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平成 22 年度 教師海外研修(パラグアイ)研修報告書 青森県立三本木高等学校 猪 股 豪 1.今回の研修参加に際して、特に主眼をおいた点 1)パラグアイの現実を学ぶ 私は「地理」の授業の中で、開発問題に直面している途上国の人びとの姿をリアルに伝え、生徒 自身の課題として受け止められるような授業実践を心がけている。問題を抱える人びとの心に近づ いたとき、生徒の心は大きく動かされる。だからこそ、世界の大多数を占める発展途上国の人びと の生活や文化をリアルに生徒に伝えなければならない。しかし、映像で途上国の現状を見ても、 「日本に生まれてよかった」「貧しくて気の毒」と他人事の感想が出てくることがある。途上国の現状 をよりリアルに生徒に伝えるためにも、パラグアイの抱える問題と日本の支援の様子を視察し、より発 展した授業実践を行いたいと考えて今回の研修に参加した。そして、授業を通して国際協力や国 際貢献の分野で活躍する人材を育てていきたいと考えている。 2)パラグアイの高校生との「交流」授業を展開する パラグアイの日本語学校と勤務校である三本木高校の生徒との交流を図る授業を創りたいと 考えた。私はかつて在籍した大学の派遣事業で、一年間タイで現地の高校生に日本語を教えて いた経験がある。そのときの生徒たちやホームステイ先の家族といったタイの人びととの交流は、私 にとって心揺さぶる出会いであり感動であり、開発教育に積極的に関わりたいと思うきっかけともな った。今回の研修を通して本校の生徒がパラグアイの生徒とビデオレターや手紙等で交流を深める ことができれば、十代の多感な生徒たちにとって国際理解に興味を持つ貴重な経験となり、開発 問題の解決に向けた「知って考え行動する」力を養うことができると考えた。日本の学校教育にお いて、教科書では十分に取り上げられてこなかった日系移民の歴史や現状を学び交流することは、 地球市民育成を目的とする国際理解教育の使命につながると考えたため、日本語学校に交流を お願いすることとした。日本とパラグアイの生徒との豊かなつながりは、戦争を否定し、平和、共生、 持続可能な社会を構築する多文化共生社会をはぐくむためのきっかけとなるはずである。 2.視察を通して参考になったこと/疑問に思ったこと 1)サッカー大国パラグアイ パラグアイでは、公立・私立の小中学校や貧困層の子どもたちを支援する NGO が設立した学校、 日系人の通う日本語学校などさまざまな校種7校の学校を視察させていただいた。私自身の「交 流」もテーマだったので、パラグアイの生徒と積極的にコミュニケーションをとろうとしたが、スペイン語 を話せない私は生徒に話しかけることもできず、生徒に話しかけられてもまったく意味がわからず、も どかしい思いをしていた。しかし、「サッカー」には言葉が必要なかった。パラグアイの生徒たちはどこ の学校に行っても、すぐに仲間に入れてくれ、機会を探しては、団長の柏田先生と子供たちの和に 入って一緒に笑顔でプレーしゴールを喜んだ。学校では休み時間ともなればみんなが校庭にくり出 し、フットサル場ほどの狭い場所で女の子も混じって 20 人対 20 人のサッカーを一緒に楽しんだりもし た。「言葉が通じなくてもできる交流」を心から楽しみ、サッカーという「スポーツを媒介とした交流」の すばらしさを学んだ。ボールさえあればどこでもできるサッカーのすばらしさを改めて実感し、サッカーが 世界で一番競技人口の多いスポーツであることも納得できた。ワールドカップでは総人口 1 億 3 千 万人の日本が、総人口 600 万人のパラグアイに負けた。いたるところにサッカー場があり、老若男 女問わずサッカーを楽しんでいる様子を見て、その負けにも納得できた。 2)果たしてパラグアイは発展途上国か 数日視察して、設備の整った学校や近代的なショッピングセンター、その他の建築物や不都合 のない道路事情などから、パラグアイはそれほど発展途上国とは感じなかった。