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製造物責任法に基づく 損害賠償の範囲
法 律 知 識 誌上法学講座 【製造物責任法(PL法)を学ぶ】 第8回 朝見 行弘 弁護士 久留米大学法科大学院教授 製造物責任法に基づく 損害賠償の範囲 ドイツ民法における完全賠償原則を前提として 損害賠償の範囲 不法行為責任の賠償範囲をフランス民法におけ る制限賠償原則を承継した民法416条と結びつ 損害賠償の範囲について、製造物責任法は、 製造物の欠陥に起因する損害が欠陥製造物自体 けていることなど、強い批判があった*3。そこ にとどまり、拡大損害が生じていない場合その で、近時においては、これまで「相当因果関係」 欠陥製造物自体に生じた本体損害は賠償範囲に という概念において取り扱われてきた問題を、 含まれないことを規定する以外、特段の規定を 事実的因果関係、保護範囲(賠償範囲) 、損害の 設けていない(法3条ただし書) 。そして、製造 金銭的評価という3つの側面に区別し、賠償範 物責任法が、民法の特別法として、製造物責任 囲の画定基準として「義務射程」という考え方を に関する不法行為責任の特則を定めるものであ 用いる保護範囲説が有力に主張されている*4。 ることから、製造物責任法に特段の定めがない すなわち、保護範囲説は、故意による不法行為 事項については民法の規定が適用され、製造物 については事実的因果関係が認められるすべて 責任法に基づく製造物責任の賠償範囲は、民法 の損害を、過失による不法行為については過失 上の不法行為責任に関して用いられてきた基準 の存否を判断する基準としての行為義務(予見 に従って画定することになる。 可能性を前提とする予見義務と結果回避義務) 従来、民法上の不法行為責任については、いわ の及ぶ範囲である「義務射程」に含まれる損害 ゆる相当因果関係説によってその賠償範囲を画 をもって、それぞれその賠償範囲としてとらえ 定しようとする考え方が通説であり、判例もこ ている。賠償範囲の画定基準をめぐっては、こ の立場をとってきたといえる*1。相当因果関係 れらのほかにも、賠償対象となる第一次損害と 説は、不法行為責任についても契約責任に関す それから生じる後続損害を区別して基準を定立 る規定である民法416条を類推適用し、通常生 しようとする危険性関連説*5などが主張されて ずべき損害および予見可能な特別損害をもって いるが、ここでは、これら学説上の議論につい その賠償範囲としてとらえている。しかし、相 てこれ以上立ち入ることを避け、製造物責任法 当因果関係説に対しては、特定の債権債務関係 の適用における問題を検討する。 のない当事者間において問題となる不法行為責 任について、民法416条2項の規定するような 事業上の損害 当事者の予見可能性を基準として賠償範囲を画 定することは妥当性を欠くものであること*2、 33 民法上の不法行為責任については、その対象 2013 2 国 民 生 活 法 律 知 識 となる損害が事業上の損害であっても、 「相当因 人身損害 果関係」あるいは「保護範囲」に含まれる限り、 賠償範囲に含まれることに異論はない。 しかし、 製造物責任法は、 「他人の生命、身体又は財産 製造物責任法に基づく損害賠償の範囲に事業上 を侵害した」 (法3条)ことによって生じた損害 の損害を含めることについては、国際競争にお を賠償すべきものと規定しており、製造物の欠 いてわが国の製造業者が不利益を受けること、 陥によって人が死亡し、あるいは傷害を被った 消費者保護法としての製造物責任法の性格を損 ことに起因する損害がその賠償範囲に含まれる なうものであることなどを理由として、その立 ことは明らかである。そして、これらの人身損 法段階から強い批判が加えられていた*6。 害に関する賠償範囲については、民法上の不法 ばくだい 事業上の損害は、その損害額が莫大なものと 行為責任と同様、 「相当因果関係」あるいは「保 なる可能性があり、そのような費用を製品価格 護範囲」などに従って画定すべきことになる。 