Comments
Description
Transcript
高い成長率、乖離する購買力平価、大きな経済規模(PPP レート換算の
ESRI Discussion Paper Series No.153 高い成長率、乖離する購買力平価、大きな経済規模 (PPP レート換算の経済規模と高成長率は整合するか) by 広瀬哲樹 July 2005 内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研 究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究 機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し て発表しております。 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見 解を示すものではありません。 高い成長率、乖離する購買力平価、大きな経済規模 (PPP レート換算の経済規模と高成長率は整合するか) by 広瀬 哲樹* 内閣府 経済社会総合研究所 特別研究員 2005 年 7 月 * 本稿は、筆者が内閣府経済社会総合研究所に在籍中に構想した研究メモをディスカッション・ペーパーの形に取りまとめたも のである。論文の意見は、あくまでも筆者のものであり、また、何ら現在所属する部署(外務省経済協力局)の意見を表したもの ではない。同研究所主催の論文審査セミナーに出席された方々、特に香西泰所長(当時)からは貴重な意見を頂いた。また、原 田泰氏、法専充男氏、などの方々からもご意見を頂いたことに謝意を表したい。当然のことながら、残された誤りは筆者のもので ある。 高い成長率、乖離する購買力平価、大きな経済規模 (PPP レート換算の経済規模と高成長率は整合するか) 目 次 はじめに----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 1 第 1 節 価格変化、購買力平価による評価----------------------------------------------------------------- 3 (PPP レートの位置付け) (定式化による分析) 第 2 節 PPP レート換算と成長率への影響---------------------------------------------------------------- 6 (市場為替レート表示の成長率と PPP レート換算) (PPP レート換算の影響―――ケース別検討) 第 3 節 分析のインプリケーションと中国、日本の成長率-------------------------------------------------11 (PPP レート換算で、中国の成長率は低下) (PPP レート換算で、最近の日本の成長率は上昇することもある) 第 4 節 購買力平価への換算と経済分析への影響--------------------------------------------------------16 (各国間の、長期的経済規模の比較法) (長期的な経済規模の変動要因) (「収斂」分析への影響) おわりに---------------------------------------------------------------------------------------------------------------20 参考文献--------------------------------------------------------------------------------------------------------------21 要 旨 市場為替レートと購買力平価レート(以下、PPP レートと言う)が大幅に乖離するとき、PPP レート(購買力平価) で換算することで国際的に経済規模が比較可能なる。しかし、PPP レートの換算で、部門間のウェートが変化し、 成長率も変わる。その結果、PPP レートで換算した GDP を基準経済規模として、最近の成長率を用いて将来時 点の経済規模を想定する手法は、基本的な問題を持つことになる。 経済発展の過程では高度成長が高い頻度で生ずる。市場為替レートと PPP レートの大きな乖離により、PPP レ ートで換算することで経済規模は著しく大きくなる。しかし、大きくなった経済規模と整合的な成長率は、多くの場 合、大きく低下する。中国やインドなどについてはこの分析が特に該当する。 当論文が指摘する問題点は、将来の経済規模の想定手法に直接影響するだけでなく、経済発展過程の収斂 に関する分析など他分野の研究手法にも問題を提起するものである。 (Abstract) A PPP Measured Large Economy is Compatible with High Headline Growth Rates? (A High Growth Rate and a Large Discrepancy between the PPP and the Market Exchange Rate) When measured in the purchasing power parity (PPP), China and India are largest economies in the world. They also registered high growth rates these years, combination of the two facts creates significant implications for the future economic relations: The Chinese economy will surpass the U.S. in around ten years from now; The Indian will overtake the Japanese in about five years time, and etc. A simple theoretical reflection on the combinational deduction negates such casual observations. The PPP disproportionately expands the non-trading sector whose growth rates are much slower than those of the trading sector. Therefore, one can compute exact growth rates reflecting new relative proportion of the trading and non-trading sector, and reaches significantly slower overall growth rates than the headline rates. The above conclusion implies two things: first, there need due reservations with respect to the analyses that use the data measured in the PPP against the headline growth rates such as ones in the tests of economic “conversion”; second, it is a faulted exercise if one estimates the future economy size by extrapolating at a headline growth rate the benchmark GDP that is adjusted by the PPP. はじめに (論文の課題) 1. 経済発展の初期には、国際競争に晒されて来なかったことや伝統部門の比重が高いことなどが主因とな り、PPP(購買力平価)レートと市場為替レートが大幅に乖離することがある。この結果、国際的に比較可能 な経済規模や一人当たり所得の把握が困難になる。PPP レートを用いて換算することで市場為替レートの 持つ歪みが修正でき、観測される GDP や一人当たり GDP の額を比較可能な経済規模と一人当たり所得 に変換できる。それでは、対応した正確な成長率は、公表された成長率のままで良いかというと、必ずしも そういうわけではない。 2. PPP レートで換算する操作により、一定の範囲で比較可能な経済規模や所得水準に変換できる*1ように なるものの、変換により経済内部門の比重が変更されることになり、その結果、成長率も必然的に変化す ることになる。