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「学校が大好き」な児童の育成

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「学校が大好き」な児童の育成
「学校が大好き」な児童の育成
―道徳と特別活動を関連付けた授業実践を通して―
千葉市立真砂東小学校 教諭 佐藤 綾子
≪研究の概要≫
統廃合により母校の名前がなくなるという事実を2年生の児童はどのように受け止めるのだろう。
慣れ親しんだ母校への愛着や感謝の心を育てると同時に、統廃合を否定的にとらえず、新たな学校で
も「学校が大好き」な児童に育ってほしいと考えた。そこで、道徳資料を工夫するとともに、道徳の
時間で扱う内容と児童集会や学級活動等の特別活動を関連付けることで、児童の道徳的心情や実践力
を深めていく単元構成を工夫した。実践の結果、学校への愛着だけでなく、学校を支えてくれている
地域の方々への感謝を表すことができた。
1 問題の所在
は、その意味や思いを考えたり、教えたりして
尐子化の影響はとどまることを知らず、社会
もらう機会が十分でないからだと考える。
問題となっている。かつて、児童数 1000 人を超
学校愛は道徳の学習指導要領4-(4)の内容
えた真砂第一小学校も例外ではない。現在の学
項目である。低学年のこの内容項目のねらいは、
級数は 12、児童数は 289 名であり、平成 23 年
「先生を敬愛し、学校の人々に親しんで、学級
度に真砂第四小学校との学校統合を控えている。
や学校の生活を楽しくする」とある。2年生と
2年生の児童は、この学校統合に対し「母校
いう発達段階で学校愛に気付くのは難しいとい
がなくなるのは何となく寂しい」という思いは
えるだろう。だが、校歌や校章、地域の人、卒
あるようだが、
「慣れ親しんだ校舎がなくなる」
業生、ボランティアの人などの「真砂一小への
「全校児童で校歌を歌うことがなくなる」とい
思い」に気付かないまま学校統合を迎えてよい
うように、具体的な事実としてとらえている児
のだろうか。様々な思いに気付き、
「真砂一小で
童は尐ない。
育った児童」として学校に対する愛着をもつこ
学校の校歌や校章は、本来、その学校に通う
とが必要なのではないかと考えた。
児童への願いが込められて作られているが、2
そして、狭い意味の学校愛ではなく、これか
年生の児童にとっては、校歌は単なる「歌」
、校
ら始まる統合校の生活においても「学校大好き」
章は「マーク」であり、特別な存在と感じてい
な児童を育成したいと考えた。
る様子は見られなかった。
また、学校生活は、普段児童には見えにくい
2
研究の目的と方法
地域の方々の働きかけに支えられて成り立って
本研究では低学年の児童なりに、学校や学校
いる。児童を見守ってくれている地域の人たち
をとりまく地域を愛する心をもたせ、道徳的心
には、
「子どもは地域で育てていく」
「学校は地
情や実践力をもった児童の育成を目的とする。
域と共にある存在」
という思いがある。
しかし、
その方法として、道徳と特別活動を相互に関
児童は感謝の気持ちはあっても、その仕事ぶり
連付けた単元構成と題材の工夫によって、児童
や児童への思いにまで気付いてはいない。それ
の心情や行動に及ぼす影響を明らかにする。
1
3
研究の内容
まず、事例Ⅰは、本学級にも保護者が卒業生
(1) 道徳資料の工夫
である児童がいるため、資料の内容に共感しや
学校が成長しても大人の心の支えになってい
すいと考えた。大人になっても校歌を忘れない
ることや、学校を支える地域の方々の存在に気
のはなぜかということを話し合わせ、校歌には
付かせることができる資料を選び、提示の仕方
特別な意味が込められているということに気付
を工夫した。
かせるようにした。さらに、自校の校歌を教材
次の①~③の3つの資料について、以下概略
化し、校歌について考えさせた。
を述べる。
次に、事例Ⅱと事例Ⅲは資料の内容と同じよ
うな体験をすることで、より共感をもち、自分
のこととしてとらえるように選んだ資料である。
事例Ⅰ
事例Ⅱは、この授業を行う1か月前に実施し
資料①「学校のうた」(文溪堂:2年)
た児童集会「真砂一小を送る会」での風船飛ば
内容項目4-(4)学校愛
しの経験と重ね合わせられるようにした。また、
主人公が家で校歌の歌練習をしていると、
同じ学校の卒業生である母と祖父が、小学校
時代の思い出を語り、最後に 3 人で校歌を歌
