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膀胱における T 型および N 型カルシウム チャンネルの役割 ―下部尿路

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膀胱における T 型および N 型カルシウム チャンネルの役割 ―下部尿路
膀胱における T 型および N 型カルシウム
チャンネルの役割
―下部尿路閉塞ラットを用いた検討
東京大学大学院博士課程
医学系研究科外科学専攻泌尿器外科分野
指導教官
本間
熊野
之夫
信太郎
教授
目次
頁
要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
序文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2-23
1. 過活動膀胱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2-7
2. 下部尿路閉塞以外の過活動膀胱の動物モデル・・・・・・・・・・・ 7-9
2-1 炎症モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7-8
2-2 SHR ラット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
2-3 神経障害モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8-9
2-4 膀胱虚血モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
3. 下部尿路閉塞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9-16
3-1
下部尿路閉塞モデルの特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13-14
3-2
下部尿路閉塞ラットにおける non-voiding contractions の発生機序
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14-16
4. 排尿筋収縮における機序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17-18
5. カルシウムイオンチャンネル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18-23
5-1
5-2
T 型カルシウムイオンチャンネル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
19-22
N 型カルシウムイオンチャンネル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22-23
目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24-25
方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26-50
1. 下部尿路部分閉塞作成法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26-28
2. リアルタイムRT-PCR・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28-31
3. 膀胱内圧測定(CMG) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32-40
3-1
使用薬剤・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
39-40
4. 摘出膀胱機能実験-等尺性張力実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 41-49
4-1
カルバコール誘発収縮反応実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42-43
4-2
経壁電気刺激誘発収縮反応実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44-46
4-3
弛緩反応実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47
4-4
使用薬剤・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48-49
5. 統計学的解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49-50
結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51-79
1. リアルタイムRT-PCR・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51-52
2. 膀胱内圧測定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53-64
2-1
下部尿路閉塞(BOO)群と偽手術群(SHAM)群との間での各種
パラメータの相違・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53-56
2-2
選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬静脈内投与の効果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57-59
2-3
選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬静脈内投与の効果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61-63
3. 摘出膀胱機能実験-等尺性張力実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 65-79
3-1
カルバコール誘発収縮反応実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3-2
経壁電気刺激誘発収縮反応実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70-77
3-2-1
66-69
各種(L型、T型、N型)サブタイプ選択的カルシウムイオン
チャンネル阻害薬の効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70-73
3-2-2
下部尿路閉塞(BOO)群と偽手術群(SHAM)群との間での
コリン作動性成分およびプリン作動性成分の相違・・・・・・・・・・・・74-75
3-2-3
コリン作動性およびプリン作動性成分に対する選択的N型
カルシウムイオンチャンネル阻害薬の効果・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75-77
3-3
弛緩反応実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78-79
考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80-95
1. 下部尿路閉塞ラットの in vivo および in vitro での特徴的所見
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80-83
2. T型カルシウムイオンチャンネルの膀胱機能における役割
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84-88
2-1 健常ラットの膀胱機能におけるT型カルシウムイオンチャンネルの
役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84
2-2 下部尿路閉塞ラットの膀胱機能障害におけるT型カルシウムイオン
チャンネルの役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84-88
3. N型カルシウムイオンチャンネルの膀胱機能における役割
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89-94
3-1 健常ラットの膀胱機能におけるN型カルシウムイオンチャンネルの
役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89-90
3-2 下部尿路閉塞ラットの膀胱機能障害におけるN型カルシウムイオン
チャンネルの役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90-95
結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 96-97
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 99-123
要旨
下部尿路閉塞(BOO)ラットを用いて、BOO に伴う膀胱機能障害における T 型
カルシウムイオンチャンネル(T-Ca)および N 型カルシウムイオンチャンネル
(N-Ca)の関与を検討した。BOO ラット膀胱では、T-Ca および N-Ca の発現が
増加していた。BOO ラットにおいて、T-Ca 阻害薬の静脈内投与は、膀胱容量
を増大し、N-Ca 阻害薬の静脈内投与は non-voiding contractions(NVCs)の数を
減少した。N-Ca 阻害薬は、BOO ラット膀胱の経壁電気刺激に対する収縮反応
を抑制した。BOO ラットにおいて、T-Ca は排尿反射閾値の低下に、N-Ca は
NVCs の発生並びに神経原性膀胱収縮の促進に寄与する。
1
序文
1. 過活動膀胱
過 活 動 膀 胱 (overactive bladder; OAB) は 、 2002 年 の 国 際 禁 制 学 会
(International Continence Society; ICS) の用語基準で新たに定義された下部
部尿路機能障害を示唆する症状症候群の1つである[1]。すなわち、OAB は、
「尿
意切迫感を必須症状とし,通常は頻尿と夜間頻尿を伴い,切迫性尿失禁は必須
ではない症状症候群と定義される。ただし、OAB の診断のためには、局所的な
病態(膀胱腫瘍、膀胱結石、尿路感染など)を除外する必要があるとしている。
尿意切迫感とは、
「急に起こる、抑えられないような強い尿意で、我慢すること
が困難な病的な膀胱知覚を指し、正常人が膀胱に多量に尿がたまった時に感じ
る最大尿意とは異なる。過活動膀胱症状の発生には、その背景となる病態とし
て、蓄尿期の排尿筋の不随意収縮(排尿筋過活動)が存在することが示唆されてい
るが、他の尿道・膀胱機能障害による場合もありうる。
日本排尿機能学会が 40 歳以上の約 1 万人を対象として実施した下部尿路症状
に関する疫学的調査では、過活動膀胱を排尿回数が 1 日 8 回以上かつ尿意切迫
感が週 1 回以上と規定すると、過活動膀胱の有病率は集団全体の 12.4%であっ
た[2]。その結果より、40 歳以上の日本人における過活動膀胱患者数は 810 万人
2
と推定された(図 1)。したがって、過活動膀胱はもはや特殊な疾患ではなく、む
しろプライマリケアの対象となるような頻度の高い症状症候群であり、今後、
泌尿器科医のみならず一般医家による診療の機会がますます多くなることが予
想される。
前述したように、過活動膀胱の病態には一般に、排尿筋の不随意収縮が関与
していると考えられる。この不随意収縮は尿流動態検査 (urodynamic study;
UDS) によって観察することができ、ICS の用語基準では、尿流動態検査にお
いて蓄尿期に排尿筋の不随意収縮を認める場合、排尿筋過活動 (detrusor
overactivity; DO) と呼ぶ[1](図 3)。しかし、明らかに過活動膀胱の症状を有す
る患者のうち、UDS 上、排尿筋過活動が検出されるのは、40-50%の患者に過ぎ
ない[3-5]。この過活動膀胱症状と排尿筋過活動の乖離する理由として、多くの
過活動膀胱患者において尿意切迫感が 1 日に数回程度しか出現しないため[6]、
UDS 検査に排尿筋の不随意収縮を再現することには限界がある[7]との説や、必
ずしも排尿筋過活動がなくとも、膀胱壁の局所的な微細な収縮や伸展が過活動
膀胱症状の発生の誘因となりうるとの説がある[8]。
過活動膀胱はその病因により、神経因性と非神経因性の 2 つに大別すること
ができる[9] (表 1)。神経因性過活動膀胱は、下部尿路を制御する支配神経系が
障害されたために生じる過活動膀胱であり、代表的な病態として、脳血管障害
3
や脊髄障害が挙げられる。一方、非神経因性過活動膀胱は、臨床的に原因とな
る神経基礎疾患を認めない場合を指す。非神経因性過活動膀胱としては、男性
では前立腺肥大症などの下部尿路閉塞 (bladder outlet obstruction; BOO) に伴
うもの、女性では骨盤底の脆弱化によるものが挙げられるが、明らかな原因を
特定することができない特発性過活動膀胱も少なくない。
本検討では下部尿路閉塞ラットを過活動膀胱の病態モデルとして用いるため、
下部尿路閉塞については以下に詳述するが、その前に下部尿路閉塞モデル以外
の過活動膀胱のモデルについて紹介する。
図1
過活動膀胱の年齢別有病率[2]
4
図2
過活動膀胱の 40 歳以上の推定患者数[2]
5
図3
尿流動態検査で記録された排尿筋過活動
involuntary detrusor contraction
の矢印があるところで排尿筋過活動が起こっている[10]。
6
I.
II.
神経因性
1) 脳幹部橋より上位の中枢の障害
脳血管障害、パーキンソン病、多系統萎縮症、認知症、脳腫瘍、
脳外傷、脳炎、髄膜炎
2) 脊髄の障害
脊髄腫瘍、多発性硬化症、脊髄小脳変性症、脊髄腫瘍、頚椎症、
後縦靱帯骨化症、脊柱管狭窄症、脊髄血管障害、脊髄炎、二分脊椎
非神経因性
1)
2)
3)
4)
下部尿路閉塞
加齢
特発性
骨盤底の脆弱化
表1
過活動膀胱の病因[9]
2.
