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近年の水平運動史研究 - 部落解放・人権研究所
72 近代部落史研究の現状と課題 73 第三報告 近年の水平運動史研究 朝治 武 ういうものかというと、水平運動がその独自性を保ちつ これまでいろいろな本や論文を系統的に読んで研究史 論理をどのように形成していったのか、また曰中全面戦 シズムへの移行という時期に、水平社が反ファシズムの 一・九一一○年代から三○年代の大正デモクラシーからファ つ、階級的連帯をいかに実現したかという視点に立って、 をふまえながら何が問題やとか考えたのではなく、自分 争後に戦争協力やファシズムの論理にいかに陥っていっ 一、水平運動史研究の出発点 の興味にしたがって資料を見て好き勝手なことを考え たのかという問題を、天皇制思想と社会主義思想との対 あるように、藤野さんはこの本はあくまでも社会思想史 抗のなかでとらえようとするものです。つまり書名にも 的研究で、通史的叙述ではないと仰っています。 ですけれども、不勉強な私が今曰はどういうわけか、こ んな場所に引っ張り出されてしまいました。安請け合い て、書きたければ文章にするというのが私にあってたん した自分に後悔していますが、これから私の関心にした 究の出発点になったと私が考える藤野豊さんの『水平運 らの水平運動史研究の整理ですが、まずはこの分野の研 私に与えられましたテーマは一九九○年代に入ってか とだろうと思います。二つには、これまで肯定か否定か 論や天皇制思想などの諸思想の役割を実証したというこ 評価があまりにも高かったわけですけれども、民族自決 立に果たした思想的役割としては、これまで社会主義の 成果として浮び上がるのは、一つには、水平運動の成 動の社会思想史的研究」(雄山閣出版、’九八九年)の批 評価が別れていた全水青年同盟をはじめとしたいわゆろ がって報告していきます。 評からはじめます。藤野さんの水平運動史の評価軸はど れらのことが戦時下において戦争協力とファシズム推進 す。水平運動の独自性を認めつつも階級的連帯に展望を 勢力になっていったこと、などが強調されているようで 見いだす藤野さんにとっては、本来なら最も役割を果た を整理したことです。またポル派がもっていた解消論的 傾向を、全国水平社青年同盟と戦時下における部落厚生 すべきポル派の転向や欠陥は我慢がならなかったようで ポル派について、その地域的基盤と関係づけながら功罪 皇民運動の二つの時期について批判的に論じています。 す。 ところがこの本を読んでいて、疑問に思ったり不満に 三つには、先駆的には秋定先生などの研究もありました いう意味において、これまで否定的にとらえられていた が、ポル派と比較して水平運動の独自性の維持と追究と アナ派(藤野さんはアナ派といういい方に否定的ですが) 評がどのくらいあるかと思って見たんですが{部落問題 ものがあるくらいです。黒川さんにしても、大衆と一一一一口う 研究」二八輯(一九九二年九月)に黒川みどりさんの 感じるところがいくつかあります。そこで、この本の書 す。四つには、一九三○年代の水平運動における社会民 と呼ばれる潮流の役割の大きさを明らかにしたことで 主主義者の主導的役割を明らかにし、その勢力が中心に くらいの批判で、藤野さんの研究の視点や方法にかかわ った根本的な疑問や批判は出されていないような気がし 意味がすごく狭い意味での活動家レベルの大衆だという 動をめぐる路線対立、具体的には部落厚生皇民運動派と ます。私なりに疑問や不満をあげると、次のようになり なって反ファシズムの論理を作り上げていったことを明 大和報国運動派の対抗やそれぞれの戦争協力の論理を明 ます。一つには、一九七○~八○年代の水平運動史研究 確にしたことです。