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III-2-40 リボザイムの自己切断反応機構 密度汎関数法に基づく CPMD

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III-2-40 リボザイムの自己切断反応機構 密度汎関数法に基づく CPMD
○リボザイムの自己切断反応機構
密度汎関数法に基づく CPMD-MeD 法により、リボザイム(触媒作用を有するRNA)
の自己切断機構の解明を行った。リボザイム1分子当り2個の金属イオン (Mg2+) が触媒
として最も有効に働くこと、水分子の存在は競合する他の反応経路を抑える働きがあるこ
と、水分子、OH-イオンは切断反応におけるプロトン移動に重要な役割を果たすこと、
などが明らかになった。プロトン移動を引き金とするボンド切断反応のミクロな解明であ
る。
○シトクローム c 酸化酵素でのプロトン移動機構
密度汎関数法による全エネルギー電子構造計算、およびメタ・ダイナミクスを用いた
Car-Parrinello 分子動力学法により、生体内エネルギー変換を担う、ミトコンドリア膜蛋
白質であるシトクローム c 酸化酵素でのプロトン移動機構について調べた。
図(1)-(c)-8:ミトコンドリア膜蛋白質シトクローム c 酸化酵素でのプロトン移動の模式
図。Y440 と S441 の間のペプチド結合を横切ってプロトン移動が起きる。
このプロトン移動によって生じた、ミトコンドリア・マトリクスと膜間腔
の間のプロトンの化学ポテンシャル差を利用してATPが高効率で合成さ
れる。
通常生体内でのプロトン移動は、水分子間の水素結合を介して比較的容易に行われる
(Grotthuss 機構)が、シトクローム c 酸化酵素で最近実験的に有力経路とされている H
経路では、水分子の連なりは、蛋白質のペプチド鎖、440 番目と 441 番目のアミノ酸残基
(Tyr440 と Ser441)の部分によって途切れている。しかし、ペプチド鎖を横切るような
プロトンの移動が、どのような微視的過程によって可能になるのかについては、今まで殆
ど何の知見も得られていない。
今回の CPMD-MeD 法計算により、Tyr440 と Ser441 付近の安定なケト型構造に対して、
ミトコンドリア・マトリクス側からの Grotthuss 機構によるプロトンの付加が起こること、
それによってケト構造が不安定なイミド酸構造になること、さらには膜間腔側からの
Asp51 と Ser205 によるプロトン引き抜きによりエノール構造が出現すること、このエノ
ール構造のケト構造への互変異性化によりプロトン移動のサイクルが完結すること(図
(1)-(c)-8)、反応には、蛋白質のターン構造が重要であり、隣のペプチド結合を介した二
段階の間接的互変異性化が反応障壁を低くしていること、が明らかとなった。
○物質表面上に浮遊する非占有電子状態
物質中に形成された欠陥は、系の並進対称性をやぶるために、欠陥近傍に局在した欠陥
状態を誘起することが知られている。一般に欠陥状態は、欠陥近傍にその波動関数の振幅
をもつ。例えば、2次元の欠陥と見なす事ができる半導体表面では、その表面原子構造に
III-2-40
対応する表面局在状態が出現する。他方、グラファイト、カーボンナノチューブといった、
原子列近傍に比較的大きな空隙を持つ物質系では、上述の表面状態と異なる特徴を持つ表
面状態が出現することが知られている。グラファイトにおいては、その原子層の外側に広
がるπ電子分布と、広い層間距離のために、近接するふたつの層の中心に、原子面と平行
に広がった自由電子的な状態、すなわちインターレイヤーバンドの存在が報告されている。
この原子列から離れた領域に振幅を持つ状態は、同様の蜂の巣格子ネットワーク物質であ
る、h-BN、モノレイヤーグラファイト、カーボンナノチューブ、BN ナノチューブにおい
ても存在することが示されている。
この特異な表面状態は、原子列近傍の空隙が本質であることから、半導体、金属などの
全ての物質の表面においても存在することが予想される。そこで、本研究では、密度汎関
数理論に基づく第一原理電子状態計算の手法を用いて、シリコン、アルミ表面の電子状態、
特に非占有電子状態の解析を行った。その結果、この非局在非占有電子状態(Floating
状態)は、金属、半導体を問わず、表面原子列から2〜3Åはなれた真空領域に表面原子
列と平行に2次元的に分布し、そのバンド下端は、フェルミレベルもしくは価電子帯上端
から2〜3eV 高エネルギー側にあり自由電子的な特徴を持つことが明らかになった。波
動関数の詳細な解析、さらに、一様背景電荷を持つモデル系の解析から、この特異な表面
状態が、表面原子列から真空に漏れ出した電荷の引力ポテンシャルによって誘起され、
種々の物質において普遍的な新たな表面状態であることを示した。
(d)分子センサー機能材料の構造・機能予測
【14年度】
核酸塩基を電気的にセンシングする分子素子構築を目指す実験グループとの密接な協
調のもと、核酸のセンシングのメカニズムや特性の理論的解明、およびセンシングの高効
率化のための分子設計を開始した。
核酸塩基の捕捉は水素結合形成によるので、その電子的効果についての検討から始めた。
核酸分子の捕捉を電子的な信号に変えることが期待される候補化合物の電子状態を非経
験分子軌道法で計算し、水素結合によって核酸塩基を捕捉した際の候補化合物の電荷分布、
軌道のエネルギーレベルの変化(電子的効果)について検討を行った。その結果、核酸結
合部位に核酸が水素結合することで結合部位に接続する伝導部位の電子状態にかなりの
変化が生じる場合のあることが分かり(図(1)-(d)-1)、核酸の捕捉を電子的な信号に変換
する分子素子の可能性が示された。また、核酸結合部位と伝導部位の結合様式により、電
荷分布、軌道エネルギーの変化の大きさがかなり異なることが分かった。核酸の捕捉を電
気信号に変換する分子素子を設計する際には、水素結合形成の際に伝導部位に大きな電子
的効果が期待できるような接続様式で核酸結合部位と伝導部位を結合することが重要な
ことが明らかとなった。
III-2-41
図(1)-(d)-1. 非経験分子軌道法で計算された second HOMO の拡がり。HOMO は軌道の
対称性が原因で結合部位に局在しているが、second HOMO は伝導部位まで
拡がっている。
このほか、核酸内の窒素原子と強い配位結合する白金錯体を対象とし、非経験的量子化
学手法を用いて分子構造計算を行った。また、分子ワイヤの理論モデルを用いて、ワイヤ
中に局所ポテンシャルが加わった場合の電気伝導の変化の大きさや、そのワイヤ長依存性
などを計算し、分子を捕捉した場合のセンシング能力について理論予測を進めている。
【15 年度】
<分子ワイヤによるセンシング可能性の理論的検討>
分子のセンシングは科学・工業のみならず、医療・環境など様々な場面で必要となる基
礎的だが極めて重要な技術である。当プロジェクトでは、電気的な分子センシング機能を
持つ機能性分子を開発し、1分子レベルの究極的に高感度な電気的単分子センサー作成を
目指して研究が行われている。本研究は電気的単分子センシングの際に出現する電気伝導
特性の変化を理論的に調べることを目的としている。
機能性分子による電気的なセンシングは、機能性分子が被検出分子と相互作用すること
により生じる電子状態変化を、例えば電気伝導特性の変化として検出することにより行わ
れる。この変化量を見積もるために我々は、機能性分子と被検出分子との相互作用をワイ
ヤー分子内の1原子に生じた局所ポテンシャルとしてモデル化した。分子ワイヤーに対し
ては強結合モデルを用い、両端の金属電極とは分子ワイヤーの両端サイトのみ直接的に相
互作用するものとした。電子間の長距離クーロン相互作用を大野ポテンシャルで取り入れ、
金属電極による鏡像電荷との相互作用も含め、平均場近似で扱った。有限電位差の下での
定常状態を非平衡グリーン関数法で求め、電気伝導を計算した。
分子ワイヤーとしてポリエンをとりあげ、局所ポテンシャルによる電流変化を求めたと
ころ、電位差が大きくなるほど電流変化の相対的割合が増大すること、局所ポテンシャル
の位置により電流変化の大きさや符号が異なることがわかった(図(1)-(d)-2)。このこと
はセンサー分子の設計において捕捉部位の位置をあらかじめ理論に基づいて設計する必
要があることを示している。
III-2-42
図(1)-(d)-2
(左図)分子ワイヤーの電流(I)-電圧(V)特性の計算例。局所ポテンシャル
が無いとき(実線)に比べて、局所ポテンシャルの位置によって電流が減
る(破線)場合と増える場合(一点鎖線)がある。
(右図)電流変化の局所
ポテンシャル位置に対する依存性。電圧 V の増加とともに実線、破線、一
点鎖線の順に変化。
また、電極に挟んだリング状分子が化学反応を起こすことによって、電気伝導度がどの
ように変わるかを理論的に調べた。その結果、電気伝導度変化はリングのサイズに大きく
依存することがわかった。
<分子認識機能の理論予測>
高感度に分子をセンシングするナノ分子システム構築を目標に、その分子捕捉機構につ
いて密度汎関数法を用いた理論研究を分子機能チームとの密接な協力関係のもと行った.
具体的には、分子捕捉部位として白金-ビピリジン錯体を考え、ターゲット分子としてピ
リジンを例にとった.その結果、この捕捉部位が、高感度分子センサに求められている分
子捕捉による構造ならびに電子状態の大きな変化を有することを理論的に明らかにした.
図はターゲット分子を捕捉する前後での捕捉部位の分子構造を示している.捕捉前(図
(1)-(d)-3 左)では白金錯体はひずみを伴った平面構造をとっている.ピリジンの接近に
より、白金とビピリジン上の窒素との結合のうちの一つがはずれ、代わりにピリジンが配
位することでターゲット分子を捕捉することがわかった(図(1)-(d)-3 右).捕捉による構
造変化が大きな電子状態の変化を伴うことを、分子軌道の広がりや光学吸収スペクトルの
計算から明らかにした.光学吸収の変化は実験結果とも対応している.
図(1)-(d)-3. 高感度センシング分子システムにおける捕捉部位(白金-ビピリジン錯体).
ターゲット分子(今の場合ピリジン)捕捉前(左)と捕捉後(右)の構造.
III-2-43
また、昨年度行った候補化合物のシミュレーション結果に基づいて捕捉部位を改良した
新しい候補化合物のシミュレーションを行い、電気伝導に影響を与えるパラメータの計算
値を昨年度の化合物と比べ、改良の影響について検討した。
【16 年度】
<量子化学計算によるセンサー分子の構造と電子状態>
本プロジェクトにおいては、電気的な分子センシング機能を持つ機能性分子を合成し、
1分子レベルの究極的に高感度な電気的単分子センサーの実証を目指して研究が行われ
ている。その基本的考え方は、標的分子を捕捉する部位とその信号を電気伝導の変化とし
て伝える伝導部位(分子ワイヤ)から構成しようというものである。
そのような分子センサーのうち、DNA の塩基を標的とするものの候補としてジアミノピ
リジン類を用いたものが提案され(図(1)-(d)-4)、捕捉部位と伝導部位のさまざまな結合
様式について、非経験的分子軌道計算によって電子的影響の大きさを見積もる計算を行っ
てきた。その成果がこのほど論文として出版された[S. Tsuzuki et al., Biosensors &
Bioelectronics 20, 1452 (2005)]が、本年度はその計算をさらに発展させ、現実に合成
された分子への適用計算を行った。特に、捕捉部位と伝導部位の結合様式に関して、これ
までの計算をもとに新たに合成された分子の構造を用い、さらに、計算モデルに取り入れ
るワイヤ部分の領域をベンゼン環1個から3個までに拡大し、チミンの結合効果について
詳細な計算を行い、解析した。その結果、チミン複合体構造が十分に安定であること、ま
た、チミンの結合によってワイヤ部分の分子軌道(HOMO, LUMO)が 0.1-0.2eV 程度シフトす
ることがわかり、ある程度の伝導変化が期待でき、実験による実証が十分に可能であるこ
とを示した。
図(1)-(d)-4. ジアミノピリジン誘導体を用いたチミン分子に対する分子センサーの概念
図
実験チームにおいてビピリジンを骨格に用いたセンサー分子が研究され、PdCl2 がビピ
リジン部位に吸着することによって SAM 膜の表面電位の変化などが観測された。第一原
理分子軌道計算による電子状態の変化を検討し、分子の内部回転と、大きな双極子の誘起、
コアレベルシフトなどの実験事実の説明を行った(図(1)-(d)-5)。
III-2-44
図(1)-(d)-5 ビピリジンへの白金イオン付加による電荷分布と双極子モーメントの変化
<分子センシングのための単一分子電気伝導の第一原理計算>
第一原理電子状態計算により単分子などのナノ構造の電気伝導を解析している。特に、数値
局在基底、グリーン関数法を用いて半無限結晶電極に挟まれた分子などのバリスティック伝導を
解析している。この方法は波動関数を直接扱わずに、グリーン関数から系の透過率を計算
することによって伝導度が求められる。半無限結晶のグリーン関数を利用することにより、
電極としての結晶の効果を含んだ分子の伝導度が解析可能である。また、この手法の特徴
としては、数値原子軌道を基底として用いることにより大幅に基底関数を減らすことが可
能で、大規模な分子の計算ができることがあげられる。この手法を用いて、ビピリジン分
子の電気伝導度の解析を進めている(図(1)-(d)-6)。
図(1)-(d)-6. ビピリジン分子への金属イオン配位と伝導チャネル電子状態の変化
III-2-45
<分子ワイヤを用いたナノセンサーの理論モデル>
分子センサーの電気伝導特性を理論的に調べた。この分子センサーの原理は、分子ワイ
ヤが被検出分子と相互作用することにより生じる電子状態変化を電気伝導特性の変化と
して検出するものである。この変化量を見積もるために、機能性分子と被検出分子との相
互作用をワイヤ分子内の1原子に生じた局所ポテンシャルとしてモデル化した計算を行
ってきた。
分子ワイヤに対しては強結合モデルを用い、両端の金属電極とは分子ワイヤの両端サイ
トのみ直接的に相互作用するものとした。電子間の長距離クーロン相互作用を大野ポテン
シャルで取り入れ、金属電極による鏡像電荷との相互作用も含め、平均場近似で扱った。
有限電位差の下での定常状態を非平衡グリーン関数法で求め、電気伝導を計算した。これ
まで分子ワイヤのモデルとしてポリエン(単一バンドモデル)を扱ってきたが、本年度は
芳香族系のワイヤ分子を議論するために疎視化した2バンドモデルを取り扱った。
局所ポテンシャルによる電流変化を計算した結果、電位差が大きくなるほど電流変化の
相対的割合が増大すること、局所ポテンシャルの位置により電流変化の大きさが異なるこ
とがわかった(図(1)-(d)-7)。電流変化のサイト依存性はおもに電場下での分子軌道の分
極変形に由来するものであることを示した。現実的なポテンシャル変化に対する電流の変
化は数 10%程度であり、十分に観測可能である。
図(1)-(d)-7. 分子ワイヤの電気伝導に対する局所ポテンシャルの効果
<単一分子電気抵抗の分子構造依存性>
環状分子の電気伝導度を計算し、局所的な構造変化によって抵抗がどのように変化する
かを、強結合模型にランダウア公式を適用し計算した。結果として、局所的に分子を付加
することで電気伝導度が大きく変化することを示した(図(1)-(d)-8)。
ON
OFF
図(1)-(d)-8. 環状分子の電気伝導度。ある原子の周りの電子飛び移り積分の値
によって、電気抵抗が大きく変化する。
III-2-46
【17 年度】
核酸塩基等の分子を選択的に捕捉し、高感度な電気的検出を可能とする機能分子の実現
に向け、産業技術総合研究所の実験チーム(分子機能チーム)との緊密な連携のもと、第
一原理計算を用いた理論予測と実験結果の解析を行った。
<水素結合型センサー機能分子>
実験チームで合成が報告された水素結合型認識部位をもつセンサー機能分子につい
て、量子化学計算を行い、標的分子捕捉に伴う分子の電子状態変化を理論的に評価した。
核酸塩基チミンを認識するための、2,6-ジアミノピリジン誘導体を認識部位に有する分子
および 2-アミノピリミジンを認識部位に有する分子などについて研究した。後者はナノ
ギャップ電極に導入され、電気伝導測定が行われたので、実験結果との比較を行った。
○ジアミノピリジン型
以前に行った 2,6-ジアミノピリジ
ン 型 分 子 モ デ ル に 対 す る 計 算 [S.
