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ブームの終わりを告げる GCC の雇用環境と給与水準
ブームの終わりを告げる GCC の雇用環境と給与水準 中東問題専門家 前 田 高 行 はじめに 数年にわたりブームに沸いた湾岸諸国の経済にかげりが生じ，労働市場においてもレイ オフと賃金カットの嵐が吹き荒れている。 一昨年後半に米国でサブプライム問題が発生したとき，湾岸諸国はこれを別世界の出来 事と高を括っていたが，昨年秋のリーマン・ショックで世界経済に激震が走ると，湾岸諸 国もその影響を免れないことが次第に明白になった。また原油市場をかく乱していた投機 マネーも雪崩を打って逃げ出したため，昨年７月に１ ５ ０ドル近い史上最高値をつけた原油価 格はわずか半年で３ ０ドル台に落ち込み，現在も５ ０ドル台前半で低迷している。 GCC 諸国の中でその影響を最も大きく受けたのが UAE のドバイである。周辺産油国の オイルマネーを集めて狂乱とも言える不動産ブームを繰り広げたドバイ。欧米人からアジ ア人まで出稼ぎ天国を謳歌した外国人は今，レイオフと賃金カットの嵐に晒されている。 本稿は GCC の地元メディアで報道される最近の厳しい労働環境を概観するとともに， Gulf Business 誌１月号の“Salary Survey２ ０ ０ ９”により GCC 各国の給与水準の現状を探るも のである。なお Gulf Business 誌の Salary Survey は毎年行われており，昨年の本誌（０ ８年 ４／５月号）では「給与上昇が続く GCC の民間部門」として取り上げている。本稿と読み 比べていただくと雇用環境の激変が理解できるはずである。 レイオフの嵐に晒される外国人 油価暴落と金融不安による資金繰り悪化により，湾岸諸国の民間部門は急速に冷え込ん でいる。特にドバイの金融業と不動産開発企業はナキールなど政府系企業を筆頭に経営危 機の噂が絶えない。海を埋め立てた椰子の木型のリゾート地開発などで有名なナキール社 は，昨年１ ２月５ ０ ０人の削減を発表!，「海のナキール」に対比され「陸のエマール」として高 さ８ ０ ０メートルの世界最高層ビル「ブルジュ・ドバイ」の建設で知られるエマール社も１ ０ ０ ０％削 人を整理したと報道されている"。また同じ政府系のイスティスマール社は人員を１ 減#，さらに Dubai World は１ ０ ０人のレイオフを打ち出した$。民間最大の不動産企業 Damac 社は２ ０ ０人の人員を削減，投資会社 Shuaa Capital も２ １人を解雇している%。 これら人員削減の影響をまともに受けたのが出稼ぎ外国人たちである。それは建設工事 現場で働くインド人やパキスタン人等のアジア系単純肉体労働者にとどまらず，アラブ系 ５ ７ 中東協力センターニュース ２ ０ ０ ９・４／５ の経理，営業など中堅管理職，さらには銀行，大企業などで高級幹部の椅子に座る欧米系 も含む全ての外国人が対象となっている。これら外国人は移民ではなく，あくまでも雇用 主がスポンサーとなり期間を限定した就労許可証で入国している一時的な滞在者であり， 従って雇用関係が終了すれば１ヵ月以内に出国しなければならないのが規則である。その ためドバイでは毎日１， ５ ０ ０件もの就労許可が取り消され!，パスポートオフィスには失職者 の出国ビザの申請が殺到，窓口の業務時間を臨時に延長するほどの騒動になった。３月に はインド人の建設労務者だけで２万人が帰国した，との報道も見られる"。 あわてているのは労働者だけではない。彼らからの送金が貴重な外貨獲得源であり，ま た国内に深刻な失業問題を抱えるフィリピン政府は，ドバイに労働省次官を派遣し，雇用 先から解雇を申し渡された労働者に対し，同じ湾岸の産油国であるが今も好景気に沸くカ タールへ出稼ぎ先を変更するよう手続きを促しているほどである#。リクルート企業を通 じて雇用主と直接契約しドバイの金融業界で働いていた中堅管理職或いは幹部級のアラブ 人や欧米人も仕事を失い，必死になってアブダビに就職口を探している$。ところが求職の ライバルはドバイの失業者だけではない。実はニューヨークやロンドンで失業した銀行マ ンが湾岸のリクルート企業を通じて各国の金融機関に売り込みを図っているからである%。 かく言う現地のリクルート企業自身も地元企業の求人が激減しているうえ，ブームの時代 の乱立による過当競争がさらに激しくなっているため，倒産するところが出ているほどで ある。 こうして国外に出国する外国人失業者が急増する事態は，各国の人口の減少という状況 すら生み出している。