五つには、曰中全面戦争後の水平運 らかにしたことです。特に、藤野さんは部落厚生皇民運 て取り組まれた実際の運動の諸問題への着目が弱いので と同じように、藤野さんも水平運動の指導理念や主導勢 平運動に色濃くまとわりついている天皇制思想や国家主 はないかと思われる点です。そのせいか、藤野さんはし 力の析出や評価に収散してしまっていて、大衆運動とし 義思想を指摘して、ポル派がこれを一貫して克服しよう さんの大衆とは機関紙・誌を読んだりそこに投稿する地 ばしば大衆的基盤という一一一一口葉を使われるんですが、藤野 として、より批判的に論じています。全体としては、水 としてできなかったこと、ポル派はつねに水平運動の主 動を大衆ファシズム運動と規定し積極的な戦争協力勢力 体性を否定して解消論に陥ってしまったこと、そしてそ 74 近代部落史研究の現状と課題 75 いるという、史料的な問題もからんでいるのではないか 域の活動家層を指していて、水平社に結集した多くの人 びとをもって大衆としているのではないように思われま す。だから、機関紙・誌の論調を追ったりすることにな っている。これは、史料として機関紙・誌を主に使って のではないのでしょうか。四つには、三つめとかかわる であれば、水平運動の独自的な闘いであった差別糾弾闘 争や地方改善費闘争などの思想史的な分析が必要だった 研究としてはきわめて高い水準のものであっただけに、 それが水平運動の独自性や地域性、理論・思想と方針・ てようとして水平運動史研究に取り組んでいるんだろう 藤野さん自身は、曰本近代史研究のなかに水平運動を 位置づけ、曰本近代史研究に一般化できる論理を組み立 ってないかも知れません。 まり、独自性の中に階級的内容を見るのではなく、外に 求めているのではないかと思われます。このような疑問 や不満は私の見方からするないものねだりで、藤野さん の社会思想史研究という視点に即した内在的な批判にな とワンセットになっていて、独自性のみを強調すれば部 落第一主義になる、もっといえば排外主義になるといっ た、そういう危倶を持っておられるように思います。つ うに思います。どうも、独自性をいう場合も階級的連帯 つまり最終的にはポル派待望論・回帰論になっているよ しく水平運動を指導すれば運動は発展したかのような、 織論が中心になってるように思います。独自性をいうの す。結局は階級的連帯のあり方をめぐっての運動論や組 と思います。二つには、水平社創立の思想ということで は、主として創立した後の水平社の思想から、水平社創 ことですが、水平運動の独自性が指摘されながらも最終 的には階級的連帯が強調され、決してポル派の指導が正 しかったとは一一一一口っていないけれども、やはりポル派が正 立に影響を与えた思想を論じていて、しかも水平社の活 動家に影響を与えた社会思想は指摘されているのだろう けれども、部落大衆が差別を自覚し運動に立ち上がって いく主体的な側面には注意がはらわれていないのではな いかと思われます。部落差別に怒りを感じていったり、 運動に目覚めていったりするのは、外から与えられた社 会思想でのみ説明されるのではなく、部落の存在形態や 労働・生活過程など客観的な状況と部落大衆の自己認識 や部落差別認識、社会認識などの部落大衆に内在する認 識や思想の形成と結びつけて説明されるべきではないか と思います。三つには、藤野さんの場合、評価軸は水平 運動の独自性を保ちつつ、階級的連帯をいかに実現した かという視点なわけですが、ではその水平運動の独自性 とはいったい何なのか、また独自性はどのような運動に よって維持されるのかはほとんど説明されてないわけで と思うんですけど、社会運動に共通する一般性を抽出し ようとしたため、結果的には独自性よりも階級的連帯の 政策・実践との関係、中央と府県などとの関係など、運 動構造と組織構造とその特質を明らかにすることを目的 とした運動史そのものの研究の必要性を感じさせたこ と、つまり次の課題と視点、方法を客観的には提示した という点に最大の意義があるのではないかと、私なりに 考えています。