Tsuzuki et al., Biosensors &
Bioelectronics 20, 1452 (2005)]は、
多数の候補分子について定性的予測
をするため、分子ワイヤ部をベンゼ
ン環1個で代替し、計算精度も
Gaussian 98 の HF/6-31G*の水準であ
ったが、今回は特定の分子を対象に、
計算時間をかけて高精度の計算を行
った。具体的にはワイヤ部をベンゼ
ン環3個を含むオリゴフェニレンエ 図(1)-(d)-9 チミンと水素結合する 2,6-ジアミ
チニレンに拡張し、Gaussian 03 の密
ノピリジン誘導体を側方に有する
度汎関数法ハイブリッド B3LYP を使
分子ワイヤ
用し、基底関数は 6-311G**を用いた。
センサー分子単体とチミンが結合した複合体のそれぞれについて構造最適化を行い、電子
状態を比較した。また、電極間に架橋された分子の電気伝導を、密度汎関数法と非平衡グ
リーン関数法を組み合わせた TranSIESTA-C ソフトウェアを用いて計算した。
まず、昨年度に実験チームで報告された、2,6-ジアミノピリジンを認識部位として有す
る分子ワイヤ(図(1)-(d)-9)について計算を行った。この分子は側鎖が回転する自由度
があり、比較的安定な2つの配座(光学異性を含めると4つ)が存在する。いずれの場合
も 2,6-ジアミノピリジン部位は分子ワイヤ面からねじれており、チミン結合に対する立
体障害はなく、結合エネルギーは約 10 kcal/mol である。最高被占軌道(HOMO)と最低空軌
道(LUMO)はともに分子ワイヤ全体に広がっており、伝導に寄与する軌道であることも確か
められた。チミン結合による HOMO と LUMO のエネルギー準位のシフトは 0.14 eV ~ 0.25
eV であり、以前の 2,6-ジアミノピリジン型分子モデルに対する計算結果のうちの大きい
ものに近い。以前の計算はベンゼン環1個の分子軌道に対する影響であったのに対し、今
回の系は分子軌道が分子ワイヤに広がった軌道であることを考慮すると、以前のモデルの
結果よりも大きい効果が出ていることになり、この分子がセンサー分子として有望である
ことを示している。当初合成された分子は設計とは異なる構造異性体であることが判明し、
あらためてこの分子の合成が試みられたが、まだ合成には至っていない。合成の難易度も
勘案して今後もこの系統の分子探索を行うことが有効であると考えられる。
○アミノピリミジン型
次に、実験チームで今年度合成された、チミン認識部位として 2-アミノピリミジンを
側方に有する分子ワイヤ(図(1)-(d)-10)について計算を行った。電子状態を分析すると、
HOMO と LUMO はやはり分子ワイヤ全体に広がっており、伝導に寄与する軌道である。この
分子とチミンの結合エネルギーは約 6 kcal/mol で、2,6-ジアミノピリジンの場合に比べ
III-2-47
ると小さいが、これは水素結合の数の違い
による。チミン結合による HOMO と LUMO の
エネルギー準位のシフトはそれぞれ+0.06
eV と+0.11 eV である。この分子を金(111)
面の2電極間にチオール結合で架橋させた
分子の電気伝導を計算すると、伝導度の大
きさは、仮定した表面吸着サイトや分子の
傾きなどに依存するものの、チミン捕捉に
よっていずれも 10%~17%伝導が減少す
ることが分かった。これは必ずしも大きい
効果とは言えないが、電気伝導の変化は実
験で観測されており、変化の方向(減少)
は実験と理論が一致している。電気伝導の
変化の大きさは、以前に一般的な
tight-binding モデルで理論的に見積もっ
たものとオーダーとしては合っているが、
分子軌道準位と金属電極のフェルミ準位の
関係や、チミン結合に伴う側鎖の回転など、
様々な要因が絡んでいるため、第一原理計
算の結果は必ずしも単純に解釈できるわけ
ではない。また、電極との接合など、現実
の系では不明な要素も多くあり、定量的な
比較は容易ではないが、少なくともセンサ
ー機能の有無について実験と理論が矛盾の
ない結果を得たことは確かである。
図(1)-(d)-10 チミンと水素結合する 2アミノピリミジンを側方に有する分子ワ
イヤ
図(1)-(d)-11 チミンと水素結合する 2アミノピリジン誘導体を中間に有する分子
ワイヤ
○アミノピリジン型
さらに、実験チームで昨年度合成された、2-アミノピリジンのアミド誘導体であるピリ
ジニルベンズアミドを中間に有する分子ワイヤ(図(1)-(d)-11)についても計算を行った。
認識部位をワイヤ中に置くことで、チミン結合の影響が大きくなる可能性がある一方で、
電気伝導が阻害される懸念もあるので、計算により検討した。その結果、HOMO も LUMO も
分子ワイヤ全体に広がっており、π電子共
役による伝導経路はアミド結合を介しても
表(1)-(d)-1.
ほぼ維持されていることがわかった。この
分子ワイヤの電気伝導は実験でも観測され
ている。チミン結合の効果については、HOMO
はほとんど変化せず、LUMO のみが+0.17 eV
シフトすることがわかった。認識部位を分
子ワイヤ中に置いたことの効果は、図
(1)-(d)-9,10 の系と比較してこの場合は
必ずしも大きくないが、それは捕捉部位が
側方にあっても捕捉された分子と主鎖の相
互作用が比較的大きかったからであると考
えられる。
<金属配位型センサー機能分子>
○ビピリジン型
これまで、ビピリジン金属配位型の分子
を対象に分子機能チームと協力して取り組
んできた。本年度は、センシングにおいて
重要な因子である選択性について、ハイブ
III-2-48
リッド型密度汎関数法を用いた量子化学計算により研究し、分子機能チームの測定結果と
比較、検討した.捕捉対象として、PdCl2、FeCl2、CuCl2、NiCl2 を取り上げ、ホスト分
子との結合エネルギーを計算したところ、PdCl2 の結合エネルギーが他に比べ 1.5 倍以上
大きく、Pd イオンに対する選択性を示唆する結果を得た(表(1)-(d)-1 参照).この結果
は、本分子を用いた単分子膜の表面電位の変化が PdCl2 添加の場合に最も大きいという測
定結果と合致し、実験、理論両面から本センシング材料が選択性を有していることを明ら
かにした.
また、本センシング材料を用いたこれまでの成果を分子機能チームとの共著の論文とし
て取りまとめ、Journal of Physical Chemistry B に投稿し、現在印刷中である.なお、本論
文には、プロジェクト外の研究者(産業技術総合研究所ならびに東京大学)との共同研究
の成果も一部含まれている.
○白金錯体型
これまで、分子機能チームと協力して、平面正方形の白金(II)錯体を捕捉部位にもつ材
料を対象に取り組んできた。その中で,実験、理論の結果を総合的に判断し、Pt(bpy)22+
錯体[bpy:ビピリジン]の分子捕捉機構として配位子置換が有力であると結論づけた.昨年
度、分子機能チームにおいて、新たにPt(tpy)(py)2+ 錯体の研究を着手した [tpy:ターピ
リジン、py: ピリジン].この分子は、Pt(bpy)22+錯体と異なりEZ異性体を生じないとい
う特徴を有している.
上記の研究展開を受け、本年度、機能向上に向けた分子設計の観点から,上記2つの錯
体系を比較した.図(1)-(d)-12は、ハイブリッド型密度汎関数法を用いて計算された、
Pt(bpy)22+, Pt(tpy)(py)2+, Pt(tpy)Cl+ の安定構造と電子吸収スペクトルである.計算に
は、溶媒効果を自己無撞着反応場法により取り入れてある.ターピリジンを用いた分子の
安定構造には Pt(bpy)22+で存在した立体障害が見られない.吸収スペクトルを見ると、3
者で比較的似た形状を持つが、Pt(tpy)(py)2+, Pt(tpy)Cl+では、350nm より長波長側に弱
い吸収が現れる.これらの吸収スペクトルの特徴は実験結果とも対応していることが解っ
た. 配位子置換について比較したところ、エネルギー利得の観点からはビピリジン錯体
の方がタービリジン錯体より有望という予備的な結果が得られた.これは、ビピリジン錯
体が内包している立体障害が置換により開放されることが影響していると考えられ、分子
捕捉機能に対する分子設計指針の1つになる可能性がある.
図 (1)-(d)-12 ハ イ ブ リ ッ ド 型 密 度 汎 関 数 法 で 計 算 さ れ た Pt(bpy)22+,
Pt(tpy)(py)2+, Pt(tpy)Cl+ の安定構造と電子吸収スペクトル
III-2-49
2.1.3 ナノ機能材料設計技術
(a) 磁性半導体超構造のマテリアルデザイン
【13年度】
磁性半導体超構造をデザインする手法の開発を目指して、新しいタイプの希薄磁性半導
体 で あ る カ ル コ パ イ ラ イ ト 型 II-IV-V2 室 温 強 磁 性 半 導 体 の 電 子 状 態 の 計 算 を
KKR–CPA–LDA 法を用いて行い、CdGeP2: Mn および ZnGeP2: Mn の強磁性発生の機構を
明らかにした。その結果、この系では一般に考えられているように Cd や Zn が Mn でお
きかえられたために強磁性になっているのではなく、1)Cd や Zn 位置に多数の原子空孔
が出来ている、2)化学量論的組成からのずれが生じ Cd や Zn が過剰に入っている、な
どのためにキャリアが存在し、キャリア誘起による二重交換相互作用によって強磁性が安
定化されていることを見出した。また、Mn が様々な位置に入る可能性を検討するために、
(a) Mn が II 族位置を不規則におきかえる、(b) Cd3MnGe4P8 規則合金を作る、(c) Mn が IV
族位置を不規則におきかえる、(d) 原子空孔が II 族位置に不規則に入る、(e) 原子空孔が
IV 族位置に不規則に入る、(f) II 族元素が過剰に入る、(g) IV 族元素が過剰に入る、の各
場合について生成エネルギーを計算し、どのような場合が実験的状況下で最も実現し易い
かを評価した。その結果(Cd, Vc, Mn)GeP2 あるいは(Cd, Ge, Mn)P2 が最も有力な強磁性相の
候補であることを結論した。さらに、同様なカルコパイライトである(Cd, TM)GeP(TM=Sc,
2
Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu)についても計算を行い、磁性遷移金属元素として V や Cr を
用いれば強磁性が安定化すること、特に Cr を用いれば室温よりはるかに高い強磁性希薄
磁性半導体が得られる可能性があることを予言した。
【14年度】
カルコパイライト型 I-III-VI2 室温強磁性半導体を KKR–CPA–LDA 法を用いて設計した。
その結果 Cu(Al,TM)S2 および Ag(Ga,TM)S2(TM=3d 遷移金属)において TM としてバナ
ジウム、クロムを用いたときに、意図したような高い強磁性転移温度をもった希薄磁性半
導体が得られることを見出した。強磁性発生の機構はフェルミ面付近に磁性遷移金属が反
結合 d 状態を持つことにより生じる二重交換相互作用であると結論された。
層状構造のバリスティック伝導を現実的な系について計算するための計算機コードを
開発し、そのコードを用いて Cu リードではさまれた Cu/Ni/vacuum/Cu/Ni/Cu 4 層構造から
なるナノ構造のトンネル伝導と、トンネル磁気抵抗効果を調べた。実験で観測されている
Co 系の 4 層構造におけるトンネル磁気抵抗比にみられる量子振動と類似の振動構造が現
実的な系に対する計算においても見られることを見出した。
大規模ナノ構造を計算するための、基本的な計算機コードを開発した。これらの中には、
フルポテンシャル KKR コード、遮蔽 KKR コードが含まれる。それぞれ、球対称ポテン
シャルを仮定しないでグリーン関数法により電子状態を計算するコード、および構造グリ
ーン関数が高々第二近接原子程度のあいだに減衰するように変形されたグリーン関数法
の計算機コードである。
【15年度】
遮蔽 KKR 法の実装のための研究を行い、計算機コードを開発した。この計算機コード
を用いて Cu 超格子、強磁性 Ni 超格子、スピン密度波反強磁性 Cr の電子状態計算を行い、
その有効性を確認した。
超格子層数 N の関数としての CPU 時間は N に対して線形であり、
この方法がオーダーN 法であるこ
とが確認された。オーダーNと謳われている方法の多くが実はモデルの段階でオーダー
N化を行っており、厳密な意味ではオーダーN法とは言えないことと比較して、ここで用
いられた方法はオーダーNではない現実モデルに対してアルゴリズムによりオーダーN
を実現しており、正しい意味でオーダーN 法である。
この方法を用いて Ni 強磁性超構造1000層に対して、一層毎をすべてセルフ・コン
システントに取り扱い、計算を完全に収束させることができた。このとき、全体の膜厚は
170nm であり、サブミクロンサイズの超格子が問題なく扱えることが示された。
また、スピン密度波反強磁性 Cr の計算を行い、スピン密度波反強磁性の量子シミュレ
III-2-50
ーションを実行することができた。これは過去において、KKR 法によって50層程度を
用いたシミュレーションが行われた例があるが、スピン密度波反強磁性が基底状態である
ことを第一原理電子状態によって示すために膨大なCPU時間をかけスーパーコンピュ
ータによる超大型計算を必要とした。それに比べて、遮蔽 KKR 法を用いた計算では、PC
を用いたわずか数日程度の計算で様々な膜厚に対応した一連の計算をすべて終了するこ
とができた。
これらのテスト計算は、開発された手法の正当性を示すと共に、計算機ナノマテリアル
デザインにおける際立った有効性を約束するものである。
【16年度】
しかしながら、これは膜厚方向に対する一次元的なサイズであり、膜に平行な二次元方
向に対してはナノサイズの周期性を持つことが仮定されている。あらたに3次元方向に対
するサブミクロンサイズ電子状態計算が可能な手法の開発に着手した。一次元遮蔽 KKR
法においては、膜厚方向のみにオーダーNを実現することが考慮されている。このため、
遮蔽 KKR 法計算機コードにおいても、この特殊性を反映したプログラム構造がとられて
いた。このため、開発済みの遮蔽 KKR 計算機コードと完全に独立した、新しい遮蔽 KKR
計算機コードの開発を開始した。このコードでは一次元方向に対してのみオーダーN計算
が実行する制限を排除することが意識されている。
フルポテンシャル KKR 法コードの整備・拡張を行い、その精度、高速性、適用性を大
きく向上させた。具体的には、1)単一非球対称ポテンシャルによる散乱をどんな場合で
も正確に取り扱える手法を取り入れた。2)グリーン関数を構成する場合に不可欠となる、
原点で非正則な波動関数からの電子密度への非物理的な寄与を、完全に消し去ることに成
功した。3)全エネルギーを計算するにあたって必要なバンドエネルギーの計算をグリー
ン関数の位相から直接計算することに成功した。これらの結果として計算の全体の精度、
安定性が著しく向上した。特に全エネルギーの計算の精度が飛躍的に向上した。また、計
算時間も通常の KKR と同じ程度で実行できるようになった。
ハーフメタリック反強磁性半導体の計算機マテリアルデザインを行った。その結果 TiO2
をベースにして、Fe-Co や Mn-Co などの 2 種類の磁性イオンで Ti 位置を置換した系で、
ハーフメタリック反強磁が実現されることがわかった。ハーフメタリック反強磁性体は今
後有望なスピントロニクス材料であり、ワイドギャップ半導体をベースにした新しいスピ
ントロニクス材料への展望が開けてきた。
(b) 表面・界面のナノマテリアルデザイン
【13年度】
走査トンネル顕微鏡の探針と固体表面の間に形成する鉄原子架橋に関するナノ物理を、
