...

社会的表象研究の実際と方法論的検討

by user

on
Category: Documents
17

views

Report

Comments

Transcript

社会的表象研究の実際と方法論的検討
社会 的表象研 究 の実際 と方法論 的検討(1)
一C
.HerzlichuHealthandIIIHess"を
め
ぐ る 考 察1)一
Practicalaspectsandmethodologicalimplications
oftheresearchonsocialrepresentations(1)
‐CaseofC
.Herzlich"HealthandIllness"‐
八
ッ 塚 一 郎*
IchiroYatsuzuka
1は
じめ に
本 稿 で は 、 社 会 的 表 象 研 究 に お け る 代 表 的 著 作 の ひ とっ 、C.Herzlich著"HealthandIllness"
(Herzlich,1973)の
概 要 を 報 告 す る。 あ わ せ て 、 そ の 理 論 的 ・方 法 論 的 特 徴 を 検 討 し、 社 会
的 表 象 研 究 を 具 体 的 に実 践 す るた め の知 見 を導 き出 す。
あ ら た め て 繰 り 返 す ま で も な い が 、 社 会 的 表 象 論(Moscovici,1984;Farr,1987)と
は、
ヨ ー ロ ッ パ 圏 を 中 心 と し て 独 自 の 発 達 を 遂 げ た 、 社 会 心 理 学 基 礎 理 論 で あ る。 社 会 的 表 象 論 に
関 し て は、 既 に 、 少 な か ら ぬ 数 の 理 論 的 お よ び 実 践 的 研 究 事 例 が 蓄 積 さ れ て お り 、 ヨ ー ロ ッ パ
社 会 心 理 学 界 に お け る主 潮 流 の ひ と っ を な す に 至 っ て い る。 し か しな が ら、 日 本 語 圏 に お い て
は、 未 だ そ の 十 分 な 紹 介 す ら な さ れ て い な い の が 現 状 で あ る。
社 会 的 表 象 論 の 理 論 的 詳 細 は 別 稿(八
ッ塚,準
備 中)に
譲 る。 こ こ で は、 そ の 特 徴 と し て 、
以 下 の 点 を 挙 げ て お く。
(1)社
会 的 表 象 論 は、 広 義 の社 会 的 構 成 主 義 に属 して お り、 社 会 的現 実 の成 立 、 す な わ ち、
わ れ われ に と って の意 味 を帯 び た世 界 の成 立 を、 考察 の主 題 と して い る。
(2)意
味 的 世 界 、 す なわ ち社 会 的 表 象 の 世 界 は、 われ わ れ の社 会 的 な活 動 を通 して、 具 体 的
に は、 言 語 を 用 い た談 話 的 過 程 を通 して 、 現 在 あ る よ うな姿 へ と構 成 され る。
(3)い
った ん 構 成 され た意 味 的 世 界 、 す な わ ち社 会 的 表 象 の世 界 は、 個 々人 と して のわ れ わ
れ 、 お よ び、 そ の 認 識 や 行 為 全 般 を 規 定 す る。
平 成12年9月8日
原稿受理
象
奈良大学社会学部
一101一
総
合
研
究
所
所
本 稿 で 取 り上 げ るHerzlich"HealthandIllness"も
報
ま た、 この よ うな 基 本 認 識 の上 に立 っ
て い る。 こ こ で は 、 わ れ わ れ に と っ て の 「健 康 」 や 「病 気 」 な る も の が 、 ど の よ う に し て 、 社
会 的 に 構 成 さ れ て い る の か 、 そ し て そ れ が 、 ど の よ う に わ れ わ れ を 規 定 し、 い か な る役 割 を 果
た し て い る の か が 、 検 討 さ れ る。
II概
以 下 に"HealthandIllness"の
要
目 次 を 示 す 。 な お 、S.Moscoviciに
よ る 序 文 は、 短 い な が
ら、 社 会 的 表 象 論 の い く っ か の 含 意 を 明 確 に 述 べ た も の で あ り、 社 会 的 表 象 論 に と っ て の 重 要
文 献 の ひ と っ で あ る。 この 序 文 で は、 伝 統 的 心 理 学 に お け る外 界 一内 界 の 区 別 に対 す る批 判 、
社 会 的 表 象 に お け る談 話 的 過 程 の 重 要 性 、 さ ら に 、 社 会 的 表 象 が 意 味 的 世 界 を 秩 序 づ け 、 コ ミュ
ニ ケ ー シ ョ ン を 可 能 た ら しめ て い る こ と 、 同 時 に 、 社 会 的 表 象 そ れ 自 体 が コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン
の 手 段 と し て の 役 割 を 果 た して い る こ と 、 な ど が 述 べ ら れ て い る。
目次:
『健 康 と病 気 』
序 文:s.Moscovici
は じめ に:病 気 へ の 心 理 学 的 視 点 。 人 類 学 と医療 の社 会 学/健
方 法 論 的指 針/研
康 と病 気 の社 会 的 表 象 。 問題 と
究 に あ た って
第1部
第1章:個
人 ・生 活 様 式 ・病 気 の起 源
「生 活 様 式 」/個 人 的 要 因
第2章:自
然 ・制 約 ・社 会
生 活 様 式 とそ の 意 味/健 康 と 自然 ∼人 工 物 と不 健 康/病 気 な き世 界 、 あ る い は制 約 と して の 健
康
第3章:機
構 と用 法
毒 性 とい う メ カ ニ ズ ム/知 覚 と予 測/健 康 と病 気 の 起 源 にっ い て の考 察
第2部
第4章:健
康 と病 気
健 康 とそ の 形 式
第5章:病
気 ∼ 次 元 と制 約
病 気 とそ の 分 類/健 康 の な か の病 気:疲 労 の 媒 介 的 性 格
第6章:病
者 と健 康 者
死/物 理 的 現 実 と行 動 的 側 面/病 者 と健 康 者
第7章:健
康 と病 気 の社 会 的 表 象
生 成 ・条 件 ・行 為/清 潔
一102一
八 ッ塚:社
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と方 法 論 的 検 討(1)-C.Herzlich"HealthandIllness"を
第8章:病
め ぐる考 察 一
気 の 概 念 と病 気 の 行 動
破壊 力 と して の 病 気/解 放 者 と して の 病 気/職 業 と して の 病 気
第9章:病
者 とそ の ア イデ ン テ ィ テ ィ
結論
付録
以 下 、 同 書 の概 要 を、 順 次 整 理 す る。 概 要 は筆 者 自身 の解 釈 に基 づ くもの で あ り、 訳 語 等 も
暫 定 的 な もの で あ る。
(1)基
本 方 針 と 方 法[序
文 、 は じ め に]
病 気 と は 、 わ れ わ れ が 学 習 す る も の で あ る。 す な わ ち 、 病 気 な る も の は 、 わ れ わ れ の 社 会 的
な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン過 程 を 通 し て 構 成 さ れ る も の な の だ と い う こ と、 こ れ が 、 本 書 の 出 発 点
で あ る。
医 師 が 症 状 を 命 名 す る こ と か ら、 「医 者 と 患 者 と の ゲ ー ム 」(Herzlich,1973,p.1)が
開始 さ
れ る。 こ の や り と り を 通 して 、 病 気 な る も の が 構 成 さ れ て い く。 そ れ ゆ え 、 「健 康 と 病 気 の 社
会 的 定 義 を 研 究 し よ う と思 う な ら、 こ の 社 会 の な か で 、 個 々 人 が 、 価 値 や 社 会 規 範 や 文 化 モ デ
ル を ど の よ う に 経 験 して い る か 、 そ して 、 『健 康 』 や
『病 気 』 と呼 ば れ る と こ ろ の 社 会 的 実 体
の 観 念 が 、 ど の よ う に 発 達 し結 晶 化 す る か を 、 論 理 的 お よ び心 理 学 的 に 研 究 し な く て は な ら な
い 」(Herzlich,1973,p.1)。
ち な み に、 本 稿 で は、 社 会 的 表 象 と は、 概 念 と知 覚 の 混 合 で あ り、 社 会 的 現 実 を把 握 す るた
め の 、 イ メ ー ジ と社 会 的 規 範 と の 混 合 で あ る 、 と 定 義 さ れ て い る(Herzlich,1973,p.11)。
さ て、 この よ うな 問題 設 定 の も と、 具 体 的 な研 究 活 動 は、 次 の よ う に実 施 され た。 病 気 や 入
院 の 体 験 者 か ら未 体 験 者 ま で 、 多 様 な 属 性 を もっ 、80名
の被験 者 を対 象 に、 オー プ ン クエ スチ ョ
ン形 式 の 聞 き取 り調 査 を 行 っ た 。 文 書 に 起 こ さ れ た 聞 き取 り調 査 記 録(一
ジ に 相 当)の
人 あ た り25∼50ペ
分 析 が 、 以 下 の 記 述 の 中 心 と な る 。 聞 き取 り調 査 の 実 例 は 、 付 録2と
ー
して 巻 末 に
掲 載 さ れ て い る(Herzlich,1973,p.142∼)。
な お 、 実 際 の 聞 き取 り調 査 に あ た っ て は 、 会 話 の 話 題 を 導 く た め 、 次 の よ う な ガ イ ド ラ イ ン
が 設 定 され て い た。
付 録1:イ
ン タ ビ ュ ー ガ イ ダ ン ス の 基 本 テ ー マ(Herzlich,1973,p.141)
① 病 気 の 定 義 と 分 類 。 ど ん な 区 別 を し て い る か?ど
の よ う な 兆 候 を も と に して 、 い か な る 区
別 が な さ れ て い る の か?
