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燃料電池車の開発状況
招待論文 燃料電池車の開発状況 Present Stage of Fuel Cell-powered Automobile Development トヨタ自動車株式会社 中 村 徳 彦 Norihiko Nakamura となってから応用範囲が広がり急激に発展してきた。 1.はじめに 1 はじめに 固体高分子形(PEM型)燃料電池は出力密度に加えて 21世紀を迎え,次世代の自動車用原動機として,燃料 冷却水温度も従来の内燃機関に近く,熱バランスも従来 電池が世界中で注目を集めているが,ここではトヨタ自 の自動車に近く扱いやすいので,将来の自動車用原動機 動車の燃料電池車の開発状況,燃料電池から車両,燃料 として熱い注目をあびている。 インフラについて説明したい。 表-1 燃料電池の種類 Table 1 Types of Fuel Cells 2.燃料電池車の位置付け 燃料電池車の位置付け 2 アルカリ形 固体高分子形 リン酸形 溶融炭酸塩形 固体酸化物形 (AFC) (PEFC) (PAFC) (MCFC) (SOFC) 電解質 KOH 高分子膜 H3PO4 Li2CO3+K2CO3 ZrO2 イオン導電種 OH− H+ H+ CO2− 3 O2− ガス,電気自動車までの広い技術についてチャレンジし 燃料ガス 水素/酸素 改質ガス/ 空気 改質ガス/ 空気 改質ガス/ 空気 改質ガス/ 空気 ている。その中でもプリウスに代表されるハイブリッド 運転温度 常温 80℃ 200℃ 650℃ 1000℃ 技術は燃費向上,排気低減に大きな効果が有り,全ての 主な用途 宇宙 自動車、 ポータブル コジェネ、 分散電源 電力事業 コジェネ、 分散電源 図-1は環境問題に対応するトヨタの全貌を示している。 ガソリン,ディーゼルエンジンの改良はもとより,天然 パワートレーンに適用可能な技術である。トヨタではこ のハイブリッド技術と燃料電池を組み合わせ,最も究極 燃料電池自動車用に活発に研究開発中 のエコカーに近い技術としてFCHV(Fuel Cell Hybrid 燃料電池の作動原理を図-2に示す。燃料の水素はアノー Vehicle)を開発している。 ド触媒上でプロトンと電子に分かれ,プロトンは薄い固 究極のエコカー 体高分子の電解質膜を通ってカソード側に流れる。電子 は外部でモーター等を回して仕事をした後カソード側に 燃料電池 ハイブリッド車 流れる。一方カソード側には空気中の酸素が供給され, THS 三者はカソード触媒によって反応し水を生成する。全体 Hybrid Technology の反応式は水素と酸素1/2モルから水1モルが生成すると D-4 CNG Diesel DI Lean Burn EV ギーの効率は VVT-i 代替 エネルギー ディーゼル エンジン 図-1 ガソリン エンジン 電気 自動車 ∆G/∆H=83%(水素の場合) トヨタのエコカーへの取り組み Fig.1Toyota's concept for CO2 reduction 3 云う大変簡単な式になる。この時に得られる電気エネル ∆G:ギブスの自由エネルギー ∆H:エンタルピー 3.燃料電池(種類,原理,構造) 燃料電池(種類、原理、構造) 各種燃料電池の特質を表-1に示す。燃料電池の原理は古 となり,カルノーサイクルの制約を受ける事が無いので 従来の熱機関に比べると著しく高い効率が可能である。 くからグローブ卿によって発見され,効率の高さから 又,燃焼に伴う排気ガスが生じないので,大変クリーン 種々の開発が進められてきたが,容積の割には出力が小 であるのが大きな特徴である。 さく,主として定置用として開発されてきた。しかし近 年高分子膜が電解質として着目され,小型軽量化が可能 3 富士通テン技報 Vol.20 No.2 力電圧は1V以下と低いため,これを数百セルシリーズに モータ等 ee水素 (H2) H22 アノード 触媒 1. 反応式 タックと呼んでいる。