PPP レートの換算には、これを反映した成長率*2が新たに必要となるわけである。特に、ある 国の将来時点の経済規模を予測するにあたって、PPP レートで換算した GDP を出発点として、以降の成 長率を最近の趨勢的成長率で想定する方法は、重大な問題を含んでおり、このような手法で何十年か先 の経済規模を試算することは大きなバイアスを生む*3ことを明らかにする。 (論文の概要) 3. PPP レートが市場為替レートと大きく乖離(過小評価)する場合、当該国の価格体系を国際価格体系(現実 にはアメリカや EU 等経済規模の大きな諸国の価格体系)と比較すると、国際競争に晒された貿易部門で は相対的な乖離が小さく、非貿易部門では乖離が大きい。このため、PPP レートの換算においては貿易 部門(製造業)で価格修正幅が相対的に小さく、非貿易部門(非製造業)で修正幅が大きい(第 1 節)。つま り、多くの途上国では、市場為替レートが非貿易部門で特に過小評価であるため、PPP レートの換算後、 成長率の高い製造業の GDP に占めるシェアは縮小し、成長率の低い非製造業のシェアは高まることにな る(第 2 節)。PPP レートと市場為替レートの乖離が大きく、国際価格対国内価格倍率(以下、内外価格倍率 という)が1.0よりはるかに大きい中国やインドなどに、この分析が特に該当する。経済規模を PPP レート で換算し、新たにこれに整合的な成長率を推定すると、内外価格倍率が1.0より大きい諸国では一般的 に成長率が大きく低下する。逆に言えば、PPP レートで換算した GDP を基礎に通常用いられる成長率を 用いて将来の経済規模を試算すると過大となる。また、内外価格倍率が1.0と比べ小さい(国内価格の方 が割高な)日本などでは、PPP レート換算することで成長率が高まることもある(第3節)。 1 PPP レートを用いて、各国間の比較を行う国際プロジェクト、ICP(International Comparison Project)がある。こうしたアプローチ には理論的制約があり、投資財の存在や各国間の消費構造の相違等が指摘される。Kravis and Lipsey (1983)、Summers and Heston (1984)等に詳しい説明がある。 2 通常利用可能な成長率は、市場為替レートで換算された GDP 等の経済規模と整合的なものであり、PPP レートで換算された ものとは相容れない。以下でその理論的背景を説明する。 3 例えば、中国の 10 年後の経済規模について、このような手法を用いたものに、J. Sachs(2003)やその根拠となった Goldman= Sachs(2003)の試算などがある。Goldman=Sachs では単純な PPP レート換算後の GDP に準拠した将来展望ではないことには留 意する必要がある。基本的に成長会計による成長率の展望を行った上で、為替レートの歪みを修正することにし、修正プロセス は長期間をかけて市場為替レートが PPP レートに収束することを加味している。しかし、為替レートの変化を取り入れることで、以 下で説明する問題点を取り込んでしまっている。 1 (インプリケーションについて) 4. 当論文が指摘する論点は、他分野の研究手法にも影響を与える。たとえば、経済発展の『収斂』仮説の 検証に少なからず影響がある。『収斂』仮説は、(1)一人当たり所得水準が収斂する、(2)成長率が所得水 準の上昇に伴って収斂するという二つがある。実証分析でこれを確認する場合、PPP レートを用いて換算 した一人当たり所得を用いることが多い。しかしながら、この操作を行うことにより、暗黙の内に(成長率が 所得水準の上昇に伴って収斂するという*4)帰無仮説を成立させ易くしている。さらに、これまでの繰り返 しになるが、PPP レートで換算した経済規模を基に市場為替レートで計測された成長率を用いて何年後 かの将来経済規模を推計する簡易手法では、市場為替レートが PPP レートより過小評価になっている場 合、将来の経済規模を過大に推計してしまうとのインプリケーションがある(第4節)。 4 PPP レートで換算した所得水準と市場為替レートの成長率を用いた場合、所得水準も成長率も市場為替レートのものを用いた 場合に比べ、成長率の分散はそのままであるのに対して、所得水準の分散は、低所得国ほど修正幅が大きい傾向を持つことに よって、小さくなる。このため、所得水準の上昇によって成長率が収斂する傾向をより強く持つことになる。 2 第 1 節 価格変化、購買力平価*5による評価 (PPP レートの位置付け) 1. 国際経済分野では、ある国の経済活動や所得水準を国際的に比較可能とするため、様々な換算を行う。 その中でも通貨の購買力格差を修正するために、PPP レートを用いて換算することがよく行われる。これ は、(1)国際的に一物一価の原則が必ずしも成立しておらず、(2)特に“開国”後間も無い途上国などでは 内外価格の乖離が極めて大きく、(3)市場為替レートが貿易財価格をより反映し、通貨の購買力を必ずし も十分反映しないなどのため、経済規模や生活水準の国際的比較に市場為替レートを用いては不十分 なためである。 2. しかし、ドルに対して PPP レートの換算*6を行う場合には、インプリシットな形で、当該国をアメリカなど大 規模経済の財構成に置き替えて評価し直していることに留意が必要である。もし、詳細な財のレベルで 価格を再評価したとしても、相対価格の(極めて大きい)変更が生じることから、これに基づき消費の束 (bundle)が変化するはずの重要な代替効果を捨象するという問題が残る。また、当然ながら、財の基本 的な質の差は考慮されていない。 貿易財 図1 経済規模を PPP で換算する模式図 B 左図1は、PPP レー トによる換算で、 GDP 規模が拡大す る事例。 GDP の部門構成 GDP 規模を貿易財 A で表示すれば、点 A が元の GDP 規模 換算後、GDP であり、PPP で換算 元の GDP すると点 B となる。 非貿易財 国際価格 市場価格 5 購買力平価算定の基礎となっている ICP(International Comparison Project)は、元々国連等で NY に所在する職員が特定の国 に赴任する場合、どれだけの所得補正を行えば、以前の購買力を維持することになるのか、どれだけの生計費が必要かとの調 査から出発したものと言われる。そのため、相対価格や嗜好の違いにより財のバスケットが国毎に変化することまでを想定したも のでない。元々の調査目的からは、代替効果を取り入れていないことにも合理的な説明がつく。最近の調査では、アメリカや EU の消費パターンに加えて、途上国のパターンも反映させ、より世界の平均的支出パターンに基づく統計の作成を模索している。 6 以下の図1では、貿易が明示されていない。また、財は複合財を想定しており、GDP は国際価格での評価で増加したが、これ は、要素賦存が変化したからではなく、評価基準が変化したことに伴うもの。 3 3. Balassa=Samuelson 仮説*7が普遍的に成立し、国際貿易が競争的であると仮定すると、貿易財の内外価 格差は小さく、非貿易財のそれは大きいことになる。先進国を除けば、変動制を採用している場合でも多 くの国で資本取引は自由化されていない。このことから、途上国で変動為替制度の下にある市場為替レ ートは貿易収支均衡を基本とした水準に決まる傾向を持つことになる。PPP レートと市場為替レートの乖 離は、主に非貿易財価格の内外価格差を反映したものとなる。需要側から見れば、多くの国で消費の過 半がサービス向けになっている。このため、PPP レートと市場為替レートとの格差は、特にサービスの内外 価格差を反映していることになる。 4. PPP レートによる換算を模式すれば、図1のようになろう。第 1 に、国内価格で測った生産可能性曲線は、 「元の GDP」を通る曲線で示される。原点から出た破線と生産可能性曲線の交点が貿易財と非貿易財の 部門構成を示す点となっている。途上国に良く見られるように貿易財と非貿易財の相対価格の歪みを持 つ価格(市場価格)のために、貿易財部門が大きく表示される傾向がある。第 2 に、非貿易財も含め国際 価格で測り直す PPP レート換算を行うと、先ず、生産可能性曲線が(仮定のように途上国では)外へ拡大 する。非貿易財の内外価格倍率が大きいため、非貿易財部門の拡大幅が大きい。価格変化により、新た な価格体系に基づく均衡では部門構成比に変化が生じ、新たに原点から出た破線と新生産可能性曲線 の交点が新 GDP となる。また、貿易財で測った GDP 規模は点 B となる。