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中東ビジネスの現状と展望

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中東ビジネスの現状と展望
論苑
中東ビジネスの現状と展望
財団法人国際開発センター
エネルギー・環境室 研究顧問
はたなか
よし き
畑中 美樹
本 稿は、2009 年11月 27 日に開催された第1534 回
定例午餐会の講演要旨を事務局でとりまとめ、講師のご
校閲を頂いたものです。
1. 変わる欧米諸国の中東の認識
旧来の中東に対する認識は、石油や天然ガ
スなどの豊富な資源を有する地域というイメー
ジのほか、家電製品や自動車などの消費財ある
いはプラント類の輸出先としてのイメージが主で
あった。こうした点は現在も変わっていないが、
特に欧米諸国は同地域を徐々に「普通の国」と
して注目している。つまり、
中東では経済、
産業、
生活の質的向上を追求しつつあることから、欧
米企業の中には BRICs やVISTAなどの新興経
済諸国に匹敵する地域としてとらえる向きが少
なくない。
最近の欧米企業の中東進出の動きを見ると、
スウェーデンのIKEA(家具チェーン)、米国の
IBM(事務機器)
、ファイザー社(医薬品)、ジョ
ンソン・コントロールズ社(米国総合ビル管理
サービス)
、GEヘルスケア社(医療機器)
、コー
ルバーグ・クラビス・ロバーツ社(金融投資)
などがあり、この地域の高い成長見通しに注目
し事業展開を活発化させている。日本でもオイ
ルマネーを取り込む地域として中東をとらえる認
識は広がりつつあるが、中東をその一つ上の新
興経済地域としてとらえる認識や動きは、欧米
に比べていまだ低調である。
2. 相対的に高い中東経済の評価
中東全体としては、新興国の中でも安定的
42 日本貿易会 月報
な経済成長を遂げており、そのビジネス環境に
対する評価は次第に高まりつつある。2009 年
10月に IMF が公表した「地域経済見通し」に
よれば、2009 年の世界全体の成長率が▲1%、
先進国が▲ 3.4%、新興国が 1.7%と予測される
中で、特に中東は新興国全体より高い2.2%が
予測されている。また、2010 年の成長率は世
界全体が 3.1%、先進国が 1.3%、新興国全体
が 5.1%と予想される中で、中東は4%成長の見
通しが示され、例えばサウジアラビア、アラブ
首長国連邦(UAE)、クウェートなどの多額の
石油収入を持つ湾岸地域の共同体
(GCC)では、
新興国全体よりも高い成長率(5.2%)が示され
ている。
もちろん、 世界 経済 危機が中東に影 響し
なかったわけではない。 原油 価 格 指標であ
るWTI 価格は 2008 年の 7月上旬に147ドルで
あったが、同年12月ころには 32ドルまで暴落
し、これを見た中東進出の外国銀行や地場銀
行等の金融機関が、中東は収入が相当減るだ
ろうと考え、デベロッパーを含む中東の諸企業
に対する貸し出しの大幅な圧縮、貸し渋りが発
生した。加えて、中東各地で株価が急落し、外
国投資の引き揚げや投資減少の結果として消
費が低迷した。
しかし、80 年代に発生した中東にとって
の「逆石油ショック」への対応と比べて、今
回は GCC 諸国が堅実な対応策を採り、特に
財政政策や金融政策をタイムリーに打ち出す
ことができた。財政政策としては赤字拡大に
つながるものの、財政出動により公共事業あ
るいは既存プロジェクトを維持する努力が行
われた。また、サウジアラビアなどは、政府
系ファンドといわれるソブリン・ウェルス・
ファンド(SWF)に巨額の資産を積み上げ
ていたため、その一部を国内に振り向け、財
政政策とともに投資にも振り向けている。
実は2009年6月末までに、GCC全体で約2兆
6,500億ドルに上る諸事業が計画されていたが、
このうち中止あるいは先送りされたものが約