通常,燃料電池と云うのは,この 電解質膜 H+ H+ 重ねて使用するが,パッケージにしたものを燃料電池ス 電気 O22 H22O カソード 触媒 空気 (O2) スタックアッセブリを示している。 電解質膜,触媒の成分に加え,セパレータの構造,ス 水 (H2O) タック方法等に各社のノウハウがある。 図-4は燃料電池スタックの出力密度の向上を示したもの である。燃料電池が米国ジェミニ衛星に使用された当時 アノード:H2→2H++2eカソード:1/2 O2+2H++2e-→H2O 全 体:H2+1/2 O2→H2O から比べると,この近年の出力向上は驚く程でガソリン エンジンの出力密度を超えつつある。将来は大変コンパ クトな燃料電池が出現し,車のパッケージまで大きく変 2. 理論効率 ∆G/∆H=83%(水素) 図-2 化する可能性がある。 燃料電池の作動原理 Fig.2 Principles of Fuel Cell Operation Ballard 図-3はPEM型燃料電池の構造を示したものである。電 解質膜と触媒は2枚のセパレータによって挟まれている。 各々のセパレータには水素の通路と空気の通路が切って あり,ガスの拡散と反応で生成した水の排出を行ってい る。この1組の燃料電池をセルと呼んでいる。1セルの出 kW/L ガソリン エンジン 出 力 1.0 密 度 自動車用 開発本格化 Gemini衛星 空気 0 1960 積 層 電 流 GM GM 1.5 0.5 燃料電池スタック 燃料電池(単セル) 2.0 1970 年 1990 触媒 図-4 セパレータ 燃料電池の高性能化 Fig.4 Improved Fuel Cell Capabilities 水 図-3 燃料電池の構造 Fig.3 Fuel Cell Structure FCHV-4 1992:燃料電池車の開発着手 FCHV-3 FCHV-5(燃料改質FC車) 燃料:水素(高圧) 航続距離:250km 最高速:150km/h 燃料:水素(吸蔵合金) 航続距離:300km 最高速:150km/h 燃料:CHF(クリーンガソリン) (CHFから水素に改質) 家庭用FCコジェネシステム MOVE FCV-K-Ⅱ トヨタFCスタック 貯湯槽 FCHV-BUS2 燃料:水素(高圧) 本体 燃料:水素(高圧) 乗車定員:60人 最高速:80kw/h 図-5 トヨタの燃料電池技術 Fig.5 Toyota's Fuel Cell Technology 4 2000 出典:トヨタ 資料、General Motors data、IFC data Ballard Power Systems Inc 資料 De Nora 資料 服部正策 編、燃料電池/電気自動車、横川書房('73.5) 水 素 電解質膜 1980 燃料:天然ガス 出力:1kw 2010 燃料電池車の開発状況 4.トヨタの燃料電池車 4 図-7にFCHV-4のハイブリッドシステムのコンポーネン トヨタの燃料電池車 ト配置を示す。FCスタック,パワーコントロールユニッ 図-5にトヨタの燃料電池を使った車両を示す。 ト,駆動モーターをエンジンルーム内に納め,高圧水素 FCHV-3・4・5は水素の貯蔵法によって分類した車だ タンクと2次電池をリヤの床下に置くことにより,乗員ス が,燃料電池は基本的に同じ仕様である。日野自動車, ペース,カーゴスペースをベース車両と全く同じにする ダイハツ工業とも協力しつつ,大型都市バスと軽自動車 ことができた。 についても燃料電池車を開発している。 図-8はFCHV-4のエネルギー効率を示している。トータ 他に応用として家庭用の1kWコジェネシステムをアイ ルエネルギー効率を計算するためには,原油(燃料)の シン精機と共同で開発している。トヨタの燃料電池車の 井戸から車の走行までを総合して考える必要がある。原 特徴はハイブリッド技術を採用していることである。 油を採掘し,輸送,精製してガソリンを製造し,それを サービスステーションに配って車のタンクに供給するま 5.トヨタのハイブリッド技術 トヨタのハイブリッド技術 での燃料効率は88%程度と言われている。