うという話である。
事例Ⅲも、
「見まもりたいのおじさん」を「セー
フティウォッチャー」の方々と重ね合わせて考
えられるようにした。
(2)関連付けた単元構成
事例Ⅱ
【図1】で示すように、(1)で述べた道徳の
資料②「風船と花のたね」(学研:3年)
3つの事例と特別活動を関連付けた単元構成を
内容項目4-(4)学校愛
考え実践した。
創立 100 周年を迎えた小学校の記念式典
で、全校児童が風船につけて花の種を飛ばし
た。その1つを受け取った卒業生の手紙が届
き、自分の学校の誇れるところを考えるよう
になるという話である。
それぞれの実践の概要と、その過程で見られ
た児童の変容を順次述べる。
①事例Ⅰとその後に行った全校集会
事例Ⅰ「学校のうた」
【資料1】のように、児童の興味を引き付け
事例Ⅲ
るため、導入をクイズ形式にした。初めは遊具
資料③「見まもりたいのおじさん」(日本
や特別教室などを答えに挙げていたが、
「願いが
文教出版:2年)
込められている」というところで「校歌だ!」
内容項目2-(4)尊敬・感謝
と気付く児童がいた。
児童の登下校を見守っている「見まもりた
い」のおじさんに出会った主人公は、何気な
くあいさつした。その様子を見ていた母親は
おじさんに感謝し大変丁寧なお礼の言葉を述
べた。それをきっかけに感謝の気持ちを表す
ことの大切さがわかるという話である。
・学校に通う子どもは、誰でも知っている
・どの学校にもあるけれど、みんなちがう
・どんな子に育ってほしいかという「願い」
が込められている
・集会や式のときにみんなで歌う
(答えが「校歌」になるクイズ)
【資料1】授業の導入
2
道徳の時間<資料の工夫>
特別活動…10 月
事例Ⅰ…10 月
A 全校集会
①「学校の歌」
「校歌を全校で歌う」
(校歌の教材化)
特別活動…12 月
B 児童集会
事例Ⅱ…1 月
②「風船と花のたね」
「真砂一小を送る会」
事例Ⅲ…2 月
特別活動…2 月
③「見まもりたいのおじさん」
(ゲストティーチャー)
C 学級活動
「ありがとうを伝えよう」
の話し合い、学校をきれい
にする奉仕活動
【図1】道徳の時間と特別活動の関連
資料から、大人になっても校歌を覚えている
うに、込められた願いについて考えながら、大
のは、願いが込められた特別な歌だからだと
切に歌おうという実践意欲をもつことができた。
知った児童は、
「真砂一小の校歌にも願いが込め
また、統合校での新しい校歌も真砂一小の校歌
られているんだ。
」
「どんな願いだろう。
」と、じ
のように願いがこもった素晴らしいものになる
っくりと校歌の歌詞を読む姿が見られた。
のだろうという気持ちをもつことができた。
T
C1
C2
C3
C4
C5
C6
真砂一小の校歌には、どんな子に育ってほしい
という願いが込められているのでしょう。
励まし合って、助け合う子
歌が好きな子
優しい心をもち、強い体をもつ子
夢にむかって頑張る子
生きる力をもつ子
世界で活躍する子
T:教師 C:児童
【資料2】事例Ⅰの児童の振り返りの記述
児童は今まで校歌の意味を深く考えることも
A
なく、時にはいい加減に歌っていたことに気付
全校集会での校歌斉唱
「事例Ⅰ」の成果として、以前に比べて、校
くことができた。そして、学校統合を迎えるこ
歌を歌詞の意味を考えながら、気持ちをこめて
とで、校歌を歌えなくなるということに寂しさ
歌おうとする姿勢が見られるようになった。メ
を感じる児童もいた。
ロディーに合わせて体を動かしながら、表情豊
終末では、これまでの自分を振り返りながら
かに歌っていた。
「真砂一小の校歌って、やっぱ
校歌に対する思いをワークシートに記入してい
りいい校歌だね。」という声も聞こえたが、「真
た。
【資料2】の振り返りの記述を見ると、真砂
砂東小の校歌もどんな歌になるのか楽しみ。」
一小の校歌を大人になっても覚えていられるよ
3
「どんな願いが込められているか、考えながら
事例Ⅱ「風船と花のたね」
歌うよ。
」というように、統合校への前向きな姿
資料の中の卒業生の手紙から、小学校時代の
勢も見られた。
思い出や学校への感謝の気持ちが 20 年以上経
過した現在でも心に残っていること、100 年の
②児童集会とその後に行った事例Ⅱ
歴史を超えて受け継がれてきた伝統について誇
B
りをもっていることを感じ取ることができた。
真砂一小を送る会
児童集会「真砂一小を送る会」から学校への
そこで、真砂一小はなくなってしまっても真砂