密度汎関数理論を用いて調査した。単原子鎖構造と、梯子構造の原子架橋をとりあげ、ト
ータルエネルギー、磁気モーメント、コンダクタンスを計算し、更に原子架橋を軸方向に
押し縮めた場合、それらがどのような影響を受けるか調べた。原子が一直線上に並んだ直
線型単原子鎖構造の原子架橋では、磁気モーメントは 3.31μB と、通常の鉄(バルクα鉄)
に較べ、格段に大きな磁気モーメントを持つことがわかった。また、この場合、架橋に電
流を流すと、電流は架橋のもつスピンとは、逆方向にスピン偏極し、偏極度は60%に達
することを見出した。この単原子鎖の鉄原子架橋はスピン偏極電流源に用いることができ
ることを確認した。軸方向に架橋を押し縮めた場合、直線型構造が壊れないと仮定すれば、
強磁性状態から、常磁性状態へ変化することがわかった。しかし、格子の安定性を調べて
みると、押し縮めた場合、直線型構造は不安定で、代わってジグザグ構造が安定となり、
原子架橋は強磁性状態に留まることがわかった。すなわち、単原子鎖構造は、磁性状態の
変化を起こさせる為には脆弱すぎることがわかった。そこで、磁性状態を変化させるため
に十分な強度を持つ構造を、架橋断面に 2 原子がある梯子構造の中で探査してみた。その
結果、ねじれた梯子構造の原子架橋では、強磁性状態から常磁性状態への変化を起こしう
ることを見出した。なお、その磁性変化には、原子当たり 0.6eV のエネルギー変化を伴う。
走査トンネル顕微鏡の探針操作により、格子定数を変化させる事を通して、原子架橋の磁
III-2-51
性状態の制御が可能であることを確認した。これら磁性原子架橋の研究は、スピンエレク
トロニクスのデバイス実現に向けて有用であることを確認した。
【14年度】
鉄-ニッケル(Fe-Ni)および鉄-バナジウム(Fe-V)合金のねじれた梯子構造原子架橋をとり
あげ、磁気モーメント、スピン依存量子化コンダクタンスを計算し特性を評価した。それ
ぞれの特性の合金の原子構成比依存性について調査し(原子架橋版 Slater-Pauling 曲線を
作成)、それらの起源を明らかにした。
Slater-Pauling 曲線の右側に位置する Fe1-αNiα合金原子架橋では、Fe の磁気モーメントは
3.3μB、Ni 原子においても 0.9μB とそれぞれ通常の鉄およびニッケルのバルク結晶中よ
りも格段に大きな磁気モーメントを持ち、それは構成比αに依存することなく、保持され
ることが分かった。
Slater-Pauling 曲線の左側に位置する FeβV1-β合金原子架橋では、 =1 を除いて対応する
合金バルク結晶とほぼ同じ平均磁気モーメントをもつことがわかった。V 原子はほぼ磁気
モーメントをもたず、Fe 原子においては、磁気モーメントが強く抑制されることが見出
された。
スピン依存量子化コンダクタンスについては、Fe1-αNiα合金原子架橋の場合、多数スピ
ン電子からのコンダクタンスへの寄与は構成比α依存性がなく、少数スピン電子からの寄
与は構成比αの変化に対し敏感に変化することがわかった。少数スピン電子のサブバンド
構造を、合金化により制御し、原子架橋を流れる電流のスピン偏極を制御することが可能
であると思われる。
これに対し、FeβV1-β合金原子架橋の場合は、多数スピン電子、および少数スピン電子両
方のコンダクタンスへの寄与が、構成比 の変化に対し敏感に変化することが見出された。
この場合、原子架橋を流れる電流のスピン偏極を制御するには、より精密な原子操作技術
が要求される。
以上のように、合金化により磁性状態およびスピン依存量子化コンダクタンスの制御が
可能であることを確認した。これらの磁性原子架橋の研究は、スピンエレクトロニクスの
デバイス実現に向けて有用であることを確認した。
【15年度】
非磁性金属表面上に形成する磁性ナノ構造のナノ物理を、密度汎関数理論を基にした第
一原理計算を用いて調査した。今回、Cu (111) 表面上の Fe 薄膜の系、および、同じく Cu
(111) 表面上の Fe ナノワイヤーの系を取り上げた。
Cu (111) 表面上の Fe 薄膜系において、Cu 原子の電子状態とは殆ど混成せず Fe 層内に
局在する電子状態があることを見出した。これらの電子状態は、Fe の d 状態のうちの幾
つかからなり、スピン分極していることが分かった。
Cu (111) 表面上の Fe ナノワイヤーでは、直線型とジグザグ型の両方について調査した。
どちらの場合においても、原子 1 個あたりの磁気モーメントは 3.1μB と、Fe バルクにお
ける値よりもかなり大きな値であることが分かった。ナノワイヤー内の Fe 原子では、バ
ルクの場合と比べて多数スピン電子の d バンドの幅が狭まり、少数スピン電子の d バンド
は高エネルギー側にシフトし、その結果、Fe ナノワイヤーの磁気モーメントが大きくな
っている。なお、Cu (111) 上の Fe 1 原子膜の磁気モーメントはナノワイヤーとバルクの
中間の値 2.7μB であり、構造の次元性が低下するにつれて上記状態密度の変化の傾向が
顕著になり、磁気モーメントが大きくなることがわかる。これらの研究を通じて今回探査
した表面ナノ構造を対象にして、デバイス開発に有効な表面ナノ構造伝導性シミュレーシ
ョン技術を開発するとともに、「表面界面ナノマテリアルデザイン技術」確立に有用な知
見を得た。
【16年度】
半導体表面上の磁性ナノワイヤーおよび非磁性金属表面上の磁性ナノアイランドを、密
度汎関数理論を基にした第一原理計算を用いて調査した。また、磁性金属ベースのデバイ
III-2-52
ス作成に用いる反応性イオンエッチング(RIE)のプロセスデザインの研究を本格的にス
タートさせた。
半導体表面上の磁性ナノワイヤーに関しては Si (100) 表面上の Fe1原子ワイヤーを対
象として研究を行った。まず、Fe 原子ワイヤーを作成するために Si (100) に Fe 原子を降
らすシミュレーションを行ったところ、Fe 原子は Si 原子と強く結合し、表面 Si 原子の配
置が崩れることが分かった。また Si 原子と強く結合した Fe 原子は、磁気モーメントを消
失し磁性ナノワイヤーは、このままでは作成できないことが分かった。そこで、Si 表面
を安定化させるために水素終端することを考え、水素終端表面で Fe ワイヤー作成のシミ
ュレーションを行った。その結果、表面 Si 原子の配置が崩れることなく Fe 原子を安定に
配置することができ、かつ、Fe ナノワイヤーは、磁気モーメントを保持することが分か
った。
非磁性金属表面上の磁性ナノアイランドに関しては、Cu (111) 面上の Fe4原子アイラ
ンドの安定構造、磁性の研究を行った。シミュレーションの結果、アイランドの安定構造
を見出すことができ、ナノアイランド内の Fe 原子は、1原子あたり 3.0μBの磁気モーメ
ントを持つことが分かった。表面ナノ構造内の Fe 原子の磁気モーメントを大きい順にな
らべると[原子架橋] ≧[ナノワイヤー]>[ナノアイランド]>[薄膜]の順となる。
RIE のプロセスデザインに関しては、密度汎関数理論を基にした第一原理計算を用いて、
分子と表面の反応前の状態、相互作用状態、反応後の状態を考慮することにより、反応の
方向性を調べる方法を考案し、実践を試みた。具体的には、NiFe、CoFe、MnO をターゲ
ットとする RIE プロセスの計算を行った。その結果、NiFe、CoFe、MnO を効率良くエッ
チングをおこなえるガス種を特定することができた。
(c) 磁性歪格子のマテリアルデザイン
【13年度】
III-V 族化合物半導体 GaAs の(111)面と強磁性金属間化合物 NiAs 型 MnAs の(0001)面を
ナノメートルスケールで交互に積層した超格子構造(多層膜)の電子状態を、非相対論的
LMTO-ASA 法を用いて第一原理計算した。その結果、このナノ超格子における強磁性は
多少の格子歪に対して安定であるが、ヘテロ界面付近にある磁性原子のもつ磁気モーメン
トの大きさは格子歪に対して顕著に変化することを見出した。この結果は、このナノ超格
子の強磁性転移温度が格子歪により敏感に変化することを示唆しており、バルクの NiAs
型 MnAs の強磁性転移温度が室温付近にあることを考慮すると、室温において強磁性秩序
を格子歪(外部応力)により制御できる可能性がある。また、MnAs/GaAs(111)/MnAs 三
層構造のトンネル磁気抵抗効果を議論した結果、理想的な RMR の値の実現はかなり困難
であると思われる、ただし、今以上に微細加工技術が進歩し、界面のラフネス等を簡単に
制御出来るようになり、トンネル磁気抵抗効果の理論的な側面からの理解が進めば、磁気
抵抗率 RMR を理想値に限りなく近づける事が可能となり、磁性体と半導体のハイブリッ
ドデバイスの進展が期待される。
【14年度】
III-V 族化合物半導体 GaAs 表面上に強磁性体金属間化合物閃亜鉛鉱型 MnAs をナノメ
ートルスケールで交互積層することにより得られる超格子構造(多層膜)における格子歪
の効果を理論的に検討した。特に、超格子の面方位依存性を検討するため、閃亜鉛鉱型基
板の(001)面上に成長した歪格子、(111)面上に成長した歪格子を考慮した理論検討を行っ
た。具体的には、非相対論的 LMTO-ASA 法による第一原理電子状態計算により状態密度、
バンド分散そして局所スピンモーメントの決定を2種類の格子歪を仮定して行った。その
結果、歪によりハーフメタル MnAs の少数スピン伝導バンドがフェルミ面付近に下りてく
ることで、バンドギャップの大きさが小さくなる一般的傾向が見られることがわかった。
しかし我々の計算結果は、格子の不整合が数%の範囲にあれば、ハーフメタルとしての性
質は保持されていることも示している。さらに、面方位依存性が歪の違いを通して少数ス
ピンバンド構造の変化を引き起こすことを示した。
TMR デバイスに用いられる強磁性体と、スピン注入デバイスで用いられる高スピン偏
III-2-53
極強磁性体では、求められるバンド構造が異なるが、面方位依存性がバンド構造と状態密
度の変化として表れることを見出したことは、スピントロニクス・デバイス作成における
指針の一つを与えたものと言える。
また新たな磁性超格子構造の探求を進めるベースとなる磁性材料のマテリアルデザイ
ンを進展させるために、非磁性材料であるナノ炭素材料をベースとした磁性材料設計を開
始した。特に炭素の水素付加による改質が磁性炭素材料を得る方法であることを見出した。
【15年度】
ハーフメタリック化合物である閃亜鉛鉱型 CrAs, CrSb (zb-CrAs, zb-CrSb)は III-V 族化合
物半導体と結晶整合性が良く、高いスピン偏極率を持つ。さらに、室温で強磁性を示す材
料と考えられる。これらの化合物に zb-VAs, zb-MnAs を加えて、その強磁性状態を基にし
たナノ磁性歪超格子のデザインとその磁気特性の理論検討を行った。まず、格子歪みを系
統的に変化させて zb-CrAs, zb-CrSb, zb-VAs の強磁性状態の安定性を調べた。その結果は、
化合物半導体基板上にエピタキシャル成長できた場合には、大きな正方晶歪みのもとでも
完全スピン偏極状態(ハーフメタル状態)が安定であることを示している。次に III-V 族
半導体と zb-MnAs または zb-CrAs の積層構造からなる超格子構造を用いて、磁気異方性
エネルギー(MAE)の評価を行った。その結果は、積層面に対して垂直な方向への垂直磁気
異方性(PMA)が得られることを示している。特に、積層方向にハーフメタル強磁性体が伸
びる構造を取らせた場合に PMA が強くなる。これらの計算結果を基に、III-V 族半導体基
板上での新規歪ナノ磁性超格子のマテリアルデザインを行った。
また、第一原理計算電子状態計算に基づいて炭素や関連物質をベースにしたナノマテリ
アルデザインを行った。水素付加やフッ素付加による磁気的ナノグラファイトや分子磁性
体、磁気的ナノチューブのマテリアルデザインを行った。六方晶窒化硼素において見出さ
れた負の電子親和力の発生を理論的に確認した。我々の結果は、界面における水素の効果
の重要性を示しているが、それは BN における NEA を生じさせる方法となる。
【16年度】
III-V 族化合物半導体 GaAs 表面上に強磁性体金属間化合物閃亜鉛鉱型 CrAs をナノメー
トルスケールで交互積層することにより得られる超格子構造に関する理論検討を行い、物
性予測を行った。具体的に(GaAs)n/(CrAs)m 歪超格子をデザインし、ハーフメタル状態が安
定に存在しうることを結論した。CrAs、CrSb などハーフメタル材料と半導体との接合界
面でのショットキー障壁の推定を行い、定量的評価値を与えた。垂直磁気異方性の確認と
併せ、高スピン偏極、高効率の磁性半導体超格子構造を設計した。
閃亜鉛鉱型 CaAs などの非遷移金属元素化合物によるハーフメタル材料のデザインを行
い、一連のアルカリ土類プニクタイドにおいて強磁性材料が得られることを理論予測した。
InSb 中への Ca ドーピングによる磁性発現が、高濃度領域でのみ発生することから、磁性
元素による汚染がない磁性材料を半導体デバイス上に作成できる可能性を示唆した。
炭化水素のみからなる新規磁性材料の設計を行い、グラファイト・ダイヤモンドハイブ
リッド構造における表面磁性発現を理論的に確認した。これにより、ダイヤモンドデバイ
スのナノ・スピントロニクス・デバイスとしての活用が可能性であることを指摘した。
新しい高スピン偏極ナノスピントロニクス材料である GdN/CrAs 磁性超格子の計算機
マテリアルデザイン行った。この物質は、9.9μB という単位胞あたりの磁化としてこれま
で知られているどのような物質系よりも大きいな磁化を示す物質であることを予想した。
(d) 透明磁性半導体のナノマテリアルデザイン
【13年度】
ワイドバンドギャップ半導体をベースとしたナノマテリアルデザイン技術の基本的枠
組みを確立するための研究をおこなった。バンドギャップが大きく透明な半導体である
GaN や AlN などの III-V 属磁性半導体や、ZnS や ZnSe などの II-VI 族化合物半導体をベ
ースに 3d 遷移金属磁性不純物をドープした系について、強磁性状態とスピングラス状態
III-2-54
(もしくは反強磁性状態)の全エネルギー比較を行った。そのさい磁性不純物をデルタ・
ドーピングする場合は FLAPW スーパーセル法(KANSAI-99)、また無秩序混晶系を取り扱
う場合は KKR-CPA (MACHIKANEYAMA-2000)を用いた。これにより、強磁性半導体やハ
ーフメタル磁性半導体については、第一原理計算でそれらの物性が予言できる方法を確立
し、原子番号依存性や母体半導体依存性の予備計算を行い、これらの系の物性予測を行っ
た。
【14年度】
ワイドバンドギャップ半導体をベースとした透明強磁性半導体のナノマテリアルデザ
イン技術の基本的枠組みを確立するための研究をおこなった。バンドギャップが大きく透
明な半導体である GaN や AlN などの III-V 属磁性半導体や、ZnS や ZnSe などの II-VI
族化合物半導体をベースに3d遷移金属磁性不純物をドープした系について、強磁性状態
とスピングラス状態(もしくは反強磁性状態)の全エネルギー比較から、強磁性転移温度
(Tc)を定量的に予測する研究を行った。第一原理計算の結果をハイゼンベルグモデルに射
影し、平均場近似を用いて Tc の計算を行った。Tc の母体半導体依存性、遷移金属不純物
濃度依存性、アクセプターおよびドナー濃度依存性を予測した。その結果、遷移金属不純
物の3d 準位と母体半導体の p 準位との位置関係により、2つの強磁性安定化機構が存在
することが明らかになった。すなわち3d 電子の準位が深く、価電子帯の深い位置に局材