貿易・非貿易財の平均内外価 格倍率は、B と A の比率として測ることができる。 5. この含意は、当該国の支出パターンを(国際価格等)国際的に比較可能な価格体系に置き換えたとき、ど れだけの所得が必要とされるかをもって換算後の経済規模が求められることである。さらに、この新たな 所得と元の価格で測った所得との対比を計算することで、市場為替レートの購買力平価からの乖離比率 (内外価格倍率)が得られる。貿易指向の諸国では、内外価格倍率が1.0に近いと想定されやすい。しか し、規模の経済が作用するため“大国”では貿易依存度が低くなる可能性があり、内外価格倍率が1.0 から乖離する可能性もある。また、膨大な潜在失業が存在する“大国”の中には、貿易・非貿易部門間の 価格の歪みから、市場為替レートの下では、貿易依存度が著しく高くなる例が少なからず見られる*8。 (定式化による分析) 6. 以上の検討を2部門の経済分析フレーム・ワークを用いて一般化し、検討内容を確認する。実質 GDP を X、PPP レートで測った(実質)GDP を Xf、貿易部門の GDP を X1、非貿易部門の同を X2、価格指数を P、 PPP レートで測った価格指数を Pf、貿易部門の GDP ウェートをw1、非貿易部門の同ウェートをw2、Pf1を 貿易部門の国際価格、Pf2 を非貿易部門の国際価格、rを内外価格倍率(国際価格を国内価格で除した もの)、r1を貿易部門の内外価格倍率、r2 を非貿易部門の内外価格倍率とすると*9、 7 本文との関連では、製造業、非製造業等、部門間で生産性(変化率)格差が存在し、為替レートが貿易部門で決定される場合、 生産性格差インフレにより PPP レートと市場為替レートとの乖離が生ずるとする仮説。途上国の場合、長期的には非製造業部門 の潜在失業が枯渇することで、賃金が上昇し、インフレが生ずると見込まれる。このことで生産性上昇率の低い非製造業部門の 価格水準が修正され、PPP レートが減価して市場為替レートとの格差が縮小する。 8 香港やシンガポールといった貿易指向の“小国”では、貿易依存度が 100%を越えているが、韓国や中国でも 50%という高率 の状況が生じている。インドでも高まる傾向が見られるが、中国やインドでは PPP レートによる換算を行うことによって 20%以下に なるなど、”stylized facts”に近い値となる。 9 下付き文字の 1、2 は各部門を示すものであり、上付き文字の f は PPP レートで測ったものを表す。また、特に明示しない限り、 価格指数 P は基準年で 1.0 となるよう、適切な基準化を行っている。価格指数を明示的に扱っても以下の分析の結果は変わら 4 (1) 名目 GDP = PX、 (2) PPP レートの名目 GDP = PfX、 (3) 第 1 部門のシェア w1 = X1/X (4) 第 2 部門のシェア w2 = X2/X (5) PPP レートの価格水準 P = Pf1w1+Pf2w2 (6) X = X1 + X2 (7) w1 + w2 = 1 (8) r = r1w1 + r2w2 (9) f f X = r1X1 + r2X2 = {r1(X1/X) + r2(X2/X)}X = (r1w1 + r2w2)X f (9’) X = rX (10) r = Xf/X = r1w1 + r2w2 7. つまり、(9)式によって、PPP レートで換算した経済規模(GDP)は、貿易部門の内外価格倍率に貿易部門 の経済規模を掛けたものと非貿易部門の内外価格倍率に非貿易部門の経済規模を掛けたものとを合計 したもの*10であることが確認できる。同様に、経済全体の内外価格倍率は、(10)式から貿易部門の内外 価格倍率に貿易部門のウェートを掛けたものと非貿易部門の内外価格倍率に非貿易部門のウェートを 掛けたものとを合計したもの、つまり、各部門の内外価格倍率の加重平均となる。(10)式は、また、 Xf=rX((9’)式)と読むことができる。これは、(平均)内外価格倍率が2.0のとき、市場為替レートで測った GDP が約1,000億ドルであれば、PPP レートで換算した経済規模が約2,000億ドルとなることを意味す る。 ない。 10 ここで定義された PPP レートで換算した経済規模は、(各部門のウェートで表される)自国の経済構造を反映したものであること に留意が必要である。内外価格倍率の指数は、国際的(米国の)消費財構成を反映したものとすることも、自国の経済構造を反 映したものとすることも理論的には可能である。フィッシャー式を用い両者の中間とすることも可能である。しかしながら、ここの分 析では成長率の分析とも整合的であることが必要であることから、自国の経済構造を反映したものでなければならない。 5 第 2 節 PPP レート換算と成長率への影響 (市場為替レート表示の成長率と PPP レート換算) 1. 市場為替レートで測った経済規模と PPP レートで換算した経済規模は、貿易部門の内外価格倍率 r1 が1. 0に近い時、非貿易部門の内外価格倍率 r2 も1.0に近いという偶然を除けば、相異なることを前節で確認 した。一般的には、部門間で成長率が異なるため、PPP レートの換算によって部門間ウェートが変化し、経 済成長率にも大きな影響を生じるのではないかとの懸念が生ずる。以下では、成長率への影響を検討す る。 2. 市場為替レートに基づく成長率と PPP レートで換算した成長率とは、各々(6)式と(9)式を時間に関して微 分し、両辺をそれぞれ X、Xf で割ることで求めることができる。 (11) dX/X = (dX1/X1)(X1/X) + (dX2/X2)(X2/X) = g1w1 + g2w2 (12) f dX = dXf1 + dXf2 = r1dX1 + r2dX2 (12)式の両辺を Xf で割り、dXi/Xi=gi、Xi/X=wi、i=1,2、Xf/X=r を利用して整理すると、 (13) dXf/Xf = r1dX1/Xf + r2dX2/Xf = r1(dX1/X1)(X1/X)(X/Xf) + r2(dX2/X2)(X2/X)(X/Xf) = r1g1w1/r + r2g2w2/r = (r1/r)g1w1 + (r2/r)g2w2 最後の 2 つの式は、dXi/Xf をさらに(dXi/Xi)(Xi/X)(X/Xf)と展開して、経済関係を用いて、検討しやすくした ものである。 3. ここで、市場為替レートに基づく成長率と PPP レートで換算した成長率の大きさを比較するために、(13) 式から(11)式の差を取る。つまり、 (14) dXf/Xf – dX/X = {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 4. (14)式では、内外価格倍率が貿易部門と非貿易部門で同一ならば、r1=r2=r となる。また、成長率が同一 (g1=g2)であれば(14)式は恒等的にゼロ(0.0)となる。つまり、市場為替レートに基づく成長率と PPP レートで 換算した成長率の大きさが常に一致するのは部門間で内外価格倍率が一致する(1 財とみなせる場合)、あ るいは部門間で常に同一の成長率となる(均衡成長の場合)という例外的ケースだけであることが明らかとな る。このケースのときのみ、PPP レートで換算した経済規模をベンチ・マークにして、通常用いられる成長率 を用いて将来の経済規模を予測することが可能となるとの含意である。 6 5. 一般的なケースでは、PPP レートの換算により成長率が上昇するか低下するかどちらのケース*11も存在 する。判別式(14)式は、理論的にプラスもマイナスも取り得るからである。当面、発展初期の途上国を前提と して分析をすると、Balassa=Samuelson 仮説の分析前提にもあるように、貿易部門では国際競争に曝される ことから内外価格差が縮小し(1.0 に近くなり)、非貿易部門では国際競争に曝され難いことから価格差は大 きい(1.0 から上下へ乖離する)と考えて良い。つまり、発展の初期には、r1<r2、あるいは r1< 1.0 <r2 となる(表 1の左上)。様々な可能性がありうる中で、以下では当面の分析で関心の高いケースを取り出し、ケース・ス タディーにより分析を進めることとする。