感謝の気持ちを伝える方法を考えさせた。その
東小に受け継いでいけるものがないか考えた。
際、
真砂一小の校章の意味について考えさせた。
T
真砂一小がじまんできることで、真砂東小学校
へもっていきたいものは何ですか。
童は校章が鳩の翼をモチーフにできていること
C1
「○
や ・○
か ・○
た の子」になる気持ち
に気づいた。鳩は平和の象徴であること、翼を
C2
C3
C4
C5
元気で明るい子
花がいっぱいのところ
校歌がきれいに歌えること
地域の人が優しいこと
校歌の歌詞に、
「鳩の徽章」とあることから、児
広げて世界に羽ばたける人になってほしいとい
う意味が込められているのではということが児
童から挙げられた。そこで「真砂一小を送る会」
T:教師 C:児童
児童は、めざす児童像である「やさしく・か
では、風船を校章の鳩の翼に見立て、真砂一小
しこく・たくましく」の精神を引き継いでいき
で育った花の種をつけて全校児童で飛ばすこと
たいと感じたようだ。
「や・か・たの子」を目指
にした。
して努力する姿勢を、真砂東小学校の児童にな
風船には、児童の手作りのメッセージを添え
っても忘れないでいたいという思いが生まれた
た。学校が統合すること、風船を拾った人に花
というところに、真砂一小への愛着を感じてい
を育ててもらいたいということ、そして学校へ
るということが表れていると考える。また、校
の感謝の気持ちを書き、風船につけた。
歌を大切に思う気持ちを表している児童もいた。
【資料3】は、風船を拾った茨城県の小学生
終末では、真砂東小をどのような学校にした
から届いた手紙である。本校と同じように統合
いかを考えさせた。
【資料4】の振り返りの記述
の話が進んでいる小学校の児童ということだっ
を見ると、校章も校歌もない学校だからこそ、
た。
「花の種、大切に育てます。
」という文面に、
自分たちで新しい学校を作っていくことができ
児童は真砂一小で育った命が、別の場所で芽吹
るという希望をもつことができた。
き繋がっていくという希望をもつことができた。
【資料4】事例Ⅱの児童の振り返りの記述
【資料3】茨城県の小学校の児童からの手紙
4
③事例Ⅲとその後の学級活動
GT 真砂一小がなくなってしまうということは、
とても寂しいことです。けれど、真砂東小学
校を自分たちの思いで作っていけるというす
ばらしいことも待っています。みなさんには
真砂四小へ行くというのではなく、真砂東小
へ行くのだという気持ちをもって、東小へ通
ってほしいです。
事例Ⅲ 「見まもりたいのおじさん」
GT:ゲストティーチャー T:教師
C:児童
【資料5】の振り返りの記述を見ると、児童
は、ゲストティーチャーが感謝を行動で示した
ということに、尊敬の気持ちをもったことがわ
かる。そして、
「ありがとうの気持ちは言葉に出
<授業の板書>
して伝えたい」
「明日からは、元気な声で挨拶を
児童は、
「見まもりたいのおじさん」に感謝の
して、ありがとうの代わりにしたい」というよ
気持ちをもっていてもそれを表現できなかった
うに、自分も何らかの形で感謝の気持ちを表現
主人公に対し、
「自分もそうだな。
」と共感する
していきたいという意欲を示した。
様子がうかがえた。
そこで、
「セーフティウォッチャー」
をはじめ、
様々な形で真砂一小にボランティアとして関わ
ってくださっている方をゲストティーチャーと
して招き、話を伺った。
GT
T
C1
C2
GT
C3
GT
C4
GT
C5
GT
C
T
わたしがボランティアを始めたわけは、真砂
一小に恩返しをするためです。わたしは25
年間真砂一小の体育館を使わせてもらって、
趣味のバドミントンをしています。仕事を辞
めた後に自分にできることはないか考え、ボ
ランティアをすることにしました。
Sさんは、真砂一小への「ありがとう」の気
持ちをボランティアという行動で表したとい
うことです。
すごいなあ。
「ありがとう」をボランティアで
返すなんて、考えてもみなかったよ。
ボランティアをしてうれしいことは何です
か。
子どもたちと一緒にいて子どもたちから元気
をもらうえるというのがうれしいです。
ボランティアをしていて辛いと思ったことは
ありませんか。
子どもたちに喜んでもらうために悩むことは
ありますが、辛いとは思いません。
だって、雨の日だって雪の日だってあるでし
ょう。辛いよ。
それ以上の元気を、みんなからもらっている
ということです。
真砂東小学校でも、セーフティウォッチャー
を続けてくれますか。
そのつもりでいます。