している場合には、価電子帯である p 電子が3d とは逆向きにスピン分極し、強磁性が安
定化する p-d 交換相互作用が主要な強磁性機構として働き、一方、価電子帯の p 準位より
も遷移金属不純物の3d 準位が浅い場合には、バンドギャップ中に深い3d 不純物バンド
が出現し、これが部分的に占有された場合にはバンド幅の広がりにより運動エネルギーの
利得があるために強磁性状態が安定化する二重交換相互作用が強磁性安定化に支配的と
なる。計算法は磁性不純物をデルタ・ドーピングする場合は FLAPW スーパーセル法
(KANSAI-99)、また無秩序混晶系を取り扱う場合は KKR-CPA (MACHIKANEYAMA -2000)
を用いた。これにより、強磁性半導体やハーフメタル磁性半導体については、第一原理計
算でそれらの強磁性転移温度が予言できる方法を確立し、Tc の原子番号依存性や母体半
導体依存性、およびキャリア濃度依存性の計算を行い、室温を超える高い強磁性転移温度
を実現するためのマテリアルデザインを行った。
【15年度】
ワイドバンドギャップ半導体をベースとした室温を超える高い強磁性転移温度を有す
るナノマテリアルデザイン技術の基本的枠組みを確立するための研究をおこなった。バン
ドギャップが大きく透明な半導体である GaN や AlN などの III-V 属磁性半導体や、ZnS
や ZnSe などの II-VI 族化合物半導体をベースに3d遷移金属磁性不純物をドープした
系について、強磁性状態とスピングラス状態(もしくは反強磁性状態)の全エネルギー差
の計算結果から、これらをハイゼンベルグ模型にマッピングし、平均場近似をもちいて強
磁性転移温度を予測する計算手法を確立した。また、室温を超える高い強磁性転移温度を
実現するために、アクセプターやドナー濃度を変えることにより、強磁性転移温度のキャ
リア濃度依存性を予測する計算を行った。そのさい磁性不純物をデルタ・ドーピングする
場合は FLAPW スーパーセル法(KANSAI-99)、また無秩序混晶系を取り扱う場合は
KKR-CPA(MACHIKANEYAMA-2000)を用いた。これにより、強磁性半導体やハーフメタ
ル磁性半導体については、第一原理計算でそれらの強磁性手に温度が定量的に予言できる
計算方法を確立し、強磁性転移温度の原子番号依存性や母体半導体依存性、およびキャリ
ア濃度依存性の予計算を行い、これらの系の強磁性発現機構と強磁性移転温度の制御方法
を発見した。具体的には、5%遷移金属をドープした、(Ga,Mn)N, (Ga,Cr)N, (Ga,Cr)As,
(Zn,V)O, (Zn,V)Te, (Zn,V)S, (Zn,V)Se, (Zn,V)Te, (Zn,Cr)S, (Zn,Cr)Te, (Zn,Cr)Se などで室温を
超える高い強磁性転移温度も有し、100%スピン分極した p 型および n 型のハーフメタ
ル強磁性半導体が可能であるという第一原理計に基づくマテリアルデザインを行った。
III-2-55
【16年度】
強磁性のメカニズムとして、3d遷移金属不純物の3d準位と周りの半導体原子のp準
位との相対位置により、もし3d準位の方が深い場合には Zener のp−d交換相互作用が
支配的になり、一方、3d準位の方が浅い場合には Zener の二重交換相互作用が支配的に
なる。これらと競合する短距離相互作用の超交換相互作用は、t2 準位が完全に占有された
場合は反強磁性的相互作用となり、一方、 e 準位が完全に占有された場合には強磁性的
となる。これらを組み合わせることにより、ナノスケールのデルタ・ドーピングや同時ド
ーピングにより、かなり自由に強磁性転移温度がデザインできることを示した。さらに、
強磁性転移温度を上昇させる目的で、格子膨張を小さくし、遷移金属不純物の溶解度を上
昇させ、しかも、アクセプター濃度を上昇させるための同時ドーピング法をデザインした。
このような方法により、強磁性転移温度を約2倍まで上昇させることが可能になった。
(1
5年度)
ワイドバンドギャップ半導体をベースとしたナノマテリアルデザイン技術の基本的枠
組みを確立するための研究をおこなった。バンドギャップが大きく透明な半導体である
GaN や AlN などの III-V 属磁性半導体や、ZnS や ZnSe などの II-VI 族化合物半導体もし
くは CaO, K2S, BaO などのワイドバンドギャップ半導体をベースに 3d 遷移金属磁性不純
物や非 3d 遷移金属磁性不純物をドープした系について、強磁性状態とスピングラス状態
(もしくは反強磁性状態)の全エネルギー比較を行った。これらの系について強磁性転移
温度を正確に見積もる方法を開発し、均一に不純物が分散した無秩序系では正しく強磁性
転移温度見積もることができる。
【17年度】
ワイドギャップ半導体である K2S, CaO や ZnO などの II-VI 族化合物半導体および GaN、
AlN などにドープした C、B、N、Si などの非磁性不純物による完全スピン分極したハー
フメタル室温強磁性半導体のマテリアルデザインを行った。とくに、ワイドバンドギャッ
プ中に形成した不純物バンドの電子相関エネルギー(U)とバンド幅(W)を制御することに
よる、強相関をもつ深い不純物バンド工学を確立した。さらに、強磁性転移温度を予測す
る計算法を確立した。これらに基づいて、強磁性転移温度の非磁性不純物濃度依存性、ア
クセプターおよびドナー濃度依存性依存性を予測した。これらの結果に基づいて、今まで
の強磁性体の概念になかったようなエキゾチックな強磁性体をデザインし、実験グループ
に検証を依頼し、実証への道を探索することが可能になった。
III-2-56
2.2 研究開発項目②「ナノ機能材料の創製と機能実証技術」
2.2.1 電子・スピン機能材料創製と機能実証技術
(a) 室温超高磁場応答材料の開発
本項目では室温・低磁場において大きな物性変化を示す超高磁場応答ナノ構造磁性体材
料の開発を長期的目標とした。平成13年度は金属・半導体ヘテロナノ構造からなる超高
磁場応答ナノ構造磁性体材料の作製方法の開発に着手し、平成14年度には、素子作製プ
ロセスの検討とその評価技術の開発を行った結果、中間目標値を達成する材料の開発に成
功した。図(2)-(a)-1 及び 2 に、そのデバイスと実験データを示した。
平成15年度には、更に構造機能相関を詳細に最適化し、素子作製プロセスの検討を行
った。平成16年度は、最終目標値を達成するために磁性体薄膜作製装置改造を行い、素
子作製プロセスの最適化を行った。そして、平成17年度には素子作製プロセスに改良を
加え、更には素子評価を実施した。その結果、Au と GaAs からなる金属・半導体ヘテロ
ナノ構造における非線形磁気伝導現象は、Au と GaAs のヘテロ界面における現象である
ことが明らかになった。この様子を、図(2)-(a)-3 に示した。
この実験結果を用いて更なる研究を進め、更にナノ機能合成技術を強相関電子系材料に
適用することによって、金属と酸化物からなるヘテロ構造にて、10000%抵抗変化を 10V
以下で実現するという最終目標達成を達成することが出来た。それらの実験データは、3.
②(b)項にて示す。
MR Ratio @ RT (%)
104
103
2
10
101
100
-200 -100 0 100 200
Magnetic field (mT)
図(2)-(a)-1
GaAs 基板上に作
製した金属・半導体ヘテロナ
ノ構造をデバイスパッケージ
に実装したもの。
図(2)-(a)-3
図(2)-(a)-2 中間目標を達成した
磁気抵抗効果を示した曲線。
Au/GaAs ヘテロ構造に微細なギャップを形成した面内素子において観察し
た空間分解エレクトロルミネッセンス像。
III-2-57
ギャップ間ではなく Au/GaAs 界面にて発光が生じていることが明らかである。この実
験結果によって、当該ヘテロ構造で観測されていた非線形伝導が、この Au/GaAs 界面に
おける伝導現象であることが示された。
(b) 高スピン偏極機能材料へテロナノ構造の物質設計
(東北大学電気通信研究所との共同研究にて行われた。寄与率:東北大学50%、産総
研50%)
本項目では、スピン偏極電子の生成・伝達・検出が可能な磁性体/半導体ヘテロ接合材
料の開発を長期的目標としている。平成13年度は、第一原理計算によりスピン偏極電子
の生成に適した磁性金属を系統的に探索し、いくつかの高スピン偏極材料を物質設計する
ことに成功した。平成14年度は、前年度に理論的に物質設計した高スピン偏極強磁性金
属・閃亜鉛鉱型ヒ化クロムと化合物半導体・ヒ化ガリウムを数原子層ずつ交互に積層した
ヘテロナノ構造の電子状態を第一原理計算し、平成15年度は、更にスピン注入機能を設
計することを視野に入れて、このヘテロ構造のショットキー障壁高さを定量的に評価した。
これらの第一原理計算の対象となったヘテロ構造を図(2)-(b)-1 に示した。続いて、平成1
6年度は、強磁性金属から半導体へ注入されたスピン偏極電子の動的過程を量子論的に計
算する手法の開発と、上記多層膜構造における磁気光学効果を第一原理計算に基づいて定
量的に評価を行った。平成17年度は、スピン注入に関する 100%以上の達成目標である、
より高偏極度のスピン注入を可能とするために、薄膜成長が困難な閃亜鉛鉱型ヒ化クロム
に替えて高スピン偏極ホイスラー合金を注入源とした界面ナノ構造を理論設計した。その
結果、ホイスラー合金とヒ化ガリウムの(110)ヘテロ界面において高スピン偏極が保持さ
れることを見出した。このヘテロ界面の様子を、図(2)-(b)-2 に示した。また、ホイスラー
合金から酸化マグネシウム障壁を介して半導体へのスピン注入を行う際には、注入源とし
て価電子数が29以上のホイスラー合金を利用することが望ましいことを明らかにした。
今後の実験検証が期待される。
図(2)-(b)-1 閃亜鉛鉱型ヒ化クロムとヒ化ガリ
ウムを2分子層ずつ交互に積層したヘテロナノ
構造。第一原理計算の結果、このナノ構造のス
ピン偏極率がほぼ 100%であることが第一原理計
算の結果確かめられた。
III-2-58
図(2)-(b)-2 高スピン偏極が保
持されるホイスラー合金/ヒ化
ガリウム(110)界面構造。
(c) 高スピン偏極機能材料へテロナノ構造の機能実証
(富士通(株)、東北大学電気通信研究所との共同研究にて行われた。寄与率:富士通
(株)30%、東北大学20%、産総研50%)
本項目はプロジェクト後半に向け、平成15年度までの項目⑥及び⑧を展開し、上記②
の機能実証を行うために再構成したものである。研究項目⑧では、平成14年度までに、
スピン注入に関する 100%最終目標を達成し、高スピン偏極強磁性金属を電極とした強磁
性金属/半導体ヘテロ構造にて、約 2%のスピン注入現象を室温にて実証することに成功
している。この実験に用いた素子の構造を図(2)-(c)-1 に示した。
図(2)-(c)-1(左)スピン注入を実証するために用いた発光ダイオード素子。
(右)強
磁性金属(FM : 高スピン偏極材料であるコバルトを用いた)と半導
体(AlGaAs : アルミニウム・ガリウム・ヒ素)の間にアルミナ(Al2O3)
層を挿入した金属/絶縁体/半導体接合をスピン注入電極として用
いた。
研究項目⑥の延長線上では、平成16年度に、項目②に述べた磁気光学機能の実証を行
っている。また、高スピン偏極材料・磁性半導体(Cd,Mn)Te 量子構造に形成する、スピン
の情報を纏った(負荷電)励起子の実空間運動を、外場(磁場、電場)により制御する試
みを行った。この運動は、励起子の再結合による発光現象を介して、時空間分解分光法に
より時間発展的に観測された。図(2)-(c)-2 に発光の空間分解像の磁場依存性を示す。右回
り円偏光(RCP)発光が磁場の増加に伴って拡大していくのに対して、左回り円偏光(LCP)
発光は収縮傾向にある。これは、負荷電励起子の形成、拡散、再結合過程に及ぼされる、
sp-d 交換相互作用の効果として解釈できる。
図(2)-(c)-2
性。
磁性半導体(Cd,Mn)Te 量子構造における励起子発光の空間分解像の磁場依存
III-2-59
更に平成17年度には、
項目②の研究開発との連携によって、スピン注入に関する 100%
以上の達成目標である、より高偏極度のスピン注入を可能とする構造の設計と実証を目指
した。また、平成15年度までの成果をうけて、遷移金属を含む化合物からなる高スピン
偏極機能材料へテロナノ構造の機能実証を目指した。
まず、ホイスラー合金として完全スピン偏極が予想される Co2MnAl を用い、磁気ヘッ
ド用の積層構造におけるΔRA の向上を実験的に検証した。ここで、ΔRA 向上のため完
全スピン偏極が予想されるホイスラー合金を、フリー層およびリファレンス層に適用した。
完全スピン偏極が予想される B2 構造の Co2MnAl を作成するためには、
高い基板温度(500
~700℃)が必要であり、低温での B2 構造の作製技術開発を目指したが、読み取りヘッ
ドの作成プロセス許容温度(約 300℃)程度では A2 構造(不規則構造)の CoMnAl 膜しか
作成できないことが判明した。完全スピン偏極 CoMnAl の開発はΔRA の理論式において、
β(スピン非対称性)の向上を目指したものであるが、今回開発した材料は A2 構造にお
いても従来の CoFe と同等のβを(約 0.5)を維持しており、材料の比抵抗ρが増大すれ
ば、ΔRA 向上の可能性がある。詳細に CoMnAl(A2)を調査した結果、材料の比抵抗ρ
が 6 倍以上となっており、従来比 2.9 倍のΔRA が得られることを実証できた。新たな
CPP-GMR のΔRA 向上指針を検証するとともに、
300Gb/in2 クラスで適用可能な CPP-GMR
素子を開発することが出来た。
式(2)-(c)-1 磁気抵抗比ΔRA を向上させるためには、材料の比抵抗ρを高くしつつ、
スピン非対称性βが高い材料を用いる必要性があることがわかる。
図 (2)-(c)-3
デ ュ ア ル タ イ プ
CPP-GMR 構造。フリー層の上下対
象にピン層がある。我々の以前の研
究成果により、積層構造が多いこと
によってΔRA が大きくなることが
わかっている。
図 (2)-(c)-4 Δ RA は 、 52nm 厚 み で 、
7.7mΩμm2 に な っ て い る 。( こ の と き
MR=6%、RA=0.13Ωμm2)40nm 厚みで
5mΩμm2 になることから、300Gb/in2 クラ
スの磁気ヘッドとして用いることができ
ることが明らかになった。
III-2-60
表(2)-(c)-1 CoMnAl では、従来型 CoFe 材料に比べて、2.9 倍もの出力増になった。
次に、GaN 系強磁性半導体と SiC 系強磁性半導体については、特に Mn の添加元素に的
を絞って、その強磁性機能の実証を行った。SiC:Mn に関しては、室温にて強磁性が観測
される試料を作製するにいたったものの、現在のところその相の同定や結晶構造解析が最
終的な結論に達していない。更なる実証実験と共に、この系では遅れている第一原理計算
などを用いた物性予測が進むことが期待される。一方、GaN:Mn においては、当初、強磁
性転移温度が室温を超えると予想されていたが、第一原理計算の精度が向上するにつれて
希薄磁性領域では 10K 以下であることが予想されるに至っている。我々が実験を詳細に
進めた結果、それら新しい計算結果を支持するデータが得られている。
図(2)-(c)-5 Mn が 3%導入された GaN
の 5K における磁化曲線。強磁性転移
が 5K 以下であることを示している。
III-2-61
図(2)-(c)-6 平均場近似 MFA(実線)、乱
雑位相近似 RPA(点線)及び、モンテカ
ルロシミュレーション MCS
(黒塗り四角)
によって見積もった、(Ga,Mn)N のキュリ
ー温度(Tc)の Mn 濃度依存性。Sato et al.