したがって、その後の研究の特徴として は、提起や史料紹介、府県別・単位水平運動研究、人物 研究などがおこなわれ、藤野さんの成果をふまえながら の必要性が述べられていますが、主として全国的視点に のではないか、などを感じます。また、地域史への展望 の論調を中心に追って水平運動を評価することになった 論理に迫れることができず、主要な運動論や組織論など の現実の水平運動の諸問題や部落大衆に内在する思想や から水平運動史研究をおこなったため、大衆運動として 立っての研究であるため、主として全国水平社をめぐる う状況ではないかと思います。 新しい評価軸と枠組みのための模索が続いている、とい 強調になったのではないか、また社会思想史という視点 動向に焦点があたっていて、日常的にさまざまな地域で いようです。 昊全水創立七○周年と新たな提起・史料 繰り広げられた水平運動の具体像が浮かび上がってこな この本は、一九七○~八○年代の水平運動史研究が運 動の性格と主導層の析出に集中し、無自覚的ではありま それでは、藤野さんの本の後の水平運動史研究の特徴 で、一九九○年代はじめにおける到達点であり、また現 な視点と方法を意識して実証的研究を深めたという意味 成果の上に立って自覚的に社会思想史的研究という明確 動きに変わってきて、事実を忠実に記したもの、新しい うものから、なるべく事実を掘り起こしていこうという 行われました。従来のような顕彰や教訓を導き出すとい 全国水平社創立七○周年を記念して各地で記念出版が をいくつかとり上げてみたいと思います。 在における研究の出発点ではないかと思います。っらっ 史料や写真を紹介したものが目立ちました。代表的なも ておこなわれていたのを、その総括と曰本近代史研究の したが客観的には社会思想史という視点と方法に基づい らと疑問や不満を述べましたが、この本が社会思想史的 76 近代部落史研究の現状と課題 77 のは、府県段階のものとしては三重の「くらし、たたか い、あしたへ」二九九二年)、『全九州水平社七○周年記 念写真集』二九九三年)、「写真記録・岡山解放運動のあ ゆみ」二九九三年)、長野の『人間に光あれ」(一九九四 年)、『写真と史料が語る広島の人権のあゆみ」二九九四 年)、地域段階のものとしては『かくして伊賀水平社は生 まれた』二九九二年)、奈良県御所市柏原の「水平社の 源流」二九九二年)、『堺の解放運動』(一九九二年)、「全 筑後水平社七○周年記念誌』二九九四年)、長野県佐久 の『水平線をめざし二二九九四年)などが出されまし た。また大阪人権歴史資料館では特別展をおこなって図 録『全国水平社』二九九二年)をまとめ、奈良県立同和 問題資料センターでも特別展をおこない「歴史を掘るl 「よき曰」をめざし二二九九四年)を出しています。 それから、水平社宣一一一一口の意義を強調したものが目立っ たように思います。これは、現在の部落解放運動が質的 に新しい段階が求められ、改めて運動の根本が問われて いる時に、運動の原点に戻るということからおこってい るように思います。「水平社宣一一一一百を読む』「水平社宣一一一一口と 私」(いずれも解放出版社、’九九二年)といった書名の 本も出されています。それと、小笠原正仁さんの聞き取 りをもとにした「水平社宣一一一一口秘語」(「部落解放」一一一三九 糾弾闘争を契機にした部落委員会活動の時期にいちばん 高い評価を置いているんではないかと思います。それと 差別糾弾闘争の紹介に重点を置いています。 一九九○年代に入って、水平運動を新たな段階に引き 上げるための問題提起や視点・方法の提示がありました。 