への転嫁によって一般消費者に負担させること ただし、人の生命や身体に対する有形的な侵 には疑問がある。しかし、例えば、産業機械の 害が生じていない場合においては、 「他人の生命、 欠陥に起因して工場が焼失した場合、工場の経 身体又は財産を侵害した」 (法3条)ものという 営者は産業機械の消費者であり、消費者被害と ことができず、精神的損害(慰謝料)のみの賠 事業上の損害との区別が困難であることも否定 償は認められないものと解されている*9。 できない。 製造物責任法は、 製造物の欠陥に起因する 「被 物的損害 害者」の救済を図ることをもってその目的と規 き そん 定しており(法1条) 、消費者法ではなく民法上 物の滅失や毀損といった物に対する有形的な の不法行為責任の特則として性格づけられてい 侵害による損害についても、製造物責任法に基づ ることから、事業上の損害であっても、その対 く損害賠償の範囲に含まれることに争いはない。 象となる損害賠償の範囲に含まれるものといわ しかし、製造物責任法は、製造物の欠陥に起因 ざるを得ないであろう。裁判例においても、カ する損害により拡大損害が生じていない場合に はんよう ーオーディオ製品に組み込まれた汎用品である おいて、その本体損害(欠陥製造物そのものに生 FTスイッチの欠陥によって当該カーオーディオ じた損害)をその賠償責任の対象から除外して 製品の製造業者が被ったスイッチの交換費用お いる(法3条ただし書) 。拡大損害が生じていな よび当該欠陥に起因する不具合の修理に要した い場合における本体損害が製造物責任法の賠償 費用という事業上の損害について、当該FTスイ 範囲から除外された理由としては、①沿革的に ッチの製造業者に製造物責任法に基づく賠償責 みて製造物責任は拡大損害の填補を目的として 任を認めた事例*7、ボツリヌス菌の混入した瓶 生成発展してきたこと、②製造物責任と瑕疵担 詰オリーブによって生じた食中毒事故について、 保責任や債務不履行責任との性質の差異に基づ 当該瓶詰オリーブを用いた料理を提供したレス く制度の機能分担のあり方として合理性がある トランが被った営業停止命令に基づく8日間の こと、③欠陥製造物そのものの損害と欠陥に至 休業による営業損害および食中毒事故の発生に らない品質上の瑕疵の区別が困難な場合が多く、 よる事業活動上の信用損害について、当該瓶詰 品質上の瑕疵に関する不当なクレームによる濫 オリーブの輸入業者に製造物責任法に基づく賠 用のおそれがあることが挙げられている*10。そ 償責任を認めた事例*8などがみられる。 して、拡大損害が生じた場合には、拡大損害に てん ぽ か し らん よう 34 2013 2 国 民 生 活 法 律 知 識 ついて製造物責任法により、本体損害について この損害は消費者個人よりも企業にとって大き 民法上の不法行為責任や契約責任により、それ な意味をもっていること、これを認めると損害 ぞれ異なった責任要件によって処理しなければ の範囲が無限定に拡大するおそれがあることか ならず、被害者の負担が過大になるおそれがあ ら、賠償すべき損害の範囲に含めることは適当 ることから、本体損害についても製造物責任法 でないと考えられる」*12として、純粋経済損害 を適用するものとされたのである。 を無過失責任としての製造物責任における保護 製造物に組み込まれた原材料や部品の欠陥に 法益から除外すべきであるとする考え方が示さ 起因して最終製品に損害が生じた場合、原材料 れていた。しかし、製造物責任法において、純粋 や部品の製造業者にとって最終製品に生じた損 経済損害をその損害賠償の範囲から除外する旨 害は拡大損害であり、当該製造業者は、最終製品 の規定は設けられておらず、民法上の不法行為 以外への拡大損害が生じていないとしても、最 責任に関する従来の解釈に従い法的保護に値す 終製品本体について生じた損害について製造物 る財産的利益の侵害であるかぎり、純粋経済損 責任法に基づく賠償責任を負うことになる。し 害も賠償範囲に含まれることになると解される。 