② 健 康 と 病 気 に 関 わ る 規 範 。 も っ と も頻 繁 に 起 こ る の は 何 か?も
③ 病 気 の主 な原 因
④ 病 気 にお け る痛 み と死 の役 割
⑤ 個 人 と そ の 性 格 に と って の 病 気 の 重 要 性
一103一
っ と も 正 常 な の は 何 か?
総
合
研 究
所
所 報
⑥ 病 気 に お い て見 られ る行 動(被 験 者 自身 の 病 気 お よ び他 の 人 の病 気 につ いて)
⑦ 恐 ろ しい の は ど の よ うな病 気 か?
⑧ 健 康 に重 要 な因 子
⑨ 個 人 とそ の性 格 に と って の健 康 の重 要 性
⑩ 健康 的 な行 動
⑪ 病 気 の な い世 界 を想 像 で きる か?
(2)病
第1部
気 の観 察、 病 気 の メ 力 ニ ズ ム[第1部]
で は、 聞 き取 り調 査 結 果 な ど を もと に、 病 気 と い う現 象 が観 察 さ れ、 そ の特 徴 が検 討
され る。 言 って み れ ば、 病 気 とい う現 象 を記 述 し、 そ こで作 用 して い るメ カ ニ ズ ムを 発 見 す る
こ とが、 第1部
の主 題 で あ る。
第1章 で は 、病 気 の原 因、 な い し病 気 の起 源 に 関 す る、 人 々 の 説 明 が 検討 され る。 病 気 の 原
因 に つ い て は、 内 因 と外 因 の 対立 図式 が代 表 的 で あ り、 イ ン タ ビ ュー で も、 多 くの 人 が 、 この
2っ の 主 題 に 言 及 して い た。 内 因 と は、 個 人 の 側 に 属 す る病 気 の 条 件 で あ る。 そ れ に対 し、 外
因 と は、 悪 い 環 境 が もた らす 、 健 康 の悪 化 や 弱 体 化 な どの こ とで あ る。 外 因 は、都 市生 活 な ど、
個 人 の 生 活 様 式 と して 表 現 され る。 た とえ ば 、 パ リの 都市 生 活 が 、 個 人 の 健 康 に対 して 悪 影 響
を 与 え る、 と い う主 題 につ い て は、 被 験 者 全 員 が 談 話 の 中 で 言 及 して いた 。
談 話 か ら導 き出 され るの は、 健 康 と病 気 に っ い て の 、 次 の よ う な命 題 で あ る。 す な わ ち、 健
康 と病 気 は、 「健 康 な個 人」 対 「病 気 を生 む生 活 様 式 」 の、 コンフ リク トの産 物 であ る(Herzlich,
1973,p.26)。
個 人 は、 そ れ 自身 は もと も と健 康 で あ る もの と して 、 受 動 的 に 位 置 づ け られ て
い る。 それ に対 して 、 都 市 の 生 活 な ど、 生 活 様 式 と して 表 現 され る よ うな、 外 部 か らの悪 い要
因 、 す な わ ち、 人 々を 病 気 に導 く、 能 動 的 要 因 が 作 用 す る。 こ の、 「受 動 的 個 人 要 因 」 対 「能
動 的 生 活 要 因 」 の対 立 が 、 結 果 と して 病 気 を 導 く。 こ の よ うな対 立 図 式 が 、 健 康 と病 気 と の対
立 に お い て作 用 して い る こ と が見 出 され た。 言 い換 え る と、 個 人 は、 健 康 と病 気 につ い て は、
耐 え 防衛 す る存 在 と位 置 づ け られ て い る。
第2章
で は、 この外 的 要 因 、 す な わ ち生 活 様 式 につ い て、 さ らな る分 析 が加 え られ て い る。
都 市 生 活 な どの環 境 、 す な わ ち生 活 様 式 が、 なぜ 病 気 を もた らす の か、 に っ い て は、 自然 物 と
人 工物 との意 味 的対 比 が影 響 して い る。 す な わ ち、 自然 物 は健 康 と結 び つ いて い るの に対 して、
人 工 物 は不 健 康 で あ る、 と位 置 づ け られ て い る。
た とえ ば 、 個 々 人 の談 話 は、 現 代 の、 病 気 を生 み 出 す悪 環 境 に つ い て、 過 去 や 田 舎 と対 比 し
なが ら言 及 して い る。 また 、都 市 生 活 な どの、 現 代 の 人工 的 な世 界 は、 人 間 の正 常 な 発達 か ら
の 逸 脱 、 人 間 に は不 適 な もの と、 位 置 づ け られ て い る。
この よ う に、 人 々 は、 現 代 の 人 工 物 的環 境 を 、病 気 と結 び つ けて い る。 多 くの 人 々 に と って
は、 これ は避 け難 い事 態 と して 受 け入 れ られ て い る。 「で は、 病 気 の な い 世 界 は来 る で し ょ う
か?」
と い う問 い に対 して は、 悲 観 的 な 答 え が 目立 ち、 た とえ ば、科学 が発 展 し病気 の な くな っ
た世 界 は、 それ 自体 が 病 気 だ 、 な ど と い った 答 え も見 られ た 。
一104一
八 ッ塚:社
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と 方 法 論 的 検 討(1)-C
.Herzlich"HealthandIllness"を
あ ぐる考 察 一
さて 、以 上 の よ うに 、 健 康 と病 気 にっ い て は、 外 的対 内 的 、 健 康 対 不 健 康 、 自然 対 不 自然 、
個 人対 社 会、 な どの対 立 軸 が 作 用 して い る。 議論 は、 個 人 と社 会 の対 立 図 式 を重 視 し、社 会 的
な定 義 に よ って生 じ る もの と して 、 病 気 を 位 置 づ け て い く。
第3章
で は、 病 気 が生 み 出 され る メ カ ニ ズ ムが 検 討 さ れ る。 最 初 に、 「毒 性 」 と い う メ カ ニ
ズ ム の利 用 が 指 摘 さ れ る。 病 気 の 発生 に際 して 、 「毒 性 」 な る もの を説 明 図 式 と して 用 い る の
に は、 次 の よ うな利 点 が あ る。 ① 「毒 性 」 とい う語 は、 一 般 的 か っ 多 様 で あ る た め、 生 活 様 式
の中 で 生 じる、 あ らゆ る要 因 を表 現 で き る。 ② 「毒 性 」 は、 ゆ っ く り と した 、 ま た反 復 的 な過
程 を 表現 で き る。 ③ 「毒 性 」 は、 「健 康 な個 人 」 と 「不 健 康 な 生 活 様 式 」 と の 葛 藤 と い う、 ダ
イナ ミッ クな過 程 を 現 す の に有 用 で あ る。
す な わ ち、 「毒 性 と い う観 念 に よ って 、 健 康 と病 気 の 起 源 に関 す るモ デ ル は完 全 な もの と な
る。 生 活 様 式 の もた らす 、 多 面 的 で 反 復 的 な脅 威 は、 これ に よ って 、 具 体 的 な現 実 と して 、 明
確 に捉 え られ る よ うに な る。 つ ま り、 毒 性 と い う観 念 は、 人 間 に と って 外 的 で あ り有 害 な もの
を、 個 々人 が や む な く同 化 す る、 とい う こ とを 、 具 体 的 な か た ちで 表 現 して い る」(Herzlich,
1973,p.44)o
端 的 に言 う な らば、 「毒 性 」 と い う社 会 的 表 象 を用 い る こ と に よ って 、 わ れ わ れ は 、 病 気 の
発 生 と い う現 象 を 、 よ り具 体 的 か っ身 近 な もの と して 、 把 握 で き るよ うに な る、 と い う こ とで
あ る。
病 気生 成 の メ カ ニ ズ ム に戻 る と、 次 の こ とが言 え る。 病 気 な る実 体 が あ るの で はない。 ま た、
何 らか の、 具 体 的 な 発 症 な どを 、病 気 の手 が か り と して 参 照 す る必 要 は、 必 ず し も な い 。 そ う
で は な く、 病 気 と は、 生 活 様 式 の 中 で 、 す な わ ち、 個 人 対 社 会 の、 何 らか の コ ン フ リク ト発 生
の 中 で、 「知 覚 」 され る もの の こ とで あ る。 言 い換 え る と、 病 気 とは、 現 状 で 発 生 して い る コ
ン フ リク トの、 論 理 的 な帰 結 と して 、 予 測 され る もの の こ とで あ る。