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 表1 内外価格倍率と成長率の関係 成長寄与度 価格倍率 貿易部門、寄与度、大 同、寄与度、小 非 倍 ケース1: ケース3: 貿 率 (14)式はマイナスとなり (14)式はプラスとなり易 易い――PPP レート換 い――PPP レート換算 易 部 大 算で成長率は、低下 で成長率は上昇 門 同 ケース2: ケース4: (14)式はプラスとなり易 (14)式は、マイナスとな い――PPP レート換算 り易い――PPP レート で成長率は、上昇 換算で成長率は、 低 の 内 小 外 価 注1 格 下 経済のサービス化 経 済 経済発展の方向注 2 の 国 際 化 (注1) 内外価格倍率は、貿易部門では一般に 1.0 からの乖離が小さく、非貿易部門では逆に 1.0 からの乖 離が大きくなる(1.0 から上下に大きく乖離する)傾向があると考えている。このため、国平均の内外価 格倍率が 1.0 より小であることは、国際価格水準に比べて非貿易部門の国内価格水準が“高い”ケー スを考えていることになる。なお、内外価格倍率が 1.0 より大きいことは国内価格の方が“安い”ことを 意味する。 (注2) Balassa=Samuelson 仮説が成立し、かつ、市場為替レートが長期的には貿易部門を均衡させる方向 に変化するものと考えると、賃金水準の平準化と部門間の生産性格差効果により非貿易部門にコスト 上昇をもたらし、次第に国際価格体系が経済全体へ波及すると見込める。このため、非貿易部門の 内外格差が発展の初期には大であったものが次第に小へ、また、貿易部門の成長寄与はほぼゼロ から始まり、主たる成長部門(貿易部門の寄与度が大)を経て、サービス経済化が進展する(貿易部門 の寄与度が小になる)と言うプロセスを辿ると考えられる(右図の矢印)。 11 r1、r2、rの関係は、rの定義から、r1≥r2のときはr1≥r≥r2。r1<r2のときはr1<r<r2しかない。このため、成長率 g1、g2 がプラスとして も判別式(14)式の右辺はプラスの項とマイナスの項が必ず並存する。 さらに、成長率 g1、g2 と内外価格倍率 r1、r2、r、部門別ウェート w1、w2 との間には、前者が時間当たりの次元を持つのに対して、 後2者は無名数(次元無し)ということから、普遍的に一義的関係付けを行うことは不可能であることが分かる。 7 (PPP レート換算の影響−ケース別検討) 表2 『ケース毎のパラメータの想定』 g1w1 >> g2w2 r2 > 1.0 (1) g1w1 >> g2w2 (r1<1.0) r2 < 1.0 g1w1 << g2w2 (3) g1w1 << g2w2 r1/r < 1.0 ; r2/r > 1.0 r1/r < 1.0 ; r2/r > 1.0 (2) g1w1 >> g2w2 (r1>1.0) (4) g1w1 << g2w2 r1/r > 1.0 ; r2/r < 1.0 r1/r > 1.0 ; r2/r < 1.0 6.(ケース 1) 「貿易部門の成長寄与度が高く、内外価格倍率が非貿易部門で平均より大きい*12」ケース― ――― 開国後間もない途上国では、貿易が開始され、発展軌道に乗ることができる場合には、貿易部門 の成長率が極めて高く、成長への寄与度も大きいというケースが数多く見られる。国際価格を国内価格で 除した内外価格倍率を見ると、非貿易部門では競争に曝されていないだけ極めて大きな値を取り得る。こ れは、賃金率が極めて低いこと、為替レートが割安になりがちなことなどを反映して、非貿易部門では大き な倍率(1.0 より大きな値)となって表れるからである。このケースでは、典型的な場合、次のような値を取るこ とが考えられる: (15) g1w1 >> g2w2: (16) 1.0 > r1/r → 0.0; (14’) f f dX /X – dX/X (貿易部門の成長寄与度が遥かに大きい) r2/r > 1.0 = (非貿易部門の価格が割安) {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 大きなマイナス ゼロに近い値 << 0.0 (15)式と(16)式が成立する場合、判別式(14’)式は右辺の第 1 項が大きなマイナス、第 2 項がゼロに近いた め、(17)式で示すようにかなり大きなマイナスの値を取ると考えられる。つまり、正しく PPP レートで換算した 成長率は、市場為替レートの成長率に比べ大幅に低下することを意味する。このケースが、多くの発展途 上国で観測されることから、当該分析の最も関心を呼ぶものであろう。 (17) dXf/Xf – dX/X << 0.0 (18) dXf/Xf << dX/X 12 非貿易財の国内価格水準が低いため、内外価格倍率 r2 が(1.0 に比べ)大きくなる場合。例えば、固定為替レートの国で、大 量の潜在失業者が存在する場合など、賃金率が低く、農業価格やサービス水準も極めて低いケースに該当する。 8 7.(ケース 2) 「貿易部門の成長寄与度が大きく、内外価格倍率が非貿易部門で平均より小さい」ケース― ―――― (14)式にあるように、想定されるケースは(ケース 1)が唯一ではない。最近の日本では、輸出主 導で経済成長が生じ、非貿易部門の価格水準が国際的に割高となっているが、このような場合には(ケース 2)の前提が該当する。当該ケースでは、成長寄与度と内外価格倍率の想定条件を式に表せば、以下のよ うになる: (19) g1w1 >> g2w2 (20) r1/r > 1.0; r2/r < 1.0 (21) (r1/r - 1) > 0.0 ; (r2/r - 1) < 0.0 (14”) f f dX /X – dX/X (貿易部門の成長寄与度が大きい) = (貿易部門の価格が割安) {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 大きなプラス 小さいマイナス > 0.0 これらに基づくと、(14”)式の右辺の第1項はプラスの大きな値となり、第2項はマイナスではあるが、小さな 値となる。両者を合わせれば、(14”)式は、多くの場合、プラスの値を取ると考えられる。つまり、 (22) dXf/Xf > dX/X (22)式の示唆するものは、貿易部門の成長寄与度が大きく、非貿易部門のそれは小さい場合であり、また、 非貿易部門の内外価格倍率が(1.0 より)小さくなり、国内価格高となったケースでは、PPP レートで換算する ことで成長率の高い貿易部門のウェートが高まることから、成長率が上昇するというものである。逆に、市場 為替レートで評価した成長率は、低成長の非貿易部門のウェートが相対的に高くなっていたためともいえ る。 8.(ケース 3)「非貿易部門の成長寄与度が大きく、同部門の内外価格倍率が相対的に大きい」ケース―― ―― 貿易部門の成長寄与度が小さくなる一方、例えば、大量の潜在失業の存在などにより、非貿易部門 の内外価格倍率が大きなまま止まる(国内価格が安い)ケースがこれに相当する。発展過程で、一次産品価 格の大幅下落や世界貿易の停滞などに遭遇した場合のように、貿易の失速と国内賃金水準の低迷などに より生ずることがある。このケースを式の形で表現すると、典型的な場合には、以下のような値を取ることが 考えられる: (23) g1w1 << g2w2 (24) r1/r < 1.0; r2/r >> 1.0 (25) (r1/r - 1) < 0.0 ; (r2/r - 1) > 0.0 (非貿易部門の成長寄与度が大きい) (非貿易財が国際的に割安) これらに基づき、(14)式に当てはめると、以下のように、右辺の第 1 項は小さなマイナスに、第 2 項は大きな プラスに、全体では大きなプラスになると考えられる。以下の(14’)式の示唆するものは、内外価格倍率の大 きい非貿易部門の成長寄与が大きければ、PPP レート換算によって成長寄与が更に大きくなることから、成 長率が上昇することである。市場為替レートの成長率は低迷した経済状況のため低く見えるが、実際の購 9 買力の伸びはそれ以上に高いことを示唆するものである。このため、PPP レート換算によって成長率が上昇 することになる。 (14') dXf/Xf – dX/X = {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 小さなマイナス 大きなプラス > 0.0 9.(ケース4) 「非貿易部門の成長寄与度が大きく、同部門の内外価格倍率が相対的に小さい」ケース―― ――― 当該ケースでは、経済発展が更に進行し、経済の国際化やサービス化が進展した経済で、ケース 分け表(表 2)の右下にあたる状況になった場合と考えられる。