新たな模索として、私の関心にしたがって紹介します。 一九九三年)をまとめられた中で重要な提言をしてお 秋定嘉和さんが『近代と被差別部落』(部落解放研究所、 られます。水平運動と労農運動の差異というものを明確 にし、水平運動の独自性を差別糾弾闘争と地方改善費獲 得闘争とし、それを中心にして水平運動を描こうと提案 されています。これまでの思想史的なアプローチが多か ったなかで、運動そのものを分析していこうとする提一一一一口 だろうと思われます。また、小林丈広さんが「水平運動 を支えた諸潮流」s部落解放研究』八八号、一九九二年 八月)の中で、地域では水平運動と融和運動との接点は 曰常的であった、また非水平社団体の自主的融和団体も しくは改善団体でも水平社と同じような差別撤廃闘争を やっているので、それをどう評価するのかということと、 運動史は思想とか理論のみで評価していくのではなく、 むしろ部落の中の血縁とか仕事といった人間関係をもっ と重視して分析すべきだといっておられます。それから、 号、一九九二年三月)は、融和運動家の阪口真道へ相談 に行った西光万吉が「特殊部落」という一一一一百葉にこだわっ たことなど、興味深い話が紹介されています。ただし歴 史研究としては、水平社宣言を水平社創立期の流れの中 に位置づけた実証的な研究はまだないようです。水平社 宣言をまったく評価しない意見もあります。福田典子さ んの「水平社神話を打ちくだこう」s自由意志』五七号、 一九九四年二月)で、戦時下で突然に戦争協力や国家主 いうものです。 義に陥ったのではなくて、水平社宣言からそうなんだと 通史では、唯一水平運動と銘打って出たのが、亡くな られた馬原鉄男さんの『新版水平運動の歴史」(部落問 題研究所、一九九二年)です。これは、以前の『水平運 動の歴史」を新しくしたもので、水平運動の到達点とし てはこれまでのような階級性を強調した三角同盟ではな く、ブルジョア民主主義的結合としての人民的融合論に 置いているようですが、ただそれを一貫して指導したの は共産主義者だったという視点に立っているように思い ます。一方、『新編部落の歴史」(部落解放研究所、一 九九三年)に三原容子さんが書かれた水平運動の部分を みると、視点が明確に出ているわけではないんですけれ ども、社会民主主義者の指導性を強調し、高松差別裁判 蓮城寺秋幸さんが「水平社創立県の初期運動の諸相」 (。創立期水平社運動資料」解説・細目次」不二出版、 一九九四年)で、創立期の水平運動に関して、部落民的 世界の実現という視点から見たらどうかとか、。君万 民」的平等性という心性が解消論にもつながるし、戦時 下にも統合されていく、そういう部落大衆の心性という ことを考えたらどうか、また水平社の組織実態や部落内 での位置を明らかにすべきだ、といった提起をおこなっ ています。水平社のつくられ方というのは部落の上層部 であったり下層部であったりさまざまですが、水平運動 はどうしても住民運動の形態をとり、地域社会や部落内 の名望家と対決せざるをえなくなり、それが特に改善費 闘争になると水平運動が要求を持って、ある意味では公 蓮城寺さんの提起は、水平社の部落内での公共性の獲 共性を得て部落の支配秩序に入り込んでいくということ から、部落の支配機構の一部になっていくわけです。 得とか支配秩序への参入といった論点の評価につながっ てくるのではないかと思います。