個 人 と社 会 と の コ ン フ リク ト(そ れ はた とえ ば 、 調 子 が悪 い 、 疲 労 状 態 で あ る、 居 心 地 が悪
い、 等 々 と表 現 さ れ る か も しれ な い し、 言 語 的 に は表 現 さ れ な い か も しれ な い)か
ら、 論 理 的
に帰 結 す る もの と して、 予 測 され る もの 、 そ れ が 、 「病 気 」 で あ る。 ま た、 「毒 性 」 と は、 当該
の コ ンフ リク トを、 病 気 と結 び っ け る た め に必 要 と され る概 念 で あ る(Herzlich,1973,p.47)。
た とえ ば 、 「これ だ け の毒 性 が 蓄 積 され た か ら、 これ これ の 病 気 が 発 生 した の だ 」 と い うよ う
に、 毒性 と い う概 念 を媒 介 と して、 病 気 な る もの が導 き出 され る。
わ れ わ れ は、 本 章 の 主 張 を、 次 の よ うに要 約 して も良 いで あ ろ う。 社 会 の 中 で 生 活 す る個 人
は、 当然 、 何 らか の コ ンフ リク トに遭 遇 す る。 そ の コ ン フ リク トの状 態 か ら、 将 来訪 れ る と予
期 され 同定 され た もの 、 いわ ば 、 流 動 的 な コ ン フ リ ク ト状 態 か ら結 晶 化 した、 あ る固 定 的 な 状
態 、 そ れ が、 当該 の 個 人 に と って の 病 気 で あ る。
(3)病
第2部
気 と は何 か、 病 気 の 定 義[第2部]
で は、 健 康 との対 比 や 、 医 師 や 病 人 の 介 在 な ど、 よ り広 い 文 脈 の もとで 、 改 め て、 病
気 と は何 で あ る か が検 討 され る。
一105一
総
合
研
究
所
所
報
第4章 で は、 健 康 と病 気 とが 対 比 され る。 聞 き取 り調 査 の分 析 が示 す と ころで は、 健 康 は、
病 気 の欠 落 した 状 態(そ れ ゆえ 、 健 康 で な くな る まで は それ に気 づ か な い)と
して も、 ま た、
身 体 に関 わ る良 き状 態 の現 前 と して も、 表 現 され る。
そ れ に対 して 、 病 気 は、 は るか に多 彩 な 様 態 で 現 れ る。 同 時 に、 健 康 と病 気 と は、 決 して 明
確 に区 分 され る もの で は な い こ と、 健 康 と病 気 との 中 間 に、 非 常 に多 様 な状 態 が 、 幅 広 く分 布
して い る こ とが 示 され る。
こ こで 著 者 は、 健 康 と そ の形 態 にっ い て 、3類 型 へ の 図 式 化 を試 み て い る(Herzlich,1973,
p.63)。 健 康 の3類 型 とは 、 「真 空 状 態 と して の 健 康 」 「保 持 す る もの と して の 健 康」 「均 衡 と し
て の 健 康 」 の3っ で あ る。
真 空 状 態 と して の 健 康 と は、 病 気 が 不 在 で あ る状 態 、 と して 表 現 さ れ る。 単 純 な事 実 の 問 題
と して 、 健 康 で あ る状 態 が存 続 して い る、 と い う意 味 で 、beingと
して の 健 康、 と も表 現 で き
る。
保 持 す る もの と して の 健 康 と は、 耐 久性 や 、 抵 抗 す る力 、 と して表 現 され る。 これ は、 極 め
て 個 人 的 か っ 身 体 的 な レベ ル にお い て 表 現 され る。 健 康 で あ る状 態 を所 有 して い るか 否 か が 問
題 に な る と い う意 味 で は、havingと
して の 健 康 、 と も表 現 され る。
均 衡 と して の 健 康 と は、 人 生 全 体 まで を も含 む 視野 の 中 で 、 何 らか の均 衡 が 保 たれ て い る状
態 の こと を指 す 。 均 衡 を保 っ べ く積 極 的 に活 動 す る、 と い う意 味 で、doingと
して の健 康 、 と
も表 現 され る。
第5章 で は、 病 気 の 類 型 化 の 試 み を も とに して 、 病 気 な る もの の本 質 が 明 確 化 され る。 著 者
は、 人 々 が 病 気 を どの よ うに類 型 化 して い るか を 検討 した うえ で 、 病 気 の類 型 は多 彩 で あ り、
か っ 無 原 則 で あ る と結 論 づ けて い る。 す な わ ち 、 人 々 が 行 って い る病 気 の分 類 に は、 客 観 的 で
非 個 人 的 な 参 照 枠 が あ るわ けで はな い。
それ よ り も重 要 な こ と は、 「病 気 の属 性 に は、 当該 の病 気 が、 当該 の 個 人 の 現 在 な い し将 来
の 生 活 に対 して もっ 意 義 を 示 す 、 とい う機能 が あ る」(Herzlich,1973,p.68)と
い う点 で あ る。
分 析 され た 、 被 験 者 に よ る病 気 の 分 類 の 仕方 は 、 部 分 的 で あ り、 また一 貫性 を持 って い なか っ
た 。 しか し、 人 々 は、 種 々 の 病 気 を 、 簡 単 な 特性 に 縮 約 す る た め に、 分 類 を行 って い たの で は
な い。 そ うで はな く、 個 々人 の 生 活 に と って病 気 が もた らす 意 味 を 明 確 にす る こ と こそ が 、 病
気 の 分 類 とそ の 位 置 づ けの ため に は、 何 よ り重 要 で あ った 。
こ こか ら、 わ れ わ れ は、 次 の よ うな 知 見 を導 き出 す こ とが で き る。 少 な くと も、 社 会 心 理 学
的 に見 た 場 合 、 病 気 と い う もの は、 そ れ単 独 で扱 うべ き もの で は な く、 社 会 的 な存 在 で あ る個
人 との 関 係 の も とで 、 個 人 と社 会 とを 媒 介 す る もの と して 、 扱 わ れ な くて は な らな い。 この こ
と は、 次 章 の 論 考 で も裏 付 け られ る。
第6章 で は、 医 師 や 病 人 との 関 わ りの な か で 、病 気 と は何 で あ るか が 検 討 され る。
先 に述 べ た 通 り、 病 気 に関 す る人 々 の 分 類 に は 、 明 瞭 な 一 貫 性 は見 られ な い。 また 、 病 気 と
して 分 類 す べ き対 象 も広 範 にわ た る。 しか しな が ら、 人 々 は、 そ れ ぞ れ の 仕 方 で 、 病 気 と健 康
とを 区 分 し、 解 釈 を 与 え て い る。 これ は、病 気 が、 所 与 の もの と して 与 え られ て い るの で は な
一106一
八 ッ塚:社
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と方 法 論 的 検 討(1}-C.Herzlich"HealthandIllness"を
め ぐる 考 察 一
く、 それ ぞ れ の コ ンフ リク トを 通 して 獲 得 され 、 発 達 して い く もので あ る こ とを 示 す 。 言 い換
え る と、 人 々 は、 病 気 を 、 物 理 的生 理 的 な もの と して だ け見 て い る ので は な い。 多 くの 人 は、
病 気 を 、 よ り複 雑 な もの 、心 的 な も の や 行 為 を も含 ん だ 複 合 体 と見 な して い た(Herzlich,
1973,p.74)o
ちな み に 、病 気 と死 とを 直接 結 び っ け て語 って い た 人 は、 思 いの ほか 少 な か った。 もっ とも、
直接 的 に語 らな い こ とを通 して、 死 に言 及 して い る、 と事 例 を 解釈 す る こ と も可能 で あ る。
よ り重 用 な こ とは、 病 気 に お け る、 物 理 的現 実 と行動 的 側 面 との結 び っ きで あ る。 奇 妙 な 話
だ が、 病 気 に は、 症 状 は必 ず し も必 要 な い。 個 別 の症 状 は、必 ず し も、 病 気 と は結 び つ い て い
な い。
言 い換 え る と、 病 気 な る もの は、 物 理 的 現 実 に は還 元 され な い。 病 気 は、 当該 の病 気 だ け で