かし、最終製品の製造業者にとって最終製品に 生じた損害は本体損害であり、 当該製造業者は、 懲罰的賠償 最終製品以外への拡大損害が生じていない限り、 製造物責任法に基づく賠償責任を負うことはな 製造物責任法の立法段階においては、 「生命、 い。このような場合、原材料や部品の製造業者に 身体または財産の安全性の確保または損害の拡 対し、最終製品の製造業者よりも重い責任を課 大の防止について、製造者に故意または重大な す合理的な理由は存在せず*11、原材料や部品の 過失があったとき」には、当事者の請求により、 製造業者についても、最終製品に生じた損害をも 填補賠償の2倍を限度とする付加金の支払いを って「その損害が当該製造物についてのみ生じた 裁判所が命じることができるとして、懲罰的損 とき」に当たるとする考え方も主張されている。 害賠償を規定した立法提案がみられた*13。そ して、クロロキン訴訟*14、エレベーター負傷 訴訟*15、自転車ハンドル折損訴訟*16など懲罰 純粋経済損害 的賠償を求める訴訟が増加しているが、民事責 しゅんべつ 純粋経済損害とは、人身損害や物の滅失や損 任と刑事責任の峻別のほか、損害賠償の目的は 傷といった有形的損害を伴うことなく生じた利 加害者の制裁ではなく損害の填補にあることを 益の減少や逸失などの損害を意味し、製造物の 理由として、これらの請求はいずれも退けられ 欠陥に起因して純粋経済損害が生じた場合にお ている。学説も一般に懲罰的賠償を認めること いて、製造物責任法に基づく賠償責任を課すこ に否定的であるが*17、刑法による加害者の制裁 とができるのかが問題となる。 が必ずしも満足できるものではなく、消費者被 第14次国民生活審議会の答申においては、 「人 害の抑止につながることなどを根拠として、こ の生命、身体への損傷や有体物の物理的な損壊 れを認める考え方もみられる*18。 の形態が現れないで被害者の財産状態に生じた 製造物責任法は、懲罰的賠償について何らの 純粋経済損害(例:製品の欠陥に起因する店舗の 規定も設けていないことから、これを否定する 閉鎖による休業損害)については、そもそも製 民法上の不法行為責任における考え方が維持さ 造物責任が対象とする損害には馴染まないこと、 れているものということができる*19。 35 2013 2 国 民 生 活 法 律 知 識 らん そ みると、そもそも少額の事件について濫訴を誘 賠償限度額と免責額 発するおそれはないと考えられること、③少額 1985年に採択された製造物責任に関するEC 事件につき免責を認めると過失責任で処理され 閣僚理事会指令*20は、 「すべての加盟国は、死 ることになり、紛争の迅速な解決が図れなくな 亡または身体傷害に起因する損害であって、同 るおそれがあることなど」*22の理由によって、 一の欠陥を有する同様の製造物に起因する損害 このような免責額を設けていない。 に対する製造業者の責任総額を7000万ECU(欧 *1 我妻栄『事務管理・不当利得・不法行為』202ページ以下、加藤 一郎『不法行為〔増補版〕』154ページ以下、大審院大正15年5 月22日判決( 『大審院民事判例集』5巻385ページ)、最高裁昭 和48年6月7日判決(『最高裁判所民事判例集』27巻6号681 ページ) 、最高裁昭和49年4月25日判決(『最高裁判所民事判例 集』28巻3号447ページ)など。 州通貨単位)を下回らない額に制限することが できる」 (同16条1項)として、人身損害に関し て賠償限度額を設定することを認めている。こ *2 末弘厳太郎『民法雑記帳(下) 』183ページ以下。 れは、完全賠償原則を前提とするドイツにおい *3 平井宜雄『損害賠償の理論』23ページ以下。 ては無過失責任を課す場合に責任限度額を設け ることを認めない限り、無過失責任に基づく製 *5 石田穣『損害賠償法の再構成』81ページ以下、前田達明『民法 Ⅵ2(不法行為法) 』302ページ以下、四宮和夫『不法行為』431 ページ以下。 造物責任指令を国内法化することができないと *6 加藤雅信「 『製造物責任法案』とその問題」 『判例タイムズ』842 号33ページ。 