PRB 70, 201202 (2004).より。
(d) 高スピン偏極機能材料ハイブリッドナノ構造の開発
(東北大学多元物質科学研究所との共同研究にて行われた。寄与率:東北大学50%、
産総研50%)
本項目におけるスピン偏極電子の生成・伝達・検出が可能な磁性体/半導体ヘテロ接合
材料の開発という長期的目標のもと、この磁性体の有力な候補である磁性金属・半導体ハ
イブリッド材料のナノ構造を作製するために必要なリソグラフィー技術の開発と試験を
平成13年度に行った。平成14年度には、開発されたリソグラフィー技術を応用して、
磁性金属・半導体ハイブリッド材料からなる量子ナノ構造の作製を行い、さらには、それ
ら量子ナノ構造におけるスピン依存現象の観測と物性評価にも着手した。平成15年度に
は、この物性評価を更に詳細に行い、特に半導体中におけるスピン偏極電子の伝導につい
て詳細に調べた。平成16年度は、スピン偏極電子の緩和過程を定量的に評価した。
(a)
(b)
図(2)-(d)-1
(c)
(a) 磁性金属・半導体ハイブリッド材料 (Zn,Cd,Mn)Se からなる、量子ナノ
構造。(b) 電子ビームリソグラフィーにより作製した当該量子ナノ構造の
電子顕微鏡写真。(c) 量子ナノ構造からの偏光フォトルミネッセンス。非
磁 性 (Zn,Cd)Se 量 子 ド ッ ト か ら の 発 光 に 偏 光 依 存 性 が 観 察 さ れ た 。
(Zn,Cd,Mn)Se 量子ドットからのスピン偏極電子の注入によるものと考えら
れる。
平成17年度は、本研究開発プロジェクトの【目標】に対して 100%以上の目標達成と
なるさらに高偏極度スピン注入の行えるハイブリッドナノ構造の設計と実証を目指した。
半導体中の電子スピンによる新しい機能性を発現させるには、ナノ構造におけるトンネル
効果などの量子現象を積極的に利用していくことが重要である。我々は、強い量子効果を
示すとともに電子スピン緩和時間が ns オーダー以上と非常に長く、今後の半導体スピン
トロニクス素子の開発において重要となる自己組織化量子ドット(ドット径 3 nm)に対
III-2-62
して、100 %の電子スピン偏極が可能な希薄磁性半導体量子井戸をトンネル接合させた新
規な磁性・非磁性半導体ハイブリッッドナノ構造を創製した(図(2)-(d)-2)。既に、これま
での我々の半導体量子構造におけるスピン偏極電子の伝導に関する設計と実証により、高
効率スピン注入を実現するためには、量子トンネル効果によるスピン保存伝導プロセスと、
注入側の非磁性半導体ナノ構造における非常に速いエネルギー緩和が必要であることが
わかっている。そこで、量子閉じ込め効果の非常に強い自己組織化量子ドットにおいては
電子準位が完全に離散的になるため、ドット内の LO フォノンを介した共鳴電子スピント
ンネル効果を利用することで、20 ps という超高速かつ励起子 PL 円偏光度にして 40 ~
80 %という高効率の電子スピン注入を実現した。図①(d)-3 に、この磁性ハイブリッドナ
ノ構造における非磁性量子ドットの円偏光励起子 PL 強度の時間変化を示す。PL 円偏光
度は、励起後 20 ps という非常に早い時間で 40 %という高い値に立ち上がり、これは磁性
半導体量子井戸からの超高速・高効率電子スピン注入を直接示している。
また、外部磁場がない場合における半導体中の電子スピン偏極を実現するために、
Co 系金属強磁性薄膜と希薄磁性半導体の新規なハイブリッドナノ構造の作製を行った
(図(2)-(d)-4)。電子ビームリソグラフィーにより作製した直径 80 nm のディスク形状を持
つ磁性半導体量子井戸の周りを、原子界面制御 Co/Pt 多層膜が取り囲む構造となっている。
ここで、Co/Pt 多層膜においては、強い界面垂直磁気異方性により、外部磁場がない場合
にもその Co 磁化は膜面垂直方向に配向する。そのため、磁性半導体ナノディスクに対し
て垂直方向に Co 磁化からの局所磁場が印加される。この垂直磁場により誘導される巨大
ゼーマン効果により磁性半導体中のキャリア(電子・正孔)スピンが偏極し、励起子 PL
に円偏光度が現れる。実際に作製した複合ナノ構造の表面 SEM 像を図(2)-(d)-5 に示す。
PL 測定の結果では、外部磁場がない場合にも 10 ~ 20 %の円偏光度が観測され、これは
電子・正孔スピンが Co 垂直磁化より生じる局所磁場により偏極したことを直接示してい
る。このハイブリッドナノ構造に対する Co 局所磁場の 3 次元シミュレーション結果によ
れば、磁性半導体ディスクに印加される垂直磁場強度は 4 ~ 7 kOe である。一方、PL 円
偏光度の解析によると、実際に印加されている垂直磁場強度は 2 kOe 程度であった。計算
結果との違いは、主に、磁性多層膜における局所的な磁区形成や、磁性多層膜端面形状の
不完全性などに起因していると考えられる。
図(2)-(d)-2 自己組織化量子ドットを用
いた磁性・非磁性半導体ハイブリッドナ
ノ構造の模式図。
III-2-63
図(2)-(d)-3 磁性・非磁性半導体ハイブ
リッドナノ構造における量子ドットの
円偏光励起子 PL とその円偏光度の時
図(2)-(d)-4
Co/Pt 金属強磁性多
層膜とディスク形状の磁性半導
体量子井戸(DMS-QW)によるハ
イブリッドナノ構造と、Co 磁化
(M)より DMS-QW に印加され
る磁場(BCo-flux)を示す模式図。
図(2)-(d)-5
電子ビームリソグラフ
ィーにより実際に作製した Co/Pt 強磁
性多層膜と磁性半導体ディスク
(DMS-disk)のハイブリッドナノ構
造表面 SEM 像。
(e) 局所磁気計測手法の開発
(エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)、富士通(株)との共同研究にて行われた。
寄与率:エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)40%、富士通(株)10%、産総研5
0%)
本項目では、超高感度磁界・電流計測を可能とする走査型プローブ顕微鏡の開発を目標
としており、本項目はプロジェクト後半に向け、平成15年度までの項目①の目標をより
具体化したものである。機能性ナノ構造磁性体の開発を目指した項目④は、当該手法の実
現を図る舞台として、本項目と一体化させた。平成13年度には、各種局所磁気計測手法
の調査と新規局所磁気計測手法の検討とその新手法の特許出願を行い、平成14年度には、
新規局所磁気計測手法開発の第一歩として、超高磁場応答磁性薄膜作製プロセスの試験を
行った。また、平成15年度には、これらの結果を用いて、薄膜作製プロセスとカンチレ
バー作製プロセス試験を詳細に行った。これらの成果を受けて、平成16年度は、開発さ
れたカンチレバーを用いた磁気力顕微鏡機能に関する評価を行った。更に、磁性体ドメイ
ン構造評価装置を購入し磁性体ドメイン構造(磁区構造)の観察を行うことによって,メ
ゾスコピック磁性体特有の磁区構造のシミュレーションと実験の比較を行った。平成17
年度には、当初 150%達成率の目標に設定していた空間分解能を持つ手法の開発に成功し
たので、それの製品開発を視野に入れた走査型カンチレバーの評価と機能実証を行った。
その結果、汎用スパッタ装置において作製した磁気力顕微鏡用カーボンナノチューブ探針
においても、10nm レベルの空間分解能を持った磁区観察が可能であることが示されるに
至った。
III-2-64
図(2)-(e)-1
カーボンナノチューブを用いた磁気力顕微鏡による、次世代垂直磁気記録媒
体(1100kFCI、富士通からの提供)の評価。左図がポンチ絵、右図が、垂直
磁気記録媒体の磁気力顕微鏡像。断面図及びフーリエ解析の結果から、当方
の磁気力顕微鏡が 10[nm]以下の空間分解能があることがわかる。
図①(e)-2 15nm 直径で 100nm 長さのカ
ーボンナノチューブに 10nm 厚の CoFe を均
一にコートした場合の磁区構造を3次元マ
グネティクスシミュレーションを用いて解
析したもの。形状磁気異方性により、磁化
がほぼ一方向を向いていることが明らかで
ある。この強い形状磁気異方性が、探針を
形成するカーボンナノチューブの直径より
も更に細かな空間分解能にて動作する原因
であると思われる。
(f) 局所スピン分光計測手法の開発
(高エネルギー加速器研究機構、東京大学・大
学院工学系研究科応用化学専攻との共同研究に
て行われた。寄与率:高エネルギー加速器研究機
構35%、東京大学15%、産総研50%)
本項目はプロジェクト後半に向け、平成15年
度までの項目③の目標をより具体化したもので
ある。平成13年度は、ナノ構造磁性体の磁気構
造を観測する装置の製作に着手し、平成14年度
にはこのナノ構造磁性体評価装置の調整・性能評
価・稼動を行った。この装置の写真を図①(f)-1
に示した。
III-2-65
図(2)-(f)-1 本研究開発プロジェク
トにて設計・製作を遂行し、平成1
4年度より稼働を開始したナノ構造
磁性体評価装置。局所スピン分光が
可能である。
平成15年度は、本装置を用いて、メゾスコピック磁性体の磁区観察を行い、メゾスコ
ピック磁性体特有の vortex 構造の磁区構造がシミュレーション結果を良く再現している
ことを明らかにした。平成16年度は、反強磁性磁区構造の観察と磁化反転過程のビデオ
レート観察を行った。さらに、放射光パルスと磁場パルスを同期させることにより、世界
に先駆けてナノ秒分解能でのナノ構造磁性体のダイナミクス観察を開始した。平成17年
度には、当初 100%達成率の目標に設定していた放射光光電子分光法による、反強磁性磁
区構造の観察と磁化反転過程のビデオレート観察を行った。また、マイクロマグネティク
ス・シミュレーションによるナノ構造磁性体の機能設計とその実証ループを上記⑤と⑥を
用いて実行し、新たな理論設計-実証ループとしての有効性実証を目指した。その結果、
当グループにより開発された vortex 構造制御構の磁化反転が、シミュレーションによる
磁化反転モデルに良い一致を見せることが明らかになった。
図(2)-(f)-2
10 ~ 1 m 直径の vortex 構造制御型ドット構造において、そのカイラリティ
の向きを一方向に揃えたところを、放射光光電子分光顕微鏡により観察した
もの。
(g) ナノ磁性体プロセス機能の設計と実証
(大阪大学との共同研究にて行われた。寄与率:大阪大学50%、産総研50%)
本項目は、プロジェクト後半に向けて、理論計算による設計とその実証を具現化するた
めの対象として新規に設定したものである。強磁性体表面の合目的的な化学反応プロセス
機能を第一原理計算によって設計し、そのプロセスの実証を行うことを目標とする。平成
16年度は、具体的な例として、Fe を含む磁性体表面の化学反応設計と、その実験的な
検証を行った。平成17年度は、強磁性体表面における合目的的な化学反応プロセスの第
一原理計算による設計と実証の成功例を増やすために PC クラスターを購入し、特定のガ
スからなる系の総エネルギーを理論的に計算することにより、その系における表面での化
学反応が進行するか否かを決める反応の抽出を加速させた。平成16年度に確立した反応
性イオンエッチングプロセス設計のための計算手法に基づき、引き続き 3d 遷移金属元素
からなる合金系をターゲットとしてエッチングプロセスの設計を行った。ただし半導体プ
ロセスとの整合性を考慮し、[CHF3, N2, O2]および[CHF3, NH3, O2]の混合ガス系をベースと
した。[CHF3, NH3, O2]の混合ガス系の計算結果を図1に示す。反応性は図中の中間状態
(Intermediate state)から終状態(Final state)のエネルギー変化量により判断する。図①
(g)-1 (a)を例に挙げると、混合ガス系[CHF3, NH3, O2]ではエネルギー変化量が正の値をと
るので、反応性は低いと判断する。[CHF3, NH3, O2]混合ガス系に CH4 を添加するとエネル
ギー変化量は負の値をとり、反応性は向上する。この理論設計結果は、実験結果とよい一
致を示した。
III-2-66
図(2)-(g)-1 第一原理計算によって計算した、始状態 (Initial State)、中間状態 (Intermediate
State)、終状態 (Final State)の総エネルギーの変化。(a) Ni 表面の場合、 (b)Fe
表面の場合。
(h) 金属ナノワイヤにおける新規機能設計と実証
(東北大学電気通信研究所との共同研究、及び NEDO 技術開発機構のプロモーション
により、イタリア International School for Advanced Studies, SISSA との国際連携研究にて行
われた。寄与率:東北大学電気通信研究所50%、産総研50%)
本項目は、電子・スピン機能系における理論計算による機能設計とその実証技術を、世
界的レベルで展開し、その有効性とデファクト化を検討するために設定したものである。
理論計算によって金属ナノワイヤにおける構造と機能の相関を明らかにすることを通じ
て、新規な機能を設計し、更にその実現を図る為の技術を開発することを目標とする。平
成16年度は、具体的な例として 3d 遷移金属からなるワイヤの電子状態から、その輸送
現象を設計する手法の開発と、金属ナノワイヤの輸送現象を測定するための予備的な実験
を開始した。さらに、磁性体ドメイン構造評価装置を購入して、磁性体金属ナノワイヤの
ドメイン構造と磁気輸送現象との比較を行った。より具体的には、イタリアのトサッティ
教授らとの共同研究にて、両端を金属電極で担持された金属ナノワイヤーの電子状態から
その輸送現象を設計する手法の開発を行い、鉄及びニッケル原子を磁性不純物として含む
金のナノワイヤーの電気伝導に関する予備的な計算結果を得ることに成功した。ニッケル
原子が金ナノワイヤーに吸着した場合にはフェルミ準位付近の電気伝導はほとんど変化
しないが、鉄原子が吸着するとフェルミ準位付近のダウンスピンをもつ電子は伝導に寄与
せず、このとき高いスピン偏極率を有する電流が生じる可能性があることを見出した。こ
の様子を、図(2)-(h)-1 に示した。
図(2)-(h)-1
鉄及びニッケルを不純物として含む金ナノワイヤーに対して計算されたコン
ダクタンス。
III-2-67
平成17年度は、当該共同研究を継続し、特に金ナノワイヤの引き伸ばし過程における
磁性原子領域の構造変化を明らかにした。平衡結合距離にある金ナノワイヤにおいてニッ
ケル原子はブリッジサイト(図(2)-(h)-2 (a))に吸着するが、その引き伸ばしに伴いニッケ
ル原子直下の金原子同士の結合が破断して、金ナノワイヤの置換位置(図(2)-(h)-2(b))に
ニッケル原子が入る構造が安定となる。またこの構造変化にともない、ナノワイヤのスピ
ン依存電気伝導も変化することが明らかになった。以上の結果は、磁性原子を含む金属ナ
ノワイヤ長を変化させることにより、スピン依存電気伝導を制御できることを意味してい
る。
図(2)-(h)-2
ニッケルを不純物として含む金ナノワイヤに対して計算されたコンダクタン
ス。
(i) ナノ磁性体プロセス機能の実証評価
産総研が株式会社アルバックに再委託
本項目は、プロジェクト最終年度に、上記「⑦
ナノ磁性体プロセス機能の設計と実証」の研究項
目によって得られた成果を、実際の反応性イオン
エッチング装置に適用し、プロセス設計精度を評
価することを目標として設定したものである。具
体的には第1原理計算により得られたプロセス指
針を元にプロセスパラメータを設定し、磁性体を
エッチングにおいて所望のエッチングレート、形
状が得られることを実証することを目的として設
定したものである。実験は、最も、取扱が安易な
CHF3:N2:O2 ガ ス を 用 い て 実 施 し た 。 こ の