な く、 そ れ を と りま く状 況 を、 同 時 に包 含 して い る。 す な わ ち、 医者 に か か る こ と、 不 活 発 に
な り出歩 か な くな る こ と、 等 々 の、 当人 の行 動 や 社 会 的状 況 が、 病 気 とは強 く結 びつ いて い る。
極 論 す る と、 動 け な くな る こ と と病 気 とが 、 事 実 上 、 同義 と して扱 わ れ る場 合 もあ る。
繰 り返 して言 うと、 わ れ わ れ は、 症 状 だ けで 、 病 気 を定 義 す る こ とは で きな い。 病 気 を構 成
す る に あ た って は、 言 う まで もな く、 医 師 が 重 要 な役 割 を果 た して い る。 端 的 な話 、 医 師 の命
名 に よ って は じめ て 、 わ れ わ れ に と って の 病 気 が 、 姿 を あ らわす 。 注 目す べ きは、 医 師 に よ る
病 気 の解 釈 の ため に は、 身 体 的 症 状 の ほ うが 無 視 され る場 合 も、 決 して 少 な くな い、 と い う こ
とで あ る。
逆 に、 社 会 的 に 不 活 動 に な る こ とそ れ 自体 が 、 病 気 の定 義 と な る場 合 もあ る。 社 会 的 に不 活
動 とな る こ と は、病 気 の 身 体 的 な 側 面 と、 心 理 ・社 会 的 な側 面 とを 、 媒 介 して い る。 この よ う
に考 え るな らば 、 わ れ わ れ は、病 気 の 本 質 を 、 む しろ、 社 会 的 な 関 係 性 の 変 容 に こそ 、 求 め る
べ きで あ る。
以上 の こ とか ら、 わ れ わ れ は、 本 章 の 行論 を、 次 の よ う に結 論 づ け る こ とが で き る。 社 会 的
に 不活 動 状 態 に陥 り、 他 者 との結 び っ きが 破壊 され る こ と、 そ れ が 、 病 気 で あ る。 病 気 と は何
で あ るか を定 め る に あ た って は、 個 別 の症 状 や分 類 体 系 そ れ 自体 は 、必 ず しも決 定 的 な 役 割 を
果 た さ な い。 む しろ、 病 気 で あ る、 と い う こ との本 質 は、 病者 の社 会 的 関 係 が、 決 定 的 に 変 容
す る、 とい う点 に こ そ あ る。
以 下 、 わ れ われ は、 病 気 の成 立 を、 他 人 に と って の病 者 、社 会 に と って の病 者 が っ く られ て
い く過 程 と して、 考 察 して い く。 言 い換 え る と、 病 気 の成 立 とは、 病 気 の 人 々 と して包 括 され
る集 合 体 が 、 形 成 され て い くと い う こ とで あ る。
(4)病
気 の 役 割 、 社 会 関 係 の 中 で 見 た 病 気[第3部]
第3部 で は、 社 会 関 係 と い う構 図 の も とで 、 病 気 の成 立 機 制 が 検 討 され る。 同 時 に、 構 成 さ
れ た病 気 が 、 社 会 関 係 の 中 で いか な る役 割 を 果 た して い る の かが 検 討 され る。
第7章 で は、社 会 的 表 象論 の 視 座 か ら、 健 康 と病 気 が 整 理 され る。 健 康 と病 気 は、 個 人 と社
会 と い う、2っ の観 念 との 関 わ りに お い て思 考 され る。 社 会 的 表 象 は、 こ の、 社 会 と個 人 、 健
‐io7
総
合
研
究
所
所
報
康 と病 気 、 の4語 を基 盤 と して、 作 り上 げ られ る。
個 人 と社 会 との コ ン フ リク トは、 健 康 ま た は病 気 とい う状 態 へ と、 そ の 表 現 形 を 見 出 す。 コ
ン フ リク トの 中 で、 個 人 が活 動 的 で あ る状 態 が、 健 康 とい う社 会 的 表 象 と して 表 現 され る。 一
方 、 コ ン フ リク トの 中 で、 個 人 の 活 動 性 が失 わ れ、 社 会 関係 との っ な が りが 損 な われ た状 態 、
そ れ が、 病 気 とい う社 会 的 表 象 、 す な わ ち病 気 状 態 で あ る。
社会
生活様式
逆 に言 う と、 健 康 で あ るか 病 気 で あ る か、 とい
うそ れ ぞ れ の状 態 は、 社 会 の なか の個 人 を参 照 す
る こ とに よ って の み 、 定 義 され る。 以上 のよ うな、
1
1
社 会 と個 人 との 関 係 の もと に お け る、 病 気 状 態 お
活動性
不活動性
よ び 健康 状 態 の 表 現 、 す なわ ち社 会 的 表 象 の成 立
は、Figure1の
/
よ うに表 され て い る。
顧→
懸→
繰 り返 す と、 社 会(生 活 様 式 に よ って 、 個 人 と
媒 介 され る)と 、 それ に対 す る個 人 の 抵 抗(健 康
の 保 持)と の コ ンフ リク トを通 じて 、 病 気 が 発 生
す る。 コ ンフ リク トの結 果 と して 、 病 気 な い し健
康 の いず れ か が 優 勢 とな る、 とい うわ けで あ る。
健康の保持
個人
そ れ ゆ え 、 社 会 的 表 象 に関 わ る4語 の 間 で は、 次
の よ うな平 行 関 係 が成 り立 って い る◎
Figure1
社 会 ・個 人 ・健 康 ・病 気 の 媒 介 関 係
(Herzlich,1973,p.91)
(社 会/個 人)e(病
気/健
康)
(Herzlich,1973,p.92)
しか し、 他 方 で は、 社 会 と病 気 が 融 合 し、 前 者 が後 者 の うち にそ の 表 現 を 見 出す 、 と も言 え
る。 ま た、 個 人 と健 康 とが結 び付 け られ て もい る。 そ の な か で 、 健 康 と病 気 と い う社 会 的表 象
が、 形 を とる。 そ れ ゆ え 、 平 行 関 係 は次 の よ うに も表現 で き る。
(社 会=病 気)/(個
人=健 康)
(Herzlich,1973,p.92)
さて、 健 康 で あ る こ と、 と い う主 観 的 な経 験 は、 個 々 人 の 活 動 を通 して、 当 人 の、 社 会 へ の
融 合 を表 現 す る。 一一
方 、 病 気 で あ る とい う経 験 は、 不 活 動 状 態 を 通 して 、 当人 の社 会 か らの 阻
害 を 表現 す る。 す な わ ち、 健 康 と病 気 、 とい う、 そ れ 自体 は曖 昧 な状 態 は、 病 者 と健 康 人 の、
社 会 的 な行 動 を通 して 、 そ の具 体 的 な意 味 を獲 得 す る。
整理 す る と、 健 康 も病 気 も、 何 らか の 「状 態 」 と して 現 れ る こ と もあ れ ば、 外 的 な 「対 象」
と して現 れ る こ と も あ る。 ま た、 健 康 や病 気 が 、 そ の 人 の 「行 為 」 と して現 れ る場 合 もあ る。
この よ うに、 健 康 と病 気 と い う社 会 的 表 象 は、 多 様 な 形 態 で 、 わ れ わ れ の前 に現 前 す る。 そ れ
ゆ え 、 健 康 と病 気 と は、 そ の状 態 で は な く、 そ れ が どの よ うに生 成 され た か に よ って 、 定 義 さ
れ な くて はな らな い。 さ らに、 健 康 と病 気 と は、 人 々の 認 識 の対 象 や、 具 体 的 な 行 為 とな る こ
一108一
八 ッ塚:社
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と方 法 論 的 検 討(1)-C.Herzlich"HealthandIllness"を
め ぐる 考 察 一
とで 、 明 確 に区 分 され る よ う にな る。 な お 、 健 康 と病 気 とが 、 人 間 の行 為 と して 表 現 され て い
る場 合 に は、 個 々 人 の 、 社 会 に対 す る適 応 、 と い う契 機 が 、 よ り強 く現 れ る こ と に な る。
以 上 の よ う に、 健 康 と病 気 の 生 成 は、 社 会 と個 人 と い う要 因 を包 括 しっ っ 、 多 彩 な形 態 で 現