下部尿路閉塞以外の過活動膀胱の動物モデル
過活動膀胱の動物モデルには、ラットやマウス、モルモットなどのげっ歯類
がよく使用されているが、ウサギ、ネコ、イヌなども使用されている。過活動
膀胱の原因は先述したとおり様々であり、動物モデルもそれに応じて様々な種
類となる。
2-1
炎症モデル
酢酸やカプサイシンなどの膀胱毒性のある薬剤を膀胱内投与により、膀胱壁
内の求心性神経、特に C 線維を活性化させる[11]。その結果、膀胱求心路の活
性化に伴い、排尿回数が増加する。しかしこれらは急性炎症による反応で過活
7
動膀胱の病態を必ずしも反映してはいない。
2-2
SHR ラット
SHR ラットは高血圧を自然発生する系統を選択し確立された。この SHR ラッ
トは、他のモデルと比較し、non-voiding contractions と呼ばれる、排尿を伴わ
ない膀胱収縮が観察される[12]。この排尿筋過活動は、膀胱が虚血状態となって
おり[13]、中枢神経および末梢神経の変性によるものだとされている[14]。また、
膀胱虚血に伴い [15] 、SHR ラットの膀胱平滑筋から 神経成長因子 (nerve
growth factor; NGF)の産生が増加[16, 17]しており、排尿筋過活動を引き起こ
すことも示唆されている。また、膀胱平滑筋において Rho A の発現が増加[18]
しており、排尿筋過活動への関与が示唆される。
2-3
神経障害モデル
中枢神経系疾患は、種々の下部尿路機能障害の要因となる[19]。脊髄障害の場
合は、排尿筋過活動と共に、排尿筋括約筋協調不全を併発することが多い。し
たがって、慢性脊髄損傷モデルは、神経因性排尿筋過活動および排尿筋括約筋
協調不全の病態モデルとして利用されているが、臨床で多く遭遇する OAB/排尿
筋過活動の病態を近似したモデルとは言い難い。脊髄損傷モデルでは損傷部よ
り尾側の脊髄レベルで、C 線維を求心路とする新たな脊髄反射路が形成される
ことが、排尿筋過活動の発生に関与していることが示唆されている[20]。橋より
8
上位の中枢神経障害の場合は一般に、排尿筋括約筋協調不全がなく、排尿筋過
活動を認めることが多い[19]。中大脳動脈を塞栓した脳梗塞モデルは、排尿回数
の増加と膀胱容量の減少を認め、神経因性排尿筋過活動のモデルとして使われ
ている[21]。これらの神経因性排尿筋過活動モデルは、特発性過活動膀胱の病態
を直接的には反映しない。
2-4 膀胱虚血モデル
膀胱虚血モデルは、Azadzoi ら [22, 23] によって膀胱虚血ウサギが、また
Nomiya ら[24]によって膀胱虚血ラットが作成された。コレステロール負荷食を
摂取したラットの大腿動脈から 2Fr のバルーンカテーテルを挿入し、総腸骨動
脈を擦過し、血管内皮を損傷し、膀胱虚血になり、排尿反射が亢進する[24]。虚
血により膀胱は組織学的に線維化[25]および酸化ストレスが亢進[26]していた。
膀胱虚血ラットは、カルバコール誘発収縮反応や経壁電気刺激誘発収縮反応が
抑制されており、tadalafil 投与で改善効果が見られたことから、NO の関与が
示唆されている[25]。しかしながら、膀胱虚血モデルでは排尿反射の亢進がある
ものの、non-voiding contractions は明らかには出現しておらず[24]、過活動膀
胱の病態を完全には反映していないと思われる。
9
3. 下部尿路閉塞
前立腺肥大症患者は、尿排出症状のみではなく、OAB 症状を初めとする蓄尿
症状を高率に有し[27, 28]、尿流動態検査上、これらの患者の下部尿路閉塞の重
症度と排尿筋過活動の出現率には正の相関があることが報告されている[29]。下
部尿路閉塞によって、排尿筋過活動/OAB 症状が発生する機序としては、図 4 に
示す様々な機序が推測されている。下部尿路閉塞による排尿時の高圧は、膀胱
壁の張力を増大させ膀胱血流障害をもたらす。虚血に対し一番脆弱な膀胱壁内
神 経 ( 骨 盤 神 経 節 後 線 維 ) は 容 易 に 変 性 に 陥 り 、 部 分 除 神 経 (partial
denervation) の状態となる。コリン作動性神経の除神経に伴って膀胱平滑筋は
アセチルコリン (acetylcholine; ACh) に対し過大な反応を引き起こすようにな
る (denervation supersensitivity)[30]。また、下部尿路閉塞に伴って、排尿筋
自体の特性も変化する。電気的に同期しやすくなり[31]、個々の細胞の興奮性は
亢進し易刺激性となり[32]、平滑筋細胞間のギャップジャンクションが増加[33,
34]することで、細胞間の刺激伝播は亢進する[30, 33, 34]。また、最近では下
部尿路閉塞に伴う Rho/ Rho キナーゼ経路の活性化が注目されており、排尿筋過
活動への関与[35-37]が示唆されている。さらに、下部尿路閉塞モデルにおいて
は膀胱平滑筋からの NGF の分泌が亢進する[38]。膀胱壁内に増加した NGF に
より膀胱求心性神経路が活性化される。尿路上皮細胞は伸展刺激や尿中物質に
10
よる化学的刺激に対してセンサー様の性格を有しており、刺激を感受する各種
の受容体やイオンチャンネルが存在し、それらの刺激に反応して ACh、アデノ
シン 5’-三リン酸 (adenosine 5’-triphosphate; ATP) 、一酸化窒素 (nitric oxide;
NO) 、プロスタグランジン (prostaglandin; PG) などの種々のメディエータを
放出する[39]。さらに、下部尿路閉塞によって、尿路上皮からの ATP 放出が増
加していることが報告[40]されている。これらのメディエータは、膀胱上皮細胞
間あるいは上皮下に分布している求心性神経に直接、もしくは、尿路上皮細胞
や上皮下の間葉系細胞に作用して、膀胱求心性神経伝達に関与する。また肥大
した前立腺により尿道が伸展されると、尿道からの求心性神経活動が亢進して、
過活動膀胱症状の発生の要因となるとの説もある[41]。このように下部尿路閉塞
に伴う過活動膀胱の発生に関して、以上のように実に様々なメカニズムが考え
られている。
11
図4
下部尿路閉塞による排尿筋過活動の発生機序。[42, 43]を改変して作成。
12
3-1
下部尿路閉塞モデルの特徴
下部尿路閉塞モデルは 臨床的にはヒトの前立腺肥大症 (benign prostatic
hyperplasia; BPH)に相当すると考えられる。 尿道部分閉塞を作成することで、
排尿筋肥厚を引き起こし[44-46]、膀胱重量が増大し、筋細胞の肥大が見られ、
コラーゲンが沈着しおよび副交感神経終末の減少を認める[47]。蓄尿期において
膀胱への動脈血流の低下や酸素濃度の低下が認められ、虚血により除神経が起
きていると考えられる[48, 49]。ブタの下部尿路閉塞モデルの膀胱排尿筋では除
神経による postsynaptic supersensitivity が認められるが [30, 50] 、ラット
[51]・ウサギ[52]・モルモット[53]の排尿筋では、除神経による postsynaptic
supersensitivity は認められない。また、ラット[39]、ヒト[40]では神経刺激に
対する反応低下が認められる[54, 55]。またウサギでは自律筋原性活動が増加す
る[56]。ラットでは、下部尿路閉塞により、排尿回数が増加し[57]、non-voiding
contractions と呼ばれる、排尿を伴わない膀胱収縮がしばしば観察される [38,
57-59]。
下部尿路閉塞ラットの作成手技には様々あるが、Mattiasson A ら[60, 61]は、
雌性ラットの尿道をφ1mm の金属棒で部分尿道閉塞を作成し、閉塞期間を 6 週
間おき、膀胱内圧測定を行う前に、尿道閉塞を解除している。この閉塞モデル
においては膀胱内圧測定で膀胱容量、排尿量は増加するが、排尿効率は変わら
13
ない。排尿閾値圧、最大排尿圧は増加する。non-voiding contractions は下部尿
路閉塞から 3 日後により増加し、その後発生数は安定する[62, 63]ことが知られ
ている。尿道閉塞を膀胱内圧測定前に解除する Mattiasson A らのモデルでは、
残尿の大幅な増加は認められなかった[61]。閉塞を解除しないまま膀胱内圧測定
を行うモデル[63]もあり、この場合は、下部尿路作成から経時的に残尿の著しい
増加が認められる。残尿が著しく多い場合は、薬剤投与による下部尿路閉塞モ
デルの蓄尿機能障害への効果の評価が困難であり、本実験では膀胱内圧測定時
には部分尿道閉塞を解除して行った。
3-2
下部尿路閉塞ラットにおける non-voiding contractions の発生
機序
下部尿路閉塞に伴う non-voiding contractions 発生のメカニズムについては、
排尿筋そのものの異常に起因する考え(筋原性説)[64]や膀胱を支配する神経の
異常に起因する考え(神経原性説)[65]がある。
下部尿路閉塞ラットでは、膀胱組織内の神経成長因子(NGF; nerve growth
factor)が増加し、求心性後根神経細胞や副交感神経節細胞の肥大[66, 67]が生じ、
潜時の短い脊髄性排尿反射が増加する[57]。これらの所見は、神経原性説を支持
するものである。他方、下部尿路閉塞ラットで認められる non-voiding
contractions はアトロピン動脈内投与やテトロドトキシン動脈内投与では抑制
14
されずに、K+チャンネルオープナーによって抑制されたこと[68]から、筋原性
説を主張する考えもある。また C 線維を脱感作[69]や脊髄排尿中枢の NMDA 受
容体を遮断[62]しても下部尿路閉塞ラットの non-voiding contractions が抑制
されなかったとの報告もある。
さらに、下部尿路閉塞ラットの non-voiding contractions を抑制する薬剤と
して、交感神経 α1 受容体遮断薬[70, 71]や交感神経 β3 受容体刺激薬[72]や 4
型[73, 74]、 5 型ホスホジエステラーゼ阻害薬[75]などが報告されている。交
感神経 β3 受容体刺激薬や 4 型ホスホジエステラーゼ阻害薬投与により排尿筋細
胞内の環状アデノシン一リン酸(cyclic adenosine monophosphate; cAMP)濃度
が上昇する[76, 77]し、排尿筋弛緩となる[77, 78]。排尿筋弛緩と non-voiding
contractions の産生に関連がある可能性がある。また、最近、下部尿路閉塞膀胱
における Rho/ Rho キナーゼが注目されている。Rho/ Rho キナーゼ経路におい
て、Rho キナーゼがミオシンをリン酸化し、カルシウムイオン感受性の亢進が
起こることで平滑筋が収縮となる[79-81]。この経路により細胞内のカルシウム
イオンが低濃度のままで、平滑筋収縮が起こる。下部尿路閉塞のウサギ[35, 82]
およびラット[83]の排尿筋細胞内に RhoA と Rho キナーゼが発現しており、Rho
キナーゼ阻害薬が下部尿路閉塞ラットのカルバコール収縮を抑制したことから
ムスカリン受容体からの細胞内刺激伝達が Rho/ Rho キナーゼ経路を介してい
15
る[83]ことが示唆され、排尿筋過活動との関与が考えられる。以上より、下部尿
路閉塞における non-voiding contractions の発生機序は様々なものが考えられ
る。
16
4. 排尿筋収縮における機序
排尿筋収縮は副交感神経節後神経終末より放出される神経伝達物質によって
引き起こされる。アセチルコリンが中心となるが、ATP も多くの動物種で収縮
に関与している。しかし、ヒトでは ATP による収縮は通常見られない[50]が、
高齢[84]および病的膀胱[85]で ATP によるプリン作動性収縮が増加する。アセ
チルコリンは主にムスカリン 3 受容体を活性化し、イノシトール 3 リン酸を産
生し、小胞体内にあるカルシウムイオンを放出する。ATP は P2X1 受容体と結
合し、細胞膜を脱分極し、主に L 型カルシウムイオンチャンネルを介して細胞
内にカルシウムイオンが流入する[86]。流入したカルシウムイオンはさらに小胞
体内にあるカルシウムイオンを放出し、排尿筋収縮となる。排尿筋弛緩はカル
シウムイオンが小胞体内に取り込まれるか、細胞外に放出されることで細胞内
のカルシウムイオンが減少することで起こる[87, 88]。そのため、排尿筋収縮に
はカルシウムイオンが関与しており、カルシウムイオンチャンネルが下部尿路
閉塞モデルの下部尿路機能障害の治療ターゲットになる可能性があると考えら
れる。選択的 L 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬の nifedipine は、カルバ
コール誘発収縮反応や経壁電気刺激誘発収縮反応を抑制し[89]、L 型カルシウム
チャンネルが排尿筋収縮の中心的存在ではあるが、その他のサブタイプも関与
している可能性がある。
17
また、下部尿路閉塞モデルは、排尿筋の収縮だけでなく、膀胱求心路にも異
常をきたしている。カルシウムイオンチャンネルは両者に存在しており [90]、
[91]。[92]、下部尿路閉塞における下部尿路機能障害にカルシウムイオンチャン
ネルが関与している可能性がある。カルシウムイオンチャンネルについては次
節に詳述する。
5. カルシウムイオンチャンネル
電位依存性カルシウムイオンチャンネルは活性化と不活性化電位の違いに
よって 3 分類される。L 型、N 型、P/Q 型、及び R 型カルシウムイオンチャ
ネルは大きな脱分極によって活性化されるため、高電位活性化チャネル (HVA:
high-voltage activated channels)に分類される。これに対して、T 型カルシウ
ムイオンチャネル (T-type calcium channels; T-Ca) は小さな脱分極によって
活 性 化 さ れ る た め 、 低 電 位 活 性 化 チ ャ ネ ル (LVA; low-voltage activated
channels)に分類される(表 2)。膀胱平滑筋細胞膜には L 型カルシウムイオンチャ
ンネル (L-type calcium channels; L-Ca) が分布しており、一般に L 型カルシウ
ムイオンチャンネルが開口し、脱分極し、カルシウムイオンが細胞内に流入す
ることで排尿筋の収縮が起こり、一方、カルシウム感受性カリウムチャンネル
が開口することで排尿筋の過分極を引き起こし、カルシウムの細胞内流入を阻
18
止することで、排尿筋の弛緩作用をもたらす[93]。
HVA
Cav1
Cav2
LVA
Cav3
Cav1.1
α1S
L-type
Cav1.2
α1C
L-type
Cav1.3
α1D
L-type
Cav1.4
α1F
L-type
Cav2.1
α1A
P/Q-type
Cav2.2
α1B
N-type
Cav2.3
α1E
R-type
Cav3.1
α1G
T-type
Cav3.2
α1H
T-type
Cav3.3
α1I
T-type
表2
カルシウムイオンチャンネルのサブタイプと分類
5-1
T型カルシウムイオンチャンネル
T 型カルシウムイオンチャンネルは、低電位活性化チャンネルに分類される
カルシウムイオンチャンネルである。L型カルシウムイオンチャンネルと異なり、
低電位での脱分極することで、チャンネルが開口するが、その開口は一過性で
ある[94]。
T 型カルシウムチャネルは,α1サブユニットの構造により3つのサブユニッ
トに分けられる[95]。すなわち、Cav3.1, Cav3.2, Cav3.3の3つに分けられる。
19
T-Caは、中枢神経、末梢神経に存在するとされている[96]。その他、腎臓の細
動脈に存在し、微小循環に関与することが知られている[97]。心筋細胞に関して
は、成熟した心室細胞には存在せず、胎生期、新生児期の心筋細胞に存在する