組み合わせの条件から、想定した成長寄与 度、価格倍率の条件を式で表すと、以下のようになる: (26) g1w1 << g2w2 (27) r1/r (28) (r1/r - 1) > 0.0 ; (非貿易部門の成長寄与度が大きい) > 1.0; r2/r << 1.0 (非貿易財が国際的に割高) (r2/r - 1) << 0.0 これらを基に以下の(14')式の符号条件を検討すると、(14')式の右辺第1項はプラスの小さな値となり、右辺 第2項は逆にマイナスの大きな値を取ることから、(14')式全体では、マイナスの値となる: (14') dXf/Xf – dX/X = {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 小さなプラス 大きなマイナス < 0.0 (29) f f dX /X < dX/X つまり、このケースでは非貿易部門の成長寄与度は大きい(貿易部門は小さい)が、これは市場為替レート で評価したことにより非貿易部門のウェートがみかけで大きくなっており、PPP レートで換算して国際価格で 評価し直すことにより非貿易部門の成長寄与度が小さくなることによって、成長率が低下することを示して いる((29)式)。 10. 以上の分析では、成長率を用いて 2 時点間の比較、2 財(2 部門)区分により、また、例示的な分析を行う という限定されたものになっている*13。限定したことは、ここで行った典型的なケースの分析に重大な問題 をもたらすものではないが、理論的には様々な興味深いケースが考えられる。これらを分析することも将来 の課題となろう。 13 理論的には、より多数財、より多数時点を対象に分析することが考えられるが、その場合、成長パス、財構成の特徴、内外価 格倍率の変化パターン等決定要因が加速度的に増大し、分析が不必要に複雑化するためである。 10 第 3 節 分析のインプリケーションと中国、日本の成長率 1. 前節までの分析を最近の中国や日本経済に適用することで、PPP レート換算による影響度の大きさを例 示してみよう。市場為替レートと PPP レートで換算した成長率を対比させるためには、(1)市場為替レート で評価した部門別 GDP シェア、(2)マクロの経済成長率および部門別成長率、(3)部門別市場為替レート と PPP レートとの乖離率(内外価格倍率)が必要である。あるいは、(4)経済学の要請に答えて、作業仮説と して貿易部門では内外価格倍率は殆ど 1.0 に近いと見なせること、逆に非貿易部門は内外価格倍率が極 端に(1.0 から乖離して非常に大きい値か小さい値をとるかに)なることなどを仮定する必要がある。 (PPP レート換算で、中国の成長率は低下) 2. 最近の中国経済や日本経済にどのように当てはまるかを検討する。まず、中国経済は、(1)2003 年には市 場為替レートで評価すると先進諸国を数%ポイント上回る高成長率(9%以上)を記録していたこと、(2)PPP レートで換算すると市場為替レート(2003 年では約 1.2 兆ドル)の数倍の経済規模(アメリカ経済の約 50 か ら 60%の数兆ドルの規模)となっていたと考えられる。この2点から出発して、(3)米中の成長率格差(約 5 から 6%ポイント)がこのまま今後も持続すれば、10 数年で両者の経済規模が逆転すると推論できるかどう かが関心を呼ぶ。このような推論は、現実の数値を当てはめて検討すると、前節の分析に基づく簡単な 考察から否定される。 3. 最も簡単な検証方法は、第 1 に、前節の(14)式に必要なパラメータを与え、判別式の値を確認することで 成長率が高まるか低下するかを知ることである。第 2 に、PPP レートで換算した中国経済が何%の成長率 となるかを前節の(13)式から試算すればよい。マクロの内外価格倍率は、世界銀行の「世界開発指標」 (以下、WDI という)を用いることができる。また、部門別には、2003 年の統計(「中国統計年鑑」2004 年版) を用いる。貿易部門、非貿易部門の区分は現実の同統計年鑑等には存在しない。このため、貿易部門を 製造業と読み替え、非貿易部門をその他の部門と仮定して、統計から数値を抽出する。同様に、部門別 の内外価格倍率もある程度の想定が必要である。価格に大きな歪みがあり、関税率も低くないことから、 理論的要請に従い、ここでは 1.0 に近いものと想定した。 (1) 市場為替レート表示の部門別 GDP シェア(パーセント) 製造業 w1 45.3 非製造業 w2 54.7 全体 100 (%) (2) 同、部門別成長率、市場為替レート成長率(パーセント・ポイント) 製造業 g1 12.8 非製造業 g2 6.4 全体 g (=g1*w1+g2*w2) 9.3 (3) 部門別内外価格倍率 製造業 r1 0.95 非製造業 r2 7.63 全体 r (=r1*w1+r2*w2) 4.61 11 (4) (1)から(3)までのパラメータを前提に、第 2 節の判別式、(14)式を再述し、数値を当てはめると、 (14) dXf/Xf – dX/X = {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 = {(0.95/4.61) – 1}(12.8*0.45) + {(7.63/4.61) – 1}(6.4*0.55) = (- 0.794)( 5.76 ) + (0.655)( 3.50 ) = - 4.57 + 2.29 < 0 判別式がマイナスとなり、PPP レート換算により成長率は低下することが示される。 (5) 市場為替レートに基づく成長率が 9.3%であるのに対して、PPP レートで換算した成長率は、 成長率 =7.00% ={(g1×w1×r1+g2×w2×r2)/(r) = (12.8×0.453×0.95+6.4×0.547×7.63)/(4.61)} というように計算できる。 さらに、GDP 規模と PPP レート換算による成長率との関係を数値例を用いて確認する。中国の 2003 年の GDP 規模*14は市場為替レートで約 14,180 億ドルとされる。マクロの内外価格倍率が4.61であるので、 PPP レートで換算した GDP 規模は、以下のようになる: (市場為替レートの GDP) 14,200 億ドル (PPP レート換算の GDP) 65,300 億ドル (市場為替レートの成長率) 9.3% (PPP レート換算の成長率) 7.0% 4. 部門別内外価格倍率など試算には、重要な前提に制約があるので数値そのものは幅を持って評価する 必要があるが、(1)PPP レートで換算した GDP 規模(2003 年)は、約 6.5 兆ドル(現実の GDP 約 1.4 兆ドル ×4.6 倍)と米国の経済規模の約6割となる、他方、(2)公表値が 9%程度と言われたものが、PPP レートに 換算した成長率は、約 3/4 の 7%程度となることが明らかになった。2002 年、2003 年が景気過熱にあった こと、中国政府は趨勢的成長率を7%程度としていることを考慮すると、PPP レート換算した場合の趨勢的 成長率は、4∼6%の範囲にあるものと考えられる。つまり、PPP レートで換算すれば、中国の経済規模は、 インド同様、市場為替レートの GDP 規模の数倍となる。他方、成長率は大幅に低下する。米国の潜在成 長率が 3.5%(よく引用される値では、労働力増加率 1.5%、労働生産性上昇率 2.0%と言われる)とすれば、 また、中国の持続的成長率が市場為替レートで 7.0%程度とすれば、PPP レート換算の成長率で5%程度 となることを合わせ考えると、両者には 1.5%程度の成長率の相違が残ることになる。さらに、中国には一 人っ子政策による 20、30 年先の労働人口の急減少なども考慮に加える必要があろう。このため、「大国」 中国が経済規模で米国に追い付くとしても、10 数年先ではなく、かなり将来となることが判明する。 14 以上で述べた手法を 2002 年に適用すると、成長率は市場為替レートのものが 8.3%であったものが、貿易部門と非貿易部門 の成長率に格差が少なかったため減速幅が小さく、PPP レート換算後には 7.3%程度、GDP 規模が市場為替レートでは 1 兆 2700 億ドル程度であったものが約 5 兆 9 千億ドルとなる。 12 (注) PPP レート換算の GDP と市場為替レートに基づく成長率を組み合わせた将来展望と、ここで得られた試算と を対比させるため、(1)市場為替レートの GDP および成長率(8.5%)で展望される成長径路を「最近の中国経済の趨 勢」、(2) GDP を PPP レート換算し、成長率は市場為替レートの値となる成長径路を「中国、イメージ I」、(3)GDP も 成長率も PPP レート換算した場合(5.0%)の成長径路を「中国、イメージ II」として、3 ケースを比較する。人民元の対 ドルレートは、たとえば生産性向上による価格低下を相殺するように増価すると考え、実質為替レートが一定になる ように調整される、経済規模は(実質)成長率の相違で決まると仮定する。これを示すと図2のようになる。