これらの提起と関連し て、私も「大阪の水平運動史」(『部落解放研究」九三号、 一九九三年)の中で、簡単ですが、水平運動をその独自 的な闘いである差別糾弾闘争と改善費闘争の推移から描 くこと、また全国水平社と府県及び単位水平社の運動構 78 近代部落史研究の現状と課題 79 ら府県及び単位水平社の問題を相対的に自立したものと の理論や思想を追うだけではなく、それを前提としなが 造や組織構造は当然違っているので、従来の全国水平社 部、一九九一年)、私の「大福水平社曰誌」二部落解放研 一九九四年三月)が、田宮武さんが兵庫を中心に新聞を 九○年一一一月、及び「佐賀部落解放研究所紀要」二号、 平運動ノ状況」s京都部落史研究所紀要』一○号、一九 平社青年同盟中央委員会報告集」二部落問題研究」二 まとめた「新聞記事からみた水平社運動」(関西大学出版 さん流の社会思想史的研究ではなくて、水平運動を運動 して分析すべきこと、そしてこれらのための具体的な視 点と課題、方法の必要性を述べました。これらが、藤野 究」八四号、一九九二年二月)、馬原鉄男さんの「全国水 六輯、一九九二年五月)、「兵庫県水平社運動関係資料集」 そのものとして分析するための視点と方法を新たに提起 したものであったのではないかと思います。 丈広さんの「静岡県水平社創立期の一史料」s部落解放 「山本作馬関係史料」S部落解放史・ふくおか」六七号、 研究」八六号、一九九二年六月)、金山登郎さんの一連の 水平運動の歴史」を批評しながら、水平運動の左傾化、 左翼化をもっと問題にすべきだと提起しておられます。 一九九二年九月)、それに(仮称)水平社歴史館が奈良県 sひょうご部落解放」四七号、一九九二年六月)、小林 あと、布川弘さんが「水平運動の課題」s部落問題研 究』一二一輯、一九九三年一月)で、馬原さんの『新版 なぜこれが今の研究の流れから出てくるのか、ちょっと の行政史料を復刻した『創立期水平社運動資料』(不二出 版、’九九四年)、(仮称)水平社歴史館が収集した膨大 な資料の概要を紹介した守安敏司さんの「水平運動資料 の宝庫」(『部落解放」’一一七一号、一九九四年三月)があ りました。 聞き取りでは、田中松月をはじめとして一三人の話を まとめた「水平社の時代を生きて」(解放出版社、一九九 四年)がまとめられました。ただ、全国水平社創立七○ 周年に、網羅的に史料を復刻した『全国水平社史料集」 す。 研究の基礎となる史料の紹介では、白石正明さんによ って内務省警保局の「大正十五年」と「昭和二年」の「水 などを指摘し、水平社の自由主義的側面が強調されてい 私には読み取れなかったんですけれども、布川さん自身 は都市下層社会の問題をやっておられて、貧困や階級意 識の形成を問題にされているから、水平運動の左傾化・ 左翼化の問題を提起されたのでしょうか。どうも、部落 や水平運動の独自性を強調することへの違和感、部落排 外主義に対する批判を意識されているような気がしま が出されると聞いていたのですが、三年を経た現在もま るようです。 の水平運動や人物を追うといった研究になっていったた で論じたものはすっかり少なくなりました。府県や地域 いてですが、全国水平社を対象としたものや全国的規模 水平社の具体的な運動展開であるとか理論・思想につ たいものです。 ふまえて、竹永さんにぜひ水平運動史を描いていただき 水平運動の前提的条件を探っておられます。この研究を 主義はどのようにして実現できるのかなど、あくまでも 地域社会の秩序構造とは何なのか、また地域社会で民主 すから、水平社が闘うべき地域社会の差別とは何なのか、 義を実現していったかというのが竹永さんの問題意識で しています。水平運動は地域社会においていかに民主主 地域の秩序構造と部落差別の関係、社会の部落観を分析 1ルドに地域社会での部落差別のあり方と部落の位置、 問題研究」一一一三輯、一九九三年六月)で、奈良をブイ さんが「近代曰本の地域社会と水平運動の課題」s部落 水平社の社会的背景・基盤ということでは、竹永三男 だ出されていないのが残念です。 三、水平運動の展開と融和運動、戦時下の動向 水平社の創立と関わっては、鹿野政直さんが「全国水 平社創立の思想史的意義」(『部落解放」三五一号、一九 九三年三月)で、当時の思想や文化のうえでの位置を論 じ、特に水平社創立が国内の被差別少数者に刺激と勇気 を与えたということで、アイヌ民族と沖縄の問題との関 連に触れているのが注目されます。