[98]。また、Remodeling、虚血後、心不全の心筋にT 型カルシウムチャネルは
発現する[99]。さらに、T 型カルシウムチャネルはプルキンエ線維、洞房結節
に存在しpace makingの役割を果たすことが知られている[100]。
一方、膀胱においてはヒトの膀胱平滑筋にはT 型カルシウムチャネルが L型
カルシウムイオンチャンネルともに存在する[101]。モルモットの膀胱の培養細
胞を用いた電気生理学的実験では、低電位で活性化されるT型カルシウムイオン
チャンネルがまず活性化され、脱分極が起こり、L型カルシウムイオンチャンネ
ルが開口するtriggerとなる[102](図5)。新生児期マウスの膀胱ではT 型カルシ
ウムチャネルの存在量が多く、カルバコール収縮に関与する[103]。健常モル
モットではムスカリン受容体を介する排尿筋収縮にはT型カルシウムイオン
チャンネルが関与する[104]との報告がある。しかしながら、正常ヒト膀胱条片
の収縮、弛緩にはT 型カルシウムチャネルは関与していないことが報告されて
いる[105]。
下部尿路閉塞ラットの膀胱ではmRNAレベルでT 型カルシウムチャネルの発
現が有意に増大し、T 型カルシウムチャネル阻害薬である塩化ニッケルは下部
20
尿路閉塞ラットの排尿筋細胞の活動電位を抑制する[106]。さらに,ヒト過活動
膀胱患者から採取した排尿筋細胞はカルシウムイオンチャンネルが活性化して
おり,この活性化には,T 型カルシウムチャネルが関与することが示唆されて
いる[107]。
また、T 型カルシウムチャネルは求心性神経A-δ、C-線維および、後根神経節
(DRG)、脊髄後角に存在し、痛覚伝達に関与する[108]。後根神経節における活
動電位の閾値を下げることにより、求心性神経活動を活性化し、脊髄後角へ痛
覚伝達を促すことが知られている[109, 110](図6)。
図5
T型カルシウムイオンチャンネルは膀胱平滑筋に存在する。T型カルシウムイオ
ンチャンネルは低電位で活性化され、開口することで細胞内にCa2+が流入する。
それにより、活動電位が上昇し、L型カルシウムイオンチャンネルが開口しやす
くなる[111]。
21
図6
T型カルシウムイオンチャンネルは後根神経節(DRG)および脊髄後角にも存在
し、神経興奮伝達に関与する。N型カルシウムイオンチャンネルは求心路の神経
終末に存在し、神経伝達物質を放出することで、刺激を伝達する[112]。
4-2
N型カルシウムイオンチャンネル
N型カルシウムイオンチャンネル(N-Ca)は、L型カルシウムイオンチャンネル
と同様に高電位型電位依存性カルシウムイオンチャンネルの一つである。N型カ
ルシウムイオンチャンネルはL型カルシウムイオンチャンネルの選択的阻害薬
であるジヒドロピジンには非感受性で、イモ貝毒のω-conotoxin GVIA(CTX)
によって選択的に阻害されるチャンネルとされ,Cav2.2がこれを形成する[113]。
N型カルシウムイオンチャンネルは主に神経終末に存在し、神経伝達物質の放
22
出に関与することが示唆されている。平滑筋細胞にも存在しているとの報告が
あるが、その作用は明らかではない[114]。ラット膀胱遠心路においても神経伝
達物質の放出に関与することが知られており、アセチルコリン(ACh)、ノルアド
レナリン、ATPの放出を促進する[115, 116]。同様に、求心路の神経終末にもN
型カルシウムイオンチャンネルが存在し、痛みなどの制御を行なっている[112]
(図4)。また、N型カルシウムイオンチャンネルはラットの膀胱伸展刺激による
反射を脊髄レベルで促進するように調節[117]し、NOが求心路におけるN型カル
シウムイオンチャンネルの機能を抑制的に調節する[118]ことが報告されてい
る。下部尿路閉塞モデルを含めて病態モデルの下部尿路においてN型カルシウム
イオンチャンネルに言及した報告は現時点ではない。
23
目的
T型カルシウムイオンチャンネルは下部尿路閉塞ラットではmRNAの発現が
増加し、電気生理学的に排尿筋収縮への関与が示唆されたとの報告[106]があっ
たが、in vivo、および摘出機能実験での排尿筋への評価はまだ行われていない。
また、N型カルシウムイオンチャンネルは下部尿路閉塞ラットにおける発現の変
化と役割については解明されていない。下部尿路閉塞により排尿筋特性、膀胱
遠心路、膀胱求心路に変化が起きているため、それらの部位に存在するT型およ
びN型カルシウムイオンチャンネルの発現に変化が見られ、下部尿路機能障害の
発生に関与していることが考えられる。そこで、以上の仮説を検証するために、
本研究では、以下の検討を行った。
1. 下部尿路閉塞ラットにおけるT型カルシウムイオンチャンネルおよび
N型カルシウムイオンチャンネルの発現を、mRNAレベルで対照群と
比較検討した。
2. 健常および下部尿路閉塞ラットに、選択的T型カルシウムイオンチャン
ネル阻害薬、選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬を投与して、
覚醒下膀胱内圧測定を施行し、その効果を検討した。
24
3. 摘出膀胱機能実験にて、下部尿路閉塞ラットおよび対照群の膀胱条片
に選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬、選択的N型カルシウ
ムイオンチャンネル阻害薬を投与し、排尿筋張力への影響を検討した。
25
方法
1. 下部尿路部分閉塞ラット作成法
東京大学動物実験委員会の審査承認を得た上で(承認番号: 医-P11-039)、日
本エスエルシー社(静岡、日本)より9週齢雌性Sprague-Dawleyラット(体重
180-240g)を購入し使用した。ソムノペンチル®(6.48%ペントバルビタールナト
リウム)を生理食塩水で10倍に希釈し、ペントバルビタールで30mg/kgの濃度で
ラット腹腔内注射にて投与し、麻酔とした。過去の報告[60]にあるとおりに下部
尿路閉塞モデルを作成した。十分麻酔がかかったことを確認した後に、下腹部
正中切開し、膀胱および尿道を周辺組織から剥離を行い、露出させた。尿道の
剥離を充分に行い、φ1.1mmの19G注射針を尿道の脇に置き、3-0ナイロン糸で
一括に結紮を行った(図5)。19G針を除去し、結紮糸をできるだけ、遠位尿道に
送り込んだ。腹直筋膜を3-0絹糸で閉創し、その後皮膚も3-0絹糸で閉創した。比
較対照群として、偽手術群(SHAM群)を作成した。SHAM群においては、尿道周
囲の剥離のみを行い、尿道部分閉塞は作成しなかった。麻酔から覚めるのを待
ち、ラットを1匹ずつケージに入れ6週間飼育した。尿道部分閉塞となっている
が、BOOラットおよびSHAMラットは自排尿可能であり用手的な排尿介助は必
要としなかった。下部尿路閉塞作成により急性腎不全が発生することもあり、
26
飼育中に急激な体重減少を伴うラットが出現した場合、速やかに安楽死させた。
下部尿路閉塞作成後6週間後に以下に述べる実験を施行した。
図7
尿道周囲を剥離して、径1.1mmの尿道部分閉塞を作成する[119]。
2. リアルタイムRT-PCR
SHAMラット6匹およびBOOラット6匹を使用した。下部尿路閉塞モデル作成
後6週間後に検体を採取した。SHAMラットおよびBOOラットの膀胱およびそ
の求心性支配神経であるL6レベルの後根神経節(dorsal root ganglion: DRG)と
L6の脊髄後角におけるT型カルシウムイオンチャンネルおよびN型カルシウム
イオンチャンネルのmRNAの発現をRT-PCR法によって解析した。過去の報告で
はβ-actinが下部尿路閉塞ラットの膀胱[120]および正常ラットのDRG、脊髄後
角[121]に対照として用いられており、本研究においてもβ-actinを対照として使
27
用した。膀胱は膀胱全層、膀胱平滑層、膀胱尿路上皮層の3つのコンポーネント
に分けて解析を行った。また、T型カルシウムイオンチャンネルはサブユニット
が3つあり、Cav3.1, Cav3.2, Cav3.3それぞれについて解析を行った。N型カル
シウムイオンチャンネルのサブユニットは1つであり、Cav2.2について解析を
行った。
まず、SHAMラットおよびBOOラットをソムノペンチル®を生理食塩水で10
倍に希釈し、ペントバルビタールで40mg/kgの濃度でラット腹腔内注射にて投
与し、深麻酔とした。下腹部を切開し、膀胱、尿道を周辺組織から剥離を行い
露出させた。膀胱を摘出し、膀胱三角部より上部の膀胱体部を標本に使用した。
膀胱体部を正中で左右2つに分け、1つを膀胱全層標本とした。残りの一つから
膀胱尿路上皮を、薬匙を使用して剥離させ、膀胱平滑筋標本と膀胱尿路上皮標
本に分けて採取した。また、背側より脊髄にアプローチにて、Th10~ S2レベ
ルを椎弓切除し、L6レベルのDRGおよび脊髄後角を露出させ、それぞれ採取し
た(図6)。採取した標本は液体窒素を用いて急速冷凍を行い、-80℃の冷凍庫に保
存した。標本採取後、ラットはエーテル過麻酔にて安楽死させた。TRIZOL LS
(Life Technologies Corporation社、Carlsbad、CA、USA) 2mlを用い、
homoginizerで標本をホモジナイズした。クロロホルム270µlを加え、タンパク
質を沈殿させた。イソプロピルアルコール670µlおよび70%エタノール500µlを
28
用いて、エタノール沈殿を行い、total RNAを抽出した。このうち、精製したtotal
RNA試料を2µg/10µlに調節し、random primer(タカラバイオ社、滋賀、日本)
2µlをランダムプライマ-およびomniscript RT Kit
(QIAGEN社、Valencia、
CA、USA)を用い、全量40µlの系で逆転写反応を行いcDNAを合成した。そのう
ち、3µlをリアルタイムRT-PCRに使用した。
PCRの酵素には、カスタムプライマー(Life Technologies Corporation社)を使
用した。プライマーの対はそれぞれ、Cav3.1 (Accession number O54898)の
検出には、5’-TTT GGC TAC ATT AAG AAT CCC-3’および5’-GCA GTC GGA
TTT GTT AGT GAT-3’(アニーリング56.5℃)、Cav3.2 (Accession number
Q9EQ60)の検出には5’-CTC ATC ATT ATG GGC TCC TT-3’および5’-CGT
GGC TAA AGT GGT AAT GG-3’(アニーリング58.5℃)、Cav3.3 (Accession
number Q9Z0Y8)の検出には5’-CTG GTC GGT CTA CCT CTT CTC-3’および
5’-CGA CCA CGC CCA CAA ACA-3’(アニーリング59.5℃)
、Cav2.1 (Accession
number NM012918)の検出には5’-CCC AAC GGG ACC AAA TGT C-3’および
5’-GGA TGT TCG AAC TGA GTG ATG-3′(アニーリング58.5℃)、β-actin
(Accession number NM031144)の検出には5’-ATG CCA TCC TGC GTC TGG
ACC TGG C-3’、5’-AGC ATT TGC GGT GCA CGA TGG AGG G-3’(アニーリ
ング60℃)を使用した[121, 122]。反応にはSYBR Green PCR Master Mix(Life
29
Technologies Corporation社)を使用し、Applied Biosystems 7300リアルタイム
PCRシステム(Life Technologies Corporation社)を用いて、反応の条件は変性を
95℃を15秒、アニーリングを60秒とし、これを40サイクル繰り返した。
図8
30
膀胱全層、膀胱平滑筋層、膀胱尿路上皮層、L6 の DRG および L6 の脊髄後角
から組織を採取し、RT-PCR 法で mRNA の発現を検討した。
31
3. 膀胱内圧測定(CMG)
SHAMラット16匹およびBOOラット24匹を使用した。下部尿路閉塞モデル作
成後、6週間後に膀胱頂部にカテーテルを留置した。すなわち、ソムノペンチル
®を生理食塩水で10倍に希釈し、ペントバルビタールで30mg/kgの濃度でラット
腹腔内注射にて投与し、麻酔をかけた。充分麻酔がかかったことを確認した後
に、下腹部を正中切開し、膀胱を露出させた。BOOラットにおいては、尿道結
紮糸を切断し、除去した。膀胱頂部に小切開を加え、小切開の穴から、先端を
カフ状に形成したポリエチレンチューブ(PE-50, Clay Adams, Parsippany, NJ,
USA)を膀胱内に挿入した。膀胱カテをゆっくり引きぬき、カフが膀胱頂部に位
置するように調整した。予め小切開の穴の周囲に5-0プロリン糸を巾着状にかけ
ておき、穴を閉じた。また補強の意味を兼ねて、3-0絹糸で膀胱頂部を結紮した。
トンネラーを用いて、後頚部よりカテーテルを導出した。下腹部を絹糸で腹直
筋および皮膚の順で閉創した。導出したカテーテルを布テープで固定し、布テー
プを後頚部皮膚に1針固定した。
膀胱頂部カテーテルを留置して2日後にイソフルレン吸入麻酔下に左頚動脈
および左頚静脈を剥離し、露出させた。精密尖刀を用いて頚動脈および頚静脈
を切開し、PE-50を留置した。頚動脈のカテーテルの先端は弓部大動脈に到達す
るようにし、頚静脈のカテーテルの先端は腕頭静脈に到達するように留置した。
32
血管カテーテルを留置したラットをメタボリックケージ(COD. 170102:
Tecniplast社, Lombardy, Italy)に安置した。メタボリックケージに2時間以上
安置させることで麻酔から覚醒させながら馴化させたあと、覚醒下無拘束下に
膀胱内圧測定および観血的動脈圧測定を以下の図9,10に示す形で施行した。す
なわち、シリンジポンプ(KDS 100, KDS 200: 室町機械株式会社、東京、日本)
より生理食塩水を膀胱留置カテーテルを経由して膀胱内に持続注入を行う。三
方活栓を経由し、膀胱内圧を圧トランスデューサー(Becton, Dickinson and
Company社、Franklin Lakes, NJ, USA)で感知し、圧アンプ(AP-600G,
AP-601G: 日本光電社、東京、日本)に伝達する。また同様に頚動脈に留置し
たカテーテルより観血的に動脈圧を圧トランスデューサーで感知し、圧アンプ
に伝達する。膀胱から排出される尿と糞便は代謝ケージ内で分離され、尿のみ
をシャーレで受け止めるようになる。その量を天秤(GF-200: 株式会社エー・
アンド・デイ、東京、日本)で測定する。圧アンプで測定した膀胱内圧、動脈
圧と天秤で測定した排尿量をサンプリングレート40HzにてPower labデータ収
録システム(ADInstruments社、Sydney, Australia)で収録し、lab Chartソフ
トウエア (ADInstruments社、Sydney, Australia)で解析した。生理食塩水の
注入速度はSHAMラットでは6ml/hr、BOOラットでは18ml/hrとした。この注
入速度は、以前の報告[123]よりBOOラットは対照群のラットと比較して膀胱容
33
量が大きいため、両群のラットともに10~15分ごとの排尿になるべく、先行実
験にて調節を行い決定した。膀胱内圧測定を開始してから、1時間から2時間ほ
ど経過して膀胱内圧曲線が安定したところで、薬剤を頚静脈に留置したカテー
テルを経由して経静脈的に投与を行った。薬剤投与前45分間の膀胱内圧測定パ
ラメータおよび平均血圧について、SHAMラット群とBOOラット群の間で比較
検討した。また、薬剤投与前後45分間の膀胱内圧測定パラメータおよび平均血
圧を解析し、各群内での薬剤投与前後での変化について検討を行った(図11)。測
定した膀胱内圧測定パラメータは以下のとおりである(図12)。
1.