議論を巻 き起こした 2010 数年に米中の GDP が逆転するとの予想は、出発時の中国 GDP がアメリカの約55%の水準にあり、 さらに米中の実質成長率の乖離幅が数%ポイント以上あるという条件の時である。PPP レート換算した GDP 規模と それに対応する成長率から演繹される米中の成長率格差 1.5%ポイントの場合には、2020 年には中国の PPP レー ト換算した GDP 規模は、アメリカの約55%から20%ポイント程度高まり、約 75%に達することになる。この予想は、 中国にとって大きな成果であるが、想定されるケースの一つであり、激しい議論は起こらないものであろう。 13 (PPP レート換算で、最近の日本の成長率は上昇することもある) 5. 日本の場合に、PPP レート換算による効果がどのようなものか、成長率がどのように変化するのかを検討し てみよう。日本は市場為替レートが PPP レートと比べ過大に評価されているとされる。その幅は、20%から 40%と言われている。2003 年では約 20%と推定される。以下では、内需と外需の動向が大幅に乖離した 2003 年の実例から、影響度を試算してみる。また、2002 年についても、以下の(1)から(4)までの条件に現 実の数値を当てはめ、試算してみる*15。 (1) 市場為替レート表示の部門別 GDP シェア 製造業 非製造業 w1 w2 20.0 80.0 全体 100.0 (2) 同、部門別成長率、マクロ成長率 製造業 非製造業 全体 g1 g2 g (=g1*w1+g2*w2) 9.6 0.7 2.5 製造業 非製造業 全体 r1 r2 r (=r1*w1+r2*w2) 1.125 0.76 0.83 (3) 部門別内外価格差 (4) (1)から(3)までのパラメータを前提に、第 2 節の(14)式を再述し、計算すると、 (14) dXf/Xf – dX/X = {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 = {(1.125/0.83) – 1}(9.6*0.20) + {(0.76/0.83) – 1}(0.7*0.80) > 0 判別式がプラスとなり、PPP レート換算により成長率は上昇することが示される。 (5) PPP ベースの成長率は、 成長率 =3.13% ={(g1×w1×r1+g2×w2×r2)/(r) =(9.6×0.20×1.125+0.7×0.80×0.76)/(0.83)} というように計算できる*16。 以上、2003 暦年の日本の GDP を例にとると、(1)PPP ベースで測った日本の GDP 規模は、約 3.6 兆ド ル(市場為替レートの GDP 約 4.3 兆ドルから約 15%の減少)となり米国の約4割の規模になる。また、 15 統計数値は、「国民経済計算年報」、世界銀行 WDI、を用いている。部門別内外価格倍率は、製造業のそれを 1.0 程度と想 定したものである。 16 2002 年について、同様の試算を行うと、成長率は、市場為替レートのものが−0.5%であったものが、貿易部門のウェートが 高まったことから減速幅が大きくなり、PPP レート換算後には−0.73%程度と減少幅が拡大する。GDP 規模は、市場為替レート では約4兆ドルであったものが約 3 兆4千億ドルとなる。 14 (2)PPP レート換算した成長率は、市場為替レートに基づく公表値が 2.5%であったものが約 2 割余り増加 して、約 3%強となる。 6. 日本の最近の歴史で市場為替レートと PPP レートの関係をみると、第 1 に、市場為替レートが PPP レート に一致したのが 1986 年頃とされる。それまで、緩やかな円高を経験していたものが、プラザ合意を受け、 円は急激に増価していく時期の少し前にあたる。第 2 に、急激な円高期以降は PPP レートと比較して市場 為替レートが過大に評価され続けている。日本の高度成長期が 1970 年代初までであったとする*17と、市 場為替レートと PPP レートが一致する時点までに 10 年強の時間を要している。この間、当初労働生産性 が上昇していた製造業部門では賃金率が上昇していたが、全般的な労働需給の逼迫とともに市場を通じ て他部門に波及することでほぼ全ての産業で賃金が上昇するようなった。この結果、生産性上昇率の格 差が部門別価格上昇率の相違に反映されるようになったものと考えられる。 7. 価格水準で見ても、2 度の石油ショックを経験したことにより、波及のプロセスが分かりにくくなっているが、 全体では Balassa= Samuelson 仮説がちょうど当てはまり、高度成長期以降は非貿易部門の賃金が十分 上昇することによって円の“割安感”が次第に無くなっていく期となっている。円の過大評価期に到り、貿 易部門の比重が縮小傾向となるとともに、第 2 節の分析で見たように、通常の成長率よりも PPP レートで換 算した方がより高い成長率となる状況が生ずるようになったと考えられる。 17 ここで言う「高度成長期」とは、高い成長率が持続していることに加えて、Haris=Todaro 条件が崩壊する、すなわち、余剰労働 力が枯渇し、実質賃金が持続的に、急騰するまでの頃と定義している。 15 第 4 節 購買力平価への換算と経済分析への影響 (各国間の、長期的経済規模の比較法) 1. 諸国間の経済を比較するとき、特に、長期にわたる相互比較は容易でない。マーケット・メカニズムが浸 透している先進国間でも、価格構造の差異、為替レートのミス・アラインメント、要素賦存の相違に基づく 産業構造の違いなどの要素がある。途上国ではより困難となる。まず、比較基準年の価格表示*18で(イン フレを除いて)比較するのか、あるいは、将来時点の(ドル)価格で比較すべきなのか、最初に選択する必 要がある。成長率で見れば、実質成長率なのか、名目成長率から為替変動分を控除したものなのかを選 択することが問題となる。前者であれば、貿易量、資源輸入量などを通じた影響力の比較を目的とするの であろうし、後者であれば、金融取引額、貿易額、投資額などを通じた影響力の比較を目的としたものと なる。前者の目的の場合、部門別価格変化や為替レート変化を明示的に考慮する必要が無い。後者の 場合には、想定すべき要素が増加する。前者の場合、それだけ検討が容易となるが、それでも第 2 節の (14)式を検討すれば明らかなように、多くの要素について変化を考慮する必要がある。 (14) dXf/Xf = dX/X + {(r1/r)-1}g1w1 + {(r2/r)-1}g2w2 2. 様々な困難が生じうる状況で、PPP レートに共通の尺度を求めるのは、Balassa= Samuelson 仮説の前提 にもあるように、長期的にはマーケット・メカニズムが働き、一物一価の原則が成立すると理論的に予想で きるからである。つまり、第 2 節の検討にあったように PPP レート換算によって購買力の調整を行ったとき、 成長率に影響が生じないのは、全ての部門の内外価格倍率が同一であること、あるいは、その極端な事 例として PPP 仮説が成立するときであったからである。各国毎に生産性格差等によるインフレ率が異なっ ても、長期的には為替レートがその相違を相殺するように変化し、内外価格倍率が収斂すれば、長期の 経済規模比較は、(価格変動を除去した)実質成長率を用いれば良くなることを理論的に主張しているか らである。(14)式で見ると、内外価格倍率が全ての部門で同一となれば r1/r =1.0、r2/r =1.0 となり、2つの 成長率が同一となり、困難な長期の分析をより容易にすることになる。 3. それでは、こうした見通しはどの程度合理的なのであろうか。経済発展の結果、余剰労働力を使い果たし、 自由貿易が広範に浸透すると、(平均で見た)内外価格差が解消され、また、部門毎の内外価格倍率も1. 0に収束する可能性が高くなる。マクロ経済的には PPP 仮説が成立すると期待できることなる。国際貿易 だけでなく国内市場でも競争的であり、労働市場では一律の賃金が経済全体に波及し、Balassa= Samuelson 仮説が成立すると考える。国際競争に曝される製造業ではより早期に国際価格へ収斂し、世 界と乖離が大きかった非貿易部門でも間接的に国際競争に影響されることで、次第に国際価格水準へ 近づくと考えられる。つまり、労働や資源が大規模に移動できる長期では、国内各部門の価格水準が換 算された国際価格水準に等しくなりやすいと想定される。理論的な予想が成立する世界では、(1)まず PPP レート換算して購買力で調整した経済規模を出発点とし、(2)実質成長率で将来時点の経済規模を 予想して、(3)各国間の経済規模を比較することで良いことになる。 4. 