また安田浩さんが「民 族解放と差別撤廃の動き」〈『大正デモクラシー」吉川弘 文館、一九九四年)で、第一次世界大戦後のパリ講和会 議で曰本がもち出した人種差別撤廃問題が国内で部落問 題を浮上させたこと、植民地における民族解放運動と国 ます。 内での水平運動の結合の可能性と挫折について触れてい それから、鈴木良さんがヨよき曰の為めに」考」(「部 なものについて触れておきます。これまでのアナ派とか 落問題研究』二六輯、一九九二年五月)など一連のも ので、水平社創立の思想と経過について創立関係者に即 して実証的研究を発表しています。全体としてこれまで ポル派であるとかいった政治的潮流に重きを置いた研究 めです。これについては後に述べます。ここでは特徴的 のような社会主義の影響よりも、仏教や賀川豊彦の影響 80 近代部落史研究の現状と課題 81 から、近年では純水平運動や国家主義など、いろんな潮 んではないかと思います。その一つが糾弾論でして、一 水平運動の独自性を探っていこうという動きも出ている 九八九年六月ですが師岡佑行さんの水平運動における糾 流に少しずつ光が当たっていったように思います。三原 容子さんは「住吉水平社と純水平運動」sひょうご部落 ぺろ」一三八号)があります。同じく田宮武さんは兵庫 を中心とした新聞資料を使いながら、「水平社と謝罪広 弾論の歴史的変遷や教訓を述べた「糾弾論の系譜」(『こ 告」s季刊部落解放闘争」創刊号、一九九一年五月)と 解放」四七号、一九九二年六月)で純水平運動を取り上 の『錦旗革命』」二季刊・リパティ」四号、一九九三年一 げています。私も藤野さんの研究にのっかりながら、「幻 二月)で創立期全国水平社指導部の強い天皇制思想とそ 「兵庫県水平社同人の糾弾論」(『ひょうご部落解放」四 研究があります。小正路淑泰さんの「自治正義団史論」 まず自主的な融和団体つまり非水平社の差別撤廃団体の 水平運動と改善運動・融和運動の関係についてですが、 七号、一九九二年六月)を書いておられます。 れに基づく行動を紹介しました。これまた手前みそです が、水平運動に曰常的であった荊冠旗や水平歌から水平 動」(『部落解放」三五五号、’九九三年一一一月)と「水平 社の思想を探ってみようとした、私の「荊冠旗と水平運 歌物語」二部落解放史・ふくおか』七六・七合併号、一 たとし、また釣舟良一さんは「水平社青年同盟について」 ず、むしろ水平社の歴史はその観念の克服の歴史であっ 言葉は差別語であるから水平社のよりどころとはなら 究』一二八輯、一九九四年四月)で、「特殊部落」という 藤野さんは三特殊部落」観克服の模索」S部落問題研 ます。つぎに水平運動と融和運動の直接的かつ曰常的な た小林さんの論文も、同じような問題意識だろうと思い 出していく論理と運動を論じています。さきほど紹介し 弾闘争も展開したり、一九三○年代には無産運動にも進 的な差別撤廃運動をやったり、水平社を承認して差別糾 福岡の自治正義団をとりあげ、融和運動に与せずに自主 (『部落解放史・ふくおか」六六号、一九九二年六月)は 会部落解放闘争』一○号、一九九三年八月)で、全国水 における水平社運動と融和運動」(『ひょうご部落解放』 関係を示す研究があります。今井ひろ子さんの「神崎郡 九九四年一二月)もありました。 平社青年同盟を高く評価しています。これらは、水平運 一九九○年代に入って、以前にも増して地域に密着し た研究が出てくるようになりました。その多くは水平運 四、地域・人物・他の社会運動 一九九一年一一月~九一一年一一一月)があります。 ョンの問題や地方改善運動の問題、松本治一郎の議員活 動などについて述べておられます。