CHF3:N2:O2 ガスを用いた場合には、第一原理計
算では NiFe はエッチング出来ないことになって
図(2)-(i)-1 O2 (12 sccm) : N2 (9
いるが、実際にはエッチングできることが明らか
sccm) : CHF3 (3 sccm)ガスを用い、背
になった。また、アンテナパワーの依存性を見る
圧 0.5 Pa、引込電力 150 (W)にてエッ
限り、アンテナパワー上昇と共にエッチングレー
チングを実施した際のアンテナ投入
トが上がっているので、イオンの物理的スパッタ
電力による NiFe(白抜き赤丸)と Ti
リングのみならず、表面の化学反応がエッチング
(青丸)のエッチングレート変化。
に寄与する、いわゆる反応性イオンエッチングに
よってエッチングが進行していることが明らか
である。つまり、運動エネルギーが表面化学反応に与える影響が大きいことが明らかにな
ったので、今後、このような効果を取り入れたプロセス設計が期待される。
(j) ナノ磁性体プロセス設計ソフトウエアの開発
産総研がみずほ情報総研株式会社に再委託
本項目は、プロジェクト最終年度に、上記「⑦ナノ磁性体プロセス機能の設計と実証」
III-2-68
の研究項目によって得られた実験的成果の一部を、製造現場にて活用することが出来、か
つユーザーがカスタマイズすることの出来る汎用性を確保した簡易型ソフトウエアとし
てブレークダウンすることを目標として設定したものである。エッチングプロセス対象と
なる物質を強磁性体金属にした場合にも、エッチング形状がどのようになるかを設計・予
測するソフトウエアを開発することを目標にした。より具体的には、まず、電子スピン材
料のエッチングにおけるフラックス及び表面反応のモデル化を行い、次に、電子スピン材
料のエッチングプロセス中のプラズマ及び電磁気ポテンシャルプロファイルを求める為
に、ポアッソン方程式等による計算手法を開発して、みずほ情報総研(株)にて開発して
いるプラズマ形状シミュレータへこのエッチングモデルを実装し、実測値との検証を目指
した。その結果、磁性体構造からの漏れ磁場の影響が、メサ構造間隔が狭くなるほど、特
にトレンチ底部において大きくなることが明らかになった。エッチングに用いられるイオ
ンやラジカルの引き込み電圧から考えて、常識的にはありえないことであると思われがち
であったが、ナノメートル領域では漏れ磁場の影響が無視できなくなることを端的に予測
するものである。今後の製造現場における適用が期待される。
図(2)-(j)-1 メタルマスク間隔を D (μm)とし、D を 5 から 2 に変化させると、漏れ磁場の
影響によってトレンチ構造の底の矩形度が変わることを表した図面。白抜き
赤丸が磁場の影響を考慮した際の計算結果、また青丸が磁場の影響を無視し
た際の計算結果である。
III-2-69
2.2.2 分子機能材料創製と機能実証技術
(a) 機能分子構築(センサー分子の構築と電極上の分子挙動の解明)
極限的な高感度化は、ターゲット分子によりセンサー分子上に生じた化学的変化、分子
特性・分子環境変化を、単一分子レベルで電気的にとらえることにより達成できる。この
ような電気応答を導きうる機能分子系を現実のものとするため、その基本構造として、核
酸塩基と相互作用し電気的変化を生じるゲートユニットと、生じた電気的変化を電極に伝
搬しうるπ共役性の分子ワイヤとを複合化した機能性超分子を選んだ。超高感度な検出原
理の基礎基盤技術を確立する意義から、単一分子の化学的変化の電気的検出を最優先課題
に置き、研究を進めた。このため、ターゲットはオリゴマー体ではなく、モノメリックな
構成核酸塩基すなわちアデニン、チミン(またはウラシル)、グアニン、シトシンならび
にそれらの誘導体とした。
ゲートユニットとして、各核酸塩基と相補的ペアを組む核酸塩基レセプターまたは相当
する人工レセプター(図(2)-(2)-(a)-1)、ならびに DNA インターカレーターとして知られ
るシスプラチン類似の白金錯体を用いた。分子ワイヤは、ゲートユニットと電極とを橋渡
しする分子であり、電極に接合可能な結合部位をもつ 1 次元 π 共役分子を用いた。必要な
分子長は、ゲートユニットのサイズならびに電極間ギャップに依存する。ゲートサイズを
1 nm、電極間のギャップを 5~10 nm と仮定すると、2~4.5 nm 程度の分子長が要求され
る。分子伝導に関する理論計算、想定される化学的・物理的性質、分子設計上の柔軟性、
合成の実現性等の検討を踏まえ、種々のセンサー機能分子の導出において図(2)-(2)-(a)-2
に示したオリゴフェニレンエチニレンを構成ワイヤの基本骨格として選択し、必要に応じ
溶解性向上のための置換基導入を行いながら機能分子を合成した。
分子設計にあたり、ターゲットとの水素結合形成による、センサー分子の電子状態への
摂動効果を理論的に見積もった。チミンを認識対象、2,6-ジアミノピリジンをレセプター
とし、レセプターを種々の結合位に配置したベンゼン環への電子的効果を、ab initio 計算
から検討した。水素結合形成が十分に伝達された場合、ベンゼンにニトロ基を導入した電
子的効果に匹敵することが示された。さらに、オリゴフェニレンエチニレンワイヤまで含
めた効果を、分子構造(図(2)-(2)-(a)-3)に対し計算した結果、標的分子との水素結合が導
電性に関与する分子軌道に変化を与えることが導き出され、これらの構造がセンサー分子
として有望であることが示された。そこで、これらの構造または類似の構造を含むセンサ
ー分子の構築を試みた。
NH 2
N
O
N
H
N
アデニン
H
N
共役結合
水素結合
O
N
N
NH
N
N
H
NH 2
O
N
H
O
チミン
シトシン
O
N
N
H
NH
N
NH 2
グアニン
H
O
H
N
チミンレセプター
H
N
N
N
O
アデニンレセプター
N
N
O
グアニンレセプター
H
N
N
シトシンレセプター
図(2)-(2)-(a)-1 核酸塩基の相補ペアと相当する人工レセプターの例
III-2-70
R
n
R
図(2)-(2)-(a)-2 オリゴフェニレンエチニレン分子ワイヤの構造
O
H
H N
O
HN
HN
N H
O
N
N H
H N
H
O
(a)
N
H N
H
(b)
図(2)-(2)-(a)-3 チミン認識モデル分子
型
a) 2,6-ジアミノピリジン型
b) 2-アミノピリジン
さらに、機能分子の構造として、以上のようなワイヤ中にレセプター部分を有する機能
分子(サイドオン型)のほか、分子先端にセンサー部を有する機能分子(ヘッドオン型)
を検討した。サイドオン型は、分子架橋型としてナノギャップ電極間隙に導入し、分子捕
捉による電流変化検出を目的として用いた。他方、ヘッドオン型は、中間評価以降検討し
てきた、単分子膜表面への分子吸着による電極表面電位変化の検出に使用したほか、最終
年度に検討を開始した、分子近接型のナノギャップ電極によるトンネリング電流検出に使
用した。
(a-1)電極架橋型を指向したサイドオン型機能分子開発
イ)アミノピリジン系レセプター
表(2)-(2)-(a)-1 に、開発したサイドオン型分子の構造、レセプター部位の種類、電極へ
の埋め込み状況や核酸塩基に対する応答結果についてまとめた。
2,6-ジアミノピリジンならびに 2-アミノピリジンから誘導されるレセプター部を、ワイ
ヤに結合した分子構造に対して、チミンとの相補的な水素結合が、導電性に関与する分子
軌道に有意な変化を与えることを、理論計算が導き出している。オリゴフェニレンエチニ
レンの側方に 2-アミノピリミジンを有するセンサー分子 4 において、1-ブチルチミンに
対する電極応答を確認した。レセプターが結合しているワイヤ中のベンゼン環のβ位の H
原子とレセプター間の立体反発は、ピリミジン環をレセプターとしたほうがピリジンを用
いた場合より小さく、寧ろピリミジン窒素の孤立電子対とβ位 H が弱く水素結合するこ
とによって、レセプター部とワイヤ部が共平面になるコンホメーションが期待できる。こ
れにより効果的な摂動が得られると考えた。4 は淡黄色固体であり、トルエン、THF、ク
ロロホルム、エタノール等の有機溶媒に可溶である。また、金電極に分子を固定するため
のチオール(-SH)はアセチル(Ac)基で保護しており、弱塩基存在下でチミンレセプター
部位を分解することなく、容易に脱保護できた。マススペクトルからも、4 がエタノール
中、1-ブチルチミン(Bu-T)やチミジンと水素結合体を形成することが示されている(図
(2)-(2)-(a)-4)。
III-2-71
C 3H 7
O
Bu
N
N
H
N
MT = 182.11
N
M2 = 761.22
N
H
O
AcS
SAc
Calculated value = M2 + MT + 1.01 (H) = 944.33
Observed value = 944.3
M2 + MT + Na
図(2)-(2)-(a)-4
2-アミノピリミジンを有するセンサー1 とブチルチミンの会合体ピークの
検出
また、その他の 2,6-ジアミノピリジンならびに 2-アミノピリジンをレセプターとするセ
ンサー分子は、全て、ESI-MS 測定条件下(アルコール等極性溶媒中)で Bu-T との会合
体ピークが得られ、一部で NMR シフトによる会合定数決定も行った。
2,6-ジアミノピリジン型でイソインドリノンを含む構造 1 は、チミンに対して2重鎖の
水素結合によると思われる捕捉能を示した。ESI-MS スペクトルにおいて会合体ピークが
得られ、さらに、1H-NMR スペクトルからは、水素結合形成を示唆する Bu-T の-NH ピー
クの低磁場シフトが観測できた。
1
+
Na+
1
+
Bu-T + Na+
図(2)-(2)-(a)-5 センサー分子 1 とブチルチミン混合溶液の ESI-MS スペクトル
III-2-72
1 + Bu-T
Bu-T
図(2)-(2)-(a)-6 センサー分子 1 への 1-ブチルチミン添加による 1H-NMR スペクトル変化
[1]:[1-ブチルチミン]=1:4、重クロロホルム
1の部分構造を持つ合成中間体と Bu-T の結合定数を、Benesi-Hildebrand 式(1)に基づき
算定した(図(2)-(2)-(A)-7)。勾配と接片から約900M-1 の結合定数を得た。文献上、ジ
アセタミドピリジンと Bu-T に対し約1000M-1 の結合定数が報告されており、良く一
致している。
1/Δ
=
1/KAD
・
1/Δ0
・1/[D]
+
(1)
1/Δ0
0.001
0.00099
y = 1E-06x + 0.0009
R2 = 1
0.00098
1/Hz
0.00097
O
0.00096
NH
0.00095
O
0.00094
N
NH
0.00093
I
0.00092
I
0.00091
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
1/Bu-T
図(2)-(2)-(a)-7 合成中間体(右図)と Bu-T の混合系における 1H-NMR シフト値に関する
Benesi-Hildebrand プロット(重クロロホルム中)
センサー分子1をナノギャップ電極へ架橋後、Bu-T の溶液へ1日浸積した前後の電気
抵抗変化を測定した結果、浸積後は17個の電極全てにおいて抵抗値の上昇が観測でき、
センサー分子としての可能性が示唆された。しかしながら、抵抗値変化の偏差が大きく、
架橋条件や電極の状態などを最適化する必要があると思われる。
III-2-73
III-2-74
表(2)-(2)-(a)-1
電極架橋型(サイドオン型)センサー分子の構造とセンサー機能
ロ)核酸塩基をレセプター部位に有する白金(II)錯体
平面正方形の白金(II)錯体は、分子認識に利用可能なオープンな空間を上下に有してお
り、ターゲット分子との相互作用の発生により、配位構造や電子構造の変化が期待できる。
この効果を分子ワイヤ上で用いれば、分子認識を電気的変化に反映できる(図(2)-(2)-(a)-8)。
有効性を、Pt(bpy)22+(bpy=2,2'-ビピリジン)と塩基との相互作用を中心に検討した。
(a)
(b)
R
R
L2
M
N
T
L2
N
M
N
L1
N
L1
図(2)-(2)-(a)-8 ゲート・ワイヤを一体化したセンサー機能分子デバイス
の概念図。フェニルエチニル型π共役鎖に分子認識部位Rを有する白金錯
体を埋め込む。捕捉された標的分子Tと白金錯体の相互作用が分子伝導に
直接影響し、(a)(b)状態間に差異を与える。
電気化学的に活性かつ発光性のユニットであるルテニウムトリスピビピリジンを電極
モデルとし、フェニレンエチニレンワイヤ(L1、L2)を介して Pt(bpy)22+と結合した三核
錯体(Ru(L1)Pt(L1)Ru)が、水中において塩基モデルであるピリジン(Py)とアダクツ形
成し、明確な電子状態変化を与えることを、中間評価までに確認した。以降、アダクツ形
成のモデル系として、水中における Pt(bpy)22+と種々の塩基の相互作用を検討した。
Pt(bpy)22+の紫外可視吸収スペクトルは、Py やアデノシンの添加により、等吸収点を示し
ながら変化した(図(2)-(2)-(a)-9)。同時に ESI-MS 測定では、Pt(bpy)22+と、Py・アデノシン・
グアノシンなど配位性 N を持つ分子とのアダクツが確認された(図(2)-(2)-(a)-10)。
2.3 nm
1.6 nm
N
N
N
N
N
N
N
N
L1
L2
1.4
1.0
[Py]/mM
1.2
[adenosine]/mM
0.8
0
0.31
3.1
31
OD
0.8
0.6
0
2.5
5.0
10
0.6
OD
1.0
0.4
0.4
0.2
0.2
0.0
260
280
300
320
340
360
380
400
420
0.0
260
Wavelength /nm
図(2)-(2)-(a)-9
280
300
320
340
360
380
400
420
Wavelength /nm
Pt(bpy)22+へのピリジン、アデノシン添加による UV-VIS スペクトル変化(水
中)
III-2-75
A:\dakawa_030314145923
2003/03/14 14:59:23
Pt(bpy)22+
30
2+
N
Pt N
N
N
254.1
25
Relative Abundance
dakawa_030314145923#2125 RT: 0.06-2.15 AV: 124
NL: 9.67E3 T: {0,0} + c ESI
sid=30.00 Full ms [
89.00-1228.00]
253.4
35
20
2 PF6-
214.2
15
275.3
10
5
2hr
rt
255.1
247.3
198.3
219.3
0
100
279.2
293.3 327.3
385.2 395.2
365.5
507.3 525.2
505.2
419.4 429.9 453.1
552.3 569.2
@
N
597.2
dakawa_030314164359#2125 RT: 0.06-2.15 AV: 124
NL: 2.75E4 T: {0,0} + c ESI
sid=30.00 Full ms [
89.00-1228.00]
254.2
90
292.8
80
70
2+
293.6
{Pt(bpy)2 ・Py}
60 193.1
50
[Py]=0.5mM
2+
215.2
40
N
N
Pt N
N
N
[Pt(bpy)22+]=0.042mM
294.3
255.2
2 PF6-
30
20
301.2
233.2
197.1
380.3
256.2
319.2
10
334.3
375.3
407.3
389.3
429.2 447.2
457.4
508.3 526.3
506.3
545.5 568.3 586.3
605.5
?