象 す る、 複 雑 な 過 程 で あ る。 さ ら に、 病 気 の 生 成 は、 個 々 人 の 置 か れ た 状 況 や 、 そ の背 景 的 文
脈 な どを踏 まえ て 、 よ り複 雑 な もの とな る。 そ れ ゆ え に、 病 気 を主 題 とす る談 話 は、 つ き る こ
と な く、 また 多彩 な もの とな る。
なお、 この行 論 の 流 れ の 中 で、 清 潔 の 問 題 を 位 置 づ けて お くこ と もで き る。 表 現 形 態 と して
現 れ た 、病 者 や 健 康 人 は、 個 々 人 に と って の 、望 ま しい 行 動 や 性 格 の モデ ル と して も機能 す る。
清 潔 で あ る こ と も また 、 この よ うな、 病 気 と健 康 との 発生 の な か で 、 目指 す べ き もの 、 望 ま し
い もの、 等 々 の 位 置 づ けを獲 得 す る、 社 会 的 表 象 で あ る。 言 い換 え る と、 清 潔 と い う概 念 も ま
た 、 個 人 と社 会 との コ ン フ リク トの な か で生 成 され た 、社 会 的 構 成 の 産 物 で あ る。 そ れ ゆ え、
清 潔 あ るい は健 康 を指 向 す る こ とそ れ 自体 が、 病 的 な営 み と して 現 象 す る、 とい う事 態 も容 易
に生 じ得 る。
第8章 で は、 病 気 とい う概 念 が、 どの よ うな役 割 を 果 た して い るか、 す な わ ち 、 病 気 な る も
の が、 社 会 と個 人 とを、 どの よ うに媒 介 して い るか が検 討 され る。 こ こで は、 病 気 にっ い て の
3類 型 が提 示 さ れ る。
健康 と病 気 を通 して、 個 々人 は、 社 会 とい う圧 力 の 内部 に 自 らの 位 置 を 見 出す か、 あ るいは、
そ こか ら逸 脱 して い く。 この よ うな、 社 会 シス テ ム、 な い し社 会 規範 との 関連 で 見 た場 合 、 病
気 概 念 を、 ① 破 壊 力 と して の病 気 、 ② 解 放 者 と して の病 気 、 ③ 職 業 と して の病 気 、 の3つ に 区
分 す る ことが で きる。 これ らの病 気 概 念 を用 い て、 個 々人 は、 自 ら と病 気 との 関係 を、 社 会 関
係 の な か でっ く られ た もの と して、 表 現 す る。 同時 に、 個 々 人 は、 自 ら と社 会 との 関係 を、 健
康 と病 気 を通 してっ く られ た もの と して、 表 現 す る。 以 下 、 そ れ ぞ れ の類 型 の特 徴 を整理 す る。
① 破 壊 力 と して の 病 気(Herzlich,1973,p.105):病
化 で あ る 。 こ れ は 、 第1に
気 とは、 社 会 的 な不 活 動 で あ り、 脱 社 会
、 社 会 的 な 役 割 の 喪 失 で あ る 。 第2に
、 社 会 との連 携 を、 分 断 さ れ
る こ とで あ る 。
個 々 人 は 、 社 会 と い う宇 宙 の な か に 位 置 づ け られ て い る 。 こ の 位 置 を 保 持 し、 個 人 で あ る こ
と を 保 っ た め に 、 健 康 を 獲 得 し、 病 気 を 避 け る 必 要 が 生 じ る こ と に な る 。 逆 に 言 う と、 こ の 社
会 と の 結 び っ き を 破 壊 さ れ る こ と が 、 こ の 第1類
型 の 病 気 で あ る。
社 会 的 不 活 動 状 態 に陥 る こ と は、 同 時 に、 他 者 へ の一 方 的 な依 存 や、 社 会 か らの孤 立 、 す な
わ ち 孤 独 の 状 態 を も招 来 す る 。 こ の よ う な 社 会 関 係 の 破 壊 は 、 病 気 の 結 果 と し て 生 じ る も の で
は な い 。 そ れ は む し ろ 、 病 気 と して 持 続 しつ づ け る 、 病 者 に と っ て の リ ア リ テ ィ で あ る 。 こ れ
は、 社 会 心 理 学 的 な死 と も言 うべ き事 態 で あ る と、 著 者 は述 べ て い る。
② 解 放 者 と して の 病 気(Herzlich,1973,P.114):病
気 と は、 日常 か ら の離 脱 で あ る。 こ の 類
型 は 、 肯 定 的 に 意 味 づ け ら れ て い る。
ち な み に 、 社 会 は 、 社 会 に 参 加 す る こ と を 阻 害 す る もの と して 、 こ の よ う な 、 解 放 者 と して
一109一
総
合
研
究 所
所
報
の 肯 定 的 な 病 気 を 警 戒 す る。
③ 職 業 と して の 病 気(Herzlich,1973,P.119):こ
こで は、 病 者 は、 積 極 的 に活 動 し戦 う こ と
を 要 求 さ れ る 。 病 者 で あ りつ つ も、 社 会 的 な 価 値 を 保 持 す る こ と、 病 気 で あ る と い う こ と を 学
習 す る こ と、 な どが 、 こ の類 型 で は求 め られ る こ と に な る。
こ こか ら さ らに、 次 の よ うに論 を進 め る こ とが で き る。 病 気 と健 康 は、 分 離 され た、 ま った
く別 の 事 柄 で は な い。 病 気 と健 康 とは、 あ る全 体 を な す もの の、 片 割 れ 同士 で あ るに過 ぎない。
生 命 は、 健 康 と病 気 の両 方 を含 ん で い る。 病 者 の 行 動 と は、 病 者 当人 が、 身 体 的 衝 撃 に対 処 す
る こ と、 お よ び、 社 会 へ の所 属 を保 持 しっ づ け る こ と、 この双 方 の過 程 を含 ん で い る。 そ れ ゆ
え 、 わ れ わ れ は さ らに、 病 気 と個 人 の 関 係 、 す なわ ち、 病 者 に と って病 気 が 果 た して い る役 割
を 、 検 討 す る。
第9章 で は、 個 々人 に と って の病 気 の 位 置 づ け、 す な わ ち、 病 者 自身 の ア イ デ ンテ ィ テ ィに
と って の 、 病 気 の役 割 が 検 討 され る。
病 気 に関 す る、 多 くの社 会 学 的 な論 考 は、 「病 気 の 否 定 」 に言 及 して い る。 これ らの論 考 は、
健 康 者 の 活 動 性 や 、 そ の 自律 性 に、 高 い 価 値 を 置 くこ と か ら、 導 き出 され た もの だ と考 え る こ
とが で き る。
他 方 で 、 社 会 学 的 論 考 で は、 「病 人 役 割 」 や、 「病 気 の規 範 」 な ど とい った 概 念 が 、 病 気 を論
じる上 で の 重 要 概 念 と さ れ て い る。
そ れ に対 して 、 本 書 で は、 社 会 と個 人 との 関 係 、 と い う観 点 か ら、 多様 な 病 気 の あ り方 が 、
3概 念 に集 約 され て い る。 さ らに本 章 で は、 個 人 に と って の病 気 の意 義 が 、 社 会 関 係 と の相 関
の もとで 整 理 され て い る。
第1に 、 「破 壊 力 と して の 病 気 」 の もと で は、 人 々 の 、 社 会 参 加 に お け る 自 己 定 義 、 自 己 表
出 、 あ る い は達 成 が 、 問 題 とな って い る。 この 類 型 の影 響 下 に あ る人 々 は、社 会 か らの疎 外や 、
極 端 な 場 合 は破 滅 の体 験 に遭 遇 す る。 そ れ ゆ え 、 こ の類 型 下 で は、 病 気 の 否 定 を 余 儀 な くさ れ
る こ と に も な る。
逆 に、 第2に 、 「解 放 者 と して の病 気 」 の も とで は、 社 会 的 な制 約 か らの解 放 が 、 完 全 な る
充 足 と して 表 現 され る。 こ こで は、 病 に お け る、 解 放 的 、 な い し誘 惑 的 な要 素 が 、 病 気 の否 定
的 な 側 面 に取 って 代 わ る こ とに な る。
一 方 、 第3に 、 「職 業 と して の 病 気 」 の も とで は、 病 気 と、 社 会 か らの疎 外 と は、 等 置 さ れ
な い。 こ こで は、 病 気 と闘 う こ とそ れ 自体 が 、 病 者 自身 の、 社 会 との結 び っ きを 保 持 す る こ と