また戦時下の事実を より豊富にするという意味で、鈴木栄樹さんの「史料紹 介・新体制運動と全国水平社」s部落問題研究」’○八 輯、一九九○年二月)と、臼井寿光さんの「史料紹介・ 戦時統制下の和膠業」s部落解放研究」七八~八九号、 中期の水平社運動」ニながさき部落解放研究」一一四号、 一九九二年三月)で、全水九州連合会と共産党フラクシ 私は、この分野に関してのキムさんの問題提起と批判を 謙虚に受けとめる必要があると思っていますが、小山仁 示さんと川向秀武さんがこのキムさんの問題提起に応え ようとされています。まず小山さんは、「戦時下の水平運 動。融和運動」(『関西大学人権問題研究室紀要」二五号、 一九九二年一○月)で大阪の動きを追い、川向さんが「戦 るからです。しかしそれだけでなく、藤野さんはある意 味ではキムさんの批判をそらしているように思えます。 四七号、一九九二年六月)がそれで、水平社の活動家が 動の階級的連帯を強調したものであろうと思います。こ れらに対して、さきほど新しい提起として触れましたが、 一方では融和団体の幹部ともなり、それぞれの顔を使い 分けながら運動をおこなって次第に部落内で支配的立場 になり、また議会にも進出していく様子を紹介していま す。地域レベルの研究が進めば、水平社以外の差別撤廃 の動きや水平社と融和団体の密接な関係はもっと明らか になるでしょう。 近年の論点のひとつに、戦時下における水平社の戦争 協力という問題があります。今曰的かつ論争的な性格を 持った分野ですが、これまでは問題そのものを避けたり、 また旧活動家とか現在の運動への遠慮があって、タブー 視きれてきて、たとえ研究があっても偽装転向論だとか 実質抵抗論で、基本的には擁護のスタンスだったように 思います。先駆的には藤野さんの本でかなり突っ込んだ 研究があったのですが、キム・チョンミさんの一連の論 文と新たにまとめた『水平運動史研究」(現代企画室、一 九九四年)によって松本治一郎も含めた全国水平社指導 部の戦争協力の実態がより詳細に明らかになってきまし た。キムさんが藤野さんを批判して多少の議論がありま したが、必ずしもかみ合っていません。というのも、キ ムさんは戦時下の水平運動の全潮流の戦争協力そのもの の論理と実態を問題にしていますが、藤野さんは戦争協 力にいたる思想としてのファシズム思想を問題にしてい 82 近代部落史研究の現状と課題 83 動の展開、とくに差別糾弾闘争と思想的特徴、組織的実 態を明らかにしようとしたもので、また部落の状況や融 和運動・他の社会運動との関連にも留意したものもあり ます。これまで取り上げたもの以外で、府県レベルの主 なものをあげてみます。関東地方では、長野を含め関東 全域を対象とした青木孝寿さんの「水平運動における東 日本の特質」(「部落問題研究」一一一三輯、一九九三年六 月)、坂井康人さんの「千葉県の被差別部落と水平運動」 (『部落解放」三六五号、一九九三年一一月)、大串夏身 さんの「人物を中心にみた東京の水平運動」(『東京部落 解放研究」七八・九合併号、一九九二年九月)。東海地方 では、斎藤勇さんの「東海地方における被差別部落民の 運動」(1)(2)(『愛知大学総合郷土研究所紀要」三五・ 六号、一九九○年一一一月~九一年三月)、高田嘉敬さんの「岐 阜県水平運動史覚書二則」sこぺる」八号、一九九三年 二月)。近畿地方では、京都部落史研究所の『京都の部 落史』21近現代(阿咋社、一九九一年)と渡部徹さん 編の『大阪水平社運動史」(解放出版社、一九九三年)が まとめられ、「ひょうご部落解放』四七号(一九九二年六 月)が特集を組み、奈良県部落解放研究所がいくつかの 年)を出しました。