例えばカタール統計局は，昨年１ ２月末の人口が前月末にくらべて１ ９ ９ １年の湾岸戦争後一貫して外国人労働者 万５千人以上減少したと発表しており&，また１ が増加し続けたクウェートにおいても，２ ０ ０ ８年末の外国人就労者数がはじめて前年を下回 った'。 湾岸諸国の場合，自国民は殆どが公務員であり，また民間企業でも各国の自国民化政策 のもとで保護され解雇の影響は比較的少ない。しかし世界同時不況の影が濃くなるに従い， 政府の姿勢も厳しくなり，UAE 政府は民間部門で働く自国民に対し「能力の無い者は終身 雇用を保証されない」と，異例の警告を発している(。 職種・国籍・勤務地で大きな格差 末尾の表１「GCC 諸国の職種別平均月額給与」は， Gulf Business 誌１月号の“Salary Survey２ ０ ０ ９”をもとに，GCC６ヵ国の２ ３職種の平均給与をまとめたものである。湾岸諸国の賃 金体系は欧米式の職種別賃金であるが，民間部門の労働者は多くが外国人労働者であり， 労働者の国籍によっても賃金が大きく異なる。一般的に言えば自国民と欧米人の給与が最 も高く，エジプト人などのアラブ系外国人がこれに次ぎ，インドや東南アジアなどのアジ ア系外国人の給与は最も低いのが普通である。従って Salary Survey はこれら４つの国籍毎 に給与水準を示している。 さらに GCC 諸国の中でも経済の豊かな産油国（サウジアラビア，UAE，カタール，クウ ェート）が，オマーン，バーレーンよりも給与水準が高く，建設・金融ブームにより経済 ５ ８ 中東協力センターニュース ２ ０ ０ ９・４／５ 活動が活発で労働市場が売り手市場の国の給与水準も高い。また宗教的戒律や社会的制約 が厳しく外国人にとって労働環境が必ずしも良いとは言えない国（サウジアラビア）は， 給与水準が高いと言える。 GCC の労働市場はこのように多様な特性があるため，Salary Survey は，職種別，労働者 の国籍系統別，そして GCC６ヵ国の勤務地別，即ち２ ３職種×４国籍系統×６ヵ国＝５ ５ ２種類 の給与を示している。末尾の表１の職種別平均給与は，国籍系統及び勤務地毎に異なる給 与を単純平均したものである。参考として最も高い水準（サウジアラビアの自国民）と， 最も低い水準（バーレーンで働くアジア系外国人）の給与を併記したが，これによって給 与格差の大きさが実感できるはずである。 例えば Sales Manager の場合，GCC の総平均に対してサウジアラビアの自国民の給与は １． ２倍であり，一方同じ職種でもバーレーンで働くアジア系外国人の場合は０． ６倍に過ぎず， サウジアラビア自国民とバーレーンのアジア系外国人の間では１． ９倍の給与格差がある。 大幅に給与ダウンした金融・経理職 GCC 諸国の給与は２ ０ ０ ５年から２ ０ ０ ８年まで，職種，国籍，勤務地を問わず一貫して上昇し た。２ ０ ０ ９年も総平均給与では前年を８％上回っており，５年前の２ ０ ０ ５年に比べると１． ８倍に 増加している。しかし職種別に細かく見ると，去年から今年に入り給与ダウンしたケース が数多く見られる。例えば経理責任者（Accountant）の場合，昨年の給与９， ０ ０ ０ドル（GCC ６ヵ国平均の月給，以下同じ）に対し，今年は６， ４ ３ ２ドルであり， ３ ０％近くダウンしている。 また銀行の顧客部門マネージャーは，昨年の１ ３， ５ ６ ３ドルから今年は１ １， ７ １ ５ドルへ１ ５％ダウ （図１）職種別平均給与の推移（２ ０ ０ ５∼２ ０ ０ ９年） ５ ９ 中東協力センターニュース ２ ０ ０ ９・４／５ ンしている。このような給与ダウンは過去５年間では初めてのことであり，２ ０ ０ ７年秋のサ ブプライム問題に端を発した世界の金融危機の影響が，湾岸諸国にも及び始めた兆しが見 られる。 昨年より給与がダウンした職種はこのほか，ゼネラル・マネージャー（多国籍企業）や 販売部門責任者，建設工事現場責任者など２ ３職種のうちほぼ半分の１ ０の職種に及んでいる。 冒頭に触れたとおり外国人就労者を取り巻く湾岸諸国の雇用情勢はますます深刻化の様相 を深めており，給与切り下げの動きは今後他の職種にも波及すると考えられる。 そのような中で CEO クラスの高級管理職の給与は昨年比３ ０％前後アップしており，過去 ５年間を見ても２ ０ ０ ５年の１ ４， ４ ９ ３ドルが今年は２． ５倍の３ ６， １ １ ５ドルに達している。