0
200
250
300
350
400
m/z
450
500
550
600
Pt(bpy)22+へのピリジン添加による ESI-MS スペクトル変化
図(2)-(2)-(a)-10
Py とのアダクツの真の構造は不明だが、bpy ユニットの1H-NMR スペクトルは Py-d5
の添加により複雑化し、アダクツにおける非等価な bpy の生成が認められた。DFT 計算
により、アダクツの構造として、Py が Pt のz軸に付加的に配位して生成する五配位錯体
で無く、bpy 中の 1 個の窒素原子が添加 Py の窒素原子と配位座を交換して形成される、
歪んだ四配位錯体が示唆されている。
連続変化法により、吸収スペクトル変化から塩基と Pt(bpy)22+との会合定数を求めたと
ころ(図(2)-(2)-(A)-11)、配位窒素の求核性が増すにつれ会合が促進されること、オルト
位の置換基が会合を阻害することが明らかになった。このことから、アダクツ生成が、配
位子の脱離で開始される解離機構ではなく、5配位状態が関与する交換機構または会合機
構で進むことが示唆される。
7.0E+02
Me
6.0E+02
N
5.0E+02
Kc
4.0E+02
NH2
N
N
N
3.0E+02
N
N
HO
O
H
2.0E+02
H
CN
H
OH
H
H
A
1.0E+02
N
0.0E+00
0
1
2
3
4
5
pKa
6
7
8
NH2
N
O
N
HO
N
O
H
H
OH
H
H
Me
Me
N
Me
H
C
図(2)-(2)-(a)-11
錯形成定数の塩基の求核性(H+型のpKa)依存性
III-2-76
類似の系である、Pt(tpy)(Py)2+[tpy=2,2':6',2''-ターピリジン、py=ピリジン]は、Pt(bpy)22+
型と異なりワイヤ結合体のEZ異性を生じないため、直線状分子の構築に適している。tpy
系で bpy 同様に塩基との配位交換による構造変化が生じるかどうかについて調べた。
N
N
N
Pt
N
Pt
N
N
N
N
Pt(tpy)(py)
Pt(bpy)2
2+
2+
N
(PF 6)2
(PF 6 )2
N
N
Pt
N
N
N
Pt N
N
Pt(tpy)(py)
Pt(tpy)(pyEP)
図(2)-(2)-(a)-12
Pt(tpy)(X) 2+の 300~360nm 付近の吸収帯形状は、Pt(bpy)22+と類似するが全般に長波長化し
た(図(2)-(2)-(a)-13)。360nm 以遠にも弱い吸収帯あり。Pt(tpy)(pyEP)ではフェニレンエチ
ニレン(PE)の吸収が 250~320nm に強く現れている。室温、アセトニトリル中、Pt(tpy)(pyEP)
([Pt] = 0.03mM)に対して4-メチルピリジン(4-MePy)を添加していったところ図
(2)-(2)-(a)-14 の変化を得た。同一条件化での ESI-MS 測定により、生成物として m/z=261 の
ESI マスピークすなわち Pt(tpy)(4-MePy)2+が得られた。Pt(tpy)(py)への 4-MePy の添加でも
スペクトル変化は小さいが、同じく m/z=261 が観測された。
1.2
1.4
1.0
+
Pt(tpy)Cl
Pt(tpy)(py)2+
Pt(tpy)(pyEP)2+
Pt(bpy)2 2+
0.8
1.2
[4MePy](mM)
0
2.6
4.3
17
1.0
0.8
0.6
0.6
Absorbance
Ab
0.4
b
0.2
0.0
0.4
0.2
0.0
200
250
300
350
400
450
240
260
280
300
Wavelength /nm
320
図(2)-(2)-(a)-13 種々の tpy 錯体の吸収
スペクトル(MeCN 中)
360
380
400
図(2)-(2)-(a)-14 Pt(tpy)(pyEP)錯体へ
の 4-MePy 添加効果(MeCN 中)
2+
2+
N Pt N
N
N
340
Wavelength /nm
N
MeCN中
N Pt N
N
N
+
N
図(2)-(2)-(a)-15
tpy 系における配位交換
III-2-77
420
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
1.5
0 mM
0.25 mM
0.5 mM
0.75 mM
1.0 mM
1.25 mM
1
OD
OD
このように、tpy 系における配位変換では、Py 部が配位子交換した生成物が得られる(図
(2)-(2)-(A)-15)。ワイヤを脱離することになるが、大きな伝導性変化の点からは好ましい。
固相系でワイヤが脱離後も近傍に留まるならば再利用の可能性も残る。また、tpy へのフ
ェニレンエチニレンワイヤの結合が、4'-トリフラート体への Sonogashira 反応により容易
に達成できることも確かめており、従来のビピリジン系の検討結果をあわせることにより
ワイヤ化への合成経路が確立できた。
以上、Pt(bpy)22+ユニットやその tpy 系と、配位性窒素を有する核酸塩基(アデニン、グ
アニン)との結合の有効性が確認できたので、電極固定化を可能とする分子ワイヤへの導
入を検討した。選択性と感度を両立させるため、水素結合と配位結合の2つの相互作用利
用による協同効果の誘起をねらいとして、配位子上への相補核酸塩基レセプターの導入、
ならびに、直線状ワイヤを得るための分子設計と合成試験を行った。レセプターにN-ア
セチルシトシン、アデニン、チミンを有する白金(II)錯体を合成し、核酸塩基との会合体
形成を検討した。
0.5
200
250
300
350 400
450
500
wavelength
0
250
300
350
400
wavelength
図(2)-(2)-(a)-16 吸収スペクトル滴定 {Sensor ; 7c 塩基;Thymidine}
吸収スペクトル滴定(図(2)-(2)-(a)-16)により各種核酸塩基との会合定数を求めた結果
を、表(2)-(2)-(a)-2、表(2)-(2)-(a)-3 に示した。6 のレセプター導入効果としては、グアノシ
ンの値は増大し、チミジンに対しては減少して、選択性がチミジンからグアノシンに変化
した。これは、レセプターが付加体形成に関与し、水素結合を形成したためと考えられる。
一方、7 のレセプター導入効果としては、グアノシンとチミジン、共に会合定数が減少し、
チミジン選択性は変化しなかった。しかし、チミジンとグアノシンの会合定数の比較から、
チミジン選択性を評価すると、7a、及び 7b は選択性が増大した。しかしながら、7c は選
択性が減少し、連結鎖の鎖長によりレセプターと核酸塩基の相互作用が制限される事が示
唆された。
また、ESI- MS 分析から、極性溶媒中では、配位子のビピリジン誘導体だけでは核酸塩
基と相互作用せず、有効な水素結合体を形成しないことを確認した。従って、水中などの
極性溶媒中では、白金(II)と核酸塩基との配位結合形成が駆動力となって、付加体が形成
されたと考えられる。また、配位結合形成により生成した付加体の安定性が、次いで起こ
る分子内水素結合形成により変化するために、レセプターの構造により認識能が大きく異
なる結果が得られたと考えている。
Pt(bpy)2
6a
6b
6c
表(2)-(2)-(a)-2 各種核酸塩基との会合定数 (K)a
Adenosine
Guanosine
Cytidine
Thymidine
110
750
70
1300
100
940
220
570
160
1080
200
850
110
950
230
600
a
水‐アセトニトリル混合溶媒中(9/1, v/v)
III-2-78
KGua/KThy
0.6
1.6
1.3
1.6
表(2)-(2)-(a)-3 各種核酸塩基との会合定数 (K)a
Adenosine
Guanosine
Cytidine
Thymidine
90
450
60
650
90
260
50
590
80
370
80
410
< 50
260
< 50
620
a
水中(pH 非調整)
Pt(bpy)2
7a
7b
7c
KThy/KGua
1.4
2.3
1.1
2.4
レセプターにより選択性に差異が得られたことから、分子ワイヤへの埋め込みを続いて
検討した。EZ 異性を避けるためにメチル基を 6'-位に導入した構造 5 を合成し、金表面へ
の導入を試みたが、表面結合性 SH 基を得るための脱保護条件下では、白金(II)錯体の安
定性が低く、副反応として配位子置換反応が進行した。脱保護反応の進行を満たす穏和な
条件を求めることができなかったため、電気計測には至らなかった。
ハ)ビピリジンをレセプター部位に含むセンサー分子(グアニン認識分子)
2,2’-ビピリジン(bpy)は、各種の金属と配位結合を形成すること、および各種酸と酸塩
基反応を起こすことが知られており、その構造や物性も大きく変化させることができる。
R
N
H2N
HN
N
O
O
HN
H2N
図(2)-(2)-(a)-17
NH3
NH3
Cl
Pt
Pt
NH3
N
Cl
NH3
cis-platin
N
R
cis-Platin(左)と DNA 中の G-G ペアへのインターカレーション構造(右)
制癌剤として知られるシスプラチンは、クロライド基がグアニン残基の 7 位のN原子と
配位子交換してプラチナ-グアニン錯体を形成する(図(2)-(2)-(a)-17)。シスプラチン中の
Nリガンドとしてアンモニアの代わりにビピリジンを用いることで、DNA 関連物質の捕
捉を導電性の変化により検出する、高感度センサーの実現が可能となると考えた。
チオール基を有するモデル分子を種々合成した(図(2)-(2)-(a)-18)。これらを金基板上や
ナノギャップ電極間に固定化し、プロトン、Pd(II)を捕捉することによる SPM 像の変化
や I-V 特性変化を見出した。これらについては b)項で述べる。
bpy-1
bpy-2
bpy-3
bpy-4
bpy-5
bpy-7
bpy-6
8bpy-8
bpy-9
9
図(2)-(2)-(a)-18 2,2'-ビピリジン型センサーモデル分子
III-2-79
金微粒子上にbpy-5を固定化し、Pd(II)捕捉挙動を検討した。bpy-5 の溶液およびbpy-5-Au
ナノ微粒子にPd(II)を添加したところ、図(2)-(2)-(a)-19に示すように、両系で類似のスペク
トル変化を生じた。また、NMR 変化からも、金ナノ微粒子上に固定化したセンサー分子
においても、溶液中と同様にビピリジン部位でPd(II)と錯体を形成することがわかった。
bpy-5
図(2)-(2)-(a)-19 bpy-5(a,b)ならびに bpy-5 担持金微粒子(c)の Pd(II)添加に伴う紫外可視
吸収スペクトル変化。右は bpy-5 担持金微粒子の SEM 像。
bpy-5 の DMSO-d6 溶液に Pt(AN)2Cl2 を加え、1HNMR スペクトルの時間変化を追跡する
と、25℃において錯体形成は比較的ゆっくりと進み、18 時間後にはスペクトル変化が一
定となった。スペクトル上には錯体を形成したものとしないものとが別々のシグナルとし
て現れた。錯体形成によりピリジン環の窒素原子の隣接プロトンは 0.68 ppm および 0.63
ppm と、大きく低磁場シフトすることが認められた。この溶液にグアニルグアノシンを加
えると、これらのプロトンはさらに 0.02 ppm 低磁場シフトした。
a)
b)
c)
9.6
9.2
8.8
8.4
8.0
7.6
7.2
(ppm)
図(2)-(2)-(a)-20 bpy-5 の 1HNMR スペクトル (a) bpy-5, (b) bpy-5+Pt(AN)2Cl2 , (c) bpy-5+
Pd(AN)2Cl2.