つまり原油の 図-6はプリウスのハイブリッドシステムとFCHV-4のハ ガソリン車の10-15モード運転時の代表的な車両効率は 5 12%のエネルギーが途中のプロセスで失われてしまう。 イブリッドシステムを比較したものである。エンジンを 16%であり,総合効率(Well to Wheel)は14%になる。 燃料電池に置き換えているので,電気―電気の組み合わ 燃料効率 車両効率 Well to Tank Tank to Wheel (%) (%) せとなり,ハイブリッド化はプリウスより容易である。 ガソリン車 FCHV-4 プリウス プリウス (ガソリンHV) 高圧水素 FCV 88 16 88 30 トヨタ燃料電池ハイブリッド車 20 パワーコントロール ユニット 2次電池 30 40 14% 26% 22% 58 29% 50* HV制御有 42% 70 60 3 x ガソリン車, , 1.5 x HV 燃料電池 (Fuel Cell) エンジン 2次電池 FCHV (目標) 10 38* FCHV-4 ハイブリッド車(プリウス) 総合効率 Well to Wheel (%) 0 10-15モード トヨタ試算 *電流法による パワーコントロール ユニット 図-8 FCHVの総合効率 Fig.8 Well to Wheel Efficiency モータ モータ プリウスに代表されるハイブリッド車の場合は,燃料 効率は88%で同じだが,車両効率が約2倍に改良され,総 図-6 トヨタのハイブリッド技術 合効率も約2倍の26%になる。燃料電池車FCHV-4の車両 Fig.6 Toyota's Hybrid Technology 効率は,ハイブリッドの効果もあってガソリン車の3倍以 パワーコントロールユニット 高圧水素タンク 2次電池 上の50%に達するが,天然ガスを改質して水素を製造す る効率が現時点では低く約58%と言われており,総合効 率は29%にとどまり期待した程良くない。 燃料電池,水素のような新しい技術を導入するのであ ればWell to Wheelの総合効率でガソリンエンジンの3倍 以上にする必要があると考えている。このためには車両 FCスタック モータ 効率も現在より更に向上させ60%以上を,水素を造る効 率も70%程度に高める必要がある。水素は種々の一次エ ネルギーから製造が可能であり,70%は達成可能であろ うと思われる。 図-7 FCHVシステムのコンポーネント Fig.7 FCHV System Components 5 富士通テン技報 Vol.20 No.2 損なわれてしまう。単純にして大変やっかいな問題であ 6.水素燃料 6 水素燃料 る。研究室では問題にもならなかったことが実用には大 図-9は各種水素製造方法について示したものである。現 きな障害になる例である。 在は石油,天然ガス,電気からの製造が主流だが,将来 e- 電気 は太陽光,バイオ等のCO2フリーのエネルギー源からの製 造も期待されている。また日本では製鉄所,化学工場等 空気 (O2) e- 水素 H22 O22 H+ から多量の副生水素が発生しており,それを利用するこ 水 H22O H+ とも現実性がある。 水素の供給は多様(原油のみに依存しない) 生成される水が凍結 太陽光 / バイオ / 原子力 CO2 固定装置 タンクローリー 副生ガス 水素 低温起動が大きな課題 図-10 水素ステーション 石炭 石油 水素貯蔵タンク パイプライン 低温試験 Fig.10 Low Temperature Performance 液体燃料 パイプライン 天然ガス 水素 M FC 水素 図-11に水素の貯蔵技術を示す。FCHV-4は1kgの水素で 水素 製水 造 機素 約100km走行出来るので,充分な航続距離を確保する為 には5kg以上の水素を貯蔵する必要がある。これは気体の 電気 高圧送電線 水素FC車 場合には体積にすると56m3になり,高圧タンクでも容積 が大きくなり過ぎて車に搭載は困難である。水素吸蔵合 図-9 将来の水素社会 Fig.9 Image of Hydrogen Infrastructure 金タンクは容積を小さく出来るが,金属粉であるために 重量が大きな障害になる。