そのほか５ 年前に比べて給与が２倍以上にアップした職種には，ホテル・マネージャー， 不動産マネー ジャー，建設工事現場責任者などがある。これに対して多国籍企業の販売部門責任者，銀 行の顧客部門マネージャーなどは５年間の伸びが１． ３倍前後にとどまっている。これらのこ とから湾岸諸国では現在も高度な知識と経験が要求される専門職に対する需要が高い一 方，銀行部門や卸小売部門などは業績悪化により余剰人員が生じ，それが給与ベースに反 映されつつあると考えられる。このように現在は職種間の給与格差が拡大する傾向にある （図１参照） 。 給与アップが著しいカタール 図２は GCC６ヵ国の過去５年間の平均給与の推移を示したものである。サウジアラビ ア，UAE，カタール，オマーン，バーレーンの５ヵ国はいずれも右肩上がりで給与が上昇 （図２）GCC 国別平均給与の推移（２ ０ ０ ５∼２ ０ ０ ９年） ６ ０ 中東協力センターニュース ２ ０ ０ ９・４／５ しているが，クウェートのみは２ ０ ０ ８年から２ ０ ０ ９年にかけてほんの少しではあるが給与水準 がダウンしていることは注目される。クウェートはサウジアラビア，UAE と並ぶ有力産油 国であり，また人口が少ないため財政に余裕がある。それにもかかわらず同国の給与水準 が GCC 諸国で唯一低下していることは，クウェートの民間部門が商業・建設を問わず極 めて深刻な低迷状態にあることを示唆している。 サウジアラビアの給与水準は２ ０ ０ ５年以降，常に GCC６ヵ国の中で最も高いが，５年の間 に UAE 或いはカタールに追い上げられている。即ち２ ０ ０ ５年にはサウジアラビアの平均給 与は９， ５ １ ２ドルであり，同国についで高いクウェートの８， ０ ９ １ドルを大きく上回っていた。 当 時 UAE（７， ９ ９ ８ドル）はクウェートとほぼ同じ水準であり， サウジアラビアを含むこれら３ ヵ国が GCC の平均値を上回っていた。 そしてバーレーン，オマーンは７千ドルを切る最も低い水準でサウジアラビアの７割程 度にとどまっていた。両国は２ ０ ０ ９年も GCC では最低水準であるが，トップのサウジアラビ アの８割程度にまで達し格差は縮小している。 中間層を成す UAE，クウェート及びカタールの３ヵ国は，それぞれの経済状況を反映し ５年間で順位が大きく変わっている。２ ０ ０ ５年に給与水準がサウジアラビア，クウェートに 次ぐ３位であった UAE は， ２ ０ ０ ７年にクウェートを追い抜き２位に浮上， ２ ０ ０ ８年にその給与 １ ７ドル）に肉薄する勢いであったが， ２ ０ ０ ９年に 水準は１ ４， ３ ４ ８ドルと，サウジアラビア（１ ４， ５ なると給与の上昇スピードが鈍っている。UAE の場合，アブダビは油価の高騰に恵まれ好 調な経済を持続しているが，ドバイで金融・建設バブルが弾けたことがその理由である。 これに対し２ ０ ０ ５年当時の給与水準が GCC６ヵ国の中で４番目であったカタールは， ２ ０ ０ ７ 年以降年率１ ５％という高いアップ率を示し，今年は UAE，クウェートを抜き，サウジアラ ビアに次いで GCC では給与が２番目に高い国になっている。 （注） ２／１ ! ‘Nakheel cuts５ ０ ０jobs as crisis bite’ ，Khaleej Times，２ ０ ０ ８／１ " ‘Dubai dream turns sour as job losses mount’ ，Arab News，２ ０ ０ ９／１／５ ９ # ‘Istithmar cuts１ ０pc of workforce’ ，Khaleej Times，２ ０ ０ ９／１／１ １ $ ‘Dubai World lays off１ ０ ０employees as crisis bites’ ，Khaleej Times，２ ０ ０ ９／２／１ % ‘Dubai dream turns sour as job losses mount’ ，Arab News，２ ０ ０ ９／１／５ ４ & ‘Dubai cancels１， ５ ０ ０work permits daily’ ，Arab News，２ ０ ０ ９／１／１ ' ‘２ ０， ０ ０ ０workers to leave UAE’ ，Gulf Times，２ ０ ０ ９／２／９ ４ ( ‘Qatar likely destination for Filipions retrenched in UAE’ ，Khaleej Times，２ ０ ０ ９／１／２ ) ‘Abu Dhabi to lure foreign workers from Dubai