一方、Pd(AN)2Cl2を加えた場合には錯体形成の反応は非常に早く、5分後には1HNMR
スペクトル変化が一定となった。各シグナルはPt(AN)2Cl2の場合と同様に錯体形成するこ
とにより低磁場シフトした。bpy-5をドデカンチオール存在下にピロリジンで処理して調
III-2-80
製された金微粒子をトルエン-d8中に分散し、1HNMRスペクトルを測定すると、全般的に
ブロードなスペクトルが得られた。この分散液にPd(AN)2Cl2を加えたところ、スペクトル
の線形は大きく変化し、ピリジン環に隣接したメチレンプロトンと考えられるシグナルが
低磁場シフトすることが認められた。これは金微粒子上においても錯体形成が起こってい
ることを示唆している。
続いて、ナノギャップ金電極間に、センサー前駆体分子 9 を架橋し、その後、PtCl2
あるいは PdCl2 を作用させてセンサー分子中のビピリジン骨格をシスプラチン様錯体に活
性化することで、グアニン誘導体の検出を狙った。まず、前駆体分子 9 およびリファレン
ス分子を分子架橋し、PdCl2 付加・脱離に伴って、導電性に変化が生じることを確認した
(電気計測については後述)。
AcS
SAc
リファレンス分子
9-PdCl2 錯体は PtCl2 錯体と比較して解離しやすい。溶解性を向上した 10 を用い、PtCl2
との錯体形成ならびに、グアニン誘導体との相互作用を検討した。また、ターゲットとな
る核酸塩基誘導体に関しては、有機溶媒への溶解性を高めた、ドデシル化核酸塩基を合成
し使用した。
O
O
N
S
S
N
O
O
10
NH2
O
H2N
N
N
HN
O
N
C12
N
N
C12
HN
N
N
O
N
C12
N
C-C12
G-C12
O
NH2
N
C12
U-C12
A-C12
図(2)-(2)-(a)-21 可溶化核酸塩基誘導体
DMSO 中 10 と Pt(CH3CN)2Cl2 の反応により、定量的に白金錯体が形成された(図
(2)-(2)-(a)-22①)。この溶液にグアニン誘導体 G-C12 を添加したところ、白金錯体の一方
の Cl 基が G-C12 に置換されたと推定される構造が一部確認された(図(2)-(2)-(a)-22②)。
他の3種の核酸塩基誘導体に対してはスペクトル変化が観察されず、選択的にグアニンを
捕捉する可能性が高いことが示された。しかしながら、電極上で白金錯体化することは成
功していない。
①
bpyPt
Cl Cl
Pt
N
N
O
Cl Cl
Pt
N
N
+
H2N
O
N
HN
H2N
N
bpyPt+GC12
②
GC12
③
N
HN
N
N
C12
N
C12
12
11
10
9
8
7
6
図(2)-(2)-(a)-22 モデル化合物 10 の PtCl2 錯体化およびグアニン誘導体との相互作用
III-2-81
二)金属配位をレセプター部位に含むセンサー分子(グアニン、チミン、シトシン認識)
シトシンに対して選択性を示す希土類のかご型及び二環型の複核錯体を見出し、希土類
複核錯体を部分構造とするセンサー機能分子の構築に取り組んだ。シトシン選択性は認め
られたが、唯一テンプレート合成法でのみ得ることができる二環型希土類複核錯体(図
(2)-(2)-(a)-23)に対して、表面結合性基を持つ分子ワイヤーを導入することは困難であり、
可能性の高い合成経路設計は見出せなかった。
NH
N
CH
O-
CH
Br
N
N
N
Ln3+
O-
N
HO
CH
N
OH
O-
NH
HO
HO
O-
NH
OH
N
CH
N
3+
OO- Ln
CH
Br
N
HO
N
N
N
CH
NH
図(2)-(2)-(a)-23 シトシンを捕捉可能な二環型複核錯体(左)
ならびに分子鎖導入のための代替構造案(右)
さらに、配位結合性あるいは配位結合性と水素結合性を持つレセプターを有する機能性
分子(人工核酸)として、以下の開発にも取り組んだ(図(2)-(2)-(a)-24 の 11~13)。
R
G
Cl
R
H3C
G
N
N
Cl
O
Pd
H2N
NH2
H
N
N
Cd
H
Zn
H
H
H
H
N
N
N
O
O
N
O
N
NH
N
NH
11
12
13
図(2)-(2)-(a)-24 配位結合性あるいは配位結合性と水素結合性を持つ人工核酸
2,6-ジアミノメチルピリジン(14)は、パラジウムイオンと錯形成する(既報)。これ
がグアニン選択性を有するレセプターとなりえると考え、14 へ表面結合基を導入し 15 と
した後、そのパラジウム錯体の合成を試みた。しかし、錯形成の確証が得られなかった。
O
H2N
NH2
S
N
+
14
S
2 Lipoic acid
O
NH
C
S
HN
N
C
S
15
図(2)-(2)-(a)-25 2,6-ジアミノメチルピリジンへの表面結合基の導入
チミン誘導体に対して選択性を有するレセプター12 は、1,4,7,10-テトラアザシクロドデ
カンを Boc 基で保護した後、表面結合基を導入したが(図(2)-(2)-(a)-26、収率 28%)、脱
保護し亜鉛と錯形成したレセプターを得るには至らなかった。
III-2-82
Boc
N
H
N
HS
3Boc2O
HN
NH
Boc N
Boc
N
O
(CH2)10
C
O
OH
NH
Boc N
N
C
(CH2)10
SH
ClCOOCH2CH(CH3)2
N
H
N
Boc
N
Boc
図(2)-(2)-(a)-26 1,4,7,10-テトラアザシクロドデカンへの表面結合基の導入
シトシン誘導体に対して選択性を有するレセプター13 は、配位子 2-アミノメチル-8-キ
ノリノールへの表面結合基の導入が未完である。
III-2-83
III-2-84
22
21
20
19
18
17
16
No.
O
HN
AcS
N
O
S
AcS
O
O
S
AcS
O
S
SAc
O
O
N
NH
N
n
H
N
N
HN
O
O
HN
N
H
H
N
O
O
N
HN
O
NH
N
H
N
N
アデニン
シトシン
アミノシクロヘキセノ
ン
ウラシル
アデニン
グアニン
チミン
チミン
チミン
捕捉分子種
ウラシル
シトシン
アデニン
2-アミノピリミジン
2,6-ジアミノピリジン
レセプター
ESI-MS
RAS-IR
ESI-MS
XPS
ESI-MS
XPS
ESI-MS
XPS
ESI-MS
ESI-MS
XPS
ESI-MS
H-NMR
1
捕捉確認
手段
非架橋型(ヘッドオン型)センサー分子の構造とセンサー機能
n =0 (21a), 1 (21b)
NH2
O
構造
表(2)-(2)-(a)-4
Yes
Yes
Yes
Yes
No
Yes
Yes
ナノ電極
構築
△
○
○
○
-
○
○
電極応答
vs核酸塩基
備考
(a-2)非架橋トンネリング型を指向したヘッドオン型機能分子の合成
金ナノギャップ電極の対になる電極上に、非架橋型で分子修飾を行い、対向する分子間
の間隙にターゲットを捕らえた際の、トンネル電流変化を検出する目的で、ヘッドオン型
核酸塩基センサー分子を開発した。分子捕捉を確認できたヘッドオン型機能分子を、表
(2)-(2)-(a)-4 にまとめた。
ア)アミノピリジン系レセプター
チミン認識に適した 2,6-ジアミノピリジン誘導骨格を有する機能分子 16, 23, 24 を合成
した。合成経路を図(2)-(2)-(a)-27 に示した。
一般に有機物質は、分子サイズの増大に伴い、難溶性となる傾向があるが、24 は有機
溶媒に対して高い溶解性を保持していた。フェニルエチニレン鎖への適切なラテラル鎖の
導入が、長い分子ワイヤー構築において有効である。
16 とブチルチミン Bu-T の混合エタノール溶液の ESI 質量分析を行ったところ、会合体
+Na+ に相当するピークを m/z = 634.5 において検出した(図(2)-(2)-(a)-28)。プロトン核
磁気共鳴スペクトルにおいても、Bu-T のアミドプロトンの低磁場シフト(8.4ppm→
10.1ppm)が観測された(図(2)-(2)-(a)-29)。16 と Bu-T が有機溶媒中で相補結合体を形成
することを確認できた。
O
O
O
S
O
I
S
HN
HN
N
O
N
HN
I
O
HN
1.5 nm
16
I
O
O
O
O
S
I
S
HN
HN
N
O
N
HN
23
Et
Et
O
TIPS
TIPS
HN
Et
O
-TIPS, +
Et
3
S
O
N
3
O
HN
Et
O
I
S
HN
Et
3
3.6 nm
24
図(2)-(2)-(a)-27 チミン認識分子の合成
III-2-85
O
HN
2.2 nm
N
O
HN
60
0.45
O
AcS
HN
452.3
40
N
M = 429
[ M + 23]+
O
HN
20
0
60
100
200
300
400
500
600
700
800
223.
40
900
0
0.7
1000 600
620
N
387.
640
660
680
700
660
680
700
660
680
700
634.
m/z
16 + +Bu-T
[wire-1
Bu-T + 23]
Wire-1
+ Bu-T
16 +Bu-T
m/z
+
0.35
20
569.
[3M + 23]+
0
100
100
200
300
400
500
600
700
800
900
O
m/z
80
223.1
[M + 23]+
60
0
4
1000 600
620
640
m/z
HN
387.3
[2M + 23]+
O
N
C4H9
2
M = 182
40
595.5
20
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
0
1000 600
620
640
m/z
m/z
図(2)-(2)-(a)-28 16 (上)、16 +Bu-T(中)、Bu-T(下)の ESI/MS スペクトル
1 40
1 20
W16
ire-1
1 00
80
16W ire-1
+ Bu-T
+ Bu- th ym ine
60
40
NH proton of the Bu- T
Bu-T
Buthymine
20
0
11
10
9
8
7
6
5
ppm
4
3
2
1
16 、Bu-T およびそれら混合物の 1H-NMR スペクトル(CDCl3)
図(2)-(2)-(a)-29
Et
TIPS
Et
ⅰ
H
ⅱ
H
AcS
3
3
Et
Et
ⅲ
Et
Et
N
TIPS
NH2
3
ⅱ
N
ⅰ
NH2
AcS
Et
3
Et
25
ⅰ.
I , Pd(PPh3)2Cl2, CuI, piperidine / THF;ⅱ. KF / H2O, DMF / THF
AcS
ⅲ. I
N
0
NH2 , Pd(PPh3)4, CuI, DIEA / THF
図(2)-(2)-(a)-30 アミノピリジンを有するヘッドオン型センサー分子の合成
III-2-86
-1
レセプターとしてアミノピリジンを有するヘッドオン型センサー分子 25 を、図にした
がい合成した。最終年度に開発したトンネリング電流検出型のギャップ電極は、ギャップ
が 2nm 程度と狭いため、分子長の短い 17 を類似の方法で改めて合成した。機能評価を溶
液系で行ったが、吸収スペクトル滴定実験、並びにNMR滴定実験では会合定数を求める
ことができなかったため、ESI-MS 分析を行い 1-ブチルチミンとの水素結合体の形成を確
認した。17 の脱保護体はピロリジン/THF系で得られるが、溶解性が非常に低いため、
電極導入は 17 を用い、脱保護と平行して行った。
ロ)核酸塩基をレセプターとする共役系ヘッドオン型センサー分子
レセプターとして、アデニン、シトシン、チミンと等価なウラシル、をそれぞれ有する
ヘッドオン型センサー分子(18~21)を合成した。アデニン、シトシンを有する分子は、ヨ
ード安息香酸クロリドと核酸塩基のアミド化合物を、トリメチルシリルアセチレンと
Sonogashira カップリングし、脱保護後、アセチルチオヨードベンゼンと Sonogashira カッ
プリングすることで得られた。ウラシルを有する分子は、ブロモウラシルと既合成のアセ
チルチオフェニルエチニルヨードベンゼンとの Sonogashira カップリングにより、一段で
合成した。アデニンを有するセンサー分子 18 のみ、混合物(純度90%程度)として得
られている。
NH 2
Cl
+
Br
O
N
O
O
N
N
(CH 3 )3 Si
Br
(CH 3)3Si
HN
HN
N
H
N
N
N
O
N
H
S
HN
N
N
H
O
S
HN
N
N
N
I
O
H
N
N
N
H
O
N
N
18
N
N
H
図(2)-(2)-(a)-31 アデニンをレセプター部位に含むヘッドオン型センサー分子 18 の合成
アデニン型 18 と 1-ブチルチミンとの水素結合体の形成は、MSスペクトル上で水素結
合ペアに相当する質量ピークにより、確認された。
シトシンを含む構造としては、2つの分子構造Ⅰ、Ⅱを検討した。構造安定化計算の結
果、ワイヤとパラ位で結合したタイプⅡの場合、シトシンからグアニンへの相補的水素結
合は電極側を向いてしまい、結合形成による分子長の増大がほとんど期待できない。一方、
メタ位で結合したタイプⅠの場合は、対形成による分子長の増大が可能であることが予想
された。このためタイプⅠを合成対象とした。
Ⅰ + G
Ⅱ + G
図(2)-(2)-(a)-32 メタ置換体Ⅰとパラ置換体Ⅱとグアニンとの水素結合体の安定化構造
III-2-87
HN
I
+
H
N
I
N
NH
Cl
NH
N
O
H
N
Si
Si
O
N
NH
O
O
O
H
N
H
O
I
O
S
NH
N
O
H
N
O
O
O
NH
19
S
O
N
図(2)-(2)-(a)-33 シトシンをレセプター部位に含むヘッドオン型センサー分子 19 の合成
分子 19 はグアニン認識に有効であり、メタノールを溶媒として、グアニンの一種の抗
ウィルス薬アシクロビルと結合することが、ESI-MS より確かめられた。また脱保護反応
は、アンモニアやアミン等の求核性試薬との等量混合によって、様々な溶媒中で進行する。
5%DMSO を含むメタノールやジオキサン中に溶解した 2.5mM(~1mg/1mL)のアセチルチオ
ール体に、等モル量の水酸化テトラエチルアンモニウム(25%メタノール溶液1μL)を
加えることによって、室温で数分内に定量的に進行することが、1H-NMR 測定により確
認できた。
O
HN
アシクロビル(グアニン誘導体)
H 2N
N
N
N
CH2OCH2CH2OH
ウラシルを有するセンサー分子 20 は、溶液系での機能評価を ESI MS 分析により行い、
アデニン系分子との水素結合体の形成を確認した。また、アデニンやシトシンのヘッドオ
ン型センサーと共通のアミド結合構造を有する 26 も合成を試みたが、単離精製が非常に
困難であり、機能評価を行うに十分な純度まで精製することができなかった。
O
H
N
AcS
O
O
N
H
図(2)-(2)-(a)-34
H
N
AcS
20
ウラシルを有するセンサー分子
N
H
O
O
N
H
26
シトシン認識レセプターとして働くグアニンは、一般に難溶性のユニットであり、同じ
く難溶なフェニレンエチニレンへの導入は極めて困難である。そこで 21 のように、シト
シンとの相補対形成に
おいてグアニンと構造的にほぼ等価な、3-アミノシクロヘキセノンを人工レセプター
とし、フェニレンエチニレンへの導入を行った。3-アミノシクロヘキセノンがシトシン
と水素結合体を形成することは、マススペクトル測定により確認できた。ヘッドオン型
21a の脱保護体は、脱水反応により直接1段階で合成した。27 は淡黄色固体であり、トル
エン、THF、クロロホルム、エタノール等の有機溶剤に可溶である。マススペクトルから、
27 はエタノール中、シトシンやシチジンと容易に水素結合体を形成し、シトシン系分子
をセンシングする機能分子と期待される。
III-2-88
O
HS
NH 2
O
+
HS
NH
27
シトシン用人口レセプター27(21a の脱保護体)の直接合成
O
図(2)-(2)-(a)-35
ハ)核酸塩基をレセプターとする非共役系ヘッドオン型センサー分子
トンネリング機構によるスイッチングにおいては、トンネリング距離内に置かれた分子
の導電性がさほど重要で無い可能性がある。そこで、ワイヤをアルキル基で置き換えた非
共役系を検討した。頭部に核酸塩基誘導体を有するチオール誘導体とし、相補的水素結合
形成によるセンサー分子 22, 28~30 の合成を試みた。
O
O
NH 2
NH 2
N
N
HN
HN
N
N
SAc
H 2N N N
SAc
O N
SAc
O N
SAc
N N
UC3SAc
22
AC3SAc
CC3SAc
28
29
図(2)-(2)-(a)-36 設計したセンサ分子前駆体
GC3SAc
30
ウラシルを有するセンサー分子 UC3SAc(22)は以下のスキームに従い合成できた。
O
O
O
Br, NaH
Br
HN
HN
dryDMF,
dryDMF, 50-70
50-70℃Ž
N
H
O
KSAc
O
N
HN
Br
O
N
SAc
図(2)-(2)-(a)-37 ウラシルを含むセンサー分子 22 の合成
22 は、1H NMR スペクトルの経時変化から、その加水分解が 3 時間で完全に進行し、
対応するチオールが発生することを確認した。
アデニンを有する AC3SAc(28)は、以下のスキームで混合物として得られ、GPC による
精製を経て低収率ながら得ることに成功した。
Ac
NH 2
KSAc
Br
Br
Adenine, NaH
Br
SAc
dryDMF, 50-70 Ž
NH
N
N
N
N
N
N
SAc
N
N
SAc
図(2)-(2)-(a)-38 アデニンを含むセンサー28 の合成
また、チオ酢酸のラジカル付加反応を用い、アミノ基がアセチル化されたセンサー分子
31 を得た。
N
N
Ac
NH
NH2
NH2
N
Br
N
H
dryDMF, 50-70℃
, NaH
N
N
N
AcSH, AIBN
N
ClPh, 60℃
31
図(2)-(2)-(a)-39 アデニンを含むセンサー31 の合成
III-2-89
N
N
N
N
SAc
Fly UP