問題は、PPP 仮説が現実にどの程度分析の前提になりうるか、5年、10 年といった期間でどの程度成立す 18 2005 年の価格水準を前提に、将来(あるいは過去の)インフレ変動分を除去したもの。 16 るものかという点にある。これらの論点は、PPP 仮説が提起されて以来、1世紀以上検証が続けられてきた。 しかし、貿易依存度の高い国でも PPP レートで予想される価格水準が定着した、あるいは、PPP 仮説が相 当期間成立しているとの確証が得られているわけでない。成立を困難にする理由として、(1)資源価格の ような特定の要素価格に偏って生じたショック、(2)技術革新に起因するショック、(3)グローバル化がもたら した要素間相対価格のショック等があり、“長期”では他の事情にして一定(ceteris paribus)という前提が大 きく崩れ、収斂の力だけでなく拡散の力が働いたためと考えられる。より短い10年以下では、時点の選び 方により、様々なショックの影響の方が強く表れることがある。このため、内外価格倍率は1.0に容易に収 斂せず、部門毎の成長寄与度の相違を無視することができなくなる。(14)式でいえば、前節までの分析で は事実上所与とした、内外価格倍率や部門ウェートが変化することを陽表的に考慮しなければならないこ とを意味する。 (長期的な経済規模の変動要因) 5. (14)式の検討によって明らかになったことは、経済発展によって内生的に内外価格倍率や部門別成長 寄与度が変化し、経済規模と成長率の関係がシフトすることの重要性である。特に、部門別成長寄与度 に着目してみる。長期的に部門別成長寄与度が経済発展の段階とともに変化していくこと、つまり産業構 造のシフトの役割がその最大の要因である。持続的経済発展に成功した多くの国では、当初、製造業を 中心とした輸出産業が成長を牽引する状況が見られた。こうした現象も、雇用が増加して潜在失業者を 雇用し尽くし、需要構造が投資主導から消費主導に変化していくことで弱まっていく。他方、国内市場に 厚みができ、経済構造が変化することで非貿易部門の寄与度が高まるような多くの変化が生じて来た。当 該分析との関連では、部門毎のウェートの変化となって現れる。 6. 経済規模と成長率の測り方においても、経済発展のパターンと成長率の関係、および、部門間の成長率 格差が重要となる。貿易部門の価格は国際競争に曝されることで内外価格倍率が1.0に近づく力が常に 働く。これまでの定義を用いて詳細に検討すると、貿易部門と非貿易部門の相対的な寄与度は、第 1 に、 価格競争力と商品の競争力というサプライ・サイドの要因(内外価格倍率 r1、r2 の時間的変化)が作用する。 第 2 に、国内市場と輸出市場の拡大速度差(部門のウェート w1、w2 の時間的変化)というデマンド・サイド の要因によっても影響を受ける。第 3 に、長期的な為替レートの動向が影響する。たとえば、PPP レートを 用いた換算は、以下のように、内外価格倍率と部門のウェートにより表される: (30) Xf = (r1w1 + r2w2)X このうち、内外価格倍率の時間的変化は、P1、P2 を各々貿易部門、非貿易部門の価格水準とすることで 検討できる。P10、P20、P11、P21 など上付き文字の0、1などを基準時点、比較時点を示すものとする。国際 価格は上付き文字fを付して表すものとする。内外価格倍率、r10、r20、r11、r21、----は、これらを用いて以 下のように表せる。 (31) rit = Pfit / Pit : i = 1,2; t = 0,1,2,-,----- 加えて、ドル建て国際価格に上付き文字$を付し、e をドル対邦貨立て為替レートとすれば、国際価格 Pfit は、ドル建て国際価格 P$it を用いて次のようになる: 17 (32) Pfit = P$it / et : i = 1,2; t = 0,1,2,-,----- また、各部門のウェートw1、w2は基準時点、比較時点を表すものとして時点間比較の概念を持ち込むと、 各時点の部門ウェートは、以下のように表示される: (33) wit = (Pit Xit) / (Pt Xt) = (Pit Xit) / : i = 1,2; t = 0,1,2,-,----- (P1t X1t + P2t X2t) (31)式から、内外価格倍率は、内外の価格動向によりその倍率が変化することを示している。貿易部門で は内外価格間の裁定が強く働くとすれば、さらに、外国の価格と為替レートが所与とすれば、主に非貿易 財の国内価格の動向が PPP レート換算の成長率に影響を与えることになる。(33)式は、2部門のウェートが 成長率で決まる生産量(Xit)と価格動向(Pit)の積の相対的な大きさに、部門ウェートの動向が依存しているこ とを示している。貿易部門は専ら同部門の成長率で、非貿易財部門の要因は国内要因である、(1)賃金変 化率、(2)生産性上昇率、(3)成長率に依存して決まるなど、部門ウェートの動向には様々な可能性があるこ とを示している。いずれにせよ、貿易・非貿易部門の相対的ウェートは各部門の成長率のみに依存している わけでないことがポイントである。特に、産業構造のシフトは、内外価格倍率の変化と独立に作用する*19た め重要である。内外価格倍率の変化と産業構造のシフトの2つの要因が同時に作用すると、 (ケース 1)の ように発展初期には各国でほぼ同じ動きが生じても、(ケース 2)のように非貿易財価格が割高となり内外価 格倍率が低下したり、(ケース 3)のように非貿易部門の成長寄与度が高まったり、双方の要因が同時に作 用すること(ケース 4)で、PPP レートで換算した成長率が低下するケースも生ずることになる。 (「収斂」分析への影響) 7. PPP レート換算にまつわるもう一つの問題は、「収斂」分析にも波及することである。Barro=Sala-i-Martin (1995)等の経済発展プロセスの分析には、「2 つの収斂*20」という研究対象がある。経済発展では、時間 とともに各国の所得水準のバラつきが減少する一方、成長率が低下する傾向を持つ(のではないか)という ものである。これまでの経験によれば、内外価格倍率は一人当たり所得が低く、新たに貿易を開始した国 ほど大きく、所得が高い国ほど、貿易開放度の高い国ほど小さい(1.0 に近い)とが知られている*21。加え て、本論文の第 2 節の分析により、他の条件が一定ならば、内外価格倍率が1.0と比べて大きい場合、 PPP レートで換算することで経済規模は大きくなるものの成長率が低くなり、また、内外価格倍率が1.0と 19 貿易部門の比重が高まることで、市場為替レートで評価した成長率と PPP レートで換算した成長率が漸近するわけではない。 (14)式をrの定義(r=r1w1+r2w2)と w1+w2=1 を用いて貿易部門のウェート w1 について微分し、貿易部門の伸張が成長率格差に与 える影響を検討すると 2 つの要素が重要であることが分かる。第 1 は、内外価格倍率(r1、r2)の相対的大きさである。国際競争の 影響からr1≒1.0 とすると、r2が 1.0 より大きか(非貿易財の国内価格が過小評価か、過大評価か)が影響する。第 2 の要素はg1、 g2(相対的な成長率)の大きさである。貿易部門の成長率(g1)が大きければ大きいほど同部門のウェート(w1)が時間とともに高ま ることによって、市場為替レートで評価した成長率と PPP レートで換算した成長率が漸近する。しかし、貿易部門のウェートはあ る程度になれば低下し始めること、また、成長率も高いまま止まることは稀であることに留意が必要である。 20 「σ収斂」と「β収斂」の2つがある。前者は、経済発展により一人当たり所得水準の多国間のバラつきが小さくなること。後者 は、成長率が所得水準の上昇に応じて小さくなる(成長率と所得水準を回帰したとき、その回帰係数βが 1.0 より小さくなる)ため、 十分な時間の後には所得水準が収斂すること。これらの仮説が正しいかどうかの検証も「2 つの収斂」として確定しようとするも の。 21 このため、PPP レートで換算することによって、所得水準の分散は市場為替レートの場合に比べて小さくなる。 18 比べ小さい場合、経済規模が小さくなるものの成長率が高まる傾向があることが分かっている*22。 8. 典型的な収斂の分析*23では、(1)一方では PPP レートで換算した(発展開始時点の)所得水準を用い、(2) 他方では市場為替レートのままの成長率を用いて、先の「2 つの収斂」を検証する。このように加工したデ ータを組み合わせて用いることによって、PPP レート換算により所得水準の分散は小さく(σが小さく)なる 傾向が生まれ、他方、高所得国の低成長率や低所得国の高成長率は以前のまま止まるため、結果として、 所得の小さな上昇に応じて、市場為替レート表示の場合より、より急速に成長率が低下するとの結果を生 じ易くさせることになっている。 