膀胱基礎圧:排尿と排尿の間(蓄尿期)の膀胱内圧の最低値
2.
排尿閾値圧:排尿直前の膀胱内圧
3.
最大排尿圧:排尿性膀胱収縮の最大圧
4.
non-voiding contractions (NVCs):排尿前4分間における排尿を
伴わない振幅圧3cmH2O以上の膀胱収縮と定義し、その発生数と平均振幅
圧を評価した。
5.
一回排尿量:天秤で測定した、一回排尿での尿重量
6.
残尿、膀胱容量:残尿、膀胱容量に関しては、この膀胱内圧測
定法では連続注入で測定しており、単回注入の測定のように1回毎に膀胱
を空にして評価は行なっていない。そのため、投与前の評価開始時の残
34
尿を仮想的にゼロとして、初回膀胱容量は生食注入量と定義した。膀胱
容量から排尿量を引いたものをその排尿での残尿量と定義した。前回の
排尿における残尿量に生食注入量を足したものを次の膀胱容量とした。
順次、残尿量、膀胱容量を計算した。
7.
排尿効率:1回排尿量を膀胱容量で割ったもの
8.
膀胱コンプライアンス:膀胱容量を蓄尿期の膀胱内圧の変化す
なわち閾値圧から基礎圧を引いたもので割ったもの
また、膀胱内圧測定終了後、ペントバルビタールを過剰投与することでラッ
トを安楽死させた。
35
図9
膀胱内圧測定システム 生理食塩水を膀胱内に持続注入しながら、膀胱内圧
および排尿量を測定する。ラットはメタボリックケージ(①)に安置する。シリン
ジポンプ(⑦)より三方活栓(⑤)、延長チューブ(④)、PE-50(③)を経由し生理食塩
水がラット膀胱に注入される。同時に③、④、⑤を経由して膀胱内圧がアンプ(⑧)
に伝達される。同時に排尿された尿重量を天秤(⑥)で測定し、⑧に伝達される。
Power labデータ収録システム(⑨)で収録され、PC(⑩)内のlab Chartソフトウェ
アで解析した。
36
図10
膀胱内圧測定は覚醒下で行われ、ラットは代謝ケージ内を自由に動くことが可
能である。
37
図11
膀胱内圧測定のプロトコール 代謝ケージに安置し、馴化したところで測定を
開始する。膀胱内圧が安定したところで、薬剤を静脈内投与し、その前後45分
間で比較検討を行った。
図12
各種膀胱内圧測定パラメータの定義 本検討では膀胱内圧測定は連続注入で測
定しており、残尿の評価が困難である。そのため、膀胱容量、残尿量の定義が
煩雑になった。
38
3-1. 使用薬剤
選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬として、ラクオリア創薬(愛知、
日本)から提供された試薬RQ 00311610 (RQ) を使用した。また選択的T型カル
シウムイオンチャンネル阻害薬としてmibefradilやNNC 55-0396 (NNC:Tocris
社)[124]が従来より市販されており使用されている。influx assayとbinding
assayを用いて、カルシウムイオンチャンネルサブタイプへの選択性がラクオリ
ア社内で検討されており、結果は表3のとおりである。選択性の検討の結果より
新規選択性T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬RQ 00311610は従来の
mibefradilやNNCよりT型カルシウムイオンチャンネルへの選択性が優れてい
ると判断され、本研究で使用した。ラクオリア社の先行実験ではウレタン
(0.8g/kg) 腹腔内投与麻酔下で健常ラットにおいて、RQ 00311610静脈内投与は
10mg/kgまでは非観血的測定法で循環動態に影響がなかったことが確認されて
おり、またその濃度での静脈内投与で血中にIC50値の10倍程度到達しているこ
とが確認されたため、本実験では、循環動態に与えない最大容量としてRQ
00311610を10mg/kg静脈内投与することにした。溶媒としてジメチルスルホキ
シド(DMSO) : Cremophor EL : 蒸留水 = 5 : 10 : 85で作成し、5mg/mlの濃度で
作成した。 RQ 00311610は溶媒に溶解後当日に使用した。
選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬としては、ω- conotoxin GVIA
39
(CTX) (Tocris社、Bristol,UK)が市販されており[125]、従来より使用され
ている。健常ラットにω- conotoxin GVIAを10μg/kg静脈内投与した場合、血圧
が有意に低下したとの報告[126]があり、本実験に先駆け、先行実験として
1μg/kg, 3μg/kg, 10μg/kgをBOOラットに投与した。その結果、1μg/kg投与では
血圧は低下せず、3μg/kg投与で血圧が低下したため、その濃度で血中濃度は充
分であると考えられ、本実験において3μg/kgを静脈内投与することとした。溶
媒としてアセトニトリル : 蒸留水 : 生理食塩水 = 1 : 4 : 45で作成し、3μg/ml
の濃度で作成した。ω- conotoxin GVIAは必要量だけ分注し、-80℃で冷凍保存
した。
RQ 00311610
mibefradil
NNC55-0396
human T-Ca Ca2+ influx: IC50
110 nM
330 nM
130 nM
rat T-Ca Ca2+ influx: IC50
170 nM
210 nM
130 nM
rat brain L-Ca binding: IC50
>10,000 nM
-
-
human N-Ca Ca2+ influx: IC50
9,800 nM
580 nM
680 nM
rat N-Ca Ca2+ influx: IC50
28,000 nM
790 nM
880 nM
Rat plasma protein binding
6.0%
0.8%
0.17%
表3
各種T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬のサブタイプ選択性 新規T型カル
シウムイオンチャンネル阻害薬のRQ-00311610は従来から市販されている
mibefradilやNNC 55-0396に比べて、T型カルシウムイオンチャンネルへの選択
性に優れている。
40
4. 摘出膀胱機能実験-等尺性張力実験
SHAMラット26匹およびBOOラット26匹を使用した。下部尿路閉塞モデル作
成後6週間後にソムノペンチル®を生理食塩水で10倍に希釈し、ペントバルビ
タールで40mg/kgの濃度でラット腹腔内注射にて投与し、深麻酔とした。下腹
部を正中切開し、膀胱を摘出した。摘出した膀胱から、クレブス液の中で、膀
胱三角部以下を切除した。脂肪組織を除去し、膀胱体部より、縦方向に、排尿
筋全層標本を切り出した。収縮反応実験では3×7mm大の排尿筋条片をまた弛緩
反応実験では3×10mm大の排尿筋条片を作成した。排尿筋条片作成後、ラット
はエーテル過麻酔にて安楽死させた。当研究室オリジナルのオルガンバス(図13)
に以下に示す組成のクレブス液を5ml注入し、収縮反応実験では10mNの張力で
また弛緩反応実験では5mNの張力で懸垂した。排尿筋条片の張力は張力トラン
スデューサー(type 7923: NEC三栄株式会社、東京、日本)を介して、サンプリ
ングレート40HzにてPower labデータ収録システムで収録し、lab Chartソフト
ウェアで解析した。同時に、オルガンバス内のクレブス液を一定温度に保つた
めに、恒温槽で37℃に調節された水道水をオルガンバスの外側に潅流させた。
オルガンバス内は95%酸素+5%二酸化炭素を通気させた。排尿筋条片をオルガ
ンバス内に懸垂した直後およびそれ以降は30分毎にクレブス液を交換し、張力
を調整した。クレブス液を交換するのは排尿筋条片から出た代謝産物がクレブ
41
ス液中に蓄積しないようにするためである。最初に懸垂してから2時間経過した
ところで以下の実験を行った。
図13
摘出膀胱機能実験で使用したオルガンバスは小型であり、5mlのクレブス液を満
たすことが可能。電気刺激誘発収縮反応実験を行うことも可能である。
4-1
カルバコール誘発収縮反応実験
KCl62mMの濃度で調整されたクレブス液を従来のクレブス液に置換させる
形で、排尿筋条片を収縮させた。高濃度の外液カリウムイオンは平滑筋細胞膜
を直接脱分極させ平滑筋収縮を発生させるので、受容体を介さない標準的収縮
として多用されている。充分収縮反応が進み弛緩が始まったところで、クレブ
ス液でオルガンバス内を4回wash outした。張力が基礎値まで戻り15分経過した
ところで、溶媒、選択的L型カルシウムイオンチャンネル阻害薬であるnifedipine
42
(和光純薬、大阪、日本), 選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬であ
るRQ 00311610 (RQ), 選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬であるωconotoxin GVIA(CTX)のいずれかをオルガンバス内濃度が10-6Mになるように
前投薬を行った。前投薬から10分後に10-6Mから10-1Mのカルバコール
(carbachol; CCh)
(和光純薬)をオルガンバス内に累積投与を行い、オルガン
バス内のカルバコール濃度がそれぞれ10-8Mから10-3Mになるように調節し、そ
れぞれの濃度における収縮反応の張力を記録した。カルバコールはコリン作動
薬であり、ムスカリン受容体およびニコチン受容体に作用する。ムスカリン受
容体の刺激により、平滑筋条片が収縮する。高カリウムクレブス液による収縮
を100%として、それぞれの濃度における収縮反応の張力の割合を計算し、濃度
反応曲線を作成した。(図14)
図14
カルバコール誘発収縮反応実験のプロトコール
RQ: RQ 00311610
CTX: ω- conotoxin GVIA
43
4-2
経壁電気刺激誘発収縮反応実験
KCl62mMの濃度で調整されたクレブス液を従来のクレブス液に置換させる
形で、排尿筋条片を収縮させた。充分収縮反応が進み弛緩が始まったところで、
クレブス液でオルガンバス内を4回wash outした。電気刺激装置(L-052: 日本光
電社)により、pulse-width: 0.8ms, 10V、duration: 5秒、stimulation interval: 5
分、20Hzで経壁電気刺激を行い、電気刺激による収縮が安定するのを待って、
2, 5, 10, 20Hzでpulse-width: 0.8ms, 10V, duration: 5秒、stimulation interval:
1分で経壁電気刺激を行い、その刺激による収縮反応を記録した。経壁電気刺激
により膀胱の支配神経から、アセチルコリンやATPなどの神経伝達物質が放出
され、排尿筋条片が収縮する。電気刺激終了後2分後に、溶媒、選択的L型カル
シウムイオンチャンネル阻害薬であるnifedipine, 選択的T型カルシウムイオン
チャンネル阻害薬であるRQ 00311610, 選択的N型カルシウムイオンチャンネ
ル阻害薬であるω- conotoxin GVIAをオルガンバス内濃度が10-6Mになるように
前投薬を行った。前投薬を行い10分後に、同様に2-20Hzまで経壁電気刺激を行
い、収縮反応を記録した(図15)。また、溶媒およびω- conotoxin GVIAを前投薬
した一部の排尿筋条片に関しては引き続き以下の経壁電気刺激実験を行った。
溶媒、ω- conotoxin GVIA前投薬後の経壁電気刺激による収縮反応が終了して2
分後に、10-4Mのアトロピン(和光純薬)50μlをオルガンバス内に投与し、オル
44
ガンバス内のアトロピンの濃度を10-6Mに調節した。アトロピン投与2分後に同
様に2-20Hzまで経壁電気刺激を行い、収縮反応を記録した。経壁電気刺激によ
る収縮反応が終了して2分後に10-2Mのα,β-Methylene-ATP (Sigma-Aldrich, St.
