな 一 族 で あ る こ と は よ く 知 られ た 事 実 で あ る 」[田 中;1992:17]
とい う。
女 は 作 られ る 。メス と して 作 られ る。 「
お 嫁 に い けな くな ります よ 」と い う桐 喝 の な かで 、女 は唯
一 男 の 目の 中 、腕 の 中 にく 女 ら しさ〉 を もって 存 在証 明す べ く作 られ る 。 女 の生 きが い とは男 に
向 けて尻 尾 をふ って い く中 に あ る とい う訳 なの だ 。 こ の尻尾 の ふ り方 の違 いが 厚化 粧 か ら素 顔 ま
で の 、 さ ま ざまな メスぶ りとな って あ らわ れ るの だが 、 しか し、 所詮 他 人 の 目の 中 に見 出 だそ う
とす る 自分 とは 、〈 ど こに もいな い女〉 で あ って 、そ のく どこ に もいな い 女〉 をあ て に して 、生
ま身 の く こ こに い る女 〉 の生 きが いに しよ うとす れ ば 、不 安 と焦 燥 の 中で 切 り裂 か れて い くは必
然な の だ。[同19]
男 に 自己 の 評価 軸 を譲 り渡 し、媚 び て生 きて い く。そ の 結果 、 自己疎 外感 に悩 まされ るの は、 主婦
も娼 婦 も同 じで あ る とす る。 ここ まで で あれ ば 、川畑 の性 的奴 隷 制 論 と構 図 は同 じだ。 しか し、 田 中
は こ こで と どま らず 、 自 らの ホ ステ ス経 験 の 中か ら、 主婦 と娼 婦 の 格差 を指摘 す る。
「奴 隷 」 と か
「メ ス 」 な ど と い う こ と ば で は と て も 間 に 合 わ な い 屈 辱 感 、 ま さ し くお ま ん こ さ ら
し て 金 を も ら っ て い る 実 感 で 、 あ た し は 悲 鳴 を あ げ 続 け た 。 喰 い っ ぱ ぐ れ た ら水 商 売 と 、 心 の ど
こか に うそ ぶ きつ っ も、決 して水 商 売 に は飛 び込 まな い、
「
主 婦 」 とい う名 で生 きる メス の 、そ
の 動 物 的 直 感 の 正 し さ に 、 あ た しは 今 さ ら な が ら感 じ入 っ た 。 主 婦 と ホ ス テ ス も 、 共 に メ ス と し
て 、 お ま ん こ さ ら し て 生 き る に は 違 い は な く と も 、 さ ら しっ ぱ な し にす る か 、 一 枚 ベ ー ル を か け
ら れ る か 、 そ の 違 い は 大 き か っ た 。[同74]
家族 制 度 の重 要 な担 い手 として 合法 的 に承認 され た存 在 で ある 妻 と、 非合 法 な ステ ィグ マ化 された
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菊 地:フ ェ ミニ ズム と 「
売 買春 」 論 の 再検 討
存 在 で あ る娼婦 との 歩 み寄 れ な さ に田 中 は気 付 いて いた。 そ して 自分 を 「
ホ ス テ ス に もなれ ず 、主 婦
に もなれ な い役 立 た ず の メス 」 と した 上で 、 リブの 原 点 と もい うべ き宣言 をす る。
無論 ホ ステ ス をす るに 至 る必 然 と、 リブ をす る に 至 る必 然 を同 じ位 置 に お いて 語 る こ とはで きな
い。 しか し、 も しあ た しが ホ ス テ ス とい う職 業 を選 択 しえた とい う、 そ の こ とだ け を もって あ た
し と、そ の 、選 択 もへ った くれ もな くホス テ ス をや っ て いる女 た ち を 較べ 、 論 じて 、 あた しの 生
きざ まの 軽 さ を否 定す る こ とは、 己れ 自身 に 許せ な い。 …(略)…
あ た しは再 度 、 ホ ステ ス をや
ってみ よ うと思 っ て いる 。 「
喰 いっ ぱ ぐれ た ら水 商 売」 の 甘 さ吹 き 飛 んだ あ とで 、 一体 な にが 視
えて くるか 。 今 度 こそ 、 ホ ステ ス か らひ っ ぱた か れた ら、 ひ っぱ た き返 せ る あた しで あ りた い。
相 手 の 生 き ざま に対 し、 己れ の 生 き ざ まを も って対 峙 して い く以外 にく 出会 う〉 と い うこ とは あ
りえ な いの だか ら。 …(略)…
相 互 す る本 音 をふ た つ なが ら抱 えて そ の 中で と り乱 して い く しか
生 き ざ ま もへ った くれ もな い あた した ち女 で あれ ば 、例 え 女 同士 で あれ 、 女 同士!の 語 感 の安 ら
ぎを最 初 か ら アテ に して はな らな い し、 そ してで きな いの だ。[同76]
自己の ふ る ま いの 「
娼 婦性 」 を意 識 しな が ら、娼 婦 では な い 「まっ とうな」 地 位 で 生 きて い ける 、
多 くの女性 たち の 、そ の足 場 へ の疑 い と、「
選 択 もへ った くれ もな くホ ス テ ス をや って い る女 た ち」 と
む き合 う ことの 可能 性 へ と自己 を拓 く宣 言 で あ ろ う。
こ こで見 えて くるの は 、個 々 の女 性 へ の抑 圧 を女 性 の 分断 が 可 能 にす る とい う ことで は な いだ ろ う
か。「
男 を 間 に互 い に切 り裂 き合 っ て きた 女 の、そ の歴 史 性」 とい うと きの 田 中の視 線 は 、セ ク シズム
とは 男 と女 の覇 権 争 い と い うよ りは む しろ女性 同士 へ の抗 争 の強 制 を 意味 す る ことを 指 し示 して いる 。
とす る と、 売春 女性 へ の 暴 力 を解 決 す るた め に は、 売春 女 性 と非 売 春女 性 の 分断 こそ がの り こえ られ
る べ きで あ る こ とを意 味 して いる の で はな い だ ろ うか。
そ して 、分 断 を隠 蔽 した ま まの売 買春 の是 非 論 こそ が 、 「女」の 同質 性 とい う幻 想 を肥 大 させ 、 分断