しかし、6 日目に訪 れた障害者施設では、パラグアイには公立の特別支援学校がないことや障害児教育に関する専 門の大学がないことなどが説明され、障害者の権利を守るという点においては早急に改善しなけ ればいけないと感じた。また、ゴミ問題に関しても、ゴミは分別されずゴミ焼却施設もないために、ア スンシオン市内で収集されたゴミは市外のゴミ捨て場にただ集められて捨てられている現状である。 一般市民にとってゴミのポイ捨てはごく普通のことで、ゴミ分別やリサイクルに対する教育もほとんど 行われていないと聞いた。さらに、アスンシオン市内で多くのインディヘナ(黄色人種・モンゴロイドの 先住民)が露天で手作りの民芸品を売っている姿や公園でホームレスのようなテント生活をするのを 見て、社会階層の最下部に位置する彼らへの社会保障の遅れも感じた。一般の旅行者には見え ない部分で、パラグアイの抱える問題は数多くあることがわかった。今回の研修では、以上の①障 害者の人権に関わる問題、②ゴミ問題、③インディヘナへの社会保障の3つの問題が、パラグアイ が解決しなければならない課題であると感じた。 3)日系人社会について 研修ではイグアス移住地の日系人家庭へのホームステイが、日程に組み込まれていた。南米の 日系社会について全く知らなかった私は、「顔は日本人と白人のハーフ、片言の日本語を話し、 日本文化もそれほど継承されておらず、もちろん日本など行ったことのない人々」だと決めつけてい た。しかし、移住地を訪れて驚いた。ホームステイ先のご夫妻は 50 年ほど前に日本からパラグアイ へ渡った日系一世の方であり、日本人そのものであった。彼らは家庭や移住地では日本語を話し、 食べるものも日本食が中心で、パラグアイ産のコシヒカリやパラグアイ産の大豆で作った納豆や豆 腐を食べていた。朝食で食べたご飯は、今年日本から買ってきたという炊飯ジャーで炊いたご飯で、 お母さんは今年の 3 月まで東京で働く息子さんのところにいたという。驚いたのは、NHK の衛星放送 で日本の情報を毎日得ており、大河ドラマ「龍馬伝」が移住地でもブームになっているとのことであ った。ホームステイ先のご家族だけでなく、日本語学校の生徒の中にも日本を訪れたことがある生 徒は多く、私の予想していたカタコト日本語の日系人社会とは大きく異なっていた。パラグアイの日 系人社会は、ワールドカップで関心が高まったパラグアイに関する報道の中の「世界で一番日本 語がうまい日系社会 パラグアイ(産経新聞 6 月 30 日)」に象徴されるように、南米の日系人社会 の中でも特に堪能な人たちと知られている。パラグアイでは移住地内での日本人会による結束が 強く、日本の文化・習慣がそのまま残っている。なにより、移住地の方だけでなくお会いした日系人 の方からは、「日本人」であることへの誇りを強く感じることができた。 訪問した数校の日本語学校では、日本語教師が慢性的に不足しており、日本語を学んでもパ ラグアイでの就職など現実の利益にはつながらず、日本語教育を学ぶ意義も問われ始めている。 移住から 50 年をこえ、二世三世が誕生するようになった今、日本語からスペイン語への言語交代 をパラグアイの日系人社会はどのようにとらえていくのであろうか。日本語教育を保持するべきか、ス ペイン語への変容を認めていくのか、難しい選択を迫られている。 3.教育指導への活用について 1)日本語学校の生徒との「交流」 本校の総合的な学習の時間は、教員が開設する講座を生徒が興味関心から選択し受講する 形式を取っている。私は今年度の講座テーマを「国際協力と国際交流」とし、その授業の中でイグ アス日本語学校の生徒達との交流授業を展開した。受講生徒は、私の研修前に顔写真付のメ ッセージカードを作り、それをイグアス日本語学校の生徒一人ひとりに渡し、帰国後授業の中でメー ル交換をする授業を行った。顔の見える交流をテーマとしているので、今後 YOU TUBE を利用した交 流も行いたいと考えている。 