Louis, MO, USA) 5μlをオルガンバス内に2分毎に5~7回投与し、薬剤による収
縮反応が起きなくなったことを確認してから、同様に2-20Hzまで経壁電気刺激
を行い、収縮反応を記録した。経壁電気刺激による収縮反応が終了して2分後に
10-4Mのテトロドトキシン(和光純薬)50μlをオルガンバス内に投与し、オルガ
ンバス内のテトロドトキシンの濃度を10-6Mに調節した。テトロドトキシン投与
2分後に同様に2-20Hzまで経壁電気刺激を行い、収縮反応を記録した。この一連
の電気刺激の間にオルガンバス内のクレブス液は交換しなかった(図16)。
経壁電気刺激誘発収縮反応のうち、アトロピン投薬によって抑制される成分
をコリン作動性成分とし、α,β-Methylene-ATP反復投与による脱感作後に抑制
される成分をプリン作動性成分とみなした。さらに、テトロドトキシン投薬に
よって抑制される成分を非コリン非プリン作動性成分とし、残存する成分をテ
トロドトキシン抵抗性成分とした。
45
図15
経壁電気刺激誘発収縮反応プロトコール
RQ: RQ 00311610
CTX: ω- conotoxin GVIA
図16
経壁電気刺激誘発収縮反応プロトコール 溶媒投与群およびω- conotoxin
GVIA投与群の一部の排尿筋条片については、下半分の実験を追加した。
CTX: ω- conotoxin GVIA
46
4-3
弛緩反応実験
5mNで2時間牽引し、張力が安定したところで、弛緩反応実験を開始した。薬
剤投与による前収縮は負荷しなかった。対照群、選択的L型カルシウムイオン
チャンネル阻害薬のnifedipine, 選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬
のRQ 00311610およびNNC 55-0396を10-8M~10-2Mまで、また選択的N型カル
シウムイオンチャンネル阻害薬のω- conotoxin GVIAを10-8M~10-4Mまで5分間
ごとにオルガンバス内に投与し、オルガンバス内濃度がそれぞれ10-10M~10-4M、
10-10M~10-6Mになるように調節した。対照群では薬剤を投与せず、時間経過の
みで排尿筋張力を記録した。最終濃度の薬剤の投与5分後に、10-3Mのフォルス
コリン(和光純薬)50μlをオルガンバス内に投与し、オルガンバス内のフォル
スコリンの濃度を10-5Mに調節し、弛緩反応を誘発させた。弛緩反応開始前から
フォルスコリン投与後10分間の張力の変化を-100%として、各濃度での張力の
変化の割合を計算して、濃度反応曲線を作成した(図17)。
図17
弛緩反応実験プロトコール
RQ: RQ 00311610
NNC: NNC 55-0396
47
CTX: ω- conotoxin GVIA
4-4
使用薬剤
クレブス液は、NaCl: 118mM, KCl: 4.7mM, CaCl2: 2.5mM, NaHCO3:
12.5mM, KH2PO4: 1.2mM, MgSO4: 1.2mM, ブドウ糖: 5.55mMの組成で作成
した。また、62mMKCl含有クレブス液は、NaCl: 62.1mM, KCl: 62mM, CaCl2:
2.5mM, NaHCO3: 12.5mM, KH2PO4: 1.2mM, MgSO4: 1.2mM, ブドウ糖:
5.55mMの組成で作成した。ニフェジピンは分子量が346.335であり、エタノー
ルを溶媒にして、10-2Mのstockを作成し、分注して-80℃で保存した。希釈は必
要に応じて蒸留水で行った。NNCは分子量が564.57であり、蒸留水を溶媒にし
て、10-2Mのstockを作成し、分注して-80℃で保存した。希釈は必要に応じて蒸
留水で行った。RQはDMSOを溶媒にして、10-2Mで作成した。希釈は必要に応
じて蒸留水で行った。CTXは分子量が3037であり、アセトニトリル : 蒸留水 =
1 : 4の割合で溶媒にして、10-2Mで作成した。希釈は必要に応じて蒸留水で行っ
た。カルバコール刺激誘発収縮反応実験および電気刺激誘発収縮反応実験にお
ける溶媒は、アセトニトリル : エタノール : DMSO : 蒸留水 = 0.25 : 1 : 1 :
97.75の組成で作成した。弛緩反応実験における対照群では、溶媒を投与せず、
時間の経過での張力の変化を記録した。カルバコールは分子量が182.696であり、
蒸留水を溶媒として、10-6M~10-1Mまで用時作成した。アトロピンは分子量が
694.83であり、蒸留水を溶媒として、10-4Mのstockを作成し、必要量を分注し
48
-80℃で冷凍保存した。α,β-Methylene-ATPは分子量が505.2であり、蒸留水を
溶媒として、10-2Mのstockを作成し、必要量を分注し-80℃で冷凍保存した。テ
トロドトキシンは分子量が319.27であり、蒸留水を溶媒として、10-4Mのstock
を作成し、必要量を分注し-80℃で冷凍保存した。フォルスコリンは分子量が
410.5であり、エタノールを溶媒として、10-3Mのstockを作成し、必要量を分注
し-80℃で冷凍保存した。
5. 統計学的解析
膀胱内圧測定におけるSHAMラットおよびBOOラットの群間における膀胱内
圧測定パラメータおよび平均血圧の平均の差の検定には、unpaired t検定を用い
た。また、薬剤投与前後の膀胱内圧パラメータおよび平均血圧の平均の変化の
検定にはpaired t検定を用いた。カルバコール誘発収縮反応実験においては、統
計ソフトPrism4を用いて、EC50値およびEMax値を計算し、t検定にて有意差検
定を行った。経壁電気刺激誘発収縮反応実験においては、2群間の比較にはウィ
ルコクソンの符号順位検定もしくはマンホイットニーのU検定で行い、3群間以
上の比較ではフリードマン検定にて検定を行い、Dunns 検定を行い溶媒投与群
と比較検討した。弛緩反応実験では各濃度での薬剤での比較を行い、繰り返し
のある一元配置分散分析を行い、ダネットの多重比較検定で対照群との比較検
49
定を行った。p<0.05をもって、統計学的に有意と判断した。
50
結果
1. リアルタイムRT-PCR
SHAMラット、BOOラット各群6匹から標本を採取し、リアルタイムRT-PCR
法で、mRNA発現量を定量的に測定し、内因性コントロールとしてβ-actinと比
較して比較Ct法にて解析を行った。(図18)
T型カルシウムイオンチャンネルに関しては、膀胱全層および膀胱平滑筋層に
おいて、Cav3.1, Cav3.2サブユニットが、SHAM群に比べてBOO群において有
意に増大していた。また、尿路上皮層においては、Cav3.3サブユニットが、SHAM
群に比べてBOO群において有意に増大していた。
N型カルシウムイオンチャンネルに関しては、膀胱平滑筋層においてSHAM
群に比べてBOO群において有意に増大しており、その差は50倍以上と著明なも
のであった。
膀胱の求心路を構成するL6の後根神経節および脊髄後角におけるT型カルシ
ウムイオンチャンネルおよびN型カルシウムイオンチャンネルの発現はSHAM
群およびBOO群の群間において有意な差は認めなかった。
51
図 18
リアルタイム PCR 法による mRNA の定量的解析
平均±標準誤差で表示。
52
2. 膀胱内圧測定
2-1
下部尿路閉塞(BOO)群と偽手術群(SHAM)群との間での各種パラ
メータの相違
SHAMラット13匹およびBOOラット13匹について、膀胱内圧測定および平均
血圧測定を行った。測定開始後、排尿パラメータが安定したところで、選択的T
型カルシウムイオンチャンネル阻害薬もしくは選択的N型カルシウムイオン
チャンネル阻害薬の静脈内投与を行った。薬剤投与前の膀胱内圧測定パラメー
タおよび平均血圧についてSHAM群およびBOO群の間での相違について検討を
行った。
薬剤投与前の典型的な膀胱内圧測定記録は図21、24のとおりである。BOO
ラットではSHAMラットに比べ、一回排尿量が増加していた。また、BOOラッ
トではSHAMラットにはほとんど見られないnon-voiding contractionsが認め
られている。
SHAMラット13匹およびBOOラット13匹の薬剤投与前の膀胱内圧測定パラ
メータおよび平均血圧を解析して、まとめたものを図19、20に提示した。BOO
群の膀胱重量はSHAM群に比べて有意に重く、約3倍程度の重量であった。
SHAM群に比較し、BOO群では、膀胱コンプライアンス、膀胱容量、一回排尿
量、残尿量、NVCsの数および振幅は有意に増加しており、排尿効率は有意に減
53
少していた。その他の膀胱内圧測定パラメータはSHAM群およびBOO群の間で
有意な差はなく、また平均血圧もSHAM群およびBOO群の間で有意な差を認め
なかった。
54
図19
SHAM群およびBOO群の膀胱重量、薬剤投与前の膀胱内圧測定パラメータの比
較。平均±標準誤差で表示。
55
図20
SHAM群およびBOO群の薬剤投与前の膀胱内圧測定パラメータおよび平均血圧
の比較。平均±標準誤差で表示。
56
2-2
選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬静脈内投与の効
果
SHAMラット6匹およびBOOラット6匹について膀胱内圧測定および平均血
圧測定を行い、選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬RQ 00311610を投
与前後の変化について検討を行った。
SHAMラットおよびBOOラットのT型カルシウムイオンチャンネル阻害薬
RQを投与した前後の膀胱内圧波形および排尿量の変化の典型的な膀胱内圧測
定記録を図21に提示した。SHAMラットではRQ 00311610投与によっても膀胱
内圧波形に変化がなく、排尿量および排尿間隔もRQ 00311610投与前後では変
化がなかった。一方、BOOラットにおいては排尿量および排尿間隔がRQ
00311610投与によって増大した。しかし、RQ 00311610投与前後でnon-voiding
contractionsには変化が認められなかった。
SHAMラット6匹およびBOOラット6匹の膀胱内圧測定パラメータおよび平
均血圧を解析して、まとめたものを図22、23に提示した。SHAMラットではRQ
00311610投与により最大排尿圧が有意に低下したが、その他の排尿パラメータ
はRQ 00311610投与による有意な変化は認められなかった。BOOラットではRQ
00311610投与により排尿量、膀胱容量、残尿量が有意に増大した。排尿効率は
RQ 00311610投与の前後で有意な変化はなく、またその他の膀胱内圧測定パラ
57
メータもRQ 00311610投与前後で有意な変化はなかった。平均血圧に関しては
BOOラットではRQ 00311610投与により平均血圧は有意に低下した。
図 21
覚醒下無拘束下膀胱内圧および排尿量測定の典型例。SHAM ラットは RQ
003111610 投与で膀胱内圧波形および排尿量に変化が見られない。BOO ラット
では RQ 003111610 投与により、排尿間隔および排尿量が増加した。non-voiding
contractions は RQ 00311610 投与の前後で変化は見られない。
58
図22
SHAM群およびBOO群の膀胱重量と、各群における、RQ 00311610投与前後の
膀胱内圧パラメータの変化。平均±標準誤差で表示。
RQ: RQ 00311610
59
図23
SHAM 群および BOO 群における、RQ 00311610 投与前後の膀胱内圧測定パラ
メータおよび平均血圧の変化。平均±標準誤差で表示。
RQ: RQ 00311610
60
2-3
選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬静脈内投与の効
果
SHAMラット7匹およびBOOラット7匹について膀胱内圧測定および平均血
圧測定を行い、選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬ω-conotoxin
GVIAを投与前後の変化について検討を行った。
SHAMラットおよびBOOラットのω-conotoxin GVIAを投与した前後の膀胱
内圧波形および排尿量の変化の典型的な膀胱内圧測定記録を図24に提示した。
SHAMラットではω-conotoxin GVIA投与によっても膀胱内圧波形に変化がなく、
排尿量および排尿間隔もω-conotoxin GVIA投与前後では変化がなかった。一方、
BOOラットにおいてはω-conotoxin GVIA投与によってnon-voiding
contractionsの数が減少したが、一回排尿量および排尿間隔には影響がなかった。
SHAMラット7匹およびBOOラット7匹の膀胱内圧測定パラメータおよび平
均血圧を解析して、まとめたものを提示した(図25, 26)。SHAMラットでは
ω-conotoxin GVIA投与により最大排尿圧が有意に低下したが、その他の膀胱内