5,150億ドル(全体の約20%)で、実施中もしく
は今後も計画を推進するものが2兆1,300億ドル
(残りの約80%)である。この内訳は民間によ
る事業が4割、公的金融機関による事業が4割、
両者合同で行う事業が2割を占める。一昨年前
にはそれぞれ6割、2割、2割であったのが、公的
金融機関による事業が民間による事業の割合
とほぼ同程度になったことが過去1年半に起き
た大きな違いである。問題なのは、先送りまた
は中止となった事業の約8割がUAE1ヵ国だけ
で占められていたことである。つまり、GCC全体
として問題はないものの、UAE、とりわけドバイ
には問題があると考えられる。
3. 改善しつつあるビジネス環境
中東に対しては仕事がやりにくい地域という
見方が強い。しかし、世界的に見ると、新興
国や途上国が数多い中で、最近は中東諸国が
非常に良くなってきたとの評価が高まる傾向に
ある。世界銀行と国際金融公社が、
「仕事の
しやすさ」という指標を毎年1回発表している
が、最近発表された 2010 年版では中東諸国は
非常に高い評価を得ている。この報告書の中
で「中東諸国が改革を進め、競争力ある起業
家を促進する方向で頑張っている」と世界銀行
等はコメントしており、
「仕事のしやすさ」指標
の順位を見ると、サウジアラビアが世界全体で
13 位にあり、他の中東諸国もバーレーン20 位、
UAE33 位、カタール39 位である。世界の国数
は現在 180 ヵ国程度であるから、この 4 ヵ国は
上位 2 割(約 40 ヵ国)の中に位置しており、上
位 2 割の半 分 が OECD 諸国であることから、
中東では想像以上にビジネス環境が改善されて
いるといえる。
また、スイスの任意団体「世界経済フォーラ
ム」による世界の競争力に関する報告書によれ
ば、中東・北アフリカ地域は、他の新興経済諸
国に比べて世界経済危機の影響は軽微である
として、前年よりも評価を上げている。特に 3 ヵ
国(カタール、UAE、サウジアラビア)を改革
国として高く評価し、カタール 22 位、UAE23 位、
サウジアラビア28 位と位置付けている。IMF
も「GCC では今後 5 年間に1兆ドル程度の余剰
石油収入が累積される見込みであり、GCC全
体としては資金的な面では問題は見られないた
め、今後もさまざまなプロジェクトが期待できる」
と評価している。
4. 中東ビジネスでの当面の懸念材料
しかし、中東ビジネスを進める上で懸念材
料がないわけではない。一つが債務問題を抱
えるドバイ。もう一つは、サウジアラビアの
有名な財閥グループによる巨額債務のデフォ
ルトである。後者の問題は交渉中で先行きが
はっきりしていない。
まず、債務返済問題を抱えるドバイは、2009
年11月25日にドバイ金融庁が突然に声明を出
し、ドバイ・ワールドというドバイ政府系企業と
その傘下企業が抱える債務について、2010 年
5月30日まで返済猶予を要請した。これはドバ
イ・ワールドが半年間程度、資金返済しないこ
とを意味するため、ドバイには負のイメージとな
り決して好ましいことではない。発表の時期に
ついては、ドバイは建国記念日に伴う休日など
で11月26日から10日間、全く音信不通となる
ため、そのタイミングを狙って意図的に行った
のではないかということが、声明を聞いた時に
感じたことである。今回の発表の最大の狙いは、
ドバイが自作自演でアブダビにお金を出させる
ために、意図的にドバイが非常に危ないことを
国際的に表明し、アブダビが資金的にドバイを
2010年1月号 No.677 43
論苑
救済せざるを得ない状況を作り出したとも考え
られる。
2004 年ころから始まったドバイ首長国の大規
模開発は、俗にムハンマド首長の「三羽がらす」
といわれる人物が進めてきたものである。その
「三羽がらす」とは、ムハンマド・アル・ガルガー
ウィ氏(ドバイ・ホールディング会長)、スルタン・