液体水素タンクは小型・軽量 に出来るが,-253℃の液体水素は蒸発し続けるので,乗用 7 7.市場導入に向けた課題 市場導入に向けた課題 燃料電池車を市場へ導入する場合の課題を表-2にまとめ 車のような使い方では安全性も含めて実用化は困難であ ろう。カーボンナノチューブ,ケミカルハイドライド等 の新技術の出現が期待される。 た。車用として一般に普及させるためには,解決しなけ ればならない課題が未だ山積している。この中で燃料電 高圧水素タンク 水素吸蔵合金タンク 液体水素タンク 重量 蒸発(ボイルオフ) 池車に特有な低温,航続距離について説明したい。 表-2 市場導入へ向けた課題 Table 2 Issues for Market Introduction 1. 環境適合性 低温、高温、高地、電波障害、粉塵 雨、雪、塩水、温泉地(硫化水素)等 2. 安全性 水素、高電圧、衝突 3. 経済性 コスト(貴金属低減)、ランニングコスト 4. 航続距離(水素貯蔵技術) 5. 信頼性・耐久性 6. サービス性 7. リサイクル 触媒、スタック 図-10にFCHV-4の低温試験の様子を示す。燃料電池は 原理上発電すると必ず水が生成され,この水は物理法則 に伴い0℃以下では凍る。従って-10℃,-20℃で燃料電池 車を始動すると生成した水が,あちこちで凍り,機能が 6 課題; 容積 ケミカルハイドライド (NaBH4) カーボンナノチューブ 拡大 課題; 真の実力は? 図-11 回収/リサイクル 水素貯蔵技術 Fig.11 Hydrogen Storage Technology 燃料電池車の開発状況 8.燃料電池車の普及に向けて 8 燃料電池車の普及に向けて 図-12に燃料電池車の普及の予想ロードマップを示す。 図-14は長期的に見た世界的レベルでの燃料電池車の普 及イメージである。トータルコストが内燃機関と同等に なるまでは,本格的な普及にはならないだろう。その時 本格的な普及の始まりは2010年以降になるものと予想さ 期は2020年前後になると思われるが,クリーンでエネル れ,それ以前は主としてメーカー間の技術競争の時代に ギー効率の高い燃料電池車は必ず将来の豊かな車社会を なると思われる。 実現してくれるものと信じつつ,日夜の開発に邁進して 行きたいと思っている。 コスト、商品力競争の時代 技術競争の時代 水素燃料コスト + 燃料電池コスト インフラ整備もポイント 内燃機関車 Step Ⅲ FCHV普及 7.4億台 Step Ⅱ StepⅠ フリートユーザー (大都市域) デモ、限定導入 '01 '05 図-12 内燃機関HV '10 '20∼30 内燃機関燃料コスト + 内燃機関コスト 燃料電池車普及の予想ロードマップ Fig.12 Forecast of FC Vehicle Market Introduction 2000 20X0 図-14 燃料電池車の普及に向けた課題を図-13に示す。自動車 燃料電池車 世界の燃料電池車普及イメージ Fig.14 Image of the Global Commercialization of FC Vehicle メーカーのみならず,国,他の産業界,更には日本全体 の水素エネルギー社会に対するコンセンサスが不可欠に なる。 ◆燃料電池システム 水素貯蔵、改質器... コスト, 耐久性, 信頼性... 内燃機関HVよりも魅力的な 商品であること ◆燃料電池車用燃料 燃料の選定, インフラ整備... 自動車メーカーによる 自主開発(競争) 国、燃料業界等との 協力・協調が必須 ◆法規の整備, 標準化 ◆水素エネルギー社会の醸成 図-13 社会的啓発活動 官民の協力が必要 燃料電池車の普及に向けた課題 Fig.13 Challenges for market penetration of FCVs 社外執筆者紹介 中村 徳彦 (なかむら のりひこ) 1965年トヨタ自動車株式会社入 社。 ガソリンエンジン・ディーゼル エンジン開発に従事しその後, 燃料電池開発業務に従事。 現在,技監。 7