9. このように一見経済学的に正しい操作を行うことによって、実は、検証しようとしている収斂論を成立しや すくする操作をしてしまっていることになる。つまり、正しい分析は、(1)市場為替レートの一人当たり所得と 同の成長率の組合せを用いるか、あるいは、(2)PPP レート換算の所得水準と PPP レート換算に伴って必 要となる修正を行った成長率の組合せを用いるか、のいずれかのデータに基づく検証であるべきことにな る。当然ながら、このようなデータを用いるとき、収斂論の検証は仮説がより成立し難くなる傾向を持つこと になる。この事例に見られるように、分析フレーム・ワークの選択には十分な留意が必要であることを示唆 している。 22 つまり、PPP レートの換算を行うことによって、成長率の分散は市場為替レートの場合に比べて小さくなる。 たとえば、このような統計を用いた最近の分析事例として、A. Bernard and S. Durlauf(1995),X. Sala-i-Martin(1996)等があ げられる。また、「収斂」の詳細なサーベイ論文が S. Durlauf and D. Quah(1999)にある。 23 19 おわりに 経済分析では、経済を 1 財(1 部門)で近似することが多い。これにより分析がより簡易になり、マクロ経済 学上多数の有益な分析結果が得られている。しかし、分析の対象となる現象がそもそも多数財(多数部門)の 存在に起因するとき、このような近似は重大なバイアスをもたらす可能性がある。 発展段階の異なる諸国間の経済比較には、国際的にも財が一様と仮定すると、1 財と近似することに伴う 問題が極端な形で生ずる可能性が高い。ここで取り上げた PPP レートによる換算でも明らかなように、経済を 1 財と近似することで問題の本質が隠れてしまう*24からである。経済発展のプロセスが問題となる途上国と先進 国の成長率比較や「収斂」の分析の場合には、停滞する伝統部門と急成長する近代部門が存在し、経済の 重心が近代部門へ移行するプロセスであるにもかかわらず、恰も単 1 部門とみなすことで同じ経済パフォーマ ンスを大きく相違する形にしてしまうことになるのである。 例えば、中国やインドのように PPP レートで測ったとき大国となり、通常の測り方では急速な成長を遂げる 国の場合、将来の経済規模を PPP レート換算した経済規模をベンチ・マークに急成長が持続するような特徴 を単純に組み合わせた分析を行うときなどは、経済を単 1 部門とみなすことに問題が無いかどうか、よほどの 留意がなければならない。このような理論的に困難な分析フレーム・ワークの下では、誤りを犯す危険の高い ことを当該論文は指摘している。もし、分析結果が政策にも影響を与えるものであれば、分析フレーム・ワーク の選択には一層慎重な検討が必要であろう。 (以上) 24 (14)式の内外価格倍率 r1、r2 が同一値の場合、PPP レートの換算が成長率にバイアスが生じないとの結論になることを想起せ よ。1 国に 1 部門しかない(と見なせる同質な経済の)場合も、r1=r2=r となり、(14)式は常にゼロ(0.0)、つまり、市場為替レートの成 長率と PPP レート換算値が一致することを意味する。このときのみ、1 財とみなすことが許される。 20 参考文献 内閣府経済社会総合研究所、(2004,2005)、『国民経済計算年報』(インターネットでの公表数値を含む) Balassa, B., (1964), “The Purchasing-Power Parity Doctrine: A Reappraisal,” Journal of Political Economy 72, pp584-596. Barro, R., and X. Sala-i-Martin, (1995), Economic Growth, N.Y., McGraw-Hill, 539p. Bernard, A. and S. Durflauf, (1995), “Convergence in International Output,” Journal of Applied Econometrics, Vol. 10, No. 2 (Apr. – Jun.), pp97-108. Chang-Tai Hsieh, and P. J. Klenow, (2003), “Relative Prices and Relative Prosperity,” mimeo. Durlauf, S. and D. Quah, (1999), “The New Empirics of Economic Growth,” in Handbook of Macroeconomics, Vol. 1, J. Taylor and M. Woodford (ed). Economist, (2004), “More or less equal,” the Economist, March 11th, 2004. Goldman=Sachs, (2003), “Dreaming With BRICs: The Path to 2050,” Global Economics Paper, No: 99, by D. Wilson and R. Purushothaman. Galor, O., (1996), “Convergence? Inference from Theoretical Models,” The Economic Journal, Vol. 106, No. 437, pp1056-1069. Kravis, I. B. and R. E. Lipsey, (1983), Towards an Explanation of national Price Levels, Special Studies in International Finance No. 52, Princeton University. Mankiw, N., D. Romer and D. Wiel, (1992), “A Contribution to the Empirics of Economic Growth,” Quarterly Journal of Economics 107(2), pp407-437. National Bureau of Statistics China, (2004), China Statistical Yearbook 2004, China Statistical Press. Quah, D., (1996), “Twin Peaks: Growth and Convergence in Models of Distribution Dynamics,” The Economic Journal, Vol. 106, No. 437, pp1045-1055. Sachs, J., (2003), “Welcome to the Asian century,” Fortune, Dec. 29, 2003. Sala-i-Martin, X., (2002), “The World Distribution of Income (Estimated from Individual Country Distribution),” NBER Working Paper, No. W8933. 21 Ditto, (1996), “The Classical Approach to Convergence Analysis,” The Economic Journal, Vol. 106, No. 437, pp1019-1036. Samuelson, P., (1964), “Theoretical Notes on Trade Problems,” The Review of Economics and Statistics, pp145-154. Summers, R. and A.Heston, (1984), “Improved International Comparisons of Real Product and Its composition, 1950 – 1980,” Review of Income and wealth. Wu, H. X., (2000), “China’s GDP level and growth performance: alternative estimates and the implications,” Review of Income and Wealth, 46(4), pp 475-99. 22