2)パラグアイの写真や音楽、「マテ茶」を使って 露天で民芸品を売るインディヘナや公園で生活するインディヘナからは、白人(スペイン人、ブラジ ルではポルトガル人)を頂点とする南米独特の社会階層が見て取れた。なぜインディヘナの人たち が社会的弱者の立場にいるのか。「世界史 A」のスペインやポルトガルによる南米征服の歴史を学 ぶ単元の中で、パラグアイで撮影した写真をもとにフォトランゲージの手法を用いて、その背景を探 る授業を展開したい。 また、パラグアイの伝統音楽である「アルパ(ハープ)」は、もともとはスペインの宣教師がキリスト 教をグアラニー族(パラグアイのインディヘナ)に布教するための手段として使った楽器である。「レゲ エ」にも、インディヘナに代わって奴隷として酷使された黒人の解放を願って作られたという歴史があ る。「フォルクローレ」で知られるインディヘナ音楽「コンドルは飛んでいく」などとも関連させ、音楽から 南米の社会階層を学ぶ授業も展開したい。「アルパ」「レゲエ」「フォルクローレ」という「言葉」を学 ぶのではなく、実際にそれらの音楽を聴き、「レゲエ」に関してはボブ=マーリーの「Get up, Stand up」の 歌詞など読ませながら、南米の諸民族の音楽の中にあるアイデンティティを理解させ、音楽を窓口 に南米の文化について関心を持たせたい。 コーヒー、紅茶とともに世界三大飲料の一つである「マテ茶」は、南米各地で飲まれている。マテ 茶のルーツは、パラグアイの先住民であるグアラニー族が伝統的に飲んでいたものである。マテ茶 を飲む授業を展開することで、異なる食文化を体験するだけでなく、白人から伝わった文化としての 「アルパ」とは対照的にパラグアイに残る先住民の文化として、文化変容と文化保持について学ぶ ことができると考えている。 4.研修に関する全般的な所感/意見について 研修後、パラグアイを題材に開発教育を行うことが求められていたため、研修中は教材として使 えるパラグアイの「発展途上国的な部分」を視察・撮影したいと考えていた。数日視察し、パラグア イはすでに発展途上国を脱しようとしている国であると感じた。首都アスンシオンにはビルが立ちなら び、日本と変わらないショッピングモールやレストラン、日本車だけでなくヨーロッパの自動車販売店 もあり、近代化されている印象であった。しかし、私自身は発展途上国のステレオタイプ的な部分を 求め、スラム・ゴミ山・オンボロのバス・水洗ではないトイレなどを喜々として撮影していた。 研修終盤に訪れた公立高校での討議を行う授業の際、高校生に「なぜパラグアイに来たので すか。パラグアイをどう思いますか。」という質問をされたときに、心臓がズキンと痛くなったと同時に 非常に申し訳ないという思いでいっぱいになった。高校生に向けた「このクラスで携帯電話は何人 持っていますか」という質問に対し、全員が手を挙げ、逆に「なぜそんな質問をするのですか」と聞 かれた。われわれ教員団のイメージでは、パラグアイの高校生は携帯電話を持っていないという、 パラグアイの発展の遅れを望むような答えを期待していたように思う。「夢は何ですか」という質問も、 パラグアイの高校生からは一攫千金を求めて「サッカー選手」という答えが返ってくると期待していた が、実際に聞いてみると、医師や弁護士、プログラマーなどさまざまな職業が出てきて、日本の高 校生と進路に対する意識はさほど変わらないと感じた。 「発展途上国だと思ってパラグアイにやってきて、発展途上的な部分ばかり探していたことを申し 訳ないと思う。数日視察してみて、日本で想像していた以上にパラグアイは発展している。『大事な ものは何ですか』と聞いたときに、パラグアイの高校生は『ファミリア(家族)』とみんなが答える。日 本の高校生に同じ質問をしても、なかなか『家族』という答えは返ってこない。これからもっとパラグア イが発展して物質的に豊かになっても、『家族』を大切にするという心の豊かさは持ち続けてくださ い。」と謝罪したところ、数名の生徒達が「グラシアス(ありがとう)」と言ってくれたことに、救いを感じ た。