に な る(Herzlich,1973,p.127)。
以 上 の よ うな 、3つ
の病 気 類 型 は、 そ れ ぞ れ が 、 個 人 と社 会 との結 び っ きを 表 現 して い る。
こ こで は、 社 会 的 な活 動 性 一不 活 動 性 が 、 そ の 主 要 な軸 を な して い る。
す な わ ち 、 社 会 的 な活 動 性 が保 持 され 、 高 い社 会 参 加 が存 続 し続 け て い る場 合 が 、 病 気 と の
闘争 的 な 関 係 、 す なわ ち、 職 業 と して の病 気 に 相 当 す る。
逆 に 、社 会 的 な 不 活 動 性 の状 態 、 す な わ ち、 社 会 と のっ な が りや社 会 参 加が喪 失 した状態 が 、
一110一
八 ッ塚:社
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と方 法 論 的 検 討(1)一
∼C.Herzlich"HealthandIllness"を
め ぐ る考 察 一
病 気 の もた らす 破 滅 的 状 態 、 す な わ ち 、 破 壊 力 と して の病 気 に相 当 す る。
他 方 で 、 社 会 と の結 びっ きの喪 失 が 、病 者 に と って の 自 由 とな って い る状 態 が 、 解 放 者 と し
て の病 気 に相 当 す る。
以 上 の 構 図 は、Figure2の
よ うに図 式 化 され て い る。 そ れ ぞ れ の病 気 類 型 は、 個 々人 に対 し
て 、 そ れ ぞ れ 異 な る影 響 を及 ぼす 。 そ れ は た とえ ば 、 個 々人 に対 して 、 そ れ ぞ れ 異 な る認 知 的
メ カ ニ ズ ムや 行 動 の 様 式 を 喚 起 す る。 た とえ ば、 破壊 力 と して の病 気 の も とで は、 個 々 人 は、
健 康 とい う概 念 を よ り拡 張 す る と と もに、 病 気 を否 定 す る方 向 へ と動 機 づ け られ る ことに な る。
職 業 と して の病 気 の も とで は、 病 者 当人 は、 周 囲 か らの よ り良 き評 価 を求 め る こ とに もな るで
あ ろ う。 ま た、 解 放 者 と して の 病 気 に あ って は、 言 う まで も な く、 病 気 の 破壊 的 な性 質 は失 わ
れ る こ とに な る。
病気
不活動性
病 者 向 きの活 動
社会参加の喪失
社会参加の保持
崩壊
(破壊 力 と して の 病 気)
Figure2病
解放
(解放 者 と して の病 気)
気 の3類
闘争
(職業 としての病気)
型 と そ の 移 行 過 程(Herzlich,1973,p.128)
「病 気 の 規 範 」 や 「病 気 役 割 」 な ど、 病 気 に関 す る外 的 な 規 範 を措 定 す るだ けだ と、 病 者 の
示 す 反 応 は 、逸 脱 的 な 、 非 合 理 的 な もの と して しか、 位 置 づ け られ な い。 す な わ ち、 病 気 の 否
定 や 、 周 囲 へ の 盲 目的 な 依 存 、 な ど と い った現 象 は、 非 合 理 的 で 特 異 な反 応 と され るほか ない。
そ れ に対 し、 本 書 の3概 念 は、 病 者 の反 応 を、 異 な る 目的 に対 す る、3通
りの 、一 貫 した 戦
略 と して、 位 置 づ け る こ とが で き る。 病 者 の戦 略 と は、 端 的 に言 うと、 次 の3種 類 で あ る。
破 壊 力 と し て の 病 気 ∼ 病 気 で な い こ と を 目 指 すnottobei11
解 放 者 と し て の 病 気 ∼ 病 気 で あ る こ と を 目 指 すtobeill
職 業 と して の病 気
∼ よ き患 者 た る こ と を 目 指 すtobeagoodpatient
一111一
総
合
それ ぞ れ の ケ ー ス にお いて 、 病 者(あ
研 究
所
所
報
る い は、 病 気 に対 す る者 と して の 健 康 者)の 、 社 会 に
対 す る関 係 を め ぐる、 それ ぞ れ 異 な る均 衡 が 成 立 して い る。 同 時 に、 社 会 に お け る個 人 の、 健
康 と病 気 に対 して の関 係 を め ぐって も、 それ ぞ れ 異 な っ た種 類 の均 衡 が 成 立 して い る。
ち なみ に、 著 者 に よ る と、 社 会 学 的 論 考 が 社 会 構 造 に のみ 着 目す る の に対 して、 本 書 の図 式
は、 個 人 に と って の体 験 と して の病 気 に言 及 で き る、 と い う利 点 が あ る。 以 下 、 それ ぞれ の病
気 類 型 と個 人 の関 係 を、 あ らた めて 検 討 す る。
第1に 、 「破 壊 力 と して の病 気」 類型 で は、 健 康 と活 動性 を 求 め る社 会 規 範 が 、 個 々 人 に 内
面 化 され て い る。 病 者 に と って、 病 気 で あ る こ と は逸 脱 で あ り、 そ の 自 己概 念 や ア イ デ ンテ ィ
テ ィを脅 か す。 こ こで は、 逸 脱 を秩 序 づ け る病 気 役 割 な ど は生 じな い。 社 会 の視 点 を 内面 化 し
た病 者 は、 自 らを逸 脱 者 と み な す こと を拒 む。 病 者 は、 医 師 や周 囲 の 人 々 を コ ン トロー ル す る
こ とは で きな い。 病 者 に で きる の は、 健 常 者 の役 割 を保 持 しよ う とす る、 自 己 コ ン トロー ル の
み で あ る。 そ れ が 不可 能 で あ る場 合 に は、 病 者 は受 動 的状 態 へ と落 ち込 み、 そ の ア イ デ ンテ ィ
テ ィは修 復 され な い こ とに な る。
第2に 、 「解 放 者 と して の 病 気 」 類 型 の 場 合 に は、 逸 脱 者 で あ る こ と それ 自体 が 、 病 者 の ア
イデ ンテ ィテ ィ とな る。 ま た、 こ こで は 、病 者 は 、病 気 は思 うに まか せ ぬ 、 と い う点 を 、 強 調
しが ち とな る。
第3に 、 「職 業 と して の病 気 」 類 型 で は、 病 者 は、 病 気 を逸 脱 と して経 験 しな い よ うに す る。
病 気 も また 、 病 者 に と って の 新 しい 社 会 規 範 で あ り、 健 康 で あ る場 合 と同 じや り方 で 、 病 気 と
して の ア イデ ンテ ィテ ィを 保 持 しよ う と努 め る こ と にな る。
ただ し、 言 う まで もな い こ とだ が 、 病 気 及 び社 会 に対 す る個 々人 の 関 係 の と り方 は ひ とっ で
は な い。 逸 脱 の 知 覚 と、 そ れ に対 す る病 者 自身 の コ ン トロ ー ル は、 その 関 係 に応 じて 多 彩 な姿
を と る こ と に な る。 理 念 型 と して み た 場 合 に は、 病 者 の ア イ デ ンテ ィテ ィは2極 へ と分化 す る。
す な わ ち、 社 会 的 役 割 の 獲 得 と それ へ の 同 調 、 ま た は、 役 割 へ の非 同 調 と社 会 か らの疎 外 、 と
い う、2極 で あ る。
ち なみ に、 聞 き取 り調 査 結 果 を もと に、 それ ぞれ の被 験 者 が有 す る病 気 概 念 を分 類 した結 果
は、 以 下 の通 りで あ る。 「職 業 と して の 病 気 」 とい う類 型 を 持 っ 被 験 者 の 場 合 に は 、 病 気 経 験
との結 びっ きが強 く見 られ た。 分 類 さ れ た被 験 者17人 の うち、6人
は調 査 時 点 で、 ま た7人
は
過 去 に、 いず れ も重 い病 気 を体 験 して い た。
一 方 、 「解 放 者 と して の 病 気 」 の 場 合 に は、 深 刻 な病 気 の 経 験 を持 っ 者 は 、 非 常 に 少 な か っ
た。 この類 型 は、 病 気 に つ い て の知 識 や概 念 を通 して の、 メ タ的 な認 識 を通 して 、形 成 され て
い る と考 え られ る。
また 、 「破 壊 力 と して の病 気 」 の場 合 に は、 病 気 初 期 の段 階 に お け る、 即 時 的 な現 実 把 握 が、