圧測定パラメータはω-conotoxin GVIA投与によって有意な変化は認められな
かった。BOOラットではω-conotoxin GVIA投与により、non-voiding
contractionsの数が有意に減少した。その他の膀胱内圧測定パラメータについて
は、ω-conotoxin GVIA投与前後で有意な変化はなかった。平均血圧は両群とも
61
ω-conotoxin GVIA投与により有意に低下した。
図 24
覚醒下無拘束下膀胱内圧および排尿量測定の典型例。SHAM ラットは
ω-conotoxin GVIA 投与で膀胱内圧波形および排尿量に変化が見られない。BOO
ラットでは ω-conotoxin GVIA 投与により、non-voiding contractions が減少し
た。
62
図25
SHAM 群および BOO 群の膀胱重量と、各群における、ω- conotoxin GVIA 投
与前後の膀胱内圧パラメータの変化。
平均±標準誤差で表示。
CTX: ω- conotoxin GVIA
63
図26
SHAM 群および BOO 群における、ω-conotoxin GVIA 投与前後の膀胱内圧測定
パラメータおよび平均血圧の変化。平均±標準誤差で表示。
CTX: ω- conotoxin GVIA
64
3. 摘出膀胱機能実験-等尺性張力実験
SHAMラット18匹、BOOラット12匹から排尿筋条片を採取し、カルバコー
ル誘発収縮反応実験、経壁電気刺激誘発収縮反応実験において、KCl 62mMの
クレブス液による収縮反応を行った。両群間で排尿筋条片質量に対するKCl
62mMのクレブス液による収縮反応に差は見られなかった(図27)
。以下の検討
においてKCl 62mMのクレブス液による収縮を100%として行うことにした。
図27
SHAM群、およびBOO群の排尿筋条片のKCl 62mMクレブス液投与による収縮
反応。排尿筋条片質量で補正している。両群間で収縮反応に有意な差は見られ
なかった。平均±標準誤差で表示。
65
3-1
カルバコール誘発収縮反応実験
SHAMラット6匹およびBOOラット6匹から排尿筋条片を採取した。同一ラッ
トから採取した条片を4つに分け、溶媒、nifedipine, RQ 000311610, ω-conotoxin
GVIAの前投薬を行い、カルバコール(CCh)累積投与による収縮反応への影響を
検討した。各条片の個体差を補正するため、KCl 62mMのクレブス液による収
縮を100%として補正した。溶媒前投薬群における、SHAMラット・BOOラット
間の比較および各薬剤投与群と溶媒群との収縮反応の変化について比較検討し
た。
溶媒前投与群でのSHAMラットおよびBOOラット排尿筋条片のカルバコール
累積投与による収縮反応には、EC50値およびEMax値に有意な差を認めなかった
(図28)。
各薬剤投与群と溶媒群との収縮反応の変化については、SHAM群およびBOO
群共に、nifedipine前投薬を行ったもののみが、カルバコール累積投与による収
縮反応を溶媒前投薬群と比較し、Emax値を減少していた。EC50値には両群間に
有意差は認められなかった(図28)。
RQ 000311610, ω-conotoxin GVIAの前投薬群はいずれも、SHAM群および
BOO群共に、カルバコール累積投与による収縮反応に有意な影響を与えなかっ
た (図29)。
66
SHAM
BOO
pEC50
Emax
pEC50
Emax
5.69±0.26
276±23
5.41±0.27
242±21ns
図 28
溶媒投与群における、SHAM 群および BOO 群の排尿筋条片のカルバコール累
積投与による収縮反応。両群間で収縮反応に有意な差は見られなかった。平均
±標準誤差で表示。
CCh:カルバコール
ns: not significant, t-test in nonlinear regression
67
68
SHAM
BOO
pEC50
Emax
pEC50
Emax
vehicle
5.69±0.26
276±23
5.41±0.27
242±21
nifedipine
5.90±0.33
207±22*
5.36±0.18
189±11*
RQ 00311610
6.16±0.32
263±25
5.41±0.31
256±26
ω-conotoxin
GVIA
5.95±0.23
247±18
5.74±0.26
221±17
*: p<0.05 vs. vehicle, t-test in nonlinear regression
図 29
各カルシウムイオンチャンネル阻害薬前投薬後の SHAM 群および BOO 群の排
尿筋条片のカルバコール累積投与による収縮反応。SHAM 群および BOO 群共
に、nifedipine 前投薬群がカルバコール誘発収縮反応の EMax 値を減少させた。
平均±標準誤差で表示。
CCh:カルバコール
69
3-2
経壁電気刺激誘発収縮反応実験
SHAMラット12匹およびBOOラット12匹から排尿筋条片を採取した。BOO
ラット6匹に関しては、カルバコール誘発収縮反応実験で同一のラットを使用し
た。それらとは別のSHAMラット6匹およびBOOラット6匹に関して、同一ラッ
トから採取した条片を4つに分け、溶媒、nifedipine, RQ 000311610, ω-conotoxin
GVIAの前投薬を行い、投薬前後で経壁電気刺激誘発収縮反応への影響を検討し
た。また残りのSHAMラット6匹およびBOOラット6匹に関しては、同一ラット
から採取した条片を2つに分け、溶媒、ω-conotoxin GVIAの前投薬を行い、投薬
前後で経壁電気刺激誘発収縮反応への影響を検討した。また、この残りのラッ
トの排尿筋条片に関しては後述の通り更に薬剤を投与して経壁電気刺激誘発収
縮反応への影響を検討した。
3-2-1
各種(L型、T型、N型)サブタイプ選択的カルシウムイオンチャン
ネル阻害薬の効果
溶媒前投薬群における、SHAM群・BOO群間の電気刺激誘発収縮反応を比較
した。各条片の個体差を補正するため、KCl 62mMのクレブス液による収縮を
100%として補正した。BOO群の排尿筋条片は、SHAM群の排尿筋条片と比較し、
すべての周波数の刺激において経壁電気刺激誘発収縮反応が抑制されていた(図
30)。
70
各薬剤投与群と溶媒群との経壁電気刺激誘発収縮反応の変化について比較検
討した。各条片の個体差を補正するため、各群とも薬剤投与前の20Hzでの経壁
経壁電気刺激誘発収縮反応を100%として補正した。SHAM群ではnifedipine前
投与群のみが、経壁電気刺激誘発収縮反応を抑制していた。BOO群では
nifedipine前投与群に加え、ω-conotoxin GVIA前投与群においても、経壁電気刺
激誘発収縮反応を抑制していた。他方、RQ 000311610前投薬群はSHAM群およ
びBOO群のいずれにおいても電気刺激誘発収縮反応を抑制しなかった(図31)。
71
図30
高カリウムクレブス液による収縮で補正したBOO群およびSHAM群の排尿筋条
片の電気刺激誘発収縮反応。BOO群の排尿筋条片はSHAM群に比べ、電気刺激
誘発収縮反応が抑制されている。平均±標準誤差で表示。
72
図31
前投薬前の20Hzでの収縮を100%としたBOO群およびSHAM群の排尿筋条片の
経壁電気刺激誘発収縮反応。SHAM群ではnifedipine前投与群のみが経壁電気刺
激誘発収縮反応を抑制した。BOO群ではnifedipine前投与群に加え、ω-conotoxin
GVIA前投与群でも経壁電気刺激誘発収縮反応を抑制した。平均±標準誤差で表
示。
73
3-2-2
下部尿路閉塞(BOO)群と偽手術群(SHAM)群との間でのコリン
作動性成分およびプリン作動性成分の相違
先述した残りのSHAMラット6匹およびBOOラット6匹に関しては、溶媒、
ω-conotoxin GVIAの前投薬を行い、投薬前後で経壁電気刺激誘発収縮反応への
影響を検討した後に、アトロピン投与による経壁電気刺激誘発収縮反応への影
響を検討した。さらに、α,β-Methylene-ATP反復投与によって脱感作後に電気
刺激誘発収縮反応への影響を検討した。さらに、テトロドトキシン投与に経壁
電気刺激誘発収縮反応への影響を検討した。経壁電気刺激誘発収縮反応のうち、
アトロピン投薬によって抑制される成分をコリン作動性成分とみなし、
α,β-Methylene-ATP反復投与による脱感作後に抑制される成分をプリン作動性
成分とした。さらに、テトロドトキシン投薬によって抑制される成分を非コリ
ン非プリン作動性成分とし、テトロドトキシン投与後でも残存する成分をテト
ロドトキシン抵抗性成分とした。
SHAM群およびBOO群の排尿筋条片の各作動性成分を各条片の個体差を補正す
るため、KCl 62mMのクレブス液による収縮を100%として補正した。すべての
周波数において、BOO群はSHAM群に比較してプリン作動性成分が有意に少な
く、コリン作動性成分については増加傾向が見られたが、有意差を認めなかっ
た(図32)。また、各作動性成分比率を比較するため、溶媒、およびω-conotoxin
74
GVIA投与前の各周波数における電気刺激誘発収縮反応を100%とし、比較検討
した。溶媒投与群でのBOO群の排尿筋条片での経壁電気刺激誘発収縮反応に関
しては、SHAM群の排尿筋条片と比較し、コリン作動性成分が5, 10Hzにおいて
有意に多く、プリン作動性成分が有意に少なかった(図33)。
3-2-3
コリン作動性およびプリン作動性成分に対する選択的N型カル
シウムイオンチャンネル阻害薬の効果
選択的N型カルシウムイオンチャンネル阻害薬の効果を検討するため、
SHAM群およびBOO群のコリン作動性成分およびプリン作動性成分の比率につ
いて溶媒前投与群とω-conotoxin GVIA前投与群で比較検討を行った(図32)。
SHAM群の排尿筋条片にはω-conotoxin GVIAの収縮抑制効果は見られなかった
が、BOO群の排尿筋条片にはω-conotoxin GVIAの収縮抑制効果が認められた。
また、ω-conotoxin GVIAの収縮抑制効果に伴い、BOO群ではSHAM群に比較し
て増加していたコリン作動性成分が10Hzの刺激において減少した。
75
図 32
SHAM 群および BOO 群の排尿筋条片の経壁電気刺激誘発収縮反応における各
作動性成分。すべての周波数の刺激において、BOO 群では SHAM 群と比較し
てプリン作動性成分が有意に少なく、コリン作動性成分については多い傾向が
あるが、有意差はなかった。
76
図33
SHAM群(上段)およびBOO群(下段)の排尿筋条片の経壁電気刺激誘発収縮反応
における各作動性成分比率のvehicleおよびω-conotoxin GVIA投与による変化。
BOO群はSHAM群と比較し、5, 10Hzの刺激においてコリン作動性成分が多く、
プリン作動成分が有意に少ない。SHAM群ではω-conotoxin GVIA投与により、
各作動性成分比率に変化はなかったが、BOO群では10Hzの刺激においてコリン
作動性成分が有意に減少した。
CTX: ω-conotoxin GVIA
77
3-4
弛緩反応実験
SHAMラット14匹およびBOOラット14匹から排尿筋条片を採取した。そのう
ち、SHAMラット8匹およびBOOラット8匹に関して、同一ラットから採取した
条片を4つに分け、対照群、nifedipine, NNC 55-0396, RQ 000311610のそれぞ
れ累積投与を行い、弛緩反応を検討した。残りのSHAMラット6匹およびBOO
ラット6匹に関しては、対照群、NNC 55-0396, ω-conotoxin GVIAのそれぞれ累
積投与を行い、弛緩反応を検討した。各条片の個体差を補正するため、フォル
スコリンによる弛緩を-100%とし、補正した。
SHAM群の排尿筋条片では、nifedipineのみで弛緩作用を認めた。一方、BOO
群の排尿筋条片では、nifedipineの他に、NNC 55-0396, ω-conotoxin GVIAの累
積投与群でも弛緩作用を認めた(図34)。RQ 00311610も10-4Mの濃度で弛緩作用
を認めた。
78
図34
SHAM群およびBOO群の各薬剤累積投与による弛緩反応。フォルスコリンに
よる弛緩を-100%とした。SHAM群ではnifedipineのみが弛緩効果を有したが、
BOO群ではnifedipineに加え、NNC 55-0396およびω-conotoxin GVIAでも弛緩
効果を認めた。
79
考察
本研究では、T型およびN型カルシウムイオンチャンネルの膀胱機能における
役割、並びに下部尿路閉塞による膀胱機能障害におけるこれらのカルシウムイ
オンチャンネルの関与を、下部尿路部分閉塞ラットおよびその対照群を用いて
検討した。さらにこれらのカルシウムイオンチャンネル阻害薬が下部尿路閉塞
に伴う過活動膀胱の新規治療薬の候補になりうるかどうか、その可能性も併せ
て検討した。
1.