先進国と発展途上国という枠組みでとらえるのではなく、一つの国として相手国と対等につきあ うという大切さをパラグアイの高校生から学んだ。 私の中にあった発展途上国の人々に対するステレオタイプな認識や差別意識は、日本の多くの 生徒たちの中に無意識のうちに植え込まれている。パラグアイの日本語学校の生徒との交流授業 を展開する中で、異文化に対する偏見や差別意識を軽減し、平和的共生に向けた態度をはぐくん でいきたい。 5.JICA に対する要望・提言 日系人が経営する私立の進学校、地方の公立小・中・高等学校、移住地にある日本語学校 など様々な形態の学校を視察させていただき、パラグアイの生徒との意見交流の時間やサッカー を楽しむ時間も作っていただき、本当に貴重で有意義な体験だった。視察日程も、パラグアイの抱 える問題が短期間の研修でわかるように設定されており、充実した内容であった。研修先がパラグ アイで、本当によかったと思う。今回の研修に参加したことで、開発教育に携わっていこうという思い をさらに強くした。 今回の日程を調整し研修に同行してくださった JICA パラグアイ事務所の高橋ナルミさん、仙台か らパラグアイ事務所と日程の調整を行ってくださった JICA 東北市民参加協力調整員の高橋依子さ ん、研修に同行し多くのヒントを与えてくださった JICA 宮城デスクの佐藤佳苗さんには大変感謝して おります。本当にありがとうございました。また、通訳で同行してくださった日系人の谷脇ユリさんには、 通訳だけでなく、パラグアイに関する多岐にわたる質問にわかりやすく答えてくださり、本当に感謝し ております。 あえて、個人的な贅沢を言わせていただくと、パラグアイのインディヘナに興味があったので、インデ ィヘナ集落の公立学校も視察したかった。一般の公立学校で教えられている「スペイン語」と「グア ラニー語」は、グアラニー族以外のマカ族やアジョレオ族といったインディヘナ集落の学校でも教え られているのか。学校施設やカリキュラム、行事などを、一般の公立学校と比較してみたかった。 6.今後の研修参加者へのアドバイス 開発教育に携わりたいという熱い思いを持っていることが、研修参加の第一条件だと思います。 事前研修や本研修の際、一緒に参加されていたパラグアイ団の先生方の情熱と幅広い知識に 圧倒されそうで、私自身がもっともっと開発教育に関して学ばなければいけないなと実感しました。 同行した先生方からは、開発教育に携わる姿勢やその手法などたくさんのことを学びました。 訪問国の言葉を、事前に勉強していけば、現地の子供たちとのコミュニケーションがうまくいったの ではないかと何度も後悔しました。簡単な挨拶も覚えずにパラグアイを訪問してしまったことは、大変 失礼なことだとも思いました。子供たちとの積極的な交流を行うためにも、日本で挨拶程度(おはよ う・こんにちは・さようなら・ありがとう)の言葉は必ず勉強して行った方がよいかと思います。 身近な日本人を理解することができなければ、外国の人を理解するという国際理解などできるは ずもありません。つまり、研修で同行される先生方との協力なくしては、研修がうまくいくはずがありま せん。研修時に同行される先生方との意思疎通がうまくいくように、事前研修の時から先生方の 間での対話を多く持たれた方がよいかと思います。 パラグアイで通訳を担当してくださった日系人の谷脇ユリさんに、「日本人がパラグアイの発展して いない部分を視察している様子を見て、パラグアイ人のユリさんはどう思っているのですか。プライド は傷つかないのですか。」とお聞きしたところ、「何も実際に見ないで、本などから得られた情報をも とにパラグアイは発展途上国だと語られるより、現実のパラグアイの姿を見てそれを日本で伝えて欲 しい。」とおっしゃっていました。本研修では、ユリさんの言葉通り、とにかく自分の目で見て感じるとい うことが、一番大切だと思います。「百聞は一見に如かず」です。本研修は、観光旅行とは全く異 なり、外国の抱える問題などを勉強する絶好の機会ですので、多くの先生方に参加していただきた い研修プログラムです。