中国・四国地方では、割石忠典さん 論文をまとめて『奈良県水平社運動史(1)」二九九二 の「広島県水平社創立前史」(『部落解放ひろしま』一八 号、一九九四年一月)、三次部落解放研究所の「一一一次地方 における水平社の運動」(同前)、若林義夫さんの「岡山 県水平社の創立」(一)~(三)(『岡山部落解放研究所所 報』一一一○~’一一一一号、一九九三年一一~四月)、四国全域 を扱った四国部落史研究協議会の『史料で語る四国の部 落史」近代篇(明石書店、一九九四年)、九州地方では、 個別の論文はあげませんが『おおいた部落解放史」二 号二九九一年一一一月)が特集を組み、『部落解放史・ふ くおか」六六~六七号、一九九二年六~九月)が各県を 網羅した論文を載せています。単位水平社の展開につい ては、大阪や奈良のものがいくつかあります。 これらのものは地域の具体的な事実を明らかにした地 域の部落史の成果なのですが、いわゆる中央の動きをお ったり全国的規模で論じた研究からすると、ともすれば その重要性が必ずしも認識されていなかったように思い ます。そもそも水平運動の基盤は単位部落とそれを含む 地域社会にあり、またその展開は部落大衆の地域住民運 動という形態をとるわけですから、単位水平社とそれを 直接組織する府県水平社の動向は、中央・全国的動向の それに劣らず重視されていいのではないかと思います。 しかしそのためには、府県および単位水平社の運動構造 と組織構造を独自的に研究するための明確な視点と方法 が必要でしょう。そうすることによって、これまでの全 国水平社に関する研究はより豊富になるし、各府県や単 位部落における水平運動の比較も可能となり、その特質 を浮かび上がらせることもできるのではないかと思いま いますが、まだ著名な人物にしか手がつけられていない 平社に影響を与えた人やかかわった人も取り上げられて が問われてきましたが、近年はポル派史観が後退してき 夫、山本宣治、全虎岩、三浦大我など直接・間接的に水 野学、岡本弥、有馬頼寧、中村至道、賀川豊彦、難波英 家をはじめとして、山上卓樹、前田三遊、喜田貞吉、佐 重吉、栗須七郎、南梅吉、中西千代子など水平社の活動 す。 近年の水平運動において多くの人物研究が生み出され ました。これは水平運動において多様な潮流を承認し、 地域での水平運動の実態を解明しようとする動きと連動 し、人物を通じてより具体的に水平運動の論理と展開を の特集を組み、地域性をふまえながら当時の女性解放運 「部落解放」三七一号(一九九四年一一一月)が婦人水平社 たため、かわって他の反差別運動との関連に少しずつ焦 みます。これまでは、労農運動や無産政党運動との関連 最後に、水平運動と他の社会運動の関連について見て 感じです。 探り、また人物そのものを対象にすることによって、部 落大衆の生い立ちや思想、行動を明らかにし、そのなか 点が向けられるようになったのではないかと思います。 ているものだろうと思います。『部落問題研究』は一○六 意義や水平社との関連が改めて問われるようになりまし から差別認識、自覚、主体形成などを探っていこうとし 輯二九九○年八月)から八回にわたって「水平社をめ ぐる人びと」という連載をおこない、人物研究に大きく 寄与しました。初回には、第一に水平運動の各時期の中 で理論的・実践的に影響を与えた人物を取り上げていく、 第二に水平運動の具体像に迫るという「人物研究の視点」 が提示されています。論文名は示せませんが、この連載 評論社、一九九○年)で、関西沖縄県人会の無産運動へ た。富山一郎さんは『近代日本社会と沖縄人」(曰本経済 解放運動」(解放出版社、一九九四年)などで衡平運動の ンポジウムをまとめた部落解放研究所の「朝鮮の「身分」 はキムさんの問題提起がありましたが、韓国での国際シ 九九三年が衡平社創立七○周年であったため、先駆的に 動のなかでの位置を明らかにしようとしました。また一 も含めてこれまで取り上げられた人物は、中村甚哉、山 田孝野次郎、藤岡正右衛門、西田ハル、野崎清二、朝倉