を再 生産 して い くの で あ る。
6結
びに代えて
こ こまで 、90年 代 売 買 春 論 を 中心 に、 とき に は時 期 を さか の ぼ って 売 買春 の言 説 をみ て きた 。振 り
返 っ て見 れ ば 、売 買春 は 「究極 の婦 人 問題 」 といわ れ て きた 。 そ してそ の テー ゼ に多 数 の女 性 が ひ き
つ け られ 、膨 大 な エネ ル ギ ー を運 動 に注 いで き た。 そ こには 自分 の抑圧 を売 買春 の問 題 とつ な げて 考
え る直 観が あ っ ただ ろ う。 そ してそ の 直 観 が既 存 の 言説 に呑 まれ 、 売 買春 を社 会 的 な権 力関 係 とは離
れ た 固定 した 「
風 景 」 と して 見 る こと にな った とき 、そ の 直観 は空 回 りして い く。
京都社会学年毅
第9号(2001)
146
菊地:フ ェ ミニ ズ ム と 「
売 買 春 」 論 の再 検 討
直 観 を安 易 に テー ゼ に 固定 す る ので はな く、丹 念 に 言葉 をつ む いで い く こ とで、 娼 婦 と妻 の分 断 か
ら少 しで も脱 け られ れ ば 、そ の直 観 は 密か に、だ が確 実 に開 かれ て い くだ ろ う。 本 稿 がそ の よ うな実
践 の 一歩 とな る こ とを願 って 、一 旦 の終 わ り と した い。
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京都 社 会 学 年報
第9号(2001)
303
A Reconsideration
The
Myth
of Feminism
of "Free
and
the View
Will versus
Natsuno
on Prostitution:
Compulsion"
KIKUCHI
This paper aims at reconsidering the view on prostitution during the 1990s in Japan.
When people discuss the issue of prostitution in general, they have tended to reduce the
problem into whether it is morally right or wrong.
Especially in the 90s, it was often
discussed around the dualistic notion of "free will versus compulsion", which have prevented
us to see what exactly structuralizes the complex relationship between prostitution and the
violence against women.
Among the dominant discourses on prostitution during this period, there were some
varieties.
On one hand, there were discourses that condemn prostitution to be perfectly evil.
It had become a convention for the anti-prostitution movement to regard prostitution as a
greatest violence and discrimination
against women.
Such scholars as Daisaburou
HASHIDUME and Kaku SECHIYAMA, on the other hand, have objected to the idea that
prostitution is essentially bad.
Their position was to affirm the act as far as it were carried
out without violence and discrimination against women.
Their debate tells us that, whether
they deny it or not, their concern was to condemn whether prostitution is morally right or
wrong.
Instead, we proposed to ask why it has always been looked at in such a way.
In
pursuing the question in this paper, we have clarified the processes in which discourses on
prostitution inevitably fell into the reductionism.
Finally, we turned to the alternative approach to prostitution advocated by Mitsu
TANAKA.
It is a distinctive approach that turns our attention to the divided status of
Japanese women.
By making reference to TANAKA's argument, we have investigated a
new way to situate prostitution more fundamentally and offered a clue to the situation into
which modern Japanese women are put.
京都社 会学年報
第9号(2001)
Fly UP