下部尿路閉塞ラットの in vivo および in vitro での特徴的所見
膀胱内圧測定では、BOO 群は SHAM 群と比較し、膀胱重量、一回排尿量、
膀胱容量、膀胱コンプライアンス、non-voiding contractions の数および振幅が
増加した。下部尿路閉塞により、排尿筋肥厚[44-46]となり、膀胱重量が増大し
た。また、膀胱壁内の膠原線維の割合が減少[127]し、膀胱コンプライアンスが
増加した。膀胱重量の増加および膀胱コンプライアンスの増加に伴い、膀胱容
量も増大したと考えられる。本研究で用いた BOO ラットは膀胱内圧測定を行う
2 日前に尿道結紮糸を除去した。その時点で閉塞が解除されており、過去の報告
[62, 63]にあるような排尿閾値圧、最大排尿圧の増加は認められず、一回排尿量
が大幅に増加した。また、同様の理由で残尿量も BOO ラットで 0.5ml 程度と閉
塞を残したままの過去の報告[62, 63]と比較して少なく、閉塞を解除した過去の
80
報告[61]と同様だった。閉塞が解除されていても、BOO ラットでは SHAM ラッ
トに見られない non-voiding contractions が認められ、排尿筋過活動の状態と
なっていた。過去の報告[119]では、雌性 Sprague-Dawley ラットに下部尿路閉
塞を作成し、閉塞作成 2 週間後に、閉塞解除を行いその後 1 週間経過しても排
尿筋過活動が減少しつつも残存したとある。本実験例では、同種同性のラット
を使用し、閉塞期間が 6 週間と長く、閉塞解除後の期間が短いため、残尿を高
度に増加させることなく、non-voiding contractions が発生したものと考える。
下部尿路閉塞により除神経が起こることが報告されているように[54, 55]、
BOO群では電気刺激誘発収縮反応が低下していた。一方、SHAM群およびBOO
群間のカルバコール誘発収縮反応に差が見られなかった。以上の結果より
partial denervationをきたしたが、それに伴うpostsynaptic supersensitivityは
生じていないものと考える。過去の報告でも、動物種によって差があり、ラッ
トでは下部尿路閉塞によってムスカリン受容体刺激による収縮反応は変化しな
いと報告されている[51, 67]。さらに、このBOOラットにおいて低下していた
経壁電気刺激誘発収縮反応を各作動性成分別に検討したところ、プリン作動性
成分が選択的に有意に減少しており、コリン作動性成分については有意な変化
ではなかったがむしろ増加傾向にあった。本実験結果と同様に、下部尿路閉塞
ラットにおいて、コリン作動性成分の比率が増加し、プリン作動性成分の比率
81
が低下していたとの報告がある[128]。この報告例では、partial denervationを
起こしていなかったが、閉塞期間が3週間と短かったことが影響したのかもしれ
ない。本実験におけるSHAMラットのコリン作動成分の比率は11-15%であり、
偽手術ラットでコリン作動成分の比率が24-56%であるとしたBanksらの報告
[128]と健常ラットで15-33%であるとした報告[129]と比べて少なかった。ヒト
膀胱においては長時間の電気刺激によりATPを含む非コリン性神経伝達物質が
枯渇し、非コリン作動成分が減少するとの報告[130]がある。本実験では電圧が
10Vに対してBanksらの報告では100V、刺激時間が本実験では5秒に対して
Banksらの報告では20秒とBanksらの報告では電気刺激電圧が高く、刺激時間
が長いことから、神経終末から遊離されるATPを含む非コリン性神経伝達物質
がより枯渇し易く、プリン作動性成分を過小評価した可能性がある。これらの
結果から、ラットにおいては、下部尿路閉塞による膀胱遠心性神経の障害は、
プリン作動性神経により強く現れ、コリン作動性神経の障害はあっても軽微で、
プリン作動性神経の障害を補うようにむしろコリン作動性神経を介する排尿筋
収縮は増強するものと考える。
下部尿路閉塞により、経壁電気刺激による排尿筋収縮が減少したが、最大排
尿圧は有意な変化が見られなかった。この理由としては、排尿筋収縮力の低下
は排尿時の膀胱収縮圧には影響を及ぼさない程度の軽微なものであったか、も
82
しくは、排尿時の排尿筋収縮は減少したが、排尿時の排出路の抵抗も同時に低
下して、その結果、最大排尿圧に変化が生じなかった可能性がある。また、下
部尿路閉塞によりコリン作動性神経を介する排尿筋収縮の増強がBOOラットに
おいてnon-voiding contractionsを発生させた可能性があるが、過去の報告では、
アトロピン動脈内投与で、下部尿路閉塞ラットのnon-voiding contractionsは減
少しなかった[68]との報告もあり、今後のさらなる検討が必要である。
本研究では Mattiasson A らの方法[58, 60]に準じて BOO ラットを作成した
が、閉塞が高度であるためかヒト男性前立腺肥大症の患者の臨床像と異なり、
膀胱容量が極端に増加した。本研究での BOO ラットの特性が実臨床とかけ離れ
ているところもあるが、背景となる排尿筋過活動が BOO ラットにおいて発生し
ている。過活動膀胱は症状症候群であり、その病因が特定できない特発性のも
のが最も多く、本実験モデルでの知見が特発性の過活動膀胱の病態解明に寄与
するものと考える。
83
2. T型カルシウムイオンチャンネルの膀胱機能における役割
2-1 健常ラットの膀胱機能におけるT型カルシウムイオンチャンネルの役割
選択的T型カルシウムイオンチャンネル阻害薬RQ 00311610の静脈内投与は、
SHAMラットの最大排尿圧は有意に低下させたが、その他の膀胱内圧パラメー
タには影響しなかった。SHAMラットの排尿筋条片を用いた摘出膀胱機能実験
では、RQ 000311610は、カルバコール誘発収縮反応、経壁電気刺激誘発収縮反
応に影響を与えず、累積投与によっても弛緩効果を認めなかった。したがって、
T型カルシウムイオンチャンネルは、健常ラット排尿筋の張力調節には直接的に
は関与しないことが考えられる。これは、健常ラット[103]、ヒト[105, 131]、
ブタ[132]のムスカリン受容体を介する排尿筋収縮にはT型カルシウムイオンは
関与しないとの報告に合致する。以上から、RQ 000311610投与後に膀胱内圧測
定で認められた最大排尿圧の低下は排尿時の排尿筋収縮の低下によるとは考え
がたく、排尿時の排出路の抵抗を増強して生じた可能性がある。この点につい
ては、今後、T型カルシウムイオンチャンネルの排出路における役割を検討する
必要がある。
2-2
下部尿路閉塞ラットの膀胱機能障害における T 型カルシウムイ
オンチャンネルの役割
選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬 RQ 00311610 の静脈内投与は、
BOO ラットにおいては、膀胱容量および一回排尿量の増加を認めたが、
84
non-voiding contractions の数や振幅は薬剤投与前後で有意な変化を認めな
かった。また、BOO ラットの膀胱コンプライアンスも薬剤投与前後で有意な変
化を認めなかった。
BOO ラットの排尿筋条片を用いた摘出膀胱機能実験では、RQ 000311610 は、
カルバコール誘発収縮反応実験、経壁電気刺激誘発収縮反応実験に影響を与え
なかった。RQ 000311610 は、10-4M の濃度で初めて BOO ラットの排尿筋条片
に弛緩効果を示した。この弛緩効果は、表 3 から考えると、RQ 000311610 が L
型および N 型カルシウムイオンチャンネルを含めて非特異的に作用して発生し
たものと考える。
以上より T 型カルシウムイオンチャンネルは、その発現が増加していても下
部尿路閉塞ラット排尿筋の張力調節には直接的には関与しないことが考えられ
る。新生児ラットのムスカリン受容体を介する排尿筋収縮には T 型カルシウム
イオンチャンネルが関与[103]するとの報告があるが、下部尿路閉塞ラットにお
いて T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬を投与して、膀胱内圧及び排尿筋
条片の張力への影響を検討した報告は調べた限りなかった。
本実験では、RQ 00311610 の静脈内投与により、BOO ラットの膀胱容量、
一回排尿量が増加した。一方、RQ 00311610 投与により、BOO ラットでは血
圧が低下したが、その低下は 7mmHg 程度であり、膀胱内圧パラメータに対す
85
る影響は少ないと考える。
T 型カルシウムイオンチャンネルの発現は、BOO ラットの膀胱尿路上皮にお
いて、Cav 3.3 サブユニットが有意に増大した。膀胱の伸展刺激に伴い尿路上皮
から ATP が放出[133]されることが知られており、膀胱求心性神経には ATP の
受容体である P2X3 受容体が発現[134, 135]し、求心性神経活動を惹起する[136,
137]と考えられている。さらに、下部尿路閉塞患者の膀胱から採取した尿路上
皮培養細胞では、ATP の放出が増強していることが報告されている[40]。した
がって、BOO ラットの膀胱尿路上皮では T 型カルシウムイオンチャンネルは
Cav3.3 サブユニットのみ発現が増加したが、増加した T 型カルシウムイオン
チャンネルが尿路上皮からの ATP を初めとする促進性メディエータの放出亢進
を介して、BOO ラットの膀胱伸展刺激受容求心性神経活動の促進に寄与する可
能性がある。マイクロダイアライシス法[138]で、BOO ラットの膀胱尿路上皮
から放出される物質が同定され、選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害
薬投与での影響が検討できれば、T 型カルシウムイオンチャンネルの膀胱尿路上
皮における求心性神経活動の調節への関与が解明できる可能性がある。
摘出膀胱機能実験においては、RQ 00311610 が BOO ラットの排尿筋張力に
影響を与えなかったことを考えると、RQ 00311610 による BOO ラットの膀胱
容量増大効果は、排尿筋への直接作用によるとは考えにくい。したがって、RQ
86
00311610 の作用点としては、膀胱求心性神経伝達経路のいずれかの部位である
可能性が高い。リアルタイム RT-PCR の結果では、BOO ラットの L6 の後根神
経節および L6 の脊髄後角において、SHAM ラットと比べて有意な変化を認め
なかった。しかし、培養細胞を用いた実験でも mRNA レベルでの T 型カルシウ
ムイオンチャンネルの発現量とカルシウムイオンチャンネルの流入に乖離が見
られた[139]との報告がある。したがって、下部尿路閉塞ラットの膀胱求心路に
おいては、T 型カルシウムイオンチャンネルを介する活性化が生じており、RQ
00311610 投与によって、T 型カルシウムイオンチャンネルを抑制すると、膀胱
求心性神経活動が抑制され、一回排尿量・膀胱容量が増加した可能性は否定出
来ない。求心性神経活動電位を測定[140]することで、選択的 T 型カルシウムイ
オンチャンネル阻害薬の膀胱求心性神経への効果を検討する必要がある。T 型カ
ルシウムイオンチャンネルは BOO ラットの膀胱平滑筋層において、Cav 3.1,
Cav 3.2 サブユニットの発現量が増加していたが、摘出膀胱機能実験および膀胱
内圧測定の結果から T 型カルシウムイオンチャンネルは健常および下部尿路閉
塞ラットの排尿筋の張力調節への関与は否定的と思われた。また、選択的 T 型
カルシウムイオンチャンネル阻害薬である RQ 00311610 の静脈内投与が BOO
ラットの non-voiding contractions を抑制しなかったことから、BOO における
non-voiding contractions の発生には、T 型カルシウムイオンチャンネルは直接
87
的には関与しないものと考える。
心不全モデルの心臓の横紋筋では、T 型カルシウムイオンチャンネルの発現が
増加する[99]。T 型カルシウムイオンチャンネルの knock out mouse では、横
紋筋肥厚が認められない[141]。それから類推すると、下部尿路閉塞によって排
尿筋肥厚が認められるが、その肥厚形成に T 型カルシウムイオンチャンネルが
関与する可能性がある。その可能性を検証するには、今後、T 型カルシウムイオ
ンチャンネル阻害薬の長期投与が、下部尿路閉塞による排尿筋肥厚を抑制しう
るか否かを検討する必要がある。
T 型カルシウムイオンチャンネルの mRNA での発現とそのチャンネルを介し
たカルシウムイオンの流入の変化には乖離がある[139]。T 型カルシウムイオン
に関しては、Western blotting 法などで使用出来る特異度の高い抗体が市販さ
れておらず、今回はリアルタイム RT-PCR 法で mRNA の発現を検討した。今後、
下部尿路閉塞ラットから採取した平滑筋などの培養細胞を用いて、patch clamp
法でカルシウムイオンの流入を検討する必要がある。
88
3.