as redundancies increase’ ，Gulf Times， ２／６ ２ ０ ０ ８／１ * ‘An Employer’s Market：Salary Survey２ ０ ０ ９’ ，Gulf Business，January２ ５ − February + ‘Qatar sees decline in population’ ，Gulf Times，２ ０ ０ ９／２／１ ６ , ‘Expat workforce in first fall since１ ９ ９ ０’ ，Kuwait Times，２ ０ ０ ９／３／１ １ - ‘Nationals can’t take jobs for granted’ ，Khaleej Times，２ ０ ０ ９／３／１ ６ １ 中東協力センターニュース ２ ０ ０ ９・４／５ （表１）GCC 諸国の職種別平均月額給与（US ドル） 職種 国籍・勤務地 （例１）サウジアラ （例２）バーレーンで 総平均給与 ビア自国民 働くアジア系外国人 １ CEO／Managing Director with sales of ＄５０M＋ ３ ６， １ １ ５ ４ ３， ０ ０ ０ ２ ９， ７ ２ ５ ２ CEO／Managing Director with sales of ＄１０‐５０M ３ ３， ０ ７ １ ４ ０， ０ ０ ０ ２ ５， ９ ２ ５ ３ CEO／Managing Director with sales of ＄１‐１０M ２ ４， ２ ２ ８ ３ １， ０ ０ ０ １ ９， ５ ５ ０ ４ General Manager‐Multinational Company １ ４， ９ ３ ２ １ ４， ０ ０ ０ １ ２， ０ ５ ０ ５ General Manager‐Local Company １ ３， ７ ７ ２ １ ４， ０ ０ ０ １ １， １ １ ３ ６ Head of Human Resources １ ３， ９ ９ ６ １ ９， ０ ０ ０ １ ０， ８ １ ３ ７ Head of Information Technology １ ３， ３ ２ ９ １ ７， ０ ０ ０ ９， ５ ２ ５ ８ Head of Sales／Marketing‐Multi National Company １ ２， ６ １ ２ １ ４， ０ ０ ０ １ ０， ３ ２ ５ ９ Head of Sales／Marketing‐Local Company １ ２， ４ ３ ５ １ ６， ０ ０ ０ ９， ６ ０ ０ １ ０ Hotel General Manager １ ０， ３ ９ ６ １ ４， ０ ０ ０ ７， １ ６ ３ １ １ Accountant ６， ４ ３ ２ ７， ０ ０ ０ ３， ９ ０ ０ １ ２ Sales Manager ８， ２ ６ ４ １ ０， ０ ０ ０ ５， １ ６ ３ １ ３ Business Development Manager １ ２， ５ １ ６ １ ５， ０ ０ ０ ８， ０ ２ ５ １ ４ Real Estate Manager １ ０， ８ １ ０ １ ３， ０ ０ ０ ８， ３ ８ ８ １ ５ Banking‐Head of Operations １ ３， ２ ５ ７ １ ５， ０ ０ ０ ９， ８ ５ ９ １ ６ Banking‐Branch Manager １ １， ２ ７ ５ １ ２， ０ ０ ０ １ ０， ３ ５ ０ １ ７ Banking‐Treasury Manager １ ４， ７ ３ ８ １ ８， ０ ０ ０ １ ２， ３ １ ７ １ ８ Banking‐Retail／Personal Banking Manager １ １， ７ １ ５ １ ５， ０ ０ ０ ９， ９ １ ７ １ ９ Media‐Advertising Creative Director ８， ８ ２ ７ １ ０， ０ ０ ０ ６， ５ ２ ５ ２ ０ Media‐Public Relations Director ８， ４ ６ ３ ９， ５ ０ ０ ５， ９ ５ ０ ２ １ Media‐Publishing Editor ８， ３ ５ ８ １ １， ０ ０ ０ ５， ８ ３ ８ １ ３， ４ ０ ８ １ ８， ０ ０ ０ ８， ７ ３ ８ ３， ９ ４ ５ ３， ５ ０ ０ ２， ３ ０ ０ ２ ２ Construction Project Manager／Chief Engineer ２ ３ Executive Secretary／PA ６ ２ 中東協力センターニュース ２ ０ ０ ９・４／５