いう事情によるものであった。しかし、わが国 *7 東京地裁平成15年7月31日判決( 『判例時報』1842号84ページ) 。 *4 平井・前掲書456ページ以下。 *8 東京地裁平成13年2月28日判決(『判例タイムズ』1068号181 ページ)。 の製造物責任法は、 「①製品により生じる被害の *9 経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編『逐条解説製造物責任 法』(以下、経企庁編・逐条解説)98ページ、通商産業省産業 政策局消費経済課編『製造物責任法の解説』 (以下、通産省編・ 解説)129-130ページ。 内容と程度は製品により千差万別であり、すべ ての製品のリスクに対応するような限度額を統 *10 経企庁編・逐条解説102ページ、通産省編・解説133ページ。 一的に設定することは事実上不可能であること、 『製造物責任法の研究〔金融・商事 *11 松本恒雄「損害賠償の範囲」 判例960号〕』47ページ。 ②最高額が法定されると、最初に賠償を受けた 後の被害者は賠償を受けることができなくなる *12 経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編『製造物責任制度を中 心とした総合的な消費者被害防止・救済の在り方について Ⅱ(国 民生活審議会意見)-第14次国民生活審議会消費者政策部会報 告-』24ページ。 との被害者間の不公平の問題が生じること、③ *13 日本弁護士連合会「製造物責任法要綱」 『ジュリスト』991号45 ページ。 わが国では、ドイツのように過失を要件とせず *14 東京地裁昭和57年2月1日判決( 『判例時報』1044号19ページ) 、 東京高裁昭和63年3月11日判決( 『判例時報』1271号3ページ) 、 東京地裁昭和62年5月18日判決( 『判例時報』1231号3ページ) 。 被害者は被害の賠償を受けることができるが、 に責任を課す場合には責任限度額を設けるとい *15 東京地裁平成5年4月28日判決( 『判例時報』1480号92ページ) 、 東京高裁平成6年9月13日判決( 『判例時報』1514号85ページ。 ) う伝統がないこと等の問題がある」*21として、 *16 東京地裁平成6年5月27日判決( 『判例時報』1498号102ページ) 。 このような賠償限度額を設けていない。 *17 森島昭夫『不法行為法講義』466ページ以下。 また、製造物責任に関するEC閣僚理事会指令 *18 樋口範雄「制裁的慰謝料論について―民刑峻別の『理想』と現実」 『ジュリスト』911号19ページ。 は、少額訴訟の増加を防ぎ、少額請求に対する *19 経企庁編・逐条解説106ページ。 *20 COUNCIL DIRECTIVE of 25 July 1985 on the approximation of the laws, regulations and administrative provisions of the Member States concerning liability for defective products(85/374/EEC) . 保険会社の費用負担を軽減するため、物的損害 に関して500ECUの免責額を設定している(同 *21 経企庁編・逐条解説105-106ページ。 9条 ⒝ 号ただし書) 。しかし、わが国の製造物 *22 経企庁編・逐条解説105ページ。 責任法は、 「①一定金額以内の賠償を免責とする 制度を導入していないわが国において、全製造 Asami Yukihiro 朝見 行弘 弁護士 久留米大学法科大学院教授 物について共通する免責額を適切に定めること 製造物責任を専門分野とし、特に米国製造物責任につい ての研究を重ねている。近年では、NPO法人消費者支援 機構福岡の理事長として、消費者契約をめぐる実務にも 深く関与している。 は困難であるし、従来の不法行為制度とも整合 性を有しないものと考えられること、②わが国 の訴訟の実態、訴訟に要する費用等の事情から 36 2013 2 国 民 生 活