N型カルシウムイオンチャンネルの膀胱機能における役割
3-1 健常ラットの膀胱機能における N 型カルシウムイオンチャンネ
ルの役割
選択的 N 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬 ω-conotoxin GVIA の静脈内
投与は、SHAM ラットの最大排尿圧を有意に低下させたが、その他の膀胱内圧
パラメータに影響を与えなかった。一方、ω-conotoxin GVIA 投与により、SHAM
ラットの血圧は有意に低下した。覚醒下健常ラットにおいては ω-conotoxin
GVIA
10μg/kg 静脈内投与した場合に血圧が有意に低下[126]しており、本実
験では投与量を 3μg/kg に減少量して行った。ω-conotoxin GVIA は血管平滑筋
の神経終末においてノルアドレナリンの放出を抑制[142]し、降圧効果を持つこ
とが知られている。
SHAM ラットの排尿筋条片を用いた摘出膀胱機能実験では、ω-conotoxin
GVIA は、カルバコール誘発収縮反応、経壁電気刺激誘発収縮反応に影響を与え
ず、累積投与によっても弛緩効果を認めなかった。以上より N 型カルシウムイ
オンチャンネルは、健常ラット排尿筋の張力調節には直接的には関与しないこ
とが考えられる。
本実験の SHAM ラットでは ω-conotoxin GVIA の前投薬は経壁電気刺激誘発
収縮反応を抑制しなかった。また、SHAM ラットでは ω-conotoxin GVIA 投与
によってはコリン作動性成分・プリン作動成分の割合に変化がなかった。一方、
89
健常ウサギ[143]、ラット[115, 116]の膀胱標本を用いた過去の報告では、
ω-conotoxin GVIA は経壁電気刺激誘発収縮反応を抑制した。Maggi は、0.1Hz
と低周波だが、60V の高圧で経壁電気刺激で行い、ω-conotoxin GVIA が収縮反
応を抑制した[116]と報告している。また、Somogyi らは、20Hz の周波数で経
壁電気刺激を行なっているが、ω-conotoxin GVIA 前投薬後の 10 回の電気刺激
で経壁電気刺激誘発収縮反応は抑制されずに、80 回の電気刺激で経壁電気刺激
誘発収縮反応が抑制された[115]と報告している。ヒト膀胱と同様に[130]、高
電圧および長期間の経壁電気刺激により報告例の非コリン作動性成分が減少し、
相対的にコリン作動性成分が増加したため ω-conotoxin GVIA 前投薬によって
経壁電気収縮反応が抑制された可能性がある。SHAM ラットにおいて、
ω-conotoxin GVIA によって最大排尿圧が有意に低下した理由は明らかではない
が、排尿筋機能実験では排尿筋への直接作用は否定的であったことから、尿道
平滑筋など排出路に作用した可能性や、循環動態への影響が最大排尿圧への低
下に間接的に寄与した可能性があり、今後の検討が必要である。
3-2 下部尿路閉塞ラットの膀胱機能障害における N 型カルシウムイオンチャ
ンネルの役割
BOO ラットの排尿筋条片においては、選択的 L 型カルシウムチャンネル阻害
90
薬である nifedipine の他に、選択的 N 型カルシウム阻害薬である ω-conotoxin
GVIA 前投薬によっても経壁電気刺激誘発収縮反応は抑制された。この抑制効果
は、特にコリン作動性成分に対して顕著であった。一方、前述したように、BOO
ラットの排尿筋では、経壁電気刺激誘発収縮反応自体が減弱し、特にプリン作
動性収縮成分が選択的に抑制され、コリン作動性成分が相対的に増加する傾向
が認められた。また、ω-conotoxin GVIA 投与はカルバコール誘発収縮反応を抑
制しなかった。以上の結果から、BOO ラットの膀胱においては、プリン作動性
収縮を主体とした収縮不全が生じ、それを補うために、N 型カルシウムイオン
チャンネルを介したコリン作動性収縮を維持する機構が存在することが示唆さ
れた。膀胱副交感神経節後神経終末には N 型カルシウムイオンチャンネルが存
在することが知られている[115, 116]。また、ラットの小腸[144]および膀胱
[115]では ω-conotoxin GVIA 投与によって N 型カルシウムイオンチャンネルを
阻害すると、副交感神経節後神経終末からのアセチルコリンの放出が抑制され
ることが報告されている。したがって、この膀胱副交感神経節後神経終末に存
在する N 型カルシウムイオンチャンネルが、下部尿路閉塞によって活性化され
ており、同神経終末からのアセチルコリンの放出を促進していると推測する。
下部尿路閉塞によって、膀胱筋層において発現が増強していた N 型カルシウム
イオンチャンネルは、コリン作動性神経終末に局在する N 型カルシウムイオン
91
チャンネルの増加を反映しているのかも知れないが、今後の検討が必要と考え
る。他方、カルバコール誘発収縮反応に ω-conotoxin GVIA 前投薬が影響しな
かったことを踏まえると、N 型カルシウムイオンチャンネルはムスカリン受容
体の機能亢進に関与しないと考える。
弛緩反応実験においては、BOO ラットの排尿筋条片は、NNC 55-0396 およ
び ω-conotoxin GVIA によっても用量依存性に弛緩反応を示した。NNC 55-0396
は、一般に選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬とされているが、N
型カルシウムイオンチャンネルにも比較的選択性を持つ(表 3)。BOO ラットに
おいて、選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬の RQ 00311610 には弛
緩効果がなく、NNC 55-0396 および ω-conotoxin GVIA において弛緩効果を認
めたのは NNC 55-0396 が N 型カルシウムイオンチャンネルに作用しているこ
とが示唆される。N 型カルシウムチャンネルは主に神経終末に存在するが、平
滑筋細胞にも存在することが報告されている[114]。その報告では平滑筋での N
型カルシウムイオンチャンネルの役割については明らかにならなかったが、下
部尿路閉塞により膀胱平滑筋の N 型カルシウムイオンチャンネルの機能が亢進
し、ω-conotoxin GVIA および NNC 55-0396 により N 型カルシウムイオンが阻
害され、平滑筋細胞内へのカルシウムイオンの流入が低下し弛緩反応が促進さ
れた可能性がある。下部尿路閉塞膀胱の平滑筋細胞における N 型カルシウムイ
92
オンチャンネルの作用を検討するため、下部尿路閉塞ラットから採取した排尿
筋細胞を用いて弛緩反応実験を行う必要があると考える。
ω-conotoxin GVIAの静脈内投与は、BOOラットの膀胱内圧パラメータのうち
non-voiding contractionsの数のみを減少させた。non-voiding contractionsの発
生に、N型カルシウムイオンチャンネルを介した膀胱副交感神経終末からのアセ
チルコリンの放出亢進が関与している可能性がある。過去の報告では、アトロ
ピン動脈内投与で、下部尿路閉塞ラットのnon-voiding contractionsは減少しな
かった[68]との報告もあり、今後の検討が必要である。本研究でのω-conotoxin
GVIAと同様に交感神経β3受容体刺激薬[72]や4型ホスホジエステラーゼ阻害薬
[73, 74]は、下部尿路閉塞ラットのnon-voiding contractionsを抑制するが、同
時に排尿筋弛緩を引き起こす[77, 78]。ω-conotoxin GVIA もこれらの薬剤と同
様に、BOOラットの排尿筋を弛緩し、non-voiding contractionsを抑制した。排
尿筋弛緩とnon-voiding contractionsの発生に関連がある可能性があり、今後の
検討が必要である。
ω-conotoxin GVIA 投与により BOO ラットにおいて血圧が有意に低下した。
血圧低下が BOO ラットの non-voiding contractions の数の減少に影響を与えた
可能性は否定できない。
本研究では T 型および N 型カルシウムイオンチャンネルの knock out マウス
93
を用いての検討は行わなかった。マウスを用いて in vivo での膀胱内圧測定が困
難であることも理由の一つだが、下部尿路閉塞モデルに対する薬剤の効果の検
討が将来の創薬も含めた臨床応用につながると考え、knock out マウスは用いず、
in vivo での膀胱内圧測定のデータが過去に豊富にある雌性 Sprague-Dawley
ラットに選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬と選択的 N 型カルシウ
ムイオンチャンネル阻害薬の静脈内投与を行い検討した。
選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬はその他の膀胱内圧パラメー
タに影響を与えず、BOO ラットの膀胱容量を増大させた。また、選択的 N 型カ
ルシウムイオンチャンネル阻害薬はその他の膀胱内圧パラメータに影響を与え
ず、BOO ラットの non-voiding contractions の数を減少させた。両者ともにと
もに下部尿路閉塞による膀胱蓄尿機能障害の一部を改善する効果があることが
示唆された。両者の改善効果が異なることから、併用による相乗効果も期待で
きる。少量での併用投与での in vivo での膀胱内圧測定での効果を検討する必要
がある。本研究の結果が併用投与を含めた将来的な臨床応用に寄与することが
期待できる。現状では、L 型/T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬として
azelnidipine が、また L 型/N 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬として
cilnidipine が降圧剤として使用されている。かつて、選択的 T 型カルシウムイ
オンチャンネル阻害薬 mibefradil が抗不整脈薬として市販されていたが、横紋
94
筋融解症を引き起こし[145]、市販中止となった。また、選択的 N 型カルシウム
イオンチャンネル阻害薬 ziconotide は疼痛治療薬として海外では認可されてい
る。本実験では ω-conotoxin GVIA 投与により血圧低下を認めた。より臓器選択
性が高く、毒性の少ない創薬が期待される。
95
結論
選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬は、下部尿路閉塞ラットの膀
胱張力に影響を与えずに、膀胱容量を増大させたことから、T 型カルシウムイオ
ンチャンネルの効果発現には膀胱排尿筋への直接作用以外の機序が関与するこ
とが示唆された。T 型カルシウムイオンチャンネルは下部尿路閉塞ラットの膀胱
伸展刺激に対する求心性神経活動の促進に関与することが示唆され、今後は、
膀胱尿路上皮、膀胱求心性神経における T 型カルシウムイオンチャンネルの機
能的意義について解明する必要がある。
N 型カルシウムイオンチャンネルは、膀胱壁内に分布するコリン作動性神経
の神経終末でアセチルコリンの放出を促進することで下部尿路閉塞に伴う膀胱
機能障害の発現に関与する可能性が示唆された。このアセチルコリンの放出の
亢進が、下部尿路閉塞における排尿筋過活動を引き起こす可能性があるが、排
尿筋に直接作用し、排尿筋過活動を引き起こす可能性も否定できない。排尿筋
過活動の発生機序についてさらなる解明が求められる。
選択的 T 型カルシウムイオンチャンネル阻害薬と選択的 N 型カルシウムイオ
ンチャンネルはともに下部尿路閉塞による膀胱蓄尿機能障害を改善する効果が
96
あることが示唆された。両者の改善効果が異なることから、併用投与も含めた
将来的な臨床応用が期待される。
97
謝辞
本研究をまとめるにあたりご指導ご鞭撻を賜りました、指導教官である東京
大学大学院医学系研究科泌尿器外科学講座の本間之夫教授に深謝申し上げます。
また本研究を遂行するにあたり、研究の基礎から丁寧にご指導いただきました
東京大学大学院医学系研究科コンチネンス医学講座の井川靖彦特任教授に深謝
申し上げます。そして、本実験の立ち上げから実験手技までご指導いただきま
した、東京大学大学院医学系研究科コンチネンス医学講座の相澤直樹特任助教、
また、本研究においてRQ 00311610を提供していただきました、ラクオリア創
薬株式会社に心より感謝申し上げます。
最後に、日々の研究生活において様々な面で御指導御協力頂いた東京大学大
学院医学系研究科泌尿器外科学講座、東京大学大学院医学系研究科コンチネン
ス医学講座並びに東京大学医学部旧第二内科202研究室の皆様に感謝いたし
ます。
98
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