そ の 特 徴 で あ る。 そ れ に 対 し、 「職 業 と して の病 気 」 は、 事 後 的 な学 習 の産 物 と して 、 病 気 の
受 容 とい うか た ちで 、 成立 して い く。
ただ し、 病 気 に対 す る否 定 か ら受 容 へ 、 と い う変 化 が い か に して 起 こ るか 、 につ いて は、 現
在 の と こ ろ十 分 な検 討 鳳 行 わ れ て い な い。 重 要 な こ と は、 これ が 、 単 な る変 化 で は な く、 個 人
一112一
八 ッ塚:社
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と 方 法 論 的 検 討(1)-c.Herzlich"HealthandIllness"を
め ぐる 考 察 一
とそ の病 気 、 個 人 と社 会 、 とい う、 そ れ ぞ れ の関 係 を 含 ん だ 、 再 組 織 化 な のだ とい う点 で あ る。
こ こ で も、 鍵 と な る の は、 社 会 的 な 活 動 性 の問 題 で あ る。 病 気 で あ る こ とが 、 新 しい 活 動 性 へ
とっ なが る な らば、 病 者 は、 病 気 に対 処 す る、 新 た に社 会 化 され た 個 人 と な る。 他 方 で 、 活動
性 の 導 入 に失 敗 した場 合 に は、 病 者 は、 受 動 的 な ま ま に と ど ま る こ と に な る。
な お 、 本 章 巻 末 に は、 付 録2と
(5)ま
して、 各 類 型 の 、 聞 き取 り調 査記 録 の抜 粋 が掲載 され て いる。
とめ[結 論]
本 書 は、 人 々 が病 気 を解 釈 し、 そ れ を コ ミュニ ケ ー ト し把 握 す る た め の、 様 々 な 語 彙 に着 目
した もの で あ る。 不 思 議 な こ とに 、 こ こで は、 身 体 そ れ 自体 や 、 個 別 の 症 状 は、 無 視 され 、 言
及 され る こと は なか った。 医 師 の 命 名 に よ る名 称 ば か りが 、 ひ た す ら病 気 を語 る の に 用 い られ
て い た。
健 康 と病 気 にっ いて の言 語 は、 個 人 の、 他 者 、 お よ び、 社 会 に 対 す る関 わ り に よ って、 構 造
化 され て い る(Herzlich,1973,p.136)。
す な わ ち、 個 人 の、 社 会 に対 す る関 係 を 表 現 す る言
語 に よ って 、 健 康 と病 気 は折 り合 わ され 、 洗 練 され て い る。
社 会 的表 象論 との 関連 で 言 うと、 社 会 的 対 象 を 認 知 す る機 構 と、 行 動 的 な規 範 の 発 達 と の等
根 源 性 を指 摘 す る こ とが で き る。 この よ うな、 個 々 人 の 認 知 や 行 為 全 般 を規 定 す る もの と して、
社 会 的 表 象 を研 究 す る こ と こそ が 、 表 象 研 究 の主 眼 で あ る。
ま た、 本 書 の行 論 に お い て は、 社 会 的 な 活 動 性 一不 活 動 性 の 軸 が 、 病 気 に関 連 す る種 々 の 現
象 を 係 留 す る た め の、 形 象 的核 とな って い た。 す な わ ち、 活 動 性 一不 活 動 性 の軸 に依 存 す る形
で 、 病 気 に関 す る意 味 や 、 そ の た め の フ レー ム ワ ー ク が、 形 成 され て い た と言 え る。
病 気 につ いて は、 さ らに、 次 の よ うな2重 性 を 指 摘 で きる。 病 気 は、 個 々 人 の 外 部 か ら、 す
な わ ち 社 会 か らもた らされ る もので あ る一 方 、 病 者 と して の個 人 自身 の もの で も あ る。 個 々人
に と って 、 自 らの 病 気 を 解 釈 す る と い う こ と は、 病 気 の 起 源 を、 社 会 に求 め る こ とで もあ る。
す な わ ち 、 健 康 と病 気 を 通 して 、 わ れ わ れ は、 個 人 の 視 点 か ら、 社 会 的 な イ メ ー ジ と、 それ が
もた らす制 約 とを、 研 究 す る こ とが で き る。
あ らた あ て述 べ る と、 健 康 、 病 気 、 個 人 、 社 会 の4項 が 結 びっ いて 、 個 別 の病 気 と い う、 社
会 的 表 象 が構 成 さ れ て い るの で あ った。 す な わ ち、 健 康 と病 気 は、 個 人 に よ る社 会 解 釈 と して
現 れ 、 同 時 に、 個 人 の社 会 に対 す る関 係 の モ ー ドと して現 れ る(Herzlich,1973,p.139)。
社
会 的 な対 象 に対 す る関 係 が、 他 者 や社 会 との 関 わ りの な か で、 どの よ う に構 造 化 さ れ て い るの
か 。 逆 に、 他 者 や 社 会 へ の関 係 が、 社 会 的 対 象 と の関 わ りの な か で 、 どの よ う に構 造 化 され て
い るの か 。 本 書 で 扱 わ れ て き た の は、 この よ うな 、 文 字 通 りの社 会 心 理 学 的 主 題 で あ る。
一113一
(1)主
総
合
研
究
所
所
報
皿
本 研 究 の 位 置 と含 意
題
本 研 究 の意 義 は、 あ らた めて 言 うまで もな く、 病 気 に つ い て の3類 型 を提 示 し、 社 会 と個 人
と の関 係 、 と い う枠 組 み の なか で 、 病 気 の位 置 を整 理 した点 で あ る。 言 い換 え る と、 病 気 に対
す る個 々人 の反 応 の あ り方 を、 社 会 と の関 わ りに即 して、 連 続 的 な もの と して整 理 した点 が 、
本 研 究 の独 自性 で あ る。
「健 康 と病 気 」 と い うテ ー マ は、 「災害 や社 会 変 動 な ど、既 存 の現 実 の 裂 け 目 に 着 目 せ よ 」
(Moscovici,1984)と
い う、 社 会 的 表 象 論 の テ ー ゼ に合 致 す る もの で あ る。 病 気 とな る こ と、
病 者 と な る こ と は、 当事 者 に と って は、 それ まで の既 存 の現実 を破 壊 され、 自 らの アイ デ ンテ ィ
テ ィ自体 を含 む、 意 味 的 世 界 全 般 の再 構成 を迫 られ る 出来 事 で あ る。 その点 で、病 気 とい うテー
マ に対 す る着 目 は、 社 会 的 表 象 論 の本 道 を行 く もの で あ る。
重 要 な点 は、 本 研 究 が 、 決 して 、 「健 康 と病 気 に 対 す る イ メー ジ研 究 」 で は な い 、 と い う こ
と で あ る。 病 気 な る実 体 を措 定 して、 それ に対 す る意 見 や態 度 を直 接 聴 取 す る、 とい う ことは、
本 研 究 の 目的 で は な い。 そ うで は な く、 病 気 な る もの が、 ど の よ うに して、 意 味 的 世 界 の な か
で形 作 られ て い る のか 、 そ して 、 そ う して構 成 さ れ た病 気 が、 個 々人 に対 して ど の よ うな影 響
を及 ぼ して い る のか 、 それ が 、 本 研 究 の主 題 で あ る。
本 研 究 の特 徴 は、 病 気 な い し健 康 を、 社 会 と個 人 と の媒 介 者 、 な い し、 社 会 に お け る個 人 の
位 置 を表 現 す る媒 体 、 と して位 置 づ け て い る点 で あ る。 社 会 と個 人 と の多 様 な関 係 、 そ の コ ン
フ リ ク トの 中 で、 い わ ば結 晶 化 し、 表 面 化 した もの、 そ れ が、 病 気 とい う社 会 的表 象 で あ る。
この社 会 的表 象 は、 さ らに、 個 々人 の認 識 や行 為 の あ り方 を も規 定 す る。 以 上 の よ うに、 本 研
究 は、 社 会 的表 象 の定 義 に忠 実 に即 した研 究 事 例 で あ る と言 え る。
病 気 とい う現 象 の特 徴 は、 第1に 、 社 会 と個 人 との 関係 を、 社 会 へ の参 加 不 参 加 あ るい は逸
脱 、 す な わ ち、 著 者 の言 う、 社 会 的 活 動 性 一不 活 動 性 とい う形 象 的 核(Moscovici,1984)の