アフメド・ビン・スレイヤム氏(ドバイ・ワールド
会長)およびムハンマド・アッバール(エマール
社会長)
を指す。
この3人のうち、
スレイヤム氏は、
「海のナキール」といわれるパーム・プロジェ
クトを進めたナキール社の総元締である。アッ
バール氏は、世界一の高さを持つドバイ・タワー
を建設し、
「陸のエマール」といわれた不動産
会社のトップで、この3人がドバイをけん引して
きた。
「三羽がらす」に代わって登場したのが、ア
フマド・フマイド・アル・ターイル氏で、この人
物がドバイ投資社(ICD)の役員に就き、ドバ
イ国際金融センターの会長およびドバイ・アルミ
ニウム社の副会長も兼ねる。実はこの人は 2 つ
の銀行が合併してできたエミレーツ・ナショナ
ル・バンク・オブ・ドバイという銀行の会長であ
り、手堅いバンカーである。これまでデベロッ
パー系の「三羽がらす」でドバイをけん引してき
たが、新しい役員人事で手堅いバンカーを重用
した背景には、今後は野心的なことは進めず、
できるものだけを推進するという現実路線への
戦略転換がある。
もう一つの懸念は、中東湾岸の銀行がサウ
ジアラビアの財閥ゴセイビ・グループに相当
の資金を融資しており、この点が GCC の影
の部分となっていることである。サウジアラ
ビア全体では同グループの 220 億ドルという
負債自体は脅威にはならない。ただし、銀行
が不良債権を抱えることになり、それを償却
すれば貸し倒れの引き当て計上が必要になる
ため収益悪化も懸念される。また、サウジア
ラビアの企業がデフォルトを起こすことで、
他のサウジアラビアの企業やサウジアラビア
44 日本貿易会 月報
の国自体の名声などの信用が揺らぐことにな
る。しかし、サウジアラビア全体の返済能力
やビジネスの遂行能力にまで問題は至らない
とみられている。
5. 今後有望と思われる中東ビジネスの動向
こうした懸念材料は見られるものの、中東全
体としては新興国の中でも安定的な経済成長が
予想され、ビジネス環境としても新興国の中で
は次第に評価を得ている状況にあり、今後有
望と思われる分野も数多く見られる。
電 力・水:GCC 諸国の場 合、1997-2006 年に
かけて電力需要が年間約 7%の伸びを見せ、今
後も電力需要は 2020 年ころまでに 3 〜 4%の
伸びが予測されているが、どこで発電するのが
コスト的に一番安く、どこの国からどこに売却
すべきか、送電網をどこに作るかなどの課題が
ある。また、中東の産油国としては熱源となる
石油や天然ガスは本来、外貨を稼ぐ輸出商品で
あるから、高まる電力需要に振り向けたくない。
そのため、中東での電力インフラ整備には、こ
うした「適正立地」と「適正熱源」の発想が
重要になってくると思われる。
大変であるのが水分野で、中東諸国で1年
間に使う1人当たりの水量は、例えばサウジア
ラビアで 700リットル、カタールで 620リットル、
UAE は 600リットルといわれ、水の需要が非常
に大きく使用量も多い。中東では、これまでは
海水淡水化により水を造ることを考えてきたが、
最近は全体として水をどのようにリサイクルさせ
るかが重視されている。中東湾岸では「造る水」
から、水処理後に再利用する「回す水」への
仕組みづくりが大きなビジネス・チャンスにつな
がると考えられる。
原子力:中東では経済的な面からも原子力に
対する需要が高まっているが、イランやイ
スラエルが原子力を進めている中で、政治
的・軍事的なバランスを取る観点からも原子
力開発が必要であり、経済・政治・軍事の各
側面から原子力エネルギー利用が注目されて
中東ビジネスの現状と展望
いる。特に UAE は、すでに仏、米、英、日、
韓と民生用原子力協定をおのおの結び、2016
年の稼働を目指した原子力発電プロジェクト
入札も実施済みである。今後 10 年間に約 400
億ドル強の原子力需要があると見込まれ、
2009 年 12 月には米国の原子力使節団がアブ
