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Ⅰ.「クルディスタンからみたイラク」

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Ⅰ.「クルディスタンからみたイラク」
中東研究センター 情勢分析報告会(要旨) 2013 年 3 月 6 日
Ⅰ.「クルディスタンからみたイラク」
吉 岡 明 子 (中 東 研 究 センター 研 究 員 )
イ ラ ク 戦 争 か ら 10 年 を 迎 え よ う と し て い る 今 、 イ ラ ク 北 部 の ク ル デ ィ ス タ ン 地 域
に お け る 経 済 開 発 が め ざ ま し い 。 湾 岸 戦 争 後 の 1991 年 に 旧 イ ラ ク 軍 が 撤 退 し て 以 来 、
事 実 上 の 自 治 区 と な っ て き た 。 そ の 後 、 2003 年 の イ ラ ク 戦 争 を 経 て 、 イ ラ ク に お け
る唯一の正式な「地域(自治区)」としてその地位が法的に担保されている。独自の
議会や政府を有しており、域内の経済開発は連邦政府よりもクルディスタン地域政府
( KRG: Kurdistan Regional Government) が 主 導 し て お り 、 連 邦 政 府 が 発 表 す る 統 計
に は KRG が 支 配 す る 北 部 3 県 の 数 字 が 含 ま れ て い な い こ と が も は や 珍 し く な い な ど 、
徐々に経済政策は二元化しつつある。そのクルディスタン地域では近年、イラクの他
地域に先行する形で、経済復興が進んでいる。
ク ル デ ィ ス タ ン 地 域 の 一 人 あ た り GDP は 、 統 計 に よ っ て 差 が あ る が 、 KRG 投 資 庁
の 資 料 で は 2011 年 推 計 で 4452 ド ル と な っ て お り 、 イ ラ ク 全 体 の 2983 ド ル よ り か な
り 高 い 。 経 済 の 活 況 を も た ら し て い る 要 因 は 民 間 投 資 の 増 加 で あ る 。 2012 年 の 域 内
へ の 投 資 額 ( 石 油 部 門 を 除 く ) は 60 億 ド ル に 達 し て お り 、 こ れ は 過 去 最 高 額 で あ る 。
分野別では都市開発などを含む住宅部門が最も多い。治安が比較的安定していること
もあって、イラク企業、外国企業問わずイラクにおけるビジネス拠点としてクルディ
ス タ ン 地 域 に 進 出 す る 傾 向 が あ り 、 域 内 に 登 記 さ れ て い る 企 業 数 は 1 万 500 社 を 数 え
る 。 そ の う ち 約 11%( 約 1155 社 ) が 外 国 企 業 で あ る 。 な お 、 域 外 の 外 国 企 業 登 録 数
は 1527 社 と な っ て い る 。 2010 年 に 新 タ ー ミ ナ ル が 開 業 し た エ ル ビ ル 空 港 の 利 用 者 数
は 2012 年 に 95 万 人 に 達 し て お り 、 バ グ ダ ー ド 空 港 と 並 ん で 、 イ ラ ク の 玄 関 口 の 一 つ
となっている。イラク全土では依然として電力不足が深刻だが、クルディスタン地域
で は 、 電 力 事 情 は か な り 改 善 し 、 20~ 24 時 間 の 通 電 が 実 現 し て い る 。
ク ル デ ィ ス タ ン 地 域 の 貧 困 ラ イ ン 以 下 の 人 口 割 合 は 、 県 に よ っ て 3~ 9%と 、 全 国
平 均 ( 22.9%) 及 び 首 都 バ グ ダ ー ド 県 ( 13.0%) を 大 き く 下 回 っ て お り 、 イ ラ ク 戦 争
後 の 10 年 間 で 経 済 状 況 が 飛 躍 的 に 改 善 し た こ と を 物 語 っ て い る 。 し か し な が ら 、 中
学・高校就学率は全国平均を下回っており、教育レベルの底上げは不可欠である。経
済復興を担う適切な人材の不足ゆえに、域内には失業問題が存在する一方、外国人労
働者が流入するなど、雇用のミスマッチが発生しており、同じ問題は今後、イラク全
土 で も 顕 在 化 し て く る 可 能 性 が あ る 。 KRG 政 府 支 出 の 7 割 が 経 常 支 出 に 消 え る と い
う 状 況 も イ ラ ク 政 府 と 同 じ で あ り 、 民 間 部 門 の 雇 用 吸 収 は 、 KRG に と っ て も イ ラ ク
政 府 に と っ て も 今 後 の 難 題 で あ る 。 さ ら に 、 KRG の 不 透 明 な 財 政 に 対 し て は 市 民 の
目が年々厳しくなっており、汚職問題への対策も求められている。
域 内 の 政 治 や 経 済 の 意 思 決 定 の 多 く が KRG の 手 に 握 ら れ て い る と い う こ と は す な わ
ち 、 KRG に は 、 イ ラ ク 政 府 と 同 様 に 、 雇 用 創 出 や 脱 石 油 依 存 経 済 の 構 築 に 取 り 組 む