も とで、 整理 で き る点 に あ る。 第2に 、 病 気 と い う現 象 は、 普 遍 的 で あ り、 全 体 社 会 に お け る
病 気 、 個 々 人 に対 す る病 気 、 と い う概 念 設 定 が容 易 で あ る、 とい う特 徴 を もっ。
そ れ ゆ え、 本 研 究 の枠 組 み 自体 を、 そ の ま ま の形 で、 他 の主 題 に適 用 す るわ け には いか ない。
す な わ ち、 第1に 、 形 象 的 核 は、 当該 の主 題 に応 じて、 異 な る様 相 を呈 す る は ず で あ り、 第2
に、 わ れ わ れ の扱 う現 象 は、 必 ず し も、 全 体 社 会 に対 す る個 人、 とい う図 式 の も とで だ け 提 示
さ れ る とは 限 らな い。
で は あ るが、 本 研 究 は、 社 会 的 表 象 研 究 に対 して、 次 の よ うな示 唆 を与 え る。 わ れ わ れ は、
研 究 す る主 題 を、 所 与 の もの と して で は な く、 種 々 の コ ン フ リク トを通 じて結 晶化 した 、 社 会
集 団 と個 々 人 との媒 介者 と して、 把 握 しな くて は な らな い。2)社会 的 表 象 は コ ミュ ニ ケ ー シ ョ
ンの手 段 で あ る(Moscovici,1984)、
と は こ の よ うな意 味 で あ る。 た だ し、 これ は決 して 、 社
会 的表 象 が、 個 々 人 の間 で媒 介 さ れ る イ メ ー ジで あ る、 な ど とい った意 味 で は な い。 社 会 的 表
象 こそ が、 人 々 を結 びっ け、 意 味 的 世 界 をっ く りあ げ て い るの で あ る。3)
一114一
八 ッ塚:社
(2)方
会 的 表 象 研 究 の 実 際 と方 法 論 的 検 討(1}-C.Herzlich"HealthandIllness"を
め ぐる 考 察 一
法
本 研 究 の方 法 的特 徴 は、 聞 き取 り調 査 の手 法 を大 規 模 に 用 い た点 で あ る。 「病 気 」 に つ い て
人 々 が用 い る語 彙 、 あ る い は、 病 気 にか か わ る人 々 の意 味 づ け の過 程 、 そ れ に 着 目す る以 上 、
定 型 的 な質 問 紙 手 法 を用 い る こと は不 可 能 で あ った。
他 方 で 、 本 研 究 は、 参 与 観 察 的 な場 面 に お け る聞 き取 りと は異 な り、 多数 の被 験者 に対 して、
あ る程 度 定 型 的 な ガ イ ドライ ンの も とで 聞 き取 りを行 う、 と い う方 法 を取 って い る。 この点 で
は、 本 研 究 は、 質 問 紙 調 査 に親 近 性 を もっ 。 病 気 と い う、 普 遍 的 な現 象 を研 究 す る以 上 、 あ る
程 度 の 人 数 に対 して 、 広 範 な聞 き取 りを 行 う こ とが 必 要 で あ っ た の だ と考 え られ る。
方 法 的 側 面 につ いて 言 え る こ と は、 社 会 的 表 象 研 究 は、 方 法 の選 択 にっ い て極 めて 自 由度 が
高 い、 と い う こ とで あ ろ う。 研 究対 象 とす る事 象 の 、 そ の 特 徴 に応 じて 、 参 与 観 察 的 調 査 を行
う こ とが必 要 な場 合 もあ れ ば 、 質 問紙 調 査 が必 要 な 場 合 も あ る。
重 要 な点 は、 どの よ うな 手 法 を 用 い る場 合 で あ れ、 社 会 的 表 象 研 究 は、 基 本 的 に、 用 い られ
る語 彙 、 っ ま り表 現 され る意 味 そ の もの に着 目 して い る、 と い う点 で あ る。 す な わ ち、 当 該 の
語 が用 い られ る こ とに よ って、 何 と何 とが結 び付 け られ て い るの か 、 いか な る集 合 体 と個 人 が
媒 介 さ れ、 あ るい は、 ど の よ うな知 識 や理 論 が参 照 され て い るの か 、 そ れ が 検討 され な くて は
な らな い。
参 与 観 察 にせ よ質 問 紙 調 査 にせ よ、 社 会 的 表 象 研 究 は、 一
一方 で は、 そ の対 象 とな る人 々 が、
ど の よ うな属 性 を持 っ か 、 よ り正 確 に は、 いか な る語 彙 を用 い る人 々 で あ るか、 を重 視 して い
る。 他 方 で 、 社 会 的 表 象 研 究 は、 当 該 の 語 彙 が 、 いか な る 由来 を持 ち、 他 の語 彙 や知 識 体 系 と
どの よ う な関 係 を 持 って い るか に着 目 して い る。
社 会 的 表 象 研 究 が 、 意 味 的 世 界 の 研 究 で あ る以 上 、 それ が 、 言 語 お よ び そ の使 用 者 に着 目す
る こ とに な るの は、 む しろ当 た り前 で あ る。 個 別 の 具 体 的 な方 法 論 の、 そ の前 提 と して 、 語 彙
と集 団 を どの よ うに扱 って い るか、 とい う点 に こそ 、 社 会 的 表 象 研 究 は慎 重 で な くて は な らな
いo
注
1)平
成11年 度 奈 良 大 学 研 究 助 成 、 お よ び平 成11・12年 度 文 部 省 科 学 研 究 費 の 交 付 に よ る。
2)こ
の 観 点 に基 づ くな らば 、 八 ッ塚 ・矢 守(1997)に
よ る、 社 会 的 表 象 論 に 準拠 した ボ ラ ンテ ィ ア 研 究
を 、 次 の よ う に解 釈 し直 す こ とが で き る。 ボ ラ ンテ ィ ア と は、 「個 人 の社 会 参 加 」 と い う表 現 形 態 の
も とで 、 個 々人 と社 会 とを 媒 介 す る、 社 会 的 表 象 で あ る。 われ わ れ は、 ボ ラ ンテ ィア の 「無 償 性 」 や
「善 意 性 」 を 、 社 会 的 表 象 の 成 立 に よ る構 造 変 化 の 、 そ の2次 的 派 生 物 と して 位 置 づ け る こ と が で き
る。 た とえ ば 八 ッ塚(2000)を
3)そ
参照。
れ ゆ え に 、 わ れ わ れ は 日常 的 語 彙 を よ り丁 寧 に 扱 う必 要 が あ る。 た と え ば 「医療 社 会 」 「ボ ラ ンテ ィ
ア 社 会 」 な ど とい った 表 現 は、 単 に 流 行 の 事 象 を 取 り上 げ ただ けの 言 い回 しで は な い。 これ ら の 表 現
の う ちに は、 社 会 構造 上 の 特 性 や 、 社 会 と個 人 を 媒 介 す る鍵 概 念 、 な い しそれ らの変 容 が 、 同 時 に 含
ま れ て い る と考 え な くて はな らな い。
一115一
総
合
研
究
文
所
所
報
献
Farr,R.M.1987Socialrepresentations:AFrenchtraditionofresearch.Journalforthe
TheoryofSocialBehaviour,17,343‐369.
Herzlich,C.1973Healthandillness:Asocialpsychologicalanalysis.London:Academic
Press.
Moscovici,S.1984Thephenomenonofsocialrepresentations.(ln)R.M.Farr&S.Moscovici
(eds.),Socialrepresentations.Cambridge:CambridgeUniv.Press.
八 ッ塚 一 郎2000阪
神 大 震 災 に お け る ボ ラ ン テ ィ ア 体 験 に っ い て の 内 容 分 析 研 究 一 「善 意 あ る ボ ラ ン テ ィ
ア」の社会的な構成 一
八 ッ塚 一 郎
準備中
八 ッ塚 一 郎 ・矢 守 克 也1997阪
アの変容 一
日 本 グ ル ー プ ・ ダ イ ナ ミ ッ ク ス 学 会 第48回
社 会 的 表 象 論 の 関 係 主 義 的 ・身 体 論 的 展 開(仮
大 会 発 表論 文集
題)
神 大 震 災 に お け る既 成 組 織 の ボ ラ ン テ ィ ア 活 動 一 日 本 社 会 と ボ ラ ン テ ィ
実 験 社 会 心 理 学 研 究,37,177-194.
一116一
Fly UP