ダビを訪問し、協議する予定である。
再生可能エネルギー:アブダビは代替エネル
ギーとクリーン・エネルギー技術の研究開
発を目指し、CO2 をはじめとする排出管理基
準を徹底するマスダール・イニシアチブを
2006 年 4 月から進めている。2009 年 6 月下旬
には国際再生可能エネルギー機構(IRENA)
の本部がアブダビに設置されることも決ま
り、特に太陽光と風力を中心とする再生可能
エネルギー開発にまい進する意向である。実
際、アブダビ国際空港の近くに居住人口 6 万
人、勤務人口 4 万人程度のゼロ炭素排出都市
「マスダール・シティ」を 2016 年に設立する
計画を進めている。こうした背景から各国の
エネルギー関係企業がこぞって「アブダビ詣
で」をしており、特に欧米企業は、資金豊富
なアブダビで再生可能エネルギーの普及を進
めるとともに、
技術革新を図ろうとしている。
鉄道:2009 年 6月9日にはドバイで初めての地
下鉄が開通したが、アブダビではイチハード鉄
道が設立され、UAE のサウジアラビア側国境
からアブダビを通過してドバイを抜け、北部の
首長国まで、首長国連邦を縦貫する鉄道建設
を計画している。このほか、モノレール建設
や、UAE の東部 GCC 域内を、北はクウェート
から南はオマーンまで東海岸を縦に通過する
鉄道建設構想も進んでいる。カタールにもイチ
ハード鉄道に匹敵する会社が設立され、その
計画の第 1は首都ドーハの中のメトロ建設、第 2
は首都ドーハと北のラスラハンの間を結ぶ貨物・
旅客用鉄道の建設、そして第 3 が、カタールか
ら西方の海上に橋を造り、その橋を通ってバー
レーン、さらにサウジアラビアにつながる国際
的な鉄道建設である。このように中東湾岸には
相当の鉄道建設需要が見込まれる。
農業:中東湾岸諸国では食糧安保を非常に懸
念しており、各国はアフリカ、中央アジア、中
南米の農業国の土地に投資して穀物を栽培し、
その一部を自国に輸入する動きが活発化してい
る。その先端にあるのがサウジアラビアで、ア
グロインベストという農業に特化した会社を設
立して「7×7 事業」を始めている。この事業は
70万ヘクタールの土地に7年以内に米 700万ト
ンを生産するもので、アフリカのマリ、セネガル、
スーダン、ウガンダでの事業を計画している。
環境:中東では環境意識も高まっている。特に
カタールではフランスとの合弁で多目的公益企
業を設立した。これはカタール側が 51%を、フ
ランス側が 49%を出資し、海水淡水化、水処理、
配水、送配電、地域冷房、ガス供給、廃棄物
収集・処理、総合通信事業を一括して行うもの
である。日本も多様な企業が連合を組んで対抗
していく必要がある。
健康・医療:中東や GCC 諸国の平均寿命が長
くなり、かつ、資金もあるため、健康に対する
関心も高まりつつある。サウジアラビアでは糖
けいもう
尿病に対する啓蒙キャンペーンが始まっており、
各地で「ヘルスケア都市」構想が推進されてい
る。医療機器と製薬も含めた医療分野全般に
わたり、生命化学系の企業にとっては大きなビ
ジネス機会が増加すると考えられる。
教育・文化・芸術:中東諸国はまた、教育、
文化、芸術、スポーツなどにも力を入れてい
る。サウジアラビアではアブドゥラ国王科学
技術大学が開校したが、それに先立ちカター
ルには米国の 6 大学が開校しているし、アブ
ダビではフランスのソルボンヌ大学の進出も
決まっている。また、ドバイでは毎年映画祭
を開催しているが、開催と併せて特定の国を
特集している。2011 年 11 月には日本映画に
加え、日本の近代美術、スポーツ、料理など
も含めた形で「日本週間」を開催したい意向
である。日本との相互交流を図るビジネス・
JF
チャンスがこうした分野にも見られる。 TC
2010年1月号 No.677 45
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