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中東研究センター 情勢分析報告会(要旨) 2013 年 3 月 6 日
責任が存在するということでもある。また、石油開発問題や係争地問題など、イラク
の中央政府との関係も、依然として大きな問題として残されている。
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中東研究センター 情勢分析報告会(要旨) 2013 年 3 月 6 日
Ⅱ. 湾岸諸国における体制の脅威認識と治安動向の展開
堀拔 功二(中東研究センター
研究員)
「アラブの春」から 2 年が経過するが、湾岸の君主体制国も多くの変化に直面した。
この中で、君主体制側を動かしたものは「脅威認識」である。すなわち、国内におけ
る治安や国外における安全保障上の「脅威」が、いかに国家および体制の安定・安全
に影響するかという判断である。無論、このような脅威認識は時代や環境、また国ご
とに異なる。しかし、湾岸諸国の間で共有する点もあり、それは君主制崩壊に対する
強い危機感であるといえる。本報告では、湾岸の君主体制が一体何を脅威として捉え、
それを具体的な政策・対策へと結びつけたのかを検討する。
湾岸諸国の中では、体制側と国民の間で越えてはいけない一線、すなわち「レッド
ライン」が共有されている。為政者や君主体制に対する批判や否定は、各国において
法律などによって明確に禁止されている。一方で、政府・政策に対する批判はある程
度許容されているが、近年は許容度の基準が引き下げられている。
は じ め に 、 2012 年 の GCC 情 勢 に つ い て 回 顧 す る 。 内 政 に つ い て は 、 前 述 の 通 り 君
主 制 崩 壊 に 対 す る 危 機 感 が 、 GCC 各 国 で 共 有 さ れ て き た 。 国 内 の 政 治 改 革 は 進 ま な
い一方で、高油価の恩恵を引き続き受けることができ、大規模なバラマキ政策によっ
て 政 府 は 対 応 を 試 み た 。 と こ ろ が 、 GCC 各 国 で は 治 安 上 の 混 乱 が 継 続 し た 。 外 交 に
つ い て は 、 GCC 諸 国 を 取 り 巻 く 周 辺 環 境 も 不 安 定 な 状 態 が 継 続 し た 。 と く に 、 革 命
後のエジプトとは「冷たい関係」になっている。この背景には、ムスリム同胞団など
イ ス ラ ー ム 主 義 勢 力 の 伸 張 に 警 戒 を 高 め る GCC 諸 国 が あ る 。
このような背景のなかで、湾岸諸国は「体制の安全=国家の安全」というロジック
を掲げ、治安や安全保障体制の強化、インターネット規制や言論統制、さらにはサイ
バー攻撃に対する警戒を強めている。体制を脅かす危険性がある者は、たとえ王族で
あ っ て も 取 り 締 ま り の 例 外 と は さ れ な い 。 ま た 、 2013 年 1 月 に ア ル ジ ェ リ ア で 発 生
したテロ事件を機に、体制側は国内に対する締め付けを強めるための正当な「口実」
を手に入れたと言ってよいだろう。
ア ラ ブ 首 長 国 連 邦 ( UAE) を 事 例 に 見 る と 、 湾 岸 諸 国 の 「 脅 威 認 識 」 が よ り 明 ら か
に な る 。 現 在 、 UAE 国 内 で は 「 国 家 治 安 に 対 す る 脅 威 」 を 理 由 に 、 国 内 社 会 の 監 視
や 取 り 締 ま り を 強 化 し て い る 。 と く に 、 2012 年 に は イ ス ラ ー ム 団 体 「 ダ ア ワ ・ ア ル =
イスラーハ」のメンバーを相次いで治安当局が摘発する事件が起きている。イスラー
ハはムスリム同胞団との関係が深いといわれており、革命後にイスラーム主義の影響
力が拡大するなかで、政府は国内への浸透を恐れている。そのため、イスラーハは体
制転覆を企図いるなど、危険視する公的な言説が拡大再生産される状況になった。
UAE の 対 応 は 、 一 見 過 剰 反 応 で あ る と も い え る 。 こ の よ う な 国 内 社 会 に 対 す る 圧 力
は、社会の閉塞感を生み出す恐れがある。
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中東研究センター 情勢分析報告会(要旨) 2013 年 3 月 6 日
以上、湾岸諸国は多くの脅威認識を有しており、それを元に治安・安全保障上の対
策 を 講 じ て い る 。 脅 威 認 識 は 多 様 化 し て い る が 、 そ の 中 心 に は AQAP な ど イ ス ラ ー
ム主義や過激派、テロ活動がある。このような状況のなか、レッドラインが引き下げ
られており、ますます国内の警戒が高まっている。脅威が現実化するかどうか判断す
ると同時に、脅威に対する対応が、新しい脅威を生み出す危険性についても、注視し
ていかなければならないだろう。
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