うわあ。よかった。
最後に、真砂東小学校の子どもになる子ども
たちに一言お願いします。
GT:ゲストティーチャー T:教師
C:児童
【資料5】事例Ⅲの児童の振り返りの記述
さらに、統合に対する地域の方の思いにも触
れることができ、新しい学校を作っていくのは
自分たちなのだという実感をもつことができた。
C
ありがとうをつたえよう
「事例Ⅲ」のゲストティーチャーの授業から、
「ありがとう」を伝えなくてはいけない存在に
ついて考えさせ、話し合った。
「先生」「セーフ
ティウォッチャー」
「お家の人」などと意見が出
た。その中から、
「真砂一小には、今、ありがと
うを伝えなくてはいけない」という児童の意見
から、学校へ感謝の気持ちを表す方法を考えさ
せた。児童には、学校がなくなっても校舎は残
ってほしいという願いが強く、
「きれいな校舎だ
ったら、統合した後も他のことに使ってもらえ
る場所になるかもしれない」
「今までありがとう
の気持ちで、真砂一小をきれいにしよう」とい
う声をもとに、奉仕作業を行った。
児童は流し場のタイルの汚れに気付き、
「きっ
5
と真砂一小、喜んでくれているよ」
「ぼくたちの
を学級活動の話し合いと奉仕作業につなげるこ
心もすっきりした」などと話しながら、クレン
とで、働くことのよさを感じると共に、学校へ
ザーできれいに磨いていた。
【資料6】は、奉仕
の感謝の気持ちを表現できたことへの達成感を
作業の後に児童が書いた振り返りの記述である。
得ることができた。今後、この達成感が、児童
感謝の気持ちを行動で示し、満足感を得たこと
の道徳的実践力につながっていくと考える。
を示している。
以上、①~③のように道徳と特別活動を関連
付けることで、特別活動で体験したことを道徳
の時間で深めたり、道徳で扱ったことを特別活
動の時間で実践したりすることができた。
【資料
7】は統合に対する児童の意識調査の結果であ
【資料6】児童の振り返り
る。実践前の7月に比べ、3月には統合への不
安がなくなった児童が増えた。この半年間で、
4
研究のまとめ
学校、校歌、校章等について考え、話し合い、
(1) 成果
学校や自分たちを見守ってくれる地域の方々の
道徳の授業と特別活動の関連を図ったことで、
存在に気付いたことが、
「新しい学校も、きっと
児童の学校に対する意識の変容が見られた。
いい学校になる」という気持ちにつながったの
①事例Ⅰ→A 全校集会での校歌斉唱
ではないかと考える。
道徳の授業で、校歌に込められた願いやよさ
統合についての気持ちはどうか。
楽しみ・どちらかというと楽しみ
に気付いたことにより、思いを込めて一生懸命
不安・どちらかというと不安
に歌う姿が見られるようになった。また、統合
7月
50%
50%
3月
85%
15%
【資料7】実践前後の意識調査(学級20人)
校の校歌に対する期待や願いを感じられるよう
今、真砂東小学校の子どもとなった本学級の
になった。
児童は、生き生き学校生活を送り、新しい学校
②B 真砂一小を送る会→事例Ⅱ
を作っていくことへの意欲を示している。
「真砂一小を送る会」から、校章に込められ
た願いについて考えることができた。また、鳩
(2) 課題
のように翼を広げて世界に羽ばたける人になっ
本研究は学級での実践であった。学校に愛着
てほしいという児童の解釈を「風船を飛ばす」
をもち、よりよい学校を築いていこうとする気
という形で表現したことで、校章への思いを深
持ちを、今後は学校全体へ広め、真砂東小学校
めることができたといえる。
を愛する気持ちを育てていく必要がある。道徳
さらに道徳の授業で、真砂東小に受け継ぎた
の授業で得た児童の実践意欲を特別活動で実践
い学校のよさについて考えさせたことで、児童
につなげたり、特別活動から得た児童の思いを
は「やさしく・かしこく・たくましく」という
道徳の授業で深めたりしていけるような指導計
「めざす児童像」を意識し、そのような児童に
画を練っていくと、児童の道徳的実践力が育ま
育っていきたいという意欲をもつことができた。
れていくと考える。
③事例Ⅲ→C ありがとうをつたえよう
<参考文献>
○道徳教育 No.632
愛校心を高める道徳授業
ゲストティーチャーから、感謝の気持ちを行
動で表現することの大切さを学んだ。
児童の「自
分もありがとうを行動で示したい」という意欲
6
明治図書
2011
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